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ノースイースタン大学 事例研究・学生レポート集

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ノースイースタン大学 事例研究・学生レポート集
2007 年度夏学期「比較大学経営政策論(1) 」
報告書
ノースイースタン大学の事例分析
2007 年 11 月
東京大学大学院教育学研究科
大学経営政策コース
夏季集中講義参加者一同
目次
第1章
アメリカの高等教育制度と学生 ..................................................................................... 4
1-1 アメリカの高等教育について:カーネギーの大学分類(高橋宣昭) ........................... 4
1-2 アメリカ高等教育制度の財政(堤田直子) ................................................................... 8
1-3 質保証と学生移動(稲葉めぐみ) ............................................................................... 13
1-4 研究(横山修一)......................................................................................................... 17
1-5 アメリカ高等教育における Public Service(谷村英洋) ............................................ 21
1-6 米国高等教育に関するトレンド(佐藤邦明) ............................................................. 25
1-7 アメリカの学生(堤田直子)....................................................................................... 27
第2章
アメリカにおける成人学生........................................................................................... 31
2-1 成人教育の歴史(今田晶子)....................................................................................... 31
2-2 成人教育の現状(中田学) .......................................................................................... 33
2-3
NU の成人教育の概要(山根正彦) ............................................................................ 38
2-4
SPCS の Certificate Program(林未央) ................................................................... 41
2-5
SPCS における高度専門職業人養成(梅澤貴典) ...................................................... 44
2-6
SPCS の学生入学状況と経営戦略(田中立子) .......................................................... 46
第3章
ノースイースタン大学の特徴 ....................................................................................... 48
3-1 ノースイースタン大学の歴史:継続と革新(山岸直司) ........................................... 48
3-2 ノースイースタン大学誕生の背景:ボストン地域の歴史との関連性(大坪恭子) ... 53
3-3 ノースイースタン大学の学生数の推移(内山淳) ...................................................... 58
3-4 ノースイースタン大学の教職員数の推移・その他(保立雅紀) ................................ 61
3-5 ノースイースタン大学の学費(高橋清隆) ................................................................. 65
3-6 ノースイースタン大学の財政(両角亜希子) ............................................................. 71
第4章 ノースイースタン大学の戦略の中での SPCS の位置づけ ........................................... 75
4-1 NUの改革と戦略......................................................................................................... 75
4-1-1 NUの改革とその背景(高橋宣昭)................................................................... 75
4-1-2 NUの戦略(横山修一)..................................................................................... 78
4-2 NUにおける SPCS の役割.......................................................................................... 82
4-2-1
SPCS のミッションと教育サービス(堤田直子) ........................................... 82
4-2-2 ノースイースタン大学における SPCS 成立の意義・強み(佐藤邦明)............ 85
4-2-3
SPCS の実績(稲葉めぐみ).............................................................................. 87
1
4-3 小括(谷村英洋)......................................................................................................... 91
第5章
SPCS における教学マネジメント ................................................................................ 93
5-1
SPCS が提供するプログラム(両角亜希子).............................................................. 93
5-2
SPCS のガバナンス...................................................................................................... 99
5-2-1 継続教育のガバナンスモデル(内山淳) ........................................................... 99
5-2-2
SPCS におけるガバナンスとその意味(大坪恭子)...................................... 102
5-2-3
SPCS におけるプログラムの形成と管理(片平剛)...................................... 106
5-3 マーケティング .......................................................................................................... 109
5-3-1 ノースイースタン大学のマーケティング(山岸直司).................................... 109
5-3-2
SPCS のマーケティング(高橋清隆) ............................................................. 114
5-3-3 他大学との比較から見た特質(保立雅紀)...................................................... 118
第6章
SPCS の財政(RCM モデルと大学債の役割・管理)............................................... 122
6-1 RCM モデル ............................................................................................................... 122
6-1-1 RCM の概要(梅澤貴典) ................................................................................ 122
6-1-2 他学部とのパートナーシップと新プログラム育成(林未央)......................... 124
6-1-3 コスト抑制と質保証(今田晶子) .................................................................... 126
6-1-4 RCM のメリット・デメリットと SPCS におけるプログラム存廃の判断基準(中
田学)................................................................................................................................. 127
6-2 大学債の役割・管理 ................................................................................................... 129
6-2-1 大学債の現状(田中立子) ............................................................................... 129
6-2-2 大学債による資金調達(山根正彦)................................................................. 133
2
執筆者一覧(五十音順)
「A 班」・・・第 1 章、第 4 章を執筆
稲葉めぐみ
佐藤邦明
高橋宣昭
谷村英洋
堤田直子
横山修一
「B 班」・・・第 3 章、第 5 章を執筆
内山淳
大坪恭子
片平剛
高橋清隆
保立雅紀
両角亜希子
山岸直司
「C 班」・・・第 2 章、第 6 章を執筆
今田晶子
梅澤貴典
田中立子
中田学
林未央
山根正彦
3
第1章
アメリカの高等教育制度と学生
1-1 アメリカの高等教育について:カーネギーの大学分類
高橋
宣昭
アメリカの高等教育制度
アメリカの高等教育は日本と同様に公立セクター、私立セクターによって成り立っていて、そ
れぞれに 2 年制大学と4年制大学に分かれている
(
「FULLBRIGHT」日米教育委員会 HP より)。
1960 年の後半から 70 年代にかけて、研究機能を強化・拡大させている。80 年代以降には、職
業分野が拡大したのはその特徴といえる。
図表 1-1 アメリカの教育制度
中等教育修了後の進学は上記の図表 1-1 のイメージである。それぞれの機関に関しては次の
通りである。
4
(1)2年制大学について
①公立2年制大学:公立の2年制大学はコミュニティカレッジとよばれ、主に地域住民の税金
により公立大学として運営され、地域住民を対象とした多様な教育内容を提供する。広い分野に
わたる技術・職業訓練を目的としたコースや、公立4年制大学に編入するための一般教養のコー
スを持ち、学生層は年齢、性別を問わず、生涯教育の場としても利用されている。
②私立2年制大学:私立の2年制大学はジュニアカレッジと呼ばれ、宗教関係団体によって運
営されているものと、独立した組織によって運営されているのもがある。ジュニアカレッジは、
主に4年制大学への編入を想定した一般教養コースを提供している。授業料は一般にコミュニテ
ィカレッジより高額である。
(2)4年制大学について
4年制大学は通常4年間の学部課程で、修了すると学士号が得られる。一般的には1~2年次
に教養科目を中心に取り、2年次後半から3年次前半までに専攻を決め、3~4年次にその専門
科目をとって、学位を取得する。一部の専門分野(看護学の保健分野、美術や音楽の芸術分野、
工学など)を除いては、入学時に専攻科目を決めなくてもよいプログラムがある。薬学、工学、
建築学等の専門分野では学士課程修了に5年かかる場合もある。
全米には公立、私立合せて 2,530 の 4 年制大学があり、大別して、1)一般教養全般に主眼
をおき学部課程での教育に力を注いで大学院進学等に備えている大学(リベラルアーツ・カレッ
ジ)と、2)大学院課程を併せ持ち研究にも力を入れている総合大学、3)専門(単科)大学があ
る。いずれも「大学」と呼ばれるが、学生数が 1,000 人以下の小さなものから、5 万人ぐらいの
大規模なものまで多様である。公立 2 年制大学と異なり、殆どの 4 年制大学では寮を備えてい
る。
図表 1-2 アメリカの大学数及び学生数(「FULLBRIGHT」日米教育委員会 HP より)
アメリカの大学数
公立
私立
合計
4 年制
639
25%
1,894
75%
2,533
4 年制大学の割合 60%
2 年制
1,061
63%
622
37%
1,783
2 年制大学の割合 40%
合計
1,700
40%
2,516
60%
4,216
アメリカの学生数
公立
私立
合計
4 年制
6,736,536
63%
3,989,645
37%
10,726,181
4 年制大学の割合 62%
2 年制
6,243,576
95%
302,287
5%
6,545,863
2 年制大学の割合 38%
合計
12,980,112
75%
4,291,932
25%
17,272,044
5
アメリカの大学入試
アメリカでは、初等、中等教育制度が州政府を単位に行なわれるため、就業年数や教育内容も
多様化していて、高校での成績評価を大学入試判定に使用することは出来ない。そのため、カレ
ッジボード(College Board、1900 年設立 )によって SAT(Scholastic Assessment Test、大学進
学適性試験)が全国共通試験として実施されている。
カーネギーの大学分類
カーネギーの大学分類は 1970 年にカーネギーの高等教育委員会によって開発され、1973 年に
出版された。その後、1976 年、1987 年、1994 年、2000 年に改訂出版されている。2005 年か
らウェッブでの検索を可能にして多様な分類を可能にした。従来の類型を基本的分類(Basic
Classification)として、従来の分類と対比したものが、図表 1-3 の一覧である。
2005 年には 1994 年の大学数から 797 校増加し、4,392 校の大学が全米に存在している。2005
年の大学分類のそれぞれのカテゴリーの定義は、次のとおりである。
・ 博士号授与大学
(Doctorate-granting Universities):1年に最低 20 の博士号授与する。
(JD,MD, PharmD,DPTなどの専門業務の登録に必要な博士レベルの学位は除く。)
・ 修士大学(Master’s Colleges and Universities):一般的に、1 年に最低 50 の修士号、20 以
下の博士号を授与する。(専門大学、部族大学を除く。)
・ 学士大学(Baccalaureate Colleges):バカロレア・ディグリーがすべてのアンダーグラディ
エイト・ディグリーの最低 10%に当る機関を含んで、一年に 50 以下の修士号、20 以下の
博士号を授与する。
(専門大学、部族大学を除く。)なお、分類基準を更に分かりやすく記述
する為に「リベラルアーツ」という術語の使用をやめることが明記されている。
・ 準学士大学(Associate’s Colleges):すべての学位が準学士レベルであるところ、バチェラー
ズ・ディグリーが全てのアンダーグラディエイト・ディグリーの 10%以上を占めている機
関を含む。
・ 専門大学(Special Focus Institutions):バカロレア、あるいは非常に集約した内容の学位が
一つの分野、一連の分野、関連する分野のもので高い水準の学位を授与している機関。(部
族大学を除く。)
・ 部族大学(Tribal Colleges)
その他、カーネギー財団は、「学部教育プログラム」、
「大学院教育プログラム」、
「入学生の状
況」
、「学部の概評」
「規模と施設」の分類指標を加えて、高等教育の多様化に対応している。
6
図表 1-3 カーネギー分類
1994年/3,595校
類型
博士授与大学*
研究大学
(DoctorateGranting
Institutions)
(Research
Universities)
全 125校
I 型 88校
II 型 37校
博士大学
定義
○全領域の学士課程を提供し,博士学位のための大学
院教育を実施し,研究に高い優先権を与えている。
2005年/4,392校
基本的分類
研究大学
○(研究型)博士号1)の授与数が毎年50件以上
全 199校 ○研究開発に関する連邦補助金2)の額が年に,
・40百万ドル以上→研究大学 I ・15.5百万ドル以上40百万ドル未満→研究大学 II 博士号授与大学 ○全領域の学士課程を提供し,博士学位のための大学
院教育を実施している。
Ⅰ型 96校 Ⅱ型 103校
(Doctoral
○(研究型)博士号1)の授与数が毎年
Universities)
全
111校
・5以上の専門分野3)で40件以上→博士大学 I I 型
51校
・3つ以上の専門分野で少なくとも10件以上,または1
II 型
60校 つ以上の専門分野で20件以上→博士大学 II 修士(総合)大学
○全領域の学士課程を提供し,修士学位のための大学
(Master's(Comprehensive) Colleges 院教育を実施している。
and Universities)
全 529校
○修士号の授与数が毎年,
I 型 435校
・3つ以上の専門分野3)で40件以上→修士大学 I
II 型 94校
・1つ以上の専門分野で20件以上→修士大学 II 学士大学
○学士学位課程に重きを置く,本格的な学士課程大学。
(Baccalaureate Colleges)
○学士号の授与数と入学選抜度が,
全 637校
・40%以上の学位をリベラルアーツ分野4)で授与し,
I(自由学芸Liberal Arts) 型 166校 かつ入学選抜度が高い。 →学士(自由学芸)大学 I II 型 471校
・40%未満の学位をリベラルアーツ分野4)で授与する
または選抜度が低い。 →学士大学 II 全 83校 全 665校
修士大学
○学芸準学士レベルの資格または学位のプログラムを
提供し、ほとんど例外なく学士学位は出さない。5)
学士大学
○学士から博士までの学位を出し,その半数以上の学
位は単一の専門分野のものである(部族大学(Tribal
Colleges and Universities)15校を含む)。
全 765校
芸術&科学287校
多様 190校
準学士 128校
準学士大学
全 1,814校
準公田小 142校
準公田中 311校
準公田大 144校
準公郊単キ 110校
準公郊マル 100校
準公都単キ 32校
準公都マル 152校
準公特 14校
準私非営 114校
準私営 531校
準公2年 55校
準公4年 18校
準私非営4年 20校
準私営4年 71校
専門大学
全 807校
神学 314校
医学 57校
他の健康 129校
エンジニア 8校
テクノロジー 57校
ビジネス
65校
芸術音楽 106校
法律 32校
他の専門 39校
1,471校
専門大学型
修・大 347校
修・中 190校 修・小 128校
準学士大学型
(Associate of Arts Colleges)
博士/研究大学
(Specialized Institutions)
722校
部族大学
非分類
32校
27校
(表中の略語)
小:小規模、中:中規模、大:大規模、公:public、田:rural、郊:suburbs、都:urban、単キ:単一キャンパスsingle-campus、
マル:マルチキャンパスmulti campus、非:not-for-profit、営:for profit、特:特別(special use=College were identified
as special-use institutions if their curricular focus is narrowly drawn and they are not a part of a more comprehensive
two-year college, district, or system)
7
1-2 アメリカ高等教育制度の財政
堤田
直子
アメリカ高等教育費の規模は、1995 年度の公財政支出と大学独自の財源を合わせて約 1,980
億ドルで、国内総生産GDPの約 2%に相当する。2003年度における高等教育費のGDP割
合の国際比較は、アメリカが 2.9%、韓国 2.6%、カナダ 2.4%となっており、日本は 1.3%でア
メリカの2分の1以下である(Education Pays 2006, College Board)。
政府交付金は、財源別に連邦、州、地方の3タイプに分けられる。以下に見るように、設置者
別に政府交付金の比率が違うのは、連邦政府による援助についてはもっぱら国全体の利益になる
と連邦政府が見なし、援助対象については州立、私立関係なく行ってきたためである。よって、
連邦政府の交付金は基本的に特定の機関を維持するという目的ではなく、原則として研究費援助
及び修学援助(奨学金)という形で行われる間接援助(個人補助)として交付される。合衆国憲
法の規定(修正第10条)により教育に関する基本的権限を持つ州は、州立大学を維持する責任
を有し、州の交付金は大学の中心的機能の教育、研究、公共サービス、図書館整備、学生サービ
ス、管理経費を負担するために支出される。州から私立大学への交付金は、通常特定の教育・研
究事業の経費として支出されるのが一般的である。
設置者別収支構造
(1)歳入
州立と私立の大学では、大学の収入構成に大きな違いがある(2001 年度、図表 1-4)。州立
では、公財政から収入のおよそ 50%(うち、連邦政府 11.2%、州政府 35.6%、地方政府 4%)
を占め、ついで独自財源が約 28%(うち寄付金は 5.1%)を占めている。授業料等学生納付金は
約 18%程度である。一方私立では、授業料納付金の占める比率が約 34%、ついで独自財源が
43%(うち寄付金は 13.6%)となっており、この両者でほぼ 80%となっている。公財源は約 18%
(連邦政府 16%、州政府 1.4%、地方政府 0.5%)程度である。
(2)支出
支出目的別では、州立と私立に大きな違いはない。統計的に主に一般経費(教育、研究、公
共サービス、図書館整備、学生サービス、管理運営、光熱費、奨学金)、事業経費、病院経費、
連邦研究開発機構経費に分けられ、そのうち一般経費が約 80%、事業系費と病院経費はそれぞ
れ約 10%弱、連邦研究開発機関経費が 2%という構成である。
8
図表 1-4 州立大学私立大学別歳入内訳(Digest of Education Statistics, 2005 , Table 329,334)
歳入内訳(2001 年度)
州立大学
私立大学
70,000,000
60,000,000
50,000,000
40,000,000
30,000,000
20,000,000
10,000,000
0
Tuition and
fees
Federal
government
State
governments
Local
governments
Private gifts,
grants
Endowment
income
Sales and
services
Other
sources
機関種別の収支構造
(1)歳入
アメリカでは、各高等教育機関によって役割が異なることから、機関の規模や活動内容によっ
て、歳入構造も大学ごとに大きく異なる。例えば、前述のカーネギー分類で「研究大学」に分類
される大学は研究と大学院教育に、
「学士大学」に分類される大学は学部教育に重点が置かれて
いる。
連邦と州からの収入で比較すると、連邦からの収入は「研究大学Ⅰ」では 15%を占めており、
「修士号授与大学」や「学士号授与大学」ではその半分程度、州からの収入は「研究大学Ⅰ」で
は 30%未満なのに、「修士号授与大学」や「学士号授与大学」では 40%以上となっている。
(2)歳出
こちらも設置者別とは違い、機関別では違いがみられる。例えば一般経費が支出に占める割合
は約 80%であり、そのうち教育に対する支出は「研究大学Ⅰ」では 25%、「修士号授与大学」
では 38%、
「学士号授与大学」では 35%となっている。反対に研究に対する支出では、
「研究大
学Ⅰ」18%と「研究大学Ⅱ」15%以外は、きわめて小さい比率である。
基本財産収入
特に一部の私立大学では、収入の大きな収入源となっている。
9
図表 1-5 基本財産収入トップ 10
(Digest of Education Statistics, 2005 (NCES 2006・30), Table 451).
Endowment funds of the 20 colleges and universities with the largest amounts,
by rank order: 2003 and 2004
Market value of endowment
(in thousands of dollars)
Institution
Rank Order
2003
2004
$180,992,339,000
$208,667,975
Total for the 120 institutions with the largest amounts in
2004
Harvard University (MA)
1
18,849,491
22,143,649
Yale University (CT)
2
11,034,600
12,747,150
University of Texas System
3
8,708,818
10,336,687
Princeton University (NJ)
4
8,730,100
9,928,200
Stanford University (CA)
5
8,614,000
9,922,000
Massachusetts Institute of Technology
6
5,133,613
5,865,212
University of California
7
4,368,911
4,767,466
Emory University (GA)
8
4,019,766
4,535,587
Columbia University (NY)
9
4,343,151
4,493,085
Texas A&M University System
10
3,802,712
4,373,047
授業料
先に示したとおり、大学の収入に占める授業料等学生納付金の割合は、州立で約 18%、私立
で約 34%となっている。2006-2007 年の4年制大学の授業料の全国平均額は、州立 5,836 ド
ル、私立 22,218 ドルとなっている。州立大学(4年制)の場合、それに加えて州外の学生への
追加料金は 9,947 ドルかかる。州立大学でも授業料は州によって異なり、例えばバーモント州で
は 9,800 ドル,フロリダ州では 3,336 ドル,マサチューセッツ州では 7,661 ドルとなっている。
ちなみに私立4年制大学で平均の最高額は 29,335 ドルでマサチューセッツ州である。
授業料の金額は,設置者、機関種別、また、州の出身かどうかによっても金額が違ってくる。
また、学生は授業料以外に書籍代、寮費、通学などに費用がかさみ、2006-2007 年度の平均支
出額は、4年制州立大学では、州内学生は 16,357 ドル、州外学生は、26,304 ドル、4年制私立
大学は 33,301 ドルと試算されている。
奨学金
アメリカでの奨学金事業は主に①連邦政府、②州政府、③財団等民間組織、④大学独自の4タ
イプに分けられる。2005-2006 年度の奨学金は、全体で 1,348 億ドルになり、①連邦政府 943
10
億ドル、70%(高等教育法 Title IV で定められたもの。federal loans 51%, Pell grants9%,
education tax benefits 4%, Other grants 6%)、②州政府 68 億ドル、5%、③財団等民間組織
92 億ドル、7%、④大学独自 243 億ドル、18%となっている。なお、貸付金と給与奨学金の比
率は、学部学生の 52%が貸付金、42%が給与奨学金を、大学院生の 69%が貸付金で 28%が給
与奨学金を受けている。2003-2004 年度のデータでは、州立大学の学生は 71.1%、私立大学
(non-profit)学生は 88.6%、私立大学(profit)学生は 92.1%で何らかの補助を受けており、学生全
体で補助を受けている割合は、約 76%に上る。
図表 1-6 学生財政支援タイプ別内訳
(Trends in Student Aid 2006, College Board)
Total Student Aid by Type
Total Aid($134.8 /in Billions)
Private and
Employer Grants,
$9.3 , 7%
Institutional Grants,
$24.4 , 18%
Federal Loans, $68.6
, 51%
Federal Pell Grant,
$12.7 , 9%
State Grant
Programs, $6.8 , 5%
Federal CampusBased, $3.1 , 2%
Other Federal
Programs, $5.3 , 4%
Eduacation Tax
Benefits, $6.0 , 4%
研究費
アメリカの大学では、研究資金は外部調達が原則である。2004 年度の R&D 支出全体は、429
億 450 万ドルで、内訳は連邦政府 273 億 790 万ドル、州、地方政府 2,8 億 470 万ドル、産業界
21 億 70 万ドル、大学等 77 億 710 万ドル、その他 28 億 410 万ドルである。割合は、連邦政府
が約 64%(近年と比べれば微増)で研究費の出資の中心となっている。そのうちの 79%は基礎
研究向け、21%が応用研究向けである。
研究費では,間接経費が相当な割合で課され,大学にとって重要な財源となっている。その率
は,個別の大学や資金の出所別で異なっている。さらに,バイドール法(1980 年アメリカ合衆
国特許商標法修正条項の通称。1980 年に米国で制定された法律。
)によって,従来,米国政府の
資金によって大学が研究開発を行った場合、特許権が政府のみに帰属していた制度から、大学側
や研究者に特許権を帰属させる余地が認められるようになった。日本でこの「バイドール法」に
11
あたる法律は「産学活力再生特別措置法(1999 年施行・2003 年改正)
」で、日本版バイドール
法とよばれている。
(産学連携キーワード辞典 http://www.avice.co.jp/sangaku/keyword.html)
これにより大学で開発された研究成果が社会に還元されるルートが確立された。また民間企業
も独自で新規の研究を行うより資金とリスクが緩和され,経済効果も生まれた。
参考文献
・ 国立大学財務・経営センター〔出版物〕第7号平成14年12月「欧米主要国における大学の設置
形態と管理・財政システム」
・
【Digest of Education Statistics, 2006 Table 312, 315, 329,334】
・
【Trends in College Pricing 2006 : College Board】
・
【Trends in Student Aid 2006 : College Board】
・
【NSF. Division of Science Resources Statistics, R&D expenditures at universities and colleges,
by source of funds: FY 1953–2004】
12
1-3 質保証と学生移動
稲葉めぐみ
アメリカでは、高等教育法により連邦の高等教育機関の定義を示しているが、憲法上教育に関
する責任と権限は各州にある(合衆国憲法修正第 10 条により、合衆国に委任されず、州に対し
て 禁 止 さ れ な か っ た 権 限 は 、 各 州 に あ る と さ れ る )。 各 州 が そ れ ぞ れ の 方 針 で 、 学 校 を
authorization、license、approval、registration などするのであるが、連邦政府はこれに対
していかなる関与もできない。そうした多様な高等教育機関のあり方に対処するため、アメリカ
の教育関係者が必要に迫られて編み出した「アクレディテーション・システムは、特殊アメリカ
的なものである」(大崎 1999)。
質保証
(1)アクレディテーション制度
アメリカのアクレディテーションは、民間の評価団体(協会)により実施されており、アクレ
ディットを受けていない高等教育機関は、連邦の奨学金や研究費の対象校とならないなどの制約
がある。アクレディテーションを行う団体は、Council for Higher Education Accreditation
(CHEA)により 4 種類に分類される。1 つは、地域別アクレディテーション協会(Regional
Accrediting Organizations:表 1)であり、2 つ目は、専門分野別アクレディテーション協会
(Specialized/Professional Accrediting Organizations)である。尚、他の 2 つには、宗教と
営利機関に特化したアクレディテーション協会(Faith-Based Accrediting Organizations:4
団体、および、Private Career Accrediting Organizations:2 団体)があり、さらに教育省長
官に認定された州政府(Board of Regents of Education Department of New York State など)
も存在するが、これらについては本稿では紙幅の都合から扱わない。
地域別アクレディテーション協会は、アメリカ全土を分割しており(図表 1-7)
、協会間での
認定基準は同一ではない。このことから、基準アイテム数が比較的少ない団体(例えば NCA)が
担当する地域に本部を置き、その認定をもってブランチ・キャンパスで全国展開する営利大学も
あり(UOP など)、このことが問題視されている(森 2006)。さらに、他地区に本部を置き遠隔
地教育を実施する機関の出現などから、同じ地区内で展開される高等教育が、必ずしも同じ基準
を満たしているわけではない。
また、ディグリー・ミルは、古くて新しい問題である。カリフォルニア州やハワイ州のように
規制の緩やかな州もあり、これがディプロマ・ミルの温床となっているとされる(Department of
Commerce & Consumer Affairs 2007)。2004 年には、認証されていない 2567 の大学(その多く
がディプロマ・ミル)と、202 のアクレディテーション団体(ディグリー・ミル自身が設置した
団体を含む)の存在が、元FBI捜査官から指摘されている(American Council on Education
2004)。
13
図表 1-7 地域別アクレディテーション協会の担当する州と機関数
森利枝、2006、「米国における営利大学の展開と地域アクレディテーションの機能」
、
『大学評価・学位研究 第4号』より転載
(2)その他の質保証制度
公費を投じる州立大学に学生や住民へのアカウンタビリティ(説明責任)を求める観点から,
州政府が業績評価を行う州も存在する。1970 年代末にテネシー州が始めたのを皮切りに実施す
る州が増え,2003 年には 46 州が大学評価を実施している。これらの州の約 3 分の 1 は,予算配
分の一部に大学評価の結果を反映させている(文部科学省 2004)。
一方,憲法上は高等教育への関与が許されていない連邦政府だが、実際には所謂「一般福祉条
項」を根拠に、ランド・グラント・ユニバーシティーをはじめとして、教育へ関与してきた。近
年、学生への奨学金と研究助成金の 2 つの資金で、全ての大学への統制を強めている。教育省が
設置・発足(1980 年)されて以後,連邦政府の奨学事業費が拡充され、特に 2000 年度以降急激
に増加している。大学の研究開発費の約 6 割は。連邦政府が負担しているとされる(文部省 2000)。
Clark(1994=98)はこうした状況のアメリカについて、国が各州の構造の上に二重のピラミッ
ドを作り監督する世界で最初の国と表現し、先行きを憂慮している。
学生の移動
アメリカの高等教育機関は、1 単位の学修についての定義や卒業要件となる単位数などが機関
ごとに異なり、その多様性故に、従来転学者の単位認定は容易ではなかった。こうしたことへの
不満により、アメリカの大学は議会の介入を招くことがよくあり、極端な場合、大学の改革へと
進展することもあるとされてきた(McGuinness,Jr 1994=98)。1970 年代から起きた再・編入学
者の増加などにより、学生の移動への対応が求められるようになり、各州で様々な方策がとられ
てきた(林 2004)。学生の転学パターンを図表 1-8 に示す。
2001 年の調査(U. S. Department of Education 2002)では、1995-96 入学者の内、全体の
14
32.1%が教育機関間の移動を経験している(図表 1-9)。州立の 2 年制コミュニティー・カレッ
ジの多くは、4 年制大学への準備として学士号取得課程の前半部分を開設している。このことか
ら、同調査でも公立の 2 年制カレッジに入学した者の転学経験率が最も高く、41.5%である。尚、
2001 年には、全米の 30 州で 2 年制大学から 4 年制大学への転学が法制化されており、この割合
がさらに高くなることも考えられる。一方、4 年制カレッジ入学者の転学経験率は、2 年制カレ
ッジほど高くなく、公・私立ともに 20%代である。また、転学した者も含めて、2 つ以上の機関
に所属した学生は、全体の 40.3%であることが報告されている。
林未央、2004、「アメリカ高等教育におけるアーティキュレーション・シス
テムの標準化-体系性・連続性と弾力性の両立問題-」
、
『学位研究 第 18 号』より転載
図表 1-8 アメリカにおける転学のパターン
15
図表 1-9 1995-96 入学者における入学機関別の最初の転学先と非転学者割合
U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics, 2002, Descriptive Summary
of 1995–96 Beginning
Postsecondary Students: Six Years Later. より転載
参考文献
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( http://www.acenet.edu/AM/Template.cfm?Section=Home&CONTENTID=9047&TE
MPLATE=/CM/ContentDisplay.cfm)2007,7,14 参照
Council for Higher Education Accreditation(CHEA), 2006, 2006-2007 Directory of CHEA
Recognized Organizations, CHEA.
Clark, B. R., 1994, " The Insulated Americans: Five Lessons from Abroad", Altbach, P. G.,
Berdahl, R. O., and Gumport, P. J., eds. Higher Education in American Society (3rd ed.),
Prometheus Books、(1994、高橋靖直訳、『アメリカ社会と高等教育』玉川大学出版部、
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Department of Commerce & Consumer Affairs( DCCA) , 2007, "The Regulation of
Post-Secondary Degree Granting Institutions in the State of Hawaii",
(http://www.hawaii.gov/dcca/areas/ocp/udgi/regulation, 2007,7,14 参照)
大学基準協会、2005、
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年度文部科学省委託研究)報告書』、大学基準協会
林未央、2004、
「アメリカ高等教育におけるアーティキュレーション・システムの標準化-体
系性・連続性と弾力性の両立問題-」
、『学位研究 第 18 号』、107-131
McGuinness, Jr. A. C., 1994, "The States and Higher Education", Altbach, P. G., Berdahl, R.
O., and Gumport, P. J., eds. Higher Education in American Society (3rd ed.),
Prometheus Books、(1994、高橋靖直訳、『アメリカ社会と高等教育』玉川大学出版部、
165-198.
文部科学省、2004、「アメリカ合衆国-多様性に対する質の保証」
、
『平成 15 年度文部科学白
書』
、
(http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab200301/index.html, 2007,7,14 参
照).
文部省、2000、
「教育行政制度 1.アメリカ合衆国」、
『諸外国の教育行政制度』大蔵省印刷
局、7-44
森利枝、2006、
「米国における営利大学の展開と地域アクレディテーションの機能」
、
『大学評
価・学位研究 第 4 号』、3-13.
大崎仁、1999、
「アクレディテーション制度の提示」
、
『大学改革 1945〜1999』、有斐閣、79-83.
Troutt, W. E., 1979, "Regional Accreditation Evaluative Criteria and Quality Assurance,"
Journal of Higher Education, 50(2): 199-210.
U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics, 2002, Descriptive
Summary of 1995–96 Beginning Postsecondary Students: Six Years Later.
(http://nces.ed.gov/pubs2003/2003151.pdf, 2007,7,14 参照)
渡部哲光、2000、「大学の運営」
、『アメリカの大学事情』、東海大学出版会、1-26.
16
1-4 研究
横山修一
以下において用いたデータのうち出典が記載されていない数値データは、全て『科学技
術白書』(文部科学省、日経印刷株式会社、2007 年)を出典とする。
アメリカの高等教育における研究
連邦政府から大学に投資される研究費のうち、80%以上はカーネギー高等教育財団の分
類によるところの「博士号授与・研究大学」により占められており、さらに「博士号授与・
研究大学」の中でも、一部の研究型大学により、ほとんどが占められるという状況にある 1 。
このことから,アメリカの大学における研究は、
「研究大学・博士号授与大学」において重
点的に行われていると考えられる。
大学において行われている研究の性格別構成比を見ると、基礎研究が 75%近くを占めて
いる。一方、産業界では基礎研究の割合は4%にすぎず、大学における研究は基礎研究に
重点がおかれていることが読み取れる。このような大学における基礎研究の重視は、1975
年以降の傾向で、旧ソビエト連邦がアメリカに先んじて、スプートニク号の打ち上げに成
功したことによる、いわゆるスプートニク・ショックを原因として、基礎研究の重要性が
謳われるようになったためであるとされる 2 。
研究を行う「研究者」のうち、どの程度が大学に所属しているかの割合を見ると、2004
年度に日本では 36%の「研究者」が大学に所属していたのに対し、アメリカは 14.7%にす
ぎず、研究者の 80.6%は産業界に所属している。人数では、1999 年の時点において、アメ
リカ合衆国の大学における研究者の人数は 186,050 人であったのに対し、日本は 281,026
人となっており、日本の方が研究者の数が多い。ただし、
「研究者」の定義が、日本とアメ
リカで異なっているおり、研究者の定義によっては、アメリカのほうが多くなるとする推
測もあるため、単純な比較はできないことに注意する必要がある。
大学の研究資金
合衆国憲法修正第 10 条において、連邦政府に委任されていない権限は同憲法によって
禁止されていない限り、州及び市民に留保される事が定められている。この条項により、
連邦政府は教育に関する権限を持たないとされるが、連邦政府が全く教育に関わらないわ
けではなく、教育行政における連邦政府の役割としては、「初等中等教育に対する援助」、
「高等教育機関への進学援助」、
「学術研究の振興」があるとされる 3 。このように、学術研
1
宮田由紀夫・村田恵子「アメリカの大学における連坊政府からの研究支援に関する考察」『大阪府立大
學經濟研究』
2
3
第 49 巻第 4 号
2004 年
宮田由紀夫・村田恵子 前掲書,p6
文部省『諸外国の教育行財政制度』
p15
大蔵省印刷局
17
2000 年
p13
究の振興は連邦政府の役割であることから、大学に対する研究支援も、国防総省やエネル
ギー省といった連邦政府の各機関が行っているほか、全米科学財団(National Science
Foundation (NFS))など分野・目的ごとに研究助成を行うことを目的とする行政独立機関
によっても行われている。アメリカの大学は、研究経費は基本的に政府や企業などの大学
以外から得ている 4 とされるが、その研究開発費のうち、およそ6割を連邦政府の各機関が
負担しており、大学における学術研究を中心となって支えているのが連邦政府である 5 とさ
れる。
行政各省による研究の振興は、研究費を支給するという形だけではなく、大学や民間企
業等にFFRDC(Federally Funded Research and Development Center)と呼ばれる、連邦政
府の資金で設立され、実際の運営は設置された大学や企業に任されている研究開発機構を
設置するという形での振興もはかられている 6 。
公的な機関だけではなく、民間企業等も、積極的に研究助成金を設け、特定目的の研究
を大学に委託するといった研究助成を行っている。また、大学の研究室と共同研究を行っ
たり、研究成果を製品化するなどして、大学の研究の活性化に貢献している 7 。
このような政府や民間からの研究支援が大学の研究活動を支えており、とくに、博士課
程を中心とする研究型大学の場合、年間収入中に研究助成金の占める割合は非常に高い。
例えば、マサチューセッツ工科大学の 2001 年度の年間収入のうち 51%が研究助成金であ
り、公立大学においても、カリフォルニア大学の 2001 年度の年間収入のうち 25%が研究
助成金であった 8 。
アメリカにおける研究費
アメリカ合衆国における 2004 年度の研究費総額は、IMF 為替レートで 33.8 兆円であり、
対 GDP 比は 2.68 であった。一方、日本における同年の研究費総額は 16.9 兆円であり、金
額だけで見れば、アメリカ合衆国の2分の1であるが、対 GDP 比は 3.40 と、国内総生産に
占める割合で見ると日本の方が高い数値を示している。
アメリカにおける研究費の負担割合を主体別に見たときに、他国に比べ政府の負担割合
が高いことが特徴とされる。負担割合の推移を見ると、1980 年代から 2000 年までは、政
府の負担割合は減少を続ける一方で、民間(産業界)の割合が多くなってきている。
2000 年以降、政府の負担割合は再び増加し、2004 年度の割合を見ると、全研究費のうち
政府負担割合は 31.0%であるのに対し、産業界の負担割合は 63.7%であった。なお、同年
の日本を見ると、政府負担割合は 18.0%、産業界の割合負担は 74.7%であった。
4
5
6
7
8
文部省『諸外国の教育行財政制度』 大蔵省印刷局 2000 年 p13
文部省『諸外国の教育行財政制度』 大蔵省印刷局 2000 年 p13
文部省『諸外国の教育行財政制度』 大蔵省印刷局 2000 年 p13
文部科学省『諸外国の高等教育』 独立行政法人国立印刷局 2004 年
文部科学省『諸外国の高等教育』 独立行政法人国立印刷局 2004 年
18
p51
p51
図表 1-10
研究費と政府負担額
研究費と政府負担額
40
4.0%
35
3.5%
30
3.0%
研
究 25
費
・ 20
兆
円 15
・
2.5%
2.0%
1.5%
10
1.0%
5
0.5%
0
G
D
P
比
・
%
・
0.0%
2000
2001
200 2
200 3
200 4
年度
研究費(日)
研究費(米)
GDP比(日)
GDP比(米)
2004 年度において、総研究費のうち大学に投資された比率は、13.6%(45,907 億円)
であり、民間の研究に対して投資された比率は、70.1%(237,181 億円)であった。先に述
べた通り、連邦政府からの研究費が、大学の研究費のおよそ6割を占める重要な財源とな
っている。なお、連邦政府から大学への研究資金の特徴として、軍事関係の研究費が大き
なシェアを占めており、軍縮や軍拡といった政策による国防予算の増減が大学の研究に影
響を与えている 9 ことがあげられる。
図表 1-11
研究費使用割合
研究費使用割合
100%
80%
60%
民営系
大学
政府系
産業
40%
20%
0%
日2000
9
宮田由紀夫・村田恵子
1
2
3
4
米2000
前掲書,p7
19
1
2
3
4
このように、アメリカにおける大学への研究費の投資は、金額は確かに大きなものの、
GDP比や、民間の研究に投資される金額との比較等でみると、それほど重点を置いて投
資されているようには見えない。アメリカでは、大学だけではなく、企業の研究所で多く
の開発や研究が行われており、企業の研究所と比肩しうる施設設備をもつ大学はほとんど
見当たらないとされる 10 。アメリカにおける研究の中心は大学よりも、民間にあると言え
るのかも知れない。
研究成果:論文数および特許出願件数
アメリカにおいて生み出される論文数は圧倒的に多い。2004 年度における主要な科学論
文誌に掲載された論文に占めるアメリカの研究者による論文数占有率を見ると、約 31%を
占めており、2位の日本(約9%)の3倍以上を占めている。また、1論文あたりに引用
された平均回数を示す「相対被引用度」では、約 46%をアメリカの研究者による論文が占
めている。つまり、世界で引用される論文の約半数はアメリカの研究者により執筆された
論文であることとなる。
2001 年度の特許出願件数をみると、アメリカの特許出願件数は約 33 万件で、日本の 52
万件に次いで 2 位となっている。特許という視点から見ると、アメリカにおける研究はそ
れほどの成果をあげていないと見ることもできる。このうち大学だけの数値をみると特許
出願数は 9,500 件、特許数は 3,300 件以上であった。なお、特許による収入も、研究大学
にとって、重要な財源の一部となっているとされる。コロンビア大学が所有する遺伝子工
学に関する特許のライセンス料が、大学が持つ特許のうちで、もっとも高い収入をもたら
す特許とされるが、年間で 129,890,000 ドルの収入をもたらしたとされる。
10
デイビッド・リースマン(訳者
p69
喜多村和之他)『リースマン
20
高等教育論』玉川大学出版部,1986 年
1-5 アメリカ高等教育におけるPublic Service
谷村英洋
Public Serviceの多義性と多様性
大学の機能を教育・研究・社会サービスの 3 つに分類して理解することは日本でも一般的だが、
この「社会サービス」機能、およびその概念はアメリカで発展したものである。しかし、その内
実が非常に多様であることから、先行研究は概念的な定義が容易でないことを指摘している。日
本で「社会サービス」と訳出された表現は「Public Service」(以下PS)であろう。このオーソ
ド ッ ク ス な 表 現 の 他 に 、 ア メ リ カ で 同 義 的 に 用 い ら れ る 語 と し て community service,
university-industry cooperation, partnership, alliance, collaboration などが挙げられよう。こ
れらの特定の活動や側面に焦点化した多様な表現はPSの下位概念のようにも考えられる。以下
では、PSの展開の歴史、定義の多様性と、PSにカテゴライズされる多様な諸活動をまとめ、
さらに今日のPSの状況、その概念の変化について触れる。
「ほとんどのアドミニストレイターやファカルティが、サービスを主要な3機能の一つとして
認識しているだろう。しかしながら、そのほとんどは、サービスを教育と研究から遠く離れた第
三の機能としてとらえている」と Crosson(1983)は述べている。しかし、PSという概念は
アメリカ高等教育の教育・研究両面の多様な発展に貢献してきた、すなわち①公的援助要求の正
当化の道具として使われた、②「実用性」という観念との結びつきによって大学の変容をサポー
トしてきた、のである。
(アメリカ大学史において)サービス概念は公的援助の要求を正当化する手段として使われ
てきた。またこの概念は、大学の変容を正当化・合理化するため、歴史を通して、
「utility (役
に立つこと、実用性、有用性)」という観念に結び付けられてきた。古典的カリキュラムか
らの拡大・拡張の歴史、すなわちランドグラントカレッジの創設に科学的研究を組み込ませ
たこと、プロフェッショナルスクールの展開、学際的な研究機関(institute & center)の設
置、技術移転の推進、いずれも「社会へのサービスとして必要だ」との主張の下、押し進め
られてきたのである。(Crosson 1983)
※訳は筆者、
(
)内は筆者注
では、PSという大きな対象に対して、先行研究はいかなる定義をもってアプローチしてきた
のか。
少ないレビューの中から把握できたのは、PS とは大学の内部から外部の受け手に対して、
意図的活動として、直接的に提供されるもの、という捉え方であった。Chugh(1992)は調査
のために「学外の、集団もしくは個人のニーズに応えることを目的とした活動」と定義した。
Crosson(1983)は PS の活動は機関類型間でも同一機関類型内でも一様でないと述べ、PSと
いう対象の直接的な定義ではなく、その分類法として、サービスの受け手(コミュニティ、州・
地方政府、ビジネス・産業界)による分類を提起し、実践している(下で示す)
。さらに IPEDS
(The Integrated Postsecondary Education Data System)は、統計処理上、PS に関する支出の
範囲を下記のように定義している。
21
Public service (expense)
A functional expense category that includes expenses for activities established primarily
to provide noninstructional services beneficial to individuals and groups external to the
institution. Examples are conferences, institutes, general advisory service, reference
bureaus, and similar services provided to particular sectors of the community. This
function includes expenses for community services, cooperative extension services, and
public broadcasting services.・・・(下線は筆者)
ここで、Crosson(1983)によって整理されたPSに内包される諸活動を提示しておく。
(1)コミュニティサービス
Instructional Services
Non instructional Services
Facility Services
General Cultural Services
Coordination
(The
furnishing
Community and Civic Affairs
Individuals
real
and
Family Life
Groups
property,
Leisure-time and Recreational Activities
Agencies
nt,
Personal Health
Consultations
Cultural heritage and Enrichment
Occupational Services
Development of General Attitude and skills for a Career
of
material
equipme-
transportation,
and energy required
Consultation with Individ- uals
for
Consultation with Groups
services.)
community
Consultation with Agencies
Developmental of Specific Attitudes and skill for a Career
Research and Development
Crosson (1983) TABLE1 TAXONOMY FOR COMMUNITY SERVICE より作成
(2)州・地方政府へのサービス
①委託調査(contract research)、②reference services、③法案作成補助(assistance in drafting
legislation)、④ヒアリングへの出席・証言(testimony at hearing)、⑤訓練(training sessions)、
⑥セミナー(seminars)、⑦人事交流(exchange of personnel)。※ランドグラント大学、州立大学
では共通して①⑤⑥が最も多い。
(3)ビジネス・産業(界)へのサービス
①特定の業界・職種向け教育訓練プログラムの提供(単位認定有無いずれの場合も)(継続教
育プログラム)、②企業内訓練プログラムについてのコンサルティング、③コンサルティング(場
合によってはリーブ、サバティカルを企業内ですごす)、④科学的探究の成果を新しい技術や製
品へとつながる(技術移転)。
近年のPS
Digest of Education Statistics から総支出に占める教育・研究・PSの比率を示す。私立の 4
年制大学では 90 年代半ばから 00 年代半ばまでに比率としては低下している。2 年制はジュニ
アカレッジが多くを占めると思われるが、研究の比率が極端に低い一方、近年PSについては 4
年制大学同様 1%台である。
22
図表 1-12 総支出に占める三機能の比率(%)(私立・非営利大学)
All institution
Instruction
Research
31.34
33.77
33.35
32.27
32.24
32.20
32.14
32.51
9.94
10.49
10.30
10.40
10.54
10.89
11.11
11.54
1996-97
97-98
98-99
99-00
00-01
01-02
02-03
03-04
4-year
Public
Service
Instruction
Research
31.38
33.73
33.18
32.30
32.23
32.19
32.14
32.50
10.05
10.58
10.40
10.51
10.61
10.95
11.17
11.61
2.41
2.41
2.01
1.79
1.72
1.81
1.88
1.89
2-year
Public
Service
2.42
2.43
2.02
1.80
1.73
1.81
1.89
1.89
Instruction
Research
27.96
38.45
50.40
29.39
33.53
33.87
32.07
33.64
0.20
0.10
0.01
0.59
1.00
0.01
0.03
0.08
Public
Service
0.76
0.54
1.10
0.92
1.03
1.22
1.16
1.27
出所:Tabel 352. Total expenditures of private not-for-profit degree-granting institutions, by purpose and type of institution: 1996-97
through 2003-04(National Center for Education Statistics,
URL:http://nces.ed.gov/programs/digest/d06/tables/dt06_352.asp?referrer=list)
図表 1-13 総支出に占める三機能の比率(%)(公立大学)
1980-81
85-86
90-91
95-96
96-97
97-98
98-99
99-00
00-01
Instruction
Research
35.1
34.6
33.7
32.3
32.1
31.7
31.5
31.0
30.4
9.0
9.0
10.1
10.1
10.1
10.1
10.2
10.5
10.6
Public
Service
4.1
4.0
4.3
4.5
4.5
4.6
4.8
4.9
4.9
出所:Table 348. Current-fund expenditures of public
degree-granting institutions, by purpose: Selected years,
1980-81 through 2003-04(National Center for Education
Statistics, URL:
http://nces.ed.gov/programs/digest/d06/tables/dt06_348.
asp?referrer=list)
公立大学をみてみると、PSの比率が私立大学の
おおよそ 2 倍になっている。80 年代から 00 年代初
等までの推移は、概ね安定しており、4%台を維持
している。
近年のPSに関連した話題として、カーネギー財
団による Community Engagement 分類が挙げら
れる。この分類は各大学がコミュニティとどのよう
な連携をしているかを把握するためのもので、①教
員・学生・コミュニティをつなぐカリキュラムを採
用しているか(Curricular Engagement)
、②コミュ
ニティへの大学資源の応用・提供、およびコミュニティと学問的成果を通じて連携交流している
か(Outreach & Partnerships)を問うている。この時期にこうした分類が採用されることその
ものが、アメリカの大学による諸活動の潮流を示していると考えられ、興味深い。
小括
多くは無い先行研究や資料を辿りながら把握できたのは、PS は非常に捕捉範囲が広い概念で、
それが今日まで歴史的に拡大を遂げてきたということである。拡大を遂げる中で下位概念が豊富
となり、時代時代でクローズアップされる側面が変遷してきたといえるだろう。例えば、コミュ
ニティカレッジ拡大期にはコミュニティへの教育サービスが、今日であれば産学連携や地域経済
発展のためのインキュベーション機能が脚光を浴びる、という具合にである。しかし上記のカー
ネギー財団による分類にも顕著なように、Crosson がいうような、外界とは隔てられた学問の府
で行われる教育と研究から外れる部分、すなわち第三の部分がPSの活動領域である、という認
23
識は、すでに古いものになってしまったということはいえるだろう。種々の要因から、大学の教
育・研究にとって外部との連携は避けられないものと認識されるようになりつつある。
参考文献
The Carnegie Foundation for the Advancement of Teaching, 2006
(http://www.carnegie- foundation.org/classifications/index.asp?key=1592)
Chugh, Ram L., 1992, Higher Education and Regional Development: A Compendium of Public
Service Activities by Colleges and Universities in Northern New York, New York.
Crosson, Patricia H., 1983, Public Service in Higher Education: Practices and Priorities,
Washington, D.C.: Association for the Study of Higher Education
INTEGRATED POSTSECONDARY EDUCATION DATA SYSTEM (IPEDS)
(http://nces.ed.gov/statprog/2002/appendixd.asp)
National Center for Educational Statistics, Digest of Education Staistics: 2006,
(http://nces.ed.gov/programs/digest/d06/tables_3.asp#Ch3aSub8)
24
1-6 米国高等教育に関するトレンド
佐藤邦明
以下、今回のノースイースタン大学の調査を実施する直前(2007 年 7 月末)時点における米
国高等教育に関する主なトレンドを以下に列挙する。
高等教育政策関係
奨学金の問題が最大のトピックとして見受けられるが、米国上院、連邦政府においては奨学金
プログラムのほか、IT 関連規制案や今後 5 年間の連邦高等教育政策を定める法案が可決されて
いる。
(1) 上院、大学と貸手の関係について行動規範を含む高等教育法案を可決(7/25)
(2) キャンパスにおける音楽や映画等の違法ダウンロードについて、予防対策導入を義務付
ける法案を上院で提出(7/24)
(3) 米国上院、民間ローンと競合する連邦政府ローンプログラム創設案を否決(7/24)
(4) 大学の海外校の設置、米国経済には害か(7/27)
(5) ロビー団体、現行の質保障制度に疑問呈す(7/27)
私大経営関係
(1) 2006 年度の私大財政評価、おおむね良好
(2) 教育・研究のスペース不足に悩む大学、非学術要員をキャンパス外に移転の動き(7/27)
学生動向関係
(1) 最も人気ある専攻「トップ 10」は、1)ビジネス管理・経営、2)心理学、3)初等教育、4)
生物学、5)看護、6)教育学、7)英語、8)コミュニケーション、9)コンピュータサイエン
ス、10)政治学(2007.07)
(2) 大規模格付け機関の Standard & Poor’s、大学公表の志願者数が必ずしも人気度を反映
しているのか懐疑的(7/24)
国際連携関係
(1) 国際的ベンチャーについて、多くの研究大学が共同研究、教員交流、公共奉仕プロジェ
クトなど学問分野を越えた長期的関係構築に向け、特定の外国大学との連携に焦点を合
わせ始めている。(7/24)
その他
(1) 米国は中国・インドにリードされている?国際統計上の比較はリンゴとオレンジの比較
(7/24)
25
(2) アジア系学生に支援は不要?(7/27)
(3) デジタル時代における発表・出版について大学の理解遅れる(7/26)
(4) 銃社会と学生の安全に関する大学の対策について
参考文献
・ Chronicle of Higher Education
・ The Princeton Review
・ Inside Higher Edu
26
1-7 アメリカの学生
堤田
直子
大学数・学生数
2004-2005 年度でアメリカの大学は 4,126 校(Title Ⅳ該当大学)となっている。1996-1997
年度は 4,009 校で、その増加分はほとんどが私立4年制大学である(Digest of Education
Statistics 2006, table 243)。在学者数は、2004 年度では約 17,272,000 人(約 70%が白人、マ
イノリティーが約 30%。フルタイム学生約 60%、パートタイム学生 40%)。2003 年のデータ
で年齢別割合を見ると 18-19 才 21.1%、20-21 才 20%、22-24 才 16%、25-29 才 13.4%で、全
体の 70%を占めている。2003 年の高校卒業者数は、2,752,000 人で、そのうち 1,835,000 人、
約 66%が大学へ進学している。
図表 1-14
1970-2004 大学入学者数(性別、フルタイム/パートタイム学生数別)
Total fall enrollment in degree-granting institutions, by sex of student and attendance status:
Selected years, 1970 through 2004
Sex and
Institutions of higher education
[In thousands]
Degree-granting institutions
attendance
status
Total
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2001
2002
2003
2004
8,581 11,185 12,097 12,247 13,819 14,262 15,312 15,928 16,612 16,900 17,272
Sex
Men
5,044
6,149
5,874
5,818
6,284
6,343
6,722
6,961
7,202
7,256
7,387
Women
3,537
5,036
6,223
6,429
7,535
7,919
8,591
8,967
9,410
9,645
9,885
Attendance status
Full-time
5,816
6,841
7,098
7,075
7,821
8,129
9,010
9,448
9,946 10,312 10,610
Part-time 2,765
4,344
4,999
5,172
5,998
6,133
6,303
6,480
6,665
6,589
6,662
(Digest of Education Statistics 2006, table 170)
27
図表 1-15 1976-2004 人種別大学入学者割合
Percentage distribution of students enrolled in degree-granting institutions, by race/ethnicity:
Selected years, fall 1976 through fall 2004
Institutions of higher
Degree-granting institutions
education
Race/ethnicity
1976
1980
1990
2000
2001
2002
2003
2004
Total
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
White, non-Hispanic
83.4
81.4
77.6
68.3
67.6
67.1
66.7
66.1
Total minority
14.5
16.1
19.6
28.2
28.8
29.4
29.8
30.4
Black, non-Hispanic
9.5
9.2
9.0
11.3
11.6
11.9
12.2
12.5
Hispanic
3.5
3.9
5.7
9.5
9.8
10.0
10.2
10.5
Asian or Pacific Islander
0.8
2.4
4.1
6.4
6.4
6.5
6.4
6.4
American Indian/Alaskan Native
0.7
0.7
0.7
1.0
1.0
1.0
1.0
1.0
Nonresident alien
2.0
2.5
2.8
3.5
3.5
3.6
3.5
3.4
(U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics. (2005). Postsecondary
Institutions in the United States: Fall 2003 and Degrees and Other Awards Conferred: 2002-03 (NCES
2005-154). )
留学生
留学生の構成については、2005-2006 年度のデータで、大学大学院に在籍する留学生は約 230
カ国からで 564,766 人となっている。出身国上位は、インド、中国、韓国、日本、カナダ。男
性が 55.6%、女性が 44.4%の構成比。学部約 42.4%、大学院約 47%、その他 10.6%である(Digest
of Education Statistics 2006, table 408)。
アメリカにおける留学生の歴史を見てみると、1980 年代には、アジアからの留学生が著しく
増えて留学生全体の5割以上を占めるようになる。2005-06 年では、アジアからの留学生は全体
の約 58%にのぼっています。留学生の大学学部・大学院別の人数の割合は、歴史的に大学学部
課程が大学院課程を上回ってはきたものの、年代により異なった傾向が見られる。1960 年代で
は、学部留学生数と大学院留学生数の割合がほぼ同じであったのに対し、70 年代から 80 年代半
ばにかけては、学部の割合が大学院を大きく上回りました。80 年代後半からは、再びその差異
が縮まり、90 年代半ばでは、学部留学生と大学院留学生の割合が近接してくる。これは、中国
やインドなどの国々から、大学院へ留学する学生が増えたことが要因と考えられる。2002-03 年
度以降この割合が逆転し、大学院で学ぶ留学生は 265,704 人(2005-06)で、留学生全体の 47.0%
を占め、大学学部課程で学ぶ留学生の数(239,218 人、42.4%、2004-05)を上回っている。
28
(日米教育協会、Ⅰ アメリカの大学における留学生の動向 - A 留学生全体の動向)
学位取得率/退学率
4年制大学で当初入学した機関(1995-96)での6年後 2001 年の状況を見ると、入学当時と同
じ大学での学士学位取得率は 55.3%で、退学率は 13.2%となっている。23%は他の機関へ編入
している。入学当時の機関とは関係なく学位を取得した割合は、62.7%で、退学率は 18.3%と
なっている。うち 65.1%が何らかの資格を得ており、そのうち 58.4%が学士を取得している(The
condition of education 2003)。
RETENTION AND PERSISTENCE: Percentage distribution of 1995–96 first-time
beginning students at 4-year institutions according to their enrollment status or degree
attainment at the first and at all institutions attended as of June 2001
図表 1-16 4年制大学のリテンション率と継続率
学位取得
学位取得の内訳として、2004-05 年度の学士学位取得者 1,439,000 人のうち一番多かったのは
ビジネス分野(312,000 人), 次に社会科学歴史(157,000 人)、 教育分野 (105,000 人)となってい
る。修士課程では、最多は教育分野(167,000 人)で、ついでビジネス分野(143,000 人)だった。
博士課程の場合は、最も多いのは教育分野(7,700 人), 工学分野 (6,500 人), 健康医療科学分野
(5,900 人) バイオと医療バイオ科学(5,600 人)、最後に心理学(5,100 人)となっている。
(International Center for Educational Statistics; Digest of Education Statistics, 2006)
就職
1999-2000 年度に学士課程卒業者の1年後の状況は次のとおりである。就職を希望していて
常勤職にある者は 76.5%,非常勤職にある者は 10.9%,無職が 6.5%,就職を希望しない者が
6.4%となっている。雇用されている者の内,ビジネス分野が一番多く 25.3%,教育分野が 18.9%
29
で,年収は 25,000 ドルから 34,999 ドルまでが一番多く 36%,35,000 ドルから 49,000 ドルま
でが 28%で,平均年収は 35,408 ドルである(Digest of Education Statistics 2006, table 375) 。
また,卒業学位で年収を比較すると,学士取得者の平均年収はどの年齢層でもほぼ 40,000 ドル
で推移するが,修士取得者では 25-34 才では 50,000 ドルだったのが,35 才以上では 60.000 ド
ル程度になる。博士取得者は,25-34 才に 70,000 ドルで始まりその後 45-54 才でピークを迎え
90,000 ドルに達する(Education Pays 2006, College Board)。
参考文献
・【International Center for Educational Statistics; Digest of Education Statistics, 2006 Table 243】
U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics. (2005). Postsecondary
Institutions in the United States: Fall 2003 and Degrees and Other Awards Conferred: 2002-03
(NCES 2005-154).
・【International Center for Educational Statistics; Digest of Education Statistics, 2006 Table 408】
・The condition of education 2003; Berkner, L., He, S., and Forrest Cataldi, E. (2002). Descriptive
Summary of 1995–96 Beginning Postsecondary Students: Six Years Later (NCES 2003–151),
figure 5. Data from U.S. Department of Education, NCES, 1996/01 Beginning Postsecondary
Students Longitudinal Study (BPS:96/01).
・【International Center for Educational Statistics; Digest of Education Statistics, 2006 Table
254-256】
・【International Center for Educational Statistics; Digest of Education Statistics, 2006 Table 375】
30
第2章
アメリカにおける成人学生
2-1 成人教育の歴史
今田
晶子
1980 年代まで
アメリカにおける成人教育の源は植民地時代にまで遡ることができるが、大学と大きく関わる
時代としては、第一次世界大戦後と第二次世界大戦後の 2 つの時代が挙げられる。
第一次世界大戦後は「大学拡張」の時代と言われ、大学は成人を対象とした教育機関として大
きく躍進した。引き続く 1930 年代には、単位認定の検討が開始され、ミネソタ大学が宿泊制の
研修センターを開始するなど、成人が大学で学ぶための制度整備が進んだ。また、ラジオ講座、
通信教育課程や都市部でのイブニング・カレッジなども現れた。
次の第二次世界大戦後には、パートタイム学生の増加し、ウィークエンドカレッジが増加する
などの変化があった。成人向け学位プログラムが創始されたのもこの時期である。コミュニテ
ィ・カレッジが発展した時代であり、成人学生の受け皿となった。
1980 年代のアメリカ高等教育と成人学生
1970 年代末のアメリカでは、1908 年代以降の高等教育について、多くの大学が倒産すると予
想されていた。それは、1980 年以降 2000 年までの間に青年人口が減少することが見込まれて
おり、また、当時は経済の沈滞のために連邦および州政府の高等教育予算が伸び悩むと予想され
ていたからである。
ところが、実際には在籍学生数は減少することなくむしろ増加した。高等教育機関の数につい
ても、閉校数は予想よりも少数であり、全体としては増加するという結果となった。
このような結果となった要因としては、高等教育機関が学生募集活動に注力したことと、奨学
金など学生への財政援助に資金をつぎ込んだことが進学率の増加につながったことが挙げられ
るが、成人学生の増加によって伝統型学生の減少が相殺されたことも大きい。
1972 年と 1982 年の学生数を比較すると全体が 34.8%の増加であり、年齢別では 25~34 歳
層が 63.8%増、35 歳以上が 77.4%の増であった。性別にみると、女性は 60.8%の増加となった。
成人学生が多くを占めているパートタイム学生は 65.6%増加し、2 年制大学在籍者は 73.1%の
増加となった。
成人学生が増加した背景として、成人学生を受け入れるための体制が整備されたことが重要で
ある。具体的には、成人向けプログラムの開発や授業開講時間の柔軟化(夜間開講や週末開講な
ど)、学習指導やカウンセリング・センターの設置、託児所等の設置などである。
近年におけるトレンド
以下、NU での講義をもとに近年の成人教育(Continuing Higher Education)のトレンドに
ついて整理を行う。
まず、2000-01 年においては、全米で 9140 万人が成人教育に参加している。参加率は、1995
31
年が 40%、1999 年が 45%、2001 年が 46%であり、増加している。なかでも、最も拡大して
いるのが work-related course であり、その比率は、1995 年に 21%、1999 年に 22%、2001 年
に 30%となっており、近年急増していることも特徴である。
アメリカの成人教育は、大別すると 3 つのモデルがあると言われている。それは、州立大学
モデル、私立大学モデル、営利大学モデルである。
州立大学モデルは、さらに 4 つのタイプに分けられる。以下にそれぞれを記す。
①アメーバー型
特徴は何でもやることであり、需要のあるところに拡がることからアメーバー型と呼ばれる。
例えば、クッキングから核エンジニアリングまで。UCLA など。
②第三世界型
ほとんどの州立大学があてはまる。大学がやらなくてもよいことを形式的にやっているので、
発展から取り残さ、その地域の営利大学に継続教育市場を専有されている。
③ラミネート型
大学の伝統的部分の論理にのっとって継続教育を実施している。ピカピカしている(見かけ
は立派だ)が機能していない。ハーバード大学のエクステンションなど。
④帆船型
特殊なものやその地域にしかないものをやる。例えばチーズ生産講座など。
私立大学型の場合も、機能により4つに分けられる。
①混合型
credit と non―credit、教員の参加・不参加などの混合のもとに実施されている。
②R&D ユニット
新しいビジネスモデルの実験場として機能させる。
③仲介
内部にある複数のプログラムをまとめる。
④発案
対外的に、コミュニティや政府、企業が必要としている教育を指摘する。
営利大学モデルは、言ってみれば「金のなる木」である。フェニックス大学を例にとると、標
準化されたフォーマットにより、市場を見据え、適正な価格による提供が行われている。
近年、継続教育に対する注目度が高まっているが、それは、大学が財政的に困難な状況にある
ことと関係している。継続教育は大学の戦略として発展してきたのであり、そこでは、データに
基づく意思決定が行われ、大学のブランドとの整合性が図られ、顧客志向による授業運営や教員
評価が行われている。課題は、学生や教員を保持することである。
参考文献
喜多村和之著『現代アメリカ高等教育論』東信堂、1994 年.
小池源吾、藤村好美監訳『アメリカ成人教育史』明石書店、2007 年.
32
2-2 成人教育の現状
中田
学
成人学生”Adult Student”の定義について
「成人学生」“Adult Student”の定義は研究者や政策決定者によってさまざまだが、本節では
Voorhees and Lingenfelter(2003)による次の定義に従う。
“someone 25 years of age or older involved in postsecondary learning activities”
成人学生の数について
2004 年 2 月におけるアメリカの degree-granting institutions における在籍学生数は、図表 2
-1 の通り。
【図表 2-1】 年齢
(単位:千人) 14歳-17歳
18歳-19歳
20歳-21歳
22歳-24歳
25歳-29歳
30歳-34歳
35歳以上
合計
在籍人数
198
3,671
3,508
3,138
2,280
1,319
3,157
17,272
構成比率
1.1%
21.3%
20.3%
18.2%
13.2%
7.6%
18.3%
100.0%
25 歳以上の学生が全体の 4 割近くを
占めている。
さらに性別・在籍種別毎の内訳は図表 2-2 のとおり。
【図表 2-2】
(単位:千人)
男性
男性合計
女性
女性合計
男女合計
14歳-17歳
18歳-19歳
20歳-21歳
22歳-24歳
25歳-29歳
30歳-34歳
35歳以上
14歳-17歳
18歳-19歳
20歳-21歳
22歳-24歳
25歳-29歳
30歳-34歳
35歳以上
在籍種別
フルタイム
65
1.4%
1,340
28.3%
1,356
28.6%
1,025
21.6%
502
10.6%
193
4.1%
259
5.5%
4,739
100.0%
96
1.6%
1,700
29.0%
1,552
26.4%
1,074
18.3%
686
11.7%
300
5.1%
462
7.9%
5,871
100.0%
10,610
パートタイム
17
0.6%
288
9.5%
281
9.0%
410
15.6%
416
16.4%
351
12.4%
886
36.6%
2,648
100.0%
20
0.5%
343
8.5%
319
7.9%
630
15.7%
677
16.9%
476
11.9%
1,550
38.6%
4,014
100.0%
6,662
合計
82
1,628
1,637
1,435
918
543
1,145
7,387
116
2,043
1,871
1,704
1,362
776
2,012
9,885
17,272
25 歳以上の学生が占める割
合 は 男 性 全 体 で は 35.5%
在籍種別にみると、フルタ
イムで 20.1%、パートタイ
ムで 62.4%となっている。
25 歳以上の学生が占める割
合 は 女 性 全 体 で は 42.0%
在籍種別にみると、フルタ
イムで 24.7%、パートタイ
ムで 67.3%となっている。
%は同性・同在籍種別に占める割合
図表 2-1、2-2 とも U.S. Department of Education, National Center for Education Statistics, Higher Education General
Information Survey のデータを加工
ポイント1:図表 2-2 から明らかなとおり、25 歳以上の成人学生は、24 歳以下の学生と比べて
フルタイムよりもパートタイムとして在籍する学生の割合が高くなっている。
33
成人学生の特徴について
成 人 学 生 は ”non-traditional students” と も い わ れ る 。 National Center for Education
Stratistics(NCES)よれば、Non-traditional students は次の 7 つの特徴のうち 1 つ以上があて
はまる学生と定義している。(NCES 2002)
1.
Delayed enrollment in postsecondary education
これらは成人学生にとって学業達成を阻害
beyond the first year after high school graduation
する大きなリスク要因ともなる。40%以上の
2.
Part-time attendance
highly あ るいは
3.
Financial independence from parents
(後述)が、仕事は成績評価にとってマイナ
4.
Full-time work
スの影響を与えると回答している。また半数
5.
Having dependents (other than a spouse)
以上が、仕事をもつことは時間割の調整や履
6.
Being a single parent
7.
No high school diploma (or GED).
※
24 歳以下の学生でもこれらの特徴を持つことはあるので、全ての non-traditional students
moderately non-traditional
修したいクラスにとって制限となると答え
ている。(Choy 2002)
がすなわち成人学生(adult students)というわけではない。
Non-traditional student はさらに、上記 7 つの特徴が該当する数によって以下の 3 種類に区分
される。
1 つのみ
→
“minimally non-traditional”,
2 つから 3 つ → “moderately non-traditional”
4 つ以上
→
“highly non-traditional”
1999-2000 academic year における、traditional /non-traditional の学生数内訳は図表 2-3 参
照。また同じく 1999-2000 academic year の在籍学生が、上記 7 つの non-traditional students
の特徴のうち自分にあてはまるものとして挙げた項目の比率は図表 2-4 のとおりである。
【図表 2-3】
【図表 2-4】
図表2-3、2-4ともUS Department of Labor, 2007, “Adult Learners in Higher Education: Barriers to Success and Strategies to
Improve Results”, P8より引用.
34
ポイント2:上記の図表 2-3、図表 2-4 の調査結果から、高校卒業後すぐに大学に入学する学生
(traditional students)はもはや典型的な大学生とはいえず、また成人学生と一口に言ってもその
内実は多様であることを示している。
成人学生が在籍する高等教育機関について
成人学生はどのような高等教育機関に在籍しているのであろうか。まず在籍機関について図表2
-5を参照。
【図表2-5】1999-2000 academic yearにおける 学生種毎の機関別在籍者数割合
(US Department of Labor, 2007, p.10より引用)
ポイント3: 全体との比較でみると、Community college(Public 2-year)と For-profit institution
が、non-traditional students を広く受け入れている。
では、これらの在籍期間はどのような理由で進学先として選ばれているのであろうか。図表2-
6を参照。
【図表2-6】進学先決定理由の順位
(US Department of Labor, 2007, p.43より引用)
35
ポイント4: Traditional Students と対比すると、成人学生の進学先決定理由として、授業の開
講時間やキャンパスの立地といった、通学のしやすさと将来の雇用機会が重視されている。
成人学生の直面する問題とは?
成人学生が直面する問題を Accessibility, Affordability, Accountability の 3 つの側面から取り上
げる。(US Department of Labor, 2007, pp.14-49 参照)
Accessibility
これまで見てきたとおり多くの成人学生は仕事や家族を抱えており、学業と併せて、時間、労
力、金銭などの資源をどのように配分するかが問題となる。また成人学生は講義に費やす時間を
最小化したいと願う一方で、費やした労力から得られる経済的な報酬は最大化したいと願ってい
る。しかしながら現行の高等教育は、時間的に恵まれている traditional students にとって都合の
良い制度となっている。結果として成人学生は大学に留まり単位を取得することに、traditional
students よりも多くの困難に直面することとなる。
→
成人学生を主要なターゲットと捉えている教育機関では以下 3 点を重視している。
1.
より柔軟で、より短期に終えられるプログラムのスケジュールとデザイン
→
2.
→
3.
週末の講義、オンラインの講義。入学時期の複数化、カリキュラムのモジュール化、など
“Adult-Friendly”な教育手法の開発
職場での経験を取り込んだ実践的な講義、雇用主との提携による職業能力の開発など
教育機関の間の容易な移動、単位の互換
→
non-credit course と credit course の移動を容易にすること、教育機関の間の接続強化
など
Affordability
連邦政府の財政支援政策は成人学生にとって利用しにくい(あるいはできない)ものとなってい
る。連邦政府の奨学ローンはフルタイムの学生の半分以上の単位を履修していること(half time or
more)が受給資格となるが、成人学生でその条件を満たせるものは少ない。また低所得者が幅広
く利用しているペル奨学金も non-degree, non-credit のプログラムは対象外となるため、特定の職
業能力を身に付けたいと願う成人学生は受給できない。州政府にいたっては、そもそも less than
half-time students を対象とした奨学金制度を持っていないところが多数である。
→
必ずしも学位取得目的でない、また短期のプログラムの履修希望者が多い社会人学生の現実
に適合した奨学金制度の構築が求められる。
Accountability
高等教育の Accountability を巡る公的な議論は(高等教育が成人学生への教育を弱みとしてい
るにもかかわらず)いわゆる traditional, full-time students を中心に置いており、adult
students はいまだ invisible なままである。例えば高等教育の accountability の手段として最も
36
一般的とされる、IPEDS の卒業率についても成人学生の多数を占める part-time、transfer
students のデータを含んでいない。したがって成人学生にとっては、進学先を決定する際に重
視したい「雇用(就職)実績」
「予想所得額」
「教育投資へのリターン」といった情報が大変少な
く、雇用主にとっても就職希望者を審査する時の材料に乏しい。
→
高等教育の accountability は絶えず議論を巻き起こすトピックであるが、成人教育の内容を
正確に評価するためにも、non-traditional students を年齢毎やその他の特徴毎に分類してデータを
収集する必要がある。
参考文献
Berker, Ali, Laura Horn, and C. Dennis Carroll, 2003, “Work First, Study Second: Adult Undergraduates
Who Combine Employment and Postsecondary Enrollment”
Choy, Susan,. 2002, “Nontraditional Undergraduates.”
LUMINA Foundation for Education, 2007, “Returning to Learning: Adults’ Success in College is Key to
America’s Future”
National Center for Education Statistics, 2002, “Non-Traditional Graduates. Digest of Educational
Statistics.”
National Center for Education Statistics, 2005, “National Household Education Surveys Program of 2005.
Adult Education Participation in 2004-05” : US Department of Education
Noel Levitz, 2005, “2005 National Student Satisfaction and Priorities Report”
US Department of Labor, 2007, “Adult Learners in Higher Education: Barriers to Success and Strategies
to Improve Results”
Voorhees and Lingenfelter, 2003,“Adult Learners and State Policy”
37
2-3 NUの成人教育の概要
山根
正彦
成人学生のニードと対応の必要性
①
成人学生の高等教育ニードは多様化し流動化しているが、概ね以下の3つに分けられる。
(a) 学位(学士・修士など)取得
(b) 職業資格の更新
(c) 職業・業務に関連する知識拡大・更新、スキルアップ
②
前二者は伝統的な成人教育分野だが、収益性や発展性の面からは(c)の需要開発と拡大、
そのための教育商品(ニードにフィットする科目、カリキュラムなど)開発が重要になっ
ている。現在 25 歳以上のほぼ半分が何らかの Continuing Education を受けているが、
その 2/3 は業務関連コースといわれる。彼らはすぐ役に立つ短期的効用のあるコース、社
会のトレンドの最先端を先取りする問題意識と知識を求めている。従い、大学の資源たる
学術的基盤とその幅広さに結びついた水準で営利大学や通信教育では得られない質の教
育商品を提供する必要があるが、その実現には大学の柔軟性も要請される。
SPCSの成人教育の体制と戦略
①
NU は 1898 年にボストン YMCA 理事会により当時のボストンの労働者階級とその子弟
に高等教育機会を提供するため夜間学校、そもそも成人教育の学校として始まり、当初は
自動車、法律、建築、測量、航海術、商業財務などの職業関連の知識・スキルの教授を使
命とした。
その後 YMCA から独立し 1935 年には正式に Northeastern University と命名されて
から高等教育機関として徐々に発展したが、成人教育は 1960 年に University College に
引き継がれた。この時点の成人学生数は 4,000 人で 1980 年に 14,000 人のピークに達し、
その後低迷して 1990 年には 7,000 人まで落ち込み解決策が求められた。
一方大学自身も 1990 年代初に志願者急減による危機を迎え、一転して選抜度アップと
優秀な教員採用による教育充実(学生教員比率・中退率・卒業率の改善など)、研究費確
保、授業料アップと大学債による施設他の教育研究環境整備に注力という積極戦略に転じ
たが、その一環として伝統ある成人教育は 2004 年から画期的な改革がなされた。
②
即ち、2004 年に学校の名称を University College から The School of Professional and
Continuing Studies(SPCS)と変更し、新学部長に NU 卒業生の Christopher Hopey 氏を
ペンシルバニア大学から迎えた。また SPCS 独自の科目・コース開講、学位授与を認める
と共に、同氏を Faculty Senate のメンバーに任命した。University College 時代は、成
人教育機関として独自のコースはなく他学部・学校のコースや科目を借り、学位も独自の
38
授与が不可能で組織の Autonomy が不在で活性化や改善動機が阻害され、彷彿として湧き
上がり他大学や FOR PROFIT が注力し始めた最新の成人教育需要への対応が不可能だっ
たことが、NU 全体の不振と相俟って極度の沈滞を招いたとも、それまでは(1)の(a)、
(b)という伝統需要中心の対応をしていた結果、危機を招いたとも推測できる。
③
こうした環境下で Hopey 学部長は、(a)学部教育から大学院教育へのシフト、(b)専門職
向けの Certificate プログラムの充実、(c)学位コース・Certificate プログラム・無単位科
目等で不人気なものの入れ替えを戦略の柱として改革を図り、その結果入学者数は 20%、
授業料収入は 21%のそれぞれ増加という結果をいち早く実現した。現在 SPCS の年間収
入は 3,000 万㌦、利益は 1,000 万㌦とのことである。
しかし、戦略と同時にこれを支えるガバナンス、組織面の改革が見逃せない。教員の成
人教育蔑視は強かったが、13 人の委員による Academic Council for Lifelong Learning
を創設しその多数委員を Faculty Senate の任命とした。Council の責務は新しい成人プ
ログラムの承認である。従来は成人教育機関自身の University College にはこの権限は
認められていなかったが、Council 発足によって新プログラム開発から実施までのリード
タイムは非常に短縮化され、多様で流動的な成人教育ニードへの対応が可能になった。
④ 現在、プログラム開設の認証権限は、Non Credit Program は学部長の上程により
Academic Council に(実施的には学部長権限)、Non-Degree (Certificate) Program は
Provost Office に、Degree Program は Board of Trustees(最高意思決定段階)までと決
められている。重要ポイントは、NU 全学の合意により SPCS 自身に全てのプログラムの
提案権限が与えられ、意思決定段階と承認レベルが明確に定められたことである。成人教
育への大学の支援が精神的なものを超えて法的な仕組みとして認知されたことは、これに
関わる教職員のモラルアップに大きな影響を与えたと思料される。
具体的な注力分野
①
紙数の関係で詳しいコース紹介は出来ないが、SPCS の注力分野は、ビジネス、情報、
保健科学、人文などである。最近では School of Education と共同して教育関係の修士プ
ログラムもスタートし分野が広がっている。重点戦略の一つである Graduate Certificate
Program は(2007/2008 Catalog & Prospects) 現在 36 のプログラムが提供されている。
NU は England College of Pharmacy を 1962 年に、タフツ大学の Bouve-Boston School
を 1964 年に吸収し、1992 年にはこれらを統合し Bouve College of Pharmacy and
Health Sciences を設立するなど、保健科学、薬学関係に強くこれらを背景に Medical
周辺の実務・職業プログラムが充実している。Lowell Institute という IT 関連の学校も
吸収しており、各種の実務面での IT 対応のプログラムのニードにも対応しやすい土壌も
ある。
39
②
職業関連の水準の高い(大学院レベル)のコースはニードが高く、特に大ボストン地
域の生物工学産業を想定した Drugs、Bionics, medical devices のコースは 18 カ月で 60
人が受講し、昼間の修士課程のスタートに切り替えたとのことである。特に法制度の変
化の早さ、技術革新の変化という流動性が SPCS の教育商品開発上で重要であるが、顧
客ニードの把握と学生確保のためには約 300 万㌦(収入の 1/10 程度)を投入している。
また、コース、科目のデザインは、
幾人かの academic background の Assistant Dean が、内容、講師選定、授業評価など
を厳しく精査して質を保証し維持する体制が採られている。
将来展望と課題
① Hopey 学部長以前は成人学生の 90%が学部プログラムに在籍したが、今は 60%が学部
で 40%が大学院プログラムと noncredit プログラムになった。将来はこの3分野が 33%
ずつになるであろうとのことである。 2005 年秋には夜間コース卒業生 33,000 人向け
の雑誌を発刊し将来の潜在需要の開拓、夜間・成人学生の2級市民扱いからの脱却と募
金への協力要請などに努めている。 また昼間の学部卒業生への生涯学習プログラム提供
による卒業生需要の確保や成人学生のための外国の機関との共同学位、他校の買収など
を将来展望としている。モデルとして University of Michigan-Dearborne と University
of Wisconsin-Milwakee が挙げられ、両校をベンチマークとして強く意識している印象を
受けた。
今のところ SPCS は順調に運営されており今後の発展が期待される。しかし営利大学
②
との競争が大きな課題で。競争に伴う IT 投資などに耐えられるか、一方で non degree,
Certificate コースとはいえ、大学にふさわしくニードにマッチする科目やコースを全学
的な支持を得ながら今後とも提供し続けることができるかも課題といえる。現状は
Hopey 学部長の強力なリーダーシップの下で有能な Assistant Dean と NU 内の他部署
の Faculty がチームを構成して経営に当たっているが、そのチームワークが中長期的に
維持できるのか、米国流にトップが替われば一族郎党離散するような形で、日本のよう
に組織による経営と着実な世代交代と比較すると、強いが脆い面もあるように感じた。
参考文献
University Fact Book 2005-2006、Northeastern University
Catalog & Prospectus 2007/2008, School of Professional and Continuing Studies
The Chronicle of Higher Education, January 20, 2006 issue Volume LII, Number 6
40
2-4 SPCSのCertificate Program
林
未央
本節では、SPCS におけるサーティフィケート・プログラムの特徴とその機能について考察する。
アメリカにおけるサーティフィケート・プログラムの歴史
サーティフィケート・プログラムは、学位プログラムよりも短期の学修課程であり、修了者に
は学位ではなく履修証明を与える。アメリカでは、1960 年代に、高等教育進学機会を広げる方
策として行われたコミュニティ・カレッジの増設に伴い、こうしたプログラムが拡大した。当初
は、1 年以上の在籍を前提とする職業ライセンス系の課程が多かったサーティフィケート・プロ
グラムだが、1980 年代後半以降、1 年未満の在籍で履修証明を得られるものが増えた。専門あ
るいは特定の技術により特化した学習内容で、何らかの学位を取得した者を対象とするようなプ
ログラムの割合が高くなったのである。特に 1990 年代後半になると、すでに学士を取得した高
学歴層を対象とした大学院レベルのサーティフィケートが注目されるようになった。2000 年時
点での学士後サーティフィケートの授与数は 23,379(うち、学士後サーティフィケートの授与
数は 13,545、修士後サーティフィケートは 8,989、第一専門職業サーティフィケートは 845)と、
高等教育の規模に比して微々たるものだが、大学院修了者の増加と、さまざまな職業ライセンス
を得る上での学位要件の上昇・更新の必要性、といった諸状況を考えると、学士後サーティフィ
ケート・プログラムへの需要はさらに高まっていくものと思われる。
もともとは若年の職業訓練という意味合いの強かったサーティフィケート・プログラムだが、
すでに何らかの学位を持っている者を対象とするようになる過程で、成人教育にとっての重要性
は増した。
NUにおけるサーティフィケート・プログラム
NU におけるサーティフィケート・プログラムの展開も、こうしたサーティフィケート・プロ
グラム全体の歴史と同様の流れを追っているものと思われる。SPCS の前身である University
College では、
学部レベルの職業系サーティフィケート・プログラムが教育の中心となっていた。
徐々に大学院レベルの専門職サーティフィケート・プログラムが設置されるようになり、2004
年の SPCS に至って、大学院レベルの教育提供に重点が置かれることがはっきりと宣言されて
いる。
専攻の特徴
NU の持っている学問分野については、ほぼすべてがカバーされており、学部の場合、人文社
会(リベラル・アーツ科目)4 分野、経営 8 分野、理工 9 分野、保健 3 分野の 24 専攻が開講さ
れている。大学院の場合、人文社会 3 分野、経営 13 分野、理工 12 分野、保健 6 分野、教育 3
分野の計 37 専攻が開講されている。
授業の開講キャンパスは多岐にわたり、オンライン教育も一部で導入されている。学部では 9
41
専攻、大学院では 12 専攻がオンラインでの授業提供をしており、その多くはハイブリッド・コ
ースと呼ばれるものである(半分をオンライン、半分を対面式で行う講義形式)
。
学部レベルでは、「救命医療技術」
「手話」「ウェブデザイン」など、特殊なスキル形成に特化
したコースが多い。同時に、
「ライティング」
「多様性(アメリカ社会についての理解)」
「情報技
術」
「数学」
「倫理・政治的思考法」
「科学的思考法」
「歴史的思考法」7 分野からなるコア・カリ
キュラムを用意し、SPCS 開講科目だけで学位が取れるよう配慮されている。学士については 7
分野すべてからの選択必修、準学士については 7 分野のうち前 4 分野からの選択必修により、
コア・カリキュラムの履修要件が揃えられる仕組みとなっている。
また大学院レベルでは、既に取得された資格を補完する性格のコースや、資格の更新を支援す
るためのコースが多く開講されるのとともに、エグゼクティブ・コースともいうべき管理職向け
の教育課程が多く用意されている。サーティフィケートだけでなく、多くの分野で修士課程が用
意されている(保健の分野では、博士課程も用意されている)のも大きな特徴である。
当初、サーティフィケート・プログラムのみを履修するつもりで入学した学生も、その資格を
切り替える申請をし、SPCS 内で所定の単位を集めれば学位が取得できる点は、学生にとっても
魅力のひとつとなっているものと考えられる。
授業の開講
クォーター制が導入されており、1 つの科目は毎学期開講される(すなわち、年 3 回)。また、
開講期間も、1、2 日で終わるものから 4、6、8、12 週間とさまざまな長さになっており、仕事
の都合などに合わせ、柔軟に履修できるようになっている。
講義の多くを、学内外からの非常勤講師に頼っているが、集中講義的なものについては、外部
の著名な大学から講師を呼ぶなどして、集客に努めていることも伺える。
学生の入学
オープン・アドミッション制をとっており、入学審査料はなく、出願要件も緩い。また、ロー
リング・アドミッションと呼ばれる入試方式を取り入れており、1 年中出願が可能である。秋・
冬 2 回の出願しか認めない学内他学部と比べ、その柔軟性がよく分かる。
ただし、単に柔軟さを持たせるだけでなく、質の保証を積極的に行っていることの表れとして、
オープン・エンロールメント(科目等履修生として、一定の要件を満たさなくても自由に講義を
受けることができる)によって取得された単位は、学位申請に際し一部しか認められないことと
なっており、SPCS で学位を取得したい場合には、改めて入試を受け直さなくてはならない。こ
のような一定の制限を設けていることは、事務処理上の問題だけでなく、SPCS が独自に学位授
与権を持っていることとも関連しているのではないかと思われる。
他学部の教育課程との関係
SPCS の学生が他学部に入り直す場合には、改めて入学試験を受ける必要があり、SPCS で取
42
得した単位も無制限に移動が認められるわけではない。各学部の協力によって構築されている講
義ではあるものの、成人向けの講義に調整されていること、また、当該講義の学位要件への組み
込まれ方が親学部とは違うことなどから、親学部とほぼ同じ講義内容であっても、科目名や科目
番号は親学部と異なるものになっているケースが多い。現地でのヒアリングによれば、現在では
確立された決まりというものはなく、そのつど移動可能な単位が判断されているとのことであっ
た。
NUにおけるサーティフィケート・プログラムの特殊性
SPCS が成立する 2004 年以前に、全学的にどのようなカリキュラム編成がおこなわれていた
のかは不明だが、少なくとも SPCS 成立後の NU におけるサーティフィケート・プログラムの
提供は、次のような特徴を持つようになった。
(1) サーティフィケート・プログラムは SPCS で集約的に提供され、他の学部では提供
されない
(2) SPCS の中では、学位課程とサーティフィケート・プログラムが完全に単位を乗り
入れている
(1)の特徴は、大きな成人教育部門を持つ大学では多く見られるが、多くの場合、成人教育
センター等の名前でコーディネートする専門の部局を置くのみにとどまる。NU のように独立の
学部として設置されることは少なく、独自の学位授与権を持つケースはほとんどない(例外とし
て、ニューヨーク大学など)。
また、(2)のように、学位課程とサーティフィケート・プログラムの修了要件単位が連動し
ており、単位を相互乗り入れするケースはかなり珍しいといえる。ただし、他学部との単位乗り
入れは、前述のように各々のケースで判断されることとなっており、あくまで SPCS 内での完
全乗り入れにとどまる。SPCS が独自の学位を授与しているがゆえに可能になった乗り入れ体制
ともいえる。共通コース・ナンバリング・システムや、それに伴う単位の完全乗り入れは、既習
科目の重複履修(=履修者にとっては時間・コストともに無駄な負担となる)を防ぐ方途として
成人教育の分野では注目されるが、教員の理解を得ることは大変難しいとされる。NU において
もこうした問題は例外でないようである。
43
2-5 SPCSにおける高度専門職業人養成
梅澤
貴典
高度職業人養成に向けた SPCS の重点としては、下記の3つが挙げられる。
1.社会ニーズの取り入れ 2.学びやすい条件作り 3.学内外との提携
社会ニーズの取り入れ
NU では、教育カリキュラムに長期間の有償インターンシップを組み込むなど、実社会で活躍
できる人材育成を大きな売り物にしている。
SPCS の教育内容は、Undergraduate programs(学部)
・Post-Baccalaureate programs(学
部卒対象)
・Graduate programs(大学院)
・Professional Development Programs(専門職育成)
の4つに分かれており、専門職育成プログラムは学位取得を目的としていないが、救急看護士
(Emergency Nursing)や法務助手(Paralegal)など高度なスキルを必要とする職業のための
12週間プログラムなどが多種用意されている。
高度職業人育成に絞って3.Graduate programs を見てみると、25種類もの Master レベ
ルの学位プログラムが用意されている。
例を挙げると、大学の街であるボストンでは特に高等教育機関運営に特化した人材
(Administrator)のニーズが高いので、Master of education の学位が得られる「Higher
Education Administration Specialization(高等教育の管理運営・専門化)」の専攻が設けられ、
高等教育機関運営・学部とカリキュラム・高等教育の法規・入学管理・高等教育管理事例研究の
5コースで学ぶことができる。
アメリカの大学では学生の約半数が25歳以上で非常に幅広い学生層になっているが 11 、NU
ではこのように社会的・職能的・地域的なニーズに応じた多彩なプログラムを設置することによ
ってマーケットを拡大している。
学内外との連携
これだけ多くのプログラムを、専任教員が2人しか居ない SPCS が用意できるのは、学内外
との連携による協力体制が整っているからである。
例えば学内では、他スクールで開かれている授業をいくつか組み合わせてプログラムが作られ、
その教室に SPCS の学生が出向いて履修している。そのため、SPCS は自前の教員や教室を用
意することなく多彩なプログラムの提供が可能なのだ。
先述の救急看護士に関しては、NU には医学部がないので、近隣にあるタフツ大学の授業を組
み入れてカリキュラムを作っている。
他スクールへの協力への謝礼については、SPCS の収入から一定の金額が流れる仕組みになっ
ており、第6章で詳しく述べる。
11
中央教育審議会大学分科会制度部会(第2回)議事要旨 2001/09/06
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/003/010901.htm(Accessed:2007/11/14)
44
学びやすい条件作り
社会人にとって、学部や大学院で学ぶことは経済的にも時間的にも大きな負担が伴うので、そ
れらの障害をいかに取り払うかは職業人育成のプログラム作りの上でたいへん重要である。
NUでは奨学金が充実しており、フルタイムの職業を持つ大学院生に対しても、申込者全員に
奨学金を貸与する制度がある 12 。
また、Web の活用が社会人募集の障害解消に大きく寄与している。専門職育成のサイトでは
科目ごとにオンラインショッピングのように「Add to cart」のボタンがついており、それをク
リックすると価格・開講時間と時間・キャンパス(Boston・Burlington など4カ所ある)など
の情報が表示される。登録にあたっては割引制度を選択するボタンがあり、卒業生 (10%)・政
府非営利機関(15%)・団体 (15%)の場合は割引が受けられる。
Web を利用したオンライン履修プログラムも豊富である(MBA プログラムさえも履修でき
る)。
このように、社会人が必要になったスキルを必要な時に学習できる手の届きやすさ
(affordability)に重点が置かれ、学びやすい条件作りの基礎となっている。
日本でも 18 歳マーケットが縮小するいっぽう、専門職大学院が制度化され、一部の特区では
株式会社立大学院が認可され、地方大学の都心キャンパス設置やサテライト授業、一年修了プロ
グラムなど社会人マーケットに対応する動きが活発だが、上述3つの重点策は市場開拓のキーワ
ードとなっていくだろう。
12
Northeastern University Student Financial Services
http://www.financialaid.neu.edu/home.php(Accessed:2007/11/14)
45
2-6 SPCSの学生入学状況と経営戦略
田中
立子
ノースイースタン大学の学生の内、社会人学生が占める割合についてどのようになっているか、
また、社会人学生の入学状況は大学の財政に与える影響はどうかという問題意識によって今回の
集中講義に臨んだ。
調査にあたっては、研究大学(カーネギー分類 2005 年版)
、大都市に立地、2 万人を超えて
おり、ノースイースタン大学に比較的近い規模、の3つの条件によってベンチマークとすべき大
学を選択し、これらの大学の社会人学生の入学状況をノースイースタン大学のそれと比較すると
いう方法によって行った。比較対象大学はジョージワシントン大学、コロンビア大学、ペンシル
バニア大学である。
学生の入学状況について
①
全学生の内、25 才以上の学生の割合
②
全学生の内、パートタイム学生の割合
③
パートタイム学生の内、25 才以上の学生の割合
上記①~③を Integrated Postsecondary Education Data System(http://nces.ed.gov/ipeds/)
より算出し、図示したものが図表 2-7~図表 2-10 である。ノースイースタン大学が学生の総
数を縮小させ、パートタイム学生の割合も減少させていること、パートタイム学生の内では、
25 才以上の学生の割合が、高まっており、他大学の構造に近づきつつあることがわかる。
1
35000
1
35000
0.9
30000
0.9
30000
0.8
25000
0.7
0.6
20000
0.5
15000
0.4
0.3
10000
0.8
25000
All Students total
part_time
part_time_over25
over25_total
part_time_ratio
part_time_over25_ratio
over25_ratio
0.7
0.6
20000
0.5
15000
0.4
0.3
10000
0.2
5000
0
0.2
5000
0.1
1991
1993
1995
1997
2001
2003
2005
0
0
28891
26554
24605
24325
23422
22944
22604
All Students total
13743
12484
10781
9651
6813
5627
4993
part_time
6762
6335
5774
5634
4083
3838
3539
part_time_over25
9178
9078
8384
8014
6268
6023
5758
over25_total
0.475684 0.470136 0.438163 0.396752 0.29088 0.245249 0.22089
part_time_ratio
part_time_over25_ratio 0.492032 0.50745 0.535572 0.583774 0.599295 0.682069 0.708792
0.317677 0.341869 0.340744 0.329455 0.267612 0.262509 0.254734
over25_ratio
【図表 2-7】
All Students total
part_time
part_time_over25
over25_total
part_time_ratio
part_time_over25_ratio
over25_ratio
0.1
1991
1993
1995
1997
2001
2002
2003
2004
2005
19210
9107
7656
10788
0.4741
0.8407
0.5616
18992
8738
7657
10875
0.4601
0.8763
0.5726
19670
8242
7125
10981
0.419
0.8645
0.5583
19356
7270
6348
9948
0.3756
0.8732
0.5139
22184
8008
6797
10669
0.361
0.8488
0.4809
23019
8430
7204
11061
0.3662
0.8546
0.4805
23417
8445
7227
11179
0.3606
0.8558
0.4774
24092
8525
7229
11272
0.3539
0.848
0.4679
24099
8520
7339
11357
0.3535
0.8614
0.4713
ノースイースタン大学の入学状況 【図表 2-8】
35000
0.9
1
0.9
30000
0.8
0.8
25000
0.7
0.6
20000
0.5
15000
0.4
0.3
10000
25000
All Students total
part_time
part_time_over25
over25_total
part_time_ratio
part_time_over25_ratio
over25_ratio
0
All Students total
part_time
part_time_over25
over25_total
part_time_ratio
part_time_over25_ratio
over25_ratio
0.7
0.6
20000
0.5
15000
0.4
0.3
10000
5000
0.1
0.1
1991
1993
1995
1997
2001
2002
2003
2004
2005
18878
4144
2691
8028
0.2195
0.6494
0.4253
19023
3916
3122
11538
0.2059
0.7972
0.6065
19302
3900
3157
10055
0.2021
0.8095
0.5209
20256
3861
2924
11252
0.1906
0.7573
0.5555
19710
2776
2172
10908
0.1408
0.7824
0.5534
20583
2897
2316
11557
0.1407
0.7994
0.5615
21322
3019
2375
12156
0.1416
0.7867
0.5701
21648
3150
2500
12335
0.1455
0.7937
0.5698
21983
3079
2389
12156
0.1401
0.7759
0.553
【図表 2-9】
0
コロンビア大学の入学状況
All Students total
part_time
part_time_over25
over25_total
part_time_ratio
part_time_over25_ratio
over25_ratio
0.2
0.2
5000
0
ジョージワシントン大学の入学状況
35000
1
30000
All Students total
part_time
part_time_over25
over25_total
part_time_ratio
part_time_over25_ratio
over25_ratio
0
1991
22229
All Students total
3960
part_time
2908
part_time_over25
9801
over25_total
0.1781
part_time_ratio
part_time_over25_ratio 0.7343
0.4409
over25_ratio
1993
22469
4200
2962
9492
0.1869
0.7052
0.4224
【図表 2-10】
1995
22148
4009
2710
9232
0.181
0.676
0.4168
1997
21643
4048
2867
9068
0.187
0.7083
0.419
2001
22326
4179
3023
9130
0.1872
0.7234
0.4089
2002
22769
4108
2945
9414
0.1804
0.7169
0.4135
2004
23305
4038
2808
9778
0.1733
0.6954
0.4196
2005
23704
3933
2708
9740
0.1659
0.6885
0.4109
0
ペンシルバニア大学の入学状況
出典:Integrated Postsecondary Education Data System(http://nces.ed.gov/ipeds/)
46
2003
23243
4193
2975
9763
0.1804
0.7095
0.42
これは、1990 年初頭から、学生数を全般に絞り込むことによって選抜性を高めるという戦略
を取っていることが如実にあらわれている。また、パートタイム学生の数は減少させているもの
の、25 才以上のパートタイム学生の割合は伸びを示していることから、提供しているプログラ
ムの見直し等によって、教育サービスを受ける学生のセグメントが変化したことが理解される。
財務状況について
本来は、セグメント別の財務情報を得て分析をしたいと考えたのであるが、社会人を対象とし
たプログラムのみの財務状況はノースイースタン大学では公開していなかったため、上記 1 で
把握した当該大学の学生数の変化が、財務的にどのような影響があったのかという観点から、デ
ータを入手した。学生数の変化が財務にどのような影響を与えるかについて調べるために、前出
のデータを使い、資産と負債を中心に図示したものが、図表 2-11~図表 2-14 である。
図表 2-11 から理解されるとおり、建物と負債の金額はほぼ一致している。ここから、全体
の規模を縮小しているため、学生生徒納付金収入を収入の中心に据えた形での運営が困難となり、
新たな施設設備への投資は、ほぼ、負債によって行われていることがわかる。資産の総額の増加
カーブも、負債のカーブとほぼ一致しており、
少なくとも 2000 年代になってからの施設設備は、
負債によって行われていると考えられる。
今回ベンチマークした他の 3 大学とも、資産の規模は異なるものの、2000 年頃から 2005 年
頃までの資産の増加の傾向は似通っている。しかし、資産の増加に大きく影響すると考えられる
負債については、その構成比率も大きく異なっており、特にノースイースタン大学においては、
負債に頼った経営が行われていること、流動的な資金が少ない(資産に占める固定資産の割合が
他の大学に比して多いことから)ことが理解される。
$1,600,000,000.00
$2,500,000,000.00
$1,400,000,000.00
$2,000,000,000.00
$1,200,000,000.00
・Total assets
・Total assets
・Total liabilities
・Total liabilities
$1,000,000,000.00
$1,500,000,000.00
・Land improvements - End of year
・Land improvements - End of year
$800,000,000.00
・Buildings - End of year
・Buildings - End of year
$600,000,000.00
$1,000,000,000.00
・Equipment, including art and library collections End of year
・Property obtained under capital leases - End of
year
・Investment return
$400,000,000.00
・Equipment, including art and library collections End of year
・Property obtained under capital leases - End of
year
・Investment return
$500,000,000.00
・Permanently restricted net assets included in total
restricted net assets
$200,000,000.00
$2000
$2000
2001
2002
2003
2004
2001
2002
2003
2004
2005
2005
$-200,000,000.00
$-500,000,000.00
【図表 2-11】
ノースイースタン大学
【図表 2-12】
ジョージワシントン大学
$10,000,000,000.00
$10,000,000,000.00
$9,000,000,000.00
$9,000,000,000.00
$8,000,000,000.00
・Total assets
$7,000,000,000.00
$8,000,000,000.00
・Total liabilities
$7,000,000,000.00
$6,000,000,000.00
・Land improvements - End of year
$6,000,000,000.00
$5,000,000,000.00
・Buildings - End of year
・Total assets
・Total liabilities
・Land improvements - End of year
・Buildings - End of year
$5,000,000,000.00
・Equipment, including art and library collections End of year
・Property obtained under capital leases - End of
year
・Investment return
$4,000,000,000.00
$3,000,000,000.00
$2,000,000,000.00
・Permanently restricted net assets included in total
restricted net assets
・Equipment, including art and library collections End of year
・Property obtained under capital leases - End of
year
・Investment return
$4,000,000,000.00
$3,000,000,000.00
・Permanently restricted net assets included in total
restricted net assets
$2,000,000,000.00
$1,000,000,000.00
$1,000,000,000.00
$2000
2001
2002
2003
2004
2005
$2000
$-1,000,000,000.00
【図表 2-13】
コロンビア大学
2001
【図表 2-14】
2002
2003
2004
ペンシルバニア大学
出典:Integrated Postsecondary Education Data System(http://nces.ed.gov/ipeds/)
47
2005
第3章
ノースイースタン大学の特徴
3-1 ノースイースタン大学の歴史:継続と革新
山岸直司
はじめに
本稿は、19 世紀末に「若年勤労者の為の夜間学校」として始まったノースイースタン大学(N
U)が、アメリカを代表する研究大学のひとつにまで発展する過程で、何が伝統として受け継が
れ、何が変化したのかを概略することを目的とする。執筆上の出典は、特に記述のない限り、
2007 年 8 月 6 日から 10 日までNUで実施された東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策
コースの夏季集中講義におけるNU関係者による講義と、NUのホームページ<
http://www.northeastern.edu/president/history.html>(以下、ホームページと略す)である。
本稿では、NUの歴史を以下の三つの時代に区分して論を進める。まず、第 1 期が、19 世紀末
~20 世紀半ばまでの「伝統と発展」期、続く第 2 期が 20 世紀半ば~20 世紀末までの「戦後の
拡大と無秩序」期、そして第 3 期が 20 世紀末~現在までの「戦略的組織化」期である。
第 1 期:伝統と発展
19 世紀末のボストンは、人口の半数以上を移民あるいはアメリカ1世が占め、その多くは、
若く貧しかった。そうした若年勤労者に教育の機会を与え、社会的成功をおさめる手助けをする
目的で、ボストン YMCA は 1896 年に「Evening Institute for Yong Men」を組織し、2 年後の
1898 年「Department of Law of the Boston YMCA」を開設した(図表 3-1)。学校長には、
中等教育学校で教師や校長として経験を積んだ Frank Speare が就くことになった(ホームペー
ジ)。これがNUの始まりである。法律学校は成功し、続く 1903 年には自動車コースを開設、
そして 1904 年には「Department of Law」が法人化され、LLB を授与する権限が許可される
(ホームページ)。法律学校や自動車コースの大成功を見て、YMCA は、ファイナンス、建築、
ナビゲーション、統計、サーベイ、エンジニアリング、といった実用的なプログラムを次々に提
供していった。また、授業で提供される知識を、実務へと効果的に連携させる仕組みとして、
1909 年には、Co-op エンジニアリングスクールを開設した(図表 3-1)。この 20 世紀初頭の
1909 年までに、NUの原型が作られたった言ってよいだろう。
ノースイースタン大学の原型
①
勤労者が働きながら学べる、所謂、継続教育の為の場所である。
②
第 1 の特徴からの必然的な帰結として、ノースイースタン大学は、コミュータ
ースクール、つまりボストン近郊の勤労者が通学する為の大学であって、アイ
ビーリーグのような所謂レジデンシャルカレッジではない。
③
実用的な知識を提供することを目的とする。
④
大学で得た知識を実務に生かす為の Co-op プログラムによる教育を行う。
48
図表 3-1 ノースイースタン大学の変遷
伝
統
と
発
展
戦
後
の
拡
大
戦
略
的
組
織
化
1896年
1898年
1909年
1916年
1922年
1935年
1937年
1948年
1953年
1956年
1960年
1967年
1982年
1996年 2001年
2003年
2004年
2006年
Boston YMCA、 the Evening Institute for Young Men を設立
Boston YMCA、 Department of Law of the Evening Institute at the Boston YMCA を設 立
授 業を日 中に も提供 開始;Co-operastive Education Engineering School を開設
Northeastern College of the Boston YMCA 設 立
MA州 裁判 所の 許可に よ り、Northeastern University of the Boston YMC Aに名 称変 更
Boston YMCAを名 称か ら削除 し、Northeastern Universityとなる ;College of Liberal Artsを開 設
Northeastern University Corporation が設立
YMCAから完 全に 独立
College of Education を開設
School of Law 閉校
Continuing Education 専 門部 門であ るUniversity College 開設
School of Law 再開
College of Computer Scienceを開 設
Richard Freelandが 学長に 就任
学 寮5棟(総 ベッド数1200)を建設
クウ ォーターか らセメスターへ
University Collegeから School of Professional and Continuing Studiesが 設立
National Research Universitiesの TOP100内に ラン キング ;Freeland 学長 を退任
こうして、NUの原型の完成した 1909 年であるが、この 1909 年には、夜間以外の時間帯で
もプログラムが提供され始め、より一般的な大学へと歩みだした年でもあった(図表 3-1)。
その後、1916 年には、校名を「Northeastern College of the Boston YMCA」と改称し、夜間
学校からの脱皮を具体的に印象付けたのである(図表 3-1)。そして翌 1917 年、それまで校長
であった Frank Speare がノースイースタンカレッジの初代学長に就任した(Northeastern
University Fact Book 2006-200, p2;ホームページ)
。さらに、1922 年「Northeastern University
of the Boston YMCA」と名称を変更し、遂に 1935 年、名称から Boston YMCA が削除され、
「Northeastern University」という現在の校名が誕生したのである(図表 3-1)。また同年、
「the College of Liberal Arts」が設立されて、開学以来実学一辺倒であったこの大学に、実務
とは直接結びつかない、所謂伝統的エリートとしての大学の一要素が加わることとなった(図表
3-1)。
こうしてみると、20 世紀初めまでに、NUは、その名称も教育内容も、もはや YMCA が所有
するボストンの夜間学校ではなく、組織として完全に異なるもの、つまりより一般的な大学へと
変化を遂げたと言ってよいだろう。こうしたトランスフォーメーションともいえる組織の大変革
が、ガバナンスに影響を与えないはずがない。Northeastern University が誕生し、the College
of Liberal Arts が設立されてから、わずか 2 年後の 1937 年、「Northeastern University
Corporation」が設立されることになった(図表 3-1)。この法人を構成するメンバーの総数は
74 名で、内 31 名が理事会(trustees)を形成するが、YMCA のメンバーは最大 8 名までしか
理事会に入ることが許されず、ガバナンスにおいて YMCA のコントロールから離脱したと言え
るだろう。そして、1948 年、Charter と学則を変更し、NUは、正式に YMCA から分離するこ
とを表明するに至るのである(ホームページ)
。
49
第 2 期:戦後の拡大と無秩序
戦後、GI ビルや連邦政府の高等教育拡大政策によって、かつてない程に高等教育需要が高ま
った。NUも、この時期の他大学同様、大拡大を遂げ、次々に新しいプログラムや学部を設立し
ていった。1953 年の College of Education の設立を皮切りに、1960 年には継続教育を専門とす
る University College を開設し、1964 年の College of Nursing、1967 年の College of Criminal
Justice、1982 年の College of Computer Science と続いた
(Northeastern University Fact Book
2006-200, p2)。また、組織の拡大は新学部の設立によってだけではなく、吸収合併によっても
進められることとなる。それらは、1962 年におこなわれた New England College of Pharmacy
の吸収による、College of Pharmacy の開設や、1964 年に Tufts University から吸収した Health
Science を専門とする Boston-Bouve College の設立である。さらに、新たなキャンパスの獲得
にも乗り出し、NUは、従来のボストン市内から、Weston、Nahant、Burlington、Dedham
といった郊外にも拡大していったのである(ホームページ)。また、開学以来、就労者の為のコ
ミュータースクールとして知られていたNUであったが、次第に高校卒業後そのまま進学してく
る学部学生が全国から集まるようになり、それに対応して学寮の建設も進んだ。
このような学部やキャンパス・施設設備の拡大は、学問の府としての理念に基づく政策とい
うよりも、どちらかと言えば需要に応えた行動の結果であった。つまり、教育学部に対する需要
があると判断すれば、教育学部を設立し、継続教育に需要が見込めると判断すれば、University
College を設立し、また郊外にも高等教育需要があると判断すれば、そうした地域をターゲット
としてキャンパスを開設していったのである。従って、需要が有るか否か、つまり高等教育市場
の状況に応じて行動を決定するというのが、NUの特徴と言えるであろう。こうした市場対応の
姿勢が如実に表われた例が、1956 年の School of Law の閉鎖と 1967 年の再開校であったと言
えるのではないだろうか。学生が期待通りに集められなくなると、NUは開学以来の伝統そのも
のである法学部を閉鎖することも厭わず、反対にその後需要が回復したと判断するや、法学部を
再開したのである。ただし、NUが伝統というものに縛られない組織であると結論を下すのは早
計であろう。というよりはむしろ、NUは伝統にしたがった組織行動をとっていたとも解釈でき
る。既に述べたように、NUは、勤労学生に対して職場で役に立つ実用的な知識を提供すること
を目的として設立された組織である。NUの前身である法学部が設立された理由は、アメリカの
国づくりや独立保持・建国のためではないし、あるいは法律学という学問の発展に奉仕するため
でもない。法律の知識が当時の市場で価値を認められており、法律の知識をもった者はより高い
給与を獲得できるからである。つまり、
「開学以来の法学部」という組織自体がNUの伝統やア
イデンティティを形成しているのではなく、市場で求められる知識・技能を提供する行動こそが、
この大学の伝統・コア、あるいは存立理由・基盤なのであると解釈できる。従って、戦後の大拡
大も、法学部の閉鎖と再開も、市場の要請に応えるというNUの開学以来の伝統の上にたった行
動であると言ってよいだろう。
この「徹底して市場の状況に応じる」という伝統は、一面ではNUを他大学よりもフレキシ
ブルにしたであろうし、需要のある学部やプログラムを揃えることをモットーとしたため、より
50
多くの学生を集めることを可能にしたはずである。事実、戦後、NUの学生数は増加を続け、
1980 年代初頭には、学位取得を目的としない学生を含む、フルタイム・パートタイムの学部・
大学院を合わせた、総学生数は、約 60,000 人に達し、NUはアメリカで最も大規模な私立大学
に数えられるまでに拡大した。しかし、他方で、市場に対応した柔軟な対応は、総合的な戦略を
欠いてしまうという弱点も併せ持つことになった。市場の求めに応じて行動した結果、80 年代
の末には 17 のキャンパスがボストンの市内 30 マイルに点在することになり、巨大な学生数と
相まって、キャンパス間・学部間の一体感の欠如が問題視されるようになった。また、一貫した
施設設備戦略を持たなかったため、
「最も醜いキャンパスの一つ」として知られるようになり、
70 年代末から 80 年代半には、コンクリートジャングルという評判が確立されてしまった。NU
は、混沌とした市場同様、無秩序の様相を呈するようになったのである。こうした危機はさらに
悪化するように予想された。というのは、それまで Blue Color City であったボストンが、80
年代に入るころから ICT やバイオを中心とした知識集約産業への移行を始め、NUが開学以来、
主要な顧客としてきた、「高卒後就業しながら学位取得を目指す学生」の数がボストンで減少傾
向となったからである。
第 3 期:戦略的組織化
巨大に成りすぎたNUは、まずスリム化する必要があった。理事会は 1989 年から 4 年間教職
員の新規採用を凍結することを決定した。そして採用凍結に加え、1989 年からの 4 年間で約 200
人の人員削減を行ったのである。また、1980 年代初頭に約 60,000 人にまで膨らんだ総学生数
の削減に着手し、1990 年に約 45,000 人、1995 年に約 38,000 人、2000 年に約 34,000 人、そ
して 2005 年には約 25,000 人にまで学生数を絞り込んでいった(Northeastern University Fact
Book 2006-2007, p35)。ただし、この間、NUは、スリム化だけではなく、施設設備の整理統
合や新設備の導入にも積極的であり、その意味で、NUが行ったのは、無闇な規模縮小ではなく、
新しい状況に適応するための戦略的組織化であると捉えるべきであろう。1989 年に、第 5 代学
長として就任した John Curry は、NU至上最大規模となる寄付金募集キャンペーンをリードし、
施設設備の改修や新たな設備の建設に力を注いだ(ホームページ)
。また、1996 年に第 6 代学
長に就任した Richard Freeland は、NUの 21 世紀へのビジョンとして「学生中心で、実用的
な知識を重んじ、都市に基盤を置く、全国レベルの研究大学」を掲げた(ホームページ)。
この 2 人の学長の下で、拡散したキャンパスは 4 つに整理統合された。さらに、学部の整理
統合も進み、Human Development と Health Science&Pharmacy の両学部が統合され、さら
に Health Science & Pharmacy は Nursing と統合された。また、NUの伝統である、「就労学
生のために実用的な継続教育を提供する」を強化し、他大学との差別化をより鮮明にするために、
University College を発展的に改称し、School of Professional & Continuing Studies を設立し、
同学部に修士号を授与する権限を付与した(Northeastern University Fact Book 2006-2007,
p2-3)。また、高卒後就業しながら学位取得を目指す学生の数がボストンで減少していることに
対応するためにコミュータースクールから脱却する必要があったが、1200 人を収容できる5棟
51
の学寮や大規模なフィトネス施設をオープンさせ、全米から学生を集めることのできるレジデン
シャルカレッジとしての施設設備の充実も図られた。さらに、教育力と研究力の強化策として、
2004 年からの 5 年計画として、テニュアかテニュアトラックの教員を新たに 100 人雇用する計
画が実行に移された(ホームページ;Northeastern University Fact Book 2006-2007, p3)
。
1989 年から 2006 年までの、この戦略的組織化は大きな果実をNUにもたらした。かつてコ
ンクリートジャングルと揶揄され、最も醜いと言われたキャンパスが、緑化されたキャンパス景
観として全国的に認知され、都市型キャンパスのモデルとして知られるようになった。さらに、
アメリカ建築家協会からは「最も美しく、新しく、刷新されたスペース」として 2 度も選出さ
れたのである。そして、伝統である Co-op プログラムを全学一体となって積極的に展開してい
ることに対して、2003 年には U.S. News & World Report から「授業と実社会での経験を最も
効果的に結び付けているプログラムを実施する大学」として選出され、Co-op に関して全米トッ
プの評価が確立した。また、全米から学生を集まるようになった結果、カーネギー分類によって
レジデンシャルスクールに分類され、コミュータースクールからの脱却を印象付けた。そしてつ
いに 2006 年、U.S. News & World Report から、悲願であった National Research University
Top 100 の一つに選出されるに到ったのである。こうした数々の改革の成功とその評判は、入学
者選抜に大きな影響を及ぼした。例えば、入学者の SAT スコアが 200 点以上上昇し、学士課程
の志願者数は 2 倍の約 30,000 人となり、selectivity の点では全米トップ3の一つとして数えら
れるまでになった。さらに入学者だけでなく、在学者への好影響も見られ、リテンションレイト
が劇的に改善することになったのである。
まとめ
19 世紀末に、ボストンの若年勤労学生の為の夜間学校として開学したNUは、100 年余の間
にアメリカを代表する研究大学の一角を占めるまでにその姿を大きく変えた。ボストン市内に、
緑と花々に包まれた美しいキャンパスを有し、数々の最新の教育と研究の施設設備を誇る6つの
学部と8つの大学院、そして2つのパートタイムディビジョンによって構成されるNUに、初代
学長を務めた Frank Speare が語ったような「たった一つと黒板消しと二本のチョークから、
我々は歩みだした」(ホームページ)といった痕跡を、今や見つけることはできない。組織の様
相と内容の両面において、これほどの大変貌を遂げた大学は珍しい。特に、過去 20~30 年間に、
アメリカの高等教育界に占める地位を、これ程躍進させた大学の類例をNU以外に求めるのは困
難であろう。こうした歴史から、NUの特徴を「変化と革新」と捉えることは一面では正しい。
しかし、同時に、この大学が開学以来保持し続けてきた伝統、言いうなれば組織として不変にも
つコアも忘れてはなるまい。それは、「市場で求められている知識・市場で価値のある知識を提
供する」という哲学である。今後、NUは、ICT 関連とバイオ分野の研究蓄積を強化し、世界
の大学とパートナーシップを結びグローバル化に推進する考えであるが、これも 80 年代以降の
市場でのトレンドである知識産業とグローバル化に対応する動きと見ることもできる。NUは、
今後もその姿を変化させ続けるであろうが、次の 100 年も市場の声を聞き続けるであろう。
52
3-2 ノースイースタン大学誕生の背景:ボストン地域の歴史との関連性
大坪恭子
はじめに
前項では、ノースイースタン大学誕生後の発展の歴史を3期に分けて概観したが、本項では、
そもそもノースイースタン大学(以下、NU)が誕生に至った歴史的背景を概観したい。特に、
NU誕生の地であるボストン地域の発展の歴史とその特性との関連性からその背景を考察する。
19 世紀末のボストンでは、その人口の半分以上が移民か移民 2 世であった。そうした若い移
民労働者や移民 2 世勤労者に大学教育を解放する目的で、ボストンYMCAは、1896 年に
「Evening Institute for Yong Men(若年勤労男性のための夜間大学)」を開設した。それがN
Uに発展したことは、前項で説明したとおりであるが、その設立は、ローウェル協会とマサチュ
ーセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)の協力なくしてはあり得なかっ
た。特に、非営利団体であるローウェル協会による協力は意義深く、NUの誕生だけでなく、そ
の後のNUのミッションにも、多大な影響を与えている。ついては、NU誕生の意義を、ボスト
ン地域の発展の歴史を辿りながら、ローウェル協会がいかなる組織であったのかを紐解くという
観点より考察したい。
なお、この歴史的な検証により、NUがボストンの地に誕生したのは、単なる偶然ではなく必
然であったといえるほど、ボストン地域の歴史的背景との関連性が強いことが伺えることになる。
ピューリタン倫理思想に基づく労働倫理
アメリカにおける大学発祥の地として有名なボストンは、大学だけでなく、さまざまな公共福
祉事業の発祥の地となった。それは、ボストン地域の商業・工業の発展に伴う富裕層の誕生、お
よび、社会的指導者となった富裕層の思想が影響している。
現在のボストン地域は、かつて、イギリスの植民地であり、最初の入植者達は清教徒(ピュー
リタン)であったことはよく知られているとおりである。キリスト教信仰に基づくピューリタン
倫理思想は、独立革命以前からピューリタン入植の地であるボストンにおいて、特別な意味があ
った。ピューリタンにとって、職業とは特別な意味があり、それは人間による「神への奉仕」で
あった。人間は有益で生産的な職業について、社会と自らに奉仕することが求められていた。す
なわち、人間がどんな職業につくにせよ、それは神に対する人間の義務であり、勤勉な労働こそ
が社会全体の利益に貢献するというものであった。(Morgan, 1967:4)また、人間とは神から命
じられた財産の管理人であり、労働によって得られた富をいたずらに浪費することも禁じられて
いた。贅沢や浪費は、人間の堕落と欲望の象徴であり、罪深いものであった。
なお、その後、ピューリタン倫理は、ボストンに限らず、アメリカ人の精神形成に深い影響を
及ぼしていた。「勤勉」
、「質素」
、「誠実」、「善良」などの言葉に代表されるように、アメリカの
労働倫理は、17 世紀から続いたピューリタン倫理の伝統、18 世紀のロックのリベラリズム思想
による経済的自由主義の普及、19 世紀初頭のロバート・オーエンやサン・シモンの影響を受け
53
たでキリスト教的な社会主義(=労働は社会の進歩や個人の完成性へと向かう際の手段)にルー
ツをもつものであったと言われている。
(Diggins, 1984:147)
「ボストン・アソシエイツ」の形成
現在のボストン地域であるニューイングランドの植民地では、入植当初から階層性が存在した。
力を持った人々は時代と共に変わっていったが、常に、上層と下層の関係が存在した。第一世代
の上層を構成した人々は、聖職者であった。彼らは執政官など、町の要職を独占し、政治の部分
と信仰の部分で大きな力をふるった。第二世代になると、造船や広域貿易で自然の不利を克服し
て利益をあげるようになった。その過程において、貿易商人の発言権が強まり、政治に参入する
ようになった。このような、上層部の人々によって、様々な社会・文化制度が作られた。当初作
られた軍事団体も、植民地が落ち着いてゆくにつれて社交クラブのようなものに変化していった。
1638 年のハーバード大学の創立もそのような流れの一つである。さらにはこの時代、上流階層
の中では、ジョージ王朝式のイングランド貴族の模倣が流行したことからもわかるように、社会
的・文化的に自らを洗練させるために、自発的かつ自覚的に上流社会の構築を目指したのである。
独立戦争以降、ボストンの社会的な特徴を典型的に言い表す言葉が、たびたびこの時代に使わ
れている。「フェデラリストの貴族社会」または「ボストン・アソシエイツ」という言い方であ
る(Story, 1980:4)。前者は、ボストンが政治的な意味でフェデラリストが支配する貴族主義的
な社会であったことを意味し、後者の「ボストン・アソシエイツ」という言葉は、ボストン在住
の商人や企業家が中心となって形成されたビジネス集団を意味した。
「ボストン・アソシエイツ」
とは、海外貿易を中心とした海上産業によって巨額の富を蓄積した商業資本家層のグループに対
する呼び名であった。
1793 年以来の英仏戦争において、アメリカは中立国として莫大な財産を手に入れたが、戦争
の長期化に伴い、英・仏両国は中立国の船舶の航海を抑制し、アメリカもこれに対抗し、両国お
よびその植民地との取引を禁止した。
こうした外国貿易の禁止により、ボストンの港には航海できない多数の船舶が停泊し、ボスト
ンの町にも失業した船員と労働者が溢れたが、外国貿易の禁止は、かわって国産品の需要を増大
させることになる。貿易不振で多くの余剰資本を抱えていたボストン・アソシエイツは、綿工業
を中心に国内投資を行った。彼らは、独立戦争期における海外貿易によって獲得した多額の資本
を、国内の綿工業、金融業、保険業、鉄道業などの広範囲な分野に投資し、ニューイングランド
の産業界を支配しようと企てたのである。こうして、ボストンはアメリカの強力な財政センター
となり、最も大きな金融市場へと発展することとなる(Handlin, 1981:8)。
「ボストン工業会社」の設立
ボストン・アソシエイツは、1813 年の秋から 14 年にかけて「ボストン工業会社」と呼ばれる
綿工業会社を設立する。この会社は、ボストン・アソシエイツの中でも著名な人物であったロー
ウェル(Lowell, Francis C. 1775-1817)が発起人となり、資本金 40 万ドルで創設された大規
54
模な近代的綿工業会社であった。ボストン工業会社の設立者として有名なローウェルは、マサチ
ューセッツ州北部のニューバリーポートにて判事の家庭に生まれている。ローウェルはハーバー
ド大学を卒業したのち、複数のボストン商人とパートナーシップを結び、海外貿易、醸造業、銀
行業、土地投機などの多角経営を行っていた。彼は、フェデラリストの一人として誰よりも自国
を愛し、自国の経済的自立や発展を強く願っていた(渡部, 1970:74)。
ボストン・アソシエイツは「血縁関係」や友人関係を積極的に利用し、ボストン・アソシエイ
ツの支配する会社は経営上互いに競争することなく、強力な独占体制を確立したと言われている。
ボストンの新エリート階級「ボストン・ブラーミンズ」の富の蓄積と篤志事業
ボストン・アソシエイツは、1812 年の第二次対英戦争を契機として、自らの経済活動を綿工
業、銀行業、金融業、鉄道業などに投資しただけでなく、政治、宗教、法律、教育、医学などの
他の専門的な職業グループの人々と血縁関係を結び、新たな上層階級を形成していった。単なる
ビジネス集団であったボストン・アソシエイツは、法律家、政治家、医師、大学教授、牧師など
の専門的な職業に携わる人々とも職業的な協力関係を築いたり、血縁関係を結んだりすることに
よって、教育、文化、芸術、宗教、福祉、医療などの分野にも進出していった。こうして、19
世紀に入ると、旧支配層にかわって、新たなエリート階級が形成されていくことになる。
一般的には、独立戦争から南北戦争にかけて確立されたボストンの裕福な上層階級を「ボスト
ン・ブラーミンズ」と呼ぶ(Story, 1975b:281)。つまり、いつ頃からかは明確ではないが、
「ボ
ストン・アソシエイツ」に代わって、次第により尊称的な意味を込めた「ボストン・ブラーミン
ズ」という言葉が用いられるようになっていく。
「ボストン・ブラーミンズ」は単にボストンや
ニューイングランドの政治や経済を支配しただけでなく、広く、教育、文化、芸術、福祉、医療
などの分野へも進出し、アメリカ社会全般に大きな影響を及ぼすことになる。
このボストン・ブラーミンズと呼ばれる人々は、彼らの莫大な経済的な富の一部を教育、文化、
芸術、福祉、医療などの文化的・博愛的な諸活動へと向けていった。ハーバード大学、マサチュ
ーセッツ総合病院、ボストン・アテナウム、ボストン交響楽団、ボストン美術館などの施設に多
額の寄付を行った。19 世紀初期のボストン・ブラーミンズにとって、富の獲得は単なる自己利
益の追求ではなかった。彼らの究極的な目標は、人格の形成であり、企業活動は人間の諸能力や
人格を鍛える上で有効であるとみなされていたのである。
こうして、ボストンは、19 世紀の前半に「アメリカのアテネ」といった評判を獲得し、多く
の著名人、詩人、小説家、歴史家、科学者、牧師、教育者などを輩出することになる。要するに、
ボストンの資本家層と知識人や教養人の血縁的な結合は、「富」と「学問や教養」を互いに共有
できる有効な方法であったのである。ボストン・ブラーミンズにとって、芸術や科学を奨励する
ことが自らの義務となり、
「学問への愛情、特に読書愛好家はボストン・ブラーミンズの鑑定書
となった」(Goodman, 1966:444)。
また、ボストン・ブラーミンズによる教育、文化、福祉、医療などに対する保護の精神は、自
らの階級の利益に貢献するものだけではなかった。彼らは、ボストンのエヴァンジェリストとも
55
協力しながら、貧困者、外国人移民、異教徒、黒人、障害者などを救済する慈善的・博愛的な事
業も展開しているのである。彼らは、1830 年には 26 の、1850 年には 160 の法人化された博愛的
で教育的な団体や協会(非営利団体)を組織している。たとえば、ローウェル(Lowell, John
1779-1836)は、ボストンにおける道徳教育を促進するために「成人教育の講座」を援助した。
ここで、ローウェル家のボストン社会への貢献を整理しておきたい。ローレンスは国会議員、
合衆国最高裁判所長官、ハーバード大学理事会の理事、American Academy of Arts and Science
の創設者であった。ローレンスの長男のジョンは、マサチューセッツ総合病院の創設者であり、
ハーバード大学の評議員でもあった。その息子のジョン・アモリーは、「ローウェル協会」とハ
ーバード大学理事会の理事であった。このアモリーの従兄弟(義兄弟)のジョンも「ローエル協
会」の設立者の一人であった。後に、この「ローウェル協会」が、NUの前身である「Evening
Institute for Yong Men」の開設を支援することになるのである。チャールズの息子ジェームズ
は詩人で、「ボストン・ウェスト協会」の牧師であり、その他に外交官、奴隷制廃止論者として
活躍した人物でもある。
ただし、ボストン・ブラーミンズの篤志行為の背後には隠された意図があったと指摘する研究
もある。当時のボストンにはこのような篤志行為を必要とする様々な社会問題が存在していたの
である。急激な産業化によって、労働者たちは過酷な労働条件のもとで働かされていたし、労働
力補強のために受け入れた大量の移民たちも、低賃金で貧しい暮らしを強いられていた。特に、
1845 年のジャガイモ飢饉によるアイルランド移民の大量流入は大きな社会問題となった。篤志
行為はこのような人々の救済として行われていた。
一方、教育的・文化的活動であるフィランスロピー(philanthropy)には、また別の意味を持ち、
民主主義社会における人類の救済を行う社会的行為とみなされ、図書館の建設、大学の開校、病
院や慈善施設の建設がほとんどであった。フィランスロピーとしての篤志事業のうち、市民教育
という点においては、成人教育、工場労働者の現職教育として具現化していった。(この時代、
労働者の中非識字者はかなりの数であった)。
マサチューセッツ州はアメリカ義務教育の発祥の地であるが、これらボストンブラーミンによ
る、民衆教育の広まりは、現在ボストンがアメリカ有数の学園都市と呼ばれるゆえんにも大きく
関係しているだろう。
まとめ
以上のとおり、ボストンの富裕な人々には、獲得した富を市民の福祉と教育に役立てるという、
キリスト教精神があり、彼らはそれに沿って様々な社会奉仕をおこなってきていた。「ローウェ
ル協会」は、そうした富裕層が篤志事業を行うために設立した非営利団体のひとつであり、若い
移民労働者や移民 2 世勤労者への大学教育の解放を目的とした「Evening Institute for Yong Men
(NUの前身)」の開設を支援したことも自然の流れであったに違いない。このことより、NU
の誕生が、ボストンの地域的特性と要請に密接に関連していることが伺えよう。また、それゆえ
に、前項で示したとおり、NUの原型の特徴として、①勤労者が働きながら学べる、いわゆる、
56
継続教育のための場所であること、②コミュータースクール、つまりボストン近郊の勤労者が通
学する為の大学であって、アイビーリーグのような、いわゆる、レジデンシャルカレッジではな
いこと、③実用的な知識を提供することを目的とすること、④大学で得た知識を実務に生かす為
の Co-op プログラムによる教育を行うこと、が挙げられるのである。
ところで、現在、NUはダイナミックな変貌を遂げている。この変貌により設立当時のミッシ
ョンが失われてしまったのではないかと危惧される向きもあるかもしれないが、むしろ、その逆
ではないか。NUが変化を遂げながら今なお発展しているのは、「市場で求められている知識・
市場で価値のある知識を提供する」という哲学が生きている証拠であろう。社会の要請により誕
生したNUだからこそ、社会環境の変化にスムーズに順応し、社会・市場のニーズに呼応して変
化を遂げているといえるのではないか。そして、このNUの環境変化への順応性こそ、組織体の
生命力・継続性に不可欠な要素であると考える。そこで、最後に、企業経営者の多くがしばしば
引用する有名な格言を付記しておきたい。「最も強い種が生き残るのではない。最も賢い種が残
るのでもない。唯一生き残るのは、変化に適応できる種である(チャールズ・ダーウィン『種の
起源』
)」
出典・参考文献
川島浩平『都市コミュニティと階級・エスニシティ』御茶の水書房 2002
北野秋男『アメリカ公教育思想形成の史的研究』風間書房 2003
川崎良孝『ボストン私立図書館は、いかにして生まれたか:原典で読む公立図書館成立期の思
想と実践』京都大学図書館情報学研究会 2003
57
3-3 ノースイースタン大学の学生数の推移
内山
淳
はじめに
ノースイースタン大学(NU)の特徴として、もともと地域に根差した実学的な大学から、全米
レベルの研究大学へと大きく変化しつつあるということがあげられる。このことについて、主と
して学生数の推移を中心に取り上げることとする。執筆する上ではNUのホームページにある
Fact Book を参考とさせていただいた。また、2007 年 8 月 6 日から 10 日までNUで実施され
た東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コースの夏季集中講義におけるNU関係者による
講義も参考とさせていただいた。
学部学生数の推移
ノースイースタン大学はかつて、60,000 人もの学生数を誇る大学であったが、1990 年代から
は学生数を抑制し、選抜性を高めるという戦略をとってきた。図表 3-2 は 1996 年からの学部
学生(フルタイム)の出願者と入学者の推移を示したものである。1996 年には出願者が 1 万人を少し上
回る程度であったものが、10 年後の 2006 年には 2 万 5 千人を上回るまでに増加している。出
願者が 10 年で約 1 万人以上増加している。
図表 3-2 学部学生(フルタイム)の出願数と入学者の推移
Full-time Undergraduate Degree Northeastern University Fact Book より
58
また、出願者数の大幅な伸びにも関わらず、入学者数は 10 年前よりも減少している傾向にあ
る。このことは入学のための競争が激化しているということを意味している。この表からも NU
が入学者の選抜性を高め、学部入学者の質を向上させ、全米レベルの研究大学を目指している様
子が見て取れる。
大学院入学者の増加と学部入学者の絞り込み
図表 3-3 をご覧いただきたい。この図は最近 5 年間の学部・大学院・ノンディグリー別の入
学者数の推移をグラフにしたものである。これを見ると前述したように学部の入学者数について
は減少している傾向にある。しかし、大学院の入学者数についてはむしろ徐々にではあるが増加
している傾向にある。この表からも NU が学部の入学者を減少させて選抜性を高めているのに
対して、大学院の入学者数を増加させ、研究大学へと変化している様子が見て取れる。
図表 3-3 学部・大学院・ノンディグリー別の入学者数の推移
Northeastern University Fact Book より
全米からの入学者数について
NU はもともとボストン近郊に暮らす者のための夜間学校に源流を持つ。このため、以前はボ
ストン圏内のからの通学者が多く通勤大学などと言われていた。しかし、ボストン県内の地方大
学から脱却し、全米レベルの研究大学を目指すためには、広く全米から入学者を集める必要性が
出てくる。
図表 3-4 をご覧いただきたい。これを見ると現在 NU ではマサチューセッツ州以外からの入
学者のほうが圧倒的に多い状況となっている。このような状況となった背景として、1990 年代
59
の諸改革によりキャンパス内を再開発する際に学内に学生寮を多数建設したことがあげられる。
特に NU では学部学生について、入学から 3 年間は寮への入居を保証しており、新入生の 94%
近くがキャンパス内の学生寮に住んでいる。また、在学中に長期のインターンシップを行う
Co-op プログラムに参加している間も学生寮に住み続けることができるようになっている。
図表 3-4 州内学生と州外学生の推移
まとめ
NU では YMCA を母体とした勤労者のためのボストンの地方大学から、全米レベルの研究大
学へと脱却を図っている。
そのため、学部レベルでは出願者数を増加させることと入学者数を絞り込むことにより学生の
質の向上を図っている。
大学院レベルでは学生数を増加させることにより、研究志向を強めている。学生寮の新規建設
を行い、学部の入学者については入寮を保証することにより、マサチューセッツ州以外の広く全
米から学生を集めることにより、学生の質の向上を図っているといえる。
60
3-4 ノースイースタン大学の教職員数の推移・その他
保立雅紀
はじめに
ノースイースタン大学(NU)の規模について考察するために,教職員数の推移,Endowment,
Research Funding, Total Assets, Liabilities,5 年・6 年卒業率,学生支援についてデータを
あげて検討する。
教職員数の推移
図表 3-5 教職員数の推移 *( Headcount、including visiting faculty)
2002 秋
2003 秋
2004 秋
2005 秋
2006 秋
All Full-time Faculty *
801
830
838
868
884
(Tenured Faculty)
446
457
466
465
467
Part-time Faculty in Day Programs
312
316
335
384
424
Part-time Faculty in Evening Programs
755
708
429
556
747
1,868
1,854
1,602
1,808
2,055
Full-time Staff
1,767
1,779
1,762
1,752
1,882
Part-time Staff
76
86
75
37
30
1,843
1,865
1,837
1,789
1,912
694
704
744
777
634
4,405
4,423
4,183
4,374
4,601
Total Faculty
Total Staff
Graduate Students Receiving Stipends
Total Employees
2004 年にスタッフは減少したが,2006 年段階では,増加に転じている。
その他の規模における特徴
(1)Endowment
図表 3-6 Endowment の推移
Endowment
出典:Fact Book2006-2007 p.124
Endowment は 左 記
のように増加して
いる。
61
(2)Research Funding
図表 3-7 研究費の推移 (* In millions of dollars)
Annual
1997-98
1998-99
1999-00
2000-01
2001-02
2002-03
2003-04
2004-05
2005-06
$36.8
$38.2
$35.5
$41.5
$47.6
$40.4
$40.6
$46.5
$48.7
Rate*
増加傾向にはあるが,2002-03 から一度低下して再上昇している。
(3)Total Assets
図表 3-8 総資産の推移 (単位:$1,000)
2002
2003
2004
2005
2006
Cash & Short Term Investments
84,727
140,921
59,680
75,532
67,378
Receivables
21,879
17,633
20,519
25,577
18,756
Pledges Receivable
18,845
19,158
18,381
16,785
14,312
Loans Receivable
29,650
30,489
30,503
31,255
32,021
Prepaid and Other Assets
16,182
16,276
14,820
16,192
16,489
Investments
465,302
467,601
561,792
596,962
635,570
Property, Plant and Equipment
549,248
595,273
638,653
682,634
717,908
1,185,833
1,287,351
1,344,348
1,444,937
1,502,434
TOTAL ASSETS
Investments や Property, Plant and Equipment が増加して,TOTAL ASSETS が大きく増加して
いる。1998 年には①Investments が$382,309,000 で,②Property, Plant and Equipment が
$290,433,000 であり,③TOTAL ASSETS は$874,429,000 であったことから,9 年間で①約 166%,
②約 247%,③約 202%の増加となっている。これらはかなり拡大している。
(4)Liabilities
図表 3-9 負債(2002,2006 の比較) (単位:$1,000)
June 30,2002
June 30,2006
Accounts Payable & Accrued Liabilities
51,460
64,393
Unearned Revenues
32,128
35,951
Refundable Advances
27,527
29,920
Long-Term Debt
418,047
537,512
Total Liabilities
529,162
667,776
Total Net Assets
656,671
834,658
これらも増加率を見ると,①Long-Term Debt が約 129%,②Total Liabilities が約 126%,
③Total Net Assets が約 127%である。これらはほぼ同じ増加率である。
62
その他の特徴
(1)Five-Year & Six-Year Graduation Rates
図表 3-10 5 年目、6 年目の卒業率(年度は入学年)
Fall 1996
Fall 1997
Fall 1998
Fall 1999
Fall 2000
Fall 2001
5Y Total(%)
50.3
54.0
54.2
53.8
57.0
60.4
6Y Total(%)
56.2
59.6
59.6
60.5
63.9
N/A
5 年あるいは 6 年での卒業率は上昇している。ちなみに,現在では 4 年制大学の卒業率は,4
年卒業率よりも 5 年卒業率を標準的な指標として採用する場合が増えている。4 年卒業率の高さ
を誇れるところは,少数の威信の高い大学のみであるとされる(江原武一・杉原均(2005),p.
125)。
(2)Total Student Financial Aid
図表 3-11 学生援助
2000-01
2001-02
2002-03
2003-04
2004-05
2005-06
2006-07
$216,148,358
$249,538,358
$287,181,943
$326,571,013
$343,387,152
$374,885,502
$391,715,587
7 年間で約 181%である。1998-99 年が$170,191,353 であるから 9 年間では約 230%であり大
幅に拡大している。
まとめ
アメリカの高等教育は,次のように変化した。すなわち,入学者選考において,連邦政府の学
生援助が奨学金中心からローン中心へと転換するために,80 年代半ば以降は大学独自の学生援
助を積極的に提供するようになった。特に,選抜性の相対的に低い私立 4 年制大学で,優秀な学
生に与えるメリット奨学金により大学の水準と評判を高めることが重要となった[江原武一・杉
原均(2005)pp.149-154]
。連邦政府などの公的資金が近年減少する中では,産業界などからの
資金集めが必要となってきている。産業界の研究開発資金は 1975 年から 2000 年までの間で実質
328%増加であるが,連邦研究開発資金の増加は 41%の増加にとどまった。また,2000 年には産
業界と連邦政府の研究資金に占める割合は,産業界 68%・連邦政府 26%である[澤昭裕他(2005),
p.59]。 安定した経営のためには,Endowment を増やす必要がある。また,学生に魅力ある大
学であるためには,設備投資等は欠かせない。卒業率を高めることも重要である。
これらを考えると,NU は高等教育全体の変化の流れに沿って改革を進めてきたといえよう。
NU は研究資金も増加しているが,教職員数はやや増加し,学生への援助額はかなり増加してい
る。財政状態も楽観を許さないといえよう。また,外国からの学生は 3-4%あたりで推移して
おり[Fact Book 各年版],国際競争力のある人材確保については,更なる対応が必要であろう。
63
参考文献
ノースイースタン大学のホームページ http://www.northeastern.edu/neuhome/index.php
Northeastern University, University Fact Book 2002-2003, 2003-2004,2005-2006,2006-2007
の各年版.
江原武一・杉原均編著(2005)『大学の管理運営改革-日本の行方と諸外国の動向―』東信堂
澤昭裕・寺澤達也・井上悟志(2005)『競争に勝つ大学-科学技術システムの再構築に向けて』
東洋経済新報社
64
3-5 ノースイースタン大学の学費
高橋清隆
学生数
この節では、ノースイースタン大学の学費、および学費を補填するための奨学金、そして高騰
する学費を長期にわたり弁済するシステムとしてのローンについて考察する。
まず、ノースイースタン大学の学生数は、正規の学部生が15,195名、パートタイム学部生が
2,806名の合計18,001名である。また、大学院の正規大学院生は2,668名、パートタイム大学院生
は2,112名、ロースクールの大学生630名の合計5,410名である。大学全体では23,411名の学生が
在籍するアメリカの中でも規模の大きな大学である。
経年比較のため5年前の学生数と比較すると、正規の学部生は1000名増しているが、パートタ
イムの学部生は約1800名の減少している。一方、正規大学院生は447名増加し、パートタイムの
大学院生も546名の増加している。最近の5カ年の特徴は、学部学生が微減するかわりに大学院生
が微増するという関係であり、総体の学生数規模はほぼ変わらない状況である(図表3-12)。
なお、正規の学部生15,195名という規模は、日本の私立大学では名城大学(名古屋市)とほぼ
同規模(15,641名)であり、また医学部を持たない私立の総合大学という点からも今後の比較対
象モデルとしていく 13 。
学費
ノースイースタン大学の学部生の授業料は半期で15,750ドル、年間31,500ドルで、このほかに
各種手数料として650ドルほどが必要となる。また、大学院は専攻毎に980ドルから1,570ドルま
で1時間当たりの価格が設定されている。このほかにも、ロースクールが年間36,455ドル、MBA
などのプロフェッショナル・プログラム(全てのプログラムを受講した時の受講料)が76,180
ドルという高額なメニュー(Executive MBA)も用意されている。また、成人教育を対象とする
専門職業人(再)養成や継続教育を専従的にマネジメントするスクール School of Professional
and Continuing Studiesでは、1時間当たり292ドルという単価でプログラムが提供されている
(図表3-13)。
また、上記学費の他にも寮を使用する学生は、年間で二人部屋が6,040ドル、食事代が4,970
ドル別途必要となる。
ノースイースタン大学の学部生1年間の授業料と各種手数料の合計は32,149ドルで、日本円に
換算すると約386万円となる 14 。また、寮に住む学生は食費も含めると43,159ドルとなり、同じ
く日本円換算で518万円とかなり高額の支出といえる。
13
14
名城大学在籍学生数一覧
http://www.meijo-u.ac.jp/guide/zaiseki/zaigakusei.html
2007 年 8 月 6 日(ノースイースタン大学滞在二日目)の為替レート高値約 120 円で計算。
65
図表3-12 過去5年間の学生数の推移
出所:ノースイースタン大学「FACT BOOK 2006-2007」 P34
名城大学の学部生の学費は文系で109万円、理工学部で149万円、薬学部で215万円であること
から、名城大学と比較するとノースイースタン大学の学費は、文系では3.5倍、理工学部では2.6
倍、薬学部では1.8倍高いことが分かる。
また、財務構造の面からみると、ノースイースタン大学の収入に占める授業料の割合は86.8%
であり、名城大学の学生生徒等納付金比率(学資絵生徒納付金÷帰属収入)は77%であることか
ら、ノースイースタン大学の方がより授業料の依存度が大きいことがわかる 15 。
15
ノースイースタン大学の財政は「FACT BOOK 2006-2007」 P123
FACT BOOKでは授業料収入から奨学金支出を差し引いた額を正味の学生関連収入としているが、学生生徒納
付金比率に合わせるためここでは奨学金支出を差し引く前の金額を使用している。
66
なお、日本の大学では、学生数が1万人以上の大学の学生生徒等納付金比率の平均は76%なの
で、名城大学の数値は極めて一般的である 16 。
図表3-13 授業料
出所: http://www.neu.edu/registrar/billing-tuition0708.html
奨学金
このように高額な学費に対し学生支援の観点から様々な奨学金が用意されている。
ノースイースタン大学の奨学金は学力、達成、動機、約束にもとづき支給される。主な奨学金と
その内容の一例を記した。
名城大学の平成18年度消費収支決算書 http://www.meijo-u.ac.jp/guide/pdf/H18_k_5.pdf
16
日本私立学校振興・共済事業団「今日の私学財政
平成 18 年度版」より算出
67
„
Carl S. Ell Scholarships
„
Ralph J. Bunche Scholarships 1年生の志願者の上位2% 授業料、寮費、食事代
„
Reggie Lewis Memorial Scholarships 1年生の志願者の上位2% 授業料
„
Deans Awards 1年生の志願者の上位25% 年間16,000ドル
„
Excellence and Achievement Awards 1年生の志願者の上位25% 年間10,000ドル
„
その他Boston Public High School Scholarships、Torch Scholarships
1年生の志願者の上位1% 授業料、寮費、食事代
これからわかることは、奨学金の支給対象者は非常に限られているということである。授業料
が免除になるような特待生的な奨学金は、志願者の上位1%~2%の学生しか対象とならず、競争
が相当厳しいことが予測される。また、枠が大きいExcellence and Achievement Awardsでも1
年生の志願者の上位25%のみが対象なので、2006年度の1年生は2,955名に対し約740名しかこの
奨学金の対象になることができない。
一方、大学以外の奨学金の代表として、連邦政府が行う低所得者向け奨学金Federal Pell
Grants がある。この奨学金は、家庭の所得が一定以下ならば申請者は全員給付を受けられ、給
付式なので返還の義務はないという特徴がある。文部科学省資料(1999年~2000年のデータ)に
よると、平均受給額は2,057ドル(23万円)で約385万人が受給している 17 。なおこの奨学金の支
給額は最大でも4,050ドル(486千円)であり、学費の一部補填としての役割を果たしているにす
ぎないといえよう。
奨学ローン
高額な学費を補てんするもう一つの政府奨学金制度として、連邦政府による奨学ローンがある。
このローンは2種類あり、それぞれ下記の特徴がある。
■ Federal Perkins Loan 低利5%、返済は卒業してから9ヵ月後に開始。
■ Federal Stafford Loan 奨励金付学生の財政状況により、在学中は政府が利子を支払う。
最大融資額(年)
:1年生 3500ドル、2年生4500ドル、
それ以上5500ドル、最大23,000ドル。6.8%の金利固定。標準の
返済期間は10年。返済は原則卒業してから6ヵ月後に開始。
まず、Federal Perkins Loanであるが、規定の範囲で各大学が奨学金の運営管理に責任を持つ
キャンパス・ベースト・プログラムの一つであり、連邦政府と大学との関係において貸与される
ものである。同じく上記文部科学省の資料によれば、平均受給額は5,138ドル(57.5万円)で、
約430万人が受給している 18 。
一方、Federal Stafford Loanは連邦政府が保証人となって銀行等の民間金融機関が貸し出す
連邦保証貸与奨学金で、平均受給額は3,608ドル(40.4万円)、約298万人が受給している 19 。
これらの奨学金はいずれも貸与方式をとっており、かつ有利子方式である。
17
18
19
中央教育審議会大学分科会(第 28 回)2003 年 10 月 27 日
注 17 と同じ。
注 17 と同じ。
68
配付資料
アメリカの奨学金制度は多種にわたり、私立大学生の約84%が受給し、その平均額は13,580ドル
(163万円)である 20(注8)
。ノースイースタン大学の学部生の授業料が年間31,500ドル(378万
円)なので、その平均額を当てはめれば差額は17、920ドル(215万円)となる。したがってこの
差額は自己資金で持つか、Cooperative Educationによる収入を充てるか、もしくは別途手当て
をする必要が生じる。
では、具体的にノースイースタン大学に寄宿する学部生の4年間の収支を、Office of Student
Financial Servicesが提供するシステムにならって算出してみる 21 (注9)。
【支出】学生の年間必要経費は43,159ドル(約518万円)である。
43,159ドル×4年=172,636ドル(20,716千円)
【収入】次の収入があったと仮定してみる。
A:奨学金Excellence and Achievement Awards 10,000ドル×4年=40,000ドル
B:COOP 14,800ドル(1回、6ケ月)
C:連邦政府のローン
Federal Stafford Loan 19,000ドル(1年~4年計)
合計 A+B+C=73,800ドル
【収支差額】
収入計73,800-支出計172,636=▲98,836ドル(4年間計)1年で▲24,709ドル(約297万円)
まとめ
ノースイースタン大学の学生数は過去 5 年で微増であるが、学部生の学費はその間 22,575 ド
ルから 28,400 ドルへと 5,825 ドル値上がり、その上昇率は 125.8%あった。そして今年度はさら
に 31,500 ドルへと値上げされている。この間の値上げに対応させるように大学独自の奨学金支
給総額も 87,571 千ドルから 119,506 千ドルへと 31,935 千ドル増加し、その増加率は 136.5%で
あった。学費値上げと奨学金支給増額は「対」をなす戦略とみてよいであろう(図表 3-14)。
図表 3-14 授業料と奨学金の推移
2002年
学生数(人)
授業料(ドル)
奨学金(ドル)
2003年
2004年
14,144
14,492
14,618
22,575
25,600
26,750
87,571,202 104,813,455 109,194,636
2002-2005
増減
14,730
586
28,400
5,825
119,506,462 31,935,260
2005年
出所:ノースイースタン大学「FACT BOOK 2002―2003」~「2006-2007」
20
21
注 17 と同じ。
http://www.financialaid.neu.edu/docs/CostCalculator0708.htm
69
増加率
104.1%
125.8%
136.5%
しかしながら、学部生の 4 年間の収支の算出でわかるように、学生の学費の負担額は奨学金や
COOP および政府の連邦ローンを含めてもかなり大きい。
Federal Pell Grants は給付型だが、広く利用されている政府系の奨学ローンである Federal
Perkins Loan と Federal Stafford Loan は有利子の貸与方式を採用しているため、学生にとっ
ては返済の義務が生じる。また、これらの財源をもってしても学費を賄いきれないため、自己資
金が不足する者は学生金融サービスの民間のローンを活用することになる。民間ローンの内容は
返済期間、利息、連帯保証人の有無によって異なっている。学生にとっては民間ローンの返済と
政府系奨学ローンの返済という二重の負債を負うことになり、日本でも日本学生支援機構奨学金
の未返還が大きな問題となっている。
日本学生支援機構のホームページでは、「奨学金の返還状況をみると、平成 18 年度中に返還
すべき額 2855 億円に対して、614 億円が未返還となっており、また、延滞人数は約 28 万人にの
ぼるなど、憂慮すべき状況にあります。」と記されている 22 。しかしながら、未返還ローンに対
する罰則の強化は、ローン負担の増大を恐れて,高等教育機会の選択への悪影響を及ぼす懸念と
いうジレンマを内包するため 23 、奨学金の未返還問題はいずれアメリカでも問題視されることで
あろう。
22
http://www.jasso.go.jp/henkan/sokushin.html
23
中央教育審議会大学教育部会(第6回)平成18年7月18日「諸外国における授業料と奨学金制度改革」小
林雅之
東京大学 大学総合教育研究センターを参考
70
3-6 ノースイースタン大学の財政
両角亜希子
本節ではノースイースタン大学の財務上の特徴と、近年の趨勢について述べる。
授業料依存の財務構造
図表 3-15 には、ノースイースタン大学と全米4年制大学(全体と類型別)の収入構造を示
した。これをみると同大学の最大の特徴は、授業料収入の割合が約 6 割と高いことである。SPCS
など成人教育の需要を積極的に取り込んでいる。同大学の伝統を引き継いだ戦略だが、授業料以
外の収入源が多くない大学であるからこそ、こうした機会を逃さなかったのかもしれない。また、
補助事業収入の割合も高くなっている。ただし、補助授業は収入も多いが(8565 万ドル)、支出
も多い(7886 万ドル)点には留意する必要がある。
図表 3-15 収入構造の比較
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
ノースイースタン大学
4年制大学
博士大学(多角型)
博士大学(集約型)
修士大学
学士大学
専門大学
授業料
政府補助金(※1)
民間寄付金・補助金
投資収益
補助事業収入
その他
(注)ノースイースタン大学は 2005 年度。それ以外は 2003 年度で US Department of Education
“Digest of Education Statistics”(2006),Table 341 より作成。
(※1)appropriations, grants and contracts を集計した値を算出した。
授業料依存とならざるを得ない理由は、基金(endowment)が少なく、その投資収益が見込
めないからである。他大学と比較しても、寄付金や投資収益の割合がかなり少ない。これは同大
学が勤労者のための学校として始まり、長年、通学生を対象とした大学であり、寄付金に期待で
きなかったことが背景にある。基金の金額は、1990 年に 150M ドル、1994 年に 220Mドル、
2002 年に 420Mドル、2006 年に 612Mドルと増加してきたものの、他大学と比べれば多くない。
同大学の基金規模は 5 億 5800 万ドル(2005 年)で全米 99 位である。これを学生 1 人あたりに
換算すると、3 万 5841 ドルで全米 280 位にとどまり、全私立大学の平均(12 万 6357 ドル)を
71
大きく下回っている。同大学の基金の主たる資金源は寄付ではなく、年度末に生じる余剰金が多
く占めている。このことは、純資産(net assets)8 億 3500 万ドルのうち制約がない資産
(unrestricted)が 6 億と他大学に比べて大きいことからも読み取れる。恒久的資産(permanently
restricted)を増やしたいため、さまざまな努力も行っている。たとえば、全米平均(2315 万ドル)
にも達しない寄付の受入額(1951 万ドル)を改善するため、南カリフォルニア大学から寄付募
集担当副学長を招聘し、卒業生との関係強化など、寄付募集活動にも力を入れ始めた。また運用
資産構成の中でも公開株式 50.6%とオルタナティブ資産 37.4%の割合が高く、ハイリスクハイ
リターン型で投資パフォーマンスをあげようと努力している。
また図表は示さないが、負債のうち約 8 割が長期債務というのも特徴的な点である。同大学
はいわゆるコミュータースクールから全米レベルの研究大学に転換を図る過程で、州外からの学
生を受け入れるために寄宿舎の建設をすすめ、この資金調達のために債券発行を積極的に行って
きた。寄宿舎の場合は、寮費が入るため(income-generating)、こうした収入を返済資金に当て
ている。なお、施設整備に必要な資金は、基金などの内部資金、寄付や債権発行などの負債とい
う外部資金を適宜くみあわして調達するが、同大学の場合、基金の取り崩しは機会損失を生むた
めに負債による調達をメインにしていると思われる。債券発行について詳しくは第 6 章で検討
する。
また最近のニューヨークタイムズの記事によれば(Schworm2007)、研究大学としての地位
を高めるために、2004 年から大学史上、最大級の投資を行い、研究費の増加策にも出ている。
たとえば、新しい教員を雇用するために 5 年間で 75M ドルをつかい、2004-07 年にテニュア/
テニュアトラックの教授を 75 名雇用、またその次の 3 年で 55 名の雇用も計画である。こうした
教授雇用によって、(1)44.7M ドルの研究費の増加効果、(2)研究費のオーバーヘッドコストによ
る費用回収効果、(3)大学院プログラムの入学者を毎年 2%ずつ増やすことによる授業料収入の増
加などの波及効果にも期待している。
経営戦略が経常収支に与えた影響
授業料依存の同大学にとっては、タイプ別に学生数や授業料、奨学金をどのように設定するの
かが財務戦略上きわめて重要である。これまで見てきたように、全体の規模はほとんど変えず、
大学院生の割合を増やすこと、定価授業料の値上げなどが近年の動向である。こうした戦略は財
政にどのように影響を与えているのだろうか。
収入面の変化
まずは収入面の変化を確認しよう。図表 3-16 をみると、5 年間で収入は 1.3 倍に伸びたこと、
とくに授業料収入と補助事業収入の伸びが大きく、逆に増収が期待される寄付金や運用収益はむ
しろ減少したことがわかる。
ここではとくに授業料収入に着目したい。アメリカの私立大学では定価授業料を高く設定し、
大学が独自奨学金を与えることにより、実質的な授業料収入は低くなるという現象がよく見られ
72
るが、同大学でもこうした傾向が 5 年間に強化したことがわかる。学生数はほぼ一定で、授業
料金額は年々上昇してきたため、授業料・手数料(名目)も 1.4 倍に増加した。同時に、授業料
を割り引いた金額(大学独自奨学金)は 1.8 倍とそれ以上に伸びたからである。質の高い学生を
確保するためにこうした経営努力を行っているのである。
授業料の変化に関連して、もうひとつ指摘しておく必要があるのは、卒業率(retention rate)
の引き上げによる増収である。1990 年代はじめには 40%であった卒業率が現在では 66%にま
で改善した。学生の流動性が高いアメリカの大学では、威信の高い、良い大学ほど卒業率が高い
傾向があり、ベンチマークの指標としてもしばしば注目される。それだけでなく、卒業率が上が
れば当然のことながら授業料収入は増加するため、こうした形での努力も行ってきたのである。
いずれにせよ、実質学生関連収入の伸びと経常収入合計の伸びはほぼ一致しており、学生数や授
業料金額の設定でさまざまな変化をもたせる際にも、最大の収入項目である授業料収入(実質)の
変動にはかなり気を配ってきたようだ。
なお、本集中講義で扱った継続成人教育についても、SPCS という学部組織とし、積極的に変
革を行ったのは 2004 年以後のことである。金のなる木である SPCS の成長が大学全体の収入増
加にプラスの影響を与えているとも推測される。
図表 3-16 過去 5 年間の収入変化
授業料・手数料(名目)
(-)学生援助
実質学生関連収入
政府補助金
寄付金
投資収益
補助事業収入
その他
経常収入合計
2001
336
-78
257
39
9
19
56
36
416
図表 3-17 過去 5 年間の支出変化
2006 5年間の変化
479
1.4
-139
1.8
340
1.3
48
1.2
9
1.0
14
0.7
86
1.5
55
1.5
552
1.3
教育
研究
学術支援
学生サービス・支援
機関支援
コーポレート教育
補助事業支出
その他
経常支出合計
2001
157
39
25
35
70
9
54
3
392
2006 5年間の変化
198
1.3
54
1.4
59
2.4
55
1.6
85
1.2
9
1.0
79
1.5
2
0.7
541
1.4
支出面の変化
過去 5 年間の支出面の変化を図表 3-17 にしめした。収入変化と比較すれば、収入の伸び以
上に支出を増大させてきたことがわかる。
とくに増加した項目は学術支援、学生サービス・支援である。研究大学としての地位を上げる
ため、質の高い学生を確保し、よい教育を提供するために、こうした分野に重点的に投資をする
ようになってきたことが明らかとなった。また同大学は良い教育研究を行うために、質の高い教
員を雇用してきた。アメリカの大学では教員をよりよい条件で引き抜くことがよくあるが、同大
学の教員平均給与が、1995-96 年 62681 ドル、2000-01 年 72286 ドル、2006-07 年 97203
ドルと大幅に増加してきた(Fact Book 2006-07, 113 頁)こともそれを象徴的に示している。
ひどい財政危機に陥った 1990 年から同大学の理事会が戦略的にとってきた経営方針は、
「smaller, but better」つまり、規模を拡大するのではなく、質の高い教育をめざすことであっ
73
たが、現在も学生の選抜度を高め、研究レベルを向上させるために投資し、努力し続けているこ
とが財務データからも確認された。
参考文献
小林雅之、片山英治、羽賀敬、両角亜希子 2007「アメリカの大学の財務戦略ケーススタディ-
現地調査報告-」東大-野村大学経営ディスカッションペーパーNo.04(近刊)
Northeastern University “Fact Book” 各年度版
Peter Schworm “NU dismissing faculty without advanced degrees” July 6, 2007(New York
Times)
74
第4章
ノースイースタン大学の戦略の中でのSPCSの位置づけ
4-1 NUの改革と戦略
4-1-1 NUの改革とその背景
高橋
宣昭
ノースイースタン大学(以下、NU)の戦略として SPCS(School of professional Continuing
Studies)を考える時、SPCS の結実に至る 10 年間(1996~2006)の 取り組みが如何なるもの
であったかを見ることは重要である。この 10 年は第 6 代学長の R.M.フリーランドの在任期間
であった。彼は‘practice-oriented education’ (2004, the Atlantic Monthly )という言葉を提
唱し、学生が、リベラル・アーツとプロフェッショナル・エデュケーションのいずれかを選択する
段階は過ぎ、より多くの学生にとって、リベラル・アーツとプロフェッショナル・エデュケーシ
ョンとの融合が重要になることを‘The Third Way’と題した一文に寄せた。この信念は、正に
NU で彼が取り組んだ一連の改革に照らしてみることができる。NU の HP の歴代学長のページ
において、学長の功績が以下のように紹介されている。
Richard M. Freeland 1996-2006
Under the leadership of Richard M. Freeland, Northeastern focused on achieving
excellence as a national research university that student-centered, practice-oriented
and
urban.
President
Freeland
emphasized
Northeastern’s
leadership
in
practice-oriented by enhancing the university’s flagship program of cooperative
education and strengthening links between co-op and classroom in both professional
field and the arts and sciences.
フリーランドは学長就任時に、10 年後に NU を全米「上位 100」大学にランクインさせる目
標を掲げ、2006 年にそれを達成している。NU が、全米の中で高い価値、名声を有する大学の
一つになることなしに、私立で、高額の学費を要する大学としては存在できない。そのことを「上
位 100」という目標に象徴させたのである。NU のアスピレーションを支える経営方針である。
1980 年代のアメリカの大学を巡る状況を『アメリカの大学・カレッジ』に記した E.L.ボイヤ
ーは、「学問的生産性を高めることとそれ以外の大学の仕事の葛藤の問題は、とりわけ自校の評
価が「上り坂にある」と自認している高等教育機関において顕著に見出された。それらの大学の
目標は、全米の研究型大学の中で「上位五〇位」あるいは「上位一〇〇位」にランクされること、
それがだめなら少なくとも自校の威信を少しでも高めることであった。つまり、バートン・クラ
ーク教授が指摘したように「最も威信の高い大学をむやみに模倣することが、高等教育界におけ
る顕著な文化趨勢」なのである。
」と指摘したが、フリーランドは「模倣」でなく、NU の内的
資源の整備と特化によってステータスの向上を果たしたと言える。しかし、フリーランド在任の
10 年間だけが革新的であったのだろうか。NU は様々な社会情勢の変化を歴代学長の下で乗り
越え、今日に繋げて来た。そのことを NU の歴史として歴代学長の業績を俯瞰することで、SPCS
の背景をより立体的に捉えることができるであろう。
75
NU は、19 世紀半ばにイギリスで設立された YMCA のアメリカ最初の支部の地としてボス
トンが選ばれ、そこでの地元青年を対象にした講習会が好評を博したことに端を発する。1896
年、ボストン YMCA は夜間学校の設置を決定し、1898 年に夜間の法律学校を設置に至ってい
る。ここに NU の前身を見ることができる。1850 年代のアメリカは産業革命期であり、北東部
を中心に工業化が進んでいた時期でもあり、カレッジに実学(自然科学)が取り入れられ始めた
時期と重なることは F.ルドルフの『アメリカ大学史』でも「(ハーヴァードは)1851 年にバチェ
ラー・オブ・サイエンス(BS)の学位をつくること」で科学志望の学生に応えたことが記され
ている。労働階層の青年達にとっても生活向上の手段として、
「実学」教育や資格取得が有効で
あることが認知され得る状況があったのであろう。大陸横断鉄道の着工によって、多くの鉄道技
師の需要が高まった時代である。
初代学長の F.P.スピア(在任:1898~1940)は、その在任期に法律学校、商経学校、企業連携
の工技学校を開設し、1916 年のボストン YMCA・NU 設立の地盤を築いた。1922 年には経営
学カレッジを設立し、法律学校、商経学校では女性を受け入れ、1935 年には単独の大学として
名称変更を行い、同年、リベラルアーツ・カレッジを設立している。ここに、ボストンの大学機
能の一つに位置づけられる「勤労者のための大学」という位置と特色を獲得するのである。第 6
代学長フリーランドが有名私学の模倣でなく‘practice-oriented education’を掲げ SPCS に到
達するまでの変遷は、NU が、大学の拡大と向上を、学生数、規模、財政、教育内容等において
外的要因に敏感に反応して来たゆえであろう。
第 2 代学長 C.S.エル(1940~1959)は、第二次大戦を含めた時期に、コープの充実、学生数
の増加、夜間教育の拡張、6 棟の新建設とキャンパスの規模の拡大に貢献している。1943 年に
は昼間カレッジに女性を受入れている。これは、戦下のキャンパス運営に対応したものであろう。
第 3 代学長 A.S.ノールズ(1959~1975)、彼の功績は、コープや成人教育を全国的に卓越し
たものに育て、NU を工技学校から全国有数の専門職大学へとイメージアップをはした。そして、
組織的には大学の管理統制を分権化した。これは大学経営をマネージメントの視点から、UN に
おける内部統制の変革と捉えることができる。1970 年代の大学組織研究において、フォーマル
な見方からインフォーマルな見方への移行や、
「リーダーシップ論」等と考え併せる時、NU が
経営的にも独自性を有していたであろうと思われる。
第 4 代学長 K.G.ライダー(1975~1989)は、教養教育(リベラルアーツ)強化、学生数 50,000
人の達成、事業予算額の倍増、4,300 万ドルの資金獲得等が主な業績であり、特に 4,300 万ドル
の資金獲得力は、NU の評価の結果として注目される。これによってスネル図書館が実現する。
第 5 代学長 J.A.カレー(1989~1996)は、NU のインフラ整備として、広汎なキャンパスの
コンピュータネットワークの整備、キャンパス景観の劇的刷新の達成、そして、在学中の優秀な
地元学生(6 学年生)100 名への奨学金を確約し、ボストン市との関係を強化した。今日の統一
感ある美しいキャンパス整備や全国各地からの志願者が増える中での地元学生への奨学金制度
等に着手した。
こうして、初代から第 5 代までの学長の業績を見ると、第 6 代学長 R.M.フリーランドの 10
76
年の業績は、設立時の NU の「勤労者のための大学」という機能から抽出される実践的分野で
の人材育成という特色を全米に敷衍する特色とし NU の「使命]に掲げながら、市場競争にお
いて優位性を獲得し、その成果の証として SPCS を捉えることができよう。その意味で、歴代
学長の施策は検証され、変更を加えながらも、ボストンで「勤労青年の大学」として発祥した歴
史を継承していると言えよう。
アメリカにおいて大学の経営が企業経営と同質の視点で意識されるは 1970 年代後半以降のこ
とである(両角:2001)
。1970 年代後半の NU は、第 3 代学長のノールズ、第 4 代学長のライダ
ーの在任時に当る。確かに、この時期から、NU の卓越性、イメージアップ、キャンパス整備、
インフラ整備、奨学金制度、資金調達力の強化など、組織力の改善と強化が根底にある学長の業
績が顕著になっている。NU において、経営ということが重視されてきたであろうことは SPCS
を成功させるために創出された仕組み(詳細は「SPCS」の項に在り)を見ても明らかであろう。
NU の経営的努力は、総花的なカリキュラムに走らず常に点検を行い、しかも狭隘な技能訓練に
堕することなく、個々の専門学科が何を為すかを標榜すると同時に、大学全体として何を為すか
を選択し、決定し得た故の強みである。
そしてコミューターからレジデンシャルへの移行と共に発生した学生の起こす無分別な行動
への地域住民から苦情に、NU が徹底した対策を講じ、具体的な解決事例の蓄積によって地元の
信頼を得、更にキャャンパス内外のパトロールを強化し違法者に対する断固たる処分を行なうこ
とによって安全な学生生活を保障している。こうした日常的な対応力が大きな施策の成否を支え
ていることは、フリードマンの言う高額な学費を求める得る大学としての NU の秀でた特色で
あろう。
NU の改革は活かすべきこと、残すべきこと、廃すべきこと、改変することの峻別が明確な(経
営)方針の下で実行されたことにあると言えよう。
参考文献
○ アーネスト・L・ボイヤー著/喜多村和之、舘昭、伊藤彰浩 訳『アメリカの大学・カレッジ』
昭和 63 年 12 月、リクルート出版
○ F.ルドルフ著/阿部美哉、阿部温子 訳『アメリカの大学』2003 年 2 月、玉川大学出版部
○ 両角亜希子「大学の組織・経営-アメリカにおける研究動向-」
日本高等教育学会編『高等教育研究』2001 年 5 月第 4 集
○ Northeastern University HP
http://www.northeastern.edu/neuhome/index.html
○ Northeastern University Fact Book 2006-2007 Office of Institutional Research
○ COLLEGE ADMISSIONS 2004 October 2004 Atlantic Monthly “The Third Way”
By Richard M. Freeland
○ NU MAGAZINE“The First Five Years” September 11,2001 President’s Annual Report
An interview with President Richard M. Freeland By Ken Gornseit
77
4-1-2 NUの戦略
横山修一
ノースイースタン大学は、アメリカのトップ 100 大学に位置することを全学の目標として、
この目標を達成するための大学の目指すあり方として、
“National,Research, University that is
student-centered, practice-oriented, and urban” を掲げている。
このあり方に示されている、①National(全国型)、②Research(研究型)、③student-centered
(学生中心型)
、④practice-oriented(実践型)
、⑤urban(都市型)の「5つの方向性(the five
categories of aspiration)」は、ノースイースタン大学の全学戦略のキーコンセプトとして、
“ACTION AND ASSESSMENT PLAN”においてそれぞれ到達すべきゴールが定められ、そ
のゴールを達成するための具体的な方法を明確にしている。
以下では、“ACTION AND ASSESSMENT PLAN”
(Fall 2006)に基づき、ノースイースタ
ン大学の戦略として、大学の全体戦略の方向性である「5つの方向性」に設定されているゴール
と、特徴的な具体的方法を概観する。ノースイースタン大学は、日本の私立大学に似ていること
が、講義においてたびたび指摘されていた。したがって、ノースイースタン大学が定めている戦
略や方向性は、一つのモデルとして日本の私立大学にとっても参考となる点が多分にあるのでは
ないかと考える。
①National
「5つの方向性」に第一にあげられている“National”ということは、トップ 100 大学入り
を目指すノースイースタン大学にとって、最も重要な方向性であると言えよう。ACTION AND
ASSESSMENT PLAN で述べられている通り、National な大学であるということが、大学ラ
ンキングの、とくに学術面の評価における指標となっており、National な大学であることと、
大学ランキングにおける高い順位とは強い関係があるからである。このため、他の方向性よりも
多くの達成目標が掲げられているが、優れた学生・教員・職員の確保、多様性の維持、スポーツ
における活躍や大学ランキングを通した知名度の向上が、目標達成のために必要な要素であると
して、次に示すようなゴールと具体的な目標が定められている。
1.全国型大学としてふさわしい学生募集のありかた
・2,008 年までに、入学生数を、16,178 人(2001 年)から、25,500 人にする。
・2,008 年までに、合格率を 62.5%(2001 年)から 39%に下げ、選抜性を高める。
・2,008 年までに、高校での成績が、上位 10%以内であった学生の割合を 21%(2001 年)
から 36%にする。
2.優れた実績を持つ(専任)教員の獲得と維持
・全国型大学の水準にふさわしい教員数の維持
・フェローシップや顕彰等による優秀な教員の確保
3.全国型大学としてふさわしい、教員構成の多様性
78
・2008 年までにアフリカ系、アジア系、
ヒスパニック系等、出身の多様な教員の割合を 14.3%
から 18%にする
4.全国型大学としてふさわしい、職員構成の多様性
・2008 年までにアフリカ系、アジア系、ヒスパニック系等、出身の多様な管理職の割合を
13.3%から 23%にする
5.卒業生の組織化
・2008 年までに、卒業生組織への加入者を 5,603 人(2003 年)から 10,000 人にする。
・2008 年までに、メールアドレスを把握できる卒業生数を 31,000 人から 50,000 人に増加
し、インターネット上に、卒業生のコミュニティを形成する。
6.スポーツにおける活躍を通した名声と知名度の獲得
・スポーツ団体、組織との連携をはかる
7.大学ランキングにおける順位の向上
・2010 年までに、大学ランキングでトップ 100 位以内に入る
・2010 年までに、大学院ランキングにおいて、工学系大学院は 50 位以内、ビジネス系大
学院で 75 位以内、法科大学院は 70 位以内にランキングする
②Research
研究型大学であるためにノースイースタン大学が重視していることは、外部資金(external
grant)をいかに獲得できるかということである。それは、どれだけ多くの外部資金を獲得して
いるかということが、研究面での大学の卓越性を示すことになるからである。
このため、この方向性を達成するためには、より多くの外部資金を獲得できる体制を大学がい
かに構築するかということを重視し、研究分野の戦略的選択や、優秀な研究者の獲得、研究施設
の充実、学部生への研究参加の機会の提供が求められると分析し、次に示すようなゴールが定め
られている。
1.研究分野の特質に応じた、教員の研究業績の向上
・2008 年までに、ベンチマークとゴールの設定
2.連邦政府、企業、財団等からの外部資金の増加
・2008 年度までに、外部資金の総額を 4,150 万(2000−2001 年)ドルから 6,020 万ドルに
する
・2008 年度までに、連邦政府からの研究資金額を 2,350 万ドル(2000−2001 年)から 5,000
万ドルにする
③student-centered
「学生中心型」とは、様々な経験を豊富に学生に経験させることで、学生の成長を図ることと
されており、それは、教育・生活環境の改善や、教員や、専門スタッフによる学生支援の充実に
より、達成されるものとして次に示すようなゴールが定められている。
79
1.「高質で、全国的な知名度を有する私立大学」にふさわしい学生の養成
・退学しない学生の割合を、85%(2001 年の在学者のうち)から、87%(2008 年の在学者
のうち)にする
2.学生と教員との交流の深化による教育の質の向上
・2008 年までに、受講生が 20 人以下のクラスを、39%(2001 年)から 48%にする。
・2008 年までに、受講生が 50 人以上のクラスを、13%(2001 年)から8%にする。
3.学生満足度の向上
・学生満足度を図ることのできる指標の開発
④practice-oriented
従来の大学の主要なあり方であった「研究型」と「リベラルアーツ型」では、いずれも実社会
との関連が薄いとして、ノースイースタン大学では、第三の型として、実社会との繋がりを強め
た実践型大学であることを方向性の一つとし、そのような大学であることを特徴として、一層ア
ピールを強化するとともに、実践型大学であるという視点からのカリキュラムの編成等が必要で
あるとして、次のようなゴールを設定している。
1.研究・教養用教育プログラムと職業教育用プログラムを統合し、アメリカにおける実践型
大学のモデルとなること。
・すべての学部学生に、実践型教育に参加することを可能にする
・ダブルディグリー、ダブルメジャー制度の機会の提供と、その修了者の増加
2.学生の就職に結びつく教育の提供
・学生数よりも多い就職先の確保・維持
・コーププログラムを通した企業への就職率を 90%以上とする
3.研究型大学としての枠組みを超えた、職業教育の提供
・2008 年までに、卒業後9ヶ月の時点において、フルタイムで就職している者と大学院へ
入学する者の割合(=フルタイムで就職している者/大学院へ入学する者)を 85%(2001
年)から 90%に増加する。
・卒業後、フルタイムで就職している者の平均給与が、全国平均よりも高水準であるように
する
⑤urban
ノースイースタン大学は、ボストンという都市にある大学として、アメリカにおける都市型大
学のモデルとなり、都市にあることのメリットを活用し、また、大学の資源を利用することによ
り都市の共栄をはかるという、都市と大学のよい方向への相互作用の実現を方向性として定めて
いる。
その方向性のためには、大学自身がトップ 100 位以内の大学となること、教員・職員・学生
が積極的に都市の活動にかかわること、都市と大学が都市の発展のために協力すること、といっ
80
たことが重要であるとして、以下のゴールを設定している。
1.大学の卓越性を高め、ボストン地域への教育機会の提供を拡大する
・科学、数学、工学、テクノロジーの分野における教員養成に向けた努力の拡充
・ボストン地域の学生を対象とする、学生募集の強化
2.ボストン地域、特にノースイースタン大学の近隣地域の経済発展への貢献
・都市の衛生状況を改善するために、公衆衛生関連機関との連携を図る
・大学の近隣地域の経済発展計画の策定において指導的な役割を果たす
3.大学において、都市問題を対象とする学術・研究機会の調整
・大学内で、都市問題に関する部局間の協調
・都市問題に関係するデータの収集、分析、提供
81
4-2 NUにおけるSPCSの役割
4-2-1 SPCSのミッションと教育サービス
堤田
直子
NUの継続教育概略:SPCS前史
1960 年に University College(UC)がパートタイム・学士課程の夜間学部として発足した。UC
は、SPCS の前身であり当時は 4,000 人規模で、そもそもブルーカラー人口が多いボストンで需
要に応じて発達していった。
1970 年代当時には 15 以上のキャンパスにまたがる大規模な学部となり、ピーク時には 14.000
人にも上ったパートタイムの学部は、全米最大級となる。
1980 年代には、全米の典型的な大学入学対象年齢である18才人口が減少し始め、徐々に
NU の夜間学部の入学者数に影響し始める。
1990 年代には、コンピューターやバイオ分野が発達し、それらに関連するビジネス・企業が
増えていく中で、ボストン市中にはホワイトカラーが増加し、一方でブルーカラーは郊外へ転出
していく傾向が顕著となる。それは UC の主な入学層が NU の周辺から減少することであり、
UC の学生は 1970-80 年代のピーク時の半数となってしまう。この時期に Non-Credit Center for
Continuing Education を UC に統合し、継続教育の集中化が始まっている。
SPCSの誕生
2004 年には、UC から School of Professional and Continuing Studies(SPCS)に改称した。
それと同時に学位授与権を得たことが、SPCS 独自のガバナンスを確実なものとした。つまり、
SPCS が直接学生に学位を与えられるため、他学部に頼らずに学生を卒業させることができる。
それは、SPCS だけで完結させるコースが作れることを意味する。また、財務部門では独自収入
を管理するために RCM モデルを導入し、SPCS の独立性をより高めている。
その他の特徴として、学部から大学院へプログラムシフトが行われ、また、新しい職業ニーズ
に対応したサーティフィケートプログラムの開発が行われた。また、2007 年には 3,000 人規模
に成長するオンライン教育もこの年に開始された。
2006 年に、初の修士・博士課程の修了者を輩出している。また、Lowell Institute School を
SPCS に統合したことで、継続教育の集中化傾向がわかる。
2007 年 に 、 World Language Center, School of Education, Global Pathways, online
Education, first ever alumni & development office が SPCS 加わることで、SPCS 組織が拡大
し、大学内の SPCS の地位確立に寄与している。
大学全体のMissionの中の継続教育について
伝統を守り、かつ革新を図ることを目指すことは、大学のミッションでうたわれている。過去
の取り組みを犠牲にはしないということは、過去に大学に通っていた人々、つまりブルーカラー
層にも配慮し、かつ、新しいミッションや取り組みはそうした過去の実績があって初めてできる
82
ことだということを示し、大学の一貫性を保つようにしている。SPCS コース参加者の約 15%
は、NUの卒業生であることからも、それらの層に浸透している今までの大学のイメージを壊さ
ないことが重要である。
そもそも YMCS の夜間コースから始まった NU 最大の特徴ともいえる Coop 教育を通じて、
広範な実践的教育方法を開発することは、新しい大学のブランドイメージと過去からの実績を共
存させているといえる。また、不利な立場に置かれている層への教育機会の拡大として、SPCS
のコースは、一般のコースが毎年授業料を上げる中、ある程度支払い可能な範囲で授業料を据え
置いたり、期間を6週間や12週間など複数コース設けたりといった措置を講じている。また、
国中のモデルとなるような都市部のニーズに焦点を当てた教育を展開することにも力を注いで
いる。
SPCSにおける継続教育の役割とミッション
1.Access:多様な学習機会の提供、参加しやすさ
もともとは地域密着型の大学であった NU は、
「大学が何かしてくれる」という近隣住民、特
に移民であるマイノリティー、または企業や病院からの期待に応えるという意味でも、大学への
アクセスに重点をおいている。コースの多様性は、コースやプログラムの内容の多様性の他に、
期間、授業料などでもいろいろなタイプの学生が入学できるように配慮している。
2.Revenue Generation:収入の創出
SPCS の事業に協力した他学部へも収入を配分することで、SPCS の事業への参加する学部に
インセンティブを与えている。また、一方で大学全体の財政力向上にも寄与している。ただし、
移り気な消費者である学生にアピールできる SPCS あり続けるためには、SPCS へのさらなる
投資も必要である。
3.Serving Niche Needs:ニッチなニーズに応える
マイノリティー向けのプログラム、特殊なニーズに応じた短期間プログラムなどを作り上げる
ことができる。
4.Opportunities to Test and Prototype:柔軟なプログラム設置体制
学部の教員を比較的容易に動かせることに加え、予算使途方法を SPCS 内で決定できるので、
最短で 6-8 か月で新しいプログラムをスタートさせることができる。場合によっては、ニーズが
なくなれば 5 年程度でプログラムを閉鎖することもあり得る。このようにプログラムを柔軟に設
置できることが、一般の学部にとってもトライアルコースとして利用価値をうみ、SPCS のコー
ス設置に協力を促している。新しい分野のコースなどは正式に一般の学部で立ち上げるにはリス
クが高いが、試験的に SPCS にコースを設置し、安定的な需要が見込めるかをみきわめた後に設
置の判断ができる。
5.Income Opportunities for Faculty:ファカルティの収益源
他学部からの協力教員には、個別に給与を支払うことでファカルティの収入増に寄与している。
例えば、コースのカリキュラムを作ったり、アドバイスしたり、講師の質を保持するなどの役割
83
を担うコーディネーターとして SPCS の事業に参加した場合、通常の給与の他に SPCS から
30,000$支給されることもある。SPCS は学部から完全に独立した組織体では、立ちゆかない組織
であるから、他学部の教員に参加意欲を持たせ協力関係を保つことも重要である。
6.Historical Connection:歴史的な経緯
SPCS(前身の University College(UC))のパートタイム・学士課程の夜間学部出身者が多く
ボストンに在住し、また、大学の Board of trustees にも出身者がいるなど、SPCS の活動に期
待を寄せていることから大学でも重要な部局である。
SPCSの教育サービス
1.undergraduate part-time education
参加しやすいこと、便利さ、open admission、支出可能な授業料の価格設定などが、学部パー
トタイム教育でのポイントとなる。
2.graduate education
大学院教育については、有職の専門職向け、市場に需要のある科目を用意し、常にコースの見
直しを行い、ニーズが薄れてきたものは廃止し、新しいコースを立ち上げている。
3.online learning
学生にとっての手軽さが最大の魅力であり、一方’National’を目指す大学側としては、オン
ラインコース学生の 50%は他の州から入学していることから重要な位置を占めている。通常の授
業を利用するので、オンライン用にわざわざ授業を行うことはないが、毎回担当する教員がそれ
ぞれ授業の構成をデザインする。
4.international education
例えば、ドイツの企業と 5 年契約を締結しドイツ人留学生をリクルートするなど、SPCS では
3%(2005 年)でしかない留学生の獲得を目指している。継続教育の競争が激化していることか
ら、新しい顧客の開拓は必須と思われる。
5.executive, corporate & professional development
単位を与えないコースで、特に企業のための研修コース、エグゼクティブコース、カスタマイ
ズコース、職業能力開発コース(Work-force Development)など、要望に応じたコースの設定を
行っている。非常に実験的でリスクも高いコースもあるが挑戦する意義はある。例えば、2001
年のエンロン社破綻の際は、1 か月でケーススタディプログラムを設置した経験もある。
参考資料
・ The Chronicle of Higher Education(January 20,2006)
・ Northeastern University, 2006, Action and Assessment Plan
・ Introduction to American Continuing Higher Education & Northeastern University by
Christopher E Hopey, Ph.D. and Patrick F.Plunkette, Ed.D.
・ Continuing Education (Structure & Governance)
84
4-2-2 ノースイースタン大学におけるSPCS成立の意義・強み
佐藤邦明
学位プログラムの高度化
ボストンでは、1990 年代後半までに産業構造がコンピュータやバイオ分野へとシフト、工場
の撤退が相次ぎ、従来の University College が対象としてきた学生市場が縮小した。一方で、
これら産業構造のシフトにより必要とされる知識が高度化してきた。
既存学生市場の減少と、より高度化した専門知識への社会からのニーズという社会状況に対応
するため、ノースイースタン大学は SPCS で提供する学位プログラムの高度化を図る。修士・博
士号授与権を SPCS に与え、大学院レベルの学位課程を提供することができるようにしたのだ。
この学位高度化により、SPCS は学内の継続教育を単に集めただけの寄せ集めではなく、継続
教育を体系化した学位プログラムとして提供することが可能となった。
なお、大学院の授業料は学士課程の約 2 倍に設定されており、プログラムの高度化に伴い大学
収入への貢献度も増したことが考えられる。また、現在 SPCS の学生の 15%、院生で 30%がノー
スイースタン大学の卒業生が再入学している現状から、継続教育の大学院レベルへの拡張は、学
生確保についても一定のメリット・意義があると言える。
集中によるメリット
SPCS とは、その名の通り、継続教育を専門的に扱う部門であるが、これまで各学部が別個に
展開していた継続教育事業をこの学部に集中し一括化したことは、以下の 5 点において相当な意
義・メリットがあったものと考えられる。
① 合理化
各学部やキャンパスで別個に統一性なく展開されていた継続教育に関するサービスを
SPCS に一本化することで、管理・運営上の無駄を省き、コストの削減を実現している。
② リスクの集中
従来は、継続教育プログラムの企画・実施に関しては各学部がそれぞれ試行錯誤を繰り返
していたが、SPCS に集中することで、一定の元手(財務体制の改革)と一定の責任(ガバ
ナンス体制の改革)の中で、より機動的・積極的な継続教育の展開が可能となった。
③ プログラム開発の活性化
学内の継続教育を SPCS に集中したことにより、新たな教育プログラムの開発について、
SPCS が“Incubator of programs”的な役割を果たすようになった。実際、他学部から新
規の継続教育の提案など様々な話が持ち込まれる。また、新プログラム承認にこれまでは
長い場合で 5-6 年もかかっていたが、今では平均して 5-6 か月で立ち上げているなど、機
動力・柔軟性ある展開を実現している。
なお、SPCS の機動力重視の顕れとして、フルタイム専任教員の少なさ(3 名、いずれも
non-tenure track(2006 fall 時点))や、実務家を非常勤教員として多用している点が挙
85
げられる。
④ ブランドの統合・確立
継続教育を SPCS に一本化し集中して展開することで、
「継続教育のノースイースタン」
「継
続教育ならノースイースタン」というブランドを確立している。また、ブランディングが
確立されたことで、マーケティング等大学全体の戦略における継続教育の機動力・発信力
が高められている。
非縦割的連携の強み
集中はしているが、縦割りではない。
多様な領域にまたがる既存の他学部を経営資源として活用している。他学部は、資源として人
および知識を SPCS に提供、SPCS はインセンティブとして収益の中から一定割合を他学部に配当
し、担当する教員に対しても一定の報償を支払う。このことは、SPCS だけでなく、既存学部お
よび大学全体にも利益や意識変化をもたらす。また、他学部の専任教員の空き時間を SPCS で有
効に使うことで、SPCS 側は質の高い教員の安定的確保ができ、大学としても効率的な人的資源
の配分が可能となっている。必ずしも既存学部に理解があったり、常に協力的であったりするわ
けではないが、現実に利益配分を行ったり、当該教員に副収入をもたらすことによって、少しず
つ受け入れられている。
また、テスト(試行錯誤)する場として他学部も SPCS を活用できる。すぐに新設できないよ
うな新しい試みのテストコースとして SPCS が利用される。
大学全体としてのメリットは、収益の向上、人的資源の有効活用、教職員の意識の変化が、既
存学部のメリットとしては、教員の意識変化、副収入、そして SPCS としては、質・専門性の高
い教員の確保、パイロット事業の展開が容易であることとそれによるニッチニーズへの対応が柔
軟に行えることが挙げられる。
なお、こうしたノースイースタン大学の継続教育の強みについては、大学が一定規模を有し
ていることが前提として挙げられるのではないだろうか。大学および SPCS の規模や多領域性(複
数の college, school の存在)があってこそ、ニッチなニーズや未だ見ぬ市場への着眼、そして
それへの対応を可能にしているのであって、教員の専門性が限定される単科大学の場合、継続教
育に対する多様な社会のニーズに対応していくことは難しいと推察される。
86
4-2-3
SPCSの実績
稲葉めぐみ
改革
2004 年に改称された SPCS には、新しいミッションと大学院レベルを含む学位授与権が付与さ
れ、課程の見直しと再編成がなされた。伝統的な労働者のための夜間学校から、新しい専門的な
継続教育部門へと再編された。大学は、以下の 4 つの主要分野、すなわち Student quality and
selectivity、Student success as measured by retention and graduation rates、Faculty and
financial resources、Academic reputation and research で競争性を高めることを戦略的重要事
項としている。このことから、学部教育から大学院教育へ移行が図られている。図表 4-1 に、
学位・プログラム数なら
図表 4-1
びに教員数、授業料の推
SPCS の学位・プログラム数・専任教員数・授業料※1の推移
Nondegree
移を示す。次項以下では、
Associates
Bachelors
Masters
Certificate
主として学生の量的な
2003
づけを検討することと
した。尚、2003 年以前
には、SPCS の前進の組
織(University College
等)のデータを用いる。
学部
1)全学
Professional
Full-time
faculty
※2
授業料 ($)
Undergrad
uate
授業料 ($)
Graduate
Certificate
Doctorate
/First
※3
35
11
24
-
-
-
10
232
440
2004
39
10
23
12
20
-
5
242
460
2005
44
13
26
13
20
-
2
259
483
2006
60
13
27
17
40
2
3
276
512
変化により大学の戦略
の中での SPCS の位置
Grad
Cert/
CAGs
※1 学士課程については「Undergraduate schools Part-time」の UC・SPCS の
欄より。値は Credit Hour(Quarter)あたり。SPCS の大学院課程については、
ファクトブック上、
「School of Professional & Continuing studies Graduate
Certificate」についての表記しかないためその欄より。この欄は学位授与権の
なかった 2003 年以前から「University College Graduate Certificate 」として
表記があり、2003 年はその値。どの年の値も Credit Hour(Semester)あたり。
※2 すべて non-tenure track faculty。Rank は academic/clinical specialist か
lecturer。
※3 2003 年は UC の値
Northeastern University, Fact Book 各年版より谷村英洋さん作成
大 学 全 体 で は 、
Part-time 学生数に大幅な減少傾向が見られる(図表 4-2)。1998 年を 100%とすると、2006
年には、FTE(Full-time equivalent)で約 50%、人数では 40%に落ち込んでいる。Part-time
学部生数の継続的な減少により、Full-time 学生数:Part-time 学生数の比は、1998 年の 2:1
から、2006 年の 5:1 に変化してきている。
図表 4-2 学部学生数の推移
(人)
年度
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
Full-time
12460
12872
13783
13963
14144
14492
14918
14730
15195
Part-time
6987
6493
5917
5242
4850
4184
3953
3063
2806
(FTE)
3332
3148
2983
2611
2528
2238
2191
2220
1652
Northeastern University、各年版、"Enrollment", University Fact Book より作成
87
2)SPCS
Part-time の学部在籍者数の推移を、図表 4-3 に示す。1996 年に Lowell Institute に改称
した School of Engineering Technology
Technology の夜間部門が、2006 年には SPCS に統合されたことか
ら、図表 4-3 の Part-time の学部部門は、現行ではそのほとんどが SPCS へと併合されている。
統合後も学生数の増加は見られない一方で、学費は継続的に上昇している($184 / Quarter Hour
(University College, 1998)⇒$276 / Credit Hour(Quarter) (SPCS, 2006))。
図表 4-3
Part-Time 学部学生数の推移
Northeastern University、2007、"Enrollment", University Fact Book より転載
大学院
1)全学
Full-time の学生数は、1998 年から堅調な伸びを示してきたが、Part-time は 1990 年代を通
して減少傾向が続いた。1993 年に 2250 人在学した Part-time 学生は、2003 年には 1443 人に
減少したが、特に Graduate School of Arts & Sciences と Graduate School of Engineering の
落ち込みは顕著であった。これが、2003 年には上昇に転じ、現在 2112 人に回復している。
88
2)SPCS
図表 4-4
SPCS 等の大学院学生数の推移
Part-time 学生数の回復に貢献したのが、
SPCS である。SPCS では図表 4-1 で示し
1000
た通り、Bachelor より高い学位の数を年々
800
増やしており、2006 年には Master:17、
600
700
学生数
Grad Cert / CAGs:40、Doctorate / First
900
500
400
Professional:2 が設置されている。SPCS
300
の大学院学生数だけを明示した資料が公
100
200
0
表されていなかったため、
図表 4-4 には、
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
年
全学の Part-time 大学院学生数から、所属
Northeastern University、各年版、"Enrollment",
University Fact Book より作成
が明らかな学生数を除いた数を示した。
SPCS において Bachelor 以上の学位を出せるようになった 2003 年からは、おおよそ SPCS の
学生数の推移を示すと考えられ、SPCS 発足以来、大幅な伸びを示している。
Non-degree 学生数
図表 4-5 Non-degree 学生数の推移
現行では、Non-degree のプログラムの
ほとんどが SPCS の運営によっている。
2500
1998 年には 2000 人を超えていた学生数が、
2000
その後、2005 年から学生数が徐々に回復
しており、この背景には SPCS のプログラ
学生数
2004 年には約 1/4 となった(図表 4-5)。
1500
10 00
ム数の増加がある。プログラム数は、35
500
(2003 年) ⇒ 39(2004 年) ⇒ 44(2005
0
1998 1999 2000 2001
年) ⇒ 60(2006 年)と急増している。
一方で、学生数には、プログラム数の増加
2002 2003 2004 2005 2006
年
Northeastern University、各年版、"Enrollment",
University Fact Book より作成
率ほどの増加はみられない。
まとめ
SPCS においても、大学のブランド力の向上によって、大学院学生の募集の拡大や、学費(一
人あたりの単価)の値上げが可能になったと考えられる。ただし、Non-degree プログラムの運
営などから考えられるのは、それ自体で増収を目指すというよりは、大学内のリソースを活用し、
収益分岐点を割らない程度で、むしろ質の向上を目指すことに主眼が置かれているのではないか、
ということである。集中講義では、SPCS が大学の cash cow の役割を果たしているような印象
も受けたが、学生数と授業料のデータから見る限り必ずしもそうではない。むしろ大学のイメー
ジダウンにも繋がりかねない従来の継続教育部門を刷新することにより、大学のブランド力の向
上に貢献することが重要な役割であるように見受けられた。
89
参考文献
Northeastern University, 各年版, University Fact Book
Northeastern University, 2006, Action and Assessment Plan.
90
4-3 小括
谷村英洋
過去の強みと弱みの延長線上にある戦略
先に確認したとおり、NUのルーツはボストン地区の勤労青年を対象とした夜間学校である。
この原点を受け継ぐなかで早くから Coop にも取組み、オンキャンパスでの学習とオフキャンパ
スでの実践的な労働との融合による独自の教育理念・教育モデルを打ち立ててきた。一方で、M
&Aや機動的な改組を経て規模の拡大や多角化にも余念がなかった。しかし、人口変動と産業構
造の変動が既存のNUのあり方(質よりも量、低価格、地域規模 etc.)に変更を迫ることになる。
時期的には前後するが、キャンパスの整備や選抜性の向上などの具体的な方策を理念的に後押し
するのが、本章でも取り上げた 5 つのアスピレーションであろう。この 5 つはただ望ましい理
念を並べただけのものではない。NUの歴史の中で培われた強みや理念を継承・発展させ、さら
に弱みの部分を補完するという構成になっている。National と Research は、全米および世界
から学生を集められるような研究大学への脱皮を意図している。学術的なエクセレンスという改
革前のNUでは手薄であった点に大幅なてこ入れを行なったのである。教育の質および学生が経
験 す る キ ャ ン パ ス ラ イ フ の 質 も 改 善 の 対 象 で あ っ た ( Student-centered )。 一 方 、
Practice-oriented はNUの強み・オリジナリティを継承していくことの明確な表明である。こ
の実践性の重視は教育・研究を問わず追及されていくものである。研究大学を目指すといっても、
NUにおける研究は実用性や直接的な社会的効用を備えることが期待されているのである。さら
に、70 年代までのような工業都市ボストン、学生募集の対象地域としてのボストン、という認
識を脱却し、大学が教育・研究を遂行する魅力的な外部環境、資源としてボストンを捉えなおし
たのが Urban のアスピレーションである。この立地を積極的に強みにしていくという意思が示
されている。以上のようなNUが進もうとした方向を大雑把にまとめてしまうと、第一に質の高
い教育をも含みこんだ高質の研究大学への脱皮、第二にNUのルーツにまでさかのぼる実践性へ
のコミットメントの継承、の 2 点に集約できよう。当然、継続教育の発展は後者に従属する。
研究大学化と相反しない継続教育の発展方策としてのSPCS
SPCSの前身である University College は、学士課程レベルのパートタイム学生を対象と
した継続教育セクションであった。しかし、本章2節でも述べたとおり、SPCSが成立するま
では、他のカレッジやスクールといった部局ごとに様々な継続教育機会を提供していた。このこ
とは、拡散した管理運営によって無駄が生じていたことのみを意味するのではない。SPCSが
成立していなければ、NUが研究大学としての地位を築いていく上で、継続教育サービスの提供
が障害となった可能性を示しているのである。なぜなら、研究大学化は正規学生向けの教育内容
の高度化・専門化を伴い、さらに研究への資源の集中が不可欠だからである。その結果、相対的
にはレベルの低い内容を扱い、市場に合わせた機動的な開発・運営が必要な継続教育は各部局に
とって「お荷物」になりかねない。従来のままの提供体制であれば、研究大学化と継続教育の発
展は、いわばトレードオフの関係にあったといえるのである。SPCS成立の一端は、この局面
91
を打開する方策としてとらえることができるだろう。SPCSは、各部局の抱えていた継続教育
コンテンツをSPCSに集約すると同時に、大学全体で継続教育サービスをバックアップできる
ような、効果的な連携体制の構築役を引き受けたのである。SPCSが大学院レベルの学位を授
与できるようになったこと、継続教育を一手に引き受けること等のメリットは本章2節で整理し
たとおりである。研究大学化と継続教育の発展というトレードオフを、相補的・相乗的な関係に
組み上げる核となるのがSPCSであるといえる。
もちろん、SPCSの成功の先に「金を生む」ことが期待されていることは明らかである。稼
ぎ頭になることは当然、研究大学の基盤作りという意味で全学的な戦略と整合的である。この点
では、SPCSは時機を得ていたといえるだろう。SPCSが誕生し、従来の学士課程中心から
大学院課程中心にシフトし、学生ひとりあたりの単価の上昇を図った 2000 年代は、大学院レベ
ルの成人教育真っ盛りの時期だったからである。その結果、入学者増や授業料収入増という成果
を挙げることができた。しかし、前節が示したとおり、必ずしも無条件に順風満帆というわけで
はない。大学ひしめくボストンならでは、営利大学や教育サービスを提供する企業が少なからぬ
シェアを得ているアメリカならではの激しい競争に、今後NUがどこまで勝ち進んでいけるか。
現地滞在中のレクチャーでも競争の激しさについては非常に強調されていた。継続教育ゆえの機
動性の高い試行錯誤が今後も繰り返されていくであろう。
92
第5章
SPCSにおける教学マネジメント
5-1 SPCSが提供するプログラム
両角亜希子
これまでにも述べられてきたように、SPCS は 2004 年、成人教育を提供する部門として、他
の学部と同じように、授業やコースを開講でき、学位授与権をもつ学部組織として作られた。学
部長として迎えられた Hopey 氏を中心に、高まる成人教育需要を捉え、積極的に応えてきた。
本節では、SPCS が提供するプログラム内容の特徴を整理した。
SPCSのプログラム提供の特徴
Hopey 学部長は、(1)学部教育から大学院教育への比重のシフト、(2)専門職向けのサーティフ
ィケート・プログラムの充実、(3)需要にすばやく対応し、そのためには授業の入れかえも積極
的に行うことを目標に掲げて、改革を推進してきた。その結果、2 年間で、情報科学や医療機器
管理(medical-device regulation)などの高需要な領域を含む 46 の学位、サーティフィケート・
プログラムを立ち上げ、同時に停滞している 34 のプログラムを大きく転換させるなどの大胆な
改革をおこなった。図表 5-1 からも 2 年間で学位とサーティフィケート・プログラムの数が急
増したことが確認される。こうした改革の結果、2 年間で 20%の入学者増、21%の授業料収入
増も達成している(Selingo 2006)
。Hopey 学部長就任前は、成人学生の 90%が学部プログラム
に参加していたが、2006 年には 60%の学生が学部プログラム、残りの 40%が大学院プログラ
ムに参加するようになるなど、大学院レベルでの教育提供に力を入れている。
図表 5-1
2004
2005
2006
SPCS で取得できる学位とサーティフィケートの数(2004-2006)
Non-degree
Certificate
39
44
60
Associates
Bachelors
Masters
10
13
13
23
26
27
12
13
17
Grad
Cert/CAGs
20
20
40
Doctorate/First
Professional
2
(注)Fact Book 各年度版より作成
SPCS が提供するプログラムには以下にあげたような特徴が見られる。
•
教員は学者だけでなく、産業界のリーダーも非常勤教員で雇用し、多様な学習ニーズに応
えている点。
•
学生にとっての融通性、便利さを徹底的に追求している点。多彩なプログラムを展開し、
それを多様な形に提供(授業の開講の期間や機会を多数設置など)している。たとえばク
ォーター制を導入し、開講期間も1、2日のものから、4、6、8、12 週間とさまざまな長
さが設定されている。また、複数のキャンパスでの開講やオンラインでの教育提供を行っ
ている。2007 年冬学期の開講授業一覧を見ても、同じ授業科目を複数キャンパスで別の日
時(たいていは平日夕方以降か土日)に提供している。
93
•
入学試験のない非学位コースの場合は一定の制約があるが、GPA2.0 以上の単位はサーティ
フィケート・プログラムでとった単位が学位取得要件にできるなど、両プログラムの間の
壁は高くない点。
つまり、高需要の教育を、学生が学びやすい形で提供するための工夫を行っている。では、具
体的には、どのような分野の教育を提供しているのか、詳しく見ていこう。
取得できる学位とサーティフィケートの詳細
取得できる学位の種類
まずは SPCS で取得できる学位の種類・分野を確認しよう(図表 5-2)。学部の場合は、人文
社会 12、保健生命科学 6、経営 11、理工 6 の 35 分野の学位、大学院の場合は、人文社会 6、保
健生命科学 5、経営 5、理工 3、教育 10 の 26 分野の学位が取得できる。
図表 5-2
SPCS で取得できる学位の種類(学部・大学院別、2007)
◆学士課程(35)
◆大学院(26)
Humanities and Social Sciences(12)
* English (BS/BA)
Graphic Design (BS)
* History (BS/BA)
* Human Services (BS)
* Liberal Arts with Business Minor (BS)
* Liberal Studies (BS/BA)
* Political Science (BS/BA)
* Psychology (BS/BA)
* Public Affairs (BS)
* Sociology (BS/BA)
* Technical Communications (BS)
* Arts and Sciences (AS)
Health and Life Sciences(6)
Biology (BS)
Biotechnology (AS/BS)
* Health Mgmt (BS)
* Health Science (BS)
Nursing (BS)
Paramedic Technology (AS)
Management and Leadership(11)
Accounting (AS)
Business Administration (AS)
Finance (AS)
* Finance and Accounting Management (BS)
Human Resources Management (AS)
* Leadership (BS)
* Management (BS)
Marketing (AS)
Operations Technology (BS)
* Organizational Communications (BS)
Supply Chain Management (AS)
Science, Technology and Industry(6)
Computer Engineering Technology (AE/BSET)
Electrical Engineering Technology (AE/BSET)
* Environmental Studies (BS)
* Information Technology (BS)
* Management Information Systems (AS)
Mechanical Engineering Technology (AE/BSET)
Humanities and Social Sciences(6)
* Master of Interpreter Pedagogy (MIP)
* Master of Liberal Arts (MLA)
* Master of Professional Writing and Information Design
MS Global Studies
* MS Human Services
* MS Non-Profit Management
Health and Life Sciences(5)
* MS Applied Nutrition
* MS Regulatory Affairs
MS Respiratory Therapy
* MS Respiratory Care Leadership
* Transitional Doctor of Physical Therapy
Management and Leadership(5)
* MS Corporate/Org Communication
* MS Leadership
* Master of Sports Leadership
* MS Project Management
* Executive Doctorate in Law and Policy
Science, Technology, and Industry(3)
* MPS Informatics
MPS Digital Media
MPS Geographic Information Technology
School of Education(10)
* MEd Literacy
MEd Leadership
MEd Special Education
* MEd Higher Education Administration
* MEd Adult & Organizational Learning
* MEd TESOL
* MEd Astronomy
MEd Math
MEd Science
Master of Arts in Teaching
(注)Northeastern University SPCS(2007),19-20頁および27-28頁から作成。括弧内は学位の数を示す。
*はオンラインでもプログラムを提供しているもの。
94
SPCS は 2007 年に World Language Center を作り、School of Education を吸収したために、
教育の修士レベルの学位などが増えた。
きわめて多様なサーティフィケート
図表 5-1 からも明らかなように、この 2 年間で学位プログラムよりもサーティフィケート・
プログラムの方が急増している。具体的に、どのような領域を拡大させたのか。SPCS が提供す
るプログラムのうち、サーティフィケートのみを取り上げ、これがどのように変化したのかを図
表 5-3 に整理した。
2 年間で廃止されたプログラムは 7、新設されたプログラムは 50 にも及んでいる。学部レベ
ルについては、Lowell Institute のものが 5 プログラム新設、エグゼクティブ・専門職プログラ
ムは 19 新設されている。
Lowell Institute School とは、工学テクノロジー学部の夜間部門が 1996
年に改称された組織だが、2006 年に SPCS に吸収されたために、このような IT、工学分野のプ
ログラムが新設された。エグゼクティブ・専門職プログラムは、民間との競争がある分野だが、
専任の営業担当スタッフを 3 名置いて、プログラムの開発に当たっている。専門職の再教育が
求められる分野があるが(たとえば教員)、こうした再訓練のプログラムが提供できれば非常に
大きなマーケットになるなど、実験的でリスクもあるが、こうした分野にも注力しているようで
ある。
またこれら以外については、◎印がついているものが多く、大学院レベルのサーティフィケー
トが増加している。有職の専門職をターゲットにしたプログラムであり、市場性のある科目をタ
イムリーに提供することがきわめて重要であり、こうした領域で新設プログラムが増えたと考え
られる。一定の需要があれば、かなりニッチま需要であれ、積極的にプログラムを開講している。
なお、SPCS における教育プログラムは、他学部と比べて設置がしやすい。そこで、ノースイ
ースタン大学全体のインキュベーター的な機能を持っている。つまり、新しい分野のコースを試
験的に設置して、安定的な需要があるのかを実験することができる。たとえば、薬品、生物製剤、
医療機器などの管理(regulatory affairs)についてのコースは、18 ヶ月で 60 名の学生が受講した
ために、昼間の修士課程プログラムに切り替えられた。
本節では、SPCS における教育プログラムの内容を検討してきたが、どのようにして、需要に
すばやく反応し、これほど多彩なプログラムを提供することができるのか。次節以降では、SPCS
におけるガバナンス上の工夫やマーケティングの努力についてみていこう。
95
図表 5-3
*
*
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*
SPCS のサーティフィケート・プログラムの変化(2004 年→2006 年)
サーティフィケート2004 サーティフィケート2006
学部
大学院
学部
大学院
プログラムの数 39
20
60
40
Accounting
●
●
Actuarial and Financial Mathematics
●
Adult and Organizational Learning
●
Advanced Accounting
●
●
Advanced Web Design
●
●
American Sign Language-Deaf Studies
●
●
Am. Sign Language- English Interpreting
●
●
Applied History Applied Humanities Applied Nutrition
Arts and Sciences
Biological Science
Bioinformatics Essentials
●
●
Biopharmaceutical Domestic Reg. Affairs
●
●
Biopharmaceutical Int'l Reg. Affairs
●
●
Biotechnology
Business Administration
●
●
Cancer Data Management ●
Clinical Trial Design & Management
●
●
Community Justice Studies
●
Computer Graphics
●
●
Computer Programming
●
●
Computer Systems Specialist
●
●
Construction Management
●
Corporate and Organizational Communication
Database Design/Administration
●
●
Digital Media
●
Digital Photography
●
Digital Video
●
Education
Emergency Medical Technician (EMT)
●
●
English
Environmental Studies
Finance
●
●
Finance and Accounting Management
Financial Markets & Institutions
●
Forensic Accounting
●
●
Game Design
●
Geographic Information Technology
Geographic Information Systems
●
●
Global Studies and International Affairs
●
Graphic Design
Health Informatics
●
Health Information Administration Health Management
●
●
●
Health Science
Higher Education Administration
●
History
Human Resource Management
●
●
Human Services
Informatics
Information Networks Professional
●
●
Information Resource Management
●
●
Information Security Management
●
Information Technology
Instructional Design: Educational Multimedia
●
Intellectual Property
●
●
Interactive Web Design
●
●
Internet Technologies
●
●
Interpretor Education Master Mentor
●
Interpreter Pedagogy
Knowledge Management
●
●
Law and Public Policy
Law Enforcement Leadership and Management
●
Leadership
●
●
Liberal Arts
Liberal Studies
Mainframe Technologies and Programming
●
Management
●
●
Management & Leadership ●
96
2年間の変化
廃止
新設
7
50
◎
◎
○
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
◎
サーティフィケート2004 サーティフィケート2006
学部
大学院
学部
大学院
* Management Information Systems
* Marketing
* Marketing Technologies
* Medical/Clinical Coding * Medical Devices Regulatory Affairs
* Network Security Management
* Non-Profit Management
* Nursing
* Operations Technology
* Organizational Communication
* Paralegal Studies
* Paramedic Technology
* Pharmacogenetics Essentials * Physical Therapy
* Political Science
* Project Management
* Psychology
* Public Affairs
* Public Relations
* Regulatory Affairs for Drugs, Biologics & Medical Devices
* Respiratory Care Leadership
* Respiratory Therapy
* Security Management
* Sociology
* Sports Leadership
* Strategic Internet Management
* Supply Chain Management
* Teaching English to Speakers of Other Languages (TESOL)
* Technical Communication
* Technical Writing * Technical and Professional Writing
* UNIX System and Network Administration
* UNIX and LINUX for Business * Urban Studies * Vaccines: Technologies, Trends & Bioterror * Writing and Information Design
LOWELL INSTITUTE
* C++/UNI Specialist
* Computer Engineering Technology
* Electrical Engineering Technology
* Electronics Technology
* Engineering Graphics Technology
* Industry Certification Preparation
* Mechanical Engineering Technology
EXECUTIVE & PROFESSIONAL PROGRAMS
* AFP® Learning System
* APICS Certified Supply Chain Professional Learning System
* Architecture Continuing Education
* Auto Damage Appraisal
* Building and Construction Technology
* Business Communication
* Certified Financial Planner Courses (CFP)
* Communications & Networking
* Construction Management
* Database Technology
* Essentials of Human Resources * Emergency Nursing
* Employee Assistance Program
* Engineering Licensing Exam Preparation
* Facilities Management
* Fundraising
* High Performance Management
* HVAC Systems Design
* Leadership
* Management
* Meeting & Event Management
* New Product Development
* Nurse Refresher - Transition to Practice
* Paralegal
* Payroll Administration
* Perioperative Nursing
* PMP® Exam Preparation
* Project Management
●
2年間の変化
廃止
新設
●
●
●
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●
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○
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◎
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◎
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●
97
○
○
◎
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○
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●
●
●
○
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○
○
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*
*
*
*
*
*
Purchasing and Supply Chain Management
RN First Assistant
SHRM® Essentials of Human Resources Management
SHRM Learning System™
Software Engineering
Supervisor Development
サーティフィケート2004 サーティフィケート2006
学部
大学院
学部
大学院
●
●
●
●
●
●
●
●
2年間の変化
廃止
新設
○
○
○
○
(注)"Fact Book" 2004-05年と2006-07年から作成
◎は大学院レベル、○は学部レベルの変化であることを示す。
参考文献
Jeffrey Selingo 2006 “On the Fast Track ‐ After years of declining enrollment,
Northeastern U.’s continuing-education division is rejuvenated with market research
and faculty involvement‐” The Chronicle of Higher Education(January 20, 2006)
Christopher Hopey and Patrick Plunkett, 2007 “Introduction to American Continuing
Higher Education & Northeastern University(2007 年 8 月 6 日、集中講義資料)
Northeastern University “Fact Book” 各年度版
Northeastern University SPCS 2007 “Bulletin and Student Handbook 2007-08”
98
5-2 SPCSのガバナンス
5-2-1 継続教育のガバナンスモデル
内山
淳
はじめに
ノースイースタン大学(NU)におけるガバナンスについて説明する前段階として、アメリカの
大学における一般的なガバナンスについて説明することとし、その上で学部レベルのガバナンス、
継続教育のガバナンスモデについて論を進めていくこととする。また、特に記述のない限りは、
今夏NUで実施された東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コースの夏季集中講義におけ
るNU関係者による講義での配付資料を引用している。
アメリカにおける大学のガバナンス
アメリカの一般的な大学においては、最高意思決定機関として理事会がおかれている。またそ
の下に大学での執行機関として学長が置かれている。学長は理事会から任命されることが一般的
である。そして、研究教育という大学の中心機能に関して事実上最高責任者として機能するのは
プロヴォストである。このプロヴォストという役職は日本語では単なる副学長と訳されている場
合もあるが、実際には複数いる副学長(Vice President または Vice chancellor)の一人というので
はなく、その上位に来る、教学面では事実上の最高責任者である。またプロヴォストは副学長職
の一つを兼務している場合が多い。日本の大学の場合、通常の構成単位は学部、あるいは大学院
の部局化が進んだ大学では大学院研究科が大学を構成する単位となっている。
アメリカにおける大学の学部・研究科レベルにおけるガバナンス
アメリカの総合大学では、学部や研究科はそれぞれが単科大学のような存在で、関連するひと
まとまりの研究教育分野をまとめ、ある程度独自の統治機構を持っている。その一方で、理事会
から学長・プロヴォストと降りてくる中央からのコントロールが、総合大学としての一体性と共
通利益増進のためにかなりの程度学部横断的に作用している。アメリカの大学は、このような学
部の分権と中央からの集権的なコントロールの中で運営が行われている。
特に学部長・研究科長は理事会・学長によって作られる基本方針に沿って学部を運営し、大学
としての一体性と共通利益(例えば学則遵守や大学のネームバリュー向上)の追求に貢献するこ
とになる。その意味で、学部長・研究科長は自立性を要求する教員や学科を大学経営陣の立場に
立って統治しなければならない。と同時に、いわばミニ大学としての学部によりよいパフォーマ
ンスを発揮させるべく、学部の経営者としても手腕を発揮することが求められる。また、学部・
研究科では学部長・研究科長が学科長の任免権を持つだけでなく、学部内への予算・施設・機器
物品の配分権や予算執行に関する監督権、学科で作られるカリキュラムをチェックする権限など
も持つ。さらに寄付金集めも学部独自で行われ、学部長の重要な仕事となっている。また、大学
ランキングは学部・大学院ごとにも行われるため、学部・研究科では優秀な人材を集め、資源配
99
分上自分の学部が有利になるように大学当局とかけ合うことなどを通じて、学部の質と評価を上
げていく手腕も学部長には求められる。
継続教育のガバナンス
これまで述べてきたように、アメリカにおける総合大学の学部・研究科は理事会・学長によっ
て作られる基本方針に沿って運営がなされつつも、その一方で単科大学のような性格を併せ持ち、
ある程度独自の統治機構を持っている。このように既存学部がある程度の自律性を持ちつつ並列
に存在している中では、継続教育を行うにあたっていくつかのガバナンスモデルが存在する。
1) 独立型(Standalone)
このモデルは継続教育を行う機関が既存学部から完全に分離してカリキュラム作りや教
員採用を独自に行えるというものである。
2) 従属型(Distributed)
このモデルは継続教育を行う機関が既存学部に従属しているというものである。このため、
この機関では独自に学位を出すことはできない。また、カリキュラム作りや教員の採用も独
自には行えない。また、多様に変化をし続ける継続教育の市場に対して、迅速に対応してプ
ログラムを提供するということが困難である。
3) 混合型(Standalone/Distributed)
このモデルは継続教育を行う機関が Non-credit のプログラムについては独自に提供・運
営することが可能であるが、certificate や degree につながるようなプログラムについては
コントロールされ、独自に提供・運営することはできないというものである。
4) 協同型(Collaborative)
このモデルはNU独自の継続教育のガバナンスモデルである。このモデルでは継続教育を
行う機関が他の学部・研究科と同等のステイタスを持つ機関と位置づけられている。また、
継続教育を行う機関が独立しつつも他の学部・研究科と分離はしていないというのが大きな
特徴である。このため、継続教育を行う機関と既存の学部が密接な関係を築いている。この
モデルを使用することにより、教育プログラムを迅速に提供することが可能となる。また、
このシステムでは継続教育を行う機関が独自の学位が出せるというのも大きな特徴である。
また、この機関がプログラム認定を Committee に提出することができる。また、このモデ
ルでは協同する既存学部側のメリットとして内部での政治的な軋轢を避けることが可能と
なることや、そのための予算を組まなくてよいことなども特徴としてあげられる。
まとめ
アメリカにおける一般大学では理事会をはじめとする中央からのコントロールが学部・研究科
に及びつつも、それぞれが単科大学のように独自の統治機構を持ちつつ並列に存在している。こ
のような中で継続教育を行うにあたっては、既存学部との関係が重要となる。そのため、継続教
育においてはいくつかのガバナンスモデルが存在している。その中でもNUでは独自のモデルと
100
して、協同型(Collaborative)モデルを採用し、独自の成果をあげている。
参考文献
渡部哲光『アメリカの大学事情』(東海大学出版会 2000 年)
谷聖美『アメリカの大学‐ガヴァナンスから教育現場まで-』(ミネルヴァ書房 2006 年)
101
5-2-2 SPCSにおけるガバナンスとその意味
大坪恭子
はじめに
前項では、アメリカの大学における継続教育のガバナンスについて、いくつかのモデルに類型
化して概観した。本項では、いよいよノースイースタン大学(以下、NU)における継続教育の
ガバナンスについて考察する。具体的には、NUにおいて継続教育を展開している組織である
School of Professional & Continuing Studies (以下、SPCS)のガバナンスの特徴・特質を
考察し、その意味を考える。なお、本項は、2007 年 8 月 6 日から 10 日までNUで実施された東
京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コースの夏季集中講義におけるNU関係者による講義
および配付資料を参考とした。
SPCSのガバナンスモデルの特徴
継続教育のガバナンスについて、前項では、継続教育を実施する主体組織と既存の学部との
関係を類型化することにより概観した。そのガバナンスモデルとしては、大きく分けて3つのモ
デル、「独立型(Standalone Model)」
、
「分散型(Distributed Model)」、そして、その両者が混
合した「混合型(Standalone/Distributed Model)」が提示された。各モデルの特徴は前項で説
明されているとおりであるが、NUの継続教育のガバナンスのモデルは、そのいずれにもあては
まらず、独自のモデルであるとされている。(Eduventures,Inc., 2005)
NUは、自身の継続教育のガバナンスモデルを「共同型(Collaborative Model)」と呼んで
いる。「共同型」ガバナンスモデルの特徴を端的に説明すると、継続教育の実施主体であるSP
CSが、実施部局として、独立した組織(School)でありながら、他の既存の学部と分離した関
係ではなく、むしろ密接な関係を築いていることである。
では、SPCS独自のガバナンスモデルである「共同型」を、さらに詳しく考察していくこ
ととする。このモデルには、2つの大きな特徴がある。
まず、1点目は、独立した組織であることである。独立しているということは、組織上、他
の学部と同等のステイタスの機関として設置されていることを意味する。他の学部と同等のステ
イタスであることを裏付ける点としては、①自組織で独自の学位(own degree)を発行できる、
②カリキュラムの作成の権限およびプログラム認定を Committee に提出できる権限を有してい
る、③教員採用についても自組織に権限がある点などが挙げられる。
これらの特徴は、極めて、
「独立型」ガバナンスモデルのそれに近いといえるが、
「独立型」と
の決定的な違いは何か。それは、カリキュラム作成や実際の授業運営が、他の既存学部との共同
(Collaboration)により行われている点である。これが2つ目かつ最大の特徴である。
共同型ガバナンスモデルのメリット
続いて、こうした共同型のガバナンスについて、そのメリットをSPCS本体側と、共同する
102
他学部側とに分けて考察することとする。
まず、SPCS側のメリットとしては、カリキュラム形成や教員採用の権限は握りつつ、カリ
キュラム構築にあたっては、学内の他の既存学部の知的・物的リソースを有効かつ有機的に活用
でき、また、特に人的リソースの面では、実際に既存学部の教員の参画を得られる点が挙げられ
る。共同型であることは、単に理念上ではなくシステム上も、SPCSの管理委員に他学部のメ
ンバーが入っていることにより明確になっている。また、実際のプログラム運営についても、他
の学部との共同が機能している。SPCSのテニュアの専任教員は2名のみで、他学部本属の専
任教員が additional work として Assistant Dean を担っている。Assistant Dean には、非常勤
教員の評価や、カリキュラムのチェック、学生へのアドバイス等、重要な職務が与えられている。
なお、こうした共同については、予算上も明確になっており、共同の対価が共同している学部や
共同している教員にきちんと支払われていることも特筆しておきたい。例えば、他学部本属の教
員である Assistant Dean には、追加報酬として、年間 25,000~40,000 ドル程度(平均約3万ド
ル)も支払われているとのことである。
次に、独立した別組織であることにより、機動性が高まることも大きなメリットである。SP
CSのプログラム形成プロセスには非常に特徴があり、詳細は次項にて詳しく説明するが、その
最大の特徴は、市場重視型(Market oriented)であることである。市場重視型を実現するため
には、機動性が鍵となる。変化が激しい市場のニーズに対応するためには、迅速にプログラムを
開発・提供することが不可欠である。実際、NU内の他学部では新プログラムの形成には1年以
上(場合によっては2年程度)かかるところを、SPCSでは、わずか7~8ヶ月で完成させる
とのことである。また、市場重視型であることは、同時に採算性も考慮していることを意味し、
時間もコストであることを考え合わせれば、プログラム形成時間の短縮は、経営的にも非常に効
率的であるといえる。なお、言うまでもなく、市場重視型という意味における採算性とは、その
プログラム運営後の収支が合うかという点が第一義であるが、その点については、次項を参照い
ただきたい。
一方、共同する既存学部側のメリットとしては、内部の政治的駆け引きに翻弄されることなく
実施したいプログラムの形成の機会を得られること、また、そのための予算を自学部で調達しな
くても良いという点が挙げられる。
上述のとおり、共同型ガバナンスモデルは、SPCS側と既存学部側の双方にメリットがあり、
こうしたメリットにより、従来よりも容易かつスムーズに新しいプログラムを誕生させることが
可能となっており、SPCSは、NUにおけるプログラム開発のインキュベーション機能も有し
ているといえる。実際に、結果として、過去3年間に新しく12ものプログラムが形成されてい
る。
こうしたプログラム形成の過程をすべて既存学部に任せると方向性を見失うリスクがあるが、
SPCSが中心となって複数の既存学部と共同して議論を進めることにより、方向性を見失うこ
となくプログラムの精査・検証を行うことが可能となる。その結果、SPCSのプログラムはN
U全体の付加価値を高めるような独自性のあるプログラムとなっている。
103
しかしながら、こうした機能的なシステムと予算および権限を持っているSPCSといえども、
全学的な共同を成功させるためには、いわゆる根回しなど、学内ポリティクスへの配慮は不可欠
であることを、NU関係者は説明の最後に付け加えた。この一言は非常に印象的であり、個人的
な所感を2点ほど述べておきたい。1つは、どれほど機能的なシステムを構築しても、組織活動
においては利害得失や心情的・感情的対立等による軋轢はあり、それを調整する必要があるとい
うことをあらためて再認識したことである。もう1点は、こうした根回しはネガティブなもので
はなく、むしろ、このリアリティこそが経営であり、根回しを行うことで意思決定がスムーズに
なっているのであれば、経営面から言えば、リーダーシップのある有為なマネジメント人材がい
ることを証明しているとも受け取れるということである。
まとめ
SPCSのガバナンスモデルである「共同型」モデルは、密接に他の既存学部と共同するこ
とによって多くのメリットを生んでいることを考察してきたが、この「共同型」ガバナンスモデ
ルの特質を以下にまとめる。
1)アイデアをより吟味できる。
2)成果のために既存学部からより多くの支援を得ることができる。
・・・ ひとつの学部では達成しえないプログラムも他学部との共同により実現しうる。
3)単なる財政的な側面のみに基づいた意思決定を行わず、長期的な視点による継続教育の
運営が可能となる
・・・ 継続教育は金のなる木として財政面においても非常に重要な役割を担っているが、非
営利機関である大学としてのミッションを果たしうるか、大学のブランド・ポートフ
ォリオに見合っているか、といった長期的視点を持つことは不可欠である。共同型ガ
バナンスは大学本来の機能を損なうことなく運営することに関して、他のモデルより
優位性があるといえる。
4)根回しや調整といった学内ポリティクスへの配慮は余儀なく必要となる。
・・・ プログラム形成・運営は段階的に実施していかなければならない。また、学内ポリテ
ィクスへの配慮も必要となる。段階的に実施していくことは、ステップが多いことを
意味し、プログラムの形成に時間がかかることを意味するものではない。先に述べた
とおり、プログラム開発から実施に至る時間は既存学部より短いが、ひとつの部局で
計画から実施までを行うものではないため、多くの段階を経る必要があることを意味
する。学内ポリティクスへの配慮とは、各部局から合意を得るために、必要なキーマ
ンへの”根回し”などといった調整を意味する。
総括すると、SPCSのおけるガバナンスは、独自の学部としての体裁を整えてはいるが、独
自の決定をするというより、共同管理を行っているといえるだろう。特に、管理委員会に既存学
部のメンバーが入っていることに大きな意味がある。このことが、大学としてのアカデミックな
104
面におけるチェック機能を果たしている。また、他学部メンバーが入ることは、SPCSという
新しい組織の学内における認知度を上げ、さらには、全学機関としてのバランスを担保し、安定
的な組織運営するためにも機能していると思われる。
出典
東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース 夏季集中講義(2007 年 8 月 6 日‐10 日)
105
5-2-3 SPCSにおけるプログラムの形成と管理
片平剛
SPCS(School of Professional and Continuing Studies)におけるプログラム形成にはいくつ
かの特徴がみられる。それは、継続教育のガバナンスモデルの中で SPCS に特徴的にみられる
共同型のガバナンスモデルによる影響と、マーケティングを重視する姿勢から特徴づけられ、そ
れらの基礎的条件のうえに個別の要件が関係しプログラムが形成されている。
継続教育におけるプログラムの形成は、何よりも需要のある分野を見つけると言うことが優先
される。これは、顧客としての学生を集めることが一義的に必要になるので当然のことであるが、
社会が何を求め、どのような新しい知識を必要としているかということに SPCS がどのように
応えることが出来るかということが、この組織にとって最も重要なミッションの一つであるから
でもある。
前項で、SPCS の特徴の一つとしてガバナンスにおける共有型という概念が示されたがその特
質を改めて確認すると、①アイデアをより吟味できるということ、②成果のために既存学部から
協力が得られるということがあげられる。①については、実施主体である SPCS がコーディネ
ートとプログラム開発に専念できることから、既存学部にすべてを任せると見えなくなる方向性
を確認しながら必要なプログラムを考えられることとともに、SPCS と既存学部の複数の部局で
議論をしていく過程でプログラムの精査・検証が出来ると言うことを意味し、②については、既
存学部にとっても、経済的な面などでメリットがあるため必要なプログラム(授業)が実施でき
るという特質があげられる。
これは、プログラム形成と管理に当たって、既存学部との連携 、既存学部の持つ知識や資源
を活用できるという SPCS 側の要因とともに、既存学部にとっては施設・設備や、人的資源と
いった既存の経営リソースを、SPCS のプログラムに利用することによって、経済的なメリット
を享受できるという双方にとって有益な関係が結べると言うことが大きな要因となっている。
もともと、学内においては、非アカデミックと思われがちな SPCS の試みに批判的な教員も
存在していたとのことだが、上記のように結果として SPCS と既存の組織双方にとってメリッ
トがあり、また大学としても収入を期待できそれをアカデミックな部門の充実に当てられること
から、現在では大学にとっても欠かせない部門の一つになっている。このプログラムの成功は、
いかに既存の教員たちを巻き込むかということがカギとなっており、そのためには、学内ポリテ
ィクスへの配慮や、細かいことだが印刷物の名前順などにも注意を払っているとのことであった。
プログラムの形成においては、既存学部における利用可能な既存リソースの活用として、施
設・設備、人的資源とともに、専門知識の利用、大学としてのブランド・信用力の利用が行われ
ている。
『航空会社は可能な限り乗客を乗せることで収益を得ようとするが、SPCSの授業は
106
それがなければ空になっている教室から収益を得る』という比喩はここから生まれていると思わ
れる。
(C・ホーピー氏(ノースイースタン大学 継続教育学院長)のコメントより「On the Fast
Track」『The Chronicle of Higher Education』January 20,2006。
)
また、大学全体として考えると、長期的な観点を重視した継続教育の運営が可能となり、とも
すれば継続教育は、金のなる木であることを最優先することになりがちになるところ、大学がも
つ大学としての使命、ブランドイメージなど本来の機能を損なうことなく運営されているのが特
徴となっている。この点では営利大学のビジネスモデルなどとは一線を画しアカデミックモデル
を構築している。いわいる収益性のあるところだけに特化するような、Cherry-Piking とよばれ
るようなかたちとは一線を画していると考えられる。
次に、詳細は事項で説明されますが、結果としてマーケティングを非常に重視することになる。
それは、社会的な要求に応えるとともに、採算の取れるプログラムに特化する必要があることが
上げられる。繰り返しになりますが、社会のニーズは変化しますので、絶えず新しい市場を探し
出す必要がる。社会の必要性を的確に反映させたプログラム構成が求められることになる。
大学としての機能を維持しつつ、しかも、その理念と矛盾せず収益を上げられるプログラムを
形成していくと言うことが、SPCS、そして North Eastern University のもっとも大きな特徴
ではないかと思われる。
また、既存学部側の要因としても一部教員の負担などは増えるにしろ、遊休のリソースを活用
でき、それ以上に見返りがあることから協力体制ができあがっていること、SPCS のプログラム
は十分な市場調査等を行い組み立てられることなどから、そのことは時として新たな分野の構築
にもつながることになる。つまり、SPCS のプログラム形成過程が既存の学部にとって、インキ
ュベーションとしての機能を持つこともあるという。これはプログラム形成の副産物と考えられ
るが、既存学部にとっては、新規の試みの実験台としての役割を持つと考えられる。また、プロ
グラムの開発に当たっては、既存の学部のリソースを使うことから機動性に富む迅速なプログラ
ムの立ち上げが可能となっている。SPCS には予算と権限があり独自に運営できるようになって
いるので、講師の採用、学部との調整の含めて 1 年以内(7-8 ヶ月くらいで、
)に新しいプログ
ラムが実施可能になっている。
例えば、既存の学部で新規のプログラムを開発し実施するとなると、フルタイムの教員をそろえ
るための予算組等も必要となるのに比べ迅速にプログラムの開発が可能であるとのことである。
また、それは具体的には次の事項と関連しており、授業の中では Adjunct Faculty と呼ばれて
いるパートタイムの教員を活用するなどしていて、SPCS における フルタイム教員は 2 人のみ
で運営がなされている。
107
プログラムの認証のプロセスは、non-credit program については VP/Dean による原案の承
認で、non-degree の certificate program は、Academic Council と Graduate Council/ UG
Committee の承認が必要で、degree program となると Provost Office、Faculty Senate、
President、Board of Trustees までの承認が必要になる。このなかの、Academic Council は、
14 名で構成され、うち 7 名が SPCS の教職員、7 名が他部局のフルタイム・テニュア教員で
Faculty Senete により選出されている。Academic Consultants は、学内のテニュア教員の場
合が多いが、専門分野によっては学内にスタッフを求めることもある。
プログラムの管理については、採算ラインを重視しており、1プログラムあたり 10~12 人が
そのラインであるとされている。また、授業においては学生を中心とした運営がなされており、
既存学部のテニュア教員をプログラム管理者として活用している(報酬として年間3万ドル以上
を提供)
。授業の所有権を完全に授業担当教員のみに与えることをせず授業のモニタリングを行
い、Adjunct 教員(非常勤教員)の評価・カリキュラムチェック・学生へのアドバイス を実施
しており、リテンション率の向上にも気を配っている。また、コーチングにも投資を行っており、
学生の学習成果が上がるように配慮されている。
以上のような、SPCS におけるプログラムの形成と管理は、学生にとってみても、既存学部と
同じじステータスをもつ組織によるプログラムの提供を受けて学べ学位も与えられるというこ
とはメリットとして考えられる。また、アクセス、コンビニエンス、アフォーダビリティという
概念により、教育機会へのアクセスのしやすさ、授業時間帯への配慮による利便性(コンビニエ
ンス)、そして、けして安いわけではないが学生が経済的に負担しうる授業料、納得して支払う
ことの出来る授業料の設定(アフォーダビリティ)がなされており、顧客満足度も高まっている
ことが予想される。
108
5-3 マーケティング
5-3-1 ノースイースタン大学のマーケティング
山岸直司
はじめに
5-3 では、マーケティングについて扱う。まず、5-3-1 においてノースイースタン大学(NU)
全体で、マーケティングがどのような役割を演じているのかを検討し、続く 5-3-2 では NU
の中で、特に School of Professional & Continuing Studies (SPCS)に着目し、そのマーケティ
ングについて考察する。そして、5-3-3 において、NU のマーケティングと他大学のそれとを
比較検討する。
NU は、高等教育におけるマーケティングの現状を以下のように捉えている。
NU の考える高等教育におけるマーケティング環境
z
高等教育の環境はより競争的になっている
z
高等教育機関の選択はショッピングにおける商品選択とほぼ等しい、つまり、
学生は、学校選択において、競争市場における顧客と同じような行動をとる
z
学生(競争市場における顧客)確保の手段として、マーケティングは必須
z
マーケティングにかかるコストは高く、また費用対効果を細目で測定すること
は不可能であるが、マーケティングをしないという選択は、現代のアメリカの
大学には考えられない
z
グレーターボストンの 37 大学全てにマーケティング担当者がいることからも、
マーケティングが競争を勝ち抜く必須事項であることを物語っている
つまり、NU は、マーケティングという活動を、高等教育における競争環境を生き抜く為に必
要不可欠なものとして捉えていることが分かる。こうした認識に立つ NU が、マーケティング
に対して全学視点でどのように取り組んでいるのかを検討することが、本稿の目的である。なお、
本稿は、2007 年 8 月 6 日から 10 日までNUで実施された東京大学大学院教育学研究科大学経
営・政策コースの夏季集中講義における NU 関係者による講義をもとに作成された。
NUのマーケティングミッション
NU のマーケティングは、一体どのようなミッションによって統制されているのか?このこと
を考察するために、まずマーケティングという組織の一活動よりも上位に立つ概念、つまり NU
の活動全般を統制する NU 全体のミッションを見てみよう。NU は長らく、ボストンのコミュー
タースクールとして、ボストン地域の勤労学生に実用的な知識を提供することを組織目標として
109
おり、主な競争相手は地元コミュニティカレッジであった。1980 年代に入り、ボストンの産業
構造、社会階層、人口構成に変化が生じ、NU が伝統的に対象としていた学生層がボストン地域
から減少し始めた。また、高等教育の世界にも市場化の波が押し寄せ、大学間で競争的関係が強
まった。80 年代から始まったこうした外部環境の変化は、NU が従来から対象としてきた学生
だけに頼っていては、競争環境を勝ち抜けず、NU は大きな困難に直面することを告げていた。
そこで、1980 年代末、NU の理事会は NU を全国的な研究大学へ転換するというミッションを
設定することになった。ボストンのコミュータースクールから全米レベルの研究大学に転換する
ためには、基礎学力の高い学生を獲得することが必要であり、そうした優秀な学生をめぐって、
地元のコミュニティカレッジではなく、全国レベルの研究大学との競争が余儀なくされることに
なる。NU は、ここにマーケティングの重要性をみいだした。つまり、NU が、新しい学生(顧
客)を惹きつけ、新しい競争相手に対して優位に立つために、マーケティングが必要不可欠であ
ると考えたのである。従って、NU の考えるマーケティングの役割を一言で表せば、「競争市場
において、NU の顧客と競争相手に対して、NU にとって望ましい関係・位置を構築する」とい
うことであり、具体的には以下の四つのミッションによって表される。
NU のマーケティングミッション
1.
NU を高等教育のリーダーに成長させる
2.
NU が競合他大学と比べて、どこが違い、他には無いどのような魅力を
もっているのか(差別化)を明らかにする
3.
NU を、興味深くダイナミックな大学であると特徴付ける
4.
以上の NU にとっての望ましい特質を、説得力のあるメッセージによっ
て、NU 内外に幅広く伝える
「全国レベルの研究大学」という組織目標の下、NU は数々の改革を実行した。それらは、例
えば、人員削減の断行と、その反対に教育・研究力強化の為の大幅教員増などであったし、キャ
ンパス、学部、施設設備などの大規模な整理統合であり、また NU の伝統分野である継続教育
と Co-op 教育の強化・充実であった。しかし、こうした改革とそれが生み出す成果が、NU 内外
に徹底的に認知されなければ、優秀な学生の確保は不可能である。NU の各学部や各構成員が、
それぞれバラバラな行動やメッセージを発していれば、NU 全体の魅力・競合他者との違い、つ
まり NU のブランド、が定まらず、NU が発するメッセージは説得力を持たない。また、各学部
や構成員の行動に一貫性があったとしても、それを外部に幅広く伝えなければ、市場において競
争優位な位置を獲得できない。NU の考えるマーケティングの役割はまさにここにある。つまり、
組織目標の下、NU の歴史と、各学部・構成員のこれまでの努力によって形成された NU の魅力
と差別化要因を明確にし、学内にそれを周知し、学内の行動を統制・調整する、そしてそうした
内部統制と同時に、外部に対して積極的に説得力を持って NU の魅力と違いを説明してゆくこ
110
とが、マーケティング部門に期待されているのである。
NUのマーケティング部門の活動
次に、NU のマーケティング部門の活動内容を検討する。NU は他大学に先駆けて、マーケテ
ィング部門のトップを Vice President for Marketing & Communication(VP for M&C)とし、
副学長レベルに位置づけた。VP for M&C は学長直属であり、NU 全般のマーケティング活動の
統括と調整に責任をもっている。現在この職にあるのは、ビジネスの世界でマーケティング経験
を積んできた Brain Kenny 氏であり、約 30 人のスタッフが彼のオフィスを構成する。その活
動内容は以下の四つに分類できる。
NU のマーケティング部門の役割
1.
Creative Services
z
ブランド基準の決定
z
メッセージや広告デザインの決定
2.
Communications
z
メディア媒体の活用とその利用の統制
z
学内外関係者に対するコミュニケーションプログラムの作成
z
コミュニケーションにおける不整合・マイナス要因の解決と調整
3.
Events
z
額内外向けのイベントの企画・実施
z
学内に対するマーケティングコンサルタント
4.
Marketing Programs
z
コミュニケーション媒体やイベントを通じたマーケティング活動と
ブランドイメージの統合・調整
時系列的に NU のマーケティングを眺めると、
初めから同じ活動を展開してきたのではなく、
大きく二つの段階に分けてマーケティング活動を実施されてきたことが分かる。先ず、第一段階
として、①ボストン地域における NU のイメージを従来のコミュータースクールから研究大学
という新しいものにする、②NU の認知を全米的に高める、③学術的な卓越性を認識させる、④
学内におけるブランドを統一させる、の4つの目標を掲げた。そして、主要なマーケティングタ
ーゲットを、学業優秀であるがこれまで NU の入学者となってこなかった学生層(潜在的志願
者)とその関係者(ガイダンスカウンセラーや親など)に定めた。具体的なマーケティング活動
として例えば、New York Times、Boston Globe、AOL などといった影響力のある媒体を活用
し、NU の成果や変化、そして新しくなった NU ブランドを伝えたり、ボストンレッドソックス
との特別なパートナーシップを利用して編ウェイ球場に広告を出したり、ボストンという学生に
111
人気のロケーションに立地していることのアピールなどを精力的に推進した。また、学内に対し
ては、各学部やセンター独自のホームページが形成するメッセージがバラバラであった点を改め、
赤と黒の NU カラーに統一させ、正式な NU のロゴだけを使用させることで、イメージに一貫
性をもたせた。
続く第二段階では、①競合者との差別化を図る、②強力なマーケティングパートナーシップの
構築、③ダイナミックで際立った NU イメージの推進、といった3つの目標を掲げた。第二段
階でのマーケティングターゲットは、潜在的志願者とその関係者に加え、卒業生や Co-op 雇用
者、教職員と在学生、地域社会、学会などに拡大した。第一段階同様、様々な媒体を用いるのは
勿論であるが、同じことの繰り返しでは飽きられてしまう点を考慮し、同じ内容を異なるメッセ
ージで伝えることに努めた。また、大学ランキングにおける機関評価役を引き受ける学長レベル
の人々を対象として、学会の重要人物達に読まれる学会誌に NU の成果や変化を伝える広告を
展開したり、マスコミ関係者に NU の成果や新しいイメージを伝え続け、友好的な関係の構築
に努力した。
NUのマーケティング調整と統合~ガバナンスの視点から
既に述べたように、NU 学内の各部局によってなされるマーケティング活動の調整と統合も、
マーケティング部門の重要な役割の一つである。調整や統合を進める為に、NU はマーケティン
グに関してどのようなガバナンスで臨んでいるのかを以下の図表 5-4 を参照しつつ検討して
みよう。先にも紹介したが、VP for M&C の Kenny 氏は学長直属であり、約 30 人のスタッフ
を有しており、全学のマーケティングの企画・運営・調整・統合に責任をもつ。学士課程のマー
ケティングには Senior VP の一人が責任をもち、各学部はそれぞれの大学院に関するマーケテ
ィングのみを担当する。ただし、継続教育の専門部局である SPCS は例外で、学士課程・大学
院課程の両方のマーケティングに責任を持っている。SPCS のマーケティングの詳細は、5-3
-2 に譲る。
Kenny 氏は学長直属ではあるが、Senior VP とも非常に近い関係にあり、両者は緊密に連絡
を取り合いながら、学士課程のマーケティングと全学の視点に立ったマーケティングの調整と統
合を推進している。また、各学部から、入試担当や卒業生担当、あるいはマーケティング担当な
ど招き、ミーティングを開催し、各学部が実行するマーケティング活動が全学の視点からみて逸
脱していないか、統一感が保たれているか、あるいはより効果的な方法はないか、などといった
点を話し合うことにしている。仮に、ある学部のマーケティングに問題点が見つかった場合、
Kenny 氏は、その学部からのミーティング出席者に対して指導をする権限を有する。この指導
が効果的でない場合、Kenny 氏はその学部の Dean と話し合いを持つことができる。この段階
においても、Kenny 氏の指導が活かされなかったならば、Provost と話し合うことになり、そ
れでも改善が見られない場合、Kenny 氏は最終段階として学長に相談する。このように、Kenny
氏は、学長を通さずとも、適当と思われる人物と直接あって、調整と統合のための話合いを持つ
権限が附与されている。こうした Kenny 氏の VP としての権限は、NU のマーケティングを全
112
学視点にたった一貫性と戦略性に富んだものとしている要因の一つである。
図表 5-4 マーケティングの体制
President
Provost
(Senior VP)
Senior VP
学部・大学院のマーケ
ティングに責任をもつ
SPCS
VPfor M&C(Kenny)
全学のマーケティン
グ企画・運営・統合
に責任をもつ
Director of Marketing
(Rachel) )
College A
College B
College C
学士課程のマー
ケティングに責任
をもつ
Kenny, Rachel, 各学部
マーケティング担当、入
試担当、卒業生担当が、
ミーティングをもつ
各カレッジは大学
院だけのマーケ
ティングに責任を
もつ
まとめ
高等教育に市場化の波が押し寄せ、競争が激化していく中で、マーケティングはアメリカの大
学にとって無くてはならない活動の一つとなっている。こうした環境に加え、従来からの主要な
学生層が減少傾向にあった NU は、コミュータースクールからの脱却をはかり、全国レベルの
研究大学という新しいイメージを広く伝える必要に迫られ、マーケティングを重視することにな
った。他大学に先駆けて、学長直属のマーケティング VP を置き、ボストンという立地を活かし、
様々なパートナーシップを開拓し、NU の改革や努力とその成果を学内外に効果的に伝えていく
為のマーケティングを戦略的に推進した。また、メッセージに説得力を持たせる為に、マーケテ
ィング活動を学内で調整・統制する仕組みをつくりあげた。市場化が進行するアメリカの高等教
育界で、その地位の向上を目指す NU にとって、マーケティングの役割は今後益々大きくなっ
ていくであろう。
出典
東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース夏季集中講義(2007 年 8 月 6 日‐10 日)
113
5-3-2
SPCSのマーケティング
高橋清隆
SPCSの特徴とマーケティング
School of Professional & Continuing Studies(SPCS)は専門職業人の養成・再養成および継続
教育を専従的にマネジメントするスクールであり、ノースイースタン大学のそもそもの発足が
1898 年創設の YMCA イブニング・スクールであったことから、成人教育はノースイースタン大学
にとって常に重要な構成要素である。
2004 年、現在の Dean である Hopey 氏が就任し SPCS に改称された。独自の学位授与権を持ち、
また新しい職業ニーズに対応したサーティフィケート・プログラムも充実させ、オンライン教育
の提供や大学院レベルの学位授与も行っている。
このような機能を持つ SPCS のマーケティングの手法についてこの項では述べることにする。
まず SPCS は、上記で述べたように主として社会人を対象とした専門職業人の養成を行う機関
であり、学部からは独立した組織であることから、その運営に対して大きな権限が付与されてい
る。その背景としては、SPCS は独自で収入を得ることができ、その収入に対する一定の割合を
税金として大学へ納付することで大学の財政の一部分を支えているからである。また、既存の学
部とのコラボレーションにより利益を上げるため、学部にもその一部が還元される仕組みを作っ
ている。
SPCS が開講するコースが成立するためには 100 名の学生が必要であり、閉鎖するかどうかの
ボーダーラインは 10 数名なので、ある程度の規模が必要となっている。
このことから、学部はアカデミックな側面に目を向けるのに対し、SPCS は必然的に市場に対
して目を向けることになる。よって SPCS がとるマーケティングの手法はより民間企業に近いも
のであり、コストを意識して売れるもの、他大学が手をつけていないものをリサーチし、マーケ
ットの需要に応えようとしている。ただ、民間企業との違いは、SPCS は営利組織であるが、そ
の母体となるノースイースタン大学が非営利の組織であるため、社会に対して重要な価値のある
教育、例えば医療関係の教育などは学生の規模にかかわらず開講している。
SPCSのガバナンスとマーケティング
第1項の「NU のマーケティング調整と統合~ガバナンスの視点から」で掲載された図表 5-2-1
にあるように、SPCS は学部と大学院の両方のマーケティングに責任を持っている。これは大学
全体のブランド戦略と独自のマーケティング活動の整合性を保つためである。このガバナンスに
は 2 つのメリットがあるといえる。SPCS は営利組織であるが、その母体は非営利の組織のノー
スイースタン大学であるため、どのような戦術をとっても良いというわけではない。ノースイー
スタン大学の持つブランドイメージにしたがって、それを活用しながらマーケティングを行う必
要がある。よって一つ目のメリットは、この仕組みにより大学全体で統一したブランド戦略を展
開できるという点である。もうひとつのメリットは、大学全体のブランドイメージの向上が相乗
114
的に SPCS のブランドイメージの向上に繋がり、学生募集や定員充足に有利に働くことである。
SPCSのマーケティング手法
図表 5-5
SPCS
ニーズ
Market
(School of Professional and
Continuing Studies)
RCM Model
成人教育プログラム
ガバナンス
プロダクト
提供
学部
access
convenience
affordability
Promotion促進
SPCS はマーケットからの需要を以下のような手法により把握している。
まず、専門のマーケットリサーチ会社に委託し、市場ニーズの把握をおこなっている。調査会社
は内的要因である Strengths(強み)Weaknesses(弱み)と外的要因である Opportunities(機
会)Threats(脅威)を分析する SWOT 分析や Company(会社)Collaborators(協力者)Customer(顧
客)Competitors(競争相手)Climate(環境)を分析する 5C 分析などの手法を駆使し、成人教育間マ
ーケットとして有望なニーズを調べ報告する。SPCS ではその報告書を参考に事業化するかどう
か検討する。
このほかにも民間企業へ訪問し、事業化予定のプログラムが社会に受け入れられるかどうかア
ドバイスを受けている。また、企業からの教育プログラムの要望や一般人のからの電話や Web
による問い合わせなども参考にし、事業化する内容を定めている。
このような分析を通じて、今まで成人教育に対してマーケットがないところにマーケットを作
っていくことが大切であり、特に資格についてのマーケットや企業を相手にする有望なマーケッ
トを持つことが SPCS の発展にとって重要な意味を持つのである。そのためにマーケットリサー
チに年間 40 万ドル投資している。
これらのマーケティングを行い、新しいプログラムの可能性があった場合、まず大学にその分
野の専門家がいるかどうか人的リソースの確認を行い、大学で措置できないときは非常勤による
措置を検討する。また、このプログラムがノースイースタン大学と共有するブランドイメージに
適合しているかも吟味し、どんなにマーケットに魅力があってもブランドイメージに合わないプ
ログラムは開設しない。これは上記で述べたガバナンスによるものである。
115
SPCS が行うプロモーションの一例として、2007 年秋学期のプログラムの宣伝として、紙媒体
と Web の広告費に 262,000 ドルをかけている。SPCS はこれまでに紙媒体の広告は費用が高いた
め雑誌広告を出してこなかった。たとえばニューイングランド地域限定の雑誌広告を 2 ヶ月間出
すだけで 8 万ドルかかるからである。また、ダイレクトメールも学位を持つ人が多い地域に焦点
を当てる方法なら別だが、費用対効果が低いので頻繁には実施していない。したがって Web を活
用したプロモーションが基本となっている。
図表 5-6
図表 5-6 は SPCS のホームページであるがノースイースタン大学の象徴となるスクールカラー
をそのまま使い、画面も大学と似せて作られている。左のメニュー画面より大学、大学院、
プロフェッショナルプログラムなど自分が知りたい内容にアクセスしやすいよう工夫されてい
る。しかし、ホームページは受身の情報提供なので、よりマーケットに対して効果的な広報が必
116
要となっている。
まとめ
以上、営利組織である SPCS のマーケティングについて考察してきたが、最後に問題点を 3 点
あげておく。
1.ターゲットへの効率的な情報伝達。
これはマーケティングの一番大きな問題点である。どのようにすれば一番効率よくターゲット
に情報を届けられるかという点は 0 重要な課題である。また、紙媒体は対費用効果が低いため広
告の中心は Web となるが、発生する費用を抑えいかに効果的に情報を発信するかがポイントとな
ろう。
2.プロフェッショナルな人達への情報伝達。
SPCS は専門職業人の養成・再養成および継続教育を専従的にマネジメントするスクールなの
で、相手とする社会人は当然のことながら授業料の対費用効果を厳しく求めてくる。アメリカで
成人教育が発展する背景には社会の流動性があり、ポジションを上げるためには資格が必要であ
る。SPCS のプログラムが他の営利団体が提供するプログラムといかに違うか、その優位性をど
のようにアピールするかが課題である。
3.個別ニーズの掘り起こし。
多種多様化しているマーケットの中から個別のニーズをいかに掘り起こすか、これは大変難し
い作業のため、どのようなマーケティングの手法を駆使し把握していくかが課題である。
最後に、ブランドの地位は簡単に固まらないものであり絶えず変化している。また一度地位を
獲得したブランドは簡単に崩れず、そこと競合していくのは大変な困難を伴う。
そのため SPCS やノースイースタン大学は、新しい姿を早く広く社会に知ってもらう必要があ
り、そのためにマーケティング戦略は必要不可欠なものとなっている。特に成人教育はニーズの
変化が激しいため、それに対応していく SPCS の教育プログラムを絶えず発信しなければ競争に
打ち勝てないのである。
117
5-3-3 他大学との比較から見た特質
保立雅紀
はじめに
ノースイースタン大学(NU)の他大学・大学院との比較におけるマーケティングの観点から考
察する。NU は,Private,Urban,Research,National に分類される。ここではマーケティング
の観点から NU を他大学・他大学院と比較し考察する。なお本文中の文献は,最後に挙げた参考
文献の略称を用いる。
NUのSWOT分析
(1)NU自身によるSWOT分析
NU 自身による SWOT 分析は以下のとおりである(通常の SWOT 分析の表記ではなく,S/W と O/T
を横に並列表記する)。
図表 5-7 NUのSWOT分析
S(Strength:強み)
W(Weakness:弱み)
Existing centers of excellence
Historic NU brand positioning
Growing collaborative culture
Display of unit rankings
Entrepreneurial culture
Number of research-inactive faculty
Intrinsic external partnership
Quality of size of graduate application pool
Experientially oriented student
A reward system that stifles cross-departmental activities
Research infrastructure
O(Opportunities:機会)
T(Threats:脅威)
Critical mass of faculty in strategic growth areas
Infrastructure pressures
Interdisciplinary collaboration
Changes in federal funding
Interdisciplinary becoming a required skill set in marketplace
and competition and emulation
Boston’s biotech/high-tech industry and research hospitals
in higher education
Globalization of research
Shift toward corporate funding
Visibility
(2)考察
①研究大学としてのレベルアップ
NU は,特に大学院における研究をレベルアップする目標を立てている。しかし,現状では以
下の表のように資金・人員等において差が大きい [Draft,p.8]。
118
図表 5-8 トップ 30 大学との比較
Universities
Research
(2004-2005) Funding
Endowment
Annual
National
Faculty
Doctorates
Post
×$1000
giving
academy
Awards
granted
docs
×$1000
members
×$1000
Top30
1,375,014
25,473,721
603,586
283
74
719
3,863
188,373
211,178(*)
98,882
18
16
102
226
20,140
0
9
79
40
Universities
highest
Top30
Universities
2,176,909(**)
lowest
Northeastern
47,283
543,174
University
(2004-2006 のデータによる)
[注:*(public),**(private)]
②科学技術研究関連の補助金削減の影響
スタンフォード大学,MIT などは,第二次世界大戦後の巨額の科学技術関連の補助金によって
急成長したともいえる。カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)は設立から約 40 年で卓越
した研究大学となった。躍進にいたるまでの期間は,スタンフォード大学で 40 年,USCD で 25
年,テキサス大学オースティン校は 20 年足らずだった[澤昭裕他(2005)]。よって,NU もさら
なる発展も可能であろう。しかし,現在は特に連邦政府の補助金は削減の方向にあり,産業界な
どからの研究開発資金が欠かせない。これらの環境の変化の中で,NU が科学技術の大学院でラ
ンクを上げようとする戦略が成功するかは,不透明であろう。たとえば,Boston は,バイオな
どの産業が盛んな地帯として知られているため,NU の戦略はシナジーを生む可能性もあるが,
その反面で他の一流大学との競争には勝てない可能性もある。
他大学(学部レベル)の比較
(1)次の 3 種類に分けて,NUと他大学の,学部レベルの比較を行う。
① NU が目指す大学との比較[The Chronicle of Higher Education による]
Boston University (MA),George Washington University (DC),Fordham University( NY),
American University (DC)
② NU と同じマサチューセッツ州の大学との比較(地理的な市場)は,次の大学が考えられる。
Boston University (MA),Boston College(MA),University of Massachusetts at Boston
(MA)
③マサチューセッツ州の一流大学との比較では,次の大学を考える。
Harvard University(MA),MIT(MA),Tufts University(MA),Brandeis University(MA)
119
(2)比較結果
学部レベルでは,成績上位者の学生募集,入試の合格率などの点で接近しており,NU の経営
改善の成果が現れてきている。
①American University とは,多くの点で,接近してきた。②Fordham University とは,ラン
キング以外での数値は接近してきたが,ランキングではかなわない。ただし,SAT/ACTは
逆転している。選抜性を高めた成果かと思われる。③Boston University (MA),George Washington
University (DC)には,SAT/ACT以外の点では,遠く及ばない。④Boston College(MA)
には,未だ及ばないが,University of Massachusetts at Boston(MA)は追い越している。⑤一
流大学との比較では,学部レベルでは,ほとんどの点で未だ勝負にならない。ただし, Average
freshmen retention rate は,一流大学と接近している。選抜性を高めた成果であろうか。また,
Acceptance rate (2006) は,Brandeis University と NU は接近してきている。
他大学院との比較
(1)大学院においては,ランキング(U.S. News&World Report,2008 edition,
America’s
Best Graduate Schools)
[50 位までであるが,LAW は 100 位まで]によると以下のとおりである。
Schools of Law: NU 85 位,Boston U 20 位,George Washington U 22 位,Fordham U 25
位,Boston College 28 位
(2)NU はランキングに入らない分野でのライバル校のランキング(出典は同上)。
①Schools of Engineering: Boston U 41 位,②Schools of Business:Boston College 39 位,
Boston U 41 位,③Schools of Education: Boston College 22 位。
特徴的な取り組みをする他大学の事例
(1)ニューヨーク大学(NYU)・コロンビア大学
NYU は,SCPS という成人教育部門,また online によるプログラムの双方で有名である。コロ
ンビア大学では,online 教育の提供,日本における大学院教育(ティーチャーズ・カレッジ)
を行っている。NU も多様な online 教育を展開しているが,知名度の高いこれらの大学は,地理
的市場を越えた市場では強力な競合相手であろう。
(2)K プラン(Kalamazoo College)
カラマズーカレッジは,NU と類似するプログラムである「K プラン」は,①海外留学,②企業
等でのインターンシップ,③修士課程並みの研究報告書の作成,④従来のリベラル・アーツ教育
として上記①-③を行う,というものである[龍慶昭・佐々木亮(2005)]。小都市の大学だが生
徒が集まっている。上記の③のような高い研究レベルを要求する点は,NU への示唆になるので
はないか。
まとめ
学部レベルにおいては成果が見えつつあるが,大学院レベルでは未だ他の大学にかなわない。
120
研究大学として成長するには,さらなる「てこ入れ」が必要であろう。国際的な学生や研究者の
市場については,未だ開拓の余地があるであろう。
参考文献
澤昭裕・寺澤達也・井上悟志(2005)『競争に勝つ大学-科学技術システムの再構築に向けて』
東洋経済新報社
龍慶昭・佐々木亮(2005)『大学の戦略的マネジメント』多賀出版
An Examination of Fundamental and Translational Research Dimensions at Northeastern
University, Draft Report for Community March 2007.[Draft と略称する]
U.S. News&World Report,2008 edition, America’s Best Colleges.
U.S. News&World Report,2008 edition, America’s Best Graduate Schools.
“No Longer a Safety School
Northeastern U, revamps its image and strives to crack the
national rankings’ Top 100”, The Chronicle of Higher Education,
http://chronicle.com/weekly/v50/i33/33a03001.htm
ノースイースタン大学のホームページ http://www.northeastern.edu/
ニューヨーク大学のホームページ http://www.nyu.edu/
コロンビア大学のホームページ http://www.columbia.edu/
121
第6章
SPCSの財政(RCMモデルと大学債の役割・管理)
6-1 RCMモデル
6-1-1 RCMの概要
梅澤
貴典
RCM(Responsibility Center Management)モデルとは、学部(またはスクール)ごとの独
立採算制である。ノースイースタン大学では、この RCM モデルによる会計の仕組みが、SPCS
および School of Law において導入されている。
図表 6-1 は、RCM モデルによる決算例を示したものである。この表を例にとって RCM モ
デルの特徴を確認してみよう。
まず各学部は総収入のうち、決められた割合の金額を大学本部に「負担金(tax)」としておさ
める。SPCS の場合は現在20%だが、その負担率には毎年、収益率などの諸条件によって本部
と交渉によって決める余地がある。
消費支出だけでなく、スペース使用や施設整備などについても含むので、tax 支払い後の残額
からさらに管理費を差し引いた金額が純利益となる。
さらに、その純利益から法人への利益配当(30%)
、教員や授業そのものを提供してくれた
パートナー(他の学部やスクール)への利益配当(30%)を引いた残額が最終利益であり、こ
れは再投資のために保持することができる。
その使途と運用方法は、まず新しいプログラム開発に再投資するための元本として使われ、残
りは貯金することが可能である(金融機関ではなく、大学内に積み立てられる)
。
【図表 6-1】SPCS における RCM モデルの決算例(年間)
$30,000,000
総収入
$6,000,000
▲tax:負担金(20%)
$24,000,000
=負担金支払後収入
$14,000,000
▲管理費
$10,000,000
=純利益
▲法人への利益配当(30%)
$3,000,000
▲パートナーへの利益配当(30%)
$3,000,000
=最終利益(内部留保)
$4,000,000
次ページは、SPCS と法人本部、他の学部やサービス部門との関係を表した概念図である(図
表 6-2)。
122
【図表 6-2】RCM 概念図・SPCS とノースイースタン大学本部との関係
(M=100万ドル
期間の単位は1年間)
各学部は活動に関わるすべての費用に責任をもつことと引き換えに、教育プログラムの企画な
ど投資対象に自由な裁量を持ち、それが自主的な経営戦略をおこなうインセンティブとなってい
る。
家電業界などを日本企業が積極的に取り入れてきた独立採算制のモデルであるカンパニー制
に似ており、このモデルは各カンパニーに大幅な権限移譲をするため意思決定と行動のスピード
が速まるとされている。
現在の SPCS は年間400万ドルの最終利益を出しているので順調だが、強いて RCM の欠
点を挙げるとすれば、先述のメリットの反面、その時々の学部長を中心とした経営陣の意思が影
響しすぎて投資(プログラム運営)が失敗した時のリスクが大きく、大学のカラーとの統一性の
保持が難しくなるなどの問題が考えられる。
123
6-1-2 他学部とのパートナーシップと新プログラム育成
林
未央
SPCS では、なぜ RCM という予算管理方式を採用しているのだろうか。部局の裁量度が高い
RCM を用いることは、SPCS の活動にとってどのような利点をもたらすのか。本項では、SPCS
運営上の課題と RCM のしくみがどのように適合的であるのかを見ていく。
SPCS運営の 2 本の柱
まず、SPCS がどのような特徴を持つ組織であるのかを今一度確認しておきたい。RCM を採
用することの意味が理解しやすくなるからである。その特徴は、大きく 2 点に集約される。
1.
他学部とのパートナーシップ
SPCS は、自前の講義を提供せず、学内のさまざまな部局で提供されている講義を再構成する
ことによって、学位やサーティフィケート(履修証明)につながるひとまとまりの教育プログラ
ムを売る部局である。プログラムの立ち上げにおいても、また実際の講義運営においても、他学
部の協力なくして独自にその活動を行うことはできない。そのため、他学部とのパートナーシッ
プの構築および維持は、SPCS にとって欠かすことのできない運営の柱となっている。
2.
新しいプログラムの育成
SPCS のもうひとつの特徴として、ニッチな需要やニーズに対応した教育プログラムをできる
限り迅速に提供する、ということがある。確立された既存の学位プログラムやサーティフィケー
ト・プログラムを売るのではなく、労働市場における人材需要や地域の教育ニーズをいかにうま
く見極められるか、いかにすばやく提供できるかということが、運営上欠かせない課題とされて
いる。
SPCSの運営とRCM
このように、自前の教育コンテンツを持たず、常に新しいプログラムの育成を求められる
SPCS にとって、RCM という予算管理方式を取り入れることの利点は多い。
まず、「他学部とのパートナーシップ」という視点から見ていこう。既に見たように、RCM
の特徴は、支出に関する部局の裁量が大きいことにある。これにより、SPCS は純利益のうち何
割かを、各学部への配当金として充当することができる。すなわち、各学部から教育コンテンツ
や人材の提供を受けることに対し、対価を用意できるということである。純利益が増加すれば、
その利益に貢献した部局への配当金も増やすことができるので、各学部にとっても SPCS に協
力するインセンティブは高まる。他学部の協力なくしてその活動が成り立たない SPCS にとっ
ては、財政上のインセンティブを確保できることは大きな意味を持つ。
もちろん、より部局の裁量度の低い予算管理方式であっても、利益を内部留保と他学部への利
124
益配当さえできれば、他学部との良好なパートナーシップを築くことは可能である。しかし、
RCM の利点はそれだけではない。リスクに強い予算管理方式であるということがもう一つの大
きな特長となっている。RCM では、①収入に応じ、大学本部への負担金支払額を交渉可能であ
り、②支出に関する裁量が消費支出以外の部分にも及ぶため支出コントロールの幅が広い。この
ため、たとえ収入減が生じても、ある程度の額を内部留保し続けることができる。これにより、
収益の多寡によらず、他学部とのパートナーシップを保つことが可能となる。
しかも、このように収入減の影響を最小限に抑えられることは、SPCS のもう一つの運営の柱
である「新しいプログラムの育成」にとっても意味がある。部局の運営上もっともリスクが高い
のは、新しいプログラムを立ち上げ、軌道に乗せるまでの期間である。SPCS のこれまでの経験
では、新規プログラムが軌道に乗るまでの数年は、最大でも 20%程度のマージンしか得られな
い。場合によっては、赤字プログラムをしばらく運営し続けなくてはならないケースもある。こ
うした場合、ある年度の収入減が次年度の活動を制約してしまうような予算管理方式では、新し
いプログラムへの積極的な投資はなかなか行いにくく、また各学部からの協力獲得もおぼつかな
い。しかし、RCM であれば、あるプログラムの失敗(の可能性)による財政上のリスクを最小
限に抑えることができる。新しいプログラムを次々たち上げる起業的活動がその使命の 1 つで
あり、新プログラム育成のリスクを積極的に引き受けなくてはならない SPCS にとって、RCM
のしくみは大変適合的である。
以上を、RCM 以外の予算管理方式との比較としてまとめると、図表 6-3 のようになる。
図表 6-3
伝統的モデル
z
SPCS の活動と予算管理方式との適合性
他学部とのパ ートナーシップ 形成において も、新 しいプログラ ム
の立ち上げに おいても、新た な予算獲得が 必要
z
場合によって は、そうした活動ひ とつひとつに全 学の承認を得 る
必要性
フレキシブル モデル
z
他学部の協力 に対する見返り (配当)を用 意することは難 しい
z
自主的パート ナーシップの形 成が可能
z
ただし、本部への負担 金額が固定され ており、支 出の裁量範囲 が
少ないため、 配当金が確保で きないリスク あり
z
新しいプログ ラム立ち上げの 判断も、年度ごとの 収支状況に左 右
されざるを得 ない
RCM モ デル
z
自主的パート ナーシップの形 成が可能
z
利益の内部留 保ができるため 、配当金の確 保がより容易
z
リスクを負う だけの財政上の 柔軟性がある ので、新しいプログ ラ
ムへの投資が しやすい
125
6-1-3 コスト抑制と質保証
今田
晶子
ここでは、利益を上げるためにコストを抑制しつつ教育の質を保証するために、NU が行って
いる施策について報告する。
コスト抑制
まず、コスト抑制についてであるが、これに関して主として行われているのは人件費を抑制す
ることである。
そのために、テニュアを持つ教員はとらないという方針を立てている。NU のフルタイム教員
は大学全体で 868 人であるが、SPCS のフルタイム教員はわずか 2 名となっており(2005 年)、
その 2 名のうち 1 名が Academic/Clinical Specialist、他の 1 名が Lecturer である。
フルタイム教員の不在を補うために活用しているのが、adjunct 教員である。Adjunct 教員は
パートタイムの場合が多いが、NU の他スクールの教員が授業を持つことも珍しくない。
パートタイム教員は退職教員か若い博士号保持者のみを雇っており、その意味で質は確保され
ている。ボストンは大学が多くポスドクの宝庫なので出来ることであり、地域的な有利さがある。
他スクールの教員が教えることについては、当事者たちから歓迎されている。SPCS の授業は
多くが夜間に開講されているので、教員は所属しているスクールの授業と掛け持ちすることが時
間的に可能である。追加の収入を得ることができるので、教員にとっても利点がある。
質保証
しかしながら、授業の質は教員に依存するところが大きく、上述したように教員の質はある程
度確保されているとはいえ、教育プログラムの運営には継続的に責任を持つ者が不可欠であり、
さらには新しいプログラムの開発も中心になる者がいなくては立ち行かない。
そこで重要となるのが、assistant dean の存在である。assistant dean には他スクールの教員
を登用し、教育プログラムの開発・運用・チェックや講師の採用・評価を行ってもらっている。
これらの業務は授業のない大学が休みの期間に集中して行うものが多いので本務と重なること
が少なく、また、対価として本俸のほかに SPCS から報酬が支払われるので、教員にとっても
利点がある。
さらに、academic Consultants というポストもあり、こちらは講師の選任やカリキュラムの
点検に関して専門家としての助言をしてもらっている。同じく NU 内部の人に頼むことが多い。
以上に見たように、SPCS では専任教員を置いていないが、学内の他スクールの教員を活用す
ることによってコスト抑制と質保証の双方を実現している。RCM モデルは部局ごとの独立採算
制であるが、NU では部局を越えて大学全体の人的リソースを活用するメカニズムが形成されて
いることは注目に値する。また、SPCS はある意味で大学の改革を進める最先端にいるわけであ
るが、そこが他部局と連携あるいは人的協力を持つことにも貢献していると察せられ、その点か
らも重要と考えられる。
126
6-1-4 RCMのメリット・デメリットとSPCSにおけるプログラム存廃の判断基準
中田
学
RCMのメリットについて
RCM を採用するメリットとして、大きく以下3点が挙げられる。
1.起業的活動を促進する
RCM では学内各部局それぞれが予算管理の責任主体となり、また自らの教育研究サービスに
よって獲得した収益の一部を内部留保することができるため、各部局が主体的、能動的に教育研
究サービスを発展させることへのインセンティブが働く。また予算管理の責任主体が各部局に分
散されるため、スピーディーで機動的な意思決定が可能になる。これらの要因により起業的活動
が促進される。
2.積極的投資や他部局との連携を促進する
意思決定の責任主体が各部局に分権化されることで、プログラムへの開発投資の判断も迅速に
行える。特に市場的志向の強いプログラムを開発する場合には意思決定の迅速さが求められる。
また RCM では他部局のプログラムをサポートした場合、その貢献の度合いによってリターンが
得られるので、部局間での連携が促進される。
3.活動の選択肢が広がる
多部局との連携が促進されることで、他部局の資源を活用することが容易になり、自らの部局
内で多大な資源(ヒト、モノ、スペースなど)を抱え込まなくても多様なプログラムの展開が可
能になる。上述の起業的活動へのインセンティブと相まって、自部局での活動の選択肢が広がる。
→上記3点のメリットを活用することで、収益性が低くても部局の活動にとって戦略的に意味
のあるユニットには補助金を出して活動をサポートすることも可能になる。
RCMのデメリットについて
ただし提供するサービスに収益性が伴わず、また定量的に計測することが難しい部局は RCM
に組み入れることが難しい。その一つとして大学図書館が挙げられよう。大学図書館の提供する
サービスは学外の利用者から収益を上げることを前提としたものではない。そこで図書館が学内
他部局の利用度合い(貸し出し冊数)に応じてリターンを得る仕組みにしても、そもそも図書館
の提供するサービスの価値が貸し出し冊数で計測できるものかという問題が残る。(*1)
梅田によれば、RCM への反対者への見解は次のようにまとめられる。(*2)
「営利企業のコピーであるこのモデルは、uni-versity として存在しているものを分断して
multi-versity にしてしまうものである。RCM は合理的・効率的で生産性を向上させるとされる
127
が、教授数ならびに専攻数を減少させる圧力となり、教育・文化・社会に対する使命を果たす能
力を減じてしまう。また、分権的であるとはいうものの結局はトップ・ダウン的に管理された大
学を生み出す。」
よって RCM を全学的に導入している大学は米国でもごく少数に留まっており、やや古いが
1996 年の調査では私立大学 8 校、州立大学 1 校である。(*2)
SPCSにおけるプログラム存廃の判断基準について
SPCS においては損益分岐点に達しているかどうかはプログラム存廃の重要な判断基準であ
るが、それが全てではない。大学の評判・名声の確立に寄与するもの、教育的見地からの使命、
将来への投資価値があるものについては、現段階での収益性が低くても直ちに廃止することはな
い。(例:心臓発作に対応できる医療補助士の養成プログラム)その最終的な判断は SPCS の
Dean である Dr. Chris Hopey が「学部長として」決定しているとのことである。(*3)
参考文献・資料
(1)大学経営・政策コース 2007 年冬学期開講「大学経営政策各論(2)」金子元久教授の講義
ノートより
(2)梅田守彦「アメリカの大学における予算管理の技法について」
『三田商学研究』第 44 巻第
3 号, 2001 年 8 月, pp.111-122
(3)2007 年度大学経営・政策コース夏期集中講義参加者による発表資料
128
6-2 大学債の役割・管理
6-2-1 大学債の現状
田中
立子
大学債について
第 2 章でも見た通り、ノースイースタン大学は負債によって施設設備の拡充を行ってきてい
る。ここでは、アメリカにおいて発行されている大学債について、おおまかに見ておきたい。
大学債の多くは免税地方債として、発行され、免税地方債には、償還の財源の分類によって次の
ような種類がある。 24
1.一般財源債
州政府などが州立大学の施設整備を目的として一般財源を引当に、免税地方債の一種として発
行するもの。
2.収入債
例えば、大学寮や駐車場、病院など特定の収入を見込むことができる事業について、当該収入
を引当に、発行するもの。1999 年時点においては、免税地方債発行額の 68%を占めている。
3.特別税収債
事業運営を目的に資金調達するが、当該事業による収入を引当にするのではなく、特定の税収
を引当に、発行するもの。たとえば、フロリダ州は、車の標識税を引当に高等教育機関のために
資金調達を行っている。
4.ダブル・バレルド債
資金調達の対象となる施設設備の使用料収入及び、政府機関の徴税の両方によって、償還が保
証される債券。
5.道義的支払保証債
一般財源債と収入債とのハイブリッドである。特定の収入を引当として発行されるが、収入が
債券の償還するために十分でない場合には、政府機関の徴税を財源として、償還が行われる。
私立大学は、プライベートセクターであるため、法律上は、直接に免税地方債券を発行するこ
とができない。そのため、発行の目的を明らかにし、公共事業機関を通じて債券を発行すること
によって、免税特権を得ている。
公共事業機関には、National Association of Higher Educational Facilities Authoritiesに属
する 26 団体の他に、光熱水費の効率を高めるなどのプロジェクトを対象としている機関なども
あり、多様な目的を掲げた公共事業機関が存在する 25 。
24
College and University Business Administration SIXTH Edition, National Association of College
and University Business Officers の記述による。
25
NACUBO Guide to Issuing and Managing Debt 1994, National Association of College and
University Business Officers の記述による。
129
ノースイースタン大学の大学債
ノースイースタン大学は、総学生数を絞って選抜性を高くし、コミューター型からレジデンス
型への転換によって、ステイタスを上げるという経営戦略を取って来ている。レジデンス型への
転換に必要とされるのが、寮などの施設設備の整備である。施設設備の整備のための資金調達を、
大学債の発行によってまかなっていると考えられる(図表 6-4)。
$1,600,000,000.00
$1,400,000,000.00
$1,200,000,000.00
・Total assets
・Total liabilities
$1,000,000,000.00
・Land improvements - End of year
$800,000,000.00
・Buildings - End of year
$600,000,000.00
・Equipment, including art and library collections End of year
・Property obtained under capital leases - End of
year
・Investment return
$400,000,000.00
$200,000,000.00
$2000
2001
2002
2003
2004
2005
$-200,000,000.00
【図表 6-4】
ノースイースタン大学の資産状況の経年変化
データ出所:Integrated Postsecondary Education Data System
(http://nces.ed.gov/ipeds/)より
今回の集中講義中のヒアリングによれば、経営計画については資金計画も含め、10 年ごとに
理事会で検討を加えているとのことであったが、大学債の発行によって建設した施設設備の減価
償却期間が、債券の償還が終わる前に到来してしまい、当該建物を更新するために、新たに債券
を発行するという行動をとっていることが理解された。同一目的のために負債を二重に抱えるこ
とがないように、償還期間については、借り換えを行うなどし、負債の繰り延べを図っていると
のことであった。
大学債とSPCS
大学全体の運営という視点から、大学債について、述べて来たが、これが SPCS にどのよう
な影響を与えているのかについて、考察してみたい。
図表 6-5 及び、図表 6-6 は、ノースイースタン大学と学生規模において同等の大学を比較
のために選択し、基本財産の 3 カ年分、投資収入マイナス支払利息の 4 カ年分をグラフにした
ものである。これを見ると、ノースイースタン大学の基本財産が比較対象大学に比して、少ない
こと、また、投資収入から支払利息を除いた額も、圧倒的に少ないことがわかる。基本財産を引
当に次々に大学債を発行できるといった大学ではなく、大学債を発行することによって、資金繰
りを行っているという状態ではないかと推察される。
130
ノースイースタン大学では、予算管理のシステムとして RCM モデルを一部の部局に適用して
いるが、その一つが SPCS であることから、儲けを生むセクションとそうでないセクションと
を区分し、特に SPCS については、顧客(社会人学生)のニーズを敏感に把握して柔軟なプロ
グラムを提供するといった、企業に近い動きをすることができる部局として運営している模様で
ある。
単位千ドル
$6,000,000
$5,000,000
・Value of endowment 20022003
$4,000,000
・Value of endowment 20032004
$3,000,000
・Value of endowment 20042005
$2,000,000
$1,000,000
$0
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【図表 6-5】
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ノースイースタン大学と同規模大学の基本財産の変化 3 カ年分
データ出所:Integrated Postsecondary Education Data System
131
(http://nces.ed.gov/ipeds/)より
単位千ドル
$900,000
$800,000
$700,000
$600,000
$500,000
$400,000
投資収入-支払利息
2001-2002
$300,000
投資収入-支払利息
2002-2003
$200,000
$100,000
投資収入-支払利息
2003-2004
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Co
-$100,000
【図表 6-6】
投資収入-支払利息
2004-2005
ノースイースタン大学と同規模大学の投資収入と支払利息の差額の推移
データ出所:Integrated Postsecondary Education Data System
132
(http://nces.ed.gov/ipeds/)より
6-2-2 大学債による資金調達
山根
正彦
米国大学の財政状況を垣間見つつ、NUにおける大学債につき報告する。
大学債による資金調達
(1)乏しい Endowment Fund
①
米国の大学はいずれも豊富なEndowment Fundが経営を支えていると見られるがこれは
必ずしも正しくない。ごく一部を除く大半の大学は授業料収入に経営を依存しており日本
の私立大学に似ている。2005 NACUBO Endowment Studyによる 746 大学のグループ別
のEndowment サイズを見ると以下の通りである 26 。
Group
Endowment サイズ
大学数(%)
Group の割合
$/学生
1
10 億㌦超
56( 7.5)
65.1%
$128,066
2
501 百万㌦‐10 億㌦
54( 7.2)
12.4%
42,046
3
101 百万㌦‐500 百万㌦
224(30.0)
17.0%
24,025
4
51 百万㌦‐100 百万㌦
142(19.0)
3.3%
11,935
5
26 百万㌦‐ 50 百万㌦
136(18.2)
1.7%
7,465
6
25 百万㌦未満
134(18.0)
0.6%
2,311
746(100)
100.0%
43,804
合 計
即ち Group1の上位 56 校が 746 大学の合計 Endowment 金額の 65.1%を占め、1~
3の合計 334 校でほぼ 95%を占める。2005 に 100 億㌦超は Harvard、Yale、Stanford、
Texas、Princeton の5校で、6 位の MIT は 67 億㌦と格差が急に開く。上位5校への集
中と 6 位以下の Group1 内でも下位ほど格差が開く特徴がある。
②
この中でNUのEndowmentは 2005 が 543 百万㌦でぎりぎりGroup2に入る
(因みに 2006
は 595 百万㌦で 765 大学中 99 位 27 。しかしGroup1 との格差は巨大でありNUは収入の柱
が授業料という大学の範疇である。
(2)多額の大学債発行
①
こうした財政状況下で NU は学生数の激減に対応するため戦略転換を図り、学生数を減ら
して選抜性を高め優秀な学生を確保するために、授業料をアップすることでよい建物・施
設・設備、よい教員、独自奨学金整備などを図るため、資金調達は多額の大学債の発行に
26
27
2005 NACUBO Endowment Study
2006 NACUBO Endowment Study
133
頼らざるを得なかった。特に、1994 年にカーネギー財団の ResearchⅡ Institution に認
定されたことがこの傾向に拍車をかけた。しかし財政状況が芳しくないため、銀行は大学
債発行に非常に慎重であり学生寮のように家賃収入により借金返済が可能な場合に限り
発行が認められるという状況が長く続いた。
②
大 学 債 の 発 行 は SPCS 独 自 で は 無 く 大 学 が 実 施 す る 。 建 物 ・ 施 設 な ど の Capital
Investment は大学の By Law により 10 年毎にマスタープランの作成が義務付けられてお
り、学長主導の下で全施設の改修拡充を含め財源計画を盛り込んだ計画を作成しており、
当然これに即して大学債の発行も企図されると考えられる。SPCS の Hopey 学部長によ
れば、NU は累計 100 億㌦超の大学債発行により施設整備などを図って来たとのこと。正
確な数字や累計起点の言及は無かったので、一つの目処の数字と考えざるを得ないが、公
表資料により現在の大学債発行残高を見てみる。
③
2005 年 2 月3日付のNUの 54,500,000 ㌦のSeries O 大学債(30 年債)発行に関わる
Massachusetts Health and Education Facilities Authority(MHEFA)の目論見書添付
書類によれば、2004 年 6 月 30 日現在のNUの固定負債総額は 501,685,000 ㌦で、その内
訳は次の通りであり、このうち少なくともb)とc)の2つのBondの合計額 459,735,000 ㌦は
大学債の発行残高である 28 。(償還期限)
a) U.S. Department of Education Mortgage Notes(2018)
$2,436,000
b) MHEFA
Series F(2024)
21,100,000
Series G(2028)
52,250,000
Series H(2010)
5,300,000
Series I (2029)
37,630,000
Series J(2006)
7,050,000
Series K(2010)
8,000,000
Series L(2036)
87,200,000
Series M(2022)
75,300,000
Series N(2034)
94,850,000
28
MHEFA による Revenue Bonds, Northeastern University 目論見書添付書類(2005 年 2 月 3 日付 NU President
及び Treasurer 連名書類)。米国大学が公共目的の建物の建設用に免税債を発行するには、法令で定める
州・地方政府機関を通じる必要があり、NU も当該機関である MHEFA により免税債を発行して来た。
134
c)
Other
Taxable Revenue Bonds, 1998A(2028)
39,355,000
Taxable Revenue Bonds, 2001A(2030)
31,700,000
Chartwells Compass Inc.(2010)
Capitalized Lease
合
3,004,000
36,510,000
501,685,000
計
またUniversity Fact Book 2005-2006 記載の 2005 年 6 月 30 日現在の固定負債は
547,216,000 ㌦で、2004 年 6 月 30 日現在 501,685,000 ㌦に上述の 54,500,000 ㌦が加算
されたものと推測される。従い、2005 年 6 月 30 日現在の大学債発行残高は概ね5億㌦
(459,735,000 ㌦+54,500,000 ㌦=514,235,000 ㌦)と見られる。即ち、2005 会計年度
のNUの総収入は 522,187,000 ㌦なので、ほぼ年間収入同等の大学債発行残高が存在する
29 とみられる。
④
米国の大学も 1980 年頃までは保守的で施設整備はEndowmentの豊富な大学は卒業生の
寄付に、財政事情が劣る大学は自己資金に依存し外部借金は例外的だった。しかし 1980
年代初頭に連邦税法改正、銀行の貸し出しプログラム、大学の経営能力向上などの変化と
持続する財政面の圧力が原因となり大学の免税債発行市場への進出が増えた。1980 年に
は 65 の大学債が発行されたに過ぎなかったが、1999 年には 537 が発行されこの期間の発
行累積高は 1,430 億㌦、ほぼ 6,500 の大学債が発行されており、大学は時々のまたは定期
的な大学債による借り手となった。従い、NUの大学債発行もこうした趨勢を受けたもの
といえる 30 。
(3)今後の課題
①
前頁の固定負債リストの償還期限に見るとおり、NU の大学債は今後 15 年程度でその償
還が発生する。これをいかにクリアするか、償還のための金融工学的手法を含め大きな課
題である。更に、現存施設の将来更新のみならず、老朽化した教室、研究棟、スタヂィア
ムの改築、発展のための新築など新規資金の調達確保が償還と併せて大きな課題である。
大学債に依存するとしても、元利払いに加え、建設のための市当局の認可と近隣住民の同
意は発行の前提条件であり、財政・財務以外の要素も大きく影響する。NUは Boston
College, Boston University, George Washington University などをベンチマーク校とし
て努力し、全米 96 位のランキングに到達している。これら上位校を追い越すために、ま
29
NU の University Fact Book 2005-2006
30
College and University Business Administration, Chapter10 Debt Financing and Management,
p29-32
135
すますの収益向上、Endowment Fund の充実など大学債に加えた資金確保、資金調達の
拡大が喫緊の課題である。
②
1980 年代後半からの志願者激減に対するNUの戦略は、それまでの州立大学的私立大学
の地位を脱し、学生数を減らして選抜性を高める一方で授業料をアップして施設面、教員、
独自奨学金の整備など学習・教育・研究環境を整備し、大学ランキングで 100 位以内に入
ることであり、これは着実に達成されて来た。しかし背景に職業教育を軸足とする NU の
伝統と研究大学に向けた質的充実に加えて、他大学の授業料アップも急ピッチで、NUの
授業料が相対的に他校より安かったし今も安い現実もある。
③
この環境下で SPCS に何が期待されているか。SPCS の現在の収入は 3,000 万㌦、利益は
1,000 万㌦程度で、これは 2005 のNUの収支差額 1,450 万㌦弱との対比で(注 6)SPCS
のマージナルな利益貢献度は高く収益部門として役割は大きい。これは新学部長の就任、
同学部長の大学執行役員・University Senate への任命、SPCS自体に学位授与を認める
教学面での全学的認知、RCM 導入等の諸要素相俟っての結果といえる。NUが成人学生
教育機関として発足した歴史から学内の成人教育への理解が伝統的に存在することもあ
ろ う 。 学 長 は SPCS の 収 益 力 を 2 倍 に す る こ と を 求 め て お り 、 Hopey 学 部 長 は
(1)Certificate プログラム、(2) 大学院教育、(3) SPCS 独自の募金活動の3つのエリアへ
の注力と充実で果たしたいとのことであった。
136
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