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(6)タイ・ベトナムの インダストリアルマーケット

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(6)タイ・ベトナムの インダストリアルマーケット
MARKET
アジア不動産マーケット ■ ■ ■
(6)タイ・ベトナムの
インダストリアルマーケット
藤本 隆博
シービーアールイー株式会社
コンサルティング部エグゼクティブディレクター / 部長
1. はじめに
に国内市場の沈滞や円高の進行な
リングを行う機会を得た。答えは
どによって企業は海外へのシフトを
「 企業進出ラッシュは震災に因るも
さらに進めている。
六回にわたり掲載していただいた
当初は「 世界の工場」と言われた
ることである。震災後、各社は震災
「アジアの不動産マーケット」の連載
中国を中心に生産拠点を展開してき
対応に追われており、以前より問い
をこの稿で終える。成長するアジア
た企業が多く見られたが、
「チャイナ
合わせが少なくなっているぐらい
の不動産市場について主要マーケッ
プラスワン」戦略を検討する企業が
だ。
」報道を鵜呑みにする愚かさを
トの概観をしてみよう、との趣旨で
増え、さらに昨今の日中両国間の摩
再認識すると共に生産拠点の海外
拙文を書き続けてきたが、最終回の
擦の高まりや、より労働コストの低
移管が一過性のものでないことを実
今回は日本から生産拠点の進出が
廉な地域を目指した生産拠点の再
感したものである。
続く東南アジアのインダストリアル
配置先や新たな進出対象として、東
マーケットについてベトナム
( ホーチ
南アジアの諸都市がクローズアップ
東南アジア各国では雇用の創出
ミンシティ)とタイの市況に触れてみ
されてきた。中でも1960 年代から日
や工業化を図るための有望なツール
たいと思う。なお本稿では「 インダ
本企業の進出が続くタイや、さらに
として企業 誘致に積極的である。
ストリアル」とは工場系不動産を示
タイよりもコストが安いベトナムなど
道路網などインフラを整備し、工業
す。
が進出先として注目を集めた。
団地を造成して受け皿を作る。また
2. 日本企業の動きと
進出を検討する企業には税の優遇
余談であるが 3.11の東日本大震災
措置などインセンティブを提供し誘
の直後、日本の製造業がタイに「 脱
致を進めている。日本国内でも進
出」へ図っているとの報道を受け、
出を働きかける「 投資セミナー」を
コストを求めて、海外に生産拠点を
当時香港駐在であった私はバンコ
開催して、生産拠点の移管に興味の
移す戦略を取ってきた。近年 、さら
クで関係者にその状況についてヒア
ある企業に情報を提供している。例
東南アジア
日本企業は従来から低廉な労働
52
のではなくずっと以前から続いてい
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.11
え ば タイ で は タイ 投 資 委 員 会
水は万全かといったインフラの問
関連やコンピュータ関連等の集積が
( Thailand Board of Investment:
題。政情不安も懸念点であり、タイ
見られる点で、こうした産業がイン
BOI )が窓口になり、進出企業に情
で 2010 年に起きた反政府デモは記
ダストリアル物件への需要の多くを
報提供や恩典
( インセンティブ)
の認
憶に新しい。また、中間管理職クラ
占めている。特に自動車の生産量
可を行っている。BOIは日本では東
スの人材難を課題にあげる声も現地
は増加しており、2012 年第 3 四半期
京に加えて大阪にもオフィスを構え
で聞いた。
ていることからも日本での積極的な
活動ぶりがうかがえる。ちなみBOI
はアジアでは日本の他にソウル、台
北、北京、上海、広州に拠点があ
る。
「工場」だけではなく「市場」とし
ても東南アジアは有望な地域であ
3. タイのインダストリアル
マーケット
今回はタイとベトナムのインダスト
リアルマーケットの状況を整理して
( 7〜 9月)
時点で前年対比132%の
生産台数に達しており、世界の自動
車生産国のトップ 10入りしたのでは
ないかとの現地新聞の報道もあっ
た。輸出に加えて、国内でも自動車
の普及率は急速に高まっている。
みる。正直申し上げて市況を示す
データが乏しいのだが、概観という
日本貿易振興
(ジェトロ)
の調査に
ことでご容赦いただきたい
よるとタイの工業団地は少なくとも
る。多くの人口と高まる購買力をター
まず、タイについては洪水のその
注1
57件ある 。また、シービーアール
ゲットに自動車産業などが進出して
後について触れる必要がある。タイ
イーが 把 握しているタイのSLIPs
いるのは周知の通りである。
は 2011年には、東日本大震災と10
( Serviced Industrial Land Plots:
加えて
「メコン経済圏」
。これはタ
月に発生したタイ洪水の影響を受け
インダストリアルエステート、インダ
イ、ベトナム、ミャンマー、カンボジ
ている。震災では日本からの部材
ストリアルパーク、インダストリアル
ア、ラオスに加えて中国
( 雲南省な
供給が滞り、洪水では多くの日本
ゾーンの中で生産拠点の用途に供さ
ど)で構成されるメコン川流域諸国
メーカーが冠水などの被害を受けた
れる用地の合計)はおよそ10万ライ
による経済圏で3 億人超の人口を擁
のは周知の通りである。洪水対策
強
( およそ4,840万坪)
。2011年には
する。それぞれが経済成長している
ではその後、チャプラヤオー川の治
年間で 5,757ライ
( およそ280万坪)
のに加えて都市間を道路や橋などの
水工事を進めると共に、各工業団地
の新たな稼働が見られたが、2012
インフラ
( いわゆる「メコン回廊の整
でも敷地周辺に防波堤を巡らせるな
年は第 3 四半期までで 5,084ライ
(お
備」など)
で結び、より域内のつなが
どの対策を進めている。加えて安
よそ246万坪)がさらに稼働してい
りを深める試みを続けている。将来
全性をアピールするためのセミナー
る。2012 年は記録的な水準になる
の市場としての魅力も高まっている。
を日本国内でも行い、日本企業の引
と思われるのは自動車産業の好調
こうした市場の広がりも視野に入れ
き留めと新たな誘致を行っている。
ぶりからもうかがわれる。
て日本企業は生産拠点の展開を行っ
こうした活動が奏功してか、日本
引き続き日本からのタイへの投資
企業のみならず各国企業のタイへの
も増加を見せている。日本企業の
一方で不安要素もある。タイ、ベ
進出は 2011年を上回っており、洪水
進出数
( BOIによる認 可件 数 )は
トナムを念頭に挙げてみればインフ
対策が企業から一定の評価を得た
2011年1〜 11月が 439 件であるの
レや人件費の高騰を懸念する声もあ
とみることができる。
に対して、2012 年は 701件とおよそ
ているのである。
。この
1.6 倍に増加している
( 表 -1 )
れば、道路網や港湾整備がまだ途
上であることや洪水対策を含めた治
タイの生産拠点の特徴は自動車
傾向は日系企業のみならず、他の国
注1
「タイ工業団地調査報告書」日本貿易振興(ジェトロ)バンコクセンター 2011 年 3 月
January-February 2013
53
MARKET
表 1 主要国・地域別投資認可件数
2010
2011
1 ~ 11 月
2011
2012
1 ~ 11 月
日本
358
464
439
701
ヨーロッパ
186
152
140
188
台湾
42
47
40
60
アメリカ
55
48
474
64
香港
31
19
18
39
シンガポール
79
73
72
121
出典:BOI
(ThailandBoardofInvestment)
表 2 海外からの投資恩典申請数
2005
日本
海外全体
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2011
1~ 6 月
2012
1~ 6 月
387
335
330
324
266
364
560
272
389
1,358
1,357
1,317
1,262
1,573
1,591
2,112
882
1,057
出典:BOI
(ThailandBoardofInvestment)
からの進出状況も同様であり、認可
とっては、タイやインドネシアよりも
2,000 ヘクタール
( 3,700万坪 )の工
申請も近年 増える傾向にある
(表
人件費が低廉であることに加え、一
業団地が稼働している。この地域
-2 )
。
定の質を維持した労働者の確保が
ではホーチミン市での入居率は74%
このような状況から、タイは昨年
可能であったことから2003 年の日
( 2012 年第 3 四半期 )と最も高く、
の洪水被害を乗り越え再び生産拠
越 投資協定 以来、進出が顕 著に
ロンアン省の30%がこの4地域の中
点としての位置づけを得て、企業の
なっている。また、ベトナムは南北
では最も低い。
集積が進む状況にあると言える。
に長い地形であるが、北部は中国と
これらの用地に対する日本企業
隣接している立地を「チャイナプラス
の引き合いは増加している、という
ワン」戦略では評価する向きもある。
のが現地の声である。実際、2012
4. ベトナム・ホーチミン
シティのインダストリ
アルマーケット
ベトナムは引き続き、社会主義体
制を維持しつつも2020 年に「 工業
年の日本企業のベトナムへの新規
こちらもジェトロの調査によると、
ホーチミンシティ近郊には少なくとも
69ヶ所
注2
投資件数は上半期
( 1〜 6月)
で126
件と過 去 最 多であった2011年 の
、ハノイを含む北・中部で
208 件を上回るペースで推移してお
注3
国家」となるべく様々な整備を行っ
は少なくとも110ヶ所
が把握され
り、ベトナムもタイ同様に日本企業
ている。インフレ抑制と工業化の進
ている。また、シービーアールイー
の進出が増加している状況が明ら
展を両立するかじ取りを迫られてい
の調査によるとホーチミン市周辺、
かである。日本企業以外ではヨー
ることもあり一時の急成長からは鈍
同市とビンズオン省、ドンナイ省、ロ
ロッパやインドネシア企業の進出が
化がみられる。しかし日本企業に
ンアン省の4つの地域でおよそ1万
見受けられる。
注2
「ベトナム・ホーチミン市近郊工業団地データ集」日本貿易振興(ジェトロ)ホーチミン事務所 2010 年 6 月
注3
「ベトナム北部・中部工業団地データ集」日本貿易振興(ジェトロ)ハノイ事務所 2012 年 6 月
54
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.11
5. まとめ
が集まる国である。
れない道であろう。
その進出が、進出先でのインフラ
企業の進出は単にインダストリア
の整備や雇用の創出にもつながるこ
タイのインダストリアルマーケット
ルマーケットでの需要増加に止まら
とになれば、相互のメリットは大き
では昨年のタイ洪水の影響も見られ
ず、駐在員の生活を支える住宅、商
い。日本企業の成功とアジアの成長
ず、引き続き日本企業の進出ラッ
業施設などの不動産市場に影響を
がリンクすることを祈りたい。
シュは続いている。また、ベトナムで
与える。例えばある地域では、工業
は労働コストは上昇傾向にあるが、
団地の整備が進んだものの、日本人
アジアマーケットの「玄関」をノッ
東南アジア内での生産拠点の分散
駐在員の家族が生活できる設備を
クして少しだけ家の中を覘いてみよ
など新たな拠点戦略のもとに企業の
整えたサービスアパートメントの供
う、というスタンスでこの連載を書き
進出が相次いでいる状況が垣間見
給が追い付かず、企業誘致の課題
連ねてきました。興味を持っていた
られる。
になっているとの話も聞く。実はイ
だき、そして玄関だけではなくアジ
いづれも単に「 工場」としての位
ンダストリアル不動産はすそ野の広
アという家の中にちょっと入ってみた
置づけから、各国、あるいはメコン
いセクターであると今更ながら改め
いと思われた方がいらっしゃれば幸
経済圏などの地域として「 市場」と
て実感しているところである。
いです。
「百聞は一見に如かず」と申
しての魅力の高まりがさらに進出を
します。ぜひ現地を訪れ 、そしてそ
促す好循環を生み出している状況に
日本では生産拠点の海外移転が
ある。また、今回は取り上げなかっ
国内の「 空洞化 」につながるとの懸
たがインドネシアやマレーシアへの
念が広がっている。しかし、成長の
企業進出も活発になっているのはご
ためには日本国内の成熟した市場の
存じのとおりである。さらに民政移
みならず、アジアの成長するマーケッ
管が行われているミャンマーも注目
トを求めての海外展開は避けて通
の都市の雰囲気を味わっていただ
けたら、と思います。
長らく拙稿にお付き合いいただき
ありがとうございました。
ふじもとたかひろ
1988 年、生駒商事(現シービーアールイー)
株式会社に入社。2007 年、生駒データサー
ビスシステム(その後シービー・リチャード
エリス総合研究所に社名変更)代表取締役
社長として、コンサルティング部門を統括。
2010 年よりシービーアールイー香港オフィ
スに赴任、アジアリサーチチームに所属し、
アジア各都市の不動産マーケット情報を主に
日本企業に提供。2011 年 9 月に東京に帰任
し現職。
日本企業を中心に、国内外における不動産コ
ンサルティングサービスを提供するコンサル
ティング部を統括。また、香港、シンガポー
ル、中国などアジア各国のシービーアールイー
と連携しながら、各都市のマーケティング調
査サービスを提供している。
January-February 2013
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