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PDF版 - 徳島県立近代美術館

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PDF版 - 徳島県立近代美術館
鑑賞シート
指導
特集
の
絵本
手引き
no.11
ん
えのほ
つくろう
を
絵本の中へタイムスリップ
絵本を開けば、
作者の思いがつまった世界が・・・広がる。
そして、
その世界に
知らぬ間に引き込まれている自分がいる。
そんな絵本の魅力・・・。
絵本をつくることが、
自分の経験を掘り起こし、
感性を刺激し、
想いを広げ・・・そして、表現する。
世界でたった一つの
自分だけの絵本ができたとき
その絵本の中には、
きっと、
自分がいる。
言葉には、言い表せない。
とても幸せな気持ちになって・・・。
期待する子どもの活動例
この鑑賞シートを手にし、
「絵を選び、組み合わせ、
・・・絵本にする。」
という活動を知った子どもた
ち。教室では、
こんなつぶやきがあちらこちらで聞こえてきそうです。
子どもたちから 「きれいな色だね。」
「いろいろな色が並んでるぞ。」
「もじゃもじゃした線もあるよ。」
「丸や三角や四角のおもしろい形があるね。」
「絵にぴったりあったせりふは、
どうしよう?」
「さあ、
どんな順番にならべようかな?」
「さて、
どの絵を選ぼうかな?」
「題をつけるのも楽しいな。」
先生から
「絵をしっかり見るといいね。」
「はさみで直線がうまく切れるかな。」
「カッターナイフを使ってもいいね。」
「せりふは、短くてもいいんだよ。」
「表紙もつけるといいね。」
絵を見たときから、子どもたちは想像や空想を広げ始めます。オリジナルの絵本をつくるとい
う目的にむかって、子どもたちの想いは、
とてつもなく広がっていくでしょう。
想いを広げたら、今度は、手を使った作業を始め表現していきます。子どもの活動が、途中で止
まっていても心配することはありません。それは、考えを広げ整理しているのです。時間がかかっ
てもきっと動き始めます。温かく見守ってあげたいものです。
そして、
いよいよ子どもたちの想いの詰まった絵本が完成するのです。
「世界でたった一つの絵
本」をつくる活動、楽しい時間になることは間違いありません。
ちょっと
一言
学習を始める前に、
まず、先生が絵本をつくってみましょう。そして、
つくった絵本を子どもたち
に読み聞かせてあげてください。
すると、子どもたちも、学習する内容がひと目で理解できます。そ
して、絵本づくりに興味がわき始めます。そうなれば、
もうこっちのものです。
子どもたちと同じ感覚を体験していれば、子どもたちの想いもより深く感じ取ることができる
と思います。
この鑑賞シートを使った学習では、自分で絵本をつくるおもしろさや楽しさを
味わい、自分自身の感じ方を深めながら、次のように、鑑賞する力と表現する力
が相互に働き合いながら学習活動が進んでいきます。
4枚の絵を選ぶ活動
4枚の絵を組み合わせ、
絵本を構成する活動
おもしろい形や色の違いを感じ取り、
自分の思いとつながる絵を選択して
いきます。
また、直感的にイメージを感
じ取ることもあるでしょう。
4枚の絵
を選ぶ活動を通して子どもたちは、感
性を十分に働かせることができるで
しょう。
形や色の組み合わせや動きや奥行き
などから、自分のイメージをふくらま
せ、絵本を構想する能力を習得するこ
とができるでしょう。
感性を働かせ
豊かにする力
構想する力
絵本をつくる
できた絵本を友達に
紹介する活動
絵にセリフをつけたり、
題や表紙をつけたりする活動
自分の作った絵本を読み聞かせるこ
とで、自分の想いを伝える力をつける
ことができるでしょう。
また、友達同士
で感じたことや思ったことを話し合
うことで、
コミュニケーション能力の
育成も図ることができるでしょう。
構想した絵本のイメージを具現化し、
自分の思いが伝わる言葉を考え、つ
なげることで、創造的な能力を育てる
ことができるでしょう。
創造し、表現する力
コミュニケーション能力
p.1 ∼ p.2 執筆 脇本正久
2
いつもとはちょっと違った絵の楽しみ方
このワークシートの企画のきっかけ
の一つが、2012年の3月に開かれてい
た徳島のコレクション展だったように
思 い ます。所 蔵 作 品 を 展 示し たコ ー
ナーの一室には元永定正氏による大
小複数の版画作品がずらりと展示され
ていました。その部屋の中心に立って
周りを見渡すと、そこはまさに元永ワー
ルドだったのです。作家の持つ嗜好や
思想によって生み出された作品群から
くる世界観はもちろんあるのでしょう
が、そのときにはそういう感覚を超え
て、たくさんの物語が交錯する世界が
そこにあるようでした。それは、元永氏
がこれまでに数多くの絵本を制作して
こられたからかもしれません。
まるで
「この中にどんなお話の世界があるか
わかるかな」
と謎かけをされているよ
うに思えました。
山田芳明
ただ漫然と見ていても気づかなかった
ことが、
「並べてみる」、
「繋げてみる」
と
いう能動的な態度によって見えるよう
になったといえます。
たしかに美術作品には普遍的な意
義や価値があることも事実です。
しか
し、その作品を見る人や見ようと思っ
た人との間に意味や意義、そして価値
が生まれるということもまた、大切な
事実なのです。元永氏の作品たちには
そうした鑑賞する人との間で意味や意
義、価値を生み出す力をもっているの
かもしれません。
このワークシートに展示された作品
と出会うと、その中の形や色の中でつ
ながりが生まれ、物語がムクムクと湧
き上がってきます。面白いことに、そう
して生まれる物語は十人十色、同じ物
語は一つとしてありません。それぞれ
の物語が、絵を選んだ人と選ばれた作
品との間で生まれた意味や意義、価値
によって織りなされるものだからです。
つまり、そこで生み出されるのは一期
一会の物語、一週間後や一年後、
まして
や十年後には、
どんな絵でどのような
物語がつくられるのかはその時になっ
てみないとわからないのです。ただ、今
を記録(のこ)
しておくことはできます。
そうして一年後や十年後にその物語を
読むことで、そのときの自分と今の自
分を比べてみることができます。そのと
き、一枚一枚の作品はどのように見え
るのでしょうか。そんなことも期待しつ
つ、
いつもとはちょっと違った絵の楽し
み方として、子どもたちと絵本づくりを
楽しんでいただければと思います。
一枚の絵にはその絵の世界がありま
す。その世界を読み解くことはとても楽
しいことです。元永氏の作品となればそ
れも格別の楽しさがあります。でも、同
氏の作品が複数並ぶと、今までなにげ
なく存在しているように思えていた形
や色に、新しい意味や価値が生まれま
す。たとえば、赤い 三 角 形 が、ロ ケット
や、凧、家だったりします。
またそれは、
ただの風景や壁の模様かもしれません
し、主 人 公 や、そ の 友 人 かもしれませ
ん。一つの絵では感じられなかったこ
とが、複数の絵を関連づけて見ようと
したときに発見され、意味や価値が付
与されるのです。
このことは、別の見方をすれば、見よ
うとしないと見えない、見えていないと
いうことを示唆しているともいえます。
3
シートの基本的な流れ
基本的な流れ 60分
※このシートは60分で設定していますが、実態に合わせてご活用ください。
シート
活動の流れ
① (p.1)
「のびるしろ」から
想像しよう
えのほんをつくろう シリーズ
ぶん
え もとながさだまさ
ポイント、大切にしたいこと
自由な見方、感じ方を大切に
『ある朝、空を見上げると
( )がうかんでいた・・・』
「のびるしろ」につながる絵
を選び、お話を考えよう。
・絵を見て感じた自由な発想で、
( )
に入る言葉を考えます。
・
( )が絵の中でどのように変化し
ていくか、
3枚の中からつながりそうな
1枚を選び、お話を考えます。形や色に
着目すると、考えやすくなるでしょう。
10分
② (p.2 ∼ p.3)
お話を考える時間をたっぷりと
絵を4枚選び、
お話を考えよう
点線に沿って、絵のカード
を切り抜こう。
お話に使いたい絵を、4枚
選び、お話しを考えよう。
25分
・子どもたちは、切り抜いたり並べたり
する中で、お話を考えています。
・絵のカードを並べ替えながら絵を選
んだりお話を考えたりできるよう、先に
絵のカードを切り抜いておくとよいで
しょう。
・お話を考えながら選ぶ、選んでからお
話を考える、の二通りのアプローチが
できるでしょう。
③ (p.2 ∼ p.3)
形や色から想像
したお話を書こう
お話のつくり方はいろいろ
お話ができたら、
絵のカードを貼り付け、
文を下に書き込もう。
・文章で表現したり、音や声などのオノ
マトペで表現したりと、子どもたちの実
態に応じて、表現の仕方を工夫すると
よいでしょう。
10分
④ (p.4)
絵本に親しもう
題名と作者名を書き込み、
表紙を完成させよう。
絵本づくりの感想を
発表しよう。
15分
4
つくることと見ることのつながり
・お話にぴったりと合う題名を考えま
しょう。表紙には、絵を描いたり、使わな
かった絵のカードを貼り付けたりするこ
とができます。
発展
⑤
感じ方の違いを認め合えるように
できた絵本を
読み合おう
友達とできた絵本を
読み合おう。
・グループで
えのほんをつくろう シリーズ
ぶん
・一斉で
え もとながさだまさ
・本棚において
など
・誰かに読んでもらってこそ、
この活動に
は意味があります。絵本を、互いに読み合
う時間を取れるとよいでしょう。グループ
での読み聞かせや回し読み、一斉での紹
介など、様々な方法が考えられます。たく
さんの人に読んでもらう工夫として、本棚
などのよく目立つところに、並べることも
できます。
・絵本づくりを通して子どもたちに実感し
てほしいことの一つが、一人ひとりの感
じ方の違いです。
「同じ絵を選んだのに、
全く違うお話ができた!」
という発見に
よって、絵を見ることへの関心がもっと高
まるでしょう。それぞれの見方や感じ方
を認め合える雰囲気づくりが大切です。
30分
齊藤綾子
この鑑賞シートは、その使い方や授業の進
め方次第で、誰もが楽しめる素敵なシートで
す。
このシート使った人誰もが、
この活動に満
足できるために…。使い方の工夫の例を、紹介
したいと思います。
例えば、
このシートを使うのがまだ文字を書
けない子だったとしたら。
まずは、その子が絵
から見つけたものや感じたことを、教師が問
いかけましょう。そして、出てきたことばを、目
で見える簡単な形で示してあげましょう。何枚
かの絵についても同じように行い、その子が、
そ の 中 から好きな4枚 を選 べるよう にしま
しょう。お話を組み立てるときには、鑑賞の際
に出てきたことばを選んだり組み合わせたり
して、その子の思いに合ったお話になるよう
に支援しましょう。
このように、一人ひとりの
子どもの状況を見極めて、絵とお話をつなげ
る手助けをすることが大切です。
絵の見方とは
絵を見て自由に想像しましょう、
と言われて
も、
いきなりは難しいと思います。
どんな色?
どんな形?だれ?何をしている?どんな音?
どんなにおい?
絵のどの部分を見るかを示すことで、想像しや
すくなるはずです。問いかける内容をその子の
特性に応じて変えるなど、様々な工夫ができる
と思います。
どのような表現にするか
お話だからといって、文章でなくてもかまい
ません。元永さんと谷川俊太郎さんの絵本、
『もこもこもこ』
では、その様子がオノマトペだ
けで表現されています。その絵から感じる音や
声、様子などの言葉を並べるだけでも、お話は
完成します。その子のつくりたいもの、
つくるこ
とができるものに応じて、表現方法を工夫して
もよいのではないでしょうか。
想像を、
どのようにお話とつなげるか
何枚かの絵を関連づけて見ながら、お話を
考えることが得意な子もいれば、苦手な子も
います。想像したことを、文章にしてわかりやす
く書くということも同じです。
5
こんな授業してみました!~みんながたのしい鑑賞の授業をめざして~
齊藤綾子
1
単元名
絵の本をつくろう!
2
授業にあたって
(小学校3学年)
「図工は好きだけど、絵を見るより描く方が好き。」「絵を見てもよくわからない。」このような子どもたち
にとってこの授業が、鑑賞を好きになるきっかけになってほしいと考え、授業をしました。
「絵を見るのってたのしいな。
」
「自由に想像して見ていいんだな。」「もっとほかの絵も見てみたい。」
こんな声が子どもたちから出てくることを願って、授業を進めました。
3 目標
○元永定正の作品から、感じたことを話し合ったり自由にお話づくりを行ったりする中で、形や色をとらえ、
おもしろさを感じとることができる。
4 指導計画
3時間
第一次
鑑賞シートのそれぞれの絵を見て、どのような絵か、想像したことを話し合う。
(1時間)
第二次
鑑賞シートをつかって、絵本づくりをする。(1時間)
第三次
できた絵本を、グループごとに読み聞かせをする。(1時間)
5 展開
『もこもこもこ』の読み聞かせ。(形や色、音に着目させながら。
)
このお話、知ってるよ。
形や色が、どんどん変わってい
「ふんわふんわ」はくらげか
くな。
な。気球かな。
それぞれの絵を見て、元永さんのように、お話を想像してみよう。
・何に見える?
・どんな音が聞こえる?
・だれが何をしているところ?
【アインシュタイン】
【ぎざぎざ】
太陽がぎらぎら光っている
空飛ぶ宇宙船に見えるな。
プルンプルン。大きなこん
よ。
シュー―ッ、ゴーーー!
にゃくがふるえているよ。
おこって、赤くなっている
おいしそうなウインナー
ギザギザの絵の額だ。好き
人の顔だよ。
の、ホットドッグだよ。
な絵を探しに旅に出たよ。
【ゆかわ】
【さんかく】
お互いの意見を聞き合って・・・
赤い三角の生き物に見え
どうして、そう思ったの?
すごい!そんな風に見え
る。イカじゃないかな。
くわしく教えて。
るなんて気づかなかった。
大きな梅のおにぎりを運
どこがそう見えるの?
同じところを見たのに、ち
ぶ、十人組だよ。
おもしろいね。
がう意見ばかりだな。
第一次 1 時間
6
こんどは、何まいかの絵をつないで、お話をつくってみよう。
(鑑賞シート p.1)
ある朝、空を見上げると
(
)がうかんでいた・・・
(真っ白のくじらぐも)
(大きなぼうし)
(羽を広げた、白いとり)
がうかんでいた…
がうかんでいた…
がうかんでいた…
【おれんじのなかで】
【ぎざぎざのなかのきいろ】
【せのひくいおれんじは
夕やけ空にむかって飛んでい
ぼうしは、急に赤色に変身し
まんなかあたり】
くと、いつの間にか、本当のく
て、かぶってくれる人がいる家
ふわふわと飛んでいくと、ゲー
じらになっていた。
のドアに入っていった。
ムの世界に入ってしまった。そ
して、大きな口に食べられた。
絵の中から好きな絵を 4 枚選び、鑑賞シートの流れにそって、お話を考え
て絵本をつくろう。
(鑑賞シート p.2~3)
① 作品を切り取る
③ お話を考える
② 4 枚の作品を選ぶ
④ 題名を考えて表紙をつくる
絵を見ていると、同じ形や色が
大好きな4枚を選んだよ。どう
絵をいろんな順番に並びかえ
いろんなところに出てくるな。
やってお話をつなげようかな。
て、お話を考えていこう。
似た形が出てくる絵を集めて、
それぞれの絵で考えたお話を
音や声だけでお話をつくるの
お話ができそうだな。
つなげるといいね。
もおもしろいな。
起承転結でつくると、お話がま
題名と表紙をつけると、本当の
友達のつくった絵本も読んで
とまるよ。
絵本みたいだね。
みたいな。
第二次 1 時間
一人ひとりちがった、すてきな絵本ができたね。
友達といっしょに、できあがった絵本を読み合おう。
同じ絵を選んだのに、全然ちが
おもしろいお話だね。友達の絵
自分のつくった絵本も、いろん
う絵本になったね。
本を読んで、絵の気づかなかっ
な人に読んでほしいな。
たところに気づいたよ。
世界に一冊だけの絵本、大切にしてね。
形や色をよく見て、お話を想像しながら絵を見る楽しさがわかったね。
これからも、絵を見るときは、想像しながら見るといいね。
第三次 1 時間
7
もっと!
もっと!こんなバリエーションが楽しめます!
若井ゆかり
この鑑賞シートは、4枚の絵を使った活動以外にもいろいろな活動のバリエーションが
考えられます。このシートを手に取った先生や子どもたち次第で・・・もっと、もっと!
更なる素敵な「絵の本づくり」の活動もうまれてくるでしょう・・・。
たのしもう
絵の本に使わなかったカードで,もう一つ別のお話をつくっ
てみてはどうでしょう。
別の厚紙にレイアウトを考えて,足りない部分は自分で描きた
してみるのも楽しそう!絵の本づくりは止まらない!
元永さんの絵を基に,自らお話を考え,つくりだしていく楽しさ
をどんどん味わわせてあげましょう。
ひろげよう
一枚一枚のカード,友達と交換してみるのもいいですね。
お話の中にもう一度,同じ絵を入れ込むことができれば,
お話の展開も広がってくるでしょう。また,交換をすることで
互いの考えを話し合い,友達とのかかわりを通して、互いの
発想を認めあう場が生まれてくるでしょう。
つなげよう
できあがった世界に一つの「絵の本」,互いに読みあったり、
紹介したり、本を通して互いの思いを伝え合うことができます。
クラスメートだけでなく,幼稚園の子に読み聞かせに行くのも
いいですね。
図書室においてもらって、他のクラスの友達や大人の人にも
読んでもらえる機会ももてそうです。自分のつくった「絵の本」
を通して,いろいろな人とのつながりを広げていくことができるでしょう。
8
交 流 を さ そ う 絵 本
山本敏子
できあがった絵本で子どもたちが交流をすると思っていました。しかし、
じつは、子どもたちは、絵本をつくりはじめたときからすでに交流をしてい
たのです。
【絵本をつくりはじめの交流】
活動にとりくんだ小学 3 年生の感想に次のようなものがありました。
「はやくみんなにみせたいと考えていた。友だちとそうだんしながらやった
こ と が 楽 し か っ た 。」「 み ん な が す き き ら い し な い 絵 本 を つ く ろ う と 思 い ま し
た。そこで人気がありそうな絵本をつくりたいと思った気持ちから『やさい
むら』ができました。それに、すききらいせずによんでもらいたいと思って
い ま す 。」
このように、友達のことを考えて文をつくり、また、近くの友達とすでに
交流していた子どもたちの姿があったのです。
【思いを語り聞くことで学習を高める鑑賞】
できあがった絵本から、様々なコミュニケーションが生まれてくることも
こ の 鑑 賞 シ ー ト の よ さ の 一 つ で す 。「 鑑 賞 」 は 作 品 か ら よ さ や 面 白 さ 、 美 し さ
を感じ取るだけでなく、友達に自分の思いを語ったり、友達の話を聞いたり
して交流し合うことも大切な活動であり、学習をより高めていくことができ
ます。
【交流の時間や場の設定を】
できあがった絵本をまずグループで紹介する、クラスのみんなに読んで聞
かせてあげる等、交流する時間や場を設定しましょう。そのことから様々な
感想が出てきたり、友達の違った見方、考え方に気付いたりすることができ
ることでしょう。鑑賞には子ども一人ひとりの生活経験や環境が表れます。
形や色から発想した友達の表現について共通点だけでなく異なったとらえ方
や感じ方を大切にすることも重要です。
【教師自身も子どもたちから発見】
教師自身も、子どもたちの絵本の紹介から、知らなかった子どもたちの姿
を発見したり、元永さんの作品の気付かなかったよさを見つけたりして、子
どもたちから学ぶことがいっぱい!
【交流を通してさらに深い鑑賞が】
そして・・・、絵本を通して友達との交流の後、もう一度、作家・元永定
正さんの作品を改めて見つめてみると、きっと元永さんのいろいろな思いの
表現に気付き、より深い鑑賞ができることと思います。形や色、言葉を通し
て、自分の中での思いや友達が感じ取った思い、元永さんの思いを感じ取り
ながら作品と自分とのコミュニケーションが広がっていくことでしょう。
9
絵本にすることの意味「中学生の活動の視点から」
小浜かおり
―
造形を「遊ぶ」力
―
今回のシートは、同じ作者の、独立した個々の作品を複数組み合わせて、オリジナルの物語を
紡いでいく活動を行うものです。掲載の元永定正作品は、丸や三角や四角などの単純な形、幼児
の殴り書きのような線、
明快な色彩で構成され、
見ていると、
思わずプッと笑ってしまいそうで、
しかし何だろうと考えこんでしまうような、様々な感覚が交錯して呼び起こされます。
中学生が物語をつくる時にも、形や色に繋がりをもたせてテーマを展開するもの、直感から展
開した物語に、形や色のつじつまをあわせながら次の絵を探して繋いでいくもの、それらが交錯
しているもの、実に様々なつくり方が見られました。また同じ授業で、グループでの読み聞かせ
や、ペアで、最初の一人が即興で絵についてお話をし、もう一人が次の絵を探してお話を繋いで
いくという“ お話リレー ”と題した活動も行いました。他の仲間が、作品のどのような造形
要素、全体の構成や雰囲気を根拠にして作品世界を語っているのかに気付き、その新たな発見の
おもしろさに、たくさんの笑顔があふれる時間となりました。主観から客観へ、他者の見方に触
れ比較しながら再び考える、まさに批評力にも繋がる思考力が鍛えられます。独立した作品の鑑
賞とは違う、なにが飛び出るかわからない未知の世界、鑑賞者同士で造形を「遊ぶ」力を、
「絵
の本づくり」は喚起してくれると思います。
10
参考
掲載作品について
この鑑賞シートに掲載した元永作品について、簡単に説明
作品の特徴を比べてみると、いくつかの傾向があります。こ
します。作品の選定は当館の所蔵品 41 点の中から、元永版画
こでは3つに分類してみました。子どもたちの読み取るイメー
の色々な顔に出会うことができるよう候補作品を選び、事前
ジや、お話づくりのきっかけが、どのような色と形を元にして
の授業を行いました。そして子どもたちの反応や指導者の感
いるのか、見取っていくための参考になればと思います。
想を持ち寄った上で、最終的に 15 点にしぼりました。
1基本的な形
何でも想像できそうな形と空間、光
のびる、光る
−お椀のような形
ゆかわ
のびるしろ
1983 年
オレンジの中で
1981 年
1977 年
さんかく
ぎざぎざ
1979 年
1979 年
2集まる、物語る形
人や生き物、情景などさまざまな見立てができる
ふにゃらくにゃら
1979 年 はちほん
せのひくいおれんじは
1986 年
まんなかあたり
あいんしゅたいん
1986 年
かさねいろだま
1984 年
1984 年
3らくがきのような線
子どもにとっては身近な、自由な線
黒板のような
白いノートのような
●
ふくい
すうしきもある
1983 年
1984 年
題名について
ぎざぎざの
かたちふたつは
さんかくだけに
なかのきいろ
ぐるぐるのせん
あかいせん
1986 年
1987 年
1987 年
版のつくり方は、目止め用の液剤やシートを用い、スクリーン
1970 年代以降の元永作品には「のびるしろ」など、独特の
上に絵柄が抜けた状態にします。その上にインクを広げ、幅の
題名がつけられています。それ以前の作品には、ただ「作品」
広いへら(スキージ)で一気になすっていくと、絵柄が印刷で
という題名がつけられていました。
きます。他の技法にはない、濃密かつスムースな色面の効果が
多くの作品名は、形や色の様子をことばに置き換え、リズム
手に入ります。
や余韻、ユーモアを感じさせます。
「ゆかわ」や「ふくい」はノー
1960 年代にウォーホルらポップ・アーティストたちが多用
ベル賞をテーマに制作されたものです。
しはじめ、70 年代の写真を取り入れたアートや、シンプルな
色面構成で表現する傾向の中でも持てはやされた技法です。
●
シルクスクリーンと元永版画
元永がシンプルな形の表現に向かった 1970 年代、彼は版画に
これらの作品はすべて版画で、紙にシルクスクリーン技法
も本格的に取り組み始めます。スマートな輪郭と、闇と光のよ
により印刷されています。枠に張った布が版となるため、この
うな色彩の明暗を駆使した彼の表現は、シルクスクリーン技
名前があります。この技法は型染めやステンシルと同じよう
法によって大いにコントラストを強め、表現を深化させたと
に、孔版の一種です。
言えましょう。
11
元永定正さんの活躍と子どもたちへのまなざし
森芳功
高く評価された作品
元永定正(1922-2011 年)は、第二次世界大戦後の美術界をユニークな表現者として
駆け抜けました。抽象的な絵画の大作、立体作品や版画を情熱的に表しただけでなく、椅
子やタピストリーをつくり、パフォーマンスを行ったり絵本を出版したりして活躍。国内
外で高い評価を受けました。
回顧展が繰り返し開かれ、東京国立近代美術館、国立国際美術館、兵庫県立美術館など
日本の主だった美術館にコレクションが納められた他、ニューヨーク近代美術館、リオデ
ジャネイロ現代美術館など海外の美術館も作品を収集しています。
それらの評価は、戦後日本を代表する現代美術家の一人であることを示すものといえる
でしょう。また彼の作品は、絵本や街角に設置されたパブリックアートを通して、専門家
だけでなく、子どもを含む幅の広い人たちに親しまれていることも忘れるわけにはいきま
せん。
「これまでになかったものを作れ」という教え
元永は三重県で生まれ、地元の画家に学んだ後、神戸に移ります。以後、関西を拠点に
制作を続けていきました。専門的な美術教育を受けてデビューしたのではなく、さまざま
な仕事を経験しています。新聞の拡張員、アイスクリームのセールスマン、アメリカ駐留
軍の荷役夫、社交ダンスの先生、幼稚園児への絵画指導などをして働いたそうです。
はじめは、兵庫県の西宮市展や芦屋市展に出品しましたが、1955 年には、戦前から抽
象画家として活躍していた吉原治良に見いだされ、前年に結成された具体美術協会に参加。
リーダーの吉原は、
「具体」の若手作家に「これまでになかったものを作れ」という難し
い指示を出したそうです。作家たちもそれによく答えたことから、「具体」は日本を代表す
る前衛美術の団体となり、1950 年代後半には欧米の美術界からも知られるようになりま
した。元永は、その中心的な作家の一人として活躍しています。ビニールに色の水を入れ
た立体作品や、大きな画面に色とりどりの絵具を流してたらしこみのようにしてつくる、
ねばっこい絵肌の抽象表現など、新しい感覚の作品を制作していきました。
心地よいリズム感のある抽象的表現
元永の 1950 年代後半からの活躍はめざましいものがあります。国内だけでなく、ヨー
ロッパやアメリカで開催された「具体」の国際展に出品するとともに、ヴェネチア・ビエ
12
ンナーレ(1993 年)などの国際展でも活躍していきます。1966、67 年にはニューヨー
クで制作。後に絵本の仕事をいっしょに手掛ける詩人の谷川俊太郎は、同じマンションの
住人でした。
1972 年に「具体」は解散しますが、その頃から、元永は抽象的な形のもつ意味をより
知的に追及していきます。単純な形の連続性と反復、明と暗の対比などの組み合わせによ
って、心地よいリズム感をもつ作品を生み出していったのです。彼の有機的な色と形はど
こか具象的な意味を感じさせ、鑑賞者それぞれが物語をつむぎだすことができる要素を含
んでいます。そのような表現が、谷川俊太郎を刺激し、絵本の仕事にもつながっていきま
した。
「鑑賞シート
no.11」に掲載した作品は、すべてこの「具体」以後の表現であり、シル
クスクリーンやリトグラフという版画の技法を用いているのも共通した特徴です。シルク
スクリーンは、絹の布目の間からインクが通るところ、通らないところをつくって製版す
る技法。リトグラフは、水と油の反発作用を利用した技法で石版画とも呼ばれています。
子どもたちへのまなざし
また、元永は、子どもたちにやさしい視線を注いできました。若い頃に幼稚園で絵を教
えたこと、絵本を出版したこと、ユーモラスな立体作品をつくり街角に設置したことなど
があげられます。1980 年代に、関西の作家たちと兵庫県芦屋市の河川敷にテントをはっ
て会場とする「テント美術館」を催したとき、子どもたちが「ぼくにも描ける」と語った
感想を彼は嬉しそうに紹介しています。現代美術を、生活の場で多くの人に親しんでもら
おうとする試みに一人の働き手として積極的に参加した人でした。
大家ぶることもなく、自身のことを「アホ派」と語ったことがあります。理論が先行し
たり背広を着たようにかしこまっていたりすると、常識にとらわれて、おもしろい絵はで
きないという考えによるものです。ただ元永は、「アホ派」という言葉の反面、知的な絵づ
くりをした人でもありました。そのユーモラスな言葉に彼は、師であった吉原の「これま
でになかったものを作れ」という教えを込めようとしたのかもしれません。
小学生の絵については、
「才能というのは長いことやってみないことにはわかりませんか
らね。
」と語り、どの子の絵も「駄作」と決めつけず、子ども一人一人がもつ自由な発想を
見守ってほしいという願いを持ち続けた人でもありました。
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発行者
徳島県立近代美術館
発行日
平成 25 年 3 月 31 日(鑑賞シート no.11「えのほんをつくろう」)
平成 25 年 11 月 15 日(指導の手引き)
●シートの作成
鑑賞教育推進プロジェクト
山田芳明(鳴門教育大学准教授)
井上史朗(徳島県立総合教育センター指導主事)
山本敏子(徳島市八万南小学校教諭)
脇本正久(吉野川市立知恵島小学校指導教諭)
若井ゆかり(鳴門西小学校教諭)
齊藤綾子(高原小学校教諭)
小浜かおり(鷲敷中学校教諭)
徳島県立近代美術館 森芳功(企画交流室長)、竹内利夫(上席学芸員)
、亀井幸子(主任)
[デザイン]
竹内利夫(上席学芸員)
●指導の手引き作成
鑑賞教育推進プロジェクト
[執筆]
絵本の中へタイムスリップ/脇本正久 ··············································
期待する子どもの活動例/脇本正久 ·················································
こんな力がつきます/脇本正久 ·······················································
いつもとはちょっと違った絵の楽しみ方/山田芳明·····························
基本的な流れ/齊藤綾子 亀井幸子 ·················································
個々のニーズに応じて、使い方を工夫できるシート/齊藤綾子 ··············
こんな授業してみました!/齊藤綾子 ··············································
もっと もっと!こんなバリエーションが楽しめます!/若井ゆかり ·····
交流をさそう絵本/山本敏子 ··························································
造形を「遊ぶ」力/小浜かおり ·······················································
掲載作品について/竹内利夫 ··························································
本永定正さんの活躍と子どもたちへのまなざし/森芳功 ·······················
[レイアウト]
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大西葵(文化推進員)
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