...

妊娠期女性の食事実践に関する研究:「パーフェクト妊婦」 と情報収集

by user

on
Category: Documents
6

views

Report

Comments

Transcript

妊娠期女性の食事実践に関する研究:「パーフェクト妊婦」 と情報収集
Nara Women's University Digital Information Repository
Title
妊娠期女性の食事実践に関する研究:「パーフェクト妊婦」と情報
収集
Author(s)
大淵, 裕美
Citation
大淵裕美:奈良女子大学社会学論集, 第20号, pp.83-101
Issue Date
2013-03-01
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/3427
Textversion
publisher
This document is downloaded at: 2017-03-30T11:55:11Z
http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace
妊娠期女性の食事実践に関する研究
――「パーフェクト妊婦」と情報収集――
大淵
1
裕美
はじめに
食べるという行為は,最も日常的な営みであり,生理的な機能を持つものとしてとらえ
がちであるが,それはまた文化に強く媒介された行為でもある(Lupton1996=1999)
.身体
の訓練と食の合理化・世俗化との関連を明らかにした Bryan Turner は,現代の消費社会に
おいては,身体は「健康を高める方策の場」
(Turner1984=1999: 182)となり,食事規制は,
「身体を管理して,(中略)身体の表面を磨こうとする」(ibid: 182)ようになったと述べ
る.とりわけ,
「男性が食べるもので決まるとすれば,女性は見た目で決まる」
(ibid: 208)
とも指摘されているように,身体へのまなざしはジェンダー非対称に注がれている.その
ため,女性は美の基準を体現するためにダイエットに励んだり,
「カロリーと食品成分」
(柄
本 2002)に基づいて食事内容を選択したりする.場合によっては,過食や拒食といった「摂
食障害」
(浅野 1997)を引き起こすこともある.
このような身体の管理を期待される現代社会において,妊娠という身体的変化や食の変
化がおこる経験は,女性にとっては個人としての身体管理のみならず,
「胎児の母」として
の身体管理という二重の期待を持たれる対象となる.そうしたなかで,女性たちは妊娠を
きっかけにどのようなコンテクストに置かれ,
どのような困難や葛藤を抱えるのだろうか.
本稿では,妊娠期における女性たちの食事実践について,行動の判断となる情報収集と
活用に着目しながら,女性たちが胎児の養育責任をどのように感じ背負っているのかにつ
いて詳細に検討する.その作業を通して,「パーフェクト妊婦」の一側面を明らかにする.
2
「パーフェクト妊婦」と情報収集
2.1 3人の女性にみる妊娠期の食の経験
はじめに,私が調査で出会った3人の女性たちの妊娠期における食の経験について紹介
したい.1人目は,X さん(30 歳)である.彼女は,短大を卒業後数年間働き,県内のバ
ス会社に勤める夫と知り合い結婚した.結婚を機に仕事を辞め夫の実家に移り住み,夫の
両親と同居している.8歳の長男と6歳の双子の姉妹を出産したが,その間,薬を飲むこ
とをやめて,風邪をひかないように注意をしていた.ただし,それ以外は特別に食生活を
変えることもなく,妊娠前から吸い続けていた煙草もやめることはなかった 1).
2人目は,Y さん(30 歳)である.短大を卒業後,数年間県内の銀行に勤務し,そこで
知り合った夫と結婚した.結婚を機に仕事を辞め,夫の実家近くに居を構える.その後労
働局の事務職としてパートとして勤務をしている間に,子どもを妊娠する.つわりがきつ
かった彼女は,2ヶ月前に出産した姉から「冷凍したプチトマトを食べたらいいよ」と言
われ,実践した.お酒もたばこもしないため,特に気にせず,
「心持ち気をつけたらいいか
な」と思うくらいで,特別に何か食事を変えるということはなかった 2).
最後は,M さん(32 歳)である.彼女は,大学院を修了後,栃木県の研究所に勤務して
いた.大学院時代に出会った現在の夫とは,当時遠距離恋愛をしていた.M さんは勤務中
に東日本大震災を経験する.震災をきっかけに,仕事を辞めて夫のいる奈良に移住し結婚
した.結婚から数か月後に妊娠が判明し,彼女は大好きなお酒をやめ,妊娠前にはほとん
ど気をつけられなかったバランスの良い食事を心がけるようになった.さらに,胎児のた
めに,放射能や農薬などが少ない安全で安心な食材を入手するべく最大限心がけた 3).
三人の中で,M さんは一見特殊な女性のように見えるかもしれない.しかしながら,私
が 2 年以上続けている調査では,M さんのように,妊娠前の食生活を見直し胎児のために
最大限配慮して「完全であろうとする女性」たちが 36 名中 19 名にものぼったのである.
このような,「完全であろうとする妊婦」たちを概念化するために有効なのが,
「パーフ
ェクトマザー」という視点である.
2.2 「パーフェクト妊婦」という視座
「パーフェクトマザー」は,
「家庭教育」に焦点をあてた親子関係研究を中心に用いられ
る概念である.広田照幸(1999)は,家庭での「しつけ」に注目し,家庭教育が衰退して
いるという従来の見解に対して,むしろ以前よりも多くの母親が人格も知識も含めすべて
の面で最高の水準に達した子どもとしての「パーフェクト・チャイルド」を育てるために,
「パーフェクトマザー」を目指すようになっていると述べている.とりわけ,都市部の高
学歴の親が望ましい家庭やしつけのモデルを先取りしがちであることも明らかにしている
(広田 1999)
.また本田由紀(2008)は,日本の母親の「家庭教育」の内容や方法につい
て,格差と葛藤という側面から検討している.本田によると,高学歴の女性は広田のいう
全方向的な「パーフェクトマザー」を志向し,当人が保有する経済的・文化的・社会的資
源や人生経験を総動員しながら,子どもの可能性を最大限に伸ばそうとする傾向があると
指摘した.また,それ以外の女性は,情報及び資源の限定性や生活者としての「常識」か
ら,それほど鋭敏な反応を示さないと述べる(本田 2008)
.
そこで本稿では,
「パーフェクトマザー」を妊娠期における胎児とのかかわりにもあては
め,検討することを試みたい.高学歴女性は,妊娠期においてもいわば「パーフェクト妊
婦」を志向するのではなかろうか.ここにいう「パーフェクト妊婦」とは,主に胎児の健
康が最高の水準に達するような「パーフェクトベビー」を育てるために,自らの持つ資源
や情報,人生経験を総動員しながら,理想の妊婦像を追求し実現しようとする女性たちの
ことを指す.彼女たちは,とりわけ妊娠中の食に関して多様な情報・資源を駆使しながら
胎児のために最大限配慮しようとする.一方,そうではない女性たちは,限定的な情報や
資源を用いるにとどまり,それほど敏感に反応を示さないだろうと推察できる.
「パーフェクト妊婦」に注目する意義は次の3点である.まず,先に述べた教育社会学
を中心に蓄積されている親子研究や育児研究への接合が可能になる.従来の研究では,妊
娠期は女性が母になる「過渡期」
(松岡 1991)や「移行期」
(田村・岡村編 1973)として位
置づけられがちであるが,少産化の現代においては,より健康で優秀な子どもを育てるた
めに,胎児の段階から配慮する期待が社会的にも当事者レベルでも起こっている 4).とり
わけ,超音波診断などの医療テクノロジーの進歩により,医師や女性自身,周囲の人々ま
でも,胎児を妊婦とは独立した存在として扱うようになっている(柘植・菅野・石黒 2009)
.
このような現象を理解するためには,
「育児期」のスタート地点として妊娠期をとらえ検討
することが重要である.
次に,
「パーフェクト妊婦」という概念は,国家や医療・教育制度,社会規範などの構造
的な側面と,妊婦自身の実践的な側面の双方を踏まえた実証的検証を可能にする.食を通
した胎児の養育に関しては,女性は胎児を対立したものとみなし,胎児への配慮を最大限
するように医学的・社会的に期待されている(Burton 2011).また,女性たちも多様な要因
があるにもかかわらず,胎児の結果は妊娠中の自分たちの食事に起因すると信じている.
ただし,彼女たちは「食事戦略」を用いながら自分のニーズと胎児への配慮の間で交渉し
ており,その実践は多様である(Markens et al 1997).「パーフェクト妊婦」という視座の
導入は,このような構造と実践の共通性と差異性を浮かび上がらせる.
最後に,胎児のケアをめぐる「個人化」と「社会化」の力学の検証を容易にする.
「パー
フェクト妊婦」とは,いうならば胎児の養育責任を「個人化」
(Beck1986=1998)していく
圧力でもある.とりわけ,現代は親の資本と意欲にもとづく個人的選択が育児と教育の戦
略を左右し,子どもの養育を女性の責務とするジェンダー化されたペアレントクラシーの
時代でもある(天童編 2004)
.そうした圧力下における女性たちの認識・実践レベルでの
「パーフェクト」の解明は,胎児の養育責任を社会全体の課題として展開する糸口を掴む
こともできる.
本稿では,妊娠期における女性たちの食事実践について,女性たちが胎児の養育責任を
どのように感じ,それぞれがどのような「パーフェクト」を目指しているのかについて詳
細に検討する.その際に,
「パーフェクト」を解明する一つの手がかりとして,妊娠期の食
事についての情報収集や活用に注目する.
2.3 食事実践の根拠としての情報源
女性たちは,胎児のために適切な食生活をしているが,その実践を決定づける重要な要
素の一つに情報収集・活用が挙げられる.出産・育児に関する情報源の多様性は,すでに
先行研究において指摘されており,中でも大きく3つの情報源の重要性が主張される.
まず「医学的知識」といった専門的情報である.Markens et al(1997)は,胎児と女性は
対立した存在であるという従来の議論を,食事行動に関するインタビューデータをもとに
批判的に検討している.栄養教室や雑誌,医師から得られる医学的知識は,女性たちが食
に関する矛盾する要求を調整する際に最も強く作用すると述べる(Markens et al 1997:368).
ただし,妊娠期の専門的情報に関しては,医師のみならず助産師からの情報も重要であり
(大淵 2013,村田 2013)
,助産師は医師の保有する科学知・専門知とは異なる「実践知」
を保有している(村田 2013)
.そのため,医学的知識を一枚岩としてとらえるのではなく,
関与する専門家による情報の差を見過ごしてはならないだろう.
つぎに,
「日常的知識」
(天童編 2004)や「素人知」(柄本 1999)といった,専門家以外
の情報源である.この情報源は,パーソナル情報とメディア情報の二つに大別できる.
パーソナル情報とは,身近な妊娠の経験者である母親やきょうだい,友人といった重要
な他者からの情報である.育児期の女性たちは,友人や親,きょうだいといった関係を重
視することがすでに明らかになっている(丹羽 1999,村松 2000,天童編 2004,ベネッセ
2012)
.たとえば,天童睦子らによる幼児期の親を対象とした育児情報や育児戦略に関する
質問紙調査では,最も役立ったものは,
「親や親せきから」で,40.1%と全体の4割を占め
ている(天童編 2004)
.
メディア情報とは,雑誌やインターネットといったメディアからの情報である.日本に
おける育児雑誌の変遷をみると,医者や専門家などの専門的知識の教授という垂直的な知
識伝達から,隣のママの実際の育児やホンネといった,水平的知識の伝達に変容している
(柄本 1999,村松 2000,天童編 2004,塩野谷ほか 2007)
.さらに,インターネットのよう
に,専門的知識と日常的知識が混在する情報源が氾濫している状況に照らせば,メディア
情報を専門的知識の媒体ととらえるのではなく,両者の混在した媒体としてとらえるほう
が適切であろう.近年では,インターネットも育児サポート源として利用され(外山ほか
2009)
,育児ストレスを軽減する効果も見いだされている(小林 2003)
.食事を通した「パ
ーフェクト妊婦」の実践を解明するには,これらの知見を妊娠期についても適用し検討す
る必要がある.
2.4 本稿の課題と方法
以上を踏まえ,本稿では下記の問いの解明を目指す.高学歴の女性たちは,どのように
情報を取捨選択しながら,
胎児の養育責任と自分のニーズとの間で折り合いをつけながら,
自分たちなりの「パーフェクト」を目指しているのだろうか.妊娠期における女性たちの
食事実践について,高学歴女性の情報収集と活用に焦点を当てながら,女性たちが胎児の
養育責任をどのように感じ背負っているのかについて詳細に検討する.その作業を通して,
「パーフェクト妊婦」の一側面を明らかにする.その際に注意したいのは,Markens らの
示した,医学的知識が二重に作用するという見解である(Markens et al 1997:366-367)
.つ
まり,女性たちが収集した情報は,単に胎児の養育責任を命じるのみならず,彼女たちの
ニーズの根拠にもなりうる(ibid:366-367).とりわけ高学歴女性は,情報収集能力が相対
的に高いと想定されるため,収集した多様な情報を,養育責任の実現か自分のニーズの達
成か,どちらの根拠として用いるかは定かではない.さらに,情報収集の方法や情報の選
別についても多様であると想定される.つまり,女性たちの「パーフェクト」を目指した
実践の中にも,さまざまなバリエーションが存在する可能性があるだろう.これらの点に
も考慮しながら検討する.
本稿では用いるデータは,2009 年4月から 2012 年 11 月にかけて,主に奈良県・大阪府・
京都府・兵庫県を中心とした近畿圏在住の3歳以下の子どもを持つ女性たち 36 名を対象に
実施したインタビュー調査に基づいている. その中でも,妊娠中の情報収集や活用につい
て言及した 19 名のインタビューデータを使用する(表参照)
.
表:調査対象者一覧表
情報源
メディア
パーソナル
A
調査年
年齢
子どもの年齢
就業状況
学歴
出産場所
きょうだ
友人
親
い
親戚
2009
27
長男(8ヶ月)
育児休業中
(事務)
大学
個人病院
○
大学
個人病院
〇
◎
○
◎
○
雑誌 書籍 ネット
○
限定的・情報量重視
○
○
〇
限定的・情報量重視
○
○
2009
32
長女(7ヶ月)
C
2009
31
長男(7ヶ月)
主婦
大学
個人病院 〇
34
長男(5歳)
・長女(3歳)
音楽教室経営
大学
個人病院 ○
〇
◎
〇
○
〇
◎
〇
〇
〇
○
〇
◎
E
F
2010
2010
32
長男(3ヶ月)
育児休業中
大学院
(医師・大学院生) (在籍中)
個人病院
○
個人病院
〇
〇
23
長男(1歳)
大学生
大学
(在学中)
育児休業中
(介護職)
大学
総合病院
パーフェクト志向性
×情報重視度
○
B
2010
医師 助産師
◎
自営業
(土産物屋)
D
専門
○
〇
限定的・情報量重視
全方向的・情報量重視
〇
〇
限定的・情報量重視
限定的・情報量重視
G
2010
30
長女(2歳)
・長男(2ヶ月)
H
2010
31
長女(1歳)
主婦
大学
個人病院 〇
〇
〇
限定的・情報質重視
I
2010
26
妊娠中(8ヶ月)
主婦
大学
個人病院 ◎
〇
○
全方向的・情報質重視
J
2010
34
長男(1歳)
主婦
大学
K
2010
29
長女(1ヶ月)
主婦
大学
36
長男(8歳)
・次男(3歳)
大学院生
大学院
(在籍中)
総合病院
32
妊娠中(9ヶ月)
主婦
(研究職)
大学院
32
長女(1歳)
・妊娠中(9ヶ月)
主婦
大学
33
長女(5歳)
・次女(1歳半)
主婦
大学院
30
妊娠中(10ヶ月)
主婦
(研究職)
大学院
38
長男(1歳)
・妊娠中(6ヶ月)
事務
大学
総合病院 〇
40
長女(2歳)
・妊娠中(10ヶ月)
出産休暇中
(事務)
大学
個人病院
〇
○
○
妊娠中(9ヶ月)
出産休暇中
(教員)
大学
個人病院
〇
◎
〇
L
M
N
O
P
Q
R
S
2012
2012
2012
2012
2012
2012
2012
2012
36
○
限定的・情報質重視
○
助産所
個人病院 〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
総合病院
〇
〇
〇
〇
助産所
〇
個人病院・
〇
助産所
○
個人病院
限定的・情報質重視
限定的・情報質重視
○
○
◎
〇
◎
◎
〇
◎
〇
全方向的・情報質重視
全方向的・情報量重視
◎
全方向的・情報質重視
○
◎
全方向的・情報質重視
〇
〇
全方向的・情報量重視
〇
限定的・情報質重視
○
限定的・情報量重視
全方向的・情報質重視
調査対象者の特徴は次のとおりである.平均年齢は 31.9 歳,子どもの数は,1人が 10
名,2人は4名だった.また,インタビュー時点で妊娠中の女性は7名で,うち1人目を
妊娠中の女性が3名だった.調査時点での就業状況は,主婦が8名と最も多く,育児休業
中が5名,大学生3名,自営業が2名だった.また,最終学歴は,大学卒業ないし在学中
が 13 名,大学院卒・在学中は5名だった.
具体的な論証は次の手順で行う.まず,女性たちの参照可能な情報源を概観する(3章)
次に,情報収集の重視度と「パーフェクト」の志向性に注目しながら、女性たちの類型化
を行う(4章)
.そして、4章で析出した妊婦の類型別に,女性たちの情報活用について,
自分自身に自分の実践を正当化するという活用(
「信ぴょう性のための情報活用」
)と,他
者に自分の実践を正当化するという活用(「抵抗のための情報活用」
)という二つの側面に
注目して検討する(5章)
.さらに,情報収集と活用を総合的に加味した「パーフェクト妊
婦」の類型化を行い,その特徴について論じる(6章)
.最後に,本稿で得られた知見を明
らかにしつつ,
「パーフェクト妊婦」という視座の意義と可能性について考察する(7章)
.
3
参照可能な情報源
インタビュー調査から浮かび上がった参照可能な情報源について,パーソナル情報,メ
ディア情報,専門的情報の三つの順に概観する.
まず,パーソナル情報として最も言及が多かったのは,友人からの情報である.これは
全情報源のうちでも雑誌と同様に,最も参照の多いものである.
「大学時代の友人」や「職
場の友人」といった妊娠前からの友人は 13 名,次いで両親学級やマタニティヨガサーク
ル等を通してできた「ママ友」は4名が挙げていた.相談できる友人数は,多い人で 7,8
人(B さん,C さん,G さん)であったが,女性自身の出産年齢や就労先の環境・労働形
態等により,友人数が異なると思われる.E さんは,友人から「ハーブティを飲むとすっ
きりするよ」と言われて,紅茶の代わりに時々飲むことがあった.また,N さんは,助産
所のヨガサークルの先生から,ルイボスティやルピシアのフレーバーティーなど,妊娠中
にも飲めるお茶に関する情報を得ていた.
次に多いのが,実母・義母,親類といった親世代の家族である.特に,実母・義母は,
情報源としての機能のみならず,食事の準備や食品の購入等といった物理的サポートも行
っている.たとえば,C さんは,母親から「カルシウムを取らないと,産後骨がボロボロ
になるよ」と言われた.E さんも,苦手な牛乳を取るようにと親から勧められ,ヨーグル
トで割ってラッシーにして飲んでいた.I さんは,便秘気味になった時には義母から「食
物繊維食べ,蓮根とかごぼうとか」と勧められ,医師から塩分制限を言われたときは,
「塩
分控えなあかん,レモン汁とか使い」と助言される.F さんは義母から,
「鉄分をとりや」
と言って,里帰り中の彼女に頻繁にレバーを出していた.ところが,彼女がレバーが苦手
とわかると,生協で「鉄子」という鉄分が多く含まれるドリンクを 1 ケース購入した.F
さんの義母も,妊娠がわかると,
「サプリメント」を大量に購入してきた.A さんは実家に
帰省中に,親から「あれも食べこれも食べ」と食事を勧められたと述べている 5).
さらに,きょうだいや同世代の親類の出産経験者は5名と少ないものの,女性たちにと
って最も身近な相談相手として認識されている.例えば Q さんは,つわりの乗り切り方や
便秘解消などについて,しばしば姉に助言を求めていた.
次に,メディア情報は,インタビューに応じた女性たち全 19 名のうち,16 名が雑誌か
ら情報を得ていると回答した.
『たまごクラブ』や『Premo』といった,
「読者共感型」
(天
童編 2004)妊婦向け雑誌を購入していた.その中でも 11 名が,初めての妊娠に際して,
『初
めてのたまごクラブ』
(
『初たま』
)を購入していた.
『初たま』は,ベネッセが 2001 年より
初産婦をターゲットに販売している雑誌である.その特徴は,基礎的な妊娠に関する情報
が一冊でわかるような紙面構成のみならず,付録にある.たとえば,
「マタニティマークの
ついたストラップ」
(I さん)や「円盤型の発育状況がわかるスケール」
(B さん)などの付
録が充実しており,それを目的に購入したという意見もあった.
次に参照度が高かったのは,インターネット情報であり,11 名がアクセスしていた.特
徴としては,複数のウェブサイトにアクセスする女性(6名)と,ほとんどアクセスしな
い女性たち(3名)とに二分した.たとえば,A さんは,SNS サイトの mixi やベネッセウ
ィメンズパーク,ベビーgoo など,複数のインターネットサイトにアクセスし,同世代の
体験談を中心に情報収集をしていた.A さんの周囲には,同世代の出産経験者がいなかっ
た.彼女は「mixi 中毒」と自称するほど,ネット情報に抵抗なくアクセスできる人であっ
た.その一方で,インターネットからの情報を不要とする人も一定程度存在した. S さん
は,経験者といった対面的な情報があるため,インターネットは必要ないという.彼女は,
インターネットを同世代の経験者という資源がない場合の代替的手段であると認識して
いた.そのほかのメディアの情報源としては,
「松田道雄の『育児の百科』
」
(G さん)や,
『妊娠大百科』などの専門書へのアクセスをする人が7名程度いた.
最後に,医学的情報は,助産師について言及する人が7名ほどいたが,医師は3名と少
数だった.病院出産の場合,妊婦健診で医師とは定期的に会うことになるため,彼女たち
にとって最も頻繁に接触する情報源であり,特別に言及するほどでもないと認識されてい
る.他方助産師について言及したのは,助産師外来が導入されている病院で出産したか,
助産所で出産した女性たちである.またその多くは,助産師を「なんでも話せる相談相手」
(L さん,N さん,O さん)
,と認識していた 6).
ここまで,女性たちの参照可能な情報源について概観してきた.彼女たちは,こうした
どのような事柄を重視しながら多様な情報源から情報収集を行うのだろうか.そして,自
分なりの「パーフェクト」を実践するための根拠としているのだろうか.次章では,情報
収集の際に重視する事柄と女性たちの
「パーフェクト」
志向との関わりについて検討する.
4
情報収集の重視度と女性の「パーフェクト」志向
本章では,まず,
「パーフェクト」を実践している代表的4人の女性(D さん,E さん,
F さん,O さん)を取りあげ,彼女たちが情報収集の際に何を重視しているのかについて
検討する.この作業を通して,
「パーフェクト妊婦」を類型化するための指標を抽出する.
D さんは,胎児の健康への意識が最も強く,リスクのある飲食物を最大限回避している.
彼女は,音楽教室を経営する5歳と3歳の子どもの母である.自宅から自動車で1時間以
上離れた大阪府内で音楽教室を主宰しているため日々多忙であり,妊娠前はマクドナルド
やファミリーレストランなどで簡単に食事を済ませることが多かった.また,コーヒーや
酒も大好きで,ほぼ毎日のように飲んでいた.ところが,彼女は,妊娠判明と同時に胎児
にとって危険とされる酒,紅茶,フライドポテト,ファーストフード,添加物の入ったも
のを一切食べなくなった.子どもたちが「元気に生まれてほしい」と思い,外食は,ファ
ミリーレストランではなく,
料理の内容を選び,
「ちゃんと作ってくれるところ」に行った.
D さんは家族や雑誌,インターネットなどさまざまな情報源にアクセスしていた.
O さんは,助産師の影響が強い女性である.O さんは二人目を妊娠した時に,助産所で
の出産を選択したが,彼女は母親学級の栄養指導の際に,助産所の入院食に採用されてい
る「陰陽調理法」と出会った.興味を持った彼女は自分の生活にも取り入れた.その結果,
化学調味料や加工食品を自宅で使わなくなった.すべて手作りで,旬の素材や地元で作ら
れる調味料を使うようになった.
E さんは,情報を複数収集するものの,最終的には,自分の都合のいい情報しか聞かな
いというタイプである.E さんは,消化器内科の専門医であるが,出産に関してはほとん
ど知識がなく,ベネッセの『P-ma』を定期購読したり,数か月前に出産した姉に相談した
り,病院で助産師や医師から話を聞いたりなど,複数の情報源を参照していた.彼女は,
アルコールやカフェインの摂取を控えたり,持病の偏頭痛を抑える薬も胎児に悪影響が出
る期間は控えたりしていた.その一方,体重増加に関しては「すごく態度の悪い患者」で,
太りすぎては何度も医師に注意されたという.彼女は,
「基本めんどくさがり」で,妊娠中
は「子供の事もあるし頑張ろう」と思いつつも,
「いつもなんか挫折する」と語る.
G さんは,
「神経質ではない」と自分自身を認知しており,最低限の情報入手で十分であ
ると語る.G さんの場合,その認知には実母が強く影響している.G さんの実母は看護師
で,
「この程度で医者に連れていかんでもいい」といった助言を受けたり,母から譲り受け
た松田道雄の『育児の百科』を参照しながら,
「医学的に危険である」と言われている最低
限のことさえしなければ,特に心配ないと考えていた.彼女は,妊娠前にお酒を飲む時吸
っていた煙草をやめ,それ以外は,飲酒も週に1回,350ml を1缶飲む程度に控え,コー
ヒーや紅茶なども量を少し減らす程度で,特に何かを気にすることはなかったという.
4人の女性たちは,それぞれの方法で自分たちなりに胎児に配慮した「パーフェクト」
を実行しようとしているが,この女性たちからどのような類型化が可能だろうか.まず,
情報収集は,主に情報の量を重視するタイプ(D さん,E さん)と,得られる情報収集の
質を重視するタイプ(O さん,G さん)に分けられる.さらに,
「パーフェクト」を実践す
る際に,食事について全方向的に配慮しているのか(D さん,O さん),それとも特定の事
柄にのみ気をつけているのか(E さん,G さん)の二つに分けることができる.このふた
つの軸から,図1のような類型が浮かび上がってくる.
「パーフェクト」志向
全方向的
量
重視
質
重視
情報収集重視度
Ⅰ
Ⅱ
Ⅳ
Ⅲ
限定的
図1:情報収集重視度と「パーフェクト」志向からみた妊婦の4類型
第 I 象限は,D さんのように,入手可能な情報を最大限アクセスしながら,胎児の健康
を守るために食事に関して最大限の注意を払う女性たちである.D さんのほかにも, M
さんや P さんも該当する.1章で紹介した M さんは,妊娠経過の途中で妊娠糖尿病と診断
されたが,それ以前から,インターネットや雑誌,書籍,医師からの情報,友人の体験談
などあらゆる情報を収集して,胎児にとって最善の食生活を考え実践しようとしていた.
P さんも,あらゆる情報を収集していたが,特にヨガサークルでインストラクターや参加
者に最近の状況を相談していた.
第Ⅱ象限は,特定の情報源に依拠しながら,胎児にとって最善の食生活を実践する女性
たちである.O さん以外には,I さん,N さん,S さんが該当する.N さんは,O さんと同
じように,助産所での出産を予定しており,彼女も助産師の助言に依拠しながら,最大限
配慮しようとしている.S さんは,職場の経験者や家族の助言に依拠しながら,コーヒー
や紅茶をやめ,国産の食料を購入し,賞味期限なども気にするようになった.
第Ⅲ象限は,特定の情報源に依拠しながらも,自分が実現可能な範囲や自分が気になる
部分に重点を置いて,胎児に配慮する女性たちである.G さん以外には,H さん,K さん,
J さんがあてはまる.H さんは,友人からの体験談を重点的に聞きながらも,鉄分の摂取
や葉酸の摂取のみ気をつけ,体重増加やカフェインの摂取に関してはほとんど気にせず過
ごしていた.
第Ⅳ象限は,入手可能なあらゆる情報を収集するけれども,結局は自分の可能な範囲で
のみ食事に注意する女性たちである.これはもっとも多く,E さん以外にも,A さん,B
さん,C さん,F さん,R さんがあてはまる.たとえば B さんは,友人や雑誌,書籍,イ
ンターネットなど,非常に多くの情報にアクセスしたが,飲酒を控えること以外は,体重
増加を指摘されたときのみ菓子類を控えたり,自宅ではカフェインを飲まないようにする
など,非常に限定的で流動的な実践を行っている.R さんは,羊水検査を受けるかどうか
について,書籍,雑誌,インターネットから可能な限りの情報収集を行ったが,食事に関
しては特に問題もなかったため,情報収集をせずに飲酒や加工食品を控える程度でほぼ普
段通りに過ごしていたという.
ただし,この4類型に分類不可能な女性たちもいる.たとえば,1章で紹介した X さん
のように,そもそも,食事は気にする必要がないと考えたり,食事に関心がないという女
性たちもいる.たとえば,V さんは,妊娠前から食事に関心がなく,コーヒーとお菓子と
タバコとお酒があれば十分と考えていた.妊娠をきっかけにタバコはやめたが,それ以外
は特に変えようとも思わなかったという.
情報を収集したくないという女性もいる.同じく1章に挙げた Y さんは,自分自身を「勉
強が嫌いな子」と評価する.妊娠初期に『たまごクラブ』を2,3冊購入したが,
「同じよ
うなことが書いてある」と思い,購入をやめた.また,妊娠当時はインターネットが自宅
にはなかったが,
「ネットって怖いこと書いてある.字見てたらむっちゃ怖くなるし,写真
見てたら怖くなるし,ひどい人とか載ってるから」
,と情報収集に恐怖を覚えた.妊娠中に
気をつけようと実践していたのは「なんとなくそう思ったから」という,自分の知りうる
常識と,家族から得られた情報に基づく実践であった.
さらに,何らかの形で情報が入ったとしても,
特別に態度を変えないという場合もある.
W さんは,妊娠前から野菜が嫌いで,ほとんど食べない生活を送っていた.妊娠後,夫や
実母,看護師などから,禁煙と野菜を食べることを強く勧められたが,彼女はトマトやき
ゅうりを少しだけ食べるようになった程度で,
「嫌いなものは食べたくない」と食事を抜本
的に変えようと思わなかった 7).
ここまで見てきたように,すべての女性たちが「パーフェクト」を志向するとは限らず,
高学歴女性であっても必ずしも胎児に配慮するとは限らないことがわかる.
しかしながら,
大多数の高学歴の女性たちは自分たちなりに情報を収集し,可能な範囲での「パーフェク
ト」を志向しているのである 8).それでは,これらのタイプの人たちは,収集した情報を
どのように活用するのだろうか.次章では,自分が選択した行動を自分自身に納得させた
るための活用方法と,他者を納得させるために用いる活用方法の二つに注目してより詳細
に検討する.
5
「パーフェクト」志向別にみる情報活用の諸相
本章では,女性たちの「パーフェクト」志向別に収集した情報の活用について,自分の
食事実践を自分自身に対して説得させたり納得させたりする際に用いる「信ぴょう性のた
めの情報活用」と他者に対して自己正当化するために用いる「抵抗のための情報活用」に
注目して検討する.女性たちが「パーフェクト」を実践していくためには,自分自身への
納得と,他者への正当化は避けて通れない問題だからである.
第Ⅰ象限の女性たちは,どのように情報を活用するのだろうか.まず,
「信ぴょう性のた
めの情報活用」では,女性たちはあらゆる情報を収集するが,その中でも特に胎児へのリ
スクに関する情報に敏感である.たとえば,先にあげた D さんは,あらゆる情報にアクセ
スしていたが,中でも妊娠をきっかけに知り合った周囲の経験者からの情報が強く作用し
ていた.友人たちからは,妊娠中の不摂生と子どもの健康にまつわる「いろいろな話」を
耳にした.特に,ある友人の体験談は D さんにとって非常にショックであったという.D
さんの友人には二人の子どもがいるが,どちらの妊娠中も「これしか食べられない」と,
マクドナルドのフライドポテトを食べ,コーヒーやコーラ,お酒を飲み続けていた.とこ
ろが出産後,子どもたちの発育や健康の問題に直面し,病院を定期的に受診するようにな
った.友人は,医師から「妊娠中の食事も含めて検討しよう」と言われ,もしかしたらあ
の時の食事が…と思ったことを D さんに話した. 友人の体験談を聞いた D さんは,
「絶対
やめとこう,言われたとおりに気をつけよう」と決意して,厳格な食事制限を実践した.
次に,
「抵抗のための情報活用」は,自分の厳格な胎児への配慮実践を批判したり和らげ
たりする情報や助言に対してなされる.妊娠糖尿病と診断された M さんは,家族から少し
くらい気をつけなくてもいいのではという助言をされたことがある.それに対して,M さ
んは医師の指導内容や,自分が書籍やインターネット等で収集した情報を用いて,妊娠糖
尿病のリスクについて語り,家族に反論した.M さんのように,得られた情報を言語化で
きる場合は,自分の実践を他者に対して正当化することが可能である.その一方で,D さ
んは家族に理解してもらえず,
「自分はこんなに頑張っているのにどうしてわかってもらえ
ないの」と泣いたり怒ったりした.
一方,情報の質を重視しながら全方向的な「パーフェクト」を目指す第Ⅱ象限の女性た
ちは,
「信ぴょう性のための情報活用」には,自分が信頼している情報源を活用するという
特徴がある.先にあげた O さんは,情報収集の量を重視する立場から,質を重視する立場
に変化した女性でもある.O さんは,第一子は里帰り出産を予定していた.里帰りの間ま
で健診を受けていた病院では,血液検査やむくみチェック等の検査がなされなかった.イ
ンターネットの情報や,出産を経験していた姉,職場の友人などから得られる情報から,
O さんは自分の受診している病院はおかしいと思いつつも,医師にお任せしていたら大丈
夫と信じていた.妊娠8ヶ月の時に,里帰り出産のために,地元広島で実母と実姉が出産
した個人病院に転院した.そこで受けた血液検査で貧血がわかり,医師が適切な健診をし
ていなかったことに気がつきショックを受け,医師に対する不信感が強くなった.里帰り
先の病院では,医師と助産師で健診をする体制で,医師は「僕はよくわからないから,助
産師さんに聞いて」と助言した.また,実母や実姉の出産に立ち会ったベテランという安
心感もあり,O さんは,次第に助産師を信頼するようになり,
「医師におまかせするのでは
なく,自分で見て判断したい」と考えるようになった.彼女の事例は重要なことを示唆し
ている.つまり,出産経験者という日常的知識を持ちかつ妊娠・出産に関する専門的知識
をも保有する助産師の存在を「発見」したことで,情報収集量が減少したのである.この
ことは,助産師と出会った女性たちに共通する現象でもある.
こうした女性たちが「抵抗のための情報活用」をする際には,信頼している情報源を根
拠に反論を組み立てる.たとえば N さんは,親からの関与に対して,助産師に言われたか
ら大丈夫と反論した.
また O さんは,
家族のトラブルなどを助産師に相談することもあり,
助産師に抵抗のための助言を求めていた.
第三に,情報の質を重視しながら,限定的な胎児への配慮を実践するⅢ象限の女性たち
の場合である.
「信ぴょう性のための情報活用」は,Ⅱ象限の場合と同様に,自分が信頼し,
最も依拠している情報源を活用する.たとえば,G さんが最も信頼しているのは,実母の
助言と松田道雄の『育児の百科』である.G さんは,そのほかにも,
『たまごクラブ』を2,
3回購入し,ごくたまに,インターネットで産婦人科医の HP を閲覧したりしたが,雑誌
は「同じような情報の繰り返し」で,インターネットも「不特定多数の掲示板」だから,
情報源として信頼できないと位置づけていた.
また,
「抵抗のための情報活用」では,現在当人が行っている実践を批判し,より「胎児
に配慮した」実践を勧めるような助言に対して行われる.たとえば,G さんの夫は神経質
で,何かあれば病院にすぐいったほうが良いと考える人であるが,彼女は「大丈夫大丈夫,
この程度で病院に行ったら迷惑だから気にしてもしょうがない」と一蹴する.看護職であ
る親の助言を根拠に使いながら,夫に反論をするのである.
最後に,大量の情報を収集しながらも限定的な実践をするⅣ象限の女性たちの場合であ
る.
「信ぴょう性のための情報活用」では,自分が関心のあるトピックに関してはあらゆる
情報を大量に収集している.ただし,E さんが言うように,
「なるほどと思ったらちゃんと
聞くんですけど,なんでって思ったら聞かない」と,助言が納得できなければ自分の実践
の根拠として活用しないという.
「抵抗のための情報活用」では,女性の実践と親和性のない助言に対してなされる.た
とえば,C さんは,実母や義母から韓国料理のような「辛い物」を控えるように言われて
いた.しかし雑誌やインターネット,助産師からのアドバイスなどを総合して,
「おなかの
子どもも味を覚えるから」と,実母や義母のみならず自分自身も納得させていた.
また,F さんは実母の飲酒に対する認識の甘さを批判する.
「やっぱりお酒を飲んだらだめじゃないですか,今.だけど,昔飲んでたよーとかうち
のお母さんいってました.あんたのときも,飲んでた飲んでたーとか言ってた.昔はそん
な厳しく,なかったっていうか,認識がそれほどなかったっていうか,ま一杯くらいいい
じゃんみたいなかんじだったみたい.妊娠中に,お母さんが飲んでたっていって,私はで
も飲んでないです」
.
F さんの実母は,F さんに対して胎児に厳格に配慮するのではなく,鷹揚に生活するよ
うにという F さんへの一種の配慮として助言をした.しかしながらそうした助言は,F さ
んにとっては,むしろ親世代が常識としていた医学的知識の古さを知る機会となっている
ことがわかる.そして,F さんはアルコール飲料に記載されている表示や,雑誌,インタ
ーネットの情報等で,胎児に対する飲酒の弊害という最新の医学的な知識を信頼し依拠し
ていくのである.
ここまで,
「パーフェクト妊婦」の類型別に,
「信ぴょう性のための情報活用」と「抵抗
のための情報活用」の二側面について検討してきた.次章ではいよいよ,情報収集と情報
活用を総合してそれぞれの「パーフェクト妊婦」の特徴について考察したい.
6
情報収集と活用からみた「パーフェクト妊婦」の類型
ここまで検討してきた,女性たちの情報収集と情報活用を総合して改めて「パーフェク
ト妊婦」の特徴を浮かび上がらせると,図2のようになるだろう.
「パーフェクト」志向
全方向的
自己責任型
量
重視
質
重視
自己配慮
優先型
達観型
情報収集重視度
特定情報源
依拠・信仰型
限定的
図2 情報収集と活用からみた「パーフェクト妊婦」の4類型
第Ⅰ象限は,<自己責任重視型>である.高度な情報収集能力を保持しているのみなら
ず,全方向的な胎児への配慮を行う.彼女たちは,自分の妊娠中の行動が,胎児の発育や
健康といった身体の正常性の結果につながると考えている.つまり,胎児の健康状態や出
産後のさまざまな子ども結果は,
「私の責任である」という認識を強く持つ女性たちと言え
る.そのため,自己責任を少しでも軽減するような助言に対して抵抗する傾向がある.
第Ⅱ象限は,<特定情報源依拠・信仰型>である.このタイプは,<自己責任重視型>
と同様に全方向的な胎児への配慮を行っているが,女性たちは最終的に信頼する情報源を
暗黙の裡に決めており,そうした信頼をおく対象の意見を重視すればよいと認知している
タイプである.とりわけ,助産師のような専門的知識と経験的知識を兼ね備えた他者の情
報に依存的であるともいえる.
第Ⅲ象限は,<達観型>である.<特定情報源依拠・信仰型>と同様に,自分自身が依
拠する情報は決まっており,それ以外は特に重要視しない.その一方で,胎児の健康につ
いては楽観視しているおり,鷹揚に構えている.そのため,他者の情報に振り回されるこ
とも少なく,相対的に葛藤が少ない妊婦と推察される.
第Ⅳ象限は,<自己配慮優先型>である.大量の情報を収集するが,結果的には,自分
の都合のいいものしか残さない場合である.自分にとって,安心しやすい情報を自力で選
択する能力があるという点で,高度な情報収集・選択能力が要求されるだろう.
以上のように,情報収集・活用と女性たちの「パーフェクト」実践との関係を検討した
結果,4つの「パーフェクト妊婦」に類型できることが示唆された.この中でも,特に<
自己責任型>と<達観型>は注意深く検討する必要がある.
まず<自己責任型>は,4類型の中でも,胎児への配慮と情報収集の徹底という点で最
も「パーフェクト」への志向性が強い.胎児のために自己を犠牲にするという点で「子ど
も中心主義」
(広田 1999)にも繋がっていく.このような<自己責任型>が称揚されれば
されるほど,
「胎児の母」としての役割はより強化され,胎児の養育責任が女性たちに一層
おしつけられる危険性がある.そして,
「パーフェクトマザー」論での指摘と同様に,女性
たちの葛藤は解消されるどころかますます自己責任に追い込まれ,葛藤が強くなることも
危惧される.また,生まれてきた子どもの健康は,妊娠中の食事以外にも,遺伝的要因や
環境要因など複雑な要因が重なる(Markens et al 1997:364)と言われている.にもかかわら
ず,食のコントロールのみを強調し,女性たちがその価値観を内面化し実践に移していく
ことは,そのほかの要因を過小評価する危険を伴う.さらに,後期近代において,すべて
の人々が「環境リスク」にさらされているなかで,個人レベルでのリスク対処も要求され
ている(Beck1986=1998,村田 2012)
.こうした中での<自己責任型>の「パーフェクト妊
婦」像の理想化や追求は,リスクに対する社会的責任を隠ぺいする作用もあるだろう.
一方,<達観型>はリスクを理解しつつも,すべてを個人レベルで対応することは不可
能であることを理解しており,自己責任を過度に感じない女性たちである.このような女
性たちは,次のような可能性を担保しているといえるだろう.第一に,<達観型>の鷹揚
な態度は,夫や家族といった周囲の人々に対して,胎児の健康に注意を向けさせたり養育
責任を意識化させたりする作用があるだろう.第二に,過度に自己責任を追及しないとい
う姿勢は,女性自身が家族や社会の養育責任にも目を向ける可能性を持つといえる.第三
に,胎児を対立した存在とも一体化した存在ともみなさず,流動的にとらえる姿勢は,胎
児が女性にとって完全なコントロールが不可能な不確実な存在であると認知しているとも
いえる.こうした不確実性を前提とした胎児との関係性の構築は,
「パーフェクト」の徹底
や追求から女性自身を解放することにも繋がるだろう.こうした特徴を備えた<達観型>
「パーフェクト妊婦」は,現代に特有のリスク社会的な状況において,胎児の養育責任を
妊婦以外の他者や社会に広げるための糸口を示唆しているのである.
7
結語
本稿では,高学歴女性に注目し,食事実践の根拠となる情報の収集や活用と胎児への配
慮のかかわりについて検討した.その結果,次の新たな2つの知見を加えることができる
だろう.ひとつは,従来の見解では,
「パーフェクトマザー」は,可能な情報や資源を最大
限収集し活用するといわれていたが,本稿を通して,妊婦たちは,参照可能な情報を最大
限収集しているだけでなく,信頼できる情報という質を重視した情報収集を行うことも浮
かび上がった点である.その際に,参照されるのは,必ずしも医師による科学的知識に基
づいた情報とはかぎらない.とくに,質を重視する女性たちは,助産師の「実践知」や経
験者の知識などを参照し,
自分の実践と他者への説得の根拠として活用しているのである.
もうひとつは,高学歴女性という胎児の養育責任を強く担おうと努力する女性たちの情
報収集を検討した結果,彼女たちであっても,収集した情報は自分のニーズの根拠として
も用いられる可能性が示唆されたという点である.女性たちが理想とする「パーフェクト」
は確かに「全方位的」ではあるものの,実際に女性たちが実行している「パーフェクト」
は,一様ではなく多様なバリエーションが存在することがわかった.
こうした多様性を含んだ「パーフェクト妊婦」への注目は,妊娠という分離不可能な身
体において繰り広げられる「胎児の養育責任」の「個人化」と「社会化」という大きな難
問を正面からとらえ解明していく重要な契機となるのである.
食と身体を通した育児のスタート地点における,
「パーフェクト妊婦」の諸相に関する研
究は端緒についたばかりである.今後多角的に検討していくことは,食をめぐる女性と胎
児と社会の相克を解きほぐす糸口となるだろう.
[付記]
調査にご協力いただいた皆様に感謝申し上げます.本研究は平成 21 年度嗜好品文化研究会
研究奨励事業,平成 23 年度笹川科学研究助成,平成 24 年度奈良女子大学若手女性研究者
支援経費の成果の一部である.
[注]
1) 2011 年 8 月 28 日聞きとり.30 歳.主婦.短大卒.出産場所は 2 回とも個人病院.
2) 2011 年 2 月 20 日聞きとり.30 歳.主婦.短大卒.子どもは 7 か月の男児 1 人.
3) 2012 年 9 月 3 日聞きとり.32 歳.主婦.
4)なお,女性と胎児との関係については,主に3つの立場がある.胎児を対立したものと
みなす視点(たとえば井上 1996a;1996b),胎児は女性と一体であるという視点(Rothman
1989=1996,加藤 1996a;1996b ほか),さらに女性は胎児とのかかわりを複雑に結んでい
るという視点(Markens et al 1997,山根 2004)である.
5) 実母・義母には,娘・嫁の出産に関心が強く多様な助言や援助をする場合も一定程度
いるが,その一方では,育児に関心がなく距離を置いている場合もある.V さんの場合は,
「母親が死んでしまっていて,
(夫の)お母さんもさばさばしすぎてしまっていて,何もわ
からへん,どうしよう」と思い,1 人目の出産がとてもつらかったと述べる(2011 年 10
月 28 日聞き取り.37 歳・主婦・大卒)
.
6) 女性が助産師と接触することが近年増えてきている.大淵(2013)は,助産師による
健診の増加は,女性たちの医療に対する抵抗実践を回収する側面を明らかにしている.
7) 2011 年 2 月 5 日聞きとり.22 歳.大学生.
8) 本稿ではとりあげられなかったが,対象者の中でも医療系や栄養学系の専門学校を卒
業した専門職の女性たちは,胎児の健康に強い関心を持ち実践する傾向がみられる.
[文献]
浅野千恵,1996,
『女はなぜやせようとするのか』勁草書房.
Beck Ulrich, 1986, Risikogesellshaft : Auf dem Weg in eine andere Moderne ,Suhrkamp,(=1998,
東廉・伊藤美登里訳『危険社会――新しい近代への道』
,法政大学出版局)
.
Benesse 次世代研究所,2012,
『第2回妊娠出産子育て基本調査(速報版)』
http://www.benesse.co.jp/jisedaiken/research/pdf/research23.pdf(2012 年 12 月 12 日アクセ
ス)
Burton-Jeangros,Claudine, 2011,”Surveillance of risks in everyday life: The agency of pregnant
women and its limitations”, Social Theory & Health,9(4):419-436.
柄本三代子,1999,
「健康の知,素人妊婦の知─きわめて身体的な抵抗と快楽の実践」
『女
性学年報』20:151-167.
――――,2002,
『健康の語られ方』青弓社.
広田照幸,1999,
『日本人のしつけは衰退したか――「教育する家族」のゆくえ』講談社現
代新書.
本田由紀,2008,『
「家庭教育」の隘路――子育てに強迫される母親たち』勁草書房.
井上達夫,1996a,
「人間・生命・倫理」,江原由美子編『生殖技術とジェンダー』勁草書房,
3-39.
――――,1996b「胎児・女性・リベラリズム」,江原由美子編『生殖技術とジェンダー』
勁草書房,81-117.
加藤秀一,1996a,
「女性の自己決定権の擁護――リプロダクティヴ・フリーダムのために
――」
,江原由美子編『生殖技術とジェンダー』勁草書房,41-79.
――――,1996b,
「
『女性の自己決定権の擁護』再論」,江原由美子編『生殖技術とジェン
ダー』勁草書房,119-160.
小林真,2004,
「インターネットの利用が母親の育児ストレスに及ぼす緩和効果」,
『富山大
学教育学部紀要』58:85-92.
Lupton, Deborah., 1996, FOOD, THE BODY AND THE SELF, SAGE(=1999,無藤隆・佐藤恵
理子訳『食べることの社会学』新曜社)
.
Markens, Susan., Browner,C.H., Press Nancy, 1997,”Feeding the fetus: On interrogating the notion
of maternal-fetal conflict”, Feminist Studies, 23(2):351-372.
松岡悦子,1991,
『出産の文化人類学――儀礼と産婆』【増補改訂版】,海鳴社.
村松泰子,2000,
「子育て情報と母親」,目黒依子・矢澤澄子編『少子化時代のジェンダー
と母親意識』, 111-128.
村田泰子,2012,
「母乳哺育と後期近代のリスク――環境問題のリスクを中心に――」
『関
西学院大学社会学部紀要』115:23-35.
――――,2013,
「授乳の医療化とジェンダー――「母乳ダイオキシン騒動」と助産師の実
践知――」
『女性学』20(印刷中)
丹羽洋子,1999,
『今どき子育て事情―2000 人の母親インタビューから―』ミネルヴァ書
房.
大淵裕美,2013,
「出産の医療化論再考――「妊婦中心の健診」と助産師教育・卒後研修に
みる女性の抵抗の限界――」
『ソシオロジ』57(3)(印刷中)
Rothman, Barbara Katz., 1989, RECREATING MOTHERHOOD: Ideology and Technology in a
Patriarchal Society, c/o Carol Mann Agency. (=1996,広瀬洋子訳,
『母性をつくりなおす』
勁草書房).
塩野谷斉・小笠原拓・小林陽子,2007,
「子育て従事者の情報源―鳥取県における育児雑誌
の需要状況―」
『地域学論集』4(1):61-73.
田村健二・岡村益編,1973,
『現代家族関係学』高文堂出版社.
天童睦子編,2004,
『育児戦略の社会学』世界思想社.
外山紀子・小舘亮之・菊地京子,2010,
「母親における育児サポートとしてのインターネッ
ト利用」
,
『人間工学』46(1):53-60.
柘植あづみ・菅野摂子・石黒眞里,2009,
『妊娠―あなたの妊娠と出生前検査の経験をおし
えてください』洛北出版.
Turner, Bryan S., 1984,The Body and Society :Explorations in Social Theory(second
edition),Blackwell. (=1999,小口信吉・藤田弘人・泉田渡・小口孝司訳『身体と文化―
―身体社会学試論――』文化書房博文社).
山根純佳,2004,
『産む産まないは女の権利か――フェミニズムとリベラリズム』勁草書房.
(おおぶち ゆみ 奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程)
Eating Practices of Pregnant Women:
“Perfect Pregnant Women” and Information-Gathering Action
OHBUCHI Yumi
Abstract
For women, raising children actually begins with conception because during pregnancy, women
need to take care with their eating habits for the sake of their unborn children. This paper attempts
to show how pregnant women take responsibility for their fetuses by gathering and making use of
information on food and diet. To achieve this objective, in-depth interviews were conducted with
19 highly educated, pregnant women who had recently given birth in Japan.
This paper also focuses on the concept of “perfect pregnant women,” which is a derivative from
the term “perfect mothers.” “Perfect pregnant women” is the ideal proposed for all pregnant women.
It means a woman who can make the most of her collected knowledge and own experiences in
order to choose the best way to nurturing her fetus.
Our research revealed the following points. First, pregnant women tend to make much of not
only the quantity but also the quality of information regarding prenatal care. Some women respect
midwives as empirical advisors, rather than doctors who often rely on simple scientific knowledge.
Second, pregnant women tend to make use of their knowledge regarding food and diet for fetal
health in two ways: Not only do they use this knowledge to place limitations on their diet, but they
also sometimes use it to give themselves a good reason to sometimes indulge. Third, although the
“perfect pregnant woman” is still the ideal to be aimed for, women tend to keep the “perfect” level
manageable or sustainable.
We believe that the concept of “perfect pregnant women” contributes to the analysis of how
people in modern society should take responsibility for the nurture of fetuses.
(Keywords: eating practice, perfect pregnant women, information-gathering action)
Fly UP