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英国 雇用 改革 英国 雇用 改革
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
英国
雇用
改革
∼日本の「求職者支援制度」創設に向けた示唆∼
*
政策調査部 主任研究員 大嶋 寧子
▲
要 旨 1.日本では、非正規雇用者の増加や失業の長期化傾向により、失業時に適切な所得保障や職業訓練機
会を得られない人々が増えている。国は就労世代のための雇用セーフティネット改革に取り組んで
おり、2011年10月より、雇用保険を受給出来ない人に職業訓練とその期間中の所得保障を提供する
「求職者支援制度」を創設する方針である。本稿では、英国とオランダの雇用セーフティネット改
革を振り返るとともに、日本の改革に向けた示唆を考察する。
2.1990年代以降の英国とオランダの雇用セーフティネット改革は、①失業給付等の受給者の就労イン
センティブを高める政策、②給付と就労支援の実施体制の改革、③職業訓練の位置づけの見直し、
④就労支援における適切な民間活用のあり方の模索、の四つの領域で行われている。まず、①に関
しては、英国では生活保障を受ける失業者等への就労支援が拡充される一方、生活保障の受給者が
これに参加する義務が強化されてきた。また、オランダでは寛大な失業給付や、失業の隠れ蓑となっ
てきた障害給付の厳格化が継続的に行われている。
3.②に関しては、英国で2001年に給付と個別就労支援を一体的に行うジョブセンタープラスが設立さ
れたことや、2009年に長期失業者に個別で柔軟な支援を行うことを目的に、就労支援プログラムの
枠組みの見直しが行われたことが挙げられる。オランダでも、2002年に給付と就労支援を担う機関
の機能の再編や、就労支援機関同士の連携の強化などが行われている。また、③に関しては、2000
年代後半以降の英国で、労働者の技能レベルの底上げや求職者の安定した就業を実現する目的から、
就労支援と技能形成支援の連携を模索する動きなどが生じている。
4.最後の④に関して、両国では就労支援の民間委託が推進されてきたが、就職しやすい人に支援が集
中する問題や、不安定雇用に求職者が押し込まれる問題を防ぐために、長期の就職率に配慮した報
酬支払い契約や、民間サービスに対する公共部門の管理の強化が行われている。
5.英国やオランダの経験は、日本で雇用セーフティネットの質と量を拡充していくにあたって、今後
どのような課題が発生しうるのか、どのような対応がありうるのかについて示唆を与えてくれるよ
うに思われる。両国の経験を踏まえれば、新たな「求職者支援制度」の導入にあたっては、生活保
障を受ける人々の就労意欲を喚起し続ける仕組みをいかに制度に盛り込むか、給付と就労支援の実
施体制はどのような形であるべきか、就労に結びつく職業訓練とはどのようなものか、就労支援に
おける民間部門との連携はどのような形が適切かについて、慎重な制度設計が必要となろう。
*
E-Mail:[email protected]
33
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
《目 次》
1.問題意識………………………………………………………………………………… 37
2.求職者活性化策の概念と欧州の政策動向…………………………………………… 39
⑴ 欧州レベルの取り組み……………………………………………………………………………… 39
⑵ 本稿で使用する用語の定義………………………………………………………………………… 40
3.英国の求職者活性化策の展開………………………………………………………… 43
⑴ 英国の社会保障給付に関わる制度………………………………………………………………… 43
⑵ 1997∼2001年の英国の求職者活性化策の展開 ………………………………………………… 47
⑶ 2001∼2007年の英国の求職者活性化策の展開 ………………………………………………… 49
⑷ 2007年以降の英国の求職者活性化策の展開 …………………………………………………… 51
⑸ 小括:労働党政権の求職者活性化策の展開……………………………………………………… 59
4.オランダの求職者活性化策の展開…………………………………………………… 60
⑴ オランダの就労世代向け社会保障給付…………………………………………………………… 60
⑵ コック政権(1994∼2002年)の求職者活性化策 ……………………………………………… 64
⑶ 2002年以降の改革∼就労要求的政策の強化と近年の修正∼ ………………………………… 70
⑷ 1994年以降の求職者活性化策の成果と近年の修正 …………………………………………… 74
⑸ 小括:模索が続くオランダの求職者活性化策…………………………………………………… 77
5.日本の雇用セーフティネット改革を巡る現状と議論……………………………… 78
⑴ 日本における雇用セーフティネットの現状……………………………………………………… 78
⑵ 検討される「求職者支援制度」…………………………………………………………………… 81
⑶ 小括:日本の雇用セーフティネット改革の現状………………………………………………… 86
6.英国・オランダの経験からみた日本の雇用セーフティネット改革の課題……… 86
⑴ 就労意欲を喚起し続ける仕組みの必要性………………………………………………………… 86
⑵ 給付と就労支援体制の包括的な見直し…………………………………………………………… 88
⑶ 求職者支援と職業訓練の統合的な提供…………………………………………………………… 89
⑷ 民間や第三セクターとの連携……………………………………………………………………… 90
34
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
7.おわりに………………………………………………………………………………… 91
補論1:英国ワーキング・リンクス社の就労支援……………………………………… 92
補論2:オランダ・アムステルダム市の就労支援……………………………………… 93
⑴ アムステルダム市の就労支援……………………………………………………………………… 93
⑵ 若者向け支援プログラム:「ワークフォルト」…………………………………………………… 94
35
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
1.問題意識
日本では、失業による所得喪失など、就労世
代が労働市場で直面するリスクをカバーする雇
戻す機能が重視されている点が注目される1)。
特に新たな「求職者支援制度」は、日本におけ
る「就労を促進するセーフティネット」の整備
に向け、大きな一歩となる可能性がある。
用セーフティネットの再構築が課題となってい
「就労を促進するセーフティネット」の実現
る。雇用者の3分の1を非正規雇用者が占めるな
は、わが国だけが取り組んでいる課題ではない。
か、生計維持者が正規雇用者であることを前提
欧州では、保険料に基づく失業給付のほか、税
としてきた雇用保険制度では、失業時の生活保
財源に基づく失業扶助(または生活扶助)など
障が十分行われない事態が生じている。こうし
によって、就労世代の所得喪失リスクへの保障
た状況は、仕事を通じた能力形成の機会が不足
が行われている。しかし、二度の石油危機後の
する非正規雇用者が、安定雇用に移行すること
成長鈍化や産業構造転換の過程で社会保障給付
を困難にしている。失業時の生活保障がなけれ
に依存する人々が増大し、これが経済や社会の
ば、求職活動の継続や職業訓練によって安定的
活力を損なうリスクが高まった。このため1990
な就業機会を獲得することが困難であり、労働
年代前半以降、受動的な所得保障を脱し、就労
条件やキャリアの展望よりも、迅速な就業を優
促進的なセーフティネットへの転換が模索され
先せざるを得なくなるためである。
ている。しかし、社会保障給付によって仕事か
こうした状況を踏まえ、政策も動きつつある。
ら離れた期間が長期化した人が労働市場に復帰
2009年3月31日、2010年4月1日と相次いで雇用
することは容易ではなく、そうした人々の就労
保険の加入要件が緩和されたほか、2009年7月
意欲の喚起や能力開発を行うために、各国は幅
以降は2010年度末までの時限的措置として、雇
広い改革を継続している。
用保険を受給できない求職者に職業訓練とその
もちろん、日本と、寛大な福祉システムを戦
期間中の生活保障を提供する「緊急人材育成支
後に形成してきた欧州とでは雇用セーフティ
援事業」が実施されている。さらに政府は、雇
ネットを巡る状況は大きく異なっている。日本
用保険による所得保障を得られない求職者を対
では雇用保険の支給期間の短さや就労世代の生
象に、職業訓練を受講期間中の所得保障を行う
活保護受給が事実上困難であることから、就労
恒久的な「求職者支援制度」を2011年度より導
可能であるにもかかわらず社会保障給付に依存
入する方針を示しており、厚生労働省の労働政
するモラルハザードは少ないとされている。し
策審議会で、有識者と労使代表により具体的な
かし、今後、日本で就労世代のセーフティネッ
検討が開始されている。
トの充実が図られるのであれば、欧州諸国が経
これらの雇用セーフティネットの改革では、
験したモラルハザードのリスクに接近すること
失業に対する受動的な所得保障を拡充するので
になる。したがって、モラルハザードの発生を
はなく、職業訓練など労働市場へ積極的に押し
最小化しつつ、求職者をスムーズに労働市場に
*本稿執筆にあたっては、英国・オランダの研究者、政府・地方自治体関係者、関連団体の実務担当者、就労支援企業担当者か
ら貴重な情報と示唆を頂いた。また、オランダでの現地ヒアリングに際しては、財団法人日蘭学会には多大なご支援を賜った。
改めて、心からの感謝の意を申し上げたい。ただし、本稿に誤りがある場合は、全て筆者の責任である。
1) 2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」は、雇用保険の拡充や「求職者支援制度」の創設の根拠として「失業をリ
スクに終わらせることなく、新たな職業能力や技術を身につけるチャンスに変える社会を構築することが、成長力を支える」
と指摘している。
37
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
再統合しようとする欧州諸国の取り組みは、日
たのか、改革の過程でどのような問題が生じ、
本にとって参考になる部分があると考えられ
どのような対処を行ってきたのかを確認するこ
る。
とを課題とする。そうした模索の過程は、日本
こうした認識をもとに、本稿では、90年代か
が雇用セーフティネットを再構築する上で、同
ら2010年初までの英国とオランダを取り上げ、
様に直面しうる課題を予め明らかにすると考え
両国で社会保障給付の受給者の労働市場への再
るからである。
統合を促進する改革がどのように展開されてき
本稿の構成は以下のとおりである(図表1)。
たかを探る。両国の経験では受動的な所得保障
まず、第2節で EU レベルでの政策動向の確認
から就労促進的なセーフティネットに転換する
および、用語の整理を行った上で、第3・4 節
ための改革が積極的に行われてきたこと、給付
で 英 国 と オ ラ ン ダ の 政 策 動 向 を 振 り 返 る。
と就労支援体制の改革が継続されてきたことな
第 5 節で、日本で就労を支えるセーフティネッ
ど、日本に参考になる点が多い。また、求職者
トの整備に向けた政策動向を確認した上で、
の能力形成よりも迅速な就労が優先される傾向
第 6 節で英国とオランダの改革を参考に、今後
にあった両国で、近年、求職者の安定雇用につ
のセーフティネット改革に向けて日本が考慮す
ながる支援が模索された点も、就労促進のため
べき課題を考察する。なお、本稿の執筆にあたっ
の政策手段をどう組み合わせるかを考える上
ては、2010年3月に英国とオランダでヒアリン
で、注目される動きといえる。
グ調査を行っており、両国の近年の政策動向に
なお、本稿は両国の政策を日本が真似をすべ
き理想型として紹介するものではない。むしろ、
ついては、文献調査に加え、ヒアリングで聴取
した見解も参考にしている。
90年代以降の英国とオランダが雇用セーフティ
ネットの改革に取り組む上で、何を重視してき
図表1:本稿の構成
第2節 欧州の政策動向と概念整理
第3節 英国の政策動向
第4節 オランダの政策動向
第5節 日本の雇用セーフティネット改革に向けた政策動向
第6節 英国とオランダの政策を踏まえた、
日本の雇用セーフティネット改革に向けた課題の考察
(資料)みずほ総合研究所作成
38
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
2.求職者活性化策の概念と欧州の政
策動向
と社会のつながりを再構築することを目指す社
会政策への転換が始まった。その背景には、前
述したような失業者の増大に加えて、知識基盤
本節では英国とオランダの政策動向に立ち入
型産業への移行によって失業者の労働市場への
る前に、90年代以降の欧州の社会政策、とりわ
再統合のハードルが高まっており、求職者を労
け所得再配分を重視する社会政策から、仕事を
働市場に再び組み込んでいくためには、その雇
通じて求職者が社会とのつながりを再構築する
用可能性を高める政策的な後押しが不可欠との
ことを支える社会政策への転換の経緯を振り返
認識が高まってきたことがある(嶋内(2008))。
る。また、本稿では社会保障給付の受給者を労
同時に、英国のサッチャー政権や米国のレーガ
働市場に統合する目的で行われる政策全般を幅
ン政権の下で追及された新自由主義的な政策が
広く示す用語として「求職者活性化策(アクティ
一定の成果を収めるなか、これに対抗し、EU
ベーション)」という用語を用いているが、こ
として新たな福祉国家のモデルを示す必要が生
の用語についても整理を行う。
じていた(濱口(2007))。
このような EU の社会政策の転換を示した文
⑴ 欧州レベルの取り組み
欧州諸国では、70年代後半になると、経済成
書として、欧州委員会が93年に公表した政策文
書『欧州社会政策:EU の選択肢』および94年
長率の鈍化や構造的な失業に悩まされることに
の『欧州社会政策:EU の進路』がある。前者は、
なった。硬直的な労働市場や技術革新への対応
社会的に受け入れ不可能なまでに高まった失業
の遅れから国際競争力が鈍化する一方、労働集
は社会経済状況の変化を反映しており、経済と
約的で、学歴や技能水準が低い労働者に相対的
社会政策の結びつきの見直しを要請していると
に高い賃金や能力形成の機会を提供してきた製
指摘した。後者は、福祉国家の理念に基づく伝
造業から、知識基盤型産業への構造転換が進ん
統的な社会保護のシステムは依然として重要で
だ。こうしたなか、新たな産業に参入・移行で
あるとしつつ、受動的な所得保障から、積極的
きない若者や中高年の失業が構造化し、90年代
な労働市場政策への転換が必要と指摘した。こ
前半には、失業率(EU15カ国ベース)が10%
のことは、欧州の社会政策で「雇用」を最重視
を超えるに至った。雇用情勢の悪化に加え、若
すること、「トランポリン型のセーフティネッ
年失業問題を解決するための手段として、早期
ト」を構築することによって、雇用と社会政策
退職制度、あるいは失業保険や障害保険などを
の新たな結びつきを作ることを意味していた
利用した早期退職が奨励されたこともあり、就
(Commission of the European Communities
労世代でありながら社会保障によって生活する
(1993、1994))。
層が拡大した。
こ う し た 状 況 を 背 景 に、90年 代 前 半 以 降、
こうしたなか、EU では97年6月のアムステ
ルダム理事会で EC 条約の改正(アムステルダ
EU レベルで所得再配分を中心とする社会政策
ム条約)が行われ、雇用政策の領域で加盟国が
から、就労を重視し、機会の再配分を通じて人々
政策調整を行うことを規定した雇用条項が盛り
39
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
込まれた2)。さらに、続く97年11月のルクセン
⑵ 本稿で使用する用語の定義
ブルグサミットでは、上記の政策調整プロセス
a.「ワークフェア」と「アクティベーション」
を開始するための欧州雇用戦略(第一期、97∼
⒜ 狭義の「ワークフェア」と狭義の「ア
2002年)が採択され、そのガイドラインでは①
クティベーション」
雇用可能性の向上、②起業家精神の推進、③企
こうした EU レベルでの社会政策の転換を受
業と労働者の適応能力の向上、④機会均等政策
けて、欧州諸国では受動的な社会保障から、積
の強化の4本の柱が示された。全体として EU
極的に就労を促進する社会保障への転換が進め
の雇用戦略は、従来型の受動的な所得保障から、
られている。このような、社会保障給付の受給
積極的な雇用政策への転換を推進する方向性を
者の就業や就労を通じた社会参加を促進する目
示すものであった(福原(2006))。
的で行われる政策を示す用語として、「ワーク
さらに、2000 年3月に開催されたリスボン欧
州理事会では、ガイドラインに「フル就業」と
フェア」あるいは「アクティベーション」とい
う表現が用いられている。
いう目標が追加され、就業率を当時の61%から
問題は、
「ワークフェア」、
「アクティベーショ
2010年までに70%に引き上げる数値目標が掲げ
ン」ともに、用語の定義が確立されておらず、
られた。これは、社会保障給付によって求職者
さらに、両者とも特定のアプローチを限定的に
を非労働力化し、これによって失業率を引き下
指す場合(狭義)と、複数のアプローチを含む
げた過去の失敗を踏まえ、高齢者や女性など非
包括的な用語(Unbrella term)として用いら
労働力化した人々に就労の機会を提供し、就労
れる場合(広義)があることである(図表2)。
を通じて人々と社会のつながりを再構築しよう
まず、狭義の「ワークフェア」についてみる
とするものであった。フル就業という目標の設
と 、社会保障給付の受給の条件として、求職
定について濱口(2007)は、欧州の雇用戦略の
活動や職業訓練を義務づけ、その義務を履行し
焦点が目の前の失業ではなく、長期的な社会全
ない場合に給付の停止・削減を行う制裁的なア
体の持続可能性の維持・向上という次元に置か
プローチを指す場合がある(宮寺(2008))3)。
れていることを示すものであったと指摘してい
狭義の「ワークフェア」は、いわば「ムチ」と
る。
いえる手段により、低賃金雇用も含めて就労さ
せることを重視する、受給者に厳しいアプロー
チを意味する。
一方、狭義の「アクティベーション」は、完
全雇用達成の手段として積極的労働市場政策を
2) EU の雇用政策に関する政策調整のプロセスは、①欧州理事会が雇用状況に関する議長総括を採択、②閣僚理事会が欧州
委員会の提案する雇用政策指針を採択、③加盟国が雇用指針を考慮した主要な雇用政策に関する年次報告を閣僚理事会と
欧州委員会に提出、④閣僚理事会が各加盟国の実施状況を審査・勧告、というサイクルで行われる。この一連のプロセス
は法的強制力を持たず、加盟国間のピア・プレッシャーによって政策調整を行おうとするもので、「公開調整手法」と呼ば
れる(濱口(2008))。
3) ワークフェア(Workfare)は、1960年代末の米国で「就労(ワーク)
」と「福祉(ウェルフェア)
」を組み合わせて作られ
た造語である。米国では、福祉政策の柱として、30年代より要扶養児童家族扶助(AFDC、要扶養児童のいる家庭に現金
給付を行う制度)が整備されてきた。しかし、AFDC は96年の福祉改革によって廃止され、これに代わって貧困家族への
一時的扶助を行う貧困家庭向け一時援助金プログラム(TANF)が創設された。同プログラムでは、扶助を受給可能な期
間を生涯で5年とし、就労可能である者には就労義務が課せられる。こうした改革を通じ、ワークフェアは福祉受給者に受
給要件として就労を強制する政策という性格が強まった(小林(2006、2007)、宮寺(2008))。
40
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表2:ワークフェアとアクティベーションの概念整理
ワークフェア(広義)
社会保障給付を受ける人々の労働とこれを通じた
社会参加を促進しようとする政策全般
ワークフェア(狭義)
給付の条件として、求職活動等
の義務を課し、履行しない場合
に制裁を課すアプローチ
アクティベーション(狭義)
職業訓練などにより、雇用可能
性を高めることで、就労を促す
ことを重視するアプローチ
アクティベーション(広義)
社会保障給付の代わりに、雇用を通じた経済的自立と
社会への参加を図ることを目的とする政策
(注)用語の定義は、ワークフェア(狭義)については宮寺(2008)
、ワークフェア(広義)
については埋橋(2007)
、アクティベーション(狭義)については宮本(2000)
、アク
ティベーション(広義)については Eichhorst and Konle-Seidl
(2008)を参考にした。
(資料)みずほ総合研究所作成
重視してきた北欧諸国に起源を持ち、職業訓練
⒝ 重複する部分の多い広義のワークフェ
などの積極的労働市場政策を通じて失業者の雇
アと広義のアクティベーション
用可能性を高めることを重視する戦略を指す。
一方で、
「ワークフェア」と「アクティベーショ
例えば、鈴木(2010)は、
「アクティベーション」
ン」は、最も広義で用いられる場合、重複する
について、「社会的包摂の場としての労働を重
部分の多い用語となっている。まず、広義の
視するものの、まず失業者に対して採られる政
「ワークフェア」についてみると、社会保障給
策は雇用可能性の向上を促すことであり、職業
付の受給者の就労意欲や雇用可能性を高める政
訓練を中心とした積極的労働市場政策や生涯教
策を包括的に指す用語として用いられている。
育がその柱となる」と説明している。このよう
例えば、埋橋(2007)は、
「ワークフェア」を「何
に、狭義の「アクティベーション」は、職業相
らかの方法を通して各種社会保障・福祉給付
(失
談や職業訓練など、いわば「アメ」ともいえる
業給付や公的扶助、あるいは障害給付、老齢給
手段を通じて、社会保障給付の受給者の再就職
付、一人親手当など)を受ける人々の労働・社
や安定雇用の可能性を高めることを重視する戦
会参加を促進しようとする一連の政策」と広く
略を指す。この点で、狭義の「アクティベーショ
位置づけている4)。ここでの「ワークフェア」は、
ン」は、義務や制裁という「ムチ」を振るうこ
狭義の「ワークフェア」や「アクティベーショ
とで、受給者を就労させることを重視する狭義
ン」のように特定の方向性を持つ用語として用
の「ワークフェア」と対立的な概念として使用
いられていない。
されている。
これに対し、近年の欧州の議論をみると、社
会保障給付の受給者を労働市場に統合する目的
4) これに関し、宮本(2002)はワークフェアの類型を整理した Peck
(2001)の分析を踏まえ、欧米諸国が取り組むワークフェ
ア政策(ここでは広義で使用されている)を二つに分類した。まず、ワークフェア政策に含まれる制度を、①失業保険や
社会扶助を受ける条件として就労や職業訓練を義務づけ、就労忌避に制裁を与える制度、②職業訓練や職業紹介などの雇
用可能性を高める政策(積極的労働市場政策)、③年金、医療、育児休業期間中の所得保障の給付を従前の所得と連携させ
ることで労働インセンティブを高める政策の三つに分類した。その上で、欧米諸国が取り組むワークフェア改革は、①を
最重視する「ワークファーストモデル」と、②を最重視する「サービスインテンシブモデル」の2つがあるとしている。
41
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
で行われる政策を包括的に示す用語として、広
用語である。そのため、どの用語をどの意味で
義の「アクティベーション」を用いる場合が少
用いるべきかについては判断が難しいものの、
なくない(Clasen and Clegg
(2006)、Lodemel
以下では、欧州の議論で「アクティベーション」
and Moreira( 2009)、Tergeist and Grubb
を広義で用いる場合が多いことを踏まえ、社会
(2006)、Eichhorst et al.(2008)、Eichhorst
保障給付を受ける就労世代の労働市場への参入
and Konle-Seidl
(2008)など)。例えば、Clasen
を促す一連の政策を「アクティベーション」と
and Clegg
(2006)は、「アクティベーション」
呼ぶこととしたい。また、「ワークフェア」に
を最も広く捉えた場合として、「労働市場への
ついては、以下で述べる「就労要求的な政策」
参入・参加を拡大し、就労世代の社会保障給付
と重複する部分が多いが、混乱を避けるために、
受給者に対し、一時的な労働市場退出の選択肢
本稿では原則として使用を避けている。また、
を徐々に縮小すること」と説明している。また、
「アクティベーション」という表現はその内容
Lodemel and Moreira
(2009)は、
「アクティベー
を直感的に掴み難いことから、以下では「求職
ション」を「失業した社会扶助受給者の就業を
者活性化策」と呼び替えている。
通じた経済的自立を促すための、マイナスのイ
それでは、広義の「求職者活性化策」につい
ンセンティブとプラスのインセンティブを統合
て、これに含まれる政策手段や、アプローチ(そ
5)
した政策」と定義している 。
の政策手段の使用によって何を目指すのか)を
b.「就労要求的な政策」と「雇用可能性を
高める政策」
どのように整理すべきだろうか。これに関して
は、求職者活性化策を①「就労要求的な政策」
これまでみてきたように、
「ワークフェア」
と②「雇用可能性を高める政策」に整理した
と「アクティベーション」は、ともに広く使用
Eichhorst and Konle-Seidl
(2008) が 参 考 に な
されているにも関わらず、使用に留意が必要な
る6)
(図表3)。ここでは、前者の「就労要求的
図表3:アクティベーション政策の整理
就労要求的な政策(Demanding)
1.手当の期間と水準
・失業手当 / 社会扶助の給付引き下げ、期間短縮
2.受給条件の厳格化と制裁的条項
・受諾すべき求人の範囲の拡大
・義務不履行時の懲罰的な制裁措置
3.個別活動に対する要件
・社会統合契約
・個人の求職努力のモニタリング
・積極的労働市場政策への義務的な参加
雇用可能性を高める政策(Enabling)
1.「古典的な」積極的労働市場政策
・職業斡旋、カウンセリング、職業訓練、起業助成金、補
助金付雇用、移動助成金
2.メイク・ワーク・ペイ
・給付が削減されない稼働所得の範囲の設定(earnings
disregard)
・低賃金労働に対する賃金補助
3.社会サービス
・ケースマネジメント、個別支援、心理的・社会的支援、
育児支援など
(資料)Eichhorst and Konle-Seidl
(2008)
5) 宮本(2010)は、アクティベーションを「社会保障の目的として、人々の就労や社会参加を実現し継続させることを全面
に掲げ、また、就労および積極的な求職活動を、社会保障給付の条件としていこうとする発想」と広義の定義を紹介した
上で、この流れに属しつつも、失業手当などの給付条件として就労を半ば義務づけるような強制的な手段をとる場合、こ
れを「ワークフェア」と呼ぶことがあると指摘している。ここでの「ワークフェア」は狭義の制裁的なアプローチを意味
している。
6) Eichhorst and Konle-Seidl
(2008)は、アクティベーションを「(仕事がみつからないために福祉を受給する人に)福祉受
給の代わりに、有給の雇用を通じた経済的自立と社会的統合を図ること」と幅広く定義している。
42
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
な政策」には、失業給付や社会扶助の給付引き
下げや給付期間の短縮、受給者が受諾すべき仕
3.英国の求職者活性化策の展開
事の範囲の拡大、求職活動の義務を履行しない
本節では、97年の労働党政権発足以降、同政
場合や適切な求人を受諾しない場合の制裁(給
権の下で行われた求職者活性化策の展開をみて
付削減や停止)などが含まれるとされている。
いく。労働党政権の下で行われた求職者活性化
これらを重視するアプローチは、義務や制裁に
策は、幾つかのフェーズを経て、失業者から就
より、低賃金労働も含めて早期に仕事を受諾す
労不能給付の受給者や一人親などにその対象を
る可能性を高めようとする戦略と位置づけられ
拡大し、後者の人々の義務と支援を強化してき
ている。前述のように、就労要求的政策を重視
た(Brewer( 2008)、Department for Work
する戦略は、狭義の「ワークフェア」が意味す
and Pensions(2008a)、De Cort(2008))。また、
るところと重複する部分が大きいように思われ
近年の求職者活性化策においては、持続的雇用
る。
を実現する上での限界から、従来の「就労優先」
これに対し、後者の「雇用可能性を高める政
のアプローチを維持しつつ、技能形成支援を重
策」には、求職支援や職業訓練、補助金による
視する傾向が生じているとの指摘もあるように
雇用促進策、低賃金労働に対する賃金補助、個
(Eichhorst and Konle-Seidl
(2008))、その焦点
別支援や心理的支援などが含まれるとされてい
やアプローチが改編される動的なプロセスの途
る。このような政策を重視するアプローチは、
上にある。
労働市場で弱い立場にある人に投資することに
こうした指摘も踏まえながら、以下では97年
よって求職者の長期的な雇用可能性を高め、就
以降の英国の求職者活性化策の展開を、97∼
労を促進しようとする戦略と位置づけられてい
2001年、2001∼2007年、2007年以降の三つの期
る。こうしたアプローチは、狭義の「アクティ
間に分けてみていくこととしたい。なお、2010
ベーション」が意味するところと、やはり、ほ
年5月6日の選挙を経て、英国では保守党のキャ
ぼ重なっている。
メロン首相の下で、保守党と自由民主党による
実際のところ、各国の求職者活性化策は、就
連立新政権が発足している。同政権は大幅な財
労要求的政策と雇用可能性を高める政策の組合
政再建とともに、福祉政策の見直しを推進する
せ に よ っ て 構 成 さ れ て い る。Eichhorst and
方針であり、その経過や影響が注目されるとこ
Konle-Seidl
(2008)は、就労要求的政策と雇用
ろである。しかし、本稿の執筆時点(2010年10
可能性を高める政策のいずれをより重視するか
月末日)では政策の詳細や、その影響に関する
により、政策の方向性が異なってくると指摘し
情報を十分得られないことから、本稿では大枠
ている。本稿で英国とオランダの求職者活性化
を述べるにとどめている。
策の展開をみていくにあたっては、Eichhorst
and Konle-Seidl
(2008)の整理に基づいて、具
体的な政策を整理していくこととしたい。
⑴ 英国の社会保障給付に関わる制度
労働党政権の求職者活性化策は、就労世代の
所得喪失リスクをカバーする様々な社会保障給
43
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
付制度と結び付けられてきた。そこで本項では、
退職年金、雇用と生活支援給付(または就労不能
2009/2010年度時点の主な就労世代向けの社会
給付)、拠出制・求職者給付などが含まれる。一
保障給付に関わる制度を概観する。
方、②無拠出制給付は、税財源に基づく給付で、
なお、以下に述べる資力調査制・求職者給付、
児童手当や労働災害障害給付などが含まれる。
所得補助、雇用と生活支援給付については、連
最後に、③資力調査制給付は、①や②におい
立新政権が就労インセンティブの強化や不正受
ても最低限の生活が保障されない場合の給付お
給の防止、資力調査制給付制度の簡素化を狙う
よび税額控除制度であり、代表的なものに所得
「ユニバーサル・クレジット」に統合する方針
補助、資力調査制・求職者給付、資力調査制・
であり、今後大幅な変更が見込まれる。ダンカ
雇用と生活支援給付、年金クレジット7)、住宅
ン・スミス雇用年金相は、2010年10月5日のプ
手当、地方税手当、勤労税額控除、児童税額控
レスリリースで、詳細な制度内容を含む政策文
除などが含まれる。このうち、所得補助、資力
書の公表を2010年秋以降に、これを踏まえた福
調査制・求職者給付、年金クレジットは通常、
祉改革法案の議会提出を2011年に行った上で、
その他の補助的な資力調査制給付と組み合わせ
2013年より新制度を導入するタイムスケジュー
て支給される。例えば、所得補助、資力調査制・
ルを示した。
求職者給付、年金クレジットの受給者は、自動
また、2010年10月20日に公表された英国の中
的に住宅手当(低所得の賃貸住宅居住者向け給
期予算計画「包括的歳出見直し」では、社会保
付制度)や地方税給付(低所得に地方税額を給
障給付費を2014/2015年度までに年70億ポンド
付する制度)を満額支給される。
削減する計画が掲げられている。就労世代向け
b.就労世代向けの主要な社会保障給付
の給付に関連したものとしては、2013年以降に
このうち、就労世代向けの主な社会保障給付
世帯当たりの社会保障給付の受け取り合計額の
としては、①求職者給付(拠出制と資力調査制
キャップ制を導入することのほか、後述する拠
に分かれる)
、②所得補助、③雇用と生活支援給
出制・雇用と生活支援給付に1年の給付期限を
付(拠出制と資力調査制に分かれる)がある 8)。
設定すること(2014/2015年度以降)
、住宅手
⒜ 求職者給付制度(拠出制、資力調査制)
当や地方税手当を厳格化すること(それぞれ
拠出制・求職者給付は、労働者・雇用主から
2014/2015年度以降、2013/2014年度以降)な
の国民保険料を財源とし、原則18歳から年金支
どが挙げられている。
給開始年齢(男性65歳、女性60歳)までの、英
a.英国の社会保障給付のアウトライン
国在住の求職者を対象とする給付である。主な
英国の社会保障給付は、①国民保険への加入
受給要件は、①国民保険の納付要件を満たして
に基づく拠出制給付、②無拠出制給付、③資力
いること、②失業しているか、週16時間以上就
調査制給付の3本で構成されている(図表4)。
業していないこと9)、③就労可能で積極的に求
このうち、①拠出制給付は、使用者と被用者の保
職に向けた活動に従事可能であること、④最低
険料に基づく国民保険制度からの給付であり、
週40時間の就労が可能であること、⑤ジョブセ
7) 年金クレジットは、所得が一定水準を下回る高齢者の所得を補填する給付制度である。
8) 就労年齢向けの社会保障給付の概要は、The Institute for Fiscal Studies
(2009)、英国政府ウェブサイト(Directgov)に
基づいている。
9) 親戚または世帯員の介護の必要がある場合などには、週16時間以上の就業を前提に、この要件が緩和される。
44
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表4:英国の社会保障給付(全体像)
拠出制給付(国民保険)
無拠出制給付
資力調査制給付
財 源
保険料
税財源
税財源
資力調査
なし
なし
あり
子供を持つ親
失 業
・児童手当
・児童信託基金
・保護者給付
・出産手当
主なリスク
障害による
就労不能
遺族など
−
・資力調査制・求職者給付
・就職補助金
−
・所得補助
・勤労税額控除
・住宅手当
・地方税手当
・裁量住宅給付
・社会基金給付
・拠出制・求職者給付
低所得
老 齢
・児童税額控除
・児童扶養加算
・教育継続手当
−
・基礎年金
・所得比例年金
・無拠出制・退職年金(80歳以上)
・年金クレジット
・冬季燃料給付(60歳以上)
・障害生活手当
・付添手当
・雇用と生活支援給付(拠出制)
・介護者手当
または就労不能給付
・戦争年金
・業務災害障害給付
・遺族手当
・生別母子・父子世帯手当
・雇用と生活支援給付
(資力調査制)
・独立生活基金
・戦争遺族年金
−
(資料)The Institute for Fiscal Studies
(2009)より、みずほ総合研究所作成
ンタープラス(日本のハローワークに相当)と
は拠出制・求職者給付の②∼⑥の要件のほか、
求職者協定を結んでいること、⑥フルタイムの
すぐ後に述べる所得補助と同水準の資力調査に
職業教育を受けていないこと10)などである。拠
適合することが必要である。
出制・求職者給付は最大26週間給付され、給付
資力調査制・求職者給付制度では、個人単位
額は25歳未満で51.85ポンド/週、25歳以上で
で支給される拠出制・求職者給付と異なり、
カッ
65.45ポンド/週である(2010/2011年度)
。給
プルのうち1人までが受給可能である11)。給付
付期間は最大6カ月である。拠出制・求職者給
額は所得補助と同額に設定されており、25歳未
付は、最長26週間支給される。
満の単身者で51.85ポンド/週、25歳以上の単
一方、資力調査制・求職者給付は、拠出制求
身者で65.45ポンド/週などの基本額に加え、
職者給付の給付期間が終了した者、あるいは、
扶養家族の状況や障害、介護の必要などに応じ
上記①国民保険の納付要件を満たさない求職者
た加算を加えた額である。また、一定の所得が
に対し、国の一般財源から支給される。受給に
ある場合12)、これが上記基本給付額や加算など
10) ただし、ジョブセンタープラスと事前の合意の下で、1年に2週間以内の範囲内で、雇用に関連したフルタイムの訓練を受
講することが可能である。
11) パートナーが週24時間以上就業している場合には対象外となる。2001年3月以降、子供のいないカップルは、受給にあたっ
ての義務をともに履行するために、資力調査制・求職者給付を共同で請求することが求められている。
12) なお、所得制限の基準となる所得については、短時間就業などによる稼働所得から、給付に影響しない一定額(個人の状
況に応じて、週当たりの所得から5ポンドから20ポンド)が差し引かれる。
45
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
によって算出される「申請可能基準」を下回る
ことが必要であり、申請可能基準と所得との差
額が給付される。
このほか、資力調査制・求職者給付を受給す
ている(第3節⑷項c参照)。
⒞ 雇用と生活支援給付(拠出制、資力調
査制)
雇用と生活支援給付は、2008年10月27日より、
る世帯の個人は、地方税手当、住宅手当の受給
就労不能給付13)や長期疾病・障害を理由とする
資格を自動的に得ることができるほか、給食費、
所得補助に代わる社会保障給付として導入され
処方箋や歯科治療、眼科検査が無料化される。
た。同手当は、16歳から年金支給開始年齢以下
資力調査制・求職者給付は、受給要件を満たし、
で、法定傷病給付が終了した人または受給権が
ジョブセンタープラスでの面談や求職活動の義
ない人、疾病や障害によって就労が困難になっ
務を履行する限り、期限なく支給される。
た人を対象とする。
⒝ 所得補助
所得補助は、16歳から60歳の一人親、障害者、
就労不能給付と所得補助を引き継ぐ制度とし
て、雇用と生活支援給付には、拠出制・雇用と
介護を行う者で、週16時間以上の就労や求職活
生活支援給付と、資力調査制・雇用と生活支援
動を行っていない場合に支給される社会扶助で
給付がある。国民保険の拠出要件を満たす場合
ある。受給にあたっては、所得が資力調査制・
には前者を受給する。一方、拠出要件を満たさ
求職者給付と同額の「申請可能基準額」を下回
ない場合は、資力調査制・求職者給付や所得補
ること、請求者とそのパートナーの貯蓄が1万
助と同じ資力調査の下で、後者を受給すること
6,000ポンド以内であること、週労働時間が16
になる。
時間未満であることなどの条件を満たす必要が
同手当では、就労能力に基づいて給付が決定
ある。支給額は、資力調査制・求職者給付と同
され、また義務が課せられる。具体的には、請
額に設定されており、地方税手当、住宅手当の
求後13週目までの期間は「評価期間」と呼ばれ、
受給資格を自動的に得ること、6,000ポンドを
この期間に、請求者は就労能力評価を受け、①
超える貯蓄に応じ給付が減額される点について
「就労関連活動グループ」と、
②「支援グループ」
も同様である。
2009年2月時点で所得補助受給者の56%が疾
に振り分けられる。
支給額は、請求から13週間の「評価期間」は
病や障害を持つ者であり、36%が一人親である。
求職者給付と同額の基本給付が支給される14)。
疾病・障害を理由とする所得補助の新規申請に
一方、14週目以降の本格的な受給期間には、
「就
ついては、2008年10月27日以降、次に述べる「雇
労関連活動グループ」は基本給付に加え、ジョ
用と生活支援給付」に移行しており、既存の受
ブセンタープラスでの面談出席を条件に「就労
給者についても同給付への移行が決まってい
活動関連加算(25.95ポンド/週)
」が支給され
る。また、一人親であることを理由とする所得
る。一方、
「支援グループ」は、基本給付に無
補助については、後述のとおり、受給可能とな
条件で「支援加算(31.40ポンド/週)」が上乗
る最年少の子供の年齢が段階的に引き下げられ
せされる。同じ条件であれば、拠出制・雇用と
13) 就労不能給付は、長期の疾病や障害により就労が困難な16歳∼年金支給年齢未満の者を対象とする給付制度である。雇用
と生活支援給付の導入により、2008年10月27日以降、就労不能給付の新規請求は行えないこととなった。
14) この期間にはジョブセンタープラスのパーソナルアドバイザーとの面談や、「就労能力評価」、「就労関連活動グループ」と
「支援グループ」への振り分けのためのテストなどが行われる。
46
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
生活支援給付と、資力調査制・雇用と生活支援
ムの導入や、失業給付(96年に求職者給付に刷
給付の額は同じであるが、後者には所得補助と
新)の受給者に対する就労・求職活動義務の厳
同様に、介護などの必要に応じた加算が行われ
格化などが実施されているためである15)。この
る。
成果もあり、保守党が政権を握っていた79∼97
年にかけて、失業給付(または求職者給付)の
⑵ 1997∼2001年の英国の求職者活性化策の
展開
a.石油危機後の産業構造転換と若年・長期
失業者の増加
80年代の英国では石油危機による雇用環境の
悪化や、その後の産業構造の転換を経て、若年
失業者の増大が深刻な問題として浮上してき
た。それまで学歴レベルが低∼中位の若者に安
定雇用を提供してきた製造業が縮小する一方、
受給者数は、上下変動を伴いつつも、86年の
329万人から97年の160万人へと減少した。しか
し、保守党政権時代の改革は、大量失業への事
後的な対策という性格が強く、若者の高い失業
率や長期失業傾向を根本的に改善することはで
きなかった(勇上(2004))。
b.ブレア政権の発足と「機会」の再配分を
重視した福祉改革
こうした状況の下、97年5月1日の英国の総選
拡大するサービス業では、高い専門性を要する
挙では、労働党が歴史的勝利を収め、ブレア首
仕事と、高い学歴や技能が要求されない代わり
相の下で18年ぶりの労働党政権が誕生した。ブ
に賃金水準が低い仕事の二極化が生じた。こう
レア政権は、貧困の拡大を招いたサッチャー流
した状況の下、就労意欲を失い福祉に依存し続
の「小さな政府」路線、あるいは経済成長の鈍
ける若者や、学校を中途退学することで基礎的
化を招いた旧労働党の「大きな政府」路線でな
な技能(基本的計算能力や言語能力など)が不
く、市場の活力を維持しつつ、政府が機会の平
足する若者が増加した(伊藤(2002、2003a、
等を確保することで福祉政策と経済政策をより
2003b))。
高い次元で連携させることを目指す第三の道を
79年に誕生したサッチャー政権の政策は、こ
打ち出した。その具体的な方策として、97年10
うした若者の厳しい雇用環境に追い討ちをかけ
月にはニューディールと呼称される就労支援プ
るものとなった。同政権が追求した緊縮財政と
ログラムが公表され、翌年より「若者向けニュー
完全雇用の放棄、労働組合への敵対的政策は、
ディール(97年7月∼)」、
「長期失業者向けニュー
企業による非採算部門の廃止や過剰雇用の調整
ディール(98年6月∼)」、「一人親向けニュー
を通じて、若者を中心に失業者の増大に拍車を
デ ィ ー ル(98年10月 ∼)」、「パ ー ト ナ ー 向 け
かけたためである。英国統計局によれば、失業
ニューディール(99年4月∼)」、「50歳以上向け
給付の受給者数は、79年の130万人から、86年
ニューディール(2000年4月∼)」が相次いで導
には329万人へと急拡大している。
入された(図表5)。
このような失業者の急増に対し、保守党政権
ニューディールプログラムは、「社会的排除」
が何も手を打たなかったわけではない。という
の克服を重視するブレア政権の福祉改革の理念
のも、80年代半ばより、若者向けの訓練スキー
を体現するものであった。社会的排除とは、失
15) この点については阪野(2002)、比嘉(2006)に詳しい。
47
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
図表5:各種ニューディールプログラムの概要
プログラム
導入時期
参 加
概 要
若者向け
ニューディール
(NDYP)
1998年4月
強制
・18∼24歳で6カ月以上求職者給付を受給する者
・「ゲートウェイ」
(4カ月、カウンセリングによる求職活動支援)
、「オプション」
(6
カ月∼1年間、補助金付雇用、職業訓練、ボランティア就業、起業から一つを選択)、
「フォロースルー」
(最大6カ月、ゲートウェイ同様の求職活動支援)と、段階的
な支援を実施
長期失業者向け
ニューディール
(ND25+)
1998年6月
強制
・25歳以上で2年以上求職者給付を受給している者(2001年以降は18カ月以上に
短縮)
・個別相談や最大75ポンドの補助金付雇用(最大6カ月)
、または求職者給付を受
給しながらの訓練(最大1年)などを提供
一人親向け
ニューディール
(NDLP)
1998年10月
任意
・所得補助を受給する一人親で、仕事への復帰を希望する者に、自信の確立や保育
に関する相談、技能形成に向けた支援などの就労支援を提供
パートナー向け
ニューディール
1999年4月
任意※
・求職者給付、所得補助、就労不能給付などを6カ月以上受給する者のパートナーに、
就労支援や給付に関する助言などを提供
(2001年に25歳未満で子供のいないパートナーの参加を義務づけ)
任意
・50歳以上で、本人または配偶者が就労不能給付、求職者給付、所得補助などの
社会保障給付を6カ月以上受けている者に、パーソナルアドバイザーによる求職
支援や訓練機会などを提供
(求職者給付の受給が一定期間を超えると、強制的に長期失業者向けニューディー
ルへ移行)
50歳以上向け
ニューディール
(ND50+)
2000年4月
(資料)厚生労働省(2003、2007)より、みずほ総合研究所作成
業や技能不足、低所得、劣悪な居住環境、犯罪、
状況に陥ってしまった人々に個別支援や就業・
健康状態の悪化、家族の崩壊などの問題が複合
訓練機会を提供することで、就労による経済的
化することにより、社会の中で当然得られるべ
な自立や、社会への統合を実現しようとするも
16)
き様々な機会から排除されることを指す 。保
守党政権時代には、貧困を当事者の意欲や道徳
17)
48
のであった。
機会の再配分を目指すニューディールプログ
感の問題と捉える風潮が存在したのに対し 、
ラムの中でも、最も力点が置かれたのは、
「若
ブレア政権は、貧困を、雇用や教育などの社会
者向けニューディール」と「長期失業者向け
で当然得られるべき様々な機会から排除される
ニューディール」であった18)。前者は、求職者
こと、すなわち「社会的排除」の結果として生
給付を6カ月以上受給する18∼24歳の若者向け
じる構造的な問題と位置づけた(阪野(2002))。
の強制的なプログラムで19)、該当者には当初4
その上で、社会的排除を克服することにより、
カ月間の集中的な求職活動支援、その後6カ月∼
貧困にアプローチしようとしたのである。一連
1年の就業・能力開発支援(職業訓練、雇用補
のニューディールプログラムは、社会的排除の
助金、起業支援、ボランティア就業)などが提
16) 英国政府は社会的排除について、失業、技能不足、低所得、居住問題、犯罪、劣悪な健康状態、家族崩壊などの問題が複
雑に結合し、急激に悪循環を生み出す点に特徴があると指摘している(Social Exclusion Unit
(2001))。
17) 保守党政権時代(79∼97年)の英国では、社会保障給付を受給して生活する人々の問題を、意欲や道徳観などの問題とし
て捉え、これらの人々を道徳的に非難する意味合いを込めた「アンダークラス」という言葉がしばしば用いられた(武川
(2006))。
18) 97∼2003年度の各プログラム向け支出の合計額のうち、
「若者向けニューディール」と「長期失業者向けニューディール」は、
約7割を占めた(藤森(2003))。
19) 2001年より、25歳以上で18カ月以上失業給付を受給する者へと変更された。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
供される。プログラムの条件に該当する者が、
賃金を上回るペースでの引き上げが行われた。
参加義務を履行しない場合、求職者給付の削減
これにより、最低所得層の所得が中間層のそれ
などのペナルティがある。これに対し後者は、
に比べて伸び悩む傾向に歯止めがかかったと評
25歳で2年以上失業者給付を受給する者向けの
価されている(岡久(2008))。
強制的なプログラムで 、同様に個別相談や雇
また同年には、勤労世帯税額控除(WFTC)
用補助金(最大6カ月)、または求職者給付を受
および障害者向け税控除(DPTC)が導入され
給しながらの訓練(最大1年)などの機会が提
た。前者は、①子供を養育、②貯蓄残高が8,000
供される一方、
「若者向けニューディール」同
ポンド以下、③週16時間以上就労などの要件を
様に、支援への協力義務を履行しない場合には、
満たす中低所得世帯を対象に、その勤労所得の
給付削減などのペナルティが発生する。
底上げを狙う制度である。一定時間以上の就労
これらに対し、一人親、パートナー、50歳以
を要件としていること、所得が基準額を超過し
上向けのニューディールは対象者に就労に向け
ても、一定割合は可処分所得の増加につながる
た助言や訓練などの支援を提供したが、プログ
制度設計には、就労インセンティブを高める狙
ラムへの参加は任意であった。
い が あ る22)。 こ の 勤 労 世 帯 税 額 ク レ ジ ッ ト
c.就労を報いのあるものにする政策(メイ
(WFTC)は、2003年4月に子供の有無にかか
わらず就労する世帯に給付される勤労税額クレ
ク・ワーク・ペイ)
若年失業者や長期失業者の中でも、労働市場
ジット(Working Tax Credit)と、親の就労
での展望が限定される者ほど、社会保障給付を
の有無にかかわりなく子供のいる親に給付され
脱して就労に移行することが不利に働く可能性
る児童税額クレジットに再編された。
がある。仕事で得られる賃金が低ければ、仕事
に必要な経費(通勤費や清潔な服装など)を差
し引いた実質的な手取り収入が、資力調査制・
求職者給付や住宅手当など、様々な社会保障給
20)
⑶ 2001∼2007年の英国の求職者活性化策の
展開
a.求職者活性化策の焦点の拡大
付の合計額を下回る懸念があるためである 。
2001年5月の英国総選挙で労働党は再び圧勝
このため政府は、働くことが報われるための
し、政権を継続したブレア首相は、同年6月10
制度を導入している(メイク・ワーク・ペイ)
。
日の福祉改革に関するスピーチで、第二期政権
具体的には、93年に保守党政権によって廃止さ
の福祉改革の戦略的方向の一つとして、これま
れた最低賃金を99年4月より復活させ21)、平均
での失業者の範囲を超え、労働市場からの距離
20) 社会保障給付制度が受給者の就労インセンティブを損ない、歪める問題は「失業の罠」、「貧困の罠」といわれる。「失業の
罠」は、失業者(世帯)が受け取る社会保障給付が、それらの者が働いた場合に得られる賃金と比べて十分高い場合に、
就労インセンティブが損なわれ、失業が解消されない状況を指す。一方、「貧困の罠」とは、所得や収入の増加に応じて社
会保障給付が減額または不適用となる場合、あるいは課税額が増加する場合に、低所得層が就労を拡大するインセンティ
ブが阻害され、貧困から抜け出せない状況を指す(内閣府政策統括官(経済財政−景気判断・政策分析担当)
(2002))。
21) 最低賃金制度については、成人労働者(22歳以上)を対象とする全国最低賃金のほかに、年齢に応じて減額された若年者
最低賃金が設置されている。99年の制度導入時点では、成人労働者と若年労働者(18∼21歳)の2区分であり、前者は3.6
ポンド、後者は3ポンドであった。さらに、2004年の最低賃金法改正により、新たに義務教育修了年齢(16∼17歳、地域別)
を対象とする最低賃金が導入された(労働政策研究・研修機構(2006))。
22) 勤労世帯税額控除(WFTC)では、税・社会保険料支払後所得が支給基準額を下回る場合には、①基本手当に加え、一定
の要件に従って算出される、②30時間労働手当(親が週30時間就労した場合に支給)、③子供手当(子供の年齢に応じて支
給)、④保育手当(保育費に関する補助)の合計額が給付される。支給基準額を上回る場合、その超過額の一定割合が①∼
④の合計額から差し引かれる(加藤・白井(2004))。
49
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
がより遠い人々の就労により積極的に関与する
23)
方針を示した 。
連給付(就労不能給付、障害を理由とする所得
その主要なターゲットの一つが、所得補助を
補助、重度障害手当)の受給者であった。就労
受給する一人親である。サッチャー政権時代に
不能関連給付の受給者は80年代末まで100万人
急拡大した子供の貧困について、ブレア首相(当
強の水準で推移してきたが、その後急激に拡大
時)は97年に2020年までの撲滅を宣言しており、
し、90年代半ばには250万人を超えるに至った
そのための基本戦略として親の就労、特に一人
(Department for Work and Pensions
(2010))。
親の就労によって貧困を克服する方策を重視し
英国政府は、就労不能に関連した給付を受給す
てきた(所(2007)
)。99年に導入された任意の
る人々の多くが就業を希望しているとし、2001
「一人親向けニューディール」も、こうした基
年7月に、就労不能関連給付の受給者が希望し
本戦略に沿ったものであった。これに対し、第
た場合に、就労支援サービス事業者と連携した
二期目以降のブレア政権は、
「一人親向けニュー
就労支援を提供する「障害者向けニューディー
24)
25)
ディール」の拡充 や保育の充実 などの形で、
一人親の雇用可能性を高める政策を充実する一
ル」を開始した。
さらに、2003年には疾病や障害のある人々に、
方、一人親に対する就労要求的な政策も導入し
健康管理支援も含めた包括的支援を行うプログ
た。
ラム「就労への道(Pathway to Work)
」が、7
具体的には、2001年以降、子供が一定年齢に
地域で実施された。このプログラムは、就労不
達した一人親には、ジョブセンタープラスの
能給付などの新規申請者に、特別な訓練を受け
パーソナルアドバイザーとの間で行われる「仕
たパーソナルアドバイザーとの「仕事にフォー
事にフォーカスしたインタビュー(WFI)」に
カスしたインタビュー」への出席を義務づけた
26)
出席することが義務づけられた 。当初、イン
タビューは最年少の子が5歳3カ月以上で、所得
(既存の受給者は任意)ほか、健康状態管理プ
ログラムを提供するものであった。
補助を新規または再度請求する者が対象であっ
なお、所得補助を受ける一人親や「就労への
たが、2001年4月以降は対象が段階的に拡大さ
道」プログラム参加者が義務づけられるのはあ
れ、2004年4月以降は全ての所得補助を受給す
くまでインタビューへの出席であり、若者向け
る一人親が対象となった。さらに、2005年10月
ニューディールや長期失業者向けニューディー
以降は、所得補助を1年以上受給する一人親で、
ルのように、求職活動そのものを要求されるも
最少年齢の子供が14歳以上の者は、所得補助の
のではなかったことには留意が必要である。
受給権停止(最年少の子供が16歳以上)が迫っ
b.給付と就労支援の実施体制の改革
ていることを踏まえ、3カ月に一度上記インタ
97年にブレア政権が発足して以降、英国の積
ビューに出席することが義務づけられた。
50
もう一方の主要なターゲットは、就労不能関
極的労働市場政策に対する公的支出規模は対
23) The Guardian“Full text of Tony Blair s speech on welfare reform”
(2002年6月10日)。
24)「一人親向けニューディール」では、最年少の子供が5歳3カ月以上という制限が段階的に撤廃され、2001年11月以降は無業
または就業時間が週16時間以内の一人親全員が、希望すればプログラムに参加可能となった。
25) また、必ずしも一人親のみに焦点をあてるものではないものの、就労する子育て世帯を支えるための保育の充実が図られた。
具体的には、98年の「全国保育戦略」に基づく保育サービスの拡充に続き、2004年には保育整備のための10年計画が策定
され、2006年6月の保育サービス定員量は97年から倍増した(所(2007))。
26) このインタビューは、求職活動の奨励、求職活動プロセスの支援、訓練への参加の奨励などを行うもので、請求時点と最
初の1年は半年に一度、その後は1年に一度の頻度で行われる。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表6:英国の積極的労働市場政策支出の推移
組むよう、インセンティブの導入や裁量の拡大
0.50 (GDP比、%)
が行われた。2003年には、地域事務所の裁量が
0.45
拡大され、地域の実情に応じて地域事務所長が
0.40
0.35
利用可能な基金の創設や、パーソナルアドバイ
0.30
ザーの裁量拡大が行われた。また、最も成果を
0.25
挙げたジョブセンタープラス地域事務所長に報
0.20
職業訓練
その他
公共雇用サービス
積極的雇用政策
0.15
0.10
0.05
0.00
1995
酬拡大を行うなど、地域レベルでサービス向上
に取り組むインセンティブが導入された(厚生
労働省(2003))。
97
99
2001
03
05
07
(年)
(資料)OECD 雇用政策データベース
ジョブセンタープラスの導入は、二期目のブ
レア政権が重視した「公共雇用サービスの刷新」
と、「社会保障給付の受給者に対するより積極
的なアプローチ」の双方を実現するものであっ
GDP 比で大幅に増加した(図表6)。特に2002
た。これにより、就労世代向けの社会保障給付
年以降はそのペースが高まったが、原動力と
の支給と受給者の就労支援が統合され、受給者
なったのは公共雇用サービスの拡充であった。
の状況に合わせて個別の支援を提供することが
具体的には、就労支援サービスを担っていた既
可能になった。
存の雇用サービス庁と、各種社会保障給付を
担っていた給付庁が2001年10月より段階的に統
⑷ 2007年以降の英国の求職者活性化策の展開
合され、新たなジョブセンタープラスに改編さ
a.ニューディール10年間の成果と課題の
れ、これにより各種の社会保障給付と就労支援
の窓口が一本化された。
ジョブセンタープラスは、保守党政権時代の
浮上
98年に若者向けニューディール政策が導入さ
れて以降、これらのプログラムの有効性に関し
給付機関の「手当を受け取ったら、立ち去って
て、様々な実証研究が行われてきた。例えば、
くれ」という古いメンタリティから脱し、社会
Riley and Young
(2000)は、若者向けニュー
保障給付の受給者を将来の雇用者である「顧客」
ディールが2000年前半までに長期失業者を4.5
と位置づけて、新たなサービスを提供するため
万人減少させ、インフレ圧力なしに雇用者が増
の拠点と位置づけられた27)。そのために、パー
大することを可能にしたと指摘した。また、
ソナルアドバイザーが個別に、就労阻害要因の
Beale et al.(2008)は99年7月から2000年6月に
診断やこれを克服するための支援を提供する体
若者向けニューディールへの参加を開始した人
制が導入された。
を対象に、その長期的な効果を検証し、若者向
このように単に給付と就労支援の機能を統合
けニューディールは参加者の求職者給付受給日
するだけでなく、地域事務所長やパーソナルア
数を有意に減少させており、その効果は4年後
ドバイザーがより効果的な形で就労支援に取り
も継続していることを指摘した。
27) The Guardian“Full text of Tony Blair s speech on welfare reform”
(2002年6月10日)。
51
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
このほか、パーソナルアドバイザーと一人親
模索し始めた背景には、97年の労働党政権発足
の「仕事にフォーカスしたインタビュー」や「一
以降、10年間を経て、これまでの求職者活性化
人親向けニューディール」、「就労への道」プロ
策の課題が明らかになってきたことがある。そ
グラムの効果を検証した分析でも、これら就労
の課題とは、ニューディールを始めとする各種
支援策が、所得補助や就労不能給付の受給者の
の就労支援プログラムは、労働市場への復帰が
就業確率を有意に高めていることが明らかにさ
相対的に容易な求職者の就労意欲と能力を喚起
れている
(National Audit Office
(2006)
)
。ニュー
することには成功しても、技能レベルの低い求
ディールを始めとする英国の求職者活性化策
職者や、複合的な問題を抱える潜在的な求職者
は、社会保障給付の受給者の労働市場への再参
に対しては、必ずしも有効に機能していないと
入を促進するという点で、一定の効果を持った
いう問題である。実際、ニューディールの支援
と考えられる。
を受けて就業したが、就業が継続せず、社会保
2007年6月には、ブレア政権の経済財政政策
障と不安定就業の間を行き来する「回転ドア
の運営を担ってきたブラウン財務相が首相に就
(Revolving door)
」問題は深刻であった。The
任し、英国の求職者活性化策を一層強化する方
National Audit Office(2008)は、年240万人に
針が示された。雇用年金省は過去10年間の成果
上る求職者給付の請求者のうち3分の2に相当す
も踏まえ、2007年12月公表の「就労への準備:
る人が反復受給者であること、求職者給付から
我々世代における完全雇用(Department for
就業に移行した人の40%が6カ月以内に求職者
Work and Pensions
(2007a)」や2008年1月公表
給付を受給していることを指摘した。
「英国の労働市場を変革する:ニューディール
その背景の一つとされたのが、ニューディー
の10年間(Department for Work and Pensions
ルのアプローチの問題である。すなわち、若者
(2008b)」で、過去10年間のニューディールを
や長期失業者などの顧客グループ別に固定的な
通じた取り組みが、求職者給付の受給者の減少、
支援を行うアプローチや就労優先的なアプロー
一人親や障害者の就業率の上昇などの形で英国
チにより、複合的な就労阻害要因を持つ労働者
の労働市場に最も革新的なイノベーションを起
や技能レベルの低い求職者が、安定就業を得る
こしたと評価した。同時に、これまでの成功を
こと、就業を通じた能力形成を行うことが難し
踏まえ、①就労支援を受ける権利とこれに参加
くなっているというのである。
する義務の強化、②より個別的で反応の良い就
これに関し、Carpenter
(2006)は2005年2月
労支援、③公的部門と民間部門、第三セクター
14日から4月14日までに求職者給付を再度受給
の連携の、④地域コミュニティへの支援、⑤単
し始めた人々への電話調査に基づき、技能不足
なる仕事ではなく、就労によって報われ、発展
が不安定就業を通じて、福祉の反復受給につな
の機会を提供する仕事などにより、一層の改革
がる構造を明らかにした。すなわち、求職者給
を推進することが必要であるとの認識が示され
付の受給回数が3回目以上の者の72%が反復受
た。
給の理由として「持続的な仕事をみつけること
英国政府の求職者活性化策が新たな方向性を
52
が出来ない」ことを挙げていること、なかでも
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
職業資格を持たない場合や技能が基礎的なもの
政策の動向に大きな影響を与えることになっ
に限られる者で持続的な仕事をみつけることが
た。そこで、以下では、この三つの報告書で何
難しいことを踏まえ、求職者給付の受給に関わ
が問題とされ、どのような解決策が提示された
る現行制度が反復受給者の就労には成功して
のかを概観した上で、その後の英国の求職者活
も、これらの人々の技能や雇用可能性、金銭的
性化策の展開をみていくこととしたい。
独立の確保には必ずしも成功していないと指摘
した。
その一つが、英国の福祉改革の課題につき、
政府の諮問を受けて提出された「フロイド報告
また、従来型の支援の枠組みが柔軟性を欠き、
(Freud
(2007))」である。同報告書では、政府
複合的な問題を抱える求職者や福祉受給者の就
が目標とする就業率80%を達成するためには、
労支援として機能しにくかったということがあ
福祉改革の焦点を「就労していない全ての人」
る。前述のように、ニューディールは、若年就
に焦点を当てる必要があるとし、特に一人親と
業者、長期失業者、50歳以上の失業者、一人親、
障害者について、就労に向けた支援と義務を拡
求職者給付などの受給者のパートナー、就労不
大することを提言した。さらに同報告は、技能
能給付の受給者など、ジョブセンタープラスが
不足や住宅の喪失、職業上の障害などの就業阻
支援するべき対象をクライアントの大まかな特
害要因が複雑に絡み合い、相互に補強しあう傾
性ごとに区分し、それぞれについて事前に定め
向にあると指摘した上で、求職者給付の受給者
られたプロセスの下で支援を行うプログラムで
をグループ分けし、各グループに平均的に必要
ある。このプロセスでは、ジョブセンタープラ
とされる支援を行うニューディールのアプロー
スのパーソナルアドバイザーが、求職者が求職
チは、複合的な問題を抱える求職者に十分対応
者給付を請求する初日から就労に向けた支援を
していないと指摘した。この問題を解決するた
開始するが、その実施にあたっては、原則とし
めには、複雑にからみあった就労阻害要因を紐
てどの段階でどのような就労支援を行うかが予
解く包括的な支援体制が必要であること、また、
定されており、求職者の個別の状況に応じた柔
就労支援が困難な人への集中的な支援を行うた
軟な支援を行うことが難しい状況にあった。ま
めに民間・ボランティア部門のイノベーション
た、ジョブセンタープラスから各種就労支援
を促し、社会保障費削減につながる委託方式を
サービスの委託を受ける民間就労支援サービス
採用する必要があることを提言した。
事業者についても支援内容が予め特定され、柔
もう一つの勧告は、2006年12月に公表された
軟な支援を行うことが困難な状況にあった28)。
技能戦略に関する「リーチ・レビュー29)
(Leitch
b.2007年以降の英国の求職者活性化策に
インパクトを与えた三つの報告書
(2006))」によるものである。同レビューは、
2020年に世界最高水準の技能を英国が達成する
こうしたなか、2006∼2007年頃に相次いで発
ために、英国の技能政策全般に関して幅広い勧
出された三つのレビュー・報告書は、それ以降
告を行なったが、なかでも求職者向けの支援に
の英国政府の求職者活性化策に関する政府の政
ついては、就労支援サービスと技能形成支援が
策文書(グリーンペーパー)に度々引用され、
分断されている問題を重視した。
28) この部分は、2010年3月24日に実施した英国 Center for Economic and Social Inclusion でのヒアリングに基づいている。
29) リーチ・レビューは2004年に財務省と教育・技能省(現在はビジネス・イノベーション・大学省)の諮問を受けた委員会(リー
チ委員会)が、2006年11月に最終報告書として取りまとめたものである。
53
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
リーチ・レビューの問題意識は、技能水準が
なアプローチを基本的に肯定しつつ、子供の貧
低い労働者の就業機会の縮小や急速な経済構造
困の克服には、技能形成や昇進を実現する支援
の変化を受けて、失業者が技能を更新すること
にも留意した「ワークファーストプラス」が必
なしに成長分野での就業機会を得ることが難し
要であると提言した。
くなっているにも関わらず、政府の就労支援と
技能形成支援の目的が合致せず、人々が必要と
する支援を包括的に提供することが出来ていな
いというものであった。
この問題を解決するために、同レビューは、
社会保障給付を請求する求職者全員に基礎的技
c.一人親、障害者の就労に向けた支援と義
務の強化
これらの勧告を受け入れる形で、2007年以降
の英国の求職者活性化策は、社会保障給付の受
給者の雇用可能性を高める政策と、就労要求的
な政策の双方を一層高める方向に向かった。
能のスクリーニングを実施し、必要に応じて集
そのポイントの第一は、所得補助を受給する
中的な支援を実施する新たなプログラムの導
一人親の権利と義務が強化されたことである。
入、成人向けのキャリア形成支援サービスの創
一人親の就業率は、97年から2007年4∼6月期に
設、同サービスとジョブセンターとの敷地共有
かけて44.7%から57.2%へと上昇し、貧困状態
などを通じ、就労支援サービスと技能サービス
にある子供は60万人減少した。しかし、一人親
を統一的に提供する必要があると指摘した。
世帯で暮らす子供の半数が貧困状態にある状況
リーチ・レビューは求職者への技能形成支援に
を踏まえ、雇用年金省は、一人親の就労を通じ
ついては基礎的な技能に重点を置いていたが、
た子供の貧困の削減を一層推進する方針をとっ
これによっていったん仕事をみつけた後は、当
たのである 30)。
該労働者を就業者向けの技能形成支援に結び付
けることが想定されていた。
そのための手段として、一人親であることを
理由に所得補助を受給できる期間が短縮され
最後に、2006年11月に公表され、子供の貧困
た。それまで、子供を一人で育てる親は、最年
克服に向けた戦略の方向性を提示した「ハー
少の児童の年齢が16歳以下であれば所得補助の
カー報告(Harker
(2007))」がある。同報告書は、
受給が可能であった。これに対し、2008年11月
一人親世帯や障害者世帯で多くの子供が貧困に
24日以降は、所得補助の受給要件としての最年
陥っていることを踏まえ、一人親や障害者の就
少の子供の年齢は12歳以上、2009年10月26日以
労支援とこれに参加する義務を強化することを
降は10歳以上、2010年10月25日以降は7歳以上
提言した。一方で、同報告は、貧困家庭の子の
と、段階的に引き下げられている。これにより、
半数近くは大人が就労する世帯で生活している
子供が一定年齢に達した一人親は、所得補助と
状況も踏まえれば、子供の親に早期の就業を優
同額が支給される資力調査制・求職者給付に移
先させ、仕事と非就業の間を往復させるような
行し、求職者としての義務の履行を求められる
就労支援は、子供の貧困との戦いにおいて効率
ことになる。
的でも効果的でもないと指摘した。結論として、
しかしながら、求職活動そのものを要求され
英国政府の「ワークファースト(就労優先)」
ない所得補助から、その義務を伴う求職者給付
30) Department for Work and Pensions
(2007)は , 一人親世帯で子供が貧困になる可能性は、親が就労していない世帯で、親
がパートタイムで就労している場合と比べて3倍、フルタイムで就労している場合と比べて8倍高いと指摘している。
54
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
への移行は、必ずしもスムーズに行くとは限ら
関連活動グループ」に分けられる。後者に位置
ない。そこで、2008年10月以降、所得補助を受
づけられた者については、ジョブセンタープラ
給する一人親は、所得補助の受給権が停止され
スのパーソナルアドバイザーとの定期的な「仕
る1年前より、ジョブセンタープラスでパーソ
事にフォーカスしたインタビュー」に出席し(1
ナルアドバイザーとの「仕事にフォーカスした
カ月に1度程度、計5回)、自分の資格や教育、
インタビュー」に、年4回(四半期ごと)出席
就労に向けた計画について議論し、求職活動計
することが義務づけられた。これに加え、2008
画や希望する訓練などをリストアップした行動
年4月からは、12カ月以上所得補助など一定の
計画に合意することが求められる。ただし、行
社会保障給付を受給した一人親が、週16時間以
動計画に合意した計画について実際に実行する
上の仕事に就いた場合、その他の社会保障給付
と こ ろ ま で は 要 求 さ れ な い も の の、 イ ン タ
に上乗せして、週40ポンドを1年間支給する「就
ビュー出席やアクションプランへの合意の義務
業クレジット(In Work Credit)
」が導入された。
を履行しない場合には、基本支給額の上乗せ分
また、ジョブセンタープラスのパーソナルアド
(「就労活動関連要素」
)について削減・停止が
バイザーが、就業後も助言、支援、金銭的サポー
行われる31)。既存の就労不能給付受給者につい
トを提供するサービスが開始された。
ては、2010年から2013年にかけて「就労能力評
一人親に加え、障害者についても、就労に向
けた支援と義務の強化が強調された。英国政府
価」が行われ、雇用と生活支援給付または求職
者給付への移行が進められている。
は2006年時点で270万人に上る就労不能給付の
このように、就労能力がある障害者の義務が
受給者の中に、就労を希望しながら実際の活動
強化される一方で、雇用可能性を高める政策も
に踏み切っていない人々が少なからず存在する
強化されている。例えば、2003年に導入された
こと、あるいは厳しい義務が課せられる求職者
障害関連給付受給者に対する就労支援プログラ
給付を回避するために障害関連給付を受給する
ム「就 労 へ の 道(Pathway to Work)」 が、
例があることなどを指摘し、障害を持つ人に対
2008年4月より全国的に展開されることになっ
する所得保障制度の刷新と、これら所得保障を
たほか、同じ月より、最低5週間継続が期待さ
受ける人々の、就労に向けた権利と義務の双方
れる週平均16時間以上の仕事(年収1万5,000ポ
を強化する方針を打ち出した(Department for
ンド以下)に就く場合に、最大1年の間、週40
Work and Pensions
(2006))。
ポンドを支給する「就労復帰クレジット(Re-
これを受けて、2008年10月以降の新規請求者
turn to Work Credit)
」が導入された。
は、新たに導入された「雇用と生活支援給付制
上記のような一連の改革は、一人親や障害者
度」が適用されることになった。
「何ができな
を、低賃金で不安定な雇用に単に押し込もうと
いか」ではなく、「何ができるのか」に着目す
する政策なのか、それとも就労を通じた貧困か
るこの制度では、受給者は障害の度合いが高く
らの克服を実現するものなのだろうか。この点
無条件の生活保障が必要とされる「支援グルー
について、雇用年金省は、上記の英国政府のア
プ」と、部分的な就労能力が認められる「就労
プローチと、社会扶助受給の条件として低賃金
31) ジョブセンタープラスのパーソナルアドバイザーとの「就労にフォーカスしたインタビュー」に出席せず、5日以内に理由
を提示しない場合、次のインタビュー参加まで給付の一部が削減される(当初4週間は「就労活動関連要素」の50%、それ
以降は100%)
(Centre for Economic & Social Inclusion and Bateman
(2010))。
55
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
雇用で働くことを義務づける米国型のアプロー
32)
行して、全額受給できる所得制限が205万円か
チとの違いを強調している (Department for
ら130万円に引き下げられ、受給要件が厳格化
Work and Pensions
(2007c))。英国の福祉改革
された。また、母子世帯への就労支援の強化を
の目的はあくまで就労を通じた貧困の克服にあ
前提に、2008年4月より児童扶養手当支給開始
り、後者のアプローチは子供の貧困を増加させ、
から5年経過した時点で33)、支給額の2分の1が
社会的公正を推進する長期的解決策とならない
停止されることとなった。この措置は親が働い
という。
ている母子世帯の所得水準の低さに配慮してい
実際、上記の政策をみる限りでは、一人親や
ないとして2007年に凍結され、就業や求職活動
障害者が新たに履行すべき義務が導入される一
を行う場合は適用除外とする措置が導入された
方で、生活を支える給付額の削減は基本的に避
ものの、児童扶養手当法上は支給減額措置が残
けられていること、就労支援サービスの拡充が
されている34)。
行われていること、99年の最低賃金制度導入や
英国と日本における一人親の活性化策を比較
勤労世帯税額控除(のちに勤労税額控除と児童
すると、英国は就業していない一人親への生活
税額控除として整理)
、就労クレジットや就労
保障の水準を維持した上で、ジョブセンタープ
復帰クレジットなどのメイク・ワーク・ペイ政
ラスのパーソナルアドバイザーとの面談への出
策によって就業時の所得の底上げが行われてい
席を義務化し、さらに最低賃金や在職給付に
ることなどをみれば、給付水準の単純な削減や
よって就労インセンティブを高めた。これに対
受諾すべき仕事の範囲の拡大によって、迅速な
し日本の政策は、既に大部分が働いている一人
就労を強制するのではなく、雇用可能性を高め
親の事実上の在職給付を削減するという点で、
る政策とのバランスにも配慮がなされている。
求職者活性化策としてのポイントを外したもの
例えば、これを日本の児童扶養手当の改革と
であった。
比較すると、その違いが分かりやすいように思
ただし、英国でも、所得補助から求職者給付
われる。日本の児童扶養手当は18歳未満の子供
に移行した一人親が低賃金就業から抜け出すこ
を養育する一定所得以下の一人親に対する現金
とが難しくなるリスクは捨てきれない。Hark-
給付制度である。この制度は、母子世帯の母親
er(2006)が指摘するように、子供が貧困状態
の8割以上が就業する一方、うち多数が低所得
にある世帯の約半数で親が働いており、単に就
の非正規就業である日本で、公的扶助を受けず
労を進めるだけで子供の貧困を削減できるほど
に低賃金で働く母子世帯の在職給付に近い役割
問題が単純ではなかったためである。こうした
を果たしてきたとされる(濱口(2009))。
求職者給付の受給者に対する就労支援のあり方
しかし2002年の制度改革で、母親の自立促進
の課題は、以下で述べるような就労支援サービ
という目的の下で、児童扶養手当制度が大幅に
スと技能形成支援策の連携の推進、就労支援の
厳格化された。まず、所得に応じて児童扶養手
実施体制の刷新にもつながっていった。
当が徐々に減額される方式が導入されたのと並
56
32) 具体的には、民間職業紹介会社による職業斡旋の受諾を義務づけた米国ウィスコンシン州の福祉改革との違いが強調され
ている。
33) 支給開始から5年が経過している場合(3歳未満の場合は、3歳に達した翌月から5年)、または離婚など支給要件に該当して
から7年経過している場合に、児童扶養手当の支給額が減額される。
34) ここでの説明は阿部(2008)に基づいている。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
d.求職者活性化策における技能形成支援の
これを受け、2008年9月から2009年3月にかけ
て、12の地域で「統合された雇用と技能サービ
位置付けの見直し
近年の英国の求職者活性化策の第二のポイン
ス」を実施するための、トライアル事業が行わ
トは、求職者の就労支援と技能形成支援の統合
れた。この事業では、求職者給付の請求時に、
が図られたことである。ニューディールが導入
全員に対してジョブセンタープラスのパーソナ
されて以降の英国の求職者活性化策は、迅速な
ルアドバイザーが簡易的な技能スクリーニング
就労を優先し、ともすれば職業訓練を軽視する
を行い、必要と認められる場合は、政府のキャ
傾向があった(Harker(2007))。これについ
リア支援サービス(
「ネクストステップ」
)37)に
ては、英国会計検査院(National Audit Office
よる詳細な技能健康診断に送付するというもの
(2007)
)も、2007年まで英国の就労支援は求職
である。詳細な技能健康診断では、上記キャリ
者の「入職」にフォーカスし、求職者の技能形
ア支援サービスのアドバイザーによる詳細なイ
成やこれを通じた安定雇用の位置づけは低かっ
ンタビューと合意に基づいて「技能アクション
たと指摘している。
プラン」が作成され、必要に応じて訓練への参
こうした求職者活性化策における技能軽視の
加が求められる。これと同時に、ジョブセンター
傾向は、英国政府が就労支援と技能形成支援策
プラスのパーソナルアドバイザーと技能サービ
の連携を図るなかで、徐々に変化している。そ
スの専門家を同じ施設に配置し、技能に課題の
の契機となったのは、リーチ・レビューやハー
ある求職者が迅速に技能支援を受けることを可
カー報告の勧告を受け、2007年11月に、雇用年
能にするサービスの試行事業も行われた。「統
35)
金省とイノベーション・大学・職業技能省 が
合された雇用と技能サービス」は、2010/2011
共同で提出した政策文書「機会、雇用、発展:
年度より全国展開されている。
技能を機能させる(Department for Work and
Pensions
(2007b)
)」である。同ペーパーは、福
e.就労支援の実施体制の刷新と長期失業者
への柔軟な支援体制
祉政策と技能政策の連携の問題を正面から取り
2008年以降の英国の求職者活性化策における
上げ、社会保障給付の受給者の技能形成に関わ
第三のポイントは、就労支援の実施体制の改革
る権利と義務の強化を提案した。これは、政府
と、民間・第三セクターの就労支援サービス事
が、キャリアの発展を実現するために必要な技
業者との連携の強化である。雇用年金省は、
能を全ての人が持つことを保障する「統合され
2007年7月の政策文書「就労でより豊かになる:
た雇用と技能サービス」を提供する一方で、受
完 全 雇 用 へ の 次 の ス テ ッ プ(DWP(2007a))」
給者にはこれに協力する義務が強化されること
および2007年12月に「就労への準備:我々世代
36)
を意味した 。
の完全雇用ステップ(DWP(2007c)
)」で、長
35) イノベーション・大学・職業技能省は、2009年6月5日に、ブラウン首相の下での内閣改造により、ビジネス・企業・規制
改革省と統合され、新たにビジネス・イノベーション・技能省に再編されている。
36) 本ペーパーで、雇用年金省はリーチ・レビュー以降、技能レベルの低い手当受給者の就業前・就業後を通じたシームレス
な技能形成支援が、「働くための福祉」政策改革の中で大きな位置を占めるに至ったと指摘する。そのため、英国の福祉改
革も、人々を単に就労させるのではなく、グローバル化する世界の挑戦と機会から英国の労働者が利益を得るための教育
と訓練に焦点を当てるものとなっていると強調している。
37)「ネクスト・ステップ」は、イングランドに在住する19歳以上の労働者を対象とするキャリア形成支援サービスである。ネ
クスト・ステップのパーソナルアドバイザーは、履歴書の書き方や求人への応募方法、労働市場の状況、訓練コースの選定、
利用可能な補助金の選択、現在の仕事でのキャリア形成の方法、キャリア形成の選択肢の検討などに関する助言やアドバ
イスを提供する。
57
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
期失業問題や社会保障給付の反復受給問題を克
ディールの実施が開始された。また、2000年に
服するために、求職者給付の受給者に対する就
は雇用情勢が特に厳しい13の地域で、競争入札
労支援プログラムを刷新する方針を打ち出し
で決定されたプロバイダーが大きな裁量を与え
た。これを受けて2009年4月より、若年者向け
られ、長期失業者に集中的な支援を行なう「エ
ニューディール、長期失業者向けニューディー
ンプロイメント・ゾーン」が開始された。
ル、50歳以上向けニューディールなどを廃止し、
雇用年金省からの聴取によれば、2010年3月1
求職者給付の新規受給者について「求職者レ
日時点で、同省は293のプロバイダーと契約を
ジームとフレキシブル・ニューディール(Job-
結んでおり(うち民間112、公的部門97、第三
seekers Regime and Flexible New Deal、通称
セクター84)
、締結された契約は592(うち民間
JRFND)
」という新たな就労支援スキームが導
285、公的部門121、第三セクター186)に上る。
38)
入された 。
プロバイダーの支援や専門領域は機関によって
この JRFND は、求職者給付の受給者を対象
異なるものの、例えば上記の「エンプロイメン
に、受給期間12カ月までは、ジョブセンタープ
ト・ゾーン」の導入を契機に設立されたワーキ
ラスで集中的な支援を実施し、それ以降は民
ング・リンクス社は、企業との密接な連携、独
間・第三セクターの就労支援サービス事業者(プ
自の訓練体制、求職者の状況に応じた柔軟な支
ロバイダーと呼ばれる)が包括的な支援を行う
援により、2000年の設立以来、15万人の就労を
というスキームである。
実現している(補論1参照)。
このうち、当初12カ月の支援の枠組みは「求
フレキシブル・ニューディールでは、民間・
職者レジーム」と呼ばれ、失業期間が長期化す
第三セクターのイノベーションを喚起するため
るにつれ、パーソナルアドバイザーとの面談へ
に、最低限の要素を除いて、プロバイダーに支
の参加、雇用可能性を高めるプログラムへの参
援内容に関する大きな裁量が与えられた。ただ
加義務が強化される仕組みとなっている。
し、フレキシブル・ニューディールに送付され
一方、失業期間が12カ月を超える求職者は、
て以降も、求職者は2週間に一度、ジョブセン
民間・第三セクターのプロバイダーに送付され、
タープラスでの面談に出席することが求められ
プロバイダーによる個別・柔軟な就労支援が行
るため、ジョブセンタープラスと求職者のコン
われる(この期間は「フレキシブル・ニュー
タクトは維持される。
ディール」と呼ばれる)
(図表7)。
このような民間や第三セクターへの就労サー
フレキシブル・ニューディールは、労働党政
ビスの委託においては、雇用可能性が高い人々
権が進めてきた、就労支援サービスにおける民
に支援が集中する問題(クリーミング)や、就
間・第三セクターの活用をより包括的に行おう
労支援の結果としての「雇用の質」を、いかに
とするものであったといえる。これに関して、
コントロールするかが課題となる。この点につ
例えば2002年には、ジョブセンタープラスに代
いては、求職者の就業期間が長くなるほどプロ
わり、一部地域でプロバイダーによるニュー
バイダーの報酬が拡大する契約が結ばれること
38) JRFND の導入は二段階に分けての導入が予定されていた。第一弾においては、2009年4月から「求職者レジーム」が、
2009年10月から「フレキシブル・ニューディール」が導入された。一方、第二弾は2010年4月から「求職者レジーム」を、
2010年10月から「フレキシブル・ニューディール」を導入する予定であったが、2010年5月の総選挙によって誕生した保守
党・自由民主党の連立政権が新たな就労支援スキームを導入する方針であることを踏まえ、その導入は見送られた。
58
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表7:JRFND のプロセス
ジョブセンタープラスでの支援(パーソナルアドバイザーの裁量拡大)
ファストトラック(長期失業者や NEET 等)
第一ステージ
〔自己管理による求職期間〕
1∼3カ月
第二ステージ
〔指導の下での求職期間〕
4∼6カ月
○請求当初
■パーソナルアドバイザー
(PA)との「新求職者イン
タビュー」
−求職者協定締結
■求職者の基礎技能評価
○第二ステージ入り前
■ PA と の「レ ビ ュ ー ミ ー
ティング」
−求職者協定のレビュー、追
加的な訓練の必要の判定
−求職者協定で、通勤時間、
賃金、職業等について求職
活動の範囲を拡大
第三ステージ
〔支援の下での求職期間〕
7∼12カ月
プロバイダーの個別・
柔軟な支援
第四ステージ
〔フレキシブル・ニューディール〕
13∼24カ月
○第三ステージ入り前
○第四ステージ入り後
■ PA との「請求再スタート・ ■外部の公共・民間・第三セ
インタビュー」
クターの雇用サービスプロ
−
「就労復帰行動計画」の策定
バイダーによる個別・柔軟
−求職活動の対象を最低賃金
な就労支援を提供
以上の全ての仕事に拡大
−最低4週間の賃金就業また
■その後も、PA と週一回面
は就労関連活動などを含む
談(計6回)
「個人行動計画」への合意
(行動計画への記載事項は
○2週間に一度のモニタリング ○集中的なモニタリング
○2週間に一度のモニタリング
強制)
■「求職活動レビュー」
■ 集 中 的 な「求 職 活 動 レ ■「求職活動レビュー」
■2週間毎にジョブセンター
−求職活動等のモニタリング
ビュー」
−求職活動等のモニタリング
プラスでの、求職活動のモ
−週1回×6回(その後2週に
ニタリングに出席
一度)
○第6∼13週頃
○27∼52週
■「就労復帰セッション(集 ■ PA が特別な支援が必要な ■就労可能性を高める活動
団セッション)
」への参加
と 認 め る 場 合、2回 の PA (基礎的技能評価、職業技
義務
との「対象者限定レビュー」 能評価、
就業経験、
ボランティ
に出席
ア就業等)への参加義務(活
動内容に応じ最大三つ)
■(PA の 判 断 に よ り) 義 務
的な技能健康診断を受講
景気後退期の追加的支援
■「新規求職者支援」
−グループ / 個別アドバイス
等
−専門技能を持つ求職者への
活動支援等
■6カ月オファー
−参加任意の4つの機会(採
用補助金/訓練/起業支援
/ボランティア)の提供
(資料)Knight
(2010)、Centre for Economic and Social Inclusion
(2010)などにより、みずほ総合研究所作成
で、プロバイダーがより安定的な就業機会を志
ラムを実施することを義務づけている40)。
向するインセンティブが設けられている39)。ま
た、就労が困難な求職者が放置されることを避
⑸ 小括:労働党政権の求職者活性化策の展開
けるため、プロバイダーには、全ての委託を受
これまで、97年に労働党政権が発足して以降
けた長期失業者に最低4週間の就労支援プログ
の英国について、求職者活性化策の展開をみて
39) フレキシブル・ニューディールでは、一人当たりの報酬総額のうち、当初の受け入れに20%、13週間の就業に対して50%、
26週間の就業に対して30%が支払われる。
40) なお、2010年5月の総選挙を経て誕生した現在の保守党・自由民主党政権は、前政権の「ニューディール」や「就労への道」、
JRFND を廃止し、2011年夏より新たな「ワークプログラム」を全国展開する方針を示している 。雇用年金省によれば、
このワークプログラムは、失業者や就労困難者向けに統一的な就労支援を提供するスキームであり、就労困難な者や若年
失業者については早期に民間プロバイダーによる支援を開始すること、プロバイダーの裁量をさらに拡大すること、支援
の困難度に応じた報酬支払いを行うことなどが想定されている。上記概要を踏まえる限り、ワークプログラムは、求職者
の状況に応じた柔軟・個別の支援の推進や民間プロバイダーの裁量拡大を柱としている点で、JRFND が目指した就労支
援体制の改革を一層推進するものとみることも可能である。
59
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
きた。同国の10年以上にわたる改革のポイント
で、迅速な就労を優先するアプローチと、雇用
を整理すると、以下の点が挙げられる。第一に、
可能性を高める政策のバランスをとる必要が指
求職者活性化策の焦点が、求職者給付を受給す
摘されるようになってきたことがあった。その
る失業者から、一人親や就労不能関連給付の受
ための方策として、単に職業訓練コースを拡充
給者も含めて、非労働力化している人々に拡大
するのではなく、ジョブセンタープラスのパー
されている点である。ただし、これらの人々の
ソナルアドバイザーによる初期スクリーニング
生活保障を直ちに減額するような改革は避けら
と専門家による詳細な検討、求職者支援と技能
れていることのほか、パーソナルアドバイザー
形成支援の目的の調整など、就労支援と技能形
との面談や就労によるリターンをより大きくす
成支援を統一的に提供する取り組みが行われて
るメイク・ワーク・ペイ政策など、雇用可能性
いる点が注目される。
を高める様々な支援策とのバランスが考慮され
ている点には留意が必要であろう。
4.オランダの求職者活性化策の展開
第二に、給付・就労支援体制の改革が継続的
本節では、オランダに焦点をあて、求職者活
に行われている。2001年10月に、社会保障給付
性化策の展開をみていく。オランダでは、特に
と受給者の就労支援を一貫して担当するジョブ
94年に誕生したコック政権以降、受動的な所得
センタープラスが設立され、パーソナルアドバ
保障を、就労促進的なセーフティネットに変革
イザーによる個別の支援体制が整備された。さ
する取り組みが進められているため、これ以降
らに、2009年10月には、より柔軟で個別的な支
の時期について、政策の展開をみていくことと
援を実施するために、ジョブセンタープラスに
したい。
よる集中的な就労支援と、民間・第三セクター
なお、オランダでは2010年6月に総選挙が行
の就労支援サービス事業者による包括的な支援
われており、その後の連立交渉を経て、2010年
を組み合わせた新たな枠組み(JRFND)が導
10月14日に、ようやく右派の自由民主党と中道
入された。JRFND では、民間プロバイダーの
右派のキリスト教民主同盟による少数与党政権
裁量が大幅に拡大される一方、雇用年金省とプ
が発足した。これによって労働党は政権を離脱
ロバイダーの契約で雇用可能性が高い人々に支
しており、小さな政府を志向する右派色の強い
援が集中する問題(クリーミング)やサービス
政権の下で、オランダの求職者活性化策がどの
の質の低下を防ぐ一定の考慮がなされている。
ような方向に向かうのかが注目されるものの、
また、求職者とジョブセンタープラスの2週間
本稿執筆時点(2010年10月末日)では詳細な情
ごとのコンタクトが継続されるなど、公的セク
報が得られないため、本稿では立ち入っていな
ターのハンドリングが残されている点にも留意
い。
が必要である。
第三に、英国では雇用可能性を高める技能支
60
⑴ オランダの就労世代向け社会保障給付
援が見直されている。背景には、社会保障給付
a.オランダの社会保障給付のアウトライン
の受給者を幅広く労働市場に統合していく上
オランダの社会保障給付は、社会保険(国民
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
保険、被用者保険)を中心に、公的扶助がこれ
41)
を補完する構成となっている (図表8)。社会
保険には国民保険と被用者保険があり、前者は
(WW)、障害保険制度(WAO)、就労能力に
応じた仕事と所得制度(WIA)、傷病給付制度
(ZW)がある。
オランダに合法的に在住する全ての者が加入を
これらに加え、オランダには、低所得世帯に
義務付けられる。具体的には、一般老齢年金制
対し、税財源に基づいて世帯所得を補完する社
度(AOW)
、健康保険制度(ZVW)、特別医療
会扶助制度がある。具体的には、労働と社会扶
費 補 償 制 度(AWBZ)、 一 般 遺 族 年 金 制 度
助制度(WWB)、補足給付制度(TW)、老齢
(ANW)
、一般児童手当制度(AKW)などが
または部分的障害を持つ失業者のための所得保
ある。一方、後者の被用者保険は、被用者が加
障制度(IOAW)、老齢または部分的障害のた
入 を 義 務 付 け ら れ る 保 険 で、 失 業 保 険 制 度
めに最低所得を得られない自営業者のための所
図表8:オランダの社会保障給付に関わる制度(全体像)
社会保険
被用者保険
財源
保険料
保険料
税財源
資力調査
なし
なし
あり
子供の養育
●一般児童手当制度(AKW)
失業
主
な
リ
ス
ク
公的扶助
国民保険
●労働と社会扶助制度(WWB)
●失業保険制度(WW)
●補足給付制度(TW)
●労働と社会扶助制度
●老齢(55∼65歳未満)または
部分的障害により最低所得を得
られない自営業者のための保障
制度(IOAZ)
●障害のある若者のための給付制
度(Wajong)
寡夫・寡婦・
遺児
●一般遺族年金制度(ANW)
●労働と社会扶助制度
老齢
●一般老齢年金制度(AOW)
●労働と社会扶助制度
傷病
障害
医療費負担
●傷病給付制度(ZW)
●障害保険制度(WAO)
(2004年1月1日 以 降 の 障 害 に
よる就労不能は WIA)
●自営業者のための障害給付制度
●就労能力に応じた仕事と所得制
(WAZ)
度(WIA)
(2004年8月1日 以 前 か ら の 受
⑴完全な職業上の障害給付制度
給者を除き、廃止)
(IVA)
⑵部分的障害のための就労復帰
制度(WGA)
●補足給付制度
●労働と社会扶助制度
●補足給付制度
●老齢(55歳から65歳未満)ま
たは部分的障害のために最低所
得を得られない自営業者のため
の給付制度
●障害のある若者のための給付制
度
●補足給付制度
●健康保険制度(ZVW)
●特別医療費補償制度(AWBZ)
(資料)Ministry of Social Affairs and Employment, Netherlands
(2010a)、大森(2006)より、みずほ総合研究所作成
41) オランダの社会保障給付制度のアウトラインは、大森(2006)に基づいている。
61
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
得保障制度(IOAZ)がある。
え、「年要件(過去5年間のうち賃金を受け取っ
b.就労世代向けの主な社会保障給付
た日が52日以上の年が4年以上)
」を満たす場合
このうち、就労世代向けの主な社会保障給付
は、就労履歴に応じて、最大38カ月まで支給期
として、「失業保険制度」、「就労能力に応じた
間が延長される43)。
仕事と所得制度」、「労働と社会扶助制度」から
の給付がある。オランダの求職者活性化策はこ
オランダでは、67年に導入された障害保険制
れら制度と結びつけられているため、その詳細
度(WAO)によって、障害によって部分的ま
に入る前に、この三つの制度について概要を確
たは全面的に就労が困難となった者に対する所
42)
認する 。
⒜ 失業保険制度
62
⒝ 就労能力に応じた仕事と所得制度
得保障を行ってきた。しかし、障害給付受給者
の就労促進の観点から、2006年1月1日より、新
失業保険制度は、被用者・公務員の失業によ
た な「就 労 能 力 に 応 じ た 仕 事 と 所 得 制 度
る所得喪失に対し、就労履歴や離職前賃金に応
(WIA)」が導入された44)。この制度は、2004
じた所得を保障する。失業給付を受給するため
年1月1日以降に傷病を得て、2年間(104週間)
には、①65歳未満、②失業保険制度に加入、③
経過しており、障害の程度が35%以上45)である
週当たり労働時間を最低5時間喪失(週当たり
ものに対して行われる。傷病が発生してから障
労働時間が10時間未満の場合、就労時間の最低
害給付を受給するまでの2年間は、企業負担に
半分を喪失)、④就労が可能である、⑤就労履
よる傷病給付(法定給付率は70%)が支給され
歴要件を満たしている、⑥失業後迅速に被用者
る。
保険制度機構・就労支援センター(被用者保険
「就労能力に応じた仕事と所得制度」は、「完
に関わる給付と就労支援を行う機関)に求職者
全な職業上の障害給付制度(IVA)」と、
「部分
登録を行い、同センターと求職者協定を結んで
的障害のための就労復帰制度(WGA)
」の二つ
いる、などの要件を満たす必要がある。
に分けられる。前者は職業上の障害の程度が
支給額は離職前の賃金に比例し、最初の2カ
80%以上で、その状態が恒久的である者を対象
月間は離職前賃金の75%、それ以降は賃金の
とし、傷病・障害を得る前の賃金の75%が、老
70% で あ る(最 大187.77ユ ー ロ / 日、2010年7
齢年金支給開始(65歳)まで給付される。一方、
月1日時点)
。給付期間は、
「週要件(離職日の
後者は職業上の障害の程度が35∼80%、あるい
前36週のうち最低26週就労)
」を満たす場合、
は、障害の程度が80%以上であるが一時的であ
最大3カ月まで受給が可能となる。週要件に加
る者を対象とするもので、就労履歴に応じた所
42) 以下、失業保険制度、就労能力に応じた仕事と所得制度、就労と社会扶助制度の概要は、断りがない限り、Ministry of
Social Affairs and Employment
(NL)
(2010a、2010b)に基づいている。
43)「年要件」を満たす者は、3年を超える雇用年数の1年度ごとに1カ月分、受給が延長される。雇用年数のカウントにあたっ
ては、①18歳に到達した年から97年までの年数(「仮想の雇用年数」)と、②98年以降の実際に雇用された期間(「実際の雇
用履歴」)の合計年数が考慮される。
44) なお、被用者保険の対象とならない自営業者向けの障害給付制度としては、「自営業者のための障害給付制度(WAZ)」が
あったが、2004年8月1日以降は廃止された。このため、2004年8月1日以前に障害を得た人のみがこの給付を受給しており、
それ以降は、障害に備えるためには民間保険に加入することが必要となった。民間の保険への加入が困難な人については、
起業後3カ月以内に民間保険に加入している場合は、医療・年齢面での加入制約のない、代替的保険への加入が可能となる
(OECD
(2007a))。
45) 障害の程度は、傷病が発生してから2年以降に、完全に就労に復帰していない場合、被用者保険制度機構(UWV)の専門
医と労働安全衛生の専門家による評価が行われ、障害の度合いが決定される。障害の度合いは、従前に得ていた賃金を基
準に、長期疾病や障害に関連して生じた所得減少(「賃金喪失」)に基づいて決定される。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
得比例給付(3∼38カ月、当初2カ月は従前賃金
就労支援を担当している。給付にあたって就労
の75%、それ以降は70%)、その後の補足的給
履歴は問われない。資産(貯蓄、住宅、車両な
46)
付が行われる 。所得比例給付は2009年7月1日
どを含む)は、既婚カップルや一人親について
時点で、最大187.77ユーロ/日である。
は1万910ユーロ、単身者については5,455ユー
「部分的障害のための就労復帰制度」におい
ロ以下であることが必要であり、これを超える
て所得比例給付、補足給付はともに就労するこ
場合には、まず個人資産を活用することが求め
とが有利になるよう設計されている。所得比例
られる。
給付の受給者が就労する場合、最初の2カ月に
社会扶助の支給は世帯単位で行われる47)。支
ついては、従前賃金と最初の2カ月の賃金の差
給基準額は年齢(18∼21歳、21∼65歳、65歳以
額の75%が支給される。所得比例給付の終了後、
上)および家族構成(既婚カップルや非婚の同
残っていると判断される就労能力の50%以上の
居パートナーなど、18歳までの子供を養育する
賃金を得る場合には、賃金補助が行われる。具
一人親、単身者)によって決定される。2010年
体的には、一定の制限の下で、傷病を有する前
7月1日時点で、21∼65歳の既婚カップルなどは
の賃金と今の就労能力で得ることができると判
最低賃金の100%(1,295.07ユーロ/月)、一人
断される賃金の差額の70%が支給される。これ
親は70%(906.55ユーロ/月)
、単身者は50%
に対し、所得比例給付の期間が終了後も就労し
(647.54ユーロ/月)である48)
(2010年7月1日現
ていない場合や、持っている就労能力の50%未
在)。支給基準額を下回る所得がある場合は、
満の賃金を得ている場合には、賃金に上乗せし
基準額と所得の差額が支給される。市は一人親
て補足給付が行われる。補足給付は、従前所得
に最低賃金の20%に相当する特別給付を行うな
に関わりなく、最低賃金に障害の程度に応じて
どの裁量を与えられている。
決められた比率を掛け合わせた定額が支給され
る。
WWB 受給にあたっては、①被用者保険制度
機構・就労支援センター(被用者保険の給付と
⒞ 労働と社会扶助制度
就労支援の実施機関)に求職者登録すること、
労働と社会扶助制度(WWB)は、それまで
②本人とパートナーが自立に向けて最大限の努
の国民扶助制度(AbW)に代えて、2004年1月
力をすること、③訓練や経験に適合しないもの
1日に導入された社会扶助制度である。この制
も含めて、あらゆる仕事(normal work)に応
度は、オランダに合法的に在住する18歳以上の
募すること、④求人応募訓練など市が提供する
者で、基本的な生計費を確保できない全ての人
支援に協力すること、⑤必要に応じて家庭訪問
に対し、資産調査を行った上で、税財源に基づ
などに応じることなどが要求され、これに従わ
いて最低所得を保障するもので、431の市(ヘ
ない場合、社会扶助の運営を行う市は、給付の
メーンテ、日本の市に相当)が給付と受給者の
削減または停止を行うことができる。
46) WGA 給付では、傷病を有する前の36週間のうち26週間就業している場合、所得比例給付を受けることができる。所得比
例給付の受給可能期間は、就労年数1年につき1カ月としてカウントされる。就労年数は①18歳に到達した年から97年まで
の年数、②98年から WGA 給付が行われる年までの間のうち実際に就労した年数(1年のうち52日以上就労した年数)の和
によって計算される。2008年1月1日以前に受給していた者については、給付は最大60カ月とされた。
47) 社会扶助請求以降、8週間以内に市による支給決定が行われる。支給決定までの期間には、給付予定額の90%に相当する事
前給付(請求から4週間以内に給付開始)が行われる。
48) 18∼20歳については、両親からの扶養が得られない場合に、請求に基づいて市が特別扶助スキームによる給付を行う。
63
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
⑵ コック政権(1994∼2002年)の求職者活
性化策
a.社会保障給付受給者の膨張
ていたことなど、給付期間の制限のある失業保険
と比べて寛大な制度となっていた(水島(2003)
)
。
これに加えて、障害給付の受給者拡大を後押
オランダは戦後、社会保障の充実を進め、寛
ししたのが、被用者保険制度のガバナンス構造
大な福祉システムを形成してきた。60年代に発
である。被用者保険制度の審査・給付は労使代
見された北海油田の天然ガス輸出による財政収
表による産業保険組合が行っており、企業は解
入は、同国の福祉充実に貢献した。一方、80年代
雇規制を回避できる上に、労使摩擦の少ない雇
までのオランダの社会保障は現金給付を中心と
用調整手段として、労働者は65歳の老齢年金支
し、受給者に対する求職活動の義務付けや、積極
給開始までの早期退職手段として、障害保険制
的労働市場政策は脆弱であった(廣瀬(2009))。
度を活用した(Van Oorschot(2006))。この結
しかし、第一次石油危機が発生すると、オラン
果、図表9にみられるように、72年時点で26万
ダの経済や社会保障を巡る状況が一変した 49)。
件であった障害給付の支給件数は、その後の急
同国では、
70年代の一次産品ブームを背景に北海
拡大を経て、82年の時点で60万件に達した。
油田の天然ガス輸出が拡大したが、これが実質
b.コック政権の求職者活性化策①:就労要
為替レートの上昇を通じて天然ガス以外の輸出
産業の競争力を低下させてしまったのである。
求的な政策の強化
オランダでは94年5月の第二院(下院)総選
さらに、社会保障・福祉を維持するための増税、
挙でルベルス政権(82∼94年)が敗退し、同年
石油産業の賃金上昇に引きずられた非石油産業
8月に労働党(PVDA)、自由民主人民党(VVD)、
の賃金上昇、
インフレ抑制のための政府の金融引
民主66党(D66)の3党からなる「紫連合政権」51)
き締め策により、
オランダの産業は大きな打撃を
図表9:被用者保険給付の支給件数
受けることになった。こうした中で雇用情勢の
悪化が進み、70年代に2%台で推移していた失
業率は、
83年のピーク時には11.7%を記録した50)。
雇用情勢の悪化と並行して進んだのが、社会保
80
障給付の受給者の増大である。とりわけ、深刻な
70
様相を呈したのが障害保険制度であった。オラン
60
ダでは障害給付の受給に際して業務との関連性が
問われない上に、就労履歴にかかわらず従前賃金
の最大8割が期限なく支給されていたことや、73
年に導入された「労働市場配慮」制度により、従
前の仕事に就けない場合は、部分的障害も全面的
な就労不能と判定され、障害給付が全額支給され
64
90 (万件)
傷病給付制度(ZW)
障害保険制度(WAO)
失業保険制度(WW)
就労能力に応じた仕事と所得制度(WIA)
50
40
30
20
10
0
1972
78
84
90
96
2001
04
07 (年)
(注)年度末時点の支給件数。
(資料)UWV(2008)
49) 以下、石油危機後のオランダの経済状況については、長坂(2000)に基づいている。
50) なお、ここでの失業率は労働力人口(15∼64歳)のうち、登録済み失業者(15∼64歳の失業者または週12時間以内の就業
者で、公共職業安定所で失業者登録を行っている者)の割合を指している。
51)「紫連合政権」とは、左派勢力である労働党を表す赤色と、中道右派勢力の民主66、右派勢力の自由民主人民党を表す青色
の混合政権であることを示している。同政権の成立を経て、1918年より政権にあったキリスト教民主同盟は76年ぶりに政
権外に出た。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
が誕生した。政権を握った労働党のコック首相
調整や早期退職の手段として被用者保険制度を
は、「雇用、雇用、そしてより多くの雇用を」
活用する状況が維持された(水島(2003))。結
を政策スローガンとする、就労を全面に打ち出
局、ルベルス政権が総選挙で敗退した94年の時
した求職者活性化策を展開した。
点で、被用者保険給付(失業給付、障害給付、
なお、オランダが膨張する社会保障給付の削
傷病給付)の受給者数や給付総額は、それぞれ
減に取り組んだのは、コック政権が最初ではな
136万人、146億ユーロとなり、政権が改革に着
い。これより10年以上前、82年に誕生したルベ
手 し た80年 代 後 半 よ り 増 大 し て い た(UWV
ルス政権は、
「価格政策」と呼ばれる一人当た
(2008))。
り給付額の削減策、
「数量政策」と呼ばれる社
これに対し、コック政権は単なる社会保障費
会保障給付の受給者削減策を相次いで打ち出し
の削減ではなく、
「就労」を重視した改革を推
ているからである(Van Oorschot
(2002)
)。前
進した。その一つは、社会保障給付の厳格化や
者の「価格政策」では、87年に失業給付、傷病
受給者の義務の拡大といった、就労要求的な政
給付、障害給付の給付水準引き下げや、就労履
策の推進である。例えば、95年には、失業保険
歴と給付期間の連動が強化されたほか、障害給
制度の見直しが行われ、失業給付の受給期間と
付に関する「労働市場配慮」制度が廃止され
就労履歴の連動が大幅に強化された
52)
「数量政策」では、93年に障害給
た 。また、
(図 表 10)54)。また97年に施行された「罰則と
付の受給者が増加した企業への罰金、障害給付
処分に関する法」では、失業給付や社会扶助の
の受給者を採用した企業への助成金制度が導入
受給者が義務を履行していないと判定される行
されたほか、94年には新たに障害給付の給付期
為とこれに対する具体的な罰則が明示されたほ
間の抑制策が実施された 53)。
か、罰則に該当する行為に対して、給付機関が
しかし、これらは社会保障給付を事後的に削
減しようとするものであり、同国の社会保障給
罰則を適用することが義務づけられた(Van
Oorschot and Engelfriet
(2000))。
付に関わる制度を、就労促進的なシステムに変
さらに、求職者活性化策の焦点が社会扶助の
革するには至らず、求職者への就労支援も脆弱
受給者に拡大され、受給者の義務が強化された。
な ま ま で あ っ た(Sociaal-Economische Raad
具体的には、96年に新たな社会扶助法で、21歳
(2000))。何より、被用者保険を各産業の労使
以下は、社会扶助の受給権が「若年就業保障ス
が運営する構造が維持されたため、労使が雇用
キーム(JWG)
」で補助金付雇用に従事する権
52) 失業給付は、過去12カ月に130日以上就業していれば、従前賃金の80%に相当する「標準給付(6カ月)」と年齢に応じた「延
長給付(最大2年間)
」を受給可能であったが、87年以降は標準給付、延長給付ともに給付水準が従前賃金の70%に引き下
げられたほか、就業履歴が短い者は6カ月の標準給付以外は、失業給付を受給できなくなった(Van Oorschot and Engelfriet(2000)
)。
53) ルベルス政権の「価格政策」は、87年以降も被用者給付の受給者の増加傾向が続くなど効を奏せず、被用者保険制度への
支出額は86年の106億ユーロから90年の135億ユーロへと拡大した(UWV
(2008))。このため、新規受給者の抑制に重点を
置く「数量政策」が重視されるようになり、93年8月施行の「傷害保険申請者抑制法」では、94年1月以降の障害給付につ
いて、開始年齢が若いほど、給付期間を給付開始年齢と連動する方式となったほか(最大6年間)
、給付期間が終了した後
の追加給付については、給付率が開始年齢に連動する設計とされた(水島(2003))。
54) それまでは「週要件(過去50週に26週以上就業)」を満たす場合、従前賃金の70%に相当する標準給付を最大6カ月受給可
能であり、これに加えて「年要件(過去5年の間に3年以上就業)
」を満たす場合には、就労履歴に応じて最大5年(標準給
付含む)受給が可能であった。一方、95年の制度改正以降、週要件(過去39週間に26週以上就業)のみを満たす場合は、
従前賃金ではなく、最低賃金の70%の短期給付を最大6カ月受給できるのみとなった。週要件と年要件の双方を満たす場合
には従前賃金の70%に相当する標準給付を就労履歴に応じて最大5年間受給可能であるが、Van Oorschot and Engelfriet
(2000)はこれに該当する者は労働者の45∼50%にとどまると指摘している。
65
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
図表10:1995年の失業給付制度の変更
制度改正前
制度改正以降
標準給付
短期給付
〔支給要件〕過去52週に26週以上就業(週要件)
〔給付水準〕従前賃金の70%
〔給付期間〕最大6カ月
〔支給要件〕過去39週に26週以上就業(週要件)
〔給付水準〕最低賃金の70%
〔給付期間〕最大6カ月
延長給付
標準給付
〔支給要件〕週要件+過去5年間に3年以上就業(年要件)
〔給付水準〕従前賃金の70%
〔給付期間〕就労履歴に応じ、標準給付と合計して最大5年
フォローアップ給付
〔支給要件〕週要件+過去5年間に4年以上就業(年要件)
〔給付水準〕従前賃金の70%
〔給付期間〕就労履歴に応じ、6カ月∼5年
フォローアップ給付
〔支給要件〕延長給付の終了後
〔給付水準〕最低賃金の70%
〔給付期間〕57.5歳未満は1年
57.5歳以上は65歳まで
〔支給要件〕標準給付の終了後
〔給付水準〕最低賃金の70%
〔給付期間〕57.5歳未満:2年間
57.5歳以上は65歳まで
(資料)Van Oorschot and Engelfriet
(2000)より抜粋
利に置き換えられたほか、社会扶助の受給者が
受諾すべき「最適な就業」の範囲が拡大され、
減免措置であった(図表11)。
例えば、94年の与党連立協定に基づいて、長
教育や従前の仕事のレベルを下回る仕事も受諾
期失業者に公的部門での雇用機会を提供するプ
すべきことが規定された(Van Oorschot and
ログラム(EWLW /メルケルトジョブⅠ)が
Engelfriet
(2000))。また、社会扶助を受給する
創出された。このプログラムは、99年になると、
一人親についても、求職活動や就業に関連した
より高度な就業機会を提供すること、民間部門
活動から免除される要件となる最年少の子供の
での就業機会への移行を促すことを目的とする
55)
年齢が12歳から5歳に引き下げられた 。
c.コック政権の求職者活性化策②:雇用可
「入門・ステップアップ就業プログラム(I/D
ジョブ)」に代替された。
また、96年には使用者負担減免法(WVA)
能性の向上策
社会扶助受給者の就労義務の強化と並行し
て、コック政権は長期失業者や若年失業者の雇
56)
の下で低賃金労働者や長期失業者を雇用する企
業の税・社会保険料負担の減免措置(SPAK、
用可能性を高める政策の強化に注力した 。そ
VLW)が導入されたのに続き、98年には「求
の主な手段は、公的部門での雇用機会の創出、
職者雇用法(WIW)
」に基づいて57)、市に社会
補助金による民間部門での就業機会の促進、低
扶助受給者の就労支援に向けて公共雇用サービ
賃金労働者や長期失業者を採用する企業の負担
スと連携することや、受給者ごとに個別の就労
55) 2003年には、社会扶助を受給する一人親について、子供の年齢などで求職活動や就労関連活動に従事する義務から免除す
るのではなく、個別の状況に応じて免除の可否を判断することとなった。さらに2008年には、社会扶助を受給する一人親
が求職活動義務の免除を最大6年間(一回まで)要求できる制度へと変更された。ただし、免除期間後の就労を念頭に、免
除期間中も訓練や教育への参加が義務づけられる。
56) ただし、求職者の雇用可能性を高める措置は、ルベルス政権期にも行われている。具体的には若年失業者や長期失業者に、
主に非営利部門での就業機会を提供する「若年就業保障スキーム」や「ジョブプール(Banenpool)
」などの就労支援策が
展開されていた。
57)「求職者雇用法」は社会扶助制度と密接に結び付けられており、同法によって市は公共雇用サービスと連携すること、社会
扶助の受給者に個別の労働市場への復帰計画が策定されることなどが義務づけられた。
66
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表11:コック政権期の主な雇用可能性拡大策
【雇用機会創出策】
EWLW
/メルケルトジョブⅠ
1994年∼1999年
○公共サービスの改善と、長期失業者・社会扶助受給者の就業促進を図るため、長期失業者や社会
扶助受給者に、公的部門での追加的就業機会を創出(EWLW/ メルケルトジョブⅠ)
○プログラム実施費用を国が市に補助
○実績(1994年∼1998年半ば)
ÿ 約3万件の就業機会を創出
○1999年に I/D ジョブに名称変更の上、規模拡大
○使用者負担減免法(WVA)の下で行われる負担減免措置の一部
【税・社会保険料減免によ ○低賃金労働者の税・社会保険料減免措置(SPAK)
ÿ 最低賃金の115%以下の労働者につき、使用主の税・社会保険料負担を軽減
る雇用促進策】
○長期失業者採用時の税・社会保険料減免措置(VLW)
ÿ 2年超の長期失業者などを採用する場合、最大4年間、使用者の税・社会保険料を軽減(週32
SPAK、VLW
時間以上就業、最低賃金の130%まで)
1996年∼2006年
○実績(1996年)
ÿ SPAK の要件を満たす労働者の85%に対し同制度を適用。VLW 利用件数は3.5万件
○長期失業者、社会扶助受給者、23歳以下の若年失業者などに補助金付雇用機会を提供
○市がプログラムを実施。国は財政負担、実施状況の監督を担当
○求職者雇用法の下で実施される支援策
ÿ「サービス就業契約」:求職者が市と最大2年間の雇用契約を結び、民間または公共部門に出向
「求職者雇用法(WIW)」
ÿ「就業経験」
:求職者に就業経験を提供する使用者に、
最大12カ月の賃金補助を提供(最低6カ月)
に基づく補助金付雇用プ
など
ログラム
○実績(2001年)
ÿ 平均で3.2万件のサービス就業契約と、3,700件の就業経験(32時間のフルタイム相当換算)
1998年∼2003年
ÿ WIW プログラム終了者は2.2万人。うち7,100人が補助金のない雇用に移行
○2004年施行の「労働と社会扶助法 WWB」に吸収
【補助付き雇用】
○長期失業者の就業機会を創出し、公共サービスの向上を図るために、公共部門やケアセクターで
の就業機会を創出
【雇用機会創出】
○ EWLW プログラム(1995∼1999、4万件)の名称を変更し、さらに2万件の就業機会を追加
○旧 EWLW の「入門レベル就業(I ジョブ)
」に加え、
「ステップアップ就業(D ジョブ)
」を提供し、
「入門・ステップアップ
ステップアップの機会を提供
就 業 プ ロ グ ラ ム(I/D
○プログラムから通常の就業への移行を促すため、参加者に教育または特定の訓練コース参加を奨励
ジョブ)」
○実績(2003年)
ÿ 2003年の I/D ジョブ(平均約5万件)のうち、主要な分野はケアセクター(29%)、教育(19%)、
1999年∼2003年
公共保安(18%)など
○2004年施行の「雇用と所得扶助法 WWB」に吸収
(資料)European Employment Observatory
(2003)、De Haan and Verboon
(2002)より、みずほ総合研究所作成
復帰計画を策定することを義務づけた。また、
では、障害のある労働者が障害給付を受給する
同法の下で、それまでの長期・若年失業者向け
ためには、その前段階である傷病休暇中に、使
の就業支援プログラムが統合され、求職者に就
用者が自社内での就業や他企業での就職に最大
業経験を提供する企業に最大12カ月の賃金補助
限の努力を行うこと、労働者はこれに積極的に
を行うプログラムなどがスタートしている。
協力することが義務づけられた。企業が被用者
このほか、コック政権の下では、傷病休暇中
保険制度機構に対し、従業員の就業再開に最大
の従業員の所得保障や復職支援に関する企業の
限の努力を行なったことを証明できない場合、
責任を拡大することにより、障害給付への新規
企業が負担する傷病給付の支給期間が延長され
流入を抑制する改革が行われている。例えば
るペナルティが課せられることになった
2002年4月1日に施行された「ゲートキーパー法」
(Knegt and Westerveld
(2008))。
67
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
d.コック政権の求職者活性化策③:給付と
運営を担う市、就労支援を担う公共職業安定所
との間に実質的な連携は存在しなかった。例え
就労支援の実施構造の見直し
⒜ 就労を促進する給付制度に向けた給付
ば、公共職業安定所は全国社会保険機構に求職
と就労支援の実施体制の見直し
者登録の実績を通知するにとどまり、後者もま
コック政権期の求職者活性化策のもう一つの
た前者の行う就労支援に関知しないという関係
重要な特徴は、社会保障給付と就労支援のガバ
だったのである(De Koning
(2009))。
ナンス構造を大幅に見直したことである。その
これに対し、
「就労と給付の制度運営に関す
目的は、被用者保険制度の運営に対する労使の
る法」では、社会保障給付の支給機関と就労支
影響力を排除し、就労促進的なメカニズムをビ
援機関が、「給付所得よりも就労を」というオ
ルトインすることにあった。その一環として95
ランダ政府の戦略目標に沿って一体的に行動す
年、97年に社会保険組織法の改正が行われてお
る よ う、 機 能 と 役 割 の 再 編 が 行 わ れ た
り、これに基づいて19の産業別保険組合が廃止
(図 表 12)。具体的には、従来の公共職業安定
され、一元的な保険運営を担う全国社会保険機
所が、職業紹介部門を残して民営化され、残っ
構が設立された(水島(2003))。
た職業紹介機能と市の社会扶助申請受付にかか
95、97年の改革は、2002年の「就労と給付の
制度運営に関する法(SUWI 法)」施行により、
一体的な給付・就労支援体制へと大きく歩を進
58)
めた 。2002年までのオランダでは、被用者保
険の運営を担う全国社会保険機構、社会扶助の
わる機能が「雇用・所得センター(CWI)」に
再編された。
さらに、95年、97年の改革で設立された全国
社会保険機構とその執行団体が吸収合併され、
「被用者保険制度機構(UWV)」が設立された。
図表12:2002年以降のオランダの給付と就労支援の実施体制
雇用・所得センター(CWI)
申請受付、労働能力の審査、職業紹介
申請者に関する審査結果を給付機関に送付
被用者保険制度機構(UWV)
基礎自治体(Gemeente)
○被用者保険運営
(保険料徴収、審査、給付)
○受給者の就労支援
○社会扶助給付(審査、給付)
○受給者の就労支援
就労支援サービスのアウトソース義務(UWV100%、市70%)
民間就労支援サービス事業者
(資料)Peters and Van Selm(2004)、Finn(2008)より、みずほ総合研究所作成
58) 以下、「就労と給付の制度運営に関する法」の説明は、断りがない限り、Peters and Van Selm(2004)および Finn
(2008)
に基づいている。
68
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
雇用・所得センター、被用者保険制度機構とも
社会問題雇用省の支援の下で、被用者保険制度
に、担当大臣が任命する理事会が管理すること
と市が情報共有を行うための情報システム(Su-
とされ、労使の役割はさらに縮小した。さらに、
winet)も構築された(Peters and Van Selm
被用者保険給付の受給者、社会扶助の受給者の
(2004)、Van Stolk et al.
(2006))。2009年 の 時
就労支援について、それぞれ給付を担当する被
点では、被用者保険制度機構・就労支援センター
用者保険制度機構、市が責任を負うことになっ
(2009年1月1日に雇用・所得センターと被用者
た59)。
保険制度機構が合併)と市の福祉サービス事務
新たな給付・就労支援体制の下で、被用者保
所が事務所を共有する「ワークスクエア」が全
険給付や社会扶助を申請しようとする者は、雇
国に127か所設置され、うち84%で求職者の窓
用・所得センターで一元的に求職者登録を行う
口が、90%で企業の窓口が統一されている61)
ことが必要となった。同センターは失業給付や
(UWV(2009))。
社会扶助の申請受付のほか、支給開始から6カ
⒝ 就労支援サービスの民間委託の推進
月の間、求職活動に関する助言や職業紹介を行
ところで、「就労と給付の制度運営に関する
う。求職者が6カ月以降の時点で就職できない
法」は、社会保障給付の受給者に対する就労支
場合、雇用・所得センターは、失業給付の受給
援の実施に関し、もう一つ大きな変化をもたら
者、社会扶助受給者をそれぞれ被用者保険制度
した。同法は、被用者保険制度機構および市が
機構、市に送付する。これを受け、被用者保険
実施する就労支援サービスの大部分を、外部の
制度機構と市は、受給者の状況に応じた就労支
就労支援サービス事業者に外部委託することを
援を提供する。
義務づけたのである62)。この背景には、公的部
このような仕組みは、雇用・所得センター、
門の就労支援サービスの質に対するオランダ国
被用者保険制度機構、市の連係がスムーズに行
内の強い批判や、就労支援サービスの外部委託
われなければ、手続きの重複や支援の遅れなど
により、新たな市場の創出や、競争原理を通じ
の非効率が生じかねない。このため、
「就労と
たサービスの質の向上が期待できるという認識
給付の制度運営に関する法」は、雇用・所得セ
があった(De Koning(2009))。これを受けて、
ンター、被用者保険制度機構、市に相互の連携
オランダでは民間就労支援サービス事業者が拡
を義務づけた。雇用・所得センター、被用者保
大したが、後述するように、雇用可能性が高い
険制度機構、市の間で失業給付や社会扶助への
人々に支援が集中する問題(クリーミング)や
流入あるいは給付から給付への移行を防ぐ「パ
サービスの質の低下といった問題も浮上するこ
フォーマンス協定」が結ばれたほか、地域レベ
とになった(第4節⑷項参照)。
ルでは雇用・所得センターの地方事務所と市の
間でサービス内容や両者の連携方法などを定め
た「サービス水準協定」が結ばれた60)。また、
59) なお、2009年1月1日より、被用者保険の各種給付の申請受付や審査、職業斡旋を行ってきた雇用・所得センター(CWI)と、
被用者給付制度機構が統合され、被用者給付制度機構・就労支援センター(UWV-WERKbedrijf)が設立されている。
60) 2006年の時点で雇用・所得センターの130の地域事務所が市と「サービス水準協定」を結んでいた(Van Stolk et al.(2006))。
61) ただし、政府の財政再建方針を受けて、ワークスクエアは一部の閉鎖も予定されている(UWV(2009))。
62) 実施する就労支援サービスのうちアウトソースが義務づけられる割合は、被用者保険制度機構については100%、地方自治
体については70%であった。
69
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
⑶ 2002年以降の改革∼就労要求的政策の強
化と近年の修正∼
こうしたなか、2002年5月の総選挙を経て同
年7月にキリスト教民主同盟のバルケネンデ首
a.就労要求的政策の強化
相が率いる中道右派連立政権が誕生した。第一
⒜ 失業給付制度の厳格化
次 バ ル ケ ネ ン デ 政 権 は3カ 月 で 崩 壊 し た が、
コック政権の下では、オランダの寛大で受動
2003年5月にキリスト教民主同盟(CDA)、自
的な社会保障給付システムを、就労促進的なシ
由民主国民党(VVD)
、民主66党(D66)の3党
ステムに変換するために様々な改革が実施され
連立による第二次バルケネンデ内閣が発足
た。なかでも、傷病給付を受給する従業員の就
し 63)、同政権の下で進められた財政再建、規制
労支援に関して、企業の責務を拡大した2002年
緩和策と並行して、就労優先的な色彩の強い求
の「ゲートキーパー」法は、傷病給付に流入す
職者活性化策が推進された64)。
る労働者の抑制を通じて、障害給付の受給者の
増加に歯止めをかけることに成功した。
その第一歩は、失業給付や障害給付の受給者
に 対 す る、 就 労 要 求 的 な 政 策 の 強 化 で あ る
しかし、障害給付の受給者は2002年に80万人
(図 表 13)。失業保険制度については80年代以
と、人口が約1,600万人のオランダで、依然と
降、段階的に厳格化されてきたものの、2000年
して大きな割合を占めていた。また2001年以降
時点でも就労履歴要件を満たせば失業給付を最
のオランダ経済が成長率を大幅に鈍化させるな
大5年間受給できるほか、その後も2年間(57.5
か、96年の38万人をピークに減少基調にあった
歳以降は65歳まで)最低賃金の70%に相当する
失業給付の受給者も、2000年から再び増加し始
「フォローアップ給付」を受給できるなどの点
で手厚い制度となっていた。これに対し、2004
めた。
図表13:2006年の失業給付制度の改革
改革前
短期給付
改革後
失業給付
〔支給要件〕過去39週に26週以上就業(週要件)
〔給付水準〕最低賃金の70%
〔給付期間〕最大6カ月
標準給付
〔支給要件〕週要件+過去5年間に4年以上就業(年要件)
〔給付水準〕従前賃金の70%
〔給付期間〕就労履歴に応じて最大5年間
(1年の就労履歴に対し6カ月)
フォローアップ給付(2004年に廃止)
〔支給要件〕過去36週に26週以上就業(週要件)
+過去5年間に4年以上就業(年要件)
〔給付水準〕従前賃金の70%(当初2カ月のみ75%)
〔給付期間〕就労履歴に応じて最大38カ月
○週要件のみ→最大3カ月
○週要件+年要件→3年を超える雇用期間の1法定年度ご
とに1カ月分、給付期間を延長)
〔支給要件〕標準給付の終了後
〔給付水準〕最低賃金の70%
〔給付期間〕57.5歳未満:2年間
57.5歳超:65歳まで
(資料)Van Oorschot and Engelfriet
(2000)より、みずほ総合研究所作成
70
63) 2002年5月の総選挙を経て、同年7月には、キリスト教民主同盟(CDA)のバルケネンデ首相の下、同党、リスト・オブ・
ピム・フォルタイン党(LPF)、自由民主国民党(VVD)の3党による中道右派連立政権が誕生した。同連立政権はフォル
タイン党の内部紛争から同年10月には総辞職に追い込まれ3カ月で崩壊した。その後、2003年1月の下院総選挙を経て、
2003年5月にキリスト教民主同盟、自由民主国民党、民主66党(D66)の3党連立による第二次バルケネンデ政権が発足した。
64)失業保険制度改革の詳細は、Sol et al.
(2008)に基づいている。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
年に「フォローアップ給付」が廃止されたのに
の教育水準や就労履歴に適合した仕事に限られ
続き、2006年10月1日以降は、早期退職目的で
ていた。これに対し、2009年7月1日以降は、1
65)
の失業給付の利用を防ぐため 、最長給付期間
年以上の長期失業者について「適切な仕事」の
が従来の60カ月から38カ月に短縮された。また、
範囲が拡大され、
「あらゆる仕事」に就くこと
給付期間と就労履歴の連動が強化され、特に短
が義務づけられるようになった(Gautier and
期の就業履歴しか持たない求職者については、
Van der Klaauw
(2009))。
失業給付を受給できる期間が半減(最大3カ月)
⒝ 就労能力に着目した新たな障害保険制
66)
された 。
度の導入
これに加え、失業給付の受給者の求職活動へ
一方、障害給付については、失業給付以上に
の監督も強化された。2007年1月1日以降は、失
抜本的な改革が行われた。2002年時点で労働力
業給付の受給者が自身の計画に沿って、求職活
人口の実に13.5%(99万人)が障害関連給付(障
動を遂行するよう促す新たな枠組みが導入され
害給付、自営業者障害給付、若年者向け障害給
たのである。これは「門番テスト」と呼ばれる
付)を受給する状況を踏まえて、障害給付の抑
もので、失業給付の申請者は、申請に先立ち雇
制につながる抜本的な改革が必要との認識が、
用・所得センターと、求人に応募する頻度や参
政労使の間で共有されるようになった67)。これ
加する訓練コースを明記した書面の「個人活動
を受けたバルケネンデ政権は、障害給付の抑制
契約」を締結することが求められるようになっ
と受給者の就労促進を目指す更なる改革を実施
た。これに基づき、失業給付の受給3カ月目の
した。
時点で、求職活動の評価が行われ、受給者が協
その一つが、障害給付の前段階となる傷病給
定の内容を履行していない場合、被用者保険制
付の抑制策である。既に、94年の改革で、傷病
度機構によって失業手当が削減される(Minis-
給付のうち6週間(中小企業は2週間)について、
try of Social Affairs and Employment
事業主が費用を負担することとされたのに続
(2010b))。
さらに、失業給付の長期受給者が受諾すべき
き、96年3月以降はこの期間が1年に延長された。
これに加えて2004年には、企業の傷病給付受給
仕事の範囲も拡大された。もともと、失業給付
者抑制に向けた努力を一層喚起する目的から、
の受給者は「適切な仕事」のオファーがあった
企業が負担する傷病給付の期間が1年から2年に
場合に、これを受け入れることが義務づけられ
延長された。
ていたものの、
「適切な仕事」の範囲は求職者
さらに、2006年1月1日には、従来の障害保険
65) ここでの記述は EIRO Online“Government accepts SER recommendation on unemployment insurance reform”
(2005年
6月30日)に基づいている。
66) 2006年10月1日以降は、それまでの短期給付が廃止され、所得に比例した一種類の給付に統合された。この新たな失業給付
では、週要件が厳格化されたほか(週39週のうち26週以上就労→過去36週のうち26週以上就労)、週要件のみを満たす場合
の受給可能期間が6カ月から3カ月に縮小された。これ以降の給付の条件となる「年要件」自体には変更がなかったが、こ
れまで1年の就労履歴に対し6カ月受給権が与えられていたのが、3年を超える雇用期間の1法定年度ごとに1カ月分のみ給付
期間が延長されることになった。
67) 2001年に職業上の障害に関する諮問委員会(Adviescommissie Arbeidsongeschiktheid)による報告書が政府に提出され、
障害給付の削減に向けて、企業が傷病休暇中の被用者の賃金支払い義務を負う期間を当時の1年から2年に倍増することの
ほか、障害保険制度を抜本的に改革することが提言された。続く2002年には、政労使それぞれ15人ずつの代表で構成され、
オランダ政府と議会に内外の社会経済政策に関する助言を行う社会経済諮問会議(SER)が、2001年の報告書を踏襲・具
体 化 し た 勧 告(『就 労 能 力 に 応 じ た 就 労』) を 全 会 一 致 で 行 い、 以 後 の 改 革 に 大 き な 影 響 を 及 ぼ し た(Knegt and
Westerveld
(2008))。
71
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
制度に代え、「就労能力に応じた仕事と所得制
度(WIA)
」が導入された(詳細は第4節⑴項
こうした経緯もあり、後述する2004年の社会
b参照)。これにより、2年間の傷病休暇期間を
扶助制度の刷新(第4節⑶項c参照)にあわせ
考慮して、2004年1月1日以降に傷病を報告し、
て、国の補助金付雇用スキーム(WIW)や公
職業上の障害を認定された人々については、上
的部門での雇用創出策(I/D ジョブ)は廃止さ
記新制度の下で所得保障が行われることになっ
れ、各市に交付される就労支援予算に段階的に
た 68)。新たな制度は、疾病や障害により就労が
吸収された70)。また、低賃金労働者や長期失業
制約される労働者の所得保障を行うと同時に、
者を採用する企業の税・社会保障負担を減免す
その労働者の雇用可能性に着目し、就業を支援
る プ ロ グ ラ ム(SPAK、VLW) も2003年 か ら
することを目的とする(Einerhand and Swart
2006年にかけて段階的に廃止された71)。
(2010))。この制度の下では、職業上の障害の
これらの市が実施するスキームの廃止・縮小
度合いが高く、恒久的である者以外は、
「部分
に加え、被用者保険制度機構が失業給付の受給
的障害のための就労復帰制度(WGA)
」の下で、
者に実施する就労支援プログラムも縮小されて
就労が有利になる給付制度が適用されることに
いる。失業給付受給者向けのプログラムの開始
なった。なお、WGA 制度の下で所得比例給付
件数は、2005年の5.3万件から、2008年の1.5万
を受給できる期間は、当初年齢に応じて設定さ
件に減少した(図表14)。良好な労働市場を背
れていたが、2008年1月1日以降は、就労履歴に
景に失業給付の受給者が同じ期間に31万人から
応じた給付期間へと引き締められている。
17万人へと減少していることを踏まえても、失
b.積極的労働市場政策の動向
業者向けの支援策が重点化される傾向がみてと
バルケネンデ政権の下で、就労要求的な政策
れる。
が強化された一方、雇用可能性を高める積極的
上記を受け、オランダの積極的労働市場政策
労働市場政策は後退した。背景には、90年代後
への支出は2002年を境に明確に減少している
半以降のオランダで失業率の低下と労働力不足
(図 表 15)。オランダの積極的労働市場政策は、
が顕著となるなか、コック政権下で導入された
職業紹介などの公共雇用サービスと障害者に就
雇用創出プログラムや雇用補助金プログラムの
業機会を提供するサポート付雇用プログラムが
有効性への懸念が高まり、その見直しが政策議
大部分を占めてきたが、コック政権期(94∼
69)
72
政策の廃止を求めてきた(Sol(2002))。
論上のコンセンサスとなったことがある 。と
2002年)には直接的雇用創出や雇用インセン
りわけ、政府・議会の諮問機関である社会経済
ティブへの支出が拡大した。これに対し、2002
諮問会議(SER)や、政権与党を構成するキリ
年以降になると、これらプログラムや訓練への
スト教民主同盟、自由民主国民党は、コック政
支出が縮小し、積極的労働市場政策への公的支
権時代に導入されたプログラムが通常の就業機
出規模は GDP 比で2002年の1.6%から2008年の
会への移行につながっていないと批判し、この
1.0%へと急激に縮小している。2000年代のオ
68) 2004年1月1日より前に傷病を報告した人については、就労不能保険制度に基づく給付が継続された。
69) バルケネンデ政権(第2次)が発足した2003年の時点で、失業率は上昇基調にあったものの、これは欧州全体と比較すれば
低水準であった。
70) EIRO Online“Subsidized employment under fire”
(2002年7月4日)による。
71) Ministry of Social Affairs and Employment(NL)、“Minister De Geus, staatssecretaris Rutte en staatssecretaris Phoa in
Sociale Nota en begroting 2003:Aan het werk, met minder regels”
(2002年9月17日)による。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表14:被用者保険制度機構の就労支援プログラムの実施状況
(万件、%)
2005年
2006年
2007年
2008年
6.2
4.7
3.4
2.2
プログラム開始件数
5.3
2.7
1.9
1.5
プログラム終了件数
4.3
4.2
3.2
2.6
1.7
1.7
1.6
1.3
39
41
50
51
5.0
4.5
4.8
4.5
プログラム開始件数
3.3
3.2
3.3
2.9
プログラム終了件数
3.5
3.4
2.9
2.6
1.2
1.0
1.1
1.1
34
30
37
42
失業給付受給者向けプログラム
就職件数
就労比率(%)
障害給付受給者向けプログラム
就職件数
就労比率(%)
(資料)Ministry of Social Affairs and Employment(NL)
“The Social State of the Netherlands 2009”
図表15:オランダの積極的労働市場政策への公的支出と内訳
公共雇用サービスと行政
雇用インセンティブ
直接的雇用創出
(GDP比、%)
1.8
訓練
サポート付雇用とリハビリ
起業補助金
積極的労働市場政策
1.6
1.4
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
1985
87
89
91
93
95
97
99
2001
03
05
07
(年)
(資料)OECD、Labour Market Programmes Database
ランダの求職者活性化策は、就業経験を積ませ
c.市の就労支援を推進するインセンティブ
て雇用可能性を高める支援よりも、良好な労働
加えて、2004年には社会扶助受給者の就労を
市場を背景に、社会保障給付の厳格化や受給者
通じた自立の促進を目指し、社会扶助給付と就
の義務の強化によって、社会保障給付の受給者
労支援体制の改革が行われた。具体的には、そ
を労働市場に押し戻すことを重視したアプロー
れまでの国民扶助法に代わり、2004年1月1日よ
チを推進したとみることが出来よう。
り「労働と社会扶助制度」が導入され、オラン
73
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
ダの市が社会扶助受給者の就労による自立に取
焦点を、所得保障から就労支援に移行させる効
り組む強力なインセンティブが導入された。
果を持った反面、労働市場で最も脆弱な人に支
その鍵は、労働と社会扶助法によって導入さ
れた新たな財政システムにある。従来の社会扶
援が届き難い構図を作りだすことにもなっ
た 73)。
助制度の下では、市は各種の就労支援プログラ
ムに関わる経費を国から交付される一方、社会
扶助給付に関わる費用の大部分を国に事後的に
年の修正
請求していた。これに対し、新たな制度の下で
a.オランダの求職者活性化策は一定の効果
は、国から市の経済・社会状況に応じて分配し
94年以降のオランダの求職者活性化策を概観
た「生活扶助予算(社会扶助給付のための予算)」
すると、就労要求的な政策の強化と、給付・就
と「就労予算(受給者の就労支援のための予算)」
労支援体制の改革が柱となってきた。給付の削
が、事前交付されることになった 72)。前者につ
減や厳格化が繰り返されてきた背景には、もと
いて、実際の給付額が国の交付額を下回る場合、
もとこの国の社会保障給付に関わる制度が北欧
市は差額を歳入とすることができる一方、給付
諸国と並び称されるほどに充実する一方、制度
額が国の交付額を上回る場合は、市がその差額
に就労促進的な要素が組み込まれてこなかった
を負担することが求められる。一方、就労支援
ために、経済が危機に陥ると受給者が急激に膨
予算について、余剰分は国への返納が求められ
張し、経済が回復した後も受給者の労働市場へ
る。この制度は、市が社会扶助受給者に対する
の復帰が進まなかったことがある。オランダで
就労支援の結果に責任を負うという原則を体現
は寛大な給付制度によって貧困の罠や失業の罠
しようとするものであった(Davidse
(2007))。
が発生しており、社会保障給付によって生活す
このシステムの導入にあたり、各市の就労支
ることの魅力を引き下げることで、就労インセ
援においては裁量が拡大され、独自のガイドラ
ンティブを高める方策が優先されたと考えられ
インに沿って給付と就労支援を行うことが可能
る(図表16)。
となった。実際の就労支援にあたっては、市は
これまでの求職者活性化策は少なくとも社会
自身でプログラムを実施することも、民間企業
保障給付の受給者削減という点では一定の効果
のサービスを購入することも可能である。こう
をもたらしたといえよう。例えば、70年代以降、
した結果、多くの市が「ワークファースト」と
一貫して拡大を続けてきた障害関連給付の受給
呼ばれる、人々の迅速な就業開始を重視するア
者数は、2002年をピークに明確な減少に転じて
プローチを採用した。この結果、長期の訓練よ
いる。障害給付(WAO)あるいは就労能力に
りも、短期の就労支援プログラムに重点が置か
応じた障害保険給付(WIA)を受給する人の
れる傾向や、就労が相対的に容易な人々に支援
数は、2002年のピーク時点で80.3万人に上った
を集中させるという傾向が生じた(Blommeste-
が、以後は減少傾向が続き、2009年には61.8万
ijn and Mallee(2009))。労働と社会扶助法によ
人となった。
る新たな財政システムは、市の社会サービスの
74
⑷ 1994年以降の求職者活性化策の成果と近
また、2004年の「労働と社会扶助法」の施行
72) 生活扶助予算は、国レベルの予算が、経済・社会状況などを考慮した分配モデルに基づいて、各市に分配される方式となっ
ている。
73) ただし、各市は就労支援において大きな裁量を持っており、その支援のあり方も市によって大きく異なっている。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表16:近年の主要な社会保障給付の受給者数の推移
(万人)
(年)
1998
2000
2002
2004
2005
2006
2007
2008
90.5
95.3
99.3
96.4
90.4
86.1
84.4
83.5
72.9
76.9
80.3
76.6
70.3
65.8
63.4
61.8
5.8
5.7
5.6
5.6
5.3
4.7
4.3
3.9
11.8
12.7
13.4
14.3
14.7
15.6
16.7
17.9
71.7
57.0
56.8
70.1
67.5
58.7
50.4
47.1
失業給付
28.0
19.4
20.5
32.2
30.7
24.9
19.2
17.1
社会扶助
41.2
35.4
34.2
36.3
35.5
32.9
30.5
29.2
7.9
8.1
7.9
7.8
8.1
8.3
8.3
8.2
213.2
217.4
222.1
229.0
233.0
236.8
241.5
247.2
16.8
15.7
14.7
13.5
12.8
12.1
11.4
10.7
合計(傷病と老齢除く)
179.0
168.0
170.7
173.9
170.7
157.0
146.3
141.3
合計(傷病除く)
392.2
385.4
392.9
408.9
403.7
393.8
387.8
388.5
障害給付合計
WAO/WIA 障害給付
WAZ 障害給付
Wajong 障害給付
失業給付と社会扶助支給件数
1年以上受給者
老齢年金
遺族給付(ANW)
(資料)Ministry of Social Affairs and Employment(NL)
“The Social State of the Netherlands 2009”
とこれに伴う市の就労支援の改革も、一定程度、
するものとして、27歳以下の若者は社会扶助の
社会扶助受給者数の抑制に寄与したとみられて
受給権が停止されており、市が提供する何らか
いる。社会扶助の受給者数は、2004年の36.3万
の能力開発機会に参加し、社会扶助と同額の給
人から29.2万人へと減少している74)。この期間
付か、あるいは賃金を受け取ることが必要と
の社会扶助受給者の減少の多くが良好な経済に
なった。
よる一方、2006年の社会扶助給付額は、同法が
このほか、「就労参加インセンティブ法」に
導入されなかった場合と比較して4%減少した
より、2009年1月1日より被用者保険制度機構の
と評価されている(Sociaal en Cultureel Plan-
就労支援ツールが拡充され、50歳以下の障害者
bureau
(2009))。
または、1年以上失業給付を受給する求職者を
b.雇用可能性を高める政策の見直し
雇い入れる使用者に、最大1年間、最低賃金の
一方、近年、オランダでは就労優先的なアプ
半額までの賃金補助を行うスキームが導入され
ローチを修正する動きも生じている。例えば、
た 75)。このほか、市と被用者保険制度機構は、
2009年1月1日に施行された「若者への投資法」
失業給付を1年以上受給する人や部分的な障害
では、社会扶助を請求する27歳以下の若者に対
のある人に、最大2年間、給付を受けながら就
し、市が雇用、訓練、または両者の組み合わせ
労経験を積む機会を提供することが可能となっ
による能力形成の機会を提供することが義務づ
た 76)。
けられた。ただし、このサービスの拡大に対応
こうした背景には、2007年2月に誕生した第
74) ただし、社会扶助受給者数は好調な経済情勢と雇用環境の改善を背景に、90年代から減少傾向にあり、
「労働と社会扶助法」
の導入によって、減少局面入りしたわけではない。
75) ただし、このスキームが適用されるのは、既存の求人または補助金終了後も継続が見込まれる新規就業機会に限定される。
76) Ministry of Social Affairs and Employment
(2009)による。
75
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
三次バルケネンデ政権で労働党が連立与党に復
る「回転ドア問題」をもたらしかねない。
活したために、それまでの自由主義的路線が修
このような背景から、2004年の「労働と社会
正されたことも関係している。しかし、より本
扶助法」施行当初に多くの市が導入した「ワー
質的には、高齢化が経済にもたらす悪影響を克
クファースト」は、近年その中身を変化させて
服する上で、労働市場で弱い立場にある人々の
いる。例えば、社会扶助の請求者に入門レベル
就労を一層支援する必要が生じていることが大
の不安定就業の求人に応募することを勧めるの
きいと考えられる。輸出立国のオランダにとっ
ではなく、訓練やより安定した就業をみつける
て、高齢化による労働力不足が過度な賃金上昇
ことに留意する傾向が一部で生じているとい
や社会保障負担の拡大をもたらせば、これが国
う 78)。例えば、オランダの首都であるアムステ
際競争力の低下を通じて死活問題となりかねな
ルダム市では、現在就労しておらず、社会参加
い。したがって、労働市場への参加の度合いが
に支援が必要な人を労働市場からの距離に応じ
すでに高い同国で、一層就労を促進することが
て四段階に分けた上で、それぞれの段階に応じ
切実な課題となっているのである。
た支援を行っている。このうち、すぐに労働市
しかしながら、長期間労働市場から離れ、就
場に参加することが難しい人々には社会的な孤
労意欲や能力が低下している人々へと求職者活
立を防ぐための活動への参加を奨励する一方、
性化策の焦点を拡大していこうと思えば、こう
労働市場への距離がより近い人々については、
した人々の雇用可能性を高める支援が不可欠で
個別の状況を踏まえた就労支援を行っている。
ある。こうした認識を踏まえ、2007年7月には
具体的には、学校を早期退学した若者や働く上
政労使が、女性や中高年、長期失業者や非西欧
での行動に問題を抱える人々には、基礎的技能
系のエスニックマイノリティ、障害者など、労
や就労に適した行動パターン・意識の習得に向
働市場で弱い立場にある人々への特別な支援を
けた支援を提供するほか、より労働市場に近い
行うイニシアティブに合意した。
人々には就業ベースの技能形成に向けた支援を
また、市が社会扶助受給者に対して行う就労
展開している。このほか、現在就業しているが、
支援においても、新たな動きが生じている。
基本的な技能不足からキャリアの展望が乏しい
2004年の「労働と社会扶助法」の導入によって、
労働者についても、企業と連携して技能形成支
市は「ワークファースト」と呼ばれる、社会扶
援を行っている(詳細は、補論2参照)。
助受給者の迅速な就労を重視した就労支援を行
ただし、全体としてみれば、市が実施する就
う傾向を強めてきた。一方で、社会扶助受給者
労支援は、労働市場への復帰が容易な人に支援
の大多数が1年以上の長期受給者であることに
が集中する傾向があるとの指摘を踏まえれば
みられるように、受給者のうち労働市場で弱い
(Blommesteijn and Malle
(2009))、市が行う就
立場の人々の割合が高まっている77)。こうした
労支援は、安定雇用につながる支援や労働市場
状況で単純に就労優先のアプローチを取ること
で脆弱な立場にある人々への支援により配慮し
は、不安定就労と社会保障給付の間を行き来す
たものへと、改善の余地があるように思われ
77) 90年代の良好な雇用情勢を受けて、90年代後半より社会扶助受給者の減少が続いてきたことから、2006年時点で社会扶助
受給者の8割以上が1年以上の長期受給者であり、エスニックマイノリティや高齢者、長期失業者、教育水準が低い労働者
や女性など、就労が困難な層が占める割合が高まっている(Blommesteijn and Malle
(2009))。
78) この部分は、2010年3月18日に行った DIVOSA
(市の就労支援サービスマネージャー組織)でのヒアリングに基づいている。
76
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
る 79)。
撤廃されたのに続き、2009年1月の「就労と給
c.就労支援サービスの民間委託の見直し
付の制度運営に関する法」改正によって、被用
上記に加え、被用者保険制度機構や市が実施
者保険制度機構においても、相対的に就労が容
する就労支援サービスの民間委託に関しても、
易な求職者について、民間サービス企業を利用
その方式を見直す動きが生じている。先に述べ
しない裁量が与えられた。
たように、2002年の「就労と給付の制度運営に
就労支援サービスの民営化推進とその修正に
関する法」では、被用者保険制度機構と市が就
関わるオランダの経験は、就労支援サービスの
労支援サービスを民間企業に外部委託する義務
民間委託にあたり、雇用可能性が高い人々に支
が課せられた。しかし、外部委託でしばしば用
援が集中する問題(クリーミング)を回避し、
いられたクライアントの包括委託が公的セク
サービスの質を維持することが容易でないこと
ターと民間部門の間でクライアントに関する情
を示している。英国では民間プロバイダーとの
報格差をもたらしたこと、短期就業という成果
契約のあり方によってこれを克服しようとして
に基づいて支払われる報酬形態が、雇用可能性
いるのに対し、オランダでは主に公的部門が自
が高い人々に支援が集中する問題(クリーミン
ら提供する就労支援サービスの拡大や公的部門
グ)を招いたこと、職業訓練など相対的にコス
の民間部門への管理の拡大によって対処してい
トが高いが長期的な効果が期待されるサービス
る点は興味深い81)。いずれのケースも、就労支
よりも、迅速な就業を促す短期の支援を重視す
援サービスの外部委託を行う際には、長期的な
る傾向が高まったことなどの問題が浮上してき
雇用可能性に配慮した支援を提供する事業者が
た(Schaapman
(2005))。また、就労支援サー
有利になる報酬方式や、サービスの質に関する
ビスの委託にあたっての入札や、委託先の管理
公的セクターの監督などによって、サービスの
が、被用者保険制度機構や市にとって大きな負
質の確保を図ることが必要となることを示して
80)
担となった 。
いる。
このため、被用者保険制度機構の就労支援に
おいては、クライアントを企業に包括委託する
⑸ 小括:模索が続くオランダの求職者活性化策
形式を改め、管理や支援ツールの決定を独自に
本節では、90年代半ば以降のオランダの求職
実施し、必要に応じて個別のサービスを外部委
者活性化策の展開をみてきた。同国の求職者活
託する方式に変わりつつある。また、市の就労
性化策の動向を概観すると、以下の四つの点が
支援においても、被用者保険制度機構・就労支
浮かび上がって来る。第一に、オランダの求職
援センターと連携しながら独自に実施する傾向
者活性化策においては、失業給付や障害給付の
が強まっている(De Koning
(2009))。法制度
厳格化や受給者の義務の拡大など、就労要求的
面では、2006年1月に市のアウトソース義務が
な政策が推進されてきた。オランダでは戦後か
79) なお、2009年初には、各市がより柔軟かつ包括的な支援を行うことを可能にするため、「参加予算法」が施行され、市の就
労支援予算、移民の社会的統合に向けた予算、訓練予算が単一の「参加予算」に統合されることになった。同法によって、
各プログラム間で仕切られてきたサービスや施設を横断的に利用することが可能になった。
80) この点については De Koning
(2009)に詳しく述べられている。
81) ただしオランダでも、就労支援サービスを提供する事業者のサービスの質の向上を高めるために、成果報酬型の支払い方
式が導入されている。例えば、被用者保険制度機構は、求職者の就職に基づく報酬に加え、6カ月就業を継続した場合のボー
ナス、就職率が一定水準を下回る場合の報酬引き下げを契約に盛り込んでいる(2010年3月19日に実施した被用者保険制度・
就労支援機構へのヒアリングによる)。
77
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
ら60年代までに作り上げた寛大な社会保障給付
第四に、オランダでは2000年代初頭より就労
が、70年代に経済が危機に陥ると、労働市場か
支援サービスの民営化が推進されたが、近年は
ら就労可能な人々を切り離す装置として機能し
求職者の就労支援に責任を負う公的部門と、委
てしまう問題が生じていた。こうした受動的な
託先である民間部門の関係の見直しが行われて
制度によって、労働者が労働市場から離れる距
いる。このことは、就労支援サービスにおける
離が長くなるほど、労働市場への復帰は困難化
公的部門と民間部門の連携、特に労働市場で弱
する。オランダの求職者活性化策にみられる就
い立場にある人々の支援においては、雇用可能
労要求的な政策は、雇用セーフティネットがモ
性が高い人々に支援が集中する問題(クリーミ
ラルハザードを回避する措置を十分備えずに導
ング)やサービスの質の低下を回避するような
入される場合、その後に大きな痛みを伴う改革
契約や成果の評価のあり方を十分検討する必要
が必要となる可能性を示唆しているように見受
があることを示しているように思われる。
けられる。
第二に、社会保障給付と就労支援体制の改革
が重視され、継続して行われている。とりわけ、
2002年の「就労と給付の制度運営に関する法」
5.日本の雇用セーフティネット改革
を巡る現状と議論
これまで英国とオランダの求職者活性化策に
以降、被用者保険や社会扶助の給付機関の就労
ついて、90年代以降の展開を中心にみてきた。本
支援に関わる責任が明確化されたほか、これら
節では、2008年秋のリーマンショックとその後
機関同士の連携が推進された。また、市が社会扶
の雇用情勢の悪化を契機に本格化した、日本の
助受給者の就労支援に取り組むインセンティブ
雇用セーフティネット改革の動きを、求職者の
が強化された。このようにオランダでは、各給
活性化という点から整理していくこととする。
付機関が就労支援の責任を負うと同時に、機関
同士の連携を強化することで、複数の雇用セー
⑴ 日本における雇用セーフティネットの現状
フティネットを、一つのシステムとして機能さ
a.カバー率が低い雇用保険
せることを目指しているように見受けられる。
日本では、就労世代の失業などによる所得喪
第三に、就労要求的な政策が重視されてきた
失リスクをカバーする制度の柱として雇用保険
オランダであるが、近年そうしたアプローチを
がある。雇用保険は労働者の失業時などに生活
修正し、雇用可能性を高める政策を見直す動き
保障を行うほか、求職活動の支援や訓練中の給
も生じている。その背景には、これまでの改革
付を行い、就職を促進するなどの機能を担って
によって労働市場からの距離が比較的近い人々
いる。
の就労が進んだ結果、被用者保険制度機構や市
失業手当の給付額は、OECD 加盟国中平均
が、労働市場でより弱い立場にある人々の雇用
的な水準であるものの、受給期間(90∼360日)
可能性に着目せざるを得なくなっていることが
は最大でも1年に満たず、OECD 加盟国の中で
ある。
(埋橋(2010))。
は短いものにとどまっている82)
82) 失業した労働者が失業手当(基本手当)を受給するためには、①就職する意思や能力があるにも関わらず職業に就くこと
ができないこと、②離職の日以前の2年間に、被保険者期間が通算して12カ月以上あることが必要である。ただし、倒産や
解雇などによる離職者の場合、事情を勘案して「離職の日以前の1年間に被保険者であった期間が6カ月以上あること」と
いう条件を満たせば、失業手当を受給することが可能である。
78
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
なかでも、受給期間は倒産や解雇などの理由で
続の見通し」に緩和された。さらに、2010年4
失業した失業者、被保険者期間であった期間が
月1日以降は、上記要件が「週所定労働時間が
長い失業者、年齢が高い失業者ほど給付期間が
20時間以上」に加え「31日以上の雇用継続見込
長く設定されているため、雇用が不安定な若者
み」へと大幅に緩和された84)。
の場合、雇用保険に加入して受給要件を満たし
このように、日本では雇用保険の拡充が行わ
ても、3カ月(90日)の短期間しか生活保障を
れてきたものの、前述のような非正規雇用者の
得られないケースが珍しくない。
増加に加え、失業の長期化傾向によって雇用保
加えて、雇用保険制度では短時間労働者(週
険が終了した失業者の割合が高まってきたこと
労働時間が同じ職場の通常の労働者より短く、
を背景に85)、「失業時の所得保障」という機能
かつ40時間未満の者)として働く非正規雇用者
を十分果たせなくなっている。失業者のうち雇
の加入を阻む要件が設けられてきた。すなわち、
用保険でカバーされる者の割合は長期的に低下
2009年3月30日まで、「短時間就労者」が雇用保
傾向にあり、2009年にはやや上昇したものの、
険に加入するためには、「1年以上の継続雇用の
25%にとどまった(図表17)。
見込み」が必要とされていた。しかし、短期の
雇用契約を繰り返す非正規雇用者の場合、この
「1年以上引き続き雇用される見込み」がネック
となって雇用保険に加入できないケースがあっ
た。
2008年秋に米国発の金融危機が世界経済の急
図表17:失業者に対する失業等給付受給者の
割合 (%)
70
速な失速を通じて、輸出中心の成長を続けてき
60
た日本経済を直撃すると、生産の大幅悪化に直
50
面した製造業を中心に非正規雇用者の雇用調整
が進展した。こうしたなか、失業による所得喪
40
30
失のリスクを雇用保険でカバーされない非正規
雇用者の存在に社会の注目が集まるようになっ
た。これに対し、政府は緊急経済対策の一環と
して雇用保険加入要件の緩和を打ち出し83)、
2009年3月31日より、短時間労働者が雇用保険
に加入するための要件が「6カ月以上の雇用継
60
22 22
20
25
22 21
10
1980 83 86 89 92 95 98 2001 04 07 (年)
(注)受給者実員数(年平均)/失業者数(年平均)×100。受
給者実員数は、求職者給付(高年齢求職者給付金お
よび特例一時金を除く)を受けた受給資格者の実数。
(資料)厚生労働省「雇用保険事業統計」
83) 政府は2008年12月19日に公表した「生活防衛のための緊急対策」で、公共部門による雇用創出プログラムの実施などと併
せて、非正規雇用者を念頭においた雇用保険制度の加入要件の緩和を打ち出した。
84) このほか、2009年3月31日より、雇用契約の期間終了後に契約が更新されない「雇い止め」によって失業した非正規雇用者
について、失業手当の給付要件が緩和された。それまで有期雇用契約の下で就業してきた人が「雇い止め」によって失業
した場合、自己都合により離職した人と同じ受給要件(
「離職の日以前の2年間に被保険者であった期間が12カ月以上ある
こと」)を満たすことが必要とされたほか、失業手当の給付日数も、倒産・解雇により失業した人より短期間とされてきた。
しかし、2009年3月31日以降は、
「雇い止め」によって失業した非正規雇用者の失業手当の受給要件が、倒産・解雇で失業
した人と同じ(
「離職の日以前の1年間に、被保険者期間が6カ月以上」
)に緩和され、給付日数も倒産や解雇によって離職
した人と同じ扱いとなった。
85) 五石(2009)は、基本手当受給率(失業者数に対する基本手当受給者実人員)を従属変数、非正規雇用比率、長期失業率
を独立変数とする回帰分析を行い、非正規雇用比率、長期失業率とも有意に基本手当受給率に影響していることを確認し
ている。
79
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
b.就労世代の生活保障・就労促進機能に欠
ける生活保護
給防止の目的から、申請時の受給要件のチェッ
雇用保険を受給できる失業者が4人に1人に過
クの厳格化や、申請時点での受給者数の増加を
ぎないとすれば、それ以外の失業者はどのよう
コントロールする動きがあることが指摘されて
な手段で生活保障を得ているのだろうか。英国
きた。また、生活の手段をほぼ完全に失わなけ
では資産調査付の求職者給付(失業扶助)が、
れば受給できない制度となっていることが、受
オランダでは社会扶助が、保険料に基づく失業
給にあたってのスティグマとなり、受給をため
給付の終了した求職者に対し、就労義務の履行
らう原因となっているとの指摘もある。これら
を条件に生活保障を提供していた。ひるがえっ
の要因が重なって、日本では最低生活を保障さ
て日本には、全ての国民に最低限の生活を保障
れるべき貧困世帯のうち、実際に保護を受ける
する生活保護制度があるものの、この制度は就
世帯の割合(補足率)が極端に低いとされる。
労可能な人々のセーフティネットとして機能し
推計によってその水準は異なるものの、日本の
ていない状況にある。
補足率は10%前後とみるものが多く、英国の
ここで生活保護制度の大枠を確認しよう。生
活保護は、資産や能力など全てを活用してもな
85%と比較して極端に低いものとなっている
(唐鎌(2009))。
お生活に困窮する者を対象に、最低限の生活保
このように、生活保護は就労世代の受給が難
障や自立に向けた支援を提供する制度である
しい運用がなされているが、いったん生活保護
(保護は世帯単位で行われる)。法律上は貧困で
が認められると、生活を営む上で必要な各種費
あれば誰でも保護を受ける権利があるが(「一
用に対応した扶助が、必要に応じて支給される。
般扶助主義」)、その際には資産、能力などを活
生活保護制度における扶助には、①日常生活に
用しているかどうかにつき、調査が実施される。
必要な費用としての「生活扶助」
、②家賃など
資産調査では、収入としては、就労による収入
の「住宅扶助」、③義務教育に必要な学用品を
や年金などの社会保障給付のほか、親族による
含む「教育扶助」、④医療サービスを受けるた
援助の可否も考慮される。また、預貯金、保険
めの「医療扶助」、⑤介護サービスを受けるた
の払戻金、不動産、車などの資産の売却収入な
めの「介護扶助」
、⑥出産費用のための「出産
ども認定されるため、これらの資産を一定額以
扶助」、⑦就労のための技能習得費などを含む
上保有している場合は、生活保護の支給が認め
「生業扶助」、⑧葬祭費用としての「葬祭扶助」
られず、それら資産を売却して生活することを
80
これに加えて、生活保護については、不正受
の8種類がある。
求められる。このように、生活保護の受給にお
このように生活保護の枠内で幅広い扶助が行
いて、資産や稼働能力全てを十分活用してもな
われる背景には、日本で、低所得者向けに生活
お困窮していることが求められることを「補足
の様々な局面で必要となる支出をカバーする制
性の原理」という。この原理により、生活保護
度が少ないことと関係している。例えば、英国
は生活の手段をほぼ全て失わなければ、受給で
では、国民保険サービス(NHS)のもとで医
きない制度となっている。
療費が原則無料であるほか、低所得層向けの「住
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
宅手当」がある。また、義務教育に自己負担部
どまっているとの指摘もある(五石(2009))。
分がないことなど、低所得層の生活を保障する
これに加え、
「入りにくく、出にくい」制度
複数の制度がある。このため、英国の低所得者
の見直しそのものの必要性も指摘されるように
向けの生活扶助制度(「所得補助」)は、日本の
なってきた。例えば、2006年には、全国知事会
生活保護制度のうち「生活扶助」部分のみに相
と全国市長会による「新たなセーフティネット
当している(唐鎌(2009))。
検討会」が、就労困難な高齢者などへの金銭給
このように、日本の生活保護制度は、勤労収
付制度のほかに、「プログラム(家族支援、就
入も含めて全ての生活の手段を失っているとい
労への基礎的準備、訓練、職業斡旋)」参加を
う極度に困窮した状況が求められる一方、いっ
条件に最大5年間受給できる、稼働世代向け保
たん受給が認められると、幅広く生活のニーズ
護制度の創設を提唱した(新たなセーフティ
が保障される「入りにくく、出にくい」制度と
ネット検討会(2006))。また、2010年6月に公
なっている。こうした「入りにくさ」、「出にく
表された厚生労働省「ナショナルミニマム研究
さ」は、英国やオランダで、一定の要件を満た
会」もその中間報告で、生活保護には「トラン
せば資力調査制・求職者給付や労働と社会扶助
ポリン」機能も期待されているとし、不安定就
を受給できる代わりに、集中的な就労支援への
労に押し込めることを避けつつ、生活保護の事
協力が義務付けられることと比較すると、非常
務を行なう福祉事務所とハローワークとの連携
に大きな差である。
や就労支援員を通じたサポートなどにより就労
なお、生活保護制度については、2000年代以
促進の強化を図る必要があると指摘した。
降、就労促進的な制度に向けた議論や運用の見
直しが行われている。例えば、2004年に社会保
⑵ 検討される「求職者支援制度」
障審議会の生活保護制度の在り方に関する専門
a.「緊急人材育成支援事業」
委員会で「利用しやすく自立しやすい制度」を
このように日本では、雇用保険でカバーされ
目指した提言が行われたことを受け、2005年度
る失業者が4人に1人まで減少する一方、生活保
からは厚生労働省が「自立支援プログラム」を
護はその「入りにくく、出にくい」制度・運用
開始している。このプログラムは、市が生活保
から、「就労世代の最低生活保障」という機能
護の受給世帯の状況を把握した上で、ハロー
を果たしていない。結果として、今日の日本で
ワークの就労支援コーディネータと連携した
は就労世代の雇用セーフティネットに大きな穴
「生活保護受給者等就労支援事業」や、担当ケー
があいている。雇用保険を受給出来ない人もハ
スワーカーによる進路・就労相談などを提供す
ローワークでの職業相談・紹介を受けることや、
るものである。ただし、プログラムの対象者の
公共職業訓練を受講することは可能であるもの
基準が生活保護受給者の実態と乖離しているこ
の、生活保障がない状況では適切なマッチング
とや、生活の様々なニーズをカバーする生活保
や職業能力形成による新分野への移行より、迅
護制度が受給者の就労インセンティブを弱めて
速な就労を優先せざるを得ない。
いることから、プログラムの利用が低水準にと
こうした状況を受け、2008年末より、日本で
81
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
も就労促進的なセーフティネットの導入に向け
本格的な形で整備することを求める声が高まっ
た動きが高まってきた。まず2008年11月4日に
てきた。例えば、2009年3月6日には、民主、社
は、職業訓練を受けながら生活資金の貸付を受
民、国民新党が、失業手当を受給できない求職
けられる制度(「訓練期間中の生活保障給付制
者に職業訓練とその期間中の生活保障を行う新
度」)が開始された。これは、前年度の年収が
たな制度を盛り込んだ「求職者支援法」を国会
200万円以下などの要件を満たす場合、失業手
に提出した。また、2009年3月3日には、日本経
当の受給資格がない求職者に月額10万円を貸し
団連と連合が厚生労働大臣および官房長官に対
付ける制度である。この制度の特徴は、訓練へ
して共同要請(「雇用安定・創出の実現のため
の積極的な参加や訓練終了後の積極的な就職活
の労使共同要請」)を行い、失業手当などの支
86)
動を行った場合 、貸付金の一部または全額に
87)
ついて返済が免除される点である 。これによ
の生活保障を行う制度(就労支援給付制度)の
り、生活支援を受けた人が訓練や訓練終了後の
創設を求めた88)。
就職活動の意欲を保ち続けることが期待され
た。
82
援を受けられない人に、公的職業訓練の受講中
こうした状況の下、2009年3月18日に衆議院
厚生労働委員会では、失業手当を受給できない
この制度は、失業手当を受給できない求職者
求職者に職業訓練中の生活費を給付する制度の
に職業訓練の機会を提供するという意味では、
早期創設を求める付帯決議が採択された。さら
求職者活性化策の中でも雇用可能性を高める政
に、同年3月19日には、自民・公明両党の「新
策としての性格を、訓練参加や求職活動を生活
雇用対策プロジェクトチーム(PT)
」が総額1.6
支援の返済免除の条件とするという意味で就労
兆円規模の追加雇用対策を打ち出し89)、その柱
要求的政策としての性格を持っていた。
の一つとして職業訓練中の生活費を支援する
しかしながらこの制度は、対象3,200人(2009
「緊急人材育成・就職支援基金」が設立された。
年度予算で13億円)と規模が小さく、雇用セー
同基金に基づき、2009年7月からは、「緊急人
フティネットの穴を埋めるものではなかった。
材育成支援事業」として、通常の公共職業訓練
このため、2009年以降は、雇用保険と生活保護
とは別枠の職業訓練(「基金訓練」)が開始され
の間を埋める第二の安全網となる制度を、より
ているほか、収入や資産など一定の条件を満た
86) 具体的には、①主たる生計者が、②訓練を修了し(出席率8割以上)、③訓練について一定以上の評価を得た上で、④「訓
練修了日の翌日から起算して6カ月以内に雇用期間が4カ月以上の安定した職に就く」という条件を満たした場合に「貸付
額の全額」を、①∼③に加え⑤「訓練終了日の翌日から起算して6カ月に積極的に就職活動をした」という条件を満たした
場合に「貸付額の8割」を返還免除する。これは、積極的に職業訓練や就職活動に取り組む人にとっては、職業訓練を受け
る機会とともに、少なくとも貸付額の8割に相当する額が「支給」されることと同じ意味を持つ。
87) もともとこの制度は、
「日本版デュアルシステム(企業での実習と教育訓練機関での座学を組み合わせた教育訓練制度)
」
の受講者 に月46,200円の生活資金を貸付けるものであった(
「技能者育成資金制度」
)。その後、2008年11月4日に制度が大
幅に拡充され、年収要件が緩和されたほか(前年度の年収要件を「150万円以下」から「200万円以下」へと引き上げ)、貸
付額の引き上げ(貸付上限を月46,200円から10万円に引き上げ)、再就職や積極的な就職活動を条件に返済を免除する制度
の導入などが行われた。さらに、2009年1月15日には再び制度が拡充され 、雇い止めや解雇などによって離職した派遣労
働者なども対象に含まれることになった。これに続いて、同年2月23日には年収要件がさらに緩和されたほか、貸付を受け
ている期間のアルバイトが年間200万円まで認められることになった。
88) このほか、連合は、EU 諸国の若者に対する就労支援や失業給付(社会手当)などを参考に、雇用保険と生活保護の間を
つなぐ新たな社会手当として「就労・生活支援給付」を創設することを提唱し、一定の所得・資産を下回る者(ボーダー
ライン層、長期失業者、未就労者、母子世帯、廃業者など)が、各人の年齢、能力、経験、健康状態などに則して適切に
策定した多様な就労・自立支援プログラムに参加することを要件に現金給付、職業・教育訓練、生活支援(現物給付)を
受けることができる制度の導入を提唱した。
89) 自民党・公明党新雇用対策に関するプロジェクトチーム「さらなる緊急雇用対策に関する提言∼100年に一度の経済危機へ
の対応∼」
(2009年3月19日)
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
す者90)には訓練期間中の生活保障が提供されて
あり、具体的な制度設計が確定していない。そ
いる(図表18)。2009年度(2009年7月∼2010年
こで、2009年3月6日に国会に提出された「求職
3月)の基金訓練の受講者(各月の入校者数の
者支援法」をもとに、その時点で想定されてい
合計)は合計4.9万人、給付支給認定は合計3.8
た制度のアウトラインをみると、①雇用保険の
万件となった。また、2010年度は9月14日現在、
受給期間が終了した長期失業者や、②廃業した
受講者が合計10.1万人、給付支給認定は合計7.3
自営業者、③①に準じる人(雇用保険に入れな
万人に上った91)。
かった非正規雇用者で、能力開発訓練を受講す
b.恒久的な「求職者支援制度」構想
る人)に対し、受給資格の認定後3年間のうち2
2009年8月の衆議院総選挙の結果、日本では
年を上限に、職業訓練の受講期間中に月10万円
民主党・社民党・国民新党による連立政権が発
を支給するものとされている。月10万円の支給
足した。これを受けて、政府は前政権が開始し、
を受けるためには、ハローワークで求職登録し、
2011年度末までの実施を予定していた「緊急人
カウンセラーによる相談や助言、情報提供を受
材育成支援事業」を2010年度までとする一方、
けるとともに、個別就業支援計画のもとで職業
2011年度より恒久的な「求職者支援制度」を法
指導・能力開発訓練を受講することが要件とさ
制化・導入する方針を示した。2010年6月18日
れている。この制度の創設によるセーフティ
に閣議決定された「新成長戦略」にも、恒久的
ネットのイメージを示したのが図表19である。
な「求職者支援制度」の創設が盛り込まれてお
り、2011年10月以降の導入が目指されている。
この「求職者支援制度」はまだ検討の途上で
「求 職 者 支 援 制 度」 の 導 入 に あ た っ て は、
2010年2月より厚生労働省の労働政策審議会職
業安定分科会雇用保険部会で給付や就労支援、
図表18:緊急人材育成・就職支援基金制度(概要)
① 職業訓練の拡充
・新規成長や雇用吸収の見込める分野(医療、介護・
福祉など)における基本能力から実践能力までを
習得するための長期訓練
・再就職に必須のITスキルを習得するための訓練
② 訓練期間中の生活保障
・訓練を受講する主たる生計者に対して、訓練期間
中の生活費を給付(月額10万円、扶養家族のある
者は月額12万円)
・希望者には貸付を上乗せ(月額最大5万円、
扶養家
族のある者は月額最大8万円)
緊急人材育成・就職支援基金
ハローワーク
︵ニーズに応じて求職者の送り出し︶
雇用保険を受給できない者
︵非正規離職者や長期失業者など︶
緊急人材育成支援事業
(資料)第61回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会資料(資料1「各論資料」)
(2010年8月3日)
90) 以下のいずれにも該当する者。①公共職業安定所所長の斡旋により、基金訓練または公共職業訓練を受講し、8割以上出席
している者、②雇用保険や職業転換給付を受給できない者、③原則として申請時点の前年の状況で世帯の主たる生計者で
あること、④年収が200万円以下であり、かつ、世帯全体の年収が300万円以下であること、⑤世帯全員で保有する金融資
産が800万円以下であること、⑥現在居住する土地・建物以外に、土地・建物を所有していない者。
91) 厚生労働省第64回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会資料(2010年9月30日)資料 No.1-3「参考資料」による。
83
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
図表19:恒久的な「求職者支援制度」の導入前後のセーフティネットのイメージ
リーマンショック時の雇用セーフティネット
求職者支援制度導入後の雇用セーフティネット
労働市場
労働市場
拡大
雇用保険制度
雇用保険制度
職業紹介・職業訓練・職業相談等
職業紹介・職業訓練・職業相談等
新設
求職者支援制度
職業訓練とその期間の所得保障
生活保護制度
(自立支援
プログラム)
雇用セーフティネットを得られない状況
生活保護制度
(自立支援
プログラム)
雇用セーフティネットを得られない状況
(資料)みずほ総合研究所作成
財源を含む制度全体のあり方を、職業能力開発
c.パーソナル・サポート・サービス
分科会で「求職者支援制度」の下で行われる訓
恒久的な「求職者支援制度」に加え、長期失
練(「新 訓 練」
)のあり方を検討している
業者など、より労働市場からの距離が遠い人々
(図 表 20)
。
本稿執筆時点(2010年10月末日)では制度の
84
への支援策として政府が検討している制度に
「パーソナル・サポート・サービス」がある。
具体的な内容が決定されておらず、詳細な制度
2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」
設計は明らかではない。しかし、新たな「求職
では「長期失業などで生活上の困難に直面して
者支援制度」では、求職者の職業訓練による雇
いる人々を個別的・継続的・制度横断的に支え
用可能性の向上が柱であることは間違いない。
る『パーソナル・サポート』を導入する」と明
その上で、①職業訓練のあり方(訓練の内容や
記されており、内閣総理大臣を本部長とする緊
規模、訓練への誘導のあり方、訓練実施機関の
急雇用対策本部のセーフティ・ネットワーク実
属性など)
、②所得保障のあり方(給付要件、
現チームで具体的な検討が行われている。
給付水準や内容、給付期間、不正受給防止の方
このサービスで念頭におかれているのは、家
策など)、③訓練・訓練後の就労支援のあり方(ハ
族関係の悪化や精神保健を巡る問題、社会的な
ローワークの就労支援、キャリアコンサルティ
孤立、経済的問題が複合化し、さらに生活上の
ングの必要など)の三つの方向から、
現行の「緊
困難が拡大する悪循環に直面する者が増加する
急人材育成支援事業」で明らかになった問題点
状況である。セーフティ・ネットワーク実現会
も踏まえつつ、具体的な検討が行われている。
議の議論では、
いったんそうした状況に陥ると、
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
図表20:「求職者支援制度」の創設に関わる論点と議論
領 域
論 点
主要な議論
制度の目的
趣旨・目的
・雇用保険を受給できない求職者を対象とするセー
フティネット
・これらの者の就職を促進する制度
・2011年度より恒久的制度とすべき
・制度の目的をどこに置くか考えるべき
・持続可能性、公平性への留意が必要
・早期就職だけでなく、安定的就職が重要
・他の制度との連携の必要性
「求職者支援制度」における訓練
・制度の対象者
・65歳以上への適用の可否
・学卒未就職者を対象とすることの是非
・年齢要件を明確化する必要
・訓練コースの内容・設定、規模
・訓練実施機関の属性
・訓練への適切な誘導
・より効果的な訓練のための方策
・訓練実施効果の評価指標
・訓練の質の確保の重要性
・訓練内容を成長分野に絞る必要
・公共職業訓練との住み分けの必要性
・受講態度に問題がある人への対応のあり方
・求職者の意欲・能力の見極めの必要
・訓練後の就職状況把握の必要
・訓練目的をどこに置くか
・訓練中の生活支援か最低限の生活保障か
・給付の位置付け
・個人給付か世帯給付か
・世帯内の複数受給をどう考えるか
・年収要件が就労調整を起こさないための対応
・資産確認、出席の管理方法
給付額
・地域差の是非
・雇用保険の基本手当との関係
・融資制度の必要性
・地域差設定、生計費概念導入の是非
・雇用保険の失業手当との関係の考慮
・融資制度を組み込むかどうかの検討
給付期間
・給付期間の限定とその仕組み
・給付期間を原則1年までとし、1年超の訓練の場
合を例外とすることの検討
・反復受給防止措置
・不正受給防止措置
・給付期間のインターバル検討の必要
・理由なく求職活動を行わない場合の罰則
・給付のインターバルと訓練のインターバルを区
別・整理する必要
・不正受給時の返還の仕組みが必要
訓練の対象者
訓練の内容
給 付
給付目的
給付の位置付け
給付要件
適正な給付の
ための措置
訓練受講者に対する就職支援
訓練中・訓練後の
就職支援
・訓練中・訓練後の就労支援の方策
・ハローワークの機能を充実し、就職支援を行う必要
・キャリアコンサルティングの必要
・ハローワークと訓練機関の連携の必要
(資料)第64回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会(2010年9月30日)資料(No.1-3)
、第65回同部会(2010年10月7日)
資料3(No.1-1、1-2、1-3)
、第66回同部会(2010年10月21日)資料(No.1-1)よりポイントを抜粋
自力での問題把握や、行政による包括的な対処
支援をコーディネートする体制作りが必要とさ
が困難になるとして、原則1人の「パーソナル・
れた。
サポーター」が、問題を把握し、当事者の心情
「パーソナル・サポート・サービス」検討の
や決定、ニーズを尊重した上で、制度横断的な
前提となっている問題意識は、2006年に英国で
85
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
公表されたフロイド報告とも共通している。同
きな穴が開いている状況を踏まえ、雇用保険と
報告では、長期失業者などの直面する就労阻害
生活保護の間をつなぐ、新たなセーフティネッ
要因が複合化する傾向にあるとして、柔軟で包
トの整備に向けた検討が進んでいることをみて
括的な支援を行ないうる就労支援体制を提唱し
きた。なかでも、政府が2011年度の導入を目指
た。これを受けて、同国では2009年10月より、
す新たな「求職者支援制度」は、失業手当を受
民間の就労支援サービスの提供事業者(プロバ
給出来ない求職者に職業訓練中の生活保障を提
イダー)の裁量を大幅に拡大したフレキシブ
供する制度を念頭に、具体的な制度設計の検討
ル・ニューディールが導入された(第 3 節 ⑷ 項 e
が行われている。一方、
「パーソナル・サポート・
参照)
。英国のフレキシブル・ニューディール
サービス」は、英国のフレキシブル・ニュー
では、地域別に民間・第三セクターの就労支援
ディールが目指した、長期失業者への個別・柔
サービス事業者と国が契約を結び、そのプロバ
軟な支援の実施と問題意識を共有している。日
イダーが必要に応じて訓練や各種の専門支援組
本の雇用セーフティネットは非正規雇用の増加
織に支援を委託する仕組みが想定されている。
や失業の長期化に対応できずに機能不全を生じ
一方、日本では、今後は、緊急雇用創出事
ていたが、特に2010年に入って以降、失業者の
業 92)の基金を財源に、2011年度までの時限措置
職業能力を高めて労働市場に押し戻す就労促進
として、全国5箇所でモデル・プロジェクトを
的なセーフティネットの構築に向けて、議論が
実施するとともに、サービスの制度化に向けた
高まっている。
課題の検討を行うこととされている。モデル・
プロジェクト案から、現在想定されている実施
体制をみると、モデル・プロジェクトは国の委
6.英国・オランダの経験からみた日本
の雇用セーフティネット改革の課題
託を受けた NPO が指名する「パーソナル・サ
本節では、英国とオランダの求職者活性化策
ポーター」が、就労の意志があるものの現在は
の展開を踏まえ、日本の雇用セーフティネット
様々な阻害要因に直面している対象者に支援を
改革への示唆を考察する。英国とオランダの求
行うことが想定されている。具体的には、サポー
職者活性化策のポイントについては、図表21
ターが定期的に面談を行い、生活・就労に関す
に整理している。
る問題点を把握し、その解決に向けた相談を行
うほか、把握した問題を踏まえて必要な支援を
コーディネートし、制度を実施する機関との連
絡・調整などを行うとされている。
⑴ 就労意欲を喚起し続ける仕組みの必要性
第一に、英国とオランダはともに、雇用セーフ
ティネットに付随するモラルハザードのリスク
を最小化し、受給者の就労意欲の低下を防ぐ目
⑶ 小括:日本の雇用セーフティネット改革の
現状
本節では、日本の雇用セーフティネットに大
的から、就労要求的な政策を強化している。特
に、社会保障給付の申請にあたり、受給者の権
利(就労支援を受ける権利)と義務(求職活動
92) 緊急雇用創出事業は、
「生活防衛のための緊急対策(2008年12月)」に盛り込まれた雇用対策である。同事業では、国から
都道府県に特例交付金が交付され、都道府県や補助を受けた市町村、あるいは都道府県や市町村から委託を受けた民間企
業が離職者に介護、農林水産業、環境、観光分野などにおける臨時的な雇用機会を提供する。事業規模は4,500億円(2008
年度第二次補正予算で1,500億円、2009年度補正予算で3,000億円を積み増し)で、期間は2011年度末までである。
86
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
や訓練に参加する義務)を明確にする協定を公
て、2010年度末の時限措置として実施されてい
共雇用サービスと求職者の間で結び、一定期間
る「緊急人材育成支援事業」では、月額10万円
後にその協定に沿って求職活動義務のレビュー
の生活保障の条件として、職業訓練への8割以
を行う仕組みなど、個々の求職者の状況に合わ
上の出席を義務づけている。しかし、出席状況
せて求職活動のモニタリングが行われている。
の確認は、訓練の委託を受けた民間機関が用意
日本でも、失業中の生活保障を拡充するにあ
する出席簿に受講者が印鑑を押すなどの形で行
たっては、求職者の就労に向けた意欲を喚起し
われているため94)、十分な出席状況の確認がな
続ける仕組みを強化する必要があろう93)。仮に、
されていないとの指摘もある。この事業ではハ
生活保障を受けることで、仕事から離れる期間
ローワークによる訓練受講者への支援は制度化
が長期化した場合、かえって労働市場への復帰
されておらず、ハローワークによるモニタリン
が困難となる場合がありうる。また、給付目的
グも十分なされていない。
で訓練を受講する問題の発生を抑制する仕組み
以上を踏まえると、恒久的な「求職者支援制
が不足すれば、制度に対する社会的批判が高ま
度」の導入にあたっては、制度の対象者の訓練
り、制度が不安定化するリスクもある。
の出席状況や、求職活動に向けた計画、その実
訓練受講者の意欲を喚起し続ける仕組みとし
施状況を、適切に管理することが必要となるだ
図表21:英国とオランダの求職者活性化策(1990年代以降)のポイント
英 国
オランダ
○ 就労要求的政策の強化と求職者活性化策の焦点の拡大
→受給者の求職活動義務やモニタリングの強化など
→若年失業者、長期失業者から、障害者、一人親などへ焦
点を拡大
(社会保障給付を受給する障害者や一人親の状況は日本
と異なる)
○ 就労要求的政策の強化と求職者活性化策の焦点の拡大
→社会保障給付の厳格化、受給者の求職活動義務やモニタ
リングの強化など
→早期退職の手段となっていた障害保険制度の改革(部分
的就労が可能な者については、就労が有利になる給付制
度へ転換)
○ 効果的な給付・就労支援体制の模索
○ 効果的な給付・就労支援体制の模索
→就労世代向けの給付と受給者の就労支援を一括して担う
→社会保障給付と就労支援の一体的な改革(被用者保険給
ジョブセンタープラスとパーソナルアドバイザーによる
付機構と市が受給者の就労支援に責任)
個別支援体制の整備
→被用者保険制度と社会扶助の運営機関の連携推進
→ジョブセンタープラスと民間雇用サービスプロバイダー
→市が就労支援に取り組む財政的インセンティブの導入
による個別・柔軟な支援を組み合わせた新たな枠組み
(「労働と社会扶助法」)
(JRFND)を導入
○ 雇用可能性を高める政策の見直し
→英国の技能水準底上げや子供の貧困克服の観点から、求
職者支援と技能支援を連携させ、持続的な雇用につなげ
る取り組みを模索
○ 雇用可能性を高める政策の見直し
→労働力率の更なる引き上げ、
「回転ドア」問題への対応
から、雇用可能性を高める積極的労働市場政策を見直す
動きも
○ 就労支援における民間活用
→民間・第三セクターの就労支援サービス事業者の育成と
連携による柔軟で包括的な支援の模索
→「クリーミング」やサービスの質の低下を防ぐための契
約など
○ 就労支援における民間活用
→就労支援の民間部門への委託推進
→ただし、近年は民間部門を活用しつつ、公的機関のハン
ドリングを強化
(資料)みずほ総合研究所作成
93) 厚生労働省の第60回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会(2010年6月23日)の議論では、時限的な「緊急人材育成
支援事業」の基金訓練で、受講者や訓練実施機関からの声として、他の受講生の態度への不満(受講生)や、受講者の受
講意欲や態度、レベルの違いへの対応の難しさ(訓練実施機関)が紹介されている。
94) 第60回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会(2010年6月23日)に基づく。
87
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
ろう。例えば、求職者支援制度の適用を受けるに
で行うことや、働く一人親世帯の所得を底上げ
あたり、ハローワークと求職者が訓練やその他
するメイク・ワーク・ペイ政策など、就労可能
の就労支援への出席、訓練就業後の求職活動計
性を高める政策を強化することが必要であろう。
画などについて協定を結ぶことや、訓練中・訓
練後もハローワークが定期的にモニタリングを
行うことも検討すべきであるように思われる。
第二に、英国、オランダともに、求職者のス
なお、英国やオランダで行われた就労要求的
ムーズな就労を促進する目的から、給付と就労
政策の中でも、①失業手当の水準引き下げや期
支援の実施体制の改革を行っている。例えば、
間短縮、②一人親や障害者の義務の強化は、日
英国では社会保障給付と受給者の就労支援を一
本が参考にすべきではない点である。失業手当
元化し、給付申請時点から個別支援を提供する
について、オランダでは支給期間短縮や就労履
ジョブセンタープラスを設立したほか(2001年
歴との連動強化が段階的に行われてきたが、こ
10月∼)、求職期間に応じた集中的な就労支援
れは2000年初頭時点でも就労履歴を満たせば、
と長期失業者への民間事業者による包括的な就
従前所得の7割が最大38カ月受給できるなど、
労 支 援 を 組 み 合 わ せ た JRFND を 導 入 し た
制度が就労に対して過度に魅力的であったこと
(2009年10月∼)
。一方、オランダでは、2002年
の裏返しという面が強い。
の「就労と給付の制度運営に関する法」により、
加えて、職業上の障害や一人親の置かれる状
給付機関が受給者の就労に責任を負う体制が整
況は、日本と英国、オランダでは大きく異なる。
備されたほか、給付・就労支援を担う機関同士
日本の場合、障害関連給付費の規模は OECD
の連携が推進されている。また、2004年の労働
加盟国の中で極めて低水準にとどまり、障害関
と社会扶助法では、市が就労支援に取り組むイ
連給付を利用した早期退職というモラルハザー
ンセンティブが導入された。
95)
ドは想定し難い 。また、日本では一人親の就
ひるがえって日本の状況をみると、ハロー
業率が8割超と国際的に極めて高い一方で96)、
ワークで雇用保険の給付と職業紹介などの就労
その相対的な貧困率が約6割と国際的に高いこ
支援が一体的に行われてきた点については、英
97)
88
⑵ 給付と就労支援体制の包括的な見直し
とにみられるように 、一人親の多くが就労し
国やオランダと一致している。一方、
「求職者
ながら貧困に陥る厳しい状況にある。このよう
支援制度」の導入に向けた議論をみると、雇用
な現状に加えて、一人親に対する就労要求的な
保険、「求職者支援制度」、生活保護という就労
政策を実施することは、就労を通じた貧困を一
世代の雇用セーフティネットをどのように、隙
層悪化させるリスクがある。日本の場合は、就業
間のない一つのシステムとして連携させていく
中の一人親について、
職業訓練や個別支援を任意
かという視点が少ないように思われる98)。特に、
95) OECD 社会政策データベースによれば、日本の就労不能関連給付費は、GDP 比で0.58%であり、OECD 平均の1.93%、英
国の同1.97%、オランダの3.41%(いずれも2005年)と比較して突出して低水準である。
96) OECD
(2007b)によれば、2005年時点の日本の一人親の就業率は83.6%であり、OECD 平均の70.6%、英国の56.2%、オラ
ンダの56.9%を大幅に上回っている。
97) 相対的貧困率とは、世帯人数の差を調整した可処分所得(等価可処分所得)の中央値を求め、その半分以下の可処分所得
の世帯人員の割合を示したもの。厚生労働省が2009年11月13日に公表した「子供がいる現役世帯の世帯員の相対的貧困率
の公表について」によれば、子供がいる現役世帯(世帯主が18歳以上65歳未満の世帯)で、大人が一人の世帯の相対的貧
困率(2000年代半ば)は58.7%で、OECD 平均の30.8%、英国の23.7%、オランダの39.0%を大幅に上回っている。
98) ただし、第64回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会(2010年9月30日)資料1-3によれば、この点は、労働政策審
議会職業安定分科会雇用保険部会においても論点の一つとなっている。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
「求職者支援制度」は生活保障と職業訓練を受
するよりも、迅速に仕事を得ることの方が、求
けることのできる期間を一定期間に区切ること
職者の長期的展望を改善するという実証的研究
が想定されているが、その場合、生活保護制度
の成果があったと指摘する。これが訓練は機能
の拡張によって最終的なセーフティネットを提
しないというメッセージに単純化され、同国の
供するのかも含めた議論が必要であるように思
求職者活性化策が就労優先のアプローチに向か
われる。
う背景となったというのである。
また、「求職者支援制度」に向けた議論では、
一方で、第3節でみたように英国では近年、
求職者の就労支援にあたって、ハローワークの
就労支援サービスと技能形成支援の連携が模索
機能を充実する必要や訓練期間中も含めてハ
されてきた。こうした転換の背景には、社会保
ローワークの訓練実施機関が連携する必要など
障給付の反復受給の問題、子供の貧困の原因と
が指摘されているが、現時点では訓練実施機関
なる親の低賃金・不安定就労の克服、英国の技
が就労支援の主な責任を負うことが想定されて
能レベルの底上げのために、求職者の技能レベ
いるように見受けられる。仮にそうした方式と
ルの向上が必要とされたことがあった。
する場合でも、求職者の訓練期間やその後の状
確かに、Harker
(2006)の指摘するように、
況、直面する問題を把握し、必要な場合には別
積極的労働市場政策の有効性に関する実証研究
の支援につなげるなど、ハローワークの役割は
では、これまで職業訓練の効果は明確ではない
大きい。現時点で、日本のハローワークが失業
ということが指摘されてきた。しかし、近年は、
者に対する職員の配置が国際的に極めて手薄い
求職者支援としての職業訓練の有効性に対する
状況にあることも踏まえれば、新たな雇用セー
評価について、やや状況が変わってきている。
フティネットの導入にあたっては、ハローワー
例えば、Card et al.
(2010)が積極的労働市場
クの職員数や専門性の拡充を行っていくことが
政策の有効性に関する最新の実証研究を集めて
99)
必要であろう 。
行った分析では、職業訓練の有効性は短期でみ
れば明らかでないものの、訓練終了後2年程度
⑶ 求職者支援と職業訓練の統合的な提供
第三に、特に英国の求職者活性化策において、
の中期でみると、受講者の雇用可能性を高める
効果がより明らかとなることが指摘されてい
雇用可能性を高める技能形成支援が重視される
る 100)。英国の求職者活性化策において、雇用
ようになっていることについて考えたい。英国
の安定性に留意して技能形成支援が見直されて
やオランダ、特に英国の求職者活性化策では、
いることは、こうした研究動向とも一致してい
とにかく迅速な就労を重視し、求職者の職業能
る。
力形成は必ずしも重視されてこなかった。その
このように職業訓練が労働者の中期的な雇用
背景として Harker(2006)は、職業訓練を受講
可能性を高めるという Card et al.(2010)の
99) 日本のハローワークの失業者に対する職員の配置は、主要国と比較して非常に少ない。厚生労働省(2010)によれば、職
員一人当たりの失業者数は、日本のハローワークが283名であるのに対し、英国では23名、ドイツでは37名、フランスでは
46名である。
100)Card et al.
(2010)は、95∼2007年に行なわれた積極的労働市場政策(求職活動支援、職業訓練、民間部門での雇用補助金、
公的部門での雇用創出等)の有効性に関する97の実証研究のメタ分析(複数の独立の研究成果の分析)を行い、積極的労
働市場政策のなかでも、求職活動支援が最も有効である一方、公的部門での直接的な雇用創出策は有効性が低いこと、職
業訓練(座学または企業での実習)の短期的(訓練終了後1年程度)な効果はしばしば統計的に認められないかマイナスで
ある一方、中期的(訓練就業後2年程度)にはプラスの効果がより明らかになることを指摘している。
89
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
指摘や、英国やオランダの求職者活性化策の展
主な対象とすることを踏まえれば、職業訓練に
開、さらに日本で職業訓練に対する公的支出が
過度に偏った制度とすることにはリスクがあ
国際的に極めて低水準であることを踏まえれ
る。むしろ、定期的な個別相談、求職活動や職
ば 101)、「求職者支援制度」導入によって、日本
業訓練成果のモニタリングなどの就労支援を含
で生活保障と職業訓練機会の双方が拡充される
めた包括的な求職者支援パッケージの一環とし
ことの意義は非常に大きい。
て職業訓練を提供することが、求職者の長期的
ただし、職業訓練コースをただ拡充すれば、
求職者の雇用可能性が高まるという見方も単純
な雇用可能性をより望ましい形で高める可能性
がある。
に過ぎるように思われる。技能レベルが低い求
職者への職業訓練の有効性に関して詳細なサー
102)
ベ イ を 行 な っ た Dench et al.
(2006) に よ れ
⑷ 民間や第三セクターとの連携
第四に、英国やオランダの就労支援において、
ば、技能水準が低い求職者に対する職業訓練は、
民間や第三セクターなどの就労支援サービス事
就業ベースの訓練、求職活動との組み合わせ、
業者との連携が模索されている点について考え
包括的な就労支援の一環として提供される場合
たい。日本でも、検討中の「求職者支援制度」で、
に、求職者の就労促進や賃金上昇を高める可能
求職者の就労支援を、訓練を委託する民間など
性がより明らかになるという指摘もあるから
の教育訓練機関に実施させることが想定されて
だ
103)
。これは、近年英国で模索されている求
いる。また、モデル事業が実施される予定の
職者支援と技能形成支援の連携も、単なる職業
「パーソナル・サポート・サービス」についても、
訓練コースの拡充ではなく、就労支援と一体的
NPO などへの委託が予定されている。日本で
に技能形成支援を提供する形で実施されている
も、就労に向けて複合的な就労阻害要因を抱え
ことと整合的である。
る人々に対しては、個別に柔軟な支援を行うこ
Dench et al.
(2006)の指摘を踏まえて、日本
の「求職者支援制度」の導入に向けた議論をみ
とが可能な民間事業者や NPO と、どのように
連携していくかが課題となっている。
ると、給付のあり方や職業訓練機会の拡充に支
一方で、英国やオランダの経験は、就労支援
援内容が偏り、訓練中・訓練後の就労支援につ
サービスの外部委託が、求職者を短期就労に押
いては、相対的に重要度が低い位置付けとなっ
し込める問題(サービスの質の低下)を惹起す
ているようにみえる。
るリスクや、雇用可能性が高い人々に支援が集
しかし、技能レベルの低い求職者の職業訓練
中するリスク(クリーミング)を伴うこと、そ
政策の有効性に関するサーベイの結果や、「求
のリスクを回避するために、公共部門による求
職者支援制度」が長期失業者や非正規雇用者を
職者と就労支援サービス事業者のモニタリン
101)OECD 雇用政策データベースによれば、2008年の職業訓練に対する公的支出は、日本で GDP 比0.03%であり、OECD 諸国
平均(0.14%)の4分の1以下である。
102)本サーベイでは、サーベイテーマに沿ったキーワード検索で該当した25,549件の文献から、サーベイが対象とする「技能
レベルの低い成人求職者」に焦点をあてていることなどの条件と、分析手法の質に関する基準を満たす16の実証研究を選
抜し、それぞれについて検討を行っている。
103)これについて求職者の雇用可能性やその後の雇用安定性に与えた影響に関する定量的な評価は見あたらないものの、2008
年9月以降に12の地域で実施された試行事業への定性的な評価報告書によれば、統合的なサービスを受けた求職者、支援を
行なったパーソナルアドバイザー、技能サービス専門家は、求職者の就労への見通しが改善したと指摘したという(Levesley
et al.(2009))。
90
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
グ、あるいは公平で良質なサービスを提供する
平で質の高い支援を確保する評価方式(民間訓
事業者が評価される契約方式など、慎重な対応
練機関に就労支援も含めて求職者の支援を包括
が必要であることを示している。
的に委託する代わりに、就労しやすい人に支援
これに関し、「求職者支援制度」の導入に向
が集中する「クリーミング」や、不安定雇用に
けては、国の委託を受けた民間事業者が、訓練
求職者を押し込む「サービスの質の低下」を防
や就労支援の成果を高めるインセンティブが働
ぐ仕組み、求職者の長期的な雇用可能性に配慮
くような奨励金を支給することを検討してい
した支援を行う機関が高く評価される報酬制度
る。しかし、就労支援の質の確保やクリーミン
の導入など)など、様々な方式がありうる。い
グの回避のために英国やオランダが苦心してい
ずれの方式をとるにしても、訓練就職後、短期
ること、制度の主な対象が労働市場で相対的に
の就職率のみで訓練機関を評価するなど、リス
弱い立場にある求職者であることを踏まえる
クの大きい評価方式を導入することは避けるべ
と、訓練機関が就労支援の責任の大部分を負う
きであろう。
仕組みが適切かどうか、あるいは、訓練期間が
実施する職業訓練や就労支援の成果をどう評価
するかについては、慎重な検討が必要であるよ
うに思われる。
7.おわりに
高齢化による労働力人口の急減、競争激化や
商品サイクルの短期化、IT 技術の浸透による
前出の積極的労働市場政策に関する実証研究
仕事の二極化、新興国の技術水準の向上による
の成果を分析した Card et al.(2010)は、職業
高付加価値化の要請など、企業と労働者を取り
訓練の効果は短期的(終了後1年後程度)には
巻く環境は急激な変化を続けている。こうした
マイナスか統計的に有意でない場合があるもの
状況の下、労働者の失業によるリスクを軽減す
の、中長期(2∼3年後)にみるとプラスの効果
るとともに、労働市場で再び能力を発揮するこ
がより明らかになると指摘する。このように、
とを支える、就業促進的なセーフティネットが
短期的な効果が出にくい職業訓練について、短
極めて重要となっている。
期の就職率のみに基づいて教育訓練機関を選別
本稿では、英国とオランダを取り上げ、受動
したり、同機関に奨励金を支給する制度は、教
的な所得保障から、就労促進的なセーフティ
育訓練機関が長期的な雇用可能性を高める訓練
ネットへの転換に向けて、両国が幅広い分野で
や就労支援より、短期的な就業に受講者を押し
模索を続けてきたことをみた。日本はこれまで
込む「サービスの質の低下」を惹起しかねない。
雇用セーフティネットが十分でなかったからこ
英国やオランダの経験を踏まえると、
「求職
そ、先行する諸外国の経験から学べる点は多い。
者支援制度」の導入にあたり民間訓練機関と連
新しい「求職者支援制度」を含めた日本の雇用
携する際には、①公的部門による管理を強化す
セーフティネットの再構築にあたっては、でき
る方式(ハローワークの機能を拡充し、ハロー
るだけ多くの諸外国の経験やそこから得られる
ワークが求職者の就労に責任を負った上で、民
示唆に目配りした制度設計が求められよう。
間訓練機関と連携する方式)、あるいは、②公
91
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
補論1:英国ワーキング・リンクス社
の就労支援
く意欲や就業経験の確保といった就労能力を高
める支援が含まれる。また、同社は失業者の就
ワーキング・リンクス社は、英国の特別貧困
労を阻む様々な要因を踏まえて個別のアクショ
地区での就職率向上プログラム(エンプロイメ
ンプランを策定し、必要に応じて専門家や地方
ント・ゾーン)を実施するために2000年に設立
政府と連携した支援を行っている。同社が就労
された企業で、現在は、英国の主要な就労支援
を実現した人数は2000年の設立以来15万人超に
サービス事業者の一つに成長している。同社は、
上る(2009年の実績は約2.4万人)という。
長期失業者、障害者、一人親、若者、犯罪歴の
同社は、企業にとって「適切な人材」の確保
ある人々など幅広い対象者に、持続的な就業機
が極めて重要と認識している。そのため、同社
会を得るためのプログラムを提供している。
は失業者が就労に向けた基礎的な準備を終えて
同社の特徴として、公的部門(英国政府)、
いること、企業が必要とする技能を持っている
民間部門(Manpower 社、Capgemini 社)
、ボ
ことを確実にするために、訓練機関と連携した
ランティア部門(オーストラリアのボランティ
支援を行っている。同社が提供する無料の求人
ア組織)が同社の株式を保有していることが挙
サービスにアクセスした企業に対して、同社は
げられる。この結果、同社は異なる三つの部門
単に候補者を推薦するだけでなく、その候補者
の技能や専門性、多様な経験を統合し、活用す
が採用された場合の継続支援や使用者と被用者
ることが可能になっているという。なお、2000
の双方にとって役立つ訓練の実施を提案してい
年の設立時点で同社の利益の一部を、同社が活
る。こうした取り組みの成果もあり、同社は「国
動するコミュニティの支援に再投資することが
民健康サービス(NHS)」や主要なスーパーマー
決定されており、この方針に従って2004年に事
ケットチェーンを含む、様々な規模の企業と良
前信託として再投資された資金を配分する「リ
好な関係を保っているという。
ンク基金」が設立された。同年以降、300万ポ
なお、同社は今後の更なる支援の一環として、
ンドを超える資金が、英国全域の150以上のプ
就労支援サービスと技能サービスの統合に取り
ロジェクトに再投資されている。
組んでいる。その背景には、求職者が入門レベ
同社は、失業者の就労支援を中心に、英国政
ルの仕事に就職したあと、これをより高度な技
府と100以上の契約を結んでおり、その活動拠
能を伴うキャリアへの足がかりと出来るように
点はイングランド、ウェールズ、スコットラン
するという狙いがある。その鍵として、同社は、
ドのほか、ポーランド、フランス、アラブ首長
求職者の訓練と就業後の訓練(政府が行う技能
国連邦など約200か所に及ぶ。同社の支援は多
レベルが低い在職者向けの技能支援)の一体的
岐にわたっており、その中には、貧困地域での
な提供を目指している。
アウトリーチ活動、必要なサービスにアクセス
するための助言サービス、不健康な生活や誤っ
た薬物の利用などのライフスタイルや行動を変
92
革するための介入、基礎的技能や言語能力、働
(※)ワーキング・リンクス社に関する記載は、2010年3月
25日に行った同社へのヒアリングを踏まえ、同社の
許可を得て掲載している。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
補論2:オランダ・アムステルダム市
の就労支援
⑴ アムステルダム市の就労支援
アムステルダム市はオランダの首都であり、
エージェンシーで、4日間に及ぶジョブ・コー
チとの面談と講習に出席した上で、ジョブ・コー
チが最適と判断した就労支援プログラムに参加
することが求められる。現在、同市は、第三段
階に該当する社会扶助受給者向けに、後述する
同時に、最大の商業都市である。同市の人口約
「ワークフォルト」やアムステルダム港でのロ
80万人のうち、2009年時点で約10万人が社会保
ジスティックに関連したプログラムをはじめと
障給付を受給しており、うち4.2万人が社会扶
する八つのプログラムを提供している。これら
助を受けている。同市の雇用所得エージェン
のプログラムは同市によって実施されている
シー(DWI)が、社会扶助の給付と就労支援
が、求職者に適したプログラムがない場合は、
を実施している。
市が民間サービス事業者に支援を委託してい
同市は、社会参加に向けて公的支援を必要と
る。
する人々を、労働市場からの距離に応じて四段
労働市場からの距離が最も近いと判断される
階に振り分け、段階に応じた支援を実施してい
第四段階では、就労ベースの技能形成が重視さ
る(ここには、社会扶助受給者も、何の給付も
れている。同市は過去に社会扶助受給者の職業
受けていない人も含まれる)。このうち、深刻
訓練に取り組んだ経験があるが、訓練内容が陳
な疾病や社会的な孤立によって就労が著しく困
腐化しやすく、求職者が訓練で習得した技能を
難なグループは第一段階、一年以内の就労が困
活用できる就職先を確保できないなど、その効
難とされるグループは第二段階に振り分けられ
果が必ずしも明確でなかった。そのため同市は
る。これらの段階では社会扶助の受給にあたっ
現在、第三・四段階の人々への支援において、
て就労や求職活動の義務が課されず、市はコ
就業ベースの技能形成を重視しており、近年、
ミュニティセンターでの活動への参加を奨励す
就労と座学を結びつけた新たな徒弟制度(BBL)
るなど、人々の社会的孤立の解消に向けた支援
を導入している。これに加えて、第四段階の人々
を提供する。
の就労能力を高める目的から、同市は社会扶助
一方、第三段階は、現時点での就業が困難だ
の受給者を採用した企業に賃金・訓練費用を助
が、第二段階より労働市場に近いと判断される
成するスキームを実施している。このスキーム
グループであり、修了資格を得ずに学校を早期
では、新たに採用された労働者1人について最
退学した者や、就業に向けた行動上の問題を抱
大15,000ユーロの賃金助成と5,000ユーロの訓練
える人々が含まれる。この段階の人々への支援
費助成が行われる(最大1年間)。採用された労
では、定刻に出勤したり規律に従うといった基
働者は、週4日仕事に従事するほか、週1日は訓
礎的な職務態度やコミュニケーション能力など
練コースに出席して技能形成を行う。週1日の
のソフトスキルや、言語能力などの習得に焦点
訓練は市の訓練施設や教育機関で実施される
が当てられる。第三段階に振り分けられた社会
が、その内容は、使用者の要望に沿ってカスタ
扶助受給者は、アムステルダム市の雇用所得
マイズされるため、標準化された訓練コースは
93
英国とオランダの雇用セーフティネット改革
存在しない。
写真1:アムステルダム防塞線と作業風景
上記に加え、同市は、基礎的な言語能力や職
業資格を持たないためにキャリア形成が困難な
在職者(これを第五段階と呼ぶ)にも焦点をあ
てている。第五段階に該当する人々は同市で3.6
万人に上ると推計されており、市は使用者と連
携して、基礎的な技能取得の促進に努めている。
⑵ 若者向け支援プログラム:
「ワークフォルト」
前述した第三段階の人々向けのプログラムの
中でも、効果が高いと認識されているのが「ワー
クフォルト」である。同プログラムは、18∼40
(資料)筆者撮影
歳の社会扶助受給者を対象とする就労ベースの
プログラムで、アムステルダム市と北ホラント
の特性を考慮すれば、例外的に高い数字である
州が協働で設立した「ヘルステリング(修復)
という。アムステルダム市によれば、プロジェ
基金」によって96年より運営されている。参加
クトの成功の99%は、熟練技能者として、また
者は、アムステルダム市郊外に点在する、ユネ
働く上でのロールモデルとして若者を集中的に
スコ登録の世界遺産(「アムステルダム防塞線」)
指導するワークマイスターにあるという。こう
で修復作業(大工、塗装、コンクリート、石工、
した重要な役割を担うためには幅広い能力が必
舗装、金属加工、屋根ふき、森林管理、造園)
要であり、同市はその獲得に苦労しているとい
に従事する。プログラムの実施期間は、原則と
う。「ワークフォルト」の実施には、参加者1人
して6カ月である。
当たり、社会扶助の給付以外に、ワークマイス
この「ワークフォルト」で重視されているの
は、定刻に出勤する、仲間と協力する、自分自
94
ターの人件費など、半年で約10,000ユーロがか
かっている。
身に対する自信を確立するなど、仕事への積極
なお、ヘルステリング基金は2006年に、学校
的な態度やソフトスキルの習得である。このた
を早期退学するリスクのある14∼17歳の少年を
め、ワークマイスターと呼ばれる監督者が、そ
対象とするプログラム「スクールフォルト」を
れぞれ6∼8人を指導する。ワークマイスターは、
スタートしている。このプログラムでは、参加
熟練技能者として若者に技能指導を行うだけで
者は週3日間のペースで、アムステルダム防塞
なく、参加者の仕事に向けた態度や作業を集中
線での作業に従事する。同プログラムでは、軽
的に監督・指導する役割を担っている。
易な手作業に従事することを通じて、少年に学
「ワークフォルト」参加者の約6割は、終了後
校の修了資格を得て卒業し、より専門的な仕事
により専門的な訓練や通常の雇用、あるいは両
に就くことの重要性を理解させることが重視さ
者の組み合わせに移行している。これは対象者
れている。
みずほ総研論集 2010年Ⅳ号
「スクールフォルト」では、参加者の70%は
教育(VMBO)の教師は早期退学のリスクの
家庭で適切なケアを受けておらず、日常生活で
ある少年を市の教育委員会に報告することが求
ロールモデルを持っていない。このため、監督
められており、カウンセラーの家庭訪問に基づ
者(ワークマイスター)がそれぞれ6人の少年
いて、「ヘルステリング基金」への紹介が行わ
を監督し、ロールモデルとしての役割を果たす
れる。「スクールフォルト」参加者の8割が修了
ほか、仕事に適した態度やソフトスキルの習得
資格を得て学校を卒業するなど、同プログラム
を支援する。アムステルダム市では、中等職業
は高い成果を挙げている。
上記のほか、ヘルステリング基金は、①「ワー
写真2:DWI 内の訓練施設
クフォルト」、「スクールフォルト」の参加者へ
の給食サービスに従事しながら、調理やレスト
ランサービスの実施に向けた技能を習得する
「ヘレカ」プログラム、
②「ワークフォルト」、
「ス
クールフォルト」、「ヘレカ」プログラム参加者
の制服のクリーニングに従事する「ファシリタ
イア」プログラムなど、女性を対象とするプロ
グラムも実施している。
(注)DWI 内の訓練施設の一部。DWI 内の施設では「ワー
クフォルト」に参加する前の基礎的技能の習得に向
けた訓練などを実施している。
(資料)筆者撮影
(※)アムステルダム市の就労支援に関する記載は、2010
年3月18日に同市の雇用所得エージェンシーで行った
ヒアリングおよび、アムステルダム市『就労支援計
画2009∼2012年』を踏まえ、同エージェンシー担当
者の許可を得て掲載している。
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