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南海トラフ巨大地震にどう立ち向かうか

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南海トラフ巨大地震にどう立ち向かうか
**市町村アカデミー 市町村長防災特別セミナー**
南海トラフ巨大地震にどう立ち向かうか
∼犠牲者ゼロを目指して∼
高知県黒潮町長
突然の3.31ショックに見舞われた日
2012年の3月31日に、内閣府の南海トラフ巨大地
震モデル検討会の方から、新たな想定が出されまし
た。高知県については非常に深刻な数字が示され、
県内自治体では、
「3.31ショック」と呼んでいます。
すよという話が職員から漏れる。これだけは絶対
あってはならないと思い、この訓示をしました。
全職員による防災地域担当制を導入
ここからは、黒潮町がどのように考えてきたのか。
その考え方、とらえ方、手法について紹介いたしま
示された内容によると、当黒潮町のどこかで最大
す。とにかく始めたのは、漠然としすぎるので分解し
震度7、最大津波高34.4メートルで、高知県の海岸
ようということです。まず、問題点をしっかりと細分
線に到達するのに最速2分という、たったこれだけ
化し、自分たちが対応できる大きさまでダウンサイジ
の情報で新年度が始まったということです。
ングするということです。
非常に危惧を抱きました。この数字だけで、本当
黒潮町がこの時に取った対策は大きく分けていく
に対策ができるのかということです。もうネガティブ
つか特徴があります。1つはカテゴリー分け、そして
な情報ばかり発信され、翌4月1日には、多数のメ
もう1つが官民共同のコミュニケーションです。
ディアが黒潮町に押しかけてきました。役場だけで
第1のカテゴリー分けはダウンサイジングと言って
なく住民の皆様にも取材が入り、上空にはヘリコプ
もいいと思いますが、要は対応できない大きな不安
ターが舞うという状況でした。
について、その課題・構造を分析し、何をすればい
4月1日は日曜日でしたので、役場の職員を配置し
いのかを明確にする必要がある。分解したものを
て、電話対応のために休日出勤をさせました。住民
個々の施策に持っていく。こういったことの積み重ね
の皆さんから、相当多くの電話がかかると思ってい
でしか防災対策は成就しませんし、一発逆転はあり
たのですが、実はほとんどかかってきませんでした。
ません。
翌4月2日は月曜日で、新年度の初登庁日でした。
黒潮町の防災対策の優先順位のトップは、圧倒的
この日、私は町長として職員にいろいろなことを言っ
に人命です。避難一つとってもさまざまな課題があ
ていますが、ここで少し紹介いたします。
ります。要は津波防災というのは、ロジカルに言うと
「真の当事者である住民の皆様に、過度の不安を
非常に簡単で、
「津波が来るまでに、津波が来んとこ
与えないよう配慮しよう。そして、どうしようもない
に、逃げとけ」というそれだけのお話でございます。
と対策をあきらめたり、生活ができる町ではないと、
しかし、木を例にすると、幹から発生している枝葉
これまでやこれからの町の営みを否定するような考え、
末節、これが非常に多くの要素を含んでいます。
あるいはその一切を禁止する。今回の情報を正しく
人命を救済するというだけでも膨大な作業量が発
伝え理解し、今後の行動、発言の一切は課題解決に
生します。今、見直している防災計画は年度末に上
向けたものとする」という趣旨のことを伝えました。
がってくると思いますが、これを1、2年かけてしっ
つまり住民の皆様は突然の発表を受けて3月31日、
14
大西 勝也
かりと落とし込みの作業に入っていきたいと思います。
4月1日と、非常に大きなあきらめと不安の中での暮
同時に想定されるファクターについては、個々に適
らしでした。そこに黒潮町の防災の最前線に立って
切かつ的確な施策を講じていく必要があるということ
いる行政組織から、どんなことをやったって無理で
で、だいたいやらなければならないことが、漠然とで
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大西 勝也(おおにし かつや)
【略 歴】
昭和45年 生まれ
平成元年 高知県立中村高等学校卒業
卒業後、海外で洋ラン栽培などを学ぶ
平成12年 農業
平成17年 大方町・佐賀町合併協議会委員
平成20年 黒潮町地域協議会会長
平成21年 幡多ブロック青年農業士連絡協議会会長
平成22年 黒潮町長 就任(現在1期目)
はありますが、整理できてきました。
この職員の配置では、1つのルールを設けていま
そこで、具体的に何をしなければならないかとい
す。最も優先するのは自分の出身地域です。今は住
う点ですが、単に避難道の整備や広報計画というの
んでいないというケースも含みます。また、出身地域
では、これまでの行政のやり方です。こういったもの
でないけれども今住んでいるところも重視しました。
だけでは実効性は得られない。大事なのは、こう
さらに、黒潮町にゆかりがないという職員もいます。
いった作業に至るまでのプロセス、アプローチこそが
こういう人たちは、例えばその地域に親戚がいる等
非常に重要だと思います。
の条件で職員を配置しています。狙いは、職員に主
当時の黒潮町では、情報防災課というのが担当セ
クションですが、係長と係員のたった2名体制でした。
現在は少し増員し、正職員3名、臨時職員が12名と
体性と自主性を持ってもらいたいということです。
4,600世帯の避難カルテづくりに着手
いう体制になっていますが、とてもではないが、作業
地域担当制は今もずっと続いていますが、2012年
全部をこの防災セクションの人間だけではこなせませ
の6∼8月にこの地域担当を集中的に配置しました。
ん。そこで黒潮町では、全職員による防災地域担当
その時のポイントは、絞られた明確なミッションを
制というスキームを敷くことにしました。
持って地域に張り付けたということです。曖昧なミッ
全職員による防災地域担当制の話に移る前に、何
をにらんだスキームなのかという点を説明いたします。
冒頭に申し上げました細分化ですね。その一環とし
ションを持って漠然と入れても機能しないということ
は、過去の経験から実はわかっておりました。
今回、与えたミッションは明確で、現在その地区
て、黒潮町を多くの地域に細分化したということです。
内にある避難道、避難場所を見直しなさいということ
避難行動をつきつめていくと、災害時要援護者に
です。あるいは、ハード的にどこに避難の困難性が
たどり着くと思います。この要援護者の代表的カテ
あるのかを確認しなさいという、たったこれだけです。
ゴリーは、やはり高齢者の方々です。どの地区のど
さらにワークショップで、机上での整理が終わった
の位置に住んでいて、どういった家族構成で、住ん
ら、消防団の皆さんと実際に町に出てみようというこ
でいるのか。そういうところまで落とし込まないと、
とで、
「ここのブロック塀は倒れないか」
「ここの避難
犠牲者ゼロは達成できないということです。
確保はこれでええか」
「墓石が倒れても、ここは通れ
作業をするとなると、膨大な作業量になるので、
るんだろうな」とか、あれこれやりました。それを地
2012年の6月ごろに黒潮町を61の地域に細分化して、
区ごとにまとめました。要は、物理的にハード対策が
そこに当役場の全職員約200名を張り付けることにし
必要なところをプロットしたということです。
ました。
そこで上がってきたいろいろなハードの条件を役
黒潮町には、約200名の役場職員がいますが、そ
場が整理しました。61地区ありますので、そういった
のうち町長の私、副町長、教育長、それから防災セ
マップが、黒潮町には61枚もあるということです。こ
クショントップの情報防災課長、南海地震対策係の
れからハードの整備計画を組みました。現在、黒潮
3名を除いた全職員を、黒潮町にある14消防分団に
町が持っているハードの整備計画では、避難タワー
一義的に張り付け、さらに61の地域に割り当てました。
が5基、平成28年度までに295本の避難道、160か所
これには学校公務員や、保育士に至るまで全ての職
の避難場所を整備しようということです。これらは全
員が参加しました。
て住民の皆様と話し合いをした上で、決めました。
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最小単位のワークショップの効果
ます。相互扶助、共助と言われますが、1つの重い
今年になってからは、さらに地区を班に分解して
荷物を多数で持つ場合、一人が手抜きをしてもわか
似たような作業を進めたので、紹介いたします。黒
らないということがあります。こういうことが起こら
潮町には14の消防分団があり、それが61地区を管轄
ないように、単位を最小化したということです。加え
しています。さらに、一つの地区の自治会に10∼15
て、カルテ記入という物理的な作業をこなすことによ
軒単位で構成される班という組織があります。そこ
り、記憶の定着という効果もあります。
で、61まで分解した地区をさらに463班まで細分化し
ました。
加えて、ご自身でシートに記入いただくことは、当
事者意識の醸成という意味では、効果が非常に高い
今回の新想定では、463班のうち283班が浸水する
と思っています。この地区に住む自分は、巨大地震
予測になっています。そこで、今つくっておりますの
が起こると、こんな被害を受けるということは漠然と
は、この283班に内包される約4,600世帯の戸別の避
したイメージでしかありません。それが、しっかりと
難カルテです。昨年の6∼8月は地区単位のワーク
した様式に実際に記入することで、非常に明確にな
ショップでしたが、2013年に入ってからは班単位で
ります。大事なことは、この作業による記憶の定着と
のワークショップを開催しています。
いうことです。
避難カルテづくりの前段階となるのが、津波避難
それから、黒潮町では防災隣組を導入しています。
行動記入シートというものです。これをワークショッ
黒潮町の組織体系は、
「自助、近助、公助」です。
プ開催の1週間ぐらい前に、それぞれの班の10世帯
つまり、いざという時に助けられるのは、誰ならでき
とか15世帯に投函いたします。そして1週間かけて、
るのか。それは声の届く範囲、隣近所であるという
家族で話し合いをしていただきながら、住民の皆様
考えに基づいています。これは、今までの黒潮町の
に記入していただきます。
ワークショップ開催場所は、集会場であったり班
避難対策の思想を転換した1つの代表事例と考えて
います。
長さんの自宅であったりするのですが、ワークショッ
先ほどのカルテの聞き取り項目に、
「今現在、どう
プ開催時にこの津波避難行動記入シートを持参いた
いった避難方法をお考えですか」という項目がありま
だき、空白部分を埋めていきます。そして、これを
す。その中には、
「寝たきりのおじいちゃんを抱えと
役場に持ち帰り、今度はカルテという様式で整理し、
るから、車で逃げなあかんな」といった意思表示を
役場が保管しております。
されたご家庭があります。
この班単位のワークショップでは、発言せずに帰
この点については、東日本大震災までは原則、車
られる住民の方はほとんどいません。発言の機会が
両禁止ということが国の指針でした。今は車両の利
非常に多いということで、いわゆるコミュニケーショ
用について検討も必要であろうとなっていますが、
ン・ツールとしては、極めて有効だと思っています。
黒潮町では実は国の方針転換を待たずに、車両避難
役場に戻ってからのカルテ作業も進んでいまして、
も検討しますと公言いたしました。
2014年の1月末ぐらいで約4,600世帯全てのカルテが
完了する予定です。
こうした作業の結果、黒潮町の端から端までを1
エリアとして考えた時に、この地区ではこのハザード
ここで大事なことは、車両避難を禁止しますとい
うことで、思考停止を起こさないことです。つまり1
人の犠牲者も出さないためには、あらゆる避難方法
を排除せずに、積極的に検討するということです。
要因は考えなくていい、あのハザード要因は考えなく
ただし、徹底的なルールづくりをした後でも車両
ていいということがわかりますので、かなり作業ボ
避難を容認すると、犠牲がかえって大きくなるという
リュームが圧縮される効果があります。
場合があります。そういう場合には、いくら車両避難
また、もう1つの効果は、10∼15世帯の小人数と
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さらに、社会的な手抜き防止効果というものもあり
の意思表示をいただいても、この地区は車両避難を
いうことから欠席しづらいこともありまして、住民の
容認できませんということも、理論的な帰結としては
方々の出席状況が明確なのです。6割を超える出席
ありえるわけです。
率というのは、行政が開催する懇談会ではたぶんな
なお今年1月末には、防災の基本的な考え方をブ
いのではないかと思っています。ちなみにカルテの回
ラッシュアップして、黒潮町の第2次津波防災の基
収率は98%です。用事があって参加できない方は、
本的な考えを明らかにしています。犠牲者ゼロを達
自主的に役場に持参いただいたり、あるいは電話を
成するための15の指針ということで、全て年次計画
いただければ職員が取りに行くということで、100%
を持っています。例えば揺れ対策は、いつ始めてい
の回収は達成できると思っています。
つまでの間にどの程度の着地を見るのかということを、
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全項目について、年次計画として盛り込んでありま
ています。年間70本ぐらいやっているのですが、こ
す。
れが大変な労力です。その設計や発注をしている職
人命最優先で「責任逃れの防災」打破へ
員は、毎晩遅くまで残って作業をしています。
しかしながら、一生懸命やればやるほど、その目
2012年の新想定をいただいてから、2013年9月ま
的と手法がごちゃまぜになるというジレンマもありま
でに開催したワークショップは500回を超え、参加人
す。それは本来、避難行動を円滑に完了するための
数は延べ2万人を超えたということです。黒潮町の
補完作業であります。目的と手法は、常にしっかり頭
人口は、約1万2,500人ですので、赤ちゃんからお年
の中に据えておく必要があると考えています。
寄りまで、平均1.5回はご参加いただいたことになりま
す。圧倒的に密度の高いコミュニケーションが行わ
れたわけですが、やればやるほど課題が見えてくる
信頼性向上で住民主導の防災を目指す
高知県に土佐町という、山間部の町があります。
という側面もあります。しかしながらそれは、防災対
急峻な地形に囲まれておりまして、土砂災害が頻繁
策の精度が上がってきた証拠だと思っています。
に発生するところです。ここの行政が1つの問題意
黒潮町として特に戒めているのは、行政による責
識を持っていました。それは、土砂災害の警報を出
任逃れの防災という方向で、これは絶対にあっては
しても、逃げていただけない住民の皆さんが存在す
ならないと思っています。いかに人命を確保するか
るということです。そのため、避難行動をいかに誘
に圧倒的なプライオリティがある。これ以外に目的が
発するのか。そのプログラムが必要になります。
あってはならないと思っています。
そのプログラム開発にかかわった、内閣官房参与
先ほど申し上げました避難場所ですが、2012年5
でナショナル・レジリエンス懇談会座長を務める藤
月に安全度A、安全度Bに分けました。ただし現在、
井聡先生から、黒潮町でやっているカルテづくりの
安全度Bはたった1か所です。安全度Bとは何かと
最大の利点は、避難行動の誘発にあると評価してい
言うと1000年に1度のようなレベル2の津波には耐え
ただきました。
られないけれども、150∼300年に一度のようなレベル
1の津波には耐えられるというものです。
つまりリスクに気づくこと、そしてそのリスクを理
解すること。そしてリスク回避の行動を取る必要を
これを設定する時に、私を含めて課長たちと話し
理解し、実際に行動することが大事だということで
合ったのですが、相当すったもんだがありました。
す。そのポイントは、
「能力の信頼、意図の信頼、一
安全度Bの避難場所に逃げたところがレベル2の津
般的信頼」の3つです。
波がきて、お亡くなりになった。こういう場合に行政
責任はどうなのか、ということです。
私たちは圧倒的なトッププライオリティに人命を置
「一般的信頼」というのは、行政に対する住民の皆
さんの信頼です。この一般的信頼が何によって構成
されるかというと、
「能力の信頼」と「意図の信頼」
いています。ただし、地区の中に避難場所を確保で
です。行政は、防災をやる能力があるか、それから
きないところがあります。そこから論理的に考えてい
行政は本気で防災をやろうという意図を持っている
くと、レベル2を全ての基準にするなら、そういった
か、ということです。住民の皆様がこれらを好意的
ところはあきらめてしまうということになります。
にとらえた場合には、一般的信頼が増します。
そこで黒潮町では和歌山県の事例も参考にさせて
そして一般的信頼が増すことによって、リスクへ
いただきました。1000年に1度の津波には耐えられな
の気づきの総量が高まります。そのことが最終的に
いけれども、150∼300年に1度のような津波には耐え
は、住民主導の防災につながると考えています。
られる。こういう避難場所を身近なところに、目に見
高知県が出した資料では、2012年の3月末に出さ
える形で整備していかないと、避難行動の誘発につ
れた新想定の巨大地震で津波が来ると、黒潮町は人
ながらない。自分たちは少なくともそう思いました。
口約1万2,500人ですが、現状では黒潮町の死者は
目的と手法が、いつの間にかごちゃまぜになるよう
2,300人とされています。避難推定人口は1万人です。
なことがあってはならない。何を目的に、どういった
2,300人が亡くなられて1万人が避難するということに
手法を選択したのかを全く振り返らない、責任逃れ
なります。
のための防災であってはいけない。これを行政側は
これをどのようにしてゼロにしていくか。こういっ
いつも頭に入れておく必要があると思います。そうし
たフローも国や県が整備しています。その前提条件
ないと、どうしてもそういう方向に流れやすいのです。
は、避難開始を早めることで、10分以内には住民の
これは行政の体質ではないかと思っています。
皆様が避難行動を開始している。それから今持って
黒潮町では、今295本の避難道の整備計画を持っ
いる避難道、あるいは津波避難タワーの整備計画が
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100%達成できている。さらに、耐震化率、家具の転
定をやってくださいということですが、家具の固定に
倒防止も進んでいるということです。
は器具が要りますし、労力もかかる。帰ってすぐに
こうなりますと、死者は20∼100人にまで圧縮でき
ます。また黒潮町の取り組みでさまざまな避難カルテ
そこで、お宅の間取りに余裕があれば、寝室にあ
などを通じて精緻な避難計画を組む等ということで、
るタンスを寝室以外の部屋に移していただけますか
さらにこれをゼロに持っていきましょう。こう聞くと、
とお願いしますが、これも高齢者一人では無理だと
非常にきれいなフローになっています。
思います。そうすると、せめて寝室にある家具の上
しかしながら、ここには自分たちが最も危惧する、
に乗っけてあるガラスケースとか、そういうものだけ
明示されていない情報もあります。何でこれだけ労
でも下ろしていただけないでしょうかとお願いします。
力をかけてコミュニケーションを図ってきたのか、あ
こういう逃げない、備えないという話をさんざんし
るいは住民主導の防災であるべき理由はどこになる
て、それでも「私は逃げる」と言っていた方から、
のか。そういったことが、明示されていないことから
あくる日、電話をいただいたことがあります。私の話
読み取れる問題があります。
を聞いている時には、帰ってあのショーケースを必ず
避難行動を取らない3つの課題
私の前に講演された東京大学大学院教授の古村孝
志先生のお話の中に、
「逃げない、逃げられない」と
下ろすと腹を決めて帰ったと。しかし、翌朝、起きて
みたらやっぱり同じ場所にあったということで、
「やっぱり、俺ら逃げんな」と言うのです。でも、こ
れが正常性のバイアス、正常化の偏見です。
いうのがございました。つまり、避難行動をなぜ取っ
今が決定的に危機的状況にあるという自覚ができ
ていただけないのかという問題です。自分たちは、3
ない人間のさがです。コレを振りきって、逃げる・備
つの点を課題として捉えています。
える人間をつくっていかなければなりません。そのア
それは「逃げない」
。そして「逃げられない」
。さ
らに「備えない」の3点です。まず、
「逃げない」で
プローチを死にものぐるいで考えることが、私は防災
の根幹ではないかと思っています。
すが、私たちの精神作用に、平時は正常性のバイア
そして、もう一つの「逃げられない」ですが、当
スがかかっています。平時の生活はこの精神作用が
町の事例を紹介いたします。実際に当町にお暮らし
有効に生かされて、円滑な生活が送れる。そういう
の高齢の女性で、カヨコさんという方が詠んだ歌が
ありがたい精神作用だけに、非常に癖が悪いのです。
あります。
つまり、ぐらっときても、逃げようとしない。
古村先生の話にもありましたように、東日本大震
大津波が来たら、自分は足がなえて逃げられない
のでどうしようかな。息子は、その大津波といっしょ
災の際、短周期地震動で家屋被害はほとんどありま
に俺も死ぬつもりだ。そういうことを息子が私に言う、
せんでした。インフラがまず残っていたということで、
という歌です。そうすると、このカヨコさんと息子さ
テレビが機能しました。皆さん居間のテレビをつけ
んの防災意識は低いのかという問題です。決してそ
た。
んなことはない。いろいろ考えた末に、どうしようも
ぐらっときたのだから津波情報が出るはずだと、
それをずっと待っている。しかし、本来は避難に向
けて有効に活用しなければならない最も貴重な時間
でした。
自分は逃げないのではなくて、今、逃げるための
ないからこうなってしまう。要は人として逃げられな
い環境が、必ず突きつけられるということです。
もう1つこれも黒潮町の例ですが、ある地区で出た
意見です。土地のじいちゃんが、
「でっかい津波が来
ても、かまわんがよ」と言われる。
「かまわんがよ」
情報収集をしている。こういった精神作用を振りきっ
とは、
「いいよ」ということです。津波が来て逃げら
て、避難行動を取らねばなりません。この問題は根
れない時には、おばあと2人、タオルで手をつないで
深く、これをクリアしない限り避難行動が迅速に図ら
流されるからということです。要は別々に流されると、
れることはありません。
次に「備えない」の問題ですが、この備えること
探す方も大変だからということであります。これを、
自分たちはどう理解すればいいのか。
もまずなされない。よく地域に入って、この話をさせ
倫理的な問題もあります。あるいは行政としての
ていただきます。一番の理想は、耐震化をやってく
責務もある。さらに、そのようなものは取っ払って、
ださいということですが、耐震化にはお金もかかるし、
一地区の住民としてどう向き合うべきなのか。こう
今晩帰ってすぐ耐震化をやってくださいと言っても、
いったことをしっかりと考えていかないと、机上の空
まずしないのです。
論、アリバイづくりのための防災になってしまいます。
そうなりますと、次にお願いするのは、家具の固
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できるということにはなりません。
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災害時要援護者、寝たきりの方、あるいは視覚障
害をお持ちの方、あるいは身体の不自由な方。こう
しておく必要があると思います。結局、防災を日常
いった方々を定義づけ、さらに避難行動を完了させ
化しておく必要があるということで、しっかりと
るための包括的な概念を持っていないと、防災対策
PDCAを回していきましょうという話です。もう、こ
は実効性のあるものにならない。それが、今、私が
れは皆さんの方が重々ご承知のところです。
浅はかな知識で考えているものです。
それから最後に黒潮町では、防災は町づくりの一
こういったところをクリアできないまでも、少なく
環としてやっているという点も、申し上げておきたい
とも死に物ぐるいで考えるということが大切で、実は
と思います。公的備蓄はムダではないかという指摘
全国の皆様にお願いをしたいところです。
がありました。自分たちは全くムダだとは思いません
継続性が担保できる防災組織を
が、1、2週間分を公的備蓄で賄うことは、やはり不
可能だと思います。
振り返ると、当初、これから実効性の高い防災の
そこで、黒潮町では、浸水想定区域外に住んでい
プログラムをしっかり組んでいこうという時には、ど
る農業の方々と事前協定を結ばせていただいて、有
うしても住民の主体性だけに頼っているわけにはいき
事の際にはお米を提供してください、ということをこ
ませんでした。そこで、行政主導の防災が進んでき
れから進めてまいります。
たというわけです。
そうすると何が起こるか。津波の来ない中山間集
しかし、フェーズは変わっていきます。ステージが
落の方々は、
「沿岸集落は大変やな。ちょっと親戚も
変わっていくごとに、徐々に住民の主体性の方へス
住んでることやし、しっかり備蓄しとかんといかん
ライドしていく。このアプローチは絶対に必要です。
な」と思うようになります。それを、しっかりと沿岸
例えば、5,700軒の家の家具を固定することは、行
集落の方々に、行政の責任として伝える。それに
政が主導し、全部ただでやります。そのための人間
よって、沿岸集落の方々は、中山間地域への感謝を
も全部、役場側が雇います。これはできることです。
忘れないということになります。
ただし、いつまでも行政主導でいいのか、という
それから、もう一つ付け加えたいことがあります。
問題があります。1年目は行政主導でやりました。
なぜ、自分たちの防災の中心に人命が座っているの
2014年が管理更新の年になります。管理は、一義的
かという点です。
には役場がいたしますが、情報の更新は、地域の自
1つは、社会的な責任が果たせなくなることです。
主防災組織にお願いをします。最初の3、4年は尻
1人の落伍者も出さないということは、その方だけの
をたたかないといけないでしょう。ただし、これを10
人生ではなくて、もっと大きな目で見た時に、やはり
年続けることによって、例えば、
「ゴールデンウィー
国家として継続していく、その重荷から逃げていくわ
クがあけたら、カルテの季節だよね」
。そういう会話
けにはいかない。よって社会的責任を伴うということ
が、住民の皆さんの日常会話の中でぽろぽろ出てく
が、私の人命に対する1つの定義です。
る。こういった町づくりをしていかなければならない
と思っています。
それからもう1つは他者が悲しむからです。皆様
も私も、このぐらいの年になりますと、肉親と死別し
かっこいいことばかり言いましたけれども、反省し
た経験があるかと思います。当町では、今回の新想
ているところもあります。かつて、私は防災意識は必
定で2,300人死ぬとはどういうことなのか。その1人
ず下がるから、下がりかけた防災意識をどう上げて
が亡くなっても耐えられないぐらいの悲しみが、
いくのか。そのためには、目の前で大事な方が津波
2,300の束になってかかってくるということです。人間
に流されていくイメージ、あるいは土砂災害でお亡く
はこれをクリアできるほど強くできているとは、到底
なりになっていくイメージを明確に持ちなさいという
思えません。よって、人命をなんとしても救済しなけ
指示を職員に出しました。
ればならないというのが、私の信念であります。
しかし、実際はそんなつらい精神作業が継続でき
本日、お話しいたしましたところから黒潮町の防災
るわけがなく、今は大変、反省をしています。防災
はすごい、進んでいると思っていただけると存じます
作業は基本的につらい業務です。そこでこれから大
が、実は内情はそうなってはおりません。まだまだ修
切になるのは、継続性がしっかり担保できる緩やか
正もしなければなりませんし、もしかしたらプログラ
な防災ネットワークをどう築いていくかにあります。
ムの変更も必要です。たびたび申し上げますが、多
日常会話の中で、過度の精神的負担を伴わない防
災の話題がぽろぽろ出てくるのがいい。例えば、あ
の避難道はちょっと一昨年から登ったことないね。そ
れなら、ちょっと行ってみるか、というようなことに
分に皆様のご指導を賜らなければならないところで
す。
これをもって報告とさせていただきます。本日は、
ありがとうございました。
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