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そ の 数 な ん と そ の 数 な ん と 64万 枚

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そ の 数 な ん と そ の 数 な ん と 64万 枚
CONTENTS
受章者紹介
市職員給与などのあらまし
情報ランド(お知らせ)
ケ-ブルテレビななお
お友達紹介キャンペーン
12
● 目 次
広がれ!市民のわ/
日におはらいを受けた
後、市内外の公共施設や金融機関な
続け、 月
﹁ 命 は﹃ 筆 ﹄、 生 活 は﹃ 焼 き 鳥 ﹄、
楽しみは﹃歌﹄﹂。そう話すのは、市
絵を描くことが得意だった小野さん
ないかと奥さんに相談。もともとは
返しに何か社会の役に立てることは
長年七尾で商売をさせてもらった恩
念願の家を建てたことをきっかけに、
大会で優勝したこともあるというほ
カラオケのレパートリーは
また、歌うことも生きがいの一つで、
けることが一番うれしい﹂と話す。
たりと﹁喜んでもらえる人の声を聞
らわざわざ会いに来てくれた人がい
曲以上。
だが、絵よりも書の方が社会の役に
どの腕前だ。
られたり、新聞記事を見て滋賀県か
市内を散歩していると知らない人
から﹃蓬莱ありがとう﹄と声をかけ
人などにも配られる予定だ。
毎年楽しみにしているたくさんの知
ど に 贈 ら れ、 希 望 者 に 配 布 さ れ る。
年から、一年の幸福を願っ
を毎年書き続けている。
て 神 棚 に 飾 る 正 月 の 縁 起 物﹁ 蓬 莱 ﹂
ん。昭和
内で焼き鳥店を経営する小野竹松さ
11
立てるのではないかという奥さんの
50
歳
12
今月の表紙
小野さん
☎ ︱3736
ばりたい﹂と力強い言葉で話す。
とったが、これからも一年一年がん
助言から、独学で書を学び、﹁蓬莱﹂
﹁ 今 ま で 真 っ す ぐ 生 き て き て、 少
しは社会のためになれたかな。年は
を書き始めた。
当初は3千枚だった枚数も評判と
ともに増え続け、 年ほど前からは
毎年2万枚を書き上げる。毎年9月
まちの顔
52
10
皆さんは、サケが川に遡上する
光景を見たことがありますか?七
尾市内の川にサケが遡上すること
を知っている人も知らない人もい
るだろうが、知らない人が多いの
では?!
富山県境付近にある熊淵川に
は、サケが遡上して来る。今年は
梅雨の影響で、河口の大部分が土
砂でふさがり、遡上できるか心配
されたが、今年もサケがふるさと
に帰って来た。河口から産卵場所
までおよそ 500 m。浅瀬を遡上
し石に体を打ち付けるように産卵
するため、産卵場所では傷ついた
姿に。数日かけて産卵し、力尽き、
野鳥の餌に。この一連の光景が熊
淵川の自然美であり、切なさでも
ある。
熊淵川で生まれ、熊淵川で生涯
を終える。生命の在り方を感じた。
遡上したサケの捕獲は禁止です。
熊淵川の自然美を温かく見守りま
しょう。
さん
イベント情報
43
32
/わが家のアイドル
日から、毎日280枚ずつを書き
(能登島ガラス美術館)
30
クリスマスイベント
小野
竹松
休日医療情報/不用品活用銀行
︵郡町︶ 昭和 年に結婚し、屋台車をひい
て焼き鳥屋をはじめた。昭和 年に
市民相談
18
19
20
22
秋の叙勲・褒章、危険業務従事者叙勲
83
市長コラム/市長談話室
64 42
みんなの本棚/児童館へ行こう
14
15
16
特集 平成21年度決算のあらまし
4
7
8
13
ひと人ヒト(小野竹松さん)
2
3
43
蓬莱を書いて 年 。
その数なんと 万枚 。
2010 No.75
2
広報ななお
秋 の 叙 勲
昭和 年の熊淵川大災害で変わり
果てた故郷を復旧するために昭和
年議員に。その後 回連続当選や
議 長 の 責 務 も 果 た し、 年 間 を 全 う
する。「七尾火電反対闘争や議長とし
て各種大役を果たしたことを思い出
す。 今 後 も 感 謝 を 忘 れ ず、市 民 の た
め に、を 信 条 に 微 力 な が ら 貢 献 し た
い 」と 今 後 も 奉 仕 す る 毎 日 を 送 る こ
とを誓う。
元七尾市議会議長
危険業務従事者叙勲
●瑞宝双光章●
41
元七尾鹿島広域圏事務組合
消防司令長
元海上保安官
海難救助や海上事件の取り締まり
業 務 に、海 上 保 安 官 と し て 年 間 勤
務。能登半島周辺の好漁場を巡る漁
業 紛 争、ロ シ ア タ ン カ ー 沈 没 に よ る
原 油 流 出、密 航・ 密 輸 の 防 止 な ど、
海上での思い出は尽きない。「今思え
ば、長 い よ う で 短 か っ た。 常 に 危 険
と 背 中 合 わ せ の 仕 事 だ っ た が、仲 間
と歩み支えられた」
と振り返る。
42
学 生 時 代 の 夢 は、人 の 命 や 財 産 を
守 る 仕 事 に 勤 務 す る こ と で、念 願 叶
い 消 防 士 に。 年 間、消 防 司 令 長 ま
で を 全 う す る。「 広 域 圏 発 足 当 初、鹿
南 第 2 分 遣 所 に 勤 務 し、専 属 消 防 士
がいなかったため消防士の育成や組
織づくりが大変だった」と振り返る。
「今後は、皆さんへの感謝の気持ちを
忘れず、地域貢献したい」と意欲を見
せる。
(69歳)
大田町
(65歳)
新保町
元七尾鹿島広域圏事務組合
第1消防団副団長
農業と土建業の傍ら、 年間消防団
員として地域の安全安心を確保する
ために尽力。平成8年 月から約2
年 間、第 1 消 防 団 副 団 長 を 務 め た。
島 ゆ え に 海 難 事 故 も 多 か っ た が、家
族からの感謝の言葉を励みに全力で
職務にあたった。「先輩や周りのみん
なに心から感謝している」と話し、今
でも地元消防団の訓練などには足を
運ぶ。
山本 剛さん
松本 正樹さん
33
10
登美 貞男さん
38
6
昭 和 年 か ら 年 間 教 育 一 筋。 朝
日 中 学 校 で は、ソ フ ト ボ ー ル 部 顧 問
と し て 生 徒 を 全 国 大 会 へ と 導 い た。
御 祓 中 学 校 校 長、県 七 尾 地 方 教 育 事
務所所長を歴任。退職後は 年間七
尾市教育研究所でいじめや不登校の
相談指導にあたった。「これまで多く
の人や生徒たちとの出会いに恵ま
れ、深 く 感 謝 し て い る。 自 分 は 本 当
に幸せな人間」
と頬をゆるめる。
小坂 康男さん
22
●瑞宝双光章●
(74歳)
能登島野崎町
昭和 年から消防団員として地域
住民の生命と財産を守るために尽
力。先輩たちの勇ましさにあこがれ
入 団 し、数 々 の 現 場 で 厳 し さ も 経 験
した。 年4月から第3消防団団長
に。「 責 任 の 重 さ と と も に、消 防 団 の
果たす役割の大きさも実感してい
る。 後 継 者 育 成 な ど、ま だ ま だ や る
べきことばかり」と、地域の安全安心
への熱意は強い。
(59歳)
中島町河内
49
七尾鹿島広域圏事務組合
第3消防団団長
村瀬 義男さん
●藍綬褒章●
元公立中学校長
水産物流通業振興
●瑞宝単光章●
秋 の 褒 章
(77歳)
国分町
(74歳)
矢田新町
49
川端 正夫さん
30
●瑞宝双光章●
歳のころに今の店を立ち上げこ
れ ま で 年。「 曲 が っ た こ と は 嫌 い 」
と男気ある川端さん。その人柄から、
七 尾 市、石 川 県 の 要 職 を 歴 任。 石 川
県で開催された全国水産物商業協同
組合連合会全国大会で実行副委員長
を 務 め、全 国 の 組 合 員 か ら 賞 賛 さ れ
たことが一番の思い出。今後も皆さ
ん へ の 感 謝 の 気 持 ち を 忘 れ ず、店 の
顔として、
新鮮な魚を届ける。
2010.12 月号
3
10
長年にわたり
それぞれの分野で
尽力された方々が、
栄誉に輝かれました。
38
●旭日単光章●
25
(78歳)
熊淵町
叙勲・褒章
仙田 忍さん
45
●旭日小綬章●
46
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