...

欧州諸国の年金制度

by user

on
Category: Documents
4

views

Report

Comments

Transcript

欧州諸国の年金制度
欧州諸国の年金制度
村 上 清
(日本団体生命取締役)
1.年金制度と所得保障
戦後の復興と成長の過程で、日本の目標は西欧諸国に追いつくこと
であった。高度成長の結果、現在は所得水準の面では、ほぼ目標の水
準に到達した。次は福祉の面である。ILOの社会保障費の調査(1)を
見ても、日本と西欧とでは格段の相違がある。社会保障費の中で最大
の項目は「年金」と「医療」で、多くの国では、この両者で全体の費
用の約9割を占めている。日本は医療ではそれほど見劣りはしない。
極端に小さいのは年金の費用である。
年金の費用が極端に小さいのは、必ずしもわが国が制度的に不備な
ためではない。「国民皆年金」といわれる日本の年金は、制度上では、
見方によっては、世界で最も整備された国である。欧州では、多数の
制度が歴史の中で順次積み上げられてきて、その間で、どの制度の適
用からも外れたまま残されている者のあることが、少なくない。わが
国では、最後に設けられた国民年金が、俗称「はきだめ年金」といわ
れるように、他のどの公的年金にも属さない者はすべて包括する建前
をとったことで、年金制度の適用はあまねく全国民に及んでいる。(2)
年金の費用が小さいことは、第1に給付支払が未成熟なことと、第2
に人口の老齢化の進行が欧州より遅いためである。
現在わが国で、年金制度の全般の見直しや再編成の声があり、具体
的な制度全般の改定案も、いくつかの政党や団体から示されている。
既存の制度全体を再編成して、まず基礎部分として国民全体に通用さ
−1−
欧州諸国の年金制度
れる基礎年金を設ける。その水準はナショナル・ミニマムとする。そ
の上に、各人の従前の所得や加入期間に応じた所得基準の年金を上乗
せする。以上が、すでに提示されたいくつかの案にほぼ共通した考え
方のようである?)
これらの案は、考え方としては一応は納得できるが、いくつかの点
で難点がある。第1は、.既成事実となっている現行の各制度からどう
移行するかの、具体的な方策の示されていないこと、第2は、新制度
の給付費用をまかなう長期的な財政計画の示されていないことである。
さらにつけ加えれば、その中でいうナショナル・ミニマムとは、気分
的には分かってもl、具体的な水準はなにかの明確な裏付けがない。
ミニマムといえば「最低」であるから、低い水準のはずである。と
はいえ、ナショナルを冠せていることは「人間らしい」という感情を
含ませており、結局は「人間らしい、つつましい生活の、最低の水準」
を指すのであろう。別の表現をすれば、貧困者とはいわれない最低の
水準である。
それでは「貧困」とはなにか。欧米でもしばしば論じられ、なおか
つ明確に定義づけられない概念である。かっては、生存可能かどうか
が、最低生活の基準であった。今やその考え方は、先進国には適用し
ない。アメリカで貧困者と規定される者も、アフリカやアジアの低開
発国では高度な生活の水準の部類に入る。かっては、貧困とは絶対的
な概念であったが、現在では、それぞれの時代と社会の中で規定され
る相対的な概念となっている。ある国の所得水準が10年間に倍増した
とする。絶対的な貧困は、当然に激減する。しかし相対的な貧困は、
必ずしも減少するとは限らない。ある時期のイギリスでは、経済成長
が大きければ大きいほど、それに追いつけない者が生じるために、貧
困者は増大するといわれた。仮に、全人口の中で、最も所得の低い階
− 2−
欧州諸国の年金制度
層5%だけを貧困階層とよんだとする。この場合には、国の経済や所
得の水準がどれだけ向上しようとも、永久に貧困階層の数は変わらな
い0
一般には、公的扶助の対象になる生活水準をもって、一応の貧困の
基準としている。社会保険は防貧の制度といわれるが、各国の年金制
度が、すべての老齢者に、貧困に陥らない水準の年金をミニマムとし
て保障しているかどうか。欧州の公的年金では、イギリスとオランダ
のような一律定額の給付と、他の国のような所得基準(または定額プ
ラス所得基準)の給付が互る。給付がミニマムを満たしているかどう
かは、一律定額の場合が明確にいえる。イギリス、オランダの場合に
は、いずれもこの水準に及んでい如−。イギリスの場合には、年金受
給者でも他に私的年金や貯蓄とか収入のある場合はよいとして、それ
らのない者は貧困者である。従って、老人のうち3人に1人は、重ね
て資産調査を伴う補足給付(公的扶助)を受給している。
年金が所得基準の西ドイツでも、老齢年金受給者の3%は貧困階層
である。多くの国では、多数の老齢婦人が貧困の生活を送っている。
スウェーデンでも、年金受給者のうち2分の1は、通常の年金以外に
住宅手当を受けており、少数の者は、重ねて資産調査を伴う公的扶助
を受けている。
わが国で各団体や政党がナショナル・ミニマムを年金制度に掲げる
場合、その水準は欧州でいう厳しい最低水準でなく、むしろ「標準的」
な老齢夫婦の生計費に近い水準を示しているように見受けられる‘。こ
れを土台にして、その上に所得基準の年金を上乗せした場合、会計し
た水準はどうなるのか。もし、現行の被用者の妻の国民年金への任意
加入が残されれば、給付はさらに厚くなる。従来の考え方では、夫が
働き妻は家庭に止まったが、いまの欧米の傾向では、家庭婦人の職場
−3 −
欧州諸国の年金制度
進出は増大の一途である。夫の年金で妥当な老後収入が確保されると
すれば、夫婦の両方か働いて年金の受給資格を得たときの年金は、あ
まりにも過大になりはしないか。
欧州では、日本の基礎年金に相当する定額年金だけでナショナル・
ミニマムを満たしている国はない。それでいて、社会保障費は急増を
続け、西欧諸国では国内総生産の15%ないし25%にも及ぶ。その中の
最大の費用項目は年金である。日本の年金制度も、時の経過の中で、
給付の成熟化と人口の老齢化が進行すれば、現行の制度のままでも、
やがては現在の西欧なみ、或いはそれ以上の給付費になる。その財源
の調達の計画は、なにも示されてはいない。
わが国の福祉問題の最大の課題は、今後わが国の生産が年々どれだ
け成長し、その中からどれだけの割合を給付費に配分できるかである。
その計画を、いまから国民的合意の下に形成していかなければならな
い。その場合に、まず現実の事例として、西欧諸国の年金制度の姿を
正確に知ることが必要である。ここに、同じ問題をイギリスの側に立
って研究した著書がある。グラスゴー大学のトーマス・ウイルソン教
授が中心になり、数人の学者が2年の歳月をかけ、欧州各国で実証的
に調査研究した成果である。題名はPension,Inflation&Growth,
以下との本の中で、特に国際比較に関する部分を要約して紹介する(き)
注(1)I LOの社会保障費の調査報告については、週刊社会保障1月24
日号、拙稿「社会保障費の国際比較」参照。
(2)実際には、国民年金の強制適用者のうち100万人程度の未加入者
がいる。法律上は強制通用であるが、非加入者への罰則の規定はな
い。
(3)例えば、公明党の「国民福祉中期計画」や、社会経済国民会議の
「年金制度改革の基本構想」
−4 −
欧州諸国の年金制度
(4)Pension,Inflation& Growth,edited by Thornas Wilson,
Heinemann Educational Books Ltd,1974,pp422.
2.西欧諸国の年金給付費
EC諸国では、ECの発足以来、ローマ条約117条に基き、社会保
障の内容の統一化が共通な方向として掲げられてきた。域内で自由に
移動する労働者の保障、労働コストとしての社会保障費の水準の統一、
財源調達の製品価格への転嫁が輸出入に及ぼす影響の緩和など、さま
ざまの理由から統一化は望ましい方向である。しかし実際には、統一
化はほとんど進んでいない。歴史的な経緯から、社会保障の内容は国
ごとにさまざまである。これを統一化するとして、既存の給付内容を
改悪することは困難である。方向とすれば、いきおい項目ごとに最も
内容の充実した国の水準に揃えざるをえない。かくして、年金は西ド
イツの水準、家族手当はフランスの給付額というように、全項目がす
べて最高の国を標準にして統一化されれば、それでなくても負担の増
大傾向の著しい社会保障費が、さらに膨大な額となり、負担に堪えら
れなくなる。統一化は理想ではあっても、近い将来に実現の可能性は
考えられない。
以下では、欧州の主要国に米国を加えた国際比較を行なう。所得や
消費の水準の異なる国の社会保障を、金額で比較しても実益は薄い。
意味のある比較は、国民総生産や稔個人消費に対する比率でみること
であろう。人口構造の相違も考慮に入れなければならない。
そこで、まず社会保障給付支出の対GNP比率をみる。この中には、
傷病、老齢・遺族・障害、業務上災害、失業、家族等の給付が含まれ
ており、職域年金も加えてある。次に、この中で年金(老齢・遺族)
の占める割合を掲げ、年金給付費の対GNP比率をみたのが表1であ
ー 5 一
欧州諸国の年金制度
表1 年金給付費の対GNP比率
1970年
社 会保 障支 出の
対 G N P 比 率
社 会保 障支 出 中に
年 金 の 占め る部 会
年 金 給 付 費 の
対 G N P 比 率
19 .
8%
45 .
4%
8 .5 %
フ ラ ン ス
1 8 .1
3 8 .7
6 .
0
イ タ
リ ー
18 .9
3 6 .3
6 .2
オ ラ ン ダ
20 .
4
4 1 ,3
8 .2
ベ ル ギ ー
17 .1
38 .
8
6 .3
ス ウ ェー デ.
ン
2 0 .2
2 8 .9
5 .5
イ ギ
リ ス
1 5 .5
4 5 .5
6 .1
ア リ カ
14 .3
35 .
4
5 .5
西 ド イ ツ
メ る。
表1の対GNP比率は、老齢年金の国民生活に占める比重をみるの
に、必ずしも適切な指標ではない。むしろ、個人消費稔額に対する比
率でみる方が、正確な理解の助けになる。表2は、これを示すもので、
その右側に各国の老齢者の比率を参考に掲げた。支給開始年齢等の関
係で、この比率が直ちに年金受給者数を示すものではないが、一応の
表2 年会の費用の国際比較 1970年
老 齢 ・遺 族 給 付 費 用 の 個
人 消 費 総 額 に 占め る割 合
65歳 以 上 の 老 齢 者 の
全 人 口 に 占 め る割 合
1 5 .7 %
1 3 .0 %
オ ラ ン ダ
1 4 .4
10 .2
フ ラ ン ス
1 0 .2
1 2 .9
ベ ル ギ ー
10 .
6
1 3 .4
イ タ
9 .
7
10 .6
ス ウェーデ ン
1 0 .2
1 3 .4
イ ギ
リ ス
1 1 .5
1 2 .8
ア リ カ
8 .0
9 .9
西 ド イ ツ
メ リ ー
一 6一
欧州諸国の年金制度
参考としては意味があろう。
’3.年金による従前所得の置換
年金による所得保障には、二つの機能があるとされる。一つは、最
低生活の保障である。いま一つは、従前の所得の一定割合の置換であ
る。前者は定額年金、後者は所得比例年金の場合に特に顕著になる。
また年金が、所得喪失の保障として退職を要件に支給される「退職年
金」の場合と、一定の年齢を超えた高齢者の保護という立場で年齢の
みを要件とする「老齢年金」の場合とがある。
従前所得の何パーセントが年金で置換られるかを国際比較する場合、
どの程度の所得水準の者を例にとるかで、比率も違ってくる。ここで
は、その国の平均賃金に等しい収入の労働者をまず例にとり、次に低
所得者、例えば平均賃金の2分の1の所得の者と、高所得者、例えば
平均賃金の2倍または1.5倍の者について検討する。
年金額は、西ドイツを除けば、夫婦と単身者では給付額が違う。従
って、所得の置換率も、その両方についてみる必要がある。
ある国の年金制度は、現在まだ成熟過程にあり、その制度が目標と
する年金額は、当面は支払われていない。この際、モデルに用いる年
金額は、制度の規定上で定まった標準的な目標額か、または現実にい
ま支払われている金額を用いるかも、比較する際の技術的な問題とな
る。
ここでは、1971年現在で、同年の年金額のその年の賃金(税金を差
引く前の稔報酬)に対する比率をみた。より正確にいえば、1971年の
年金を前年1970年の賃金と比較して置換率をみたが、賃金については、
1971年まで1年間の消費者物価の上昇を考慮した修正が加えてある。
イギリスは最も率が低い。1971年には9月に年金額の改定があった。
− 7 −
欧州諸国の年金制度
改定前では、夫婦への公的年金は、男子の平均賃金の26%で、改定後
の32%も、他の国より低い。単身者は、改定後で約20%である。これ
に若干の企業年金が加わるが、企業年金の受給者数は1971年末で、本
人と遺族を加えて約300万人で、公的年金受給者数の約3分の1であ
る。年金額には大きな幅があり、全体の10%は週額で1ポンド以下、
30%は2ポンド以下、20%が10ポンド以上となっている。平均は6.5
年ンド、中位数は4ポンドである。もし中位数の過4ポンドの年金が
加われば、老齢夫婦の置換率は賃金の45%になるが、これは労働者の
すべてがこの状態にあることを意味するものではない。
イギリスと同じ定額年金のオランダでは、公的年金による置換率は、
夫婦で男子平均賃金の48%、単身者で34%である。これに企業年金を
加えると、1970年現在で産業別職域年金の受給者は、単身者は約15%
増、夫婦では約10%増になる。個別企業の年金は水準が高く、単身者
で50%増、夫婦で40%増になろう。現在、まだ在職中の者が老齢に達
するころには、企業年金の比率はさらに高くなる。
定額年金は所得比例年金に比べて所得の再配分効果が高い。従って、
低所得者ほど置換率は高くなる。平均賃金の半分の収入の者にとって
年金は、夫婦の場合でイギリスでは従前所得の約3分の2、オランダ
では従前所得のほぼ同額になる。一方、平均賃金の2倍の収入の者は、
置換率は半減する。
アメリカの年金は、西ドイツのような完全な所得比例と、イギリス
・オランダのような定額との、ほぼ中間にある。1971年現在で、従前
所得に対する公的年金の置換率は、報酬月額のうち100ドルまでの部
分については約80%、次の290ドル部分には約30%、次の150ドルは
約28%、次の100ドルは約33%となっている。このような構成のため、
置換率は低所得者ほど高い。また年金額には、上限(1971年で295ド
ー 8 −
欧州諸国の年金制度
ル)と下限(70ドル)が設けられている。平均賃金の夫婦の場合、置
換率は約48%、単身者で約3、2%となっている。この率は1971年に65歳
で退職して新規裁定を受けた場合である。もし例えば62歳弁ら早期退
職して減額年金を受給する場合には、置換率は低くなる。実際には、
早期退職者がかなり多い。既裁定者全体でみれば、平均の置換率は約
33%である。1969年と1970年の2年間に退職した者のうち、約4割は
企業年金を受給している。サンプル調査によれば、中位数の年金の置
換率は、従前所得の約15%である。企業年金のうち3分の2は、置換
率で10%から40%の間に含まれる。
スウェーデンは定額年金と比例年金があり、後者は未成熟である。
定額年金は夫婦で平均賃金の37.5%の置換になる。比例年金に加入し
1
ていれば、さらに10%が加わる。また年金受給者の約半数は資産調査
を伴う住宅手当を受けており、これが約10%になる。以上を合わせる
と55%を超える。比例年金の通用を受けない者の場合には、住宅手当
の他に補足年金(公的扶助)を受けることができ、この場合の置換率
は52%になる。
西ドイツは完全な所得比例で、対象となる報酬は平均賃金の2倍が
上限である。置換率は47%で、従前の所得水準の高低には関係ない。
従って、高所得の置換率は他の国よりも高いが、低所得者は他の国に
劣る。平均賃金の半分の収入の名の場合、置換率は西ドイツは同じ47
%であるが、イギリスは66%、オランダは約100%、アメリカは約3
分の2である。西ドイツも企業年金はあるが、重要性はイギりス、オ
ランダ、アメリカよりも低い。これら3回では、企業年金の給付はG
NPの約1%であるが、西ドイツでは1%の3分の1未満である。
ベルギーの置換率は平均賃金の夫婦で45%である。所得比例の年金
なので、所得が下がっても、年金額が最低保証に達するまでは、比率
一 9 −
欧州諸国の年金制度
は変わらない。ブルーカラーには対象報酬に上限はなく、ホワイトカ
ラーには平均賃金の130%の上限がある。一般にホワイトカラーには
企業年金がある。
フランスの公的年金は平均貸金の夫婦で約47%である。妻の加算が
定額のため、平均の半分の賃金の者では約60%、最低賃金(平均賃金
の半分よりやや下)の者では60%よりもやや多い。賃金の高い方では、
報酬の上限(平均賃金の、135%)の者で約44%である。その他に補足
の職域年金があり、これが約15%に相当する。合計して平均賃金の夫
婦では、約60%の置換率になる。
西ドイツの比例年金には上限があって下限(最低保証)はないが、
イタリーでは下限があって上限がない。しかも目標とする置換率は著
しく高い。しかし、目標の高さといま現在の給付額とは別である。現
在の年金受給者の大部分は最低額しか受けておらず、あたかも定額年
金のような状態にある。しかも、最低保証額(資産調査を伴う)が低
い。一般制度の加入者で、平均貸金の夫婦の年金は、従前所得の約26
%にしかならない。この率はイギリスよりも低い。老齢者でどの拠出
制年金の受給にも該当しない者は、平均賃金の21%相当の無拠出年金
に頼ることになる。高い置換率の例としてしばしば引用されるイタリ
ーの目標とは遠く隔たって、現実のイタリーの年金生活者は、貧しい
水準に置かれている。
扶養される配偶者がある場合、本人の年金に一定の配偶者加算のつ
くのが通例である。この配偶者加算の本人分の年金(単身者の年金額
といってもよい)に対する比率を示したのが表3である。
これまでの説明では、置換率は税引前の総報酬に対する比率でみて
きた。‘これは通常のやり方であるが、ここで手法を変えて、手取り賃
金(総賃金から税金と本人負担の社会保険料を差引いた額)に対する
−10−
欧州諸国の年金制度
置換率でみると、また違った姿が
表3 配偶者加算の割合
見られる。表4は、この方法によ
る置換率で、平均賃金の夫婦に対
する公的年金の置換率である。あ
る国では、この率はかなり高い。
しかも、就労中に比べて、通勤や
勤務などに伴う諸経費は、引退後
は不要である。出勤に要する諸経
費は、ある計算では総報酬の11%
≠当り賃金に対する置換率
ないし12%といわれる。アメリカ
では、税金と諸経費の軽減を考慮
すると、勤労期間中の収入の73%
の年金があれば、実質的な収入は
従前と変わらないとされている。
以上の説明は、被用者について
であった。自営者の年金は、管理
上の理由もあって、拠出も給付もしばしば定額である。その給付は、
平均的な被用者に比して、概して低い。これは、自営者は被用者より
も老後の準備がしやすいからとも説明されているが、事実は必ずしも
その通りではない。その対策として西ドイツでは、自営者も被用者年
金に任意加入できる途を1973年に開いている。
4.女子の年金
次に女子の年金について述べる。まず女子が就労して自分に固有の
年金を取得する場合をみる。年金は通常、加入期間と報酬額によって
決まるが、女子はこの両方について不利である。賃金は一般に男子よ
−11−
欧州諸国の年金制度
りも低く、就労の期間も短い。スウェーデンの比例年金では、1969年
の年金受給者のうち20%だけが女子で、平均の年金額は、女子は男子
の60%であった。フランス、ベルギー、イタリーでは、年金額の最低
保証があり、女子はこれに該当することが多い。西ドイツでは1973年
の改正で、女子に固有な不利な条件を緩和する規定が設けられた。
企業年金では、オランダなど国により、女子に差別的な取扱をして
いる例もある。年金制度への加入年齢を、男子25歳、女子30歳と定め
るような取扱である。結果として、女子は男子より.年金額が低くなる。
女子の年金で、各国に共通の最大の難題は、老齢の寡婦である。こ
れらの者の年金は、概して著しく低く、多くが貧しい生活状態にある。
イギリスだけでなく他の欧州諸国で、老齢寡婦の多くが、資産調査を
伴う公的扶助の適用を受けている。
オランダでは、老齢年金とは別途の寡婦年金、遺児年金がある。40
歳から64歳までの寡婦は、単身の老齢者と同額(平均賃金の34%)の
年金が受けられる。もし寡婦に18歳未満の子がいれば、35歳から億夫
婦と同額(平均賃金の48%)の年金が支給される。スウェーデンでは、
50歳以上または有子の寡婦は、単身の老齢者と同額の年金を受給する。
所得比例年金の他の国では、寡婦年金は概して夫の年金(受給中ま
たは資格取得ずみ)の一定割合だけである。この割合は、フランスは
50%、西ドイツとイタリーは60%、ベルギーは80%、スウェーデンは
40%である。但し、スウェーデンでは、別途に定額年金がある。
なお、多くの国では、有子の寡婦には、寡婦年金とは別に児童手当
が支給され、特にフランスでは、これが年金の低さを十分に補ってい
る。しかし、このことは、老齢の寡婦の貧困の救済には、なにも役立
たない。所得比例年金で、夫の年金がなにかの理由で低かった場合に
は、夫の死後の妻の年金は、まるでみじめなものになってしまう。
−12−
欧州諸国の年金制度
寡婦年金の受給には、婚姻期間、年齢、就労所得等による制限が付
されることがある。イギリス・スウェーデンでは、若い寡婦が就労し
て所得を得ても、寡婦年金は減額されない。子のない寡婦は、概して
寡婦年金の対象にならない。自分で働いて生計を立てられるからであ
る。国によっては、子がなくても、中年以後は就職が困難であるとこ
ろから、年金を支給している。
高齢者への年金が、「退職年金」か「老齢年金」かの考え方は、国
によって異なる。イギリス、アメリカ、ベルギーは退職年金で、原則
として引退が受給の要件である。これに対して欧州の多くの国では、
年金は「老齢年金」で、引退を条件とせずに一定の年齢で支給される。
引退を要件とすれば、パートタイムの就労の可能な者まで、年金受給
のために完全に引退してしまう。これは国民経済的にも損失である。
年金の受給を制限せずに自由に就労させれば、それだけ国の生産に寄
与する。この考え方は、特に西ドイツに強い。
高齢でも就労可能な者がある反面、他方では通常の年金支給年齢以
前に、就労の範囲が狭められ、雇用されない者が生じてくる。これら
の者には、障害年金、あるいは特別の早期退職年金が考えられ、スウ
ェーデンで取扱った例もあるが、管理上の問題が大きい。むしろ、再
訓練の機会を与えるとか、事業主に高齢者雇用を要請するなど、西ド
イツなどで行なわれている方向が望ましい。著者はこの問題に開し、
日本の経験を参考にしたいと述べている。
5.公的年金と最低生活の保障
年金制度の基本的な目的は最低生活の保障であり、老齢者の貧困を
防ぐことにある。現実には、多くの貧困な老齢者がおり、選別的に資
産調査を伴う公的扶助を受けている。公的年金の現状は、必ずしも普
−13−
欧州諸国の年金制度
遠的な防食にはなっていない。
もともと「貧困」の概念も一義的には定められない。国により時代
により、その基準は絶えず変わってきている。西ドイツでは古くから、
生活に必要な衣食住等の各項目を積み上げるバスケット方式により、
公的な貧困の基準を計算してきた。この基準に基く老齢夫婦への公的
扶助の額は、家賃の手当も含めて、1971年で平均賃金の約4割となっ
ぺ一一1−.
ている。
イギリスでは、ベバリッジの「社会的最低水準」の考え方が戦後強
い影響を及ぼしたが、1972年秋の公的な貧困水準は、1948年の実に約
2倍(物価は同じと仮定して)に上昇している。この間、貧困水準は
賃金の上昇とほぼ同じ割合で上がってきている。
フランスでは、年金の最低水準は、最低賃金との関係で示されてい
る。しかし、両者の関係も最低賃金そのものも、時に応じて変わって
きている。何が「妥当」な水準かは、それぞれの時代の推定や世論に
よって影響されやすい。過去の経緯では、社会的最低水準は賃金水準
より以上に頻繁に改定されてきているが、1971年現在では、夫婦で平
均賃金の46%、単身者で23%とされている。
オランダの貧困水準は最低賃金に結びついており、最低賃金は賃金
水準(賃金指数)によって定まる。かくしてオランダでは、貧困水準
は毎年2回ずつ修正される。西ドイツ、フランス、ベルギーはイギリ
スと同様に、貧困水準は行政当局が決定するが、実際には賃金の上昇
と同じ速度で修正されている。
イギリス、オランダ、スウェーデンには定額年金があるが、その給
付は最低水準の保障に達していない。困窮者は選別的に公的扶助を受
けることになるが、オランダやスウェーデンの公的扶助は地方自治体
が行ない、その水準は地域によって異なる。つまり一つの国の中に複
一14−
欧州諸国の年金制度
数の貧困水準があるわけで、この地域差は現在は縮少の傾向にある。
最低水準の設定方法は国ごとに異なるが、これを平均賃金(税引き
前)に対する比率でみると、オランダは約56%(住宅手当を含む)、
イギリスは約40%、フランスは約46%、西ドイツは約40%、ベルギー
は約38%、イタリーは約21%となっている。これらはいずれも概数で
あるが、西欧諸国ではこの比率は、概して総報酬の40%から50%にあ
ることが分かる。
各国の公的年金は、この最低水準を普遍的に満たしてはいない。イ
ギリスを例にとれば、定額年金の受給者のうち3人に1人は、重ねて
公的扶助を求めている。このような状態を終結させるには、定額年金
の給付を貧困水準まで引上げることになるが、このためには1972年の
価格で7億ポンドの余分な収入が必要である。これは、税金あるいは
拠出金のそれだけの引上げに財源を求めることになるが、こうして集
めた余分の負担は、必ずしも全部が真に余分の給付を必要とする者に
支給されるわけではない。もし限られた財源で有効な保障を行なおう
とするならば、現在のような、やや低い普遍的な年金額の上に、某に
保護を必要とする者にだけ選別的に給付を追加する方が、少ない負担
で十分な水準の保障が可能になる。このような理由から、イギリスの
みならず他の国でも、選別的な補足給付(公的扶助)による保障の方
法が多から少なかれ残されている。
6.西欧の年金と日本の年金
これまでの日本の年金制度は、必ずしも長期的、全般的な計画をも
たず、改定期のつど、いわば思いつきの改定が制度ごとに積み上げら
れてきた。ここで制度全般の見直しは不可避であり、その際に特に重
要なことは、いわゆるナショナル・ミニマムとは何かを十分に考え、
−15−
欧州諸国の年金制度
次にその保障をどんな方法で満たしていくかを検討することである。
その参考として、西欧諸国の事例をみてきた。これらの国でも最低
水準は必ずしも明確ではないが、考え方としては、平均賃金の一定割
合という見方が支配的である。この方法を取入れる場合、日本と欧州
との賃金体系の差異はナ分に考慮する必要がある。
欧州では賃金は仕事給であり、日本のような属人的な年功貸金では
ない。従って、平均賃金といえば、それでほぼすべてがいいつくされ
る。日本では年功賃金のため、若年時の賃金は低く、退職前の賃金は
高い。年金による従前所有の置換という場合にも、従前所得は退職時
の賃金なのか、働いていた期間の平均的な賃金をいうのか、必ずしも
理解が統一されていない。現に、厚生年金は全期間給与を考えており\
共済組合では退職時の給与が豆酎こある。年2回のボーナスも日本独自
の慣行であり、年金水準の決定に際してこれをどう考慮するかも、議
論の分かれるところであろう。
さらに欧州と日本とでは、社会や国民の構成も異なる。欧州では、
依然としそブルーカラーとホワイトカラーの区別は厳然としており、
両者の所得格差は大きい。一つの国の中に、しばしば低賃金の異民族
を抱えている。これに対して、日本は完全な単一民族であり、国民の
9割が中産階級といわれるほど、所得格差の幅は小さい。大多数の国
民が、質も量もほぼ同じ均一的な生活を営んでいる。このような均一
的で格差の少ない生活への馴れは、退職後にも引継がれ、貧困とか最
低という概念が、実感として受け入れられにくい。いきおい、年金に
おいても、在職中と格差の少ない相当に高い水準が要求されがちであ
る。
欧米では、国により一つの公的年金、あるいは二つの公的年金を組
合わせて保障体系を築き、その効果の十分に及ばぬ者には選別的な補
−16−
欧州諸国の年金制鹿
足を今的扶助で行なっている。一方では、補足制度としての企業年金
を育成強化し、全般的な保障水準の引上げへの努力が、近年特に顕著
にみられる。わが国で、今後の新しい保障体系を考える場合に、理想
は高く掲げるとしても、西欧諸国の現状への十分な理解が必要である。
現実は必ずしも完壁なものではないし、歴史的な経緯の中で、さまざ
まの制度の積み重ねによって、現行の老齢保障は維持されている。日
本の場合も、白地に絵を画くわけではない。財源の負担も無限ではな
い。既成の事実には容易に変更しがたいものもある。これらをすべて
含めて、なおかつ実行可能で、福祉効果を高める方策に取組むことが、
これからのわが国の課題である。
−17−
Fly UP