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電子ジャーナルの現在と印刷会社の役割

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電子ジャーナルの現在と印刷会社の役割
都市情報学専攻情報メディア環境研究分野
2004 年 5 月 20 日
電子ジャーナル
電子ジャーナルの
ジャーナルの現在と
現在と印刷会社の
印刷会社の役割
ゲストスピーカ:中西
秀彦
†
Current Trend of Scholarly Electronic Journals and Role of
Printing Companies
Guest Speaker: NAKANISHI Hidehiko†
概要
電子ジャーナルとは電子媒体を用いて出版された雑誌で、CD-ROM、メーリン
グ・リストなどの手段もあるが、現在の主流はウェブ上での利用によるものである。電
子ジャーナルと出版社、図書館、あるいは個人の研究者との関係について論じられる機
会は多い。しかしながら、印刷会社との関係について取り上げられる機会は少ないので
はなかろうか。今回のゲストスピーカである、中西氏は「電子ジャーナルの現在と印刷
会社の役割」と題し、ウェブ上で発行された学術雑誌について、ご自身の成功例を紹介
しながら、海外および日本における電子ジャーナルの現状および今後の動きについて講
演された。議論では、中西印刷株式会社の今後の取り組み、印刷業界全体の動き、学術
雑誌の保存、出版会社・印刷会社・著作者の権利、本の将来についてなどの話題がとり
あげられた。
キーワード:電子ジャーナル(学術雑誌)
、印刷会社、デジタル化、オープンアクセス
キーワード
Key Words:Scholarly
Electronic Journal, Printing Company, Digitalization, Open Access
Words
1 講演要旨
1.1 中西印刷が
中西印刷がデジタル化
デジタル化にいたるまで
中西印刷株式会社は、明治 3 年創業で、老舗の印
刷会社である。中西氏は、大学卒業後、サラリーマ
ンを経て実家に戻る。1985 年に実家に戻った中西氏
は、サラリーマン時代には巨大産業にいたため、活
版全盛期であったが、職人さんが活字をひろう姿に
ショックをうけ、未来の印刷業たりうるかという疑
問をもち、デジタル化に向けて動き始める。
フルにデジタル化し、コンピュータから直接出力
するという、いわゆる職人さんの手が入る部分がな
くなる。活版工場からフルデジタルになる過程が衝
†
中西印刷株式会社専務
撃的で、世間でも評判になった。その 5 年後、学術
雑誌の電子化に着手するようになる。
1.2 学術オンライン
学術オンライン・
オンライン・ジャーナル
1.2.1 電子化による
電子化によるメリット
によるメリット
学術雑誌が紙媒体のみで発行されていた当時は、
研究者にとって、他に似たような研究をしている人
かいるかどうかを知ることは困難であったが、電子
化によって、メジャーな学会誌だけでなく、その他
の文献も検索することが可能になった。
電子化したことにより、データベースとしての役
割が鮮明になった。過去においては、引用文献を入
手するのに半日がかりであったが、学術雑誌がオン
リンク組織の成立として、相互間のリンクを可能
ライン化されたことにより、時間の節約ができるよ
にする Crossref が代表的である。登録しておくと、
うになり、図書館等に行かずとも、文献がいながら
コンピュータが Crossref に自動的に調べにいく。こ
にして閲覧できるようになった。
こで、例えば、エルゼビアに載っていることがわか
最近では、他者に引用された頻度により、その論
るので、そこへいってひろってくる。純粋オンライ
文がすぐれているかどうかをはかるようになってき
ン・ジャーナルとは、冊子体はつくらないという方
た。これは、引用ネットワークの電子化により、引
針でのぞんでいるので、このように呼ばれている。
用されたかどうかを容易にたどることができるよう
バーチャル・ジャーナルとは、ジャーナルの境を超
になったからである。
えて、同じジャンルの論文をまとめるのである。冊
その他のメリットは、冊子体より発行が速い、書
子体とは別に、オンライン・ジャーナルだけの世界
架スペースが節約できる、郵送料がかからない、印
で、編集し直して読むことができる。例えば、社会
刷代が節約できるなどである。
学と心理学とを一緒にして、社会心理学として編集
1.2.2 学術オンライン
学術オンライン・
オンライン・ジャーナルの
ジャーナルの例
し直している。
エルゼビアの Science Direct では、約 1700 誌を
日本植物生理学会の雑誌の発行は、中西印刷が最
オンラインでみることができる。しかし、利用料金
初から手がけており、電子化に関しても継続してい
が非常に高く、事実上、独占状態に近いので、ビジ
る。ローカルな雑誌であったが、世界的な権威のあ
ネスモデルとして今問題になっている。
る雑誌になった。その理由は、編集委員の先生方が、
ポータルサイトとしては、それぞれの学問領域ご
30 年間にわたって自分の一番よい論文を載せ続け
とにサイトを紹介するものと検索専門サイト(オン
たからである。中西印刷では、論文をホームページ
ライン・ジャーナルにリンクをはって検索するもの)
に掲載する際、PDF のままではなく HTML にして
に分けられる。
載せている。これは、検索が可能であり、ダウンロ
エルゼビアのひとの言葉を、海外のオンライン・
ードせずとも画面上でも読むことができるからであ
ジャーナルの現状をあらわしているとして、中西氏
る。他の特徴としては、抄録を掲載したり、図を拡
が紹介した。
「ネットになければ、論文はないのも同
大したりすることができるが、特に注目したいのは、
じだ。
」
引用文献へのリンクである。
1.2.3 購読数の
購読数の変化
1.4 日本の
日本のオンライン・ジャーナルの
ジャーナルの現状
日本化学会の雑誌は、以前には英語で書いても日
欧米に対して、立ちおくれているのだが、その原
本国内でしか読まれなかった。ところが、電子ジャ
因としては予算規模の圧倒的な差異、日本語の壁、
ーナルにしてからは、総アクセス数が 2 年間でほぼ
商業学術出版社の未成熟にあるとしている。
10 倍という結果が出ている。また、PDF のダウン
日本では、学問に関することは儲からないので、
ロード数も海外からの方が多い。日本の研究者は印
学術書を出している出版社でも学術雑誌を出してい
刷された雑誌を購読しているので、あまり利用しな
ないところが多い。欧米では、最近の傾向として学
いという事情もあるが、開発途上国からのアクセス
問に関するビジネスは儲かるものになり、先のエル
は増えている。年間購読料の 100 ドルは、国によっ
ゼビアのように独占に近い形態も出てきている。
ては年収に値することもあり、無料でアクセスでき
るジャーナルはよく読まれるようになる。
日本におけるオンライン・ジャーナルの発行形態
には、自主開発、海外との共同、海外出版社への全
面委託、官主導オンライン・ジャーナルとの共同、
1.3 海外の
海外のオンライン・ジャーナル
ジャーナルの
ナルの動向
の 4 つがある。予算、スタッフのスキル・労力、リ
ンクが豊富にはられているか、内容を自由に設定で
海外で発行されるジャーナルの最近の動向として
きるか、著作権は誰のものか、ノウハウは日本で蓄
は次の3つがある。リンク組織の成立、純粋オンラ
積できるか、など各々の発行形態毎にメリット、デ
イン・ジャーナル、バーチャル・ジャーナルである。
メリットが存在する。
1.5 学術オンライン
学術オンライン・
オンライン・ジャーナルの
ジャーナルの今後
インターネットの役割と同様、国際化、英語化が
増大する。冊子体の図書・雑誌の発行をいったん取
りやめた学会もあるが、ビジネスモデルとして成り
立たないため、紙にもどる傾向がある。学術雑誌の
オンライン化は、理系誌から文系誌へと拡大してい
る。アジアの古文献に関する論文など特殊な論文以
外は、PDF から HTML への移行が行なわれるよう
になる。
1.6 印刷会社の
印刷会社の役割
オンライン・ジャーナルは、印刷会社の敵ではな
い。なぜならば、印刷・製本のような大量複製が主
な仕事だと思われているが、実際にはそうではなく、
組み版のように、いかにレイアウトするかというの
が、仕事上の大きなウエイトを占めるからである。
但し、冊子体と比べて、この組み版の工程に新たに
タグをつける作業が加わっている。リンクをはるソ
フトを使うだけでは不充分であり、ハイパーリンク
の付加を人手で行なうため、人件費がかかるなどの
問題はあるが、中西氏は今後の印刷会社の役割を次
のように考えている。
過去においては、冊子体の複製機能として印刷会
社は存在していたが、現在、情報発信媒体としての
印刷会社になりつつある。例えば、リンクなどの情
報ノウハウの提供を行なうことができるのである。
大量複製の時代は終わり、今後は、必要な情報を必
要なところへ必要な部数を提供するのが、印刷会社
としての役割である、と結論づけた。
2 ゲストスピーカとの
ゲストスピーカとの議論
との議論
ゲストスピーカとの議論では、主に、中西印刷株式
会社、印刷業界全体、保存、権利などの話題がとり
あげられた。
2.1 中西印刷株式会社
S1 活版印刷からフルデジタルに至るまでの詳細
を知りたい。
GS 2 段階にわけて進められ、
合計 15 年かかった。
15 年かかって社員を入れ替えた。活字の職人さんは、
アプリケーションの段階までは仕事をそのまま応用
できる。レイアウトの知識があるので、コンピュー
タを使えるようになったら問題はない。しかし、ハ
イパーリンクや SGML になると、関数の知識、メタ
概念が必要になるので、活字の職人さんでは難しい。
新入社員は、活版ではなくコンピュータから仕事を
始められるような人材を採用した。
S2 日本植物生理学会のジャーナルを担当する以
外にどのようなことをしているか。また、海外の文
献に携わる予定はあるか。
GS 中西印刷では 50 誌ぐらい担当している。現在、
英語文献の組み版センターは、多くの場合インドに
置かれ、ほとんどの仕事が行なわれている。中西印
刷としては日本独自の仕事をしたいので、英語文献
のオンライン・ジャーナルには、あまり参入するつ
もりはない。
2.2 印刷業界全体
S3 中西印刷株式会社以外の印刷業界全体の動き
について知りたい。
GS 元々個人的にもコンピュータをよく使ってい
た。中西印刷では、会社にコンピュータを積極的に
取り入れていったし、
(中西氏が)社員に教えること
もできたので、コンピュータ化、デジタル化が進ん
だが、レイアウト、プロデュースは、コンピュータ
の知識がないと何も残らない。近代化にのぞまなか
った会社は、存続、発展は難しい。仕事はデジタル
で対応できるところに集中し、対応できない会社は
なくなっていったのである。
2.3 保存
S4 引用文献のリンク先が消える心配はないか。
GS Crossref が提唱して各論文毎に ID をつけてい
るので、リンク先が消える心配はない。
S5 電子ジャーナルだけで発行された場合、保存は
どうなるのか。中西印刷では、保存をどのように考
えるか。
GS エルゼビアは、オランダ王立国に保有している。
中西印刷では、保存について考えたことはない。大
正時代の公報など自社でつくったものは保存してい
る。今後、デジタル化された学術雑誌もサーバーや
ハードがクラッシュしたらなくなってしまう。紙の
S10 デジタル化することによって、印刷会社はど
本を図書館におけば良いのではないか。検索機能と
のようにかわっていくのか。
しての図書館の役割が減っていく今こそ、保存は図
GS 中西印刷では、これまでのノウハウをオンライ
書館のもうひとつの大きな機能であると考えられる。
ン・ジャーナルに活かすことができる。
S11 デジタル地図データのビジネスモデルと比較
2.4 権利
してみると、技術を守りつつデータを加えた、とい
う流れと同じではないか。
S6 出版社および印刷会社の権利について説明し
S12 情報をコアに印刷業者、出版社が本以外のと
てほしい。
ころで生き残っていくことができるのか。
GS 印刷会社は、初版ではもうからないので、再版
GS ビジネスモデルの出し合いが重要である。製造
に対する希望がある。しかし、現在、出版社がデー
業であれば知的財産権の管理があるが、出版社には
タをひきあげて、再版したい時は改めて安い会社に
製造部門がない。科学の情報はどんどん滅びていく。
出している。判例では、情報は出版社のもの、媒体
情報の寿命は、アーカイブしておかないとなくなる。
は印刷会社のものとある。ウェブでは、情報は出版
最後に中西氏は、次のような言葉で締め括った。
社のもの、レイアウトは印刷会社のものということ
真実があり、それを証明するのではなく、論争する
になるのだが、実際には出版社との関係もあるので、
過程そのものが科学である。オンライン・ジャーナ
判例をそのまま主張することはない。
ルのネットワークそのものが科学ではないか。
S7 学会誌に載せると、著作権はどうなるか。
GS 理科系では、投稿した時点で著者から学会に移
るが、文系では、著者がもち続ける。
3 まとめの議論
まとめの議論
まとめの議論では、ゲストスピーカとの議論と比
べて、
「印刷会社は儲けられるのか」のような単刀直
入な議論があり興味深かったが、ゲストスピーカが
在席されたため、率直な意見が出し難くいこともあ
ったのではなかろうか。
S8 本は、紙媒体から電子媒体に完全に移行するの
か。
GS 印刷用機械の展示会にいくと、新しい機械をつ
くっているので、今後 30~40 年間は、紙媒体が続
参考資料
・中西秀彦『本は変わる!-印刷情報文化論-』
(東
京創元社、2003)
・呑海沙織、北克一「学術情報流通構造の論理モデ
ル考察-電子情報を軸として-」
(『図書館界』55
巻 2 号、2003 年)
・Van Orsdel, Lee and Kathleen Born, “Closing in
on Open Access,” Library Journal, April 15, 2004
記録担当
・西尾純子(情報メディア環境研究分野)
内容が多岐にわたり、まとめるのに大変苦労しま
した。
くと考えられる。自分の子ども達に 1 歳からコンピ
印刷会社がいかにしてデジタル化を果たし、学術
ュータを使わせた。2~3 歳でマウスを使い、9~10
ジャーナルの今後にも寄与していかれるのかを拝聴
歳で HP をつくっているが、紙の本もみているので、
し、非常に興味深い講演でした。数年後「その後の
しばらくは紙媒体が続くと考えられる。
中西印刷と電子ジャーナル」について、また講演を
S9 印刷会社は儲けられるのか。
聴いてみたいと思いました。
GS 紙としての印刷への注文は減ってきている。印
・ 湯浅俊彦(情報メディア環境研究分野)
刷の注文がひとつ減ると、1億円は減収になる。こ
木版、活版、平版、電子印刷と時代の流れを見な
れに対して、新しい学会の仕事を 5~6 とってきて、
がら事業を継続してきた印刷会社からの発言だけ
その穴埋めをする。従って、結果は横ばいである。
に、説得力がありました。電子ジャーナルが学術コ
オンライン・ジャーナルに関しては、官が主導し
ミュニティのあり方をも変えていくような予感が
ていくと民業を圧迫する恐れがあるので、官は民が
して、デジタル化がもたらす社会的関係性の変化を
つくったものを買い上げると良いのではないか
実感しました。
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