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パイプラインの分析アプローチを めぐる諸問題

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パイプラインの分析アプローチを めぐる諸問題
高知大学大学院 学術博士
塩原 俊彦
アナリシス
パイプラインの分析アプローチを
めぐる諸問題
~権力関係に注目する立場からの一視点~
はじめに
パイプラインをどう分析すべきか、という価値判断を伴う問題について考察するのが本稿の課題であ
る。実は、パイプラインの分析アプローチと言っても、オーソライズされた標準的な方法論が確立して
いるわけではない。国際政治学的な観点からの分析もあれば、経済効率性に力点を置いた経済学的なア
プローチもある。なぜなら、パイプライン輸送サービスそのものが単純な財 ・ サービスではなく、多く
の人々に影響を及ぼすネットワークの一部として存在するからである。その意味で、パイプラインを純
粋に経済学の面から、コストや効率などの金銭に還元した問題として分析しても、あまり意味があると
は言えない。現実のパイプラインは多くの人々に影響を及ぼすという点で、既にそのことが政治性をは
らんでいるからである。つまり、パイプラインの分析には、さまざまな論点が想定可能であり、そう易々
と分析できるわけではない。
本稿では、
「パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題」として、パイプラインを分析する上で重
要と思われる分析の視角をいくつか取り上げて、解説したい。今後、より優れたパイプライン分析が多
数出てくることを期待しての試みである。
実は、パイプライン分析に伴ういくつかの論点については、既に丹念に分析したことがある。拙著
『パ
イプラインの政治経済学』* 1 において、九つの論点について解説した。①輸送対象とその安定的確保、
う
ふ せつ
②不完備契約、③自然独占、④輸送ルートと特定の第 3 国の排除(迂回)、⑤競合関係、⑥敷設 ・ 運営な
どの経済コストと資金調達、⑦通行料の設定や決済の方法、⑧技術革新などによる外部環境の変化と環
境問題、⑨法的規制 ――がそれである。
こうした論点の詳しい説明は拙著に譲ることにして、ここではまず、拙著との重複を恐れず、
「ネット
ワーク型インフラ」としてのパイプラインについて説明し、パイプラインについての全般的な分析アプ
ローチを位置付けたい。次いで、権力関係を重視する立場から、その分析アプローチを紹介し、問題点
を探りたい。なお、ここで言うパイプラインとは、原油パイプラインおよび天然ガスパイプラインの二
つに限定している。石油製品パイプラインはここでの議論とよく似ているし、電力の送電線網について
も、ここでの議論が一部、転用できると思われるが、とりあえず、この 2 種類のパイプラインを想定し
て議論を進めていくことにしたい。
1. ネットワーク型インフラとしてのパイプライン
パイプラインは
「ネットワーク型インフラ」
の一種と見
発電-送電-配電というネットワークを前提として商
なすことができる。ここで言う「ネットワーク型インフ
品・サービスの提供が行われることに関連したインフラ
*2
や
をイメージしており、具体的には発電所、送電網、配電
network infrastructure(Kessides, 2 0 0 4) といった概
網、あるいは、油田、原油パイプライン、製油所などを
念とよく似たものである。ネットワーク型インフラは、
意味している。つまり、垂直統合型のネットワークに支
ラ 」 と は、network utilities(Newbery, 2 0 0 0)
*3
33 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
えられたインフラと見なすことができる。
ルドアップ問題に関係)、垂直的外部性の内部化(垂直
ネットワーク型インフラの特徴は、①規模の経済性・
の各段階で独占的マークアップが数 珠 つながりになる
範囲の経済性の存在、②巨大な埋没費用(sunk costs)の
リスクを回避)、ただ乗り防止などに関連し、後者は可
存 在、 ③ 広 範 な 利 用 者 の 存 在 ―― で あ る(Spiller &
変的要素結合比率(中間投入物の要素結合比率を操作し
*4
じゅ ず
Savedoff, 1 9 9 9) 。つまり、インフラの規模が大きく
て競争を制限する)、価格圧搾(移転 [ 内部 ] 価格の利用)、
なるにつれて財 ・ サービスの単位あたりの平均費用が低
参入障壁などに関連している(依田 , 2 0 0 1, pp. 5 5 - 5 6)。
下するという規模の経済性が存在するだけでなく、同
ここで、石油にかかわる資産の大部分は私的に所有
一設備による複数のサービス提供を通じて範囲の経済
されている国が多いので、ネットワーク型インフラの
*5
性も確保できる(生島 , 2 0 0 6, p. 2 0 3) 。ネットワーク
議論から石油関連資産が除去されるケースが多いこと
型インフラには、巨額の固定投資が必要とされ、かつ、
に注意する必要がある。例えば天然ガスについては、
転売が困難であるという特徴があり、それが埋没費用
長く国家による生産、輸送などが行われてきた。欧州
を高め、新規参入を思いとどまらせる障壁となる。こ
では 1 9 8 0 年代を通じて、ガス生産・貿易・配送は当時、
の結果、垂直統合型のネットワーク形成が進み、独占
British Gas( 英 国 )、Statoil( ノ ル ウ ェ ー)、Gaz de
的なインフラ・サービスが可能となる。ネットワーク
France(フランス)のような国営ガス会社に委託されて
型インフラは利用者が多いため、その活動をめぐって
きた(Hayes & Victor, 2 0 0 6, p. 3 2 1)* 7。北米でも、天
価格調整などの規制が政治問題化することが多く、経
然ガスは国家支配下に置かれていたが、1980年代になっ
済的合理性だけでは問題解決は図れないという面も忘
てようやく同国でガス田でのガス価格に対する政府規
れてはならない。
制が撤廃され、ガス生産者は買い手を求めて競争を迫
こうした特徴以外にも、ネットワーク外部性、ボト
られるようになった。英国でも 8 6 年に、英国ガス会社
ルネック独占、ユニバーサル ・ サービスといった特徴も
(British Gas Corp.)が英国ガス株式公開会社(British
*6
ある(依田, 2001, p. 11) 。ネットワーク外部性(network
Gas plc.)に再編・民営化された。これを機に、同社は
externality)は、電話サービスに加入する人が増えるほ
探鉱・生産などの上流部門に進出することになった(BG
ど利便性が高まるといった技術的外部性を意味してい
は97年に輸送部門を分離)。90年代以降、
「天然ガス市場」
る。ただ、ネットワーク外部性は、技術的外部性であ
のようなものが世界中に細々と生まれるようになった
るために私的便益と社会的便益が乖 離 するという問題
と考えられる。ここでの関心はパイプラインにあるの
を伴っている。
で、ネットワーク型インフラから石油関連資産を除去
ボトルネック独占は、ネットワーク型インフラの供
する理由は何もないと考える。もちろん、石油は天然
給側の特徴で、ボトルネック独占企業は大きな市場支
ガスと異なって、輸送上、鉄道や道路を使って簡単に
配力を持ち、競争を回避できる。こうした条件下では、
輸送できるから、天然ガスと全く同じ議論が展開でき
公正な競争は難しい。そこで、ボトルネック独占の長
るわけではない。この点に留意しながら、考察を進め
所である規模と範囲の経済性を生かしつつ、その短所
ることが重要になる。
である競争阻害性を取り除くために、アクセス・チャー
ネットワーク型インフラは一枚岩的な「自然独占」で
ジ(access charge)の設定が問題となる。これはボトル
はないという見方が近年、世界中に広がっている。こ
ネック独占設備にアクセスする際に支払わなければな
こで言う自然独占とは、ネットワーク型インフラの①
らない接続料金のことで、その上限はアクセス企業が
規模の経済性・範囲の経済性の存在、②巨大な埋没費
新しいボトルネック設備を自前で設けるのにかかる全
用(sunk costs)の存在という特性から、政府が関与しな
費用(単独採算費用)を考慮した水準に決まる。その下
いまま自然に任せておくと、独占的にインフラ・サー
限は、アクセス企業がボトルネック設備を構築するの
ビスが提供されるようになるというもので、電気、ガス、
に要した費用を全く負担せず、アクセス時に発生する
交通、電気通信などの産業がこれにあたると考えられ
追加的な費用(増分費用)だけを考慮した水準に決まる。
てきた。だからこそ、国家独占によって、こうした産
従来、産業組織論において、ボトルネック独占は垂
業による独占価格の設定を阻止し、利用者への安価で
直的統合や垂直的制限に関連付けて分析されてきた。
安定的な良質のサービス提供が図られてきたのである。
ボトルネック独占の誘因には、効率性誘因と競争制限
しかし、現実のネットワーク型インフラは慢性的な
的誘因があり、前者は規模・範囲の経済性、取引費用
投資不足に悩み、かつ非効率であり、腐敗の温床となっ
の節約(資産の特殊性のために発生する機会主義やホー
ていった。国家財政の逼 迫 から、国家独占企業の赤字
かい り
ひっ ぱく
2009.9 Vol.43 No.5 34
パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題 ~権力関係に注目する立場からの一視点~
垂れ流し自体が困難にもなった。こうしてネットワー
ポーネントの区分が可能ということになる。この表に
ク型インフラの改革が実践されるようになったわけで
は、石油が表示されていないが、あえて区分すれば、
ある。
長距離の原油パイプラインは非競争的コンポーネント
その改革には、二つの系統がある。第一の系統はコ
と見なすことができるかもしれない。
ンテスタビリティ理論と戦略的参入阻止価格理論にか
非競争的なコンポーネントを構成する施設はボトル
かわる規制緩和の流れである。第二の系統は垂直統合
ネック施設ないし不可欠施設(essential facility)と呼ば
型をとるネットワーク型インフラの特徴に注目し、こ
れ、他の目的に使用できないため、その大部分は埋没
の自然独占的ネットワーク部分のうち競争的サービス
費用から構成される固定費用とされるものとなる(生島 ,
部分を垂直分離(unbundling)して、競争を促すという
2 0 0 6, pp. 2 0 6-2 0 7)。この部分では、ボトルネック独占
流れだ。本書では、第二の系統の議論に着目し、それ
が残り、公的部門による経営が維持されることになる。
をパイプラインの分析に活用したい。こうした文脈に
その場合でも、独占の弊害を除去するための規制改革
おいてパイプライン問題を理解することがパイプライ
が必要になる。
ン分析の上で最も適切と考えるからである。なお、第
競争可能なコンポーネントをめぐっては、ネットワー
一系統の議論については、依田(2 0 0 1)を参照されたい。
ク型インフラを分離して、競争可能なコンポーネント
第二の系統では、ネットワーク型インフラについて、
部分について民営化やコンセッションといった方式に
図の A グループ、Sa - Sb、B グループを全体として一
よる民間供給への改編が必要になる。この際、BOO
つのネットワークと見なす従来の見方とは異なって、
(Build <建設>- Own <所有>- Operate <運営>)方
各コンポーネント(A グループ、Sa - Sb、B グループ)
式や資産売却による民営化では、インフラ資産の所有
に分けて競争的であるか否かを検討することで、その
権は期限の制限なしに民間に帰属することになる。一
改革につなげようとしている。その結果、次のような
方、リースやフランチャイズを利用したコンセッショ
三つの結論が主張されるようになった(Kessides, 2 0 0 4,
ンの場合には、コンセッション期間の終了時に、イン
p. 3 7)。すなわち、①潜在的に競争できるコンポーネン
フラ資産の所有権は公的機関に返還される。
トと自然独占的コンポーネントについて異なる所有者
一方、競争可能なコンポーネントに対しては、分離後、
とするよう、垂直的・水平的に分離すべきである、②
そのコンポーネントへの規制を特別な規制機関に委ね
競争的活動については、政府の干渉や所有規制は緩和
るべきなのか(米国の連邦規制当局や州の公益事業委員
されるべきである、③自然独占が不可避なコンポーネ
会)、一般競争法を適用すべきなのか(EU)、という問
ントについてだけ規制の下におき、公的部門によって
題が残されている。後者は産業ごとの特殊性が軽視さ
運営されるべきである――というのがそれである。
れ、事後的規制となる傾向がある半面、一律に手際の
具体的には、表に示したような競争・非競争のコン
良い規制が可能となる。
ここで紹介したような考え方は先進国ばかりか、発
展途上国や旧ソ連の国々などにも広がっている。その
A1
B1
A2
B2
A3
Sa
Sb
表
B3
ネットワーク型インフラの
コンポーネント別活動区分
非競争的活動
…
…
Bj
Ai
出所:筆者作成
高圧送電、ローカル配電 発電、最終消費者への供給
ガス
高圧輸送、ローカル配送
生産、最終消費者への供給、
貯蔵
通信
市内通信網
長距離、携帯、付加価値サー
ビス
鉄道
線路、信号インフラ
鉄道運行・設備維持
配水、汚水収集網
浄水、下水処理など
空港設備
航空管制、設備維持、商業
活動
水
図
ネットワーク型インフラの
ネットワークイメージ
35 石油・天然ガスレビュー
競争的活動
電力
航空
出所:Kessides(2004)p. 37.
アナリシス
結果、ネットワーク型インフラの多くが実際に分離さ
以上から、ここで指摘したいことは、パイプライン
れ、一部は民営化されたり、新たな規制の下におかれ
の分析にあたっては、第一に、パイプラインをネット
たりしている。こうした現実の見直しのなかで、「垂直
ワーク型インフラの一種としてとらえる視点が重要で
分離は万能薬ではない」
(Unbundling is no Panacea)と
あるということである。したがって、パイプラインを分
いう見方が広がっている(Kessides, 2 0 0 4, p. 4 6)。まず、
析する際、パイプラインだけを問題にするのではなく、
分離が効果を発揮して競争を促進するには、市場の規
パイプラインを、ネットワークを形成するコンポーネン
模(size)・密度(density)を考慮する必要がある。ネッ
トの一つとして、ネットワーク全体との関係のなかで考
トワーク自体が発達していない途上国で、ネットワー
察することが必要になる。その際、ネットワーク型イン
ク型インフラを分離すると、必要な新規投資が行われ
フラに関して発展したさまざまな理論がパイプラインの
ず、インフラ・サービスの改善が見られないこともある。
分析にも大いに役立ち得る。第二に、パイプラインの分
分離後の競争可能なコンポーネントと、ボトルネック
析は自然独占問題に直結しており、近年、世界中で進ん
独占のままにある非競争コンポーネントとの調整や調
でいる民営化、民間活力の利用という問題とも関連して
和を図るための規制に留意することも必要だ。
いることを忘れてはならない。第三に、ネットワーク型
特に、パイプライン部分の改革で重要なのは、図に
インフラの特徴として指摘した、広範な利用者の存在、
おいて、パイプライン部分を示す Sa - Sb が A グループ
ユニバーサル・サービスの提供義務という側面から、
ネッ
や B グループに開放される(「コモンキャリア化」)とい
トワーク型インフラが政治との関係を無視できないとい
*8
う改革である 。こうなれば、A グループと B グループ
う点も重要である。パイプラインを分析する際にも、政
が売買契約を結び、必要に応じて、輸送サービス(Sa -
治的関係に配慮する視点も欠かせない。
Sb)を求めるという形態が可能になる。
2. 権力関係に基づく分析アプローチ
ここまでの説明を前提に、パイプラインの分析におい
けで石油やガスの売買は供給者と需要者が行うケースが
て権力関係をめぐるアプローチが極めて重要であること
ある。前者の場合、パイプライン業者は買い付けた石油
を示したい。実は、
拙著
『パイプラインの政治経済学』は、
やガスを自らのパイプラインで輸送し、需要者に再販す
長年、権力について研究してきた筆者の問題意識を色濃
る。後者の場合には、パイプライン業者は単に、パイプ
*9
く反映したものであった 。ここでは、権力について詳
ラインへのアクセスを保証し、安定的に輸送サービスを
しく説明することは控えるが、基本的にパイプラインに
提供できるかどうかが問題になる。コモンキャリアとし
は、原油や天然ガスの売り主と買い主、それを輸送する
てのパイプラインのあり方が問題になると言える。
パイプラインという 3 者が存在するわけだから、そこに
具体的に考えるには、米国のガス産業の例が分かりや
は、この 3 者をめぐる権力関係が想定できる。この 3 者
すい。米国では、1 9 7 0 年代まで、天然ガス生産企業、
間の権力関係の分析こそ、パイプライン分析で最も肝要
パイプライン業者、地域供給会社が別々に存在し、生産
なのではないか、そう今でも、信じている。権力関係の
企業はガスパイプライン業者に天然ガスを販売し、パイ
分析には、政治や経済も関連しているから、権力分析は
プライン業者はそれを地域供給会社に販売し、そこから
政治・経済の両面からの分析を必要とするパイプライン
最終消費者に販売されていた(鈴木 , 2 0 0 1, p. 1 2)* 1 0。こ
分析に適していると思えるからである。
の時、
「生産企業-パイプライン業者」間および「パイプラ
イン業者-需要者」間の取引では、「take or pay」契約が
(1)
「take or pay」
と
「ship or pay」
について
結ばれていた。鈴木謙次郎によると、7 3 年から 7 9 年ま
まず、話を分かりやすくするために、石油やガスの売
での供給不足時には、パイプライン業者は一定のガス供
買に注目したい。原油やガスの取引において、売り主と
給を長期的に確保する目的で買い主が売り主に対して一
買い主を想定すると、パイプライン業者が石油やガスの
定量を長期にわたって一定の価格で引き取ることをあら
売買を行うケースと、彼らは輸送サービスを提供するだ
かじめ約束するという「take or pay」契約があっても不
2009.9 Vol.43 No.5 36
パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題 ~権力関係に注目する立場からの一視点~
都合はなかったという。購入したガスを確実に販売でき
スを買い取らなくなったため、
「take or pay」条項から解
たからである。
放され、輸送サービスのみを提供するようになった。
「コ
逆に、供給過剰になると、つまり、買い主がガス需要
モンキャリア化」したわけである。
の減退によって地域供給会社に売りにくく、契約したガ
ここで、権力関係に注目してみると、買い主と売り主
スを引き取っても在庫になるだけの状況でも、一定の最
の権力関係が「take or pay」
(買い主が売り主に対して一
低額を支払う義務を買い主に課すという「take or pay」
定量を長期にわたって一定の価格で引き取ることをあら
契約によって採算が悪化、売れ残りが生じた。そこで、
かじめ約束する)ないし「ship or pay」
(売り主が石油ま
パイプライン業者は天然ガスをスポット市場に販売し始
たは天然ガスを供給できない場合、一定の金額を支払う
めた。すると、スポット市場では、供給過剰を反映し、
義務を売り主に課すというもの)という契約に表れてい
価格は下落し始めていたことから、生産企業はキャッ
ることになる。
「take or pay」ルールないし「最低支払い」
シュフロー確保のために大量のガスをスポット市場で売
条項が適用されていれば、相対的に売り主優位、逆に
りさばこうと試み、これが井戸元スポット価格の下落を
「ship or pay」ルールが契約に盛り込まれていれば、相対
助長したという。その後は井戸元スポット価格の下落に
的に買い主優位ということになる。
よって、パイプライン業者を経由せずにスポット市場で
ガスを購入しようとするトレーダー、需要者の参入が増
(2)
「資産特殊性」について
加し、パイプライン業者はガスを購入・販売することな
売り主、買い主、パイプライン業者間の権力関係を考
く、輸送サービスのみを提供することを迫られるように
える時、経済学では、「資産特殊性」に注目する。インフ
なった。
ラ資産は転売が困難で取引が限定的であるため、
「資産特
こうして、8 3 年、米国政府は複数の州を通る天然ガ
殊性」を持つと言われる。ネットワーク型インフラを垂
スパイプラインを規制している連邦エネルギー規制委員
直分離(unbundling)しようとしてもそれに伴う契約は将
会(Federal Energy Regulatory Commission)の指令 3 8 0
来、発生する事象を完全に記載することはできない「不
号命令で、パイプライン業者とガス施設を持つ側との販
完備契約」とならざるを得ない(生島 , 2 0 0 6, p. 2 0 4)
。こ
売契約において定められた、実際の必要量にかかわらず
の資産特殊性と不完備契約の下ではいわゆる「ホールド
最低量を引き取る義務を顧客に課す「take or pay」条項
アップ」問題が生じることになる。
を無効とした。
この問題を分かりやすく解説したい。ある製品輸送に
次いで 8 5 年、同指令 4 3 6 号で、2 州にまたがるパイプ
使われる鉄道路線を想定してみよう。その路線を利用し
ラインによって供給されるガスは、パイプライン業者に
て移動する貨物や乗客が多数存在すれば、その鉄道路線
再販されることなく輸送されることになり、パイプライ
はその工場に関して特殊的(資産のもたらすサービスの
ン業者の保有するパイプラインに対するアクセスを通じ
価値が例外的にその用途に関してのみ高い)ではない。
て生産企業である供給者から需要者が直接、ガスを購入
一方、孤立して立地する工場からの貨物輸送にのみ利用
する取引形態が主流となった。ただ、この段階でもパイ
される支線は他用途に利用できないので、その工場に関
プライン業者は生産企業との間で「take or pay」条項を
して特殊的である。この場合、工場主は値下げに応じな
結んでいた。最後に 9 2 年同指令 6 3 6 号によって、①パ
ければ製品輸送をトラック輸送に切り替えると威嚇し
イプライン業者によるガスの販売は輸送・貯蔵サービス
て、支線所有者に輸送運賃の引き下げを求めることがで
から切り離され、その販売は独立子会社が行うことを義
きる、つまり「ホールドアップ」を要求できることになる。
務付け、パイプラインの利用の独占を排除した、②パイ
この支線は特殊性の度合い(主用途から外れた場合にそ
プライン業者に対して、すべての消費者に対する輸送・
の価値が減少する割合)が高いので、支線所有者はその
貯蔵所への自由なアクセスを義務付ける一方、需要増に
脅しに譲歩を迫られるだろう。それに対して、工場の製
見合う施設拡張義務は何ら課されないことになった、③
品が大きすぎたり重すぎたりしてトラック輸送に向かな
新パイプライン建設の許可は、建設者が他者によるパイ
いケースでは、相互に威嚇し合うだけで交渉は難航する
プラインへのアクセスを保証するための、継続的な輸送
だろう。これは、支線という資産と工場という資産がと
サービス、事前通知を必要としない継続的な輸送施設の
もに特殊的であるためで、こうした二つの資産を「共同
提供、輸送施設の再提供という条件を満たす限りにおい
特化」の関係にあるという。
て、いかなる者にも認められることになったという(鈴
資産がある用途に関して特殊的である場合、利用者に
木 , 2 0 0 1, p. 1 4)。パイプライン業者は生産企業からガ
よる資産の所有という形でいわゆるホールドアップ問題
37 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
を回避できる。この例で言えば、工場が支線を所有すれ
インを敷設することも考えられる。パイプラインはその
ばいい。あるいは、長期リース契約を結んで、ホールド
利用者が利用量を弾力的に変動させることを前提に敷設
アップ問題を長期にわたって回避することもできる。一
されるわけではない。むしろ、採掘量や輸送量を弾力的
方、共同特化の関係にある場合には、1人の自然人ない
に増減するのではなく、採掘量に合わせて安定的な輸送
し一つの法人によって両方の資産が所有されることが望
量が設計されている。
ましいことになる。
ゆえに石油パイプラインは輸送対象に関して特殊的だ
これを、パイプラインに適用して考えてみよう。パイ
と言える。この場合、石油資産ないし石油採掘資産の所
プラインは輸送対象をある地点Aから別の地点Bまで輸
有者が支線にあたるパイプライン部分を所有すればい
送する手段であり、送り手、運営者、受け手の 3 者が問
い。長期リース契約を結んで、ホールドアップ問題を長
題になる。パイプラインはそもそも特定の対象を大量に
期にわたって回避することもできる。ただし、その場合
安定的かつ長期間にわたって輸送するための手段である
でも、幹線パイプラインへのアクセス権を確保するとい
から、
その対象に対して特殊的である。固定費が膨大で、
う問題が残される。したがって幹線パイプラインについ
投入されるすべての生産要素の規模の拡大から生まれる
ても所有することが望ましい。つまり、同一の所有者が
生産費の節約ないし利益拡大を意味する
「規模の経済」を
石油資産、石油採掘資産、パイプラインを所有すること
伴っている。ゆえに競争を通じて規模拡大が図られて、
がホールドアップ問題の回避策となる。
市場をそのまま放置しておくと自然に独占状態になって
だが、ここでの結論は、パイプラインを「コモンキャ
しまう
「自然独占」
になりかねない。いったん敷設された
リア化」することを前提にすると、違ったものになる。
パイプラインの輸送能力は比較的非弾力的だから、利用
売り主(送り手)と買い主(受け手)がパイプラインへの公
者である売り主(送り手)にとっても買い主(受け手)に
正なアクセス権や利用権を認められていれば、パイプラ
とってもパイプラインは長期にわたって特殊的だ。しか
インそのものが持つ資産特殊性という特徴は変わらない
もパイプラインは国境をまたいで存在し、売り主と買い
ものの、売り主(送り手)とパイプライン、買い主(受け手)
主の国籍が異なるケースは珍しくない。単なる通過国で
とパイプラインとの契約条件や権力関係が大きな問題と
あることさえ想定できる。
なることはない。問題は、パイプライン建設の初期費用
ここで注意すべきことは、輸送対象である資源という
をどう捻 出 し、その維持・管理・安全保障をどうする
資産の特殊性の度合いが資源ごとに異なっている点であ
かにかかっている。
ね ん しゅつ
る。天然ガスの場合、トラック、鉄道、船舶による代替
輸送に適しないため、石油に比べて特殊性の程度が高い
(3)
「コモンキャリア化」という傾向
と言える。また、天然ガス資産ないし天然ガス採掘資産
ここで、議論を整理したい。歴史的に見ると、石油や
とガスパイプライン資産は、いわば共同特化の関係にあ
天然ガスの供給者、パイプライン業者、石油や天然ガス
ると言える。したがって、天然ガス資産とガスパイプラ
の販売者はパイプラインの「コモンキャリア化」を前提
イン資産の所有者が同一であることが望ましい。ガス採
に、パイプラインを敷設してきたわけではなかった。3
掘権とガスパイプライン所有権の二つの権利を保持しな
者がただやみくもに権力闘争を繰り広げてきたとも言え
がら、ガス田開発にあたれば、ガスの安定的な確保につ
る。石油や天然ガスの供給者が第 3 者であるパイプライ
ながる。だが、ガスパイプライン全体を所有するのが現
ン業者と契約する際には、パイプライン業者は資本集約
実的ではない場合、幹線ガスパイプラインの持ち分の一
的で資産の特殊性を持つパイプラインの費用を賄うため
部を保有して影響力を保持することが必要となるだろ
に「take or pay」契約を結ばざるを得なくなると考えら
う。
れる。天然ガスパイプラインの場合、その資産の特殊性
これに対し、石油の場合、トラック、鉄道、船舶によ
の度合いが高いからよりガスパイプライン業者の立場は
る代替輸送を脅しに使うことも比較的容易に見える。ゆ
弱いと考えられる。
えに石油資産ないし石油採掘資産は、パイプラインに対
一方、既述の米国の例にあるように、ガスパイプライ
する資産特殊性は必ずしも高くない。実際には、パイプ
ン業者による地域供給会社へのガス販売契約時には、需
ライン以外への代替輸送が有利となるにはパイプライン
要者側が「take or pay」契約を受け入れることが多かっ
の建設費が極めて高いといった悪条件や港湾に近いなど
た。ガスの場合、ガス配送設備が整備される前の時点で
の立地条件に依存している。あるいは、そもそもトラッ
は、ガスパイプライン業者に複数の選択肢があり、優位
ク、鉄道、船舶による代替輸送が難しい環境にパイプラ
と言える。だからこそ、この段階で、
「take or pay」
契約
2009.9 Vol.43 No.5 38
パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題 ~権力関係に注目する立場からの一視点~
を結ぶことになる。なぜなら、いったん、ガス配送設備
なって、産ガス国に圧力をかけられる体制の整備、②既
(小径パイプライン)
が建設されてしまうと、その資産は
存のパイプラインを前提――という環境の下で変更可能
特殊的だから、ガス配送設備を持つ地域供給会社と共同
になったわけであり、1 9 6 0 年代や 7 0 年代の状況と条件
特化の関係に置かれてしまい、
「take or pay」
契約の締結
が異なっている点に注意することが必要だ。同時に、資
が難しくなるからだ。
源価格の水準がこの微妙なバランスに大きな影響を及ぼ
パイプライン業者が輸送サービスを提供するだけで石
すことを忘れてはならない。
油やガスの売買は供給者と需要者が行う場合、石油や天
資源価格が高水準にある近年、売り主側の力は増大し
然ガスをめぐる需給関係、市況に応じて、供給者と需要
ているように見える。だが、買い主による「反乱」も目立
者の関係は左右されるだろう。最も興味深いのはボリビ
つ。それは、一度、ガスパイプラインが建設されてしま
ア~ブラジル・ガスパイプラインの例だ。ボリビアの石
うと、そのパイプラインは別の用途では使用されず、売
油公社(YPFB)が恣意的に天然ガス輸出量を変動させる
り主は高い投資資金を回収しようとしてパイプライン輸
ことのないように、YPFB とボリビア側のパイプライン
送による収益への依存を強めるだけだが、利用可能な別
を運営するボリビアガス輸送会社(GTB)との間で「ship
のエネルギー供給に切り替えるだけの選択肢を持つ買い
or pay」
条項が結ばれた。YPFB は石油会社 5 社との合弁
主は、一方的に契約価格を引き下げるよう売り主に求め
会社を設立し、ボリビア国内で天然ガスを採掘・発送す
るだけの優位に立ちやすい。天然ガスは石油や石炭に比
る。
べてその生産や輸出プロジェクトが資本集約的で、より
GTB は Bolt JV(Shell/Enron が 5 0 %を支配)の権益が
長い年月をかけて投資資金を回収しなければならないの
8 5 %、BTB(British Gas などから成るコンソーシアム)
で、投資資金を買い主自らが負担していないか、負担が
の権益が 6 %、GasPetro(ブラジル政府系の石油会社
少ない場合には、買い主が売り主に対し当初の条件変更
Petrobrasの100%子会社)
の権益が9%の会社だ。この時、
を迫りやすいことになる
(Hayes & Victor, 2 0 0 6, p. 3 3 9)
。
供給側よりもガスを受け取って輸送する側が相対的に優
逆に、売り主が価格を維持するために減産しても、その
位に立ったことになる。更に、Petrobras は GTB との
結果、自ら投資している場合には投資資金が回収できな
間で「ship or pay」条項を締結し、今度は GTB によるブ
くなる恐れがある。
ラジル側への供給変動に備えた。Petrobras はブラジル
一方、石油の場合、その特殊性はガスに比べて低い。
領内のガスパイプラインの建設運営のためにブラジルガ
まず、原油の売り主と石油パイプラインとの関係を考え
ス輸送会社(TBG)を設立、その権益の 5 1 %は GasPetro
てみよう。採掘権と石油パイプライン所有権の保持者が
が握った。Petrobras は国境でガスを購入し、その所有
同一である必要性は必ずしも高くない。共同特化の関係
権を握った上で、自らのパイプラインで輸送することに
がガスほど強くないとも言える。その場合でも、石油パ
なる。つまり、ガス供給側に比べてガスを購入する側の
イプラインは特定の利用者を前提とする特殊なものだか
優位性から、
「ship or pay」条項が結ばれたと考えられ
ら、その利用者がパイプラインを所有するか、あるいは
る。
長期的に借り受けるといった方法が望ましい。同一人が
一方、Petrobras は同パイプラインが横切るブラジル
所有していれば、パイプライン業者と輸送委託者の利害
国内 5 州のガス配送会社と「take or pay」契約を締結し
対立によるホールドアップ問題を回避しやすくなるのは
た。今度は、売り主である Petrobras の圧倒的優位を背
確かだ。
景に、買い主であるブラジル国内のガス配送会社に対し
売り主である石油供給企業がパイプラインを運営 ・ 所
「take or pay」契約をのませることに成功したことにな
有するのか、買い主である石油消費企業が運営 ・ 所有す
し い
る。
るのかという問題が残されている。ここで厄介なのは、
欧州諸国は慣例的に①第 3 者への転売を禁じた仕向け
原油パイプラインの輸送先である受け手は製油所で
地条項、②長期の「take or pay」ルールないし「最低支払
あって、個人消費者ではないことである。正確には、
い」条項――といった規定を受け入れてきた。これに対
原油はパイプラインによって製油所または積出港・ター
して EU は①、②ともに撤廃させようと試みた。結局、
ミナルに運ばれ、積出港・ターミナルに運ばれた原油
①しか撤廃できなかったことから分かるように、買い主
はタンカーや鉄道で最終的に製油所に輸送される。こ
と売り主の関係は拮抗しているとも言える。この場合、
れが意味していることは、鉱区の開発権とパイプライ
比較的クリーンなエネルギーである天然ガス需要が EU
ンの権益だけでなく、製油所の持ち分とパイプライン
加盟国で増加しているにもかかわらず、① EU が一体と
の権益との関係にも注意を払う必要があるということ
きっ こう
39 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
だ。なお、天然ガスの場合にも、天然ガスを加工工場で
主義」のもとで広がっている* 1 1。こうした一種のイデオ
エタン濃度を高めたり、不純物を除去したりするケース
ロギーの広がりが本来、固定資産として長期にわたる減
もあるが、本書ではこうしたケースは捨象している。
価償却を前提とするパイプラインや、石油・天然ガスな
製油所は安定的な原油供給を前提としているから、パ
どの開発資産であっても、競争を前提とする短期売買を
イプラインによる安定供給が望ましい。とすれば、製油
通じて減価償却していかなければならない傾向を強めて
所の資産はパイプラインに関して特殊的関係にある。ゆ
いる。競争促進と短期売買は資源そのものやパイプライ
えに製油所とパイプラインの所有者が同一なら、ホール
ンのような資産の効率利用につながるかもしれないが、
ドアップ問題は回避できる。実際には、例えばロシア国
国家安全保障にかかわる資源の安定的な利用・確保を脅
内では、石油パイプラインは国営会社トランスネフチ
かしかねない。どちらが望ましいかをめぐっては、経済
(Transneft)
にほぼ独占されているから、こうしたスキー
的側面からだけの議論は難しい。
A
B
ムにはなり得ないが、輸送対象の石油については個別石
石油の場合、採掘会社→幹線石油パイプライン→製油
油会社が採掘している。そこでは、同じ石油会社グルー
所→販売会社→消費企業・消費者のルートにおいて、A、
プ内の採掘会社から製油所への輸送という形態が成立し
B、C ないし D におけるホールドアップ問題が予想でき
ている。こうすることで、ホールドアップ問題は回避さ
る。ただ、原油は天然ガスに比して輸送しやすいため、
れる。
採掘会社、石油パイプライン、製油所の資産特殊性はそ
A
C
D
以上をまとめてみると、天然ガスの場合、採掘会社→
れほど高くない。だからこそ、石油供給ネットワークは
(加工工場)→幹線ガスパイプライン→配送会社→消費企
早くから寸断され、複数の民間企業によって運営・所有
業・消費者というルートが予想できる。A-B と C、ない
されてきた。それでも一部の国では、垂直型統合石油会
し D においてホールドアップ問題を回避するために、垂
社が存在し、ホールドアップ問題を回避できる半面、採
直統合に基づく同一会社、同一会社グループによる支配
掘会社間、製油所間などの競争が阻害されている。市場
が進むことや、規模の経済性や埋没費用などによる独占
取引を導入して競争を促進するには、石油資源の開発権
化の進展を考慮して、ネットワーク全体の国家独占によ
の入札制はもちろん、石油製品の売却を入札制で行うこ
るガス供給という形態がとられてきた。だが、採掘会社
とで C ないし D での競争を促すこともできる。ロシアで
間の競争は可能だし、配送会社間の競争も可能との見方
は、国家組織や国営企業、鉄道などが取引所で石油製品
から、ガス供給ネットワークの垂直分離(unbundling)が
を買い付けるように義務付けてはどうかとの産業エネル
広がっている。
ギー省の提案が検討されている。
ここでのポイントは、
パイプライン部分を
「コモンキャ
ホールドアップ問題を回避しつつ、市場取引を促進す
リア化」し、採掘会社と配送会社ないし消費者との直接
る上で最も重要な問題は、ここでも、パイプラインの
「コ
契約を可能にすることだ。こうすれば、採掘会社と配送
モンキャリア化」だ。そのためには、石油パイプライン
会社ないし消費者が互いに競争することを前提に、天然
へのアクセス権の安定的確保が必要になる。天然ガスの
ガス価格を決定できるようになり、パイプライン業者は
場合には、A-B と C ないし D 部分、石油の場合には、A、
単に輸送サービスを提供するだけになる。実際、採掘会
C ないし D 部分におけるパイプラインへの公平で安定的
社の競争条件の前提として、探査・採掘権の入札制導入
なアクセス権の確保が必要である。幹線パイプライン自
が進んでいる。問題は後述するように、A-B の幹線ガス
体がボトルネック施設であり、このボトルネック施設の
パイプラインへのアクセス権の確保だ。
使用料はアクセス・チャージと呼ばれ、この施設へのア
一方、C ないし D において電力会社などの大口需要者
クセスそのもの、および、アクセス・チャージの設定が
を対象とした入札に基づく卸売価格決定や、取引所での
競争に影響を及ぼすことになる。
大口需要者向け販売なども広がっている。競争促進に
図に戻って説明すれば、「Ai - Sa」と「Bj - Sb」の部分
よって短期取引に基づくガスの卸売価格の弾力化を図ろ
において、新規の接合施設の建設費、その所有権、運営
うとしているわけだ。採掘会社-ガスパイプライン業者
権をどうするのか。さらに、ボトルネック施設にあたる
間において、
「take or pay」
や
「ship or pay」
に基づく長期
「Sa - Sb」の利用料(アクセス・チャージ)をどう設定す
契約が結ばれているのに対応して、もし C ないし D にお
るのかが問題になる他、複数の場所で採掘された石油・
いても、長期契約が存在しなければ長期と短期の齟齬に
天然ガスの混合による「Sa - Sb」での品質の変化にどう
よるリスクが発生する。
対応するのかといった問題も生じる。「Ai - Sa」と「Bj -
実は、短期重視という傾向が市場を重視する「新自由
Sb」の部分を「Sa」、「Sb」での連結を前提に、新規の主体
B
C
D
そ
ご
2009.9 Vol.43 No.5 40
パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題 ~権力関係に注目する立場からの一視点~
である Ai、Bj が建設し、所有・運営しようとしても、
「Sa
ところ、
「コモンキャリア化」を前提とする Nabucco は関
- Sb」へのアクセス・チャージが高く設定されていれば、
係者が多く、利害調整に時間がかかっているが、その分、
新規参入者は競争上、不利な立場を強いられる。アク
リスク分散が図れるというメリットがあるかに見える。
セス・チャージそのものがどう設定されているかが「Ai
「サウスストリーム」は関係者が限定され、推進しやす
- Sa」と「Bj - Sb」の部分のインフラの建設費負担など
いが、世界的な不況のなかで大きなリスクに対する警
を決定付けるとも考えられるから、アクセス・チャー
戒感が強まっており、実現可能性には疑問符が付いて
ジ問題は重要なわけである。このため、アクセス・チャー
いる。
ジをめぐっては、平均増分費用、回避費用、完全配賦
欧州では、パイプラインの「コモンキャリア化」を求
費用などの概念を使った理論的考察がある。この問題
める動きが広がっている。それは、エネルギー憲章条
については依田(2 0 0 1)に詳しい。ここでは、問題の所
約に具体化されている。同条約は、パイプラインが複
在を指摘するにとどめたい。
数国にまたがる場合を想定し、エネルギーの安定的通
石油・天然ガスの混合による「Sa - Sb」での品質の変
過を保障するもので、1 9 9 1 年 1 2 月の欧州エネルギー憲
化の問題については、特に原油の品質格差が採掘地に
章(西欧、旧ソ連、東欧、米国、カナダ、オーストリア、
よって著しいことから、これによる格差是正が現実の
日本による東西協力の促進を宣言)を発展させる形で
問題となるケースが見られる。この問題を回避するに
1 9 9 4 年 1 2 月に締結された。2 0 0 7 年末現在、日本を含む
は、
「ライト」で「スウィート」な高品質の原油が低品質の
4 6 カ国と 1 国際機関が同条約を締結・批准している* 1 2。
原油と混ぜられることで、前者が受ける損失を補填す
これに対して、ロシア政府は 2 0 0 9 年 4 月、1 9 9 1 年の欧
るための「バンク」制度の設置が課題となる。この「バン
州エネルギー憲章に代わる、新しい国際協定を提案し
ク」は、既にカスピ海石油パイプライン・システム(CPC)
始めた。2国間以上をまたぐパイプラインをめぐっては、
において実際に設置されている。シェヴロン(Chevron)
エネルギー憲章条約でエネルギーの通過(三つ以上の地
が中心となって開発を進めてきたカザフスタン陸上テ
域または国にまたがるパイプラインによる石油・ガス
ンギス油田の原油のみを輸送してきた CPC を使って、
輸送と電力の送電)について、加盟国に通過の自由原則
2 0 0 2 年 9 月、米国とカザフスタンの合弁会社、アルマ
の遵 守 を求めている。つまり、出発地および仕向け地
ン(Arman)がカザフスタン西部で採掘した原油も輸送
による差別または不合理な制限をしてはならないこと
することになったのに伴い、
「石油品質銀行」とも呼ばれ
になっている。ロシアを経由して、欧州に石油や天然
る組織が実際に設置された。ロシアでも、トランスネ
ガスを輸出するカザフスタンやトルクメニスタンに
フチが運営する石油パイプライン網を利用する場合、
とって、ロシアがこの憲章条約を批准すれば、ロシア
各地で採掘された原油が混合してしまうため、このバ
を通るパイプラインが「コモンキャリア化」することを
ンク制度の導入が課題とされている。
意味している。だが、ロシアはそれによる両国への影
歴史的に見ても、実は、最初から、パイプラインの「コ
響力の低下などを恐れて、同憲章条約を批准していな
モンキャリア化」を前提にした大型の国際的パイプライ
い。
ン敷設が実現された例は、恐らくないと思われる。現在、
ロシアの新しい提案は、「エネルギー部門における国
計画化されている Nabucco ガスパイプラインは「コモン
際協力の新しい法的基盤に向けた概念アプローチ」とい
キャリア化」を前提に進められているものと考えられ
うものだ。対象が核燃料や石炭などに拡大されており、
る。ロシアのガスも輸送対象とし得るとしている点で、
米国や中国などにも加盟国を増やすことを前提にして
こちらは「開かれた」パイプラインと想定されているか
いる。2 0 0 9 年 1 月、ウクライナ経由によるロシアから
らだ。その意味で、この計画の帰趨を見極めることこそ、
欧州へのガス供給が一時的に停止した問題を踏まえて、
今後パイプラインを考察する上で、極めて重要になる。
通過国の損害賠償責任を明記している他、対立解決ルー
これに対抗してロシアが主導する、「サウスストリー
ルの設定などを内容としている。だが、エネルギーの
ム」と呼ばれるガスパイプライン計画はロシア、カザフ
通過の自由原則は曖昧であり、ロシアの提案では、パ
スタン、トルクメニスタンなどのガスを輸送する手段
イプラインの「コモンキャリア化」が不明確であること
であるとはいえ、あくまでロシア経由による欧州への
を指摘しなければならない。にもかかわらず、ロシア
輸出ルートとすることで、ロシアの優位性を前提とし
は自らの国益に資する形で、あくまでパイプラインを
た「閉鎖された」パイプラインであると言えよう。今の
政治的に利用しようとしている。
き すう
41 石油・天然ガスレビュー
じゅん しゅ
アナリシス
欧州議会は 2 0 0 9 年 4 月(欧州連合理事会は同年 6 月)、
ないというルールもある。
EU 加盟国がガスと電力の移送ネットワーク(ガスパイ
EU 加盟国でない、第 3 国については、第 3 国の会社
プラインや送電網)から供給と生産を分離する、三つの
による移送システムやその所有者のコントロールを防
unbundling の選択肢から一つを選ばなければならない
止するために、①その会社が unbundling の要求に従わ
という、1 年半後の新ルールを適用・施行することを承
ない、②その市場参入が EU 加盟国ないし EU の供給上
認した。具体的には①“full ownership unbundling”、②
の安全保障に危険を及ぼす――と各国規制当局が判断
“the independent system operator(ISO)
”
、 ③“the
する場合には、各国当局は第 3 国の企業によって支配さ
independent transmission operator (ITO)
”のいずれか
れた移送システムオペレーターの認可を拒否する権利
を選択するものである。①は、これまでの統合エネル
が与えられた。この規定の施行には、3 年半の猶予期間
ギー会社にガスや電力の輸送網の売却を迫り、移送オペ
が与えられた。
レーターを分離するもの。この措置により供給・生産会
この EU の決定は、必ずしも完全とは言えないが、ネッ
社は移送システムオペレーターの過半数の株式を保有す
トワークの「コモンキャリア化」を目指す動きとして注
ることができなくなる。②と③は、エネルギー会社が移
目される。
送ネットワークの所有権を保持することを認めている
なお、天然ガスの場合も石油の場合も、トレーダーを
が、②の場合には、ISO に移送ネットワークのオペレー
想定することができる。彼らは天然ガスや原油や石油製
ションを譲り渡すことが義務付けられている。③には、
品を買い付けて別の組織に転売することで利ざやを得て
統合された供給・移送会社の保持が認められるが、会社
いる。天然ガスの場合なら、A-B、CないしDにトレーダー
のこうした二つのセクションが実際に独立して操業する
が介在することで、ネットワークを分断できる。石油の
ことを確かなものとするために、以下のようなルールに
場合なら、A、B、C においてトレーダーを想定できる。
従うことが会社に義務付けられている。
いずれの場合にも、トレーダー自体が不透明な存在であ
例えば、エネルギー会社代表、第 3 者株主、移送シス
り、トレーダーを介在させれば、市場取引が促進される
テムオペレーターから成る監視機関が株主の資産価値
というわけでもない。トレーダーを介在させることで、
に重大な影響を及ぼす意思決定を行うというルールが
取引が複雑化し、脱税や節税につながる可能性も高まる。
設けられた。“compliance programme”と呼ばれるもの
その意味では、パイプラインの分析には、トレーダーの
が
「差別的行為」
を防ぐための措置を設定し、
“compliance
分析が不可欠なのだが、この点に関する分析は世界中で
officer”と呼ばれる者がそのプログラムの実施を監視す
極めて遅れているのが実情だ。情報の開示量が圧倒的に
る――というルールもある。また、経営スタッフは、移
少ないからであろう。
送オペレーターに雇われてから 4 年間、あるいは、それ
以前の 3 年間、供給・発電会社のために働くことができ
3. 結びにかえて
以上見てきたように、権力関係に注目する視点を持
付けが必要になるだろう。だが、政治性を帯びざるを
つと、ここで紹介したネットワークの「コモンキャリア
得ないパイプラインをめぐっては、こうした条件を整
化」という傾向にも、大きな問題点があることに気付く。
備すること自体、極めて困難と言えるのではないか。
それは、「排除」という権力作用にかかわるものだ(次頁
その意味で、パイプラインの分析はまだまだ難問山積
参考)。石油やガスのパイプラインを「コモンキャリア
の状況にある。逆に言えば、未開拓な学問分野として
化」して、供給者や需要者に公正なアクセス権を認める
将来性があるとも言える。多くの若い人々が、こうし
といっても、真に開かれたものとして、それを実現す
た分野に関心を持ち、そこから新たな研究成果が生ま
るのは難しい。先行者利得の確保やパイプラインの維
れることを心から期待してやまない。
持・更新における公正性の確保について、詳細な条件
2009.9 Vol.43 No.5 42
パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題 ~権力関係に注目する立場からの一視点~
参考:「排除」という権力作用について
排除がもたらす権力作用の仕組みは、どのように理解すればいいのだろうか。排除は、同じ制度の枠内でも、また、
制度に入れないか,入らないというところでも作用する。そこには、排除する側と排除される側の関係が想定できる。
その時、排除する側が権力作用を排除される側に及ぼすことができる場合もあれば、逆に、排除する側が反作用と
して権力作用を受ける場合も想定できる。制度内での排除は、さまざまに想定できる。いじめ、不買運動、コード
化に伴う排除といった例が考えられる。ここでは,コード化に伴う排除について検討したい。
コード化とは、欲望の流れを形づくり制約するもので、それは近代の社会的要求に従う主体を生み出す。それは、
同じコードでの情報交換を前提とする領域を一定領域に限定させるという「領域化」であると言い換えることもで
きる。例えば、精神分析理論と実践の本質は、治療される主体が近代社会に適した何者かであるというように「領
土化」されている,あるいはコード化されている。例えば,コード化ないし領土化という強力な力が「知」を商品
化させた。このコード化ないし領土化は、個人や組織に抑圧や制裁をあまり意識させることなく、それらを誘導に
よって一定方向に向かわせることを可能にしている。ここには明らかに権力作用が働いているのである。
制度に入れない、あるいは、入らないところ、という制度の「境」に成り立つ排除として、徹底的な排除につい
て考察したい。これは他者性の否定として表れる。徹底した議論がJ.ボードリヤールによって展開されているのだ
が、ここではこれ以上、この問題には触れない。この「他者」存在の否定、「他者」でないものの徹底した排除は、
例えば、民主主義と非民主主義という制度の境で生じている。これによって、排除する側は制度内にある国々に、
自由主義的資本主義と民主主義を遵守しなければイラクのようになる、つまり制裁を受けるという恐れを抱かせる
ことで服従を強いている。
一方、排除される側は排除する側への完全な屈服どころか、もはやその存在を抹殺される脅威にさらされている。
排除によってイラクという名前の国は残るかもしれないが、自由主義的資本主義と民主主義を旗印にしながらも、
かいらい
実質的には米英の傀儡政権ができるわけだから、それは排除される側の「死」に等しいのだ。このように見てくると、
排除がもたらす権力関係が猛烈な勢いで拡散していることが分かるだろう。なぜならコード化、領土化という現象
が<知>のような情報にかかわる分野で急速に広がっているからである。いわゆるグローバリゼーションによって、
インターネットを通じた情報伝達が安価,高速で行われるようになった結果、コード化、領土化が地球規模で進んだ。
それはまた、コード化、領土化に伴う排除の問題を同時に拡散させたことになる。この排除による権力作用に気付
くこと自体が難しいため、知らず知らずのうちに、地球上の多くの人々はコード化、領土化に伴う排除を受け、そ
の権力作用を強いられているのだ。
一方、抑圧や制裁がもたらす権力関係は衰微している。理由は簡単だ。抑圧や制裁をしなくても、人々が「他者
指向」を強めた結果、人々を一定の方向へ誘導しやすくなったからである。この「他者指向」という言葉は、D.リー
スマン著『孤独な群集』に出てくるものである。彼は人口成長における三つの段階において,それぞれに異なった
社会的性格を形成することになったと主張する。まだ人口成長期にない高度成長が潜在した社会では、その成員は
伝統に従うという社会的性格、つまり、「伝統指向」を有する。人口成長の途上にある社会では、その成員は幼児期
に内化された、伝統や他人に動かされない「内的指向」を持つ。人口減退期の社会では、外部の他者の期待と好み
に敏感であるような傾向を持った「他人指向」が強まる。これが米国の人口を前提に描いたリースマンの社会的性
格の3タイプだ。柄谷行人も指摘しているように、この社会的性格の3タイプは米国固有の現象ではない(柄谷行
人[2004]
『トランスクリティーク』定本・柄谷行人集第3巻, 岩波書店, p.242)。
「産業資本主義が第一次・第二次
産業から第三次産業へ、別の言い方でいえば、物の製造から情報の生産へシフトしはじめた時期にどこでも生じる
現象である」という。これが意味しているのは,情報を基軸として発展する今の資本制経済がグローバリゼーショ
ンを通じて、
「旧来の伝統指向と内部指向を根こそぎ一掃し、グローバルな他人指向をもたらしている」ということだ。
他人指向を強めた公衆は,マスメディアを通じて流される情報に容易に操作されてしまうから、抑圧や制裁などを
しなくとも、ある意図の方向に流されてしまうのである)。この「他者指向」の強化こそ、「コモンキャリア化」に
伴う「排除」の作用を決定的に強化することになるのだ。なお、ここでの説明は「哲学的に過ぎる」かもしれない。
しかし、多くの研究者の哲学的素養のなさを批判する上でも、こうした基本認識を持つことの重要性をあえて指摘
しておきたいのである。
43 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
<注・解説>
*1:拙著『パイプラインの政治経済学』
(法政大学出版局、2 0 0 7 年 1 2 月)。ガスパイプラインに対する比較的興味深
い分析は Natural Gas and Geopolitics: From 1 9 7 0 to 2 0 4 0, 2 0 0 6, Cambridge University Press に収載されて
いる。ロシアのエネルギー産業については、Harvard 大学の Goldman 著、Petrostate, 2 0 0 8, Oxford University
Press が参考になる
(筆者:塩原が日本人で唯一、紹介されている)。
*2:Newbery, D.(2 0 0 0)Privatization, Restructuring and Regulation of Network Utilities, MIT Press.
*3:Kessides, I.(2 0 0 4)Reforming Infrastructure: Privatization, Regulation, and Competition, A World Bank
Policy Research Report.
*4:Spiller, P. & Savedoff, W.(1999)
“Commitment and Governance in Infrastructure Sectors,”Can Privatization
Deliver? Infrastructure for Latin America, edt. Besanes, F, Uribe, E. M., & Willing, R., Washington, D.C., The
Johns Hopkins University Press.
*5:生島靖久(2 0 0 6)
「開発途上国のインフラ ・ ファイナンス」
『開発金融論』日本評論社
*6:依田高典(2 0 0 1)
『ネットワーク ・ エコノミクス』日本評論社
*7:Hayes & Victor(2 0 0 6)
“Politics, markets, and the shift to gas: insights from the seven historical case
studies, Natural Gas and Geopolitics, Edited by Victor, D., Jaffe A., and Hayes, M., Cambridge University
Press.
*8:コモンキャリアは公衆向けの輸送 ・ 伝達手段ないしその所有者を意味し、日本では、自前の通信設備(特に回
線網)を所有する通信事業者を指すことが多い。「コモン」に関連して、近年、コモンズ(共有地、公有地)をめ
ぐる興味深い議論が欧米で展開されている。Hardin, G.(1 9 7 7)The Limit of Altruism : An Ecologist's View
of Survival, Indian University Press=(1 9 8 3)
『サバイバル ・ ストラテジー』竹内靖雄訳、思索社や Ostrom, E.
(1 9 9 0)Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action, Cambridge University
Press を参照。後者の CPR(Common-Pool Resources)や CPI(Common-Property Institutions)をめぐる議論は
ネットワーク型インフラの議論にも応用できる。
*9:若干、筆者の権力論を明らかにした文献として、拙稿「グローバリゼーションと権力関係」
『グローバリゼーショ
ンと体制移行の経済学』
(2 0 0 8 年、文眞堂)がある。ロシアの政治権力をめぐる権力論については、拙著『ネオ
KGB 帝国』
(2 0 0 8 年、東洋書店)
、軍事力という権力そのものにかかわる考察については、拙著『「軍事大国」ロ
シアの虚実』
(2 0 0 9 年、岩波書店)を参照。なお、近刊予定の『世界経済入門』においても、権力問題に若干、触
れている。
* 1 0:鈴木謙次郎(2 0 0 1)
「米国天然ガス産業の変革及び今後の展望について」
『石油 ・ 天然ガスレビュー』Vol,3 4 No.5
* 1 1:新自由主義は、
「強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活
動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経
済的実践の理論」
(Harvey, D.(2 0 0 5)A Brief History of Neoliberalism, Oxford University Press=(2 0 0 7)
『新
自由主義:その歴史的展開と現在』
渡辺治監訳、作品社)と理解することができる。
* 1 2:ロシアとベラルーシは同条約を批准していない。興味深いのは、エネルギー憲章条約の域外でも、ナイジェリ
アからベナン、ガーナ、トーゴへの西アフリカ ・ ガスパイプラインについて、関係4カ国はエネルギー憲章条
約とほぼ同じ内容の西アフリカ ・ ガスパイプライン条約を締結しているという。NIS(ソ連から独立した諸国)
についても、1 9 9 6 年 4 月に「幹線パイプラインに関する石油 ・ 石油製品の通過部面における合意政策実施」とい
う暫定合意がロシア、ウクライナ、ベラルーシ、アルメニアなどと締結された。1 9 9 9 年には、CIS(独立国家
共同体)首脳会議によって国家間プログラム「信頼度の高いパイプライン輸送について」が承認された。その目
的は幹線パイプライン網の近代化であり、それに関連した経済 ・ エコロジー ・ 法的課題の実現だ。こうした課
題の一つとなったのは、モデル法「幹線パイプライン輸送について」の策定である。CIS モデル法テキスト「パイ
プライン輸送について」
は、
CIS参加国の全員出席会議で2001年に採択された。モデル法は前文と37条から成っ
ている。それに関係しているのは、パイプに基づくガス・液体輸送向けのすべての種類のパイプラインだ。パ
イプラインは、幹線、国境を越える幹線、工業のパイプラインに区分される。CIS 諸国のなかで、カザフスタン、
モルドバ、ウクライナ、ベラルーシでは、パイプライン輸送に関する法令が採択された。
2009.9 Vol.43 No.5 44
パイプラインの分析アプローチをめぐる諸問題 ~権力関係に注目する立場からの一視点~
執筆者紹介
塩原 俊彦(しおばら としひこ)
1988年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年、学術博士(北海道大学)。
日本経済新聞社、朝日新聞社(モスクワ特派員)を経て、2000年より高知大学准教授。
坂本龍馬誕生の地から50mほどのところにある城西館・思季亭で利き酒・利き焼酎(毎週)。
2009年6月、『「軍事大国」ロシアの虚実』
(岩波書店)を上梓。
現在、『世界経済入門』の版元探しに奔走中。ついでに、東京での就職活動も。
45 石油・天然ガスレビュー
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