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マイヅルテンナンショウの性転換・地上部資源投資と 個体サイズの関係

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マイヅルテンナンショウの性転換・地上部資源投資と 個体サイズの関係
マイヅルテンナンショウの性転換・地上部資源投資と
個体サイズの関係についての研究
理科教育専修
櫻
【目
2512025
庭
洋
的】
マイヅルテンナンショウ(学名 Arisaema heterophyllum Blume)は、サトイモ科の多年
草であり、開花時の葉と花序の様子が鶴の飛んでいる姿に似ていることから名づけられた
ものである。葉は 1 枚、鳥足上に多数の小葉を付け、花期は 5 ~ 6 月である。本州、四国、
九州および朝鮮半島、台湾、中国にかけて広く分布する。
本種は、昭和 35 年に自生しているのが発見されたがその後不明となり、平成 3 年に再
発見されたが、生育地の宅地造成により平成 7 年に校地に移植したものである。発見当時、
東北地方で発見例のある岩手県や宮城県では記録のみで自生の確認がなく、当時の植生密
度(約 30 アールの草地に約 200 株)から日本最大の群生地であるとされた。
マイヅルテンナンショウに関しては光環境と光合成生産や個体成長、生育適地に関する
報告はあるものの(村岡・鷲谷 1999)、個体サイズと性表現に関わる詳細なデータはわかっ
ていない。また、テンナンショウ属では、同一株の成長にともなって無性株から雄株、さ
らに雌株(本種は両性株)へと変化することは古くから知られており、栄養状態が良くなり
地下茎が大きくなると雄株から雌株へ、小さくなると雌株から雄株へ可逆的に性転換する
ことは報告されている(Schaffner 1922 , Maekawa 1924 , 日野 1953)。しかし、本調査地で
は個体数が 18 個体と非常に少なく、地下茎を掘り出しての研究は非常に危険である。
本研究ではこの貴重な種であるマイヅルテンナンショウのフェノロジーを明らかにする
こと、有性生殖が可能になる両性株への性転換を推定できる有効地上部位を明らかにする
こと、地上部資源投資と個体サイズの関係性について明らかにすることを目的とする。
【調査方法】
各個体について、最初の 1 個体の萌芽が確認された日を調査 1 日目として成長が止まる
8 月下旬まで各個体のフェノロジー調査と個体サイズ(草丈,基部直径,花序長,小葉幅,
小葉長)の変化を定期的に 2 年間計測した。8 月下旬に各小葉を方眼紙を背景にしてデジ
タルカメラで撮影し、LIA32 for Win32 ver.0.376b1 を用いて小葉面積を計測した。集合果
は、膨らみ始めた 9 月上旬にブドウ果実保護用の紙袋をかけ、赤く成熟し切る 11 月中旬
に収穫した。収穫した集合果はほぐして果実数、種子数、種子重を計測した。
2 年目は 18 個体中 11 個体(雄株 6 個体,両性株 5 個体)について萌芽後すぐに寒冷紗を
施し、光量を 63.2%に制限した状態で個体サイズを計測した。
これらの各種データは統計ソフト StatViewVer.5.0 を用いて、相関の有無に関しては
Fisher の検定を、2 群間の有意差の検定には Mann-Whitney の U 検定を、多群間の有意差
の検定には Kruskal-Wallis の検定を行った。
-1-
【結
1
果】
フェノロジーと成長
2012 年は全 18 個体中、無性株 1 個体、雄株 7 個体、両性株 10 個体を調査した。
草丈、基部直径、小葉長、小葉幅の 4 点に関しては、一定期間成長した後(草丈:雄株
約 20 日・両性株約 35 日,基部直径:雄株約 10 日・両性株約 30 日,小葉:雄株両性株とも
約 60 日)、成長は止まることが分かった。また、花序長は調査開始約 20 日頃に花柄を伸
長し始めて開花し、上方に付属体を伸ばして約 35 日目にピークを迎え、その後両性株は
集合果を膨らませ始め、雄株は萎れて花序が消失した。
第1図
調査日毎の草丈〔▲〕、基部直径〔■〕、花序長〔◆〕、葉面積〔●〕の成長変動。
青線が雄株、赤線が両性株を示す。葉面積は調査日毎の計測をしていないため、各調査日におけ
る小葉長と小葉幅の積を 2 で除した値を小葉面積として推定し、その合計値を各個体別の葉面積
として性タイプ毎に平均値を求めた。基部直径、草丈、葉面積の順に成長が止まり、花序長が最
大になると草丈の成長が止まり、花序が萎れると葉面積の成長が止まる。
2
性表現と個体サイズの関係
各個体サイズの測定結果より、基部直径-草丈間(r=0.922 , p<0.001)、基部直径-小葉
長合計間(r=0.936 , p<0.001)で特に有意な相関が見られた(表 1)。また、小葉長合計-総
小葉面積間(r=0.960 , p<0.001)においても有意な相関が見られたことから、葉面積には小
葉長の長さが大きく影響していることが考えられた。
3
個体サイズと果実・種子生産
1集合果あたりの種子数および果実数と基部直径の間の相関を見ると有意な相関(果実
数-基部直径間:r=0.858 , p<0.01 ,種子数-基部直径間:r=0.858 , p<0.01)が見られた。
-2-
表1
各測定箇所の相関係数(r 値)〔n=26〕
基部直径
基部直径
草丈
花序長
小葉数
0.922
0.222
0.302
0.749
0.614
0.312
草丈
花序長
小葉数
小葉長
合計
最大
小葉長
頂小葉
葉長
総小葉
面積
最大
小葉面積
頂小葉
面積
0.936
0.882
0.315
0.875
0.887
0.897
0.286
0.712
0.946
0.855
0.788
0.034
0.752
0.880
0.860
0.905
0.878
0.443
0.826
0.960
0.890
0.804
0.894
0.892
0.413
0.732
0.933
0.913
0.801
0.954
0.836
0.796
0.214
0.791
0.908
0.874
0.925
0.877
0.852
小葉長合計
最大小葉長
頂小葉葉長
総小葉面積
最大小葉面積
頂小葉面積
p >0.05
4
p <0.05
p <0.01
光制限の成長・繁殖への影響
2013 年は雄株 12 個体、両性株 5 個体を調査対象としたが、寒冷紗は性タイプが判明す
る前に施したため、雄株 6 個体と両性株 5 個体に光制限下に入った。
光制限の影響に関して、調査年間において測定された個体サイズ(草丈、基部直径、花
序長、小葉長の合計、総小葉面積)の Mann-Whitney の U 検定を表 2 に示す。
表 2 各個体サイズ(草丈、基部直径、花序長、小葉長の合計、総小葉面積)についての調査年間に
おける Mann-Whitney の U 検定結果
草丈
基部直径
花序長
2012年雄株(光制限なし)-2013年雄株(光制限なし)
0.015
0.026
0.317
0.391
0.715
2012年雄株(光制限なし)-2013年雄株(光制限あり)
0.032
0.032
0.005
0.199
0.251
2013年雄株(光制限なし)-2013年雄株(光制限あり)
0.378
0.748
0.055
0.749
0.361
2012年両性株(光制限なし)-2013年両性株(光制限あり)
0.806
0.759
0.043
0.951
0.217
有意差あり
【考
1
小葉長合計 総小葉面積
有意差なし
察】
フェノロジーと成長
各個体サイズの計測値を調査日毎にグラフ化した第 1 図より、本種のフェノロジーには
次のようなことが考えられる。
萌芽初期の偽茎基部は数日のみの肥大成長であり、それ以降は概ね変化しないことから、
地上付近をタケノコ様の先端部が通過した後はほぼ肥大成長せず、資源は草丈の伸長成長
に投資されることが考えられる。偽茎がある程度伸長成長すると、その草丈の約 30 ~ 40%
の大きさの小葉を持つ葉を展開し、その後花柄を伸長し花序を作り出す。花序が付属体を
伸ばし最高値に達するにしたがい草丈の伸長成長は緩やかになる。付属体の伸長は訪花昆
虫を誘引するためであることから、付属体が最高値に達するまでに、雄株は花粉の生産に、
両性株は花粉と胚嚢の生産に資源を投資していることが考えられる。このころ小葉の成長
も緩やかになり、付属体が萎れ始めると徐々に小葉の成長も止まる。雄株は地上部の成長
をほぼ終えて花序を失い、無性株と同様の形態になることから資源投資が地下茎の肥大に
移ったことが考えられる。また、両性株は果実の成熟が始まることから、果実および種子
の成熟に資源投資が移ったことが考えられる。
-3-
2
性表現と個体サイズの関係
表 1 より、基部直径と草丈、個体毎の小葉長の合計、総小葉面積に有意な相関が見られ
ることから、個体サイズの大きい個体が両性株に性転換することは明白である。
しかし、草食昆虫による食害、日照条件や気温条件による葉内の温度上昇によって起こ
る小葉の欠損などのダメージを考えると、基部直径と草丈について観察することがその個
体の性表現を知る手段として有効であると判断できる。
3
個体サイズと果実・種子生産
1集合果あたりの種子数および果実数と基部直径の間に有意な相関が見られたことか
ら、基部直径の大きな個体は高い草丈とともに大きな小葉を持つこととなり、その結果多
く資源を果実に投資することができ、多く果実を成熟させることができるため多くの種子
を作ることができると考えられる。しかし、次世代の発芽に必要な資源を蓄えているもの
として必要と思われる種子重について、平均種子重と個体の成長を表す基部直径や草丈、
葉面積との間に有意な相関が見られなかった。
4
光制限の成長・繁殖への影響
表 2 の検定結果から、次のように考察する。
ⅰ
雄株の草丈と基部直径について、光制限の有無に関わらず 2012 年- 2013 年間で有
意差が認められている。また、2013 年では光制限なし-光制限あり間で有意差が
認められていない。
ⅱ
雄株の小葉長の合計と小葉面積について、光制限の有無にかかわらず 2012 年-
2013 年間で有意差が認められない。
ⅲ
これらのことから雄株の個体サイズに関する光制限の影響は光制限を施したその年
には無関係であることが考えられる。
この結果から次のことが予想される。
ⅰ
雄株について、光制限による個体サイズへの影響は翌年に現れる。
ⅱ
雄株の個体サイズの変容は、前年の光合成量に依存し、地下茎への資源の蓄積量が
大きく影響する。
したがって、前年度雄株として資源の利用を花粉の生産のみに押さえた個体は地下茎に
資源を貯え、その貯えた資源量に応じて次年度両性株へ性転換し、種子の生産を行う。そ
こで資源を費やした両性株は地下茎の肥大に資源を利用できないため、次年度は雄株に戻
り、資源を地下茎に蓄積するように働くというサイクルを繰り返すことが考えられる。
【要
旨】
1.
2 年間の継続調査により、本種のフェノロジーを明らかにすることができた。
2.
個体サイズを計測し、性転換に関わる個体サイズを統計学的に検定することにより、
性転換を容易に推定できる地上部位は草丈と基部直径が有効であると判断した。
3.
光量を制限して本種の態様の変化を調査することにより、雄株は地上部へ多くの資源
投資をせず、地下茎への貯蔵量によって次年度の性タイプや個体サイズを変容させると
いうことができる。
-4-
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