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学報14号(2002年7月発行)

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学報14号(2002年7月発行)
№
長野県看護大学学報
発行:長野県看護大学渉外委員会 〒399‐4117 長野県駒ヶ根市赤穂1694 tel 0265‐81‐5100
ホームページ(http://www.nagano-nurs.ac.jp/)
ご 挨 拶
長野県看護大学学長 見 藤 隆 子 早いもので、開学してから8年目を迎えました。これま
職者への各種支援、などが話し合
で、教職員、学生とともにより良い大学作りのために尽力
われています。地域貢献について
して頂いて来ており、そのお陰で自慢できる大学になった
は、既に、老人、妊婦、障害者等
と自負し、心から感謝しております。
に対する具体的活動が行われてい
博士課程を作るまでは、それを目標にして頑張って参り
ます。また、看護職者に対しても継続教育やカウンセリン
ましたが、平成13年に博士課程が開設されましてからは、
グ講習会が既におこなわれております。これらの活動を概
次の大学発展のための目標として、国際交流のためのセン
念的に統合し、センター活動として位置付けたいと考えて
ター作りと地域貢献に資するようなセンター作りに取り組
います。
んでおります。
また、本学は、アルプスに囲まれた自然豊かなところに
国際交流としましては、平成13年にサモア国立大学との
ありますが、その環境を一層守り、大学生活を豊かにする
交流協定を結ぶことが出来ました。このサモアの事業を含
ものとして、長野県看護大学交流市民の会や看護大学景観
めて、特にアジア地域を主とした異文化看護国際研究セン
形成住民協定の会があり、何時も本学を支援して下さって
ターの設置が協議され、教授会で認めたところです。
います。全国的に見ても極めて珍しい例であり、この会の
地域貢献のためのセンター(看護ヒューマンアプローチ
存在に常に感謝しております。
センター)は目下検討中ですが、わが大学教員の研究分野
今年もこの会の方々と学生教職員による花壇づくりを6
を生かして、地域住民への健康増進のための方策、疾病予
月8日に行います。また一年花を楽しめることでしょう。
防対策、慢性疾患患者のより良い生活への支援、看護専門
(H.
14.
5)
本学に2つのセンターが開設される
本年度、本学に「看護ヒューマンアプローチセンター」
看護学の発展に寄与する優秀な人材を育成することが期
と「異文化看護国際研究センター」の2つのセンターが
待されます。この両センターについての報告は次号の学
開設されました。国内外の看護学の中心として、看護学、
報 で 報 告 い た し ま す。な お、本 学 の ホ ー ム ペ ー ジ
及びその隣接諸科学における最先端の研究・発信を行う
(www.nagano-nurs.ac.jp)もご参照下さい。
と同時に、その研究成果による地域・国際貢献、そして
目 次
鼎談:第1期卒業生を助手に迎えて
報告:
「サモア医療協力プロジェクト」実施報告会
……………… 見藤隆子・丸山洋子・酒井久美子 2
……………………………………… 江藤 裕之 1
0
新年度企画:新任教職員自己紹介 …………………… 6
エッセイ:No Longer Komagane Newcomers
特別寄稿:日本看護学生会の会長として
……………………………………… Anita Fisher 12
………………………………………… 柿沼 佑果 8
エッセイ:歩いてみたり鳥瞰したり … 八尋 道子 1
3
報告:上伊那地域の
「外国籍県民集会」
に参加して
お知らせ、次号予告、編集後記
……………………………………………田代麻里江 9
事務局よりのお知らせ ……………… 事務教務課 1
5
〔1〕
…………………… 1
4
鼎談:第1期卒業生を助手に迎えて
見藤:そうですか。では、丸山さんにお伺いしましょう。
周産期センターというのは具体的にはどういったところ
なのですか?
平成1
4年4月24日 1
5:00∼1
6:00 於学長室
先生に声をかけてもらったというのがとても心強かった
です。
丸山:私も自分の中で、今後職業人としてどういう風にス
丸山:ケースは様々ですが、出生前診断で赤ちゃんに何ら
テップアップしていこうかと悩んでいた時期だったんで
かの疾患が見つかったケースなどで、出生後手術や治療
すよ。正直、あれもやってみたこれもやってみたいと1
見藤 隆子学長
が必要な方々に対して妊娠中からケアをおこなったり、
本に決められなくて、迷っているならもう少し臨床に
酒井久美子助手(地域看護学講座)
早産などで子どもが小さく生まれてくる危険がある場合
残って考えてみるかと思っていた矢先に、やはり母性看
丸山 洋子助手(母性看護学講座)
など、子ども病院には新生児集中治療の拠点施設なので、
護学の吉沢先生からお話があって、迷っていたところに
司会 江藤裕之(渉外委員会)
県内各地からの搬送依頼を受けてお産まで管理していま
また新しい話が来て悩んでいた時期がありました。でも
記録 跡上富美(渉外委員会)
す。この他にも、上の子が子ども病院に入院している方
教育も興味がある分野だったので、偶然降ってわいた
が、次の子を出産されるといったケースもあります。
レールに乗ってみようかなという感じで決めました。
見藤:切迫早産などで入院される方は、ほとんど未熟児と
江藤:それぞれに前のお仕事と今のお仕事ではどちらが大
江藤:今日はお忙しいところ、学報企画の鼎談にご参加い
ただきありがとうございます。
思っていいのですか?
本当に喜ばしいことですが、卒業生が立派に社会で活
丸山:もうほとんどそうですね。あとは双胎(双子)や品
左から、酒井助手、見藤学長、丸山助手
躍し、そして母校に戻って後輩を指導する。ようやく、
コミュニティーとしての大学の基盤が充実してきたよう
な気がいたします。
本日は一期生のお二人を迎えて、見藤学長とお話をい
ただくという機会に恵まれました。お二人には大学時代
の勉強やその後の現場での臨床経験から後輩やわれわれ
変ですか?
胎(三つ子)などの多胎ですね。
今いろいろなところに実習依頼に出かけていますが、本
見藤:今何gくらいから育てられるのですか?
当に講座全体で、5人で動いているという形ですね。こ
いろいろ選べるし、金曜日のメロンパンもあるし、変
丸山:週数との関連があるので体重だけでは一概に言えま
れから個々に学生につくというのが不安ですけど、まだ
わったというのを実感しています。昔、80人で協力して
せんが、私が経験してきた中では、一番小さい児で、
始まってみないと…。でも、楽しみという方が大きいで
始めたのが懐かしく思えました。
430gくらいの子が元気になって退院しました。あとは
すね。
江藤:酒井さんは松本の方にいらしたということですが、
教員に対してのメッセージがいただければと思います。
酒井:今はまだわからないですね。実習は5月からですが、
500g代の児はチョコチョコといました。
丸山:今までは、決められた勤務時間の中でやらなければ
見藤:何の障害も残さず退院ですか?
ならない仕事がもう目の前にたくさんあったのですが、
酒井:お話したとおり、私は松本市でも結構山間の地区を
丸山:その児はそうでした。退院した直後には在宅酸素療
今は座って仕事をしていたりすると仕事のペースが違う
丸山:母性看護学講座に入りました丸山洋子です。この大
担当していました。松本っていうとなんだかすごく都会
法などを行っていましたが、今はもう全く必要なく元気
ので「ここに座っていていいの?今これやっていて大丈
学を卒業してから、豊科の県立子ども病院に就職して、
の方に行ったつもりでいたのです(笑)。でも、高遠町で
になりましたね。
夫?他に何かしなくちゃいけないかも?」と、時に焦っ
新生児集中ケア病棟と周産期センターで勤務してきまし
地域看護の実習をやっていたので、そのときの経験がす
酒井:私も、在宅に酸素をつけて子ども病院から退院して
たりすることもあります(笑)
。今はあまり焦らず、慌て
た。周産期センターの開設準備もあって、途中短期間で
ごく役に立ちました。近所のおばさんに「保健師さん」
くるというケースの連絡を受けて、保健所の保健師さん
ずゆっくりやっていこうと自分に言い聞かせているとこ
すが、長野赤十字病院でもお世話になりました。
という感じで親しまれるような3年間でした。ようやく
といっしょに病院の方に行って、退院にあたってのカン
ろです。
慣れてきたところでしたが、これからは育ててもらった
ファレスに参加した経験もありました。
まずは簡単に自己紹介からお願いします。
そこでの社会経験などを聞かせてください。
酒井:地域看護学講座の酒井久美子です。私は3年間松本
市役所で保健師として働いていました。地区担当だった
大学に貢献できればと思っています。
見藤:そうですか(笑)
。では、ここで学んだことと現場に
見藤:その児はその後どうなったの?
出てからのギャップや問題点、大学での教育についての
意見などがあったらぜひ教えてください。
のですが、松本市では一番面積は広いのですが人口が少
見藤:今お二人がおっしゃたことはそのとおりだと思いま
酒井:そんなにひどい状態では退院しないので、酸素の方
ないという山間の地区を 担 当 し て き ま し た。規 模 は
す。私も忘れていましたけれど、言われてみるとそうで
も「大丈夫だけど、少しの間貸し出しておくから」といっ
酒井:多分私は地域看護で卒論と総合実習を取ったので、
3000人くらいでした。
したね。一期生が作ってくれたレールが、そのまま踏襲
た程度で、その後すぐに酸素は外れて、健診でも特に問
そのときの経験が結構役に立ったと思います。総合実習
されている部分も多いのではと思います。まあ、変わっ
題なく経過していました。
である地区をみんなで全戸訪問して、そこから出てきた
江藤:どうですか、学生の時と戻って来られてからの大学
の印象は変わりましたか?
た部分もあるでしょうけれど。それで、酒井さんは松本
丸山:まずは先生方の顔ぶれががらりと替わっていて驚き
では具体的にどんな活動をされてきたの?
江藤:そうやって3年間社会の中で活躍されてきたわけで
問題点を健康教育で返すといった体験をしていたので、
すが、またこちらに戻ってこようと思われた動機みたい
急に自分である地区を担当しなさいといわれた時も、意
なものは?
外と楽しく地区に入っていけたのかなと思いました。
ました。それと、私がいた頃は全学年がそろったのは私
酒井:地区担当として、健康相談や健康教育を公民館単位
が4年生の時の一年だけだったので、学食があんなに学
でやったりだとか、育児サークルをお母さんたちと一緒
酒井:私は卒業論文を指導していただいたのが地域看護学
生であふれているのに驚きました。学内が学生で潤って
に立ち上げてきました。うまく継続してお母さんたちの
の安田先生だったのですが、その時に社会で勉強してま
拶したものかというところから始まったのですが(笑)
、
いるといった感じで、
「大学もすごく成長したな」という
話し合いの場になればと思っています。松本市は「福祉
た戻ってきたくなったらという話も伺っていたので、そ
そんなことはなかったんですね。
印象でした。あと、サークルも見に行ったのですが、勧
日本一」を目指していて、公民館とは別に各地区に建物
ういうこともできるんだなと思っていたんですね。向こ
酒井:地域看護の実習では最初に「ひとりで行ってきなさ
誘はされませんでしたが(笑)
、バスケットも何チームも
を立てて、そこに職員を置いて福祉の拠点として活動し
うで3年間やっていて、去年の夏くらいに助手の先生を
い」と送り出されます。最初に一人で先方に電話をかけ
あって時間で交代してやっていたので、チーム人数にも
ています。その活動を通して、地区の活性化を図るよう
探しているという連絡を受けたのですが、実家が伊那で
て訪問時間などを連絡するのですが、(丸山:うんやっ
困っていた私たちのときとは違うなと思いました。
にしていました。
すし、育ててもらった大学に戻れたらと思って、恩返し
た)、あの時すごくどきどきして電話をかけたことは忘
見藤:住民にもすごく喜ばれているのではないですか?
じゃないですけどね。卒研のこともあって、安田先生は
れられません。そういうところで、いろんな方に見守ら
酒井:そうですね、皆さんの憩いの場になっていました。
一番話しやすかったですし、頼りにしてきたので、その
れている中でしたが、やってこれたというところが大き
酒井:私も学食に一番驚きました。私たちの頃は券を買っ
ていたのに、今は50円とかのメニューもたくさんあって
〔2〕
見藤:私の学生の頃は、訪問に行くときにはどうやって挨
〔3〕
鼎談:第1期卒業生を助手に迎えて
見藤:そうですか。では、丸山さんにお伺いしましょう。
周産期センターというのは具体的にはどういったところ
なのですか?
平成1
4年4月24日 1
5:00∼1
6:00 於学長室
先生に声をかけてもらったというのがとても心強かった
です。
丸山:私も自分の中で、今後職業人としてどういう風にス
丸山:ケースは様々ですが、出生前診断で赤ちゃんに何ら
テップアップしていこうかと悩んでいた時期だったんで
かの疾患が見つかったケースなどで、出生後手術や治療
すよ。正直、あれもやってみたこれもやってみたいと1
見藤 隆子学長
が必要な方々に対して妊娠中からケアをおこなったり、
本に決められなくて、迷っているならもう少し臨床に
酒井久美子助手(地域看護学講座)
早産などで子どもが小さく生まれてくる危険がある場合
残って考えてみるかと思っていた矢先に、やはり母性看
丸山 洋子助手(母性看護学講座)
など、子ども病院には新生児集中治療の拠点施設なので、
護学の吉沢先生からお話があって、迷っていたところに
司会 江藤裕之(渉外委員会)
県内各地からの搬送依頼を受けてお産まで管理していま
また新しい話が来て悩んでいた時期がありました。でも
記録 跡上富美(渉外委員会)
す。この他にも、上の子が子ども病院に入院している方
教育も興味がある分野だったので、偶然降ってわいた
が、次の子を出産されるといったケースもあります。
レールに乗ってみようかなという感じで決めました。
見藤:切迫早産などで入院される方は、ほとんど未熟児と
江藤:それぞれに前のお仕事と今のお仕事ではどちらが大
江藤:今日はお忙しいところ、学報企画の鼎談にご参加い
ただきありがとうございます。
思っていいのですか?
本当に喜ばしいことですが、卒業生が立派に社会で活
丸山:もうほとんどそうですね。あとは双胎(双子)や品
左から、酒井助手、見藤学長、丸山助手
躍し、そして母校に戻って後輩を指導する。ようやく、
コミュニティーとしての大学の基盤が充実してきたよう
な気がいたします。
本日は一期生のお二人を迎えて、見藤学長とお話をい
ただくという機会に恵まれました。お二人には大学時代
の勉強やその後の現場での臨床経験から後輩やわれわれ
変ですか?
胎(三つ子)などの多胎ですね。
今いろいろなところに実習依頼に出かけていますが、本
見藤:今何gくらいから育てられるのですか?
当に講座全体で、5人で動いているという形ですね。こ
いろいろ選べるし、金曜日のメロンパンもあるし、変
丸山:週数との関連があるので体重だけでは一概に言えま
れから個々に学生につくというのが不安ですけど、まだ
わったというのを実感しています。昔、80人で協力して
せんが、私が経験してきた中では、一番小さい児で、
始まってみないと…。でも、楽しみという方が大きいで
始めたのが懐かしく思えました。
430gくらいの子が元気になって退院しました。あとは
すね。
江藤:酒井さんは松本の方にいらしたということですが、
教員に対してのメッセージがいただければと思います。
酒井:今はまだわからないですね。実習は5月からですが、
500g代の児はチョコチョコといました。
丸山:今までは、決められた勤務時間の中でやらなければ
見藤:何の障害も残さず退院ですか?
ならない仕事がもう目の前にたくさんあったのですが、
酒井:お話したとおり、私は松本市でも結構山間の地区を
丸山:その児はそうでした。退院した直後には在宅酸素療
今は座って仕事をしていたりすると仕事のペースが違う
丸山:母性看護学講座に入りました丸山洋子です。この大
担当していました。松本っていうとなんだかすごく都会
法などを行っていましたが、今はもう全く必要なく元気
ので「ここに座っていていいの?今これやっていて大丈
学を卒業してから、豊科の県立子ども病院に就職して、
の方に行ったつもりでいたのです(笑)。でも、高遠町で
になりましたね。
夫?他に何かしなくちゃいけないかも?」と、時に焦っ
新生児集中ケア病棟と周産期センターで勤務してきまし
地域看護の実習をやっていたので、そのときの経験がす
酒井:私も、在宅に酸素をつけて子ども病院から退院して
たりすることもあります(笑)
。今はあまり焦らず、慌て
た。周産期センターの開設準備もあって、途中短期間で
ごく役に立ちました。近所のおばさんに「保健師さん」
くるというケースの連絡を受けて、保健所の保健師さん
ずゆっくりやっていこうと自分に言い聞かせているとこ
すが、長野赤十字病院でもお世話になりました。
という感じで親しまれるような3年間でした。ようやく
といっしょに病院の方に行って、退院にあたってのカン
ろです。
慣れてきたところでしたが、これからは育ててもらった
ファレスに参加した経験もありました。
まずは簡単に自己紹介からお願いします。
そこでの社会経験などを聞かせてください。
酒井:地域看護学講座の酒井久美子です。私は3年間松本
市役所で保健師として働いていました。地区担当だった
大学に貢献できればと思っています。
見藤:そうですか(笑)
。では、ここで学んだことと現場に
見藤:その児はその後どうなったの?
出てからのギャップや問題点、大学での教育についての
意見などがあったらぜひ教えてください。
のですが、松本市では一番面積は広いのですが人口が少
見藤:今お二人がおっしゃたことはそのとおりだと思いま
酒井:そんなにひどい状態では退院しないので、酸素の方
ないという山間の地区を 担 当 し て き ま し た。規 模 は
す。私も忘れていましたけれど、言われてみるとそうで
も「大丈夫だけど、少しの間貸し出しておくから」といっ
酒井:多分私は地域看護で卒論と総合実習を取ったので、
3000人くらいでした。
したね。一期生が作ってくれたレールが、そのまま踏襲
た程度で、その後すぐに酸素は外れて、健診でも特に問
そのときの経験が結構役に立ったと思います。総合実習
されている部分も多いのではと思います。まあ、変わっ
題なく経過していました。
である地区をみんなで全戸訪問して、そこから出てきた
江藤:どうですか、学生の時と戻って来られてからの大学
の印象は変わりましたか?
た部分もあるでしょうけれど。それで、酒井さんは松本
丸山:まずは先生方の顔ぶれががらりと替わっていて驚き
では具体的にどんな活動をされてきたの?
江藤:そうやって3年間社会の中で活躍されてきたわけで
問題点を健康教育で返すといった体験をしていたので、
すが、またこちらに戻ってこようと思われた動機みたい
急に自分である地区を担当しなさいといわれた時も、意
なものは?
外と楽しく地区に入っていけたのかなと思いました。
ました。それと、私がいた頃は全学年がそろったのは私
酒井:地区担当として、健康相談や健康教育を公民館単位
が4年生の時の一年だけだったので、学食があんなに学
でやったりだとか、育児サークルをお母さんたちと一緒
酒井:私は卒業論文を指導していただいたのが地域看護学
生であふれているのに驚きました。学内が学生で潤って
に立ち上げてきました。うまく継続してお母さんたちの
の安田先生だったのですが、その時に社会で勉強してま
拶したものかというところから始まったのですが(笑)
、
いるといった感じで、
「大学もすごく成長したな」という
話し合いの場になればと思っています。松本市は「福祉
た戻ってきたくなったらという話も伺っていたので、そ
そんなことはなかったんですね。
印象でした。あと、サークルも見に行ったのですが、勧
日本一」を目指していて、公民館とは別に各地区に建物
ういうこともできるんだなと思っていたんですね。向こ
酒井:地域看護の実習では最初に「ひとりで行ってきなさ
誘はされませんでしたが(笑)
、バスケットも何チームも
を立てて、そこに職員を置いて福祉の拠点として活動し
うで3年間やっていて、去年の夏くらいに助手の先生を
い」と送り出されます。最初に一人で先方に電話をかけ
あって時間で交代してやっていたので、チーム人数にも
ています。その活動を通して、地区の活性化を図るよう
探しているという連絡を受けたのですが、実家が伊那で
て訪問時間などを連絡するのですが、(丸山:うんやっ
困っていた私たちのときとは違うなと思いました。
にしていました。
すし、育ててもらった大学に戻れたらと思って、恩返し
た)、あの時すごくどきどきして電話をかけたことは忘
見藤:住民にもすごく喜ばれているのではないですか?
じゃないですけどね。卒研のこともあって、安田先生は
れられません。そういうところで、いろんな方に見守ら
酒井:そうですね、皆さんの憩いの場になっていました。
一番話しやすかったですし、頼りにしてきたので、その
れている中でしたが、やってこれたというところが大き
酒井:私も学食に一番驚きました。私たちの頃は券を買っ
ていたのに、今は50円とかのメニューもたくさんあって
〔2〕
見藤:私の学生の頃は、訪問に行くときにはどうやって挨
〔3〕
な自信になりました。
見藤:私から見れば、今の学生もあなた方も全く変わらな
見藤:そこで洗礼を受けたということかしら?
いのですがね(笑)。そうですね、4、5年違うとやはり
酒井:そうですね、でも今教員の立場で見ると、先生たち
そういう風に感じるのかもしれませんね。
ただければと思います。
丸山:大学で4年かけて看護を学ぶというのは時間的な余
裕を持ちやすい環境なので、勉学はもちろんですが、い
は送り出す時いろいろ苦労してるんだなと、準備をやっ
丸山:すみません(笑)。
ろんな課外活動に取り組むことも必要だと思います。こ
ている中で助手の先生の気持ちが少しわかるような気が
跡上:これからの抱負などがあればお願いします。
こで得た友達ってみな同じようなところに就職していく
しています。私たちが訪問に行ったあとのフォローなど
丸山:多分私は今が一番悩んでいる時期だと思います。欲
ので、社会に出てからも相談しやすいです。実際社会に
も、地区担当の保健師さんたちがやってくれたのだと、
張りなところがあるので「あれもやってみたい、これも
出ると、教科書や先生の話とは違ったこともありますが、
今になってわかってくる部分もありました。
やってみたい」という思いが強いので、こんなに思い悩
つっぱねるのではなく、柔らかい頭のままでそれを感じ
むのかもしれません。今は視野を広げるために大学に来
取りながら現場を見て欲しいなと思います。臨床ではい
たというのがひとつあるので、学生とかかわりながら教
ろいろな出会いがあり、その出会いを通して成長してい
育や研究を学んで、将来自分がどういう方向に進むのか、
くと思います。これからの人はたくさんの夢に満ち溢れ
でも、
「そんな必要はない!」とか…。介護保険などもそ
教育にいくのか、臨床にいくのか考えながら仕事をしよ
ているので、前向きにがんばって欲しいと思います。
うですが、そこに繋げるまでが難しくて、ご家族とご本
うと思っています。
見藤:訪問して拒否されたり、コミュニケーションが難し
かったというような経験はありましたか?
酒井:ありました。こちらがよいと思ってやっていること
見藤:助産師をやってよかったですか?
人の考え方の違いもありましたし、農村という昔ながら
酒井:そうですね、私もこれというものはありませんが、
丸山:よかったです。私はお産の経験は少ないのですが、
の地域がらもあったので、ちょっと苦戦したこともあり
教育や研究をやりながら教授を助けるという部分もある
助産師はお産だけではないと思うので、4年の中で履修
ました。
ので、ほかの助手の先生方に教わりながら自分のやり方
するのは本当に大変ですが、逆に今はそれがいい思い出
を見つけていきたいなと思います。
になっているので、皆さん挫けずがんばって欲しいなと
丸山:私は、入ったところがNICUという授業でもあまり
扱っていない領域だったので、自分の中でも一からのス
江藤:いろんな先生方から聞くところによると、一期生は
タートという考えでいました。もちろん教科書などは
度々見直しましたが、すごくがむしゃらにやっていたと
随分と大切にされてようですね。
丸山:そうですね、何をやるにも先生方と一緒という機会
思います。
酒井:そうですね、4年間は悩める時期だと思うので、最
初身近な看護婦さんになりたいとかいう気持ちで来た人
思います。産科に移ってからは、助産の実習で出くわし
がすごく多かったように思います。サークルの合宿でも、
が多いような気もしますが、今年国家試験では保健師が
た場面がたくさんあったので、そのときを思い出しなが
顧問の先生だけではなくてみんなに声をかけて、大学全
悪かったということを聞きましたので、ぜひ全員が保健
らやっていました。あと実習記録を見返して、自分はあ
体で何かやることが多かったので、先生と学生のコミュ
師もって卒業出来たらなと思っています。せっかくの機
の時どんなアセスメントをしていたのかとかも参考にし
ニケーションは活発だったと思います。
会なので自分の目標を幅広く持つためにも100%で来年
ていました。本当に今でも実習記録は捨てられません!
江藤:80人しかいないといった中ではそうだったのかもし
保健師を持って卒業してもらえるとうれしいなと思いま
れませんね。80人だけというのは本当に閑散としてい
す。保健師をやってきて地区の人から、
「保健師さん」と
たでしょう?
声をかけてもらえることが私はすごくうれしかったので、
(全員笑)
見藤:後輩に対しては、注文などはありますか?
丸山:まだあまりかかわりがないので難しいですが、私た
ちの頃とは変わっているなというのはすごく感じます。
丸山:がっら∼ん!という感じでしたね。
酒井:当初からいらっしゃる先生方に「よく帰ってきたね」
見藤:何が変わってるの?
と迎えられたときには、すごく温かくなったというか、
丸山:たとえば携帯電話にしても、机の上に置いてあるの
とてもうれしかったですね。やはり大事にされていたの
が当たり前というか、音は出ないですけど。
でしょうか?
見藤:授業中に電話なんて、昔だったら考えられませんけ
跡上:見藤先生からは、何かお二方に対しての期待などは
どね。
ありますか?
丸山:私たちの頃は、ポケベル持っているのが半数くらい
見藤:私は入学したときにも一緒に大学を作っていきま
江藤:大学に戻るということで、同期の人たちの反応はど
うでしたか?
て、駒ヶ根にタダで泊まれる宿ができてよかったって
いってました(笑)。
んと作って欲しいと思うのね。事務局もなかなか忙しい
んながみんな持っていませんでした。集中できないです
あるいはこの大学を、教育を創造的に自分で工夫して
もあって。やはり、同窓会は同窓生が作るべきものだと
よね、授業に。そういうところでは変わったかなと思い
いって、ぜひ作っていって欲しいですね。そこで分から
思うので、帰ってきたお二人だけでは責任が重いけれど
ます。他にも勉強の仕方というか、決められた本がない
ないことなどに突き当たったときには、上の先生や他の
(笑)、いろいろな人を巻き込んでぜひやって欲しいと思
と調べられないといった学生がいて、驚きました。別の
先生でもいいし、私のところに来てくださってもいいし。
います。そろそろ10周年の準備をしなくてはいけない
本にも載ってると説明したのですが、たまたまでしょう
私は積極的に自分で道を切り開いていくというのが個人
のですが、まだ同窓会名簿もないからご案内もできない
かね。
的に好みなので、だから、そういうことをやはり皆さん
し、そういうところをお願いしたいと思いますね。
たのでしょうか?
いくということではないでしょうか。
江藤:では最後に、後輩に向けてのメッセージを伝えてい
〔4〕
めに、教職員・在学生・卒業生・後援会員等の皆様から
の原稿を募集します。内容は、
・近況報告:
学会参加報告、Conference Report、etc.
・自由投稿:
書評、本の紹介、写真、ミニエッセイ、etc.
見藤:宿ができたついでというか、私はぜひ同窓会をきち
し、名簿作りもなかなか引き受けてくれないということ
禁じてください」といわれました。はいていった子がい
学報はNewsletterとしての性格をより明確に出すた
学術・社会貢献のニュース、出版、学会活動、
丸山:みんな応援してくれています。私が来たことによっ
しょうとお話しました。自分が作っていくという意識で、
には期待していますね。そういう姿勢が大学を良くして
◆学報への投稿募集◆
ぜひそういう体験をする方が増えるといいなと思います。
であとはPHSがちょっとはやってきた頃だったので、み
酒井:実習依頼に行ったら「ミニスカートで来るのは堅く
左から、酒井助手、丸山助手。若いお二人の活躍を期待し
ます!
・お知らせ:
勉強会、読書会、グラブ活動、サークル、etc.
・読者のページ:
お便り、お知らせ、お勧め本、Notes & Queries
(簡単な疑問とそれに対する答え)
、etc.
などです。あまりプライベートな内容に陥ることのない
よう、しかし幅広いコミュニケーションの場にしたいと
思います。編集部にて、若干の分量・内容調整を行いま
江藤:たしかに、そうですね。第1期生の若いお二人に是非
頑張っていただきたいものです。今日は本当にいい鼎談
ができました。お忙しい中ありがとうございました。
〔5〕
すが、どしどしご投稿ください。随時受け付けます。次
回の学報は平成1
5年1月発行予定です。
な自信になりました。
見藤:私から見れば、今の学生もあなた方も全く変わらな
見藤:そこで洗礼を受けたということかしら?
いのですがね(笑)。そうですね、4、5年違うとやはり
酒井:そうですね、でも今教員の立場で見ると、先生たち
そういう風に感じるのかもしれませんね。
ただければと思います。
丸山:大学で4年かけて看護を学ぶというのは時間的な余
裕を持ちやすい環境なので、勉学はもちろんですが、い
は送り出す時いろいろ苦労してるんだなと、準備をやっ
丸山:すみません(笑)。
ろんな課外活動に取り組むことも必要だと思います。こ
ている中で助手の先生の気持ちが少しわかるような気が
跡上:これからの抱負などがあればお願いします。
こで得た友達ってみな同じようなところに就職していく
しています。私たちが訪問に行ったあとのフォローなど
丸山:多分私は今が一番悩んでいる時期だと思います。欲
ので、社会に出てからも相談しやすいです。実際社会に
も、地区担当の保健師さんたちがやってくれたのだと、
張りなところがあるので「あれもやってみたい、これも
出ると、教科書や先生の話とは違ったこともありますが、
今になってわかってくる部分もありました。
やってみたい」という思いが強いので、こんなに思い悩
つっぱねるのではなく、柔らかい頭のままでそれを感じ
むのかもしれません。今は視野を広げるために大学に来
取りながら現場を見て欲しいなと思います。臨床ではい
たというのがひとつあるので、学生とかかわりながら教
ろいろな出会いがあり、その出会いを通して成長してい
育や研究を学んで、将来自分がどういう方向に進むのか、
くと思います。これからの人はたくさんの夢に満ち溢れ
でも、
「そんな必要はない!」とか…。介護保険などもそ
教育にいくのか、臨床にいくのか考えながら仕事をしよ
ているので、前向きにがんばって欲しいと思います。
うですが、そこに繋げるまでが難しくて、ご家族とご本
うと思っています。
見藤:訪問して拒否されたり、コミュニケーションが難し
かったというような経験はありましたか?
酒井:ありました。こちらがよいと思ってやっていること
見藤:助産師をやってよかったですか?
人の考え方の違いもありましたし、農村という昔ながら
酒井:そうですね、私もこれというものはありませんが、
丸山:よかったです。私はお産の経験は少ないのですが、
の地域がらもあったので、ちょっと苦戦したこともあり
教育や研究をやりながら教授を助けるという部分もある
助産師はお産だけではないと思うので、4年の中で履修
ました。
ので、ほかの助手の先生方に教わりながら自分のやり方
するのは本当に大変ですが、逆に今はそれがいい思い出
を見つけていきたいなと思います。
になっているので、皆さん挫けずがんばって欲しいなと
丸山:私は、入ったところがNICUという授業でもあまり
扱っていない領域だったので、自分の中でも一からのス
江藤:いろんな先生方から聞くところによると、一期生は
タートという考えでいました。もちろん教科書などは
度々見直しましたが、すごくがむしゃらにやっていたと
随分と大切にされてようですね。
丸山:そうですね、何をやるにも先生方と一緒という機会
思います。
酒井:そうですね、4年間は悩める時期だと思うので、最
初身近な看護婦さんになりたいとかいう気持ちで来た人
思います。産科に移ってからは、助産の実習で出くわし
がすごく多かったように思います。サークルの合宿でも、
が多いような気もしますが、今年国家試験では保健師が
た場面がたくさんあったので、そのときを思い出しなが
顧問の先生だけではなくてみんなに声をかけて、大学全
悪かったということを聞きましたので、ぜひ全員が保健
らやっていました。あと実習記録を見返して、自分はあ
体で何かやることが多かったので、先生と学生のコミュ
師もって卒業出来たらなと思っています。せっかくの機
の時どんなアセスメントをしていたのかとかも参考にし
ニケーションは活発だったと思います。
会なので自分の目標を幅広く持つためにも100%で来年
ていました。本当に今でも実習記録は捨てられません!
江藤:80人しかいないといった中ではそうだったのかもし
保健師を持って卒業してもらえるとうれしいなと思いま
れませんね。80人だけというのは本当に閑散としてい
す。保健師をやってきて地区の人から、
「保健師さん」と
たでしょう?
声をかけてもらえることが私はすごくうれしかったので、
(全員笑)
見藤:後輩に対しては、注文などはありますか?
丸山:まだあまりかかわりがないので難しいですが、私た
ちの頃とは変わっているなというのはすごく感じます。
丸山:がっら∼ん!という感じでしたね。
酒井:当初からいらっしゃる先生方に「よく帰ってきたね」
見藤:何が変わってるの?
と迎えられたときには、すごく温かくなったというか、
丸山:たとえば携帯電話にしても、机の上に置いてあるの
とてもうれしかったですね。やはり大事にされていたの
が当たり前というか、音は出ないですけど。
でしょうか?
見藤:授業中に電話なんて、昔だったら考えられませんけ
跡上:見藤先生からは、何かお二方に対しての期待などは
どね。
ありますか?
丸山:私たちの頃は、ポケベル持っているのが半数くらい
見藤:私は入学したときにも一緒に大学を作っていきま
江藤:大学に戻るということで、同期の人たちの反応はど
うでしたか?
て、駒ヶ根にタダで泊まれる宿ができてよかったって
いってました(笑)。
んと作って欲しいと思うのね。事務局もなかなか忙しい
んながみんな持っていませんでした。集中できないです
あるいはこの大学を、教育を創造的に自分で工夫して
もあって。やはり、同窓会は同窓生が作るべきものだと
よね、授業に。そういうところでは変わったかなと思い
いって、ぜひ作っていって欲しいですね。そこで分から
思うので、帰ってきたお二人だけでは責任が重いけれど
ます。他にも勉強の仕方というか、決められた本がない
ないことなどに突き当たったときには、上の先生や他の
(笑)、いろいろな人を巻き込んでぜひやって欲しいと思
と調べられないといった学生がいて、驚きました。別の
先生でもいいし、私のところに来てくださってもいいし。
います。そろそろ10周年の準備をしなくてはいけない
本にも載ってると説明したのですが、たまたまでしょう
私は積極的に自分で道を切り開いていくというのが個人
のですが、まだ同窓会名簿もないからご案内もできない
かね。
的に好みなので、だから、そういうことをやはり皆さん
し、そういうところをお願いしたいと思いますね。
たのでしょうか?
いくということではないでしょうか。
江藤:では最後に、後輩に向けてのメッセージを伝えてい
〔4〕
めに、教職員・在学生・卒業生・後援会員等の皆様から
の原稿を募集します。内容は、
・近況報告:
学会参加報告、Conference Report、etc.
・自由投稿:
書評、本の紹介、写真、ミニエッセイ、etc.
見藤:宿ができたついでというか、私はぜひ同窓会をきち
し、名簿作りもなかなか引き受けてくれないということ
禁じてください」といわれました。はいていった子がい
学報はNewsletterとしての性格をより明確に出すた
学術・社会貢献のニュース、出版、学会活動、
丸山:みんな応援してくれています。私が来たことによっ
しょうとお話しました。自分が作っていくという意識で、
には期待していますね。そういう姿勢が大学を良くして
◆学報への投稿募集◆
ぜひそういう体験をする方が増えるといいなと思います。
であとはPHSがちょっとはやってきた頃だったので、み
酒井:実習依頼に行ったら「ミニスカートで来るのは堅く
左から、酒井助手、丸山助手。若いお二人の活躍を期待し
ます!
・お知らせ:
勉強会、読書会、グラブ活動、サークル、etc.
・読者のページ:
お便り、お知らせ、お勧め本、Notes & Queries
(簡単な疑問とそれに対する答え)
、etc.
などです。あまりプライベートな内容に陥ることのない
よう、しかし幅広いコミュニケーションの場にしたいと
思います。編集部にて、若干の分量・内容調整を行いま
江藤:たしかに、そうですね。第1期生の若いお二人に是非
頑張っていただきたいものです。今日は本当にいい鼎談
ができました。お忙しい中ありがとうございました。
〔5〕
すが、どしどしご投稿ください。随時受け付けます。次
回の学報は平成1
5年1月発行予定です。
●●●●●
●●●●●
新
新任教職員自己紹介 心理学講座講師 志村ゆず
4月から、石川利江先生の後を私が引き継いで、心理学関
をみたときは、最初は私もドキドキして、でもその赤ちゃんが大き
ので、学生の皆さんにとって温かさと勇気を“かもしだす”いい∼
くなって退院するときはちょっとうるっとしながら………、そんな中
“だし”
の教員でありたいと思います。
皆さん今後ともよろしくお願い致します。
アルプスに囲まれた美しい大学で、図書館の前で目を閉じると
老年看護学講座助手 新實夕香理
川のせせらぎのような音がします。自然に見守られ、こころなごむ
はじめまして、こんにちは。
4月から老年看護学講座へ入りまし
環境が大学のそこかしこにありますね。
特に冬至の頃に柚子湯に入ることが多いと思います。
なぜ、こ
て前進していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
方事務所税務課に勤務していました。厳しい県民の皆様と直接
ばマイペース?)ことが多く、かなり抜けている部分が多い私です
関わる仕事で毎日緊張の連続でした。
この職場へ赴任する前の
が、みなさんと一緒に頑張っていきたいと思います。
どうぞよろしく
看護大学のイメージは、きれいで立派な施設で学校というのも普
お願いいたします。
段の生活と違うのがいいなあというものでしたが、実際勤務する
ようになって自分の甘さに打ちひしがれ、今までと違う緊張感に
地域看護学講座助手 酒井久美子
やせ細る(?)毎日です。
一応2人の息子の母です。産んだという
さわやかな初夏の季節になりました。毎晩、合唱のようなカエ
事実だけで資格なしで親になってしまった自分に迷う毎日です。
ルの鳴き声が聞こえてきます。生まれ育った伊那に帰ってきた
まだわからないことも多くご迷惑をおかけすることと思いますが
さて、私が教員になって初めて出会ったお年寄りから頂いた言
なぁと実感し、母校に戻ってきたことを嬉しく思います。
お世話に
柔軟に生きていくという語呂合わせからのようです。
中国では、黄
葉を皆さんに紹介したいと思います。
「季節の春は自然にめぐって
なった先生方にお会いすると私も学生の気持ちになってしまいま
色は邪を払うという言い伝えがあります。
くるが、人生の春は努力で招くものだ」です。
素晴らしい言葉だと
す。
不透明です。冬至の柚子湯のように、看護にかぐわしい香りづけ
思いませんか? 彼はリハビリ病棟に入院し、在宅へ帰るべく毎
日歩行訓練に取り組んでいた人です。
事務局総務課 金田朗子
4月から事務局総務課へ勤務しています。以前は上伊那地
の季節かというと、冬至は「湯治」、ユズを融通とかけて、健康に
2
1世紀は、価値観の多様化がますます進行しながら世情が
に努めてまいります。
本人はそんなつもりはないのですが、ボーっとしている
(よくいえ
長野は自然が多く、教育・研究には抜群の環境であると聴い
ております。四季の移り変わりを楽しみながら自分の目標に向かっ
見藤学長、教職員、そして学生の皆さんと共に良い大学作り
で看護をしていました。
た新實夕香理です。
ユズは、中身はあまりなくて食べることはあまりしませんが、香りが
高いゆえに重宝されることが多い果実です。
いっしょにいました。手のひらに隠れてしまいそうな小さな赤ちゃん
が大好きで、臨床看護師から基礎教育の道に入りました……
連の講義を担当することになりました。長野県看護大学は東西を
「ゆず」という名前は珍しいと思われる方が多いかと思います。
私は小児の中でも、さらに小さい生まれたばかりの赤ちゃんと
よろしくお願いします。
事務局教務課 金田成実
この4月から、看護大学事務局へ勤務することになりました金
この大学の先生方はそれぞれ多趣味で驚かされます。
なかな
か私は誇れるものがないのですが、高校生から始めたマンドリン
田
(かなだ)
です。前任地は、飯田建設事務所工事事務係で、
ができれば、新世紀に必要なこころと体の看護援助に役立つこと
4年におよぶ看護の学びはとても深く、楽しいこと、辛いこと
は、演奏する方が少ないので生で聞きたい方は是非助手室に来
公共事業の入札・契約・支払い関係の事務をしていました。
教務
と思っています。
カウンセリング論や臨床心理学では、看護援助
様々な場面に出会うと思います。
そして同じ目標に向かって学ぶ
てください。
しかし最近、マンドリンは押し入れで埃をかぶっていま
課の仕事は、自分が今までやってきたこととまったく違ったもので、
で大切なこころの理解とコミュニケーションを育て、一方で、現場
友人は一生を通しての友になります。
どうぞ多くの友人を作り、い
すので、少し練習しないといけないなぁと多趣味の先生方に刺激
大変戸惑っているところですが、皆さんに教えていただきながら
での諸問題が自分で少しでも解決ができるようなセルフヘルプ
ろんな体験をし、充実した毎日を送って下さい。
されています。
進めていきたいと思います。又、パソコン操作も未熟であり、早く
教育職は、今までの看護職としての活動と違い、想像以上に
が展開できればと思います。
よろしくお願いいたします。
母性看護学講座助手 丸山洋子
生活援助学講座助手 中嶋尚子
はじめまして、母性看護学講座助手の丸山洋子(ひろこ)
です。
覚えていきたいので、よろしくお願いします。
とにかくこの職場環境に早く慣れて頑張っていきたいと思いま
難しく、日々ドキドキしながら実習をしています。現場の保健師か
ら刺激されたり、学生と一緒に学びを深めていきたいです。
まだま
す。
皆さん始めまして。
このたび生活援助学講座の助手になりまし
名前の読み方は必ず間違えられるので、あえてカナも書いてみま
だ、スタート地点に立ったばかりですので看護職になりたいと思っ
た◆中嶋尚子(なかじまなおこ)
◆と申します。
出身は千葉県、そ
した。
出身は長野市です。
高校を卒業してから実家からは離れて
た頃の気持ちでやっていきたいです。皆さんから気軽に声をかけ
れも実家は東京まで30分圏内にあって、いわゆる“千葉都民”と
いますが、長野県からは脱出したことがなく、県内を転々としてま
ていただける存在に慣れたらいいなと思います。
いつでも待ってい
以前は長野市にある県立長野図書館に勤務していました。
公
いわれる人種です。
それゆえ、時々都会が恋しくなり、長期休み
す。
かつてはこの大学で学生としてお世話になり、今回縁あって
ますので助手室に顔を見に来てください。
少しでも相談に乗れた
共図書館だったので、利用する人は子どもからお年寄りまで幅
はまとめて都会をぶらぶらし、給料の大半を使い果たしてくるとい
再びお世話になることになりました。
駒ヶ根での生活は2度目に
らと思います。
広く、利用の目的も趣味の読書から、仕事上での調べ物など
う始末です。
なりますが、駒ヶ根もずいぶん変わりましたね。
新しいお店でいい
大学付属図書館司書 林 千夏
様々で、そんな多種多様な要求に応えるべく毎日せっせと働い
事務局長 香坂守義
ていました。
そんな私がなぜ長野県に来たかというと、ひとえに!大いなる勉
ところがありましたら教えてください。
私が学生の頃は学内の廊下
学心からであります。
看護倫理を文化的視点から学びたく、当大
を歩く人の数や食堂を利用する人の数がまばらでしたが、今はと
看護大学に赴任してから3ヵ月目に入りました。4月に来た時、
ここは大学図書館ということで、これまでとはまた違った視点で
学院修士課程に入学しました。
それが縁でそのまま就職してし
てもにぎやかなのでこれが大学の姿かな???”と感じています。
開
大学周辺は風が強く、木々も寒々としていました。
日々暖かくなり、
図書館に携わることになり、毎日新しく学ぶことばかりです。利用
まった次第です。
学当初の秘話を数多く持ってますので、知りたければ遠慮せず
チューリップ、芝桜、あやめが咲き、今は、さつきが満開です。欅
する皆さんの姿からも沢山の刺激を受けています。
機能的で充実
に聞きに来てください。
やハルニレも緑になり、豊かな自然に恵まれた看護大学です。
した図書館を目指して頑張っていきたいと思います。
趣味……うーん……趣味という趣味はないのですが、昔から
趣味は何かと聞かれれば、だいぶ前から
「読書」
と
「スポーツ」
本は子どものころからよく読んでいましたが、人がいて本がある
漫画とアニメーション大好き人間です。
特に1
970年代から80年代
今は実習の中で学生の皆さんの新鮮な反応を見て、自分が
のものにまあまあ詳しく、ちなみにパソコンの壁紙はルパン世
忘れてしまっていた何かに気付かされています。
皆さんと一緒に
と答えています。
図書館は私の本棚です。実用書が中心で、最
図書館という場所が昔から好きでした。
旅先でも時間を見つけて
です。
この時代のアニメソングはたいていカラオケで歌えます。
楽しく学んで、自分も成長できたらいいと思っていますのでよろし
近は小説を読んでいません。
暫くは、看護、大学、痴呆(扶養家
はその土地の図書館を訪れます。
また、
『ベルサイユのばら』のオスカルにあこがれてベルサイ
くお願いします。
族に痴呆性老人がいます)関係の読書が続くでしょう。以前は、
ユ宮殿に出かけるなど、漫画やアニメーションに関連した所に旅
小児看護学講座助手 青木真輝
行するのも大好きです。
大学というアカデミックなところで、漫画
4月から小児看護学講座の助手になった青木です。出身は松
もアニメもないもんだ……という感じですが、私の研究室を一度
お訪ねください。
キャラクターものがそろっております。
このような万年★夢見る夢子ちゃん★ですが、何より学生さん
ゴルフをやりましたが、今は、歩くことです。散歩、ウォーキングで
賞と散策。
それとキャンプや花見や屋台(?)などの青空、夜空の
はなく、徒歩通勤、裏山山菜キノコ採りです。
単身赴任で、食事
下戸外で飲食するのが好きです。
よろしくお願いします。
は自炊です。3年前、諏訪で実習済ですので苦になりません。
本で、大学時代をのぞけばひたすら長野県民、駒ヶ根には2年
得意料理は?と聞かないで下さい。餌と言ったほうがいいのですか
前の院生時代からお世話になっています。
ら。
〔6〕
出身は駒ヶ根市です。趣味は映画・音楽・伝統芸能 etc. 鑑
〔7〕
●●●●●
●●●●●
新
新任教職員自己紹介 心理学講座講師 志村ゆず
4月から、石川利江先生の後を私が引き継いで、心理学関
をみたときは、最初は私もドキドキして、でもその赤ちゃんが大き
ので、学生の皆さんにとって温かさと勇気を“かもしだす”いい∼
くなって退院するときはちょっとうるっとしながら………、そんな中
“だし”
の教員でありたいと思います。
皆さん今後ともよろしくお願い致します。
アルプスに囲まれた美しい大学で、図書館の前で目を閉じると
老年看護学講座助手 新實夕香理
川のせせらぎのような音がします。自然に見守られ、こころなごむ
はじめまして、こんにちは。
4月から老年看護学講座へ入りまし
環境が大学のそこかしこにありますね。
特に冬至の頃に柚子湯に入ることが多いと思います。
なぜ、こ
て前進していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
方事務所税務課に勤務していました。厳しい県民の皆様と直接
ばマイペース?)ことが多く、かなり抜けている部分が多い私です
関わる仕事で毎日緊張の連続でした。
この職場へ赴任する前の
が、みなさんと一緒に頑張っていきたいと思います。
どうぞよろしく
看護大学のイメージは、きれいで立派な施設で学校というのも普
お願いいたします。
段の生活と違うのがいいなあというものでしたが、実際勤務する
ようになって自分の甘さに打ちひしがれ、今までと違う緊張感に
地域看護学講座助手 酒井久美子
やせ細る(?)毎日です。
一応2人の息子の母です。産んだという
さわやかな初夏の季節になりました。毎晩、合唱のようなカエ
事実だけで資格なしで親になってしまった自分に迷う毎日です。
ルの鳴き声が聞こえてきます。生まれ育った伊那に帰ってきた
まだわからないことも多くご迷惑をおかけすることと思いますが
さて、私が教員になって初めて出会ったお年寄りから頂いた言
なぁと実感し、母校に戻ってきたことを嬉しく思います。
お世話に
柔軟に生きていくという語呂合わせからのようです。
中国では、黄
葉を皆さんに紹介したいと思います。
「季節の春は自然にめぐって
なった先生方にお会いすると私も学生の気持ちになってしまいま
色は邪を払うという言い伝えがあります。
くるが、人生の春は努力で招くものだ」です。
素晴らしい言葉だと
す。
不透明です。冬至の柚子湯のように、看護にかぐわしい香りづけ
思いませんか? 彼はリハビリ病棟に入院し、在宅へ帰るべく毎
日歩行訓練に取り組んでいた人です。
事務局総務課 金田朗子
4月から事務局総務課へ勤務しています。以前は上伊那地
の季節かというと、冬至は「湯治」、ユズを融通とかけて、健康に
2
1世紀は、価値観の多様化がますます進行しながら世情が
に努めてまいります。
本人はそんなつもりはないのですが、ボーっとしている
(よくいえ
長野は自然が多く、教育・研究には抜群の環境であると聴い
ております。四季の移り変わりを楽しみながら自分の目標に向かっ
見藤学長、教職員、そして学生の皆さんと共に良い大学作り
で看護をしていました。
た新實夕香理です。
ユズは、中身はあまりなくて食べることはあまりしませんが、香りが
高いゆえに重宝されることが多い果実です。
いっしょにいました。手のひらに隠れてしまいそうな小さな赤ちゃん
が大好きで、臨床看護師から基礎教育の道に入りました……
連の講義を担当することになりました。長野県看護大学は東西を
「ゆず」という名前は珍しいと思われる方が多いかと思います。
私は小児の中でも、さらに小さい生まれたばかりの赤ちゃんと
よろしくお願いします。
事務局教務課 金田成実
この4月から、看護大学事務局へ勤務することになりました金
この大学の先生方はそれぞれ多趣味で驚かされます。
なかな
か私は誇れるものがないのですが、高校生から始めたマンドリン
田
(かなだ)
です。前任地は、飯田建設事務所工事事務係で、
ができれば、新世紀に必要なこころと体の看護援助に役立つこと
4年におよぶ看護の学びはとても深く、楽しいこと、辛いこと
は、演奏する方が少ないので生で聞きたい方は是非助手室に来
公共事業の入札・契約・支払い関係の事務をしていました。
教務
と思っています。
カウンセリング論や臨床心理学では、看護援助
様々な場面に出会うと思います。
そして同じ目標に向かって学ぶ
てください。
しかし最近、マンドリンは押し入れで埃をかぶっていま
課の仕事は、自分が今までやってきたこととまったく違ったもので、
で大切なこころの理解とコミュニケーションを育て、一方で、現場
友人は一生を通しての友になります。
どうぞ多くの友人を作り、い
すので、少し練習しないといけないなぁと多趣味の先生方に刺激
大変戸惑っているところですが、皆さんに教えていただきながら
での諸問題が自分で少しでも解決ができるようなセルフヘルプ
ろんな体験をし、充実した毎日を送って下さい。
されています。
進めていきたいと思います。又、パソコン操作も未熟であり、早く
教育職は、今までの看護職としての活動と違い、想像以上に
が展開できればと思います。
よろしくお願いいたします。
母性看護学講座助手 丸山洋子
生活援助学講座助手 中嶋尚子
はじめまして、母性看護学講座助手の丸山洋子(ひろこ)
です。
覚えていきたいので、よろしくお願いします。
とにかくこの職場環境に早く慣れて頑張っていきたいと思いま
難しく、日々ドキドキしながら実習をしています。現場の保健師か
ら刺激されたり、学生と一緒に学びを深めていきたいです。
まだま
す。
皆さん始めまして。
このたび生活援助学講座の助手になりまし
名前の読み方は必ず間違えられるので、あえてカナも書いてみま
だ、スタート地点に立ったばかりですので看護職になりたいと思っ
た◆中嶋尚子(なかじまなおこ)
◆と申します。
出身は千葉県、そ
した。
出身は長野市です。
高校を卒業してから実家からは離れて
た頃の気持ちでやっていきたいです。皆さんから気軽に声をかけ
れも実家は東京まで30分圏内にあって、いわゆる“千葉都民”と
いますが、長野県からは脱出したことがなく、県内を転々としてま
ていただける存在に慣れたらいいなと思います。
いつでも待ってい
以前は長野市にある県立長野図書館に勤務していました。
公
いわれる人種です。
それゆえ、時々都会が恋しくなり、長期休み
す。
かつてはこの大学で学生としてお世話になり、今回縁あって
ますので助手室に顔を見に来てください。
少しでも相談に乗れた
共図書館だったので、利用する人は子どもからお年寄りまで幅
はまとめて都会をぶらぶらし、給料の大半を使い果たしてくるとい
再びお世話になることになりました。
駒ヶ根での生活は2度目に
らと思います。
広く、利用の目的も趣味の読書から、仕事上での調べ物など
う始末です。
なりますが、駒ヶ根もずいぶん変わりましたね。
新しいお店でいい
大学付属図書館司書 林 千夏
様々で、そんな多種多様な要求に応えるべく毎日せっせと働い
事務局長 香坂守義
ていました。
そんな私がなぜ長野県に来たかというと、ひとえに!大いなる勉
ところがありましたら教えてください。
私が学生の頃は学内の廊下
学心からであります。
看護倫理を文化的視点から学びたく、当大
を歩く人の数や食堂を利用する人の数がまばらでしたが、今はと
看護大学に赴任してから3ヵ月目に入りました。4月に来た時、
ここは大学図書館ということで、これまでとはまた違った視点で
学院修士課程に入学しました。
それが縁でそのまま就職してし
てもにぎやかなのでこれが大学の姿かな???”と感じています。
開
大学周辺は風が強く、木々も寒々としていました。
日々暖かくなり、
図書館に携わることになり、毎日新しく学ぶことばかりです。利用
まった次第です。
学当初の秘話を数多く持ってますので、知りたければ遠慮せず
チューリップ、芝桜、あやめが咲き、今は、さつきが満開です。欅
する皆さんの姿からも沢山の刺激を受けています。
機能的で充実
に聞きに来てください。
やハルニレも緑になり、豊かな自然に恵まれた看護大学です。
した図書館を目指して頑張っていきたいと思います。
趣味……うーん……趣味という趣味はないのですが、昔から
趣味は何かと聞かれれば、だいぶ前から
「読書」
と
「スポーツ」
本は子どものころからよく読んでいましたが、人がいて本がある
漫画とアニメーション大好き人間です。
特に1
970年代から80年代
今は実習の中で学生の皆さんの新鮮な反応を見て、自分が
のものにまあまあ詳しく、ちなみにパソコンの壁紙はルパン世
忘れてしまっていた何かに気付かされています。
皆さんと一緒に
と答えています。
図書館は私の本棚です。実用書が中心で、最
図書館という場所が昔から好きでした。
旅先でも時間を見つけて
です。
この時代のアニメソングはたいていカラオケで歌えます。
楽しく学んで、自分も成長できたらいいと思っていますのでよろし
近は小説を読んでいません。
暫くは、看護、大学、痴呆(扶養家
はその土地の図書館を訪れます。
また、
『ベルサイユのばら』のオスカルにあこがれてベルサイ
くお願いします。
族に痴呆性老人がいます)関係の読書が続くでしょう。以前は、
ユ宮殿に出かけるなど、漫画やアニメーションに関連した所に旅
小児看護学講座助手 青木真輝
行するのも大好きです。
大学というアカデミックなところで、漫画
4月から小児看護学講座の助手になった青木です。出身は松
もアニメもないもんだ……という感じですが、私の研究室を一度
お訪ねください。
キャラクターものがそろっております。
このような万年★夢見る夢子ちゃん★ですが、何より学生さん
ゴルフをやりましたが、今は、歩くことです。散歩、ウォーキングで
賞と散策。
それとキャンプや花見や屋台(?)などの青空、夜空の
はなく、徒歩通勤、裏山山菜キノコ採りです。
単身赴任で、食事
下戸外で飲食するのが好きです。
よろしくお願いします。
は自炊です。3年前、諏訪で実習済ですので苦になりません。
本で、大学時代をのぞけばひたすら長野県民、駒ヶ根には2年
得意料理は?と聞かないで下さい。餌と言ったほうがいいのですか
前の院生時代からお世話になっています。
ら。
〔6〕
出身は駒ヶ根市です。趣味は映画・音楽・伝統芸能 etc. 鑑
〔7〕
その内容は①看護学生同士の出会いの場、交流の場を設ける。
日本看護学生会の会長として
②看護学生がメーリングリスト、集会、交流会などを通して看
(報告)
ないか?」、「あるブラジル人女性が仕事場で手のひらの腱を切
り、手術によってつなげたが術後に異常を感じた。他の病院を
上伊那地域の
「外国籍県民集会」
に参加して
受診したところ、手術の失敗を指摘され再手術した。元の病院
護について語り合い、支えあう。
③様々な教育機関で看護を学
「外国籍の皆さんが抱える問題などについて田中知事と語り
長野県看護大学3年
ぶ学生の相互理解を深める。④学校間の教育の現状を認識す
ませんか!」
というキャッチフレーズのもと、去る5月26日(日)に
に訴えたがミスを否定され、誠実な対応をしてもらえなかった。
柿 沼 佑 果
ることで看護教育について考え、投げかける。⑤看護学生とし
伊那市の商工会館で、長野県と長野県国際交流推進協会主
その女性はブラジルに帰国しリハビリを続けている」、
「虫垂炎
ての意見をまとめ、国際的な場で日本の看護学生の統合した
催の「外国籍県民集会」が開催されました。同様の会が既に上
の手術後、縫合不全を起こした。
日本の病院では治してもらえ
意見を主張する。⑥看護学生としての権利、義務について考え、
田市でも持たれ、今後は諏訪や佐久方面でも予定されている
ずブラジルに帰国して治療した」などなど、医療サービスに関
Nursing Students’Association :
共通の認識をもち、学生の立場を明確にする。⑦看護学生の視
との事で、県の外国籍県民に対する公的サービスの向上に関
して辛い経験を持っている声が続々と挙げられました。
この様な
JNSA)は、2001年8月21日に長野県
点で社会情勢をとらえ、学生の声を社会に発信する。
⑧あらゆ
心が高まっている様子です。
事は、日本人でも経験しないわけではありません。
しかし、「言
看護大学にて7大学・23名の看護学生によって設立された、看
る人に看護についてもっと理解してもらう、など8点です。
本校
ところで、私たちの住む長野県には外国籍の方々が何人住
葉が出来ないから、外国人だから」
こそ、不信感が強まります。
護学生の集まりです。
からは13名が出席し大変学びになりました。
(第2回日本看護学
んでいるかご存知ですか?現在県下には約4万人の外国籍の
保険加入問題:
「収入が一定でないので、国民健康保険料
生会会議→神戸大会)
方々が住んでおり、その約半数がブラジル、次に多いのが中国
を支払うのが困難」というブラジルの人たち。
この相互扶助とい
日 本 看 護 学 生 会(Japanese
この日 本 看 護 学 生 会 立ち上げのきっかけとなったのは、
2001年6月にデンマークにて開催されたICN(International
活動の中心はメーリングリスト上の意見・情報交換で、テー
から来られた方々です。外国籍県民の数は全人口の2%にあた
うシステムはブラジルでは一般的でなく、医療サービスを使っ
Council of Nurses)大会でした。
ICN大会ではICN学生大会
マ別に話し合いを行っています。その内容は「カリキュラムの違
り、約50人に1人が外国籍の方ということになります。
最近は不
ても使わなくても支払い続けるという感覚は「損」と感じられる
も開催され、多くの国の看護学生が自国の看護について発表
い」
「看護の主体性」
「看護学生の権利と義務」
「看護の道を選
況の影響で少し人口が減ったようですが、皆さんも時々アクセ
様です。
しました。日本からは本学の前島琴子さんと、日本赤十字看護
んだ理由」などです。
また会員の有志で交流会を開催し、全国
ス通りのお店でブラジル人らしい人を見かけることと思います。
大学の木村愛さんが日本を代表して発表しました。
看護学生と交流の場を設けています。
今年の8月20日から3日
さて、この集会には上伊那地域の各地から約120名の人が参
いないことが最近の県の調査でわかりました。
「言葉がわからず、
ICN学生大会で日本の出席者は海外の学生から多くの刺激
間本学において、日本看護学生会の執行部と本学の運営委員
加しました。大体の内訳は日本人(45%)
、ブラジル人(25−
ついてゆけない」
、「いじめられる」という理由が圧倒的です。
を受けました。海外には看護学生組織を確立している国があり、
が中心となり夏大会を開催します。講演会・交流会・分科会を
30%)、中国人(20%)、その他フィリピン、北米・ヨーロッパ・
自国の看護について見解が統一されており、自国の看護学生
設け、会員に限らずより多くの看護学生が参加できる大会にし
オセアニア地域からの参加者さらにトルコ系クルド人の難民申
の意見が反映されたまとまりのある発表でした。日本の代表者2
たいと思っています。
請中の方などでした。
名の発表も素晴らしく日本看護学生としても学びになりました。
私は第一回長野大会から2002年3月まで広報・学校代表と
学校教育問題:外国籍の子どもの4人に1人が学校へ行って
「
『いじめ』
に関して学校側が適切な対応をしてくれない」
との訴
えも多く聞かれました。
就労問題:
「日本語(特に漢字)が読めないので、ハローワー
会では共通言語に従って5つのグループに分かれ、医療、
クを利用できず、就労の機会が制限される」
しかし、国際舞台で日本の看護学生の見解を述べるには、発
して、2002年4月からは会長として会に携わっています。学内
教育、仕事など6つのテーマにそって「外国籍住民が現在困っ
他の住民との摩擦:
「出し主不明で間違った出し方をしてい
表者も含め日本の看護学生同士が自分たちの意識や看護の
では昨年10月に「リエゾンサークル」を設立させ、学年を超え
ていること」を話し合い、後に田中知事の前でグループ代表者
るごみは、すべてブラジル人のせいにされてしまう」
(筆者も外
現状について余りに知らないことを痛感しました。日本の看護学
た意見・情報交換、学内外の看護学生と交流を深め看護につ
が報告をしました。以下出された問題を、紙面の都合上「健康
国に住んでいた時、同じ事を経験しました!)
生の私達は「このままではいけないのではないか?わが国にも看
いて考えるため、週に1度話し合いを行っています。
リエゾンサ
と医療問題」
を中心にお伝えします。
護学生組織が必要なのではないか?」
という気持ちに駆られまし
ークルが学内学生間のつなぎ役、また長野県看護大学と日本
た。そして現地にてJNA(日本看護協会)による援助を受け、
看護学生会のつなぎ役となり、より多くの学生に日本看護学生
やっぱり辞書などを使って対応して欲しい」、「できれば通訳を
足、高校進学、運転免許制度などについて具体的な対策や調
日本から参加した学生およそ30名が主体となって日本看護学
会の必要性を感じて欲しいと思っています。
また4月にはリエゾ
手配して欲しい」という声が聞かれました。県では、『外国籍県
査を開始する事を約束されました。
生会議を開き、主に看護学生組織の必要性について話し合い
ンサークルメンバーで学内学生を対象に意識調査を行い、学
民くらしのサポーター』という通訳が出来る人を雇っています。
ました。その結果日本の看護学生組織を立ち上げるべく、
「日
生の現状や看護に対する思いを形にできる機会となりました。
しかし、この情報は病院スタッフや外国籍の方々には十分行き
生の時代」がやってきたのだなあと思いました。集会の名称「外
渡っていない様子。
国籍県民」も、国籍は異なるけれど、県民として同じ権利と責
本 看 護 学 生 協 会 準 備 会(Japanese Nursing Students’
私も本校に在学3年目となり、多方面から看護を学ぶことが
他にも多数、特に教育に関して問題提起が多くありました。
言葉の壁:
「ゆっくり話してくれる医師や看護師もいるけど、
田中知事は外国籍住民の方々の陳情に対し、特に通訳者の充
この会に出席して、日本も地方にいてもいよいよ「異文化共
Association Preparation Meeting:JNSAPM)」
(通称:準
できたと共に看護の広さ・深さを日々感じます。
「人間の全体を
治療方針の違い:
「日本の医者は
『強い薬』
を出さない。
『穏や
備会)を立ち上げることになりました。そしてホームページ上で
見る」
、その看護の大切さを日本看護学生会の会長となったこ
かな効き目』の薬を処方するので、治療に時間とお金がかか
意見交換をし、日本で会うことを約束し帰国しました。
とでより一層実感します。看護を目指す理由も人それぞれで、
る」という声がありました。
『強い薬』とはいったい何をさすのでし
「『いじめ』はブラジルでもありますが、日本とは比較にならない
2001年8月に ICN参加メンバーを中心に看護学生会を必要
感じ方も人によって違います。今まではそれがどう違うのかも知
ょうか?これは薬の違いかもしれませんが、文化的な感覚の違
ほど少ない。
ブラジルでは
『個人個人の違いを尊重する教育』
を
とするメンバー23名が本校に集まり、会に対する共通の思いを
らないまま「人それぞれ」と思っていました。
しかし意見交換を
い、あるいは医師- 患者関係の違いかもしれません。
していますが、日本の学校ではどうなんでしょう?」という発言
深めた結果、日本看護学生会を立ち上げました。会議では初
通してその違いを知れば知るほど、看護を学ぶ私たちの想い
診療拒否:
「子どもが発熱で夜間受診をしたが、外国人とい
です。
様々な人種を抱え共存を模索するブラジルと、少数民族
代役員、スローガン「明日の看護へみんなの声を」、会の目的
は共通しているのではないかと感じます。
未来の看護を担う看
うことで診療拒否された」「妊婦で体重増加の著しいブラジル
を同化させ単一民族国家を主張してきた日本社会の姿勢の違
等を決定し、看護学生を対象としてメーリングリストにて活動を
護学生としてそれぞれが自己を見つめなおし、看護について
人女性が3つの病院で分娩予約拒否をされ、仕方なくブラジ
いを指摘された思いがしました。
日本国民の一人一人が「心の
行うことになりました。
(第1回日本看護学生会会議→長野大
深めていき、学生の思いを社会に発信できるような会にしたい
ルに帰国して出産した」
。
医療者側の言い分はわかりませんが、
鎖国」を解く必要を迫られています。長野県が目指す外国籍県
会)
と考えています。
外国で診療拒否をされることほど不安なことはありません。
民の方に対するサービスの充実も、県民である私たち個々人の
そして2002年3月、全国から集まった54名で日本看護学生
会の運営に関する総会を神戸市看護大学にて開催しました。
こ
JNSAに興味のある方は、JNSA Homepageにアクセスし
てください。
れからの活動方針を論議し、具体的な活動内容を深めました。
〔8〕
http://www.geocities.co.jp/Beautycare/9686/index.htm
医療不信:
「あるブラジル人の男性(一家の稼ぎ主)が入院
任を担う同志であるという意識を伺わせます。
グループ討議で
あるブラジル人女性が投げかけた疑問がとても印象的でした。
誠実な対応があってこそ実現するのだと思わされました。
中の医療ミスで植物状態になった。
病院側は医療ミスの隠蔽を
最後になりましたが、『外国籍県民くらしのサポーター』にア
図った。言葉が出来ないからいいかげんに扱われているのでは
クセスする電話番号を記します。
もし皆さんが実習先等でコミ
〔9〕
その内容は①看護学生同士の出会いの場、交流の場を設ける。
日本看護学生会の会長として
②看護学生がメーリングリスト、集会、交流会などを通して看
(報告)
ないか?」、「あるブラジル人女性が仕事場で手のひらの腱を切
り、手術によってつなげたが術後に異常を感じた。他の病院を
上伊那地域の
「外国籍県民集会」
に参加して
受診したところ、手術の失敗を指摘され再手術した。元の病院
護について語り合い、支えあう。
③様々な教育機関で看護を学
「外国籍の皆さんが抱える問題などについて田中知事と語り
長野県看護大学3年
ぶ学生の相互理解を深める。④学校間の教育の現状を認識す
ませんか!」
というキャッチフレーズのもと、去る5月26日(日)に
に訴えたがミスを否定され、誠実な対応をしてもらえなかった。
柿 沼 佑 果
ることで看護教育について考え、投げかける。⑤看護学生とし
伊那市の商工会館で、長野県と長野県国際交流推進協会主
その女性はブラジルに帰国しリハビリを続けている」、
「虫垂炎
ての意見をまとめ、国際的な場で日本の看護学生の統合した
催の「外国籍県民集会」が開催されました。同様の会が既に上
の手術後、縫合不全を起こした。
日本の病院では治してもらえ
意見を主張する。⑥看護学生としての権利、義務について考え、
田市でも持たれ、今後は諏訪や佐久方面でも予定されている
ずブラジルに帰国して治療した」などなど、医療サービスに関
Nursing Students’Association :
共通の認識をもち、学生の立場を明確にする。⑦看護学生の視
との事で、県の外国籍県民に対する公的サービスの向上に関
して辛い経験を持っている声が続々と挙げられました。
この様な
JNSA)は、2001年8月21日に長野県
点で社会情勢をとらえ、学生の声を社会に発信する。
⑧あらゆ
心が高まっている様子です。
事は、日本人でも経験しないわけではありません。
しかし、「言
看護大学にて7大学・23名の看護学生によって設立された、看
る人に看護についてもっと理解してもらう、など8点です。
本校
ところで、私たちの住む長野県には外国籍の方々が何人住
葉が出来ないから、外国人だから」
こそ、不信感が強まります。
護学生の集まりです。
からは13名が出席し大変学びになりました。
(第2回日本看護学
んでいるかご存知ですか?現在県下には約4万人の外国籍の
保険加入問題:
「収入が一定でないので、国民健康保険料
生会会議→神戸大会)
方々が住んでおり、その約半数がブラジル、次に多いのが中国
を支払うのが困難」というブラジルの人たち。
この相互扶助とい
日 本 看 護 学 生 会(Japanese
この日 本 看 護 学 生 会 立ち上げのきっかけとなったのは、
2001年6月にデンマークにて開催されたICN(International
活動の中心はメーリングリスト上の意見・情報交換で、テー
から来られた方々です。外国籍県民の数は全人口の2%にあた
うシステムはブラジルでは一般的でなく、医療サービスを使っ
Council of Nurses)大会でした。
ICN大会ではICN学生大会
マ別に話し合いを行っています。その内容は「カリキュラムの違
り、約50人に1人が外国籍の方ということになります。
最近は不
ても使わなくても支払い続けるという感覚は「損」と感じられる
も開催され、多くの国の看護学生が自国の看護について発表
い」
「看護の主体性」
「看護学生の権利と義務」
「看護の道を選
況の影響で少し人口が減ったようですが、皆さんも時々アクセ
様です。
しました。日本からは本学の前島琴子さんと、日本赤十字看護
んだ理由」などです。
また会員の有志で交流会を開催し、全国
ス通りのお店でブラジル人らしい人を見かけることと思います。
大学の木村愛さんが日本を代表して発表しました。
看護学生と交流の場を設けています。
今年の8月20日から3日
さて、この集会には上伊那地域の各地から約120名の人が参
いないことが最近の県の調査でわかりました。
「言葉がわからず、
ICN学生大会で日本の出席者は海外の学生から多くの刺激
間本学において、日本看護学生会の執行部と本学の運営委員
加しました。大体の内訳は日本人(45%)
、ブラジル人(25−
ついてゆけない」
、「いじめられる」という理由が圧倒的です。
を受けました。海外には看護学生組織を確立している国があり、
が中心となり夏大会を開催します。講演会・交流会・分科会を
30%)、中国人(20%)、その他フィリピン、北米・ヨーロッパ・
自国の看護について見解が統一されており、自国の看護学生
設け、会員に限らずより多くの看護学生が参加できる大会にし
オセアニア地域からの参加者さらにトルコ系クルド人の難民申
の意見が反映されたまとまりのある発表でした。日本の代表者2
たいと思っています。
請中の方などでした。
名の発表も素晴らしく日本看護学生としても学びになりました。
私は第一回長野大会から2002年3月まで広報・学校代表と
学校教育問題:外国籍の子どもの4人に1人が学校へ行って
「
『いじめ』
に関して学校側が適切な対応をしてくれない」
との訴
えも多く聞かれました。
就労問題:
「日本語(特に漢字)が読めないので、ハローワー
会では共通言語に従って5つのグループに分かれ、医療、
クを利用できず、就労の機会が制限される」
しかし、国際舞台で日本の看護学生の見解を述べるには、発
して、2002年4月からは会長として会に携わっています。学内
教育、仕事など6つのテーマにそって「外国籍住民が現在困っ
他の住民との摩擦:
「出し主不明で間違った出し方をしてい
表者も含め日本の看護学生同士が自分たちの意識や看護の
では昨年10月に「リエゾンサークル」を設立させ、学年を超え
ていること」を話し合い、後に田中知事の前でグループ代表者
るごみは、すべてブラジル人のせいにされてしまう」
(筆者も外
現状について余りに知らないことを痛感しました。日本の看護学
た意見・情報交換、学内外の看護学生と交流を深め看護につ
が報告をしました。以下出された問題を、紙面の都合上「健康
国に住んでいた時、同じ事を経験しました!)
生の私達は「このままではいけないのではないか?わが国にも看
いて考えるため、週に1度話し合いを行っています。
リエゾンサ
と医療問題」
を中心にお伝えします。
護学生組織が必要なのではないか?」
という気持ちに駆られまし
ークルが学内学生間のつなぎ役、また長野県看護大学と日本
た。そして現地にてJNA(日本看護協会)による援助を受け、
看護学生会のつなぎ役となり、より多くの学生に日本看護学生
やっぱり辞書などを使って対応して欲しい」、「できれば通訳を
足、高校進学、運転免許制度などについて具体的な対策や調
日本から参加した学生およそ30名が主体となって日本看護学
会の必要性を感じて欲しいと思っています。
また4月にはリエゾ
手配して欲しい」という声が聞かれました。県では、『外国籍県
査を開始する事を約束されました。
生会議を開き、主に看護学生組織の必要性について話し合い
ンサークルメンバーで学内学生を対象に意識調査を行い、学
民くらしのサポーター』という通訳が出来る人を雇っています。
ました。その結果日本の看護学生組織を立ち上げるべく、
「日
生の現状や看護に対する思いを形にできる機会となりました。
しかし、この情報は病院スタッフや外国籍の方々には十分行き
生の時代」がやってきたのだなあと思いました。集会の名称「外
渡っていない様子。
国籍県民」も、国籍は異なるけれど、県民として同じ権利と責
本 看 護 学 生 協 会 準 備 会(Japanese Nursing Students’
私も本校に在学3年目となり、多方面から看護を学ぶことが
他にも多数、特に教育に関して問題提起が多くありました。
言葉の壁:
「ゆっくり話してくれる医師や看護師もいるけど、
田中知事は外国籍住民の方々の陳情に対し、特に通訳者の充
この会に出席して、日本も地方にいてもいよいよ「異文化共
Association Preparation Meeting:JNSAPM)」
(通称:準
できたと共に看護の広さ・深さを日々感じます。
「人間の全体を
治療方針の違い:
「日本の医者は
『強い薬』
を出さない。
『穏や
備会)を立ち上げることになりました。そしてホームページ上で
見る」
、その看護の大切さを日本看護学生会の会長となったこ
かな効き目』の薬を処方するので、治療に時間とお金がかか
意見交換をし、日本で会うことを約束し帰国しました。
とでより一層実感します。看護を目指す理由も人それぞれで、
る」という声がありました。
『強い薬』とはいったい何をさすのでし
「『いじめ』はブラジルでもありますが、日本とは比較にならない
2001年8月に ICN参加メンバーを中心に看護学生会を必要
感じ方も人によって違います。今まではそれがどう違うのかも知
ょうか?これは薬の違いかもしれませんが、文化的な感覚の違
ほど少ない。
ブラジルでは
『個人個人の違いを尊重する教育』
を
とするメンバー23名が本校に集まり、会に対する共通の思いを
らないまま「人それぞれ」と思っていました。
しかし意見交換を
い、あるいは医師- 患者関係の違いかもしれません。
していますが、日本の学校ではどうなんでしょう?」という発言
深めた結果、日本看護学生会を立ち上げました。会議では初
通してその違いを知れば知るほど、看護を学ぶ私たちの想い
診療拒否:
「子どもが発熱で夜間受診をしたが、外国人とい
です。
様々な人種を抱え共存を模索するブラジルと、少数民族
代役員、スローガン「明日の看護へみんなの声を」、会の目的
は共通しているのではないかと感じます。
未来の看護を担う看
うことで診療拒否された」「妊婦で体重増加の著しいブラジル
を同化させ単一民族国家を主張してきた日本社会の姿勢の違
等を決定し、看護学生を対象としてメーリングリストにて活動を
護学生としてそれぞれが自己を見つめなおし、看護について
人女性が3つの病院で分娩予約拒否をされ、仕方なくブラジ
いを指摘された思いがしました。
日本国民の一人一人が「心の
行うことになりました。
(第1回日本看護学生会会議→長野大
深めていき、学生の思いを社会に発信できるような会にしたい
ルに帰国して出産した」
。
医療者側の言い分はわかりませんが、
鎖国」を解く必要を迫られています。長野県が目指す外国籍県
会)
と考えています。
外国で診療拒否をされることほど不安なことはありません。
民の方に対するサービスの充実も、県民である私たち個々人の
そして2002年3月、全国から集まった54名で日本看護学生
会の運営に関する総会を神戸市看護大学にて開催しました。
こ
JNSAに興味のある方は、JNSA Homepageにアクセスし
てください。
れからの活動方針を論議し、具体的な活動内容を深めました。
〔8〕
http://www.geocities.co.jp/Beautycare/9686/index.htm
医療不信:
「あるブラジル人の男性(一家の稼ぎ主)が入院
任を担う同志であるという意識を伺わせます。
グループ討議で
あるブラジル人女性が投げかけた疑問がとても印象的でした。
誠実な対応があってこそ実現するのだと思わされました。
中の医療ミスで植物状態になった。
病院側は医療ミスの隠蔽を
最後になりましたが、『外国籍県民くらしのサポーター』にア
図った。言葉が出来ないからいいかげんに扱われているのでは
クセスする電話番号を記します。
もし皆さんが実習先等でコミ
〔9〕
ュニケーションに困っている外国の方や病院スタッフの方を見
けではなく、あくまでも相互的に共同研究を実施するというスタ
様性を超えた看護の普遍性」
を目指すという本学の理念をサモ
本学での会合に足を運ばれた堀内好夫氏、太田雅章氏に感
かけたら、この番号を教えてあげて下さいね。
電話番号:0265
ンスが基本であり、また不可欠の態度であると多賀谷教授は発
アというフィールドでどう実践するかは、内田教授を始めとする
謝いたします。すばらしいエンターテインメントを演出してくださ
−76−6869
(上伊那地方事務所:小池ルシアさん 生活の相
表を締めくくられた。
サモアプロジェクト・チームの双肩にかかっている。
った協力隊OBの方々にもこの場を借りて御礼申し上げます。
ま
談にものってくれます)。
田代麻里江(国際看護学)
「サモア医療協力プロジェクト」実施報告会
本学は平成13年度よりJICA(国際協力事業団)が実施して
続いて、平成13年9月と平成14年3月から4月にかけてサモ
最後の発表は前田樹海講師によるもので、
「看護研究におけ
アに派遣された内田雅代教授による報告がなされた。
内田教
るコンピュータの活用」についてお得意のIT技術を駆使しなが
授は、サモアの医療事情と長野県看護大学の協力という基本
ら、本当に“Interesting and instructive”なプレゼンテー
テーマの中で教授の担当された「小児のライフスタイルの共同
ションだった。
掛け値なしに楽しかった。
前田講師は本学の
研究」
を中心に報告された。
これは、教授のご専門でもある。
LAN Admin(学内コンピュータネットワークチーム)の重要メ
た、今回の発表、準備に関係された本学の皆様もご苦労さま
でした。
江藤裕之
(外国語・渉外委員会)
いる地域提案型事業と連携し、サモア国立大学看護学部との
内田教授の発表は全体的に、多賀谷教授の発表とはまた視
医療協力プロジェクトを実施している。
このプロジェクト推進の
点を異にして興味深いものであったが、まずはサモアの医療事
ため、昨年9月には4人、今年3月には2人の本学教員がサモア
情についてお話をされた。
人口分布で言えば日本と異なり老人
前田講師の洒脱なウイットに富んだ語りぶりで座の雰囲気は
に各2週間派遣された。
昨年9月にはAnita Fisher教授と多賀
人口が占める割合は少ない。そして、死因の第1位は循環器疾
一気に和やかになり、笑いが途切れることがなかった。それで
谷昭教授が本学からの派遣者として、内田雅代教授と田代麻
患にあるという。最近の傾向としては生活習慣に関連した疾患
いて、サモア大学看護学部におけるコンピュータ活用について
日本看護学生会(JNSA)の2002年夏大会を下記の要領
里江講師がJICAの短期専門家として派遣され、今年3月には
が増加している。そこで、サモアにおける看護問題として、
のプログラムの概要のみならず、さまざまな裏話まで余すとこ
で実施します。学生の皆様の積極的なご参加をお待ちして
ンバーであるが、コンピュータに疎い教員達の
「トラブル駆け込
第3回日本看護学生会(JNSA)
長野大会のお知らせ
み寺」
となっている。
内田雅代教授と前田樹海講師がJICAの短期専門家として派
・肥満、糖尿病予防管理に関する問題
ろなく報告された。
ヴィジュアルに訴える前田講師のプレゼンは、
おります。参加希望の方は、柿沼(3年)
、又はJNSA会員
遣された。
さらに、平成14年度はサモア国立大学よりの研修員
・妊産婦管理の問題
百聞は一見に如かずというところがあり、どうしてサモアの人は
までお知らせ下さい。
受入と本学からの専門家派遣が提案されており、JICAとの連
・乳幼児の栄養管理の問題
恰幅のよい人が多いのかな?などという疑問にも、サモアの皆さ
携事業として推進されている。
・精神看護領域における専門看護師の不足
んの
「おやつ」
の風景をパッと見せられれば「なるほど」
と納得す
日 時:8月20
(火)
∼22日
(木)9:00∼18
:00
(予定)
・老年看護領域における専門看護師の不足
るものであった。
実は、この報告会の部はかなりofficialなもの
会 場:長野県看護大学(長野県駒ヶ根市)
であり、その後に息抜きのエンターテインメントが用意されてい
大会運営:JNSA執行部
今回のサモア医療協力プロジェクト実施報告会では、JICA
駒ヶ根青年海外協力隊の全面的協力を得てサモアの文化紹
を指摘され、その問題解決に向けて
介と、過去2度にわたるサモア派遣に参加した本学教員の報告
・小児のライフスタイルに関する共同研究
たものの、前田講師のプレゼンテーションは立派なご発表であ
長野県看護大学JNSA会員
が行われた。本報告会は、看護における国際的に活躍する人
・妊産婦管理の現状に関する共同研究
ると同時に、素敵なエンターテインメント的要素が多分にあっ
後 援:長野県看護大学学生自治会
材の育成をうたう本学の第42回目の国際フォーラムとなるが、
・老年看護領域における教育研究協力
た。
特に、本年「異文化間の多様性を探求し、真の意味での国際
・精神看護領域における教育研究協力
化に向け、多様性の中の看護の普遍性を共有するための研究
・地域看護実践と看護研究におけるコンピュータの活用
を行い世界に発信し、看護の学問体系のさらなる発展に寄与
の5つの提案をされた。
大会内容(予定)
次に、サモア文化を知ってもらうための企画の一環として、
長野県青年海外協力会、青年海外協力隊サモアOB会による、
「サモア料理試食コーナー」
と「サモア文化理解ゲーム」が催さ
−開会式
−見藤隆子長野県看護大学学長講演会
この5つの提案のうち、第1の「小児のライフスタイルに関する
れた。料理では、サモアに派遣されていた協力隊メンバーによ
−メイン企画(私の学校、あなたの学校)
共同研究」が今回の内田教授のテーマであり、第5の「看護研
り、パンケケ(丸めたドーナツのようなもの)、タロイモ、サモア
−サブ企画 究におけるコンピュータの活用」が前田講師の担当であった。
スープ(さっぱりしたチキン野菜スープ)
、サモアココア
(精製前
・ ICNデンマーク大会報告会
行われた。
プログラムは、平澤昭男駒ヶ根青年海外協力隊訓
そして、残りの研究テーマも本学の看護系教員により今後続々
の粒入りココア)などが供された。
多少、日本風にアレンジして
・ 長野県看護大学学生意識調査報告
練所長、見藤隆子学長の挨拶の後、多賀谷昭教授(平成13年
と推進されていくことが期待される。
いるとのお話であったが、非常に美味なもので、あっという間に
・ 障害者スポーツ体験
内田教授は「小児のライフスタイルに関する共同研究」実施
なくなってしまった。その際に、ギターの弾き語りでサモア・ソン
・ 看護に関連した映画上映)
派遣)
、前田樹海講師
(平成14年3月派遣)
の報告がなされた。
にあたり、
「サモアの子どもの生活を記述するための研究方法
グが演奏されるなど随分とこった内容のものだった。
ゲームで
・ 長野県看護大性教育サークルによる分科会
多賀谷教授は「サモア国立大学と長野県看護大学との交流
の検討」と「小児のライフスタイルについて、サモアと日本の比
は発表の際に説明されたサモアの基本的な事実に関するクイ
・ 医ゼミ参加からの分科会 の経緯」についてお話をされたが、まずはサモアについての概
較研究を行う中で、サモア国立大学看護学部教員の研究への
ズだったが、本学の教員でも案外聞いていない者がいるのは
略をご自身のご専門の文化人類学的視点からご説明されたの
理解を深める」
ことを今回のサモア訪問の目的とされた。そして、
愉快だった。
は、まさに学会発表を聴いているような趣もあった。サモアと聞
その予備調査の結果として、
する」目的で設立された、長野県看護大学異文化看護国際研
究センターの第一回目の企画となったことを付け加えておく。
報告会は5月26日
(日)
13:30より駒ヶ根駅前のアルパにて
9月派遣)
、内田雅代教授(平成13年9月および平成14年3月
−大交流会
最後に、本学の異文化看護国際研究センターの小西恵美子
いても、何となく
「南の島」
くらいの認識はあっても、詳しいことを
・子どもたちは自分の体重・身長を知らない。
センター長からの閉会の辞があった。
ここで、小西教授は、サモ
知っている日本人は少ない。多賀谷教授のお話でサモアの歴
・太っていることは、健康であるととらえる子どもがいる
アとのプロジェクトはあくまでも「相互的関係」であること、そし
史・国情、並びにポリネシアについての知識を得たことは収穫
(太っていることが美しいととらえる文化的背景あり)
など多数の分科会を用意しております
−日本看護学生会総会(会議)
−閉会式
て「国際」といえばどうしても欧米に目が向くが、これを機会に
連絡先:代表 柿沼佑果
であった。
さらに、サモア国立大学(NUS)についての説明と長
・子どもの食事の回数は日に2∼3回
日本人がサモアの人々から多くを学ぶ場にして欲しいと述べら
〒399-4117 長野県駒ヶ根市赤穂1694
野県看護大学との交流についての簡単な経緯を豊富な写真資
・子どもたちの昼食時間は10:30~14:00
れたのが印象的であった。
長野県看護大学 夏大会運営委員会
料と一緒にご報告された。
医療協力プロジェクトに関しては、
などを報告されたが、これはサモアの文化に根ざすことであ
約2時間にわたる発表会、エンターテインメントには、一般の
目的はサモア国立大学看護学部の教員の研究能力の向上を
るという点が実に興味深いものだった。本年度は、サモアから研
方も含め総勢80名以上の参加があったが、楽しくも意味のある
F A X :0265-81-5160
目指すものであるが、それは一方的に我々側から提供するだ
修員を本学に受け入れるプロジェクトが始まるが、
「文化の多
集会となった。本報告会に関しては、JICAの職員の皆様、特に
E-Mail:[email protected]
〔10〕
〔11〕
電 話 :090-4463-8305(柿沼)
ュニケーションに困っている外国の方や病院スタッフの方を見
けではなく、あくまでも相互的に共同研究を実施するというスタ
様性を超えた看護の普遍性」
を目指すという本学の理念をサモ
本学での会合に足を運ばれた堀内好夫氏、太田雅章氏に感
かけたら、この番号を教えてあげて下さいね。
電話番号:0265
ンスが基本であり、また不可欠の態度であると多賀谷教授は発
アというフィールドでどう実践するかは、内田教授を始めとする
謝いたします。すばらしいエンターテインメントを演出してくださ
−76−6869
(上伊那地方事務所:小池ルシアさん 生活の相
表を締めくくられた。
サモアプロジェクト・チームの双肩にかかっている。
った協力隊OBの方々にもこの場を借りて御礼申し上げます。
ま
談にものってくれます)。
田代麻里江(国際看護学)
「サモア医療協力プロジェクト」実施報告会
本学は平成13年度よりJICA(国際協力事業団)が実施して
続いて、平成13年9月と平成14年3月から4月にかけてサモ
最後の発表は前田樹海講師によるもので、
「看護研究におけ
アに派遣された内田雅代教授による報告がなされた。
内田教
るコンピュータの活用」についてお得意のIT技術を駆使しなが
授は、サモアの医療事情と長野県看護大学の協力という基本
ら、本当に“Interesting and instructive”なプレゼンテー
テーマの中で教授の担当された「小児のライフスタイルの共同
ションだった。
掛け値なしに楽しかった。
前田講師は本学の
研究」
を中心に報告された。
これは、教授のご専門でもある。
LAN Admin(学内コンピュータネットワークチーム)の重要メ
た、今回の発表、準備に関係された本学の皆様もご苦労さま
でした。
江藤裕之
(外国語・渉外委員会)
いる地域提案型事業と連携し、サモア国立大学看護学部との
内田教授の発表は全体的に、多賀谷教授の発表とはまた視
医療協力プロジェクトを実施している。
このプロジェクト推進の
点を異にして興味深いものであったが、まずはサモアの医療事
ため、昨年9月には4人、今年3月には2人の本学教員がサモア
情についてお話をされた。
人口分布で言えば日本と異なり老人
前田講師の洒脱なウイットに富んだ語りぶりで座の雰囲気は
に各2週間派遣された。
昨年9月にはAnita Fisher教授と多賀
人口が占める割合は少ない。そして、死因の第1位は循環器疾
一気に和やかになり、笑いが途切れることがなかった。それで
谷昭教授が本学からの派遣者として、内田雅代教授と田代麻
患にあるという。最近の傾向としては生活習慣に関連した疾患
いて、サモア大学看護学部におけるコンピュータ活用について
日本看護学生会(JNSA)の2002年夏大会を下記の要領
里江講師がJICAの短期専門家として派遣され、今年3月には
が増加している。そこで、サモアにおける看護問題として、
のプログラムの概要のみならず、さまざまな裏話まで余すとこ
で実施します。学生の皆様の積極的なご参加をお待ちして
ンバーであるが、コンピュータに疎い教員達の
「トラブル駆け込
第3回日本看護学生会(JNSA)
長野大会のお知らせ
み寺」
となっている。
内田雅代教授と前田樹海講師がJICAの短期専門家として派
・肥満、糖尿病予防管理に関する問題
ろなく報告された。
ヴィジュアルに訴える前田講師のプレゼンは、
おります。参加希望の方は、柿沼(3年)
、又はJNSA会員
遣された。
さらに、平成14年度はサモア国立大学よりの研修員
・妊産婦管理の問題
百聞は一見に如かずというところがあり、どうしてサモアの人は
までお知らせ下さい。
受入と本学からの専門家派遣が提案されており、JICAとの連
・乳幼児の栄養管理の問題
恰幅のよい人が多いのかな?などという疑問にも、サモアの皆さ
携事業として推進されている。
・精神看護領域における専門看護師の不足
んの
「おやつ」
の風景をパッと見せられれば「なるほど」
と納得す
日 時:8月20
(火)
∼22日
(木)9:00∼18
:00
(予定)
・老年看護領域における専門看護師の不足
るものであった。
実は、この報告会の部はかなりofficialなもの
会 場:長野県看護大学(長野県駒ヶ根市)
であり、その後に息抜きのエンターテインメントが用意されてい
大会運営:JNSA執行部
今回のサモア医療協力プロジェクト実施報告会では、JICA
駒ヶ根青年海外協力隊の全面的協力を得てサモアの文化紹
を指摘され、その問題解決に向けて
介と、過去2度にわたるサモア派遣に参加した本学教員の報告
・小児のライフスタイルに関する共同研究
たものの、前田講師のプレゼンテーションは立派なご発表であ
長野県看護大学JNSA会員
が行われた。本報告会は、看護における国際的に活躍する人
・妊産婦管理の現状に関する共同研究
ると同時に、素敵なエンターテインメント的要素が多分にあっ
後 援:長野県看護大学学生自治会
材の育成をうたう本学の第42回目の国際フォーラムとなるが、
・老年看護領域における教育研究協力
た。
特に、本年「異文化間の多様性を探求し、真の意味での国際
・精神看護領域における教育研究協力
化に向け、多様性の中の看護の普遍性を共有するための研究
・地域看護実践と看護研究におけるコンピュータの活用
を行い世界に発信し、看護の学問体系のさらなる発展に寄与
の5つの提案をされた。
大会内容(予定)
次に、サモア文化を知ってもらうための企画の一環として、
長野県青年海外協力会、青年海外協力隊サモアOB会による、
「サモア料理試食コーナー」
と「サモア文化理解ゲーム」が催さ
−開会式
−見藤隆子長野県看護大学学長講演会
この5つの提案のうち、第1の「小児のライフスタイルに関する
れた。料理では、サモアに派遣されていた協力隊メンバーによ
−メイン企画(私の学校、あなたの学校)
共同研究」が今回の内田教授のテーマであり、第5の「看護研
り、パンケケ(丸めたドーナツのようなもの)、タロイモ、サモア
−サブ企画 究におけるコンピュータの活用」が前田講師の担当であった。
スープ(さっぱりしたチキン野菜スープ)
、サモアココア
(精製前
・ ICNデンマーク大会報告会
行われた。
プログラムは、平澤昭男駒ヶ根青年海外協力隊訓
そして、残りの研究テーマも本学の看護系教員により今後続々
の粒入りココア)などが供された。
多少、日本風にアレンジして
・ 長野県看護大学学生意識調査報告
練所長、見藤隆子学長の挨拶の後、多賀谷昭教授(平成13年
と推進されていくことが期待される。
いるとのお話であったが、非常に美味なもので、あっという間に
・ 障害者スポーツ体験
内田教授は「小児のライフスタイルに関する共同研究」実施
なくなってしまった。その際に、ギターの弾き語りでサモア・ソン
・ 看護に関連した映画上映)
派遣)
、前田樹海講師
(平成14年3月派遣)
の報告がなされた。
にあたり、
「サモアの子どもの生活を記述するための研究方法
グが演奏されるなど随分とこった内容のものだった。
ゲームで
・ 長野県看護大性教育サークルによる分科会
多賀谷教授は「サモア国立大学と長野県看護大学との交流
の検討」と「小児のライフスタイルについて、サモアと日本の比
は発表の際に説明されたサモアの基本的な事実に関するクイ
・ 医ゼミ参加からの分科会 の経緯」についてお話をされたが、まずはサモアについての概
較研究を行う中で、サモア国立大学看護学部教員の研究への
ズだったが、本学の教員でも案外聞いていない者がいるのは
略をご自身のご専門の文化人類学的視点からご説明されたの
理解を深める」
ことを今回のサモア訪問の目的とされた。そして、
愉快だった。
は、まさに学会発表を聴いているような趣もあった。サモアと聞
その予備調査の結果として、
する」目的で設立された、長野県看護大学異文化看護国際研
究センターの第一回目の企画となったことを付け加えておく。
報告会は5月26日
(日)
13:30より駒ヶ根駅前のアルパにて
9月派遣)
、内田雅代教授(平成13年9月および平成14年3月
−大交流会
最後に、本学の異文化看護国際研究センターの小西恵美子
いても、何となく
「南の島」
くらいの認識はあっても、詳しいことを
・子どもたちは自分の体重・身長を知らない。
センター長からの閉会の辞があった。
ここで、小西教授は、サモ
知っている日本人は少ない。多賀谷教授のお話でサモアの歴
・太っていることは、健康であるととらえる子どもがいる
アとのプロジェクトはあくまでも「相互的関係」であること、そし
史・国情、並びにポリネシアについての知識を得たことは収穫
(太っていることが美しいととらえる文化的背景あり)
など多数の分科会を用意しております
−日本看護学生会総会(会議)
−閉会式
て「国際」といえばどうしても欧米に目が向くが、これを機会に
連絡先:代表 柿沼佑果
であった。
さらに、サモア国立大学(NUS)についての説明と長
・子どもの食事の回数は日に2∼3回
日本人がサモアの人々から多くを学ぶ場にして欲しいと述べら
〒399-4117 長野県駒ヶ根市赤穂1694
野県看護大学との交流についての簡単な経緯を豊富な写真資
・子どもたちの昼食時間は10:30~14:00
れたのが印象的であった。
長野県看護大学 夏大会運営委員会
料と一緒にご報告された。
医療協力プロジェクトに関しては、
などを報告されたが、これはサモアの文化に根ざすことであ
約2時間にわたる発表会、エンターテインメントには、一般の
目的はサモア国立大学看護学部の教員の研究能力の向上を
るという点が実に興味深いものだった。本年度は、サモアから研
方も含め総勢80名以上の参加があったが、楽しくも意味のある
F A X :0265-81-5160
目指すものであるが、それは一方的に我々側から提供するだ
修員を本学に受け入れるプロジェクトが始まるが、
「文化の多
集会となった。本報告会に関しては、JICAの職員の皆様、特に
E-Mail:[email protected]
〔10〕
〔11〕
電 話 :090-4463-8305(柿沼)
cooler weather was conducive to a little “shut-eye”.
different regions of the country when one of our
The next day we went shopping for groceries. The
group returns from a trip to another city or
Anita Fisher
snow had melted but we had difficulty finding what
prefecture. We are a diversified group!!
After a year of living in this idyllic setting in the
we wanted in the grocery store because neither of us
Our weekends have been spent touring around
magnificent Japanese Alps, I look back fondly on how
read Japanese. After buying yogurt drink, which we
Nagano and generally exploring the mountain trails,
先日、友人の岩崎朗子さんからこんな問いをもらいました。
I decided to move to this area and teach at Nagano
thought was milk and tempura batter that we thought
villages and larger cities in the prefecture. Once
「看護とは何か」
は八尋さんにとって必要ですか?
College of Nursing. This year has been filled with a
was flour, we decided to ask for help. In a few months,
Shabbir worked his way through the trials of
答えは明らかな感じがしますか?
wealth of new experiences some of which have been
based on expert input, our grocery shopping forays
obtaining a Japanese drivers licence, we were on the
学報をお読みの皆さまへも同じ問いを投げかけたら、どう
“a piece of cake”, as we Canadians say when things
improved and we were even able to find the right
road almost every weekend, to enjoy some of the
are easy, and others that have been somewhat
spices for Pakistani cooking. As one year elapses,
most beautiful scenery we have ever experienced.
わたしにとっては「看護とは何か」は、すごく必要です。
「看
daunting to say the least. However, in retrospect, as I
after eating Tanaka Sensei’
s tempura, and Dr. Eto’
s
Our inaugural trip to Takato to see the cherry
護学とは何か」が必要かどうかは、また別の議論に思われま
run them through my mind, while gazing at the
barbecued oysters, we are both enjoying Japanese
blossoms in the first month we were here, inspired
すが‥‥。
majestic, snow- peaked mountains on a warm,
cuisine including the sushi and sashimi.
our ongoing love for travel in this lovely, green
(エッセイ)
No Longer Komagane Newcomers
(エッセイ)
歩いてみたり鳥瞰したり
八尋道子
country.
夕暮れ時から皆さまへ。
いうお答えをいただけるでしょう。 病院で看護婦をやっているころ、
「看護とは何か」を考えず
に毎日を送ることはできませんでした。
答えは明らかでなく、
summer afternoon, I realize that they have expanded
Settling into the role of “Fisher Sensei” has been
my horizons and given me a taste of Japanese culture
very interesting. Although Japanese students are
We have thoroughly enjoyed our first year here and
that most Canadians would never experience.
quite different from Canadian students, in many
are looking forward to the joys of our second. Thank
は旅をするときのコンパスみたいなものといえるでしょうか。
Dr Anne Davis was instrumental in our decision to
ways they are much the same. The busy hustle-
you for your kind hospitality and friendship! They
そして当時から
「看護とは何か」の答えは「ひとそれぞれ」
、と
come to Japan. Her bubbly enthusiasm about the
bustle of students in the hallways, the anticipation
have made our stay most memorable, so far!
思っていました。
place and the people was infectious as she described
when grades are posted, the rush to get assignments
本学に赴任してからの日々を思い起こしてみると、大きなよ
いま研究室にいて、黄昏れによって理性の色に変わってき
the purple mountains and green rice patties, turning
in on time and the anxiety over tests all remind me of
ろこびと普通のカナダ人では経験できないであろうことを感じ
た窓の外の新緑を眺めながら、以前に教科書を書くため「看
golden in the fall of the year.
students at home. However, the quiet, polite,
る。
護活動の場」について考えたときのことを思い出しています。
After 3 years in
「看護とは何か」考えながら看護していくから、わたしにとって
Pakistan, I was ready for a change but not ready to go
unassuming approach and unquestioning respect for
パキスタンから日本に来ることを決めた理由は、見藤学長を
その時のわたしは「看護活動がおこなわれている場はどこで
back to Canada, so I was easily convinced to visit
the teacher is very noticeable. In Canada, students
はじめとする本学のコミュニティーを構成する人々の親切さ優
あるか」論じるために、
「看護とは何か」をもう一度振り返るこ
Komagane in November 2000 and meet the faculty
question, confront and challenge teachers, keeping
しさであった。
この日本の友人のすばらしさと、駒ヶ根の自然の
とから始めました。
and students at the College.
The people were
them on their toes. I am beginning to understand that
美しさを主人のシャビアに話し、とにかくパキスタンから日本に
「看護とは何か」を先学の師がどう考えどう説いたか、自分
welcoming and as persuading as Anne that I should
this is not the way of the Japanese student and that
来ることにした。
でも、最初のうちは日本語も読めず困ったこと
の頭のなかにしっかりととどめておくことは、看護を学びそし
seriously consider coming here for a few years. Dr
the student/teacher relationship is quite different.
ばかりだったがいまでは日本での生活にもなじんでいる。
て実践していく長い旅の道程にずっとずっと必要な地図を、
Mitoh’
s hospitality and quiet but confident, up-front
Wishing to respect this cultural difference, however, I
今では「フィッシャー先生」となって、日本とカナダの学生気
ポケットに入れておくようなものであると思ったのです。やが
approach assured me that she was the kind of person
do try to encourage feedback from my students on all
質の違いにまごつくことが多いものの、基本的に学生は学生、
ては道の途中に自分自身の「看護とは何か」も生まれて、地
I would appreciate as a leader and friend. The meeting
aspects of my course and in so doing have learned
共通点もあるものだ。
でも、カナダの学生と比べると今一つア
図にコンパスが加わるはずだと考えました。
with the faculty was pleasant and welcoming and the
some valuable lessons from student feedback.
グレッシブなところが少なく、物足りない感じもする。
お互いの
「看護とは何か」については、フローレンス・ナイチンゲー
students impressed me with their willingness to show
Furthermore, as in any cross-cultural experience, one
文化背景を尊重しながらも、学生に感化を与えたいと思ってい
ル以来(その前に問うた人もいたかもしれませんが、その人
me around. The visit to the temple and the walk
realizes that each culture has something to learn from
る。
は記述しなかったのでしょう)絶えず問い続けられてきていま
through the quiet environs, there, convinced me that
the other.
毎週火曜日の午後の英語会話クラブは楽しくためになる。英
す。
こう問われ続けるのは、看護の独自性を明確にする必要
The English Conversation Group which a few of us
語を教える代わりに、参加者からちょっとした日本語会話を習
が多くの場面で求められる一方、時の要請とともに看護はい
attend every Tuesday afternoon has been one of
い、まさに異文化交流を行っている。
週末は、ドライブしたりハ
つも移ろいやすく
(つまりは動的で)、答えが確定しにくいため
Returning to Pakistan after a four day visit, I found
these cross-cultural experiences, rich in learning. In
イキングに行ったりととても楽しんでいる。それは、最初に高遠
といえると思います。今現在ある「看護とは何か」をとりあえず
myself persuading my husband that it would be a
exchange for leading the English conversation, I have
で見た桜があまりにもすばらしく、それで「さまよい癖」がついた
把握したら、おのずと看護をおこなう場所は見えてくる。その
lovely place to live for two to three years and after we
gained a wealth of knowledge about Japanese culture,
のかも。
時点での
「場所は?」
の答えはその時点での
「看護」
のなかにあ
received the lovely pictures from Dr. Tagaya, Shabbir
geography and history. As well, I have picked up a
とにかく、最初の1年は楽しく過ごすことができた。今年もそう
was anxiously looking forward to coming to
few Japanese phrases that are very helpful in my
だと楽しみにしている。それもこれも本学の皆さんの親切と友情
Komagane, as well.
interaction with the local villagers. “Good evening”
のおかげで、本当に感謝している。
this little village was a place where I would like to
spend some time.
Anticipating cherry blossoms
has now become “Konbawa” and “How are you” is
*アニタ・フィッシャー教授は今年で駒ヶ根が2年目と
April 1, 2001 to one of the major snowstorms of the
“Gengki desu ka? Occasionally we have had the
なります。本学では「症状マネジメント論」を担当さ
We were tired from our long journey so the
opportunity to sample some Japanese delicacies from
〔12〕
れております。
を見つけるわたしなりの考え方でした。
また「コンパス」のことは、基礎看護学の教授でいらっしゃっ
and spring in the air, we arrived in Komagane on
year.
る。
これが「看護活動がおこなわれている場はどこであるか」
たアン・デービス先生が『看護学原論』
の講義の一番最初にい
つも述べられた以下のことから連想しました。
(大意:江藤裕之)
〔13〕
cooler weather was conducive to a little “shut-eye”.
different regions of the country when one of our
The next day we went shopping for groceries. The
group returns from a trip to another city or
Anita Fisher
snow had melted but we had difficulty finding what
prefecture. We are a diversified group!!
After a year of living in this idyllic setting in the
we wanted in the grocery store because neither of us
Our weekends have been spent touring around
magnificent Japanese Alps, I look back fondly on how
read Japanese. After buying yogurt drink, which we
Nagano and generally exploring the mountain trails,
先日、友人の岩崎朗子さんからこんな問いをもらいました。
I decided to move to this area and teach at Nagano
thought was milk and tempura batter that we thought
villages and larger cities in the prefecture. Once
「看護とは何か」
は八尋さんにとって必要ですか?
College of Nursing. This year has been filled with a
was flour, we decided to ask for help. In a few months,
Shabbir worked his way through the trials of
答えは明らかな感じがしますか?
wealth of new experiences some of which have been
based on expert input, our grocery shopping forays
obtaining a Japanese drivers licence, we were on the
学報をお読みの皆さまへも同じ問いを投げかけたら、どう
“a piece of cake”, as we Canadians say when things
improved and we were even able to find the right
road almost every weekend, to enjoy some of the
are easy, and others that have been somewhat
spices for Pakistani cooking. As one year elapses,
most beautiful scenery we have ever experienced.
わたしにとっては「看護とは何か」は、すごく必要です。
「看
daunting to say the least. However, in retrospect, as I
after eating Tanaka Sensei’
s tempura, and Dr. Eto’
s
Our inaugural trip to Takato to see the cherry
護学とは何か」が必要かどうかは、また別の議論に思われま
run them through my mind, while gazing at the
barbecued oysters, we are both enjoying Japanese
blossoms in the first month we were here, inspired
すが‥‥。
majestic, snow- peaked mountains on a warm,
cuisine including the sushi and sashimi.
our ongoing love for travel in this lovely, green
(エッセイ)
No Longer Komagane Newcomers
(エッセイ)
歩いてみたり鳥瞰したり
八尋道子
country.
夕暮れ時から皆さまへ。
いうお答えをいただけるでしょう。 病院で看護婦をやっているころ、
「看護とは何か」を考えず
に毎日を送ることはできませんでした。
答えは明らかでなく、
summer afternoon, I realize that they have expanded
Settling into the role of “Fisher Sensei” has been
my horizons and given me a taste of Japanese culture
very interesting. Although Japanese students are
We have thoroughly enjoyed our first year here and
that most Canadians would never experience.
quite different from Canadian students, in many
are looking forward to the joys of our second. Thank
は旅をするときのコンパスみたいなものといえるでしょうか。
Dr Anne Davis was instrumental in our decision to
ways they are much the same. The busy hustle-
you for your kind hospitality and friendship! They
そして当時から
「看護とは何か」の答えは「ひとそれぞれ」
、と
come to Japan. Her bubbly enthusiasm about the
bustle of students in the hallways, the anticipation
have made our stay most memorable, so far!
思っていました。
place and the people was infectious as she described
when grades are posted, the rush to get assignments
本学に赴任してからの日々を思い起こしてみると、大きなよ
いま研究室にいて、黄昏れによって理性の色に変わってき
the purple mountains and green rice patties, turning
in on time and the anxiety over tests all remind me of
ろこびと普通のカナダ人では経験できないであろうことを感じ
た窓の外の新緑を眺めながら、以前に教科書を書くため「看
golden in the fall of the year.
students at home. However, the quiet, polite,
る。
護活動の場」について考えたときのことを思い出しています。
After 3 years in
「看護とは何か」考えながら看護していくから、わたしにとって
Pakistan, I was ready for a change but not ready to go
unassuming approach and unquestioning respect for
パキスタンから日本に来ることを決めた理由は、見藤学長を
その時のわたしは「看護活動がおこなわれている場はどこで
back to Canada, so I was easily convinced to visit
the teacher is very noticeable. In Canada, students
はじめとする本学のコミュニティーを構成する人々の親切さ優
あるか」論じるために、
「看護とは何か」をもう一度振り返るこ
Komagane in November 2000 and meet the faculty
question, confront and challenge teachers, keeping
しさであった。
この日本の友人のすばらしさと、駒ヶ根の自然の
とから始めました。
and students at the College.
The people were
them on their toes. I am beginning to understand that
美しさを主人のシャビアに話し、とにかくパキスタンから日本に
「看護とは何か」を先学の師がどう考えどう説いたか、自分
welcoming and as persuading as Anne that I should
this is not the way of the Japanese student and that
来ることにした。
でも、最初のうちは日本語も読めず困ったこと
の頭のなかにしっかりととどめておくことは、看護を学びそし
seriously consider coming here for a few years. Dr
the student/teacher relationship is quite different.
ばかりだったがいまでは日本での生活にもなじんでいる。
て実践していく長い旅の道程にずっとずっと必要な地図を、
Mitoh’
s hospitality and quiet but confident, up-front
Wishing to respect this cultural difference, however, I
今では「フィッシャー先生」となって、日本とカナダの学生気
ポケットに入れておくようなものであると思ったのです。やが
approach assured me that she was the kind of person
do try to encourage feedback from my students on all
質の違いにまごつくことが多いものの、基本的に学生は学生、
ては道の途中に自分自身の「看護とは何か」も生まれて、地
I would appreciate as a leader and friend. The meeting
aspects of my course and in so doing have learned
共通点もあるものだ。
でも、カナダの学生と比べると今一つア
図にコンパスが加わるはずだと考えました。
with the faculty was pleasant and welcoming and the
some valuable lessons from student feedback.
グレッシブなところが少なく、物足りない感じもする。
お互いの
「看護とは何か」については、フローレンス・ナイチンゲー
students impressed me with their willingness to show
Furthermore, as in any cross-cultural experience, one
文化背景を尊重しながらも、学生に感化を与えたいと思ってい
ル以来(その前に問うた人もいたかもしれませんが、その人
me around. The visit to the temple and the walk
realizes that each culture has something to learn from
る。
は記述しなかったのでしょう)絶えず問い続けられてきていま
through the quiet environs, there, convinced me that
the other.
毎週火曜日の午後の英語会話クラブは楽しくためになる。英
す。
こう問われ続けるのは、看護の独自性を明確にする必要
The English Conversation Group which a few of us
語を教える代わりに、参加者からちょっとした日本語会話を習
が多くの場面で求められる一方、時の要請とともに看護はい
attend every Tuesday afternoon has been one of
い、まさに異文化交流を行っている。
週末は、ドライブしたりハ
つも移ろいやすく
(つまりは動的で)、答えが確定しにくいため
Returning to Pakistan after a four day visit, I found
these cross-cultural experiences, rich in learning. In
イキングに行ったりととても楽しんでいる。それは、最初に高遠
といえると思います。今現在ある「看護とは何か」をとりあえず
myself persuading my husband that it would be a
exchange for leading the English conversation, I have
で見た桜があまりにもすばらしく、それで「さまよい癖」がついた
把握したら、おのずと看護をおこなう場所は見えてくる。その
lovely place to live for two to three years and after we
gained a wealth of knowledge about Japanese culture,
のかも。
時点での
「場所は?」
の答えはその時点での
「看護」
のなかにあ
received the lovely pictures from Dr. Tagaya, Shabbir
geography and history. As well, I have picked up a
とにかく、最初の1年は楽しく過ごすことができた。今年もそう
was anxiously looking forward to coming to
few Japanese phrases that are very helpful in my
だと楽しみにしている。それもこれも本学の皆さんの親切と友情
Komagane, as well.
interaction with the local villagers. “Good evening”
のおかげで、本当に感謝している。
this little village was a place where I would like to
spend some time.
Anticipating cherry blossoms
has now become “Konbawa” and “How are you” is
*アニタ・フィッシャー教授は今年で駒ヶ根が2年目と
April 1, 2001 to one of the major snowstorms of the
“Gengki desu ka? Occasionally we have had the
なります。本学では「症状マネジメント論」を担当さ
We were tired from our long journey so the
opportunity to sample some Japanese delicacies from
〔12〕
れております。
を見つけるわたしなりの考え方でした。
また「コンパス」のことは、基礎看護学の教授でいらっしゃっ
and spring in the air, we arrived in Komagane on
year.
る。
これが「看護活動がおこなわれている場はどこであるか」
たアン・デービス先生が『看護学原論』
の講義の一番最初にい
つも述べられた以下のことから連想しました。
(大意:江藤裕之)
〔13〕
今年度も106名の新入生を迎える
看護学校への入学により、みなさんは一つの旅を始め
たことになります。
この旅の過程で、みなさんは多くの人
◆出張公開講座のお知らせ◆
びとに会い、多くの冒険を経験することになります。
─(中
本学では、公開講座の受講者の要望に応じて同じ内容の
略)─この旅は、みなさんの生涯の職業人生(キャリア)
「出張講座」を行います。本学での公開講座は少なくとも
をとおして続きます。
年二回(一般向けと看護職向け)開催されていますが、東
あらためていうまでもないのですが、
「看護」は現象として
北信からの参加が難しいため渉外委員会により発案され
この現実にもともとあって、その「ある
(在る)
もの」をわたした
ました。太田勝正渉外委員長は「県立大学として研究成果
ちは記述しようとしています。
記述しなければ、なにも残らず
を広く地域に還元していきたい」とコメントされています
記憶の彼方だからです。
ほかの誰に伝えることも、評価も検証
(信濃毎日新聞2002.
5.
9)
。
もできない。そういえば、
「今ここで起こっているできごとをあ
出張講座は、本学で実施する公開講座と内容を変えない
るがままに記述して後世に残そう」として「歴史」は始まりまし
ため講師の負担は軽く、また内容はすでに公開されている
た。わたしが最初に大学に入ったのは文学部ですが、その1
ので受講者への効率も高いと予想されます。開催は30∼
年生最初の印象深い講義の一つが、
『西洋史概論』の「歴史と
40人程度の受講者が目安で、会場は受講者側が準備し、講
は何か」でした。紀元前、トゥキディデスという人がペロポネソ
師料は無料(交通費などの実費のみ支給)というのが原則
ス戦争を記述しました。
です。問い合わせは、本学教務課
(0265−81−5100)
へ。
「あるもの」を記述するのだけれども、看護は動的だと考え
◆次号予告◆
れば、結局「看護とは何か」問い続けながら、みんなで「看護」
という地図をつくる作業をしているのだといえるでしょう。
たと
次号学報(第1
5号:平成1
5年1月発行予定)は、本学に
えば国土地理院によって、地図も時々で改訂されます。看護
今年開設されました、2つのセンター(看護ヒューマンアプ
を旅する人が上手にコンパスを使えるよう、「看護」は記述さ
ローチセンター・異文化看護国際研究センター)の紹介を
れ続けなくてはいけないのですね。
間宮林蔵のように一歩一
いたします。また、特集として「看護って何?」
「看護学
歩自分の足で歩く人もいるし、航空写真で地図づくりする人
って何」をさまざまな方面から問う企画を考えております。
たちもいるけど、歩いてつくっても鳥瞰しても、
「日本地図」の
皆様とともに学報を作って参りたいと思います。ご期待
ように「その時点」では最も確かな、ほんものができるといい
下さい。
なあと思います。
◆編集後記◆
わたしの場合「看護とは何か」考えながら看護することは、
新編集員での最初の号を無事出すことができました。
「ここではなにを、どうすべきだろう」と迷ったときの、多く判
断の基準となりました。
さらに自分にとって有益だったのは、
編集員の跡上先生、真弓先生ご苦労さまでした。また、事
看護するわたしに存在の意味を見出すことができ、自分にも
務局とのリエゾンを担当してくださった事務局教務課の
価値を与えてあげることで、こころの安定が得られたことです。
金田さんにも御礼申し上げます。そして、快く原稿執筆や
確かな地図とコンパスがあれば、世界中どの街も歩けます。
鼎談をお引き受けくださった皆様方に心より感謝いたし
たくさんの人たちに出会えます。
尊重し合える仲間たちは道し
ます。
何度かメールで原稿募集の案内を出しましたが、残念な
るべになってくれるし、体力さえあれば、山登りもok。明日の
ことに自由投稿はありませんでした。次回に期待します。
予定もたてられます。
さて戸外はもう夜のとばり、葉っぱはすでに「おやすみなさ
「投稿、お待ちしております!」
い」モードに入りました。
とてもひとりよがりで勝手なわたしの
学報編集部も「読んでためになる」よりよい学報を目指
思考におつきあいいただいてありがとうございました。
この辺
して頑張りますので、どうぞ皆様の積極的なご参加をお願
でおしまいにします。
いいたします。(江藤)
本年度の入学試験の状況は、下表のとおりですが、志願者倍率は、一般入学試験前期は、2.5倍、後期は9.9倍でした。
4月8日
(月)
には、学部生90名、大学院生16名合わせて106名の新入生を迎えて、入学式が挙行されました。
平成14年度 入学試験の結果概要
区 分
前 期
一
般
学
後 期
入
学
試
験
計
部 推 薦 入 学 試 験
三年次編入学試験
大学院入学試験(前期課程)
大学院入学試験(後期課程)
募集人員A
48人
8 56 24 10 16 4 志願者数B
120人
79 199 60 92 22 3 受験者数C
114人
37 151 60 85 22 3 合格者数D
49人
12 61 27 25 15 3 入学者数E 志願倍率B/A
45人
2.5倍
8 9.9 53 3.6 27 2.5 10 9.2 13 1.4 3 0.8 平成13年度卒業・修了生の進路状況について
近年、わが国経済の動向を反映して、新卒者の就職環境も依然として厳しい状況にありますが、医療の高度化・専門化
など時代の要請に伴う大卒看護職への期待感は強く、本学に寄せられる求人も前年度を大幅に上回るなど極めて恵まれた
状況にあります。
職種別延べ求人件数では、対前年度比24%増の計768件の求人があり、これは3年前のほぼ2倍にあたります。この様な
状況の下で、学部卒業者の進路決定率は98.
9%、修士
(博士前期)
課程修了者は100%と好結果を収めています。学部及び
大学院の卒業・修了者の進路状況は次のとおりです。
1.学部卒業者
進路状況
区 分
職 種 等
長 野 県 内
長 野 県 外
計
就 看 護 師
36人
33 69 保 健 師
8人
3 助 産 師
2人
3 11 5 職
小
計
46人
39 進 学
大 学 院
1人
そ の 他
家 居
人
1 1 1 85 合
計
47人
40 87 進路先
長野県内
相澤病院、飯田市立病院、伊那中央総合病院、篠ノ井総合病院、市立国保浅間総合病院、信州大学医学部附属病院、
諏訪赤十字病院、諏訪中央病院、長野県立こども病院、長野県立須坂病院、長野市民病院、長野赤十字病院、長野
中央病院、依田窪病院、リハビリテーションセンター鹿教湯病院、長野県飯田保健所、同伊那保健所、同諏訪保健
所、飯島町役場、伊那市役所、塩尻市役所、高森町役場、長野県健康づくり事業団、長野県看護大学大学院
長野県外
阿品土谷総合病院、春日井市民病院、北里大学病院、岐阜大学医学部附属病院、倉敷中央病院、群馬県立心臓血管
センター、慶應義塾大学病院、国立成育医療センター、済生会富山病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、順天
堂大学医学部附属順天堂浦安病院、市立長浜病院、聖隷浜松病院、聖路加国際病院、総合心療センターひなが、町
立広瀬病院、天理よろづ相談所病院、鳥取県立中央病院、豊橋市民病院、虎の門病院、名古屋市立大学病院、名古
屋大学医学部附属病院、船橋市立医療センター、水戸赤十字病院、山梨医科大学医学部附属病院、横浜市立大学医
学部附属市民総合医療センター、横浜市立市民病院、富山県小矢部市役所、福岡県大牟田市役所
2.大学院修士(博士前期)課程修了者
進路状況
区 分
就 職 種 等
看 護 師
保 健 師
教
長 野 県 内
人
1人
長 野 県 外
2 計
2 1 員
2人
2 そ の 他
人
1 4 1 職
小
計
3人
5 進
学
大学院等
1人
1 8 2 合
計
4人
6 10 注、その他は研究所の所員であり、進学はいずれも研究生である。
追伸:今回時間を忘れて懸命に考えてしまえたのは、ほか
でもない問いのたてかたのすばらしさであり、助手兼修士学
生のわたしがこころの中で運命共同体と頼りにしている岩崎
さんのおかげでした。
ありがとうございます。
〔14〕
進路先
長野県内
相澤病院、長野県看護大学、信州大学医学部
長野県外
群馬県立病院、埼玉県立病院、岡山大学医学部、群馬大学医学部、健和会臨床看護学研究所、東京大学大学院医学
系研究科
〔15〕
今年度も106名の新入生を迎える
看護学校への入学により、みなさんは一つの旅を始め
たことになります。
この旅の過程で、みなさんは多くの人
◆出張公開講座のお知らせ◆
びとに会い、多くの冒険を経験することになります。
─(中
本学では、公開講座の受講者の要望に応じて同じ内容の
略)─この旅は、みなさんの生涯の職業人生(キャリア)
「出張講座」を行います。本学での公開講座は少なくとも
をとおして続きます。
年二回(一般向けと看護職向け)開催されていますが、東
あらためていうまでもないのですが、
「看護」は現象として
北信からの参加が難しいため渉外委員会により発案され
この現実にもともとあって、その「ある
(在る)
もの」をわたした
ました。太田勝正渉外委員長は「県立大学として研究成果
ちは記述しようとしています。
記述しなければ、なにも残らず
を広く地域に還元していきたい」とコメントされています
記憶の彼方だからです。
ほかの誰に伝えることも、評価も検証
(信濃毎日新聞2002.
5.
9)
。
もできない。そういえば、
「今ここで起こっているできごとをあ
出張講座は、本学で実施する公開講座と内容を変えない
るがままに記述して後世に残そう」として「歴史」は始まりまし
ため講師の負担は軽く、また内容はすでに公開されている
た。わたしが最初に大学に入ったのは文学部ですが、その1
ので受講者への効率も高いと予想されます。開催は30∼
年生最初の印象深い講義の一つが、
『西洋史概論』の「歴史と
40人程度の受講者が目安で、会場は受講者側が準備し、講
は何か」でした。紀元前、トゥキディデスという人がペロポネソ
師料は無料(交通費などの実費のみ支給)というのが原則
ス戦争を記述しました。
です。問い合わせは、本学教務課
(0265−81−5100)
へ。
「あるもの」を記述するのだけれども、看護は動的だと考え
◆次号予告◆
れば、結局「看護とは何か」問い続けながら、みんなで「看護」
という地図をつくる作業をしているのだといえるでしょう。
たと
次号学報(第1
5号:平成1
5年1月発行予定)は、本学に
えば国土地理院によって、地図も時々で改訂されます。看護
今年開設されました、2つのセンター(看護ヒューマンアプ
を旅する人が上手にコンパスを使えるよう、「看護」は記述さ
ローチセンター・異文化看護国際研究センター)の紹介を
れ続けなくてはいけないのですね。
間宮林蔵のように一歩一
いたします。また、特集として「看護って何?」
「看護学
歩自分の足で歩く人もいるし、航空写真で地図づくりする人
って何」をさまざまな方面から問う企画を考えております。
たちもいるけど、歩いてつくっても鳥瞰しても、
「日本地図」の
皆様とともに学報を作って参りたいと思います。ご期待
ように「その時点」では最も確かな、ほんものができるといい
下さい。
なあと思います。
◆編集後記◆
わたしの場合「看護とは何か」考えながら看護することは、
新編集員での最初の号を無事出すことができました。
「ここではなにを、どうすべきだろう」と迷ったときの、多く判
断の基準となりました。
さらに自分にとって有益だったのは、
編集員の跡上先生、真弓先生ご苦労さまでした。また、事
看護するわたしに存在の意味を見出すことができ、自分にも
務局とのリエゾンを担当してくださった事務局教務課の
価値を与えてあげることで、こころの安定が得られたことです。
金田さんにも御礼申し上げます。そして、快く原稿執筆や
確かな地図とコンパスがあれば、世界中どの街も歩けます。
鼎談をお引き受けくださった皆様方に心より感謝いたし
たくさんの人たちに出会えます。
尊重し合える仲間たちは道し
ます。
何度かメールで原稿募集の案内を出しましたが、残念な
るべになってくれるし、体力さえあれば、山登りもok。明日の
ことに自由投稿はありませんでした。次回に期待します。
予定もたてられます。
さて戸外はもう夜のとばり、葉っぱはすでに「おやすみなさ
「投稿、お待ちしております!」
い」モードに入りました。
とてもひとりよがりで勝手なわたしの
学報編集部も「読んでためになる」よりよい学報を目指
思考におつきあいいただいてありがとうございました。
この辺
して頑張りますので、どうぞ皆様の積極的なご参加をお願
でおしまいにします。
いいたします。(江藤)
本年度の入学試験の状況は、下表のとおりですが、志願者倍率は、一般入学試験前期は、2.5倍、後期は9.9倍でした。
4月8日
(月)
には、学部生90名、大学院生16名合わせて106名の新入生を迎えて、入学式が挙行されました。
平成14年度 入学試験の結果概要
区 分
前 期
一
般
学
後 期
入
学
試
験
計
部 推 薦 入 学 試 験
三年次編入学試験
大学院入学試験(前期課程)
大学院入学試験(後期課程)
募集人員A
48人
8 56 24 10 16 4 志願者数B
120人
79 199 60 92 22 3 受験者数C
114人
37 151 60 85 22 3 合格者数D
49人
12 61 27 25 15 3 入学者数E 志願倍率B/A
45人
2.5倍
8 9.9 53 3.6 27 2.5 10 9.2 13 1.4 3 0.8 平成13年度卒業・修了生の進路状況について
近年、わが国経済の動向を反映して、新卒者の就職環境も依然として厳しい状況にありますが、医療の高度化・専門化
など時代の要請に伴う大卒看護職への期待感は強く、本学に寄せられる求人も前年度を大幅に上回るなど極めて恵まれた
状況にあります。
職種別延べ求人件数では、対前年度比24%増の計768件の求人があり、これは3年前のほぼ2倍にあたります。この様な
状況の下で、学部卒業者の進路決定率は98.
9%、修士
(博士前期)
課程修了者は100%と好結果を収めています。学部及び
大学院の卒業・修了者の進路状況は次のとおりです。
1.学部卒業者
進路状況
区 分
職 種 等
長 野 県 内
長 野 県 外
計
就 看 護 師
36人
33 69 保 健 師
8人
3 助 産 師
2人
3 11 5 職
小
計
46人
39 進 学
大 学 院
1人
そ の 他
家 居
人
1 1 1 85 合
計
47人
40 87 進路先
長野県内
相澤病院、飯田市立病院、伊那中央総合病院、篠ノ井総合病院、市立国保浅間総合病院、信州大学医学部附属病院、
諏訪赤十字病院、諏訪中央病院、長野県立こども病院、長野県立須坂病院、長野市民病院、長野赤十字病院、長野
中央病院、依田窪病院、リハビリテーションセンター鹿教湯病院、長野県飯田保健所、同伊那保健所、同諏訪保健
所、飯島町役場、伊那市役所、塩尻市役所、高森町役場、長野県健康づくり事業団、長野県看護大学大学院
長野県外
阿品土谷総合病院、春日井市民病院、北里大学病院、岐阜大学医学部附属病院、倉敷中央病院、群馬県立心臓血管
センター、慶應義塾大学病院、国立成育医療センター、済生会富山病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、順天
堂大学医学部附属順天堂浦安病院、市立長浜病院、聖隷浜松病院、聖路加国際病院、総合心療センターひなが、町
立広瀬病院、天理よろづ相談所病院、鳥取県立中央病院、豊橋市民病院、虎の門病院、名古屋市立大学病院、名古
屋大学医学部附属病院、船橋市立医療センター、水戸赤十字病院、山梨医科大学医学部附属病院、横浜市立大学医
学部附属市民総合医療センター、横浜市立市民病院、富山県小矢部市役所、福岡県大牟田市役所
2.大学院修士(博士前期)課程修了者
進路状況
区 分
就 職 種 等
看 護 師
保 健 師
教
長 野 県 内
人
1人
長 野 県 外
2 計
2 1 員
2人
2 そ の 他
人
1 4 1 職
小
計
3人
5 進
学
大学院等
1人
1 8 2 合
計
4人
6 10 注、その他は研究所の所員であり、進学はいずれも研究生である。
追伸:今回時間を忘れて懸命に考えてしまえたのは、ほか
でもない問いのたてかたのすばらしさであり、助手兼修士学
生のわたしがこころの中で運命共同体と頼りにしている岩崎
さんのおかげでした。
ありがとうございます。
〔14〕
進路先
長野県内
相澤病院、長野県看護大学、信州大学医学部
長野県外
群馬県立病院、埼玉県立病院、岡山大学医学部、群馬大学医学部、健和会臨床看護学研究所、東京大学大学院医学
系研究科
〔15〕
教職員に異動がありました
【教員の退職】
心理学講座 助教授 石川 利江
生活援助学講座 助 手 大久保いく子
老年看護学講座 助 手 香川 真弓
精神看護学講座 助 手 村井里依子
母性看護学講座 助 手 中村 康香
小児看護学講座 助 手 寺島 憲治
地域看護学講座 助 手 頭川 典子
【事務局職員の転出】
事務局長 丸山 光行
事務局総務課 専門幹 飯島 一枝
事務局教務課 教務係長 長沼 昌司
図書館 司 書 片桐亜希子
【教員の採用】
心理学講座 講 師 志村 ゆず
生活援助学講座 助 手 中嶋 尚子
老年看護学講座 助 手 新實夕香理
母性看護学講座 助 手 丸山 洋子
小児看護学講座 助 手 青木 真輝
地域看護学講座 助 手 酒井久美子
【事務局職員の転入】
事務局長 香坂 守義
事務局総務課 主 事 金田 朗子
事務局教務課 教務係長 金田 成実
図書館 司 書 林 千夏
2002年度 学 年 暦
前 期
4月8日
〃
9日
1
0日
1
1日
1
2日
1
5日
2
9日
5月1日
3日
4日
5日
7日
7月6日
8日
〃
2
0日
〃
2
9日
9月2日
2日
7日
1
4日
1
5日
1
7日
2
3日
2
4日
2
8日
2
9日
3
0日
}
}
}
後 期
入学式
後援会総会
オリエンテーション合宿(学部新・編入生)
学内
(履修)
ガイダンス
定期健康診断
前期授業開始
[みどりの日]
創立記念日
[憲法記念日]
[国民の休日]
[こどもの日]
4学年領域別実習∼7月5日
公開講座
2学年基礎・生活援助実習∼7月19日
編入生4学年地域看護実習∼7月1
9日
大学説明会
[海の日]
夏季休業∼8月3
0日
前期授業再開
2学年基礎・生活援助実習∼9月13日
大学院博士前期課程入学試験
3年次編入学試験
[敬老の日]
4学年総合実習
(基礎以外)
∼9月30日
[秋分の日]
4学年総合実習
(基礎)∼10月4日
10月1日
7日
1
4日
2
6日
11月 中
3日
1
6日
2
3日
12月23日
2
4日
1月1日
13日
14日
18日
19日
2月11日
14日
17日
25日
26日
3月12日
中 旬
21日
鈴風祭
(29日には大学説明コーナー有り)
前期授業終了
}
}
後期授業開始
3学年領域別実習∼12月6日
[体育の日]
大学院博士後期課程入学試験
公開講座
[文化の日]
推薦入学試験
[勤労感謝の日]
[天皇誕生日]
冬季休業∼1月10日
[元旦]
[成人の日]
後期授業再開
大学入試センター試験
[建国記念の日]
後期授業終了
春季休業∼3月31日
一般入学試験(前期日程)
一般入学試験(後期日程)
卒業式
[春分の日]
<参考>
20
01年度 3月16日 卒業式
2月21日 保健師国家試験
2月22日 助産師国家試験
2月24日 看護師国家試験
3月29日 合格者発表
すずかぜさい
第7回
鈴風祭
9月28日
(土)
・29日
(日)
に開催
今年のテーマ:五感で看護
〔16〕
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