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血栓症および血管障害症の基盤研究

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血栓症および血管障害症の基盤研究
 上原記念生命科学財団研究報告集, 28 (2014)
96. 血栓症および血管障害症の基盤研究
宮田 敏行
Key words:微小血管障害症,不育症,静脈血栓症, 遺伝子改変マウス,血栓症
国立循環器病研究センター
分子病態部
緒 言
静脈血栓塞栓症は,加齢や長期臥床などの環境因子と,凝固制御因子の先天性欠損症などの遺伝因子が絡んで発症す
る多因子疾患である.高齢者の静脈血栓塞栓症の発症率は極めて高く,超高齢化社会を迎えた本邦では,本疾患の治療
と予防は急務である.私達はこれまでに,凝固制御因子であるプロテイン S に機能低下をもたらす K196E 変異 (プロ
テインS K196E 変異) が日本人約 55 人に 1 人の頻度で存在することを明らかにしてきた 1).本変異は静脈血栓症発症
に対してオッズ比 3.7-8.6 を示す血栓性遺伝子多型である.本変異は白人や中国人・韓国人には存在しない.一方,血
栓性細小血管障害症は,血小板減少を伴う微小血管内血栓により腎などの組織が障害を受ける難治性疾患で,血栓性血
小 板 減 少 性 紫 斑 病 (thrombotic thrombocytopenic purpura, TTP) と 溶 血 性 尿 毒 症 症 候 群 (hemolytic uremic
syndrome, HUS) を含む.TTP は重篤な転帰をたどる場合が多く,適切な処置をとらない場合は致死率が 80%以上と
いわれている.TTP はフォンビルブランド因子 (VWF) 切断酵素である ADAMTS13 の活性が先天的もしくは後天的
に著しく減少し,その結果超高分子量 VWF 多量体が血中に蓄積し血小板凝集が起こる 2).一方,HUS は大腸菌 O157
感染で発症する典型例と,大腸菌の感染を認めない非典型 HUS (atypical HUS, aHUS) がある.aHUS の約半数は補体
の制御不全により過度の補体因子の活性化が原因と考えられている.TTP は全身性の症状を示すが,HUS は腎障害を
主徴とするという違いがあるものの,両疾患の臨床症状は血小板減少や溶血性貧血などが類似しているため,鑑別が難
しい場合がある.本研究では,日本人に見られる血栓性変異であるプロテインS K196E 変異と不育症との関連を検討
した.また,本変異を持つマウスを作製し,本変異の血栓症への寄与を明らかにした.TTP と aHUS の鑑別診断に向
けて,発症に関わる遺伝子解析を行った.
方法および結果
1.静脈血栓塞栓症の研究
1)不育症におけるプロテインS K196E 変異 3)
凝固制御因子プロテイン S の機能低下をもたらす K196E 変異は,静脈血栓塞栓症発症のリスクであることを明らか
にしたが,他の疾患との関連は検討されていない.周産期疾患の子宮内胎児死亡や胎児発育遅延などの不育症では,胎
児の循環不全が要因と考えられている.欧米では,白人に高い頻度で見られる血栓性素因である凝固第 V 因子 Leiden
変異と不育症の関連が検討されており,関連を示すという報告もあるが示さないという報告もあり,未だ明確な結論が
得られていない.本研究では,日本人妊婦を対象に,不育症とプロテインS K196E 変異および3種の凝固制御因子に
極めて稀に見られる遺伝子変異との関連を検討した.
不育症患者 332 例を登録し,これらを次の2群に分けた.①2回以上連続する原因不明の反復あるいは習慣流産患者
233 例,②妊娠 22 週以降の子宮内胎児発育遅延あるいは子宮内胎児死亡を1回以上認める患者 98 例 (17 例は両方の症
状を示した) .但し,抗リン脂質抗体症候群などの免疫異常や,染色体異常,糖尿病,甲状腺機能異常などの内分泌・
代謝性疾患,感染症,子宮奇形などが明らかなものは除外した.これらの2群でのプロテインS K196E 変異の頻度を
求めるとともに,地域一般住民での本変異頻度と比較することにより不育症とプロテインS K196E 変異の関連を解析
した.プロテインS K196E 変異は DNA シークエンス法により決定した.また,凝固制御因子であるプロテイン S,
1
プロテイン C,アンチトロンビンの欠損症は静脈血栓症のリスクであることが知られている.そこで,不育症患者を対
象に,胎児の循環不全の観点から,3種の凝固制御因子の遺伝子の全シークエンスを行い,不育症の遺伝的な背景を検
討した.本研究は倫理委員会で承認を受け,インフォームド・コンセントを得て行った.
プロテインS K196E 変異は,反復あるいは習慣流産患者では 233 例中4例 (頻度:0.017) に見られた.子宮内胎児発
育遅延あるいは胎児死亡を認める患者 114 例では2例 (頻度:0.018) がプロテインS K196E 変異を保有していた (表
1) .この頻度は一般住民に見られる頻度 (0.018) と同等であったため,プロテイン S K196E 変異は不育症に関連しな
いことが明らかになった.また,不育症患者 330 例を対象に3つの凝固制御因子 (プロテイン S,プロテイン C,アン
チトロンビン) のエクソン領域の全塩基配列解析を行い,遺伝子変異の同定を行ったところ,11 例 (全体の 3.3%) に稀
なアミノ酸変異を同定した.すなわち,3つの凝固制御因子の機能に大きな影響を与えると考えられる遺伝子変異は,
不育症患者のわずか 3.3%しか同定されず,したがって凝固制御因子欠損症は不育症の主要な要因ではないと考えられ
た.
表 1. 不育症患者におけるプロテイン S K196E 変異の頻度
凝固制御因子プロテイン S の機能低下をもたらす K196E 変異は,静脈血栓塞栓症発症
のリスクであることを明らかにしてきた.本研究により,プロテインS K196E 変異は,
反復あるいは習慣流産患者では 233 例中4例 (頻度:0.017) に見られた.子宮内胎児発
育遅延あるいは胎児死亡を認める患者 114 例では2例 (頻度:0.018) がプロテインS
K196E 変異を保有していた.この頻度は一般住民に見られる頻度 (0.018) と同等であっ
たため,プロテイン S K196E 変異は不育症に関連しないことが明らかになった.
2)プロテインS K196E 変異保有マウスの血栓能の解析
プロテインS K196E 変異の血栓能を検討するため,本変異を保有するノックインマウスを作製した.また,プロテ
インS欠損症としてノックアウトマウスを作製し,K196E 変異と遺伝子欠失変異での血栓能の違いを検討することと
した.この際,白人種に広く見られる血栓性素因である凝固第 V 因子 Leiden 変異保有マウスの血栓能と比較すること
とした.この比較により,日本人と白人の血栓能の差異が明らかにできると考えた.これらのマウスの血液学的性状を
検討したあと,静脈血栓モデル,急性肺梗塞モデル,脳梗塞モデルを行い,野生型および第 V 因子 Leiden 変異保有マ
ウスと比較することにより血栓能を評価した.
プロテインS遺伝子欠損ホモ体マウスは致死であったが,プロテインS K196E 変異ホモ体マウスは出産,成長,繁
殖,いずれも正常だった.プロテインS K196E 変異ホモ体マウスは,ヒトと同様に,血漿プロテインS活性が低下し
ており,プロテインS活性 67%,プロテインS抗原量 96%を示した.外因系凝固を活性化する組織因子,または内因
系凝固活性化因子である長鎖無機ポリリン酸投与後の肺塞栓症状は,第 V 因子 Leiden 変異保有マウスと同様に重篤化
し,野生型マウスに比べて高い死亡率を示した.また,ステンレス電極の電気分解で生じるフリーラジカルにより下大
静脈内皮細胞を活性化する深部静脈血栓症モデルにおいても,プロテインS K196E 変異ホモマウスは,プロテインS
ヘテロ欠損マウスや第 V 因子 Leiden 変異マウスと同様に野生型マウスに比べて,血小板減少および凝固,炎症マーカ
2
ーの上昇が認められ,下大静脈に形成される血栓重量が増加した.これらの結果から,プロテインS K196E 変異が静
脈血栓症の増悪要因となることが明らかになった.一方,マウスの両側総頸動脈と一側中大脳動脈を閉塞して一過性局
所脳虚血を惹起し,再灌流 24 時間後の脳梗塞巣体積を測定した脳虚血再灌流モデルでは,第 V 因子 Leiden 変異マウ
スでのみ野生型マウスに比して脳梗塞巣の拡大が認められ,プロテインS K196E 変異マウスに症状の悪化は見られな
かった.第 V 因子 Leiden 変異は白人の若年性脳梗塞のリスク要因として報告されているが,プロテインS K196E 変
異と脳梗塞との関連を示す報告はない.プロテインS K196E 変異マウスはこれと矛盾しない表現型を呈しており,日
本人型血栓症の特徴や治療応答性を解析するための良いモデル動物になると考えられた.
2.血栓性細小血管障害症の研究
1)腎障害を示す先天性 TTP 患者の補体制御因子の遺伝子解析
先天性 TTP は血小板減少と溶血性貧血を示し,ADAMTS13 遺伝子に変異を持ち,ADAMTS13 活性が5%以下に
低下して発症する 2).溶血性尿毒症症候群 (HUS) は,血小板減少,溶血性貧血,急性腎障害を示し,腸管出血性病原大
腸菌が分泌する志賀毒素が原因となり激しい下痢を伴う.非典型 HUS (atypical HUS, aHUS) は HUS の3徴候を示す
が感染は見られず,約半数の症例に補体系制御不全により腎障害などの症状を示す.先天性 TTP 患者では,多くはな
いものの重度の腎障害を示す例が見られる.そこで,腎障害を示す先天性 TTP 患者は補体系因子に遺伝子変異があ
り,腎障害が亢進する可能性が考えられた.
本研究では,重度の腎障害を示す先天性 TTP 患者 14 名を対象に,補体因子 (CFH, MCP, CFI, THBD, C3, CFB) の
タンパク質コード領域の DNA シークエンスを行った.本研究は各施設の倫理委員会での承認を受けた.
14 名の6遺伝子のシークエンスにより,12 個のミスセンス変異を同定した.これらのうち,11 個の変異は頻度が高
い変異であり,腎障害のリスクではないと考えた.C3:K155Q 変異は変異頻度が 0.003 と稀であり,aHUS を起こす可
能性のある変異と考えた.C3:K155Q 変異は C3 のマクログロブリン様ドメイン-2にあり,C3:R161W 変異の近くに
位置する.この R161W 変異を持つ C3 変異体は酵素活性が高いため,CFB 親和性が増し,MCP 結合性が減少すると
報告されている.今回見出した C3:K155Q 変異についても,C3:R161W 変異と同様の効果が推測された.本研究によ
り,腎障害を示す先天性 TTP 患者の一部に腎障害のリスクとなる補体系因子の遺伝子異常が認められた.
2)日本人の aHUS 患者の遺伝的背景に関する研究
aHUS の約半数は過度の補体系の活性化により自己細胞が攻撃を受け,血管内皮細胞が障害されて微小血管障害症を
示し,腎臓を含む各種の臓器が障害を受ける.私達はこれまでに日本人 10 名の aHUS 患者の補体系6遺伝子 (C3,
CFH,CFB,CFI,MCP,THBD ) の解析を行い,8名に遺伝子変異を同定した 4).本研究では,国内の単独の施設が
同定した aHUS 患者6家系8名を対象に,上記の6遺伝子の塩基再配列解析を施行した.本研究は各施設の倫理委員
会での承認を受けて行った.
塩基再配列解析の結果,13 個のミスセンス変異を同定した.そのうち,10 個の変異は 1,000 genome database に登
録されていた.そのうち,CFH: V837I 変異と THBD: R403K 変異の頻度はそれぞれ 0.011 と 0.006 であり,低頻度変異
で あ っ た . CFH: Y1058H 変 異 , CFH:V1060L 変 異 , C3:I1157T 変 異 は デ ー タ ベ ー ス に 登 録 さ れ て い な か っ た .
CFH:Y1058H 変異と CFH:V1060L 変異は,同じ3人に見られた.C3: I1157T 変異は8名全員に同定された.
C3 と CFH との複合体の立体構造が決定されているが,C3:I1157T 変異は C3 と CFH の結合部位に位置している.
したがって,変異体 C3b は CFH が結合せず CFI による分解を免れ,C3 変換酵素と C5 変換酵素が過剰に産生されて
内皮細胞障害に至ると推察された.このことから,C3: I1157T 変異が aHUS の原因変異であると考えた.また,CFH:
Y1058H 変異と CFH:V1060L 変異は aHUS の発症リスクをあげている可能性を考えた.
3
表 2. 静脈血栓塞栓症の遺伝的背景:人種差
静脈血栓塞栓症の発症には人種により遺伝的背景が異なる.日本人には低頻度に見ら
れる血栓性変異として,プロテイン S K196E 変異があるものの,本変異は白人にはみ
られない.また,白人に見られる低頻度血栓性素因の凝固第 V 因子 Leiden 変異とプロ
トロンビン G20120A 変異は日本人には見られない.一方,極めて稀な血栓性素因であ
るアンチトロンビン,プロテイン C,プロテイン S の各変異はそれぞれの因子の欠損症
の原因となり,これらは人種による頻度の違いはない.
考 察
本研究では,これまで私達が日本人に同定した血栓性素因であるプロテインS K196E 変異を中心に,不育症との関
連,および本変異を持つマウスを作製し,本変異の血栓症への寄与を明らかにした.また,腎障害を示す TTP 患者の
補体系因子の遺伝子解析,および単独の施設で収集された aHUS 患者の遺伝子解析を行った.
妊娠した母体は出産時の出血に備えて血栓傾向になる.プロテイン S は妊娠時に低下して血栓傾向を形成する.こ
れまで,白人に見られる血栓性素因である第 V 因子 Leiden 変異保有者を対象に本遺伝子変異を不育症の関連が調べら
れたが,意見の一致を見ていない (表2) .本研究で,私達は日本人にのみ見られる活性低下を伴うプロテインS K196E
変異は不育症に関連しないことを明らかにした.また,不育症患者全員を対象に,3つの凝固制御因子 (プロテイン S,
プロテイン C,アンチトロンビン) のエクソン領域の全塩基配列解析を行い,11 例 (全体の 3.3%) に稀なアミノ酸変異
を同定した.すなわち,凝固制御因子欠損症の原因となる稀な遺伝子変異は,不育症患者のわずか 3.3%しか同定され
ず,不育症の主要な要因ではないと考えられた.しかし,これまでの私達の研究から3つの凝固制御因子の欠損症の一
般住民での頻度は 1.5-2.0%なので,この頻度より,少し高いようである.これまで,血栓性素因と不育症の研究は皆
無であったので,本研究は日本人の不育症の研究にたいへん参考になるデータであると考えている.
私達はプロテインS K196E 変異を持つマウスを作製し,その血栓能を評価した.幾つかの血栓モデルを施行した結
果,本遺伝子改変マウスは野生型に比べて血栓能が高いことが判明した.これは変異を保有するヒトでの血栓症の易発
症を良く現しており,今後このマウスは日本人の血栓症の解析に役立つものと考えられる.
私達は本研究により,1)腎障害を示す先天性 TTP 患者の一部は,補体制御因子の遺伝子変異を持つこと,2)単
独の施設での aHUS 患者は全員 C3:I1157T 変異を持つことを明らかにした.このことは,日本のある地域に,本変異
が集積している可能性を示している.2013 年9月,抗 C5 単クローン抗体である eculizumab に,本邦でも aHUS にお
ける血栓性細小血管障害の抑制の効能・効果が追加された.aHUS は腎障害に至る場合があるので,aHUS のリスクを
上げる遺伝子変異の保有を早期に調べることは,こういった分子標的薬が登場したので,患者の予後に極めて重要であ
ろう.aHUS 患者症例の遺伝子解析結果は,aHUS の治療薬である eculizmab の使用にも重要な情報と考えられる.
共同研究者
不育症におけるプロテインS K196E 変異の研究は,国立循環器病研究センター周産期・婦人科部,吉松 淳部長,
根木玲子医長との共同研究である.プロテインS K196E 変異ノックインマウスの研究は,国立循環器病研究センター
分子病態部,坂野史明研究員,田嶌優子研究員,小亀浩市室長との共同研究である.aHUS の遺伝子解析は奈良県立医
科大学輸血部藤村吉博教授および三重大学医学部和田英夫准教授との共同研究である.腎障害を示す TTP 患者の遺
伝子解析研究はスイス・ベルン大学 Johanna A. Kremer Hovinga 教授,Bernhard Lammle 教授,国立循環器病研究セ
ンター分子病態部,秋山正志室長との共同研究である.最後に,本研究にご支援いただきました上原記念生命科学財団
に深く感謝申し上げます.
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文 献
1) Kimura, R., Honda, S., Kawasaki, T., Tsuji, H., Madoiwa, S., Sakata, Y., Kojima, T., Murata, M., Nishigami, K.,
Chiku, M., Hayashi, T., Kokubo, Y., Okayama, A., Tomoike, H., Ikeda, Y. & Miyata, T. : Protein S-K196E
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2) Miyata, T., Kokame, K., Matsumoto, M. & Fujimura, Y. : ADAMTS13 activity and genetic mutations in
Japan. Hamostaseologie, 33 : 131-137, 2013.
3) Neki, R., Miyata, T., Fujita, T., Kokame, K., Fujita, D., Isaka, S., Ikeda, T. & Yoshimatsu, J. : Nonsynonymous
mutations in three anticoagulant genes in Japanese patients with adverse pregnancy outcomes. Thromb.
Res., 133 : 914-918, 2014.
4) Fan, X., Yoshida, Y., Honda, S., Matsumoto, M., Sawada, Y., Hattori, M., Hisanaga, S., Hiwa, R., Nakamura, F.,
Tomomori, M., Miyagawa, S., Fujimaru, R., Yamada, H., Sawai, T., Ikeda, Y., Iwata, N., Uemura, O.,
Matsukuma, E., Aizawa, Y., Harada, H., Wada, H., Ishikawa, E., Ashida, A., Nangaku, M., Miyata, T. &
Fujimura, Y. : Analysis of genetic and predisposing factors in Japanese patients with atypical hemolytic
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