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全文PDF - 日本精神神経学会

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全文PDF - 日本精神神経学会
シンポジウム :境界性パーソナリティー障害治療のガイドライン作成をめぐって
58
5
第1
0
2回日本精神神経学会総会
E
Z
]
E
Z
]
回回B]
匡]
指定討論
境界性パーソナ リティ障害治療のガイ ドライン作成をめ ぐって
鈴 木 茂 (
県西部浜松医療センター精神科)
BPD の治療 ガイ ドライ ンを作成 す るた めの こ
安定 さな どがな く,人間的親 しみを感 じる場合 は,
の シンポジウムで,牛 島先生 は,BPD患者 が今
む しろ神経症 として扱 った方が よい」 のであ り,
日,「
精神医療の現場で敬遠 され」「
行 き場がな く,
「
手 首 自傷 をみ れ ば BPD とい う時 代 は終 わ っ
路頭 に迷 う状況 になってい る」か ら,「
一般臨床
た」
8
)
のです.
家が活用で きる対処法 を提示す ることが緊急の課
私 の病院 にや って きたこれ らの患者 を最初 に診
題」だ と仰 い ました. けれ ども BPD患者 は,た
察す るの は,総合診療科の若 い救急医たちです.
とえ臨床家が敬遠 した ところで,医療の現場 にや
年間 1
00例 は診 るで しょうか ら,彼 らは BPD に
0年間,救急医療 のあ る
って きます.私 は この 2
関す る彼 らな りの認識 を作 り上 げてい ます.むろ
総合病院 に勤 めていますので,大量服薬や リス ト
ん個人精神療法のようなことはや りませんが, そ
カッ トの患者が連 日のように救急受診 して きます.
れだ けに強い逆転移のような厄介な関係 も作 りま
そういう人 の多 くは感情 の不安定や暖味な自己像
せん.私 に与 えられた主な役割 は,彼 らの この活
や慢性的な空虚感 を抱 えてい ますか ら,DSMⅠ
Ⅴ
動 を維持 す るた め に退院時診 察 な どの 「
事後処
の診断基準 を表面的に当てはめるな ら,多 くのケ
理」 を担 う,ケース ・マネージメン トの形 になっ
ースが BPD とい うことにな ります. しか し,也
てい ます.
方の総合病院では,その患者が 5年後 1
0年後 に,
出産や身体疾患のために受診す ることがあって,
牛 島先生 は 「
BPD治療 を一般 の精 神科 医た ち
その とき,青年期 の一時期 に BPD と診断 された
に分かち持 って もらうためには,脱精神分析化が
患者の多 くが, それな りに安定 した生活 を送 って
nde
r
s
onが 「
精
必 要」 と仰 い ま した. これ は Gu
いることがわか ります.青年期境界例の多 くは一
神療法 をケース ・マネージメン トか ら区別 す るこ
過性 の反応であって,横 断的診断で は BPD の基
とが望 ましい. なぜな ら,境界例患者 の治療の際
準 を充た していて も, その予後 は必ず しも悪いわ
に発生す る問題 の多 くは,患者が精神療法以外 の
けで はないのです.
治療 を必要 とす るときに,精神療法 を行お うとす
リス トカ ッ トや大量服薬 の患者 を見 る と BPD
る見当違 いの努力 に由来す るのだか ら」 とか 「
入
の疑 いが臨床家の頭 をよぎることは致 し方 あ りま
院の ような高い レベルのケアを受 けている状況で
せんが,牛島先生が指摘 されているように 「
最近
は,個人精神療法の果す役割 は補助的 な ものであ
の思春期世代 では,神経症水準で もス トレスに対
り,症状 の軽減 と行動管理 を目的 とす るケース ・
す る反応 として自傷行為が結構認 め られ」 ます.
マネージメン トに比べれば重要度が低 い」 と書い
「
歪 な対象関係 を示す 『
見捨 て られ抑 うつ』や不
p.
239,266) と一致 します.マネ
てい るこ と2) (
5
8
6
精神経誌 (
2
0
0
7)1
0
9巻 6号
-ジ ド・ケアの目的は医療 コス トの削減にありま
げて,過去の外傷的な出来事,つ まり 「
担任の教
p.4
,3
9
)
,ケー ス ・マ ネー ジメ ン トとい
すが (
師から職員室 に,あるいは父親か ら床の間のある
う言葉 において 「
マネージメン ト」が意味するも
部屋に呼び出された ときの不快な緊張体験」を想
のは,む しろ治療の安全管理です. 「
BPD患者 に
起 させ るような接近 をやったのでは治療はぶち壊
(
力動的 な)個人精神療法 を行 うことがで きるか
Lになる, と仰 っています. これは精神分析的な
どうか は,衝動 を抑制 す る能 力の有無 に左右 さ
見方か らの一種 の脱却で しょう.精神科医 には
れ」(
p.
2
4
3
,2
5
0
)ますか ら, そうい う強 さを も
「
逆転移」に対処する能力が要求 され ますか ら,
たない平均的な BPD患者 にはケース ・マネー ジ
「
逆転移」 とい う概念 は精神分析 を離れて も重要
メン トのほうが望 ましvlL,少な くともそれは,
ですが,患者の言動 に 「
転移」を云々 した ところ
個人精神療法を開始するための前提 になるという
で生産 的 で はない とい う こ とで す.ち な み に
,
ことなのです.そのうえで Gu
n
de
r
s
o
nは 「
分裂
BPD を含 む慢性 うつ病 の治療家 Mc
Cul
l
o
u
g
hは,
t
hepr
i
nc
i
p
l
eo
fs
pl
i
tt
r
e
a
t
me
nt
)
治療の原則 」(
「
転移」 とい う概念 を精神分析か ら引 き離 し,認
とい う言 い方で,複数の治療者,複数の治療様式
知行動療法的に定義 し直 してい ます6) (
p.1
0
4
)
.
あるいは構成要素 を含んだ治療計画 を勧めてい ま
その見解 によ ります と 「
転移」 とは,臨床家 と
す. それ は,個別の治療では避 けがた く発生す る
他者において行動化 される表象的世界観を意味 し
欲求不満 を c
o
n
t
a
i
nす ることによって BPD患者
てお り,治療 は,患者の中心的病理である前操作
,
p
l
i
t
t
i
n
gや
を治 療 に繋 ぎ止 め,治 療 を患者 の s
pr
o
j
e
c
t
i
o
nか ら守 るための構造 を提供する, と力
説 してい ます (
p.6,115,1
41)
.
加藤 もまた3
)
,「
精神分析的 アプローチが BPD
別練習 を通 じて)転覆 させ,新 しい対人的現実が
に対 し,かえって病態を深め,治療 を収拾困難 に
彼 らと臨床家 との間に存在 していることを知覚 さ
して しまう危険を持つ とい う点では専門家の間で
せ る点 にある, とい うのです.BPDの診断 と治
,
的世界観 (
Pi
a
ge
t
) と,幼い頃のその人 にとって
実際にあった在 りようとの間に仮定 される表象的
関連 を,臨床家が (
患者への個人的関与 と対人弁
一致 をみている」 としなが らも 「しかしなが ら,
療 において 「
慢性抑 うつ」 を重視 しつつ脱精神分
精神分析 の見地は,病態の理解 には不可欠なので
析化 を図ろうとする牛島先生の姿勢は,早期発症
ある」 と付言 しています.一般の精神科医に今 日
の慢性 うつ病患者の認知行動分析療法 システム
求 められていることは,個人精神療法ではな くて,
(
CBASP)を提 唱 した Mc
Cul
l
o
ug
hの立場 と重
総合診療科の救急医を含めたさまざまな職種のス
なって見 えます.
タッフとともにチームで行 うケース ・マネージメ
ン トなのであり,精神力動論 はその中で限定的な
役割 を占めている, と私 も考 えています.
次に, 自傷行為 に対 して,限界設定 (
入院や身
体拘束) をしてまで 「
止めるべきとの態度 をとら
ない」 という宣言 も,ガイ ドラインに入れるにし
治療上 の 「
脱精神分所化」の具体的な試 みの 1
てはかな り思い切った決断 と言えるで しょう.私
つ として,牛島先生は 「
転移」 という言葉 をお使
はそれに賛成です.Gu
nd
e
r
s
o
n2)は, 自殺傾向を
いにな らず
,「問題 のす り替 え」現象 とい う表現
反復 す る BPD患者 を入院 させ るに際 して は,
をなさいました.親 に対する激 しい感情の突出は
「
私があなたに入院 を勧 めるのは,あなたの自殺
「
治療 によっで情緒的に揺 り動かされてい ること
に私が法的責任 を取 らされ ることを避 けるた め
を親子 の問題 にす り替 えてい る」のであって,
だ」 とか 「
私が入院に同意するのは,あなたが入
「
治療者 の言動に過去の親の言動 を重 ね合わせて
院 に固執す るためだ」 とか率直 に述べた上 で,
いる」 とみなすことは治療的ではあ りません.た
「
実 はあなた を本当に気遣 うや り方 は,私 にそ う
とえば患者が無断で面j
妾を休んだ行動化を取 り上
いう危険があるにもかかわ らずあなたを入院させ
58
7
シ ンポ ジ ウム :境界性パー ソナ リテ ィー障害治療のガイ ドライ ン作成 をめ ぐって
ないようにすることだ と思 う」 と付言す ることで,
「
孤独への耐性 の低 さ」 と呼 ばれ る指標 を,主観
入院 という行為の もつ意味を変更す るのだそうで
的な立場か ら捉 え直 した ものです.DSMⅠ
Ⅴに挙
p.
1
1
0
)
.要す るに,会話 を 「
医療の必要性」
す (
げられた BPD の 9つの診断基準 は,いずれ もそ
に関するものか ら 「
患者の主体性」 に関するもの
れな りの根拠があるものですが,診断上の意義 と
へ と移行 させてしまう.そうすると,その入院 は
い う点 で Gu
n
d
e
r
s
o
nは,第 1に 「理想化 と価値
医者の指示によるものではな くて,患者の意思 に
切 り下 げの両極端 を揺れ動 く不安定で激 しい対人
よるもの ということになるので, この対話 は 「
患
-s
p
l
i
t
t
i
n
gが対人関係 の領域 に顕在化 し
関係」 (
者によって操作 された」 という治療者の気持ちを
,
た もの) を,第 2に 「
衝動性 による自己破壊的な
,
和 らげる とともに 「
愛 されている」 とか 「
救っ
行動化」を挙 げてお り 「
見捨 て られ恐怖」は 8
てもらえる」 といった患者の幻想を解体 します.
番 目にやっ と出て くるにす ぎません (
p.
26)
.こ
治療者は表面上 は患者の言いな りになるのですが,
の点 も,患者の主観的な体験 に焦点化 して診断 し,
患者が当てにしていた満足感の多 くを奪 ってしま
治療 と直結 させ ようとする牛島先生 と,で きるだ
うという意味で,彼 はこれを 「
偽の服従の原則」
け客観化 された言動に基づいて診断 しようとする
と呼んでいます.ちなみにこのや り方は,牛島先
Gu
n
d
e
r
s
o
nとの違 い を反映 してい る ようで,輿
生が言及 され てい る 「
退 院 を要求 す る BPD 患
味深 く感 じられ ました.
者」 に対 して も同 じように適用できるで しょう.
要は患者側の責任であるべ きものを治療者が無間
次 に BPD の外来治療の問題 です.今回の ご発
に背負い込 まずに,患者側 に差 し戻 してい く, と
表で川谷先生 は,冒頭か ら BPD を(
∋幼少時か ら
いうことです. これは確かに 「自殺未遂 による入
手のかか らないよい子である 「
偽 りの 自己群」,
院の繰 り返 しという悪循環 を断ち切 って, これ ま
(
参周囲を巻 き込み,他者を困 らせ る不安定 な 「中
で と違った話 し合いの場 を開 く」可能性 をもつか
核群」
,③虐待 の既往 をもち, 自傷や解離 を呈す
もしれませんが,それにして も多 くの時間を必要
る 「
マイクロ精神病群」の 3型 に分 けてお られ ま
とす る方法です.BPD患者の 自傷行為や 自殺企
す.すべての BPDが本当にこの 3者 にきっち り
図は,彼 らをよほど追い詰めた り怒 らせた りしな
分 けられるのか どうか,た とえば 「
虐待の既往 を
いか ぎりは生命 に関わらない ものがほとん どです
もった手のかか らないよい子」が存在 し得 ないの
ので,治療者が過剰 に恐れないことで十分なので
か といった疑問が,私 には生 じます.抄録 にある
はないか, と私 は思います.救急医 との普段か ら
ように 「
偽 りの自己群」 に治療 中断が多 く, ま
の連携が,精神科医にとって安心感 を与 えて くれ
た 「
中核群」が もっとも治療困難でマネージメン
る保険 となることで しょう.
,
トが必要になる, ということです と,川谷流の個
人精神療法に最適なのは果た して どの亜型 という
また牛島先生 は,BPD と他 の疾患や人格障害
,
ことになるので しょうか ? さらに今回提唱され
との最 も基本的な鑑別点 として 「
見捨 て られ不
た 3つの類型 は,一昨年の論文で使用 した 「
重症,
安」 を挙 げてお られ ます.BPD治療の要諦 は,
中程度,軽症 」5
)とい う 3区分 とどの ような対応
「
見捨て られ不安」 と慢性抑 うつに対処 す ること
関係 にあるのでしょうか ?
であって, 自信 に乏 しい患者 に対 しては,洞察 よ
BPD の外来治療 は,主治医の性格 や考 え方 に
りもむしろ 「
万能感 に通 じる自己体験」 を与 える
左右 される部分が入院治療 よりも大 き くて,誰 に
ことが大切, とい うご意見の ようです.確か に
で も採用可能なスタンダー ドの提出はなかなか難
「
見 捨 て られ 不 安」 は BPD を NPDや s
c
h
i
z
o
i
d
しい ようです.川谷先生 もつ とに 「
BPD の治療
や反社会性人格障害か ら分かつ大 きなポイン ト2)
が精神分析 を中心 にした個人精神療法の時代か ら
(
p.
33
,38
,66
)ですが, それ は客観的見地か ら
チームによるケース ・マネージメン トの段階に移
5
8
8
精 神経誌 (
2
0
0
7
)1
0
9巻 6号
ってきている」 ことに言及 され,治療チームの中
り方 をしたな ら徒 に悪性退行 を作 り出す危険性 も
での精神科医の役割 を,(
ヨスプ リッ ト治療 のチー
あるで しょう. もっ とも先生 は先 ほどの ご発表で,
ム リーダー,②精神分析的精神療法 は行わず,莱
治療者が患者 に代わって問題解決 を図 るようなプ
物治療 に限 る,(
診患者の安全 を管理 し危機介入の
レ ッシャーを感 じたな ら,「自分 の蒔 いた種 は,
決断,④ チームの教育 な ど,「
入院治療 にお ける
自分で何 とかするように求める」 とい うことも仰
病棟医長 の役割 と機能 に相当す るもの」 とお書 き
ってい ました. 自信 に乏 しい境界例患者の万能感
になってお られ ます4).
を維持す ることは治療的か もしれ ませんが,治療
しか し,2
0
0
4年 の本学会 シンポ ジウムで語 ら
者が自らの万能感 を維持 しようとすることになっ
れた川谷先生 ご自身の外来診療 は,ケース ・マネ
た ら問題 で しょう. それ は NPD患者が誇大 自己
ージメ ン トとは大 き く異 なった,力動的な個人精
に固執す るの と似た ような ものか もしれ ません.
神療法 の ように見受 け られ ます5).先生 は 「
患者
患者 に自己責任 をどこまで求 めるのか とい う問題
への治療者のほれ込みが治療 を成功 に導 く」 とい
は,平島先生 の薬物療法 に関するご発表で もジレ
う信念 か ら,治療者側 に患者への幻滅が生 じるの
ンマをもた らす ものになっていました.
を避 けるために,スタッフミーテ ィングさえ行わ
ない と仰 います.患者が治療の場 に持 ち込 む転移
薬物療法に関 しては,私 は経験 に疎 いのですが,
を積極的 に引 き受 けて,治療者の側か ら患者 に同
それで も① BPD患者で は とくに,薬理学的効果
一化,理想化 して一体感 を作 り上 げ,患者 の万能
に帰することので きない投薬行為 自体が もつ意味
感 を維持 してい く方法 を とる.それ は必ず限界 に
の大 きさや,②薬物療法 は補助的かつ一時的な も
ぶち当たって患者 は行動化 をお こす けれ ど,そ こ
のであ り,マネージメン ト全体の中で他の治療法
で も先生 はこの 「問題行動」 を患者の責任 とせず,
と併用す ることが望 ましい とか,③ベ ンゾジアゼ
(
「
治療者 の見通 しが甘か った」 といった)「
環境
ピン系や リタ リンの使用 は控 えたい, といった平
側 の失敗」 という形で治療の中に収束 します.先
島先生の ご意見には賛同で きます.私がい ま処方
生が もっ とも重視 しているのは, このような形で
して い るの は,む ろん SSRIや SNRIもあ りま
の治療 の継続性であ り, そのためには直面化や解
すが, ときに リーマスやデパ ケンが効果 をあげて
釈や治療契約 を敢 えて行 わない. こういうや り方
いるように見 えるケースがあ ります. その場合 に
をすれ ば,治療の中断は,半年間の前向き調査で
は 「
BPDか双極 Ⅰ
Ⅰ型 かの鑑別」 といった頭 で っ
52例 中 わ ず か 3例 にす ぎなか った そ うで す.
か ちの問題 とせず に,衝動性 の勝 ってい る BPD
BPD患者が半年以 内に個人精神療法か ら脱落 す
患者 にはこれ らの薬物 を一度試 してみる価値があ
0% 以上 ですか ら (
p.
る確率 は,多 くの報告で 4
る, と私 は思 っています.
2
4
0
)
, これ は驚異的な数字です.
けれ ども,今 回の抄録 に 「
BPDの外来治療 で
BPD と軽繰状態 を伴 う双極性障害 との 「
鑑別 」
は,主治医の治療への英雄的なまでの情熱 と治療
問題 は近年の トピックになっています. なるほど
の限界 を知 った慎重 な態度が望 ましい」 とあるよ
DSMⅠ
Ⅴによる BPDの診断基準 は感情 や衝動性
うに,「
英雄的な情熱」 まで求 め られ る治療法 と
に関す る項 目が多 くて,BPD は気分障害 に近 い
なると, とて も万人 に使用可能 な一般的技法には
という印象を抱かせ ます. しか し, ここで問題 に
な り得 ないで しょう.実際,先生の技法は,多 く
なっているのは,相互 に独立 した疾患の間の鑑別
の点でケ ース ・マネー ジメン トが掲 げる BPD治
や共存 というよりも,類似の ものを見 るときの視
療論 とは対立 してい ます.精神科医がみな BPD
点 の相違 といった ものではないで しょうか.加藤
治療 に これだ けのエネルギーを使わな くてはな ら
先生 は精神的病態 に生命力動面 と人格構造面 とい
ない道理 はないし,向かない治療者が川谷流のや
う 2つの レベルを区別 して,「
BPDでは抑 うつや
シ ンポ ジ ウム :境界性パー ソナ リティー障害治療 のガイ ドライ ン作成 をめ ぐって
5
8
9
不安な ど情動性 の症状が多 く, そのため少な くと
かの異種的なタイプが混同されているのではない
もある時期,気分障害や気分変調症 と診断され る
で しょうか.
症例が 目につ く」が,「
BPD は人格構造の視座か
らの診断名 で ある.BPDが まず うつ病 と診 断 さ
平島先生 は 「
薬物療法に関 して,患者 に責任 を
れ るとき, それは生命力動 の視座か らなされた も
持たせ る」 と仰 いました.具体 的 に どうや って責
のである」
,「
BPDの症例 に,少 な くともあ る時
任 を持たせ るのかが よ くわか りませんで したが,
期,抗 うつ薬や感情調整薬が効果的であるが, こ
BPDを医学 的疾 患 として扱
一般 に投薬行為 は 「
の薬物療法 はあ くまで,生命力動 レベル に働 きか
う」 とい う主治医の態度表明 と患者 には受 け取 ら
けていると考 えるべ きである.他方,広義の精神
れ ますか ら,「
責任 を要求す る」 こととは逆方 向
療法や認知行動療法的アプローチは人格構造 のレ
にな りが ちです.BPDが脳 病 な らば,患者 に 自
ベルに働 きかけることを目指 している」 と述べて
Cul
l
o
u
gh6)
己責任 はないわ けで す. この点 で Mc
お られ ます3
)
.
は,慢性 うつ病患者 に対 して,「
患者 は自分 の う
要す るに, この領域の病態診断には 「
軽症 の双
p.1
5,20) と明言 し
つ病 に対 して責任が ある」 (
極性障害」のように生命力動面 に照準 した概念 も
てい ます.「
社会 的変数のみ を操作 す る ことで脳
あれ ば,Ke
r
n
be
r
gの BPO の よ うに人格構 造面
内ア ミンに大 きな変化 を引 き起 こす ことがで きる
に照準 した診 断 も可能 なのです.DSM の BPD
のだか ら 『うつ病 は化学物質 の不均衡 のせ いで
診断基準では両者が混在 していて,生物学的立場
あって,私のせいで はない』 と患者が言 うことは
,
の精神科医 は生命力動面 を重視 し,「
BPDの多 く
で きない. うつ病 を終需 させ る手段 は,現在 の自
は不適切 に治療 された軽症 の双極性障害である」
分の生 き方 に対する責任 をしっか りと引 き受 ける
な どと主張する一方で,心理的立場の精神科医は
以外 にないのである」 という彼 の断言 は,基本的
双極性障害概念の拡張に 「
薬物 による人格改変の
に BPD患者 に も当てはまる もの, と私 は思 って
みを目指 して,患者 との内的交流 を授ねつける」
い ます.
s
c
a
lの提 出す
冷たさをみることにな ります.Aki
i
po
l
a
rs
p
e
c
t
r
u
m は1
)
, 自生的な感情領域 と生
るb
最後 に小野先生の入院治療 に関 してですが, こ
物学的要因のみに基づいた分類であって,対人的
れ も一昨年 のシ ンポ ジウムの ご発表 が,2004年
防衛機制や集団力動 といった社会的な要因が考慮
の精神神経誌 106巻 に掲載 され てい ます7). あ る
されてい ません.つ ま り BPDの本質が最初 か ら
程度 の症例数 を系統 的に集 めた BPD の入院治療
無視 されている以上,彼 に とってその種 の患者 は
に関す る論文 は, これ までアメ リカの研究の受 け
当然 BPDでは有 り得ないわ けです.生物学的研
売 りばか りで,わが国独 自の治療経験 に基づいた
究者 は感情領域 の何 らかの症状 に BPDの特異性
報告 はなかったのではないで し ょうか.慈恵医大
を見出 したい ところで しょうが,感情 を単 に量的
では 20
01年 11月に新病棟が完成 して, それ まで
な もののようにみな していたのでは,気分障害 に
8床か ら閉鎖 と開放 を併 せ持 つ 46床へ と
の閉鎖 4
おける感情症状 との微妙 な質的差異が見 えて こな
移行 したそ うですが, この論文 は,入院構造の こ
い と思い ます.「
軽繰」 は操 が単 に薄 まった もの
2例 の治療 結果 に著 しい変
の相違 が BPD患者 9
ではな くて,操状態 と根本的 に相違す るのか もし
化 をもた らした ことの報告で した.結論 を箇条書
れ ません.操 については誰で も容易 に画一的 なイ
きにします と,(
∋平均入院期 間が 5
9日か ら 2
5.
8
メージを抱 くことがで きるけれ ども,経距 に関 し
日にまで半減 した.(
塾問題行動 に対処す る仕方が,
ては皆が共通の単一的なイメージをもってい ると
A) 隔離拘束 を汎用す る管理 的 な手法 か ら,B)
は考 えに くいですか ら,双極 Ⅰ
Ⅰ
型や気分循環症診
(
患者 の主体性 を尊重 して)行動 の 自主的制御 や
断の主軸 となる 「
軽繰エ ピソー ド」 には,い くつ
退院 を促す非管理的な手法へ と重点移動 した. そ
5
9
0
精神経誌 (
2
0
0
7)1
0
9巻 6号
れ とともに,③病的退行の遷延化やスタ ッフ との
と優 しく受容 し,前者 には 「自分 を後生大事 にす
関係性 を巡 っての トラブルが著 し く減少 した.④
るな」「
他人 に喜 んで もらえるような ことを何 か
入院 目的が,緊急避難や危機介入 に限 られて きた,
した ら」 と少 し厳 し く, 自己責任 をもたせ るよう
とい うものです.
に接す る. これ は何 もリス トカ ッターだけでな く,
①患
今回 の ご発表の内容 は これ を踏 まえて,「
自称 PTSD や ACや多重人格 に も, うつ病 の 自
者 の自我機能の水準 を低下 させない こと,(
参スタ
責型 と他責型 にも適用で きる考 え方ではないで し
ッフ ・患者間の対人関係の問題 の出現 を回避 する
ょうか.
こと,(
卦入院治療 の位置づ けを,外来治療 を補完
操作主義 のマニュアル診断や俗流精神分析 の紋
す る応急入院にとどめることに留意 したガイ ドラ
切 り型図式 を信奉 しているか ぎり,同一の症候 に
イ ン案 の策定」で したが,短時間だったためにガ
対 して正反対の対処 な ど思いつかないで しょう.
2項 目 とそれぞれ に付 け られ た点
イ ドライ ンの 2
マニュアル にさえ従 っていれば失敗 して も責任 を
数の意味が私 にはよ く理解で きませんで した.い
とらないで済む とい う 「
無責任な安全策志向」が,
ずれ論文化 された ときに熟読 してみたい, と思っ
自殺のジェスチャーや 自傷行為が精神科医 に 「
高
ています.
く売れ る」 と他音型 の患者 に思わせた り,甘す ぎ
る対応が彼 らの病状 を悪化 させ,増幅群の数 を徒
まとめ として,仮説的な私見 を述べさせて頂 き
に増や した りしているのではないで しょうか.起
ます と,BPD患者 は決 して一様 で はな く,少数
炎菌の同定 を怠 って,安易 に広域 スペ ク トルの抗
の重症例 を 「
原本群」 としてその周 りにメデ ィア
生物質 を選択 し,漫然 と長期 に使 い続 ける医療行
情報か らの暗示 を受 けて自己投影 した多数の社会
為 は,耐性菌 を徒 に作 り出 して感染症 を世 に蔓延
的 「
増 幅群」を含 んでいます.前者 の原本群 はど
させて しまいます.今 日流行 している心理的病態
んな治療者 にとって も難物ですが,大多数の増幅
甘 さの過剰投与」 とい う不適切 な対
の多 くは,「
群 は治療者が変な先入観 さえ持たなければ長期的
処が増幅 させた 「
心理的感染症」 なのか もしれ ま
にみて さほ ど治療 困難 な対象ではあ りません.要
せん.
す るに,操作的診 断で は等 し く BPD と診断 され
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n2)は, ケース ・マネージメ ン トにお
る症例 のなかに,重症 の原本群 と,マスコミ情報
いては 「
必要 とされ るよ りも高いレベルのケアを
によって増幅された軽症群 とがい る, ということ
患者 に提供 することは決 してよい ことではな くて,
ですが, そこで重要な点 は,同一 の症候 に対 する
最小限のレベルのケアが最適 なレベルのケアなの
対処法 を両者で全 く逆 にしたほうが よい とい うこ
である」 とか 「ケアのレベルを下 げることに対 し
とです.た とえば数万人の リス トカ ッターか ら電
て大半 の BPD患者 は怒 りの反応 を示す けれ ども,
話やメールによる相談 を受 けているとい う水谷修
治療者 は患者の要望 に反 して,ケアのレベル をよ
氏 によ ります と, その大半 は軽症 の 「自己愛病」
り集中度の低い外来ケアへ と適切 に落 としてい く
で, 自分 を不幸な ヒロインに仕立 てている傾 向が
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) と強
ことが望 ましい」 (
あるか ら,彼女 らに 「
辛か ったね」 と同情 してあ
調 しています.入院のような高 レベルのケアを長
や は り私 は不幸で可哀想 なんだ」
げるこ とは,「
期的に続 けることはコス ト面のみな らず治療面 に
と思わせ,成長 を阻害 して しまうので禁句だ とい
ち (
退行促進的 とかスタ ッフとの関係 を巡 って ト
うことです. しか し他方で,幼少時か ら父母 に虐
ラブル を起 こしやすい といった)マイナスが大 き
待 され,学校では級友や教師 に不潔物扱いされて
いので,入院治療 と一般外来治療 との間 に中間的
きた逃 げ場のない 「
本物の」 リス トカッターが少
レベルのケア体制 を作 ることが望 ましい.具体的
数 なが ら存在 します.両者 を鑑別 し,後者 に対 し
に言 うなら,それはデイケアやナイ トホス ピタル
ては 「自分 を大切 にしろ」「
頑張 らな くていい」
とか,外来 でのグループ療法や行動療法や家族療
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シ ンポジ ウム :境界性パーソナ リテ ィー障害治療のガイ ドライ ン作成 をめ ぐって
法の併用 といった集 中的な治療体制 を意味 してい
591
の治療的対応.精神科治療学,1
9;71
9-7
27
,2004
ます.Gunderson と牛 島先生 が BPD の治療経験
4) 川谷大治,諸柾健二,妙木浩之 :境界性人格障害
を通 じて独立 に,個人精神療法 よ りも 「
複数の治
の精神科診療所におけるケース ・マネージメン ト.精神療
療者,複数 の治療 様 式 あ るい は構 成 要 素 を含 ん
だ」ケース ・マネー ジメン トが望 ましい とす る結
論 に到達 した ことは,今後 の BPD治療 に とって
きっ と重要 な一里塚 になることで しょう.
9;25
72
6
5,2
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5
)川谷大治 :ケー ス ・マネー ジメ ン ト.精 神 経 誌
1
06;1
26
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.臨床精神病理,21;3-ll,2000
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onD.Cリ2001 (
黒田章史訳 :境界性パー ソナ リ
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)
ティ障害. クリニカル ・ガイ ド.金剛出版,東京,2
3)加藤
敏 :転移の諸相 をふ まえた境界性人格障害
20
0
0(
古川喜亮ほか訳 :慢性 うつ病 の精神療法 -CBASP
の理論 と技法.医学告院,東京,2
00
5)
7) 小野和哉,大島一成,石黒大輔 ほか :境界性人格
06;1
2
66-1
26
9,
障害の入院治療 に関す る研究.精神経誌 1
200
4
8
)牛島定信 :境界性人格障害治療の現状 と問題点,
0
6;1
2
5
6-1
25
9,20
04
その序論.柄神経誌 1
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