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Page 1 金沢大学学術情報州ジトリ 金沢大学 Kanaraพa University
Title
音声干渉のタイプと程度について
Author(s)
田中, 宏幸
Citation
金沢大学教養部論集. 人文科学篇 = Studies in Humanities by the
College of Liberal arts Kanazawa University, 28(1): 49-67
Issue Date
1990-09-20
Type
Departmental Bulletin Paper
Text version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/2297/37680
Right
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,各著作権等管理事業者に確認してください。
http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/
49
音声干渉のタイプ。と程度について
TypenundStufenderphonetischenlnterferenz')
田中宏幸
Oここでいう「音声干渉」は,いわゆる対照言語学Kり"かZzs""娩の用語として用いてい
る。「干渉」ん彪沈〃"zは例えば「他の,あるいは同一言語の要素の影響により惹起された
規範違反及びこの影響のう°ロセス」と定義されている。2)一般に複数言語が接触する場合
に,それらは相互に影響を及すことが多い。ある言語の要素,規則の他言語への移入は,
対照言語学の用語では,「転移」TM"沈形"zと称され,移入される側の言語の規則・規範
を損なう場合は「ネガテイヴな転移」または,特に「干渉」とよばれている。「干渉」は従っ
て「誤用」でもある。このような転移,またその一部である干渉は音声,形態,シンタッ
クス,語彙,正書法など様々な言語領域で観察される。
ところで複数言語の接触には様々なケースがありうるが,最も基礎的な接触は,同一個
人の複数言語使用にみられる。いわゆるバイリンガルはその代表的な例である。この場合,
使用される二言語の優劣に,ほとんど差異がないというケースもあると思われるが,どち
らかの言語がより優勢であることが多いであろう。これが外国語習得にみられる接触とな
れば,当然,母語がプライマリな言語となる。そして一般に,この優勢な,一次的な言語
が他に影響を及す。もちろん逆方向に,つまりセカンダリ言語からプライマリ言語へ影響
が及ぶ可能性もある。ところで,この転移乃至影響はいつもネガテイヴとは限らない。例
えば諸言語相互間にみられる共通の言語規則は,ポジティヴに影響する。すなわちう°ライ
マリ言語の規則はそのままセカンダリ言語に,つまり外国語習得の場合なら学習する外国
語に,その規則・規範を損なうことなく転用することができる。このポジテイヴな転用は
単に「転移」または「ポジティヴな転移」とも称されている。これは第二の言語,外国語
の学習を容易にする要因となりうる。
このような転移・干渉は,もちろんバイリンガリズムや外国語習得のような,異言語間
の接触において最も頻繁に観察されるが,同一言語内の方言相互間や,いわゆる標準語と
方言間などでも生ずる可能性がある。例えば日本語の標準語に,しばしば方言のアクセン
1)Anfragensindzurichten:Prof.HiroyukiTanaka,KanazawaUniversity,DepartmentofGennan,
Marunouchil-1,KANAzAwA/Japan
2)JuHAsz,S.646.引用は著者名及び必要ならば(a),(b)などによる。()内のS.はページ。f.は次ペー
ジ,ff.は次ページ以下を示す。文献リストは66ページ参照。
田中宏幸
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の[r,l)で代用するなどがみられる。4)については,かなりドイツ語に慣れれば,英語
の無声破裂音を強い帯気で発音したり,母音の前で声門閉鎖音を発音するなどのケースが
出てくるであろう。この様な場合ドイツ語の影響が推定できよう。もちろん正書法,形態,
シンタックス,語彙などの領域でも干渉が観察されることはいうまでもない。他方既習の
外国語からのポジティヴな転移は,第二の外国語の学習を容易なものとしている。例えば
英語で(f,v)を習得していれば,簡単にドイツ語に持ち込むことができる。他の文法分野
でもこの様なケースが,いわゆる第二外国語の学習を容易にしているであろう。なお実際
的には第二外国語の学習では,日本語→第二外国語,英語→第二外国語の転移・干渉が問
題になることが多いと思われる。第二外国語が中国語の場合には,英語との転移・干渉の
可能性は,TERNEsの3)のケース同様少ないであろう。
1.8以上,転移・干渉の諸相を,主として音声領域について概観したのであるが,ま
とめれば,まず1)二言語間か複数言語間かの接触のモデルの問題,2)その転移の方向
により,優勢言語から目的言語に向かう進行的なケースと逆行的な影響の区分,3)個人
的レヴェルと言語レヴェル,4)異言語間か同一言語内か,またこれに関連して「言語内
部的」な現象としての転移・干渉,5)規則・規範からの逸脱の程度による相違,また学
習の困難度の問題,そして6)音声学的・音韻論的観点に整理することができる。
いうまでもなく,これらの諸相は相互に複難に関連しあっている。1)から5)までは
音声領域に限らない要因である。これに反し最後の観点はこの領域に専ら関わるが,以下
これら諸相に配慮しながら,音声学的観点から音声の転移・干渉のタイプ°をやや詳細に検
討してみたい。
2音声干渉のタイプ
2.0言語接触に際して,ある言語の音声は,他の言語の音声規則に様々な影響を受け
る可能性があるが,ここで,具体的な音声学的な観点から,実際にどの様な音声的転移・
干渉が観察されるかを示したい。音声学的観点には,さらに発音器官などに基づく生理的
な,いわゆる調音的αγ雌"ん加畑c〃観点,主として器械による音響分析に基づく音響学的
α々"s姑c"観点,そして聴覚知覚に基づく知覚的peだ""〃(または聴覚的α"〃"")観点が区
別される。これに,音韻論的観点が加わることになる。周知の如く十九世紀後半以後は,
まず調音音声学的観点が主流であったが,その後二十世紀の音韻論・音素論の展開以後は,
二言語の音素体系の比較対照や音韻論的プロセスのタイプ。による分類などが試みられてき
た。上述のJoNEs(b)は前者の立場であり,WEINREIcH,MouLToNなどの研究は後者の例で
ある。これに対しTERNEs(S.17ff.)は,以下に紹介するように,客観的観察が困難で,そ
のため記述手段も十分ではなく,従って,これまで余り顧みられなかった聴覚的観点から,
この現象をとらえようと試みる。それは外国語学習の場合,学習者はまず外国語の音声の
田中宏幸
56
第一はフランス語の[i,u,y]などのドイツ語の広い短母音(1,U,Y)などによる干渉であ
る。仏語のquitte(kit],touffe(tuf),tuf[tyf)がD-F(klt,tuf,tYf)5)と発音される。
日本語と英・独・仏との間にも,この種の母音の干渉がある。DBitte(blte)はJ-D(bitte),
NoteJ-D(no:te],gutJ-D(guI:t]でJ(o]はD(o,0)の中間,(m)は非円唇でか
なり違った音となる。第二例は無声破裂音の帯気音に関するもので,本来無気音の仏語の
[p,t,k]がドイツ人によって(ph,th,kh]に代えられるケース。ここではpot(po),the
(te),canne(kan)→D-F(pho:,the:,khan)という干渉を生ずる。長母音による干渉は,
もちろん別の要因による。帯気音はやや弱いが日本語でも聞かれるので日・独・英間では
大体転移可能である。従って日・仏間には上述の帯気音による干渉があることになる。第
三はドイツ語と英語の[t)の干渉例である。DTeil(tall),du(du:]とEtile(tall),
do[du:)は簡単な標記では同一であるが,ドイツ語の[t,d)は上歯と歯茎の境界辺りで
調音されるのに対し,英語では後寄りの歯茎で調音される。相互に干渉の可能性がある。
この点フランス語はドイツ語より前方で調音される。特に英・仏の干渉が目立つであろう。
日本語の場合はドイツ語に近い。
これに続いて音韻レヴェルの干渉例が示されている。最初のケースは英語のth(0,6)音
の独・仏語の[s,z)による干渉で,Ething(Oi9),breathe(bri:6)はD-E(zl9,bri:s],
F-E[si9,bri:z)である。しかしD-E(sI9)も聞かれるであろう。この英語音については,
日本語もフランス語と同じ代用を行うことはよく知られている。この結果Esing/thing,
breeze/breatheが同音になり,いわゆる音素レヴェルの干渉となる。TERNEsの最後の例は
アラビア語の口蓋垂破裂音[q]の例で,この音はヨーロッパ各語の話者により[k]とし
て聞き取られるという。日本人も同様であろう。この結果アラビア語の音素のレヴェルの
区別が出来なくなる。もっとも学習者にとっては,母語の音韻的観点は重要であるが,外
国語音の相違については,音声的/音韻的というレヴェルの区別は聴覚的には余り意味が
ない。この観点はもちろん,それぞれの外国語の学習過程で考盧する必要はある。(これに
ついては以下3で検討する。)ただ音の相違そのものの大小は,この観点からは,ほとんど
論じられない。ある言語で音声的レヴェルの相違も,他の言語では音韻的レヴェルであり
うるからである。例えば破裂音の気音の有無は中国語では示差的である。
このタイプに属する日本語の主なる干渉例としては,まず日・独間母音に関してみられ
るD[i,I;e,E,j,T,9;o,0;u,u]のJ-D(i;e;o,m)がある。これは円唇,舌の高
低差・緊張度などが聞き取れないわけで,仏にも,また一部は英にも持ち込まれる可能性
がある。子音ではE/D/F(1,r)音のJ(r)による代用,E/D/F(v)のJ[b)による干
5)D-Fはドイツ語(D)のフランス語(F)への干渉を表す。以下英語はE,日本語はJで省略,その他外国
語については,通常の表現・省略を用いた。
音声干渉のタイプと程度について
57
渉などが知られている。なお〔9〕についてはJ(m,a)で代用されることもある。これら
は音韻的レヴェルの干渉に属する。他方,逆に日本語のラ行音にD/F(R,K,r)やE[r)
による干渉がみられる。これは,しばしば日本語音としては逸脱が大きいと感じられる。
[l)が用いられることが希なのは正書法によると思われる。もちろん日本語で[l]が異音
として発音されることがあれば,聞き取ることは出来るであろう。この逆のケースはレヴェ
ルとしては音声的である。この段階の日本語の干渉例で目立つのは,(f)→J[F],(I)->
J(I),[z,5)→J(dz,d5),一部でみられる[h]→J〔F,●〕,〔n〕→J[N),(g)→J(9),
(s,ts)→J(I,tl)などがある。6)ここで破擦音は一音とみなしている。
なお,ここで音ないし音素の素性・特徴のレヴェルでみれば,多くの干渉では一∼二素
性の消失または添加が観察されるであろう。
2.3第三は外国語の単音を母語の二音で代用する干渉タイプ°である。TERNEsはまずフ
ランス語の硬口蓋鼻音〔1〕の英・独などの(nj)による干渉例,及び同フランス語の鼻母
音のドイツ語話者によるbon(b6)→D-F(bO9)のような通常の母音,すなわち口母音十
鼻音〔9〕,ただし破裂音の前では[m,n]に代える干渉例を示す。日本語も音声的レヴェ
ルでは鼻母音があるとされるが,一般にはフランス語の鼻母音を口母音+/N/で代用する
傾向がある。これらは単一原語音に含まれる音声的特徴を,聴覚的に二分して聞き取った
結果であって,上例で前者は鼻音十硬口蓋音として,後者は口母音十鼻音と解釈されたわ
けである。スペイン語などの硬口蓋側面音〔パ〕なども(lj)とされるであろう。
フランス語の(y)は英語で[ju)とされるのはこのタイプ°である。日本語でドイツ語な
どのii(y:,Y)がユ[jm(:))とされるのも同様ここに属するが,前舌非円唇半母音と円唇
による暗い暖昧な音色が分離して聞き取られたというべきであろう。もっとも,(y:)は単
一の[m:]と聞かれる場合もある。日本語では,円唇ないし中舌母音など,暖昧な音色の
母音は,この後舌母音として聞き取られる可能性がある。すなわち英語の〔9〕,仏語の〔‘,
唾,9〕などがJ(m)で代えられることがある。
TERNEsは上例に続いて,さらにウェールズ語などの無声・側面摩擦音がE(01),D(fl)
と代用される例,またチェコ語などの歯茎摩擦的震音とされる,一種のr音(正書法r)の
ドイツ語等による干渉例を挙げている。有名な作曲家DvorakはD-Tsch.['dvOr5ak)と
なる。他国語でもE-Tsch.[IdvO:5a:k,-0:ra:k],F-Tsch.(dvOR5ak]とされる。
日本語では,外国語の子音結合や語末子音に,しばしば母音(多くは(m))が添加され,
原語の単一音が二音に代えられるので,このタイプに属すが,これは純粋な聴覚的要因の
みではなく,音節構造の相違,すなわち分布的な要因も関わっている。また綴字の影響も
6)(F)は日本語のうの子音で無声両唇摩擦音,通常〔①〕で表す。また[N)は日本語の語末のンの音を
表す。口蓋垂鼻者
58
田中宏幸
ありうる。場合によっては,このタイプ°は,音添加として区別すべきかもしれないが,こ
れもやはり母語の聴覚的習慣に従って聞き取った結果であろう。そもそも,外国語音は聞
き取ることができた範囲内でのみ,自らも発音・再現可能となる。一般に聞き取れない音
は,発音できないし,発音できない音は聞き取れないものである。
なお破擦音を二音とすれば,E/D(z,5]のJ-E/D(dz,d5)はこのタイプといえる。
2.4第四の干渉タイプは外国語の単音を母語の三音に代えるというケースである。こ
れは希である。この干渉が可能なためには,原音には複雑な音声特徴が存在していなくて
はならない。TERNEsはブリュターニュ語のpyiis(py:s)<泉>の英語による干渉例(pju:9s)
を推定している。これ以外に挙げられている例は,すべて分布の相違が関わっている。英
語ring(ri9)がJ-E(ri9gm)となる日本語の干渉が紹介されている。まさに英語の一音
は(99m)に対応している。類似のスワヒリ語例も示されている。最後のやや趣の異なる
例はドイツ語の仏語campagne(kapaJ,)についての干渉D-F(kamIpanj9)である。つい
でながら,先述のチェコ語のrは日本語では三音[ruI5)に代えられるであろう。
2.5第五は音消失のタイプである。これは余りに母語音との相違が大きく,、外国語音
が聞き取れないため生ずるとされる。いわば音声刺激は全く受け入れられない状態である。
このタイプは〔h,f,?〕のような聞き取りにくい咽頭音・声門音などや,耳慣れない複
雑な子音結合で起こりやすい。これには1)全面的消失と2)音声環境的消失が区別され
る。1)の例としては,フランス語における(h)の消失と,ヨーロッパ諸語におけるアラ
ビア語の有声咽頭音の消失を挙げる。前者はイタリア,スペイン語などにも共通するであ
ろう。2)は分布条件が関わるケースで,スペイン語の語末子音結合での消失,破擦音[ts]
→(s)などが例とされる。card,cart,carsはいずれもSp.-E(kar]となるしDzu(tsu
:],letzte[letste)は,Sp.-D(su),(IEste)と代置される。また北ドイツでは[Pf,ts)
は(f,s)で代えられる。これは,いわば言語内の干渉例でもある。日本語でも(pf]が(p)
で代えられることもある。また聴覚的に取り入れられたらしい外来語などに子音の消失が
みられる。7)
TERNEsはさらに,ここで子音結合に関連して,添加音について解説しているが,これは
第三タイプに他ならない。またh音についてロシア語の[g)による干渉を補っているが,
これは第二タイプ。である。
2.6第六のタイプは二音が融合して一音に代えられる型で,これは第三タイプの逆と
みられよう。Fvousfuyez[fqije]→D-F(fyje:]では(W]の円唇素性が(i]に重ね
られたのであり,DLand(lant)→F-D(13:d)では鼻音性が母音と融合したわけである。
このタイプ。は少ない。
7)例えばセメン(cement),バラス(ballast)など。
音声干渉のタイプと程度について
59
2.7第七の干渉は音声の量,すなわち長・短に関するものである。このタイプ°も母語
の規則が外国語に転用されることによって生ずる。これは1)本来外国語音に存在する量,
つまり長さが消失して短音になるケースと,2)本来の短音を長音とする場合が区別され
る。TERNEsは前者の例として,スペイン語話者のドイツ語母音への干渉と,ドイツ人のイ
タリア語重子音への誤発音を示す。すなわちDBahn(ba:n)→Sp.-D(ban);1t.latte(latte)
〈牛乳>D-It.(late)である。しばしば音韻的レヴェルの干渉となる。後者の例はSp.Lope
deVega(lope6ePeYa]→D-Sp.[1o:pedeve:ga);Eblock[blOk)→J-E(buIrok-
km)などとなっている。これらの例を見出すのは容易であろう。日本語の英・独語の短母
音音節への促音・擬音の添加,また独での日本語母音の長音化などはこの種の干渉である。
DSack[zak]ザック,bitte(blte)→J-D(bitte),nennen(nEnen]→J-D(nenneN);
着物[kimono)D-J[kiImo:no/Iki:mono),北斎D-J[Iho:kuzai/Iho:kusae)などである。
2.8TERNEsは以上の七夕イブ以外にはアクセント,音調,イントネーション,その他
の超音節的特徴の干渉の存在に触れるのみに止めている。当然,アクセントの位置の母語
の影響による変化,あるいは質的変化,例えば英・独の強弱タイプを日本語などの高低タ
イプで代えるなどの干渉,母語のイントネーションの誤転用,さらに中国語などに存在す
る音調の区別への干渉など推定される。MouLToN(b)は英・独のアクセント,イントネー
ションを比較対照しているが,もちろん有利な転用もかなりある。他方,系統的に同じ語
ではアクセントの干渉が推定される。このような語,すなわち言語間共通語彙は一般的に,
類似ないし一致は有利な転用ともなりうるが,他方類似しているため,かえって間違いや
すい形態.意味などの干渉も発生する。いわゆるフォーザミ血”α〃fs8)など,この関連の
現象である。
英.独のアクセントの干渉はacademy,Akademie;atom,Atom;energy,Energie;
philosophy,Philosophie;physics,Physik;variation,Variationなど多数の同系の語彙で
生じうる。いうまでもなく,独ではこれらの語の主アクセントは,すべて最終音節に置か
れるが,英では前方音節にある。なお,日本でも英語の後でドイツ語力罫学習される場合,
この影響が及ぶ可能性がある。日本語からの直接の干渉は,強弱→高低への質の交替を問
わないとしても,アーロルギー(ア頑 フロギー),エ東ルギー,ハララ副ルク,ベ万ワーヲ(ベ元
リ‘ン)などわずかの外来語例の同化で全体的傾向を伺うことができる。しばしば人名・地
名などの固有名詞が,ドイツ語文脈でも異なった,誤れるアクセント位置で発音される。
さらに日本語では音節ないしモーラがほぼ同じ長さで,比較的単調に連続するが,英・
独では主アクセント音節がリズム的に等間隔となる傾向の言語であるから,相互に影響し
8)異言語間の音声形態は同一,または類似であるが,意味が異なる語の対のこと。falscheFreunde,false
friends.Eactually@tatsachlich'/Factuellement@gegenwartig';Ffidele!treu'/Dfidel@vergniigt'
(KNoBLocH,Bd.2,S.19)
田中宏幸
60
あうことになる。日本語話者が母語の習慣を転用すれば,
いわば弾むようなリズムは,な
だらかなものに代えられ,日本人らしい音声表現になり, 原 語 の 規 範 か ら は 大 き く 逸 れ る
ことになる。
3音声干渉の程度・段階
3.0以上に示した干渉タイプ。の分類は,主としてTERNEsに拠ったのであるが,それは
聴音的アスペクトに基づくもので,外国語の音韻構造については,一般の学習者は原則的
に関知しない。しかし音声干渉が外国語の音韻規則に反する場合は,コミュニケーション
を大きく阻害することになるし,これに反して微細な音声的レヴェルの規範逸脱は,それ
ほど障害とはならないから,学習の際にはこの区分は,教授者の側では,十分に注意する
必要がある。もちろん,この間には,幾つかの中間的な段階が観察される。例えば,日本
語の外来語摂取の際にみられ完全な日本語規則・規範への同化・統合にみられるような段
階から,正確な外国語の発音に至るまでの,幾つかの段階が存在する。例えばフイルム,
フイルム,J-E(F/fir(m)m(m)],E(fllm]など数段階の発音が聞かれる。これは学習の
目的である外国語の発音からみれば,その規範からの逸れ,すなわち発音ミスの程度の大
小ということになる。しかし,この段階を客観的に,かつすべての学習のケースに適応可
能なように区分することは,容易ではない。音声領域の諸要因の複雑さ,例えば単音その
ものの特性の多様性,さらにアクセント,イントネーション,リズムなどとの関連,これ
に加えて,学習者の素質・個性・動機,学習環境・期間,教授者の側からの様々な要因な
どが加わり,一般的な干渉・ミスの段階を画一的に定めることはできない。TERNEs(S.11ff.)
は,これに関して少なくとも重度のミス,中程度のミス,軽度のミスの区別は,教育上有
益だと考えている。そして,例えばフランス語のbeau,bon,pont,bonneのドイツ語話者
による干渉に,以下に示すような三段階を指摘している。なお,第四段階は干渉が含まれ
ない正確な外国語発音を示している。
beau/bo/
bon/b6/
pont/p6/
bonne/bOn/
第一段階
(
W
o
:
)
(
P
o
:
)
(
p
h
O
:
]
(
@
o
n
)
第二段階
[
b
o
:
]
[
b
o
9
)
(
p
h
o
9
)
(bon)
第三段階
(
b
o
:
)
[
b
6
:
]
(
p
6
:
]
[bon)
第四段階
(bo)
(b6)
[
p
6
)
(
b
o
n
[
]
+
第一の段階は最も重度の干渉を示している。学習程度が低い場合にみられる状態である。
ここでは,母音の鼻音特性が欠けているが,これはフランス語では示差的な特性であり,
これが無視されるとbeau:bon,pot:pontのような音韻的な対立を損なう。これは初期の
音声干渉のタイプと程度について
61
段階で訂正される必要がある。しかし,差し当たりは口母音十鼻子音で許容される。また
無声軟破裂音の有声化もこの段階で修正されるべきだとしている。恐ら</p/:/b/の対立
を損なう恐れがあるからであろう。この段階は,まず目的言語,すなわち学習外国語の重
要な音韻的対立を確立するわけである。無声軟破裂音に反し,無声破裂音の帯気は,次の
段階で修正される。この第二段階では,さらに母音十鼻子音は正確な鼻母音に代えられる。
これらの干渉は音韻的対立は損なわないが,フランス語話者からは,かなり規範から逸れ
た音と感じられるケースである。そして第三段階では外国語の発音規範からの逸れが比較
的少ない干渉が取り除かれる。上例では,まずドイ、ソ語の音節構造の影響である音節末の
長母音が,正しい短母音に修正される。これはいわゆる音素分布の対照から生ずる干渉で
ある。さらにこの段階では音声的な細かい相違が注目される。すなわちフランス語の(0)
はドイ、ソ語音より前方で調音されるとか,bonneの[n)にはフランス語に特有な「出わた
り」A6g"鉱〃""たが存在するなどの特徴である。先述のMouLToN(a),REINなどの区分
と類似するが,音声的干渉段階を規範からの逸れの大小一これは必ずしも明確ではない
が−により二分しているのは実用的かも知れない。この程度の段階の区分が実用的であ
ろう。以下TERNEsの区分に従って,干渉修正の三段階について,日本語話者のドイツ語習
得の場合を中心に,関連する具体的な例を示したい。
3.1学習外国語の重要な音韻的対立の習得の段階
これは1.3WEINREIcHの「音素の識別不足」,1.4MouLToN(a)の「音韻的ミス」
などとして注目されてきた干渉タイプ,段階に関するもので,この「誤用」は学習の最も
初期の時期に頻発する。音韻的対立を阻害する干渉は,すでに学習の初期において,繰り
返し,強力に除去されなくてはならない。例えば次のような干渉は,この段階で修正され
るべきものであろう。
日本語→ドイツ語では,まず母音の円唇・非円唇対立無視,暖昧母音のJ/[e]/による代
置,D/b/:/v/,/1/:/r/の対立無視,D/fu-/,/hu-/,/-x/などでのJ/h/(F)による干渉な
どが注目される。D/e/:/6/:/e/→J-D/[e]/;D/U/:/ju/→J-D/[jm)/;DWein/v/:
Bein/b/→J-D/[baiN)/;DGlas/l/:Gras/r/→J-D(gmra:sIu];DFund,Hund→J-D
(FIunt([u));Dauf,auch→J-D(amF(m))などである。これに破擦音[pf]の習得な
ども必要であろう(Panne,Pfanne参照)。また子音結合,語末子音での目立つ母音挿入・
添加もこの段階の干渉とすべきであろうが,区分は必ずしも容易ではない。undJ-D(m
nto/m),StrohJ-D(IIutoro:]などの類である。なおアクセントが示差的な場合は,も
ちろん,この段階に属する力:,そうでなくても,その位置はここで修正されるべきであろ
う。分離・非分離動詞のアクセントは前者,ア7Fアマ'イト,ハラ『 デ7Fフミレレクのようなアクセ
ントは後者の例である。
英語→ドイツ語ではBach[bax)などのE-D[k]が代表的な例であるが,母音でも円
田中宏幸
62
唇母音で,このレヴェルの干渉が生ずるであろう。ドイツ語→英語では歯摩擦音(0,6]の
D-E(s,z)での代用が代表的な例である。
3.2規範から大きく逸れる音声的干渉・誤発音の修正
この段階は音韻的な対立は損なわれないが,当該言語の発音規範からかなり逸れている
ため理解されにくい干渉段階に関する。「かなり」という表現は暖昧ではあるが,当該外国
語の通常の話者が,その逸脱に気付く段階を想定すればいいであろう。この段階の日本語
のドイツ語への干渉例では,D/Si,zi/→J-D(Ii,d5i);D/ci/→J-D(tli];D/v/→J-D(w);
D/u/の円唇特性無視,D(z)に対するJ-D(dz)や,語末D(-n)のJ-D(N)による干
渉,語間のD(g)のJ(9]による干渉,D/-K(子音)/→J-D(-KV);D/KK-,-KK/->
J-D(KVK-,-KVKV)などの軽度の母音挿入,また過度の促音・溌音挿入などが挙げら
れよう。これらの干渉は,この段階で訂正される必要がある。さらに[1)の唇の丸みもこ
こで注意されるべきかもしれない。
英語→ドイツ語例では,母音の一部,また舌先・口蓋垂震音の[r,R)音への英語の(r)
による干渉,語間の[t]音の弾音による代置などは,この段階の干渉であろう。それにあ
る種の子音結合力ざ関わってくるであろう。もちろんドイツ語→英語では逆の(r)の干渉が
推定される。すなわち英語の(r)を口蓋垂震音・摩擦音(R,K)で代用する可能性がある。
しばしば日本語のラ行音もドイツ人により口蓋垂音で代用される。むしろ(1)を代用する
方が抵抗が少なく感じられる力ざ,これはやはり正書法の影響でもあろう。
この段階は,もちろん原則的には,第一段階の音韻的対立を損なう干渉を修正した後で,
考慮されるべきであろう。
3.3規範からの逸脱が少ない音声的干渉の修正
これは,いうまでもなく第一・第二の段階の干渉が克服できた後に,考慮すべき段階で
ある。この段階の干渉はコミュニケーションを妨げる事はほとんど無く,外国人説りとい
う程度に受け取られるものである。もちろん第二段階との境界は,ときに流動的ではある
が,日本語→ドイツ語では次のような干渉例が,この段階に相当するであろう。
まず長子音(すなわち溌音,促音の類),D(i,I;e,E;y,Y;j,";u,u;o,0)の広挟
の区別無視,すなわち母音調音の舌の高低・前後の位置の微妙な相違の無視,[3,g)など
のJ-D(e,a]による代用,それに音節化鼻音・流音の発音などで代置される明確過ぎる発
音などがある。さらに,実際的かどうかは分からないが,有声破裂音・摩擦音の無声軟音
も習得すれば,より正確な発音に近付くであろう。
リズム的な特色は,すでに第二段階で習得すべきであるが,より細かいリズム・音調特
色などは最後の段階で補われることになろう。
英語→ドイツ語では例えば[1]音,[t,d)の調音位置の修正などがこの段階であろう。
[t,d]についての英語のフランス語への干渉の場合は,第二段階かもしれない。
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田中宏幸
正書法についての内部的な,誤れる類推による干渉が関わってくることもある。BLooM.
FIELD(S.448)はVictorHugo(Ivikte!hjuwgow),Zwieback(IzwijbEk],Wagner
(IwEgne)などの英語の例を示している。WEINREIcH(S.28)ではgasolineを通常の日本語は
スペルの影響でgasorinとするが,聴覚的に取り入れたハワイの日本語では/gasmrin/と
するという興味深い例があげられている。−so-の原語発音はアメリカでは(s9)であるら
しい。そして,この〔9〕音を日本人は[m]として聞くと述べている。
MouLToN(a)(S.102)が挙げているzu,zeugenE-D/zu:/,/zOigen/は/ts/が英語では語
頭に立たないからという分布的要因よりも,綴りによる干渉が大きいであろう。
ドイツ語では日本語から入ったJudo(Iju:do),Kamikaze(kami'ka:tse),Sake(Iza:
ke)や英語系のJazz(jats),Quiz(kvls)'0)はこのケースであるが,もちろん前者は現今
では[d5Es]が一般化している。
日本語でも外国の固有名詞や外来語にかなりの綴字発音がみられる。Washington,London,Hamburgノ、ンブルグ,Andersenアンデルセン;barbecueバーベキュー,informationインフォメーション,labelラベル,suitスイート;Liedリード,Stockストックなど
である。この場合日本語ではローマ字または英語のスペル規則が,他の外国語の綴字に干
渉することが多いが,外国語学習の際もこの干渉がしばし観察される。なおフイルムがフ
イルム,ツァイスZeissがツアイスなどとされるのは文字の影響であろう。パーテイ→パー
テー,ディジタル→デジタルも音声的代用も関わっているが綴りにも影響されているであ
ろう。
4.2ドイツ語学習に現れる,ローマ字綴り及び英語正書法の影響は,もちろん全てが
ネガテイヴではない。すなわち,ローマ字の場合は,かなりのポジテイヴな転移力§みられ
る。なお,ドイツ語の綴字を読む際の干渉と,ドイツ語を綴る場合の干渉があるが,後者
は前者の結果でもあるから,ここでは前者のみについて概観する。
わが国で最も一般的に用いられているヘボン式ローマ字の綴りでみると,母音字ではa,
e,i,o,u,(ee,oo),子音字ではh,k,m,n,p,r,t,複合子音字ではtSがそのままドイツ語
の正書法規則に持ち込むことができる。これに発音は少々異なるがfを加えてもよかろう。
干渉を及すのは,従って,ei,ie,euなどの母音字連続,b,d,g,j,s,z,w,yなどの子音字,
それにchである。このなかでb,d,gは語末以外では干渉はない。さらに子音字重複は,
しばしば発音上,日本語式の促音,溌音の添加をひき起こしている点が注目されよう。
これに反し英語の正書法規則の干渉は,かなり観察される。ローマ字のドイツ語へのポ
ジティヴな転移の子音字例は,もちろん英語にも通用するが,母音では一部を除きほとん
ど役立たない。すなわち母音字に関しては日(ローマ字)独間の共通性の方が大きい。英語
10)これらの例はDGWによる
田中宏幸
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