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スピーキング・テストにおける評価と 学習者が持つコミュニケーション能力

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スピーキング・テストにおける評価と 学習者が持つコミュニケーション能力
スピーキング・テストにおける評価と
学習者が持つコミュニケーション能力
市 川 ゆりえ
1.はじめに
英語学習者を対象に行われるスピーキング・テストは言語機能や流暢さ
などいくつかの評価基準により、学習者のスピーキング力を測る。インタ
ビュー形式のテストの場合、評価者は定められた観点を基に対面でいくつ
かの質問を行い、その答えによって学習者がどのスピーキング・レベルに
いるかを判断する。スピーキング・テストによる学習者のスピーキング力
は一定のトレーニングを受けた評価者によって客観的に評価されている。
しかし、たとえテストによる評価があまり高くない学習者であっても日常
のコミュニケーションにおいては問題なく意志疎通ができていることもあ
りうる。その場合、学習者たちは自分の持つ限られた言語能力をどのよう
に活用しているのだろう。また、自らの表現力以外にはどのようなリソー
スを活用して会話を進めているのだろう。
本研究では、日本人英語学習者に向けて作られた2つのスピーキング・
テストの評価方法・評価基準をもとにスピーキング力とは何かを見直した
上で、スピーキングコーパスによるデータから日本人英語学習者の各レベ
ルに見られる会話維持のためのストラテジー使用について確認する。初級
から中級レベルの学習者が多く使用するストラテジーは言語能力の不足を
示すものでネガティブな特徴としてとらえられがちであるが、それらを学
習者が積極的に使用してコミュニケーションを行っている研究例について
言及する。また、学習者が、言語能力の有無に関わらず、コミュニケーシ
35
ョン能力、特に会話を維持し、発展させていくための能力を豊富に備えて
いる可能性があることを指摘する。
2.スピーキング・テストによって評価されるスピーキング力
まず初めに本稿では、日本人の英語学習者を対象とした2つのスピーキ
ング・テストについて触れ、両者がどのようなテスト内容により、どのよ
うな観点で学習者のスピーキングを評価しているかを確認する。特に評価
を下げる原因となるのはどのような発話によるものかに注目する。
2.1.SST(Standard Speaking Test)
SSTはアルクと全米外国語教育協議会(ACTFL:American Council on
the Teaching of Foreign Languages)によって共同開発されたスピーキ
ング・テストで約15分間の対面式スピーキング・テストである。評価者は
トレーニングを受けており、受験者の答えに合わせて質問を変え、その答
えによって、9つのレベルに分類する。タスクの種類は絵を描写するピク
チャータスクやストーリー作り、ロールプレイなどがある。(和泉・内
元・伊佐原、2004)
2.2.SSTの評価基準
和泉他(2004)によるとSSTの評価基準は大きく分けて4つある。1つ
めは総合的タスク・機能(Global Functions)であり、「言葉を使って何
ができるか」を調べる。2つめはテキストの型(Text Type)であり、「ど
んな構文や構成で話すことができるか」が評価される。3つめは話題・状
況(Context / Context Area)で、「どのような状況で何について話すこと
ができるか」、つまり話題や状況によって発話レベルが左右されるかに着
目する。最後に、正確さ(Accuracy)は、「発話を聞き手にどれだけきち
んと伝えることができるか」という点が評価の対象となる。
本稿で話題にするのは「正確さ」の中の「流暢さ」の部分である。
36
和泉他(2004)の評価基準に関する記述によると、「流暢さ」の評価は
「安定した流れで発話を保っているか。休止やつなぎ言葉を過度に使うこ
とで理解の妨げになっていないか」が確認される。ここから、会話におけ
る休止つまり沈黙やつなぎ言葉を過度に使うことは否定的な評価につなが
る可能性があると考えられる。
次に、日本人英語学習者を対象にしたもう1つのスピーキング・テスト
であるHOPEの概要と評価基準を確認する。
2.3.HOPE(High school Oral Proficiency Examination)
HOPEは、中学生、高校生に適したスピーキング・テストとして開発さ
れたもので、中高の教員が生徒のスピーキング評価として授業の中で行え
るように工夫されている。時間は約6分で、ピクチャータスクとロールプ
レイからなる。中高生が明確な評価基準によって個々のスピーキング力に
ついて知り、次への課題を各自が把握してやる気を高めることができるよ
うに考えられている。
2.4.HOPEの評価基準
HOPEもSSTと同じく4つの評価基準がある。今井・吉田(2007)によ
ると、評価の観点は「機能(Function)」、「発話内容(Content)」、「発話
の複雑さ(Text type)」、「発話の理解度(Comprehensibility)」であり、
「機能」は「ことばを使って何ができるか」、「発話内容」とは「どのくら
い多様な内容について話すことができるか」、「発話の複雑さ」は「発話が
どのくらい複雑な構造であるか」、「発話の理解度」は「聞き手にとっての
生徒の発話のわかりやすさを示す観点」であり、これには発音・文法の正
確さ・流暢さの下位観点がある。
HOPEでは、流暢さに関して2つのポイントを評価の観点としている、
と今井・吉田(2007)では述べられている。1つにはどれだけの量を話し
たかということ、もう1つは、ポーズや繰り返しなど流暢さを阻害する要
37
因がどれだけあったかということである。
これらの観点から、ポーズや繰り返しを会話で多用することは流暢さに
関して言えばあまりよい評価ではないということがわかる。
3.“delay”と“restarts”を扱った会話分析研究
英語学習者と英語の母語話者との会話、または学習者同士の会話を調べ
た研究は数多くあるが、本稿ではその中でもスピーキング・テストではあ
まり高く評価されないであろう2つの事象、遅れ(delay)と言い直し
(restarts)に着目した研究について言及する。
“delay”は発話内の沈黙を
示し、“restarts”は“false starts”とも言い換えられ、発話の初めで止
まってしまい、言い直すことを指す。
Carroll(2004)は日本人大学生の初級レベルの英語学習者による3人の
英語会話を調べ、特に各発話の最初の部分に注目している。そのデータは
参加者たちが「言い直し」を方略的に、対話者の注意をひくために使用し
ていることを示した。また、録画したビデオ映像は参加者の身振り手振り、
特に会話の中での視線の動きを明らかにした。それによると、話者は自分
のことを見ていない対話者がいる場合、見るまで発話をいったんやめ、言
い直していることがわかった。
Wong(2004)は会話の中の「遅れ」について、母語話者同士の会話の
場合と第二言語話者と母語話者間の会話では、用いられ方がどう異なるか
という点に着目した。「遅れた反応」は母語話者の場合、批判や要求、反
対など話者が望まない行動であることを知らせるために用いられる。一方、
第二言語話者の場合は単にその発話を終えることができていないという場
合がある。相手はその後に続く言葉を待っているが、話者の方では終わっ
たとみなしているため、続けないということが起こりうる。第二言語話者
は沈黙し、間をあけることによって話者の交代を対話者に示し、対話者に
よる次の発話や前の発話の修正が続く。つまり、Wong(2004)では、第
二言語話者または学習者が、沈黙によって言語的な能力の不足をあえて目
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立たせることで対話者に発話の順番を譲り、会話の形成に寄与することが
あることが示されている。
4.会話維持のためのストラテジー使用
市川(2009)では、アルクのSSTの発話データを書き起こして作成し
たスピーキングコーパスであるThe NICT JLE Corpusのデータの中から
ロールプレイの部分のみを分析し、学習者がどのような会話維持のための
ストラテジーを使用するかを調べた(表2)。ロールプレイ部分を分析に使
用した理由は、絵の描写と比べて会話が双方向であるため、また特定の目
的を達成する(電車の切符を買うなど)ために受験者の積極的な会話への
参加が期待できるためである。表の中の数字はそれぞれのストラテジーが
使用された頻度を示している。9段階に分けられたレベルのうち、レベル
1と2が初級、3から8が中級、9が上級レベルと考えられている。分析には、
各段階からそれぞれレベル2、4、9を選び、そこに含まれる発話データを
用いた。データの数は各レベルで異なっており、表1のようになっている。
表1を見てわかることはSSTの受験者の多くがレベル3∼6の中級レベルに
集中しているということである。つまり、初級・中級レベルの話者の発話
に着目して調べることは、日本人英語学習者のスピーキング力について重
要な示唆を得ることにつながるだろうと予測できる。以下の分析の中で出
されている発話例はThe NICT JLE Corpusのデータからとったものであ
り、<A>がインタビュアー、<B>が受験者を示す。
表1 SSTレベル(和泉他、2004、p.248)
レベル1
レベル2
レベル3
レベル4
レベル5
レベル6
レベル7
レベル8
レベル9
3
35
222
482
236
130
77
56
40
39
表2 各レベルで用いられたストラテジー(市川、2009、p.101)
Level 2
Level 4
Level 9
Achievement strategies
Help-seeking strategies
a
a-1
a-1-1
a-1-2
a-2
a-2-1
a-2-2
b
b-1
b-2
b-3
c
c-1
c-2
d
d-1
d-2
e
e-1
e-2
e-3
f
f-1
f-2
f-3
g
h
i
Total
Appeal for help
Asking for repetition
0
6
0
1
3
0
Asking for information
Asking for opinion
Modified interaction
Clarification requests
Confirmation check
Comprehension check
Modified output
Modified output
Additional explanation
Time-gaining
Use of fillers
False start
Response for maintenance
Providing active response
Shadowing
Expression of feeling
Self-solving
Paraphrase
Approximation
Restructuring
Reduction strategies
Message abandonment
First language-based
Interlanguage-based
0
0
13
11
12
5
3
2
1
2
2
6
4
1
0
0
0
3
0
7
2
114
40
94
62
77
26
12
15
0
18
41
2
33
8
4
1
0
10
2
2
43
3
0
19
35
45
8
292
4
29
6
341
0
0
0
206
5.分析
上記の研究(市川、2009)における主要な結果は、表2のa∼cまでの積
極的に助けを求めたり、確認の要求をしたり、言い換えたりといったスト
ラテジーは初級レベルの受験者にはほとんど使えず、中級になると使用頻
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度が増え、上級になるとまた減るというものであった。つまり、レベルが
上がるごとに使えるストラテジーが増え、上級レベルになると特にこれら
を使用しなくても会話を前に進めることができるということを上の結果か
ら知ることができた。
本稿で特に注目したいのは、表1の中のdにあたる“Time-gaining”時
間かせぎのためのストラテジーである。これには2種類あり、フィラーの
使用、“uh”“ah”、“Um”のような話者が考える時間を得るためのもの、
もうひとつは“False start”と名付けられた「言いよどみ」であり、時間
をかせぐために何かを言うのをためらったり、言いたいことを言い直した
りするものである。例えば、以下のように用いられる。
<B> Let’s go, let’s go to see the movie, together?
<A> Hmm. Sounds great.
上の2つのストラテジーは表2を見ると「d-1, Use of fillers」がレベル2、
4、9の順に114、94、77であり、「d-2、False start」が40、62、26とな
っており、どちらも初級・中級レベルの話者によって多く用いられている。
さらにもう1つ着目したいのはgの“Message abandonment”である。
これは、表現したい言葉が見つからなかった場合に黙ってしまうという状
態で、例えば以下のような状況で用いられる。
<B> Uhm, I…I want, uhm…I want skirt.
<A> Uh-huh.
<B> Uhm. Do…
これもレベル2∼9の頻度を比べると35、4、0となっており、
レベルが上がるにつれて、ただ黙ってしまうということはなくなる。こ
の結果からもわかるように初級レベルの話者の特徴と言えるだろう。
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6.考察
先行研究例として挙げたCarroll(2004)、Wong(2004)の中で注目さ
れていた“delay”、“restarts”という事象は上のストラテジー使用頻度を
調べた表の中では“message abandonment”や“false start”にあたる
と考えられる。どちらも上の分析の通り初級・または中級レベルの話者が
多く用いるもので、英語での表現力の不足ゆえに使われるものとも考えら
れる。また2つのスピーキング・テストの評価基準においてもこれらを多
用した場合、評価を下げる要因となる可能性があることがわかった。しか
し、CarrollやWongが示したように、話者は“delay”や“restarts”を意
図的に対話者の注意をひくために用いるなど会話に活用していることもあ
る。これらをきっかけに、対話者が何か発話をし、会話が進んでいったと
すればこれは決して否定的に判断するべきではないだろう。そして、これ
らの“delay”や“restarts”は初級・中級レベルの話者が独自で用いる用
法とも考えられる。
7.結論と今後の課題
本稿では、スピーキング・テストの評価基準においては評価が下がる要
因となる事象を、話者によっては対話者の協力を得たり、コミュニケーシ
ョンを前に進めたりするために活用できる例があることを先行研究への言
及によって指摘した。これにより、英語学習者として話す・聞くなどの言
語能力に差はあっても、対面での会話において意思を伝え合うためのコミ
ュニケーション能力に差はないかもしれない、もしくは学習者によっては
限られた自分の持つ力を最大限活用することにより、スピーキング・レベ
ルが上の学習者よりもうまくコミュニケーションを進めることができる可
能性もあるという示唆が得られた。
もちろん語彙を増やしたり、多様な表現を身につけたりしてさらに言語
能力を上げることが、スムーズなコミュニケーションにつながることは確
かだろうが、学習者それぞれがいまの実力をできる限り活用し、意志の疎
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通をはかることができる例を示すことは意義があるだろう。今後の課題と
して、日本人英語学習者の会話におけるコミュニケーション上の特徴をさ
らに調べ、学習者のコミュニケーション能力を理解するうえでの助けとし
たい。これらの研究成果は英語学習者のスピーキング指導・スピーキング
力の評価にも示唆を与えることが期待できる。
参考文献
Carroll, D. (2004). Restarts in novice turn beginnings: Disfluencies or
interactional achievements. In R. Gardner & J. Wagner(Eds.),
Second language conversations. (pp.201-220). New York:
Continuum.
Wong, J. (2004). Some preliminary thoughts on delay as an interactional resource. In R. Gardner & J. Wagner (Eds.), Second language
conversations. (pp.114-131). New York: Continuum.
和泉絵美・内元清貴・井佐原均(編)(2004).『日本人1200人の英語スピ
ーキングコーパス』アルク.
市川ゆりえ(2009).「会話を維持するためのコミュニケーション・ストラ
テジー−日本人英語学習者のスピーキング・テストにおける会話の分
析−」『言語情報科学』第7号 pp.97-107. 東京大学大学院総合文化研
究科.
今井裕之・吉田達弘(編)
(2007).『HOPE:中高生のための英語スピーキ
ングテスト』教育出版.
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