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「日本の異文化間教育の現状と情報メディア」 塚本美恵子

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「日本の異文化間教育の現状と情報メディア」 塚本美恵子
「日本の異文化間教育の現状と情報メディア」
塚本美恵子
( 本 論 文 は 以 下 の報 告 書 に 掲 載 さ れ て い ま す )
平 成 16 年 ~ 平 成 18 年 度
科学研究費補助金
( 基 盤 研 究 B ( 1 )) 研 究 成 果 報 告 書
16330169)
(課題番号
『異文化間教育に関する横断的研究―共通のパラダイムを求めて―』
研究代表者
小島勝
p55-79
平 成 19 年 3 月
1
日 本 の 異 文 化 間 教育 学 の 現 状 と 情 報 メ デ ィ ア
塚本美恵子
1.
はじめに
情報化と国際化は、私たちの生活様式に急激な変化をもたらしている。携帯電話やパソ
コンといった情報機器は、次々と開発される高度通信技術によってますます進化しながら
その利用範囲を広げている。こうした情報機器の進化や普及は、私たちが情報メディアに
接 す る 時 間 を ま す ま す 増 加 さ せ て い る 。 日 本 人 の 平 均 的 テ レ ビ 視 聴 時 間 は 3 時 間 40 分 を
超え、新聞・雑誌といったマス・メディア、さらにインターネットなどに接する時間も増
加している。メディアへの接触時間についてはこれまで、インターネットの利用時間が増
加すればテレビ視聴時間が減少するだろうと予想されていた。しかし最近の調査では、こ
うした予想に反してインターネットの利用時間が増加してもテレビ視聴時間が減少してい
ないことが明らかになっている。情報メディアへの接触時間の動向は今後も注目していく
必 要 が あ る が 、日 本 人 の メ デ ィ ア 情 報 へ の 総 接 触 時 間 は 今 後 も 増 加 し て い く と 予 想 さ れ る 。
こうした現状を捉えると、私たちの生活にますます大きな影響力を持ちつつあるメディア
情報について、今ここで改めて異文化間教育の視点から検討していく必要があろう。
異文化間教育学は、これまで異文化との直接接触によって生じるさまざまな問題に焦点
を当てて研究がおこなわれてきたが、現在のような高度情報化社会においては、直接接触
よりはむしろメディアによってもたらされる間接的なイメージや情報が、私たちのものの
考え方や捉え方に大きな影響を与えている。こうした問題意識から本稿では、今まで本学
会では論じられることの少なかった情報メディアについて異文化間教育の視点から検討す
る。具体的には、
①異文化間教育学会の会員を対象に実施した利用メディア教材に関する調査結果
②利用メディア教材から検証する「基本コンセプト」と「視点」
③異文化間教育における「メタ・重層的な視点」の必要性と実践
の順に考察し、報告する。
2.これまでの議論
本 科 研 で 筆 者 が 当 初 与 え ら れ た テ ー マ は 、「『 日 本 の 異 文 化 間 教 育 の 現 状 と 情 報 メ デ ィ
ア』の視角から異文化間教育関係の授業がどのくらいあり、具体的にどのように展開され
2
ているか、その実際を調査・分析するとともに、情報・メディア社会の異文化間教育のあ
り方に関するパラダイムを考察する。視聴覚教材やメディア・リテラシーについても検討
する」である。ここでは、本研究会で行われた議論を振り返りながら、情報・メディアの
視点から整理することから始めたい。
2 - 1 . 2004 年 10 月 の 研 究 会
筆 者 は 「 異 文 化 間 教 育 と 情 報 メ デ ィ ア 」 の 視 点 か ら 、 (1)情 報 量 の 増 加 、 (2)情 報 媒 体 の
変 化( 従 来 は 音 声 や 文 字 が 中 心 で あ っ た 情 報 媒 体 が 映 像・音 声・文 字 と 変 化 し て き て お り 、
中でも映像が大きなウエイトをしめるようになってきている点)を指摘した上で、①社会
がメディア情報の影響を大きく受けていること、②メディアの中にも客観性を問い直す動
きから「多様な視点」を重要視する動きがあること、③メディア教育の一環としてメディ
ア・リテラシーの活動が行われつつあること、④情報の送り手と受け手の研究や実践が、
異文化間教育の研究や実践にも有用であること、などを報告した。
2 - 2 . 2004 年 12 月 の 研 究 会
各班が出席して行われたこの研究会で、留学生班の横田・白土は、留学生班の考えるシ
ラ バ ス を 提 示 す る と 同 時 に 、本 科 研 の 目 的 を 達 成 さ せ る た め に 、
「 異 文 化 間 教 育 学 」を 、
「総
称 と し て の 異 文 化 間 教 育 学 」( 全 体 系 ) と 「 コ ア と し て の 異 文 化 間 教 育 学 」( 抽 出 体 系 ) の
二 重 構 造 で 捉 え る 提 案 を し た 1 )。 全 体 系 と 抽 出 体 系 の 二 重 構 造 で 捉 え る こ と の メ リ ッ ト と
して、
「 ① 関 係 性 を 広 く 含 む こ と が で き 、② コ ア を 明 確 に す る こ と が で き 、③ 異 文 化 間 的 視
点等独自のものがなければ異文化間教育とは言えないような誤解を回避することができ
る」点を挙げた。また、異文化間教育学の中心スタンスとしては、江渕の「基本的指針な
いし指導原理として、国際協力の精神や資質、地球市民精神の育成というような、国際化
時代の教育のあるべき姿についてのある種の概念や規範」を配し、その周りに「コアとし
ての異文化間教育学」
( 抽 出 体 系 )を 置 き 、さ ら に そ の 周 囲 に「 総 称 と し て の 異 文 化 間 教 育 」
( 全 体 系 )を 配 置 す る 捉 え 方 を 提 示 し た 。
「 コ ア と し て の 異 文 化 間 教 育 学 」を 抽 出 す る に は 、
「異文化間教育の授業で用いるキーワードと分野を縦横軸にマトリックスを作成して全体
像 を 鳥 瞰 」す る こ と に よ っ て 、
「 各 分 野 に お け る カ リ キ ュ ラ ム の 共 通 部 分 と 異 な る 部 分 」を
明らかにすること、としている。この提案は、共通の研究枠組みを抽出する方法として有
効なのではないかといった議論が展開された。
3
2 - 3 . 2005 年 2 月 研 究 会
筆者は、本プロジェクトにおける位置付けを確認した上で、①メディア情報の影響に関
する文献・資料の収集&まとめ、②ステレオタイプやイメージ形成に関するデータや資料
の収集、③メディア・リテラシーの実践からどのような知見が明らかになっているか、④
異文化間教育の授業で利用されている映像教材のデータベース(どのような映像教材がど
の よ う な 授 業 で 利 用 さ れ て い る か )、 を 視 野 に お い て す す め る 旨 を 報 告 し た 。
しかし留学生班と全体班の合同合宿が行われたこの研究会では、各メンバーの報告の後、
先 の 12 月 の 横 田 ・ 白 土 の 提 案 を 受 け て 、 異 文 化 間 教 育 の キ ー コ ン セ プ ト ( 共 通 の 論 点 )
と perspective(視 点 )の 抽 出 作 業 が 行 わ れ た 。こ こ で の 議 論 か ら 、異 文 化 間 教 育 の キ ー コ ン
セ プ ト (共 通 の 論 点 )に は 、「 適 応 」、
「 リ テ ラ シ ー 」、「 ア ィ デ ン テ ィ テ ィ ー 」、「 偏 見 」が 挙 げ
ら れ 、 こ れ ら を 「 双 方 向 性 」、「 変 容 の ダ イ ナ ミ ズ 」、「 成 長 の 発 達 段 階 」、「 関 係 性 の 組 み 換
え 」、
「 相 対 化 」の 5 つ の perspective(視 点 )か ら 捉 え る こ と で 、異 文 化 間 教 育 学 と し て の 視
点・論点モデルを打ち立てていくことが可能なのではないかとの仮説が立てられた。
この研究会での議論を経て打ち立てられた視点・論点モデルは、単にモデルとしてだけ
で は な く 、実 際 に 異 文 化 間 教 育 学 会 に 所 属 す る 会 員 の 基 本 コ ン セ プ ト や 視 点( perspective)
と合致しているかを検討してみる必要があるのではないかと考えられた。筆者はまた、議
論の中での白土メモの「たとえば留学生の適応を教えるにはどんな事例、どんな資料が必
要 か と い っ た 視 点 か ら 整 理 し て い く こ と も 可 能 で は な い か 。」 に も 着 目 し た 。 と い う の も 、
先 に 実 施 さ れ て い た「 異 文 化 間 教 育 に 関 す る 授 業 に つ い て の ア ン ケ ー ト 」2 ) 調 査 で も 、会
員 の 中 に は メ デ ィ ア 教 材 を 利 用 し て い る と い っ た 回 答 が 目 に つ い た か ら だ 。そ こ で 今 回 は 、
メディア教材に焦点を当て、どのようなメディア教材が利用されているかを把握すると同
時に、今回出された「基本コンセプト」と「視点」が、学会員の現況を反映しているかど
うかを検証するために、調査を実施した。
3.授業で利用しているメディア教材調査の実施
メディア教材調査の目的は、会員の利用メディアに関する情報を共有することと同時に、
前述のように異文化間教育学 会の会員の 考える基本コンセプト(共通の論点)と視点
( perspective)が 、上 記 の 仮 説 と 合 致 し て い る か を 検 証 す る た め で あ る 。異 文 化 間 教 育 学
会 の 会 員 が 、実 際 の 授 業 を 通 し て 学 生 に「 最 も 伝 え た い 」と 考 え て い る の は 何 か を 抽 出 し 、
4
こ れ を 照 合 す る 方 法 を と る こ と に し た 。そ の 理 由 と し は 、以 下 の 点 を 挙 げ る こ と が で き る 。
① メ デ ィ ア 教 材 は 、通 常 の 紙 媒 体 の 資 料 に 比 べ る と 、準 備 に 手 間 と 時 間 が か か る こ と が
多 い 。手 間 と 時 間 の か か る メ デ ィ ア 教 材 を 準 備 す る の は 、授 業 実 施 者 の 強 い 動 機 、つ
ま り 授 業 を 通 じ て「 最 も 伝 え た い 」と 考 え て い る エ ッ セ ン ス や メ ッ セ ー ジ が メ デ ィ ア
教材に明確に、あるいは凝縮された形で込められていると考えられる
② 時間をかけて準備したメディア教材を、
「 何 の た め に 」、そ し て「 ど の よ う に 利 用 し て
い る か 」を 具 体 的 に 問 う こ と に よ っ て 、授 業 担 当 者 の 狙 い 、あ る い は エ ッ セ ン ス が 抽
出できるのではないかと考えられた
③ 上 記 ② よ り 抽 出 さ れ た も の を 、今 回 仮 説 と し た 基 本 コ ン セ プ ト( 共 通 の 論 点 )と 視 点
( perspective) を 照 合 す る こ と に よ り 、 仮 説 が 検 証 で き る の で は な い か と 考 え ら れ
た
4.利用メディア調査の結果
調 査 は 、2005 年 3 月 ~ 4 月 に 、2004 年 度 異 文 化 間 教 育 学 会 名 簿 に e-mail ア ド レ ス が 記
載 さ れ て い た 会 員 836 名 を 対 象 に メ ー ル で ア ン ケ ー ト を 送 信 し た 。ア ン ケ ー ト は 81 名( 回
収 率 : 9.6% ) か ら 返 信 が あ り 、 実 際 に メ デ ィ ア 教 材 を 利 用 し て い る 51 名 の 会 員 か ら 190
件 の 情 報 提 供 を 得 た 。こ こ で は 、著 者 が サ ン プ ル と し て 会 員 に 提 示 し た デ ー タ を 含 め た 52
名 、193 件 の デ ー タ を 表 1 に 示 し た 。ア ン ケ ー ト の 質 問 項 目 は 、(1)氏 名 、(2)授 業 担 当 科 目 、
(3)利 用 番 組 名 、(4)番 組 制 作 者 、(5)な ぜ 使 う の か 、(6)ど う 使 う の か 、(7)学 生 の 反 応 、で あ
る。本報告書では、回答者を授業実施者として番号で表示し、アンケート項目の欠損部分
のあるものも含め、寄せられた情報の全てを掲載した。以下ではまず、本調査結果の報告
を行う。
表1
「 利 用 メ デ ィ ア の 調 査 報 告 」( A4 サ イ ズ 16 ペ ー ジ )
メ デ ィ ア 教 材 を 利 用 し て い る 授 業 の 担 当 科 目 名 は 、多 い 順 に 、比 較 教 育 37 件 、
(異文化・
異 文 化 間 ・ 国 際 ) コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 27 件 、 異 文 化 間 教 育 13 件 、 日 本 語 & 日 本 事 情 10
件 、 国 際 理 解 教 育 9、 平 和 と 人 権 ( メ デ ィ ア ・ リ テ ラ シ ー )6、北 米 比 較 教 育 4、 海 外 子 女
教 育 4、 文 化 間 教 育 演 習 4 で あ る 。 今 回 、 比 較 教 育 学 が 多 か っ た の は 、 調 査 に 際 し て 多 く
のメディア教材を整理して情報を提供して下さった会員の担当科目に、比較教育学が多か
5
ったことによる。この他の担当科目名としては、英語・バイリンガル教育・言語学関連、
次いで心理学と社会学、多文化教育、教育論、保育教育、地域・地理研究、人権や道徳教
育などである。
授業で利用しているメディアとして挙げられたものは、テレビで放送された番組が大半
を 占 め た が 、そ の 中 で も す で に 報 告 し た よ う に 3 )、最 も 利 用 が 多 か っ た の が「 青 い 目 ・茶 色
い 目 」、「 青 い 目 ・ 茶 色 い 目 - 教 室 は 目 の 色 で 分 け ら れ た 」 と 「 エ リ オ ッ ト 先 生 の 差 別 体 験
授業」である。その他には、映画、インターネット、本、マンガ、パワーポイントや写真
に よ る 自 作 の 教 材 、独 自 に 制 作 さ れ た 番 組 や 作 品 、国 内 の ニ ュ ー ス 番 組 や CM,海 外 の CNN
や BBC の ニ ュ ー ス 、 海 外 で 制 作 さ れ た 映 像 作 品 な ど が あ っ た 。
4-1.調査結果に見る「基本コンセプト」
「メディア教材をなぜ使うのか」と「どう使うのか」の回答から、使用頻度の高い語を
抜 き 出 し て み る と 、文 化 (27)、偏 見 (24)、子 ど も (15)、実 態 (15)、差 別 (15)、多 様 性 (12)、
多 民 族 (10)、共 生 (8)、現 状 (8)、適 応 (6)、子 育 て (6)、留 学 生 (6)、状 況 (5)、異 文 化 理 解 (4)、
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン (4) 、 多 文 化 (4 )な ど で あ る 。 こ れ ら を 、 キ ー コ ン セ プ ト (共 通 の 論 点 )
と し て 挙 げ ら れ た 「 適 応 」、「 リ テ ラ シ ー 」、「 ア ィ デ ン テ ィ テ ィ ー 」、「 偏 見 」 と 照 合 し て み
る と 、 調 査 で は 「 偏 見 」 が 24 回 使 用 さ れ 、 次 い で 回 数 は 低 く な っ て い る が 「 適 応 」 が 6
回 で あ る 。一 方 、
「 リ テ ラ シ ー 」と「 ア ィ デ ン テ ィ テ ィ ー 」に つ い て は 、そ れ ぞ れ 2 回 と 少
ない結果であった。基本コンセプトについては、実際にこうした表現が直接使用されてい
なくても会員の間には何らかの形でキーコンセプトが意識されているとも考えられるが、
今 回 の 調 査 結 果 か ら は 、「 偏 見 」 が 直 接 言 及 さ れ る 頻 度 が 高 く 、 次 い で 「 適 応 」 が 中 程 度 、
「リテラシー」と「アイデンティティ」については低い結果となった。
今回の調査で比較的多く挙げられていたのが、
「 差 別 」15、
「 多 様 性 」12、
「 多 民 族 」10、
「 共 生 」 8 、「 多 文 化 」 4 、「 異 文 化 理 解 」 4 、 な ど で あ る 。 今 後 は 、 こ う し た 語 が 基 本 コ
ンセプトとなりうるのかの検討も行っていく必要があると思われる。
4 - 2 . 調 査 結 果 に 見 る 「 視 点 ( perspective)」
「 メ デ ィ ア 教 材 を ど う 使 う の か 」の 質 問 に 対 す る 回 答 の 特 徴 と し て 挙 げ ら れ る の が 、
「デ
ィ ス カ ッ シ ョ ン 」、「 グ ル ー プ 」、「 議 論 」、「 討 論 」、「 意 見 交 換 」、「 話 し 合 い 」、「 感 想 や 意 見
の 交 換 」 と い っ た 活 動 で あ る 。 全 体 の 193 件 の う ち 51 件 の 約 4 分 の 1 で こ う し た グ ル ー
6
プでのディスカッションや意見交換、話し合いが実施されている。このことは、先の「異
文化間教育に関する授業についてのアンケート」の分析でも指摘されているが、異文化間
教育関連の授業の特徴とも言えるだろう。授業でディスカッションや意見交換を導入する
目的は、ディスカッションや意見交換を通じて他者の意見を聞き、そこから他者の視点や
考 え 方 に 気 づ か せ る こ と と 考 え ら れ る 。つ ま り 、
「 視 点( perspective)」と し て 挙 げ ら れ た
「 双 方 向 性 」、「 変 容 の ダ イ ナ ミ ズ 」、「 成 長 の 発 達 段 階 」、「 関 係 性 の 組 み 換 え 」、「 相 対 化 」
の 5 つ の perspective(視 点 )を 生 む 方 法 が 具 体 的 に 示 さ れ て い る 。こ こ で は 、ク ラ ス の 中 に
お け る「 双 方 向 性 」の 流 れ を 作 り 、そ こ か ら 、
「 変 容 の ダ イ ナ ミ ズ 」を 生 じ さ せ る こ と に よ
っ て 、「 関 係 性 の 組 み 替 え 」 を 行 い な が ら 、「 相 対 化 」 を 図 ろ う と す る 授 業 実 施 者 の 意 図 が
窺える。
以上が、今回のメディア教材の利用アンケートから見た基本コンセプトと視点
( perspective)に 関 し て の 分 析 で あ る 。繰 り 返 す ま で も な い が 、今 回 は 調 査 の 回 答 数 が 少
ないことから、会員全体の授業における意向を反映しているとは言いがたいが、少なくと
も 、 そ の 傾 向 は 示 す こ と が で き た 。 た だ 、 2005 年 2 月 の 白 土 メ モ に あ る よ う に 、「 各 班 で
基本コンセプトを再検討する。他にないか、もしあるとすれば具体的に出していく」作業
や、
「 各 基 本 コ ン セ プ ト を 各 班 な り に 意 味 づ け て い く 。各 研 究 領 域 の『 適 応 』研 究 の 成 果 を
整理・分析する。たとえば、留学生教育では適応とはどうとらえられているか、また、ど
のような研究があり、どこまで明らかになっているかを確認する。その際、たとえば留学
生の適応を教えるにはどんな事例、どんな資料が必要かといった視点から整理していくこ
とも可能ではないか」といった作業は、今後も継続して行う必要があろう。
5 .「 メ タ ・ 重 層 的 な 視 点 」 へ の 取 り 組 み
さて次に、筆者の与えられた後半部分の課題「情報・メディア社会の異文化間教育のあ
り方に関するパラダイムを考察する。視聴覚教材やメディア・リテラシーについても検討
する」について、紙幅の許す範囲で述べる。
今回の調査では、会員が授業でメディア教材を利用することによって多様な授業を展開
していることが改めて明らかになったが、中でも異文化間教育の授業で特徴的なのが、メ
ディア教材を視聴させるだけではなく、メディア教材を刺激剤として利用することによっ
てディスカッションや議論・討論・意見交換・話し合い・意見交換といった活動を展開し
7
ている授業が比較的多く見受けられた点である。こうした授業では、参加者がクラスの中
で「双方向の」意見交換を行うことによってグループダイナミックスの中から「変容のダ
イナミズ」や「関係性の組み換え」が生まれ、そこから参加者それぞれのものの見方・捉
え方といった「視点の転換」が促されることにより、参加者の視点が「相対化」されるよ
う企画されている。つまり、授業目的の大きな部分を占めるのが、視点の転換を促すこと
に よ り 、単 に 多 様 な だ け で は な く 、幾 重 に も 重 層 的 に 重 な っ て い る「 メ タ・重 層 的 な 視 点 」
を意識化し理解するようプランされている点に注目すべきであろう。こうした「メタ・重
層的な視点」は、異文化間教育の全ての研究や実践の基底にあると考えられることから、
この「メタ・重層的な視点」獲得を目的とした異文化間教育のあり方を、視聴覚教材やメ
ディア・リテラシーをも視野にいれて考察する。
5 - 1 .「 視 点 」 と 「 情 報 の 流 れ 」
人はさまざまな体験を繰り返しながら人生を生きているが、複数の人が同じ物を見聞き
するといった体験をしても、同じ感想を持つとは限らない。そこには当然のことながら、
物 事 を 捉 え る「 視 点 」に 違 い が あ る 。筆 者 は す で に 2004 年 10 月 18 日 の 研 究 会 で 、
「多様
な視点」についての発表をおこなっているが、ここではこれを発展させた図1と図2を使
っ て 視 点 と 情 報 の 流 れ を 説 明 す る 。図 1 で は 、
「 視 点 」に 焦 点 を 当 て る こ と に よ っ て 、も の
の見方・捉え方や情報の特性を意識化するための具体例を示し、図2では現代社会で「メ
タ・重層的な視点」を獲得するための方法を示す。尚、ここでの「視点」は位置として図
示したが、実際には視点に立つ人の背景とする文化や切り口をも含めた捉え方である。
視点を意識化する目的は、日常的に意識化しにくい自己、あるいは他者の視点に気づか
せることによって、他者との共存を考えることを促すためである。
(1) 視 点
図 1 の 右 側 の 「 視 点 」に つ い て 説 明 す る 。 図 1 に あ る コ ッ プ を 見 る 場 合 、 視 点 A か ら 見
る 人 は 、コ ッ プ の 側 面 か ら 見 て い る の で 、こ の コ ッ プ は 長 方 形 に 見 え る 。一 方 、視 点 B か
ら 見 る 人 は 、真 上 か ら コ ッ プ を 見 て い る 訳 で 、コ ッ プ は 円 形 と な る 。し か し 視 点 C か ら 見
れば、対象物は円筒形であること、さらに、視点によって「円」とも「長方形」とも表現
で き る こ と 、つ ま り 見 る 位 置 に よ っ て 視 点 A の 主 張 も 視 点 B の 言 い 分 も 正 し い こ と が わ か
る。しかし日頃からコップを視点 A からしか見たことのない A 氏と、視点 B からしか見
て い な い B 氏 が 出 会 う と 、双 方 の 議 論 は 食 い 違 い 、時 と し て 感 情 的 な 議 論 に も な る 。し か
8
しABの両氏が相手の視点に立てば、相手の見たもの、見えるものが理解できるようにな
り、ここから同じ物を見ても視点が異なると見え方が異なることを納得するだろう。
図 1 .「 視 点 」 と 情 報 の 流 れ
情 報の「送り手」
4次 元 情 報
「視 点」の違 い+情 報 内 容
 視 点 AのAさん:
 視 点 BのBさん:
 視 点 CのCさん:
「長 方 形 だった」
「円 だった」
「円 柱 だった」
視点B
時 間 の流 れ
視点C
メディア情 報
2次 元 情 報
情報



「長 方 形 だった」
「円 だった」
「円 柱 だった」
視点A
情 報の「受け手」
(2) 情 報 の 流 れ
次 に 図 1 の 左 側 の 説 明 に 移 る 。図 1 の 左 側 は 、情 報 の 流 れ を 示 し て い る 。全 て の 情 報 は 、
「情報の送り手」によって伝えられて流通する。テレビや新聞、インターネットの記事な
どすべての情報は人によって送り出されている訳で、こうした情報の送り手が、たまたま
先 に 説 明 し た A 氏 で あ っ た り B 氏 だ っ た り す る と 、同 じ 現 場 か ら の 報 告 内 容 で あ る“ 情 報 ”
が大きく異なる状況が生じる。ここでは、両氏が立った“視点”に関する情報は全く伝え
られず、
「 長 方 形 だ っ た 」あ る い は「 円 だ っ た 」と い っ た 内 容 だ け が“ 情 報 ”と し て 伝 え ら
れ る 。 結 果 と し て 、現 実 の 時 間 軸 を 加 え た 4 次 元 の 情 報 が 、 媒 体 と な る メ デ ィ ア に よ っ て
9
一部分だけ切り取られて伝えられことになる。例えば写真であれば、2 次元の情報として
伝えられる。こうした情報の流れを追うと、メディア情報の特性が見えてくる。つまり、
全ての情報の「送り手」にはそれぞれの「視点」があること、また送り手の視点に関する
情報や時間軸の情報は欠損していくこと、更に現実世界が部分的に切り取られた情報とし
て伝えられることなどが、その理由として挙げられる。
(3) 現 実 を 復 元 す る 努 力 :「 メ タ ・ 重 層 的 な 視 点 」
さて、こうした欠落した情報を読み解きながら、出来るだけ現実に近い状況を把握する
ためには、どうすればよいのだろう。メディア情報を読み解くには、メディア・リテラシ
ーの手法が役に立つ。筆者は、メディア・リテラシーはメタ・重層的な視点で捉えること
と考えている。図1をさらに簡略化して示した図2を見ながら説明する。
視点F
視点E
視点D
視点C
視点B
視点A
視点B(真上)
:
:
:
:
:
:
視点C
・・・
コップ
円筒形
円柱
円
長方形
視点情報 + 情報内容
①「視点」
視点D
視点E
コップ
E コ: ッ プ
D 円: 筒 形
C 円: 柱
B 円:
A 長: 方 形
情報内容
②伝えられる情報
視点F
視点A(真横)
図2
③立体的な情報の復元=メタ・重層的な視点
図2の右で示したように、情報は一つの視点からだけでとらえるのではなく、複数の視
点からの情報を複合して出来る限りもとの立体像に近い形で復元できるように努力をしな
がら情報を収集する必要がある。ここでは図が複雑になることから書き加えていないが、
視点は点線上に限られるものではなく、立体のどの位置にも存在する。つまり情報は、一
点からではなくメタ・重層的な視点からの情報を得ることが不可欠となる。また視点から
捉えられる切り口の例としては、単に形状だけではなく、対象の素材や色、雰囲気といっ
10
た多様な捉え方がある。さらに配慮すべき点としては、図1の左側で示した時間の流れへ
の対応である。時間の流れは、編集などを加えることによって時間が前後するなど正確に
伝えられないことがあることも認識しておく必要がある。
5-2.視点を可視化する実践授業
視点を意識化し、メタ・重層的に復元する作業の重要性は、何もメディア情報を入手す
る際にだけ必要なわけではない。私たちは日常的に、1 人の意見を聞いて行動するのでは
なく出来るだけ多くの人の話を参考に聞きながら判断したり行動したりするよう心がけて
いる筈だ。しかし現実問題として、他者の視点を理解するということはなかなか難しい。
そこでまず、見えにくくわかりにくい「視点」を、カメラという道具を使って「可視化」
して他者の視点の存在に気づかせ、どのように見えたのかを疑似体験してみる実践につい
て考えてみたい。これは、視点をカメラで「可視化」するだけではなく、映像と同時に言
葉で語ることによって、映像という具体的な形で見た人の視点や語りが記録される。こう
した映像を本人以外が見れば、同じものを見ても異なった視点があることを認識できるよ
う に な る 。勿 論 、撮 影 し た 本 人 が 見 て も 、
「 あ あ 、あ の 時 は こ ん な 風 に 考 え て い た ん だ 」と
自己の持つ多層な視点に気づくことになる。このように、見えにくく意識化しにくい「視
点」をカメラという道具を使って視覚化し、記録し、それを他者と共有することができる
映像は、他者の視点を理解させるのに非常に有効な手段だということができるだろう。
ここでは、視点を可視化して意識化する授業実践例の一つとして、筆者が大学のゼミナ
ー ル で 実 践 し て い る ケ ー ブ ル テ レ ビ の 番 組 制 作 の 授 業 を 紹 介 す る 4 )。こ れ は 、
「 視 点 」を「 カ
メラ」という「道具」を利用することで視覚化することによって他者の視点に気づくこと
を目的とした異文化間教育の実践授業の一環として行っている。具体的な授業内容として
は 、地 域 の 人 に 繰 り 返 し 取 材 を 行 い 、 こ れ を 5 分 間 の 映 像 番 組 と し て 制 作 し 、地 元 の ケ ー
ブルテレビをキー局に近隣の四市のケーブルテレビ局で放送し、放送終了後には地元の
小・中学校と公民館に番組を寄贈している。番組制作の実践は、近年、メディア・リテラ
シーの実践活動の一環として取り組むところが見られるようになっているが、筆者は異文
化間教育学の「視点」を恒常的に意識化する実践として行っている。カメラで捉えた映像
をゼミ生が相互に見ることによって、自分の視点とは異なった他者の視点に気づき、他者
の視点を追体験する。番組は放送前に上映会を実施して授業内で作品に関する意見交換を
行うが、その際にはゼミ生の印象やコメントだけではなく、を取材に協力者して下さった
11
方はどのように感じるだろうか、視聴した市民はどのような印象をもつだろうか、小中学
校の子どもたちに内容は伝わるだろうかといった視点からの議論が行われる。こうした授
業は、学生にとってはある意味で衝撃的な「関係性の組み換え」や「変容のダイナミズ」
の体験授業となっている。普段、余り接点のない地元に人に繰り返し取材し、その映像を
デジタル編集するプロセスは、学生にとっても新鮮な体験である。
「カメラ」という道具を使って学生が取材をした人を伝えるこの実践は、マス・メディ
アが王道のごとく伝える「視点」とは違うさまざまな「視点」を提供するための実践活動
である。こうした小さな「視点」の一つ一つの情報を伝えて積み重ねていくことが、社会
に対して「メタ的」あるいは「重層的な」視点の存在をアピールし、多くの人に多様な視
点から物事を捉える異文化間教育的な視点の重要性を意識してもらう活動だと考えている。
2003 年 度 か ら 実 践 し て き て い る 授 業 を 受 講 し た 学 生 は 、カ メ ラ で 視 点 を 可 視 化 す る こ と を
繰 り 返 す こ と は 、 他 者 の 視 点 に 気 づ く 有 効 な 方 法 だ と コ メ ン ト し て い る 5 )。 勿 論 、 こ う し
た カ メ ラ で 視 点 を 可 視 化 し て メ タ・重 層 的 な 視 点 を 意 識 化 す る 際 に は 、事 象 を 語 る 切 り 口 、
焦点の当て方や捉え方など、カメラを持つ人の文化にも光を当てる必要があることは言う
までもない。
6.おわりに
現代の情報化は驚くようなスピードで進められ、今や携帯電話にもカメラが搭載され、
誰もが気軽に写真や動画を撮影したり配信したりできる映像化の時代に突入している。今
回 紹 介 し た 教 材 ア ン ケ ー ト に も 、「 自 作 の 教 材 」 と 記 載 さ れ て い た も の も い く つ か 見 ら れ 、
筆者も番組制作の実践授業についても少し紹介させていただいたが、現代はまさに誰もが
映像で発信することが可能な時代になった。映像は、それを見ることによって他者の視点
を 理 解 す る こ と が 出 来 る と い う 大 き な メ リ ッ ト が あ る 。2006 年 に 関 西 大 学 の シ ン ポ ジ ウ ム
で紹介された日系ブラジル人の両親を持つ松原
ルマ
ユリ
アキズキは、自身の「私っ
て 一 体 何 人 だ ろ う 」と い う 迷 い を 作 品「 レ モ ン 」に 仕 上 げ た 6 )。「 レ モ ン 」は 2006 年 の 第
28 回 東 京 ビ デ オ フ ェ ス テ ィ バ ル で ピ ー プ ル 賞 を 受 賞 し 、 次 作 の 「 ヒ ョ ジ ュ ン へ 」( 韓 国 で 暖
かく迎えてくれたホームステイ先の家族との交流)でも、日本では外国人である自身の迷
いを映像作品として制作している。松原が受賞した東京ビデオフェスティバル審査員の佐
藤博昭は、
「 東 京 ビ デ オ フ ェ ス テ ィ バ ル の 審 査 で は 、作 品 の ど こ に 貴 方 が い る の か 、を 重 視
し て い る 」 と 語 っ て い る 7 )。 つ ま り 、 こ こ で は ま さ に 、 映 像 制 作 者 の 「 視 点 」 が 問 わ れ て
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い る 。 1978 年 に 始 ま っ た 東 京 ビ デ オ フ ェ ス テ ィ バ ル 8 ) を は じ め 、 一 般 市 民 が 作 品 を 投 稿
できる映像祭やサイトは多くなっているが、こうした映像祭でも映像の完成度だけではな
く、制作者の視点に焦点をあてた作品が注目されるようになっている。今後は教員自身が
映像教材を自作する試みだけではなく、プロではない市民が制作した作品を教材に利用し
ながら行う異文化間教育の授業も増えていくことが予想されることから、こうした映像作
品を広く会員に紹介して教材として利用する道を開くのも、学会の使命の一つになるだろ
う。
引用文献
1 ) 2004 年 12 月 に 行 わ れ た 横 田 ・ 白 土 の 科 研 研 究 会 発 表 資 料 よ り
2)異文化間教育学会ホームページ:
http://wwwsoc.nii.ac.jp/iesj/main/questionnaire/reportindex.html
3 ) 塚 本 美 恵 子 、 「利 用 メ デ ィ ア の 調 査 」 か ら 見 た 異 文 化 間 教 育 の 現 在 、 異 文 化 間 教 育
学 会 、『 異 文 化 間 教 育
23』、 ア カ デ ミ ア 出 版 会 、 p69-83、 2006 年 5 月
4 ) 塚 本 美 恵 子 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ : http://www.surugadai.ac.jp/prof/mtsukamo/
5 ) 2006 年 7 月 に 行 っ た 2003 年 度 塚 本 ゼ ミ 卒 業 生 へ の 聞 き 取 り 調 査
6)たかとりコミュニティセンターの紹介ページ
http://www.tcc117.org/
7 )2006 年 11 月 3 日 に 行 わ れ た 武 蔵 大 学 で の シ ン ポ ジ ウ ム 後 の 筆 者 の イ ン タ ビ ュ ー に
答えて
8)東京ビデオフェスティバル
http://www.jvc-victor.co.jp/tvf/
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