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実務家インタビュー [PDF:3.11MB]

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実務家インタビュー [PDF:3.11MB]
第
6
章
実務家インタビュー
ここでは実務の世界の最前線でご活躍され、鑑定業界をリードしておられる先生方にうかが
ったお話を掲載させていただきます。なお、このインタビューは2010年に行いました。
その後、2011年3月の東日本大震災をはじめとする社会経済情勢の大きな変化もございまし
たが、取材時期を踏まえてお読みいただければ幸いです。
これまで見てきたように鑑定業界は今大きな変革の時を迎えています。不動産鑑定評価制度
の見直し、国際財務報告基準導入の影響、また、企業におけるCRE戦略の導入、鑑定業界が
ADRによって果たすべき役割、経済、会計基準のみならず国際化の波が押し寄せる現代の鑑定
業界の方向性など、それぞれの専門分野で業界をリードする先生方にはお忙しい中、貴重なお
時間を割いていただき、示唆に富むご意見・ご指摘を賜りました。
ここに深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
25
対談 ❶
●
井野 好伸
先生
Yoshinobu Ino
社団法人日本不動産鑑定協会 主任研究員
社団法人日本不動産鑑定協会 主任研究員/不動産鑑定士
京都大学経済学部卒業。財団法人日本不動産研究所(現一般財団法人日本不
動産研究所)において鑑定評価業務等に従事する。現在、出向により、社団
法人日本不動産鑑定協会主任研究員。
不動産鑑定評価制度の
見直しについて
不動産鑑定評価制度は時代の要請に応じて進歩・改善されてきた。現在、より信頼性の高
い不動産鑑定評価を目指し、ガイドライン等の整備が進められている。社団法人日本不動
産鑑定協会の井野先生にお話をうかがった。
く環境の変化という話があり、不動産の証券化が
不動産鑑定評価部会の提言
普及してきたこと、企業会計基準の国際化に伴っ
て企業の資産の時価評価ニーズが高まってきたこ
今回の不動産鑑定評価制度見直しは、国土交通省
と、ほかにも今に始まったことではありませんが、
国土審議会土地政策分科会不動産鑑定評価部会の
同じような地域でも、表の商業地と道一本入った
提言から始まりました。
裏の土地では価格が全然違うこと、バブルの前と
この提言は、
「社会の変化に対応したよりよい鑑
違って都市部の地価はある程度底を打って上がっ
定評価に向けて」という報告書に書かれており、
たりしているが地方はずっと下がり続けていると
部会報告書と呼ばれています。
いうように地域によって全然違うことなどが掲げ
この部会報告書の中の提言に従って、原理・原則
られています。
的なところは国土交通省がやりましょう、そのほ
そして、このような中で多様化してきた依頼者や
かのところは専門家集団である鑑定協会が中心と
依頼ニーズに不動産鑑定士としても積極的に対応
なってやってくださいという役割分担をして行っ
していきましょうということで、国土交通省によ
たのが今回の価格等調査ガイドラインを中心とす
り価格等調査ガイドラインが策定されました。
る不動産鑑定評価制度見直しとなっています。
この部会報告書は、国土交通省のHPから見ること
ができます。その中ではまず、鑑定評価を取り巻
26
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❶
不動産鑑定士に対する指針で、国が定めたガイド
価格等調査ガイドラインは
何を変えるのか
ラインや基本的な考え方に対応させて策定したも
のです。
一方、
「業務指針」というタイトルのものは、不動
価格等調査ガイドラインというのは「不動産鑑定
産鑑定業者に対する指針で、鑑定協会が独自に策
評価基準」とは性格が違っています。不動産鑑定
定したものです。この3つの「業務指針」は、部
評価基準では、評価の方法が中心になっています
会報告書の中では仮称ですが、
「鑑定業者ガイド
が、価格等調査ガイドラインでは、依頼の受付を
ライン」と呼ばれており、それぞれの業務指針の
したときに渡す書面や成果報告書に記載すること
内容は題名を見ていただくと一目瞭然になってい
など、手続き的なことが中心になっています。
ます。
今回、価格等調査ガイドラインができたことで不
「不動産鑑定士の役割分担等及び不動産鑑定業者
動産鑑定士の方や、依頼者の方にとって何が変
の業務提携に関する業務指針」では、鑑定評価の
わったのかいうことですが、鑑定評価書の中身や
質の向上や信頼性・透明性の向上のため、不動産
不動産鑑定評価基準はほとんど変わっていませ
鑑定士の役割分担を鑑定評価書の中に書くこと、
ん。不動産鑑定評価基準に追加されたのは価格等
業務提携の際には書面を取り交わすほか依頼者に
調査ガイドラインに併せて依頼者・提出先や詳細
事前に説明することなどが規定されています。
な利害関係をきちんと確認して書きましょうとい
また、
「価格等調査業務の契約書作成に関する業
うことだけで、不動産鑑定評価基準に則った鑑定
務指針」では、原則として、契約を書面で取り交
評価の場合、お客様が最終的に目にする鑑定評価
わすことが規定されています。今更と他業種の方
書はあまり変わりません。
に言われるかもしれませんが、特に民間依頼では、
一方、手続き面では、やらなければいけないこと
契約を書面で取り交わさずに業務が行われていた
が多くなりました。ただ、このようなことは、不
場合がありました。
動産鑑定士だけでなく、他の業界もそうですし、
これについてはもちろん依頼者保護のためです
広い意味でいえば、消費者保護、鑑定評価でいえ
が、不動産鑑定士にとっても依頼者と不動産鑑定
ば依頼者・利用者保護、投資家保護ということで、
士・不動産鑑定業者の間で意思の齟齬が生じない
きちんと行わなければならないと考えています。
ようにするためということがあります。
そして、鑑定協会のほうではこれに対応して、リー
ガルチェックを受け、雛形を作っており、
「依頼書
価格等調査ガイドラインに対する
鑑定協会の対応
兼承諾書」という形でHPに載せています。
「不動産鑑定業者の業務実施態勢に関する業務指
針」では、内容がやや抽象的になっているのです
価格等調査ガイドラインは国土交通省が策定しま
が、業務実施態勢の整備のことが、今まで不動産
したが、鑑定協会が策定したものとしては、
「不動
鑑定士・不動産鑑定業者の方が頭の中で考えてこ
産鑑定士の役割分担等及び不動産鑑定業者の業務
う受付しようとか、業務のときはこう対応しよう
提携に関する業務指針」
、
「価格等調査業務の契約
とか、発行のときはこう対応しようとか考えてい
書作成に関する業務指針」
、
「不動産鑑定業者の業
たことをなるべくマニュアル化、書面化してきち
務実施態勢に関する業務指針」
、
「価格等調査ガイ
んとわかりやすいようにしようということを念頭
ドラインの取扱いに関する実務指針」
、
「財務諸表
に規定されています。また、それと併せてこの中
のための価格調査に関する実務指針」及び「証券
で審査体制の整備というのも大きく打ち出されて
化対象不動産の鑑定評価に関する実務指針(一部
います。
改定)
」があります。
実は、この業務指針はほかの2つと適用範囲が異
この中で、
「実務指針」というタイトルのものは、
なっており、特に業務実施態勢や審査体制の強化
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
27
不動産鑑定士
が要請され、社会的に見てより質の高い評価が求
められている証券化対象不動産の評価や財務諸表
の作成に関する評価に限って当面の間は適用しま
価格等調査ガイドライン
施行後の現状
しょうということになっています。
今回の不動産鑑定評価制度見直しで、多くのガイ
― これはもう実際に施行されて半年ですよね。
ドライン・指針等が策定されたため、
不動産鑑定士・
実効的にどうなのでしょうか
不動産鑑定業者の方が消化しきれていないように
そうですね。大半の方が実行されていると思いま
感じています。昨年の9月・10月に研修を行い、
すが、実行する上で判断に悩む点なども出てくる
その後、メールを中心に多くの質問を頂きました。
かと思います。
これらの質問に対しては、必要に応じて国土交通
協会会員の方から電話やメールで質問を受ける
省と協議をしながら回答を作り、情報共有のため、
と、もちろん電話やメールで質問してくれる方と
Q&Aという形で鑑定協会HPにアップしています。
いうのは、きちんと実行している方で、きちんと
鑑定協会としては、Q&Aを充実させることで、ガ
実行しているからこそ、わからないところや納得
イドライン・指針等の理解が深まればと考えてい
できないところを質問してきますので、そういう
ます。
人と話していると実務上の問題点がわかります。
国土交通省でもおそらく、価格等調査ガイドライ
価格等調査ガイドラインの告知については、鑑定
ンについて、実務上問題が生じていないかという
協会として、不動産鑑定士だけでなく利用者の方
ことは気にされていると思いますので、何らかの
に対しても研修会を行いました。
形でフォローアップされていくだろうと考えてい
また、国土交通省から、地方整備局には価格等調
ます。
査ガイドラインについて伝わっていると思うので
鑑定協会会員の方から、価格等調査ガイドライン
すが、基本的には不動産鑑定業者・不動産鑑定士
等を守らないとどうなるのかということを聞かれ
の方が依頼者に対して、こういうものが今回でき
ることがあります。
ましたよということを、地道に説明していくこと
「不当な鑑定評価等及び違反行為に係る処分基準」
が必要と考えています。
が価格等調査ガイドライン対応で少し変更になり、
実務上、依頼者とのトラブルとまでは行きません
「価格等調査に関し遵守すべき基準その他の事項」
が、こういうところで困っているという質問とし
ということで価格等調査ガイドラインが掲げられ
ては、確認書のやりとりや利用者の範囲の確認が
ています。また、ほかにも不動産鑑定評価基準と
挙げられます。
その他価格等調査の実務に関し遵守すべきと認め
価格等調査ガイドラインでは、業務の目的と範囲
られる事項が挙げられており、その他価格等調査
等に関して、あらかじめ契約締結前に依頼者と話
の実務に関し遵守すべきと認められる事項という
し合って、それを書面にして依頼者に交付してく
ものには、
「財務諸表のための価格調査の実施に
ださいとしており、その書面について、鑑定協会
関する基本的考え方」や「証券化対象不動産の継
では確認書と呼んでいるのですが、その確認書を
続評価の実施に関する基本的考え方」のほか、鑑
依頼者の方が今までなかったものですので、なか
定協会が策定した各種指針もある程度入るという
なか受け取ってくれないときがあるとか、もらっ
ことを聞いています。
てもどうしたらいいのかと聞かれることがあると
このようなことから、質問がきた際には処分基準
いうことがよく聞かれます。
の中で守るべきものに規定されていますと答えて
また、確認書の中にはこの成果報告書を誰に提出
います。
しますか、価格を誰に開示しますかとか、そうい
以上が、今回の不動産鑑定評価制度見直しの全体
う今までなかったことについても書くことになっ
像です。
ています。そのため、何でそこまで教えなければ
いけないのかとか、もらったものは自由に使って
28
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❶
もいいのではないのかとか、そういうことで公表・
に当たるのかということをよく聞かれます。
開示・提出に関しては教えてもらえない、教えて
例えば、
「調査価格等が依頼者の内部における使
もらいにくいという話もいろいろ聞いています。
用にとどまる場合」については、
依頼者だけが使っ
公表・開示・提出を確認する目的は、依頼の背景
たり、監査法人や顧問弁護士に見せる程度という
をきちんと把握することや今回決められた詳細な
ことで、わかりやすいと思います。
利害関係を書くことです。
また、
「調査価格等が公表されない場合ですべて
また、価格等調査ガイドライン上は業務が二種類
の開示・提出先の承諾が得られた場合」について
に分かれておりまして、
「不動産鑑定評価基準に
は、すべての開示・提出先の承諾を不動産鑑定士・
則った鑑定評価」と、
「不動産鑑定評価基準に則
不動産鑑定業者がどのように担保するのかという
らない価格等調査」になりますが、
「不動産鑑定
問題がありますが、実務的には、依頼者がすべて
評価基準に則らない価格等調査」をする場合には
の開示・提出先から合意を得たということを何ら
内部使用目的であること、利用者全員から簡易な
かの形で示してもらうしかないのかなと思います。
価格等調査でもよいという合意を得ていることな
確認の方法については、不動産鑑定業者の方に
ど、一定の要件が必要になるので、そういう意味
よってきちんと印鑑までもらうところがあるかも
でも公表・開示・提出というのを聞いておかない
しれませんし、そうではなくてある程度文書であ
と簡易な価格等調査をする場合、判断がつきにく
ればいいとか、もしかしたら場合によっては口頭
いということになります。
という場合もあるかも知れません。
例えば、債務者依頼の担保評価であれば金融機関
これら2つはわかりやすいのですが、
「公表・開示・
に提出することが多いと思うのですが、価格等調
提出される場合でも公表される第三者又は開示・
査ガイドラインの中でも、具体的な名称まで教え
提出先の判断に大きな影響を与えないと判断され
てもらえればいいですけれども、教えてもらえな
る場合」については、判断が必要になりますので、
ければ金融機関とか属性でも十分ですよとしてい
この項目に該当するかどうか質問されることがあ
ますので、基本的にできないところまで求めてい
ります。
るわけではありません。
例えば、総額の小さな不動産であれば、しかもそ
このように確認書のやりとりと公表・開示・提出
れがたくさんのうちの一つであれば、基本的には
の確認が依頼者との間で問題になることがあるよ
利用者の方はそれによって判断がどうこうする事
うです。
はないでしょうということで、この項目に該当す
不動産鑑定士が価格等調査をする場合、原則とし
るということでよいのではないかと話はしている
て「不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価」を行
のですが、実務上そういうことはあまりなく、5
う必要がありますが、
「価格等調査ガイドライン
項目をいろいろ当てはめていき、どれにも当ては
Ⅰ.総論4.不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価
まらないと、この項目に該当しないかどうかと考
とそれ以外の価格等調査との峻別等」に書いてあ
えることが多いのかなと思います。
る5項目のどれかに該当する場合には、依頼目的
「不動産鑑定評価基準に則ることができない場合」
や結果の利用者の範囲から見て簡易な価格等調査
については、不動産鑑定評価基準に則りたくても
を行ってもよいということになっています。
則れないということです。例えば、まだ建ってい
実務上は、依頼者の方が簡易な価格等調査を求め
ない建物をできたものとして価格等調査をするこ
てきた際に、5項目のどれに当たるか判断し、ど
とが該当します。これはそもそも対象不動産の確
れかに該当する場合、
「不動産鑑定評価基準に則
認ができませんので、そういう点で則ることがで
らない価格等調査」が行われるという流れになる
きません。
かと思います。
「
「依頼目的、調査価格等が開示される範囲又は公
実際には、依頼者から簡易な価格等調査の依頼が
表の有無等」等を勘案して不動産鑑定評価基準に
来たのですが、こういうケースは5項目のどれか
則らないことに合理的な理由がある場合」につい
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
29
不動産鑑定士
ては、上記以外の合理的な理由があればいいです
れやこれも適用範囲外にしていいのではないのか
よということで、広い解釈が可能ですが、現段階
ということで、かなり問い合わせが来ています。
では、鑑定協会としては、一点目は価格等調査ガ
適用範囲外となるものとしては、例えば、民事執
イドラインの留意事項に例示で書いてあること、
行法に基づく競売評価があります。競売評価を行
すなわち再評価であって価格形成要因に重要な変
うのは評価人ということで、不動産鑑定士に限定
化がない場合、二点目は「財務諸表のための価格
されておらず、また、評価の内容も民事執行法で
調査の実施に関する基本的考え方」に従っている
定められています。
場合、そして、三点目は「証券化対象不動産の継
公共用地の取得や国有公有財産の使用・処分のた
続評価の実施に関する基本的考え方」に従ってい
めに国又は地方公共団体から依頼がある場合も適
る場合の三点に限定して考えています。
用範囲外になるのではないかという質問がよくあ
りますが、このような場合は適用範囲になるとい
うことで回答しています。
価格等調査ガイドラインの
適用範囲等
公共用地の取得や国有公有財産の使用・処分の場
合、ケースによっては簡易な価格等調査の依頼が
あるかもしれません。また、評価条件もいろいろ
ここで、価格等調査ガイドラインの構成をお話し
なものが付くかもしれず、評価条件が違えば価格
しますと、大きく分けて3つの章から構成されて
も違うということがあるので、公共の依頼だから
います。
といって価格等調査ガイドラインの適用範囲外に
1つ目は用語の定義・適用範囲・業務の峻別に関
してはならないということになっています。
する総論、2つ目は業務の目的と範囲等の確定、
最後になりますが、価格等調査ガイドラインがで
簡単にお話しますと確認書に関するものが載って
きたことによって一番大きかったことは今まであ
います。そして、3つ目は成果報告書への記載事
やふやな面もあった鑑定評価業務と隣接・周辺業
項で、名前のとおり成果報告書に関するものが
務の境が再確認された点です。
載っています。
実は、鑑定評価基準に則った・則らないの線引き
このように、わかりやすい流れになっていますが、
よりも鑑定評価業務と隣接・周辺業務の線引きが
その中で1つめの総論は判断が必要となるところ
明確になったことのほうが実務上影響が大きく、
なので、そもそも適用範囲なのか、適用範囲外な
その線引きとしては、価格等調査ガイドラインの
のか、先ほどお話した「則らない」でできるのか
留意事項の最後で「価格等調査は、不動産鑑定評
ということについて、多くの質問が寄せられてい
価基準に則っているか否かにかかわらず、不動産
ます。
の経済価値を判定し、その結果を価額に表示して
適用範囲については、不動産鑑定士が価格とか賃
いるかぎり、不動産の鑑定評価に関する法律第3
料を表示すれば適用範囲なのかなということはな
条第1項の業務(鑑定評価業務)に該当する」と
んとなくわかっていても、逆に適用範囲外という
いうことになっています。
のはどういうときなのかという問い合わせがよく
あります。
適用範囲外の例として「国又は地方公共団体が依
頼する地価公示、都道府県地価調査、路線価、固
定資産税評価等、別に法令等に定めるもの」とい
う規定があります。これは別に定める法令等を守
ればよいということで適用範囲外になっているの
ですが、ここで固定資産税評価の後に「等」が付
いていますので、何が適用範囲外になるのか、あ
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2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ❷
●
村木 信爾
先生
Shinji Muraki
大和不動産鑑定株式会社 不動産コンサルティング部長
大和不動産鑑定株式会社不動産コンサルティング部長/明治大学専門職大学
院グローバル・ビジネス研究科特任教授/不動産鑑定士/不動産カウンセラー
1981年京都大学法学部卒業。住友信託銀行株式会社を経て、現在大和不動
産鑑定株式会社不動産コンサルティング部長、明治大学専門職大学院グロー
バル・ビジネス研究科特任教授。不動産鑑定士、不動産カウンセラー、米国
ワシントン大学MBA。国土審議会土地政策分科会不動産鑑定部会専門委員、
元不動産鑑定士試験論文式試験試験委員、国土交通省CRE戦略「手引き」作
成WG委員等。
国際財務報告基準導入と
鑑定業界
現在我が国には国際財務報告基準導入の波が押し寄せてきている。国際財務報告基準導入
は鑑定業界にどのような影響を及ぼすのだろうか。IFRSやCREの最前線で活躍されてい
る村木先生にお話をうかがった。
者に発注して時価を求めたところは少なく、自社
国際財務報告基準(IFRS)への
コンバージェンスの動き
内で評価したところも多かったように思います。
また、既に今年の3月の決算における時価の開示
が決算短信等で発表されているのですが、個別の
国際財務報告基準(IFRS)へのコンバージェン
不動産の時価ではなく、対象の不動産をまとめて
スというのは、IFRSに日本の会計基準等を近付け
時価がいくらと記載されているところが多くみら
るという動きで、具体的には固定資産の減損会計
れました。
から棚卸資産の時価評価、平成22年3月の賃貸等
不動産の時価開示、4月から資産除去債務の計上
が動きとしてあります。この中で最近注目を浴び
たのは、今年の3月から始まりました賃貸等不動
価格等調査ガイドラインの制定と
その背景
産の時価開示です。この賃貸等不動産の時価開示
では、貸借対照表で投資不動産と遊休不動産は時
賃貸等不動産の時価開示に向けて、平成22年1月
価の注記が必要になります。
国土交通省では、価格等調査ガイドラインを施行
鑑定業界では昨年初めあたりからそろそろ時価評
しました。私自身もそれを策定する国の委員会の
価のニーズが数多く出てくるのではないかと期待
委員になっていましたが、不動産の評価の世界に
していましたが、実際には、企業は外部の鑑定業
とっては大きな変化だったと思います。
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
31
不動産鑑定士
価格等調査ガイドラインができるまでは、不動産
価などで、フルスペックではない分費用はずいぶ
鑑定評価基準に則った鑑定評価とそれ以外の鑑定
ん安くなります。そして、このような簡易な評価
評価という区別しかなかったのですが、賃貸等不
手法を認める代わりに、それを使う目的等を明示
動産の時価開示を実施するためにはそれだけでは
することにより、注意を促すことになりました。
対応できないところが出てきました。つまり、不
鑑定評価の基準に則った評価は、基本的には鑑定
動産鑑定評価に完全に則った評価だけしか「時価」
士はどこに出されても差し支えないものとして評
として認めないと、あまりにも費用と手間がかか
価しています。鑑定評価基準の内容の一部しか則
るため、全国の企業の持つ全ての不動産を時価評
らない評価は、特定の利用目的に従った評価であ
価することは事実上不可能になるからです。価格
るために、評価書を提示する相手方は誰か、どこ
等調査ガイドラインの財務諸表のための評価にお
に開示するか、その開示先との関係はどうか等を
いて、鑑定評価基準に則った評価かどうかという
決めた上で、さらに別のところに開示するときは、
カテゴリーとは別の「原則的時価算定」
、
「みなし
評価書を作成した鑑定士の承諾を得てくださいと
時価算定」というカテゴリーを定めたのもそうい
か、また、価格を表示するところの下(すぐ近く)
う理由からです。
「原則的時価算定」とは、原則
に、この評価書は「鑑定評価基準に則っていない
鑑定評価基準に則った評価ですが、例えば、土壌
評価」で、どういう条件のもとでの評価であるか
汚染のある土地など、本来調査終えなければ鑑定
を書くことになりました。そうしておかないと、
評価基準では鑑定評価として認めていなかったも
評価書・調査報告書を見た人が、一見して鑑定評
のを、所有者が調査をして処理することが分かっ
価で出した価格と、そうでない価格の差異や、ど
ている場合は、例外として「原則的時価算定」と
ういう前提の価格かはわからず、誤解する恐れが
して認める、ということになりました。また減損
あるからです。
会計対応の評価等においては、最初の減損の見極
このような価格等調査ガイドラインにおける評価
めのところでは、簡易な形式での「みなし時価算
と、今までの評価、特に鑑定評価基準に則らず単
定」でよいことになりました。また、
「重要性の原
純な計算で評価額、調査価格として算出して、鑑
則」というのがあって、その企業にとって、全資
定法上は鑑定評価とされていた評価の大きな違い
産に占める割合からみて重要か、個別不動産とし
は、後者は鑑定評価額の数字を出したらそれに対
て重要かという、二つの意味での重要性の判断を
して鑑定士が全面的に責任を負うというが基本で
したうえで、重要であれば「原則的時価算定」に
した。もっとも、実際に裁判になったらそうはな
しましょうということになるのですが、重要性が
らないと思うのですが。価格等調査ガイドライン
なければ「みなし時価算定」ということになります。
における評価では、この目的のために、こういう
「みなし時価算定」では路線価とか簿価での評価
条件で、この会社のために出す評価というのを、
額でもよく、それを企業が判断し、監査法人がOK
明らかにするわけですから、逆にいえば、やった
といえば認められます。
ことに対してしか責任を取りませんよということ
を明示するわけで、全く責任を逃れられるかは別
として、この点では少し前進したかなと思います。
価格等調査ガイドラインの影響―
不動産評価方法の変化と手続きの厳密化他
欧米流で言えばスコープ・オブ・ワークいう概念
です。但し、普通の証券化不動産の鑑定評価の際
には、土壌汚染のある土地を鑑定評価基準に則っ
価格調査ガイドラインにおける評価では、鑑定評
た評価を行いますと、土壌汚染の判断については、
価基準に完全には則らないいろいろなレベルの評
鑑定士自身調査をした上で、他社の作ったエンジ
価があります。収益還元法なら収益還元法だけ
ニアリング・レポートを利用する場合は、それを
使って出す簡易な評価とか、あるいは逆に収益還
使えるかどうか鑑定士自身で判断をしなさいとい
元法を使わずに取引事例比較法だけ使って出す評
うことになっています。不動産鑑定士はベストを
32
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❷
尽くして判断をするのですが、正直なところその
いのではないかと思います。
判断には限界がある場合が多いと思います。欧米
での不動産評価では、鑑定士にはそのようなこと
は期待されていません。RICS(英国王立勅許鑑
定士協会)の評価基準では、他の専門家が行った
IFRSのアドプション(強制適用)
へ向けて
調査については自分で説明するな、レポートを作
成した人自身に説明してもらいなさい、とまで言っ
IFRSのこれからの公式的なスケジュール、ロード
ています。前述のとおり今度の価格等調査ガイド
マップでいうと、2012年頃にアドプションという
ラインでは、原則時価算定とのところでほかにそ
強制適用をするかどうかという結論が出されます。
の企業がちゃんと土壌汚染等の調査、処理をやる
その前に既にIFRSの任意適用をしてもよいことに
という確証が得られるのだったら、条件を付けて
なりました。いわゆる包括利益を貸借対照表から
「原則的時価算定」として評価してよい、と言うこ
計算し、損益計算書に計上することになります。
とになりました。
今すぐ全ての対象会社に普及するというわけでは
また、このように今までの基準を緩めるような評
ありませんが、連結会計を適用している会社では
価のバリエーションを作った代わりに、手続き上
前向きの議論が進められていると言われていま
は厳しく規定されました。評価実務上では、一つ
す。そして、アドプションが決まれば最短で2015
は委託契約書等に評価の目的、評価の条件、開示
年から施行ということになります。2015年から施
先等きっちりと書いて依頼者との間に取り交わす
行するならば2014年のBS/PLは時価会計にして
ことになりました。これで事務的なやり取りにつ
おかないといけませんし、2014年に時価会計にし
いては若干煩雑になりました。
ておこうとすると2013年度決算期期末の時価を出
価格等調査ガイドライン制定の影響として他に言
しておかないといけないので、そう多くの時間は
えることは、簡易な評価形式で安い報酬での評価
残されていません。再来年に決めてそこからすぐ
が多くなったので、鑑定評価報酬の水準もこれに
にスタートするわけです。
引きずられて下がり気味になっているということ
も言えます。
今後の鑑定評価基準のあり方―
不動産評価のグローバル化
鑑定業者側の業務体制の厳格化
― 日本の鑑定評価基準そのものもIFRSの影響
価格等調査ガイドラインは国が決めたのですが、
を受けるのですか
不動産鑑定協会でも、鑑定士として、鑑定業者と
今まで日本の会計基準を学んで、実務で使われて
してどうあるべきか、ということを、それぞれ実
いた公認会計士の先生方は、それをがらっと変え
務指針と業務指針で定めました。価格等調査ガイ
られてこれからは国際会計基準でやりましょう、
ドラインの制定に対応して鑑定協会の業務指針に
英語の原文を使うか、日本語に訳したものを使う
おいては、業務体制についても定め、相互チェッ
か、という選択しかないという事態に直面してい
ク体制をきちんと作りましょうということになり
ます。不動産鑑定の世界において、IFRSが適用
ました。複数の鑑定士がいる大手の事務所では審
されたときにはたして、今の日本の鑑定評価基準
査部とかで相互チェックをする体制を作って、も
だけで対応できるのだろうかという疑問がありま
ちろん今までもやってきたと思いますが、個人の
す。普通に考えて、少なくともそれに対応して鑑
鑑定業者の場合は相互チェックを自分自身ではで
定評価基準の修正は必要なのではないかと思いま
きないので、どこか別の業者と提携して行うしか
す。それも5年10年先の話ではなくて2、3年後
ないのですが、これは実際にはなかなかやりにく
の話であり、IVSとか国際評価基準とかRICSなど
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
33
不動産鑑定士
IFRSに不動産評価基準がどう対応しているかを
今から研究しておく必要があります。
不動産鑑定協会での対応
例えば、会計基準上は日本でも公正価値という概
念はあるのですが、日本の鑑定評価基準には「公
不動産鑑定協会では、国際委員会で国際評価基準
正価値」という概念はありません。公正価値とは
IVSの翻訳をし、日本での適用可能性等を研究し
何かというとマーケットのあるところでは市場価
ています。また、証券化の鑑定評価に関しては、
値とほぼ同じなのですけれども、マーケットのな
証券化鑑定評価委員会の中に私が委員長をしてい
いところ、活発ではないところでは相対でお互い
ます証券化グローバル化対応小委員会というのが
納得する(Fairな)価格、例えば現在の使用方法
あります。海外の投資家が日本の不動産の証券化
を前提したキャッシュフローの現在価値が公正価
不動産を見る際には、
鑑定評価基準、
ガイドライン、
値となります。財務諸表に載せるために国際会計
実務指針などの理解が必要になってきますが、そ
基準に則った評価依頼があったとき、公正価値と
のうちこの委員会では鑑定協会の実務指針を英訳
いう概念無しではこの評価が難しくなるわけです。
しています( 注 )
。また、RICSやアメリカのAI
IVS(International Valuation Standard)という国
(American Institute)等の鑑定評価基準を調べて、
際資産評価基準があり、ロンドンにIVSCというそ
証券化不動産の評価はどのようにされているのか
れを作った本部があります。これは不動産だけで
ということをまとめるなど、海外での証券化不動
なくいろいろな資産の評価基準を作っているとこ
産の評価について調査しています。この先2、3年
ろなのですが、世界の趨勢はIVSを参照し、自国
後IFRSのアドプションがあったとき、海外のこと
の基準をそこに集約していっています。
シンガポー
が何もわからないのは問題ではないかという意識
ルなどローカルの基準を持っているところもIVS
から、今から勉強して準備をしておくことがこれ
の基準の内容をそのまま採用したりしています。
らの委員会の目的です。
(注)
RICSを使っている国は、旧英連邦諸国を中心に
(注)2011年5月 『英語で読む証券化不動産の鑑
数多いのですが、RICSの中でIVSを参照している
定評価の実務』
(住宅新報社)を発行しました。
ので、それらの国でもIVSを使っていると言える
(IFRSのアドプションが実現すれば鑑定業界はか
でしょう。最終的にはローカルの基準が優先され
なり活況になり、不動産鑑定士の需要も大きくな
るのですが、この流れの中では世界中の国が、
るのではないでしょうか)
IVS準拠に変わっていかざるを得ないのではない
全体的な流れでは、先ほど申し上げましたとおり、
かと思います。
現在のところ期待していたほど鑑定評価の需要が
増えなかったのですが、今度のIFRSアドプション
が実現すれば少しは需要拡大が期待できるのでは
ないかと思っています。なぜそう言えるかと言い
ますと、2005年からIFRSを採用したイギリスで
は、時価会計の公正価値モデルと今の日本が採用
しているのと同じ原価モデルと両方選べるのです
が、公正価値モデルを選んだ企業が9割以上で
あったといわれています。企業の9割が公正価値
を出すとなると評価の需要はかなり大きくなると
考えられます。それと、原価モデルであっても、
今の日本と同じように、時価を注記することにな
り、どちらにしても時価を出さないといけないの
です。
そのときに誰が行う評価かということが問題です。
34
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❷
現在のところ時価の注記のための評価は、企業内
― たしかにIFRSの導入で、一般企業も不動産
部でされている会社が多いのですが、財務諸表に
評価に関係してきますと、企業のインハウスで不
載せる評価、あるいは不動産の証券化のための評
動産や不動産鑑定をわかる人材が必要になってく
価は、不動産投資のプロではない証券投資家に
る可能性はありませんか
よって利用される不動産評価ですから、この評価
今までは、企業鑑定の発注者の方は、発注した鑑
を誰が行ったかというのがかなり重要になります。
定評価書を詳しく見てその内容について質問され
社内の人も、不動産鑑定士でなくても事実上評価
る人はそう多くないのではないかと思います。し
はできるかもしれませんが、社内の事情というバ
かしこれからは、時価会計が増え、外部の鑑定士
イアスがかかった評価と外部から見られないか、
による不動産評価を数多く発注されるとなると、
万が一間違いがあった時のリスクが社内でとれる
企業の内部にもきっちり鑑定評価書の中身を見て
か、という懸念から、第三者である専門家の評価
検証できる人を作っていくことが必要です。金融
が選択されているのではないかと思います。それ
庁なども不動産鑑定士の方を雇って金融検査を始
でIFRSのアドプションになった場合、日本でも
めています。自ら鑑定書を書かれていただけに、
きっと外部評価が増えるのではないかと見ていま
鑑定評価書の精査、検査する際には鋭い指摘をさ
す。
れ、内部で非常に信頼されていると聞きます。そ
企業が全て本気で時価会計に対応しようとしたら
れと同じような形で個人として開業していた人が、
現状の全国の不動産鑑定士数では足りません。
企業内鑑定士として活躍し、出たり入ったりする
IFRSのアドプションで、時価評価のニーズが増え
ことがあってもよいのかなと思います。日本の企
れば、鑑定士を増やしていけばよいと思います。
業では、まだまだ少ないのですが弁護士や会計士
どうせ足りないから鑑定士でなくてもいいやとい
をプロフェッショナルとして雇うということは
う制度になってしまうのも困ります。ただ、地方
徐々に増えてきています。不動産鑑定士も企業内
の公的評価ニーズが減っている現状から考えます
で働く人が増えてもよいのではないかと思ってい
と、鑑定士の数は一般の鑑定や公的評価だけに対
ます。
応するなら今の人数でもまだ多いと思います。弁
護士とか公認会計士は合格者数を増やして就職で
きない人が出てきていると言いますが、全体の仕
事のパイが膨らんでいるのであれば、それに対応
して合格者数を2倍、3倍に増やしてもおかしく
ありません。
(注)IFRSの日本への導入についての現状(平成23年10
月現在)
最新の企業会計審議会等の情報によれば、米国の状況を踏
まえ、日本においても少なくとも2015年3月期についての
強制適用は考えておらず、仮に強制適用する場合であって
もその決定から5-7年程度の十分な準備期間の設定を行う
とのことです。ただし、
「会計の国際化」という視点にお
いては、その重要性に変わりはなく、全面後退ということ
ではありません。今後は、我が国の国益を踏まえ戦略的思
考・グランドデザインを形成することが重要です。
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
35
対談 ❸
●
吉村 真行
先生
Masayuki Yoshimura
株式会社吉村総合計画鑑定 代表取締役社長
株式会社吉村総合計画鑑定代表取締役社長/不動産鑑定士/一級建築士/再
開発プランナー/不動産カウンセラー
東京大学工学部建築学科卒業。同大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修
了。安田信託銀行(現みずほ信託銀行)開発事業部・不動産企画部・不動産
鑑定部等にて再開発・信託・コンサル・鑑定業務等に従事した後、1999年
吉村総合計画鑑定を創業。社団法人東京都不動産鑑定士協会理事・業務推進
委員長、社団法人日本不動産鑑定協会業務推進副委員長、不動産鑑定士試験
委員(短答式)、不動産鑑定業将来ビジョン研究会委員・Aチーム(新ニー
ズ発掘・産業組織改革)座長、有楽町駅前第1地区・金町6丁目地区・大橋地区・淡路町2丁目西部地区・大崎駅西口南地区・西
富久地区等の市街地再開発事業審査委員等を歴任。日本不動産鑑定協会理事、日本不動産カウンセラー協会理事・大震災復興等支
援特別委員会委員長・CRE・PRE戦略マネジメント推進PJ副幹事ほか複数の企業の顧問・アドバイザーを務める。
CRE戦略と鑑定業界
CRE戦略は近年、企業経営における重要なトピックとして注目されている。鑑定評価のみ
ならず、企業の経営について不動産鑑定士としてのキャリアを活かしコンサルティング業
務を数多く手がけられている吉村先生にお話をうかがった。
が随分増えてきたことは確たる事実だと思います。
CRE戦略による企業価値の向上
最近話題となっている国際財務報告基準(IFRS)
への潮流は、取得原価ではなく時価による評価を
CRE(Corporate Real Estate)については、その
求めるもので、日本においてもこの基準が適用さ
管理、運用などを戦略的に行う「CRE戦略」の実
れることになるのだろうと思います。これまでの
践が企業価値の向上に資するものという切り口
簿価主義・含み益経営というものは、確かにバラ
で、
「CRE戦略実践のためのガイドラインと手引
ンスシートからはリアルタイムの企業の資産価値
き」が国土交通省監修のもと、平成20年6月に纏
が判りにくいとは思いますが、長期的な視点で経
められました。
営を考えると、良い側面も多かったと思います。
不動産関係業種ではない事業法人などは、所有し
経済を取り巻く環境は変わっていくものですから、
ている不動産や賃貸借している不動産などに関し
経営状況が悪いいざという時に含み資産を活用し
ては、これまでは経営に関与する問題としてそれ
て苦しい局面を乗り切るという経営スタイルとい
程重要なものではなかったかもしれません。しか
うものは、古き良き時代といわれるかもしれませ
しながら、企業の社会的責任(CSR)
、内部統制、
んが、安定経営を支える考え方の一つではなかっ
国際会計基準へのコンバージェンス・アドプショ
たかと思います。
ンなど、経営を考える上で不動産と関係すること
しかしながら、平成バブル崩壊時のように含み益
36
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❸
が底をつき、含み損が大きく膨らみ、不良債権処
事務所や工場の移転・集約などの提案を行ってみ
理、固定資産の減損、棚卸資産の強制評価減、そ
たりと様々なコンサルがあったと記憶しています。
して不動産のオフバランス、証券化等の拡大、グ
資金面で企業をサポートする金融機関としての範
ローバルスタンダードとしての国際会計基準への
疇に止まらない、CRE戦略を実践する企業側のア
コンバージェンス・アドプションの流れなど、不
ドバイザーとしての立場で活動していた案件も多
動産が経営に大きな影響を与えることになってき
かったと思います。
ていると思います。
企業経営に近い川上の部分で、不動産について経
こういった時代背景があり、CRE戦略による不動
営者と一緒になって考えることは非常に重要だと
産価値向上を通じて企業価値の向上を図るという
思うのですが、川下の部分でソリューションビジ
ことが求められる時代となってきたと感じます。
ネスに関与する場合とは少し違った立ち位置であ
ま た、PRE(Public Real Estate) に つ い て も、
るべきだと思います。CRE戦略を具体的に実践す
CREと同じ位に相当なボリュームがあるわけです
るにあたっては、川上から川下まで様々な専門分
が、以前から土地の有効活用などに取り組まれた
野の方がサポートする必要性があるかもしれませ
公共団体もありましたが、CREと同様に、戦略的
んが、川上での検討において、如何にCRE戦略の
な管理、運用などが待ったなしで求められる時期
絵が描けるかが重要だと思います。
が迫ってきていると思います。
したがって、CRE、PREについてのマネジメント
を真剣に考えなければいけないというのがCRE戦
現状での企業の取り組み
略、PRE戦略という切り口だと思います。
その企業にとって不動産は如何あるべきである
か、有効に活かされているのか、きちんとモニタ
古くて新しい企業の不動産価値
の向上
リングされているかという発想を持って取り組ま
れている企業も少なくありません。特に国際競争
にさらされている企業などは、会計制度などの観
しかしながら、このテーマは、古くて新しいテー
点からも、早くから不動産を経営の重要課題とし
マではないかと個人的には思っておりまして、私
て捉えて取り組んでいます。今後は、コンプライ
が昔在籍していた信託銀行では、企業経営の視点
アンス、内部統制、会計制度などのルールの適用
から不動産価値の向上を考えて、有効活用や売買、
に伴い、多くの日本の会社がこの課題に取り組む
賃貸などのシナリオを経営者と一緒になって検討
必要性が高くなっていくと思います。
し、最適シナリオを実践すべく、企業経営のサポー
トをさせて頂きました。勿論、大掛かりなコンサ
ルの場合もありましたし、限定的な場合もありま
した。
このようなスタンスでのビジネススタイルは、最
近の信託銀行などの金融機関では、主流ではなく
なったのではないかと思いますが、昔は、事業法
人にとって一番良い不動産のあり方とか活用の仕
方を経営に近い立場として一生懸命に考えて、同
時に金融ビジネスも行っていたと思います。例え
ば、オーナー企業さんや資産家さんの土地を有効
活用してみたり、同時に事業承継のコンサルを
行ってみたり、経営的観点からのアドバイスから
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
37
不動産鑑定士
そうなってくると、あと5年、10年経つと、CRE、
ることになるのではないかと思いますが、当然、
PREなどというキーワードは当たり前の概念とな
ビジネスを考えてCREに取り組まれる会社が多い
ると思います。不動産の管理の世界では、プロパ
でしょうから、ディベロッパーや信託銀行などが、
ティマネジメントとか、アセットマネジメントと
CRE戦略によって何でもかんでも物件を売りま
かという言葉は、一昔前は、ビルメンテナンスと
しょうとかと言ってしまうと、企業側が一線を引
ともに、単に不動産管理と言っていたと思います
いてしまって、CREマネジメントを企業側で抱え、
が、今や、PM、AM、BMという概念は当たり前
最適なCRE戦略が実践されないということも危惧
となっています。
されます。
したがって、形にはめる、体系づけるということ
先ほどもお話しましたが、企業経営に近い川上の
は重要な意味もあり、現在、国土交通省が中心と
部分で、不動産について経営者と一緒になって考
なり、CRE、PREは重要ですよ、不動産を戦略的
える場合には、川下の部分でソリューションビジ
にマネジメントすると企業価値向上に繋がります
ネスに関与する場合とは少し違った立ち位置であ
よと言っていることは、大変有益なことだと思い
るべきだと思います。川上の部分で企業側のサ
ます。
ポート役となる方は、
企業にとって大変強力なパー
また、最近では、企業の環境問題に対する取り組
トナーとなり得るでしょう。企業側の利益を最大
みなど環境に配慮した不動産という切り口も加わ
化すべく、企業と一緒になって考えて結論を出し
り、ますます不動産を経営の重要ファクターとし
ていく。勿論、専門的なノウハウなどをきっちり
て考えなければいけない時代となってきていると
提供するけれども、ある特定の専門分野しか解ら
思います。
ないと、企業が本来考えなければならない様々な
また、CRE戦略は、経営者だけが考えるという次
ことを見落としてしまうので、少なくともそれな
元の話ではなく、それぞれの現場レベルでも実践
りに広い領域の分野をカバーしつつ、ある部分に
しなければいけない話だと思います。従来ですと、
ついては深い専門性を持っている方がキーマンと
関与するのは管財部門だけとか、経理・財務部門
なると思います。
だけとか、本社と支社・工場と別々とかというよ
しかしながら、このようなキーマンとなるべき方
うな管理や運用が多かったと思います。現在にお
がソリューションビジネスとしての関わりも持と
いても、このような企業も多いかもしれませんが、
うと考えると、企業側が求めるべき方向性とソ
経営に直結する課題となってくれば、そうも言っ
リューションビジネスの方向性の利益相反という
ていられなくなると思います。適切な経営判断を
か、ずれが生じる場合があることも否めません。
するために、リアルタイムな情報が整理され、場
これは、なかなか難しいことかもしれませんが、
合によっては一元管理される必要性があるかもし
企業側のアドバイザーとなる方は、ソリューショ
れません。時価評価などが本格導入されれば、間
ンビジネスとは一線を画すというくらいの覚悟が
違いなくCRE戦略はもう少し進んだ形で実践され
必要かもしれません。それでは、ビジネスとして
ると思います。
成立しないということにならないように、この立
ち位置となるアドバーザーにきちんとしたコンサ
ルフィーが払われるような業務に育つ必要がある
アドバイザーの立ち位置
と思います。そうでなければ、強力なパートナー
はなかなか現れないことになってしまうでしょう。
企業が単独でこのようなCRE戦略を実践するため
の人材やノウハウを保有している場合は多くはな
いと思いますし、必ずしも内製化することは経営
効率の観点からの望ましいことではないと思いま
す。したがって、外部の専門分野の方々を活用す
38
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❸
たものだと思いますが、クオリティが凄く高い専
不動産鑑定士はアドバイザーに
なり得るか
門家の方は、別の分野の専門家の方々と一緒に仕
事する場合には、クオリティの高い専門家の方を
パートナーに選びます。高いレベルで共同する場
不動産鑑定士は、このようなアドバイザーとなり
合には、恐らく専門外の領域についても凡そ理解
得る専門家ではないかという見方もあるわけです
しているのだと思います。全体についてお互いに
が如何でしょうか。例えば、不動産の価値はどの
イメージできるので、自分の専門領域と専門外の
程度かというときに、不動産鑑定評価額を算出す
領域が交わるところについてよく判り、最適な結
るということだけではなく、企業がCRE戦略とし
果を導き出すことができるのです。
ていくつもある不動産についての前提条件を変え
このくらいの専門家の方々が集まってアドバイ
てポジショニング分析などを行うとき、不動産の
ザー的な役割を果たしていくという姿が恐らく
活用、組み合わせの仕方の選択によっては不動産
CRE戦略、CREマネジメントの理想形の1つでは
の価値が変わってくる場合があります。様々な側
ないかと思います。
面から見て、その価値を判断する能力が要求され
PRE戦略についてはまた違った側面もあると思い
るわけです。不動産鑑定の専門領域だけではなく、
ますので、どのようなアドバイザーの方、コンサ
税務、会計、金融、建築など別のファクターも関
ルタントの方が適任であるのかということが今後
係してきて、それらについても考慮しないと結論
明確になってくると思います。
が出てこない場合も少なくありません。また、同
いずれにしても、このような強力なアドバイザー
じ業種・業態の会社でCRE戦略としての検討を
となり得る方が1つ結果を出し、また別の案件を
行った結果、同じような経済的な価値となるとい
依頼されるということになると思いますし、この
う結論が出たとしても、ある企業は不動産を所有
ような方は限られてくるとは思います。
することを望み、ある企業は不動産を賃借するこ
また、先ほど述べましたアドバイザーの立ち位置
とを望む場合もあります。保有した場合と借りた
についてですが、アドバイザーとして企業と一緒
場合のメリット・デメリットなどの定性的・定量
の立場・目線で方向付けをしたCREについて、ソ
的な検証はしているはずなのに、その方向を決定
リューションビジネスとして、これは開発しよう、
付けるのは、経営者のスタンスというか信念によ
売却しようというような話になるかもしれません
る場合もあると思います。こういったファクター
が、この部分のビジネスにはやはりアドバイザー
も踏まえて如何すべきかを、良く判らないことも
は積極的に関わるべきではないと個人的には考え
あるかもしれないけれども、少なくとも当事者と
ております。利益相反する部分が如何しても出て
一緒になって悩み、考えて、答えを出すことがで
きる専門家でないといけないのではないかと思い
ます。したがって、なるべくその専門領域は広い
方が良いと思いますが、当然ながら自分では判ら
ない部分もあるので、様々な専門分野に対応でき
る専門家集団が必要かもしれません。私は、個人
的にはコラボレーションとかワンストップサービ
スという言葉はあまり好きではありません。往々
にして、集団としての体裁は整っているけれども
中身がいま一つである場合が少なくないからで
す。それぞれの分野の専門性が高くなければ、複
数の分野の方が集まっても、集合体としてのクオ
リティは高まりません。類は友を呼ぶとはよく言っ
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
39
不動産鑑定士
くると思いますし、絶対利益相反はいけないとは
言いませんが、少なくともソリューションに至る
方向付けがされるまでは実質的な利益相反をしな
不動産戦略のエキスパートに
不動産鑑定士はなり得るか
いように進めないと、企業が信用してくれないと
現在、NPO法人日本不動産カウンセラー協会では、
思います。
CRE戦略、PRE戦略を広めるべく、川上にも川下
にも、専門的なサービスを提供する側にも受ける
CRE戦略の形とは
側にも、CRE戦略、PRE戦略についての認識を高
めてもらいたいと活動しています。そのため、
「不
CRE戦略については、もう少し経済環境が良くな
動産戦略アドバイザー」という認定資格制度を創
れば、具体的なソリューションに至るところまで
設し、不動産戦略のエキスパートの養成を目指し
の事例も増えてくるでしょう。仮に、一時的には
ています。手前味噌ですが、現在、不動産カウン
損を出すことになったとしてもこれに対応する余
セラー協会は社会にとって有益な仕事をしている
力が出てくると思います。
と思いますし、CRE戦略、PRE戦略が世の中に定
CRE戦略、CREマネジメントとはこのようなもの
着する時代は遅からずやってくるでしょうから、
という決まった形があるものではないと考えます
そのベース作りに貢献することになると思います。
ので、これはCRE戦略、CREマネジメントではな
こういったCRE戦略、PRE戦略に対して、果たし
いかというものはいくつもあると思います。企業
て不動産鑑定士がどれだけ活躍できるかは未知数
にアドバイスをして、あるものは有効活用して、
だと思います。
あるものは売却したといった小さいコンサルも
一般の不動産鑑定とは相当違った業務であるし、
CRE戦略、CREマネジメントと言えると思います。
鑑定だけの専門分野ではカバーしきれない業務で
し た が っ て、こういうもの で な い とCRE戦 略、
あることは明らかです。また、不動産からのアプ
CREマネジメントと言えないというわけではない
ローチという視点しか持っていないと、この業務
と思うのですが、大掛かりなCRE戦略であっても
は難しいと思います。鑑定だけでなく、鑑定から
ちょっとしたCRE戦略であっても少なくとも共通
広げて隣接・周辺業務というレベルでもなかなか
しているのは、単純に物件を有効活用した、売却
難しいでしょうから、川上で既にビジネスに関与
したとかではなく、それが企業側の経営を考えて、
した経験や専門的知見がある方がこの分野をリー
不動産をどうするかという意思決定をして答えを
ドする可能性が高いと思います。
出したものであるかということで、このことが重
しかしながら、不動産鑑定士の専門分野はコアと
要だと思います。
して有望だと思いますので、先人が優秀な若手を
今後、CRE戦略、CREマネジメントというキーワー
リードして、一緒に経験を積んでいくという姿が、
ドが世の中に広まっていくときに、それは不動産
実践での最高の人材育成であると思います。担保
の仲介に関することとか、物件を売却することと
評価とか簡易な調査とか、そういったものばかり
いうことに、なるべくならないように、不動産が
ルーチンワークとして繰り返すのではなく、鑑定
きちんと活かされていますか、活かされていない
以外の解らないことだらけのCRE戦略、CREマネ
と企業価値が落ちますよ、活かされていなかった
ジメントといった世界で揉まれて足腰の強い専門
らどの様に対処しますかということを指す言葉で
家が一人でも多く育ってくれば、不動産鑑定業界
あると受け止められながら広まっていくといいな
も明るい兆しが見えてくるのではないかと思いま
と思います。
す。
鑑定業界の現状は、決して楽観できるものではな
いと思います。このような激動の時代、人材育成
どころか日々の仕事でさえこの先どうなるか分か
40
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❸
らない状況であるとも言えます。不動産鑑定の
略、CREマネジメントといった仕事にもチャレン
ニーズは様々ですから、軽いデューデリのために
ジできる優秀な人材がこぞって集まってくる業界
安価で不動産の価格を把握したいという場合に
となることを期待しつつ、CRE戦略と不動産鑑定
は、このニーズに応じた安価な報酬も仕方がない
業界についての話を終わりとさせて頂きます。
でしょうが、責任が重く、難易度が高い仕事の場
合には、それに見合う報酬をきちんと頂いて仕事
をすべきであると考えますが、残念ながらそうで
ないのが現状だと思います。だからと言って、こ
の路線を突き進めていくと、良い人材も育ちませ
ん。
(注)東日本大震災後のCRE戦略マネジメント(平成23年
10月現在)
東日本大震災により、これまで顕在化していなかった不動
産に係るリスクが浮き彫りになりました。CRE戦略マネジ
メントにおいても、BCP(Business Continuity Plan:事
業継続計画)等の重要性が高まるなどリスクマネジメント
の観点からの取り組みも必要となっている。
鑑定を本業としてしっかり取り組み、かつCRE戦
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
41
対談 ❹
●
小谷 芳正
先生
Yoshimasa Kotani
有限会社小谷不動産鑑定事務所 代表取締役
(有)小谷不動産鑑定事務所代表取締役/不動産鑑定士
1946年生まれ。(社)日本不動産鑑定協会調停センター運営委員長。東京地
方裁判所評価人。東京家庭裁判所調停委員、農水省貯金保険機構価格審査委
員長、(株)整理回収機構企業再生検討委員会委員等。
ADRと不動産鑑定士
現在司法制度改革が進められているが、その一環としてADRが各士業で重要な課題とな
っている。不動産鑑定士、鑑定業界はいかにADRを推進していくべきか、この分野の第
一人者でおられる小谷先生にお話をうかがった。
い部分がかなり多いのです。地代、家賃の値上げ、
不動産鑑定士調停センターの設立
値下げは事情変更の原則がどう適用されるのかな
ど、いろいろな問題がありますが、契約を解除し
不動産鑑定協会の開設した不動産鑑定士調停セン
たとかしないとか契約の存否の問題がなく、価格
ターは、司法制度改革の一環として設立されたも
だけの問題であれば訴の提起、認否などをショー
のであり、不動産鑑定士2名、弁護士1名が調停
トカットして価格紛争に直接入れるのです。そう
人となり紛争当事者の主張・意見を聴取し、和解
いった意味では適正迅速な解決に結び付けられる
案を提示するなどして和解の成立を図る機関で
のではないかと思います。
す。専門的知見を活用し積極的に紛争解決手続に
裁判所は不動産の価格に関する紛争という分野で
参加する新しい制度です。
は専門家ではないのです。調停センターでは不動
民間ADRに期待されるキーワードは 「迅速性」、
産鑑定士が2人、弁護士が1人入る形で運用して
「効率性」、「専門的知見、経験則の活用」 にあり
います。ただ、今あまり積極的に宣伝していない
ます。法律には実体法である民法、商法、手続法
ので、皆さんに知られていません。仮に申し立て
である民事訴訟法などいろいろありますが、司法
があったとしても、相手方のほうで応諾してこな
解決の場合、訴訟の提起、論点の整理、証拠の認否、
いケースが多いのです。調停センターの歴史がな
判決などの司法手続が必要となります。デュープ
いし、知名度がないということで。しかし、弁護
ロセスの観点から適正手続は非常に重要です。と
士が代理人として入っているケースだと手続を理
ころが我々の関係する地代・家賃の値上げ訴訟分
解しているので応諾してくることがある。本当は
野というのは必ずしも司法手続によらなくてもい
直接素人の当事者の中に入っていきたいのです。
42
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❹
渡承諾、建替承諾料、借地条件変更料があります
調停センターが信頼を
得るためには
が、実際上は金額の問題が多いのです。
司法的な解決の場合、裁判上の手続きを踏んで、
弁護士を頼んで申し立てをして、それから答弁と
裁判の司法的解決と、民間の解決が並存するわけ
反論を繰り返して、論点の整理をして、場合によっ
ですが、そうすると民間の紛争解決の担当者であ
ては当事者から事情を聞いたりします。借地非訟
る調停人の資質、能力が問われるわけです。裁判
事件ではそれから鑑定委員会を構成して価格問題
所の調停委員には不動産鑑定士は随分多くなって
に入る。実務としては鑑定士が1人で鑑定意見書
いるのです。弁護士も多いけれど、それ以外では
を書いていることが多いのです。それが大体裁判
不動産鑑定士が一番多いのではないでしょうか。
所の意見として出てくる。だけど調停センターの
弁護士を除いた職業としては一番慣れているのか
場合は鑑定士が2人調停人として入ります。価格
もしれません。私も平成4年から東京家庭裁判所
という量的な判断は、いろいろな人の意見を聞い
の調停員をやっており、調停技術が身についてい
てディスカッションしたほうがいい結論が出るの
ると思います。それを今後どうブラッシュアップ
ではないかと思います。調停人2人で解決がつか
していくかが大切です。
ない場合は審査委員会というようなものを作って、
制度の信頼性として1件1件を適正迅速に解決し
それを議論するのもいいのではないでしょうか。
て積み重ねていくことが大事だと思います。結局、
そこで出した結論について、仮に訴訟になったと
司法手続にまわっても、鑑定士調停センターで解
しても調停センターで出した結論がほとんど認め
決したのと同じ結論が得られるだろうという社会
られる。そういうものに仕上げていきたいなと思っ
の信頼(手続き上の保障の問題と、結果の妥当性、
ています。裁判外紛争解決というものを国民に
迅速性)ができていくといいのかなと考えていま
とって使いやすい制度にする。社会は何を期待し
す。継続地代・家賃で不満を持っている人は多い
ているのか、どうすれば社会のニーズに応えられ
のです。調停を申し立てて不調になると、訴訟に
るか、そのためには制度的な保障ももちろん必要
移行するでしょう。裁判所というハードルを越え
ですし、教育も必要でしょう。出した結論につい
るのに抵抗がある場合もあるのです。地代・家賃
て必ずしも納得してもらえるとは限らないけれど
への不満は日常的課題ですから昔の大家さん的な
も、理解できる論理的な結論を出す、そういうも
ハードルの低い入りやすいADR制度というのは必
のに仕上げていきたいなと思っています。
要なのではないかと思います。
調停制度というのは話し合いによる解決ですか
ら、
話し合いがつかなかったらその手続きは終わっ
てしまうわけです。調停によって積み重ねたもの
ADRのメリット
価格だけが問題になっているケース
を無くしてしまうというのは勿体無いので、ADR
以外なのですが、調停に代わる決定を出すことも
考えられます。例えば5千円の現行賃料を1万円
価格だけが問題になっている事案については使い
に値上請求したが、でもどうしても話し合いがつ
やすい制度です。借家の明け渡しは、民法上では
かない。いろいろ事情を聞いて調停委員会で調査
正当事由という要件がありますが、
明渡料さえ払っ
をして、7千円が相当であるという結論が出れば、
てくれればいいよという人もいるわけです。正当
調停人が7千円という決定を出すのです。双方の
事由は裁判所によって考え方は異なってくること
意見を聞いて決定まで出して欲しいという要望が
がありますから、非常に難しい概念なのです。強
あればそこまで出す。ここはオプションになるわ
制的な解決法より、合意による解決法は勝れた解
けです。その代わり、2週間以内に異議を申し立
決だと思うのです。ADRが機能できる場面は多い
てればその場合は効力を失うという制度も判決と
のです。たとえば地代・家賃、明渡料、借地の譲
調停の中間に位置する制度として導入を検討して
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
43
不動産鑑定士
もいいと考えます。地代の額とか、明け渡しの額
の債権がある場合、物件の担保価値がいくらかで
は調停で積極的に自分からは合意はしたくない、
優先弁済権の範囲が決まります。一番抵当権者は
でも調停委員会で出した結論であれば従うとい
5000万円の債権があったとしても、任意売却すれ
う、消極的な合意というのは実務では結構多いの
ば5000万円で売れるが、司法競売だと3500万円に
です。だから、それはそれなりに意義があるのか
しかならない。換言すると司法競売では3500万円
なと思います。場合によっては仲裁合意をして、
だけど、任意売却だと5000万円で売却できるとい
仲裁まで行う制度もいいのではないかと考えま
う場合、
任意売却を選択することの経済合理性(増
す。ADRと司法上の和解の決定的な違いというの
分価値)は1500万円あるわけです。それならば債
は、強制力があるかないかです。司法というのは
権者も話し合って解決(任意売却)したほうが良
和解ができなければ判決するという、伝家の宝刀
いということになります。3500万円の担保権の範
があります。間接的な強制力があるので当事者は
囲は評価で決定するわけです。司法競売であれば
やむを得 ず聞くという部 分があります。一 方、
無担保になった部分は一般債権となり、その物件
ADRに強制力は何もないのです。そこをどうする
からは債権回収できないけれど、任意売却に合意
かが問題です。それには1つは委員会に対する信
し、高く売却できれば、いわゆる判子代(一般債
頼。構成員の資質が重要です。それともう1つは、
権への配分)を支払うこともできます。例えば、
仲裁合意は有用です。これは仲裁委員会の結論を
100%(5000万円)を一番抵当権者が取るのでは
強制するわけだから司法と同じシステムです。
なくて90%(4500万円)で我慢し、
10%(500万円)
は一般債権及び手続費用として配分したらどう
か、そういう事業スキームを作り上げる。また、
不良債権処理のケース
競売をやれば配分まで最低でも1年かかるとする
と、任意売却なら3ヶ月くらいでできるというこ
それから、不良債権をADRによって処理すること
とになるとメリットがあります。評価をして当事
は有用なことではないかと考えています。司法競
者全員を合意させて任意売却をして、所有権の移
売というのは裁判所が国家権力の行使として、物
転と担保権の抹消を同時にする。債権者の最終目
件の調査から売却、配当まで、国家がそれを支配
的というのは債権回収にあるわけですから価格だ
するので公正な手続は保障されます。でもその代
けはいくらですよという合意だけでは道半ばなの
わり競売物件ということで価格が下落し経済価値
です。公正な手続で配分まで行うADRを立ち上げ
を毀損します。倒産処理にも任意整理、法的処理
るのだったら、使い勝手の良い制度になります。
がありますが、任意整理の場合には事業価値を毀
価額調整を中心に置いて、申し立ての受付、価額
損しないが、法的整理では毀損してしまうという
合意の調整、それから担保権の抹消、配分、そこ
ことが言われています。法的整理では企業名が公
まで一連のADRでないと、ニーズに合わないので
表され法的整理に入った場合、公共事業を請け負
はないでしょうか。任意売却で買いたいという人
えなくなり、一般債権、事業用の債権も整理の対
が出てきて話が進んでいるときには必ずしも入札
象となるので顧客とか取引先を法的整理の場合は
する必要がないから、買受希望価格が安いという
失うのです。ところが私的整理の場合は金融機関
争いがある場合には評価によって価格の相当性を
だけ相手にするというシステムの違いがあるので
検証し、ADRによって価格を合意する。競売の場
す。そこで個別不動産の執行についても、債務者
合は、評価は売却基準価格を出す為のものだから、
が債務の返済のために不動産を売ってお金を返し
実際の交換価値とはちょっと意味が違います。競
ますと言っている場合には自己決定権を尊重し、
売で出している価格というのは正常な市場価値を
基本的に強制執行する必要はないのです。問題は
出しているわけではありません。最低限の価格、
担保価値に応じた配分をどのように実現するかで
つまり、いくらから市場を開放しますよという下
す。A、B、C、の金融機関があって総額で1億円
限の数値です。競売で3500万円で売れると後順位
44
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❹
は無配当です。任意売却で5000万円で売れれば
ば地代値上げ値下げなど事情変更があれば改定で
1500万円高く売れるわけですから、後順位の一般
きると法律にははっきり書いてあるけれども実際
債権にも配当しましょうと、そういうことの合意
はいくらになるのか、法の規定と現実とを埋め合
を得て適正迅速な債権の極大回収をはかるという
わせる実際の運用面を整備充実する部分が必要な
ことは必要なのかなと思います。登記は司法書士
のです。抵当権の実行もそうです。実際の担保権
の団体、測量は土地家屋調査士会、任意売却の入
が及ぶ範囲はどうなのというのは法律でははっき
札をやるのだったら宅建業界と協力することもい
りしている。しかし、法の規定では実質いくらま
いですね。調停センターのシステムを中心として
でが担保権の範囲なのかという部分が空洞になっ
協力し合う、そういう構想がいいのではないかと
ています。そこを埋めるための手段として、価格
思います。それができれば抵当権の個別執行だけ
ADRを活用すると使い勝手のよい制度になると考
でなくて、民事再生法とか、会社更生法とかにも
えます。抵当権の消滅請求制度というのはだいぶ
使えると思います。
前にできた制度なのですが、それは抵当不動産の
そのようなことをいろいろ考えているのだけれど、
第三取得者が売却代金か、あるいは申し出金額で、
場合によっては価格紛争の部分だけ切り離して申
担保権を消滅することを抵当権者に請求すること
立ててもらえればいい。会社更生などは債権者調
ができるという制度です。対抗手段として抵当権
整等があるわけですけれども、価額合意が問題に
者はそんな金額では納得しないといって競売の申
なったらその部分だけ申し立ててもらえばいいの
し立てをする。そこには価額交渉の場というのは、
です。
法律上は設けられていません。ADRでその場を設
けるのです。そもそも抵当付の物件を買ったら抵
当権の実行によって所有権を失う可能性があるわ
遺産分割のケース
けですから担保付の物件を買うということ自体ハ
イリスクな取引で通常の取引ではないわけです。
例えば、遺産分割調停においては、相続財産の範
そういうリスクのある物件というのは正常価格で
囲、寄与分、特別受益、生前贈与など争いが広がっ
はまず売れない。ですから、法律はあるけれどう
ている中で、不動産の価額は代償金の支払いなど
まく機能できないのです。代価弁済の制度もそう
で問題となる。代償金というのは不動産の共有持
です。売却前に担保権を抹消しないと、担保付不
分の売買ですからね。それと現物分割です。現物
動産ではまともな価格では売れないのです。だか
分割は遺産の共有持分の交換だからそういう部分
ら所有権の移転と抵当権の抹消とを同時に行うこ
だけ裁判所での争いから、切り離して申し立てて
とができるADRが必要なのです。利害対立する担
もらえればいいと思います。裁判所は相続財産の
保権者と債務者、所有者と、買受人がいるわけで
範囲とか、特別受益とか、そういうところを集中
すから、売買契約と担保権の抹消を同時にやるわ
審議していくことができます。いろいろな使い方
けです。そういう制度であれば迅速に解決できる
があるのではないかと思います。
ので、ADRのメリットはそういうところにあるの
ではないかと思います。とにかく早く処理できて
利用者が使いやすい制度にするためには何をした
手続法に拘束されないメリット
らいいかという視点です。ADRに債権の売却を取
り入れて、銀行の担保付不良債権を売却した時点
ADRのいいところは、適正な手続きを踏むという
で売却損を計上できるという制度ができると銀行
ところは大事だけれど、法の規定する手続法に拘
としては使いやすいのかなと思います。
束されないところです。法律は法律要件と効果が
規定されており、どういう要件事実があれば、ど
のような効果が生じると規定されています。例え
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
45
不動産鑑定士
な職務を不動産鑑定士の仕事として位置づけるの
ADR導入による不動産鑑定士の
職務の変化
がいいのではないでしょうか。それは弁護士とか
裁判所を通じて価格が形成されるのではなく、価
格の専門家が直接それを決めていくのがあるべき
ADRを国民のニーズに適った手法に育てて制度と
方向性なのではないのかと思うのです。制度改革
して定着していくと、今の司法的な解決以外の方
に伴っての司法制度改革も民間活力の導入なので
法として国民の選択肢が広がり、良い制度になる
す。今まで郵政民営化、JR同様民営化の一環とし
と思うのです。司法解決の前にADRで解決する。
て司法制度改革がある。その司法改革の一翼を担
紛争には程度があるので、あまり紛争性の高い話
うのがADRなのではないでしょうか。司法制度改
は所詮無理なのですが、そうではない事案という
革の中には裁判員制度とかいろいろな制度がある
のはかなりあります。恒常的な制度として熟成し
わけですが、ADRもその一環です。
ていくことができると思います。その時々で抵当
不動産に関する価格紛争をADRに活用するために
証券とか、いろいろな動きがありましたが、国の
必要なのはメディエーション能力(価格調整能力)
方針に従ったというところがある。だけどここで
です。これは実務と研修を通してやっていかなけ
述べているADRというのは、地代・家賃とか不良
ればいけない課題です。
債権処理というような日常的な出来事に密着した
法の規定を受けて使いやすい制度とするために、
制度です。不動産鑑定士の仕事というのは、国な
不動産の価格に関する話し合いの場面を我々専門
どの公共団体、あるいは会計事務所、弁護士、金
家が担ったらいいのではないのかと考えるので
融機関などから依頼されるケースが多く、直接国
す。法律は意義、要件、効果を規定しているけれ
民に向けられた窓口というのが少ないのです。地
ども、実際の運用面では不動産の価格紛争につい
価公示とか路線価は国から、訴訟事件の場合は弁
て専門に話し合う場面がない、つまり、制度上空
護士、裁判所とか場合によっては税理士からで、
洞の部分があると考えるのです。自由主義経済と
つまり下請けという形で仕事をすることが多いの
いうのは双方の合意によって成立するというのが
です。また、鑑定士が鑑定評価書を書いたからと
大前提ですが、話し合いをサポート、支援する制
いって、それは単なる情報提供のひとつにしか過
度があったらいいと考えます。司法的解決は当事
ぎないということがいえます。直接、権利関係の
者間で解決できないときに裁判するという制度な
形成とか合意の場面には鑑定士は立ち会っていま
のですが、ADRという選択肢を開設することに
せん。最終段階まで関与できる制度があるといい
よって自己決定権を発展、尊重することは重要で
と思います。国民に直接窓口を開き評価を通して
はないかと考えます。
権利の確定にまで関与することです。我々が直接
ADR成功のポイントはADRにしたほうが迅速で、
国民に向けてADR窓口を開設していくということ
結果は司法的解決と同じという、信頼性を得られ
が重要ではないかと考えます。地代・家賃だけで
るかどうかということです。調停センターにおい
なく、不良債権処理のように不動産の価格は国民
て適正迅速な紛争解決を積み重ね、司法手続きと
に密着したところがあります。PRと運用の仕方に
同じような結果を得られて、社会からの信頼を得
よっては、ADR制度は根付くと思います。
られることによって、ADR申立てへのインセン
不動産鑑定士というのは今まで評価はしてきたけ
ティブが働くのだと思います。それは地道な努力
れど、紛争解決という分野は今までやってこな
が必要で、一歩一歩の積み重ねと思っています。
かった。不動産に関する価格紛争は、価格の専門
制度改革は地道な努力を積み重ねて、徐々に花開
家である不動産鑑定士が介入するのがいいのでは
いていくものだと私は思っているのです。真夏の
ないかと思います。ADRは今までの職務と違いま
花火のようにバーンと咲いて散るのではなくて、
す。今までの職務というのは裁断的、一方的な情
地道にやっていって社会の信頼を得て、永続的な
報提供行為です。これからはADRを通じて調整的
制度として熟成していくのではないでしょうか。
46
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❹
だからそんなに急いではいません。社会及び各種
得ながらやらないとうまくいかないと思います。
団体などいろいろなところの理解を得て、賛同を
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
47
対談 ❺
●
磯部 裕幸
先生
Hiroyuki Isobe
日本ヴァリュアーズ株式会社 代表取締役
日本ヴァリュアーズ株式会社代表取締役/不動産鑑定士/CRE/FRICS
早稲田大学政治経済学部卒業・ジョ−ジア州立大学経営学部不動産学科大学
院修士課程修了(MS)。1983年に鑑定事務所設立後、1987年に法人化。そ
の後社名変更などを経て、現在日本ヴァリュアーズ株式会社代表取締役。不
動産鑑定士第三次試験試験委員・森ビル「アーク都市塾」アドバイザーなど
を歴任。現在、早稲田大学大学院ファイナンス研究科非常勤講師、日本大学
大学院理工学研究科非常勤講師。社団法人日本不動産鑑定協会理事。
不動産鑑定業界の
国際化について
会計の世界におけるIFRSの導入は我が国における国際化を様々な業界・局面で加速させ
ている。不動産鑑定業界においても一段と大きな国際化の波が押し寄せている。鑑定業界
において国際化の最先端で活躍されている磯部先生にお話をうかがった。
に不良債権処理が開始されようとしていた頃、海
国際化の歴史と現状
外から多くのファンドが日本に上陸し、不良債権
をバルクで大量に購入していったわけですが、そ
不動産鑑定業界について国際化という場合には、
の際にこれらのグローバル・クライアントが物件
おそらく3つぐらい軸があると思います。ひとつ
のデューデリジェンスを日本の鑑定士に依頼しま
はIFRS(国際財務報告基準)という世界共通の
した。それが、おそらく大きな流れとして日本の
会計基準に則って評価が必要になってきている状
鑑定業界が初めて体験したグローバル化だろうと
況。2つ目はもっと身近な話しですが、クライア
思います。
ントがグローバルになってきているという意味で
その中では、鑑定評価の中身についてグローバル・
の国際化。3つ目の国際化はケースとしては多く
クライアントのリクエストに耐えうるようなクオ
はないでしょうが対象となる不動産が海外に所在
リティが求められましたが、その後不動産証券化
している状況。クライアントのグローバル化、対
が急速に一般化していき、収益還元法という手法
象不動産のグローバル化という側面を含め、これ
がグローバルなレベル感を持った手法として日本
らのクライテリアで業務が今後どうなるかという
の中でも定着していき、その延長線上で、海外不
事なのだと思います。
動産のREIT組み込みの可能性がシステムとして
鑑定業界における国際化がいつ頃から始まったの
導入されたことでJ-REITが海外物件を購入する
かを振り返ってみますと、実務的には90年代後半
ための制度インフラが整備され、日本の鑑定業界
48
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❺
も海外物件を評価できる体制が必要となっていっ
とするというだけでは、社会のニーズに答えられ
たんだと思います。それが先ほどの3つ目のグロー
なくなっていく、ということなのかもしれません。
バル化で、三年ほど前から始まりました。ただし、
鑑定評価で対象とするのが不動産だけというの
リーマン・ショック以降日本から海外に出て行く
は、10年後位にはもしかすると無くなっているか
という意欲は萎んでしまいましたから、実際の仕
も知れないとさえ思っています。
事としてはほとんど具体化していないと思います
評価ビジネスとして、国際化の流れが我々不動産
が、状況としては十分整っているということでしょ
鑑定士にどのようなインパクトを与えるかという
うか。
と、さほど大きな影響はないような気もしますが、
2000年頃まではDCF(ディスカウンテッド・キャッ
シュ・フロー)をほとんど見たことも聞いたこと
国際評価基準
も無かったに等しい我々な訳ですが、今やそれを
知らない、あるいは適用しない鑑定士は日本中で
さ て、IFRS≒IVS( 国 際 評 価 基 準 ) の 流 れ は
ほぼいなくなっているという位の変貌を遂げたわ
1980年 代 か ら ス タ ー ト し た も の で す。IVSC
けですから、その脈絡で考えますと、特に根拠は
(International Valuation Standard Council)
は、最
ないのですが、これから10年、15年後を考えたと
初TIAVSC(ティアブスク)と呼ばれていた組織
き、国際評価基準であるIVSに則らない不動産鑑
だったのですが、The International Asset Valuation
定評価書が日本に存在しなくなっているというこ
Standard Committeeという名なのでティアブスク
とは十分あり得ますし、不動産鑑定士が不動産以
と略していたのですが、80年代後半にIVSCに変
外の様々な資産の評価に従事しているという状況
わり、
今日に至っているわけです。もともと、
グロー
も現実のものになっているかもしれません。現時
バル企業で各国に所在する資産の評価目線がロー
点では特にそうした仕事が多い訳ではないでしょ
カルな鑑定評価基準だけに準拠すると、企業とし
うし、多くのグローバル・カンパニーがクライア
て一体的な評価ができなくなってしまうという問
ントになっているということもないのですが、
題があり、そこを網羅するような統一的な基準を
IFRS適用の進展と共に、資産評価分野でのIVSの
作らなければいけないという動きが、アメリカと
ポジショニングは今後一層高まっていくはずです
イギリスで生まれ、IVSという形で結実したとい
から、我々鑑定士も当然そこに注目しつつ勉強し
うことだと思います。
なければならない、そういう関連だと思います。
会計基準における国際的な統一化の流れは、強力
なリーダーシップと共に全世界で進みつつありま
― 国際評価基準はイギリスの評価基準がベー
すので、そこに常にキープアップする形でIVSも
スなのですか
進化し、今ではIFRS(国際財務報告基準)とほ
IVSCは1981年に、英国のThe Royal Institution of
ぼパラレルな動きになってきていると思います。
Chartered Surveyors(RICS)と米国のAmerican
また、IFRS、IVSの流れの中では、資産計上でき
Institute of Real Estate Appraisers( 現 在 のAI)
るすべての資産の評価基準をIVSでカバーします
によるジョイントベンチャーとして創設された組
ので、不動産だけでなく、ビジネス・バリュー、
織です。ロンドンに本部を置き、国連の経済社会
あるいは知的所有権、機械設備、企業評価など資
理事会により承認された非政府組織(NGO)とし
産計上できるものは全て対象となっています。
て活動しています。私の会社も、昨年会員になっ
我々不動産鑑定士がこうした大きな動きに対して
て初めて知ったのですが、本部はロンドンにある
具体的にどの程度コミットできるかどうかは別と
ものの組織としての登録はシカゴでされていま
して、IFRS、IVSの流れの中で評価主体に問いか
す。だから法人格としてはアメリカ法人、NGOと
けられているのは、評価を必要とする資産はすべ
してアメリカのAIの住所で登記されています。本
て評価対象であり、鑑定士も、不動産だけを専門
部がロンドンにあるのでイギリスベースに見えま
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
49
不動産鑑定士
すが、創設時の成り立ちから言えば両者はイーブ
相見積もりを取るために鑑定機関数社に同様の
ンな関係ですね。しかも、アプレイザル・ファウ
メールを出すのでしょうけれども、日本法人になっ
ンデーションという、アメリカの全ての不動産鑑
ているので海外の会社とわからない場合もあるの
定士が準拠しなければいけない評価基準
ですが、よく見ると実質的にはアメリカ企業の子
(USPAP)を策定している公的組織もIVSCに一
会社で、連結決算の関係で評価が必要だという場
部出資しています。このところIFRSの注目度はど
合もありますね。そんなわけで、各種業種の外資
んどん高くなってきていますが、それに伴って
系企業が日本で保有している工場や研究施設、事
IVSCには、大手会計事務所や世界的な巨大法律
務所・店舗、住宅などの評価を色々と経験してき
事務所もスポンサー・メンバーとして加盟してい
ました。
ます。鑑定士の団体では、AIやRICSだけでなく
海外物件の評価といいますと、それほど多くの実
カナダや中国の団体もスポンサーとして参加して
績はありませんが、ボストン、ニューヨーク、コ
い ま す。 ま た、American Society of Appraisers
ネティカット、ロサンジェルス、サンフランシスコ、
(ASA)という組織がありまして、鑑定士の団体
サンディエゴ、グアム、サイパンなどで仕事をし
としてAIと比べると規模も小さいのですが、機械
ました、日本から進出している企業の工場の評価
設備やビジネス・バリュエーションの専門家団体
だったり、投資した収益物件だったりです。但し、
としてはアメリカでも非常に有力な団体でして、
現地で評価の仕事がこなせるわけではないですか
そこが今年の6月にIVSCのスポンサー・メンバー
ら、ローカルの鑑定士に協力を仰いで連名で署名
になりました。実は日本の不動産鑑定協会も、か
する、ということですので、私が単独で海外の鑑
ねてからIVSCの会員ですが、
会費(年間1万ドル)
定評価を行うというわけではありません。今後、
自体かなりの額だと思いますが、スポンサー・メ
このような業務が増えていくのかどうかですが、
ンバーというのはおそらくその何倍もの会費を払
IFRSの適用に伴って、日本国内の物件評価をIVS
うことで、運営を財政的に支える役割を担ってい
に準拠して実施するニーズが高まっていく一方、
ると思います。そういう団体がこのところ増えて
海外物件に対する評価ニーズはそれほど多くない
きているということは、IVSCの重要性が世界の中
のではないかと思います。
でどんどん高まってきていることを如実に示して
いると思います。組織の帰属という観点で言いま
― 日本以外の各国の評価はほとんど世界基準
すと、国連の経済社会理事会が承認した非政府組
で統一化されているのですか
織ということになります。
IVSも基本はローカル基準を尊重します。登記制
IVSCのHPを見ていただきますと、アフリカ各国、
度も歴史も大きく違うような中で、イギリスやア
旧共産圏の東欧諸国の鑑定協会も入っています
メリカで決めた基準に全部従わなければだめだと
し、アジア、ヨーロッパなどは勿論、多くの国の
いうことは非現実的ですものね。従って、ローカ
鑑定士組織が加盟していることが分かります。ド
ル基準を尊重しながら、その上位概念としての
メスティックな評価基準が未整備な国ほど、国際
IVSに準拠しているかどうかを、最終的に検証す
評価基準を導入することによって国内の評価クオ
ることが必要になるわけですね。ローカル基準が
リティを高めることができる、そういう役割を果
IVSと整合性が取れているか、整合性が取れてい
たしてもいると思います。
ればIVSに準拠した評価書と言う位置づけになる
私の体験で言いますと、アメリカ企業の会計担当
でしょう。日本では鑑定協会で、それについての
者からある日突然電子メールが来て、日本に数カ
スタディが来年の春頃に出ると思いますが、日本
所工場があり、財務目的で2年に1回世界中に保
の評価基準で謳っていることと、IVSが標榜して
有している物件の時価評価をしなければならない
いることが合っているのか違うのか、違うとした
のだが、日本の物件の評価をお願いできるか、と
らどうすれば合致できるのかという検討を鑑定協
いうような問い合わせが時々あります。おそらく、
会で開始したと聞いています。
50
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❺
アメリカやイギリスの鑑定評価基準は今やニアイ
コールIVSです。IVSの側でもアメリカの鑑定評
国際化時代の不動産鑑定士
価基準はIVSに準拠していますと書いてあります。
イギリスもそうです。そういうところが少しずつ
― 先生の会社は韓国と提携されているそうで
増えてきています。つまり、欧米のクライアント
すが、今後の提携のご予定はいかがですか
が例えば私のところに鑑定評価を依頼したとき
今提携しているのが、韓国、中国/香港、アメリ
に、あなたのところはIVSに準拠しているのかと
カですが、それでカバーできないところは提携で
いう質問をしてきた場合、もし違いますと言えば、
きるチャンスがあればしたいなという気持ちはあ
それでは残念だが依頼はできないなあ、というこ
ります。もちろん、小さな会社ですし、海外の物
とになりかねません。まだそうはなっていません
件の仕事がそれほど多くあるわけではありません
が、それに近い感じがしているのも事実です。か
から、どうしても海外の提携先を増やさなければ
なり近い将来、海外のクライアントは全て、IVS
ならないという切羽詰った状況ではありません。
準拠の鑑定評価書以外は世界中で受け入れなくな
海外のクライアントが来たときに先ほど申し上げ
るでしょう。もうかなりそうなっていますが、さ
たように英語の対応だけではだめで、ひょっとし
らにそうなっていくと思います。面白いことに中
て中国語、ロシア語、スペイン語という時代が来
国ではIVSへの完璧準拠を謳っているので、日本
るのだとしたら、中国人やロシア人も採用しなけ
より先を行っていると言えるのですが、それは先
ればいけないのかなと(笑)
。今韓国人のスタッフ
ほど申しましたように鑑定評価制度自体が新しく、
が一人いるのですが、それにプラスアルファで別
後発なので、IVSを早期に導入したほうがよかっ
の国の出身者も入れていかねばならなくなるとし
たということだと思います。日本はあえて準拠し
たら、それはそれで面白いですけれども。社員も
ているかどうか文言を書いていないだけで、実際
グローバルになっていくということですからね。
にスタディしてみるとほぼ網羅しています。世界
中大体はそうで、全く違うということはほとんど
― 企業の評価や機 械 設 備の評価も国際 化に
ありません。しかししっかりスタディして、同じ
伴って必要になってきますか
ところは同じ、違うところは違うという検証がな
資格としてですが、国家資格にしろ、称号にしろ
されないと、やはりまずいと思います。日本もきっ
世界的に見て不動産以外の評価専門家の資格を提
とそうなっていくはずです。
供している国はないのではないかと思います。ア
日本不動産研究所が中国との関係を密にされてい
メリカでも鑑定士のライセンスと言う意味では不
ることに象徴されるように、言語的に英語で対応
できればいいという時代は終わったかもしれない
ですね。私のところにも時々中国の学生からメー
ルが来たりします。日本語ができて経済学の博士
コースにいて、日本語検定一級に合格しましたけ
れども、アシスタントで雇ってくださいませんか、
というような内容のメールです。実は昨日そうい
うメールが中国から来ました。それ以外にも以前
ドバイからもメールが来ました。面白いのは、そ
うした際のコミュニケーションが以前は全部英語
だったのですが、最近は日本語で来ることが多い
のですよ。その部分には、時代の大きな変化を感
じますね。
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
51
不動産鑑定士
動産しかないと思います。鑑定士は、国ではなく
チュニティだと捉えて新しい評価分野に踏み込ん
州の資格で、MAIというのは民間の称号ですが、
でいくのか、専門外だから今までのところに留ま
先ほど言ったASAも民間の団体です。ASAでビジ
るのかというのは、難しい選択かもしれないです。
ネス・バリュアーの称号を持っているとしても、
不動産鑑定協会でも知的財産権の評価の研究レ
それはあくまでも民間の称号ですから、エクスク
ポートを公表していますが、まさにそういう流れ
ルーシブに法律で認められた資格とは全然違いま
の一環だと思います。
す。その意味で、不動産の鑑定評価以外は法的に
はある種フレキシブルですね。能力的には、これ
― これから鑑定と知的財産権の評価はからん
までの流れから言えば企業評価は会計士の領域、
でくるのでしょうか
機械設備の評価はエンジニア系の専門職の世界で
なぜ知財だけ鑑定協会が取り上げたのかその背景
すね。機械設備は、実はカスタムメイドのコトが
を私はよく知りませんが、不動産以外でも資産を
多いですよね。同じ目的の機械でも、会社毎に1
担保として融資を実行できるという制度が、数年
台1台大きく違っていることが多いです。それを
前から経済産業省主導でスタートしたと思います。
評価するというのは私が少しばかり勉強したから
例えば在庫を担保にするのだとすれば評価が必要
といってできるようなものではないので、エンジ
になり、新聞紙上でも話題になりましたよね。そ
ニア系の専門家がやはりプロフェッショナルとし
れと直接リンクはしてないと思いますが、担保価
て必要なわけですが、それも資格と言う形で国が
値・資産価値として大きなものの一つに知的財産
オーソライズしたものはないのではないでしょう
権があり、非常に複雑な要素が絡んでいるので
か。専門家が共同で団体みたいなものを作るのか、
テーマとして取り組みがいがあるということだっ
あるいは国がそういう資格を創設していくのかと
たのか、私も直接コミットしていないものでよく
いうことになっていくのかもしれないです。もち
わかりません。法制度や資産としての中身は不動
ろん、機械設備等は不動産のように裾野の広い領
産とは全然違いますが、評価の手法はディスカウ
域ではないですから、国が音頭を取って資格制度
ントキャッシュフロー方式になるのではないかと
を作るかと言うと多分なかなかそこまではいかな
思います。だとしますと、それ以外にビジネス・
いでしょう。ですので、日本でも社会が認知して
バリューでも、機械設備の評価はハードとしての
くれさえすれば、資格が仮にないとしても専門家
評価なのでちょっと違うでしょうが、収益の源泉
として業務を遂行できる領域なのかもしれないで
となる資産評価の基本は収益還元法に行き着くは
す。
ずです。それならば我々不動産鑑定士も全くちん
もちろん責任も重いですが。それをひとつのオポ
ぷんかんぷんというわけでもないということです
よね。
ただし、
そのような資産に対する評価ニーズのマー
ケット・ボリュームが、思ったように伸びず、盛
り上がりがどこかで萎んでしまったのかもしれま
せん。一方、ビジネス・バリューや企業評価の話
を公認会計士の方とすると、不動産鑑定士には難
しいのではないかとよく言われます。つまり、株
価の評価はできないだろうと。鑑定士が不動産で
採用している割引率には根拠が乏しく、適当に事
例から持ってきているだけなのではないですかと。
不動産の評価と比べた時、上場企業クラスの株価
評価や企業評価はレベルが違いますからねと。さ
て、不動産鑑定士は自らの専門性について、そこ
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2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
対談 ●
❺
でどのように向き合うのかということなのだと思
りの規模のメーカーなどが香港マーケットで上場
いますけどね。
したときには、不動産はもちろん、工場設備も知
財も全部評価しています。中国はIFRSの適用を
― 企業の持っているアセットとして不動産や知
していますので、年一回再評価しなければならな
財はかなりあると思うので、逆にそれ抜きに企業
い。その事務所はたいした規模ではないのですが、
の分析はできないのではないでしょうか)
中国の香港上場企業を10社ほどクライアントで
そうですね、それこそCRE戦略の実践で不動産に
持っていまして、決算期には結構大変みたいです。
ついてどんどん身奇麗になり、保有資産を少なく
していくという戦略軸もあるでしょうし。そうす
― 完全にIFRSに準拠しているので中国企業は
ると企業にとっての財産は知財が一番ボリューム
それだけニーズが出てくるわけですね
としては大きいと言う時代が来るかもしれません。
と、いうことですね。それで不動産以外のことも
そういうところに我々が参入することができたら
やらざるを得ない、あるいはオポチュニティだか
ダイナミックで面白いでしょうね。
ら取り組むのだと。全部やらなければならない。
どうせならばやらないと話にならない。そういう
― 知財もIVSでやろうということでしょうか
ことから入っていったということです。
日本の鑑定評価基準のようにマニュアルとして事
細かく全部を定めているわけではありませんが、
― 英米等の鑑定会社は不動産だけに限らず知
IVSの最新版の公開ドラフトでは、不動産とその
財をはじめいろいろなことを評価しているので
他の資産が完璧に横並びに列挙されています。し
しょうか
かし日本の不動産鑑定評価基準のように評価のや
やはりそれは英系の方が早かったですね。IFRS
り方全部が噛み砕いた形で出ている訳ではありま
の取組状況がアメリカはまだ適用していないでは
せん。哲学と物件の定義とそれをやるときに注意
ないですか。コンバージェンスは日本とほぼ同じ
すべき合理的基準のいくつかの大枠だけが規定さ
スピードですから、アメリカより、ヨーロッパ、
れているわけですが、重要なことは、不動産評価
アジア、旧イギリスコロニー、中国の鑑定会社の
とそれ以外の資産評価に関して並列的に述べてい
方がジャンルの拡大化は早かったと思います。
ヨー
るということだと個人的には思っています。
ロッパ・アジアに行って話をすると、彼らのカバー
領域が不動産だけに限られていないことの方が多
― 御社の社員の方は工場の設備等の評価につ
いですね。不動産以外も皆やっています。不動産
いて研修や勉強を始めていると伺いましたが
よりも不動産以外の評価の方がビジネス的にはま
どこに行けばそういう勉強ができるか調べれば、
だ希少価値が高いのでそちらの方がいい、不動産
と言う話は前からしていたのですが、日本ではあ
鑑定士は山ほどいるからフィーの桁が違う、とい
る損保の民間資格として入門編からアドバンスま
うようなことを言われることもしばしばあります。
での認定制度があることがわかり、それはエンジ
M&Aとか資産再評価などのケースで、資産の一
ニアの世界なのですが、興味あるなら誰か受けれ
括評価はしていただけるでしょうか、というメー
ばという話はしています。その資格があれば多分
ルが来て、不動産はできますよ、と言うとああそ
どこの損保会社も認知をしてくださるということ
うですかみたいな。そういうリクエストが増えて
だと思います。
くるのだとすれば、厭が応でもすべてのジャンル
うちが提携している香港の会社はそれほど大きな
の資産評価をやれないといけなくなるでしょうけ
ところではありませんが、当社の倍くらいの規模
どね。
で、私よりずっと若い40代後半の方がやっている
逆に言うと日本の鑑定会社はワンストップででき
会社ですが、もちろん機械設備のプロもいますし、
るようになればかなり差別化できるということで
ビジネス・バリューのプロもいて、中国のそれな
はないでしょうか。今までのワンストップはERと
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
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不動産鑑定士
土壌汚染と鑑定評価…..というようなものだった
我々身についていると思います。例えばエンジニ
のですが、これからは違う意味でのワンストップ
アの人達はプレゼン能力がもう一つということが
が出てくるかもしれません。資格者としては不動
多いですね。自分が正しいと思うことを書くけれ
産鑑定士だけでなく会計士とかエンジニアとか、
ども、相手を説得することを考えない。弁理士も
しかもエンジニアも建築のエンジニアではなく機
プロセスに則ってやるけれども、グレーなところ
械・工学系のエンジニア、弁理士ということなの
に関してはフォローをあまりしない職種だったり
かもしれません。弁護士、会計士、鑑定士、建築
とか、いろいろあります。その意味では鑑定士が
士という従来型のネットワークではない新しい専
ひとつキーになって、みなのプロフェッショナル
門家ネットワークが必要になるのかなと思います。
性をまとめ上げていく役割を果たせるということ
手前味噌ですが、鑑定業を長年やっていて、いろ
があるかもしれません。現状は、相手は不動産だ
いろなプロの皆さんと付き合いがある中で、レポー
けだけれども。そういう風に軟らかく考えると、
ティングという意味では鑑定士が一枚上ではない
中長期的にはいろいろと多様な展開ができるよう
かと勝手に思っています。勝手に思っているだけ
な気がしています。ちょっとオプティミスティッ
ですが、レポーティングによる発信能力は意外と
クではありますけどね。
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2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
謝 辞
本稿が出来上がるまでには、講演、個別インタビューなどを通じて、不動産鑑定業界の
発展のために日々尽力されておられる数多くの先生方のお考えを聞くことができました。
とりわけ、インタビューさせていただいた業界全体をリードする立場にある先生方には、
お忙しい中、貴重なお考えをお聞かせいただき、大変参考になりました。
ここに感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
井野 好伸(いの よしのぶ)先生
社団法人日本不動産鑑定協会 主任研究員/不動産鑑定士
略歴 大和不動産鑑定株式会社不動産コンサティング部長/明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス
研究科特任教授/不動産鑑定士/不動産カウンセラー
村木 信爾(むらき しんじ)先生
大和不動産鑑定株式会社不動産コンサルティング部長/明治大学専門職大学院
グローバル・ビジネス研究科特任教授/不動産鑑定士/不動産カウンセラー
略歴 1981年京都大学法学部卒業。住友信託銀行株式会社を経て、現在大和不動産鑑定株式会社不動産コ
ンサティング部長、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科特任教授。不動産鑑定士、不動産
カウンセラー、米国ワシントン大学MBA。国土審議会土地政策分科会不動産鑑定部会専門委員、元不動産
鑑定士試験論文式試験試験委員、国土交通省CRE戦略「手引き」作成WG委員等。
吉村 真行(よしむら まさゆき)先生
株式会社吉村総合計画鑑定代表取締役社長/不動産鑑定士/一級建築士/
再開発プランナー/不動産カウンセラー
略歴 東京大学工学部建築学科卒業。同大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。安田信託銀行(現みずほ信
託銀行)開発事業部・不動産企画部・不動産鑑定部等にて再開発・信託・コンサル・鑑定業務等に従事した後、
1999年吉村総合計画鑑定を創業。社団法人東京都不動産鑑定士協会理事・業務推進委員長、社団法人日本不動産鑑
定協会業務推進副委員長、不動産鑑定士試験委員(短答式)
、不動産鑑定業将来ビジョン研究会委員・Aチーム(新
ニーズ発掘・産業組織改革)座長、有楽町駅前第1地区・金町6丁目地区・大橋地区・淡路町2丁目西部地区・大崎
駅西口南地区・西富久地区等の市街地再開発事業審査委員等を歴任。日本不動産鑑定協会理事、日本不動産カウンセ
ラー協会理事・大震災復興等支援特別委員会委員長・CRE・PRE戦略マネジメント推進PJ副幹事ほか複数の企業の
顧問・アドバイザーを務める。
2012 士業最前線レポート 不動産鑑定士編
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