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保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する

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保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する
保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する事例研究
中 井 隆 司
(奈良教育大学体育科教育学研究室)
松 良 綾 子
(広島市温品保育園)
A case study about teaching belife of a kindergarten teacher
Takashi NAKAI
(Department of Physical Education, Nara University of Education)
Ayako MATSURA
(NUKUSHINA Day Nursery, Hiroshima)
要旨:幼稚園教諭が獲得・形成している指導信念を事例的に明らかにするために、1名の現職教諭を対象に3週間
にわたる保育場面への参与観察を通して、教師の指導信念が表出している具体的出来事を記述・解釈することによ
って検討をくわえた。
得られた主な結果は以下の通りである。
①参与観察で得られた228枚の観察カードを解釈・分類した結果、A教諭の保育場面における指導信念として、
「子どもの主体性が芽生える援助」「子どもの自信を養う肯定的な援助」「状況に応じた援助」「道徳心の芽生えを養
う援助」「集団の存在を大切にする肯定的な援助」「子どもの実態に基づく援助」「道徳心を身につけさせる援助」、
の7つが抽出された。
②参与観察後のインタビューから、A教諭の保育場面における指導信念の背景には、「集団と個を意識した保育」
「子ども一人一人の捉えに基づいた保育」「子どもの年齢に応じた保育」という保育観が常に意識されていることが
確認できた。
キーワード:幼稚園教諭 kindergarten teacher,指導信念 teaching belife,事例研究 case study,
1.緒 言
育・教師教育改革により「専門職としての教師」に求
められる能力基準が行政レベル、及び専門家集団レベ
近年の教育・教師教育改革によって教師を取り巻く
ルで作成されるとともに、その能力を形成・習得する
状況が大きく変化するとともに、教師の資質・力量や
ための教師教育プログラムがすでに開発・実践され、
役割が改めて問われるようになっている。教科内容の
現在、検証段階に入っている(Metzler & Tjeerdsma
専門的知識や教授技術などの成熟度で語られる傾向が
2000;中井 2003b)
。
みられた教師の能力が、今日、実践的状況において子
このような国内外での教育・教師教育改革動向のな
どもとの関係を基盤とした「省察」能力や実践的思考
かで、わが国の教師教育分野でも、教師の実践的力量
といった実践的力量にその能力が変化してきている。
形成に向けた教師教育研究が活発に行われるようにな
授業計画を立て、実践し、授業後に反省するといった
っている(秋田ほか 1991;中井・岡沢 1999;中井・
教師の教授活動において、教室内の出来事や子どもた
川下 2003a;佐藤ほか 1990, 1991;志賀 1996;下
ちの状態を把握する能力、どういった手だてを行うか
地・吉崎 1990;吉崎 1983, 1986a, 1986b, 1987,1988)。
を瞬時に判断できる能力、自らの実践を反省・評価で
これらの研究を通じて、教師の実践的力量である実践
きる能力が教師の実践的力量として問われているので
的思考や行動は文化や教育、学校教育によって形成さ
ある。
れた価値観や信念に強く規定された個人的なものであ
一方、アメリカやイギリスでは、1980年代以降の教
ることがわかってきている。しかも、このような信念
11
中井 隆司・松良 綾子
は、一般的に長い時間と実践経験に基づいて形成され
信念を解明する段階には至っていない。また、意思決
ているため、何かを変えていく際の妨げになるという。
定過程については、運動あそび場面などについては具
つまり、教員養成や教師教育において新たな知識を教
体的な事例が示されてきてはいるが、その他の場面な
師のもっているカリキュラムに関する知識や指導論に
どについてはまだ研究が始まったばかりである。いず
組み入れようとする際に、教師の信念がそれを妨げる
れにせよ、教員養成や教師教育において、教師の知識
というわけである(Ennis 1996;French & Housner
や行動を形成・変容させるうえでも、教師の指導信念
1994)。それ故に、教師行動や知識の改善には、教師
やその形成過程を長期的に、かつ、具体的実践場面か
の信念の改革が求められることになる。
ら解明していくことが求められている。
一言に指導信念といってもその捉え方はさまざまで
そこで、本研究では、幼稚園教諭が獲得・形成して
ある。そのなかで梶田ほか(1984)は、教師の指導信
いる指導信念を事例的に明らかにするために、日々の
念を、①教師の指導行動は、社会的状況の中で行われ
保育活動への参与観察を通して教師の指導信念が表出
る一種の問題解決行動であるということ、②問題解決
している具体的出来事を記述・解釈することによっ
において判断の中核となるのは、教師自身の指導に対
て、幼稚園教諭の指導信念を検討しようとした。この
する信念(belief)であるということ、③その信念は
ことによって、教師の指導信念をも含めた指導論を中
共通性もあるが内的なものなので、個人にユニークで
心に思考過程や行動を総合的に向上させる教師教育カ
パーソナルな特徴を有していること、④その信念は個
リキュラム作成のための基礎資料を得ることができる
人内で整合性と永続性を有していること、の4つの前
と考えた。
提をもとにして「個人レベルの指導論(Personal
2.研究方法
Teaching Theory)」(略称をPTT)という概念で捉
え、さまざまな角度からその解明に取り組んでいる。
2.1.対象教諭及び期日
特に、幼児教育を対象とした研究では、幼児教育専
攻の大学生によって認知された幼稚園や保育所の教
奈良市内N幼稚園5歳児クラス(男児16名、女児14
師・保育士の現実のPTTと学生の理想とするPTT
名、計30名)の担当教師A教諭を対象に、平成12年10
の比較・分析的研究(梶田ほか 1984)、公立・私立
月23日(月)∼11月10日(金)の3週間にわたって参
の幼稚園、及び保育所の保育者を対象とした「個人レ
与観察を実施した。
ベルの指導論」についての検討(梶田ほか 1985)、
A教諭は、国立大学教育学部を卒業後、奈良市内N
母親のもっていると思われる保育や指導(特に自分の
幼稚園で1年間講師をし、翌年同幼稚園に正規採用と
子どもの所属する園の保育者の保育や指導)に対する
なった。平成12年度現在、教職経験14年目であるが、
期待が構造的に検討されている(梶田ほか 1986)。
そのうち2年は産休・育休であり、現在5歳児担任で
また、幼稚園教諭の運動あそびに対する「個人レベ
連続3年目になる。過去に受け持ちをしたのは、3歳
ルの指導論」については、中井・川下(2002)が幼稚
児5回、4歳児2回、5歳児4回であった。なお、園
園教諭共通な指導論と個々の教諭によって異なる指導
内でA教諭以外に担任をもっている教諭は、40代の教
論があることを事例から導き出している。
諭が2人、30代が1人、20代が1人であり、A教諭は
そして、教師の実践的力量の中核である幼稚園教諭
園内では中堅に位置している。
の判断や決定といった意思決定過程については、これ
2.2.A教諭の保育場面における指導信念の観察・
まで、幼稚園教諭の反応分析(倉戸 1990)や行動分
記述
析(小田 1987,倉戸 1994)がその中心であったが、
志賀(1996)がその特徴と意味を検討したり、中井・
A教諭の保育場面における指導信念を明らかにする
川下(2003a)が教師の指導信念を「個人レベルの指
ために、対象クラスで、数日間の事前観察を経たのち、
導論」として捉え、運動あそびに対する「個人レベル
3週間にわたって参与観察によるフィールドワークを
の指導論」を明らかにするとともに、各教諭の意思決
行った。
定過程には、実践的知識とその背景にある各教諭の指
事前観察では、A教諭の指導信念を説き明かすため
導信念が強く関係していることを実際の保育場面での
のキーワードとして、教師の指導性を「問い」として
事例から実証するなど、より具体的実践場面に基づい
もち、「教師が指導性を発揮するときと、しないとき
た実証的知見が生み出されるようになっている。
とでは何が違うのか、その背景にある教師の考えとは
以上の研究から、教師の指導信念である「個人レベ
何か」について予備観察するとともに、フィールドノ
ルの指導論」に関して徐々にではあるがその具体像が
ートに記述する形式について事前の検討をくわえた。
解明されつつあるが、現段階では、いずれの研究にお
その後、参与観察では、A教諭のクラスで、幼児の登
いても研究方法としては質問紙などを用いたものが多
園から降園まで保育を共にさせてもらいながら、教師
く、具体的な保育場面との関連性から抽出された指導
が日々の保育活動をどのように行っているのか、現場
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保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する事例研究
ではどんな事象が起こっているのか、を観察・記述し
表1 収集したカード
たうえで、教師の指導性を中心に、教師の行動や判断
参与観察の期間 カード枚数
などについて観察しながらフィールドノートに記述す
1週目
(4日間)
91
るという形式で行った。フィールドノートは、観察し
2週目
(4日間)
54
た時点で即座に観察メモを作成したうえで、フィール
3週目
(5日間)
83
ドから帰ってきたその日のうちにその場の状況がわか
合 計 13日間 228
るエピソードとして観察カードの作成を行った。観察
カードは、観察メモ(事実や印象)にその時の状況を
3.結果と考察
補足し第三者にもわかるように、「何時、何処で、誰
が、なぜ、何を、どのように」という情報を落とさな
3.1.A教諭の保育場面における指導信念
いように記述し直して作成したものである。なお、観
察者が保育中の子どもや教師に影響を与えていると考
A教諭の保育場面における指導信念を解釈・抽出す
えられるが、そうした影響を承知の上で、話しかけて
るために参与観察を行った結果、観察カードが合計で
くる子には自然に対応した。
228枚作成された。また、観察期間は3週間であった
また、その日の保育終了後に、その日の保育活動に
が、そのうちメモを取ることができなかった日が3日
ついて教師と対話する時間を設け、その内容をテープ
あったため、カードを作成した日数は、のべ13日であ
に録音した。これは、観察者が観察・記録したメモ内
った。なお、3日のうち1日は5歳児が休園日であり、
容について、観察者としての解釈と教師自身の考えが
1日は通常の保育活動ではなく、さらに1日は遠足で
異なっていることもあるため、教師自身に話を聞き確
あったため作成の対象から外した。詳しい日数とカー
認をとるとともに、観察で見いだした出来事について
ド数については、表1に示すとおりである。
の理由、意図、子どもの捉え、自己評価、その後に期
この収集・作成された228枚の観察カードをKJ法
待することは何か、を聞くことによって、適切な理解
によって分類した結果、「子どもの主体性が芽生える
を深めるためである。
援助」「子どもの自信を養う肯定的な援助」「状況に応
そして最後に、参与観察期間終了後、抽出した共通
じた援助」「道徳心の芽生えを養う援助」「集団の存在
的意味内容(仮説)に基づいてA教諭自身にインタビ
を大切にする肯定的な援助」「子どもの実態に基づく
ューを実施した。
援助」「道徳心を身につけさせる援助」の7つの項目
に分類することができた。
2.3.分析の手順
以下、収集された観察カードに記述された代表的な
A教諭の保育活動における指導信念を解釈・生成す
エピソードを事例としてあげながらA教諭の指導信念
るため、収集・作成された観察カードに記述されてい
について解釈してみたいと思う。
るエピソードをもとにKJ法によって観察カードの分
3.1.1.「子どもの主体性が芽生える援助」
類を行った。なお、KJ法とは地理学者川喜田二郎
(2000)創案の情報を整理し仮説の発想を導く方法で
<エピソード1> 教師が、森へ行く前に、女児
あり、手順としては、①カードを適当にテーブルに並
A・女児Bは跳び箱がしたいと言っていたので、教
べ、似ていると思うカード、親近感を感じさせるカー
師は「森へ行ってから来るわな」と言い、森へ行っ
ドを集める。②集まった数枚のカードの内容を適切に
て帰ってくると、2人と女児Cがみどりの広場で巧
要約し、一言で表現した表札をつける。③①、②の作
技台を出して遊んでいる。教師を見つけると、誰か
業を繰り返し、最終的に全てのカードを10前後のグル
が「跳び箱したい」と言い出す。教師は「どうす
ープに分類する、である。本研究でも同様の手順を本
る?巧技台で遊んでたんちゃうの?」と言うと、女
研究実施者を含む4名の分析者(幼稚園教員養成課程
児Bが「巧技台でもいいよ」と言うので、「どうす
の学生2名、大学院生1名、教科教育学担当大学教員
るか相談して決めて」と子どもたちに決めるように
1名:教職歴11年目)で行い、意見が一致するまで話
言う。結局、巧技台を片づけることになり、教師も
し合い決定した。
一緒に片づけるのを手伝い跳び箱の準備を一緒にす
さらには、教師との日々の対話を録音したものと参
る。
与観察終了後のインタビューの内容は文字化・スムー
この場面で教師は、「どうする?巧技台で遊んでた
ジングを行ったうえで、A教諭に意味の相違がないか
んちゃうの?」「どうするか相談して決めて」と、あ
確認をとった。そして、確認をとったインタビューの
くまで子どもたちに判断をさせ、自分たちで相談して
内容を、分類結果と関連させながら、A教諭の保育場
決めるように言っている。巧技台で遊んでいたが、跳
面における指導信念を総合的に解釈した。
び箱をしたいと言う子どももいるといった、意見が分
かれる場面は集団生活をしているうえで当然生じるこ
13
中井 隆司・松良 綾子
とだが、そのとき教師が「跳び箱しようか」と言って
を描くことに少し抵抗を感じている様子を把握してい
しまうこともできた。だが、教師はそれを言わず、子
ないとできない援助だったことがわかる。
どもたちがどうするのか決めるまで待っている。ここ
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
では「子ども同士で解決する」といった教師の意図が
ードは13枚抽出された。そして、これらのカードは共
うかがえ、教師自身が入り込んで援助を行うという意
通して、子どもの主体性を大切にしながら、指導の仕
思決定ではなく、子ども同士でできるまで「待つ」姿
方で子どもの良いところを誉めて伸ばそう、という教
勢をとっている。子ども同士で決めるということは、
師の強い指導意図が指導信念から表れたものであると
他者との相互作用を通してどちらかが自己を抑制する
考え、本事例では「子どもの自信を養う肯定的な援助」
という経験でもあり、集団生活において時には自分の
と命名した。
要求を抑えて活動することを徐々に身につけているこ
3.1.3.「状況に応じた援助」
とになる。そして、教師は子どもたちが決めた活動に
参加するといった、子どもに寄り添う姿勢で「子ども
<エピソード3> 園庭では、男児Aたち3人が、
たちと一緒に遊びに参与する仲間」として援助を行っ
警ドロの帽子をかぶっているが警ドロは始まってい
ていると考えられる。
ない。そこへ教師が行き、誘いに行かないと始まら
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
ないことを言うと、男児Aは「いや、先生呼んでき
ードは8枚抽出された。そして、これらのカードは共
て」と言って行こうとしない。教師が、「誰がしそ
通して、物事の価値判断を子どもに委ねて子どもの主
うか考え」と言うと男児Gが男児Iを誘いに行き、
体性を育もう、という教師の強い指導意図が指導信念
男児Aも誘いに行く。教師も帽子をかぶり声をかけ
から表れたものであると考え、本事例では「子どもの
に行く。すると、だんだん人数が集まり、教師も入
主体性が芽生える援助」と命名した。
って遊ぶ。途中、男児Jや男児Hが、教師に「仲間
に入れて」と言ってきたので、教師は色帽子が警察
3.1.2.「子どもの自信を養う肯定的な援助」
で、白帽子が泥棒だということを説明し、「入れて
<エピソード2> 登園してきた男児Bに、昨日の
もらってき」と言って、教師は保育室に戻る。
絵を描こうねと声をかける。男児Bはタオルなどを
ここでは、教師が「(警ドロを)誰がしそうか考え」
かけてから、もう一度教師に「描くか?」と聞かれ
と子どもたちに投げかけると、自分たちで誘いに行っ
て、「うん」と答える。教師は大仏の顔が載ってい
て、教師も声をかけに行き遊びが始まる。はじめは教
る資料を持ってきて、見て描いてもいいことを言う。
師が一緒に入って遊び、きっかけを作ったことになる
そして、大仏の特徴を言い、男児Bの絵をほめなが
が、その後は子どもたちに任せており、子どもの自発
ら、しばらく一緒にその場にいる。教師は途中、
的活動を促す援助をしたのではないかと考えられる。
「上手いから描きや」と言い、園庭の方へ行く。
つまり、このとき教師は、子どものその時の活動の状
これは、絵についての指導であるが、教師は資料を
態を理解し、その理解に応じて必要とする援助を行っ
見て描いてもいいことを言い、男児Bの絵をほめなが
たといえる。教師が遊びのきっかけをつくるという場
らしばらくその場にいる。男児Bは、前日の絵を描く
面は他でもみられたが、ここでは途中男児Jと男児H
活動の時にいなかったため、この日の朝の遊びの時間
が仲間に入ってきたことから、教師が遊びの雰囲気づ
に描いているのだが、教師はしばらくそばについて、
くりをすることで他の子への動機づけにもなっている
ほめたり、助言をしたりしている。この教師の行動は、
ことがうかがえる。要するに教師は、遊びの場面づく
「(男児Bは)形をとんのがすごい上手やねん。ちょっ
りやきっかけづくりをする「遊びの援助者としての役
と考え込んでしまって、なんか『上手に描かなあかん』
割」を果たしているといえる。
みたいな感じで、この頃の方が絵描くのに躊躇しやん
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
ねやんか。前の方がもっとさーっと描いてた。だから、
ードは47枚抽出された。そして、これらのカードは共
大仏も描けるんやけど、描けるだけにうまく描こうと
通して、教師の強い指導意図を表出せずにその場の状
思うから、悩んで描かれへんねやろなと思って。(昨
況に応じて臨機応変に対応する、という指導信念から
日は)『ほなもう明日にし』って言うたら『うん』っ
表れたものであると考え、本事例では「状況に応じた
て。その方が描けるかなと思ったから私もそう言うて、
援助」と命名した。
で、朝から(絵を描こうって)言うてんやんか」とイ
3.1.4.「道徳心の芽生えを養う援助」
ンタビューで話していることから、前日の男児Bの様
子と捉えに基づいた援助であったことがわかる。前日
<エピソード4> お弁当の準備をし始める。机が
の男児Bが絵を描いていない状況をみて、教師はそこ
5つあり、好きなところに座ってもいいことになっ
で無理やり描かせようとはせず、男児Bの様子から判
ているが、男児Lがいすを持ったまま立っているの
断し「明日にしよう」と言ったことから、男児Bが絵
で、教師がどうしたのか聞くと、座りたい席が先に
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保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する事例研究
座られてしまったようだ。そこで「誰かに代わって
児Bには認められたという受容感を与え、周りにいる
もらい」と言う。教師がしばらくしてから、「どう
子はその子の姿に気づく。このように、ほめるという
なった?」と男児Lに聞きに来ると、「まだ言うて
行動には2つの意図が含まれていることがうかがえ
ない」と言う。その後、男児Lが女児Gに代わって
る。そして、子どもが人に知らせたり教えたりする活
ほしいと言ったので、教師が相談するように言うと、
動の中で、自分もそのことにより深くわかっていくと
女児Gが席を代わってくれる。それを見て、教師が
いう効果が考えられ、子ども同士で教え合うという活
男児Lにお礼をいったかどうか聞くと、言ってない
動には、子ども同士のかかわりを深め、友達と一緒に
ということだったので、「それは言わなあかんわ」
物事をやり遂げる体験をさせようとする教師の意図が
と言うと、男児Lが「ありがとう」と言い、教師も
うかがえる。教師はここで、子どもの活動に充実感と
女児Gにお礼を言う。
達成感を与える援助をしているのではないだろうか。
教師は、男児Lに声をかけるのだが、座るところを
この友達に「教える」という活動を経験した子どもは、
教師が準備するといった援助はしない。あくまで男児
その経験が積み重なるとやがて教師に言われなくても
Lが自分で言うまで待っている。そして、子どもたち
できるようになり、自ら周りに働きかけようとする意
で相談し、席を代わってくれた女児Gにお礼を言って
欲が育っていくと考えられる。
いないことをそのままにせず、きちんと「それは言わ
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
なあかん」と指摘している。教師は、子どもたちでで
ードは21枚抽出された。そして、これらのカードは共
きることは必要以上に援助はせず、子どもに任せ、で
通して、子ども同士での教え合いを通して集団意識や
きるまで「待つ」姿勢をとっており、そこで必要だと
社会性を育ませ、しかも、教師がそのことを肯定的に
判断したことだけを言っているように考えられる。必
受容する、という教師の強い意図が指導信念から表れ
要以上の援助は、単なるお世話になるだけであり、自
たものであると考え、本事例では「集団の存在を大切
分でできる力には結びつきにくいことをわかったうえ
にする肯定的な援助」と命名した。
での援助なのではないだろうか。そして、代わっても
3.1.6.「子どもの実態に基づく援助」
らったのにお礼を言っていないという男児Lには、お
礼はきちんと言うことを指摘して気づかせている。
<エピソード6> 跳び箱に、10人ぐらい並んで挑
「ありがとう」と言うことは、人間関係を築いていく
戦している所へ教師が行く。女児Cが挑戦し、跳ぶ
うえで基本的なことであり、それに気づいていない子
ときに手をしっかりついていなかったので、教師が
どもには大人が指摘して気づかせるような働きかけが
すぐ女児Cを呼んで、しっかり手をつくように指導
必要であるといえる。
する。すると、女児Cは女児Kと一緒に跳び箱をす
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
るのをやめてどこかへ行く。その後、別の組の男児
ードは12枚抽出された。そして、これらのカードは共
Iが、踏み切りの時両足を一緒にせずばらばらで、
通して、相手を敬う気持ちを養う保育、という教師の
跳び越えるときに危険だった。教師が男児Iをすぐ
強い指導意図が指導信念から表れたものであると考
呼んで、両足で踏みきるように言うと、その後でき
え、本事例では「道徳心の芽生えを養う援助」と命名
るようになる。
した。
<エピソード7> 教師は跳び箱をしている女児L
に、両手をしっかりつくことと両足で踏み切ること
3.1.5.「集団の存在を大切にする肯定的な援助」
を言い、何回か跳んでいくうちに女児Lも跳べるよ
<エピソード5> 教師は森にいた女児Aと女児B
うになっていく。そこで、近くに男児Mがいたので、
に、昨日、女児Aがこうもり手帳を作りたいと言っ
教師は男児Mに跳び箱してみるように誘いかける
てたから、一緒に作りに行こうと誘う。2人と部屋
が、来ない。すると、男児Pが「やる」と言ったの
に戻って、教師が作り方を教える。後は自分たちで
で、男児Pに男児Mを誘って一緒にするように言う
こうもりの絵を描いたりするだけになったときに、
と、男児Mも一緒に来て順番に並んでいる。先に男
別の組の女児Jが「作りたい」と言い出す。教師は
児Pがやってみるが、足を開かずに跳んでいたので、
「女児Bちゃんたちに教えてもらい」と言い、1回
教師がすぐにもう一度させようとするが、男児Pは
他の所へ行って戻ってきて、女児Bが作り方をちゃ
嫌がってしない。それを見て男児Mも「しない」と
んと覚えているのを見て、「ちゃんと覚えてんねん
言ってやろうとしない。そこで、教師が見本で跳び
な」と声をかける。
箱を跳んでいるところを、男児Mはうんていの所で
ここでは、教師がはじめに作り方を教え、それが今
その姿を見ている。その後、男児Pとどこかへ行っ
度は子ども同士での教え合いに発展している。教師が、
てしまう。
作り方をちゃんと覚えている女児Bを見て、「ちゃん
教師は、この場面で子どもたちが初めて挑戦する跳
と覚えてんねんな」と声をかけたことで、言われた女
び箱の指導を行っている。「跳ぶときはしっかり手を
15
中井 隆司・松良 綾子
つくこと」「両足で踏み切ること」の2つは、子ども
どもたちが何でも自分でする」という習慣を身につけ
たちにとって初めて知ることであり、跳び箱を跳ぶと
させるという意図をもって、子どもに直接言うことで
きには必要な知識である。よって、教師は子どもの活
示し伝えている。そして、インタビューでは「大人が
動に必要な知識をくわえる役割を果たしていることが
子どものしたことにいいとか悪いとか言うやんか。何
うかがえる。また、エピソード7では子どもが跳び箱
か(善悪)を言葉がけの後でなんとなく言って、それ
に挑戦する機会を積極的につくろうとしており、教師
で価値観というものが植えつけられていく、子どもっ
が誘いかけたり子どもに誘い合って来るように言って
てそういうもんやんか。そういうような中で善悪とか、
いる。ここで、教師は他の子と同様に、跳び終わった
道徳性まで言ったらおおげさやけど、そういうことが
男児Pを呼んでもう一度させようとするのだが、男児
芽生えるというか、なっていくねんけど」と話してい
Pは嫌がってしようとしなかった。教師はこのことに
ることから、大人が教えなければいけないことは、そ
ついて、インタビューで「あれは(私が)悪かってん。
の時々に教えていくことを心がけていることがうかが
あれはほっといた方がよかったわ。跳べるようになる
え、この場面では、「片づける」という生活習慣であ
方がいいかなと思ったから、私が言いかけてんけど、
る。また、インタビューでも話しているように教師が、
(男児Pくんは)言われたら嫌やから、あの自分の我
子どもが気づかないことに気づかせたり、自分で気づ
流の跳び方で何回か跳ばしたった方が聞き入れたんち
くように援助したりすることが道徳性の芽生えに大き
ゃうかなと思って、あれはちょっと失敗したなと」と
く影響しているといえる。ここでは、教師が指摘しな
振り返って反省している。ここでは、教師はその子に
いかぎり男児Hは気づかずに、いつまでも片づけると
合った指導方法を考えてもっていることがうかがえ
いう生活習慣が身につかないであろう。よって、教師
る。さらに、男児Pが跳ぶのを見ていた男児Mについ
は幼稚園で生活していくうえでのきまりを指摘すると
ても、「(男児Mくんも)せっかく来たのにな。でも男
いった援助をしていると考えられる。
児Mくん跳んだら跳べると思う。その時の雰囲気でま
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
た跳ぶと思う」とインタビューで話しており、その時
ードは27枚抽出された。そして、これらのカードは共
の状況に合った援助をしていこうとする姿勢がうかが
通して、物事の善し悪しを教師が価値判断をし、特に、
える。
してはいけないことを強く言う、という教師の強い指
このような保育場面のエピソードが書かれた観察カ
導意図が指導信念から表れたものであると考え、本事
ードは100枚抽出された。そして、これらのカードは
例では「道徳心を身につけさせる援助」と命名した。
共通して、子どもの興味・関心やレディネスに応じて
3.2.A教諭の保育場面における指導信念の総合的
教師としての専門性を発揮するという、教師の強い指
考察
導意図が指導信念から表れたものであると考え、本事
例では「子どもの実態に基づく援助」と命名した。
A教諭の保育場面に表出する指導信念を、事例とし
てのエピソードに基づき分類・解釈した結果、子ども
3.1.7.「道徳心を身につけさせる援助」
の主体性が芽生える援助、子どもの自信を養う肯定的
<エピソード8> 教師が部屋へ戻ってくると、男
な援助、状況に応じた援助、道徳心の芽生えを養う援
児Hが1人でいる。部屋は、男児Hがごみ箱をひっ
助、集団の存在を大切にする肯定的な援助、子どもの
くり返し、ごみが散らばっているが、男児Hはその
実態に基づく援助、道徳心を身につけさせる援助、の
まま片づけず何かを作っている。教師は「ごみ拾っ
7つが抽出された。これらは、別々に存在するのでは
てからにし」と言うが、「あとちょっと」と言って
なく、相互に関連しながらA教諭の保育場面に表出す
やろうとしない。そこで、「あかん、すぐ拾うよう
る指導信念を形成していると考えられる。くわえて、
にしやな、くせになるで!」と言って、最後まで自
観察終了後のA教諭に対するインタビューから、これ
分で拾わせてから、また作るようにする。その後、
らの指導信念には「集団と個を意識した保育、子ども
男児Qがごみ箱を蹴ってひっくり返す。教師が「誰
一人一人の捉えに基づいた保育、子どもの年齢に応じ
がひっくり返したか知ってる」と聞くと、誰かが
た保育」という保育観がその背後で有機的に結びつい
「男児Q」と答え、男児Qに「さっき男児Hちゃん
ていることも確認できた。
拾いやったで。拾いや」と、男児Qに拾うように言
一方で、保育場面に表出した指導信念を構成するこ
うが、一緒にいた男児Cが拾う。教師は「男児Cく
れら7つには、エピソードの事例数に大きな違いがみ
ん拾ってくれたやん、えらいなぁ」と言う。
られた。つまり、状況に応じた援助と子どもの実態に
教師は、男児Hにごみを拾ってから自分のしたいこ
基づく援助、の2つで全エピソード数の約半数を占め
とをするように言い、男児Hがすぐに拾おうとしない
ている。3週間という観察期間と実際の保育場面での
のに対して「すぐしないとくせになるで」と言って、
出来事からの抽出という限定された状況下で得られた
きちんと最後まで拾わせている。ここで、教師は「子
エピソード数ということを考えると、エピソード数の
16
保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する事例研究
多少でA教諭の指導信念を直接的に解釈することはで
った方が聞き入れたんちゃうかなと思って、あれはち
きないが、少なくとも、この2つはA教諭の指導信念
ょっと失敗したな」と、自分が男児Pに「両足で踏み
を構成する中核になっていると推察される。しかも、
切ること」を教えようとした援助に対して失敗だと振
この状況に応じた援助と子どもの実態に基づく援助は
り返って反省している。ここでの基準としては「男児
まさしく教師の実践場面で求められる高い実践的力量
Pは人に言われるのが嫌だ」という男児Pの内面の捉
であり、A教諭は、この高い実践的力量でその場の状
えと、この時男児Pは跳び箱に初めて挑戦したという
況や子どもの実態に応じて臨機応援に対応しながら
事実であると考えられる。また、「あの自分の我流の
も、特に、幼児期の子どもの発達において重要である
跳び方で何回か跳ばしたった方が聞き入れたんちゃう
子どもの道徳心や集団意識・社会性の発達ということ
かな」という発言から、反省しただけではなく、その
について強い教師の指導性を発揮している考えられ
時の状況に合った適切な援助をも考慮していたことが
る。
うかがえる。くわえて、ある日の朝の遊びの時間、広
また、A教諭は日々の保育活動において、A教諭自
告を使って剣づくりをするという活動をもってきたこ
身が行った援助やその日の活動について振り返って反
とについて「私がもうひと工夫援助ができてたらもっ
省している姿も読みとれる。例えば、跳び箱に挑戦し
とみんながつながったんちゃうかなと。剣を作ること
た男児Pに対しての援助について、保育終了後に「あ
ではつながってたけど、結局ばらばらに作ってたやん
れは(私が)悪かってん。あれはほっといた方がよか
か。個人の活動が大きかったから、あれをもうひと工
ったわ。跳べるようになる方がいいかなと思ったから、
夫援助ができてたらもっと楽しかったやろうし、私が
私が言いかけてんけど、(男児Pくんは)言われたら
思ってたように女の子でも男の子でも混ざって、やっ
嫌やから、あの自分の我流の跳び方で何回か跳ばした
てた子同士が混ざれたかなとは思った」と保育終了後
図 A教諭の保育場面における指導信念の想像図
17
中井 隆司・松良 綾子
に話していることから、自分自身の援助について「も
の発達ということについて強い教師の指導性を発揮し
うひと工夫援助ができてたら」と反省している姿が読
ている考えられる。このことは、幼稚園教育の基本で
みとれる。ここでA教諭は自分のもっている「いろん
もあり、子どもの実態や姿から出発し、教師はそこか
な友達と交わりながら活動をしてほしい」というねが
ら子どもに何が育とうとしているのか、自分は子ども
いと、実際は個人の活動の方が主になっていたという
に何を育てたいのかを自問自答しながら保育を展開し
状況を総合的に考察し判断している。このように保育
ていかなければならない。このように、子どもの実態
終了後に自分の保育を振り返って、総合的に考察し判
を踏まえたうえでねらいや内容をどう身につけさせて
断するという行為は、自分自身を冷静に客観視すると
いくか、という姿勢で保育に取り組むことが望まれて
いうことであり、そうすることで「あの時子どもには
いる。そして、子どもの実態や姿にこだわるうえでの
どんなことが身についていたのだろうか」「自分の援
基本である子ども一人一人の捉えとは、A教諭が長年
助は適切だったのだろうか」といった反省材料を発見
の保育活動の中で子どもたちと共に積み重ねてきた経
することができ、そこから明日への保育につながって
験をもとに、試行錯誤の結果生まれたものではないだ
いくのである。
ろうか。子どもの内面を捉え理解することは容易なこ
このように、A教諭は常に子どもの遊びの展開や生
とではなく、子どもの立場に立った保育を実践してい
活の流れの中で、子どもを理解して活動を振り返る中
かない限りみえてくるものではないだろう。
から、事前に立てた計画を再構成し、また、その計画
教師の指導信念は、数多くの実践経験に基づいて長
によってかかわり、振り返ることを続けていく、とい
期的に形成されるものであり、その形成過程は長期的
う姿があるということがわかる。「子どもたちが生き
な追跡調査によって解釈することが求められる。その
る複雑な泥沼のような問題状況に身を置き、彼らの学
意味において、本研究は、3週間という短期間の保育
習を援助する活動の意味と可能性を洞察する『活動過
場面に表出している出来事から現時点での対象教諭の
程における省察』を展開して、親や同僚や他の専門家
指導信念を解釈するにとどまっている。対象教諭が新
と協力して、より複雑で複合的な価値の実現をはかる
任教諭であった時から現時点までの成長過程を遡るこ
実践を展開している」(佐藤 1997)という反省的実
とによって、その指導信念の形成過程を明らかにする
践家としての教師がそこにはある。A教諭は「反省的
ことが今後の課題として残っているが、他者からみた
実践家」に求められる複雑な文脈と複合的な問題に対
現時点での指導信念の解明は、改めて自己の指導信念
処できる「洞察」と「省察」と「反省」の能力を備え、
を振り返るきっかけとなり、A教諭が教師としてさら
日々の保育で「省察」と「反省」を繰り返していたと
に成長するための重要な教育的意味をもつと考えられ
いえるのではないだろうか。保育活動を行う際、A教
る。
諭は子どもたちの行動から内面を読み取ったり、その
4.ま と め
場の状況から子どもたちが充実感をもてるような援助
を考えているといえる。この「内面を読み取る」「そ
の場の状況から援助を考える」という活動は、子ども
本研究では、幼稚園教諭が獲得・形成している指導
たちがもっている未知の可能性や不定型な保育展開か
信念を事例的に明らかにするために、1名の現職教諭
ら考えて、まさに複雑な文脈と複合的な問題に対処す
を対象に3週間にわたる保育場面への参与観察を通し
ることであり、幼稚園において日々繰り返している活
て得られたフィールドノート・メモを解釈・分類し
動といえる。また、A教諭には子ども一人一人の捉え
た。
に基づいた援助というものが保育の根底にあり、子ど
得られた主な結果は、以下のとおりである。
もの発達段階を考慮した援助を行っていた。この子ど
①参与観察で得られた228枚の観察カードを解釈・
も一人一人の捉えには、A教諭が4月からの日々の保
分類した結果、A教諭の保育場面における指導信念と
育活動の中で「省察」「反省」を繰り返し、様々な経
して、「子どもの主体性が芽生える援助」「子どもの自
験を積み重ねてきたという背景があると考えられる。
信を養う肯定的な援助」「状況に応じた援助」「道徳心
以上のようなことから総合的に判断し、A教諭の保
の芽生えを養う援助」「集団の存在を大切にする肯定
育場面における指導信念を総合的に図示してみると、
的な援助」「子どもの実態に基づく援助」「道徳心を身
前頁の図のようになるのではないだろうか。
につけさせる援助」、の7つが抽出された。
最後に、A教諭の保育場面に表出する指導信念を事
②参与観察後のインタビューから、A教諭の保育場
例としてのエピソードに基づき解釈してきたが、その
面における指導信念の背景には、「集団と個を意識し
中でA教諭は、幼稚園教育要領を基本に、高い実践的
た保育」
「子ども一人一人の捉えに基づいた保育」「子
力量で、その場の状況や子どもの実態に応じて臨機応
どもの年齢に応じた保育」という保育観が常に意識さ
援に対応しながらも、特に、幼児期の子どもの発達に
れていることが確認できた。
おいて求められる子どもの道徳心や集団意識・社会性
③A教諭は、子どもの遊びの展開や生活の流れの中
18
保育場面に表出する「幼稚園教諭の指導信念」に関する事例研究
東京.
で、子どもを理解して活動を振り返るなかから、事前
倉戸直美(1990)教師経験が子どもへの対応関係に及
に立てた計画を再構成し、また、その計画によってか
かわり、振り返ることを続けていくという姿があり、
ぼす効果−「教師−子ども検査」教師経験者の回
日々の保育活動において「反省」と「省察」を繰り返
答とその分析−.浪速短期大学紀要14:124-152.
倉戸直美(1994)幼児教育者の行動分析.浪速短期大
し行っていることが本事例では確認できた。
学紀要18:99-110.
今回の参与観察から、いくつかの貴重な知見を得る
Metzler, M.W.,& Tjeerdsma, B.L.(Eds.)
( 2000)
ことができた。特に、日々の保育活動を直接観察し、
教師との対話・省察を通して、幼稚園という場は子ど
The physical education teacher education
も一人一人がそれぞれの発達の特徴をもち、集団を形
assessment project.Journal of Teaching in
成しているところであり、一人一人の子どもが教師の
Physical Education 19:395-551.
援助のもとで主体性を発揮して活動を展開していける
中井隆司・岡沢祥訓(1999)体育授業における教師の
ような、子どもの立場に立った保育が展開されている
知識と意思決定に関する研究.スポーツ教育学研
究19(1)
:87-100.
ことを読み取ることができた。このことは今後、幼稚
園教諭を反省的実践家として捉え、研究を進めていく
中井隆司・川下亜紀(2002)幼稚園教諭の運動あそび
ことを可能にする1つの知見になると考えられる。
に対する「個人レベルの指導論」に関する研究.
最後に、本研究では3週間という期間から得られた
奈良教育大学教育実践総合センター紀要11:129-
エピソードに基づいて保育場面での指導信念の分類・
137.
解釈を行ったが、教師の信念などは長い時間と実践経
中井隆司・川下亜紀(2003a)運動あそび場面におけ
験によって形成されるものである。その意味から考え
る幼稚園教諭の意思決定過程と「個人レベルの指
ると、本研究で得られた知見は、A教諭の現時点での
導論」との関係.奈良教育大学教育実践総合セン
指導信念の一端であり、限定的、かつ事例的であると
ター紀要12:1-10.
いえよう。今後、さらに長期にわたるフィールドワー
中井隆司(2003b)アメリカ体育教師教育から学ぶ−
クに基づいた教師の指導信念の形成過程を検討してい
ジョージア州立大学体育教師教育アセスメント・
くことが必要ではあるが、一方で、A教諭の今後の成
プロジェクト−.体育科教育51(4):30-33.
長を支援するためにも、現時点での指導信念の解明は、
小田 豊(1987)教育実習の効果に関する実証的研
改めて教師としての自分を振り返るための一つの材料
究−指導者と実習生の保育の差異の検討.保育学
として重要な意味をもつと考えている。
年報1987年版:96-106.
佐藤 学・岩川直樹・秋田喜代美(1990)教師の実践
文 献
的思考様式に関する研究(1)−熟練教師と初任
教師のモニタリングの比較を中心に−.東京大学
秋田喜代美・佐藤 学・岩川直樹(1991)教師の授業
教育学部紀要30:177-198.
に関する実践的知識の成長−熟練教師と新任教師
佐藤 学・岩川直樹・秋田喜代美・吉村敏之(1991)
の比較検討−.発達心理学研究2(2):88-98.
教師の実践的思考様式に関する研究(2)−思考
Ennis,C.( 1996) Curriculum Theory in Sport
過程の質的検討を中心に−.東京大学教育学部紀
Pedagogy (1994-1995). International journal of
要31:183-200.
physical education 33(3):92-97.
佐藤 学(1997)教師というアポリア−反省的実践
French,K. & Housner,L.D.(1994)Introduction.Quest
へ−.世織書房:神奈川,pp.102-106.
46(2):149-152.
志賀智江(1996)場面提示法を用いた幼稚園教師の意
梶田正巳・後藤宗理・吉田直子(1984)幼児教育専攻
思決定に関する研究.日本教育工学雑誌20
学生の「個人レベルの指導論」の研究.名古屋大
(2):83-96.
学教育学部紀要(教育心理学科)31:95-112.
下地芳文・吉崎静夫(1990)授業過程における教師の
梶田正巳・後藤宗理・吉田直子(1985)保育者の「個
生徒理解に関する研究.日本教育工学雑誌14
人レベルの指導論(PTT)」の研究−幼稚園と保
(1):43-53.
育園の特徴−.名古屋大学教育学部紀要(教育心
杉村伸一郎・桐山雅子(1991)子どもの特性に応じた
理学科)32:173-200.
保育指導−Personal
梶田正巳・後藤宗理・吉田直子(1986)保育活動に対
ATI Theoryの実証的研
究−.教育心理学研究39(1):31-39.
する母親の期待−「個人レベルの指導論(PTT)
」
吉崎静夫(1983)授業実施過程における教師の意思決
の拡張−.名古屋大学教育学部紀要(教育心理学
定.日本教育工学雑誌8(2):61-70.
科)33:157-172.
吉崎静夫(1986a)教師の意思決定と授業行動との関
川喜田二郎(2000)発想法(74版).中央公論新社:
係(1).鳴門教育大学研究紀要(教育科学編)
19
中井 隆司・松良 綾子
1:23-38.
吉崎静夫(1986b)教師の意思決定と授業行動との関
係(2).日本教育工学雑誌10(3):1-10.
吉崎静夫(1987)授業研究と教師教育(1)−教師の
知識研究を媒介として−.教育方法学研究13:1117.
吉崎静夫(1988)授業における教師の意思決定モデル
の開発.日本教育工学雑誌12(2):51-59.
20
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