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SAGD法の先駆者としてオイル サンド開発を推進するCANOS

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SAGD法の先駆者としてオイル サンド開発を推進するCANOS
カナダオイルサンド株式会社
齊藤 満
アナリシス
SAGD法の先駆者としてオイル
サンド開発を推進するCANOS
はじめに
今から 3 0 年以上前、中東戦争を機に起きたオイルショックの経験を踏まえ、将来の石油の安定供給
に資するため、官民一体となってカナダオイルサンド株式会社(CANOS)が発足した。当時からオイル
サンド層に存在する超重質油(ビチューメン)は豊富であると認識されていたが、それを地下から回収す
る技術は、一部の露天掘りを除き、確立されていなかった。試行錯誤を繰り返しながら、電気予熱法、
CSS 法を経て SAGD 法に至る道筋は決して平たんではなく、今では考えられないような原油価格の低迷
など、厳しい事業環境を耐え抜いてきた諸先輩方の努力が現在の成功に結びついている。
とりわけ、旧石油公団が長年にわたって CANOS を支援してくださった意義は大きい。幸い、石油公
団が保有していた CANOS 株式が民間に売却された後も順調に事業は続いていおり、この度、石油公団
を受け継いだ JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が発行する「石油・天然ガスレビュー」に
CANOS の歴史と現況を紹介する機会を得た。諸先輩方の努力と関係者の方々の支援に感謝するととも
に、オイルサンドになじみのない方々にとっても事業への理解に役立てば望外の喜びである。
先般、チュニジアに端を発し、IT という触媒を介して広まった中東における民主化運動とそれを押
さえ込もうとする政権側の圧力、その衝突においてはリビアのように内戦状態に突入したところもある。
数十年来、不安定な中東に石油を依存しているなかで、常温では流動性がない超重質油の回収という技
術的困難はあるが、カナダという政治、経済、社会面ではカントリーリスクの少ない国でオイルサンド
の開発に取り組むことの意義は小さくないと考えている。後述するように、操業面においてもまだ改善
と効率化の余地は残されている。まずはハンギングストンの拡張開発計画を着実に遂行することが現在
の課題であるが、さらには他の未開発鉱区への展開にも取り組み、将来への事業基盤を築きたいと願っ
ている。
1. 現況
カナダオイルサンド(株)
(CANOS)は 1 9 7 8 年に国と
ており、JACOS が参加した 1 9 7 8 年当時は Suncor およ
経済界の強力な支援を受け、当時の石油公団と民間各社
び Syncrude が露天掘りによる採掘を行っているのみで
により設立され、現地法人 Japan Canada Oil Sands Ltd.
あった。ビチューメンの資源量は 1,7 0 0 億バレルと言わ
(JACOS)を通じて、オイルサンド事業に取り組んでき
れているが、露天掘りが経済的に適用できるのは貯留層
た。
深度 7 0 m程度未満のオイルサンドに限られており、資
オイルサンドとは、カナダ西部に分布する重質で粘性
源量全体の 2 0 %にしか相当しない。より高深度のオイ
の高い原油を含んだ砂のことで、そのオイルサンドより
ルサンドからビチューメンを生産するため、JACOS は
ビチューメンという超重質油を抽出 ・ 生産するのがオイ
油層内回収法の商業的実現を目指し、事業に着手した。
ルサンド開発事業である。ビチューメンは、比重 8 ~
後 述 す る が、 さ ま ざ ま な 回 収 法 の 試 行 錯 誤 の 末、
1 0 度 API で、貯留層内の温度では水より重く、流動性
JACOS がたどりついたのは、Steam Assisted Gravity
を持たないほど粘性が高いため商業的生産は困難とされ
Drainage 法(SAGD 法)であった。JACOS は、カナダ ・
1 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
フォートマクマレー
JACOS ハンギングストン鉱区
ALBERTA
CANADA
カルガリー
バンクーバー
出所:カナダオイルサンド(株)
図1 ハンギングストン鉱区位置
各月平均日産量と累計生産量
(1999年7月∼2010年12月)
月間平均日産量
累計生産量
各月の平均日産量(b/d)
累計生産量(MMbbls)
24
22
10,000
20
18
8,000
16
14
6,000
12
10
4,000
8
6
2,000
4
2
0
1999/7
0
2000/7
2001/7
2002/7
2003/7
2004/7
2005/7
2006/7
2007/7
2008/7
2009/7
2010/7
出所:カナダオイルサンド(株)
図2 3.75 セクションのビチューメン生産量推移
2011.5 Vol.45 No.3 2
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
アルバータ州北部のフォートマクマレー地区の南南西
5 2km に位置するハンギングストン鉱区(図 1)の通称
(MMC$)
300
3.7 5 セクション地域に 1 0 0 %権益を保有し、1 9 9 7 年よ
250
り SAGD 法適用の実証実験を行い、1 9 9 9 年に生産開始
200
を実現、以降段階的に生産施設、坑井の追加を行いな
150
がら、1 0 年以上にわたり操業を続けている。現在は、
100
2 1 ペア(上下に配置されたスチーム圧入井と生産井)よ
り日産約 7,0 0 0 ~ 8,0 0 0 バレルのビチューメンを生産し
ており、2 0 1 0 年末までの累計生産量は 2,3 0 0 万バレル
を超えている(図 2)。
50
0
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010年
出所:カナダオイルサンド(株)
1 9 9 7 年当時、SAGD 法の技術は商業的には実証され
ておらず、JACOS の 3.7 5 セクション地域の他には、ア
図3 JACOS 売り上げ推移
ルバータ州政府主導の研究プロジェクトである UTF プ
ロジェクト、
AEC(現Cenovus)
のFoster Creekプロジェ
クト、Shell の Peace River プロジェクトがパイロットテ
JACOS は、更なる発展を目指し、3.7 5 セクション地
ス ト を 実 施 し て い た 程 度 で あ り、JACOS は ま さ に
域に隣接するエリアでカナダ企業 Nexen をパートナー
SAGD 法のパイオニアであったと言える。
として拡張開発事業(JACOS7 5 %、Nexen2 5 %)の準備
生産量の増加に伴い、2 0 0 2 年時点で「試験生産事業」
を進めている。これにより、既存操業に加え日産2万5,000
と し て の ス テ ー ジ は 終 了 し た と 認 識 し、JACOS は、
~ 3 万バレル(JACOS 取り分 1 万 8,7 5 0 ~ 2 万 2,5 0 0 バレ
2 0 0 3 年より商業的生産事業に移行した。2 0 0 5 年以降の
ル)程度の生産量の追加を期待している。当該拡張開発
世界的な原油価格の上昇に支えられ、順調に業績を伸ば
事業の進展に伴い、従業員数も、アルバータ州カルガリー
し、近年では年間 2 億カナダドル程度の売り上げを実現
市の本社と現場を合わせ、現在の 1 0 0 人規模の態勢から
しており、2 0 1 0 年には、SAGD 法の実証実験開始以来
ピーク時にはこの 2 ~ 3 倍となり、名実ともにカナダに
の投資額の回収を終えた
(図 3)
。
おける油層内回収オイルサンド生産の中核企業となる。
2. プロジェクトの発足と進展
既述のように、CANOS は 1 9 7 8 年に設立されたわけ
て、1 9 7 8 年 1 2 月、石油公団(1 9 7 8 年 6 月に石油開発公
だが、それは官民合わせての国家プロジェクトのスター
団より改称)と産業界 6 2 社の出資を受け、カナダオイル
トであった。
サンド(株)が設立され、国家プロジェクトとして、こ
1 9 7 7 年、既に先駆者としてアルバータ州コールドレ
れにあたることとなった。このプロジェクトは、上記
イク地域でオイルサンドの共同開発研究に取り組んで
カナダ企業 3 社の頭文字と、カナダオイルサンド(株)の
いた日本オイルサンド(株)(株主は石油開発公団、石
現地法人である Japan Oil Sands Alberta Ltd.(現 Japan
油資源開発(株)、芙蓉石油(株)、出光興産(株)他 7 社)
Canada Oil Sands Ltd.=JACOS)の J を合わせ、PCEJ プ
に 対 し、 当 時 カ ナ ダ 国 営 石 油 会 社 で あ っ た Petro-
ロジェクトと称されている(図 4)。
Canada(現 Suncor)が、Canada- Cities Service(Canadian
PCEJ プロジェクトとしては、1 9 7 9 年より 1 9 8 3 年に
Occidental を経て、現 Nexen)、Esso(現 Imperial)と 3
かけては、電気予熱法、1 9 8 3 年から 1 9 9 2 年にかけては、
社で共同保有するアルバータ州アサバスカ地域の 1 2 4
Cyclic Steam Stimulation 法(CSS 法)の実証実験を行っ
万エーカーの鉱区でのオイルサンド油層内回収法の共
てきたが、その後の油価低迷を受け、JACOS 以外のパー
同開発研究参加につき申し入れを行った。折しも第 2 次
トナーは実験から撤退し、1 9 9 2 年以降 1 9 9 4 年まで単
石油危機の最中であったという時代背景を受けて、こ
独で実験を継続することになった。
れに参加する方向での準備がなされ、その受け皿とし
また、この単独実験と時期を同じくして、1 9 9 2 年か
3 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
ら 1 9 9 7 年にかけて、アルバータ州政府と民間会社 9 社
いた地域(現在のハンギングストン鉱区 3.7 5 セクション
(CANOS の筆頭株主である日本企業の石油資源開発
地域)での SAGD 法適用実証実験を開始した(図 5)。ハ
(株)を含む)によって、アサバスカ地域での SAGD 法の
ンギングストン鉱区は UTF プロジェクト実施地域より
適用に係る実証実験プロジェクト(Underground Test
もオイルサンド層の不均質性が高く、そうした鉱区で
Facility = UTF プロジェクト)
が実施された。
SAGD 法を適用するにはオイルサンド層の賦存状況を慎
UTF プロジェクトの結果、アサバスカ地域における
重に評価した上で坑井を配置することが重要である。試
SAGD 法 の 適 用 可 能 性 が 実 証 さ れ た こ と を 受 け、
行錯誤の上そのノウハウを蓄積し、1 9 9 9 年に SAGD 法
JACOS は 1 9 9 7 年に、単独で CSS 法実証実験を行って
によるビチューメン生産に成功し、2 0 0 3 年からいわゆ
る「商業」生産を開始するに至った。2 0 0 5 年には、石油
公団がカナダオイルサンド(株)の保有株式(当時の保有
比率約 7 2 %)の売却を行い、ナショナルプロジェクトは
民間プロジェクトへと、その形態を変えていくことにな
る。
CANOS/JACOS は、2 0 0 1 年に Foster Creek プロジェ
クトでの生産を開始した Cenovus(旧 EnCana)と並ん
で、アサバスカ地域での SAGD 法によるオイルサンド
生 産 の パ イ オ ニ ア と 言 わ れ て い る。 そ の 後、他 社 も
SAGD 法でのプロジェクトを次々と立ち上げ、現在アサ
バスカ地域でSAGD法による生産を行っているプロジェ
クトは JACOS、Cenovus のプロジェクトを含め 1 2 を数
え、六つのプロジェクトが建設中、4 0 近いプロジェク
トが開発許可申請取得済み、あるいは申請中という状況
になっている(表)
。
出所:カナダアルバータ州政府 HP
表
図4 カナダアルバータ州オイルサンド賦存図
オペレーター
生産
開始年
生産キャパシティ
(bbl/d)
Connacher
2010
10,000
Christina Lake
Cenovus
2003
58,000
Christina Lake
MEG
2003
25,000
Suncor
2004
95,000
Foster Creek
Cenovus
2001
120,000
Great Divide
Connacher
2007
10,000
Hangingstone
JACOS
1999
10,000
Jackfish
Devon
2007
35,000
Leismer
Statoil
2011
10,000
プロジェクト
1970
PCEJ Phase 1
電気予熱法
1980
‘70
PCEJ Phase 2
CSS法(シングル ウェル テスト)
PCEJ Phase 3
CSS法(マルチ ウェル テスト)
JACOS
CSS法(マルチ ウェル テスト)
JAPEX/JACOS
SAGD 法(UTFプロジェクト)
JACOS
SAGD法デモンストレーション プロジェクト
1990
2000年
‘83
‘83
‘88
Algar
Firebag
‘88
‘92
‘92
‘94
‘92
‘97
‘97
出所:カナダオイルサンド(株)
図5 オイルサンド開発方法の時系列推移
アサバスカ地域での生産中
SAGD プロジェクト
Long Lake
Nexen
2007
72,000
Mackay River
Suncor
2002
33,000
ConocoPhillips
2007
27,000
Surmont
出所:JuneWarren-Nickle's energy group
2011.5 Vol.45 No.3 4
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
3. 採収技術開発の取り組みの変遷
3.1 電気予熱法
収法としては初めて、コールドレイク地域での商業生産
CANOS は 1 9 7 8 年の設立以来およそ 2 0 年間にわたっ
に成功した。同地区では、現在でも 3,0 0 0 本以上の CSS
て現地法人の操業会社である JACOS を通じ、一貫して
坑井が操業中である。PCEJ グループは、アサバスカ地
油層内回収法に着目し、電気予熱法や CSS 法などの現
域で CSS 法のテストを行ったが、圧入したスチームが
場実験を重ねてきた。
ターゲットよりも浅いところに移動してしまって効率的
電気予熱法は、当時アサバスカ地域での適用が検討さ
にビチューメンを温めることができず、結局これも商業
れていた水蒸気攻法の準備工程として試された手法であ
化には至らなかった。
る。水蒸気攻法とは、油層に 2 本の垂直井を掘って、片
方の井戸からスチームを押し込み、
もう一方の井戸から油を回収する方
法である(図 6)
。理想的には圧入井
から押し込んだスチームによってビ
チューメンを温めて流動性を高め、
Production Fluids(Oil,Gas and Water)
Separation and Storage Facilities
Stack Gas
Scrubber
Steam Generator
Production Well
Injection
Well
それを生産井に向かって押しやって
いくことで生産を促進したいのだ
が、アサバスカ地域のビチューメン
は油層温度では非常に粘性が高いた
め、スチームをオイルサンド層に押
し込むことが困難である。そこで、
Steam and
Condensed Water
オイルサンドの電気抵抗が大きいと
Hot
Water
Oil and
Water Zone
Near Original
Reservoir
Oil
Bank Temperature
いう性質を生かし、生産井と圧入井
の間に電気を流すことでビチューメ
ンを温めて、スチームが押し込むこ
とができる程度の流動性を持たせる
出所:U.S. Department of Energy
テストを実施した。しかし、予熱す
るのに 1 0 カ月もかかってしまって、
図6 水蒸気攻法の概念図
商業化は経済的に難しいことが判明
した。
3.2 CSS 法
Stage1
STEAM INJECTION
Stage2
SOAK
CSS 法とは Cyclic Steam Stimulation の略称で、①オ
イルサンド層に掘った井戸からスチームを圧入する(ス
テージ 1:図 7 左)、②その後井戸を閉じてしばらく放
置し、
スチームの熱がビチューメンに伝わるのを待つ(ス
テージ2:図7中央)
、
③温まって流動性を持ったビチュー
メンを、スチーム圧入に使用した井戸を通してくみ上げ
る(ステージ 3:図 7 右)という一連の工程をワンサイク
ルとし、何回もこのサイクルを繰り返してビチューメン
を回収する手法である。圧入された高温のスチームは、
オイルサンド層の中に割れ目をつくりながら広がってい
き、ビチューメンを温める。Imperial(ExxonMobil の子
会社)は、この CSS 法によって、熱を利用した油層内回
5 石油・天然ガスレビュー
出所:Imperial Oil
図7 CSS 法の概念図
Stage3
PRODUCTION
アナリシス
3.3 SAGD 法
実証プロジェクトであり、プロジェクトが開始された頃
このような試行錯誤の末、1 9 9 0 年代前半に油価が低
は地上から SAGD 用の水平井を掘削する技術がなかっ
迷した時期にパートナー 3 社が CSS プロジェクトから撤
たため、オイルサンド層の比較的浅い地域を選定し、地
退してしまった。その後、JACOS がプロジェクトのオ
表から 1 5 0m 程度の石灰岩層まで立て坑を掘り、地下ト
ペレーターを引き継ぐ一方で、1 9 9 0 年代初頭よりアル
ンネルに掘削機を搬入して水平坑井を掘削した。
バータ州政府と民間企業 9 社で進められていた共同研究
SAGD とは Steam Assisted Gravity Drainage の略称
事業である UTF(Underground Test Facility)プロジェ
で、深度の異なる 2 本の並行した水平井をオイルサンド
クトに、当時 CANOS の親会社であった石油公団と操業
層に掘削し、片方の井戸から連続的にスチームを入れな
面の主幹事会社であった石油資源開発株式会社が参加し
がら、もう片方の井戸から連続的に油を生産するという
た。UTF プロジェクトとは、現在アサバスカ地域で主
回収方法である。図 9 右の断面図に示したように、縦に
力の油層内回収法となっている SAGD 法のフィールド
配列された 2 本の水平井のうち、上部の水平井より圧入
されたスチームは貯留層内でスチームチャンバーを形成
し、スチームチャンバーとビチューメンの境界付近にお
いて、スチームは隣接するビチューメンに蒸発潜熱を与
えて凝縮する。この凝縮水と加熱されて流動性を得たビ
チューメンは周辺のスチーム(気相)よりも重いため、貯
留層内を流下していき、最終的には下部の水平井を通じ
て地上へくみ上げられる。一方で加熱されたビチューメ
ンが流下した後のボイドスペースはスチームで満たされ
(つまり生産が進むにつれてスチームチャンバーが拡大
する)
、そのスチームによって更に外側のビチューメン
が加熱されるというプロセスが連続的に進行するのが
SAGD 法の特徴である。
出所:AOSTRA(Alberta Oil Sands Technology and Research
Authority)
UTF プロジェクトでの成功を機に、SAGD 法はアサ
バスカ地域で唯一有効な油層内回収法として広まって
いった。そして JACOS は 1 9 9 7 年に単独鉱区である 3.7 5
図8 Underground Test Facility
SAGD 法概念図
セクションでSAGD法のデモンストレーションプロジェ
クトを手掛けた。
SAGD 法断面図
出所:石油資源開発株式会社
図9 SAGD 法の概念図と断面図
2011.5 Vol.45 No.3 6
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
4. 地質モデル構築と貯留層評価
1 9 7 8 年にオイルサンド開発事業に参入した CANOS
しての貯留層は厚くても多数の泥岩薄層が存在する坑井
は、第 3 章に記したように、電気予熱法
(1 9 7 9 ~ 1 9 8 3)
では生産性が低かったり、あるレベルの生産レートに達
や CSS 法(シングル坑井テスト 1 9 8 3 ~ 1 9 8 9、マルチ坑
するまでにより多くの期間を要するなどの事象が確認さ
井テスト 1 9 9 0 ~ 1 9 9 4)を試行してきた。当時のオイ
れた。
ルサンド資源量評価では、オイルサンド層全体の厚さに
こうした経験を通じてオイルサンド層内の岩相変化
主眼が置かれ、オイルサンド層中の細かな岩相変化につ
が地質リスクとして認識されるに至り、2 0 0 2 年にシー
いて深く議論されることはなかった。
ケンス層序学の概念と 3 次元地震探査および高精度深度
1 9 8 7 年、アルバ―タ州政府主導による SAGD 法実証
変換法を用いた地質リスクの定量的な解析が導入され
試験プロジェクト(UTF Project)のフェーズ A(5 0 m
た。3 次元地震探査の解析においては、坑井を用いたマ
水平井テスト)が開始され、CANOS は 1 9 9 2 年にフェー
ルチ・アトリビュート解析(坑井位置で推定される物性
ズB(500m 水平井テスト)
から参加した。SAGD法では、
値と地震探査応答の関係から、坑井の存在しない位置
油層内でのスチームの自然な上昇に依存するという技術
での物性値を推定する手法)によって、貯留層の上限と
的な制約があるため、オイルサンド層を構成する個々の
下限が精度高く求められるようになり、また一定の厚
砂岩層や砂泥互層の評価が重要であるという認識が当初
さ以上の挟在泥岩が推定できるようになった(図 1 0)。
からあり、堆積学的な岩相の分類に基づくネットペイの
更に、シーケンス層序学的枠組みのなかで、広域に存
算出は行われていた。更に、フィールド実証試験が進む
在する可能性が高く、SAGD 法による生産においてハ
と、砂泥互層のうち泥岩の卓越する岩相においてはス
イリスクとなる泥岩と、分布が局所的な泥岩の識別が
チーム上昇が停滞することが判明し、泥岩に挟まれる砂
ある程度可能になった。
岩が回収の対象とならないことが分かってきた。ネット
一方で、2 0 0 2 年に 3 次元地震探査を実施した同じ試
ペイという観点ではこの考え方が取り入れられたが、そ
験生産地域において、SAGD 法によるスチームの影響を
れらが地質リスクであるという認識はまだ低かった。
受けた領域を広域的に把握するために、2 回目の 3 次元
1997年になると現地操業会社JACOSは、
オペレーター
地震探査が 2 0 0 6 年に実施された。SAGD 法実施前後の
としてハンギングストン鉱区の 3.7 5 セクションにおけ
地震探査記録を比較、解析した結果、SAGD 水平井ペア
る SAGD 法試験生産プロジェクトに着手した。1 9 9 9 年
付近ではスチーム圧入に伴う孔隙圧や温度の上昇に起因
に始まった試験生産を通じて、貯留層の厚い部分ほど生
する地震波応答の明瞭な変化を検知することができた
産性が高いことが実証された一方で、貯留層内に存在す
(図 1 1)。これら 2 度の 3 次元地震探査は(独)石油天然
る泥岩の分布が生産性に与える影響、すなわち、総体と
ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の操業現場技術支
出所:石油技術協会創立 70 周年記念出版 111-123
地震探査データに基づくオイルサンド
図10 貯留層分布予測モデル
7 石油・天然ガスレビュー
きょうざい
出所:石油技術協会誌 74(1)61-70
2002 年と 2006 年における
図11 往復走時の差
アナリシス
援事業として、同機構と JACOS が共同で実施したもの
近傍の流体挙動等さまざまな要因が影響を与えているこ
である。
とが確認されている。
図 1 2 に示す地下の岩相モデルをはじめとする一連の
以上に記した取り組みを通じて、オイルサンド層に関
成果は、マルチディシプリナリーなチームで共有できる
する知見が広がるなかで、課題も浮き彫りになってきて
ように可視化されており、チーム内における認識の共有
いる。SAGD 法において、スチーム上昇の障害となる貯
化のツールとなるとともに、詳細な開発計画
(坑井配置)
留層内の挟在泥岩の分布範囲を把握することが重要であ
や生産挙動シミュレーションへの地質モデルの提供など
るが、分解能に限界がある地震探査のみから薄い泥岩の
の場面にも有益な情報を提供している。
分布を一義的に推定することは困難である。こうした問
可採鉱量および生産プロファイル予測においては、
題に対して、坑井における詳細な地質データと地震探査
SAGD 法が非等温過程であることから、物質収支ととも
データを統合した堆積モデル、同モデルに基づく地球統
に熱収支を考慮したシミュレーターが不可欠であり、シ
計学を用いた統計的地質モデルの構築、更には貯留層モ
ミュレーション技術の向上を図っている(図 1 3)。これ
デルの構築へと展開することを目指した 3 次元油層シ
らの結果から SAGD 水平井の生産挙動と温度分布が再
ミュレーション技術の開発を行っている。
現され、SAGD 法による生産挙動は、地質不均質性とと
もに非卓越相であるガス・水層の相対浸透率および坑井
inj-c
OBA1
270.00
263.00
256.00
OBA5
249.00
OBA4
242.00
OBA3
235.00
228.00
OBA2
221.00
214.00
prod-t
207.00
200.00
出所:石油技術協会創立 70 周年記念出版 111-123
出所:カナダオイルサンド(株)
油層シミュレーションによるスチーム
図12 堆積相分布モデル
図13 チャンバー形成の再現
5. 水平井掘削と採収操業
5.1 水平井の展開
掘削装置(スラントリグ)を用いる必要があった。
3.7 5 セクションは貯留層深度が 3 0 0m 程度と深いこと
スラントリグによる傾斜スパッド掘削では、全ての
もあり、UTF プロジェクトとは異なる地表からの掘削
パイプ類を傾いた状態で取り扱う必要があるため、垂
を決意し、最初は 2 ペアから着手した。その後順次水平
直スパッド掘削と比べて坑口作業に時間を要し掘削コ
坑井を追加しこれまでに 2 3 ペアを掘削した。SAGD 法
ストが割高になってしまうほか保安上のリスクも高い。
では2本の水平井を一定の間隔で掘削する必要があるが、
そこで最初の 8 ペアの傾斜スパッド掘削から得られた知
1 9 9 9 年当時の掘削技術では坑井傾斜の増加率に制限が
見と、当時の最新掘削技術を駆使して、2 0 0 3 年に初め
あり、地表面から坑井傾斜を付けるために櫓が傾斜した
て垂直スパッドによる掘削に挑戦・成功し、掘削作業
やぐら
2011.5 Vol.45 No.3 8
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
の効率化と保安面で
の改善を実現した。掘
削の手順としてはま
ず下位の生産井を
MWD(Measurement
While Drilling)ツール
で坑井の傾斜 ・ 方位を
モニターしつつ掘削
し、次いで上位の圧入
井 を MGT(Magnetic
Guidance Tool)ツール
の信号を検知し、双方
の位置関係を確認し
ながら、5m 間隔で平
行に掘り進めるわけ
で、これらの手法にも
習熟し設計どおりの
掘削が可能になった。
出所:石油資源開発株式会社
5.2 生産挙動
オイルサンド層は極
図14 SAGD 水平井の坑内図
めて高い浸透率(1 0 ダ
ルシー・レベル)であ
るもののビチューメンが当該対象地域では油層温度(約
因だった。
1 1 ℃)で数百万センチポワズ(cp)と高粘性であるので流
その後、生産性の改善と貯留層評価技術の確立のため
動しない。これを加熱し粘性を下げる(1 0cp@2 3 0 ℃)こ
にさまざまな努力を重ねた結果、追加水平井ペアの成果に
とで流動性を持たせるのがスチーム圧入法の基本であ
よりSAGDメカニズムに対し確信を持つに至ったが、この
る。SAGD 法では既述のように水平坑井からの圧入ス
経験は、その後周辺鉱区で次々と立ち上がったSAGD法に
チームが重力差で上方に移動しつつスチームチャンバー
よるオイルサンド開発プロジェクトにとっても、貯留層
を形成・拡大するメカニズムである。生産・圧入挙動は
評価の重要性を認識する重要な経験であったと言える。
垂直方向の浸透率に支配され、
また重力排油であるので、
加えられる差圧は限定的であるなどの特徴がある。した
5.3 操業の改善と効率化
がって、通常原油の生産に際しては問題視されないよう
①スチームコーニング対策
な薄い泥岩の
「挟み」
の存在が致命的な影響を与えること
SAGD 法では、貯留層に圧入したスチームがビチュー
もある。
メンの加熱に使用されず、直接生産井に流入してしまう
JACOS の経験でも最初の 2 ペアは予想以上の挙動を
ことをスチームコーニングと呼んでいる。スチームコー
示したとはいえ、次の 3 ペアでは泥岩の影響により生産
ニングが発生すると、熱効率(SOR)が悪化するだけでな
量が大幅に予想を下回る結果となり、一時は SAGD 法
く、生産流体の温度が上昇してガス相(スチーム)の流量
のメカニズムそのものが疑問視されるところであった。
が増えるため、プラントへの流体移送にも悪影響を及ぼ
当時は SAGD 法が実用化されたばかりで、浸透性の高
す。3.7 5 セクション操業では生産井周辺が常に液相(すな
い砂岩が厚く発達している場所で行われた UTF プロ
わち凝縮水とビチューメン)
で満たされている状態に保つ
ジェクト以外にほとんど前例がなく、3.7 5 セクションの
ことで、生産井へのスチーム流入を防止している。オペ
オイルサンド層に比較的多く含まれる浸透性の低い泥岩
レーション上の制御方法としては、生産井温度をスチー
や、オイルサンド層の厚さの影響を考慮するデータがな
ム圧力で定まるその飽和温度より十数℃~数十℃低く保
かったことが、このような予想外の低生産性を招いた原
つよう生産レートをコントロールしており、この温度差
9 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
をサブクールと呼んでいる。
起こすことがある。3.7 5 セクションで稼働中の坑井にお
3.7 5 セクションでは、個々の坑井の地質的特徴や坑井
いても、一時的ながら顕著な砂の生産が確認されている。
デザインに合わせて最適なサブクールで操業を行ってい
過去には大量の砂で坑井が閉塞されて、生産ができなく
る。しかし実際の操業においては、生産井の水平全区間
なったという経験もあるが、いずれのケースも大がかり
にわたって理想的な液相コラムを保つことは難しく、あ
な改修ではなく、坑井内で水を循環するなどしてたまっ
る特定の個所でスチームコーニングが発生することがあ
た砂を除去することに成功している。また、これまでの
る。スチームコーニングは、水平区間のなかで特に貯留
操業実績から、一度砂を生産した坑井であっても、適切
層性状がよい(浸透性が高い)個所や、圧入井 / 生産井間
な坑井コントロールにより砂生産前のレベルにまで生産
の圧力差が大きい個所で起こりやすいと考えられている。
レートを回復可能であることが確認されている。
3.7 5 セクションでは、水平井沿いの圧力分布をできるだ
また砂の流入を防止するための坑井デザインについて
け均一に保つために坑井の口径を大きくしたり、スチー
も、継続的に最適化が図られている。操業を開始して最
ムコーニング発生個所の圧入井 / 生産井間の圧力差を小
初の 6 年間は主に Wire wrapped screen と呼ばれる、孔
さくするために、圧入 / 生産の方法を工夫したりするな
の開いたパイプに細い鉄線をコイル状に巻きつけた形状
どの最適化を図っている。
のパイプを使用していたが、その後設置時の破損リスク
あな
が低い slotted liner と呼ばれるスリット状の切り目を入
②砂による生産障害
れたパイプを導入し、その実用性を検証中である。ハン
オイルサンド層の地層は、もともと固まっていないき
ギングストン拡張開発では、これら 3.7 5 セクションで
め細かな砂からできているため、時にこの砂がビチュー
の経験を基に最適化された坑井デザインを適用する計画
メンや凝縮水と一緒に坑井に流れ込んでトラブルを引き
である。
6. 熱効率の改善
6.1 SAGD 法における熱効率
去する必要があるが、水処理を行うためには生産水の
SAGD 法によるオイルサンド開発では、原始状態で
温度を 1 0 0 ℃以下にまで下げなければならない。生産
は温度が低くほとんど流動性を持たないビチューメン
水を冷却する際、生産水から放出される熱をスチーム
に対し、高温の水蒸気を圧入することによってビチュー
原料水の予熱に利用すれば、ボイラー燃料の使用量を
メンの粘性を下げる必要があるが、スチームを生成す
削減することができるので、生産水 / スチーム原料水間
るためのボイラー燃料コストが操業費の大部分を占め
で効率よく熱交換を行うことが重要となる。
るため、いかに少ないスチームでビチューメンを生産
一方で 1 9 9 9 年の操業開始以来、プラント操業にとっ
するか、またいかに少ないボイラー燃料でスチームを
て常に悩みの種となってきたのが、生産水に含まれる
生成するかが、プロジェクトの経済性を保つ上で重要
貯留層由来の水溶性有機物の存在である。現在の技術
な要素となる。以下に 3.7 5 セクションで行われてきた、
では、水処理工程で経済的に水溶性有機物を完全除去
貯留層内および地上施設における熱効率を改善するた
することができないので、3.7 5 セクションではボイラー
めの取り組みについて紹介する。
内でのスケール析出を防止するために、スチーム原料
水の一部は熱水の状態でボイラーを通過させるという
6.2 プラント熱効率の改善
運転方法を採っているが、操業開始当初は水溶性有機
3.7 5 セクションで圧入されているスチームの温度は
物を多く含んだブローダウン水(ボイラーから出てくる
2 5 0 ~ 2 6 0 ℃であるが、貯留層内でビチューメンに熱
熱水)をうまくリサイクルできず、結果としてボイラー
を与えて凝縮し、熱水としてビチューメンとともに生
配管内にスケールが析出してボイラーの熱効率低下や
産されるまでにその温度は 2 0 0 ℃程度にまで低下する。
配管の破損を招いた。そこでブローダウン水の処理工
この生産水には微量の油分や硬水イオンが含まれてお
程を見直した結果、システム内の水溶性有機物濃度を
り、スチーム原料として再利用するためにこれらを除
低下させることに成功し、高いボイラー熱効率を維持
2011.5 Vol.45 No.3 10
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
しながら安定的に運転することが可能になった。
6.4 スチーム / ガス混合圧入
こうした改善点以外にも、プラントの運転状況をモ
低圧操業以外の熱ロス低減策として、スチームにガス
ニタリングしながら、熱交換器のクリーニング方法や
を混合して圧入するという方法が考えられる。貯留層に
クリーニングスケジュールなど機器の維持管理につい
圧入されたガスがスチームチャンバーの上部に滞留し、
て最適化を図ることで、1 バレルのスチームを生成する
貯留層の上部へ熱が逃げるのを防ぐ、いわゆる断熱材の
ために必要な熱量が 0.4GJ という高いプラント熱効率を
役割を果たすことが期待されるのだが、その一方でガス
達成・維持している。現在もブローダウン水処理プロ
はスチームチャンバー側方のビチューメンへの熱伝達を
セスの改善計画が進行中で、更なるシステム内の水溶
も妨げて生産性を悪化させる可能性があるほか、UTF
性有機物濃度低下によるボイラーの熱効率改善が期待
での経験から圧入ガスがスチームチャンバーの外にリー
される。
クしてしまう可能性も指摘されている。これらガス混合
圧入の長所と短所を定量的に評価する目的で、3.7 5 セク
6.3 低圧操業
ションのなかでも比較的操業期間の長い SAGD 圧入井
SAGD 法や CSS 法など、貯留層にスチームを圧入し
に対して、スチームに数パーセントのメタンガスを混合
てビチューメンを採収する手法では、そのプロセスの
したものを圧入し、ビチューメンの生産レートや SOR、
熱効率の指標として SOR(Steam Oil Ratio:スチームの
貯留層内の温度分布などをモニタリングするパイロット
圧入量とビチューメンの生産量の比率)が用いられる。
テストを実施してきた。これまでのテスト結果によって、
SAGD 法では、貯留層に圧入されたスチームが持つ熱
ガス混合圧入により生産性を大きく損なうことなく
のおよそ 1/3 が、ビチューメンに伝わることなく貯留層
SOR が改善されることや、圧入ガスは一時的にスチー
の外へ逃げてしまうと言われているが、この熱のロス
ムチャンバー上部に滞留するものの、一定時間が過ぎる
を少なくすることによって SOR を改善することが可能
とスチームチャンバー外へ流出することが確認されてい
だと考えられている。貯留層に圧入されたスチームは、
る。現在もテストは継続中であり、ガス圧入エリアの拡
ビチューメンや地層に熱を加えて凝縮するまでの間、
大やハンギングストン拡張開発への適用を視野に入れ、
飽和蒸気の状態で存在する。すなわちスチームの圧力
ガス混合圧入プロジェクトの経済性について評価を行っ
を下げればスチームの温度も低下するので、スチーム
ている。
の圧力を下げてスチームチャンバーと貯留層に接する
地層との温度差を小さくすることで、貯留層外への熱
6.5 スチーム / 溶剤混合圧入
のロスを軽減することができる。
スチーム使用量を削減するために、現在広く研究され
この概念に反して 3.7 5 セクションでは、1 9 9 9 年の生
ているのが溶剤(solvent)のオイルサンド層への圧入で
産開始以来一貫して高圧スチーム圧入を実施してきた。
ある。これは溶剤を貯留層内のビチューメンに溶解させ
これはUTFの生産挙動から推定された貯留層性状変化、
ることによってビチューメンの粘性を下げて生産する方
すなわちスチーム圧入に伴う圧力・温度変化によって
法であるが、地下に存在する状態で溶剤とビチューメン
貯留層内の砂粒が変位し、生産性が改善されるという
を効率よく接触させ影響エリアの拡大スピードを上げる
考え方に基づいたものである。しかし、この砂粒の変
ことが鍵となる。フィールド実験では、熱によるビチュー
位は、現象としての存在は認められるものの、果たし
メンの粘性低下と溶剤による粘性低下の両方を同時に期
て SAGD プロセスにどの程度影響を与えているものな
待するスチーム / 溶剤の同時圧入法がいくつかのプロ
のか、業界内でも十分に理解されているとは言い難い。
ジェクトでテストされている。しかし、貯留層内でのビ
3.7 5 セクションでは、これまでスチーム圧力を低下さ
チューメンと溶剤の反応についてはまだ十分なメカニズ
せるテストを行って SOR や生産性に対する影響につい
ムの解明が行われていない。そこで JACOS は民間石油
て検証しているが、操業上の制限から十分にデータが
会社と大学に呼びかけてリサーチコンソーシアムを発足
取得されている状況ではなく、いまだ結論には至って
させ、溶剤とビチューメンの相挙動に関するデータバン
いない。現在も一部の坑井で低圧のスチームを圧入す
クの構築に取り組んでいる。また、水蒸気に代わって溶
るテストを行っており、このテスト結果がハンギング
剤を用いることにより水の使用量を大幅に削減できるこ
ストン拡張開発における最適スチーム圧力の評価に資
とは、溶剤利用の大きな魅力の一つである。
することが期待される。
11 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
7. 環境保全
SAGD 法による油層内のビチューメン回収法は、露天
るため、通常の原油の生産現場と比べると、大規模なス
掘りのような大規模な土木作業を必要としないことか
チーム発生装置があるのが特徴である。
ら、環境に与える負荷が比較的小さいと言われている。
スチームの原料は水であるが、地表を流れる川の水を
以下、JACOS の現場について説明する。
利用することは一切許されていない。そもそも SAGD
SAGD 法の水平坑井ペアは、それぞれ坑井基地に設置
法では生産ビチューメンの数倍のスチームを使用するた
した施設に接続され、圧入するスチームと生産された流
め、川を流れる水では絶対量が足りない。そこで地下水
体の圧力・温度・流量を計量した後、中央プラントに送
をくみ上げてスチームの基となる水を調達するわけであ
られる。操業エリアには 2 カ所のプラントがあり、それ
るがその取水量は限られている。更にプロセスの過程で
ぞれプラント 1、プラント 2 と呼ばれ、日産 2,0 0 0 バレル、
廃水が生じるが、廃水を圧入できる層の能力もまた限ら
8,0 0 0 バ レ ル の 処 理 能 力 を 持 つ。 プ ラ ン ト 1 は Petro-
れている。このため、廃水量は極力少なくしなければな
Canada(現 Suncor)が CSS 法のパイロットプラントとし
らない。周辺への環境配慮の観点もあり、生産水はリサ
て使っていた施設を改造して 1 9 9 9 年より、一方プラン
イクル処理してスチーム発生装置の供給水とすることが
ト2は新規に建設され2000年よりそれぞれ稼働開始した。
開発へ向けての絶対条件となった。実際、地上施設の大
現場周辺の表土はマスケグと呼ばれ、北のツンドラと
半は、水のリサイクル施設と呼んでも過言でない。これ
南の針葉樹林の移行地域であり苔が群生する湿地帯であ
までのところ、初期トラブルを除くと大きな問題もなく、
る。夏季は地表がスポンジ状になるため軽車両の進入は
順調に運転が続いている。なお操業開始当初は廃水ゼロ
もちろん、人の歩行すら困難であるが、冬季は凍結する
を目指し、廃水を全て蒸発させて固形分を回収するクリ
ため重車両の通行も可能になる。したがって当地は冬季
スタライザーという装置の導入を試みたが、実際には廃
に氷点下 4 0 ℃にもなる極寒地であるにもかかわらず、
水中の処理しきれない不純物が原因で、期待どおりの性
掘削作業や地震探鉱作業は敷地工事等に費用のかからな
能を発揮できないことが分かった。現在クリスタライ
こけ
い冬季に行われるのが普
通である。また、鳥が巣
ひな
を作り雛を育てる期間
スチーム
(圧入井へ)
中、伐採等その成長を妨
げる行為は法律により禁
生産井
圧入井
油層
止されている。したがっ
て、敷地工事を要する作
高温セパレーター
(主に春~夏)
を避けなが
<廃水濃縮>
生産水
業を行う場合は当該期間
ビチューメン
スチーム発生装置
ら、必要な領域だけマス
ボイラーブロー
廃水
ケグ除去、
伐採等を行う。
従業員・工事要員は現
場 の 約 5 0km 北 に あ る
フォートマクマレー市か
ら通勤しており、交代勤
フィード水タンク
<軟水化・脱シリカ>
供給水タンク
務者は 1 2 時間交代が原
則である。
プラントのプロセス概
念図を図 1 5 に示す。地
下に熱を加えてビチュー
メンの粘性を下げるのに
<脱油>
処理水タンク
出所:カナダオイルサンド(株)
図15 ハンギングストン ・ デモプラントのプロセス概念図
大量のスチームを使用す
2011.5 Vol.45 No.3 12
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
ザーは廃水を濃縮する装置として稼働しており、水のリ
ることが非常に重要で、6 章に示したようなさまざまな
サイクル率 9 0 %超の達成に貢献している。廃水はプラ
知恵が絞られてきた。
ントから数キロメートル離れた先の圧入層に圧入する
過酷な気候と厳しい環境条件の下でオペレーションを
か、あるいは産廃として外部処理する。
継続していく上で重要な点として地域住民との関係があ
スチームを精製するための熱源には、環境にやさしい
る。現場近傍に民家はないが、約 4 0 ~ 5 0km 離れた場
と言われている天然ガスの燃焼熱を用いる。スチーム発
所には、先住民や先住民と白人の混血の人々が居住して
生装置は大小合わせて 5 基が稼働中である。現場付近に
いる。これらの住居地には独自のコミュニティがあり、
は南北に走るパイプラインが存在しており、天然ガスは
彼らとの関係を良好に維持することが極めて大切であ
そのパイプラインから分岐して調達する。当地の SAGD
る。カナダ憲法では先住民の権利の保障が明記されてお
操業において操業費を見ると、天然ガスの購入費の割合
り、先住民からのクレームは政府としても、その対応に
が大きく、操業費全体の数十パーセントを占める。した
非常に気を使っている。
がってこのガス購入費、すなわちガス消費量を少なくす
8. ビチューメンの販売
2 0 0 9 年の実績では、ビチューメン生産量の半分以上
る。これは、油層内回収法プロジェクトは露天掘りプロ
は露天掘りによるもので、稼働中の露天掘りプロジェク
ジェクトに比べ、個々のプロジェクトの生産量が小さく
トは全て、アップグレーダーとの一括操業によってビ
(その多くが日産 1 0 万バレル未満)、アップグレーダー
チューメンを WTI(West Texas Intermediate)に匹敵す
建設を独自で受け持って経済性を成り立たせることが困
る合成原油に改質して出荷を行っている。油層内回収プ
難であることに起因していると考えられる。
ロジェクトでアップグレーダーとの一括操業を行ってい
希釈ビチューメン販売マーケットにおけるビチューメ
るのは Nexen による Long Lake プロジェクトのみで、
ンの価格は、一般的には WTI から WTI と重質油の価格
Suncor の Firebag プロジェクトおよび MacKay River プ
差(重軽格差)および種々のコストを差し引いて下記のよ
ロジェクトについては、自社の既存アップグレーダーを
うな算式で決定される。
用いて改質を行っているが、JACOS を含むその他多く
の油層内回収法でのビチューメン生産会社は、超重質の
ビチューメンをコンデンセートや合成原油といった軽質
ビ チューメン価格 =WTI -重軽格差-希釈コスト-
運搬コスト
油で通常の重質油並みに希釈する販売方法を採ってい
ビチューメン価格は、マクロ的な動きとしてはおお
むね WTI の動きに連動するものの、重軽格差は重質油
を受け入れる製油所との間の独自の需給関係、希釈コ
(US$/bbl)
100
WTI @オクラホマ州クッシング
LLB(カナダ産重質油)@ハーディスティ
一般的アサバスカビチューメン
ストについては、希釈剤としてガスコンデンセートを
用いることが多いことから、天然ガスマーケットの影
響を大きく受けるため、WTI と対照的な動きをする場
合もある。JACOS も過去に何度か非常に厳しい事業環
50
境に遭遇した経験があるが、ここ数年は好調な WTI 価
0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010年
出所:カナダオイルサンド(株)
格、重軽格差の縮小により、良好な販売価格を維持し
ている(図 1 6)。
重軽格差の近年の縮小傾向は、主として、カナダ産希
釈原油の主要な販売先である米国・シカゴ地域(PADD
WTI、カナダ産重質油、アサバス
図16 カビチューメン価格推移
13 石油・天然ガスレビュー
II)の製油所の重質油対応、ベネズエラからの重質油輸
入量の減少の影響等によるものと考えられる。2 0 0 9 年
アナリシス
現在、西カナダ産重質油の対米国輸出量は約 1 8 0 万バレ
剤コストの 3 要素の価格を同時に抑えられるようなス
ル / 日であるが、製油所の増強、パイプラインシステム
キーム構築が必要となるが、重質油と希釈剤についても
の拡張により、2 0 1 5 年には約 2 7 0 万バレル / 日にまで
成熟した商品市場がないため、ヘッジ成立には困難な状
それが増加するとの予測もなされている。今後とも希釈
況である。
ビチューメンでの販売でもアップグレーダーと比べて十
分に経済性が成り立つと見通してい
る
(図 1 7、図 1 8)
。
ただし、2 0 1 0 年 7 月の Enbridge
のパイプライン漏洩事故以降、同パ
イプラインの稼働率が低下している
ことにより、一時的に西カナダ産重
質油の在庫が増加し、重軽格差が拡
大するというような事態も発生して
おり、販売ルートの多角化、ヘッジ
の利用等、不測の事態に備えた販売
戦略も今後検討すべき課題として認
識している。多角化については、鉄
道貨車を利用した販売、西海岸に向
けた販売等が考えられる。ヘッジに
ついては、既述のとおり、ビチュー
メン自体には商品市場がないため、
出所:CAPP(Canadian Association of Petroleum Producers)
その価格形成要素の主要部分、すな
わち、WTI、重軽格差および希釈
図17 西カナダ産原油の北米市場
出所:CAPP(Canadian Association of Petroleum Producers)
図18 北米パイプラインネットワーク建設計画
2011.5 Vol.45 No.3 14
SAGD法の先駆者としてオイルサンド開発を推進するCANOS
9. 拡張開発計画
JACOS は現在、現行のハンギングストン鉱区 3.7 5 セ
終意思決定を行い、2 0 1 4 年末に生産を開始することを
クションエリアにおける日産 7,0 0 0 ~ 8,0 0 0 バレルの生
目指している。現在想定している開発シナリオでは、拡
産に加え、その周辺地域を拡張開発する計画を進めてい
張開発エリアからのビチューメン生産量は平均で日産 2
る。当該鉱区は、Nexen がパートナー(2 5 %)として存
万 5,0 0 0 ~ 3 万バレルが期待できると見込まれている。
在する共同鉱区で、JACOS(7 5 %)
がオペレーターとなっ
2 0 1 1 年第 4 四半期の最終投資意思決定の後直ちに、
て、その事業を推進していくことになる
(図 1 9)
。
敷地の土木工事に着手することになる。拡張開発地域は
JACOS は、2 0 0 6 ~ 2 0 0 7 年冬季より、埋蔵量の賦存
湿地帯にあり、夏場は地盤が著しく緩むことから、冬季
状況を確認するための評価井の掘削作業に着手した。
のうちに敷地を固め、通年の作業ができるようにするこ
2009 ~ 2010年冬季までに185坑の掘削を行うとともに、
とが作業スケジュール管理において非常に重要である。
3 次元地震探査の結果を加味した地質評価を実施した結
建設を進めていくにあたっての懸念材料は、オイルサン
果、開発するに足る埋蔵量があるとの結論に至った。ま
ド新規投資の活発化による人材不足と資機材価格の高騰
た、2 0 0 8 年より先行実施していた環境影響調査におい
である。オイルサンドプロジェクトへの新規投資はリー
ては、開発作業が環境に与える影響は許容範囲内である
マンショック後低迷したものの、その後の油価回復によ
との結果が得られたため、2 0 1 0 年 4 月 2 8 日にアルバー
り復調してきており、2 0 1 1 年の新規投資額の合計は
タ州政府(エネルギー資源保全委員会と環境省)に対し、
1 6 0 億カナダドルにまで達するとの見通しもなされてい
開発許可申請を提出した。更に、同年 5 月には、施設の
る
(図 2 0)
。
基本設計に着手し、最適な施設の規模、配置、コストの
こうした状況下、いかに優秀な人材を会社に引き止め
積算等を行っている。許認可の取得には通常 1 年半程度
ておけるか、あるいは新規に採用できるか、また、いか
を要すると言われており、2 0 1 1 年第 4 四半期に許可が
に建設の効率化を図ることができるかが今後の大きな課
取得できるとの想定の下、基本設計の結果、また、その
題となる。
時点での投資環境の見通しを踏まえて開発投資に係る最
Fort
McMurray
JACOS
Demonstration
Project
JACOS
Hangingstone
SAGD Project
出所:カナダオイルサンド(株)
図19 ハンギングストン鉱区
15 石油・天然ガスレビュー
出所:JuneWarren-Nickle's Energy Group
図20 カナダにおける設備投資額の推移
アナリシス
1 0. 将来の展望
既述のように JACOS は、1 9 7 8 年に、Petro - Canada
Fort McMurray
(現 Suncor)
、Canada-Cities Service
(Canadian Occidental
を経て、現 Nexen)
、Esso(現 Imperial)
との契約により、
アルバータ州 Athabasca 地域の 1 2 4 万エーカーの鉱区で
Hangingstone
Demonstration
Operation
のオイルサンド油層内回収法の共同開発研究に参加した
が、その参加条件である作業費負担を完済後、契約対象
鉱区の25%権益を得ることになった。その後、
パートナー
Hangingstone
との鉱区権益の交換等を経て、JACOS が現在保有して
いるビチューメン鉱区権益は、大まかには、ハンギング
ストン、ソーンベリー、コーナー、チャードの 4 地域に
わたり、1 2 ~ 1 0 0 %となっている
(図 2 1)
。
Thornbury
Corner
2 0 0 8 年に実施した第三者評価結果によれば、現在生
産中のハンギングストン鉱区 3.7 5 セクション地域以外
Chard
出所:石油資源開発株式会社
の資源量は約 1 7 億バレルとされている。ハンギングス
トン拡張開発に続き、保有鉱区の資源をいかに効率的に
図21 JACOS 保有鉱区位置図
開発していくかが中 ・ 長期的な課題となっていると言え
る。
ハンギングストン拡張開発プロジェクトについては、
長年にわたる 3.7 5 セクション地域での地質評価、操業
それとは異なる部分も多く、まずは地質の概略をつかん
経験を直接的に参考にすることができるが、その他の地
だ上で、開発に向け克服すべき課題を摘出するところか
域については、その地質状況はハンギングストン鉱区の
ら始めることが必要である。
【参考文献】
1.
荻野 清・高橋明久・鳥越隆弘・細越公氏・中村常太・清水信寿、2 0 0 4:オイルサンドの商業化,石油・天然 .
ガス資源の未来を拓く −最前線からのメッセージ− 、石油技術協会創立 7 0 周年記念出版,1 1 1-1 2 3.
2.
高橋明久・荻野 清、2 0 0 5:隠れた資源大国カナダ −在来型資源となったオイルサンド− 、石油技術協会誌、
7 0(2)
、1 5 7–1 6 3.
3.
中山 徹・高橋 明久・加藤 文人、2 0 0 9:4D 地震探査によるオイルサンド貯留層の動的挙動把握、石油技術協会誌、
7 4(1)
、6 1-7 0.
4.
清水信寿・中村常太、2 0 0 5:オイルサンド開発における水のリサイクル、石油技術協会誌、7 0(6)
5.
和田恭彦、2 0 0 6「カナダにおけるオイルサンド事業の現状と展望」『動力』誌、平成 1 8 年秋季号
6.
平田敏幸、2 0 0 8「カナダオイルサンド開発の現状と今後の課題」石油開発時報 No.1 5 9
執筆者紹介
齊藤 満(さいとう みつる)
1973 年、福島大学経済学部卒業。
同年、石油資源開発株式会社入社。2010 年、海外本部長並びにカナダオイルサンド株式会社代表取締役社長就任。
趣味は、下手の横好きでいろいろトライ。夏山登山、スキー、ゴルフなど。
近況として、妻が福島県出身で、秋田県出身の小生としては、今後の東北の震災復興にどう具体的に連帯して行けるのか、課題です。
2011.5 Vol.45 No.3 16
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