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エフリンを介したPCP経路の機能解析

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エフリンを介したPCP経路の機能解析
 上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012)
58. エフリンを介した PCP 経路の機能解析
田中 正光
Key words:エフリン,細胞移動の接触阻止:contact
inhibition of locomotion,グリオブラストーマ
秋田大学 大学院医学系研究科
分子生化学講座
緒 言
腫瘍の間質組織への浸潤性は腫瘍の進行度を大きく左右する.腫瘍細胞が間質に侵入する機構には,メタロプロテアーゼの
活性化などに依存するもの以外に,「細胞移動の接触阻止」という現象が深く関与している.移動中の正常細胞同士は互いの
接触により運動方向を変える,あるいは停止する「細胞移動の接触阻止:contact inhibition of locomotion, CIL」という
現象がみられるが,浸潤性の高い腫瘍細胞ではその破綻が生じる.CIL は同種類の細胞でも,癌細胞と間質細胞の間でも生
じる事が知られており,癌・間質細胞間の CIL の破綻は癌細胞の間質組織への浸潤に繋がる.本研究では,脳腫瘍であるグ
リオブラストーマ(神経膠芽腫)の細胞株の中から,in vitro で正常グリアへの浸潤が軽微なものと高度なものを用いて腫瘍細
胞と間質細胞(グリア)間の CIL の形成と破綻について解析を行った.その分子機序として,移動方向への細胞膜突起形成
に必須である Rac の接触部位での活性制御について検討したので報告する 1).
方法、結果および考察
1.U87MG/グリアによる異種細胞間 CIL
グリオブラストーマの細胞株と正常ラット脳から初代培養したグリアを用いて,両者の間での CIL を (i) スフェロイド衝突アッセ
イと (ii) タイムラプスイメージングにより判定した. (i) はそれぞれの細胞の浮遊培養により作製したスフェロイド(細胞凝集塊)
を dish 内で近傍に置き,その互いの侵入度を判定するものである.検討した腫瘍細胞株のうち,U87MG はグリアへの浸潤が
軽微で,スフェロイド衝突アッセイでは両者の明瞭な境界面が保持されていた(図 1A, B).またタイムラプスイメージングで
は,U87MG 細胞はグリアとの接触後移動を停止し,新たな細胞膜突起を主に反対側に形成してグリアから離れてゆき,CIL
に適合した細胞移動の変化が観察された(図 1C).これらの結果から U87MG とグリアを腫瘍細胞・間質細胞間の CIL モデル
として以下の検討に用いた.
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図 1. U87MG とグリアの接触に基づく細胞移動.
(A, B) U87MG (緑) とグリア(赤)の細胞塊を近傍に置き,その境界面の形成を観察したスフェロイド衝突アッセイ
(A:プレート平面上, B:三次元). いずれも明瞭な境界がみられ,腫瘍の浸潤は認めない.Scale bar:20μm.
(C) U87MG (赤,黄) とグリア(緑)の共培養におけるタイムラプス画像.U87MG はグリアとの接触後,移動方向を
変え離れてゆく.矢印は移動方向を示す.Scale bar:50μm.
2.U87MG/グリアによる CIL の分子機構
両者の接触による CIL の分子メカニズムとして,(i) CIL を誘導する細胞接触を感知するのに必要なセンサー分子の検討,
(ii) 接触に伴う細胞移動の変換に必要な Rac の制御機構に着目した.(i) U87MG/グリアにおいて発現している細胞接着分
子を検討した中で,N-カドヘリンを両者において RNA 干渉により発現抑制した結果,スフェロイド衝突アッセイではグリアへの
U87MG の侵入が顕著に増加し(図 2A),イメージングにおいても CIL の解除が観察された.(ii) 細胞移動において,進行
方向に葉状突起を形成することに重要である Rac の活性制御について検討を行った.Rac の活性化因子(グアニンヌクレオチ
ド交換因子)である Tiam1 は U87MG で発現がみられ,我々は Tiam1 を転移抑制遺伝子 Nm23-H1 が抑制する事を以前
報告している 2).Nm23-H1 は U87MG 細胞においてグリアとの接触部位に集積しており,それは N-カドヘリンに依存してい
た.そこで U87MG で Nm23-H1 を RNA 干渉により発現抑制し,CIL における影響を検討した.スフェロイド衝突アッセイに
おいて,U87MG のグリア内への侵入は Nm23-H1 発現低下により顕著に促進され,それは野生型 Nm23-H1 により解除され
るが N-カドヘリンとの結合不能型 Nm23-H1 変異体では解除されなかった(図 2B).また,Nm23-H1 の Tiam1 との結合能
に重要なアミノ酸領域を決定し,その置換により Tiam1 結合不能型 Nm23-H1 (Nm23-H1 E124, 127K;2EK) を作製し
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た. その結果,Nm23-H1 2EK 変異体は Nm23-H1 除去 U87MG のグリアへの浸潤を抑制しなかった (図 2B).これらの結
果はタイムラプス観察による CIL の有無とよく相関していた.以上の事から,Nm23-H1 は N-カドヘリン依存性に U87MG/グ
リア細胞接触部位にリクルートされ,局所で Tiam1 と相互作用する事が CIL を含めた機序による腫瘍のグリアへの浸潤阻止に
寄与している事が示唆された.
図 2. N-カドヘリンと Nm23H1 による U87MG のグリア塊への侵入制御.
(A) N-カドヘリン発現抑制. Scale bar:20μm.
(B) Nm23H1 の発現抑制 (miR) により腫瘍の浸潤が亢進する.Tiam1 結合不能型 Nm23H1 (2EK) はそれをレス
キューできない.Invasion index:グリア領域に侵入した腫瘍細胞の面積割合(%). Scale bar:20μm.
3.Ephrin-B1 による Nm23-H1/Tiam1/Rac 経路の抑制作用
これまでに Eph 受容体型チロシンキナーゼのリガンドである ephrin-B1 が Tiam1 に結合し,神経細胞の突起伸長などに影
響する事を観察してきた 3).近年,他グループの結晶構造解析により ephrin-B1 の Tiam1 との結合モチーフが報告されたた
め 4),Tiam1 結合不能型 ephrin-B1 (EFNB1 E297K, D300K) を作製し,ephrin-B1 が上記 U87MG/グリアの CIL にど
う影響するかを検討した.U87MG は内在性には ephrin-B1 の発現はほとんどなく,ephrin-B1 を安定発現した U87MG 細
胞はグリアへの浸潤が著明で CIL も阻害されていた (図 3A, B).一方,Tiam1 結合不能型 ephrin-B1 は U87MG の浸潤
性や CIL に対して特に大きな影響がみられなかった (図 3 左下).Ephrin-B1 は Tiam1 との相互作用により CIL の制御を含
めた腫瘍浸潤に関与することが示唆されたが,その機序として ephrin-B1 は Nm23-H1/Tiam1 の結合を阻害する事が免疫沈
降実験から明らかになった.さらに上記結果を確認するため,内在性に ephrin-B1 を高発現しているグリオブラストーマである
C6 細胞株を用いて検討した.野生型 C6 はスフェロイド衝突アッセイにおいてグリア内への侵入が高度であるが,RNA 干渉に
よる ephrin-B1 の発現除去によりその浸潤能は有意に低下した(P<0.01).C6/グリアの共培養によるタイムラプス観察でも,
ephrin-B1 除去によって CIL 様の動態が回復する事が観察された.また,C6 細胞において Nm23-H1/Tiam1 の結合は
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ephrin-B1 の除去によって有意に亢進した(P<0.01).上記の腫瘍細胞のグリアへの浸潤,CIL の解除の度合いは Rac の活
性とよく相関が認められ,Nm23-H1 の RNA 干渉や ephrin-B1 の発現により Rac は活性化され,それはこれらの分子の Tiam1
との結合能に依存している結果が得られた (図 3 右下).以上の結果から,ephrin-B1 は Nm23-H1/Tiam1 の結合を競合阻
害する事で Rac1を活性化し,それを含めた機序により CIL の解除や腫瘍細胞の間質浸潤に貢献していると考えられた.
図 3. Ephrin-B1 を高発現した U87MG はグリアへの侵入が亢進する.
A:平面上,B:三次元.図左下:スフェロイド衝突実験による腫瘍細胞の浸潤度総括.図右下:各 U87MG 細胞に
おける Rac1 の活性化のまとめ.Parent U87MG に対する相対比として表示した.Scale bar:(A) 20μm, (B)
20μm.
4.Ephrin-B1 によるグリオブラストーマの脳内浸潤性の変化
Ephrin-B1 の in vivo におけるグリオブラストーマ浸潤に対する影響をみるため,ephrin-B1 の発現量を変えた U87MG お
よび C6 細胞をヌードマウスに脳内移植した.マクロ観察では腫瘍全体のサイズに大きい差を認めなかったが,ephrin-B1 の発
現により腫瘍辺縁の形状が不整型を増し,反対にその発現低下により圧排性のスムースな辺縁を形成した(図 4).このことは
ephrin-B1 が in vivo でのグリオブラストーマの脳内浸潤にも寄与している事を示唆している.
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図 4. ヌードマウス脳内移植による腫瘍組織像.
2 × 105 細胞移植 12 日後の代表的組織像(HE 染色). Scale bar:500μm.
Nm23-H1 の N-カドヘリンとの結合には β-カテニンが媒介している事が最近報告され 5),Nm23-H1 は他の細胞間接着分
子を介した CIL にも関与している可能性が考慮される.現在他の腫瘍における CIL 制御に基づく間質浸潤への影響を検討し
ている.また ephrin-B1 における Tiam1 との結合部位は ephrin-B2, B3 でも保存されており,グリオブラストーマでも高発現
の報告されているこれらの ephrin を介した CIL の制御機構としても機能している事が予想される.
共同研究者
本研究の共同研究者は,秋田大学大学院医学系研究科分子生化学講座の栗山 正である. 最後に,本研究に御支援を賜り
ました上原記念生命科学財団に深く感謝致します.
文 献
1) Tanaka, M., Kuriyama, S. & Aiba, N.:Nm23-H1 regulates contact inhibition of locomotion which is
affected by ephrin-B1. J. Cell Sci., doi:10.1242/jcs.104083, 2012.
2) Otsuki, Y., Tanaka, M., Yoshii, S., Kawazoe, N., Nakaya, K. & Sugimura, H.:Tumor metastasis
suppressor nm23H1 regulates Rac1 GTPase by interaction with Tiam1. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.,
98:4385-4390, 2001.
3) Tanaka, M., Ohashi, R., Nakamura, R., Shinmura, K., Kamo, T., Sakai, R. & Sugimura, H.:Tiam1
mediates neurite outgrowth induced by ephrin-B1 and EphA2. EMBO J., 23:1075-1088, 2004.
4) Terawaki, S., Kitano, K., Mori, T., Zhai, Y., Higuchi, Y., Itoh, N., Watanabe, T., Kaibuchi, K. &
Hakoshima, T.:The PHCCEx domain of Tiam1/2 is a novel protein- and membrane-binding module.
EMBO J., 29:236-250, 2010.
5) Aktary, Z., Chapman, K., Lam, L., Lo, A., Ji, C., Graham, K., Cook, L., Li, L., Mackey, J. R. & Pasdar,
M.:Plakoglobin interacts with and increases the protein levels of metastasis suppressor Nm23-H2
and regulates the expression of Nm23-H1. Oncogene, 29:2118-2129, 2010.
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