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施設園芸の環境制御による生産管理 環境制御に関する主たる問題点

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施設園芸の環境制御による生産管理 環境制御に関する主たる問題点
施設園芸の環境制御による生産管理
古在豊樹(千葉大学)
1.はじめに - 園芸施設の周年利用上の問題点 園芸施設(以下、施設)の年間の生産性を高めるためには、施設の周年利用が求められる。周年利
用を困難にしている原因の1つは、夏季における施設内の過高温である。施設が大型化して連棟の
数が多くなるほど、側窓換気が抑制されるので、過高温になりやすい。過高温は、作物の光合成、蒸
散を抑制し、呼吸を過大にし、ひいては生長を阻害し、結果的に作物の収量と品質を低下させる。加
えて、施設内作業者の労働環境の質を低下させる。
過高温を軽減させる簡便な方法として、自然換気または強制換気の促進がある。自然換気では高
温抑制に限界があり、また換気に伴い害虫が施設内に入りやすくなる。自然換気に伴う害虫の侵入を
防ぐために防虫網を換気口に設置すると、自然換気回数が低下し、高温抑制効果が低下する。他方、
強制換気では、外気が流入する換気口の入り口から換気扇のある空気の出口に向かうに従って、気
温と相対湿度が次第に高くなる欠点がある。また、換気設備費だけでなく、換気扇運転のための電気
代金を必要とする。害虫の侵入に関しては自然換気の場合と同じ問題が生じる。
遮光によっても、過高温をある程度抑制できる。しかし、固定的な遮光では、曇雨天時ならびに朝
夕の弱光が極端になり、弱光による作物の生育抑制が生じかねない。この問題は可動型遮光カーテ
ンの利用により部分的に解決できるが、本質的解決にはならない。室温や湿度を適切に維持できれ
ば、光強度は夏期でも大である方が、光合成が促進される場合が多いからである。
夏期の施設内作物の光合成抑制は、上述の過高温と弱光だけでなく、1)低 CO2 濃度、2)土壌お
よび空気の乾燥に伴う植物水分不足による作物の萎れ(葉の気孔の閉鎖)、3)空気の乾燥または多
湿(あるいは葉のぬれ)に起因する病虫害発生、などによってもたらされる。すなわち、遮光は、光強
度を低下させること自体が目的ではなく、間接的に、過高温および作物体のしおれや葉やけ、病害発
生などを抑制することが目的な場合が多い。上述の原因にもとづく光合成抑制は、果菜類の果実の成
長抑制(収量低下)、植物体下方の葉の黄化、新葉の成長停止などの原因となる。
以上述べたことから、園芸施設の周年利用を進
め、年間の生産性を高めるには、夏期における施
設内の過高温を抑制し、施設内 CO2 濃度を適正に
環境制御に関する主たる問題点
- CO2濃度低下に起因する生産性の低下
維持し、病害発生を抑制することなどにより、作物の
光合成速度低下に起因する生育抑制
光合成を促進することが重要であると言える。病害
- 夏季の過高温による生産性の低下
発生を抑制するには、施設内環境を、湿度・水分環
境を含めて適正に維持すること、および各種のスト
レスに強い健全な無病苗を利用することが重要であ
る(図1)。本稿では、施設園芸における環境制御に
よる生産管理に係わる、上述の問題を解決する方
法として、1)濃度差ゼロ CO2 施用法、2)細霧上方
生育抑制,劣悪な労働環境
- 乾燥・多湿・ぬれによる生産性の低下
生育抑制,病害発生率の上昇
-高品質苗の生産
生育不均一、徒長、害虫付着、管理作業大
図1 園芸施設の環境制御に関する生産管理
上の主たる問題点
拡散冷房法、3)閉鎖型苗生産システムを用いた健
1
全無病苗の利用を提案する(図 2)。
2.施設内の二酸化炭素(CO2)濃度と光合成
問題点の解決方法
CO2濃度低下
CO2施用装置
+
適切な制御ロジック
夏季の過高温
乾燥・多湿・ぬれ
細霧発生装置
+
適切な制御ロジック
細霧拡散法
CO2 ガスは無色無臭であり、また、CO2 濃度が
10,000 ppm(1%)程度までは人体に何の影響も及
ぼさないので、CO2 の存在とその濃度に無関心にな
りがちである。しかし、作物の光合成速度は CO2 濃
度に大きく影響される。施設内で作物が成長してい
る場合、昼間であれば、その作物の葉は正味の光
合成(純光合成ともいう)により空気中から CO2 を吸
収している(夜間は、植物の呼吸により、植物体は
生育不均一、徒長、
害虫付着、作業管
理大
閉鎖型苗生産システム
図2 園芸施設の環境制御に関する生産管理
上の主たる問題点の解決法
CO2 を放出している)。
作物が吸収する正味の CO2 量が土壌呼吸により
床面から排出する CO2 量より多い場合は、施設内
晴れている昼間、施設内のCO2濃度は
窓が全開でも外気CO2濃度より低い
の CO2 濃度は施設外の CO2 濃度より低くなる(図3)。
施設内の床面通路にプラスチックフィルムが敷かれ
ている場合、あるいは床面がコンクリートである場合
換気
は、床面からの CO2 放出量が少ないので、換気窓
を全開していても、施設内の CO2 濃度は施設外の
CO2濃度
400 ppm
換気
300-350
光合成 CO2 ppm
それよりも、数十 ppm から百数十 ppm 低いことが多
い。この場合、CO2 は、施設内外の CO2 濃度差(正
確には分圧差)に比例して、施設外から施設内に流
入する(この CO2 分圧差による CO2 ガスの流入は、
図3 晴天の昼間の施設内 CO2 濃度は施設外
CO2 濃度より低いことを示す模式図
O2 ガスや水蒸気ガスの濃度差あるいは気温差、湿
度差などには影響されない)。
施設外の大気の CO2 濃度は、季節変動、日変動
CO2濃度の上昇による光合成速度の増大
平均値は 385 ppm 程度である(この平均値は、毎年
1.5ppm 程度上昇している)。CO2 濃度が、100 ppm
から 700 ppm 程度の範囲では、葉の正味の光合成
速度(=真の光合成速度-呼吸速度)は、CO2 濃
度の増加と共にほぼ直線的に増加する(図4)。
CO2 濃度が 100 ppm 付近では、作物の光合成に
よる CO2 吸収と呼吸による CO2 放出が均衡して、正
味の光合成速度はゼロになる。このときの CO2 濃度
を CO2 補償点と呼ぶ。CO2 補償点が 100 ppm の時、
正味の光合成速度
するものの、概ね 360-410 ppm の範囲であり、その
適度な光強度
適度な気温・湿度
弱光または強光
高温または低温
100 300 400 CO2濃度ppm)
図4 正味の光合成速度が CO2 濃度の増大に
より増大することを示す模式図。この増大
は光強度と温度が適温の場合ほど顕著に
なる。
CO2 濃度が 285 ppm から 385 ppm に上昇すると、葉
2
の正味光合成速度は約 1.5 倍(=385-100)/(285-100)=285/185)となる。ただし、葉の正味光合成速度
が 1.5 倍となるのは、気温、光強度、空気相対湿度などが同じ場合であるので、CO2 濃度を高めるため
に、過高温、弱光などになれば、1.5 倍にはならない。また、葉の光合成特性は時間変動するので、環
境条件が不変でも、上記の倍率(1.5 倍)は時間変化する。
なお、より正確に述べれば、CO2 濃度が正味光合成速度に及ぼす影響は、葉の周囲の気流速度に
影響される。植物が水分不足でなく、葉の気孔が十分開いている状態では、気流速度が数 cm/s から
数十 cm/s の範囲では、気流速度が増大するほど正味光合成速度は増大する。すなわち、葉の周辺
にそよ風程度の空気の流動があれば、空気中の CO2 ガスが葉の気孔を通して葉内に拡散し、CO2 濃
度が 385 ppm でも、十分な光合成が行われる。
3.日本の冬期および夏期における CO2 施用とその問題点
日本で冬期に行われている温室作物(マスクメロン、イチゴ、トマト、キュウリ、各種葉菜類など)への
CO2 施用では、施設の換気口を閉じた上で、CO2 濃度を 700~1000 ppm 程度に維持するのが一般で
ある。CO2 濃度を 700~1000 ppm 程度に維持した場合、施設の換気口を全閉した場合でも、施用した
CO2 量の大半(少なくても 50%以上)は、施設のすき間から施設外に漏れてしまうので、作物が吸収す
る CO2 量の比率(CO2 施用効率)は 50%以下になる。関東以西では、冬期といえども、晴天であれば、
11時~15時の間は、施設内気温が高くなりすぎないように、換気口を多少とも開けざるを得ないこと
が多い。換気口を開けたまま、施設内の CO2 濃度を 700~1000 ppm に維持すれば、施用した CO2 の
ほとんどが施設外に流出してしまうので、この場合は CO2 施用を停止することになる。
ところが、CO2 濃度を高くすることによる光合成促進効果は、冬期では光強度が増すほど高い。した
がって、冬期、施設内気温が適切な場合、CO2 施用効果が最も高い光強度である、晴天時の11時~
15時に CO2 施用しないのは、光合成促進の目的にはそぐわない。冬期でも晴天時の昼間に CO2 施
用しないことが、日本における CO2 施用の効果がそれほど高くなく、また結果的に CO2 施用の普及率
がそれほど高くないことの一因となっている。なお、曇雨天時では11時~15時の間でも CO2 施用する
ことができるが、この時間帯は、弱光のために正味の光合成速度が余り高くない。その上、換気口が全
閉となっているので、施設内の相対湿度は高くなりがちで、病害発生の誘因となる。結局、冬期におけ
る晴天の昼間でも、換気口が全開でも CO2 施用する方法があれば好ましいことになる。
園芸施設の CO2 施用は、上述のように、冬期のみ行われていることが多い。しかし、夏期においても、
適温、適湿度を維持できれば、CO2 施用は光合成促進上、有効である。換気口が全開でも効果的に
CO2 施用する方法が確立すれば、CO2 施用は盛夏を含めて、周年にわたり行うことができる。換気口
が開いている状態で、CO2 施用を効果的に行うには、そのための CO2 施用の量とタイミングを決める制
御法が必要である。
4.ゼロ濃度差 CO2 施用法-施設内外の CO2 濃度をゼロ近くに維持する-
ゼロ濃度差 CO2 施用法とは、施設内 CO2 濃度が施設外 CO2 濃度より低い場合、CO2 を施用して、
施設内 CO2 濃度を施設外 CO2 濃度と等しくなるまで上昇させる CO2 施用法である。この方法では、施
用した CO2 のほとんどすべてが植物の光合成活動により吸収される。なぜなら、CO2 が施設の開口部
3
から施設外に漏れるのは、理論的に、施設内濃度
が室外濃度より高い場合だけであるからである(図
施設内CO2濃度を外気のそれと同じに
維持すれば、CO2の損失は無い
5)。このことにより、施設の開口部が開いていても、
施用した CO2 のほとんどすべてが作物に吸収される
ことになり、CO2 施用効率は、理論的に、100%近く
で、それだけ運転コストが低くなる。
この CO2 源としては、高圧容器に入れられた液化
CO ボンベ
になる。そうすれば、CO2 施用量が少なくて済むの
2
ゼロ濃度差CO2施用法
CO2 を用いるのが、濃度制御を容易にする点からは、
簡便である。しかし、他の CO2 源であっても構わな
い。施設内外の CO2 差をゼロに維持するには、赤
CO2濃度
385
CO2濃度 385 ppm ppm
光合成
CO2施用
換気
図5 ゼロ濃度差 CO2 施用法(施設内の CO2
濃度を施設外の CO2 濃度と同じになるま
で高める CO2 施用法)の模式図
外線式 CO2 濃度差センサーを用いて、その値の正
負に応じて、CO2 源が入った容器のバルブ(弁)の開閉度を調節すれば、原理的には、良い。ただし、
実際には、制御上のいくつかの工夫が必要である。例えば、CO2 濃度は空間的、時間的に変動する
ので、CO2 濃度差の平均値を推定または計測し、その値にもとづいて適量の CO2 を施用する必要が
ある。この制御を適切に行うには、CO2 濃度差センサーの測定精度が1~2 ppm 以下でなければなら
ない。この程度の精度を有する市販の CO2 濃度差センサーは入手できる。
上述の CO2 施用法によれば、園芸施設の換気口が開の状態であっても、効果的な CO2 施用が可能
であり、また、この CO2 施用装置は周年利用できる。
5.温室冷房の種類と特徴
上述のゼロ濃度差 CO2 施用法は、室温と湿度が
細霧冷房+CO2施用による
光合成促進効果
適当であれば、さらに光合成促進効果が高まる。過
適温・適切な湿度
法による正味光合成速度は、図6における点 A かは
点 B に増大するだけであるが、過高温・適切湿度下
では、点 A から点 C まで増大する。さらに、適温・適
湿・CO2 濃度 385 ppm 下では、光強度が高いほど正
味光合成速度が高まるので、夏期の昼間において
光合成速度
高温・不適切湿度下におけるゼロ濃度差 CO2 施用
大気レベル
群落内 C
385-100
=1.5
285-100
B
A
過高温・多湿・乾燥
A
も遮光をする必要がなくなる場合が多い。実際、遮
100 285 385 CO2濃度(ppm)
光は、過高温、植物の水分不足、葉やけなどを防ぐ
図6 正味の光合成速度が、CO2 濃度の増大と
適切な細霧冷房により、増大することを示
す模式図。この増大は光強度と温度が適
温の場合ほど顕著になる。適切な細霧冷
房により点 A から点 B まででなく、点 C ま
で正味の光合成速度が増大する。適切な
細霧冷房とは、気温を低下させるだけで
なく、遮光の必要性を軽減し、温湿度の
変動と作物の濡れをなくす細霧冷房を意
味する。
ために行っていることが多い。 したがって、夏期の
昼間において室温を適切に維持することは、作物
の光合成促進上、極めて重要である。夏期におけ
る果菜類の、いわゆる、「(果実の)なり疲れ」は、過
高温などによる光合成活動の抑制に起因しているこ
とが多いと推察される。
4
換気だけでは施設内気温が高すぎる場合は、冷房を試みることになる。冷房には、エアコン冷房、
冷水冷房、蒸発(気化)冷房、などの種類がある。自然光が透過する温室での昼間のエアコン冷房は、
設置コスト、運転コスト共に高く、作物の商業生産には、特別の場合を除き、不向きである。冷水冷房
は特別な場合以外不向きである。気化蒸発冷房には、パッド・アンド・ファン法、ミスト冷房法、細霧冷
房法がある。パッド・アンド・ファン法は必ず強制換気との組み合わせになる。ミスト冷房法では植物が
必ず濡れるので、挿し木繁殖、特別な観葉植物など以外は利用されない。細霧冷房法は、自然換気、
強制換気のいずれとも組み合わせることができるが、以下では、日本で最も普及している自然換気下
の細霧冷房法について述べる。
6. 自然換気下の細霧冷房の問題点
自然換気下の細霧冷房は、他の温室冷房法に比
べれば欠点が少ないので、日本では最も普及し、そ
の温室面積は 1000 ha 以上といわれている。しかし、
いまだ未解決の問題がいくつかある(図7)。たとえ
ば、1)細霧が十分に蒸発せずに作物上に落下し水
滴となり、植物の葉を濡らす。2)葉が濡れると、気孔
が閉じる。また、病原菌類が発芽・繁殖し、植物体
内に入り込み易い。3)気孔が閉じれば、光合成・蒸
散が抑制される。4)光合成が抑制されれば成長が
抑制され、蒸散が抑制されれば葉温が上昇する。5)
施設内作業者の衣類がぬれ、作業性が低下する。
細霧冷房における問題点の解決方法
夏季の過高温
乾燥・多湿
細霧発生装置
これまでは・・・
- ぼた落ち(ぬれによる病害)
- 気温・相対湿度の激しい変動
という問題があった.
細霧の適切な発生ロジックと拡散法
図7 細霧冷房における問題点とその解決法を
示す模式図
ここで、細霧とは、直径が 0.10~0.12mm 程度の微小水滴が集合した状態を意味する。
細霧冷房の上述の欠点を補うために、細霧の発生を間欠的(例:細霧発生を 1 分間行い、その後2
分間、細霧発生を停止する)に行い、細霧発生の停止の間に、葉面上の水滴を蒸発させるのが一般
的である。すなわち、細霧冷房法では、空気中の細霧が蒸発して、室温を低下させているだけでなく、
葉面上の水滴が蒸発して、室温を低下させている。
細霧の間欠発生は、必然的に、その間欠発生周期に連動した、施設内の気温および相対湿度の
時間変動をもたらす。気温の変動幅は 3~5℃におよび、相対湿度の変動は 20~30%におよぶ。この
変動幅は、日射強度が大であるほど、また換気回数が小であるほど大となる。この温湿度の変動と作
物の濡れ・乾燥の連続が作物の生理作用におよぼす影響は複雑であるが、一般的には、作物成長に
とって好ましくない。また、細霧発生を停止したときに、ノズルから水滴が「ぼた落ち」して、葉を濡らす
ことがある(この問題は、水撃現象を利用しておよそ解決することができる)。
細霧の発生と停止は、通常、1つの 24 時間タイマー(夜間の細霧発生を停止するため)と2つのサ
ブ・タイマーの組み合わせによってなされ、現状では、発生時間と停止時間は、温室内外の日射強度、
風速(気流速度)、気温、相対湿度などと関連付けけられていない。そのため、室外気象が変動してい
る場合は、過剰または過少な細霧発生がしばしば見られ、過高温、葉の濡れ、相対湿度の変動など
の原因となっている。
5
7. 自然換気下の細霧冷房の問題点の原因とその解決法 -細霧上方拡散法それでは、温室内で細霧を発生した場合、細霧発生量の何%が蒸発し、何%が未蒸発のまま水滴
として植物体または床面に落下するのであろうか?また、水滴の落下速度はどの程度であろうか?
結論の概略だけをまず述べると、一般に、ノズルから発生した細霧の約60%が蒸発するが、残りの4
0%は未蒸発のまま、植物体または床面に落下する。また、落下する細霧(水滴)の落下速度は、
60-90 cm/s 程度である。
静止空気における細霧の自然落下速度は数 cm/s であるのに、施設内の細霧の実際の落下速度
が 60-90 cm/s であるのは、細霧を含む空気の塊そのものが速度 60-90 cm/s で落下しているからであ
る。夏期の晴天時に施設内で細霧の一部が蒸発すると、蒸発(気化)冷却により、その周囲の空気の
気温が5℃以上低下する。この気温低下の下限はその空気の湿球温度(日本の夏では25℃程度)で
ある。ある空気塊の温度が周囲空気の温度より5℃低下すると(より正確に述べれば、「ある空気塊の
密度が周囲空気の密度より低下すると」)、その空気塊は下降する。そのときの下降(落下)速度が、
60-90 cm/s 程度である。細霧が落下する途中で細霧同士がくっつき合って水滴となると、その水滴は、
空気塊の下降速度以上の落下速度で降下してくる。
上記のことを実験的に確かめるには、水に多少の界面活性剤を混ぜた溶液を細霧として発生させれ
ば良い。この場合、細霧の表面が界面活性剤で包まれるので蒸発しにくくなる。蒸発が抑制されると
蒸発冷却が生じないので周囲空気の温度は低下しない。したがって、細霧(水滴)の落下速度は数
cm/s 程度となる(もちろん、この場合は細霧冷房にならない)。
上述の説明から、細霧冷房において、細霧の蒸
発に伴う周囲空気の下降を抑制すれば、細霧の空
気中での蒸発はより促進され、葉の濡れが抑制され
るだけでなく、室温がより低下することが理解できる。
施設内細霧の発生・拡散方法
細霧ノズルの発生位置・向き・送風法
適切な場合
適切でない場合
細霧の蒸発に伴う周囲空気の下降を抑制するには
ズル付近の局所で蒸発せず、ノズルから離れたより
上方吹き上げ
上方気流による
拡散
均一
広い空間で蒸発するようにすることにより、局所的な
適正気温・湿度・ぬれ無し
いくつかの方法が考えられるが、その基本は、細霧
を上向きの乱流空気で上方に吹き飛ばし、細霧がノ
空気塊の下降がノズル位置付近で生じないように
することである(図8)。(詳しくは、講演の中で、ビデ
オ画像により説明する)。この細霧上方拡散法によ
れば、発生した細霧の 95%以上を空気中で蒸発さ
せ、葉の濡れをほとんど無くすことができることが実
不均一・ぬれ
時間変動大
図8 細霧上方拡散法とその効果を示す模式
図。細霧の蒸発(気化)率が増大し、下降
気流が抑制されるために、水滴落下により
作物の濡れがなくなる。細霧の連続噴霧
が可能となるために、温湿度の時間変動
が軽減され、また、設置ノズルの数を半減
できる。
験的に示されている。
上述の細霧発生法が理想的に行われれば、細霧を連続発生しても葉がほとんど濡れなくなるので、
細霧の間欠発生は不必要になる。細霧を連続発生させることが出来れば、施設内の気温および相対
湿度の時間変動が抑制されるので、細霧冷房の第二の問題点も解決できることになる。加えて、細霧
6
を連続発生することができれば、ノズルの数を減らすことができる。たとえば、1分間細霧発生、2分間
細霧発生停止であった場合は、連続細霧発生により、ノズルの数を、理論的には 1/3 にすることがで
きる。細霧発生装置のコストに閉めるノズルコストの割合はかなり高いので、ノズル数の大幅節減は装
置コストの低下に寄与する。
なお、細霧の最適な発生速度は、温室内外の環境条件により異なるので、最適細霧発生速度を推
測できることが望ましい。この最適細霧発生速度は温室の熱収支式を解くことにより、室外日射強度、
温室内外の気温と相対湿度から簡単に推測できる。この熱収支式を組み込んだ温室環境制御装置を
開発することは容易である。
細霧冷房装置のノズルからの細霧発生速度は、細霧発生用の送水コンプレッサーにかかる圧力を
高めると高まるので、両者の関係を予め求めておけば、インバータ付のコンプレッサーの圧力を制御
することにより容易に制御できる。
以上により、自然換気下における細霧冷房の問題点は研究的には解決できたことになる。後は、こ
の研究を開発につなげ、実験的に証明し、普及すれば良い段階になっている。
8. 閉鎖型苗生産システムによる高品質苗の生産とその利用
施設の環境制御が適切に行われても、施設に定
植される苗の質が良くなければ、期待する収量と品
質は得られない。各種ストレスに強く、病害虫に感
染していない、高品質の苗が必要とされている。以
下に述べる閉鎖型苗生産システムを利用すれば、
省資源、環境保全、省力、省スペースで、かつ低コ
ストで、高品質苗を生産できる。詳しくは、「古在豊
樹他、2005、最新の苗生産実用技術、(社)農業電
化協会(電話:03-3865-9096)、150pp.」を参照され
たい。
閉鎖型苗生産システムの特徴
• 外界気象に影響されず,温室では達成できな
い高品質苗生産が可能
• 水,肥料,CO2の施用量を大幅に節約できて,
排水量を少なくできる
• 害虫が付かないので農薬が不要である
• 苗当たりの設備費は温室と同等以下である
• 苗当たり電気代は,120セル/トレイで1円程度
• 作業の面積が1/10になり,環境がいつも快適
• 環境保全農業生産に最適なシステム
図9
閉鎖型苗生産システムの特徴
8.1 定 義: 内外の物質 (水、CO2 等)交換が最小
限に抑制された、光に不透明な断熱壁に囲われた
建物内で、人工光を利用して植物を生産するシス
テムを閉鎖型植物生産システムまたは閉鎖型シス
閉鎖型システムの内側
トマト苗の生産
テムと呼び、その利用を苗生産に限定した場合を閉
鎖型苗生産システムと呼ぶ。閉鎖型苗生産システム
の特徴を図9に示した。
8.2 主要構成要素とその特徴
閉鎖型システムの主要構成要素は、光に不透明
な断熱材で囲われた構造物、蛍光灯、多段棚、エ
アコン(冷房専用)、空気循環ファンおよび CO2 施
用装置である(図 10)。閉鎖型システムでは、温室
図10 閉鎖型苗生産施設でトマト苗を生産し
ている様子
7
の主要構成要素である、温室構造物、暖房装置、換気装置、保温カーテン、ベンチ・ベッドは不要であ
る。かん水装置、総合環境制御装置は両システムに共通な構成要素である。閉鎖型システムにおける
光強度と明期は、ランプの点灯数と点灯時間の調節で正確に制御できる。他方、温室では光強度の
調節精度は遮光装置と補光装置を用いても不十分であり、また明期を自然日長より短縮するのは困
難である。閉鎖型システムの構成要素は、高性能かつ低価格な家庭電化製品および一般建築用部
品であり、廃棄時のリサイクルシステムが確立されているのに対して、温室の構成要素は施設園芸に
特有な製品であり、家庭電化製品等に比較して技術進歩が遅く、高価であり、またリサイクルシステム
が確立されていないので、廃棄処理コストが高い。
8.3 年間の床面積当たりの生産性は温室の10倍以上になる
人工光利用の閉鎖型システムでは自然光利用の温室に比較して、1) 多段棚の利用により、床面積
当たりの育苗面積を 2.5 倍以上にできる(育苗面積/床面積比の例:温室 0.7-0.8、温室 2.5-3.0)。
2) 通風と低相対湿度により、育苗密度を 1.5 倍以上に増やしても苗成長と苗質が抑制されない(照明
時はエアコンが冷房(除湿)モードで動作するので、施設内相対湿度が 60%程度になり、また空気流動
が生じる)。3) 環境調節が正確に行われるので、苗の生育がそろい、苗商品化率を 10%以上向上でき
る(例:温室 85 %、閉鎖型 95 %)。1)-3) の数値から、閉鎖型システムでは温室に比較して、一回の単
位面積当たりの苗生産数を 4 倍以上(=2.5 x 1.5 x 1.1)に増大できる。さらに、1) CO2 施用、光強度、
明期時間、温度の調節により、育苗日数を 25 %以上短縮できる(例:30 日を 22 日に短縮)。そのうち、
子葉展開から育苗終了までの日数を 30%以上短縮できる(例:24 日を 18 日に短縮)。2) 閉鎖型システ
ムは外界気象に拘わらず周年利用できるので、年間の稼動日数を 10%以上増やすことができる。
上述の床面積当たり 1 回当たりの生産性 4 倍に加えて、上記の 1)と 2)の数値も考慮すると、閉鎖型
システムは温室に比較して、年間の床面積当たり生産性を約 6 倍(=4 x 1.1 /0.75)に増大できる。 苗
質の向上により、閉鎖型システムで生産した苗の販売価格は開放型のそれより 10 %以上高くなるの
で、床面積当たり生産額は温室に比較して 7 倍以上になり得る。さらに閉鎖型システムに比較して快
適な労働環境での作業面積が 1/6 に減少することにより、労働生産性は 30%以上高まる。以上から、
閉鎖型システムは温室に比較して苗の生産性は 10 倍以上なる。
8.4 初期施設設備費
上述のように、閉鎖型システムは、温室に比較して、年間の床面積当たり生産性が約 6 倍になるので、
閉鎖型システムの苗生産数当たりの初期施設設備費は、温室のそれに比較して、現在でも同等以下
である。と言うのは、現在、日本におけるガラス室の建屋価格は 25,000 円/m2 程度である。また、保温
カーテン、遮光カーテン、換気装置、かん水装置、細霧冷房装置、温風暖房装置、ベッド/ベンチな
どの設備価格は、各数千円/m2、合計 50,000 円/m2 程度である。したがって、例えば、300 m2 の育苗
ガラス室の初期施設設備価格は 1,500 万円になる。
他方、年間苗生産数が温室と同等な閉鎖型システムの床面積は 50 m2 であり、現在、床面積 50 m2
閉鎖型システムの初期施設設備価格は 1,500 万円/m2 程度(30 万円/m2)以下であるので、閉鎖型シ
ステムの初期施設設備費は温室のそれの同等以下である。なお、閉鎖型システムを用いれば、土地
面積を 250 (=300-50) m2 節約できるので、その土地を生産用温室などの他用途に利用できる。
今後、システムが普及して量産が開始されれば、家電製品・断熱材のメーカーまたは問屋からの大
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量一括購入では 50 %以上の値引きが通常可能であるので、閉鎖型システムの初期施設設備費は現
在の 1/2 程度になり得る。なお、家庭用エアコンは業務用エアコンに比較して、性能/価格比すなわち
初期設備費は 1/3 程度であり、また成績係数(電気消費量当たりの冷房能力)は約 2 倍(電気消費量
は約 1/2)であるので、家庭用エアコンの利用が有利である。
8.5 苗品質の向上
閉鎖型システムでは、高育苗密度でも、がっしりとコンパクトで強健な苗が、トレイ間およびトレイ内で
均一に生育する等の一般的な苗質向上が見られるだけでなく、以下のような付加価値がある苗を生産
できる。1)トマトなどでは葉位8段目に第一花房が確実に分化発育し、早期収穫、増収が可能になる。
2) 育苗期間中に農薬を必要としない、定植後の農薬散布回数も減らせることが多い、3)ホウレンソウ、
チンゲンサイなどでは、定植後の成長が良い、4)育苗期間中の明期記と温度の制御により、夏期の
収穫時に抽だいしない苗になる。5)トルコキキョウなどでは出荷時に抽だいしている苗になる。6)パン
ジーなどでは花芽分化・開花が早期に開始した苗ができる。7)サツマイモでは単節単葉を外植体とし
て2週間でセル成型苗ができる。
8.6 電気エネルギ消費量および電気料金
閉鎖型システムは厚さ 100 mm 程度の断熱壁で覆われているので、夏期でもシステム外から壁を通
しての熱侵入は殆どなく、また冬期の暖房は、照明を夜間に行えば、外気温が-5~-10℃程度で
も不要である。年間電気エネルギ消費量の内訳は、照明約 80 %、エアコン冷房約 16 %、ポンプ・空気
循環ファンなど約 4 %である。苗当たりの電気エネルギ消費量は 0.3-0.6 MJ(メガジュール)であり、平均
的な苗販売価格 50 円程度に対して、苗当たりの電気料金は現在 2 円程度である。トレイ当たりセル数
が大であるほど苗当たり電気料金は小となる。
8.7 かん水量、施用 CO2量、施肥量および農薬使用量の節減
閉鎖型システムでは、1) 換気量が極端に小さいのでシステム外への水損失が殆ど無い。2) 苗・培
地から蒸発散した水はエアコンの冷却コイルで凝結し集められ、かん水用に再利用される。したがっ
て温室に比較して、かん水必要量が約 1/15 になる。3) 施用した CO2 の 80-90 %が植物に光合成によ
り吸収される。4) 肥料成分を含んだかん水余剰水がシステム外に排出されないので、施肥量を節減
でき、また排水による環境汚染がない。5) 害虫および病原菌の侵入を阻止しやすく農薬はほぼ不要
である。
8.8 作業時間短縮、快適労働および都市における苗生産
上述のように、閉鎖型苗生産システムの床面積は開放型(温室)苗生産システムのそれの約 1/6 とな
る。したがって育苗に伴う作業者の歩行距離あるいは作業面積もおよそ 1/6 になる。歩行距離・作業
空間の節減に伴う労働時間の短縮がどの程度かは不明であるが、作業時間の短縮に有意に貢献す
るであろう。また、閉鎖型苗生産システム内の温度・湿度・気流速度・光強度などは労働環境としても
ほぼ快適範囲に制御され、また作業時の衣服・手足の汚れが少なくなり、労働生産性が改善されると
期待される。閉鎖型苗生産システムを利用すれば、生産地を高冷地、暖地あるいは農村に求める必
要がなく、都市域の狭い土地で周年にわたり苗生産でき、しかも清潔な労働環境であるので、質の高
い従業員を年間にわたり確保しやすい。
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8.9 なぜ苗か、苗以外も可能か
苗は、 1) 栽植密度が 500-2500 本/m2 と高い、2) 草丈が短いので棚の段間隔を 40 cm 程度にして
棚を 4-5 段にできる、3) 最適光強度が 100-350 micro・mol m-2 s-1 と低い(幅 60 cm の棚当たり蛍光灯
管数が 3-6 本点灯されている状態に相当)、4) 環境調節による苗品質向上と成長促進が容易であり、
5) 生産の計画・調整がしやすい。ただし、ベビーリーフ類、葉もの野菜(ミズナ、ホウレンソウ、コマツ
ナなど)、ハーブ類、薬草類、機能性植物類などの重量当たりの単価は、苗よりも高いことがあるので、
販売先を確保できれば、苗よりも経営的に有利な場合がある。根菜類、穀類、イモ類などは、栽培期
間が長く、必要とする積算光量が大である割に重量当たりの価格が低いので、経営的に成り立ち得な
い。
上述のように、閉鎖型植物生産システムは温室に
比較して多くの利点を有している。筆者らが太洋興
業(株)と共同開発した苗生産システム(商品名:苗テ
ラス)は、我が国最大級の苗生産会社であるベルグ
アース(愛媛県)(図 11)、竹内園芸(徳島県)を含め
て、国内の 40 個所以上において利用されている。こ
の苗生産システムは、豪雪地帯、寒冷地でその性
能を十分に発揮するので、東北地方、北海道での
普及が期待される。
閉鎖型苗生産システム ベルグアース (株) 太洋興業(株)製
図11 閉鎖型苗生産システムの概観例(ベル
グアース㈱、愛媛県)
9.おわりに
本稿では、わが国における園芸施設の周年利用
を困難にしている生産管理上の主要問題の解決案
を環境制御と苗生産の観点から提示した(図 12)。
今後、関係者の協力により、さらなる多面的検討を
期待される成果および波及効果
独自の
制御ロジック
細霧発生 高品質苗
CO2施用
進めて、施設園芸作物の収量と品質が低コストで向
上し、園芸作業が楽しくなり、経営が安定し、省資
源・環境保全に貢献し、施設園芸農家と消費者・関
係者が仲良くなり、またより理解し合えるように互い
に努力したいものである。(講演の中では、約 35枚
の写真・図表を用いて、より具体的に本稿の内容を
説明する)。
大規模植物生産施設における
生産性向上
生育促進・収量増大,収穫安定
作業環境の改善,病害回避
図12 ゼロ濃度差 CO2 施用、細霧冷房および
閉鎖型苗生産システムの利用により、
施設の周年利用と生産管理が容易に
なることを示す模式図。
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