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物流関係法Ⅱ テキスト

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物流関係法Ⅱ テキスト
物 流 関 係 法Ⅱテキスト
2008.6 改定
目
次
Ⅹ これまでの要点整理
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
物流関係法Ⅰの履修レポ-トについて
2
物流関係法Ⅰの要点整理
ⅩⅠ 貨物損害保険
古 田 伸 一
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
03
05
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
11
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12
1 はじめに
2 国内貨物保険
3 外航貨物海上保険
[英文保険証券 Marine Cargo Policy の約款構成]
[英文証券のてんぽ範囲一覧表]
4 保険価各と保険金額
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
15
5 保険期間と保険区間
6 包括責任主義と列挙責任主義 ⇔ 立証責任負担の問題
ⅩⅡ B/L に関する大陸法系と英米法系 ・・・・・・・・・・・・・・・・
17
1 はじめに
2 米国法準拠の記名式船荷証券( Straight B/L)の呈示なしの物品引渡事件
についての中国最高裁判例
① 外国準拠法の適用に関する中国最高裁の判断
・・・・・・・・・・
18
・・・・・・・・・・・・・
19
② 中国最高裁の本案内容に対する判決要旨
③ この判決について
参考<英国法の Straight B/L>
ⅩⅢ 電子式船荷証券
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20
1 はじめに
2 CMI 規則による電子式船荷証券の構想
・・・・・・・・・・・・・
21
B ボレロ電子式船荷証券の仕組 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
23
C ボレロ電子式船荷証券の発行・流通の仕組 ・・・・・・・・・・・
24
D オ-プンシステムの TEDI 船荷証券電子情報システム ・・・・・・
27
(1) 近い将来に船荷証券の電子化が経済採算に合うものになるか ・・・
28
(2) 海上運送状(SWB)でまかなう場合の問題点
29
3 電子式船荷証券の実際
A 紙の船荷証券の復習
・・・・・・・・
E 裏面約款の登録と閲覧、電子式船荷証券の着地での荷渡手順、荷渡時の
貨物引取権者の確認方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
30
ⅩⅣ 代金決済方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
31
1 はじめに
2 荷為替取組
(1) 信用状なしでの D/P(支払渡)
・D/A(引受渡)取引
(2) 信用状(L/C:Letter of Credit)取引
・・・・・・・・・・・・・
32
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
33
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
35
① 信用状取引の輸出手形の例
② 信用状なしの輸出手形の例
3 送金取引(送金為替取引)
4 信用状の種類と構成
ⅩⅤ 荷渡指図書
1 はじめに
2 荷渡指図書の三類型
3 荷渡指図書の有価証券性の有無
4 荷渡指図書の実際
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
36
(1) 第一類型:自己指図の荷渡指図書
(2) 第二類型:寄託者が作成し受寄者の副署がある荷渡指図書
・・・
37
(3) 第三類型:寄託者が作成した荷渡指図書で受寄者の副署がないもの
ⅩⅥ 商人間の留置権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
39
1 はじめに
2 商人間の留置権の効用
3 成立要件
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
(1) 被担保債権
(2) 目的物の所有権
(3) 目的物の占有の取得
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(4) 留置権排除の特約がないこと
・・・・・・・・・・・・・・・・
42
43
4 商人間の留置権の目的物には不動産も含まれるか
5 留置権の行使 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
44
(1) 留置権の行使と時効
(2) 留置権行使の内容証明郵便を発信しておく必要性
・・・・・・・
45
・・・・・・・・
46
(3) 他の債権者による差押・競売等と留置権
(4) 国税・地方税の滞納処分と留置権
(5) 破産法・民事再生法・会社更生法と商事留置権
(6) 目的物を留置することに関連する権利
6 留置権競売の実施
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7 商人間の留置権行使通知書作成演習
・・・・・・・・・・・・・・
2
47
48
Ⅹ
これまでの 要 点 整 理
1 物流関係法Ⅰの履修レポ-トについて
物流関係法Ⅰの授業は、第Ⅰ章 「物流関係法の授業で何を学ぶか」で、まず知識として頭に収め
てもらった「荷受人・買主サイドでの危機対応」
「荷送人・売主サイドでの危機対応」
「運送人サイ
ドでの危機対応」を意識しながら、第Ⅱ章以下の授業で、それぞれの章の「はじめに」の案内にし
たがって、その章の場合についての危機対応を、具体的に イメ-ジ しながら考えてもらうことで
あった。
その履修レポ-ト課題は次のとおりであったが、これは、
「荷受人・買主サイドでの危機対応」を、
第Ⅴ章の CIP 取引条件の場合について、その事故が誰の責任区間で生じたものかを予測しながらも、
買主の権利保全に万全の措置を講ずることである。
[課題事案]
香港の洋食器店 A 社は、埼玉県秩父市在の銀洋食器工房 B 社から、同社の製品である銀装飾食器
セット 200 個をインコタームズ 2000 により、CIP 香港、運送人への引渡は東京都品川の利用運送
業者 C 社の CFS、代金の支払は荷為替取立として、B 社からの買付契約を日本法を準拠法として
締結した。
貨物入港の通知を受けた A 社は、取立銀行に出向いて荷為替の手形代金を支払い船積書類を受取
ったところ、船荷証券は C 社発行の準拠法日本法の House B/L であり、物品の記載は買付契約ど
おり「銀装飾食器セット 10 個入 20 カートン」となっており、Shipper’s Pack , Said to Contain の
スタンプが押されているほかは、
「外部から認められる運送品の状態」については良好でない旨の付
記はなかった。
A 社は輸入通関をして自社倉庫に搬入し、その 5 日後に売約先への出荷のためカートンを開梱し
たところ、2カートンの 20 セットは内装不十分でその殆どに摩擦傷が生じており、下積みで運送
されたと思われる2カートンも底の方の2段8セットが重圧で食器に歪みが生じていた。
[設 問]
① A 社は、直ちに保険会社に事故の通知をしたが、運送人と売主にも損傷の概況を通知しなけれ
ば A 社はどのような不利益を受けることになるか。
② A 社の買付契約担当者は、上司からこの契約では損害が発生した区間によっては保険でカバー
されないおそれがあると指摘された。それはなぜか。
回答レポートは、A4 用紙2枚以内に手書きとし、設問の回答のみを書くこと。
設問① については、
1. 被保険者である A 社が、荷受人として運送人への及び買主として売主への事故通知を怠れば、
保険会社がそれらの者への求償権を失った損害を保険金から減額されることがある旨をテキスト
Ⅰの 5 頁で説明しています。
2. 外航運送人への事故の通知は、運送品の引渡を受けてから 3 日以内にしなければ無事故引渡が推
定され、その推定を覆すには反証で立証責任を負うことになることを、同テキストの 15 頁最下
行から次頁の 1 行目までで説明し、同 16 頁の下注 A で推定への反証を説明しています。
なお、船荷証券の裏面約款等には、3 日以内に事故の通知がないときは無事故引と看做す旨の
3
規定を設けているものもあるが、これは船積前もしくは陸揚後に生じた事故でなければ対象とな
らないことは、同テキストの 62 頁「クレームの通知と提訴期限」の注記で説明している。
3. 売主の不完全履行に対しては、買主が商法 526 条の検査・通知義務を怠ると救済されなくなる
ことは、第Ⅸ章の「はじめに」で説明しています。本件の事故責任の多くは、梱包不良の売主に
あることが想定される事案です。
設問② については、CIF や CIP の取引条件による売主の付保義務は、主要運送期間と買主の危険
負担期間をカバーする貨物保険の付保である。従って本件の CIP では、売主・買主間に別段の特
約がなければ、品川の C 社の CFS 以前の期間は保険が付けられていないことになる。
ほぼ Perfect と評価したレポートの一例を紹介する。
・・・
[ほぼ Perfect と評価したレポートの一例]・・・
事案の売買契約の取引条件は CIP であるので、売主が、輸出通関をして指定仕向地までの運送契
約をして運賃を負担してその船荷証券を買主に提供し、且つ、買主が直接保険者に対して保険金請
求ができる<品川 CFS での運送人への引渡から>仕向地までの貨物保険を保険料売主負担で取得
し、その保険証券を買主に提供する条件である。
そして、約定品に関する売主の危険負担は約定の発送地 CFS で最初の運送人の管理下へ引渡さ
れた時点で終了し、以降は買主の危険負担に移転する。
設問 ① について
まず「対運送人」では、荷受人は運送人に書面による事故の通知をせずに受取の日から既に 3 日
を経過してしまっているので、
運送人には無事故引渡しが推定される
(国際海上物品運送法 12 条)
。
この推定を覆すためにも、荷受人は早急に書面による事故の通知を運送人にして、運送人に対する
損害賠償請求権を保全しなければならない。
B/L には運送品の物品の記載に不知文句がついているが、<現実の運送品の事故責任を免ずるも
のではないから、>事故通知をしなければならない。
次に「対売主」では、商人間の売買であるから、買主は、売買の目的物を受取ったときは遅滞な
く検査して、このような損傷を発見したときは直ちに売主にその通知を発しなければ、代金減額や
代品請求、補修請求、契約解除や損害賠償を請求することができなくなってしまう(商法 526 条)
。
事案は、損害の原因や損傷の多くが運送人に引渡される前に生じていた可能性があり、この期間
は売主の危険負担期間で CIP の保険期間ではないので、売主へのこの通知は大事である。
<買主は保険金で損害のカバーを受けても、そのカバーを受けた損害に責任がある者がいる場合
には、その賠償請求権を保全していないと、保険金を支払った保険者はその義務者に損害賠償の代
位請求ができないことになり、その分の金額を支払われた保険金から減額される危険がある。>
設問 ② について
CIP で売主に付保義務がある貨物保険は、<別段の特約がなければ>約定の CFS で売主が物品
を運送人の管理に引渡した以降である買主の危険負担期間についてのものである。
その保険期間よりも前に生じていた損害については<被保険者がそれを知っていたことを保険会
社が立証すると>、買主はその分の保険金を受取ることができない。
・・・・・・・・・・・・・・・
<
>は私が補筆した部分である。
4
*外航貨物海上保険では、保険の危険開始前にされた梱包の不完全による損害(立証責任は保
険者にある)は保険者免責であるが、これは物流関係法Ⅱで学ぶので、今回のレポートでは
不問にしている。
2 物流関係法Ⅰの 要 点 整 理
Ⅰ
物流関係法の授業で何を学ぶか
① 商取引の物流では一般に、引渡を基準に物品の滅失・毀損の危険負担が売主から買主に移転
する。
*
国内の商人間売買では、届先納品払が多いようであるが、国際売買では従来から FOB.
CIF に代表される発地サイドでの危険移転特約が主流である。最近はコンテナ船利用
が多いことから、FCA. CIP も増えている。
*
危険負担が発地サイドで買主に移転する取引条件では、買主は、現実の引渡しを受け
るまでの期間についてその危険を保険でカバ-する必要が生じる。
② 荷受人が荷渡しを受けたときに行うべき、運送人や売主に対する権利の保全措置。
* 対運送人:4~5 頁の条文
引渡を受けた物品を検査して、所定期間内に滅失・毀損の
通知を運送人にしなければ、無事故引渡の推定もしくは運送人に対する損害賠償請求
権消滅となる。荷送人の運送人に対する権利にも同じ効果が生じる。
延着損害については、ワルソ-条約だけに規定があるが、その他の運送についても、
後日の延着損害請求に備えて、通知をしておくべきである。
* 対荷送人:遅滞なく検査し、売買契約の当事者間であれば、 ⇔ 5 頁 商法 526 条
(1) 契約の目的が達せられないものであれば、荷受を拒否しその旨通知する。
(2) 瑕疵又は数量不足あるときは、直ちに通知しなければ、責任請求ができなくなる。
*
対運送人と対売主への通知は、貨物保険金請求権保全の要件でもある。
③ 売主や運送人のこれへの対応。
* 後日の請求に備えて、事実関係の把握と有利な証拠の保全をする。 ⇔ 6~7 頁
Ⅱ 運送法律関係(概要)
① 運送人、荷送人、荷受人、船荷証券所持人の概念とその権利・義務。
*
運送人と荷送人は運送契約の当事者。荷受人は契約当事者でないが、運送品が到達地
に到達した時点で、荷送人の権利を取得し、引渡請求をした時点で荷送人の権利に優
先する。
*
荷送人は運送品処分権を有するが、船荷証券が発行されたときは、その所持人が運送
品処分権と運送途上であっても運送品の引渡請求権を有し、荷送人の権利はこれに吸
収される。そして善意の所持人には、証券に文言的効力がある。
*
荷受人は運送品引渡請求をすると運賃等の支払義務を荷送人と重畳的に負うが、船荷
証券所持人は証券にその支払義務の記載があるときのみ負担する。
5
② 運送人の損害賠償責任と責任制限額:内航海上運送人、外航海上運送人、国際航空運送人、
陸上運送人。
*
いずれも過失推定の過失責任である。外航海上運送人、国際航空運送人には条約で責
任制限額が定められているが、内航海上運送人、陸上運送人、国内航空運送人には責
任制限額を定めた法の規定はないが特約や約款で定めることは可能である。
③ 請求権競合と責任減免特約。
*
契約上の責任と不法行為責任が競合するときは、契約で責任減免の特約をしていても、
不法行為責任で請求されるとその特約は適用されない。これを防ぐために特約や約款
で、如何なる請求原因による場合もこの減免特約は適用される旨を定めておく必要が
ある。
なお、国際海上物品運送法とワルソ-・モントリオール条約には、如何なる請求原因
によっても、同法が定める責任減免の規定の適用がある旨が定められている。
Ⅲ
運送法律関係(国際航空貨物)
①
国際航空運送契約に関する条約には、わが国は次の四条約に加盟している。
一連のワルソー条約
本書での略称
日本に発効
1929 年ワルソー条約
ワルソー原条約
1953 年 8 月
1955 年ヘーグ改正ワルソー条約
ヘーグ改正条約
1967 年 11 月
1975 年モントリオール第四議定書改正条約
MP4 改正条約
2000 年 9 月
1999 年モントリオール条約
モントリオール条約
2003 年 11 月
② これらの四条約は、それぞれ各別の条約であるから、発着空港所在の各国が、同一の条約加
盟国である場合にのみその同一の条約が適用される。
例えば、
(1) 日・米は四条約ともに加盟しているから、日・米空港間の発着の航空運送には「モントリオ
-ル条約」が適用される。
(2) 中国はワルソー原条約・ヘーグ改正条約・モントリオール条約に加盟しており、シンガポー
ルはワルソー原条約・ヘーグ改正条約・MP4 改正条約に加盟しているので、例えば、日・中空
港間発着の航空運送契約には「モントリオ-ル条約」が適用され、日・シンガポール空港間発
着の航空運送契約には「MP4 改正条約」が適用される。
(3) インドネシアはワルソー原条約のみの加盟国であるから、日・インドネシア空港間発着の航
空運送には「ワルソ-原条約」の適用となる。
③ 特に把握しておくべきこと
(1) 運送人の責任限度額の単位について、ヘーグ改正条約までの条約は金フラン(純金
58.95mg)であったから、1978 年に米国が金の公定価額を廃止してからは金の価額は自由市場
のものだけになった。
6
例えば、
条約が定める貨物損害の賠償責任限度額は 250 金フラン/損傷貨物 kg であるから、
最後の金の公定価額による 0.5895g×250=14.7375g は US$20.-であったが、自由市場価額では
その 7 倍前後のときもあった。日・米の裁判所は US$20.-を用いているが、裁判所国によって
は混乱がある。
*2006.8.31の金自由市場価額はUS&20.-/g であるから、250金フラン相当の金自由市場価額はUS$294.7に達する。
MP4 改正条約やモントリオール条約は、この単位に SDR を用いている。両条約とも、貨物損
害の賠償責任限度額は17SDR/kg であるから、この金額は 17×US$1.48852(2006.8.31 の外為相
場)=US$25.3- となる。
(2) 運送人の責任限度額規定:原条約とヘ-グ改正条約では、航空運送状のない積込貨物や航空
運送状に「条約運送の場合は運送人の責任を通常制限するワルソ-条約の適用がある」旨の荷送
人に対する注意書のない航空運送状を交付している場合は、航空運送人は責任限度額の適用を受
けられない。 しかし、MP4 改正条約とモントリオール条約ではその様な注意書は要求されてお
らず、航空運送状なしの場合でも、航空運送人は責任限度額規定の適用を受けられる。
(3) モントリオール条約の最大の特徴は、旅客死傷の運送人の責任を、旅客一人当たり、10 万
SDR(US$148,852.- :2006.8.31 の外為相場)までの無過失責任と、それを超える額について運送人
の過失推定の過失責任としたことである。
ワルソー原条約では、旅客一人当たり、12 万 5 千金フランの運送人過失推定の過失責任、ヘー
グ改正条約では 25 万金フランであるから、上記金の公定価格を用いれば、1万と2万 US$であ
る。
日本の航空会社の約款は、1992 年 11 月に、旅客の死傷損害について既にモントリオール
条約と同一の制度を採用しており、同条約のこの規定はジャバニーズ・イニシァティブと言
われている。
④ これら四条約の貨物関係の詳細は、古田 H.P.に
「ワルソー モントリオール 四条約対比(貨物関係分)
」のタイトルで載せている。
Ⅳ
運送法律関係(運送証券)
① 船荷証券とは何であるか。
*
運送人が運送品の受取または船積をしたことを証する書面であり、荷受人や所持人の
運送人に対する運送品引渡請求権(債権)と、運送品の間接占有を表章(物権的効力)
する有価証券である。善意の所持人には運送人に対して文言的効力がある。
② 指図式と記名式
*
船荷証券は、日本法では、記名式で発行された場合も、non-negotiable と表示して発
行されていない限り、法律上当然の指図証券である。英米法や大陸法系の諸国では、
おおむね、記名式は仮に non-negotiable の表示がなくても、証券の裏書ないし引渡に
7
よるその権利の譲渡は不能である。
③ 荷為替信用状の船積書類に、B/L・貨物海上保険証券・インボイス等が要求される理由。
*
Ⅴ
船積書類が担保となるためである。
滅失・損傷の荷主間の危険分担
① 民法の危険負担の原則と商取引での実際。危険負担の移転は、どういう効果を生むのか。
*
民法のこの規定は任意規定であるが、種類物は特定した時点で危険負担が移転する(民
法 401 条 2 項)。しかし国内商取引の実際は、引渡ないし納品時点で危険が移転する旨の
約定が多い。
*
売買の目的物が売主の故意・過失によらず滅失・毀損した場合、危険負担が売主にあ
ると売主はその給付義務を免れるが、代金債権を失う。しかし危険負担が買主に移転
した以降での滅失・毀損の場合は、売主は代金債権を失わない。
② インコタ-ムスの売主の危険負担期間
F 条件では、発地サイドでの引渡時点
C 条件でも、発地サイドでの引渡時点
Free On Board ( FOB )では輸出通関と船積費用も売主負担であるのはなぜか。
*
本船船上(外国貨物となる)引渡しであるから、輸出通関と船積費用は売主の負担となる。
C 条件では F 条件と異なるのは何か
*
C 条件は、主要輸送費売主負担で、売主には運送契約締結義務がある。
F 条件は、主要輸送費買主負担で、売主には運送契約締結義務がない。
CIF と CIP とは何が異なるのか。
*
いずれも輸出通関、船積、保険料、運賃を売主が負担して運送契約を締結する義務を
負うが、前者は本船上への舷側通過時点で危険負担が買主に移転するが、後者は運送
人の管理下に引渡された時点でそれが移転する。
C グループ(主要輸送費売主負担の条件)では、CIF と CIP が売主に貨物保険の付
保義務を課しており、その保険担保の期間は、運送期間と一致し、且つ買主が約定品
の危険を負担することとなった時点から約定の仕向港/地に到達するまでをカバーし
なければならない。
D 条件では
*
Ⅵ
持込引渡提供の時点で、危険負担が買主に移転する。
国際海上物品運送法
① 責任の限度とヒマラヤ条項
*
責任の限度とその計算方法は 13 条に規定されている。履行補助者がこれを享受し得る
ことは 20 条の 2 に規定されている。ところで同条の履行補助者である「使用人又は
代理人」にはヘ-グ・ウィスビ-・ル-ル 4 条の 2 第 2 項が規定するように独立契約
8
者は含まれないとする説がある。しかし、本法 20 条の 2 は 15 条の特約禁止の対象条
文でなく、且つ上記ル-ル7条は船積前と荷揚後の特約を妨げない旨を規定している
ので、独立契約者を含める特約は可能と解される。
② 特約禁止の及ぶ範囲
*
同法 15~18 条に規定されている。なお、船積前と荷揚後の特約を妨げないことは上
記の通り。
Ⅶ
輸出入取引の管理の要点把握演習
① コンテナ詰め貨物 B/L の運送品の種類と個品の数および運送品の記号の記載について、
運送人が Shipper’s Pack
*
Said to be と留保文句を附記した場合と、海上運送状の場合
正当に留保文句が付記された物品の記載は、推定的証拠にもならない。留保文句が付
された海上運送状の場合も同様。しかし、記載されている物品の表示との齟齬ないし
不足・損傷があった場合に、それを所定期間内に運送人に通知しなければ、無事故引
渡しが推定(国際海上物品運送法 12 条の場合)ないし、運送人の責任が消滅(商法 588 条の場合)
または訴の提起ができなくなる(モントリオール条約 31 条、その他の各条約は 26 条)。
② 荷為替による輸出代金の回収方法
*
Ⅷ
船積書類との引換回収の手段であり、信用状付の場合は、船積書類が担保となる。
B/L 裏面約款
① 荷主の定義に、荷送人、荷受人、船荷証券所持人以外のものまでを含めている理由と効用。
*
裏面約款記載の運送人の権利や免責特約を、その可能の有無にかかわらず広く及ぼそ
うとする意図からである。
② 複合運送 B/L に特有な条項とその概要
*
一貫運送責任の引受、通し運賃の呈示、複合運送書類の発行、海上運送区間以外の損
害及び non-localized damage に適用する責任制限額の取り決め、訴提起の除斥期間等
の条項が設けられている。
Ⅸ
買主の目的物検査・通知義務と救済
① 商法 526 条の検査・通知義務で保全される権利
* 不完全履行に関する売主に対する補償請求権の保全、及び直ちに発見できない瑕疵があ
る場合には 6 月経過以前の通知によるその補償請求権の保全。但し、本条は任意規定で
あるから、別段の特約は可能。
② 買主の目的物保管および供託義務
*
商人間の売買で、それが営業の部類に属するものであれば、不完全履行により契約を
解除した場合や注文数量を超えた送付があった場合、保管ないし供託義務が課されて
いる。厄介な義務であるから、一定の期限後は買主が任意売却できる特約を設けてい
るのが通例である。
③ ウィ-ン売買条約の買主による物品検査義務と検査を実施すべき時期
9
*
買主は、実際上可能な限り短い期間のうちに物品を検査しなければならないが(38 条 1
項)、売買契約が物品の運送ないし転送を予定する場合には物品が最終仕向地に到達し
た後まで検査を延期できる(同条 2 項・3 項)。
10
ⅩⅠ 貨 物 損 害 保 険
1. はじめに
物流取引は一般に、保険なしには考えられない。運送中に物品が滅失・毀損しても、運送人に過
失が無かったりあるいは責任が減免される場合には、荷主はその損害の回収ができなくなるからで
ある。
また、インコタームズの F 条件や C 条件の売買取引では、発地の所定サイドで運送人へ物品を引
渡した時点で、船積書類がそれを必要とする時期までに買主へ提供されることを条件に、物品の危
険負担が買主に移転する。従って、その危険負担移転以降の運送区間の付保義務を売主に課してい
る CIF と CIP 以外では、買主には、物品が到達するまでの危険を貨物保険でカバーする必要があ
る。
ところで、その保険で担保される保険事故は、付保時点で実在し且つ付保明細に記載されている
物品に生じた損害に限られる
1。
また、船積書類のインボイスに従い付保されているが、買主が着地で開梱検査したところ、そこ
で発見された損傷が、既に生じていたものであることを保険契約者又は被保険者が保険契約締結の
当時知っていたり、あるいは梱包不備によるものであったことを、保険者が立証すれば保険カバー
されないことになる。
このような損害は、第Ⅸ章で勉強した「買主の通知義務」をまず履行して、売主に対して損害の
救済を請求することになるが、売主はこれに容易に応じるとは限らない。
従って、このようなトラブルには、①:売買契約で、船積書類に貨物サ-ベイレポ-トの添付を
要求しておればこれは未然に防げるとこになり、更には、②:CIF や CIP のように売主に「買主の
危険負担区間の付保義務」がある取引では、その売買契約で併せて売主に売主の危険負担区間から
の一貫した付保義務も課しておけば、買主はその区間の損害についても保険者に、直接保険金請求
できることになる。
なお、インコタームズ CIF と CIP で売主に課されている付保義務は、売主と買主の明示の合意
がなければ、ロンドン保険業者協会の協会貨物約款または同種の約款の最小担保で付保すればよい
とされている。したがって、売主に All Risks 等の保険約款による付保を買主が求める場合は、そ
の旨の明示の合意を売主としておかねばならない。
このような保険料は、当然のことながら売買契約代金に跳ね返るが、運送人には、この貨物保険
を求償権放棄特約付(保険料は約 10%割増となる)で付保することを条件に運賃を値引きさせるなどして、
1
-①商法 642:保険契約の当時、当事者の一方又は被保険者が、事故の生ぜざるべきこと又は既に生じたることを
知れるときは、その契約は無効とす。
-②内航の貨物海上保険・運送保険普通保険約款(1989 新貨物約款)第 10 条:保険契約締結の当時、保険事故が
既に生じていることを保険契約者または被保険者が知っていたときは、保険契約は無効とします。
-③I.C.C.(A)~(C)約款共通の第 11 条: 11.1 この保険に基づき、損害のてん補を受けるためには、被保険者は損害
発生のときに保険の目的物に、
被保険利益を有していなければならない。 11.2 上記第 11 条 1 項を前提として、
損害が保険契約締結以前に発生した場合であっても、被保険者はこの保険の担保期間中に発生した被保険損害に
つき、てん補を受ける権利を有するものとする。但し、被保険者がその損害発生を知っており、且つ保険者がこ
れを知らなかった場合は、この限りでない。
11
これを売買代金の額に反映させるのも一つの考え方である。
2. 国内貨物保険
国内貨物の輸送は、主として、和文貨物海上保険約款と運送保険約款によって引受が行われてい
る。和文貨物海上保険約款は、内航船舶が国内の海上輸送に係わっている場合に用いられ、運送保
険約款は、国内陸上輸送に用いられている。
これらの和文証券では、普通保険約款第1条で、オ-ル・リスク担保条件による場合と、特定危
険負担条件による場合との引受条件が用意されている
「オ-ル・リスク担保」は、特約がなければ担保しない所定の免責事項を除き、すべての偶然な事
故によって生じた損害をてん補する。
「特定危険負担」は、火災、爆発、もしくは輸送用具の衝突・転覆・脱線・墜落・不時着・沈没・
座礁・座州によって生じた損害、または共同海損犠牲損害をてん補する。
いずれの場合であっても、保険契約者・被保険者・保険金受取人、またはこれらの代理人もしく
は使用人の故意または重大な過失や、
貨物の自然の消耗またはその性質・欠陥によって生じた損害、
荷造りの不完全、運送の遅延による損害、などは免責とされているほか、戦争危険、ストライキ、
検疫または公権力による処分、捕獲・拿捕・抑留または押収、原子力危険、なども免責とされてい
る。
近時、国内輸送の主力はトラック輸送であるが、その貨物保険は、荷主が手配する一般の運送保
険と運送業者が荷主のために手配する運送保険のほか、運送人の賠責保険がある。
3. 外航貨物海上保険
船舶により海上輸送される輸出入貨物だけでなく、国際間の航空機輸送や、コンテナなどによる
海陸あるいは海陸空複合輸送貨物を対象とする貨物保険は、いずれも外航貨物海上保険の分野に属
する。 外航貨物保険の引受はその国際性から、英文保険証券によってなされる。
保険各社が用いている英文保険証券は、ロンドンのロイズ( Institute of Lloyd’s Underwriter
Association )とロンドン保険業者協会( Institute of London Underwriters )の合同委員会( Joint
Cargo Committee )が、1981 年 7 月に制定した Lloyd’s Marine Policy ないし The Institute of
London Underwriters, Companies Marine Policy に沿った英文証券であり、その本文約款には、
次の文言が明記されている。
”Notwithstanding anything contained herein or attached hereto the contrary, this insurance is
understood and agreed to be subject to English law and practice only as to
liability for and settlement of any and all claims.
「本証券ないし本証券添付の文書にこれに反する記載があるにかかわらず、保険クレ-ムについて
のてん補責任の有無の決定と保険金の支払についてだけは、英国の法律と慣行に従う」
また、裏面約款は、同時に制定された同協会の協会貨物約款( 1/1/1982 Institute Cargo Clauses :
I.C.C. )が用いられている。
従って、英文保険証券の下での保険者のてん補責任の有無に限っては、英文証券とこれに添付さ
れたロンドン保険業者協会作成の協会貨物約款( I.C.C.)に定められたところによるほか、1906 年英
12
国海上保険法( Marine Insurance Act 1906 : MIA )や、英国の判例・慣行に準拠することになる。
[英文保険証券 Marine Cargo Policy の約款構成]
(1) 証券の表面記載約款:主要約款として次の記載がある。
① 英法準拠約款:前記のもの
② 約因約款:保険証券は、保険料の支払により交付される旨の明示。
③ 宣誓約款:保険引受の証として責任者が署名する旨、及び、保険証券が数通発行された場
合は、
その 1 通につき保険会社が債務の弁済をしたときは、他の通は無効になる旨の明示。
(2) 裏面約款:協会約款の主なものは、
I.C.C.(A) 列挙の担保危険の他、免責事項を除き貨物の滅失・損傷の all risks を担保する。
免責事項は、①一般免責事項:被保険者の不法行為によるもの、保険の目的の通常の
漏損・重量または容積の通常の減少または自然の消耗によるもの、保険の目的の梱包
もしくは荷仕度( preparation )の不十分または不適切によるもの、保険の目的の固有
の瑕疵または性質によるものなど。
②船舶や艀の不堪航に関する免責事項。
③コンテナ等の不適切に関する免責事項。
④戦争などの危険に対する免責事項。
⑤ストライキなどによって発生する危険に対する免責事項。
従前のオ-ルリスク約款 ICC A/R に相当する約款である。
I.C.C.(B):担保される危険は、上記(A)から「上記以外の滅失・毀損の一切の危険」が外されてい
る。
免責事項は、(A)と同じ免責事項が列挙されているほか、
「意図的な暴力行為などによって
保険の目的に生じる滅失・損傷」も免責としている。
I.C.C.(C):担保される危険は、(B)と同じく「上記以外の滅失・毀損の一切の危険」が外されてい
るほか、(A)(B)で担保されている危険・損害から、次のものが除外されている。
① 地震・噴火・落雷が原因となった保険の目的の滅失・損傷。
② 波ざらいが原因となった保険の目的の滅失・損傷。
③ 海水・湖水・河川水の船舶・輸送用具・コンテナ・リフトバンなどへの侵入が原因
となった保険の目的の滅失・損傷。
④ 積込、積卸中の水没・落下による貨物 1 個ごとの全損。
免責事項は、(B)と同じ。
協会戦争危険約款 Institute War Clauses:戦争危険は I.C.C.(A),(B),(C)で免責となっているので、
この約款を付加して担保する。
協会ストライキ約款 Institute Strikes Clauses :これも同様である。
協会マリシャス・ダメ-ジ約款 Institute Malicious Damage Clause :I.C.C.(B),(C)で免責となっ
ている「意図的な暴力行為などにより保険の目的に生じる滅失・損傷の担保」を復活する場
合。
追加担保される危険:貨物の種類によっては、I.C.C.(B)または(C)で担保される主要危険以外の各種
の危険ないし損害を、
「付加危険」として追加付保する必要がある。
保険会社は、割増保険料の支払を条件に、これらの「付加危険」を保険証券の表面または裏
13
面に追加・挿入する。主なものは次の通り。
① Theft, Pilferage & / or Non Delivery ( TPND ):盗難、抜荷または不着危険担保。
② Non Delivery ( ND ):不着危険担保。
③ Shortage :不足危険担保
④ Leakage:漏損担保。
⑤ Rain and/or Fresh Water Damage (RFWD ):雨・淡水濡れ担保。
⑥ Breakage:破損担保。
[英文証券のてん補範囲一覧表]
「担保危険」
A B C
下記に原因を合理的に帰し得る滅失・損傷
*火災または爆発
○ ○ ○
*船舶・艀の座礁・乗揚・沈没・転覆
○ ○ ○
*陸上輸送用具の転覆・脱線
○ ○ ○
*船舶・艀・輸送用具の他物との衝突・接触
○ ○ ○
*避難港における貨物の荷卸
○ ○ ○
*地震・噴火・雷
○ ○ ×
下記による滅失・損傷
*共同海損犠牲
○ ○ ○
*投荷
○ ○ ○
*波浚い
○ ○ ×
*海水・湖水・河川の水の船舶・艀・輸送用具等・保管場所への侵入
○ ○ ×
* 船舶・艀の積込、それからの荷卸中の海没・落下による梱包 1 個ごとの全損 ○ ○ ×
上記以外の滅失・損傷の一切の危険
○ × ×
共同海損・救助料(免責事項に関連するものを除く)
○ ○ ○
双方過失衝突約款
○ ○ ○
「免責事項」
(戦争・ストライキ以外)
A B C
*被保険者の故意の違法行為
× × ×
*通常の漏損、重量・容積の通常の減少・自然消耗
× × ×
*梱包・準備の不十分(保険引受の危険開始前、または被保険者による
× × ×
コンテナ・リフトバンへの貨物の積込を含む)
*保険の目的の固有の瑕疵・性質
× × ×
*船舶・艀の不堪航、船舶・輸送用具・コンテナ・リフトバンの不適合
× × ×
(被保険者が関与している場合)
*遅延(被保険危険に因る場合を含む)
× × ×
*船主・船舶管理者・傭船者・運航者の支払不能・経済上の窮乏
× × ×
*一切の人又は人々の悪意ある行為による全体または一部の意図的損傷・破壊 ○ × ×
*原子力ないし放射能関係による滅失・損傷または費用
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× × ×
4. 保険価格と保険金額
保険価格は、被保険危険が発生したとき、被保険者が被ることあるべき損害額の最高額。
保険金額は、保険契約締結に際し、当事者が合意し決定した付保金額。
両者は合致させることが望ましいが、後日のため、保険価格を契約時に協定しておくのが通常であ
る(評価済保険)
。
仕切状 Invoice 価格(運賃・保険料を含む)に 10%の希望利益を加えた額を保険価格として協定し、
保険金額とするのが一般である。
Incoterms “CIF 条件”売主の義務A3-bは、この 110%の額を売主の付保義務として規定している。
5. 保険期間と保険区間
(1) 輸出入の貨物保険では、貨物は特定の輸送区間について、一航海を対象とした「航海保険」が
通常である。
航海保険では、売買契約が CIF か FOB かで、保険手配の当事者が異なる。
① CIF では、売手が保険手配を行うが、買手が貨物調達してから本船に積みこむまでの危険は売
手にあるので、自分の危険負担となっている時点から保険が開始するよう、その時点からを保
険区間として保険を手配する必要がある。
この保険は、本船に積込まれ目的港に到着し荷揚の後、最終仕向地の受荷主の倉庫に搬入され
るまで、保険担保が継続することが通常であり、そのように保険契約される。
しかし、途中、中間倉庫を貨物の分配・仕訳・保管などの目的で使用した場合には、その倉庫
をもって最終倉庫と看做し保険担保が終了する( Transit Clause 8.1.2)。
また本船荷揚終了後 60 日を経過した時点でも保険は終了する( Transit Clause 8.1.3)。
しかし被保険者に被保険利益がある以上、事前に特約をもって保険の期間と区間を変更するこ
とは可能である。
② FOB では、保険手配は買手であるが、買手に貨物の危険負担が移転するのは本船積込時からで
あるから、それ以前には買手には被保険利益がないので、仮に奥地の倉庫から保険が開始する
条件で付保されても、その区間は保険担保がない。その必要があれば、売り手に一貫して付保
させることである。
(2) 国内の運送保険では、特定の保険契約者について、てん補範囲を限定し、保険の目的・被保険
者名・保険金額・保険区間(輸送区間を含む)・てん補限度額・保険条件などの細目をあらかじめ合
意の上、一定の期間について保険契約を締結する「期間建運送保険」が一般に行われている。
6. 包括責任主義と列挙責任主義
⇔ 立証責任をどちらが負担するかの問題
保険証券上、輸送中または保管中に発生した担保危険を明示する方法として、包括責任主義と列
挙責任主義がある。
① 包括責任主義には、わが国の和文貨物海上保険普通保険約款および運送保険普通保険約款の「オ
-ルリスク担保条件」や、1981 年 7 月の英国協会貨物海上保険約款(新 ICC)の「A条件」によ
る引受がある。
15
② 列挙責任主義の例には、和文貨物海上保険普通保険約款および運送保険普通保険約款の「特定
危険担保条件」や、1981 年 7 月の英国協会貨物海上保険約款(新 ICC)の「B・C条件」による
引受がある。
包括責任主義、列挙責任主義いずれにも大半共通の免責事項があるが、両方式の大きな相違は損
害の立証責任にある。
即ち、包括責任主義においては、被保険者が保険てん補を受けるには、損害がどの危険によって
発生したかを立証する必要はなく、単に保険期間中に偶発的な事故によって起こったことを示せば
足り、他方保険者は、その損害が免責危険によることを自ら立証しない限り、保険てん補の責を免
れない。
列挙責任主義では、どの列挙危険により損害が発生したかを被保険者が立証しなければならない。
16
ⅩⅡ B/L に関する大陸法系と英米法系
1. はじめに
わが国や大陸法系の諸国の船荷証券は、法概念として「有価証券」であるから、荷受人を記名式
で発行された記名式船荷証券でも、記名荷受人が船荷証券の所持人になるまでは、船荷証券上の権
利者ではない。
ところで英米法系の諸国では、これに相当する法概念は「権原証券:document of title」であり、
米国法では、荷受人記名式で発行されている場合は、それは記名荷受人が運送品の引渡を受けるこ
とができる権原を証明する証券ですが、有価証券のように証券にその権利が化体されている訳では
ないので、荷送人は、運送人から作成・交付を受けたその権原証券のオリジナル全通を保持してい
る限りは、運送品が到達地に到達するまでは、権原証券オリジナル全通に運送人の承認署名で記名
荷受人の変更記載をすることができます。
他方、記名荷受人は、権原証券オリジナルの引渡を受けていなくても、記名荷受人である限りは
その呈示をせずとも運送人から運送品の引渡を得ることができ、また、オリジナル一通でも取得し
ておれば、最早荷送人から記名荷受人の地位が奪われることはなく、記名荷受人がそのオリジナル
を呈示して運送品の引渡を請求したときは、運送人は “must deliver” の義務を負う。
なお、権原証券が流通可能(negotiable)証券として発行されている場合は、その正当な所持人
のみが権利者であることは、大陸法系の有価証券の場合と同じである。
英国法では、権原証券は流通可能証券である場合のみに認められてきていたが、最近は 2005 年 2
月 15 日の貴族院判決以降は流通性のない場合にも権原証券を認める方向に進むのではないかと思
われる。これについては、本章の最後で触れることにする。
2. 米国法準拠の記名式船荷証券(Straight B/L)
の呈示なしの物品引渡事件についての中国最高裁 2002.6025 判決
[事案]
:米国の船社 APL は、船積貨物2個について、荷送人:Feida(中国広州)・荷受人:GB(シ
ンガポール) の米国法準拠の Straight B/L(非流通記名式船荷証券)を、荷送人 Feida に発行・交
付した。
当該物品は Feida が GB に販売したものであるが、仕向港シンガポールに到着後 GB はその代金
支払を怠っているため、Feida は当該船荷証券原本を GB に送付せずにその全通を自ら保有してい
た。ところが APL のシンガポール代理店は、船荷証券原本の呈示を受けずに貨物を GB に引渡し
てしまった。 荷送人 Feida は、当該船荷証券原本全通の所持人として、貨物の引渡を違法として
APL を相手取り広州海事裁判所に提訴した。運送人 APL は、これに敗訴し、控訴審広東高裁でも
敗訴したので、中国最高裁に上告した。
① 外国準拠法の適用に関する中国最高裁の判例
当該 B/L の至上約款は、1936 年米国海上貨物運送法( US COGSA )ないしはヘーグ・ルールが適
用される旨を明確に表明している。この準拠法の選択は両当事者の意思であり、且つ中国の公の秩
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序に違反しない。中国海商法第 269 条に基づき、本件至上約款による法の選択は適法であり、且つ
準拠法として適用される。
*CMC 第 269 条(準拠法の選択)
:契約当事者は契約に適用する法律を選択することができ
るが、法律に別段の定めがあるときは除く。契約当事者が選択していないときは、契約と
最も関係の深い国の法律を適用する。
*CMC 第 276 条(外国法、国際慣例適用時の原則)
:この章の定めにより外国の法律又は国
際慣例を適用するときは、中華人民共和国の社会公共の利益に反してはならない。
ヘーグ・ルールは、運送証券が権原証券( document of title )である場合のみに適用される。
本件 B/L は、非流通の Straight B/L であるから権原証券ではない。従って、本件海上運送契約には
ヘーグ・ルールの適用はなく、US COGSA が適用される。
US COGSA 第3条4項は、同法はポメレン法( 連邦船荷証券法 )の適用を排除ないし制限するも
のではない旨を規定している。従って、本件には連邦船荷証券法が適用される。
*前記の英国貴族院 2005 年 2 月 15 日判決は、英国法の Straight B/L も権原証券としてヘ
ーグ・ルールの適用があるとしており、米国法の Straight B/L も権原証券であることは「は
じめに」で述べているとおりである。日本の著名な教科書には米国法の Straight B/L は権
原証券でないと誤った解説をしているものがある。
*ポメレン法第2条は、同法が適用される B/L を米国内州際運送および米国からの輸出 B/L
としており、わが国の学者も米国輸入 B/L には同法は適用されないと解しているようであ
る。しかしながら、US COGSA 第3条4項がポメリン法の適用を排除ないし制限しない
と規定しているのは中国最高裁の指摘のとおりであり、且つ、US COGSA 第 12 条は米国
輸出入 B/L 双方に US COGSA を適用する旨を定めている。私は、米国法準拠の特約があ
る外国間 B/L や米国輸入 B/L にはポメリン法の適用があって然るべきと考えるが、本件中
国最高裁の判決は、米国法準拠の特約がある外国間 B/L にはポメリン法の適用がある旨を
判断した貴重な判決例である。
② 中国最高裁の本案内容に対する判決要旨
荷送人 Feida は運送人 APL 署名の船荷証券を適法に所持している。船荷証券で証明される両者
間の海上物品運送契約は法的に有効である。Straight B/L は非流通運送証券であり、権原証券とし
て機能しない。米国法では、Straight B/L 上に荷送人により指定されている荷受人に運送人が物品
を引渡すことは妥当である。運送人は、荷受人に物品を引渡す際に Straight B/L 原本の回収を求め
ることは要求されない。荷受人 GB が APL により任命されている現地代理店に対して物品の引渡
しを求めていたので、荷受人に対する APL による引渡は、Straight B/L で請負っているところに
適合している。APL の行為は、米国法に適合しているので責務違反ではなく、海上運送契約に基づ
く引渡し債務からの適法な解放である。
以上、最高裁は APL の上告を認めた。Feida が代金の回収に失敗した損害は、Feida 自身の商業
上のリスクである。物品が仕向先港に到達する前に運送人が記名荷受人である GB に物品を引渡さ
ないよう APL に通知をしなかった結果は、Feida 自身により負担されるべきものである。
よって、最高裁は一審・二審の判決を棄却し、Feida の APL に対する請求を退けた。
③ この判決について
18
米国法の Straight B/L は権原証券であるので、
荷送人がその B/L のオリジナル全通を運送人に呈
示して記名荷受人の変更記載に承認をもらうまでは、記名荷受人は権原証券によって証明されてい
る荷受権者であるから、運送人は B/L の呈示を受けなくても運送品を引渡すことができ、判決の結
論だけは正当である。
しかしながら、米国法の Straight B/L は権原証券であるから、荷送人が記名荷受人を変更するに
は上記のように、B/L オリジナル全通を運送人に呈示する必要があり、あるいはもう一つの手段と
して、荷送人が「買主である荷受人の当該物品売買代金の支払不能」を理由とする運送差止権によ
り、運送人に対して運送の差止を通告する権利が売主である荷送人に認められている。
この運送差止権は、州内商事法のモデル法典である米国の統一商事法典( UCC )に規定されており、
その運送差止権を運送人に通告できるのは、流通可能 B/L の場合はその Holder(所持人)であるが、
Straight B/L の場合は荷送人で、そのオリジナルの呈示は要件とされていない。1
参考 <英国法の Straight B/L>
ヘーグ・ウィスビー・ルールは、有価証券ないし権原証券である船荷証券に適用される。ところ
でイギリス法では、権原証券は流通可能な証券の法概念であるとされてきていたので、イギリス法
準拠の Straight B/L は権原証券でないと解されてきていた。
即ち、流通・非流通を問わず権原証券を認める米国法とは、異なる考え方を採っている。
しかし英国でも最近に至って、
「はじめに」で触れたように、イギリス連邦の海外諸国の最終審裁
判所である貴族院は、イギリス法が適用される Straight B/L に「引換給付条項」が付けられていた
ことに着目して、これを権原証券としてヘーグ・ウィスビー・ルールの適用を是認する判決をして
いる。
1
物流問題研究 No.49 (2007.5 刊)の筆者の『米国の連邦 Bills of Lading Act とその Straight B/L』
の「(②)―②Straight B/L を所持している記名荷受人の地位」
(61~65 頁)参照。
筆者の H.P.「UNCITRAL 物品運送条約案の研究」の 305 にも掲載している。Google 又は Yahoo
Japan のウエブに、UNCITRAL と入力・クリックすれば H.P.が出てくる。
19
ⅩⅢ 電子式船荷証券
1 はじめに
電子商取引の普及に伴い、船荷証券や運送状などの運送書類の電子化が課題となっている。証拠
書類に過ぎない非流通の運送状の場合は、その電子化も比較的容易であり実施も進んでいる。
しかし船荷証券の場合は、その有価証券ないし権原証券としての効力は紙の証券であることを前
提に、且つその効力も各国の国内法に基づくものであるから、国際条約等で統一がまだなされてい
ない現状では、その電子化の普及に多くの障碍があることになる。
電子式船荷証券(Electronic B/L)は、船荷証券の記載内容を、船荷証券を発行する代わりに、
運送人、荷送人、譲受人が互いに EDI( electronic data interchange)メッセ-ジで伝送することに
より、運送品に対する支配・処分権の移転と運送品の引渡を行う方式である。
現行の船荷証券法制は、紙の証券を前提に構成されているので、電子メッセ-ジにそのまま置き
換えることは不可能です。そこで、電子式船荷証券には、船荷証券が有しているのと同等の機能
( functional equivalent )を、紙を用いなくても可能な法律構成により、電子メッセ-ジにより行う
ことになります。
その機能とは、具体的には運送品の引渡請求権などの債権の取得・移転と、それの運送人や第三
者に対する対抗要件を具備することであり、船荷証券と同じく物権的効力すなわち運送品占有取得
の対抗要件を具備することです。
万国海法会(CMI:Comite Maritime Internztional)は、1990 年に先駆的な電子式船荷証券の
権利の発生・移転・消滅に関する国際ル-ルとして「電子式船荷証券のための CMI 規則:CMI Rules
for Electronic Bills of Lading」を採択した。
1999 年にスタ-トした Bolero Net のル-ルブックに記載の規約は、この CMI 規則に基本的に
沿った内容である。
このボレロネットの電子式 B/L は、流通可能 B/L が必要な海上輸送中の転売が多い石油や木材・
穀物等の運送に主として用いられており、紙の船荷証券しか対象にしていない現在の法制や各国ま
ちまちの船荷証券の法律関係等の障碍を克服するために、会員に限定したシステムになっている。
しかしながら、電子式 B/L が広く取引に用いられるためには、その利用がボレロのように会員間
に限定したクロ-ズドシステムよりも、
オ-プンシステムの方が望ましいのはもとよりであるから、
それにはわが国官民で共同開発され、既に実用にも供されているオープンシステムの TEDI システ
ムがある。
皆さんは、次の第 2 項「CMI 規則による電子式船荷証券の構想」を読んで、どのような法律関
係の仕組が構想されているのかを、まずイメージしてください。
第 3 項「電子式船荷証券の実際」は、わが国の NVOCC(利用運送人)の業界団体の電子式 B/L
導入への対応を協議した委員会で、私が意見を述べたレポートです。
若干長文ですが、まず、3-A 「紙の船荷証券の復習」で、しっかりとこれを把握してもらい、次
いで、3-C 「ボレロ電子式船荷証券の発行・流通の仕組」でその中核となつている Novation(更
改)で紙の船荷証券での場合と同様な法的効果が得られることを説明します。そして、3-D 「オー
プンシステムの TEDI 船荷証券電子情報システム」では、権利の移転や占有の移転及びその対抗要
件の取得は、指名債権の譲渡、指図による占有移転、電子確定日付による対抗要件具備など、なじ
20
みの方法が用いられていることを紹介します。
2
CMI 規則による電子式船荷証券の構想
CMI 規則の EDI メッセ-ジによる概要は次の通りである。
(1) 荷送人と運送人との間で運送契約が成立する。
(2) 荷送人から運送品を受取った運送人は、荷送人に対して受取通知 notice of the receipt of the
goods をする。
この受取通知には、従来からの船荷証券であれば含まれている ①荷送人の名称 ②物品の明細
③物品の受取日及び受取地 ④運送人の運送条件 のほか、
当該運送契約を特定する暗証番号
(プ
ライベイト・キ-)が含まれる。
(3) 荷送人は、運送人に対してこのプライベイト・キ-を用いて、通知受領の確認メッセ-ジをし
なければならない。この確認をすると荷送人は電子式船荷証券の所持人 Holder となる。
* この規則でいう所持人は、船荷証券法制の所持人概念とは若干異なる。例えば、紙の船荷証券で
は、荷送人 A が運送人に荷受人欄を “To order of B” とする船荷証券の発行を請求して荷送人が
その交付を受けて所持していても、船荷証券上の権利の正当な所持人になれる者は B であり A で
はない。
電子式 B/L の場合の Holder に A が加えられているのは、
B に Holder 資格を取得させるために
A が B にアクセスする必要と、もしくは発行された電子式 B/L が B に引渡される前に運送人にそ
のキャンセルを指示したり B/L のなんらかの変更を運送人に指示するアクセスをできるようにし
ているに過ぎない。紙の船荷証券でも、荷送人 A が当然できることである。
(4) 所持人は、次の手順を経て、運送品に対する支配・処分権を移転することができる。
① 所持人が支配・運送品処分権を予定所持人( a proposed new holder )に移転する意思を、
プライベイト・キ-を用いて運送人に通知する。
② 運送人は、現所持人の通知を確認するとともに、現 Holder の情報を、プライベイト・キ
-を除き、その予定所持人に伝える。
③ 予定所持人は、支配・処分権を受諾する旨を運送人に通知する。
④ 運送人は、この通知を受取り次第、旧所持人のプライベイト・キ-を廃棄し、新所持人に
新しいプライベイト・キ-を発行する。
しかし、上記プロセスによって、運送品に対する占有移転の効力(船荷証券の物権的効力)を生
じさせ得るかは、日本法では指図による占有移転(民法 184 条)で構成できるが、外国の法廷で必ず
しもこれが是認されるかの問題がある。
なお、プライベイト・キ-とは、所持人ごとに固有のもので、メッセ-ジ伝送の認証と真正
authenticity and integrity を担保するものである。
CMI 規則では、電子的記憶装置を介してのこのようなメッセ-ジの出入の管理は、運送人を想定
しているようであるが、現在稼動している BOLERO 方式や TEDI 方式では、第三者機関で行って
いる。
3
電子式船荷証券の実際
A 紙の船荷証券の復習
まず、従来からの紙面文書である船荷証券とは何であるかを、確認しておきましょう。
21
簡単に言えば、
① 運送人が運送品の受取または船積をした受取証であり、
② 運送契約を証すると共に、その運送品の引渡請求権を表章する有価証券であり、
③ 且つ運送品の所有権等の権原の譲渡が行なえる流通証券です。
この船荷証券が、作成されて所持人に引渡されて、有価証券として機能して行くさまを具体的に
見てみると、次のようになります。
船荷証券は、運送人が、運送品の受取後または船積後に、荷送人の請求により作成・署名して、
荷送人に交付されます。
その船荷証券の荷受人欄は、荷送人の申告により運送人が記載しますが、一般には To the order
of shipper(荷送人が指図する者に荷渡しすべき旨)もしくは A or order(荷受人Aまたはその指図
する者に荷渡しすべき旨)を記載した指図式で発行されます。
なお、A or Bearer という選択無記名式(荷受人Aまたは船荷証券持参人に荷渡しすべき旨を記
載する方法)
、または荷受人名のみを記載した記名式で発行されることもあります。
船荷証券は、その記載文言により運送品引渡請求権を表章し(債権的効力)
、且つその証券の所持
に運送品の占有(運送人を代理占有者とする間接占有)が認められる物権的効力のある有価証券で
すから、まず、券面上の荷受人欄の指定に従って正当な所持人となった者は、運送品に対するこれ
らの権利を取得し、その取得は、運送人その他の第三者にも対抗することができます。
そして、運送品処分権も、船荷証券所持人が持つことになります。
わが国では、記名式であっても「裏書禁止」が記載されずに発行された船荷証券は、法律上当然
の指図証券として譲渡されるので、その禁止の記載なく発行された船荷証券は、指図式の場合と同
じく、裏書により流通して行くこととなります。
無記名式の場合は、船荷証券の引渡のみで流通して行きます。
そして最終所持人は、その所持する船荷証券を運送人に呈示して、運送品の引渡を受けることに
なります(受戻証券性)
。
さて、この様な紙の船荷証券の機能や役割を、船荷証券情報の電子的データー交換によって実現
しようとするのが、電子式船荷証券です。
わが国でも平成13年4月1日から「電子署名及び認証業務に関する法律」が施行され、本人の
電子署名により作成された電磁的記録も、本人の署名により作成された紙の私文書についてその成
立の真正が法的に推定される(民事訴訟法第 238 条 4 項)と同様に、その電磁的記録の成立の真正
も法的に推定されることになりました。
しかし、電磁的に記録管理されている状態の電子式船荷証券は、紙の船荷証券のように物理的に
引渡・交付されるものではなく、従って、法的には船荷証券ではありません。
電子式船荷証券とは、その発行請求・作成交付・その権利の移転・担保取得やその開放・運送品
受戻 等の電子式船荷証券行為を行う全当事者が、その電磁記録管理を行う機関を中心に定める規
約に従って、従来の紙の船荷証券を用いる場合と同様の法的効果を得る工夫がされたものです。
22
B
ボレロ電子式船荷証券の仕組
具体的には、現在実用化されている BOLERO システムを例にとれば、Bolero Rule Book 及びそ
の Appendix である Operating Procedures に定める規約に従って、同システムに参加して登録さ
れたユ-ザ-(会員)間でのみ、電子デ-タ-交換により、前述のいわゆる電子式船荷証券行為が
行われます。
この 電子式船荷証券 行為である電子 データーの交換 は、会員間直接 ではなく、Bolero
International(Bolero システムを運営する機関)が運営するCMP(Core Messaging Platform)
を介して行なわれ、Bolero International が双方代理を務めることになっています。
CMPを介して電子データー交換を行なうために、全登録会員には Bolero システムから、会員本
人であることを示す電子署名のための Private Key(秘密キー)と電子データーを暗号送信しある
いは着信電子データーの暗号を解く Public Key(公開キー)の Key ペアーが交付されており、C
MPを介して行なわれる会員間の電子データー交換は、全てこの両 Key を用いて行なわれます。
これは、電子データーの交換の発受信の事実と当事者の確認・途中改竄が無いことの保障・発受
信当事者以外への秘匿性確保・及びその記録保持のためであり、このCMPは、電子式船荷証券の
権利義務に関する機能を遂行するとともに、且つその船荷証券権利移転の現状を Title Registry
に登録するコンピューター・プログラム(アプリケーション)です。
BOLERO システムでは、全登録会員との間で、電子式船荷証券の対象となる運送契約は、従来
の紙の船荷証券が発行された場合に強制的に適用される条約及び国内法に準拠することが約定され
ています。
また、Bolero Rule Book の Annex には、いわゆる U.S.A. Local Clause が挿入されており、電
子式船荷証券に基づく運送が米国の港ないし地点へ/からの運送である場合には、U.S. COGSA に
準拠することが定められています。
また、電子式船荷証券自体にデーター表示された運送条件以外の運送標準約款(主として裏面約
款に相当する部分)については、運送人は電子式船荷証券データー中に、外部の運送約款を摂取す
ることと、その運送約款が電子的またはその他の方法で閲覧可能なこと、を明示する義務を負って
います。
なお、Title Registry に登録される事項は、電子式原船荷証券事項とそのID番号、荷送人また
は所持人からの Title 指示、Negotiable か否か、発行 Carrier、Shipper、Holder(発行時に交付さ
れる者ないし権利移転後の所持人)
、To Order、および Surrender(証券回収)に限られます。
従って、これ以外の電子データー交換内容は、当該会員で電磁記録しておくことになります。
なお、注意すべきことは、Bolero Rule Book は、Bolero の電子式船荷証券の Holder は、Holder
になることを電子署名で承諾して Holder になった時点で、同電子式船荷証券の荷送人の権利およ
び義務を取得し且つ負う(但し、白地裏書である Bearer Holder や同じく Bearer Holder である銀
行等質権者の Pledgee Holder は除きます)旨を規定していることです(同 Rule Book3.5.1-(1)&
(2))
。
これは、荷受人や船荷証券所持人が責任を負担する時期は、運送品の引渡請求をする時点である
とする、わが国際海上物品運送法(20条による商法 753 条の適用と同 583 条の準用)や英国 The
Carriage of Goods by Sea Act 1992(3条1項)の規定に相違しますが、この分に関する法規定は
任意規定であろうと思われますので(国際海上物品運送法15条の荷主に不利益な特約禁止は、20
23
条を対象にしていない)
、Bolero Rule Book のこの規定が会員である電子式船荷証券当事者間の特
約にも優先することになります。
勿論 Holder の地位が移転されて Holder でなくなればその権利及び義務もなくなりますが(同
Rule Book3.5.1-(3))
、記名式で発行された電子式船荷証券の荷受人は、同 Rule では譲渡不能証券
の Holder ですから(同 Rule Book1.1-(21)&(22))
、これを避ける手だてがないことになりま
す。
C
ボレロ電子式船荷証券の発行・流通の仕組
次に、BOLERO システムでは、一連のこれら電子式船荷証券行為が、どのようにして行なわれ
るかを、順を追って説明します。
[a]
.電子式船荷証券は、BOLERO システムのCMPを介して登録会員である荷送人が、電子メ
ッセージにより登録会員である運送人に対して作成交付を請求し、運送人は船荷証券を電子データ
ーに作成して、CMPを介して荷送人に送信します。
[b].荷送人がこれを了承し電子署名により電子式船荷証券の交付を認めると、運送人と荷送人
間の運送契約を証し且つ運送人による貨物の受取を証する電子式船荷証券として、Title Registry
に登録されます。
このようにして署名作成された電子データーを電子式船荷証券(Bolero システムでは Bolero
Bill of Lading という)と言います。
[c]
.電子式船荷証券の作成にあたっては、運送人は荷送人の指示に従って、Original Parties と
して、①.Shipper と②.Holder および③.To Order Party 又は Black Endorse(紙の船荷証券の場合の荷
受人または被裏書人で、いまだ証券の交付を受けていない者に相当)ないし Consignee 等を指定します。
運送人によって指定されるこの最初の Holder は、Bearer Holder としての Shipper Holder か、
質権者である銀行等の Pledgee Holder のいずれかです。
Consignee が指定されると Bolero B/L は記名式で非流通となります。To Order Party も
Consignee も指定されない場合は、Holder を Bearer とする Blank Endorse が指定されます。
なお、
荷送人から Holder も To Order Party も Consignee も指示がない場合は、
運送人は Shipper
を Bearer Holder として指定します。
以上の指定は Title Registry に登録され、いわゆる紙の船荷証券の場合での、運送人から荷送人
への作成・交付、ないし船荷証券質権者である銀行等への引渡・交付がされたことになります。
なお、Holder は同時には常に1名しか存在しません。
[d]
.紙の船荷証券の場合は、その引渡の法的構成は、各国の法制により一様ではありませんが、
わが国の場合は運送品引渡請求権と運送品占有権移転の有価証券行為、英国法の場合は、運送契約
当事者であったかの如くに擬制されます(1992COGSA 第 2 条 1 項)
。
BOLEROシステムの電子式船荷証券では、
運送人と現Holderと新たにHolderとなる三者間の、
運送債権者が現 Holder から新 Holder に変更する更改契約
(Novation)
として構成されます
(Bolero
Rule Book3.5.1)
。
24
Novation とは、現 Holder の運送契約に基づく権利及び義務を消滅させ、新 Holder と運送人と
の間に同一内容の運送契約上の権利・義務を発生させることです。
即ち、Bolero 電子式船荷証券の原初当事者である運送人と原初 Holder との契約関係が、その二
当事者と新 Holder との三者契約により、従前の契約を消滅させて、当該船荷証券による契約を運
送人と新 Holder との契約に Novation(更改)し、更に Holder の交替が行なわれる都度、運送人
と現・新 Holder 三者間の Novation 契約(更改契約)により、運送人・現 Holder 間の契約の消滅
と運送人・新 Holder 間の契約への Novation(更改)となる仕組です。
これは、わが国の民法が規定している更改(513 条以下)と類似した法概念です。
但し Bolero システムでは、荷送人の運送人に対する義務は消滅せずに残るものとされており、紙
の船荷証券においての荷送人の義務と同様になっています。
なお、Bearer Holder である間は Novation は生ぜず、また銀行等の質権者が Pledgee Holder
である間も Bearer Holder ですから Novation は生ぜず、次々と Bearer Holder を指定して譲渡を
Title Registry に登録できますが、
その質権を実行するときは、自らの権限でまず自分を Holder-to-order に指定するので、Novation
が生じます。
即ち、Shipper ないし直前の Holder-to-order と Novation が生じ、To Order Party が Title
Registry に登録されていても Holder ではないので削除されます。
また、Pledge Holder がこの放棄をCMPを介して行なえば、To Order Party は Holder-to-order
として Title Registry に登録されます。
Novation は、運送人と現・新 Holder 三者間の契約ですから、運送人と現 Holder が通謀すれば、
二重更改で後発の更改に被害をもたらしますが、Bolero システムでは Title Registry を介して行な
われるため、これは防止されます。
* しかし電子式船荷証券は、有価証券である紙の船荷証券ではありませんから、運送品に関する処分は船荷証券を以っ
てしなければ為すことができない旨の「処分証券性の法理」は働きません(日本商法 573 条参照)。 電子式船荷証
券所持人は、Bolero システム外で、第三者に債権譲渡することも可能な訳です。
Bolero システムでは、各会員はそのような行為をしないことが約定されていますが、そのような債権譲渡を制約す
る約定は、Bolero システム外の善意の第三者に対抗できないのが法の原則です(日本民法 466 条参照)。
そのような債権譲渡が行なわれた場合は、それに確定日付がある場合も無い場合も、運送人は運送品を供託して、
二重に引渡を請求され得る難を逃れることになります。
したがって、この問題に関しては、電子式船荷証券所持人の地位は、紙の船荷証券所持人に劣ることになります。
もっとも、Bolero システムは会員制ですから、そのような事態の発生は起こらないとの想定と思われますが、理論的
にはあり得ることです。
[e].更に電子式船荷証券が流通を続ける場合も、運送人・現所持人・新所持人となる者の三者
間での、債権者の交替による Novation(更改)が行なわれることを紹介しました。
その結果、従前の Holder は全て電子式船荷証券の法律関係には残らず、この点、裏書の連続が
ある紙の船荷証券の場合と異なりますが、船荷証券の裏書には担保的効力がないので、電子式船荷
証券の価値がこのことで何ら紙の船荷証券に劣ることにはなりません。
むしろ裏書署名がないので、電磁登録から紙の船荷証券をアウトプットして爾後紙の船荷証券と
して流通に置く場合にも、運送人の署名だけで足り、電子式船荷証券のためのCMI規則が要求し
25
ているところの、所持人が要求する場合の紙の船荷証券への切替を可能にしています。
[f]
.Bolero システムでは、電子式船荷証券の現 Holder は、運送人に対して紙の船荷証券を発行
するよう要求することができます。
発行される紙の船荷証券には、電子式船荷証券に含まれ、あるいはそれにより証される全ての運
送条件が記載され、且つ電子式船荷証券が作成登録された時から紙への切替要求が Bolero システ
ムになされた時までの運送契約の当事者であった登録会員の連鎖の記録が記載されます。
しかし、紙の船荷証券に現に当事者として表示される者は、電子式船荷証券での場合と同じく、
運送人と荷送人及び現 Holder、現 Holder が Pledgee Holder の場合は Title Registry に登録され
ている To-Order-Party があるだけです。
その紙の船荷証券の発行日は、Bolero B/L が既に Title Registry されていた日付で発行され、
、運
送人が署名して、交付要求をした電子式船荷証券の Holder に引渡・交付されます。
電子式船荷証券は、紙の船荷証券が発行された時点でその機能を停止します。
電子式船荷証券の電子データーと紙の船荷証券の記載事項に齟齬がある場合は、電子データーが
優先する旨を Bolero Rulebook は定めています。
しかしこれは Bolero 会員を拘束するに過ぎず、
ひとたび流通に置かれた紙の船荷証券には文言証
券性があります。
[g].さて、電子式船荷証券所持人が運送品の引渡請求をするときは、電子式船荷証券を運送人
に提出する旨の電子メッセージが所持人の電子署名をもって、CMPを介して運送人に伝達され、
且つ Title Registry に電子式船荷証券の回収が登録されます。
運送人は、その所持人の本人同一性を確かめて、荷渡することになります。
この点、電子式船荷証券所持人は、どこの場所からでも電子手続により電子式船荷証券を呈示で
きる便益がありますが、他方、運送人は、荷渡しの本人確認は、船荷証券現物との引換でないだけ
に運送状の場合と同様な不安が残ることになります。
しかし BOLERO システムの場合は、登録された会員間ですから、本人確認をする相手方は限ら
れており、安全措置は講じ易いと言えるでしょう。
[h]
.なお、紙の船荷証券の指図式被裏書人に相当する電子式船荷証券の Holder-to-order や紙の
記名式船荷証券の記名荷受人に相当する電子式船荷証券の Consignee Holder は、その Holder とな
る指定を受諾した段階から、運送契約上の義務を負担する旨、及びそれにより荷送人の運送契約上
の義務は消滅しない旨を Bolero Rule book が定めており、この規定は法令や会員当事者間の特約に
も優先することになろうと、既に説明しました。
勿論 Holder の地位が移転されて Holder でなくなればその権利及び義務もなくなりますが(同
Rule Book3.5.1-(3))
、記名式で発行された電子式船荷証券の荷受人は、同 Rule では譲渡不能証券
の Holder ですから(同 Rule Book1.1-(21)&(22))
、これを避ける手だてがないことになるこ
とも、既に説明しました。
Bolero Rulebook2.5-(2)は、同ルールの準拠法と解釈は英国法による旨を定め、その(3)で
は同 Rulebook の規定に関する争訟は英国の法廷に専属管轄する旨定めています。
英国の判例では、船荷証券所持人の責任は権利取得に依存し、権利が消滅すれば責任を負うべき
26
論拠となる相互性が失われると解されているようですが、これは公平の見地によるものですから、
クローズドの会員間で合意の上定められたこの Bolero Rule についても同様の判断はされないので
はないかと思われます。
しかし指図式の電子式船荷証券は紙の船荷証券に転換することができ、その転換後は、Bolero
Rule の拘束がないので、英国法準拠の船荷証券の場合は 1992 COGSA 第3条1項により、所持人
が現実に貨物引渡請求等を行った時点、
日本法準拠の場合は、所持人の責任負担の根拠は国際海上物品運送法第20条にしか依存できま
せんので、責任の範囲は、既に紹介したように英国法とは異なり、同条が適用及び準用を定めてい
る商法753条1項と同583条2項所定の金額、および物的抗弁を対抗される運送品先取特権と
留置権 の物上保証人としての負担に限られると解されます。
そしてその責任の負担時期も、これら条文により、所持人が運送品の引渡を受ける時点とされて
います。
D
オ-プンシステムのTEDI船荷証券電子情報システム
貿易EDIシステムの運送証券の電子化には、
既に実用に供されている前述の Bolero システムの
電子式船荷証券のほか、現在実用試行中の「TEDI」のEDIシステムにおける船荷証券情報の
取扱があります。
これらは、電子情報交換により、船荷証券の機能を代替しようとするものですが、Bolero につい
ては、既に紹介しました。
Bolero システムは、会員制のクローズド・システムであるから、電子式船荷証券も会員間でのみ
流通させる取引が主眼となります。
Bolero システムでは、所持人が請求するときは、紙の船荷証券にスイッチされますが、その紙の
船荷証券には運送人の署名が必要でありますから、
それだけ入手には時間を要することになります。
会員外への譲渡には紙の船荷証券へのスイッチが必要ですが、あるいは、電子式船荷証券には「処
分証券性」に欠ける不安を所持人が持てば、会員でも紙の船荷証券へのスイッチを求めることがあ
ろうかと思われます。
TEDIシステムは、オープン・システムで電子的手段による取引当事者間に、紙の船荷証券の
場合と同様な法律効果を発生させようとするものです。
従って、それを可能にするTEDIでの電子データー交換に関する共通の合意が、電子船荷証券
行為に参加する者に連鎖的に構成される仕組になっています。
簡単に紹介しますと、わが国のTEDIシステムのいわゆる電子式船荷証券は、とくに準拠法を
定めない限り日本法に準拠するものとされています。
そして紙の証券であれば表章されている権利の移転は、
TEDIのShipment Information Table
の機能を使用して指名債権譲渡により行うものとされています。
これらの電子データー交換は、電磁登録機関であるRSP(Repository Service Provider)を介して
おこなわれ、登録されます。
指名債権譲渡の第三者対抗要件は、平成13年4月から電子公証人制度の導入で、電子確定日付
を得ることができることになりましたが、紙の船荷証券であれば所持人であるだけで足りるところ
です。
27
他方、運送品の占有については、
「指図による占有の移転」の概念が用いられ、代理占有者である
運送人の承諾は、荷送人との運送契約に際しての第三者のためにする包括的な代理占有の承諾とし
て構成することができます。
このTEDIシステムは、わが国経済産業省と民間企業が共同開発中のものであり、その利用料
金の高低や、利便性如何にもよりますが、利用者を限定しないオープン・システムであり、且つR
SPも分散可能ですから、利用者を柔軟に広げて行こうとするものと言えます。
しかし、TEDIシステムでの情報の電子データー交換は、電子式船荷証券のみを必ずしも意図
するものではありませんから、紙の船荷証券へのスイッチは、このシステムに依れない場合のみし
か認められません。
TEDIシステムでの運送品引渡請求権の所持人が、
システム内外で二重に債権譲渡をした場合、
システム外での債権譲渡の確定日付が先であっても、運送人はTEDIシステムによる債権譲渡を
遵守しなければならないため、二重請求の危険を回避するために運送人は供託することになろうと
思われます。
やはり、紙の船荷証券の所持人であるよりも地位が劣るのは、Bolero システムの場合と同様であ
り、この点はやむを得ないことであろうと思われます。
この様な若干の法的問題はあっても、
電子データー交換で船荷証券機能の確保をはかるためには、
そのシステムに沿ったEDIがなされなければならず、これが既存のEDIと二重手間にならない
かの問題もあります。
(1) 近い将来に船荷証券の電子化が経済採算に合うものになるか
クロ-ズド・システムであるボレロ会員への加盟イニシァル・コストは高額であるから、その利
用は現時点ではまだ少ない。
他方、利用者をオ-プンにしているTEDIシステムの場合も、その利用にメリットが大きい業
種・業者とさほどでもない業種・業者とがある。例えば、大口の最終売主・買主には、従来書類作
成等を委託してきた商社や通関業者等のコストを中抜きできるのでメリットが大きい。
しかし船社にとっては、
書面形式の船荷証券がなくなることはさしたるコスト節減にならないし、
紙の船荷証券との並存状態は管理コストの増大になる。また中小の輸出入業者も全取引先が EDI
化しない限り、並存状態の不利益を受ける。
同じく運送事業者でもフォワーダーでは、発地船側から着地港頭までの運送を主とする船社とは
異なり、その前段・船舶運送中・荷揚後の後段に亘り、対応すべきEDI項目が少なくないので、
これら従来からのEDI業務と、新たな電子式船荷証券システムでのこれら業務とを、どちらかに
切り替えない限りは二重作業になる。
即ち、フォワーダーの運送関連EDI項目は、単に運送証券にとどまらず、荷送人からの運送計
画情報から、運送依頼情報、集荷情報、通関情報、運送状況情報、着地通関情報、運送完了報告情
報、受領情報、と連鎖しており、主要顧客ごとに、その荷主の需要に沿って多くの場合項目が追加
されEDI化システムで運用されているのが一般で、運送状を作成するのであければその電子デー
ターは既にこのEDIに組み込まれています。
運送状は、運送人が作成して荷送人に交付する運送証拠証券に過ぎませんから、その発行の事実
が後日改竄されない保障がシステムにある限り、EDI化に何らの困難もありません。
海上運送途上に転々譲渡される貨物は、原油等のバラ積貨物にほぼ限られていますので、信用状
28
に取組む場合でも海上転売を予定しないものであれば、CMI統一規則摂取の海上運送状( Sea
Waybill:SWB )で賄うことが可能です。1
(2) 海上運送状( SWB:Sea Waybill)でまかなう場合の問題点
とは言え、船荷証券所持人でない荷受人は、運送品が到達しない限り運送品引渡請求権を取得で
きない問題があります。しかしこの点は、上記CMI規則摂取の SWBには、運送品処分権を荷受
人に移転する制度も設けられており、この問題を解決することができると思われます。
ところが「運送品処分権」については、理論的な解明が乏しく、運送品を物理的に処分する権利
でないことは異論がありませんが、従来の学説では「運送品」に関する処分権と解する向きがあり、
運送品が滅失すれば処分権も消滅するとも解されかねません。
しかし運送品処分権の法的性質を運送契約で、
「運送品滅失の場合は損害賠償請求権に関する処分
権を含む」と約定することは可能であるから、その様な条項を上記CMI規則摂取の SWBに設け
れば、これら学説の不分明にも安全であることになります。
あるいはこのCMI規則を摂取しなくても、Waybill の裏面約款に次の三点を明定しておけば、
これらの懸念は解消される。
即ち、
*
CMI 規則第 5 条と同様な内容の規定:(ⅰ) 荷送人は、物品に関して自己が提供した明細
が正確であることを担保し、且つ、如何なる不正確から生じる滅失、損害又は費用に対し
ても、運送人に補償するものとする。 (ⅱ) 運送人による留保がない限り、海上運送状
またはこれに類する運送書類における物品の数量または状態に関するにかなる表示も、
(a) 運送人と荷送人との間においては、
そこに表明された物品の受取の一応の証拠とな
るものとし;
(b) 運送人と荷受人との間においては、荷受人が善意である限り、その
ように表明された物品受取の確証となるものとし、且つ、反証は許されないものとする。
**
ワルソー条約 13 条 3 項と同様な内容の規定: 運送人が貨物の滅失を認める場合又は貨
物が到達すべきであった日の後7日が経過しても到達しなかった場合には、荷受人は、運
送人に対し、運送契約から生ずる権利を行使することができる。
***
荷受人の変更、その他運送品処分権の行使には、Waybill オリジナル全通の呈示を要す
る旨の規定。
フォワーダーにとって、海上運送状の機能改善をはかる上で、大事な検討課題だと思います。
しかしなお、CMI 統一規則摂取の海上運送状を利用するにしても、更に問題があります。
即ち、英米法には「全権利の譲渡は、担保のための譲渡や譲渡された権利に付着する債務の履行
不引受が黙示にでも示されていない限り、譲受人による債権譲渡の受諾は、その者による責務履行
の約束となる」扱いがあります。運送品処分権を荷受人に移転することは、いわば荷送人の全権利
の譲渡ですから、船荷証券の所持人になっただけでは債務を引受けたことにならないのに、海上運
送状では即、荷送人の債務を引受けたことになってしまいます。
わが国の場合は、運送品処分権の譲渡は指名債権の譲渡に準じますから、運送品処分権を行使し
1
「海上運送状に関する CMI 統一規則 試訳・注」は、筆者の H.P. “UNCITRAL 物品運送条約案の研究” の 302
に掲載している。Googlel 又は Yahoo Japan のウエブに UNCITRAL と入力すれば、この H.P.が出てくる。
29
ない限り荷送人の債務について運送人から抗弁されることはありませんが、運送約款には通常「荷
主連帯」の規定が設けられているので(例えば、物流関係法Ⅰの 64 頁の約款 29 条 6 項)、英米法の場合と同
じ結果になります。
運送状を利用する場合のこの荷受人の不利益は、運送約款で「移転を受けた運送品処分権を行使
しない間は、荷送人の債務履行を引受けたことにならない」旨を定めておかない限り、利用が促進
されない大きな障害として残ることになると思われます。
仮にこれらの問題を解決すれば、SWBでの対応は多くの場合に十分可能と思われ、SWB のED
I化は B/L よりも容易であり、既に荷主企業との物流EDI化が SWB を用いて進展している場合
には、将来的に特に船荷証券のEDI化のためだけに、システム全体を果たしてそれに変換すべき
かは、慎重に考慮すべきことであろうと思われます。
E
裏面約款の登録と閲覧、電子式船荷証券の
着地での荷渡手順、荷渡時の貨物引取権者の確認方法
BOLERO システムにしろ TEDI システムにせよ、これらの貿易 EDI システムの電磁登録機関に
電子式船荷証券に関する電磁登録を委託する運送業者は、自社のBL約款とBLフォマットを同登
録機関に登録し、当該運送人の電子式BLでの取引をしようとする者の閲覧に供されます。
BOLERO システムはメンバーシップ制であるから、会員間の取引に限られており、会員のみが
電磁登録機関に接続して閲覧できれば足りますが、TEDI システムはオープンシステムですから、
一般からも接続して閲覧できるものと思われます。約款による契約は、契約締結前に約款が認知可
能でなければならないからです。
電子式船荷証券のためのCMI規則第9条では、運送人が電子式船荷証券所持人の本人キーによ
る所持人確認で荷渡をするものとされていますが、現在では電磁登録機関は中立的な第三者機関と
して設ける方向にありますから、荷渡しに際しての電子式船荷証券の呈示回収は、その電磁登録機
関への所持人からの電子署名によって行なわれ、運送人にはその回収の電子メッセージ受領により
荷渡しをするのですが、運送人自身がその呈示・回収に直接タッチしないため、荷受権者の本人確
認には、運送状による運送の場合の荷渡しと全く同様な注意が必要となります。
船荷証券の受戻証券性のメリットを、電子式船荷証券の場合でも運送人が享受できるように、電
子式船荷証券の回収事務を運送人のために行う電磁登録機関と、運送品引渡を行なう運送人との連
携方法が、考案される必要があろうと思われます。
30
ⅩⅣ
代金決済方法
1 はじめに
貿易取引で売主の最大の心配事は、その代金の回収であり、買主にとっても代金先払いで果たし
て約定の商品が無事に入手できるかが心配であろうと思います。
「荷為替」は、売主が買主からの支払を求める為替手形に船積書類(運送品の引渡を受けるため
の運送書類+貨物保険証券+インボイス)をセツトしたもので、これを売主が銀行経由で買主の手
形金額支払あるいはその支払引受を受けてその船積書類が買主の手に渡るのが、
「荷為替取組」
です。
「荷為替信用状」は、買主の依頼で銀行が売主所在地の銀行に、信用状条件に合致する売主の荷
為替の取組を依頼するものです。売主は船積後、すみやかに売買代金の入金ができることになりま
す。
しかし、
「荷為替取立」にせよ「荷為替信用状」にせよ、
「船積書類」と云ういわゆる書面の売買
で現物を確認しての売買ではないので(実態がそう言うことで、法的には現物の売買である。)、約定品と異な
る粗悪品であったり、損傷が保険期間以前の事故であったため保険金で損害をカバーできなかった
りすることがあります。
そのような想定し得る危険の回避の仕方や、これが発生した場合にまずしなければならない対応
は、既に皆さんは学びました。
他方、売主にしてみれば、買主が着地で運送人から物品を受取れる船積書類と代金の支払ないし
手形の支払引受をリンクさせておかなければ、物品を受取った買主は、色々な難癖をつけて支払い
を引き伸ばしたりあるいは強引に値切ってこないとも限りません。
「荷為替取組」はこれを防ぐ手段でもあります。そして、買主が銀行に依頼した信用状条件に合
致した書類の提示が「荷為替信用状」の制度です。
売主・買主間に信頼がある場合には、荷為替を用いずに送金取引が行われることがあります。
2 荷為替取組
これには、信用状なしと信用状付との二種がある。
(1) 信用状なしでの D/P(支払渡)
・D/A(引受渡)取引
① 支払渡(D/P:Documents against Payment )とは、輸出者(売主)が振出した荷為替手形を
輸入者(買主)が決済することにより、為替手形に付随する船積書類を輸入者が受取ることができ
る引渡条件である。
② 引受渡(D/A: Document against Acceptance )とは、輸出者(売主)が振出した支払期限付
荷為替手形を名宛人(支払人のことであり、通常は輸入者)が手形引受することにより、為替手形に付随す
る船積書類を輸入者が受取ることができる引渡条件である。
通常、為替手形の名宛人は買主になっており、買主が取引通貨建の約束手形( Promissory Note )
を銀行宛に振出すことによって引受が行なわれる。
*UCR 522「ICC 取立統一規則」がその規範である。
信用状なしのこの決済方法は、輸入者に信用状発行手数料の負担がないので、その分輸出競争力
の強化となる。この場合でも、輸出者が銀行を被保険者として輸出手形保険(貿易保険)を付保す
れば、たとえ銀行の与信枠の少ない輸出者であっても(中小企業の場合にはこのようなこともあり
得る)
、輸出時にその荷為替手形を銀行に割引いてもらうこともできる
31
(2) 信用状(L/C ; Letter of Credit)取引
L/C とは、輸入者の依頼によって、輸入地の銀行(信用状発行銀行)が輸出者を受益者として、
通常、コルレス契約のある輸出地の銀行(通知銀行)を経由して輸出者に発行する書状で、そこに
定められた条件が充足していることを条件として、信用状発行銀行が支払を約束するものである。
コルレス契約とは、海外の銀行と国内の銀行が、為替業務について相互に代行し合うことを約束
する契約で、信用状の通知・確認、あるいは、手形取立や送金の支払委託等を相互に取り決める銀
行間の契約である。
*信用状取引の規範は、UCP 500「荷為替信用状に関する統一規則および慣例」である。
輸出者(売主、信用状受益者)は、その L/C 条件に沿った内容の船積書類等を準備して輸出地の銀
行に輸出者が振出した為替手形と共に提出すれば、これと引換えに代金の支払が受けられることに
なる。いわゆる、買取( negotiation = discount )が行われる。
① 信用状取引の輸出為替手形の例
No.2513
Bill of Exchange
Tokyo, August 23, 2003
For U.S.$7,500.00
At XXXXXXXXX sight of this FIRST Bill of Exchange ( SECOND of the
same tenor and date being unpaid ) pay to (買取銀行が自行名を記入する) or
一覧払の場合は
order the sum of U.S. Dollars Seven Thousand Five Hundred Only
At sight
Value received and charge the same to account of ABC Co., Los Angeles
Drawn under The NYC City Bank, Los Angeles Irrevocable Documentary 期限付手形の場合
L/C No. 3541 dated June 24, 2003
At ○○ days
after sight や
To The NYC City Bank
Tokyo Electric Co., Ltd
283 Liberty St., Los Angeles
( Signed )
CA U.S.A.
Export Manager
信用状開設銀行の表示
発行の日付
開設依頼人
受益者
通知銀行
L/C 金額
L/C 有効期限
Dear Sir (s)
We …….
* 荷為替手形の条件、必要書類の条件、商品名、船積条件など
輸出者への諸条件
*銀行間資金決済条件
*支払確約文言、裏書請求文言
We hereby ……..
Sincerely Yours,
L/C 発行銀行の権限者の署名
32
At ○○days after
B/L date など
[信用状の構成
ICC 標準フォーム]
② 信用状なしの輸出為替手形の例
D/P
引受後払いの場合は
D/A と表示し
No.6247
Bill of Exchange
At Sixty(60) days
Tokyo, August 23, 2003
after sight のよう
For U.S.$7,500.00
に期限付手形の
At sight of this FIRST Bill of Exchange ( SECOND of the same tenor
表示をする
and date being unpaid ) pay to The Tokyo Bank Co.,Ltd. or
order the sum of U.S. Dollars Seven Thousand Five Hundred Only
Value received
To ABC Co., Ltd.
3
Tokyo Electric Co., Ltd.
233 Liberty St., Los Angeles
( Signed )
CA U.S.A.
Export Manager
送金取引(送金為替取引)
ここで言う「送金為替」とは、銀行での送金為替業務の意味で、荷為替手形のことではない。送
金には小切手送金、郵便送金、電信送金がある。
① 前受け・前払( Advance Payment, Payment in Advance ):送金後に約定貨物が船積される支
払条件である。
② 後受け・後払( Deferred Payment ):輸入者が約定貨物や船積書類を入手した後に、貨物代金
を送金する支払条件である。
D/A や D/P なども、後受け取引ではあるが、送金取引の「後受け」をこれらの支払条件と
区別するために、契約書の支払条件欄には、Deferred Payment ないし Remittance(送金)の
語に加えて、次の様な支払条件( Payment Terms )が明記される。
「Remittance at 90 days after B/L date 船荷証券所持人になった日後 90 日に送金」
4
信用状の種類と構成
(1) 取消不能信用状( Irrevocable L/C )と取消可能信用状( Revocable L/C )
取消不能信用状は、一旦開設されると信用状関係当事者の全員の同意がない限り、取消や変更は
できない。従って受益者(輸出者)は安心して船積準備を進められる。
他方、取消可能信用状は信用状面に Revocable L/C の文言が表示され、開設銀行(発行銀行)が
一方的に取消や変更ができるものであり、実際には貿易取引では殆ど用いられていない。
取消不能信用状は信用状面に Irrevocable L/C と表示されるが、何の表示もない場合は取消不能信
用状とみなされる。
(2) 確認信用状( Confirmed L/C )と無確認信用状( Unconfirmed L/C )
開設銀行のみが支払を確約している通常の信用状は無確認信用状である。しかし開設銀行所在国
33
にカントリー・リスク等がある場合は、発行依頼人の依頼により、開設銀行は国際的に信用度の高
い他国の銀行に確認を求め、その確認がされた信用状が確認信用状である。
確認銀行は、信用状発行銀行が決済不能に陥った場合、発行銀行に代わって手形の決済をする。
確認信用状は、実務では、Irrevocable & Confirmed L/C の形をとることになる。
(3) 譲渡可能信用状( Transferable L/C )
信用状金額の全部または一部を一回に限って、第三者に譲渡することを認めている信用状で
Transferable の文言が記載されている。原受益者は、原信用状金額の範囲内で、自己の発行にかか
る商業送状及び為替手形をもって第二の受益者発行の商業送状及び為替手形と差替える権利を有し、
同時に二つの商業送状間の金額の差額を信用状に基づき請求することができる(仕入先等秘匿のた
め)
。
(4) 輸出前貸付信用状( Packing L/C )・レッド・クローズ付信用状(Red Clause L/C )
信用状受益者の船積前金融を円滑にするため、信用状通知銀行に対して、一定の条件のもとでの
輸出前貸取扱を許容し、その支払について保証する確約文言のある信用状。この保証文言は赤字で
記載されたり、特別にこの部分だけ書体を変えたりして受益者の注意を喚起することが行われてい
る。赤字で注意をさせることから、レッド・クローズと呼ばれることもある。
(5) 買取銀行指定信用状( Restricted L/C )
買取銀行が指定されている L/C。
指定がないものは Open L/C や Non-Restricted L/C と呼ばれる。
(6) 回転信用状( Revolving L/C )
同一種類の商品につき、当該売主・買主間に継続的な取引が想定される場合、一定期間、信用状
金額が決済のたびに自動的に復元される形の信用状。
[信用状取引の当事者]
開設依頼人 Applicant / Opener:自己の取引銀行に信用状の開設を依頼する者で、通常は買主。
開設銀行 Issuing Bank / Opening Bank:開設依頼人の依頼により信用状を開設(発行)する銀行
で、信用状条件を満たす荷為替手形に対し支払を確約する。
受益者 Beneficiary:信用状の名宛人。通常、売主で信用状条件通りの荷為替を取り組み、手形代
金を回収する。
通知銀行 Advising Bank:開設銀行の依頼で受益者に発行された信用状を通知する輸出地の銀行。
買取銀行 Negotiating Bank:受益者の荷為替手形を買取る(または取立を行う)銀行で、信用状
面に特定銀行の指定がない場合は、どの銀行でも買取を許容する旨が信用状発行時に明記さ
れる。
補償(決済)銀行( Reimbursing Bank ):開設銀行との勘定を持っているコルレス銀行であり、買
取銀行と開設銀行間の決済を行なう。
確認銀行 Confirming Bank:開設銀行がした支払の確約を、更に保証する銀行。
34
ⅩⅤ
荷渡指図書
1 はじめに
例えば、動産所有権の譲渡契約は、同時に何人(なんにん)とでもできるが、現実にその所有権を
取得できるのはその占有を取得した者であることは、知っての通りです。
荷渡指図書についても、運送人や倉庫業者に自分の商品を保管して貰っている A が、商品保管者
宛に B への引渡しを依頼する荷渡指図書を B に交付し、更に同一の寄託商品について C にも同様
に荷渡指図書を乱発すれば、先にその商品の引渡しを受けて占有を取得した者だけが勝つのも、同
じ道理です。
これは、次に紹介する第三類型のもので、取引に多用されていますが、注意がとくに必要である
ことは思われるとおりです。
商取引の場では、取引目的物の受渡を簡便化するために、しばしば荷渡指図書が利用される。
これは Delivery Order(単に D/O とも略称される)とも呼ばれるもので、英国で 19 世紀のはじ
め頃から陸上売買の分野で用いられだし、やがて各国の海上取引の分野でも用いられるようになっ
たと言われている。
商慣習として発生してきている新しい証券であるから、わが国にはまだ直接の法律がなく、法的
性質の解明は、判例・学説に待たなければならない。それだけにこの取引には注意が必要になりま
す。
2
荷渡指図書の三類型
荷渡指図書は、その正当な所持人への引渡を指図するものであるが、講学上一般に次の三類型に
よって論じられる。
(1) 第一類型の荷渡指図書
物品の引渡義務者である運送人や倉庫業者等が、その物品を保管する自己の履行補助者を被指図
人として、引渡を指図する自己宛の指図書である。
(2) 第二類型の荷渡指図書
荷送人や寄託者等が、運送人や倉庫業者等の受寄者を被指図人として、引渡を指図する他人宛指
図書で、その受寄者の副署があるものである。
(3) 第三類型の荷渡指図書
上記第二類型のもので、受寄者の副署がないもの。
ここに「副署」とは、指図引受けの確認の署名のことであり、副署をした受寄者は寄託者・指図
人に対して負っている寄託契約等による受寄物返還債務とは別に、新たに、指図受取人(証券の正当
な所持人)に対する引渡債務を負担することになると解されている。
3
荷渡指図書の有価証券性の有無
有価証券とは、証券に表章されている権利の移転および行使が、証券によってなされることを要
するものである。そのような債権の証券への化体は、発行者が債務負担の意思をもって証券を作成
35
するところにある。
貨物引換証・船荷証券・倉荷証券等の有価証券は、証券発行者に対する運送品ないし寄托物引渡
請求権、即ち債権を表章するとともに、運送品ないし寄託物を占有する権原(所有権・質権等の物権
である場合もあり、賃借権等の債権である場合もある)を表章し、その物の間接占有を化体した物権
的効力が法令によって付与されている。
物権的効力、
即ち引渡証券性を認める規定は、
貨物引換証の商法575条(物権的効力)と同573条(処
分証券性)であるが、この二条文が、商法上の船荷証券には商法 776 条により準用され、外航の船荷
証券には国際海上物品運送法 10 条により準用され、
倉荷証券には商法 604 条および 627 条 2 項で準
用されているのである。
証券の物権的効力は、法令ないし商慣習法によりこれが付与された証券以外には認められないと
するのが判例であるから、荷渡指図書が有価証券と認められる場合にも、物権的効力はなく、債権
である引渡請求権を表章するに過ぎないことになる。
第一類型の荷渡指図書は、運送品や寄託物の引渡義務者ないし返還義務者が、その義務の履行方
法を定めて署名したものであるから、有価証券性を有すると解されている。
第二類型の寄託者が作成し受寄者の副署がある荷渡指図書も、被指図人である引渡義務者ないし
返還義務者が副署をすることにより、そこに記載された運送品ないし寄託物を保管していることを
確認し、その荷渡指図書の名宛人に引渡す義務を負担したものであるから、被指図人に対する引渡
請求権を表章する有価証券であると一般に解されている。
第三類型の荷渡指図書は、指図書の名宛人に運送品ないし寄託物を引渡すべきことを、運送人や
受寄者等に依頼した書面に過ぎず、名宛人の弁済受領資格は受寄者等がその名宛人に引き渡たせば
免責されるという、
弁済者のためのものに過ぎず、
名宛人に引渡請求権を与えたものではないから、
免責証券に過ぎず有価証券ではない(判例・通説)。そして、この第三類型の荷渡指図書による指示
は、弁済者が名宛人に受寄物を引渡すか引渡の引受をするまでは、その指示の撤回は有効に行える
(判例・通説)。
4 荷渡指図書の実際
(1) 第一類型:自己宛指図の荷渡指図書
この種の荷渡指図書は、荷渡事務を行う事務所から、その荷捌をする部門や倉庫への業務指図書
として作成されて荷受権者に交付され、
荷受権者はこの指図書を呈示して荷渡を受けるわけである。
従って、この種の荷渡指図書が用いられている分野は多岐にわたるが、代表的な例は海上運送貨
物と倉庫寄託貨物の場合である。
いずれも、正当な荷受権者であることを確認して、荷渡指図書が作成・交付されるのであるが、
海上運送の場合は、B/L 貨物であればその呈示により正当な荷受権者であることを確かめて B/L を
回収し、B/L 等の受戻証券付でない場合は、到着通知の呈示を求めるなど正当な荷受人であること
を確認して、記名式の荷渡指図書を作成して事務所控片に受取人の署名を取り付け、運送人の署名
権者が署名をした指図書正片が荷受権者に交付される。
これは記載された事項も簡単な一片の紙片であり、一般には、運送人社名の下に「DELIVERY ORDER」
と印刷され、被指図人名(保管物品の引渡し方を指図される倉庫業者やその様な部門)
、荷渡指図文
句と荷受人名、運送品の種類・数量および荷印、本船名および航海番号、B/L 番号もしくは SWB(海
上運送状)ないし荷物受取証番号、船積港、発行年月日、作成者の署名が記載され,荷渡指図書が B/L
36
や SWB ないし荷物受取証およびメーツレシートの規律を受けて発行されたものである旨、および譲
渡禁止文句が印刷されている。
このような指図書は、運送人が運送契約に基づいて行う運送品引渡義務遂行の過程で用いるとこ
ろの、いわゆる社内伝票に過ぎず、もともと所持人の運送品引渡請求権を表章していないので、こ
の指図書を第三者に譲渡しても何の権利も移転することがないのであるが、譲渡禁止文句も念のた
めに付されている。
しかしながら、これは免責証券でもあるので、運送人がこの指図書の呈示を受けて引渡せば、悪
意・重過失がない限り運送人は免責されることになるのである(民法 471・470 条の類推ないし準用)。
倉庫業者が発行する出庫指図書の場合も、海上運送に特有な要素を倉庫寄託の要素に置き換えれ
ば、ほぼ同一である。即ち、この指図書が倉庫寄託約款に従うものである旨が明記されており、引
取りのトラツクの車番を特定して記載するのが例である。そしてこれも同じく杜内伝票に属する書
類ではあるが、譲渡禁止文句も明記される。その法的性質は、前述の運送人の D/O と同様である。
自己宛指図の荷渡指図書が、一般に有価証券として作成されないのは、次のような理由による。
① 運送品の引渡や出庫貨物の引渡は、指図書交付から引渡までの日時は短かくあるべきもので、
有価証券として流通することは好ましくない。
② 有価証券として発行されても物権的効力がないので、取引の安全に資さないだけでなく、紛失
した暢合を考えても、有価証券であれば荷受人は呈示ができないので、引渡してもらえる迄に
は手間と日時がかかることになり、更に、有価証券であっても記名証券であれば、除権判決の
道もない(民法施行法 57 条)。
(2) 第二類型:寄託者が作成し受寄者の副署がある荷渡指図書
指図書の呈示を受けた受寄者は、書面を受け取った事実を証するため受付印を押捺することがあ
っても、副署すなわち確認の署名ないし捺印は、証券券所持人への引渡義務を単純に負担すること
になることから、まず行われない。
実務においては、副署の要求があっても、先述の第一類型の社内伝票を作成して交付することで
対処しているのが例である。
それは、自己宛指図書が有価証券として作成されない前記理由のほかにも、受寄者を被指図人と
する荷渡指図書の法律関係を指図理論で規律しようとする学説によれば、被指図人である受寄者は
荷渡指図書の引受により、指図受取人に対して、寄託者(指図人)に対して負っている運送契約や寄
託契約上の債務とは別個独立の、抽象的な引渡債務を負担することになると考えられているからで
ある。
本来、運送人や受寄者が負っている引渡債務ないし返還債務は、契約や約款による抗弁や責任減
免を主張できるものであるからである。
(3) 第三類型:寄託者が発行した荷渡指図書で受寄者の副署がないもの
荷渡指図書に関する係争は、この類型の指図書に多く発生している。
寄託者やその買受人が、商品は寄託したままで売買や転売を行うに便宜であるから盛んに用いら
れているが、寄託者は買受人から受取った売買代金の約束手形が不渡となればその売買契約を解除
して、倉庫業者等の受寄者に荷渡指図の撤回を通知する訳であり、その者以降にこの荷渡指図書に
基づいて転々売買の都度順次発行された荷渡指図書も、倉庫業者等の受寄者に対して効力を失うこ
37
ととなる。
これは、転々売買のいずれかの段階で契約解除が起きても、以降の荷渡指図書は同じ運命をたど
る訳である。売買代金を支払っていても、交付された荷渡指図書が効力を失った転売主や転買主は
不測の損害を被ることになるのである。
そこで第三類型の荷渡指図書により売買する者は、売買代金支払前に、寄託者名義が売主になっ
ていることを受寄者に確認することが、まず肝要である。
そして、荷渡指図書を呈示して受寄者に単に倉庫台帳上名義変更をしてもらうのではなく、買主
は新たに寄託申込を行って、自己名義への寄託替をしておくことである。
倉庫に在庫しているままであっても、することは、民法 182 条 1 項の「現実の引渡」を受けたこ
とにほかならないので、即時取得(民法 192 条:善意取得)が認められるからである。
また、売主が他人の物を倉庫業者に寄託していた場合であっても、買主がそれを売主所有の物で
あると信じて購入していれば、後日真の所有者が現れても、買主は出庫して引渡を受けなくても、
自ら新たな寄託申込をして自己名義の寄託にしておけば、買主は即時取得で守られることになる。
判例は、占有改定(民法 183 条)や指図による占有移転(同 184 条)の場合には即時取得を認めないか
らである。荷渡指図書を呈示して寄託名義を変更してもらうのは、指図による占有移転にほかなら
ず、即時取得の保護がないからである。
もっとも、昭和 57 年 9 月 7 日の最高裁判決は、指図による占有移転でも寄託者台帳上にも寄託者
名義の変更が示されている場合について、一般客観的に占有状態の変更が認識可能であることと、
京浜地域の当該業界での商慣行による占有移転の方式であったことを認定して、即時取得の成立を
認めている。この事件は、寄託者であった売主が無権利者であったが、買主はこの即時取得のおか
げで所有権の取得が是認された事案である。
しかし買主が寄託申し込みをして自己名義の寄託にしておけば、
「現実の引渡」として容易に即時
取得の保護が受けられた案件である。
荷渡指図書
当社が貴社に寄託している次の物品を、株式会社丸山商会殿または本指図書持参人に引渡
し下さい。
1. 魚沼産一等米新米
精米 60Kg 袋入り 100 袋
袋番号 2003F125-145 ~ 3003F125-244
平成 15 年 11 月 23 日
東京都港区芝 3-5-45
東洋食品販売株式会社 営業一部長 山田一郎 ㊞
東京都台東区上野 2-9-74
第一食品倉庫株式会社 台東倉庫営業所 殿
上記は、第三類型の荷渡指図書(Delivery Order:D/O)の一例である。
指図書発行人である寄託者の役職・氏名・押印は、寄託先の倉庫会社に、予め届けられている。
受寄者である台東倉庫営業所の責任者が、この書面に指図引受の旨を表示して署名すれば、表示
物品の引渡請求権を表章する有価証券となるが(第二類型)
、肝心の受寄者が指図を引受ける署名を
しなければ有価証券とはならず、免責証券に止まるとするのが通説・判例である。
38
ⅩⅥ 商人間の留置権
1 はじめに
運送品留置権(商法 562・589・753②・国際海上物品運送法 20①)も商人間の留置権(商法 521)も商法が定め
る商事留置権であるが、運送品留置権は当該運送品に関して生じた弁済期にある債権だけしか担保
しないが、その運送品の所有権が債務者のものでなくても良い。
他方、商人間の留置権は、その留置物件が債務者所有のものでなければならないが、債務者であ
る商人との商取引で生じた弁済期にある一切の債権が被担保債権となる。
取引先が信用不安に陥った場合はそれまでの未収債権が溜まっている場合が多いので、商人間の
留置権は、非常に有用な債権保全・回収の手段であることになる。
しかしながら、この商人間の留置権の成立要件である「当該物件が債務者所有の物」であるかの
判断には困難が伴うことが少なくない。最終的には、それに伴う危険と、得ることが期待される利
益および安全措置をどの程度講じられるかを比較しての決断によることになる。
留置権は物権であるから、国税や他の債権者にも対抗できるが、競売をしても優先弁済権がない
ので、その活用にもまた工夫が要ることになる。
本章では、それらをじっくりと学んでもらいたい。
2
商人間の留置権の効用
[商法 521 条 商人間の留置権・・・・当事者双方が商人である場合に関する特則]
商人間ニ於テ其双方ノ為ニ商行為タル行為ニ因リテ生シタル債権カ弁済期ニ在ルトキハ債権
者ハ弁済ヲ受クルマテ其債務者トノ間ニ於ケル商行為ニ因リテ自己ノ占有ニ帰シタル債務者所
有ノ物又ハ有価証券ヲ留置スルコトヲ得 但別段ノ意思表示アリタルトキハ此限ニ在ラス
① 留置権の権能
本条の商人間の留置権は、商人たる債権者が、商人たる債務者との何んらかの商行為に基因して
占有を取得した債務者所有の物件は、その商人間でその両者のために商行為たる行為によって生じ
た債権が弁済期にあれば、債権者はその弁済を受けるまで、債務者所有のその物又は有価証券を、
それらの債権の担保として、本条による留置権により留置することにより弁済を問接的に強制する
権能を有する。
*留置権者が有価証券を裏書によらず単に占有するに過ぎない場合は、その有価証券が表章する物の上には留置権を
有せず、証券たる紙片にのみ留置権を有するに止どまる。
② 競売権を行使した場合
また留置権には競売権が認められるので、競売手続により換価して(民事執行法 195 条)、執行官から
交付を受けた換金保管金と自己の債権を相殺して回収することもできる。しかしながら、留置権に
は優先弁済権がないので、他の債権者の配当加入があれば、平等の割合で弁済を受けるに過ぎない
とするのが、従来からの通説である。
従って、留置権者は、留置を続けることで弁済を待つか、競売により全額弁済を受けられない危
険を甘受して(先取特権でも担保されている部分は当然ながら別である)、競売の申立をするかを選択することに
なる。
③ 競売申立取下げのタイミング
39
もっとも、競売申立によって留置権の留置的効力は失われないから、留置権者が競売申立を取り
下げれば目的物は執行官の差押から開放され留置権者に返還されるので、配当要求のおそれが察知
されるとき、即ち、執行正本を有する他の債権者からの、執行官占有となった留置動産に対する二
重執行の申立や・国税等の交付要求の気配があるときは、その申立がなされる前に留置権者が競売
申立を取り下げれば、これを回避することができることになる。
④ 配当要求を認めない説の場合
ところで、留置権競売の法的性質については説が分かれており、詳しくは後述するが、昭和 54
年制定の民事執行法は留置権競売を、担保権競売を定める 190 条に規定せず、換価のみを行う(従っ
て弁済のためではない)形式的競売を規定した 195 条に含め定めたことから、
留置権に基づく競売手
続は配当手続を含まないので配当要求は認められないとする説も有力であり、
昭和 60 年に東京地裁
はこの趣旨の決定を判示している(東京地裁決定昭和 60.5.17・昭 60(ヲ)125 号執行異議申立事件・判例時報 1181
号 111 頁)。
しかし、他の債権者は、配当要求の手続に従う必要がなければ、留置権競売のために執行官占有
となっている留置物件に強制執行して競売申立をすることができるわけであり、この手続は留置権
の競売に優先するので、留置権者は競売申立を取下げておかなければ平等割合での弁済に止どまる
ことになる。競売法の下での従来の通説と同じ結果となる。
⑤ 商人間の留置権の効用
商人間の留置権は、民事留置権や運送品留置権と異なり、留置物が債務者所有のものでなければ
ならない制約はあるものの、被担保債権が当該留置物に関して生じた債権のみに限られないので、
商人の債権担保手段として活用範囲が広い。
特に運送や保管は占有を取得して行うものであるから、その有効性は非常に大であり、物流事業
者の債権保全上、実務において重要な役割を担っている。
⑥ 歴史的沿革・商人間の信用強化
商人間の留置権の生い立ちは、商人間に継続的取引関係がある場合に、古くからその取引関係を
一体的に捉えて、各当事者はその取引関係に基づいて自己の占有に帰した相手方のいずれの物品か
らでも、その債権の満足を受けることができるという思想と、そのような弾力性のある流動的担
保を認める商慣習が、16 世紀のイタリア商業都市法において形成されたと言われる。
これにより商人は、商人相互問の継続的取引に際し、その債権担保のために一々担保の提供を求
めねばならない煩と、相手方に対してあからさまな不信の表明ともなることから、回避できること
となる。
従って沿革的には、留置権の目的物を競売して、その代金から優先弁済を受ける権能を有してい
たものであり、現在の外国の法制においても、これを法定質権として捉える国(例えば独商法 371 条)で
は、当然ながら優先弁済権能が認められている。
⑦ 日本における法制
しかしながらわが国の商法は、商人間の留置権を含め商法上の留置権(商事留置権)の効力について
は特別の定めを設けず、全て民法の規定(民法 295 条)に委ねている。従って、商人間の留置権も民事
留置権(民法上の留置権)と同じく、債権の完全な弁済を受けるまで目的物を留置し(民法 296 条)、そ
の目的物から生ずる果実を収取して優先弁済に当て得る(民法 297 条)ほかは、競売権は認められても
優先弁済権はない。
しかし、商事留置権は、債務者の破産や民事再生手続の場合には別除権として特別の先取特権に
40
認められているわけであり(破産法 65・66 条民事再生法 53 条)、企業間信用がますます増大しつつ
ある現在、殊に重要性が著しく増加している商人間の留置権については、優先弁済権を更に強化す
る立法措置の必要が指摘されている。
⑧ 留置権の真の威力と競売に至ることが少ない事情
ところで、運送品や寄託物競売の換価代金の水準は、それらが商品として流通している場合の数
分の一であるのが通例であり、留置権の効用はむしろ、その物件の必要性が債務者ないし利害関係
人にとって如何に大きく切実かにある。
そのような場合には、債務者に弁済資力がなくても、いずれかの利害関係人から代位弁済(民法
474・499~503 条)がなされるのが通例であり、競売を行わなければならないことは希であるのが現実で
ある。
⑨ 商人間の留置権の行使を行う際の重要な判断事項
商人間の留置権の行使を判断する際に重要な事柄は、まずは次の四点である。
1).運送品や寄託を受けた物件については、特にそれが商品物件であれば、債権者の占有中にも所
有権が他に移転することはあるわけであり、このような場合の商人間の留置権の成否。
2).運送の委託が第三者である荷受人への引渡の委託であった場合、
このような委託の引受けによ
り占有を取得した物件については、商人間の留置権不行使の特約があったとされるかの問題。
3).不動産は、商人間の留置権の対象物件になるかの問題。
4).留置権には、
優先弁済権がないとされる反面、
弁済がない限り引渡拒絶権が対世権としてある。
この関係のもとに、どのような効用を発揮できるかの実務上の問題。
3
成立要件
商人間の留置権の成立要件は、当事者双方が商人であり、双方のために商行為たる行為によって
生じた債権が弁済期にあり、且つ、債務者との何らかの商行為により債務者所有の物又は有価証券
を債権者が占有しており、留置権不行使の特約が存在しないことである。
これを詳述すれば次のとおりである。
(1) 被担保債権
商人である債務者との双方的商行為から生じた債権で、弁済期の到来したものでなければならな
い。留置物と何ら関係のない債権でもよい。
他から譲り受けた債権については、この留置権を主張できないのが通説である。しかし、債務者
が証券上の債務者となっている無記名証券(持参人払小切手など)・指図証券(手形など)は、誰からこれを
取得したかを問わず、その証券の債務者との商行為(手形その他の商業証券に関する行為は絶対的商行為:商法
501 条 4 号)により取得した債権として、この留置権の被担保債権になると学説は一般に解している。
それは、この種の証券が流通証券たる性質上、債務者は所持人が誰であろうともこれに対し直接
に債務を負担する意思があるものと認むべきだからである。
裏書譲渡等を受けた手形・小切手の債務者に対する債権も被担保債権となるので、この留置権の
役割は一層大きくなる。
(2) 目的物の所有権
留置権成立時に、その留置物が債務者所有のものでなければならない。
商人間の留置権が「債務者所有」以外の要件を充たしており、債務者から占有を取得した留置物
41
について、既にその債務者から所有権の譲渡を受けていた旨を主張する第三者がある場合、所有権
取得を主張する第三者は商人間の留置権者に対し、その所有権取得の対抗要件を備えていなければ
ならない(長野地裁松本支部昭和 44.7.17 判・ジュリスト 513 号 103 頁 ⇔この事案は、もし占有改定がなされておれば、
留置権の成立が否認されることになる:古田注 )。
従って、その第三者が対抗要件を備えていない限り、商人間の留置権を主張できる。即ち、商人
間の留置権は、第三者の所有権取得と相容れない物権であるから、第三者は所有権取得の対抗要件
を留置権成立前に備えていない限り、留置権者に対抗できない。
動産物権取得の対抗要件は引渡であるが(178 条)、留置権は占有が成立要件であるから、留置権者
は留置権成立時に対抗要件を備えている訳である。
所有権の取得を主張する第三者がこの商事留置権の成立を否定するには、
その成立に先立って
「引
渡」を受けておかねばならないが、この引渡は「指図による占有移転」(民法 184 条)でもよいが、こ
の指図が留置権成立後になされたときは留置権の成立を否定し得ず、ただその指図後に弁済期が到
来する債権が留置権の被担保債権に追加されなくなるに止どまる。
荷送人に貨物引換証や船荷証券が発行されたり、寄託者に倉荷証券が発行された場合でも、運送
人や倉庫業者は当該証券が第三者に裏書譲渡される時点迄に弁済期にある債権をもって、証券所持
人に対し商人間の留置権を主張することができる(東京高裁昭和 45.12.17 判・判例時報 623 号 96 頁)。
(3) 目的物の占有の取得
留置権の目的物は、債務者との間の商行為によって債権者の占有に帰したものでなければならな
い。目的物と被担保債権との関連は不要である。
商行為によって占有を取得するというのは、占有取得の原因が当事者間の商行為にあるという意
味で、取得行為自体が当事者間の商行為という意味ではない。従って、占有自体は第三者から取得
した場合でも差支えない。例えば、当事者間の商行為によって、その目的物が第三者から引渡され
た場合でもよい。
次に、当事者間の商行為とは、
① 第一説(通説)
商法第 3 条が一方的商行為の概念を認めている以上、債権者・債務者のいずれかについて商行為
であれば足りるとする説。
② 第二説
商人間の留置権は取引上の債権担保のための留置権であるから、目的物も取引関係に基づき占有
されたことを要すると解するのが合理的であり、債権者にとって商行為であることが、必要にして
十分な要件であるとする。
例えば、債務者会社の社員研修旅行のため、債権者旅行会社がその旅行斡旋を請負い、それに使
用する債務者会社の用具等を預かった場合、債権者会社にとっては商行為であるから、どの説によ
っても占有取得の要件を充たす。
しかし、債務者会社貸椅子業者から、債権者会社が支店長会議用に椅子を借りた場合、債務者は
商行為であるが、債権者は商行為でないので、第一説によらなければ占有取得の要件は充たされな
い。
商法が第 3 条で商法典適用の原則を規定している以上、占有取得は、債権者・債務者間の少なく
とも何れかのために、商行為である行為に基因して債権者の占有に帰したものであれば足る、とす
42
る通説に従うべきである。
(4) 留置権排除の特約がないこと
商人間の留置権は、当事者間の特約をもってその成立を排除することができる(商法 521 条但書)。
債務者が債権者に目的物を引渡した趣旨が、これを留置することと相容れないと言うだけでは、
直ちに留置権排除の特約があるとはされないが(例えば、ある時期には返還する約束をもって物の寄託を受けた場
合等)、目的物占有取得の契約の趣旨が信義則に従えば、留置に先行するものと解すべき場合、例え
ば第三者に引渡すべき約束で債権者が債務者から物の保管を引受けた場合や、第三者まで運送すべ
き約束にて物の引渡しを受けた場合は、留置権排除の特約を含んでいると解されている。
ドイツ商法 369 条 3 項は「目的物の留置が、債務者が引渡前又は引渡の際付与したる指図又は債
権者が引受けたる義務にして一定の方法において目的物を処理すべき指図又は義務に反するときは、
留置権はこれを行使することを得ず」と明定している。
裁判の実際においても、前記長野地裁松本支部の判決例は、第三者への運送途上の運送品であっ
たが、当該運送品について運送人が引渡中止の指図を受けていたことを認定した上で商人間の留置
権の成立を認容する等、慎重な事実認定が行われている。
一般には、荷受人が第三者である場合には運送人による商人間の留置権の成立の余地がない如
く
であるが、元払約定(未収)で発送された運送品が、運送途上で荷送人が倒産した場合には、運送人
としては直ちに支払方の確認を求めるべきであるが、その拒否があれば、荷受人への引渡に応じる
必要はなくなる理である。
あるいは、運送を継続する場合には、運送人は荷受人に、その運送賃等を荷送人に代わっての支
払ってくれるよう諾否を予め確かめることとなるが、運送品が荷送人のブランド商品である場合に
は、荷受人としては倒産ブランドを従前の約定価格で買入することは回避することが多いであろう
から、運賃負担約定違反等の理由で荷受拒絶になることが少なくない。
いずれの場合も、第三者への引渡義務は不存在となったわけであり、商人間の留置権成立への障
害は消滅したことになる。
4
商人間の留置権の目的物には不動産も含まれるか
商人間留置権の目的物に不動産も含まれるかにっいては学説が分かれており、消極説が通説であ
ったが、近年は不動産も含むとする積極説が多い。
物流業者は、事業のための施設を顧客企業から借り切って顧客企業への物流サ-ビスを行う例も
多いので、重要な問題である。
最近の判決例は、不動産を商人間の留置権の対象外とする東京高裁判決(平成 8.5.28 判・判例時報 1570
号 118 頁)と、不動産も含むとする福岡地裁判決(平成 9.6.11・判例時報 1639 号 147 頁)がある。
東京高裁判決が不動産は含まれないとした根拠は、①日本商法 521 条はドイツ旧商法の商人間の
留置権を模範として立案され、
有体動産に限られるのは当時のドイツの判例上確定した解釈であり、
現ドイツ商法 369 条はこれを踏まえて「動産及び有価証券」と規定していること、②わが国の旧競
売法では、動産については商法の規定による留置権者に競売を認めていたが(旧競売法 3 条)、不動産
については商法の規定による留置権者には競売が認められないと解されていたこと
(旧競売法 22 条)、
③登記の順位による不動産取引の法制度の中に、目的物との牽連性さえも要件としない商人間の留
43
置権を認めることは不動産取引の安全性を著しく害すること、の三点である。
他方、不動産も含むとする福岡地裁判決の理由は、①日本商法 521 条は留置権の目的を「物又は
有価証券」と規定しており、
「物」には不動産も含まれること(民法 85・86 条)、②旧競売法の廃止と
同時に昭和 54 年に制定された現行の民事執行法は動産・不動産にかかわらず商法の規定による留置
権者に競売を明文で認めていること(民事執行法 195 条)、③抵当権との優劣は留置権成立の占有と抵当
権設定登記の先後により決せられるので、
不動産取引の安全阻害にはならないこと、
を挙げている。
積極説を妥当と解すべきであり、留置権の商人間信用に果たす役割も大きく期待できる。
5
留置権の行使
留置権は、抵当権や質権のような約定担保権と異なり法定担保権であるから、設定のための何ら
の合意や契約を要せず、法定の要件が充足すれば即成立していることになる。
ところで、留置権は一種の引渡拒絶権であるから、これを行使しない限り効力を生じない。即ち、
留置権者が引渡拒絶の意思を表示することがその行使であり、任意に引渡に応じれば占有を本体と
する留置権は消滅する。
判例も、
留置物の引渡を求める訴において、
留置権者が留置権を行使する意思を表明しない限り、
裁判所においてこれを斟酌することはできないとしている(最高裁判昭和 27.ll.27・最高裁民事判例集 6 巻
1062 頁)。
留置権の行使は、被担保債権の弁済を受けるまで、現存する占有状態を継続し、引渡請求に対し
これを拒絶することである。そして、留置権は物権であるから、商人間の留置権成立後に留置物の
所有権が第三者に移転しても、留置権の効力に消長を来さない。
しかし、債務者所有の物であることを要件とする商人間の留置権では、第三者が所有権取得の対
抗要件を備えた後に新たに弁済期が到来する債権は、被担保債権に追加されない。
即ち、第三者が留置権成立後に留置物の所有権を取得し、対抗要件を備えた後は、その後に弁済
期が到来する債権にっいては商人間の留置権成立の要件を欠くこととなるが、それ以前に弁済期が
到来している債権によって成立している商人間の留置権には消長を来さないということである。
*留置権成立中の留置物件の第三者による所有権取得の対抗要件具備
①不動産や登録制度のある自動車等については登記・登録。
②倉荷証券等の流通証券が発行されている動産については証券の裏書取得。
③そのほか既に留置中の動産については、指図による占有移転(民法 184 条)により対抗要件の具備が行われる。
それは所有者が留置権者に内容証明郵便等により、第三者に所有権譲渡した旨及びその第三者のために占有
すべき旨の通知を行うことによってなされる。
(1) 留置権の行使と時効
留置権によって目的物を留置するだけでは被担保債権の請求ではないから、請求債権の消滅時効
の中断・停止の効力は生じない(民法 300 条)。
しかし、留置物件の引渡を求められた訴訟において出された留置権の抗弁は、被担保債権の履行
と引換えに目的物の引渡をなすべき旨を命じられるべく予定するものであるから、被担保債権につ
き催告としての効力が訴訟係属中存続しているものと解すべきであり、従って訴訟終結後 6 ヵ月以
内に他の強力な時効中断事由を実行すれば、時効中断の効力は維持される(最高裁判昭和 38.10.30・最高
裁民事判例集 17 巻 9 号 1252 頁)。
44
時効中断事由は民法 147 条に規定されており、
各中断事由については 149~156 条にその内容が定
められている。
債務の承認による時効の中断は、債務確認書の徴取や残高照合による債権額の確認等の方法によ
り、実務上比較的容易に行われるが、これが留置権の被担保債権である場合は、これに弁済期猶予
を認めた記載をすると留置権が消滅することとなるので注意を要する。
なお、利息の支払は元本の承認となり(大審院判昭和 3.3.24・法律新聞 2873 号 13 頁)、一個の債務の一部
の弁済も債務額の一部としての弁済であれば、その一個の債務の残額についての承認となる(大審院
判大正 8.12.26・大審院民事判例集 2429 頁)。
従って実務においては、弁済金領収書の摘要欄には現に弁済期にある債権の全額とその一部の弁
済である旨を明記して交付するようにする。
時効が中断すると、進行していた時効期間は全く効力を失い、新たに時効期問が進行を始める。
(2) 留置権行使の内容証明郵便を発信しておく必要性
留置権は法定担保権であるから、法律の規定により一定の成立要件を具備すれば法律上当然に成
立するが、権利の成立とその行使とはこれを区別して考えなければならない。
留置権行使の意思表示は、通常、内容証明及び配達証明郵便によってなされる。内容証明郵便は、
確定日付のある証書でもあるから、留置権行使の証拠としてこれを発信し、その着信を証する配達
証明書と共に所持しておくことが必要である(民法施行法 4 条・5 条 5 号)。
(3) 他の債権者による差押、競売等と留置権
動産の差押や競売は、
執行官がその動産の占有を取得して行うものであるから(民事執行法 123 条1 項)、
留置権者は留置権行使中の物件であることを理由に、執行官に対して直ちにこれを拒まなければな
らない(同法 124 条)。
留置権者がこれを任意に提出すると、留置権の本体機能である占有を喪失するので、留置権は消
滅する。
留置権者を第三債務者とする債務者の当該物件の返還請求権の差押命令が送達されたときは、留
置権行使中の物件である旨の陳述書を作成し、2週問以内に執行裁判所に提出しなければならない
(民事執行法 147 条)。
これらのためにも、前述の内容証明郵便の発信は留置権行使を証明する書面として必要である。
実務上の配慮として、そのコピーを留置物件を保管する営業所の責任者に所持させておくのも必
要なことである。
(4) 国税・地方税の滞納処分と留置権
留置権は物権であるから、全ての人に対して主張することができること前述のとおりであるが、
公租公課による滞納処分については特例がある。
第三者が占有する滞納者の動産又は有価証券は、その第三者が引渡を拒むときは差押えることが
できない(国税徴収法 58 条 1 項)。しかし滞納者に、他に換価が容易で滞納国税の全額を徴収すること
ができる財産がない場合には、税務署長はその第三者に引渡を書面で命ずることができ(同法 58 条 2
項)、引渡拒絶ができない。そして指定された期限までに引渡をしないときは、差押をすることがで
きる(同法 58 条 3 項)。
45
しかし、留置権者がその滞納処分の手続において、その行政機関に対して留置権がある事実を証
明したときは、国税に優先して換価代金から配当を受けることができる(国税徴収法 21 条 1・2 項)。
地方税についても同様の扱である(地方税法 14 条の 15)。
留置権者のこれらの権利は、当該行政機関に対して留置権がある事実を証明しないと認められな
いので(国税徴収法 21 条 2 項)、前述の内容証明郵便による留置権行使の証書が必要になる。
(5) 破産法・民事再生法・会社更生法と商事留置権(商法上の留置権)
商法上の留置権(商事特別法も含む)は、債務者の破産、民事再生の場合は別除権とされて特別の
先取特権に認められ、破産や民事再生の手続によらないで債権の回収を図ることができる。
また、債務者に会社更生の開始決定があった場合は、更生担保権として扱われる(会社更生法2条 10・
11 項)。
これらの権利の届出にも、留置権行使の証書が必要であり、前述の内容証明郵便が用いられる。
民法上の留置権には、このような効力がない。
商法上の留置権には、商人間の留置権のほか、代理商の留置権(商法 51 条)、問屋の留置権(商法 557
条)、準問屋の留置権(商法 558 条:出版・広告・旅客運送・宿泊の取次業者など)、運送取扱人の留置権(商法 562
条)、陸上物品運送人の留置権(商法 589 条)、内航船主の留置権(商法 753 条 2 項)、外航船主の留置権(国
際海上物品運送法 20 条 1 項により適用される商法 753 条 2 項)等がある。
講学上、これらは総称して商事留置権と呼ばれるが、商人間の留置権のみを商事留置権と呼ぶ見
解もある。
(6) 目的物を留置することに関連する権利
①民法 297 条: 留置物の果実を収取してこれによって優先弁済を受ける権利を有する。
果実には大然果実のみならず法定果実も含まれる。例えば、債務者から賃借したトラックに留置
権を行使した場合、法定果実である賃料を留置権の被担保債権のまず利息に、次いで元本に優先充
当することができる。
しかし注意すべきは、債務者の承諾なくして留置物を使用・賃貸すれば留置権の消滅を請求され
る虞がある(民法 298 条)。
従って、債務者から使用権限を得ていた期間内であれば問題ないが、それ以後は保存に必要な使
用に止めておくのが無難である(同 298 条 1 項但書)。
判例は、留置した借家について、居住することは保存に必要な使用であるとしてこれを認める(大
審院判昭和 10.5.13・大審院民事判例集 14 巻 876 頁。その他同旨の判例多数)。
学説は、不動産の留置は原則として、従前の占有状態(使用状態)を継続することであって差支え
なく、留置権で担保される債権が弁済その他の事由で消滅したときには遅滞なく引渡すことができ
る態勢を作りながら従前の使用状態を継続することができるとする。
②民法 299 条 1 項: 留置権者が留置物について必要費を出したときは、所有者をしてその償還を
なさしめることができる。
必要費とは善管注意義務(民法 298 条 1 項)を以てする物の保管に欠くべからざる出費をいう。
判例は、受寄者が保管料債権のために、寄託契約終了後留置権を行使した場合における留置物の
保管料は必要費たることありとする(大審院判昭和 9.6.27・大審院民事判例集 13 巻 1191 頁)。また、傭船料不
払のため船舶所有者が貨物にっいて適法に行使し得る留置権保全の目的を以て、貨物を陸揚・保管
46
した陸揚費・倉敷料もまた同じであるとする(大審院判昭和 11.9.19)。
③民法 299 条 2 項: 留置権者が留置物について有益費を出したるときはその価格の増加が現存す
る場合に限り、所有者の選択に従ってその費したる金額又は増加額を償還せしめることを得る。
但し、裁判所は所有者の請求によりこれに相当の期限を許与することができる(同項但書)。
6
留置権競売の実施
留置権による競売については、民事執行法が 195 条に「留置権による競売及び民法、商法その他
の法律の規定による換価のための競売にっいては、担保権の実行としての競売の例による。」と 1
カ条を形式競売と並列的に規定して置くのみで、留置権による競売の性質等については何らの規定
も設けておらず解釈運用に委ねられた結果となっている。
(1) 換価のための形式競売と解する説
留置権による競売は換価のための競売であるから、配当要求もなく、消除主義(民事執行法 59 条)の
必要はなく、引受主義で売却し、売却代金から競売費用を控除して留置権者に交付すれば足る。
留置権競売には配当要求が許されない旨の裁判所の判示がなされたのは、
昭和 60 年の東京地裁の
決定が初めてであり、民事執行法 195 条が形式的競売規定であることを理由としている。
他の債権者による強制執行や担保権の実行としての競売申立がなされれば、この手続が留置権の
競売に優先する。
留置権競売申立によって留置権の留置的効力は失われないから、留置権者が競売申立を取り下げ
れば、目的物は留置権者に返還さなければならない(小室直人・法律文化社・民事執行法講義 178 頁)。
留置物を換価するだけの形式的競売であるから、配当要求はありえず、また売却によって不動産
上の権利(例えば抵当権〕は消滅することなく、買受人がこれを引受けることとなるが、留置権者は
売却代金から競売費用を控除した残額を受頷し、その受領保管金と留置権被担保債権とを対等額で
相殺できる(田中康久・新民事執行法の解説 333 頁)。
立法担当者は、留置権競売を形式的競売ないし換価のための競売に近いものとして捉えている(浦
野雄幸・逐条概説民事執行法 300 頁、田中康久・新民事執行法の解説 332 頁)。
(2) 優先弁済権はないが担保権実行の競売とする説
形式競売説は、留置権の競売実行で実質的に優先弁済を受けることを許容することとなり(抵当権
は競落人が引受けるので、留置権者は売却代金から競売費用を控除した残額を受領し、金銭に変形した留置物であるその保管
金と債権とを対等額で相殺できることとなる)、留置権の本来の性質に反するものであると批判する。
配当要求を認め、消除主義を適用して配当手続を実施すべきとする(竹田稔・酒井書店・民事執行法の実
務 I 228 頁)。
* 消除主義と引受主義:差押債権者に優先する不動産上の種々の負担がある場合に、それらの優先権の取扱について、
①競落によってその負担を消滅させ競落人に何らの負担のない不動産を取得させる「消除主義」と、②競落によっ
ても消滅させずに競落人がその負担を引受けるものとする「引受主義」、の二立法主義がある。
* わが国は旧法以来現民事執行法も消除主義を原則としつつ一部で引受受主義を取り入れている。民事執行法 59 条 4
項は不動産留置権等については引受主義を適用している。
以上、今後の学説・判例・裁判所実務の趨勢に待たねばならないが、留置権に基づき競売を実行
したときの両説の差は、旧競売法の元での学説の大勢は次のとおりであった。
47
競売法 2 条 3 項の「留置権者は競落人に対しても債権が弁済されるまでは留置物を留置し得る」
との規定は、留置権者が競売をするときは適用がなく、他の債権者の配当加入があれば優先弁済権
がない結果として平等の割合で弁済を受けることができるだけであると解されおり、
上記(2)と同じ
結果となる。
旧競売法が廃止され民事執行法下での(1)(2)両説による結果の大きな差は、担保権者や差押債権
者が明瞭な登記や登録制度のある不動産や自動車等の場合であり、(1)説が引受主義、(2)説が消除
主義であるから顕著である。
しかしながら、動産留置権の競売実行では(2)説によっても、配当加入できる債権者は質権者と動
産先取特権者(民事執行法 133 条)、執行の申立をした執行正本を有する債権者(民事執行法 125 条)、国税
等の交付要求(国税徴収法 82 条)に限られ、且つ執行官が売得金を受けるまでに配当要求をした場合に
限られる(民事執行法 140 条。旧競売法では執行正本のない債権者も配当加入ができた)。
留置動産についての質権者や動産先取特権者はまず想定されないので、債務名義を持つ債権者と
国税等の交付要求があるかを注意すればよいことになる。
そして、これらの者からの多額の配当要求がされるときは、直ちに留置権競売の申立を取下げれ
ば、留置物件の返還を受け留置権を継続することができる。
(1)の形式競売説によっても、
留置権競売申立取下により留置物が執行官の占有下になくなるので、
強制執行はできなくなる。
留置権に象徴的な力はその引渡拒絶権能であるから、競売権のみにとらわれずに、債務者あるい
はその取引先がその留置物を必要としている点を捉え、一部開放により資金を調達させながら回収
を図るとか、留置権者に対抗要件で遅れながらも所有権を取得した第三者等の利害関係人から、代
位弁済を得てその留置物を引渡して解決を図る等、留置権本来の機能の活用の仕方を研究するこ
とが必要である。
7
商人間の留置権行使通知書作成演習
[事
案]
当社「
(株)龍ヶ崎物産商会」は、横浜市の東洋食品工業から同社製造・加工の食品類の瓶詰め作業
と委託販売を請負っていたが、同社は昨 11 月末に倒産した。
当社には、同社に対する平成 17 年8月 1 日から 12 月 5 日までの瓶詰め作業代金 362 万円と委
託販売した 11 月分の販売手数料債権 50 万円があったが、11 月の販売代金 150 万円はまだ当社の
保管下にあったので、これを相殺した結果、262 万円が未収金となった。
当社の加工場には、
瓶詰をした筍水煮 24 個入 2500ケースと山菜漬物 24 個入 800 ケースがある。
[催告状は、内容証明・配達証明付・書留・速達とする]
内容証明郵便物は、1行20字以内、一葉26行以内で作成する。「 、 。 」も一字に計算される。コピ-を3通作
成し、差出人氏名に押印する。二葉以上になるときは各葉の合わせ目に割印する。郵便文どおりに差出人と相手方を
書いた封筒一つを添えて(郵便番号は内容証明文には不要であるが、封筒には書くこと)、郵便文3通ともを郵便局の
窓口に提出する。これら3通は、郵便局長名で内容証明郵便物として受付けられた旨の証明文が附記押印され、一通
は発信人にその場で還付され、もう一通は郵便局で保管綴込みされ、残りの一通は発信封筒に封入して発信される。
後日、配達証明を記した葉書が郵送されてくる。
48
[催告状サンプル] この例では二葉にわたっている。
催 告 状
請求債権(被担保債権)の表示
一金三六0万二0三円也 但し当社が貴社の
依頼により平成一七年七月六日から同年一二
月八日までの間に、貴社の商品等を運送した
ことにより貴社に対して取得した運送賃等債
権で、弁済期到来済のものである。
留置物件の表示
一、帆立貝缶詰二四個入りケース八二六個
二、乾燥椎茸一0キログラム入箱七八九個
右請求債権について貴社は当社再三の請求
にもかかわらず未だにお支払頂けず、当社は
はなはだ困却しております。ついては本請求
債権全額及び之に対する本日以降完済に至る
まで6%の法定遅延利息を付加して、本書到
達後三日以内に当社に持参お支払下さい。
当社は右支払あるまで、貴社と当社との間の
商行為により当社の占有に帰した貴社所有の
右留置物件を商法五二一条の商事留置権に基
づいて留置します。なお右催告期間内にお支
払ないときは法に基づき本件留置物件を競売
しますので念のため申し添えます。
平成一八年三月二六日
東京都港区芝一丁目三番四号
株式会社 東京港運社
代表取締役社長 山田 一郎㊞
横浜市港南区港五丁目六番七号
東洋食品工業株式会社
代表取締役 河野一太郎殿
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