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2. 教育プログラム
の実施報告
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第1回講座 改めて介護を問う―
介護福祉と臨床心理学のコラボレーション
担当:十島 雍蔵(志學館大学大学院心理臨床学研究科教授)
1.社会福祉と心理臨床の統合
社会福祉と臨床心理学とは、いずれも直接的な対人サービスの実践という点で密接に関連しているにもか
かわらず、従来、ともすればそれぞれが独立に臨床的援助活動を行っていた感は否めない。その反省から、
両者の境界領域を扱う福祉心理臨床学が、最近急速に発展しつつある。
鹿児島県内の全福祉施設を対象に、志學館大学大学院心理臨床学研究科で実施した「福祉サービスにおけ
る心理的支援の必要性」に関するアンケート調査の結果からも、児童・障害者・高齢者を問わず、福祉ニー
ズをもつ人たちに日常接している福祉職従事者は、支援や処遇にあたって臨床心理学に対して大きな期待を
寄せていることが読みとれる。
本講座では、特に高齢者の介護福祉に焦点を当て、現場で直接処遇に従事されている介護職の方々の支援
のあり方に臨床心理学がどのように役立つか、どのようにすれば役立つかを互いに学び合いながら、高齢者
に対する介護サービスの質の向上に少しでも貢献できればと願っている。
2.「老化」と「老い」の区別
医療の世界において、今日、これまでのエビデンス・ベイスド・メディスンに対してナラティブ・ベイス
ド・メディスンへの関心が高まっている。前者では、医者は客観的証拠に基づいて「疾患(disease)」を診
断し治療する。しかし、患者が現実に体験している「病い(illness)」は、これとは全く別次元のものであり、
患者は現実の生活の中で作り出された一種の「病い」の物語を生きている。
これと同じで、客観的に外から把握される生理的な「老化」と高齢者自身が実際に直接体験する「老い」
とは区別しておく必要がある。「老い」という現象は、「喪失感」をストーリーのプロットとして、全く個性
的に内面的に演じられる心的ドラマなのである。
3.対象喪失とモーニングワーク
「老い」るということは、さまざまな対象喪失の体験を重ねることである。これには必然的にモーニング
ワーク(悲嘆あるいは喪の作業)が随伴する。モーニングワークとは、喪失体験をした直後のショックや混
乱、否認や拒否、悲しみと怒り、抑うつや絶望、諦めと自己親和的受容などの悲嘆の心理的過程のことであ
り、心理的支援はこの「老い」に寄り添うものでなければならない。
4.痴呆性老人の心的世界を理解する
老年性痴呆は中核症状と周辺症状から成り立っている。痴呆の周辺症状には、ケアに難渋する多くの精神
症状や行動障害がみられる。中でも物盗られ妄想(女性に多い)や、嫉妬妄想(男性に多い)などの幻覚妄
想を伴う精神病様状態の症状のケアは、その背後にある心的世界の理解なくしては成り立たない。
5.物盗られ妄想の生成過程
物盗られ妄想者はもっとも依存すべき対象である身近な介護者に激しい攻撃性を向ける。その妄想生成過
平成 20 年度 成果報告書
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程は、喪失体験を起源として、<喪失感→依存欲求→素直に依存できない性格→両面感情→攻撃性>という
過程をたどる。妄想者は、喪失感/攻撃性、依存欲求/依存拒否という両面感情に翻弄されながら、窮地に
追い込まれて妄想にたどり着く。この如何ともしがたい現実を「解決」するには、「非現実への逃避」、つま
り妄想を産出するしかない。この妄想生成力動は、<依存欲求―不安―防衛としての攻撃>という精神分析
の基本型によって説明される。
6.物盗られ妄想への対応
上述のとおり、精神力動的にみれば、攻撃性以前に喪失感がある。それゆえ、ケアの根幹は、つまるとこ
ろ、妄想あるいは攻撃的行動化にどう対処するかという前に、彼らの妄想を産出せざるを得なかった喪失感、
寄る辺ない不安と寂寥にどう寄り添うかにかかっている。
堂々めぐりで繰り返し語られる彼らの話を心を込めて聞くという作業は、それだけで十分精神療法的意味
がある。喪失のストーリーさえ読めれば、彼らの症状を理解する道がつき、何をしたらよいかがおのずから
明らかになる。彼らの心に添うケアの手立てを講じることが可能になるのである。
ただ、家族の中の「依存する―される」という抜き差しならぬもつれた糸を解きほぐすには、第三者であ
る専門スタッフの関与によって家族という閉じた系を開くことが必要である。たとえば、デイケアやショー
トステイの場へ連れ出すことができれば、妄想的訴えの大半は消失、もしくは改善する。喪失感と攻撃性の
相克に悩まされずにすむ状況さえ用意できれば、物盗られ妄想の転帰はきわめて良好なのである。デイケア
などに参加している高齢者たちのグループダイナミックスはたいしたものである。
7.「行く」「帰る」の精神病理(補遺)
痴呆性高齢者には、「帰る」あるいは「行く」と言って外出しようとする行動がよく見られる。見当識障
害である。「帰る」は女性に多く、「行く」は男性に多い。このようなときの「帰る」先はほとんど故郷、あ
るいは長年住み慣れた家であり、「行く」先は決まってかつての仕事場である。このような行動をただ意識
障害の一病理的形態と見なしただけでは、彼らの心は読めない。彼らは今ここでの暮らしが何となく居住ま
いが悪いと感じているのである。われわれは誰でも、現実が息苦しいとつい快楽原則が支配していた胎内へ
の復帰願望をもつ。その一歩先は生まれる以前の世界である。またフロイトの生の衝動(エロス)と死の衝
動(タナトス)の衝動二元論によれば、われわれは生の欲求ばかりでなく、死に対しても強い憧れを持って
いる。死は自然と一体化した永遠の平穏への回帰を意味する。生まれる前の世界も死後の世界も絶対安心・
絶対平穏の世界なのである。彼ら(痴呆性高齢者)が意識しているわけではないが、深読みするならば、彼
らの「還る」「往く」先はそういう世界なのではないか、と思われてならない。
(文責:十島 雍蔵)
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平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第2回 老年期とは?その介護とは?
担当:稲谷ふみ枝(久留米大学文学部教授)
1.講座の目的と狙い
①介護現場で必要とされる老年期の心理と行動について理解すること。
②老年期の心理社会的課題、老化の影響と老年期におこりやすい疾患とその生理・心理・社会的影響につ
いて学ぶこと。
③老年期の認知・行動のアセスメントとその評価について、概要を理解すること。
2.講義・演習・実習の内容と概略
①ライフサイクルの最終ステージを生きる人々の心理社会的課題からターミナルケアをみる。
②老化の影響、身体的老化の影響、感覚機能の低下、免疫力の低下、認知機能の維持と変化。
③認知症の行動と心理症状(BPSD)を理解する。
④認知症の認知と行動のアセスメント方法。
⑤認知症の診断基準(DSM −Ⅳ− TR)、長谷川式改訂版、MMSE など。
⑥精神症状と薬物治療による影響。
⑦事例検討。
3.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
1)受講者の講義受講への動機づけを高め、目標を明確にするための導入
一人ひとりの関心、経験を聞くことによって、受講のニーズを把握し、事前アンケートからおのおの
のニーズや期待が幅広く異なることを認識した。クラスの安心感、信頼感をつくることによって、交流
を促進する。円を囲んで、自己紹介と関心や問題点をあげてもらい、経験と結びつけていく。「感情労
働としての介護、心理的支援の実際、利用者を理解したい、介護者の関わり方によって結果が違ってく
るだろうか、感情とともに自分を表現したい。」これらの意見がでた。
2)高齢者の基本的欲求
介護で対象となる高齢者とはどんな人たちなのか?言いたいこと。気持ちを吐き出したい。認めてほ
しい。一人ひとりニーズがあることを自覚してもらう。それらのニーズは、実はお年寄りやクライエン
トにも存在することにつなげていく。そのうえで、理論を示し深めていくように流れをつくった。人間
の基本的欲求を知るために、マズローの心理的欲求・ニーズ(生理的欲求、安心・安全、承認、自尊)
の概論を行った。
3)そのお年寄りのニーズは?
自分の関心、欲求から、理論、そして現場の事例につなげていくように、事例を検討していく。介護
現場で手をつかまれたとき、暴言を吐かれたとき、そのお年寄りのニーズは何であろうか?行動につな
がるいろいろな要因、欲求に思い至る。
また、どのようにニーズを知り、理解するか。ロールプレイを行う。観察する。どこを観察するか。
行動と欲求を結びつけて理解する。
4)認知症の BPSD
次に、認知症の BPSD を知る。見当識障害の状態はどうか、社会的喪失や身体的喪失を多く経験し
ている人たち、身体的機能、認知機能が低下している人たち。言語的機能が低下し、言いたいことがう
まく表現できない人たちを相手にしている。
平成 20 年度 成果報告書
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5)老年期の心理社会的課題
生涯発達理論における老年期、その心理社会的課題について、エリック・エリクソン、ジョウン・エ
リクソンが示した超高齢期の課題に言及した。なるべく具体的にこれらの課題と受講者の事例を掘り下
げていくようにした。たとえば死への不安を軽減する。自分の人生を受容することの難しさなどを、事
例から考えていった。最後のステージで死に際して、背負っている心の重荷をおろしたい。解決を望ん
でいるわけではないが、真剣に聴いてくれる誰かがいることで、安心することができる。自分の人生を
整理する(統合する)ことが可能となることを理解してもらう。
そのために、各年代の自分をイメージしてもらうデモンストレーションと演習を行った。今の自分か
ら始めて、それぞれの心理社会的課題、50代から90代まで社会的役割や居場所の変化や喪失。身体的機
能の低下によって、ニーズや身体感覚がどのように変化するのか、イメージしながら擬似体験すること
によって、老年期におこる様々な課題に気づくことを意図した。これらの演習から、様々な喪失や疾患
を抱えながらも、高齢者はそれまでの知恵を活かしながら対処し適応していくことを再認識してもらう。
6)認知症の人の行動と心理症状
認知症の人の行動と心理症状について、資料と事例から紹介した。それらの基本的な考え方と原因に
言及し、個人差があることを理解してもらう。BPSD の出現には、中核症状が存在し、それらに心理的
要因が作用する。またその人のそれまでの生活歴や疾患のレベルなどによって変化することを理解して
もらう。一方で、介護者との関わりによって、BPSD を軽減したり、促進してしまうことも重要な点で
ある。そのことをふまえて、介護者の関わりを検討していった。
7)認知症の診断基準とアセスメント
認知症の診断基準とアセスメントについて、資料(アルツハイマー病診断までのフローチャート、認
知症のスクリーニングテスト)を作成し説明した。介護職が診断や心理アセスメントをできるようにな
るためではなく、認知症の中核症状(失認・失行・失見当・実行機能障害、記憶障害など)の側面を具
体的に知り、利用者の日常の生きづらさやそれを支えるための工夫に役立ててもらうことを目的とし
た。それらの中核症状の理解を深め、認知症の周辺症状の原因のリストをみながら、認知症の介護でみ
られる精神的症状と行動障害への理解を深めた。
8)高齢者の精神症状と薬物による影響
高齢者の精神症状と薬物による影響について、高齢利用者は慢性疾患による治療を受けながら、認知症
の周辺症状が激しくなると薬物による鎮静化や抑制が行われているケースがある。それらの効果と注意点
を知ることで、介護への効力感を高めてもらうことを意図した。注意力が低下したり、せん妄状態が起こっ
たり、精神的依存が起こることを知ってもらい、言語機能が低下し、意識障害がおこっていることに対し
て、認知症が進んだとか、勝手に判断しないこと。利用者におこった変化をきちんと把握し、精神症状の
改善につながるフィードバックを医者や家族にすることが重要であることを認識してもらった。
(文責:稲谷ふみ枝)
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平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第3回講座 介護職に必要な心身医学的知識とケアのポイント
担当:野添 新一(志學館大学大学院心理臨床学研究科教授)
1.講座の目的
心身症とは、身体的訴えが主であってもその原因の多くが患者の心理社会的要因にある病態をいう。高齢
者に多い不眠、痛み、身体症状への不安などは、器質的疾患よりもむしろ心理社会的要因の関与した症例が
多い。特に認知症の初期では、様々なストレスが誘因となって心理・身体・行動の異常が見られるので、全
人的(心身両面からの)アプローチが基本となる。ここでは心身医学の立場から、介護の際に必要な知識・
留意点を明らかにする。
2.講義内容の概略
1)心身医学的にみた高齢者の特徴
高齢者診療においては臓器だけをみる診療は不十分であり,全身の臓器機能、日常生活動作(ADL)
における身体機能、心のケア、さらに社会環境の整備まで配慮する必要がある。高齢者との対面では、
様々な心理的・身体的訴えの背後に社会環境要因が作用していないか、また身体的障害の影響で精神の
乱れが生じていないかに注意する。身近な人との対人関係に悩んでいるとき、不意に不眠やふらふら感、
痛みなどを感じたのがきっかけで、それらに因われている症例に遭遇することは多い。もちろんはじめ
は高齢者特有の疾患(うつ病や循環不全など)を考慮しながら検査し、診断によっては薬物も用いられ
る。しかし、訴えに改善が見られず長引く場合、服用中の薬の副作用などやその他のストレス要因につ
いて検討する必要がある。なかには、多剤服薬を検討しなおすことで病状が回復する例もある。また、
訴えが持続する場合、訴えに対する傾聴の時間を延長して聞き入ると、突然に内面の問題(配偶者や家
族との人間関係など)を吐露することがあり、それによって症状の軽減が見られる。(薬やリハビリな
どで)ただ症状を消し去ろうとするだけでなく、加齢に伴う可能性や背景要因も考慮して、しばらく付
き合いながら回復の時を待とうとする支え合いの姿勢が重要である。
2)老年疾患の予防について
今後高齢社会が進行することは避けられないので、骨粗鬆症、認知症、動脈硬化症などの老年疾患へ
の予防は非常に重要になってくる。入院(所)してからそれらへの治療やリハビリを受けるのと、すで
に老いを受容しつつ健康を維持・増進に努めていた場合とでは、回復、予後に違いが生じてくる。食事
や運動は動脈硬化や骨粗鬆症の、前向きな人生への姿勢は認知症の、毎食後の口腔ケアは老人性肺炎の
予防に役立つ。また、日頃からの家族や身近な人とのコミュニケーションのとり方も、予後を左右する。
予期しない形で病気に襲われることもあるが、その場合、病気をどのように受け止めて前向きに生きて
いくかについての話し合い、つまり治療への動機づけを初期のうちにいかに図るかが大事である。予防
行動を習慣づけることは、当人の医療資源を効率的に利用することになると同時に、医療費の削減にも
寄与する。
3)高齢者の睡眠障害について
日本の高齢者における不眠の有病率は、65歳以上では女性が40%以上、男性は30%以上であったとの
報告がある(粥川祐平、精神障害の疫学、1997年)。不眠症は糖尿病や狭心症などの生活習慣病を増悪
させる要因のひとつといわれている。睡眠薬の長期連用者は少なくないが、医療経済的損失のみならず、
睡眠リズムを狂わせてしまうので問題である。不眠症になった背景要因を検討しないまま長期に睡眠薬
を服薬していることが多い。過度の日中の仮眠、運動不足、アルコールの飲みすぎなどは、睡眠リズム
を乱す原因となる。一方、昼間うとうとする例では夜の睡眠は短くなる。本来なら、容易に離脱できる
ものを患者の要望に応じて漫然と投与されており、このような場合、患者と話し合って少量ずつ減量す
る離脱法や、昼間の運動などを指導する。年令を考慮しない(多すぎる)投与量から始めて、昼間の眠
気(持ち越し効果)を誘ってしまったり、連用の副作用を心配して急に服用を止めて逆に不眠となり(反
跳性不眠)、以後、依存・耐性に陥っていることがあるが、これらは事故の誘因ともなりやすい。
平成 20 年度 成果報告書
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4)高齢者のうつ病について
うつ病では精神・身体機能の低下があるため、短い時間の診療では認知症などとの間で誤診をきたし
やすい。初めての出会いでは、以前からの生活状態を詳しく聴取しながら、対人関係の問題や離別、死
別、退職などの喪失体験などの有無を明らかにすることが基本である。初期診断如何が、長期疾病状態
にもっていくか、あるいは健康を回復させるかのポイントとなる。うつ病では認知症様の症状出現は早
いが、認知症ではゆっくりと進行する。意外に多いのが予期しない身体疾患に罹患して入院したときで、
高齢者にとってはかなりのストレスとなるためと思われる。予想外の病気になって初めて将来や死につ
いて思いをめぐらせているうちに、うつ病を併発する。うつ病は回復可能性が大きいが、認知症の初期
には並存していることが多いので、慎重な対応が求められる。最近、うつ病の治療薬(抗うつ剤)の副
作用はかなり改善されているが、多剤併用では副作用も出現しやすく、そのため服薬中断にいたる例も
ある。高齢者の場合、成人の二分の一の量から服薬を開始するほうが望ましい。
5)認知症について
日常生活での高齢者の異常言動を同居人や周囲がどのように判断して治療のレールに乗せていくか
は、簡単ではない。症状は一過性のことであったり、うつ病を併発していたり、身体疾患に随伴する精
神症状や異常行動のこともある。その際、家族の協力が得られればよいが、得られない場合、診断の遅
れや治療の中断を招くことになる。認知症は、欠損していく機能を周囲が補っていくことで正常機能を
かなり維持できるのであるから、サポートシステムが機能しない例の問題は大きい。これらは、日常臨
床でケアが行きとどいている例で予想以上の良好な経過をとることからも分かる。
発症初期の異常な行動を医療的問題としてお願いしようとする家族と、一緒にケアに関わろうとする
家族では、経過も当然違ってこよう。家族の協力が基本であることを話し合うことが先決であるが、前
者の場合、受療態度にも違いが生じてくる。
脳血管障害などが誘因となる認知症では、様々なストレス要因が病状の促進因子となりやすい。特に、
(関節などの)運動機能障害などのため寝たきりになると、症状が増悪しやすい。このような場合、早
期対応の出来、不出来が経過に大きく作用する。たとえば、家ではよく出現していた妄想が短期入所で
は消失する場合、対応を考え直すヒントとなる。日頃の生活姿勢に前向きで積極性の見られる例では経
過は良好であるが、その反対の場合、家族とのコミュニケーションも十分でないためケアは難しくなる。
認知症の初期ではもの盗られ妄想などがよく見られて、それへの対応如何によっては病状の経過に影響
を及ぼす。ライフイベント、喪失体験、環境の変化、身体的不調などとの関連がないかどうかを考慮す
ることが望ましい。外来での診察時と家での態度の違いがあったり、入院して病状が改善する場合は、
ストレス要因の関与が大きいと見た方がよい。最近は認知症の随伴症状に対する薬物も知られており、
それらの併用とケアを行いながら進行を遅らせることも可能となっている。
3.今後の課題
講義では日常臨床において遭遇しやすい疾患について、症例を呈示して心身医学の面から問題の理解の仕
方、アプローチについて検討した。講義後のそれらに対するディスカッションも盛んに行われた。また参加
者の数人には事例を呈示してもらい検討した。この場合、問題が多岐にわたるためまとめるのが難しくなる。
予め問題点をピックアップしておいて、それらについて検討し深め合った方がよい。
(文責:野添 新一)
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平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第4回講座 介護における心理的支援①
介護サービス利用者の家族への支援
担当:片平 眞理(志學館大学大学院心理臨床学研究科教授)
1.講座の目的とねらい
家族をシステムとして理解し、介護福祉士が家族成員を「問題の原因」として捉えるのではなく、「介護
の担い手としての資源」であるという視点をもち、協働して介護にあたることができるようになることを目
標とする。
介護福祉士自身が肯定的感情をもって家族を労いつつ、家族とかかわることができるよう、体験学習をと
おして学ぶ。そのために、家族に対してもつ不安やストレスと自分自身の問題との関連に気づき、その解消
法についても体験学習する。
2.講義の内容の概略
1)システムとしての家族
システムとは、あるまとまりをもって機能している要素の集まりである。家族は、生物体システムで
あり、周囲の環境と情報やエネルギーをやり取りする開かれたシステムであるといえる。家族を理解す
るためには、周囲の環境を含めて家族がおかれている状況を視野に入れる必要がある。このような開か
れたシステムでは、出来事を原因と結果という直線的因果関係ではなく、相互に影響しあっているとい
う、円環的な見方が必要である。
要介護者を抱える家族にかかわる場合に、主たる介護者は誰か、家族外にどのような資源をもってい
るかに配慮することは重要である。要介護者を主体と考えるあまり、家族を問題の原因と捉えがちであ
るが、家族を介護福祉士と協働して介護にあたる資源とする視点が大切である。
2)家族とのかかわり方
家族との関係づくりにおいて留意する点は、まず、家族への労いである。家族が自責感、無力感、怒
りなどを抱えたままでは、介護に対する困難感は増大する。小さなことと思われることでも介護家族の
努力を認める。相手が「はい」と答えるようなことばかけを重ねること(イエス・セット)によって、
介護福祉士の要請を受け入れてもらいやすくなる。「問題に気づいていない人」「不平不満や批判を繰り
返す人」「自分で解決したいと思っている人」など、さまざまな家族がいるが、相手のタイプに応じた
働きかけが大切である。
実際にかかわるときに留意する点は、
「困っているのは誰か」について、明確にすることである。困っ
ているのが介護される人か、家族か、介護福祉士かを明確にすることで、解決のための目標が設定しや
すくなる。次に、困っていることを具体的に聴く。その際、介護福祉士の経験は役に立つことは多いが、
人それぞれに困っていることは違うので、わかったつもりにならないで、「どのようなときにどのよう
に困っているのか」を詳しく聴く。
具体的な質問の仕方としては、解決志向アプローチの質問法がヒントになる。うまくいかないことば
かりを述べる人に対しては、まず「大変ですね」と共感的に聴き、相手が聴いてもらえたと感じている
と判断したら、「そうではないとき(うまくいっているとき)はありませんか?」と尋ねる。少しでも
うまくやれていることが語られると、その部分をさらに細かく聴く。「うまくいっているときはない」
と答えたら、「そんな大変な毎日をどうやって過ごしているのですか?」と家族の対処法に関心を向け
て質問する。「できるか−できないか」といった二分法的な話し方をする人には、「どの程度できている
か」という、できている部分に注目するような聴き方をする。
平成 20 年度 成果報告書
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3.演習の概略
1)ジェノグラムの作成
参加者自身のジェノグラム(3世代以上の家族メンバーからなる家族図)を作成した。ジェノグラム
を、家族アセスメントの道具として用いるというより、家族のもつ資源を探すための道具として用いる。
2)事例発表
3名の参加者が1事例ずつ発表し、具体的な対応についてコンサルテーションを行なった。発表者以
外からも、所属する施設での対処法が示された。
4.実習の概略
1)極化(最悪のかかわりと現実のかかわり)
4グループに分かれ、グループごとに、二人一組で介護福祉士役と利用者役を決め、介護福祉士役は
利用者役に向かって最悪と思う言葉かけや動作を行なう。他のメンバーはオブザーバー役になる。一組
5分間のロールプレイが終わったら、次の組が行なう。全員が終わったら、介護福祉士役と利用者役を
交代して同様に最悪のかかわりを行なう。最後に、グループ内で体験を語り合う。自分の中にある、怒
りを発散し、自分の現在のかかわりを自分なりに評価し、さらによいかかわりを見いだすことを目標と
した。
2)自己受容と他者受容
自分の長所を 10 項目書き出す。二人一組(A、B とする)になり、AがBに自分の書いた長所を一
つずつ話す。それを聞いたBはそのままAに返す。Aは「はい」と答える。ひととおり終わると、役割
を交代する。
5.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
介護福祉士が家族とかかわるとき、家族療法家としてかかわるわけではない。介護のプロとして利用者と
かかわる際に、家族と協働するという視点、すなわち家族を、問題をもつ人と捉えるのではなく、資源とし
て捉え、その資源をいかに活用するかという視点をもつことができるよう配慮した。
長所を書き出しフィードバックするというワークは、「イエス・セット」を体験し、家族や利用者に用い
るだけでなく、介護福祉士自身への労いともなることをねらった。
介護福祉士は、利用者から感謝されることを仕事の支えとしている人が多いが、利用者やその家族は感謝
を表明できる人ばかりではない。そこに過重労働が加わると、知らず知らずのうちに怒りを内に貯めやすく
なる。怒りを表出するというワークをグループで行なうことによって、気づきや仲間同士分かち合うことで、
エネルギーを補給することを試みた。
就労形態や経験年数もさまざまな参加者に対して、できるだけ多くの人が現場で役立てることができるよ
うに、種々の対人援助法に共通する人と人との関係性の重要さに焦点を当てた。事例発表では、問題に注意
を払うより、発表者自身の工夫に焦点をあて、さらに参加者からもヒントを得るよう心がけた。
(文責:片平 眞理)
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平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第5回講座 介護における心理的支援②
―グループワーク療法・表現療法の活用A
担当:平原 博(鹿児島女子短期大学教授)
1.講義の目的とねらい
本講座では、まず、「感情労働としての介護」というテーマで、対人援助者としての介護福祉士が適切な
介護を行うことができることを目的にして、介護福祉士が持ちやすい自らの感情への気づきとその対処方法
を講義した。次に、高齢者がグループに受容され、共感され、支持され、心を響かせ合いながら、過去の来
し方を振り返ることで、今ある自己の存在の意味づけをなし、未来へつなげることを目的にしたアクティブ
グループ回想法(言語だけではなく、想い出を演技で再現する)を紹介した。
2.講義・演習の概略
1)感情労働としての介護
①感情労働という仕事
②教育される感情ルール
③感情ルールのための表層演技と深層演技
④感情労働の代償
⑤エモーショナル・リテラシー
⑥プロセス・レコード
2)アクティブグループ回想法
①グループ回想法の有効性と進め方
ア)対象の選定(グループのサイズ・性別・年齢、障害の程度と生活史の把握)
イ)グループの同質性と異質性 ウ)オープングループとクローズドグループ
エ)場所・時間・回数
②演習(ロール・プレイング)
ア)招待状・席札・名札
イ)参加者の出迎え
ウ)挨拶・リアリティ・オリエンテーション
エ)自己紹介・近況報告
オ)リラクゼーション・体操
カ)その日のテーマ(演習では“想い出袋”を利用。言語的な回想のみならず、“想い出”を表演し、
視覚的な回想を行う)
キ)参加簿へのチェック、挨拶
③スタッフの5つの基本姿勢
④グループ回想法の効果に対する考察
平成 20 年度 成果報告書
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3.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
演習(ロール・プレイング)では、実際の回想法に近づけるため、鹿児島サイコドラマ研究会から臨床現
場で回想法を実施している4名をアシストとして招聘し、また当日、受講者8名(経験年数が長い順に選択)
に対象高齢者役をお願いした。事前に作成しておいたスタッフと8名の名札、席表、出席簿等を置き、机にテー
ブルクロスを掛け、花を飾り、懐メロ(CD)を流し、テーマであった“子どもの頃の遊びの想い出袋”には、
刺激材料である独楽、竹とんぼ、紙風船、ゴム銃、めんこ等を入れておいた。長期の現場経験をもつ受講者
8名の“堂に入ったさすがのロールプレイ”により、グループ回想法が未経験な受講者にとっても、意味深
い体験ができたのではないかと思われた。
(文責:平原 博)
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平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第5回講座 介護における心理的支援②
―グループワーク療法・表現療法の活用 B
担当:野浪 俊子(志學館大学大学院心理臨床学研究科准教授)
1.講座の目的とねらい
「グループワーク療法・表現療法の活用B」においては、介護における心理的支援として、グループ療法
や表現療法の一手法となる「音楽療法」について考え、介護実践において音楽療法を活用することの有効性
について理解を深めることを目的とした。つまり、介護場面において利用者の方と介護者が、音楽を媒介と
して、どのように個々人の多様な考えや感情を受け入れ認め合い、相互理解を図ることができるかという「心
のシェア(こころの分かち合い)」のあり方について検討し、人間性豊かな介護のあり方について検討して
いくことを講座の目的とした。
2.講義内容の概略
1)音楽療法の定義
音楽療法とは、「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障がいの回復、機能の維
持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用することである(日
本音楽療法学会の定義)」とされている。音楽療法の目指すところは、音や音楽を媒介とした人間相互
の過程(人間としての生き方を分かち合う過程)である。
2)音楽療法の作用
人間に与える音楽療法の作用としては、次の3つがある。
第一に、人間の脈拍や心拍数を安定させる「生理的作用」
第二に、人間の関心や興味・意欲などを引き出す「心理的作用」
第三に、人間が社会的関わりを持ちつつ、また他者とコミュニケーションを図りながら生きていくこ
とを可能にする「社会的作用」
3)音楽療法の原理
音楽を用いる原理(音楽療法プログラムを構成する原理)として、次の3つがある。
第一に、その人(本人)と同じ感情や思いを音楽で表現させる「同質の原理」。
第二に、音楽を用いて異なった様々なリズム・感情・ハーモニーに誘導することによって、多感覚を
呼び覚ますことを目指す「異質転導の原理」。
第三に、音楽によって、他の人々と交わることの楽しさ、また社会生活での恐怖感を取り除き、社会
の中で自分らしく生きることを可能とすることを目指す「社会化の原理(コミュニケーション化の原
理)」。
3.演習の概略
1)能動的音楽療法の演習
・歌唱療法:童謡などの回想的歌唱をすることによって、過去の記憶へと導く。
・合唱療法:歌をみんなで合唱することにより、感情交流・社会的役割へ導く。
平成 20 年度 成果報告書
20
・合奏療法:音楽療法用のハンドベルなどの合奏で社会的交わりへ導く。
・即興的音楽療法:即興的リズム活動によって、個々人の思いを表現へ導く。
2)受動的音楽療法
・鑑賞療法:日常の動的生活から離れ、静かに様々な音楽を聴くことによって、異なった感覚や感情の
やすらぎ、リラクゼーションへ導く。
・刺激療法(弛緩的音楽療法):音楽により人間の心の「動と静」の弛緩を感得させることへ導く。
3)環境音楽療法
B.G.M による自然環境音療法:人間の日常生活を取り巻く多様な自然音や環境音、または、音楽を背
景にして、心の安らぎや喚起・意欲へ導く。
4.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
1)配慮した点
本講座は、音楽療法士を養成することが目的ではなく、「介護福祉士の心理的支援力」における「音
楽療法の考え方の活用」の有効性について理解を深めることを目的としたものであった。そのため本講
座では、音楽療法の技術やスキルの習得というよりも、どのように音楽療法を用いることにより、利用
者の方々と介護者の両者の関わりが人間として、よりよい状態に改善を図ることができるのかというこ
とを重視し配慮した。
2)工夫した点
介護の実践においては、対象者は高齢者であることに配慮して、次のようなことを工夫した。
・第一に、高齢者の呼吸や鼓動と同質のリズムを選び出すことの工夫。
・第二に、高齢者の感情・感覚・思考(日常生活や社会生活を思い出すこと)を呼び覚ますことが可能
な音色やハーモニーを選び出すことの工夫。
3)苦労した点
限られた時間内で、個々に異なった介護の実践場面において、音楽療法の考え方やスキルを用いるこ
との根拠付けや音楽療法を用いることの意味づけへの結びつきである。つまり、介護の場面において、
音楽療法の要素であるリズム・音色・ハーモニーを用いることにより、どのように問題解決へと結びつ
けることができるのかという実践と理論の関わりの問題である。そのためには、介護の実践的展開場面
の心理的支援へのアプローチとして、音楽療法のどのような実践演習をすることが、限られた時間内で
有効で可能であるのかということについて最も思案し苦労したことであった。
(文責:野浪俊子)
21
平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第6回 介護における心理的支援③
―カウンセリング的アプローチの活用
担当:稲谷ふみ枝(久留米大学文学部教授)
1.講座の目的と狙い
①カウンセリングの基本的態度と技術を学び、介護現場に活かす。
②高齢者の特性の把握の仕方や関わり技法について学ぶ。とくに、介護を受ける人のニーズ、介護者とし
ての自分自身のニーズに気づくことから、互いが深く交流できる心理的支援を考える。
2.講義・演習・実習の内容の概略
①相手を「受容する」「共感する」とは、どう表現するのか。
②認知症の BPSD の把握と利用者への多様な心理的支援。
③認知症の人の心理的ニーズの理解とバリデーション法に基づいた支援の方法。
④認知症の人の心理的ニーズや心理社会的課題をロールプレイから感じ理解する。
⑤認知症の人を理解し関わるための言語的・非言語的テクニックの演習。
⑥事例検討
3.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
1)介護者の「関わる力、共感する力」
まず、介護者の関わる力、共感する力を伸ばすことを目的とした。身体で感じ、表情や態度で伝える
ことの重要性を認識してもらう。その前提となる高齢利用者の特徴や人間としての姿を認識してもらう
ことから始めた。
超高齢期の心理社会的課題、
「老年的超越」とは、70 代よりも老化が進み、身体的機能や視覚、聴覚、
感覚が低下する状態を経験する。自己のコントロール感が失われる。感覚機能はますます低下し、社会
性が失われる感覚のなかで、人との関わりはその人の最後の力を支えるものとなる。触れることで内に
こもっていく高齢者とコミュニケートし、人とのつながりを感じてもらい生きている喜びを与えること
ができる。
また、第2回目で学んだように、老年期におこる多くの喪失は大きなストレスとなるが、それまで身
につけた対処能力を発揮して適応していく。施設に入居された高齢者は、いうなれば人生の最後のとき
に大きな試練に対峙している。入居されてすぐに適応できないからといって、それは問題行動と言える
のだろうか?「眠れない。仲間になじめない。家に帰りたい。死にたい。」という利用者の声は、不適
応行動の現れとして把握するのが妥当なのだろうか?これらのことを受講者に問いかけながら、そのよ
うな生きづらさや悲しみや怒りを表すことは、人間として当たり前の感情であることに気づいてもらう。
2)利用者を「受容する」こと
利用者やクライエントを「受容する」ことは、相手の望みをかなえるように働きかけることではなく、
不可解な行動、あるいは不適応行動のうらにある基本的欲求に気づき、おなじ人間として尊重し寄り添
い心を傾けることを意味する。
受講者(である介護職)は、ケアをしているなかで、人生を学んでいる。介護、つまりケアを通して、
人間として、自分はどう死を迎えるまでに生きたいのか、どのように愛されたいのかを問い続けている。
介護職とはこれらの生と死を目の当たりにしている。単なる身体介護や感情労働でもなく、生きる強さ
を支え続けることを日常的に行っていると考えられる。したがって、介護者が自分なりの人生観や人間
観をもつことはとても重要となってくる。そのことを意図して、講義を行った。
平成 20 年度 成果報告書
22
3)感情の同定と特徴の把握
次に BPSD の代表例として、事例を挙げて説明を行った。帰宅欲求の人の事例や怒りを表出する事例、
引きこもる事例をデモンストレーションする。
第2回講座で学んだ、認知症の人の心理的ニーズと行動を結びつけて考えていくことの演習と観察の
演習を2人組で行い、感情の同定と特徴を把握していく。
怒り、悲しみ、混乱、痛みなどネガティブな感情と喜びや愛といった感情表出を互いに示すことで、
それらの顔の表情や身体、呼吸に現れる変化を把握してもらった。また、共感を表現する方法を、段階
を示しながら説明し演習を行った。
4)バリデーション法の基本としてのセンタリング
認知症の人と関わる方法「バリデーション法」を、基本的態度、理論、テクニックから概論したのち、
言語的・非言語的テクニックを取り入れてワークを行った。スライドの資料に添って、お年寄りの特徴と
言語的テクニック、アイコンタクトやタッチングの効果的な使い方についてデモンストレーションした。
バリデーション法をトータルに使用するには演習と実践が必要であるが、日常的に介護者にとって役
に立つテクニックとして、センタリング(相手に集中して関わるためには、まず自分のニーズを横にお
くことが必要となる。そのための精神統一の仕方)があるので、その練習を行った。多忙でストレスの
多い介護職にとって、ストレス予防ともなる実践的テクニックは、受講者の日々の介護に役に立つもの
であると考える。
5)事例検討
本講座では演習に多くの時間を割いたが、事例を検討する時間が不足した。事例検討は、講座の狙い
であった認知症の人の行動や症状の理解を、事例の人に応用することである。もの盗られ妄想を示すお
年寄りにどのような欲求や課題が示されているのか、検討した。また、事例の高齢者の生活歴からどの
ような心理社会的課題が見出され、多くの喪失を経験した結果、うつ病を発症していることに気づくこ
とがあった。うつ病における服薬管理の留意点を、第2回の講座を思い出しながら検討した。あるいは、
服薬中の症状と精神症状や意識障害を関連づけて、ケアの妥当性を検討した。帰宅欲求の強い人の行動
の裏にある感情は何であろうか。見捨てられ感や深い孤独感、死への不安、自分の居場所を探している
など、事例で示されたエピソードややりとりから理解を深めた。
また、事例のなかで、バリデーションやライフレビューをどのように適用することが可能か検討した。
言動に振り回されず、相手をていねいに観察し、ひとりの人間として正面から向かい合う事例では、報
告した受講者の体験を問題点からのみでなく、ポジティブな面を認め他の参加者にも承認してもらうこ
とで、介護の自信と自己のコントロール感を伸ばしてもらうことを意図した。報告者が準備した資料を
受講者全体に紹介するなどして、普段の介護におけるそれぞれの工夫を知ってもらった。
(文責:稲谷ふみ枝)
23
平成 20 年度 成果報告書
<A 心理的支援のスキルアップ・プログラム>
第7回 介護福祉士自身のメンタルヘルス
担当:浦田 英範(志學館大学大学院心理臨床学研究科准教授)
1.講座の目的 まず、介護福祉士になろうとした動機、そして、それに対する現在の心境を明確にする。これらを明確に
すること。ケアの本質やケアからくるストレスを認知してもらう。また、自分自身への心の動きを気づき、
要介護者へのケアの質の維持を心がけることとした。そのために、介護職場での介護ストレス、介護者自身、
要介護者、そして、その家族のストレスを理解してもらう。介護ストレスを理解した上で、介護者自身のス
トレスマネージメントを学んでもらう。
2.講義および演習の概略
1)事例を通してストレスを学ぶ
5人の受講者から事例(うち1事例は、介護者自身のストレス調査)を発表してもらう。
その事例から示された、介護者自身のストレスを抽出し、そのストレスとどの様につきあうのか?介
護者自身、介護ストレスからくる否定的感情を提示し、今現在、どの様に対応しているのか。具体的に
述べてもらい、現在の対処法を述べてもらう。その対処法でも、うまくコーピングできているところと、
できていないところを区別し、対応策をディスカッションした。
2)介護職になろうとした動機とやり甲斐について考える
このことを考える理由は、介護者自身のアイデンティティをどう自覚させるのか。自覚させることで
介護者自身の動機付けや自己認知が進み、ケアの維持を狙いとした。そのため、介護職のやり甲斐とは
何か?メイヤロフ(2000)のいうケアの本質の定義、そのケアを助けるもの「専心」を取り上げ、介護
福祉士の特性や職業的アイデンティティを提示した。
3)介護ストレスとストレスマネージメント
まず、一般的なストレスマネージメント、①ストレッサーを避ける。②認知を再解釈する。③刺激の
強度を下げる。④ストレス反応を語る。この基本が、介護現場でどれが適応できるのか提示した。④ス
トレス反応を語る。このことが現場ではできるのではないかと演者が投げかけた。次に、ストレッサー
とストレスの定義を述べた。それらによる介護者自身の心理状況を提示した。
ストレスの起源が何か?要介護者の心理状態による否定的な感情を明示した。この影響により、介護
者も否定的感情、孤立感、負担感、被害感、不安感、無力感、怒り、罪悪感、悲しみといった感情が起
こることを説明した。この要介護者―介護者(家族、介護福祉士)からくる介護ストレスを概観した。
介護ストレスからくるストレス反応として、①身体的反応、②認知的反応、③情緒的反応、④行動的
反応、⑤混乱反応を演者が説明した。ストレス反応の緩和要因を定義し説明した。そしてストレスマネー
ジメント、つまり、ストレスに対するコントロールの感覚を回復し維持するのかということの説明を行っ
た。例えば、問題焦点型介入(当面の問題を理解するために情報収集し対処するか計画を立てて、積極
的にコーピングすること。)の説明を行った。他の具体的なストレスマネージメントの内容、認知的再
体制化、自律訓練法、音楽療法など概観した。
平成 20 年度 成果報告書
24
4)心の癒しとしてのリラクゼーション法(演習)
心を癒す方法としてリラクゼーション法があり、簡単にできる呼吸法の演習を行った。
①呼吸法・腹式呼吸をする。1回の吸気と呼気の後に短いポーズ(1秒程度の停止)を入れる。標準的
ゴールとして1分間の呼吸数を6∼8回とする。と説明し、座位のままで施行した。
②筋緊張静頭痛の場合のリラクゼーション法、③不眠の場合のリラクゼーション法の演習を行った。
5)介護者の関わりの中での共感
要介護者への関わりによる介護ストレスについて説明し、リラクゼーション法を提示し、演習した。
その中で1)や2)そして3)とも関わるが、介護者が要介護者に関わる意義や意味を考え、提示した。
それが共感の効果である。共感することだけでも、要介護者への支援に繋がる事を説明した。
6)集団力学からみたケアの維持
受講者の平均在職期間が9年ぐらいであり、現場では中堅やベテランの域に入っている。また中間管
理職の受講者もいた。そこでチームによるケアの質の維持について述べた。ケアをするチームには、2
つの側面がある。1つは、ケアをするという課題遂行のための側面、もう1つは、人間が集まったチー
ムであるため感情がうごめく側面がある。その感情がうごめく側面がチームで出てしまうと、ケアとい
うことが難しくなる。そのため、本来の目的でもあるケアするという課題遂行型を維持するために、集
団でのストレスを語ることの意義を演者が説明した。
3.今後の課題
今回、介護ストレスについて説明し、ストレスマネージメントを行った。演習も行った。事例発表に基づ
いた説明や対処法も行った。
しかし今回、介護現場でのストレスを実践的に取り上げてはみたものの、すべて取り上げることができな
かった。それらを取り上げる事も必要と考える。最後に、受講者から介護福祉士のアイデンティティについ
てうまく自分なりにまとめられないとの意見も頂いた。介護福祉士の特徴、介護のプロであり、そのプロが
心理学的視点を見いだすことで、介護ストレスとうまくつきあえ、ケアの維持ができること、これらのテー
マでのディスカッションの時間が不足してしまった。このあたりの改善が必要である。
(文責:浦田 英範)
25
平成 20 年度 成果報告書
<B 介護技術学び直しプログラム>
第1回 「介護」と介護理論を学び直すA
担当:久永 繁夫(鹿児島女子短期大学教授)
1.戦後日本の高齢者福祉(介護保険法以前)
昭和 20 年代から 30 年代の高齢者福祉は、生活保護法による養老施設、および昭和 38 年の老人福祉法に
よる特別養護老人ホームと家庭奉仕員制度が主な公的サービスであった。その基本的な仕組みは、身の回り
のことを自分でできない一人暮らしや「ねたきり老人」を対象に、家庭で世話を受けることができないこと
を前提として、行政が養護老人ホームや特別養護老人ホームに「収容」するか家庭奉仕員を派遣するもので
あり、いわゆる措置制度が始まった時代である。
昭和 40 年代になると、老人ホームは「収容」の場ではなく「生活の場」として位置づけられ、一人暮ら
しの孤独死や認知症が社会問題となり、特別養護老人ホームの計画的な整備が進められた。昭和 50 年代か
ら 60 年代に入ると、経済の低成長という背景もあり、施設の社会化・機能開放や在宅サービスの推進など
が強調された。本県でも、養護老人ホームに作業所が設置され、入所者のわら細工・竹細工などの製作を通
して地域住民との交流が促進された。特別養護老人ホームにおいては、在宅の介護者に介護の仕方を普及す
るため介護教室を開くなど家族に対する支援策がとられるようになった。
昭和 62 年には社会福祉士及び介護福祉士法が成立し、公的介護サービスに従事する者の専門職が登場し
た。しかし、「介護は誰でもできるもの」という考え方は残り、介護福祉士は介護福祉士以外の介護従事者
に対する介護の指導者という位置づけでもあった。
平成に入ると、高齢者保健福祉推進 10 ヵ年計画(ゴールドプラン)の策定やその見直しで、在宅福祉と
施設サービス等の整備について、その目標を設定して計画的な整備を図る方策が取られた。特別養護老人ホー
ムの入所待ちをする「待機者」の増大から、同施設の大量整備が進められた。一方、在宅サービスについて
もショートステイ、デイサービス、ホームヘルプの在宅三本柱を中心に介護の基盤整備が促進された。また、
市町村の社会福祉行政の役割と機能の強化を図るため、それまで県がもっていた権限を市町村に委譲するな
どの法整備も行われ、在宅介護支援センターが設置され、在宅での介護を一層支援する方策が取られ始めら
れた。これらの施策は、単に介護サービスの量的拡大だけを図るものではなく、介護サービスの質そのもの
の向上を求めるものでもあった。
この間の介護サービスは、特別養護老人ホームやホームヘルパーステーション等で作成される「処遇方針」
に基づいて行われてきた。処遇方針とは、サービスを提供する側が、対象者の主として日常生活動作や同居
家族の状況に着目して、本人や家族のできない日常的な家事や身体介護について、提供する側から「何をし
てあげるか」という発想から作成されていた。(現場の介護実践レベルでは、利用者主体或いは利用者の立
場にたったサービス提供という主張はあった。)
2.介護保険法下の介護サービス
1)措置から契約へ
介護保険制度は、従来の措置制度(行政がサービスの種類と量、提供する事業所を決める)を変更し、
利用者がサービスの種類や量、事業所を選択して、事業者との契約に基づきサービスを利用する仕組み
となった。介護サービスの理念も、「人間の尊厳の保持と自立支援」とされ、従来のサービス提供の仕
組みを一変させた。
2)介護計画(介護の「仕様書」)
契約に基づくサービスが意味するものとは何か。家造りに例えると、ケアマネジャーが作成するケア
プランは「設計図」である。「設計図」だけでは家は完成しない。「仕様書」(工事・工作などの内容・
平成 20 年度 成果報告書
26
手順を図などを入れて説明した書面)が必要となる。介護では現場の介護職が介護に関する知識や技術
に基づいて、介護計画(介護の「仕様書」)を作成して、利用者本人や家族の同意を得た上で、その計
画に基づいて介護実践をしなければならない。この介護計画どおりの介護サービスを行わないと契約違
反となることを今一度確認しておきたい。この点が措置制度と決定的に異なる点の一つである。
3)介護サービス利用者のニーズの把握
ケアプランには、「利用者及び家族の生活に関する意向」を書く欄がある。本人や家族に「どんな介
護を受けたいですか。どのような生活を送りたいですか。」等と訊ねても、言葉で明確な返事が返って
くる訳ではない。そこで、利用者等のニーズの把握が非常に大事なポイントとなる。例えば家族の方か
ら「オムツ交換の方法を教えて欲しい」との相談があったとする。介護者は単にその技法を教えてあげ
ればそれでよしとするものではなく、オムツの必要性を含めて根本的なところから検討して、相談にの
るような姿勢で対応して欲しい。
国際生活機能分類(ICF)の「生活機能と障害モデル」の図でいう、健康状態(心身機能・構造/活
動/参加)と、その背景としての環境因子、個人因子が相互に関連しているという点を学んで欲しい。
利用者は、介護サービスを利用すること自体が目的ではなく、利用してどのような生活をするかが目的
なのであり、介護サービスはそのためのひとつの手段だという認識が必要だと考える。
当面する介護現場の課題として、「人間の尊厳」
・
「自立支援」とは介護の現場でどのように捉えられて、
どのような実践が行われているのか、具体的な事例を基に検討していただきたい。
3.介護福祉士制度の改正
1)介護福祉士の「介護」は「心身の状況に応じた介護」
平成 21 年4月から改正法に基づく介護福祉士養成カリキュラムが実施される。その基本的な考え方
を紹介しておきたい。改正の目的は、近年の介護ニーズの多様化・高度化に対応し、人材の確保・資質
の向上を図ることとされている。具体的には、介護福祉士の行う介護の定義規定の見直し(「入浴、排泄、
食事その他の介護」から「心身の状況に応じた介護」へ)、義務規定の見直し(介護サービス事業者や
医師等との連携等義務規定)、資質の向上を目指すため国家資格取得の方法の見直し(すべての者が国
家試験を受ける)などである。
2)介護実習と実習施設
介護実習については、【[利用者のアセスメント]⇒[介護計画の作成]⇒[計画の実施と評価][評
価に基づく計画の見直し]⇒[実施]】という循環を学ぶ点が強調されると同時に、小規模多機能型サー
ビスなど多様な介護現場を体験できるよう配慮することとなっている。
介護計画作成の実習については、実習施設としての認可の基準は、実習指導者講習会を修了した介護
福祉士を配置していることや常勤職員の3分の1以上が介護福祉士の有資格者であること、とされた。
(文責:久永繁夫)
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平成 20 年度 成果報告書
<B 介護技術学び直しプログラム>
第1回 「介護」と介護理論を学び直す B
担当:浜崎 眞美(鹿児島女子短期大学講師)
1.講座の目的とねらい
・介護の理念である、①自立生活の支援、②ノーマライゼーションの実現、③尊厳及び基本的人権の尊重、
④自己実現への援助、について理解する。
・社会福祉士及び介護福祉士法の改正と、高齢者介護や障害者福祉を取り巻く状況の変化に伴う介護ニー
ズの変化を踏まえ、あるべき介護福祉士像とは何であるのか、介護福祉士養成教育の改変に関する情報
を得ることで、介護福祉士が専門職たる所以を理解する。
・介護の実践にはエビデンスが必要であることを踏まえた思考過程である「介護過程の展開」について、
その意義・目的を理解する。
2.講義内容の概略
1)介護の理念について
介護の理念としてある、①自立生活の支援、②ノーマライゼーションの実現、③尊厳及び基本的人権
の尊重、④自己実現への援助について触れた。介護の対象である高齢者や障害者は、それぞれに個別性
をもって生活を営むことを求めており、介護福祉士としてはその求めに応じた支援をしていくことが重
要である。そこにノーマライゼーションの理念である「全ての人々がありのままの姿でよく、同等の権
利を持ち合わせていること」も考えていかなくてはならない。同様に、憲法に示してある尊厳及び基本
的人権についても、差別されないことの大切さを考えていかなくてはならない。人間には自己実現に向
けた欲求があり、介護の対象それぞれに対して、自己実現を果たすべく支援していくことも重要になる。
2)介護福祉士養成教育の内容の見直しについて
介護福祉士養成教育の内容の見直しが行われたことを取り上げた。高齢者介護や障害者福祉を取り巻
く状況の変化に伴って変化した介護ニーズのいくつかを例として挙げた(平均寿命の延び・家族構成の
変化・認知症ケアの問題)。そこを根拠にして、20 年間行われて来た介護福祉士に必要な専門教育が改
められて、平成 21 年4月より実施される「介護」の枠組みで充実・強化した教育課程が示されている
ことを取り上げた。具体的な教育体系としては、「人間と社会」「こころとからだのしくみ」「介護」の
3領域に大きく分け、「介護」をバックアップする形で「人間と社会」「こころとからだのしくみ」で介
護に必要な周辺知識を学び、「介護」でその人らしい生活を支えるための専門的知識・技術を学ぶとい
うことである。
現在、いくつかの方法で介護福祉士の資格取得ができるが、平成 25 年からは、どの課程においても
国家試験が課せられることも触れた。また、12 項目の「求められる介護福祉士像」も明確にされ、介護サー
ビスにおいて中心的役割を担える人材として、掲げられている介護福祉士像を目指し、期待に応えられ
るように努力していかなくてはならないことも述べた。
3)介護過程の展開技術について
介護の実践においては、介護の対象に対し“心身の状況に応じた介護”が提供されなければならず、
平成 20 年度 成果報告書
28
エビデンスに基づく実践がなされなければならない。そのため、介護過程の展開技術を身につけること
が大事になる。
介護過程とは、介護実践が系統的な方法で行われる際の意図的な活動であり、一人ひとりの利用者に
とってよりよい介護を達成させるためのプロセスである。その意義は、利用者一人ひとりが望む生き方
を実現させていこうとする目標を持ち、積極的な介護活動を目指すものであること、介護アセスメント
は専門的知識に基づき且つ客観的であることが必要になり、課題達成のための根拠を明確にする思考過
程を持つことである。
介護過程においては、利用者の希望の尊厳を図り、自己実現を目指し続けていくために、[アセスメ
ント]⇒[課題の明確化]⇒[介護計画の立案]⇒[介護の実施]⇒[評価と修正]の過程を繰り返し
行うことである。また、保健・医療・福祉のチーム内連携を図ることも必要である。
3.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
プログラムの位置づけとして介護理論の学び直しであるため、非現職の方でも分かりやすくすることが大
切であると考えた。また、様々な背景を基に介護福祉士としてあるべき姿も時代の流れに即して変化してい
ること、反面、流れが変わっても変わらない考え方があることについて、知ってもらえるよう考慮した。具
体的には、介護福祉士として身につけておくべきであり、学んだはずである「介護の理念」は、変わらない
ものとして根付いていることに触れ、変化していることとして「求められる介護福祉士像」や養成教育内容
の改変、介護過程の展開技術を盛り込んでいった。これらの内容については、現職の方にとっても改めて自
らの介護業務の中で参考になる部分があったのではないかと感じている。
受講後のレポートを見てみると、知ることができてよかったという程度のものが多く見受けられた。現職
の方ならば今の自分の仕事のあり方にどう役立つのか、非現職の方ならば介護職としての復帰に繋がるよう
なやりがいや将来像などといった、少しでも具体性があり且つ発展性もあるような講義展開を工夫すべきて
はなかったかと感じた。
(文責:浜崎 眞美)
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平成 20 年度 成果報告書
<B 介護技術学び直しプログラム>
第2回 介護技術を学び直す
担当:榎原るり子(鹿児島女子短期大学講師)
浜崎 眞美(鹿児島女子短期大学講師)
助手:庵木 清子・日谷 希和(鹿児島女子短期大学助手)
1.講座の目的とねらい
①利用者の健康状態の観察とアセスメントについて学び、観察する上での留意点を理解する。
②利用者の自立支援のためにどのような働きかけをすればよいか、「自立を促す介護 10 条」について理解
する。
③介護者の身体的負担を最小限にするための「ボディメカニクス」について理解する。
④「バイタルチェック」、「体位変換」、「ベッドから車いすへの移乗」の実技を通して、基本的技術の再確
認をする。
⑤「体位変換用スライディングシートの使用方法」、「モジュール式車いす、スライディングボードを使用
しての移乗方法」、
「リフトを使用しての移乗方法」等福祉用具の活用方法について実技を通して理解する。
2.講義内容の概略
1)「自立を促す 10 か条」について
①安全への配慮 ②目的をはっきり伝える
③すべての動きは頭の動きがカギ ④口頭でタイミングの良い刺激
⑤3秒待てる心の余裕 ⑥相手と自分を知る
⑦自分が無理をすれば相手も苦しい ⑧後先のことを考える
⑨服装・環境への配慮 ⑩福祉用具の上手な利用
2)ボディメカニクスの基本原則について
①支持基底面を広くする ②重心を低くする
③できるだけ重心を近づける ④てこの原理を活用する
⑤大きい筋群を使って水平移動をする ⑥腰と肩の平行を維持する
⑦骨盤を安定させる ⑧身体をコンパクトにまとめる
⑨ベクトルの法則を用いる
3)「体位変換」について
・廃用症候群とは
・座位・離床の必要性と意義
4)健康状態の観察とアセスメントのポイント
・介護技術における観察とは ・健康状態を知るための観察項目
・バイタルサイン(生命徴候)とは ・医療行為について
3.実技の概略
1)バイタルチェック
・体温の測定方法 ・脈拍の測定方法
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・呼吸の測定方法 ・自動血圧計における血圧測定
・水銀血圧計における測定方法
2)体位変換
・ベッド上での水平移動 ・ベッド上部へ移動
・仰臥位から側臥位(対面法・背面法) ・スライディングシートの使用方法
3)ベッドから車いすへの移乗
・左片麻痺のある人の一部介助による移乗
・福祉用具を使用した移乗介助
モジュール式車いす・スライディングボード、リフトなどを使用しての移乗方法
4.担当者として配慮・工夫・苦労したこと
この講座は非現職の有資格者対象であり、プログラムの目的として「介護職の意義を再確認してもらい、
介護職への就労を応援・支援すること」であるため、受講生の方々が介護技術の学び直しとなるように、技
術を確実に行うために必要な知識をまずは講義として入れ、その後演習として実施していけるように工夫を
した。また、現職の受講生も参加しているので、演習を通してお互いの情報交換の場になることと、演習が
円滑に進みやすいようにグループ分けにも配慮した。教員4名で分担し、演習中は各グループに直接入りな
がら助言・指導を行っていくようにした。できるだけ、受講生が納得できるまで実技をできるよう演習の時
間は十分取れるような時間配分へも工夫していくこととした。実際、講義中に質問があり予定より演習の時
間が不足してしまうということがあった。今後は講義と演習の配分を工夫していく必要性を感じている。
「モジュール式車いす、スライディングボードを使用しての移乗方法」では、介護者役を経験することに
より、いかに力を使わず安全に利用者の移乗をすることができるかについて、驚きや感動だという声が多数
聞かれた。利用者役を経験した方からは、練習や介護者の声かけにより一人で簡単に移乗できるようになる
利用者もいるだろうという発言があった。機能の備わった車いすやボードを使用することで、自立につなが
ることに気づいていただけたようだった。普段、モジュール式車いすを使用する経験があまりなく、興味が
あったのか1グループの経験時間が長くなり、体験できないグループがあった。次回はできるだけ多くの受
講生が体験できるような工夫が必要と感じた。
「リフトを使用しての移乗方法」では、臥位状態からの体験は少なかったが、車いすからの体験が3∼4
人あった。受講者が受け持つ利用者(障害者施設)の中に使用している方がおり、体験してみて利用者の気
持ちが分かったとの感想も聞かれた。パオのシートは、包まれている感じで、吊られていても安心感があっ
たようだ。
福祉用具を適切に活用することにより、利用者の自立を支援し介護者の負担軽減にもなることを体験でき
たようだ。介護技術を学び直すことにより、介護の仕事の魅力を再確認していただけるような講座内容を、
今後も工夫していきたい。
(文責:榎原るり子)
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平成 20 年度 成果報告書
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