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平成25年度 新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査 報告書

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平成25年度 新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査 報告書
平成25年度
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
報告書(概要版)
平成 26 年 3 月
経済産業省
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
2
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
目次
内容
I. 本調査の構成.................................................................................................................. 1
II. 調達制度に係る調査及び提言 ....................................................................................... 2
1.
公共調達に係る法的枠組み .................................................................................... 2
2.
公共調達に係る重要規定項目................................................................................. 3
3.
公共調達に係る入札評価・選定基準 ...................................................................... 7
4.
調達における課題と対応方針............................................................................... 10
5.
PPP 推進組織強化の必要性 ................................................................................. 15
6.
調達能力強化の必要性 ......................................................................................... 15
7.
競争的対話プロセスの活用 .................................................................................. 16
III. 個別インフラ案件の事例研究 .................................................................................... 17
1.
日本企業の現状........................................................................................................ 17
2.
事例分析を通じて得られた対応方針........................................................................ 17
3.
施策案 ...................................................................................................................... 23
IV. 途上国・先進国における VGF 制度に係る調査......................................................... 28
1.
途上国・先進国における VGF 制度の状況 .............................................................. 28
2.
途上国における VGF 制度支援の取り組みの方向性................................................ 32
3.
途上国における VGF 制度整備に関する提案 .......................................................... 34
4.
途上国における VGF 以外の支援策の方向性 .......................................................... 34
V. 新興国における PE 二重課税問題に係る調査 ............................................................ 36
1.
調査概要................................................................................................................... 36
2.
調査結果................................................................................................................... 36
3.
二重課税解消のための施策の考察 ........................................................................... 42
3
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
I.本調査の構成
本調査は、政府で推進している 2013 年 6 月に取りまとめられた「インフラシステム輸出戦略」「日
本再興戦略」等を踏まえ、官民一体として進めているインフラ輸出政策について下図のように調達
制度・PPP 制度の観点から個別事業の受注に向けた取り組みまで幅広く課題を検討し日本企業
のインフラ事業受注に向けた提言を行うものである。
図 1
本報告書の検討内容の全体像
調達制度・PPP制度
((1)調達制度に係る調査及び提言)
制度が個別事業の実施枠組みを規定
個別事業
企業競争力
リスク・収益性
((2)個別インフラ案件の事例研究に
て、技術的競争力、コスト競争力の
観点から分析)
((3)途上国・先進国におけるVGF制
度に係る調査にて、民間資金の活
用が可能な案件の形成に資する
VGF制度運用・PPP促進に向けた公
的金融の活用の観点から分析)
※収益性の一要素として税務処理
について、(4)新興国における課税
問題に係る調査を実施
出典:PwC 作成
(1)では、主に個別事業の実施枠組みを規定する調達制度や PPP 制度に係る新興
国の課題を検討し改善策を提言するものである。
(2)では、企業競争力の向上に向けて、日本企業の技術競争力、コスト競争力の観点
から強みや課題を明らかにし、強みを伸長し課題を克服する対応策について検討してい
る。
(3)では、対象事業の事業採算性を改善し、適正リスク分担・収益性を備えた案件形
成に向けた VGF 制度の整備・運用について課題を整理するとともに、VGF 及びその他
PPP 促進に向けた公的資金の活用スキームの提案を行っている。なお、(4)では、収益
性の一要素である課税にかかる現実の問題を明らかにし今後の対応策を検討している。
1
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
II.調達制度に係る調査及び提言
1. 公共調達に係る法的枠組み
我が国の企業が新興国においてインフラ事業の受注拡大を目指す上では、一定程度の合理
的で透明性の高い入札実施が担保されるため、公共調達及び PPP に関する法的枠組みが整備さ
れていることが重要になる。この観点で見た場合、新興国の入札制度は、統一した調達ルールに
ついての法律が存在せず、体形的な法的枠組みが整理されていないことが課題と言える。
(1) ミャンマーでは全面的な調達制度整備が急務。インドでは統一法の確立、イラ
クでは詳細規定が必要。
各国別に見ると、インドは大型で複雑なインフラ案件を多数実施し、運用上のルール化が進ん
でいる一方で統一的な基本法が存在せず、現在起草中の公共調達法案に基づく早期制度構築
が必要である。ミャンマーは法的枠組みが進んでおらず基本的な方針のみ示した大統領令のみで
あり、最低限の基準に追いつくための法的枠組みの整備が急務である。イラクは法的枠組みが一
定程度整備されている一方、規定内容が粗く旧来的であるため、より詳細なルールの整備が必要
である。フィリピン、ベトナム、インドネシアにおいては、制度構築が比較的進んでおり、今後は運用
面でルールの細則化及び徹底が求められる。
(2) PPP 制度については、インド以外で拡充が必要であり、特にミャンマー・イラク
で法制度から整備が必要。
PPP 制度については、調達制度以上に整備が進んでいない。インドでは充実しているものの、
ミャンマーやイラクでは制度以下、ガイドライン、標準化書類等確立されているものがないため、こ
れらの早期の整備が求められる。他国においても標準化書類が不十分なところが多く、インドネシ
ア、ベトナム、フィリピンにおいて求められる。
2
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
表 1 各国の公共調達にかかる法的枠組みの整備状況
法制度
インド
調達
統一の公共
制度
調達法
インド
ベトナ
フィリ
ミャン
ネシア
ム
ピン
マー
〇
△
△
△
〇
(審議
(大統
(大統
中)
領令)
領通
イラク
英国
米国
日本
○
○
○
○
達)
〇
〇
〇
×
○
○
○
○
〇
〇
〇
〇
×
×
○
○
○
○
〇
〇
〇
×
×
○
△
○
○
○
○
○
×
×
○
△
○
○
△
×
×
×
×
○
統一の入札
△
評価基準に
(審議
関する規定
中)
分野毎の入
札ルールに
関する規定
PPP
PPP に関す
関連
る規定
制度
PPP に関す
るガイドライ
ン
PPP に関す
△
る標準書類
出典:PwC 作成
2. 公共調達に係る重要規定項目
我が国企業の新興国におけるインフラ受注拡大を目指す上では、上記の法体系整備に加え、
入札評価・業者選定方法に関する規定が我が国企業の有する高い技術を正当に評価する形とな
っているかどうかが重要である。こうした観点から特に重視されるべき規定項目及び各国における
整備状況は、以下の通りである。
(1)調達の基本原則
調達手続き、評価者、評価手順・段階、情報公開、必要書類、情報必要な行政手続き等、入札
を行う上で基本となる事項を網羅的に定めた規定。通常は調達法、入札法あるいは法律に準じた
大統領・首相通達により定められている。
今次調査対象国の中では、内容の濃淡に差異はあるものの、ミャンマー以外は本規定が定めら
3
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
れている。本規定が存在しないということは、公共調達に関する極めて基礎的なルールが整ってお
らず、場当たり的な運用で入札が行われる可能性もあり、透明で公正な入札を行うためには、ミャン
マーにおいて早期の設立が喫緊の課題である。
(2)入札の種別の規定
公共調達を行う際にどのような入札方法が適用可能であるかを定めた規定。各国により細分化の
方法は異なるが、主に一般競争入札、指名競争入札、随意契約の 3 つに大別される。調査対象国
のうちミャンマーにのみ本規定がなく、上記同様、原則的な規定であり、早期の設立が喫緊の課題
である。
一方で我が国企業が受注しやすくなる観点からは、スイスチャレンジ方式のような民間提案により
事業が成立し、対抗する提案が無ければ随意契約で受注が可能になるような制度も求められる。
(3)入札評価の基準
入札における評価・選定基準を定めた規定。入札評価基準については、あらゆる公共調達に共
通する統一基準を規定することは現実的でないため、一定金額規模以下の調達、または定型的な
調達以外は、各調達実施機関が案件の性質に応じてオーダーメードに設定するのが通例である。
そのため、調達実施機関が適切な評価基準を設定できるよう、1)共通する評価指標、2)汎用的な
評価基準の例、3)基準となる評価指標の考え方、4)評価基準の公開義務を別に定めていること
が重要となる。今次調査対象国の中では、ミャンマーとイラクにおいてそうした規定がなく、早期制
定が必要である。また、インドにおいては規定が存在していても参照されていないという実態が現
地関係者へのヒアリング調査により明らかになった。
また、評価の基準を示す場合、EU 指令のように技術や環境配慮等の適切な質の基準について
も示されることが望ましい。既に入札評価の基準がある国においてもこうした観点を盛り込むことが
期待される。
(4)LCC 評価の適用
上記の評価基準の内訳として、価格評価を行う際に「価格」の定義として LCC(Life Cycle
Cost1)の要素が含まれていることを担保した規定。調査対象国のうち評価基準が定められていな
いイラクとミャンマーを除いた各国で、PPP 案件を対象とした二段階調達の際の価格評価に限り、
LCC の要素が含まれた規定がある。
具体的には、価格評価の基準として、「政府のプレミアム支払額」、「LCC も含めた政府の支払
額」、「利益率」、「最終評価価格」といった事業期間中のコストを含めた概念が価格の定義に含ま
れている。今後は LCC の定義を明確にし、LCC を前面に出した価格評価手法の規定化が望まれ
1
事業において開始時点の施設整備等から維持管理・運営を実施する費用の総額
4
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
る。本規定は日本企業が進出するための重要規定であり、導入を働きかけることが必要である。
LCC のあり方については後述する。
(5)総合評価方式の適用
上記の評価基準の内訳として、技術評価を行う際、技術点を価格点と共にスコア化して評価を行
う総合評価方式の有無について定めた規定を盛り込むことでより技術力や質を重視することとなり
我が国の企業にとって有利に働くことが見込まれる。
本規定がない場合は、原則的に一定基準の技術水準を満たした全ての応札者が価格評価に
進むことのできる Pass/Fail 方式となる。Pass/Fail 方式の場合、合格点以上の技術点は評価の対
象にならないため、日本企業のように技術性能に長けた応札者にとっては不利といえる。調査対象
国のうち総合評価が規定化されていたのはフィリピンとベトナムのみであった。なお、ミャンマーは
入札ルールそのものが曖昧であるため、価格も技術も混ぜ合わせた状態で選定の判断が下される
という意味で、広義の総合評価といえる。本規定は日本企業が進出するための重要規定であり、導
入を働きかけることが必要である。総合評価方式のあり方については後述する。
(6)実績評価の仕組み
資格審査において過去の実績を評価することはいずれの国でも実施しているものの、これを信頼
できる情報に基づいて実施する手法については、各国とも課題を有している。その結果、競合国が
詐称するような例が生じている。
我が国や米国では、蓄積したデータベースにより一定のスクリーニングを行う仕組みが実施され
ている。新興国においてはデータベース等の整備は進んでおらず、運用での対応に留まっている
ことから改善が必要である。詳細な運用方法については後述する。
(7)競争的対話手続き
インフラ事業においては、予め要求水準や適した事業実施方法を確定することが困難な場合が
多い。そのため、英国等 EU を中心に競争的対話もしくはこれに準じた手続きが行われている。同
様の手続きは新興国では殆ど行われていないことから、制度化することが重要になる。
(8)国内企業の優遇
入札評価において国内企業を優遇する規定。調査対象国では、フィリピンとイラクにおいて規定
化されている。フィリピンにおいては応札者となる事業主あるいは企業のうち一定割合がフィリピン
国籍であることを事前資格審査要件に組み込んでいる。イラクでは国内業者が応札者となる場合、
評価ポイントに 10%が上乗せされる旨が規定されている。また、関連して、インドにおいては事前
資格審査の際のプロジェクト経験の評価において、OECD での経験については評価ポイントの上
5
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
乗せがある場合がある。
(9)一者入札の許容
一者入札を許容する規定。調査対象国別にみると、インドは特定の業者しか対応することのでき
ない極めて希少な調達、不慮の事態への対処、または以前の調達物の関連品調達などの際に、
一者入札を行う調達スキームが認められている。しかし、関係者へのヒアリング調査結果によれば、
実態としては PPP 以外の案件を中心に調達実施機関の判断により一者入札が許可されない傾向
にある。フィリピンは直接交渉という契約スキームにより一者入札が認められており、運用ベースで
も事例がある。ベトナム及びイラクでは一者入札の際に適用可能な調達スキームは規定されている
が、現地関係者へのヒアリングによれば公式には認められていない。インドネシアは一者入札を禁
止する規定があり、認められていない。ミャンマーには規定が全くなく判断することができない。一
者入札はタイド円借款の入札の際に日本企業に対して適用されることが想定されるため、本規定
は海外進出にあたっての重要規定であり、導入を働きかけることが必要である。ただし、一者入札
は汚職防止を始めとする調達の透明性確保と密接に関係しており、制度の変更は容易でないこと
が想定される。
下表は上記に示した公共調達に関する重要規定項目の今次調査対象国における整備状況を一
覧に示したものである。「規程」項目のチェックは法律、首相・大統領令、政令、通達、ガイドライン
等で明記されている状況を示し、「運用」項目のチェックは明文規定はないが運用の際に調達実施
機関の内規等により一定程度担保されている状況を示している。チェックがないものはいずれにお
いても考慮されていないことを意味する。
6
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
日本
米国
英国
イラク
ミャンマー
インドネシア
ベトナム
フィリピン
公共調達に関する重要規定項目の整備状況
インド
種別
表
調達の基本原則
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
調達の種別
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
入札評価の基準
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
運用
LCC 評価の適用
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
運用
総合評価方式の
規程
適用
運用
実績評価の適用
仕組化
個別運用
●
●
●
●
●
●
●
●
競争的対話手続
規程
●
●
●
き
運用
●
●
●
国内企業の優遇
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
運用
一者入札の許容
規程
●
●
運用
出典:PwC 作成
3. 公共調達に係る入札評価・選定基準
各国へ調達制度の改善を働きかけるにあたり最も重要となる入札評価基準の規定について、国
別に評価の種別・段階ごとの価格・技術評価の状況を下表に整理した。日本企業にとって受注し
やすい評価基準とするためには、設計・施工能力、環境性能、安全性といった日本企業が得意と
する要素を価格及び技術評価の具体的な評価基準にどのように取り込めるかが重要になる。具体
的には下表に示した通り、価格評価は「価格」の定義が LCC となっており、技術評価は非価格要
素がスコア化されて評価される総合評価方式となっている方が、日本企業にとってはより望ましい
傾向にあると言える。
7
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
国名
イン
ド
評価
種別
一段
階二
封筒
方式
二段
階方
式
評価
段階
PQ
本評
価
PQ
―
×
本評
価
共通
表 各国の入札評価・選定基準の現状
LCC
技術評価における
評価
「技術」の定義
■類似プロジェクト経験数・規
模
×
■財務キャパシティ(Net worth
current 及び Net cash accrual)
■政府の支払額
―
×
価格評価におけ
る「価格」の定義
―
PQ
■費用・料金単価
■政府の資本的
補助
■政府のプレミ
アム支払額
―
○
×
ベト
ナム
フィ
リピ
ン
イン
ドネ
シア
最低
価格
評価
価格
方式
総合
評価
方式
一般
調
達・
ODA
調達
政府
要請
調達
本評
価
本評
価
■政府の支払額
本評
価
■政府の支払額
PQ
―
本評
価
■政府の支払額
PQ
―
■LCC も含めた
政府支払額
×
○
×
×
■類似プロジェクト経験数・規
模
■財務キャパシティ
■業務スコープの理解度
■アウトプット
■ビジネスプラン
■投資能力
■技術キャパシティ
■財務キャパシティ
■求められている経験
■実施能力
■プロジェクト経験
■実施能力
■プロジェクト経験
■技術能力
■実施能力
■プロジェクト経験
■技術能力
■フィリピン国民の関与度
■プロジェクト経験
■技術性能
本評
価
■政府の支払額
民間
提案
型調
本評
価
■利益率
一封
筒方
式評
価
PQ
本評
価
二段
PQ
△
○
―
■最終評価価格
×
×
―
×
8
Pass/Fail
Pass/Fail
Pass/Fail
Pass/Fail
Pass/Fail
Pass/Fail
Pass/Fail
総合
評価
Pass/Fail
Pass/Fail
×
×
技術評価
形式
■法的要求
■プロジェクト実績
■財務能力
■技術的健全性
■運営上の実現可能性
■環境基準
■資金調達可能性
■フィリピン国民の関与度
■プロジェクト経験
■プロジェクトの利点
■契約取決めの適切性及びリス
ク分担の合理性
■プロジェクト経験
■調達される施設・物品・サー
ビスの数量
■技術要求水準への適合性
■期日内の納品・完工の見込み
■要求される水準での業務実施
プロセス
■プロジェクト経験
Pass/Fail
Pass/Fail
総合
評価
Pass/Fail
Pass/Fail
Pass/Fail
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
国名
評価
種別
階方
式評
価
共通
ミャ
ンマ
ー
評価
段階
本評
価
PQ・本
評価
価格評価におけ
る「価格」の定義
■最終評価価格
LCC
評価
△
■政府の支払額
×
共通
PQ・本
評価
■政府の支払額
イラ
ク
×
技術評価における
「技術」の定義
■調達される施設・物品・サー
ビスの数量
■技術要求水準への適合性
■期日内の納品・完工の見込み
■要求される水準での業務実施
プロセス
―
■技術力
■提案の信用性・補償内容
■実施能力
■法規への順守
■政治的要素
■技術水準
■財務体力
■資金力
■プロジェクト実施能力
■プロジェクト実施経験
■技術力
■類似案件経験
■政府のブラックリスト上の掲
載有無
技術評価
形式
Pass/Fail
総合
評価
Pass/Fail
出典:PwC 作成
JICA の円借款ガイドライン改定への提言
JICA の円借款ガイドラインと、世銀、ADB のガイドラインとの比較から、次期ガイドライン改定
の際に以下のような規則を取り込むことが考えられる。
①
現行ガイドラインの第 5.06 条で定められている入札評価において考慮対象となり得る非価
格要素(支払いスケジュール、建設または引渡しの完了時期、稼動費、機器の効率および
適合性、消費(エネルギー)効率、サービスおよびスペアパーツの確保、(建設方法も含め
た)提案されている品質管理方法の信頼性、安全性、環境面での便益)について、具体的
に相手国政府が入札の際の評価・選定基準として活用すること促すための、より詳細な規
則の記述。
②
相手国政府からの調達計画書の提出、及びそれに対する JICA の強い承認・決裁権限の
付与に関する規則、及び、RFP、RFQ 作成時の評価基準設定過程などの入札プロセスへ
のより深い関与を可能とする細則。
③
1)PPP、2)パフォーマンス契約、3)地域経済への裨益について独立した条項による具体
的な措置を定めた規則
④
事前資格審査(PQ)を通過した応札者が一社の場合は、入札をやり直すべきという方針の
廃止。
9
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
4. 調達における課題と対応方針
我が国企業の強みは技術力や品質等にあるものの、現状の調達においては事前資格審査
(PQ)や、技術審査、価格評価において、EPC であればイニシャルコスト偏重になる傾向がある。
PPP 事業においても総合評価が規定されているものの、運用上、価格重視となり技術審査が軽視
される傾向にあり、我が国企業の強みが十分発揮できない。こうした課題を克服する対応策を各国
や国際機関等に働きかけていくことが肝要になる。
これらの課題と対応する方策を整理したものが以下の図表である。
図 2
調達における課題
カテゴリー
課題
•
実績の有無のみで評価するケースが見ら
れる。(過去のパフォーマンスが評価され
ず、中国などが国内の実績で参入可能に
なっている)
•
•
EPCではLCCは具体的に考慮されない
PPPにおいてはLCCの評価が基本ではあ
るものの、環境性能や品質の良さが考慮
されにくい条件にある。
•
一定の要件は確認されるものの技術・品
質等が高く評価される枠組みになってい
ない。(資格審査の後は価格のみで決定
される場合や技術審査はあっても最低水
準を満たしているか等の判断に留まる)
資格審査
価格評価
提案審査
方策(案)
•
資格審査の厳格化(過去の計画遵守、
コスト遵守、環境対応等を考慮した実
績で評価)
•
LCC評価の採用・厳格化(環境性能
や品質の問題による損害等を金額換
算しLCCに含める)
•
総合評価方式の採用(技術・品質・環
境性能等を点数化し評価に含めるこ
とで日本企業の強みによる差別化が
可能)
出典:PwC 作成
以下、上記の 3 つの課題について詳述する。
10
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
(1)資格審査:実績評価に係る課題と対応
日本企業が優位性を有する領域で勝負するためには、PQ 等において品質の低い競合国企業
を排除しておくことが重要になる。
現状では PQ 審査においては実績の有無が中心になっており過去の成果について考慮されて
いないことが多い。その結果、日本企業の計画通りに履行する能力や品質が評価されにくい状況
になっている。
また、競合国の企業では優先交渉権を得た後に最低収入保証等の交渉を進める場合がある。
この場合、日本企業としては公平な条件での参加が困難になる場合がある。
一方、環境性能等日本企業の優位性を生かせる分野について技術要件等において規定され
ているケースは少ない。こうした要件が考慮されれば、日本企業にとっては有利になる。
これらを踏まえて、PQ 審査を過去の実績を考慮する等厳格化することや、選定後に大幅な契
約条変更を交渉するような悪質な行動を禁止すること、環境性能基準の導入等による応募可能な
者の制限などが考えられる。これらが実現できれば低品質な企業を排除することに繋がり、日本企
業の勝てる可能性が高くなることが期待される。
図 3 適切な応募者を参画させる方法案
PQ審査の厳格化
(特に実績評価において実績の有無のみ
ならず過去の成果を考慮)
選定後の大幅な契約条変更交渉の制限
(ミャンマーの空港事例等で行われる韓企
業による優先交渉権獲得後の最低収入保
証の要求等、大幅な契約条件交渉を禁止)
導入前
適切な応
募者に参
画させる
低品質な企業の排除
PQ
欧
日
中
中
韓
導入後
韓
PQで中韓を排除
できず価格勝負
新
日
新
環境性能基準など技術要件・水準の既定
(二酸化炭素排出量や有害物質の残存量
等を規定)
入札・提案
欧
日
PQで中韓を排除
し質で勝負
中
出典:PwC 作成
具体的な方法としては、我が国で行われている TECRIS の評価点のような仕組みや米国
で行われている過去実績評価の項目に基づく評価結果を活用することが考えられる。ただ
し、過去実績における成果を活用していくに当たり課題となるのはその場合の客観性の問
題が生じる。そこで、新興国に過去実績情報の活用を促していく際には基本的には客観的
11
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
に根拠を示すことのできる評価基準にしておくことが重要になる。例えば、インドネシア
の火力発電の事例では、計画通りの履行、費用計画通りの履行、環境破壊等が評価対象に
なっておりこれらは、客観的な立証は可能であると思われる。それ以外の項目としては、
安定稼働を実証するために、電力であれば発電効率や売電量等を評価することが考えられ
る。
加えて、実績情報の信頼性をいかに確保するかが重要になる。企業によっては自国内の
実績を提出する場合があるが架空の例を提出した例もあり2、こうした詐称が出来ないよう
な仕組みを確立することが重要である。我が国の TECRIS や米国の過去実績情報のデータ
ベースを国際間で整備することが出来れば実績情報の信頼性は高まる。実績情報の信頼性
向上は民間事業者の質の維持にも影響することから新興国にとっても利点がある。ASEAN
諸国や APEC 等の枠組みにおいて相互に実績情報を共有するような仕組みが期待される。
(2)価格審査:LCC 算出における課題
(ア) 既存の LCC における我が国企業の競争力の低さ
制度や事例でみられるように、LCC の考え方は先進国の規程において普及が進んでいるととも
に、具体的な事例においても採用されている。ただし、本章や次章で取り上げた事例においては、
施設整備費用や維持管理費用、運営費用等を算出することとされており、最終処分に係る費用等
は含まれていない。この場合 LCC で算出しても日本企業にとってそれ程優位にならないことが課
題になる。
この現状について説明する。多くの場合、施設整備費用では競合国より高コストになるため、
LCC で勝つためには維持管理費用、運営費用等で逆転を目指すことが重要になる。ところが、
LCC においては一般的に将来のコストは現在価値化されることから、事業年数のうち将来発生す
るコストほど LCC への影響が小さくなる。すなわち、施設整備費用等の初期投資費用の影響が大
きく、維持管理費用、運営費用等による差の影響が小さい。例えば、仮に建設費用が競合国の方
が 20 億円安く、維持管理・運営費用で日本企業が 20 億円安い場合、現在価値化することにより
将来のコスト削減金額が薄まり、競合国の LCC の方が低くなる。
維持管理費用、運営費用等で施設整備費用のコスト差を逆転する程の金額差を実現できれば
理論上は逆転が可能であるものの、実際には維持管理・運営については各社現地化を進めてい
ることから大きな差をつけるのは困難である。よって、現状行われている LCC の枠組みでは一部を
除き、日本企業は必ずしも競争力がない。
かかる現状の要因としては、これらの費用については実際に費消がされることから、最終処理や
機会費用に比べて客観性が高いということが挙げられる。こうした傾向は今後の事業においても継
2
民間事業者へのヒアリングによる
12
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
続される可能性は高い。よって、日本企業としてはまずは自らのコスト競争力を向上させることが急
務になる。
しかしながら、一方で低品質による事業の中断や要求水準の未達等の機会損失等の損害は、
各事業において公共サービスの質を損なうものであり、LCC に機会費用を参入することは発注者
にとってもメリットのあることである。また、環境配慮についても同様で発展をする段階で生じる環境
影響を抑制することは世界的な動きとなっている。よって、今後 LCC の算出方法が変わることも期
待され、日本としてはこうした動きを推進することが考えられる。現在、世界共通の LCC 算出式は
存在しないことから、日本企業の強みが適切に評価される算出式を検討し提言する必要がある。
そこで、以下では、かかる動きを見据えて、低品質による事業の中断や要求水準の未達等の機
会損失等にかかるコストの LCC への算入や、環境配慮に係る影響の費用化、低価格入札を抑制
するための方策について検討する。
(イ) 我が国企業の優位性を生かすための LCC 算出の考え方
日本企業の優位性を生かすためには、現状含められないことが多い納期遵守、安定稼働や環
境性能等をいかに今後の事業において LCC に含めるかが重要になる。これらを含めることは、事
業の安定性を担保し、環境面で持続可能性を高めることから採用する国にとってもメリットがあると
考えられる。
図 4 日本企業の強みが発揮される LCC の要素
出典:PwC 作成
13
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
以下では、この考えに基づき具体的な算出方法について検討する。
■
機会損失等に係る考慮
日本企業では、高品質に基づく事業の安定的運営や性能の維持などに強みを有するとされる。
一方、品質の悪い企業では事業スケジュールの遅延や、予定した熱効率等の水準が維持されな
い問題が生じている。こうした問題は、発注者側としては事業遅延・中断による損害や性能低下に
よる損害が生じていることになる。こうした課題の金額換算の可能性を以下で検討する。
■
高効率化技術を生かした LCC 算出方法(ガス・コンバインド発電の場合)
高効率のプラントを整備することで EPC コストの差を O&M で逆転することが期待される。さら
に、優位性を確かなものにするため、納期遅延した場合や事業が中断した場合の機会費用や、環
境性能に基づく二酸化炭素排出量等を金額換算して盛り込むことが考えられる。
図 5
ガスコンバインドサイクル事業における LCC の枠組み案
出典:PwC 作成
ただし、こうした機会損失の費用化は、損失金額の算出方法等完全な客観性の立証に課題も
有することから、発注機関は採用に慎重になることが推測される。そこで、具体的な算出方法につ
いて国際間で標準的な基準の採用を目指すとともに、現実的な観点からは総合評価による考慮等
の対応を検討する。
14
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
(3)提案審査:総合評価による評価方法の推進
前述したような LCC に追加する項目は、金額換算の客観性から LCC に含められないことも予
測される。その場合、総合評価の採用により日本企業の強みが評価されるよう働きかけることが考
えられる。
先進国では品質の維持・スケジュールの遵守・環境配慮等を総合評価で評価する例があり、例
えば我が国の下水汚泥の活用 PPP 事業やカナダの下水処理 PPP 事業が挙げられる。このような
評価基準を参考にさらに環境面や履行の確実性を考慮することでより日本企業の優位性に基づ
いた評価が可能になると考えられる。
統一的な基準を確立することを目指す一方で、先進国の先例を踏まえれば、技術評価と価格
評価を点数化し合計値で評価する総合評価の採用が一案である(結果的に定性評価が定量化さ
れることとなり、LCC が考慮されていると言える)。
一方、総合評価の場合は、客観性の確保や評価をする上での専門性の確保が日本においても
課題になっている。このような問題を克服するために学識等の有識者を選定委員として活用するこ
とが頻繁に行われている。例えば、横浜の下水汚泥の活用事業では以下のような委員を活用して
いる。こうした取組みは新興国においても応用が可能であり、外部コンサルタントの活用等によりこ
うした取組みが可能になると考えられる。
5. PPP 推進組織強化の必要性
英国の取組みとして紹介したパートナーシップ UK 等の PPP 推進組織の存在は同国内におけ
る PPP の普及・拡大の一因となり貢献してきた。かかる取組みが新興国においても求められる。既
に各国において PPP 推進組織は整備されていることから組織自体は存在していることが多いもの
の、従事している人材に関しては、必ずしも PPP の専門家ではない場合も多いと思われる。英国
で実施したように金融機関や事業会社、コンサルタント等、民間の専門家を登用していくことが重
要であり、我が国としてもその提唱をしていくことが重要になる。
その際に、我が国としては専門家派遣を通じて、実際の組織運営に貢献していくことも考えられる。
その取組みによる品質を重視したガイドラインや標準様式等の開発を通じて、より日本企業の強み
が生かされる環境が整備されることが期待される。
6. 調達能力強化の必要性
(1)調達能力に係る課題と対応方針
本章では様々な調達上の課題について指摘しているが、その根源にあるのが新興国における
15
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
調達能力の課題である。制度が未整備であることや経験が少ないこと、人材が不足していること等
があいまって適切な調達を履行する能力に乏しい。その結果、公平・公正性の課題や品質を重視
した調達が行えない等の問題に影響している。
そこで、日本政府としては各国の調達を所管する組織に対してキャパシティビルディングにより調
達能力向上を支援し、改善を推進することが期待される。こうした支援を通じて日本企業にとって
有利な調達枠組みの構築が進むことも期待される。
(2)調達代理制度の活用
また、調達能力の向上と併せて現実的な対応策として考えられるのが調達代理人の活用である。
JICA のガイドラインでは認められていないが、ADB の調達ガイドラインでは、借入国の調達代理
を認めている。同様の制度を JICA でも活用することでより適切な調達実施が可能になる。なお、
JICA においても無償資金協力では同様のことを実施している。無償の場合、多くは JICS(一般
財団法人日本国際協力システム)がその手続きに登用されることが多い。これをさらに円借款事業
等にも拡大することが考えられる。
7. 競争的対話プロセスの活用
インフラ事業は規模が大きく様々な要素を含むことや、様々な技術革新も進むことで発注者も把
握していないような要素があること等、発注者と応募者間においてコミュニケーションを行い、発注
条件や要求水準、契約書等を改善することは有益である。そのため、先進国においては、英、米、
日本等において競争的対話もしくはそれと類似のプロセスがインフラ事業において採用されてい
る。
一方、新興国においてはこうしたプロセスが既存のガイドライン等には規定されていないため、同
様の手続きが取られることは殆どないと思われる。IFC 等が支援する場合、パブリックヒアリングとい
う名称で同様の手続きを採用することがあり、より高い技術や品質を重視する枠組みを作る一助と
なっている。また、各応募企業から意見を聴取するという点において、公平性の観点からも有効で
ある。
今後、新興国においてより品質を重視するという流れにおいて、同様のプロセスが有効であり、日
本政府としても働きかけを行っていくことが期待される。
16
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
III.個別インフラ案件の事例研究
1. 日本企業の現状
競合国の企業が海外でのインフラ事業の受注を伸ばしている中、我が国企業による海外イン
フラ事業の受注が伸び悩んでいる。こうした現状を打開するためには、現状における課題を事実に
基づいて整理し、それを踏まえて対応策を検討することが肝要である。そこで、事例研究として過
去の海外インフラ事業における我が国企業の受注要因・失注要因の分析を行った。
図 6
日本、韓国、中国によるプラント・エンジニアリングの輸出実績(単位:億ドル)3
出典:日本機械輸出組合「2012 年度海外プラント・エンジニアリング成約実績調査報告書」
2. 事例分析を通じて得られた対応方針
成功事例・失注事例により得られた示唆を踏まえて、今後インフラ事業受注を拡大するために
は以下のような対応方針及びそれを進めるための施策が重要になると考えられる。
3
韓国の統計には海洋プラントが含まれており、中国の統計には土木・建築が比較的多く含まれている等、
各国の機種範囲が異なる点には留意が必要。
17
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
図 7
事例分析を踏まえた対応方針及びそれを推進するための施策案の体系
出典:PwC 作成
以下、各項目について説明する。
(1)企業としての取組みの方向性
① 戦略的な分析
個別案件や事業拡大を効果的に進めるためには、自社の強み・弱みを把握し自社が置かれて
いるポジションを考慮して、自社の強みや他社の戦略を踏まえた案件への参入方法を練ることが
重要になる。効果的に案件への参入を図る方法としては、自社と組むことにメリットを認識する企業
を特定し連携を働きかけていくことが考えられるが、このためには、マーケットにおける他社の動向
について積極的に情報収集を進めることが必要になる。
本事例分析で取り上げた事例では、競合他社の動向を踏まえて自社と連携する可能性のある
企業を見極めて、当該企業のメリットとなる提案をして連携を実現させた企業が見られた。同様の
取組みが我が国企業にも期待される。
また、調達制度等が曖昧な国・地域の方が、トップセールス等商業条件以外の要素が入札結
果に影響を与える可能性が比較的高いことから、案件の実績を積む上では我が国企業に有利とな
る場合も考えられる。案件の実績を積む上では、参入が比較的容易だと思われる国・地域を様々
な観点から分析し選定することが重要となる。
18
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
② 欧州企業等とのコンソーシアムの組成
電力や鉄道等欧州企業が実績等の面において優位性を持つ分野はいまだに多い。このよう
な分野においては、実績やノウハウの獲得に向けて欧州等の実績を有する企業と連携を深めるこ
とが我が国企業の事業拡大に繋がる一つの手法と考えられる。
ただし、相手企業と対等な関係を築くことができなければ、当該企業との連携は有効に機能し
ない可能性があることから、現地でのリレーションやファイナンス等の面で自社と連携するメリットや
自社に対しノウハウを提供するインセンティブを相手企業に与えることが重要になる。
③ JBIC ファイナンスの競争力の活用
JBIC ファイナンスの活用はファイナンス面での競争力を高めることに繋がるため、競合企業に
とって日本企業と組むことが利点になっている。この点を積極的に活用することで、欧州企業等と
のコンソーシアム形成において我が国企業にとって有利に働く可能性がある。ただし、コンソーシ
アムの組み方によっては、日本裨益の観点から問題が生じることもあるため、工夫が求められる。
欧州等の競合企業が、我が国企業を「資金源」としてのみ見てコンソーシアムを組んだ場合、連携
企業である我が国企業が享受するメリットが無い、又は、限られる可能性が高く、我が国企業には
戦略的に JBIC ファイナンス等を活用したコンソーシアムの組成が求められる。一方、政府としては
我が国企業のみのコンソーシアムや我が国企業が主導しているコンソーシアムをより優先する等の
工夫が求められる。
④ 現地企業等とのコンソーシアムの組成
ローカル企業に求める役割は多くの場合は、当該地域における EPC の土木作業や維持管理
運営に係る業務が中心であるものの、現地政府との強力な関係も重要な役割を果たすことがある。
案件に応じて、適切なローカル企業を選別し協力ができるようにネットワークを構築していくことが
我が国企業には求められる。特に、実績獲得等の観点からは、現地の有力企業と連携することが
競合企業の排除に繋がり案件受注に結び付く場合もあり、戦略の一つとして現地企業等を活用す
ることが考えられる。
⑤ 欧州企業・現地企業等の M&A
実績獲得、ノウハウ・能力獲得、市場理解等の観点から、M&A は有効な打ち手の一つである。
M&A を行う際は、必ずしも企業全体の M&A が必要となるわけではなく、部門や事業、プロジェク
ト等の部分的な買収も選択肢の一つである。我が国の商社等では積極的に M&A を活用すること
で比較的新しい事業分野等に参入する例が見られる。
19
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
プロジェクトの買収を進めるためには各事業に出資している企業とのネットワークを有することが
重要である。企業によっては重視するビジネスモデルや戦略の観点から、施設整備が完了した段
階で株式を手放す場合や、他の案件の資金確保を目的に株式を売却する場合がある。こうした競
合企業の動向を捉え即座に購入を持ちかけることが、他に先んじて有利な立場を獲得することに
繋がるものと考えられる。
一方、M&A 後には買収先の企業等をコントロールすることが重要になるため、買収・統合後
の管理をしっかり行うことが併せて重要になる。
⑥ 人材採用等による能力開発
我が国企業にとって、現在、インフラ事業における EPC や O&M、ファイナンス等に関する能力
開発・向上が求められている。本事例分析では、人材の活用が競争力向上に寄与している事例が
みられた。我が国企業では中途採用に積極的でない企業が多い傾向にあるが、そのような姿勢で
は能力開発・向上が遅れ、インフラ事業、特に O&M が求められる PPP 事業への早期の参入が困
難なものとなる恐れがある。今後は自社に不足している能力を補うため、積極的な人材採用が求め
られる。
⑦ 事前の関係性の構築
当然のことながら、案件参入の前段階における相手国政府や発注者等との関係性構築は重
要である。企業の自費によるテストや F/S 調査の実施は、相手国との関係性構築において有効に
機能する。今後の案件においても我が国企業の積極的な行動が期待される。このような事業活動
を支援する施策が政府によって数多く用意されていることから、有効に用いることが期待される。
⑧ 新規格への対応
鉄道分野においては、欧州規格がグローバル・スタンダードとして確立しつつあり、日本規格を
導入することは困難になっている。数多くの企業の参画による競争環境を求める発注者としては、
グローバル・スタンダードとなりつつある規格を採用する傾向にあることから、我が国企業としてもそ
のような規格にいち早く対応を行い、実績を積むことが重要になる。
⑨ 低コストプラント・機器の開発
アルストム等の欧州メジャー企業は人件費が安いアジア等の海外拠点での生産を進めておりコ
ストダウンに成功している。日我が国企業もインド等新興国に生産拠点を整備する等同様の取組
20
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
みを進めており、今後こうした差が縮まることが期待される。
⑩ エンジニアリング能力の向上
競争力に関する基本的な要素として、イニシャルコストの低減等のため、初期投資に係るエンジ
ニアリング能力による差別化が重要である。エンジニアリング能力を向上させるためには、案件毎
に経験を積んでいくことが必要だが、上述のプロジェクトの買収や有力企業との連携等の手法を通
じて能力向上に努めることも重要である。
⑪ ファイナンス能力の向上・ネットワークの拡充
PPP 事業では、事業期間全体に要するコストが事業者選定の際に評価されることから、資金調
達におけるコスト抑制が重要になっている。そのためにはファイナンスに係る能力の向上や、ファイ
ナンスコストの抑制に繋がる投資家やレンダーのネットワークを有することが求められる。自社の他
部門が有するネットワーク、リソースの活用やネットワークや知見を有する人材の確保も必要とな
る。
(2)政府としての取組みの方向性
① LCC による評価の導入への働きかけ
LCC による評価の導入は、ファイナンスコスト等を提案評価において考慮することとなり、我が
国企業の案件獲得にとって有利に働くこともある。品質に焦点を当て、長期的に見て経済性のある
ものを評価する仕組みであるため、相手国にとってもメリットのあることであり、拡大・普及に向けた
働きかけが求められる。我が国企業にとってのメリットを考慮すれば、事業終了時の処理や環境配
慮等を考慮した機会費用等を LCC 算出の項目・要素に含めるように働きかけることが重要になる。
② 総合評価による提案評価の導入への働きかけ
本事例分析では応札企業の技術力等価格以外の要素が評価され受注に繋がった事例が見
られたが、技術力がより評価されるためには、上記のような評価項・要素に LCC を採用することに
加えて、技術力が点数化されて価格点と合わせて評価がなされる総合評価の普及が期待される。
総合評価では、入札価格が競合より高い場合でも技術力で上回っていれば総合得点で逆転する
可能性がある。品質を重視する先進国では、日本や英国等の PPP 事業のように総合評価が採用
されており、品質の重視と総合評価による提案評価を新興国でも普及させることが重要になる。
21
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
③ 仕様等改善(PQ 基準、仕様等)への働きかけ
我が国企業の技術力を活かすためには、高い技術水準を要求する技術仕様を規定すること
や、また、用いられた技術の水準が高い事業や厳しい環境基準の下での事業の経験を実績基準
として求めることが考えられる。その結果、品質の低い企業が参入できないことにも繋がるものと考
えられる。
品質が原因で問題が生じている事例等を活用し、新興国に対して品質の重要性を説き、技術
仕様や実績基準の改善を促していくことが求められる。
④ 要求水準やペナルティの厳格化への働きかけ
上述の他我が国企業の技術力を活かすため、品質を重視した入札とするためには、要求水
準に、高い技術を要する水準を規定することや高い環境基準を規定することも考えられる。その結
果、競合企業にも品質を重視した設計・エンジニアリング・製品の採用等が求められることから、競
合企業もコストが上昇することに加えて、技術力を有さない企業については対応が困難になること
から、入札から排除されることも期待される。
また、要求水準に規定することに加えて、要求水準等を達成しなかった場合のペナルティを
厳格に規定することで、質の低い事業運営等を予め抑制することも期待される。
先進国である日本、英国等の取組を新興国に伝えていくことが求められる。
⑤ F/S 調査等による支援
F/S 調査は事業環境の理解等、事業化に向けて重要であり、今後も政府として支援・推進する
ことが求められる。また、企業が自費で F/S 調査や相手国の人材育成等を行うことも、相手国との
関係性の構築やスピード感を持った対応が可能となること等の観点から需要であると考えられる。
ただし、自費による F/S 調査等を実施した場合、企業は当該コストを回収することも考慮し入札
価格を決定することから、価格面での競争力が低下する恐れがあるため、政府としては価格のみで
の評価としないよう、評価制度・項目への働きかけを行うことや、我が国企業による自費での F/S 調
査に対する事後的な支援等も有用であると考えられる。
22
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
3. 施策案
(1)実績管理基準・データベースの整備
PQ 審査において、海外における複数の実績や見積スケジュールの正確性の項目が規定され、
質の悪い企業の排除がなされる審査基準となっている事例がある。このような基準は、我が国企業
の強みを活かすことができる審査基準だと考えられる。こうした厳格な実績審査を他国にも普及す
るべく働きかけていくことが重要になる。
このような実績審査を行うための方策としては、実際に行われた事業を評価し、データベースと
して整備し、各国で共有していくことが考えられる。このような実績管理基準・データベースの整備
は、日本やアメリカ等では行われているが、新興国においてもデータベースを整備し共有すること
で、入札が行われる際に応札企業の実績や、その品質・パフォーマンスを確認することが可能にな
る。政府としては、APEC 等の場を活用し、各国に向けて整備を訴えていくことが考えられる。
なお、実際にデータベースが次の新たな入札において活用されるためには、データベースに
事業の評価を登録するにあたって、その「評価」から発注者の恣意性を排除することが求められる。
「事業評価」を行うにあたっても、見積や工期に関する提案と実績の差異等、定量化できる基準を
設けることが重要となる。
これらの要素を具体化すると以下のようなイメージとなる。
図 8
実績データベースの構築と国際間の共有
各国発注機関
事業者A
新規応札時
に参照
契約に基づ
き登録
各国発注機関
事業者B
事業者C
事業者D
過去実績
データベース
各国発注機関
・
・・
・
・・
・・
以下のような成果も登録
• 製品やサービスの質
(要求水準の遵守)
• 納期の遵守
• 費用の遵守
• 環境への影響
各国発注機関
出典:PwC 作成
23
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
(2)ガイドライン等の整備や制度改善支援
実績管理や LCC 等の取組みを定着化させるためには相手国におけるインフラ事業・PPP 事
業のガイドラインを整備することが有効である。なお、一部の新興国ではガイドラインが整備され始
めている国もあり、これらの国では事業分野ごとのガイドラインや、より詳細なガイドラインを整備す
ること等によって入札制度の改善を図ることが期待される。
ガイドラインの整備の他、実績管理や LCC 等の評価項目への導入を図るためには、相手国
における制度改善を進めることが必要となる。入札のプロセスや PQ 等の審査方法等を制度上規
定しておくことが求められる。こうした要素を体系化すると以下のような要素が求められる。
表 2
整備すべきガイドライン等の体系
カテゴリー
内容
期待効果
事業実施プロセ
インフラ事業を実施する際の手順を示したガ
スのガイドライン
イドライン。適切な入札プロセスや競争的対

明性が向上。

話のプロセス等を規定。
調達手続きの公平性・透
より応札がしやくい枠組み
になる可能性が高まる。

調達実施のガイ
事業者を決定するための審査方法や評価基
より技術や質の面に重き
ドライン
準のあり方について規定。PQ 審査の際の基
を置いた調達とすることで
準等についても考え方を記載。
日本企業の強みを生かし
やすくなる。
事業評価のガイ
VFM 等の考え方に基づき事業実施判断や
ドライン
事業の収支予測の立て方について規定。

事業の収益構造について
検討が深まり採算性が確
保しやすくなる。

リスク管理のガイ
事業におけるリスク要因やその対処方法のあ
ドライン
り方、契約書における対応方法等について
とやリスク負担の軽減等が
規定。
進みやすくなる。
事業分野ごとの
上記について、電力や水道、空港、鉄道など
ガイドライン
の分野ごとにガイドラインを策定。

リスク分担が明確になるこ
上記についてより事業分
野固有の要素が反映され
やすくなる。
各種標準書類
入札説明書や PQ 審査基準、事業者の評価

ガイドラインで規定する内
基準、仕様書、要求水準書、契約書等の標
容をより具体的に規定す
準書類を規定。
ることで効果が高まる。
出典:PwC 作成
これら整備、制度改善支援については、APEC 等を活用して理念、考え等を訴えるとともに、
技術協力等を活用し政府間で各国に対する個別支援を行っていくことが考えられる。
24
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
なお、我が国企業にとって有利な形での制度になる可能性が高まることから、各国に対し個別
に制度改善支援を行うことが我が国企業にとっては望ましいものの、「日本色」を前面に出してその
ような制度整備への支援を行うことに対し、相手国が日本企業への利益誘導等に対する疑念や抵
抗感を持つ恐れがある。日本政府の支援の下、あくまでも中立・客観的な立場で支援を行っている
と相手国に受け取られるよう、「日本色」が前面に出ることのない企業やコンサルタントを活用する
等、支援を行う政府においても戦略的な取組が求められる場合があると考えられる。
(3)各国のキャパシティビルディング
新興国の案件では、入札において不明瞭な評価基準や短い提案準備期間といった問題を有
している。例えば、不明瞭な評価基準の場合は、発注者が何を重視しているのか・どのような提案
を求めているのかについて応札者が判断できない点が問題である。これらを改善し、受注可能性
を高めるためには評価項目の明確化が必要であると考えられる。
改善を目指すためには、相手国政府の発注部門の調達能力を向上させることが重要になる。ま
た、調達能力の向上のみならず調達代行のように能力を有するコンサルタントが実施することも考
えられる。 調達アドバイザーを国際機関が担ったことで適切なプロセスによって入札が行われた
事例があり、調達アドバイザーの活用拡大に向けた働きかけを行っていくことが考えられる。
(4)新規格対応支援
鉄道分野においては、欧州規格への対応を行うことが案件の受注のためには求められる。この
ような規格への対応については、基本的には我が国企業が自助努力で行うことが原則である。た
だし、国内規格とグローバル・スタンダードの規格が異なる場合、我が国企業としては、国内・海外
向けに 2 つの規格に対応する必要があり、コスト面での負担が生じることとなる。このため、政府とし
ては、グローバル・スタンダードとなりえなかった国内規格の取扱いを検討していくことが求められる
ほか、我が国企業による欧州規格等グローバル・スタンダードとなっている規格への対応に向けた
取組を支援することは有効・有用であると考えられる。
なお、国内規格と海外の規格が異なっているものの、未だグローバル・スタンダードと言える規
格が存在しない分野については、官民が一体となって国内規格のグローバル・スタンダード化を進
めていくことが求められる。
(5)我が国企業の取組と連携した技術協力・無償資金協力等の活用
我が国企業による提案をより魅力のあるものとし、受注確度を高めるための方策としては、我が
国企業による活動と ODA の連携をより図っていくことが求められる。
25
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
技術協力や無償資金協力については、我が国企業が参画を検討している PPP 事業等につ
いて、その事業に関連した分野・事業に対して技術協力や無償資金協力を供与することが考えら
れる。また、我が国企業が海外において事業を実施していくには実績が不足している分野等につ
いては、我が国企業の実績作りに向け、無償資金を供与する事業を我が国企業が実施するよう紐
付いた形での無償資金協力を実施していくことも考えられる。
円借款については、これまでの取組例があるように、ある事業において、建設は円借款資金
を用いて実施し、その運営を PPP 事業として実施していくことによる我が国企業の取組と ODA の
連携が考えられる。その際、円借款資金によって建設された施設の運営についても、我が国企業
に紐付くような制度の検討も考えられる。また、上述のような建設と運営といった「時間軸」における
円借款と PPP 事業の連携のみならず、例えば、発電事業を PPP 事業で行い送配電事業を円借
款を活用して整備するといった、PPP 事業と繋がりのある事業を円借款によって整備する「面的・
事業分野軸」における円借款と PPP 事業の連携も求められる。なお、そのためには PPP 事業と円
借款事業の足並みを揃える必要があることから、円借款の更なる迅速化が求められる。
我が国企業が自費によって F/S 調査や相手国の人材育成を行っている例があり、相手国との
関係性構築や事業実施の担い手の確保といった観点からは、そのような取組は望ましいものの、
そのような取組を実施した企業は、入札において当該コストも回収する価格を提示することになり、
価格競争力の面で不利に働く可能性がある。このような我が国企業の自費での取組に対して事後
的に政府が支援を行うことも考えられる。
【我が国企業の自費での F/S 調査等に対する事後的な支援策(案)】

企業が独自に自費での F/S 調査等を実施し、当該案件において事業権を獲得した場合
に、当該 F/S 調査等に要した費用の一部を補填するもの。

自費 F/S 調査等実施し応札した場合、応札段階で政府に対し事後的支援の活用を申請
し、優先交渉権の獲得又は契約の締結をもって補填の決定を行う。

補填のための条件は、応札段階での事前申請と優先交渉権の獲得又は契約の締結。

補填については、事業地域や対象分野を限定することや、1 案件あたりの補填金額の上
限の設定することが考えられる。

補填の対象は、入札価格に反映される可能性のある、案件受注に向けた我が国企業に
よる独自の活動に要した費用とし、自費による F/S 調査に要した費用の他、運営段階を
見据えた相手国の人材育成費用(事前に自社社員を派遣し、相手国人材の能力向上等
に要した費用)についても含めるもの。

政府による F/S 制度等他の支援策との重複を認めるかについては整理が必要。
(6)相手国への働きかけ
インフラ案件は優先交渉権を獲得すれば無事に事業が開始されるものではなく、契約交渉段
26
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
階を含めた入札の後期において問題が生じる可能性がある。従って我が国企業の支援としては、
入札前、入札中における「トップセールス」等の相手国への働きかけのみならず、入札の後期に問
題が生じた案件に対しては、政府による「トップアフターセールス」による相手国政府への働きかけ
も有用であると考えられる。
また、入札前に「トップセールス」を行うにあたっては、相手国がメリットと感じるような「お土産」を
提示することが必要となる。何が「お土産」となるかは相手国やタイミングを考慮する必要があるが、
例えば、トップセールスの対象となる案件に関連させた技術協力や、無償資金協力等の供与が考
えられる。なお、これまでも「お土産」に係る発言があった場合においても、行動に結びついていな
い、というような指摘も聞かれ、実際の「行動」を行うことが必要となる。
これらに加えて、働きかけを行う主体についても課題が存在する。各省等が個別に働きかけを
行うため、相手が混乱し交渉が進めにくくなるというような指摘がなされている。これらを踏まえて以
下のような取組に移行することが考えられる。
図 9
案件形成
相手国への働きかけのイメージ
案件応札
事業実施
従来
今後
各省個別に実施
各省個別に実施
• 日本の技術をPR
• 支援を内々では話
すものの行動に結
びつかない
• 日本企業の受注を
要望
特に実施しない
主体
インフラ担当官を中心
インフラ担当官を中心
インフラ担当官を中心
働き
かけの
内容
• 日本の技術をPR
• 日本企業が実施し
た場合の無償支援
等を提案
• 日本企業の受注を
要望
• 事業実施をフォロー
• 無償支援等を実行
に移す
主体
働き
かけの
内容
言いっぱなしと
いう批判も一部
あり
アフターセール
スを強化し有言
実行の外交へ
出典:PwC 作成
(7)M&A 資金支援
企業や事業を買収する取り組みはインフラ事業の競争力を上げるために重要であるが、
M&A にはリスクと共に多額な資金が必要になる。こうした課題を解決するためには産業革新機構
の出資支援のような取組が引き続き重要になる。
27
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
IV.途上国・先進国における VGF 制度に係る調査
途上国における膨大なインフラ整備ニーズに対して、限りある政府財政資金を補完するために
も、民間資金によるインフラ整備を求める声は高まる一方である。しかし、公共事業として、公共セ
クターが管理すべき事業においては、適切な料金体系の設定がなされていなかったり、過度なリス
クが民間に課せられたりする場合も多く、民間セクターが参入するに足る十分な事業採算性が見
込まれない事業も多数見受けられる。こうした環境下で、経済便益は高いものの、事業採算性が低
い事業について、政府が一定の事業採算性や信用の補完を行う場合がある。バイアビリティ・ギャ
ップ・ファンディング(Viability Gap Funding、VGF)は、PPP 事業において利用者からの料金収
入等の事業収入のみでは事業採算性が確保されないような場合に、事業採算性を補完し、
「Bankable」な事業を組成するための政府財政支援措置である。早期の料金改訂が社会的に困
難であるものの、事業性補完をすることで民間参入が認めらえるような事業について活用されること
が考えられ、インフラ整備の早期実現に期するものである。
本章では、途上国・先進国及び国際機関が整備・支援する VGF 制度及び類似する PPP 支援
制度について理解するとともに、我が国企業の海外 PPP 事業への参画促進に向け、我が国が円
借款をいかに活用することが可能であるかについて、現在検討中の円借款を活用した VGF 支援
の具体的な課題・対応策を含め、新たなスキームの提案を行う。
1. 途上国・先進国における VGF 制度の状況
途上国(インド、インドネシア、ベトナム、フィリピン)及び先進国(イギリス、フランス、ドイツ、スペ
イン、オーストラリア)の VGF 制度及び、事業支援制度を整理する。
28
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
表 3
項目
途上国における VGF 制度一覧(1/2)
インド
インドネシア
VGF制度に関連する基
F.No.1 /4//2005 –PPP (財務省から発行されているガイドライン)
本法令・規則
法・組織
財務省経済局に設置されたPPPセル
VGF 管理・運営組織
資金
VGF
制度の
特徴と
課題
*PPPセル:経済庁・財務省が設立した、V GFの機会創出やPPPプロジェクトの評価の取りまとめを行う
機関。
制度設計
管理
資金源
財務省・経済局
財務省
財政資金
規模
20億ルピーのリボルビングファンドが財務省によりEmpowered Institution管理下に設定されており、
実績なし
事業への資金拠出後に財務省により充填される。
対象
資本費のみ(建設期間中の資金供与)
対象セクター
道路・橋梁、鉄道、港湾、空港、灌漑・水路、電力、都市交通、上水道、下水道、廃棄物処理、食料品 大統領令67 \/2005 Chapter2 4 条( PPPの対象セクター)
の冷凍運輸・保管、その他物的都市インフラ、SEZ内のインフラ事業、国際コンベンション・センター、そ 輸送インフラ(鉄道、港、空港、道路等)、灌漑設備、上下水道設備、情報通信設備、発電・配電設備、石油・ガス関連設備、及びこ
の他観光関連インフラ
れらに関連する設備
供与形態
限度額の設定
現金での支給。
プロジェクトコストの20%を中央政府から、さらに20%を地方政府から供与
資本費のみ(建設費用の一部を負担。建設費には建設費、機器費用、設置費用、期中利払い費、その他建設関連費用を指す)
現金での支給。
運営
方法
供与条件
・公開競争入札で選定された民間企業である
・選定民間企業の51 %以上の資本が民間企業からである
・民間企業が事業の資金調達・建設・維持・運営に責任を持つ
・事業が提供するサービスの利用料金が事前決定されたものであること
①経済便益があるが事業採算性が低い案件
②原則、利用者からの料金支払いが収入となる案件
③1 ,000億ルピア(約1 0億円)以上の規模の案件
➃事業契約に終了時の資産の譲渡を取り決めている
⑤大統領令・修正大統領令に規定された入札プロセスを経た案件
⑥Pre F/Sにおいて以下が提示されている案件
- 最適なリスク分担がなされていること
- 経済的便益に資するインフラ事業であり、V GF支給により初めて財務的実現可能性があることが立証されていること
承認額
2005 年からVGF の拠出開始。 201 4 年2 月現在までに合計1 7 6 件、Rs. 1 68,806 百万ルピー (約
2,820億円)のV GFが承認されている。
実績なし
主な対象セクター
主に高速道路のプロジェクトがV GF拠出対象(201 4年2月現在までにRs. 1 22,391 百万ルピー)。次に
実績なし
地下鉄が大きく(Rs. 38,941 百万ルピー)、その他空港、教育関連機関、電力機関に拠出実績がある。
運用
状況
課題
財務省
(国家開発企画庁、経済担当調整大臣府等を含めた新たなインフラ整備促進組織の検討中)
・案件の事業採算性を改善し、経済的便益があるにも関わらず、事業採算性の低い案件の成立を支援すること
・民間事業者のインフラ事業への参画を促進すること
・インフラ使用量をインフラ使用者にとって受け入れ可能なものとすること
財務省
財務省
財政資金
PPP事業としての財務的な事業採算性(financial v iability )のギャップを補填すること
目的
体制
MOF Regulation No. 223/201 3 V GFの細則を規定
・地方政府事業への適用拡大
・持続可能な資金源の確保
・資本費補助のV GFのみでは実現可能性が低いプロジェクトをどう実現していくか(下水道事業やごみ
処理事業等)
・運営細則の制定(審査基準、手続き、VGF算定方法を含む)
・対象案件の形成・特定(資本費の49%までのVGF供与で民間投資を呼び込むことが可能な事業ストラクチャリングが必要)
・官民連携によるインフラ整備促進に向けた包括的な仕組みの制定の動きあり
・持続可能な資金源の確保
出典:各国の制度に基づき PwC 作成
29
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
表 4
項目
途上国における VGF 制度一覧(2/2)
ベトナム
フィリピン
VGF制度に関連する
基本法令・規則
・BOT、BTO、BT投資法 Decree 1 08/2009/ND-CP
・ Decree 24/2011 /ND-CP
PPP首相令 Decision 7 1 /201 0/QD-TTg
VGF制度は現状定められていないが、PPPセンターより、Policy Brief と
BOT法 (共和国法6957 号/7 7 1 8号及び付随する施
⇒PPP事業をパイロット的に実施する為の暫定的枠組みとして,施行
してVGFに関するワーキングペーパーが公表されている。(現状、最終版
行規則(IRR) )
されたもの。改訂PPP規制を作成中。
ドラフト)
VGF管理・運営組織
計画投資省(MPI)/財務省/人民委員会(PC)
MPI/財務省
•PPPセンター
国家経済開発庁(NEDA)の傘下。元来貿易産業省(DTI)の傘下にあったBOTセンターを移管・改組し、2011 年初より始動。
目的
V GF供与の目的につき、特段の定めなし
VGF供与の目的につき、特段の定めなし
BOT法ではV GFという名称は用いられておらず、政府
民間投資家が適切なリターンを得ることができるとともに、インフラサービス
からの官民連携事業支援策の一つとして、13.3条に
利用者が許容可能な価格水準でサービスを利用可能とすること
政府からの資金供与が定められている
制度設計
管理
資金源
資金
規模
MPI
MPI・財務省
MPI
MPI ,財務省
国家経済開発庁
PPPセンター
国家経済開発庁
PPPセンター
財政資金
実績なし
財政資金
実績なし
財政資金
データなし
財政資金
実績なし
対象
資本費のみ
資本費のみ
資本費のみ
資本費を供与するか、運営費を供与するか検討中。
(資本費の50%を供与するほうが迅速であり、運営費の補助とするより制度
として簡潔との評価あり。)
対象セクター
1 .道路、橋梁、トンネル、フェリー
2.鉄道、鉄道橋、鉄道トンネル
3.空港、海港、河川港
4.水供給、下水管、下水・汚泥処理システム、5.電力
6. ヘルスサービス、教育、職業訓練、スポーツ、官庁オ
フィス等に関連するインフラ
7 .その他首相が定めるインフラ
1. 道路、橋梁、トンネル、フェリー
2. 鉄道、鉄道橋、鉄道トンネル
3. 都市交通、4.港、空港
5.水供給システム、6.電力、
7 .医療(病院など)
8.環境(廃棄物処理プラントなど)
9.その他首相が定めるインフラ開発・公共サービス提供事業
道路、鉄道を含む輸送インフラ、港湾、空港、電力イ
ンフラ、通信、 IT、灌漑、水インフラ、教育、土地開
拓、工業・観光不動産、政府機関用建物、倉庫、食
肉工場、漁港、環境・廃棄物処理関連施設
一例として、鉄道、港や空港が挙げられている
現金での支給。
現金での支給。
現金での支給。
現金 or 現物出資。現物出資事例あり。
(LRT 1 South Ex tension projectにおいて、フィリピン政府は事業者に
鉄道車両を供与し、利用者の運賃を下げるよう要請した)
総投下資本の49%まで
(ただし緊急案件については、政府予算での別途整備
可)
総投下資本の30%まで
(ただし30%を上回る場合は首相決定が必要)
プロジェクトコストの50%まで
プロジェクトコストの50%まで
法・組織
体制
VGF
制度
の特 運営
徴と 方法 供与形態
課題
限度額の設定
以下のいずれかに該当するもの
経済開発の必要性から重要かつ大規模であり、緊急性が高いもの
・競争入札で選定された事業者であること
投資コストをそのプロジェクト収入から回収できるもの
技術、維持/管理、運営経験の蓄積可能なもの及び民間セクターの
財務能力の動員が必要なもの
推奨される条件
・原則コンセッションの形態であること
・競争入札で選定された事業者であること
・51 %以上が民間セクターにより保有される事業者であること
・Economic Internal Rate of Return(EIRR)が15%であること
供与条件
規定なし
運用 承認額
状況 主な対象セクター
実績なし
実績なし
実績なし
実績なし
データなし
データなし
課題
・対象案件の形成・特定
・持続可能な資金源の確保
・実施細則の規定が必要
・Decree 1 08とのすみわけ
・パイロット法であるため、長期的には改訂法の成立が必要
・対象案件の形成・特定
・持続可能な資金源の確保
・ BOT法に基づくプロジェクトコストの支援条項には改
訂の提案がなされており、右記のV GFに関するワーキ
・制度詳細の検討が必要
ングペーパーとの関連も含め、今後の制度化にあたっ
て詳細な検討が必要
実績なし
実績なし
出典:各国の制度に基づき PwC 作成
30
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
表 5
全体コメント
補助金
英国
・PPPの対象事業の低採算性、特に事業初期の建設段階に
おける資金繰りを支援するため、初期投資に関する資金を中
心に各種補助金制度を実施している。
・事業者に対する課税措置としては、主に固定資産税や不
動産取得税等の資産課税と、法人税等の所得課税が挙げら
れる。
税制支援
・これらの課税に対して法人税対象となる利益計算上の費用
範囲等に係る特別措置などの各種優遇税制が特徴的な制
度として取られている。
仏国
独国
・融資保証:政府は2009年に10億
ユーロ規模のPPP案件向けの貸出
保証基金の設立を発表。同基金は
MAPPP(経済財政省下のPPP推進
ユニット)によって運営される。
・低利融資:政府による直接的な低
利融資制度は存在しないが、公的
金融機関CDCによる「貯蓄基金機
・劣後債引受け
構」が、PPPを含むインフラ事業に対
・インフラ・ファイナン し低利の融資を行っている。
ス・ユニット(TIFU)に ・「債権譲渡(ダイイ債権)」制度によ
よる貸付け
り、PPP事業者は保有債権の一部を
直接銀行に譲渡することにより、銀
行からの資金調達が可能となってい
る。
各国制度
西国
豪州
韓国
・建設補助金
・補助金:初期投資向け補助金、維持管理運営の質 ・最低収入保証:公共側か
・最低収入保証:建設補助金に加えて事業収
的向上に関する補助金など。
らの支払いを毎月一定額義
益に対する補助金を供与。2009年に10月の法
・キャッシュフロー保証(最低収入保証)
務付ける契約形態がある。
改正により廃止。
・補助金:採算ギャップを埋めるため
の助成
・事業者の資金調達をより直接的に補助するものとして、公共
による融資保証やサービス対価支払い保証、解約支払金制
度といった政府保証制度が一定の役割を果たしている。
・政府自身が一部事業リスクを負うことになるが、民間側から
見た事業のリスク要因を下げる効果となり事業者に有利な条
“UK Guarantee
件の融資を可能とする。
・EU加盟国については、「国家補助(State Aid)」に関する制 Programme”による
融資保証
約もあり近年までは目立った政府保証制度はなかったもの
融資保証
の、金融危機後の金融市場の逼迫状況を受け、市場安定化
のため一時的・緊急避難的な措置として導入した制度も多
い。これら一時的・避難的な措置は、他の恒常的な支援策と
は区別して考える必要があるものの、それぞれの国・時代の
要請に沿って実施されてきたものであり、将来的にも同種の
措置が取られる可能性等もある。
・一般的にPPPI事業は事業規模が大きく、初期投資費がか
さむこともあって、民間金融機関のみによる融資では事業者
が望む資金調達が行えないことがある。
・これら資金調達を補助するための支援が望ましい場合もある
制度融資 ことから、各国において公的金融機関による融資制度が見ら
れる。公共側から見れば、事業採算性があまり見込めない事
業に対しても民間事業者の参加を促すことができることに加
え、補助金等の直接的な財政支出とは異なり、融資であるこ
とから、財政状況を悪化させることなく支援を行える。
先進国における事業支援制度
・債務保証:一部地方自治体におけるPPP事業につ
いて、当該自治体が保証を供与した事例がある。
・融資保証
・低利融資:政府省庁が、雇用創出、地域の産業育
成等に資すると位置づけられた事業に対して低利融
資を拠出することがある。
・劣後ローン:「劣後公共ローン(SPRLs)」やICO(経
・低利融資:州立開発
済財務省管轄下の政府系金融機関)による劣後ロー
銀行による追加的資金
ンが存在。
供与の実施。
・劣後融資
・解約支払金:原則として、事業契約解約の帰責性
・解約支払金
にかかわらず、事業者の優先借入残高100%がカ
バーされる水準に設定される。
・融資予備枠:需要リスクを包含する道路事業におい
て政府省庁による融資枠が予備的に設定されている
事例がある。
・失効償却:PPP事業者が投資を
行って施設整備を実施し、公共側に
当該施設を無償譲渡した後に、当
該投資額を償却することができる規
定であり、これにより、コンセッション
方式における減価償却が事実上可
能となっている。
・金融費用の税控除扱い:法人税の通常の取扱いと
して、金融費用を税控除対象とすることが関連法令
上認められていたが、法改正により2012年に撤廃さ
れた。
・金融費用の繰延べ:会計制度上、金融費用の繰延
べが認められている。
・リスク共有メカニズム:最低収入保証制度廃止
後の2009年に導入された、政府による投資リス
クの一部保証。保証対象は、政府発案事業に
限定される。政府は、予め定められたリスク負担
割合に応じて実際の事業収入における収入不
足額を支払う。
・インフラ信用保証基金(Infrastructure Credit
Guarantee Fund(ICGF)):1994年以来、PPP
事業者が金融機関から借り入れたローンにつ
いて保証を付与している。
・予備融資枠
・インフラ債
・特別税制:インフラ債の分離課税、付加価値
税免除、外国人投資地域、インフラファンドの
分離課税(廃止)等の各種優遇税制が規定され
ている。
・法人税優遇
・地方税優遇:PPP事業を実施するためにソウ
ル首都圏に新たに設立された会社について
は、通常は課される3倍の登録税が免除され
る。
・課税免除:PPP事業に関しては、「農地維持
税」及び「緑化税」の50%が免除される。
出典:各国の制度に基づき PwC 作成
31
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
2. 途上国における VGF 制度支援の取り組みの方向性
第 6 回経協インフラ戦略会議を受け、円借款・JICA 海外投融資の制度改善に向け、2013 年
10 月に日本政府より、事業運営権獲得を視野に入れた有償資金協力を含めたパッケージ(VGF:
Viability Gap Funding)が公表されている。ここで、「事業運営権獲得を視野に入れた有償資金
協力を含めたパッケージ」について、日本政府は以下のように定義している。
「VGF は途上国政府の実施する電力・水・交通等のインフラ事業で、原則として日本企業が出
資するものについて、商業資金ではファイナンスが困難な場合に、途上国政府が主に事業期間を
通じたキャッシュフロー平準化のために助成を行う場合に、円借款を供与せんとするものである。」
途上国で想定されている VGF は事業に対する採算性向上のための補助金として設定されて
いる(設定が検討されている)場合が多いが、何れの場合も広義の VGF として捉えられる。ここで
は、特に、円借款による VGF に対する支援を「VGF 円借款」と呼ぶ。VGF 円借款の実現により、
必要なインフラ事業について、公共・民間による一体的な整備・運営事業として実施可能となれば、
事業の実施促進に大きく寄与すると考えられる。一方で、VGF 円借款の具体的な制度設計にお
いては、以下のような検討課題があるものと考えられる。
•
我が国企業の参画する事業への資金供与をいかに担保するか。
•
円借款を活用しつつも、事業性を補完する仕組みとなっているか。
•
VGF 制度及び資金フロー等、受入国における制度との整合性を図ることができるか。
•
受入国の PPP 調達スケジュールに合致しているか。
•
受入国において、円借款活用のンセンティブがあるか。
これらの課題につき個別に検討を行った結果、以下のようなオプションで、VGF 円借款を実現
することが考えられる。
表 6
借款形態
タイプ
VGF 円借款の実施パターン
OECD ルール対応/タ
入札評価への反
イド条件の可能性
映
対象事業の選定
プロジェク
本邦企業
・タイド事前通報/本邦
入札時に VGF 円
対象事業及び事業実
ト型借款
支援
企業が落札したときに
借款供与の関心
施者としての事業者に
セクタープ
限り円借款を供与する
表明書を提示する
ついての事前審査が
ロジェクト
との特約を付けることも
ことにより可能
必要。入札公告公表
型借款
可能
以前には条件が固まら
セクター・
次の二通りを想定。
ず、審査範囲は限定
案件支援
・タイド事前通報/本邦
的とならざるを得ない。
32
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
借款形態
タイプ
OECD ルール対応/タ
入札評価への反
イド条件の可能性
映
対象事業の選定
企業が落札したときに
JICA の国別・分野別
限り円借款を供与
戦略との合致が条件。
・タイド事前通報なし /
円借款を想定した
本邦 企 業の 落 札 可能
F/S、PPP F/S、その他
性が高い事業を特定す
JICAが受け入れ可能
る(ただし、他国企業落
な質を備えた F/S が求
札時にも資金供与する
められる。
必要あり。)
ノン・プロ
二国間の
資金 使途 は財 政 支援
二国間での枠組
対象範囲(分野・採用
ジェクト型
包括的枠
であり、タイド事前通報
みを設定し、支援
技術等)を予め特定
借款
組み構築
を要するプロダクトでは
対象条件を確定。
し、二国間で合意。
による支援
ないため、タイド事前通
入札時に対象案
報要件は該当せず。
件か否かを明確に
特定 事 業の 本 邦 企業
することが可能。
の受注もしくは事業者
選定を、支払条件とす
る場合は、E/N に規定
するのは困難と想定さ
れるが、L/A への規定
を想定。
国際機関と
アジア開発銀行を活用
アジア開発銀行に
対象範囲(分野・採用
の協調
し、ECG アレンジメント
よる枠組みを設定
技術等)を予め特定
の対象外とし、加盟国
し、支援対象条件
し、合意。
タイドとするようなファン
を確定。
ドを組成することも考え
入札時に対象案
られる。
件か否かを明確に
(ただし、他国を排除で
することが可能
きない。)
(本邦企業受注案
件のみへの資金
活用の可能性を
規定する必要あ
り)
出典: PwC 作成
33
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
3. 途上国における VGF 制度整備に関する提案
現在 VGF 制度の整備を検討している国に対しては、インド・インドネシアでの制度整備状況・
課題を勘案し、今後の我が国企業参画事業への運用における柔軟性の観点から、次のような提案
が有効と考えられる。
表 7
途上国における VGF 制度に関する提案
項目
体制 制度設計・管理
資金
提案
財政資金をコントロールしている財務省の関与が必要。
資金源
持続可能な資金源の確保が必要であり、財政資金。ドナーからの借入金を排除し
ない。
規模
事業パイプラインに応じた設定。
対象
資本費及び運営・維持管理費用を含めた一括的な支払に対応可能とする。
対象セクター
インフラ全般として柔軟性を持つ。
供与形態
運営 限度額の設定
方法
現物支給ではないく、現金での支給が好ましい。
候補案件をなるべく幅広く検討できるように、事業採算性に応じた柔軟な対応を可
能とする。アベイラビリティペイメント型等により、事業採算性の低い事業に対応す
る制度がある場合は、棲み分けを検討の上、一定の上限額を設定することも考えら
れる。
供与条件
民間提案事業を排除しない。
承認プロセス
民間提案事業を排除しない。
また、資金源としてドナー資金を活用する際には、ドナーの意向を確認するプロセ
スを追加する等、一定の確認手続きを整備する。
出典:PwC 作成
4. 途上国における VGF 以外の支援策の方向性
途上国でのインフラ事業の実施に際しては、法制度・規制等の枠組みの違い、情報収集の困
難さ、各種リスク(政治リスクや、オフテイカーリスク等の存在等が、我が国企業にとっての参入のハ
ードルとなっている。海外投融資は、長期資金・政府間対話の機会を提供することで、こうしたハー
ドルを下げるツールと考えられるが、さらに円借款を活用して、民間企業のインフラ市場への参入
促進に寄与するような仕組みとして、本報告書では以下の 5 つの新たな対応策を挙げている。
34
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
表 8
VFG 以外の支援策案
新たな支援策
国際機関との連携
詳細
国際機関との連携を図り、円借款資金でファンドを国際機関に組
成し、ここから資金提供を実施する。これにより、二国間援助機
関に対する新興国政府の警戒感を和らげ、実質的な支援の幅を広
げることが可能となり得る。
保証機能付き借款
円借款を途上国政府へ拠出し、その拠出資金を従来の円借款で対
象としていた資本費部分や、現在検討中である VGF 円借款供与
対象部分(資本費または運営費)だけではなく、事業運営期間中
に発生しうる、事業者がコントロールできないリスクが生じた際
に使用するための資金として供与する。これにより、リスクが顕
在化した際に生じる予測できないコストに対し、活用可能な資金
原資となる。
アベイラビリティペイ
日本政府が円借款を途上国政府へ供与し、途上国政府・政府関連
メント型支援
機関のアベイラビリティペイメントのための資金とする。これに
より、事業者は、契約で定められた公共側が必要とするサービス
を提供した場合には、需要にかかわらずに対価を得ることが可能
となり、需要リスクの高い事業においては民間事業者が参入しや
すい仕組みとすることが可能となる。
PPP スタンド・バイ借
PPP 案件組成資金として用いるため、円借款による融資支援枠等
款
を合意し、PPP 案件組成のための資金が必要となった際に、借入
国からの要請により速やかに融資実行を可能とする。これにより、
途上国政府は、国の発展度合に合致したインフラ開発需要に応じ、
柔軟な資金提供が可能となる。
落札先行型円借款
途上国政府が日本企業の有する先進的な技術を用いてインフラ開
発を進める際に、日本企業が競争入札を通じて事業を落札した場
合、落札後に事業実施のための資金源として円借款を付与する。
出典:PwC 作成
35
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
V.新興国における PE 二重課税問題に係る調査
1. 調査概要
調査対象国 12 ヶ国(中国、インド、タイ、インドネシア、マレーシア、香港、シンガポール、韓国、
台湾、ベトナム、オーストラリア、ロシア)における PE 課税の制度の把握および PE 課税事例の収
集を行い、それらの調査結果を基に国際的二重課税解消のための施策の検討を行った。
2. 調査結果
(1)みなし利益課税
① 現行制度における状況
我が国の外国税額控除制度における国外所得は現地で課税標準とされた金額をそのまま用い
るのではなく、国内法において所得に対する法人税を課するものとした場合に課税標準となるべき
所得の金額に引き直すこととされている。
つまり、国外所得の金額を算出するにあたっては、現行の我が国国内法で法人税の課税標準
として規定している、いわゆる益金の額から損金の額を控除して算出される所得の金額とすることと
されている。
一方で、諸外国(特に新興国)における PE の認定課税の中で行われるみなし利益率等に基づ
く課税は、本来であれば PE に帰属する益金および損金から算定されるべき所得を把握することが
難しい状況において、実務上用いられている簡便的な方法であると言え、当該方法は、現行の我
が国国内法での所得計算方式とは考え方を異にするものであり、その結果として導き出される所得
についても乖離するものと考えられる。従って、外国税額控除制度による二重課税の排除が完全
には達成されない可能性がある。
ちなみに、みなし利益課税のような推定課税は、我が国の税務執行上においても納税者の提
出した資料に不備がある場合に徴税をする有効な手段として位置づけられている。
なお、上述の通り、諸外国においても所得計算の原則的な考え方は益金の額から損金の額を
控除した額であり、一定の条件の下でみなし利益課税がなされるという建付けとなっていることが多
い。しかし、特に新興国において、課税当局がこの限定的に適用されるべきであるはずのみなし利
益課税を、納税者が適正にエビデンス等を準備し原則的な計算を行っている場合にまで適用し、
過大に課税をしようとするケースが散見され、これが問題視されている。
36
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
① 帰属主義及び AOA 導入による影響
AOA による PE 帰属所得は PE の機能およびリスク等の経済実態に着目して算定されるもので
あり、外部取引および内部取引を PE に「帰属」するものかどうかという観点から認識するものであ
る。
これは、現行制度でも規定されている所得計算方式をベースとして、そこに本支店に係る独立
企業の概念を取り入れるものである。したがって、AOA を導入したとしても、諸外国にてみなし利益
率等に基づく課税がなされた場合、現行の国内法と同様その二重課税を排除することはできない
と考えられる。
すなわち、みなし利益率等を用いた課税が諸外国の国内法において規定されていることを踏ま
えれば、我が国の国内法で AOA を導入したとしても、相手国との租税条約で AOA を導入しない
限り、その、みなし利益率を用いた執行に対し反論することは必ずしもできない。特に新興国等で
は、みなし利益率の設定が税務当局の裁量に委ねられている場合もあり、自国の税収確保のため
に現地における課税所得を大きくするため、税務当局がみなし利益率を恣意的に高く設定して課
税所得を計算するというケースも報告されている。そのような場合には、AOA に基づいて算定され
る PE 帰属所得(あるべき所得)よりも大きい所得金額に対して課税を受けることになるため、国内
法に AOA を導入した後でも特段二重課税の排除につながらないことが懸念される。
また、仮に AOA ベースの租税条約が締結されている場合であっても、執行上納税者の提出し
た資料に実際に不備がある場合には、みなし利益率に基づく徴税に対処することは難しいと考え
られる。さらに別途のアプローチとして、諸外国の国内法及びその執行に対して是正を働きかけて
いくことも考えられるが、前述の通り、我が国においてもこの方法が有効な手段として位置づけられ
ている以上、この方向での解決も難しいと考える。
以上を踏まえれば、AOA ベースの租税条約を締結することで、それを論拠として反論すること
ができるようになるのは、①に記載した「不当なみなし利益課税が行われたケース」に限られると考
えられる。
(2)ワールドワイド(W/W)課税
① 現行制度における状況
この形態における課税は、法人の全世界利益を売上比等により按分し、PE に帰属する所得を
算定する方法である。この場合、現地の税務当局は、原則的な方法による PE 帰属所得の計算が
困難であるため、(現地の税務当局は合理的な方法の一つと考えて)売上比等による利益按分を
行うのであるが、現行の我が国国内法で法人税の課税標準として規定している所得計算方式とは
考え方を異にするものであり、その結果として導き出される所得についても乖離するものと考えられ
る。従って、外国税額控除制度による二重課税の排除が完全には達成されない可能性がある。
37
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
売上比等による按分で求める所得計算方式は上記のみなし利益課税と同様、PE に帰属する
所得の計算方式に係るものであるため、AOA を導入したとしても、依然として両者の考え方は乖離
したままにあると考えられる。
したがって、我が国の国内法で AOA を導入しただけでは、その根本解決は望めない。ただし、
相手国との租税条約で AOA を導入し、国内法における売上比等による按分で所得を求める課税
方式を排除すれば、相当程度の二重課税の排除が図られると考えられる。
(3)法人所得税以外の所得税
◆インドネシア 支店利益税
① 現行制度における状況
インドネシアにおける支店利益税は、インドネシアに所在する PE の税引後利益に対する税で
あることから法人所得税の一形態とされるが、支店利益を一種の配当とみなして、当該 PE から外
国の本店等に送金された場合または(送金されない場合でも)いつでも配当可能な状態にあると考
えて課されるものである。これは、我が国とインドネシアとの租税条約に係る議定書第 5 項(a)にお
いて認められているものである。従って、我が国の外国税額控除制度の適用対象になり得る。
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
当項目については、支店利益税の対象となるインドネシア PE に係る、外国税額控除制度上の
国外所得計算以外に、帰属主義及び AOA 導入による影響はないものと考えられる。
◆台湾 源泉税
① 現行制度における状況
我が国の内国法人が台湾の顧客にサービスを提供した場合に、そのサービスの提供地が我が
国であってもその成果が台湾で利用されるのであれば、当該サービスの対価に対して台湾にて源
泉徴収が行われるとするものである。この場合、日本法人には本取引に係る国外源泉所得は生じ
ないため、外国税額控除が適用できない状況にある。
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
当項目については、租税条約を有しない我が国と台湾両国の課税権に関連する問題であるた
め、PE 帰属所得の計算に係る問題に起因する二重課税ではない。そのため、国内法に帰属主義
及び AOA の考え方が導入されたとしても、当該ケースにおける二重課税は解消されないと考えら
38
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
れる。当項目について問題解決を図るためには、例えば、現在進められている租税条約に相当す
る枠組みづくりに係る交渉において、事業所得に対する課税原則として一般的に用いられている
「PE なければ課税なし」の考え方を取り入れ、当該税目に関する課税権の調整を図りつつ、併せ
て相互協議条項を盛り込むことでその実効性を担保することが一案になり得る。又は、当該枠組み
において台湾に当該税目の課税を明示的に認めることで、我が国企業が外国税額控除の適用可
能とする方法が考えられる。
◆ベトナム 外国契約者税
① 現行制度における状況
我が国と租税条約締結国との関係においては、通常、租税条約に従って課税された外国税の
みが我が国における外国税額控除の対象となると規定されているため、租税条約の規定に基づか
ない外国税については外国税額控除の対象とならない。PE を有しない日本企業に対して課され
るベトナムの外国契約者税は、租税条約に従って課される税でないと言えるため、外国税額控除
の適用ができないという問題が生じている。
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
本ケースは、租税条約における外国税額控除の適用対象に関する規定に起因するものである
ため、国内法に帰属主義および AOA の考え方が導入されたとしても、外国税額控除と租税条約と
の適用関係が現状のままであれば、当該二重課税は解消されないと考えられる。
この問題を解決するためには相互協議により現地における課税の改善を促すことが本来的な
方法であるが、この方法でも是正されない場合、当該税目の課税を明示的に認めることで、我が国
企業が外国税額控除を適用することを可能とする方法が考えられる。
◆マレーシア 源泉税
① 現行制度における状況
マレーシアにおけるいわゆる「4A 所得」に対する源泉税に関する二重課税は、上記のベトナム
の外国契約者税の問題と同様に、当該源泉税が租税条約に基づいて課される外国税に該当する
かどうか、という点に起因している。マレーシア内国歳入庁(MIRB)が出している方針によると「当
該源泉税は租税条約に定める事業所得条項の適用を受けるものではない」とされている。そのた
め、当該源泉税の性格は明確ではなく、租税条約に基づく課税かどうかに疑義が生じている。租
税条約にて規定されていないと判断されるのであれば、外国税額控除を適用することができず、二
重課税を招くこととなる。
39
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
本ケースは、外国税額控除と租税条約との適用関係に起因するものであるため、帰属主義およ
び AOA の考え方が導入されたとしても、当該実務上の疑義及び二重課税の問題は解消されない
と考えられる。
この問題を解決するためには租税条約や議定書においてその取扱いを明確化する方法が考
えられる。これにより、マレーシアに課税を認めないことが明らかとなれば条約違反として相互協議
等での問題解決が図れることとなり、また、課税を認めるのであれば我が国企業が外国税額控除
の適用が可能となるため、二重課税の排除につながる。
(4)内部取引に係る送金課税
① 現行制度における状況
内部取引に係る送金課税は、本調査対象国の中ではタイにおいて報告がなされているもので
あるが、これは、我が国とタイとの租税条約に係る議定書第 5 項において認められているものであ
る。従って、我が国の外国税額控除制度の適用対象になり得る。
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
租税条約に係る議定書において課税が認められているタイとの関係については、当該課税の
対象となるタイ PE に係る、外国税額控除制度上の国外所得計算以外に、帰属主義及び AOA 導
入による影響はないものと考えられる。
なお、平成 26 年度税制改正大綱によれば「国外 PE から本店等に対する内部利子等のみなし
支払について国外 PE の所在地国において源泉課税された場合は、わが国の外国税額控除の対
象としない」とされている。「内部利子等のみなし支払」に該当する取引内容は現時点では明らかで
はないが、課税後利益の送金がこれに該当することとなり、かつ我が国と当該源泉税が課される国
との間で租税条約上の手当がない場合には、外国税額控除の対象とならないという問題が生じ
る。
(5)所得計算方式の乖離
① 現行制度における状況
我が国の外国税額控除における国外所得金額の計算方式と諸外国における課税所得の計算
方式は、それぞれ計算の基準となる法令等が異なるため、諸外国において法人税の課税を受けた
場合、課税標準となる所得金額と外国税額控除における国外所得金額に乖離が生じ、外国税額
控除の適用が制限される可能性がある。
40
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
② 帰属主義及び AOA 導入による影響
我が国国内法において AOA の考え方が導入された場合、外国税額控除の国外所得金額の
計算においても AOA が適用されることになるが、相手国との租税条約で AOA が導入されないま
ま、現地の法令に基づいて非 AOA の課税所得計算が行われている限りは、両者の所得金額の乖
離により生じる二重課税は解消されない。また、AOA の考え方の基では、本店と PE 間の内部取
引損益について認識することとなるが、既述の通り、現地の課税所得計算において内部取引を認
識することとなっているか否かについては各国で規定がまちまちとなっており、本改正が即二重課
税排除につながっているとは必ずしも言えないものと考えられる。
我が国で取り入れられる帰属主義及び AOA の下で、現地における課税所得の金額と我が国
国内法における外国税額控除の国外所得の金額との乖離を極力なくすためには、我が国国内法
に AOA の考え方を導入するだけはなく、相手国との租税条約においても AOA の考え方を採用し、
現地における PE への課税が租税条約に従い AOA ベースにて行われるということが要諦になる。
41
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査(概要版)
3. 二重課税解消のための施策の考察
調査結果をふまえ、PE 課税に関して我が国企業が被っている国際的な二重課税の問題を是
正し、海外事業展開を円滑化するために有効と考えられる国内制度の改正やその他の施策につ
いて考察を行った。考え得る施策は、以下の3つに大別される。
(1)租税条約の改正または外国税額控除制度における配慮
○
外国税額控除の対象となる外国税の範囲の拡大
○
租税条約への仲裁条項の導入推進
○
租税条約への AOA 導入の推進
(2)外国税額控除制度の改正
○
外国における間接税への対応
○
控除対象外国法人税の高率負担の見直し
○
税額控除と損金算入の柔軟な選択適用
○
控除限度超過額の繰越期間の見直し
○
事務負担の軽減
(3)その他の考えられる施策
○
本支店間取引への APA の適用
○
国外支店所得免税制度の導入の検討
42
平成25年度
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
業務報告書
平成 26 年 3 月
経済産業省
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
目次
I. 新興国法制度等の基礎調査 – 調達法制度等に係る調査.................................... 5
1. 調査方法 ........................................................................................................ 5
1-1 調査目的 ........................................................................................................... 5
1-2 調査方法 ........................................................................................................... 6
1-3 報告書の構成..................................................................................................... 7
2. 調達制度に係る調査及び提言 .......................................................................... 9
2-1 新興国の調達制度 ............................................................................................. 9
2-2 先進主要国の調達制度 .................................................................................... 59
2-3 JICA と国際援助機関の入札制度の比較........................................................... 85
2-4 新興国の入札制度の課題と対応方針 ................................................................ 98
3. 個別インフラ案件の事例研究 ........................................................................ 119
3-1 日本企業の現状 ............................................................................................. 119
3-2 事例の抽出方法・スクリーニング方法 ............................................................... 120
3-3 事例分析 ....................................................................................................... 121
3-4 事例分析結果を踏まえた示唆 ......................................................................... 132
4. 途上国・先進国におけるVGF制度に係る調査 ................................................ 143
4-1 途上国における VGF 制度の状況 ................................................................... 143
4-2 先進国におけるインフラ事業の収益性向上の支援策の取組み........................... 157
4-3 国際援助機関におけるインフラ事業支援事例................................................... 168
4-4 途上国における VGF 制度支援の取組みの方向性........................................... 181
4-5 途上国における VGF 以外の支援策の方向性.................................................. 189
4-6 円借款運用の改善に向けた方向性.................................................................. 199
II. 新興国法制度等の基礎調査 -新興国における PE 二重課税問題に係る調査.... 202
1. 調査概要 .................................................................................................... 202
1-1 事業目的 ....................................................................................................... 202
1-2 調査概要 ....................................................................................................... 202
1-3 調査方法 ....................................................................................................... 203
2. 調査結果 .................................................................................................... 205
2-1 我が国企業が直面している事業所得課税に係る国際的課税問題の分析・整理... 205
3. 新興国と我が国の制度上・運用上の違いから生じる二重課税の体系的整理 ....... 321
3-1 租税条約の概要 ............................................................................................. 321
3
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-2 外国税額控除制度の概要............................................................................... 331
3-3 課税問題の体系的整理及び二重課税排除可能性の検討 ................................. 342
3-4 国内法への帰属主義及び AOA 導入による影響の分析.................................... 352
4. 二重課税解消のための施策の考察................................................................ 362
4-1 租税条約の改正または外国税額控除制度における配慮 ................................... 362
4-2 外国税額控除制度の改正............................................................................... 364
4-3 その他の考えられる施策 ................................................................................. 367
III. <別添資料> 英国の国外支店所得免税制度 概要.................................... 369
1. 国際課税の原則 .......................................................................................... 369
2. 国外支店所得免税制度導入に係る英国における動き ...................................... 369
3. 国外支店所得免税制度の導入前における国外支店所得の税務上の取扱い....... 370
4. 国外支店所得免税制度に関する法制度改正の背景 ........................................ 371
5. 国外支店所得免税制度の制度内容 ............................................................... 372
5-1 概要 .............................................................................................................. 372
5-2 利益または損失の PE への帰属 ...................................................................... 373
5-3 対象税目 ....................................................................................................... 373
5-4 所得の計算方法 ............................................................................................. 374
5-5 LOSS TRANSITIONAL RULES(国外支店所得免税制度が適用される前に、PE にて生
じた損失がある場合に適用されるルール) .................................................................... 374
5-6 流出防止ルール(新 CFC ルール) .................................................................. 376
5-7 適用の開始と取り消し...................................................................................... 376
6. 国外支店所得免税制度が有効な場合とそうでない場合.................................... 377
6-1 軽課税国に所在する PE ................................................................................. 377
6-2 商業的な理由により設けられた PE .................................................................. 377
6-3 租税条約の手当てがない子会社に対する課税 ................................................. 377
6-4 損失の控除 .................................................................................................... 378
IV. その他 ...................................................................................................... 379
1. 用語集 ....................................................................................................... 379
2. 文献集 ....................................................................................................... 383
4
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
I.新興国法制度等の基礎調査 – 調達法制度等に
係る調査
1. 調査方法
1-1 調査目的
アジアを中心とした新興国の成長を背景として、世界におけるインフラ需要は堅調に拡大して
いる。こうした外需を取り込み我が国の経済成長につなげるため、2013年6月に取りまとめられた
「インフラシステム輸出戦略」「日本再興戦略」等を踏まえ、日本政府としては公的金融の機能強化
やトップセールスの活用等を実施し、官民一体となったインフラ輸出を積極的に推進してきたところ
である。
しかし、世界的なインフラ受注競争の中で、日本企業は厳しい価格競争を強いられているケー
スが多い。一部の新興国では、入札・契約に関する法制度が未整備な上、初期コストのみが重視
される傾向にあるため、高付加価値のインフラ整備を提供する我が国企業の受注に結びつかない
ことが指摘されている。
日本企業の案件獲得を支援するためには、我が国の技術やノウハウが適正に評価されるよう、
新興国における調達制度改革を支援していくことが必要である。そのため、本事業は新興国にお
ける調達制度を調査し、先進諸国の制度をモデルとしつつ、今後の制度改善の一助とする。
また、日本企業が受注・失注した個別インフラ案件の勝因・敗因を分析し、必要な改善方策を
検討していくことも重要である。
加えて、日本企業の参画する PPP 案件についても今後益々の案件組成が期待されており、案
件組成を促す形での公的金融の戦略的活用が重要となっている。2013 年 10 月、「経済協力の改
革について (JICA の円借款・海外投融資)」が発表され、円借款の制度改善を行うことで EBF
(Equity Back Finance)や VGF(Viability Gap Funding)を活用した円借款日本企業の PPP 案件
への参画促進を支援を行っている。本 VGF 制度に対する支援にあたっては、各国における VGF
制度の整備状況やその運用の詳細を把握する必要があるが、VGF 制度は先進諸国で発達し、イ
ンド・インドネシアなど一部の途上国で導入されているものの、我が国ではそれに類する制度運用
はなされていない。よって、本事業は先進国・途上国における VGF 制度を調査することで、我が国
企業による海外での PPP 案件形成の一助とすることも目的とする。併せて、円借款を活用した日本
企業裨益をさらに高めるため、個別事例の要因分析やヒアリング等によって改善策を提言する。
さらに、新興国におけるビジネス環境整備が強く求められているところであるが、実態としては、
近年新興国における不適切な課税が頻発しており、日系の海外子会社の事業活動に大きな影響
5
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
を与えているため、新興国での税制上の課題を把握し、国際的な二重課税の排除を行うことが極
めて重要になっている。したがって、新興国における PE(Permanent Establishment)課税の実
態(PE 認定の基準及び帰属所得の計算手法)及び制度上・運用上の両面から二重課税が生じる
要因等も調査・分析し、国内の制度改正や国際協調を通じた日本企業の海外展開の促進に資す
ることを目的とする。
1-2 調査方法
調査対象国は、今後引き続きインフラ需要が大きい6カ国(ミャンマー、インド、イラ
ク、フィリピン、インドネシア、イラク)を抽出した。
(1)文献調査
本調査では、調査項目について、各国の政府等の公表資料、インターネット上の情報、
書籍等による文献調査を実施した。なお、本調査で調査対象とした文献は巻末の通りであ
る。
(2)現地調査
本調査では、PwC のグローバルネットワーク及び従事者によりミャンマー等において現
地調査を行った。従事者が訪問したその調査対象先の一覧は、以下の通りである。
個別事例については、2 件(受注 1 件、失注 1 件)を選定し、必要に応じて企業・政府ヒ
アリングを実施した。

豊田通商(ネピドー事務所)

三菱商事(ヤンゴン駐在事務所)

PwC Myanmar

日本貿易振興機構(ヤンゴン事務所)

国際協力機構(ミャンマー事務所)

Polastri Wint & Partners
6
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
1-3 報告書の構成
本調査は、政府で推進している 2013 年 6 月に取りまとめられた「インフラシステム輸出
戦略」
「日本再興戦略」等を踏まえ、官民一体として進めているインフラ輸出政策について
下図のように調達制度・PPP 制度の観点から個別事業の受注に向けた取り組みまで幅広く
課題を検討し日本企業のインフラ事業受注に向けた提言を行うものである。
図 1 本報告書の検討内容の全体像
調達制度・PPP制度
((1)調達制度に係る調査及び提言)
制度が個別事業の実施枠組みを規定
個別事業
企業競争力
リスク・収益性
((2)個別インフラ案件の事例研究に
て、技術的競争力、コスト競争力の
観点から分析)
((3)途上国・先進国におけるVGF制
度に係る調査にて、民間資金の活
用が可能な案件の形成に資する
VGF制度運用・PPP促進に向けた公
的金融の活用の観点から分析)
※収益性の一要素として税務処理
について、(4)新興国における課税
問題に係る調査を実施
出典:PwC 作成
(1)では、主に個別事業の実施枠組みを規定する調達制度や PPP 制度に係る新興国の課題を
検討し改善策を提言するものである。
(2)では、企業競争力の向上に向けて、日本企業の技術競争力、コスト競争力の観点から強み
や課題を明らかにし、強みを伸長し課題を克服する対応策について検討している。
(3)では、対象事業の事業採算性を改善し、適正リスク分担・収益性を備えた案件形成に向け
た VGF 制度の整備・運用について課題を整理するとともに、VGF 及びその他 PPP 促進に向けた
公的資金の活用スキームの提案を行っている。なお、(4)では、収益性の一要素である課税にか
かる現実の問題を明らかにし今後の対応策を検討している。
7
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(1)調達制度に係る調査及び提言
ここでは、新興国 6 か国(イラク、インド、インドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマー)の調達
制度について制度及び運用実態について整理を行うとともに、先進主要国(日本、英国、米国等)
の調達制度を参考にすることで改善点を整理している。また、JICA と国際援助機関の調達制度の
比較を行うことにより、JICA の調達ガイドラインのあり方をについて検討を行い、新興国の調達制
度の課題と対応方針の提言に結び付けている。
(2)個別インフラ案件の事例研究
ODA、非 ODA 案件含め、個別事例について受注要因及び失注要因を明らかにしている。また、
事例分析結果を踏まえて国・企業が取り組むべき内容を示唆として整理している。
(3)途上国・先進国における VGF 制度に係る調査
まず、新興国における VGF 制度の整備・運用状況や先進国、国際援助機関における支援事
例を踏まえて、新興国における VGF 制度支援の方向性について検討している。さらに、新興国に
おける VGF 以外の支援策の方向性や円借款運用の改善についても検討を行っている。
(4)新興国における課税問題に係る調査
新興国における PE(Permanent Establishment)課税の実態(PE 認定の基準及び帰属所得
の計算手法)及び制度上・運用上の両面から二重課税が生じる要因等を調査している。また、それ
を踏まえて、国内の制度改正や国際協調を通じた日本企業の海外展開の促進に資する改善内容
についても検討を行っている。
8
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2. 調達制度に係る調査及び提言
2-1 新興国の調達制度
(1)インド
① 公共調達に係る法的枠組み
インドには現在のところ政府調達に関する統一された法律は存在しない。財務省一般会計規
程の中に政府調達について記した章があり、その中に一般的なルールの概要が示されている。こ
の中では入札評価・選定基準等の詳細について各調達実施機関の決定に委ねられている。その
ため、個別の案件の入札については、調達実施機関が独自の内規に基づき調達内容、形態等に
応じた適切な方法を選択している状況にある。現在、こうした公共調達に関する法的枠組みを統
一・再構成しようという試みから、2011 年に最初の公共調達法案が起草された。公共調達法案は
未だ成立に至ってはいないものの、現状の調達制度の枠組みを統一し、より合理的で透明なルー
ルを設定するためのインド自らの試みとなっていることから、今後インドに対して調達制度の改善を
図っていく際の基本的な方向性として重要である。
一方、インドにおいては調達法が存在せず、個別の調達実施機関が調達方法を決定している
ことが必ずしも入札ルールが曖昧であることを意味しない。既に大型で複雑な公共調達案件が既
に多数実施されており、入札評価・選定のルールも合理的な仕組みが出来上がっている。PPP を
初めとした事業権を含む入札評価についても細分化が進んでおり、数字を基礎とした合理的で透
明性の高い入札選定方式が採用されている。
表 1 インドの公共調達に係る基本法令・規則・ガイドライン
名称
施行
概要
財務省一般会計規程
財務省
財務省が施行したインドにおける政府調達
General Finance Rules
2005 年
規程。法律ではないが、唯一の統一基準と
して通用している。
防衛調達手続き及びマニュアル
防衛省
防衛省が実施する公共インフラ調達に関す
Defense Procurement
2009 年
るルールを定めている。細則及び実施マニ
Procedure and Manual
ュアルがあり、詳細な内容を規定している。
都市開発調達手続き及びマニュア
都市開発
都市開発省が実施する公共インフラ調達に
ル
省
関するルールを定めている。細則及び実施
CPWD procurement
2013 年
マニュアルがある。
procedures and manuals
9
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 2 検討中の法案・ガイドライン
名称
施行
概要
公共調達法案(草案)
国会
公共調達に関する統一したルールをまとめ
The Public Procurement Bill
2012 年
た法案。ライフサイクルコストの考えを含む先
(Draft)
進的な評価基準について記載がある。実施
細則はない。
PPP 規定(草案)1
財務省
PPP に関するガイドライン。細則として
PPP Rules (Draft)
2012 年
「Model Concession Agreement for Road,
Port, Electricity」がある。
出典:PwC 作成
上表「検討中の法案・ガイドライ」ンのうち、PPP 規則については中央政府レベルで制定される法
制度、州政府レベルで制定される法制度に大別され、さらに、各政府レベルにおいて、PPP 事業
全般に適用されるものと、セクターに応じて個別に適用されるものが制定されている。下表はこれら
のインド PPP 法制度の整備状況の概要について整理を行ったものである。
表 3 インドにおける PPP 法制度の整備状況
中央政府レベル
州政府レベル
PPP
現状連邦レベルの PPP 法はないが、
州毎に異なる
事業
ドラフト版の政策・規則が公表されて
<整備されている州の例>
全般
いる
グジャラート、カルナータカ、アンドラプラデッ
国家 PPP 政策案(Draft PPP Policy
シュ、パンジャブ
(2011))
国家 PPP ルール案(Draft PPP rules
(2011))
個別
セクター毎に異なる
州毎に異なるが、整備状況は限定的
セ ク
<整備されているセクター>
<整備されているセクター・州の例>
ター
電力、道路、港湾、交通
道路(カルナータカ)、港湾(カルナータカ)
<未整備のセクター>
<未整備のセクターの例>
上下水道、廃棄物、都市交通
電力、水道
出典:PwC 作成
1
*PPP については州ごとに、法制度整備状況が異なる。例えば、グジャラート州は独自に PPP インフラ整備に関する包
括的な法的枠組みを作り、インフラ統括機関による支援スキームを含む包括的な PPP インフラの枠組みを作り上げている。
また、カルナタカ州、ハリヤナ州等でも法制度はないものの政策の整備が進んでいる。
10
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 公共インフラ調達に適用される入札の種類
インドにおける公共調達の種類は財務省一般会計規程に大枠の記載があり、以下の通り一般
競争入札、指名競争入札、二段階入札、随意契約の 4 形態がある。このうち、インフラ調達に関し
ては一般競争入札が大原則となり、それ以外の調達方法は例外的な扱いとなる。
図 2 主なインフラ入札の種類
一般競争入札
Open Competitive
Bidding
• ほとんど(9割以
上)のインフラ調達
は一般競争入札によ
り行われている。一
般競争入札以外の調
達方法を採用する場
合、当該調達機関は
その理由を明らかに
しなければならない。
インドでは近年、政
府の政府財政赤字の
ためコストを意識し
た一般競争入札の原
則化が更に進んでき
ている。
指名競争入札
随意契約
Limited Competitive
Bidding
Single Source
Procurement
二段階入札
Two-Stage Bidding
• 主にPPP案件に適用
される。最終的な仕
様を定めるためにも
う一段階の事前調
査・準備事業等が必
要な場合等に適用さ
れる。第一段階評価
では暫定仕様に対す
る技術評価のみで業
者がショートリスト
化され、第二段階で
最終仕様に対する価
格入札が行われる。
•25 Rs. Lakh以下の
調達の場合。
•25 Lakhs Rs.以上で
あっても、調達物の
特殊性から調達先が
限られる場合、多数
の応札者を評価する
のが困難な場合、緊
急を要する場合等に、
適用される。
•特定の業者しか対応
することのできない
極めて希少な調達、
不慮の事態への対処、
かつての調達物の関
連品の調達などの際
に、極めて限定的に
適用される。インフ
ラ案件としては事例
は少ない。一者のみ
の入札とする場合と、
一者のみと契約を行
う場合とがある。
出典:財務省一般会計規程を元に PwC 作成
③ 入札手続きの流れと評価・選定基準
インドにおけるインフラ調達は主に PPP 案件((PFI 及びコンセッションによる幅広い官民連携調
達 案 件 ) の 際 に 採 用 さ れ る 二 段 階 方 式 と 、 主 に EPC ( Engineering, Procurement and
Construction)契約の際に適用される一段階二封筒方式のいずれかにより行われる。
(ア) 一段階二封筒方式(Single Stage Contract)
財務省一般会計規程の一般競争入札の規定に基づき、PPP 以外の全ての調達(一般インフラ
調達、ターンキー契約等)の際に適用される。本規程には手続きの詳細は定められていないため、
以下では調査に基づき実態として最も汎用的に行われていると判断された調達手続きについて記
述する。
技術・財務評価と価格評価が 1 度の手順で行われる。まず初めに応札者の PQ 審査が行われ、
審査に通った札だけが開かれる。そのうち、提案価格の最も低かった札が自動的に選定される。調
達手続きの実施は各行政機関が行うことになっており、委員会等の設置は行われない。
11
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 3 入札手続きの流れ(PPP 以外)
入札公告
PQ審査
本審査
契約
出典:PwC 作成

入札公告
中央公共調達ポータル(CPPP: Central Public Procurement Portal)に公告時の情報が公開
されている。公共調達法案によれば、中央政府は CPPP において、事前審査書類をはじめ入札に
必要となる書類、PQ 審査合格者のリスト、及び落札者の提示価格及びプロポーザルの詳細等を
公開することが義務付けられている。

PQ 審査
「技術・財務封筒」が開かれ、一般的に以下の項目について審査が行われる。
① プロジェクト経験:過去に実施した案件数と規模(Net ベース)が評価の対象になる。
例えば発注案件の規模が 100 Million USD であれば、同程度の最低 1 件のプロジェ
クト経験が必要となる。それ以下の規模の案件経験しかない場合は、足し合わせて
100-200 million USD になる案件数があれば合格の目安になる。各入札におけるボー
ダーラインの運用は当該調達機関の担当者が決める。
② 財務キャパシティ:Net worth current と Net cash accrual をスコアにして案件を実
施するために十分な財務状況と企業体力があるかが評価される。提出する書類には
全て監査人の証明書が必要となる。財務状況は Capital Value により評価される。

本審査
価格封筒が開かれ、最も価格の低いものが自動的に選定される。

契約交渉
随意契約の場合を除き、落札後の価格交渉は認められていない。
(イ) 二段階方式(Two Stage Contract)
財務省一般会計規程の二段階入札、PPP の場合は州別・セクター別 PPP 規程及び PPP 規則
草案に基づき、主に PPP による調達(BOT/BOO/BOOT 等)の際に採用される。財務省一般会計
12
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
規程には手続きの詳細は定められていない。以下では PPP 規則草案及び調査結果に基づき、実
態として最も汎用的に行われていると判断された調達手続きについて記述する。
事前資格審査(PQ 審査2)の段階でプロジェクト経験及び財務状況の PQ 審査が行われ、入札
参加資格者が登録される。その後、土地収用等のプロジェクト環境整備後に、詳細な条件設定と
仕様が完成し、それに対する価格入札が行われる。入札評価者は入札評価委員会(Tender
Evaluation Committee)が立ち上げられる。
図 4 入札手続きの流れ(PPP)
入札公告
PQ審査
本審査
(技術)
本審査
(価格)
契約
出典:PwC 作成

入札公告、情報公開
上記の PPP 以外の場合と同様。

PQ 審査
PQ 審査での提出書類に基づき、以下の項目に基づき審査が行われる。
[PQ 審査基準]
① インフラ設備の仕様・規模、プロジェクトの価値及びその他の面で類似のプロ
ジェクト(建設・オペレーション・メンテナンス)を実施した経験数
② 当該 PPP プロジェクトに必要な投資を行うに十分な財務体力
③ 契約を遂行するに足る能力
[財務評価基準]
① 自己資本(連結ベース)
② 過去 3 年間の平均年間総売上高
③ 3 年間の平均未収金(連結ベース)
[その他]
① 専門スタッフの数と能力(高い技術力が必要とされる案件の場合)
② 実施地域におけるプロジェクト経験(地域性が重要となる案件の場合)
2
Pre Qualification
13
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
提案審査ステージにおける十分な価格競争環境を担保するため、PQ 審査ステージの通過企
業が 6-7 者程度となるように、PQ 審査の要件・評価基準が決定される。

本審査(技術審査)
調達機関が案件毎に以下の内容を充足する審査基準を設定し、スコア化して総合得点を算出
する。
① PQ 段階の審査のレビューと確認:基本情報、技術・能力、類似プロジェクト経
験、財務キャパシティ、プロジェクト経験
② 業務スコープの理解度
③ 提案されている技術的なアウトプット・解決策及び実施方法・アプローチ:業務
スコープと発注者への理解度、親和性、法規制への適合性、実施地域への適応性、
契約期間内の持続性
④ 上記を達成するために提案されたビジネスプランの妥当性
⑤ 投資能力:提案内容を実施するための財務計画の実現性、資金調達の現実性

本審査(価格審査)
PPP ガイドラインでは、以下のような項目に基づき数値化し、最も高いスコアを付けたものを第
一順位とすることになっている。各項目の全体における評価配点は各案件の入札仕様書毎に決め
られる。
① 発注機関の拠出額
② 期待収益
③ 最終支払料金
④ ライフサイクルコストの現在価値
⑤ コンセッションの期間
⑥ プレミアム支払額
⑦ 出資持分
⑧ 建設当局への補助施設の配分
⑨ 収益の分配額
しかしながら現地への聞き取り調査によると、運用実態としては、主に次の 3 点で数値評価を受
ける場合が多いとされ、より短期的な政府にとっての利点が重視されていると考えられる。

提示する費用・料金単価が最小

政府からの資本的補助(VGF 等)が最小

政府へのプレミアム支払額及び料率が最大

第三者評価
14
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
独立の立場の第三者(Independent Monitor)が PQ 審査基準のレビューを行い、全ての評価
会議に出席する。

契約交渉
入札後の交渉は一切認められない。
④ 価格以外の評価基準の特徴
(ア) 公共調達法の成立
現在審議中の公共調達法案第 22 条によれば、標準的な評価基準は次の 5 つと定められてい
る。よって、同法が適用されると、インフラ調達の評価基準は大きく変更されることになる。
① 価格
② 調達物または業務のオペレーション、メンテナンス及び補修コスト(ライフサイクルコ
ストの一環との位置づけ)
③ 調達対象物の特徴、及び調達物の機能的性質や対象の環境的特徴
④ 調達物の支払い期間及び補償期間
⑤ (コンサル調査の場合など)入札者と業務従事者の経験、信頼性及び技術的品質
公共調達法案が成立した場合、次に課題となるのは上記が実際の入札評価基準として定着す
るかどうかとなる。インドでは評価の客観性に強い重点が置かれており、評価スコア化ができない限
りは実際の調達において評価・選定基準として活用されることはない。例えば現行の PPP 規則草
案には定性的な評価指標も含まれているが、実際の評価の際には活用されていないものも多い。
(イ) ライフサイクルコスト(LCC:Life Cycle Cost)の価格評価での扱い
インドでは PPP 案件においては、政府の支払額に加え、工事・運営に係る費用・料金単価及び
政府からのプレミアム支払額が最終評価の対象となる。そのため、コンセッションフィーを計算する
際に LCC の考え方も含まれているといえる。インド国内の主要 PPP 案件を網羅している代表的な
データベースであるインディア・データベースから読み取れる、RFP ステージにおける主要な価格
提案評価指標は下図のようになっている。
落札企業の国籍に関わらず、支払額が最低であることが最も評価されているが、外国企
業が関与する事業ではプレミアム評価がよる入札がより多くの案件において行われており、
すなわち LCC による評価が多くなされている。
15
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 5 PPP の入札評価における価格の定義
インド企業が主な落札者となる事業
外国企業が関与する事業
コンセッ 財務内容
ション期
0%
間が最短
7%
(政府の)
補助金が
最低最低
4%
(政府へ
の)プレミ
アムが最
高
30%
コンセッ
ション期
間が最短
11%
費用が最
低
料金が最
0%
低
4%
財務内容
1%
費用が最
低
3%
料金が最
低
6%
(政府の)
補助金が
最低
16%
(政府へ
の)プレミ
アムが最
高
18%
(政府の)
支払いが
最低/
55%
(政府の)
支払いが
最低/
45%
出典:国際協力機構(2012)
(ウ) 定性評価指標の技術評価での扱い
インドのインフラ調達において技術審査は PQ 審査の段階でのみ行われ、評価対象となるのは
プロジェクト経験及び財務状況のみとなる。技術審査は最低限の技術仕様を確保しているかどうか
の Pass/Fail 審査であり、一定の基準を満たす業者同士のそれ以上の技術レベルの高さについて
は評価の対象とならない場合が多い。また、ある程度の業者が価格競争へ進めるように適切な水
準で技術審査の基準は設定される。
EPC の場合、最低限の技術仕様を満たす業者であれば最も安価な調達が望ましいという考え
が根付いており、設計・施工能力、環境性能・付加的性能、設備の安全性・耐久性、企業の社会
的責任・信頼性といった定性的要素が評価項目に入ることはほとんどない。必要な場合は契約書
の中に条項を盛り込むことで対応される。
なお、能力の低い事業者は事前審査で絞りこまれる仕組みになっており、設計・施工能力、安
全性の確保に寄与している。PPP では規定上は評価の基準として考慮されることになっている。
(エ) パフォーマンス契約
パフォーマンス契約とは、完工時期等、入札で要求されている水準よりも上回る成果が出た場
16
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
合に落札企業に対して政府が付与するインセンティブ(追加報酬支払い等)を与える契約形態で
ある。インドにおいては明文化された規定はないが、PPP 契約においては完工時期が早まれば料
金徴収の発生が早まる(投資コストに対するリターンの発生が早まる)などの要因に対してインセン
ティブを反映した契約が実質的に採用されている。また、道路建設案件で当該道路を利用する自
動車が出すことのできる平均速度を基準としてパフォーマンス契約が採用された事例等がある。
(オ) プロジェクト経験の定義
インドにおいては技術評価の際のプロジェクト経験の定義は、インド政府独自の調達とドナー支
援による調達の場合とでは基準が異なる。前者の場合は OECD 各国での経験しか考慮されない
が、後者による発注の場合は各ドナー機関の国際競争入札ルールに則り、通常、あらゆる国での
インフラ調達経験が実績として考慮される。現在はインド国内での調達も国際基準に合わせる(あ
らゆる国での経験が等しく考慮される)方向へ向かっている。
⑤ 一社入札の可否
インドでは、財務省一般会計規程において特定の業者しか対応することのできない極めて希少
な調達、不慮の事態への対処、または以前の調達物の関連品調達などの際に、一社入札を行う
調達スキームが認められている。そのため、一般競争入札の公示を行い応札者が一者だった場合、
あるいは PQ 審査を通過した応札者が一者だった場合を、「特定の業者しか対応できない調達」、
あるいは「不慮の事態への対処」ととらえ、一者入札を行うことは法的には可能であると考えられる。
実際、PPP 案件を中心に PQ 審査を通過してプロポーザル審査に進んだ者が 1,2 社であっても
(すなわち、最終的な応札者が 1、2 者であっても)入札が成立した事例は多く存在する。しかしな
がら、EPC事業や特に外国借入に基づく公共事業の場合は透明性確保の観点から、一社応札が
認められない傾向がある。
基本的にはインドでは PQ 審査をするに値しない実施能力の低い業者が、非現実的な低価格
を提示し公共調達に参加してくるという事態が発生している。こうした応札者を排除し無駄な競争を
避けるため、政府は技術審査基準を高く設定して数社しか PQ 審査を通らないようしたいと考えて
いる。
一方で財政赤字や汚職に対する世論の厳しい目があり、技術審査基準を高く設定することによ
り応札者を限定する行為は「特定業者の優遇」との批判を受けやすく困難な状況にある。インドの
調達機関にとって現行の数値重視の評価基準では、最低限の基準水準が非常に高いということを
入札書類で客観的に証明することは容易ではない。結果として原子力などの非常にセンシティブ
な分野ですら、調達機関は限定的な条件を技術要件に加えることができず、不必要に多くの入札
者を通過せざるを得ないのが現状となっている。
17
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑥ ケーススタディ
上記法的枠組みに基づく実際の運用実態を示すため、以下に PQ 審査及び本審査の際の評
価基準の入札図書への記載のされ方について事例を記述する。
第一の事例の PQ 審査では、まず、適格性審査により技術・財務安定性が Pass/Fail 形式
で簡易審査されている。その後、更に Pass/Fail 形式で詳細な技術評価が行われている。こ
の際、評価対象となる「プロジェクト経験」を 4 段階で定義し、当該入札案件との類似性
に応じてスコア換算し、
「経験スコア」を算出している。
これは、数字による客観性の担保に強い重点が置かれており、定性的要素が評価指標に
入ることが難しい仕組みになっているといえる。即ち、LCC の要素を含む価格評価や総合
評価といった日本企業にとって有利となりうる評価要素が入ることは困難といえる。
また、応札者は最低 26%以上の出資が求められており、相応の関与が必要になる。日本
企業は出資をできる限り抑制する傾向にあるとともに、連結対象になる水準であるため応
札のハードルが高くなることを意味する。
第二の事例の本審査(価格・技術審査)では、求められている技術仕様と条件が詳細に
定められており、Pass/Fail 方式で評価を受ける。同評価に Pass した応札者同士で価格競
争が行われ、最も高いプレミアム支払額を示した者が落札することになっている。合格点
以上の技術点は評価の対象にならず、高い技術力を持つ日本企業にとっては不利な評価形
態になっている。一方、最終の価格競争は初期投資コストだけではなく運営期間のコスト
と収益を勘案して算出されるプレミアム支払額となっており、この点において LCC が一定
程度考慮されているといえる。
(ア) 【事例1】国営高速道路の拡幅工事にかかる PQ 審査
i.
概要
案件名
国営高速道路 NH209(タミルナド・カルナタカ州境か
らバンガロール区間)の2・4車線化にかかる PQ 審査
発注者
インド政府(道路交通・高速道路省・国営高速道路公
社)
実施時期
2012 年 7 月
国際援助機関による貸付
なし
入札形態
国際競争入札
入札方式
二段階方式(PQ 審査+本審査)
契約形態
PPP / BOT on DBFOT (Toll)
18
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ii.
PQ 審査における適格性の評価項目
① 技術能力
5 年以内の同等規模の類似案件における1)支払額及び2)収益額
② 財務能力
前年度実績の価値で Rs. 161.20 crore 以上(コンソーシアムの場合、出資比率 26%の主体が
評価対象)
iii.
PQ 審査の評価基準
① 技術的能力
技術的能力は適格経験(Eligible Experience)と呼ばれ、以下のプロジェクト経験が評価対象
となる。
<対象となるプロジェクトの種類>
カテゴリー1
高速道路に関するプロジェクト経験
カテゴリー2
コア・セクターに関するプロジェクト経験
カテゴリー3
高速道路に関する建設工事経験
カテゴリー4
コア・セクターに関する建設工事経験

高速道路の定義:高速道路、優先道路、橋、トンネル及び滑走路

コア・セクターの定義:電力、通信、港湾、空港、鉄道、地下鉄、工業
団地、ロジスティックパーク、パイプライン、灌漑、上下水道及びビル・
建物
<その他の条件>

BOT, BOLT, BOO, BOOT または類似の契約形態による PPP 案件であること

応札者が最低 26%出資していること

初期投資コストが Rs. 64.48 Crore 以上であること

5 年以内のプロジェクトに対する支出またはプロジェクトからの収益があること
<プロジェクト経験として評価される数値>

1)過去 5 年以内の建設工事案件の実施件数

2)上記案件におけるグロスの総支出または総収入

Rs. 64.48 Crore 以下の収入、支出はカウントされない。

ターンキー契約か EPC 契約に含まれている場合以外は設備・機器への支出はカウン
トされない。
19
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

土地の収用費用はカウントされない。

上記のプロジェクト経験が点数付けされ、「経験スコア(Experience Score)」が
計算される。経験スコアは、プロジェクトへの総支出または総収益を 1 crore で割
り、下記の数字を掛けて算出される。
プロジェクトの種類
掛け率
カテゴリー1
1.45
カテゴリー2
0.85
カテゴリー3
0.85
カテゴリー4
0.45

プロジェクト経験が OECD の各国内のものである場合は、スコアが 1.5 倍になる。

複数のカテゴリーの案件経験を持つ場合は足し合わせされ、トータルスコアが算出
される。
<プロジェクト経験の詳細情報の提出>

過去 5 年分の評価対象プロジェクトの詳細

添付資料 1 及び 2 に定められた様式による技術キャパシティ

添付資料 4 に定められた様式によるプロジェクト情報
(イ) 【事例2】港湾開発の第2フェーズ工事にかかる本審査(技術・価格審査)
i.
概要
案件名
カルナタカ州沿岸 Karwar 深海港開発第2フェーズ
発注者
カルナタカ州政府
実施時期
2013 年
国際援助機関による貸付
なし
入札形態
国際競争入札
入札方式
二段階方式(PQ 審査+本審査)
契約形態
PPP / DBOOST (Design Build Own Operate Share
and Transfer)
ii.
本審査の評価基準

本評価では技術評価と財務評価が行われる。

技術評価のために応札者は次のものを提出する。1)提案されている港のキャパシテ
ィ増分、2)技術性能、3)物資の支援、4)必要となる土地の利用計画
20
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

提案されているプロジェクトは次の前提を満たしていなければならない。1)全天候
で使える深海港である、2)港の運営のために必要な全てのインフラが含まれている、
3)DBOOST により実施される

技術入札は次の情報を含むものとする。1)フェーズ 1 における港の最低キャパシテ
ィ、2)初期投資コスト、3)建設スケジュール、4)運営・維持管理コスト、5)
環境管理コスト

上記の条件を満たした応札者の中から、最も高いプレミアムを示した応札者が契約の
第一交渉権を得る。
21
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(2)フィリピン
① 公共調達にかかる法的枠組み
フィリピンでは政府によるインフラ調達に関する基本法規として、共和国法第 9184 号が定めら
れている。また、PPP 契約による調達の場合は BOT 法、ODA による調達の場合は ODA 法がそ
れぞれ定められており、調達の種類に応じた規定に基づき入札評価・選定が行われる。なお、
それぞれの基本法規に対して個別の実施細則が定められている。
表 4 フィリピンの公共調達に係る基本法令・規則・ガイドライン
名称
施行
概要
共和国法第 9184 号(政府調達改定
国会
最新の公共調達法。下記の BOT (Build
法)
2003 年
Operate Transfer)法または政府開発援
Republic Act No. 9184 Government
1 月 10 日
助(ODA: Official Development
Assistance)法が適用される案件以外の全
Procurement Reform Act
ての公共調達案件に関して入札ルールを
規定。
政府調達改定法実施細則
政府
上記政府調達改定法の実施細則。
Revised Implementing Rules and
2009 年
Regulations of the Government
9月2日
Procurement Reform Act (RA9184)
共和国法第 7718 号(改正 BOT 法)
国会
PPP 規則。国家経済開発局(NEDA:
Republic Act No. 7718 Build
1994 年
National Economic Development
Operate Transfer (BOT) Law
5月5日
Authority)またはその内部の投資調整委
員会(ICC: Investment Coordination
amending RA 6957
Committee)による一般競争入札につい
て規定している。
改正 BOT 法実施細則
政府
上記改正 BOT 法の実施細則。
Revised Implementing Rules and
2012 年
Regulations of BOT Law RA7718
10 月 7 日
共和国法第 8182 号(ODA 法)
国会
各国からの ODA による公共調達につい
Republic Act No. 8182 Official
1996 年
ての規定している。
Development Assistance (ODA) Act
6 月 11 日
of 1996
22
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
名称
施行
概要
共和国法第 8555 号(改正 ODA 法)
国会
上記 ODA 法の 4 章と 11 章を修正。本法
Republic Act No. 8555 amending
1998 年
により、ODA による公共調達の場合の入
Republic Act No. 8182
2 月 26 日
札ルールについて大統領が案件の性質に
基づき緩和、修正できることとし、併せて
プロジェクト実施前の国会の議決を不要
とした。
ODA 法実施細則
国家経済開
Implementing Rules and
発局
Regulations for ODA Act of 1996
1996 年
(RA8182)
7 月 23 日
上記 ODA 法の実施細則。
出典:PwC 作成
② インフラ案件に適用される調達の種類
フィリピンにおけるインフラ案件に標準的に適用される公共調達の種類は、上記の 3 種類の調
達法(一般調達、BOT 調達、ODA 調達)に応じて以下の通りとなっている。
図 6 主な調達の種類
一般調達
RA9184
• 一般競争入札による
最も標準的な公共調
達
• 入札の方法等は各調
達物(インフラ、施
設等)及び政府機関
により異なる
政府要請調達
民間提案型調達
Publicly Solicited
RA7718
Unsolicited
RA7718
• NEDAの優先プロ
ジェクトの際に適用
• 政府機関による事
前のF/Sまたは関連
事業に続いて行われ
る
• 一般競争入札が適用
される
• 主にPPPが対象
• 民間企業がF/Sや関
連の情報を提供の上
案件を提案し、政府
が承認して公共調達
が行われるケース
• 主にPPPが対象
ODA調達
Funded by ODA
• ODA資金により
NEDAの官房局を通
じて実施される調達
プロジェクト
• 大統領は関連の規定
を参照しつつ調達
ルールについて定め
る権限を持つ。
出典:フィリピン共和国法第 9184 号を元に PwC 作成
23
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
③ 入札手続きの流れと評価・選定基準
(ア) 共和国法第 9184 号に基づく一般調達

入札の種類
1 段階 2 封筒方式が採用され、1 つ目の封筒が技術提案書、2 つ目が財務提案書となる。技
術提案書の内容は、1)要求基準に基づく適格性証明書、2)入札保証書、3)技術保証書、4)
宣誓書により構成される。

入札公告
公共調達ウェブサイト(PhilGEPS)上で公開される。大型の案件の場合は新聞広告により告
知される。

評価者
公共調達を行う政府機関内に入札選定委員会(BAC: The Bids and Awards Committee)
が組織され入札を行う。BAC は次の機能を持つ。

入札案内/関心表明の公表及び掲示

調達事前会議及び入札事前会議の開催

入札見込者の適格性の確認

入札受領

入札の評価

事後資格審査の実施

再入札に向けた調整

調達機関の長または正当に権限が与えられたその代表者への落札者の推奨

制裁発動

代替調達方法の活用について調達機関の長に推奨

必要に応じてその他の関連機能を実施。

事前資格審査(PQ)
入札事前会議:100 万ペソ3を超える案件については応札〆切の 12 日前までに入札事前
会議が実施される。応札資格と契約の技術・財務内容について討議される。
[資格要件基準]

事業者がフィリピン国民、またはフィリピン個人事業主であること。

最低持分 75%がフィリピン国民により保有され、フィリピン国内法に基づき設立さ
れたパートナーシップであること。

最低持分 75%がフィリピン国民により保有され、フィリピン国内法に基づき設立さ
れ企業であること。
3
約 227 万円(2014 年 3 月時点)
24
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

最低持分 75%がフィリピン国民により保有され、フィリピン国内法に基づき設立さ
れた共同組合であること。

JV の場合、フィリピン資本が 75%以上であること(技術レベルの高い入札について
はこの限りではない)。

最低 1 件以上の類似案件の実施経験があること。

国際条約または特別の合意が結ばれている場合は、外国企業もインフラ案件に応札す
る権利を得ることができる。

入札評価の基準
評価基準は当該調達機関または政府の予算・運営局の調達サービス部門が実施する。
実際の評価は BAC が実施する。

入札評価の手順

BAC が必要資料の提出状況と全ての技術水準が満たされているかどうかを確認し、
Pass /Fail を決定する。

Pass となったものの 2 つ目の封筒を開封する。提出物に不備を確認して、Pass/Fail
を決定する。

案件要求の性質により契約上必要とされる技術仕様・要求が事前に正確に定義でき
ない商品調達の場合、または技術的に不平等な入札の問題が生じる可能性がある場
合、2 段階入札となる。

この場合、入札見込者は第 1 段階では適格要件及び当初技術提案初のみ(入札価格は
なし)を提出し、性能基準について評価を受ける。その後、BAC 及び入札者のうち
技術入札が入札書類上の最低要求基準を満たす者との間で協議を実施し、最終改訂
技術仕様が決定される。最終改訂技術仕様は第 1 段階で特定された全ての入札者に配
布され、同入札者は価格提案を含む改訂技術入札を 2 通の別個の封印された封筒に
入れて提出する。

算出された入札価格の合計が、予定価格を超過する場合は考慮されない。

開札
入札締め切り後 1 週間以内に、書類の不備のあるものを除いてランク付けし、最低価格
入札(LCB: Lowest Calculated Bid)または最高評価入札(HRB: Highest Raged Bid)を
決定する。

事後審査
最低価格入札/最高評価入札は以下の提出書類の信頼性について事後審査を受ける。

納税完了通知書
25
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

最新の所得税・事業税申告書

PhilGEPS 登録証明書
審査基準は以下の通りとなっている。
① 法的要求:入札者が提出する免許・証明書・許可・契約及び当該入札者が政府の管理
するブラックリストに掲載されていないか
② 技術要求:提供される内容が入札書類に示された要求に準拠しているか
③ 財務要求:入札者の入札価格の提案書及び、適宜、入札書類に規定された額及び期間
に対し、入札者が案件の営業活動によるキャッシュフローを維持できるか
最低価格入札/最高評価入札が事後資格審査の全ての基準を満たすと BAC が判断した
場合、当該入札の成立を宣言し、提出された入札価格の低い価格、または品質ベースの
評価手続きの場合は提出された入札価格または交渉価格のいずれか低い価格にて、当該
入札者を落札者とする旨を調達機関の長に通知する。

落札・契約
入札が締め切られたら直ちに BAC が開札を行う。
開札の日時は RFP に記載されている。
議事録が後日公開される。BAC が 調達機関の長に応札予定者を申請し、承認を受けて契
約に至る。落札者は承認後 3 日以内にウェブサイトで公表される。
(イ) 共和国法第 7718 号に基づく BOT 政府要請調達

入札の種類
2 段階 2 封筒方式が採用され、1 つ目の封筒が技術提案書、2 つ目が財務提案書となる。
但し、緊急の場合、調達機関は同時(または 1 段階)資格審査・入札を選択することがで
きる。この場合、提案書の提出は 3 封筒方式となり、1 つ目の封筒が資格審査書類、2 つ
目が技術提案書、3 つ目が財務提案書となる。

入札公告
PQ 審査・入札の案内(IPB)は、1)PPP センターウェブサイト、2)政府関係省庁、
及び、3)地元紙で公開される。プロジェクト費用が 500 百万ペソ以上の場合、国際的
な出版物にも掲載される。

評価者
政府関係省庁及び PPP センターが共同で評価者となる。

PQ 審査
① 法的要求
26
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

プロジェクトの運営が公共施設の運営管理組織を必要とする場合で、応札者と
施設運営者が同一事業体である場合、応札者はフィリピン国民または、最低 60%
をフィリピン国民が所有する企業または最低持分 60%がフィリピン国民により
保有されるコンソーシアムでなければならない

プロジェクトの運営が公共施設の運営管理組織を必要とする場合で、応札者と
施設運営者が同一事業体でない場合、施設運営者はフィリピン国民または、最
低 60%をフィリピン国民が所有する企業または最低持分 60%がフィリピン国民
により保有されるコンソーシアムでなければならない

応札者がコンソーシアムである場合、同メンバーは契約上の応札者の義務につ
いて、連帯責任を有する

応札者により雇用されることが提案される請負人は、自国で正当に免許を取得
し、認可を受けていなければならない
② プロジェクト実績

応札者またはコンソーシアムを構成するメンバー企業または提案される請負人
は、入札対象であるインフラプロジェクトについて、過去に類似または関連プ
ロジェクトを成功させていること。

コンソーシアムは、メンバー及びその株式持分、役割及び提案される請負人を
盛り込んだ事業計画を提出する。

応札者及び/または請負人の主要人員は、類似または関連プロジェクトにおける
経験を有すること。
③ 財務能力
応札者はプロジェクトの詳細設計、建設、及び運営・維持管理フェーズの支出を賄う
財務体力をもっていなければならない。具体的には以下の項目が評価の指標となる。

応札者または、コンソーシアムの主要メンバーの純資産

債務:応札者またはコンソーシアムメンバーとの既存銀行関係、当者の財務状
況が良好であり、当該プロジェクトの資金調達に関し、国内商業銀行または公
認国際的銀行からの信用供与を受けることが適格であることを証明する書簡

応札
技術提案書には、以下を盛り込む。

入札の全条件に対する受諾・準拠供述書

組織計画、プロジェクトの運営・維持管理に関する方法・手続きを含むプロジ
ェクトの運営計画

設計案及びプロジェクトスケジュール
27
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

環境評価案

プロジェクトの詳細費用予測

必要な入札保証金(規模によりプロジェクト費用の 1%-2%)
財務提案書提案書には、以下を盛り込む。


提案されるプロジェクト費用、運営・維持管理費用

プロジェクトの資金調達スキーム(持分及び負債額、提案される資金源)

入札書類に規定されたパラメータに基づく財務入札
入札評価
最初に資格審査書類が開封される。入札評価には、適格とされた入札者のみが参加で
きる。
次に、技術提案書が開封される。開封には、入札者及びその代表者が参加する。
その後、要求(上述の通り)に対する提案書の完成度が判断される。評価基準を満た
した入札者についてのみ、財務提案書が開封される。開封には、当該入札者が参加する。

評価基準
① 技術提案書

技術的健全性(予備的工学設計が最低設計・性能基準及び仕様に一致、建設手法
の実現可能性及びスケジュール)

運営上の実現可能性(組織計画及び、プロジェクトの運営・維持の手法・手続き
について)

環境基準(準拠及び悪影響の軽減策)

プロジェクトの資金調達(提案される資金調達計画には、プロジェクトの建設費
及び運営・維持費について適切な資金調達が示されていること)
② 財務提案書

落札・契約
落札証明書は、政府関係省庁より落札者に発行される。落札しなかった全応札者に対
しても、同省庁より書面による通知が届く。落札者は通知から 20 日以内に以下を提出す
る。

所定の性能担保

必要な持分拠出の誓約の証憑

プロジェクト費用の資金調達のために必要な貸付についての金融機関からの誓約
の証憑
28
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

コンソーシアムの場合、契約上の応札者の義務に対するメンバーの連帯責任の合意
証

特別目的会社(SPC)がプロジェクトを実施する場合、SPC の登録の証憑
(ウ) 共和国法第 7718 号に基づく BOT 民間提案型調達

入札の種類
1 段階入札方式が採用される。政府は、以下の条件を満たす場合に民間提案書を受け入
れる。

プロジェクトが新規概念または技術を伴う

プロジェクトが優先プロジェクト一覧に含まれていない(新規概念または技術を伴
う場合を除く)


政府の直接保証、補助金または持分拠出が不要
入札公告
一者からの民間提案の場合には行われない。複数者のコンペ形式の場合は、一般調達
と同様に行われる。

評価者
政府関連省庁

PQ 審査
適格審査は民間提案を受け入れる前提条件の 1 つとなっている。コンペ型提案の場合の
適格審査は一般調達と同様の方式で実施される。

応札
提案書は、以下を含む。コンペ型の場合は案件ごとに提案書の内容が定められる。


カバーレター(プロジェクト、新規概念または技術の説明を含む)

F/S

会社概要

契約書ドラフト
評価基準
一者による提案の場合は、政府省庁は以下を実施する。コンペ型については、一般調
達と同様の評価が行われる。

プロジェクトの利点

正式な PQ 審査が実施された場合と同様の基準
29
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

契約取決めの適切性及びリスク分担の合理性

利益率
当該省庁は、受領後 120 日以内に提案書の受諾・拒否を決定する。受諾した場合、応
札者は「原応札者」とみなされる。その後、応札者及び省庁間でプロジェクトの範囲、
実施取決め、合理的な利益率、契約条項を中心に交渉が開始される。交渉が満足のいく
結果に繋がった場合、公示される。

落札・契約
公示後、60 日以内に政府関係省庁に競合する提案書が提出されなかった場合、原応札
者が落札者とされる。なお、競合が提出した価格提案書が、原応札者が提出したものを
上回る場合、原応札者は 30 日以内に当該価格提案書に対抗し、これを落札する権利を有
する。
(エ) 共和国法第 8182 号に基づく ODA 調達

適用ケース
ODA 資金による調達の場合に適用される。ODA とは以下の基準を全て満たす貸付また
は貸付及び補助金とする。

フィリピンの持続可能な社会経済発展・福祉を促進する目的をもって運営され
るもの

フィリピンが外交・貿易関係または二国間契約を有する海外政府または、国連、
その機関及び国際または多国間貸付機関の加盟国との契約


資本市場において比較可能な金融商品がない

最低 25%の補助金の要素を含む
入札公告
規定はない。ドナーとの合意がない場合はフィリピン共和国法第 9184 号が適用される。

評価者
国家経済開発局及び投資調整委員会の監督下に置かれた調達企業の入札選定委員会が
評価者となる。

事前審査及び入札評価
規定はない。ドナーとの合意がない場合は共和国法 9184 号が適用される。

評価基準
ドナーとの合意がない場合は共和国法 9184 号が適用される。以下の点が付加的な条件
30
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
となる。

プロジェクトの F/S 及び設計を受託したコンサルタント及びコンサルティン
グ会社は、直接的・間接的を問わず、プロジェクト実施の以後のフェーズに参
加することはできない

プロジェクトの実施は、後者が当該プロジェクトを実施する能力を持たない場
合を除き、実行機関によりその権限を委任できない

プロジェクトの実施に必要とされるコンサルタント、請負人、建築家、エンジ
ニア及びその他の専門家の雇用においては、フィリピン人が優先される

補給品及び材料の購入にあたっては、当該プロジェクトに変更・悪影響をもた
らさず、当該補給品及び材料がコンサルタント、請負人、建築家、エンジニア
及びその他プロジェクトに関連する専門家の示す基準を満たす限り、フィリピ
ンのサプライヤー及び製造者が優先される

ODA プロジェクトは、初めに Environmental Compliance Certificate(ECC)
または環境保護の目的で法律上必要とされるその他の証明書・許可を
Department of Environment and Natural Resources(DENR)または適切な政
府機関から取得する

落札・契約
ドナーとの合意がない場合は共和国法 9184 号が適用される。
④ 価格の評価基準の特徴
(ア) LCC の価格評価での扱い
明確な基準ではないものの、間接的には財務パラメータ及び評価基準として次の通り
認識されている。

プロジェクト運営開始時点での最低提案料金、手数料、リースまたは使用料(入
札書類に、事前に合意されたパラメータ的関税調整方法が規定されている場合)

契約期間を通じて提供される政府補助金の現在価値の最低値

提案される政府への支払(コンセッション報酬、リース・賃貸支払、固定/保
証された支払、変動支払、契約期間を通じた売上の割合(%))の現在価値の最
高値
また、財務提案書は、技術提案書の適合性についての検討・確認後に検討される。財
務評価基準は入札書類に明示されており、「価格」に加え、その他の基準が含まれること
がある。
31
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(イ) 定性評価指標の技術評価での扱い
入札書類に規定された技術評価基準をもとに技術提案書が評価される。各評価基準の
スコア化指標はないが、一般的に「技術的健全性」及び「運営上の実現可能性」が非常
に重要な基準とされている。
⑤ 一社入札の可否
一社入札は認められている。PQ 審査を通過した業者が一社のみの場合、または複数者
通過したうち応札したのが一社のみだった場合は、公共調達を行う政府機関は当該応札
者と直接価格交渉を行い、契約を行うことができる。
32
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(3)ベトナム
① 公共調達に係る法的枠組み
ベトナムにおいては入札法が公共調達に関する基本法として定められている。今般、
2005 年に定めらた旧入札法から 2014 年 7 月より新法への調達ルールの変更が行われる予
定となっている。本法を基礎として多数の細則・ガイドラインが設けられる予定となって
いる。また、ODA 及び PPP による調達に関しては、それぞれ別の通達及び首相決裁が存在
する。
表 5
ベトナムの公共調達に係る基本法令・規則・ガイドライン
名称
施行
概要
入札法
国会
2014 年 7 月 1 日より あらゆる入札の原則を定めた基本
Law on Bidding No.
2013 年
法として、Law on Bidding No. 61/2005/QH11 (LOB
43/2013/QH13 (LOB
11 月 26 日
2005)に代わって施行される予定。なお、本法は入札の
2013)
原則のみを規定しており、入札手続きの詳細について
は関連当局により公布される。例えば、上記の 2005 年
版入札法の実施については、指針となる政令、通達等
が約 20 件存在している。
PPP 規程
政府
本規定は BOT、BTO 及び BT プロジェクトの実施にお
Decree
2009 年
ける投資条件、発注、手順及び BOT 契約当事者の権利・
108/2009/ND-CP
11 月 27 日
義務について規定している。ここに定められている以
(Decree 108)
外の入札手続きには入札法の一般規定が適用される。
BOT 通達
計画投資省,
BOT プロジェクトにおける入札手続きについて詳細に
Circular
2011 年
規定している。
03/2011/TT-BKHĐT
1 月 27 日
(Circular 03)
ODA 調達政令
政府
本政令は、外国政府、国際機関及び国家間・政府間機
Decree 38/2013/ND-CP
2013 年
関からベトナム政府へ提供される ODA 及びコンセッシ
(Decree 38)
4 月 23 日
ョンローンの管理・活用について規定している。ODA
プロジェクトの入札手続きは、入札法及び国際条約及
びドナーとの合意に従う。
PPP に関する首相決裁
首相
本決定は、PPP 形式による投資の試験的実施について
Decision No.
2010 年
規定している。PPP プロジェクトの入札手続きには、
71/2010/QD-TTg
11 月 9 日
入札法の一般規定が適用される。
(Decision 71)
出典:PwC 作成
33
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 公共インフラ調達に適用される入札の種類
ベトナムにおける公共インフラ調達は、原則的に一般競争入札により行われる。一般競
争入札が行えないような特殊な場合の調達手段として、指名競争入札、直接業者指名、見
積もり合わせ、随意契約、政府独自調達が認められている。
表 6 主な入札の種類
入札形態
概要
一般競争入札
入札法の適用範囲に含まれる全てのプロジェクトは、一般競争入札の対象と
Open Bidding
なる。他の入札形態を適用する条件が不適切である場合、一般競争入札以外
の入札選定手順を用いることは禁止されている。
指名競争入札
極めて高い技術要求または技術特性が必要とされるため、入札者数が限定さ
Limited Bidding
れる場合に適用される。
直接業者指名
直接業者指名は下記の場合に適用される。事前に登録されている業者の
Direct
み指名される権利を持つ。
Appointment of

天災等の解決のため緊急性を要する案件
Contractor

国家秘密の安全のための案件

地理的地域の人口・地域社会の生命、健康及び資産に直接損害を
及ぼさないため、または近隣プロジェクトに著しい影響を及ぼさ
ないため緊急を要する案件

緊急事態において、疫病の予防・撲滅のための薬品、化学薬品、
補給品及び健康機器の購入。

国家の独立と領土を守るために緊急を要する案件

著作権、特許等の制約により調達先が限られる知的サービス、
F/S、設計にかかる案件

地雷や爆発物が埋められている地域における土地の収用にかか
る案件
一般の人々に製品及びサービスを提供する入札案件で、予定価格内で価格付
けされた案件
見積もり合わせ
見積もり合わせは、政府が政令で規定する制限価格内の案件において、
Competitive
以下のいずれかの場合に適用される。
Quotation

汎用的で単純な非コンサルティング業務

汎用商品及び市場で入手可能、標準的な技術的特徴及び同品質の
購入
建設設計図が承認済みの単純工事の建設・設置
34
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
入札形態
概要
随意契約
随意契約は調達物が以前の入札案件またはプロジェクトでの調達物と同
Direct
じ場合で次の条件を全て満たす場合に適用される。
Procurement

かつての受注業者が同じ仕様の案件に応札している場合

随意契約に適用される入札案件の内容・特徴は以前の入札案件と類
似しているが、規模が以前の入札の 130%を超えない場合

随意契約を適用する入札案件の単価が、以前の類似案件の単価を超
えない場合
以前の入札案件の契約締結日から随意契約の結果承認日までの期間が
12 か月以内である場合
政府独自調達
案件を直接管理及び活用する組織が、入札案件要求を満たす技術・財務
Self-Implementat
能力及び経験を有す場合、プロジェクト及び調達見込みの入札案件に適
ion
用できる。
出典:ベトナム入札法を元に PwC 作成
③ 入札手続きの流れと評価・選定基準
(ア) 落札業者の選定方法
i.

1 段階 1 封筒方式
以下の場合に適用される。
-
非アドバイザリー業務提供の入札案件、物品調達、建設及び設置、小規模混合
物の入札案件における一般競争入札、指名競争入札
-
非アドバイザリー業務提供、物品調達、建設・設置の入札案件における見積も
り合わせ
-
アドバイザリー業務提供、非アドバイザリー業務提供、物品調達、建設・設置、
混合物の入札案件における直接業者指名

-
物品調達の入札案件における随意契約
-
投資家選定における直接業者指名
入札者は、入札案内の要請に従い、技術提案書及び財務提案書の書類を別個の形態
で同時に提出する。

評価のための技術提案書及び財務提案書の開封は、同時に行う。
ii.

1 段階 2 封筒方式
1 段階 2 書類袋方式は、以下の場合に適用される。
-
アドバイザリー業務提供、非アドバイザリー業務提供、物品調達、建設・設置、
混合物の入札案件における一般競争入札、指名競争入札
35
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

投資家選定における一般競争入札
入札者は、入札案内の要請に従い、技術提案書及び財務提案書の書類を別個の様式
で同時に提出する。

開封は 2 回行う。技術提案書の開封は、入札終了時に直ちに実施する。技術要求を
満たした入札者については、評価のため、財務技術書が開封される。
iii.

2 段階 1 封筒方式
物品調達、建設・設置、大規模・複雑な混合物の入札案件における一般競争入札、
指名競争入札

第 1 段階では、入札者は入札案内の要請に従い、技術提案書及び財務計画書を提出
し、入札価格については提出しない。本段階の各応札者との協議に基づき、第 2 段
階の入札案内の内容が決定される。

第 2 段階では、第 1 段階の入札に招かれた応札者が入札書類の提出に参加できる。
入札書類は、入札案内の要請に従い、第 2 段階の技術提案書及び財務提案書が含ま
れるが、これには入札価格及び入札保証も含まれる。
iv.

2 段階 2 封筒方式
物品調達、建設・設置、新規・複雑・特定の技法・技術を含む混合物の入札案件に
おける、一般競争入札、指名競争入札。

第 1 段階では、入札者は入札案内の要請に従い、技術提案書及び財務提案書の書類
を別個の様式で同時に提出する。技術提案書は、入札終了時に直ちに開封される。
本段階の応札者の技術提案書の評価に基づき、プロジェクトオーナーは、入札案内
及び要求を満たし、第 2 段階の入札に招かれた入札者一覧と比較し、技法上の修正
内容を決定する。財務提案書は、第 2 段階で開封される。

第 2 段階では、第 1 段階の要求を満たした応札者が入札書類の提出に招かれる。入
札書類は、入札案内の要請に従い、第 1 段階で修正された技法に基づく第 2 段階の
技術提案書及び財務提案書が含まれる。本段階では、第 1 段階で提出された財務提
案書が第 2 段階で提出された入札書類と同時に開封され、評価される。
(イ) 入札の標準的な実施プロセス
通常、入札プロセスは以下のステップとなる。各ステップの詳細手続きについては、入札法の指
針である実施政令において政府が指針を出している。
i.
承認に向けた選定計画の準備及び提出
入札手続きの開始前に、業者選定計画(「入札計画」)を策定し、承認を得るために関
連所轄官庁に提出する。当該入札計画には、以下の内容が盛り込まれる。
-
入札案件の概要(名称、特徴、内容及び範囲)
36
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
-
入札案件価格
-
資金調達源
-
入札形態(国際または国内入札、一般競争入札、指名競争入札等)
-
業者選定方法(1 段階 1 書類袋方式等)
-
契約形態(一括支払い契約、固定価格契約、非固定価格契約、時間ベース契約等)
-
契約実施スケジュール
ii.
iii.
入札準備
-
入札者の PQ 審査
-
入札案内書類の準備
-
入札案内書類の承認取得
-
入札案内通知の発表または入札案内書類の送付
入札の計画・準備
入札者は、入札提出までに入札案内に示された一定の時間が与えられる。入札書類提
出期日は、「入札終了時」と呼ばれる。場合により、入札終了時に先立ち、応札者は入
札案内に示された入札保証を提示する必要がある。提出された入札書類は、入札終了時
に直ちに入札案内に示された日にち・場所にて開封される。本ステップにおいて、各入
札に関する主要情報が開示される。
iv.
入札評価
入札を実施する機関は、入札案内書類上の要求及び評価基準に基づき、開封された入
札書類を検討、評価する。
v.
契約交渉
契約は、プロジェクトオーナー及び落札者間で交渉される。両者が交渉し、契約を最
終化できなかった場合、投資家は次席落札者を契約交渉に招く。契約には、一括支払い
契約、固定価格契約、非固定価格契約及び時間ベース契約の 4 形態が存在する。該当す
る契約形態は、入札案内において規定されている。
vi.
承認及び入札結果発表
入札結果は所管官庁の承認を得た後に全業者に通知される。
vii.
契約締結
最終契約は、プロジェクトオーナー及び落札者間で交渉の上、決定する。
37
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(ウ) 評価基準
入札書類の評価方法は以下の通りとなっている。
表 7 入札評価方法
評価方法
適用条件
評価基準
最低価格方
単純・小規模な入札案件に適用
評価基準は、以下を含む。
式
される。入札案内の要求を満た

実施能力(Pass/Fail 方式)
した場合、入札書類の内、技術

プロジェクト経験(Pass/Fail 方式)
提案書、財務・商業提案書全て

その他当該入札案件の基準
が同様の評価となる。

価格
評価基準を全て満たし、最低価格を提示し
た業者が落札者となる。
評価価格方
物品または工事の LCC を勘案
評価基準は、以下を含む。
式
することが適切な場合に適用

される。評価価格には、運営、 
実施能力(Pass/Fail 方式)
プロジェクト経験(Pass/Fail 方式)
管理に必要な経費及びその他

技術能力(スコア付方式)
経費で物品の源泉に関するも

評価価格
の、借入金利、進捗、物品の品
評価基準を全て満たし、最低評価価格を提示
質、入札案件の建設作業、以前
した業者が落札者となる。なお、スコア付方
の類似契約実施時の進捗状況
式では最低技術要件のスコアを規定するが、
及び品質を通じた業者の評判
技術面の合計点の 70%未満であってはなら
等が含まれる。
ない。
総合評価方
IT、通信、または調達、建設・ 評価基準は、以下を含む。
式
設置、混合使用の入札案件で上

実施能力(Pass/Fail 方式)
記の 2 つの方式を適用すること

プロジェクト経験(Pass/Fail 方式)
ができない場合に適用される。 

技術能力(スコア付け方式)
価格スコア
評価基準を全て満たし、最低総合評価スコア
を提示した業者が落札者となる。
出典:ベトナム入札法を元に PwC 作成
④ 価格以外の評価基準の特徴
(ア) PQ 審査と入札前提条件の特徴

入札案件の特徴及び規模により、PQ 審査が適用される。PQ 審査手続の評価基準に
は、以下等が含まれる。
38
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
-
技術能力
-
財務能力
-
実績要求
PQ 審査の評価基準には、Pass/Fail 方式が用いられる。各基準は入札官報及び国
の入札ホームページ上で公表される PQ 審査案内で具体的に規定される。

入札公示は以下の条件を満たした場合に限り発行することができる。
-
入札計画の承認
-
入札案内書類(入札手続き、入札データ、評価基準、入札書式、作業スケジュ
ールに関する要件、技術及び品質要求、契約形態等)の作成

-
入札案内の公表さ
-
入札案件の実施にあたっての土地収用計画の策定
応札者は、以下の適格要求を満たした場合に限り入札に参加できる。
-
入札者の国籍国の所管官庁による有効な運営登録がなされている。
-
独立した原価計算企業体である。
-
破産していない、解散手続き中ではない。
-
国家入札ネットワークシステム/ホームページに登録している。
-
入札における競争確保のための全ての要求を満たしている。
-
入札への参加禁止期間中ではない。
-
外国入札者は、国内企業との提携または国内下請け業者を活用している(但し、
国内業者が入札案件の一部についてでも参加する能力がない場合を除く)
。
(イ) 入札評価基準の特徴
ベトナムの多くのプロジェクトにおいて、価格、技術品質及び設計及び建設能力が最重
要基準とみなされる。一方、環境社会配慮や企業の社会的責任の履行等は入札評価と無関
係である場合が多い。
非アドバイザリー業務提供、物品、建設及び設置、及びそれらの組み合わせに係る入札
案件の応札者は、以下条件を満たす必要がある。
-
有効な応札申請書類
-
要求を満たす能力・経験
-
要求を満たす提案技術内容
-
入札価格の 10%以下の価格提案
(ウ) インセンティブ契約
公的な入札規定において、インセンティブ契約については規定されていない。建設法に
よれば、建設契約の当事者は当該契約に関する罰則またはインセンティブを付与ことがで
きると定められている。この場合、政府の公共調達案件については、インセンティブは契
39
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
約額のうち利益分相当額の 12%を超えてはならないとされている。
⑤ 一者入札の可否
入札法は一者入札については触れていない。今後、実施規定において規定される可能性
がある。以前の入札法の実施指針においても、一般競争入札における一社入札の状況を解
決する手法については触れておらず、以下の状況についてのみ示している。

事前審査資格を満たす入札者が 3 社未満である場合、プロジェクトオーナーは、(i) 事
前審査資格を継続する、または、(ii) 事前審査資格を満たす現在の入札者に対し、拘
束力ある案内を発行する、のいずれかを決定できる。

指名競争入札の場合、応札者が 1 社または 2 社である場合、プロジェクトオーナーは
所管官庁に報告し、(i) 指名競争入札を継続する、または、(ii) その他の入札形式を
適用するかを決定する。

その他特別の状況においては、入札機関はプロジェクトオーナーに報告し、法に基づ
き決定を行う。
40
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4)インドネシア
① 公共調達に係る法的枠組み
インドネシアは大統領令において一般調達と PPP 調達との基本規定を定めており、それ
らをベースに国家開発省などの関連省庁が関連規定を策定している。土地収用については
共和国法 2002 年第 2 号の公益のための開発に向けた土地調達規定に従う。
表 8 インドネシアの公共調達に係る基本法令・規則・ガイドライン
名称
施行
概要
大統領令 2010 年第 54 号(公共調達規定) 大統領
物品・サービスに関する公共調達に関す
Presidential Decree No. 54 of 2010
る規定。明確で包括的な調達サービスの
2010 年
(Peraturan Presiden (“Perpres”)
整備を目指してその手続きに関する指
No. 54 tahun 2010)
針を示している。併せて国内産業・小規
以下により修正:
模事業における整合性改善、地方自治体


Presidential Decree No. 35 of
によるプロジェクトオーナーシップの
2011 (Perpres No. 35 tahun
改善、中央政府と地方自治体の協調融資
2011)
スキームの実行を目的としている。以前
Presidential Decree No. 70 of
の大統領令 2003 年第 80 号を置き換え
2012 (Perpres No. 70 tahun
たもの。
2012)
インフラ提供における政府・事業間の協力
国家開
インフラ提供における政府・事業間の協
実行のための一般指針
発省
力実行のための一般指針を示している。
Ministry of National Development
2012 年
事業体のイニシアティブに基づく協調
Agency Decree No. 3 of 2012:
プロジェクトの提案書に関する調達手
General Guidelines Of
続きを規定している。
Implementation Of Cooperation
Between The Government And
Business Entities In Provision Of
Infrastructure
(Bappenas No. 3 tahun 2012)
41
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
名称
施行
概要
大統領令第 67 号(PPP 規定)
大統領
インドネシアにおける PPP の基本規定。
Decree No. 67 of 2005
2005 年
インフラ提供における政府と民間事業
(Perpres No.67 tahun 2005)
体との協力について示している。
以下により修正:
1. Presidential Decree No. 13 of
2010
(Perpres No.13 tahun 2010)
2. Presidential Decree No. 56 of
2011
(Perpres No.56 tahun 2011)
3. Presidential Decree No. 66 of
2013
(Perpres No. 66 tahun
2013)
公共調達機構規程第 6 号
公共調
大統領令 2012 年第 70 号に関する技術指
Decree of Head of Public
達機構
針。一般規定、調達需要の特定・分析、
Procurement Agency No. 6 of 2012
2012 年
予算計画の策定・採択及び公共調達公表
(Peraturan Kepala Lembaga
メカニズムに関し規定している。
Kebijakan Pengadaan
Barang/Jasa Pemerintah (“LKPP”)
No. 6 tahun 2012)
物品/サービスにおける政府調達の計画策
政府
物品・サービスの公共調達における計
定に関する一般指針
2011 年
画・実施準備のための一般指針。物品・
General Guidelines for Planning the
サービスの公共調達におけるモニタリ
Government Procurement of
ング・評価計画策定を含む。
Goods/ Services by LKPP No 12 of
2011
(Pedoman Umum,(“Pedum”)
Perencanaan Pengadaan
Barang/Jasa Pemerintah oleh LKPP
No.12 tahun 2011)
(Pedoman Umum,(“Pedum”)
Perencanaan Pengadaan
Barang/Jasa Pemerintah oleh
LKPP No.12 tahun 2011)
出典:PwC 作成
42
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 公共インフラ調達に適用される入札の種類
物品・建設・その他サービスの入札の種類は、以下のとおり分類されている。
図 7 主な入札の種類
一般競争入札
指名競争入札
単純入札
General Tender
(Pelelangan Umum)
Limited Tender
(Pelelangan Terbatas)
Simple Tender
(Pelelangan Sederhana)
•物品・資材調達、建設業務、
その他サービスなどのイン
フラ調達の場合。以下の条
件を満たす必要がある。
•中央省庁または政府機関の
ホームページ、国の調達サ
イト及び地域の公式掲示板
で一般公表される
•技術・価格交渉はしない
•限定的・複雑な業務実施の
場合。
•最高2億ルピアの業務に関す
る物品・その他サービス提
供の場合。一般競争入札の
条件に加え、以下の条件を
満たす必要がある。
•事後資格審査手続きを通じ
て実施
•各会計年度の前に実施
直接選定
直接指名
随意契約
Direct Selection
Direct Appointment
Direct Procurement
(Pemilihan Langsung)
(Penunjukan Langsung)
(Pengadaan Langsung)
•最高2億ルピアの建設業務の
場合。単純入札の全ての条
件に加えて、以下の条件を
満たす必要がある。
•調達サービスユニット
(Unit Pelayanan
Pengadaan)を通じて登録
する。
•直接1社の業者を指名する場
合。以下の条件を満たす必要
がある。
•特定の条件に基づく、特定の
物品調達・特定の建設調達・
特定サービスである
•特定の物品・特定の建設・
サービスの基準を満たす
•物品・サービス業者からの
直接的物品・サービス調達
形態。以下の条件を満たす
必要がある。
•政府調達関係者により実施
•物品・建設・その他サービ
スの市場価格を適用
•一つの調達案件を分割して
随意契約にすることはでき
ない
出典:インドネシア大統領令 2010 年第 54 号を元に PwC 作成
③ 入札手続きの流れと評価・選定基準
インドネシアにおけるインフラ公共調達入札は主に以下の2種類の方法で実施される。
43
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 9 インドネシアにおける入札方法
2 段階方式
適用事
1 段階 1 封筒方式
一般競争入札
直接指名
物品・建設・その他サービス
物品・サービス
例
調達の
種類
適格性
大統領令 2012 年第 70 号 第 19 条に基づき、適格性確認は以下の通りとなる。
審査
1. フィリピン国内法規に基づく企業登録がなされている。
2. 物品・サービスの提供に関する技能、経験、技術的・管理上の能力を有する。
3. 直近 4 年間において、最低 1 度は物品・サービスを提供している。
4. 物品・サービスの調達に必要となる人的資源、資本及び施設を有する。
5. (必要に応じて)提携先・パートナーシップを代表する企業間の割合を示す
パートナーシップ契約を有する。
6. マイクロビジネス、小規模事業及び小規模企業に関する能力を有する。
7. 物品・サービス・コンサルタント業務の調達を除く大規模事業に関する基本
技能を有する。
8. 入札及び直接選定の場合、建設工事の調達は、銀行の財務支援を要する。
9. 建設工事・その他サービスの場合、残余案件能力(Sisa Kemampuan Paket、
「SKP」)の計算は以下の通りとする:SKP = KP – P、KP:案件能力価値
(Kemampuan Paket)、P:実行案件数
10.
執行猶予・監視下にない。
11.
税務 ID の保有、過年の税務義務を果たしていることが必須、財務月次
報告に保有されていること。
PQ 審査
12.
契約において約する法的能力を有する。
13.
ブラックリストに掲載されていない。
14.
有効な住所を有する。
15.
誠実協定に署名している。
入札レター、入札保証書、共同運営合意
書の完全性のチェックが行われる。
44
なし。
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2 段階方式
1 段階 1 封筒方式
第 1・第
入札書類に対し、物品・サービス調達選
2 評価
定基準に基づき Pass/Fail 方式で評価が
なし。
行われる。評価手順の順番は、事務基準
に始まり、技術・価格基準へと進む。各
段階の評価を通過することができなか
った応札者は除外される。
[評価基準]

調達される施設・物品・サービスの
数量

技術要求水準への適合性

期日内の納品・完工の見込み

要求される水準での業務実施プロ
セス
最 終 評
以下の通り算出された最終評価価格に
封筒が開かれ、下記の 3 つの評価が
価
より落札者が選定される。
行われる。
最終評価価格 = 1 / (1+a) x b
[形式評価]
a: 優先係数(国内要素水準 x 最高優先

物品/サービス)
入札レター、入札保証書、共同運
営合意書の完全性
b:入札価格(入札基準を満たし、評価
[技術評価]

済みである入札価格)
不明瞭な単価、コストゼロで調達す
調達される施設・物品・サービス
の数量
る予定の材料・部品等の確認が行われ

技術要求水準への適合性
る。

期日内の納品・完工の見込み

要求される水準での業務実施プ
ロセス
[財務評価]

最終評価価格
不明瞭な単価、コストゼロで調達
する予定の材料・部品等の確認が行わ
れる。
第三者
要請に応じ、独立した第三者評価者を用いることができる。一般的には、財務
評価
及び/または技術面について。その他の評価業務には、素行調査または企業諜報
業務(反マネー ロンダリング、反贈賄等)が含まれる。
出典:PwC 作成
45
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
④ 価格以外の評価基準の特徴
(ア) 価格評価における LCC の扱い
LCC は、PPP に基づく物品・建設工事・サービスの調達の場合に考慮される。しかし、
プロジェクト期間中の費用最小化に最も重点が置かれる。基本的にはインドネシアの入札
評価において価格要素は極めて重要であり、業者選定手順において総額で最低価格を提示
した業者が選定される傾向が見られる。
(イ) 技術評価における定性評価基準の扱い
主な定性評価基準の各調達方式における重要性は以下の通りである。
表 10 評価対象となる定性的要素
評価基準
技術品質
概要・説明
特に、物品・建設工事の調達の場合、技術品質は非常に重要となる。一般
的に、事前 F/S の品質が潜在的入札者の技術品質を決定する。
安全性
一般市民の利益または見込みに関する主要プロジェクトにおいては、安全
性が評価基準の主要要因の一つとなる。通常、各セクターは安全基準に関
する固有の適用規定を有する。
環境社会配慮
一般市民の利益または見込みに関する主要プロジェクトにおいては、環境
社会配慮が評価基準の主要要因の一つとなる。通常、各セクターは環境社
会配慮に関する固有の適用規定を有する。
多くの場合、負の外部性の可能性を判断するために環境評価が実施され、
軽減措置が提出される。
地域経済への影
最近、調達において可能な限り国内能力・製品の活用を優先する傾向が強
響
まっている。これは、GDP 及び雇用等、経済指標の改善に繋がり、地域
経済の改善に資するものである。
設計能力及び建
設計能力及び建設は、物品・建設工事の調達の場合、より重要性が増す。
設
通常、入札者は事前 F/S の標準要求及び/または設定された事業計画に従わ
なければならない。
出典:PwC 作成
(ウ) インセンティブ契約
大統領令 2010 年第 13 号第 1 条第 7 項において、調達案件の財務実現可能性を高めるた
め、財務省、関連省庁、州政府及び調達元政府機関がそれぞれの権限及び規定に基づき財
務及び非財務支援を行うと規定されている。政府による非財務支援には、免税、免許付与、
46
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
土地収用、部分的建設支援及び政府保証の形態がある。
(エ) 政治的要素
国営企業が公共調達に参加してきた場合、競争力の面で優位な条件を持つケースが多く、民
間企業にとって不公平感が強い。また、運輸省系の PPP 案件では一般競争入札の入札案内が出
ていたにも関わらず、政治的な理由により国営企業が直接指名されるケースが最近いくつか生じて
いる。
⑤ 一社入札の可否
インフラ事業に関する主要入札においては、一社入札は認められない。大統領令第 54
号 83 章 1 項において、PQ 審査手順における適格者の合計が 3 社未満である場合、入札
または直接指名は直ちに不成立となる旨、規定されている。
また、物品・建設・その他サービスの調達における入札書類を同封した者の合計が 3
社未満である場合も、入札または直接指名は直ちに不成立となる旨が規定されている。
一方、特定のセクター(例えば再生可能エネルギーセクター等)において、経験・資
源を有する参加者が欠落している場合、一社入札が認められることもある。
47
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(5)ミャンマー
① 公共調達に係る法的枠組み
ミャンマーにおける法制度は一般的に英国植民地時代に作られたままのものが多く、近代的で
ない上に実際に法規として機能していないものも多い。また、現在、国会は様々な新しい法律を施
行しているが、細則やガイドラインが整備されないため、運用上は適用されることが少ない。法律に
準ずる扱いの大統・首相の通達に関しても同様に細則やガイドラインがないため、「努力目標」のよ
うな扱いとなっている。結果として社会ルールとして最も効果を発するのは政府各省の通達・内規、
あるいは政治家や政府官僚による場当たり的な政治判断という状況が生じている。
公共調達に関する法的枠組みにおいても上記の前提の下で考える必要がある。努力目標とし
ての粗いルールを定めた大統領及び首相通達は存在するものの、細則やガイドラインなど入札手
順や評価基準などを定めた明確なルールは存在しないか、公共調達を行う各政府機関の内規に
より定められているが公開されていない。結果として調達機関ごと、プロジェクトごとの俗人的・政治
的な意向によって調達ルール、評価基準、落札の決定がなされているのが現状である。PPP につ
いても明文化されたルールは存在しない。
表 11 ミャンマーの公共調達に係る基本法令・規則・ガイドライン
名称
施行
大統領通達「一般競争入札制度の適用」 首相
概要
これまでミャンマーにおいて慣例的に
To apply Open Tender/Open Bidding
2011 年
行われてきた談合(Close Tender・Close
system
6月2日
Bidding System)に対する警告文書。
大統領の指示に基づく一般競争入札を
原則化するよう首相から各大臣に要請。
大統領通達「中央規制委員会、建設監理
大統領
各省庁の大臣が大統領の指示に基づき
委員会、購入審査委員会及び外国為替管
2011 年
公共調達業務を実施できるように、以前
理委員会の廃止」
9 月 23 日
の中央集権的な調達関連委員会(中央を
The abolishment of Central
廃止。
Administrative Committee,
Construction Inspection Committee,
Purchasing Assessment Committee
and Foreign Currency Control
Committee
48
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
大統領府通達「中央省庁及び政府機関の
大統領
ミャンマーにおいて公共調達について
業務実施にかかる投資及び商取引の実
2013 年
規定した唯一の文書。調達手続きにかか
施に際し従うべき入札規程」
5月4日
る各種委員会の設置、調達方式の種類と
Tender rules and regulations issued
概要、入札に係る留意事項、その他関連
for Government departments and
する事項が書かれている。入札評価に関
organizations to follow in
する明確な基準等は示されていない。
administrating investments and
businesses permitted to implement
their operations
出典:PwC 作成
② 公共インフラ調達に適用される入札の種類
大統領通達によれば、公共インフラ調達の際に標準的に適用される入札の種類とルールは以
下の通りとなっている。
図 8 主な入札の種類
建設工事のための入札
購入入札
サービス入札
Tender for construction works
Purchase Tender
Service Tender
• F/Sやアドバイザリーなど案
件発掘・形成に応札予定者
も関与できる
• 地場価格をベースに積算
• 輸入品については移転価格
を申告
• 物品調達費、労働力対価、
リスク保障費、サービス料
等の積算を事前に申告
• 仕様と物品リストを公表
• 国営企業→国内企業→外国
企業の順で優先
• 国営企業以外からの調達の
場合は市場価格を調査
• サービス購入者にとっての
利便性で予定価格を設定
• 技術・価格評価のスコアが
同等の場合、地場の人々の
雇用促進への寄与の大きい
提案を優先
出典:ミャンマー大統領通達を元に PwC 作成
③ 入札手続きの流れと評価・選定基準
(ア) 入札手続きの流れ
入札手続きの流れは公共調達を行う各政府機関及び案件により異なるものの、概ね以下の通
りとなっている。
49
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 9 入札手続きの流れ
入札公
告
• 一般競争入札への応札者の募集は入札の1か月前に実施。
• 国営の新聞で1週間以上の告知、省庁の広告版及びウェブサイトに2週間の掲載。
• 大統領通達によれば、入札方式・規程・審査基準を事前に公開。
PQ審査 • (実際にはPQ公示はないこともあり、あっても単に要件の羅列の場合が多い)
技術評
価
価格評
価
選定評
価
契約交
渉
• 各案件のRFP、RFQにより実施手順が異なる。
• スコア付けにより数値評価が実施されているケースも多い。
• 開札は入札者と入札委員会の目の前であらかじめ決められた日時に実施。
• 入札選定委員会が全ての手続きが正しく執り行われているかチェックを行う。
• 入札選定委員会が価格、技術評価の結果を踏まえて選定。
• 契約交渉の段階で仕様について再検討。
• 重要案件、大型案件については司法長官の事務所が関与。
出典:PwC 作成
(イ) 入札評価者
大統領通達によれば入札評価者は下図の 4 つの委員会となる。各委員会は事前に内規を定
め、それに基づき評価を行うこととされている。一方で直近の空港案件等においては、実際にはそ
うした手続きは行われておらず、大臣クラスが議長の入札選定委員会、及び副大臣、司法長官、
関係省庁の関係者による技術評価委員会が構成された
50
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 10 入札評価者
大統領通達
最近の空港案件の事例
市場価格推定委員会
Floor Price Estimation Committee
入札選定委員会
入札委員会
Tender Selection Committee
Tender Committee
入札審査委員会
Tender Examination Committee
入札評価委員会
品質審査委員会
Tender Evaluation Committee
Quality Examination Committee
出典:ミャンマー大統領通達を元に PwC 作成
(ウ) 入札における評価・選定基準
ミャンマーには公共調達に関する詳細な評価基準は存在しないものの、大統領通達に大まか
な技術と価格の評価の視点が示されている。実際の評価基準は公共調達を行う政府機関または
雇われたコンサルタントが入札案内(RFP 及び RFQ)を作成する際に作成されている。なお、案件
発掘、入札準備・実施・評価のプロセスにコンサルタントが活用される事例はまだ少ない。
落札決定にあたっては「評価」と「選定」が別となっていることがある。これは、前者で技術、価格
の評価指標が立てられスコアによる順位づけが行われたとしても、決定権は後者にあり結果には政
治的な要素が多分に加味されることを意味する。政治的要素の「評価基準」については現地関係
者へのヒアリングによれば概ね以下のようなイメージが近いと考えられる。
51
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 11 ミャンマーにおける調達の評価基準
技術評価
技術力
価格評価
政治的評価
労働・サービスに対する対価
の水準
応札者のミャンマー政府に対
する過去の貢献度
提案の信用性、成果物の補償
内容
トップセールスの有無
実施能力
州政府要人との人間関係
法規への順守
資金体力、資金調達力
ネームバリュー、信用力
出典:ミャンマー大統領令を元に PwC 作成
ミャンマーの特徴的な点は、上記の政治的要素の加味に加え、提案書作成における前提条件
の曖昧さにある。公共調達法の未整備及び政府機関の調達担当官の能力不足から、信頼できる
民間企業に自由な条件を許容して提案を行わせ、その提案を見ながら発注可否が検討されてい
る。そのため、極めて重要な前提条件が示されず、各応札者が独自に設定した都合の良い前提条
件により提案を行うことができるようになっている。これにより最近の PPP 案件では、某企業が非現
実的な条件設定により提案を行って第一交渉権を勝ち取ったものの、入札の後になって前提条件
の誤りが発覚し交渉権を失うような事例も生じている。
④ 価格以外の評価基準の特徴
評価基準と選定方法が曖昧なことから、結果として価格要素のみに重点が置かれていることい
うことはない。非価格要素を含む提案内容は他の調査対象国と比較して重要視されているといえる。
また、技術評価の段階では、基本的に価格と技術と両方が同時に評価の対象となり、ある種の総
合評価方式といえる。ただし、今のところ非価格要素の評価基準はなく評価実施能力も欠如してい
るため、評価結果の適切性は定かではない。
主要な非価格要素の評価指標の扱いは以下の通りである。
52
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 12 非価格評価指標の扱い
技術性能、設計・施工能力
• 通常は評価対象となるが、案件ごとに異なる。
ライフサイクルコスト(LCC)
• 通常は評価対象となるが、案件ごとに異なる。
• PPPの場合はコンセッションフィーの提案として集約される。
• LCCの定義や統一基準などは存在しない。
安全性
• 案件ごとに異なる。日本企業などのネームバリューが評価される際には安全性
もその一つの要素と見なされている。
環境社旗配慮
• 大統領通達によれば、入札評価の段階でミャンマー政府が従おう全ての国際環
境基準に達しているかが評価対象となる。
地元への裨益
• 大統領通達によれば、サービス入札の場合はプロジェクトサイトの地元の人々
の雇用促進を考慮に入れなければならない。
企業の社会的責任
• 大統領通達によれば、入札選定プロセスは一般的に受け入れられる基本的な政
治、経済、社会的配慮が求められる。
出典:PwC 作成
⑤ 一社入札の可否
各案件の選定を行う委員会が認めれば一社入札も可能である。他方、一つの入札案件に多数
の業者が殺到している現状では、一社入札はそもそも想定されていないといえる。
53
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(6)イラク
① 公共調達に係る法的枠組み
イラクの公共調達に係る法的枠組みは、戦後の復興需要に即して整備が進められている点
に特徴がある。連合国の暫定統治機構(CPA :Coalition Provisional Authority)により、
2004 年に最初となる公共調達法が制定された。その後、同法により設置された計画開発協
力省(MoPDC: Ministry of Planning and Development Cooperation)内の政府調達政策
局(OGPCP: Office of Government Public Contract Policy)により、2007 年に同法の改
訂版となる公共調達実施規定が、2008 年には更に修正を加えた新規定が成立した。また、
これらの細則として、公共調達ガイドライン及び計画開発協力省による追加規定が定めら
れた。
表 12 イラクの公共調達に係る基本法令・規則・ガイドライン
名称
施行
概要
公共調達法
Law on Public Contracts/2004
CPA Order No. 87
CPA
2004 年
政府契約実施規定
Implementing Regulations for
Governmental Contracts
OGPCP
2007 年
政府契約施行規則
Instructions for Government
Contracts Execution
MoPDC
2008 年
契約開始簡易ガイド
Quick Start Contracting Guide
OGPCP
2007 年
計画開発協力省契約規程
MoPDC Subsidiary Contracting
Regulations
MoPDC
CPA 通達として法制化され、2007 年まで
イラクにおける唯一の調達法規として機
能していた。公共調達に関する基本規律を
定め、MoPDC 内に OGPCP を設立し、公
共調達の運用に関する権限を付与した。
政府調達に関し基幹となる規則。OGPCP
の管轄下において、公共調達に関わる CPA
通達に基づく公共調達の実施規定として
制定された。
2007 年の政府契約実施規定の修正版とし
て計画開発協力省により制定された。現在
の政府調達に関する基幹規定となってい
る。
政府契約実施規定に基づき設置された政
府調達支援センター(PAC: Procurement
Assistance Center)が発行。公共調達のプ
ロセスの透明化と簡素化を目的として制
定された。
上記の公共調達関連法規をベースとして、
追加的な規則を MoPDC が加えたもの。直
接契約や業者選定の標準化等について定
めている。
出典:PwC 作成
54
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 公共インフラ調達に適用される入札の種類
イラクにおける公共調達の方法は、下記の通り一般入札、限定入札、直接入札案内、単
独入札案内、購買委員会調達の 5 つがある。このうち、インフラ調達においては通常、限
定入札または一般入札が適用される。直接入札案内と単独入札案内は緊急性、安全性、調
達物の希少性などがある場合に適用される。購買委員会による調達は 1 件あたり 5 千万イ
ラクディナール以下の小規模な調達の場合にのみ適用される。
図 13 主な調達の種類
一般入札
限定入札
•公示情報を広
く公開し、競争
により入札を行
う。政府の情報
公開コストを穴
埋めするため、
応札者は入札及
び落札料を支払
わなければなら
ない。
直接入札案内
•PQ審査に合格
した者のみ価格
入札に参加でき
る。価格入札者
は6者以上でな
ければならない。
応札者は入札及
び落札料を支払
わなければなら
ない。
•緊急性や安全
性の確保などや
むを得ない事情
の場合のみ適用
される。3者以
上の見積もりが
必要。また、事
前にOGPCPか
ら承認を得なけ
ればならない。
単独入札案内
購買委員会調達
•調達物の希少
性から調達先が
一者に限定され
る場合にのみ適
用される。事前
にOGPCPを通
じて関係の決裁
機関から承認を
得る必要がある。
•5千万イラク
ディナール以下
の調達の場合の
み適用される。
出典:イラク公共調達法
これらの調達方法について、OGPCP 発行の契約開始簡易ガイドでは適用条件として以下
のとおり整理されている。
図 14 契約種別の選択方法
チェックリスト
5 千イラクディナール以上の調達の場合
一般入
限定入
直接入
単独入
購買委員
札
札
札案内
札案内
会調達
●
●
●
●
5 千イラクディナール以下の調達の場合
●
国家の安全に関わる場合
●
国民の生命・財産に関わる緊急性を有す
●
る場合
●
調達先が一社に限定される場合
●
複雑で特殊な技術を要するため調達先
が限られる場合
●
資格審査と技術審査の二段階による入
札が好ましいと判断される場合
出典:イラク契約開始簡易ガイド
55
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
③ 公共インフラ調達に適用される入札の種類
i.
入札手続きのフロー
公共インフラ調達に標準的に適用される調達方法として、一般入札及び限定入札の際の
基本的な流れは下図のとおりである。
図 15 入札手続きの流れ
入札案内
PQ審査
入札参加
者決定
価格入札
落札者決
定
出典:PwC 作成
上図のうち、一般入札の場合は PQ 審査が省略され、価格入札の際に技術と価格の両方の
評価が同時に行われる(一段階方式)。一方、限定入札の場合は PQ 審査の際に技術が評価
され、審査を通過した応札者のみ価格入札に進むことができる(二段階方式)。技術評価は
いずれの場合も Pass/Fail 方式となり、最後は資格を満たした応札者同士の価格一本勝負と
なる。なお、限定入札の場合、PQ 審査にあらゆる業者を招待する場合と、予め指定した特
定分野の企業群にのみ入札案内を出す場合とがある。
その他の調達方法(直接入札案内、単独入札案内、購買委員会調達)の場合は、入札に
よる競争手続きではなく、主に調達物の品質・性能及び価格を確認した上で随意契約的な
手続きとなる。
ii.
開札委員会及び評価委員会の設立
入札評価に際しては、「開札委員会(Bid Opening Commission)
」と「評価委員会(Bid
Evaluation Commission)
」との 2 つの委員会が立ち上げられる。開札委員会はガイドライ
ンに基づく透明なプロセスに従って、応札書類の不備を確認し、入札者の前で開札を行い、
開札の記録をとる。また、評価対象となったプロポーザルと開札の記録を評価委員会に提
出する。
評価委員会は技術と価格の双方の評価を担当する。入札案件の担当部長または主任技師
が委員長となって構成され、当該分野の技術に通じた内外の専門家の支援を受ける。評価
委員会の任期は 6 か月となる。評価委員会は技術評価の結果により決定した落札者を契約
当局に連絡し、承認を受けて公的に落札資格が付与される。
iii.
情報公開
入札案内及び調達情報は当該調達機関のウェブサイト、政府の公共調達局の発行する官
56
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
報、イラク大使館の広報、及び国際入札の場合は国連開発計画(UNDP: United Nations
Development Progaramme)のウェブサイトにて告知される。
④
公共インフラ調達に適用される入札の種類
OGPCP 発行の契約開始簡易ガイドは、入札評価委員会は評価すべき項目のチェックリス
トとして以下の指標を定めている。
技術評価チェックリスト:

技術水準:要求された技術水準を満たしているか。

ブラックリスト掲載:イラク政府との過去の案件において非効率と評価されていな
いか。

財務体力:公認会計士により証明された昨年度の最終財務状況はプロジェクトを実
施するに充分といえるか。

資金力:昨年度の応札者の財務規模を鑑みて当該プロジェクトは実施可能と考えら
れるか。

プロジェクト実施能力:応札者のプロジェクト実施能力を鑑みて当該プロジェクト
で求められる納期通りに完工できるか。

プロジェクト実施経験:過去の案件の実施経験は十分に信頼に足るものであるか。

技術力:当該案件を実施するに足る技術力・スキルを有しているか。

類似案件経験:過去の案件経験、類似案件経験は質・量ともに十分であるか。
上記の項目に従って Pass/Fail 方式による技術評価が行われ、通過した業者のうち、予定
価格 25%以内に収まっている札のみが価格評価の評価対象となる。また、その際イラクの
国内業者に対しては海外業者と比べて 10%の評価の上乗せが行われる。
価格評価は入札価格の単純比較であり、最も低い応札者が自動的に落札者として選定さ
れる。
⑤
価格以外の評価基準の特徴
入札評価・選定の際の「価格」の定義は主に初期投資コストからなる応札者による提示
価格を意味しており、ライフサイクルコスト等の視点は含まれていない。また、技術評価
は原則的に Pass/Fail 方式となっており、合格基準以上においての技術点のスコアは最終評
価には影響しない。価格点と併せて評価する総合評価方式も採用されていない。
57
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑥ 一者入札の可否
限定入札案内及び購買委員会調達による随意契約的な調達の場合を除いては、原則的に
一者のみの入札や調達は想定されていない。イラクは戦後の混乱の中から国づくりを進め
ている段階であり、公共調達実施を含むガバナンス能力は全般的に高いとはいえない。行
政機関内には汚職が蔓延しており、公共調達においては談合、癒着の事例が指摘されてい
る。また、政府内で調達を行う部局や職員は一連の調達手順を適正に執行する能力及び技
術評価を適正に行う能力に欠けており、国際ドナー等からの支援を受けている段階にある。
このため、一者入札に対しては他国よりも厳しい目が向けられている状況にあるといえる。
58
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2-2 先進主要国の調達制度
先進国におけるインフラ事業では、LCC 重視の取組みや質の面の考慮、官民間での対話
プロセス、過去実績の活用、人材育成・体制整備等が主要な検討テーマになっている。そ
こで以下では、各テーマについて日本、英国、アメリカ等の取組みについて整理する。
(1)LCC 重視の取組み
英国における PFI では 1990 年代から既に LCC が適用されてきたが、最近では EU 指令
の改正や ISO のガイドライン、世界銀行の調達方針等 LCC をより幅広く活用する動きが出
ている。日本においても PFI 事業では LCC が活用されている。また、最近では、二酸化炭
素排出量等の環境負荷についてもコスト算入を目指す動きが出ている。以下では、こうし
た動きを概観する。
① LCC 算出に係る制度化の動き
施設整備に伴う初期投資のコストのみならず、その後の維持管理・運営に伴い支出されるコスト
や最終的に処分するコスト等まで調達時に評価する LCC(Life Cycle Cost)の考え方が、先進国に
おいて適用が拡大する傾向が見られる。
LCC は、英国における PFI においては VFM(Value For Money)という概念のもと、LCC の活
用が行われてきた。英国の PFI の開始が 1992 年であるため、LCC は 1990 年代には既に活用が
開始されてきたということが出来る。具体的な LCC の活用方法としては 2 段階あり、一つには PFI
の事業を実施する段階でもう一つは民間事業者を決定する段階となる。前者においては官が実施
した場合のコストと民間事業者が実施した場合のコストを比較し、民間事業者のコストがよりやすい
場合 VFM の効果が大きいということになるのだが、この時のコストに用いるのが LCC である。また、
民間事業者を決定する段階では各応札事業者は LCC に基づき応札することが原則となっている。
なお、最終的な落札者の LCC と官が実施した場合の LCC(Public Sector Compalator;PSC と呼
ばれる)を比較することで最終的な VFM を算出し PFI 事業の効果として用いられている4。
この LCC がさらに広く PFI 以外も含めて制度化される動きが進んでいる。EU では EU 指令の
改定案に LCC の適用に係る規定が追加されている。また、英国では ISO のガイドラインに基づき
LCC を適用する動きがみられる。また、オーストリアの州政府のガイドラインでも LCC 算出方法が規
定される動きや、世界銀行における調達方針においても LCC を考慮する動きがみられる。以下、
それぞれの具体的な動きを示す。
4
PSC から落札者の LCC の削減分を%で示すことが一般的に行われている。
59
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 16
EU 指令などにおける LCC に係る規定の動き
出典:各種ガイドライン等5に基づき PwC 作成
(ア) EU 指令の規定
公共調達に係る EU 指令の改定案において 66 条では、調達において(a) 最も経済的な札もし
くは(b)最低価格により決定することとされ、これらの金額において市場価格や LCC に基づいて算
出する旨が示されている。
最も経済的な札では、市場価格や LCC 等の金額要素に加えて以下のような点を考慮すること
が求められている。

技術的利点、技術や審美的特徴、利用可能性、ユニバーサルデザイン、環境面
の配慮、イノベーション等に基づいた評価

サービスや設計等の調達では、組織体制や資格要件、スタッフの経験等を考慮
すること、提案時に示された質のスタッフを確保すること

アフターサービスや技術的支援、納期

具体的な手順や指示された業務の詳細 等
また、LCC については、67 条において、内的コストとして製品やユーティリティ、メンテナンスコ
スト、回収・リサイクルコスト等を含めるとともに、外的コストとして、温室効果ガスの排出コストや気候
5
“Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on
public procurement”
(2011 年) 欧州での政府調達ルールの改善案(2011 年 12 月)
。現時点のガイドラ
インでは LCC について規定していない。ISO「Life Cycle Costing in Construction」
(ISO15686-5)
。英
国国内の調達において当該ガイドラインが活用されている。
60
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
変動の緩和のコスト等を含めることとされている。この場合の LCC 算出については以下のような条
件が示されている。

科学的情報に基づいていること

客観的に検証可能で一般的な基準に基づいている

継続的に用いられている手法

全ての応札参加者が取得可能な情報に基づいている
(イ) ISO における規定
ISO の「Life Cycle Costing in Construction」(ISO15686-5:)が 2008 年に制定された。
本基準は、Value For Money の改善に寄与するための LCC を導入することを目的に、LCC
の関連用語の整理のために策定された。主に公共機関の調達の際での活用が想定されている英
国政府が政府調達における LCC のガイドラインを制定する際の土台として活用されている。
ここでは、以下のように建設、維持管理、運営、最終処分の 4 つにより構成されている。
表 13
ISO の「Life Cycle Costing in Construction」の費用項目
出典:ISO「Life Cycle Costing in Construction」
61
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(ウ) 南オーストラリア州における規定
南オーストラリア州「Life Cycle Costing Guideline」(2013 年 1 月)によれば、LCC は発注者が
規定したコスト項目別の金額を正味現在価値(以下 NPV)に換算し評価することとされている。想
定期間、割引率は発注者が RFP に具体的な数値が算定の前提として規定される。費用一覧及び
各年のコスト推移を記入するフォーマットが RFP の中で提示されていることが一般的である。
費用項目としては、施設整備等に係る取得コスト、維持管理費用、運営費用、最終処分費用、
残存価格を含むこととされている。
表 14 南オーストラリア州「Life Cycle Costing Guideline」の算出サンプル
費用項目
Year 1
Year 2
Year 3
…
…
Year6
運営費用
XXX
XXX
XXX
XXX
XXX
維持管理費用
XXX
XXX
XXX
XXX
XXX
環境費用
XXX
XXX
XXX
XXX
XXX
計画・設計・建設
取得費用
運営
維持管理
終了処理
便益
XX
処分費用
XXX
残存価格
(XXX)
便益
XXX
XXX
XXX
XXX
XXX
合計
(XXX)
(XXX)
(XXX)
(XXX)
(XXX)
1.0
0.91
0.83
XXX
XXX
XXX
割引率
10%
乗数
現在価値
XXX
0.56
XXX
XXX
XXX
出典:南オーストラリア州 「Life Cycle Costing Guideline」(2013 年 1 月)より PwC 作成
(エ) 世銀における購買ポリシーの方針
世界銀行においても、資金を提供する先の政府の購買ポリシー改善に向けた各国政府へのコ
ンサルテーション「Procurement Policy Review」を 2012 年より開始しており、2013 年 10 月にガイ
ドラインの案を作成している。
そこでは、政府の費用負担の軽減とグリーン調達での重要概念として以下のように LCC に近い
コンセプトが提案されている。これによれば、環境面のコストを含めることを考慮することが示されて
いる。ただし、具体的な算定方式や項目は提示されていない。
The strategic procurement approach should be on a whole life basis – which
generates benefits to the procuring entity and the economy, but also to society whilst
minimizing damage to the
environment (reflecting the confines of the borrowers
own procurement policy).
62
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(オ) 日本の PFI 事業における LCC の位置づけ
日本では、PFI 事業において LCC による評価が定められている。基本的には英国の PFI をベ
ースとして同様の考えかたが採用されている。具体的には、PFI を推進する内閣府民間連携推進
室の「VFM(Value For Money)に関するガイドライン」において PFI を実施する意思決定や PFI
事業を実施する民間事業者を選定する際に LCC を用いることが規定されている。
VFM は同ガイドラインにおいて「支払に対して最も価値の高いサービスを供給する」ことを指し、
これを評価する場合、公共が自ら実施する場合の事業期間全体を通じた公的財政負担の見込額
の現在価値(PSC:Public Sector Comparator)と PFI 事業として実施する場合の事業期間全体
を通じた公的財政負担の見込額の現在価値(PFI 事業の LCC)を比較することが規定されている。
② 先進国における LCC に関する共通要素
LCC を構成する要素について多様な定義があるものの、総じて設計・計画から廃棄までの 4 つ
のフェーズに分けることができると考えられる。
表 15 各ガイドライン等で共通する LCC の要素
出典:PwC 作成
63
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
③ 事例における LCC の考慮状況
(ア) 北米の得水処理処理
カナダにおける、下水処理の PPP 事例。想定事業年数は 20 年間。期間終了後は政府に引
き渡す。発注者は州政府であり、その州政府からの毎月の費用請求に基づき落札者の事業の収
益となるサービス購入型の事業。本事業は現在も操業中である。
(イ) 技術面の評価
本事業では、以下のような項目で評価がなされており、施設の耐久性や納期等のスケジュー
ル、技術面としての水量・水質に係る対応能力、環境リスクへの対応等が評価される。評価項目が
インドネシアの案件に比べると多様化しており、計画の実行可能性を実績面以外でも評価すること
が考慮されている。
表 16
北米の下水処理 PPP における技術評価基準

施設周辺の景観維持(建屋のデザイン、等)

建屋の耐久性(現地の気候条件で、20 年間の耐久性があるか)

規定の期日までに完工・受渡しが行われるスケジュールかどうか

季節による水量、水質の変化にも柔軟に対応できるか(技術、財務的側面より)

汚泥が有効活用されるか

将来の拡張可能性

州のガイドラインへの適合

事業者による建中期間・運転期間の保証の確実性(資金源、保証範囲・期間)

環境リスクへの対応

資金調達計画
(ウ) 価格面の評価
本事例では、事業者が LCC を算定するために、下記の算定根拠があらかじめ明記されてい
る。

インフレ率の数値(インフレの影響を受けるコスト項目は、上記インフレ率を加味)

割引率

処理される想定の水の量、含まれる化学物質の量
施設全体の規模などは前提とされていないため、バックアップ用機器を含め RFP の技術基準
に適合した提案であれば、想定される水の量を処理できる施設を事業者が提案する条件になって
64
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
いる。
(エ) (参考)新興国における LCC 算出の事例:インドネシア火力発電
大規模火力発電の案件で、BOOT 方式を採用。2000 年代後半から入札者の評価が始まり、
すでに受注者は決定。操業期間は 25 年間。発注者は国有電力会社で、この電力会社と電力販売
契約を締結する。
(オ) 技術面の評価
本事例では、EPC 及び O&M について主に実績面について評価がなされており、その実績に
おいて性能面での安定性や納期などのスケジュールに関する点が考慮されている。また、環境面
については環境問題への影響が考慮されている。評価項目は少ないものの実績において評価す
ることで客観性を持った基準になっている点が特徴的である。
本事例では、EPC 及び O&M について主に実績面について評価がなされており、その実績に
おいて性能面での安定性や納期などのスケジュールに関する点が考慮されている。また、環境面
については環境問題への影響が考慮されている。評価項目は少ないものの実績において評価す
ることで客観性を持った基準になっている点が特徴的である。
表 17
インドネシア火力発電における技術評価基準
EPC の評価基準
①以下の要件を満たす 2 つ以上の石炭火力発電所における EPC 実績があること

600 MW 以上

超臨界技術を用いている
②国外における 2 つ以上の火力発電所の実績があること
①または②において、以下の要件を満たすこと

当初見積もりと費用の差分が 10%以内

当初スケジュールとの差分が 2 ヵ月以内

環境破壊を起こしていない

発電効率が当初計画をクリアしている
O&M の評価基準
以下の要件を満たす、800MW 以上の石炭火力発電所の運営実績が 2 つ以上あること

運転開始から最低 3 年以上運営している
65
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

オペレーターの瑕疵による契約終了、延期等がない。損害賠償額支払が
ある場合は、年間のキャパシティペイメントの 15%以内である

運転期間中における保守のための停止期間が 5%以内、運転期間が 80%
以上である

環境上の重大な問題を起こしていない
(カ) 価格面の評価
本事例では、事業者が LCC を算定するために、下記の算定根拠があらかじめ明記されている。

コスト要素の一覧

プラント稼働率

割引率
また、入札書にあらかじめコスト項目について以下のような項目が具体的に記載されている。

Capital Cost Recovery Charge Rate(25 年間を 5 年ごとのステージに分けたキャ
ピタルコスト)

Fixed O&M Charge Rate:操業人件費、保険料など(Variable O&M Charge
Rate:O&M)

Energy Charge Rate:Cents/kwh(国が月次で発表する燃料価格と熱効率により
算定。単価提案者は熱効率により原価低減が可能。)
上記のように本事業のスキームでは、発注者が、LCC 算定に必要な要素(対象費用項目、年数、
燃料費用、稼働率など)を提案者に提示する事で、20 年以上という長期間のコストを LCC として評
価できる。
④ 環境配慮の LCC 参入に関する取組み
(ア) 米国における取組み
米国環境庁(EPA)の グリーン調達プログラム(Environmentally Preferable Purchasing,
EPP)では、ガイドラインを定め 5 つの原則を示した。この一つにおいて、価格と性能に並んで環境
を評価することとしている。また、ライフサイクルの側面で評価を行うことも規定されている。その他、
環境影響について比較検討することや環境性能を考慮すること、汚染予防を考慮すること等が示
されている。
このガイドラインが適用される対象としては、建設、鉄道建設、建物内部・外部、再生可能エネ
ルギー等とされており、インフラ分野が含まれていることになる。
66
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(イ) EU における取組み
EU では、2001 年、欧州委員会において「グリーン公共調達(GPP)」を促進するため、「環境
に配慮した調達ガイドライン」を示した。また、2004 年には公共工事契約・公共供給契約・公共サ
ービス契約の手順に関する指令において、水・エネルギー・運輸・郵便分野における事業者の調
達手順に関する指令が出され、環境に配慮した公共調達のありかたが示された。2011 年には、先
述の提案中の指令において LCC 等とともに環境配慮に関する取り組みが示されている。
EU では、環境配慮の取組みを具体的にコスト換算する動きもみられる。
具体的には、EU 指令において自動車の環境コストの考慮が「DIRECTIVE 2009/33/EC :
The promotion of clean and energy-efficient road transport vehicles」において示されている。
同指令の具体的な事例では、以下のように考慮することが例示されている。
CO2 排出 ・・・0,03-0,04 EUR/kg
Nox 排出 ・・・・・0,0044 EUR/g
粒子状物質・・・0,087 EUR/g
※
単位あたり費用は 2007 年に設定
また、自動車以外にも、環境コストを含めた LCC を重視する提案があり、政府調達ルールの改
善案「Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE
COUNCIL”(2011 年)」において、環境コストに LCC を組み込むことが検討されている。具体的に
は、“External Cost“の一部として温室効果ガス GHG 排出及びその他の化学物質の排出、気候
変動対策活動の中で、金額換算可能なものを LCC の一部にする考え方が提示されている。
(2)質の面の考慮にかかる取組み
インフラ事業を実施する際の公共サービスとしての質の確保は先進国では重要な課題と
して捉えられている。先進国においては調達法令上、技術と価格をそれぞれ点数換算し合
計値により競う総合評価方式が規定されており、以下各国の制度について紹介する。
① 日本国内における PFI における総合評価の取組み
PFI 法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律、1999 年 7 月)の
第十一条 2 項(客観的な評価)においては、技術提案を受けるとともに「民間事業者の有する技術
及び経営資源、その創意工夫等が十分に発揮され、低廉かつ良好なサービスが国民に対して提
供されるよう、原則として価格及び国民に提供されるサービスの質その他の条件により評価する」と
され価格と質の両面による評価について規定されている。国においては総合評価方式が採用され、
67
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
地方公共団体では公募型プロポーザル方式が採用されている。いずれも技術面と価格面を点数
化し合計点で評価するという点では広義の総合評価ということが出来る。
表 18 PFI 法における事業者選定の規定抜粋
(民間事業者の選定等)
第八条
公共施設等の管理者等は、前条の規定により特定事業を選定したときは、当該
特定事業を実施する民間事業者を公募の方法等により選定するものとする。
2
前項の規定により選定された民間事業者は、本来同項の公共施設等の管理者等が行
う事業のうち、事業契約において当該民間事業者が行うこととされた公共施設等の整備等
(第十六条の規定により公共施設等運営権が設定された場合にあっては、当該公共施設等
運営権に係る公共施設等の運営等)を行うことができる。
(技術提案)
第十条
公共施設等の管理者等は、第八条第一項の規定による民間事業者の選定に先立
って、その募集に応じようとする者に対し、特定事業に関する技術又は工夫についての提
案(以下この条において「技術提案」という。)を求めるよう努めなければならない。
2
公共施設等の管理者等は、技術提案がされたときは、これについて適切な審査及び
評価を行うものとする。
3
技術提案については、公共工事の品質確保の促進に関する法律(平成十七年法律第
十八号)第十二条第四項本文、第十三条第一項前段及び第十四条の規定を準用する。この
場合において、必要な技術的読替えは、政令で定める。
(客観的な評価)
第十一条
公共施設等の管理者等は、第七条の特定事業の選定及び第八条第一項の民間
事業者の選定を行うに当たっては、客観的な評価(当該特定事業の効果及び効率性に関す
る評価を含む。
)を行い、その結果を公表しなければならない。
2
公共施設等の管理者等は、第八条第一項の民間事業者の選定を行うに当たっては、
民間事業者の有する技術及び経営資源、その創意工夫等が十分に発揮され、低廉かつ良好
なサービスが国民に対して提供されるよう、原則として価格及び国民に提供されるサービ
スの質その他の条件により評価を行うものとする。
出典:PFI 法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)
実際の事業においても公募により事業者選定が行われ、選定基準として総合評価が採用
されている。例えば、横浜市が実施した下水道の汚泥資源を燃料化した事業では以下のよ
うな基準で実施されている。
評価基準を見ると事業計画から、設計建設、管理運営に関してそれぞれ評価され、環境
68
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
配慮や省エネ等の環境性能、安全性等について評価を行っていることがわかる。
表 19 横浜市南部汚泥資源化センター下水汚泥燃料化事業の審査基準
出典:横浜市南部汚泥資源化センター下水汚泥燃料化事業 落札者選定基準
69
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
日本においては、公募原則や質を重視した LCC の活用及び総合評価による選定等も効果
的に機能することにより安定的に事業が実施されてきている。平成 24 年度までで全 418 件
が実施され、事業費の総額ベースでは 42,477 億円に上る金額で実施されている。
図 17 日本の PFI 事業件数の推移
出典:内閣府「PFI の現状について」
(平成 26 年 2 月)
② EU 指令における経済的に最も有利な札による選定
調達方法について、2004 年の EU 指令6によって規定されている。この EU 指令では、調達手
続として以下の 4 つの方法を定めており、質を重視した評価が行われている。
 公開手続(Open Procedure)
 制限手続(Restricted Procedure)
 交渉手続(Negotiated Procedure)
 競争的対話手続(Competitive Dialogue Procedure)
インフラ事業については、交渉手続や競争的対話手続で行われてきた。交渉手続は、契約候
補となる事業者との交渉を通じて契約先を決定する調達手続である。最低3者を交渉に参加させる
ことや交渉内容の公開が義務付けられている。交渉手続については、事前に価格による評価が困
難な場合や、公開手続や制限手続によって入札不調となった場合、既存契約がある場合の追加
発注等に限られている。
6 DIRECTIVE 2004/18/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 31 March 2004
70
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ただし、交渉手続は不透明性が課題になっていた。そのため、第四版となった 2004 年の EU
指令にて新たに競争的対話手続が規定されるようになってからは、従来交渉手続により実施して
いた調達は競争的対話手続で行うことが多くなり、交渉手続が用いられることは減少している。競
争的対話手続は、入札から落札者決定までの間に複数の応札者と並行して交渉を行い,最も優
れた提案を採用できることとなった。
これらにおいて落札者の決定については、以下の2つのいずれかの基準により行われる。それ
ぞれにおいて、表面価格で評価する場合と LCC により評価される場合にさらに別れることとなる。
 最低価格
 経済的に最も有利な札(the most economically advantageous tender)
どちらの基準を選択するかは実施機関の判断に委ねられているが、インフラ事業の場合は経済
的に最も有利な札(the most economically advantageous tender)を選定することが多く、価格、
期間、技術的利点等により行われている。
③ 米国 FAR 指令のベストバリューによる調達
米国では、FAR (Federal Acquisition Regulation:連邦調達規則)に基づいて調達が行われ
ている。この FAR では、調達方法を大きく、封印入札と交渉契約に分けている。インフラ事業のよう
に複雑な事業については交渉契約で行われており、単独調達、プレゼンテーション、ベスト・バリュ
ーに分けられる。それぞれ、わが国おける随意契約、公募プロポーザル、一般競争入札総合評価
落札方式に近いものである。この体系を整理したものが以下の図表である。
71
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 18 米国の FAR の調達方法
調達方法
封印入札
(Sealed Bidding)
交渉契約
(Negotiated Contract)
単独調達
(Sole Source Acquisitions)
競争調達
(Competitive Acquisitions)
ベストバリュー
(Best Value Continuum)
プレゼンテーション
(Oral Presentations)
出典:FAR に基づき PwC 作成
このうち、ベスト・バリューとは、政府の要求事項に対し、総合的に見て最大の利益が期待できる
調達を意味する。調達の準備段階において、競争調達のうちベスト・バリューを選択する場合、
FAR の交渉契約について定められた規定7に基づいてその評価要素を予め規定する必要があり、
必ず考慮しなければならない評価要素として、価格、品質、過去実績の3要素が挙げられている。
さらに、調達する物品やサービスの価格の重要性に応じて、「要求を満たす最低金額」か「技術と
価格の主観的評価」のいずれかを選択することになる。要求事項を明確化することが困難な場合
や、よりリスクの高い契約内容である場合には、「技術と価格の主観的評価」が用いられており8、イ
ンフラ事業の場合は多くの場合その事業性質からこちらに該当することとなる。よって、インフラ事
業の場合は、価格、品質、過去実績等を総合評価により選定することが基本となる。
7 Subpart 15.1—Source Selection Processes and Techniques
8
FAR 15.101
72
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 19 ベストバリューにおける二つの考え方
“要求を満たす最低金額”
“技術と価格の主観的評価”
Lowest Price Technically Acceptable
Selection Process(LPTAs)
Tradeoff Process
・要求を満たす最低金額のプロポーザルを選定
することにより、ベストバリューが実現できると考
えられる場合に利用する。
・低価格であることよりも、特定の評価基準により最
も高い評価を得た調達者を選定することにより、
ベストバリューが実現できると考えられる場合に利
用する。
・入札説明書には、発注者の要求事項と、
LPTAs方式で調達者を選定する旨を明記する
必要がある。
・RFPには、評価項目全てと、各評価項目の重み
付けを明記する必要がある。
出典:FAR9に基づき PwC 作成
(3)官民間での対話プロセスの活用
インフラ事業は、規模が大きく予め資金調達方法が特定できないことや、民間の創意工
夫を引き出すために要求水準や契約条件を予め確定しないようにすること、等の要因から
公募が開始されてから官民間の対話により事業スキームを確立するようなケースも少なく
ない。このようなプロセスは EU 指令や米国の FAR において規定がされており、日本にお
いても PFI に限り欧米の動きにならって制度上実施が可能になっている。以下、それぞれ
の規定の内容について説明する。
① EU における競争的対話
競争的対話とは、入札公告後に官民で相対して質疑応答や入札内容についての確認を行う等
の取組を指す。欧州では EU 指令に基づき各国により実施されている。
EU 指令 2004/18/EC では、競争的対話の適用範囲を、特に複雑であると考えられる契約で、
以下のいずれかに該当するものとしている10。
・ 発注者がニーズまたは目的を満たすことのできる技術的方法を客観的に特定することができな
い場合
・ 発注者がプロジェクトの法的または財務的構成のいずれか、または両方を明確に規定すること
ができない場合
EU 指令説明文書では適用例として、インフラ事業、大規模コンピューターネットワーク、複雑か
つ財務的および法的構造を事前に規定することが不可能なストラクチャード・ファイナンス11を用い
9 Subpart 15.1—Source Selection Processes and Techniques
10
11
EU 指令 2004/18/EC 第 11 条 11(c)
資産を証券化する等の仕組み(structure)を利用し、市場リスク・信用リスク等をコントロールする金融技術
73
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
るプロジェクトを挙げている12。また、OGC と財務省共作のガイダンス(以下、OGC/HMT ガイダンス)
では、法的または財務的に複雑である場合の例として、学校や病院、刑務所のような長期的な建
設と運営が見込まれる施設に係るプロジェクトを挙げている13。よって、PPP によるインフラ事業はこ
の対象になるものと思われる。実際英国では競争的対話が用いられる例が多い。
EU 指令 2004/18/EC では、競争的対話方式の実施手続として、以下に示すように 9 つのステ
ップを定めている。各ステップの詳細については、次項以降にて説明する。
図 20 競争的対話のプロセス
出典:EU
指令 2004/18/EC に基づき PwC 作成
② 米国の交渉契約
米 国にお ける調達に は 、少 額調 達向 けの 簡易手続 である ①簡 易調達 手続 ( Simplified
Acquisition Procedures)や②封印入札(Sealed Bidding)以外に、提案要請書(Request for
Proposal: RFP)で提案を呼びかけ、最も優れた提案書を提出した事業者と契約する③交渉契約
(Contracting by Negotiation)が存在する。③交渉契約は FAR において、入札者と提示提案内
容の欠点等について議論する機会を持つことが認められており、最終的な評価の前に提案内容が
改訂されることもある。発注者との議論を踏まえて、事業者は最終提案書を提出し、これに基づき
契約者が選定されることとなる14。
FAR によれば、交渉契約は封印入札の実施が相応しくない場合に適用する。封印入札が相応
しい状況は以下の通り定められており、これらが満たされない場合に交渉契約を利用することとな
る。

封印入札の公告、入札、入札審査の一連のプロセスを行う時間的余裕がある

契約者は価格要因に基づき決定できる
12
EXPLANATORY NOTE – COMPETITIVE DIALOGUE – CLASSIC DIRECTIVE 2.1
Competitive Dialogue in 2008 – OGC/HMT guidance on using the procedure
14
「交渉契約」には、単独の業者に発注する“Sole Source Acquisition (単独調達)”と、複数の業者間で競争を伴う
“Competitive Acquisitions (競争調達)”が存在するが、ここでは後者を指している。(FAR 15)
13
74
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

入札について、入札者と議論する必要性が乏しい

1 社以上の事業者が入札に応じる可能性が十分にある
また、これ以外にも、法律や規制が異なる海外で入札を行う場合には、入札者との議論が必要
となるケースが多く、交渉契約が利用されやすいとしている15。
交 渉 契 約 の 実 施 手 続 は 以 下 の 通 り で あ る 。 下 記 手 続 は FAR お よ び 、 エ ネ ル ギ ー 省
(Department of Energy: DOE)のガイドラインを参照している16。
図 21 交渉契約のプロセス
出典:FAR および DOE (2005), “Source Selection for the Source Selection Official”に基づき PwC 作成
③ 日本の PFI における競争的対話
日本においても欧州の流れを受けて PFI 事業においては競争的対話の活用を認めている。民
間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する関係省庁連絡会議幹事会申合せに
おいて、「PFI 事業に係る民間事業者の選定及び協定締結手続きについて」(平成18年11月)と
して規定がされている。
対象としては、発注者のみの能力では要求水準書等を作成することが困難な事業について適
用することを想定し、「病院や刑務所のように、運営の比重が高く、かつ運営内容を規定するため
に民間事業者の知見が重要となる事業や、複合施設、意匠性の高い建物等、発注者の意図を明
確に伝えるのが困難と考えられる事業」とされている。
実施方法としては、公正性・透明性等を担保するため、実施方針等においてその旨を明記し、
文書による質問・回答、説明会の実施等の方法により、応募者全員に対して共通の方法で行うとと
もに書面により記録し、その内容を共有することが基本とされている。また、応募者毎に対面で対話
を行うことにより、発注者のニーズに適った提案が得られる可能性が高まる場合も考えられるため、
15
FAR 6.401
FAR 15 および
2005)”
16
DOE (2005), “Source Selection for the Source Selection Official”、
“Acquisition Guide (December
75
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
必要に応じて応募者毎に対面による対話を行うことも考えられるとされている。
欧州に比べ日本の競争的対話は公平性・公正性に重点が置かれているところが特徴である。
これまでの競争的対話の実施事例では、その内容がウェブサイト等を通じて公表されていることも
ある。
(4)過去実績情報の活用
インフラ事業において質を確保する観点から、過去実績を活用した評価というのは、広
く各国で行われている。ただし、新興国の制度で示したように基本的には実績の類似性と
有無により評価され、過去実績において優れたパフォーマンスについて考慮されることは
少ない。そこで、以下では先進国においてどのように過去実績を管理し、民間事業者の選
定に活用しているかを調べている。
① 日本における過去実績情報の活用
日本では、TECRIS というシステムにより建設工事・土木工事、設計業務等の事業において過
去実績を蓄積し、実績情報の信頼性を高める取り組みを行っている。
資格審査や提案審査に活用し、発注者は DB により実績を確認することが可能となっている。
例えば、国土交通省では類似業務の TECRIS 平均評価点を評価に活用することをガイドラインで
規定している。17
また、各機関においても個別に評価が行われており、以下のように技術力、管理技術力、成果
品、工程管理力等のような要素で評価がなされている。これを次期の調達に活用することも可能で
ある。
表 20 国内の自治体における建設事業の実績評価項目
専門技術力
提案力、改善力
業務執行技術力
施行時への配慮
コスト把握能力
管理技術力
工程管理能力
品質管理能力
迅速性、弾力性、調整能力
コミュニケーショ
説明、プレゼンテーション、協調
ン力
性
取り組み姿勢
責任感、積極性、倫理観
成果品の品質
出典:PwC 作成
17
国土交通省「建設コンサルタント業務等におけるプロポーザル方式及び総合評価落札方式等の運用」
(平
成 25 年)
76
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
これらについては、次期の調達に活用することが可能であるものの、多くは実績の証憑と
して活用するにとどまっている。
② 米国における過去実績情報の活用
1995 年の連邦調達改革法以降、米国では、調達において過去の契約における実績評価
(Past Performance Evaluation)を活用することが推進されている。これは、前述の通りオバマ政
権下でも継続している18。OFPP による通達では、実施時期、情報源、評価内容等について以下の
ように定めている19。
実施時期
・
契約で設定されている業務の終了時。
・
一年以上の契約の場合、中間評価の実施が奨励されている。
・
事業者
・
契約管理者
・
物品・サービスの利用者
・
その他アドバイザー等
情報源
評価内容
表 21 米国における過去実績情報の評価内容
評価基準
内容
1.技術的性能(製品やサービスの質
等)
•
•
要求水準を満たしているか
改善の取組み
2.コスト管理
•
•
•
要求水準を満たした上でのコスト削減
VE等の工夫
コストに係る問題の速やかな改善
3.スケジュール管理
•
•
納期の順守
納期の短縮
4.事業協力
•
•
•
プロフェッショナルな姿勢、能動的な姿勢
顧客満足度
期待値の順守・期待値を超える質
出典:OMB「過去実績情報のガイドライン」
異議申し立て・修正
・
18
評価後、30 日間、事業者に対して、コメント、修正、異議申し立て等の機
OMB(2009b)、OMB(2009c)
19 Federal Acquisition Circular (FAC) 90-26
77
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
会を与える。
・
官民の間に合意がなされない場合は、契約担当の幹部が判断する。
過去実績情報の管理
・
過去実績情報を管理するシステムの活用を推奨。特に、PPIRS(Past
Performance Information Retrieval System、過去実績参照システム)シ
ステムの活用を推奨している。
なお、上記の評価内容に基づき評価を実施する際には、以下のような基準に基づき判断する
こととされている。
表 22 過去実績評価の評価基準
点数
5 Exceptional
基準
事業者が基準を大きく上回り、官にとって付加価値を生み出してい
る。(例:業務の再構築)
4 Very Good
いくつかの基準を上回り、比較的に重要でない問題については修
正措置・解決策が実施された。
3
Satisfactory
契約水準が満たされている。必要に応じて実施された修正措置・
解決策は基準を満たすのに十分であった。
2 Marginal
いくつかの契約水準が満たされていない。重要な課題に対し、十
分な解決策が講じられていない。
1 Unsatisfactory
契約水準が満たされておらず、コスト・スケジュールについて現実
的な解決策が期待できない
出典:内閣府(2010)”市場化テストの事業評価等に関する調査”
(5)人材育成・体制整備の取組み
先進国の中でも特に PPP で実績を有する英国では、PPP を推進する組織を整備するとと
もに、調達に係る人材育成についても積極的に行ってきた。これらの取組みは、PPP の事
業拡大や調達の適切な実施に貢献している取組みであると考えられる。ここでは、それら
の取組みの概要を紹介する。
① 英国の PPP 推進組織の整備
(ア)
パートナーシップス UK
パートナーシップス UK とは、英国で官民連携事業の推進機関として、財務省(49%所有)
と民間(合計 51%所有)の JV(Joint Venture)の形態により 2000 年に設立された。パー
トナーシップス UK を官民 JV として設立したねらいは、雇用条件を柔軟にすることによ
78
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
り、民間の優秀な人材の確保を容易にすることと、官民連携事業について官民共同で基本
的な考え方を構築することにあった。総勢が 50 から 60 人程度の陣容で運営されていた。
このパートナーシップス UK の役割としては、以下のようなものがある。
1.
複雑な調達プロジェクトの支援(官側アドバイザー)
・ プロジェクト・ガバナンスの策定支援
・ 品質管理・モニタリング手法策定支援
・ VfM(Value for Money)20に必要な実現性、質とコストのバランス実現支援
・ 外部アドバイザーの選定とリクルート支援
・ 入札時の競争環境の実現、民間との交渉支援
・ 法、ファイナンス、契約に関する専門知識の提供
2.
小規模・地方公共団体によるプロジェクトの支援(ヘルプデスク)
3.
調達(資金を含め)に関するガイドライン等の策定支援
・ SoPC( Standardisation of PFI Contracts、PFI 標準契約書)の策定
・ PRG及びMPRG21のための基準作成
4.
公共サービスの民間活用の推進
・ 公共サービス・政府業務の民間活用のスキームの検討と立案
・ 民間が参入できるよう、活用範囲の策定及び政府業務の適切なパッケージ化
5.
PPP プロジェクトへの直接投資
・ 2007 年に設立されたパートナーシップス UK ベンチャーズを通じて、20 件の
PPP プロジェクトに合計 2000 万ポンド22を投資
パートナーシップス UK は、上記のような役割を果たすことにより、英国内の官民連携
事業の推進の一つの原動力となった。
パートナーシップス UK は、前述のように官民それぞれの人材が集まっているため、そ
れ自体が政府職員と民間従業員両方の経験と知識を生かした官民連携組織として運用され
ている。民間のコンサルティング会社、銀行、事業会社等出身の専門性の高い人材を雇用
することによって、このような知見を確保することができている。これらの民間出身の人
材は、出向ではなく公募により採用された。
なり、パートナーシップス UK は 2010 年に次のインフラストラクチャーズ UK に統合
された。
20
VfM(Value for Money):PPP 事業の評価に用いられる、官民連携によるコスト縮減/アウトカム向上効
果のこと。
21 Project Review Group 及び Major Project Review Group の略で、英国政府の官民連携事業を評価する
組織
22 日本円で34億円程度(2014年3月時点)
79
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(イ) インフラストラクチャーズ UK
2009 年 12 月の次年度予算の概算要求において、PPP を含め政府のインフラ投資に関す
る権限及び機能についての組織再編としてインフラストラクチャーズ UK の設立が発表さ
れた。インフラストラクチャーズ UK は、公共インフラに関する政策を省庁横断で統括す
る中心組織として設立され、2010 年度中にその下に財務省の PPP ポリシーチームや TIFU
及びパートナーシップス UK が統合された。以下はインフラストラクチャーズ UK の主な
役割である。
-
英国のインフラ投資に関する 5 年~50 年計画の策定
-
インフラ分野に参入できる民間事業者の特定と参入・投資の奨励
-
財務省による政府インフラ投資の支援
-
英国のインフラ関連プロジェクトの強化と支援
-
その他 EU 領域での投資に関する管理
パートナーシップス UK とは異なる組織としてインフラストラクチャーズ UK を設立す
ることとなった理由としては、各省庁のインフラ投資が省庁毎で行う縦割りの弊害に陥っ
ていたため、英国政府全体において省庁横断で最適な判断を行える機能を設立する組織が
必要だったことが挙げられる。加えて、インフラ投資は官民連携手法以外による方法も必
要なため、インフラ投資全般の政策立案及び各プロジェクトの推進を支援する組織として
再編する必要があったのである。
(ウ) ローカル・パートナーシップス(Local Partnerships)
ローカル・パートナーシップスは地方自治体協議会(Local Government Association)
とパートナーシップス UK の間の JV として設立された。政府から独立した機関として存
在していた 4Ps (Public Private Partnership Programme)が担っている地方公共団体に関
する支援に加え、政府職員・民間アドバイザーの提供や、地方公共団体による PPP プロジ
ェクトの開発、資金調達、PFI 実施等の様々な面を支援している。以下は具体的な業務であ
る。
-
プロジェクトアドバイザリー、契約手続きの支援
-
Gateway Review Process のレビュー
-
研修及びスキル開発
-
ガイドラインの作成とベスト・プラクティス等の共有
地方公共団体では官民連携事業を十分に理解し推進する能力を有した人材が不足してい
たかと~、ローカル・パートナーシップスはこの点を補い英国の地方公共団体における事業
推進に貢献した。
80
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 英国の調達人材の育成
2007 年に策定された TGP(Transforming Government Procurement)では、調達マネジメン
ト能力の向上を重要課題の一つとして捉え、GPS を中心に調達人材能力の強化方針が策定され
た。
財 務 省 ( HM Treasury ) は 、 調 達 能 力 全 般 に お け る 改 革 方 針 で あ る 「 Transforming
Government Procurement」を策定している。その中で、財務省は、OGC や GPS に 2007 年から
2012 年にかけて調達人材能力の強化に向けた取組を実施することを求めている23。これに応じて、
GPS は以下の人材育成方針である「Building the Procurement Profession in Government24」
の策定や調達能力評価(Procurement Capability Reviews25)を推進している。以下、この二つの
取組を説明する。
(ア) 人材育成方針
2009 年 6 月に策定された「Building the Procurement Profession in Government」では、調
達人材能力の強化に向けて以下のような 10 の取組を提言している。
人材誘致(Attract)
・ 調達業務の革新性ややりがい、公共サービスにおける重要性を明確に伝える。
・ 業務の報酬体系を示し、潜在的な雇用候補者にその魅力を示す。
報酬(Reward)
・ 調達担当者の報酬体系の要素を決定する際に、既存の業務評価システムに加
えて、GPS の報酬のベンチマークツールを補完的に使用する。
・ 職員の能力を実務的な観点から評価するために、資格などに基づく手当てを廃
止する。
・ 職務についた採用ルートに関わらず、職務従事者が納得のいく処遇を保証す
る。
維持(Retain)
・ 年に一度、キャリアについて話し合う会議を設け、すべての調達担当者がこの会
議へ参加することをサポートする。
・ 臨時雇用者の雇用者数を最小限に保ち、その数が調達職員数の 10%を例え一
時的にでも超えないようにする。
・ OGC と連携し、省庁の目標と個人の目標を結びつける基準を策定し、その基準
23
24
25
HM Treasury (2007), “Transforming government procurement”
GPS (2009), “Building the Procurement Profession in Government”
OGC(2009), “Procurement Capability Reviews End of Wave 1 Overview Report”
81
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
に連動した報酬体系を確立する。
育成(Develop)
・ すべての調達専門者に対し、年間 50 時間の継続的専門教育(Continuous
Professional Development、CPD)の受講を義務付ける。
・ OGC と 連 携 し 、 キ ャ リ ア マ ネ ジ メ ン ト プ ロ グ ラ ム ( Career Management
Programme)を策定し導入する。
(イ) 調達人材能力の評価
GPS は、TGP を受けて、公共調達の専門家を育成し、公共調達の質を高めることを目的に、中
央省庁の調達能力評価を実施している。この評価によって、調達に係る組織および個人の能力に
おける課題が明確となり、調達能力向上のための一助となっている26。調達能力評価については、
以下の項目にて詳述する。
GPS は、調達人材能力の強化には、調達専門職としてのキャリアパスの明確化が不可欠である
とし、キャリアパスの構築とその活用促進に取り組んでいる。
(ウ) 調達分野における職種
GPS は調達分野における職種として、以下の 4 つを定義している27。

調達

カテゴリーマネジメント

契約マネジメント

調達戦略
(エ) 調達・契約専門職としてのキャリアパス(Career Routs for
Procurement and
Contract Management Professionals)
GPS は、調達分野における職種について、以下のようなキャリアを提示している。それぞれの職
種について段階的なキャリアが設定されており、職種を横断したキャリア形成となっている28。
26
OGC, About Procurement Capability Reviews (PCRs)
http://www.ogc.gov.uk/procurement_capability_reviews_pcrs_update_about_procurement_capability_reviews_pcrs
.asp
27
GPS( 2010) “Building the Procurement Profession in Government: Career Management Discussions”
28
GPS(2010) “Career Routs for Procurement and Contract Management Professionals”
82
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 22 調達分野における職種のキャリアパス
調達戦略
カテゴリー
マネジメント
契約マネジメント
調達
その他
商務監督官
リーダー
不動産/施設/
有形資産管理監督官
調達責任者
財務監督官
決済責任者
マネージャー
(チームリーダー経験
2~3年)
戦略責任者
チームリーダー
(職歴2~3年)
上級戦略
アドバイザー
チームメンバー
学院卒新入職員
戦略アドバイザー
新規配属
学部卒新入職員
調達マネージャー
契約マネージャー
不動産/施設管理
責任者
財務責任者
上級購買担当官
上級調達担当官/
アドバイザー
上級契約担当官
不動産/施設管理
上級専門官
上級財務担当官
購買/カテゴリー
専門官
調達担当官/
アドバイザー
契約担当官
不動産/施設管理
専門官
財務担当官
調達補佐
契約担当官補佐
不動産/施設管理
担当官
財務補佐
購買責任者
カテゴリー/日用品
マネージャー
決済補佐
購買/日用品補佐
出典:GPS(2010) “Career Routs for Procurement and Contract Management Professionals”
に基づき PwC 作成
(オ) キャリアマネジメントプログラム(Career Management Programme)
GPS では、上記のキャリアプランに基づき、調達分野に働く政府職員のキャリア設計を支援する
プログラムとして、キャリアマネジメントプログラムを推進している。GPS が策定した人材育成方針で
ある「Building the Procurement Profession in Government: Career Management Discussions」
では、キャリアパスを提示し、キャリア構築のための能力開発の手順や、継続的専門教育、キャリア
設計のための検討方法について言及している29。
(6)その他の質向上の取組み
先述した VFM の考え方は、事業実施の判断を適切に判断するのみならず、実際の事業実
施にあたっても適切な事業規模を見積もることにも繋がっている。その結果、安定的な事
業を実現する一助になっている。
① 英国における VFM を用いた事業実施方法の決定
英国では、PPP 適用において 「一定の支払いに対し、最も高い価値を提供する」というバリュ
29
GPS( 2010) “Building the Procurement Profession in Government: Career Management Discussions”
83
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ー・フォー・マネー(VFM)に関する考え方は、1991 年の市民憲章(シチズン・チャーター)導入時よ
り生まれてきた。
前述の通り、VFM は事業計画段階の「事業を進める際に PFI 手法で行うか、一般的な公共調
達手法で行うか」、また入札手続き開始後の「事業の対象資産・サービスを提供する際にどの事業
者を選択するか」の判断を行う際に用いられており、VFMーの分析は、PSC との比較が重要な要
素になるとされた。
図 23 PSC と VFM テストの関係
出典:HM Treasury (1995)”Private Opportunity, Public Benefit; Progressing the Private Finance
Initiative”を基に作成
一般的には PSC が入手可能な場合は、VFM テストは、従来型手法による施設建設費用と将来
にわたる公共部門の維持管理運営費用を足した総費用と、PFI 手法によって実施した場合の総費
用を割引率(90 年代半ば当時は通常 6%で計算されていた)を用いて現在価値に割り引いて算出
し比較するという手続きで行われていた。
こうした VFM の検討は新興国における PPP 事業の実施判断やスキーム判断においても参考
になると考えられる。
84
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2-3 JICA と国際援助機関の入札制度の比較
① 調達ガイドラインの差異
各ガイドラインにおける規定は、世銀と ADB に共通点が多く、JICA は異なる傾向にある。この
理由としては、ガイドラインの更新時期や PPP 制度への対応状況なども影響しているが、主に多国
間と二国間の援助機関という前提の差異により生じている。
多国間援助機関のビジネスモデルは民間の銀行により近く、組織の目的、開発援助の趣旨に
叶っていれば貸付先の信頼性や事業の収益性を総合的に判断して返済能力を見極め、自らの責
任において締結した契約をベースに貸し出しを実行する。多国間援助機関と貸付先政府の関係
は国対国ではなく、国際機関(銀行)対国であるため、問題が生じた際には外交力を頼ることはで
きない。そのため、事前に可能な限りのリスク低減策を貸付相手国政府に対して働きかけることが
重要になる。また、より多くの融資を行うことが実績と財務体質に関わるため、貸付相手国側のニー
ズの変化にも敏感といえる。
一方で二国間援助機関による有償資金協力は、国対国の外交関係の一部として実施される。
貸付の合意は強い法的拘束力を持つ国際約束により結ばれ、損失や問題が生じた際には政府予
算からの資金充当や外交ルートを通じた万全の対処が可能である。また、資金拠出の目的には政
府開発援助だけでなく複雑な外交的要因が混ざっているため、貸付相手国の内政に干渉すること
は一般的に歓迎されない。このため、貸付リスク回避よりも貸付相手国の自主性を重んじ、融資の
収益性や返済可能性よりも外交的な安定性を重んじる傾向にあるといえる。
表 23:多国間・二国間援助機関の立場の相違
項目
多国間援助機関
二国間援助機関
位置づけ
国際機関
政府の一部
貸付の構図
国際機関(銀行)vs 政府
政府 vs 政府
予算の原資
各国の拠出金及び利子その他
税金
の自己収入
返済が滞った際の措置
自己負担
政府予算から追加配賦
問題が生じた際の措置
国際法と契約をベースに独自
外交ルートを通して解決
で交渉
貸付決裁者
拠出国の代表からなる理事会
内閣
貸付の合意
契約書
国際約束・外交文書
相手国政府内の調達手続
国際機関による支援と受け取
場合によっては内政干渉と
きへの関与
られる
受け取られる
出典:PwC 作成
85
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 環境社会配慮についての規定
ガイドラインの中で JICA は第 5.06 条の「入札評価において考慮対象となり得る非価格要素」
の中に、「環境面の便益」という文言を入れている。また、世銀、ADB も「価格に加えて入札評価で
考慮されるべき関連要素」の中に「環境上の利点」を含めている。
それ以上の記載がない理由としては、開発援助における環境社会配慮とは本来、大規模な工
事・建設等の案件発注の計画段階に発注者の責任において行われるものであり、発注の段階で
受注者に責任を負わせたり、提案を競わせたりする性質のものではないためと考えられる。インドな
どでは落札後、契約書の中に環境社会配慮に関する文言が含められる事例もある。
なお、世銀の「PROCUREMENT IN WORLD BANK INVESTMENT PROJECT FINANCE」
に お い て は 、 以 下 の よ う に 環 境 面 の 考 慮 に つ い て 検 討 が な さ れ て い る 。 「 The strategic
procurement approach should be on a whole life basis – which generates benefits to the
procuring entity and the economy, but also to society whilst minimizing damage to the
environment (reflecting the confines of the borrowers own procurement policy).」
③ 非価格要素の評価基準に関する規定

価格以外の評価基準の設定については、JICA のガイドラインには一括して記載がある。一
方、世銀、ADB の場合は総論に加え、PPP、パフォーマンス契約、地域経済への裨益につ
いて独立した条項により具体的な措置が定められている。

総論:JICA のガイドラインには、第 4.05 条 に「入札書類には、価格に加えて、入札評価・
比較に際して考慮する要素、およびそれらの要素の定量化方法または他の評価方法が示
されるものとする」とされ、第 5.06 条 において、「入札評価において考慮対象となり得る非
価格要素としては、支払いスケジュール、建設または引渡しの完了時期、稼動費、機器の
効率および適合性、消費(エネルギー)効率、サービスおよびスペアパーツの確保、(建設
方法も含めた)提案されている品質管理方法の信頼性、安全性、環境面での便益、および
契約の本質に関わらない逸脱が含まれる。これら非価格要素は、実際上可能な範囲で、入
札書類に規定された基準に基づき、金額に換算して表示される。」とされている。

総論:世銀、ADB のガイドラインには、「入札書には、価格に加えて入札評価で考慮される
べき関連要素と、それらが最低見積入札を決定する上で利用される方法を明記しなければ
ならない。機材及び設備については、その他の要素、とりわけ支払計画、納期、経費、設備
の効率性と互換性、サービスと予備部品の利用・入手可能性、関連訓練、安全性、環境上
の利点などを考慮できる。」と定められている。

PPP:世銀、ADB のガイドラインには PPP の場合(BOO/BOT/BOOT)の特別な措置につ
いて独立した条項があるが、JICA のガイドラインにはない。前者の場合、PPP の入札評価
については、「提案施設の性能仕様書、利用者または購入者に対して請求する費用、施設
86
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
の減価償却期間などの点で最も経済的かつ効率的な提案を確立するという目的からみて、
最適な基準の組み合わせとなるよう、この過程には複数の段階を取り入れることができる。」
と定められている。

パフォーマンス契約:世銀、ADB のガイドラインにはパフォーマンス契約についての特別な
措置について独立した条項があるが、JICA のガイドラインにはない。前者の場合、「インプ
ットを測定する従来のやり方に代わり、支払いは測定されたアウトプットに対して契約が行わ
れる。技術仕様書では、望ましい結果及び測定の対象となるアウトプットとその測定方法を
定義する。」と定められている。なお、「アウトプット」には「(a)アウトプットに基づいて支払わ
れる予定のサービスの提供、(b)借入者が運営する予定の施設の設計、供給、施工(または
復旧)及び試運転、(c)施設の設計、供給、施工(または復旧)及びその試運転後の定めら
れた年数の期間にわたる当該施設の運営と保守に関するサービスの提供」が含まれるとさ
れる。

地域経済への裨益:世銀、ADB のガイドラインには地域経済への裨益についての特別な
措置について独立した条項があるが、JICA のガイドラインにはない。前者の場合、「プロジ
ェクトの主要構成要素において、(a)地元のコミュニティーまたは非政府組織(NGO)に対し
サービスの提供に参加するよう呼びかけること、(b)現地のノウハウ・材料の利用を増やすこ
と、(c)労働集約型技術またはその他の適切な技術を採用することが望ましい場合、調達手
続き、仕様書及び契約パッケージは上記の考慮すべき事項を反映するように適切に改訂
すべきこと」を要求している。

早期竣工の価値:世銀、ADB のガイドラインには、工事請負契約の際、評価の基準として
借入者からみた早期竣工の価値を考慮することができるとの記述がある。
④ 一社入札に関する規定
JICA は入札参加者が一社しかない場合は入札の妥当性を認めているが、PQ に通過した応札
者が一社の場合は、入札をやり直すべきという方針になっている。他方、世銀及び ADB は応札者、
PQ 通過者がともに一社であっても特にやり直しの方針はない。
⑤ 貸付機関の入札への関与
円借款案件の入札において JICA の相手国政府への関与は限定的であり、相手国に大きな権
限を許容している。具体的には、国際競争入札方法以外の調達方法の承認、PQ 書類の確認、入
札報告書の確認等である。一方、世銀や ADB の場合は 1 年半の調達計画を提出させて毎年更新
を求めている上、PQ、本審査を含め調達手続きの各段階で大きな承認・決裁・拒否権限を持って
いる。
87
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑥ 調達代理人に関する規定
JICA のガイドラインでは規定されていないが、ADB 調達ガイドラインでは、借入国の調達代理
を認めている。ネパール、アフガニスタン等の実施機関の調達能力が整っていない国で実際に活
用されている。
機材、工事、サービス契約、コンサル契約、全てにおいて調達代理可能であり、調達代理が適
用される場合、透明性を考慮し ADB 本部があるマニラで調達手続きを実施している。調達代理人
の役割は仕様書で個別に規定するが、多くの場合では優先交渉件者選定までに用いられることが
多い。
表 24 ADB の調達代理の規定
「借入者が必要な組織、資源及び経験を欠いている場合には、借入者は調達の取り扱い
を専門とする企業を代理人として雇用することを願い出ることができる(または ADB から
要請される)。代理人は、ADB の標準入札書の利用、審査手順、書類作成など、資金供与
契約及び本ガイドラインで規定されている調達手続きすべてに従わなければならない。こ
れは国連機関が調達代理人としての機能を果たす場合にも適用される。同様の方法で、施
工管理業者を手数料払い条件で使用して、再施工、修繕、復旧、緊急事態での新規施工を
含む様々な工事、または多くの小規模契約が関与する工事を請け負わせることもできる。
出典:ADB 調達ガイドライン 3.10 条
88
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 25 国際援助機関による調達ガイドライン比較
組織
ガイドライン名
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
円借款事業の調達およびコンサルタント雇用
Guidelines
ガイドラインに係るハンドブック
Works, and Non-Consulting Services
Procurement Guidelines
Under IBRD Loans and IDA Credits &
Loan Disbursement Handbook
Guidelines
for
Procurement
under
Procurement
of
Goods,
調達に関するガイドライン
Japanese ODA Loans
Grants by World Bank Borrowers
2012 年 4 月
2011 年 1 月
2010 年 4 月
事前資格審査
同種の契約についての経験と実績
Relevant general and specific experience,
類似の請負契約における経験と実績
(PQ) の 評 価 項
建設または製造に関する能力
and satisfactory past performance and
建設または製造施設に関する能力
目
財務状況
successful
財務状態を考慮
ガイドライン改定
時期
completion
of
similar
contracts over a given period
その他、ADB の標準的な PQ 審査書に従
Financial position; and, where relevant
う。
Capability
of
construction
manufacturing facilities
89
and/or
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
本審査の評価
技術提案書:入札要件の充足度合い、操業
Technical Proposal
技術提案書:入札要件の充足度合い、操業
項目
および性能要求等
Priced Bid
および性能要求等
財務提案書:最低提示価格札ではなく、最低
Conceptual
評価価格
Specifications (Two-Stage Bidding)
Design
or
Performance
財務提案書:最低提示価格札ではなく、最
低評価価格
概念設計・作業明細書(二段階方式の場合)
概念設計・作業明細書(二段階方式の場
注:価格要素と技術要素に(相対的)配点が
合)
与えられ、最も高い合計点を取得した応札者
が選ばれるという総合評価方式は原則として
認められない。
90
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
入札評価におけ
第 4.05 条 (1) 仕様書には、完成させるべき
第 2.52 条 Bidding documents shall also
第 2.52 条 入札書には、価格に加えて入札
るライフサイクル
工事、供給されるべき資機材および役務、並
specify the relevant factors in addition to
評価で考慮されるべき関連要素と、それらが
コスト(LCC)、安
びに納入場所または据え付け場所をできる限
price to be considered in bid evaluation
最低見積入札を決定する上で利用される方
全性、環境社会
り明瞭かつ正確に記載するものとする。図面
and the manner in which they will be
法を明記しなければならない。機材及び設
配慮・地域経済
は仕様書の本文と合致するものとし、両者間
applied for the purpose of determining
備については、その他の要素、とりわけ支払
へ の 裨 益 ・
に齟齬がある場合には使用する契約条件書
the lowest evaluated bid. For goods and
計画、 納期 、経 費、 設備 の 効率性 と 互換
CRS 、 設 計 ・ 施
に規定される優先順位に従う。入札書類に
equipment, other factors may be taken
性、サービスと予備部品の利用・入手可能
工能力に関する
は、価格に加えて、入札評価・比較に際して
into
among
性、関連訓練、安全性、環境上の利点など
記述
考慮する要素、およびそれらの要素の定量化
others, payment schedule, delivery time,
を考慮できる。価格以外で、最低見積入札
方法または他の評価方法が示されるものとす
operating
and
を決定するのに用いる要素については、可
る。デザイン、資材、完成時期、支払い条件
compatibility
equipment,
能な限り、入札書の評価規定に基づく金額
等の代替案が認められる場合には、それらを
availability of service and spare parts,
で表示されなければならない。入札の比較
認める条件とその評価方法が明示されるもの
and
and
は、価格調整条項を考慮しない基準価格に
とする。入札募集には、調達適格国や、他の
environmental benefits. The factors other
基づくものとする。同様に、機材供給のため
適格性に関する規定を明示するものとする。
than price to be used for determining the
の入札を比較する際は、輸入機材に課徴さ
仕様書は、できるだけ広範な競争を可能とし、
lowest evaluated bid shall be, to the
れる関税と輸入税を除外しなければならな
促進するような表現を使用するものとする。
extent
い。
consideration
costs,
related
monetary
including,
efficiency
of
the
training,
practicable,
terms
in
safety,
expressed
the
evaluation
provisions in the bidding documents.
91
in
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
第 5.06 条 (2) (b) 入札評価において考慮
第 2.53 条 Under works and turnkey
第 2.53 条 工事請負契約に基づき、施工業
対象となり得る非価格要素としては、とりわけ、
contracts, contractors are responsible for
者が関税、税金及びその他の課徴金すべ
支払いスケジュール、建設または引渡しの完
all duties, taxes, and other levies, and
てを自己負担するが、入札者は入札を準備
了時期、稼動費、機器の効率および適合性、
bidders shall take these factors into
するにあたり、これらの要素を考慮しなけれ
消費(エネルギー)効率、サービスおよびスペ
account in preparing their bids. The
ばならない。入札の評価と比較は上記に基
アパーツの確保、(建設方法も含めた)提案さ
evaluation and comparison of bids shall
づくものとする。ターンキー契約について
れている品質管理方法の信頼性、安全性、環
be on this basis. Bid evaluation for works
は、機材要素に対する税金及び関税を除い
境面での便益、および契約の本質に関わらな
shall be strictly in monetary terms. Any
て評価されるものとする。工事のための入札
い逸脱が含まれる。これら非価格要素は、実
procedure under which bids above or
評価は、厳密に金額の観点に立つものとす
際上可能な範囲で、入札書類に規定された
below a predetermined assessment of bid
る。入札価値に関する所定の査定額を超え
基準に基づき、金額に換算して表示される。
values are automatically disqualified is
る入札または下回る入札があっても、自動的
not acceptable. If time is a critical factor,
に資格を失う手続きはいっさい認められな
the value of early completion to the
い。時間が重要な要素であるときには、契約
Borrower may be taken into account
の条件がノンコンプライアンス(不順守)に対
according to criteria presented in the
する相応の罰則を規定している場合に限り、
bidding documents, only if the
入札書に提示されている基準に従い、借入
conditions of contract provide for
者からみた早期竣工の価値を考慮すること
commensurate penalties for
ができる。
noncompliance.
92
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
第 3.14 条 (a) The concessionaire or
第 3.13 条 (a) BOO/BOT/BOOT または同
entrepreneur under a BOO/BOT/BOOT
種プロジェクトのプロジェクト・スポンサーは、
or similar type of contract shall be
透明な方法で望ましくは ADB が容認できる
selected by the Borrower under open
競争入札手続きを踏んで、選ばれるものと
competitive
procedures
する。提案施設の性能仕様書、利用者また
determined acceptable by the Bank,
は購入者に対して請求する費用、施設の減
which may include several stages in
価償却期間などの点で最も経済的かつ効
order
optimal
率的な提案を確立するという目的からみて、
combination of evaluation criteria, such
最適な基準の組み合わせとなるよう、この過
as the cost and magnitude of the
程には複数の段階を取り入れることができ
financing
る。
to
bidding
arrive
offered,
at
the
the
performance
specifications of the facility offered, the
cost charged to the end user, other
income generated for the concessionaire
or entrepreneur by the facility, and the
period of the facility’s depreciation.
93
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組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
第 3.16 条 Performance Based
第 3.14 条 履行実績に基づく調達は、「アウ
Procurement, also called Output Based
トプットに基づく調達」とも称される競争的な
Procurement, refers to competitive
調達手続き(ICB または NCB)を指し、その
procurement processes (ICB, LIB, or
結果生じる契約関係では、インプットを測定
NCB) resulting in a contractual
する従来のやり方に代わり、支払いは測定さ
relationship where payments are made
れたアウトプットに対して行われることにな
for measured outputs instead of the
る。技術仕様書では、望ましい結果及び測
traditional way where inputs are
定の対象となるアウトプットとその測定方法
measured. The technical specifications
を定義する。対象となるアウトプットは、品
define the desired result and which
質、数量及び信頼性の観点から、機能上の
outputs will be measured including how
必要を満たすことを目指すものである。要求
they will be measured. Those outputs
される品質水準で納入されることを前提に、
aim at satisfying a functional need in
納入されたアウトプットの数量に従って支払
terms of quality, quantity, and reliability.
いがなされる。
Payment is made in accordance with the
quantity of outputs delivered, subject to
their delivery at the level of quality
required.
94
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
第 3.17 条 Performance Based
第 3.15 条 履行実績に基づく調達(または
Procurement (or Output Based
アウトプットに基づく調達)には、(a)アウトプ
Procurement) can involve: (a) the
ットに基づいて支払われる予定のサービス
provision of non-consulting services to
の提供、(b)借入者が運営する予定の施設
be paid on the basis of outputs; (b)
の設計、供給、施工(または復旧)及び試運
design, supply, construction (or
転、(c)施設の設計、供給、施工(または復
rehabilitation), and commissioning of a
旧)及びその試運転後の定められた年数の
facility to be operated by the Borrower;
期間にわたる当該施設の運営と保守に関す
or (c) design, supply, construction (or
るサービスの提供、を含めることができ。設
rehabilitation) of a facility, and provision
計、供給または施工もしくはそのすべてが必
of non-consulting services for its
要な場合は、PQ 審査が通常は必須であり、
operation and maintenance for a defined
2.6 節で示した 2 段階入札の利用を適用し
period of years after its commissioning.
なければならない。
For the cases where design, supply,
and/or construction are required,
prequalification is normally adopted and
the use of two-stage bidding as indicated
in paragraph 2.6 shall normally apply.
95
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
第 3.19 条 Where, in the interest of
第 3.17 条 プロジェクトの持続可能性のため
project sustainability, or to achieve
に、またはプロジェクトのある特定な社会的
certain specific social objectives of the
目標を達成するために、プロジェクトの主要
project, it is desirable in selected project
構成要素において(a)地元のコミュニティー
components to (a) call for the
または非政府組織(NGO)もしくはその双方
participation of local communities
に対して、サービスの提供に参加するよう呼
and/or nongovernmental organizations
びかけること、または(b)現地のノウハウ・材
(NGOs) in civil works and the delivery of
料の利用を増やすこと、(c)労働集約型技術
non-consulting services, or (b) increase
またはその他の適切な技術を採用すること
the utilization of local know-how, goods,
が望ましい場合、これらが効率的で、かつ
and materials, or (c) employ
ADB が容認できる内容であれば、調達手続
labor-intensive and other appropriate
き、仕様書及び契約パッケージは上記の考
technologies, the procurement
慮すべき事項を反映するように適切に改訂
procedures, specifications, and contract
されるものとする。
packaging shall be suitably adapted to
reflect these considerations, provided
that these are acceptable to the Bank.
96
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
組織
独立行政法人国際協力機構
世界銀行
アジア開発銀行
JICA
World Bank
ADB
一社入札につい
第 3.02 条 解説 3.(02) PQ 評価の結果、1
第 2.61 条 (前略)Lack of competition
第 2.61 条 通常の入札書の規定によると、
て
社しか合格しなかった場合には、当該 1 社の
shall not be determined solely on the
借入者は全ての入札を拒否できる。すべて
みに対して入札を実施する意義が認められな
basis of the number of bidders. Even
の入札の拒否は、有効な競争が欠如する場
いため、借入人はこの PQ 手続きを拒否すべ
when only one bid is submitted, the
合または入札が要件に十分に対応していな
きである。したがって、借入人は一定の条件
bidding process may be considered valid,
い場合、もしくは入札価格が現行の予算を
変更を行った上で新たな PQ 手続き、あるい
if the bid was satisfactorily advertised,
著しく上回る場合に、正当化される。単に入
は本ガイドラインの基本原則に沿った、他の
the qualification criteria were not unduly
札者の数だけに基づいて、競争が欠如する
適当な方法に着手するべきである。
restrictive, and prices are reasonable in
と断定してはならない。提出された入札がた
第 5.10 条 解説 1.(03) 応札者 1 者のみによ
comparison to market values.(後略)
った 1 件であっても、入札が十分に広告され
る入札が必ずしも競争の欠如を意味するとい
て、価格が市場価値と比較して妥当である
うわけではない。いわゆる single bid は、入札
場合、入札手続きは有効とみなされ得る。
の結果として生じたものであって、随意契約と
は性質上異なる。なぜなら、応札者は応札時
点で single bid となることを知り得ず、競争的
に札が準備されたとみなし得ることから、借入
人はその応札者に対して落札を決定し得る。
97
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2-4 新興国の入札制度の課題と対応方針
(1)公共調達に係る法的枠組み
我が国の企業が新興国においてインフラ事業の受注拡大を目指す上では、一定程度の合理
的で透明性の高い入札実施が担保されるため、公共調達及び PPP に関する法的枠組みが整備さ
れていることが重要になる。この観点で見た場合、新興国の入札制度は、統一した調達ルールに
ついての法律が存在せず、体形的な法的枠組みが整理されていないことが課題と言える。
① ミャンマーでは全面的な調達制度整備が急務。インドでは統一法の確立、
イラクでは詳細規定が必要。
各国別に見ると、インドは大型で複雑なインフラ案件を多数実施し、運用上のルール化が進ん
でいる一方で統一的な基本法が存在せず、現在起草中の公共調達法案に基づく早期制度構築
が必要である。ミャンマーは法的枠組みが進んでおらず基本的な方針のみ示した大統領令のみで
あり、最低限の基準に追いつくための法的枠組みの整備が急務である。イラクは法的枠組みが一
定程度整備されている一方、規定内容が粗く旧来的であるため、より詳細なルールの整備が必要
である。フィリピン、ベトナム、インドネシアにおいては、制度構築が比較的進んでおり、今後は運用
面でルールの細則化及び徹底が求められる。
② PPP 制度については、インド以外で拡充が必要であり、特にミャンマ
ー・イラクで法制度から整備が必要。
PPP 制度については、調達制度以上に整備が進んでいない。インドでは充実しているものの、
ミャンマーやイラクでは制度以下、ガイドライン、標準化書類等確立されているものがないため、こ
れらの早期の整備が求められる。他国においても標準化書類が不十分なところが多く、インドネシ
ア、ベトナム、フィリピンにおいて求められる。
98
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 26 各国の公共調達にかかる法的枠組みの整備状況
法制度
インド
調達
統一の公共
制度
調達法
インド
ベトナ
フィリ
ミャン
ネシア
ム
ピン
マー
〇
△
△
△
〇
(審議
(大統
(大統
中)
領令)
領通
イラク
英国
米国
日本
○
○
○
○
達)
〇
〇
〇
×
○
○
○
○
〇
〇
〇
〇
×
×
○
○
○
○
〇
〇
〇
×
×
○
△
○
○
○
○
○
×
×
○
△
○
○
△
×
×
×
×
○
統一の入札
△
評価基準に
(審議
関する規定
中)
分野毎の入
札ルールに
関する規定
PPP
PPP に関す
関連
る規定
制度
PPP に関す
るガイドライ
ン
PPP に関す
△
る標準書類
出典:PwC 作成
(2)公共調達に係る重要規定項目
我が国企業の新興国におけるインフラ受注拡大を目指す上では、上記の法体系整備に加え、
入札評価・業者選定方法に関する規定が我が国企業の有する高い技術を正当に評価する形とな
っているかどうかが重要である。こうした観点から特に重視されるべき規定項目及び各国における
整備状況は以下の通りである。
① 調達の基本原則
調達手続き、評価者、評価手順・段階、情報公開、必要書類、情報必要な行政手続き等、入札
を行う上で基本となる事項を網羅的に定めた規定。通常は調達法、入札法あるいは法律に準じた
大統領・首相通達により定められている。
今次調査対象国の中では、本規定は各国共に内容の濃淡に差異はあるものの、ミャンマー以
外は本規定が定められている。本規定が存在しないということは、公共調達に関する極めて基礎的
なルールが整っておらず、場当たり的な運用で入札が行われる可能性もあり、透明で公正な入札
99
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
を行うためにはミャンマーにおいて早期の設立が喫緊の課題である。
② 入札の種別の規定
公共調達を行う際にどのような入札方法が適用可能であるかを定めた規定。各国により細分化の
方法は異なるが、主に一般競争入札、指名競争入札、随意契約の 3 つに大別される。調査対象国
のうちミャンマーにのみ本規定がなく、上記同様、原則的な規定であり、早期の設立が喫緊の課題
である。
一方で我が国企業が受注しやすくなる観点からは、スイスチャレンジ方式のような民間提案により
事業が成立し対抗する提案が無ければ随意契約で受注が可能になるような制度も求められる。
③ 入札評価の基準
入札における評価・選定基準を定めた規定。入札評価基準については、あらゆる公共調達に共
通する統一基準を規定することは現実的でないため、一定金額規模以下の調達、または定型的な
調達以外は、各調達実施機関が案件の性質に応じてオーダーメードに設定するのが通例である。
そのため、調達実施機関が適切な評価基準を設定できるよう、1)共通する評価指標、2)汎用的な
評価基準の例、3)基準となる評価指標の考え方、4)評価基準の公開義務を別に定めていること
が重要となる。今次調査対象国の中では、ミャンマーとイラクにおいてそうした規定がなく、早期制
定が必要である。また、インドにおいては規定が存在していても参照されていないという実態が現
地関係者へのヒアリング調査により明らかになった。
また、評価の基準を示す場合、EU 指令のように技術や環境配慮等の適切な質の基準について
示されることが望ましい。既に入札評価の基準がある国においてもこうした観点を盛り込むことが期
待される。
④ LCC 評価の適用
上記の評価基準の内訳として、価格評価を行う際に「価格」の定義として LCC(Life Cycle
Cost30)の要素が含まれていることを担保した規定。調査対象国のうち評価基準が定められていな
いイラクとミャンマーを除いた各国で、PPP 案件を対象とした二段階調達の際の価格評価に限り
LCC の要素が含まれた規定がある。
具体的には、価格評価の基準として、「政府のプレミアム支払額」、「LCC も含めた政府の支払
額」、「利益率」、「最終評価価格」といった事業期間中のコストを含めた概念が価格の定義に含ま
れている。今後は LCC の定義を明確にし、LCC を前面に出した価格評価手法の規定化が望まれ
る。本規定は日本企業が進出するための重要規定であり、導入を働きかけることが必要である。
LCC のあり方については後述する。
30
事業において開始時点の施設整備等から維持管理・運営を実施する費用の総額)
100
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑤ 総合評価方式の適用
上記の評価基準の内訳として、技術評価を行う際、技術点を価格点と共にスコア化して評価を行
う総合評価方式の有無について定めた規定を盛り込むことでより技術力や質を重視することとなり
我が国の企業にとって有利に働くことが見込まれる。
本規定がない場合は、原則的に一定基準の技術水準を満たした全ての応札者が価格評価に
進むことのできる Pass/Fail 方式となる。Pass/Fail 方式の場合、合格点以上の技術点は評価の対
象にならないため、日本企業のように技術性能に長けた応札者にとっては不利といえる。調査対象
国のうち総合評価が規定化されていたのはフィリピンとベトナムのみであった。なお、ミャンマーは
入札ルールそのものが曖昧であるため、価格も技術も混ぜ合わせた状態で選定の判断が下される
という意味で広義の総合評価といえる。本規定は日本企業が進出するための重要規定であり、導
入を働きかけることが必要である。総合評価方式のあり方については後述する。
⑥ 実績評価の仕組み
資格審査において過去の実績を評価することはいずれの国でも実施しているものの、これを信頼
できる情報に基づいて実施する手法については、各国とも課題を有している。その結果、競合国が
詐称するような例が生じている。
我が国や米国では、蓄積したデータベースにより一定のスクリーニングを行う仕組みが実施され
ている。新興国においてはデータベース等の整備は進んでおらず、運用での対応に留まっている
ことから改善が必要である。詳細な運用方法については後述する。
⑦ 競争的対話手続き
インフラ事業においては、予め要求水準や適した事業実施方法を確定することが困難な場合が
多い。そのため、英国等 EU を中心に競争的対話もしくはこれに準じた手続きが行われている。同
様の手続きは新興国では殆ど行われていないことから制度化することが重要になる。
⑧ 国内企業の優遇
入札評価において国内企業を優遇する規定。調査対象国ではフィリピンとイラクにおいて規定化
されている。フィリピンにおいては応札者となる事業主あるいは企業のうち一定割合がフィリピン国
籍であることを事前資格審査要件に組み込んでいる。イラクでは国内業者が応札者となる場合、評
価ポイントに 10%が上乗せされる旨が規定されている。また、関連して、インドにおいては事前資格
審査の際のプロジェクト経験の評価において、OECD での経験については評価ポイントの上乗せ
がある場合がある。
101
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑨ 一者入札の許容
一者入札を許容する規定。調査対象国別にみると、インドは特定の業者しか対応することのでき
ない極めて希少な調達、不慮の事態への対処、または以前の調達物の関連品調達などの際に、
一者入札を行う調達スキームが認められている。しかし、関係者へのヒアリング調査結果によれば、
実態としては PPP 以外の案件を中心に調達実施機関の判断により一者入札が許可されない傾向
にある。フィリピンは直接交渉という契約スキームにより一者入札が認められており、運用ベースで
も事例がある。ベトナム及びイラクでは一者入札の際に適用可能な調達スキームは規定されている
が、現地関係者へのヒアリングによれば公式には認められていない。インドネシアは一者入札を禁
止する規定があり、認められていない。ミャンマーには規定が全くなく判断することができない。一
者入札はタイド円借款の入札の際に日本企業に対して適用されることが想定されるため、本規定
は海外進出にあたっての重要規定であり、導入を働きかけることが必要である。ただし、一者入札
は汚職防止を始めとする調達の透明性確保と密接に関係しており、制度の変更は容易でないこと
が想定される。
下表は上記に示した公共調達に関する重要規定項目の今次調査対象国における整備状況
を一覧に示したものである。
「規程」項目のチェックは法律、首相・大統領令、政令、通達、
ガイドライン等で明記されている状況を示し、「運用」項目のチェックは明文規定はないが
運用の際に調達実施機関の内規等により一定程度担保されている状況を示している。チェ
ックがないものはいずれにおいても考慮されていないことを意味する。
102
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
フィリピン
ベトナム
インドネシア
イラク
英国
米国
日本
調達の基本原則
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
調達の種別
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
入札評価の基準
規程
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
運用
LCC 評価の適用
規程
ミャンマー
インド
種別
表 公共調達に関する重要規定項目の整備状況
●
●
●
●
●
●
●
●
運用
総合評価方式の適
規程
用
運用
実績評価の適用
仕組化
個別運用
競争的対話手続き
国内企業の優遇
●
●
●
●
●
●
●
規程
●
●
●
運用
●
●
●
●
●
●
●
●
●
規程
●
●
運用
一者入札の許容
●
規程
●
●
運用
出典:PwC 作成
(3)入札評価・選定基準の改定の方向性
各国へ調達制度の改善を働きかけるにあたり最も重要となる入札評価基準の規定について、国
別に評価の種別・段階ごとの価格・技術評価の状況を下表に整理した。日本企業にとって受注し
やすい評価基準とするためには、設計・施工能力、環境性能、安全性といった日本企業が得意と
する要素を価格及び技術評価の具体的な評価基準にどのように取り込めるかが重要になる。具体
的には下表に示した通り、価格評価は「価格」の定義が LCC となっており、技術評価は非価格要
素がスコア化されて評価される総合評価方式となっている方が、日本企業にとってはより望ましい
傾向にあると言える。
103
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 27 各国の入札評価・選定基準の現状
国名
イン
ド
評価
種別
一段階
二封筒
方式評
価
二段階
方式評
価
評価段
階
PQ
―
×
本評価
PQ
■政府の支払額
―
×
×
本評価
共通
LCC
評価
価格評価における
「価格」の定義
PQ
■費用・料金単価
■政府の資本的補助
■政府のプレミアム
支払額
―
○
×
ベト
ナム
フィ
リピ
ン
イン
ドネ
シア
最低価
格方式
の評価
評価価
格方式
の評価
総合評
価方式
の評価
一般調
達・
ODA
調達の
評価
政府要
請調達
の評価
本評価
■政府の支払額
×
本評価
本評価
■LCC も含めた政府
支払額
○
■政府の支払額
×
PQ
―
本評価
■政府の支払額
×
技術評価における
「技術」の定義
■類似プロジェクト経験
数・規模
■ 財 務 キ ャ パ シ テ ィ ( Net
worth current 及び Net cash
accrual)
―
■類似プロジェクト経験
数・規模
■財務キャパシティ
■業務スコープの理解度
■アウトプット
■ビジネスプラン
■投資能力
■技術キャパシティ
■財務キャパシティ
■求められている経験
■実施能力
■プロジェクト経験
■実施能力
■プロジェクト経験
■技術能力
■実施能力
■プロジェクト経験
■技術能力
■フィリピン国民の関与度
■プロジェクト経験
■技術性能
―
×
本評価
■政府の支払額
△
民間提
案型調
達の評
価
本評価
一封筒
方式評
価
PQ
本評価
■利益率
○
―
■最終評価価格
×
×
104
Pass/Fall
Pass/Fall
Pass/Fall
Pass/Fall
Pass/Fall
Pass/Fall
Pass/Fall
総合
評価
Pass/Fall
Pass/Fall
×
PQ
技術評価
形式
■法的要求
■プロジェクト実績
■財務能力
■技術的健全性
■運営上の実現可能性
■環境基準
■資金調達可能性
■フィリピン国民の関与度
■プロジェクト経験
■プロジェクトの利点
■契約取決めの適切性及び
リスク分担の合理性
■プロジェクト経験
■調達される施設・物品・サ
ービスの数量
■技術要求水準への適合性
■期日内の納品・完工の見込
み
■要求される水準での業務
実施プロセス
Pass/Fall
Pass/Fall
総合
評価
Pass/Fall
Pass/Fall
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
国名
評価
種別
二段階
方式評
価
評価段
階
PQ
価格評価における
「価格」の定義
―
LCC
評価
×
共通
ミャ
ンマ
ー
本評価
PQ・本
評価
■最終評価価格
■政府の支払額
△
×
共通
PQ・本
評価
■政府の支払額
イラ
ク
×
技術評価における
「技術」の定義
■プロジェクト経験
■調達される施設・物品・サ
ービスの数量
■技術要求水準への適合性
■期日内の納品・完工の見込
み
■要求される水準での業務
実施プロセス
―
■技術力
■提案の信用性・補償内容
■実施能力
■法規への順守
■政治的要素
■技術水準
■財務体力
■資金力
■プロジェクト実施能力
■プロジェクト実施経験
■技術力
■類似案件経験
■政府のブラックリスト上
の掲載有無
技術評価
形式
Pass/Fall
Pass/Fall
総合
評価
Pass/Fall
出典:各国の規定等に基づき PwC 作成
105
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4)JICA の円借款ガイドライン改定への提言
世銀、ADB のガイドラインとの比較から、次期ガイドライン改定の際に以下のような規則を取り込
むことが考えられる。
① 現行ガイドラインの第 5.06 条で定められている入札評価において考慮対象となり得る非価
格要素(支払いスケジュール、建設または引渡しの完了時期、稼動費、機器の効率および
適合性、消費(エネルギー)効率、サービスおよびスペアパーツの確保、(建設方法も含め
た)提案されている品質管理方法の信頼性、安全性、環境面での便益)について、具体的
に相手国政府が入札の際の評価・選定基準として活用すること促すための、より詳細な規
則の記述。
② 相手国政府からの調達計画書の提出、及びそれに対する JICA の強い承認・決裁権限の
付与に関する規則、及び RFP、RFQ 作成時の評価基準設定過程などの入札プロセスへの
より深い関与を可能とする細則。
③ 1)PPP、2)パフォーマンス契約、3)地域経済への裨益について独立した条項による具体
的な措置を定めた規則
④ 事前資格審査(PQ)に通過した応札者が一社の場合は、入札をやり直すべきという方針の
廃止。
106
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(5)調達における課題と対応方針
日本企業の強みは技術力や品質等にあるものの、現状の調達においては事前資格審査(PQ)
や、技術審査、価格評価において、EPC であればイニシャルコスト偏重になる傾向がある。PPP に
事業おいても総合評価が規定されているものの、運用上、価格重視となり技術審査が軽視される
傾向にあり、我が国企業の強みが十分発揮できない。こうした課題を克服する対応策を各国や国
際機関等に働きかけていくことが肝要になる。
これらの課題と対応する方策を整理したものが以下の図表である。
図 24 調達における課題
カテゴリー
課題
•
実績の有無のみで評価するケースが見ら
れる。(過去のパフォーマンスが評価され
ず、中国などが国内の実績で参入可能に
なっている)
•
•
EPCではLCCは具体的に考慮されない
PPPにおいてはLCCの評価が基本ではあ
るものの、環境性能や品質の良さが考慮
されにくい条件にある。
•
一定の要件は確認されるものの技術・品
質等が高く評価される枠組みになってい
ない。(資格審査の後は価格のみで決定
される場合や技術審査はあっても最低水
準を満たしているか等の判断に留まる)
資格審査
価格評価
提案審査
方策(案)
•
資格審査の厳格化(過去の計画遵守、
コスト遵守、環境対応等を考慮した実
績で評価)
•
LCC評価の採用・厳格化(環境性能
や品質の問題による損害等を金額換
算しLCCに含める)
•
総合評価方式の採用(技術・品質・環
境性能等を点数化し評価に含めるこ
とで日本企業の強みによる差別化が
可能)
出典:PwC 作成
以下、上記の 3 つの課題について詳述する。
107
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
① 実績評価に係る課題と対応
日本企業が優位性を有する領域で勝負するためには、PQ 等において品質の低い競合国企業
を排除しておくことが重要になる。
現状では PQ 審査においては実績の有無が中心になっており過去の成果について考慮されて
いないことが多い。その結果、日本企業の計画通りに履行する能力や品質が評価されにくい状況
になっている。
また、競合国の企業では優先交渉権を得た後に最低収入保証等の交渉を進める場合がある。
この場合、日本企業としては公平な条件での参加が困難になる場合がある。
一方、環境性能等日本企業の優位性を生かせる分野について技術要件等において規定され
ているケースは少ない。こうした要件が考慮されれば、日本企業にとっては有利になる。
これらを踏まえて、PQ 審査を過去の実績を考慮する等厳格化することや、選定後に大幅な契
約条変更を交渉するような悪質な行動を禁止すること、環境性能基準の導入等による応募可能な
者の制限などが考えられる。これらが実現できれば低品質な企業を排除することに繋がり、日本企
業の勝てる可能性が高くなることが期待される。
図 25 適切な応募者を参画させる方法案
PQ審査の厳格化
(特に実績評価において実績の有無のみ
ならず過去の成果を考慮)
導入前
適切な応
募者に参
画させる
低品質な企業の排除
選定後の大幅な契約条変更交渉の制限
(ミャンマーの空港事例等で行われる韓企
業による優先交渉権獲得後の最低収入保
証の要求等、大幅な契約条件交渉を禁止)
PQ
入札・提案
欧
日
中
中
韓
新
導入後
日
新
環境性能基準など技術要件・水準の既定
(二酸化炭素排出量や有害物質の残存量
等を規定)
韓
PQで中韓を排除
できず価格勝負
欧
日
PQで中韓を排除
し質で勝負
中
出典:PwC 作成
具体的な方法としては、我が国で行われている TECRIS の評価点のような仕組みや米国
で行われている過去実績評価の項目に基づく評価結果を活用することが考えられる。ただ
し、過去実績における成果を活用していくに当たり課題となるのはその場合の客観性の問
題が生じる。そこで、新興国に過去実績情報の活用を促していく際には基本的には客観的
108
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
に根拠を示すことのできる評価基準にしておくことが重要になる。例えば、先述のインド
ネシアの火力発電の事例では、計画通りの履行、費用計画通りの履行、環境破壊等が評価
対象になっておりこれらは、客観的な立証は可能であると思われる。それ以外の項目とし
ては、安定稼働を実証するために、電力であれば発電効率や売電量等を評価することが考
えられる。
加えて、実績情報の信頼性をいかに確保するかが重要になる。企業によっては自国内の
実績を提出する場合があるが架空の例を提出した例もあり31、こうした詐称が出来ないよう
な仕組みを確立することが重要である。我が国の TECRIS や米国の過去実績情報のデータ
ベースを国際間で整備することが出来れば実績情報の信頼性は高まる。実績情報の信頼性
向上は民間事業者の質の維持にも影響することから新興国にとっても利点がある。ASEAN
諸国や APEC 等の枠組みにおいて相互に実績情報を共有するような仕組みが期待される。
② LCC 算出における課題
(ア) 既存の LCC における我が国企業の競争力の低さ
制度や事例でみられるように、LCC の考え方は先進国の規程において普及が進んでいるととも
に、具体的な事例においても採用されている。ただし、本章や次章で取り上げた事例においては、
施設整備費用や維持管理費用、運営費用等を算出することとされており、最終処分に係る費用等
は含まれていない。この場合 LCC で算出しても日本企業にとってそれ程優位にならないことが課
題になる。
この現状について説明する。多くの場合、施設整備費用では競合国より高コストになるため、
LCC で勝つためには維持管理費用、運営費用等で逆転を目指すことが重要になる。ところが、
LCC においては一般的に将来のコストは現在価値化されることから、事業期間において、将来発
生するコストほど LCC への影響が小さくなる。すなわち、施設整備費用等の初期投資費用の影響
が大きく維持管理費用、運営費用等による差の影響が小さい。例えば、仮に建設費用が競合国の
方が 20 億円安く、維持管理・運営費用で日本企業が 20 億円安い場合、現在価値化することによ
り将来のコスト削減金額が薄まり競合国の LCC の方が低くなる。
31
民間事業者へのヒアリングによる
109
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 26 競合国と日本企業の LCC の比較イメージ
競合国企業の
LCCイメージ
2割高い
2割安い
日本企業の
LCCイメージ
出典:PwC 作成
維持管理費用、運営費用等で施設整備費用のコスト差を逆転する程の金額差を実現できれば
理論上は逆転が可能であるものの、実際には維持管理・運営については各社現地化を進めてい
ることから大きな差をつけるのは困難である。よって、現状行われている LCC の枠組みでは一部を
除き、日本企業は必ずしも競争力がない。
かかる現状の要因としては、これらの費用については実際に費消がされることから、最終処理や
機会費用に比べて客観性が高いということが挙げられる。こうした傾向は今後の事業においても継
続される可能性は高い。
よって、日本企業としてはまずは自らのコスト競争力を向上させることが急務になる。
しかしながら、一方で低品質による事業の中断や要求水準の未達等の機会損失等の損害は各
事業において公共サービスの質を損なうものであり、LCC に機会費用を参入することは発注者にと
ってもメリットのあることである。また、環境配慮についても同様で発展をする段階で生じる環境影
響を抑制することは世界的な動きとなっている。よって、今後 LCC の算出方法が変わることも期待
され、日本としてはこうした動きを推進することが考えられる。現在、世界共通の LCC 算出式は存在
しないことから、日本企業の強みが適切に評価される算出式を検討し提言する必要がある。
そこで、以下では、かかる動きを見据えて、低品質による事業の中断や要求水準の未達等の機
会損失等にかかるコストの LCC への算入や、環境配慮に係る影響の費用化、低価格入札を抑制
するための方策について検討する。
(イ) 我が国企業の優位性を生かすための LCC 算出の考え方
日本企業の優位性を生かすためには、現状含められないことが多い納期遵守、安定稼働や環
境性能等をいかに今後の事業において LCC に含めるかが重要になる。これらを含めることは、事
業の安定性を担保し、環境面で持続可能性を高めることから採用する国にとってもメリットがあると
考えられる。
110
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 27 日本企業の強みが発揮される LCC の要素
出典:PwC 作成
以下では、この考えに基づき具体的な算出方法について検討する。
i.
機会損失等に係る考慮
日本企業では、高品質に基づく事業の安定的運営や性能の維持などに強みを有するとされる。
一方、品質の悪い中国企業の事業では事業スケジュールの遅延や、予定した熱効率等の水準が
維持されない問題が生じている。こうした問題は、発注者側としては事業遅延・中断による損害や
性能低下による損害が生じていることになる。こうした課題の金額換算の可能性を以下で検討す
る。
ii.
高効率化技術を生かした LCC 算出方法(ガス・コンバインド発電の場合)
高効率のプラントを整備することで EPC コストの差を O&M で逆転することが期待される。さらに、
優位性を確かなものにするため、納期遅延した場合や事業が中断した場合の機会費用や、環境
性能に基づく二酸化炭素排出量等を金額換算して盛り込むことが考えられる。
111
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 28 ガスコンバインドサイクル事業における LCC の枠組み案
出典:PwC 作成
iii.
過去の稼働実績を踏まえた LCC 算出方法(廃棄物処理発電の場合)
高効率のプラントを整備することで EPC コストの差を O&M で逆転することが期待される。さらに、
優位性を確かなものにするため、納期遅延した場合や事業が中断した場合の機会費用や、環境
性能に基づく二酸化炭素排出量等を金額換算して盛り込むことが考えられる。
図 29 廃棄物処理発電事業における LCC 案
出典:PwC 作成
112
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ただし、こうした機会損失の費用化は、損失金額の算出方法等完全な客観性の立証に課題も
有することから、発注機関は採用に慎重になることが推測される。そこで、具体的な算出方法につ
いて国際間で標準的な基準の採用を目指すとともに、現実的な観点からは総合評価による考慮等
の対応を検討する。
③ LCC を適切に算出させるための工夫
日本の優位性を LCC に含めることは客観性の観点から常に成功するとは限らない。また、仮に
含められた場合においても、適正に算出される必要があるそこで、以下のような仕組みを含めるこ
とでより効果的に行うことが可能になると考えられる。
図 30 LCC を適切に算出させるための施策(案)
適切にLCC算出を
促す手段
ペナルティ等により
適正な算出を促す
客観性の担保
実績に基づく
算出の要請
第三者機関に
よる認証
性能テストによ
る検証
性能保証の
義務付け
ペナルティ条
項の規定
導入前
LCC算出の適正化
施設整
備費用
運営費用・維持管理費用
評価上有利になるよう根拠に乏
しい算出をする可能性あり
導入後
←ペナルティを考慮しより品質の高い施設に変更
施設整
備費用
性能の劣化を考慮
運営費用・維持管理費用
リスクを考慮し算出を厳格に実施
⇒適切なLCCを算出
出典:PwC 作成
(ウ) 実績による担保
過去に導入実績のある事業及び技術であれば、過去の実例を基にライフサイクルにわたる費
用が推定しやすいことが考えられる。すでにトラックレコードが蓄積されているセクター・技術におい
ては、そのトラックレコードにより LCC 算定結果の確からしさを発注者が判断することができる。
113
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
前に説明した火力 PPP の案件で複数の LCC 項目の算定を求めている要因として、火力発電と
いうトラックレコードが蓄積されたセクターであることが挙げられる。
(エ) 第三者による認証
先述の通り、現在、提案されている欧州委員会の調達ガイドライン案では、LCC の評価のため
に、科学的でかつ客観的に証明可能な証拠の添付を求めている。
客観的・科学的な根拠の提出が求められる場合でも、最終的には、提案者の提示した性能証
明を元に発注者が品質を評価する必要がある。また、第三者が性能認定・認証する際、国際基準・
国際規格が必要となるが、その基準・規格がない場合には、入札者同士の比較が難しい。
一つの参考としては、CDM (クリーン開発メカニズム)における DOE(指定運営組織)による品
質チェックがある。CDM では、プロジェクトを行う事業者が現地政府機関を通じて国連に提出する
書類の品質を確認するため、第三者である DOE(指定運営組織)による確認を義務づけている。そ
のため、CDM プロジェクトでは、事業者が作成した書類(プロジェクト設計書、モニタリングレポート)
はすべて、DOE(Designated Operational Entity、指定運営組織)によるバリデーションまたはベ
リフィケーションが必要となる。
また、国連が DOE を認定する事で、プロジェクトの妥当性を担保する仕組みもある。DOE はそ
れぞれセクター別に国連に“認定“を受けており、認定を得たセクターでのみ認証業務ができる。ま
た、DOE は認定のスコープに関して国連によるパフォーマンス評価を受ける 。DOE は、DOE の
機能が維持されていることを確保するための定期現地査察を受ける。査察は3年間の DOE の認定
期間において少なくとも1回は実施される。
(オ) 発注者による性能テスト
耐久性評価を政府が検証するために、調達者が事前に技術的テストを実施し、スペック通りの
値かどうかを判断する。具体的には、サンプル品などを元に、カタログ通りのスペックかどうかを確
認する仕組み。
発注者がその性能を実際に評価するができることである。発注者が落札前に機器の性能を把
握できる点と、発注側が活用される状況により近い環境でテストできる点が利点である。
ただし、製品のサンプルを落札前に入手できるタイプの案件に限られる。
発注者が機器納入の際に、信頼性及び耐久性の観点の品質基準をクリアした場合のみ購買。
する。Failure が発生する平均時間などを、指定した条件・環境でテストを行う。
耐久性およびメンテナンス性を向上させるような品質改善努力を促すことができる。
ただし、試験環境でのみ品質を確保するため、本稼働での環境と齟齬が発生する場合がある。
114
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
上記の2手法の課題として、機器のサンプル・特定の環境での試験が可能な案件であれば実
施可能な手法で、適用事例は限定的である。
提案時に、貴社が指定した年数(15 年など)にわたっての製品性能の保証。提案した性能が下
回った場合には、無償交換や無償修理などのアフターケアーの対応を実施。
課題として、他国競争相手となる企業が案件獲得を優先して長期保証を行い、製品保証に慎
重な日本企業が強みを発揮できないことが懸念される。
(カ) ペナルティ
ペナルティを入札条件に加味することで、LCC を入札者に一定の責任を課す方法が考えられ
る。
■ Liquidated Damages
Technical Standard を満たさない場合、事業者がそれに応じた罰金を支払う。基本性能を満た
さない場合のペナルティを仕様書などで提示することで入札者から LCC の金額をより現実的な値
を算定させる。
業開始後に発生する O&M の基準を公募文書に示すことにより、O&M の費用算定基準を発注
者が設定でき、LCC の算定方法の客観化に有効である。
PPP の様に、落札者が O&M を担う案件では一般的だが、損害が発生した際に、導入機器の
性能か O&M を実施している組織に責任があるのかを特定するのが難しい。
■ Support Cost Guarantee
メンテナンス性のよい製品に追加で費用を払ったり、メンテナンス・耐久性能が悪い機器には費
用を請求する。基準を RFP に規定することで、提案者が提示する LCC を実態に近づかせる効果
がある。機器を導入する側にも O&M 費用を低減化させる活動にインセンティブが働く。
発注者に費用のインセンティブ・ペナルティを課すために、発注者の維持管理に関する業務負
荷が生まれる。また、修理費などを固定する際に想定使用状況を、契約に反映する必要がある。
課題としては、 インフラ事業において性能を下回った場合でも建て替えなどの代替措置対応
が難しいことと、他国がペナルティを加味し低価格で入札する懸念があります。
115
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
④ 総合評価による評価方法の推進
前述したような LCC に追加する項目は金額換算の客観性から LCC に含められないことも予測さ
れる。その場合、総合評価の採用により日本企業の強みが評価されるよう働きかけることが考えら
れる。
先進国では品質の維持・スケジュールの遵守・環境配慮等を総合評価で評価する例があり、例
えばカナダの下水処理 PPP 事業が挙げられる。このような評価基準を参考にさらに環境面や履行
の確実性を考慮することでより日本企業の優位性に基づいた評価が可能になると考えられる。
統一的な基準を確立することを目指す一方で先進国の先例を踏まえれば、技術評価と価格評
価を点数化し合計値で評価する総合評価の採用が一案(結果的に定性評価が定量化されることと
なり、LCC が考慮されていると言える)。
表 28 北米の水道事業における総合評価基準
評価内容
配点
定性評価
定量評価
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
施設周辺の景観維持(建屋のデザイン、等)
将来の拡張可能性
建屋の耐久性(現地の気候条件で、20年間の耐久性があるか) ⇒品質の考慮
州の定めるガイドラインに則っているか
規定の期日までに完工・受渡しが行われるスケジュールかどうか ⇒スケジュールの遵守の考慮
事業者による建中期間・運転期間の保証の確実性(資金源、保証範囲・期間)
季節による水量、水質の変化にも柔軟に対応できるか(技術、財務的側面より)
環境リスクに対する保証の確実性 ⇒環境配慮の考慮
汚泥が有効活用されるか
資金調達計画とその確実性
40点
•
•
•
•
ライフサイクルコスト ⇒LCCと定性評価を総合評価により意思決定に反映
初期投資費
運営費
資本維持費
60点
出典:RFP に基づき PwC 作成
一方、総合評価の場合は、客観性の確保や評価をする上での専門性の確保が日本においても
課題になっている。このような問題を克服するために学識等の有識者を選定委員として活用するこ
とが頻繁に行われている。例えば、前述の横浜の下水汚泥の活用事業では以下のような委員を活
用している。こうした取組みは新興国においても応用が可能であり、外部コンサルタントの活用等に
よりこうした取組みが可能になると考えられる。
116
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 29 横浜市南部汚泥資源化センター下水汚泥燃料化事業の審査体制
出典:横浜市南部汚泥資源化センター下水汚泥燃料化事業 落札者選定基準
(6)PPP 推進組織強化の必要性
英国の取組みとして紹介したパートナーシップ UK 等の PPP 推進組織の存在は同国内に
おける PPP の普及・拡大の一因となり貢献してきた。かかる取組みが新興国においても求
められる。既に各国において PPP 推進組織は整備されていることから組織自体は存在して
いることが多いものの、従事している人材に関しては、必ずしも PPP の専門家ではない場
合も多いと思われる。英国で実施したように民間の専門家を登用していくことが重要であ
り、我が国としてもその提唱をしていくことが求められる。
その際に、我が国としては専門家派遣を通じて実際の組織運営に貢献していくことが考
えられる。その取組みを通じてより品質を重視したガイドラインや標準様式等の開発を通
じてより日本企業の強みが生かされる環境が整備されることが期待される。
(7)調達能力強化の必要性
① 調達能力に係る課題と対応方針
本章では様々な調達上の課題について指摘しているが、その根源にあるのが新興国にお
ける調達能力の課題である。制度が未整備であることや経験が少ないこと、人材が不足し
ていること等があいまって適切な調達を履行する能力に乏しい。その結果、公平・公正性
の課題や品質を重視した調達が行えない等の問題に影響している。
そこで、日本政府としては各国の調達を所管する組織に対してキャパシティ・ビルディ
ングにより調達能力向上を支援し、改善を推進することが期待される。こうした支援を通
じて日本企業にとって有利な調達枠組みの構築が進むことも期待される。
117
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 調達代理制度の活用
また、調達能力の向上と併せて現実的な対応策として考えられるのが調達代理人の活用
である。JICA のガイドラインでは認められていないが、ADB の調達ガイドラインでは、
借入国の調達代理を認めている。同様の制度を JICA でも活用することでより適切な調達実
施が可能になる。なお、JICA においても無償資金協力では同様のことを実施している。無
償の場合、多くは JICS(一般財団法人日本国際協力システム)がその手続きに登用される
ことが多い。これをさらに円借款事業等にも拡大することが考えられる。
(8)競争的対話プロセスの活用
インフラ事業は規模が大きく様々な要素を含むことや、様々な技術革新も進むことで発
注者も把握していないような要素があること等、発注者と応募者間においてコミュニケー
ションを行い、発注条件や要求水準、契約書等を改善することは有益である。そのため、
先進国においては、英。米、日本等において競争的対話もしくはそれと類似のプロセスが
インフラ事業において採用されている。
一方、新興国においてはこうしたプロセスが既存のガイドライン等には規定されていな
いため同様の手続きが取られることは殆どないと思われる。IFC 等が支援する場合パブリ
ックヒアリングという名称で同様の手続きを採用することがあり、それらの事業ではその
結果より高い技術や品質を重視する枠組みを作る一助となっている。また、各応募企業か
ら意見を聴取するという点において公平性の観点からも有効である。
今後、新興国においてより品質を重視するという流れにおいて同様のプロセスが有効で
あり、日本政府としても働きかけを行っていくことが期待される。
118
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3. 個別インフラ案件の事例研究
3-1 日本企業の現状
競合国の企業が海外でのインフラ事業の受注を伸ばしている中、我が国企業による海外
インフラ事業の受注が伸び悩んでいる。こうした現状を打開するためには、現状における
課題を事実に基づいて整理し、それを踏まえて対応策を検討することが肝要である。そこ
で、事例研究として過去の海外インフラ事業における我が国企業の受注要因・失注要因の
分析を行った。
図 31 日本、韓国、中国によるプラント・エンジニアリングの輸出実績(単位:億ドル)32
出典:日本機械輸出組合
「2012 年度海外プラント・エンジニアリング成約実績調査報告書」
32
韓国の統計には海洋プラントが含まれており、中国の統計には土木・建築が比較的多く含まれて
いる等、各国の機種範囲が異なる点には留意が必要。
119
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-2 事例の抽出方法・スクリーニング方法
個別インフラ案件の事例研究を行うにあたっては、報道資料、プロジェクトファイナンス・データ
ベース、JICA 円借款案件応札結果情報等の公表資料をベースに事例研究の対象案件候補リスト
を作成した。
実際の事例研究にあたっては、当該事例研究案件候補リストから我が国企業の競争力の有無
や入札プロセス(評価項目、PQ、スケジュール等)等、研究を通じて得られるであろう示唆を踏まえ、
研究対象の案件を選定した。
事例研究においては、我が国企業の受注案件、失注案件双方を分析したが、失注案件とは、
原則以下の事例を指している。

PPP 案件においては、応札したものの、優先交渉権を獲得できなかった事例。

円借款案件、EPC 案件においては、応札したものの受注には至らなかった事例。
また、PPP 案件、円借款案件、EPC 案件等を分析の対象としており、円借款案件については、
原則、一般アンタイド案件のみを候補に選定している。
120
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-3 事例分析
(1)英国・都市間高速鉄道計画
国
英国
事業地
英国(East Coast Main Line(ECML)、Great western Main Line
(GWML))
事業分野
鉄道
発注者
英国運輸省
受注者
日立製作所、John Laing(英)
、Barclays Private Equity(英)
事業概要
車両製造、保守のための基地整備を行い、運行事業者に対し車両のリー
ス、保守サービスを実施。車両は GWML 向け 369 両と ECML 向け 497 両
を納入。
事業規模
第 1 期で約 26 億ポンド(約 3,380 億円)
JBIC、EIB、三菱東京 UFJ 銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、三井住友信
託銀行、三菱 UFJ 信託銀行、HSBC 他による協調融資(協調融資総額約 22 億
ポンドのうち、約 10 億ポンドを JBIC が融資)。
NEXI が本邦民間金融機関の融資に対して海外事業資金貸付保険を引受。
(2)台湾・高速鉄道プロジェクト
国
台湾
事業地
台北‐高雄間
事業分野
鉄道
発注者
台湾高速鉄路
受注者
台湾新幹線(三井物産、三菱重工業、東芝、三菱商事、丸紅、川崎重工
業、住友商事)
事業概要
軌道・駅舎等の建設、コアシステムの設計・供給等を実施
事業規模
約 3,320 億円。
約 2,200 億円の JBIC による融資、貿易保険が適用された。
121
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(3)バンコク大量輸送網整備事業(パープルライン)・PPP 案件
国
タイ
事業地
バンコク都・ノンタブリ県
事業分野
鉄道
発注者
バンコクメトロパブリック社(泰)
受注者
丸紅、東芝、JR 東日本、総合車両製作所
事業概要
パープルラインの PPP 案件。大量輸送鉄道パープルラインの鉄道システ
ム、メンテナンス、車両納入といった EPC と 10 年間のメンテナンス事業。
事業規模
数百億円規模
(4)バンコク大量輸送網整備事業(パープルライン)・円借款案件
国
タイ
事業地
バンコク都・ノンタブリ県
事業分野
鉄道
発注者
タイ高速度交通公社
受注者
第一工区:東急建設、CH. Karnchang Public Company(泰)
第二工区:Shin-Thai Engineering and construction Public(泰)
第三工区:Ascon Construction (泰)、Ruamnakorn Construction (泰)、
Power Line Engineering Public (泰)
事業概要
円借款案件(借款契約 2008 年 3 月、借款契約額 62,442 百万円)。
新たに建設する大量輸送鉄道パープルラインの高架、駅舎、車両基地等に
係る土木工事を実施するもの。
第一工区:12km、8 駅、ブルーラインからの延伸部等
第二工区:橋を含めた 11km、8 駅等
第三工区:デポ、パーク&ライド施設等
事業規模
第一工区:契約受注金額 39,820,370,400 円
第二工区:契約受注金額 36,575,200,000 円
第三工区:契約受注金額 13,914,225,000 円
122
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(5)デリー高速輸送システム建設事業フェーズ 3
国
インド
事業地
デリー市
事業分野
鉄道
発注者
Delhi Metro Rail Corporatrion
受注者
日本信号
事業概要
円借款案件(借款契約 2012 年 3 月、借款契約額 127,917 百万円)
。
デリー市の Janakpuri West 駅から Botanical Garden 駅を結ぶ総延長
約 37km の都市鉄道であるデリーメトロ 8 号線向けに信号システム一式を
納入するもの。CBTC(Communications-Based Train Control 、無線通
信を利用した列車制御システム)が採用された。
事業規模
約 37 億円
(6)金浦都市鉄道向け列車運行システム
国
韓国
事業地
金浦市
事業分野
鉄道
発注者
金浦市
受注者
現代ロテム(韓)(サブコン:日本信号)
事業概要
非 ODA 案件。総延長距離 24km の金浦都市鉄道向けの列車運行システ
ムを受注。無線通信を使った列車制御システム CBTC を供給。
事業規模
約 17 億円
123
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(7)コルカタ東西地下鉄建設事業(Ⅱ)
国
インド
事業地
コルカタ
事業分野
鉄道
発注者
コルカタ交通公社
受注者
Ansaldo (伊)
、Ansaldo Australia PTY (豪)
事業概要
円借款案件(借款契約 2010 年 3 月、借款契約額 23,402 百万円)。
地下鉄及び高架鉄道の建設を行う事業。
事業規模
契約受注総額
4,692,639,580 円
(8)ハイデラバード都市圏送電網整備事業
国
インド
事業地
ハイデラバード市・周辺
事業分野
電力
発注者
アンドラ・プラデシュ州送電公社
受注者
M/S Iljin Electric(韓)
事業概要
円借款案件(借款契約 2007 年 3 月、借款契約額 23,697 百万円)。
高圧送変電網の整備。
事業規模
契約受注総額
1,632,786,582 円
124
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(9)セントラル・ジャワ高効率石炭火力発電
国
インドネシア
事業地
Pemalang
事業分野
電力
発注者
国営電力会社(Perusahaan Listrik Negara Persoro、PLN)
受注者
電源開発、伊藤忠商事、Adaro Energy(尼)
事業概要
・インドネシア初の PPP 案件。計 2,000MW の石炭火力発電所の BOOT
(Build, Own, Operate,Transfer)方式による 25 年のコンセッション。事業者は
PLN と売電契約を締結。800 万人への電力供給が期待されている。
・インドネシア・インフラ保証基金(Indonesia Infrastructure Guarantee
Fund 、IIGF)適用第 1 号案件。
・当初は 2016 年 8 月の操業開始を予定。
・用地買収、住民対応等のリスクは事業者負担となっている。
事業規模
約 4,000 百万ドル(約 3,130 億円)。
出資割合は電源開発 34%、伊藤忠商事 32%、Adaro Energy34%
(10)マンジュン 4 超々臨界圧石炭火力発電所
国
マレーシア
事業地
マンジュン
事業分野
電力
発注者
Tenaga Nasional Bhd Janamanjung(TNBJ、国営電力会社 Tenaga
Nasional Bhd(TNB)の子会社)
受注者
アルストム(仏)、China Machinery Import and Export Corporation
(中)
事業概要
非 ODA 案件。TNBJ が IPP(Independent Power Producer、独立系発
電事業者)
事業者となり、
超臨界圧石炭火力プラントを建設するために EPC
(Engineering(設計)
、Procurement(調達)、Construction(建設)
)入
札を発注したもの。アルストムは武漢ボイラー製造の超々臨界圧ボイラー
を供給。2015 年 3 月 31 日運転開始予定。
事業規模
約 6.5 億ユーロ(約 750 億円)
125
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(11)Shuweihat S2 IWPP
国
UAE
事業地
アブダビ
事業分野
電力
発注者
アブダビ水電力庁(Abu Dhabi Water & Electricity Authority)
受注者
スエズ SA(仏)、シーメンス(独)
、サムスン(韓)、斗山重工業(韓)
(丸紅が後に 20%の株式を Suez より購入し参画)
事業概要
非 ODA 案件。1,600MW と 100mg/d の開発を含む IWPP(Independent
Water & Power Producer、卸発電造水事業者)事業。
事業規模
約 900 百万ドル(約 970 億円)
(12)Fujairah Independent Water & Power 事業
国
UAE
事業地
キドファ
事業分野
電力
発注者
アブダビ水電力庁(Abu Dhabi Water & Electricity Authority)
受注者
SembCorp(星)、Iberdrola(西)
、Arabian Bemco Contracting(サウ
ジアラビア)
事業概要
非 ODA 案件。
既存施設の買収と 250MW の施設の追加建設を含む IWPP
事業。
事業規模
約 1,732.2 百万ドル(約 2,000 億円)
(13)Barka Ⅱ IWPP & Rusay Ⅰ IPP Acquisition
国
オマーン
事業地
バルカ
事業分野
電力
発注者
電力水資源省(Ministry of Electricity & Water)
受注者
スエズ SA(仏)、National Trading Corp(オマーン)、Mubadala
Development(UAE)
事業概要
非 ODA 案件。688MW の既存施設の買収と、BOO(Build Own Operate)
方式の新設 IWPP 事業。
事業規模
約 795.175 百万ドル(約 1,000 億円)
126
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(14)ラスラファン C IWPP
国
カタール
事業地
ラスラファン
事業分野
電力
発注者
カタール水電力公社(Qatar General Electricity & Water Corp)
受注者
三井物産、Suez Energy International(仏)
、Sidem(仏)、現代建設(韓)
事業概要
2,730MW のガス複合発電設備と 63mg/d の海水淡水化設備の建設、運
営。
事業規模
約 3,900 百万ドル(約 4,000 億円)
。
JBIC が 1,500 百万ドル(約 1,500 億円)を上限とする融資契約に調印。
協調融資には三菱東京 UFJ 銀行や三井住友銀行等が参画。
(15)Fujairah 2 IWPP
国
UAE
事業地
フジャイラ
事業分野
電力
発注者
アブダビ水電力庁(Abu Dhabi Water & Electricity Authority)
受注者
丸紅、International Power(英)
事業概要
2GW の発電と 130mg/d の BOO 方式による IWPP 事業。2011 年時点で
UAE 最大、世界で 2 番目に大きい同種の事業。
事業規模
約 2,800 百万ドル(約 3,300 億円)
。
JBIC が 1,336 百万ドル(約 1,600 億円)を上限とする融資契約に調印。
協調融資には三井住友銀行等が参画。
127
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(16)Az Zour North IWPP プロジェクト
国
クウェート
事業地
クウェート
事業分野
電力
発注者
クウェート技術協力庁(Partnerships Technical Bureau)
受注者
住友商事、GDF Suez(仏)、AH Al Sagar & Brothers(クウェート)
事業概要
1,500MW の発電と淡水化による IWPP 事業。約 1,500MW の天然ガス
焚き複合火力発電所および日量約 46 万トン~48 万トンの造水プラントを
新たに建設し、事業運営を行うもの。40 年間の長期売電・水契約を締結し
ている。
事業規模
約 1,800 百万ドル(約 1,800 億円)
。
約 1,430 百万ドル(約 1,470 億円)を JBIC、三井住友銀行、三菱東京
UFJ 銀行、スタンダードチャータード銀行による融資が行われ、このうち
本邦民間金融機関による融資分の一部に対して、NEXI が海外事業資金貸
付保険を適用している。
(17)ヤンゴン市・廃棄物処理・発電事業
国
ミャンマー
事業地
ヤンゴン市
事業分野
廃棄物処理・発電
発注者
ヤンゴン市
受注者(優
現地企業と韓国系企業のコンソーシアム
先交渉権者)
事業概要
韓国系企業が事業を落札したものの、その後の交渉の結果、契約締結に
至らなかった事例。
事業規模
不明
128
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(18)マンダレー国際空港
国
ミャンマー
事業地
マンダレー
事業分野
空港
発注者
ミャンマー民間航空局(Department of Civil. Aviation)
受注者
三菱商事、JALUX、SPA(緬)
事業概要
非 ODA 案件。ミャンマー中部における既存国際空港の改修・運営を行
うもの。運営期間は 30 年。
事業規模
約 57 億円。
合弁会社の出資割合は、ミャンマー民間航空局 44%、JALUX26%、三
菱商事 25%、SPA(緬)5%との報道あり。
(19)ハンタワディ国際空港
国
ミャンマー
事業地
バゴー市
事業分野
空港
発注者
ミャンマー民間航空局(DCA)
受注者
仁川国際空港(韓)
、現代建設(韓)
、大宇インターナショナル(韓)、ハ
ルラ建設(韓)
、Kumho Industrial(韓)
事業概要
新設国際空港の建設・運営を行う事業。
事業規模
約 1,000 億円
129
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(20)新ウランバートル国際空港
国
モンゴル
事業地
ウランバートル
事業分野
鉄道
発注者
モンゴル民間航空局
受注者
三菱商事、千代田化工
事業概要
円借款(STEP)案件(借款契約 2008 年 5 月、借款契約額 28,807 百万
円)。
現ウランバートル国際空港が南側と東側を山に囲まれた地理的制約のた
め、風向き等の気象条件によって離着陸が制限され、遅延・欠航が多いと
の問題を抱えていることから、問題の解消と増大する航空需要への対応の
ため、新たな場所に新空港を建設するもの。
事業規模
約 500 億円
(21)バスラ大型淡水化プラント
国
イラク
事業地
バスラ
事業分野
水
発注者
イラク地方自治公共事業省
受注者
日立製作所、OTV(仏、Veolia グループ)、Arab Contractors(エジプ
ト)
事業概要
イラクの浄水供給状況の改善を図ることを目的とし、塩分濃度の高い河
口付近の河川水を原水として RO 設備により淡水化を行うもの。大型淡水
化プラントに係る EPC 及び 5 年間の O&M を一括受注した。イラク政府自
己資金による大型水インフラ案件。
事業規模
250 億円強
130
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(22)水セクター開発事業(Ⅱ)
国
スリランカ
事業地
大コロンボ圏
事業分野
水
発注者
国家上水排水庁
受注者
Salcon Engineering Berhad (馬)
事業概要
円借款案件(借款契約 2008 年 7 月、借款契約額 8,388 百万円)。
浄水場及び関連の取水・送配水施設といった上水システムを整備・拡張
し、貧困者居住 区域における配水管の交換及び貧困居住区世帯への戸別接
続による給水促進を行う事業。
事業規模
契約受注総額
1,819,091,078 円
(23)南部ビンズオン省水環境改善事業
国
ベトナム
事業地
ツーザオモット市及びその周辺
事業分野
水
発注者
ビンズオン省人民委員会
受注者
Kolon Engineering & Construction(韓)
事業概要
円借款案件(借款契約 2007 年 3 月、借款契約額 7,770 百万円)。
下水道施設を整備し、同市及び同市下流域に位置するホーチミン市の衛
生環境を改善する事業。円借款はツーザオモット市における下水道システ
ムの整備に充当される。
事業規模
契約受注金額
6,881,889,408 円
以上、これらの案件について、ヒアリング等により分析を行った。
131
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-4 事例分析結果を踏まえた示唆
(1)対応方針(案)
前項までの成功事例・失注事例により得られた示唆を踏まえて、今後インフラ事業受注
を拡大するためには以下のような対応方針及びそれを進めるための施策が重要になると考
えられる。
図 32 事例分析を踏まえた対応方針及びそれを推進するための施策案の体系
出典:PwC 作成
以下、各項目について説明する。
132
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
① 企業としての取組みの方向性
(ア) 戦略的な分析
個別案件や事業拡大を効果的に進めるためには、自社の強み・弱みを把握し自社が置かれて
いるポジションを考慮して、自社の強みや他社の戦略を踏まえた案件への参入方法を練ることが
重要になる。効果的に案件への参入を図る方法としては、自社と組むことにメリットを認識する企業
を特定し連携を働きかけていくことが考えられるが、このためには、マーケットにおける他社の動向
について積極的に情報収集を進めることが必要になる。
本事例分析で取り上げた事例では、競合他社の動向を踏まえて自社と連携する可能性のある
企業を見極めて、当該企業のメリットとなる提案をして連携を実現させた企業がみられた。同様の
取組みが我が国企業にも期待される。
また、調達制度等が曖昧な国・地域の方が、トップセールス等商業条件以外の要素が入札結
果に影響を与える可能性が比較的高いことから、案件の実績を積む上では我が国企業に有利とな
る場合も考えられる。案件の実績を積む上では、参入が比較的容易だと思われる国・地域を様々
な観点から分析し選定することが重要となる。
(イ) 欧州企業等とのコンソーシアムの組成
電力や鉄道等欧州企業が実績等の面において優位性を持つ分野はいまだに多い。このよ
うな分野においては、実績やノウハウの獲得に向けて欧州等の実績を有する企業と連携を
深めることが我が国企業の事業拡大に繋がる一つの手法と考えられる。
ただし、相手企業と対等な関係を築くことができなければ当該企業との連携は有効に機
能しない可能性があることから、現地でのリレーションやファイナンス等の面で自社と連
携するメリットや自社に対しノウハウを提供するインセンティブを相手企業に与えること
が重要になる。
(ウ) JBIC ファイナンスの競争力の活用
JBIC ファイナンスの活用はファイナンス面での競争力を高めることに繋がるため、競合
企業にとって日本企業と組むことが利点になっている。この点を積極的に活用することで、
欧州企業等とのコンソーシアム形成において我が国企業にとって有利に働く可能性がある。
ただし、コンソーシアムの組み方によっては日本裨益の観点から問題が生じることもある
ため、コンソーシアムの組み方について工夫が求められる。欧州等の競合企業が我が国企
業を「資金源」としてのみ見てコンソーシアムを組んだ場合、連携企業である我が国企業
が享受するメリットが無い、又は、限られる可能性が高く、我が国企業には戦略的に JBIC
ファイナンス等を活用したコンソーシアムの組成が求められる。一方、政府としては我が
133
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
国企業のみのコンソーシアムや我が国企業が主導しているコンソーシアムをより優先する
等の工夫が求められる。
(エ) 現地企業等とのコンソーシアムの組成
ローカル企業に求める役割は多くの場合は、当該地域における EPC の土木作業や維持管理
運営に係る業務が中心であるものの、現地政府との強力な関係も重要な役割を果たすことがある。
案件に応じて、適切なローカル企業を選別し協力ができるようにネットワークを構築していくことが
我が国企業には求められる。特に、実績獲得等の観点からは、現地の有力企業と連携することが
競合企業の排除に繋がり案件受注に結び付く場合もあり、戦略の一つとして現地企業等を活用す
ることが考えられる。
(オ) 欧州企業・現地企業等の M&A
実績獲得、ノウハウ・能力獲得、市場理解等の観点から M&A は有効な打ち手の一つであ
る。M&A を行う際は、必ずしも企業全体の M&A が必要となるわけではなく、部門や事業、
プロジェクト等の部分的な買収も選択肢の一つである。我が国の商社等では積極的に M&A
を活用することで比較的新しい事業分野等に参入する例が見られる。
プロジェクトの買収を進めるためには各事業に出資している企業とのネットワークを有
することが重要である。企業によっては重視するビジネスモデルや戦略の観点から、施設
整備が完了した段階で株式を手放す場合や、他の案件の資金確保を目的に株式を売却する
場合がある。こうした競合企業の動向を捉え即座に購入を持ちかけることが他に先んじて
有利な立場を獲得することに繋がるものと考えられる。
一方、M&A 後には買収先の企業等をコントロールすることが重要になるため、買収・統
合後の管理をしっかり行うことが併せて重要になる。
(カ) 人材採用等による能力開発
我が国企業にとって、現在、インフラ事業における EPC や O&M、ファイナンス等に関
する能力開発・向上が求められている。本事例分析では、人材の活用が競争力向上に寄与
している事例がみられた。我が国企業では中途採用に積極的ではない企業が多い傾向にあ
るが、そのような姿勢では能力開発・向上が遅れ、インフラ事業、特に O&M が求められる
PPP 事業への早期の参入が困難なものとなる恐れがある。今後は自社に不足している能力
を補うため、積極的な人材採用が求められる。
134
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(キ) 事前の関係性の構築
当然のことながら案件参入の前段階における相手国政府や発注者等との関係性構築は重
要である。企業の自費によるテストや F/S 調査の実施は相手国との関係性構築において有
効に機能する。今後の案件においても我が国企業の積極的な行動が期待される。このよう
な事業活動を支援する施策が政府によって数多く用意されていることから有効に用いるこ
とが期待される。
(ク) 新規格への対応
鉄道分野においては、欧州規格がグローバル・スタンダードとして確立しつつあり、日本規格を
導入することは困難になっている。数多くの企業の参画による競争環境を求める発注者としては、
グローバル・スタンダードとなりつつある規格を採用する傾向にあることから、我が国企業としてもそ
のような規格にいち早く対応を行い、実績を積むことが重要になる。
(ケ) 低コストプラント・機器の開発
アルストム等の欧州メジャー企業は人件費が安いアジア等の海外拠点での生産を進めて
おりコストダウンに成功している。日我が国企業もインド等新興国に生産拠点を整備する
等同様の取組みを進めており、今後こうした差が縮まることが期待される。
(コ) エンジニアリング能力の向上
競争力に関する基本的な要素として、イニシャルコストの低減等のため、初期投資に係
るエンジニアリング能力による差別化が重要である。エンジニアリング能力を向上させる
ためには、案件毎に経験を積んでいくことが必要だが、上述のプロジェクトの買収や有力
企業との連携等の手法を通じて能力向上に努めることも重要である。
(サ) ファイナンス能力の向上・ネットワークの拡充
PPP 事業では、事業期間全体に要するコストが事業者選定の際に評価されることから、
資金調達におけるコスト抑制が重要になっている。そのためにはファイナンスに係る能力
の向上や、ファイナンスコストの抑制に繋がる投資家やレンダーのネットワークを有する
ことが求められる。自社の他部門が有するネットワーク、リソースの活用やネットワーク
や知見を有する人材の確保も必要となる。
135
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 政府としての取組みの方向性
(ア) LCC による評価の導入への働きかけ
LCC による評価の導入は、ファイナンスコスト等を提案評価において考慮することとな
り、我が国企業の案件獲得にとって有利に働くこともある。品質に焦点を当て、長期的に
見て経済性のあるものを評価する仕組みであるため、相手国にとってもメリットのあるこ
とであり、拡大・普及に向けた働きかけが求められる。我が国企業にとってのメリットを
考慮すれば、事業終了時の処理や環境配慮等を考慮した機会費用等を LCC 算出の項目・要
素に含めるように働きかけることが重要になる。
(イ) 総合評価による提案評価の導入への働きかけ
本事例分析では応札企業の技術力等価格以外の要素が評価され受注に繋がった事例がみ
られたが、技術力がより評価されるためには上記のような評価項・要素に LCC を採用する
ことに加えて、技術力が点数化されて価格点と合わせて評価がなされる総合評価の普及が
期待される。総合評価では、入札価格が競合より高い場合でも技術力で上回っていれば総
合得点で逆転する可能性がある。品質を重視する先進国では、日本や英国等の PPP 事業の
ように総合評価が採用されており、品質の重視と総合評価による提案評価を新興国でも普
及させることが重要になる。
(ウ) 仕様等改善(PQ 基準、仕様等)への働きかけ
我が国企業の技術力を活かすためには、高い技術水準を要求する技術仕様を規定するこ
とや、また、用いられた技術の水準が高い事業や厳しい環境基準の下での事業の経験を実
績基準として求めることが考えられる。その結果、品質の低い企業が参入できないことに
も繋がるものと考えられる。
品質が原因で問題が生じている事例等を活用し、新興国に対して品質の重要性を説き、
技術仕様や実績基準の改善を促していくことが求められる。
(エ) 要求水準やペナルティの厳格化への働きかけ
上述の他我が国企業の技術力を活かすため、品質を重視した入札とするためには、要求
水準に、高い技術を要する水準を規定することや高い環境基準を規定することも考えられ
る。その結果、競合企業にも品質を重視した設計・エンジニアリング・製品の採用等が求
められることから、競合企業もコストが上昇することに加えて、技術力を有さない企業に
ついては対応が困難になることから、入札から排除されることも期待される。
また、要求水準に規定することに加えて、要求水準等を達成しなかった場合のペナルテ
ィを厳格に規定することで、質の低い事業運営等を予め抑制することも期待される。
先進国である日本、英国等の取組を新興国に伝えていくことが求められる。
136
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(オ) F/S 調査等による支援
F/S 調査は事業環境の理解等、事業化に向けて重要であり、今後も政府として支援・推進
することが求められる。また、企業が自費で F/S 調査や相手国の人材育成等を行うことも、
相手国との関係性の構築やスピード感を持った対応が可能となること等の観点から需要で
あると考えられる。
ただし、自費による F/S 調査等を実施した場合、企業は当該コストを回収することも考
慮し入札価格を決定することから、価格面での競争力が低下する恐れがあるため、政府と
しては価格のみでの評価としないよう、評価制度・項目への働きかけを行うことや、我が
国企業による自費での F/S 調査に対する事後的な支援等も有用であると考えられる。
137
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(2)施策案
① 実績管理基準・データベースの整備
PQ 審査において、海外における複数の実績や見積スケジュールの正確性の項目が規定さ
れ、質の悪い企業の排除がなされる審査基準となっている事例がある。このような基準は、
我が国企業の強みを活かすことができる審査基準だと考えられる。こうした厳格な実績審
査を他国にも普及するべく働きかけていくことが重要になる。
このような実績審査を行うための方策としては、実際に行われた事業を評価し、データ
ベースとして整備し、各国で共有していくことが考えられる。このような実績管理基準・
データベースの整備は、日本やアメリカ等では行われているが、新興国においてもデータ
ベースを整備し共有することで、入札が行われる際に応札企業の実績や、その品質・パフ
ォーマンスを確認することが可能になる。政府としては、APEC 等の場を活用し、各国に向
けて整備を訴えていくことが考えられる。
なお、実際にデータベースが次の新たな入札において活用されるためには、データベー
スに事業の評価を登録するにあたって、その「評価」から発注者の恣意性を排除すること
が求められる。「事業評価」を行うにあたっても、見積や工期に関する提案と実績の差異
等、定量化できる基準を設けることが重要となる。
これらの要素を具体化すると以下のようなイメージとなる。
図 33 実績データベースの構築と国際間の共有
各国発注機関
事業者A
新規応札時
に参照
契約に基づ
き登録
各国発注機関
事業者B
事業者C
事業者D
過去実績
データベース
各国発注機関
・・
・・
・・
・・
以下のような成果も登録
• 製品やサービスの質
(要求水準の遵守)
• 納期の遵守
• 費用の遵守
• 環境への影響
各国発注機関
出典:PwC 作成
138
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② ガイドライン等の整備や制度改善支援
実績管理や LCC 等の取組みを定着化させるためには相手国におけるインフラ事業・PPP
事業のガイドラインを整備することが有効である。なお、一部の新興国ではガイドライン
の整備がなされ始めている国もあり、これらの国では事業分野ごとのガイドラインや、よ
り詳細なガイドラインを整備すること等によって入札制度の改善を図ることが期待される。
ガイドラインの整備の他、実績管理や LCC 等の評価項目への導入を図るためには、相手
国における制度改善を進めることが必要となる。入札のプロセスや PQ 等の審査方法等を制
度上規定しておくことが求められる。こうした要素を体系化すると以下のような要素が求
められる。
表 30 整備すべきガイドライン等の体系
カテゴリー
内容
期待効果
事業実施プロ
インフラ事業を実施する際の手順を示し
セスのガイド
たガイドライン。適切な入札プロセスや競
ライン
争的対話のプロセス等を規定。

調達手続きの公平性・透
明性が向上。

より応札がしやくい枠
組みになる可能性が高
まる。

調達実施のガイ
事業者を決定するための審査方法や評価基
より技術や質の面に重き
ドライン
準のあり方について規定。PQ 審査の際の基
を置いた調達とすることで
準等についても考え方を記載。
日本企業の強みを生かし
やすくなる。
事業評価のガイ
VFM 等の考え方に基づき事業実施判断や
ドライン
事業の収支予測の立て方について規定。

事業の収益構造について
検討が深まり採算性が確
保しやすくなる。

リスク管理のガイ
事業におけるリスク要因やその対処方法のあ
リスク分担が明確になるこ
ドライン
り方、契約書における対応方法等について
とやリスク負担の軽減等が
規定。
進みやすくなる。
事業分野ごとの
上記について、電力や水道、空港、鉄道など 
上記についてより事業分
ガイドライン
の分野ごとにガイドラインを策定。
野固有の要素が反映され
やすくなる。
各種標準書類
入札説明書や PQ 審査基準、事業者の評価

ガイドラインで規定する内
基準、仕様書、要求水準書、契約書等の標
容をより具体的に規定す
準書類を規定。
ることで効果が高まる。
出典:PwC 作成
139
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
これら整備、制度改善支援については、APEC 等を活用して理念、考え等を訴えるとと
もに、技術協力等を活用し政府間で各国に対し個別に支援を行っていくことが考えられる。
なお、我が国企業にとって有利な形での制度になる可能性が高まることから、各国に対し
個別に制度改善支援を行うことが我が国企業にとっては望ましいものの、
「日本色」を前面
に出してそのような制度整備への支援を行うことに対し、相手国が日本企業への利益誘導
等に対する疑念や抵抗感を持つ恐れがある。日本政府の支援の下、あくまでも中立・客観
的な立場で支援を行っていると相手国に受け取られるよう、
「日本色」が前面に出ることの
ない企業やコンサルタントを活用する等、支援を行う政府においても戦略的な取組が求め
られる場合があると考えられる。
③ 各国のキャパシティビルディング
新興国の案件では、入札において不明瞭な評価基準や短い提案準備期間といった問題を
有している。例えば、不明瞭な評価基準の場合は、発注者が何を重視しているのか・どの
ような提案を求めているのかについて応札者が判断できない点が問題である。これらを改
善し、受注可能性を高めるためには評価項目の明確化が必要であると考えられる。
改善を目指すためには、相手国政府の発注部門の調達能力を向上させることが重要にな
る。また、調達能力の向上のみならず調達代行のように能力を有するコンサルタントが実
施することも考えられる。
調達アドバイザーを国際機関が担ったことで適切なプロセスによって入札が行われた事
例があり、調達アドバイザーの活用拡大に向けた働きかけを行っていくことが考えられる。
④ 新規格対応支援
鉄道分野においては欧州規格への対応を行うことが案件の受注のためには求められる。
このような規格への対応については、基本的には我が国企業が自助努力で行うことが原則
である。ただし、国内規格とグローバル・スタンダードの規格が異なる場合、我が国企業
としては、国内・海外向けに 2 つの規格に対応する必要があり、コスト面での負担が生じ
ることとなる。このため、政府としては、グローバル・スタンダードとなりえなかった国
内規格の取扱いを検討していくことが求められるほか、我が国企業による欧州規格等グロ
ーバル・スタンダードとなっている規格への対応に向けた取組を支援することは有効・有
用であると考えられる。
なお、国内規格と海外の規格が異なっているものの未だグローバル・スタンダードと言え
る規格が存在しない分野については、官民が一体となって国内規格のグローバル・スタン
ダード化を進めていくことが求められる。
140
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑤ 我が国企業の取組と連携した技術協力・無償資金協力等の活用
我が国企業による提案をより魅力のあるものとし、受注確度を高めるための方策として
は、我が国企業による活動と ODA の連携をより図っていくことが求められる。
技術協力や無償資金協力については、我が国企業が参画を検討している PPP 事業等につ
いて、その事業に関連した分野・事業に対して技術協力や無償資金協力を供与することが
考えられる。また、我が国企業が海外において事業を実施していくには実績が不足してい
る分野等については、我が国企業の実績作りに向け、無償資金を供与する事業を我が国企
業が実施するよう紐付いた形での無償資金協力を実施していくことも考えられる。
円借款については、これまでの取組例があるように、ある事業において、建設を円借款
資金を用いて実施し、その運営を PPP 事業として実施していくことによる我が国企業の取
組と ODA の連携が考えられる。その際、円借款資金によって建設された施設の運営につい
ても、我が国企業に紐付くような制度の検討も考えられる。また、上述のような建設と運
営といった「時間軸」における円借款と PPP 事業の連携のみならず、例えば、発電事業を
PPP 事業で行い送配電事業を円借款を活用して整備するといった、PPP 事業と繋がりのあ
る事業を円借款によって整備する「面的・事業分野軸」における円借款と PPP 事業の連携
も求められる。なお、そのためには PPP 事業と円借款事業の足並みを揃える必要があるこ
とから、円借款の更なる迅速化が求められる。
我が国企業が自費によって F/S 調査や相手国の人材育成を行っている例があり、相手国
との関係性構築や事業実施の担い手の確保といった観点からは、そのような取組は望まし
いものの、そのような取組を実施した企業は、入札において当該コストも回収する価格を
提示することになり、価格競争力の面で不利に働く可能性がある。このような我が国企業
の自費での取組に対して事後的に政府が支援を行うことも考えられる。
【我が国企業の自費での F/S 調査等に対する事後的な支援策(案)】

企業が独自に自費での F/S 調査等を実施し、当該案件において事業権を獲得した
場合に、当該 F/S 調査等に要した費用の一部を補填するもの。

自費 F/S 調査等実施し応札した場合、応札段階で政府に対し事後的支援の活用を
申請し、優先交渉権の獲得又は契約の締結をもって補填の決定を行う。

補填のための条件は、応札段階での事前申請と優先交渉権の獲得又は契約の締結。

補填については、事業地域や対象分野を限定することや、1 案件あたりの補填金額
の上限の設定することが考えられる。

補填の対象は、入札価格に反映される可能性のある、案件受注に向けた我が国企
業による独自の活動に要した費用とし、自費による F/S 調査に要した費用の他、
運営段階を見据えた相手国の人材育成費用(事前に自社社員を派遣し、相手国人
材の能力向上等に要した費用)についても含めるもの。

政府による F/S 制度等他の支援策との重複を認めるかについては整理が必要。
141
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
⑥ 相手国への働きかけ
インフラ案件は優先交渉権を獲得すれば無事に事業が開始されるものではなく、契約交
渉段階を含めた入札の後期において問題が生じる可能性がある。従って我が国企業の支援
としては、入札前、入札中における「トップセールス」等の相手国への働きかけのみなら
ず、入札の後期に問題が生じた案件に対しては、政府による「トップアフターセールス」
による相手国政府への働きかけも有用であると考えられる。
また、入札前に「トップセールス」を行うにあたっては、相手国がメリットと感じるよ
うな「お土産」を提示することが必要となる。何が「お土産」となるかは相手国やタイミ
ングを考慮する必要があるが、例えば、トップセールスの対象となる案件に関連させた技
術協力や、無償資金協力等の供与が考えられる。なお、これまでも「お土産」に係る発言
があった場合にもいても行動に結びついていない、というような指摘も聞かれ、実際の「行
動」を行うことが必要となる。
これらに加えて、働きかけを行う主体についても課題が存在する。各省等が個別に働き
かけを行うため、相手が混乱し交渉が進めにくくなるというような指摘がなされている。
これらを踏まえて以下のような取組に移行することが考えられる。
図 34 相手国への働きかけのイメージ
案件形成
案件応札
事業実施
従来
今後
各省個別に実施
各省個別に実施
• 日本の技術をPR
• 支援を内々では話
すものの行動に結
びつかない
• 日本企業の受注を
要望
特に実施しない
主体
インフラ担当官を中心
インフラ担当官を中心
インフラ担当官を中心
働き
かけの
内容
• 日本の技術をPR
• 日本企業が実施し
た場合の無償支援
等を提案
• 日本企業の受注を
要望
• 事業実施をフォロー
• 無償支援等を実行
に移す
主体
働き
かけの
内容
言いっぱなしと
いう批判も一部
あり
アフターセール
スを強化し有言
実行の外交へ
出典:PwC 作成
⑦ M&A 資金支援
企業や事業を買収する取り組みはインフラ事業の競争力を上げるために重要であるが、
M&A にはリスクと共に多額な金額が必要になる。こうした課題を解決するためには産業革
新機構の出資支援のような取組が重要になる。
142
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
4. 途上国・先進国におけるVGF制度に係る調査
途上国における膨大なインフラ整備ニーズに対して、限りある政府財政資金を補完するために
も、民間資金によるインフラ整備を求める声は高まる一方である。しかし、公共事業として、公共セ
クターが管理すべき事業においては、適切な料金体系が設定がなされていなかったり、過度なリス
クが民間に課せられたりする場合も多く、民間セクターが参入するに足る十分な事業採算性が見
込まれない事業も多数見受けられる。こうした環境下で、経済便益は高いものの、事業採算性が低
い事業について、政府が一定の事業採算性や信用を補完を行う場合がある。バイアビリティ・ギャ
ップ・ファンディング(Viabilty Gap Funding、VGF)は、PPP 事業において利用者からの料金収入
等の事業収入のみでは事業採算性が確保されないような場合に、事業採算性を補完し、民間資
金の活用が可能な事業を組成するための政府財政支援措置である。早期の料金改訂が社会的に
困難であるものの、事業性補完をすることで民間参入が認めらえるような事業について活用される
ことが考えられ、インフラ整備の早期実現に期するものである。
本章では、各国及び国際機関が整備・支援する VGF 制度及び関連する PPP 支援制度につい
て理解するとともに、我が国企業の海外 PPP 事業への参画促進に向け、我が国が円借款や JICA
海外投融資等をいかに活用することが可能であるかについて、現在検討中の円借款を活用した
VGF 支援の具体的な課題・対応策を含め、新たなスキームの提案を行う。また、円借款・JICA 海
外投融資の制度的課題を整理し、特に案件形成の迅速化・効率化に資する提案を行うものであ
る。
4-1 途上国における VGF 制度の状況
VGF 円借款の適用が期待される途上国(インド、インドネシア、ベトナム、フィリピン)における
VGF 制度の状況を整理する。
(1)インド
① 制度の概要

法・組織
インドでは PPP 事業の実績が 176 件に上り PPP が最も進んでいる国と位置づけられている。
VGF 制度も制定されており、詳細については、財務省によりガイドライン33が公布されている。VGF
の管理・運営は財務省経済局(Ministry of Finance, Department of Economic Affairs)に設置さ
れた PPP セルによりなされる。PPP セルは財務省経済局により、VGF の機会創出や PPP 事業の
評価の取りまとめを行うために設置された組織である。
Ministry of Finance, Department of Economic Affairs “Guidelines for forwarding proposals for financial support
to Public Private Partnerships in infrastructure under the Viability Gap Funding Scheme,
33
143
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

VGF 制度の目的
インドの VGF 制度の目的は、財務的な事業採算性のギャップ(financial viability gap)を補填
するためのものと定義されている。

資金
原資は全額財務省経済局を通じて賄われており、VGF 拠出のための 20 億ルピー(約 33 億円)
のリボルビングファンドが承認組織である Empowered Institution(EI)34の管理下に設置されてい
る。当ファンドから、対象事業に対し、現金による VGF が拠出されると、同ファンドに財政資金より、
再び資金が充填される。VGF の限度額は資本費の 40%であり、中央政府からは資本費の 20%、
さらに地方政府から残り 20%が供与される

運営方法
供与対象費用は資本費のみであり、建設期間中に供与が行われる。供与対象セクターは、道
路・橋梁、鉄道、港湾、空港、灌漑・水路、電力、都市交通、上水道、下水道、廃棄物処理、食料
品の冷凍運輸・保管都市インフラ、SEZ 内のインフラ事業、国際コンベンション・センター、観光関
連インフラとされ、主要なインフラは網羅されている。
供与条件は以下 4 点を満たす事業とされている。

公開競争入札で選定された民間企業であること

選定民間企業の 51%以上の資本が民間企業により拠出されていること

民間企業が事業の資金調達・建設・維持・運営に責任を持つこと

事業が提供するサービスの利用料金が事前に決定されたものであること
VGF 承認のプロセスは以下の通り。
Empowerd institution および Empowered committee:VGF 供与対象事業への VGF 付与の適切性を承認するために
設立された機関。Empowerd Institution は予算局・経済局・国家計画委員会等の次官補等で構成され、Empowered
Committee は次官等で構成される。Empowered Committee が Empowered Institution に比べ、高役職者により構成
されている組織である。
34
144
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 35 インド VGF 承認プロセス
出典: PwC 作成
(ア) 入札前に発注者から PPP セルへの申請書類の提出を行い、PPP セルは関連機関への
回付を行う。PPP セルでも VGF 申請にかかる必須事項が満たされていることを確かめ、
その後承認組織からの事前承認を得る。
(イ) 競争入札を経て事業者が選定された後、主たる融資金融機関が事業の事業性評価を行
い、これを基に承認組織で検討された後、当該機関により最終承認がなされる。
(ウ) 民間機関が出資金の払い込みを行った後、VGF が供与される。その後、継続的なモニタ
リングが主たる融資金融機関によりなされる。

運用状況

運用状況概要
インドの VGF は 2005 年から拠出開始されており、本調査で調査対象となっている途上国のう
ち、唯一供与実績のある国となっている。2014 年 2 月までに合計 176 件の事業に対する VGF の
拠出が承認されており、合計金額は 168,806 百万ルピー(約 2,820 億円)となっている。
145
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 36 年次の VGF 承認総額及びプロジェクト数
5000
45
4500
40
4000
3500
35
30
3000
25
2500
2000
20
1500
15
1000
500
5
VGF承認総額
プロジェクト数
10
0
0
単位:百万ルピー
注:2013-2014は
2014年2月末まで
を表示
出典:Public Private Partnership in India HP
上記合計 176 件の VGF 拠出が承認された事業をセクター別に分け、VGF 承認総額を見ると、
道路セクターへの VGF 承認額が圧倒的に多く、約 73%を占めている。承認事業数でも、道路セク
ターは 176 件中 147 件と約 84%を占めており、金額面でも件数面でも、VGF 承認がなされている
事業において主要な部分を占めている。地下鉄セクターは、VGF の承認がなされたプロジェクト数
は 2 件と少数であるが、1 件当たりの VGF 承認金額規模が大きい点に特徴があり、全体の約 23%
を占めている。その他、電力・空港・教育・保健等のセクターに対する VGF が承認されている。以
下の円グラフはセクター別の VGF 承認総額の累積合計値の分布であり、道路セクター及び地下
鉄セクターでこれまでの VGF 承認総額の約 95%を占めていることが分かる。
図 37 セクター別 VGF 累積承認総額
7474.2,
4%
38,940.
80, 23%
道路
122,391
.50,
73%
地下鉄
その他
単位:百万ルピー
出典:Public Private Partnership in India HP
146
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

VGF 運用事例 - インド・チェンナイ海水淡水化事業
インド南部タミル・ナド州チェンナイ市は、400 万人を超える人口を有する大都市であり、急速
な都市化を原因とした加速度的な人口増加などを背景として、インド国において最も水インフラの
需給が切迫している都市の一つであった。
タミル・ナド州政府は同市の 35km 北に位置する Minjur において、初期投資額 150 億ルピ
ー(約 250 億円)の 1 日当たり 100 百万リットルの用水供給を行う海水淡水化事業を公表し、チ
ェンナイ市の上下水道事業を管轄するチェンナイ都市上下水道局(Chennai Metro Water
Supply and Sewerage Board、CMWSSB) が発注機関となった。
事業者は競争入札を通じ、2005 年 9 月、インド国の最大手水エンジニアリング企業である
IVRCL を代表企業とし、その他スペイン企業である Befesa が持分を含むコンソーシアムに決定
された。2007 年 5 月から建設が開始され、最終的に 2010 年 7 月からプラントによる水の供用が開
始された。事業スキームは下図の通り。
図 38 インド・チェンナイ海水淡水化事業スキーム
出典:CWDL HP
本案件での事業費の内訳は以下の通りであり、VGF にて総事業費の約9%、その他政府補助
金が約 15%供与されている。
147
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 31 インド・チェンナイ淡水化事業事業費及び資金拠出機関一覧
資金種類
資金拠出機関
金額
融資
Canara、UBI、IOB、DEG35
3,780 百万ルピー(約 63 億円)
出資
IVRCL
930 百万ルピー(約 15.5 億円)
Befesa
290 百万ルピー(約 4.8 億円)
JNNRUM36
985 百万ルピー(約 16.4 億円)
VGF
600 百万ルピー(約 10 億円)
補助金
出典:Public Private Partnership in India HP
② VGF 制度上の課題
インドでの VGF 制度は運営段階にあり、実績を着実に積み重ねている。一方で、インフラ整備
を効果的に促進していく持続的な制度にするためには、地方政府主導のプロジェクトに対する
VGF 供与を増やすことや、VGF 拠出のためのファンドの持続的な資金源の担保、現行の事業費の
補助のみでは事業採算性が取れないことが懸念される下水道事業や廃棄物処理事業といったイ
ンフラ事業の更なる補助方法の検討、といった点につき向上の余地があるものと考えられる。
35 インドCanara Bank、インドUBI(Union Bank of India), インドIndian Overseas Bank, ドイツDeutsche
Investitions-und Entwicklungsgesellschaft (DEG、ドイツ投資開発会社)
36 ジャワハラル・ネルー国家都市再生ミッション(Jawaharlal Nehru National Urban Renewal Mission, JNNRUM)。
水道・衛生・廃棄物セクターを対象に、中央政府より補助金を拠出する制度。
148
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(2)インドネシア
① 制度の概要

法・組織
インドネシアでは、VGF 制度の制定が進められてきたが、2012 年 11 月に、財務省より、VGF 供
与に関する細則の改訂版である MoF Regulation No. 223/PMK. 011/2012 が公布されている。
更に、VGF 細則の詳細である MoF Regulation 143/PMK.011/2013 が公布された。現状、財務省
が VGF 細則規定等を行っているが、国家開発企画庁・経済担当調整大臣府、財務省、国家土地
庁による新たなインフラ整備促進組織37の設立も検討されており、組織横断的に協議がなされてい
る。

VGF 制度の目的
インドネシアでの VGF 供与に関する細則によると、VGF 供与の目的は①案件の事業採算性
を改善し、経済的便益があるにも関わらず、事業採算性の低い案件の成立を支援すること、②民
間事業者のインフラ事業への参画を促進すること、③インフラサービスの利用料をインフラ利用者
にとって受け入れ可能なものとすること、とされている。

運営方法
対象セクターは大統領令 67V2005 Chapter2 4 条で定められている PPP の対象セクターと
同一であり、輸送インフラ(鉄道、港、空港、道路等)、灌漑設備、上下水道設備、情報通信設備、
電力インフラ(発電・送配電設備等)、石油・ガス関連設備、及びこれらに関連する設備とされてお
り、主要なインフラセクターは網羅されている。また、供与は現金によるものとされる。VGF の供与
対象となる金額は資本費のみであり、運営費は含まれない。
供与条件は以下の 6 要件を満たしているものとされている。

経済便益があるが事業採算性が低い案件

原則、利用者からの料金支払いが収入となる案件

1,000 億インドネシアルピア(約 10 億円)以上の規模の案件

事業契約に終了時の政府への資産の譲渡を取り決めている案件

大統領令・修正大統領令に規定された入札プロセスを経た案件

Pre F/S38において以下が提示されている案件
- 最適なリスク分担がなされていること
37大統領令に基づき組成される組織で、国家開発企画庁・経済担当調整大臣府、財務省、国家土地庁によって省庁横断
的に構成され、インフラ優先案件の実施促進を図ることを目的とする。
38
インドネシアの手続きに従い、Pre Feasibility Stuyd と呼ばれるが、実質的には可能性調査の一部と考
えられる。詳細については、前述のインフラ整備促進組織の実施方針として検討されている。
149
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
- 経済便益を有するインフラ事業であり、VGF 供与により初めて財務的実現可能
性があることが立証されていること
次に VGF の供与承認までのプロセスを示す。
図 39 インドネシア VGF 承認プロセス
出典:JICA 「インドネシア共和国 PPP ハンドブック」
インドネシアでの VGF 供与までには、1. VGF 供与に関する事前承認(P/Q 前) 2. VGF 金額に
かかる承認(P/Q 後) 3. 民間事業者選定後の最終承認の 3 段階での承認が求められている。そ
れぞれの承認を得るためには、以下のプロセスが要求されている。
(ア) 発注者からプロポーザル提出(P/Q 前段階においては、プロポーザル及び Pre F/S の同時
提出が必要となる)
(イ) VGF 委員会(財務省下に設けられた委員会であり、プロポーザルの審査を行い、財務大臣
に対し推薦を行う)に基づく審査
(ウ) VGF 委員会から財務大臣への推薦
(エ) 財務大臣による VGF 金額承認
VGF の支払は分割払いを想定しており、建設期間中の一定段階と運営開始日以降のどちらか、
または双方のタイミングで支給される。ただし、支給の条件としてスポンサーから少なくとも出資の
20%が拠出され、レンダーから融資額のうち、最初の支払が行われていなければならない。
150
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

運用状況
水道案件(バンダルランプン市水道事業、西スマラン上水事業等)に対する VGF 供与が検討さ
れているが、供与実績はまだない。ヒアリングによると、事業採算性を賄うためには、事業費の過半
以上の VGF が必要なケースについては、地方政府の更なる財政支出が可能かどうかの検討、さら
には、アベイラビリティペイメント型による支払方法を模索する動きも出ている。
② VGF 制度上の課題
インドネシアでは、まだ VGF 制度の運用実績がなく、早期に安定的・効率的かつ効果的な運用
を実現するための運用細則に合せた案件形成が必要である。また、運用にあたって、年度ごとに
予算を計上する予定とのことであるが、安定的な資金源の確保は重要な課題となるであろう。
インドネシアでは VGF 制度の詳細設計・運営に加え、経済担当調整大臣府、国家開発企画庁、
財務省等によるインフラ整備促進に向けた包括的な体制整備の動きがある。VGF を梃子とした官
民連携事業の促進には、VGF の制度設計・運用を管轄している財務省とこれら機関の円滑な連携
が必須である。
151
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(3)ベトナム
① 制度の概要

法・組織
ベトナムでは、BOT・BTO・BT 投資法(Decree 108/2009/ND-CP、一部改訂としての Decree
24/2011/ND-CP)及び PPP 首相令(Decision 71/2010/QD-TTg)が存在しており、何れにも政府
による財政支援が規定されている。現在、両制度の整合性を図り、VGF 制度を含めた PPP Decree
の制定が進められているが、VGF の運用には至っていない。PPP 首相令は 2014 年 1 月現在パブ
リック コ メン トを 募集中 であ り、2014 年 3 月末に計 画投資 省( Ministry of Planning and
Investment、MPI)の承認をとり、5 月末に首相府に上程し、7 月に施行というスケジュールが示さ
れている39。管轄省庁は BOT・BTO・BT 投資法については MPI、財務省(Ministry of Finance、
MoF)、及び人民委員会(People's Committee、PC)、PPP 首相令については MPI, MoF である。

運営方法
VGF については、二制度とも現金による供与とされており、BOT・BTO・BT 投資法では総資
本費の 49%(但し緊急案件では政府予算での別途整備が可能)までを対象とすることとされ、PPP
首相令では総資本費の 30%(但し 30%を超える場合には首相決定が必要)までを対象とすること
とされている。対象セクターは BOT・BTO・BT 投資法が道路、橋梁、トンネル、フェリー、鉄道、鉄
道橋、鉄道トンネル、空港、海港、河川港、水供給、下水管、下水・汚泥処理システム、電力、ヘル
スサービス、教育、職業訓練、スポーツ、官庁オフィス等に関連するインフラ、その他首相が定める
インフラとされ、PPP 首相令では道路、橋梁、トンネル、フェリー、鉄道、鉄道橋、鉄道トンネル、都
市交通、港、空港、水供給システム、電力、医療(病院など)、環境(廃棄物処理プラントなど)、そ
の他首相が定めるインフラ開発・公共サービス提供事業とされており、記載に若干の違いがあるが、
何れも主要インフラセクターは網羅している。
供与条件は、BOT・BTO・BT 投資法には記載がないものの、PPP 首相令では重要・緊急・大
規模であること、投資コストを回収できること、民間の先進的な技術やマネジメントを期待できること
等を基準に選定されるものとしている。承認プロセスは、下表のとおりである。
39
ヒアリングによると遅延が想定されている。
152
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 32 ベトナム VGF 承認プロセスの比較
(ア)
BOT・BTO・BT 投資法
PPP 首相令
所轄官庁・省レベルの人民委員会による、社会
所轄省庁からの事業提案書を MPI へ
経 済 開 発 マ ス タ ー プ ラン に 基 づ い た BOT ・
提出
BTO・BT 案件のプロジェクトリストの作成
(イ)
リストについて関連政府機関の意見を求め、関
MPI からの当該提案書を首相へ提出
連機関は 30 日以内に書面で意見を提示
(ウ)
所轄官庁/人民委員会は、必要に応じてリストを 首相は内容を審査し、プロジェクトリスト
修正
へ掲載
出典:ベトナム BOT・BTO・BT 投資法、PPP 首相令に基づき PwC 作成
② VGF 制度上の課題
BOT・BTO・BT 投資法と PPP 首相令の関係性、棲み分けの明確化が必要になる。投資家に
とって 2 つの VGF 制度が存在することは混乱を招くものであるし、どういった判断基準でどちらの
法制度に基づき申請を行うことになるかを整理する必要がある。
同時に、PPP 首相令の細則の規定が必要である。本規定は未だパイロット法であるため、長
期的には法整備が課題となろう。また、今後、VGF の供与により事業化が可能となるような案件の
形成・特定や、中央政府による安定的な財源の確保も必要となるであろう。
153
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4)フィリピン
① 制度の概要

法・組織
VGF の所 轄官 庁である PPP セン タ ーは 、国家経済 開発 庁(National Economic and
Development Authority、NEDA)の傘下に設置されている。元来、貿易産業省(Department of
Trade and Industry、DTI)の傘下にあった BOT センターを移管・改組し、2011 年初より始動して
いる。フィリピンでは、BOT 契約の実施に関連する法制度が整備されており、共和国法 7718 号及
び付随する施行規則(IRR)(以下 BOT 法)はインフラ事業実施の為に発布されている。このうち、
セクション 2a において、政府補助として VGF を供与できる旨が記載されている。
ただし、BOT 法とは別に、VGF 制度についてのワーキングペーパー40が PPP センターよりが公
表されている。
VGF 制度の目的

ワーキングペーパーによると、VGF 制度制定の目的は、民間投資家が適切なリターンを得るこ
とができるとともに、インフラサービス利用者が許容可能な価格水準でサービスを利用可能とするこ
ととされている。
BOT 法では VGF を含む数種の事業者補助が可能な旨が Section13.3 に記載されている。

運営方法
BOT 法では、官民連携事業実施対象セクターを、道路、鉄道を含む輸送インフラ、港湾、空港、
電力インフラ、通信、IT、灌漑、水インフラ、教育、土地開拓、工業・観光不動産、政府機関用建物、
倉庫、食肉工場、漁港、環境・廃棄物処理関連施設と定めている。対象は資本費の 50%までであ
る。
ワーキングペーパでは供与対象費用を資本費とするか、運営費とするかは、未だ決定されてい
ないが、資本費がより迅速に供与可能であり、制度としてより簡潔であるとしている。供与形態も、
現金か現物出資かは確定していない。供与限度額は、総資本費の 50%までとすることが、制度とし
ても簡潔であり推奨されている。想定される VGF 拠出セクターの一例として、鉄道、港や空港が挙
げられている。
ワーキングペーパーによると、供与のために満たすべきとされている条件は以下の通りであ
る。
40
「POLICY BRIEF GOVERNMENT SHARE OF PPP PROJECT COSTS AND RISKS」という
表題の資料で、アジア開発銀行の技術協力で作成されている。2014 年 2 月現在未だドラフト段階で
ある。
154
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

原則コンセッションの形態であること

競争入札で選定された事業者であること

51%以上が民間セクターにより保有される事業者であること

Economic Internal Rate of Return(EIRR)が 15%超であること
想定される承認プロセスは以下の通り。
図 40 フィリピン VGF 承認プロセス
VGF見積もり
•PPPセンターと発注機関は、VGFが必要であると判断されたPPP事
業につき、VGFの金額の見積もりを行う。
•PPPセンターはVGFを付す候補となるPPPプロジェクトをまとめ、
承認を得るために開発予算調整委員会(Development Budget
開発予算調整 Coordination Committee:DBCC)へ提出する。承認はVGFのため
委員会への提 の年間予算とプロジェクトの優先順位により付される。
出
開発予算調整 •開発予算調整委員会の承認を得たPPPプロジェクトについてはF/S
委員会による を含む更なる調査が執り行われる。
更なる調査の
実施
PPPセンター
によるVGF供
与の確認
•予算執行期間中にPPPセンターはF/Sを通じ、プロジェクトの実施
にあたってVGFの供与が必要であることを確かめる。
出典:PPP センターワーキングペーパーを基に PwC 作成
② VGF 制度上の課題
上述の通りであるが、VGF 制度が未だ規定されておらず、今後の制度設計が最大の課題であ
155
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
る。フィリピンにおいて VGF 制度を規定し運用開始するためには、対象となるプロジェクトの確定や
供与資金をどのように担保するか等、詳細を今後検討していく必要がある。
(5)途上国における VGF 制度整備に関する提案
現在 VGF 制度の整備を検討している国に対しては、前述のインド・インドネシアでの制度整備
状況・課題を勘案し、今後の我が国企業参画事業への運用における柔軟性の観点から、次のよう
な提案が有効と考えられる。
表 33 途上国における VGF 制度に関する提案
項目
体制 制度設計・管理
資金
提案
財政資金をコントロールしている財務省の関与が必要。
資金源
持続可能な資金源の確保が必要であり、財政資金。ドナーからの借入金を排除し
ない。
規模
事業パイプラインに応じた設定。
対象
資本費及び運営・維持管理費用を含めた一括的な支払に対応可能とする。
対象セクター
インフラ全般として柔軟性を持つ。
供与形態
現物支給ではないく、現金での支給が好ましい。
運営 限度額の設定
方法
候補案件をなるべく幅広く検討できるように、事業採算性に応じた柔軟な対応を可
能とする。アベイラビリティペイメント型等により、事業採算性の低い事業に対応す
る制度がある場合は、棲み分けを検討の上、一定の上限額を設定することも考えら
れる。
供与条件
民間提案事業を排除しない。
承認プロセス
民間提案事業を排除しない。
また、資金源としてドナー資金を活用する際には、ドナーの意向を確認するプロセ
スを追加する等、一定の確認手続きを整備する。
出典:PwC 作成
156
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
4-2 先進国におけるインフラ事業の収益性向上の支援策の取組み
(1)イギリス
英国では、公共サービスの約 10%相当が民間事業者が資金調達から施設整備、維持管理・
運営を行う PFI 手法により提供されており、1992 年から 2012 年 3 月までに、病院、学校、交通、
防衛及び下水処理等の分野において約 720 件の事業(資本価値 550 億ポンド41)が PFI 手法
に基づき実施されている。
① 補助金等の制度
英国では、独立採算型の事業が少なく多くが公共が民間事業者にサービス対価の報酬を支払
う契約形態が多い。そのため、有料道路及び鉄道等の交通分野、ごみ処理施設分野の例外を除
き、PFI 事業に対して国や地方公共団体が収入支援を実施している事例は見られない。
有料道路事業においては、通常の場合、利用料金により事業総費用を賄うことは想定されてい
ない。従って利用料金により賄うことができない事業費用の残額については、政府税収から補填さ
れている。これはある意味補助金として捉えることができる。また、ごみ処理事業においても事業の
固定費用の一部補填のために、「最低廃棄物(処理)量保証」を公共が付与している。
上記事例を除けば、英国では、定められた要求水準に基づいて公共サービスを提供し、それ
に対してサービス対価の報酬を支払うアベイラビリティ支払いによって行われている事業が殆どで
ある。補助金とは性質が異なるが、実質的には利用料金により事業総費用を賄えない金額を補填
するとともに需要リスクを緩和する仕組みを採用していると見ることもできる。
② 融資保証・制度保証の制度
2000 年代中頃に、財務省は『信用保証財務手法(Credit Guarantee Finance:CGF)』と呼
ばれる制 度を導 入し、リー ズの「セン ト・ ジェー ムズ大学病 院事業 ( St James University
hospital)」(2004 年)及びポーツマスの「クイーン・アレキサンダー病院事業(Queen Alexander
Hospital)」(2005 年)という 2 件の PFI 事業 に対して、直接、資金貸付けを試行的に行った。
この制度は流動性コストを減少させるために始められたものであった。
具体的な実施方法としては、財務省が貸し付けを行う一方で、銀行やモノライン保険会社に
財務省に対して保証を供与させた。これにより、財務省の資金調達能力を活用しながら事業リス
ク負担を民間側に残すことが出来る点がメリットである。ただ、同制度は発注省庁側に予算上の
追加的負担を課すことになり、最初の 2 事業実施後に中止が決まった。
その他の支援として、公共側が民間主体と並んで同条件でリスクマネーを拠出した普通株出資
41
日本円で約 9.3 兆円
157
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
及び劣後性債務引受けの事例がある。多数の実績があり、よく知られているのは、『学校整備計画
(BSF: Building Schools for the Future)』及び『地域(医療)改善資金信託(LIFT: Local
Improvement Finance Trust)』プログラムによる事業である。BSF は、複数の学校を一括の契約
で整備することにより効率化をする手法であり、公共側も関与することで効率的な整備を実現した。
また、LIFT は複数の診療所のようなプライマリーケアの施設を一括の契約により整備した上で地域
の医者や医療機関にリース等で提供する手法であり、やはり公共側も関与した。但し、劣後ローン
については、市中銀行と同様の条件で実行されていた。
英国では、政権交代以後 PPP/PFI に対する取り組みの変化が見られ、新たな取り組みの一環
として、2012 年に「UK Guarantee Programme」が開始された。これは、経済環境の悪化に鑑み、
全国的に重要性の高い事業に関して融資保証を供与するものである。適用されるための要件とし
ては、「市中からの資金調達が可能であること、市民にメリットがある事業であること、保証開始後 12
か月以内に事業が開始可能であること」等となっている。当該制度は、個々の事業リスクから債務
の全体に包括的に及ぶものまで、幅広く保証対象となっている。保証の検討対象となるのは、事業
収入保証、建設期間中の支援42、準ソブリン扱いとなる政府関係機関の信用力補完、包括的な債
務保証の4つとなっている。
③ 税制支援
PPP の発注者の負担になるのは付加価値税(VAT: Value Added Tax 税率 20%)であるが、
一般的には付加価値税の払い戻しはなされず、従ってこの負担分は資本コストに転嫁されることに
なる。但しこれについては 1980 年代に当時の政府により、一部の政府関係機関に対して、付加価
値税の特別払い戻し制度が導入されて以降、地方公共団体に関しても、1994 年制定の付加価値
税法により同様の扱いが取られている。
1990 年代初頭には、NHS(国民保健サービス)が病院建設を行う際の付加価値税の払い戻
しを受ける仕組みは、付加価値税法に規定がされていなかった。しかし、付加価値税の費用負担
が NHS の PFI 方式での事業実施の阻害要因となることを防ぐため、財務省は 1994 年制定の付
加価値税法第 41 条 3 項に基づく特別払い戻し制度を「病院、医療施設、医療機関の運営及び関
連サービスの提供」に対しても適用することを決めた。これにより、NHS が病院施設のサービス提
供に対して民間部門に対して支払う報酬分については、PFI 事業期間を通して付加価値税の払い
戻しを受けることになった。
42
具体的には、完工遅延に伴う損賠賠償義務に係る建設事業者の信用補完等
158
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(2)フランス
仏国における PPP/PFI 推進のための優遇措置は必ずしも多くはない。また、仏国の経済財政
省下にある PPP ユニットである MAPPP(Mission d’appui aux partenariats public-privé)は小規
模の組織(常勤職員は 10 名程度)であり、PPP 制度の全般的な助言・振興の役目を担っているも
のの、他国で見られるような PPP 事業助成のための政府系基金制度を所管しているものではない。
かかる状況下における取組みを概観する。
① 補助金等の制度
仏国では、PPP 事業に対する補助金に関して具体的に定めたガイドライン等は特段存在しない。
従って補助金の支給については公共側により、その都度決定されることになる。基本原則としては、
全ての調達方法を公平に扱うことであり、PPP 事業のみを対象とするような補助金制度は存在しな
い。なお、建設段階の PPP 事業に対しては、ごく稀に事業採算性上の観点から補助金が支給され
る場合があるものの、運営段階の PPP 事業については補助金の支給はなされていない。
コンセッション事業においては、事業性について初期評価を行うと、独立採算での事業実施が
困難なことが判明する場合が多い。例えば、大部分の大規模道路事業や鉄道事業等の新規資産
の建設を伴う場合等がそれに当たる。こういった場合、公共側はこれら事業の資金調達のために
補助金を支給することができる。例えば最近の道路整備事業等においては、以下の手順を踏まえ
て支給額が決定されている。
① 公共側は予め提案依頼書(RFP:Request for Proposal)において、事業に支給可
能な補助金額の上限を示す。
② 事業者側は提案提出時に、提案依頼書において示された補助金額と同額ないしは
それ以下の額を、必要な補助金額の見積もりとして示す。同見積もり額は入札評価
における評価要素の一つとなる。
一方、コンセッション事業者に対する公共側による収入保証制度は存在しない。仏国政府は
コンセッション事業者自身のリスク負担による事業運営の原則を重視しており、コンセッション制
度に運営補助金や最低収入保証制度を組み込むことには否定的な姿勢を示している。
また、英国と同様にパートナーシップ契約方式の PPP 事業の場合は、事業収入の変動がほと
んど発生しないため、制度の基本的考え方としてはアベイラビリティ支払いと同様の仕組みが採
用されている。
159
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 融資保証・制度保証の制度
融資支援として低利融資の取組みが見られる。PPP 事業に対して比較的低利の融資を行っ
ているのが、『貯蓄基金機構(“Direction des Fonds d’Epargne”:DFE)』である。DFE は数百億ユ
ーロに上る運用を行っており、歴史的にも社会住宅事業等への融資を行ってきた機関である。最
近になって DFE は PPP を含むインフラ事業に対しても融資対象を広げたところである。一。
また、2009 年初め、仏国政府は金融危機に対応するため、パートナーシップ契約とコンセッシ
ョン方式の両方を対象とし、優先度の高い PPP 事業に対する政府保証制度の実施を決めた。この
背景としては、当時計画中の大規模 PPP 事業が多数に上り、政府による保証供与なしには計画が
進展しない可能性が浮上したためであった 。仏国政府は、10 億ユーロに上る政府保証基金を創
設し、省庁間委員会によって認可され、2010 年末前までに融資契約締結が予定されている事業
に対して、同制度を適用することを決めた。なお同政府保証制度は MAPPP によって運営されるこ
ととなった。この政府保証制度の主な概要は下記の通り。
・
政府は優先債権者向けに、キャッシュフロー不足もしくは早期終了に帰する債務支払い
不履行が発生した際の、無条件・要求払い型の保証を供与。
・
優先債務部分を保証対象とする。具体的な政府保証対象額は案件毎に決定されるが、
債務全体の 80%を超えることはできない。
・
未払い負債元本と未払い利息、そして付随費用を対象とする。
・
仮に政府保証が発動される場合、最低 6 ヵ月間の経過期間を置かねばならない。経過
期間後政府が事業の貸し手になり、パリパス条項43に基づき、キャッシュフロー及び株式
持分に関する権利を他の貸し手と対等に分配することになる。
③ 税制支援
PPP 事業に対する税制上の優遇措置は、仏国においては特段存在しない。比較的小規模な
措置でとしては、コンセッション方式に特化した条項として、『失効償却(Amortissement de
caducite)』に関する規定が存在する。失効償却とは、PPP 事業者が投資を行って施設整備を実
施し、公共側に当該施設を譲渡した後に、当該投資額を償却することができる勘定科目である。公
共側の所有物となる施設や機材に対して事業者側が実施してきたものであるが、これにより、コン
セッション方式における減価償却が事実上可能となっている。
43
資金調達時に、複数の資金調達手段ごとに返済において同順位であることを定めた条項
160
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(3)ドイツ
独国は、他の EU 諸国と比して PPP/PFI の導入は遅れていたが、政府は制度普及に向けて積
極的な姿勢を見せている。独国では、BTO 方式が一般的な PPP 形態であるが、そのほか BROT
(build-renovate-operate-transfer)や LDO(Lease-develop-operate)方式なども見られる。これ
までに 180 件弱の PPP 事業が実施されており、主に学校施設や文化施設等の社会インフラを中
心に進められている。
独国における PPP の法的、財政的、技術的な枠組みについては、2005 年制定の『PPP 促進
法(PPP Acceleration Act)』において定められている。同法の施行を受け、PPP 推進の障害を取り
除くために様々な関連法制(公共調達、税制、道路料金、予算等)が改正され普及が進んだ。同
法施行前においても PPP 事業の実施は法的には可能であったものの、一般的な公共調達手段と
比して法的に不利な制度と認識されていたため、案件数はそれ程多くはなかった。加えて、同法の
施行を受け、連邦政府レベルで PPP 推進のための様々なガイドラインが整備されてきた。これらガ
イドラインは PPP の法的枠組み、事業評価、契約関係マネジメント等を網羅するものや個別セクタ
ー(例:学校分野)に特化している場合もある。
① 補助金等の制度
独国においては PPP/PFI 事業を対象とした補助金制度は特段存在せず、また補助金に分類
されるような PPP 事業向けの公的資金枠も特段存在しない。ただし、英国や仏国と同様に、アベイ
ラビリティ支払いと同様の仕組みが採用されている。独国におけるアベイラビリティ支払いは通常下
記3つの要素から構成されている。
1.
金利支払い(複数年に渡り資金調達費用に充当される。)
2.
資本償還金(複数年に渡り投資元本の償還に充当される。)
3.
サービス料金(維持管理運営サービス費用に充当される。)
独国において特定の道路インフラ事業については、アベイラビリティ支払いに替えて、通行料
に応じた報酬体系による契約が過去に実施されてきた。この仕組みのアベイラビリティ支払いとの
違いは、交通量リスクが民間側に移転されるか否かである。しかし、現在では道路インフラ事業は
全てアベイラビリティ支払いをベースに組成されている。
② 融資保証・制度保証の制度
独国においては、多くの州で州立の開発銀行が設立されており 、州域内のインフラ投資や地
元企業に対する支援を行っている。最近になってこれら開発銀行は、PPP/PFI 市場にも参入を始
161
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
めている。これら開発銀行は、最上位の信用格付を取得していることが多く、低利での資金調達が
可能なため、本来的には融資先に対しても非常に魅力的な金利条件を出すことができる。しかしな
がら金利及び手数料水準の決定やデュー・ディリジェンス、交渉時に融資側を代表する銀行として
は、別途、商業銀行が幹事行となる必要となる。そのため、融資実施において開発銀行は幹事銀
行と契約条件を同じにし、それにより事業に対して資金を供与することになる。よって、金利面での
メリットはないものの、資金力の面での効果を提供することとなる。
独国においては、州政府・地方自治体レベルでは、特に中小規模の取引において、広範に『権
利放棄モデル(forfeiting model)が多用されている。このモデルにおいては、州政府・地方自治
体並びに貸し手が事業契約に加えて、付帯契約(“Einrede und
Einwendungsverzichtserklärung”)を結ぶ。この付帯契約において公共側は、PPP 事業者による
業績不振もしくは業績悪化の場合に、支払いを減額ないしは延期する権利を放棄することになる。
基本的には完工後の維持管理・運営時に適用されている。
③ 税制支援
PPP/PFI に関連する税控除措置としては、以下の通り、2005 年に導入された不動産譲渡税
の免除並びに不動産税の免除に関する規定が存在する。
・
不動産譲渡税の免除:一般的に、不動産が契約期間において行政に資する目的で(事
業 者 側 に ) 譲 渡 され 、契 約 終 了 時 に 契 約 に 基 づ き 公 共 側 に 再 譲 渡 され る 場 合 、
PPP/PFI 契約に関連した行政機関による請負企業への当該不動産の譲渡及びその再
譲渡取引については、不動産譲渡税が免除される。
・
不動産税の免除:当該規定は、国家機関の業務に活用するために譲渡された不動産で、
契約満了時に公共団体への所有権移転が規定されている(民間保有の)不動産に関す
る不動産税の免除について規定している。不動産譲渡税の免除と異なり、不動産税の免
除では、請負企業がこれに先立ち当該不動産を政府機関から受領したか、または自己
において取得したかは問題とされない。
162
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4)スペイン
西国は連邦制国家ではないが、地方分権が進んでおり、各自治州(計 17 州)におけるイ
ンフラ整備についても、多くは自治州自身が発注者となり整備が進められている。但し、
PPP/PFI 推進のための各種制度については、全国レベルで共通した運用が見られる。なお
西国全土でみた場合、総インフラ整備投資のうち、4 割程度を利用者負担とし、残り 6 割程
度を公共側負担により整備することが大まかな政策方針とされている。PPP/PFI に関する
法制としては、2003 年制定の「コンセッション法」があり、同法において公共側の監督の
下での民間事業者によるインフラ整備・運営について規定されている。
① 補助金等の制度
西国行政当局による補助金は、PPP/PFI 事業の初期投資向け補助金と、コンセッション契約の
際のように維持管理運営の質的向上を目的とした補助金の2種類に分類される。前者は、公共側
から主に建設期間中の PPP/PFI 事業の資金繰りを補助するために直接的に資金を供するもので
あるのに対し、後者は、公的資金により整備された公共施設が民間へ譲渡された後に、追加的に
公共側より資金供与を行うものである。いずれも VGF の制度と類似性が認められる。
(ア) 初期投資向け補助金
様々な政府省庁及び地方公共団体が、多くのインフラ整備事業の初期投資に対して補助金を
拠出している。これらの補助金は、主に建設費用に充てられている。こうした補助金は、仮に事業
者側による契約違反や要求水準未達が発生した場合には、罰則適用の対象となる。またコンセッ
ション契約においては、他の罰則条項が加えられていることが多く、具体的には例えば建設遅延の
場合は、建設予算 1,000 ユーロあたり一日 0.2 ユーロの課徴金が課されるのが通常である。仮に、
累積課徴金額が全建設予算の 5%を超えた場合、公共側はコンセッション契約の取り消しを行うこ
とも可能とされている。
この初期投資向け補助金は通常、民間事業者側から公共側に対し、補助対象となる施設の建
設証明書の提示をもって給付が行われる。分割給付の場合においては、最終回支払い分につい
て、建設契約の執行を確認する公共側監督官の最終承認を給付の前提条件としているのが一般
的である。
行政当局が、この種のインフラ施設を PPP 事業者に移管する際には、様々な支払いスキーム
が設定される。例えば、水道セクターの場合、前払いの手数料として支払われるアップフロントフィ
ーに、フィー全体の一定割合として算出される年払いの手数料を組み合わせるのが一般的である。
以下は、西国における港湾関連事業の例である。
・
一般的には、港湾当局が港湾関連インフラを整備し、その後、港湾コンセッション事業の
実績を有する PPP 事業者に事業運営を委ねている。このため、PPP 事業者は、クレーン
163
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
や上部構造物等の設備導入を実施する。港湾当局側の主な収入源は、以下のとおりと
なる 。
『稼働料金(Tasa de ocupación)』:公用港湾施設を民間が利用することの対価として、
・
PPP 事業者側から徴収するもの。
『運営料金(Tasa de actividad)』:公用港湾施設を、商業目的のために利用することの
・
対価として、PPP 事業者側から徴収するもの。
『使用料金(Tasa de utilización)』:港湾設備の利用料金として、船舶運航会社等から徴
・
収するもの。
『航行援助料金(Tasa de ayudas a la navegación)』:湾内の管制業務に関する対価とし
・
て、船舶運航会社等から徴収する。
(イ) アベイラビリティ支払い
アベイラビリティ支払いは、事業の需要リスクを緩和し、投下資本(負債及び資本金)に対する
一定のリターンを確保する一般的な収入支援措置となっている。PPP 事業者への各期の支払いに
際しては、施設の利用可能性及びサービス水準について評価される。各期の支払いは、あらかじ
め決められたサービス水準との間で不適合があった場合には、減額調整され、水準を超えるサー
ビス提供があった場合には、増額されることもある。この増額支払いには、例えば、高速道路コンセ
ッション事業における死亡事故率減少による加点等の例が挙げられる。
こうしたアベイラビリティ支払いによる収入支援は、庁舎、大学等を含むあらゆるインフラ事業
に採用されており、最近では一部の道路事業においても同様のスキームが見られる。
② 融資保証・制度保証の制度
政府省庁により雇用創出や地域の産業育成等に資すると位置づけられた事業に対して、省庁
が低利融資を拠出することがある。例えば、産業省やその傘下の ICO44が港湾施設の買い取り・運
営事業に対して、低利かつ相応の返済据置期間を設定した融資を供与した事例がある。
また、劣後ローンによる支援もおこなわれている。西国で実施されている劣後ローンによる支援
措置には、『劣後公共供与ローン(Subordinated Public Participation Loans :SPPLs))』及び
『劣後ローン(Subordinated debt :SD))の二種類があり、例えば道路分野事業における劣後公
共供与ローンについては、交通量のレベルに応じて利率が増減する仕組みを導入していることも
ある。
これに対して、劣後ローンは、貸出人が借入企業の業績に応じて変動する金利を受け取る仕
組みとなっている場合において、劣後公共供与ローンとして扱われることとなっている。
西国政府は、道路分野事業における PPP 事業者が破綻して投資家の期待に反することになら
Instituto de Crédito Oficial:経済財務省の管轄下にある国営企業で、スペインの政府
系金融機関という位置づけ。
44
164
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ないよう、交通量リスクに対する緩衝材として劣後ローンや補助金を拠出するケースもある。この制
度は、法令 に規定されており、年度予算において、建設期間中に用地買収費用や追加工事など、
増加費用が発生した PPP 事業者に対して劣後公共供与ローンにより資金を供給することとされて
いる。劣後公共供与ローンは、コンセッション契約の残存年数または 50 年のいずれか短い方の期
間にわたり、最長 3 年間の元本返済猶予期間が設けられ、その後は別途インフラストラクチャー省
との間で取り決められた支払方法により返済される。
③ 税制支援
西国では従来、法人税の通常の取扱いとして、金融費用を税控除対象とすることが関連法令
上認められていた。これは、一般的な事業法人に比べ借入比率の高い PPP 事業者にとって、特に
有利に作用していた。しかしながら、ユーロ圏危機の影響から、財政難の緩和を企図する措置とし
て、かかる税効果は法改正により 2012 年 3 月以降、撤廃された。
また、現時点における西国の会計制度上、金融費用については繰延べ処理を行うことが認めら
れている。つまり PPP 事業者については、事業契約期間中、損益計算の対象となる金融費用はす
べて、契約期間に亘り得られる収入に対する当該決算期の割合に相当する額を毎年繰延べ計上
することができる。当該取扱いにより、決算上の収益が一定程度平準化される効果が会計上生じ
る。
165
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(5)オーストラリア
オーストラリアは連邦制の統治制度をとっており、PPP/PFI においても、例えば 2000 年に設置
されたビクトリア州のパートナーシップ・ビクトリアなどの州政府機関によって、各州において整備さ
れてきたイニシアティブが多く見られる。但し、2008 年に連邦政府内にインフラストラクチャー・オ
ーストラリア(Infrastructure Australia)が設置され、同年に同組織が、「国家 PPP 政策とガイドライ
ン(National Public Private partnership Policy and Guideline)」を公表するなど、最近では連邦
政府レベルにおけるイニシアティブの動きが多く見られる。この「国家 PPP 政策とガイドライン」は、
各州別の例外規定を除いて、連邦政府及び全ての州、準州に対して適用されるものであり、これ
により、これまで各州において制定されてきた関連規定は原則として共通化されている。但し、運
用の柔軟性が認められており、各州独自の制度が引き続き存在するケースも見られる。
① 補助金等の制度
最近の政府補助金制度の例としては、フランチャイズ方式の公共交通事業に対する収入補完
のための支払いや、水処理施設の収入を一定の期間にわたり部分的に補助するアベイラビリティ
支払いの仕組み等が挙げられる。
最低収入保証として、公共側は、当該仕組みを通じ、事業者に対して最低水準の需要又は収
入水準を保証している。最近のインフラ事業、特に有料道路事業についてはこの政府保証制度に
より、多額の資金調達が可能となっている。最低収入保証制度は通常、出資者に対してはリスク保
護措置を講ぜず、融資者に対して高いレベルで信用補完を付与するという特徴がある。また、出資
や融資と異なり、実際の資金拠出を伴うものではなく、その分現金を必要とする他の重要事業に予
算枠を割くことが出来るため、近時重用されている手法といえる。
アベイラビリティ支払いとしては、現在検討中のモデルとして、民間セクターに設計、建設、資金
調達及び運営を委ねる契約を行うとともに、売上収入やその他政府補助から、アベイラビリティ支
払いを行うモデルが検討されている。このモデルでは、結果として政府が株主の立場から事業リス
クを負担することを前提としている。このモデルには、将来的には保有株式の売却という、政府にと
って一定の「出口戦略」の策定が可能というメリットがある。デメリットとしては、事業収入増加の恩恵
に与かるのが公共側になるため、PPP の本来趣旨と異なるとの見方も可能である点が挙げられる
が、アベイラビリティ支払いを受ける仕組みと組み合わせることにより、経営の安定性(出資持分の
安全性)が向上しているということもできる。
② 融資保証・制度保証の制度
低利融資に関する規定はないが、直近の類似手法として、1990 年代後半に連邦規模で実施さ
れた「インフラ債プログラム」があげられる。この取り組みにより、投資家にとって税務上の優遇効果
のあるインフラ債を発行することができるようになった。このスキームは、オーストラリアのインフラ投
166
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
資家層の裾野を広げることを目的に、税制優遇措置により投資インセンティブを与えることを目的と
していたものであった。しかし結果的に主に同スキームを利用したのは富裕者であり彼らの節税対
策に利用される結果となり、また税務上の恩恵の二重取りにあたるとして、2002 年に廃止された。
また、グローバル金融市場の信用危機後、優先ローンと株主資本間の資本構造における重大
なギャップを埋めたのが、政府による劣後融資である。この形態をとることにより、政府は、資金の充
当順位上、優先ローンの貸し手を保護するよう設計されたキャッシュフロー構造を前提としつつも、
融資利息として配当が支払われる前に、収益の一部を利息として受領する権利を得ることができる。
また、建設リスクが解消し、キャッシュフローが安定期に入った時点で調達資金の借り換えが行わ
れれば、劣後融資に関しても期限前返済がなされることも可能となる。
③ 税制支援
インフラストラクチャー・オーストラリアは、2012 年 5 月にガイドライン(Infrastructure
Australia’s Reform and Investment Framework )を公表した。同ガイドラインでは、民間事業
者によるインフラ投資支援のため、オーストラリア連邦政府は税務上の優遇策として、インフラ投
資に関する税務上の取り扱いおよび歳出扱いの修正を検討しているところである。
167
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
4-3 国際援助機関におけるインフラ事業支援事例
途上国における VGF 制度はインフラ事業に対する補助金の付与であるが、VGF 制度以外にも
インフラ補助に際して補助金を付している例が存在する。以下では世界銀行(World Bank, WB)
のインフラ事業支援事例(タジキスタンにおけるパミール発電所への支援事例及びモロッコ太陽光
発電事業への支援事例)、民間インフラ開発機構(The Private Infrastructure Development
Group(PIDG)) に よ る イ ン フ ラ 事 業 支 援 事 例 、 及 び 世 界 銀 行 、 ア ジ ア 開 発 銀 行 ( Asian
Development Bank, ADB)の保証サービスによるインフラ事業支援の例を取り上げる。
(1)世界銀行の PPP 支援手段の概要
まず、代表的な国際援助機関である世界銀行の、各国 PPP の支援手段の概要を述べることとす
る。以下はその概要図である。
図 41 世界銀行-PPP 支援手段一覧
出典: Approach Paper – Evaluation of the World Bank Group’s Support for Public-Private Partnerships
冒頭で述べたように、本章では世界銀行のインフラ事業支援事例及び世界銀行の保証サ
ービスに触れている。これらの世界銀行による支援は、上記の丸で囲んでいる部分が該当
するものである。タジキスタンでは世界銀行グループに属する国際開発協会(IDA: The
International Development Association)及び同じく世界銀行グループに属する国際金融公
社(IFC: The International Finance Corporation)による資金の貸与がなされており、モロ
ッコでは国際金融公社による資金の貸与がされた。また、世界銀行の行っている保証サー
ビスも PPP の下流過程で提供されるサービスの一つである。日本政府が提供を予定してい
168
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
る VGF 円借款もこれらと同様、PPP の実行場面におけるサービスであり、世界銀行のイン
フラ事業支援事例及び、保証サービスは日本企業が同様の支援を実施することで、日本企
業の海外インフラ事業進出に寄与することになると考えられる。また、民間インフラ開発
機構のアフリカでのインフラ事業実行場面での資金供与事例、及びアジア開発銀行の保証
サービスについても同様の性質を有しているものであることから、本章において述べてい
る。
(2)世界銀行のインフラ事業支援事例
① タジキスタン – パミール発電所への支援: 『市場強化措置』
(ア) プロジェクト実施の背景
タジキスタンのパミール発電プロジェクトに対する出資スキームは、国際金融公社がタジキスタ
ン共和国におけるパミール発電所の建設•運営に関して構築したファイナンスのスキームである。
本案件では、電力料金をコスト回収に見合う水準に設定することが不可能であったため、国際開発
協会による低利融資、ドナーからの無償資金協力等による資金を信託口座(下図補助金勘定)に
信託し、電力会社に対する料金補填を行った。本勘定はタジキスタン政府において管理され、住
民への新たな電力供給 1kWh あたりに対して 1.85 米セントの補助を行うことで、住民が 0.25 米セ
ント/kWh で電力を使用することが可能となった。この電力料金は地域の所得水準の上昇、効率化、
規模の経済等により 10 年間でコスト回収に見合う水準まで逓増する予定であり、10 年後には補助
金の必要性がなくなることにより、補助金用の信託口座は解消する計画となっている。
このように、①1 つの案件に関して国際開発金融機関、各国政府、民間基金等の複数のファイナ
ンスソースを組み合わせること、②組み合わせの中で、料金補填を行うスキームを構築することがタ
ジキスタン型「市場強化措置」と呼ばれている。
169
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 42 タジキスタン型「市場強化措置」 - パミール電力プロジェクトスキーム
出典:PwC 作成
(イ) プロジェクトの詳細
資金拠出者は以下の通り。

国際開発協会:10 百万米ドル– 優遇条件貸付

国際金融公社:7.6 百万米ドル– 出資及び貸付の合計額

スイス政府:5 百万米ドル– 補助金の無償供与
国際開発協会の低利融資を活用して得た金利差益を原資とするタジキスタン政府からの補助
金に加え、スイス政府からも補助金が拠出され、住民の最低水準の電力供給に対するライフライン
料金を賄う仕組みとされている。国際開発協会、国際金融公社からの貸付金は、将来(10 年程度
を想定)の電力料金の値上げにより、回収することを想定している。
170
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 43 タジキスタン型「市場強化措置」における補助金の回収イメージ
出典:PwC 作成
② モロッコ太陽熱発電施設への支援
(ア) モロッコ太陽熱発電プロジェクトの概要
Concentrated Solar Power(CSP)とは大規模な太陽熱/太陽光発電設備のことで、二酸化炭素
の排出がない発電方法の一つとして世界中から注目を浴びている。中東・北アフリカ地域(MENA)
は気候が太陽熱/太陽光発電に向いていることから、CSP の設置を推進するものとしている。Clean
Technology Funds (CTF)は、中東・北アフリカ地域で合計 750 百万米ドルの CSP への資金投入
を検討しており、ワルザザード(Ouarzazate)-I はモロッコでの最初の CSP 設置事業である。ワルザ
ザードはマラケシュの南西に位置する地域であり、第一フェーズとして 160MW の発電量の達成を
想定している(第二フェーズでは 300MW までの拡大を目指している)。ワルザザードで発電された
電力は国内での使用が想定されているが、今後、CSP プロジェクトの枠内で発電された電力につ
いては、ヨーロッパへの送電が可能となれば、輸出も念頭に置かれている。
モロッコでは 2020 年までに 90 億米ドル程度の資金を投入し、太陽熱/太陽光発電による
2,000MW の発電量を達成することを目指している。
(イ) プロジェクト実施の背景
モロッコ政府は 2013 年 5 月現在で、約 2.5 百万トンの火力発電燃料(石油・石炭)を輸入して
いる。この量はモロッコの発電総量の 97%分の燃料を占めており、また、モロッコ政府の輸入金額
総額の 1/4 を占めている。これによりモロッコ政府の歳出額は燃料価格の変動により左右される不
安定な状態にある。モロッコ政府の財政状態の安定のためには、海外からの燃料輸入に頼らない
171
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
発電設備の構築が喫緊の課題であり、また、今後増加するとみられる電力需要への対応も必要と
されていた。
また、モロッコは CO2 の多排出国であり、kWh あたりの CO2 排出量が世界平均と比較して 50%
高い。モロッコ国内の増加する電力需要に対応し、CO2 排出量を増加させない手法として、再生
可能エネルギーによる発電を行う潜在的需要があった。太陽熱/太陽光発電の導入により、すべて
が火力発電により賄われている場合と比較し、1,000 トン/年の CO2 排出量削減が達成されるとの
調査結果がある。
モロッコでは既に大型太陽熱発電設備の建設実績を有しており、また、ヨーロッパとの送電線が
接続されている。このため、ヨーロッパ諸国における再生可能エネルギー買い取り制度の利用を想
定したプロジェクトの構築が可能であったため、最初の CSP プロジェクトの実施地域として選定され
た。
(ウ) Clean Technology Funds (CTF)とは
CTF とは、アフリカ開発銀行(AfDB)・世界銀行やその他のドナー(欧州投資銀行(European
Investment Bank, EIB)、フランス開発庁(Agence Francaise de Developpement, AFD)、ドイ
ツ 復 興 金 融 公 庫 ( Kreditanstalt für Wiederaufbau, KfW) 、 近 隣 国 投 資 フ ァ シ リ テ ィ
(Neighbourhood Investment Facility (NIF)45 ))及び、モロッコ国内の金融機関・モロッコ政府
が合意して設立されたファンドである。CTF は 2009 年 12 月に、アフリカ開発銀行、世界銀行と共
同で、中東及び北アフリカ地域での 1.7 百万トン/年の CO2 排出量の削減を目指すプログラムへの
750 百万ドルの資金拠出を承認している。CSP は、本プログラムにおける最初のプロジェクトである
ワルザザード-I への融資を決定した。融資額は 750 百万ドルのうち 197 百万ドルで、主にアフリカ
開発銀行及び世界銀行からの拠出である。補助金と譲許性の高い貸付金とを織り交ぜた資金供
給が想定されている。
45
EU 周辺国のインフラ整備のために設立された組織で、EU 諸国により資金拠出がなされている。ドナ
ーのアレンジなどの役割も担っている
172
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(エ) プロジェクトの詳細
図 44 Ouazazate I スキーム
出典:Clemate Investment Fund
・
PPP により実施される。太陽エネルギー発電庁(Moroccan Agency for Solar Energy
(MASEN))が発注し、民間企業を選定。民間企業は施設の建設、運営・維持を担当する。

プロジェクトの補助(貸付金及び補助金)は 2 種類が想定されている。
① 資本費に対する貸付金及び補助金。資金は他国籍開発銀行(国際機関)が貸付金及
び補助金として事業者へ拠出。資金提供金額は貸付金が約 1,000 百万ユーロ、補助
金が約 30 百万ユーロ。
② 電力価格差に対する補助金。モロッコ政府が太陽エネルギー発電庁に対し補助金を提
供予定。太陽エネルギー発電庁への補助金額は、本プロジェクトにおける太陽光発電
施設により発電される電力の固定買い取り価格と、消費者が購入する従来の電力価格
の差額分である。

資金拠出予定の国際機関は以下の通り。

アフリカ開発銀行:238.12 百万ユーロの貸付金(うち 70.12 百万ユーロは CTF を通じ
て拠出)

世界銀行:208.27 百万ユーロの貸付金(うち 68.02 百万ユーロは CTF を通じて拠
出)

その他欧州投資銀行、フランス開発庁、 ドイツ復興金融公庫等からの貸付金。補助
金は近隣国投資ファシリティより拠出されている。

太陽エネルギー発電庁はモロッコの太陽光発電を実行するために設立された機関であ
る。プロジェクトの進捗のモニタリングや PPP 案件への民間企業選定、SPC からの買電、
Office National de l’Electricite(ONE – 国営の電力機関)への売電や、SPC への出
173
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
資・貸付も実行する。

ONE の分析によると、太陽熱発電施設の運営・維持管理にかかる費用は、燃料費がか
からないことから資本費に比べ少額である。そのため、資本費や発電効率等の技術的側
面と比べ、売電価格を検討する上で重要な要素となり得ない。従って、売電価格を決定
するに当たり、運営費の補助を実施するより資本費の補助を実施した方が効果が高いこ
とから、資本費の補助を行うものとした。この結果、太陽エネルギー発電庁の太陽熱事業
会社からの買電価格と、ONE への売電価格との価格差が算定され、この差をモロッコ政
府が補助することとなった。

プロジェクト実施により期待される効果としては、①メガワットレベルの発電設備が導入さ
れること、②モロッコの大気汚染削減効果が期待されること、③温室効果ガス削減が期
待されることが挙げられている。

国 立 再 生 可 能 エ ネ ル ギー 研 究 所 (The National Renewable Energy Laboratory
(NREL))46によると、モロッコの一般競争入札により選定された事業者は、ACWA Power
International (ACWA Power)を代表とするコンソーシアム(サウジアラビア企業及びス
ペイン企業で構成)であった。
(3)多国籍機関(Private Infra Development Group: PIDG)に
よる支援
上述 2 件の『市場強化措置』とは料金補填を行うスキームが構築されていない点で異なるものの、
欧州において多国籍機関による、比較的リスクの高いインフラ投資案件に対し民間からの資金を
用いて整備を早めることを目的とする資金供与を実施する機関として、PIDG がある。
① PIDG と PIDG Companies
PIDG は、途上国のインフラ新設・改善・拡張に対し、そのリスクの高さ故に民間投資が限定され
ていたことを鑑みた英国政府の提案で、2002 年に発足した組織である。ドナーからの貸付金また
は補助金により成り立っている組織であり、2014 年 1 月現在、PIDG のドナーはオーストラリア、アイ
ルランド、オランダ、スウェーデン、スイス、イギリス、ドイツ復興金融公庫及び国際金融公社であ
る。
PIDG のドナーは PIDG に補助金または貸付金を供与し、基金を設ける(下図”PIDG 基金”)。
本基金は PIDG の目的に沿って設立された会社に出資し、株主となる。PIDG 発足当初、新興アフ
リカ諸国インフラストラクチャー基金(Emerging Africa Infrastructure Fund(EAIF:長期のハード・
カレンシーによる貸し出し))、GuarantCo Limited(現地通貨による保証), InfraCo Limited(グリ
46
米国エネルギー省の機関で、再生可能エネルギーの研究と、エネルギー効率の調査・開発を行っている。
174
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ーンフィールド・プロジェクトの開発)の三社が設立された。現在は PIDG の会社数は 8 社まで増加
しており、それぞれの会社の目的はすべて途上国のインフラ整備を各方面から促進することであ
る。
図 45 PIDG 組織図
出典:IFC Advisory Services in Public-Private Partnerships
② EAIF によるプロジェクト支援の事例 – ウガンダ ブゴエ水力発電所
(ア) 背景
ウガンダでは豊富な自然が存し、町はインフレの抑制や都市インフラの更新が行われる等経済
発展を迎えつつある一方で、都市部のわずか 6%の人口しか電気へのアクセスがないという状況で
あった。そのため産業が発展するための豊富で安定的な電力がなく、さらに東アフリカ地域の干ば
つにより電力不足を助長していた。このことからディーゼル発電機による発電に頼らざるを得ない
状況となっており、これが電力価格の急な上昇を招いていた。そこでムブク川の豊富な水に着目し、
ブゴエのムブク川における水力発電所が 2009 年から稼働するに至った。
(イ) プロジェクト詳細

PIDG Companies の一つである新興アフリカ諸国インフラストラクチャー基金は、現地また
は国際金融市場からの資金が当プロジェクトに流入しないのであればシニアローンを提供
し、アドバイザリーにも積極的に関与する旨を表明し、最終的にファイナンスは以下のよう
175
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
に実行された。新興アフリカ諸国インフラストラクチャー基金はリードファイナンシャルアレ
ンジャーの役割を果たし、スポンサーと共に事業を成功に導くべくアドバイザーを務めた。
資金の出し手は以下の通り。
表 34 ウガンダ ブゴエ水力発電所資金拠出者一覧
資金種類
出し手
金額
融資
ウガンダ民間金融機関
3.92 百万米ドル
新興アフリカ諸国インフラストラクチャー基
33 百万米ドル
金
Norfund(ノルウェーの途上国向け投資フ
出資
6.3 百万米ドル
ァンド)
13.4 百万米ドル
Tronder Energi
(再生可能エネルギー発電・送電事業を
行うノルウェーの民間企業)
補助金
8.9 百万米ドル
ノルウェー政府
65.52 百万米ドル
合計
出典:PIDG HP

競争入札プロセスを経て水力発電プラントの建設を受注したのは Noremco(ノルウェーの
建設会社)であった。FS や入札書類の作成等は、Norplan(ノルウェーの建設・開発コンサ
ルティング会社)により実施されている。

発電規模は、13MW/d で、事業者である Tronder Energi は、ウガンダの国営電力会社で
ある Uganda Electricity Distribution Company (UEDCL)と、ウガンダの電力関連制度
を管轄する省庁により承認を受けた料金水準で売電契約を締結した。
(4)世界銀行・アジア開発銀行の保証サービス
世界銀行、アジア開発銀行はそれぞれ保証サービスをインフラ事業者・レンダー・株主へ提供
しており、その目的は種々のリスクを保証することで民間資金をインフラ整備事業に呼び寄せる点
にある。民間資金の流入を目的としている点で PIDG と共通している。以下において世界銀行、ア
ジア開発銀行による主たる保証制度を整理している。
① Political Risk Guarantee (PRG)
PRG は、政治リスクに対する保証制度である。政治リスクを保証することで民間資金提供者を予
176
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
測やコントロールできない事柄より経済的に保護する効果がある。世界銀行とアジア開発銀行それ
ぞれにおいて PRG を提供している。概要は以下の通り。
(ア) 世 界 銀 行 ( 国 際 復 興 開 発 銀 行 : International Bank for Reconstruction and
Development , IBRD)
世界銀行の提供する PRG は、民間のレンダーまたは劣後株式を保有しているスポンサーに対
し、政府自体、または政府関連機関が民間のプロジェクトに対し契約不履行に陥った場合、その保
証を行うものである。世界銀行加盟国における民間が参加しているプロジェクト(BOT, PPP, コンセ
ッションなど)において、PRG での保証をすることが可能である。保証対象になるのは、事業者の債
務及び劣後株式で、債務の形式(現金または債券)及び通貨は問わない。保証の対象となる政府
による契約不履行の内容は種々に亘り、例えば戦争リスクや法制度変更リスク等が含まれる。保証
対象額は、PRG により特定されたリスクが発現し、SPC が債務不履行に陥った時点で返済が済ん
でいない元本と金利の合計額である。世界銀行への SPC またはスポンサーからのフィーは、フロン
トエンドフィー (事前支払金; 保証金額の 0.25%)、イニシエーションフィー (当初支払金; 保証金
額の 0.15%または$100,000 以上)、プロセシングフィー (一時金; 保証金額の 0.5%まで)、保証
料金 (年間支払金; 保証金額-保障済金額の 0.3%)である。以下、世界銀行が提供する PRG の
スキーム図である。
図 46 世界銀行-PRG スキーム
出典:WB HP
(イ) アジア開発銀行
アジア開発銀行の提供する PRG も世界銀行と同様、政治リスクからレンダー・劣後株主を保証
するものである。保証対象となる債務の形式は多岐に亘り、民間銀行からのローン、債券、各種手
177
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
形等を含んでいる。アジア開発銀行の PRG の対象となる国はアジア開発銀行の加盟国であり、セ
クターは金融サービス/資本市場(貸付金や債券、保険等)及びインフラ(電力、輸送、上下水道、
情報通信等)である。保証する政治リスクの内容も様々であり、例えば事業の国有化リスクや、暴動、
テロや政府組織の支払不履行リスク等を含む。保証の金額は種々の要素を考慮し決定されるもの
であるが、上限は資本費の 40%または 400 百万米ドルである(但し、アジア開発銀行による PRG
が現地政府により保証されているのであれば、当該上限は適用されない)。アジア開発銀行への
SPC またはスポンサーからのフィーは、フロントエンドフィー、保証料及びスタンドバイフィーの 3 種
類に大別される。それぞれの金額は原則として市場の保証価格に応じて決定される。
② Partial Credit Guarantee(PCG)
PCG は、借入人である事業者の債務不履行をカバーする保証制度である。借入人の債務不履
行がカバーされることで債権の出し手である金融機関をはじめとする政府/民間のレンダーが資金
供与をしやすくなる効果がある。PRG だけでなく PCG についても、世界銀行とアジア開発銀行そ
れぞれがサービスを提供している。概要は以下の通り。
(ア) 世界銀行(IBRD)
世界銀行の提供する PCG は、資金の借り手である事業者の債務不履行リスクから、民間レン
ダーを保証するものである。世界銀行の加盟国における政府資金により実施されている事業が、
PCG による保証の対象となる。事業者が債務不履行に陥った場合際に保証されるものは、事業に
拠出が行われている民間からの債務である。債務の形式(現金または債券)及び通貨は問わない。
保証対象金額は、債務不履行となった時点の民間レンダーからの貸与資金の現在価値額である。
世界銀行への民間レンダーからのフィーは、フロントエンドフィー (事前支払金; 保証金額の
0.25%)、保証料(年間支払金; 保証金額-保障済金額の 0.3%)である。以下、世界銀行が提供す
る PCG のスキーム図である。
178
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 47 世界銀行-PCG スキーム
出典:WB HP
参考;世界銀行による保証活用事例
フーミー2.2 複合火力発電所プロジェクト
案件概要

経済発展に伴い、90 年代より電力需要の継続的な増大により、さらなる電
源開発が必要であり、フーミー2.1 発電所の建設資金は世界銀行に求めるとともに、フー
ミー2.2 発電所への BOT の導入を計画。

フーミー1 号機、2.1 号機は、円借款、世界銀行融資による従来型のスキー
ムで実施。2.2 号機については、BOT スキームで実施することとなった。
案件データ
出力
71.5 万 kW
発電方式
改良型コンバインドサイクル発電方式
主燃料
天然ガス
所在地
ベトナム南部ホーチミン市の南東約 50km
売電先
ベトナム電力公社
事業期間
運転開始から 20 年間。期間満了後ベトナム政府へ譲渡(BOT)
運転開始
2004 年9月
コンソーシアム
EDF(仏)/住友商事/東京電力
総事業費
約 500 億円
成功要因
179
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

電力公社 EVN による電力買い取り保証

ベトナム政府による EVN の買電義務履行保証及び燃料供給者ペトロベト
ナムの契約義務履行保証

JBIC 投資金融・世銀保証

ODA によるフーミー発電コンプレックスにおける先行発電所建設及び、周
辺設備、送電線等の整備

EDF の事業管理、東京電力の発電技術、商社の資金調達力を活かしたコ
ンソーシアム
(イ) アジア開発銀行
アジア開発銀行の提供する PCG も世界銀行と同様、資金の借り手である事業者の支払不履
行リスクからからレンダー・劣後株主を保証するものである。アジア開発銀行の PCG ではレンダー
は民間のレンダーに限られず、市場金利での公共機関からの貸付についても保証対象としている。
保証対象となる債務の形式は問わず、民間銀行からの融資、債券、各種手形等多岐に渡る。アジ
ア開発銀行の PCG の対象となる国はアジア開発銀行の加盟国であり、セクターは金融サービス/
資本市場(貸付金や債券、保険等)及びインフラ(電力、輸送、上下水道、情報通信等)である。保
証の金額は種々の要素を考慮し決定されるものであるが、上限は資本費の 25%(プロジェクトファ
イナンスの場合)/総資産の 25%(コーポレートファイナンスの場合)/純資産の 50%(銀行取引の場
合)または$250 百万円である(但し、アジア開発銀行による PRG が現地政府により保証されている
のであれば、当該上限は適用されない)。アジア開発銀行への SPC またはスポンサーからのフィー
は、フロントエンドフィー、保証料及びコミットメントフィーの 3 種類に大別される。それぞれの金額は
原則として市場の保証価格に応じて決定される。
180
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
4-4 途上国における VGF 制度支援の取組みの方向性
第 6 回経協インフラ戦略会議を受け、円借款・JICA 海外投融資の制度改善に向け、2013 年
10 月に経産省・外務省・財務省から①インフラ整備事業に対する途上国の出資を補う円借款の活
用(EBF: Equity Back Finance)、②事業運営権獲得を視野に入れた、有償資金協力を含めたパ
ッケージ(VGF: Viability Gap Funding)が公表されている。本項では、特に VGF について、その
課題・対応策を整理する。
(1)VGF 円借款の定義
前述の「事業運営権獲得を視野に入れた有償資金協力を含めたパッケージ」について、日本
政府による定義は次の通りである。
「VGF は途上国政府の実施する電力・水・交通等のインフラ事業で、原則として日本企業が出
資するものについて、商業資金ではファイナンスが困難な場合に、途上国政府が主に事業期間を
通じたキャッシュフロー平準化のために助成を行う場合に、円借款を供与せんとするものである。」
他方、途上国で想定されている VGF は事業に対する採算性向上のための補助金として設定さ
れている場合が多い。VGF 制度が制定されているインド及びインドネシアでは、受益者による返済
義務が発生しない補助金として位置づけられている。ここでは、何れのケースも広義の VGF として
含め、特に、円借款による VGF に対する支援を「VGF 円借款」と呼ぶ。
(2)インフラ VGF の必要性
日本では途上国のインフラ整備を円借款・無償資金協力で支援をしているところであるが、途
上国が民間資金の活用を望む一方で、民間セクターが参画できるような事業性を備えたインフラ
事業を組成するのが困難であることが、ボトルネックとなっている。これに対し、円借款のような譲許
性の高い資金を組み合わせることによって、事業性を向上させようという試みがなされているものの、
インフラ事業について、公共実施分と民間実施分とに物理的に適当な切り分けができない場合が
あること、また、各国において、円借款による調達と PPP による調達の制度・手続きの違いから、両
ルートによる実施のタイミングの整合性を図ることが困難であること等により、その実現は難航して
いる。
こうした状況を鑑み、VGF 等による一定の政府支援が供与され、必要なインフラ事業について、
公共・民間による一体的な整備・運営事業として実施可能となれば、事業の実施促進に大きく寄与
すると考えられる。
さらに、途上国における財政資金による支援の財源として、援助資金を活用することにより、政
181
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
府支援の早期実現を図ることが可能である。
(3)主な論点
① 我が国企業の参画を促進する(我が国企業に裨益する事業である)
課題:我が国企業の参画する事業への資金供与をいかに担保するか。
対応策:本スキームは、我が国企業による海外インフラ事業への参画・受注を促進することを企
図しており、供与資金が我が国企業の参画する事業に対して支払われる必要がある。対象資金が
我が国企業の受注案件に限定的に活用されることに加え、VGF 支援制度が我が国企業の受注可
能性を高められるしくみ、つまり、VGF 円借款による資金供与が入札時に評価されるよう提案に加
えられるしくみとなっていることが望ましい。
我が国企業受注案件を補助するためには、次のような方法が候補として考えられる。
 我が国企業落札後に円借款供与を表明・実施する。
 我が国企業の落札時のみ、借款を供与することを条件とした円借款を供与する。
 受入国の VGF 資金運用・供与制度に、我が国企業落札時の円借款による支援を想定した
制度・手続きを設定する。
また、制度上、明確に我が国企業向けと位置付けないまでも、我が国企業による受注事業へ
の活用の蓋然性を高める手段として、我が国企業の受注に限定しないものの、我が国企業の関心
が高く、受注可能性の高いと思われる特定事業への VGF を支援する47、もしくは他国企業への支
援を含め VGF 支援のためのファンド・プール資金等への資金拠出も考えらえる。
【前提条件:我が国企業による受注の定義】
円借款供与について、我が国企業による受注を前提とする場合、OECD ルール(ECG アレンジ
メント)に基づき、タイド通報を行う必要がある。ここで前提として検討すべき点は、「我が国企業に
よる受注」の定義であり、当該ルールに基づきタイド通報が必要か否かを判断する必要がある。我
が国企業による受注の条件として、我が国企業及びコンソーシアムが主たる権利を有する場合とし
て、次のような比率が一定割合以上であることと定義することが可能であるが、事業者(SPC)の柔
軟な提案を可能とするためには、過度な数値目標を設定するよりは、実質的な我が国企業の関与
として何を求めるかを想定し、具体的な項目について、株主間にて我が国企業がコントロールする
ことが認められる場合等とするほうが、現実的であると思われる。
 事業者(SPC)の株主における我が国企業の比率
47 この場合、他国企業が受注した場合も資金を供与する場合と、我が国企業が優先的に受注できるしくみを設定する場
合がある。
182
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
 事業(設計、建設、維持管理、運営、ファイナンス等)の実質的担い手としての我が国
企業の関与比率
尚、事業権入札に対する規定:事業権を取得する SPC の過半数の株主が日本であっても、設
備の納入企業は大半が現地、外国企業である等、必ずしも OECD ルールに該当しない場合も想
定される可能性があると思われるが、詳細は確認を要する。
【OECD ルールへの対応】
事業者落札後に円借款を表明・実施すれば、最も確実に我が国企業に裨益する事業を選定
できるが、落札確定後から、円借款の手続きを開始する場合には、通常、要請から L/A 締結まで 9
か月を要することを勘案すると、事業者が資金を必要とするタイミングに合致したタイムリーな資金
供与は困難となる可能性がある。また、我が国企業が、円借款による資金調達を前提とした提案が
困難であり、我が国企業による落札自体への支援にはならない。落札時の支援とするためには、
予め OECD(ECG アレンジメント)ルールの遵守のためタイド通報を行っておく必要があると考えら
れる。事業入札時に VGF 円借款供与の関心表明書を提示することができれば、評価の支援となる
可能性がある。
ノン・プロジェクト型借款による資金供与の場合は、資金使途が財政支援であるため、タイド通
報は概念上存在しない。支払条件として、特定事業の我が国企業の落札もしくは事業者選定とい
った何等かの事業進捗状況の確認を求める、もしくは、実施すべき対象事業を特定することは可
能であると思われる。また、セクタープログラムローンとして、我が国企業の受注確率が高いと思わ
れる事業を予め指定する等、適用される対象事業を指定することは可能である。
【対象事業の選定手続き】
VGF 円借款の対象事業の選定手続きを明確にする必要がある。対象事業の選定には、JICA
による国別・セクター別戦略に合致した事業であること、企業による PPP F/S・その他 FS 調査によ
る事前検討がなされていることを条件とすることが考えられる。
個別事業に対する供与を検討する場合には、JICA(及び 3 省)による審査が必要となる。他方、
受入国もしくは国際機関等を活用した資金プールを組成する場合には、予め、我が国企業受注基
準、対象国・セクター・案件の特定等の条件を設定する必要がある。その場合、個別案件に JICA
の承認を条件とすることも考えられる。
183
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 受入国における供与形態:VGF として、グラントを供与するかローン
を供与するか
課題:事業性を補完する仕組みとなっているか。
対応策:円借款にて供与された資金を、受入国が事業者(SPC)へグラントとして供与するか、ロ
ーンとして供与するかについて、事業性補完のツールという目的からは、グラントとして供与するの
が好ましい。
事業者(SPC)へローンとして供与される場合、低利な長期融資として、また、さらに返済条件の
緩和がされることで、事業者のファイナンスコストの軽減、事業開始段階のタイトなキャッシュフロー
の改善への効果はあるものの、我が国企業にとっては、元本返済義務及び金利負担が発生すると
いう点で、その他資金調達手段、例えば海外投融資による融資や出資との比較において大きな利
点が認められないと考えられる。
また、受入国政府から事業者(SPC)への資金貸付及びグラント供与の制度が存在しない場合
には、別途、こうした新たな制度を整備したり、現地金融機関を活用したツーステップローンを活用
したりする必要が生じる(本ポイントについては、次で記載)。ローンとして供与する場合には、事業
者の返済能力・事業継続可能性を確保する必要があり、受入国における管理能力が必要となる。
事業者(SPC)へ補助金として供与される場合、受入国政府は、対象事業からの資金返済を受
けられないため、円借款の返済資金は財政余力により賄われる必要がある。また、返済資金を中
央政府が負担するのか、事業実施機関(発注機関)が負担するのか、により、返済確実性を見極め
る必要がある。さらに、受入国において、実施機関及び監督機関における義務履行の確認ため、
実施機関の営業・財務状況の確認、監督機関による料金設定改訂の動きの確認等について、定
期的な報告を受ける等のモニタリングシステムの構築が必要である。
③ 受入国における VGF 制度・資金フロー手続きに則る
課題:受入国の VGF 制度・資金フロー手続きについて、受入国における制度との整合性を図る
ことができるか。
対応策:インド・インドネシアのように既に VGF 制度が存在する場合には、対象事業(セクター)、
対象費用、VGF の事業費に占める割合等、先方政府の制度に従う必要があるため、個別事業に
対する資金供与においては、こうした制度の規定する条件に則る必要がある。そのため、円借款に
よる VGF 供与支援を検討する場合は、現地制度との整合性を鑑み、対象事業を選定した上でプロ
ジェクト毎の支援を行う、もしくは、包括的な財政支援の枠組みを設定し支援するといった場合分
けが必要となる。
また、現在 VGF 制度を検討中である国に対しても、資金フローについては、①円借款の種類
184
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(プロジェクト型借款、ノン・プロジェクト型借款)、②受入国政府における VGF 制度の有無、③ファ
ンドや特別口座等を含む新たなビークルの設定もしくは現地金融機関を介した資金供与の有無と
いった前提条件に応じ、既存の制度との整合性を図る必要がある。
何れのケースにおいても、対象国において、政府より事業者への補助金供与制度があることが
最低条件となる。特に、プロジェクト型借款を活用した場合に、通常の ODA の資金フローと異なり、
事業者(SPC)への資金供与が可能かどうかの確認が必要である。
④ 受入国の調達プロセスとの整合性
課題:受入国の PPP 調達スケジュールに応じ、我が国企業の参画事業への支援が可能なプロ
セスとなっているか。
対応策:プロセスにおいて重要となる点は、事業者による応札時に VGF 円借款の供与可能性
を提案することが可能であるか否かである。(落札者が我が国企業である場合にのみ資金供与さ
れるしくみにおける論点は①にて既述のとおり。)
通常、PPP 事業の入札公告が提示されるまで、事業範囲・入札条件は開示されず、公告後は
一定の期間内に提案を提示する必要がある。当該期間は受入国・事業によって異なるものの、3か
月から6か月程度が大半と考えられるが、現行プロセスでは、円借款の要請から L/A 締結までに要
する期間は 9 か月48とされており、入札公告提示後、応札までに、当該手続きを終えることは困難
な場合が考えられる。
応札時に VGF 円借款支援を行うことを提案の一部に組み込むためには、次のような対応策が
考えられる。
 ノン・プロジェクト型借款により、予め VGF 支援のための資金供与を実施、もしくはク
レジットラインを設定しておく。
 事業者の提案に円借款によりバックファイナンスされる VGF の供与可能性を含めるた
め、E/N(発効)前に JICA から事業者への関心表明書を提示し、事業者がそれを提案資
料として発注機関に提示する。
JICA ヒアリングによると、民間提案型で、既に PPP FS 等により一定の調査がなされている場合には、6 か月程度
への短縮も可能となる場合も想定される。
48
185
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 48 円借款フロー図(ノン・プロジェクト借款活用の場合)

出典:PwC 作成
図 49 円借款フロー図(プロジェクト借款活用・関心表明提示の場合)
出典:PwC 作成
⑤ 相手国のインセンティブ
課題:受入国において、中央政府にて円借款を借り入れ、金利負担をした上で、民間事業者へ
事業採算性を補てんするための補助金として供与するインセンティブがあるか。
対応策:財政資金の支援を必要としている国はあり、金利負担は発生するものの民間資金を活
用することで、インフラ整備を早期に実現できる可能性があることを示す必要がある。他方、二国間
援助機関から、PPP 事業対象資金を調達することへの警戒感があることは否めず、また、我が国企
業受注時のみに効果を発現する仕組みに対して、関心が低い場合も考えられ、国際機関との協調
により幅広くメリットを享受できる仕組みを組成することも考えられるが、我が国企業以外への受注
促進にも繋がることになる。
⑥ その他条件
【円借款・海外投融資との関連性】
VGF 円借款は、円借款における我が国企業受注率を高めるための一手法として、従来型イン
186
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
フラ事業による EPC のみではなく、施設整備から運営までをパッケージで実施する PPP 事業に対
して、事業性補完を行うことで、事業を我が国企業の参画可能なものとすると同時に、我が国企業
の受注、ひいては円借款の活用を促進するものである。
JICA 海外投融資による出資・融資による事業者への支援も同様の効果が認められるが、VGF
は政府負担分の支援であり、事業者への金利・配当負担が発生しない。
SPC 表 35 の資金調達手段
元本返済・出資金返還義務
金利・配当
海外投融資(融資)
あり
あり
海外投融資(出資)
あり
あり
VGF(ローン)
あり
あり
VGF
なし
なし
備考
業績による
出典:PwC 作成
【対象費用】
受入国の VGF 制度を活用する場合は、対象費用についても当該制度に従う必要がある。新
たな制度を作成する場合は、原則、事業費を補完するものとし、アップフロントでの支払を想定する
ものの、資本費、運営費ともに対象とすることが可能とする。
【対象案件】
受入国の VGF 制度を活用する場合は、対象費用についても当該制度に従う必要がある。新た
な制度を作成する場合は、環境分野における高度技術の活用等、我が国技術が先進的である分
野を対象とすることにより、実質的に我が国企業が進出できる分野に限定することも考えられる。
187
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4)オプション
表 36 ベトナムでの事業を想定した場合の VGF 円借款付与方法オプション
借款形態
タイプ
OECD ルール対応/
入札評価への反映
対象事業の選定
タイド条件の可能性
プロジェク
本邦企業
・ タ イド事前通 報 /本
入札時に VGF 円借
対象事業及び事業実
ト型借款
支援
邦企業が落札したとき
款供与の関心表明
施者としての事業者に
セクタープ
に限り円借款を供与
書を提示することに
ついての事前審査が
ロジェクト
するとの特約を付ける
より可能
必 要 。入 札 公 告 公 表
型借款
ことも可能
以前には条件が固まら
セクター・
次の二通りを想定。
ず、審査範囲は限定
案件支援
・ タ イド事前通 報 /本
的とならざるを得ない。
邦企業が落札したとき
JICA の国別・分野別
に限り円借款を供与
戦略との合致が条件。
円借款を想定した
・タイド事前通報なし/
F/S、PPP F/S、その他
本邦企業の落札可能
JICAが受け入れ可能
性が高い事業を特定
な質を備えた F/S が求
する(ただし、他国企
められる。
業落札時にも資金供
与する必要あり。)
ノン・プロ
二国間の
資金使途は財政支援
二国間での枠組み
対象範囲(分野・採用
ジェクト型
包括的枠
であり、タイド事前通
を設定し、支援対象
技術等)を予め特定
借款
組み構築
報を要するプロダクト
条件を確定。
し、二国間で合意。
による支援
ではないため、タイド
入札時に対象案件
事前通報要件は該当
か否かを明確にす
せず
ることが可能
特定事業の本邦企業
の受注もしくは事業者
選定を、支払条件と
する場合は、E/N に
規定するのは困難と
想定されるが、L/A へ
の規定を想定。
188
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
借款形態
タイプ
OECD ルール対応/
入札評価への反映
対象事業の選定
対象範囲(分野・採用
タイド条件の可能性
国際機関と
アジア開発銀行を活
アジア開発銀行によ
の協調
用し、ECG アレンジメ
る枠組みを設定し、 技 術 等 ) を 予 め 特 定
ントの対象外とし、加
支援対象条件を確
盟国タイドとするような
定。
ファンドを組成するこ
入札時に対象案件
とも考えられる。
か否かを明確にす
(ただし、他国を排除
ることが可能
できない。)
(本邦企業受注案
し、合意。
件のみへの資金活
用の可能性を規定
する必要あり)
出典:PwC 作成
注)クレジットラインの活用も可能。
4-5 途上国における VGF 以外の支援策の方向性
本項では、我が国企業のインフラ輸出を促進するための VGF 以外の支援策の方向性につき検
討を行う。
(1)途上国における我が国企業のインフラ事業推進における課題
途上国でのインフラ事業の実施に際しては、法制度・規制等の枠組みの違い、情報収集の困
難さ、現地政府・パートナーとのコミュニケーションといった一般的な課題に加え、事業の有する各
種リスク(政治リスクや、オフテイカーリスク等)の存在等が、我が国企業にとっての参入のハードル
となっている。事業実施において想定されるリスクを中心に課題の整理を行うと、次図のようになる
ものと考えられる。
189
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 50 途上国でのインフラ事業実施上の課題と対応策
出典:PwC 作成
事業者が途上国でインフラ事業を行う際には、様々なリスクに直面することになる。例えば政治
リスクのうち、戦争・暴動リスクや為替送金リスク(現地の通貨を国際送金できないリスク)は政情不
安のある途上国で顕在しうるリスクである。また、インフラ事業を行い、現地通貨で収入を得ることと
なれば為替変動リスクが生じることとなる。オフテイカーが政府関連機関である場合、政府関連機
関の支払能力の有無は事業者にとって、資金を回収できるか否かという商業リスクとなる。
これらのリスクが顕在化した際の保証や、潜在的なリスクに対する対応策は様々考えられ、上図
にその一例を記載している。これらの対応策は①既に実施されている対応策、②検討中の対応策、
③本報告書において検討する対応策、に分類できる。
① 既に実施されている対応策

貿易保険(NEXI)・PRG(世界銀行、アジア開発銀行)

政情不安等により生じ得る戦争・暴動や、現地通貨の外貨換金・現地から外国への送
金ができないといったリスクを保証するものとして、NEXI の貿易保険や世界銀行、ア
ジア開発銀行が提供する PRG を利用することが考えられる。これらは事業者が途上国
で事業を行うに当たり、コントロール不能な政治リスク等の保証を行うものである。PRG
については 5-3(4) 「世界銀行・アジア開発銀行の保証サービス」を参照。

海外投融資(JICA)

一般的にリスクが高く、民間金融機関のみでが融資を行うことが困難である場合、長期
190
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
資金調達については、資金調達源の一つとして JICA が実施する海外投融資がある。

EBF・VGF

円借款を活用し、インフラ整備事業を実施する途上国政府の出資を補う EBF 及び事
業運営権獲得を視野に入れた VGF も、事業者が途上国で事業を行う際に直面するリ
スクに対応することができる制度である。例えば、EBF であれば、途上国政府関連機
関と事業者が設立する SPC への出資金であり、民間事業者の資金調達リスクを軽減し
うる。VGF は事業者がオフテイカー(最終消費者を想定)からの利用料金徴収のみで
は事業採算性が取れない場合に、補填を行うものであることから需要リスクを軽減しう
る。
② 検討中の対応策

外貨建て融資

事業者が途上国で現地通貨で資金を回収する事業形態を取っており、資金調達を円
貨等の別の通貨で行っている場合、事業者には為替変動リスクが発生する。このリスク
は事業者が為替スワップ等の金融商品を利用することでヘッジできる場合があるが、
JICA をはじめとする日本政府関連機関が資金供給を外貨建て(ここでは途上国現地
通貨を想定)で行うことで、事業者にとっては有用であることが考えられる。の民間企
業からの要望により、JICA では現在制度改正が検討されているとのことである。また、
ドル建て融資は民間企業からのニーズは高く、今後検討がなされていくべきである。

民間金融との協調融資

上述の海外投融資と同様、事業者が事業を実施する際の資金ソースの一つである民
間金融機関からの融資につき、JICA がリスクを民間金融機関と適切に分担しながら
協調融資を行う案がある。民間金融機関が受容が困難なリスク(政治リスク)を JICA が
負担することで、民間資金の活用可能性が増えるものと想定される。現在の制度では
JICA が民間金融機関と協調融資をすることはできないが、制度改善が検討されてい
る。
③ 本報告書において検討する対応策
(ア)国際機関との連携
(イ)保証機能付き借款
(ウ)アベイラビリティペイメント型支援
(エ)PPP スタンド・バイ借款
(オ)落札先行型円借款
本報告書では、上述の既存、検討中の対応策に加え、事業者が途上国でインフラ事業を行う
191
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
際に日本政府やその関連機関により提供できると思われる対応策を記載する。
(2)課題を踏まえた新たな対応策の方向性
(ア) 国際機関との連携
国際機関との連携を図り、国際機関からの資金提供とすることで、二国間援助機関に対する
途上国政府の警戒感を和らげ、実質的な支援の幅を広げることが可能となり得る。また、国際機関
を活用した枠組み形成・制度設計等の上流部分から関与することで途上国政府への影響力もより
強めることができる可能性がある。
以下、実際に存在・運用されている国際機関内の日本国資金により組成された資金プールの
例である。
i.

世界銀行内の Japan fund
Japan Social Development Fund(JSDF)
JSDF は 2000 年 6 月に日本政府と世界銀行により、世界銀行グループの支援対象となる加
盟国の最貧困層に直接支援を提供すると同時に、長期的な社会発展の促進を図るメカニズムとし
て設立されたファンドである。補助金供与の対象は、加盟国の貧困緩和に役立つ社会活動に対し、
サービス普及を図るプロジェクトまたはキャパシティ・ビルディングに用いられることとされている。日
本政府は 2011 年度までに合計 529.5 百万米ドルの資金を拠出してきた。2011 年度には、総額
55.96 百万米ドル、36 件の補助金の付与が承認された。
本ファンドからの補助金は、最貧困層への直接的な支援の提供を目的としている。世界銀行
グループ加盟国にとって本ファンドのような形式の資金は受け入れやすいものと考えられるが、仮
に日本のインフラ輸出を目的とした資金用途に変更すること事を念頭に置くと、資金受け入れ国に
とってのハードルは高いものとなることが想像される。
ii.

アジア開発銀行内の Japan Fund
Japan Special Fund(JSF)
JSF は 1988 年にアジア開発銀行内に設立されたファンドで、アジア開発銀行の技術協力プロ
グラムに対するアンタイドの補助金として用いられている。本資金の使用目的は、アジア開発銀行
の支援対象国に対して世界経済の趨勢に応じての経済面の技術協力をすることと、支援対象国
自身によるプロジェクトの組成及び投資機会を増やすこととされている。対象国におけるプロジェク
ト開発、人材開発、政策助言や調査業務の技術協力に対して補助金が付される。2010 年 12 月 31
日までに、合計で 973.7 百万米ドルの資金がファンドに提供されている。
本ファンドはアンタイドの技術協力のための補助金であり、従って個別事業に対して付与され
る性質のものではない。そのため、VGF 円借款で想定しているような特定の不採算事業に対して
192
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
は付与できず、更に日本企業に対して付与するということも困難であると考えられる。ただし、日本
はアジア開発銀行の最大の出資者であることから、新たなファンド組成の可能性等についての協
議が期待される。

Japan Fund for Poverty Reduction(JFPR)
JFPR は 2000 年にアジア開発銀行内に設立されたファンドで、貧困削減のための事業や、
アジア開発銀行が資金拠出を行っている事業に付加価値を生む社会発展関連活動に対して付与
される補助金である。JSF の資金用途は最貧困層に対し、貧困削減のために使用される資金という
点で世界銀行の JSDF と類似している。2010 年からは事業や活動に対する補助金だけではなく、
技術協力に対する補助金としても運用されるようになった。資金拠出対象となるのは、アジア開発
銀行の支援対象国に属する最貧困層に対し、教育・健康分野に関する補助事業を行う現地組織
や NGO 等である。2013 年 6 月 30 日までに、合計 615.4 百万米ドルの資金がファンドへ拠出さ
れており、このうち承認された金額の内訳は、158 の事業補助(422 百万米ドル)及び 124 の技術協
力補助(128.1 百万米ドル)である。
本ファンドは最貧困層のための補助金であり、さらに教育・健康といった分野に対し優先的
に出資されるものである。そのため、VGF 円借款で想定しているインフラ事業への付与は困難であ
るものと想定される。ただし、新たなファンド組成の可能性等についての協議が期待される。

環境省からアジア開発銀行の信託基金への資金拠出
アジア開発銀行の加盟国地域におけるプロジェクトの採用において我が国企業の優れた低
炭素技術を活用し、温室効果ガスの世界的な排出削減・吸収に貢献するため、環境省がアジア開
発銀行の信託基金に対し資金拠出を行うこととしている。導入コストが高いことなどにより、採用が
阻害されている先進的な低炭素技術の費用に関する協調資金供与により、二国間クレジット制度
(Japan Crediting Mechanism; JCM)の構築を行い、排出権を獲得しながら、アジアの『一足飛
び』型の低炭素社会としての発展を実現することを目指している。
事業開始は 2014 年度中とされており、2014 年 1 月現在では検討中の段階にあるものと思われる。
信託基金からの具体的な資金拠出スキームも確定していない。
193
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 51 環境省からアジア開発銀行の信託基金への資金拠出 イメージ図
出典:環境省地球環境局国際連携課国際協力室および地球温暖化対策課市場メカニズム室
一般的に我が国企業の有する低炭素技術は世界的に優れた水準にあるものと認知されており、
その事実を客観的に世界中に周知し、本ファンドを我が国企業の低炭素技術を用いた技術に付
すことができれば、途上国における我が国企業のインフラ事業を後押しする一助となる可能性が高
い。
(イ) 保証機能付き借款
リスクを事業者と発注者である政府関連機関の間で分担した際に、資金不足により発注者が債
務を履行できない、事業実施のための制度やインフラの整備を期日に完了できない等のリスクが
顕在化する可能性がある。これらの事項を発注者が、資金不足のために履行できない可能性を排
除するため、『保証機能付き借款』を提供することが考えられる。
『保証機能付き借款』は、円借款を相手国政府へ拠出し、その拠出資金を従来の円借款で対
象としていた資本費部分や、現在検討中である VGF 円借款供与対象部分(資本費または運営費)
だけではなく、事業運営期間中に発生しうる事業者がコントロールできないリスクが生じた際に使用
するための資金として供与するものである。円借款の供与もしくは返済条件の緩和により 先方政
府(政府機関)の義務履行違反の影響を最小化することを目的とする。将来の予測できないコスト
に対する支出も対象とすることで、従来ヘッジすることも保証を付けることも困難であったリスクにつ
いて、対応することが可能となる。
『保証機能付き借款』を実行する方法として、相手国政府を通じて発注者に円借款資金のプー
ルファンドを設置し、JICA の技術協力の下で専門家を派遣、ファンドのマネジメントを行い、リスク
が顕在化した際に資金を拠出する場合、もしくは返済条件の変更が可能となる円借款の供与を想
定している。
194
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
例えば、我が国企業が相手国政府関連機関が用意した工業団地で事業を実施する際に、先
方政府が水道・電力等の基礎インフラの提供を約束しているにもかかわらず、この義務を資金不足
を理由として履行しなかった場合、義務履行違反リスクが顕在化した場合に該当し、円借款資金プ
ールファンドから資金が拠出されることが想定される。具体的なトリガーは、円借款プールファンド
の資金活用を前提に、日本企業の進出時に相手国政府との交渉により定める。
但し、過去にこのような二国間援助の枠組みでのファンドの設置事例はインドネシア等であるも
のの、事例は少なく、また、リスクが顕在化した際の対応資金としてプールされること想定しており、
発注者での適切な管理が必須条件である49。さらに、日本企業に裨益するように使途を限定するよ
うな仕組みの検討も必要と考えられる。こうした管理リスク、また、先方政府の金利負担を鑑み、クレ
ジットライン方式やスタンドバイ借款の形態とすることが有効であると思われる。
図 52 『保証機能付き借款』 スキーム図
出典:PwC 作成
(ウ) アベイラビリティペイメント型支援
円借款を用いた官民連携事業の支援策として、アベイラビリティペイメント型支援が考えられる。
49 汚職の防止方法としては、エスクローアカウントを設定する、資金運用手段を特定するなどといった方法が考えられ
る。
195
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
上述の通り、先進国では PPP 事業に関して民間事業者が提供するサービスに対し、アベイラビリテ
ィペイメントとして対価が支払われることも多い。この場合、事業者は、契約で定められた公共側が
必要とするサービスを提供した場合には、需要にかかわらずに対価を得ることが可能となり、需要リ
スクの高い事業においては民間事業者が参入しやすい仕組みとすることが可能となる。また、公共
側がサービス対価の支払いを確約することで、事業採算性の低い事業の場合や、利用料金等の
利用者からの収入が全く発生しないような事業についても、民間資金の参入を促すことができ、社
会インフラへの PPP 事業の拡大に寄与すると考えらえる。
しかし、発注者である政府もしくはオフテイカーである政府機関が、アベイラビリティペイメントを
支払う際に問題となるのは、政府及び政府機関が、サービス対価を安定的・継続的にサービス期
間に亘って支払うことができるかどうかという点である。こうした不確定要素を排除するために、日本
政府が円借款を先方政府へ供与し、先方政府及び政府機関のアベイラビリティペイメントのための
資金供与を支援することは、途上国での我が国企業のインフラ輸出の促進の一助となるものと考え
られる。
支援の形態については、実際に資金供与を支援する場合と、政府機関の長期パフォーマンス
を保証するような支援を行う場合が考えられる。前者については、事業開始後、長期に亘って、事
業者への支払が発生するため、円借款の供与期間も現状最長 10 年程度とされているものをさらに
長期に対応できるようにする必要がある。また、供与期間における事業のモニタリングの仕組みを
整備する必要がある。この点については、バックアップ資金を予め供与した上で、管理可能な口座
に入れ、運用資金を確保することも考えらえるが、効率的な財政管理を目指し、借入金の抑制を図
る国が多いことを鑑みると、現実的ではないと思われる。
後者については、前述の保証機能付き借款と同様に、政府・政府機関の支払遅延が発生した
場合に、円借款による資金支援がなされ、事業者への支払が滞りなく実施されると同時に、日本は
先方政府に対する債権を得るという仕組みである。政府の借入コストを抑えるためには、クレジッド
ライン方式、スタンドバイ借款等の活用が好ましいと思われる。
196
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
図 53 アベイラビリティペイメント型支援 スキーム
出典:PwC 作成
(エ) PPP スタンド・バイ借款
官民連携事業の推進によるインフラ整備支援について円借款を活用するにあたり、その機動性
及び日本企業への裨益の低さが課題となっている。次に示す災害復旧スタンド・バイ借款のように、
PPP 案件組成資金として用いるため、融資支援枠等を合意し、PPP 案件組成のための資金が必
要となった際に、借入国からの要請により速やかに融資実行を可能とする PPP スタンド・バイ借款
制度の創設が考えられる。これにより、途上国政府は、国の発展度合に合致したインフラ開発需要
に応じ、柔軟な資金提供が可能となる。
支援の形態としては、融資支援枠等を合意し、その枠内で途上国政府からの要請に基づき速
やかに融資を実行することが想定される。PPP スタンド・バイ借款の場合、供与のトリガーとして、我
が国企業の受注もしくは、我が国企業が先方企業と合意した対象事業(例えば、先進技術を活用
すべき事業等)の実施において、「PPP 案件組成のための資金」が必要になった際とすることが想
定される。「PPP 案件組成のための資金」とは発注者である途上国政府・政府関連機関による F/S
実施資金やコンサルタント調達資金、さらにはアベイラビリティペイメント実行資金、VGF のための
資金等、広範囲の資金使途が含まれることが考えられる。

災害復旧スタンド・バイ借款(フィリピンのケース)
フィリピンに対する災害復旧スタンド・バイ借款(供与限度額:500 億円、E/N 署名 2013 年 12
月)は、災害発生に先立ち、融資支援枠や資金使途等を合意し、災害発生時に、借入国からの要
請を以って速やかに融資を実行することを目的としたものである。条件は以下の通り。
197
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
表 37 フィリピンへの災害復旧スタンド・バイ借款条件表
項目
条件
金利
年 0.01%
償還期間
40 年(10 年間の据置期間含む)
調達条件
一般アンタイド
出典:外務省 HP
金利年 0.01%は、円借款の金利の中でも後発開発途上国のうち、貧困国に対する金利と同水
準である。また、廃止が決定されている円借款の未貸付残高に対するコミットメントチャージとして
課していた年 0.1%の金利と比してもその 10 分の 1 の水準であり、借入国にとって利用するインセ
ンティブが大きい制度であることが想定される。
(オ) 落札先行型円借款
途上国における経済発展の基盤となるインフラ開発を行う事業者は各国に存するが、先進国の
技術・マネジメントノウハウを取り入れることが、当該国の技術進歩、技術移転による現地企業の競
争力強化に繋がる場合も考えらえる。また、こうした分野への資金供与が、結果的に我が国企業へ
の事業機会の創出に繋がるため、日本政府にとっても支援の意義が大きいと言える。例えば、温
室効果ガスの排出量に着目した場合、日本企業が事業を実施し、先進的な技術を導入したインフ
ラ開発を実施することで、途上国での低炭素化を進める契機となることが考えられる。このように日
本企業が先進的な技術をもってインフラ開発を実施することには途上国政府にとっての利点があり、
途上国政府が安定的にインフラ開発資金を手当てするインセンティブもある思われる。
途上国政府が、日本企業の有する先進的な技術を用いてインフラ開発を進めることを期待する
ような分野において、日本企業が競争入札を通じて事業を落札した場合、落札後に事業実施のた
めの資金源として円借款を付与することが考えられる。ここでは、事業の落札決定後に円借款の付
与を決定することから、こうした円借款を「落札先行型円借款」と呼ぶ。
また、落札後に機動的に資金を供与するためには、二国間の枠組みとして、日本政府と途上国
政府の間で予め供与枠を設定する方法が考えられる。事業の入札が実施される前に二国間で、
対象分野、円借款金額・条件(タイド・アンタイド部分を設定することも考えられる)等の取り決めを
行い、一定の供与枠金額につき、日本企業が事業を落札した後、円借款を付与する。類似事例と
して、2008 年 12 月のスペインとモロッコによる 520 百万ユーロ(約 733 億円)の供与枠が挙げら
れる。400 百万ユーロ(約 564 億円)はスペインからの調達に使用するタイド融資、100 百万ユーロ
(約 141 億円)はアンタイド融資、20 百万ユーロ(約 28 億円)は無償資金協力によるものであった。
198
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
こういった枠組みを日本政府とインド・インドネシア・ベトナム・フィリピンといった重点国との間で
締結することで、日本企業が有する先進的な技術によるインフラ開発を、機動的に実施することが
できるようになるものと考えられ、我が国企業の受注に向けた側面支援にもなり得る。また、途上国
にとっても、競争に付した上で、我が国企業の落札時の資金調達手段が増えることとなる。
4-6 円借款運用の改善に向けた方向性
(1)円借款迅速化・効率化の課題
円借款の迅速化・効率化については、過去の議論により、種々の施策が政府や関連機関に
より打ち出されている。本報告書においてはまず、2014 年(平成 26 年)現在までの円借款の迅速
化・効率化に関する取り組みをまとめたうえで、現状の課題を抽出し、問題提起を行う。
現在までの円借款迅速化の取り組みをまとめると、以下のように整理することができる。
図 54 円借款迅速化の取り組み
出典:「円借款の迅速化について」外務省・財務省・経産省・JICA を基に PwC 作成
199
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
大別して平成 19 年と 22 年の 2 度50、外務省・財務省・経産省・JICA より「円借款の迅速化に
ついて」として、円借款の迅速化のための取り組みについて公表されている。概要は上図の通りで
あり、平成 19 年度には円借款供与プロセス全体に言及しながら各段階における個別の取り組みに
ついて、平成 22 年には供与決定段階までと調達段階における個別の取り組みについて提示して
いる。また、平成 21 年には「官民連携推進等のための円借款の迅速化」51として、STEP 案件及び
官民連携案件に焦点を当てた施策に関する公表が、同じく外務省・財務省・経産省・JICA よりなさ
れている。
これらの施策により、円借款の標準処理期間(相手国からの円借款の要請から円借款の貸付実行
までの期間を指す)は、平成 19 年の円借款の迅速化の施策実行前には約 13 カ月かかっていたも
のが、約 48%の案件につき 9 か月以内で完了するなどの一定の成果が出ている。一方で、未だに
各段階において円借款の迅速化・効率化の達成のための課題が存するものと考えられる。下図は
現状考えられる課題の一例であり、また対応策の一例である。
図 55 円借款迅速化の各フェーズにかかる課題案と対応策案
出典:PwC 作成
平成 19 年の公告 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/keitai/enshakan/jinsokuka.html
平成 22 年の公告
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/keitai/enshakan/jinsokuka1007.html
51 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/21/7/1193659_1102.html
50
200
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
案件形成から評価の段階を通じ、平成 26 年現在においてもいくつかの課題があり、本報告
書では特に➃の調達・詳細設計の段階に着目し、国際援助機関である世界銀行、アジア開発銀
行の調達ガイドラインとの比較を行いながら、新たな円借款の迅速化・効率化について検討を行な
う。
(2)円借款迅速化のための提言
① 円借款案件の入札への関与度合いを強める
ヒアリングによると、円借款案件の入札において、JICA の相手国政府への関与は限定的であり、
相手国に大きな権限を許容している。このため、国際競争入札方法以外の調達方法の承認や、事
前資格審査書類の確認、入札報告書の確認について、相手国政府が主体的に調達事務を行っ
ているが、一方で世界銀行やアジア開発銀行の場合はより強く相手国政府に関与しており、事前
資格審査、本審査を含め調達手続きの各段階で大きな承認・決裁・拒否権限を持っている。従っ
て、JICA の場合、相手国政府が主体的に行った調達につき、JICA 調達ガイドラインに沿わない
等の不備があった際の調整に多大な時間を要していることが想定される。一方で世界銀行、アジ
ア開発銀行の場合、強い権限を持っており、深く相手国政府への関与を行っているため、書類の
確認などの各種手続きに要する時間が短いものと考えられる。
② STEP 円借款以外についても、F/S と詳細設計の切れ目をなくす
平成 22 年(2008 年)7 月 15 日に公表された「円借款の迅速化について」において、日本政府
は、STEP 案件等一部のタイド性が認められる案件について、F/S と詳細設計の切れ目をなくすこ
とを迅速化のための一つの施策として挙げている。現行の円借款プロセスでは、F/S 実施後に円
借款の要請から L/A 締結までの一連のプロセスを実施することとなっているが、詳細設計はこの間
にも実施可能な性格のものであり、必ずしも E/N、L/A の締結を待つ必要はないものと考えられる。
従って、タイド性が認められる案件以外についても、F/S と詳細設計の切れ目をなくし、F/S 完了後
可及的速やかに詳細設計を実施することで、円借款案件の迅速化に資することができるものと思
われる。
201
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
II.新興国法制度等の基礎調査 -新興国における
PE 二重課税問題に係る調査
1. 調査概要
1-1 事業目的
我が国経済は、2012 年 12 月の第二次安倍政権発足後、いわゆるアベノミクスといわれ
る一連の経済政策により、長らく続いてきたデフレからの脱却および景気回復の兆しが表
れている。今後も、国内の投資環境の魅力を高めることでより多くの資金を我が国に引き
つけ、そして安倍総理が掲げる「世界で一番企業が活躍しやすい国」を実現することがで
きるよう、施策を前に進めていくことが求められている。
その一方で、海外市場を見れば、アジアを中心とした新興国の成長は著しく、我が国企
業もその潜在的ポテンシャルの高い市場を獲得すべく、積極的に海外展開を行っている。
新興国市場は我が国のみならず欧米からの企業進出も活発であるため、新たな収益源確保
のための国際的な企業間競争が激化している。
このような情勢の中、我が国企業が厳しい国際競争を勝ち抜いていくために、進出先国
におけるビジネス環境を整備することが強く求められている。特に、近年新興国において
頻発している現地当局による不適切な課税、そしてその結果として生じる国際的な二重課
税の残存が、我が国企業の海外での事業活動の阻害要因の一つとなっている。そのため、
新興国での税制面での課題を把握し、この国際的な二重課税を是正するための対策を検討
し、以て我が国企業の円滑な経済活動に貢献することが必要である。
以上を踏まえ、本調査においてはアジアを中心とした 12 か国を調査対象とし、PE
(Permanent Establishment(恒久的施設))課税の実態を整理・分析した上で、我が国国
内法の適正化をはじめとした国際的二重課税解消のための施策の検討を目的とする。
1-2 調査概要
本調査では、調査対象国 12 ヶ国(中国、インド、タイ、インドネシア、マレーシア、香
港、シンガポール、韓国、台湾、ベトナム、オーストラリア、ロシア)における PE 課税の
制度の把握および実際に PE 課税が行われた事例の収集を行い、それらの調査結果を基に国
際的二重課税解消のための施策を検討することとする。具体的な調査内容は以下の通りで
ある。
202
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(1) 我が国企業が直面している国際課税の問題の分析・整理
① 各国における PE 課税制度の分析
② 各国における PE 課税問題事例の収集
(2) 新興国と我が国の制度上・運用上の違いを踏まえ、二重課税が生じる場合の体系的
整理
① 制度面及び課税問題事例の体系的整理
② 二重課税排除可能性の検討
③ 国内法への帰属主義及び AOA52 導入(平成 26 年度税制改正)による影響の分
析
(3) 国際的二重課税解消のための施策の考察
1-3 調査方法
本調査の実施にあたっては、主に文献や公開情報等の調査に加えて、調査対象各国の PE 課
税に関する税制および事例の収集のためにプライスウォーターハウスクーパース(PwC)
のグローバルネットワークを活用し、各国の PwC メンバーファームまたは日本の事務所に
所属するプロフェッショナルから専門的な情報を入手した。具体的な調査方法は以下のと
おりである。
(1) 調査項目の選定
東京事務所において、経済産業省貿易振興課と協議の上、調査の範囲および調査項
目の選定を行った。
(2) 基礎調査
上記(1)により選定した調査項目に関して、東京事務所において文献や公開情報等
を基に調査を行った。
(3) 現地調査
海外事務所または日本国内の事務所に所属する各調査対象国の課税問題に精通した
プロフェッショナルを通じて、本調査の意義および目的等に即した情報収集を行っ
た。
PE に帰属する所得の算定アプローチの一つで、2010 年に OECD モデル租税条約に導入された
(Authorized OECD Approach)
。PE を独立企業としての擬制を厳格に行い、PE に帰属する所得を捉え
る考え方を採っている。詳細は「3-4 国内法への帰属主義及び AOA 導入による影響の分析」参照。
52
203
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4) 情報収集(企業ヒアリング)
我が国の企業が実際に直面している課税問題を把握するため、東京事務所より国際
的に事業展開している代表的な企業に対してヒアリングを実施した。
(5) 情報の整理・分析
上記(2)から(4)の調査結果について東京事務所にて取りまとめを行い、内容を
精査の上、整理・分析を行った。
(6) 施策の考察
これまでの調査の成果をふまえて、PE 課税に関して我が国企業が被っている国際
的な二重課税の問題を是正し、海外事業展開を円滑化するために有効と考えられる
国内制度の改正やその他の施策について、東京事務所にて考察を行った。
204
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
2. 調査結果
2-1 我が国企業が直面している事業所得課税に係る国際的課税問題の
分析・整理
(1)中国
① 制度
調査項目
調査結果
根拠法令等
現地制度調査
1.1
現地における
PE の定義
中国国内法である企業所得税法では、PE を以下のとおり
定義している(中国国内法では PE を「~機構」「~場
所」と記載している)。
1
2
3
4
管理機構、営業機構、事務機構
工場、農場、天然資源採掘場所
役務提供の場所
建築、据付、組立、修理、探査等に従事する工事作
業の場所
5 その他の生産経営活動に従事する機構、場所
6 外国企業が代理人に委託して、以下のいずれかの行
為を行った場合は、当該企業は中国国内において恒
久的施設を保有するとみなす。
・中国国内で生産経営活動に従事する場合
・経常的に代理で契約を締結する場合
・物品の保存、引渡しを行う場合
上記のとおり、中国の国内法上の PE の定義は、我が国
の国内法の支店 PE、建設 PE、代理人 PE に相当するも
のとなっている。ただし、我が国の国内法上、建設 PE
は「1 年超」という要件が設けられているが、中国の国
内法上の建設 PE には期間が定められていない。また、
中国の国内法では「役務提供の場所」という範囲が広い
項目が挙げられているが、我が国の国内法にはこれに相
当するものは含まれていない。中国の国内法の代理人 PE
の定義に関しては、我が国と同様に、契約締結代理人と
在庫保有代理人に相当するものは含まれているが、注文
取得代理人に相当するものは見受けられない。ただし、
その一方で、「中国国内で生産経営活動に従事する」代
理人という幅広く解釈できうる項目が含まれている。
205
中国企業所
得税法実施
条例第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
1.2
租税条約上の
PE の定義
I.
根拠法令等
租税条約における PE の定義
我が国と中国は 1983 年 9 月 6 日に租税条約を締結して
おり、
当該租税条約は 1984 年 6 月 26 日に発効している。
日中租税条約の第 5 条において PE を以下のとおり定義
している。
1 この協定の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は一
部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
3 建築工事現場又は建設、組立工事若しくは据付工
事若しくはこれらに関連する監督活動は、6箇月を超
える期間存続する場合に限り、「恒久的施設」とする。
4 1から3までの規定にかかわらず、「恒久的施設」
には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管、展示又は
引渡しのためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管、展
示又は引渡しのためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企業
による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために、物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のために、その他の準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
5 一方の締約国の企業が他方の締約国内において使
用人その他の職員(7の規定が適用される独立の地位
を有する代理人を除く。)を通じてコンサルタントの
役務を提供する場合には、このような活動が単一の工
事又は複数の関連工事について 12 箇月の間に合計6箇
月を超える期間行われるときに限り、当該企業は、当
206
日中租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
該他方の締約国内に「恒久的施設」を有するものとさ
れる。
6 1及び2の規定にかかわらず、一方の締約国内に
おいて他方の締約国の企業に代わって行動する者(7
の規定が適用される独立の地位を有する代理人を除
く。)が次のいずれかの活動を行う場合には、当該企
業は、その者が当該企業のために行うすべての活動に
ついて、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有す
るものとされる。
(a) 当該一方の締約国内において、当該企業の名
において契約を締結する権限を有し、かつ、
この権限を反復して行使すること。ただし、
その活動が4に掲げる活動(事業を行う一定
の場所で行われたとしても、4の規定により
当該一定の場所が「恒久的施設」とされない
活動)のみである場合は、この限りでない。
(b) 当該一方の締約国内において、専ら又は主と
して当該企業のため又は当該企業及び当該企
業を支配し若しくは当該企業に支配されてい
る他の企業のため、反復して注文を取得する
こと。
7 一方の締約国の企業は、通常の方法でその業務を
行う仲立人、問屋その他の独立の地位を有する代理人
を通じて他方の締約国内で事業活動を行っているとい
う理由のみでは、当該他方の締約国内に「恒久的施設」
を有するものとされない。
8 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内におい
て事業(「恒久的施設」を通じて行われるものである
かないかを問わない。)を行う法人を支配し、又はこ
れらに支配されているという事実のみによっては、い
ずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」と
はされない。
日中租税条約における PE の定義は、いくつか相違点は
あるものの、概ね OECD モデル租税条約と類似した内容
となっている。
建設 PE については、日中租税条約第 5 条第 3 項では PE
として認定される建設工事の期間が「6 ヶ月超」とされ
ている。これは、OECD モデル租税条約に定める「12 ヶ
月超」よりも短く、PE として認められる範囲が広くなっ
ている。また、OECD モデル租税条約では、建設 PE に
建設等に係る「監督活動」が含まれていないが、日中租
207
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
税条約における建設 PE には含まれている。
日中租税条約第 5 条第 4 項においては(a)から(e)まで PE
に該当しないものを挙げているが、OECD モデル租税条
約では(e)の次に(f)として「(a)から(e)までに掲げる活動を
組み合わせた活動」で「準備的又は補助的な性格」の活
動を行う一定の場所を挙げている。
日中租税条約第 5 条第 5 項では「コンサルタントの役務」
で「12 箇月の間に合計 6 箇月を超える期間」行われるも
のについては、PE に該当するとしている。このような規
定は、OECD モデル租税条約にはない。
日中租税条約第 5 条第 6 項(b)において、いわゆる在庫保
有代理人は PE に含まれると規定しているが、OECD モ
デル租税条約では在庫保有代理人については明記されて
いない。
なお、日中租税条約における PE の定義に比べて、前述
の国内法による定義は、幅広いものとなっている。特に
国内法の定義の 3 の「役務提供の場所」では役務提供の
期間要件は設けられていないため、ほぼすべての役務提
供の場所が含まれることとなると考えられる。
II. コンサルタント役務の内容に関する通達
租税条約の詳細な解釈については、中国国家税務総局等
が発表する通達(国税発や国税函等)等にて示されるこ
とが多い。その一つとして、租税条約第 5 条第 5 項のコ
ンサルタント役務の内容についての通達(財税外字第 42
号通達)があり、当該通達では以下のものがコンサルタ
ント役務に含まれるとされている。
(1) 中国での各種工事に係るコンサルティング
(2) 企業の既存生産技術改善に係るコンサルティ
ング
(3) 経営管理改善に係るコンサルティング
(4) フィージビリティ・スタディ・レポートの作成
に係るコンサルティング
(5) 各種設計の選択採用に係るコンサルティング
(6) 技術支援
a. 中国企業の既存設備機器もしくは製品に関
する性能、効率及び品質、ならびに信頼性お
よび耐久性の向上を目的として提供される
技術協力
b. 各種契約に定める技術目標等を達成するた
208
財税外字第
42 号通達
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
めに実施される設備機器もしくは部品の改
善に係る設計、試運転調整、もしくは試験制
作等の技術協力
(7) その他のコンサルティング
上記の各項目のうち、特に(7)の「その他のコンサルティ
ング」は非常に範囲の広い規定となっているため、ほぼ
すべての役務提供が租税条約上のコンサルタント役務に
該当することになる。
III. 役務提供期間に関する通達
日中租税条約第 5 条第 5 項により、日本企業が中国にお
いてコンサルティング業務等の役務提供を実施する際
に、その役務提供期間が 12 ヶ月の間に連続して合計 6 ヶ
月を超える場合には、当該日本企業は中国に PE を有す
るものとされる。この「6 ヶ月」の判定については、2007
年の中国・香港二重課税防止協定の解釈通達(国税函
[2007]403 号)にて以下の考え方が示されている。
 役務提供のための出張者が中国に最初に到着した月
から、サービスを完成し、帰国する月までの期間を
計算期間とする。
 12 ヶ月を超えるサービス項目について、当該項目の
存続期間において任意の 12 ヶ月を一つの計算期間
とする。
 任意の 12 ヶ月間に 6 ヶ月(日数を問わず)を超え
る場合には、PE を有することになる。
 出張者が連続して 30 日間中国に滞在しないならば、
1 ヶ月を差し引く。逆に、1 月に一日だけ中国に滞在
している場合でも、 1 ヶ月と見なされる。
上記は、中国と香港の協定に関する通達であるが、我が
国と中国の租税条約における「6 ヶ月」の判定について
も同様の考え方が採られると考えられている。なお、上
記の国税函[2007]403 号は、2008 年に中国・香港間の二
重課税防止協定における役務提供の PE 認定基準が「6 ヶ
月」から「183 日」に改められたことにより廃止された
が、「6 ヶ月」の判定基準を維持している租税条約を締
結している国との関係においてはこの考え方が引き続き
採られている。
IV. 対象となる役務提供の範囲に関する通達
役務の提供が中国における複数のプロジェクトに対して
行われる場合、どの部分が当該役務提供に関連するプロ
209
国税函
[2007]403 号
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
ジェクトに該当するかという点については、中国・シン
ガポール租税条約の解釈通達である「<所得税に対する
租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための中
華人民共和国政府とシンガポール共和国政府との間の協
定>及び議定書の条文解釈」(国税発[2010]75 号)に考
え方が示されている。
 以下の点により、複数のプロジェクトの関連性およ
び連続性の整理を行う。
 プロジェクトが同一の包括契約に含まれている
か。
 プロジェクトが別々の契約による場合、締結者
は同一または関連する者であるか、または前の
プロジェクトの実施が後のプロジェクト実施の
必要条件となっているか。
 これらのプロジェクトの性質が同じであるか
 これらのプロジェクトが同一の人員により実施
されるか。
国税発
[2010]75 号
V. 駐在員事務所に関する通達
中国の国家税務局は、2010 年 2 月 10 日に「外国企業駐
在事務所税収管理暫行弁法」(国税発[2010]18 号)を公
布し、下記のとおり、駐在員事務所(「代表機構」)に
対する課税を強化した。
第3条 代表機構は、その帰属する所得について企
業所得税を申告納税し、課税収入について営業税と
増値税を申告納税すべきである。
国税発
[2010]18 号
一方、日中租税条約第 5 条第 4 項では、「準備的又は補
助的な性格の活動を行うことのみを目的として、事業を
行う一定の場所」は PE に該当しないとしているが、租
税条約の適用を受けるためには一定の手続きが必要とな
る。
VI. 出向者 PE に関する通達
我が国の親会社が中国の子会社に職員を出向させた場合
の PE についての考え方については、以下 2 つの通達が
出されている。
【<所得税に対する租税に関する二重課税の回避及
び脱税の防止のための中華人民共和国政府とシンガ
ポール共和国政府との間の協定>及び議定書の条文
解釈(国税発[2010]75 号)】 第 7 条
210
国税発
[2010]75 号
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(一) 子会社の求めに応じ、親会社が職員を子会
社に派遣して子会社のために業務をさせる場
合において、これらの職員が子会社に勤務し、
子会社が当該職員の業務に対し指揮権を有
し、業務の責任及びリスクについて親会社と
は無関係であり、子会社がこれらを引き受け
るときは、これらの職員の活動によっては親
会社が子会社の所在国において恒久的施設を
構成することにはならない。(以下略)
(二) 親会社が職員を子会社に派遣して親会社の
ために業務をさせる場合には、この条第一項
又は第三項の規定に従い、親会社が子会社の
所在国において恒久的施設を構成するか否か
を判断するものとする。次の基準の 1 つに適
合する場合には、これらの職員が親会社のた
めに業務をすると判断することができる。
(1) 親会社が派遣者の業務について支配権を有
し、かつリスクと責任を負う。
(2) 子会社への派遣者の人数及び基準は親会社
により決定される。
(3) 派遣者の給与は親会社が負担する。
(4) 親会社は、派遣者の活動により子会社から
利益を獲得する。
【非居住企業の派遣人員が中国国内において役務提
供を行った場合の企業所得税関連問題に関する公告
(国家税務総局公告[2013]19 号)】 第 1 項
非居住企業(以下「派遣企業」)が派遣した人員が中
国国内において労務を提供し、派遣企業が被派遣人
員の勤務業績に対して一部あるいは全ての責任及び
リスクを負い、かつ、通常、被派遣人員の勤務実績
を審査し評価する場合、派遣企業が中国国内におい
て機構/場所を設立して、労務を提供しているとみな
される。派遣企業は租税協定の他方締約国企業に属
し、かつ役務提供を行っている機構・場所が相対的
な固定性及び継続性を有する場合、当該機構・場所
は中国国内に設立された常設機構を構成する。上述
の判断を行うに当たり、以下の要素も合わせて判断
する。
(一) 労務を受ける中国国内における企業(以下「受
取企業」)が派遣企業に出向者に関する管理費、
サービス費の性質を持つ費用を支払っている
211
国家税務総
局公告
[2013]19 号
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
か。
(二) 受取企業が派遣企業に対して、出向者にかか
る給与、給付金、その他の費用につき過大な実
費精算をしているか。
(三) 派遣企業が受取企業から受領した金額のすべ
てを出向者に支払うことなく、一定金額を留保
しているか。
(四) 派遣企業が負担する被派遣人員の給料、賃金
について、中国国内においてその全額に対する
個人所得税が支払われているか。
(五) 派遣企業が被派遣人員の人数、就職資格、給
与水準及びその中国国内における勤務場所を
確定しているか。
上記の国家税務総局公告[2013]19 号を解説すると、まず
以下の条件(最重要原則)を 2 つとも満たした場合には、
出向元企業(派遣企業)は中国国内に機構/場所を設立し
て労務を提供しているとみなされることになる。
A) 出向元企業が出向者の作業にかかる責任やリスクを
全部または部分的に負担している場合
B) 通常出向元企業が出向者の業績にかかる査定評価を
実施する場合
上記の意味合いは、出向者の「経済的雇用主」が出向先
か、出向元かを判別するということである。「経済的雇
用主」が出向先であれば、出向元からその出向者を通じ
て出向先にサービスを提供したとは考えないこととな
る。
さらに、上記の 2 要件を満たした上で以下の 5 つの補足
的要素の内の 1 つでも満たす場合で、 労務を提供する機
構が場所の固定性、恒久性を持つのであれば、出向者 PE
があるとみなされる。
(1) 労務を受ける中国国内における出向先が出向元に出
向者に関する管理手数料またはサービス料を払って
いるかどうか。
(2) 出向先が出向元に対して、出向者にかかる給与、給
付金、その他の費用に付き過大な実費精算をしてい
るかどうか。
(3) 出向元が出向先から受領した金額の全てを出向者に
支払うことなく、一定金額を留保しているかどうか。
(4) 出向元によって負担される出向者の収入に関して、
中国における個人所得税が全額支払われているかど
うか。
212
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(5) 出向者の人数、資格要件、給与水準、勤務地につい
て出向元が決定しているかどうか。
VII. 技術支援に係る PE 課税に関する通達
以前は、外国企業が技術ライセンスの提供に関して、ラ
イセンシーである中国企業に技術者を派遣することを通
じて技術支援や指導を供与し、その対価を収受する場合、
その対価はロイヤルティの一部として取り扱われ、10%
の源泉所得税(企業所得税)を納付するという処理が多
く採られていた。
ただし、このような技術支援や指導が継続的(6 ヶ月超)
に行われている場合、その対価はロイヤルティか、ある
いはサービス提供料か、取扱いが明確ではなかった。こ
の点について、2009 年に以下の通達が公布された。
【租税条約のライセンス使用料条項執行における関
連問題についての通知(国税函[2009]507 号)】
国税函
[2009]507
号
 技術ライセンスの際に、ライセンスの供与側が技術
者を派遣し、技術の導入の過程におけるサポートや
指導などを供与し、対価を徴収する場合、単独で請
求するか、ロイヤルティに含めるかを問わず、ロイ
ヤルティとして、租税条約のロイヤルティ条項を適
用する。
 ただし、上述の技術者のサービス提供行為が恒久的
施設(PE)を構成する場合、そのサービス部分は租
税条約の事業所得条項を適用する。
この 507 号通達の公布により、技術ライセンスにかかわ
る技術サービスの提供行為が PE を構成する場合、当該
技術サービスに係る対価については、事業所得として企
業所得税を課されることが明確になった(技術許諾・譲
渡の対価部分については、ロイヤルティとして 10%の源
泉所得税が課される)。
また、上記の通達(国税函[2009]507 号通達)の内容
を補充するために、以下の通達が公布された。
【技術譲渡関連サービスに対する税務処理に関する
新通達(国税函[2010]46 号)】
 2009 年 10 月 1 日以前に開始し、2009 年 10 月 1 日
時点で未完了であった技術譲渡関連サービスのう
ち、2009 年 10 月 1 日時点で役務に対する課税がま
213
国税函
[2010]46 号
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
だ行われていない場合は通達 507 号および 46 号の
規定が適用される。
 技術譲渡関連サービスは技術譲渡の一部であるとみ
なされ、関連サービス収入はロイヤルティとして中
国当地で源泉課税される。当該課税にかかる租税条
約におけるロイヤルティ条項適用の可否は厳密には
不明確である。
 但し、以下の場合においては恒久的施設に帰属する
サービス収入は租税条約下の事業利益条項に基づ
き、事業利益として処理される。また、外国人従業
員は、租税条約に規定される非独立個人役務に関す
る条項に基づいて取り扱われる。
 外国技術メーカーが移転される技術の導入(使
用)をサポートするために従業員を中国に派遣
し、かつ
 外国人従業員の中国における滞在期間が外国の
技術メーカーにとっての恒久的施設の構成要件
を満たす場合
VIII.
PE 認定と個人所得税
中国での滞在期間が 183 日以下の非居住者については、
日中租税条約第 15 条第 2 項に定める以下の 3 要件のすべ
てを満たすことにより、役務提供地国における個人所得
税は課されない。
(1) 報酬の受領者が当該年を通じて合計 183 日を超えな 日中租税条
い期間当該他方の締約国(中国)内に滞在すること。 約第 15 条第
(2) 報酬が当該他方の締約国(中国)の居住者でない雇 2 項
用者又はこれに代わる者から支払われるものである
こと。
(3) 報酬が雇用者の当該他方の締約国(中国)内に有す
る恒久的施設又は固定的施設によって負担されるも
のでないこと。
ただし、報酬の受領者が関与する業務が PE として認定
された場合には、上記の免除条件を満たさなくなり、そ
の報酬の受領者の中国源泉所得に対して個人所得税が課
されることになる。
1.3
PE 帰属所得の
計算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日中租税条約の第 7 条において、PE について PE 所在地
214
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税できると
する「帰属主義」の原則が示されている(OECD モデル
租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業
が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他
方の締約国内において事業を行わない限り、当該一方
の締約国においてのみ租税を課することができる。一
方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施
設を通じて当該他方の締約国内において事業を行う
場合には、その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰
せられる部分に対してのみ、当該他方の締約国におい
て 租税を課することができる。
根拠法令等
日中租税条
約第 7 条第 1
項
一方、国内法においても、外国企業が PE を通じて事業
を行う場合には、その PE に帰属する所得のみを課税す
ることする「帰属主義」が採用されている。
② 課税所得の範囲
中国の国内法上、非居住者に対しては中国国内源泉所得
および中国国外で発生した所得のうち、中国国内の機構
や場所に実質的に関連するものが中国での課税対象とさ
れている。
II. 課税所得の計算方法
PE 認定された場合の課税方法としては、実質課税方式
(実際所得課税による申告)と推定課税方式(みなし利
益率を用いた推定課税による申告)の 2 通りが通達によ
り定められている(国税発[2010]19 号)。
1 実質課税方式
非居住企業は租税徴収管理法及び関連法律に基づき
帳簿を設置し、合法的で有効な証憑に基づき記帳、計
算を行う。実際に履行した機能と負担するリスクによ
るマッチングの原則により、課税所得額を下記算式に
より計算し、企業所得税を申告納付しなければならな
い。
算式:課税所得=収入総額-関連する実際支出総額
2 推定課税方式(実質課税方式で計算できない場合)
非居住企業の会計帳簿が完全ではなく、資料が不足
していることで監査が難しい、あるいはその他の原
因により正確な計算が困難で課税所得額を申告でき
215
国税発
[2010]19 号
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
ない場合には、税務機関は以下の方法により課税所
得額を確定する。
(1) 収入は正確に計算できる、又は合理的な方法によ
り収入総額を推定できるが、原価費用の正しい計
算ができない場合
課税所得金額=収入総額×みなし利益率※
(2) 原価費用は正確に計算できるが収入総額の正確
に計算ができない場合
課税所得金額=費用総額/(1-みなし利益率※)
×みなし利益率※
(3) 経費支出総額を正確に計算できるが、収入総額と
原価費用を正確に計算できない場合
課税所得額=経費支出総額/(1-みなし利益率
※-営業税税率)×みなし利益率
※みなし利益率は業種により 15%~50%
具体的には、
① 請負工事作業・設計・コンサルティング:15
~30%
② 管理サービス:30~50%
③ その他税務又は役務提供以外の経営活動:
15%を下回らない
(税務機関は非居住者企業の実際利益率が上述し
た基準よりも明らかに高い場合には、上述した
基準よりも高いみなし利益率によりその課税所
得額を確定させることができる。)
上記の方法のうち、原則は実質課税方式であるが、その
方法で計算できない場合にはみなし利益率を用いた推定
課税方式により計算される。
推定課税方式は、収入を基に計算する方法(上記 2(1))
と費用を基に計算する方法(上記 2(2)(3))とに分類され
る。
III. 内部取引の認識
中国においては、内部取引について定めた税法規定はな
い。
そもそもの前提として、我が国企業が中国に進出すると
した場合、海外の会社は金融機関を除いて中国国内に支
店を設置することはできない。その他、我が国企業とそ
の中国子会社等の現地支店との取引が想定されるが、こ
216
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
の場合の取引は内部取引ではなく、法人間の取引として
認識され、中国の移転価格税制である「特別納税調整実
施弁法(2009 年国税発 2 号)」が適用される。
他方で、日本企業(本社)への補助的活動のみが認めら
れた駐在員事務所(常駐代表処)の設置は認められてい
る。駐在員事務所は、本来であれば日中租税条約第 5 条
4 項に基づき、PE とはみなされないはずだが、その活動
内容が補助的範囲を超えていると判定された場合、当該
駐在員事務所は実質的には税務上の PE と認定され、原
則実際課税方式、あるいはみなし課税方式によって、企
業所得税が課税されることになる。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
非居住者(外国)企業所得税査定徴収管理弁法(国税発
[2010]19 号)に規定されており、実際課税方式が適用で
きない場合には、経費課税方式と収入課税方式のいずれ
かによって算定された課税所得に企業所得税が課税され
る。これらの課税方式はともにみなし利益率が用いられ
る。通常前者の経費課税方式が採用され、みなし利益率
は、15%を下回ってはならないと同弁法に規定されてい
る(詳細はⅡ参照)。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
地方税としては、役務提供に対して営業税、物品販売に
対して増値税が課されるが、これらは法人の所得に対す
るものではなく、我が国の消費税に相当するものである。
1.4 税率
25%(企業所得税率)
217
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
中国における PE
課税の実態
調査結果
根拠法令等
調査した範囲においては、我が国からの現地子会社への
出張者・出向者(技術者・高級管理職)が PE として認定
された事例等が見受けられた。
PE 認定される代表的な要因は以下のようなものが挙げら
れる。
<滞在期間に対する考え方の相違>
現地において行っている複数のプロジェクトについて、我
が国企業は各契約が個別のプロジェクトに該当するもの
と判断し、各プロジェクトに係る技術者の中国での滞在時
間が任意の 12 ヶ月の間に連続して合計 6 ヶ月間以下であ
るため、PE(出張者によるサービス PE)に該当しないと
いう見解であるのに対し、現地当局は1つの「関連プロジ
ェクト」として位置づけ、各プロジェクトを合わせると技
術者の中国での滞在時間は任意の 12 ヶ月の間に連続して
合計 6 ヶ月間を超え、従って技術者による当該技術支援が
PE を構成するとして PE 認定を受けることがある。
<給与立替えのサービス対価回収としての認定>
現地子会社への出向者について、我が国における親会社が
当該出向者に対する給与の一部を一旦立替えた後、当該立
替給与について現地子会社から回収する場合、請求の過程
にて、現地当局より当該出向アレンジメントの性質が、出
向者の給与の立替払いとその回収ではなく、出向者による
我が国の親会社から現地子会社へのサービスの提供及び
その対価の回収として認定され、PE 認定を受けることが
ある。
218
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(2)インド
① 制度
調査項目
調査結果
根拠法令等
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
インドの国内法である所得税法では、PE を以下のとお
り定義している。
 恒久的施設とは、その法人の事業の全部または一部
を行っている固定的な事業場をいう。
所得税法
92F(ⅲa)
上記のとおり、インドの国内法では PE の定義は非常に
簡素なものとなっている。我が国の国内法では PE の定
義として、支店 PE、建設 PE、代理人 PE を挙げてい
るが、インドの国内法ではそのような区分は設けられて
おらず、幅広く解釈可能な包括的な規定のみとなってい
る。
インドの国内法上では、非居住者については、①インド
において受領したもしくは受領したとみなされる所得、
②インドで生じたもしくは生じたとみなされる所得が
課税対象となる。そのため、非居住者の課税関係を判定
する際には、PE の有無は要件とはされていない。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とインドは 1989 年 3 月 7 日に租税条約を締結し
ており、当該租税条約は 1989 年 12 月 29 日に発効して
いる。日印租税条約の第 5 条において PE を以下のとお
り定義している。
1 この条約の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
(g) 保管のための施設を他の者に提供する者に
係る倉庫
219
日印租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(h) 農業、林業、栽培又はこれらに関連した活動
を行う農場、栽培場その他の場所
(i) 店舗その他の販売所
(j) 天然資源の探査のために使用する設備又は
構築物(六箇月を超える期間使用する場合に
限る。)
3 建築工事現場又は建設、据付若しくは組立工事
は、六箇月を超える期間存続する場合に限り、「恒久
的施設」とする。
4 企業が一方の締約国内における建築工事現場又
は建設、据付若しくは組立工事に関連して、六箇月を
超える期間、当該一方の締約国内において監督活動を
行う場合には、当該企業は、当該一方の締約国内に「恒
久的施設」を有し、当該「恒久的施設」を通じて事業
を行うものとされる。
5 3及び4の規定にかかわらず、企業が一方の締約
国内における石油の探査、開発又は採取に関連して、
六箇月を超える期間、当該一方の締約国内において役
務又は施設を提供する場合には、当該企業は、当該一
方の締約国内に「恒久的施設」を有し、当該「恒久的
施設」を通じて事業を行うものとされる。
6 1から5までの規定にかかわらず、
「恒久的施設」
には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管又は展示
のためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管又
は展示のためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
7 1及び2の規定にかかわらず、一方の締約国内に
おいて他方の締約国の企業に代わって行動する者(8
の規定が適用される独立の地位を有する代理人を除
く。)が次のいずれかの活動を行う場合には、当該企
業は、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有する
ものとされる。
(a) 当該一方の締約国内で、当該企業に代わって
220
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
契約を締結する権限を有し、かつ、この権限
を反復して行使すること。ただし、その活動
が6に掲げる活動(事業を行う一定の場所で
行われたとしても、6の規定により当該一定
の場所が「恒久的施設」とされない活動)の
みである場合は、この限りでない。
(b) (a)の権限は有しないが、当該一方の締約国内
で、物品又は商品の在庫を反復して保有し、
かつ、当該在庫により当該企業に代わって物
品又は商品を規則的に引き渡すこと。
(c) 当該一方の締約国内で、専ら又は主として当
該企業自体のため又は当該企業及び当該企
業を支配し、当該企業により支配され若しく
は同一の共通の支配下に当該企業と共に置
かれている他の企業のため、反復して注文を
取得すること。
8 企業は、通常の方法でその業務を行う仲立人、問
屋その他の独立の地位を有する代理人を通じて一方
の締約国内で事業活動を行っているという理由のみ
では、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有する
ものとされない。
9 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業(「恒久的施設」を通じて行われるものであ
るかないかを問わない。)を行う法人を支配し、又は
これらに支配されているという事実のみによっては、
いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」
とはされない。
日印租税条約においては、我が国が先進国および他の新
興国と結んでいる租税条約に比べて、PE の範囲が広く
なっていることが特徴である。
例えば、建設工事の PE について、日印租税条約第 5 条
第 3 項では PE として認定される建設工事の期間が「6
ヶ月超」とされている。これは、OECD モデル租税条
約に定める「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認めら
れる範囲が広くなっている。また、他の者が行う工事に
ついて監督活動を行った場合でも、その活動が「6 ヶ月
超」であれば PE として認定されることとなる。なお、
インドにおける建設プロジェクトを遂行するために現
地に設置したプロジェクト・オフィスは、日印租税条約
第 5 条第 2 項(a)の「事業の管理の場所」に該当するた
め、PE に該当する。
221
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
また、日印租税条約における代理人 PE の認定条件につ
いても、我が国が他国と結んでいる多くの租税条約より
も広い範囲となっている。原則として、我が国の企業が
インドにおいて販売代理人等を利用している場合、その
代理店が独立している代理人(独立代理人)ではなく、
日本企業に従属している関係(従属代理人)にある場合
には、当該代理人を通じて得られた利益はインドにおい
て課税対象となる。日印租税条約における代理人 PE に
は、OECD モデル租税条約に定められている契約締結
代理人だけでなく、在庫保有代理人および注文取得代理
人についても含められている。したがって、日本企業が
インドに現地法人を設立し販売代理店として活動させ
ている場合、当該現地法人が親会社の名での契約締結、
在庫の保有、または注文の取得を行っている場合には、
PE として認定される可能性が高くなる。
日印租税条約上では恒久的施設は「事業を行う一定の場
所であって企業がその事業の全部又は一部を行ってい
る場所」と定義されており、そのなかには例えば「企業
のためにその他の準備的又は補助的な性格の活動を行
うことのみを目的として、事業を行う一定の場所」等は
含まれないこととされている。しかし、このように条約
上では、現地の駐在員事務所が「準備的又は補助的な性
格の活動」のみを行っている場合には租税条約の規定に
より PE には該当しないとされる一方で、実務上では、
インドの税務当局は本来課税対象とはならない駐在員
事務所が営業行為を行っていると判断して PE 課税を
試みるケースがあり、その判断根拠が明確ではないとい
う問題が生じている。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日印租税条約の第 7 条において、PE について PE 所在
地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税でき
るとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業
が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他
方の締約国内において事業を行わない限り、当該一方
の締約国においてのみ租税を課することができる。一
方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施
設を通じて当該他方の締約国内において事業を行う
場合には、その企業の利得のうち当該恒久的施設に直
222
日印租税条
約第 7 条第 1
項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
接又は間接に帰せられる部分に対してのみ、当該他方
の締約国において租税を課することができる。
上記のとおり、日印租税条約では PE の課税対象として
は「その企業の利得のうち当該恒久的施設に直接又は間
接に帰せられる部分」のみ課税できると定めている。そ
のため、日本企業のインドにおける現地法人が PE とし
て認定された場合には、当該現地法人に利益が帰属する
取引が PE 課税の対象となり、それ以外の利益について
は課税対象に含められることはない。なお、「間接に帰
せられる部分」についても課税対象となることから、た
とえば日本の本社とインドの顧客が直接取引するよう
な場合でも、日本企業のインド支店が貢献した部分があ
る場合には、その部分については PE に帰属するとされ
ている。この点については、我が国の告示である「所得
に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止
のための日本国政府とインド共和国政府との間の条約
に関する書簡及びインドの経済開発を促進するための
特別の奨励措置に関する書簡交換の告示(平成元年外務
省告示第 602 号)」の第 6 条において以下のように定
められている。
条約第 7 条 1 に関し、「当該恒久的施設に直接又は間
接に帰せられる」という用語の使用に当たっては、恒
久的施設が関与した取引から生じた利益のうち、当該
取引において当該恒久的施設が果たした役割に対応
する部分が当該恒久的施設に帰せられることとなる。
また、物品又は役務の販売又は提供に関する契約又は
注文が、恒久的施設との間よりもむしろ海外にある当
該企業の本店との間で直接的に行われる場合におい
ても同様に、当該利得のうち前記の部分が当該恒久的
施設に帰せられることとなる。
一方、インド国内法においても、PE に帰属する所得の
みを課税する「帰属主義」が採用されている。
② 課税所得の範囲
前述のとおり、インドの国内法上では、非居住者につい
ては、(a)インドにおいて受領したもしくは受領したと
みなされる所得、(b)インドで生じたもしくは生じたと
みなされる所得が課税対象とされている。
また、インドの所得税法第 9 条では、インドの事業に関
連して生じた所得(business connection in India)は
インドの国内源泉所得として非居住者について課税が 所得税法第 9
223
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
行 わ れ る こ と と さ れ て い る 。 こ の 「 business
connection」については、インドの所得税法には定義は
設けられていないが、インドの最高裁判所の 1965 年の
判決(R.D. Aggarwal (1965 AIR 1526))によると、「非
居住者の所得に貢献している、インドの国内、国外で行
われる事業活動の綿密な関係」であるとされている。こ
の定義に基づくと、「business connection」の範囲は
幅広いものとなるため、国内源泉所得の範囲についても
広く解釈することが可能となる。
条
上述のとおり、我が国の企業がインドに PE を有する場
合には、日印租税条約により PE に帰属する所得のみが
インドでの課税対象とされるべきであるが、現地の税務
執行上では、この「PE に帰属する所得」が拡大解釈さ
れインドに関係した所得の全てに対して課税が行われ
ているのが実態である。
II. 課税所得の算定方法
インドにおいて PE 認定を受けた場合の課税所得の算
定方法については明確な規定等はなく、個々のケースご
とに事実に基づいて算定されることとなる。そのため、
PE の有無に関する考え方を含めて、訴訟等により争わ
れるケースが多い。なお、インドでは英国のコモンロー
の影響が強いため、過去の判例が重要視される。
最近の判例における PE の課税所得に関する考え方の
一つに、独立企業間価格に基づいて課税所得を算定する
というものがある。これは、移転価格ベースの独立企業
間価格に基づいて PE の所得が計算されているのであ
れば、類似の独立した第三者が稼得する利益と PE での
利益は同じになるため、その場合には PE に対してイン
ドでの追加課税は発生しない、というものである。また、
全世界売上に占めるインドでの売上の割合を用いて利
益を計算する方法等も一般的に用いられている。
III. 内部取引の認識
インドの国内法上、インドに所在する PE の課税所得を
計算する上で、内部取引(例えば、我が国における本社
と現地の支店との取引等)は PE の収益または費用とし
て認識する。
内部取引の金額は、独立企業間価格に基づいて算定す
る。
224
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
なお、上記の国内法による規定と租税条約における内部
取引に関する規定と異なる場合には、原則として租税条
約の規定が優先される。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
インドの国内法では、特定の取引についてはみなし利益
率が定められている。
そのうち外国法人の PE が該当するケースとしては、電
力関係のプロジェクトについて PE が稼得した当該プ
ロジェクトにかかる総売上金額の 10%をみなし利益と
して課税を行うという規定がある。
インドの国内法では、他に個人やインド法人に関するみ
なし利益率の規定が設けられているが、これらは外国法
人には原則として適用されない。ただし、税務当局が外
国法人に対して課税を行う際に、これらの規定を参考に
してみなし利益を計算するという可能性はある。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
1.4 税率
外国法人に対しては、課税所得に以下の税率を乗じて税
額が計算される。



課税所得 1,000 万ルピー未満:41.20%(法人税
40%+教育税 3%)
課税所得 1,000 万ルピー以上、1 億ルピー未満:
42.024%(法人税 40%+外国法人向け課徴金
2%+教育税 3%)※
課税所得 1 億ルピー以上: 43.26%法人税 40%
+外国法人向け課徴金 5%+教育税 3%)
※合計税率の計算方法は、40%×(1+0.02)×
(1+0.03)=42.024%(課税所得 1 億ルピー以上
の場合の 43.26%も同様)
225
所 得 税 法
44BBB
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
インドにおける
PE 課税の実態
調査結果
根拠法令等
調査した範囲においては、建設プロジェクトにおける
PE 認定および駐在員事務所の PE 認定等の事例が見受
けられた。
PE 認定される代表的な要因は以下のようなものが挙げ
られる。
<一括請負プロジェクトに対する考え方の相違>
インドにおいてプロジェクト・オフィスを設けて実施す
る建設プロジェクトに関して、インド国内で締結されて
いた契約書にインド国内での建設業務に加えて、インド
国外での設備売買や役務提供等を含めている場合に、税
務当局よりそれらすべてがインドの PE に帰属する損
益であるとの認定を受けることがある。
<駐在員事務所の機能に対する考え方の相違>
インドの現地子会社が我が国の親会社から物品を輸入
して販売を行っている場合に、親会社が現地に有する駐
在員事務所がその輸入販売取引に関与している、あるい
は駐在員事務所が現地で営業活動を行っている、と判断
され、PE 認定を受けることがある。
226
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(3)タイ
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
タイ国内法である内国歳入法では、外国法人の納税義務
に関し、第 66 条において以下のように規定している。
タイ国の法律またはタイ国以外の法律によって設
立された法人又はパートナーシップでタイ国内に
おいて「事業を行っている」とされる法人は、法人
税を納付しなければならない。
内国歳入法
第 66 条
外国法人でタイ国内において「事業を行っている」
法人は、タイ国内において行った活動の結果生じた
純利益について、法人税を納付しなければならな
い。純利益は第 65 条及び第 65 条 bis により計算す
ることとし、この方法で計算することができない場
合は、第 71 条(1)*に準じて計算するものとする。
* 総収入の 5%を課税所得とする計算方法
上記の第 66 条の規定において、タイ国内に事務所や支
店といった物理的な存在を通して活動を行うものは法
人税の課税対象になると定められている。
また、代理人 PE の範囲について規定されている下記の
第 76 条 bis(2)には、租税条約のようなタイムテストが
ないため、規定上はたとえ 1 日の活動であっても課税関
係が生じることになる。なお、代理人とみなされる者に
は、法人及びパートナーシップを含むが、リスクを自ら
が負い代理店業を業としている独立代理人は、ここでい
う代理人にはみなされない(租税委員会採決
(B.T.R.No.2/2526))。
<第 76 条 bis(2)>
外国法人が、タイ国内において事業を行うために使
用人、代理人又は仲介人を置き、その結果としてタ
イ国内において、収入又は所得を稼得した場合に
は、当該外国法人はタイ国内で事業を営んでいるも
のとみなされる。そして、当該使用人、代理人又は
仲介人は、その所得に関し、当該外国法人等の代理
人とみなされ、内国歳入法に規定する申告書の提出
及び納税義務を負うこととなる。
227
租税委員会
採決
(B.T.R.No.
2/2526)
内国歳入法
第 76 条 bis
(2)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
我が国の国内法では、PE について支店 PE、建設 PE、
代理人 PE の 3 種類を積極的に定義しているのに対し
て、タイの国内法ではそのような明確な定義は置かず
に、法人税の納税義務者である「タイ国内で事業を行っ
ている」者という概念のなかに PE を含ませているのが
特徴である。
また、タイの判例において、外国法人等がタイ国内で事
業を営んでいるか否かについての判定の考え方が以下
のとおり示されている。
① 物品販売
売買契約がタイ国内で締結されている場合、当該
事業はタイ国内で行われていると判断される。当
該契約に基づく取引からタイ国内の源泉所得が生
じている場合、物品の引渡や代金支払がタイ国外
で行われているとしても、タイ国内で事業が行わ
れているとされる。
② 役務提供
役務提供がタイ国内で行われている場合には、タ
イ国内で事業が行われていると判断される。
③ 融資
タイに支店を有する外国法人がタイの法人に対し
て融資を行っている場合、当該融資がタイ支店に
よるものでない場合であっても、当該外国法人は
タイにて事業を行っているものとみなされる。
駐在員事務所が営業活動を行っておらず、その活動が情
報収集・市場調査等に限定される場合には、当該駐在員
事務所は PE とは認定されず課税は行われない。
ただし、駐在員事務所が、投資または事業環境の調査報
告、一般情報の収集、タイ国内で製品の品質管理等のサ
ービスを本店以外の第三者に提供している場合には、当
該駐在員事務所が対価を得ているか否かにかかわらず、
歳入局告示
法人所得税が課される。この場合、サービスにより得ら
D.N 30
れるであろう収入総額から損金を控除した額が課税対
June B.E
象の所得金額とされる。
2529
また、駐在員事務所が、顧客の勧誘、顧客と本店との間
の連絡の仲介、本店に代わって行う契約の締結、見積書
や送り状の作成、計算書及び領収書の代理発行等を行っ
ている場合には、当該駐在員事務所は PE として認定さ
れ、当該行為により外国法人が得たであろう所得につい
て課税される。
228
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とタイは 1990 年 4 月 7 日に租税条約を締結して
おり、当該租税条約は 1990 年 8 月 31 日に発効してい
る。日本・タイ租税条約の第 5 条において PE を以下の
とおり定義している。
1 この条約の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
(g) 農場又は栽培場
(h) 保管のための施設を他の者に提供する者に
係る倉庫
3 建築工事現場若しくは建設、据付け若しくは組立
ての工事又はこれらに関連する監督活動は、3箇月を
超える期間存続する場合には、
「恒久的施設」とする。
4 一方の締約国の企業が他方の締約国内において
使用人その他の職員を通じて役務の提供(コンサルタ
ントの役務の提供を含む。)を行う場合には、このよ
うな活動が単一の工事又は複数の関連工事について
12 箇月の間に合計6箇月を超える期間行われるとき
に限り、当該企業は、当該他方の締約国内に「恒久的
施設」を有するものとされる。
5 1から4までの規定にかかわらず、
「恒久的施設」
には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管又は展示
のためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管又
は展示のためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
229
日本・タイ租
税条約第 5
条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
業を行う一定の場所を保有すること。
6 1及び2の規定にかかわらず、一方の締約国内に
おいて他方の締約国の企業に代わって行動する者(7
の規定が適用される独立の地位を有する代理人を除
く。)が次のいずれかの活動を行う場合には、当該企
業は、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有する
ものとされる。
(a) 当該一方の締約国内で、当該企業に代わって
契約を締結する権限を有し、かつ、この権限
を反復して行使すること。ただし、その活動
が5に掲げる活動(事業を行う一定の場所で
行われたとしても、5の規定により当該一定
の場所が「恒久的施設」とされない活動)の
みである場合は、この限りでない。
(b) (a)の権限は有しないが、当該一方の締約国内
で、当該企業に属する物品又は商品の在庫を
反復して保有し、かつ、当該在庫により当該
企業に代わって規則的に注文に応じ又は引
き渡すこと。
(c) (a)の権限は有しないが、当該一方の締約国内
で、専ら又は主として、当該企業のために、
又は当該企業及び当該企業が支配し若しく
は当該企業に支配的利益を有している他の
企業のために反復して注文を取得すること。
7 一方の締約国の企業は、通常の方法でその業務を
行う仲立人、問屋その他の独立の地位を有する代理人
を通じて他方の締約国内において事業を行っている
という理由のみでは、当該他方の締約国内に「恒久的
施設」を有するものとされない。
8 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業(「恒久的施設」を通じて行われるものであ
るかないかを問わない。)を行う法人を支配し、又は
これらに支配されているという事実のみによっては、
いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」
とはされない。
日本・タイ租税条約における PE の定義には、OECD
モデル租税条約と異なる点が多い。まず、日本・タイ租
税条約第 5 条第 2 項の PE に該当するものの列挙のなか
に、OECD モデル租税条約には含まれていない「農場
又は栽培場」および「保管のための施設を他の者に提供
する者に係る倉庫」が含まれている。
230
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
建設 PE については、日本・タイ租税条約第 5 条第 3 項
では PE として認定される建設工事の期間が
「3 ヶ月超」
とされている。これは、OECD モデル租税条約に定め
る「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認められる範囲
が広くなっている。また、OECD モデル租税条約では、
建設 PE に建設等に係る「監督活動」が含まれていない
が、日本・タイ租税条約における建設 PE には含まれて
いる。
次に、日本・タイ租税条約第 5 条第 4 項では「役務の提
供(コンサルタントの役務の提供を含む。)」で「12
箇月の間に合計 6 箇月を超える期間」行われるものにつ
いては、PE に該当するとしている。このような規定は、
OECD モデル租税条約にはない。
また、日本・タイ租税条約第 5 条第 5 項の(a)および(b)
において、企業が商品の「保管又は展示」のためのみに
施設を使用すること、または商品等の在庫の「保管又は
展示」のためのみに保有する場合には PE には該当しな
いとされているが、OECD モデル租税条約ではいずれ
の場合も「保管、展示又は引渡し」とされており、「引
渡し」の有無という違いが生じている。
日本・タイ租税条約第 5 条第 6 項(b)および(c)において
いわゆる在庫保有代理人および注文取得代理人は PE
に含まれると規定しているが、OECD モデル租税条約
では在庫保有代理人および注文取得代理人については
明記されていない。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日本・タイ租税条約の第 7 条において、PE について PE
所在地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税
できるとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業
が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他
方の締約国内において事業を行わない限り、当該一方
の締約国においてのみ租税を課することができる。一
方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施
設を通じて当該他方の締約国内において事業を行う
場合には、その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰
231
日本・タイ租
税条約第 7
条第 1 項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
せられる部分に対してのみ、当該他方の締約国におい
て租税を課することができる。
根拠法令等
一方、国内法上では、タイ歳入局はOECDの解釈のよう
な機能に基づいてPEの帰属利益を計算する「帰属主義」
の考え方に基づいた解釈をしていないため、
「総合主義」
で課税が行われると解される。
② 課税所得の範囲
上記 1.1 の通り、タイ国内法では内国歳入法第 66 条お
よび第 76 条 bis により、タイ国内で事業を行う外国法
人は、対価の受領地を問わず法人税の課税を受けること
となる。
タイ支店、または、タイ国内に代理人等の PE を有する
外国法人等は、タイの国内源泉所得のみが法人所得税の
課税対象所得とされ、タイ国法人と同様に、その正味所
得金額に対し、課税される。ただし、代理人等を通じて
タイ国内で事業を営んでいるとみなされた場合におい
て、代理人とみなされ申告義務を負う者が、当該課税年
度における正味所得金額を立証できない場合、総収入金
額から計算したみなし所得に対し課税が行われる。
II. 課税所得の計算方法
内国歳入法には、外国法人がタイ国内で事業を行う場合
タイ国内での事業から生じた利益について課税すると
規定しているのみで、その計算方法について詳細の規定
は設けていない。
外国法人の本店や他国の支店へ支払う支援やサービス
の対価の損金算入可能性については、歳入局通達Paw13
が参照される。
外国法人の本店や他国の支店へ支払う支援やサービ
スの対価として損金に算入できる費用は下記の通り
制限されている。
(1) 外国法人の本店や他国の支店による支援やサー
ビス費用については、タイ国内支店に関するも
のに限る。
(2) 試験研究費については、タイ国内の支店が役務
の提供を受け、または実際にタイ国内支店の事
業に利用したものに限る。
(3) 本店や他国支店がそれぞれの損金に算入したも
232
歳入局通達
Paw13
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
のについては、タイ国内支店の損金に算入する
ことはできない。
(4) 本店や他国支店がタイ国内支店に請求する費用
は一般的に認められた方法で計算されたもので
あり、他国支店と同様の方法で計算し、継続的
に適用する。
(5) これらの費用は、家賃、光熱費、消耗品費、減
価償却費などの本店や他国支店特有のものでな
いこと。
根拠法令等
III. 内部取引の認識
内部取引については前述 Paw 13 の通り、一定の本店か
ら請求される費用を損金とすることができる。これは支
店が他の法人格との取引から収入を得た場合に、その収
入に関連する費用が本店から支店に請求された場合に
認識されるものである。一方、本店からの収入を支店が
得たとしても、支店側で益金として認識することはな
い。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
通常の課税所得計算ができない場合、歳入局職員は総収
入金額からみなし所得を計算することができるとする
規定(歳入法典 71 条(1))がある。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
① 課税後利益の送金課税
課税後の利益について送金する場合、配当と同様に
10%の源泉徴収課税がなされる。この源泉徴収課税は、 内国歳入法
内国歳入法第 70 条 bis の規定である「法人は未処分利 第 70 条 bis
益をタイ国外へ支払う場合、支払金額から源泉徴収し、
支払いの日から 7 日以内に申告書の提出とともに納付
しなければならない。」を根拠として行われる。
② 地方税その他の税
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
1.4 税率
企業所得税率:30%
233
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
(ただし、時限立法により、2013 年 1 月 1 日以後 2014
年 12 月 31 日以前の開始事業年度については 20%とな
る。また、当該時限立法は期限後も維持される見込みで
ある。)
課税後利益の送金課税:10%
234
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
タイの税務当局(歳入局)は、近年は PE 課税についてあまり積極的ではないため、PE
課税の事例はほとんどないのが現状である。ただ、過去においては、1990 年代~2000 年代
に日系大手商社に対して PE 課税が行われた経緯がある。ここでは一般に公表されている情
報をもとに商社の事例を記述する。
調査項目
現地実態調査①
2.1
会社名
調査結果
根拠法令等
2.2
業種
総合商社の現地法人
2.3
現地における事
業活動の概要
公表されていない。
2.4
現地機能の規模
公表されていない。
2.5
PE 課税の概要
A社が外国法人の B 社にタイ法人の C 社を紹介し、B
社と C 社の間で商品売買が行われるようになった。A
社は当該商品売買や代金の支払について関与していな
いものの、売り手と買手の間を取り次いでいる。
2.6
PE 認定の理由
タイ法人である日系企業A社が外国法人のB社にタイ
法人のC社を紹介してB社とC社の間で商品売買が行わ
れるようになったことに関し、A社は商品売買や代金の
支払について関与していないものの、売り手と買手の間
を取り次いでいる。A社はタイで事業を行う外国法人の
代表者であるとみなされ、また、外国法人が受ける商品
代金には利益が含まれていることから内国歳入法第76
条bisにより法人税の申告・納付を行わなければならな
い。
A 社(日系大手商社のタイ子会社)
なお、第 70 条 bis の送金課税については、納税義務が
あるのはタイから利益を送金する者であり、A社はタイ
国内で仲介を行う代理にすぎず、利益を送金する者では
ないため、顧客の支払う商品代金に利益が含まれている
としても、A社はその支払に関与していないため、外国
法人の支店であることや利益を送金している者とは言
えず、第 70 条 bis による納税義務はない。
※A 社に関する同種の事案として、1997 年の判例
235
判例 No.
1015/2539
(1996 年)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
(No. 484/2540)がある。
2.7
認定された PE の
税額計算の過程
タイ国内の代理人を通して商品販売を行う日系企業に
適用される課税所得の計算式については、タイ歳入局と
我が国の国税庁の間で合意がなされており(商品売買の
み適用)、下記計算式に従い、課税所得を計算する。な
お、適用を受けるためには、監査済かつ公証済の日本の
損益計算書を歳入局へ提出する必要がある(原則と異な
り、この場合タイの監査を受ける必要はない)。
根拠法令等
(計算式)
総利益 = タイ国への輸出を扱う部門の総輸出利益
(外貨建) / タイ国への輸出を扱う部門の総輸出売上高
(外貨建) × タイ国への総輸出売上高(バーツ)
費用 = { 販売費及び一般管理費(外貨建) + その他
関連費用(外貨建) } / 全世界総売上高(外貨建) × タイ
国への総輸出売上高(バーツ)
2.8
当該措置への対
応
公表されていない。
2.9
外国税額控除の
適用
公表されていない。
現地実態調査②
2.1
会社名
A 社(日系大手商社のタイ子会社)
2.2
業種
総合商社の現地法人
2.3
現地における事
業活動の概要
公表されていない。
2.4
現地機能の規模
公表されていない。
2.5
PE 課税の概要
A社は、外国法人である日本の親会社B社とタイ国内の
買い手との間で行われる商品売買を仲介し、歳入法第76
条bisに基づき、親会社B社に代わって法人税を申告し、
還付請求を行った。
236
判例
No.
3936/2548
(2005 年)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
しかし、損金に算入する交際費や顧客への便宜に関する
費用、利子について実際の支払の証拠や支払いの証人が
なく、これらを提示することができなかったため、税務
調査の結果、A社に対し更正通知書が発行された。
2.6
PE 認定の理由
A社は、外国法人である日本の親会社B社とタイ国内の
買い手との間で行われる商品売買を仲介し、歳入法第76
条bisに基づき、親会社B社に代わって法人税を申告し、
還付請求を行った。これを受けて調査官は税務調査を実
施し、A社に対し更正通知書を発行した。
課税所得計算上、損金に算入する交際費や顧客への便宜
に関する費用、利子については内国歳入法の規定に従っ
て計算しなければならないとされている。これらの項目
はB社の監査済かつ公証された財務諸表に含まれてい
るものであるが、A社には実際の支払の証拠や支払いの
証人がなく、これらを提示することができなかったた
め、第65条bis(11)および第65条ter(9)(14)によ
り損金不算入とされたためである。
また、タイ国内の買い手によるB社への商品代金の支払
は、タイからの利益送金とみなされる。内国歳入法第76
条bisによれば、B社はタイ国内で事業を行う外国法人で
あり、その代表者または仲介人は「法人税」の規定に従
い申告・納付しなければならないとされているが、第70
条bisの利益送金にかかる課税もこの法人税の規定に含
まれることとされた。したがって、タイで事業を行う外
国法人の従業員、代表者または仲介人は利益の送金につ
いても納税義務を有している。
B 社は A 社を通してタイ国内の顧客へ商品を販売して
おり、A 社は一般的な営業活動を行う代理人ではなく外
国法人の代表者である。買い手が利益を含む商品の対価
を日本の B 社へ支払っているのは、単なる売り手と買
手の取り決めによるものであって、A 社は B 社の代表
者としてタイから利益を送金していると考えることが
できる。したがって A 社は第 76 条 bis および第 70 条
bis に基づきタイから支払われる利益について申告・納
付する義務がある。
2.7
認定された PE の
税額計算の過程
商品販売を行う日系企業に適用される課税所得の計算
式については、上記の「現地実態調査① 2.7 認定され
た PE の税額計算の過程」を参照。
2.8
本最高裁判決は過去の同種の事案の判決を覆す最高裁
237
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
当該措置への対
応
調査結果
大会議の議決によって結審したものである。
本判決によると、タイ国内の買い手が外国の売り手に直
接対価を支払う場合、通常タイからの利益の送金とされ
ることはないが、その取引がタイ国内に代理人のいる外
国法人によって行われた場合には商品売買から生じた
利益についてタイにおいて法人税を納付しなければな
らないとされた。
過去には、タイ国内の代理人を通して商品売買を行う外
国法人について第 76 条 bis による法人税が課されると
判断しているものの、タイ国内の顧客から外国法人へ直
接商品代金が支払われる場合には、タイ国内で稼得され
た利益が送金されるわけではないため、第 70 条 bis の
利益の送金課税はないと判断されてきた。しかし、2005
年の本最高裁判決により、商品代金の支払が直接行われ
るかどうかは支払条件にすぎないとして過去の判例を
覆し、外国へ直接支払われた商品売買から生じる利益に
ついてもタイから送金したものとみなして源泉徴収課
税することとされた。
2.9
外国税額控除の
適用
公表されていない。
238
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(4)インドネシア
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
インドネシアの国内法である所得税法では、PE を以下
のとおり定義している。
 恒久的施設とは、インドネシアに居住しない個人、
または 12 ヶ月の間に 183 日間を超えない滞在者、 所得税法第 2
あるいはインドネシアで設立・所在していない団体 条 5 項
が次のような事業活動のために利用する施設であ
る。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
(g)
(h)
(i)
(j)
(k)
(l)
(m)
(n)
(o)
(p)
経営管理事務所
支店
駐在員事務所
事務所ビル
工場
修理工場
倉庫
販売・促進のための場所
天然資源の採掘
石油または天然ガスの採掘作業地域
漁業、畜産業、農業、農園業、林業
建設プロジェクト、装置プロジェクト、組立
プロジェクト
12 ヶ月の間に 60 日間以上にわたって、社員
または他の人によって行われた、形式のいか
んに関わりない各種サービスの提供
拘束された形で、個人または団体によって行
われる代理店業務
インドネシアにおいて保険料を受け取り、保
険リスクを負うインドネシア国外で設立さ
れ、国外に所在する保険会社の代理店あるい
は保険会社社員
インターネットで事業活動を行うためにエ
レクトロニクス取引の運営者が保有、賃貸さ
れるもしくは利用されるコンピューター、そ
の代理店、もしくは自動機器
上記の m 項のとおり、インドネシア税法では、サービ
スの提供が一定の期間(60 日間)を超えてインドネシ
アでなされる場合、
PE として認定されることになる(タ
239
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
イムテスト)。通常、租税条約を締結している国につい
ては、タイムテストの対象となる活動および期間は各租
税条約に規定されているが(後述)、インドネシアと租
税条約を締結していない国の居住者の場合には、インド
ネシアの国内法におけるタイムテストが適用される。
根拠法令等
我が国の国内法における PE の定義規定には、タイムテ
ストが設けられているのは建設 PE のみである一方、イ
ンドネシア国内法における「a.12 ヶ月の間に 60 日間以
上にわたって、社員または他の人によって行われた、形
式のいかんに関わりない各種サービスの提供」という規
定は、対象業務が限定されておらず、かつ、タイムテス
トの期間が短いため、我が国の国内法の規定に比べて範
囲が広いものとなっている。それ以外の項目には、我が
国の国内法における支店 PE、代理人 PE に相当するも
のが含まれており、さらに我が国の国内法にないものと
して保険代理人とインターネット事業のためのコンピ
ューター等が含まれている。なお、代理人 PE について
は、我が国の国内法のように契約締結代理人、在庫保有
代理人、注文取得代理人の区分までは言及されていな
い。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とインドネシアは 1982 年 3 月 3 日に租税条約を
締結しており、当該租税条約は 1982 年 12 月 31 日に発
効している。日本・インドネシア租税条約の第 5 条にお
いて PE を以下のとおり定義している。
1 この協定の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
(g)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
農場又は栽培場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
3 建築工事現場又は建設若しくは据付工事は、六箇
月を超える期間存続する場合に限り、「恒久的施設」
とする。
4 1から3までの規定にかかわらず、
「恒久的施設」
には、次のことは、含まれないものとする。
240
日本・インド
ネシア租税
条約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(a) 企業に属する物品又は商品の保管又は展示
のためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管又
は展示のためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために、物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のために、広告、情報の提供、科学的調
査又はこれらに類する準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(f) (a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせた
活動を行うことのみを目的として、事業を行
う一定の場所を保有すること。ただし、当該
一定の場所におけるこのような組合せによ
る活動の全体が準備的又は補助的な性格の
ものである場合に限る。
5 一方の締約国の企業が他方の締約国内において
使用人その他の職員(8の規定が適用される独立の地
位を有する代理人を除く。)を通じてコンサルタント
の役務又は建築、建設若しくは据付工事に関連する監
督の役務を提供する場合には、このような活動が単一
の工事又は複数の関連工事について一課税年度にお
いて合計六箇月を超える期間行われるときに限り、当
該企業は、当該他方の締約国内に「恒久的施設」を有
するものとされる。ただし、このような役務が経済協
力又は技術協力に関する両締約国の政府間の合意に
基づいて提供される場合には、当該企業は、この条の
いかなる規定にもかかわらず、当該他方の締約国内に
「恒久的施設」を有するものとされない。
6 一方の締約国内において他方の締約国の企業に
代わって行動する者(8の規定が適用される独立の地
位を有する代理人を除く。)が次のいずれかの活動を
行う場合には、当該企業は、その者が当該企業のため
に行うすべての活動について、当該一方の締約国内に
「恒久的施設」を有するものとされる。
(a) 当該一方の締約国内において、当該企業の名
において契約を締結する権限を有し、かつ、
この権限を反復して行使すること。ただし、
その活動が4に掲げる活動のみである場合
は、この限りでない。
241
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(b) 当該一方の締約国内において、当該企業に属
する物品又は商品の在庫を保有し、かつ、当
該在庫により当該企業に代わって反復して
注文に応ずること。
7 保険業を営む一方の締約国の企業が、使用人又は
代表者(8に規定する独立の地位を有する代理人を除
く。)を通じ、他方の締約国内において保険料の受領
(再保険に係る保険料の受領を除く。)をする場合又
は当該他方の締約国内において生ずる危険の保険(再
保険を除く。)をする場合には、当該企業は、当該他
方の締約国内に「恒久的施設」を有するものとされる。
8 一方の締約国の企業は、通常の方法でその業務を
行う仲立人、問屋その他の独立の地位を有する代理人
を通じて他方の締約国内において事業活動を行って
いるという理由のみでは、当該他方の締約国内に「恒
久的施設」を有するものとされない。
9 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業(「恒久的施設」を通じて行われるものであ
るかないかを問わない。)を行う法人を支配し、又は
これらに支配されているという事実のみによっては、
いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」
とはされない。
日本・インドネシア租税条約における PE の定義には、
OECD モデル租税条約と異なる点が多い。まず、日本・
インドネシア租税条約第 5 条第 2 項の PE に該当するも
のの列挙のなかに、OECD モデル租税条約には含まれ
ていない「農場又は栽培場」が含まれている。
建設 PE については、日本・インドネシア租税条約第 5
条第 3 項では PE として認定される建設工事の期間が「6
ヶ月超」とされている。これは、OECD モデル租税条
約に定める「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認めら
れる範囲が広くなっている。
日本・インドネシア租税条約第 5 条第 4 項の(a)および
(b)においては、企業が商品の「保管又は展示」のため
のみに施設を使用する場合、または商品等の在庫の「保
管又は展示」のためのみに保有する場合には PE には該
当しないとされているが、OECD モデル租税条約では
いずれの場合も「保管、展示又は引渡し」とされており、
「引渡し」の有無という違いが生じている。また、同項
(e)は「準備的又は補助的な性格な活動」に関する規定
であるが、OECD モデル租税条約にない「広告、情報
242
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
の提供、科学的調査」が挙げられており、この点は PE
の除外範囲が広くなっている。
根拠法令等
また、日本・インドネシア租税条約第 5 条第 5 項では「コ
ンサルタントの役務又は建築、建設若しくは据付工事に
関連する監督の役務」で「一課税年度において合計六箇
月を超える期間」行われるものについては、PE に該当
するとしている(ただし、政府間合意に基づく経済協力
または技術協力に係る場合を除く)。このような規定は、
OECD モデル租税条約にはない。
日本・インドネシア租税条約第 5 条第 6 項(b)において
は、いわゆる在庫保有代理人は PE に含まれると規定し
ているが、OECD モデル租税条約では在庫保有代理人
については明記されていない。
加えて、日本・インドネシア租税条約第 5 条第 7 項では、
企業が他方の国で保険料の受領や保険の引受をする場
合には(独立代理人による場合を除き)PE に該当する
としているが、このような保険に関する PE については
OECD モデル租税条約には含まれていない。
なお、前述のとおり、特定の活動が一定の期間(タイム
テスト)を超えてインドネシアでなされる場合には PE
として認定されることになり、インドネシアが各国と締
結している租税条約には、そのタイムテストの日数が規
定されている。たとえば、日本・インドネシア租税条約
においては、上記の第 5 条第 3 項において「建築工事現
場又は建設若しくは据付工事」が 6 ヶ月を超える場合に
は、PE 認定されることが規定されている。
ちなみに、インドネシアと租税条約を締結していない国
の居住者の場合には、インドネシアの国内法におけるタ
イムテスト(継続する 12 ヶ月(暦年ではない)のうち
に 60 日超)が適用される。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日本・インドネシア租税条約の第 7 条において、PE に
ついて PE 所在地国は当該 PE に帰属する所得に対して
のみ課税できるとする「帰属主義」の原則が示されてい
る(OECD モデル租税条約の旧 7 条型)。
1
一方の締約国の企業の利得に対しては、その企
243
日本・インド
ネシア租税
条約第 7 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該
他方の締約国内において事業を行わない限り、当該
一方の締約国においてのみ租税を課することができ
る。一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒
久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業
を行う場合には、その企業の利得のうち当該恒久的
施設に帰せられる部分に対してのみ、当該他方の締
約国において租税を課することができる。
根拠法令等
第1項
インドネシアの国内法では、下記の所得税法第 5 条第 1
所得税法第 5
項 b の規定にあるとおり、外国法人が PE 認定された場
条第 1 項 b
合の課税所得は、PE に直接帰属する所得に加えて、外
国法人の本社がインドネシア国内で行う同種類の事業
活動により得た所得も PE の所得とみなして課税する
「Force of Attraction」方式が採用されている(総合主
義)。
この考え方により、インドネシア内に PE が存在すると
認定された場合、PE に帰属しないインドネシア内の所
得がある場合でも課税対象に含まれるケースが生じる
ことになる。ただし、日本・インドネシア租税条約のよ
うに、租税条約において PE の課税所得は PE に直接帰
属する所得に限るとしている国もある(その場合でも、
国内法が総合主義であることに引きずられ、所得税法第
5 条第 1 項 b 及び c の所得について、現地の税務当局よ
り PE に帰属する所得とみなされ、課税されることがあ
る)。
② 課税所得の範囲
PE 認定された場合、その外国法人は税法上非居住者と
いう地位は存続するが、その PE に帰属する所得に対し
て、税務上の居住者と同じ納税義務を負うことになる。
インドネシアの国内法である所得税法(第 5 条)では、
PE の課税対象となる所得について以下のとおり規定し
ている。
1
恒久的施設の課税対象は下記のとおりである。
a. 恒久的施設の営業活動、その所有または管理
する資産の運用から得られた収益。
b. 恒久的施設がインドネシアで営むのと同類
の事業・活動、商品の販売、サービス提供を
親会社がしている場合、それらは恒久的施設
の所得と認める。
c. 第 26 条に述べられたような親会社が得る収
益(*1)。ただし、その収益を生む資産や活動
244
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
と恒久的施設との間に実効的な関連がある
場合に限る。
2 上記1項 b 及び c の所得に関する経費は、
恒久的
施設の所得から控除できる。
3 恒久的施設の利益算出については下記のとおり
である。
a. 海外の外国法人の本社が、損金として支店に
配賦できる管理費は、インドネシアにおける
恒久的施設の営業・活動と関係のある費用に
限られ、その額は租税総局長が定める。
b. 海外の外国法人の本社への支払で下記のも
のは、損金算入できない。
1) 資産、特許その他の権利の使用に関する
ロイヤルティー、またはその報酬金の支
払
2) マネージメントコンサルタントまたはそ
の他の役務の報酬
3) 金利、ただし銀行業務に関する利子は除
く
c. 海外の外国法人の本社より受け取った上記
b.の支払は、課税対象とみなされない。ただ
し、銀行業務に関する利子を除く。
(*1) 第 26 条では、政府機関、国内課税対象者、
活動主催者、恒久的施設、外国企業代表部が
インドネシアで恒久的施設を利用する者以外
の外国納税者に支払う配当、利息、ロイヤル
ティー、サービス対価等に対しては、支払側
にて 20%の源泉徴収を行うことが規定されて
いる。
II. 課税所得の計算方法
インドネシア国内法における税務上の課税所得の計算
は、一般に認められた会計原則を基に、一定の税務上の
調整を加えて計算される。課税対象となる課税所得の金
額の算出に当たっては、原則として、その所得を稼得、
回収、維持するためにかかる支出を損金に算入すること
ができるが、特定の費用については損金算入の限度額が
定められているものや損金算入が認められていないも
のがある。
III. 内部取引の認識
内部取引については、一定のものについてのみ認識する
旨、所得税法第 5 条第 3 項にて規定されている(上記Ⅰ
245
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
②参照)。
根拠法令等
なお、インドネシアにおける支店設立については、設立
手続を定めた規則はあるが、実際には、政府の方針で
30 年以上、一件も認可されていない。日系企業では、
1970 年代に進出した銀行の 1 社のみが、唯一、支店と
しての地位を現在も保ち続けている。
銀行の場合、本社への支払は既述の所得税法第 5 条 3
項にあるように、原則損金処理は認められず、金利取引
についてのみ損益に計上することが可能となっている。
これは税務上、関連者間取引として独立企業原則が適用
される。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
外国法人の駐在員事務所に関しては、本社およびグルー
プ会社からインドネシアへの輸出金額の 1%を駐在員
事務所の利益とみなすというルールが適用されている。
これは、当初プライベートルーリング(個別通達)とし
て規定されていたものである。その後、正式な税務ルー
ル(所得税法第 15 条)となり、現在に至っている。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
① 支店利益税
PE に対しては、法人所得税に加えて、税引後利益に対
して 20%の税率で支店利益税が課される。ただし、租
税条約によっては軽減措置が設けられているものもあ
る。日本・インドネシア租税条約では 10%に軽減され
る。また、税引後利益がインドネシアで再投資される場
合には、当該支店利益税は課されない。
② 地方税その他の税
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
1.4 税率
 法人所得税率
課税所得に対して 25%
(ただし、上場会社で株式の 40%以上を公開している
場合は 20%。年間売上高 500 億ルピアまでの企業は 48
246
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
億ルピアまでの課税所得に対して税率を 50%軽減)
 支店利益税
PE の税引後利益に対して 20%
(ただし、日本・インドネシア租税条約により日本企業
の PE については 10%)
247
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
インドネシアに
おける PE 課税の
実態
調査結果
根拠法令等
調査した範囲においては、現地に駐在員事務所を有する
我が国企業とインドネシアの国税総局が討議し、妥協策を
討議した結果、「日本本社およびグループ会社からインド
ネシアへの輸出金額の 1%を駐在員事務所の利益とみな
す」という特別ルールで合意することになった事例がある
(3-3(1)②(iv)にて後述)。
これは、当初プライベートルーリング(個別通達)として
規定されていたものである。その後、正式な税務ルール(所
得税法第 15 条)となり、現在に至っている。
なお、本事案の背景事情としては、インドネシア税務当局
が、我が国企業の駐在員事務所が現地において情報収集、
販売促進、品質管理などの業務以上の業務を行っているの
ではないかという疑義を持ったことから発展したもので
ある 。
248
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(5)マレーシア
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とマレーシアは 1999 年 2 月 19 日に租税条約を
締結しており、当該租税条約は 1999 年 12 月 1 日に発
効している。日本・マレーシア租税条約の第 5 条におい
て PE を以下のとおり定義している。
マレーシアの国内法である所得税法には、PE の定義規
定はない。この点、PE の定義を明確に設けている我が
国の国内法と異なっている。
1 この協定の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
3 建築工事現場若しくは建設若しくは据付けの工
事又はこれらに関連する監督活動については、六箇月
を超える期間存続する場合には、「恒久的施設」を構
成するものとする。
4 1から3までの規定にかかわらず、
「恒久的施設」
には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管又は展示
のためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管又
は展示のためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
249
日本・マレー
シア租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(f) (a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせた
活動を行うことのみを目的として、事業を行
う一定の場所を保有すること。ただし、当該
一定の場所におけるこのような組合せによ
る活動の全体が準備的又は補助的な性格の
ものである場合に限る。
5 1及び2の規定にかかわらず、一方の締約国内に
おいて他方の締約国の企業に代わって行動する者(6
の規定が適用される独立の地位を有する代理人を除
く。)が次のいずれかの活動を行う場合には、当該企
業は、その者が当該企業のために行うすべての活動に
ついて、当該一方の締約国内に、「恒久的施設」を有
するものとされる。
(a) 当該一方の締約国内で、当該企業の名におい
て契約を締結する権限を有し、かつ、この権
限を反復して行使すること。ただし、その者
の活動が4に掲げる活動(事業を行う一定の
場所で行われたとしても、4の規定により当
該一定の場所が「恒久的施設」とされない活
動)のみである場合は、この限りでない。
(b) (a)の権限は有しないが、当該一方の締約国内
で、物品又は商品の在庫を恒常的に保有し、
かつ、当該在庫から当該企業に代わって物品
又は商品を反復して引き渡すこと。
6 企業は、通常の方法でその業務を行う仲立人、問
屋その他の独立の地位を有する代理人を通じて一方
の締約国内で事業活動を行っているという理由のみ
では、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有する
ものとされない。
7 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業(「恒久的施設」を通じて行われるものであ
るかないかを問わない。)を行う法人を支配し、又は
これらに支配されているという事実のみによっては、
いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」
とはされない。
日本・マレーシア租税条約における PE の定義は、いく
つか相違点はあるものの、概ね OECD モデル租税条約
と類似した内容となっている。
250
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
建設 PE については、日本・マレーシア租税条約第 5 条
第 3 項では PE として認定される建設工事の期間が「6
ヶ月超」とされている。これは、OECD モデル租税条
約に定める「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認めら
れる範囲が広くなっている。また、OECD モデル租税
条約では、建設 PE に建設等に係る「監督活動」が含ま
れていないが、日本・マレーシア租税条約における建設
PE には含まれている。
根拠法令等
また、日本・マレーシア租税条約第 5 条第 4 項の(a)お
よび(b)において、企業が商品の「保管又は展示」のた
めのみに施設を使用する場合、または商品等の在庫の
「保管又は展示」のためのみに保有する場合には PE に
は該当しないとされているが、OECD モデル租税条約
ではいずれの場合も「保管、展示又は引渡し」とされて
おり、「引渡し」の有無という違いが生じている。
加えて、日本・マレーシア租税条約第 5 条第 5 項(b)に
おいて、いわゆる在庫保有代理人は PE に含まれると規
定しているが、OECD モデル租税条約では在庫保有代
理人については明記されていない。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日本・マレーシア租税条約の第 7 条において、PE につ
いて PE 所在地国は当該 PE に帰属する所得に対しての
み課税できるとする「帰属主義」の原則が示されている
(OECD モデル租税条約の旧 7 条型)。
一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業が他
方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の
締約国内において事業を行わない限り、当該一方の締
約国においてのみ租税を課することができる。一方の
締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施設を
通じて当該他方の締約国内において事業を行う場合
には、その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰せら
れる部分に対してのみ、当該他方の締約国において租
税を課することができる。
日本・マレー
シア租税条
約第 7 条第 1
項
一方、国内法においては、非居住者に対しては、原則と 所得税法
して PE の有無にかかわらず、マレーシアを源泉とする Section 3、
所得があればすべて課税対象とすることとしている(所 Section 4
得税法 Section 3、Section 4)。非居住者がマレーシア
国内に PE を有する場合、マレーシア源泉所得のうち
PE に帰属する所得のみを課税対象とするかどうか(「帰
251
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
属主義」かどうか)については言及されていない。
② 課税所得の範囲
PE の有無にかかわらず、マレーシアを源泉とする所得
があればすべて課税対象とするというのがマレーシア
の所得税法の趣旨であり、同法の Section 3 で所得税の
課税範囲を、Section 4 で課税対象となる所得の種類を
規定している。
<Section 3>
所得税法
当該所得税法に従い、マレーシア内にて生じる所得、
Section 3、
マレーシアで稼得する所得またはマレーシア国外の
Section 4
所得でマレーシア内で受領するものに対しては、毎年
所得税が課される。(※下線部の所得は別規定により
免税とされている。)
<Section 4>
当該所得税法に従い、課税対象となる所得は以下のと
おりである。
(a) 事業から生じる所得
(b) 雇用により得られる所得
(c) 配当、利子または割引債
(d) 賃貸料、使用料またはプレミアム
(e) 年金、恩給、その他の定期的に支払われる所
得で上記以外のもの
(f) 上記以外のその他所得
従って、マレーシアの非居住者でマレーシアと租税条約
が存在しない国の居住者における課税範囲については、
上記の Section 3、Section 4 および関連する判例に基づ
き判断すると解されている。
II. 課税所得の計算方法
通常の法人税の計算においては、税引前利益に税務調整
を行い、税務上の減価償却費・繰越欠損金を控除して事
業所得を算定する。これにその他の所得(投資所得・資
産所得・その他の所得)を合算した上で、事業損失、認
定寄附金等を控除するなどして課税所得を算定する。
III. 内部取引の認識
マレーシアの国内法上、そもそも支店や PE といった概
念がないため、内部取引を認識するという特段の規定は
ない。ただし、逆に「本支店間取引はなかったとみなす」
という規定もない。
252
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
他方で、マレーシアにおける 2012 年の移転価格ガイド
ラインの 3.4 では次の通り、本支店間取引にも移転価格
の考え方が適用される旨が示されており、国内法が未整
備のままガイドラインでは内部取引を認識するべきこ
とが示されている。この移転価格ガイドラインでは、内
部取引を独立企業間価格に基づいて算定すべきことと
されている。
<2012 年 移転価格ガイドライン 3.4>
本ガイドラインは、PE とその本社あるいは他の支
店との取引についても類推して適用する。本ガイ
ドラインにおいては、PE は本社および他の支店と
は独立した事業体とみなして取扱う。
根拠法令等
2012 年移転
価格ガイド
ライン 3.4
なお、国外からの本店配賦経費についても、国内法上は
特段の規定はなく、以下の下線部の要件を満たす費用が
損金算入されるという原則規定があるのみだが、建設会
社のマレーシア支店などの事例を見る限り、配賦経費の
全部または一部が、マレーシアの事業のために発生した
とは認められないとして税務調査で否認されるケース
がある。
<Section 33>
本法を適用する場合において、納税者の basis
period における所得は、
その事業年度の総収入から、 所 得 税 法
その事業年度において生じた費用または支出でもっ Section 33
ぱら当該総収入を稼得するためだけに生じたものを
控除して算定するものとする。(以下省略)
IV. みなし利益課税等の法的根拠
みなし利益に基づく課税は行われていない。
V. 二重課税排除の方式
マレーシア国内へ送金されない国外所得については原
則として国外所得免税が適用される。加えて、国内に送
金され、マレーシアで課税を受ける国外所得のうち一定
のものについては外国税額控除制度の適用を受けるこ
とができる。
VI. 法人所得税以外で課される税目
① 4A 所得に対する源泉税
上記のSection 4に加えて、Section 4Aにおいては、非
253
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
居住者の場合に課税される所得の種類が追加的に規定
されている(「4A所得」)。
<Section 4A>
Section 4 の規定にかかわらず、マレーシア非居住者
の所得のうち下記に該当するものでマレーシアにて
稼得されたものについては、当該所得税法に従って課
税対象となる。
根拠法令等
所得税法
Section 4A
(i) 不動産や権利を有する者もしくはその使用人が
それらの使用に関連して提供するサービス、ま
たは工場もしくは機械装置の据付もしくは使用
に関連してその売手もしくはその使用人により
提供されるサービスの対価として支払われるも
の
(ii) 科学的、工業的もしくは商業的な事業やプロジ
ェクト等において、技術面における管理や監督
のために行われる技術的なアドバイス、支援ま
たはサービスの対価として支払われるもの
(iii) 動産の使用に関する契約等により支払われる
賃貸料またはその他の支払い
上述の Section 4A は、1984 年に追加された規定で、諸
外国において通例とされている
「PE なければ課税なし」
の原則に従い、納税者勝訴を言い渡した最高裁の判例
(Euromedical Case)を受け、税源の減少を抑えるために
マレーシア内国歳入庁(MIRB)が新設した規定である。
Section 4A の導入にあたって、MIRB は「Section 4A
の所得は Section 4(a)に規定される事業所得とは別の所
得であり、租税条約の事業所得条項の適用を受けるもの
ではない」との一方的な考え方を示しており、当該
Section 4A はその意図を反映したものとも言える。
所得税法 Section 109B(1)において、Section 4A の所得
を非居住者に支払う者は支払時に源泉徴収を行い、当該
源泉税を税務当局に納付すべきこととされている。
Section 109B に規定されている通り源泉税は税率 10%
であり、源泉徴収により課税関係は終了する。
<Section 109B (1)>
マレーシア源泉所得とみなされる下記の支払をマレ
ーシア非居住者に対して行う者(源泉徴収義務者)は、
各支払に適用される税率にて源泉徴収を行い、1 か月
以内に税務署長に報告および納税を行う。ただし、税
務署長が特別の事情があると認める場合には、納税期
254
所得税法
Section
109B (1)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
限を延長することができる。
根拠法令等
(a) 不動産や権利を有する者もしくはその使用人
がそれらの使用に関連して提供するサービ
ス、または工場もしくは機械装置の据付もし
くは使用に関連してその売手もしくはその使
用人により提供されるサービスの対価として
支払われるもの
(b) 科学的、工業的もしくは商業的な事業やプロ
ジェクト等において、技術面における管理や
監督のために行われる技術的なアドバイス、
支援またはサービスの対価として支払われる
もの
(c) 動産の使用に関する契約等により支払われる
賃貸料またはその他の支払い
日系企業でよくみられるのは、日本の会社がマレーシア
の子会社や顧客に技術者を派遣し技術支援という形で
の役務の提供を行うケースである。この場合に日本の会
社が受領する対価に対しては、Section 109B(1)の(a)ま
たは(b)に基づき対価に10%の源泉税が課されることに
なる。
なお、上記のSection 109Bの源泉税が課されるのはマレ
ーシアにPEを有しない非居住者の場合であり、PEを有
する非居住者の場合は、一般にSection 107Aの源泉徴収
(10% + 3%)が行われ、その上で法人税の申告(法人税
率: 25%)を行うこととされている。この3%は、PEに属
する駐在員等の個人所得税見合いとされ、関連する個人
所得税の申告納付の履行を前提として別途会社に還付
されることとなる。
<Section 107A (1)>
非居住者と役務提供に関する契約を締結し、当該契約
に基づき支払をする者(源泉徴収義務者)は、下記の
税率にて源泉徴収を行い、1 か月以内に税務署長に報
告および納税を行う。
(a) 非居住者に課される法人税として 10%
(b) 非居住者の使用人に課される個人所得税とし
て 3%
ただし、下記の場合にはこの限りではない。
(i) 税務署長が、源泉徴収義務者に対して書面に
より、上記と異なる税率で源泉徴収するこ
と、または源泉徴収を要しないこと、を通知
255
所 得 税 法
Section
107A (1)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
することができる。
(ii) 税務署長が特別の事情があると認める場合
には、納税期限を延長することができる。
なお、所得税法における 4A 所得が日本・マレーシア租
税条約の第 7 条の事業所得に該当するのであれば、日本
企業の PE がマレーシアに存在しない場合には課税さ
れないこととなる。
但し、マレーシア税務当局は、租税条約に「Technical
Fee 条項」がある場合を除き、4A 所得が租税条約のど
の条項に該当するかの検討は行わずに国内法に基づく
課税がされるべきと考えており、日系企業に支払いを行
う現地法人も通常 Section 109B に基づく源泉徴収・納
付を行っているのが実情である。なお、「Technical Fee
条項」のある租税条約の場合は、当該条項にしたがい
Section 109B の源泉税率の軽減を認めている(例:マ
レーシア・シンガポールの租税条約)。
② 地方税その他の税
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
VII. その他
① マレーシアにおける申告義務
マレーシアにおける会社の申告義務については、所得税
法 Section 77A (1)で規定されており、すべての会社(居
住者・非居住者を問わない)は申告書を提出することと
されている。ただし、申告書を提出する義務があるの
は”basis period”が存在する場合である。この”basis
period”については Section 21A で規定されており、そ
の第 5 項において会社が営業を開始した場合は、その日
から期末までが basis period を構成するとしている。
以上より、営業を開始していない会社の場合は、basis
period がなく、したがって申告義務がないと解される。
なお「営業」の定義は Section 21A の第 8 項にあり、こ
れに従えば、マレーシアで事業または投資を行っている
会社であるかどうかで、申告義務の有無が決まることに
なる。
<Section 77A(1)>
すべての法人、有限責任事業組合、信託機関、協同
組合は、毎年、事業年度(申告対象となる“basis
256
所得税法
Section77A(
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
period”)終了から 7 か月以内に所定の様式により申
告書を税務署長に提出しなければならない。
<Section 21A>
第5項
法人が営業を開始し、かつ、
(a) 設立地の法令により、定められた日を事業年度
末とするよう規定されている場合、または
(b) 当該法人が企業グループに属している場合に
は、同一企業グループの他の法人と同じ日を事
業年度末とする場合
には、事業開始の日から事業年度末までの期間を、
税務申告における“base period”とする。
第8項
この Section において、法人、有限責任事業組合、
信託機関、協同組合における「営業」とは以下のも
のとする。
(a) 継続して行う事業に関する活動
(b) 投資に関連して行う活動
(c) 事業の継続的な遂行および投資の両方に関する
活動
(d)事業開始前に行う投資または事業の中断後に行
う投資に関する活動
② 納税者の区分と課税所得の範囲
マレーシアの法人税制上、納税義務者は居住法人と非居
住法人に区分される。
(1) 居住法人
マレーシアの会社法に基づいて設立されたか否
かにかかわらず、取締役会がマレーシアで開催さ
れ、取締役がマレーシアで業務執行・管理を行っ
ている場合には、居住法人とされる。
(2) 非居住法人
居住法人以外の法人をさす。
マレーシアの法人所得課税では、原則として国内源泉所
得のみを課税対象とし、国外源泉所得は、マレーシアに
送金されない限り免税所得とされる。
(1) 居住法人は、①マレーシアから生ずる所得、②マ
レーシアで稼得する所得、③マレーシアで受領す
る所得(ただし、銀行・保険・空輸・開運事業を
257
根拠法令等
1)
所得税法
Section21A
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
除き、マレーシア国外源泉所得のうちマレーシア
に送金された金額は免税所得とされる)が課税所
得とされる。
(2) 非居住法人は、①②のみが課税対象所得となる。
1.4 税率
法人税率は 25%
ただし、資本金額が 250 万 RM 以下の居住法人である
中小法人は、50 万 RM までについては 20%の税率とな
る。
※RM:リンギット(マレーシアの通貨単位)
258
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
調査結果
根拠法令等
現地実態調査
マレーシアにお
ける PE 課税の実
態
I.
PE 課税の事例
マレーシアにおいて、日本企業に対して PE 認定による
課税が行われたケースは現在のところ聞き及んでいな
い。
II. その他の二重課税の問題
「現地制度調査」にて記述したとおり、国内法である所
得税法の Section 4A では、非居住者が特定のサービス
提供を行った場合には、その対価をマレーシアにおける
課税の対象とし、通常、その対価の受領時に Section 4A
および Section 109B により源泉徴収が行われる。
我が国の国内法によれば、租税条約の規定によりその租
税条約の条約相手国等において租税を課することがで
きるとされる所得については国外源泉所得に該当する、
とされている。4A 所得が日本・マレーシア租税条約の
第 7 条の事業所得に該当すると考えれば、当該 4A 所得
に対しては PE がなければ課税はされるべきではない
こととなる。
しかしながら、MIRB は「4A 所得は租税条約の事業所
得条項の適用を受けるものではない」との方針を示して
いる。
また、日本・マレーシア租税条約の場合は「その他所得」
の源泉地国課税が認められており、マレーシア当局がこ
れを論拠としてマレーシアでの課税の妥当性を主張す
る可能性もある。「その他の所得」とは、事業所得等の
特定の所得区分に分類できない所得というのが我が国
における考え方であり、4A 所得は事業所得に近い性質
であることから「その他の所得」に該当しないと考えら
れるが、この考え方がマレーシアに対して通用するとは
限らない。
従って、我が国の税務上の判断としてマレーシアにおけ
る 4A 所得に対する課税が租税条約によって認められて
いる課税ではないとされる可能性があると考えられ、こ
の場合、国外源泉所得には該当しないことになるため、
結果、4A 所得につきマレーシアで課された源泉税につ
いて日本側での外国税額控除の適用に問題が生じると
259
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
考えられる。
なお、4A所得の源泉税課税について、日系企業がこれ
を不服として提訴した事例は聞き及んでいない。日系企
業以外では過去に裁判例があるが、各国の条約の内容に
よっても争点は異なるものの、いずれにしてもSection
4A導入以降で最終的に納税者が勝訴した例はない。
最近の訴訟例ではAlam Maritim Caseが有名である。
このケースでは、シンガポール企業の船舶の賃貸所得に
係るSection 109Bの源泉税課税の妥当性が争われた。マ
レーシア高裁(High Court)、上訴裁(Court of Appeal)
では「PEなければ課税なし」との納税者の主張が受け
入れられたが、最高裁(Federal Court)判決では、旧
マレーシア・シンガポール租税条約のArticle 6
“Shipping and Air Transport”に基づき、マレーシアの
源泉地国課税を認める判決となった。しかし、現在のマ
レーシア・シンガポール租税条約ではArticle 6の内容も
改定されており、現行条約下であれば異なる判決が出る
可能性がある。
260
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(6)香港
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
香港の内国歳入規定(Inland Revenue Rules)のルー
ル 5 において、PE は以下のように定義されている。


恒久的施設とは、支店、事業の管理場所または事
業に関するその他の場所をいう。
代理人が本人の名において契約を締結する権限
を有し、かつ、この権限を反復して行使する場合
および代理人が商品の在庫を有し本人の名にお
いて反復的に注文に応じる場合を除き、代理人は
永久機構には含まれない。
内国歳入規
定 ルール 5
上記のとおり、香港の国内法上の PE の定義は、我が国
の国内税法の PE の定義に比べて簡素なものとなって
いる。支店 PE については、我が国の国内法上の規定(支
店、出張所、その他の事業所若しくは事務所、工場、倉
庫)に比べて例示されている項目が少なくなっており、
また、我が国の国内法上は PE に含まれている建設 PE
が、香港の国内法上では挙げられていない。代理人 PE
に関しても、我が国の国内法が、契約締結代理人、在庫
保有代理人、注文取得代理人の 3 種類が区分して定義さ
れているのに対して、香港の国内法ではそれらを混在さ
せた定義となっている。
なお、香港の法人税(事業所得税)は、原則として香港
内の源泉所得のみを対象とし、香港外の源泉所得(オフ
ショア所得)は非課税としている。
したがって、香港での課税関係を考える上では、香港内
で所得の源泉となる事業活動を行っているかどうかが
ポイントとなる。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国と香港は 2010 年 11 月 9 日に租税条約を締結し
ており、当該租税条約は 2011 年 8 月 14 日に発効して
いる。日本・香港租税条約の第 5 条において PE を以下
のとおり定義している。
1 この協定の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っているものをいう。
261
日本・香港租
税条約第 5
条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
3 建築工事現場又は建設若しくは据付けの工事に
ついては、これらの工事現場又は工事が十二箇月を超
える期間存続する場合には、恒久的施設を構成するも
のとする。
4 1から3までの規定にかかわらず、次のことを行
う場合は、「恒久的施設」に当たらないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管、展示又は
引渡しのためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管、展
示又は引渡しのためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し、又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(f) (a)から(e)までに規定する活動を組み合わせ
た活動を行うことのみを目的として、事業を
行う一定の場所を保有すること。ただし、当
該一定の場所におけるこのような組合せに
よる活動の全体が準備的又は補助的な性格
のものである場合に限る。
5 1及び2の規定にかかわらず、企業に代わって行
動する者(6の規定が適用される独立の地位を有する
代理人を除く。)が、一方の締約者内で、当該企業の
名において契約を締結する権限を有し、かつ、この権
限を反復して行使する場合には、当該企業は、その者
が当該企業のために行うすべての活動について、当該
一方の締約者内に恒久的施設を有するものとされる。
ただし、その者の活動が4に規定する活動(事業を行
う一定の場所で行われたとしても、4の規定により当
該一定の場所が恒久的施設であるものとされないよ
262
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
うなもの)のみである場合は、この限りでない。
6 企業は、通常の方法でその業務を行う仲立人、問
屋その他の独立の地位を有する代理人を通じて一方
の締約者内で事業を行っているという理由のみによ
っては、当該一方の締約者内に恒久的施設を有するも
のとはされない。
7 一方の締約者の居住者である法人が、他方の締約
者の居住者である法人若しくは他方の締約者内にお
いて事業(恒久的施設を通じて行われるものであるか
否かを問わない。)を行う法人を支配し、又はこれら
に支配されているという事実のみによっては、いずれ
の一方の法人も、他方の法人の恒久的施設とはされな
い。
根拠法令等
なお、日本・香港租税条約における PE の定義は、OECD
モデル租税条約と同じ内容となっている。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日本・香港租税条約の第 7 条において、PE について PE
所在地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税
できるとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
一方の締約者の企業の利得に対しては、その企業が他
方の締約者内にある恒久的施設を通じて当該他方の
締約者内において事業を行わない限り、当該一方の締
約者においてのみ租税を課することができる。一方の
締約者の企業が他方の締約者内にある恒久的施設を
通じて当該他方の締約者内において事業を行う場合
には、その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰せら
れる部分に対してのみ、当該他方の締約者において租
税を課することができる。
また、国内法上においては、香港で生じた国内源泉所得
が課税対象とされており、帰属主義ではあるものの属地
主義的と解釈している文献53もある。
② 課税所得の範囲
i. 課税所得の判定
香港は所得の源泉地ベースで課税対象になるかど
53
「アジア諸国の税法<第 8 版>」(税理士法人トーマツ編、中央経済社)
263
日本・香港租
税条約第 7
条第 1 項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
うかを判定することとしている。そのため、香港
において事業を行う者は、当該事業から生じる所
得でその源泉地が香港であるものに対して事業所
得税が課される。
根拠法令等
課税対象の原則的な取扱いを定めた内国歳入条例 内 国 歳 入 条
(Inland Revenue Ordinance)の 14 章によると、 例 14 章
下記のすべての条件を満たす場合には、個人(法
人を含む)に対して 16.5%の税率で事業所得税を
課すると規定している。



香港内で、貿易、専門業務、事業活動等を行っ
ていること
利益が香港におけるこれらの事業活動等から生
じたものであること
利益が香港において生じたものであること
香港内で事業を行っているか否かは事実に基づき
判断されるが、その判断にあたって、一律に適用
できるようなルールは定められていない。所得が
香港で生じているか否かは、最終的には事実に基
づき判断される(事実認定)。
通常、香港の税務当局は、管理統括業務が実際に
行われている場所(取締役会の開催地、事業上の
意思決定が行われている場所等)に着目する54。法
人の管理統括業務が行われている場所が香港であ
れば、その法人は香港内で事業活動を行っている
ものとみなされる。
また、判例によると、事業に関連する補助的な業
務を自らもしくは代理人を通じて香港内で行った
場合でも、香港内で事業活動を行っているものと
みなすとされている55。
ただし、自ら事業活動を行っている場合において
も、当該事業活動から香港源泉所得が生じないの
であれば香港にて課税は行われない。
ii. 源泉地の判定
所得源泉地の判定について、香港の税務当局は課
税執行の均一化と納税者の予測可能性を確保する
目的で、通達(Departmental Interpretation and
Practice Notes No.21)を発布している。当該通達
では以下の点が明確にされている。
54
これは香港における政省令やガイドライン等において規定されているものではなく、過去の判例に基づ
くものである。
55 但し、日本・香港租税条約等、
「補助的な業務」を PE 認定の基準から除いている場合には、租税条約が
優先し、
「補助的な業務」は香港内で事業活動を行ったものとはみなされないこととなる。
264
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果




根拠法令等
所得が香港で生じているかどうかを決定するた
めの基本的なルールは、納税者が当該所得を得
るために何を行い、どこでその行為を行ってい
るのかを判定することである。
所得源泉地は、個別の取引ごとに、粗利益の発
生源泉により判定される。
同一の取引について、粗利益の発生する原因と
なった場所が複数あり香港が含まれる場合に
は、課税所得を香港内所得(オンショア)と香
港外所得(オフショア)に按分することができ
る。
経営管理業務を行う場所と所得の源泉地は関係
がない。また、香港外に PE を持つことがオフ
ショア所得の条件ではない。
通達
(Departme
ntal
Interpretati
on and
Practice
Notes
No.21)
また、同通達では事業活動ごとの所得の源泉地判
定についても言及している。主なものは以下のと
おりである。
(1) 商品販売利益
 販売契約と仕入契約が締結された場所で判定す
る。いずれも香港で締結された場合は香港源泉
所得となり、いずれか一方が香港で締結された
場合も香港源泉所得となる。
(2) 製品販売利益
 製品の製造が香港で行われていれば、製品の販
売益は香港源泉所得となり、香港で課税される。
製品を輸出して海外で販売した場合でも、製造
が香港内であれば販売益は香港源泉所得とな
る。
(3) 不動産賃貸利益・不動産販売利益
 不動産の所在地で判定する。
(4) 役務提供収益
 役務提供が行われた場所で判定する。
II. 課税所得の計算方法
課税所得は、会計上の利益に税務調整を行って算定す
る。なお、主な調整項目は、オフショア所得(益金不算
入)、キャピタルゲイン(益金不算入)、受取配当金(益
内国歳入規
金不算入)、会計上と税務上の減価償却費の差額(損金
定(Inland
算入または損金不算入)等である。
Revenue
Rules) ル
III. 内部取引の認識
ール 5
265
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
法律上は、本社および支店は一つのエンティティとして
取り扱われるので、本支店間取引等の内部取引の認識は
行わない。
根拠法令等
ただし、外国企業が香港内に支店を設けて事業活動を
行っている場合に、香港の支店が外国の本店または顧
客に対して提供した役務に対応するサービス収入や手
数料等は、香港支店の課税所得に含めて申告するのが
実務上一般的となっているため、実際は内部取引が認
識されていると解される。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
内国歳入規定(Inland Revenue Rules)のルール 5 に
基づいて、適切な利益率を用いて課税所得が計算され
る場合がある(下記 VII にて後述)。
V. 二重課税排除の方式
香港は原則として国外所得免税方式を採用しているた
め、通常二重課税の問題は生じないが、租税条約を締結
している国との間で生じた二重課税については外国税
額控除が認められている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
VII. その他
① PE 帰属所得の把握方法
内国歳入規定(Inland Revenue Rules)のルール 5
では、香港の PE における所得の把握方法について以
下の 3 つの方法を提示している。



香港 PE に紐付いた勘定科目が設けられており、 内国歳入規
定 ルール 5
それにより香港にて生じた利益を把握すること
が可能な状態にあるのであれば、当該勘定科目の
金額に基づいて課税所得を計算する。
当該香港 PE 用の勘定科目により香港にて生じた
利益を把握することができない場合には、全世界
利益を香港とそれ以外の地域の売上比により按
分して香港の課税所得を計算する。
内国歳入庁の査定官により、上記 2 つの方法が実
266
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
用的でない、または公平でないとされた場合、香
港内における売上高に適切な利益率を乗じて課
税所得を計算する。
1.4 税率
16.5%(事業所得税率)
267
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
香港における PE
課税の実態
調査結果
根拠法令等
今回調査した範囲では、日系企業が香港にて PE 認定を
受けたという事例は確認できなかった。
一方、外国企業が PE 認定を受けた事例として、香港の
現地法人が香港外のグループ会社の調達業務を代行し
ていた場合に、当該現地法人が PE 認定を受けたものが
ある。
268
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(7)シンガポール
① 制度
調査項目
調査結果
根拠法令等
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
シンガポールの国内法である所得税法では、PE につい
て以下のように定義している。
恒久的施設とは、事業の全部または一部が行われる
固定した場所をいい、以下の場所を含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
(g)
(h)
(i)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
倉庫
作業場
農園
鉱山、石油または採石場その他天然資源を採取
する場所
建築工事現場もしくは建設もしくは据付工事ま
たは組立工事
もしその者(法人を含む)が以下の活動を行った場
合、当該者は恒久的施設を有するものとみなす。
(1) 建築工事現場もしくは建設もしくは据付工事ま
たは組立工事に関連する監督活動
(2) シンガポールにおいて、他の者の名において以
下の活動を行う場合
(a) 契約を締結する権限を有し、かつ、この権限
を反復して行使する場合
(b) 物品又は商品を当該者に代わって引渡しす
る目的で保管する場合
(c) 当該者又は当該者によって支配されている
企業のために反復してすべてあるいはほぼ
すべての注文を獲得する場合
上記のとおり、シンガポール国内法上の PE の定義は、
我が国の国内法の支店 PE、建設 PE、代理人 PE に相
当するものとなっている。ただし、我が国の国内法上、
建設 PE は「1 年超」という要件が設けられているが、
269
所得税法第 2
条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
シンガポール国内法上の建設 PE にはそのような規定
はない。
根拠法令等
また、代理人 PE については、我が国の国内税法には「事
業に関し、契約を締結するための注文の取得、協議その
他の行為のうちの重要な部分をする者」(法人税法施行
令第 186 条第 1 項第 3 号)という「注文取得代理人」
が含まれていることから、我が国の国内税法における代
理人 PE の方が、上記(2)の「(c)当該者又は当該者に
よって支配されている企業のために反復してすべてあ
るいはほぼすべての注文を獲得する場合」よりも範囲が
広いと考えられる。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とシンガポールは 1994 年 4 月 9 日に租税条約を
締結しており、当該租税条約は 1995 年 4 月 28 日に発
効している。日星租税条約の第 5 条において PE を以下
のとおり定義している。
1 この協定の適用上、「恒久的施設」とは、事業
を行う一定の場所であって企業がその事業の全部又
は一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その他
天然資源を採取する場所
3 建築工事現場若しくは建設若しくは据付けの工
事又はこれらに関連する監督活動は、六箇月を超え
る期間存続する場合に限り、「恒久的施設」とする。
4 1から3までの規定にかかわらず、「恒久的施
設」には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管、展示又
は引渡しのためにのみ施設を使用するこ
と。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管、
展示又は引渡しのためにのみ保有するこ
と。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の
企業による加工のためにのみ保有するこ
270
日星租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
と。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し
又は情報を収集することのみを目的とし
て、事業を行う一定の場所を保有するこ
と。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的
な性格の活動を行うことのみを目的とし
て、事業を行う一定の場所を保有するこ
と。
(f) (a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせ
た活動を行うことのみを目的として、事業
を行う一定の場所を保有すること。ただ
し、当該一定の場所におけるこのような組
合せによる活動の全体が準備的又は補助
的な性格のものである場合に限る。
5 1及び2の規定にかかわらず、企業に代わって
行動する者(6の規定が適用される独立の地位を有
する代理人を除く。)が、一方の締約国内で、当該
企業の名において契約を締結する権限を有し、かつ、
この権限を反復して行使する場合には、当該企業は、
その者が当該企業のために行うすべての活動につい
て、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有する
ものとされる。ただし、その者の活動が4に掲げる
活動(事業を行う一定の場所で行われたとしても、
4の規定により当該一定の場所が「恒久的施設」と
されない活動)のみである場合は、この限りでない。
6 企業は、通常の方法でその業務を行う仲立人、
問屋その他の独立の地位を有する代理人を通じて一
方の締約国内で事業活動を行っているという理由の
みでは、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有
するものとされない。
7 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締
約国の居住者である法人若しくは他方の締約国内に
おいて事業(「恒久的施設」を通じて行われるもの
であるかないかを問わない。)を行う法人を支配し、
又はこれらに支配されているという事実のみによっ
ては、いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久
的施設」とはされない。
なお、日星租税条約における PE の定義は、建設 PE に
関する規定を除き、OECD モデル租税条約と同じ内容
となっている。建設 PE については、日星租税条約第 5
条第 3 項では PE として認定される建設工事の期間が「6
ヶ月超」とされている。これは、OECD モデル租税条
271
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
調査結果
約に定める「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認めら
れる範囲が広くなっている。また、OECD モデル租税
条約では、建設 PE に建設等に係る「監督活動」が含ま
れていないが、日星租税条約における建設 PE には含ま
れている。
I. 課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日星租税条約の第 7 条において、PE について PE 所在
地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税でき
るとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
一方の締約国の企業の利得に対しては、その企業が
他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方
の締約国内において事業を行わない限り、当該一方
の締約国においてのみ租税を課することができる。
一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的
施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行
う場合には、その企業の利得のうち当該恒久的施設
に帰せられる部分に対してのみ、当該他方の締約国
において租税を課することができる。
また、国内法上においては、シンガポールで生じた国内
源泉所得および国外源泉所得のうちシンガポールに送
金されたもののみが課税対象とされており、帰属主義で
はあるものの属地主義的と解釈している文献56もある。
② 課税所得の範囲
シンガポール税制上、PE 帰属所得及び税額計算の過程
に関し、特段の特別な規定はなく、通常の法人税法の取
扱いに従い、国内源泉所得及び税額計算がなされる。シ
ンガポールにおいては、通常、PE の有無ではなく所得
の源泉に基づいて課税が行われる。国外源泉所得はシン
ガポールに送金されない限り非課税とされ、またキャピ
タルゲインも非課税となる。
国内法上の納税義務者として居住法人と非居住法人は
区分されているが、課税所得の範囲・計算方法及び税率
については居住法人と非居住法人とで同一である。ただ
56
根拠法令等
「アジア諸国の税法<第 8 版>」(税理士法人トーマツ編、中央経済社)
272
日星租税条
約第 7 条 1 項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
し、非居住法人には、以下の点で居住法人との相違点が
ある。
 経済拡大奨励法(一定の業種の法人等に特別な税
法上の取扱い(優遇税制)を認めている根拠法)
に基づく恩典を受けることができない。
 居住法人からの特定の支払いが源泉徴収の対象
となる(例えばシンガポール支店に対して第三者
であるシンガポール法人が一定の支払(サービス
フィー、利子等)を行う場合、原則として源泉徴
収が必要となる。ただし、一般的にシンガポール
支店は当該源泉徴収の免除申請を行い、源泉徴収
を回避しているケースが多い)。
 シンガポールにおける課税所得の計算において、
居住法人であればシンガポール税制上の外国税
額控除が適用できるが、非居住法人のシンガポー
ルにおける課税所得計算においてはその外国税
額控除の適用がない。
II. 課税所得の計算方法
課税所得は、税引前利益に税務調整を行い、国外源泉所
得(シンガポールに送金されたもの)を加え、税務上の
減価償却費・繰越欠損金・指定寄附金を控除して算定す
る。
III. 内部取引の認識
シンガポールの国内法上、シンガポールに所在する PE
の課税所得を計算する上で、内部取引(日本の本社と
現地の支店との取引等)の認識に関する規定はない。
IV. みなし利益課税等の法的根拠
シンガポールでは、みなし利益等による課税に関する規
定は設けられておらず、実際にそのような方法による課
税は行われていない。
V. 二重課税排除の方式
シンガポール国内へ送金されない国外所得については
原則として国外所得免税が適用される。加えて、国内に
送金され、シンガポールで課税を受ける国外所得のうち
一定のものについては外国税額控除制度の適用を受け
ることができる。
273
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
VI. 法人所得税以外で課される税目
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
VII. その他
① 納税義務者
シンガポール税制上、納税義務者は、居住法人と非居
住法人に区分されている。
(1) 居住法人
シンガポールの会社法に基づき設立されたか否か
にかかわらず、取締役会がシンガポールで開催さ
れ、取締役がシンガポールで業務執行の運営及び
管理を行っていれば、当該会社は居住法人となる。
(2) 非居住法人
居住法人以外の法人をいう。
1.4 税率
17%
274
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
シンガポールに
おける PE 課税の
実態
調査結果
根拠法令等
調査した範囲において、日系企業でシンガポールの税務
当局に PE 認定された事例は確認できなかった。
275
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(8)韓国
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
韓国の国内法である法人税法では、PE に関し、以下の
ように規定している。
1. 外国法人が韓国内で事業の全部又は一部を遂行
する固定した場所がある場合には、国内に事業場
(以下「国内事業所」という。)があるものとす
る。
2. 国内事業場には、次に該当する場所を含むことと
する。
(1)
(2)
(3)
(4)
支店、事務所又は営業所
店舗その他の固定された販売場所
作業場、工場又は倉庫
6 月を超えて存続する建築場所、建設・組立・
設置工事の現場又はこれらに関連する監督活
動を行う場所
(5) 従業員により役務が提供される場所で以下の
もの
a. 12 ヶ月の期間のうち合計 6 ヶ月を超えて役
務提供が行われる場所
b. 12 ヶ月の期間のうち役務提供が行われる期
間は 6 ヶ月未満だが、類似した種類の役務が
2 年以上継続的、反復的に遂行される場所
(6) 鉱山・採石場又は海底天然資源その他天然資源
の探査及び採取場所(国際法により韓国が領海
外において主権を行使する地域であって韓国
の沿岸に隣接した海底地域の海床及び下層土
にあるものを含む。)
3. 外国法人が上記の国内事業場を有していない場
合であっても、国内に自己のために契約を締結す
る権限を有し、その権限を反復的に行使する者ま
たはこれに準ずる者であって大統領令が定める
者(※)を置いて事業を営むときは、その者の事業
を営む場所(事業を営む場所がない場合には住所
地、住所地がない場合には居所地)に国内事業場
を置いたものとみなす。
4. 国内事業場には、次に掲げる場所は、これを含ま
ない
276
法人税法第
94 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(1) 外国法人が資産の購入のためのみに使用され
る一定した場所
(2) 外国法人が販売を目的としない資産の貯蔵又
は保管のために使用する一定した場所
(3) 外国法人が広告、宣伝、情報の収集及び提供、
市場調査その他の準備的又は補助的な性格の
活動を行うために使用される場所
(4) 外国法人が自己の資産を他者に加工させるた
めにのみ使用する場所
(※) 大統領令で定める者とは、以下の者をいう。
(1) 外国法人の資産を常時保管し、習慣的にこれ
を配布または配送する者
(2) 仲介人、一般受託販売人、または他の独立代
理人として他の特定の外国法人のために契約
を締結するなど、事業に関する重要な機能を
果たす者
(3) 保険事業(再保険を除く)を営む外国法人の
ために保険料を徴収する者、または国内所在
の被保険物に対する保険を引受ける者
法人税法施
行令
(Enforcem
ent decree
of the
corporate
tax act)第
133 条
上記のとおり、韓国の国内法上の PE の定義は、我が国
の国内法の支店 PE、建設 PE、代理人 PE に相当して
いる。ただし、我が国の国内法上、建設 PE は「1 年超」
という要件が設けられているが、韓国の国内法上の建設
PE は「6 ヶ月超」とされている。また、(5)の「従業員
による役務の提供」という項目は、我が国の国内法の
PE の定義には含まれていない。
代理人 PE については別途大統領令において定義され
ており、在庫保管代理人、契約締結代理人に加えて、我
が国の国内法では言及されていない「保険料を徴収する
者、または国内所在の被保険物に対する保険を引受ける
者」が含まれている。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国と韓国は 1998 年 10 月 8 日に租税条約を締結し
ており、当該租税条約は 1999 年 11 月 22 日に発効して
いる。日韓租税条約の第 5 条において PE を以下のとお
り定義している。
1 この条約の適用上、「恒久的施設」とは、事業
を行う一定の場所であって企業がその事業の全部又
は一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
277
日韓租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
根拠法令等
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
3 建築工事現場若しくは建設若しくは据付けの工
事又はこれらに関連する監督活動については、六箇
月を超える期間存続する場合には、「恒久的施設」
を構成するものとする。
4 1から3までの規定にかかわらず、「恒久的施
設」には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管、展示又は
引渡しのためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管、展
示又は引渡しのためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(f) (a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせた
活動を行うことのみを目的として、事業を行
う一定の場所を保有すること。ただし、当該
一定の場所におけるこのような組合せによ
る活動の全体が準備的又は補助的な性格の
ものである場合に限る。
5 1及び2の規定にかかわらず、一方の締約国内
において他方の締約国の企業に代わって行動する者
(6の規定が適用される独立の地位を有する代理人
を除く。)が、当該一方の締約国内で、当該企業の名
において契約を締結する権限を有し、かつ、この権
限を反復して行使する場合には、当該企業は、その
者が当該企業のために行うすべての活動について、
当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有するもの
とされる。ただし、その者の活動が4に掲げる活動
(事業を行う一定の場所で行われたとしても、4の
規定により当該一定の場所が「恒久的施設」とされ
278
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
ない活動)のみである場合は、この限りでない。
6 企業は、通常の方法でその業務を行う仲立人、
問屋その他の独立の地位を有する代理人を通じて一
方の締約国内で事業活動を行っているという理由の
みでは、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有
するものとされない。
7 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締
約国の居住者である法人若しくは他方の締約国内に
おいて事業(「恒久的施設」を通じて行われるもの
であるかないかを問わない。)を行う法人を支配し、
又はこれらに支配されているという事実のみによっ
ては、いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久
的施設」とはされない。
なお、日韓租税条約における PE の定義は、建設 PE に
関する規定を除き、OECD モデル租税条約と同じ内容
となっている。建設 PE については、日韓租税条約第 5
条第 3 項では PE として認定される建設工事の期間が「6
ヶ月超」とされている。これは、OECD モデル租税条
約に定める「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認めら
れる範囲が広くなっている。また、OECD モデル租税
条約では、建設 PE に建設等に係る「監督活動」が含ま
れていないが、日韓租税条約における建設 PE には含ま
れている。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日韓租税条約の第 7 条において、PE について PE 所在
地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税でき
るとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の企業の利得に対しては、その企
業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該
他方の締約国内において事業を行わない限り、当該
一方の締約国においてのみ租税を課することができ
る。一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒
久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業
を行う場合には、その企業の利得のうち当該恒久的
施設に帰せられる部分に対してのみ、当該他方の締
約国において租税を課することができる。
一方、国内法においても、PE に帰属する所得のみを課
税する「帰属主義」が採用されている。
279
日韓租税条
約第 7 条第 1
項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
② 課税所得の範囲
外国法人は、韓国国内源泉所得がある場合にのみ納税義
務を負うこととされている。韓国の国内法では、国内源
泉所得を以下のとおり規定している。
(1) 次に規定する利子所得及びその他の貸付の利
子及び信託の利益。ただし、居住者又は内国
法人の国外事業場のためにその国外事業場が
直接借用した借入金の利子は除く。
ア 国家・地方自治体・居住者・内国法人・外
国法人の国内事業場又は非居住者の国内事
業場から支払われる所得
イ 外国法人又は非居住者から支払われる所
得であって当該所得を支給する外国法人又
は非居住者の国内事業場と実質的に関連し
てその国内事業場の所得金額計算において
必要経費又は損金に算入されるもの
(2) 内国法人又は法人とみなされる団体その他国
内から支給をうける配当所得
(3) 国内にある不動産又は不動産上の権利及び国
内において取得した鉱業権、租鉱権、土砂石
採取に関する権利又は地下水の開発・利用権
の譲渡・賃貸その他運営により発生する所得
(4) 居住者・内国法人又は外国法人の国内事業場
又は非居住者の国内事業場に船舶・航空機又
は登録された自動車又は建設機械を賃貸する
ことにより発生する所得
(5) 国内において営む事業から発生する所得(租
税条約により国内源泉事業所得として課税す
ることができる所得を含む。)
(6) 国内において人的用役を提供したことにより
発生する所得
(7) 譲渡所得。ただし、その所得を発生させる資
産が国内にある場合に限る。
(8) 次に該当する権利・資産又は情報を国内にお
いて使用し、又はその対価を国内において支
給する場合の当該対価及びその資産・情報又
は権利の譲渡により発生する所得。ただし、
所得に関する租税条約において使用地を基準
として当該所得の国内源泉所得の可否を規定
している場合には、国外において使用された
資産・情報又は権利に対する対価は、国内支
給の可否にかかわらずこれを国内源泉所得と
みなさない。
280
法人税法第 4
章(91 条~
99 条)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
ア
根拠法令等
学術又は芸術上の著作物(映画フィルムを
含む。)の著作権・特許権・商標権・意匠・
模型・図面又は秘密の公式又は工程・ラジ
オ・テレビ放送用フィルム及びテープその他
これと類似した資産又は権利
イ 産業上・商業上又は科学上の知識・経験に
関する情報又はノウハウ
(9) 内国法人が発行した株式又は出資証券及び内
国法人又は外国法人の国内事業場が発行した
その他の有価証券の譲渡により発生する所得
II. 課税所得の計算方法
外国法人は、韓国国内源泉所得がある場合にのみ納税義
務を負い、PE(国内事業場)の有無により、課税所得
の計算方法および課税方法は以下のように大別される。
(1) 国内事業場を有する場合
課税標準の計算方法は、韓国における内国法人の場
合とほぼ同一となっており、課税標準は、(国内事
業場に帰属する)韓国国内源泉所得に関連費用の控
除および税務調整を行って税務上の課税所得を算
出し、そこから過年度の繰越欠損金等を控除した金
額とされる。適用される税率・申告・納付・決定・
更正及び徴収については、内国法人に適用される規
定を準用するよう規定されている。
(2) 国内事業場を有さない場合
韓国国内源泉所得の種類別に収入金額の 2%から
20%の源泉徴収により、課税関係が完結する。韓国
内に国内事業場を有さない外国法人の事業所得に
対しては、2%の源泉徴収が行われる。
ただし、日本法人の場合、韓国内に PE がない場合、
租税条約 7 条 1 項により、事業所得に対しては、課
税(源泉徴収)されない。
III. 内部取引の認識
韓国の国内法上、韓国に所在する PE の課税所得を計算
する上で、内部取引(日本の本社と現地の支店との取引
等)は PE の収益または費用として認識する。内部取引
の取扱いについては、韓国の法人税法に以下のように規
定されている。
【法人税法施行令第 130 条(国内の事業所と本店など
の取引に対する国内源泉所得金額の計算)】
281
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
1. 外国法人の国内事業所の各事業年度の所得金額を
決定するにあたっては国内の事業所と国外の本店
や他の拠点(以下「本店等」という)との間の取引
(以下「内部取引」という)による国内源泉所得金
額の計算は、法令で特に定めるものを除いては、第
131 条第 1 項の正常価格(以下「正常価格」という)
により計算した額とする。
2. 第 1 項の適用について、内部取引に伴う費用は正常
価格の範囲で約定などによって実際の支出される
場合に限定して損金に算入し、資金取引による利子
(第 129 条の 3 の資金取引による利子は除く)など、
企画財政部令で定める費用はこれを損金に算入し
ない。
3. 外国法人の国内事業所の各事業年度の所得金額を
決定するにあたっては、本店などの経費のうち、共
通経費としてその国内事業所の国内源泉所得の発
生と合理的に関連された部分については国内事業
所に配分して損金に算入する。
4. 第 1 項から第 3 項までの規定を適用する場合の、内
部取引による国内源泉所得金額の計算方法、国内事
業所に配分される経費の範囲・配分方式、業種別経
費配分方法、経費配分市外貨のウォン換算方法及び
内部取引明細、経費配分計算書など書類の提出、そ
の他の必要な事項は企画財政部令で定める。
根拠法令等
法人税法施
行 令 第 130
条
【法人税法施行規則第 64 条(国内事業所や本店など
の取引に対する国内源泉所得金額の計算)】
1. 令第 130 条第 2 項で「企画財政部令で定める費用」 法 人 税 法 施
という次の各号の金額をいう。
行規則第 64
(1) 資金取引で発生した利子費用(第 63 条の 2 第 条
2 項による外国銀行国内支店の利子費用は除
く)
(2) 保証取引で発生した手数料など費用
2. 令第 130 条第 1 項及び第 2 項により、外国法人の
国内事業所と国外の本店や他の拠点との間の取引
による国内源泉所得金額を計算する際に適用する
正常価格は、外国法人の国内の事業所が行う機能、
負担するリスク及び使用する資産を考慮して計算
した額となる。
3. 令第 130 条第 1 項及び第 2 項によって外国法人が
内部取引による国内源泉所得金額を計算したとき
は、内部取引に関する明細書や国際租税調整に関す
る法律施行規則第 2 条の 4 第 1 項第 1 号による別
紙第 1 号書式の無形資産についての通常価格算出
方法の申告書、同じ項第 2 号による別紙第 1 号の 2
282
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
書式の委託取引についての通常価格算出方法の申
告書、同じ項第 3 号による別紙第 1 号の 3 書式の
正常価格算出方法の申告書を法第 60 条第 1 項によ
る申告期限内に納税地の管轄税務署長に提出しな
ければならない。この場合、内部取引に関する明細
書は国際租税調整に関する法律施行規則第 6 条第 1
項による、別紙第 8 号書式(甲)を準用する。
4. 令第 130 条第 3 項により、外国法人の国内事業所
に本店及びその国内事業所を管轄する関連の支店
などの共通経費を配分することについて、次の各号
のいずれかに該当する本店等の経費は国内事業所
に配分しない。
(1) 本店などで遂行する業務のうち会計監査、各種
財務諸表の作成又は株式発行など本店だけの
固有業務を遂行することによって発生する経
費
(2) 本店などの特定部門や特定拠点だけのために
支出した経費
(3) 他の法人に対する投資と関連して発生する経
費
(4) その他国内源泉所得の発生と合理的な関連が
ない経費
5. 令第 130 条第 3 項によって外国法人の国内事業所
に本店及びその国内事業所を管轄する関連の支店
などの共通経費を配分するにあたっては、配分の対
象となる経費を経費の項目別基準に応じて配分す
る項目別配分方法により、又は配分の対象となる経
費を国内の事業所の総収入金額が本店及びその国
内事業所を管轄する関連の支店などの総収入金額
に占める割合に応じて配分される一括の配分方法
によることができる。
6. 第 5 項により、共通経費を配分する場合、外国為替
のウォン換算は、当該事業年度の外国為替取引法に
よる基準為替レート又は財政の為替レートの平均
を適用する。
なお、上記の国内法による規定と租税条約における内部
取引に関する規定とが異なる場合には、原則として租税
条約の規定が優先される。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
みなし利益に基づく課税は行われていない。
V. 二重課税排除の方式
283
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
外国税額控除制度が設けられている。
根拠法令等
VI. 法人所得税以外で課される税目
法人税額に対して 10%の税率で地方所得税が賦課され
る。
1.4 税率

法人税(PE がある場合)
2 億ウォン以下: 10%
2 億ウォン超~200 億ウォン: 20%
200 億ウォン超: 22%
確定した法人税額に対し、10%の地方所得税が賦
課される。

源泉税(PE がない場合)
2%~20%(ただし、我が国企業は租税条約により、
事業所得について源泉徴収は行われない)
284
法人税法第
95 条、第 55
条、
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
韓国における PE
課税の実態
調査結果
根拠法令等
韓国においては、移転価格に関する税務調査は多いが、
PE についてはあまり積極的に行われていない。そのた
め、日本企業に対して PE 認定による課税が行われたケ
ースは聞き及んでいない。
韓国において PE への税務調査が積極的に行われてい
ないのは、以下のような理由によるものと推察される。
 韓国に進出する企業の PE に対する認識が高まっ
たため、進出の際、PE に該当するかどうかを事前
に十分に検討している。
 外国投資企業の場合、PE に該当するリスクがある
のであれば、自ら積極的に PE を有しているものと
して申告する傾向がある。
 従属代理人と見なされる可能性がある場合でも、
代理人の所得に対する課税や源泉徴収などを通じ
て十分な課税所得が韓国で申告されていることが
認められれば、課税官庁では積極的に課税しない
傾向がある。また、最終的には移転価格課税問題
に帰結される場合が多い。
ただし、現段階では上述の通り韓国税務当局は PE 認定
について積極的な姿勢をとっていないものの、韓国で所
得が発生しているにもかかわらず韓国内で納税が行わ
れないと認められる場合には、PE に対して当然に課税
がなされる可能性は存在する。
285
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(9)台湾
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
国内法である台湾所得税法では、PE を以下のとおり定
義している(台湾所得税法における PE の定義は「固定
した営業場所」と「営業代理人」の 2 種類となっている)。
 固定した営業場所
本法における固定した営業場所とは、事業を経営する 台湾所得税
固定した場所を指し、管理事務所、支店・代表事務所、 法第 10 条第
事務所、工場、作業場、倉庫、鉱場および建築工事現 1 項
場を含む。但し、専ら消費の購入用に使われる倉庫ま
たは保管場所で、消費の製造加工に使用されない場所
は含まれない。
 営業代理人
本法においていう営業代理人とは、以下に挙げる条件
の一つに該当する代理人を指す。
1. 購入業務の代理を行うとともに、経常的にその代
理する事業を代表して商談かつ契約締結の権限
を有する者
2. 経常的にその代理する事業の製品を保管し、かつ
代理する事業を代表してその製品を他人に納品
する者
3. 経常的にその代理する事業のために受注を行う
者
上記のとおり、「固定した営業場所」は我が国の国内税
法の支店 PE と建設 PE に相当しており、また「営業代
理人」は我が国の国内税法の代理人 PE に概ね相当して
いる。
ただし、我が国の国内税法には「事業に関し、契約を締
結するための注文の取得、協議その他の行為のうちの重
要な部分をする者」(法人税法施行令第 186 条第 1 項
第 3 号)という「注文取得代理人」が含まれていること
から、我が国の国内税法における代理人 PE の方が、台
湾所得税法における上記 3 の「経常的にその代理する事
業のために受注を行う者」よりも範囲が広いと考えられ
る。
1.2
我が国と台湾の間では租税条約は締結されていない。
286
台湾所得税
法第 10 条第
2項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
租税条約上の PE
の定義
調査結果
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
根拠法令等
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
台湾の国内法においては、非居住者に対する課税は台湾
源泉所得に対して行われることになるが、台湾源泉所得
の考え方は下記②のとおりである。基本的には、総合主
義に近いと考えられる。
② 課税所得の範囲
PE 認定された場合、台湾源泉所得が課税対象となる。
台湾税法における台湾源泉所得は、以下のように規定さ
れる。
1. 中華民国会社法の規定に基づいて登記設立した
会社、または中華民国政府の認許を受けて中華
民国領域内において営業する外国の会社が行う
配当
2. 中華民国領域内の協同組合(「合作社」)、ま
たは共同出資組織の営利事業が配当する利益
3. 中華民国領域内において役務を提供して支払わ
れた報酬。ただし、中華民国に居住しない個人
で、1 課税年度内における中華民国領域内の居
留が合計 90 日を超えない場合、その中華民国
外の雇用者から取得した役務報酬はこの限りで
はない。
4. 中華民国の中央および地方政府、中華民国の法
人および中華民国に居住する個人から取得した
利息
5. 中華民国領域内にある財産の賃貸によって取得
した賃貸料
6. 特許権、商標権、著作権、ノウハウおよび各種
のライセンス権を、中華民国の領域内において
他人の使用に供して取得した権利金
7. 中華民国における財産取引の利益
8. 中華民国政府が国外駐在に派遣した人員および
一般の被雇用人員が国外における役務提供で取
得した報酬
9. 中華民国領域内において、工商、農林、漁牧、
鉱冶などを経営して取得した利益
10. 中華民国において各種の競技、試合、確率抽選
によって得た賞金または給与
287
台湾所得税
法第 8 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
11. 中華民国において取得したその他の利益
II. 課税所得の計算方法
PE 認定された場合の課税所得の計算方法としては、以
下の二通りがある。
1 原則的方法
帳簿に基づく課税所得計算を行って課税所得を確
定し、それに基づき税額を計算する方法。
収益 - 費用 = 課税所得
上記算式で計算した金額に、必要に応じて税務調
整(例えば交際費は売上高の一定比率までしか損
金算入できない等)が行われる。
2 みなし利益率による方法
主たる事務所が台湾外にあり、かつ、台湾内で国
際運輸業、建設請負工事、技術サービス提供、機
器設備リース業などを営んでいる場合には、台湾
財政部の認可を得た上で、みなし利益率を用いた
申告も可能。
収入金額 × みなし利益率※ = 課税所得
※みなし利益率は、国際運輸業は 10%、それ以外
の業務は 15%
III. 内部取引の認識
本支店間の役務の提供取引については、内部取引として
独立企業間価格によって認識する。一方、物品の授受に
かかる取引については、役務の提供とは異なり、内部取
引としては認識しないこととされている。
IV. みなし利益課税等の法的根拠
前述のとおり、台湾所得税法の第 25 条において国際運
輸業、建設請負工事、技術サービス提供、機器設備リー
ス業についてみなし利益率の適用が認められている。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
288
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
根拠法令等
VII. その他
① 台湾源泉所得の判定
台湾源泉所得に該当するかどうかの判定については、台
湾財政部から「所得税法第 8 条に規定する中華民国源泉
所得の認定原則」が発布されている。同認定原則による
と、台湾内での営業行為により得られた利益およびサー
ビス提供による利益については以下のような考え方が
示されている。
 台湾内での営業で得られた利益
台湾内での商工業等の営業行為により得られた利益
は台湾源泉所得に該当する。台湾内と台湾外の両方で
営業行為が行われた場合には、台湾内外の相対的貢献
度を証明することで、台湾内の貢献相当分のみが台湾
源泉所得となる。営業行為がすべて台湾外で行われて
おり、かつ以下の場合には台湾源泉所得にはならな
い。



台湾内に固定した営業場所がなく、営業代理人
もいない場合
台湾内に営業代理人はいるが、当該業務の代理
は行っていない場合
台湾内に固定した営業場所はあるが、当該業務
の協力は行っていない場合
 サービス提供による所得
以下の場合には、サービス提供により得られた所得は
台湾源泉所得となる。
 サービス提供者がサービスのすべてを台湾内で
提供する場合
 サービス提供者がサービスの一部を台湾内で提
供する場合
 サービス提供者はサービスをすべて台湾外で提
供しているが、サービス提供において台湾居住
者(個人または営利事業者)の協力を受けてい
る場合
② 裁判判例に基づく一般的な取扱い
台湾源泉所得の判定についての基本的な考え方は上記
のとおりであるが、実務上は外国企業への役務提供の対
289
所得税法第 8
条に規定す
る中華民国
源泉所得の
認定原則
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
価の支払時には源泉徴収を行うのが通例となっている。
これは台湾源泉所得の判定に関して裁判所が示した見
解が背景となっている。
台湾最高行政裁判所 2010 年 5 月第二回裁判長会議結論
によると、営利事業による役務提供の所得は「工商、農
林、漁牧、鉱業などの経営による所得」に該当するため、
その内外判定は台湾所得税法第 8 条第 9 号により「役務
の成果の利用地」により判断すべきとされた。この考え
方によると、役務がすべて日本で提供されたとしても、
その成果の利用地が台湾であればその役務提供の対価
は台湾源泉所得に該当することになる。
台湾所得税法では、台湾に PE を有しない外国法人に対
して台湾源泉所得を支払う場合には、支払者は源泉徴収
を行う必要がある。源泉徴収漏れがあった場合には、台
湾の税務当局により支払者に対してペナルティが課さ
れることになる。
たとえば、日本の法人が台湾の顧客にサービスを提供し
た場合、そのサービスの提供地が日本であってもその成
果が台湾で利用されるのであれば、台湾側にとっては台
湾源泉所得に該当することになるため、通常、対価の支
払時に源泉徴収(税率は 20%)が行われる。一方、日
本側では、役務提供地により判定を行い、当該サービス
の対価を日本の国内源泉所得と考えるため、日本と台湾
の判定結果に齟齬が生じることとなる。
その結果、日本法人側で、このサービスの対価にかかる
源泉徴収税額について外国税額控除を適用しようとし
ても、我が国の税務当局は当該サービスの対価は台湾に
て源泉徴収されるべきものではないと考えて、外国税額
控除の適用が認められない可能性がある。
1.4 税率
17% (12 万台湾元以下は免税)
290
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
台湾における PE
課税の実態
調査結果
根拠法令等
台湾において、税務当局が PE 認定にあまり積極的では
ないということもあり、日本企業が現地の税務当局と折
衝等を行う場合に、いわゆる典型的な PE の問題が論点
となるケースはほとんどない。なお、税務当局が PE 認
定に積極的でないのは、PE 認定した場合には現地所得
に対して 17%しか課税できないが、PE 認定しない場合
は対価に 20%の源泉税を課すことができ、この方が税
収は多くなることが理由と考えられている。
一方、国際的二重課税という観点では、
「①制度」の「1.3
PE 帰属所得の計算方法」の「VII. ②裁判判例に基づく
一般的な取扱い」にて記述したとおり、日本の法人が台
湾の顧客にサービスを提供した場合に、そのサービスの
提供地が日本であってもその成果が台湾で利用される
のであれば、通常、台湾にて源泉徴収が行われるが、日
本法人における法人税の計算において外国税額控除が
認められないという問題が生じている。このケースは、
日本企業が台湾の顧客へのサービス提供を行う場合で
あれば通常生じうるため、正確な件数は把握することは
難しいが、昨今の日本と台湾の取引の活発さを考える
と、その件数は多数に上ると推測される。
291
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(10)ベトナム
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
ベトナムの国内法である法人税法では、PE を以下のと
おり定義している。
外国企業の恒久的施設とは、外国企業がベトナム
国内に有する製造、その他の事業活動の一部また
は全部を行い、収入を獲得する場所であり、以下
のものが含まれる。





支店、事業所、工場、作業場、貨物輸送手段、
採鉱場、油井およびガス井その他の天然資源
の採掘場所
建設、据付けおよび組み立て場所
サービスの提供場所(自社の従業員もしくは
その他の者を通じてサービスを提供する場
合を含む)
外国企業の代理人
外国企業の名義で交渉し、契約を締結する権
限を有するベトナム駐在者、または契約を締
結する権限は有しないものの商品または役
務の提供を反復継続して行う権限を有する
者
上記のとおり、ベトナムの国内法上の PE の定義は、我
が国の国内税法の支店 PE、建設 PE、代理人 PE に相
当するものに加えて、「サービスの提供場所」が含まれ
ているのが特徴である。
建設 PE については、我が国の国内法上、「1 年超」と
いう要件が設けられているが、ベトナム国内法上の建設
PE には明確な期間設定がない。
また、代理人 PE に関しては、我が国の国内法が、契約
締結代理人、在庫保有代理人、注文取得代理人の 3 種類
を区分して定義しているのに対して、ベトナムの国内法
では、まず「外国企業の代理人」を挙げ、それに加えて
「外国企業の名義で交渉し、契約を締結する権限を有す
るベトナム駐在者」(契約締結代理人に相当すると解さ
れる)および「商品または役務の提供を反復継続して行
う権限を有する者」(在庫保有代理人に役務提供を組み
292
法人税法第 2
条第 3 項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
合わせたものと解される)を挙げているのが特徴であ
る。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とベトナムは 1995 年 10 月 24 日に租税条約を締
結しており、当該租税条約は 1995 年 12 月 31 日に発効
している。日越租税条約の第 5 条において PE を以下の
とおり定義している。
1 この協定の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っている場所をいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
(g) 倉庫
3 建築工事現場若しくは建設、据付け若しくは組立
ての工事又はこれらに関連する監督活動については、
六箇月を超える期間存続する場合には、
「恒久的施設」
を構成するものとする。
4 一方の締約国の企業が他方の締約国内において
使用人その他の職員を通じて役務の提供(コンサルタ
ントの役務の提供を含む。)を行う場合には、このよ
うな活動が単一の事業又は複数の関連事業について
十二箇月の間に合計六箇月を超える期間行われると
きに限り、当該企業は、当該他方の締約国内に「恒久
的施設」を有するものとされる。
5 1から4までの規定にかかわらず、
「恒久的施設」
には、次のことは、含まれないものとする。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管又は展示
のためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管又
は展示のためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
293
根拠法令等
日越租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
(f) (a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせた
活動を行うことのみを目的として、事業を行
う一定の場所を保有すること。ただし、当該
一定の場所におけるこのような組合せによ
る活動の全体が準備的又は補助的な性格の
ものである場合に限る。
6 1及び2の規定にかかわらず、一方の締約国内に
おいて他方の締約国の企業に代わって行動する者(8
の規定が適用される独立の地位を有する代理人を除
く。)が次のいずれかの活動を行う場合には、当該企
業は、その者が当該企業のために行うすべての活動に
ついて、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有す
るものとされる。
(a) 当該一方の締約国内で、当該企業の名におい
て契約を締結する権限を有し、かつ、この権
限を常習的に行使すること。ただし、その者
の活動が5に掲げる活動(事業を行う一定の
場所で行われたとしても、5の規定により当
該一定の場所が「恒久的施設」とされない活
動)のみである場合は、この限りでない。
(b) (a)の権限は有しないが、当該一方の締約国内
で、物品又は商品の在庫を常習的に保有し、
かつ、当該在庫から当該企業に代わって物品
又は商品を反復して引き渡すこと。
7 1から6までの規定にかかわらず、保険業を営む
一方の締約国の企業が、8の規定が適用される独立の
地位を有する代理人以外の者を通じ、他方の締約国内
で保険料の受領(再保険に係る保険料の受領を除く。)
をする場合又は当該他方の締約国内で生ずる危険に
係る保険(再保険を除く。)を引き受ける場合には、
当該企業は、当該他方の締約国内に「恒久的施設」を
有するものとする。
8 企業は、通常の方法でその業務を行う仲立人、問
屋その他の独立の地位を有する代理人を通じて一方
の締約国内で事業活動を行っているという理由のみ
では、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有する
ものとされない。
9 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業(「恒久的施設」を通じて行われるものであ
るかないかを問わない。)を行う法人を支配し、又は
294
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
これらに支配されているという事実のみによっては、
いずれの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」
とはされない。
日越租税条約における PE の定義には、OECD モデル
租税条約と異なる点が多い。まず、日越租税条約第 5
第 2 項の PE に該当するものの列挙のなかに、OECD
モデル租税条約には含まれていない「倉庫」が含まれて
いる。
建設 PE については、日越租税条約第 5 条第 3 項では
PE として認定される建設工事の期間が「6 ヶ月超」と
されている。これは、OECD モデル租税条約に定める
「12 ヶ月超」よりも短く、PE として認められる範囲が
広くなっている。また、OECD モデル租税条約では、
建設 PE に建設等に係る「監督活動」が含まれていない
が、日越租税条約における建設 PE には含まれている。
次に、日越租税条約第 5 条第 4 項では「役務の提供(コ
ンサルタントの役務の提供を含む。)」で「十二箇月の
間に合計六箇月を超える期間」行われるものについて
は、PE に該当するとしている。このような規定は、
OECD モデル租税条約にはない。
また、日越租税条約第 5 条第 5 項の(a)および(b)におい
て、企業が商品の「保管又は展示」のためのみに施設を
使用する場合、または商品等の在庫の「保管又は展示」
のためのみに保有する場合には PE には該当しないと
されているが、OECD モデル租税条約ではいずれの場
合も「保管、展示又は引渡し」とされており、「引渡し」
の有無という違いが生じている。
日越租税条約第 5 条第 6 項(b)において、いわゆる在庫
保有代理人は PE に含まれると規定しているが、OECD
モデル租税条約では在庫保有代理人については明記さ
れていない。
加えて、日越租税条約第 5 条第 7 項では、企業が他方の
国で保険料の受領や保険の引受をする場合には(独立代
理人による場合を除き)PE に該当するとしているが、
このような保険に関する PE については OECD モデル
租税条約には含まれていない。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
295
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
日越租税条約の第 7 条において、PE について PE 所在
地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税でき
るとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の企業の利得に対しては、その企
業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該
他方の締約国内において事業を行わない限り、当該
一方の締約国においてのみ租税を課することができ
る。一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒
久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業
を行う場合には、その企業の利得のうち当該恒久的
施設に帰せられる部分に対してのみ、当該他方の締
約国において租税を課することができる。
根拠法令等
日越租税条
約第 7 条第 1
項
一方、国内法においても、PE に帰属する所得のみを課
税する「帰属主義」が採用されている。
② 課税所得の範囲
PE 認定された場合、その外国企業はベトナムにて生じ
た所得に加えて、ベトナム外で生じた所得でベトナム内
の PE に帰属するものに対して課税される。
国内法における課税所得とは、法人税法第 3 条第 1 項及
び第 2 項により、以下のように定義されている。
第 1 項 課税所得は、製品およびサービスにかかる
製造および(または)事業活動から生じる所
得および第 2 項に規定するその他の所得と
する。
第 2 項 第 1 項に定めるその他の所得には、資本取
引により得られる所得、不動産の譲渡により
得られる所得、資産の所有または使用する権
利により得られる所得、資産の譲渡または賃
貸もしくは清算により得られる所得、預け金
または貸付金により得られる利息、外貨の売
却による得られる所得、損失準備金の戻入
益、貸倒債権の取立益、債権者不明未払金の
戻入益、過年度の収益計上もれ、ベトナム国
外の製造活動および(または)事業活動によ
り生じる所得が含まれる。
II. 課税所得の計算方法
法人所得税の課税標準は、課税年度に生じた収入から支
296
法人税法第 3
条第 1 項及
び第 2 項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
出を控除した金額に税務調整を行って計算されるのが
通常である。
根拠法令等
また、課税標準の計算上、費用を損金算入するためには、
以下の要件を満たす必要がある。
 事業活動に関連して実際に発生した費用である
こと
 証憑類があり、立証可能なものであること
III. 内部取引の認識
ベトナムの国内法上、ベトナムに所在する PE の課税所
得を計算する上で、内部取引は PE の収益または費用と
して認識する。内部取引の金額は、独立企業間価格に基
づいて算定する(ただし、国内法による規定と租税条約
における内部取引に関する規定と異なる場合には、原則
として租税条約の規定が優先される)。
なお、当局からの通達(Circular 205/2013)では、支
払利息、ロイヤリティ、サービスフィーについては PE
の課税所得を計算する上で費用として認識はできない
とされている。ただし、当該通達は 2013 年の 12 月に
公布された新しいものであるため、当該通達に従って
PE の所得を計算した例はまだ聞き及んでいない。
通達
(Circular
205/2013)
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
法人所得税については、みなし利益に基づく課税は行わ
れていない。
後述の外国契約者税のみなし付加価値税率およびみな
し 法 人 税 率 に つ い て は 、 通 達 ( Circular
60/2012/TT-BTC)により規定されている。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
① 外国契約者税
外国法人がベトナム内の個人または法人と締結した契
約等に従い、その外国法人がベトナム内で得た所得に対
しては、PE の有無に関係なく、外国契約者税が課され
る。ただし、下記に該当する場合には外国契約者税は課
297
通達
(Circular
60/2012/TTBTC)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
税されない。
根拠法令等
 ベトナムにおける投資法、石油ガス法、信用機関法
に基づき事業を営む外国法人
 サービスの提供を行わずに物品販売を行う外国法
人
 ベトナムの国外で提供され、ベトナムの国外で消費
されるサービスを行う外国法人
 ベトナムの企業や個人に対して、ベトナム国外で航
空機・船舶の修繕、広告宣伝サービス、トレーニン
グサービス等を行う外国法人
外国契約者税は、付加価値税部分と法人税部分から成
る。税率は、事業の種類により異なるが、サービスの場
合には付加価値税部分 5%、法人税部分 5%である。
外国契約者税の納税義務者は、一義的には外国法人であ
るが、当該企業がベトナム会計システム(VAS)を採用
していない場合には、納税義務者はベトナム側の法人と
なる。実際は、外国法人がベトナム会計システムを採用
していないケースがほとんどである。ベトナム側の法人
が納税義務者である場合、契約金額を支払う際に付加価
値税部分と法人税部分の双方についてみなし税率にて
源泉徴収し、10 日以内に申告する。
この外国契約者税は、日越租税条約第 2 条第 3 項(ⅳ)
において租税条約上の対象税目として規定されている。
ただし、「利得に対する税とみなされるものに限る」と
限定されているため、外国契約者税の付加価値部分は対
象外とされ、法人税部分のみが対象となる。
前述のとおり、外国契約者税はベトナム国内における
PE の有無にかかわらず、外国法人がベトナムの個人ま
たは法人から受ける所得に対して課される。一方、日越
租税条約第 7 条第 1 項において、一方の締約国(日本)
の企業が他方の締約国(ベトナム)内に PE を有してい
ない場合には、他方の締約国(ベトナム)は当該企業の利
得に対して課税を行うことはできないとされている。そ
のため、例えば、ベトナムに PE を有しない日本企業が
ベトナムの顧客に対してサービス提供等を行った場合
には、日越租税条約の規定に従えば、外国契約者税(法
人税部分)を課されることはないこととなる。
したがって、仮に外国契約者税がベトナム国内に PE を
有しない日本企業に課された場合、これは日越租税条約
に規定に従って課された税ではないことから、日越租税
298
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
条約第 22 条第 2 項により、ベトナムに PE を有しない
日本企業は外国契約者税について、規定上は我が国にお
ける外国税額控除の適用を受けられないこととなる。
② 地方税その他の税
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
1.4 税率
 法人所得税率
課税所得に対して 25% (2014 年 1 月から 22%)
 外国契約者税
売上金額に対して 3%~7%(みなし付加価値税)
売上金額に対して 0.1%~10%(みなし法人税)
299
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
ベトナムにおけ
る PE 課税の実態
調査結果
根拠法令等
ベトナムにおいて、日本企業に対して PE 認定による課
税が行われたケースは現在のところ聞き及んでいない。
PE 認定を積極的に行わなくても日本企業を含む外国法
人に対しては、前述のとおり、外国契約者税によって課
税を行うことができるということがその理由と考えら
れる(実際に外国法人に対しては、当該外国法人が PE
をベトナムに有しているか否かにかかわらず外国契約
者税の課税が発生している)。
なお、「現地制度調査」にて記述したとおり、外国法人
がベトナム内の個人または法人と締結した契約等に従
い、その外国法人がベトナム内で得た所得に対しては、
外国契約者税が課される。外国契約者税は PE の有無に
関係なく課税されるため、外国法人がベトナムの税務当
局から PE 認定を受けなかったとしても、ベトナム内で
役務提供等を行った場合には納税義務は免除されない。
なお、恒久的施設を有していない外国法人の外国契約者
税については、対価の受領時に支払者により源泉徴収さ
れる。当該外国契約者税については、前述のとおり、日
本側で外国税額控除が適用できず、二重課税が発生する
可能性がある。
300
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(11)オーストラリア
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
オーストラリアの国内法の所得税法(1936 年連邦所得
税査定法)では、PE を以下のとおり定義している。
 個人(法人を含む。以下同じ。)が代理人を通じ
て事業を行う場所
 個人が相当な設備や機械装置を有する場所、また
はそれらを使用する場所もしくはそれらの据え
付けを行う場所
 個人が建設工事に従事する場所
 個人が自らのためもしくは自らの指示に基づく
他者によって製造、組立、加工、包装、配送され
た製品の販売に従事し、かつ、当該個人または当
該他者のいずれか一方が他方に対して管理支配
もしくは出資を行う場合または第三者が当該個
人および当該他者の両方に対して管理支配もし
くは出資を行う場合における、当該製品が製造、
組立、加工、包装、配送された場所
ただし、以下の場合には、PE に該当しない。
 個人が、委託代理人や仲買人を通じて事業活動に
従事する場所で、当該委託代理人や仲買人は通常
の事業活動としてこれらを行っており、同種の取
引における通常の報酬額以上の金額を受けない
もの(ただし、当該個人が別途事業を行っている
場所は除く)
 個人が、以下に該当する代理人を通じて事業を行
っている場所(ただし、当該個人が別途事業を行
っている場所は除く)
(i) 当該個人を代理して、交渉および契約を締
結する一般的な権限を有さず、または反復
的に行使しない代理人
(ii) 当該個人を代理して、その場所の所在する
国に在庫のある商品又は製品の注文を行う
権限を有するが、その権限を規則的には行
使しない代理人
 もっぱら商品または製品を購入する目的で維持
している事業場所
301
1936 年連邦
所得税査定
法 Section
6(1)
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
上記のとおり、オーストラリアの国内法上の PE の定義
は、我が国の国内法における PE の定義規定と構成が異
なるものの、我が国の国内法における支店 PE、
建設 PE、
代理人 PE に相当するものを含んでいると解される。た
だし、我が国の国内法上、建設 PE は「1 年超」という
要件が設けられているが、オーストラリアの国内法上の
建設 PE には期間が定められていない。また、製品の製
造、組立、加工、包装、配送にかかる場所で一定のもの
については PE に含むとしており、これは管理支配下に
ある他者の製造等の場所も含むとされているので、我が
国の国内法の PE の定義規定における「工場」よりも範
囲が広いと考えられる。
1.2
租税条約上の PE
の定義
我が国とオーストラリアは 2008 年 1 月 31 日に租税条
約を締結しており、当該租税条約は 2008 年 12 月 3 日
に発効している。日豪租税条約の第 5 条において PE を
以下のとおり定義している。
1 この条約の適用上、「恒久的施設」とは、事業を
行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は
一部を行っているものをいう。
2 「恒久的施設」には、特に、次のものを含む。
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
事業の管理の場所
支店
事務所
工場
作業場
鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その
他天然資源を採取する場所
(g) 農業、牧畜業又は林業の用に供されている財
産
3 建築工事現場又は建設若しくは据付けの工事に
ついては、これらの工事現場又は工事が十二箇月を超
える期間存続する場合には、恒久的施設を構成するも
のとする。
4 1から3までの規定にかかわらず、一方の締約国
の企業が次の(a)から(c)までに規定するいずれかの活
動を行う場合には、当該活動は当該企業が他方の締約
国内に有する恒久的施設を通じて行われるものとさ
れる。
(a) 当該他方の締約国内における建築工事現場
又は建設若しくは据付けの工事に関連して
当該他方の締約国内で行う監督活動又はコ
302
日豪租税条
約第 5 条
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
ンサルタントの活動であって、十二箇月を超
える期間継続するもの
(b) 当該他方の締約国内において当該他方の締
約国内に存在する天然資源を探査し、又は開
発する活動(大規模設備の運用を含む。)で
あって、いずれかの十二箇月の期間において
合計九十日を超える期間行われるもの
(c) 当該他方の締約国内における大規模設備の
運用((b)の規定に該当するものを除く。)
であって、いずれかの十二箇月の期間におい
て合計百八十三日を超える期間行われるも
の
5 (a) 3及び4に規定する活動の期間は、ある企業
が一方の締約国内において行う活動の期間
とその企業と関連する企業が当該一方の締
約国内において行う活動の期間を合計して
決定する。ただし、これらの活動が関連して
いる場合に限る。
(b) (a)に規定する活動の期間の決定に当たって、
二以上の関連する企業が同時に行う活動の
期間は、一度に限り算入する。
(c) この条の規定の適用上、次の(i)又は(ii)の規
定に該当する場合には、一方の企業は他方の
企業と関連するものとする。
(i) 一方の企業が他方の企業の経営、支配又
は資本に直接又は間接に参加している
場合
(ii) 同一の者が一方の企業及び他方の企業
の経営、支配又は資本に直接又は間接に
参加している場合
6 1から5までの規定にかかわらず、企業は、次の
ことを行っているという理由のみでは、恒久的施設を
有するものとはされない。
(a) 企業に属する物品又は商品の保管、展示又は
引渡しのためにのみ施設を使用すること。
(b) 企業に属する物品又は商品の在庫を保管、展
示又は引渡しのためにのみ保有すること。
(c) 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企
業による加工のためにのみ保有すること。
(d) 企業のために物品若しくは商品を購入し、又
は情報を収集することのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
303
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(e) 企業のためにその他の準備的又は補助的な
性格の活動を行うことのみを目的として、事
業を行う一定の場所を保有すること。
7 1及び2の規定にかかわらず、企業に代わって行
動する者(8の規定が適用される独立の地位を有する
代理人を除く。)が次のいずれかの活動を行う場合に
は、当該企業は、その者が当該企業のために行うすべ
ての活動について、一方の締約国内に恒久的施設を有
するものとされる。ただし、その者の活動が6に規定
する活動(事業を行う一定の場所で行われたとして
も、1の規定により当該一定の場所が恒久的施設であ
るものとされないようなもの)のみである場合は、こ
の限りでない。
(a) 当該一方の締約国内において、当該企業に代
わって実質的に交渉する権限又は当該企業
の名において契約を締結する権限を有し、か
つ、この権限を反復して行使すること。
(b) 当該一方の締約国内において、当該企業のた
めに当該企業に属する物品又は商品を製造
し、又は加工すること。
8 企業は、仲立人、問屋その他の独立の地位を有す
る代理人としての通常の方法でその業務を行う者を
通じて一方の締約国内で事業を行っているという理
由のみでは、当該一方の締約国内に恒久的施設を有す
るものとはされない。
9 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業(恒久的施設を通じて行われるものであるか
否かを問わない。)を行う法人を支配し、又はこれら
に支配されているという事実のみによっては、いずれ
の一方の法人も、他方の法人の恒久的施設とはされな
い。
10 第十一条7及び第十二条5の規定の適用上、両
締約国以外の国内に恒久的施設があるか否か及びい
ずれの締約国の企業でもない企業が一方の締約国内
に恒久的施設を有するか否かを決定するに当たって
は、1から9までに規定する原則を適用する。
日豪租税条約における PE の定義は、OECD モデル租
税条約と異なる点が多い。まず、日越租税条約第 5 条第
2 項の PE に該当するものの列挙の中に、OECD モデル
租税条約には含まれていない「農業、牧畜業又は林業の
用に供されている財産」が含まれている。
304
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
日豪租税条約第 5 条第 3 項の建設 PE の規定については
OECD モデル租税条約と一致しているが、日豪租税条
約第 5 条第 4 項(a)において建設工事等に関する「監督
活動又はコンサルタントの活動であって、十二箇月を超
える期間継続するもの」が挙げられているが、OECD
モデル租税条約ではこのような監督活動やコンサルタ
ント活動は PE には含まれていない。
また、日豪租税条約第 5 条第 4 項(b)および(c)における
「天然資源を探査し、又は開発する活動(大規模設備の
運用を含む。)であって、いずれかの十二箇月の期間に
おいて合計九十日を超える期間行われるもの」と「大規
模設備の運用((b)の規定に該当するものを除く。)
であって、いずれかの十二箇月の期間において合計百八
十三日を超える期間行われるもの」は OECD モデル租
税条約にはない規定である。
日豪租税条約第 5 条第 5 項においては、第 3 項および
第 4 項における活動期間の日数の判定(タイムテスト)
についての考え方に言及しており、これも OECD モデ
ル租税条約にはないものである。
日豪租税条約第 5 条第 6 項においては(a)から(e)まで PE
に該当しないものを挙げているが、OECD モデル租税
条約では(e)の次に(f)として「(a)から(e)までに掲げる活
動を組み合わせた活動」で「準備的又は補助的な性格」
の活動を行う一定の場所を挙げている。
日豪租税条約第 5 条第 7 項(b)において、「当該企業の
ために当該企業に属する物品又は商品を製造し、又は加
工する」は PE に含まれると規定しているが、OECD
モデル租税条約ではこのような製造又は加工を行う代
理人については明記されていない。
加えて、日豪租税条約第 5 条第 10 項では、利子(同条
約第 11 条)および使用料(同条約第 12 条)の規定に
おける PE の判定について同条約第 5 条の原則を適用す
る旨が明らかにされているが、OECD モデル租税条約
にはこれに相当する規定はない。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日豪租税条約の第 7 条において、PE について PE 所在
305
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税でき
るとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の企業の利得に対しては、その企
業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該
他方の締約国内において事業を行わない限り、当該
一方の締約国においてのみ租税を課することができ
る。一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒
久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業
を行う場合には、その企業の利得のうち当該恒久的
施設に帰せられる部分に対してのみ、当該他方の締
約国において租税を課することができる。
一方、国内法においても、PE に帰属する所得のみを課
税する「帰属主義」が採用されている。
② 課税所得の範囲
外国法人等がオーストラリア内に PE を有していると
認定された場合、オーストラリアにおける国内源泉所得
が PE に係る法人所得税の課税対象所得とされる。
II. 課税所得の計算方法
PE を有する外国法人等に対して課税が行われる場合、
オーストラリアにおける国内源泉所得のみが法人所得
税の課税対象所得とされるが、その課税所得は通常のオ
ーストラリア法人と同じ計算方法(会計上の利益に一定
の税務調整を行う方法)で算定される。
III. 内部取引の認識
オーストラリアの国内法上、オーストラリアに所在する
PE の課税所得を計算する上で、内部取引(日本の本社
と現地の支店との取引等)は PE の収益または費用とし
て認識する。
内部取引の金額は、独立企業間価格に基づいて算定す
る。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
オーストラリアでは、納税者が申告書を未提出の場合、
税務当局がデフォルト・アセスメント(Default
Assessment)というものを発行する仕組みがある。
納税者が申告書を未提出の場合、納税者が所得計算を行
306
根拠法令等
日豪租税条
約第 7 条第 1
項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
うよう税務当局が支援を行う。それでも納税者が申告書
を提出しない場合には、税務当局は推定課税により課税
所得の計算を行い、その結果を「デフォルト・アセスメ
ント」という名称で納税者に通知する。デフォルト・ア
セスメントを受け取った納税者は、納税額にペナルティ
(納税額の 75%)を加えて納付することとなる。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
法人の所得に対して課される地方税等、その他の税金
はない。
1.4 税率
30%
307
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査した範囲において、日系企業でオーストラリアの税務当局に PE 認定された事例はな
かったため、オーストラリアの税務当局が公表している PE に関する事例(非日系企業のも
の)をご参考までに記述する。
調査項目
現地実態調査①
2.1
会社名
調査結果
根拠法令等
2.2
業種
公表されていない。
2.3
現地における事
業活動の概要
公表されていない。
2.4
現地機能の規模
公表されていない。
2.5
PE 課税の概要
英国法人である A 社は、オーストラリア内にて事業を
行っていた(オーストラリア内において英豪租税条約 5
条 1 項上に定められた PE を有していない)。
A社
(英豪租税条約における英国居住法人に該当する)
また、このA社はオーストラリアの居住法人である Y
社と同一の親会社の傘下にある。
Y 社は、オーストラリアにおいて、大規模設備の供給お
よびその据付けを行う契約を顧客と締結した。なお、当
該据付事業は完成まで 3 年を要するものである。
A 社は Y 社と下請契約を締結し、当該契約に基づき、A
社は据付事業の完成に必要な部品を供給するとともに、
据付け及び調整の監督のため、自社の従業員を 2 か月間
現場に派遣することとなった。
A 社による当該監督活動は、英豪租税条約 5 条 2 項(a)
にいう「監督活動」に該当し、その場合、英豪租税条約
上、12 か月以上継続する場合には PE に該当すること
になる。A 社が従業員を現場に派遣していた期間は 2
か月間であるが、A 社によって行われた監督活動は当該
プロジェクトの一部であり、Y 社の事業と同時に行われ
たことから、A 社の活動と Y 社の活動を合計してカウ
ントされ、12 か月以上に及ぶものとして PE として認
定された。
308
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
2.6
PE 認定の理由
Y 社と顧客と締結した契約は、英豪租税条約 5 条 3 項a
における「据付事業」に該当するものであったため、上
記事実関係をもとに、オーストラリアの課税当局は以下
のような判断を行った。
英豪租税条約 5 条 3 項(a)によると、以下の場合、事
業体は PE を有し、かつ PE を通じて事業を行った
とみなされる(ただし、下記の現場、プロジェクト
または活動が 12 か月以上継続する場合にのみ限
る)。
 当該事業体がオーストラリアに建築現場を有す
る、または、オーストラリアにおいて建設又は据
付事業を行う場合
 上記の現場又はプロジェクトに関連する監督又は
コンサルティング活動を行う場合
英豪租税条約によると、上記期間が 12 か月以上か
どうかは、企業がオーストラリアにおいて行う活動
の期間とその企業と関連する企業がオーストラリア
において行う活動の期間を合計して決定することさ
れている。また、二以上の関連する企業が同時に行
う活動の期間は、その重複する期間は 1 回のみカウ
ントする。(※日豪租税条約第 5 条第 5 項にも同様
の規定あり。)
ここで、A 社の当該監督活動は、Y 社の行う事業の
一部を構成しているので、Y 社の据付事業に関連し
ていることとなる。また、A 社の活動自体は 2 か月
間だが、Y 社の据付事業と同時に行われており、か
つ、その Y 社による据付事業は 3 年間に及ぶため、
A社の活動は Y 社の活動と合計してカウントされる
ため 12 か月以上に及ぶものとなる。その結果、A
社はオーストラリア内で PE を有し、かつ、PE を通
じて事業を行っていることとなり、オーストラリア
にて課税されることとなった。
2.7
認定された PE の
税額計算の過程
公表されていない。
2.8
当該措置への対
応
公表されていない。
309
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
2.9
外国税額控除の
適用
公表されていない。
現地実態調査②
2.1
会社名
根拠法令等
B社
2.2
業種
証券会社
2.3
現地における事
業活動の概要
公表されていない。
2.4
現地機能の規模
公表されていない。
2.5
PE 課税の概要
本件は、PE に該当しないとされた事例である。
B 社は、オーストラリアの居住法人である。B 社は非条
約締結国の株式市場において自己勘定にて値付けおよ
び裁定取引を行う証券会社である。B 社は、対象となる
非条約締結国にて、独自のコンピューターシステムを用
いての電子取引と非電子的なマニュアル取引の両方を
行っていた。電子取引とマニュアル取引のそれぞれの使
用割合は 50%である。独自のコンピューターシステム
は、おおよそ 10 のハードウェアから構成されており、
それぞれの大きさは 4.4 ㎝×44.7 ㎝×71.1 ㎝~46 ㎝
×26.2 ㎝×68.8 ㎝であり、コンピューターシステム全体
の大きさは 260 ㎝×398 ㎝×470 ㎝であった。コンピュ
ーターシステム全体の重量は 164 ㎏であり、その価値
は$200,000 相当である。
国内法上、「相当」な設備等を有するまたはそれらを使
用する場所は PE に該当するとされている。このケース
の場合の設備が「相当」なものに該当するかどうかが、
その規模、金額的価値、役割等から検討されたが、最終
的には「相当」なものに該当せず、PE には当たらない
と判断された。
2.6
PE 認定の理由
上記事実関係をもとに、オーストラリアの課税当局は以
下のような判断を行った。
個人が相当な設備や機械装置を有する場所、または
310
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
それらを使用する場所もしくはそれらの据付けを行
う場所は PE に該当する(1936 年連邦所得税査定法
Section 6(1))。また、設備や機械装置が「相当」な
ものに該当するかどうかは、大きさ、量、価値、重
要性から判断される。
当該コンピューターシステムは「設備」に該当する。
しかし、個々のアイテムは大規模なものとは言えず、
コンピューターシステム全体から判断しても、決し
て大規模とは言えない。また、わずか 10 個のアイ
テムから構成されていること、$200,000 は価値と
して高くないこと、電子取引の利用割合は 50%であ
りコンピューターシステムはB社の収入活動の重要
な役割を担っているとはいえないこと、等から判断
すると、当該コンピューターシステムは「相当な設
備」とはいえない。したがって、B 社の有するコン
ピューターシステムは、オーストラリアの国内法に
定める PE には該当しないこととなる。
2.7
認定された PE の
税額計算の過程
課税なし。
2.8
当該措置への対
応
公表されていない。
現地実態調査③
2.1
会社名
C 社(オーストラリア法人)
D 社(シンガポール法人)
2.2
業種
C 社:エンジニアリング業
D 社:船舶の貸付業
2.3
現地における事
業活動の概要
公表されていない。
2.4
現地機能の規模
公表されていない。
2.5
PE 課税の概要
本件は、(税務当局が主張した)源泉徴収の支払につい
て、裁判にて不要と判示された事例である。
C 社はオーストラリア居住法人である。
311
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
D 社はシンガポール居住法人でありオーストラリア内
にて事業は行っておらず事務所、従業員等も有していな
い。
C 社は、D 社と船舶賃貸借契約を締結し、オーストラリ
アで使用するための裸用船を D 社から賃借した。C 社
は D 社に対して船舶の賃借料を支払った。C 社は自社
の税金計算において、船舶の賃借料を損金として処理し
ている。なお、C 社は賃借料の支払時に源泉徴収は一切
行っていない。
税務当局より、当該船舶の賃借料は国内法に定める「使
用料」に該当するため、源泉徴収が必要と判断した。こ
れに対して、C 社は租税条約に基づいて、源泉徴収は必
要ないと主張した。
この点について連邦裁判所にて審議された結果、C 社は
賃借料の支払時に源泉徴収が必要との見解が示された。
その後、連邦裁判所大法廷にて審議されたところ、一転
して、C 社は賃借料の支払時に源泉徴収は必要ないとの
結論が示された。
2.6
PE 認定の理由
税務当局は、C 社が D 社に支払う当該船舶の賃借料は、
産業設備または商業設備の使用のための支払であるた
め、1936 年連邦所得税査定法に定める「使用料」に該
当すると判断した。1936 年連邦所得税査定法 Section
128B によると、使用料を支払う際には源泉徴収が必要
とされ、源泉徴収が行われていない場合には、1936 年
連邦所得税査定法の Section 221YRA により当該使用
料は損金算入ができないこととなっている。
これに対して、C 社の主張は、オーストラリア・シンガ
ポール租税条約第 10 条第 4 項により、D 社はオースト
ラリアに PE を有しているため、船舶の賃借料に対して
源泉徴収は必要ないというものであった。オーストラリ
ア・シンガポール租税条約の第 4 条 (3)(b)では「一方の
締約国の企業が、契約に基づき他方の締約国内において
大規模設備を使用する場合には、当該企業は他方の締約
国内において恒久的施設を有するものとみなす」とされ
ている。この規定によると、D 社はオーストラリアにて
大規模な設備を使用しているため PE を有しているこ
ととなり、その場合、D 社はオーストラリアにて税務申
告を行う義務が生じることから源泉徴収は不要となる。
D 社がオーストラリア内に PE を有するかどうかの判断
にあたっては、このオーストラリア・シンガポール租税
条約の第 4 条 (3)(b)における「使用(”use”)」の解釈
312
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
が重要となる。
根拠法令等
連邦裁判所の判決では、D 社は船舶を C 社に貸してい
るのみであり、D 社は受動的な立場にある。この受動的
な使用は租税条約第 4 条 (3)(b)における「使用」には含
まれないと解釈された。したがって、連邦裁判所は「D
社はオーストラリア内に PE を有していないため、C 社
において支払時に源泉徴収が必要」との見解を示し、C
社は支払った船舶の使用料を税務計算上損金とするこ
とができないとされた。
一方、大法廷における判決では、租税条約第 4 条 (3)(b)
における「使用」は以下の 3 つの分類に分けられるとし
た。
(1) 企業自らによる大規模設備の使用(Use of the
substantial equipment by the enterprise itself)
(2) 企業のための大規模設備の使用(Use of the
substantial equipment for the enterprise)
(3) 企業との契約に基づいて行われる大規模設備の
使用(Use of the substantial equipment under a
contract with the enterprise)
本事案における C 社と D 社の船舶の貸借は、上記の(3)
に該当するとして、D 社がオーストラリア内で船舶を
「使用」していると解釈した。最終的に「D 社はオース
トラリア内に PE を有する」とされ、C 社は賃借料の支
払時に源泉徴収は行う必要はないと結論づけられた。
2.7
認定された PE の
税額計算の過程
公表されていない。
2.8
当該措置への対
応
前述のとおり、連邦裁判所および連邦裁判所大法廷にて
審議され、最終的に C 社は賃借料の支払時に源泉徴収
は不要と結論づけられた。
313
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(12)ロシア
① 制度
調査項目
現地制度調査
1.1
現地における PE
の定義
調査結果
根拠法令等
ロシアの国内法であるロシア連邦法では、PE を以下の
とおり定義している。
第 2 項 ロシア連邦における外国組織の恒久的施設と ロシア連邦
は、支店、代理店、出張所、支所、事務所、取次店、 法第 306 条
その他のあらゆる独立した下部組織、また当該組織が
ロシア連邦領域内における下記に関連する企業活動
を定期的に実施する当該組織のその他の活動場所の
ことである。
 地下資源の利用および(または)他の天然資源の
利用。
 遊戯用機械を含む設備の建設、設置、据付け、組
立て、整備、メンテナンスおよび稼働に関して、
契約で定められている作業の実施。
 ロシア連邦領域内に所在し、当該組織に属する
か、当該組織が賃借している倉庫からの商品の販
売。
 その他の作業の遂行、サービスの提供、本条第 4
項に定められた事業を除くその他の事業の遂行。
(中略)
第 4 項 本条第 2 項に定められた恒久的施設の特徴を
欠いている条件下において、ロシア連邦領域内におい
て外国組織が遂行した予備的および補助的性格の事
業は、恒久的施設の設立をもたらすものとみなすこと
はできない。予備的および補助的事業には、特に下記
の業務が含まれる。
(1) 当該の外国組織が所有する商品の保管、実物
宣伝、および(または)納入のみを目的とし
て、当該の納入の開始まで施設を利用する業
務。
(2) 当該の外国組織が所有する商品在庫の保管、
実物宣伝および(または)納入のみを目的と
して、当該の納入の開始まで商品在庫を維持
する業務。
(3) 当該の外国組織による商品の買い付けのみを
314
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
目的として、事業を行う一定の場所を維持す
る業務。
(4) 情報の収集、処理および(または)普及、税
務会計、マーケティング、広告、外国組織が
販売する商品(作業、サービス)の市場調査
を目的とした事業を行う一定の場所を維持す
る業務。ただし、当該の業務が当該組織の主
たる(通常の)事業ではない場合。
(5) 当該の組織の名において単なる契約締結のみ
を目的として事業を行う一定の場所を維持す
る業務。ただし、契約締結が外国組織の書面
による詳細な指示書に基づいて行われる場
合。
また、ロシア連邦法第 306 条の第 9 項では、個別のケ
ースとして以下のものも恒久的施設に該当するとして
いる。
9.外国組織が恒久的施設を有するものとみなされる
のは、次の場合である。
 当該の組織が関税地域内または税関監督下での
加工の結果取得した自社所有の商品をロシア連
邦領域内から供給する場合。
 当該の組織が本条第 2 項に定められた特徴に合
致する事業を、ロシア連邦領域内で当該外国組織
の名のもとに活動し、当該外国組織との契約関係
に基づきロシア連邦における当該組織の利益を
代表するとともに、当該組織の名のもとに契約を
締結する全権または契約の重要条件を調整する
全権を有しこれを定期的に行使する主体で、か
つ、当該外国組織にとっての法的帰結をもたらす
主体(従属代理人)を通じて実施する場合。
上記のとおり、ロシア国内法上の PE の定義は、我が国
の国内法における PE の定義規定と構成が大きく異な
っているが、第 2 項において支店 PE、建設 PE に相当
するものが含まれている。ただし、建設 PE については、
我が国の国内法上は「1 年超」という要件が設けられて
いるが、ロシア国内法上の建設 PE には明確な期間設定
がない。また、「その他の作業の遂行、サービスの提供、
本条第 4 項に定められた事業を除くその他の事業の遂
行」という包括的な項目が含まれているのが、我が国の
国内法と大きく異なる点である。
また、代理人 PE については明確には言及されていない
315
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
が、第 2 項本文の「取次店、その他のあらゆる独立した
下部組織」に含まれていると解される。
1.2
租税条約上の PE
の定義
ロシアに対しては、1986 年 1 月 18 日に我が国とソビ
エト連邦が締結した租税条約(1986 年 11 月 27 日発効)
が適用される。日ソ租税条約の第 4 条において PE を以
下のとおり定義している。
根拠法令等
1 この条約の適用上、「恒久的施設」とは、事業を 日ソ租税条
約第 4 条
行う一定の場所であって一方の締約国の居住者がそ
の事業の全部又は一部を行っている場所をいう。
2 建築工事現場又は建設若しくは据付工事は、12
箇月を超える期間存続する場合に限り、
「恒久的施設」
とする。
3 1及び2の規定にかかわらず、「恒久的施設」に
は、次のことは、含まれないものとする。
(a) 1 の居住者に属する物品又は商品の保管、展
示又は引渡しのためにのみ施設を使用する
こと。
(b) 1 の居住者に属する物品又は商品の在庫を保
管、展示又は引渡しのためにのみ保有するこ
と。
(c) 1 の居住者に属する物品又は商品の在庫を他
の者による加工のためにのみ保有すること。
(d) 1 の居住者のために物品若しくは商品を購入
し又は情報を収集することのみを目的とし
て、事業を行う一定の場所を保有すること。
(e) 一の居住者のためにその他の準備的又は補
助的な性格の活動を行うことのみを目的と
して、事業を行う一定の場所を保有するこ
と。
(f) (a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせた
活動を行うことのみを目的として、事業を行
う一定の場所を保有すること。ただし、当該
一定の場所におけるこのような組合せによ
る活動の全体が準備的又は補助的な性格の
ものである場合に限る。
4 1の規定にかかわらず、一方の締約国の居住者が
他方の締約国内において代理人を通じて事業を行う
場合には、次の(a)から(c)までに掲げることを条件と
して、その居住者は、当該代理人がその居住者のため
に行うすべての活動について、当該他方の締約国内に
「恒久的施設」を有するものとされる。
316
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
根拠法令等
(a) 当該代理人が、当該他方の締約国内におい
て、その居住者の名において契約を締結する
権限を有し、かつ、この権限を反復して行使
すること。
(b) 当該代理人が、5の規定が適用される独立の
地位を有する代理人ではないこと。
(c) 当該代理人の活動が3に掲げる活動に限ら
れないこと。
5 一方の締約国の居住者は、通常の方法でその業務
を行う仲立人、問屋その他の独立の地位を有する代理
人を通じて他方の締約国内で事業活動を行っている
という理由のみでは、当該他方の締約国内に「恒久的
施設」を有するものとされない。
6 一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約
国の居住者である法人若しくは他方の締約国内にお
いて事業を行う法人を支配し、又はこれらに支配され
ているという事実のみによっては、いずれの一方の法
人も、他方の法人の「恒久的施設」とはされない。
なお、日ソ租税条約における PE の定義は、現行の
OECD モデル租税条約とは規定の構成は異なるもの
の、概ね同じ内容となっている。異なる点としては、
OECD モデル租税条約の第 5 条第 2 項において PE に
含まれるものとされている「支店、事務所、工場、作業
場、(以下省略)」等が、日ソ租税条約には記載されて
いない点である。
1.3
PE 帰属所得の計
算方法
I.
課税範囲
① 課税原則(帰属主義・総合主義等)
日ソ租税条約の第 5 条において、PE について PE 所在
地国は当該 PE に帰属する所得に対してのみ課税でき
るとする「帰属主義」の原則が示されている(OECD
モデル租税条約の旧 7 条型)。
1 一方の締約国の居住者が行う事業から生ずる
利得に対しては、その居住者が他方の締約国内に
ある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内にお
いて事業を行わない限り、当該一方の締約国にお
いてのみ租税を課することができる。一方の締約
国の居住者が他方の締約国内にある恒久的施設を
通じて当該他方の締約国内において事業を行う場
合には、その居住者の利得のうち当該恒久的施設
に帰せられる部分に対してのみ、当該他方の締約
317
日ソ租税条
約第 5 条第 1
項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
国において租税を課することができる。
根拠法令等
一方、国内法においても、PE に帰属する所得のみを課
税する「帰属主義」が採用されている。
② 課税所得の範囲
ロシア国内に PE を有する場合の課税対象については、
ロシア連邦法第 307 条第 1 項に以下のとおり規定され ロシア連邦
法第 307 条
ている。
第1項
 外国組織が当該外国組織の恒久的施設を通じてロシ
ア連邦領域内における事業を実施した結果、取得し
た収益から本条第 4 項(※)の規定を考慮して算定
される当該恒久的施設の費用を差し引いたもの。
 外国組織のロシア連邦における恒久的施設の資産の
所有、利用および(または)運用から生ずる当該外
国組織の収益から、その収益の取得に関連する費用
を差し引いたもの。
※第 4 項 外国組織が、ロシア連邦領域内に二つ
以上の出張所を有するとともに、これらの出張所
を通じて実施する事業が恒久的施設の成立をも
たらすものである場合には、課税標準および税額
は各々の出張所別に算定する。
II. 課税所得の計算方法
PE 認定された場合の計算方法としては、以下の二通り
がある。
1 原則的方法
収益 - 費用 = 課税所得
会計上の利益に対して、必要に応じて税務調整を行
う。ただし、ロシアでは支店に決算書作成義務はな
いため、支店では税務申告用の決算書のみを作成す
るケースが一般的であり、その場合、税務調整は生
じないこととなる。
2 第三者に役務提供を行ったものとして発生費用をベ
ースに計算する方法
駐在員事務所にて第三者への役務提供に関連して発
生した費用 × 20% = 課税所得
課税所得の計算方法として原則は 1 の方法である
318
ロシア連邦
法第 307 条
第1項
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
調査項目
調査結果
が、駐在員事務所が第三者に対して役務提供を行っ
た場合には 2 の方法を適用することができる。
III. 内部取引の認識
ロシア国内にある支店間の取引(例:モスクワ支店とウ
ラジオストック支店との間の取引)については移転価格
税制の適用はなく、内部取引の認識もしない。
また、ロシアにおける支店と国外の本店との取引も、同
一エンティティ内での取引とみなされるので認識はし
ない。
なお、ロシア国内における関連会社間の取引については
移転価格税制が適用されるため独立企業間価格で認識
することになる。
IV. みなし利益課税の有無と法的根拠
駐在員事務所に対するみなし利益課税については、ロシ
ア連邦法第 307 条第 3 項に以下のとおり規定されてい
る。
外国組織が第三者の利益のために、恒久的施設の成
立をもたらす予備的および(または)補助的性格の
事業をロシア連邦領域内で実施した場合で、当該の
事業に対する報酬の取得が定められていない場合に
は、課税標準は当該の事業に伴う当該恒久的施設の
費用の総額の 20%として算定する。
V. 二重課税排除の方式
外国税額控除制度が設けられている。
VI. 法人所得税以外で課される税目
法人利潤税のうち一部が地方税に相当するものとし
て、地方政府予算に割り当てられる。
1.4 税率(法人
税)
最高 20%(法人利潤税率)(うち 2%が連邦政府予算、
18%が地方政府予算に割り当てられる)
319
根拠法令等
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 事例
調査項目
現地実態調査
ロシアにおける
PE 課税の実態
調査結果
根拠法令等
現在、ロシアに進出している日本企業は約 200 社あり、
そのうち 6 割は現地法人、4 割が駐在員事務所の形態で
ある。
日本企業の駐在員事務所の職員は、現地の情報収集活動
(現地のビジネスショーの報告等)以外に、現地の販売
代理店のセールスサポート(アフターセールス業務等)
も行っているのが実情である。
そのため、商社などでは 100 人規模の駐在員事務所も
珍しくなく、彼らは課税駐在員事務所として納税を行う
(例えば駐在員事務所の全経費の半分を課税対象とし
て納税)ことで PE リスクを回避している。
実態として、ロシアの税務当局はその他の業務に忙殺さ
れていることもあり、日系企業の駐在員事務所への PE
認定には積極的ではない。
320
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3. 新興国と我が国の制度上・運用上の違いから生じる二重課
税の体系的整理
3-1 租税条約の概要
(1)租税条約の意義
租税条約とは、国際的二重課税の排除および国際的な脱税・租税回避行為の防止等を目
的として締結される二国間の条約である。
企業が国と国とを跨いだクロスボーダーの事業展開を行う場合、両国で課税権が行使さ
れるため、国と国との間で課税が重複する「国際的二重課税」が発生することとなる。国
際的二重課税が生じた場合、企業の税負担は過重なものとなり、国際的な事業活動に支障
をきたすこととなる。
従って、そのような国際的二重課税が生じている状況はその企業および企業が所在する
国にとって好ましいものではなく、各国では、租税が経済活動の妨げとならないよう国内
法において外国税額控除や国外所得免税等の制度を設けるとともに、諸外国と租税条約を
締結することで二重課税の排除のための施策を講じている。
租税条約のひな型としては、OECD によるモデル(OECD モデル租税条約)や国際連合
によるモデル(国連モデル租税条約)等がある。我が国が締結している租税条約について
は OECD モデル租税条約に拠っているものが多い57。
なお、平成 26 年 3 月 1 日現在、我が国は 80 ヶ国に適用される 60 の租税条約を締結して
いる。
(2)具体的内容
① 事業所得の配分
(i)
課税の範囲
(a) 「PE なければ課税なし」の原則
外国にて事業を行う場合、企業がその国に PE を有していなければその国で
は課税されないといういわゆる「PE なければ課税なし」の原則が国際的に広
く認められている。この「PE なければ課税なし」という課税原則の背景とし
て、企業が PE を有することなく他国で事業を行っている場合には、他国で課
OECD モデル租税条約は、所得の源泉地国での課税よりも所得の受益者の居住地国における課税を重視
することで二重課税を排除しようとするモデルであり、先進国同士による租税条約の多くでこのモデルが
用いられている(先進国と開発途上国との条約においてもこのモデルをベースとしているものがある)
。一
方で、国連モデル租税条約は、OECD モデル租税条約と異なり、源泉地国における課税を広く認めるもの
であり、条約締結国の一方が開発途上国である場合にしばしば用いられているモデルである。
57
321
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
税を受けるほどまだ本格的に事業を行っていないと判断することができるとい
う考え方があり、また、課税実務上、PE を有さない外国企業の課税所得を捕
捉するのは困難という側面もある。我が国が締結している租税条約においても、
この「PE なければ課税なし」という考え方が基本原則とされている。
(b) 恒久的施設の定義
今回の調査対象国(台湾58を除く。以下「本件条約締結国」という。)と我が
国が締結している租税条約のほぼすべてにおいて、恒久的施設とは以下のとお
り定義されている。
「恒久的施設」とは、事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部又は一部を行
っている場所をいう。「恒久的施設」には次のものを含む。
 事業の管理の場所
 支店
 事務所
 工場
 作業場
 鉱山、石油又は天然ガスの坑井、採石場その他天然資源を採取する場所
なお、上記の項目以外に個々の租税条約で「恒久的施設」として例示されて
いる項目は以下のとおりである。
◆インドネシア

農場又は栽培場
◆オーストラリア

農業、牧畜業又は林業の用に供されている財産
◆ベトナム

倉庫
◆タイ

農場又は栽培場

保管のための施設を他の者に提供する者に係る倉庫
◆インド

保管のための施設を他の者に提供する者に係る倉庫

農業、林業、栽培又はこれらに関連した活動を行う農場、栽培場その
他の場所
台湾とは現在租税条約の締結はされていないが、租税条約に相当する枠組みづくりに係る交渉を 2013
年 12 月 18 日に開始したことが公益財団法人交流協会より発表された。
http://www.koryu.or.jp/ez3_contents.nsf/Top/D8FC4420D622D00249257C44000F4B85?OpenDocument
58
322
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査

店舗その他の販売所

天然資源の探査のために使用する設備又は構築物(六箇月を超える
期間使用する場合に限る。)
また、ロシアと我が国の間で現在も適用される日本とソビエト連邦との租税
条約においては上記のような恒久的施設の例示はなされていない。
(c) 恒久的施設から除外されるケース(駐在員事務所等)
本件条約締結国との租税条約においては、基本的に以下のケースは「恒久的
施設」には含まれないと規定されている。
 企業に属する物品又は商品の保管又は展示のためにのみ施設を使用すること。
(※1)
 企業に属する物品又は商品の在庫を保管又は展示のためにのみ保有すること。
(※2)
 企業に属する物品又は商品の在庫を他の企業による加工のためにのみ保有する
こと。
 企業のために物品若しくは商品を購入し又は情報を収集することのみを目的とし
て、事業を行う一定の場所を保有すること。
 企業のためにその他の準備的又は補助的な性格の活動を行うことのみを目的とし
て、事業を行う一定の場所を保有すること。(※3)
 上記までに掲げる活動を組み合わせた活動を行うことのみを目的として、事業を
行う一定の場所を保有すること。
※1 シンガポール、韓国、ロシア、オーストラリア、中国との租税条約においては、「引渡
のための施設の使用」を含む。
※2 シンガポール、韓国、ロシア、オーストラリア、中国との租税条約においては、「引
渡のための在庫の保有」を含む。
※3 インドネシアとの租税条約においては「広告、情報の提供、科学的調査又はこれ
らに類する準備的又は補助的な性格の活動」と規定されている。
なお、駐在員事務所については、その活動が上記のように「商品を購入し又
は情報を収集することのみ」または「その他の準備的又は補助的な性格」のも
のに留まっている場合には、恒久的施設に該当しないこととなる。ただし、駐
在員事務所であっても、租税条約上で恒久的施設に該当しないと認められる範
囲を超えた活動(例:駐在員事務所自らが営業行為を行い、手数料収入を得る
323
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
等)を行う場合には、恒久的施設に該当することとなる。
(d) 建設 PE
(ア) 定義
本件条約締結国と我が国が締結している租税条約の大部分において、建設
PE は「建築工事現場又は建設若しくは据付工事」と定義されているが、ベ
トナム、タイ、インドとの租税条約においては「組立ての工事」も含まれて
いる。
(イ) タイムテスト
本件条約締結国との租税条約において、建設 PE のタイムテストについて
は、「6 ヶ月」と定めているものが大多数ではあるが、なかには 3 ヶ月(タ
イ)、12 ヶ月(香港、ロシア、オーストラリア)といったタイムテスト期間
を設けている租税条約もある。
(ウ) 監督活動
本件条約締結国の多くは建設 PE の定義のなかに建築工事等に関連する
「監督活動」を含めていないが、以下の国々については「監督活動」が建設
PE の範囲に含められている(タイムテストの期間はタイ、オーストラリア
を除いて 6 ヶ月)。
 シンガポール
 韓国
 マレーシア
 インド
 中国(継続する 12 ヶ月のうち 6 ヶ月を超える期間行われる場合)
 インドネシア(1 課税年度において合計 6 ヶ月を超える期間行われる場
合)
 タイ(3 ヶ月を超える期間行われる場合)
 ベトナム(12 ヶ月のうち 6 ヶ月を超える期間行われる場合)
 オーストラリア(12 ヶ月を超える期間行われる場合)
(e) 代理人 PE
本件条約締結国との租税条約においては、いわゆる代理人 PE を以下のとお
り規定している。
324
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
一方の締約国内において他方の締約国の企業に代わって行動する者(ただし、後述
の独立代理人を除く。)で次のいずれかの活動を行う場合には、当該企業は、その者が当
該企業のために行うすべての活動について、当該一方の締約国内に「恒久的施設」を有
するものとされる。
①
当該一方の締約国内において、当該企業の名において契約を締結する権限を有
し、かつ、この権限を反復して行使すること。
②
当該一方の締約国内において、当該企業に属する物品又は商品の在庫を保有
し、かつ、当該在庫により当該企業に代わって反復して注文に応ずること。
③
当該一方の締約国内で、専ら又は主として、当該企業のために、又は当該企業及
び当該企業が支配し若しくは当該企業に支配的利益を有している他の企業のた
めに反復して注文を取得すること。
上記①については、本件条約締結国のすべての国との租税条約に当該規定が
含まれている。②および③については、これらを代理人 PE の範囲に定めてい
ないものもあり、租税条約により異なっている。本件条約締結国においては、
②および③は以下の国々との租税条約に含まれている。
② :インドネシア、ベトナム、タイ、インド、マレーシア
③ :タイ、インド、中国
また、オーストラリアとの租税条約においては、以下のとおり、製造又は加
工を行う者を代理人 PE と規定している。
当該一方の締約国内において、当該企業のために当該企業に属する物品又は商品
を製造し、又は加工すること。
なお、代理人 PE とされる上記①②③のいずれかに該当する場合であっても、
独立の地位にある代理人(独立代理人)と認められる場合には、代理人 PE に
は該当しないとされている。この「独立代理人」については、本件条約締結国
との租税条約においては以下のとおり規定されている。
通常の方法でその業務を行う仲立人、問屋その他の独立の地位を有する代理人を通じ
て他方の締約国内において事業活動を行っているという理由のみでは、当該他方の締約
国内に「恒久的施設」を有するものとされない。
325
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
この「独立代理人」の租税条約上の規定については、本件条約締結国のいず
れにおいても相違は見られない。
(f)
役務の提供
本件条約締結国のうち、役務の提供(コンサルタントによる役務の提供を含
む。)を恒久的施設に該当するものとしている国は、中国、ベトナム、タイ、イ
ンドネシア、オーストラリアである。
各国の租税条約において、恒久的施設に該当することとなる役務提供の期間
(タイムテスト)は以下のとおりである。

12 ヶ月の間に合計 6 ヶ月超:中国、ベトナム、タイ、

一課税年度において合計 6 ヶ月超:インドネシア

12 ヶ月超:オーストラリア
中国、インドネシア、タイ、オーストラリアおよびベトナムとの租税条約に
おける「役務」については、以下のとおり規定されている。
◆中国
一方の締約国の企業が他方の締約国内において使用人その他の職員を通じてコン
サルタントの役務を提供する場合には、このような活動が単一の工事又は複数の関連工
事について 12 箇月の間に合計 6 箇月を超える期間行われるときに限り、当該企業は、
当該他方の締約国内に「恒久的施設」を有するものとされる。
◆インドネシア
一方の締約国の企業が他方の締約国内において使用人その他の職員を通じてコン
サルタントの役務又は建築、建設若しくは据付工事に関連する監督の役務を提供する
場合には、このような活動が単一の工事又は複数の関連工事について一課税年度にお
いて合計六箇月を超える期間行われるときに限り、当該企業は、当該他方の締約国内に
「恒久的施設」を有するものとされる。
◆タイ
一方の締約国の企業が他方の締約国内において使用人その他の職員を通じて役務
の提供(コンサルタントの役務の提供を含む。)を行う場合には、このような活動が単一の
工事又は複数の関連工事について 12 箇月の間に合計 6 箇月を超える期間行われると
きに限り、当該企業は、当該他方の締約国内に「恒久的施設」を有するものとされる。
326
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
◆オーストラリア
当該他方の締約国内における建築工事現場又は建設若しくは据付けの工事に関連
して当該他方の締約国内で行う監督活動又はコンサルタントの活動であって、十二箇月
を超える期間継続するもの
◆ベトナム
一方の締約国の企業が他方の締約国内において使用人その他の職員を通じて役務
の提供(コンサルタントの役務の提供を含む。)を行う場合には、このような活動が単一の
事業又は複数の関連事業について十二箇月の間に合計六箇月を超える期間行われる
ときに限り、当該企業は、当該他方の締約国内に「恒久的施設」を有するものとされる。
(g) 子会社
本件条約締結国との租税条約においては、現地における子会社の取扱いにつ
いて、以下の規定が設けられている。
一方の締約国の居住者である法人が、他方の締約国の居住者である法人若しくは他方
の締約国内において事業(「恒久的施設」を通じて行われるものであるかないかを問わな
い。)を行う法人を支配し、又はこれらに支配されているという事実のみによっては、いず
れの一方の法人も、他方の法人の「恒久的施設」とはされない。
これは、一方の締約国の法人と他方の締約国の法人との間に支配関係がある
ということだけで恒久的施設に該当するということはないという趣旨である。
例えば、海外に子会社を設立したような場合において、その子会社が前述の
代理人 PE に該当する活動のいずれか(契約締結、在庫保有、注文取得等)を
行っているのであれば、当該子会社は親会社の PE に該当することになるが、
それはあくまで個々の活動内容によって判定されるものであり、外形的な支配
関係のみによって判定されるものではないということがこの規定により定めら
れている。
(h) その他

インドネシア
他方の締約国内において「保険料の受領」又は「他方の締約国内において
生ずる危険の保険」をする場合には、恒久的施設に該当すると規定されてい
る。

オーストラリア
327
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
「天然資源を探査し、又は開発する活動であって、いずれかの 12 箇月の期
間において合計 90 日を超える期間行われるもの」や「大規模設備の運用であ
って、いずれかの 12 箇月の期間において合計 183 日を超える期間行われるも
の」についても恒久的施設に該当すると規定されている。
(ii) 租税条約における帰属主義
我が国と本件条約締結国との間の租税条約においては、恒久的施設に対する課税
は恒久的施設に帰属ずる所得に対してのみ行うことができるとする「帰属主義」の原
則が採用されている59。本件条約締結国との租税条約における帰属主義の原則は、い
ずれも 2010 年に改正される前の OECD モデル租税条約の 7 条(旧 7 条)型となっ
ている60が、PE に帰属する所得の計算方法については租税条約上で統一的に定めら
れているのではなく、それぞれの国の国内法における課税の方式に委ねられている。
なお、旧 7 条第 4 項では以下にある通り、PE に帰属する所得の企業全体の所得を
一定の基準によって按分して算出する方法を容認している。
OECD モデル租税条約旧第 7 条第 4 項
2 の規定は、恒久的施設に帰せられるべき利得を企業の利得の総額の当該企業の
各構成部分への配分によって決定する慣行が一方の締約国にある場合には、租税を課
されるべき利得をその慣行とされている配分の方法によって当該一方の締約国が決定
することを妨げるものではない。ただし、用いられる配分の方法は、当該配分の方法によ
って得た結果がこの条に定める原則に適合するようなものでなければならない。
② 追いかけ課税の禁止
OECD モデル租税条約の第 10 条第 5 項では、一方の条約締約国の居住者である法人
が支払う配当および当該法人に留保された所得に対しては、この配当および留保所得
の全部または一部の原資が他方の条約締約国から生じたものであっても、他方の条約
締約国はその配当および留保所得に対して課税することはできないことを規定してい
る(いわゆる「追いかけ課税の禁止」)。
我が国の国内法においては、PE に対する課税対象は全ての PE 所在地国源泉の所得とする「総合主義」
の原則が採用されており、国内法における課税原則と租税条約における課税原則の平仄を合わせるため、
平成 26 年度税制改正において国内法の改正が予定されている(詳細は後述「3-4 国内法への帰属主義及
び AOA 導入による影響の分析」参照。
)
。
60 なお、平成 25 年 12 月 17 日において日英租税条約改正議定書の署名が行われ、我が国の締結する租税
条約で初めて OECD モデル租税条約新 7 条に規定されている OECD 承認アプローチ(Authorized OECD
Approach、詳細は後述「3-4 国内法への帰属主義及び AOA 導入による影響の分析」)が導入される旨、
我が国財務省より発表されている。
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/press_release/251218uk_pt.htm
59
328
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
我が国と本件条約締約国との間の租税条約においては、日本・ソ連租税条約を除き、
この「追いかけ課税の禁止」の規定が設けられている61。
一方で、インドネシアにおける支店利益税やタイにおける送金課税(詳細は「3-3 課
税問題の体系的整理及び二重課税排除可能性の検討」参照)など、租税条約や議定書
において、例外的に容認している場合もある。
③ 租税条約の「二重課税の排除」条項
OECD モデル租税条約においては「二重課税の排除」条項が設けられており、条約
締結国双方においてそれぞれの国内法に基づき、二重課税排除の施策を採ることとさ
れている。当該条項においては二重課税排除の方法として、国外所得免除方式と外国
税額控除方式の 2 つが記載されている。
我が国と本件条約締結国との間の租税条約においては、日本の居住者が租税条約に
従って相手国にて課税された場合には、我が国国内法において規定されている外国税
額控除方式により相手国における納税額を日本において発生する税額から控除するこ
とで二重課税を排除することを定めている。
なお、2010 年に改正され AOA の考え方が盛り込まれた OECD モデル租税条約の第
7 条(新 7 条)第 2 項では、租税条約の「二重課税の排除」条項(OECD モデル租税
条約の第 23 条)により外国税額控除を適用する場合についてもその国外所得計算にお
いて AOA の考え方を適用することとされている。
④ 相互協議
OECD モデル租税条約では第 25 条に「相互協議」の規定を設けており、租税条約の
規定に適合しない課税を受けた(または受けることになる)と認める者は、法令にお
ける救済手段とは別に、その者の居住する締約国の権限のある当局に対して申立てを
することができるとしている。これにより、両国の課税当局は申し立てられた問題事
案について協議を行い、解決を図ることとなる。我が国が締結している租税条約にお
いては、すべてこの相互協議に関する規定が盛り込まれている。
このように、租税条約の規定に適合しない課税を受けた場合には、相互協議の手続
きにより両国の税務当局が話し合うことになるが、OECD モデル租税条約では、両国
は課税問題を解決するよう「努める」ものとする努力規定となっており、必ずしも何
らかの合意に至ることが保証されているわけではない。相互協議を行っても課税問題
が解決されないのであればこの相互協議の手続き自体が実効性のないものとなってし
61本件条約締約国以外で「追いかけ課税の禁止」規定が設けられていない租税条約として、ブラジル、ニュ
ージーランドとの租税条約が該当する。
329
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
まうため、それを補完するものとして「仲裁」という手続きが設けられている(OECD
モデル租税条約第 25 条第 5 項)
。この「仲裁」とは、相互協議開始後 2 年を経過して
も両国が合意に至らない場合に、納税者の要請に基づいて、独立した仲裁人を選定し、
その仲裁人に当該事案の解決を求める手続きである。なお、現在、我が国が締結して
いる租税条約(議定書を含む)のうち、現時点で仲裁条項が盛り込まれているのは、
オランダ、香港、ポルトガル、ニュージーランド、米国、英国、スウェーデンとの各
租税条約である。
330
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-2 外国税額控除制度の概要
(1)意義
外国税額控除とは、国際的な二重課税の排除を目的とした制度の 1 つであり、企業がそ
の本店等が所在する国で納付する法人税額を計算する際、その国の法人税制において全世
界所得課税(国内源泉所得及び国外源泉所得を課税所得とする方式)が採用されている場
合に、国外源泉所得に対して外国で課された税額を、本店等の所在地国において納付すべ
き税額から控除する制度である。
このように外国で納付した税額を控除することで、本店等所在地国における納付税額は
減額されることとなり、結果的に国際的な二重課税が排除されることとなる。
外国税額控除制度以外に、国際的な二重課税を排除する仕組みとしては国外所得免税制
度がある。これは、企業の税額を計算する上で、国外源泉所得についてはその国において
課税を免除する方法であり、外国税額控除制度に比べて制度自体の仕組みを簡素にするこ
とができるという特徴を有している。
我が国では、内国法人の国外源泉所得を含む全世界所得を課税標準として法人税が課さ
れることとされている。全世界所得課税の結果生じる国際的な二重課税を排除する方法と
しては、平成 21 年の税制改正前までは直接外国税額控除制度および間接外国税額控除制度
62という
2 種類の外国税額控除制度を採用してきたが、平成 21 年の税制改正により、外国
子会社配当益金不算入制度を導入するとともに間接外国税額控除制度は廃止されることと
なった。その結果、現在の我が国における外国税額控除制度は直接外国税額控除制度を柱
とする仕組みとなっている。
また、
「外国税額控除」の範囲を広く捉える場合には、①直接外国税額控除、②間接外国
税額控除、③みなし外国税額控除(タックス・スペアリング・クレジット)63、④外国子会
社合算税制(いわゆるタックスヘイブン税制)における外国税額控除64、といったものも含
まれるという解釈が一般的である。ただし、本調査は特に外国における恒久的施設におい
て課された外国税についての二重課税の考察が主目的であることから、②③④の各制度の
分析については割愛することとし、本報告書のこれ以降の記述において使用する「外国税
62
間接外国税額控除制度とは、日本企業が有する外国の子会社が納付する外国法人税について、その外国
子会社から配当を受領した場合に、その外国税額のうちその配当に対応する部分の金額を日本の親会社が
納付したものとみなして外国税額控除の適用を受けることを認める制度である。
63 みなし外国税額控除とは、租税条約の規定に基づいて、源泉地である外国で免除または軽減された税額
について、課税がなされたものとみなして日本の税額計算上、外国税額控除の適用を認めるという制度で
ある。
64 外国子会社合算税制により、軽課税国等に所在する子会社等において留保された所得が日本の親会社の
所得に合算された場合に、その子会社等が納付した外国税のうち合算された金額に対応する部分の金額を、
日本の親会社が納付したものとみなして外国税額控除の適用を受けることを認める制度である。
331
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
額控除(制度)
」とは「直接外国税額控除(制度)
」を意味するものとする。
(2)我が国の外国税額控除の概要
我が国の法人税制における外国税額控除制度では、我が国の企業が外国に有する支店等
において生じた所得について現地で課された法人税や、利子・配当等に対して現地で課さ
れた源泉税等のように、当該企業自身の国外所得に対して当該企業自身が納税者となって
課された外国税について、その企業が我が国で納付することとなる法人税から控除するこ
とが認められている。
同制度は、法人税法第 69 条を根拠規定としており、同条第 1 項に定める外国法人税の額
(法人税法第 69 条においては「控除対象外国法人税の額」という。
)を同項に定める「控
除限度額」の金額を限度として、その事業年度の法人税額から控除するという仕組みとな
っている。
(3)対象となる外国税の範囲
外国税額控除の対象となる外国税については、法人税法第 69 条第 1 項において以下のよ
うに規定されている。
外国の法令により課される法人税に相当する税で政令で定めるもの
また、法人税法施行令第 141 条第 1 項にて、上記の「政令で定めるもの」についての規
定が設けられている。
法第 69 条第 1 項 (外国税額の控除)に規定する外国の法令により課される法人税に相
当する税で政令で定めるものは、外国の法令に基づき外国又はその地方公共団体により
法人の所得を課税標準として課される税とする。
さらに、法人税法施行令第 141 条第 2 項にて、上記の「外国又はその地方公共団体によ
り法人の所得を課税標準として課される税」に含まれるものが規定されている(なお、下
記の各項目においてカッコ書きで示した具体例は補足のための一例であり、条文上規定さ
れたものではない)
。
① 超過利潤税その他法人の所得の特定の部分を課税標準として課される税
(例:かつて我が国に存在した超過所得に対する法人税に相当する税)
② 法人の所得又はその特定の部分を課税標準として課される税の附加税
(例:我が国における法人住民税の法人税割に相当する税)
③ 法人の所得を課税標準として課される税と同一の税目に属する税で、法人の特定の
332
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
所得につき、徴税上の便宜のため、所得に代えて収入金額その他これに準ずるもの
を課税標準として課されるもの
(例:利子、配当等について収入金額を基準として課される源泉所得税)
④ 法人の特定の所得につき、所得を課税標準とする税に代え、法人の収入金額その他
これに準ずるものを課税標準として課される税
(例:新興国における農産物税、石油会社税等)
一方、法人税法施行令第 141 条第 3 項にて、上記の「外国又はその地方公共団体により
法人の所得を課税標準として課される税」に含まれないものが規定されている(上記同様、
下記の各項目の具体例は補足のための一例であり、条文上に規定されたものではない)。
① 税を納付する者が、当該税の納付後、任意にその金額の全部又は一部の還付を請
求することができる税
(例:タックスヘイブン国等にみられる後日還付請求が可能な税)
② 税の納付が猶予される期間を、その税の納付をすることとなる者が任意に定めること
ができる税
(例:納期限が無期限とされており、実質的に税負担がないに等しい税)
③ 複数の税率の中から税の納付をすることとなる者と外国若しくはその地方公共団体
又はこれらの者により税率の合意をする権限を付与された者との合意により税率が
決定された税(当該複数の税率のうち最も低い税率(当該最も低い税率が当該合
意がないものとした場合に適用されるべき税率を上回る場合には当該適用されるべ
き税率)を上回る部分に限る。)
(例:タックスヘイブン国等にみられる納税者が複数税率の中から任意選択できる
税)
④ 外国法人税に附帯して課される附帯税に相当する税その他これに類する税
(例:利子税、延滞税、加算税等の遅延利息またはペナルティの性格を有する税)
上述のとおり、外国において納付したすべての税金が外国税額控除の対象となるもので
はなく、もし納付した外国税が上記の定義に該当するものでなければその外国税について
外国税額控除は適用することはできない。なお、外国の法令に基づき「法人の所得を課税
標準として課される税」に該当するかどうかを判定する場合において、現地の法制度と我
が国の法制度は異なることがあり判定が容易でないケースが生じうることに注意が必要で
ある。
(4)控除対象外国法人税の額
(3)で述べた外国法人税の範囲に含まれるものについては、基本的に外国税額控除の対象
333
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
となるが、以下のものについては法人税法第 69 条第 1 項により外国税額控除の適用対象か
ら除かれている。したがって、外国税額控除の対象となるのは、実際に外国で納付した外
国法人税の額から以下のものを除外した金額となり、これを法人税法の規定上は「控除対
象外国法人税」と称している。
① その所得に対する負担が高率な部分として政令で定める外国法人税の額
② 内国法人の通常行われる取引と認められないものとして政令で定める取引に基因
して生じた所得に対して課される外国法人税の額
③ 内国法人の法人税に関する法令の規定により法人税が課されないこととなる金額を
課税標準として外国法人税に関する法令により課されるものとして政令で定める外
国法人税の額
④ その他政令で定める外国法人税
上記①の「所得に対する負担が高率な部分」とは、法人税法施行令第 142 条の 2 第 1 項
において、内国法人が納付する外国法人税のうち「当該外国法人税を課す国又は地域にお
いて当該外国法人税の課税標準とされる金額に 100 分の 35 を乗じて計算した金額を超える
部分の金額」とされている(金融業における利子等に関する規定は別途あり)。
我が国の外国税額控除制度においては、控除限度額の計算において、国外所得をその種
類別や国別に区分することをせずに、国外所得を一括して控除限度額の計算を行うことと
している(一括限度額方式)。しかし、一括限度額方式においては、我が国の法人税の実効
税率を超える税率で課された外国法人税が、我が国の法人税の実効税率よりも低い税率で
課された(または非課税とされた)国外所得により生じる控除枠を利用して税額控除を行
うことができるという彼我流用の問題が生じることとなる。この問題を解決するために、
我が国の外国税額控除制度では、高率で課された部分については外国税額控除の対象外と
することとした。なお、この「高率な部分」は、昭和 63 年の当該措置の導入以来「50%超」
とされていたが、その後の法人実効税率の引下げと平仄を合わせるべく平成 23 年 12 月の
税制改正により 35%に引き下げられた。
上記②の「内国法人の通常行われる取引と認められないものとして政令で定める取引」
とは、法人税法施行令第 142 条の 2 第 5 項において、
「内国法人が金銭の借入れをしている
者又は預入を受けている者と特殊の関係のある者に対し、その借り入れられ、又は預入を
受けた金銭の額に相当する額の金銭の貸付けをする取引」または「貸付債権その他これに
類する債権を譲り受けた内国法人が、当該債権に係る債務者(当該内国法人に対し当該債
権を譲渡した者と特殊の関係のある者に限る。
)から当該債権に係る利子の支払を受ける取
引」とされている。また、上記③については、法人税法施行令第 142 条の 2 第 7 項により、
334
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
みなし配当に係る源泉税、外国子会社配当益金不算入制度の対象となる配当等に係る外国
源泉税等、内国法人の法人税に関する規定により法人税が課されないこととなる課税標準
として課税される外国法人税が除かれることとなる。なお、これらの上記②③④について
は本報告書においては詳細は割愛する。
(5)控除限度額の計算
我が国の外国税額控除制度においては、前述のとおり、法人税法第 69 条の「控除対象外
国法人税額」のうち一定の「控除限度額」の範囲内において我が国の法人税額から控除す
ることができる制度となっている。ここでいう「控除限度額」の計算方法は、法人税法施
行令第 142 条第 1 項に規定されており、
「内国法人の各事業年度の所得に対する法人税の額
に、当該事業年度の所得金額のうちに当該事業年度の国外所得金額の占める割合を乗じて
計算した金額」とされている。これを算式で示すと以下のとおりとなる。
◆控除限度額の算式
内国法人の各事業年度の所得
当該事業年度の国外所得金額
×
に対する法人税の額
当該事業年度の所得金額
上記算式における「内国法人の各事業年度の所得に対する法人税の額」とは、法人税法
施行令第 142 条第 1 項により、法人税法および租税特別措置法の次の規定を適用しないで
計算した場合の法人税の額とし、附帯税の額を除くものとされている。

特定同族会社の特別税率及び税額控除(法人税法第 67 条 から第 70 条)

連結納税の承認を取り消された場合の試験研究費の額に係る法人税額(租税特別
措置法第 42 条の 4 第 11 項)

連結納税の承認を取り消された場合のエネルギー環境負荷低減推進設備等に係
る法人税額(租税特別措置法第 42 条の 5 第 5 項)

連結納税の承認を取り消された場合の機械等に係る法人税額(租税特別措置法第
42 条の 6 第 5 項)

連結納税の承認を取り消された場合の沖縄の特定地域における工業用機械等に
係る法人税額(租税特別措置法第 42 条の 9 第 4 項)

連結納税の承認を取り消された場合の国際戦略総合特別区域における機械等に
係る法人税額(租税特別措置法第 42 条の 11 第 5 項)

連結納税の承認を取り消された場合の経営改善設備に係る法人税額(租税特別措
335
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
置法第 42 条の 12 の 3 第 5 項)

使途秘匿金の支出がある場合の課税の特例(租税特別措置法第 42 条第 1 項)土
地の譲渡等がある場合の特別税率(租税特別措置法第 42 条の 3 第 1 項及び第 8
項)

短期所有に係る土地の譲渡等がある場合の特別税率(租税特別措置法第 63 条第
1 項)
また、上記算式における「当該事業年度の所得金額」とは、法人税法施行令第 142 条第 2
項により、法人税法および租税特別措置法の次の規定を適用しないで計算した場合の当該
事業年度の所得の金額とされている。

青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し(法人税法第 57 条)

青色申告書を提出しなかつた事業年度の災害による損失金の繰越し(法人税法第
58 条)

公益法人等が普通法人に移行する場合の所得の金額の計算(法人税法第 64 条の
4)

対外船舶運航事業を営む法人の日本船舶による収入金額の課税の特例(租税特
別措置法第 59 条の 2)

組合事業等による損失がある場合の課税の特例(租税特別措置法第 67 条の 12 及
び第 67 条の 13)
(6)国外所得の範囲
上記(5)の控除限度額の計算における「当該事業年度の国外所得金額」とは、法人税法施
行令第 142 条第 3 項により、以下のように規定されている。
当該事業年度の国外所得金額とは、当該事業年度において生じた法人税法第 138 条
(国内源泉所得)に規定する国内源泉所得以外の所得に係る所得のみについて各事業
年度の所得に対する法人税を課するものとした場合に課税標準となるべき当該事業年度
の所得の金額(外国法人税が課されない国外源泉所得がある場合には、当該金額から
当該外国法人税が課されない国外源泉所得に係る所得の金額を控除した金額)に相当
する金額をいう。
ただし、当該金額が当該事業年度の所得金額の 100 分の 90 に相当する金額を超える
場合には、当該 100 分の 90 に相当する金額とする。
ここで控除限度額の計算上用いられる「当該事業年度の国外所得金額」とは、我が国の
336
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
法人税法に定める国内源泉所得以外の所得について我が国の法人税法の規定を適用して計
算した場合の課税所得の額を意味しており、外国において実際に納付した外国法人税の計
算上その課税標準とされた所得金額とは異なる。この点は法人税法基本通達 16-3-9 におい
ても明らかにされている。
現行制度上、国外源泉所得は、国内源泉所得以外の所得として定義されているのみであ
り65、下記の法人税法第 138 条において定められている国内源泉所得以外の所得がこれに該
当することとなる。
1.
国内における事業等から生じる所得
国内において行う事業から生じ、又は国内にある資産の運用、保有若しくは譲渡に
より生ずる所得(次号から第 11 号までに該当するものを除く。)その他その源泉が国
内にある所得として政令で定めるもの
2.
国内における人的役務の提供に係る対価
国内において人的役務の提供を主たる内容とする事業で一定のものを行う法人が
受ける当該人的役務の提供に係る対価
3.
国内における不動産等の貸付等による対価
国内にある不動産、国内にある不動産の上に存する権利若しくは採石法の規定に
よる採石権の貸付け(地上権又は採石権の設定その他他人に不動産、不動産の上
に存する権利又は採石権を使用させる一切の行為を含む。)、鉱業法 の規定によ
る租鉱権の設定又は所得税法に規定する居住者若しくは内国法人に対する船舶
若しくは航空機の貸付けによる対価
4.
利子等
所得税法第 23 条第 1 項(利子所得)に規定する利子等のうち次に掲げるもの
イ) 日本国の国債若しくは地方債又は内国法人の発行する債券の利子
ロ) 外国法人の発行する債券の利子のうち当該外国法人が国内において行う事業
に帰せられるものその他の一定のもの
ハ) 国内にある営業所、事務所その他これらに準ずるものに預け入れられた所得税
法第 2 条第 1 項第 10 号 に規定する預貯金の利子
ニ) 国内にある営業所に信託された合同運用信託、公社債投資信託又は公募公社
債等運用投資信託(所得税法第 2 条第 1 項第 15 号の 3 に規定する公募公社
債等運用投資信託をいう。)の収益の分配
5.
内国法人から受ける配当等
平成 26 年度税制改正大綱において、今後我が国国内法に帰属主義及び AOA を導入するにあたり、外国
税額控除制度における国外源泉所得を積極的に定義することが示されている。
65
337
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
所得税法第 24 条第 1 項(配当所得)に規定する配当等のうち次に掲げるもの
イ) 内国法人から受ける所得税法第 24 条第 1 項 に規定する剰余金の配当、利益
の配当、剰余金の分配又は基金利息
ロ) 国内にある営業所に信託された所得税法第 2 条第 1 項第 12 号の 2 に規定す
る投資信託(公社債投資信託及び公募公社債等運用投資信託を除く。)又は第
2 条第 29 号ハ(定義)に規定する特定受益証券発行信託の収益の分配
6.
国内において業務を行う者に対する貸付金に係る利子
国内において業務を行う者に対する貸付金(これに準ずるものを含む。)で当該業
務に係るものの利子(一定の利子を除き、債券の買戻又は売戻条件付売買取引と
して一定のものから生ずる差益として一定のものを含む。)
7.
国内において業務を行う者から受ける使用料等
国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係
るもの
イ) 工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこ
れらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価
ロ) 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又
はその譲渡による対価
ハ) 機械、装置その他政令で定める用具の使用料
8.
広告宣伝のための賞金
国内において行う事業の広告宣伝のための賞金として定められた一定のもの
9.
生命保険の年金等
国内にある営業所又は国内において契約の締結の代理をする者を通じて締結した
生命保険会社又は損害保険会社の締結する保険契約その他の年金に係る契約で
一定のものに基づいて受ける年金(年金の支払の開始の日以後に当該年金に係る
契約に基づき分配を受ける剰余金又は割戻しを受ける割戻金及び当該契約に基
づき年金に代えて支給される一時金を含む。)
10. 給付補てん金等
次に掲げる給付補てん金、利息、利益又は差益
イ) 所得税法第 174 条第 3 号(内国法人に係る所得税の課税標準)に掲げる給付補
てん金のうち国内にある営業所が受け入れた定期積金に係るもの
ロ) 所得税法第 174 条第 4 号に掲げる給付補てん金のうち国内にある営業所が受
け入れた同号 に規定する掛金に係るもの
ハ) 所得税法第 174 条第 5 号 に掲げる利息のうち国内にある営業所を通じて締結
された同号 に規定する契約に係るもの
ニ) 所得税法第 174 条第 6 号に掲げる利益のうち国内にある営業所を通じて締結さ
338
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
れた同号 に規定する契約に係るもの
ホ) 所得税法第 174 条第 7 号に掲げる差益のうち国内にある営業所が受け入れた
預貯金に係るもの
ヘ) 所得税法第 174 条第 8 号に掲げる差益のうち国内にある営業所又は国内にお
いて契約の締結の代理をする者を通じて締結された同号 に規定する契約に係
るもの
11. 匿名組合契約等に基づく利益の分配
国内において事業を行う者に対する出資につき、匿名組合契約(これに準ずる契約
として一定のものを含む。)に基づいて受ける利益の分配
なお、国外源泉所得の判定においては、その国外源泉所得に対して外国で実際に課税を
受けているかどうかは影響せず、たとえば現地の国内法や租税条約により非課税とされて
いるケースのように外国法人税が課されていない所得であっても、国内源泉所得以外のも
のであれば国外源泉所得に該当する。ただし、外国税額控除の限度額の計算においては、
「外
国法人税が課されない国外源泉所得(非課税所得)
」は「当該事業年度の国外所得金額」
(分
子の金額)から控除することとなっている。
また、
「当該事業年度の国外所得金額」は「当該事業年度の所得金額」の 90%に相当する
金額が上限とされている。これは、内国法人が我が国に本社を置いている以上は、少なく
とも全世界所得の 10%程度は我が国に所在する本社等の貢献により発生したものと考える
ことによるものである。
(7)租税条約との関係
国内源泉所得の範囲について我が国の法人税法と租税条約で規定が異なる場合には、以
下の法人税法第 139 条により、租税条約の定めが優先することとされている。
本国が締結した所得に対する租税に関する二重課税防止のための条約において国内源
泉所得につき前条(法人税法第 138 条)の規定と異なる定めがある場合には、その条約の
適用を受ける法人については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得は、その異なる定
めがある限りにおいて、その条約に定めるところによる。この場合において、その条約が同
条第 2 号から第 11 号までの規定に代わって国内源泉所得を定めているときは、この法律中
これらの号に規定する事項に関する部分の適用については、その条約により国内源泉所
得とされたものをもってこれに対応するこれらの号に掲げる国内源泉所得とみなす。
339
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
これにより、外国税額控除を適用する際の国外源泉所得の範囲についても、我が国の法
人税と租税条約の規定が異なる場合には租税条約が優先されることになる。
たとえば、日本とオーストラリアとの租税条約の第 22 条においては、所得の源泉に関し
て以下のとおり規定されている。
1.
一方の締約国の居住者が取得する所得、利得又は収益であって、第 6 条から第 8 条
(※1)まで及び第 10 条から第 18 条(※2)までの規定に基づき他方の締約国におい
て租税を課することができるものは、当該他方の締約国の租税に関する法令の適用
上、当該他方の締約国内の源泉から生じたものとされる。
2.
一方の締約国の居住者が取得する所得、利得又は収益であって、第 6 条から第 8 条
まで、第 10 条から第 18 条まで及び第 20 条(※3)の規定に基づき他方の締約国に
おいて租税を課することができるものは、第 25 条(※4)の規定及び当該一方の締約
国の租税に関する法令の適用上、当該他方の締約国内の源泉から生じたものとされ
る。
※1 不動産所得、事業所得、海上運送及び航空運送、の各規定
※2 配当、利子、使用料、財産の譲渡、給与所得、役員報酬、芸能人及び
運動家、退職年金及び保険年金、政府職員、の各規定
※3 匿名組合に関する規定
※4 二重課税の除去に関する規定(後述)
上記の 2.に基づくと、たとえば我が国の法人が外国にて租税条約の規定に基づいて課税
を受けた所得は、我が国の法人税の規定の上では国外源泉所得に該当しなくても、外国税
額控除の適用上、国外源泉所得として取り扱うことになる。つまり、租税条約の規定いか
んにより、国外源泉所得の範囲が拡大(または縮小)するケースが生じうるということで
ある。
なお、上記のような所得の源泉地に関する規定は、日米租税条約、日英租税条約等多く
の条約に設けられているが、今回の調査対象国のなかでは上記のオーストラリアとの租税
条約及び香港との租税条約に盛り込まれている。
また、本件条約締結国との間の租税条約においては、「3-1 租税条約の概要」において
記載の通り、すべて二重課税の排除に関する規定が盛り込まれている。例えば、日本・オ
ーストラリア租税条約の第 25 条第 1 項の規定は以下のとおりである。
日本国以外の国において納付される租税を日本国の租税から控除することに関する日本国
の法令の規定に従い、
340
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(a) 日本国の居住者がこの条約の規定に従ってオーストラリアにおいて租税を課される所得を
オーストラリア内において取得する場合には、当該所得について納付されるオーストラリア
の租税の額は、当該居住者に対して課される日本国の租税の額から控除する。ただし、
控除の額は、日本国の租税の額のうち当該所得に対応する部分を超えないものとする。
(b) オーストラリア内において取得される所得が、オーストラリアの居住者である法人により、当
該法人の議決権のある株式又は発行済株式の十パーセント以上を配当の支払義務が確
定する日に先立つ六箇月の期間を通じて所有する日本国の居住者である法人に対して
支払われる配当である場合には、日本国の租税からの控除を行うに当たり、当該配当を
支払う法人によりその所得について納付されるオーストラリアの租税を考慮に入れるものと
する。
上記(a)により、現地(この場合はオーストラリア)において租税条約の規定に従っ
て課される税金については、我が国における外国税額控除の対象となる旨が規定され
ている。
341
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-3 課税問題の体系的整理及び二重課税排除可能性の検討
(1)みなし利益課税
① 内容
PE の帰属所得計算について、現地における帳簿上の利益をベースとするのではなく、
収入や経費の額にみなし利益率を乗じることで PE 帰属所得を算出する方法。本調査対
象国においては、このようなみなし利益率を用いた算定方法は、益金および損金から
所得を算定するいわゆる通常の算出方式と併記される形で各国の国内法に規定されて
いることが多い。
※現地当局は、あくまでも租税条約で規定している帰属主義を踏襲し、その中で PE
帰属所得の計算方法をこのように定めているため条約違反ではないとしている。
② 各国の状況
(i)
中国
PE 認定された場合の課税方法としては、実質課税方式(実際所得課税による申告)
と推定課税方式(みなし利益率を用いた推定課税による申告)の 2 通りが通達により
定められている(国税発[2010]19 号)。
◆推定課税方式(実質課税方式で計算できない場合)
非居住企業の会計帳簿が完全ではなく、資料が不足していることで監査が難しい、あ
るいはその他の原因により正確な計算が困難で課税所得額を申告できない場合には、
税務機関は以下の方法により課税所得額を確定する。
A) 収入は正確に計算できる、又は合理的な方法により収入総額を推定できるが、原
価費用の正しい計算ができない場合
課税所得金額=収入総額×みなし利益率※
B) 原価費用は正確に計算できるが収入総額の正確に計算ができない場合
課税所得金額=費用総額/(1-みなし利益率※)×みなし利益率※
C) 経費支出総額を正確に計算できるが、収入総額と原価費用を正確に計算できな
い場合
課税所得額=
342
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
経費支出総額/(1-みなし利益率※-営業税税率)×みなし利益率
※みなし利益率は業種により 15%~50%
具体的には、
請負工事作業・設計・コンサルティング:15~30%
管理サービス:30~50%
その他税務又は役務提供以外の経営活動:15%を下回らない
(ii) 香港
内国歳入規定(Inland Revenue Rules)のルール 5 では、香港の PE における所得
の把握方法について以下の 3 つの方法を提示している。
※2 点目がワールドワイド課税(後述)
、3 点目がみなし利益課税の規定。
・香港 PE に紐付いた勘定科目が設けられており、それにより香港にて生じた利益を把
握することが可能な状態にあるのであれば、当該勘定科目の金額に基づいて課税所
得を計算する。
・当該香港 PE 用の勘定科目により香港にて生じた利益を把握することができない場合
には、全世界利益を香港とそれ以外の地域の売上比により按分して香港の課税所得
を計算する。
・内国歳入庁の査定官により、上記 2 つの方法が実用的でない、または公平でない
とされた場合、香港内における売上高に適切な利益率を乗じて課税所得を計算
する。
(iii) 台湾
PE 認定された場合の課税所得の計算方法としては、帳簿に基づく課税所得計算を
行う原則的方法とみなし利益率による方法の二通りがある(台湾所得税法第 25 条)。
◆みなし利益率による方法
主たる事務所が台湾外にあり、かつ、台湾内で国際運輸業、建設請負工事、技術サー
ビス提供、機器設備リース業などを営んでいる場合には、台湾財政部の認可を得た上
で、みなし利益率を用いた申告が可能。
収入金額 × みなし利益率※ = 課税所得
※みなし利益率は、国際運輸業は 10%、それ以外の業務は 15%
(iv) インドネシア(事例)
個別事案として、現地に駐在員事務所を有する我が国企業とインドネシアの国税総
局が討議し、妥協策を討議した結果、「日本本社およびグループ会社からインドネシ
343
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
アへの輸出金額の 1%を駐在員事務所の利益とみなす」という特別ルールで合意する
ことになった事例がある。
なお、インドネシア国内法における原則的な税務上の課税所得の計算は、一般に認
められた会計原則を基に、一定の税務上の調整を加えて計算される。
本事案の背景事情としては、インドネシア税務当局が、我が国企業の駐在員事務所
が現地において情報収集、販売促進、品質管理などの業務以上の業務を行っているの
ではないかという疑義を持ったことから発展したものである 。
(v) ロシア
PE 認定された場合の課税所得の計算方法として、帳簿に基づく課税所得計算を行
う原則的方法とみなし所得を計算する方法の二通りがある(ロシア連邦法第 307 条第
3 項)
。
◆第三者に役務提供を行ったものとして発生費用をベースに計算する方法
駐在員事務所で役務提供に発生した費用 × 20% = 課税所得
③ 国際的二重課税に関する論点
我が国の外国税額控除制度における国外所得計算においては現地の課税標準の額を
使用するのではなく、我が国法令に基づいて計算した場合に算出される所得金額に引
き直す必要があるため、その国外所得と上記のようなみなし利益課税の課税標準とが
乖離する懸念がある。また、経費の額を基にみなし利益を算出する方法については、
国際的二重課税が生じていると言えずそもそも外国税額控除の適用対象にならない可
能性もある。
さらに、相互協議の俎上に上げたとしても、帰属主義に対する考え方の違いから当
局同士の折り合いがつかず、解決に至らない懸念もある。
(2)ワールドワイド(W/W)課税
① 内容
PE の帰属所得計算について、帳簿上の PE に係る利益をベースとするのではなく、
全世界利益を一定の配分方法(売上比率を乗じる等)で按分し、PE 帰属所得を算出す
る方法。上記「(1)みなし利益課税」と同様、現地はあくまでも租税条約で規定してい
る帰属主義を踏襲し、その中で PE 帰属所得の計算方法をこのように定めているため条
約違反ではないとしている。
344
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
② 各国の状況
(i)
香港
上述の内国歳入規定(Inland Revenue Rules)のルール 5 では、香港の PE におけ
る所得の把握方法として認められている 3 つの方法のうち次の方法がある。
・当該香港 PE 用の勘定科目により香港にて生じた利益を把握することができない場合
には、全世界利益を香港とそれ以外の地域の売上比により按分して香港の課税所得
を計算する。
(ii) タイ(事例)
個別事案として、タイ歳入局と我が国の国税庁の間での合意により、下記計算式に
従い課税所得を計算した(商品売買のみ適用)という事例がある。
(計算式)
総利益 = タイ国への輸出を扱う部門の総輸出利益(外貨建) / タイ国への輸出を扱
う部門の総輸出売上高(外貨建) × タイ国への総輸出売上高(バーツ)
費用 = { 販売費及び一般管理費(外貨建) + その他関連費用(外貨建) } / 全世
界総売上高(外貨建) × タイ国への総輸出売上高(バーツ)
(iii) インド
課税所得計算においていくつかの方法が認められている中で、全世界売上に占める
インドでの売上の割合を用いて利益を計算する方法も一般的に用いられている。
③ 国際的二重課税に関する論点
我が国の外国税額控除制度における国外所得計算においては現地の課税標準の額を
使用するのではなく、日本法令に引き直す必要があるため、その国外所得と上記のよ
うな W/W 課税の課税標準とが乖離する懸念がある。
例えば、現地では赤字であっても全世界では黒字であれば現地でも事業所得にかか
る納税額が生じてしまうという例が考えられる。
(3)さらに、上記「(1)みなし利益課税」と同様、相互協議の俎上に上げた
としても、帰属主義に対する考え方の違いから当局同士の折り合いが
345
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
つかず、解決に至らない懸念もある。法人所得税以外の所得税
① 内容
事業所得とも言えるようなものに対して、現地国内法により法人所得税以外の税が
課される。
② 各国の状況
(i)
インドネシア
◆支店利益税
PE に対しては、法人所得税に加えて、税引後利益に対して 20%の税率で支店利益
税が源泉徴収される。ただし、日本インドネシア租税条約により 10%に軽減される。
(ii) 台湾
◆源泉税
我が国の法人が台湾の顧客にサービスを提供した場合に、そのサービスの提供地が
我が国であってもその成果が台湾で利用されるのであれば、通常、台湾にて源泉徴収
が行われる。しかしながらこれについて我が国における法人税の計算において外国税
額控除が認められないという問題が生じている。このケースは、我が国の企業が台湾
の顧客へのサービス提供を行う場合であれば通常生じうる。
(iii) ベトナム
◆外国契約者税
外国法人がベトナム内の個人または法人と締結した契約等に従い、その外国法人が
ベトナム内で得た所得に対しては、PE の有無に関係なく、外国契約者税が課される。
外国契約者税は、付加価値税部分と法人税部分から成る。税率は、事業の種類により
異なるが、サービスの場合には付加価値税部分 5%、法人税部分 5%である。この外
国契約者税は、日越租税条約第 2 条第 3 項(ⅳ)において租税条約上の対象税目とし
て規定されており(ただし、対象は法人税部分のみ)、日越租税条約第 7 条第 1 項に
おいて、一方の締約国(日本)の企業が他方の締約国(ベトナム)内に PE を有して
いない場合には、他方の締約国(ベトナム)は当該企業の利得に対して課税を行うこと
はできないとされている。従って、外国契約者税がベトナム国内に PE を有しない我
が国企業に課された場合には、当該課税は日越租税条約に規定によって認められてい
る課税ではないことから、外国税額控除の適用に疑義が生じることとなる。
346
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(iv) マレーシア
◆源泉税
PE を有しない非居住者が一定の所得を得る場合に源泉税 10%が課される。これは
マレーシア国内法に定めるいわゆる「Section4A 所得」に対する源泉税であり、マレ
ーシアの内国歳入庁は「Section 4A の所得は事業所得とは別の所得であり、租税条約
の事業所得条項の適用を受けるものではない」との方針を示していることから、租税
条約の規定に従って課される外国税に該当するかどうか、ひいては外国税額控除が適
用可能であるかどうかという点に疑義が生じている。
なお、日系企業では、我が国における親会社がマレーシアの子会社や顧客に技術者
を派遣し技術支援という形での役務の提供を行う場合に当該源泉税が課されるケー
スが見られる。
③ 国際的二重課税に関する論点
上記の各種税が我が国における外国税額控除制度の適用対象になり得るかが問題と
なる。これらは我が国の企業が現地で事業を行う上では不可避なものであるため、明
らかに条約に適合しないとは言えないような課税について、租税条約上又は国内法上
において我が国企業を救済することができる措置を盛り込むことができないかが課題
であると考えられる。
(4)内部取引に係る送金課税
① 内容
PE から本店に対して利益を送金する際に源泉課税を受ける。66
② 各国の状況
(i)
タイ(PE→本店送金課税)
◆課税後利益の送金課税(税率 10%)
課税後の利益について送金する場合、配当と同様に 10%の源泉徴収課税がなされ
る。この源泉徴収課税は、内国歳入法第 70 条 bis の規定である「法人は未処分利益
をタイ国外へ支払う場合、支払金額から源泉徴収し、支払いの日から 7 日以内に申告
書の提出とともに納付しなければならない。
」を根拠としている。
66本報告書では課税後利益の送金時に課される源泉税が当項目に該当すると整理しているが、前述の「支店
利益税」の1つという整理も有り得る。
347
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
③ 国際的二重課税に関する論点
「追いかけ課税」に該当しうる課税(詳細は「3-1 租税条約の概要」参照)である
が、我が国では上述のタイにおける送金課税については、租税条約に係る議定書にお
いて例外的に容認しているため、外国税額控除の適用対象になるものと考えられる。
一方で、我が国国内法への帰属主義・AOA 導入にあたり、平成 26 年度税制改正大
綱によれば「国外 PE から本店等に対する内部利子等のみなし支払について国外 PE の
所在地国において源泉課税された場合は、わが国の外国税額控除の対象としない」と
されている。内部取引に係る送金課税について、租税条約において課税が認められて
いる場合には外国税額控除の適用に問題は生じないが、租税条約の適用がなく、かつ、
それが外国税額控除の適用対象から除かれる「内部利子等のみなし支払」に該当する
場合には、外国税額控除の適用可否が問題となる。
(5)所得計算方式の乖離
① 内容
既述のとおり、我が国の外国税額控除制度における国外所得は現地で課税標準とさ
れた金額をそのまま用いるのではなく、国内法において所得に対する法人税を課する
ものとした場合に課税標準となるべき所得の金額に引き直すこととされている。
つまり、国外所得の金額を算出するにあたっては、現行の我が国の国内法で法人税
の課税標準として規定している、いわゆる益金の額から損金の額を控除して算出され
る所得の金額とすることとされている。
そのため、現地における所得計算の方法と我が国における外国税額控除の国外所得
金額の計算方法とに乖離が生じる場合がある。その乖離により、外国税額控除の控除
限度額が小さくなる場合には、海外で支払った税額の我が国での控除が制限されると
いうケースが生じうる。
② 現状(各国共通)
(a) 本店配賦経費等の取扱い
海外支店等の課税所得計算において、本店から支店に配賦される費用(本店
配賦経費)が支店の損金として認められるかどうか、または認める場合に金額
の算定はどのように行うか(独立企業間価格等)といった点については、各国
で取扱いが異なっている(
「2. 調査結果」における各国制度の「1.3 III」参照)
。
一方、我が国国内法の外国税額控除の適用上、販管費は、国外業務の遂行上
直接要した費用の額(直接費用)については全額を国外所得金額の計算上損金
348
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
として認識することとし、国外業務と国内業務の両方に関連する費用について
は、収入金額、資産の価額、使用人の数、売上総利益の比により按分計算する
ことになっている(同様に、負債利子、特別償却額、引当金・準備金、寄附金・
交際費の損金不算入額等についても国外業務に対応する分は配賦することとさ
れている)
。
このように本店配賦経費として現地の課税所得計算上損金に算入される額と、
外国税額控除の国外所得金額の計算上国外業務に係るものとして損金に算入さ
れる金額は、根拠となる法令等が異なるため、両者に乖離が生じる可能性があ
る。
また、例えば、現地では費用として認識しておらず PE の課税所得計算上は
損金として取り扱っていない費用であったとしても67、上述の通り、我が国で
生じた費用のうち国外業務と国内業務の両方に関連するものは外国税額控除の
国外所得金額の計算上は損金として認識されることになるため、両者に乖離が
生じることとなる。
これらのように現地の課税所得と外国税額控除の国外所得金額に乖離が生じ
ることにより、外国税額控除の国外所得金額の方が小さくなる場合には外国税
額控除の控除限度額も小さくなり、支払った外国法人税のうち一部について外
国税額控除が制限される可能性がある。
(b) 内部取引
海外支店等の課税所得計算上、本店と支店との間の内部取引による損益を認
識するか、または認識する場合に金額の算定はどのように行うか(独立企業間
価格等)といった点については、本店配賦経費と同様に、各国で取扱いが異な
っている(
「2. 調査結果」における各国制度の「1.3 III」参照)。
一方、我が国の現行の国内法では外国税額控除の適用上、国外所得金額の計
算において内部取引による損益は認識しないこととされている。
そのため、現地の課税所得計算において内部取引による損益を認識する場合
には、外国税額控除における国外所得金額と乖離が生じることとなる。
67なお、現地法令上、本店配賦経費の損金算入が認められている場合でも、現地の税務当局の執行上の判断
により損金算入が否認されることもある。例えば、マレーシアでは、本店配賦経費がマレーシアにおける
「収入を稼得するためだけに生じたもの」であれば現地法令上は損金算入が可能であるが、実際に、税務
調査において配賦経費の全部または一部がマレーシアの事業のために発生したとは認められず損金算入が
否認されたケースがある。
349
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(c) 所得の計算期間の相違
我が国の企業が海外で課税を受けた場合、当該企業の現地における課税期間
と我が国における課税期間とが異なる場合、外国税額控除における国外所得金
額は我が国における課税期間である事業年度によって計算する。そのため、課
税期間の相違により、現地の課税期間における所得と我が国の事業年度におけ
る国外所得金額に乖離が生じ、外国税額控除の控除限度額に影響が出る場合が
ある。ただし、これを是正するために外国税額控除の控除限度超過額または控
除限度額の余裕額の 3 年間の繰越が措置されており、一定程度この所得金額の
乖離を解消することは可能と考えられる。一方で、繰越可能期間についてはそ
の期間が限定されており、完全に二重課税を排除しきれないケースもあるため、
実態に合わせて再考する余地もあるものと考える。
(d) 各国の課税所得計算における各項目における取扱いの相違
税務上の課税所得は、
「益金-損金=所得」という計算式で算出されるのが原
則であり、実際の計算方法としては、会計上の利益に税務上の調整を加える方
法が国際的にも一般に用いられている。ただ、税務上の益金・損金の取扱いは
国によって異なるため、現地における課税所得と我が国における国外所得金額
との間で、例えば以下のような各項目について相違が生じることがある。

減価償却計算における減価償却方法、耐用年数等

繰延資産(創業費等)の処理方法(一括損金処理、繰延処理)

非課税とされる所得(配当金、キャピタルゲイン、国外源泉所得等)の
取扱い

以下の項目における税務上の損金算入可否及び損金算入限度額

交際費・寄附金

引当金・準備金等

給与(役員給与、賞与、退職金等)

貸倒損失および貸倒引当金

支払利子
等
③ 国際的二重課税に関する論点
現地における所得の計算方法と我が国の外国税額控除制度における国外所得の計算
方法との乖離は、それぞれ基準となる法令が異なるため、法令そのものを改正し相手
方の規定と合わせるという方策は現実的ではない。基になる法令が異なるため所得計
算において乖離が生じること自体はやむを得ないと考えられるが、その乖離が生じる
350
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ことによって納税者にとって不利に働くケース(外国税額控除の控除限度額が小さく
なる等)もあり、そのように納税者不利に働いた場合に、納税者の責めに帰するべき
事情がない限りにおいて、租税条約上又は国内法上において救済することができる措
置を盛り込むことができないかが課題であると考えられる。
351
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
3-4 国内法への帰属主義及び AOA 導入による影響の分析
(1)制度概要
① 導入の背景
我が国では、国内法における外国法人課税の原則としていわゆる「総合主義(全所
得主義)」に基づく規定を採用してきたが、我が国が締結する租税条約においては帰属
主義(旧 7 条型)が採用されており、その両者の乖離が問題とされていた。
OECD では二重課税の排除をより効果的に行うために、OECD モデル租税条約の第
7 条(旧 7 条)の見直しを行い、恒久的施設(PE)に帰属すべき利得の算定アプロー
チを定式化した OECD モデル租税条約の新 7 条を 2010 年に導入した。
新 7 条では、PE の独立企業としての擬制をより厳格に行うことによって PE に帰属
する所得を捉える AOA(Authorized OECD Approach)というアプローチを採用して
いる。具体的には、①PE の果たす機能及び事実関係に基づいて、外部取引、資産、リ
スク、資本を PE に帰属させ、②PE と本店等との内部取引を認識し、③その内部取引
が独立企業間価格で行われたものとして、PE 帰属所得を算定することとなる。
OECD モデル租税条約に新 7 条が導入されたことに伴い、我が国においても従来の
外国法人課税の原則である総合主義を改め、国際的に調和のとれた課税原則の実現を
図るべく、国内法を新 7 条に基づく帰属主義へ見直すこととなった。その結果、2013
年 12 月 12 日に自由民主党および公明党から公表された「平成 26 年度税制改正大綱」
(以下「税制改正大綱」という。)において、総合主義から(AOA を取り入れた)帰属
主義への変更に係る具体案が盛り込まれた。
今回の改正は、これまでの我が国の国際課税の原則を大きく変えるものであり、こ
の改正により、外国法人の日本支店の所得計算だけでなく、内国法人の外国税額控除
の適用にあたっても大きな影響を及ぼすものである。
なお、本改正は非居住者及び外国法人に対する課税の大きな転換と位置づけられる
が、本報告書の趣旨を踏まえ、以下では内国法人に係る課税の視点からの部分のみを
記載することとする。
② 内国法人に対する課税に関する主な論点
(i)
国外源泉所得の定義
外国税額控除の控除限度額計算における国外源泉所得は現行法令上、「国内源泉所
得以外の所得」と定義されているが、平成 26 年度税制改正大綱によれば、その控除
限度額の計算における国外源泉所得を積極的に定義することとなる。また、その中で
352
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
内国法人の国外に有する PE に帰せられる所得(国外 PE 帰属所得)が国外源泉所得
の一つとして定義されることとなる。
(ii) 国外 PE 帰属所得
2010 年に改正され新 7 条が盛り込まれた OECD モデル租税条約(以下、「新モデ
ル条約」という。
)の第 7 条第 2 項においては、PE 帰属所得について次のように規定
している。
PE に帰せられる利得は、特に PE を有する企業の他の構成部門との取引において、当該
PE が同一又は類似の条件で同一又は類似の活動を行う分離・独立した企業であるとしたな
らば、当該企業が PE を通じ、又は、当該企業の他の部門を通じて遂行した機能、使用した
資産及び引き受けたリスクを考慮して、当該 PE が取得したとみられる利得とする。
PE 帰属所得の算定方法は、具体的には以下の 2 ステップで行われる。
第 1 ステップ
PE を本店等から分離・独立した企業とみなす擬制(機能・事実分析)
① 外部取引の帰属
外部取引から生ずる権利・義務の PE への帰属
② 資産の帰属
PE が果たす機能・事実に基づき、PE に帰属すべき資産の特定
③ リスクの帰属
PE が果たす機能・事実に基づき、PE が引き受けたリスクの特定
④ 内部取引の認識・性質決定
PE と本店等との間で行われた内部取引の認識・性質決定
⑤ 資本の帰属
PE に帰属する資産・リスクに応じた PE への資本の帰属
第 2 ステップ
内部取引に係る利得の計算(比較可能性分析)
① 内部取引と非関連者取引の比較可能分析
資産の種類、役務の内容、PE 及び本店等が果たす機能、市場の状況、PE 及び本
店等の事業戦略等の比較可能要素の分析
② 内部取引に係る独立企業間価格の算定
移転価格税制における独立企業間価格の算定方法と同様の方法で算定
新モデル条約においては外国税額控除の適用上も国外 PE 帰属所得を AOA に従っ
353
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
て算定することとされており、国外 PE 帰属所得の計算において本支店間の内部取引
等を勘案することとなる。
我が国では既述の通りこのような AOA の考え方が平成 26 年度税制改正において
盛り込まれる予定であるが、本改正による国外所得計算に係る主な論点として、下記
項目が挙げられる。
(a) 内部取引
本税制改正により、PE 帰属所得の算定において PE と本店等との間の内部取
引については、移転価格税制と同様に、独立企業間価格に基づいて損益を認識
することとなる。また、もし内部取引価格が独立企業間価格と異なることによ
り PE 帰属所得が過少となっている場合には、内部取引価格を独立企業間価格
に引き直して、PE 帰属所得を計算することとなる。
ただし、PE と本店等との間での内部保証取引に係る保証料及び内部再保険
取引に係る再保険料については内部取引として認識せず、また、旧モデル条約
第 7 条型の租税条約締結国との間では、国内法よりも条約が優先するため、PE
と本店等との間の無形資産の内部使用料及び一般事業会社の内部利子を認識し
ないこととされている。
さらに、内部取引に関しては源泉課税を行わず、かつ国外 PE から本店等に
対する内部支払利子等のみなし支払に対して、国外 PE の所在地国において源
泉課税された場合、その源泉税は外国税額控除の対象とはならない。
(b) 費用配賦
費用配賦については、新 7 条においても許容されている。そのため、本店等
で行う事業と PE で行う事業に共通する費用を合理的な基準で PE に配賦した
場合には、PE における費用として認められる。
(c) 国外 PE への資本配賦及び国外 PE 帰属所得の加減算
内国法人の国外 PE 帰属所得の算定においては、国外 PE の自己資本相当額
が国外 PE が本店等から分離・独立した企業であると擬制した場合に帰せられ
るべき資本(国外 PE 帰属資本)の額に満たない場合、国外 PE で計上された
支払利子総額のうち、その満たない部分に対応する金額については国外 PE 帰
属所得に加算することが認められる。
また、国外 PE 帰属資本の額の計算方法は、次のいずれかの方法で計算する
こととされており、選択された方法は継続適用が求められる。

資本配賦アプローチ
354
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
外国法人の自己資本の額に、外国法人の資産の額に対する PE 帰属資
産の額の割合を乗じて計算する方法

過小資本アプローチ
我が国において同種の事業を行う法人で事業規模その他の状況が類似
するものの資産の額に対する自己資本の額の割合を PE 帰属資産の額
に乗じて計算する方法
※どちらのアプローチを用いる場合においても、一般事業会社については
リスクを考慮しない簡便法を採用することが可能とされている。
③ 適用時期
帰属主義への改正は、2016 年 4 月 1 日以後に開始する事業年度分の法人税に適用さ
れる。
(2)帰属主義及び AOA 導入による個別分析
① AOA による国外源泉所得の算定
前述のとおり、国内法への帰属主義の導入により、内国法人の外国税額控除の控除
限度額計算における国外源泉所得の計算においても AOA のアプローチが採用されるこ
ととなった。上記(1)②(ii)で示したとおり、AOA に基づく国外 PE 帰属所得の計算は、
2 つのステップ(第 1 ステップの「機能・事実分析」、第 2 ステップの「比較可能性分
析」)で行われることになっているが、これ以上の具体的な算定方法は OECD レポー
ト等では示されていない。そのため、我が国の国内法に AOA が導入された場合の国外
PE 帰属所得の算定方法は、我が国の法令や通達等により手当てされると考えられる。
ただ、本報告書執筆時点では詳細は明らかにされていない。
② 想定される影響
(i)
みなし利益課税への影響
(a) 現行制度における状況
上記「3-2 外国税額控除制度の概要」のとおり、我が国の外国税額控除制
度における国外所得は現地で課税標準とされた金額をそのまま用いるのではな
く、国内法において所得に対する法人税を課するものとした場合に課税標準と
なるべき所得の金額に引き直すこととされている。
355
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
つまり、国外所得の金額を算出するにあたっては、現行の我が国国内法で法
人税の課税標準として規定している、いわゆる益金の額から損金の額を控除し
て算出される所得の金額とすることとされている。
一方で、諸外国(特に新興国)における PE の認定課税の中で行われるみな
し利益率等に基づく課税は、本来であれば PE に帰属する益金および損金から
算定されるべき所得を把握することが難しい状況において、実務上用いられて
いる簡便的な方法であると言え、当該方法は、現行の我が国国内法での所得計
算方式とは考え方を異にするものであり、その結果として導き出される所得に
ついても乖離するものと考えられる。従って、外国税額控除制度による二重課
税の排除が完全には達成されない可能性がある。
ちなみに、みなし利益課税のような推定課税は、我が国の税務執行上におい
ても納税者の提出した資料に不備がある場合に徴税をする有効な手段として位
置づけられている。
なお、上述の通り、諸外国においても所得計算の原則的な考え方は益金の額
から損金の額を控除した額であり、一定の条件の下でみなし利益課税がなされ
るという建付けとなっていることが多い。しかし、特に新興国において、課税
当局がこの限定的に適用されるべきであるはずのみなし利益課税を、納税者が
適正にエビデンス等を準備し原則的な計算を行っている場合にまで適用し、過
大に課税をしようとするケースが散見され、これが問題視されている。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
AOA による PE 帰属所得は PE の機能およびリスク等の経済実態に着目して
算定されるものであり、外部取引および内部取引を PE に「帰属」するものか
どうかという観点から認識するものである。
これは、現行制度でも規定されている所得計算方式をベースとして、そこに
本支店に係る独立企業の概念を取り入れるものである。したがって、AOA を導
入したとしても、諸外国にてみなし利益率等に基づく課税がなされた場合、現
行の国内法と同様その二重課税を排除することはできないと考えられる。
すなわち、みなし利益率等を用いた課税が諸外国の国内法において規定され
ていることを踏まえれば、我が国の国内法で AOA を導入したとしても、相手
国との租税条約で AOA を導入しない限り、その、みなし利益率を用いた執行
に対し反論することは必ずしもできない。特に新興国等では、みなし利益率の
設定が税務当局の裁量に委ねられている場合もあり、自国の税収確保のために
現地における課税所得を大きくするため、税務当局がみなし利益率を恣意的に
高く設定して課税所得を計算するというケースも報告されている。そのような
356
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
場合には、AOA に基づいて算定される PE 帰属所得(あるべき所得)よりも大
きい所得金額に対して課税を受けることになるため、国内法に AOA を導入し
た後でも特段二重課税の排除につながらないことが懸念される。
また、仮に AOA ベースの租税条約が締結されている場合であっても、執行
上納税者の提出した資料に実際に不備がある場合には、みなし利益率に基づく
徴税に対処することは難しいと考えられる。さらに別途のアプローチとして、
諸外国の国内法及びその執行に対して是正を働きかけていくことも考えられる
が、前述の通り、我が国においてもこの方法が有効な手段として位置づけられ
ている以上、この方向での解決も難しいと考える。
以上を踏まえれば、AOA ベースの租税条約を締結することで、それを論拠と
して反論することができるようになるのは、(a)に記載した「不当なみなし利益
課税が行われたケース」に限られると考えられる。
みなし利益率等により PE 課税が行われた場合、外国税額控除制度が帰属主
義および AOA 導入前後いずれにおいて二重課税の排除に有効に働くかという
点は、国際展開する企業にとって関心の高い論点と言えるが、これらの比較は、
個々の企業の状況にも左右され、また、現時点では新制度の詳細が明らかにさ
れていないこともあり検証することは難しい。
(ii) ワールドワイド(W/W)課税への影響
(a) 現行制度における状況
既述のとおり、この形態における課税は、法人の全世界利益を売上比等によ
り按分し、PE に帰属する所得を算定する方法である。
この場合、現地の税務当局は、原則的な方法による PE 帰属所得の計算が困
難であるため、
(現地の税務当局は合理的な方法の一つと考えて)売上比等によ
る利益按分を行うのであるが、現行の我が国国内法で法人税の課税標準として
規定している所得計算方式とは考え方を異にするものであり、その結果として
導き出される所得についても乖離するものと考えられる。従って、外国税額控
除制度による二重課税の排除が完全には達成されない可能性がある。
例えば、国内法ベースに引き直して計算された PE 帰属所得がマイナスであ
る場合でも、全世界利益がプラスである場合には売上比等により按分された現
地所得もプラスになるため課税が発生することになり、かつ、国外所得がマイ
ナスであることから外国税額控除における控除限度額が生じず、この場合結果
的に二重課税を排除することができない。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
357
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
売上比等による按分で求める所得計算方式は上記のみなし利益課税と同様、
PE に帰属する所得の計算方式に係るものであるため、AOA を導入したとして
も、依然として両者の考え方は乖離したままにあると考えられる。
したがって、我が国の国内法で AOA を導入しただけでは、その根本解決は
望めない。ただし、相手国との租税条約で AOA を導入し、国内法における売
上比等による按分で所得を求める課税方式を排除すれば、相当程度の二重課税
の排除が図られると考えられる。
(iii) 法人所得税以外の所得税への影響
ここでは、前述のインドネシア、台湾、ベトナム、マレーシアの 4 ヶ国における法
人所得税以外所得税に係る課税事例が、新制度導入によりどのように影響を受けるか
を検討する。
◆インドネシア 支店利益税
(a) 現行制度における状況
インドネシアにおける支店利益税は、インドネシアに所在する PE の税引後
利益に対する税であることから法人所得税の一形態とされるが、支店利益を一
種の配当とみなして、当該 PE から外国の本店等に送金された場合または(送
金されない場合でも)いつでも配当可能な状態にあると考えて課されるもので
ある。これは、我が国とインドネシアとの租税条約に係る議定書第 5 項(a)にお
いて認められているものである。従って、我が国の外国税額控除制度の適用対
象になり得る。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
当項目については、支店利益税の対象となるインドネシア PE に係る、外国
税額控除制度上の国外所得計算(詳細は(iv)に記載)以外に、帰属主義及び AOA
導入による影響はないものと考えられる。
◆台湾 源泉税
(a) 現行制度における状況
我が国の内国法人が台湾の顧客にサービスを提供した場合に、そのサービス
の提供地が我が国であってもその成果が台湾で利用されるのであれば、当該サ
ービスの対価に対して台湾にて源泉徴収が行われるとするものである。この場
合、日本法人には本取引に係る国外源泉所得は生じないため、外国税額控除が
適用できない状況にある。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
358
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
当項目については、租税条約を有しない我が国と台湾両国の課税権に関連す
る問題であるため、PE 帰属所得の計算に係る問題に起因する二重課税ではな
い。そのため、国内法に帰属主義及び AOA の考え方が導入されたとしても、
当該ケースにおける二重課税は解消されないと考えられる。当項目について問
題解決を図るためには、例えば、現在進められている租税条約に相当する枠組
みづくりに係る交渉(「3-1 租税条約の概要」参照)において、事業所得に対
する課税原則として一般的に用いられている「PE なければ課税なし」の考え
方を取り入れ、当該税目に関する課税権の調整を図りつつ、併せて相互協議条
項を盛り込むことでその実効性を担保することが一案になり得る。又は、当該
枠組みにおいて台湾に当該税目の課税を明示的に認めることで、我が国企業が
外国税額控除の適用可能とする方法が考えられる。
◆ベトナム 外国契約者税
(a) 現行制度における状況
既述の通り、我が国と租税条約締結国との関係においては、通常、租税条約
に従って課税された外国税のみが我が国における外国税額控除の対象となると
規定されているため、租税条約の規定に基づかない外国税については外国税額
控除の対象とならない。PE を有しない日本企業に対して課されるベトナムの
外国契約者税は、租税条約に従って課される税でないと言えるため、外国税額
控除の適用ができないという問題が生じている。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
本ケースは、租税条約における外国税額控除の適用対象に関する規定に起因
するものであるため、国内法に帰属主義および AOA の考え方が導入されたと
しても、外国税額控除と租税条約との適用関係が現状のままであれば、当該二
重課税は解消されないと考えられる。
この問題を解決するためには相互協議により現地における課税の改善を促す
ことが本来的な方法であるが、この方法でも是正されない場合、当該税目の課
税を明示的に認めることで、我が国企業が外国税額控除を適用することを可能
とする方法が考えられる。
◆マレーシア 源泉税
(a) 現行制度における状況
マレーシアにおけるいわゆる「4A 所得」に対する源泉税に関する二重課税は、
上記のベトナムの外国契約者税の問題と同様に、当該源泉税が租税条約に基づ
いて課される外国税に該当するかどうか、という点に起因している。マレーシ
359
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
ア内国歳入庁(MIRB)が出している方針によると「当該源泉税は租税条約に
定める事業所得条項の適用を受けるものではない」とされている。そのため、
当該源泉税の性格は明確ではなく、租税条約に基づく課税かどうかに疑義が生
じている。租税条約にて規定されていないと判断されるのであれば、外国税額
控除を適用することができず、二重課税を招くこととなる。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
本ケースは、外国税額控除と租税条約との適用関係に起因するものであるた
め、帰属主義および AOA の考え方が導入されたとしても、当該実務上の疑義
及び二重課税の問題は解消されないと考えられる。
この問題を解決するためには租税条約や議定書においてその取扱いを明確化
する方法が考えられる。これにより、マレーシアに課税を認めないことが明ら
かとなれば条約違反として相互協議等での問題解決が図れることとなり、また、
課税を認めるのであれば我が国企業が外国税額控除の適用が可能となるため、
二重課税の排除につながる。
(iv) 内部取引に係る送金課税
(a) 現行制度における状況
内部取引に係る送金課税は、本調査対象国の中ではタイにおいて報告がなさ
れている68ものであるが、これは、我が国とタイとの租税条約に係る議定書第 5
項において認められているものである。従って、我が国の外国税額控除制度の
適用対象になり得る。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
租税条約に係る議定書において課税が認められているタイとの関係について
は、当該課税の対象となるタイ PE に係る、外国税額控除制度上の国外所得計
算以外に、帰属主義及び AOA 導入による影響はないものと考えられる。
なお、平成 26 年度税制改正大綱によれば「国外 PE から本店等に対する内部
利子等のみなし支払について国外 PE の所在地国において源泉課税された場合
は、わが国の外国税額控除の対象としない」とされている。
「内部利子等のみな
し支払」に該当する取引内容は現時点では明らかではないが、課税後利益の送
金がこれに該当することとなり、かつ我が国と当該源泉税が課される国との間
で租税条約上の手当がない場合には、外国税額控除の対象とならないという問
題が生じる。
(v) 所得計算方式の乖離に係る影響
68
本報告書では課税後利益の送金時に課される源泉税が当項目に該当すると整理しているが、前述の「支
店利益税」の1つという整理も有り得る。
360
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(a) 現行制度における状況
我が国の外国税額控除における国外所得金額の計算方式と諸外国における課
税所得の計算方式は、それぞれ計算の基準となる法令等が異なるため、諸外国
において法人税の課税を受けた場合、課税標準となる所得金額と外国税額控除
における国外所得金額に乖離が生じ、外国税額控除の適用が制限される可能性
がある。
(b) 帰属主義及び AOA 導入による影響
我が国国内法において AOA の考え方が導入された場合、外国税額控除の国
外所得金額の計算においても AOA が適用されることになる(「3-1 租税条約
の概要」参照)が、相手国との租税条約で AOA が導入されないまま、現地の
法令に基づいて非 AOA の課税所得計算が行われている限りは、両者の所得金
額の乖離により生じる二重課税は解消されない。また、AOA の考え方の基では、
本店と PE 間の内部取引損益について認識することとなるが、既述の通り、現
地の課税所得計算において内部取引を認識することとなっているか否かについ
ては各国で規定がまちまちとなっており、本改正が即二重課税排除につながっ
ているとは必ずしも言えないものと考えられる。
我が国で取り入れられる帰属主義及び AOA の下で、現地における課税所得
の金額と我が国国内法における外国税額控除の国外所得の金額との乖離を極力
なくすためには、我が国国内法に AOA の考え方を導入するだけはなく、相手
国との租税条約においても AOA の考え方を採用し、現地における PE への課
税が租税条約に従い AOA ベースにて行われるということが要諦になる。
361
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
4. 二重課税解消のための施策の考察
4-1 租税条約の改正または外国税額控除制度における配慮
(1)外国税額控除の対象となる外国税の範囲の拡大
我が国が租税条約を締結している国との間では、通常、現地において所得に対して課さ
れた外国税のうち租税条約に基づいて課されたものが、我が国における外国税額控除の対
象となる。しかし、マレーシアにおける 4A 所得に対する源泉税等、一部の国においては租
税条約に基づかない(または租税条約に基づくものかどうかが不明確な)税が課されると
いうケースも生じている。
外国における課税は現地の税務当局の裁量による面が大きく、租税条約に基づかない課
税を受けたとしても、現地に進出している我が国企業としては対策の取りようがなく、そ
の課税を受け入れざるを得ない状況も多い。そのような場合に、我が国企業とすれば現地
で発生した納税額について外国税額控除を適用したいところではあるが、租税条約に適合
しない課税は外国税額控除を適用できずに二重課税が発生することになる。
このような二重課税の問題を解消するには、まず本来的には租税条約違反であることを
相互協議等で訴求していくことが考えられるが、現実的には現地当局との交渉の中で期待
通りに進まない、又は費用対効果の問題からそもそも相互協議に持ち込めないという問題
もある69。従って、制度上の改善策としては、租税条約や議定書の改正により我が国の外国
税額控除の対象となる外国税の範囲を議定書等で明確に否定するあるいは逆に拡大するこ
とが一案として考えられる。ただし、租税条約が国と国との取り決めである以上、実現に
至るまでには多大な時間と労力が必要となるという問題点がある。
もしこのような条約上の手当がなされない場合、租税条約はそのままとしつつも、海外
にて健全な事業を行っている納税者の二重課税リスクに鑑み、我が国における税務執行面
で救済策を講じるという方法も検討すべきである。例えば、租税条約上の取扱いが不明確
であり、外国税額控除の適用に疑義が生じるような外国税について、日本企業が外国税額
控除を適用したとしても税務当局はその処理を是認することとし、具体事案とともにその
旨を通達等で明確に定めておくといった方法が考えられる。
69
一方で、我が国の企業が進出している国において、我が国の業界団体や税務当局が現地の税務当局と交
渉を行い、特定の業種や企業に適用される個別ルールを設けることに合意している例は存在する。これは
正式な相互協議の手続きに則るものではないが、相手国の税務執行の状況等に鑑みて、このような二国間
の実務レベルでの個別協議が有効となるケースもあると考えられる。
362
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
(2)租税条約への仲裁条項の導入推進
既述のとおり、我が国の企業が海外で租税条約の規定に適合しない課税を受けた場合に
は、租税条約上では「相互協議」の手続きにより解決を図ることとされている。ただし、
実態として、相互協議の申立を行ったとしても、相手国の税務当局がマンパワーその他の
理由により申立に応じず相互協議の場の設定が行えないケース、我が国の税務当局が多量
の案件を処理しきれないケース、また、両国で交渉を行う段階まで進んだが結果的に合意
に至らず決裂するケースなどがあり、この相互協議の手続きによってすべての事案が解決
に至っているわけではないのが現状である。そのような中、未解決の事案を救済する手段
としては、
「仲裁」の手続きが有効と考えられる。
現在、我が国が締結している租税条約(議定書を含む)のうち、現時点で仲裁条項が盛
り込まれているのは、オランダ、香港、ポルトガル、ニュージーランド、米国、英国、ス
ウェーデンとの各租税条約のみである。今後は、他の国々との租税条約にも仲裁条項の導
入が検討されると考えられるが、特に、課税問題が多く発生している新興国においては仲
裁制度へのニーズが高いと考えられるため、そのような国との租税条約について優先的に
仲裁条項の導入を推進すべきである。
(3)租税条約への AOA 導入の推進
既述のとおり、我が国の外国税額控除における国外所得金額と諸外国の法令等における
課税所得では所得計算方式が異なるため、両者の金額に乖離が生じることで、外国税額控
除を受けられる金額に制限が生じることがある。我が国の国内法については、平成 26 年度
税制改正大綱において帰属主義および AOA が導入されることが盛り込まれたが、我が国の
国内法が AOA の考え方を採用したとしても、相手国の課税所得計算が AOA に則っていな
ければ依然として所得計算方式の相違により課税所得に乖離が生じることになる。当該乖
離を是正するためには相手国において AOA の考え方に基づく課税所得計算が行われること
を確保する、つまり AOA の考え方を取り入れた租税条約を相手国と締結することが必要で
ある。
我が国の状況としては、2013 年 12 月 17 日に署名された日英租税条約を改正する議定書
において、PE に帰属する事業所得に対する課税について AOA の考え方が導入され、本支
店間の内部取引を認識するとともに独立企業原則を適用して PE 帰属所得を計算すること
とされた。
これは我が国が締結する租税条約に AOA が導入された初めてのケースで、現在、
我が国が締結している租税条約は、この日英租税条約以外は OECD モデル租税条約の旧 7
条型となっており、AOA の考え方は導入されていない状況にある。
そのため、2013 年 12 月に改正議定書が署名された日英租税条約と同様に、他の国との
363
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
租税条約についても AOA の考え方を盛り込んだ新 7 条型へ改正するよう積極的に推進すべ
きである。
4-2 外国税額控除制度の改正
(1)外国における間接税への対応
昨今、先進国、新興国を問わず、対外的にビジネスに適した国としてアピールするため
に国際的な法人実効税率の引き下げ競争が過熱している。その一方で、法人税率引き下げ
により税収が減少するため、付加価値税(VAT)等の間接税の税率の引き上げや課税対象の
拡大を行い、税収を確保するのが国際的な潮流となっている。
このような状況下では、海外進出している日本企業が負担する税の種類が、これまでは
高い税率の法人税(法人の所得に対して課される税)が中心であったが、法人税率の引下
げとともに法人税の割合が減少し、一方で間接税として現地国の税収に貢献する割合が高
まることが予想される。言い換えれば、これまで法人税として納付していた金額の一部が、
VAT のような間接税として形を変えて徴収されることになる。
現行の外国税額控除制度では、その対象を「法人の所得を課税標準として課される税」
としており、VAT 等の間接税は含まれていない。今後、各国の税制の中心が法人税から間
接税に移行していく場合、企業は海外で多額の間接税を支払ったとしても、我が国の法人
税申告上は外国税額控除の救済は受けられないこととなり、日本企業の税負担は大きくな
る可能性がある。
そもそも外国税額控除の仕組みは法人税を対象として設けられたものであることを考え
ると、その既存の枠組みに間接税を組み込むのは容易ではないと予想される。そのため、
既存の外国税額控除制度に捉われることなく、国際的な間接税の負担を軽減する新たな仕
組みを作ることも将来的には検討の余地があると考える。
(2)控除対象外国法人税の高率負担の見直し
我が国の外国税額控除制度においては、すべての国外源泉所得を一括して控除限度額を
計算するという一括限度額方式が採用されている。この一括限度額方式では、ある国で我
が国の法人税率よりも高い税率で課された外国法人税が、我が国の法人税率よりも低い税
率の別の国で生じた国外源泉所得により発生する控除枠を使って控除するという彼此流用
が原理的には可能となる。この際、外国法人税のうち我が国の法人税率よりも高い税率で
課された部分について国際的二重課税が発生しないことは企業側にとってのメリットであ
364
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
る一方で、彼此流用により我が国の法人税から控除可能となってしまうことは理屈として
問題があることから、我が国の制度設計においては外国法人税額に上限を設けて「高率負
担部分」として外国税額控除の対象から除外する措置が設けられている。
この外国税額控除の対象から除外される「高率」な外国法人税の水準は、当該措置が導
入された昭和 63 年当時の法人実効税率が地方税込みで概ね 50%であったことから
「50%」
とされていたが、2011 年 12 月の改正において、法人税率の引下げを考慮して「35%」に
引き下げられた。この改正により、従来は控除限度額の余裕がある場合に彼此流用により
控除が可能であった外国法人税(税率 35%超 50%以下の外国税額)が、当該改正により高
率負担部分として控除対象から除外されることになり、外国税額控除制度による得られる
メリットが減少したことになる。なお、この「高率負担部分」に該当するかどうかは、法
人税基本通達 16-3-22 において「一の外国法人税ごとに、かつ、当該外国法人税の課税標準
とされる金額ごとに判定する」と解釈されている。
高率負担の水準である「35%」は、我が国における法人税率に合わせた数値であり、35%
を超えて外国で税金を払っている場合、基本的にはさらに追加で我が国において税金を支
払う可能性は低いと考える。そのため、高率負担部分に外国税額控除が認められないから
といって、二重課税が発生するわけではない。したがって、高率負担部分が外国税額控除
から除外されることは、理論上は合理的であるといえる。
ただ、国際展開に積極的な日本企業の場合、その進出先に高税率の国と低税率の国が混
在しているケースが珍しくなく、全世界の合算ベースで見ると、その企業が負担している
外国法人税の割合が国外源泉所得に対して 35%以下となることも考えられる。そのような
場合には、低税率の国で生じた控除枠を使って(彼此流用を認めて)
、高税率な部分につい
て外国税額控除を認めるべきである。そのためには、例えば、上述の法人税基本通達 16-3-22
における解釈を変更し、高率負担部分の判定を全世界ベースで行うことを認める措置の導
入等が考えられる。
(3)税額控除と損金算入の柔軟な選択適用
現行制度上では、納付した外国法人税について外国税額控除を適用するか、あるいは外
国税額控除を適用せずに損金に算入するかは、法人の選択に任されているが、その選択に
ついては事業年度ごとにその年度中に納付した外国法人税のすべてについて同じ方法を適
用しなければならないこととされている。例えば、当期に 2 つ以上の外国法人税を納付し
た場合に、そのうち片方は外国税額控除を適用し、他方については損金に算入するという
方法は認められない。
国際展開している企業においては同一事業年度に複数の外国法人税が発生することは珍
しくないが、それらすべてにおいて同一の方法を適用しなければならない現行の制度は利
365
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
便性が低く、同一事業年度において発生したものであっても、個々の外国法人税ごとに外
国税額控除か損金算入かを選択できるような柔軟性のある制度への変更も選択肢の一つと
なりうる。ただ、その反面、個々の外国税ごとに損金算入を認めるとした場合、現行の外
国税額控除の控除限度額の計算方法についても影響が出る可能性がある。その場合におい
ても実務上の負担を増大させないために、現行の一括限度額方式を維持した上で、本施策
を講じることが望ましいと考える。
また、現行制度では、外国税額控除の対象から除外される「高率負担部分」については、
法人税の所得計算上、損金算入が認められているが、「高率負担部分」でない外国法人税に
ついても控除限度額を超過したため控除不能となった部分については翌期への繰越以外に
損金算入も認めるべきである。また、繰越した控除限度超過額を繰越期間内に控除できな
かった場合にはそのタイミングで損金算入を認めることが可能となれば、その分二重課税
を軽減することができる。
(4)控除限度超過額の繰越期間の見直し
現行の外国税額控除制度においては、控除対象外国法人税の額がその事業年度の法人税
の控除限度額を超える場合には、地方税の額から控除することができ、それでもなお控除
しきれない額がある場合には、その控除しきれない額(繰越控除対象外国法人税額)は翌
期以後 3 年間繰り越すことができる。また、当期の控除対象外国法人税の額が当期の控除
限度額に満たない場合には、その控除余裕額(繰越控除限度額)についても翌期以後 3 年
間繰り越すことができる。
例えば外国法人税を納付した事業年度に国外源泉所得が発生しない場合や、国外源泉所
得は生じているが外国法人税の納付は翌事業年度以降になる場合等において、納付事業年
度の控除限度額の範囲内のみで外国税額控除を認めるとすれば、国際的な二重課税の排除
が図れないことになる。その問題を解消するために、繰越控除対象外国法人税額と控除限
度額いずれも 3 年間の繰越を認め、国外源泉所得と外国税の発生時期のずれを調整するこ
とで、外国税額控除制度の実効性を高めている。
ただし、繰越した限度超過額と控除余裕額はいずれも 3 年以内に使用しないときは期限
切れとなるため、例えば長期の工事プロジェクト等、国外所得の発生時期と外国税の発生
時期にタイムラグがあり外国税を支払ったときには繰越期間が終わっており税額控除がで
きず、その結果、二重課税が排除されないというケースは起こりうる。「3 年間」という繰
越期間の妥当性については議論があるだろうが、そもそも「3 年間」とすべき理論的な根拠
はない70。納付した外国法人税と対応する国外源泉所得が把握可能であれば無期限に繰越を
1988 年の税制改正以前は繰越期間は 5 年間とされていた。当時の先進諸国の類似制度においては繰越
期間は 3 年以内とされており、日本の 5 年の繰越期間は国際比較上長すぎるとの批判があったため、1988
70
366
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
認めるべきとの考え方や、米国の外国税額控除制度にならい繰越期間を 10 年とすべきとの
考え方もある。いずれにせよ、海外展開する日本企業を税務面でのサポートする策として、
外国税額控除の対象範囲の拡大とともに、繰越期間の延長についても検討されるべきであ
る。
(5)事務負担の軽減
外国税額控除制度は、海外で支払った外国税の把握、控除対象かどうかの判断、国外源
泉所得の算定、確定申告書への別表添付、現地の税務書類の収集・保存等、納税者が制度
を利用する際の事務負担は非常に大きなものとなっている。また、制度の利用にあたって
は、複雑さを増している本制度への理解と海外現地における税制の理解も不可欠であり、
社内のリソースに限界がある場合にはこれらのノウハウを社外から獲得する必要がある。
また、外部に委託する場合には、その分野に造詣の深い税務専門家に対して相応の委託報
酬が発生する。
このような事務的な負担や追加コストの発生を敬遠した結果、本来であれば外国税額控
除の適用対象となる外国法人税を支払っているにもかかわらず、外国税額控除を自ら放棄
し、結果として二重課税が完全には排除しきれないケースもある。
帰属主義および AOA の導入により外国税額控除制度は更に複雑になると見込まれ、制度
利用者への負担はますます大きくなる。例えば、現地の税務書類は我が国に集約する必要
はなく現地に保存されていれば良いものとする、又は税務書類の電子的な保存を(制度上
で明示的に)認める等の制度利用時の事務負担を軽減するための見直しが望まれる。
4-3 その他の考えられる施策
(1)本支店間取引への APA の適用
国内法に AOA の考え方が導入されると、PE の帰属所得の算定上、内部取引についても
移転価格税制の考え方に基づき独立企業間価格にて損益認識を行うことになる。現行の移
転価格税制では、独立企業間価格の算定方法について事前確認制度(Advance Price
Agreement(APA)
)71が設けられているが、我が国の企業の海外支店と日本の本店との内
年の改正により 3 年に短縮された。しかし、近年この繰越期間は先進諸国の間でも長く取られる傾向にあ
り、例えば米国では 10 年間、英国等の欧州諸国では無期限に繰り越すことができる。
71 法人が国外関連者との取引価格算定方法及びその内容について、事前に税務当局に確認することができ
る制度。税務当局に認められた方法によって取引価格を計算している限りにおいては、移転価格税制に基
づく課税を受けない。
367
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
部取引については現行の APA では対象とはされていない(但し、外国法人の日本支店と本
国の本店との取引については APA の対象とされている)
。
AOA の導入後においても内部取引が現行のまま APA の対象外とされるとするならば、
企業は採用する内部取引の価格算定方法が適切なものかどうかを事前に税務当局に確認す
る手段がなく、将来の税務リスクを抱えることになる。そのため、AOA の導入に伴い、海
外支店と日本の本店との内部取引についても APA の対象とするよう見直すべきであり、か
つ、二国間 APA 及び多国間 APA も可能となるよう措置されるべきである。
(2)国外支店所得免税制度の導入の検討
PE における二重課税を解消するための一つの方向性として、2011 年に英国にて導入さ
れた「国外支店所得免税制度」のような制度を我が国にも導入するということも考えられ
る。ただし、これは課税方式を根本から大きく変える制度変更であるため、その変更に係
る利点・欠点を冷静に分析する必要がある。英国の国外支店所得免税制度については<別
添>を参照。
368
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
III.<別添資料> 英国の国外支店所得免税制度
概要
1.国際課税の原則
国際課税の原則としては、①全世界所得課税と②領土主義課税の 2 つがある。全世
界所得課税を採用する国においては、国内で発生した所得に加えて、外国支店や外国
子会社等を通じて発生した国外所得に対しても課税を行う。一方、領土主義課税を採
用する国においては、国内で発生した所得のみを課税対象とし、海外で発生した所得
に対しては課税を行わない。世界各国の税制においては、純粋な全世界所得課税又は
純粋な領土主義課税を採用している国はないと言われており、その濃淡こそ違うもの
の、この 2 つの原則を取り入れた形態となっている。
全世界所得課税を採用する場合には、外国支店や外国子会社等を通じて発生した国
外所得に対して現地で課された外国税との国際的な二重課税の問題が生じるため、外
国税額控除方式により二重課税を排除するのが一般的である。外国税額控除方式とは、
居住地国において国外所得を含めた全世界所得をベースに算出した税額から、外国で
納付した税額を控除する方式のことをいう。
一方、領土主義課税を採用する国では、国外所得に対する課税権を放棄するため(国
外所得免除方式)、国際的な二重課税の問題は生じないこととなる。
なお、我が国の法人税法は、長い間、全世界所得課税及び外国税額控除方式を採用
してきたが、平成 21 年税制改正により外国子会社配当益金不算入制度を導入したため、
現在では全世界所得課税の国ではなく領土主義課税の国として分類される。同様に、
英国も以前は全世界所得課税を採用していたが、2007 年から国際課税方式について検
討を開始した結果、国外配当免税制度や国外支店所得免税制度の導入、CFC ルールの
改正等を行ったため、現在では領土主義課税の国として分類されている。PE の帰属所
得に係る源泉地国と居住地国の認識の相違から二重課税が生じることを防止するため
には、一つの手法として国外支店所得免税を導入することも考えられる。以下では、
この英国の国外支店所得免税制度について概要を説明する。
2.国外支店所得免税制度導入に係る英国における動き
国外支店所得免税制度72は、英国の 2011 年財政法(Finance Act 2011)の制定に伴
この法制度は、英国内では「国外支店所得免税制度("foreign branch exemption")
」として普及してい
る(英国の歳入関税庁(HMRC)も「国外支店所得免税制度」という名称を使用している)
。ただ、本制度
を定めた法律である S18A Corporation Tax Act 2009 では「国外 PE の利益または損失に係る免税制度("
"Exemption for profits or losses of foreign permanent establishments ")
」と称している。本報告書では
72
369
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
い、2011 年 7 月 19 日に導入された73。同制度は、2009 年の国外配当免税制度、2012
年の新 CFC 税制74と並んで、英国法人に関する国外所得税制における三つの大きな改
正の一つとされている。
これらの改正は、1960 年代の法人税の導入以来、事実上 100 年以上にわたる英国法
人の課税所得の考え方を抜本的に変えるものであり、英国の法人税制に関する最大の
改正の一つだともいわれている。
改正以前においては、税務上、英国の居住者である法人は、英国内外を問わずすべ
ての所得に対して課税されていた(全世界所得課税)。当該課税所得には、海外支店を
通じて行われるトレーディング収入、海外投資により生じる配当等の収益、そして場
合によっては海外子会社の利益(CFC ルールが適用される場合)等が含まれていた。
改正が行われた結果、英国法人は、海外で生じた利益(および/または海外子会社で
生じた利益)のうち、大まかに言うと英国内で行われる事業活動もしくは英国から拠
出された余剰資本に帰属する部分及び意図的に英国から移転させた部分のみが課税対
象とされた。
改正の際に英国政府が行った一般からの意見公募の回答をまとめた資料によると本
制度に対する評価は以下の通り。

納税者、企業、会計事務所等の回答者に好意的に受け止められ、英国の法人
税制の国際競争力向上に資するものとして捉えられている。

英国の国外支店所得免税制度はあらゆる諸外国における支店に係るキャピ
タルゲインも適用対象とすることで、より英国企業の国際競争力が高まると
いう声もある。

国外支店所得免税制度を選択適用制にしたことが制度に柔軟性を与えてい
るとの意見もあった。

海外子会社に対する課税制度と海外支店に対する課税制度を均一化する目
的も達成されたとの意見も見受けられた。
3.国外支店所得免税制度の導入前における国外支店所得の
税務上の取扱い
一般的な名称である「国外支店所得免税制度」を使用する。
73 2011 年財政法(Finance Act 2011) s48 および Schedule 13
74 新 CFC ルールの導入は国外支店所得免税制度と相互に関連しているため、新 CFC ルールによって英国
法人の国外 PE への流出防止ルールが規定されたことを受け、2011 年に制定された当初の国外支店所得免
税制度について 2012 年に再度改正を行い、所要の措置を講じた。
(2012 年財政法 s180 および Pt 2,
Schedule 20 参照)
370
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
国外支店所得免税にかかる税制改正が行われる前は、英国居住者が国外で得た利益
に対しては、英国内での利益と同じ方法で課税することとされており、以下の外国税
額控除の方法により国際的な二重課税を排除するというのが一貫した方針であった。

当該国外地域で課税対象となる利益については課税権を当該地域に譲る。

当該国外地域で得た利益のうち、利益が生じた当該地域の恒久的施設(PE)
に帰属するもの以外の部分については、当該地域では課税を免れるよう英国
政府が当該国外地域の政府に対して交渉を行う。

当該国外地域で支払った税金について英国法人税の計算上で税額控除を行
う。この場合、外国で支払った税額と、その税額に対応する所得に対して英
国にて課税された場合の税額のいずれか少ない方が控除額となる。
具体的には、英国居住者の国外における事業所得のうち租税条約で減免措置が設け
られておらず国外で課税を受けた部分について、英国側で二重課税排除のために外国
税額控除を適用することで、英国は当該国外における所得についての課税権を放棄し
ていた。
4.国外支店所得免税制度に関する法制度改正の背景
2010 年、保守党と自由民主党の連立政権が発足し、
「ビジネスに開かれた英国」とな
るためのさまざまな方策が考えられた。この方針との関係性は定かではないが、新政
権は、①英国法人の海外子会社の利益のうち CFC ルールにおける課税対象となる部分
を少なくすること、②英国法人の海外支店の利益の課税対象を狭めるように検討する
こと、を発表した75。
また、新政権は、法人税制をより領土主義的な課税制度にするとともに、海外支店
と海外子会社の課税制度を調和の取れたものとする意向があることを公表した。国外
支店所得免税制度がない状況では、国外 PE の利益は英国では発生ベースで課税対象と
なる(外国税額控除は適用可)。一方で、海外子会社の利益については、原則として、
親会社側では発生ベースでは課税対象とはならず76、また海外子会社が得た利益を英国
の 親 会 社 に 還 流 し た 場 合 で も 配 当 免 税 制 度 お よ び SSE 制 度 77 ( substantial
shareholdings exemption)により課税対象とはならない。このため、国外支店所得免
税制度を導入することで、平仄を合わせることとした。
Foreign branch taxation: a discussion document July 2010
CFC ルールが適用されない場合
77 SSE 制度とは、英国法人がその保有する株式を譲渡したことにより生じる売却益または売却損について、
所定の要件を満たす場合には、英国では課税対象とはならないとする英国法人税上の制度である。
75
76
371
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
これらの方針を発表した際に、新政権は以下の点についても言及している。

海外支店にて生じた損失を本店側で取り込み、また海外支店の利益にかかる
現地で支払った税額を外国税額控除方式により控除し、二重課税を調整する
方式を引き続き選択可能とする。

可能な限り、以下の点について整備する。
o
海外支店利益にかかる外国税額控除制度と国外支店所得免税制度の制度
間調整
o

海外支店と海外子会社における所得/欠損金の計算方法の平準化
税源確保のため、免税制度の濫用を防止する78。
国外支店所得免税制度の導入に向けた協議は比較的スムーズに進み、上記方針の公
表から約 1 年後(2011 年 7 月 19 日)に法律が制定され、同日から適用された。英国
法人の海外での利益に対する課税方法の大きな方針転換であったにもかかわらず、協
議を行うなかで障害となるようなものはほとんどなかった。
5.国外支店所得免税制度の制度内容
5-1 概要
国外支店所得免税制度とは、英国の居住者である法人の海外 PE に帰属する所得を免
税扱いとするものである。
国外支店所得免税制度は選択適用となっており、その選択は個々の法人ごとに行う79
(つまり一の法人における複数の PE は個別選択方式(詳細については後述(5-5))
の適用を受ける場合を除き、原則としてすべて同様の取扱いとなり、他方、当該制度
を適用したとしても同一企業グループ内の他の会社は必ずしも強制的に適用されるわ
けではない)。当該制度の適用を選択した場合には、基本的に PE に帰属する所得のす
べてについて英国法人税の課税が免除される(ただし、後述する Loss transitional
rules および流出防止ルールが適用される場合には国外支店所得免税制度の適用は受け
られない)
。
また、国外支店所得免税制度の適用を選択した場合には、課税所得の計算上、支店
で生じた損失の取り込みができなくなる。さらに、当該制度の適用を開始する時点で
PE に純損失が生じている場合には、その後の利益がこの開始時点における純損失の額
Corporate tax reform: delivering a more competitive system: Part IIIB: Foreign branch taxation
November 2010.
79国外支店所得免税制度を選択し、適用が開始された後では基本的に取り消すことはできない。
78
372
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
に達するまで免税制度は適用されない(詳細については後述(5-5))
。したがって、
損失が生じる PE を有する法人は、当該制度の適用開始を延期する、もしくは当該制度
の適用を選択しないといった選択肢も検討する必要がある。
5-2 利益または損失の PE への帰属80
PE に帰属する利益の決定方法は、OECD が 2010 年に公表した PE 帰属利益に関す
るレポートにて示されたアプローチである AOA(Authorized OECD Approach)に従
うこととなる。
PE が所在する国が英国と租税条約(無差別条項がある租税条約)を締結している場
合には、PE に帰属する利益または損失は租税条約の規定に基づいて計算される。
PE が租税条約を締結していない国・地域(または租税条約は締結しているが無差別
条項がない国・地域)に所在している場合には、PE を有している法人の規模が小さい
場合を除き、PE に帰属する利益または損失は英国国内法の規定(OECD モデル租税条
約の規定と同一)に基づいて計算される81。
法人の規模が小さく、かつ PE の所在地が無差別条項がある租税条約の締結国でない
場合には、当該 PE に帰属する利益については国外支店所得免税制度の適用を受けるこ
とはできない82。なお、この場合の「小さい規模の法人」とは、2003 年 5 月 6 日の欧
州委員会の勧告の付属書(Annex Commission Recommendation 2003/361/EC)に定
義されている零細法人または小規模法人83を意味している。
5-3 対象税目
通常、国外支店所得免税制度は PE が稼得した事業利益等の他、chargeable gains84
(課税対象となるキャピタルゲイン)と allowable losses85(控除可能なキャピタルロ
ス)にも適用される。
また、Capital Allowance Act 2001 Part 2 にて規定されている設備および機械に関
する設備投資税額控除制度上、国外支店所得免税制度を適用している場合には、PE で
の活動は当該税額控除制度の要件を満たさないこととなる。これは、国外支店所得免
S18A Corporation Tax Act (“CTA”) 2009
S18A (6) CTA 2009
82 S18P(1) CTA 2009
83 2 参考 URL
http://ec.europa.eu/enterprise/policies/sme/facts-figures-analysis/sme-definition/index_en.htm
84 S18B CTA 2009
85 S18C CTA 2009
80
81
373
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
税制度を適用した場合には、PE での活動により得た利益とキャピタルゲインは、そも
そも英国では課税対象外の利益として取り扱われるためである86。
5-4 所得の計算方法
国外支店所得免税制度の法律上の規定自体はわかりやすいものとなっており、海外
PE に帰属する利益はその英国法人の法人税の課税所得の計算から除外されることが
規定されている。
まず、PE が所在する各国ごとに PE に帰属する利益または損失を計算する。計算さ
れた利益または損失はそれぞれ「関連利益の額」または「関連損失の額」と呼ばれる87。
関連利益の額の合計から関連損失の額の合計を控除した残額が「海外 PE の課税所得
の額88」となる。これは PE の最終的な利益または損失を意味することになるが、利益
または損失を構成する個々の項目の属性は引き続きとどめておく必要がある。
次に、法人の課税所得の計算において「海外 PE の課税所得の額」を課税対象から除
外するために、個々の項目について「免税調整」とよばれる処理が行われる89。たとえ
ば、「海外 PE の課税所得の額」が、トレーディング90による利益とトレーディングに
関係のない借入金(ノン・トレディーング・ローンリレーションシップ)から生じた
損失により構成されている場合、トレーディングによる利益は免税扱いとなるため課
税所得から減算されることになり、その一方で、トレーディングに関係のない借入金
から生じた損失は加算することとなる。
5-5 Loss transitional rules91(国外支店所得免税制度が適用され
る前に、PE にて生じた損失がある場合に適用されるルール)
通常、国外支店所得免税制度を選択した場合、PE に帰属する損失を課税所得から控
除することは認められない。また loss transitional rules では、国外支店所得免税制度
を選択する前に PE にて生じていた損失を英国法人の本店において取り込んでいた場
S18A および Capital Allowance Act (“CAA”) 2001 s15 (2A)(b)
SS18A(6)-18A(7) CTA 2009
88 S18A (4) CTA 2009
89 S18A (2) CTA 2009
90英国における法人税の課税所得計算はカテゴリーごとに行われる。
「トレーディングによる利益」と「ト
レーディングに関係のない借入金から生じた損失」はいずれもその課税所得計算上のカテゴリーである。
なお、英国税法上の「トレーディングによる利益」とは一般的な「事業所得」に近いものである。
91 SS18J-O CTA 2009
86
87
374
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
合、PE にてその損失の額を超える利益が生じるようになるまで国外支店所得免税制度
の選択はできないという制度である。
PE にかかる純損失(計算上、chargeable gains(課税対象となるキャピタルゲイン)
と allowable losses(控除可能なキャピタルロス)を除く)で前期以前 6 年の間に生じ
たもの(opening negative amount 、”ONA”)を有している法人が国外支店所得免税
制度を適用する場合、当該制度適用後に生じた PE に帰属する利益が ONA を超えるま
では、PE 帰属利益は免税扱いとはならない。つまり、当該免税制度の適用開始時期が
延期されることになる。
ONA は、前期以前 6 年間のうち損失が生じた最も古い事業年度を把握することで計
算される。それ以降の事業年度に生じる利益または損失は繰越損失の額に加算または
減算されることになるが、利益は繰越損失がある場合に限り加算される(加算後の額
がゼロよりも大きくなることはない)92。このように、ONA は前期以前 6 年間におけ
る利益または損失を単純に合算したものとはならない。英国の歳入税関庁が出してい
るマニュアル93には、以下の例が示されている。
Year
利益 / (損失)
損失の繰越額(もしあれ
ば)
-6
100
0
-5
(100)
(100)
-4
300
0
-3
(500)
(500)
-2
100
(400)
-1
100
(300)
この場合、ONA は 300 となる。
合計 ONA に合計利益を充当する方法の他に、法人は個々の地域ごとに「個別選択方
式(ストリーミング方式)による選択」を行うことができる94。原則として、法人が有
する PE に帰属する ONA の合計額が PE に帰属する利益よりも大きい場合(合計で損
失超過になる場合)には、当該法人は国外支店所得免税制度を即時適用できない。し
かし、個別選択方式を適用することで PE が所在する地域ごとに国外支店所得免税制度
の選択が可能となる。例えば、ONA がある PE については今後の利益が ONA を超え
るまで国外支店所得免税制度の適用を延期し、ONA が元々生じていない地域の PE、
またはすでに利益を充当して ONA の残額がない地域の PE には国外支店所得免税制度
92
93
94
S18K (1) CTA 2009
HM Revenue & Customs International Manual (“HMRC INTM”) 284020
Ss18L-N CTA 2009 および HMRC INTM 284040
375
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
の適用が認められる。個別選択方式の適用は、国外支店所得免税制度の選択と同時に
行う必要があり、取消は認められていない95。
5-6 流出防止ルール(新 CFC ルール)96
国外支店所得免税制度を選択することにより海外 PE は英国で税金が課されないこ
とになるが、その場合に英国法人の利益が海外 PE に流出することを防止するためのル
ールが設けられている。これは事実上、PE に対する CFC ルールであるといわれてい
る。なお、2012 年財政法(Finance Act 2012)により、2013 年 1 月 1 日以降に開始
する事業年度から、従前の流出防止ルールとその他関連する免税制度の適用が廃止さ
れ、それらに代わり、国外支店所得免税制度を適用する海外 PE に対しては新 CFC ル
ールに基づく流出防止ルールが適用されることとなっている97。この流出防止ルールは、
海外 PE に対して適用することを想定したものであり、PE での利益に含まれる「流出
した利益」を把握するためのいくつかの変更が加えられている。
「流出した利益」は国
外支店所得免税制度の対象から除外され、課税対象となる。
5-7 適用の開始と取り消し98
2011 年 7 月 19 日から、英国法人が国外支店所得免税制度の適用を選択することが
できるようになった。法人が当該制度の適用を選択した場合には、通常、その法人の
翌事業年度から適用される。たとえば、12 月が事業年度末である法人が 2011 年 9 月
30 日に当該制度の適用を選択した場合には、
免税は 2012 年 1 月 1 日から適用される。
当該制度の適用を選択した場合でも、実際に適用開始となる以前であれば取り消す
ことができるが、適用が開始された後では通常取り消すことができない。ただし、適
用が開始された後で当該制度の適用を選択した法人が英国の居住者でなくなった場合
には、選択を取り消されることになる。
95
96
97
98
S18L (3) CTA 2009
SS18G-I CTA 2009
2012 年財政法(Finance Act 2012)により導入
S18F CTA 2009
376
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
6.国外支店所得免税制度が有効な場合とそうでない場合
6-1 軽課税国に所在する PE
法人が海外に PE を有して活動を行っている場合で、その PE 所在地の税負担が英国
における税負担よりも軽いのであれば、国外支店所得免税制度の選択適用が効果的と
考えられる。
外国税額控除制度は、PE 所在国での税額または同じ利益を英国の税法に換算した場
合の税額のいずれか少ない値が適用される。この場合 PE 所在地国での税金は英国での
税金よりも少ないので、国外支店所得免税制度を選択しないとすると、外国税額控除
制度により英国での当該利益に対しての法人税額を完全に免れることはできない。
逆に、法人が重課税国に PE を設けて活動を行っている場合は、外国税額控除制度に
より二重課税が完全に排除され、かつ損失が生じた年度で損失の控除が可能なため、
国外支店所得免税制度を選択しない方が得策と考えられる。
6-2 商業的な理由により設けられた PE
法人が子会社形態ではなく支店形態で海外事業を行うことがあるが、これには多く
の商業的な理由がある。たとえば、現地の法規制の問題、顧客への配慮等である。そ
のようにやむをえない理由により支店形態にて海外展開を行う会社にとっては、国外
支店所得免税制度を適用することで子会社形態での海外展開と同様の税務面での効果
(英国における配当免税)を得ることができるため、当該制度の適用は有効な選択肢
となると思われる。
6-3 租税条約の手当てがない子会社に対する課税
実務上はほとんど生じないと考えられるが、英国の租税規定の中には、株主が英国
居住者であり、会社が英国非居住者である場合において当該会社の収入や利益に対し
て株主に税金を課す規定もある99。租税条約に軽減規定が設けられていない場合は海外
Income Tax Act 2007(transfer of assets abroad)はその一つである(なお、この規定は
限られた状況においてのみ適用されるものであり、また、CFC ルールが適用されるケースで、実務上、税
務当局がこの規定を併せて適用するかどうかについては議論の余地がある)
。
ちなみに、S714 Income Tax Act 2007 とは、海外に所在する者に資産を移転することにより所得の移転を
図るという租税回避行為を防止するために設けられたものである。この規定が適用されるのは、以下の条
件を含む場合である。
(1) 資産の移転が行われていること。
(2) 資産の移転の結果、海外の者に対して収益が支払われるようになること。
99例えば、S714
377
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
での活動を子会社形態で行えば現地での利益は英国で課税対象となるが、子会社形態
ではなく支店形態で行い、さらに国外支店所得免税制度を適用する場合には海外での
収益やキャピタルゲインを免税扱いとすることが可能であるため、海外での活動を子
会社形態ではなく支店形態で行うことも検討に値する。
6-4 損失の控除
当該制度の適用を選択した場合、課税所得の計算上、PE で生じた損失の控除は認め
られない。国外支店所得免税制度は一旦選択すると取消すことができないため、もし
PE にて損失が生じている場合、または損失が生じる予定である場合には、当該制度の
適用を選択することは得策ではない。
(3) 資産を移転した者以外の個人が利益を受けること。なお、この利益とは英国の Income Tax
の課税対象とはならないものであり、また、移転された資産から得られるものである。
(4) 利益を受ける者は、課税年度において英国の居住者であること。
ここでいう「資産の移転」については明確な定義はないが、過去の判例によってその意味について広く解
釈が行われている。海外の会社の株式の引受けや海外の受託者に対して現金を信託するなどのケースは明
確に「資産の移転」に含まれるとされ、また特許権などの譲渡も含まれるとされている。なお、この規定
は個人のみに適用されるものだが、法人が租税回避行為を行った場合、(その法人の株主が個人であれば)
その株主が租税回避行為を行ったとみなされる点も注意が必要である。
378
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
IV.その他
1. 用語集
用語
名称
定義
ADB
Asian Development Bank
アジア開発銀行
AFD
Agence Francaise de Developpement
フランス開発庁
AfDB
African Development Bank
アフリカ開発銀行
APEC
Asia-Pacific Economic Cooperation
アジア太平洋経済協力
BAC
The Bids and Awards Committee
フィリピン入札選定委員会
民間が施設などを建設して所有権を
BOLT
持ち、採算が取れるまで同施設を公共
Build, Own, Lease, Transfer
に貸し出した後、所有権を移転する
PPP 事業
民間が施設などを建設し、維持管理お
BOO
Build, Own, Operate
よび運営を行い、事業終了時点で施設
を解体・撤去する事業
BOT/BOOT
Build, Operate, Transfer/Build, Own,
Operate, Transfer
民間が施設などを建設し、維持管理お
よび運営を行い、事業終了後に公共に
施設所有権を移転する PPP 事業
BSF
Building Schools for the Future
BT
Build, Transfer
学校整備計画
民間が施設などを建設し、建設終了後
に公共に施設所有権を移転する事業
民間が施設などを建設し、施設完成直
BTO
後に公共に所有権を移転し、民間事業
Build, Transfer, Operate
者が維持・管理および運営を行う PPP
事業
CBTC
Communications-Based Train Control
CGF
Credit Guarantee Finance
CMWSSB
CPA
無線通信を利用した列車制御システ
ム
信用保証財務手法
Chennai Metro Water Supply and
Sewerage Board
Coalition Provisional Authority
379
チェンナイ都市上下水道局
イラク暫定統治機構
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
インド中央公共調達ポータル(ウェブ
CPPP
Central Public Procurement Portal
CPWD
Central Public Works Department
インド都市開発省中央公共事業局
CSP
Concentrated Solar Power
大規模な太陽熱/太陽光発電設備
サイト)
各種ドナーの出資により設立された
CTF
Concessional clean Technology Funds
ファンドで、中進国に対し、温室効果
ガスの排出削減を促すために譲許的
資金を提供している。
DBCC
DBOOST
DD
DENR
Development Budget Coordination
Committee
Design Build Own Operate Share and
Transfer
フィリピン開発予算調整委員会
民間が施設などを設計及び建設し、維
持管理及び運営を行い、公共と共有し
た後に所有権を移転する PPP 事業
Detailed Design
詳細設計
Department of Environment and
Natural Resources
フィリピン環境天然資源局
DFE
Direction des Fonds d’Epargne
貯蓄基金機構
DTI
Department of Trade and Industry
フィリピン貿易産業省
E/N
Exchange of Notes
EAIF
Emerging Africa Infrastructure Fund
ECC
Environmental Compliance Certificate
ECG
日本政府と円借款供与国との間で取
り交わされる交換公文
Export Credits and Credit
新興アフリカ諸国インフラストラク
チャー基金
フィリピンにおいて環境基準の遵守
を証明する資格書
輸出信用
Guarantees(ECG)
EDF
Électricité de France
フランス電力会社
EIB
European Investment Bank
欧州投資銀行
EIRR
Economic Internal Rate of Return
経済的内部収益率
Engineering, Procurement and
設計、調達、建設を含むプロジェクト
Construction
の建設工事請負契約
EVN
Electricity of Vietnam
ベトナム電力総公社
F/S
Feasibility Study
事業可能性調査
GDP
Gross Domestic Product
国内総生産
EPC
380
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
HRB
IBRD
ICC
IDA
最も高い評価ポイントを得た技術提
Highest Raged Bid
案
International Bank for Reconstruction
and Development
Investment Coordination Committee
The International Development
Association
国際復興開発銀行
フィリピン国家経済開発局内の投資
調整委員会
国際開発協会
IFC
The International Finance Corporation
国際金融公社
IPP
Independent Power Producer
独立系発電事業者
IRR
Implementing Rules and Regulation
施行規則
IWPP
Independent Water & Power Producer
卸発電造水事業者
JBIC
Japan Bank for International
株式会社国際協力銀行
Cooperation
JCM
Japan Crediting Mechanism
二国間クレジット制度
JFPR
Japan Fund for Poverty Reduction
貧困削減基金
JICA
Japan International Cooperation
Agency
独立行政法人国際協力機構
Jawaharlal Nehru National Urban
ジャワハラル・ネルー国家都市再生ミ
Renewal Mission
ッション
JSDF
Japan Social Development Fund
日本社会開発基金
JSF
Japan Special Fund
日本特別基金
KfW
Kreditanstalt für Wiederaufbau
ドイツ復興金融公庫
JNNRUM
JICA と円借款を活用した事業を実施
L/A
Loan Agreement
する実施機関との間で締結される借
款契約
LCB
Lowest Calculated Bid
LCC
Life Cycle Cost
LIFT
Local Improvement Finance Trust
地域(医療)改善資金信託
LOB
Law on Bidding
ベトナム入札法
M&A
Mergers and Acquisitions
企業の合併・買収
Mission d’appui aux partenariats
仏国の経済財政省下にある PPP ユニッ
public-privé
ト
MAPPP
最も低い価格を付けた価格提案
事業を行なう過程(ライフサイクル)
で必要となる経費の合計額
381
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
MASEN
Moroccan Agency for Solar Energy
モロッコ太陽エネルギー発電庁
MENA
The Middle East and North Africa
中東及び北アフリカ地域
MoPDC
MPI
NEDA
NEXI
Ministry of Planning and Development
Cooperation
Ministry of Planning and Investment
National Economic and Development
Authority
Nippon Export and Investment
Insurance
イラク計画開発協力省
ベトナム計画投資省
フィリピン国家経済開発庁
独立行政法人日本貿易保険
NGO
Non-Governmental Organization
非政府組織
NIF
Neighbourhood
近隣国投資ファシリティ
NREL
Investment Facility
The National Renewable Energy
Laboratory
国立再生可能エネルギー研究所
O&M
Operation & Maintenance
運転、点検・保守等業務委託契約
ODA
Official Development Assistance
政府開発援助
OECD
OGPCP
ONE
Organization for Economic
Co-operation and Development
経済協力開発機構
Office of Government Public Contract
イラク計画開発協力省内の政府調達
Policy
政策局
Office National de l’Electricite
モロッコ国営電力機関
PAC
Procurement Assistance Center
政府契約実施規定に基づき設置され
たイラク政府調達支援センター
入札審査に際して一定の合格ライン
Pass/Fail
を定め、同基準を超えるものは審査通
-
過(Pass)とし、下回るものは失格
(Fail)とする評価方式
PCG
PhilGEPS
PIDG
借入人である事業者の債務不履行を
Partial Credit Guarantee
カバーする保証制度
Philippines Government Electronic
Procurement System
The Private Infrastructure
フィリピン政府電子調達システム
民間インフラ開発機構
Development Group
PPP
Public Private Partnership
官民連携案件
PQ
Prequalification
事前資格審査
PRG
Political Risk Guarantee
政治リスクに対する保証制度
382
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
RFP
Request for Proposal
プロポーザル審査の入札案内
RFQ
Request for Qualification
事前資格審査の入札案内
逆浸透。水以外の無機塩類を通さない
RO
Reverse Osmosis
半透膜を用い、海水の淡水化等を行う
手法
SD
Subordinated debt
劣後ローン
SEZ
Special Economic zone
経済特区
SPC
Special-Purpose Company
特別目的会社
SPPLs
Subordinated Public Participation
Loans
Special Terms for Economic
STEP
本邦技術活用条件付きの円借款
Partnership(STEP)
UEDCL
Uganda Electricity Distribution
Company
VGF
Viability Gap Funding
WB
World Bank
劣後公共供与ローン
ウガンダ国営電力会社
バイアビリティ・ギャップ・ファンデ
ィング
世界銀行
2. 文献集
国名
名称
発行年
インド
General Financial Rules
2005
インド
Manual on Policies and Procedures For Purchase of Goods
2006
インド
インド
インド
Scheme and Guidelines for Financial Support to Public Private
Partnerships in Infrastructure
Defense Procurement Procedure and Manual
National Public Private Partnership Policy Draft for
Consultation
2008
2009
2011
インド
Draft PPP Rules, Discussion Draft
2012
インド
The Public Procurement Bill
2012
インド
Central Public Works Department Procurement Procedures and
Manuals
2013
フィリピン
RA7718
1994
フィリピン
RA 8182
1996
383
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
フィリピン
RA8182 Implementing Rules and Regulations
1996
フィリピン
RA 8555
1998
フィリピン
RA 9184
2003
フィリピン
RA 9184 Revised Implementing Rules and Regulations
2009
フィリピン
RA 7718 (Amended)
2012
フィリピン
Policy Brief Government Share of PPP Project Cost and Risks
2013
ベトナム
Decree 108/2009/ND-CP
2009
ベトナム
Decree 108/2009/ND-CP
2009
ベトナム
Decision No. 71/2010/QD-TTg
2010
ベトナム
Circular 03/2011/TT-BKHĐT
2011
ベトナム
Decree 24/2011/ND-CP
2011
ベトナム
Law on Bidding No. 43/2013/QH13
2013
ベトナム
Decree 38/2013/ND-CP
2013
インドネシア
Presidential Decree No. 67
2005
インドネシア
Presidential Decree No. 54
2010
インドネシア
Presidential Decree No. 13
2010
インドネシア
PPP Investor's Guide; What Private Investors Should Know
About Investing in Indonesia's Infrastructure.
2010
インドネシア
Presidential Decree No. 35
2011
インドネシア
Presidential Decree No. 56
2011
インドネシア
ミャンマー
General Guidelines for Planning the Government Procurement
of Goods/ Services by LKPP No 12
To apply Open Tender and Open Bidding System, President
Office
2011
2011
インドネシア
Presidential Decree No. 70
2012
インドネシア
Ministry of National Development Agency Decree No. 3
2012
インドネシア
Decree of Head of Public Procurement Agency No. 6
2012
インドネシア
Ministerial Regulation of Finance No.223/PMK.011
2012
インドネシア
Ministerial Regulation of Finance No.143/PMK.011
2013
インドネシア
Presidential Decree No. 66
2013
The abolishment of Central Administrative Committee,
ミャンマー
Construction Inspection Committee, Purchasing Assessment
Committee and Foreign Currency Control Committee, President
Office
384
2011
新興国市場獲得に向けた法制度等の基礎調査
Tender rules and regulations issued for Government
ミャンマー
departments and organizations to follow in administrating
investments and businesses permitted to implement their
2013
operations, President Office
イラク
Law on Public Contracts / Coalition Provisional Authority Order
No.87
2004
イラク
Implementing Regulations for Governmental Contracts
2007
イラク
Quick Start Contracting Guide
2007
イラク
Instructions for Government Contracts Execution
2008
国際機関
Guidelines; Procurement of Goods, Works, and Non- Consulting
Services. Under IBRD Loans and IDA Credits and Grants
2011
国際機関
JICA Guidelines for Procurement under Japanese ODA Loans
2012
国際機関
Procurement Guidelines ADB
2013
385
Fly UP