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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ

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本文ファイル - 長崎大学 学術研究成果リポジトリ
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
代理店契約の一考察
Author(s)
志津田, 氏治
Citation
東南アジア研究年報, (22), pp.105-114; 1981
Issue Date
1981-12-20
URL
http://hdl.handle.net/10069/26460
Right
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105
代理店契約の一考察
代理店契約の一考察
志 津 田
氏 治
1.海外代理店契約の態様
(1)企業が対外的に広範囲にわ売って,取引活動をするには,多様な方法が考えられる。
まず第1には,各地域に支店や出張所(分店)を設けて,契約を締結させることがある。
第2に,店舗を設置することをできるだけ避けて,企業補助者(商業使用人)を定期的に
あるいは臨時的に派遣することにより,その地区で契約を結ばせることがある。しかし,
支店・出張所などの店舗の設置や企業補助者の派遣は,その営業上の利益に比較して,か
なりの費用を要することがある。そこで各地域に居住している者(商人)の知識・経験・
信用を積極的に利用して,その者(商人)と代理店契約を締結することによって、取引を
行なわせることが便宜なこともある。保険・運送・物品販売業などについて,代理店制度
が広く利用されているのもこのような理由によるものである(服部栄三「商法総則」32
頁,田中誠二「商法総則詳論」397頁,蓮井良憲編、「商法総則・商行為法」102頁)。
(2)最近,海外取引にあたって,日本の商社・メーカーは,外国企業を代理店 (agent)
としたり,あるいは販売店(distributor)として,両者の区別を明確にしないまま,継
(1)
続的な取引関係を設定することが頻繁である。このような契約態様のことを総括して,海
外代理店契約には,法律上の代理関係の有無いかんによって,本来的な意味の代理店契約
(agency agreement)と,代理権の授与を含まない販売店契約一特約店契約(distri−
butorship agreement)とがあることを注意すべきである。前者においては,代理店(agent)
が,本人であるメーカーの危険負担において,販売の仲介をなすもので,メーカーからの
手数料収入で営業を行なうものである。後者にあっては,販売店(distributor)が,独立
の立場で,自己の危険負担において,商品を購入販売するものである。たまたま後者の場
合には,販売店に対して,当該商品についての販売領域があたえられ,かつ当該商品の販
売がまかされているという経済的な側面に着目して,いわゆる代理店と称されることもあ
る。とりわけ,あたえられた販売領域にお・いて,他社は,当該商品を取り扱うことができ
ず(競争品取扱禁止条項),この点に重きを置いて,独占的販売代理店とかあるいは総代
理店ともいうことがある。元来,販売店と典型的な意味の代理店とは,法律上の面からす
ると区別されるべきものであるが,しかし現実的には,いろいろと混合的に用いられるこ
ともあるために,海外取引にあたっては,両当事者が契約上どのような地位に立つもので
(3)
あるかを明らかにしておくことが肝要であろう。
106
(1)欧米などの市場組織の非常に発達した国(先進国)では,販売店が比較的に多く,代理店は少ない
が,市場組織が未整備の発展途上国においては,比較的に本来の意味の代理店が多いという特徴があ
る。浅田福一「国際取引契約」65頁一66頁参照。
(2)流通過程では多様の問題がある。ブランド商品の販売を1つの代理店(販売店)が一手に引き受け
ること(一手販売制),メーカーによる競合品の取り扱いの制限(専売店制),販売地域の制限(テ
リトリー制限)などがこれであろう。川越憲治「独禁法論争」71頁,長谷川古一伊従寛「流通問題と
独占禁止法」123頁。
(3)代理店契約と販売店契約の図解(浅田福一「国際取引契約の実務」106頁)
図1 代理店契約
代理店契約
一_代理…
図2 販売店契約
販売契約
メーカー
販売店
売買契約
売 買
2.代理店の法的概念
代理店は,企業が自己の販売網を拡張する手段として利用される企業組織である。この
代理店は実際界の用語であって,法律上のものではない。法的には代理商と称している。
韓国商法でも,その第5章に「代理商」という一項目を設け,87条より92条にかけて規定
を置いている。すなわち,87条(代理商の定義),88条(通知義務)、87条(競業禁止),90
条(通知を受ける権限),91条(代理商の留置権),92条(契約の解約告知)について,ほ
ぼ日本商法と同じような明文を設けている。では,まず韓国商法では,代理商法について
どのようなとらえ方をしているだろうか。その87条によれば,「一定の商人のために,商
業使用人ではなくして,常時その営業の部類に属する取引の代理または媒介をなすを営業
(1)
とする者を代理商という」としている(日商46条参照)。そこで,その法的要件を分析して
(2)
みよう。
①商業使用入ではない(韓国商法10条一ユ7条)。代理商と商業使用人との区別の基準とし
ては,(a)その報酬が手数料によるか(代理店),それとも給料によるか(商業使用人),㊥)
その営業所が自己の営業所であるか(代理店),それとも商人(企業)の営業所であるか
(商業使用人),(c)固有の商号を有するか(代理店〉,有しないか(商業使用人)などが考
えられる(服部前掲324頁,田中誠二前掲401頁)。
代理店契約の一考察 107
②一定の商人のためである。代理店の場合に,本人は商人であることを要する。韓国商
法では,商人とは自己の名義で商行為をなす者と定めている(4条), したがって本人が
商人でないときには(原始生産企業など),商法上の代理店とはいえない。なおその商人
は一定性を要求されておる点で問屋または仲立と異なる。
③平常取引の代理・媒介をする。代理店は,一定の商人との聞に継続的関係に立ってい
ることを要する。しかも取引の代理をする者(締約代理店)と取引の媒介をする者(媒介
代理店)の二類型の代理店があることは,わが国の場合と同じである。ドイツでは,後者
の代理店が大半を占めているといわれている(田中誠二前掲401頁)。
したがって,商法適用上の代理店であると判断するためには,上記の要件を具備してい
るか否かを吟味すべきであって,たとえ代理店もしくはエーゼントのような名称を使用し
ていても,実質的に以上の要件を備えていなければ,代理店とはいいがたい(大判昭和15
・3・12新聞4558号8頁,東高判昭和32・1・28下級民集8巻1号35頁)。代理店は,企業
者と密接かつ継続的な関係に立って,企業者を補助する点では商業使用人と共通性を有す
るものであるが,企業者との間に雇傭契約がなく,これに従属することなく,取引の代理
または媒介をなすことを引き受ける独立の企業であるところに,商業使用人と異なるもの
がある。代理店と企業者である本人との間に締結される契約は,代理商契約(Handelsver−
treter vertrag)あるいは代理店契約ともいわれ,その法的な性質は,委任および準委任
の契約である(通説)。代理店契約の締結は,合意のみで足り,書面の作成は要求されてい
(4)
ない。しかし実務上は「販売代理店契約書」のように書面化が通例となっているといえる。
また実際の代理店契約にあっては,本人である企業者の権限を広く認めており,代理店の
企業者に対する屍毒産が,かなり強くあらわれていることを注目すべきであろう『)代理店
(特約店)契約は,通常基本契約(両当事者間の継続的な取引関係のうち,各種の取引の
共通部分を抽出したもの)を書面化したものによってなされる。代理店契約の内容は,出
荷と仕入がその中心的な部分をなすものであるが,これに関連して取扱数量とか返品,商
品の引渡しと危険負担,検収などについても詳細な取決めがなされている(川越前掲36頁
大野文雄・矢野正則「委任」契約全書3323頁)。
(1>谷川久監修「韓国の契約法」118頁参照。 Aperson wh・, not being an empl・yee of any
person, makes it his business habitually to act on behalf of a part三cular trader as
agent or intermediary in transactions falling within the class of business carried on
by such trader is called a commercial agent.
(2)諸外国の代理商の定義に関しては,能勢泰彦「フランスの代理商契約」 (国際商事法務VOL9・
167頁),高橋紀夫「ヨーロッパ共同体の代理商法案」 (国際商事法VOL9・105頁),大楽光枝「オ
ランダの代理商契約」 (国際商事法務VOL9・281頁)参照。各国にみられる代理商の共通要件と
しては,(1)独立の営業者であること,(2体人の名においてかつ本人のために行為すること,(3)商取引
の媒介または継続的な権限を有することである。
108
(3)外国人バイヤーがエーゼントと表示しても,それをもって直ちに商法上の代理商であると断ずるこ
とはできない(東京高判昭和32・1・28下級民集8巻1号135頁)。また代理商であるかどうかは,当
事者が代理店という名称を附したかどうかにかかわりなく,実質によって定まる(大判昭和15・3・
12新聞4556号9頁)。
(4)フランスでは,代理商契約は書面にて作成すること,また契約当事者の資格を表示することを義務
づけているが(1条2項目,オランダでは,わが国と同様,必らずしも書面によってなすことを要しな
い。能勢・前掲論文・167頁,大楽・前掲論文・281頁。
(5)西ドイツでは,ドイツ商法典中の代理商に関する規定が,1953年8月6日の法律(Gesetz zur
Aenderung des HGBs−Recht der Handelsvertreter一によって,全面改正を受けている。
HandelsagentからHandelsvertveterへと代理商の言葉も改められている。そこでは代理商の法
的地位を改善し,代理商を保護する強行規定を設けておる。わが国でも代理の普及につれて今後問題
となることであろう。小橋一郎「西ドイツにおける商法典の改正一代理商法」 (阪大法学13号・14号)
河本一郎「独逸商法」(1)183頁以下,田中誠二・前掲398頁,服部・前掲322頁。
3.代理店の競業避止義務と排他的取引条項
(1)韓国商法によれば,その89条1項に,代理店の競業避止義務について明文を設けてい
る。すなわち,「代理商は本人の許諾なくして自己または第三者の計算で本人の営業の部
類に属する取引をなすか,または同種の営業を目的とする会社の無限責任社員または理事
(1)
となることができない」としている。この点では,わが国の商法と同一の態度を採用する
ものといえよう(商48条1項)。従って,代理店は,本人である企業者の許諾があるのでな
ければ,自己または第三者のために,本人である企業者の営業の部類に属する取引をした
り,または同種の営業を目的とする会社の無限責任社員もしくは理事(取締役)となるこ
(2)
とを許されないのである。韓国商法89条1項の立法趣旨は,わが国商法の48条1項のそれ
と同じく, 「もっぱら代理商と企業主との利害の衝突を防止しようとする」 (服部・前掲
3330頁引用)ところにある。なお,韓国商法17条でも,企業補助者である商業使用人に対
して,営業主と同種の営業を営まない旨の競業避止義務を明示しているが,代理店に課さ
れた競業避止義務とは,その範囲において,多少異なるものであることを注意すべきであ
ろう。この部分だけで捉えると,わが国商法の場合には,最も明瞭であり,代理店の負う
競業避止義務は,文字通り本人である企業主との利益衝突を回避するための競業避止義務
であるが,支配人の負う競業避止義務は,たんに利害衝突の防止だけではなく,一般的な
営業を営むことをも禁止する営業避止義務とも称すべきものである(田中・前掲・382頁)。
以上のようなことからすれば,代理店が同種の営業を目的とする数人の企業者の代理店を
兼ねることは,競業避止義務に違反することになる。そこで,代理店約定書のなかに「代
理店は,本約定の継続中は,他の生命保険会社の代理店を引受けないものとする」とか,
あるいは「代理店が他より本人の委託物品と同種または類似の物品の委託販売を引受けよ
うとするときは,あらかじめ本人の許諾を要する」旨の文言を挿入するのが通例となって
代理店契約の一考察 109
いる。
(1)Without the promission of the principal, a commercial agent shall not effect, for
his own account or for the account of a third person, any transaction which falls
within the class of business carried on by the principal, or be a member with unlimited
liability or director of a company having for its object the same kind of business.
(2)代理店の場合には,その代理店契約関係の終了後にも,競業避止義務を課する明文を設けていない。
しかし実務上は,その旨契約を締結することがあるが,このときは競業禁止協定と憲法22条の営業の
自由との関係で問題となることが多い。田中・前掲・404頁参照。なお,オランダの代理商契約によ
れば, 「代理商が代理商契約終了後任意に業務に従事することを制限する旨の特約は,書面をもって
なしたときにかぎり,これを有効とする」 (47条P)旨の規定を置いているが,充分参考に値するも
のといえよう。前掲・国際商事法務VOL9・285頁。
(3)大野文雄・矢野正則「委任」 (契約全書)3327頁。通常契約書中に「乙(代理店)は,あらかじめ
甲(本人)の承諾なくして自己または第三者のために甲の営業部類に属する商行為をなし,または媒
介をなし若しくは同種営業を目的とする会社の役員または社員となることができない」と挿入してい
る。
(2)商法の規制を受ける代理店は,上述のように,本人の許諾がなければ,自己もしくは
第三者のために,本人の営業の部類に属する取引をなすことのできない,いわゆる競業避
止義務を負っている(商48条1項)。
この義務づけは,独占禁止法上の排他条件づき取引(一般指定7号)に該当するかどう
(1)
か注目すべき難問が提起されてくる。けだし,独占禁止法によれば,メーカーが代理店(
販売店)に対して, 「自社製品だけを取り扱ってもらいたい。競争会社とは取引してくれ
るな」といえば,不公正な取引方法としての排他条件づき取引となるからである。とくに
近時のように,巨大な経済勢力を有するメーカーが,小規模組織の代理店に対して,他の
競争メーカーの商品を取り扱わないことを条件とする契約(いわゆる「競争品取扱禁止条
項」)を強制しているとすれば,それが「不当性」(正当の理由なく)と「公正な競争を阻
害するおそれ」 (公正競争阻害性)があるとき(独禁2条9項4号),不公正な取引方法
(2>
としての違法性をもつことになろう。ところが,商法上の代理店契約においては,本人で
ある営業主が代理店と排他的取引約款を結ぶことは可能である。そこで,この両者の関係
をどのように調整するかが目下の最重要な課題でもあり,避けることのできない論点でも
ある。この点に関して,わが国では有力な学説の展開がみられる。まずその第1説は,代
理店の競業避止義務は,商法の明文上設けられたものであるので,排他条件づき取引に正
当な理由がある(違法性なし)場合の1例として考える見解である(田中誠二「経済法概
説」193頁)。しかしながらこの説には,かなり強い批判があることを注目したい。そこで
第2説として次のような見解がある。すなわち, 「代理商契約が公正な競争を阻害するお
それを有するときは,独占禁止法による規制の対象とされることになる。代理商の競業避
110
止義務は,実質的には排他条件附取引と同一の性格のものとしてとらえうるから,それが
公正な競争を阻害するおそれを有するかぎりにおいて,指定本項によって否定されること
になる。競業避i止義務の不履行は,それが本法との関係で問題とされるかぎりにおいて,
是認されるべきであろう」 (正田彬「独占禁止法」コンメンタール273頁)。いずれの説が
正当であるか一概にいえないが,具体的な事実によって判断せざるをえない。もしも排除
された代理店(販売店)が,業界からしめ出されることにでもなれば,最も競争の阻害性
が強いといえる。従って,公正競争阻害性という観点から,その違法性を追及すべきであ
ろう。委託販売の場合には,通常の売買に比較して,この公正競争の阻害要因が低いとこ
ろがら,商法48条1項の競業避止義務が存在しうる余地もあろうが,しかしながらこの義
務づけも,無制約的にあるものではないところを指摘しておきたい。
(1)メーカーが,自己の流通過程で競争商品のみを取り扱わせようとする専売店制度がある。この系列
に組み入れられた販売店(卸店・小売店)を「専売店」といい,競争品をも同時に取り扱っている販
売店を「併売店」という。この専売店制度は,いうまでもなく,自己の競争者を市場から排除するた
めに行なわれる排他条件づき取引の一類型であるといえよう。長谷川一伊従・前掲114頁,川越・前
掲224頁。これに関するわが国の独占禁止法上の著名なケースとしては,中京ライオン歯磨事件(昭
和28年3月7日目,大正製薬事件(昭和28年3月28日)などがある。
(2) 「競争品取扱禁止条項」は,競争を制限する場合があるので,アメリカの独占禁止法でも問題とな
っている。とくにこの条項は,「クレイトン法」(Clayton Act)3条と「連邦取引委員会法」(Federal
Trade Commission Act)5条と密接なかかわりあいがある。クレイトン法3条は,商業に従事す
る者が,その商業の過程において,賃借人または購入者に,賃貸人または販売者の競争者の商品を使
用または取扱わない条件で,商品,機械,部品またはその他の物品を賃貸しもしくは販売を行い……
それらの効果が,商業のいずれの分野において,競争を実質的に減殺することになり,または独占を
形成するおそれがある場合には違法としている。要するに,排他的取引契約がクレイトン法違反の主
要な対象となっている。また連邦取引委員会法5条では,商業における不公正な競争方法および不公
正またはぎまん的行為または慣行はこれを違法とすると規定している。F. T. C. v. Brown Shoe
Co., Inc.,384 U. S.316,86 S. G. 1501,1966.公正取引委員会事務局編「海外主要国の独占
禁止法」23頁,本林徹一井原一雄「海外代理店契約の実務」33頁。
4.代理店の守秘義務条項
現今の企業は,多数の利害関係者(下請企業・子会社・代理店・取引先・従業員など)
と密接なかかわりあいの中で営業活動を営んでいる。とくに近時のように急速な技術革新
と企業間の競争が激化してくるにつれて,代理店の守秘義務条項は,競業避止義務となら
んで,欠くことのできないものとなっている。一般に代理店(販売店)契約にあっては,
契約当事者間で,取引上の重要な事項または業務上の秘密について厳重な秘密保持を内容
とする「秘密保持契約」 (secrecy agreement)を結んでおくのがi貫例となっている。
具体的な契約例としては,代理店および従業員は,製造者による書面での同意を得ないで
代理店契約の一考察 111
「本契約上の義務の履行としてなす場合を除き,いかなる場合においても製造者の事業に
関した情報を第三者に開示すること」 (disclose at any time to a third party
information relating to Manufacture’s business save in connection with the
(2)
proper excation of its duties hereunder.) を禁じている。わが国の現行商法典には
守秘義務に関する明文を設けていないが,この点で興味深いものとしては,ヨーロッパ共
同体の代理商法案(1979年)の第6条で,この義務を明示していることであろう。すなわ
ち「代理商は,たとえ契約終了後であっても,自己に開示され,または本人との関係から
知り得た商業上もしくは産業上のいかなる秘密をも,第三者に漏洩し,または第三者との
関係で,それを利用してはならない。ただし,このような利用が適正な職業倫理に一致す
ることが一般的に承認されている場合には,このかぎりではない」ことを定めている(前
掲・国際商事法務VOL9・111頁)。なお,この代理店の守秘義務条項で注意を要するこ
とは,代理店の経営者にこの義務が課せられているだけではなく,具体的な契約の事例で
… (3)
は,従業員に対してもこの義務が課されていることであろう。とくに,従業員の雇傭契約
では,「従業員乙は,会社甲が書面による承諾をしない限り,当会社における雇傭期間中
はもちろんのこと,雇傭期間終了後でも,この取得した甲の秘密の情報,知識,資料を乙
自身もしくは他人のために使用し,またはこれを他人に開示,漏洩してはならない」とい
うような守秘義務の文言を挿入している。そこで,従業員が,その企業をやめるときは,
重要書類の返還を義務づけるとか,あるいは退職後秘密が漏れないように,秘密保持のた
めの不作為義務を課すなど,企業防衛の一措置が講じられている現状を指摘しておきたい。
(1)企業秘密には,生産技術上の秘密と商業上の秘密とがある。前者には,生産技術上の製造方法,物
質の処理方法,ノウ・ハウその他特定の開発,発見アイデア,あるいはそれらに関する資料,図面
などが含まれる。後者には,顧客リスト,販売計画,投資計画などが含まれる。詳細は,田中誠二編
集「株式会社法辞典」298頁。もちろん,この企業秘密のとらえ方は学説において多様である。ある
説は,(1)産業秘密,(2)調査技術上の秘密,(3)営業生活の秘密の3種に分類する。小野昌延「営業秘密
の保護」103頁。企業秘密は,ノウ・ハウ(know−how)あるいは「トレード・シークレット」(tra−
de secrets)ともいわれるが,最近ではノウ・ハウの語が使用されている。しかし,ノウ・ハウの語
に関しては明確な定義がない。一般に「工業の生産過程において,必要または有益な技術上の知識お
よび経験であって,外部に対して秘密とされているもの」 (拙著「企業要論」99頁)。土井輝生「ノウ
●ハウ」21頁参照。
(2)販売代理店契約書中には「甲(代理店)は,本国についての製作上又は販売上の機密事項を漏洩し
てはならない」という文言を挿入するのが慣習となっている。前掲「契約全書」3323頁。最近では,
代理店だけではなく,特約店に対しても秘密保持条項が要求されている。たとえば「本契約期間中お
よび契約終了後にわたり,ディストリビューターは,製品,本契約,本契約にもとつく履行に関連し
て入直する情報を開示したり,漏洩してはならない」ことを明示する。ここでいう情報とは,製品の
価格体系,ニューモデルの計画,製品の化学的組織などを指すものである。契約終了後も,秘密保持
112
を存続させる条項をいわゆる「存続条項」 (survival clause)ともいう。本林一井原・前掲149−
150頁。土井輝生編「国際契約ハンドブック」85頁。
(3)雇傭関係終了後も,従業員に守秘義務を課すことは,一面において技術革新にともなう企業防衛上
必要な措置とも考えられるが,反面では,個人の営業的,職業的活動の自由という憲法上の人権との
絡みあいで問題があり,両者をいかに調整していくかが今後の重要な課題であるといえよう。後藤清
「転職の自由と企業秘密の防衛」23頁。
5.代理店の報酬(手数料)と留置権条項
代理店は,本人であるメーカーの指図に従って営業活動を行ない,その報酬として代理
店手数料を得るものであるから,代理店契約では,代理店の報酬(手数料)は欠くことの
できない中核的な部分を構成するものである。そこで,予防法学的な観点からすれば,以
下の諸点を明確にしておく必要があろう。まず第一に,代理店報酬の有無を定めておくこ
とが肝要である。もちろん,わが国の商法によると,代理商は商人として,商法上当然に
報酬請求権を有するものであるが, (商法512条),この点韓国商法でも明文を置いている。
すなわち,「商人がその営業の範囲内において,他人のために行為をするときは,これに
(1)
対して相当の報酬を請求することができる」 (61条)としている。代理店の場合その報酬
は一般に手数料主義であり,代理または媒介の件数やその金額に応じて,手数料の支払い
を受けるものである。もちろん,定額の報酬を約束することもできる。ここでまず問題と
なるのは,営業の範囲の概念であるが,「営業上の行為だけではなく,営業の利益もしく
は便宜を計るためにする一切の行為をも含む」 (大判大正10・1・29民録27・154)と解
釈する。また「その委託契約に報酬についての定めがないときは,商人は委託者に対し相
当の報酬を請求できる」(最判昭和44・6・26民集23・7・1264)と解する判例があるこ
とを注目したい。次に,代理店手数料の決定方法を明らかにしておくことも必要であろう。
手数料の決め方には,基礎となる金額の○○パーセント(たとえば送り状金額の○○パー
セントなど)とか,商品1個について,○○パーセントとするのが通常である。とくに国
際的な契約の場合に注意を要することは,代理店の報酬請求権の発生時期と報酬の支払時
期を明らかにしておくことである。発生の時期は,原則として,本人である企業(売主)
が,委託した行為を代理店が完了した時に発生するものとしている。しかしながら,どの
時点で代理の行為完了と判断するか(契約成立の時点かそれとも代金受領の時点か)疑義
を残しているために,後日の紛争を避ける上からも,報酬請求権の発生時期を明瞭に具体
化しておくことが必要である。また,これに関連して,報酬の支払時期も明確にしてお』く
ことが重要である。けだし,反対の商慣習がない限り,代理店は報酬請求権が発生したと
きに,直ちに支払を請求できるものと解されているからである。しかし,これは法理論で
あって,実務的には,個々の取引ごとに,まとめて支払うこともあるので,できるだけ報
酬の支払時期を具体的に特定しておくことが望ましいといえる。
なお,手数料債権に関して附記すべきことは,本人である商人と継続的な関係にたって
代理店契約の一考察 113
いる代理店を保護するために,留置権制度が認められていることであろう。すなわち,韓
国の商法によれば,「代理商は取引の代理または仲介による債権が弁済期にあるときは,
その弁済を受けるときまでは本人のために占有する物または有価証券を留置することがで
(3)
きる。ただし当事者問に別段の約定があればこの限りではない」(91条)としている。わ
が国の商法でもこれと同様のことを明文化している(商57条)。ここで注意しておきたいこ
とは,手数料債権が弁済期にあることを留置権行使の前提要件としていることであろう。
(1)Atrader who has performed on behalf of another person, an act within the scope
of his own bus三ness may demand a reasouable remuneration in respect of such an act.
(2)現地国における値引額や税額を控除するか否かを明示しておくことが必要である。詳細は,並木俊
守「アメリカのビジネス法」146頁。なお,代理店には高額の手数料の支払を受けるが,しかし代理
店が媒介代理した相手方(買主)が,売買代金を支払わない場合には,本人のこうむる損害を補償す
ることを約する代理店もある。浅田・前掲94頁参照。
(3)Acommercia璽agent may retain things or valuable instruments which he hoid in his
possession on behalf of the principal, for any cia三m which has arisen from為is agency
or intermediation三n a transaction and which has become due, until he has obtained
performance therveof. However, this shall not apply if there is any different agreement
between the parties.
6.代理店の最低保証条項
代理店契約を,とくに独占・排他的(exclusive)な代理店契約を締結した場合には,
その販売代理店の売上実績がその期の計画目標を下回り,いかに悪くても,契約存続期間
中,本人である企業主は,みずからまた代理店を通して,一定地域内で取扱商品を販売す
ることができず,もしも販売するとすれば,契約違反ともなり,紛争の原因ともなろう。
そこで,このような事態に対して,未然に対処するためにも,「最低保証条項」(mini・
mum guarantee clause)を取りつけておくことが望ましい。たとえば,代理店が一定期間
中に,一定数量または一定金額の商品の販売を達成できなかったときでも,それだけの数
量を取り扱ったものとして,代金の支払を請求できる旨を明確にしておくことが必要であ
(1)
る。
また,このような「最低保証条項」とは別に,本人である企業は自己を防衛する上から
も,代理店が,一定期間中に,一定数量または一定金額を販売できないときは,契約を解
除することができる旨の文言を挿入しておくことも肝心である。けだし,代理店が約定の
目標額を達成することができなかったからといって,契約解除の直接的な理由となるとは
限らないからである。また実務的にみても,どの程度の場合に,重大な契約違反となしう
るか,具体的な状況判断が困難であることが多い。そこで,予防法学的な観点からしても,
明確に契約上取り決めておくことが何よりも肝要であるといえよう。もちろん,韓国商法
92条1項では,「当事者が契約の存続期間を約定しなかったときは,各当事者は2ヵ月前
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に予告し契約を解約告知することができる」とし,また同条2項では,「83条2項(やむ
をえざる事由による契約の解約告知)の規定は代理商に準用する」と定めている。従って
韓国商法の92条2項によれば,わが国商法の50条2項と同じように,代理店の極端な任務
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この「や
違反の場合には,「やむを得ざる事由」によって,契約の解除も可能であるが,
むを得ざる事由」の白地規定の判断はむずかしく,できるだけ両当事者間で,事前に取り
決めておくことが最良の策であるといえよう。なお,ここで附言しておきたいことは,や
やもすれば,巨大な経済勢力をもつメーカーが,弱小企業の代理店に対して,経済的地位
の濫用になるような取り決めをなすことは,商法上は許されても,独占禁止法上は許容さ
れないことである。
(1)代理店では,あらかじめ,代理店の取扱責任数量を取り決めている。たとえば,甲(代理店)の取
扱責任数量は,○○月間最低○○とする。代理店の1期(4月1日より9月30日まで,または10月1
日より3月31日まで)の販売責任額を下記の通りとする。A地区(六大都市)1千万円以上。前掲「
契約全書」3420頁。
(2)(1)If the parties have not fixed a term for the duration of the contract, either
of them may rescind the contract for the future by giving two months prior notice.
(2)The provisions of Article 83, paragraph 2 shall apPly mutatis to the commer−
cial agents.
(3)代理店約定書の中には,「会社または代理店は,何時でも一方の都合により30日前に予告して本約
定を解除することができる。ただし会社は,緊急やむをえないと認められる事情がある場合には,特
にその予告を行なわずに解除することができるものとする」の文言が挿入される。「やむをえない事
由」とは,代理店の不誠実,本人の重要な債務不履行,代理店契約の継続を強制することが不相当と
認められる事由があるときなどである。服部・前掲327頁。保険代理店について,保険取立金を納付
せず,延滞額が多額にのぼるときは「やむをえない事由」に該当すると判断している。東京地謡昭和
4・10・13新聞4490号13頁。
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