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海事事件の国際裁判管轄

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海事事件の国際裁判管轄
2 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
海事事件の国際裁判管轄
粛
藤彰
苦いとう
あ量ら
神戸大学法学研究科教授
はじめに
1 海事法(M
a
r
i
t
i
m
eLaw
)の歴史的展開
2 日本における海事事件の国際裁判管轄
3 海事事件において国際的な民事司法協力を促進する必要性
おわりに一一現在の日本法に対する若干の示唆
はじめに
船舶先取特権や船舶抵当権の実行のために 船舶のアレストによって本案管
轄を発生させる実務は,多くの法域において確立している。そして日本におい
ても,外国籍船に対する外国法上の担保物権の実行は定着した実務となってい
る。こうした実務は国際裁判管轄判断を迂回し直接に外国担保権の実行を認め
る形式をとるため.国際裁判管轄の議論と関連付けて議論されたことはほとん
どなく,またそれでよいとする立場もあろう。しかしこれを財産所在地におけ
る国際裁判管轄の一種と見ることは十分に可能である。従って,日本における
国際裁判管轄の理論からは
そうした実務を容認することによって過剰管轄を
生じているようにも見える。しかしこうした船舶に関する債権の執行に関す
る実務の幅広い定着やその調和に向けた国際社会における継続的な努力から.
こうした実務が現実の必要性に支えられたものであることが覗える。本稿では.
こうした実務をも考慮して,日本の国際裁判管轄法理を再評価することを通じ
て,これまでの議論に対して,新しい問題提起を行うことを目的とする。
海事事件の国際裁判管轄については,わが国でのこれまでの議論の蓄積は必
ずしも十分ではなく,その明文化にも消極的な意見が多数を占めていると思わ
れる (I)。海事事件は特殊分野の訴訟として位置付けられ.その事項的範囲がそ
の他の特別裁判籍とどのような関係に立つのかも,必ずしも明確にされていな
[粛藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
3
l
t
¥
o
本稿では,一定の債権に対して,船舶自体の価値を引き当てとした優先弁済
によって特別の保護を図る法制度に関連する国際事件についての.国際裁判管
轄問題を扱うことにしたい(2)。すなわち一定の船舶に関して生じた債権に対し
船舶先取特権という特殊な担保物権による保護を与え,船舶をアレストするこ
とによってそうした船舶債権に関する事件の本案管轄を発生させることを両輪
として,独自の超国家的な歴史的展開が見られる海事私法の領域を考察の焦点
とする(3)。しかしその範囲には,いわゆる船舶先取特権だけでなく,同様に船
舶自体の価値を引き当てとするもので実務上の重要性の高い船舶抵当権をも含
める(4)。(本稿ではこうした債権を一括りにして船舶債権と呼ぶことにする。)従っ
て本稿の議論の範囲は, 1
9
9
3年の「マリタイムリーエン及ぴモーゲージに関
する国際条約(5)」や 1
9
9
9年の「船舶のアレストに関する国際条約(6)Jの事項
的範囲と概括的な意味において重なることになる(7)。換言すれば,英米法にお
c
t
i
o
ni
nrem
)のように,船舶に密接に関連した債権に対して
ける対物訴訟(a
強い保護を与えるため,特別の訴訟上の扱いを認める事件の国際裁判管轄に関
する問題を考察の対象とする(8
。
)
船舶を債権の担保として活用する場面では,船舶先取特権に優先的な地位が
与えられ,約定担保物権がその範囲において劣後して扱われる点に特徴があ
る(針。先取特権は一般に登記などの公示方法をもたない法定担保物権であり,
船舶先取特権の法目的自体も多様である( 10)。これは恐らく,海運業において
は船舶が資産の大部分を占める企業( ll)が少なくないため,その担保価値をめ
く・って船舶抵当権を設定できる立場にある金融機関(船舶建造や購入に関する融
資を行う)と,船舶の具体的な運航に関して損害を蒙った者や船舶の日常的運
航のために様々なサーピスや供給を行う様々な債権者や船舶の乗組員など,抵
当権を設定できる立場にない比較的小口の債権者と関係において,利害のバラ
ンスを確保するためにこうした制度が生み出されてきたものと考えられる (12
。
)
こうした船舶債権に関する事件は日本の裁判所においてかなり頻繁に扱われ
ている( 13)にもかかわらず,これまでの日本の国際裁判管轄規則の理論の展開
において,正面から考慮されることはほとんどなかった( 14)。それは船舶先取
4
国際私法年報第 1
1号( 2
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)
特権や船舶抵当権に関する事件では,船舶の競売等が直接に当該船舶の停泊地
の執行裁判所に求められることが多いため,これまで国際裁判管轄の明示的な
判断を経ることなく
),船舶先取特権や船舶抵当権の存在を証明する文書等
(
1
5
。
)
の提出のみによって執行手続が執られてきたからであると考えられる( 16
したがって海事債権に関する船舶執行の現在の実務は,国際裁判管轄規則に
おける現在の支配的な立場からは.事実上は過剰管轄をもたらしていると評価
すべき余地がある。例えば日本に本案管轄がないにもかかわらず将来の外国判
決の承認執行の可能性を考慮して日本での船舶仮差押えを認める判決 (17)も存
在しており,こうした状況は日本の司法制度の運営における過度な国際協調的
指向に基づくものとして批判することも不可能ではない。しかしそれは当事者
達の必要性に応えるために,国際的な民事紛争の解決における司法協力の進展
の方向性を示していると見ることも不可能ではないであろう( 18)。民事司法制
度が人々の紛争解決の要請に応えるべきものであるとすれば,そうした需要の
存在が確認される場合にそれを無視することは許されない。結論を先取りすれ
ば,筆者はこうした海事債権に関する実務には,現在進行している国際裁判管
轄規則の明文化に向けた包括的な再検討の過程において,十分に考慮すべき重
要問題が潜んでいると考える。
I 海事法(MaritimeLaw)の歴史的展開
(
1
) 海事法の国際的な共通性について
本稿の目的は海事債権の沿革を探求することではない。しかし海事債権を
めぐる実務には,英米法・大陸法の区別を間わず,今日でも強い共通性が存在
している。また,現在においてもアレストなどの実務において国際的な調和を
もたらそうとする動向が見られる。これは比較法的視点からは,極めて不思議
な現象である。なぜなら,イングランド法はその発展段階において大陸法の影
響をほとんど受けてこなかったとする見解が,国際的に見ても支配的であるか
らである。しかし海商法をめぐる最新の研究から,これとは異なった指摘がな
されている。したがって本稿が海事債権をめぐる最近の動向を扱うことを直接
の目的とするにしても,最小限の歴史的理解を避けて議論を進めることは不可
[粛藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
5
能である。そこで信頼性の高い情報として,ウイリアム.テツトレイ(W血 凶n
τ
’
活動に関連して公表されてきた最新の研究成果に依拠しながら,海事債権の歴
史的な概観を行うことにしたい (19)。船舶先取特権やイングランドの対物訴訟
を考察する上でこうした検討は避けることができず,そうした自覚の上で多く
の新たな研究が現在も進展しつつあるのは興味深い側。
0
0
0年から 1
6
0
0年に起草されたハムラピ法典にも規
海事法はすでに紀元前 2
3
3年のローマ法大全の一部であるパンデク
定が見られるとされる(21)。また 5
テンには海商を扱った包括的な条項が含まれていた倒。さらにロード海商法,
パシリカ法典, 9世紀から 1
0世紀にかけて地中海沿岸の都市にはローマ海事
法に起源を持つがそれぞれに異なった海事法が存在していた。また,商人達の
組織によって 1
1世紀には明文化された海事法典が作成された。そしてオレロ
ン海法典やコンソラート・デル・マーレの影響が後にイングランドのヘンリ一
二世の后となったエレノア(却を通じて,イングランドにおける海事法の発展
に大きな影響を与えることになる。つまりこの結婚を契機として,エレノアの
領地のローマ法起源の海事裁判実務がイングランドに持ち込まれたと推測され
る
。
狭義の海事裁判所は 1
3世紀から 1
8
7
3年までイングランドに存在した。これ
はコモン・ロー裁判所とは独立の裁判所であり.そこにおいてイングランド海
事法の実務的な基盤が形成されることとなったとされる。 1
8
7
3年の最高法院
u
d
i
c
a
t
u
r
eA
c
t)によって海事裁判所は廃止され,高等法院へと吸収さ
統合法(J
れた。したがって海事裁判所が扱っていた事件は,それ以降はコモン・ロー裁
判所の管轄下に置かれることとなり,現在では高等法院女王座部とカウンテイ
コートで扱われている。
(
2
) マリタイムリーエンと対物訴訟の不可分一体性について
i
e
n
’は,ラテン語の‘ligamen
’(拘束)という言葉
マリタイムリーエンの' l
に由来するとされる。また,イングランド法においてそれと不可分一体のもの
c
t
i
o
ni
nrem
)は.ローマ法の対物訴権(a
c
t
f
oi
nr
e
m
)
と理解される対物訴訟(a
6 国際私法年報第 1
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0
9
)
に由来するとされる。ローマ法における対人訴権と対物訴権とは,現在の大陸
法における債権と物件とを生み出す源となった区分である。つまり物権である
とされれば,追奪などの救済が認められる対物訴訟を用いることができた。し
かしローマ法においては実体法上の権利と手続法上の権利とは未だ明確に区
別されていなかった(24)。したがってローマ法にいう権利とは,訴訟において
利用できる訴権の束として理解されていた。その意味においてローマ法の感覚
は,実体と手続を峻別した上で.実体法上の権利義務を抽象的な理論体系へ組
み上げていったその後の大陸法よりも,現時点ではむしろ英米法に類似する面
がある(お)。こうした法律実務の感覚が,手続と実体とを一体とするマリタイ
ムリーエンの実務に説得力を与えたと見ることもできょう。つまり対物訴訟と
マリタイムリーエンの関係は,今でも手続と実体とを融合的に理解するイング
ランド法の感覚にむしろ馴染むものとなっている。
イングランドにおいてなぜコモン・ローと独立の法体系として海事法が確立
され,それが英米法圏全体において今日まで維持されているかについて,現在
では次のような歴史的経緯に基づいて理解する立場が支配的である制。今日
へと繋がるイングランド法の歴史を単純化して表現すれば,それはコモン・
ロー裁判所による管轄権拡張の歴史であるといえる。換言すれば,それは大陸
法の伝統を受け継ぐ法律家達が,コモン・ローの法律家達に勢力を奪われてい
く過程である。極論すれば
ローマ教会の影響を強く受けたイングランドのオ
クスフォード・ケンブリッジ両大学の大陸法的法律学教育が,コモン・ロー形
成の基盤となる自己完結的な法律家養成制度に取って代わられていく過程で
あったともいえよう問。中世イングランドには,さまざまな王の授権により
認められた,特定の事件を扱う様々な裁判所が存在していた(お)。
(
3
) イングランド海事法の発展における大陸法の影響
イングランドにおいて海事法の発展を支えたのは,大陸法の伝統に基づいた
法学教育を受けた法学博士達であった。コモン・ローの法律家達は,その自治
基盤となり教育機関でもあったインズ・オブ・コートの拡充によって大学にお
ける法学教育を回避するようになり,自前の法曹養成制度を整えていった。こ
[蘇藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
7
れに対して,大陸の伝統を引き継ぐオクスフォード・ケンブリッジの二大学で
は1
2世紀以降ずっとローマ法(市民法と教会法)が教えられてきた(匁)。しか
しへンリ一人世 (
1
4
9
1∼ 1
5
4
7)とローマ教皇との聞に生じた不和の結果,教会
法のイングランドにおける教育が一時禁止されることになった。当時その内容
において先進的であった教会法は大学において人気の高い科目として重要視さ
れていたため,二大学はこの禁止によって大きな打撃を受けた。しかし聡明な
ヘンリ一人世は,当時のイングランドの状況において大陸の商事法の知識なし
に国家を維持できないことを速やかに理解するようになり,後に両大学に大陸
法の欽定講座を設置して,大陸法の教育を促進した。その結果,二大学は隆盛
を誇ることになる。そして 16世紀には,両大学は大陸から何名かの著名な法
学者を招き入れることが可能となり,イングランドにおいて大陸法の教育が大
きく進展した。こうした環境のもとで養成された「シピリアン( c
i
v
i
l
i
a
n
s)」と
呼ばれる大陸法的伝統に立つ実務家達は'
1
6∼ 1
7世紀にかけてコモン・ロー
の法律家達が十分な経験を有していない分野において,イングランド法を発展
させることに大いに貢献した。例えば,保険,為替手形,銀行業務,シッピン
グ,貿易取引における書類業務など,現在でもイングランド商事法の中核とな
る領域は,これら法律家達によって生み出された。大陸法的伝統に基づく実務
も広範に行われた。例えば,海事法,外交,教会裁判所,外国商事法に関する
枢密院(P
r
i
v
yC
o
u
n
c
i
l)による仲裁などの実務がそれに当たる。またエクス
チェッカーが扱った海外融資・海外での商事代理に関する事件や,スターチャ
ンパーや衡平、法裁判所におけるコモン・ロー以外の事件などにも,大陸法の実
務的伝統は及んでいたとされる。こうした時代状況の中で,海事裁判所の管轄
は大きく拡張されていった。そして,このように隆盛を誇っていた海事裁判所
は,海外で行われたすべての契約事件の管轄を自らが有するとまで主張するよ
うになった。その範囲は,具体的には.為替手形,商事代理,傭船契約,保険,
海損,運賃支払い,貨物の損害や不引渡しなど広範囲に及んだ。
そして,こうした大陸法的伝統を受け継いだ法律実務家達は,アーチ裁判所
(
C
o
u
r
to
fA
r
c
h
e
s)という組織を形成し 1565年にはその所有地と建物とを手に
入れた。これが有名なドクターズ・コモンズと呼ばれるものである。それはコ
8 国際私法年報第 1
1号(2
αゅ
)
モン・ロ一法律家にとっての同業者組織であり教育機関でもあるインズ・オ
プ・コート(却)に相当するものであった。海事裁判所は当初はロンドンブリッ
ジ付近にあったが, 1
5
7
5年にはこのドクターズ・コモンズにあるアーチ裁判
所に移転することとなった。ドクターズ・コモンズは,当時は,セントポール
寺院の近くにあった。このアーチ裁判所のデイーンは海事裁判所の裁判官を務
めることが多かったといわれている。
ドクターズ・コモンズの構成員となるには,文字通り,オクスフォードかケ
ンブリッジの博士号が必要であり,それを充たさなければ実務に就くことが許
されなかった。このアーチ裁判所にはアドヴォケイト(A
d
v
o
c
a
t
e
)とプロク
r
o
c
t
o
r
)という 2種類の法律家が存在し,プロクターは.主として実務
ター(P
の見習いを通じて養成された。これらの法律家は
コモン・ローにおけるパリ
スターとソリシターに相当する役割を果たしたとされる(31)。このように大陸
法の伝統を引き継ぐ法律実務家も.長期に渡ってイングランド法の形成に影響
を与えてきた。そして 1
7
8
6年に,こうした法律家達は公式に‘C
o
l
l
e
g
eo
fDoct
o
r
so
fLawe
x
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s
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a
s
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i
c
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landA也凶r
a
l
t
yCou
此’という組織とし
て再編成された。
エリザベス 1世の時代になると,海事法において,大陸法起源のものだけで
l
a
c
k
なくイングランド独自のものも出現するようになる。例えば,' TheB
a
l
t
y
’がそれである。またスコットランドのセントアンド
Booko
ft
h
eA也凶r
リユース大学でローマ法を教えていたウェルウッドによって 1
5
9
0年に書かれ
e
aLawo
fS
c
o
t
l
a
n
d
)Jは.イングランドのマリ
た「スコットランド海法(TheS
ネスメイリネスの著作である海法及び商法のイングランド最初の体系書' Lex
M
e
r
c
a
t
o
r
i
a
'に多大な影響を与えたとされる。また
1
6
2
2年には.イングランド
の大陸法律家が海事手続を集成した‘C
l
e
r
k
e
’
sPr
組 s
'という権威ある書物を編
纂した。このように市民革命の時代にいたるまでの間
イングランドにはしっ
かりと組織され高い教育を受けた海事裁判所の裁判官及び法律家達が存在して
いたのであり,海事法の伝統的な分野だけでなく商事法全体の発展に大いに寄
与した。
[粛藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
9
(
4
) コモン・ロー裁判所との管轄争いと対物訴訟における大陸法的影響
l
e
t
t
e
rp
a
t
e
n
t)により特権が認められ,海事事件に
海事裁判所は王の特許状 (
ついて裁判する権限を有していた。海事裁判所では,コモン・ローは適用され
ず,大陸法に属するオレロン海法や制定法によって修正された海事慣習法が適
用されていたとされる(32)。海事裁判所は管轄権を拡張しようとする意図を有
しており,それに対してコモン・ロー裁判所は不満を募らせてきた。そしてコ
モン・ロー裁判所は議会を動かしいくつかの制定法を作らせることによって,
海事裁判所の管轄を制限しようと試みた。そのなかで最も効果的だ、ったのが,
管轄外の事件について悪意で海事裁判所に訴えた者には二倍の損害賠償を課す
ことを定めた制定法で、あった。王はそれに対抗して,そうした被告がコモン・
ロー裁判所に訴えることを禁じる権限を提督に与えたため,コモン・ロー裁判
所と海事裁判所の対立は激化した。この抗争におけるコモン・ロー裁判所の武
器は禁止令状(w
r
i
to
fp
r
o
h
i
b
i
t
i
o
n)であった。それは端的には,コモン・ロー
裁判所の管轄に由来する事件を海事裁判所に提訴することを禁ずる命令である。
こうした令状は 16世紀にはじめて発行されてから,数年のうちに大量に発行
i
rEdwardCoke)の時代( 1
6∼ 1
7
されるようになった。そしてクック裁判官(S
世紀)には,その令状の発行は海事裁判所の管轄を妨げる激流となったといわ
れている。
クック裁判官は,さらに,海事裁判所は記録裁判所(おl(
c
o
u
r
to
fr
e
c
o
r
d)では
e
c
o
g
o
n
i
z
a
n
c
e)を受け付けることができず\船舶をア
ないため,出廷誓約書(r
レストした際に保釈金を受け取る権限がないとして.海事裁判所を財政的に追
い詰めようとした。出廷誓約書は裁判所に対する約束を記録する権限をもった
裁判所のみが用いることのできるものであり 当事者が保釈金を支払って再度
の出廷を約束する場合によく用いられた。これは船舶をアレストから解放する
解放金と一見よく似たものであり,海事裁判所にこの金銭を受け取る権限がな
いとされれば,海事裁判所は壊滅的な打撃を受けることになったであろう。そ
こで,追い詰められた海事裁判所によって生き残りをかけた主張がなされた。
それは海事裁判所のシピリアンと呼ばれる法律家達によって考案されたもので
あり,ローマ法に起源を持つ対物訴権を盾とした正当化であったとされる。つ
10 国 際 私 法 年 報 第 1
1号(2
0
0
9
)
まり,アレストされた船舶を解放するときに受け取る金銭は出廷宣誓書に由来
y
p
o
t
h
e
c
a
t
i
o
n)に基づくも
するのではなく.物権的性質を持った非占有質権(h
のであり,非占有質権は借金を約束に従って返済するとの約定(すなわちロー
マ法における問答契約(s
t
i
p
叫a
t
i
o))に基づくものであるとの法理論的な正当性
を示す主張がなされた。ローマ・法において問答契約は諾成のものであるとされ,
書面による必要性はなかった倒。ローマ法の非占有質権としてマリタイム
リーエンの有する物権性を肯定すること自体には矛盾があるが,そうした問題
点は衡平法の論理を用いることで正当化されたとされている倒。
こうしたイングランド法の歴史的経緯の中で,海事裁判所が船舶を解放する
ために受け取る金銭はローマ法の問答契約に基づくものであり,コモン・ロー
の誓約書とは異なるとの理屈は,コモン・ローの法律家達にも受け入れられた
とされる。そして,船舶をアレストして管轄を発生させる対物訴訟の方法は,
海事裁判所のみが管轄を持つものとして認められるところとなった。官官 B
e
l
d
i
s判決(お)において,アレストの当初の目的は,コモン・ロー裁判所の対人管
轄が及ばない事件について,海事裁判所の管轄を確立することにあったと記さ
れている。後にデイプロック判事は, TheHalcyon判決(37)において「対物管轄
はマリタイムリーエンと手に手を携えてやって来た。それは 1
9世紀当初にコ
モン・ロー裁判所による脅かし(ハラスメント)によって,海事裁判所の管轄
への干潮が極に達したときにおいて,そのようにして出現した」と述べている。
以上のようにイングランドにおけるマリタイムリーエンは,さまざまな歪曲
を伴うにせよ,大陸法的伝統によって育まれ,古くから定着した法制度である。
つまりその意味において,現在の大陸法諸国が有する船舶先取特権と同根の関
係にある。そして,そうした歴史的経緯に基づいた各国における海事債権に関
する実務の類似性が,今日においても海事法の国際的な調和を促進する上で,
重要な基盤として機能していることは興味深い。さらに,こうした制度が英
米・大陸を問わず広く受け入れられ,長期間に渡って維持されてきた歴史的事
実は,海商における強い実践的な必要性が存在したことをも示している。日本
における船舶債権をめぐる法的対応は,直接にはフランス法やドイツ法の継受
によるものと考えられるが.広くはこうした大陸法的伝統に由来するものであ
[蔚藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
11
り,その普遍的な必要性によって今日まで維持されてきたと考えることは決し
て不可能ではない。
2 日本における海事事件の国際裁判管轄
(
1
) 日本における海事事件の圏内裁判管轄と国際裁判管轄の混乱
ここでは再び,現在の日本における海事事件の国際裁判管轄について検討を
進めたい。国際裁判管轄研究会の報告書は,現在の民事訴訟法におかれている
土地管轄の規定はすべて国内事件にのみ適用があることを前提として,国際裁
判管轄規則の明文化にむけた検討をおこなっている。これはマレーシア航空機
事故事件(お)以来,最高裁判例が採ってきた立場に沿うものともいえる。しか
し,こうした圏内裁判管轄と国際裁判管轄とを峻別する立場に対しては,疑問
。
)
も少なくない(39
最も基本的でかつ理解の困難な問題は,国際裁判管轄規則と民事訴訟法が規
定する圏内裁判管轄に関する規定との関係をどのように理解すべきかであろう。
この点については,特に民訴法の定める土地管轄に関する各規定の解釈をめ
ぐって,以前から悩ましい問題は少なくなかった。特に海事事件について,そ
れは一層鮮明である(40)。民訴法における海事事件に関する特別裁判籍を定め
た規定は 3つ( 5条 7 ・1
0・1
1号)であるが.これらを国内事件のみを対象と
したものと考えることには,かなり違和感がある。現在の支配的な見解に従え
ば,外国籍船に関する事件には,まず日本の国際裁判管轄法理(明文はなく条
理によって定まるとされる)によって管轄権の存在が確定された後に,どの圏内
裁判所が具体的に訴訟を扱うかを定める目的だけのために,これらの詳細な土
地管轄規定が適用されると理解せざるをえない。しかし純粋な圏内事件では,
それがたまたま船舶に関連しでも.被告は日本に普通裁判籍を有するため.特
に船舶に関する管轄規定を定めなくとも,債権者の保護に欠けるところがそれ
ほど大きいとは考えられない(41)。さらに船舶への執行に関しては,手続法上
も独立した条文によって手当がなされている。
むしろ,船舶に関連した一定の債権者を実体・手続の両面から強く保護し
そのために船舶自体の経済的価値を引き当てとする方法は,外国籍船を対象と
12 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
した制度と捉えた方が,説明は容易である。その船舶が日本の港に入港した機
会に,その船舶に保全処分や強制執行をかけて債権を回収することが可能とな
れば,外国にいる船舶所有者を相手取って外国裁判所に出向いて訴訟を行うこ
とと比較して,債権者に大きな利便と安心感を与えることができる(42)。そう
した結果として,海運の進展に寄与するところも小さくないであろう。
この問題に関連して高橋宏志は,民訴法改正の作業の一環として海事事件の
裁判管轄を検討する際に,民訴法旧 7条(現 5条 3号)について二重機能説の
立場も視野に入れた上で,「そこまでいかなくとも,圏内管轄から国際管轄を
逆推知するという説からもほぼ同様になろうし,圏内管轄規定は直接には国際
裁判管轄とは無関係とする説でも 条理の一環として圏内管轄規定が参照され
ることは否定されていないところであるから
やはり 7条も国際裁判管轄と無
縁ではないということになろう」と指摘していた(43)。そして圏内土地管轄規
定の改正に向けた検討においても国際的な配慮を入念に行っていた。また特に
1条については,その立法の動機が執行保全のための裁判籍の設定
民訴法旧 1
にあったとし,それ自体は民執法・民保法の手当によって存在意義を失ったか
もしれないとしつつも,「差押え・仮差押えがなされた地で判決手続も行われ
ることには合理性がないかという角度から捉えられるべきものであろう Jと指
摘していた凶。そして「国際裁判管轄についてではあるが」としながらも,
1
9
5
2年のアレスト条約がその 7条において,アレストが行われた国の本案管
轄権を認めていることを,こうした合理性の根拠として示していた倒。また
国際裁判管轄に関して,旧 8条の財産所在地の管轄として船舶所在地に管轄が
認められるからほぼ同じ効果をもたらすとしながらも,旧 8条(現 5条 4号
)
1条
は一般規定であり,日本に住所がないことも要件とされているので,旧 1
を重ねて規定する必要性についての理屈は立っとの立場をとっていた制。現
在,法制審議会国際裁判管轄法制部会の部会長としてわが国の国際裁判管轄規
則全体の明文化を検討する立場にある高橋が現在もこうした考えを維持して
いるかは不明である。しかし民事訴訟法改正が議論されていた時点においては,
国際裁判管轄規則にも十分に注意を払いつつ,民訴法中に規定されている海事
事件に関する土地管轄規定の改正が慎重に検討されていたことが十分に理解で
[蔚藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
13
きる。
(
2
) 海事事件における対物訴訟の現実的な必要性について
現在,日本における国際裁判管轄法理とされる「特段の事情論Jと,コモ
ン・ロー法系のフォーラム・ノン・コンビニエンス(ForumNonC
o
n
v
e
n
i
e
n
s
.以
下 FNCと略称)の法理との類似性はこれまでも多くの場面で指摘されてきた。
そして,イングランドにおける国際裁判管轄法理の中心をなす FNCの形成に
おいて,海事事件はひときわ重要な役割を果たしてきたとされる(47)。船舶が
イングランドの港に入港する機を捉えてアレストすることによって本案管轄を
発生させる,いわゆる対物訴訟(a
c
t
i
o
ni
nrem
)の事件は,イングランドの裁
判実務において極めて重要なものであり,そうした事件の実質的な当事者が双
方とも外国人であることも珍しくない。船舶の一時的な所在地に過ぎない港で
のアレストという,本案との関係が必ずしも密接とはいえない連結によって国
際裁判管轄を発生させる対物訴訟において, FNCの法理を活用して個別事情
に応じて管轄を抑制することが必要とされる場面は少なくなかったと考えられ,
カナダの著名な海商法研究者であるスティーブン・テットレイもこの点を指摘
している(必)。
イングランドのコモン・ローにおいて, FNCが中心的な国際裁判管轄法理
として定着したのは,連合王国のブラッセルズ条約加盟以降のことである(49
。
)
こうした展開は,イングランドがブラッセルズ=ルガーノ領域(閃)に組み込ま
れてからも,その適用を受けない多くの国際民事事件をイングランドの裁判所
に引き寄せ続けてきたことの結果であると考えられる。つまり, FNC理論の
完成という英連邦系法域全体を主導する「並外れて重要な判例法理の展開(51)」
を生み出す原動力の一翼を,ブラッセルズ I規則等の適用範囲に入らない船舶
に対する対物訴訟が担ってきたことはほぼ間違いない。
翻って日本の状況を見れば,船舶先取特権や船舶抵当が問題とされた国際事
件の数は決して少数ではなく,船舶先取特権に関しては商法学上も一定の議論
の蓄積がある。これは日本が四方を海に固まれた島国であり,その活発な経済
活動を維持するには,国際的な海運に大きく依存しなければならないことから
14 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
の当然の帰結であろう。外国籍船も日本の諸港に頻繁に出入りしており,それ
らが日本に寄港した機を捉えて,船舶に関する債権を回収する実務は,それな
りに存在感のあるものとなっている。
しかし日本の実務では,外国籍船に対して強制執行や船舶抵当権が実行され
る場合には,直接に競売開始手続決定を取得することが多いとされる(52)。(た
だし,外国籍船の仮差押えの場合には.日本に船籍がないため登記による仮差押え
の方法を執ることができず,船舶所在地において船舶国籍証書等を取り上げること
によって保全執行されることになる(民保法 40条 1項)。従って船の運航を不可能に
する意味では.担保権実行の場合(民執法 115条)と変わらなくなり,仮差押えとい
えども船の運航を不可能にすることによって船主等に大きな影響を与える。)そして
その際には,国際裁判管轄の存否は少なくとも明示的には考慮されず倒,結
果的に圏内・国際の区別なしに執行の実務が展開されることになる刷。また
執行に際しては,外国籍船に対する外国法上の先取特権や抵当権の実行であっ
たとしても,船舶という移動物を相手にすることから,慎重な事前の調査は実
践的に不可能である。そのため日本法に基づく担保物権等と比較して.それら
外国法上の担保物権の内容について特に慎重に調査されることはなく,迅速に
手続が執られてきたとのことである倒。したがって
外国籍船の所有者等が
こうした執行を不服とする場合には,民事訴訟手続においてではなく.異議
(競売開始手続には執行異議・保全手続の場合には保全異議)を申し立てることに
なる。またそうした場合において,船舶の運航を継続する必要のある船主等は,
実際上は解放金を支払うことが多いとされる。こうした現在の日本の実務は,
民訴法の手続を用いない点を除いては,イングランドにおける対物訴訟と表面
的にはかなり似通っているように思われる刷。
したがって,もし上記の推察が正しければ,こうした日本における海事事件
の実務色国際裁判管轄の規則を検討するに当たって,もっと明確に考慮に入
れる必要性があるのではないかとの疑問が生じる問。この提言をするに当た
り,筆者には,外国籍船に関する船舶先取特権や船舶抵当権の実行における現
在の実務状況自体を軽々に批判する意図はない。それどころか,こうした実務
が特に問題視されることなく日本も含めた多くの法域において根付いていると
[藤藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
15
すれば,それを支えるだけの現実的な必要性が存在すると推測すべきであろう。
むしろ再考すべきは,例えば財産所在地管轄についてなされてきた議論につい
て,こうした状況を考慮に入れる必要は本当になかったと言い切れるかという
問題であるように思われる。
日本における国際裁判管轄規則の明文化において ECのプラッセルズ I規則
は頻繁に参照されてきており,そのモデルの 1っと捉えられてきたように思わ
れる。これでは同規則の 3条 2項及び付属文書 lにおいて.連合王国の船舶に
対する対物訴訟が過剰管轄の一例として明確に排除されていることと,その後
も連合王国で頻繁に用いられてきた船舶に対する対物訴訟との関係を,どのよ
うに理解すべきかであろうか。筆者は次のように考える。プラッセルズ=ル
ガーノ領域では,すでに構成田聞において緊密な民事司法協力体制が確立され.
判決の自由移動が高い水準で実現されている。したがって,自国にたまたま持
ち込まれた被告の財産にピンポイントで狙いを定めて保全執行をかけて債権を
回収することへの必要性は,すでにかなり減少したと考えられる。なぜなら,
債権者はいつでもプラッセルズ I規則の管轄規則が定める裁判所に債務者を訴
えることが可能であり,そこで得た判決については欧州内において安定した承
認執行が認められるからである。つまり裏面から見れば.各国がいまだに強い
独立性をもった司法制度を維持する不安定な法環境の中においてこそ,船舶を
アレストして本案の管轄を発生させ債権者を保護する現実的必要性が根強く
存在することが推測できょう。つまり,日本が置かれている法環境を考えたと
き,外国籍船への保全執行を肯定的に扱う実務には,一定の存在価値と正当性
とが備わっていることが理解できるであろう。国際的な海運業の世界において,
船舶だけをほぼ唯一の資産とする企業(船主)は決して少数ではない。むしろ
便宜置籍船の増加によって,こうした状況は一層広がっていると考えるのが現
実的である。そしてますます高速化し世界中を激しく移動する船舶の特性も,
船舶をアレストして債権を回収するための司法制度の必要性を,むしろ高めて
いるように思われる。
16 国際私法年報第 1
1号(却0
9
)
3 海事事件において国際的な民事司法協力を促進する必
要性
(
1
) 1999年アレスト条約における民事司法協力促進の構想
船舶アレストの実務は,法制度の歴史的経路依存によって,大陸法系・英米
法系を問わず,多くの法域において一定の共通性を維持してきた。こうした実
務は,各国ごとに司法制度が分岐した後も活発に活用されてきた。そのために,
そうした実務の障害となる各国の司法制度聞の調和と協力体制の確立を目指し
て,国際的な法統ーを行おうとする作業が活発に展開されてきた。
最近のそうした試みとして, UNCTADと 凹O の共同作業によって起草され,
1
9
9
9年に採択された「船舶のアレストに関する 1
9
9
9年の国連条約(I
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nA
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to
fS
h
i
p
s
,1999)側」(以下アレスト条約と呼ぶ)は.海事事件
についての国際裁判管轄を考える上で特に注目すべきものである倒。本条約
と関連性の強い最近の条約として.各国で種類や優先順位に相違がある船舶先
取特権の内容的な平準化を行うことを目的とした「 1
9
9
3年マリタイムリーエ
ン及び船舶抵当に関する条約{刷 Jが存在する。これに対して 1
9
9
9年のアレス
ト条約は国際的な司法協力体制の実現を目指すと同時に,民事司法におけるグ
ローパルな行動基準を定める点に重心が置かれている。つまりアレスト条約は
実質法の統一を直接に目指すものではなく.海事債権をめぐる民事訴訟実務に
すでに存在する国際的な共通基盤を活用することによって,その調和と各国の
民事司法分野における協力を一層促進することを目指すものであると理解でき
る
(61)。
(
2
) 1999年アレスト条約によるフォーラム・ノン・コンビニヱンスの法理
の促進
アレスト条約の中心となるのは,特に,各国の司法制度に対して国際的な協
調を要求する諸規定である。 2条 3項は.本案の管轄が他国にある場合にも,
海事債権に基づいてアレストを行う可能性を認めている。 4条 4項・ 5項は,
他国でのアレストの状況や他国で支払われたアレストからの解放金の金額を.
海事事件の国際裁判管轄
[斎藤彰]
17
各締約国は考慮に入れるべきことを要請している。 5条 l項は,既に他国でア
レストされて解放金を支払った船舶について,閉じ債権に基づいて再びアレス
トすることを締約国に禁じている。さらに同条 2項では,同じ債権に基づいて,
姉妹船など複数の船舶をアレストすることをも禁じている。
とくに同条約 7条は, FNCの法理に積極的な位置付けを与えており,かな
り詳細にその実務的運用について規定する点において,注目に値する(62)。ま
ず 1項は,合意管轄や仲裁合意が優先されることを確認した上で,アレストが
行われた国の裁判所が当該事件の本案に関する管轄権を有することを定めてい
る。しかし 2項では.もしアレストした国の裁判所が自国法(法廷地法)の定
める FNCなどの適用によって管轄を拒絶する場合であって,その事件の管轄
を引き受ける他国の裁判所が存在する場合には 管轄権の行使を拒絶すること
が認められている。そして 3項により,こうした場合に当事者の要求があれば,
アレストを行った裁判所は,原告に対して管轄を有する他国裁判所で手続を開
始すべきことを,期限を定めて命じることができる。そして,原告がそのよう
にして命じられた期限内に当該他国で手続を開始しない場合には,被告の要求
によって,船舶や解放金は返還されることになる。他方で,もし管轄権を有す
る他国が判決を下した場合には
アレストされた船舶またはその解放金に関し
て,その判決の承認執行を行わなければならないと 5項は規定している。この
7条は,本案の解決に関しては,その紛争を最も適切に扱うことのできる法域
(いわゆるナチュラルフォーラム)へと誘導する方法を尊重し,その具体的な促
進方法を明確にした上で,もしナチュラルフォーラムが本案について判決を下
した場合には,アレストを行った裁判所はその判決の承認執行を行うことで,
国際的な民事司法協力を積極的に促進しようとしていることが分かる。
(
3)統一法条約のソフトローとしての役割
こうした私法分野における国際的な統一法条約に関して.それが未発効で
あったり法廷地国が締約国でなかったりする場合であっても,実務においてそ
れらがソフトローとして参照されることで影響力を与えうる可能性は小さくな
い。ことに日本のように私法統一の分野における十分な実務経験の蓄積がなく,
18 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
また理論的研究も十分に進展していない状況においては,そうした分野に関連
した問題が生じた場合において,それらの統一法条約が裁判官や実務法律家に
とっての最後の頼みの網となる可能性が現実に存在する。
やや古い例ではあるが,日本の裁判所が外国籍船競売の実務において,未加
盟の「 1
9
6
7年船舶先取特権及び抵当権に関するある規則の統ーのための国際
1条 3項を一種の国際慣行と解することによって,競売に付された船
条約」 1
舶にすべての先取特権や抵当権が一切付着しなことを示す証明書を,競落人が
落札した船舶を新たに登録するために,日本の裁判所から新登録国の登記官宛
に発効した事例が示されている(臼)。こうした証明書の発行について,日本法
上の手続規定が存在しないにも拘らず,実践的な必要性に応えるためにこうし
た判断が行われたことは興味深い。このように
こうした条約は必ずしも発効
しなくとも,ソフトローとして重要な実務の指針を提供する役割を果たすこと
が予測されるため.日本においても一層の研究や知識の普及が促進される必要
があろう。
(
4
) 海事事件の処理における日本裁判所の国際的な民事司法協力の指向につ
いて
船舶先取特権による仮差押は,疎明によって認められるとされる。実際に.
東京地裁平成 1
0年 4月 30日判決では.リベリア船に対して香港の塗料会社が
先取特権を実行しようとした事例において 先取特権の存在については疎明で
足りるとする判断がなされた(刷。また,ロシアの漁船の船舶の修理に関して
韓国で発生した債権について,本案の管轄は日本にはないが,韓国で下される
本案判決について日本での承認執行の可能性があることを理由として,仮処分
を肯定した旭川地裁の決定(聞がある。この事件で問題となった債権が船舶先
取特権とされていないことをも考慮すれば外国籍船に対する仮差押えの可能
性をかなり緩やかに認めた判決であるといえよう。本判決では「仮差押命令事
件の国際裁判管轄を直接規定した法律等は存在しないので,一般の民事訴訟同
様,当事者間の公平,裁判の適正,迅速という理念により.条理に従って決す
るほかないが,仮差押命令は,本案判決後の強制執行に備えて債務者の責任財
[驚藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
19
産を保全する緊急的,暫定的手続であるから,請求権の存否,内容や本案判決
の執行の問題を考慮しなければならないという点で,本案事件に対する付随性
が認められる一方,その執行の迅速性等,仮差押え自体の実効性の確保も看過
することはできない剛」とされる。
2条 l項は,仮差押命令事件の圏内土地管轄について,
そして「民事保全法 1
本案の管轄裁判所と並んで.仮差押目的物の所在地を管轄する地方裁判所にも
管轄権を認めているが,前者の管轄原因は,前述した本案事件に対する付随性
によるものと解されるのに対し
後者については.仮差押えの実効性確保の観
点から.本案管轄の所在とは無関係に[下線筆者] 目的物の所在地に管轄権
を認めることが合理的と認められることによるものと解される附」から,民
事保全法 1
2条をもとに「国際裁判管轄については民事保全法 1
2条の準用によ
り,圏内土地管轄については同条を適用して,目的物である本件船舶の所在地
を管轄する当裁判所に,本件仮差押命令申立事件の管轄権が認められるという
べき側」であるとする。しかし,これは一国の司法制度内部におけるような
本案裁判所と仮差押裁判所との聞に緊密な協力関係が実現できていることを前
提として.初めて成り立つ解釈であると思われる。それを異なった司法制度聞
に本案管轄と仮差押目的物所在地の管轄が分かれた場合にも単純に拡張する点
において,論理の飛躍があろう。しかしここでより注目すべき点は,旭川地
裁がこのロシア船に対する仮差押を認めることがこの紛争解決において実効性
があると実務的感覚に基づいて判断した点にあるように思われる。ロシアの漁
船を日本において仮差押えすることが.韓国の債権者による債権の回収を確実
にするために,よりよい方法であるとの判断がこの判決の根底に存在すること
は明らかであろう。実際に仮差押えがなされた場合,本案の判決を待つことな
く交渉によって紛争が解決される場合が多いとされており.その意味からもこ
の決定を,過剰な国際的協調に基づくものとして,表面的な法理論のみを基礎
として軽率に批判すべきではないであろう。また,この決定は,上述したアレ
スト条約が本案管轄と保全執行管轄が複数の国に分かれうることを前提する点
とも,共通性を有している点で興味深い。
20 国際私法年報第 1
1号(2
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0
9
)
(
5)民事司法協力の水準と本案・執行管轄の分離
最近,日本の学説において保全処分の国際裁判管轄をそれ自体独立の論点と
して論ずるものが増加しつつある。確かに欧州のプラッセルズ=ルガーノ領域
を例とすれば,その範囲において各構成園の民事司法協力の高い水準が既に確
立していることから,本案裁判所と保全裁判所とが異なった国の司法制度内に
位置したとしてもそうした処理を認めることによって,域内の判決の自由移動
のメリットをさらに実効的なものにできる。
プラッセルズ I規則に必ずしも整合的とはいえない FNCを用いたコモン・
ローの管轄規則を合わせ持つイングランドにおいでさえ,( 1)同規則にしたがっ
て他の構成田が本案管轄を有する場合,( 2)イングランドが表見的に管轄を有す
仲
るけれどもナチュラルフォーラムが他の構成国にあると考えられる場合,( 3)
裁合意がなされた場合,の 3つの場合に限って,自国が本案管轄を持たない場
合にでも対物訴訟を受け付けることとして側.構成国間の民事司法協力を促
進する姿勢を示している。しかしこれはプラッセルズ条約(当時)を圏内制定
9
8
2年の制定法以降のことであって,それ以前には対物訴訟の管轄
法化した 1
は対物訴権についてのみ認められるとの立場.つまり対物訴訟の管轄と本案と
は不可分一体としてのみ認められるとの立場が採られていた(70)。イングラン
ドにおけるこうした実務の変化は,欧州における国際的な民事司法協力の水準
が高まることによってもたらされたものであり.更にそれを推進しようとする
姿勢を示すものであると考えられる。したがって.プラッセルズ=ルガーノ
領域において議論となっている本案と保全処分との管轄の分離に関する議論を,
そのまま日本に持ち込むことにはかなり無理があると思われる。
日本の国際裁判管轄規則における確立した判例法理である「特段の事情論J
の立場は,日本の国際裁判管轄自体を抑制する方向で働く理論として,これま
でのところ理解する立場が支配的であった。しかし以上で検討してきたように,
こと船舶債権が関連する事案については 「特段の事情」によって日本の裁判
管轄権の行使を抑制する姿勢は,これまでのところ機能してこなかった。すで
に指摘したように.日本における最高裁判例を中心として確立された国際裁判
o
f
f判事の指摘(71)を待つ
管轄に関する「特段の事情論」は,イングランドの G
[斎藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
21
までもなく,英連邦圏において支配力を持つナチユラルフォーラムの理論と整
合的である。もっとも,筆者は「特段の事情j を積極的に認めることで船舶先
取特権に関連して日本の国際裁判管轄を制約すべきであると主張するわけでは
ない。むしろ,日本の管轄を広く認める現在の実務を基本的に肯定した上で,
それをこうした分野で展開されてきた,アレスト条約などの国際的な法制度統
一にむけた動向と調和させることを視野に入れる方が望ましいと考える。
確かに,船舶先取特権や船舶抵当の実行という司法実務において,こうした
訴訟の持つ国際的な性格に対しての認識が欠如しているため,それを扱う法律
的な枠組が混乱しているように見られる場合もある。前述の旭川地方裁判所の
船舶仮差押命令に関する平成 8年 2月 9日の決定においては,仮差押命令の国
際裁判管轄権という視点から議論がなされ,「本案事件に対する付随性及び仮
差押えの実効性の観点から検討を加えるべき点では圏内土地管轄と同様である
から,民事保全法 1
2条 l項の準用により決すべきものと考えられ,日本の裁
判所に本案事件の裁判権が認められなくとも,仮差押目的物が日本に存在し,
外国裁判所の本案判決により,将来これに対する執行がなされる可能性のある
場合には,日本の裁判所に仮差押命令事件についての裁判権が認められると解
するのが相当である(72)Jとした。そして「目的物の所在地を管轄する日本の
裁判所で仮差押命令を得てこれを執行することが,仮差押えの実効性の観点か
らは最も妥当である上.外国裁判所において請求権の存否内容が確定され,そ
の判決によって目的物に対する執行がなされる可能性があれば,本案事件に対
する付随性の要請も充たされると考えられるからである(73)」として.本案と
保全処分との管轄を国際的に分断することを前提に.本案判決の日本における
承認執行の可能性を,日本において国際的な保全処分を認める中心的な指標と
している。この事例は海外で発生した船舶修理代金を回収するために,日本の
港に入港した外国船を仮差押えした事件であり,訴訟当事者は原被告ともに外
国人である。現在の「特段の事情論」が国際的な民事紛争処理における基本的
理念を尊重するために日本の管轄を抑制することを主眼とする立場であるとす
れば,本案管轄を有する外国裁判所に積極的に協力するために日本の裁判所に
保全処分の管轄を認めることとの聞には,理論的にかなり大きな隔たりがあろ
22 国 際 私 法 年 報 第 1
1号(2
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0
9
)
う。確かに,国際的な民事紛争の適切な処理に向けた各国の民事司法制度聞の
協力を促進するという極めて抽象的な目的から,両者に共通点を見出すことは
不可能で、はない。しかし,いわば消極的協力に止まる前者と積極的協力へと踏
み出す後者の議論との温度差は,どのようにすれば埋めることができるだろう
か?
旭川地裁決定の実務を現在の国際裁判管轄法理と整合させるには.アレスト
条約 7条 3項及び 5項が定める国際的な民事司法協力の明解な図式がやはり必
要なように思われる。すなわち「本案につき決定する裁判権を有しない」裁判
所がアレストを実行するか解放金を提供された場合において,本案管轄を有す
る裁判所で一定期間内に手続を開始すべきことを債権者に命じた場合( 7条 3
項)または本案管轄を有する外国裁判所で手続が開始された場合には,アレス
トされた船舶またはその解放金に対して 本案判決の承認執行を認めるとする
立場である。すでに明らかなように.旭川地裁決定の立場は, 1
9
9
9年のアレ
スト条約における FNCを考慮に入れた国際的な民事司法協力を目指す理論構
築と,その根本的な発想において強い共通性を有している。こうした国際的な
司法的協力を指向する感覚がもし日本に国際裁判管轄の底流にあるとすれば,
日本が新たに国際裁判管轄規則の明文化を議論することを契機として,アレス
ト条約の締約国となることも含め.より国際的なスケールアップを目指した議
論を展開する必要がある。そして,それは楽観的に過ぎるかも知れないが,わ
が国の民事司法実務の現状を前提とすれば十分に可能であるように思われる。
おわりに一一現在の日本法に対する若干の示唆
(
1
) 国際裁判管轄をめぐる予見可能性と具体的妥当性
日本では,予測可能性を重視する逆推知説と,個別の事件の具体的な状況や
両当事者間の公平についての配慮を重視する利益較量説が,対立する立場にあ
るものとして説明されてきた。しかしこれらを対立するものとは捉えず,原
告と被告とが管轄の問題に直面する時点の差異に基づく問題として再考する必
要がある。その際に,イングランドにおける訴状(w
r
i
t)の送達による管轄と,
本案を審理するのに適した管轄を再検討する FNCとを判断する時点との一定
[斎藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
23
の時間差に着目して,それを再解読することを以下において試みたい。
第 lに,原告の視点から考えれば,訴を提起する時点において,その裁判所
がそれを引き受けてくれるか否かについて,明確な予見可能性が極めて重要と
なる。つまり,国際的な民事紛争を抱え込んだ原告が司法的な救済を求めるた
めのキックオフとしての裁判管轄は,明確なルールによって,場合によっては
かなり緩やかに認められる必要性があるかもしれない。また,訴の提起は,必
ずしも訴訟審理に直結するわけではなく.現実的な場面において,相手に対す
るプレッシャーを通じて和解交渉などへと持ち込むための突破口としての意味
をもっ場合は多いと思われる。したがって原告がどこで訴を提起できるかにつ
いて,予見可能性は重視される必要がある。また,それが被告住所地の管轄だ
けでは原告にとって実質的救済とならない場合も存在するであろう。そのよう
な視点から例外的に管轄を拡張する方法として,イングランドでは,被告が領
域内に所在することを根拠とした原則的な対人管轄の発生に加えて,領域外へ
の送達を裁判所の許可を得て行うことが認められてきたと考えられる。また,
船舶のように大きな財産的価値のあるものをアレストすることによって,イン
グランドに本案管轄を発生させる方法 b 被告が外国に所在する場合には,原
告保護の視点から極めて有効な方法として機能してきた。
しかしこうした原告保護の要請は,被告保護の要請との公平なバランスに
よってコントロールされる必要性がある。もし,原告にその法廷地で訴訟を提
起する一定の法律的な必要性が認められ,そこで実質的な審理が行われること
について被告側に異議がなければ,そこで訴訟を継続することは一般に認めら
れてよい。被告の応訴による管轄はすでに広く認められてきたところである。
これはさらに.近時の国際的な管轄合意を推進する立場とも合致する。
しかしもし被告が,原告が訴を提起した法廷地において本案の審理が行わ
れることに納得できない場合には,その法廷地の他に「より適切な法廷地」が
存在することについて裁判所を説得することに成功すれば,裁判所は自身が
FNCであると判断しその訴訟手続をステイまたは却下して,原告にその
「より適切な法廷地」において訴訟を提起するよう促すことにより,被告の利
益を守るための方策を講じることになる。
24 国 際 私 法 年 報 第 1
1号(2
0
0
9
)
このように,原告にとって重要な国際裁判管轄の予見可能性を尊重する一方
で,実際にその法廷において審理を行う上で生じる不便宜に対応するために,
被告側からの主張を待ってそれを再度審査するためのフィルターとして FNC
の判断過程を設定するのが
イングランド及びコモン・ロー諸法域で広く認め
られている国際裁判管轄の実務である。
こうした国際裁判管轄の調整方法は,基本的には日本の国際裁判管轄の取扱
と強い共通性を有するように見える。日本において,国際民事訴訟の原告は.
民訴法の圏内土地管轄の規定に基づいて,管轄を有するように見える裁判所に
訴を提起することが可能となるようである(74)。その時点において.イングラ
ンドにおいて原告に与えられる予見可能性の根拠とは異なるが,取り敢えず訴
を提起する場面において一定の予見可能性が保証されている点で,原告の利益
は守られることになろう。そして,訴が提起された裁判所において被告が管轄
について争うことなく応訴すれば その裁判所の国際裁判管轄権はその時点で
確定的となる。しかしもし被告にその裁判所が国際裁判管轄権を有すること
に異議がある場合には,裁判所はそこにおいて国際民事訴訟を行うことが「当
事者聞の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念」にしたがって管轄を否
定すべき「特段の事情Jがあるか否かについて,再度検討を行うことにより.
被告側の利益を考慮するための機会を設けることになる。これは制度構築の方
策としては,イングランドやコモン・ローの立場に酷似した方法であるという
ことが可能であろう(75
。
)
(
2)外国籍船への執行を国際裁判管轄規則にどう反映させるべきか?
それでは以上の分析を外国籍船への執行に関する取扱と照らし合わせたとき
に,どのようなことがいえるであろうか。イングランドにおいても日本におい
ても,たまたま自国の港に入港した船舶をアレストすることだけによって原告
が本案管轄を発生させることができるとすれば,そこにおいてかなりの過剰管
轄(つまり原告側にとって一方的に有利な管轄発生)が生じているように見える。
しかし既に検討してきたように.そうした実務の背後には現実的な必要性が存
在しており,それがこうした実務を国際的に広く定着させてきた原因と見るこ
[斎藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
25
とが可能であろう。またそうした必要性は,最近でも 1
9
9
9年のアレスト条約
によっても肯定されていると考えられる。
このようなわが国の国際裁判管轄に関する判例法理に加えて,外国籍船への
外国担保権等に基づく執行が,日本の実務において緩やかに認められてきた状
況は国際的に広く認められている立場に沿ったものであり,国際裁判管轄に関
する新たな立法においても検討されるべき問題を含んでいる。具体的には,現
在の国際裁判管轄とは無縁な領域で生じている,外国担保物権の直接実行とい
う不思議なショートカットによる処理を,国際裁判管轄の規律の中へと整合的
に取り入れる必要性があると考える。
それではどのようにすれば,わが国の国際裁判管轄法理とこうした船舶に関
する実務との理論的整合性を.模索することができるだろうか。外国法による
船舶先取特権や抵当権の実行の事案では
アレストによって一旦日本における
本案管轄の発生を認め.被告が日本の管轄に服することを不服とするときは.
執行に対する異議としてではなく
本案の訴訟において「特段の事情」の有無
の検討を裁判所に求めることが考えられる。
その時のモデルとして,イングランド法の裁判管轄法理における原告保護と
被告保護のバランスを確保する方法を,より意識的に参照すべきである。まず,
民訴法の土地管轄規定が認める範囲において 原告が司法的救済を求めるため
のキックオフの管轄を日本に認めてよいし,それは現在のわが国の実務とも整
合すると思われる。これは過剰管轄を生じるように見えるかも知れないが,原
告が日本で訴訟を行うことについて何らかの正当性が認められれば,一応はよ
しとすべきであろう。国際民事紛争において原告は各国の異なった裁判管轄規
則に直面するため,そこには過剰管轄と同様に,過少管轄の危険性も存在する。
したがって,原告にとって寛容で明確な管轄規則の必要性は高い。さらにこう
した立場を論理的に推し進めれば,原告に与えられるべきキックオフの管轄の
外延を民訴法の土地管轄規定によって画することには.十分な理論正当性が備
わっていないとの疑問も生じる。原告が,司法的救済を求めることに正当性が
あると具体的に判断できるならば,裁判所はその外延を条理に基づく「特段の
事情」によって拡張することも許されると解するべき余地がある(76)。そして,
26 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
被告が裁判管轄について異議を述べない場合には,そのまま本案の審理を行う
ことに何ら問題はない問。しかし被告に国際裁判管轄について異議がある場
合には,「特段の事情」について裁判所が判断するための第二段階の管轄判断
プロセスを設定する必要がある。
したがって,日本において外国籍船の仮差押え(アレスト)が行われた場合
9
9
9年のアレスト条約と同様に,守日本に本案についての
には,それによって 1
管轄権が発生したものとして取り扱うのが適切であろう。そしてこの段階から,
日本における通常の国際裁判管轄の処理方法として,被告からの妨訴抗弁によ
り条理による「特段の事情」の判断のプロセスに入ることにすれば,これまで
日本の国際裁判管轄法理の枠外で行われてきた船舶仮差押えの事案も,通常の
国際民事訴訟に関する事案として取り扱うことが可能となろう。
(
3)普遍主義的な理念に基づく管轄配分説の再評価に向けて
池原季雄と平塚異によって提唱された普遍主義を理念とする管轄配分説にお
いては「各国の裁判機闘が国際的に協力」して 立法・解釈の何れに対しでも
「民事訴訟法一般の理念たる適正,公平,かっ能率的な裁判の運営」を期待で
きるようにすることを基準とすべきであるとの明確な指摘がなされていた(78
。
)
普遍主義を現状において実践的なものへと変革するには,司法制度聞の連携
を可能にするようなフィードパックを進展させる必要がある。なぜなら,国際
裁判管轄の改善において目的とされるものは,大まかに表現すれば国際的な多
重手続を減少させると同時に,両立しえない複数の確定判決が異なった国家に
おいて下されることのないような体制を整えることにある。そしてこうした目
的の実現に際して,一国の司法制度のみが独自に取り組むことによって十分な
効果を生み出しえないことはほとんど自明である。
こうした協力の形態として,採択に至らなかったハーグ国際私法会議による
管轄承認条約草案や,欧州連合におけるプラッセルズ I規則のように直接に統
一管轄規則を定め,それを基盤として判決の自由移動を実現する方法は最も明
解である。しかし国際的な司法制度聞に存在する暗黙裏の協力(適切な法廷を
指定してそこにおける提訴を原告に促す「フォーラムノンコンピニエンス」や「特
海事事件の国際裁判管轄 27
[斎藤彰]
段の事情論」の運用)を,より明確な法政策に基づいて推進することにより,
現状を改善する方法も徐々に明確化されつつある。
イングランドのナチュラルフォーラム理論は,独立した各法域の司法制度が
国際的な協力を行い,国際民事紛争をその解決に最も適した法廷へと誘導する
ことを通じて,国際的な民事司法が実現すべき理念に近づくための理論である。
それは著名な S
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a判決によって明確化され,それ以降コモン・ロ一法域全
。
)
体において国際裁判管轄を指導する理念としての地位を確立してきた(79
また船舶のアレストという限定された領域においてではあるが,同様の発想
と方策を,国際条約の形で明文化したのが 1
9
9
9年のアレスト条約であり,そ
こにおいては国際的な民事司法協力を積極的に促進するための枠組が示されて
いる。このように,国際的な共通性を持つ実務が歴史的に展開されてきた船舶
債権の分野において,こうした方法が明確化されつつあることは興味深い。日
本の国際私法学において国際的調和は常に強調されてきたが.それを他法域の
司法制度との間の明示的な国際的協力へと展開する視点は,これまでのところ
極めて不十分であった。しかしこうした民事司法協力を積極的に展開するた
めに,原点に立ち戻って,普遍主義の立場に立つ管轄配分説を基盤理論として
積極的に活用する必要性は大きい。
海運業で実現されてきた法的環境における司法協力の視点から,外国籍船の
アレストに関する実務を分析すれば
ほぼ次のようになろう。( 1)目の前にある
船舶をアレストすることによって原告の実践的救済の可能性を確保する必要性
が海事事件には存在する。( 2)反面として二重アレスト等への調整が必要となる。
(
3
)
F
N
Cの実務を参考にした法域聞の本案管轄の調整は, 1
9
9
9年のアレスト条
約において十分に意識されており,理論的な進展が見られる。
最後に,以上における検討の結果をひろく日本における国際裁判管轄規則全
般へと及ぼせば,日本では判例法理としての「特段の事情論」をさらに進展さ
せることによって,管轄配分説が目指す司法機関の国際協力を実践的に推進す
ることが可能であるように思われる。そのための立法化においては,最小限と
して次の 2つの対応が必要とされるであろう。( 1)日本の裁判所が「特段の事
情」の存在によって管轄の行使を拒絶する場合には,どの法域の裁判所が適切
28 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
な法廷であるかを明示する必要がある。( 2)その法廷が万一管轄を否定する場合
に備え,日本において訴訟を再開する余地を確保するため,裁判所がステイ
(中止)という方法を用いることができるように,立法的な手当を行う必要が
ある(制。このように僅かな調整によって,わが国の国際裁判管轄理論は国際
的な民事司法制度聞の協力促進に対応する素地をすでに十分に有している。こ
うした長所は,早い段階で国際的な司法制度聞の協力に焦点を当てた管轄配分
説と.「特段の事情論」の確立によって国際裁判管轄の規律の中に国際的な民
事司法協力に向けた柔軟な対応を可能にした判例理論の双方の功績によっても
たらされたものといえよう。そうしたわが国の国際裁判管轄に関する基盤的な
理論及び実務構造の健全性と潜在能力には驚くべきものがあり.現在検討中の
明文化作業においては,そうした長所を損なわないよう十分な配慮がなされる
べきである。
[附記】本稿は全国銀行学術研究振興財団の研究助成金(2007年度)による成果
の一部である。
(
1)国際裁判管轄研究会報告書(2
川BL886号 81頁以下(2008)。本報告書は.現在
法制審議会国際裁判管轄法制部会の作業における基礎資料となっている。なお.
岡部会では平成 21年 7月 10日付で「国際裁判管轄法制に関する中間試案(案) J
を公表している。(http://www.moj.go.jp/SHINGI/0907io・1・2
.
p
d
f
)
(
2
) 日本法において,実体法としては商法 8
4
2条∼部l条,船舶所有者責任制限法
90条 [
1
9
7
6年条約の圏内法化],国際海上物品運送法 1
4条 [
1
9
2
4年条約の圏内法
化],船舶油濁損害賠償保障法 [1969年条約の圏内法化],手続法としては民訴法
5条 7 ・1
0・1
1号がその範囲に入るが 5条 3号及び 6号は検討の対象とはしない。
(
3
)
これはイングランドを中心としたマリタイムリーエンと対物訴訟だけを視野に
入れていることを意味するわけではない。イングランドの海事裁判所はむしろ大
陵法を適用してきたことが認められ.船舶先取特権自体は日本商法でも明らかな
ように大陸法において広く観察されるものであり.その意味で英米法と大陸法と
の歴史が混在するグローパルな法領域であるとの考察に基づく。(特に, W.T
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[驚藤彰]
海事事件の国際裁判管轄 29
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・3
5
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.(
1
9
9
9)参照。)
(
4
) この議論の範囲は.国際裁判管轄研究会報告書の第 5の l 「海事関係の訴え」
のうちでは「 2-3 船舶債権その他船舶を担保とする債権に基づく訴え」に関す
る部分のみである。この部分については,今日でも実務上の問題が少なくなく,
国際的な法統一作業も活発に行われているからである。
(
5)
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3
) 2004年発効。
締約国は 1
2ヶ国。日本は未加盟。
(
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1
9
9
9)現在締約国は 7ヶ国で未発
効である。日本は未加盟。
(
7
) これらの条約はまだ実定法としては国際的に強い通用力を有するにいたってい
ない。しかし実際に日本における実務においても,こうした問題が実務で問題
となった場合に,法律実務家はこうした国際的な最新の成果を参照せざるを得な
い場面は日本でも少なくない。特に.小川英明「外国船舶の任意競売の一事例:
サプラ・コア号,バナナ・コア号事件について」判例タイムズ 3
4
5号 6
7頁以下
(
1
9
7
7
)参照。また,国際売買の事件においてウィーン売買条約の内容が参照され
た判例も報告されている。
nrem
)自体,イングランドの司法
(
8)船舶に関連して認められる対物訴訟(a
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t)に起
制度の歴史においては大陸法に由来する海事裁判所(古1
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源を持つ制度と考えられている。しかしその後の歴史的な展開によって,英米
法圏では対物訴訟は今日まで存続しているが,大陸法国ではそれとは裏腹に姿を
消すこととなったとされる(T
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5(
1
9
9
4)参照)。また,こうした歴史的基盤
において, MaritimeL
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sも対物訴訟と同様に大陸法に起源を有する制度であり,
その意味で日本の商法が規定する船舶先取特権とは同根の関係にある。
(
9
) 日本法では商法 8
4
9条参照。
削船舶先取特権の目的として.次の 3点が指摘されることが多いとされている。
(
1)船舶所有者の共同の利益のために生じた債権の保護;( 2)公益・社会政策的
配慮から認められた債権の保護;( 3)責任制限の対抗を受ける不利に対する債権
の若干の緩和策。
(
1
1
) 例えば,使宜置籍船とリペリア・パナマなどに設立されたペーパーカンパニー
の場合を想定せよ。
同
日常的な運航が円滑に行われて利益が上がらなければ,船舶抵当権者も円滑に
債権を回収できないのであり.この二者の聞の葛藤ばかりを強調するのは現実的
30 国際私法年報第 1
1号( 2
0
0
9
)
ではないと恩われる。こうした分析について
志津田一彦「船舶先取特権・抵当
)J富大経済論集 4
8巻
権をめぐる統一条約変遷論序説:統一 3条約の比較研究( 1
3号 4
1
1頁以下( 2
0
0
3)は,アルカンタラの論文を紹介している。)
7 (平成 1
9
.1
0
.
2
6)]の
同法制審議会で配付された資料[法制審保険法部会資料 1
7年及び 1
8年に終局した船舶先取特権に基づく担保船舶競売事件は
中に.平成 1
3件とのデータがある。これらは債権についての担保権の実行ではないた
全国で 8
9
3条 1項は適用されないが,同法 1
8
9条前段. 1
8
1条 1項 4号
め民事執行法 1
(
1
8
9条後段により読替え)により.債権についての担保権の実行と同様.船舶先
取特権の存在を「証する文書」が提出されたときに限り,開始されるとされる。
(
1
4
) こうした問題意識を明確に持ったものとして,石黒一憲『金融取事!と国際私法J
3
4
3頁以下(有斐閣・ 1
9
8
3)がある。また,こうした船舶先取特権が関係する事例
の範噂には入らないが,日本裁判所が扱う国際的性格を持った民事事件の中で.
船舶が関連する事例で,国際裁判管轄法理の形成に重要な役割を果たしてきたも
。
のは決して少なくない。
5
)池原季雄=平塚莫「渉外訴訟における裁判管轄」『実務民事訴訟法講座 6 渉外
9
7
1
)
.2
4∼ 2
5頁参照。池原季雄と平
訴訟・人事訴訟』 3頁以下,(日本評論社・ 1
塚農は,外国の船舶先取特権や船舶抵当権に基づく強制執行に直接言及している
6条(当時)の船舶競
わけではないが.管轄配分説の各論的検証において競売法 3
売に関して船舶所在地(船籍地でなく現実の停留地)の国際裁判管轄を肯定して
5頁)。また.保全処分の管轄に関しでも,「本案訴訟の管轄と関わりなく,
いる( 2
目的物所在地に管轄を認めるべき」であるとしている。その後も,この見解は池
原によって基本的に維持されている(池原季雄「国際裁判管轄権」『新・実務民事
。
9
8
2
)3
9頁参照。)
訴訟法講座 7 :国際民事訴訟・会社訴訟』(日本評論社・ 1
6
) この点に明確に言及する文献で,筆者が気づいたものとして次のものがある。
』(同文舘・ 1
9
9
4
)1
2
9頁は,外国船舶の競売が申
土井輝生『国際取引法基本判例j
し立てられた一連の事件に関して「どの判例でも,管轄権があることを自明の前
提として,その根拠が明らかにされていない。船舶債権その他船舶をもって担保
する債権にもとづく訴についての船舶所在地の特別裁判籍を定める民事訴訟法第
1
1条から推断して,船舶所在地である日本の裁判所に管轄権があると考えればよ
い」とする。しかしもしそうだとするならば,債権がどこにおいて誰との聞で発
生したものであっても.その船が日本に寄港したときに日本における本案訴訟の
管轄権が認められることとなり,「特段の事情論」によって過剰管轄に対する抑制
を前面に押し出してきた日本の国際裁判管轄法理との聞には,一見したところ必
[
j
衛藤彰]
海事事件の国際裁判管轄
31
ずしも整合的ではない。
(同旭川地裁平成 8年 2月 9日決定(判例タイムズ 927号 254頁)参照。
(
1
8
) 1
9
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9
9)には
各国の司法制度間において.一定の協調を要求する規定をおいている。 2条 3項
は,本案の管轄が他国にある場合にも,その債権に基づいてアレストする可能性
を認めている。 4条 4項・ 5項は,他国でのアレストの状況や他国で支払われた
アレストからの解放のための担保の金額を,締約国に考慮に入れるべきことを要
求している。 5条 lは,既に他国でアレストされ担保を積んだ船舶について,同
じ債権に基づいて再アレストすることを締約国に禁じている。また 2では,同じ
債権に基づいて.姉妹船など複数の船舶をアレストすることも禁じている。
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,2007)もこうした分野の新しい研究と
して,合わせて参照した。
側
こうした考察は決して過去の遺物を振り返ることだけでなく,未来を考える上
で重要なものとなることは,最近の多くの研究が示すところでもある。法の発展
の歴史を比較法的に検討したり.新制度派経済学のようにゲーム理論などの新し
い方法を用いて分析したりする研究から.多くの成果が生まれつつある。近時日
本でも注目されるようになった' l
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’をめぐる議論も,そうした流れ
の中で理解される必要がある。
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.
(
1
1
2
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倒
クリンゲンベルク(瀧津栄二訳)『ローマ債権法講義』 1
7
,2
2
4頁(大学教育出
版.2
0
0
1)参照。
伺
こうした状況を指して.「英米法は 1
0
0
0年遅れてローマ法を追いかけている」
との比開設が用いられることもある。
32 国際私法年報第 1
1号(2
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9
)
側例えば, R
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,Hutton,耳目e
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l等が注闘に示した文献等で,こうした歴史
的根拠をあげている。
0世
イングランドの大学が,法律専門職の教育を本格的に担うようになるのは 2
側
紀以降のことである。しかもこの時期に法曹養成に参画した大学は.中世ヨー
ロッパに華開いた大陸法律学 (
i
u
scommune)の歴史を引き継ぐオクスブリッジで
はなく.多くは新しく創設された大学であった。
倒そのような裁判所として,海事裁判所に加えて,例えばマーケットにおける商
i
ePowder裁判所, C
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s (シンクポーツ,五港奉
人達の裁判所であった P
行,特権的港湾都市などと訳されている).衡平法裁判所,財務府裁判所,スター
チャンパーなどが存在した。(Hu
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旬 1
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2
.
)
倒オクスフォードにおいて 1
0世紀頃から高度の教育研究が提供されていたようで
ある。特に 1
1
6
7年にパリ大学が外国人を追放したことから,多くの研究者がオク
スフォードへと移り,大陸の学問的伝統が引き継がれた。そして,その後生じた
オクスフォード内での内部分裂の結果として.ケンブリッジ大学が誕生すること
になる。双方とも中世の大陸的伝統に根差した大学であり, 1
9世紀以降に創設さ
れた他の多くのイングランドの大学とは様々な意味で異なった性格を有する。こ
の二つの大学はオクスブリッジと略称されることがある。
側
コモン・ロ一法律家の教育的な伝統について.斎藤彰「イングランドの法文化
と法律化教育」関大法学論集 48巻 2号 33頁以下( 1
9
9
8)参照。なお,幡新大実
『イギリスの司法制度』(東信堂・ 2
0
0
9
)に本稿作成の最終段階で接することができ
た
。
倒 Advocateという名称は,スコットランドの法廷弁護士にも用いられており.そ
こでも資格を得るには大陸の大学において一定期間大陸法の教育を受けることが
資格要件とされていた。スコットランドでは現在でもこうした伝統が維持されて
おり,法廷弁護士になる者にはローマ財産法の教育が今でも必修科目とされてい
る
。
倒
こうした実務は,エレノアによってイングランドに持ち込まれたものと推測さ
れている。
凶手続の記録を残すことが義務づけられ.過料や法廷侮辱による拘置が認められ
た裁判所を指す。
倒
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.
[蔚藤彰]
海事事件の国際裁判管轄 33
0
の[ 1977]QB1
4
.
側最高裁判所判決昭和 5
6・1
0・1
6 (民集 3
5巻 7号 1
2
2
4頁以下)。
脚)民事訴訟法の研究者である高橋宏志は,二重機能説も日本の一学説として扱っ
ている(高橋宏志「海事裁判管轄の立法論的検討」海法会誌復刊 3
9号 7頁 (
1
9
9
5
)
参照)。こうした理解は例えば注釈民事訴訟法などにも見られる立場であり,民事
訴訟法の研究者の聞では一般的に知られる学説といえるかも知れない。
仰)実体法においても,海商法上の制度は,それ自体が国際性と無縁ではあり得な
"
'
。
例えば,商法上,かなり広範な債権が船舶先取特権の対象とされており,それ
らが内航船のみを対象とした規定とのみ理解することには違和感があろう。被告
が日本に普通裁判籍を有する場合に,こうした債権を他の債権に比して優遇する
必要がどの程度あるのかは自明ではない。むしろ外航船が日本に寄港した場合に,
その船舶に関する日本の債権者を保護する制度と理解するのが合理的であろう。
もとより日本の商法の国際的な適用範囲は国際私法の適用を待って始めて確定さ
れるのだから,商法が圏内事件のみを想定していると決めつけることはできない
が,少なくとも第一次的に日本における圏内事件への適用を念頭においたもので
あることは否定できない。
制国際裁判管轄研究会報告においては,こうした視点から管轄規則について検討
し,同様の結論に遼している。しかし.これが国際的な事件についての裁判管轄
をも視野に入れた規定であるとするならば,評価は自ずと変わってくるように思
われる。今回の改正がどのような法形式において行われるかにもよるが,もし現
在の民訴法の管轄規定が国際裁判管轄を判断する際に全く考慮される余地がない
ものとするのであれば,外国籍船の差押え等の実務との実質的な不整合はより明
白となるからである。
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9
, 7頁( 1
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。
)
倒高橋・向上 1
1頁
。
加)高橋・向上。
2頁
。
胸)高橋・向上 1
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.最近でも,イングランドにおいて FNCの定着に重要な役割を果たした諸判
例のかなりのものが海事事件に関する。例えば,イングランドに FNCが持ち込ま
れる分岐点となった A
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c判決 (
1
9
7
4)は.イングランドで船舶をアレストして
34 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
提起された対物訴訟でステイが認められた。また, A
b
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nDaver判決も. トルコ船
主の姉妹船をイングランドでアレストして提起された対物訴訟が, FNCであると
された。このように対物訴訟であると否とにかかわらず,フォーラム・ノン・コ
ンピニエンスによるステイが認められていることは,イングランドの高裁裁判管
轄に対する合理性を理解する上で重要な点であると思われる。詳細については.
斎藤彰「イングランド国際民事訴訟法の革新J国際私法年報 5
.6
3頁以下(2
0
0
3
)
参照。
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yは,船舶先取特権及ぴ担保権に関する国際的な事案の処理において, FNC
側 T
を活用することの必要性を強調している。(T
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仰
) イングランドがプラッセルズ条約( 1
9
6
8)を制定法化したのは 1
9
8
2年である。
しかし FNCの理論を完成させたとされるイングランドの貴族院における S
p
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判決は,それから 5年後の 1
9
8
7年に下された。
側プラッセルズ条約(その後プラッセルズ I規則に引き継がれる)は, EC構成田
聞の民商事事件に関する国際裁判管轄規則を完全に統一し.管轄が複数生じる事
件については「早い者勝ち Jによって手続の重複を減少させると共に.重複する
判決の発生を完全に排除する方法を採用する。こうした厳格な規則の下では, FNC
のように個別事例の状況を考慮した裁量による管轄の調整の余地は完全に排除さ
れることになる。プラッセルズ条約とそれを EFTA諸国に拡張するための同内容
のルガーノ条約の構成園に被告が住所を有するケースは,このシステムに組み込
まれることになる。
倒 A
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同平塚虞「海事裁判管轄」『海法大系』 6
2
4頁以下所収(商事法務.2
0
0
3
)6
4
0頁
参照。民事執行法 1
8
9条によって
1
1
3条・ 1
1
5条の規定は船舶を目的とする担保
権の実行としての競売にも準用される。
倒
これに対して,平塚は船舶仮差押えの管轄について,日本船籍の船と外国船籍
の船とを区別した上で,後者については.外国船が偶々日本に寄港していれば,
「仮に本案が外国の裁判所の専属管轄であっても J
,そして外国当事者同士の係争
で当事者の一方が所有する船舶がたまたま日本に寄港している以外に日本と何ら
の関連性がない場合であっても」,船舶所在地を管轄する地方裁判所に管轄が所属
3
9頁参照。)しかし,こうした場合に船舶を解放する
するとする。(平塚・前掲 6
ための解放金が船主等によって積まれた場合には,それによって日本の本案管轄
が認められることにはならず,専属管轄裁判所の判決,仲裁裁定.または当事者
の和解の時の,執行の担保となるだけであるとする。(こうした司法協力的な姿勢
[務藤彰]
海事事件の国際裁判管轄 35
は,平塚によれば,国際的な普遍人類社会の存在を認め,そこにおける実体法秩
序を担保するために司法手続を各国の裁判機関が分担する必要性を前提として.
3
9頁注(
1
6
)参照)。そこに見られるのは.司法
肯定されることになる(平塚・前掲 6
積極主義的な普遍主義としての管轄配分説であるといえるかも知れない。その理
想は.欧州のプラッセルズ=ルガノ領域のように強固な民事司法協力関係が構築
されることによって,判決の移動の自由が確保されることであろう。平塚の主張
には,こうした立法論的な補完があれば,一層説得力を持つように思われる。)
倒筆者の知る限りで,船舶先取特権及び担保権についての保全処分に関して国際
裁判管轄という視点を取り入れた事例は,前掲の旭川地裁平成 8年 2月 9日決定
のみである。
この点は平塚民氏からの, Eメールによるご教示による。
開
倒ただしイングランドにおいては,入港予定があればまだ未入港の船舶に対し
ても.柔軟に writが発行されているようであり,その点で,アングロコモンウェ
ルス法域で船舶をアレストする方が,実務的には容易であるようである。しかし
最近では,船舶の入港前から担当裁判官の協力によって仮差押えの準備が可能な
場合も増えているとの情報に接することがあった。それが事実であるとすれば,
イングランドと日本との実務上の差異は更に縮まっている可能性がある。
こうした事件の中には,イングランドの FNC法理と親和性のある日本の国際裁
開
判管轄に関する判例法理である「特段の事情論」をさらに洗練させていくための
データとして有益なものが含まれていたと考えられる。なお.アレスト条約
(
1
9
9
9
) 7条も FNCに積極的な位置を与えている。
同 1
9
9
9年のアレスト条約の紹介として,小塚荘一郎「新しい船舶アレスト条約の
2号 3
7頁以下( 1
9
9
8
),同「船舶のアレストに関する
作成作業 j 海法会誌復刊 4
1
9
9
9年の国際条約」海法会誌復刊 4
3号 5
9頁以下 (
1
9
9
9),同「船舶のアレストと
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p)のアレストに関する立法J上智法学
船主の法人格否認:関連船( a
論集 4
4巻 2号. 3
5頁以下(2
0
0
0)を参照されたい。本条約の日本語訳については,
9
9
9年の国際条約(対訳) J海法会誌
小塚荘一郎(訳)「船舶のアレストに関する 1
復刊 4
3号 2
2頁以下 (
1
9
9
9)参照。
'
5
9
)
1
9
9
9年のアレスト条約の前身は,すでに発効している 1
9
5
2年のアレスト条約で
ある。船舶に対するアレストの実務に対して国際的な調和をもたらそうとする精
神において,両者は共通の価値観に基づくものである。しかし,各国の司法制度
聞の協力関係を構築するという目的が明確に意識され,それに対応する具体的な
9
9
9年のアレスト条約には新たな特徴が多く含ま
法制度の提示する点において. 1
36 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
れている。国際的な民事司法協力という視点から,国際的な私法関係に対して新
たな規律を構築しようとする試みは最近のハーグ国際私法会議や欧州共同体にお
いて目立つ動向である。特に,アムステルダム条約によって改正された EC条約
6
5条以下と,それ以降に国際私法分野で制定された EC条の派生法の状況を参照
されたい。
紛)前掲注( 5)参照。なお,志津田一彦「船舶先取特権・抵当権をめぐる統一条約変
選論序説:統一 3条約の比較研究( 1
)(
2
)J富大経済論集 48巻 3号 4
0
9頁以下, 4
9
巻 l号 1
0
1頁以下(2
0
0
3)参照。
制具体的には,国際的に広く認められるかなり広範な(2
2項目にのぼる)海事請
求権について,「アレスト」に関する各国裁判所の実務を平準化するとともに,多
重アレストや解放金(担保金)の金額の国際的な調整を可能にする規定がおかれ
ている。詳細については,小塚荘一郎「船舶のアレストに関する 1
9
9
9年の国際条
約」海法会誌復刊 4
3号 5
9頁以下( 1
9
9
9)を参照されたい。
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側小川英明「外国船舶の任意競売の一事例:サプラ・コア号.バナナ・コア号事
件について」判例タイムズ 3
4
5号 6
7頁以下 (
1
9
7
7
)が.日本において外国籍船の
任意競売を担当した裁判官による詳細な経緯を説明した興味深い文献である。
側
0
1
5号 1
9
7頁以下。
判例タイムズ 1
側
旭川地裁平成 8年 2月 9日決定(判例タイムズ 9
2
7号 2
5
4頁)。なお,学説にお
いては,本決定を国際的な仮差押命令一般の裁判管絡を論じたものと理解する立
場が多数を占めるようである。しかし筆者は本決定は船舶に関する債権に関す
側側側側側同
る事例に限定された先例として射程距離を限定すべきであると考える。
同上 2
5
8頁
。
向上。
向上。
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2
6
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f判事は貴族院による必r
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s判決のなかで,日本における国際裁判管轄法理
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とイングランドのナチュラルフォーラム法理との類似性を指摘している。(A
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l[
1
9
9
9
]1AC119,1
3
1
1
3
2
.
)
同前掲2
5
8頁
。
間前掲2
5
8頁
。
例)東京地裁での国際民事事件の訴状提出時の実務について,それが特に他の民事
事件と区別されることなく扱われていることについて,平塚員弁護士からご教示
いただいた。
38 国際私法年報第 1
1号(2
0
0
9
)
(
7
5
) 特に. LordG
o
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fが A
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u
s判決の中で.日本法とコモン・ローの国際裁判管轄の
規律における類似性を指摘していることは注目に値する。
(
7
6
) その意味で,平成 9年の最高裁によるファミリ一事件判決は,土地管轄規定を
相対化しており,場合によってその拡張をも認めたとする見解(平塚・前掲注側)
に賛成する。
同国際裁判管轄は訴訟要件であり,したがって裁判所の職権調査事項であるから,
当事者の意思はそれとは無関係であるとの考え方はある。しかし.管轄合意を広
く認めると同時に応訴管轄を肯定してきたこれまでの実務から,国際裁判管轄の
問題は最早通常の訴訟要件とはいえず,特に「特段の事情」に関する判断は,イ
ングランドの FNCの取扱と同様に,被告の抗弁事項として扱うのが実践的であろ
つ
。
(78)
池原=平塚・前掲注価~. 1
1頁0
0
9
)祷藤・前掲注側参照。
側
また更に踏み込んで,本案管轄を他国の裁判所が有する場合にも,保全処分を
日本が行うのが適切だと判断する場面でそれを可能とすることは検討に値するか
も知れない。例えば.船舶の仮差押えが債務者にプレッシャーを与えて紛争解決
を促進する上で有益に作用する可能性が高い場合が考えられる。しかしその場合
にも,本案管轄を持つ外国裁判所との情報交換や連携はもっと促進されるべきで
あろう。
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