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安全・安心な社会の構築に求められる 科学技術イノベーションに関する研究

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安全・安心な社会の構築に求められる 科学技術イノベーションに関する研究
内閣府経済社会総合研究所
成 果 報 告 書
「安全・安心な社会の構築に求められる
科学技術イノベーションに関する研究」研究会 報告書
平成 25 年 4 月
本報告書の複製、転載、引用等には内閣府経済社会
総合研究所の承認手続きが必要です。
目 次
序論
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ⅰ~ⅴ
巻頭言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサイトの役割 ・・・・・・・・・・・・・3
第2章 日本的なるもの:将来へのうつろい ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
第3章 社会的課題を解決するイノベーションを実現するために ・・・・・・・・・・・・・29
まとめに代えて 将来の社会シナリオの検討に向けて
・・・・・・・・・・・・・・・・・32
補論Ⅰ レジリエントな社会構築のために ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
補論Ⅱ 近年の疾病構造の変化-増加する精神疾患患者が地域社会で自立的生活を送るために
・・・・・・・・・・・・・48
データ編
人口について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
人口の移動について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
医療・健康について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
暮らし(貧困)について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
農業について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
災害について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
干拓と埋め立てについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
子どもの描く将来像について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
日本の全体像を包括的に捉える各種データ集・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
現在のイノベーションを促進する取組について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
序論
1 「安全・安心な社会の構築に求められる科学技術イノベーションに関する研究」研究
会について
○創設の背景
従来、我が国における科学技術分野の政策形成においては、ともすれば投入資源の拡大、すなわち高度
経済成長を念頭に、時代時代に顕在化した個別課題への対応に努力が傾注されてきた。このため、経済の
低成長に伴う社会の変容を前提にした社会的な将来ビジョンに基づく政策検討は必ずしも十分とは言えなか
った。
この度、平成 23 年8月に閣議決定された第4期科学技術基本計画において、「個々の成果が社会的な課
題の達成に必ずしも結びついていないとの指摘もあり、国として取り組むべき重要課題を明確に設定した上
で、その対応に向けた戦略を策定し、実効性のある研究開発の推進が必要である」と提唱されており、今後は、
国民の期待や社会的要請を一層的確に把握した上で、将来を見据えた個別課題を対象に、課題解決のた
めの戦略を立てる必要がある。
○概要
内閣府経済社会総合研究所「科学技術と経済社会」研究ユニットでは、上記の背景を踏まえ、「安全・安心
な社会の構築に求められる科学技術イノベーションに関する研究」研究会を立ち上げた。本研究は、経済
的・社会的要素を幅広く考慮した上で将来ビジョンを描く手法であるフォーサイトにより、10~15 年後の将来
像を複数描くことを目的としている。また、戦後最大の危機と言われている東日本大震災後という状況も鑑み、
震災対応もしくは復興対応に貢献する研究とするため、安全・安心な社会の構築に焦点を当てた。
今年度の研究会では将来の社会シナリオの検討の手掛かりを得るべく、多角的視点から研究会を運営し、
将来の社会シナリオを考える際に重要となる課題群を整理するとともに、これらの諸課題を解決する際に重要
となる横断的取組について考察した。
2
「安全・安心な社会の構築に求められる科学技術イノベーションに関する研究」
研究会:構成メンバー
■委員
(座長) 城山 英明
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
柳川 範之
東京大学大学院経済学研究科 教授
吉澤 剛
京都大学人文科学研究科 特定講師
松尾 真紀子
東京大学公共政策大学院 特任研究員
i
■主催者 内閣府 経済社会総合研究所(ESRI)
3
青山 伸
前総括政策研究官
篠原 千枝
研究官
「安全・安心な社会の構築に求められる科学技術イノベーションに関する研究」
研究会:今年度の活動
■研究会
第1回 平成 23 年 9 月 7 日(水) 15 時 00 分~17 時 00 分(キックオフ)
第2回 平成 23 年 11 月 29 日(火) 13 時 30 分~15 時 30 分(講師:赤坂憲雄 学習院大学文学部教
授)
第3回 平成 23 年 12 月 14 日(水) 18 時 30 分~20 時 30 分(講師:高木俊介 たかぎクリニック院長)
第4回 平成 23 年 12 月 19 日(火) 19 時 30 分~21 時 30 分(講師:上田紀行 東京工業大学大学院
社会理工学研究科価値システム専攻准教授)
第5回 平成 24 年 1 月 18 日(火) 19 時 30 分~21 時 30 分(講師:神成淳司 慶應義塾大学環境情報
学部准教授)
第6回 平成 24 年 1 月 30 日(月) 15 時 00 分~17 時 00 分(講師:佐藤仁 東京大学東洋文化研究所
准教授、鈴木淳 東京大学大学院人文社会系研究科准教授)
第7回 平成 24 年 2 月 9 日(木) 16 時 00 分~17 時 30 分(とりまとめ)
4「安全・安心な社会の構築に求められる科学技術イノベーションに関する研究」
研究会:各回の研究会の概要
各研究会の議論の要点は以下の通り。
第1回研究会≪キックオフ≫
・いわゆる顔の見える関係である地域コミュニティーや SNS1)などを通してつながるバーチャルなコミュニ
ティーなど、一人一人がリアルとバーチャルの様々な形のコミュニティーに属することで、個人のセーフテ
ィーネットが何層にも構築され、安心感が得られ、レジリエントになるのではないか。
・昔から、「遠くの親戚より近くの他人」と言われているように物理的な距離がコミュニティー形成に大きく影
響を与える要因として考えられるため、物理的距離の問題が解決できない場合、どのような代替案が考
えられるのかについて考えることも必要。
・科学技術イノベーションについて考える際に、ハードとソフトの両面から捉えることが必要。
・リスクゼロの完璧な安全・安心な社会は成り立たない中で、マネージャブルなリスクというのはどこまでの
範囲を指すのか(問題提起)。今後はリスクをマネージできるようにならないといけない。
1)
SNS: Social Networking Service インターネット上で社会的ネットワークを構築するサービス
ii
第 2 回研究会≪東北の被災地の現状を踏まえて≫(講師:赤坂憲雄 学習院大学文学部教授)
・日本各地で今後 20~30 年後起こると考えられる現実が一瞬にして現れたのが被災地域の姿である。
・今回の震災では、介護する側の人も数多く犠牲になった。高齢化が進む中で、高齢者を支えるコミュニテ
ィーについて一から考えていかないといけない。
・昔、人口が増加していた頃に新しく開墾された土地は、台風などの災害の際に、潟に戻ってしまうことがあ
る。これは、本来は水田などに適さないところであったのだが、食料確保のために、自然に逆らい無理に
開墾したからなのかもしれない。自然と人間の境界線を再度引き直し、その上で、今後のコミュニティーを
どう再建していくか議論することが必要。
・強いつながりがあるコミュニティーには、何かしら精神的な支えとなるもの(神社など)がある。
・コミュニティーの成立条件として、インターラクションの頻度の高さが挙げられる。
第 3 回研究会≪精神疾患≫2)(講師:高木俊介 たかぎクリニック院長)
・精神病院に入院させずに、地域資源を活用して患者をケアしていかなくてはいけない。
・精神病院に行く前に、落ち込んでいる人が気軽に周りの人に相談できるような環境が必要。
・昔は、少し変わっている人も受け入れる寛容さがあったが、今はなくなっており、そのような人は疎外され
る。空気が読めないような、一見風変りな人も受け入れる寛容さをもった方がよいのではないか。
・地域包括医療では、医療と福祉両方の多職種の専門家が携わるものであるが、コメディカルスタッフの自
立を促すようにしていく必要がある。医師と対等に話ができるコメディカルスタッフの育成が重要。
・サービスを提供する場合、人口数十万ぐらいの地方中核都市ぐらいの規模がないと経済的に見合わない。
ただし、巡回システムの導入など解決策を講じることで、人口規模の問題は解消できる可能性はある。
第 4 回研究会≪精神的な支え≫(講師:上田紀行 東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システ
ム専攻准教授)
・人は、見える支え(行政など)と見えない支え(精神的な支え)の中で生きている。人間は使い捨てであり、
一度負け組に転落すると、見放されるといったイメージを持っている人が多い中、見えない支えを可視化
し、感覚的にその見えない支えが感じられる場をつくっていかなくてはいけないのではないだろうか。この
世のどこかに支えがあると思えると、人は自由になれる。
・幼少の頃から、再チャレンジできる社会であるというイメージをもてるような場を確保していくことが必要。
・スリランカでは悪魔祓いという儀式があり、村の誰かが孤独感などから不安になったりすると、村の人たち
が、日本の結婚式規模のお祭りのようなものを行い、その人を助ける。このように、病んでも見放されること
なく、救ってくれる人がいるということを可視化するような仕組みづくりが必要。
・心を活性化させる芸術と体を活性化させる医療はもともと一体であったが、今では、芸術と医学を分けて
考えるようになっている。本来、心と体は一体であり、人を元気にさせるといった観点から、芸術の力も見
直してはどうか。
2 )
補論Ⅱ
近年の疾病構造の変化-増加する精神疾患患者が地域社会で自立的生活を送るために を併せて参考のこと。
iii
第 5 回研究会≪農業・医療・エネルギー分野でのイノベーション≫(講師:神成淳司 慶應義塾大学環境
情報学部准教授)
・社会のニーズと技術のマッチングがまだ十分になされていない。
・70 歳以上で稼げる職業の一つとして農業が挙げられる。
・いつ水を撒いたらよいかといった‘判断’が必要とされるところに関しては、非破壊型のセンシング技術を
活用して熟練農家の暗黙知を可視化することで、定年退職後はじめて農業をはじめる人でも数年である
一定レベルの水準に達することができる。
・日常生活の中で体の状態把握をすることができれば、病気が悪化する前に治療できるようになる。アメリカ
の失明原因のトップである加齢黄斑変性症は眼底にあるルテインの密度低下で起こるとされているが、非
侵襲でルテイン量を定量的に計測できる技術が確立された。このような技術革新は様々なビジネスを生む
可能性をもっている。
・(上記2点とも関連)非破壊型のセンシングデバイスは今後カギとなっていく。
・太陽光を集光するのに適した場所と実際の利活用に適した場所は異なるため、それらを分離して考えて
計画を立てないといけない。
・ロングテール3)の端にあるようなものにイノベーションの可能性がある。その可能性を見出し、サービスとし
て具現化できると、イノベーションが起きる可能性が高くなる。
・イノベーションを起こすためには横断的な連携が必要。農業分野でいえば、生産者、流通、小売りなど幅
広い連携を通してこそイノベーションが生まれる。
・イノベーションはボトムアップではなくトップダウンで起こる。そのトップは一つなのではなく、複数のトップ
群からイノベーションを起こすようなことをしたい。一つのトップに深入りし過ぎず、ある程度の距離で複数
を見ていくことが重要なのではないか。
・産業は、地面に根差すことが理想。地域に根差さない産業への投資は地域経済においては回避した方
がよい。これからの日本は小規模な経済モデルをつくれるかどうかが大事。
・社会システムとイノベーションを考える際には、抽象論ではなく、具体的なターゲットを定めることが重要な
のではないか。
第 6 回研究会≪歴史から学ぶ≫(講師:佐藤仁 東京大学東洋文化研究所准教授、鈴木淳 東京大学
大学院人文社会系研究科准教授)
・防災教育は学校教育にとどまらず、社会教育の課題としても重要。
・第二次世界大戦において、海軍は大艦巨砲主義に固執し、この考えに沿った訓練しかしなかったため、
実際の潜水艦などによる想定外の戦いに対処できなかった。この原因として、海軍内には水雷畑、航空
畑、砲術畑といった縦割り構造があり、柔軟な想定ができなかったことが挙げられる。
・日本のように資源が足りないところでは、自然の中から資源となり得るものを見出していかないといけない。
人間の知恵がすべての資源の源泉である。
3)冪乗則に従う商品の売り上げを、縦軸に販売数量、横軸に商品を販売数量の多い順に並べたグラフを描いた際に、販売数量の少な
い商品の部分が長く伸びており、その様をロングテールに見立てた呼称である。生成頻度の低い要素(販売数量の少ない商品)の合
計が全体に対して無視できない割合を占めることを示している。
iv
・技術的な側面と社会経済的な側面の両方を考慮した上で総合的な政策をつくることが必要。
・今行われている電力問題に関する議論は数字合わせの感があり、総合的な国土論の議論が欠落してい
る。
・総合的に物を見ることができるような教育が大切。
・一つの軸だけで物を考えるのは危険。ハザードマップで安全であるとされた地域が、今回の震災で被害
が大きかった。
第 7 回研究会≪とりまとめ≫
・フォーサイトの意義として、1.関係者間でコミュニケーションが高まる 2.より長期的な視点が可能 3.横
断的に問題を捉えられる 4.関係者間でコンセンサスが得られる 5.関係者間にコミットメントが生じると
いった点が挙げられる。
・フォーサイトにより、未来を受身的に捉えるのではなく、未来に対し積極的に関わっていくといった姿勢が
生まれる。
・日本人の未来の捉え方は受身的。潮流を読みながら進んでいく感じである。
・日本の文化の中には「語り」というものがある。語りを通して、つながりが生まれる。
・モノの本質を引き出すデザインとして、物語性がある、余白がある、あまり便利にし過ぎないようなデザイン
があり得るのではないか。
・社会のニーズと技術の成長度合いの両方を見られる人がイノベーションには必要であり、文科系と理科系
をつなぐ人材の育成が求められる。
・イノベーションはリスクを伴う。ある程度、リスクを引き受けられるような社会が望ましい。
・広い意味での空間管理として、宇宙、海洋も含めたグローバルなスペースファンディング(空間に対する
資源投入)を考えてみるとよい。
以上7回にわたる研究会の議論を踏まえると、安全・安心で回復力のある社会を主体的に切り拓いてい
くような人材の育成と、場としての活動空間である「住まい」という観点からいかにレジリエントな(回復力のあ
る、強靭な社会を意味する)コミュニティを構築するのかに関する検討が重要であるとの視点が見えてくる。
v
東日本大震災
(課題群)
人口減少
空間管理の
在り方の見直し
新しい産業の
在り方
再チャレンジ可能な
社会システム
多様な軸から物事
を俯瞰する教育
複数の課題の解決
に寄与する手段の
・
発見
(横割りプロセス)
見える支えと見えない
支えの充実
安全・安心な、回復力のある強靭な社会の実現
場としての
住まい
失われていく
暗黙知
「場」の変革=イノベーション
主体としての
人材
コミュニティの
再構築
変化する「
場」の理解
高齢化
巻頭言
城山 英明1
日本における科学技術イノベーションに関する将来分析は、旧科学技術庁による技術予測や旧通商産業
省の産業ビジョンに代表されるように、科学技術自体に焦点を限定したものが主であった。しかし、1990
年代以降、特に欧州を中心としてより幅広い技術フォーサイトという取組が広がり始めた。技術フォーサ
イトは最大の経済・社会的便益を生むような戦略研究や新興技術の分野を見極める目的で、科学、技術、
経済、社会の長期的将来を模索する系統的な試みである。
「技術予測」とは異なり、実現可能な複数の将来
を見据えるところに主眼が置かれる。技術フォーサイトから派生した新しい試みとして、最近では、
「地域
フォーサイト」と呼ばれる小さな地域スケールでの予測、参加、ネットワークづくり、ビジョン策定を促
進する動きも盛んである。現在では、単に「フォーサイト」と呼ばれることが多く、長期的発展に関する
批判的思考を持ち、幅広い参加を確保するための議論と取組を行い、特に公共政策に影響を与えるために
将来を形作る活動を広く示す。英国ではビジネス・イノベーション・技能省に置かれている将来展望セン
ター(Horizon Scanning Center)がフォーサイト活動を担っており、10~15 年先の将来を見据えた個別
課題を対象に「技術・イノベーションの将来」
「世界貿易シナリオ」
「不確実性の次元」といったテーマで
プロジェクトを実施している。その成果は各省における政策形成に役立てられている。
日本では長らくキャッチアップによる経済成長を前提とした政策形成が行われており、立法機関におけ
る調査分析機能が十分でないこともあり、適切な根拠に基づいて将来の社会的なビジョンを描くことがほ
とんどなかった。このたびの大震災により、政府や地方自治体、民間において短期的な復興を目指す動き
はパッチワーク的に始まっているが、改めて中長期的な日本社会のあり得る姿やあるべき姿を描く力が問
われている。
今年度の研究会では、経済的、社会的要素を幅広く考慮した上で、フォーサイトにより、10 年後の日本
の未来社会の可能性を広く探ることを研究テーマとした。また、戦後最大の危機と言われている東日本大
震災後という状況も鑑み、震災対応もしくは復興対応に貢献する研究とするため、リスクが顕在化し、社
会システムが一度は機能不全になった際にも速やかに回復できる強靭な社会、つまりレジリエントな社会
の構築に焦点を当てて検討を進めた。
具体的には、まず、諸外国におけるフォーサイト事例を調査し、概念や手法の整理を行うとともに、フ
ォーサイトを行う意義についても考察を行った。2点目として、日本でフォーサイトを行う際、目指すべ
き社会のビジョンとしてどのようなものを考えるべきかについて、日本人特有の将来に対する見方を含め
検討を行った。3点目として、イノベーションを実現するためにはどのような仕掛けが必要かに関して考
察した。最後に、将来の社会シナリオを考える際に重要な課題群を整理するとともに、これらの諸課題を
解決する際に重要となる横断的取組についてとりまとめた。
本研究は、
経済的・社会的要素を幅広く考慮した上で長期的将来を探索する系統的な試みの端緒であり、
今まで我が国で行われてきた科学技術重視のロードマップを作ることを目的としているものではない。あ
1
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
1
くまでも、需要サイドに立ち、社会的期待を的確に把握し、日本における社会と科学技術の将来の在り方
及びその課題を提示するところに主眼を置いているものであり、本研究が課題解決型に軸足が置かれるこ
ととなる政策立案の際に参考となるものとなれば幸いである。
2
第1章 レジリエントな社会構築に向けて-フォーサイトの役割
松尾真紀子1
はじめに
あらゆる意思決定の局面において、現在自分が立っている地点についての現状把握に加え、短期的・長
期的に今後の社会がどうなるのか、どうあってほしいのか、という将来を予測したうえで、様々な選択肢
の中から最適な方向性を選択・対応することが求められる。こうした将来を見据えた行動は、個々人の行
動のみならず、政府の意思決定の局面においても重要である。しかし、そもそもそのための未来像や将来
ビジョンは、いかにして形成すればよいのか。
本稿は、本研究活動そのものの理論的根拠として、将来ビジョンの形成のためのアプローチである「フ
ォーサイト」について、その概念が生まれた背景と変遷、手法を、各国における具体的展開事例等を通じ
て明らかにし、今日、特に東日本大震災後の日本において、それが社会のレジリエンス(強靭性・衝撃か
らの回復力)を高める上でどのような意義を持ちえるのかについての予備的考察を行う。
1 フォーサイトとは
1-1 多様な定義と主要な要素
フォーサイトの定義
将来の科学技術を予測するフォーサイトは、様々な研究者やその活動を行う組織によって多様な定義づ
けがなされており(Martin (2011)、Miles et al (2008)、 Havas et al (2010)、 UNIDO (2005))
、共通の定義は
ない。たとえば、ジョルジョウは、
「企業の競争力、利益の創出、QOLに大きな影響を及ぼすことが予想
される科学技術について評価するシステマティックな手段」と定義している(Georghiou 1996)
。また、第7
次研究枠組み計画
(FP7)
のフォーサイトプログラムである、
「欧州フォーサイトプラットフォーム
(European
Foresight Platform, EFP)
」では、
「システマティックで参加型の未来知性の収集活動で、今日の意思決定や
共同活動を引き起こすための中長期的な将来ビジョン形成のプロセス」としている。APECの技術フォー
サイトセンターでは「将来を見据えて次なる変化を予測するダイナミックなプロセス。・・・単に将来に対し
て十分な準備をすることではなく、できる限り未来を形作り、創出するよう努力すること」としている。
このような定義の多様性は、のちに論じるように、フォーサイトの概念における歴史的展開を反映するも
のでもあり、また、フォーサイトをどのように利用するかという組織目的・位置づけの違いなどにもよる
ものである。
特に昨今は、未来分析(Future Analysis)
、将来を見据えた分析(Forward Looking Analysis、Future-oriented
Technology Analysis (FTA))
、戦略的知性、予測的な情報収集(anticipatory intelligence gathering)など、様々
な文脈で「フォーサイト」という言葉が用いられている。また、欧州では、科学技術と民主化の文脈から、
様々な主体を取り込む参加型のプロセス、ネットワーク形成におけるフォーサイトの役割が強調されるこ
1
東京大学 公共政策大学院 特任研究員、内閣府 経済社会総合研究所 客員研究員
3
とが多い。
1-2 フォーサイト誕生の起源―第一世代から第 5 世代まで
フォーサイトが誕生した背景としては、1. 科学技術を巡る状況が複雑で、不確実性を伴うことから、こ
うした複雑な相互作用を解明する必要性が高まったこと、2. 新興国の台頭により国際競争力が激化し、ど
の分野に政府として力を入れるべきかを検討する必要性が高まったこと、3. 公的資金投入の説明責任、エ
ビデンスベースの科学技術政策の説明責任の必要性が高まったこと、などがあげられる(Martin (2011)、
UNIDO (2005)、
(Martin (2001))
。
フォーサイトの変遷:第 1 世代から第 5 世代まで
フォーサイトの多様性を示すために、フォーサイトの概念やその目的がどのように発展したかを 5 つの
世代(図 1 参照)に分けて紹介する(以下は、Gerogiou (2001), Miles et al (2008), UNIDO (2005)の解説を参
考にした。ただし、第 4 世代,第 5 世代については Martin et al (2008)をベースにした2。
)
政府によるフォーサイト活動の出現は、70-80 年代頃から始まる。この時期の、いわゆる「第一世代」
と呼ばれるフォーサイトは、
「フォーキャスト(forecast)」であった。フォーキャストは、どのような技術が
今後普及するかをできる限り正確に予測し、どの技術に対して優先的に公的資金を投入すべきなのかを判
断することを目的としていた。こうした活動は、技術投資の優先順位を国家が決める上で重視された。フ
ォーキャストの考えの根底には、
「正しい・よい」技術は自然と応用されて社会普及に結び付くと考える
(Science push)モデルがあった。
しかし、科学技術の研究開発は、実際にそれを応用して社会に提供する企業の意見を取り入れないと、
実態からかい離してしまうという反省が生まれる。そこで、科学技術の産業化も見据えて、企業や産業界
の意見をフォーサイトに取り込んでいこうとする「第 2 世代」の考えが出現する。第 2 世代のフォーサイ
トでは、企業やマーケットのニーズの把握に加えて、技術が環境にもたらす影響も含めて検討するように
なる。さらに、狭い意味でのニーズから、より広い意味での社会的ニーズを対象とするのが第 3 世代のフ
ォーサイトである。遺伝子組み換え作物など、専門家や企業が絶対的な希望をもって展開した技術が、実
際に社会に出てみると思わぬ反対に遭うといった経験等により、技術を社会にスムーズに導入するには、
受け手側の社会的ニーズも組み込んでいく必要があるという考えになる。第 3 世代のフォーサイト活動で
は、広範な社会的主体を取り込んでいくと同時に、技術をとりまくガバナンスや制度設計といった問題に
もスコープが拡大される。こうした第 2 世代・第 3 世代の考え方のベースには、科学の受け手側のニーズ
や受容性に科学が牽引されるとする考え(Demand pull)がある。
第 4 世代は、フォーサイト活動の担い手(フォーサイトを実際に実践する主体)や政策プロセスにおけ
る位置づけの変化に着目して世代を区別する。従来のフォーサイトの担い手が、主として単一の行政組織
による特定の目的のために展開されたのに対して、多様な行政組織による省庁横断的な問題としてより俯
瞰的な立場からのフォーサイトを目指す。財源も関連する多様な組織が拠出し、それらの異なる組織目的
間の調整を行いつつ、ビジョンを作る。第 4 世代のフォーサイトは、単なる技術の選択やその影響の考慮
UNIDO の報告書では第 4 世代の切り口を別の視点から行っている。フォーサイトが、多様な主体やレ
ベルで分散的に展開されることから、そうした活動をネットワーク化して共有できるビジョンを形成する
ことが重要とする。
2
4
ではなく、政策との関連性を重視し、政策のプロセスの中に埋め込むことを意味する。
さらに、こうしたフォーサイトの活動を、戦略的意思決定や、ほかに実践されている様々なプログラム
と統合するのが、第 5 世代のフォーサイトと呼ばれる。第 4・5 世代では、関係者間・政策間の戦略的調整・
修正機能、技術が社会構造そのものを転換するという機能を有することから、「構造的フォーサイト
(Structural foresight)」とも呼ばれる(Gerghous and Harper (2011))
。
図1:フォーサイトの 5 つの世代(Georghiou (2001), Miles et al (2008), UNIDO (2005))をもとに作成
フォーサイトと技術フォーサイト(TF)
上述の第 1 世代から第 5 世代までの変遷からわかるように、フォーサイトはもともとある特定の有望な
技術を見出すことを目的として生まれたが、昨今は、技術そのものがもつ力を重視しつつも、社会におけ
る技術と産業の在り方・一般市民と社会の在り方や、技術を巡る利害関係者間のネットワーク、社会構造
システムにまで検討範囲が広がったものに発展した。こうした、フォーサイトにおける、技術と社会観の
転換を受けて、科学技術について限定的に行われるフォーサイトは「技術フォーサイト(Technology
Foresight、TF)
」
、と区別するようにもなっている。これに対して、
「フォーサイト」はより広く社会的要素
も考慮して将来ビジョンを形成することを意味する。
2 フォーサイトの展開-海外・日本における展開
2-1 国際・各国レベルのフォーサイト
(1) 国際・地域レベル:OECD、UNIDO、APEC
国際レベルでの取り組みとして、経済協力開発機構(OECD)
、国連工業開発機関(UNIDO, UN Industrial
Development Organization)、APEC などがある。
5
OECD では、1990 年に事務総長の諮問機関に設置された International Futures というプロジェクト(IFP)
3
がフォーサイトに取り組んでいる。昨今取り上げられたテーマには、
「2030 年のインフラの在り方」
、
「宇
宙経済」
、
「2030 年のバイオテクノロジーの経済的社会的影響」
、
「移民問題」
、
「2030 年の家族の在り方」
、
「将来的なグローバルな課題」などがあり、それぞれ報告書が作成されている。また行政担当者を集めた
ワークショップを開催するなどして、フォーサイトの実践における国際連携や経験共有を図っている。
UNIDO4では、中・東欧や新規独立国を主眼とし、技術フォーサイトの地域イニシアティブというプロ
ジェクトを走らせている。新興国の行政担当者が実際の政策形成の実践ツールとしてフォーサイトを活用
し、工業化を果たせるよう、フォーサイトのマニュアル報告書(UNIDO (2005))を作成するなどして、啓
発活動を行っている。
APEC のテクノロジーフォーサイトセンター(APEC Center for Technology Foresight)は、工業科学技術
作業部会(the Industrial Science and Technology Working Group, ISTWG)のプロジェクトのひとつとして、
1998 年にタイ政府の援助の下設立された。昨今とりあげたフォーサイトのテーマとしては5、2002 年に
公表した「ナノテクノロジー:21 世紀の技術」
、2003 年に「ポストゲノム時代の健康分野における DNA
解析」
、2010 年の「環太平洋地域における 2050 年の低炭素社会のビジョン」などがある。
(2) 欧州レベル
欧州レベルのフォーサイトの具体的実践例としては、2001 年に The EC Forward Studies Unit により行わ
れた「欧州 2010-2010 年欧州の 5 つのシナリオ」(Bertland et al (1999))がある。このほか,技術に関しては
欧州委員会の研究総局、社会的な問題については欧州委員会政策顧問事務局(Bureau of European Policy
Advisers,BEPA)などが実践しているが、フォーサイトが政策の中に制度化されているわけではなく、必
要に応じてアドホックに展開されている。
フォーサイトの研究については、欧州委員会共同研究センター(Joint Research Center, JRC)の未来技術
研究所(Institute for Prospective Technological Studies, IPTS)にある、
「成長のための知グループ(Knowledge
for Growth Unit, KfG)
」の欧州フォーサイトチームが行っている。これまで、FP6 及び FP7 の枠組みで、共
同研究機関とともに、各国のフォーサイトに関するデータ収集とその分析を行っている6。FP6 のプロジェ
クトでは、欧州のみにとどまらず全世界におけるフォーサイトの動向をマッピングすることを目的とし、
2000 もの事例を収集してデータベースを構築した7。こうして得られた事例の分析から、「フォーサイト
のマッピング(Mapping Foresight 2007)
」と題する報告書を作成した。この報告書によれば、共通の傾向と
して、以下の点が論じられている。1.フォーサイト実施のための予算源は主として政府、2.そのフォーサ
OECD ウェブサイト、 http://www.oecd.org/sti/futures/42332642.pdf
UNIDO ウェブサイト、 http://www.unido.org/index.php?id=o5216
5 昨今の報告書のリストについては、以下を参照。 APEC ウェブサイト、
http://www.apecforesight.org/index.php?option=com_content&view=article&id=68&Itemid=65
6 FP6 では European Foresight Monitoring Network (EFMN)というプロジェクトが実施された。FP7
(2009-2012)では、European Platform のプロジェクトが進行中である。
7 現在データベース化は後継プロジェクトの European Foresight Platform により、行われており、実践
組織、予算源、実施年・期間、実施対象年(何年後をターゲットにしているか)、手法、概要について整理
し、検索することができる。データベースに入っている国には方よりもあり、すべての国が網羅的にデー
タベース化されているわけではないが、国家間比較をするうえで非常に有用なデータベースである。
http://www.foresight-network.eu/#&Itemid=5
3
4
6
イトの利用者も政府、3.将来ビジョンの設定として 10-20 年後を見るものが最も多い、4.手法として最も
用いられているのは、専門家パネル、文献調査、シナリオ、5.最終成果は政策的な勧告が最も多く、取り
上げるテーマとしては、製造業、電気ガス水道、運送通信、医療といった分野のテーマが多い。
(3) 各国レベル:英国(BIS の GO-Science、HSC)ほか
英国 BIS のフォーサイト・プロジェクトとホライゾンスキャニングセンター
英国では、ビジネス・イノベーション・職業技能省(BIS)の科学庁(GO-Science, Government Office for
Science)が、プロジェクトベースでフォーサイトの活動を行っている。フォーサイトを、中長期的なもの
と短期的なものとに分けて展開している。中長期的な課題は、20 年から 80 年を見据えた「フォーサイト・
プロジェクト」として実施され、比較的短期的で特定の問題を扱うものは、ホライゾンスキャニングセン
ターにより行われている。
前者の「フォーサイト・プロジェクト」については、プロジェクト運営の資金を出す省庁の提案のもと、
ハイレベルの利害関係者グループを設置(資金提供を行う省の大臣が議長)して行う。通常 18 か月から 2
年近くの大規模なプロジェクトで、大抵 3・4 本のプロジェクトが同時に走っている。これまでに、フォー
サイト・プロジェクトとして実施したものには、
「気候変動の国際的側面(International Dimensions of Climate
Change)8」
、
「世界的食料と農業の将来(Global Food and Farming Futures)9(3-2にて後述)
」
、
「肥満と
の戦い:未来の選択(Tackling Obesities: Future Choices)10」
、
「洪水と沿岸防衛(Flood and Coastal Defense)
11
」などがある。こうしたフォーサイトの活動は、政策文書で引用されたり、予算確保の根拠に用いられ
たりする。たとえば 2007 年の「肥満との戦い」の報告書は、
「健康的な体重と健康的な生活:英国におけ
る政府横断的戦略(2008)
」の展開に結びつき、その実践のために 3 億 7200 万ポンドの追加的な予算が投
じられる根拠となった。
さらに、新たなフォーサイトである、
「政策フューチャーズプロジェクト」も打ち立てている。このフォ
ーサイトは、より政策に特化したもので、政策担当者が政策横断的な課題について検討する際に利用でき
るよう、
半年から1 年程度の活動期間で成果をだす。
現在
「将来の災害予測の改善とレジリエンス
(Improving
Future Disaster Anticipation and Resilience)
」というプロジェクトが進行中である。
ホライゾンスキャニングセンター(HSC)は、2005 年に設置され、10-15 年程度の比較的短期の課題に
関するフォーサイトである「フューチャーズプロジェクト」を展開している。昨今行われたものとしては、
「技術とイノベーションの将来(Technology and Innovation Futures)12」
、
「世界的な貿易シナリオ(World trade
英国 BIS ウェブサイト、
http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/international-dimensions-of-clim
ate-change
9 英国BISウェブサイト、
8
http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/global-food-and-farming-futures
10 英国 BIS ウェブサイト、
http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/tackling-obesities
11 英国 BIS ウェブサイト、
http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/flood-and-coastal-defence
12 英国 BIS HSC ウェブサイト
http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/horizon-scanning-centre/technology-and-innovation-futures
7
scenarios13)
」
、
「不確実性の側面(Dimensions of Uncertainty14)
」などである。また、手法の基盤づくりにも
力を入れており、フォーサイトの実践を支援するため 24 の手法を整理したサイト(ツールキット15)を構
築している。さらに、シグマスキャン(Sigma Scan)という活動も展開している。これは、潜在的に英国
に影響をもたらしそうな様々なテーマに関して、50 年先を見据えてブリーフィングペーパーを作成する活
動である。
これまでに 6000 の文献と 300 ものインタビューをベースに 256 本あまりのペーパーが作成され
た。これらのペーパーはデータベース化されており、ホームページから検索閲覧可能となっている16。
英国以外の国におけるフォーサイト
本稿では、英国におけるフォーサイトが制度的にも最も定着していることから、現在の英国におけるフ
ォーサイトの実践について紹介したが、それ以外の国でも、例えば、ドイツの連邦教育研究省(BMBF)
による"Futur"、フィンランドにおける FinnSight 2015、フランスの、Futuris、Agola 2020、INRA 2020 等、
様々なレベルや主体によって展開される事例がみられる。
..
他方で、シナリオプランニングやデルファイ発祥の地である米国では、
「フォーサイト的な活動」は 70
年代の技術評価局(Office of Technology Assessment, OTA)によるテクノロジーアセスメントの活動の中で
行われたが、
「フォーサイト」と明言して実践している事例は少なく(Porter 2010)
、現在もフォーサイト
と銘打った活動は、企業を中心に行われているものの、政府においては見られない。
企業におけるフォーサイト
ここまで国レベルのフォーサイトの活動について論じたが、将来価格予測や需要予測が要される企業の
経営戦略の分野などにおいても利用されている。特に、シェルなどは、シナリオ作成や手法の開発に積極
的に取り組んでおり、30 年以上にわたって、Shell Global Scenarios というシナリオの作成を行ってきた
実績も有する17。
2-2 日本におけるフォーサイト
科学技術庁と科学技術政策研究所 NISTEP のフォーサイト・デルファイ法
日本のフォーサイトは、長い歴史がある。1970 年代に当時の科学技術庁により開始され(現在は科学技
術政策研究所、NISTEP により行われている)、今日に至るまで継続的に、5 年程度おきにデルファイ法を
用いた大規模調査が実践されている。日本が、欧米へのキャッチアップ型の成長を成し遂げ、世界をリー
ドする科学技術先進国に仲間入りすると、その成功の要因について海外からも分析が行われた。マイルス
は、日本におけるフォーサイトの役割に注目し、大規模な技術者へのデルファイ調査で、ボトムアップ的
英国 BIS HSC ウェブサイト
http://www.bis.gov.uk/assets/foresight/docs/horizon-scanning-centre/world-trade-possible-futures.pdf
14 英国 BIS HSC ウェブサイト
http://www.bis.gov.uk/assets/foresight/docs/horizon-scanning-centre/dimensions-of-uncertainty-final.p
df
15 英国 BIS HSC ウェブサイト http://hsctoolkit.bis.gov.uk/index.htm
16 英国 BIS HSC ウェブサイト Sigma Scan 2.0 http://www.sigmascan.org/Live/
17 シェルウェブサイト、
http://www.shell.com/home/content/aboutshell/our_strategy/shell_global_scenarios/previous_scenarios
/
13
8
に将来を担う技術の方向性を吸い上げたことが、日本の発展に寄与したとして高く評価した(Miles (2010))。
日本のフォーサイトは、デルファイ法を軸に据え、それを継続的に実施することを大きな特徴としてい
るが、欧州におけるフォーサイトの発展(1-2で論じた概念上の変化、スコープの拡大など)の影響も
受け、新しい要素も取り入れている。それが顕著に表れるのが、2005 年に公表された第 8 回のフォーサイ
トからである。従来のデルファイ法に加えて、社会・経済ニーズ調査、シナリオライティング、論文引用デ
ータに基づく萌芽領域探索など複数の異なる手法を並行して実践した。さらに、2010 年に発表された第 9
回のフォーサイト18では、科学技術政策が、従来の「分野ごとの重点化」政策から、政策課題対応型に移
行したことを反映して、これまでの分野ごとの壁を乗り越え、学際的、俯瞰的・総合的分析に重点を置く
ものと変化を遂げている。
日本では、NISTEP によるフォーサイトのほか、2005 年から、経済産業省、産総研、NEDO らによる技
術ロードマップの作成もなされている。これは、上記のフォーサイトのように幅広い社会的要素の考慮を
行うというよりは、個々の技術ごとに社会との関係も念頭に置きながら、その技術の延長としてのロード
マップを詳細に策定するものとなっている。
3 フォーサイトの実践
3-1 手法
フォーサイトの手法の分類
フォーサイトを実践するうえでの手法としては、様々なものがあり、たとえばポッパーは 33 の手法をフ
ォーサイトダイヤモンド(The Foresight Diamond)として整理している(Popper 2008)
。ダイヤモンドを構
成する 4 つの指標として、創造性(creativity)、専門性(expertize)、相互作用性(interaction)、根拠(evidence)を
あげ、その 33 の手法を質的・量的手法に分けて、分類を行っている19
フォーサイトには多様な手法があるが、実際の実践における手法の調査をした EFMN の報告書によれば、
どの地域においても利用されている主要なものは、文献調査、専門家パネル、シナリオの手法とされる。
手法の採択は、プロジェクトの目的やフィージビリティ、予算などから最も適したものを検討することが
必要である。場合によっては、単一の手法で行うのではなく、複数の手法を組み合わせて展開することが
重要とされる。
デルファイ法とシナリオプランニング
(1) デルファイ法
デルファイ法とは、専門家にアンケートを複数回実施することで意見の集約をはかる手法である。通常
は、専門家に対して 2 回(あるいはそれ以上)アンケートを行い、その初回の結果を 2 回目のアンケート
の際に提示し、専門家の意見の修正・フィードバックの集積により方向性を導く。
「科学技術の将来社会への貢献に向けて-第 9 回予測調査総合レポート」
、NISTEP Report 145,
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep145j/pdf/rep145j.pdf
19 Dr Popper's Foresight & Horizon Scanning Blog ウェブサイト参照。
http://rafaelpopper.wordpress.com/foresight-diamond/
18
9
もともとデルファイ法は、1950 年代に米国のランド研究所にて開発されたものであるが米国では定着せ
ず、その後日本で大規模にかつ継続的に展開されおり(2-2参照)
、諸外国では、日本の NISTEP と共同
でデルファイを実施したドイツ(フラウンホーファー協会システム・イノベーション研究所(ISI)
)の事
例などがある( UNIDO(2005) )。
デルファイ法は、すべての専門家の意見が同じ重み(回答者の身分の排除、権威や従属性の排除、メン
ツの排除)を持ち得るという意味で有用であるが、逆に高度な知識を持つ者の意見が十分に評価されない
という欠点(桑原ほか(2007))や、少数意見が見落とされてしまう可能性があるというデメリットもある
(西尾 (2010))
。また、アンケートの相互作用という意味では、科学技術の将来ビジョンに関するコミュ
ニケーションの媒介的な機能あるいはそのプロセス自体の価値という意味でのメリットもあるが、複雑な
予測には向いていないとの指摘もある(UNIDO (2005))
。
(2) シナリオプランニング
シナリオプランニングは、
中長期的な将来像のシナリオを作成し、
戦略的分析や計画を行うことにより、
政策に役立てるものである。この手法も 1940 年代に米国のランド研究所によってはじめられ、その後スタ
ンフォード研究所により展開され、先進諸国における政策展開にとどまらず、グローバルな活動を行って
いる企業によっても幅広く用いられている手法である(HSC(2009))
。
シナリオ作成は、多様なバックグラウンドを持つ主体からなるワークショップの実施により作成するこ
とが理想的とされるが(HSC (2009))
、そのほかにも、グループではなく個人で将来像のシナリオを作成す
る、専門家パネルによってシナリオを作る、調査結果によってシナリオを作る、など多様な実施形態があ
り得る(UNIDO (2005))
。シナリオのアプローチには、探索的(exploratory methods)なものと、規範的
(normative methods)なものがある(UNIDO (2005))
。前者が現時点を立ち位置として将来どうなるかという
疑問から開始するのに対して、後者は将来のある地点を立ち位置として、いかにして問題解決したらよい
かと考える。
また、手法については、英国ホライゾンスキャニングセンターが 3 つの手法を提示している( (i) 二軸
手法、(ii) 枝分かれ分析手法、(iii) cone of plausibility method。図2を参照)
。いずれの手法を採用するにし
ても、将来像を決定づける推進力(driver)
、潮流(トレンド)、潜在的な事項を特定し、そこから発展させ
ることが重要とされる。
10
図2:HSC のシナリオプランニングの 3 つの手法
3-2 具体的実践例
フォーサイトの実践には多様な形態があることは上述のとおりであるが、本稿では、欧州において、食
と農業という同じテーマで実践されたフォーサイトの事例を見ることにより、その内容と実践方法の違い
について紹介する。
BIS の
「食と農業の将来―世界的なサステイナビリティへの課題
(The Future of Food and Farming - Challenges
and choices for global sustainability)20
このフォーサイト・プロジェクトは、英国環境・食料・農村地域省および英国国際開発省の3省の共同事
業として実施され、2011年に公表された。報告書は、本体が211ページ、要約版だけで44ページにもなり、
さらに行動計画が別冊で作成されている。今後40年(2050年まで)の世界食糧システムの課題を特定する
ことを目的として、1. 需要と供給のバランス,2. 食料供給の安定(価格変動),3. 食品へのアクセス(飢餓
の撲滅),4. 気候変動,5. 生物多様性、の5つのテーマにグループを分けて、検討を行った。検討にあた
っては、科学的エビデンスとして、100以上の査読付論文やワーキングペーパーが作成された(表1を参
照)
。プロジェクトには、400人余りの専門家が集結し、35カ国もの国外の利害関係者も参加した。
報告書では、食と農業の課題への対応は、現在よりも広い視野に立ち、生産段階から食卓までの一連の
流れをグローバルなフードシステムを考慮することが重要との指摘をしている。上述の5つのトピックに
関する議論から、政策への戦略的インプリケーションとしては、フードシステムの政策形成には、環境問
題を中心に据えることが重要と指摘した。そのうえで、新たな知識への投資、持続可能性の強化など、政
策形成者が優先的に取り組むべき12の課題を掲げた(表2参照)
。
本プロジェクトに関する BIS ウェブサイト
http://www.bis.gov.uk/foresight/our-work/projects/published-projects/global-food-and-farming-futures/r
eports-and-publications
20
11
表1:エビデンスとして作成されたレビューペーパーの一覧
将来の変化の評価(C1-4)
課題 A:持続可能な需要
と供給 C5-C9
課題 B:価格変動 C10
課題 C:飢餓 C11
課題 D:気候変動とその
緩和 C12
課題 E:生物多様性維持
C13
牽引要素のレビュー(DR1-21)
課
題
グ
ル
ー
プ
事例
地域レビュー(R1-7)
追加的レビュー(WP1-7)
科学的現状に関するレビュー
(SR1-56)
将来の変化に関する 4 つのテーマ:需要・生産・価格、フードシステムへの
外的要因、ガバナンス、将来のフードシステムのモデルとシナリオ
既存の技術のより良い使用、新たな科学技術、廃棄、消費の変化、アフリカ
農業の強化
将来の価格変動
将来の飢餓
低炭素社会におけるフードシステム
生物多様性の維持とエコシステム
牽引材料として 21 の要素について検討。人口、気候変動とその農業への影響、
消費、エネルギーと農業、農産物畜産の生産、エコシステム、土地利用、水
利用、漁業、都市化、価格変動、廃棄物、既存のシナリオのレビューなど。
それぞれの要素について 2010 年の英国王立協会のジャーナル、Philosophical
Transaction Journal で発表。
サブサハラアフリカの農業の強化についての事例
7 つの地域に関するレビュー、英国、中国、アフリカナイル、インドブラジ
ル、メコン、東欧
7 つのトピックについて、ワークショップの開催による追加的レビューのワ
ーキングペーパー。農業と健康の関係、食料安全保障、ガバナンス、イノベ
ーションへの新たな道、農業開発の国際支援、世界的な食料のサプライチェ
ーン、廃棄物の減少、持続的な畜産、フードシステムと倫理、フードシステ
ムのモデルなど
グローバルなフードシステムに関する科学的な現状に関するレビューを 56
のトピックに関して実施。このうち、一部は、Journal of Agricultural Science と、
Journal of Agricultural Science and Food Policy に掲載。作物・畜産・漁業におけ
るバイオテクノロジー、作物の病気と農薬管理、土壌管理、食品生産に対す
る社会的態度、農業貿易と気候変動、教育、食品貿易のガバナンス、食料安
全保障、フードシステムにおける子供・ジェンダー、グローバルな廃棄削減
など
表2:政策形成者が優先的に取り組むべき課題
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
ベストプラクティスの普及
新たな知識への投資
開発・発展において持続的な食品生産を中核に据える
新たな農地はもうほとんどないという前提をもつ
長期的に持続可能な漁業資源の確保
持続可能性の強化の促進
フードシステム経済に環境の要素を組み込む
廃棄物の削減
政策決定のエビデンスベースの改善向上とその進展の評価のメトリクスを作成
食品生産における水の問題を考慮する
消費パターンの変化を促す
市民のエンパワメント
欧州農業研究の常設委員会(Standing Committee on Agricultural Research、SCAR)及び欧州委員会研究総局
(DG Research、 RTD)らが委託して実施した「食、地域と農業のフォーサイト(Foresighting food, rural and
agri-future)21
このプロジェクトは、中長期的な研究課題の特定のため、20 年のタイムスパンでヨーロッパの農業に関
21
http://ec.europa.eu/research/agriculture/scar/index_en.cfm?p=3_foresight
12
するシナリオの作成を目的として実施された。報告書は、10 名のフォーサイト専門家グループにより作成
された。今後を左右する 8 つの牽引材料(1. 気候変動、2. 環境、3. 経済貿易、4. エネルギー、5. 社
会変化、6. 健康、7. 地域経済、8. 科学技術)ごとに報告書を作成し、それらをもとに、1. 気候変動、
2. エネルギー危機、3. 食品、4. 自然との調和の 4 つの将来シナリオが作成された(表3参照)
。
「食品、
地域と農業のフォーサイト(Foresighting Food, Rural and Agri-futures, FFRAF)報告書」22では、欧州
の食と農業に深刻な影響をもたらしうる混乱・崩壊要素が存在するとしている。そして、これへの対応は、
地域の強化と迅速な順応が求められ、
消費者や農家などのエンドユーザーのニーズにいち早く対応できる、
分散型の知識基盤、情報通信技術の発展が必要としている。
報告書の作成後、2007 年に「長期的な農業研究の優先課題のためのフォーサイト」
(3 月)にて利害関
係者と議論をし、
「欧州の農業研究の課題に向けて」
(7 月)と題する会議を開催して、科学・農業政策の関
係者との議論を重ねた。SCAR は定期的にモニタリングが必要とし、専門家の諮問グループ(Consultancy
Expert Group、CEG)を設置した。CEG は今後の課題と研究の優先課題についてのフォーサイトのレビ
ューを実施し、2008 年に作業を終えた。
表3:FFRAF 報告書の 4 つのシナリオ
気候変動
エネルギー危機
食品
自 然 と の 調 和
(Cooperation with
Nature)
このシナリオでは、気候変動とそれに関連する環境影響が将来を形作るうえで深刻な混
乱・崩壊要因(disruption)と位置づける。現状維持では、最悪の状況に向かうことが
示され、それを回避するには、欧州レベルでの協調的な政策が求められるが、気候変動
の影響は地域ごとに異なるため、そうした違いにどう対応するかが課題としている。
このシナリオでは、ヨーロッパのエネルギー供給の脆弱性が、混乱・崩壊要因となって、
経済社会影響をもたらすとする。インターネットベースの地域活性化・強化が求められ、
迅速な相互学習が可能となるような農家と研究者のネットワーク形成、戦略的な研究が
必要とする。
食品が人々の健康と社会に密接に関連しているという前提のもと、より消費者や地域に
焦点を当てた研究が必要とする。科学技術は消費者のニーズを反映すべきで、その生活
様式を踏まえたうえで、食品の質、安全性、機能食品に注力すべきとしている。また環
境的にも効率的な生産加工プロセスが必要ともしている。
科学技術が社会のあらゆる持続可能な発展において有効に利用されるという理想郷的な
シナリオ。インターネット、オープンな学習システムが、より地域密着型の小規模生産、
透明性の高い食品のサプライチェーンを形成し、持続可能性に対して認識の高い市民を
育てるとする。
二つの具体的実践例の比較とインプリケーション
英 BIS のフォーサイトは、膨大な文献調査、現状の科学的アセスメントに基づいて、そこから導き出さ
れる政策への具体的な対応について議論をすることに重きをおいた。それらの文献調査は、このプロジェ
クトのために外部に委託して執筆されたもので、査読付き学術論文も多く、まさに、政策のためのエビデ
ンスベースを構築している。また、その視野は、狭い国内政策だけでなく、グローバルなフードシステム
の中で、食と農業の在り方を検討するというスコープの広さを持っている。
それに対して、SCAR の行ったフォーサイトは、比較的小規模で、10 名からなるフォーサイト専門家グ
ループが主体となっている、それぞれの専門家が、将来の社会の在り方を左右する要因についてのペーパ
ーを作成したうえで、将来インパクトを及ぼす要因を特定し、そこから(理想郷的なものも含めて)シナ
リオを作成し、どのような技術が求められるのかを議論している点が特徴的といえる。
22
http://ec.europa.eu/research/agriculture/scar/pdf/foresighting_food_rural_and_agri_futures.pdf
13
また、フォーサイトは、単に報告書を作ることで目的が終わるのではない。そのプロセスで形成される
ネットワークの維持、報告書の内容の広報・周知、さらには、報告書で得られたものを何らかの「行動」
に結びつけるための仕組みづくりも必要である。この点で、英 BIS は、報告書とは別に、行動計画も作成
し、フォーサイトへの参加主体ごとに、取り組む課題やこの報告書を具体的にどう使うのかについて整理
している。
「行動計画」も報告書本体で論じられている内容も、2012 年の早い段階でハイレベルの利害関
係者によるレビューされるとされている。こうしたことは、フォーサイトの成果を社会の中に埋め込んで
いくうえで非常に重要である。さらに、報告書は、中国語、ロシア語、フランス語、スペイン語、アラビ
ア語、などに翻訳されており、将来像を国内のみにとどまらず、海外とも共有しようとしている点が興味
深い。
4 フォーサイトの意義
以上、これまでフォーサイトの歴史やその多様な手法と実践について整理したが、フォーサイトは、社
会、そして政策にとっていかなる意義を持つのかということに関して整理する。
マーティンとアーヴィンはフォーサイトのもたらす利点を 5 つの C に要約して説明している。
すなわち、
フォーサイトを実施することにより、(1)関係者間におけるコミュニケーションが深まる(Communication)
、
(2)より長期的な視点で物事をとらえるようになる(Concentration on the longer term)
、(3)関係者間の調整的
な機能が得られる(Coordination)、(4)将来ビジョンに関して一定の方向性のコンセンサスが形成される
(Consensus)
、(5)将来ビジョンの実現に向けて積極的関与を高める(Commitment)としている。こうした
「関係者間のネットワーク構築機能」は、昨今特に強調される。さらにそうしたネットワークにより、関
係者間におけるビジョンの共有が可能になり、将来の不確実性が減少し、システムレベルでの学習にもつ
ながるプロセスという意味でも大きな意義を持つ。
また、フォーサイトは、
「軌道修正・創造的破壊機能」も有する。しばしば、一度採択された制度や技術、
考え方は社会に定着すると、経路依存的な力を持ち、その軌道修正が困難である。フォーサイトは、その
実践により、新たな方向性を複数提示することができるので、既存の路線の修正を行うことができたり、
また新たな方向性を創造することで既存の枠組みを破壊するといった役割も持ち得る(Georghoiu & Harper,
2011)
。
5 最後に―レジリエンスとの関連性・フォーサイトの課題
5-1 レジリエンスとの関連性
今日われわれは多様なリスクに直面しているが、それらの間には、相関、相乗効果、トレードオフがあ
る。しかし、あまりにも複雑なため、個々のリスクの特定・網羅、関係性の把握が困難な状況にある。ま
た、状況は刻々と変化し、常に一定の不確実性が付きまとう。しかし、そうした状況においても、意思決
定は行わなければならない。その際に、どのようなアプローチで臨めばよいのか。
一つの回答は、物事を見る前提を変えることにある。確度の高い将来予測(predict)を追及してコント
ロールしようとする短絡的なフォーキャストから脱却し、そもそも将来は多様な因果関係によっていかな
るパス・ゴールも取りえて、
「完全な予測はできない」という前提にたって、常に多様な選択肢を許容した
うえで長期的将来ビジョンを形成し、状況の変化に応じて、そうした多様な選択肢により「順応・適応」
14
をしていく必要がある。
これは、言い換えれば、
「リニア―な政策観からの脱却」でもある。A という方向性をとれば B という
結果が得られるというリニア―なモデルは、効率的でわかりやすいが、それが支配的になると、多様性が
失われ、思わぬ衝撃が襲った時に、総倒れとなってしまう。それは、今回の東日本大震災からも明らかと
なった。原発に依存してきたエネルギー戦略は、地震震災の影響にあまりにも脆弱であった。
多様性を認めることは、システムのレジリエンスを高めることにもつながる。レジリエンスとは、強靭
性、衝撃を受けた際の回復力を意味する。フォルケによれば、レジリエンスには二つの側面があり、1. 衝
撃を受けてもそれを吸収して衝撃前の機能を維持する能力、2. 衝撃を受けて、機能の再構築・自己組織化
をして更に発展した形で機能を維持する能力である(Folke(2006))。特に東日本大震災後の日本に求められ
ているのは、後者の意味でのレジリエンスであるが、その能力を発揮するには、多少非効率でも多様な道
筋を保持しそれを有効に組み合わせる社会的な能力である。
5-2 レジリエントな社会への課題
レジリエントな社会の形成において、将来にわたって多様な選択肢を確保できる仕組みづくりを検討す
る必要がある。社会に多く存在する様々な選択肢から、試行・適応・順応の繰り返しで発展していくこと
が望ましく、ある独占的な技術が支配的になるロックインの状態や、有用な技術の芽を早い段階で摘んで
しまうことのないようにすることが求められる。欧州では、トランジションマネージメントという概念が
あるが、まさにこうしたことを指摘している。しかしこうした多様性は放っておくと実現しない。
第 3 世代以降の今日的なフォーサイトは、将来は常に可変的なものであり、そのゴールも、ゴールに至
る道筋(パス)も、多様であるということを前提としていることから、これを政策的に用いることでより
レジリエントな社会構築に近づくことが可能となるだろう。
参考文献
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15
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of Research Policy Priorities", Conference Proceedings, 2002
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[27] 西尾淑子「過去の予測調査に挙げられた科学技術は実現したのか」
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[35] UNIDO, “UNIDO Technology Foresight Manual”, Vol.2, 2005
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17
第2章 日本的なるもの:将来へのうつろい
吉澤 剛1
1 日本人とビジョン
日本は、目指すべき社会のビジョンとしてどのようなものを考えるべきか。そもそも日本はこれまでそ
うしたビジョンを描いてきたことがあったのだろうか。この日本という文脈でビジョンを考えるとき、ビ
ジョンのあり方そのものも考え直さなければならない。その過程において、日本の「ビジョン」が見えて
くる。今まで、経済、環境、安全保障、国際化、地域や伝統などの主題を取り出して、その一つを尖らせ
て社会像を描く試みは日本で官民問わず百出している。だが、そのどれも大きな驚きがないのは、どこか
で聞いた議論の焼き直しだという印象からかもしれないし、現実解はこれらすべての主題を組み合わせた
中庸にあるのだと見えてしまうからかもしれない。これを解して、日本は目指すべき社会というものをそ
もそも持たなかった国であり、そうした主題が必要とされなかった国と見ることもできる[1][2]。主題と
してではなく日本、そして日本の将来を語るにはどうすればよいか。
そもそも将来とは何か。
英語の future はラテン語の futurus から来ており、
元々は
「なろうとする
(about
to be)
」という意味である。これに対して、漢字の「未来」や「将来」は「未だ来ず」
、
「将に来る」を表
す。日本人の将来に対する見方というのはしたがって、今ここにあるものから先に向かって存在して行く
ような内発的なものではなく、どこからか気まぐれにやって来るような外発的なものと言える。一神教の
社会においては神が計画した現在があり、そしてその先として将来がある。日本の神は海の彼方から時に
訪れるマレビトであり、常住するものではない。そこでは、現在や将来という截然とした時間感覚はない。
1-1 「潮流を読む」ということ
日本人は日本という四方を海に囲まれた国に居りながら、外洋に対する関心が非常に低かったことで知
られる。現在でも辺境に対する防衛意識の稀薄さに表れているが、いわゆる大航海時代や開拓者精神とい
うものから遠く離れた文脈にあった。海というものは遠洋まで漕ぎ出して冒険、進出していくものではな
く、沿岸から潮の流れを読み、本土のために漁業や防災に対する知識を得るものでしかなかった。
潮流を読んで動くということは、現代まで日本の将来を語る作法として継承されている。戦後の日本に
おける国レベルの長期ビジョンは、時の首相や側近の発案によりアドホックに取り上げられており、長期
ビジョンの位置づけにおいて一貫性があるわけではない[3]。1970 年代後半、大平正芳は「文化の時代の
到来」という時代認識を行い、欧米先進国へのキャッチアップという明治以来の国家目標が達成された後
に顕在化しつつあった脱近代化社会の諸問題に対し、国民的指針となる新たな創造的価値を見出そうとし
た[4]。小渕恵三は 1990 年代最後の 1999 年を明治維新、第二次世界大戦後に続く「第三の改革」の時期
と位置づけ、懇談会により 21 世紀のあるべき国の姿を政官民挙げて検討することを目指した[5]。両政権
に共通するのは、国民が共有する長期ビジョンがないことに対する切実な危機感であり、自身の政権を越
えて、国としての政策を考える上での基盤として機能することを長期ビジョンに求めた。これに対して、
小泉政権下で策定された長期ビジョンである「未来生活懇談会報告書」
「日本 21 世紀ビジョン」は、政権
による構造改革の正統性を担保し、長期にわたってそれらの方向性が継続されることを意識したものであ
1
京都大学 人文科学研究所 特定講師
18
った[6][7]。これらのビジョンはいずれも、欧米先進国へのキャッチアップという国家目標の代替として
の統一ビジョンを求めているのではなく、価値観やライフスタイルが多様化する近代以降の社会における
長期ビジョンを論じている。
したがって日本における長期ビジョンとは、外の世界にある大きな流れ=時代認識を的確に捉えること
であり、それは意思的、主体的に形成されるものではなく、変化に対応するために求められるものである。
潮流という地表のダイナミクス、そして時空的に自らに近いところに縛られた視点は、天上神のそれとは
異なり、現在からの連続的な流れである近い将来を見通すことしか要請されてこなかった。さらに、主題
は外からの波浪に乗って時折やって来るものである。天変地異の多かった地理的条件もあり、人々は一方
で将来に対する諦観を持ち、
一方で変化する環境に対する素早い適応力を身につけていった。
したがって、
将来を考える上で肝要なことは、何が来るかではなく、それが来たときにどのように乗るかという方法に
なる。高度成長期の日本においては欧米先進国のような豊かな経済社会を目指すというよりも、キャッチ
アップするという方法自体がビジョンだったわけである。
1-2 方法としての将来
日本という方法を考える際に、日本語の成り立ちを考えることが最も重要かつ象徴的である。日本語の
文字は、真名と呼ばれた中国発祥の漢字と、それから派生した仮名から成る。そして、どちらかだけを採
用するのではなく、真名も仮名も用いるとともに、漢字も日本古来の読み方を訓読み、中国読みを音読み
とした。さらに現代にいたってはカタカナ英語や和製英語なども交え、和魂漢才や和魂洋才とも言うべき
方法としての異種混淆的な統合を見事に実現している。日本語が頻繁に主語を省略することと考え併せる
と、こうした方法は述語的統合とも言うべきものである。主語を繋げてゆく主語的統合では、
「リンゴは果
物である」
「すべての果物には食べ頃がある」から「リンゴには食べ頃がある」とする。対する述語的統合
は「リンゴは丸い」
「乳房は丸い」から「リンゴは乳房である」と結論する。主語的統合は「自己同一的で
急進的な統合」でありそれがもたらす語と語のつながりは理性的で科学的である。一方の述語的統合は「差
異化やずれを含み、拡散的で遠心的な動向を媒介にした統合」であり、象徴的である[8]。述語の媒介に
よる暗喩的な共通感覚は、身体に埋め込まれた暗黙知も生む。たとえば「林檎」と「りんご」
、
「リンゴ」
を目にして頭に浮かぶイメージの違いも照らせば、日本語は文法としても文字としてもこうした感覚を生
む方法に長けていたと言うことができる。
「稽古」という言葉を見てみよう。稽古は「古きを思う」という意味であり、型を考えることであった。
武術については型としての方法を極めることが武道となった。これは「訓練」や「規律」と訳されるラテ
ン語源のディシプリン(discipline)とは大きく異なる。フーコーに倣えば、ディシプリンは身体を現実的
に統治・管理する原理であり、閉鎖的な場所での人間の管理だけでなく、学問や労働の合理化への道筋を
開くものだ。ここから日本における学問、特に社会科学の基盤的脆弱さを指摘することもできるかもしれ
ないが、将来を考える上では新たな学問における方法が、その弱さを克服する可能性を秘めているとも考
えられる。それは医療や公衆衛生、環境、教育、知識などにおけるメタ分析の隆盛であり、知識情報学や
計量文献学の進展である。これは個別細分化されたディシプリンがそれゆえに抱える諸問題を解決しうる
ものである。すなわち、爆発的情報量となった学問知識の基盤化、またインターネットやデータベースと
いう統一的な仮想空間を得たことから、方法の進化が学際化という目的を促すという、良い意味での転倒
が起こっている。さらに、ディシプリンの政治化を超克することができると期待される。ただし日本では、
メタ分析は人の研究・知識を編纂するだけという印象を与え、
「新奇性がない」
「人の成果にただ乗りして
19
いる」など学問的な姿勢としての拒否感が根強い。こうした研究者は学会という「世間」の内側で論文が
評価され、そこである位置が保たれればよいという意識があるため、自らの知識やディシプリンを再帰的
に捉える傾向に欠けている。
日本には古来より「自照」という言葉がある。これを英語の reflection や reflex が指示する「反射」と
いうニュアンスと比べると興味深い。反射には、そのための鏡と光が要る。自照においては、光は自らの
内にあり、それが自らを照らしており、鏡もない。自らを省みるのに他の対象(object)は必要ではなく、
反省・再帰という行為は客観的(objective)なものではないのである。一方で、主体(subject)による内
省的(introspective, introvert)な行為ということでもない。照らすものが客体を照明するのでも、精神
や意識と呼ばれる主体が内面的な対象を照らして明らかにする主観的認識でもない。道元の『正法眼蔵』
においては「不対縁而照」と記されている。ここで「照」は照らすものや照らされるものとの関わりにお
けるものではない。
「縁」というその関係性それ自体が「照」であり、その関係性において、ありとあらゆ
る現象が非実体的なものとして、具体的な姿形を帯びて立ち現れるのだ[9]。
アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズは、
「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分
は何が欲しいのかわからないものだ」
と語り、
先進的な製品を創り出すことで人々の需要を喚起してきた。
ジョブズは禅に傾倒していたことでも知られ、ミニマリズムとも評される徹底したモノへのビジョンを有
していた。彼のビジョンは形となり、多くの人々に見える未来を示してきた。これは言わば太陽のビジョ
ンとでも言うべきもので、そのビジョンによって自ら光を放つことができる。これに対して、グーグルや
アマゾンは仲介者としての商業形態もあって、自ら製品という形を作り出すことを本業としない。グーグ
ルは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」
、アマゾンは「地球上で
最も豊富な品揃えと地球上で最もお客様を大切にする」と宣言し、方法としてのビジョンを語る。彼らは
時に OS やブラウザ、スマートフォンといったモノを世に送り出すこともあるが、基本的には「検索」や
「物流」といった目に見えない形でモノを媒介する方法を担う。モノという光によって反射される媒体と
して、月のビジョンとでも言えよう。絶対的に安定した太陽に対して、満ち欠けを持つ月はダイナミクス
があり、状況の変化に柔軟に対応していく。そして地球の海に潮汐を起こし、潮流を生む。日本の方法と
しての将来は、太陽でも月でもない、光を生むでも潮流を生むでもない、照らすでも照らされるでもない、
その関係性という潮流のうつろいにおいて「そのもの」を「そのもの」たらしめることができるのかもし
れない。
2 楕円の哲学
大平正芳は、およそものごとには二つの中心があって、その両者が緊張した均衡関係にある場合にはじ
めて、ものごとは円滑に進行すると考えた。これは東洋的、陰陽二元論的な見方というよりも、二つの中
心があって丸く閉じていること、そしてその二つは相反するものを並び立たせる二項同立、二項同体であ
ることに注目すべきである[10]。この「楕円の哲学」は、日本列島に住んでいた人たちが「日本」につい
て考え始めたのは「日本以外」を考えたときであるということと照らして、日本人に通底する精神かもし
れない。つまり、日本は日本以外という中心を伴って、はじめて日本たりえるということである。船曳建
夫は、日本が対外的に自らを構想するようになった 16 世紀以降、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がそれ
ぞれ現在にまで続く日本のモデルを提出したと考察する。積極的に西洋と関わろうとした信長にあっては
「国際日本」
、西洋からの勢力を削ぎつつ東アジア政策を展開した秀吉は「大日本」
、そして外国と距離を
とりつつ内向きで緻密な幕藩体制を整えた家康は「小日本」というモデルになる[11]。これを楕円に喩え
20
ると、
「国際日本」は日本以外の中心を機軸としているのに対し、
「大日本」は日本の中心を機軸としてい
ると考えられる。
「小日本」はお互いの中心が離れた扁平な楕円になり、日本以外の影響はなくならないも
のの、それとの緊張関係は薄れていると見られる。
この楕円の哲学は大平自身によって、時間軸の上にも展開されている。大平は時を川の流れに準え、淀
みなく静かに流れる時もあれば、激流や急湍となって荒れ狂う時もあるとする。しかし禍福糾える縄のご
とし、その時の流れに棹さす人間としては、常に敬虔な気持ちと周到な注意をもって対処すべしとする。
将来は現在とともに中心を持った楕円である。したがって、常に参照点は現在、現場にあり、
〈いま、ここ
で〉の流れから先を見ることになる。以下では、楕円の哲学により現在を基点にしながら、自然と人間、
個人と社会、仕事と私生活というそれぞれの対比的主題から将来の方法を探ってみる。
2-1 自然と人間の新しい軸
日本には里山、里海といった自然と人間の境界を保全し豊饒にしていくという文化があり、その意義は
近年とみに叫ばれる。また、
「風土」という言葉はフランス語の milieu に相当し、人の社会的環境を指し
て middle place という語源を持つ[12]。あるいは、日本発祥ではないものの、エコツーリズムのように自
然資源の持続可能性を目指しながら観光を通じて人間とのかかわりを保とうする試みも盛んになってきて
いる。その一方、都市化が進んだ日本において、都市における自然を考えることは意味を持つ。日本では
一人当たりの都市公園面積は全国平均で約 9.8m2(22 年度末)であり、先進各国の整備水準としては低い
[13]。これは、日本では都市公園は「施設」として行政主導で計画され、消極的に管理されてきたという
歴史的経緯があるためである[14]。しかし、日本の文化として、限られた空間において自然を感ずる方法
を持っていたため、人工的に管理された大規模な疑似的な自然空間はことさら必要とされなかったとも考
えられる。それが盆栽であり、日本庭園であり、究極的には枯山水として現れている。現代でも、これを
ビオトープや市民農園、さらに仮想空間での農業系・牧場系ソーシャルゲームに見ることができよう。
これから自然と人間の二項対立を超えていく方法として、佐藤仁は規模、速度、方向感覚という新しい
軸を提唱する[15]。日本の文化として限られた空間における自然への眼差しは、自然の変化を現場で感じ
取れる人々が意思決定に近いところに居るべきという、規模の適正さの再考につながる。速度は後述のよ
うに人間の本来の身体性と関わる。そして方向感覚は、これまで見てきたように潮流を読むことに長けた
日本人にとって最も重要な軸であり、そしてこれからますます身に付けることが難しくなってくるもので
ある。
2-2 世間から見る個人と社会
中根千枝は社会人類学の立場から社会構造を日本の中に見出した。それによると、日本の集団意識は資
格よりも場に強く置かれ、場による集団の代表はイエやムラである。これはタテの構造と呼ばれるが、タ
テは権力の階層制を必ずしも指しているのではなく、年齢や年次、在籍期間といった能力とは関係のない
外形的条件によって序列化される疑似的な親子関係のようなものである。リーダーは自己の能力の欠如を
部下で補うことがあり、欲求不満になりそうな部下も、実質的にリーダーの仕事の分野に侵入しうるので
ある。しかしこれは単一社会の理論であって、この単一社会では場によって集団に所属するために、その
場を離れれば集団の帰属を失い、不在が続けば自分の「席」を失う。言い換えると個人的に全面的、全人
的参加を求めることになる[16]。
阿部謹也によれば、
「世間とは個人個人を結ぶ関係の環であり、会則や定款はないが、個人個人を強固な
21
絆で結び付けている。しかし、個人が自分からすすんで世間をつくるわけではない。何となく、自分の位
置がそこにあるものとして生きている」と定義する[17]。つまり、世間とは、タテの構造が組織を超えた
ローカルな文脈にまで敷衍されるかのように個人が何となく想定している関係性と言えるかもしれない。
かつてムラには慣習による縛りがあった。水田の耕作において水利を確保しなければならず、また、天
災や外敵脅威などの状況的現実に対応しなければならないという運命共同体としての側面がムラにはあっ
た。それは農村が衰頽し、都市部の拡大や生活様式の多様化が進んだ現代においても、別の形として現出
している。それはネットムラと呼ばれるような正義による縛りである。それは公衆道徳の違反ばかりでな
く、
「嫌儲」や「ネトウヨ」といったネットスラングで知られる金儲けへの嫌悪や国粋主義も多数に共感を
呼びやすく、そこから外れた者は匿名の暴力に曝される。ネットという場では、ムラを構成するタテの構
造を持った組織は実在せず、それがあたかもあるかのように個人によって仮想された空間の集合体である
世間だけが存在している。その世間とは現実的な要請に応じて登場したものではなく、今の日本で何とな
く共有しうる倫理規範が主要な構成原理となる。ウィキリークスやフェイスブックの登場は政治活動の影
の部分を含めたあらゆる情報を明らかにし、勇気ある市民が声を結集し、命を懸けた政治行動を起こすた
めの強力な武器を与えた[18]。こうした「逆パノプティコン社会」の到来は、市民社会を持たずにネット
ムラとして世間に縛られる日本では実現しにくい。私である消費者としての個人でも公である政府や社会
でもなく、その間を世間という空気に替えて実質的な媒体で満たすことが、個人と政府や社会の関係を変
えていく鍵となるだろう。たとえば情報技術はそこにこそ使われるべきである。
2-3 仕事と私生活の相互侵蝕
現代の労働者の労働パターンは大きく「近代モデル」と「ポスト近代モデル」に二分される。
「近代モデ
ル」は、従来のサラリーマンとしてイメージされてきた、伝統的な雇用労働者のパターンである。仕事は
職場のみで行い、始業や就業の時刻は雇用側によって管理されているというように、仕事と私生活は空間
的にも時間的にも明確に区別され、自己裁量の度合いは低い。能力開発は職場内訓練が中心であり、長期
安定雇用と年功序列制のもと、職場組織の内部でゆっくりと昇進の階段を上っていく。職場組織が安泰で
ある限り収入は安定するが、どれだけ努力しても劇的に収入が増えることは期待できない。定年まで同じ
組織で働くことが前提とされるため、個人の努力以上に組織の浮沈に人生が大きく左右される。仕事の世
界は職場組織だけで完結する場合もあるし、広がったとしても特定の地域やせいぜい国内に限られる。基
本的に日本語の使用のみで仕事は十分務まる。場を通した集団への帰属を促すタテ社会の典型である。
これに対して「ポスト近代モデル」は個人化された労働パターンである。自己裁量の度合いが高く、自
宅で仕事をすることが可能であるなど、仕事と私生活の区別は時間的にも空間的にもより曖昧である。職
場内訓練に留まらず、職場外での様々な機会を利用して主体的に能力開発を行い、能力をより高めたり優
れた業績を上げたりすれば抜擢人事もありうるし、そうした実績を元手としてよりよい条件とさらなるや
りがいを求めて転職することもためらわない。仕事で関わる世界は、日本社会を超えて海外へと広がって
おり、職務上、英語をはじめとする日本語以外の言語の使用が求められる機会も多い。資格や能力から構
成されるヨコ社会とも言えるが、集団への帰属意識は薄い。
「近代モデル」に比べて「ポスト近代モデル」
は自己選択と自己責任を強調し、弱肉強食を正当化する新自由主義イデオロギーや、人、モノ、金、情報
が国境を越えてスピーディーに移動するグローバル資本主義社会により適合的な働き方である。
ポスト会社人間世代とされる現代の労働者のライフスタイルとメンタリティは次のように特徴づけられ
る。彼らは、会社との間に適度な心理的距離を保ちながらもより私的な動機づけによって長時間労働をこ
22
なしており、同時に、会社以外の世界に居場所を確保しつつ仕事以外の私生活の充実も図っている[19]。
将来を展望すると、
「近代モデル」においては、長い残業時間のために会社に拘束されるが、そこでの密な
人間関係を通じて家庭的な環境を実現するとともに、少ない余暇においては会社から離れ、家族や趣味に
時間を注ぐ。
「ポスト近代モデル」においては、職場での能力発揮が最大限できるように留意しつつ、豊富
な自由時間を利用して他の場で仕事に関わる資格や能力によって結ばれるヨコ社会を持ち、そして私生活
を楽しみつつ新たな資格や能力開発に勤しむ。勤勉な性格である日本人は、将来的にも多くの休息を得ら
れるような生活よりも、公私ともに多忙な生活を楽しむことは変わらないと思われる。高齢者においては
定年後の生活は余暇にあふれているが、これまでの知識と経験を活かしベンチャーや NPO、街づくり、
就農など適度な範囲で労働を通じて経済社会への貢献を行うようになるだろう。
2007 年に全国の成人男女 3,600 名を対象としたアンケート調査によれば、どの層でも 10 年後の生活に
ついて不安を感じていることが明らかとなった。また、人々の生き方は主体性の強さ、人生を自ら切り拓
いていくという意識の強さを指す「独立志向」
、摩擦を避け、他者に同調することにより、良好な関係を保
つことを優先する「調和志向」
、そして他者と接することを好み、自ら積極的に関わっていこうとする「関
係志向」の 3 つの因子からなっている[20]。独立志向はポスト近代モデルに近い自律的な生き方、調和志
向は近代モデルに近い他律的な生き方、そして関係志向はそのどちらでもないが、多くの個人にとって将
来の生き方の質を高めるものと言えるかもしれない。
3 個人のシステム化
日本社会は属人的であると言われる。タテ社会におけるリーダーの個人的資質に依存し、普遍的な論理
よりも即効的な実践を迫られるがゆえに知識が体系化されず、意思決定もシステム化されてこなかった。
しかしこれが日本の方法における本来であるのかもしれない。かつて語り部や絵解き、琵琶法師といった
言葉や絵、音楽を交えた語りは、村を越えて渡り歩く個人によってなされる〈いま、ここで〉ないものの
実践とその継承であった。ナラティブの力とは、異なる論理、世界観を持った相手に対する有効にメッセ
ージを伝える手段として存在している。単に記号として編集し得ないものだからこそ、
〈いま、ここで〉な
いものを語り伝える伝い手の個人性に多くが委ねられ、情報流通が発達した現代であっても一定の機能を
果たしうると考えられる。
弘法大師の諡号で知られる空海は、全国を行脚し教えを広めたと言われているが、多くの伝説もあり、
空海個人でなしたことはそれほど多くないとも言われている。その代わり、空海の思想を継いだ者が自ら
体現する形で他者に教えを説いたことは、個人というシステムが実践知として構築されて、経験を通じて
伝播していったと言える。彼が残したものは仏教知識ばかりでなく、化学、建築土木、保険医学、食品に
いたるまでの当時最高の科学知識も含まれていたという。こうした掛け替えのない傑出した個人が現れる
ことは何も日本ばかりでないことは歴史が証明している。ただし、それは社会というシステムが確立して
おり、その中で個人が生まれ、個人が活かされる土壌があるからと見ることができる。こうした資格に基
づくリスク社会に対して、日本では場に基づくリスク回避型の社会であるため、その中では能力のある個
人が見出されず、その能力も伸ばされない。その反面、社会がシステム化されておらず、世間という個人
と社会の間に存在するヌエ的なものに縛られているため、世間から外れたところで個人が勝手に伸びてい
く可能性がある。その生き方は個人の名前が冠された理論や実践様式として取り入れられていく。
属人的であるということは、その者の行動様式の言語と論理を超えたところに本質がある。職人の業は
属人的であることには疑い得ない。ただ、職人の仕事はものをつくるばかりでなく、人を育てることにも
23
あった。日本の働き手は広く職人と呼びうる矜恃を持っていることから、この属人性は、体得した暗黙知
として理解されるべきものである。したがって日本の往くべき道は、日本の組織や制度が属人的であると
嘆くことではなく、その個人が成り立たせているシステムをその個人性を含めて理解し、どう知識として
学習・継承するかを探ることである。それは言論(ロゴス)や実践知(フロネーシス)ばかりでなく、そ
の個人の人望や好意も含めた人柄(エートス)や、感情(パトス)についての知識も含まれる。
4 将来に向けた方法
ここまで見てきたように、潮流を読んで乗ることで「そのもの」を「そのもの」たらしめること、そし
て世間に対して個人性の回復をすることが、日本の将来に向けた方法である。すなわちモノや人の本来を
整えることが将来となる。そのためには二つの段階がある。まずは、失われつつある本来を損なわないこ
と。そして、埋もれている本来を引き出すこと。
4-1 本来を損なわないこと
モノや人の本来を損なわないために、
「センシング」および「仮想化」という二つの方法がありうる。セ
ンシングについては、農業において作物の状態や熟練者の動きをリアルタイムで継続的に把握したり、医
療において非破壊・非侵襲の技術による健康診断や予防医学を進めたりといった試みが既にある。さらに
これからのセンシングは、感知に留まらず、感覚を捉える方向に進んでいくのではないかと思われる。例
えば現在の見守りデバイスは、携帯者自身が非常信号を発するか、携帯者の現在地や特定地点の通過時刻
を知らせるものとなっているが、本来的には携帯者の健康や安全に危機的な状況が迫ったときに限りそれ
を通知するようなセンスが必要とされる。これが「センスを読むセンシング」である。一方で、よりソフ
トなセンシングとして、
「見守るケア」や「教えない授業」といった個人を尊重するパーソンセンタード・
アプローチというものがある。ここでの課題は、ケアラーや教師が本分を損なうというおそれである。彼
らはケアすることでケアされ、教えることで教えられるという自己充足感を得るが、それがなくなる葛藤
を抱えることになる。弱者である個人の尊重によって、それに関わる支援者の個人の尊重が失われるとい
う皮肉な状況になりかねない。そこで支援者あるいは媒介者をモノで代替させることができる。卑近な例
で言えば、シルバーシートは弱者を見守るモノであり、クールな空間となりうる。また、支援者が自分の
「弱さ」に気づくことで、改めて自分で自分を尊重する力を取り戻すことができる[21]。こうした見守り
においては、やはりケアや教育の技術が必須とされるわけである。
聖地巡礼とは宗教上に重要な意味を持つ地に赴くことであるが、転じてアニメやマンガ、小説など物語
の舞台となった地を実際に訪れるときにも使われる。ここでおそらく大切なことは、舞台となった現実世
界が物語の本来の雰囲気を壊さないということである。そのためには、物語において現実世界をデフォル
メしすぎてもいけないし、逆に細部まで忠実にあろうとすることでその差異を気にさせるようでもいけな
い。適度な再現度を持ちつつ、物語の中に余白を残しておくことで、人々が聖地を訪れたときにそれぞれ
自分の物語を持つことができる。それは聖地巡礼に限らず、仮想の彼女とリアルタイムでコミュニケーシ
ョンを楽しむゲーム「NEW ラブプラス」で言えば、そこに実装されている拡張現実(AR)機能やジャイ
ロセンサー、SNS、読書月間といった仕掛けだったりする[22]。しかしこうした仮想化の技術で最も気を
つけるべきは、仮想空間への没入性の高さにより、現実世界に戻れなくなることである。一部のオンライ
ンゲームやソーシャルゲームに見られるように完成された世界観や高すぎる自由度、
射倖性のあるものは、
ゲームおよびプレーヤーの本来から外れたものとなってしまう。
24
4-2 本来を引き出すこと
モノの本来は目に見えないところにあることが多い。確かに技術によってモノを分かりやすく表すこと
ができるようになったが、これで本来が見えるようになるというわけではない。可視化しすぎることの危
険は、今回の東日本大震災によって、ハザードマップで色が塗られなかった地域に津波の犠牲者が集中し
たという事実に端的に表れている。どこまで想定しても、その外側は「想定外」なのであり、そこで起こ
ったことは想定外とされる。今回の震災からの教訓として、従来の想定範囲を広げて安全のマージンを確
保しようという流れにあるが、社会的・経済的コストを考えて見合うかというと疑問である。
「想定外をな
くす」という発想からの脱却が不可欠であり、どこにいても何かあったときにどう対処するかを想定する
術、つまり想像と実践の方法を学んでおかねばならない。それが、たとえば釜石市における津波防災教育
に表れている[23]。
分かりやすさというのは相手の立場に立って先回るサービスでもある。サービス産業が主である日本で
は、外食や小売において世界一とも称賛される徹底したサービスを展開している。その反面、
「お客様は神
様」という三波春夫の有名なフレーズの誤解とともに消費者絶対主義がはびこり、モンスターな顧客が転
じて、子どもの学校や教師に介入するモンスターペアレントや、病院で横暴に振る舞うモンスターペイシ
ェントなど、公共空間である教育や医療福祉の現場でも過剰なサービスを求める個人が増えている。ポス
ト近代化社会における専門家の可謬性に対する理解の浸透から、専門性の権威が失墜するなかで、対照的
に弱者とされていた市民が本来を超えた権利を請求するようになっている。市民であることは行使しうる
権利に相応な責任を分担することが成熟した市民社会の姿だとすれば、公共的なサービスを享受するばか
りでなく、みずからサービスを提供する、受動態から能動態の生活へと変容しなければならない。それは
単にサービスという言葉で括れない関係性であり、教育や医療福祉と同じく、過保護にしないということ
が求められる。すなわち、自分自身の精神や身体に向き合う時間を持つことで、自身の本来に気づき、自
らあるべき姿に近づいていくことが、学習であり健康である。
騒がしく慌ただしすぎる現代において、自身のこころやからだに向き合う時間の大切さはますます高ま
っていくと思われる。たとえば読書や音楽鑑賞、座禅やヨガでなされる呼吸法、身体の一部に向けたトレ
ーニングやマッサージかもしれない。それは単に時間を長く割くということよりも、一日 5 分あるいは一
週間に 30 分でも、簡易的な実践を電車の中や仕事の休憩時間、風呂場、ベッドの中で行うことが大事に
なるだろう。喧騒において静謐な環境をどう創り、沸き起こる興奮や感情を抑えてどう忍ぶか。そうした
自照があって、他人との関わりが新たに始められる。他者や社会に対して本来の自分を引き出すという意
味において、日本の文脈では世間という相互監視や同調圧力からの自律が特に肝要になってくる。では、
世間から外れた関わりはどうすれば作れるのか。最初はモノを媒介した接触や直接的な非言語コミュニケ
ーションにより見知らぬ相手との距離を推し量ることができるかもしれない。お互いがコミュニケーショ
ンできるような関係性を持っていれば、言語を使い始めることができる。それは単なる言葉ではなく、語
りとして、語られた言葉以上の背景や語り手の感情などを映す。自分の言葉で物語を紡ぐことにより、自
分と自分の環境を再構築していく方法となる。そして同じ志を持った人の語り場を用意すること。たとえ
ばまさにその名前を冠した NPO カタリバが挙げられるが、ここでは大学生のスタッフが高校を訪問し、
興味や進路に関して本音を話し合う場を提供している[24]。人間図書館は障碍や社会的マイノリティなど
誤解や偏見を受けやすい人々が「本」となり、
「読者」が 1 対 1 で借りてその語りに耳を傾けるという、
多様な生き方が尊重される社会の実現を目指す試みである[25]。出会いと地域を活性化する合コンである
「街コン」は、一つの街を舞台に、数百人規模の若い男女が飲み歩く超大型の合同コンパである。主催団
25
体に1人何千円かを払って登録すると、指定されたお店を自由に行き来して、時間制限で飲食できる仕組
みだ。主催する飲食店側は若者への知名度が上がり、新規顧客を開拓できることになる。商店街に活気が
出て、地域全体の活性化につながることも期待できる。単なる恋人探しばかりでなく、地元の知り合いを
増やす目的も含めて大規模に若者が集まることで、より開かれた語りを実現する[26]。これは 2004 年に
宇都宮市で始められたとされ、地域における関係性の構築という口実で異性との交流も図れるところは、
パブやパーティの文化がないこの国に適した、すぐれて日本的な仕組みであるように見える。いずれも明
確なルールを持って限られた時間で人と交わるやり方は、義理堅い真面目な気質の日本人に適していると
も言える。弱い紐帯を持つときに、つながりは結ぶことと同じように解くことも大事である。解けなけれ
ばしがらみとして、個人を社会に見えない力で縛ることになる。
レジリエンスの議論で気をつけなければならないのは、これが回復、すなわち元通りに戻る力とされて
いることである。日本的なレジリエンス、あるいはレジリエンスが本来目指すべきものは、負の回復力と
でも言うべきものだ。一つは、以前の状態から喪失したということ、そのことを忘れない力。東日本大震
災では多くの犠牲者を数えたが、ともすれば一人一人の死が忘れ去られ、また、不謹慎という世間の非難
をおそれるメディアによって死を暗示させる風景の多くが隠された。直接的な死を見せることがよいとい
うことではなく、被災地から遠く離れた人々がその死を想像できる程度の暗示が必要だったとも思う。そ
れは「中空の真理」として、肝腎な主題である死を見せないことが逆に人々を主題に引き寄せ、述語によ
って人々をつなげることを可能にしているのだとも考えられる。
もう一つは、
元通りにならない力である。
この多様で複雑な現実社会において、
完全に何かが元通りに復元されるということはありえないのであり、
その不完全さを嘆くよりも、
「間に合わせ」
を大事にしてきた日本における方法を改めて認識すべきである。
外形的な不備は本来を失うことにはならないのだから。
5 引き算の技術、割り算の科学
最後に将来の科学技術への示唆とともに結びたい。日本の科学技術といえば、あらゆる人々が使える機
能を搭載し便利さを追求した結果、非常に多機能ながら使いにくい製品が多く登場したというのがこの数
十年の流れではなかっただろうか。また、日本的な生真面目さで、製品の品質は非常に高まったが、逆に
隙がなくなり、高コスト体質で時代変化への対応が遅れがちになったというのは、携帯電話に見られるガ
ラパゴス化を例に挙げるまでもない。こと情報技術の世界においては、巧遅よりも拙速によってデファク
トスタンダードを取ることが必須とされる。失敗しても再チャレンジしやすい社会である米国が特に強い
理由である。しかしそのような文化的差異を今さら指弾しても仕方がない。多機能になった日本の携帯技
術は、
おサイフケータイなどを含め、
今後のスマートフォンのあり方を先取りしていると見る向きもある。
モノや人の本来を引き出すには、
肝腎なものをあえて無くす勇気が大事である。
本来を引き出すための、
引き算の技術である。そのヒントを現在あるモノから見てみよう。たとえばカラオケは歌謡曲から歌パー
トだけを抜いたところから始まった。アスキーアートはコンピュータ上のプレーンテキストによる視覚的
表現を指す。米国発祥であるが、漢字を含む多種の 2 バイト文字が織りなす豊かな表現と、画像データを
直接添付できないという制限を持つ「2 ちゃんねる」を筆頭とする巨大掲示板での利用により、日本独特
の文化として大きく発展した。また、アスキーアートによる顔文字から転じて利用が広まった絵文字が日
本の携帯電話に搭載された。それが国際規格化されると iPhone の OS5 英語版に実装され、現在では米国
にまで普及し始めているという[27]。また、初期のテレビゲームではハードの限られた記憶容量のために
ゲームデザイナーやプログラマーが知恵を絞って技術的にもしのぎを削り、優れたアイデアの作品を多く
26
世に輩出した。今でも Twitter は 140 文字という制限を利用して小説やゲームコードを書くといった知恵
を絞るツールとして役立てられている。
「新築そっくりさん」は住友不動産によるリフォームの新システム
であるが、建て替えと部分リフォームの良さを併せ持つ。まだ使える基礎や柱を上手に生かして使用材木
量を減らすとともに、
耐震補強なども行うサステナブルな発想に立っている。
減築にも用いることができ、
不要なモノを削ることが家としての機能を高めることになる[28]。
科学には何ができるか。近年、サービスサイエンスが盛んである。これはサービスを科学的に追究・体
系化し、生産性の向上を図ろうとする学問分野のことである。サービスは他者の利益をもたらすものとさ
れるが、ここでの利益はやや皮相的にすぎるきらいがある。人やモノの本来を考えるには、本来の利益と
いうところまで突き詰め、それを知るための科学が求められる。それにはサービス受益者に寄り添うこと
も必要かもしれないが、サービス提供者や受益者から離れた媒介者からの知見も重要となる。その一つは
流通である。ヤマトロジスティクスは医薬品や医療機器等の物流サービスを展開しており、かつてヤマト
運輸が郵便のあり方を変えたように、これらのサービスは医療のあり方そのものを変えていく可能性を有
している[29]。また、家電量販店のヤマダ電機やエディオンは住宅リフォームからスマートハウス事業に
乗り出し、住空間のサービスをよりトータルに担う力を涵養しつつ、住宅やエネルギー産業の変革も見据
えている[30]。こうした流通を科学することは、医薬品や住宅といったモノの本来を問い直し、医療や生
活に関わる供給者から需要者まで人の本来を取り戻すことにもつながる。その意味で、この科学は人を分
母(基準)としたモノの割り算とも言えよう。また、流通の担当者も加わってモノのあり方を考えること
はインクルーシブデザインの発想とも言え[31]、彼らの月なるビジョンを白日の下に晒すことで、新たな
方法としての将来が見えてくることだろう。
6 参考文献
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[2]松岡正剛『連塾 方法日本』春秋社、2008
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基盤構築のための調査」報告書(財団法人新技術振興渡辺記念会委託調査)
、2011 年 12 月
[4]大平総理の政策研究会『大平総理の政策研究会報告書』1980
[5]「21 世紀日本の構想」懇談会『21 世紀日本の構想』2000
[6]未来生活懇談会『生活大航海、未来生活への指針』2002
[7]「日本 21 世紀ビジョン」に関する専門調査会『日本 21 世紀ビジョン』2005
[8]瀬名秀明・橋本敬・梅田聡『境界知のダイナミズム』岩波書店、2006
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http://www.glocom.ac.jp/proj/kumon/paper/1993/93_10_00.html
[11]船曳建夫『
「日本人論」再考』講談社学術文庫、2010
[12]オギュスタン・ベルク『空間の日本文化』筑摩書房、1994
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http://www.mlit.go.jp/report/press/toshi10_hh_000083.html
27
[14]申龍徹「都市公園政策の歴史的変遷過程における『機能の社会化』と政策形成(六・完)
」
『法学志林』
104(1):43-66, 2006
[15]佐藤仁「
『自然対人間』の二項対立を超えて—自由を回復するための道具」
『科学』82(1):100-105, 2012
[16]中根千枝『タテ社会の人間関係』講談社、1967
[17]阿部謹也『
「世間」とは何か』講談社、1995
[18]ジョン・キム『逆パノプティコン社会の到来』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011
[19]多賀太編著『揺らぐサラリーマン生活:仕事と家庭のはざまで』ミネルヴァ書房、2011
[20]鷲尾梓「不安と向き合う人びと—アンケート調査結果にみる 5 つの生き方」
『HRI リサーチレポート
2007 「10 年後の社会と生活」-10 年後の日本をイメージする 不安の時代を克服するために』ヒュ
ーマンルネッサンス研究所、38-43 頁、2007
[21]鷲田清一『
〈弱さ〉のちから』講談社、2001
[22]株式会社コナミデジタルエンタテイメント New ラブプラス
http://www.konami.jp/products/newloveplus/index.html
[23]片田敏孝「釜石市における津波防災に関する社会技術の実践」第 8 回社会技術研究シンポジウム「福
島第一原子力発電所事故と社会技術」講演、2011
[24]NPO カタリバ
http://www.katariba.net/
[25]明治大学 Human Library(人間図書館)
@HL_Meiji_Univ
[26]街コンジャパン
http://machicon.jp/
[27]ITmedia ニュース 絵文字文化が米国でも広がる—iPhone 普及で、2011 年 12 月 8 日
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1112/08/news081.html
[28]住友不動産株式会社 新築そっくりさん
http://www.sokkuri3.com/
[29]ヤマトロジスティクス株式会社 メディカルロジスティクス
http://www.y-logi.com/service/list1/medical.html
[30]「家電量販店が相次ぎ強化 スマートハウス事業の勝算」
『週刊東洋経済』2 月 11 月号、74-76 頁、
2012
[31]たんぽぽの家『インクルーシブデザイン・ハンドブック』2006
28
第3章 社会的課題を解決するイノベーションを実現するために
柳川 範之1
1.人々のニーズをくみ取る仕掛けが必要
どのような技術や発明が必要か、社会が明確に意識していた段階では、そのニーズを満たすようなイノ
ベーションを目指していればよかった。もちろん、今でも、たとえばエイズの特効薬などのように、ニー
ズが明確になっているものも少なくない。しかしながら、特にIT技術の発展以降は、どのような技術、
どのような開発が社会に必要とされているのか、どのように社会に受け入れられるのかが、明確でないケ
ースが増えてきている。
これからのイノベーションの多くは、このように社会のニーズを適切にくみ取ることによって可能にな
るだろう。そのためイノベーションを促進させるためには、適切に社会のニーズをくみ取り、イノベーシ
ョンに生かしていくような仕掛けが必要となるだろう。
ただし、その前に、どのような仕掛けであれば十分社会のニーズをくみ取ることができるのかについて
の分析がまず必要となる。この点についての私見は後でもう少し詳細に述べるが、よりシステマティック
な分析が今後は必要となってくるだろう。
また、社会のニーズの把握が重要だという点は、どの程度イノベーションの成果があがるかは、社会経
済構造にかなり影響されることを意味している。よって、社会経済構造がどのような形で、社会のニーズ
を開発段階に伝わる構造になっているのかについても、もっと詳細な分析・検討が今後必要になってくる
だろう。つまり、イノベーションの成果を高めるためには、社会経済構造に関する理解と分析が不可欠な
のである。
2.適切なフィードバックのプロセスがないと、うまくイノベーションにはつながらない
社会のニーズをうまく汲み取るためには、
一度、
ニーズを調査すれば事足りるというわけにはいかない。
なぜならば、社会の側もそのイノベーションが実現するまでは、それがどのようなものか十分な把握がで
きないからである。たとえば今までにない画期的な技術が開発されたとしても、それがどのような形で製
品化されると嬉しいかというのは、
その技術のもつ可能性や性質などが、
十分に明らかにされていないと、
ほとんどの人には判断のしようがない。ましてや、その開発がまだ成功していない段階では、それが成功
した場合に、どうしてほしいかというニーズの表明はかなり難しい。
しかし、その一方では開発を進める段階では、その表明の難しいニーズを把握しながら進める必要があ
る。このような場合には、一度限りで完璧なニーズを把握するのは不可能であり、何度かのフィードバッ
クプロセスを経ることが不可欠となる。つまり、大雑把なニーズを把握した上で、研究開発を進め、研究
開発がある程度進んだ段階で、またそれに基づいてニーズを把握する、といったプロセスを繰り返す必要
1
東京大学大学院 経済学研究科 教授
29
がある。
このようにニーズの把握と開発の進行とを交互にフィードバックさせながら、少しずつ進めるというプ
ロセスが必要であり、そしてそれをシステマティックに行うことが、重要な鍵となる。
3.ニーズをくみとれる幅広い興味を持った人材の育成
このような繰り返しのフードバックを適切に行うためには、構造的にそのようなシステムの社会をつく
りあげていく必要がある。が、その際、決定的に重要となるのは、社会のニーズの把握と、技術に関する
情報の把握の両方ができる人材である。このような人材が多く存在しないと、上記のようなフィードバッ
クをきちんと行っていくことはなかなか難しくなる。
このような人材に必要な能力は、まず文科系・理科系両方の知識である。なぜならば、社会のニーズを
把握する上ではどちらかといえば社会の構造や関心を把握する文科系的な能力が必要となり、研究開発の
進捗状況を把握する上では、技術に関する理科系的な能力が必要となるからである。
そして、社会のニーズを把握するためには、単に文科系の能力に優れているというだけでなく、社会の
潜在的関心を多方面から吸い上げることができるような幅広い関心と興味をもった人材が求められる。幅
広い関心があってこそはじめて、まだ実現していない開発の可能性やそれに対する潜在的なニーズを把握
することが可能になる。
さらには、単に、それぞれの知識が優れているというだけではなく、両者を結びつける能力が必要にな
る、特に片方の専門知識を十分な知識を持たない人にうまく説明する能力が強く求められる。技術者に社
会のニーズを社会に向けて技術の進展を分かりやすく説明し、説得できてこそ両者を結びつけることが可
能になる。
しかしながらこれらの能力は、従来の教育体系では、なかなか教育されにくかった能力でもある。した
がって、このような人材をこらから多く輩出していくためには、このような能力が積極的に身につけられ
るような教育体系を大胆に打ち出していく必要がある。
もっとも現実的には、たとえばすべての研究者が科学技術の専門家になることは不可能であろう、した
がって、一部の、社会科学者と自然科学者によるコラボレーション、密接な情報交換によって共通基盤を
確立することが、急務となるだろう。
4.最終的には、リスクをとった行動がイノベーションをもたらす
社会の目的を把握することが必要であるにしても、イノベーションを引き起こす研究開発は、ある程度
リスクを伴うものだという点を認識する必要がある。目的が明確であるということは、言い換えれば目的
が分からないという点でのリスクは存在しないということである。どのようなものを開発すれば、
「良い」
ものになるかという点が分からない開発を進めるということは、したがって、目的が明確な場合とは、質
的に異なる大きなリスクに直面した開発をしていかなければならないことを意味している。
この場合に、目的がはっきりしている開発のほうに社会全体の研究開発が流れてしまうと、研究開発の
成果が出る可能性は高まるものの、社会の大きなニーズの実現に寄与しないという結果になりかねない。
この点を考慮すると、社会のニーズを実現させるようなイノベーションをもたらすことを、研究開発体制
30
を構築していく際には、強く認識していく必要がある。
それと同時に、社会のニーズという、ある意味ではそもそも把握するものが難しい目的を実現させよう
とする以上、そもそも失敗の可能性も高い、リスクの高い研究開発を許容していく必要がある。そしてそ
のリスクを積極的にとりにいく行動が、イノベーションを引き起こす原動力となる。
5.失敗を許容しなければ、イノベーションは進まない
そう考えると、イノベーションを引き起こすためには、ある程度失敗を許容する社会システムでなけれ
ばならない。失敗することなく、社会的に重要なイノベーションを引き起こすことは不可能である。個々
の研究者や事業者が、多数失敗をし、さまざまなトライアルを続けた結果、社会全体として一つのイノベ
ーションに到達する。
そうであれば、
そのような個々の失敗を許容できる社会システムである必要がある。
つまり、たとえ大きな研究開発が失敗をしても、再度のチャレンジが容易にできるような社会経済シス
テムを構築していく必要がある。さもないと、個々の研究者としては、失敗のリスクが高すぎて、社会的
に重要な課題にチャレンジすることができなくなってしまうからである。
よって、この問題は単に研究開発の仕方や研究開発体制の問題のみならず、社会経済システム全体の問
題である。再度のチャレンジを容易にするためには、たとえば失業や企業破綻に対して社会がどのように
セーフティネットを用意し、どのように再チャレンジの機会を与えるかが重要だからである。
つまり、社会のニーズを的確に汲み取り、社会的課題を解決するようなイノベーションを実現させてい
くうえでは、社会自体がシステムを切り替え、より失敗を許容できるような社会システムを構築していく
必要がある。さもないと、失敗を恐れて、社会的課題解決という面倒な目標を達成するようなイノベーシ
ョンにチャレンジしなくなってしまう。
31
まとめに代えて 将来の社会シナリオの検討に向けて
城山 英明1
1. はじめに
今年度の研究会では将来の社会シナリオの検討の手掛かりを得るべく、多角的観点から研究会を運営し
てきた。以下では、研究会で触れられた事項を中心として、将来の社会シナリオを考える際に重要な課題
群を整理してみるとともに、これらの諸課題を解決する際に重要となる横断的仕組みについて触れておき
たい。
2. 具体的課題群
(1)高齢化とコミュニティー
高齢社会化が進む中で、病院での医療対応には限界があり[1]、在宅での医療や介護対応と組み合わせ
る必要が増加しているが、この点に関しては、例えば近年増加傾向にある精神疾患患者に対するケアも同
様であり、施設医療から住み慣れた場所で安心して生活できるような地域包括医療へ移行していくことが
求められている(第3回研究会における髙木俊介氏報告)
。これは、財政的理由だけではなく、QOL の観
点からも求められる。
その際、病院と在宅を繋ぐ仕組みやその担い手が必要とされる。情報共有を促す仕組みとして IT は有
用であるが、同時にいかなる情報をどの範囲で共有するのかについては、実践経験に基づく項目等の抽出
が重要となる。また、繋ぐ人材として、訪問診療を行う医師、訪問看護師、介護の担い手、地域コミュニ
ティーの支援者等の役割分担と調整を担える人材が必要になる。
他方、地域コミュニティーの観点からいえば、比率の増加する高齢者をどのように活用するかが課題と
なる。高齢者の多くは元気な高齢者でもあり、これらの高齢者の活躍の場を確保することは、人材の有効
活用になるとともに、高齢者の健康の増進にも寄与する。具体的な活動分野としては、福祉や農業分野が
考えられる。
また、高齢化が進む中においても、あるいは高齢化が進むが故に、良質な教育の提供による次世代の確
保と次世代の育成はより重要になる。そして、高齢者と次世代の若者が共生できるコミュニティーの構築
が課題となる。伝統的な多世代共生は家族という繋がりを核とするものであったが、今後は必ずしも家族
を基礎とする繋がりである必要はない。
このような将来のコミュニティーにおいては、見える支えである社会保障と共に、見えない支え、精神
的支えの提供も重要である。その点では、将来社会における宗教の役割を考える必要がある(第4回研究
会における上田紀行氏報告)
。また、コミュニティーにおける紐帯は、必ずしも強いものではなく弱いもの
が重要であり、ネット上の繋がりのように、必ずしも地域的近接性を要求しないものもある。
1
東京大学大学院 法学政治学研究科 教授
32
(2)人口減少と空間管理
今後、人口減少が進む中で、これまでの居住形態を維持することは難しく、従来の居住形態を前提とし
た空間管理(spatial planning)の在り方を再検討する必要が出てくる。
一定の農地等のように、人口減少の中で土地の集積を進め、効率化を図る必要な分野もある。しかし、
必ずしも従来の土地利用を維持する必要はなく、人々が撤退あるいは移動することで、人と自然の境界を
再定義することも選択肢としてありうる(第2回研究会における赤坂憲雄氏報告)
。また、太陽電池の設置
といった、従来とは異なった土地利用を考えるという選択肢もある。
ただし、人々が居住地として撤退したとしても、広域の自然(森林、海洋、大気空間)の管理は必要と
なる。また、具体的には、多様な利用(漁業、観光、景観等)の調整を行う沿岸域管理や、国立公園にお
ける再生可能なエネルギー(地熱、風力等)活用に伴う利用調整が行われる。
さらに、海洋等に関しては、排他的経済水域や大陸棚延伸を通して、管理することのできる管轄範囲は
拡大している。これらの海洋空間の管理は、宇宙空間や大気空間の管理も含めて、グローバルな空間管理
(global spatial planning)として捉えることができ、これには安全保障上の含意も大きい。宇宙空間の
利用を巡っては、衛星軌道の安全性確保のためのデブリの除去といった課題がある。例えば、地球温暖化
への対応も、温暖化物質を大気中に放置するのか、CCS に見られるように別の空間に処分するのかという
問題であると考えれば、一種の空間管理の問題であると考えることができる。このようなグローバルな空
間管理の中では、従来重視されてきた日米関係、日中関係、日韓関係だけではなく、日露関係、日印関係
等も含めて位置付けを考える必要がある。
(3)知識・文化の可視化・制度化
従来の日本の産業は、製造業を軸としてきたが、今後は、非製造業の競争力を確保する必要がある。そ
の前提として、農業、介護、医療といった非製造業分野における暗黙知の可視化が重要になる(第5回研
究会における神成淳司氏報告)
。
地域においても、比較優位を確保するためには、地域資源の活用と文化の可視化、そのなかでのアート
や景観の活用が重要になる。これらは、国内的国際的観光という非製造総合産業振興の前提ともなる。
また、人口や世界における相対的経済規模が減少する中で、一定の国際的影響力を確保しようとするの
であれば、ネットワークの国際的制度化が不可欠となる。そのためには、一方では、教育システムを再構
築して、国際的人材を吸引することが必要である。他方、経済的遺産の制度化として、国際機関への人材
提供や国際機関の活用も重要になる。いわゆる科学技術外交にも、人材吸引やネットワーク制度化の手段
という側面がある。
(4)今後の産業
以上のような先進的課題への対応が迫られていることは事実であるが、このような課題解決のためのリ
ソースをどこから確保するのかを考える必要がある。そのためには、端的にいえば、国際的に何で稼ぐの
か、という問いに答えざるを得ない。
1つの方向性は、これまでにあげた課題への対応を通して、医療、介護等の超高齢化社会のビジネスモ
デルや新しい農業・食品産業や教育のビジネスモデル、観光、過去の投資の収益で稼ぐという方向性であ
る。もう 1 つの方向性は、製造業の遺伝子の継承・再生である。あるいは、その間の中間的路線として、
技術とソフト・制度をパッケージにしたシステムの輸出によって稼ぐという路線がある。
33
また、いかなる産業構造をとるにせよ、長期的な生産活動の基礎としてのエネルギー源の確保が必要に
なる。その際、国産エネルギーとして再生可能エネルギーの大量導入が可能になるか、過渡期の技術とし
ての原子力技術知識の維持(周辺国は利用を原子力技術継続すると思われるため、地域安全保障とも関連
する)をどうするのかが鍵となる。
3.課題解決のための横断的仕組み
(1)複数課題の同時解決の必要
以上のような諸課題に対応するためには、何が必要であろうか。
まず、課題を可視化することが、前提として必要になる。単線的な社会変化が想定できない中では、フ
ォーサイトやシナリオプランニングの手法に見られるように、将来の課題を仮説的に幅広く議論してみる
ことが必要になる。
その上で、複数の課題の解決に寄与する手段の発見が必要になる。例えば、コンパクトシティーに対す
る関心が高まっているが、これは、コンテクストによって具体的意味は異なるものの、コンパクトシティ
ーという政策手段が、高齢社会対応、環境対応、財政対応という複数目的に寄与することが評価されてい
るからであると考えられる。
言い換えれば、異なった政策目的を重視する関係者の同床異夢が可能であり、重要であるということで
あるといえる[2]。ただし、バランスのとれた同床異夢と、既存の政策手段が手段の自己保存のために無
理やり新たな政策目的に寄与するようにみせることを試みる奇妙な政治的妥協の境界は微妙であり、注意
を要する。
(2)複合リスク回避の必要
今回の東日本大震災が明らかにしたことの一つに、複合リスクへの対応の必要性がある。例えば、地震
に伴う津波災害が原子力災害をもたらし、
その結果、
食品安全問題や住民の避難問題等をもたらしている。
欧州では、NaTech(自然災害と技術災害の複合的リスク)について議論されてきたが、福島第1原子力
発電所事故は、その極限的事例として位置付けることもできる。
歴史的にも、このような複合災害が観察される。例えば、足尾鉱山鉱毒事件は鉱毒と水害の複合により
その影響を大きくした。また、関東大震災においては、地震災害が火災と連動することで被害を拡大した。
地震により浄水場や水道管が損傷を受け、防火活動に支障を与えることは既に指摘されていたが、事前に
対応されることはなかった(第6回研究会における鈴木淳氏報告)
。
(3)横割りのプロセス設計
このような複数課題の同時解決や複合リスクへの対応を考えると、
多様な分野を横断する横割りプロセス
が不可欠である。
そのようなプロセスの必要性は繰り返し指摘されてきたが、歴史的にこのような場が存在しないわけで
はなかった。例えば、第2次世界大戦後の復興期の戦後日本では、資源調査会が横割りプロセスとして大
きな役割を果たした[3]。現実の政策過程の中でも、例えば、大蔵省は、各分野の支出省庁に対抗するた
めに、資源調査会を活用するインセンティブも持っていたという。
おそらくこのような横割りプロセスは、多様な地理的空間の規模毎、さらには具体的文脈に即して地域
毎に検討する必要があるだろう。その意味では、欧州において、国内の地域レベルでのフォーサイトや欧
34
州全体レベルでのフォーサイトが実施されるようになっていることは重要である。また、現在の日本の東
日本大震災後の復興の課題に即して言えば、事故を起こした原子力発電所や除染の対応に一定の時間とコ
ストが不可避である福島県の地域とその他の地域は、分けて考える必要があるだろう。
また、各関係主体が分野横断的志向性を持つことが前提であるが、その上でこのようなコミュニケーシ
ョンを支援する上で、IT が一定の役割を果たすことができる。
(4)レジリエンスと効率の調整
幅広く対応すべき政策目的を想定する、あるいは幅広く複合リスクを想定するということは、社会とし
てのレジリエンスを高める上で重要である。しかし同時に、このような複数政策目的、複合リスクへの対
応を想定し、多様性を維持するためにはコストが必要である。その意味では、レジリエンスの確保と効率
性の確保の間にはディレンマ、トレードオフがある[4]。
そのような中で、この2つをどのように調整するのかという課題がある。あるいは、多様性の必要の一
方で、方向性が明らかになった時点では、選択と集中も必要であるということもできる。
参考文献
[1] 猪飼周平著『病院の世紀の理論』有斐閣、2010
[2] Hiroshi Komiyama, Kazuhiko Takeuchi, Hideaki Shiroyama and Takashi Mino eds.,
Sustainability Science: A Multidisciplinary Approach, United Nations University Press, 145-157,
2011
[3] 佐藤仁著『
「持たざる国」の資源論-持続可能な国土をめぐるもう一つの知』東京大学出版会、2011
[4] Hideaki Shiroyama, Masaru Yarime, Makiko Matsuo, Heike Schroeder, Roland Scholz and
Andrea E. Ulrich, “Governance for Sustainability: knowledge integration and multi-actor
dimensions in risk management”, Sustainability Science, vol. 7 (supplement 1): 45-55, 2012
35
補論Ⅰ
レジリエントな社会構築のために
篠原千枝1、青山伸2
レジリエントな社会構築の視点から、(1) 主体的な人間活動が行われる「場」の基本ユニットとしての
「住まい」が今後どのように変容していくかについて検討した。また併せて、(2) 個人がレジリエントな
社会において主体的な人間活動を行うための
「力」
の育成にあたり考慮すべき事項について考察を行った。
1 これからの住まいとは
1-1都市、そして住まいとは
1933 年に近代建築国際会議(CIAM)で採択されたアテネ憲章において、都市は、
「住む(住居)
」
、
「働
く(労働)
」
、
「リクリエイトする(余暇)
」
、
「移動する(交通)
」の4つの機能をもっていると定義されてい
る。アテネ憲章は近代建築の三大巨匠の一人であるル・コルビュジエが起草したものであり、世界各地の
都市計画に大きな影響を与えた。日本の都市計画も例外ではない。都市計画の基本的な手法である用途地
域制により、各々の地域を機能ごとに、住居地域、工業地域、公園緑地とゾーニングを行った。その結果、
生活する場所と働く場所が分離し、生活する場所は郊外に、働く場所は都心に集中し、通勤に長い時間を
要するようになった。しかし、多くのエネルギーを消費するこのような都市形態は、持続可能な社会を築
くことが求められている中で、ふさわしいものではない。
現在の日本の都市が4つの機能を人々が望む形で果たしているかというと疑問を抱かざるを得ない。
2010 年に NHK が『報道プロジェクト・あすの日本』の一環として、家族、ふるさと、そして会社とのつ
ながりが急速に希薄化してきている社会である「無縁社会」を取り上げ、家族や地域の絆が崩壊しつつあ
る現代社会に対して警鐘を鳴らし、当時話題になった。また、社会的孤立の事例として、孤独死(自宅で
死亡し、死後発見までに一定期間経過すること)が挙げられるが、孤独死する人の数は全国で約1万5千
人(65 歳以上が対象。死後4日以上経過)と推計されている[1]。内閣府の「高齢者の地域におけるライ
フスタイルに関する調査結果(平成 21 年度)
」によると、
「孤独死について、身近な問題だと感じるか」
との問に対し、
「非常に感じる」
「まあまあ感じる」と答えた者は全体の 42.9%となり、都市規模別にみる
と、
規模が大きいほど孤独死に対し身近な問題であると感じている割合が多くなっている。
雇用の面では、
完全失業者数は 291 万人、完全失業率は 4.6%であり(平成 24 年1月分)依然、雇用の状況は厳しく、ま
た、パートやアルバイトといった非正規雇用の労働者が増加しており、3人に1人以上が非正規雇用とな
っている[2]。
1
2
内閣府 経済社会総合研究所 研究官
内閣府 経済社会総合研究所 前総括政策研究官
36
このように、都市は機能を十分に果たせなくなってきているのが現状である。今回は、都市のもつ機能
のうち、
「住む」という機能を中心に据えた上で、
「住む」+「リクリエイト」
、
「住む」+「働く」といっ
た切り口から都市の構成要素である‘住まい’の未来像を提示していきたい。
1-2コレクティブハウス ‐シェアする住宅
住宅の歴史を見ると、1950 年に住宅金融公庫法、1951 年に公営住宅法、1955 年に住宅公団法が制定
され、住宅が大量に供給されたことに伴い、一住宅に一家族が住み、家族のプライバシーの確保が優先さ
れた住まい方が主流となった [3]。特に、ワンルームマンションは、誰にも干渉されずに個人のプライバ
シーを確保した生活様式が可能な住居であり、この生活様式は、コンビニエンスストアーをはじめ生活に
必要となるサービスを身近なところから受けられることを前提として成り立っている。特に、暮らしに欠
かせないサービスだけでなく、リラクゼーションや娯楽などの消費者の嗜好に合わせた様々なサービスが
提供される環境が整備されている都心において、自分が住んでいる住居の隣の世帯と全く関わりをもたず
に生活することが可能となった。心身が健康な時は、他者に介入されることを望まない者にとって、この
ようなプライバシーが確保された「閉じられた」住まい方は、最善の選択でありうるが、一旦、健康を害
し、あるいは、高齢になり身体の自由が利かなくなり、誰かの助けを得ることなしに生活が成り立たなく
なった場合は、このように他者を排除した住まい方は問題を呈する
この問題を解消し、今後増えていくと予想される居住形態として、コレクティブハウス(協同居住型集
合住宅)が挙げられる。コレクティブハウスは、北欧に多くみられる協同居住型のハウジングの形態であ
り、
「一住棟あるいは一住宅団地内に、独立完備した複数の住戸と、日常生活の一部を共同化するための共
有空間や設備(食堂、居間、学童保育室等)が組み込まれている集住形態」である。これらの共有空間は
各住戸の面積を基準から 10~15%縮小する形で設計されており、
付加価値的存在として使用されるのでは
なく、個々の住戸の延長として捉えられている。また、コレクティブハウスは、
「あらゆる家族や年齢層に
開かれており、個人や家族の自由や自立を前提として、日常的な生活の一部の共同化、生活空間の共用化
によって、個人や小さな家族では充足できない、より合理的で多様な可能性を持ち、参加により得られる
喜びと安心感のある、結果として個人の生活の幅を広げ、自己実現を可能にする居住様式」であり、さら
に重要なことは、居住者自身により創られ育てられる住まいであるということである。入居前の計画家庭
や入居後の管理運営に居住者が主体的に関わり、自分たちがよりよい「住」を実現するため住まいを育て
ていくのである[4、5、6]。
コレクティブハウスの運営方法に関しては、居住者のみによる自主運営と、自主運営に一部外部からの
サービスを組み込む方法が考えられる。後者に関しては、例えば、介護が必要な高齢者に対する介護サー
ビスや、糖尿病などの疾病を患い、特別食が必要な人が入居している場合に取られる方法である。
コレクティブハウスのメリットは、居住者は、各々の住戸において独立した生活が営めると同時に、定
期的に共有空間に集まり、共働クッキングなどの協働活動をすることにより、他者との緩やかな関係を築
けることである。
日常的に住まいの仲間たちと食事をすることにより、
緊密なコミュニケーションを育み、
意図しない相互扶助と「大きな家族」のような安心感のあるコミュニティーを形成することができる。伝
統的な血縁や自然発生的な地縁の復活が期待できない中で、場所や時間に縛られないネットによるコミュ
ニティー形成が多くなってきてはいるものの、face-to- face で、かつ、安らぎと帰属意識のもてる住まい
の空間に根差した安定したコミュニティーが必要とされているのではなかろうか。
37
一点補足すると、豊かな人間関係を構築するためには、多世代が居住する集合住宅となることが望まし
い。多世代が居住していると、日常生活の中で、子どもが両親以外の大人と接する機会が増え、他者との
交流を促す養育環境を提供できるという長所があり、子どもの社会性を高める居住環境としても評価され
ている[4]。
従来の居住形態は、血縁、地縁、社縁(会社など職場に関連する縁)の「三つの縁」のいずれかにより
決定されていたが、昨今はこれら「三つの縁」は希薄化し、豊かで安心できる暮らしを送るためには、そ
れ以外の縁が求められている。コクレティブハウスの具体的な計画や供給方法に関しては更なる検討が必
要であるが、新たな「大きな家族」を基盤とした「自立・共助型縁」を中心に据えた住まい方が、今後の
新たな住まい方の選択肢の一つとして、大きな可能性を秘めており、特に高齢者が安心して暮らせるよう
な住み家という観点からは、福祉政策と住宅政策の融合も必要である。オランダの建築家アルド・ヴァン・
アイクは「住宅は小さな都市であり、都市とは大きな住宅である」と述べている。一つ一つの安心して暮
らせる住宅が集合し、その住宅の集合体が、安心して暮らせる都市につながるのである。また、日本は地
震大国であり、今後 30 年以内に震度6以上の地震が発生する確率は地域によっては 80%を超える。地震
に強い建物などハードの面での防災対策も重要ではあるが、72 時間と言われている救命の限度の時間内に
より多くの命を救うためには、身近にいる人による助けが必要であり、この新たな縁による、住コミュニ
ティーの再構築が急務であろう。
「住まい」を中心に福祉や防災といった様々な政策を融合して考えていく
ことが求められているのではなかろうか。
1-3 学びの場とともにある住まい
ドイツの哲学者 A. ショーペンハウアーが『生活の知恵のためのアフォリズム』で述べているように、
お金は、具体的に一つの欲求しか満たしてくれない他の財貨と異なり、抽象的に要求一般を満たすことが
できるものである。
お金がこのような特殊な特性を持っているが故に、
人々の欲望がお金の保有に向かい、
結果的に需要を減らし経済活動が収縮してしまう事態になっている。将来への不安や公的年金制度に対す
る不信感などを背景として、高所得層を中心に 100 兆円を超える過剰な貯蓄額が存在する可能性があると
の報告もある[7]。経済活動の収縮をもたらす過剰なお金の貯蓄を防ぐための対応策の一つとして、比較
的お金に余裕のある高齢者が便利で、かつ、リクリエイトできるような住まいを購入するという案を提示
したい。
村松清氏の著書『シニアカスタマー』によると、シニアの三大障壁は「孤独」
「退屈」
「無力感」である
と述べられている[8]。
「孤独」を解消するためには人とのつながりが必要であり、
「退屈」
、
「無力感」を
取り除き、学習機会を求めている向学心旺盛なシニアの需要を満たすためには、一般教養レベル以上の高
水準の教育を受けられる環境が整備されていることが望ましい。総務省の家計調査によると、貯蓄現在高
が高いと支出に占める、教養娯楽の割合が高い傾向があることが分かっている。そこで、将来の一つの住
まいの選択肢の一つとして、
「近隣の大学で高水準の教育を受けられる環境が整備されており、かつ、家で
は充実した生活支援サービスが受けられる住まい」を提示したい。
高齢者は規格化されたものではなく、各々のニーズに対応したカスタマイズされたものを好み、また、
孤独感から人との心のつながりを求めるようになるため、自分の家で、きめ細やかな充実した生活支援サ
ービスが受けられる住まいが今後増加する可能性がある。アメリカのボストンに、
「ビーコンヒル・ビレッ
ジ(Beacon Hill Village)
」という住宅がある。ビーコンヒル・ビレッジの特徴は、食料品などの買い物代
38
行、
専門家に依頼するまでもない簡単な家事手伝いをしてくれる人の派遣、
不在時のペットの世話等の日々
の生活に欠かせないサービスを電話一本で提供する「ビレッジ・コンシェルジュ」というサービスを提供
していることである。また他にも、フィットネスクラブや私設コンサートなどの地域住民との相互交流を
促す仕掛けを街全体で多数提供し、生活を楽しむためのサービスも充実している。今まで高齢者に対する
サービスは最低限度の生活を保障するための、社会的弱者向けの福祉として位置づけられてきたが、発想
を転換し、アクティブな高齢者がより充実した生活を送れるためのワンランク上のカスタマイズされたサ
ービスの提供は新たな市場の開拓につながると考えられる。
人々は、生活水準の向上に伴う物質的な豊かさに加え、精神面での豊かさの追求など、生涯を通じて生
きがいのある人生を送り、自己実現を求める傾向が強くなってきている。自己実現を果たし、これまで気
付かなかった新しい世界を発見し、生きがいをもって、豊かな人生を選び取ることができるようにするた
めに、近隣の大学において、四年制大学レベルの高水準の教育を受けられる環境を整備することが一つの
選択肢として考えられる。教育基本法第3条では、
「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送
ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、
その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。
」という「生涯学習の理念」
が掲げられている。今まで、高齢者を保護・支援すべき対象として捉え、福祉的な観点から捉えることが
多かったが、今後は高齢者を社会に積極的に参画する者として、より積極的かつ教育的な観点から生涯学
習を捉え直すことが必要であろう。
アメリカのマサチューセッツ州ニュートン市にある「ラッセル・ビレッジ」は大学と連携した「カレッ
ジリンク型」のシニア向け住宅である。ビレッジの入居者は、年 450 時間以上の講座受講が義務づけられ、
大学生並みに勉強することが求められる。今まで生涯学習というと、公民館等の社会教育施設で行われて
いる一般教養レベルの趣味の講座が多く、必ずしも教育水準が高いものではなかったが、今後は、学習意
欲が高い高齢者に対し、本気で学べる場を提供していくことが必要である。また、
「カレッジリンク型」の
住宅の良い点は、大学キャンパスに若者が多くいるため、多世代の人とのつながりを保てる点と、共通の
知的好奇心をもつ人が集うため、新たな縁「知縁」を築ける点である。他にも、フロリダ州ゲインズビル
にあるオーク・ハンモックでは、隣接するフロリダ大学において、文学、芸術、哲学等を学べるだけでな
く、キャンパス内の病院、医療センターで、予防ヘルスケアサービスをはじめ、充実した医療・介護サー
ビスを受けられる。様々な機能を兼ね備えている大学がシニア住宅と連携することで、高齢者に知的な環
境を提供し、強いては、生涯学習の在り方に関しても再度考え直すことが必要なのではないだろうか。
1-4 二地域居住の可能性
価値観が多様化する中、住まい方に関しても多様な選択肢があることが望ましい。内閣府が実施した「国
土の将来像に関する世論調査(平成 13 年)
」で、
「理想の居住地域」の意向を見ると、
「地方圏の町村」と
答えた者の割合が 23.8%と最も多く、都心よりも地方圏の中心地以外の市町村を好む傾向があった[9]。
また、一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の団塊世代の住宅ニーズや価値観を調査したもの
によると、団塊世代の3人に1人は複数居住を希望しているという結果が出ており(注 1)、複数居住先とし
て、
「海辺のリゾート、別荘地」
(37%)
、
「高原リゾート、別荘地」
(32%)が多く、以下、
「海外」
(18%)
、
「農村、山村」
(16%)と続いている[10]。総務省が行った都市住民に対するアンケート調査では、
「平日
は都会で休日は田舎で」と答えた者が 50.2%と半分を占め、一方、
「平日も休日も都会で」は 24.9%であ
39
った[11]。
上記の結果や、近年、特に物質的豊かさではなく、心の豊かさを志向する傾向が強くなっていること(注
2)[12]から推察するに、今後、都会に住まう人が二地域居住という選択をする可能性は高い。国土交通省
が公表している二地域居住人口の推計においても、2020 年で約 680 万人(17%)
、2030 年で約 1080 万
人(29%)となっており、二地域居住人口が増加するという将来イメージを描いている[13]。二地域居住
の意義として、第一に多様なライフスタイルの実現が挙げられるが、複数居住先の地域における消費需要
や住宅需要の増加、震災等の災害に対するセーフティ・ネット(緊急の避難先として活用)といった利点
もある。コミュニティー形成という観点から考えても、第一の住宅を中心にしたコミュニティーと第二の
住宅を中心にしたコミュニティーは、例えば都会と農村というように、価値観が異なるコミュニティーに
なる可能性が高く、ものの見方の多様化に貢献する。
ここで一つ、具体的な事例として、ある一定の人口規模のある団塊の世代による退職後の、今まで住ん
できた地域と農村での二地域居住の可能性について考えてみたい。2030 年ごろまでは、団塊の世代の健康
度が相対的に高いと推定されている。一方、高齢者の就労意欲に関しては、2010 年の内閣府による調査に
よると、男性(65 歳-74 歳)の約8割強、女性(65 歳-74 歳)の約8割に就業継続意欲があることが、
明らかになっている[14]。よって、団塊の世代は比較的元気であり、就労意欲もあることが予想されるの
で、働く場が確保されていることが望ましい。
雇用創出効果の大きさで考えると、農業分野の雇用創出効果が大きく(農林水産業の職業誘発数は 464
人/10 億円と試算されている[15]。
)
、退職後の職業の第一候補として挙げられる。農業を始める際に障壁と
なるものの一つとして、いつどのタイミングで水をやればよいかなどの「判断」の難しさ、つまり農業技
術の習得がある。熟練農家は長い年月をかけて農業技術を習得してきており、その多くは暗黙知とされて
いるが、これを「見える化」すれば、退職後の高齢者も数年で農業に携わることができるようになるであ
ろう。例えば、センシング技術を活用し、作物の状態を非破壊で、リアルタイムに継続的に把握し、計測
データをもとに、
「見える」農業をすることが解決策として考えられる。また、農業を行っている人は、行
っていない人と比較し、糖尿病、高脂血症等、生活習慣病の危険因子の保有率が低い傾向があり、日常の
農作業が疾病予防に有益に作用し、高齢農業者自身の健康維持にも役立っている可能性があるとの研究報
告もあることから[16]、高齢者が積極的に農業に参画することが望ましい。今まで住まいを完全に離れ、
住む場所を変えて農業を一からはじめるのはなかなか難しいと思われるので、二地域居住とし、無理のな
い範囲で農業を行い、収入を得ていくという選択肢も考えられるのではないだろうか。
新たなライフスタイルの実現につながる二地域居住は即ち、豊かな暮らしの実現と言える。子どもの教
育といった観点からも、第二の居住地域が田舎であれば、その自然豊かな田舎での体験は都会の中で主に
生活している子どもにとっては貴重な経験となる。今後、住まい方の一つの在り方として、二地域居住の
意義に関して再考してみる価値があるのではないか。
(注1)
団塊の世代 1500 人を対象にした調査によると、
「ぜひ複数居住したい」とする人は7%で、
「できれ
ば複数居住したい」とする人は 30%という結果が出ている。
(注2)
内閣府が平成23 年に実施した国民生活に関する世論調査によると、
心の豊かさを重視する者は61.4%、
40
物の豊かさを重視する者は 31.0%となっており、近年の傾向を見ても、心の豊かさを重視する者の割合
が増加傾向にある。
参考文献
[1] 株式会社ニッセイ基礎研究所 『平成 22 年度老人保健健康増進等事業 セルフ・ネグレクトと孤立
死に関する実態把握と地域支援のあり方に関する調査研究報告書』
http://www.nli-research.co.jp/report/misc/2011/sn110421.pdf
[2] 総務省統計局「労働力調査」
[3] 三浦展、藤村龍至編著『3.11後の建築と社会デザイン』平凡社新書、2011
[4] 植田和弘、神野直彦、西村幸夫、間宮陽介編集『都市のガバナンス』岩波書店、2005
[5] 小谷部育子著『コレクティブハウジングで暮らそう 成熟社会のライフスタイルと住まいの選択』丸
善株式会社、2004
[6] 小谷部育子著『コレクティブハウジングの勧め』丸善株式会社、1997
[7] 総合研究開発機構『家計に眠る「過剰貯蓄」 国民生活の質の向上には「貯蓄から消費へ」という発
想が不可欠』
、2008
[8] 松村清著『シニアカスタマー』商業界、2007
[9] 内閣府「国土の将来像に関する世論調査」
(平成 13 年)
http://www8.cao.go.jp/survey/h13/h13-kokudo/index.html
[10] 株式会社リクルート住宅総合研究所 『団塊世代の今後のライフスタイルと住まいに関する調査 ‐
ニューファミリーと呼ばれた夫婦のセカンドライフ‐』
(平成 18 年)
http://www.jresearch.net/house/jresearch/dankai/pdf/dankai07_all.pdf
[11] 総務省「過疎地域におけるマルチハビテーションに関する調査」
(平成 13 年)
[12] 内閣府「国民生活に関する世論調査」
(平成 23 年)
http://www8.cao.go.jp/survey/h23/h23-life/index.html
[13] 国土交通省「
『二地域居住』の意義とその戦略的支援策の構想」
(平成 17 年)
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/02/020329_.html
[14] 内閣府『平成 22 年度第7回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果』
[15] 小野善康『成熟社会の経済学-長期不況をどう克服するか』岩波新書、2012
[16] 松森堅治,西垣良夫,前島文夫,臼田誠,永美大志,矢島伸樹,
“農作業が有する高齢者の疾病予防
に関する検討”
,農工研技報,209:105-115, 2009
41
2 レジリエントな社会の中で求められている力とは
2-1 生きる力 -自分で考え、主体的に行動する力の養成-
東日本大震災において、釜石市内の小中学生のほぼ全生徒が津波から逃げ延びた(注1)。一方、津波の浸
水想定区域の外側に住む人々がハザードマップを過信して避難せず、多くの人が犠牲となるという惨事も
起きている。釜石市の防災教育に長年携わった片田敏孝群馬大学大学院教授は、生徒たちに「大いなる自
然の営みに畏敬の念を持ち、行政に委ねることなく、自らの命を守ることに主体的たれ」という信念のも
(注2)
と、
「避難3原則」として、
『想定にとらわれるな』
『最善をつくせ』
『率先避難者たれ』
を徹底させ [1]、
この教育が功を奏した。
人生の中で、災害のような生死にかかわる危機や、生死にかかわらないまでも、務めている会社が倒産
し、失職する等の生活が脅かされる危機など、日常生活を脅かす危機に直面する場面が多くある。行政に
は合理的に想定され得る事態で、かつ個人では対応が難しい問題に対し可能な限り対策を講じることが求
められるが、特に自然災害などの領域では、すべての事態を想定することは困難である。ゆえに、行政や
周りの人に頼ることなく、個人がその困難な状況に立ち向かい、生き抜く力を養っていかなくてはならな
い。一人一人が、危機に直面した際に、目の前にある問題に適切な判断を下し、主体的に行動し、生き抜
き、さらにはその困難をバネに立ち直れる力をもつ、つまりレジリエントになることが求められている。
個人個人がレジリエントであれば、その強靭な個人の集合体である社会は、まさに究極のレジリエントの
社会である。
レジリエントな人を養成するためには、初等教育の時点から、他人に流されることなく、自ら考え主体
的に行動できるような人を育てる教育をしていくことが必要である。また、知識偏重主義の教育には注意
を払わないといけない。片田教授は「知識の防災教育」は、主体的な姿勢がないまま知識を与えることは、
想定にとらわれることになり、かえって危険であると警鐘をならしている [1]。知識を教えることも重要
であるが、常に、その与えられた知識に対し、批判的考察をできるような姿勢を養うことが肝要であろう。
批判的考察をすることにより、与えられた知識を鵜呑みにせず、自分で考える習慣がつき、例えばハザー
ドマップも決して完全なものではないという認識が醸成され、今回のようなハザードマップに対する過信
も起こりにくくなると推察される。
実生活の様々な場面で直面する課題において知識や技能をどの程度活用できるかを評価することを目的
とした調査として、OECD による生徒の学習到達度調査(PISA: Programme for International Student
Assessment 以後、PISA と記載。
)があり、本調査は、現行学習指導要領が目指す「生きる力」と同じ
方向性のものであると考えられている。PISA2009 調査結果によると、我が国の学力は全体的に上位であ
り、PISA2003 調査の際に低下傾向が危惧された「読解力」に関しても、対策が功を奏し、大幅に改善さ
れた。
「読解力」は「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するため
に、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考し、これに取り組む能力」と定義されており、
「効果的に社
会に参加するために」という目的を踏まえて、調査問題中に実生活で直面するような課題が多く含まれて
いる[2]。ただ単に文章を読んで理解することだけでなく、それを基に推論したり、自己の知識や経験と
結びつけて深く考えたりする問題であり、この結果は、
「考える力」そして「生きる力」をもった生徒が増
えてきていることを意味する。
しかし、本調査の結果に安住することなく、自分で考え、主体的に行動できる子どもを育てることにた
42
ゆまぬ努力を惜しんではならない。明治大学文学部教授の斎藤孝教授は「生きる力」を鍛えるために、
「コ
メント力(要約力、質問力を含む)
」
「段取り力」
「まねる盗む力」という「三つの力」を挙げている(注3)[3]。
この「三つの力」を含め、
「生きる力」は総合的な学習の時間だけでなく、国語、算数、社会、理科、家庭
科といった各教科の教育の際にも、鍛えることが可能である。例えば、算数の問題を解く過程を、言葉で
順序立てて説明することで要約力の訓練になり、家庭科で行われる料理は段取り力を鍛える [3]。生徒を
指導する際に、ただ一方的に知識を教えるだけでなく、使用するテキストも一義的な解釈しか許さないよ
うなものではなく、様々な考察や議論が生まれるようなものを題材にし、考える力を養うために、先生と
生徒の間で双方向のコミュニケーションができるような授業が望ましい。また、教えられる生徒の側も、
今自分がやっていることに対し、漠然と取り組むのではなく、
「何のためにやっているのか」
「どの力を伸
ばすためにやっているのか」といった目的意識をもって取り組むことにより、より効果的な学習となる。
「考える力」を養うための総合的な学習として、Yokohama International School で実施さている取り
組みが興味深い。算数、語学、芸術等を含んだ総合的な学習として、
“Who we are”
“Where
,
we are in place
and time”,“How we express ourselves”,“How the world works”,“How we organize ourselves”,
“Sharing the planet”という6つの問いに対し考察する。各項目は、学年ごとに細かい項目に細分化さ
れており、例えば、
“Who we are”の項目で9歳から 10 歳が学ぶ内容として、
“How organisations and
individuals help to provide safe environment”があり、安全について考察しており、また、
“Where we are
in place and time”
の 10 歳から 11 歳が学ぶ内容では、
“Scientific discoveries shape the future and can be
viewed from various perspectives.”があり[4]、科学を正負両面から捉える良いきっかけとなるであろう。
このように自分の経験を様々な観点から捉えられるような、教科横断的なカリュキュラムは、各教科の強
みが有機的に絡み合い、
「考える力」の養成には有効であると考えられる。
自然災害に遭遇するなど、様々な困難な場面に直面する機会は少なくない。諸課題に対する行政の対策
にも限界がある中で、
生き抜いていくためには、
個々人が課題に自ら対処する力を持つことが必要である。
まず、
「生きる力」とは何か具体的に再定義した上で、学校だけでなく家庭においても、
「生きる力」を養
成するために求められる教育を子どもに対して行っていくことが、地道な方法ではあるが、レジリエント
な社会の構築の大きな第一歩となるであろう。
(注1)釜石市の小学生 1,927 人、中学生 999 人のうち、津波襲来時に学校の管理下にあった児童、生徒
については全員の無事が確認された(ただし、津波襲来時において学校管理下でなかった児童、生徒
のうち、5名が津波の犠牲になった。
)
(注2)
「避難3原則」とは
・
『想定にとらわれるな』
-行政の防災はあくまで想定外力を想定したもの。相手は自然、その想定を超える事態も当然あ
り得る。
-ハザードマップに示されているような浸水想定区域は、あくまで防災施設を建設する際の“想
定外力”であって、それ以上の災害が起こる可能性があると思え。
43
・
『最善をつくせ』
-大いなる自然の振る舞いの中でできることは、その状況下で最善を尽くすことだけ。
「ここまで
来ればもう大丈夫だろう」ではなく、その時できる最善の対応行動をとれ。
・
『率先避難者たれ』
-「正常化の偏見」を打ち破る。非常事態時、人は避難しないと決めているのではなく、避難す
るという意思決定ができないだけ。
-いざという時には、まず自分が率先して避難すること。その姿を見て、他の人も避難するよう
になり、結果的に多くの人を救うことが可能となる。
(注3)
「コメント力(要約力、質問力を含む)
」
:要約力は、重要なポイントを抜き出して自分の言葉で簡
潔に答える力を意味する。質問力は、明確なねらいを持ち、その場に新しい展開が生まれるよう
な質の高い質問をする力を意味する。コメント力とは、色々な角度から人を活性化させるような
コメントを言う力のことを指す。
「段取り力」
:段取り力とは、自分から動いて場を創る力である。
「まねる盗む力」
:まねる盗む力とは、文字通り、見て技を盗む力である。まねる盗む力は、技を
具体的に文字にして書き留める作業を通して、明確に認識することが重要である。
コラム 「生きる力」とは何か
今の子どもたちは、変化が激しく、先行き不透明な時代を担うことになる。子どもたちがこのような厳
しい時代を生き抜くために身に付けることが求められる力が、
「生きる力」である。平成8年7月の中央教
育審議会答申(
「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」
)[5]では、生きる力は主に以下の
3つの力を構成要素としている、と定義している。
・基礎的な知識・技能を習得し、それらを活用して、自ら考え、判断し、表現することにより、様々な問
題に積極的に対応し、解決する力
・自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性
・たくましく生きるための健康や体力
「生きる力」を育むことの必要性は論を俟たないが、この「生きる力」を育むことを目指した学習指導
要領の理念は教育現場に十分浸透してこなかった。平成 20 年1月に中央教育審議会が取りまとめた「幼
稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)
」[6]にお
いても、
「これからの子どもたちに「生きる力」がなぜ必要か、
「生きる力」とは何か、ということについ
て、
文部科学省と学校関係者や保護者、
社会との間に十分な共通理解がされなかった」
、
と述べられている。
子どもたちの学びの在り方や教師の指導の在り方を方向づけることが十分に出来なかった理由として、
「生
44
きる力」の概念が具体的に規定されていなかったことが挙げられる。
「生きる力」が提唱されてから 10 年
以上経過したものの、
「生きる力」についての示唆に富む論評はほとんどなく、現場が混乱するのも無理も
ない。新学習指導要領においては、この反省を踏まえた上で、改めて「生きる力」を中心に据え、その理
念の共有を図ることを目指している。
最後に、上記の「生きる力」を構成している3つの要素の一つである、問題解決能力に関して若干補足
したい。
「生きる力」で求められている問題解決能力とは、社会の中から課題を見つけ、その課題に対して
自ら解決策を見出す力である。あくまでも、子どもたちが主体的に行動することが求められる。よって、
教師も、一方的に子どもたちに知識や情報を与えるような教育をするのではなく、子どもたちと議論をし
ながら進めていく、双方向型授業をすることが求められる。子どもたちは、他者と関わることにより、思
考力、判断力、表現力を一層伸張していくことができるのである。また、子どもたちが自律的になすべき
ことを考え、課題解決へ向かうための「コーチング」の役割を教師が果たすことも大切である。コーチン
グとは、その人がもともと持っている能力を高めて、さらに、その能力を十分に発揮できるようにサポー
トすることを意味する[7]。子ども一人一人に目を向け、生徒の主体的な学習のサポートをする、という
指導方法を教師がとることにより、教師の視点(子どもに何かを教える、という、ある意味トップダウン
的な視点)だけでなく、学習者の視点(子どもが何を学んでいるのか、子どもが何を学ぼうとしているの
か、という、ある意味ボトムアップ的な視点)から教育を捉え直すことにもつながる。このような教育の
捉え直しは、実際教育現場で起きている、教師が教えたことと、子どもの認識に齟齬が生じている現実に
対処するためには、必須であろう。
コラム 理科教育を通じて「生きる力」を育成する
「生きる力」の大きな柱の一つが問題解決能力であり、この力は理科教育によって身に付けることがで
きる。しかし、教育現場においては、問題解決型の理科教育を重視しているものの、形骸化されている感
がある。以下、問題点を挙げるとともに対応策を提示したい。
理科教育を通して問題解決能力を養うためには、
まず、
子どもが理科に興味を持つことが必要であるが、
日本では理科離れが深刻化しており、入り口から躓いている。また、授業形態に関してもいくつか問題点
がある。第一に、理科の授業に限ったことではないが、本来ならば、子ども自身が課題をみつけることか
ら始めるべきところ、
子どもではなく教師の問題提起から授業が始まることが多い点が挙げられる。
また、
その問題提起後の課題解決方法に関しても、あらかじめ教科書や指導書に記載されている方法通りに授業
が進められ、子どもの自由な発想に基づく教育方法になっていない点も大きな問題と言えよう。
解決策として、科学的探究能力を育成できる教科書の作成と、その教科書を用いた効果的な教育方法を
提案したい。興味深い海外事例として、日本と同様に理科離れが進んでいる英国において開発された新し
い高校物理コースである『アドバンシング物理』と、物理の履修者が急減したことへの対策として製作さ
れた『ハーバード・プロジェクト物理』が挙げられる。
『アドバンシング物理』の開発方針は、内容やアプローチの方法が現代的であること(宇宙論、量子力
学、素粒子論、物性物理学等の発展も含む)
、興味関心や達成度など、多様な生徒にとって魅力的であるこ
と、現代社会の中で使われている物理の姿を示し、歴史的、文化的な様々な文脈の中で物理を学ばせるこ
と等 [8]となっている。教科書の冒頭の章は「現場の物理(Physics in Action)
」であり、生徒たちに現
45
代の文脈の中で活きる最先端の物理の世界を紹介し、生徒の関心を喚起することに成功している。また、
教科書だけでなく、教科書に付随する生徒用 CD-ROM、支援用の Web サイトなど様々な教材が充実して
おり、生徒は興味がある分野についてそれらのツールを用いてより深く学ぶことができる。教師も、教師
用 CD-ROM を活用することにより、単元ごとの詳細なガイドや授業計画などの情報を得ることができる。
さらに、
『アドバンシング物理』を採用している教師や開発者との意見交換を行う場として、メーリングリ
ストが開設されているため、常時、活発な意見交換が行われており、教師に対する支援体制も整備されて
いる。このように教師も豊富な情報を得られるために、生徒の興味関心や理解度に応じて、多彩な授業を
展開することかできる。
また、
『アドバンシング物理』の特徴として、テーマの設定から計画、実行、報告までを教師と討論しな
がら一人で行う“コースワーク”と呼ばれる探求型の実験を扱っていることが挙げられる。コースワーク
では、生徒の工夫や自由な考察の余地を与えるために、実験の基本的な流れや考え方のヒントだけが与え
られている。よって、ほぼ白紙の状態から、生徒自らが問題意識をもって問題の設定を行い、仮説を立て、
さらに実験を組み立てて、最終的に結論を導き出すという、真の問題解決能力が育成されるようになって
いる。他のメリットとしては、生徒と教師が議論をしながら実験が進行するため、教師は生徒が何を学ん
で、どのように考えているか把握することができ、生徒が誤認識をしたまま授業が終わってしまうという
事態を防ぐこともでき、さらには、このような双方向型の教育方法は、学習者の視点から教育を捉え直す
きっかけにもなる。
次に、やや古い教科書ではあるが、
『ハーバード・プロジェクト物理』の紹介をしたい。日本の教科書は
ややもすれば、淡々と公式の説明や計算のやり方を説明するにとどまり、物理に興味をもたせる工夫に乏
しいものが散見されるが、
『ハーバード・プロジェクト物理』は生徒の意欲を上手に引き出すような「読み
物」になっている。公式を前面に出すのではなく、ガリレオやニュートンを登場させ、科学者がその物理
現象の本質を解明するにあたり、実際どのように試行錯誤を繰り返し、実験を行って結論に至ったかの過
程を示すことにより、科学的方法(問題発見→実験による関連データの収集→推論、予測、仮説の設定→
仮説の検証→問題解決)だけでなく、先覚者の科学という学問に対する厳格な態度や飽くなき探求心を生
徒が感じ取れるようなものとなっている[9]。
さらに、意欲を起こさせる手法の一つともいえる写真を効果的に活用している。日本の教科書に多く見
られるように口絵として用いるのではなく、本文中に写真を掲載し、かつ、写真の説明文も充実したもの
になっている。また、単元ごとに論文集(Reader)が掲載されており、科学である物理学と思想的・文化
的背景とを関連づけて詳しく解説しており、物理学を様々な角度から捉えられるようにしており、より一
層高校生の好奇心を満たすものとなっている。その範囲は幅広く、科学史、科学哲学から美術、音楽、文
学にまで及んでいる[10]。
『ハーバード・プロジェクト物理』の指導者は、科学研究において、健全な懐疑を行うことが科学の特
性の一つであり、このため、若者たちが科学上の主張や実験に対し、批判的な視点を持てるようにするこ
とが重要であると考えていた[9]。よって、教科書内にも、事柄の信ぴょう性を問う内容を盛り込んでい
る。例えばガリレオの自由落下の実験では、計測器(水時計)の精度が高くないことから実験結果の処理
には外挿が入らざるを得ないことに触れている。批判的思考を養うことは、与えられた情報を鵜呑みにせ
ず、自分で考え抜く力でもある「生きる力」を身に付ける上でも必要不可欠なものであり、教育をする上
で忘れてはならない視点の一つである。
理科教育を改善し、多くの生徒が理科に興味を持てるようにするには、
『アドバンシング物理』や『ハー
46
バード・プロジェクト物理』のように、生徒の好奇心を満たし、かつ、科学的探究能力や考える力を鍛え
られるような、生徒にとっても教師にとっても充実した教科書をつくることがまず必要であろう。学習指
導要領のように、教えるべき項目を列挙するだけでなく、教科書を充実させることで、教師に対し、具体
的に何を教えたらよいか示すことが肝要である。教育が問題視されると、往々にして教師の質の低下が原
因として挙げられるが、教師の努力ばかり求めるのは過酷であろう。さらに、その教科書を用いて、子ど
もが主体的に課題に取り組み、見通しをもって、解決策を模索することを促進するような教育をすること
が必要である。子どもたちが生きていく上で必要とされる科学的な資質と能力を計画的に育成するための
理科カリキュラムづくりに国全体が真剣に取り組むことが求められているのではないか。
参考文献
[1] 片田敏孝『想定を超える災害にどう備えるか 命を守る主体的姿勢を与えた釜石市津波防災教育に学
ぶ』日本学生支援機構 防災教育と学生ボランティア支援セミナー、2011
http://www.jasso.go.jp/gakusei_plan/documents/siryou1_23bousai.pdf
[2] 文部科学省「OECD 生徒の学習到達度調査 ~2009 年調査国際結果の要約~」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/12/07/128444
3_01.pdf
[3] 斎藤孝著『子どもに伝えたい〈三つの力〉
』NHK ブックス、2001
[4] Yokohama International School PYP Units of Inquiry
http://www.yis.ac.jp/page.cfm?p=855
[5] 文部科学省「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)
」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/960701.htm
[6] 文部科学省「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について
(答申)
」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2009/05/12/121
6828_1.pdf
[7] 鈴木敏恵, “子どもの自律的な防災行動を育む プロジェクト学習とコーチング”, 教育と医学, 59
(12):1148-1156,2011
[8] 谷口和成, “英国高校物理コース『アドバンシング物理』にみる理科カリキュラム開発の視点”
,化学
と教育,53 (10):544-547,2005
[9] 藤島一満, “ハーバード物理の特質について”
,物理教育,19 (3):215-221,1971
[10] 渡辺正雄, “物理学と思想的・文化的背景‐『ハーバード物理』の一特質‐”
,物理教育,
19 (3):178-179,1971
47
補論Ⅱ
近年の疾病構造の変化-増加する精神疾患患者が地域社会で自立的生活を送るために
篠原千枝1, 青山伸2
1-1 現状 疾病構造の変化
我が国の疾病構造は感染症中心から慢性疾患中心へと変化した。感染症は原因と結果の関連性が明確で
あり、治療医学により治すことが可能であるが、一方、慢性疾患の多くは、単一の要因によって起こる病
気ではなく、原因究明は困難であり、根本的な治療方法を確立することは難しい。また、疾病が治癒した
としても、障害が残る可能性もあり、治療医学の限界が見えてきている[1,2]。よって、今後は医師に
よる治療だけでなく、患者に対し、病院以外の場、つまり在宅において、包括的かつ継続的なケアを提供
していくことが必要である。
疾病における近年の傾向として一つ特徴的なこととして挙げられるのが、精神疾患患者の増加である。
2008 年の患者調査において、精神疾患の患者数は 323 万人であり、地域医療の基本方針である医療計画
に記載することが求められている他の4疾病患者数と比較しても多く(注1,2)
、1999 年の 204 万人から
毎年増加傾向にある。
統合失調症の定義付けを行ったスイスの精神医学者である、E. Bleuler によると、統合失調症の患者は、
普段慣れ親しんでいる環境の中で治療するのが望ましく、ただ単に統合失調症というだけで入院させるべ
きではないと述べている。また、全ての患者に対し、いつでも仕事を提供できる体制を整えるべきである
と主張している。精神疾患患者数が増加する中、精神疾患患者が、各々の生活の場において可能な限り自
立して生活できるようになるために、地域における受けとめは今後どのようなものになるのか以下、考察
したい。
(注1)昨年、基本計画に記載する疾患として精神疾患が追加された(2011 年7月6日に行われた社会保
障審議会・医療部会において決定)
。
(注2)4疾病患者数:悪性新生物 152 万人、脳血管疾患 134 万人、虚血性心疾患 81 万人、糖尿病 237
万人
1-2 施設医療から在宅支援へ
増加傾向にある精神疾患患者に対する医療・福祉サービスで今後拡充されると考えられる取組として、
ACT(Assertive Community Treatment, 包括型地域生活支援プログラム)が挙げられる。ACT とは、
統合失調症を中心とした重い精神障害者に対して、精神医療と福祉の専門家や当事者スタッフからなる多
1
2
内閣府 経済社会総合研究所 研究官
内閣府 経済社会総合研究所 前総括政策研究官
48
職種チームが、24 時間 365 日にわたって、訪問によるサービス提供を行うことで地域生活を援助する方
法である。このチーム医療において鍵となる点は二点あり、24 時間 365 日サービスという、いつでも訪
問して種々のサービスを提供できる体制が構築されている点と、精神科医や看護師といった医療関係者だ
けでなく、福祉的援助を行う専門家など、福祉に携わる者も擁した医療・福祉の両者によるサービスの提
供という点である。本プログラムでは、疾患の治療から、リハビリテーション、社会復帰、就労の支援ま
でを一貫して行っているところも特徴的である。従来の地域保健サービスは各サービスが散在しており、
利用者にとって利便性の高いものではなかったが、ACT は多職種の専門家から構成される一つのチームで
あるため、利用者の抱える問題を多面的に見ながら、継続的にかつ効果的に援助することができる。
今まで、特に精神疾患に関しては施設中心の医療・福祉ケアが行われており、精神病院において、病気
治療のための医療と社会復帰に向けた福祉的ケアの双方が行われていた。処遇が画一的な施設医療では、
日常生活のささいな障害が大きな病状の変化に結びつく病である精神障害を患っている患者が効果的な医
療・福祉ケアを受けることは困難であるため、精神障害者を中心に捉え、精神障害者の生活の場において、
各々の症状や環境に応じてきめ細かな援助を行っていくことが求められる。
また、精神障害という病気が、一種の生活障害でもあり、疾病(医療の領域)と障害(福祉の領域)の
境界が不明瞭であるという特殊性を考慮すると、今までのように、医療行為と福祉支援を別々のものとし
て捉えた現状の体制では、適切な支援が困難である。ACT では、医療関係者だけでなく福祉的援助を行う
専門家も一緒にチームになってサービスを提供するため、医療から福祉まで切れ目なく利用者をケアする
ことが可能である。
1-3 ACTを推進するために
現状の保健医療体制では、医者が一人の利用者に対して月2回以上訪問診療を行わないと在宅支援診療
所としての診療報酬が得られないなど、経営を成り立たせるためには、医者が働かなければならず、過剰
に医師に負担がかかる診療報酬制度であり、また、同時に、ACTの中心的な担い手であるコメディカル
スタッフの自立を拒むものとなっている。精神疾患患者に対する地域支援においては、医療と福祉の観点
から複眼的に見て支援することが求められており、医師のような医療従事者のもつ情報だけでは十分では
ない。各々の職種の専門家が自分で責任を持って判断するような仕組みにするために、医師に絶対的な裁
量権を担わせることを促すような診療報酬を見直し、看護師、精神保健福祉士、作業療法士などのコメデ
ィカルスタッフが相応の裁量と責任を負うような体制に変わっていくことが必要ではないか。
1-4 精神障害者のための効果的就労支援
働くことは、社会に奉仕し、また、個人の可能性を発展させることで自己実現ができるものであり、精
神的な健康を増進するものである。そして、多くの精神障害者は就労を望んでいる。全国精神障害者家族
連合会が 1986 年に行った調査では、1548 名の働いていない精神障害者の 33%が「ぜひ働きたい」
、27%
が「できれば働きたい」としており、約6割の精神障害者が就労を希望している結果が出ている。また、
精神障害者の多くが福祉的就労ではなく一般就労(注3)を最も重要な目標の一つとして考えているとい
う報告もあり [5]、精神障害者が障害者として、常に支援される者として対応されるよりも、健常な人と
同じように対応されることを望んでいることが伺える。働くことは、自己実現の有効な手段であり、また、
49
社会とのつながりを実感できる機会であるため、精神障害者の社会化を促す方法としては、最も有効な方
法の一つであり、精神障害者の自立のためには、効果的な就労支援は重要な課題である。
精神障害者の就労の重要性は昔から言われてきたことではあるが、
現状、
就労支援は十分とは言えない。
精神障害者の就労が進まない理由の一つが、
精神障害者が自身の抱えている悩みを伝えることができる
「話
を聞いてくれる人」の欠如である。単なる技術的な指導だけでなく、精神障害者が困った時に相談できる
人が身近にいて、安心して就労を継続していけるようにしなくてはならない。悩みを伝えられる人が側に
いることの重要性は、就労支援に限ったことではない。一旦、精神病院に行き、精神疾患の診断をされる
と、医療化された精神医療システムの中に放り込まれ、なかなか抜け出せないことが多い。病院にかかる
前に、悩みを抱えている人や引きこもりがちな人を受けとめられる人が周りにいれば、相談にのり、一緒
に対応方針を考えることもできるため、薬物療法などに頼ることなく、社会復帰できる可能性も大きくな
るのではないか。
第二の理由が、障害の開示がしにくい状況にある。改善策の一つとして、合理的配慮の規定を含む障害
者差別禁止法の整備が考えられる。合理的配慮の規定とは、障害を理由とした不利等の改善に必要な配慮
を提供しないことを差別行為として定め禁止する規定である。合理的配慮の規定は、2006 年に第 61 回国
連総会で採択され、2008 年に発効された障害者権利条約で新しく提起された概念であり、本条約では、本
規定を「障害のある人が他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を共有しまたは行使す
ることを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、特定の場合に必要とされるものであり、
かつ、不釣合いなまたは過度の負担を課さないものをいう」と定義している。
我が国には、
一定割合の障害者を雇用することを雇用主に義務づける、
障害者雇用促進法はあるものの、
実効性のある形で障害者の雇用上の差別を禁止する法整備はされていない。差別禁止法が存在しても、差
別や偏見といった個人の内的な価値観や認識は容易に変わることは難しく、また、採用決定段階での差別
の立証は難しいとされている[4]。しかし、合理的配慮を導入した障害者差別禁止法である、
「障害をもつ
米国人法」
(Americans with Disabilities Act of 1990、以降 ADA と略す。
)を整備しているアメリカにお
いて、ADA により雇用に関する差別を受ける人が減り、また、合理的配慮を受けている障害者が増えて
いるとの報告があり[5]、障害者の労働及び雇用の可能性が広がっている。ADA などの海外の障害者差別
禁止法は、比較的少ない頻度でしか、精神疾患に関するケースに適用されてこなかったという事実がある
[6]ものの、差別禁止法は障害者が自らの社会参画の権利を主張するための強力な拠り所となるため、法
整備の必要性はあると考えられる。
合理的配慮の規定を具体的な効力を持つ法制度として構築するためには、
「必要かつ適切な変更及び調整」
そして、
「不釣合いなまたは過度の負担」の基準を具体化することが求められる。しかし、この基準の具体
化は、本規定がもともと個別的な状況を前提にしており、雇用者と雇用主との個別具体的な状況により変
化するものであり、さらに、障害者が障害をもたない者と平等に権利を享受できているかといった判断の
難しさもある[4]。
上記のように、規定の枠組みを具体的に定めることが難しいことや、法が整備されたとしても、差別に
対する個人の意識に対して何らかの強制力をもつものではない点から、法の限界はあるものの、合理的配
慮の提供を雇用主の義務とし、一定の行為を請求することが障害者に認められることを意味する点におい
て、肯定的な影響があることから、今後我が国においてもその整備が求められるものであるではないか。
一方で、精神障害者が、自身が精神障害者であることを開示しないで就労することを選択することも考
えられる。開示する場合は、病気について配慮が得られるなどのメリットがある一方、就職への門戸が狭
50
くなる、職場内で精神障害者というレッテルと貼られるといったデメリットがある。精神疾患の中には、
注意力や記憶力、対人関係など、仕事に必要な根本的な能力を危ぶむものがあるのは事実である[6]。し
かし、仕事内容によっては、ある程度の疾患があっても、業務をこなすことは可能である。よって、個々
の業務の特性に鑑み、支障がでると考えられる場合のみ、雇用主体が本人に精神疾患に関する質問をする
という方針を取ることが、障害者本人が望む形で就労するためには望ましい。諸外国の例を見てみると、
例えばイギリスでは、仕事に応募する時に精神疾患のことを公表する義務はない。また、雇用者も、精神
疾患について質問することが建設的であったり、
その仕事をする能力との関連が非常に強い場合に限って、
質問することができる[6]。精神障害者本人が、自分らしく、自分で納得のいく人生を送れることを第一
義とし、就労の際、明らかに業務に支障がでる場合を除き、障害の開示、不開示の選択は精神障害者が自
らの判断で選択できるようにしておく、つまり精神障害者の個人的な決定権を維持し、精神疾患をもつ人
の社会参加を促進するような心構えが社会全体に求められているのではないか。
(注3)一般就労の定義は、労働基準法に基づく雇用契約によるものであり、さらに、その就労の場であ
る事業所が障害者の雇用やその促進を本来の事業目的としていないという条件を満たすものであ
る。つまり、障害者の雇用とそのための特別な配慮や支援の提供が、その事業所における本来業務
内容において位置付けられていないことを意味する。障害者は、障害者であることを特別に考慮に
入れた基準よりも、一般的な価値基準に基づいて評価されることを望んでおり、社会福祉施設等で
提供される福祉的就労よりも、一般就労を望んでいる。
1-5 まとめ
精神疾患患者が増加している今、地域において精神疾患患者に対する受けとめをどうするかに関して対
策を講じることが喫緊の課題となっている。今までは、精神疾患患者に対し、医療と福祉サービスの提供
を別なものとして考えていたが、精神疾患が疾病と障害の境が不明確であると言う特殊な病であることを
考えると、このサービスの提供の仕方には限界が生じる。今後促進されていくであろう取組として、医療
及び福祉サービスを切れ目なく提供できる仕組みであるACTを取り上げた。また、精神疾患患者の多く
が最終的に就労して自立することを望んでいることから、就労促進のためには、合理的配慮の規定を含む
差別禁止法の制定の可能性について述べるとともに、障害の開示、不開示に関しては障害者自らの判断に
委ね、精神障害者の社会参画を促すような、社会全体の心構えの必要性について言及した。精神疾患患者
に対する地域の受けとめには、まず、医療、福祉の両面から包括的な対策を講じることが第一であり、さ
らに、就労支援を促進するために必要な法整備を進めていくことが肝要であろう。しかし、精神疾患患者
が増えている背景には、異端児を許容せずに排除するような社会であるが故に、昔は病院に行くことなく
回復していた人も病院に行き治療を受けているといった実情がある。自分らしさを隠し「透明」な存在で
あることを求められ、生活臭のない空間が多い社会 [7]自体を変えていくことも焦眉の急であろう。
参考文献
[1] 上杉正幸著『健康不安の社会学 健康社会のパラドックス(改訂版)
』世界思想社、2008
[2] 猪飼周平著『病院の世紀の理論』有斐閣、2010
[3] 高木俊介著『ACT-K の挑戦』批評社、2008
51
[4] 山村りつ著『精神障害者のための効果的就労支援モデルと制度 ―モデルに基づく制度のあり方―』
ミネルヴァ書房、2011
[5] 指田忠司、引馬知子、川島聡、石川球子、澤邉みさ子、廣田久美子、川口美貴、朝日雅也著『障害者
雇用にかかる「合理的配慮」に関する研究‐EU 諸国及び米国の動向‐』独立行政法人高齢・障害者
雇用支援機構障害者職業総合センター、2008
[6] グラハム・ソーニクロフト著『精神障害者差別とは何か』日本評論社、2012
[7] 上田紀行著『日本型システムの終焉 自分自身を生きるために』法藏館、1998
52
データ編
目
次
データ編
人口について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
人口の移動について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
医療・健康について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
暮らし(貧困)について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
農業について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9
災害について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
干拓と埋め立てについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
子どもの描く将来像について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
日本の全体像を包括的に捉える各種データ集・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25
現在のイノベーションを促進する取組について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
1
人口
1-1
総人口及び高齢化率の推移
日本の人口は 2010 年(12,806 万人)以降減少。高齢化率は増加し、2010 年は、23.0 であ
ったが、2030 年には 31.6 になると推定されている。
(千人)
2010 年
2030 年
12,806 万人
11,662 万人
高齢化率 23.0
高齢化率 31.6
2020 年
12,410 万人
高齢化率 29.1
(年)
図1.総人口の推移
注)国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』
(平成 24 年1月推計)出生中位(死
亡中位)推計より作成。
1-2
年齢3区分別人口規模の推移
年少人口(0~14 歳)は 1980 年代初めの 2,700 万人規模から 2010 年国勢調査の 1,684 万
人まで減少。2015 年に 1,500 万人台へとさらに減少。生産年齢人口(15~64 歳)は戦後一貫
して増加を続け、1995 年には、8,717 万人に達したが、その後減少。2030 年には 6,773 万人
になると推定。一方、老年人口(65 歳以上)は団塊の世代が参入を始める 2012 年に 3,000 万
人を上回り、2030 年には 3,685 万人となると推定されている。
1
(千人)
生産年齢人口
老年人口
年少人口
(年)
図2.年齢3区分別人口規模の推移
注)国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』
(平成 24 年1月推計)出生中位(死
亡中位)推計より作成。
1-3
後期老年人口の推移
後期老年人口(75 歳以上)は今後も上昇する傾向にあり、2023 年には 2,000 万人を超える
と推定されている。
(千人)
(年)
図3.後期老年人口の推移
注)国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』
(平成 24 年1月推計)出生中位(死
亡中位)推計より作成。
2
1-4
出生率
1950 年には 3.65 であった合計特殊出生率は減少傾向にあり、1975 年からは 2 を下回る値で
ある。
1966 年(丙午)
(年)
図4.合計特殊出生率の推移
注)厚生労働省平成 22 年度人口動態調査及び国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計
人口』(平成 24 年1月推計)出生中位(死亡中位)推計より作成。
1-5
地域ブッロク別の人口の推移
全国人口に占める南関東ブロック(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)のシェアは今後も
緩やかに上昇を続けると推定されている。一方、その他の地域ブロックの占める割合は横ばい
ないしは減少となる。東京都の人口シェアは 2005 年の 9.8%から 2030 年には 11.2%に増加す
る。
(%)
表1.全国人口に占める地域ブロック別人口の割合
ブロック
北海道
東北
関東
北関東
南関東
北陸
中部
近畿
中国
四国
九州・沖縄
特掲 東京都
平成17年
(2005)
4.4
9.4
33.2
6.2
27.0
2.4
13.5
16.4
6.0
3.2
11.5
9.8
平成22年
(2010)
4.3
9.2
33.7
6.1
27.6
2.4
13.5
16.3
5.9
3.1
11.4
10.1
平成27年
(2015)
4.3
9.0
34.2
6.1
28.1
2.4
13.6
16.2
5.9
3.1
11.4
10.4
3
平成32年
(2020)
4.2
8.9
34.6
6.1
28.5
2.3
13.7
16.2
5.8
3.0
11.3
10.7
平成37年
(2025)
4.1
8.7
35.0
6.1
29.0
2.3
13.7
16.1
5.7
2.9
11.3
10.9
平成42年
(2030)
4.1
8.6
35.4
6.0
29.4
2.3
13.8
16.0
5.7
2.9
11.3
11.2
参考:国立社会保障・人口問題研究所『日本の都道府県別将来推計人口』(平成 19 年5月推計)
http://www.ipss.go.jp/pp-fuken/j/fuken2007/t-page.asp
1-6
都道府県別老年人口及び後期老年人口の推移
2030 年の段階で老年人口数が多いのは、東京都(361 万人)、神奈川県(254 万人)、大阪府
(240 万人)
、埼玉県(205 万人)、愛知県(198 万人)など大都市圏に属する都府県である。
また増加率でみると、2005 年から 2030 年にかけて老年人口が 50%以上の増加になるのは、埼
玉県(76%)
、沖縄県(71%)、千葉県(71%)、神奈川県(71%)、愛知県(58%)、滋賀県(56%)、
東京都(55%)である。2030 年に老年人口の割合が一番高いのは秋田県であり、40.1%とな
ると推定されている。
後期老年人口は 2030 年まで全都道府県で増加する。2005 年から 2030 年にかけて老年人口
が 150%以上の増加になるのは、埼玉県、千葉県、神奈川県であり、そのほか、茨城県、東京
都、愛知県、滋賀県、大阪府、兵庫県、奈良県、沖縄県については 100%以上の増加となる。
参考:国立社会保障・人口問題研究所『日本の都道府県別将来推計人口』(平成 19 年5月推計)
http://www.ipss.go.jp/pp-fuken/j/fuken2007/t-page.asp
1-7
家族類型別一般世帯数の推移
今後増加するのは「単独世帯」であり、2005 年は 14,457 世帯(全世帯の 29.5%)であった
が、2030 年には 18,237 世帯(全世帯の 37.4%)となる。
参考:国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(全国推計)』
(平成 20 年3月
推計)
http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2008/t-page.asp
1-8
平均世帯人員の将来推計
2005 年には 2.56 人であった平均世帯人員は今後も縮小が続き、2030 年には 2.27 人まで縮
小する。ただし、変化の速度は次第に緩やかになる。東京都の平均世帯人員は最少であり、2030
年には東京都の平均世帯人員は2人を下回り、1.97 人となると予想されている。
参考:国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(全国推計)』
(平成 20 年3月
推計)
http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2008/t-page.asp
国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(都道府県別推計)』(平成 21
年 12 月推計)
http://www.ipss.go.jp/pp-pjsetai/j/hpjp2009/t-page.asp
4
1-9 世帯主が 65 歳以上及び 75 歳以上の世帯
世帯主が 65 歳以上の世帯は、2005 年の 1,355 万世帯から 2030 年の 1,903 万世帯まで増加
する。家族類型別では、
「単独世帯」の割合が増える。また、世帯主が 75 歳以上の「単独世帯」
は、2005 年の 197 万世帯から 2030 年の 429 万世帯まで増加する。
参考:国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(全国推計)』
(平
成 20 年3月推計)
http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2008/t-page.asp
2
人口の移動
・平成 23 年における岩手県、宮城県及び福島県の転出超過数の合計は4万 1226 人となり、4万
人を上回るのは昭和 45 年以来 41 年ぶり。転出超過数は前年に比べて、宮城県(転出超過数:
6402 人)及び福島県(転出超過数:3万 1381 人)は大幅な増加となり、岩手県のみ減少。宮
城県は、年齢5歳階級別にみると、全ての区分が転出超過となり、なかでも、20~24 歳の転
出超過数は、前年に比べて 1466 人の大幅な増加となっている。福島県も、年齢5歳階級別に
みると、全ての区分で転出超過となり、なかでも、0~14 歳の3区分の合計は 9040 人の転出
超過となり、前年に比べて 8826 人の大幅な増加となっている。また、0~14 歳の親世代の中
心となる 25~44 歳の4区分の合計は1万 1142 万人の転出超過となり、前年に比べて1万 491
人の増加となっている。
参考:総務省統計局
「住民基本台帳人口移動報告
平成 23 年結果
城県及び福島県の人口移動の状況-」
http://www.stat.go.jp/info/shinsai/pdf/1gaiyou.pdf
5
-全国結果と岩手県、宮
3
医療・健康
3-1
傷病別の医療機関にかかっている患者数の年次推移
2008 年の患者調査において、精神疾患の患者数は 323 万人であり、医療計画に記載すべき
とされている、他の4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)の患者数と比較して最大
となっている。
(万人)
(年)
図5.傷病別の医療機関にかかっている患者数の年次推移
注)厚生労働省が実施している患者調査を基に作成。
注)地域医療の基本方針となる医療計画に盛り込むべき疾病として、新たに精神疾患を加えるこ
とを 2011 年に厚生労働省が決定。
注)認知症患者数は血管性及び詳細不明の認知症及びアルツハイマー病の患者数の合計
3-2
認知症高齢者数の見通し
認知症高齢者数は、平成 14(2002)年は約 150 万人であったが、2025 年には約 320 万人、
2030 年には約 350 万人になると推計されている。
参考:厚生労働省
第1回介護施設等の在り方委員会配布資料(平成 18 年9月)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/09/dl/s0927-8e.pdf
6
3-3
平均寿命の推移等
平均寿命は今後も男女ともに緩やかに伸びていき、2010 年は 79.64 歳(男)、86.39 歳(女)
であったが、2020 年には 80.93 歳(男)、87.65 歳(女)となり、2030 年には 81.95 歳(男)、
88.68 歳(女)となると推定されている。
65 歳になってから、介護等を受けずに生活できる自立期間の平均は、男性が 16.66 年(平
均余命に対する割合は 92.0%)、女性が 20.13 年(平均余命に対する割合は 86.9%)であり、
平均して男性は 1.44 年、女性は 3.03 年介護等を受けているという試算値(2005 年時点)が
ある。
参考:国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』(平成 24 年1月推計)
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sH2401r.html
健康寿命の地域指標算定の標準化に関する研究班「平均自立期間の算定方法の指針」
(平
成 20 年3月)
http://plaza.umin.ac.jp/phnet/kjheikinjiritu1.pdf
3-4
男女の老化の差異
全国の住民基本台帳から無作為に抽出された約 6000 人の高齢者(60 歳以上)の生活を追っ
た調査(1987 年から 20 数年にわたる継続調査)によると、男性では、2割が 70 歳になる前
に健康を損ねて死亡するか、重度の解除が必要になり、80 歳、90 歳まで自立を維持する人が
1割、大多数の7割は 75 歳ごろから徐々に自立度が落ちていくという結果が出た。女性では、
9割の人が 70 代半ばから緩やかに衰えていく傾向がある[1]。
また、男性は脳卒中など疾病によって急速に動けなくなったり、死亡したりする人が多いが、
女性は主に骨や筋力の衰えによる運動機能の低下により、自立度が徐々に落ちていく傾向があ
る[1]。
3-5
健康寿命
65 歳時点での無障害平均余命は、1989 年から 2001 年にかけて、平均余命の伸びに見合った
伸長をしめしており、男性は 11.21 年から 13.04 年(89 年と比べて 1.83 年の増)に、女性は
13.49 年から 16.10 年(89 年と比べて 2.52 年の増)となっている。2004 年には 2001 年と比
較して男女ともにやや減少しているものの(男性が 12.64 年、女性が 15.63 年)
、1989 年から
総じて増加傾向にあり、健康でいられる期間は伸びている。
注)無障害平均余命とは、「健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」との問に対し、
「ない」とされる者を「無障害者」とし、通常の平均余命の考え方に則って、無障害である期
間の平均を試算したものである。
参考:内閣府 国民生活白書(平成 18 年版)
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h18/10_pdf/01_honpen/pdf/06ksha0301.
pdf
7
参考文献
[1]秋山弘子, “長寿時代の科学と社会の構想”, 科学,80(1):59-64, 2010
4
暮らし(貧困)
4-1
貧困の定義
日本国憲法は、
「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
(憲
法第二五条)とうたっており、国は最低限度の生活を保障するための制度や政策を立案してい
かなくてはならない。しかし、この健康で文化的な最低限度の生活の基準が憲法上明記されて
おらず、貧困の定義もあいまいであるのが現実である。生活困窮者に対し、生活費、医療費、
住宅費などの給付を行う生活保護法において、最低生活水準は厚生労働大臣の裁量によって決
定されることとなっており、現行では、最低基準は、一般国民の消費水準の約 60%になるよ
うに設定されている慣行があるものの、国民の理解と合意に基づくものとは言い難い。
貧困には、「絶対的貧困」と「相対的貧困」という二つの概念がある。前者は、生存を脅か
すレベルの貧困である。一方、後者は、その人が生活する社会において、一般の人が享受して
いる生活(衣食住だけでなく、他者との交流、就労等も含む)ができないことを指す。日本を
含め、先進国の多くは、後者の貧困の概念を用いているが、明確な定義付けはなされていない
ことが多い。生活困窮者に対し、国は保護をする義務がある以上、生活の最低限度の水準を具
体化することは必須であり、日本で生活する上で、最低限保障されなければならいない生活と
は何か今一度問い直し、具体化する作業が必要ではないか。
参考:阿部彩著『弱者の居場所がない社会
貧困・格差と社会的包摂』講談社現代新書、2011
年
4-2
貧困率
平成 21 年の貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)は 112 万円(実質値)となっており、
「相対的貧困率」
(貧困線に満たない世帯員の割合)は 16.0%となっている。これまでの全体
の「相対的貧困率」の推移をみると穏やかではあるが上昇傾向となっている。
「子どもの貧困
率」(17 歳以下)は 15.7%となっている。
「子どもがいる現役世帯」(世帯主が 18 歳以上 65 歳未満で子どもがいる世帯)の世帯員に
関しては、貧困率は 14.6%となっており、そのうち「大人が一人」の世帯員では 50.8%と半
分以上の世帯が貧困であり、「大人が二人以上」の世帯員では 12.7%となっている。「大人が
一人」の子どもがいる現役員に関しては、貧困率は平成 12 年より減少傾向にあるものの、依
然として非常に高い水準になっている。
参考:厚生労働省 「平成 22 年国民生活基礎調査の概況」
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/2-7.html
8
4-3
経済的理由で食料が買えなかった経験をもつ世帯の割合
国立社会保障・人口問題研究所が平成 19 年に実施した調査によると、
「過去1年間に経済的
な理由で家族が必要とする食料が買えなかったことがありますか」という質問に対して、「よ
くあった」という世帯は 2.5%、
「ときどきあった」は、4.5%、
「まれにあった」は 8.6%であ
り、計 15.6%の世帯が、食費が足りなかった経験をしている。
参考:国立社会保障・人口問題研究所
「社会保障実態調査」
http://www.ipss.go.jp/ss-seikatsu/j/jittai2007/janda/jittai2007.pdf
(本調査は全国から抽出された約1万6千世帯を対象に行っており、回収票数は1万世帯
を超える。)
4-4
ホームレス数
都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる
者、つまりホームレスの数は近年減少傾向にあるものの、平成 23 年の調査では1万人を超え
ている。
参考:厚生労働省 「ホームレスの実態に関する全国調査[概数調査]」
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r985200000191qr.html
5
農業
5-1
農業就業者の動向
農業就業人口は、平成 22(2010)年には 261 万人となり、平成 12(2000)年と比べ 33%、
平成 17(2005)年と比べ 22%減少しており、総じて減少している。この減少の要因は、高齢
化による離農のほか、小規模農家の農業者が集落営農組織に参加したことが主な要因と考えら
れている。
また、平成 22(2010)年における農業就業人口については、その平均年齢は 65.8 歳となり、
65 歳以上の者の割合が6割、75 歳以上の者の割合が3割になるなど、高齢化が進行している。
一方、平成 21(2009)年の新規就農者は6万7千人となり、前年と比べ7千人程度増加し
た。これは 60 歳以上の農家子弟(農家出身者)による自営農業への就農が6千人増加したこ
とによるものである。他方、39 歳以下の就農は1万5千人と近年横ばいで推移している。
参考:農林水産省 「平成 22 年度 食料・農業・農村白書」
http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h22/zenbun.html
9
6
災害
6-1昭和 20 年以降の我が国の主な自然災害の状況
表2.昭和 20 年以降の我が国の主な自然災害の状況
出典:平成 23 年版 防災白書
http://www.bousai.go.jp/hakusho/h23/bousai2011/html/honbun/2b_sanko_siryo_04.htm
10
6-2
自然災害による死者・行方不明者数
昭和 34 年の伊勢湾台風は 5000 人以上の死者・行方不明者を出し、2.3 兆円(平成 12 年価格)
という被害を発生させた[1]。甚大な被害をもたらした伊勢湾台風は日本の防災行政の基本とな
る災害対策基本法制定の契機となった。伊勢湾台風による水害は「稀にしか発生しないが、計画
規模を超える外力が堤防を破壊し、大規模な洪水氾濫を発生させ、それが被害ポテンシャルの大
きな都市を襲い、巨大な経済被害や社会の混乱などをもたらすタイプの水害」とされている[1]。
治水整備の進展により水害は減ってはいるものの、沖積低地は人口が集中している地域であるこ
とが多いため、このような低頻度大規模水害に対し、土地利用規制や防災意識の向上等の被害軽
減策を講じることが求められる。
伊勢湾台風以降、自然災害による死者数は比較的少数であったが、平成7年の阪神・淡路大震
災、平成 23 年の東日本大震災では、多数の死者が出ている。
図6.自然災害による死者・行方不明者数
出典:平成 23 年版 防災白書
http://www.bousai.go.jp/hakusho/h23/bousai2011/html/zu/zu010.htm
11
6-3
我が国の主な地震被害(明治以降)
明治以降、5000 名以上の死者を出した地震は、明治 24 年の濃尾地震(7,273 名)、明治 29 年
の明治三陸地震津波(約 22,000 名)、大正 12 年の関東大震災(約 105,000 名)、平成7年の兵
庫県南部地震(6,437 名)、及び平成 23 年の東日本大震災(15,270 名)となっている。
表3.我が国の主な地震被害
出典:平成 23 年版 防災白書
http://www.bousai.go.jp/hakusho/h23/bousai2011/html/hyo/hyo014.htm
12
6-4
震度6以上の地震が今後発生する確率
今後30年以内に震度6弱以上の地震が発生する確率は、南関東地震は70%、東海地震は8
8%、南海地震は70%と極めて高い確率となっている。
表4.震度6以上の地震が今後発生する確率
地震発生地域
地震発生確率(30年以内)
択捉島沖
60%~70%
色丹島沖
50%程度
根室沖
50%程度
十勝沖(ひとまわり小さいプレート間
80%程度
地震)
三陸沖北部
90%程度
宮城県沖
60%程度
茨城県沖(繰り返し発生するプレート
90%以上もしくはそれ以上
間地震)
南関東のM7程度の地震(大正型関東
70%程度
地震、元禄型関東地震を除く)
想定東海
88%
東南海
70%程度
南海
60%程度
(出典:地震調査研究推進本部「全国地震動予測地図」(平成 24 年1月 11 日公表))
被害想定に関しては、見直されているところであるが、平成 15 年に公表された「東海、東南
海、南海地震」被害想定では、3つの震源域が同時に破壊される場合、建物全壊が約 90 万棟、
死者約2万5千人に及び、経済的被害も最大 81 兆円にのぼるとされている。また、東京湾北部
地震の想定被害(中央防災会議公表)は、最悪のシナリオの場合、死者約1万 1 千人、建物の全
壊及び火災焼失は約 85 万棟、経済被害は約 112 兆円と推定されている。
参考:中央防災会議
「東南海、南海地震等に関する専門調査会」(第 14 回)
東南海、南海地震の被害想定について
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/nankai/14/siryou2.pdf
中央防災会議
「首都直下地震の被害想定(概要)」
http://www.bousai.go.jp/syuto_higaisoutei/pdf/higai_gaiyou.pdf
6-5
危険物施設(注)における火災及び流出事故発生件数の推移
危険物施設における火災及び流出事故件数は、平成6年(1994 年)から増加傾向にある。平
成 20 年より2年間、件数は減少したもの、平成 22 年は増加している。
13
平成7年の阪神・淡路大震災により発生した危険物施設における流出事故は 163 件であり、全
発生件数の約3割を占めている。
図7.危険物施設(注)における火災及び流出事故発生件数の推移
出典:平成 23 年度版 消防白書
http://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h23/h23/html/2-1-2a-0.html
(注)危険物施設について
消防法で指定された数量以上の危険物を貯蔵し、または取り扱う施設として、市町村長等の許
可を受けた施設で、製造所(化学プラント、製油所等)、貯蔵所及び取扱所の3つに区分されて
いる。平成 23 年3月 31 日時点での危険物施設の総数は 45 万 5829 施設となっている。施設区分
別にみると、地下タンク貯蔵所が全体の約 22%と最も多い。
6-6
原子力発電所における事故
平成 11 年9月 30 日、東海村JCO核燃料加工施設臨界事故により、3名の作業が大量の放射
線の被ばくを受け、その後、2名が亡くなった。
平成 13 年 11 月には、中部電力浜岡原子力発電所1号機において、余熱除去系の配管破断事故
が発生。さらに、平成 16 年8月には、関西電力美浜発電所3号機において、不適切な配管の管
理による減肉現象により、2次系配管の破損事故が発生し、5名の人命が失われた。
昨年3月 11 日の東日本大震災においては、東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号
機では、電源の喪失、それに伴う冷却機能の喪失、燃料棒の露出・温度上昇、水素爆発等の異常
が発生し、周囲の大気及び海域に放射性物質が放出される事態となった。
14
6-7
災害の形態の変化
国及び地方公共団体による防災対策や防災技術の活用により、災害による被害の軽減が図ら
れているものの、地震、津波といった人命を脅かす自然災害や、自然(Na)災害から引き起こさ
れる技術(Tech)災害である Natech(注)災害に対し、国及び地方自治体が対策を講じてきたものの、
未だ十分とは言えない。
Natech 災害の事例として、昨年3月 11 日に発生した東日本大震災による福島第一原子力発電
所事故及び千葉港や仙台港でのコンビナート火災、平成 15 年9月 26 日に発生した十勝沖地震に
よる原油タンクからの火災、平成7年1月17日の阪神・淡路大震災により、液化プロパンガス
の配管系が破損してプロパンガスが大量に漏れ出した事例等が挙げられる。10 年以上過去にさ
かのぼると、昭和 39 年の新潟地震により、製油所のタンクから出火し、2週間近くにわたって
燃え続けた事例や、昭和 53 年の宮城県沖地震による重油タンク破損により大量の重油が流出し
た事例がある。
大都市圏の湾岸部には高度成長期に多くの石油化学コンビナートが建設されてきた。このコン
ビナート地区で地震による液状化や側方流動が原因となって大災害が起こる可能性は否定でき
ない。大型タンクの火災、タンクの破損による重油・原油などの危険物と高圧ガス等の流出とい
った事故が想定される[2,3]。石油化学コンビナート地区の安全確保に関しては、中央防災会
議の首都直下地震対策専門調査会による報告[4]及び東京都の東京都防災対応指針[5]内にも
記載がある。しかし、例えば、タンク破損により流出した重油・原油の発火による大規模な海上
火災により、救援物資等の海上輸送が困難になるなど大震災が起きた際の対応方針に影響が生じ
る可能性がある事象に対し十分な検討がされているかに関しては疑問が残る。地震時の海域の安
全性等、防災対策において死角となっている領域はないか、再度検討することが必要ではないか。
災害の形態の変化に関して、もう一つ考慮に入れておくべき点は、都市災害である。都市災害
とは、災害の原因は何であれ、その被害の拡大が人口・諸施設・経済活動など、都市の諸構成要
素が複雑に関連しあっていることによってもたらされ、二次災害、三次災害を引き起こすものと
定義されている[6]。都市は、中枢管理機能があり、ヒト、モノ、情報及び様々なライフライン
が集積している場所である。ひとたび都市に大きな災害が生じると、特にライフラインは、機能
相互間に連鎖性があるため、一つのシステムの破壊が他のシステムの機能に波及することも多く
(例:電力の供給停止による列車の運行停止)、普及には時間を要する。都市における業務活動
や生活様式は、都市サービスへの依存度が高く、長時間にわたって都市が機能障害になる可能性
が高い[6]。また、都市特有の特徴として、地域社会における人間関係の希薄さが挙げられる。
都市では、多様なサービスが提供されているため、地域の人と関わることなく生活を送ることも
可能である反面、災害が起こった際には、隣に住む人が誰であるかも分からないような脆弱な地
域コミュニティーにおいては、身近に住んでいる人からの助けを期待することは難しい。都市災
害の対策を講じる際には、地理的側面(地盤の状態といった自然条件、人口密集地の近くに立地
している工場等からの二次的な技術災害等)だけでなく、市民の生活様式(朝、昼、夜といった
時間軸にも含意)、都市構造(地域コミュニティーの脆弱さ等)といった社会的条件を十分に考
慮することが肝要である。
(注)自然災害から引き起こされる技術災害は、Natech 災害と呼ばれている。
15
6-8 関東大震災[6,7]
前項において、ライフラインの普及に時間を要することに言及したが、関東大震災においては、
震災による被害が軽く火災も免れた東京の山の手地区では地震後4日目から一部で電灯が復旧
したが、電力需要が地震前の 50%に回復するまでに約 40 日間を要し、本来の状態に戻ったのは
約4か月後であった[6]。中央防災会議の首都直下地震対策専門調査会の報告[4]によると、ラ
イフライン・情報インフラの普及には、電力は6日間、通信(一般回線)は2週間程度を要する
とされており、大震災が都市インフラに与える影響は大きい。
災害発生時には、様々な情報が流れるため、人々が混乱に陥ることが多々ある。関東大震災の
際にも、流言により、朝鮮人虐殺が発生した。また、食料の配給の際に群衆が殺到し負傷者がで
たり、暴動、略奪も生じたりしている。予期しない事態が発生し、一被災者となると、不安が先
に立ち、情報に対して批判的な検討をすることが困難であり、適切な判断をすることが困難にな
る。特に人が集まる場所において災害時に混乱が生じないように、被災者心理を考慮に入れた対
策を講じることが求められる。
6-9
災害リスクが高い地域における 65 歳以上の高齢者世帯の割合
土砂災害危険個所、洪水リスクが高い箇所、及び地震災害リスクが高い箇所における高齢者世
帯数が増加する傾向にある。災害弱者である高齢者が、災害リスクの高い地域に多く住んでいる
現状が見て取れる。今般の東日本大震災においても、高齢者及び高齢者が入居している福祉施設
の職員が多く犠牲になっている。高齢者を含め災害弱者が優先的に災害リスクの低い地域に居住
できるようにしていく必要がある。
図8.災害リスクが高い地域における 65 歳以上高齢者世帯の割合
16
出典:「国土の長期展望」中間とりまとめ≪図表≫
国土審議会政策部会長期展望委員会(平成
23 年2月 21 日)
http://www.mlit.go.jp/common/000135838.pdf
参考文献
[1] Sato T, et al, “Toward Resilient Society to Low Frequency but High Consequences Type
Flood Disaster Risk - Contemporary Issues from the 1959 Typhoon Isewan Disasters -, 防
災科学技術研究所研究報告,75:51-68, 2009
[2]文藝春秋編『日本の論点』文藝春秋、2012
[3]早稲田大学 東日本大震災復興支援室ウェッブサイト オピニオン 臨海コンビナートの
危険性と耐震対策-首都圏直下地震における防災の盲点
http://www.yomiuri.co.jp/adv/wol-fukkou/opinion/110530.htm
[4]中央防災会議 「首都直下地震対策専門調査会」 首都直下地震対策専門調査会報告
http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/shutochokka/houkoku.pdf
[5]東京都 「東京都防災対応指針」平成 23 年 11 月
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/pdf/231125bousaitaiouhonsatu.pdf
[6]災害研究プロジェクト編『近代日本の災害-明治・大正・昭和の自然災害-』テクノバ、1993
[7]鈴木淳著『関東大震災 -消防・医療・ボランティアから検証する』ちくま新書、2004
17
7
干拓と埋立てについて
干拓と埋立ては、新田開発として古くから行われてきた[1]。近世からは江戸、大阪といった
都市開発[2,3]、明治以降は工業用地造成[4]も加わり、戦後大々的に進められた[2,5]。
干拓と埋立てでは、新たな土地が得られる一方で、干潟や藻場の喪失をはじめ周辺の環境や生活
への影響が大きくなり、遂行が困難になってきている[6,7]。また、造成した干拓地、埋立地
についても継続して維持管理が必要であり、関係する水利、水防の費用対効果とも合わせて評価
することが求められている[8]。
東日本大震災では、福島県八沢浦干拓地注1をはじめ沿岸域の干拓地、埋立地が多く被災(湛水)
した[9]。その後、排水復旧作業が進められているが[9]、人と自然との境界について再検討が
必要ではないかとの指摘がなされている[10,11]。関係する周辺水系全体について上流から沿岸
を含む地域の全体を俯瞰して、特徴を長期的視点から把握した上で、どのような国土を確保する
のかという目標を明らかにした国土の保全と開発のグランドデザインから描き上げる努力が必
要である。このため、国土形成計画法に基づく全国計画と広域地方計画、河川法に基づく河川整
備基本方針と河川整備基本計画といった計画の策定において、さらなる取組が期待される。
7-1
干拓
干拓は、海岸潟湖、低湿三角州の湖沼あるい
は干潟に堤を設けて、河川、汀と仕切り、排水
して農地(主に水田)を得る営みである[12]。古く
は 6 世紀(推古天皇時代)に遡るとみられるが、
本格的に進められたのは 16 世紀(近世前期)から
である[12]。近世には 1 割程度の利潤を上げる
民営事業であった干拓も、明治以降は費用の増
大により採算が困難となり、戦後には、大規模な
ものは国営事業となった[12]。なお、「干拓」とい
う語は、大正 2 年頃から農商務省で新たに拵えて、
図9.
八沢浦干拓地の津波被災後の
湛水状況[9]
朝日航洋 2011 年 3 月 12 日撮影
http://ec2-175-41-208-71.ap-northeast-1.compu
te.amazonaws.com/map/main900913.html
1914 (大正 3)年の耕地整理法改正において「埋立」とともに追加された[13,14,15]。
規模の大きな干拓としては、有明海(諫早湾を含む)、八代平野、児島湾、八郎潟、琵琶湖、
十三湖、河北潟、印旛沼などがある[16,17]。
注1
1901 年に着手し、工事中 11 名の犠牲者を記し、1935 年に 314ha の水田が完成した[18]。現
在の八沢干拓土地改良区[18,19]。
18
有明海は約 1,700km2 の広大な浅い海であり、干潮
時には海岸線から 5~7km の沖合にまで干潟となっ
て露出する。有明海の干潟は多いところでは 1 年に
5cm も土粒子が堆積するため、成長する干潟の奥に
ある陸地では排水が年々困難となる。これを改善す
るため、有明海では古くから干潟の干拓とあわせて、
排水を容易にするための取組みが続けられている。
有明海で最も古い干拓は推古天皇の頃(593~629 年)
に開かれた[20,21]といわれている。これまでに有
明海では 260km2(釧路湿原の約 1.5 培)を超える面
積が干拓されている[22]。
図 10. 有明海の干拓[22]
九州農政局諫早湾干拓事業ホームページより
干拓では、地元漁民や上流住民との
利害調整が不可欠であり、これが長期
に及ぶことや計画の中止、見直しも見
られる[20]。さらに近年では、環境保
全、景観の維持も求められている[4]。
図 11. 諫早湾の干拓[22]
九州農政局諫早湾干拓事業ホームページより
7-2
埋立て
埋立ては、人為的に水流または水面を陸地に変更させることである[4]。江戸時代、徳川家康
が江戸に入場して以降、日比谷の入江が埋立てられ、現在の丸の内、有楽町、内幸町、新橋、東
新橋一帯を完成し、引き続き中央区、江東区などにあたる地域で埋立てが次々に進められた[2]。
明治時代以降では、工業用地、港湾関連用地の埋立て造成が盛んになった。近年はこれらの用途
のほかに,都市再開発用地(住宅用地、商業・業務用地、レクリエーション用地)の造成のため
に、埋立てが実施されている[4]。
19
東京湾の埋立ては、観音崎・富津岬を結ぶ湾口以北で
は、千葉県の小櫃川河口付近を除き隙間なく分布してい
る[23]。港湾工業用地造成は、1908(明治 41)年に浅野
総一郎が安田善治郎、渋沢栄一らと企画した川崎横浜地
区の埋立てにはじまり、京浜、京葉工業地帯が横浜、東
京、川崎、千葉などの港や羽田空港とともに順次形成さ
れてきた[2]。1970 年頃からは流通交通体系の改善、都
市の再開発、自然の回復が進められ、幕張新都心、みな
とみらい 21、臨海部副都心をはじめ多くの地区が建設さ
れてきている[2,24]。
図 12. 東京湾の年代別埋立状況
東京湾環境情報センターホームページより
http://www.tbeic.go.jp/kankyo/mizugiwa.a
sp
大阪湾は、古くは 1173 年の平清盛による経ヶ島(神戸)
の開鑿をはじめ江戸時代以前から埋立てがなされ、昭和
25 年から昭和 50 年頃の戦後復興期、高度成長期にかけて埋立事業は急激に増加した。昭和 50
年以降においても、ポートアイランドや関西国際空港など大規模埋立事業が進められている[25]。
図 13.大阪湾奥部の埋立状況
せとうちネットホームページ 環境情報埋立ての現況より
http://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNe
t/seto/kankyojoho/shakaikeizai/01umetate-1.htm
瀬戸内海環境保全臨時措置法施行後の免許
(50ha 以上)
(1)阪南港内(木材港地区)昭和 51 年 51ha
(2)大阪港内(北港南地区)52 年 378ha
(3)阪南港内(二色の浜)53 年 243ha: 阪南
4.5.6
(4)神戸港内(ポーアイ 2 東)61 年 229ha
(5)尼崎・西宮・芦屋港内 62 年 111ha(東海
岸町沖北区 尼崎沖フェニックス)
(6)関西国際空港 62 年 511ha
(7)南大阪湾岸整備事業(りんくうタウン)62
年 318ha
(8)大阪港内(南港北地区)63 年 67ha
(9)神戸港内 (ポーアイ 2 西)63 年 161ha
(10)堺泉北港内 平成元年 203ha(泉大津沖フ
ェニックス)
(11)神戸港内 9 年 286ha(六甲アイランド南)
(12)阪南港阪南 2 区 11 年 142ha
(13)神戸空港 11 年 272ha
(14)関西国際空港 2 期 11 年 545ha
(15)大阪港内(夢洲地先) 13 年 204ha
(注)江戸時代から昭和 54 年までは、国土交通省近畿地方整備局資料から 作成それ以後のものについ
ては環境省調べ
20
参考文献
[1] 谷岡武雄『日本の風土:その地理学的研究』大八洲出版、1948
[2] 若林敬子『東京湾の環境問題史』有斐閣、 2000
[3] “都市連鎖研究体
プロジェクト 4 Fujiko-大阪湾埋立地改造計画”, 10+1,(37):132-137,
2004
[4] 土木学会編『土木工学ハンドブック(第 4 版)』、技報堂出版、1989
[5] 人と自然との共生懇談会「1850 年以降の国土利用の経緯(草地、農地、陸水域、沿岸)」
平成 23 年度人と自然との共生懇談会第 2 回資料 1-2
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/kyosei/23-2/files/1-2.pdf
[6] 山野明男『日本の干拓地』農林統計協会、2006
[7] 鈴木範仁,永野征夫,森田章義,“沿岸部の埋立事業にともなう周辺地域の変容”,地理誌
叢, 50(2) :1-16, 2009
[8] 那智俊雄,須山修次,“事業別にみた土地問題-埋立ての今日的課題”,土木学会誌,
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大震災現地調査報告(速報-2)平成 23 年 5 月 2 日」
http://www.jsidre.or.jp/newinfo/touhokujishin/pdf/yamagata.pdf
[10] 赤坂憲雄,“新章東北学(8)50 年後の日本、語ろう”, 産経新聞,2011
[11] 赤坂憲雄,“新章東北学 (16)海辺に生きることの意味”
, 産経新聞,2012
[12] 菊地利夫『日本に於ける干拓の地域的展開とその構造』水経済年報、1956
[13] 鈴木尚登,森瀧亮介,“沢田敏男先生が語る可知寛一先生と巨椋池干拓(上)”,農村振興,
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[14] 鈴木尚登,森瀧亮介,“沢田敏男先生が語る可知寛一先生と巨椋池干拓(下)”,農村振興,
681:30 -31,2006
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の成立背景
水土の知”
,農業農村工学会誌,75(2):93-96,2007
[16] 農業土木学会編『農業土木史』
(国営地区一覧表(国営・直轄干拓))、農業土木学会、1979
[17] 吉武美孝,松本伸介,篠和夫,
“ 戦後干拓事業の変遷について-わが国の戦後干拓事業の
実態に関する研究”,農業土木学会論文集,63(3):383-393,1995
[18] 末永博, 農業土木を支えてきた人々-八沢浦干拓事業と山田貞策を支えた人々, 農業土木
学会誌, 54(2):161-164, 1986
[19] 福島県農林水産部農村計画課ホームページ 県内の土地改良区
http://www.pref.fukushima.jp/nosonkeikaku/dantai1/kairyouku/tochikairyouku.html
[20] 菊地利夫『改訂増補 新田開発』古今書院、1976
[21] 農林省農務局『 旧藩時代ノ耕地拡張改良事業ニ関スル調査』農林省、1927
[22] 農林水産省九州農政局諫早湾干拓事業ホームページ 有明海と諫早湾の干拓の歴史
http://www.maff.go.jp/kyusyu/nn/isahaya/outline/history.html
[23] 遠藤毅,“東京都臨海域における埋立地造成の歴史”, 地学雑誌,113(6):785-801, 2004
21
[24] 小笹博昭,“東京湾における埋立と臨海部の利用”,海洋, 33(12):845-850,2001
[25] 国土交通省近畿地方整備局港湾空港部ホームページ みなとの歴史
http://www.pa.kkr.mlit.go.jp/general/1/history.html
22
8
子どもの描く将来像
子どものもっている未来への夢や、探究心、創造力を伸ばす一助として、自由奔放な発想や
純粋で素朴な心を絵に表現することを目的として、
「未来の科学の夢」絵画展が昭和 54 年より
毎年開催されている。
全体的な傾向としては、岡部冬彦審査委員長が第3回絵画展で述べているように、“未来の
夢”が、小学校の低学年と高学年ではかなり異なっており、3年生ぐらいまでは確かに未来に
夢を持っており、ホノボノとした子供たちの発想の自由さが見て取れるが、一方で、高学年に
なると、発想の自由さがなくなり、内容も現実的なものとなる傾向がある。また、第1回から
第 33 回まで、毎年、子どもの未来の科学の夢が進歩し、徐々にハイテクな作品が多くなる一
方で、何年経っても毎年のように、雪下ろし装置の作品、地震等の災害から身を守る装置の作
品が出品されており、科学技術が進歩しても、自然災害に人間が悩ませ続けられている現実を
克明に表していると言えよう。さらにもう一点傾向を挙げるとすると、昭和 63 年の第 10 回よ
り福祉関連の作品が増えてくる。高齢化率(全人口に占める 65 歳以上の人口の占める割合)
は、昭和 60 年には 10%を超え、その後も増加を続けている。作品の中には、高齢者だけでな
く身体障害者のためのロボット等も見受けられ、福祉全般への関心の高まりが読み取れる。
子どもの描く絵画の多くは、世相をよく反映しており、以下に関単に事例を挙げつつ、子ど
もの描く未来の夢の大まかな移り変わりを見ていきたい(対象は入賞作品に限る)。
昭和 57 年の第4回絵画展では、未来の海底都市を描いた絵があるが、海底都市を描いた理
由として、人口増加による地上での居住空間の不足を挙げている。昭和 57 年の人口の自然増
加率は 6.8(人口 1,000 対)であり、平成 16 年まで日本の人口増加は続く。平成3年の第 13
回絵画展においても、同様の理由から海上に未来の街をつくる絵が出展されている。
昭和 60 年の第7回絵画展では、都市問題、環境問題、交通問題を扱ったものが多く、海底、
地中都市やスペースコロニー、都会や海底の清掃ロボット、事故防止の道路や乗り物、無公害
の高速鉄道などが主だったものであった。さらに、岡部審査委員長は講評において、「当時話
題になっていた生物科学に関する作品が意外と少なく、科学というものが、未だに機械、特に
最近はコンピューターを組み込んだ自動機械を作ることだと思っている、多くの大人の考えを
反映しているとのが原因である」、と述べている。遺伝子組み換え技術をはじめ生物分野での
科学技術が進歩しつつあったものの、生物関連の科学が社会に十分に浸透していなかったこと
が推察される。しかし、平成6年にはクローン再生の絵、平成8年には農薬により汚染された
土壌を清浄することができるバイオ植物の作品があり、その後徐々に身近になってきている。
平成3年の講評において、「以前は、生産効率の高い機械が良い機械であるといった、効率
化を図るものがよしとされた考えから発想された作品が多かったが(例えば、自分の代わりに
宿題をやってくれる機械等)、最近はそのような発想が根本となっているものが少なくなり、
小鳥が集まる町のように、人と自然が共存するような微笑ましい発明が多くなっている」、と
記載されている。
平成7年の第 17 回絵画展では、高齢者が、昔の思い出を体験でき、家族や趣味を生きがい
にして病気と薬に付き合える病院の絵が出展されている。高齢化が進む中、老後をどのように
したら楽しく充実して送ることができるかに関して子どもも関心を持ち出していることが推
23
察される。
平成8年の第 18 回絵画展では、悩みを聞いてくれるロボットや独り暮らしをしているお年
寄りの心を和ませてくれる、心からの“新しい”お友達の絵が、平成9年の第 19 回絵画展で
は、ひとりで留守番をしていて、心配な気持ちになった時に、家族の人と話すことができる絵
が出品されている。科学がハードだけでなく精神面といったソフトの部分でも有効活用できる
可能性を示唆している。
平成 11 年の第 21 回絵画展では、ささいな怒りから犯罪を起こす人の悪い気持ちをエネルギ
ーに変えるイライラ発電機やいらいらした気持ちを優しい気持ちにしてくれるいらいら解消
マシーンの絵が出展されている。平成 10 年には男子中学生が女性教師をカッとなって刺す事
件等、若者が主体となる事件があり、世相をよく表している。
平成 12 年の第 22 回絵画展では、放射能を食べて酸素に変える植物の絵が出展されており、
前年の東海村JCO臨界事故が背景にあるものと考えられる。この年の講評では、「単なる夢
や空想ではなく、現代社会の私たちの生活文化に関わる提案や新しい環境再生への確かなアイ
デアの作品が出てくる傾向がある」
、と述べられている。環境問題をはじめとした様々な社会
問題が顕在化している中、科学の力でよりよい社会を築けるのではないかといった夢を子ども
が持っていることはよいことではあるが、子どもが社会問題を身近に感じるような環境になっ
てしまっているとことが察せられる。また、この年はパソコンの絵が散見される。内閣府の消
費動向調査結果によると、パソコン普及率は平成 11 年3月末、平成 12 年3月末、平成 13 年
3月末と順に、29.5%、38.6%、50.1%と毎年飛躍的に伸びている時期である。さらに1点追
記するとすれば、超伝導型低空飛行衛星の絵があり、その後平成 19 年の作品ではナノテクや
GPSを活用した作品も見られるようになる。平成 22 年にはさらに進化し、ろ過機能付き吸
水ポリマー防波堤といった作品が受賞しており、科学の進歩を子どもも肌で感じ取っていたの
ではないかと思われる。
平成 13 年の講評では、
「自分だけの希望や生活一般の便利さから一歩進めて、世界の友達と
の交流、同時通訳イヤホン等、国際性をテーマにした作品に対し、審査委員一同が重要、かつ
頼もしく思った」、との記載がある。さらに、この年の特徴として、
「夢」が単なる便利さだけ
の「想」ではなく、「意志」に変わり始めたと述べられている。利便性や効率性を高めてくれ
る「モノ」から、悩み事を解決してくれるカメラやにおいを嗅ぐと優しい気持ちになれる花の
ような、「心」を対象としたものへアイデアが変化しつつある傾向がある。世相を表している
事例として2つ挙げられる。一つは、医療ミスである。医療ミス発見装置の絵が出展されてお
り、前年の平成 12 年は患者を取り違えて手術をする等の医療過誤が多く発生した。二つ目は
携帯電話である。立体映像で話している相手が出てくるような未来の携帯電話の絵が受賞して
いる。総務省の通信利用動向調査報告によると、平成 11 年3月末、平成 12 年3月末、平成
13 年3月末と、携帯電話の保有率は 64.2、75.4、75.6%と増加傾向にあり、その内、インタ
ーネット対応型携帯電話の保有率は
8.9、26.7、44.6%と劇的に増加している。次の年の作
品にも、目の不自由な人も使用できる点字携帯電話や携帯電話の電波を防ぐことができる電波
防止トレーナーの作品があった。
平成 14 年は無登録農薬の使用や輸入野菜の残留農薬の問題があった。第 25 回の平成 15 年
の絵画展ではDNA組み換え、放射能や農薬の残有量を調べられる食品安全検査機の絵が受賞
24
している。
平成 16 年の絵画展でコミュニケーションをテーマにした作品が散見された。パソコン内で
世界の人々と話せる「第2の世界」を絵に描いたものや、電話にはない、心温まるメロディー
とともに心を届けるメッセージ・ボックス等である。また、「癒し」をテーマにした作品が登
場したことも特筆すべきことである。平成 20 年にも入浴中に心を癒せる映像を見ながら健康
チェックが出来る装置の絵が、また平成 21 年には風やものを触った感覚も感じられる癒しの
メガネの作品が受賞している。
平成 21 年は食べ物しか切れない不思議な包丁の絵が受賞している。前年の平成 20 年は秋葉
原通り魔事件、土浦連続殺傷事件等凶悪な殺人事件が多く、悲しい世相を反映している。
一人暮らしの要介護の老人をテーマにした作品が平成 20 年ごろから見られる。平成 20 年は
介護やコミュニケーションがとれるロボット犬、平成 22 年は座ったままでも旅行に行ける部
屋といった作品があった。
平成 21 年7月に死者が 30 名以上となる中国・九州北部豪雨があった。その後もたびたび集
中豪雨の被害はあり、平成 22 年、平成 23 年にゲリラ豪雨対策の絵が見られる。
平成 23 年の第 33 回絵画展では、心の病気になる人が多くなってきている現状を踏まえ、ス
トレスを食べてくれるペットの絵が受賞している。厚生労働省による患者調査によると、平成
11 年から平成 20 年の間に、精神疾患の患者数が 204 万人から 323 万人に増加しており、糖尿
病(平成 20 年の患者数は 237 万人)や悪性新生物(平成 20 年の患者数は 152 万人)の患者よ
り多くなっている。
参考文献
社団法人発明協会編『第1回~第 33 回未来の科学の夢絵画展』、1979-2011
9
日本の全体像を包括的に捉える各種データ集
・フロンティア分科会・部会
参考資料
http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120215/sankou4.pdf
・国土交通省
国土審議会政策部会長期展望委員会「国土の長期展望」中間とりまとめ≪図表≫
≪数値データ≫
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/kokudo03_sg_000030.html
25
10 現在のイノベーションを促進する取組について
青山 伸1、篠原 千枝2
イノベーション促進の取組が如何に進められたかを概観することは今後の方策を考える上で重要な示唆
をもたらすと考えられる。戦後の3四半世紀弱における取組のうち、1.社会システムの変革を要請した
資源調査会の活動、2.リスクマネーの提供、3.技術開発のシーズ育成及び4.ベンチャー企業の育成、
ならびに5.今後への展望について、以下に概説する。
10-1 社会システムの変革を要請した資源調査会の活動
第二次世界大戦で疲弊した国民の必要最低限のニーズを満たす原料資源をどのように確保するのかとい
う問題は、戦後復興の最初にして最大の懸案であった。しかし、このような敗戦後の日本が置かれた状況
は、日本の国内資源の可能性を見つめ直す絶好の機会でもあった。以下主に佐藤仁著『
「持たざる国」の資
源論 持続可能な国土をめぐるもう一つの知』[1]の記述からその概要を示す。
資源委員会は、国内資源を見直し、大局的・長期的な視点から国民経済の物質的条件について考え、首
相に勧告する機関として昭和 22(1947)年に誕生した(昭和 24(1949)年からは資源調査会)
。資源委員
会は当時の行政機関としては際立った特徴を備えていた。具体的には、1.経済政策機関からは半ば独立
して自律的な課題設定を行う権限、2.省庁横断的な活動範囲、3.多方面の専門家を委員や専門委員と
して招聘する学際性、といった点が挙げられる。資源調査会は、土地、水、地下資源、エネルギーの四部
会で発足し、翌年5月に衛生部会、9月に繊維部会、10 月に地域計画部会、続いて 12 月に防災部会、昭
和 24(1949)年 12 月には森林部会が相次いで加えられていった。
初期の調査会は、洪水予測、土地調査、鉄道電化、合成繊維工業の育成、屎尿処理などについて大きな
変革をもたらす重要な勧告を行った。しかし、得てして現状に異議申し立てをし、既得権益を脅かすこと
が多かったため、関連業界からしばしば圧力をかけられた。また、徐々に、各省庁の縦割り構造が戦後の
混乱から息を吹き返してきたため、資源調査会の領域横断的な活動を含む進歩的な政策が 1950 年代以降、
後退していく。例えば、戦後復興の過程で拡大を見せていた産業公害、特に鉱業排水の抜本的な規制を試
みた昭和 24(1949)年に出された水質汚濁防止についての勧告案は、関係省庁、関連団体からの抵抗を受
けて、最終的に、単に水質汚濁防止の必要性を内外の実例を挙げて主張するに留め、さらなる研究に基づ
く水質基準の策定を目指す、という極めて緩い内容の勧告となり、結果としてその後の水俣病やイタイイ
タイ病などの公害問題を防げなかった。原案が出された昭和 24(1949)年の段階で総量規制を含めた今日
の環境政策の基本的な考え方を勧告案に導入していた資源調査会はまさに先駆的であったが、
それゆえに、
原案は強い抵抗を受け、実現されることはなかった。しかし、資源調査会が産業界と公衆衛生の橋渡しを
しながら両者のバランスをとる機能を果たそうとした事実は評価に値する。
1
2
内閣府 経済社会総合研究所 前総括政策研究官
内閣府 経済社会総合研究所 研究官
26
資源調査会の取組の特徴を2点挙げると、一つは資源のとらえ方が動的であることであり、二つは総合
という考え方のもとで対象としている資源のみならず関係する事柄全体を俯瞰して保全を求めていること
である。
資源調査会が取りまとめた第二回資源白書『日本の資源問題(上・下)
』
(昭和 36(1961)年)では、
「資
源とは人間が社会生活を維持向上させる源泉として働きかける対象となりうる事物」と述べられており、
動的な資源概念が見て取れる。この定義は、人間と自然の相互作用の結果生じてくる「事物または物質が
果たしうる機能」
として資源を定義した米国の経済学者エリック・ジンマーマン流の見方が色濃く表れてい
る。彼によれば、資源とは客観的な存在としてそこに「ある」ものではなく、そこに働きかける人間社会
側の諸条件によって、初めて資源に「なる」ものとされている。
「資源」は人間社会からの働きかけを受け
て初めて有用性を発揮するようになるのである。このことは、資源はそれに働きかける人間の思考や技術
に左右されることを意味する。
また、もう一方の「総合」とは、土壌や森林、水などの資源は互いにつながっており、相互関係にある
という「自然の一体性」
(例:山は海の恋人)という前提から出発して、資源の開発・保全・利用を統一的な
視座から見ることを指すが、そこには二つの段階があると考えられている。一つは、水や土壌、森林とい
った生態系の構成要素を統一的な視座に収めるという自然科学的総合の段階。二つ目は、自然の統一性を
諸資源の競合関係といった人間社会の側の要請と突き合わせ、合意の落としどころを探る社会科学的総合
の段階である。どちらが欠けても効果的な資源政策を実施することはできない。資源調査会は、自然科学
系の技術者や専門家が大半を占めてはいたものの、初期の段階から社会科学的な知見の必要性が認識され
ていたところは注目に値する。
表1.資源調査会の初期の勧告
勧告No
1
2
3
題 名
発行年月
概 要
利根川洪水 昭和 23 年
既存の個別的機関を一つの組織に連絡統一して洪水予測を行う
予報組織
もの。経費節減効果が大きかった。
8月
鉱床調査の 昭和 24 年
鉱山埋蔵量の調査方法の不統一を是正し、標準規格の基礎とな
標準化
3月
る資料を提示。比較の上での総合判断が可能に。
土地調査
昭和 24 年
経済自立と国民生活向上のための国土計画の基礎となる現状把
3月
握の必要性を勧告。食糧供出の効率化や紛争の軽減、地租の公
正化などに影響。
4
5
水害調査表 昭和 24 年
洪水による水害の科学的調査を行い、綜合的で簡便な水害予防
示法
3月
策の確立に寄与。
鉄道電化
昭和 24 年
蒸気機関のエネルギー効率は極端に悪く稀少な優良炭を大量消
5月
費してしまうことから、火力発電に基づく全面電化の必要性を
提示。石炭業界からは大きな反発。
6
合成繊維工 昭和 24 年
衣料素材の多くを占める羊毛と綿花を輸入に頼るのではなく合
業の育成
成繊維産業の育成によって国内で代替するための勧告。7 工場の
6月
建設動因となった。
7
精錬廃ガス 昭和 24 年
非鉄金属精錬の際に排出される亜硫酸ガスが付近の山林・田畑
27
利用
7月
に煙害を及ぼしていることに鑑みた勧告。廃ガス亜硫酸工場の
建設促進に寄与。
8
草本性パル 昭和 25 年 成長に時間がかかり大量輸入が困難な木材に代わり、生育の早
プ資源の活 11 月
い草本性植物の利用を勧告したもの。特に竹パルプに利用によ
用
る紙生産を企図。
-特に
竹パルプ資
源について
9
10
屎尿の資源 昭和 25 年 衛生的とはいえない屎尿の汲み取り式を、水洗便所には汚水処
科学的衛生 11 月
理場を汲み取り便所には機械力による衛生的処理の上田畑に還
的処理
元すべきことを勧告。東京都や川崎で実施。
水質汚濁防 昭和 26 年
水質はきれいなのに越したことはないが、浄化には必ず費用が
止
かかるから、過度にきれいにすることは却って損。必要にして
1月
十分な程度の浄化が最も効率的。各産業と人類生活との間にあ
って最も調和のとれた水質を保持すべきことを希望し、水質の
基準を与え、汚濁を防止するために水質汚濁防止法を制定すべ
きことを勧告。
【佐藤(2011) [1]より抜粋】
今日、日本は累積債務、少子化、高齢化など様々な課題を抱えており、先行き不透明という点では、敗
戦直後の日本が置かれている状況と類似している。このような状況下、そして、何事においても分析的な
専門性が問われるこの時代に、
「総合」を担う人々を作り出すことは容易な仕事ではない。しかし、このよ
うな時代であるからこそ、文系・理系の垣根を取り払い、より統合的な世界観を獲得できるような人材を
育成する教育を全面的に推進していくことが必要ではなかろうか。既存の科目を前提とするのではなく、
具体的な問題から学問を出発させることの重要性を小学校のレベルからはじめる必要がある。そこには付
随するスキルとして、自己表現や意見交換の作法、議論集約の方法論などについての教育も含まれよう。
高等教育では、過度の専門主義から、再びかつての教養教育やリベラルアーツのもっている可能性の見直
しに向かうことが必要になろう。そして、何よりも重要なのは、そのように育った人材を求め、ふさわし
く遇するよう企業や行政の風土を変えていくことである。
10-2 リスクマネーの提供
1)新技術3の委託開発(昭和 33 年~(現在は、科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業(A-STEP))
昭和 30 年代当時、外国技術の導入による対価の支払額が年々増加の一途をたどり、昭和 34 年には 223
億円にも及び昭和 25 年からの累積で 1,000 億円を超えた。一方で技術の輸出額は、最も多かった昭和 34
3
新技術:国民経済上重要な科学技術(人文科学のみに係るものを除く。以下同じ。
)に関する試験研究の
成果であって企業化されていないもの(初出:新技術開発事業団法(昭和 36 年 5 月 6 日法律第 82 号)第
2 条。現在は、独立行政法人科学技術振興機構法(平成 16 年 6 月 20 日法律第 130 号第 2 条 国民経済上重
要な科学技術(人文科学のみに係るものを除く。次項及び第3項並びに第 18 条において同じ。
)に関する
研究及び開発(以下「研究開発」という。
)の成果であって、企業化されていないもの)
28
年でも 2 億 4,000 万円で、昭和 29 年以来の累計額は 8 億 8,000 万円余りであった。このような外国技術依
存の体制を脱却し、わが国独自の技術開発を推進するため、新技術開発4事業を行う機関の設立が企画され
た。これは、わが国初めての試みで、将来についての見通しが明らかではなかったことから、たまたま特
殊法人化された理化学研究所に開発部を設けて試験的に事業を進め、そのめどがついたことから昭和 36
年に新技術開発事業団が設立された。事業団は、企業化が著しく困難な新技術について企業等に開発を委
託し、予め定めた技術上の基準を満たす成果が得られた場合は、成功と認定して優先的に実施できるよう
にするとともに開発費の返還を求め、技術上の基準を満たさない場合は失敗と認定して開発費の返済を求
めない。すなわち事業団が開発のリスクを負担するシステムである。また新技術について、企業等が独自
に企業化を進める場合は、開発をあっせんし、実施を許諾する[2]。
この他、
研究成果の企業化を促進する制度には、
工業化試験補助金と日本開発銀行の融資があった[2]。
これらについては、成果の次に記述する。
委託開発の主な成果としては、初期には人工水晶、波力発電ブイ、地熱開発(松川、葛根田)、半導体の
連続製造などがあった。現在では、以下のものがホームページ上に示されている。
http://www.jst.go.jp/seika/02/seika02_1.html
○青色発光ダイオードを実用化(LED)
赤﨑 勇教授(名古屋大学)、豊田合成株式会社等が青色発光ダイオードを開発・実用化した。青色 LED
が開発されたことにより、
「光の三原色」の赤、緑、青が揃いフルカラーの表現が可能となった。家電製品
や計測機器などの表示素子の他、携帯電話のバックライトや街頭の大型ディスプレー等に用途が拡大して
いる。実施料累計約 50 億円。約 3,500 億円の付加価値が新たに生み出された。
○高齢化で増える関節症患者の生活の質(QOL)を向上する新チタン人工股関節
小久保 正教授(中部大学)、
日本メディカルマテリアル株式会社が、
世界で初めて生体に馴染む新合金
(新
チタン)製の股関節を開発した。施術後の人工骨の固定が早いため、早期のリハビリ開始、早期の社会復
帰につながる。さらに長期間使っても“ゆるみ”が生じないため、体に負担の大きな手術なしに長期間の
安心安全な歩行が可能となる。
○世界に先駆けた「インターフェロンの量産化」
三宅 昭久氏(東レ株式会社)等が天然型インターフェロンの高純度生成技術を開発・実用化した。
「遺伝
子組換え法」ではなく、安全性を重視した点が特徴の「天然型」であり、世界的にインパクトを与えた。
実施料は約 12 億円。数百億円規模の市場効果を創出した。
○ガンの早期発見・早期治療に貢献- PET診断薬原料・18O 標識水の量産
浅野康一名誉教授(東京工業大学)
、大陽日酸株式会社が、高純度酸素蒸留技術を用いて、世界で初めて、
4
開発:科学技術に関する試験研究の成果を企業的規模で実施することにより、これを企業とし得るよう
にすること(初出:新技術開発事業団法(昭和 36 年 5 月 6 日法律第 82 号)第 2 条。現在は、独立行政法
人科学技術振興機構法(平成 16 年 6 月 20 日法律第 130 号)第 2 条 3 この法律において「企業化開発」
とは、科学技術に関する研究開発の成果を企業的規模において実施することにより、これを企業化するこ
とができるようにすることをいう。
)
29
濃縮度 98%以上の高純度の 18O 標識水(Water-18O)の製造技術を開発・実用化した。従来の水蒸留法に比べ
エネルギーコストが小さく、
毒性を持つ一酸化窒素を使用しないことから安全な大量生産が可能となった。
18
O 標識水はポジトロン断層撮影診断装置(PET)の診断薬であるフルオロデオキシグルコース(FDG)の原
料として用いられる。
○従来にはない高度な生体適合性を有する MPC ポリマーの製造技術
中林宣男教授(東京医科歯科大)、石原一彦教授(東京大学)、日油株式会社等が、生体膜(細胞膜)の構
成成分であるリン脂質極性基導入により、タンパク質や血球等が付着しにくいなどの特徴を持つリン脂質
極性基を有するポリマー(MPC ポリマー)の製造技術を開発・実用化。ドライアイ用のコンタクトレンズ
原料、化粧品などの幅広いコンシューマブル製品をはじめ、血栓の形成が少ないことから人工心肺など医
療機器に使用されている。
○携帯電話にも搭載された、
「磁気インピーダンスセンサ」
毛利佳年雄教授(名古屋大学)が、耐振動性、耐熱衝撃や温度安定性に優れ、小型・軽量で低消費電力で
あり、超高感度(従来センサの 1000 倍)である磁気センサを開発・実用化した。大学発のベンチャーとし
て、アイチ・マイクロ・インテリジェント株式会社が設立された。ソフトバンクの携帯電話に搭載される
などの利用がなされている。
○複数の患者細胞を同時に増殖できる細胞自動培養装置
高木睦教授(北海道大学)、川崎重工業株式会社が複数のヒト細胞を同時に増殖させる細胞自動培養シス
テムを開発。ロボットを使った培養操作技術に滅菌技術、画像処理技術を応用。無人で安定した品質の培
養細胞の供給が可能に。iPS細胞の培養など再生医療への応用、創薬研究の加速化ツールとして期待さ
れる。
委託開発事業は、個々の成果では企業化に成功している例があるものの、事業を独立採算とするまでの
実施料収入を得るには至っていない。競争と革新が続き、変貌して行く技術の経営において、開発の初期、
企業化を進めることの限界とみられる。
(工業化試験補助金)
工業化試験補助金は、昭和 25 年度に通商産業省(当時)が公布を開始し、次年度からは運輸省も加わっ
た。昭和 27 年度には、技術の向上及び重要産業の機械設備等の急速な近代化を促進すること並びに原材料
及び動力の原単位の改善を指導勧奨すること等によって、企業の合理化を促進し、もつてわが国経済の自
立達成に資することを目的とした企業合理化促進法(法案は小金義照君外三十四名提出の衆法第七号。昭
和 27 年 3 月 14 日法律第 5 号)に基づく補助金となり、基礎研究又は応用研究の成果によるのみでは工業
化に必要とする充分な条件を得ることが困難な場合において、当該条件を得るために行う試験に対する補
助金となった。なお、同法では、技術の向上を促進するため必要があると認めるときは、主務省令の定め
るところにより、鉱工業等に関する技術の研究、工業化試験又は新規の機械設備等の試作(以下「試験研
究」という。
)を奨励助長するため、試験研究を行う者(以下「試験研究者」という。
)に対し、予算の範
囲内において補助金を交付することができるとなっている。具体的には、通商産業省では工業化試験補助
30
金に加え、応用研究補助金、機械設備等試作補助金の 3 種類を一括した鉱工業試験研究補助金制度が発足
した。
その後この補助金は、民間の研究活動では着手しがたい高リスクの研究などに重点的に投じられるよう
になったが、
(昭和)30 年代に入ると、機振法5や電振法6の要請を受けて電子機器関係の比重も拡大した。
また、民間試験研究助成のための課税上の特別措置としては、企業合理化促進法により試験研究用設備等
に対する課税特例が認められ、33 年には新技術企業化用機械設備等に対する課税特例が新設され、試験研
究の基盤としての研究設備の取得を促すこととなった[3]。
(日本開発銀行の融資)
日本開発銀行の新技術企業化の融資は、国内で開発された新技術を企業化する際の設備投資を対象とし
て昭和 25 年 12 月に開始された見返資金からの特別融資制度を、
昭和 26 年の同行設立時に継承したもので
ある。当初は、中小企業に対する融資も行っていたが、昭和 28 年に中小企業金融公庫が設立されると中小
企業に対する新技術企業化に関する融資は同公庫に移された[4]。
開銀設立時から昭和 37 年度までは、(1)国産新技術による新製品の製造設備の新設、(2)国産新技術によ
る製造工程の近代化を対象としてきた。その後、開放体制への移行に伴いわが国企業の国際競争力を高め
るため政府の国産技術振興に対する取り組みが強化されたことを受けて、38 年度以降、(1)新技術による
新規製品の工業化ないし製造工程の近代化、(2)同上設備の改良ないし適正規模の拡充、(3)外国技術によ
るものでもノウハウなどが国内で開発されたものの工業化と融資対象を拡大した。
昭和 39 年度からは、機械工業の国際競争力強化の観点から、重機械類の自主開発第 1 号機のユーザーに
対して購入資金を融資する〈重機械開発〉
、昭和 43 年度には企業化段階の一歩手前の試作段階を助成する
〈商品化試作〉が設けられ、従来からの新技術企業化と合わせて国産技術振興融資制度とされた。
昭和 47~50 年度には、
当時緊急課題であった自動車の安全対策及び公害対策に関する技術向上のために
自動車部品メーカーの共同研究を支援する自動車部品協働研究所融資も行われた。
昭和 55 年度からは、大型技術開発を推進するため、
〈新技術企業化〉を〈新技術開発〉として、既存の
開発技術の商業規模でのプラント建設などを対象とした〈新技術企業化〉に加え、商業規模での企業化計
画の前段階としての「企業化開発」のための設備建設・取得を融資対象に追加した。開銀法が規定してい
る設備という概念を拡張したのである。昭和 58 年度には、産業技術振興融資として、国産という条件を緩
和して外国企業などとともに共同開発した新技術の企業化も融資対象とするとともに、バイオ・エレクト
ロニクス・新素材などの研究施設設備融資を開始した。
昭和 60 年に開銀法が改正され、一般の企業向けの技術開発融資(
〈新技術開発〉
)において、非設備資金
も融資対象とすることになり、
“研究開発資金”融資が開始され、同時に基盤技術研究促進背ターへ 30 億
円出資した(翌昭和 61 年度に追加出資 12 億円)。
これにより、
開銀の一般の企業向け技術開発融資制度は、
60 年度時点で、1.”研究開発資金“のほか、従来からの2.バイオ、新素材などの高度先端技術の基礎
応用研究に資する研究施設の整備(”研究施設整備”
)
、3.国内あるいは外国との協力で開発された独創
的な新技術の商品化を目的として試作される設備の製造・取得(商品化試作)や企業化直前の段階にあたる
企業化開発(“企業化開発”)
、および4.新技術の企業化のための設備または新技術によって製造された
5
6
機械工業振興臨時措置法
電子工業振興臨時措置法
31
設備の取得(”新技術の企業化”)と 4 事業をカバーする総合的な体系となった。
平成6年度には技術指向型企業振興融資制度を、
平成7年度には技術志向のベンチャー企業を支援する”
新規事業支援”融資制度を創設し、平成 8 年度にこれらを統合して新規事業育成融資制度とした。これに
伴い、非設備資金(企業化段階の運転資金)が融資対象に追加され、また新規性のある役務(サービス)を提
供する事業者が融資対象に加えられた[5]。
日本開発銀行は、平成 11 年に、北海道東北開発公庫とともに解散し、日本政策銀行が一切の権利義務を
承継した。同行は、平成 20 年に株式会社となり、平成 21 年には、企業への出資を円滑化する制度が整備
され、また、株式会社産業革新機構へ 10 億円出資した。
2)基盤技術7研究促進センターの出融資(昭和 60 年~平成 15 年)
欧米からの「基礎研究ただ乗り論」が噴出するなかで、欧米と比較して、わが国の基礎的な研究開発が
遅れていることが明らかとなり、また、アジア諸国からの追い上げによる国際競争力の低下の懸念などを
背景に、通商産業省と郵政省は、基盤技術研究円滑化法に基づき設立された特別認可法人基盤技術研究促
進センターを通じて、リスクマネーの供給などを進めた。当時両省は、基盤的、先進的な研究開発を支援
するためそれぞれ法人の設立要求を行ったが、行政改革の観点から合体・一本化された。昭和 60 年度、政
府からは、産業投資特別会計から基本財産への出資 60 億円、出資事業への出資 20 億円、融資事業への融
資 20 億円、日本開発銀行からは基本財産への出資 30 億円が、民間からは基本財産への出資 45 億円が投入
され、その後も事業の展開に応じてして、主に産投会計から出融資が進められた[6][7]。
図1-1.産業投資対象事業のスキームと事業の概要
7
基盤技術:鉱業、工業、電気通信業及び放送業(有線放送業を含む)の技術その他電気通信に係る電波の
利用の技術のうち通商産業省及び郵政省の所掌に係るものであって、国民経済及び国民生活の基盤の強化
に相当程度寄与するものをいう(基盤技術研究円滑化法(昭和 60 年 6 月 15 日 法律第 65 号 第 2 条)
32
図1-2.産業投資対象事業のスキームと事業の概要
出典:
「これまでの研究開発・ベンチャー支援について」 平成 20 年 3 月 27 日産業投資ワーキングチーム第 3 回資料より
センターの出融資では、制度上の制約、研究分野の特性等により、必ずしも十分な評価が得られない研
究テーマが存在した。例えば、技術革新のスピードが特に速い先端技術分野においては、内外の技術動向
を踏まえた柔軟な研究計画・目標の変更ができなかったために、研究終了直後に技術的陳腐化が見られる
場合があった。また、我が国の技術力が欧米に比して低く、競争力維持のためのキャッチアップが必要な
テーマについては、政策的には高い意義を評価されるべきものがある一方で技術的な革新性が低いものも
見られる。
このようなことから、今後の課題として、昨今の外部評価システム整備の必要性を踏まえ、いわゆる「パ
ブリック・リターン」の検証の仕方など多方面から評価することのできる客観的な評価指標の策定、事前・
途中・事後における外部評価の実施及びこれらの前提として必要な内部評価の充実、
評価に基づく柔軟な計
画変更・中断、評価の透明性を確保するための情報公開に努めることが重要であり、これらを実施するため
の評価体制の整備についても十分留意する必要がある。
上述の評価に基づき、制度改革が行われ、センターは解散した。制度改革に関する詳細は下記の通り。
・民間企業への委託形式による研究開発支援
センターが行ってきた出融資制度については、民間企業による柔軟な研究開発を促進した点は評価に値
するが、特許料等の収入により金銭的リターンを期待することは、制度上の問題点として検討すべきもの
であり、また、平成 11 年の企業会計基準の改正により民間企業が出資金の形式で研究費を支出することが
困難になったことから、研究テーマを民間企業等から公募し、採択された民間企業等に対して委託形式に
よる研究開発支援を行うこととし、その成果を有形無形の資産形成と認識することとした。
さらに、特許権等、委託された研究開発の成果を受託者に帰属させる方式(いわゆるバイドール方式)
を採用することにより、民間企業に対して研究開発への強力なインセンティブを付与し、より効果的・効率
的な研究開発を促す。
33
・新たな実施体制
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)及び通信・放送機構(TAO)が、これまでの民間技術開発支
援等に関するノウハウを生かし、効率的に行う[8]。
図2.研究開発法人における出資方式と委託方式について
出典:
「これまでの研究開発・ベンチャー支援について」 平成 20 年 3 月 27 日産業投資ワーキングチーム第 3 回資料より
34
・産業革新機構からの出融資
平成 21 年当時、経済危機や世界経済の構造変化に対応するため、我が国として、次世代の国富を担う産
業が必要であったが、優れた技術等が大企業・中小企業・ベンチャー企業・大学等に分散しているため、十分
に生かし社会的ニーズに対応した事業の創出につながっていなかった。産業や組織の枠を超えて技術等の
経営資源を組み合わせる革新的な事業形態(以下、
「オープン・イノベーション」という)により、成長性の
高い市場において新たな製品やサービスを生み出す等、新たな付加価値を生み出す努力が重要であった。
株式会社産業革新機構は、産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法に基づき、オープン・
イノベーションにより新たな付加価値を創出する事業活動及び当該事業活動を支援する事業活動(特定事
業活動)を行う事業者に対して出資等により支援を行う時限的組織である。政府は、平成 21 年度予算にお
いて、機構に対する出資金として 400 億円を計上し、平成 21 年度補正予算により 420 億円を追加し、出資
等の事業原資として 8000 億円の借入れに対する保証枠を認めた。
機構は、特定事業活動のうち、1.社会的ニーズに対応し、2.高い成長が見込まれる、3.事業形態
の革新性を有する事業活動を行う事業者に対して、長期のリスクマネーを供給し、助言等の経営支援を通
じて事業者の成長を支援するとともに、業務全体としての収益性の確保等について留意することとされて
いる。
投資対象のイメージとしては、例えば、1.基礎研究分野において、大学等の組織の壁を超えて技術を
集約し、組み合わせてライセンス供与するもの、2.ベンチャーキャピタルや中小ベンチャー企業と、事
業家を担う大企業等とをつなぐ「セカンダリー投資」の仕組みを創設するもの、3.技術的に優位である
ものの十分に価値を発揮できていない事業や技術を括りだし、
他と組み合わせて資金・人材を集中投下する
もの等が想定される。
機構においては、有望なシーズの評価、具体的な投資判断、投資後の経営支援等を的確に行うため、実
績のある民間人材を活用することとし、投資決定の最終判断は、機構の取締役会のインナーボードとして
設置される、民間専門家からなる「産業革新委員会」が行う[9]。
これまでの投資案件には、小型風力発電ベンチャーのグローバル事業拡大、我が国初の知財ファンド
「LSIP」の設立、豪州水道事業会社の買収、ラミネート式リチウムイオン電池のフロンティア企業に投資、
国際原子力開発会社の設立、A&F・Aviation に資本参加、洋上風力発電設備据付会社 Seajacks の買収など
がある[10]。
10-3 技術開発のシーズ育成
創造科学技術推進制度(昭和 56 年度~。平成 14 年度より戦略的創造研究推進事業・総括実施型研究
(ERATO)として、現在に至る。
)について概説する。
これまで我が国は、主として、海外からの技術導入とその改良、発展により、技術力の向上を図り、世
界にも例を見ないほどの経済発展を遂げてきた。しかしながら、世界的に技術革新が停滞し、技術導入も
困難になりつつある今日、我が国としては、従来の技術導入依存型の体質からの脱却を図り、自らの力で
技術革新のいっそうの展開を図ることが必要となっている。このためには、特に、物質や生命が本質的に
持っている特性に着目して、革新技術の源泉となる科学技術のシーズ(芽)を我が国独自に探索することが
肝要であり、
これを目的とする創造的な科学技術活動を積極的に展開することが強く求められるに至った。
この場合のシーズとは、科学上の知見に支えられた初期的段階の技術に関する知見であって、多様な新技
35
術を生み出す可能性を秘めたものである。
一般に、革新的な技術に育つ可能性のあるシーズは、優れた研究者の創造的な探索研究活動により生み
出され、更にその後の各種の研究開発により、革新技術へと開花していくものである。
シーズ探索を目的とする研究をより効率的に推進するためには、
創造性に富んだ研究者の確保とともに、
研究者の創造性を発揮させる以下のような流動研究システムをつくることが極めて重要である。
(1)プロジェクトリーダー制
優れた研究指導者をプロジェクト・リーダーとして任命する。プロジェクト・リーダーには、一定範囲内
で研究運営に関する裁量権を与え、その下で研究の総合的推進を図る。
(2)人中心の研究システム
産・官・学の各界から、取り上げる研究プロジェクトに関連する研究に従事している優秀な人材を集め、
これを研究グループとして組織化する。
(3)一定期間、契約による参加
研究者は、その所属研究機関に在籍のまま又は復帰することを前提として、所属機関との調整を図った
うえ契約により一定期間(例えば 5 年間)研究プロジェクトに参加し、
研究終了後研究グループは解散する。
実際の研究は、既存の研究機関の施設等を活用して行う。
(4)弾力的な運営
研究プロジェクトの推進に当たっては、研究者の独創性を活かすため、研究過程で研究目標を弾力的に
変更できるよう柔軟な運営を行う。
(5)研究参加のインセンティブ
産・官・学の優秀な研究者、
特に民間企業の研究者の参加意欲を促すようインセンティブに関し配慮する。
以上を実現するため、新技術開発事業団に、新技術の創製に資することとなる初期的段階の技術に関す
る知見(シーズ)を探索する基礎的研究業務を追加し、研究業務の実施方法として、
・研究の対象となる主題を定め、当該主題ごとにその実施に必要な期間を設定するとともに必要な研究者
を雇用すること
・研究者を雇用する場合には、研究を指揮することとなる総括責任者をあらかじめ指定することとし、他
の研究者の雇用に関しては、総括責任者の意見を尊重すること
・研究を行うための施設を特に取得することのないよう配意しなければならないこと
を定めた[11]。
研究プロジェクトは、昭和 56 年度発足の「林超微粒子」
、
「増本特殊構造物質」
、
「緒方ファインポリマー」
、
「西澤完全結晶」の 4 課題以後、毎年 1~6(主に 4 課題)課題で推移している。
10-4 ベンチャー企業の育成
我が国において、中小企業基盤整備機構や日本政策投資銀行によりベンチャー企業に対する支援は行わ
れてきているものの、支援の仕組みについてはなお課題も多い。以下、ベンチャーを成功させる鍵となる
ものについての意見を二つ紹介する。
1) 夏野剛 夏野剛の新ニッポン進化論(第 2 回)IT ベンチャー成功の鍵 [12]より抜粋
1450 兆円の個人金融資産上場企業の内部留保だけで 200 兆円。お金はかなり呻っている。人材のクオリ
36
ティも高い。
「カネ」と「ヒト」さらに技術がある。リーダーがバカ。
日本のベンチャーは甘やかされすぎ。企業を経営する資格がある人は 10%くらいしかいないと思う。創
業から上場間でもっていくスキルとそこから大企業に育てるスキルは全然違う。2000 年代前半に上場した
ベンチャーのほとんどが、その後時価総額を下げている。グーグルにしたって、創業者のラリー・ペイジ
やセルゲイ・ブリンに経営はできない。かなり早い段階でエリック・シュミットが経営に参画したことで、
うまくいった。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグはトップに残っているが、周りはがちがちの経
営のプロで固めている。
ベンチャー創業者が「何をやりたい」より「社長になりたい」を優先的に考えているのは日本ぐらい。
もう一つは社会システムの問題がある。日本のベンチャーキャピタルは、大半が銀行などの間接金融機関
出身者で構成されている。でも、彼らは担保を取っていかにリスクをミニマイズするかの経験を積んでき
た人たち。もっと事業経験者を入れないといけない。
例えば、産業革新機構みたいなところがリスクマネーをどんどん供給したり、事業経験者を組織にもっ
と入れたりすれば、状況は大きく変わると思う。日本では、一つ大きなところが動いて流れができるとみ
んな追従するから、ベンチャー経営者の教育よりも、お金の出し手を変える方が変革は進むと思う。
今の若者の多くは、40 代以上の世代より段違いに優秀。語学力も昔より格段に高い。今の若い世代がリ
ーダーになる頃には、かなり状況の好転が期待できる。でも、それまでにこの国がダメになったらマズイ
ので、いかにそうならずに次の世代にバトンタッチするかが今の 40 代以上の人たちの役割だと思う。
2)伊藤邦雄 ベンチャー精神を発揚するための大命題 [13]より抜粋
わが国には、
「七転び八起き」という美しい大和言葉がある。しかし、この言葉が空虚に響くほど、実態
は「一転び、即退出」となってしまうのが現実である。
シリコンバレーには一度失敗した起業家にのみ投資して非常に高い業績をあげている VC がある。
キーエ
ンスの創業者滝崎武光はかつて2度会社を倒産させた。
志し高く起業に挑戦した人の心意気を是とする
「賞
賛の文化」を創造すべきだと私は思う。
10-5 今後の展望
わが国におけるイノベーションとしては、以下の論がある(以下主に著作からの抜粋)
。
1)野中郁次郎 一橋大学名誉教授 [14]
日本と西欧における組織的知識創造の差異を三つに分けてまとめてみよう。第一に、西欧における
暗黙知と形式知の相互循環は、主に個人のレベルで行われる。すなわち、トップ・マネジメントや社
内起業家による、暗黙知を形式知へ変換する差異化努力を通じて創り出されたコンセプトは、組織に
よって既存の知識と組み合わされて、新しい製品、サービス、あるいはマネジメント・システムの原
型(archetype)になる。他方、日本では、ミドル・マネジャーが組織知を創り出するプロジェクト・
チームを指揮する。そこでは、チーム・メンバーに共有された暗黙知がトップ・マネジメントから与え
られたビジョンや戦略の概要、あるいはビジネス最前線からの情報などと相互作用することにより、
目指す製品、サービス、ビジネス・システムへ向けたコンセプトが産み出される。
第二に、西欧における知識創造は、分析的手法に基づく口頭・画像発表、書類、マニュアル、コン
ピュータ・データベースなどの形式知を重視する。このスタイルは、表出化と連結化に優れるが、と
37
きに分析麻痺症候群を引き起こす。他方、日本では、直感や直接体験などに基づく暗黙知あるいは比
喩的(すなわちあいまいな)言語表現に傾斜しがちである。分析力の弱さは、組織成員間の濃密な相
互作用すなわち共同化によって補われる。日本型知識創造のもう一つの強みは内面化である。いった
ん原型が作られると、それを大量生産したり実行したりするのが速く、高質の暗黙知が個人と組織レ
ベルで急速に蓄積される。しかし、この暗黙知を重視するスタイルは、ある集団の意見が誤った多数
派のあるいは強行な意見に流される「集団思考」
、あるいは「過去の成功体験への過剰適応」に陥る
危険性をもつ。
第三に、さきに述べた五つの促進要因から見た西欧型知識創造の特徴は、1)明確な組織の意図、2)
情報と職務の重複の度合いの低さ(したがって、創造的カオスは、順次的に職務を遂行する“リレー
型”では、最小有効多様性の源泉である個人間の差異によって生みだされる)
。3)トップ・マネジメン
トからの少ない「ゆらぎ」
、4)個人レベルでの高い自律性、5)個人的相違に基づく高い最小有効多様
性である。それと対照的に、日本型知識創造の特徴は、1)あいまいな組織の意図、2)情報共有と職務
の重複の度合いの高さ、3)トップマネジメントからの頻繁な「ゆらぎ」
、4)グループ・レベルでの高い
自律性、5)職能横断的プロジェクト・チームによる高い最小有効多様性である。次ページの図は西欧
と日本の組織的知識創造の特徴を比較参照している。
図3.西欧と日本における組織的知識構造の比較【野中(1995)[14]より抜粋】
38
プロセスの中に真実在があるという日本的存在論と、場の流れに身を任せる刹那的な日本的時間意
識は、時々刻々と移り流れていく状況に対して敏感かつ柔軟に対応するという方法論を生みだした。
(中略)多義的に解釈可能な組織的意図と明確な言語に基づかない暗黙知への傾斜は、組織メンバーの
柔軟な思考を可能にする。明確なコンセプトや形式論理などの形式知に基づく西欧型のイノベーショ
ン・プロセスに比べて、メタファーな直感などの暗黙知に依存しながらあいまい性に耐えうる日本型
イノベーション・プロセスは、多様な視点や方法などを許容しやすく、それが思考の柔軟性をもたら
す。さらに、開発、製造、マーケティングなどが一緒に走る「ラグビー型」プロジェクト・チームに
おける多様な暗黙知の共有すなわち共同化と情報・職務の重複がそれを増幅する。このようなプロジ
ェクトの進め方は、イノベーション・プロセスの非線形性(nonlinearity)にうまく対応していると
言えなくもないが、裏を返せば、行き当たりばったりの非効率なやり方と見ることもできる。
日本企業における「現場・現物主義」は、禅宗の「悟り」から武士道の追求に見られる「心身一如」
と「今ここに見え触れる」ものが実在であるという二つの日本的「知」の伝統が基礎になっている。
「現場・現物主義」はブルーカラーにとっては当然のことであるが、わが国ではホワイトカラーの「知」
の方法としても重視される。つまり、現場に入り込んで、頭よりもまず体で学べという体験重視の考
え方である。(中略)
しかし、現場・現物主義をあまりに強調しすぎると、現場で得た「場に特殊な」知識は、言語化・普
遍化されず、それを体験したものでなければ意味が分からない暗黙知のままに留まってしまう。した
がって、そういった体験知だけを強調することは、普遍性をもったコンセプトの創造や知識体系の構
築を阻害することになりかねない。日本企業がよく重視する「顧客密着」
、
「現場・現物・現実」
、
「頭よ
り体で覚えよ」などの経験重視の方法は、個別の事例に基礎をおくという点でどちらかといえば帰納
的思考に近い。しかしながら、日本企業に見られる暗黙知への傾斜は、実は帰納主義的な思考をも機
能させない危険性を帯びている。本来、帰納主義とは、特殊性を含む個々の経験の分析を積み重ねて
普遍的な命題に至る思考プロセスをいう。個人に内面化された経験は暗黙知であり、他者への伝達・
移転が困難であるので、形式知への変換の努力なしでは個人の中で完結してしまって他人に理解され
ないから、普遍的命題へとつながらない。この意味で、日本企業の「知」の方法は、演繹でも帰納で
もないメタファーやアナロジーなどを多用する「仮説発想(abduction)
」に近いと言える。
「自他統一」という日本的「知」の伝統の核心は、人間存在の本質を他者との相互作用のなかに見
ることである。日本型イノベーションの特徴である個人の果たす役割のあいまい性と集団の相対的な
重要性の背後には、こうした「知」の伝統がある。集団による「知」の創造は、個と集団が両立した
ときにすぐれた創造性を発揮できる可能性をもつが、同時に「集団思考」の危険性を強めていると思
われるが、異なる職能的背景と思考方法をもったメンバーからなる「ラグビー型」職能横断的プロジ
ェクト・チームがそれをいくらか相殺していると考えられる。そういった「ラグビー型」職能横断的
プロジェクト・チームが編成できるのは、
「主客一体」の伝統の影響かもしれない。とまり、企業内部
や企業間の境界を比較的簡単に超えることのできる精神のありよう(mindset)である。
「自他統一」
、
「主客一体」といった日本的思考の特徴が、日本における人と人、企業と企業の間の濃密なネットワ
ークの形成を促進したとも考えられるのである。(中略)
現在脚光を浴びている「コンカレント・エンジニアリング」(情報技術を活用した開発職務の同時遂
行)の原型は、実は日本企業の「ラグビー型」製品開発方式にあったのである。どちらも基本的には、
設計、製造、マーケティング等の機能別部門間の境界を超えた組織的な知識創造である。このような
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職能横断的方式は新製品の開発を速め、生産工程の立ち上げと市場への導入を加速しかつ円滑にする。
越境(バウンダリー・スパニング)はさらに企業間の境界にもおよぶ。部品製造企業(サプライヤー)
を製品開発の最初から参加させ、情報を共有しながらイノベーション・プロセスを共体験させて暗黙
知を蓄積させる。その結果、開発設計者が新製品のイメージを簡単にスケッチするだけで、下請け企
業から図面が出てくるという承認図面方式というシステムが生まれてきた。こうした企業間の境界を
超えた協力関係も、イノベーションを加速する。(中略)
個人に内面化された暗黙知は、他者への伝達・移転が難しく、形式知への変換の努力をしないと、個
人の中で埋もれてしまい、組織的知識創造につながらない。また、不変の「イデア」すなわち明確な
コンセプトを求めない精神のありようは、よく言えば多様な解釈を可能にし、思考の柔軟性というメ
リットをもたらすかもしれないが、明確な概念を前面に押し出してぐいぐいと知識を体系化していく
力強さはない。それは組織レベルでは、組織の意図のあいまいさとして現れる。こうした個人・組織
レベルでのあいまい性を許容する度合いの高さは、日本企業の暗黙知志向と深い関係がある。知識創
造の観点から見れば、このような暗黙知への傾斜や組織的意図のあいまいさは、コンセプト創造能力
の欠如ということである。(中略)
日本企業のとるべき発想は、これまで組織に蓄積してきた知識創造の手法と人に内面化された豊富
な暗黙知を「活かす」ことなのである。日本型経営を捨ててリエンジニアリングを模倣するのではな
く、その西欧型の形式知に基づく手法で日本型経営の暗黙知傾斜の弱みを補正したうえで、真にグロ
ーバルな知識創造企業(ナレッジ・クリエイティング・カンパニー)を目指すべきなのである。そして、
より高質な「知」を創り出すために、これもまた真にグローバルなイノベーション・システムを、企
業レベルで外国企業と戦略提携しながら構築しなければならない。どちらも簡単なことではないが、
それを達成するのに、われわれが提示した組織的知識創造の理論が役に立つであろう。
2) 小笠原泰 明治大学国際日本学部教授、重久朋子 株式会社クレスク統括部長 [15]
日本人は欧米人と比較すると、文化心理学的に、不確実性へのストレス耐性が弱いので、不確実性を
高める、欧米型の「意図的な変革(革新‐現在の仕組みの基底の否定を前提)
」手法は逆効果になる。そ
の代わり、役割を与えられて、安心して働ける環境が整備されれば、チームで「あるべき姿」
(常識を超
える目標)に向かって、一丸となって改善に取り組み、予想を超える成果を達成する「非意図的な変革
(刷新‐現在の仕組みの否定を前提には置いてない)
」と呼ぶべき日本型のイノベーションが起こる。
また、日本人は、欧米のように「ひらめき」型の天才がリードするのではなく、五感という身体的判
断を、頭による判断よりも重視し、チームで切磋琢磨してイノベーションを引き起こす。
さらに、日本人の基底には、主体は、時間性を排除することで客体を固定化し、それを強固な意思の
もとにコントロールするという「モノ」的世界観ではなく、主体と客体は分かつことはできず、主体は
客体を通して経験する(時間性を排除しない)という「こと」的世界観がある。言い換えると、欧米的
な「モノ」が、リアリティ(一般性)の追求と再現を通したコントロール(機能設計)中心の世界観で
あるのと対照的に、日本的な「こと」は、一回性という再現性のないアクチュアリティ(固有性)の経
験という過程(プロセス遂行)中心の世界観である。
欧米型イノベーションと日本型イノベーションをまとめると以下のようになる。
・欧米型イノベーションとは、1.
「モノ」的世界でおきる。2.参加対象である組織における目的
40
遂行を所与とする。3.
「結果の再現性を担保する硬い科学的・設計的(エンジニア的)システム(機
能デザイン設計)
」による。4.強い意図性とコントロール(他者依存性の排除)を前提とする個
をベースとする。現状の否定から入る「革新(組織・慣習・方法などを変えて新しくすること)
」と
いう、意図的に非連続を志向するイノベーションであるといえる。
・日本型イノベーションとは、1.
「こと」の世界でおきる。2.帰属対象である組織の存在を所与
とする。3.
「再現性を問わない終わることのないプロセス遂行を通した、非本来的偶発を起こす
柔らかいシステム(日々の目標に従属しないプロセスの遂行)
」による。4.非意図性と他者依存
性を前提とする集団をベースとする。
「刷新(弊害を取り除いて事態をまったく新たにすること)
」
を通した、結果としての非意図的な非連続を許容するイノベーションであるといえる。
3)伊丹敬之 東京理科大学総合科学技術経営研究科長 [16]
日本型のイノベーションには将来どのようなものがあるかを考えると、光と思えるのが3つあるよ
うに思える。1つ目は脱成熟化のイノベーション、2つ目は摺り合わせ型のイノベーション、3つ目
はデザインドリブンのイノベーション、この3つぐらいは案外日本の得意技になっていってくれる可
能性が高い。あまりアメリカ型のオープンイノベーションと言わずに、こういうものをじっくり追い
かけるほうがいいのではないかと思う。
脱成熟化のイノベーションとはどのようなものかというと、一旦、成熟産業になったかに見える産
業も、よく見てみると成長する部分もあり、その成熟する産業でずっとやってきた企業が自分の企業
の DNA を懸命に守ろうとして、しかしどこかで進化しようとして努力をしているプロセスで、様々な
先端分野の技術を自分の DNA の中に注入しようとする努力をしていくと、時々ポッとおもしろい融合
が起きて、成熟段階から離れられることがある。それを脱成熟化というのだが、典型的な分かりやす
い例が、時計が機械式からクオーツになったり、あるいは自動車がガソリンエンジンからハイブリッ
ドになるなど、それでもって成熟段階を向け出してしまうことはよくある現象だ。
(中略)
2つ目は摺り合わせ型イノベーションで、いろいろな技術の要素を摺り合わせるところでうまみが
出ることがイノベーションの源泉になるようなタイプのイノベーションである。ここは日本の企業が
人的なネットワークを重視して、自分の企業のみならず、下請けや系列の企業、あるいは外部の協力
企業との関係をかなり重視しようとすることをやっていれば、こういったイノベーションが出来やす
くなる。
最後のデザインドリブンというのはまだまだかもしれないが、日本の伝統文化でクラフトの世界や
料理の世界を見ていると、日本はデザインで質の良いものが出来る可能性がある。それをベースにし
たイノベーションを、先端技術と組み合わせて、摺り合わせてやるのは十分にあり得るだろうと思っ
ている。
偉大なイノベータは心に火を付けるのだと思う。教育者とは一体どういうものかということについ
て、カナダ人のウィリアム・ウォードの名言がある。
「凡庸な教師は指示をする。いい教師は説明する。
優れた教師は範となる。偉大な教師は心に火を付ける。
」これはものすごく良い言葉で、イノベーシ
ョンのマネジメント、イノベータを考えるときのキーワードになると思う。
(中略)
偉大なイノベータは人々の心に火を付ける。部下の心にも、あるいは顧客の心にも火を付ける。こ
こまで行って本当にイノベーションになる。部下には、あの人となら苦しい開発もぜひやってみたい
と思ってもらわなければ仕方がない。顧客には、こんな製品を創ってくれて本当にありがとうという
41
感動の火を付ける必要がある。
4)川北英隆 京都大学大学院経営管理研究部教授 [17]
日本企業の競争力の向上と付加価値生産性の回復を図り、その果実を従業員に分配できてはじめて、
日本のデフレの問題は解決に向かうだろう8。もしくは、日本企業の海外での生産活動を政策的に積極
的に支援し、そこで生み出された果実を日本に持ち込むことを考えなければならない。
前者の場合、抜本的な技術進歩を図り、それを製品やサービスに結実させる必要がある。そのよう
な抜本的な技術進歩の競争において、日本が世界の先頭に立てるかどうかが課題となる。特定の企業
は可能だろうが、すべての企業ともなると困難である。
後者の場合、生産のベースは既存の技術で間に合うが、それに日本企業的な良さを付加することが
重要だろう。海外で経営し、そこで生産と販売を行い、さらに日本的な良さを加味して差別化を図ら
なければならない。そのハードルは決して低くない。
いずれにせよ、従来の方法とは距離のある発想をベースとし、活動することが企業に求められてい
る。政府の政策も同じである。従来型の政策を繰り返すだけでは、日本経済が陥ってしまった困難な
問題の解決を遅らせるだけである。
5)米倉誠一郎 一橋大学イノベーション研究センター教授、延岡健太郎 一橋大学イノベーション研究
センター教授、青島矢一 一橋大学イノベーション研究センター教授 [18]
この 20 年間の日本企業の数字を冷静に俯瞰してみると、
「日本はものづくりの国」
「日本的経営は
長期的」などと悠長なことをいっている場合ではないことは一目瞭然である。今の日本および日本企
業は、1 億 2000 万人にのぼる国民を養うだけの付加価値を生み出していない。特に、お家芸である製
造業、なかでも花形産業であったエレクトロニクス産業で著しい競争力低下・付加価値減退を見せて
いるのである。本稿で明らかにしたのは、この間日本の経営者が本質的な選択と集中を行わず、目先
のコストカットで利益確保を行ってきた姿であり、技術陣による行き過ぎた物的価値の追求であった。
これでは急速に進展したデジタル化やモジュール化のなかで付加価値を生み出していくことは難し
い。しかし、こうした日本企業後退のなかでもいくつかの企業は優れた顧客価値やビジネスモデルを
生み出して、高い付加価値を生み出していることに気づく。そこでの競争を意識しないで、単体の物
的かつ幻想的価値や単体売り切りのビジネスモデルを求めていても高い付加価値は実現出来ない。
さらに、21 世紀は間違いなく環境の世紀であり、そこでは単体の製品力よりも複合的な環境知力、
すなわちスマートさが求められている。スマートグリッド、スマートカー、スマートアプライアンス
などである。このスマートさとは、まさに顧客価値そのものである。ここでは、意外に日本企業の強
さが目立ってくる。キャノン以外にデジタルカメラとプリンタを同時生産している企業がなかったよ
うに、重電から家電・コンピュータまで一貫生産している企業は日本以外にない。20 世紀後半に進め
ることのできなかった選択と集中が、逆に新たな競争力の源泉となる可能性がある。となると、この
スマートさにおいて競争力を持っているのは日本企業なのだ。すなわち、環境の世紀ほど日本のもの
づくりと複合的統合力を求められている時代はない。このことを自覚すれば、日本企業の戦略展開の
8
とことん日本の物価が下がることも現在のデフレ問題を解決してくれる。しかし、同時に、経済に壊滅
的な影響を与えるだろうから、本当の意味での解決にはならない。
42
方向性が見えてこないだろうか。
6)各務茂夫 東京大学 産学連携本部事業化推進部長 [19]
21 世紀になって、製造業(第 2 次産業)の国内総生産(GDP)シェアが 25%程度にまで低下し、サー
ビス産業(第 3 次産業)が 70%を大きく超える中で、日本はものづくりに今後とも依存し続けるつもり
だろうか。日本は「呪縛」ともいえる“大企業+ものづくり”への強い執着から抜けきれない。戦後
40 年間以上も続いた成長体験が、あまりにも大き過ぎるということなのかもしれない。
日本にはアントレプレナーシップ(起業家精神)が欠如していて、結局、ものづくり頼みにならざる
を得ないのだとする議論がある。本当にそうだろうか。ものづくりの成功企業が示すように、少なく
とも戦前から戦後にかけての日本は、まさに起業家精神に満ち満ちたイノベーションの国だった。そ
れに比べて、今は起業家精神が足りないというのは多くの誤解に基づいている。私は過度の悲観が実
態の正確な見方を歪めていると感じている。
実際、多くの起業家が新しい事業を興した事例がある。AOKI ホールディングス(76 年設立)、エイチ・
アイ・エス(80 年)、ドン・キホーテ(80 年)、ソフトバンク(81 年)、カルチュア・コンビニエンス・クラ
ブ(85 年)、ABC マート(85 年)、ブックオフコーポレーション(91 年)、楽天(97 年)、ディー・エヌ・エ
ー(99 年)、ミクシィ(2000 年)、グリー(04 年)
。75 年以降に設立した上場企業が新しい市場を創造
してきたのは明らかだ。いずれも、ものづくり企業ではなく、サービス分野で独自の価値を持ち込ん
で急成長した企業であることが特徴だ。グリーは、時価総額がこの 1 カ月、約 3000 億円前後で推移
している。約 6 年という社歴を考えれば小さな額ではない。
一方、米国では 75 年以降に設立された IT(情報技術)などのサービス企業がすでに時価総額で上位
を占め、米国をけん引する企業に成長している。
問題があるとすれば、日本では、ものづくり偏重のために、本来もっと評価されてしかるべき企業
や起業家が見過ごされ、放置されてきた可能性があることだ。結果として、サービス分野に十分なリ
スクマネーと優れた人材が供給されない状況にあるとすれば、それは是正される必要があろう。もの
づくり偏重から脱皮し、サービス分野における「ロールモデル」づくりが上手く機能すれば、日本の
イノベーションは大きく前進するはずだ。
7)延岡健太郎 一橋大学イノベーション研究センター教授 [20]
経営学者や評論家の多くは、日本企業の最大の問題は戦略の欠如にあると主張してきた。自戒の念
を込めて言うと私もそうだ。たとえば、新しいビジネスモデルが打ち出せない、業界標準を牽引する
プラットフォームリーダーになれない、トップマネジメントによる選択と集中ができていないなどで
ある。しかし、残念ながら、このような企業上層部が牽引すべき大がかりな戦略は日本企業の得意分
野ではなく、結局壁にぶつかっているのが現状だろう。(中略)
本書は、大がかりな戦略だけではなく、日本企業が得意なものづくりに活路を見出すことができる
はずだという点を提案する。もちろん、これまでと同じものづくりではだめである。必要なのは、高
い価値をうむものづくりであり、それをここでは「価値づくり」とよんでいる。
元来、ものづくりとは、価値を創るためのものである。日本の製造業はその基本がおろそかになっ
ている。価値づくりが目的なのだから、
「ものづくりをいかに価値づくりに結びつけるか」という問
題設定よりも、
「価値づくりのために、ものづくりをどう活用するか」というほうが正しいアプロー
43
チだろう。そのためにも、本書では価値づくりを全面に押し出して考えてみることにした。しかも、
価値づくりができなければ、企業は技術投資をする余裕もなくなり、ものづくりを続けることはでき
ない。日本の優れたものづくりを鍛え続けるためにも、価値づくりが必要なのだ。
価値づくりは、小手先の戦略や戦術によるものではない。鍛え上げた開発・製造能力を駆使して、
しかも、顧客にとっての本当の価値を考え抜き、つくり手の魂を込めたものづくりによって初めて可
能となる。(中略)
第一に、一般的に優れていると思われている技術や商品を目指すのではなく、その企業にしかでき
ない技術や商品を目指すこと。どんなに優れた商品でも、多くの競合企業が同じような商品を開発・
製造できるとすれば、その企業が社会にもたらす貢献は小さい。(中略)
第二に、顧客にとって真に価値の高い商品を提供することである。顧客ニーズという言葉は、あま
りにも陳腐化して、大きな意味を持たない言葉になった。ほとんどの商品は、顧客ニーズから、大き
くはずれているわけではないが、それでも価値づくりはできていない。現在求められているのは、顧
客ニーズを超えて、顧客が本当に喜びワクワクするような価値を新たに創りだし提供していくことだ。
(中略)
価値づくりが重要なのは、企業が儲けるためだけではない。価値のあるものづくりによって、社会
全体が潤い国民が幸せになるためだ。企業の価値づくりによって、税収が増え財政が潤うので、福祉
や教育が充実し、市民の生活水準が高まる。また、従業員の給料は上がり、この点でも幸福な市民が
増える。また、価値づくりができれば、企業は長期的な視点から基礎研究にも投資ができる。一方、
顧客は本当に欲しいワクワクするような商品を手に入れることができる。
さらには、薄利多売で大量生産・大量廃棄のものづくりから抜け出し、一つひとつの商品に価値を
つくり込むことは、地球環境にとっても良い。価値の低い商品を大量に生産し、消費し、すぐに廃棄
することこそが、環境にとっては害が大きい。丁寧に価値づくりをすることによって、少ないものづ
くりでもうまく経済がまわるようになる。(中略)
ものづくり重視の視点から、価値づくり重視の視点へ技術経営の視野を拡大することによって、実
際に価値づくりを実現できる能力が高まるのである。価値づくり重視の経営は、ものづくり重視の経
営、特に革新技術(特許)や機能的価値の重要性を否定するものではない。多くの製造企業にとっては、
それらを極限まで追求することが、業績を高めるための必要条件である点には変わりはないだろう。
しかし、それらだけでは、価値づくりができる十分条件にはならないということだ。顧客価値として
は、機能的価値に限定せず、意味的価値への広がりが必要である。
また、技術における強みに関しても、革新技術や特許などのマネジメントだけでは不十分だ。技術
者や組織としての学習の質やスピードを高め、組織能力の効果的な蓄積と活用をマネジメントしなく
てはならない。(中略)
価値づくりには、長期間にわたり持続できる独自性・差別化が必須となる。安定的に商品開発におい
て差別化を実現し、かつ簡単に模倣されないようにするためには、個別の商品や特定の新技術開発に
おける差別化に焦点をあてて特定分野における企業・組織としての強みを長期間にわたりブレること
なく鍛え続けることが必要である。競合企業が決して模倣できないのは、時間をかけて積み重ねた組
織能力だけである。このロジックを技術にあてはめたのが、積み重ね技術であり、それを戦略的に活
用するのがコア技術戦略である。
44
8)土屋勉男 桜美林大学大学院経営学研究科客員教授、原頼利 明治大学商学部准教授、竹村正明 明
治大学商学部准教授 [21]
結論を要約すると、大企業の経営者、政策担当者などが、中小の「革新的企業」のイノベーション
能力に注目すること、とりわけその強さを大企業の経営者が注目し、自社のイノベーションの連携先
として組織し、再び創立期のような輝きを取り戻すべきこと、大企業中心の産業政策を転換し、中小
の革新的企業を中核とする「地域富士型」産業システムの成長・発展を目標にすべきこと、などを提
案している。
日本の摺り合わせ型ものづくり大企業は、世界的に見ても比較優位を持ち、いまだその輝きを失っ
ていない。一方でその代表であるトヨタ自動車のリコール問題、東日本大震災によるサプライ・チェ
ーンの崩壊などのように、ものづくりの強みにも陰りが出ている。現在の閉塞感を突破して、再び光
り輝く姿に再生することは緊急課題のように思われる。そのベンチマークとして、今までは大企業の
陰に隠れ、それほど注目されることのなかった中小の「革新的企業」のイノベーション能力に注目し、
その革新的経営に学び、それを活用することは、日本経済の閉塞感を突破する道にもつながるのでは
なかろうか。
革新的企業の経営者は、大企業の意志決定とは異なっており、経営の危機を自ら先導して突破して
きた実力者であり、経営改革の事例を数多く経験している。また経営資源の制約もあり、大企業や中
小企業、地域産業・クラスターなど社外資源を組織化して、新事業の開発に挑戦しており、多様なオ
ープン・イノベーションのノウハウを持つ。またそれらの革新的企業のイノベーションは、大企業も
うまく組織的に組み込めば、ウイン・ウインの関係を築くことができる。つまり革新的企業の活性化
は、日本産業の「底力」を高めることにもつながるはずである。
本書[21]では、
大企業中心の産業政策からの転換を提案しており、
革新的企業を中核とした多様で、
個性豊かな「地域富士型」産業システムを活性化させ、その底上げを図ることが、日本経済の「成長
戦略」につながることを提案している。
9)奥田健二 能力開発工学センター元理事 [22]
図式的な言い方になってしまうが、二〇世紀における経済・生産システムは効率向上が中心的課題
であったのに対して、二一世紀における課題は人間の尊厳を如何にして守るかという基本問題に他な
らないと言うべきであろう。
さて、人間の尊厳を守る経済の仕組み、生産システムを作りあげるといってもそれは容易なことで
はないことは明らかである。しかし私どもは日本の経済社会の歴史を遡ってみると、
“ジャパニーズ・
ワーク・ウエイ”と名付け得る個性的な経済・生産システムの構築が、日本の先人たちによって試みら
れてきていたことを発見するのである。ここで個性的な経済・生産システムと著者が言うのは、働く
人々の人間性を尊重し主体性を生かしながら、同時に経営組織体としての効率を上げ得るよう、矛盾
しがちな二つの課題を共に実現すべく、柔軟な動的秩序の維持展開を図るシステムである。このため
には職務分担関係の流動的な変化に即応できるよう組織構成員の多機能化、情報の共有化を徹底する
工夫が積み上げられてきているのだ。
(中略)
ジャパニーズ・ワーク・ウエイとは、
“日本社会に特有な仕事の進め方、仕事を進めるにあたっての
人々の協力を得る方法、仕組みであり、且つその方法・仕組みを支える日本人の思考方法・精神姿勢”
であるといってよいであろう。
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このように仕事の遂行のための協力関係の構築、職務分担関係の合理化、意思疎通の円滑化等々の
課題は、従来主として経営管理・人事労務管理の領域において取り上げてきた課題であった。しかし
これら各種マネージメントの領域において用いられるマネージ(manage)という言葉は、手を意味す
るラテン語の manus を語源としている言葉であり、操作する・人を思いのままにあやつるという含意
を持つ言葉である。あるいはイタリア語の maneggiare に由来する言葉だとされているが、この
maneggiare とは馬を訓練するという言葉に他ならなかったのである。管理・マネージメントにはこの
ように人間を”管理の客体“とみなす姿勢がこめられている。
これに対して拙著において敢えて管理という言葉を避け、
ワーク・ウエイという言葉を意図的に用い
たのは、働く人を”管理の客体“として扱うのではなく、その主体性を認めようとする姿勢を打ち出
したかったからである。すなわち従来のマネージメント概念の下では、経営方針を如何にして部下に
従わせるか、如何にしてメンバーを意のままに働かせるか、等々がその中心的課題とされてきた。働
く人々は受け身的な管理の対象者として主体性を否定された存在として取り扱われてきたのであっ
た。(中略)
拙著においてワーク・ウエイという言葉をことさらに用いたのは、経営の第一線現場に働く人々、言
い換えれば産業社会の基層を担う人々の役割を見直し、縁の下の力持ち的な地味な仕事を忠実にこな
した人々の想いや精神姿勢に光をあてて、日本の産業の歴史あるいは経営の歴史を捉え直してみたい
と考えたからである。
(中略)
もう一つ念のためにふれておきたいことは、
“基層”を担う人々に視点をおくといっても、それは表
層の人々の果たしている役割を無視してしまうことではない。基層を担う人々と表層を生きる人々と
は相互補足的関係に立っているのであり、それ故両者は相補性的(complementary)関係にあるもの
として設置では捉えようとしている。
ここでいう相補性とは二分法と対比される言葉である。二分法は、二つのものが異なっている場合
に、一方のみを正とし他方は切り捨ててしまうのに対し、相補性は一方を切り捨てることをせず、異
なったままで共存し、相互に補足し合う関係として認めるのである。
10)伊藤宗彦 神戸大学経済経営研究所教授 [23]
品質を決める部分。これは、年功序列、終身雇用、企業内組合という日本独特の経営のやり方で培
われてきた。日本企業の多くが実践してきた品質の作りこみは、その後 DR(Design Review)と呼ば
れる新製品設計時に問題点を解決する仕組みが導入され、企業の取り組みとして定着している。製品
開発だけではなく、生産現場、マーケティングなど、あらゆる部門を巻き込んで製品を作りこんでい
くことを「摺り合わせ」と表現し、この摺り合わせの能力自体が日本のものづくりの強みを集約して
いる。
しかしながら GDP の構成上減少傾向にある製造業では高い経済成長を見込むことは難しく、新たな
成長の仕組みを考える必要がある。その一つの方向性が、モノとサービスにより新たな価値を創造し、
その価値から収益を獲得する仕組みまで一貫したやり方を確立する新たなビジネス・モデルの創出で
ある。
モノとサービスにより顧客価値を最大化するためには、企業は販売・顧客部門だけではなく、製品
の開発、生産部門が顧客と一体になって顧客価値を創造する必要がある。たとえば、顧客にはどのよ
うな製品や技術が提供可能であり、どのように設置できるのか、あるいは、顧客のメンテナンスの頻
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度はどのくらいかなどといった情報を、開発・生産部門、販売・接客部門、そして消費者がそれぞれの
情報を提供し、共有化する必要がある。モノとサービスによる価値は、企業と消費者の間で情報が共
有化されることにより継続的に消費者が価値を受け続けることが可能であり、こうした価値は、企業
と顧客の共創関係によって最大化されるのである。
11)黒田篤郎 経済産業省製造産業局審議官 [24]
海外でどのようにして儲けていくのか。言うまでもなく我々が隣接するアジアは、世界の市場にな
りつつあります。特にボリュームゾーンと言われる中間所得層が急激に増えています。アジアの年収
五〇〇〇ドル以上の世帯人口は、この一〇年で四倍に増え九億人。二〇二〇年には二〇億人になる。
日本の人口の二〇倍ですから、ここにどうモノやサービスを売っていくかということです。例えば上
海に行くと日本の女性ファッション誌がよく売れている。ラーメンだとか味の素、ヤクルト、あるい
はセコムや公文式などのサービスなど、多くの企業が現地のボリュームゾーンのニーズに向けて頑張
っています。このニーズを獲得する上で重要なのは、いかにしてヒト・モノ・金・技術を現地化すると
いうことですが、残念ながらこの点は日本企業が不得意なところです。
もう一つの切り口は、インフラです。アジアの新興国ではインフラニーズが非常に大きい。特に最
近は、公共部門に代わって企業がインフラの建設と数十年の運営を請け負う Public Private
Partnership(PPP)の需要が増えています。それを日本は綜合的に請け負い、システムで稼ぐという方
向です。中身は、電力、港湾、鉄道、浄水場、工業団地、いろんなものがありますこれを官民挙げて
やっていこうと、トップセールスを含めて今一生懸命やっているところです。
東アジアでは、
いろんなインフラの大構想があります.例えばデリー・ムンバイ間の産業大動脈構想。
デリーとムンバイはインドの二大都市です。この間で日本の太平洋ベルト地帯のように工業開発・都
市開発をしていこうという構想です。総延長はおよそ一四〇〇キロ、仙台~北九州ぐらいの距離です。
ここに円借款でまず貨物専用鉄道をつくって、それを背骨としハード・ソフトの各種インフラを PPP
等で綜合的に整備する計画です。同じようなことをインドネシアでもやろうと我々は提案しています。
一方で、国内の産業をどうしていくのか、国内の雇用をどう維持していくのか、という問題です。
もちろんサービス経済化が進んで、第二次産業から第三次産業にどんどん雇用が移っていくという流
れはあります。だから工場で働いていた人は、職業訓練を受けてレストランとか介護で働くようにな
って下さい - これが一つの道です。しかし、製造業の中ではどうか、今考えていることを幾つか
ご紹介したいと思います。
我々は昨年一一月に「産業構造ビジョン二〇一〇」をとりまとめました。震災後の状況変化を踏ま
えて、今その改訂を産業構造審議会で議論中ですが、昨年段階では以下のようなことが書かれており、
その大筋は変わらないものと思われます。これまでの日本の製造業というのは、自動車の一本足打法
であった。自動車産業は先ほど申し上げたように輸出の二割を占めます。裾野産業全部を入れると五
〇〇万人ぐらいの雇用を抱えています。その自動車産業が今すごく大変なことになっているわけで、
自動車がだめになると日本経済がぜんぶだめになる。そうならないように、富士山構造から徐々に八
ヶ岳構造に変えていこう。八ヶ岳というのは、あの白馬連峰と同様、峰々がたくさん並んでいます。
そこで自動車にかわる戦略五分野というのを考えました。
一つはインフラ関連あるいはシステム輸出、先ほど申し上げたような海外へインフラシステムごと
売っていく。二つ目は、環境エネルギー関係の産業。エコ産業、グリーン産業です。三つ目は、医療、
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介護、健康、子育てといった分野の産業。この中には、介護ロボットなども含めています。四つ目は、
文化産業立国。クールジャパンというのがありますが、日本の文化、あるいは日本の観光地にお客さ
んを呼んでくるということも含めて、日本そのものを売っていく、文化産業立国。五つ目は、先端分
野。例えばロボット、ナノテクノロジー、レアアース関係(レアアース関係というのは、むしろレア
アースを使わないでいいような磁石をつくるとかそういうものです)
、炭素繊維、バイオ、宇宙衛星、
航空機などです。航空機では三菱が久しぶりに MRJ という国産機を開発中です。そういった分野に集
中して技術開発予算を投入しています。以上が戦略五分野です。今後さらに議論が深まっていくと思
いますが、いずれにせよそうした新産業で日本の雇用と所得を支えていこうという発想です。
(中略)今あげたような産業が現在の自動車産業に代わり得るのかというと、まだちょっとそこまで
には荷が重いという感じはしますが、かといって何時までも従来型の産業におんぶにだっこというわ
けにはいかない。そういった幾つかの新しい産業の芽を引っ張り出しては、集中的に応援をする。そ
ういうことで、八ヶ岳あるいはここの白馬連峰のように、幾つかの峰(分野)がそろって、国内の経済
成長が維持され、雇用が維持されるという絵を何とかして描きたいと、今奮闘しているところです。
現状では、株式会社産業革新機構や株式会社日本政策投資銀行、日本政策金融公庫といった民営化
された事業主体が、資金提供において民間金融機関を補完する大きな枠を確保していることから、イ
ノベーションの推進において機能するか否かを見守ることが必要である。
人材の育成については、民間企業で実績を挙げたプロジェクトマネージャーに、そのノウハウ・経験
を展開できるようさらなる機会を提供するとともに、人材育成のためにそれらを吸収して伝えること
のできる指導者(スーパーバイザー)の育成と教育機会の確保が肝要である。また、その機会を最大
限に活かすためには、大学初年度からコンテストなどを通じて新たな発想の発現機会を設け、失敗し
ても再チャレンジできる継続した実践教育として確立することが望まれる。
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内閣府経済社会総合研究所(ESRI)
Economic Social Research Institute, Cabinet Office, Government of Japan
東京都千代田区霞が関 3-1-1
3-1-1, Kasumigaseki, Chiyoda-ku, Tokyo 100-8970 Japan
TEL 03-5253-2111(内線 45535)
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