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ユビキタスネットワークの実現に向けた 課題と対応

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ユビキタスネットワークの実現に向けた 課題と対応
0504-NRI/p64-79 05.3.14 10:51 ページ 64
NAVIGATION & SOLUTION
ユビキタスネットワークの実現に向けた
課題と対応
藤吉栄二
C O N T E N T S
Ⅰ ICTパラダイムとしてのユビキタスネット
Ⅱ
Ⅲ ビジョンを共有し実践へ
ワーク
Ⅳ 技術面から見たユビキタスネットワークの姿
ユビキタス概念を核とした国家の ICT戦略
Ⅴ 本質的な課題と対応
の展開
Ⅵ ユビキタスネットワークの実現に向けて
要約
1
野村総合研究所(NRI)が IT(情報技術)による新しいパラダイムとして「ユ
ビキタスネットワーク」を提唱して以来、5年の歳月が経とうとしている。他
方、国や研究機関を通じても種々のITパラダイムが提唱されているが、近い
将来に ICT(情報通信技術)の活用によって、さまざまな付加価値を創出する
新しい社会が形成されるという点では、いずれも同じ方向に向かっている。
2
21世紀に入って国家レベルでの ICT戦略の策定が進行し、中長期ビジョンとし
てユビキタスネットワークの社会像が提唱されている。企業レベルでもビジョ
ンの共有が進んでいるが、新技術を利用したサービスはまだ黎明期にある。
3
ICTの進化は2つの変化をもたらす。1つは、RFID(無線自動認識)タグや
センサーなどの新しい ICT機器の出現によって、われわれの身の回りのあらゆ
るモノがネットワークへの接続対象となり、より精度の高い管理・制御が可能
になること、もう1つは、アクセス環境、プラットフォームの整備によって、
業界横断的なサービスの連携が容易になることである。
4
しかし、この変化は、利便性とリスク(プライバシー侵害など)との対応、技
術開発およびビジネスモデル形成において新たな課題をもたらす。また、国家
の ICT戦略は、新産業創出に向けた産業育成や消費者保護などの観点から不可
欠だが、民間企業の主体的な取り組み、産、官、学、民(消費者)の対話を通
じた課題の共有と解決のプロセスも重要である。
5
したがって、ユビキタスネットワークの実現には、① ICTによる社会ビジョン
共有の加速、②長期的かつ生活浸透型の検証の実施、③ユビキタスリテラシー
の育成、④競争優位を生み出す技術開発戦略の採用――が必要となる。
64
知的資産創造/2005年 4月号
当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。
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Ⅰ ICTパラダイムとしての
ユビキタスネットワーク
到来を予告した2000年と比べれば、その認知
度も大きく高まっている文献2。
「同時に至るところに存在する」という意味
1 IT環境の変化とITパラダイム
ネットワークとさまざまな IT(情報技術)
のラテン語であるubiquitous(ユビキタス)
を、新しい ITパラダイムを示す言葉として
機器との組み合わせにより、新しいサービ
最初に提唱したのは、ゼロックスのパロアル
スや社会価値を生み出す新しい ITパラダム
ト研究所に所属していたマーク・ワイザー
として、野村総合研究所(NRI)が「ユビキ
で、1988年のことであった。彼は、皆で1台
タスネットワーク」という概念を提唱してか
のコンピュータを利用するメインフレームの
文献1
。そ
時代、1人が1台のパソコンを保有する時
の間、ドットコムブームの到来、2002年前後
代に続く、第3の時代(波)を表す概念とし
の ITバブルの崩壊による通信産業の地盤低
て「ユビキタスコンピューティング」という
下とその復興など、IT企業を取り巻く環境
言葉を用いた文献3。
ら、すでに5年の歳月を迎えている
は短い周期で目まぐるしく変化した。
ユビキタスコンピューティングが実現すれ
身近なところでは、1999年のNTTドコモ
ば、コンピュータの存在を気にせずに、いつ
による携帯電話インターネットサービス「i
でも、どこでも、情報にアクセスすることが
モード」の開始、2001年の「ヤフーBB」の
可能となる。そこで彼は、その後、ユビキタ
ADSL(非対称デジタル加入者線)市場参入
スコンピューティングを「カーム(静かな)
によるブロードバンドアクセスの価格破壊、
テクノロジー」とも称し、生活環境における
さらには家庭向け IP(インターネットプロ
ITの浸透を夢見ていた。
トコル)電話の登場などが記憶に新しい。
他方、東京大学の坂村健教授が1980年代に
ITパラダイムとは、ある時代の ITに関す
「どこでもコンピュータ」という概念を提唱
る物の見方(体系)を意味する。メインフレ
していたほか、世界各国でさまざまな ITパ
ーム(大型汎用コンピュータ)から汎用パソ
ラダイムを示す言葉が出現している。たとえ
コンへのコンピューティング機器の進化や、
ば、IBMの「パーベイシブコンピューティン
クライアント・サーバーシステムやインター
グ」文献4や、明確には定義されていないものの、
ネットを利用したウェブコンピューティング
カームコンピューティングに近い概念として
など、情報産業基盤で採用されるアーキテク
時折紹介される「禅コンピューティング」文献5、
チャーの変化は、これまでにわれわれが体験
複雑なヒューマンインターフェースから解き
したITパラダイムシフトといえる。
放たれアナログ的感覚でコンピュータを利用
するという意味で出てきた「インビジブルコ
2 新しいITパラダイムが登場
近年、テレビや新聞・雑誌において「ユビ
ンピューティング」 文献6、「アンビエントイン
テリジェンス」文献7などである。
キタス」という言葉が闊歩するようになって
これら ITパラダイムが1990年代に出現し
おり、NRI がユビキタスネットワーク時代の
たのは、モバイルパソコン、PDA(携帯情
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報端末)の登場と、インターネットの爆発的
方に関する専門調査会」の設置と、e−Japan
な広がりによるところが大きい。
戦略の見直しを経て、2003年に「e−Japan戦
略Ⅱ」が決定された。e−Japan戦略との違い
3 ユビキタスネットワーク
は、e−Japan戦略がブロードバンド(高速
NRI が提唱するユビキタスネットワーク
大容量回線)に代表される ITインフラの整
は、パソコン、情報家電などの IT機器やネ
備に重点を置いたのに対し、e−Japan戦略Ⅱ
ットワークアクセス環境のもとで、付加価値
は ITの利活用に重点を置いていることであ
サービスを安心して利用可能な社会を実現す
る 文献2。具体的には、7つの先導的分野を掲
る、すなわち、さまざまな ICT(Information
げている(図1)。
and Communications Technology:情報通信
また、総務省は2004年末に次世代の ICT戦
技術)による価値創造型社会の姿を示すパラ
略の礎とすべく、「u−Japan政策」(uはユビ
ダイムとして定義されている。
キタスの意)を打ち出した。同省が2004年3
上述したさまざまな ITパラダイムは、そ
∼12月に開催した「ユビキタスネット社会の
れぞれ細かな違いがあるものの、近い将来、
実現に向けた政策懇談会」では、2010年に
ICTによる新しい価値をもった社会が形成さ
ユビキタスネットワーク社会を迎えるべく、
れ、われわれの生活が新たな進化を遂げると
「ユビキタスネットワークインフラの整備」
いう意味では、ユビキタスネットワークと同
「ICT利活用の高度化」「利用環境の整備」と
じともいえる。以下では、ユビキタスネット
いう軸で、u−Japan政策を展開している文献8。
ワークの実現には、ITだけでなく、通信に
同政策は、「いつでも、どこでも、何でも、
よるコミュニケーションの要素が必要との観
誰でも」つながるu−Japanにおいて発生する
点から、ITではなく、ICTと記述する。
多様な「影」の部分を想定し、課題解決のた
めに取り組むべく政策パッケージを作成し
Ⅱ ユビキタス概念を核とした
国家の ICT戦略の展開
ており、他に類を見ない IT政策という点で、
1 日本:2010年ユビキタス
2 韓国:u−Koreaを掲げ
ネット社会の実現へ
一気に基盤を整備
日本の国家としての ICT戦略の第一弾は、
韓国では、1996年の情報化推進基本法、99
2001年1月にスタートした「e−Japan戦略」
年の「サイバーKorea 21計画」を経て、2002
(eはエレクトロニクスの意)である。同戦
年に「e−Korea ビジョン2006」が策定され
略では、「5年以内に世界最先端の IT国家と
ている 文献9。このe−Korea戦略は5つの基本
なる」ことを目標に、重点領域として5つ
方針からなり、2006年までにインターネット
の分野を掲げ、ICT基盤の整備を実施した
利用者を全人口の90%に拡大すると同時に、
(図1)。
その後、2002年の「IT戦略の今後の在り
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注目に値する。
企業間の電子商取引を活性化して、主要産業
の電子商取引率を4%から30%まで引き上げ
知的資産創造/2005年 4月号
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図 1 国家の ICT(情報通信技術)戦略
【IT戦略本部】
e −Japan 戦略
e −Japan戦略Ⅱ
① 世界最高水準のネットワーク
② 教育と学習、人材育成
③ 電子商取引の推進
④ 行政、公共の電子化
⑤ ネットワークセキュリティと
信頼性
日
本
先導的 7分野
【総務省】
① 医療
②食
③ 生活
④ 中小企業金融
⑤知
⑥ 就労・労働
⑦ 行政サービス
u −Japan政策
2010年
ユビキタス
ネット社会
政策パッケージ
① ユビキタスネットワーク
の整備
② ICT 利活用の高度化
③ 利用環境の整備
【韓国情報通信部】
e −Korea
u−Korea
「e−Korea ビジョン2006」
「IT839戦略」
8
大
情
報
サ
ー
ビ
ス
① 全市民の情報活用能力の引き上げ
② IT化推進による産業の生産性向上
③ 透明性、生産性の高い優れた政府
の実現
④ 世界最高の情報インフラ構築
⑤ 国際協力の強化
韓
国
3
大
イ
ン
フ
ラ
9
大
新
産
業
育
成
2007年
国民所得を
2万ドルまで
高める
【欧州委員会】
eEurope2005
eEurope2002
E
U
①安価で早く安全なインター
ネットの導入
②欧州市民の技能およびアク
セス向上に対する投資
③インターネット活用の奨励 アプリケーション
インフラ
①e ガバメント
②e ヘルス
③e ラーニング
④e ビジネス
⑤ ブロードバンド
⑥ セキュリティ
【連邦政府】
アンビエント
インテリジェ
ンス
7thFP
6thFP
5thFP
2010年
「グランドチャレンジ」の発表(2003年 11月)
NIRTD 計画
国家優先課題
ア
メ
リ
カ
① 科学技術分野でのリーダーシップ
② 国家安全保障
③ 健康および環境
④ 経済的繁栄
⑤ 市民の教育
⑥ 活気のある市民社会
2000年
2002
2004
16の挑戦目標
(グランドチャレンジ)
2006
2010
注)5thFP:第 5次フレームワークプログラム、EU:欧州連合、IT:情報技術、NIRTD:ネットワーキングおよび情報技術の研究開発
出所)各種資料より作成
るなどの具体的目標が設定されている(図1
まで高めることを目標としたu−Korea構想を
の韓国)。
国家の ICT戦略として示した。大統領も強力
e−Korea戦略が実践されるなか、韓国の
に推進するこのu−Koreaプロジェクトの成功
ICT戦略検討の一翼を担う韓国情報通信部
に向け、「IT839戦略」が具体的な重点戦略
は、2007年までに韓国の国民所得を2万ドル
として示されており、プロジェクト推進のエ
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ンジンとして機能している文献10。
を定めたeEurope2002アクションプランを発
「IT839戦略」とは、8つの新たな情報・電
表した(図1のEU)。
気通信サービスを導入し、そのサービスに必
また、2002年にはeEurope2002の見直し、
要な3つの主要インフラを構築して、成長の
改訂が実施され、eEurope2005アクションプ
エンジンとなる9分野の産業を育成すること
ランが提示された。eEurope2005では、イン
で、2007年には29万人の新規雇用と、111兆
ターネットの普及率向上や、ICT関連の規制
ウォン(約11兆円)の生産誘発効果が期待で
緩和などのこれまでの成果を踏まえ、eガバ
きるというものである。
メント(電子政府)、eヘルス、eラーニン
すなわち、韓国のビジョンは、ブロードバ
グ、eビジネスという4つのアプリケーショ
ンドの統合、IPv6(インターネットプロト
ンと、ブロードバンド、セキュリティという
コル・バージョン6)の整備、センサーネッ
2つのインフラに重点が置かれている。
トワークの構築などインフラを確立し、ホー
ヨーロッパの ICTに関する研究開発プログ
ムネットワークやRFID(無線自動認識)を
ラムのうち、最も投資規模の大きいのは1984
利用した新サービスを実現する種々の基盤を
年から実施されているフレームワークプログ
重点的に開発・整備することで、初めてユビ
ラムである。現在進行中なのは2002年から
キタスネットワーク社会を実現できるという
2006年までの4カ年にわたる第6次フレーム
考え方によっている。技術シーズをベースに
ワークプログラム(6thFP)であり、研究
している点で、総務省が提案するu−Japan政
テーマの選定、研究方針はeEurope2005ア
策とは若干趣が異なる。
クションプランに基づいている。このうち、
ICTに関する研究を行うIST(情報社会技術)
3 EU:アンビエントインテリ
ジェンスを提唱
EU(欧州連合)では、欧州委員会が中心
最大の予算がつけられている。
ISTのアドバイザー機能を有する ISTAG
となって、IT政策を立案、実行している。
(ISTアドバイザリーグループ)は、2010年
その活動の根源は、教育や電子商取引など10
の情報通信社会を示す概念として、「アンビ
項目の達成目標を掲げた「eEuropeイニシア
エントインテリジェンス(Ambient Intelli-
チブ」と、それを受けて「より多くのより良
gence)」を提示した文献11。アンビエントイン
い雇用と、より強化した社会的連帯とを確保
テリジェンスとは、「知的環境」または「知
し、世界でも競争力のある“ダイナミックな
性をもった環境」と邦訳することができるよ
知識基盤・社会”をつくり出していく」と
うに、知性(インテリジェンス)をもった端
2000年3月のEUサミットでうたわれたリス
末や情報通信環境が身近に存在し、生活のな
ボン宣言にある。
かでそれらを利用することにより、さまざま
リスボン宣言を受け、欧州委員会は「すべ
ての人のための情報社会を」という基本方針
のもと、2002年末までに実施すべき重点項目
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分野には36億ユーロと、他の分野に比べても
なサービスを享受できる社会が到来するとい
うビジョンである。
このような経緯もあり、ヨーロッパでは、
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ICTによる将来社会のビジョンを示す言葉と
ードル、達成時の利益などを明らかにしてい
して、ユビキタスネットワークより、アンビ
る 文献13 。この16の挑戦目標は、決してその
エントインテリジェンスの方が頻繁に使用さ
時々の技術トピックスに寄ったものでなく、
れる傾向にある。
十数年先を見越しても重要性が認識されるよ
うな典型的なものが選択されている。
4 アメリカ:16分野のグランド
チャレンジを表明
アメリカ連邦政府におけるICT戦略はNCO
これらグランドチャレンジへの対応が、国
の優先課題、すなわち、①科学技術分野での
リーダーシップ、②国家安全保障、③健康
(国家調整局)から毎年発行される「NITRD
および環境、④経済的繁栄、⑤市民の教育、
(ネットワーキングおよび情報技術の研究開
⑥活気のある市民社会――の実現に貢献する
発)大統領予算教書補足資料」で報告されて
文献12
いる
と考えられている(表1)。
。
アメリカ連邦政府の ICT戦略は、ユビキタ
2003年11月(第2版は2004年3月)に発行
スネットワーク、アンビエントインテリジェ
された同資料についての解説書では、長期的
ンスといった統一的な社会ビジョンを提示す
に検討を進めるべき16の典型的な挑戦目標
るアプローチはとっていないが、長期的視点
(「グランドチャレジンジ」)を示し、今後10
で16分野のグランドチャレンジを掲げ、ICT
年間で取り組むべき焦点、越えるべき技術ハ
の研究開発を推進していくという姿勢は、日
表1
アメリカのグランドチャレンジと国家優先課題との対応
国家優先課題
典型的グランドチャレンジ
科学技術分野
におけるリー
ダーシップ
国家安全
保障
健康および 経済的繁栄 市民の教育 活気のある
環境
市民社会
科学とエンジニアリングのための知的環境
燃料改良によるクリーンエネルギー生産
高信頼インフラストラクチャー制御システム
患者の安全と健康の質の改善
長期的地域別気候変動のための周知徹底された戦略的計画立案
ナノスケール科学技術――原子と分子の振る舞いのアンサンブル
探求とその利用
汚染物質の経路と健康への影響の予測
自然または人工脅威に対するリアルタイムな発見、評価、対応
より安全な、より安定した、より効果的な、より高輸送力のマル
チモーダル輸送システム
デジタル社会への万人参加の結果予想
強調的知能――人間とインテリジェントテクノロジーとの融合
自らの周知の情報から洞察を生み出す
知識集約型ダイナミックシステムの管理
自然言語熟達方法の急速な修得
シムユニバース――探求による学習
すべての人にとっての仮想の生涯教師
出所)NCO, USA, "Grand Challenges," Second Printing, March 2004
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表2
ICT企業各社のユビキタス関連の取り組み
ユビキタス関連サービス、研究活動などの例
企業名
経営ビジョンや社長メッセージなど
NEC
全世界共通のスローガンとしての「Empowered
>RFIDタグ、バイオメトリクス、IPv6を軸とした
サービスおよび実証実験を実施
by Innovation」
>パソコン製造の工程管理にRFIDタグを導入
NTTデータ
「Insight for the New Paradigm――未来のしくみ
> e コラボレーションソリューションの提供
を、ITでつくる。
」
>ユビキタス生産システム研究会の立ち上げ
>RFIDタグ実証実験への参加
東芝
「ユビキタス」と「環境」に焦点を当て、社会に提
供でき、貢献できる技術は何かを追求し、将来の
>「デジタルプロダクツ事業」と「電子デバイス事
業」を核とした各種製品、ソリューションの提供
進展に向けて提案し続けていきたい
日立製作所
>ユビキタスソリューション、トレーサビリティソ
「Inspire the Next」「i. e. HITACHIプラン」
情報はライフラインになる。uVALUEという価値
リューションの提供
>IPv6の研究、響プロジェト(RFIDタグ開発国家
が生まれる
プロジェクト)への参加
>ミューチップの提供
富士通
松下電器産業
2004年度は「スタートライン」。新分野としてユ
>ユビキタスシステム事業本部を設立し、端末から
ビキタス市場の創出を実施し、「安心・安全な社
ソリューションまでのトータルソリューションを
会」を実現する
提供
2010年「ユビキタスネットワーク社会の実現」と
日本ユニシス
「Re-Enterprising 2004」。日本ユニシスグループ
全体を顧客起点で作り直す
>情報家電にかかわる標準化活動への参加
>家庭内製品のネットワーク化の推進
「地球環境との共存」を実現
>標準化活動や実証実験の実績を活かした、ユビキ
タスソリューションの提供(無線 ICタグやGPS、
センサー、カメラなどの認識技術を活用)
注 1)Empowered by Innovation:イノベーションによる活性化の意、Insight for the New Paradigm:新しいパラダイムを洞察するの意、
Inspire the Next:次の時代を鼓舞するの意、i. e. HITACHI:情報と電子の日立の意、uVALUE:ユビキタス価値の意、Re-Enterprising 2004:2004年の企業再構築の意
2 )GPS:全地球測位システム、IC:集積回路、IPv6:インターネットプロトコル・バージョン6、RFID:無線自動認識
出所)各社の年次報告書および公開資料より作成
本、韓国、EUと類似している。一方、国家
は高まっている。各社の経営ビジョンおよび
の安全保障に重点が置かれる点が、他国の
取り組みを整理すると、生活者がストレスな
ICT戦略との大きな違いである。
く ICTを利用し、「安心・安全・便利」なサ
ービスを体感できる社会が近い将来に実現す
Ⅲ ビジョンを共有し実践へ
るというビジョンを、ユビキタスネットワー
クを合言葉に共有している段階であるといえ
1 企業の経営ビジョンにもユビキ
タスネットワークが浸透
70
よう(表2)。
すでに、RFIDタグすなわち無線 IC(集積
国家の ICT戦略や社会ビジョンの提示、政
回路)タグや、センサーネットワークなどの
府主催の ICT関連研究会の成果もあり、民間
技術を用いた先進的サービスが、一部の企業
の ICT企業を中心に、ユビキタスネットワー
から提供されている。しかし、過去に行った
クの登場を経営ビジョンにうたうなど、企業
実証実験に準拠したもの、あるいは利用目的
レベルでのユビキタスネットワークの認知度
を限定したサービスが主であり、より汎用性
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図 2 キッズインフィール(Kids in feel)の概要
塾
保護者
到着メール送信
入館
入館用リーダー
パソコン
ICタグ
インターネット
携帯電話
帰宅メール送信
パソコン
子供の塾の入退出を
携帯電話で確認
退館
退出用リーダー
出所)大日本印刷、ドコモ・システムズの資料を参考に作成
の高いパッケージサービスとなるためには、
をかざすと、保護者の携帯電話やパソコンに
さらなる時間を要すると思われる。
電子メールで登下校時刻を知らせるという非
常に単純な仕組みである(図2)。映像情報
2 部分的ながらもユビキタス
サービスが登場
ユビキタスネットワークの本質が、「いつ
やリアルタイムの位置情報は得られないた
め、「いつでも、どこでも、子供の居場所が
わかる」とまではいかない。
でも、どこでも、何でも」ネットワークにつ
しかし、塾や学校など子供を預かる側から
ながり、誰でもが「安心・安全・便利」なサ
すれば、子供1人に1枚のRFIDタグを渡し、
ービスを享受できる社会であるとすると、サ
読み取り機1台と電子メールが送信可能なパ
ービスを提供する事業者間の提携や、異なる
ソコンさえ用意すれば、システムを構築する
アーキテクチャーで開発された相互互換性の
ことができる。また、情報の送り先である携
ない ICT端末などが市場を闊歩する現状で
帯電話に関しては、今では誰もが保有してい
は、まだまだ障壁が高い。しかし、「安心・
ることもあり、保護者に余計な投資を強いる
安全・便利」という視点で見ると、部分的で
必要もない。近年多発する児童をめぐる不幸
はあるが、ユビキタスサービスの萌芽ともい
な事件に対して、親の不安を少しでも軽減で
うべきサービスが始まっている。
きるシステムの一例といえる。
そのほか、子供の安全を見守るサービスと
(1)RFIDタグと携帯電話で
子供の安全を見守る
しては、セコムが提供するランドセルに装着
可能な小型GPS(全地球測位システム)によ
大日本印刷が提供する「キッズインフィー
る子供の所在見守りサービス、NTTマーケ
ル」は、塾の教室などの出入り口に設置した
ティングアクトほかが提供する「ACTOSキ
リーダー(読み取り機)に生徒がRFIDタグ
ット おっかけカメラメニュー」がある。後
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者の例では、保育施設にいる園児や介護施設
にいる老人に電池付きRFIDタグを持っても
Ⅳ 技術面から見たユビキタス
ネットワークの姿
らい、施設内に設置されたカメラがタグの情
報を感知して写真を撮る。そして、園児や老
人の家族は、施設のステーションやインター
ネットを介して、自宅から映像を確認するこ
とができる。
1 ユビキタスネットワークの
構成要素
ユビキタスネットワークは、近年注目され
ているRFIDタグやセンサーなど、特定の機
器を利用することで実現するものではない。
(2)店舗を ICTで武装して
顧客サービスを検証する
さまざまな情報を取得したり、他者とのコミ
ュニケーションを行ったりするパソコンや携
ドイツを拠点とするヨーロッパの大手小売
帯電話、車載端末などの ICT機器のほか、
業者であるメトログループは2003年4月、
ADSL、FTTH(家庭向け光ファイバー回線)
SAPや IBM、NCRなどの企業とともに、最
等の有線ネットワークや、携帯電話網、無線
新の ICTを駆使した実験店舗、メトロ・フュ
LAN(ローカルエリアネットワーク)等の
ーチャーストアをフランクフルト郊外の都市
無線ネットワークなどのアクセス手段も、ユ
ラインベルクに建設した。
ビキタスネットワークの構成要素となる。
同店は、店頭で販売する商品の一部に
また、これら ICT機器やネットワークアク
RFIDタグを貼り付け、店頭在庫の管理や、
セス手段だけでなく、利用者の認証が可能
販促情報の提供、情報キオスクによる牛肉お
な、かつ種々の ICT機器でもサービスが実現
よびワインのトレーサビリティ(生産・流通
可能なプラットフォーム、その上で提供され
履歴追跡)情報の提供、電子棚札による商品
るサービスなど、ありとあらゆるICTがユビ
価格の自動変更、ショッピングカート設置型
キタスネットワークの構成要素として必要に
のパソコンによる消費者一人ひとりへの商品
なる。
情報提供などを行っている。また、画像認識
装置を備えたセルフはかり売り機、店員不要
のセルフレジなど、最新のさまざまな ICT機
器を駆使した店舗となっている。
これだけの設備を投資しているため、コス
トの回収は明らかに困難である。しかし、開
ユビキタスネットワークの実現過程におい
て、その構成要素である ICTも多様に変化し
ていく(図3)。
まず、端末は、デスクトップパソコンや、
店後、現在に至るまで、実際に顧客や従業員
モバイルパソコンに限らず、テレビや各種レ
に ICTを活用してもらい、将来に顧客サービ
コーダー、冷蔵庫などの家電機器がネットワ
スと業務効率化の双方で寄与するであろう技
ークに接続可能になるほか、個人認証ツール
術の検証と改善を続けている。その点では、
としての ICカード、商品管理ツールとして
生活者参加型実証実験のベンチマーク的存在
のRFIDタグが広く利用されるようになる。
ともいえよう。
72
2 技術面から見た変化
また、ネットワークの分野では、アクセス
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の手段として、携帯電話網の3G(第3世
たらす。第1は、RFIDタグやセンサーなど
代)、4G(第4世代)などブロードバンド
の新しい ICT機器の出現により、われわれの
が整備され、新しい無線技術であるUWB
身の回りのあらゆるモノがネットワークに接
(ウルトラワイドバンド)、ZigBee(ジグビ
続可能となることで、やりとりされる情報の
ー)なども利用可能となる。
量、質が変化することである。
さらに、プラットフォームの分野では、主
たとえば、モノに関するID(識別子)、色、
契約外のアクセス事業者網でも利用を可能に
サイズなどの商品情報や、温度、湿度などの
するローミング技術や、さまざまなネットワ
環境情報も、ネットワークを介して伝達され
ークアクセス環境下でも安心してサービスを
ることとなる。
利用可能にするためのセキュリティ機能が高
第2は、ネットワークアクセス環境が整備
度化し、モノや環境から取得した属性情報の
されて、リアルタイムでの情報の取得と提供
流通制御を行うリゾルバーなどの新技術も登
が実現するなど、インフラの利便性がさらに
場する。一方、観光地独自のコンテンツを提
向上し、これまで断片的に利用されてきたサ
供したり、災害等の局面で被災者の探索を可
ービスが連携することである。
能にしたりする位置情報把握のための関連技
術なども、これから整備が進む。
たとえば上述の商品情報は、リアルタイム
の欠品情報や商品発注情報として製造元に送
したがって、ICTの進化は2つの変化をも
信され、製造元の生産調整や在庫計画の精度
図 3 ユビキタスネットワークを実現するさまざまな ICT
サービス
プラット
フォーム
ネットワ
ーク 業務コンテ
ンツ デバイス
管理 同期管理
認証
課金
音楽コンテ
ンツ 2G、3G
PC、
携帯電話
PDA
自作コンテ
ンツ 映像コンテ
ンツ トランザク トランスコ
プレゼンス
ション管理 ーディング
セッション
ローミング
管理 ブルート
IrDA
Wi−Fi
(IrFM) (無線LAN) ゥース PHS
端末
金融コンテ
ンツ XDSL
FTTH
測位、
位置管理
ホームセキ
ュリティ …
セキュリ
ティ …
リゾルバー
IEEE
802.11n
ZigBee
WiMAX
PLC
NFC
UWB
IEEE
802.20
RFID
3.5G、4G
…
ネットワ
POS、
レコー
ICカー
キオスク
冷蔵庫 ーク対応
改札 車載機器
ATM
ダー ド
テレビ すでに利用可能
トレーサビ
リティ情報
介護 RFIDタグ
書籍
食品
衣類 …
センサー
今後利用可能に
注)2G:第2世代携帯電話、ATM:現金自動預け払い機、FTTH:家庭向け光ファイバー回線、IEEE802.11n:IEEE(アメリカ電気電子学会)が定めた 100 メガ
ビット/秒超の新しい無線 LAN、IEEE802.20:高速移動対応の無線通信、IrDA(IrFM):赤外線通信、LAN:ローカルエリアネットワーク、NFC:IC カー
ド、携帯電話用の近距離無線通信、PC:パソコン、PDA:携帯情報端末、PHS:簡易型携帯電話、PLC:電力線通信、POS:販売時点情報管理、UWB:ウ
ルトラワイドバンド(超広帯域無線通信)、Wi−Fi:無線 LAN、WiMAX:ラストワンマイル用固定無線通信、XDSL:デジタル加入者線、ZigBee:省電力、
低ビットレートの無線通信
ユビキタスネットワークの実現に向けた課題と対応
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を高める。また、センサー情報は、遠隔監視
た場合の情報流通の阻止と責任の明確化があ
等のセキュリティサービスや、遠隔医療等の
いまいになりやすいということである。一歩
新しい医療サービスなどへの利用のほか、空
間違えば、本人が望まない個人情報がインタ
調やブラインドの制御情報への転換やフィー
ーネットを介して即座に公開される危険性も
ドバックなど、住宅やオフィスビルサービス
否定できない。
への利用が可能となる。
2003年半ば、RFIDタグの世界的な注目の
高まりとともに、欧米の消費者団体を中心と
Ⅴ 本質的な課題と対応
してプライバシー侵害の声があがり、実証実
験でさえも中止に追い込まれ、顧客サービス
1 個人の情報活用と
への新技術導入の検証にブレーキがかかる事
プライバシー問題
態が発生した。技術そのものは本来中立的な
このように、ユビキタスネットワークの実
ものだが、適用先や運用方法によっては、利
現過程における ICTの進化は、新しいサービ
用者に恩恵だけでなく、被害を与えることも
スの萌芽を有するものの、利用者個人の特徴
可能となる。また、技術そのものに対する十
や嗜好に合ったきめの細かいサービスを提供
分な理解を得られない場合には、新しい技術
しようとすればするほど、サービスの利用者
の市場適用の芽さえもが摘み取られてしまう
である個々人にかかわる情報が、その対価と
可能性がある。
して事業者側に渡され管理される、すなわち
プライバシー情報を事業者に提供するという
ことになる。
ICT産業は、大きく2つの変化に直面する。
たとえば、現在でも技術的には、商品購買
1つは、情報家電産業の国際競争が従来以上
履歴から個人の趣味嗜好や、アレルギーの有
に激化すること、もう1つは、情報システム
無、病歴などを推測可能なほか、携帯電話の
産業のユビキタスネットーク対応である。
ログから移動履歴を推測することも可能であ
韓国の「IT839戦略」では、国民経済に波
る。ただし、おおむね単独の事業者が提供す
及効果が大きく、官と産が共同でモデル事
るサービスであるため、プライバシーの侵害
業を推進すべき分野として、ホームネット
はそれほど発生しない。あるいは、発生して
ワーク、テレメトリクス(遠隔情報収集)、
も表面化しづらい傾向にあった。
センサー・RFIDタグを掲げている。これら
しかし、いつでも、どこでも、何でもネッ
の分野は、日本の情報家電業界も同様にユビ
トワークにアクセス可能なユビキタスネット
キタスサービスとしてこれから力を入れる分
ワークでは、リアルタイムに収集されるモノ
野である。この韓国の官と産によるモデル事
の流通情報や環境情報を利用してわれわれの
業が成功すれば、ユビキタス家電分野におけ
活動を監視することは、将来的には不可能な
る韓国と日本の新たな市場獲得競争が激化す
ことではない。また、サービスの連携が容易
る可能性がある。
になるということは、ひとたび問題が発生し
74
2 競争が激化するICT産業
一方、情報システム産業には、ユビキタス
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ネットワークに対応したシステム構築ノウハ
報の蓄積と、消費者からの信頼の獲得という
ウが要求される。なぜなら、さまざまな新サ
息の長い取り組みが必要となる文献14。
ービスの実現、既存サービスとの相互接続、
異なるネットワークアクセス環境下での接続
など、ユーザーニーズがこれまでになく多様
4 国の取り組み
(1)法規制の役割
化するからである。①膨大に広範囲に分散し
このような課題に対し、国家が果たす役割
て発生するデータの処理に耐え得るシステム
は、大きく2つある。第1は、前述のように
設計、②リアルタイム処理への対応と障害時
ICT戦略を策定して、民間企業が独力ではな
の対応、③利用者の安全やプライバシーを守
かなかなし得ない基礎研究の開発支援や、新
るセキュリティの検討――は、情報システム
しい基盤の上でのサービス開発などの産業育
従事者にとって必須の概念となる。
成を行うこと、第2は、新規産業の登場によ
したがって、情報システム産業では、新た
って起こり得る消費者の不利益や被害を防
に登場する ICT利活用時代に対応できるシス
ぐ、あるいは補償を行うことであり、ともに
テム開発能力が要求され、これまでのシステ
規制の新規策定または改廃という形で制度化
ムアーキテクチャーの考え方をさらに一歩前
される。
進させて検討する必要がある。
前述のプライバシー問題に関しては、個人
情報保護法が適用されるほか、具体的な技術
3 ビジネスモデル構築の難しさ
の適用に関しては、ガイドラインなどが提示
また、ビジネスとして成功するには、数多
される。たとえば、RFIDタグの場合、総務
くの壁が待ちかまえている。多種多様な ICT
省と経済産業省が合同で発表した「電子タグ
が遍在し、日進月歩で新技術が登場し衰退す
利用に関するプライバシーガイドライン」が
る現状では、新しいタイプのビジネスモデル
これに相当する。
構築が必要となる。
たとえば、社会的な要求が高いトレーサ
ビリティ、すなわち生産・流通履歴の追跡へ
(2)RFIDタグ利用に関する
プライバシーガイドライン
の対応は、RFIDタグの利用によって業界全
上記のガイドラインには、消費者がRFID
体の価値を高める可能性があることは、広く
タグ付き商品を購入した後もRFIDタグが装
認識されている。しかし、業界横断的な利用
着されている場合、事業者が対応することが
をすることで、たとえば、誰がRFIDタグの
望ましいという規則が盛り込まれている。す
コストを負担するか、誰がインフラを整備す
なわち、①RFIDタグを利用していることを
るかという問題と、形にしにくい商品の品質
表示する、②購入後のタグ機能の利用可否に
や安全性を、消費者の購買意欲に訴求できる
対する選択権を消費者に与える、③将来の
かという商品販売上の課題がある。トレーサ
物品リサイクルなどに利用するため、商品
ビリティを利用したビジネスモデルの構築に
購入後もRFIDタグの機能を有効にした方が
は、商品製造、提供者の地道な努力による情
よい場合は、消費者にその理由を説明する、
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④RFIDタグに格納された商品情報によって
た1998年に、欧州委員会の議長であったマー
個人の情報が関連づけられる場合は、個人情
チン・バンゲマンが提唱し、翌年1月にニュ
報保護法のもとに置かれる――といった記述
ーヨークで正式発足した。
がある。
GBDeの組織は、ヨーロッパ、アメリカ、
これから技術開発と本格展開が進むRFID
アジア各国の ICT関連民間企業の役員レベル
タグに関して、業界に先立って政府主体でガ
のメンバーにより構成されるBSC(ビジネ
イドラインを設けた例は、海外でも類を見な
ス運営委員会)と、提言書の作成に至るまで
い。今後、世界的に商品管理にRFIDタグが
の実質的な作業を行う事務方組織である「シ
利用される場合にも、参照すべきモデルとい
ェルパ」という2層で構成されている。セキ
えよう。
ュリティやプライバシーなど、ICTの普及に
他方、RFIDタグ利用に関する消費者への
よって発生する世界共通の課題を把握し、各
掲示方法や表示内容に関しては、利用業界に
国の関連規制に対して、民間企業の立場から
解釈の余地を残している。また、情報データ
意見を提示する政策提言団体としての機能を
ベースを用いた個人情報の管理に関しては、
果たすことを活動のポリシーとし、1999年の
個人情報保護法に従うため、同法施行後に発
パリ総会から毎年、世界的に向けて提言書を
生する課題は、RFIDタグ利用についても同
発表している。
様の課題となる。したがって、今後は業界へ
2004年11月末、GBDeはマレーシアで総会
のガイドライン遵守の啓発や、当該ガイドラ
を開催し、「ユビキタス社会フレームワーク」
インに準拠した業界別プライバシーガイドラ
「安全な電子取引」「電子政府」「新しいビジ
イン策定の支援、さらには技術の進化や社会
ネスモデル」という4つのテーマで提言書を
へのRFIDタグの普及に伴うガイドラインの
作成、発表した。
見直しなどが必要となろう。
(1)ユビキタス社会フレームワークとは
5 国の規制に民間企業から意見を
出す場としてのGBDe
成に当たっては、ワーキンググループの議長
企業が新しい技術を適用することによっ
はNTTデータが、調査と提言の草稿作成は
て、生活者に不利益が発生するようなことは
NRI が受け持ち、総会ではNRI 理事長の村上
あってはならない。その対策として、前述の
輝康が、世界中から意見や情報を収集し、会
ような法規制が存在するわけだが、そうした
議に報告書を提出するラポーターとして報告
法規制が産業育成の芽を阻害することもあっ
を行った。「ユビキタス社会ビジョンの共有」
てはならない。
を目的に作成された提言のポイントは、大き
GBDe(Global Business Dialogue on elec-
76
ユビキタス社会フレームワークの提言の作
くは次の2つに整理できる。
tronic-commerce:電子商取引に関する世界
>ICTによるパラダイムとしてユビキタス
ビジネス会議)文献15は、インターネットが企
ネットワークがある。これは、パーベイ
業間取引の手段として普及の兆しを見せ始め
シブコンピューティングやアンビエント
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インテリジェンスなど、世界各国、各企
業が提唱するビジョンと方向性を共にす
るものであることを共通認識とする。
>ICTの進歩により、これまでにない新し
い社会が実現される一方で、世界共通の
6つの課題も発生する(表3)。それら
の課題を認識し、解決に向けて取り組み
ことが必要である。
(2)基本姿勢は民間企業の自主努力による
課題解決
表3
ユビキタスネットワーク社会の6つの課題
①電波リソースの配分と免許
②センサー、RFIDにかかわる利用とプライバシー問題
③社会の安心・安全を積極的に確保するためのセキュリ
ティ、プライバシー対応
④国家 IT戦略
⑤ユビキタスネットワークの負の側面
⑥放送と通信の融合を超えた、新たな融合問題
出所)GBDe(電子商取引に関する世界ビジネス会議)の2004
年の提言書を参考に作成
周知のように、国家主導型の ICT戦略が必
ずしも成功するとは限らない。むしろ、産、
GBDeの活動の基本ポリシーは、1999年の
官、学、そして民(消費者)それぞれが、ユ
第1回パリ総会の宣言にも見られるように、
ビキタスネットワークというビジョンを共有
「政府の規制は最小限にとどめ、民間主導の
し、実現に向けて、立ちはだかる課題を解決
自主規制にできる限り委ねるとともに、公平
しつつ、新たな付加価値の創出へと昇華する
な競争の場を維持する」ことである。その姿
プロセスを形成することが重要である。した
勢は、GBDe設立以来首尾一貫している。
がって、以下の視点は欠くことができない。
他方で、ICTの目まぐるしい進化に追随
し、多様化する課題に取り組むためには、民
間の一企業組織だけではもはや不可能であ
1 ICTによる社会ビジョン共有の
加速
り、各種組織、政府機関、消費者団体との対
これまで述べてきたように、ユビキタスネ
話を深めながら論点を深掘りすることが重要
ットワークの実現には、携帯電話やRFIDタ
である。2004年は、アメリカおよびヨーロッ
グ、情報家電など種々の ICT機器と、それら
パで政府関係者、消費者団体の参加を得て議
をつなぐネットワーク、そして安全かつ効率
論を進め、そのうえでGBDeとして政策提言
的な運用を確保するプラットフォームの構築
書を作成した。
が必要である。決して、近年注目を集める
RFIDタグだけでユビキタスネットワークが
Ⅵ ユビキタスネットワークの
実現に向けて
実現するわけではない。
アンビエントインテリジェンスという言葉
が示すように、さまざまな ICTが、あたかも
以上、NRI が次世代の ICTパラダイムとし
知性をもってわれわれの活動を支援するかの
てユビキタスネットワークを提唱して以降、
ように、生活のなかに浸透した社会が、ユビ
この概念が国内外の ICT戦略や、企業のビジ
キタスネットワーク社会である。
ョン、戦略に展開されていく様を事例を踏ま
えて示し、取り組むべき課題を示した。
したがって、一部の技術にこだわることな
く、ICTの全容を共有し、生活者の視点で社
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会ビジョンを共有する姿勢を、世界規模で加
報リテラシーなどで扱われるような、「ICT
速させることが望ましい。ただし、国家の
に関する知識がある」と同義ではない。むし
ICT戦略では、各国で異なる用語が使われる
ろ、前節や前々節で示したような、「ユビキ
ため、ビジョンとしてICTパラダイムを引用
タスネットワークのビジョンを共有してい
する場合には注意が必要である。
る」「技術の使い方によってはプラスの側面
もマイナスの側面もあることを知っている」、
2 長期的かつ生活浸透型の
検証の実施
先に紹介したドイツのフューチャーストア
さらには「実際に使ってみたことがある」と
いう意味に近い。
ユビキタスネットワークを実現するには、
の例は、ICTを駆使した先進的な実験店舗を
ICTの恩恵を受けるべき人の視点が不可欠で
構築した行為そのものよりも、2003年4月の
ある。そのため、生活者の参加を得て ICTを
開店以降、現在に至るまで(そしてこれから
検証してもらい、プライバシー面などに関す
も)顧客に利用してもらい、技術の検証と改
る課題への対応を進めながら、産、官、学、
善を続けている点で注目すべきである。
民の共同での技術開発と市場への適用を実現
日本では、政府支援型の実証実験、民間企
するプロセスを形成する必要がある。
業主体の実験の双方にいえることだが、顧客
参加型の実験といっても、コストと期間の制
約から1、2週間、あるいは長くても1カ月
程度の実験期間で終わるものが多い。
4 競争優位を生み出す
技術開発戦略
ビジネスモデルを構築するうえで、産業側
新しい ICTを利用したビジネスの短期集中
から見た場合の悩みは多い。たとえば、顧客
的な実証実験では、技術の目新しさも相まっ
サービスを提供する事業者であれば、多様化
て、顧客の関心は総じて高まる。しかし、継
する一方の顧客ニーズを的確に捉えてサービ
続的に利用してこそわかる顧客の冷静な声を
スに反映し、顧客満足度を向上させるだけで
得て、それを技術に反映することは難しい。
なく、新規顧客を獲得するという課題が常に
また、現場の既存業務に支障を与えないよう
ついてまわる。ICTベンダーに関しても同様
とするあまり、革新的業務プロセスの立案、
だが、顧客ニーズのみならず、ますます増え
検証がしづらい。
る新技術への対応はリスクも大きく、時には
したがって、業界やベンダーとの連携を深
経営的な判断が要求される。
め、長期的に運営可能な実験店舗を構築し
ユビキタスネットワーク時代には、サービ
て、消費者に多様なユビキタスサービスを提
ス、コンテンツ(情報の中身)の供給源はさ
供しつつ生活に浸透させてみるといった大胆
らに増大し、ネットワークアクセス環境と利
な取り組みも考慮すべきである。
用端末も現在以上に多様化すると想定され
る。このように、あたかも有機的にサービス
3 ユビキタスリテラシーの育成
ここでいうユビキタスリテラシーとは、情
78
やコンテンツが連携しあうような環境下にお
いて、シームレスかつ安全な接続の実現が要
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求される。
73ページの図3に示したようなさまざまな
ICTが存在する環境下で、多種多様な接続プ
ロトコルが存在していては、利用者の利便性
を損なうだけでなく、新製品開発、システム
開発におけるコストも増大する。このため、
2つの視点を有することが求められる。
第1に、端末、ネットワーク、プラットフ
ォーム、サービスの4つの層をつなぐネット
野村総合研究所、2000年
2 村上輝康「ユビキタスネットワーク化の事業機
会と戦略的課題」『知的資産創造』2004年6月号
3 http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/
UbiHome.html
4 IBM, “Pervasive Computing,” IBM Systems
Journal, Vol.38, No.4, 1999
5 論文、研究会報告書の形式では存在せず、学会
および各種プレゼンテーションにおいて紹介さ
れている。
6 Mike Esler et al., “Next Century Challenges:
ワークインターフェース、コンテンツ流通の
Data-Centric Networking for Invisible Comput-
ためのプロトコルなどは、極力共通化あるい
ing,” University of Washington, August 1999
はモジュール(部品)化し、相互互換性の確
保や新サービスの提供が容易なシステムプラ
ットフォームとする。
第2は、各技術の核となる要素やコンテン
ツ、製造技術など、過去の経験と実績に基づ
く部分に関しては、企業独自のノウハウとし
て、さらなる技術開発と差別化を追求するこ
とである。
7 http://www.ercim.org/publication/Ercim_
News/enw47/intro.html
8 ユビキタスネット社会の実現に向けた政策懇談
会「u−Japan政策――2010年ユビキタスネット
社会の実現に向けて」総務省、2004年12月
9 MIC(韓国情報通信部),“ e−KOREA VISION
2006,” April 2002
10 MIC, “The Road to $20,000 GDP/capita [IT 839
Strategy]” June 2004
11 IST Advisory Group, EU, “Scenarios for Ambient Intelligence in 2010,” February 2001
ユビキタスネットワーク実現への取り組み
は、もはや日本だけの事象ではなく、同時多
発的に世界中で進行しつつある。われわれは
近い将来、各国で創発されたユビキタスネッ
トワーク関連の新産業、新技術の成果と対峙
することになるだろう。そのようななかでも
一層際立つ日本ブランドの製品、サービスを
12 NCO, USA, “ Guide to the NITRD Program
FY2004−FY2005,” November 2004
13 NCO, USA, “Grand Challenges,” Second Printing, March 2004
14 阿部秀晴「トレーサビリティシステムで創発さ
れる新たな付加価値」『知的資産創造』2004年10
月号
15 http://www.gbde.org/
維持できる技術基盤を構築することが極めて
重要である。
著●
者 ――――――――――――――――――――――
●
藤吉栄二(ふじよしえいじ)
参●
考●
文●
献 ――――――――――――――――――――
●
1 野村総合研究所『ユビキタス・ネットワーク』
研究創発センター副主任研究員
専門はICTにかかわる新技術動向の調査など
ユビキタスネットワークの実現に向けた課題と対応
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