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印刷メディアの国際学術文化交流と インバウンド拡大事業

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印刷メディアの国際学術文化交流と インバウンド拡大事業
印刷メディアによる地域活性化
印刷メディアの国際学術文化交流と
インバウンド拡大事業
国際印刷大学校学長 九州産業大学名誉教授・東京大学工学博士 木下 堯博
1 ,はじめに
2015年よりも426万人増加すると予想される。
(図2)
第3報では熊本地震による九州地方の観光事業の復
2015年の訪日外国人数は1,974万人(前年比47.1%
興のため風評被害の払拭と九州地区の印刷メディアに
増)となり,過去11年の2005年からのインバウンド
関する歴史と文化を中心とした観光実績に基づき経済
数は増大している。国別では中国25.3%,韓国20.3%,
産業省が事業として取組み先の上記5ヶ国への情報発
台湾18.6%,香港7.7%,タイ4.0%となり,この5ヶ
(2)
信へのデータの一部となった。
(1)
国で76%,4分の3を占めた。
(図1)
本報告では主としてアジア5ヶ国への印刷メディア
2016年の1月から6月までの6ヶ月のインバウンド
の学術・文化交流面からインバウンドとアウトバウン
数は統計資料で累計1,171万人(前年比28.2%増),
ドの実績を1980年からの活動に基づきまとめ,特に
2016年4月の熊本地震の影響は直後の5月に落ち込み
九州地区の観光復活と印刷メディアの学術文化交流の
があったものの,全国統計データではあまり変化は認
活動を積極的に情報発信していくための資料とした。
められなかった。2016年12月までを線形近似で推定
経済産業省では「九州地方の魅力発信による消費拡
すると,2016年のその数は約2,400万人と算出された。
大事業」で,専門家派遣等の事業を行うため全国公募
訪日外国人数(左)と主要 5 ヶ国「韓国,中国,台湾,香港,タイ」の訪日数と%(折れ線)
(右)
1000 印刷情報・2016・10
印刷メディアによる地域活性化
印刷メディアの国際学術文化交流とインバウンド拡大事業
2016 年 1 月〜 6 月の月別インバウンド数(万人)と月別データから線形近似式を求めた。 2016 年 5 月は地震の影響で落ち
込みが見られるが, 7 月は 229 万 7 ,000 人と JNTO が発表した。
した。アジア各国からのインバウンド消費の減少に対
AI活用のクリエイティブな画像処理などと結び付け,
処するためにこの事業が印刷メディア産業の発展に寄
情報の発信を行い,さらに,その魅力を磨き上げてい
与することを願い,本論をまとめた。
くことにより,国家ブランドとして向上させることが
なお,印刷情報2016年6月号で「観光先進国へのテ
(3)
イクオフ」と題し特集号
が発刊され,印刷企業の取
組み事例などが紹介されている。
インバウンドの一層の拡大につながるであろう。
インバウンドによる消費金額は2015年で3兆4,771
億円(前年比71.5%)となり,名目GDP比では0.6~
0.7%であるが非常に伸び率が高い。地域別順では①
2 ,海外交流の基本
2016年5月13日の第190回の通常国会に観光庁か
関東,②関西,③中部,④北海道,⑤九州の順になっ
た。九州地区のその消費金額は4,882億円レベルであ
る。2016,2017年のその消費金額の見通しは,円高,
ら2015年観光の状況と2016年観光施策が提出され,
世界的経済の低迷から前年比±ゼロか,マイナスとも
その要旨は九州地区の観光振興の取り組みがまとめら
(6)
予想される。
れていて,温泉アイランド九州として,広域観光周遊
(4)
ルートが発表された。
アメリカのフューチャーブランド調査会社が国別ブ
ランド指数(国の情勢,生活の質,歴史遺産や文化,旅
今後の積極策として,2016年6月2日の日本再興戦
略会議での観光分野の重点施策として,文化財の観光
資源の利活用促進がまとめられた。
九州経済調査会では2016年3月18日に地域浮揚(7)
の魅力,国の生産品,ビジネスの魅力)の6項目を海外
をテーマとした研究発表会が西鉄グランドホテルで開
旅行経験者からの調査結果に基づき算出された指数で
催され,9件の論文が発表された。㈱ジェーシービー
日本の総合順位は第6位となったが,最先端のアイデ
から九州インバウンドツーリズムにおける課題と対応
ア,新しい考え方を生み出すクリエイティブな場所が
策は「旅館」を題目として,人材,合理化,業界の活性
第1位で,豊かな文化遺産があるが第5位になってい
化などを論究した。また,韓国からのインターンシッ
(5)
る。 この国家ブランド指数は各種の調査会社があり,
プの受け入れ実態調査は九州大学から発表され,日本
総合的に判断することが必要であろう。これらの結果
側の受け入れ負担問題,多様なプログラムの開発など
を参考として,印刷メディアの歴史文化遺産および
が発表された。このように外国人の受け入れに関する
印刷情報・2016・10 1001
学 に 籍 を 置 き ,FOGRA, Smithers
PIRAの印刷研究所のほか,コペンハー
ゲン印刷大学,シュットガルト印刷大学,
ロンドン印刷大学との学術交流を行った。
また,大英博物館,グーテンベルグ博物
館などでの文化交流は今日のインバウン
ド,アウトバウンドの基礎になった。
1980年4月,Print80(シカゴ市)に
参加するため,印刷出版研究所が主催す
る視察団に同行した。印刷機材展の見学
と同時に,GATFの技術セミナーで著
者らのカラースキャナーの実態調査など
の報告を行い,その他,イリノイ大学,
写真 1 本木昌造 140 回忌での博物館建設構想に関するスピーチ
(長崎市大光寺, 2015 年 9 月 3 日, PB ながさき 2015 年 9 月 Vol. 89 より)
シカゴ美術大学,キングケネディカレッ
ジのほか,ロスアンゼルスコミュニティ
(8)
カレッジを見学し,交流を行った。
様々な研究がされ,急増するインバウンドに対処する
努力がなされている。
九州,特に福岡への入国ルート別では海港ルートと
空港ルートがある。
海港ルートは大型クルーズ船が博多港(中央ふ頭,箱
この内容が新聞(印刷新報1980年5月8日号)に視
察論文として掲載され,まもなく,それを読んだ釜山
工業専門大学(現,釜慶大学校)印刷工学科故金成根
教授の一行が来日し,日韓印刷メディア教育の学術交
流計画がまとまった。同年7月には先方の招待により,
崎ふ頭)に毎日のように入港し,2016年12月29日まで
日本から千葉大学角田,京都工芸繊維大学和田,九州
予約されていて,定員(最大4,900名)の訪日外国人が
産業大学木下の印刷メディア教授が訪韓し,同大学や
上海,天津,釜山,済州島を経由して入国するケースが
ソウル印刷工業組合での講演会と交流会を行い,日韓
多い。
(9)
学術交流計画の基本が確立した。
九州では博多港のほか,長崎,佐世保,八代,鹿児
島,那覇各港が利用され,博多・釜山や長崎・上海を
1982年7月には九州産業大学が主催で国際印刷教
育会議を福岡市で開催した。
結ぶ定期航路も運航している。空港ルートでは福岡県
著者はdrupa82とドイツの印刷教育(10)と題し講演
では福岡空港と北九州空港の2ヶ所があるが,各県1
を行った。参加者は台湾・中国文化大学,韓国・釜山
~2ヶ所「長崎6,鹿児島8,沖縄13」の空港があり,
工業専門大学,新丘大学,日本・千葉大学,京都工芸
海外便の乗り入れもあり,特にLCCはアジアとの定
繊維大学,九州産業大学,博多工業高校など20の教育
期便が運航している。
機関からの参加があり,印刷メディアに関するカリキ
drupa2016の開会の5月に福岡・ヘルシンキの定期
ュラム,施設・設備,予算など幅広い領域で討論がなさ
便Finnairが開通し,ヨーロッパとの直接,窓口とも
れた。翌日には大宰府天満宮で世界最古の印刷物の百
なった。
万塔陀羅尼経(770年)の見学が行われ,成果をあげた。
それ以降の日本へのインバウンド回数は直近の2016
3 ,印刷メディアによる学術・文化交流
著者は1964年ドイツに留学し,ハイデルベルグ大
1002 印刷情報・2016・10
年8月(韓国から福岡・熊本)を含め36回の企業訪問
などのツアーガイドになり,韓国,台湾,中国からの入
国が主体となっている。その中で,2011年9月に東京
印刷メディアによる地域活性化
印刷メディアの国際学術文化交流とインバウンド拡大事業
ビッグサイトで行われた「日韓印刷文化
(11)
シンポジュウム」
は韓国から多数の参
加者があり,討論が熱心で過熱気味であ
ったが,その後,IGAS2011(国際総合
印刷機材展)などに参加した。また,
2011年1月には九州の印刷文化を中心と
した鹿児島の尚古集成館,熊本の新聞博
物館,別府市の立命館アジア太平洋大学
などの学術交流と観光を兼ねたツアーが
行われた。
一方,アウトバウンド回数は1964年6
月のドイツ留学や学生の研修旅行など含
め88回となり,アメリカ,カナダ,ドイツ,
写真 2 熊本日日新聞社 新聞博物館(案内パンフの一部抜粋)
イギリス,フランス,ベルギー,デンマー
ク,オランダ,ギリシャ,ルクセンブルグ,チェコスロ
バキア,ポーランド,インド,香港,中国,台湾,韓国
など22ヶ国となり,うち韓国へは66回の渡韓となった。
④コレジョで教材を活字印刷した天草コレジョ館(熊
本県天草市河浦)
⑤熊本日日新聞の日本初の新聞博物館,9月3日まで
基本的にはアウトバウンドとインバウンドとは相互関
地震の現状のままを展示(写真2)
(熊本市中央区世
連があり,アウトバウンドの投資が必要であると同時に
安町)
,松下純一郎館長ともお会いし,4月16日の
印刷メディア分野の専門通訳の養成も重要な因子となる。
本震の時の様子をお伺いした。
⑥崇城大学出版センター(熊本市,ハイデルベルグ市
4 ,印刷文化は九州からの推奨コース
1980年から36回のインバウンドの案内の経験から
印刷の歴史・文化を中心とした観光はまず,福岡での
との友好都市)
⑦福沢諭吉記念館,学問のすすめの活字初版本(大分
県中津市)
⑧立命館アジア太平洋大学(世界各国からの留学生が
印刷発祥などガイダンスから開始し,ツアールートと
在籍,ベトナム,韓国の留学生との交流を行った。
しては長崎から熊本,別府(中津)
,鹿児島へのルート
別府市)
が推奨される。以下にその内容をまとめた。第3報に
(2)
もその概要がまとめられている。
①印刷の創始者;本木昌造関連,長崎市大光寺,諏訪
⑨尚古集成館,木村嘉平の活字製造(鹿児島市)
などがあり,その他,九州各地で和紙の手すき,活
字印刷,コロタイプ印刷なども見学可能である。これ
神社,長崎歴史文化博物館,長崎純真大学博物館,
らの見学に際しては著者の資料(13)が参考になれば幸
長崎県印刷工業組合など(いずれも長崎市)
いである。
2016年9月2日 本木昌造141回忌 法要
(写真1は2015年9月3日,140回忌での博物館建設
(12)
に関する調査
のスピーチ)
②石版印刷による聖書・カレンダーの印刷,ド・ロ神
父記念館(長崎市西出津町)
③天正少年使節団の印刷機械,活字一式の寄港地(長
崎県加津佐)
さらに,このコンテンツ内容を映像としてまとめ,
各国の言語に翻訳して,スマホでも閲覧可能になるよ
う準備中である。同時に観光ガイドは音声と文字で表
現し,必要であればスマホ上のネットワークプリント
からコンビニでプリント可能であり,情報は幅広く伝
達できるようになるであろう。なお,JR九州旅行熊
本支店では熊本駅を基点として各地への観光旅行コー
印刷情報・2016・10 1003
スを8種以上計画し,創造的復興支援ツアーと命名し
2016年4月17日から熊本地方に支援調査活動に入
ている。九州観光支援交付金により,助成を受けてい
り,8月18日まで4ヶ月間,続けてきました。しかし,
て,比較的割安な旅行計画である。
いまだブルーシートに覆われている個所が散在してい
るものの,復興は著しいものがあり,今後とも皆様方
の一層の支援が望まれます。
5 ,まとめ
【謝辞】本報告をまとめるにあたり,印刷および関連
経済産業省の主催する九州地方の魅力発信による消
企業および工業組合,国際印刷大学校の賛助会員企業
費拡大事業のうち「風評被害払拭のための専門家派遣
の皆さまに大変お世話になりました。特に,㈱アート
(14)
事業」 はアジア各国,地域からのインバウンド消費の
プロセス工藤元隆会長(九州グラフィックコミュニケ
減少に対処するためのものであり,専門家を全国公募し
ーションズ工業組合理事長)
,㈱小森コーポレーショ
た。その結果,2016年8月5日現在,43名のそれぞれの
ン,㈱光文堂のそれぞれの本社および各支店の皆様に
分野の専門家(東京,大阪,北海道,千葉,和歌山,大
はいろいろとアドバイスや資料などご提供いただき感
分,熊本,福岡各地)がエントリーされ,著者は「印刷文
謝申し上げます。また,8月に来日された韓国の賛助
化発祥の地―九州―」のテーマで登録し,多数の論文・
会員の大洋パッケージ,㈱鄭国海代表理事(社長)に
資料を提供した。これに対する派遣対象団体は九州各
も福岡,熊本でご支援いただきました。ここにお世話
県・市町村及びこれに準ずる団体で商工会議所,商工
になった方々に感謝の意を表します。
本報告は印刷メディアによる地域活性化(第4報)
会,観光協会などで,各県の印刷工業団体も積極的に参
加し,インバウンドによる消費拡大と印刷メディアの歴
とする。
史・文化に関する資源開発にチャレンジする機会であり,
(2016年8月31日記)
熊本地震の支援活動の一助ともなろう。
参考文献
(1)
日本政府観光局;統計データ,訪日外国人・出国日本
人,JNTO(2016年6月)
(2)
木下堯博;印刷メディアによる地域活性化(第3報)
-熊本地震による風評被害払拭と九州地区の印刷文化
観光,印刷雑誌(印刷学会出版部,2016年10月号)
(3)
観
光先進国へテイクオフ―期待高まるインバウンドビジ
ネスー特集;印刷情報2016年6月号(印刷出版研究所)
(4)
観光庁;平成27年度観光状況・平成28年度観光施策
(第190回国会提出,2016年5月13日)
(5)Future Brand; Future Brand Launches the Country
Brand Index 2014〜2015
(6)
日本銀行福岡支店;2015,2016九州地区インバウ
ンド動向と消費(2016年8月10日)
(7)
九州経済調査会;地域浮揚研究発表会要旨(西鉄グラ
ンドホテル,2016年3月18日)
(8)
木下堯博;プリント80と米国大学視察,印刷新報
(1980年5月8日号)
1004 印刷情報・2016・10
(9)
木下堯博;韓国の印刷事情,印刷情報1980年9月号
(10)
木下堯博;西ドイツの印刷教育とドルッパ82,印刷情
報1982年8月号
(11)
木下堯博;日韓印刷文化シンポジュウム,印刷新報
(2011年10月20日号)
(12)
木下堯博;世界の印刷博物館の調査研究(第3報)
,印
刷ジャーナル
(2015年10月26日号)2015年9月3日,本木昌造
140回忌で発表
(13)
木下堯博;九州産業大学公開講座;文化と歴史の新し
い視点から
印刷メディアの黎明pp294〜332(九州大学出版会,
1997年3月)
(14)
経済産業省;九州地方魅力発信による消費拡大事業
http://mail.mirasapo.jp/c/aX7kag2N6ngcnkab 派遣対象団体;課題と支援内容
http://mail.mirasapo.jp/c/aX7kag2N6ngcnkac
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