...

商人道 - 大和証券グループ本社

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

商人道 - 大和証券グループ本社
商人道
日本におけるCSR
lONDON
15 Regent Street
London
SW1Y 4LR
United Kingdom
Tel: (44.20) 7830 1000
Fax: (44.20) 7499 9767
E-mail: [email protected]
NEW YROK
111 West 57th Street
New York
NY 10019
United States
Tel: (1.212) 554 0600
Fax: (1.212) 586 1181/2
E-mail: [email protected]
HONG KONG
6001, Central Plaza
18 Harbour Road
Wanchai
Hong Kong
Tel: (852) 2585 3888
Fax: (852) 2802 7638
E-mail: [email protected]
エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)レポート
協力 大和証券グループおよび
May 2005
株式会社リコー、
ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン株式会社、
BVQIジャパン(株)
商人道
日本におけるCSR
目次
3
まえがき
4
要約
7
序
11
第1部
日本と現代的CSR
17
第2部
これまでのCSR
24
第3部
CSRの現状
37
第4部
今後の課題
46
結論
49
調査の結果
© The Economist Intelligence Unit 2005
1
商人道
日本におけるCSR
2
© The Economist Intelligence Unit 2005
商人道
日本におけるCSR
まえがき
「商人道 日本におけるCSR」はエコノミス
ト・インテリジェンス・ユニット作成の白
書で、大和証券グループとの共同作業によ
るものである。また、リコー、ブリティッ
シュ・アメリカン・タバコ・ジャパン株式
会社、BVQIジャパン(株)各社の協賛をい
ただいた。
白書の内容には、エコノミスト・インテリ
ジェンス・ユニットが全面的に責任を負っ
ている。同編集部がインタビューやアン
ケートを実施し、本文を執筆した。した
がって、白書中の調査結果や見解は、協賛
各社の見解と異なることがある。
執筆に当たっては、2004年12月から翌1月
にかけ、国内外の企業の主要役職員199名に
幅広くインタビューを行った。
本白書の執筆はRon Bevacqua、編集はCesar
Bacani、また装丁はGaddi Tamが担当した。
インタビューやアンケートにこころよく応
じてくださった皆様に、心から感謝の念を
表明したい。
2005年5月
© The Economist Intelligence Unit 2005
3
商人道
日本におけるCSR
要約
焦眉の課題である体質改善に向けての起爆
剤か、それとも利益極大化の難路を避ける
ための経営者の新たな言い訳にすぎないの
か――企業の社会的責任、すなわち「CSR」
(Corporate Social Responsibility)は、人に
よってさまざまに解釈されている。しかし
その捉え方がどのようなものであれ、CSRと
いう概念が産業界で大きな注目を浴びてい
るテーマであることは日本も他の国も同様
である。
そして、CSRとは何かを説明するより
も、CSRがそもそも何故存在するのかを理解
するほうがはるかに簡単であるということ
も、国を問わず同じである。本稿での分析
の過程において、当エコノミスト・インテ
リジェンス・ユニットでは、世界中の企業
201社(日本企業51社を含む)について調査
を行った。また企業のCSR担当者や重役、学
識者、投資家、その他専門家など計40名と
の個別インタビューも実施した。我々は、
「CSR」とは何を意味するかという問いを
CSR担当者にぶつけてみた。共通した認識
は、CSRとは利益を獲得すると同時に、すべ
てのステークホルダーの社会的ニーズにも
応えるものであるというもので、実際のと
ころ、これ以外にCSRに関する共通認識は、
ひとつとして存在しなかった。
本稿のためにインタビューを受けた人々
のほとんどが、日本にとって「CSR」すなわ
ち「企業の社会的責任」という概念は決し
て新しいものではなく、そのルーツは、日
本が近代化への道を歩みはじめた1868年の
明治維新より以前にまでさかのぼると述べ
た。CSRのような活動は、日本産業界の最も
長き伝統として、その活動のなかに深く根
付いており、そうした精神は「商売道」お
よび「商人道」という言葉で語られてきた
と考えている。これにはたしかに真実も含
4
© The Economist Intelligence Unit 2005
まれているが、同時に、多くの「神話」も
含まれている。
本稿のために我々は、CSRを次のように
定義した。すなわちCSRとは、あるビジネス
活動に対して株主以外の関係者が意見を述
べることは正当なことであると企業が受け
入れることである。なぜ受け入れられなけ
ればならないかといえば、関係者はその企
業の活動から影響を受け、また企業の自発
的対応からも影響を受けるからである。CSR
は、企業の主たる責務は利益をあげること
である、という見方と矛盾するものではな
い。しかし、関係者の要求に応えたり、バ
ランスを取ろうとしたりすれば、たとえい
かに上手に処理したとしても、利益に影響
が出るのは避けられない。
本稿では我々は、独自の調査およびイン
タビューに加えて、経済同友会や環境省な
ど他組織の研究も引用させていただいた。
考察の主な結果は、以下のとおりである。
CSRのなかでも環境保護やコミュニ
ティ・リレーションズ(地域社会との関
係)といった分野においては、日本企業
はその競合相手である欧米企業とほぼ肩
を並べている。しかしこれは、一度失っ
た社会的信用の回復、政府の後押し、国
際社会からの圧力といった要素によると
ころが大きい。社会的責任を自覚しての
行動が日本における商売の伝統的遺産と
なっているため、という面もあろうが、
これのみが要因なのではない。
●
一方、コーポレート・ガバナンス、ス
テークホルダーとの対話、労働力の多様
化といった分野においては、日本企業は
欧米企業よりも取り組みが遅れているよ
うにみえる。その理由としては、日本の
●
商人道
日本におけるCSR
経営者たちは「アウトサイダー」(投資
家、NGO、女性を問わない)が経営や社
内業務に首を突っ込むことをいやがると
いうことが挙げられる。実際のところ、
CSRという考え方には日本の伝統的なビ
ジネス手法と真正面からぶつかるところ
がある。しかしその一方で、日本企業の
発展には外部からの圧力が必要であり、
CSRはこうした発展への起爆剤となると
いう楽観的な見方をする人々もいる。
日本企業のなかでも大規模な多国籍企業
については、CSRへの取り組みが最も進
んでいる。これらの企業は、CSRという
概念に早い時期から晒されており、資金
的余裕もあったからである。しかし、そ
れほど規模が大きくないか、あるいは国
内指向の企業では、CSRへの対応は遅れ
気味である。
●
CSR活動に取り組んでいる企業において
も、CSRという概念がつねに十分に理解
されているわけではない。よくある見
方は、CSRとはアウタサイダーから無理
やり押し付けられたものであり、従って
それは義務であるという考えである。ま
た、CSRはビジネスを行ううえでの必要
経費ではあるが、単なる周辺業務のひと
つだという見方も多い。しかしその一方
で、CSRを日本人特有の内向き指向を打
破し、社会のニーズや消費者の要望を汲
み取ることにつながり、ひいては、競争
における優位性を生み出すチャンスだと
捉えている企業もある。
●
CSRを損益面から正当化することは難し
い。なぜなら、費用については算定可能
だが、発生する利益は長期にわたるもの
であり、算定不能なケースが多いからで
●
ある。現在、投資家はこれまで以上に利
益指向を強めており、その一方で、公的
年金基金のような最も忍耐力に富む資本
は社会的責任投資(SRI)にいまだ無関心
である。こうした状況下において、日本
企業には利益第一主義へのプレッシャー
がますます強まっており、このことが短
期的にみるとCSRの本格的実施の足かせ
とりそうである。
では、日本において現代的CSRな活動
は、今後も持続可能なのだろうか。その
うちのいくつかの分野、例えば、環境、コ
ミュニティ・リレーションズ、労働環境
の安全といった分野に関しては、その取り
組みが日本企業のなかで続いていくと思わ
れる。というのは、日本企業においては、
こうした分野での取り組みは日々の業務の
なかにすでに定着しており、またこれまで
の経緯からみて、社会全体がそれを期待し
ているからである。これらの活動について
は、たとえCSRという名前では呼ばれなくと
も、なんらかのかたちで今後も続けられて
いくものと思われる。
その一方で、ガバナンスの強化、株主
価値の向上、労働力の多様化の推進、ス
テークホルダーとの対話といった他の要素
については、日本企業に深く定着していく
ようにはみえない。日本企業としては、環
境マネジメントシステムの導入やフィラン
ソロピー活動などのほうが、実施しやすい
ようだ。費用はかかっても、企業内部のダ
イナミクス(力学)に影響を及ぼさないか
らである。しかしながら、コーポレート・
ガバナンスの強化はCEOの権限を弱めるし
株主からの要求にも一層の対応を迫られる
ことになり、その事情はまったく異なる。
女性の経営参画も同様である。こうした活
動は、日本企業のあり方を根底からひっく
© The Economist Intelligence Unit 2005
5
商人道
日本におけるCSR
り返すものである。たしかに、悪いことで
はない。しかし日本の経営者たちは、その
ような変化に対しては、明らかに冷淡であ
る。
コラム:調査に協力をいただいた方々につ
いて
「商人道 日本におけるCSR」の調査に
は、世界各地から企業の重職にある役職員
199名の協力をいただいた。うち、日本か
らの協力者は51名であった。社内でのポジ
ションが非常に高い方が多く、36%がCEO
やCOOなど最高責任者、または取締役の地
位にある。業種的には、いろいろな業種が
含まれているが、金融サービス、小売、製
造、公会計部門が多くを占めている。企業
のサイズもいろいろだが、売上1億ドルを超
える会社が56%を占めている。
6
© The Economist Intelligence Unit 2005
商人道
日本におけるCSR
序
「企業の社会的責任」(CSR)という概念
は、ここ10年ほどのあいだに欧米企業にお
いて定着してきたものである。一方、日本
企業がこの潮流に目を向け始めたのは、つ
い最近のことにすぎない。しかしながらエ
コノミスト・インテリジェンス・ユニット
が本稿のために実施した日本企業対象の調
査によると、日本企業はその文化と伝統が
CSRの成功に大きく寄与していると考えてい
る。日本にとって「CSR」すなわち「企業
の社会的責任」という概念は決して新しい
ものではなく、そのルーツは日本が近代化
への道を歩みはじめた1868年の明治維新よ
り以前にまでさかのぼる。CSRのような活
動は、日本産業界の最も長き伝統としてそ
の活動のなかに深く根付いており、その精
神は「商売道」、「商人道」という言葉で
語られてきたのだ、と。ここには確かに真
実も含まれているが、同時に、多くの「神
話」も含まれている。
日本でのCSRの捉え方を理解するには、
日本社会においてビジネスが伝統的にいか
に位置付けられてきたかを考察すること
が有効である。江戸時代(1603年∼1868
年)、天皇と公家に次いで武士は社会の最
上級階層に位置するとみなされていた。武
士は商売や農業に携わることは許されず、
もしそれを望むならば、先祖から引き継
いだ武士という地位を捨てるしか方法がな
かった。一方、商人たちは「えた」「非
人」などと呼ばれた被差別階層を除くと、
社会の最底辺階層として位置付けられてい
た。しかし実際には江戸の経済体制が形骸
化していくなかで、武士どころか天皇家ま
でが、商人から借財を重ねるようになって
いった。
このように封建的階層社会にきしみが
生じはじめた頃、商人あがりの学者である
石田梅岩が「商人道」を提唱しはじめた。
梅岩にとって商人道とは、武士による社会
支配の理論的支柱である「武士道」に対抗
するものであった。この商人道を、梅岩は
「心学」と名づけたみずからの倫理思想と
一体化させ、そして次のように主張した。
すなわち、規律を守り正直に効率よく働く
ということは、世の中に大きな貢献をする
ことにつながる。ゆえに、商売に従事する
ものは倫理的にいって武士と同等である。
こうした梅岩の思想は、明治時代に広く受
け入れられるようになったひとつのビジネ
ス文化――商人の利益よりも顧客の満足を
優先せよ――につながっていく。
そのほかにも、商人道の確立に寄与し
た思想およびビジネスモデルがいくつかあ
る。例えば、琵琶湖周辺を本拠とする「近
江商人」たちは、勤勉、正直、協力の精神
をビジネスの根幹として名をなした。さら
に有名なのが、「農聖」二宮尊徳の業績
である。はやくに親を失い、子供の頃の貧
しい暮らしから身を起こした二宮尊徳は、
協力と相互扶助による相互利益という農村
モラルの体現者として世に広く知られてい
る。この協力の精神は、尊徳の教えであ
る「報徳精神」の中核をなすものである。
報徳精神とは、文字通り解釈すれば「受け
た恩に報いる」ということだが、実際には
そうしたギブアンドテイクではなく純粋な
「利他主義」を意味するものである。
このように、ビジネスとは単に利益の
みを追い求めるものではないという考え方
は、日本では決して新しいものではない。
しかし現代の日本企業におけるCSR活動のす
べてが、こうした文化的伝統からもたらさ
れているというわけではない。我々がCSR担
当者を対象に行ったインタビューでは、こ
うした歴史的な伝統がしばしば引き合いに
出された。しかしそうした態度は、CSRとい
う日本の経営者にとって本質的になじまな
© The Economist Intelligence Unit 2005
7
商人道
日本におけるCSR
い概念を、できるだけわかりやすいものへ
と「ジャパナイズ」するための後付けの理
由であると考えられる。こうした傾向は、
終身雇用制度を語る際にも際立っている。
日本の終身雇用制度については、日本企業
が従業員に対する社会的責任を明確に認識
していることの証拠として自慢げに語られ
るのが通例である。しかし実際には、日本
の終身雇用制度は、第二次世界大戦中に軍
需産業で労働力不足が発生した際に労働力
確保の一方法として考案され、細々と実施
されたものである。社会に広く普及したの
は、1950年代中盤以降のことにすぎず、そ
れも、決して文化的な意味によるものでは
なく、経済的あるいは政治的な要請による
ものであった。すなわち、労働争議の勃発
とそれを起点とする左翼政党の台頭を防ぐ
ためのものであった。
同様に、現在のCSR活動を進めるうえに
おいて最大の原動力となっているのは、二
宮尊徳の「報徳」の理想をいまここに実現
したいという日本の企業経営者の純粋な利
他主義思想などではない。むしろ、政府
や社会からの企業に対する期待であろう。
終身雇用と同様に、現在の日本企業に対す
る期待もまた戦後初期をその源流としてい
る。戦後、日本の政策担当者たちは、国家
再建という大目標を達成するための民間企
業部門をその道具として利用した。退職官
僚が民間企業に就職する、いわゆる「天下
り」も横行し、これが官民の境界線をいっ
そう曖昧なものとしていった。一橋大学の
谷本寛治教授によると、日本では企業と社
会のあいだに直接的なつながりがある。す
なわち、企業の発展と社会一般の繁栄とは
同義であった。その結果、みんな一致団結
して経済成長に貢献し、そしてその成果に
ついては、できるだけ広く分配するという
システムができあがったのである。
そしてこうしたシステムのなかで社会
は企業に対して、会社と関係をもつ人々つ
8
© The Economist Intelligence Unit 2005
まり「身内」に対して情愛に満ちた責任感
を持つこと、つまり彼らを「暖かく」扱う
ことが期待された。この身内のなかには、
従業員、子会社、取引先、顧客だけでは
なく、いわゆる企業城下町、さらには従業
員を顧客とする商店やその他のビジネスま
でが含まれていた。これらのすべての人々
が、現在のCSR用語でいうところの「ステー
クホルダー」を形成しているのである。
日本企業が戦後に果たした役割は経済
面だけではない。谷本教授によれば、急速
な工業化と都市化によって伝統的な地域共
同体が解体され、それに代わるかたちで企
業をベースとする共同体と人間関係が形成
されていったのである。ある意味で、企業
は人々の社会生活の中心となった。企業が
果たすこの役割は「会社」という言葉その
ものにも反映されている。「会社」とは、
「社会」とまさに表裏一体の存在なのであ
る。
このように、文化的性向というよりは
むしろ必要性と慣行に迫られて、戦後の日
本企業は父性的な役割を担うようになっ
た。そしてその結果、すべてのステークホ
ルダーの社会的・経済的なニーズを満たす
ことに責任を負うこととなった――ただひ
とつ、その所有者に対する責任を例外とし
て。そして企業所有者を軽んずるこのよう
な姿勢は、今日の日本企業においても、か
なり残っている。あるいは、こうした状況
は政治的な比喩で理解することのほうが最
適かも知れない。西欧社会では、企業とは
すなわち共和制政治の縮図のようなもので
ある。経営者とは、経営者を選んでくれた
所有者たちの代表であり、その意思に沿っ
て行動する。そしてそうした経営者の権限
を制限するために「チェック・アンド・バ
ランス」(抑制と均衡)を確保する制度が
必要不可欠である。一方、日本の政治家の
大きな仕事は、対立する利害関係を大局的
な見地からうまく調整することにある。そ
商人道
日本におけるCSR
して行政に関する責任については、政策実
務について豊富な知識と手腕と有するとみ
なされているキャリア官僚の手に委ねてし
まう。これと同様に、そのビジネスキャリ
アのすべてをひとつの企業のなかで積み重
ねてきた日本の企業経営者たちは、業務に
ついては社内で最も精通していると見なさ
れている。そして企業の所有者たちは、一
定の距離をおいたかたちで処遇される。特
定非営利活動法人パブリックリソースセン
ター(CPRD)の由良聡氏によると、もとも
と日本の株主は企業に投資するのではなく
経営者に投資していると考えているのだと
いう。従って事実上、株主が経営者をコン
トロールする権利は限定されたものになっ
てしまう。
経営陣に対する株主の影響力は、1960
年代にはじまった株式持合いの傾向によっ
て、さらに限定されたものとなった。株式
持合いは、取引先同士がお互いに株を買い
あうようになって、ひとつの規範となっ
ていった。かくして、重要なステークホル
ダーたちは同時に主要な株主となっていっ
たが、しかし所有の問題とそれから生じる
権利については複雑なかたちのままに残っ
た。非営利団体であるCSR Japanのデビッ
ド・ラッセル氏は、欧米では株主とは企業
の所有者であると当然のように考えられて
いるが、日本ではその点が明確ではなかっ
たのだと考えている。「伝統的に日本の株
主たちは、企業の成長に参加する権利を購
入した 物言わぬ投資家 のような存在に近
く、企業に要求を行う権利など持ち合わせ
ていないと感じていた」とラッセル氏は述
べている。
戦後日本で発展してきた社会的責任に
関するビジネス慣行や発想は、多くの分野
においていまも変わらず残っている。しか
し国内外からのさまざまな圧力の結果、慣
行によっては現在、覆されつつある。例え
ば、日本の株式市場で外国人株主の存在が
大きくなるにつれて、西欧的な株主の権利
という考え方が日本でも一般的となってき
ている。1990年に株と土地の巨大バブル
が崩壊した後、東証一部の外国人株主比率
は、1990年の4%から2004年には22%にま
で上昇してきた。多くの企業において、外
国人持株比率は50%にまで増加している。
特に外国人投資家を中心として行動を起こ
す株主の数が増加しており、伝統的なビジ
ネスのやり方に圧力を与えている。日本の
経営者が考えている社会的責任についても
また例外ではない。
新たな力をつけた株主に加えて、日本の
企業は外部の人々や組織からの圧力に対し
ても、その対応を迫られるようになってき
た。そのなかには、メディア、市民グルー
プ、最近ではNGOなど、その企業に対して
経済的利害関係さえも有していない人々や
組織も含まれている。
谷本教授の考えでは、公共の福利や市民
運動に対する意識のレベルは確実に高まっ
てきており、国民の間で社会問題にみずか
らの意思で取り組む動きも見られる。もち
ろん、企業の活動を批判する運動は、米国
や欧州のレベルとは相当差があるが。こう
した市民のアクティビズム(行動主義)の
高まりの背景には、1995年の神戸大震災
において国民の信頼を裏切った政府の対応
の劣悪さ、1998年の非営利団体の法制化、
企業スキャンダルを積極的に取り上げる最
近のメディア動向など、社会に大きな影響
力を与えた一連の出来事の存在が挙げられ
る。
日本の企業に現代的なCSRの導入を促し
たその他の要因としては、日本的な「横並
び」思考が挙げられる。横並び思考とは、
ひとつの企業がなにかをすれば、他の企業
もそれを真似て追随する性向のことであ
る。大和総研のシニアアナリストである河
口真理子氏は、各企業のCSR担当役員は、
お互いに競争しており、そうした役員たち
© The Economist Intelligence Unit 2005
9
商人道
日本におけるCSR
のあいだでは、みずからが柔軟かつオープ
ンな精神の持ち主で、またみずから視野を
広げようとしていることをアピールするた
めに、NGOとの対話を行うことがいま流行
中なのだという。
その結果として現在、日本の企業では、
現代的なCSRが従来からの社会の期待に接ぎ
木されようとしている(ときに対立を起こ
すこともあるが)。こうしたことから、日
本においては、CSRが世界の他のどの国より
も複雑な課題であることは、明白である。
次章において我々は、世界中で発展してい
るCSRについてその概要を分析するととも
に、いま日本で起こりつつあることとの関
連性を考察する。それ以降の章では、現代
のCSRの各領域を分析するとともに、日本企
業が大きな進展を遂げつつある領域、逆に
不十分である領域、そしてコストや持続可
能性といった今後に向けての主要課題につ
いて考察する。
10
© The Economist Intelligence Unit 2005
商人道
日本におけるCSR
第1部
日本と現代的CSR
C
SRという概念はいまだ進化の途
上にあり、曖昧な部分や議論の分
かれる部分もかなり多い。企業が
みずからの決断で法律の定めてい
る以上のことを自発的に行うとすれば、そ
れはきわめて重大な出来事であり、その企
業の行う「ビジネス」がもはや単なる「ビ
ジネス」ではない、ということを示唆する
ものである。しかしCSRについては、思想
的には両極の方向から、懐疑的な見方が示
されている。ひとつの方向からの批判は、
利益の最大化に専念するほかには企業が行
うべき「ビジネス」などないというもので
ある。そして正反対の方向からの批判は、
CSRは個別企業が人々の好印象を買うため
には有効だろうが、社会や経済の問題の解
決にはつながらないというものである。そ
して企業行動を批判する人々にとって、こ
の社会経済の問題解決こそが最大の懸念な
のである。
企業経営者たちは、この両方の人々を
満足させようと試みている。調査において
我々は「CSR(企業の社会的責任)」とは
何を意味するかという問いを、CSR担当者
にぶつけてみた。共通した認識は、CSRと
は利益を獲得すると同時にすべてのステー
クホルダーの社会的ニーズにも応えること
というもので、実際のところ、これ以外に
CSRに関する共通認識は、ひとつとして存
在しなかった。突き詰めてしまえば、社会
的に責任を持つということは主観的な行為
である。それは、ビジネスの行い方、業界
や企業のおかれた環境だけではなく、経営
者がどのようにCSRを捉え、それを実行し
ていくのかにもかかっている。
エコノミスト・インテリジェンス・ユ
ニットでは、CSRを次のように定義した。
すなわちCSRとは、あるビジネス活動に対
して株主以外の関係者が意見を述べること
は正当なことであると企業が受け入れるこ
とである。なぜ受け入れられなければなら
ないかといえば、関係者はその企業の活動
から影響を受け、また企業の自発的対応か
らも影響を受けるからである。この意味か
らいえば、企業の社会的責任(Corporate
Social Responsibility)とは、本質的には
「企業の社会的 対応 」(Corporate Social
Responsiveness)というべきものである。
この観点からみてみれば、「企業の社会的
責任」(CSR)と「社会的な責任を伴う行
動」とは、混同されるべきものではない
(もちろん両概念は重なりあう部分が多い
が)。従ってCSRは、企業の最優先の目標
である利益の獲得と、矛盾対立するもので
はない。しかし、利益追求とCSRのどちら
にも対応してバランスをとっていこうとす
れば、たとえいかに上手に処理したとして
も、利益に影響が出るのは避けられない。
広義の定義としてはこれで十分だろう。
しかしCSRの具体的な構成要素については、
万人に認められたガイドラインというもの
はいまだ存在していない。
日本におけるCSRを理解するために本
稿ではその規準として、日本企業が共通
して採用してきた「国連グローバル・コ
ンパクト」(the United Nation s Global
Compact, GC)、「GRIガイドライン」
(the guidelines of the Global Reporting
Initiative, GRI)、日本の麗澤大学の高巌教授
が考案した「エックス2000」(the Ethical
Compliance Standard 2000, ECS2000)など
に注目することにする。
上記の諸規準は、それぞれ強調する部分
に違いはあるにしても、多くの部分におい
© The Economist Intelligence Unit 2005
11
商人道
日本におけるCSR
て共通している。全般的にみると、これら
の規準はすべてCSRを3つの異なるレベル
に分けている。第一のレベルは、企業の意
思決定の構造である。これは「コーポレー
ト・ガバナンス」としてよく知られている
が、ここには倫理綱領の策定と実施、およ
び監査、内部統制など法遵守の概念が含ま
れている。さらには、取締役会が多様な意
見を聴きそれに従って行動すること、経営
に関わるいかなる個人または派閥も批判的
意見を抑圧できるほどの支配力を持たない
ことを保証する諸方策なども、ここに含ま
れる。
第二のレベルは、「善良な経営判断」
と呼ぶべきものである。これは、従業員、
取引先、顧客、さらには環境など企業活動
から影響を受ける他のすべての事項に対し
て、企業が法律に定めるところを越えて誠
実に取り扱うことを要求するものである。
企業には、良好な労働環境を提供するこ
と、納入業者や配送業者に対し市場支配力
を濫用しないこと、製品の品質を保証する
こと、環境保護のために廃棄物の削減と資
源の有効利用を進めることなどが期待され
る。
第三のレベルで求められているのは、社
外の人々との関係を構築し、社会への還元
に努めることである。こうした「ステーク
ホルダー」(利害関係者)との関係構築の
ための主な活動としては、従業員、顧客、
地域コミュニティ、非政府団体(NGO)な
ど社外の社会的団体から意見を積極的に受
け入れることが挙げられる。具体的な貢献
活動としては、奨学金、文化イベント、ボ
ランティア活動などに対する財政的支援な
どのプログラムが考えられる。
企業の経営陣は、経済的に見合いつつ
社会的にも責任を果たすことのできる基準
をできるかぎり多く取り入れようとしてい
る。こうした企業経営の業績評価について
は、経済(利益)、環境(資源利用と廃棄
物排出)、社会(従業員、顧客、その他の
12
© The Economist Intelligence Unit 2005
関連コミュニティへの影響)という3つの
側面から評価する「トリプル・ボトムライ
ン」(Triple Bottom Line)と呼ばれるもの
が採用されている。
このようなCSRにおける最近の傾向が、
従来の動向と異なる点としては、活動に対
する統一的な標準規格が作成・採用されて
いるという点が挙げられる。さらに、こう
した標準規格を各企業のCSR活動が満たして
いるかどうかを認証する資格を持つ公的な
第三者機関も、生まれてきている。第三者
機関の誕生により、CSRは従来よりも社会的
に認知されるようになってきた。新しい社
会的審査機関は、これまで以上の影響力を
持つが、また制約も大きい。各企業はみず
からの活動が認証されることを強く望んで
いることから、これら審査機関は大きな影
響力を有するに至っている。反面、標準規
格と検証の手続きは事前に決められている
ため、インタビューや解釈については、こ
れらの機関が以前と同様の自由度を持つこ
とはできなくなった。
企業が外部の機関から認証を得る際に
期待することは二点ある。第一点は、企業
やその経営者、製品に対する信頼を高める
ことである。いろいろな業種で、認証を得
なければ経営が成り立たない環境になって
きており、取引関係を強めるためにも認証
は必要である。しかし、もっと重要な目的
は、顧客にある。ここ数年にわたり相次い
だスキャンダルで、企業に対する消費者の
信頼が失われていることは、企業も身にし
みて感じている。認証を得れば企業イメー
ジの改善につながり、消費者の信頼を取り
戻す第一歩になりうると考えているのであ
る。
企業イメージの向上が当初の目的であっ
たとしても、形式的に認証を受けるだけで
は消費者の信頼回復につながらないこと
は、じきに明らかになった。そこで、認証
の過程で得られる情報やアドバイスを活用
して経営システム自体を改善することが、
商人道
日本におけるCSR
第二の目的となった。企業にとって、これ
は緊急の課題である。大手企業でスキャン
ダルが続発したことから、経営システム上
の欠陥はどの企業にもありうることが明ら
かとなった。目先の利益を求めてスキャ
ンダルを引き起こしてしまえば、そのツケ
は巨額にのぼることも明らかとなった。最
悪の場合、企業は倒産に追い込まれてしま
う。こうしたことから、企業は従来には考
えられなかった手段、つまり外部の独立し
た検査官に業務を検査してもらう、という
手段を取るようになった。これはより効果
的で透明性の高い経営へ向けての、大きな
一歩である。
このようなCSRにおける最近の傾向が、
従来の動向と異なる点としては、活動に対
する統一的な標準規格が作成・採用されて
いるという点が挙げられる。さらに、こう
した標準規格を各企業のCSR活動が満たし
ているかどうかを審査する資格を持つ公的
な第三者機関も、生まれてきている。新し
い社会的審査機関は、これまで以上にその
役割と専門性を高めており、また各企業は
みずからの活動が認証されることを強く望
んでいることから、これら審査機関は大き
な影響力を有するに至っている。同時に、
標準規格と検証の手続きは事前に決められ
ているため、インタビューや解釈について
は、これらの機関が以前と同様の自由度を
持つことはできなくなった。
採用される標準規格がどのようなもので
あるにしても、CSRへの取り組みを判断す
る具体的な基準の数は、数百にも達する。
そのすべてまたはほとんどを満たすこと
は、企業には期待されていない。例えば、
AIGグローバル・インベストメント・グルー
プ(AIGGIG)の東京支部は、2005年中に
立ち上げを予定しているCSRファンドに組
み入れる企業を選ぶ指標として、250近く
の規準をリストアップした。AIGGIGのリー
ジョナル・バイスプレジデントであるジョ
ナサン・シューマン氏によると、評価は
倫理が第一、労働慣行が最後
企業にとって最も重要なCSR分野
(〇は1つだけ)
日本企業
CSRを推進している日本企業
倫理
84
88
82
コーポレート・ガバナンス
75
72
63
コミュニティ・リレーションズおよび開発
31
41
43
労働慣行
20
31
35
フェアトレード
8
6
7
サプライチェーン
8
6
8
人権に問題のある国を避ける
出典:エコノミスト・インテリジェンス・ユニット
14
© The Economist Intelligence Unit 2005
14
10
12
日本以外の企業
商人道
日本におけるCSR
環境や消費者関連課題にも大きな関心
日本、米国、英国での社会的関心事
(〇は1つだけ)
日本
米国
英国
環境
71
54
63
消費者の健康と安全
67
45
43
消費者への品質保証
61
53
46
汚職
52
63
58
雇用の確保
31
55
37
職業上の健康と安全
30
45
43
労使関係
27
53
42
機会の平等
25
42
39
コミュニティ・リレーションズ
16
42
34
強制労働、児童労働
14
54
58
出典:環境省
100点満点で行われたが、最高点をとった企
業でも、その得点は50点に届かなかったと
いう。
将来、こうした多種多様なガイドライン
は、国際標準として唯一認められている国
際標準化機構(ISO)の制定する規準にとっ
て代わられる可能性もある。ISOでは、品質
管理に関する国際標準(ISO 9000)および
環境管理に関する国際標準(ISO 14000)を
すでに制定している。単一の国際標準へと
収束すれば対応すべき目標が明確になるの
で、日本の経営者たちは一本化の動きに安
堵する一方、それが日本になじまないか、
あるいは日本の社会慣行とのあいだに軋轢
を生じるような社会規範への対応を迫られ
るのではないかとの不安を募らせている。
現在のところ、欧米の競合相手と同様に
日本の企業もまた、多種多様なCSR標準の
なかから、みずからの強みを最大限の活か
すことができ競争力の強化にもつながると
考えられるものを取捨選択して採用してい
る。我々の調査では、CSRのさまざまな分
野のなかで日本企業は、特に倫理とコーポ
レート・ガバナンスに重点を置いているこ
とが明らかになった。欧州、北米、その他
の地域の企業も、倫理とガバナンスに重点
を置いてはいるが、それと同時にコミュニ
ティ・リレーションズと労働慣行を日本企
業に比べるとはるかに重要視している。
この取捨選択というやり方は、日本の環
境省が2002年と2003年に実施した調査で
も明らかになっている。米国と英国の企業
に比べると、日本企業は製品の安全性や品
質保証といった消費者関連の課題に重点を
置いている。日本企業はまた環境や汚染に
大きな注意を払っているが、その一方で、
機会の平等のような労働問題やコミュニ
ティ・リレーションズなどについては、そ
れほどの注意を払っていない。
単一のCSR標準が登場してきた場合に、
このように国によって異なる対応がひとつ
に収斂していくとは必ずしも限らない。実
際、発展途上国からは標準化によって途上
国から投資が逃げていくのでないかとの声
があがっており、またNGOは自分たちの領
域を侵食する動きとの危惧から、単一化の
動きに反対を表明している。2004年6月に
ストックホルムで開催されたISOの技術管
理評議会(Technical Management Board)
の会議においてホスト役であるスウェーデ
ン代表は、CSRの国際標準を制定すべきで
あるとして、こうした疑念をなんとか克服
し、過半数からの支持を取り付けた。しか
し日本代表を含む先進国グループは、CSR
© The Economist Intelligence Unit 2005
15
商人道
日本におけるCSR
に対して「One-Size-Fits-All」つまり汎用基
準の採用には反対の姿勢を崩さなかった。
そこでひとつの妥協案として、新たなガイ
ドラインについては第三者機関の認証を必
要とせず、その遵守については自己申告す
る、というものになる見通しである。
ISO基準は2007年に暫定的に発布される
予定だが、その内容はCSRプログラムの内
部構造、プロセス、リソースなどを明確化
するものとなる見込みである。しかしこ
れでは、CSRが全従業員の全行動の指針と
なる基本理念というよりは、むしろCSRに
とってのチェック表となるのではないかと
の懸念が出されている。米国のNGOである
BSR(Business for Social Responsibility)の
プレジデント兼CEOであるアーロン・クレ
イマー氏は、規則ベースのCSRと原則ベー
スのCSRとのあいだに一線を引いている。
クレイマー氏は「多くの企業は、してはい
けない行動または従ってはいけない行動に
ついて社内規定を設けている。しかし、た
とえそうした正規の規定を設けていなくと
も、責任を持った行動をしている企業もあ
る。そうした企業には、CSRが企業文化と
してすでに根付いているからだ」と述べて
いる。
日本企業は、社会的責任に関しては欧米
企業よりも原理原則を重視するのが一般的
である。日本の卓越した企業の創業者たち
は通常、企業理念をまず公にするところか
らビジネスを始めた。最も重要な例は、松
下電器産業の創業者である松下幸之助であ
る。ヘンリー・フォードと同様に、松下は
大衆マーケットにおいて自社製品を「まる
で水道水のように安く」販売したいと考え
ていた。しかしフォードとは異なり、松下
16
© The Economist Intelligence Unit 2005
はビジネスの目標とは利益の追求だけでは
なく市民への奉仕でもあると信じていた。
松下はその経営哲学を「企業利益と社会正
義の調和」という標語で表現した。
こうした原理原則を基本とするやり方
は、現在でも実践されている。米国デュー
ク大学のアリー・Y・ルイン教授のチーム
は、1995年に日本で企業市民プログラム
に関する調査を実施し、その結果、欧米諸
国では企業市民プログラムにも経営管理上
の公式手順を採用するのが一般的であるの
に対して、日本企業ではそうしたやり方は
なるべく避け、代わりに原則や指針といっ
たかたちで処理していることを明らかにし
た。最近では、東芝の執行役専務の清川佑
二氏は、企業が社会的責任を果たすのは経
営において「当然」のことであるという発
言をしている。これは日本の経営者に共通
した考え方である。
しかしたとえそうであっても、日本企
業はISOに歩調をあわせているように見せ
ようと気を配ることになるだろう。日本企
業の多くは、日本国内よりも海外において
そのビジネスが急成長しており、こうした
海外市場では、取引先からCSRの認証を求
められるからである。エーザイの福田英男
氏は、同社ビジネスの成長部分のほとんど
は、日本市場ではなく米国市場でのもので
あると述べている。1990年代には同社の米
国における売上高は総売上高の3分の1で
あったが、現在では2分の1にまで高まっ
ている。これには、日本経済の成長鈍化お
よび日本での規制の強さのほかに、米国の
メディケア(高齢者向け医療保健制度)が
カバーする処方薬の数が多いことが、その
理由として挙げられる。
商人道
日本におけるCSR
第2部
これまでのCSR
日
本企業は現代的なかたちのCSR
における社会の期待について、
すでにそのいくつかに対処して
きた経験を有している。その大
半は、1970年代の高度経済成長時代の公
害問題に対する国民の憤りに端を発するも
ので、熊本県水俣湾での水銀汚染による水
俣病、三重県四日市市での工場排煙を原因
とする四日市喘息などは、その代表例であ
る。1972年、日本政府は環境庁を新たに設
立し、1990年代になると日本では初の環境
基本法をはじめ、さまざまな環境法規を成
立させていった。そしてこうした動きに対
応して、企業は環境管理システムを迅速に
整えていった。
国内の企業城下町での伝統的な責任を
果たすこと以外に、日本企業がコミュニ
ティ・リレーションズ分野で積極的な取り
組みをはじめて行う契機となったのは、
1980年代における海外投資の拡大であっ
た。グローバル化により米国での日本企業
のプレゼンスが高まったことで疑惑と批判
が強まり、それに対処する必要が出てきた
ことから、1988年にはソニー創業者であ
る盛田昭夫氏のリーダーシップのもとに米
国に対米投資関連協議会(the Council for
Better Investment in the US)が設立され
た。設立1年後、その活動は日本経団連が継
承して(社)海外事業活動関連協議会(the
Council for Better Corporate Citizenship)
を設立した。それまで日本企業は、寄付や
ボランティア活動など米国内でのコミュニ
ティ・リレーションズ活動は、経験したこ
とがなかった。協議会の活動は、そうした
コミュニティ・リレーションズ活動の先陣
を切るものとなった。
同時に、当時の金融バブル発生によっ
て、日本企業の懐具合は潤沢になり、それ
に伴って企業みずからがフィランソロピー
活動や地元コミュニティへの投資などを
開始した。1990年には経団連が「1%クラ
ブ」を創設、メンバー企業には営業利益の
1%をフィランソロピー・プログラムに費や
すことが求められた。2004年までに、経団
連の会員企業1,306社のうち273社が同クラ
ブに加入した。
その後、企業におけるこれらの活動は、
1990年代から連綿と続く長期不況のなかで
他の活動と融合しつつ、「共通通貨」とし
ての名称である「企業による社会的責任」
(CSR)へと引き継がれていった。そして
こうした初期の融合化がさらに進むきっ
かけとなったのが、雪印乳業、日本ハム、
三菱自動車などによる企業不祥事の勃発で
あった。これらの企業は、顧客を意図的に
欺き、その安全と健康を危険に晒したので
ある。こうした企業スキャンダルの頻発に
より、企業に対して倫理行動の徹底とコー
ポレート・ガバナンスの強化を要求する声
がさらに高まることとなった。こうした要
求に応えるべく日本の各企業は現在、こ
れまでの品質保証、顧客満足、地域活動と
いった活動に加えて、現代的なCSRプログ
ラムを数多く実施するようになってきてい
る。
環境
2003年後半、経済同友会は、900社に勤め
る1,400名以上の会員を対象に調査を実施し
た。その結果、回答者の10人中8人が自社
には環境方針があると回答した。またリサ
イクル対策については94%、省エネ対策に
© The Economist Intelligence Unit 2005
17
商人道
日本におけるCSR
環境への好影響
日本企業が削減に成功した課題の比率
廃棄物
61
温暖化ガスの排出
58
水の消費量
50
エネルギー消費量
46
資源消費量
44
出典:経済同友会
ついては92%があると答えた。さらに77%
が新製品の計画、開発段階において環境に
与える影響について算定していると答えて
いる。84%が環境保護問題について従業員
への教育が行われていると述べ、80%がISO
14000など外部の環境証明の取得に取り組ん
でいると回答している。そして10人中4人が
自社は全業務においてISO 14000の認証をす
でに取得していると述べている。
こうした活動はプラスの効果を生み出し
ている。同じく経済同友会の調査結果によ
ると、40%以上の回答者が、自社はこの3年
間で廃棄物、排出物、資源消費量の削減に
成功していると答えている。
日本の公衆が環境問題への関心を深め
ていくにつれて、日本企業は政府規制以上
の環境対策を行うようになった。例えば東
芝は、ノンフロン・省エネ型冷蔵庫、節水
型洗濯機、省エネ型エアコン、消去可能ト
ナー(紙に印字された文字を消去して再
利用できる)など、環境にやさしい製品・
技術を開発した。トヨタとホンダは、ハイ
ブリッドカーを販売している。ハイブリッ
ドカーは環境保護論者の要求に応えるだけ
でなく、消費者の人気を集めていることか
ら、株主の要求にも応えるものである。
一方、電気・電子機器業界は、有志企
業によるボランタリー組織である「グリー
ン調達調査共通化協議会」(the Japan
Green Procurement Survey Standardisation
Initiative)を共同で設立した。同協議会で
はサプライヤーを対象に環境マネジメント
18
© The Economist Intelligence Unit 2005
システムに関する調査を実施し、各サプラ
イヤーは自社製品に対する自己査定を行っ
ている。自社製品がある種の化学物質を含
んでいる場合、当該サプライヤーは物質が
用いられている部品や、それを用いた理由
などをリストアップして公表しなければな
らない。
金融部門では住友信託銀行が、太陽光
発電システムが設置された環境にやさしい
住宅を対象とする特別ローンを創設してい
る。これは、設置されている太陽光発電シ
ステムの能力にあわせて20年から30年の
金利固定型ローンで、その金利は通常金利
よりも最大1.85%の優遇措置を受けること
ができる。住友信託ではまた、風力発電利
用農場やリサイクル、廃棄物処理施設など
の環境に配慮した施設にも融資を行ってい
る。
日本企業のほぼすべてが、環境保護活動
からは経済的なメリットも享受していると
述べている。少なくともこうした活動の実
施は、特に欧州では政府調達契約の獲得に
有利に働いている。さらに1990年代後半以
降は一般の日本人にとって環境問題がさら
に重要なテーマとなってきており、そのた
め環境への取り組みは効果的なマーケティ
ング・ツールとしても利用できる。
だが企業にとって、環境指向の企業姿勢
は本当に経費節減につながるのだろうか。
その結論は、実は明確なものではない。
富士ゼロックスでは、使用済み部品を修復
して新品のコピー機や複合機に再利用する
「統合リサイクルシステム」(Integrated
Recycling System)を進めており、5年目の
2003年になってようやくわずかながら利益
をあげた。
東芝は過去5年間、汚染防止、二酸化炭素
排出の削減、グリーン調達とリサイクル、
土壌浄化、環境教育、環境にやさしい製品
の開発などに年平均で360億円を費やしてき
たと述べている。しかしその見返りについ
ては、有形無形を合わせても年平均で280億
商人道
日本におけるCSR
円にすぎないと見積もっている。
製紙メーカーの日本ユニパックホール
ディングスは、2003年に環境対策として
557億円を費やした。内訳は水質汚染の防
止、リサイクルの推進などの経費と、資源
の効率利用システムなどへの投資がほぼ
半々であった。しかしその成果として具体
的な数値に表れたのは、おもに省エネとリ
サイクルによる50億円分にすぎなかった。
小売スーパーの西友では、2003年の環境
関連費は25億円に達しているが、その成果
は電気代の節約などによる7億円にすぎな
い。
環境会計が抱える問題点(CSR全般の問
題点ともいえるが)は、費用の算定が簡単
であるのに対して、顧客満足など成果の算
定はそうではないということである。さら
に、ある管理システムを導入していなかっ
たとすれば生じていたであろう費用を正確
に算定することは、まず不可能といってよ
い。しかしこうした算定を試みている企業
も、なかにはある。例えば米国では、IBM
が2002年の環境関連費を総額で1億7,100万
ドルと見積もっているが、その成果につい
ては総額で費用を大幅に上回る2億3,800万
ドルだとしている。そしてこの数字のなか
には、環境関連訴訟の減少によって浮いた
6,700万ドルが無形の成果として組み入れら
れている。
職場
本稿は、日本における日本企業の活動だけ
をとり扱っていることから、人権、「ス
ウェット・ショップ」(劣悪な労働環境
の搾取工場)、児童労働、人種差別といっ
た諸問題については、ここでは触れていな
い。日本では、これらの問題は些少あるい
はほぼ存在しないといってよい。しかしな
がら、CSRでの労働問題において日本にも
関連性のある問題は、このほかに数多く存
在している。例えば、職場の健康と安全、
トレーニング、労働環境、仕事と生活との
バランス、多様性などである。
最初に挙げた職場の健康と安全、トレー
ニングという2つの領域については、日本
企業はきわめて優秀である。日本における
職場での事故率は、驚くほどに低い。公式
データによると、労働100万時間あたりの
事故率は1.8である。これは、労働者一人の
一年の労働時間が2,000時間として、労働者
100人に対して一年に約0.35回の事故が発生
していることになる。米国では、5.7回であ
る。同様に日本政府の計算によると、日本
において一年間でけがや病気で失われた労
働日数は100人あたり0.02日であり、米国で
は2.3日である。
日本企業は、従業員教育においても優秀
である。例えば総合商社の丸紅は、すべて
の従業員に対して8年間の教育期間を設けて
おり、社内で一般従業員用と経営陣用の2
つのビジネススクールを運営している。同
じく総合商社の三井物産では35のトレーニ
ングコースを設けており、毎年約2,000人の
従業員が受講している。東芝では従業員の
キャリア開発支援のために約600のプログラ
ムを開発している。
社内トレーニングが充実している背景に
は、日本企業が伝統的に社外から中堅労働
者を雇い入れることを極端にいやがるとい
う事情がある。つまり日本企業は、社内の
従業員すべてを、否が応でも訓練しなけれ
ばならないのである。2003年の経済同友
会の調査では、会員が所属する企業の71%
が総合的な教育トレーニングプログラムを
持っており、また69%が幹部候補のための
トレーニングプログラムを持っていること
が判明した。
一方、労働と生活のバランス、多様性と
いった点では、日本はそれほど進んでいる
© The Economist Intelligence Unit 2005
19
商人道
日本におけるCSR
徳の報酬
フィランソロピーから企業は何を得ると考えているか
コミュニティとの関係改善
59
ブランド価値のイメージ改善
55
認知度の向上
31
顧客との関係改善
28
ネットワーク強化
23
従業員の愛社意識の強化
9
主要業務へのフィードバック
8
入社希望者の興味の向上
4
出典:Corporate Philanthropy Council of Japan
とはいえない。これらの点については、日
本企業のCSRでの弱点を考察した第3部にお
いて詳しく触れることにする。
コミュニティ
すでに述べたように、日本においては社会
還元という考え方はかなり長い伝統を持っ
ているが、しかしそれが日本企業での広義
のCSR活動のなかに組み入れられたのは、最
近のことにすぎない。2004年の4月から5月
にかけてthe Corporate Philanthropy Council
は、日本企業632社を調査した。同調査の結
果、2003年度においてフィランソロピーに
関するプログラムを実施した企業は6割にの
ぼったことが判明した。一社あたりの平均
プログラム数は6.2であり、その60%が各種
イベントに対する資金援助で、30%は企業
が直接行うプログラムであった。支出金額
は一社平均で6,400万円であった。
なぜフィランソロピー活動に関与するの
かという質問に対しては、さまざまな回答
が寄せられた。社会貢献のためとの答えが
88%、芸術文化支援のためが62%、企業イ
メージ向上のためが54%であった。フィラ
ンソロピー活動から生じる主な利益として
は、社会との良好な関係づくりとブランド
イメージの向上がその答えに挙げられた。
20
© The Economist Intelligence Unit 2005
こうした種類のCSR活動を厳しい目でみ
ている人々もいる。エコノミスト・インテ
リジェンス・ユニットの姉妹紙である『エ
コノミスト』誌は、2005年のCSR調査にお
いて次にように断じている。「企業がその
利益のなにがしかをいわゆる 大義名分 の
もとに費やす時、その経営者は、みずから
を犠牲にするのではなく、株主を犠牲にし
て、みずからの 仏心 を満足させようとし
ているのである。これは道徳的にみて、か
なり怪しげな行いである」。CSR担当者に
もフィランソロピーに対して少し懐疑的な
見方をしている者が多い。懸念の中で多く
見られるものは、こうした行為が、企業活
動のあり方を根底から変えるというCSRの
最大の目的からは外れた方向に経営資源を
向かわせてしまい、結局は企業とコミュニ
ティとの永続的な関係の改善にはつながら
ない一時的な影響しか与えられないのでは
ないかというものである。
その一方で、フィランソロピー活動は
企業に実質的な利益をもたらし、ひいては
株主の利益にもつながると主張する企業経
営者の数も多い。IBMのコーポレート・コ
ミュニティ・リレーションズ担当バイスプ
レジデントでIBM財団プレジデントであるス
タンレー・リツゴウ氏は次のように記して
いる。「企業は社会の繁栄のうえにのみ生
き残ることができる。企業を取り巻く社会
商人道
日本におけるCSR
基盤が脆弱であれば、ビジネスを成功させ
続けるチャンスはほとんどない。従って、
人々が十分な教育を受け、安全な環境と魅
力的な職業を享受し、コミュニティの芸術
活動に楽しんで参加できるような社会を作
り出すために企業が投資を行うということ
は、単にみずからの評判を高めるためだけ
でなく、賢明な利己心とでもいうべきもの
である」。IBMは2002年に全世界のコミュ
ニティ貢献活動に1億4,000万ドルを費やし
ており、そのほぼすべてが教育の支援に用
いられている。
インターネットのウィルス検出ソフト
ウェアで有名なトレンドマイクロ社は、中
国、台湾、フィリピンにおいて、インター
ンシップと奨学金のスポンサーとなるとと
もに、大学講座に支援を行っている。同
社CFOのマヘンドラ・ネギ氏は次のように
語っている。「当社はそのビジネスの性格
上、最も優秀な人材を雇わなければなら
ない。ところが最も優秀な人材であればこ
そ、彼らにはリクルートの誘いも多い。
従って当社としては、優秀な人材が当社に
対して持つイメージを向上させていくよう
な活動をしていかなければならない。当社
のあらゆるイベントでは、リクルート対象
者を当社の代表と会わせ、当社がどのよう
な会社であるかを知ってもらう。当社の側
からみればこれはチャンスである。こうし
たイベントを継続していくには関係者全員
が利益を得ることが不可欠である。つまり
株主からも支持を得なければならない」
ラベル、バーコード、データ収集のた
めの機器システム・メーカーである株式会
社サトーにとって、企業フィランソロピー
22
© The Economist Intelligence Unit 2005
の利益と株主の利益は、ほぼ表裏一体であ
る。というのも同社の発行済み株式の12%
は、サトー国際奨学財団が保有しているか
らである。同財団では、アセアン諸国およ
び南西アジア諸国の学生を対象に日本で勉
学を行うための奨学金を提供しているが、
そこには「いつの日か我々の学生たちが、
それぞれの母国の発展を担う重要な仕事に
就き、ひいては世界平和の実現に向けて大
きな役割を果たすことを願う」という理念
が根底にある。IBMやトレンドマイクロと同
様にサトーもまた、教育分野でのフィラン
ソロピー活動は、自社のイメージを高める
とともに、将来の従業員確保の一助になる
と考えている。
日本企業は、社会からの要望に対して、
直接的な援助活動というよりも、むしろさ
まざまな手段を通じてそれに対応してい
る。住友信託銀行では「日本社会の高齢化
への当社の対応のひとつとして、我々はす
べての支店に サービスアシスタント を置
いた」と述べている。 サービスアシスタン
ト とは、日本ケアフィットサービス協会の
サービス介護士資格を持ち、例えば目の不
自由な顧客や車椅子の顧客の補助を行う訓
練を積んでいる従業員のことである。こう
した対応は間違いなくコスト増につながる
が、同時にビジネスとしての合理性を明確
に持っていることも確かである。
以下に述べるスタンダード・チャーター
ド・バンクにおけるフィランソロピー活動
のケーススタディは、企業がある種のプロ
グラムへの支援を決定する際の理由とその
方法、そしてそうした活動から何が得られ
ると考えているのかを示すものである。
商人道
日本におけるCSR
ケーススタディ:スタンダード・チャータード・バンク
スタンダード・チャータード・バンクは、150年の歴史を
有するグローバルバンクである。同行は、アジア・アフリ
カ・中東地域での融資をその中心業務としており、そして
この地域的特徴が、同行のフィランソロピー活動への積極
的な取り組みを決定づけることとなった。同行の「グロー
バル・コミュニティ・プログラム」が支援しているイニシ
アティブは、HIV(エイズ)患者への支援と、予防可能な
白内障による失明の是正の2つだけである。この2つの疾病
は、急成長市場である中国とインドを含み、同行が営業を
行っているほとんどの国において人々を苦しませている。
人々の苦しみは痛ましいが、この2つの疾病の問題はそ
れだけにはとどまらない。スダンダード・チャータード・
バンク在日総支配人のマーク・デヴァダソン氏によると、
HIVと治療可能な失明は、財政と人材の両面において大き
な損失を生み出しており、各国の経済と労働市場を混乱に
陥れている。企業にとっても、HIVによる従業員の入れ替
わりの激しさから損失を蒙っている。さらに従業員が失明
した親戚の世話をしなければならないために、多くの労働
時間が失われている。デヴァダソン氏は「CSRを活気づか
せるには、それを経済的にも見合うものにしなければなら
ない」と述べている。同行株主もこの2つのイニシアティ
ブについては基本的に支持している。
この2つの疾病に苦しむことがほとんどない日本の従業
員も含めて、同行では全従業員を対象に、HIV予防と治療
可能な失明に対する同行の取り組みについて、その概要を
説明している。従業員たちは、この2つの取り組み分野を
選ぶ際の選定作業に実際に参加した。数年前、同行は数多
くの分野でフィランソロピー活動を行っていたが、分野
を絞り込む方針を決め、従業員にその意見を求めたのであ
る。「プロジェクトを成功させるには従業員主導でなけれ
ばならない。経営陣の主導だけではうまくいかない」とデ
ヴァダソン氏はいう。
そうしたプロジェクトはまた同行のリクルート活動の
一助ともなる。デヴァダソン氏は、従業員は自分が働いて
いる企業に満足している場合には、人一倍はたらくものだ
と考えている。「最も優秀な従業員は会社を選ぶことがで
きる。会社が彼らを見定めているのと同じぐらい、彼らは
会社を見定めているものだ。そうした人材は、単なる金儲
けマシンのような企業よりも、倫理的な企業で働きたがる
ものだ」と同氏はいう。こうした倫理的な配慮はフィラン
ソロピーに限らず、他のCSR領域でも関係してくる。例え
ば、すべての与信審査では社会的、倫理的、環境的リスク
が厳しく査定される。
© The Economist Intelligence Unit 2005
23
商人道
日本におけるCSR
第3部
CSRの現状
伝
統を継承し、また社会の期待と
政府の規制に促され、日本企業
は環境、労働環境の安全、人材
教育、フィランソロピーといっ
たCSRの各分野への取り組みを改善させて
きている。一方、日本企業がいまも西欧の
競合相手から遅れをとっている分野として
は、コーポレート・ガバナンス、ステーク
ホルダーとの対話、インベスター・リレー
ションズなどが挙げられる。
エコノミスト・インテリジェンス・ユ
ニットの調査結果が示すように、日本企業
は倫理問題とコーポレート・ガバナンスを
CSRの各分野のなかで最も重要なものとみ
なしている。CSRプログラムを進めるうえ
で最も重要な要素は何かという問いに対し
て、日本企業の7割が、コーポレート・ガバ
ナンス制度の根幹であるリスク・マネジメ
ントだと答えている。だが、もしそうなら
ば、なぜ日本企業はコーポレート・ガバナ
ンスの強化に遅れをとっているのであろう
か。
大まかにいえばその答えは、古いビジ
ネス手法と新しいビジネス手法とのあいだ
に生じている緊張関係にある。コーポレー
ト・ガバナンスが日本の経営者のあいだで
重大な関心事となったのは、1990年代に
入ってからのことにすぎない。当時、頻発
する企業不祥事によって日本企業を見る社
会の目はきわめて厳しいものとなっていっ
た。さらに外国資本が日本の株式市場に参
入し、その結果として株主がみずからの意
見をはっきりと表明するようになった。し
かし、エンロン、タイコ、ワールドコムに
代表されるようにトップ経営者の強欲さが
不祥事の主要因であった米国企業とは異な
り、日本での企業不祥事を引き起こした主
24
© The Economist Intelligence Unit 2005
要因は、個人の意思というよりは、もっと
制度的なものであった。日本の場合、不正
行為はもっぱら企業の下部階層で引き起こ
され、そして経営トップは社内でいったい
何が起こっているのかを知らないか、ある
いは知ろうとしないのである。
ゲームに遅れて参加することはたしかに
不利ではあるが、しかし一方で有利な点も
ある。企業のすべての意思決定が社会と環
境に影響を与えるという見方が広く一般に
受け入れられるようになった後に、日本企
業は企業の統治のあり方について再考しは
じめた。そのため、新しい統治構造を採用
する日本企業は、戦略策定、ビジネス意思
決定、法令遵守、リスク評価といった取り
組みのなかに、社会や環境への影響への対
応策も組み入れている。だがそうすること
で日本企業は、企業所有者は経営者にすべ
てを委ねるべきだといったような従来から
の経営のあり方とのあいだに軋轢を生じる
ようになってきた。こうした旧体制と新体
制との緊張関係の存在が、日本のCSRにおい
てガバナンスやその他の課題への取り組み
がいまも十分ではない理由のひとつとなっ
ている。
法令遵守と内部通報者
コーポレート・ガバナンスは2つの主要部分
から成り立っている。ひとつは、意思決定
とリスク評価における経営トップのあり方
であり、もうひとつは、従業員が抜け道を
利用したり法律を破ったりせずに間違いな
く指示に従わせることのできる全社的制度
である。
まず、日本の経営者たちはガバナンスと
商人道
日本におけるCSR
いう課題を扱う際に、経営管理上の公式手
順を採用するよりは、むしろ原則や指針と
いったかたちで処理するのが一般的であっ
た。経団連は日本企業を対象に1991年に
「企業行動憲章」を策定したが、その後も
企業不祥事が続くなか、経団連は1996年に
は同憲章を改訂した。しかしその後も企業
不祥事は後を絶たず、ここに、単に行動憲
章を定めるだけでは不十分であることが明
らかになった。
1997年に関西商工会議所は、日本には
倫理法令遵守を中心とする標準的な経営シ
ステムが必要であると宣言した。しかし日
本企業はこれに積極的には応えず、最近に
なってISO 9000とISO 14000を遵守する経
営システムの実施のために費用を捻出した
にすぎない。しかしそれでも、日本におい
ても「エックス2000」が、高教授の先導の
もとに開発されている。これは、倫理、監
査、内部統制、内部告発、そして究極的に
はCSRすべてをカバーする社内統制制度であ
る。
日本政府は2001年に消費者契約法を制
定し、こうした動きを後押しした。これは
1968年に制定された消費者保護基本法以来
の消費者保護法の大きな改正であり、新法
では消費者利益に対する損害は企業責任で
あることを明確にするとともに、各組織に
対して集団代表訴訟の権利を認めている。
もうひとつの動きとしては、2004年6月に
公益通報者保護法が公布されたことが挙げ
られる。同法は内部者による不正告発を推
奨することを目的としている。
しかしそれでも、日本企業において法令
遵守制度は、いまだ不十分なままである。
経済同友会の2003年調査結果によると、調
査対象企業の63%が取締役以上の役職者を
トップとする法令遵守担当部署を設けてい
るが、そのシステムがうまく機能している
と考えている企業はその半数にすぎない。
問題なのは、回答者の31%が、法令遵守に
関する各要件が実行されているかどうかを
まったくチェックしていないと答えている
ことである。
指揮系統を通じて情報を上にあげていく
メカニズムもまたうまく機能していない企
業も多い。経済同友会の調査結果では、社
内の報告の上げ方に満足していると答えた
率は28%にすぎない。また自社従業員に法
令遵守をアドバイスする機能について、満
足していると答えた率も同様に低い。
問題は、たとえ違法行為や反倫理的行
為を報告する人物名の機密保持が保証され
ているとしても、報告を行う公的なルート
を確立するだけでは不十分であるという点
にある。もし上司が悪いニュースを聞くこ
とを望まなけば、部下たちは何もいわない
ほうがよいと考えるようになる。必要とさ
れるのは、管理者が情報が流れることを望
み、それを推奨するような体質をもつこと
である。これは自動車メーカーのトヨタで
は、「乾いた雑巾を絞る」という有名な言
葉でよく知られている。
トレンドマイクロでは、従業員がよい
ニュースだけでなく悪いニュースも共有す
るように薦めるには、従来のように内部通
報者システムを設置するだけでは不十分だ
と認識している。そこで同社では、より積
極的なフィードバック・システムを開発し
た。ネギ氏によると、このシステムがある
ことで「通報者は自分が撃たれないことが
わかっている」という。トレンドマイクロ
では、世界のさまざまな地域から10名の重
役レベルの役職者を選抜し、チームを構成
した(同社の全従業員2,400名中、日本にい
るのは400名だけである)。各ディレクター
はそれぞれに10名のマネジャーにインタ
ビューを行い、話し合いにおいては具体的
な問題を選び、それに関わる不満を引き出
すようにした。
インタビュー結果は、独立コンサルタ
ントの助力のもとにまとめられた。インタ
ビューで判明した事実が自分の上司に直
接に報告するにはあまりにも「センシティ
© The Economist Intelligence Unit 2005
25
商人道
日本におけるCSR
ブ」だとインタビュアー(ディレクター)
が感じる場合には、その報告はコンサル
タントから上司に対して行われる。報告が
上部にまで送られ、その反応が返ってくる
と、インタビュアー(ディレクター)はイ
ンタビューした相手(マネジャー)に対し
て、経営陣の反応をフィードバックする。
続いてマネジャーは、自分の部下からも
フィードバックを得るように薦められる。
ネギ氏は次のようにいう。「こうした活動
を通じて、社内のスタッフたちはトップマ
ネジメントが建設的な批判にはオープンで
あり、さらに、内部通報者システムのよう
な他のメカニズムももっと多く利用されて
いるのだろうと考えるようになる」
役員と管理職
日本の経営者たちは、リスク管理と法令遵
守システムがうまく機能しているかどう
かについては非常に配慮する一方、コー
ポレート・ガバナンスの他の主要領域であ
るマネジメント管理のための取締役会の権
限強化については、ほとんど興味を示さ
ない。「ボード・オブ・ディレクターズ」
(取締役会)とは、制度的にいえば利益極
大化を求める企業所有者の代表者の集まり
である。そして社会的に責任ある企業活動
を主張する人々のあいだでは、企業に無責
任な活動を引き起こさせる元凶は視野の狭
い利益極大化追求姿勢にあるとの考えが一
般的である。従ってガバナンス改革におけ
るこの構成要素、つまり取締役会は、あら
ゆる市場においてCSRと対立するものとみな
されることが多い。ところがこうした見方
は、日本の経営管理者のあいだでは特に共
感を呼ぶものでもある。
理論的には、取締役会とは企業の所有者
を代表するものであり、その役目はトップ
マネジメントを監視し、トップマネジメン
トが間違いなく所有者の最良の利益に沿っ
て活動するように計ることにある。しかし
日本では、取締役会がこうした監視機能
を果たすことは稀である。取締役会のメン
バーのほとんどは社長によって任命される
か、あるいは重要部署の責任者である。た
とえ社外取締役であっても、社内から完全
に独立していることは稀である。日本の取
締役会は、実際にはマネジメントの監督者
ではない。なぜなら実際のところ取締役と
は、トップマネジメントがつくりだすもの
だからである。
経済同友会のCSR調査は、マネジメント
の取締役会に対する優位性を如実に示して
いる。回答者の6割が、次のCEO選びには過
アウトサイダーお断り
日本の経営者はどのようにアウトサイダーに門戸を閉ざしているのか
はい
はい、だが不十分
いいえ
現在と過去のCEO以外に、次のCEOを選ぶ人物はいるか。
9
33
59
過去のCEO以外に、現在のCEOを評価し解雇する人物はいるか。
9
37
54
現在と過去のCEO以外に、現在のCEOの給与を決める人物はいるか。
13
45
42
取締役は単にハンコを押す以上のビジネス意思決定を行うか。
24
68
8
ビジネス意思決定の際に外部の視点を採用するか。
25
39
36
企業監査役の支援はあるか。
25
48
27
企業監査役の意見は尊重されているか。
26
66
8
出典:経済同友会
26
© The Economist Intelligence Unit 2005
商人道
日本におけるCSR
去のCEOたちが携わり、現在のCEOの業績
を評価して継続か交代かを決めるのも過去
のCEOたちであると答えている。また約4割
の回答者が、現在のCEOの給与を決めるの
は過去と現在のCEOであると答えている。
またほとんどすべての回答者は、取締役会
は単なるハンコ押し、つまり追認的な意思
決定以上のことを行っていると回答してい
る。しかし面白いことに過半数が、こうし
た行為の結果には不満足であると答えてい
る。
改革の取り組みは、機能よりもむしろ
「かたち」に重点が置かれている。1997
年、ソニーは取締役の数を38人から10人に
減らした。しかし同社は28人の元取締役の
業務についてはそのままに据え置き、「執
行役員」の名称が新たに与えられた。新体
制では、取締役会は戦略的な決定を行い、
執行役員がそれを実施する。しかし、取締
役も執行役員もすべて社内の人間のままで
ある。一橋大学大学院国際企業戦略研究科
のクリスティーナ・アーマジャン教授は次
のように書いている。「執行役員制度では
必然的に、一組のインサイダー(なぜなら
取締役もインサイダーのままである傾向が
あるため)を スーパーバイザー と名づけ、
もう一組のインサイダーを エグゼクティブ
と名づけることになる。従って、アウトサ
イダーが本当のアウトサイダーでない場合
が多い」
他の大企業もソニーに追随するなか、日
本政府は2002年にCEOの権力低下を目的と
する法律を成立させた。新法の大綱は、独
立性を確保するために社外取締役を中心と
する委員会制度を採用した。委員会設置会
社では、その委員会が取締役メンバーの任
命、企業の監査、経営トップの給与の決定
といった事項を取り決める。このように監
督、執行、監視という職能のあいだに明確
な区分が設けられており、CEOと他の取締
役は、指名委員会の推薦のもとに取締役会
が毎年再指名しなければならない。これに
は、日本のコーポレート・ガバナンスにお
ける主要な構造的問題のいくつかを是正し
ようという狙いがある。
問題は、新制度が選択制であるというこ
とである。みずほ銀行の関連会社である日
本投資環境研究所のコーポレート・ガバナ
ンス調査部門チーフである関孝哉氏による
と、東証一部に上場されている1,557社のな
かで改革を選択した企業数は、2004年6月
時点で43社にすぎなかった。新たな3委員
会設置会社制度の採用を検討した企業の数
はごくわずかにすぎなかった。企業の3分の
1は少なくとも一人の社外取締役を任命して
いるが、しかしこうした企業でも社外取締
役の数は、企業の平均的な取締役数10人の
うち、2人程度にすぎず、少数派に甘んじて
いる。新制度の導入が遅々として進まない
大きな理由は、CEOがみずからの権力を、
特に社外のアウトサイダーには手渡したく
ないと考えているためであると、関氏は考
えている。
商法改正を補佐するために法務省に派
遣された経済産業省の中原裕彦氏は、現在
の同法の施行状況には十分には満足してい
ないと述べている。これは、経営者から取
締役会への権限移行という問題だけではな
く、企業の意思決定の監督を行う内部監査
役会の権限強化においても同様である。
日本における内部監査役制度は、公認会
計士の数がまだ不足していた1950年に創
設されたものである。半世紀以上を経た現
在、この制度がうまく機能してこなかった
ことは、さまざまな証拠が示すところであ
る。もちろん、内部監査役の業務は企業財
務諸表の検討および経営者の法令遵守の監
督だけにすぎず、経営の意思決定に対する
監督と異議申し立てについては彼らの業務
ではないという事情もある。経済同友会の
調査では回答者の9割が自社の監査役の意
見は尊重すると答え、しかし約6割がその仕
© The Economist Intelligence Unit 2005
27
商人道
日本におけるCSR
事ぶりには満足していないと答えている。
中原氏は一般に「監査役」とは「閑散役」
だと冗談交じりにいわれていると述べてい
る。
監査役は社長に任命されており、その
ため取締役会では積極的には発言ができな
い。このように監査役が真の意味では独立
した存在ではないことがまずい経営が継続
してしまう要因であると、中原氏は考えて
いる。新法ではこうした状況を是正するた
めに、独立した監査委員会の創設を企業に
推奨している。同監査委員会は3人以上のメ
ンバーから構成され、そのうちの少なくと
も一人は社外の人間でなければならない。
日本投資環境研究所のレポートによると、
東証一部上場企業のなかでいまも伝統的な
経営モデルを維持している1,514社のうち
550社以上が、自主的に監査委員会を設けて
監視機能を強化している。これらの企業で
は平均4人の監査役がおり、その半分が企業
から見て「アウトサイダー」である。
しかし彼らは、実はまったくアウトサイ
ダーではない可能性がある。アーマジャン教
授は次のように述べている。「ここでのアウ
トサイダーの定義は、5年間その企業で働い
たことがない人物である。かくして、元従業
員あるいは密接な関係にある銀行、子会社、
親会社、他の関連会社の経営者などが 外部
監査人となる傾向がある」。関氏も、企業監
査役の独立性については、まだ大いに疑問符
がつく状態である、と同意する。
関氏はさらに議論を進め、3委員会制度
は理論的にはよりよい経営につながるもの
だが、実際にそうなるかどうかは必ずしも
明確ではないという。トヨタなど優良企業
の多くは、今のところ新制度の採用を控え
ている。最大の課題は、形式としての企業
統治構造自体にあるのではなく、経営シス
テムに本当の意味でのアカウンタビリティ
(責任体制)を注入できるかどうかにある
と、同氏は語る。
28
© The Economist Intelligence Unit 2005
例えば、株式会社サトーでは改正商法に
よる3委員会制度をまだ採用していない(同
社では今後採用する計画であるという)。
しかし同社では、トップレベルの意思決定
と内部統制の両方において十分に機能する
メカニズムをすでに確立している。同社の
取締役会メンバー10名のうち4名がアウトサ
イダーであり、議長は会議ごとの持ち回り
である。そして取締役は54才になると退任
しなければならない。同社CEOの藤田東久
夫氏は、日本企業の経営の問題点は多くの
企業において取締役が高齢すぎることにあ
るという。キャリアの頂点を高齢になって
から迎え、しかも引退が近いことから、こ
れまでのやり方を続ける以外には何もしよ
うとはしないのだという。
職場における女性
日本的企業経営の側面のひとつに、従業員
に対する極めて温情的な姿勢がある。特
に、最悪の業績であるにもかかわらず、
給与を引き下げて会社存続を計ろうとしな
い経営の態度に、投資家は怒りを感じてい
る。従って労務関係や雇用条件といった課
題に関しては、CSRの観点から日本は極めて
高い得点を得ていると推測できる。ところ
が実際のところはその反対である。そのこ
とを如実に示すのが、日本の伝統的慣行と
国際基準とのあいだに摩擦が生じた際の問
題である。
本稿の第2部で詳しく述べたように、日本
企業は業務上の安全とトレーニングおよび
雇用保証の面で卓越している。しかしなが
ら従業員の個人生活と仕事とのバランス、
職場での多様性の推進といった面では不十
分である。これまで日本企業は、育児支援
プログラムや家族介護支援プログラムを導
入してきた。また残業の削減、あるいは少
なくともサービス残業の削減にも努めてき
add BVQi ad
商人道
日本におけるCSR
た。しかし残念なことに、日本の労働者か
らみると、あっても使えない有給休暇日数
と同様、こうしたプログラムもまた存在す
るからといって、利用してよいわけではな
い。
例えば、富士ゼロックスでは、2003年
に数千人の従業員のうち育児休暇をとった
のはたった43人にすぎなかった。そしてこ
の数字は2000年の60人をピークに次第に減
少している。子供を持つ女性従業員の率は
1992年の11%から2003年には24%に増加
しており、子供を産んだ従業員の86%がそ
の後も働き続けているにもかかわらずであ
る。
大手スーパーの西友では、女性従業員が
大半を占めていることから、会社側は子供
や家族の世話のもっと時間を使えるように
と一日の労働時間を2時間短縮できる「チャ
イルドケアタイム」「ファミリーケアタイ
ム」制度を設けているが、その制度を利用
するのは、一カ月平均で94人にすぎない。
これに加えて同社では、近親者の世話をす
るために従業員が一年に7日間の休暇をとる
ことのできる介護休暇制度や、さらにはボ
ランティア休職休暇制度なども設けている
が、こうした優遇制度に申し込むものは、
誰一人としていない。
正しいか間違っているかは別にして、日
本の労働者、特に女性は、休暇をとるとい
うことは上司に対して自分が会社のことを
本当に大事には思っていないというサイン
を送ることだと、今でも思っている。そし
て経営者は、こうした考え方をわざわざ自
分から払拭しようとはしていない。
西欧的な概念としての(ただし日本の社
会問題としては必ずしも当てはまらない)
CSRから期待される成果において、日本企
業に実際に不足している課題はといえば、
職場での多様性である。相対的に単一民族
的な社会である日本において、企業がもつ
多様性の問題といえばすなわち、管理職に
占める女性の数を指すことになる。
30
© The Economist Intelligence Unit 2005
伝統的に日本の企業のなかでの女性の役
割は、その大半が制服を着た「オフィス・
レディ(OL)」に限られていた。OLは結婚
したり子供ができたりすると会社を辞める
ことが期待されており、従って意思決定を
行う地位に就くことなどほとんど考えられ
ていなかった。こうした考え方は変わりつ
つあるが、それでも女性は管理職に行き着
くまでには長い道のりを辿ることになる。
経済同友会の調査結果によると、回答を寄
せた企業において管理職全体に占める女性
の比率は、わずか2.6%にすぎない。この数
字は厚生労働省がまとめた数値とも一致す
る。同省では、日本の大企業での女性管理
職の平均比率は2002年でわずか2.8%である
と発表している。
女性管理職の不足は、企業が国際的か
どうか、あるいは対象顧客が女性かどうか
といったことに関係なく、どの企業にも
当てはまる。ソニーでは、米国の管理職の
32%、欧州の管理職の14%が女性である
が、日本の管理職の女性比率は2.4%であ
る。化粧品メーカーである資生堂の正社員
の3分の2は女性であるが、しかし11名の取
締役のなかで女性はたった1名であり、上級
管理職25名のなかでも1名だけである。西
友は顧客のほとんどが主婦であるが、パー
トタイム従業員の80%が女性であるのに対
し、フルタイムの従業員に占める女性の比
率はわずか17.7%である。さらに中堅管理
職では4.8%、上級管理職ではわずか3.4%が
女性で占められているにすぎない。
では、他の分野では従業員への支援を惜
しまない日本企業が、なぜCSRのなかの労
働問題に関しては低い得点しかとれないの
だろうか。ひとつの理由としては、20年前
に比べて、日本企業における労働時間、休
日、女性の役割に関する条件は格段に向上
し、そのために海外を含めたビジネスパー
トナーや社会全体からの圧力が減っている
という事情が挙げられる。だが本当の理由
は、真に流動的な労働市場がないことにあ
商人道
日本におけるCSR
ると、大和総研の河口真理子氏はいう。つ
まり日本の企業は自社のネームバリュー以
外では労働力の獲得のために競争をしない
ため、その結果として採用制度を変えよう
というインセンティブがうまく機能してい
ないというのである。
しかしながら、こうした課題をもう一
度考え直そうとする企業も出てきているよ
うにみえる。例えば西友では、女性が経営
の意思決定に参加できるように直接トップ
との接触の機会を増やし、積極的登用に向
けて人材を育成するプログラム「TMAP」
(Target Management Accelerated
Program)を開始した。女性を顧客とする
企業が遅ればせながらもこうした取り組み
を行いつつあることは、おそらく驚くべき
ことではないだろう。管理層に女性が欠け
ていることで、女性の視点を含めた多様な
見方に接することが難しくなり、そしてこ
れが1990年以降に数多くの日本企業をトラ
ブルへと陥れてきた一種の「集団思考」へ
とつながっていくからである。
また、出生率の低下とともに近い将来人
口が減っていくと考えられている現在、日
本の人口の半分を占める才能を無駄にする
ことは合理的とはいえない。日本企業が予
測するように、経済の動向が今後はさらに
供給よりも需要によって左右されるように
なるとすれば、問題はますます深刻になっ
ていくだろう。多くの企業において女性は
最前線に位置することが多く、小売店、銀
行、顧客サービス部門などでは顧客と直接
に接している。企業としては、顧客ニー
ズを理解する能力と意欲を持ち、会社側に
その情報をフィードバックしてくれる従業
員が必要だとの声があがっている。企業側
としては、女性従業員に対して、キャリア
アップの可能性が限定されているなかで、
いかにしてこうした行動を効率的に行うよ
うに動機づけていくかが問題となる。しか
しこうした問題意識は、日本企業としては
まだ持ちはじめたばかりである。
透明性と報告
社会の期待に応える、主要なステークホル
ダーとの信頼関係を築く、顧客のブランド
ロイヤリティを向上させる、あるいは単に
パブリック・リレーションズ活動の一環―
一CSRプログラムの目的が、このうちのい
ずれであったとしても、あらゆる努力を積
み重ねて、しかもそれを誰にも知らせない
のでは、理屈に合わない。
しかし現実には、みずからの善行につい
てはなるべく目立たないようにしておくと
いうのが、まさに日本企業が伝統的に行っ
てきたやり方である。この理由には、文化
的な背景も挙げられよう。日本では、自己
宣伝は悪いこととみなされているからであ
る。しかし別の理由も考えられる。つまり
最も重要なステークホルダーである顧客や
従業員は、企業の行動をすでによく知って
いるため、そうした行動をわざわざ吹聴す
る必要がないという考え方である。東芝の
CSR担当責任者である鶴田啓之氏は、日本
企業がみずからの行動を詳しく公表しはじ
めたのは、アウトサイダーが日本企業は何
をしているのかを知りたいと要求してきた
時からである、と述べている。
そして現在、日本企業はみずからの行動
を詳しく公表するようになってきている。
環境省の発表によると、環境報告書また
は環境にやさしい事業に関する報告書を発
行した企業の数は2000年には200社であっ
たのが、2003年には743社にまで増えてい
る。またKPMGは2002年に19カ国において
高収益100社に対する調査を行ったが、環
境または環境にやさしい事業に関する報告
書を発行している企業は、英国では49%、
米国では36%にすぎなかったのに対して、
日本では72%にのぼっている。しかし経済
同友会の調査によると、CSRに関する報告
書を発行しているとの回答は57%にすぎな
かった。より規模の小さい企業では、この
数字ははるかに低いと考えられる。
© The Economist Intelligence Unit 2005
31
商人道
日本におけるCSR
さらに印象深いと思われるのは、日本企
業の報告書の多くがGRIガイドラインに準拠
しているということである。GRIに対してそ
のガイドラインを利用して報告書を作成し
たと通告している日本企業の数は、2004年
末時点で122社にのぼる。一方、同様にGRI
ガイドラインを利用している英国企業の数
は68社、米国企業の数は66社にすぎない。
エコノミスト・インテリジェンス・ユニッ
トの調査結果によると、CSRプログラムを
行っている日本企業は、自社のCSR活動を
評価する最良の方法は、定評あるCSR基準
を満たすことにあると考えている。それと
は対照的に日本以外の企業は、従業員や他
のステークホルダーとのコミュニケーショ
ンの頻度と質を評価の基準と考えている。
ここでもまた、日本企業はみずからを
アウトサイダーに公開することで社内のダ
イナミクスを変えることよりはむしろ、定
量化できる基準を満たすことのほうに傾き
がちであることが明らかである。「量」と
「質」は同義ではない。谷本教授は、GRIガ
イドラインは全体としてのコンプライアン
スを要求するものではないことに言及し、
単にガイドラインを採用した企業が多いか
らといって、それだけでは意味が無い、と
述べている。同教授の調査によると各国の
報告書には顕著な相違がみられ、なかでも
日本企業の報告書は、環境管理システムに
ついての記述が多く、その一方で女性管理
職などの社会問題については記述が少ない
傾向がある。日本企業の報告書が多かれ少
なかれ自己宣伝の道具である、ということ
であろう。
非営利団体CPRDの由良氏も同意見であ
る。CSR報告書は多数発行されているが、
単に活動記録を羅列しているにすぎない。
CPRDが本当に知りたいのは、企業が何を
考え、なぜ、またどのように企業が自らの
行動を変えようとしているのか、といっ
たことにある、と由良氏はいう。最近の報
告のあり方では、CSRとは単なるパブリッ
32
© The Economist Intelligence Unit 2005
ク・リレーション活動の一環であるとの認
識を醸成し、逆にCSRが本来意図している
もの、すなわち社会との広範な関係を構築
するという目標を損なってしまう恐れがあ
る。そしてさらに重要なことは、こうした
やり方を続けることで、原理原則に基づい
たCSR活動を行うチャンスが摘み取られて
しまうことである。
サトーの藤田氏によると、最も大事な
のはディスクロージャーである。もしもあ
る企業がみずからの活動を外部に公表した
くないのだとすれば、その企業が実際にも
社会的に無責任な行動をとっている可能性
は否定できない。換言すれば、企業経営者
の最大の社会責任とは、社内のあらゆるレ
ベルで起こっていることを可能な限り把握
し、悪い情報も含めてその情報をすべて公
開することにある。社会的に責任あるアプ
ローチとは、会社の体面を守ることではな
く真実を報告することであり、一般公衆が
その企業に対する正しい判断を行えるよう
にすることである。
ステークホルダーとの対話
ステークホルダーとの対話という概念は、
日本ではまったく新しいものである。その
ため、CSR活動のなかでも最後に取り扱わ
れる課題となっている。すでに論じたとお
り、日本企業は、ほぼ絶対的な権力を持つ
社長を頂点とする閉鎖的社会である。同時
に、従業員、顧客、取引先、債権者、行政
機関など企業との関係を持つ人々や組織の
経済社会的ニーズを満たすうえで、伝統的
に中心的な役割を果たしている。しかしこ
のことは、こうした人々や組織の要望をも
とにして主要な意思決定が行われるという
ことでは、まったくない。まして完全なア
ウトサイダーの要望が考慮されることはな
い。
商人道
日本におけるCSR
「CSR Consortium」は顧客企業のため
にオンラインでステークホルダーとの対話
を企画、運営するグループであるが、その
CEOを務める清水久敬氏は、日本企業がス
テークホルダーとの対話を開始した大きな
理由は、日本企業の海外支社との現地での
対話を要求する欧米企業からの「外圧」に
あるとみる。さらには、現地でのライバル
企業がこうしたプログラムで先行したこと
に対する「横並び」思考も働いているとい
う。日本でステークホルダーとの対話を
開始した最初の企業はソニーとNECであっ
た。
経済同友会の調査によると、自社にお
いて経営陣がさまざまなステークホルダー
と直接に対話を持つ仕組みを整えていると
の回答は、驚くべきことに65%にも達して
いる。また経営陣はステークホルダーの関
係が経営課題であることを十分認識してい
るとの回答率は44%であるのに対して、ス
テークホルダーからの意見聴取が経営意思
決定に生かされているとの回答は18%にす
ぎなかった。
顧客は王様、投資家は貧民
企業がCSRを通じて取り組みたい経営課題
(〇は1つだけ)
日本企業
CSRを推進している日本企業
顧客満足
82
56
マーケティング、ブランドイメージ
72
64
コーポレート・ガバナンス
64
60
競争優位性
50
52
インベスター・リレーションズ
30
34
訴訟問題
20
24
サプライチェーン
18
12
規制問題
16
31
出典:エコノミスト・インテリジェンス・ユニット
エコノミスト・インテリジェンス・ユ
ニットの調査でも同様の結果が得られた。
しかし調査結果をさらに深く掘り下げてみ
ると、日本企業の9割が顧客のことを重要な
ステークホルダーであるとみなしているこ
とがわかる。この比率は、日本以外の企業
では74%である。日本企業がCSRプログラ
ムを通じて取り組みたいと述べている領域
は、顧客満足度の改善とブランドイメージ
の強化であり、この2つはコーポレート・
ガバナンスとインベスター・リレーション
ズを大きく引き離している。
産業界、NGO、政府、メディアから日
本の主要CSR関係者が参集しているthe CSR
Policy Analysis Committeeのメンバーに対
する最近の調査結果でも、顧客と従業員が
圧倒的多数によってステークホルダーの第1
位、第2位に挙げられている。株主は両者に
大きく引き離されて第3位であった。こうし
た順位が株式会社M&Aコンサルティングの
滝沢建也氏のような投資家の逆鱗に触れ、
経営者は利益極大化の難路を避けるために
CSRを利用しているのだという滝沢氏の批難
につながっている。
日本企業のステークホルダーとの対話
で西欧とはまったく異なるもうひとつの特
徴は、非政府組織(NGO)に対する優先順
位が低いことである。エコノミスト・イン
テリジェンス・ユニットの調査結果による
と、NGOと公式な関係を持つ日本企業の
比率は15%にすぎない。たしかに日本では
NGOの力が欧米に比べると弱いが、しかし
このことだけが理由ではなさそうである。
「CSR Consortium」の清水氏は、ステーク
ホルダーとの対話は多くの企業にとって企
業イメージの向上が主要目的であり、ビジ
ネスのあり方そのものを変えることではな
いのではないか、と考えている。
突き詰めていえば、企業がステークホル
ダーとの対話から集めた情報をうまく利用
できるかどうかは、対話のあり方そのもの
にかかっている。この意味で、日本企業に
© The Economist Intelligence Unit 2005
33
商人道
日本におけるCSR
はまだ多くの課題が残されているといわざ
るを得ない。非営利団体CPRDの由良聡氏
は、たとえステークホルダーが自由に意見
を表明したとしても、企業側が適切な質問
をしないのであれば、あまり意味はないの
ではないかという。由良氏によると、日本
企業との対話の大半が真の対話というより
はむしろ、環境にやさしい事業に関する最
新報告書をみんなで読みあう、いわば「読
書会」に近いという。谷本教授によれば、
真の対話とは、具体的な問題を討議し、そ
の解決を図ることにあるが、こうした対話
は日本ではまだ行われていない。
経営者にとってステークホルダーとの対
話は頭痛の種となることが多いが、しかし
日本の経営者にとっては、最もやっかいな
問題のひとつ――アウトサイダーを企業経
営に参加させることなく外部からの情報を
いかに集めるか――に対する有力でかなり
無難な解決方法になり得る。すでに論じた
ように、日本の産業界を大きく揺るがした
企業不祥事は、日本企業の内向きの経営姿
勢に原因があるとの批難があがっている。
このため日本企業には外部から新たな視点
を取り込むことが必要である。ところがそ
の一方で、日本の経営者たちはアウトサイ
ダーに公的権限を引き渡すことを極端に嫌
がっている。
この無理難題を解決する有力な方法と
なるのが、ステークホルダーとの対話であ
る。ステークホルダーとの対話とは、その
性格からして、一般公衆の生の意見や要望
にそのまま触れることのできる(無料では
ないにしても)安価な方法である。マー
ケットが供給主導から需要主導へとますま
す変化していくと、日本の経営者のほとん
どすべてが呪文のように口にするのが、こ
うした状況下で一般公衆の意見は企業に
とってかけがえのないものとなり得る。た
だし、そうした集めたデータを選別、評価
できるだけの技術と人材を企業が揃えてい
るという条件付きだが。
34
© The Economist Intelligence Unit 2005
しかし注意すべきは、企業は入ってくる
情報を正確に読みとらねばならないという
ことである。ある種のステークホルダーの
意見は聞いて、その他のステークホルダー
の意見を無視すると、そこから深刻な問題
が生じることもある。そうした例のひとつ
として、2004年にアサヒビールがグリーン
ピース・ジャパンとのあいだに引き起こし
たトラブルを以下に紹介する。
株主の取扱い
日本の企業経営者たちは、ステークホル
ダーとしての株主とのコミュニケーション
を大事にしたいというが、多くの場合、
実際にはそうなっていない。例えば、株主
総会が同時期(それも同日であることが多
い)に開催されるという日本企業のやり方
は、いまも変わっていない。2004年の6月
29日には、849社が株主総会を開催したが、
これは6月に株主総会開催を予定する東証一
部上場会社の66%にあたる。また各企業が
株主に通知を送付してから総会開催日まで
の期間は平均で18日にも満たない。これで
は、株主が代理投票キャンペーンを仕掛け
ることは困難である。
経済同友会の調査結果によると、9割を
超える企業がインベスター・リレーション
ズ部門を持っている。しかし、投資家が自
社のことを正しく理解、評価していると感
じていると答えた率はわずか42%にすぎな
い。この一因は76%の企業が株主の希望や
意見を取締役会に報告している一方で、投
資家にフィードバックをしている企業はわ
ずか26%だという点にありそうである。ま
た、調査対象企業のほぼ半数は利益成長率
が5%未満であるということも影響してい
そうだ。実際、日本投資環境研究所の調査
結果では、東証一部上場企業1,532社のなか
で、2003年までの5年間の業績がトータルで
赤字の企業が429社もある。もし経営者たち
商人道
日本におけるCSR
ケーススタディ:アサヒビール対グリーンピース
アサヒビールは、我々がインタビューした企業のなかでも
かなりよく練られたCSRプログラムを実施している企業で
ある。同社は国連グローバル・コンパクトに加盟してお
り、GRIガイドラインを遵守し、CSR報告書だけでなく関連
事項や数値を掲載した「データブック」も発行している。
また同社では、水とエネルギーの利用を着実に削減してき
た等、環境マネジメントへの長い取り組みとその実績を誇
らしげに宣伝している。顧客とのオープンなコミュニケー
ションの機会も継続的に設けており、さらに、年次CSR報
告書については第三者の非政府組織によるレビューを受け
ている。
アサヒビールでは、停滞する国内市場における自社製
品の新たな販売戦略として、4年の年月と8億円のコスト
をかけて、ペットボトル入りビールを開発した。ペットボ
トルはガラス瓶よりも軽く、飲みかけでもキャップを締め
ることができ、アルミ缶よりもファッション性に富んだ形
状に加工できる。また新型のペットボトルは従来型とは異
なって光を透過しないため、ビールの品質劣化という問題
も解決できた。このように新型ペットボトル入りビールは
成功間違いなしとみえた。同社では、ステークホルダーで
ある消費者との対話においても反応は肯定的であったと述
べている。
しかしこれに対して、グリーンピース・ジャパンをリー
ダーとする20の消費者団体、環境団体のグループが反対
を表明した。まず、新型ペットボトル入りビールの軽くて
ガスを通さないという特性が、日本の既存のリサイクリン
グシステムには適合しないのではないかと憂慮していた。
また、ペットボトルの増加にリサイクリングシステムが対
応できなくなるのではないかとも考えていた。しかしなが
ら、反対の最大の理由は、ペットボトルのリサイクル率が
2003年で61%と、缶の82%に比べて低く、瓶はほぼ100%
であった。現行法では、ペットボトルのリサイクル費用の
70%は各地方自治体が負担する一方で、瓶のリサイクルに
ついては製造者が100%負担することになっている。その
ため、ペットボトルの生産が増えるということは、納税者
の負担が増えることにもつながる。
年末までにペットボトル入りビールを販売するという
アサヒビールの発表から一週間もたたないうちに、グリー
ンピースは、ペットボトル入りビールを販売する計画があ
るかどうかを尋ねる公開質問状を、主要ビール会社すべて
に送付した。4社はそうした計画はないと答えたが、アサ
ヒビールは返答しなかった。グリーンピースはアサヒに
対して返答期限を2回延長した。それでも返答が得られな
いと、グリーンピースは「サイバー・アクション」キャン
ペーンを開始した。これは、ボタンをクリックしてアサ
ヒビールの顧客サービス部門にメッセージを送付するよ
うにインターネットユーザーに勧めるというものである。
グリーンピースで同キャンペーンの指揮をとった佐藤潤一
氏によると、サイトを通じて369通のメッセージがアサヒ
ビールに送られたという。
論争の輪が広がるにつれて、アサヒビールの株価が下
がり始めた。同社がペットボトルの計画を発表したとき、
同社の株価は、かつてのビール業界の覇者であり、アサヒ
が最近その覇権を奪い取った同社最大のライバル、キリン
ビールよりも10%高かった。ところがグリーンピースの
キャンペーンとともに、その差はわずか3%にまで縮まっ
た。グリーンピースは攻撃の手を緩めなかった。昨年9
月、グリーンピースはアサヒビールに「CSR失格大賞」を
贈った。これは、同社の2004年CSR報告書で宣言している
のとは反対に、同社がその経営上の意思決定に消費者の願
いを反映させていないことを批難したものである。
2週間後、アサヒビールはペットボトル入りビールの販
売を棚上げすると発表した。広報担当の中田あや氏は同社
のCSR委員にも任命されているが、消費者から受け取った
投稿は800件と、こうした状況で通常受け取る数よりも多
いと説明する。投稿の半数はペットボトルに肯定的なもの
であったが、残りの半分(これはグリーンピースからの投
稿とほぼ同数である)は、環境への悪影響を懸念するもの
であった。
東京の外国ビールメーカーで働く業界関係者の一人
は、本当の理由は環境などではなく、消費者の大半がペッ
トボトル入りビールに否定的であることにアサヒビールが
気づいたためであるという。アサヒは新製品のマーケティ
ングに失敗し、そのビジネス上の失敗からうまく逃れるた
めにCSRという言い訳を利用したのだというのが、その関
係者の言い分である。だがいずれにしろNGO側は勝利宣
言を行い、新製品開発に8億円を投資した大企業を1万円以
下の費用で屈服させたと喧伝している。
アサヒビールが心変わりをした真の原因が何であれ、
同社を襲ったこの災難は、日本のCSR関係者のあいだで
は、ステークホルダーの管理に失敗した例だとみられてい
る。アサヒビールのステークホルダーとの関係では、同社
が日頃から関係を持っている既存の顧客やNGOなどのイ
ンサイダーを、同社と相反する視点を持つ可能性のあるア
ウトサイダーよりも、優遇するかたちをとっている。ここ
にもう一度繰り返すが、日本企業における内向きの経営が
トラブルを呼び起こしているのである。
© The Economist Intelligence Unit 2005
35
商人道
日本におけるCSR
が株主に本当の意見をいってもよいといえ
ば、その意見は耳に痛いことは、ほぼ間違
いなかろう。
株主に満足してもらうということは、
つまり利益を増やすことである。しかしエ
コノミスト・インテリジェンス・ユニット
が行ったインタビューでは、あらゆる階層
の経営管理者、そして多くの経営アドバイ
ザーおよび官僚は、全員が同じ意見を述べ
ている。すなわち、ほとんどの株主が興味
を持っているのは短期的な利益だけにすぎ
ない、と。短期的利益の追求はCSR活動の
対極に位置するのみならず、経営陣を安易
な方法に走らせ、高利益を追求するために
違法すれすれの行為を行わせるという意味
で、本質的に反倫理的であるとみなされて
いる。
この態度は日本の企業行動を観察する
多くの人々(ほとんどが金融関係者だが)
にとって、不安の元となっている。金融関
係者の見方によると、日本の経営者は株主
に利益を還元することが彼らの最優先課題
であるべきだというメッセージを最終的に
受け入れつつあるが、まさに時を同じくし
て、CSR活動を通じて他のステークホルダー
にも配慮しなければならないのだと求めら
れている。かくしてCSRは、経営者が株主の
優先順位を引き下げる格好の言い訳になっ
ているのである。M&Aコンサルティングの
滝沢氏は、CSRが無能な経営者にとって、改
革に取り組まない言い訳になるのではない
かという。
だが、富士ゼロックス会長の小林陽太郎
氏は、こうした見方に異議を唱える。たし
かにCSRを改革に取り組まない言い訳にする
36
© The Economist Intelligence Unit 2005
経営者もいるだろうが、CSR型の企業はどこ
か、なぜ成功しているのかについて検討し
たほうが、みのりが多いのではないか、と
小林氏はいう。しかし小林氏自身がこうし
た発言をした経緯を考えてみると、こうし
た懸念がまったく根拠のないことでもない
ということであろう。おそらく日本で最も
有名なCSR支持者である小林氏自身、利益極
大化に対する相矛盾する心情を明らかにし
てきた。かつて小林氏は、株主のために利
潤を追求することにだけ特化するような企
業モデルは、日本では取り入れないほうが
よい、と著している。
そして小林氏は次のように続ける。企業
の最大の課題は、もちろん生き残ることで
ある。だから、ある企業が、短期的な危機
に直面したならば、その問題を解決するた
めに全力を注がなければならない。しかし
企業がそうした問題を解決し、課題を克服
したならば、長期的な状況にふたたび目を
向け、問題を解決する間に被害を受けてい
たステークホルダーに、しっかりと目を向
けるべきであろう。
この議論が今後どう展開していくかを
ここで述べることは簡単ではない。しかし
明らかなことは、株主を含む日本のステー
クホルダーが積極的に発言をするようにな
り、まるで封建領主のように会社を経営す
る経営者には満足していないということで
ある。そして経営者にとっての課題は、利
益への要求と、社会の期待に応えるという
本質的に費用のかかる業務とのあいだに、
いかにバランスをとっていくかということ
にある。
商人道
日本におけるCSR
第4部
今後の課題
経
済同友会の調査によると、日本
企業はその多くが環境やフィラ
ンソロピーといったCSR分野に
担当者をおいている一方で、
CSR担当部門や役職を設けているのは約3分
の1にすぎない。CSR部門を設置しようと
する企業は、いくつかの意思決定をしなけ
ればならない。例えば、どのような種類の
CSR部門を設置すべきか、組織のなかでCSR
スタッフはどこに配属されるべきか、利益
と比較して支出をどのように正当化するの
か、などである。
CSRの構造
日本のCSR活動の最も一般的形態は常設部門
を通じて行われるものであり、その常設部
門のほとんどは、1990年代(あるいは一部
はそれ以前)に設立された環境管理グルー
プを発展させたものである。こうした部門
や委員会は、社会または環境問題に関する
企業の方針や行動を評価し助言する責任を
担っている。部門や委員会のトップは、取
締役会に直属し、あるいは公共政策担当バ
イスプレジデントやコミュニケーションズ
担当ディレクターや人材担当責任者などを
通じて、取締役会に報告する。
CSRに関する課題に関して企業の政策策
定に積極的に関与するCSR部門は、少数に
すぎない。ほとんどの場合、企業全体とし
ての行動規範、使命、展望などを決めるの
は、経営トップの役割である。そして決め
られたCSR政策の細部を肉付けする作業が企
業の下部階層に委ねられる。
紙おむつメーカーのユニチャームでは、
CSR部門は環境保護担当の部署と品質保証担
当の部署が合併するかたちで創設された。
CSR部門長は人事部門長も兼務している
が、これについて同社は「CSR活動に重点
を置いたコーポレート・ガバナンスと人事
制度」を生み出すために熟考したうえでの
決定であるとしている。最近ではCSR部門
内に企業倫理担当ユニットが設立され、法
務、監査、人事、CSRの各部門のメンバー
が配置された。
製薬会社のエーザイでは、さらに広範囲
をカバーするシステムを採用している。同
社は、製品企画、マーケティング、コミュ
ニケーション、品質保証、従業員教育、顧
客サポートといった諸部門をすべて含む部
門横断的な委員会を設置しており、同委員
会が同社の全般的なCSRガイドラインを設
定する。しかし各部門の行動がCSRに対応
しているかどうかのチェック機能は、コン
プライアンス部門にまかされており、その
結果については同部門が取締役会に報告を
行う。
さらに有力な方法は、CSRの諸課題に対
する方針の策定と監視を、取締役会の職務
とすることであるが、これは実際にはほ
とんど採用されていない。その実施方法と
しては、社会関連の課題の洗い出しと役員
へのガイダンスを担当する取締役会直属の
委員会を創設する方法と、取締役会のメン
バーをCSRの全社方針策定責任者に任命す
る方法がある。
東芝では、CSR推進委員会のなかにリス
ク/コンプライアンス、環境保護、人権と
従業員満足度、顧客満足度、コーポレー
ト・シティズンシップの5つのパネル(小委
員会)が設けられている。CSR推進委員会
は、同社の取締役兼執行役専務でCSR政策
の責任者である清川佑二氏に直属する。
© The Economist Intelligence Unit 2005
37
商人道
日本におけるCSR
実際の構造がどのようなものであれ、日
本企業のCSR活動はトップダウンの傾向が
ある。エコノミスト・インテリジェンス・
ユニットの調査では、自社のCSR活動の主
な推進役は誰かを質問した。それに対して
回答者の8割が経営陣と答えている。従業
員または顧客が主な推進役だと答えたのは
41%にすぎなかった。推進役にNGOを挙
げたものは皆無であった。一方、日本以外
の企業ではNGOがCSR活動を推進するうえ
での最も重要なグループのひとつであると
いう回答は14%にのぼっている。このよう
に日本でのCSRは経営者主導で行われてお
り、また経営陣はアウトサイダーを信用し
ないことから、複数のステークホルダー間
での真の対話は日本では実現困難な状況に
あるが、これはこれまでにも述べてきたと
おりである。
こうしたCSR部門または委員会は、傾向
として小規模である。そのため予算も少な
く、たいていは経営管理予算やコミュニ
ケーション予算に組み込まれている。エコ
ノミスト・インテリジェンス・ユニットの
調査結果によると、CSR部門や委員会の人
員は平均5名で、特別予算を計上している企
業は皆無であった。CSR関連の支出のほと
んどは、従業員教育予算などのかたちで他
部門の予算のなかにすでに計上されていた
ものである。従ってCSR部門の役割は、既
存予算項目の支出調整、あるいは、ステー
クホルダーの意見の集約、企業方針とその
反応の調整、CSR活動の報告といった管理
業務に重点が置かれることになる。
CSR部門にとって最も重要な職務は、組
織の全階層がCSR指針を間違いなく遵守す
るように計ることである。このための最も
効果的な方法は、おそらくCSR実施の責任
をできる限り会社の下部組織に降ろすこ
とであろう。例えば西友では、各グループ
マネジャーが部下のCSRに責任を負ってい
る。
38
© The Economist Intelligence Unit 2005
もうひとつの鍵はトレーニングである。
全従業員を対象とするCSR(少なくとも倫
理)講座の設置は、いまや日本では当たり
前である。しかしトレーニングは、経営陣
もまた学ぶことができるよう、双方向にす
ることもでき、またそうすることが望まし
い。例えばユニチャームでは、倫理担当
役員がアイディアや課題を見つけるために
従業員115名に倫理についてインタビュー
を行った。実際のところ、最良のケースで
は、指揮系統の下部までCSRの責任おろし
たとしても、CSR活動はトップダウンで行
うべきではない。サポート(そしてアイ
ディア)が下から自発的にあがってくる形
が理想である。つまり、ちょうどスタン
ダード・チャータード・バンクがコミュニ
ティ・リレーションズ・プログラムで行っ
たのとまさに同じやり方で、従業員の賛同
を得るということである。
大企業の場合、子会社や仕入れ先の中小
企業の製品や行動にも責任を持つことが多
い。従ってCSRの原則はサプライチェーン
全体を通じて定着させなければならない。
そしてこれが難しい仕事であることが判明
しつつある。サプライヤーの規模が大きく
ない場合、彼らにはCSR指針を採用するだけ
の経営資源がない場合も多く、さらに重要
なことには、そうした大所高所からビジネ
スをみるという認識自体がないことも考え
られる。さらには日本のサプライチェーン
はピラミッド型構造をしており、大企業が
実際には数千の企業との関係を持っていた
としても、直接には百社にも満たない企業
としか取引を行っていないような場合もあ
る。つまり、数多くの零細企業がCSR革命の
蚊帳の外に置かれている可能性が高い。
サプライチェーンの問題に関していえ
ば、日本企業は海外、特に発展途上国のサ
プライヤーに対してはCSRを熱心に指導する
反面、国内企業にはあまり注意を払ってい
ない。海外、特に発展途上国では、条件や
商人道
日本におけるCSR
期待(そしてモラルもそうだとみなされて
いる)が、日本とは異なるからである。日
本国内では、そうした取り組みは、もっと
おざなりのものとなっている。東芝の取締
役兼執行役専務でCSR政策の責任者である
清川佑二氏は、同社ではサプライヤーに対
してコンプライアンス、人権、環境保護に
関する文書を送っているだけだと述べてい
る。大企業が、政策の実施を援助するため
にサプライヤーに人員を派遣することは稀
であり、新システム実施にかかるサプライ
ヤー側の費用を補填することもない。
サプライチェーン管理の問題に対して
もっと系統的な方法を採用している企業の
ひとつが、スーパーの西友である。2004
年、同社は仕入れ企業との会議を主催し、
生産管理システムと品質検査マニュアルを
提供した。これに続いて現場の検査も実施
され、これは今後も毎年続けられる予定で
ある。
しかしほとんどの場合、東芝のような企
業は、グリーン調達基準の実施といったよ
よき行動からの見返り
CSRが企業の最終成果に加えるものは何か。
(〇は1つだけ)
日本企業
日本以外の企業
従業員のモラル向上
93
76
パブリック・リレーションズとブ
ランドイメージの向上
75
78
生産性と品質の改善
53
31
ビジネス知識の向上
23
24
ネガティブキャンペーンや訴訟の減少
18
33
営業費の削減
13
14
規制の緩和
0
45
出典:エコノミスト・インテリジェンス・ユニット
徳の費用
2003年のユニチャームのCSR費用
ステークホルダー
目標
活動
顧客
満足度
PR、製品開発、品質保証
市場調査、顧客ホットライン、PR
株主
利益
インベスター・リレーションズ
ベンダー
持続可能な成長
環境および品質管理、コミュニケーション
従業員
家族の幸福
トレーニング、キャリア支援
1,407
コミュニティ
支援
イベント、ボランティア活動
環境管理
121
1,025
© The Economist Intelligence Unit 2005
費用(百万円)
77
1,983
64
145
39
商人道
日本におけるCSR
ケーススタディ:NEC
エレクトロニクス総合企業のNECは、
日本を代表するトップカンパニーであ
る。年間連結売上高約5兆円、従業員
数15万名、 200社を超えるグループ企
業を有し、サプライヤーは5,000社を
超える。同社では2004年にCSRプログ
ラムを正式に発足し、1970年代に始
まった環境保護活動および1990年代初
期に始まった社会貢献の取り組みと品
質向上への取り組みを継承した。また
企業行動憲章(1997年制定)と行動規
範(1999年制定)により、ビジョン
と倫理の指針を表明している。
NECのCSR活動の大きな原動力と
なったのは、格付会社や社会的責任投
資(SRI)ファンドというよりはむし
ろ、顧客、なかでも米国の技術系企業
であった。その取り組み方法は極めて
トップダウン的である。同社のCSR推
進委員会は、社長をトップとして、同
社のさまざまな事業ユニットの担当役
員がメンバーとなっている。同委員会
は四半期ごとに全社的なCSRの戦略と
方針を策定する会議を開催している。
方針の指示書の配布を含む現場で
の実行、リスクの評価、ステークホル
ダーとの関係構築などは、16名からな
るCSR推進ユニットが実施し、うち15
名は関係部署からの派遣である。CSR
担当バイスプレジデントが執行役員に
報告を行い、執行役員が社長に報告を
行う。下部組織としては、各部門、ビ
ジネスユニット、グループ企業にCSR
推進役が置かれており、CSR推進ユ
ニットからの指示を現場で実行する責
務を担っている。
NECの出発点は、おもに企業ブラ
ンドを守るためにリスクを回避するこ
とにあった。同社が最初に行ったこと
は、主要サプライヤーも含め、同社の
弱点がどこにあるのかを把握するため
に潜在リスクの評価を行うことであっ
た。リスクに関する優先順位は、第
40
一に顧客情報の安全性、続いて品質と
安全と法令遵守、そして環境保護と有
害物質の使用制限、フェアトレードと
反トラスト的な行動、労働環境の安全
と衛生、そして最後に人権と機会平等
と「スウェット・ショップ」(労働環
境の劣悪な搾取工場)問題の順であっ
た。リスク評価は継続的に行われて
おり、各ビジネスグループはCSRリス
ク管理自己査定表にあわせて毎年自己
チェックを実施しなければならない。
潜在リスクが洗い出され、その優
先順位が決まると、その防御対策が実
行された。対策は、トレーニング、情
報共有、リスク把握の3つの要素から
成っていた。全従業員が同社の行動規
範と企業行動憲章についてのトレーニ
ングを受け、CSRの推進に携わる者は
さらに、リスク管理、ステークホル
ダーとの関係構築、そして環境保護、
人権、情報安全性の確保など具体的な
CSR課題について追加のトレーニング
を受けた。さらに企業行動推進部が、
疑わしい領域(グレーエリア)に対
処するガイダンスとして、全従業員
に隔週ごとにケーススタディを配布し
た。CSR推進本部の責任者である鈴木
氏は、NECは「意図的な不正行為だけ
でなく、従業員が(法的には)グレー
エリアを取り扱う際の不注意さについ
ても懸念している」という。そして最
後に、NECは1999年に内部通報者のた
めのヘルプラインを設置、2003年には
それをグループ企業とサプライヤーに
まで拡大した。ヘルプライン担当者は
独立した第三者に属し、その第三者が
NECの経営監査部に報告する。
同社のCSR活動の範囲はリスク回避
だけではない。「レピュテーション・
プログラム(ステークホルダー価値向
上)」は、投資家、顧客、従業員とい
う順番でステークホルダーの重要性
を認識し(2004年3月時点で同社株主
© The Economist Intelligence Unit 2005
の36%が外国人である)、ステーク
ホルダーからの信頼と共感を得るこ
とでブランド価値を高めていくこと
を目的とするプログラムである。社
会貢献を含むコミュニティ・リレー
ションズ活動もまた同社のレピュ
テーション・プログラムの一環であ
る。こうした活動は通常はビジネス
自体の目標と連動したかたちで行わ
れ、従って具体的な活動としては、
デジタル・デバイドの解消に向けて
の教育と支援に重点が置かれている
が、そのほかにボランティア活動や
芸術支援も行っている。
同社のCSR政策の最後の構成要素
は、ディスクロージャーおよびス
テークホルダーとの対話である。他
の日本企業と同様に、NECも1990年
代中盤以降、環境報告書を発行して
いる。また2004年には、ディスク
ロージャーの範囲をさらに広げて本
格的なCSR報告書も発行した。GRIガ
イドラインには準拠していないが、
ダウ・ジョーンズ・サステナビリ
ティー・インデックス、FTSEのFTSE4
グッド・グローバル・インデック
ス、モーニングスターのSRIインデッ
クスへの組み入れ基準は満たしてい
る。
ステークホルダーとの対話につい
ては、課題ごとにさまざまなかたち
がとられる。環境に関しては、NEC
ではNGO、学識者、メディアと年に
一度の会合を開いている。社会貢献
については、支援や協力を行ってい
るNGOとの会合を四半期ごとに開い
ている。また従業員の代表とは、現
場での多様性や環境、外部調達、特
にパートタイマーに関する課題など
について話し合いを行っている。イ
ンベスター・リレーションズ活動も
継続的に実施している。
商人道
日本におけるCSR
金脈
社会的責任投資(SRI)、米国ドル、2003年12月31日現在
米国
2兆1,500億ドル
欧州
2,500億ドル
カナダ
320億ドル
オーストラリア
100億ドル
日本
14億ドル
日本を除くアジア
11億ドル
出典: Social Investment Forum; Association for Sustainable & Responsible Investment in Asia; Ethical Investment
Research Service
うな通常のビジネス関係のなかで、サプラ
イヤーの行動に影響を与えていく方針であ
る。こうしたやり方は、中小企業に環境管
理システムを採用させるといったことには
極めて効果的である一方、その他のCSR課
題の多く、特にガバナンスの問題について
は、触れられないままになってしまう。だ
がおそらく間違いなく、日本の中小企業が
最も支援を必要としているのは、このガバ
ナンスの部分である。
CSR関連支出
CSRにかかるコストを算定することは難し
い。フィランソロピー活動、廃棄物や排出
物削減、さらには従業員トレーニングに
かかった費用を算出すること自体は簡単だ
が、しかし例えば、労働現場での多様性の
促進、ステークホルダーとの関係の維持、
コンプライアンスやガバナンスに関する体
制の確立などについては、そのコストを一
体どのようにした算定していけばよいのだ
ろうか。ユニチャームは、こうしたCSR関
連支出の定量化を試みた会社のひとつであ
る。2004年3月期において、同社はその支出
額を48億円と見積もった。この額は、同社
の税引後利益130億円の37%にあたり、社会
的責任を果たすための対価としては、かな
りの額といえる。
CSRからは利益が得られるが、これを算
定することはさらに難しい。日本以外の企
業ではCSR活動を行う主要な理由として、規
制の緩和や自社への反対キャンペーンや法
的措置の減少を挙げている。しかし日本の
CSR推進論者のあいだでは、CSR活動は従業
員や顧客の満足度を高めることによって利
益向上に直接的に結びついていると固く信
じられている。しかし現実的にはこうした
関連性を示す証拠はいまでも少ない。環境
にやさしい製品と、顧客のロイヤリティや
従業員のモラル向上の関係を算定すること
は、ほぼ不可能である。しかし経営者たち
にわかっているのは、最終的に利益に結び
ついているかどうかはともかく、こうした
領域を無視しているとみなされることは許
されないということである。従って、規制
強化や増税、訴訟、スキャンダル、メディ
アでの否定的な取扱いといった問題が将来
生じないように事前に手を打っておくとい
う意味で、CSRは根本的にはそのコストに見
合うものだと考えられている。
面白いことに、経済同友会の調査結果に
よると、ブランド価値を高める取り組みに
満足していると答えた企業は18%にすぎな
かったが、一方で企業の26%はブランド価
値向上のための方策は講じていないと答え
ている。しかしながら雪印や三菱自動車な
どの企業不祥事が起こった現在、日本企業
にとって最大の課題が、なによりも消費者
の信頼を取り戻すことにあることは明らか
である。CSRは、この目標を達成するための
道具であるとみなされている。
CSRを通じての信頼回復とブランド価値
向上といった考え方の問題は、ライバル企
業が同じことを行えば競争上の優位が消え
てしまうという点にある。従ってCSRの成
果がこの2つだけだとすれば、おそらく企業
は認証を得るために必要な最低限のことし
か行わなくなるだろう。実際のところ、エ
コノミスト・インテリジェンス・ユニット
の調査結果によると、日本内外の企業の半
© The Economist Intelligence Unit 2005
41
商人道
日本におけるCSR
数がCSR活動は「ボトムライン」(業績)
にほんの少ししか影響を及ぼさないと答え
ており、大きく貢献すると答えた企業は25
∼30%にすぎなかった。またCSRはビジネ
スの意思決定にかかわる数多くの要素のひ
とつにすぎないと答えた率も約半数にのぼ
り、反対に中核的要素であると答えた率は
15%にすぎなかった。
経済同友会の斉藤弘憲氏やNECの鈴木均
氏のような大局的見地を持つ識者は、異
なる観点からCSRの意義を考えている。両
氏の考えでは、CSRは日本の経営における
数多くの問題の解決に利用することがで
きる。そしてそのなかには、コンプライア
ンスやガバナンスに関する諸課題や過度に
内部指向の経営姿勢といったことだけでは
なく、女性の役割や意欲を削ぐ年功序列
賃金制度の改善といった問題も含まれると
いう。当然のことながらこれを実現するに
は、日本の主要企業だけが現代的CSRを採
用するのではなく、中小企業にもまた同様
に現代的CSRを採用するよう働きかける必
要がある。
日本企業がCSRを通じて生み出すことの
できる真の価値や競争力のなかで、おそら
く最も重要であるにもかかわらず最も言及
されることの少ないことは、CSRが企業と
一般大衆との新しい対話の場をつくりだす
ということであろう。これは重要である。
なぜなら、日本経済の成熟化が進み、今後
の成長の鍵は消費者が握るようになるから
である。そして、日本企業はそのことによ
うやく気づきはじめたところである。企業
が消費者の要望について熟知し、それを予
測できるようになればなるほど、新製品や
改良品を他社に先駆けて市場に投入するこ
とができる。そしてCSRとは、これを実現
するうえでの有力ツールとなろう。
42
© The Economist Intelligence Unit 2005
SRIの要素
企業が優れたCSR活動を行うことから得ら
れる他のメリットとしては、社会的責任投
資(SRI)を投資基準としている個人および
機関投資家からの資金調達の可能性が広が
ることが挙げられる。SRIの前提は、企業が
引き起こすと考えられる弊害を改善し、ひ
いては長期的な利益を増加させるために、
短期的利益の極大化については控えるとい
うものである。この背景には、社会的責任
を果たす企業は、最終的には経営がうまく
行き、意欲の極めて高い従業員を集めるこ
とができるという考え方がある。
この10年間、世界中でSRIを採用するファ
ンドが盛んになってきた。英国では970億
ポンド(約1,800億ドル)がSRIを基準とす
るファンドに投資されている。オランダの
ナインロード大学の調査によると、オラン
ダでは年金基金の74%が、近い将来に投資
基準として社会対応や環境保護を採用する
予定であると答えている。SRIを基準とし
た機関投資家の規模が最大であるのは米国
である。ソーシャル・インベストメント・
フォーラム(Social Investment Forum)
によると、その合計額は2兆ドルを超えて
いる。日本でさえもSRIファンドの規模は
1,360億円に達している。
SRIがここまで一般的になってきたこと
から、世界の主要証券取引所は現在、社会
的責任投資の独自指標を発表するように
なってきた。その例がダウ・ジョーンズ・
サステナビリティー・インデックスやFTSE
のFTSE4グッド・グローバル・インデック
スである。そして日本企業の多くは、環境
に関するこれまでの実績によって、こうし
た新たなベンチマークに組み入れられる基
準を満たしている。例えばFTSE4グッド・
商人道
日本におけるCSR
グローバル・インデックスに組み入れられ
ている701社のうち171社が日本企業である
(米国は206社、英国は102社)。2004年
後半にはFTSEは、日本企業だけを対象とす
る指標「FTSE4 Good Japan」を発表した。
日本企業と対象とするSRI指標は、モーニ
ングスターの「Morningstar Japan Socially
Responsible Investment Index」についで2
番目である。160社を超える日本企業がFTSE
のCSR基準を満たしている。
長期的投資というその思想からして、SRI
ファンドはある意味で日本企業にとって最
も好ましい投資家といえる。しかし別の意
味では、SRIファンドは日本の経営者たちに
とって居心地のよいこれまでの経営手法を
ぶち壊してしまうことも考えられる。行動
的なSRIファンドは、多様性やガバナンス制
度などのCSR分野にも手をつけるように経営
陣に圧力をかけてくることも考えられる。
ただこうした状況は、現在のところ日本で
は起こっていない。日本のSRIファンドのほ
とんどは、独自のCSR基準に合致しない企業
をふるいにかけた後、残った企業に投資を
行い、投資後はその成り行きをじっと見守
るという姿勢をとっているからである。
しかし行動的なSRIファンドが、日本にも
上陸しつつある。その一番手であるRamius
Capitalは、2005年中には日本での活動を
始める予定である。同ファンドのプレジデ
ントであるトニー・ミラー氏は、現在の日
本企業を1980年代初期の米国企業の状況に
そっくりだという。当時、安寧をむさぼっ
ていた米国企業の取締役たちは、攻撃的な
プライベート・エクイティ・ファンドの登
場によって、その太平の眠りを覚まされる
こととなったのである。「日本には非効率
であるがゆえに低く評価されている企業が
数多くある。我々は投資家としてそうした
企業の改善を図る方策を採るべきだ」と、
ミラー氏は述べている。
日本でのSRIファンドの発展、ひいては
CSR活動の発展を阻みうる要因として懸念さ
れている問題に、年金基金やその他の機関
投資家がSRIファンドにあまり興味を持って
いないということがある。欧州や米国では
SRIファンド発展の原動力となったのは、こ
うした年金基金や機関投資家の存在であっ
た。ところが現在のところ、SRIファンドに
投資をしている日本の公的年金は、東京都
教職員互助会という年金だけで規模も小さ
い。日本企業全体が不良債権問題に苦しん
でいるなかで、年金基金もSRIのように利益
極大化を抑制するのではなく、利益極大化
を実現できる運用先を捜し求めているとこ
ろである。
67兆円を運用する厚生労働省の厚生年金
基金連合会(PFA)を監督する矢野朝水氏
はSRIからは距離を置いているという。そし
てその理由としては、社会的に責任ある企
業とは何かについてのコンセンサスが欠け
ていること、そうした企業を選ぶ専門家が
いないこと、SRIファンドの運用成果がまち
まちであること、などを挙げている。一般
よりも優れた運用実績を残すことができる
という証拠なしにSRIファンドに投資すれ
ば受託者責任をまっとうできないというの
が、矢野氏の意見である。
しかし厚生年金基金連合会は、CSR、少
なくともそのいくつかの側面を満たす企業
に対し、きわめて小額ではあるが投資を
行っている。同連合会が2004年3月に開始
した「コーポレート・ガバナンスファン
ド」は、財務面での基準のほかに、情報公
開、取締役会とその独立性、法令遵守とリ
スク管理といった非財務面での基準にも合
致した企業に対して投資を行っている。ま
た厚生年金基金連合会は、その他の方法で
も柔軟な対応を行いはじめている。2004年
6月期の総会では、取締役の退職金に関す
る議決において、特に恒常的に赤字の企業
を中心にその半数以上に反対票を投じてい
る。また新取締役の選任においても40%以
上に反対票を投じている。
日本の基金管理における最終決定権を握
© The Economist Intelligence Unit 2005
43
商人道
日本におけるCSR
る最有力人物が、年金資金運用基金の投資
専門委員である寺田徳氏である。年金資金
運用基金の運用額は33兆円にのぼる。寺田
氏は、同基金の国内資産の70%以上をイン
デックスファンドに投資している。寺田氏
によるとその理由は、リスクが比較的少な
く、積極的な運用をするファンドに比べて
手数料が安いことにある。同氏もまた、SRI
からは距離を置いている。同氏の見解によ
ると、SRIはリスクが高くなる。その理由
は、SRIでは投資対象が狭くなり、どうして
も環境に影響を与えることの少ないハイテ
クなどの企業に投資が偏り、その結果とし
てポートフォリオの分散が損なわれてしま
うからだという。エール大学のロバータ・
ロマノ教授が1993年の記事で示しているよ
うに、年金基金が社会問題を取り扱うと運
用実績は必ず低下すると、寺田氏はいう。
企業というものは利益極大化のほかには、
ただ法律を遵守すればよい、その他のこと
は無駄である、というのが同氏の見解であ
る。
個人投資家は、他の投資家がいないこと
もあって、日本のSRIファンドにとって重
要な活力源となっている。例えば、1999年
に損害保険会会社の損保ジャパンが開始し
た投資信託商品である「損保ジャパン・グ
リーン・オープン、愛称:ぶなの森」は出
資者の9割が個人投資家で、その多くが投資
経験の無い40代から50代の女性であった。
インターネットバブルのピーク時に設定さ
れた同ファンドは200億円を集めたが、その
後、株式市場の下落に伴って初期投資家が
数多く離脱し、その資産総額は122億円にま
で落ち込んだ。しかし運用実績をみれば、
同ファンドは同時期の日経平均指数を、わ
ずかながらも上回っている。
日本にあるSRIファンド18本のうち、7
本が2003年以降に登場したものである。こ
れらのファンドは基本的にコーポレート・
ガバナンスを基準とするファンドであり、
これはコーポレート・ガバナンスの強化を
44
© The Economist Intelligence Unit 2005
CSRでの主要課題と位置付けた日本産業界
の潮流を映し出したものである。このうち4
本が一般ファンドと同等あるいは一般ファ
ンドを上回る実績をあげているが、残りの
ファンドは4パーセントポイントほど下回っ
ている。このように玉石混交の実績が続く
と、個人投資家のCSRファンド離れが起き
る懸念がある。さらに、販売を担当する銀
行側がCSRファンドのことを、実際にはそ
うではないにもかかわらず、まるでリスク
がないかのように宣伝していることに対し
て、SRIファンドマネジャーからは懸念の声
があがっており、このことも今後の見通し
に暗い影を落としている。
SRIファンドのファンドマネジャーは、
ファンドの長期実績について結論を下すの
は時期尚早であると主張している。住友
信託銀行が一年前に開始したファンド(愛
称:グッドカンパニー)は日本初のSRI企業
年金ファンドであり[訳注:事実に混同あ
り]、2004年11月以来の運用実績はTOPIX
指数を1ポイント下回っている。運用担当
者である金井司氏によれば、21世紀に成
功する企業は、みずからのビジネスが社会
や環境に与える影響を配慮する企業となる
であろう。従ってそうした企業を評価する
には、長期的な視点が不可欠である、と。
ファンドマネジャーにとっての「長期的」
とは、一般的には3年のことであるが、ここ
での「長期的」はそれよりもずっと長いこと
は間違いなさそうである。
SRIは今後、日本のCSR活動によい影響
を与え続けるのだろうか。これを楽観視す
るひとつの理由には、東京の金融市場に、
ある種のSRI的「マインドセット」(思考
方法)が現われてきていることが挙げられ
る。ただしこれらはSRIとは意識されてお
らず、またそうしたレッテルも貼られては
いないのだが。こうした動きを代表するの
が、金融界のベテラン、澤上篤人氏の運用
する「さわかみファンド」である。同ファ
ンドは800億円の規模を持ち、1999年8月の
商人道
日本におけるCSR
発足から20%以上も値をあげており、これ
は市場平均、SRIファンド平均いずれをもは
るかに上回るものである。
澤上氏はみずからのファンドをSRIファン
ドとは呼んでいない。そうしたレッテルな
ど無意味だと考えているからである。多く
の企業がCSRに忠実であると公表したいがた
めにCSRチェック項目に合格しようとするの
と同様に、ほとんどのSRIファンドもまた、
企業チェック表による調査を用いる外部の
コンサルタントやリサーチャーに頼ってい
ると澤上氏は考えている。澤上氏にとって
重要なことは、企業がその活動について何
を行っていると発表するかではなく、企業
が実際に何を行っているかである。調査で
はこうした情報はなかなかつかめない。
しかしたとえそうであっても、澤上氏の
投資スタイルは実質的にはSRIに近いもので
ある。同氏は短期的な利益にはあまり重き
をおかず、今後の投資先を評価するために
は、経営の質など財務面以外の基準も採用
する。じつは澤上氏の会社である「さわか
み投信」は、みずからもCSRのようなプロ
グラムを行っている。同社は今後4年間に
おいて余剰利益をさまざまな社会的事業に
費やしていく方針である。その対象として
は、原生林の再生、学校その他の施設を持
つ村の建設などが挙げられる。では澤上氏
は、同様の計画を持つ他の企業への投資を
行うのだろうか。そのつもりだと澤上氏は
いう。なぜなら、こうした社会貢献活動は
消費者社会において企業が受け入れられる
一助となるものであり、従って最終利益の
改善にもつながるからである。
© The Economist Intelligence Unit 2005
45
商人道
日本におけるCSR
結論
で
は日本において、現代的CSR活
動は今後も持続可能なのだろ
うか。そのうちのいくつかの
側面、例えば、環境、コミュニ
ティ・リレーションズ、労働環境の安全な
どの分野に関しては、日本企業のなかでそ
の取り組みが続いていくと思われる。とい
うのは、日本企業においてはこうした分野
での取り組みは日々の業務のなかにすでに
定着しており、あるいは法律で制定されて
おり、またはこれまでの経緯からみて社会
全体がそれを期待しているからである。こ
の分野の活動は、CSRという名前では呼ばれ
なくとも、なんらかのかたちで今後も続け
られていくものと思われる。
一方、ガバナンス、株主価値、多様性、
ステークホルダーとの対話など、その他の
CSR分野については、日本社会に根付くこと
は上記の分野に比べてかなり難しいことが
判明しつつある。日本企業は、環境マメジ
メント制度の導入やフィランソロピー活動
の実施といったことについては、あまり痛
痒を感じない。そうしたCSR活動は、たしか
に費用はかかるが、社内のダイナミクスに
影響を与えるものではないからである。し
かし、CEOの権限を弱めるコーポレート・
ガバナンスを強化したり、株主やNGOか
らの要求に一層の対応をする、女性の経営
参画を拡大するといったことは、日本企業
のあり方を根底からひっくり返すものであ
る。
たしかに日本企業は、欧米企業とは異
なる優先順位で社会からの要望に応えてい
かなければならない。例えば雇用に関する
問題では、日本企業への圧力は欧米企業に
比べると、はるかに大きい。これまでの伝
統から日本企業は、直接の関係を持つ労働
者、取引先、顧客などに対しては、情愛に
満ちた責任感を持つ存在であるとみなされ
46
© The Economist Intelligence Unit 2005
ているからである。
だからといって、こうした「文化の違
い」を、欧米企業が実践しているCSR諸分
野に対処しないことへの言い訳に利用する
という姿勢は、西欧の顧客が現代的なCSR
の実践をサプライヤーにも徐々に要求しは
じめている現在、長期的には受け入れがた
いものとなりそうである。また日本企業が
ISO下でのCSR関連国際基準を満たしたいと
考える場合にも、変化は避けられないもの
となるだろう。
CSRが最終利益に好影響を与えることが
証明されれば、日本の企業経営者は確実に
CSRにさらに深く関与することであろう。
しかし、ブランド価値の向上や従業員のモ
ラル向上といったCSRから得られる利益と
いわれているものの多くは、無形の価値で
あり、費用はすぐに損益計算書に計上され
る半面、成果が計上されるのは、はるかに
後になってのことである。社会的責任を果
たす企業は、そうではない企業に比較して
持続可能性が高く利益も大きくなると考え
られるとSRIファンドは考えている。しかし
こうしたファンドの実績が、一般ファンド
を大きく上回っているとはいえない。CSR
が効力を発揮するには長い年月が必要であ
り、現時点で評価を下すのは時期尚早であ
るというのが、CSRファンドの言い分では
あるが。
こうした懐疑論や否定論があるなか、
それでもCSRの持続的効力に期待を寄せる
人々の数も多い。CSRが根付くと信じられ
る最も有力な理由は、CSRが新たなリスク
管理体制と連携したかたちで採用されてい
ることにある。CSRの遵守はリスク軽減措
置の一環とみなされており、一般大衆の信
頼を取り戻そうとしている経営者たちに
とっては、さらに魅力あるものとなってい
る。
商人道
日本におけるCSR
同時に改革指向の企業リーダーたちは
CSRのことを、内向き指向に傾きがちな日本
企業を、より社会に開かれた説明責任を満
たす企業に、そしてその結果として、より
効率的で高収益の組織へと変身させていく
手段であると捉えている。例えば、日本の
企業は外部からの干渉を嫌うが、それでも
グローバルな基準に準拠し、外部の認証機
関に認証を受けるケースが増えており、経
営の透明性は大幅に改善されている。そし
て、これはまだ序の口に過ぎないのかもし
れない。
非営利団体であるCSR Japanのデビッド・
ラッセル氏は、現在CSRと呼ばれているも
のは5年後には「当たり前」の業務になるだ
ろうと予測する。だがこれは、日本企業が
慈善団体になるということではない。日本
の経営者たちは良い判断を下し最良のCSR活
動をよき手本にすることで、利益の追求と
よき企業市民としての義務とのあいだにう
まくバランスをとれるようになっていくだ
ろう。企業は、まずビジネスで成功しなけ
ればならないと、ラッセル氏はいう。ビジ
ネスでの成功なくして、長期的な成功はあ
り得ないからである。「完璧な企業などあ
り得ない。いつも何かの問題を抱えている
ものだ」とラッセル氏はいう。問題は、成
長と変化を目指す意欲があるかどうかであ
る。「日本企業を変えるということは、ク
イーンエリザベス2世号がその進路を変える
ようなものだ。デッキからは、船は動いて
いるようには見えない。しかし、それでも
船は動いている」
© The Economist Intelligence Unit 2005
47
商人道
日本におけるCSR
48
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
調査の結果
日本に拠点をおく回答者のみ
合計数は四捨五入により、100%にならない場合もあります。
I.
あなた様ご自身についてお伺いいたします。
Q1. 貴社の主要業務は次のどちらに当てはまりますか。 (〇は1つだけ)
消費財 10
繊維、アパレル 4
建設、不動産 4
小売り 12
ICT、技術サービス 4
娯楽、メディア、出版 2
電気通信 4
専門的サービス 6
教育 2
金融サービス 6
物流、流通、卸売り、輸送 8
マスコミ 2
旅行、観光 6
防衛施設、航空宇宙産業 2
農業または農業関連産業 2
機械 20
素材
(鋼鉄、化学製品、窯業製品、その他) 8
Q2. 貴社は株式を公開していらっしゃいますか。(〇は1つだけ)
公開している/上場している 49
未公開である/非上場 51
© The Economist Intelligence Unit 2005
49
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q3. 海外も含めた貴社全体での年間収益をお知らせ下さい。(〇は1つだけ)
100億円~1,000億円 35
100億円以下 41
答えられない 2
1,000億円~1兆円 12
1兆円超 10
Q4. あなた様の役職は次のどちらにあてはまりますか。(〇は1つだけ)
部長 36
事業本部長 6
上級副社長(SVP)、副社長( VP)、取締役 8
その他の部門の最高責任者 4
最高情報責任者(CIO)、技術部門取締役 2
役員 10
課長 34
Q5. あなた様の主な担当は次のどちらに当てはまりますか。(〇は3つまで)
50
企業広報、情報、調査
33
人事
28
企業の社会的責任プログラム運営
24
経営全般の管理
24
法務
20
財務
14
事業戦略、推進
14
リスク管理
12
マーケティング、販売
6
情報システム(IT)
4
調達
2
研究開発
2
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
II. 企業の社会的責任について(CSR)伺います。
Q1. あなた様は企業の社会的責任という用語をご存知ですか。(〇は1つだけ)
よく理解している 43
多少、理解している 57
Q2. 貴社はCSR活動に取り組んでいますか。(〇は1つだけ)
はい 77
わからない 5.9
いいえ 18
Q3. CSRに関して最も期待度が高いのは、世界のどの地域だと思いますか。(〇は1つだけ)
ヨーロッパ 55
アメリカ 31
アジア 14
© The Economist Intelligence Unit 2005
51
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q4. 日本のCSRへの参加意識はどの程度だと思われますか。(〇は1つだけ)
中程度 53
低い 35
わからない 2
高い 10
Q5. 全般的に、企業のCSRへの取り組みをあなたはどのような方法で評価しますか。
(○は2つまで)
ステイクホルダーとのコミュニケーションの頻度と質によって
48
CSRの一般基準を適用して
44
社内で従業員にCSR規範を伝達する能力によって
28
会社組織内でCSRチームが占める位置によって
22
CSRに費やす時間と、直接の担当者の人数によって
その他
8
10
Q6. 全般的に、企業のCSRプログラムの有効性をあなたはどのような方法で評価しますか。
(○は2つまで)
52
説明責任やコーポレイトガバナンスにおける透明性のレベルによって
65
環境、倫理、社会、慈善の分野での活動によって
47
法律や規制へのコンプライアンスの履歴によって
30
CSRについての報告の質によって
18
CSRについての評判によって
6
全般的な収益性によって
6
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
III. CSRについて(企業のみ)
Q1. 貴社のCSRに向けた年間予算はどの程度ですか。(〇は1つだけ)
特に予算はない 62
2千5百万円未満 18
3億円より多い 14
2千5百万円以上~1億円未満 6
Q2. 貴社のCSRプログラムに直接関わっている従業員は何名ですか。(〇は1つだけ)
11名より多い 22
5名未満 33
5~10名 12
いない 33
Q3. 貴社の意思決定において、CSRはどの程度重要な判断材料ですか。(〇は1つだけ)
重要だが、いずれの意思決定時におい
ても一つの判断材料の一つに過ぎない
44
判断材料ではあるが、
重要ではない
16
大半の意思決定時において中心的な
判断材料である
16
まれに判断材料になる 8
判断材料ではない
6
わからない 10
© The Economist Intelligence Unit 2005
53
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q4. CSRプログラムを取り入れた際に、貴社の意思決定に影響を及ぼしたものは何ですか。
(○は3つまで)
CSRは自社が直面する潜在的リスクに対応できること
77.4
企業経営者はこの問題に取り組むべきだと考えていること
61.3
CSRにより自社は競争上有利になり、競合他社との違いを打ち出せること
41.9
マスコミが企業の社会的責任に関する問題に益々注目していること
25.8
CSRが収益性を向上させることは証明されていること
9.7
公的機関は労働者、地域社会、環境を保護していないこと
3.2
CSRプログラムを取り入れた際に貴社の意思決定に影響を及ぼしたものはない
3.2
Q5. 貴社のCSRへの取り組みを促進させる最も重要なグループは次のどちらですか。
(〇は3つまで)
経営陣/取締役会
82
従業員
41
顧客
39
投資家/株主
26
社内CSRチーム
22
政府、規制当局
14
供給業者/仕入先
8
マスコミ
4
Q6. CSRのどの要素が貴社にとって最も重要ですか。
(○は3つまで)
54
ビジネス倫理:自社の使命、ビジョン、理念、社内規範の確立
84.3
コーポレイトガバナンス:説明責任、透明性における高い水準
74.5
地域社会とのパートナーシップ、地域社会への投資や経済開発
31.4
労働慣行、従業員の権利
19.6
労働者の搾取、人権の軽視や環境破壊につながる取引を避ける
13.7
供給業者や顧客に対する公正な価格設定
7.8
サプライチェーン管理
7.8
その他
7.8
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q7. 貴社ではどのようにしてCSRへの取り組みを充実させていますか。
(○はいくつでも)
特定のプログラムはない
66.7
自社の社是、ビジョン、理念を創り出す、またはより良くする
58.8
コーポレイトガバナンス、説明責任、透明性をより高いレベルにする
56.9
ステイクホルダーとのよりよい関係やコミュニケーションのためのプログラムを実施する
41.2
人権の軽視、環境破壊につながるような市場でのビジネス活動や販売を減らす
19.6
特定のプログラムはない
17.7
競合他社、第三者グループ、またはコンサルタントが設定したCSR規範を適用する
その他
2.0
2
IV. ステイクホルダー(利害関係者)について
Q1. 5年前に、貴社にとって最も重要だったステイクホルダーは次のどちらですか。(〇は3つまで)
顧客
96
従業員
58
投資家/株主
56
地域社会
18
供給業者/仕入先
16
政府、規制当局
8
2
NGO、活動家
Q2. 今日、貴社にとって最も重要なステイクホルダーは次のどちらですか。(〇は3つまで)
顧客
98
従業員
63
投資家/株主
61
地域社会
27
供給業者/仕入先
10
政府、規制当局
8
NGO、活動家
2
© The Economist Intelligence Unit 2005
55
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q3. 貴社のステイクホルダーは、貴社がCSRへの取り組みを推進するうえで、どの程度の影響力がありますか。
(〇は1つだけ)
ほとんどない 47.1
かなりある 45.1
多少ある 7.8
Q4. 貴社ではステイクホルダーの関心を何によって把握していますか。(〇は3つまで)
正式な、または定期的な体系だったコミュニケーション
56
売り上げ動向
38
調査、研究
36
コンサルタント、または第三者による情報を通して
30
自社についてのニュース
22
自社の金融市場における動向
22
ステイクホルダーの関心を把握していない
8
Q5. 貴社ではどちらのステイクホルダーと正式で体系的なコミュニケーションを定期的に持っ
ていますか。(〇はいくつでも)
56
顧客
75
従業員
71
投資家/株主
71
供給業者/仕入先
42
地域社会
23
政府、規制当局
17
NGO、活動家
15
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
V. CSRについての事例
Q1. 貴社はCSRプログラムを通して、どんな経営課題に取り組みたいとお考えですか。
(〇はいくつでも)
顧客満足
82
マーケティング、企業/ブランドイメージの維持と向上
コーポレイトガバナンス、コンプライアンス、透明性、
説明責任に関する課題
72
競争上優位に立つ、または他社との違いを打ち出す
50
投資家向け広報活動
30
法律に関する課題
20
サプライチェーンに関する課題
18
規制に関する課題
16
64
Q2. 貴社のCSRへの取り組みは、貴社の収益にプラスに働くと思いますか。(〇は1つだけ)
プラスにやや働く
49
プラスにかなり働く
29
わからない
6
プラスには働かないが、
ビジネスを行う上で必要なコスト
16
Q3. CSRが貴社の収益にプラスに働くとしたら、どのようにプラスに働くと思いますか。
(○はいくつでも)
従業員のモラル向上、コミットメント促進、または質の高い従業員を確保しやすくなる
92.5
広報活動の推進、ブランドイメージ、顧客ロイヤリティーの向上
75.0
生産性を向上させ、品質管理のレベルを上げる
52.5
ビジネスインテリジェンスの向上(例:サプライチェーン管理において進歩がみられる)
22.5
NGO、活動家、地域社会から法的訴えを受けにくくなる
17.5
経営コストを低下させる
12.5
政府の規制当局に干渉されにくくなった
0
© The Economist Intelligence Unit 2005
57
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q4. CSRが収益にプラスに働かないとお考えであれば、なぜ貴社はCSRプログラムを導入して
いるのですか。(〇はいくつでも)
現在は収益にプラスに働いていないが、
将来的には何らかの恩恵があるかもしれない
71
経営陣が導入すべきだと考えている
29
ステイクホルダーがCSRプログラムの導入を望んでいる
14
競合他社がCSRプログラムを導入している
14
VI. 日本のCSRへの取り組み
Q1. 全般的に、日本でのCSRへの取り組みは、欧米に比べて進んでいると思いますか。(〇は1つだけ)
遅れている 66
同じ程度 28
進んでいる 6
Q2. もし日本の企業がCSRのある側面において進んでいるとお考えであれば、それはなぜですか。
(〇は3つまで)
日本企業が社会的に責任のある
行動をとってきた長い伝統がある
100
日本の文化的価値観
100
日本における特定の産業やビジネスの状況
58
© The Economist Intelligence Unit 2005
25
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q3. 日本におけるCSRへの取り組みが、欧米よりも進んでいると思うのは、以下のどの分野ですか。
(○は3つまで)
ビジネス倫理:自社の使命、ビジョン、理念、社内規範の確立
100
雇用の安定、従業員の権利
75
労働者の搾取、人権の軽視や環境破壊につながるような取引を避ける
50
人権
25
供給業者や顧客に対する公正な価格設定
25
コーポレイトガバナンス:説明責任や透明性の高い水準
25
環境保護
0
投資内容が理にかなっている
0
サプライチェーン管理
0
Q4. 日本企業がCSRのある側面で遅れているとお考えであれば、その理由は何ですか。
(○は3つまで)
CSRのビジネス上の恩恵が証明されていない
63.6
ステイクホルダーからの圧力がない
39.4
利益が上がりにくい環境
30.3
投資家が興味を示さない
24.2
日本の特定の産業、またはビジネス状況
21.2
CSRプログラムは、コストがかかりそうである
15.2
経営トップからの支援がない
15.2
当社の業界ではCSRは重要視されていない
12.1
従業員の参加がない
6.1
Q5. 日本におけるCSRへの取り組みが、欧米よりも遅れていると思うのは以下のどの分野ですか。
(○は3つまで)
コーポレイトガバナンス:説明責任や透明性の高い水準
75.8
環境保護
54.6
ビジネス倫理:自社の使命、ビジョン、理念、社内規範の確立
39.4
人権
21.2
労働者の搾取、人権の軽視や環境破壊につながるような取引を避ける
15.2
雇用の安定、従業員の権利
15.2
投資内容が理にかなっている
9.1
サプライチェーン管理
9.1
供給業者や顧客に対する公正な価格設定
0
© The Economist Intelligence Unit 2005
59
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q6. CSRに関する問題について、日本企業が欧米の企業に追いつくためには、何をすべきだと思いますか。
(○はいくつでも)
60
コーポレイトガバナンス、説明責任、透明性をより高いレベルにする
72
従業員に会社の使命や理念を伝える
50
ステイクホルダーとのコミュニケーション向上のためのプログラムを実施する
46
自社の社是、ビジョン、理念を創り出す、またはより良くする
37
労働者、環境、人権、地域社会の発展のためのプログラムに支出を増やす
37
人権の軽視や環境破壊につながるような市場でのビジネス活動、販売を減らす
24
役員や従業員のための特別な訓練プログラム
20
社内CSRチームの予算を増やす
7
競合他社、第三者グループ、またはコンサルタントによって設定されたCSRの基準を適用する
4
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
調査の結果
日本以外の国を拠点とする回答者のみ
合計数は四捨五入により、100%にならない場合もあります。
I.
あなた様ご自身についてお伺いいたします。
Q1. 貴社の主要業務は次のどちらに当てはまりますか。(〇は1つだけ)
消費財 6.1
建設、不動産 2.7
ITC、技術サービス 14.9
繊維、アパレル 0.7
採取産業(エネルギーや天然資源) 6.8
電気通信 8.1
小売り 0.7
教育 2.7
医療、薬事、バイオテクノロジー 6.1
金融サービス 14.9
娯楽、メディア、出版 3.4
マスコミ 0.7
消費者サービス 2.0
専門的サービス 14.9
旅行、観光 2.0
農業または農業関連産業 2.7
物流、流通、卸売り、輸送 2.7
素材(鋼鉄、化学製品、窯業製品、
その他) 4.1
防衛施設、航空宇宙産業 0.7
機械 3.4
Q2. 貴社は株式を公開していらっしゃいますか。(〇は1つだけ)
公開している/上場している
44
未公開である/非上場
56
© The Economist Intelligence Unit 2005
61
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q3. 海外も含めた貴社全体での年間収益をお知らせ下さい。(〇は1つだけ)
100億円~1,000億円 23
100億円以下 42
1,000億円~1兆円 16
答えられない 5
1兆円超 13
Q4. あなた様の役職は次のどちらにあてはまりますか。(〇は1つだけ)
部長 9
課長 23
事業本部長 10
上級副社長(SVP)、副社長
( VP)、取締役 15
役員 8
最高経営責任者(CEO)、
最高(業務)執行責任者( COO)、
社長、常務取締役
22
その他の部門の最高責任者 3
最高情報責任者(CIO)、
技術部門取締役 4
最高財務責任者(CFO)、
財務担当役員、会計検査役 6
Q5. あなた様の主な担当は次のどちらに当てはまりますか。(〇は3つまで)
事業戦略、推進
49
経営全般の管理
37
マーケティング、販売
26
財務
20
企業広報、情報、調査
15
操業や製造
14
リスク管理
12
研究開発
12
情報システム(IT)
11
顧客サービス
10
サプライチェーン管理
6
人事
4
企業の社会的責任プログラム運営
2
調達
2
法務
62
1
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
III. CSRについて(企業のみ)
Q1. あなた様は企業の社会的責任という用語をご存知ですか。(〇は1つだけ)
よく理解している
42
多少、理解している
58
Q2. 貴社はCSR活動に取り組んでいますか。(〇は1つだけ)
はい
73
いいえ
21
わからない
6
Q3. CSRに関して最も期待度が高いのは、世界のどの地域だと思いますか。
ヨーロッパ
57
アメリカ
35
その他
2
アジア
6
© The Economist Intelligence Unit 2005
63
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q4. 日本のCSRへの参加意識はどの程度だと思われますか。(〇は1つだけ)
低い 20
中程度 40
高い 17
わからない 24
Q5. 全般的に、企業のCSRへの取り組みをあなたはどのような方法で評価しますか。
(○は2つまで)
社内で従業員にCSR規範を伝達する能力によって
48
ステイクホルダーとのコミュニケーションの頻度と質によって
39
CSRの一般基準を適用して
37
CSRに費やす時間と、直接の担当者の人数によって
22
会社組織内でCSRチームが占める位置によって
20
その他
6
Q6. 全般的に、企業のCSRプログラムの有効性をあなたはどのような方法で評価しますか。
(○は2つまで)
64
説明責任やコーポレイトガバナンスにおける透明性のレベルによって
60
環境、倫理、社会、慈善の分野での活動によって
50
法律や規制へのコンプライアンスの履歴によって
28
CSRについての評判によって
24
CSRについての報告の質によって
11
全般的な収益性によって
3
その他
2
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
III. CSRについて(企業のみ)
Q1. 貴社のCSRに向けた年間予算はどの程度ですか。(〇は1つだけ)
特に予算はない 68
2千5百万円未満 16
3億円より多い 5
2千5百万円以上~1億円未満 5
1億円以上~3億円未満 5
Q2. 貴社のCSRプログラムに直接関わっている従業員は何名ですか。(〇は1つだけ)
いない 23
11名より多い 23
5~10名
15
5名未満 40
Q3. 貴社の意思決定において、CSRはどの程度重要な判断材料ですか。
重要だが、いずれの意思決定時におい
ても一つの判断材料の一つに過ぎない
42
判断材料ではあるが、
重要ではない
23
大半の意思決定時において中心的
な判断材料である
15
まれに判断材料になる 8
わからない 7
判断材料ではない
6
© The Economist Intelligence Unit 2005
65
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q4. CSRプログラムを取り入れた際に、貴社の意思決定に影響を及ぼしたものは何ですか。
(○は3つまで)
CSRにより自社は競争上有利になり、競合他社との違いを打ち出せること
41
CSRは自社が直面する潜在的リスクに対応できること
39
企業経営者はこの問題に取り組むべきだと考えていること
39
マスコミが企業の社会的責任に関する問題に益々注目していること
26
CSRプログラムを取り入れた際に貴社の意思決定に影響を及ぼしたものはない
15
CSRが収益性を向上させることは証明されていること
14
公的機関は労働者、地域社会、環境を保護していないこと
12
他社がCSRプログラムを導入していること
5
Q5. 貴社のCSRへの取り組みを促進させる最も重要なグループは次のどちらですか。
(〇は3つまで)
経営陣/取締役会
63
従業員
39
顧客
32
政府、規制当局
26
投資家/株主
18
マスコミ
18
NGO、活動家
14
社内CSRチーム
12
供給業者/仕入先
3
Q6. CSRのどの要素が貴社にとって最も重要ですか。
(○は3つまで)
66
ビジネス倫理:自社の使命、ビジョン、理念、社内規範の確立
82
コーポレイトガバナンス:説明責任、透明性における高い水準
63
地域社会とのパートナーシップ、地域社会への投資や経済開発
43
労働慣行、従業員の権利
35
労働者の搾取、人権の軽視や環境破壊につながる取引を避ける
12
サプライチェーン管理
8
供給業者や顧客に対する公正な価格設定
7
その他
1
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q7. 貴社ではどのようにしてCSRへの取り組みを充実させていますか。
(○はいくつでも)
自社の使命と理念を従業員に伝達し、自社のCSR観を浸透させる
57
コーポレイトガバナンス、説明責任、透明性をより高いレベルにする
50
自社の社是、ビジョン、理念を創り出す、またはより良くする
42
ステイクホルダーとのよりよい関係やコミュニケーションのためのプログラムを実施する
36
特定のプログラムはない
18
競合他社、第三者グループ、またはコンサルタントが設定したCSR規範を適用する
14
人権の軽視、環境破壊につながるような市場でのビジネス活動や販売を減らす
10
その他
2
IV. ステイクホルダー(利害関係者)について
Q1. 5年前に、貴社にとって最も重要だったステイクホルダーは次のどちらですか。(〇は3つまで)
投資家/株主
69
顧客
66
従業員
54
政府、規制当局
24
供給業者/仕入先
11
地域社会
8
4
マスコミ
NGO、活動家
1
Q2. 今日、貴社にとって最も重要なステイクホルダーは次のどちらですか。(〇は3つまで)
顧客
74
投資家/株主
64
従業員
60
政府、規制当局
21
地域社会
14
供給業者/仕入先
12
マスコミ
NGO、活動家
3
2
© The Economist Intelligence Unit 2005
67
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q3. 貴社のステイクホルダーは、貴社がCSRへの取り組みを推進するうえで、どの程度の影響力がありますか。
(〇は1つだけ)
ほとんどない 43
かなりある 34
ない 7
多少ある 16
Q4. 貴社ではステイクホルダーの関心を何によって把握していますか。(〇は3つまで)
正式な、または定期的な体系だったコミュニケーション
57
調査、研究
45
自社についてのニュース
32
コンサルタント、または第三者による情報を通して
23
自社の金融市場における動向
22
ステイクホルダーの関心を把握していない
12
売り上げ動向
7
Q5. 貴社ではどちらのステイクホルダーと正式で体系的なコミュニケーションを定期的に持っ
ていますか。(〇はいくつでも)
従業員
73
投資家/株主
73
顧客
64
政府、規制当局
38
供給業者/仕入先
31
地域社会
20
マスコミ
20
NGO、活動家
68
8
© The Economist Intelligence Unit 2005
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
V. CSRについての事例
Q1. 貴社はCSRプログラムを通して、どんな経営課題に取り組みたいとお考えですか。
(〇はいくつでも)
マーケティング、企業/ブランドイメージの維持と向上
64
コーポレイトガバナンス、コンプライアンス、透明性、
説明責任に関する課題
顧客満足
60
競争上優位に立つ、または他社との違いを打ち出す
51
投資家向け広報活動
34
規制に関する課題
31
法律に関する課題
24
サプライチェーンに関する課題
12
56
Q2. 貴社のCSRへの取り組みは、貴社の収益にプラスに働くと思いますか。
(〇は1つだけ)
プラスにやや働 く
45
プラスにかなり働く
24
わからない
7
ラスには働かないが、
ビジネスを行う上で必要なコスト
22
プラスには働かない。不必要な経費
1
Q3. CSRが貴社の収益にプラスに働くとしたら、どのようにプラスに働くと思いますか。
(○はいくつでも)
広報活動の推進、ブランドイメージ、顧客ロイヤリティーの向上
78
従業員のモラル向上、コミットメント促進、または質の高い従業員を確保しやすくなる
76
政府の規制当局に干渉されにくくなった
45
NGO、活動家、地域社会から法的訴えを受けにくくなる
33
生産性を向上させ、品質管理のレベルを上げる
31
ビジネスインテリジェンスの向上(例:サプライチェーン管理において進歩がみられる)
24
経営コストを低下させる
14
© The Economist Intelligence Unit 2005
69
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
Q4. CSRが収益にプラスに働かないとお考えであれば、なぜ貴社はCSRプログラムを導入して
いるのですか。(〇はいくつでも)
70
経営陣が導入すべきだと考えている
現在は収益にプラスに働いていないが、
将来的には何らかの恩恵があるかもしれない
71
ステイクホルダーがCSRプログラムの導入を望んでいる
27
競合他社がCSRプログラムを導入している
12
© The Economist Intelligence Unit 2005
39
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
英文テキスト
略語
訳語
Corporate Social Responsibility
CSR
企業の社会的責任
environmental protection
環境保護
community relations
コミュニティ・リレーションズ
corporate governance
コーポレート・ガバナンス
stakeholder dialogues
ステークホルダーとの対話
workforce diversity
労働力の多様化
outsider
アウトサイダー
occupational safety
労働環境の安全
improved governance
ガバナンスの強化
increased shareholder value
株主価値の向上
environmental management
systems
環境マネジメントシステム
dynamics
ダイナミクス(力学)
benevolent responsibility
corporate Japan
expectations
ガバナンスの改善
確かに直訳では改善ですが、今
日本企業に求められているもの
は、一般に「ガバナンスの強
化」と呼ばれていると思いま
す。その意味で、意訳ですが、
オリジナルの訳で良いと思いま
す。むしろ問題なのは、原文に
対し「ガバナンスの改善」と訳
されているところがあること
で、こちらを修正しました。
情愛に満ちた責任感
公益責任
原文には、協会や博愛主義団体
など、一般に(欧米の)企業か
らは期待出来ない、という意味
合いが強く出ています。公益責
任とすると、このニュアンスが
失われてしまうと思います。
日本の企業
企業社会としての
日本/日本の企業社会
この原文は、ほとんど「複数の
日本企業」という程度の意味で
使われていると思います。敢え
て「企業社会」を訳語に入れる
必要はないと思います。
正しい経営判断
「正しい経営判断」では、「企
業が法律に定めるところを越え
て誠実に取り扱うことを要求す
る」とい説明文と相容れないと
思います。
期待
the United Nation s Global Compact
GC
国連グローバル・コンパクト
the guidelines of the Global Reporting
Initiative
GRI
GRIガイドライン
the Ethical Compliance Standard 2000
ECS2000
エックス2000
Good Business Judgement
善良な経営判断
Triple Bottom Line
トリプル・ボトムライン
labour practices
労働慣行
a basic code of conduct
企業行動憲章
the Consumer Contract Act
消費者契約法
the Consumer Protection Fundamental Act
消費者保護基本法
class-action lawsuits
集団代表訴訟
Whistleblower Protection Act
公益通報者保護法
Dow Jones Sustainability Indexes
ダウ・ジョーンズのSRI株価指数
FTSE4 Good Index
FTSEのFTSE4グッド・グローバル・
インデックス
Morning star SRI index
モーニングスターのSRIインデックス
ダウ・ジョーンズ・
サステナビリティー・
インデックス/ダウ・
ジョーンズSI株価指数
© The Economist Intelligence Unit 2005
71
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
原文
訳語
Economist Intelligence Unit
エコノミスト・インテリジェンス・ユニット
AIG Global Investment Group (AIGGIG)
AIGグローバル・インベストメント・グループ
Technical Management Board
技術管理評議会
the Council for Better Investment in the US
対米投資関連協議会
the Council for Better Corporate Citizenship
(社)海外事業活動関連協議会
One Percent Club
1%クラブ
(Japan Association of Corporate Executives
経済同友会
the Japan Green Procurement Survey Standardisation Initiative
グリーン調達調査共通化協議会
その他
ネットで確認
ネットで確認
ISO
ネットで確認
ネットで確認
ネットで確認
経団連
ネットで確認
ネットで確認
ネットで確認
the Corporate Philanthropy Council
確認できず
Sato International Scholarship Foundation
サトー国際奨学財団
ネットで確認
the Nippon Care-Fit Service Association
日本ケアフィットサービス協会
ネットで確認
Standard Chartered Bank
スタンダード・チャータード・バンク
Graduate School of International Corporate Strategy
一橋大学大学院国際企業戦略研究科
Japan Investor Relations and Investor Support
日本投資環境研究所
the CSR Policy Analysis Committee
M&A Consulting
株式会社M&Aコンサルティング
Charter of Corporate Behaviour (1996)
企業行動憲章(1997年制定)
NEC
Code of Conduct (1999)
行動規範(1999年制定)
NEC
Corporate Ethics Division
企業行動推進部
NEC
NECのサイトにて確認
the corporate social responsibility promotion unit,
CSR推進本部
NEC
NECのサイトにて確認
corporate auditing bureau
経営監査部
NEC
NECのサイトにて確認
Reputation programmes
レピュテーション・プログラム(ステークホル
ダー価値向上
NEC
NECに確認
Nyenrode University
ナインロード大学
オランダ
Social Investment Forum
ソーシャル・インベストメント・フォーラム
the Mutual Aid Association for Tokyo Metropolitan Teachers
and Officials
東京都教職員互助会
Pension Fund Association
厚生年金基金連合会
The Corporate Governance Fund
コーポレート・ガバナンスファンド
Government Pension Investment Fund
年金資金運用基金
Buna no Mori (Beech Forest) Green Open Fund
「損保ジャパン・グリーン・オープン、愛称:ぶなの森」
72
© The Economist Intelligence Unit 2005
原文ミス
PFAのサイトにて確認
損保ジャパン
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
英文テキスト
日本語
Ron Bevacqua
ロン・ベヴァクア
役職、等
Kanji Tanimoto
谷本寛治
済、net
Yura Satoshi
由良聡
済、net
David Russell
デビッド・ラッセル
Mariko Kawaguchi
河口真理子
済、net
Iwao Taka
高巌
済、net
Jonathan Schuman
ジョナサン・シューマン
AIGGIGのリージョナル・バイスプレジデント
Aron Cramer
アーロン・クレイマー
BSR(Business for Social Responsibility)のプレジデント兼CEO
Arie Y Lewin
アリー・Y・ルイン
Yuji Kiyokawa
清川佑二
済、net
Hideo Fukuda
福田英男
済、net
Stanley Litgow
スタンレー・リツゴウ
Mahendra Negi
マヘンドラ・ネギ
済、net
Mark Devadason
マーク・デヴァダソン
済、net
Christina Ahmadjian
クリスティーナ・アーマジャン
一橋大学大学院国際企業戦略研究科
Takaya Seki
関孝哉
日本投資環境研究所のコーポレート・ガバナンス調査部門チーフ
Hirohiko Nakahara
中原裕彦
経済産業省
Tokuo Fujita
藤田東久夫
株式会社サトーCEO
Hiroyuki Tsuruta
鶴田啓之
東芝のCSR担当責任者
Hisayuki Shimizu
清水久敬
「CSR Consortium」のCEO
Kenya Takizawa
滝沢建也
株式会社M&Aコンサルティング
Junichi Sato
佐藤潤一
グリーンピース
Aya Nakata
中田あや
アサヒビール広報
Hironori Saito
斉藤弘憲
経済同友会
Hitoshi Suzuki
鈴木均
NEC社会貢献部長
Tony Miller
トニー・ミラー
Tomomi Yamo
矢野朝水
Noboru Terada,
寺田徳
年金資金運用基金の投資専門委員
Roberta Romano
ロバータ・ロマノ
エール大学教授
Tsukasa Kanai
金井司
住友信託銀行
Atsuto Sawakami
澤上篤人
さわかみファンド
一橋大学
特定非営利活動法人パブリックリソースセンター(CPRD)
非営利団体CSR Japan
大和総研のシニアアナリスト
麗澤大学
米国デューク大学教授
東芝の執行役専務
エーザイ株式会社コーポレートコミュニケーション部 課長
IBMのコーポレート・コミュニティ・リレーションズ担当バイスプ
レジデント
トレンドマイクロ社CFO
スダンダード・チャータード・バンク在日総支配人
Ramius Capitalプレジデント
原文ミス
厚生年金基金連合会(PFA)
© The Economist Intelligence Unit 2005
73
調査の結果
商人道
日本におけるCSR
74
© The Economist Intelligence Unit 2005
商人道
日本におけるCSR
lONDON
15 Regent Street
London
SW1Y 4LR
United Kingdom
Tel: (44.20) 7830 1000
Fax: (44.20) 7499 9767
E-mail: [email protected]
NEW YROK
111 West 57th Street
New York
NY 10019
United States
Tel: (1.212) 554 0600
Fax: (1.212) 586 1181/2
E-mail: [email protected]
HONG KONG
6001, Central Plaza
18 Harbour Road
Wanchai
Hong Kong
Tel: (852) 2585 3888
Fax: (852) 2802 7638
E-mail: [email protected]
エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)レポート
協力 大和証券グループおよび
May 2005
株式会社リコー、
ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン株式会社、
BVQIジャパン(株)
Fly UP