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第 1 章 わが国の自殺の実態

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第 1 章 わが国の自殺の実態
第1章
第1章
わが国の自殺の実態
1
わが国の自殺の実態
年間約 3 万人が自ら命を絶ち,未遂者数は少なく見積もっても既遂者数の
10 倍は存在すると推定されている.さらに,自殺や自殺未遂が生じると,そ
の周辺の多くの人々が深刻な打撃を受け,わが国だけでも百数十万人のメン
タルヘルスに関わるとさえ指摘されている.したがって,自殺とは年間 3 万
人の死にゆく人々だけの問題にとどまらずに,広く社会を巻きこんだ問題と
なっているのである.本章では,まずわが国の自殺の実態を取り上げる.
1
はじめに
自殺は,世界中の国々において,大変深刻な問題となっている.世界保健
機関(World Health Organization: WHO)の報告によると,毎年約 100 万人
が自殺により死亡しており,今なお増加傾向にある.世界中で疾病により失
われた生命や生活の質の総合計の指標とされる全疾病負担(Global Burden
of Disease)のうち,自殺の占める割合は,1998 年時点で 1.8%であったのに
1)
対し,2020 年には 2.4%に達すると推計されている .
こうしたなかで,わが国では 1998 年頃より自殺者が急増し,それ以降,2011
年まで 14 年連続して自殺者数が 3 万人台で経過している.2011 年をみると,
年間自殺者数は交通事故死者数の,6 倍以上にのぼる.また,自殺者 1 人に対
し,その周囲には影響を受ける人が 6 人前後いると考えられている.このた
め,自殺は社会的・経済的・公衆衛生学的に非常に大きな問題である.
自殺の背景にはさまざまな要因が複雑に絡みあっていることが多く,その
原因を正確に突き止めることは容易ではない.しかし新たな自殺を予防する
ためには,すでに起きてしまった自殺の実態を把握し,その関係する要因を
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2
第1章
わが国の自殺の実態
表 1-1 厚生労働省の人口動態統計と警察庁の自殺統計の違い
厚生労働省の「人口動態統計」の自殺死亡数と,警察庁の統計による自殺者
数との間には,その統計の目的等の違いから,調査の対象/方法に以下のような
差異がある.
ア 調査対象の差異
警察庁では,総人口(日本における外国人も含む)を対象としている
のに対し,厚生労働省は,日本における日本人を対象としている.
イ 調査時点の差異
警察庁では,自殺死体発見時点(正確には認知)で計上しているのに
対し,厚生労働省は,死亡時点で計上している.なお.警察庁では,発
見地と住所地の両方を記録しているのに対し,厚生労働省では,住所地
に基づいている.
ウ 事務手続き上(訂正報告)の差異
警察庁では,死体発見時に自殺,他殺あるいは事故死のいずれか不明
のときには,検視調書または死体検分調書が作成されるのみであるが,
その後の調査等により自殺と判明したときは,その時点で計上する.こ
れに対し,厚生労働省は,自殺,他殺あるいは事故死のいずれか不明の
ときは自殺以外で処理しており,死亡診断書等について作成者から自殺
の旨訂正報告がない場合は,自殺に計上していない.
(厚生労働省自殺予防総合対策センター.人口動態統計に基づいた自殺の特徴に
関する分析.2010)
明らかにすることが重要である.そこで,本章では各種統計資料および報告
書をもとに,わが国の自殺の実態について述べたい.わが国で作成されてい
2)
る自殺に関する統計資料の代表的なものには,厚生労働省の人口動態統計
3)
(以下,人口動態統計)と警察庁の自殺統計 (以下,自殺統計)がある.こ
の両者には目的の違いから,調査の対象や方法に違いがあるので,利用する
際には留意する必要がある(表 1-1)
.なお,本書執筆時点における最新の統
計資料は 2011 年のデータによるものである.ただし,自殺の背景に存在する
精神障害については第 2 章で述べられるため,本章では取り上げない.
2
自殺者数の推移
4)
図 1-1 に人口動態統計による長期的な自殺者数の推移を示す.第二次世
界大戦後,1955 年前後に自殺者が増加しており,1958 年の 23,641 人をピー
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第1章
35,000
30,000
総数
男
女
25,000
わが国の自殺の実態
3
31,755 32,109
29,554
23,494 22,349 23,39621,028
20,000
15,901
15,000
9,406 8,713
7,593
10,000
8,526
5,000
H22︵2010︶
H21︵2009︶
H20︵2008︶
H19︵2007︶
H18︵2006︶
H17︵2005︶
H16︵2004︶
H15︵2003︶
H14︵2002︶
H13︵2001︶
H12︵2000︶
H11︵1999︶
H10︵1998︶
H9 ︵1997︶
H8 ︵1996︶
H7 ︵1995︶
H6 ︵1994︶
H5 ︵1993︶
H4 ︵1992︶
H3 ︵1991︶
H2 ︵1990︶
H1 ︵1989︶
S6 3︵1988︶
S62︵1987︶
S61︵1986︶
S60︵1985︶
S59︵1984︶
S58︵1983︶
S57︵1982︶
S56︵1981︶
S55︵1980︶
S54︵1979︶
S53︵1978︶
S52︵1977︶
S51︵1976︶
S50︵1975︶
S49︵1974︶
S48︵1973︶
S47︵1972︶
S46︵1971︶
S45︵1970︶
S44︵1969︶
S43︵1968︶
S42︵1967︶
S41︵1966︶
S40︵1965︶
S39︵1964︶
S38︵1963︶
S37︵1962︶
S36︵1961︶
S35︵1960︶
S34︵1959︶
S33︵1958︶
S32︵1957︶
S31︵1956︶
S30︵1955︶
S29︵1954︶
S28︵1953︶
S27︵1952︶
S26︵1951︶
S25︵1950︶
S24︵1949︶
S23︵1948︶
S22︵1947︶
0
図 1-1 自殺者数の推移(内閣府.平成 24 年版自殺対策白書.2012)
クとする最初の山を形成した後,昭和 40 年代前半の高度成長期には 14,000
人台前半まで減少した.その後は増加傾向となり,1975 年以降は 2 万人前後
で推移していた.次いで,1986 年の 25,667 人をピークとする 2 つめの山を
形成した.1991 年には 19,875 人まで減少したものの,1998 年に前年の
23,494 人から 8,261 人(35.1%)増加して 31,755 人となって以来,年間自殺
者数 3 万人前後の状態が続いている.これら 3 つの大きな山の社会的背景に
ついては,以下のような指摘がなされている.
昭和 30 年前後の最初の山については,戦後の社会の混乱が残っていた時
期であったことがあげられる.この時期に自殺者数が最も多かったのは 15〜
24 歳,次いで 25〜34 歳の若者であり,戦前の価値観からの急激な転換など,
社会経済的に大きな変化により悩みを抱えている人が多かったからではない
かとする説や,青年期に受けた戦時体験が当時の青年層に最も強く現れたた
めとする説もある.
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4
第1章
わが国の自殺の実態
昭和 60 年前後の 2 つめの山については,中高年男性の割合が多く,プラザ
合意による円高誘導政策によるドルショック,円高不況が要因であるとの説
がある.
平成 10 年の急増については,バブル崩壊による影響とする説が有力であ
る.しかしその後 14 年間もの長期にわたり高水準で自殺者数が推移してい
ることについては,まだ定説がなく,今後の分析の課題となっている.
3
自殺死亡率
人口 10 万人当たりの自殺者数を「自殺死亡率」といい,わが国では自殺者
数の推移と同様の傾向を示している(図 1-2)
.長期的な推移では,昭和 33 年
の 25.7 を過去最大の最初のピークを形成した後,昭和 40 年代前半に 15 を
下回る水準にまで低下した.その後,緩やかに上昇し,1986 年の 21.2 をピー
クとする 2 つめの山を形成した.1989 年からは 16〜19 の間で推移していた
が,1998 年に前年の 18.8 から 25.4 に急上昇し,以後 2003 年の 25.5 をピー
クとして 25 前後の高い水準が続いている.この 1998 年の急上昇により,わ
が国の自殺率は国際的に見ても非常に高い水準となり,経済協力開発機構
45.0
人口
40.0
35.0
万人対自殺死亡率
10 30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
総数
男
女
36.5
38.0
26.0 25.4 25.5
34.2
23.4
18.8
14.7
11.9
13.5
13.2
5.0
H22︵2010︶
H21︵2009︶
H20︵2008︶
H19︵2007︶
H18︵2006︶
H17︵2005︶
H16︵2004︶
H15︵2003︶
H14︵2002︶
H13︵2001︶
H12︵2000︶
H11︵1999︶
H10︵1998︶
H9 ︵1997︶
H8 ︵1996︶
H7 ︵1995︶
H6 ︵1994︶
H5 ︵1993︶
H4 ︵1992︶
H3 ︵1991︶
H2 ︵1990︶
H1 ︵1989︶
S63︵1988︶
S62︵1987︶
S61︵1986︶
S60︵1985︶
S59︵1984︶
S58︵1983︶
S57︵1982︶
S56︵1981︶
S55︵1980︶
S54︵1979︶
S53︵1978︶
S52︵1977︶
S51︵1976︶
S50︵1975︶
S49︵1974︶
S48︵1973︶
S47︵1972︶
S46︵1971︶
S45︵1970︶
S44︵1969︶
S43︵1968︶
S42︵1967︶
S41︵1966︶
S40︵1965︶
S39︵1964︶
S38︵1963︶
S37︵1962︶
S36︵1961︶
S35︵1960︶
S34︵1959︶
S33︵1958︶
S32︵1957︶
S31︵1956︶
S30︵1955︶
S29︵1954︶
S28︵1953︶
S27︵1952︶
S26︵1951︶
S25︵1950︶
S24︵1949︶
S23︵1948︶
S22︵1947︶
0
図 1-2 自殺死亡率の推移(内閣府.平成 24 年版自殺対策白書.2012)
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第1章
わが国の自殺の実態
5
30.0
人口
25.0
万対自殺死亡率
10 20.0
15.0
10.0
日本
オーストラリア
韓国
OECD 平均
5.0
19
95
19
96
19
97
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
20
07
20
08
20
09
0.0
図 1-3 OECD 加盟国平均の自殺率の推移(内閣府.平成 24 年版
自殺対策白書.2012)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
0.0
リトアニア (2009)
韓国
(2009)
ロシア
(2006)
ベラルーシ (2007)
ガイアナ (2006)
カザフスタン(2008)
ハンガリー (2009)
日本
(2009)
ラトビア (2009)
スロベニア (2009)
ウクライナ (2009)
ベルギー (2005)
フィンランド(2009)
セルビア (2009)
エストニア (2008)
スイス
(2007)
クロアチア (2009)
モルドバ (2008)
フランス (2007)
ウルグアイ (2004)
10.0
20.0
30.0
総数
34.1
31.0
30.1
27.4
26.4
25.6
24.6
24.4
22.9
21.9
21.2
19.4
19.3
18.8
18.1
18.0
17.8
17.4
16.3
15.8
40.0
50.0
60.0
図 1-4 WHO による自殺死亡率の比較(内閣府.平成 24 年版自殺対策白書.2012)
(Organization for Economic Co-operation and Development: OECD)加盟
5)
国の平均を大きく上回ることになる(図 1-3) .なお,WHO による最新の自
殺死亡率の比較では,わが国は世界で 8 番めとなっている(図 1-4).
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