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古 典

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古 典
第 7・8 回
(全二回)
第一章 物語(一)
伊勢物語
冠
うひかうぶり
初
小野の雪
第一回【初冠】
①「心地惑ひにけり」に表れている男の情感を理解する
②「みやび」とは何か
③「いちはやきみやび」とは、男のどのような行為を指
していっているか
第二回【小野の雪】
①「惟喬親王」と「右馬頭」との関係をとらえる
②「御髪おろし」とは何を意味するか
③「わすれては…」の歌に込められた「右馬頭」の親王
に対する思いを理解する
た思いや詠まれた状況をじっくりと味わってみよう。
平安時代は、ひと言でいうと、天皇を頂点とした貴族政治の
『伊勢物語』は、前回学習した『竹取物語』とほぼ同時期の
い。作品を深く読み、深く理解するためには、当時の貴族の生
も都の貴族たちであった。時代背景を知らずして古典は読めな
理解を深めるために
時代である。天皇家と縁戚関係を結んだ藤原氏が政治の実権を
平安時代前期に成立した最初の歌物語で、後の『源氏物語』に
活や年中行事、仏教を中心とする思想や人生観などについて理
握る摂関政治の時代。したがって、平安時代は、文学の担い手
も影響を与えた作品。在原業平をモデルとした、ある「男」の
解を深めていくことも大事なことである。
「みやび」の精神
歌が大変得意であったということ。和歌の腕前は、小野小町と
モデルの業平は、容姿端麗、自由奔放な色好みの男性で、和
洗練された風雅なふるまい」を表す。平安貴族たちは、
この「み
方)に対する言葉。「高貴で気品のある貴族的な美・都会的に
元来、宮廷風・都会風という意味で、
「鄙」
(都から離れた地
「みやび」とは、平安貴族が理想とした美的理念。
並んで六歌仙の一人に名を連ねるほどのものであったそうだ
やび」をとても大事にしていた。「みやび」であることが評価
表現を十分に理解することが求められる。
勢物語』を理解するには、登場人物の心情の集約としての和歌
心情が作り上げられ、物語が展開されている。したがって、
『伊
一代記ふうの物語構成になっており、和歌を中心として場面や
■講師 齋藤佳子 学習のポイント
「初冠」や「小野の雪」の物語の中に出てくる和歌に込められ
− 15 −
高校講座・学習メモ
ラジオ学習メモ
第一章・物語(一)
古 典
され、そうでないことは「野暮」といって批判されたのだ。
「初
冠」でも、機を逃さないで、一期一会の出会いの感動を自分の
着物の裾を破いてまで伝えるという、決断力に富んだその俊敏
で情熱的な行動が、「いちはやきみやび」として評価されてい
るわけである。まさに、貴族たちの美的理念にかなう行為であっ
たということなのだろう。『伊勢物語』が「みやび」の文学と
言われる由縁だ。
− 16 −
高校講座・学習メモ
ラジオ学習メモ
第 7・8 回
第一章・物語(一)
古 典
第7回
伊勢物語
うひかうぶり
ら
かすが
初 冠 (一)
な
かい
昔、男、初冠して、平城の京、春日の里に、しるよしして、狩りにい
み
にけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男、垣
ま
間見てけり。思ほえず、ふるさとにいとはしたなくてありければ、心地
すそ
現代語訳
齋藤佳子
講師
昔、ある男が、元服をすませて、奈良の都の春日
の里に、土地を領有している縁があって、鷹狩りに
出かけて行った。その里に、たいそう若々しく優美
な姉妹が住んでいた。この男は、物かげから二人の
姿を覗き見てしまった。思いがけず、このさびれた
奈良の古都に、まったく不似合いな様子で優美な女
かりぎぬ
惑ひにけり。男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。そ
のであった。男は、着ていた自分の狩衣の裾を切り
(実は、男の詠んだこの歌は、
)
とでも思ったのであろうか。
う行為)が、その場(折)にふさわしく風流なこと
にその場にふさわしい恋歌を書きつけて贈る、とい
のようなこと(乱れ模様の狩衣の裾を切って、それ
と、すぐに歌を詠んで贈ったのであった。男は、こ
く思い乱れております。
心はあなた方を恋いしのび、かぎりもなく激し
た狩衣のしのぶずりの乱れ模様のように私の
ように美しいあなた方を目にして、紫草で染め
春日野に咲く若々しくみずみずしい紫草の
たのだった。
きちょうど、しのぶずりの乱れ模様の狩衣を着てい
とって、それに歌を書いて贈る。その男は、そのと
たちが住んでいたので、男は心が動揺してしまった
の男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず
となむ、追ひつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけ
む。
みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにし我ならなくに
といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。
(第一段)
本文は『新日本古典文学大系』によった。
陸奥の忍ぶもじずりの乱れ模様。その乱れ模
様のように私の心が乱れ始めたのは、だれのせ
いなのでしょう。私のせいではないのに。それ
は、ほかならぬあなたのせいなのですよ。
という、古い歌の趣向(心)をふまえたものである。
昔の人は、こんなにも激しく、情熱のこもった、風
雅な振る舞いをしたのだった。
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高校講座・学習メモ
ラジオ学習メモ
第一章・物語(一)
古 典
第8回
伊勢物語
み な
これたか
小野の雪
(二)
せ
み
こ
昔、水無瀬に通ひ給ひし惟喬の親王、例の狩りしにおはします供に、
う まのかみ
き
ろく
右馬頭なる翁つかうまつれり。日ごろ経て、宮に帰り給うけり。御送り
おほ み
して、とくいなむと思ふに、大御酒給ひ、禄給はむとて、つかはさざり
けり。この右馬頭、心もとながりて、
まくら
枕 とて草ひき結ぶこともせじ秋の夜とだに頼まれなくに
やよひ
おほとのごも
とよみける。時は弥生のつごもりなりけり。親王、大殿籠らで明かし給
み
ひ
うてけり。かくしつつ、まうでつかうまつりけるを、思ひのほかに、御
む つき
現代語訳
齋藤佳子
講師
昔、水無瀬の離宮にお通いになっていた惟喬の親
王が、いつものように鷹狩りをしにいらっしゃるそ
のお供に、右馬頭である翁がお仕え申し上げた。幾
日かたって、親王は京の御殿にお帰りになった。右
馬 頭 は 親 王 を お 送 り し て、 す ぐ に 自 分 も 帰 ろ う と
思ったところ、親王は御酒をお与えになろう、ご褒
美をお与えになろうということで、右馬頭を帰らせ
てはくださらなかった。この右馬頭は、家に帰りた
今 夜 は、 い く ら 私 を お 引 き 止 め に に な っ て
いとじれったく思い、
も、草を枕にしてやすむ旅の仮寝はいたしませ
ん。
(今夜は家に帰りたいと思います。
)今は夜
ぐし
い時間お邪魔しておそばにいて、昔の(出家なさる
もの悲しげなご様子でいらっしゃったので、少々長
顔し申し上げると、親王はなさることもなく呆然と
る。むりやり雪を踏み分けてごに参上して親王を拝
比叡の山の麓なので、雪がたいそう高くつもってい
し上げようとして、小野に参上したところ、そこは
た。正月(一月)になって右馬頭は親王を拝謁し申
たのだが、思いがけず、親王は出家なさってしまっ
右馬頭は親王のもとに参上してお仕え申し上げてい
のであった。このように親しくお付き合いしては、
頭と語り明かされ)夜を明かしなさってしまわれた
あった。親王は、おやすみにもならないで、(右馬
と、歌を詠んだのだった。季節は三月の末のことで
できません。
が短い春で、秋の夜長ではないのですから、そ
髪下ろし給うてけり。睦月に拝み奉らむとて、小野にまうでたるに、比
み むろ
れをあてにしてゆっくり語り明かすことさえも
え
叡の山のふもとなれば、雪いと高し。強ひて御室にまうでて拝み奉るに、
さぶら
つれづれと、いともの悲しくておはしましければ、やや久しく 候 ひて、
いにしへのことなど思ひ出で聞こえけり。さても候ひてしがなと思へど、
おほやけごとどもありければ、え候はで、夕暮れに帰るとて、
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは
とてなむ、泣く泣く来にける。
(第八十三段)
本文は『新日本古典文学大系』によった。
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高校講座・学習メモ
ラジオ学習メモ
第一章・物語(一)
古 典
以前の)ことなどを思い出してお話し申し上げたの
だった。右馬頭は、そのままおそばにいてお仕えし
たいものだと思うけれど、宮中での政務や儀式の務
めなどがあったため、それ以上おそばにお仕えする
わけにもいかず、夕暮れになって帰ると言って、
この目の前の現実(親王の出家という現実)
をふと忘れては、夢を見ているのではないかと
いう気がいたします。かつて、このようなこと
が起こるなんて思ったことがあったでしょうか。
深い雪を踏み分けて、このような所でわが君に
お逢いすることになろうとは、想像することさ
えできませんでした。
と詠んで、右馬頭は涙ながらに都に帰ってきたの
だった。
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第8回
第一章・物語(一)
古 典
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