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患者の意思決定支援

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患者の意思決定支援
2
第
章
患者の意思決定支援
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
【ねらい】
コミュニケーションを理解し、がん患者とのコミュニケーションにそのスキルを活用する。
到達目標
● がん看護におけるコミュニケーションの重要性を理解する
● 基本的なコミュニケーションスキルを理解し、身につけることができる
1
患者−医療従事者間のコミュニケーションが必要な理由
がん医療において、患者−医師間で伝えられる情報は生命や治療、予後などに関わる内容を
含んでいることや悪い知らせなど、必ずしもよい情報でないことがあることから、患者−医師
間のコミュニケーションが注目され、医師においては、悪い知らせを伝える際に必要なコミュ
ニケーションスキルトレーニングが実施されている。
現場では、医師から悪い知らせを受けた患者・家族へのコミュニケーションに葛藤を抱えて
いる看護師も多く、どのように患者の気持ちに寄り添うか、日々悩んでいることも多い。
また、コミュニケーションは、患者との信頼関係を築き、患者の不安や不確かさを軽減し、
患者をサポートするために必要なスキルであり、経験を積むだけでは向上しない。コミュニケー
ションスキルは、患者−看護師関係を発展させるために重要な看護技術であり、コミュニケー
ションがなければ、患者のニードを理解することができず、ケアに活かすこともできない。
さらに、患者−医療従事者間の効果的なコミュニケーションは、患者の病気に対する理解や
治療のアドヒアランスを促進し、医療従事者の満足感を高め、燃え尽きを回避するといわれて
いる。そのため、看護師にはコミュニケーションスキルの習得が必要とされる。
14
2
コミュニケーションとは
コミュニケーションとはラテン語の communicare(共有す
第
ニケーションと顔の表情や声の大きさ、視線、身振り手振り、
ジェスチャーなど言葉を使用しない非言語的コミュニケー
ションがある。
声の調子
38%
表情、姿勢、
身振りなど 55%
患者−医療従事者間のコミュニケーションとは、患者と医
共有することを意味する。Mehrabian ら
1)
は、話し手の聞き
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
療従事者との間で言語的、非言語的なメッセージを交換し、
図 1 コミュニケーションとは
手に与える影響を調査し、言葉以外の非言語的な要素が全体の印象の 93 %を占めることを示し
た(図 1)。つまり、言葉以外の非言語的なコミュニケーションは重要な役割を果たし、伝えた
い内容を言葉で発したからといって、それを患者と共有しなければ、伝わったとは言えない。
3
コミュニケーションの影響要因
じゃっ き
がんは生命を脅かす疾患であり、がんの診断は多大な恐怖と不安感を 惹 起するため、医療従
事者と患者・家族とのコミュニケーションや関係性が治療やケアを提供するのに重要となる。
特に、意思決定などの場面では、適切な治療が選択できなくなったり、タイミングを逃してし
まうことで患者の治療効果を下げるだけでなく、生存期間にも影響を及ぼすことが考えられる。
そのため、コミュニケーションへ影響する要因について知る必要がある。
1
2
患者の意思決定支援
る)を語源とし、会話や文字、印刷物などによる言語的コミュ
言葉
7%
患者側の影響要因
……
価値観や考え
患者や家族のこれまでの生活や生活信条、患者が大切にしているものなど、多種多様な価値
観や考えを持っている。それは意思決定やコミュニケーションに大きく影響するため、普段か
ら、どのような価値観や考えを持っているかを情報収集しておく必要がある。また、意思決定
する場合には、
「家族と一緒に決めたい」
、
「医療従事者と一緒に決めたい」
、
「病気になる前から
こうしようと決めていた」など、さまざまな希望があるため、十分に話し合う必要がある。
15
章
……
病状や精神状態
がんに伴う身体症状はさまざまである。自覚症状を呈さないこともあるが、さまざまな臓器
に転移したり、進行すると食欲不振や倦怠感、脱力感などを伴う悪液質も多くみられる。また、
症状があっても一時的に緩和したり悪化することもあり、身体的な苦痛はその時々で変化する。
さらに、患者は身体的な苦痛の発現や悪化の可能性、将来に対する希望の喪失、周囲との別れ
の予期、社会的役割の変化などを経験するため、病状の変化に応じて精神的状態も影響を受け
る。
身体的苦痛や社会的役割の変化だけでなく、悪い知らせを受けることで、適応障害やうつ病
などの症状を呈することがある。通常であれば、がんや再発の告知という悪い知らせが告げら
れても、1 〜 2 週間経過すると、治療を受けるなどの準備ができるようになるが、適応障害やう
つ病などの症状を呈する患者もいるため、専門的なケアが必要となる(p.67 〜「3 章 2-2」の「精
神的苦痛」を参照)。そのケアが十分でないと、患者は適切な意思決定ができず、適切な治療を
受けることができないからである。
……
病状の理解
患者が病状についてどのように理解しているかを確認することは必要である。患者によって
は病状が進行したという事実を受け止めきれず、否認や怒りを表出する可能性があることや、
そのために現実に向き合うことができず、適切な意思決定ができなくなる可能性もある。また、
説明内容が不足していたり、情報を間違って受け取ってしまうということもあるため、どのよ
うに理解しているかということを確認することが重要である。
……
年 齢
良好なコミュニケーションについては、治療法に関する患者の選択、ケアに関する満足度、
ケアの質との関連性が示されているが、こうした傾向はより高齢の患者に顕著とされている。
80 歳以上の患者と若年の患者との比較では、前者は治療選択についての情報量が少なく、自ら
コミュニケーションを取る可能性も医師がそれを感じることも低く、高齢がん患者とのコミュ
ニケーションの重要性が浮き彫りにされている 2、3)。
……
社会経済的地位
若年で高学歴の患者は、意思決定において積極的な役割を担う可能性が高い。
学歴や収入が低い女性は治療に関する嗜好や関心事、恐怖感に関して、医師とうまくコミュ
ニケーションが取れないという報告がある 4-7)。
また高齢であることに加えて、未婚であること、社会的地位が低いこと、治療選択に関する
16
話し合いの頻度が少ない患者は、がんに対する一次治療としての積極的な治療がなされずに予
後に影響を及ぼす危険性がある 7)。
経済的制約があることで、適切な治療を受けることへの障壁となることがある。
……
第
患者の意思決定支援
家族の状況
家族は患者がよい決定を行う手助けをすることができ、医療における意思決定のほとんどが
家族内で行われる。また、患者の意思確認ができない場合は、家族が患者の意思を尊重し、患
者にとっての最善の治療方針を基本とすることが望まれている。さらに、家族は高齢の患者に
真実を告げるのは不要なことであり、真実を知らない方が患者の幸福となる場合もあると考え
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
ていることもある。家族の意向を含めた感情的サポートを提供し、個人のコミュニケーション
の好みを理解することは、患者−医療従事者間のコミュニケーションを促進する働きがあると
いわれている。そのため、医療従事者は患者とよく相談して、意思決定への家族の関与の度合
いについて患者の希望を把握しておくべきである。
2
2
医療従事者側の影響要因
……
コミュニケーションの知識不足
コミュニケーションの基本は、双方向の過程で初めて成立するものであり、患者が発する言
葉やサインを受け止め、看護師がどう理解し、どう感じたかを返答するプロセスによって、共
感が深まることが知られている。しかし、医療従事者は患者の言葉をただ黙って聞き続けるこ
とを傾聴することと誤解し、それによって患者に共感することと考える場合もある。コミュニ
ケーションの基本を知ることは必要なことである。
……
看護師の意識や認識
看護師は、文化の違う患者や家族に緩和ケアを提供することや精神的または宗教的問題、悪
い知らせに関する会話をすることに困難さを経験したり、がん患者への援助や否認的な家族へ
の介入スキルが低いと感じていること、また、セクシュアルな健康問題についてディスカッショ
ンすることに不安を抱えていたり、サバイバーシップに関することの知識不足を感じていると
いう報告がある 9)。
また、患者が亡くなることや好ましくない言動に向き合うこと、最期をどう過ごすか話すこ
とに苦渋し、進行がん患者の看護計画について話し合うことも不安に感じているなど、看護師
の意識や認識がコミュニケーションにおいても影響を及ぼす可能性がある。
17
章
……
医療従事者間のコミュニケーションや関係
患者が診療を受ける専門医や医療チーム内の医師および医療従事者の多さ、医療従事者間の
コミュニケーションも影響を及ぼす可能性がある。医療従事者間で一貫性を欠いたコミュニケー
ションは、患者家族とのコミュニケーションの困難さをまねき、看護師に対する医師の期待と
前提は、チームメンバー内におけるコミュニケーションの障壁を作り出すとの報告もある 9)。
4
基本的なコミュニケーションスキル
患者の感情表出を促進させるコミュニケーションを説明する前に、基本的なコミュニケーショ
ンスキルの内容について説明する(表 1)。
礼儀正しく接することや身だしなみを整えるなど基本的なマナーが含まれるだけでなく、患
者の気持ちを探索し理解するなどの共感するスキルも含まれている。
表 1 基本的なコミュニケーションスキル
1)聴くための準備をする
礼儀正しい態度で接する、身だしなみを整える、挨拶をする、自己紹介をする、まずは自分が落ち着く、静
かで快適な場所やプライバシーの保たれた場所を設定する、座る位置に配慮する(患者が話しやすい距離)
、
目や顔を見る、目線は同じ高さを保つ、時間を守る、患者の希望に合わせる、情報共有の希望を確認する、
家族の同席の希望について確認する、患者の知りたくないという気持ちを尊重する
2)現状の理解を確認、問題点の把握
患者が現状についてどのように理解しているのか確認する、認識の確認、誤解の有無を知る、病気だけでな
く患者自身への関心を示す、話し方や様子に注目する
3)効果的に傾聴する
感情の表出を促し、その内容について批判や解釈を与えることなく傾聴する
4)応答するスキル
患者が言いたいことを探索し理解する、相づちを打つ、患者の言うことを自分の言葉で言い換えるなどして
理解したことを伝える
5)共感するスキル
患者の気持ちを探索し理解する、沈黙を積極的に使う、患者の言葉を繰り返す
1
傾聴とは
傾聴とは、患者が何を感じ、何を考え、自分自身や周囲の世界をどのようにみているのかに
関心を注ぐことによって、先入観や自分の価値基準にとらわれずに、患者の言葉に積極的に耳
を傾けることである。また、看護師が傾聴することにより、患者は自分の関心事を率直に話す
ことができるようになる。
18
……
効果的に傾聴する
①話しやすいように促す
うなずく、間をおく、微笑む、「はい」
「もっと話してください」と言う
話している間はできるだけ目線を合わせる
緊張した内容となった時には、ちょっと目をそらして話しやすいようにする
話の流れが分からなくなったら、
「今、どのようなことをおっしゃったのですか?」など
第
と素直に聞き返す
②短い沈黙に耐える
沈黙してしまった場合、すぐに沈黙を破ろうとせずに耐えてみる
沈黙を破らなければならない場合は、
「今、何を考えていらしたのですか?」
「黙ってし
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
まわれたのはどうしてですか?」と聞く
③言いにくいことに耳を傾ける
人は聞きたくないことや聞かれたくないことには、小さな声で言葉を埋もれさせてしま
うことがある。そのようなときには、話を止めてそのことについて話し合うことが重要
であり、「お話しにくいことですか?」というような声をかけてみる
2
2
患者の意思決定支援
共感とは
共感とは、患者の隠された思考や感情の中に入っていき、自分自身を見失わずに、相手の気
持ちを自分自身のものとして受け取ることをいう。
共感とは、人が人を理解しようとするときに重要な概念であり、コミュニケーションの基本
ともいえる。
……
共感のプロセス
①一度、相手と同じ気持ちになる
②そしてまた、自分の位置に立ち戻る
③「あなたの気持ちはこのように伝わった」ということを相手に伝える
↓
相手は共感者の反応を通じて自分自身の気持ちを理解する
19
章
5
患者の感情表出を促進させるコミュニケーションスキル
米国がん研究所では、患者の感情に寄り添い、対応するための総合的なコミュニケーション
スキルとして、
“NURSE”が推奨されている。N は Naming(命名)
、U は Understanding(理解)
、
R は Respecting(承認)、S は Supporting(支持)
、E は Exploring(探索)を表している。
1
NURSE の基本的な考え方
NURSE の理念となるコミュニケーションに対する 3 つのポイントを示す。
……
Ask-Tell-Ask
患者がすでに知っていることを引き出し、関係性の構築に役立てる。会話の導入となり、
患者が知っていることに焦点を当てることで、患者に会話をリードするように促す
「はい」「いいえ」で答えられる質問でなく、
「いかがですか?」というようにオープンク
エスチョンから始める
Ask:患者が自らの問題に対する最新の理解を説明するように促す
例)「一番重要だと考えていることはどんなことですか?」
「病気について、どのように理解しているのか話してくださいますか?」など
Tell:必要であれば、わかりやすい言葉で、端的に情報を伝える
Ask:患者が理解を示しているようであれば、その理解度を確認する
例)「家に帰ったら、誰に今日のことを話しますか?」
「どのように話すつもりか教えてくださいますか?」
……
Tell me more
会話が本題から逸れている場合に、以下の 3 つのことを思い出しながら会話をすることで
「もっと話して」「続けて」ということを導くことができる
患者が言ったことに対して、批判や解釈を挟むことなく傾聴し、肯定的に接することを心
がけるようにする
ⅰ)何が起こっているのか
ⅱ)これについてどのように感じているのか?
ⅲ)これは自分にとってどのような意味を持つのか?
例)「あなたが必要としていることをもっと話してくださいますか?」
20
「あなたがどのように感じているか話してくださいますか?」
「あなたにとってどのような意味を持つか教えてくださいますか?」
……
Respond Emotion with NURSE
第
患者の意思決定支援
N = Naming
U = Understanding
R = Respecting
S = Supporting
E = Exploring
感情を積極的に探し出す。患者の感情や思いの表現を促す
患者が類似点や相違点に気付くように促す
促すことで患者は自分の言いたいことを看護師に聞いてもらったと感じたり、自分の言葉
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
の背景にある感情に気付くことができる
2
具体的なコミュニケーション技法
N:Naming(命名)
患者の感情の中に何が起こっているのかに注目するため、その感情に命名することから始
める
具体的な感情を表す形容詞で表現する
看護師は患者の言うことをよく聞き、感情を適切に認識したというメッセージを患者に送
ることになる
また、患者の思いに少しでも近づこうとした感情の命名は、たとえ違っていたとしても患
者が類似点や相違点に気付き、自分の気持ちに気付くきっかけとなる
例)「あなたにとっては腹立たしいことのように思われます」
「これからのことが心配なんですよね」
「それは本当に寂しいことですね」
など
U:Understanding(理解)
感情的な反応を理解することが可能であることを表明する
患者の困難な状況や感情を敏感に理解することは、関係構築のためには必要である
患者の感情は正当化され、受け入れられ、妥当なものとされる
これは、より感情に特化していることが特徴である
2
例)「そのようなことが起こったら、私もそう思いますよ」
21
章
「そのような状況に置かれたら、皆さん、そうおっしゃいますよ」
「あなたが寂しいのも当然のことだと思います」
など
R:Respecting(承認)
承認は NURSE の中で最も難しく、意識しないとできない技法である
感情だけでなく、姿勢や態度、人格、対処方法などを含めて承認する
患者の気持ちの承認は、共感を示すことの重要なステップとなる
例)「よく頑張られましたね」
「そんなふうに思われるなんてすごいですね」
「あなたが頑張っていることは、素晴らしいことだと思います」
など
S:Supporting(支持)
看護師はあなたを援助したいということを、患者に明確に伝える
看護師は進んで援助しようとするだけでなく、患者とチームを組んで援助することができ
る
Naming や Exploring があった上で、この技法を用いることが有効であり、慎重に使用すべ
きである
例)「病気と闘っている間、側にいますよ」
「できる限りの方法でお手伝いします」
「みんなで一緒に考えますよ」 など
E:Exploring(探索)
探索は、共感において最も大切なスキルであり、患者が話すことに質問し、関心を持って
焦点化しながら尋ねることは、共感の関係を深めることができる
例)「今どのようなお気持ちですか?」
「もっと詳しく教えていただけますか?」
「心配してらっしゃることをお話していただけますか?」
など
“NURSE”を用いたコミュニケーションスキルは、患者の感情表出を促進するスキルである。
看護師が患者の気持ちに共感しようとすることが、患者の気持ちを表出することを促すことに
つながる。注意しなくてはならないことは、この技法を使うことに走りすぎると「次はこう言
わなければ」という気持ちが強くなり、患者の言葉に耳を傾けられなくなる。患者や家族に関
心を寄せ、患者が語る言葉の本質を十分に確認しながら患者の本当の気持ちを表出できるよう
な共感の態度や言葉かけが何よりも大切である。
22
患者役
看護師役
第
患者の意思決定支援
サブファシリテーター
1
オブザーバー
基本的コミュニケーションスキルの活用
ファシリテーター
図 2 ロールプレイの学習環境
6
1
ロールプレイについて
方 法
①参加者(5 〜 6 名)、ファシリテーター(進行役)
、サブファシリテーターで 1 グループを構成
して、図 2 のように学習環境を設定する。
②参加者の一人が看護師役、もう一人が患者役をそれぞれ行い、他はオブザーバーとなる。
③看護師役はロールプレイを行い、オブザーバーとともに難しい点についてディスカッション
を行う。
④参加者全員が、看護師役、患者役を順番に行う。
2
2
役割のルール
……
ファシリテーター
①ロールプレイの開始時
シナリオ、患者役の設定を確認する。
②タイムの取り方
初回のロールプレイでは、基本的なコミュニケーションスキルを確認し、その他は NURSE の
技法が確認できたとき、話の内容が変わったとき、看護師役が言葉に詰まってしまったときな
どにタイムを取る。
23
章
看護師役は非常に緊張しているため、早めにタイムを取るようにする。
……
サブファシリテーター
①ロールプレイの内容とディスカッションの内容を記録する。
②ファシリテーターの進行を補助する。
……
看護師役
①ロールプレイの最中、看護師役はいつでもタイムを取り、中断させることができる。
②看護師役は、自分の本名と異なるシナリオ上の名前でロールプレイを行い、普段の自分と切
り離す。
③患者と看護師役の関係は、初対面ではなく、信頼関係が維持されているという前提条件で展
開される。
……
患者役
①各患者設定を確認する。
②患者役はシナリオ上の名前でロールプレイを行う。
③ディスカッション中は退席し、ヘッドホンで音楽を聴きながら待機する。患者役が話し合い
を聞いてしまうと、その後のロールプレイ時の言動に何らかの影響を与えてしまうためであ
る。
④ロールプレイ再開後は前回と同じ反応をする。ロールプレイ再開の際には、誰のどのような
セリフから始まるか、ファシリテーターから指示を受ける。
⑤ロールプレイの最後に、患者役として発言するのではなく、患者役を体験してみた感想を述
べる。ロールプレイのフィードバックとなる発言が望ましい。
……
オブザーバー
①ディスカッションの際、オブザーバーは看護師役が聞きたい点に答えたり、意見を述べる。
②コミュニケーションスキルを振り返り習得するために、積極的にディスカッションに参加す
る。
③フィードバックの方法については次頁参照。
3
秘密保持
この場での話し合いはこの場だけのものとし、個人を特定するような情報は参加者以外に決
24
して口外しない。
4
注意事項
第
患者の意思決定支援
①ロールプレイは、看護師役の一人が評価されるという印象を受けやすいが、オブザーバー役
の意見を、看護師役がより取り入れやすい方法でディスカッションし、一つのものを作り上
げていくものである。ロールプレイ中の看護師は、みんなで考えた看護師の姿であって、日
常の自分ではない。
②ロールプレイは看護師のコミュニケーション能力を試すものではなく、みんなで作り上げて
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
いくものである。
5
2
フィードバックの方法
①良い、悪い、正しい、正しくないといった評価や批判ではなく、説明的なコメントをする。
【例】良い例:アイコンタクトができていないように思いました。
悪い例:患者さんを無視していたように思えました。
②一般論ではなく、具体的にフィードバックする。
【例】良い例:患者さんが涙ぐんだ時に、あなたの表情が変わらなかったので、共感していたこ
とがわかりませんでした。
悪い例:患者さんに共感を示していなかった。
③看護師役の反応(言葉や非言語的反応)に注意を向ける。フィードバックするときに、患者
との場合と同じように、受け手の言葉や非言語的な反応に注意を向ける。フィードバックが
どういう意味(受け手の反応)をもたらすかを知ることが大切である。
④気付いたこと全てを述べるのではなく、受け手が一度に対処できる量をフィードバックする。
フィードバックの量を限定する。例えば、5 つ気が付いていても 2 つか 3 つの指摘にとどめる。
⑤押し付けるのではなく、謙虚にフィードバックする。受け手が積極的にフィードバックを得
ようとした時や特定の質問に対して助けを求めている時、フィードバックはより効果的に受
け止められる。
⑥人格よりも行動に焦点を当てたフィードバックをする。
【例】良い例:かなりお話になられたように思えました。患者さんが何か言おうとなさっていま
したが、あなたのお話に割って入っていけませんでした。
悪い例:お話好きと思いました。
⑦フィードバックする側の欲求を満足させるものではなく、あくまで受け取る側の利益を考え
25
章
フィードバックする。
⑧アドバイスをするというより、情報を共有する態度でフィードバックする。
6
使用物品
椅子、ホワイトボード、ホワイトボードペン、ヘッドホン、音楽 CD、ステレオや CD プレイ
ヤー
7
自己紹介・オリエンテーション手順
①自己紹介開始
↓
②自己紹介の目的を説明
目的:ロールプレイや他の参加者・ファシリテーターに対する緊張緩和とグループの凝集性
↓
および協調性の向上
③一人ずつ自己紹介
自己紹介内容例:氏名、施設名、研修に参加した理由、その他(地元の特産品、アピールし
↓
たいことなど)
④自己紹介終了
ロールプレイの説明開始
↓
⑤ロールプレイの目的説明
目的:模擬看護場面で NURSE を用いたコミュニケーションを経験する
↓
⑥看護師役の役割説明
選択したシナリオに基づき、面接場面と目的を患者役に伝える
↓
⑦患者役の役割説明
シナリオの患者役を演じる
患者の気持ちを体験する
↓
⑧オブザーバーの役割説明
面接場面を見学して、看護師役の疑問点についてフィードバックする
↓
⑨ロールプレイのルール説明
26
↓
⑩フィードバックの方法説明
↓
⑪質問
↓
第
8
2
患者の意思決定支援
⑫ロールプレイの説明終了
ロールプレイの手順
①看護師役と患者役を決定する
②看護師役の名前を決定する
1
基本的コミュニケーションスキルの活用
③看護師役、オブザーバーとともにシナリオの読み合わせを行う
④患者役の設定を確認する
⑤ファシリテーターは看護師役とオブザーバーにロールプレイの目的と状況設定を伝える
⑥看護師役と患者役の準備完了を確認する
⑦看護師役がロールプレイを開始する
⑧タイムを取る(1 回目は基本的なコミュニケーションで止める)
⑨看護師役、患者役から戻す
⑩患者役は離れたところで音楽を聴いているよう促す
⑪看護師役の気持ちを聞く
⑫看護師役に NURSE の視点で振り返りを促す
⑬看護師役の疑問をファシリテーターがまとめる
⑭看護師役にオブザーバーに意見を聞くことについて許可を得る
⑮オブザーバーに意見を聞く(2 〜 3 人の意見にとどめる)
⑯オブザーバーの意見をまとめて看護師役にフィードバックする
⑰看護師役に意見を聞く
⑱ロールプレイを再開する場面を看護師役と決定し、患者役に伝える
⑲ロールプレイを再開する
⑳タイムを取る(2 回目)
㉑以下⑨〜⑲を繰り返す
㉒ロールプレイを開始する(時間が少ない場合は、最後のロールプレイとなることを伝える)
㉓タイムを取る
㉔看護師役、患者役から戻す
㉕看護師役を行った感想を聞く
㉖患者役を行った感想を聞く
27
章
㉗ロールプレイを振り返り、まとめてから終了する
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市川智里
28
事例
1
患者背景
東山京香、30 歳代前半、女性、右乳がん、既婚(夫と 5 歳の女の子と 3 人暮らし)
職業は小学校の教員をしている。夫は営業職で出張が多く、家事や子育てはほと
第
んど自分でやっている。
患者の意思決定支援
2
現病歴
2XXX 年 5 月右乳房下方の腫瘤を自覚し、乳腺外科を受診。右乳がんと診断を受ける。腫瘍径
は約 5cm で ER(−)、PgR(−)、HER2/neu 蛋白陰性で、医師からは術前化学療法をすすめら
事例
れた。
乳がんと診断されても、なにか他人事のようで、病気について信じがたい思いでいっぱいだっ
た。
看護師は、外来診察室を出たところで東山京香さんがボーッとしている様子に気づき、声を
かけた。
事例
2
患者背景
西田俊夫、70 歳代、男性、肺がん、妻と二人暮らし。
現病歴
8 カ月前に肺がんと診断され、手術をすすめられたが決心がつかず、経過観察していた。そ
の 6 カ月後に肝転移が見つかり、化学療法を 2 クール実施した。昨日、面談で医師より、これま
で悪心と倦怠感、骨髄抑制が強かったため、今後は減量しながら化学療法を継続するか、もし
くは積極的治療は中止し BSC を中心とした療養を受けるか考えてみましょうと告げられた。担
当看護師は、面談には同席できなかったが、医師からは面談後、本人、妻からは特に質問はな
かったと聞いている。
金井久子
29
章
2
がん患者の意思決定の実際
【ねらい】
がん患者の意思決定の様相を理解し、意思決定支援を必要とする患者を見分ける。
到達目標
● がん看護領域において特徴的な意思決定場面をイメージし、意思決定支援を継続的
に必要とする患者を見分け、専門家(専門看護師、認定看護師など)へ繋ぐ方法を
理解する
● インフォームド・コンセント(Informed
Consent:IC)場面に同席し、リンクナー
スとして患者が意思決定支援に向き合うための準備を整えることができる
● がん患者の意思決定に関わる促進要因や阻害要因を理解し、患者の意思決定に対す
る準備状態を見極めることができる
1
意思決定とは
意思決定とは、一定の目的を達成するために、複数の代替手段の中から 1 つの選択をするこ
とによって行動方針を決定することをいう。看護師が患者の「意思」を尊重して意思決定支援
をするためには、がん治療や療養生活にまつわる患者の「考え」
、
「思い」
、
「価値観」を大切に
する必要がある。そのため、意思決定支援において必要な技術の 1 つとしてコミュニケーショ
ンスキルがあげられる(具体的な方法は p.18 〜「2 章 1-4 基本的なコミュニケーションスキル」
参照)。
1
がん患者に特徴的な意思決定プロセスとは
……
複数の治療選択を繰り返す療養生活の現状
がん患者は、がんの進行に伴い治療選択を繰り返し行うことになる。このプロセスでは、病
気や治療が QOL へ影響を与える度合いが大きいほど“体験(病気体験・治療経験)
”として蓄
積されていく。患者と医師の長期的な意思決定の状態の流れは図 1 に示すとおりである 1)。
30
時間1
時間3
時間2
副作用への恐怖
副作用への恐怖と
死への恐怖
死への恐怖
患者側
第
時間の経過
治療決定
治療決定
患者の意思決定支援
治療決定
医師側
一般的な疾患
知識と経験
一般的&個別的
な疾患の
知識と経験
2
個別的な疾患の
経験
がん患者の意思決定の実際
2
図 1 患者と医師の長期的な意思決定の状態の流れ
Zafaer, SY. Alexander, SC. Weinfurt, KP. et al( 2009). Decision making and quality of
life in the treatment of cancer: a review. Support Care Cancer. 17, 123.
患者は、この“体験”をもとに次の治療選択をしていくことになる。そして、病期の進行に
伴い繰り返し迫られる治療選択の場面において、患者は複数の意思決定を積み重ねていくこと
になる。そのため、看護師は各段階において、患者が何を基準にどのようなプロセスを経て意
思決定したのかという情報を把握し、次の意思決定支援を行う必要がある。
医師は、治療を段階的にすすめる中で患者の背景や生活の状況などを捉えるようになる。こ
のように、患者と医師の治療選択基準は時間経過とともに変化していくため、意思決定支援に
おいては継続的な関わりが必要となる。特に、外来と病棟、病棟と在宅、拠点病院と地域の医
療機関の連携が大切となる(連携方法は p.107 〜「4 章 2 リソースの効果的活用」を参照)
。
……
がん看護領域における意思決定場面
がん患者が直面することの多い意思決定場面は、表 1 に示すとおりである。患者は、がんと
診断された時から、治療内容を決める時、治療の中断もしくは中止を決断する時、療養する場
所を決める時、遺伝子検査を受けるか否かを決める時など多くの場面で意思決定を行っている。
患者はこのような場面において、意思決定につながるさまざまな反応を呈するため、意思決定
支援を必要としている患者のサインを見落とさないようにする必要がある。
31
章
表 1 がん患者が直面することの多い意思決定場面とその特徴
意思決定場面
具体的状況
患者の反応
治療内容を決
める時
・治療に伴う侵襲が大きいと予測される場合
に治療を受けるか否か
・術後補助療法を受けるか否か
・使用する薬剤の選択
・化学療法 or 放射線療法の選択
・早期乳がんの場合には、術前・術後補助療
法(化学療法、放射線療法、内分泌療法)を
受けるか否か
・早期前立腺がんの場合には、特異抗体スク
リーニングの結果に応じて手術療法 or ホル
モン療法のどちらを選択するか
・治療を受けるのが怖い
・複数の治療方法について説明を受けたが、
治療内容の違いがよくわからない
・治療内容について、医師へどのように尋ね
たらよいかわからない
・(治療開始までの期間)選択した方法でよ
かったのか、不安でしかたない
・(治療開始前)子どもにどのように伝えたら
よいか迷っている
治療の中断も
しくは中止を
決断する時
・治療に伴う有害事象が悪化した時に、治療
を継続するか否か
・症状緩和のために使用している薬剤の副作
用が出現した時に、内服を継続するか否か
・再発時に、セカンドライン(再発時の治
療)・サードライン(セカンドラインの治療
で効果がない場合に薬剤を変更して行う治
療)の治療を受けるか否か
・次の治療を勧められ戸惑っている
・病状悪化を予測し途方にくれる
・今後の病状に漠然とした不安がある
・治療に終わりがなく、普通の生活に戻れな
いような気がしてつらい
・病気の転帰について知りたい
・家族が勧める代替補完医療に切り替えたほ
うがよいのか迷っている
療養する場所
を決める時
・治療を受ける医療機関の選択、転院先の選
択など
・終末期ケアを受ける場所として、地域の医
療機関 or 緩和ケア病棟 or 在宅療養のいずれ
を選択するか
・患者の希望と家族の希望が不一致
・治療中止・病状悪化時の療養方法の選択肢
を知りたい
・自宅での日常生活の過ごし方(留意点)が
わからない
・病状が悪化する時期を予測し、人生の整理
や最期を迎える準備をしたい
・どのような医療機関や社会資源があるのか
わからない
遺伝子検査を
受けるか否か
を決める時
・家族性腫瘍の遺伝的リスクが高いと予測さ
れる場合、発症前診断、保因者診断を受け
るか否か
・子どもには、いつ、どのように伝えたらよ
いのかわからない
・遺伝子検査を受けなかった場合のことを考
えていない
ホスピス・緩和ケア病棟、在宅ケア施設にて 2006 年 10 月 31 日以前の死亡した患者 5,602 人を
対象とした後向き研究 2)の結果をみると、在宅療養への意向に関する意思決定は、図 2 に示す
とおり、在宅療養に対しては 72 %が患者の意向(希望)があったと回答しており、在宅で医療
やケアを受けられる体制が整っていた( 67 %)
、ソーシャルワーカーなどの医療従事者と、十
分に相談しておくことができた( 66 %)
、すべての選択肢を知ったうえで、選ぶことができた
( 62 %)という回答が比較的多かった。この調査結果が示すとおり、患者が療養の場を選択す
るという意思決定をするためには、支援体制の整備や、医療従事者へ相談をして選択肢につい
て十分に理解することが大切になる。
32
患者の意向(希望)があった
在宅で医療やケアを受けられる体制が整っていた
第
2
患者の意思決定支援
ソーシャルワーカーなどの医療者と、
十分に相談しておくことができた
すべての選択肢を知ったうえで、選ぶことができた
決めたことについて自分が全ての責任をもたなければならなかった
46%
在宅療養でどのようなことが起こるかよく知っていた
41%
急いで決断をしなければならなかった
40%
それ以外に選択肢がなかった
32%
入院していた病院に不満があった
25%
患者の意向よりも、家族の都合を優先して決断した
19%
ほかの利用可能な病院や施設に関する情報が得られなかった
16%
在宅療養では、「治療を受けることができない」と思っていた
16%
0
20
40
60
数字は「とてもよくあてはまる」
「あてはまる」の合計(n=294)
72%
67%
66%
62%
80 100(%)
がん患者の意思決定の実際
2
図 2 在宅療養に対する意思決定のプロセス
宮下光令,平井啓,崔智恩( 2010).Ⅲ付帯研究:在宅療養への移行に関する意思決定と在宅で死亡した遺族の希望する死
亡場所.遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究(J-HOPE).大阪,
(公財)日本ホスピス・緩和ケア研究振
興財団,102.
また、家族の視点からみた望ましい緩和ケアシステムについて(図 3)は、がん医療全体で利
用したい緩和ケアシステムとして「自己負担が増えても利用したい」と 50 %以上が回答した項
目は、
「早期から患者と医師が緩和ケアについて相談する」
、
「ショートステイを利用する」
、
「入
院中に、主治医の診察に加えて緩和ケアやリハビリをうける」などの 7 項目であり、これらの
システムを「必要ない」と回答したものは 1 〜 6 %であった 3)。この調査結果が示すとおり、早
期(外来通院中)から緩和ケアについて相談できるシステムを整備することが望まれている。
33
章
がんになった場合に、以下のような医療システムを利用することについてお尋ねします
自己負担が増えても利用したいと思われますか?
早期から患者と医師が緩和ケアについて相談する 15
50
30
2
49
29
1
ショートステイを利用する 15
入院中に、主治医の診察に加えて緩和ケアやリハビリをうける 13
45
34
3
入浴など介護サービスを利用する 11
45
35
2
早期から家族と医師が緩和ケアについて相談する 13
43
35
4
外来通院中に、主治医の診察に加えて緩和ケアやリハビリをうける 13
42
34
5
43
35
配食サービスや家事援助サービスを利用する 9
6
36
44
外来や在宅での緩和ケア電話相談をうける 11
4
ナイトケアを利用する 11
36
35
10
心のケアの専門家を受診する 11
30
41
12
デイケアを利用する 8
33
35
16
27
46
11
看護師やMSWから主治医の説明の補足をうける 9
患者会を利用する 5
22
47
18
家族会を利用する 5 19
49
19
遺族会や遺族カウンセリングを利用する 5 17
36
34
0%
20%
40%
60%
80%
100%
4.かなり増えても
3.少し増えても
2.増えないなら
1.必要ない
無回答
図 3 がんになった場合の緩和ケアシステムに対する有用性の評価
三條真紀子( 2010).家族の視点からみた望ましい緩和ケアシステム.遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する
研究(J-HOPE).大阪,(公財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団,38.
2
インフォームド・コンセントに同席する時の看護師の役割
……
代弁者としての役割
患者は、医師から今後の見通しについて説明を受け、治療方法や療養の場の選択を迫られた
とき、複数の選択肢の中から自分にあった方法を決めなければならない。しかし、がん療養生
活という初めての体験の中で、聞きなれない医学用語による説明を受け、病状や治療方法を正
確に認識することが難しい場合がある。このような場面で、看護師はまず患者の動揺する気持
ちを丁寧に傾聴し(p.18 〜「 2 章 1-4 基本的なコミュニケーションスキル」を参照)
、患者の意
思が尊重されたかたちで治療選択がすすめられるよう、代弁者としての役割を果たしながら患
者の意思決定支援を行うことが大切である。特に、未成年者や高齢者の場合には患者よりも家
族の意向が強く患者の意思が尊重されないことがあるため留意する必要がある。
例)患者にとってわかりづらい医療用語はないか、治療内容について誤解している部分がない
かなど確認しながら、必要に応じて医師からの説明が再度受けられるよう状況を整えたり、
情報提供したりする。
34
……
患者が意思決定に迫られたとき、看護師はまず何を捉えたらよいのか
患者は、治療方法や療養の場の選択肢について、外来診療の中で医師から説明を受けること
が多い。そのため、外来看護の中では、患者が提供された情報のみで選択をすることができる
のか、意思決定するために何らかの意思決定支援が必要となるかなどについて確認する必要が
第
患者の意思決定支援
ある。しかし、短時間の外来診療の中では、意思決定支援を必要とする患者を見分け必要に応
2
つな
じて専門家(専門看護師、認定看護師など)へ繋ぐという継続的な意思決定支援を行うことが
難しい現状がある。
がん患者の場合には複数のケアを同時に提供することが多く、意思決定支援のみを単独で行
うケースは少ないといえる。そのため、意思決定支援の開始時期が不明確となり十分に患者の
2
がん患者の意思決定の実際
意思を確認できないまま、支援をはじめてしまうことがある。
意思決定支援の第一歩は、患者の思いや価値観に耳を傾け、治療方法や療養の場の選択に関
する情報の認識度について確認することである。
患者や家族が十分な情報を収集できるように、病気、治療、生活、こころの変化、今後の見
通しなどについて、何を知っておいたほうがよいのか、医療従事者に何を確認したらよいのか、
あらかじめ伝えておく必要がある。患者が、医療従事者との面談前に読んでおくとよい資料と
して「重要な面談にのぞまれる患者さんとご家族へ−聞きたいことをきちんと聞くために−(国
立がん研究センター東病院精神腫瘍学開発部)
」4)がある。
……
患者の抱えている課題を整理する
がん患者が何らかの意思決定を迫られたとき、自らが直面している課題が何であるのか、何
をしなければならないのか、それ自体がわからず困惑している場合がある。このような状況に
ある患者の場合、こころの中で何が起きているのか、それにはどのような要因(患者の態度、
規範、価値、信念、恐れ、目標など)が影響を与えているのか確認する必要がある。
意思決定支援においては、これらの影響要因を確認しながら、患者が抱えている課題を明確
化し、整理していくことが初期段階(がん告知時点)で必要となる。これは、患者が抱えてい
る真のニーズを明らかにしていくことに繋がり、意思決定支援の方向性を浮かび上がらせ、患
者が納得できる意思決定プロセスを歩むためには重要となってくる。
……
意思決定をプロセスとして捉え共有する
意思決定をプロセスとして捉え、共有しながら意思決定支援を行うというシェアード・ディ
シジョン・メイキング(Shared Decision Making:SDM)の概念は、1990 年代より頻繁に用いら
れてきている。
意思決定を共有することの目的は、患者が、病気の状態、治療の選択肢(メリット、デメリッ
35
章
トを含む)、生活への影響、自分の価値観(大切にしたいこと)などを理解した上で、治療を選
択できるようにすることである。
治療方法の決定は、話し合いのプロセスの中で合意に達することができるかどうかに左右さ
れるが、このプロセスにおいて大切なことは情報提供方法や患者の好みや価値観を探ることに
より協力関係が築かれることである。 若い患者は、より詳細な、そしてより自主的な治療の選択を希望する傾向にあるが、高齢の
患者は、家族の意思決定が優先されたり、意思決定への関与を医師に求める(場合によっては
委ねる)傾向にあることを理解しておく必要がある 5)。
2
1
意思決定の影響要因
がん療養生活における意思決定への促進要因
患者に複数の選択肢が提示され最終的な意思決定が行われるまでのプロセスでは、医療従事
者への信頼感、意思決定することに対する患者の積極性、意思決定支援を行う医療従事者への
アクセスのよさ、医療従事者からの情報提供の質などが促進要因として影響する。
患者と医療従事者の間で意思決定を共有するプロセスでは、促進因子として以下の内容があ
げられる 6)。看護師は、このような要因が整うように医療システムの調整を図る必要がある。
特に、診察の前後に患者にあった情報をタイミングよく提供することや、患者が診察時に治療
選択するうえで必要な情報が得られるように主治医へ質問する内容をあらかじめ伝えておくこ
とが大切である。
……
患者側の促進要因
医師への信頼感がある
診察時に同席している人がいる
治療選択において患者が自分で意思決定することを希望している
自分で意思決定するという気持ちの準備ができている
病気や治療について十分に理解している
……
医療従事者およびシステムの促進要因
36
医療従事者が患者の嗜好や価値観に合わせ話し合う姿勢で関わる
患者が自分には何が重要であるかを明確にするためのサポートを行う
診察前、診察後に患者に必要な情報を提供する人がいる
診察前に質問を促す一覧表(引用文献 4)参照)を提供することで、患者が意思決定にお
いてより大きな役割を担えるように準備をさせる
意思決定について説明しているパンフレットを患者に提供する(患者の役割について)
IC 場面には、患者と医師以外の第三者(看護師)を同席させる
第
可能な治療の選択肢について書面による情報を提供する
緩和ケアチーム、在宅医などと協働することができる
治療における意思決定について電話によるフォローアップを行う
2
患者の意思決定支援
2
がん患者の意思決定の実際
2
がん療養生活における意思決定への阻害要因
患者が最終的な意思決定に至るまでのプロセスでは、情報の不足、身体状況の悪化、医療従
事者との接点が少ない、病気の進行が受け入れられないことなどが引き金となり、意思決定が
進まなくなることがある。
患者と医療従事者の間で意思決定を共有していくとき、阻害因子として考えられるものは以
下に示すとおりである 6)。患者に以下に示すような要因がみられた場合には、患者には意思決
定するための準備が整っていないと判断し、ひとつひとつの要因を解決するための関わりが必
要となる。
……
患者側の阻害要因
がん以外の基礎疾患がある(例:心疾患、糖尿病など)
がんに罹患しているということを認めることが難しい
疾患または治療について誤解をしている
提供された情報を理解していない
決断力がない
医療従事者からの説明を聞くには不安感が強すぎる
自ら意思決定することを希望していない/意思決定することへの希望が強い
十分な情報を得ずに意思決定をしようとしている
患者は、診察というよりも、むしろ確実な治療を受けることを期待している
過剰な情報を持って来院している
さまざまな専門家から矛盾する提案を受けている
有益ではないとされている治療法を希望している/有益だと思われる治療法を拒否してい
る
37
章
患者と医療従事者の間に文化(価値観)の違いがある
くつがえ
家族が、患者のこれまでの意思決定プロセスを覆してしまう
……
医療従事者およびシステムの阻害要因
最初の診察時に治療に関する十分な情報がない
患者と過ごす時間が十分にない
患者にあった治療スケジュールを立てる(選択肢の枠組み作り)ことの難しさを経験して
いる
引用・参考文献
1) Zafar,SY.etal(2009).Decisionmakingandqualityoflifeinthetreatmentofcancer:areview.SupportCare
Cancer.17(2),117-127.
2) 宮下光令ほか( 2010).Ⅲ付帯研究:在宅療養への移行に関する意思決定と在宅で死亡した遺族の希望する死
亡場所.遺族によるホスピス・緩和ケアの質の評価に関する研究(J-HOPE)
.
(公財)日本ホスピス・緩和ケ
ア研究振興財団,100-104.
3) 三條真紀子(2010).家族の視点からみた望ましい緩和ケアシステム,遺族によるホスピス・緩和ケアの質の
評価に関する研究(J-HOPE).(公財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団,36-42.
4) 国立がん研究センター東病院精神腫瘍学開発部( 2011)
.重要な面談にのぞまれる患者さんとご家族へ:聞き
たいことをきちんと聞くために.http://ganjoho.jp/public/support/communication/question_prompt_sheet.
html
5) Coulter,A.etal(2005).Europeanpatientsʼviewsontheresponsivenessofhealthsystemsandhealthcare
providers.EurJPublicHealth.15(4),355-360.
6) Kissane, D. et al(2 0 1 1). Chapter 2 9 Clinician perspectives on shared decision-making. Handbook of
CommunicationinOncologyandPalliativeCare.NewYork,OxfordUniversityPress,345-347.
川崎優子
38
3
臨床で活用できる意思決定支援ツール
【ねらい】
意思決定支援の一連のプロセスを理解し、患者の状況に応じてタイミングよく専門家へ繋ぐ
ことができる。
到達目標
● 患者のタイプを判断し、困難事例は専門家へコンサルテーションできる
● 患者の意思決定支援には、段階的なステップがあり、各段階での評価するポイント
があることを理解する
1
タイプ別の意思決定支援のあり方
患者がおかれている状況を、問題の性質、家族のサポート状況、治療や調整の可能性などに
より、単純型、複雑型、複合型、無秩序型の 4 つのタイプに分類することができる 1、2)。それぞ
れのタイプの特徴と意思決定支援方法は表 1 に示すとおりである。
単純型や複雑型は、意思決定支援の必要性やケアの優先順位を考慮する必要がある。複合型
や無秩序型の場合には意思決定支援が難しくなるため、専門家(がん看護専門看護師など)へ
コンサルテーション依頼をする必要がある。特に、多忙な外来業務の中では、時間をかけて関
わることが難しいため、このような患者が来院したときに、すぐに繋ぐことができる体制を整
えておくことが重要となる。
39
表 1 患者の状況別タイプ分類
タイプ
特 徴
単純型
意思決定支援方法
・家族サポートあり
・身体 / 精神の症状コントロール良好
(Simple)
患者のおかれている状況が比較的簡単に理解でき
るため、意思決定支援をあまり必要としない。
・家族サポートあり
・コントロールすべき身体 / 精神症状が
複雑型
複数あり
(Complicated)
例)がん、転移、せん妄、糖尿病など複
数の病態や症状を有する。
患者の状況は、単純ではないが理解可能な範囲で
ある。
まずは、症状コントロールを優先し、その後意思
決定支援を行う必要がある。
複合型
(Complex)
・複雑問題に加えて、個別性の高い要因
が多く影響している。
・時間軸や地域性も関与し、一般的な対
応方法を絞り込むことができない。
患者の状況は十分には理解できないが、それでも
ある程度予測可能なレベル。
まずは、患者の抱えている問題を整理し、社会資
源のリソースを活用しながら生活の基盤を調整す
る。その後、患者に対する最もよいケアは何かを
考えながら意思決定支援を行う。
無秩序型
(Chaotic)
・問題群がコントロール不能な問題を多
く含み、それらが無秩序にからみあっ
ているため、今後の展開を予測するこ
とができない。
例)独居で社会的に孤立、法的・家族的
問題
患者のおかれている状況が理解も予測も不可能な
領域。
まずは、抱えている問題の悪化により生じた危機
的状況をどうマネジメントするかを考える。問題
が落ち着いたあとの「振り返り」で、看護の方向
性を見出す。その後、意思決定支援を行う。
2
オタワ意思決定支援ガイド
(Ottawa
Personal Decision Guide)
カナダには、患者・家族の意思決定とその支援を専門に研究している機関(Ottawa Health
Research Insitute:OHRI)がある。OHRI では、意思決定支援を「人々が選択肢とそれがもたら
す結果について十分に情報を提供されて、個人的な価値観を明確にしたうえで意思決定できる
よう支援されること」としている。
OʼConnor は、オタワ意思決定サポート枠組みを基に意思決定を阻害する要因を評価し、意思
決定を支援するためのツールとして、オタワ意思決定支援ガイド(Ottawa Personal Decision
Guide)を提唱している。このツールは、患者が自身にとって必要で十分な情報を獲得し、最終
的に納得のいく決断をするための支援ガイドであり、表 2 に示す 4 つのステップで構成されて
いる 3)。
このガイドは、個人のニーズを確かめ、
次のステップを計画し、進み具合を把握し、
意思決定に関わる人たちに自分の考えを伝
える際の手助けをするものである。表 2 の
②③では、意思決定に関わる患者の知識、
40
表 2 オタワ意思決定支援ガイドの 4 つのステップ
①意思決定を明確にする
②意思決定を探る
③自分の意思決定のニーズ(準備状態)を見極める
④ニーズを基に次のステップを計画する
価値、確実性、サポート内容について点検をしながら進めていく流れになっている。患者が一
度身につけた意思決定能力は、次の意思決定場面においても活用できるため、患者の意思決定
能力を尊重しながら継続的な支援をしていく必要がある。また、このガイドを看護師が用いる
場合には、トレーニングが必要となるため、留意しなければならない。
意思決定プロセスの評価
意思決定支援分析ツール(Decision Support Analysis Tool:DSAT)は、臨床における意思決定
3
臨床で活用できる意思決定支援ツール
支援に関連するコミュニケーション・スキルの実践を評価するためのツールとして開発された
ものである 4)。
意思決定支援のスキルは、①意思決定ニーズをアセスメントする(意思決定の状況、知識 / 情
報 / 事実について話し合う)、②意思決定ニーズを要約する(価値、望ましい状況について話し
合う)、③意思決定支援を提供する(医師、家族などを含む意思決定、意思決定支援のリソース
などについて話し合う)、④意思決定を促進する(行動への取り組みを促進する)
、⑤将来的な
意思決定のために学習することを促進する(学ぶ機会について話し合う)
、の 5 つに分類されて
いる。
意思決定支援のプロセスの各段階における評価指標は、表 3 に示す段階毎の評価指標を参考
表 3 意思決定支援のプロセスにおけるスキルの評価指標
段 階
2
患者の意思決定支援
3
第
評 価 指 標
①ニーズをアセス
メントする
・意思決定プロセスのどの段階にいるのか確認できているか
・患者が理解している知識や情報は十分であるか
②意思決定ニーズ
を要約する
・患者の価値感、望んでいる状況について確認できているか
・真の意思決定ニーズを焦点化することができているか
③意思決定支援を
提供する
・患者が必要なリソース(医師、家族、友人、情報など)にアクセスすることができてい
るか
・リソースが活用できていない場合には、その原因について把握し解決策を見出すことが
できているか
④行動を促進する
・患者が意思決定に向けて行動することができているか
・行動が途中で行き詰まっている場合には、その原因について把握し解決策を見出すこと
ができているか
⑤将来的な意思決
定のために学習
することを促進
する
・患者が、将来的に、繰り返し意思決定が必要な場面に遭遇することに備えることができ
ているか
・そのために必要なサポートが受けられているか
Guimond,P.etal( 2003).Validationofatooltoasesshealthpractitioners'decisionsupportandcommunication
skills.PatientEducCouns.50(3),242-243.筆者翻訳,一部改変.
41
章
にして、不足している部分を補うようなかたちで意思決定支援を進めるとよい。
意思決定支援のプロセスの中で大切なことは、③のみを医療従事者から一方的に提供するの
ではなく、①②を提供することにより患者の意思決定に向けた準備性を整えることである。さ
らに④⑤は継続的な支援となるため、専任の担当者(専門看護師や認定看護師など)や相談支
援センター等が活用できることを患者へ伝え、患者が継続して支援が受けられる環境を整備し
ておく必要がある。
引用・参考文献
1) Martin,CM.etal(2005).Generalpractice--chaos,complexityandinnovation.MedJAust.183(2)
,106-109.
2) 岩瀬哲(2013).医療チームからみた意思決定支援と地域連携.厚生労働省の緩和ケア推進検討会資料.http://
www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000035g3x-att/2r98520000035g9m_1.pdf
3) OttawaPersonalDecisionGuideC2012.http://decisionaid.ohri.ca/decguide.html
4) Guimond, P. et al(2 0 0 3)
. Validation of a tool to assess health practitionersʼ decision support and
communicationskills.PatientEducCouns.50(3)
,235-245.
川崎優子
42
Fly UP