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第1章 特集・新信託法

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第1章 特集・新信託法
ファイナンス編
Finance Law Vol. 3
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
INDEX 序 章 (弁護士 中森 亘)
.................................................................................................................................. 4
第1章 特集・新信託法
1 新信託法の基本概念∼定義規定 (弁護士 堀野 桂子)
.................................................................................................................................. 8
2 新信託法における受託者の義務等 (弁護士 谷口 明史)
................................................................................................................................ 18
3 受益者・受益権に関する規定の整備 (弁護士 原 吉宏)
................................................................................................................................ 29
4 新たな信託類型の活用可能性 (弁護士 中森 亘)
................................................................................................................................ 37
第2章 ファイナンス取引における実務上の諸問題
1 資産流動化スキームと倒産手続に関する実務上の諸問題
(第3回 「倒産隔離」について②) (弁護士 中森 亘)
................................................................................................................................ 45
第3章 【速報】集団投資スキームにおける投資運用業∼金融商品取引法制に関する政省令案
等の公表を踏まえて∼ (弁護士 谷口 明史)
................................................................................................................................ 50
第4章 ファイナンス周辺基本法令
1 敷金にまつわる諸問題 (弁護士 澤木 一隆・弁護士 中西 敏彰)
................................................................................................................................ 65
3
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
序 章
弁護士 中森 亘
1 ファイナンス法務の動き
は実質的な見直しもなされることなく80年以
KLR別冊「ファイナンス編」Vol.2(昨年8月31
上もの年月が経過していたところ、上述のと
日刊)をお届けしてから少し間隔が空いてしま
おり、平成18年12月、実質的には新たな立法
いましたが、ようやくVol.3を発刊することがで
とも評価すべき全面的かつ抜本的な見直しが
きました。
なされ、条文数271条にも及ぶ新信託法が誕
(1) 新信託法の誕生
生しました1、2。同時に、関連する63件の法律
こ の 間、 第164回 通 常 国 会(平 成18年1月
についても整備等を行う「信託法の施行に伴
20日召集)で成立が期待されつつも継続審議
う関係法律の整備等に関する法律」(平成18
となっていた新信託法が、平成18年12月15
年法律第109号)も成立しています。
日、第165回臨時国会(同年9月26日召集)
なお、信託業に関する規律を定めた信託業
において可決・成立しました(平成18年法律
法は、規制緩和と事後チェック型社会への流
第108号)
。これを待っていたといえば言い訳
れを反映して、信託業の担い手の拡大3や受託
がましいですが、本号ではこの新信託法に関
可能財産の拡大4 などを目玉に平成16年11月
する主要な事項をいくつか取り上げ特集を組
に抜本的な改正がなされていますが、今般の
んでおります。遡ること、明治38年に担保附
信託法改正に伴ってさらに改正がなされてい
社債信託法(明治38年法律第52号)が制定
ます。
され我が国に導入されたとされる信託制度で
本号の特集でも解説しているとおり、新信
すが、その後、信託制度そのものの整備とい
託法では、多様化した社会的、経済的ニーズ
うより、乱立する信託業者を規制するための
に対応すべく、自己信託、限定責任信託、受
法整備が急務となって信託業法(大正11年法
益証券発行信託、遺言代用信託、受益者連続
律第65号)の制定が検討され、そのいわば前
信託、目的信託、事業信託、担保信託など、
提規律として現行信託法が制定されたのが大
新たな信託類型が容認されるとともに、受
正11年のことでした(大正11年法律第62号)。
託者の基本的義務(善管注意義務、忠実義務、
以来、社会の著しい変化・発展にもかかわら
自己執行義務等)の明確化、合理化及び任意
ず、七十数条しか条文を持たない現行信託法
法規化、受益者の権利保護の強化などが図ら
1. なお、立法形式としては、「信託法」という新たな法律を制定した上で、現行の信託法も廃止することなくその法律名を「公
益信託ニ関スル法律」と改めて存続させ、公益信託に関する規定以外の規定を削除するという形式がとられています。
2. 新信託法の施行日は、公布日(平成18年12月15日)から1年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされています
(附則第1項)。但し、自己信託に関する新信託法第3条第3号は施行日からさらに1年間凍結されることになっています(同
第2項)。
3. いわゆる管理型信託会社は、平成19年3月23日現在、合計7社(近畿財務局管轄4社、関東財務局管轄2社、東海財務局管
轄1社)が登録されています。また、信託業の担い手の拡大とともに、信託契約代理店制度や信託受益権販売業者制度など
も創設されました。
4. それまで受託可能財産は金銭、有価証券、金銭債権、動産、不動産等に限定されていましたが、このときの改正で財産権
一般に拡大され、とくに知的財産権の受託が可能になったとして注目されました。
4
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
れるなど、全体として規律の柔軟化(当事者
ら執筆の機会を与えられ、当事務所において
意思の優先)
、合理化及び明確化を図る一方で、
信 託PJチ ー ム を 結 成 し、 目 下、 浅 い 知 恵 を
事後救済措置(ペナルティを含む。)を強化す
寄せ集め悪戦苦闘しているところです。無事、
るという、最近の規制型立法の流れ(いわゆ
世に出ることになりました暁には、改めてご
る自由と規律)に沿うものと評価することが
案内させていただきます。
できるでしょう。かかる新信託法は、事業再
(2) 金商法政省令等速報
生や組織再編、M&A、金融取引(資金調達・
また、金融商品取引法に関連する政省令案
投資・運用等)などといった企業実務にも大
等が本誌脱稿直前に公表されました。時間や
いに活用できる要素を持っており、その内容
紙幅等の都合上、投資運用業に関連する事項
はもちろんのこと、活用可能性や問題点等を
に絞って速報させていただいております。
含めた全体像を理解しておくことは、今後の
(3) 実務上の諸問題
企業実務にとって非常に有益なことであると
思われます。
次に「ファイナンス取引における実務上の
諸問題」では、第1号から連載させていただ
(2) 金融商品取引法に関連する政省令
いている「資産流動化スキームと倒産手続に
また、待たれていた金融商品取引法 に関連
関する実務上の諸問題」を今号においても掲
する政省令案や金融商品取引業者に対する監
載し、今回は、資産流動化スキームにおける
督指針案が本年4月に金融庁から公表されまし
倒産隔離のもう一つの側面である、
「資産保
た。これで、証券取引法に替わる金融商品取
有ビークルの倒産からの隔離」をテーマにそ
引法制の具体像が見えてくるものと思われま
の諸論点を整理しました。倒産隔離の問題は
すが 、本号においては、投資運用業に関連す
その意義からして論者によって捉え方が異な
る部分に絞って緊急特集としました。
り、射程範囲や問題点等に対する考え方も様々
5
6
2 今号の内容について
(1) 新信託法特集
というのが実情です。こういった状況のもと、
実務がやや先走っているという面も否めない
上述のとおり、本号は新信託法の特集をメ
ところであり、今一度、倒産隔離の法的な問
インとしております。既に新信託法に関連す
題点とその考え方等について整理しておくこ
る政省令も公表されておりますが、信託は一
とも有用かと思われます。
部を除きこれまで活発に利用されてきたとは
(4) ファイナンス周辺基本法令
言い難い分野でもあり、その分、これまでの
最後にファイナンス実務に関連する周辺法
実務例や紛争事例も乏しく、新信託法の具体
令を取り上げるシリーズとして、今回は、賃
的な活用可能性や問題点等についても、今後
貸借契約における敷金の法的性質やその取扱
の議論や実務例の積み重ねに負うところが多
い等について解説しています。不動産を対象
いと思われます。その意味で、本号の特集は、
とする流動化スキームでは、対象資産が生み
皆様に新信託法を理解しこれを活用する契機
出す賃料収入がキャッシュフローの源泉とな
としていただくという位置付けにしておりま
るわけですが、私どものようなファイナンス
す。なお、信託の実務利用に重点をおいた書
法務に携わる弁護士からみて、そもそも賃貸
物が少ないことから、この度、ある出版社か
借契約において授受される敷金の法的性質に
5. なお、金融商品取引法については、前号(Vol.2)で特集を組んでおりますのでご参照ください。
6. 施行は本年9月頃といわれています。
5
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ついて、意外に理解されていないなというの
ジし、皆様に良質かつ最新のリーガルサービス
が正直な実感です。今回は、その敷金につい
をご提供させていただく所存でおりますので、
て理解を深めていただくべく取り上げさせて
今後ともご指導とご鞭撻を賜りますよう宜しく
いただいた次第です。
お願い申し上げます。
3 序章の最後に
以 上
私どもにおきましては、今後も継続して研究・
研鑽を重ね、皆様からのご批判・ご教授等も仰
本冊子に関するご意見・ご感想、ファイナ
ぎながら、更なる専門知識の獲得とスキルの向
ンス・金融法分野等でご関心のあるテーマ等
上を図ってまいりたいと切に願っております。
をお知らせ下さい。
また、同時に新しい分野にも積極的にチャレン
6
(E-mail:[email protected])
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
第1章 特集・新信託法
【用語の表記について】
新法
信託法(平成18年12月15日法律108号)
現行法
信託法(大正11年4月21日法律第62号)
改正業法
信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成18年12月15日法律第109号)
によって改正された信託業法
現行業法
信託業法(大正11年4月21日法律第65号)
要綱試案
法務省民事局参事官室『信託法改正要綱試案』
補足説明
法務省民事局参事官室『信託法改正要綱試案 補足説明』
法制審議会第●回議事録
法制審議会信託法部会議事録第●回会議 議事録
四宮
四宮和夫『信託法〔新版〕』有斐閣
能見
能見善久『現代信託法』有斐閣
新井
新井誠『信託法〔第2版〕』有斐閣
金判増刊
道垣内弘人・小野傑・福井修編集「新しい信託法の理論と実務」金融・商事判例増刊
1261号
7
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
1 新信託法の基本概念∼定義規定
弁護士 堀野 桂子
第1 はじめに
なる財産が完全に移転2すること、②移転された
今般、制定以来、初めて実質的な改正がなされる
信託の目的となる財産(信託財産)を受益者の
ということで新たに信託に興味をもたれた方も多い
ために管理処分する制約を受託者に課すこと、
と思われます。そこで、以下、信託の基本的な仕組
にあるとされています。
みとともに、新法において整理された定義規定を概
2 「信託」の定義
観していくこととします。
現行法においては、「信託」とは「財産権の移
転其の他の処分を為し他人をして一定の目的に
第2 「信託」の仕組みとその定義
従い財産の管理又は処分をなさしむる(こと)
」
1 信託の仕組み
と定義されていますが(現行法第1条)、新法で
そもそも信託とは、財産を有する者(委託者)
は、「
(新法第3条)各号に掲げる方法のいずれか
が、自己または他人(受益者)のために、当該
により、特定の者が一定の目的(専らその者の
財産(信託財産)の管理・処分等を管理者(受託
利益を図る目的を除く。)に従い財産の管理又は
者)に委ねる仕組みのことです。そして、かか
処分及びその他の当該目的の達成のために必要
る信託には、受託者の行う財産の管理・処分等
な行為をすべきもの」と定義されています(新
が、①委託者本人のためではなく、第三者たる
法第2条第1項)。
受益者の利益のためになされる場合(他益信託)
かかる新法と現行法の定義の違いとして、新
と、②委託者本人(委託者兼受益者)のために
法では、信託の設定方法が明記されていること、
なされる場合(自益信託)
、とがあります1。
信託の目的に除外事由が設けられていること、
受託者の権限の範囲が明確にされていることが
《図1:①他益信託のイメージ》
委託者
受託者
信託
受益権の
付与
信託財産
受益者
指摘されています。そこで、以下、そのような
違いについて詳述することとします。
3 信託の設定方法
まず、新法においては、
「
(新法第3条)各号に
掲げる方法のいずれかにより」と規定されてお
《図2:②自益信託のイメージ》
り、信託の方法について明文で定められていま
委託者兼
受益者
信託
受益権の
付与
受託者
信託財産
す。信託の方法の具体的内容については、
「信託
行為」の定義の検討において詳述することとしま
すが、中でも、信託の方法の一つとして、現行法
このように、信託の当事者には、委託者、受
上、その有効性に争いのあった「自己信託」3(信
託者及び受益者の三者が存在し、信託の伝統的
託宣言)
、すなわち、委託者自身が受託者となっ
な特徴は、①委託者から受託者に信託の目的と
て爾後自己の財産権を他人のために管理・処分
1. 新井59頁参照
2. ただし、新法においては、後述するとおり、財産の移転のみならず、担保権の設定といった設定的移転も含まれることが
明らかになりました。
3. 附則2項「自己信託に関する経過措置」との表題から「自己信託」と呼ばれています。
8
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
する旨を宣言することによって信託を設定する
こと(新法第3条第3号)
、
を明文で認めるにいたっ
たことは重要です。
様です。
なお、新法第2条第1項においては、現行法と
異なり、「専らその者の利益を図る目的を除く」
そもそも現行法上は、自己信託の効力を否定
と規定されています。しかしながら、かかる記
する説が通説的見解であり、その論拠の一つと
載は単なる確認的意味しか有していないと解さ
して、信託は「他人ヲシテ」財産の管理又は処
れており、「その者」、すなわち受託者のみが利
分をさせることと定義づけられていたことがあ
益を得ることとなる場合には、単に受託者の所
げられていました4。しかしながら、自己信託に
有と位置づければ足り、これをあえて信託と位
よる信託設定の簡便性など様々なニーズ から、
置づける必要がないので7、信託法の適用を受け
自己信託の有効性を認めることとし6、そのため
る「信託」の定義から除外したに過ぎないので
に、自己信託の効力否定説の論拠の一つとなっ
す8。
ていた「他人をして」という文言は削除され、
5 信託の対象となる「財産」とは
5
代わりに「特定の者」という文言が用いられる
次に、信託の対象となる「財産」とは、金銭
こととなったのです(新法第2条第1項)。
的価値に見積もり得るもの全てとされていま
4 「一定の目的」とは
す。この「財産」には、特許権等の知的財産権
受託者は委託者から取得した信託財産を管
はもちろんのこと、特許を受ける権利、外国の
理・処分等することになるわけですが、受託者
財産権、将来債権なども含まれると考えられて
のかかる権限の範囲を定めるために、信託の設
います9。ただし、現行法と同様、委託者の生命、
定においては信託の目的を定めることが必要要
身体、名誉等の人格権は含まれません。これは、
件とされており、この点は現行法においても同
委託者の財産権から分離することが可能な財産
4. 自己信託の効力が否定されていた論拠として、この他に、①財産隠匿の弊害を理由に自己信託の現行法への導入の際に見
送られた経緯があること、②公示手段が不備であること、③執行免脱に対する懸念があること、④法律関係が不明確にな
りやすいこと、⑤委託者と受託者が同一であることから、受託者の義務懈怠に対する抑制が働きにくく、結果として受益
者の利益が満たされない可能性があること、などがありました(新井122頁参照)。
5. この他にも「流動化取引における資金調達において、時間的・費用的コストを節約できること、あるいは損害保険会社の
代理店の手元にある保険料やサービサーの回収金の資金管理スキームに有益であるというような指摘、銀行債権の流動化
や事業の信託に資するという指摘、商法上のトラッキング・ストックに類した特定事業部門の切り出しによる資金調達に
有益である」との指摘がなされていました(法制審議会第16回議事録)
。また、未成年者の子供のために、その親が予め特
定の財産を自己信託し、自己の経済的な破綻等に備えるという活用方法も提唱されています(寺本振透編集代表『解説新
信託法』弘文堂4頁)。
6. ただし、新法において自己信託を認めるか否かについて鋭く意見が対立していたため、衆議院法務委員会における法案の
採択に際して「適用が締結された1年間が経過するまで、その周知を図るとともに、会計上および税務上の取扱いその他の
事項に関する検討、周知その他の所要の措置を講ずること」との付帯決議がなされました。その結果、附則2項において「第
3条3号の規定はこの法律の施行の日から起算して1年を経過する日までの間は適用しない」と定められています。
7. 法制審議会第1回議事録
8. ただし、新法においては、受託者が受益権の全部を固有財産として有する状態が1年間継続したときは信託の終了原因に
該当するとの規定があるため(新法第163号第2号)、1年間に限っては固有財産として保有することも可能であることが明
文で認められています。かかる規定の趣旨は、受託者が受益者を兼ねる状態が生じたとしても、新受託者を選任し又は受
益権を譲渡すればそのような状態が解消されるため、あえて直ちに当該信託を無効とする必要性がないところにあります。
また「資産流動化を目的とする信託などにおいては、委託者を当初受益者とした上で、受託者が委託者から受益権を買い
取って委託者の資金調達ニーズを充足させ、その後に、受託者が投資家に対して当該受益権を譲渡するという実務上のニー
ズがあるとの指摘」もあり、かかる指摘に対応できることにもなります(別冊NBL編集部編「信託法改正要綱試案と解説」
別冊NBL104号83頁)。
9. 法制審議会第1回議事録、同第3回議事録
9
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
のみが信託の対象たりうるとするのが通説10であ
財産の信託の設定と同時に委託者が有していた
るところ、人格権は、一身専属的な権利であり
債務を受託者に移転させ、かつ、信託財産をそ
譲渡することができないからです。そのため、
の債務の引き当てとする債務引受ができること
例えば、著作権は信託の対象となりますが、著
が明文化されました(新法第21条第1項第3号)
。
作者人格権の信託は認められないということに
これにより、実質的に、委託者に属する積極財
なります。
産と消極財産の集合体である特定の事業自体を
なお、現行法では、
「財産権」と規定されてい
信託したのと同様の状況を作出することが可能
たところ、新法では「財産」という文言に変わっ
になったといわれています15。現行法下における
ていますが(新法第2条第1項)
、これは信託の対
実務においては、一旦、信託を成立させた後に、
象として必ずしも「○○権」と言えるまでに法
別途、受託者が委託者より債務を引受けていた
的に成熟したものである必要はないということ
ところ16、新法においては、信託の設定と同時に
を明らかにする趣旨11であり、信託の対象となり
既存の債務について信託財産を引き当てとする
うる財産自体については、特段、現行法と異な
債務引受ができるということが明らかになった
るところはないものと考えられます。
といえますが、あくまで債務引受という法律行
ところで、かかる「財産」に消極財産は含ま
為が信託行為にあわせて別途必要17であるため、
れるのでしょうか。現行法における通説12では、
現行法と実質的に大きな違いはないのではない
積極財産でなければ信託の対象たりえず、消極
かとも思われます18。
財産自体を信託することは認められないとされ
6 受託者の権限について
ています。これは、消極財産も受託者に帰属さ
受託者の権限として、上記のとおり、現行法
せようとするには、民法の一般原則に従って、
上は財産の「管理又は処分」とのみ定義にあり
受託者による債務引受 という別途異なる法律行
ましたが(現行法第1条)、実際は管理又は処分
為が必要であると考えられるからです。この点、
という法律行為に限定されるものではないと解
新法においても、
「財産」には消極財産は含まれ
釈されていました。そこで、現行法におけるか
ないと解釈されており 、現行法と異なるところ
かる解釈を明らかにする趣旨で、新法では、
「そ
はありません。ただし、新法においては、積極
の他の当該目的達成のために必要な行為」がで
13
14
10. 四宮137頁参照
11. 法制審議会第1回議事録
12. 四宮133頁参照
13. 債務引受とは、債務をその同一性を維持したまま、従来の債務者から第三者たる債務引受人に移転するという法律上の概
念であり、従来の債務者が債務を免脱されずに引受人が同一内容の債務を負担するに過ぎない重畳的債務引受(併存的債
務引受)と、従来の債務者が免責され引受人だけが債務者となる免責的債務引受があります。そして、重畳的債務引受は
債務者と引受人との二者間の債務引受契約によって可能ですが、免責的債務引受は債務者、引受人及び債権者の三者間の
債務引受契約を締結するか、債務者と引受人の二者間の債務引受契約に加えて債権者の承諾が必要とされています(我妻
英・有泉亨著『〔新版〕コンメンタール債権総則』(平文堂)269頁以下)。
14. 寺本昌広ら「新信託法の解説(1)」金融法務事情1793号12頁参照
15. 補足説明4頁。寺本昌広ら「新信託法の解説(1)」金融法務事情1793号12頁参照・同1794号22頁参照。なお、事業信託に
ついては、中森弁護士担当の本号別稿「新たな信託類型の活用可能性」をご参照ください。
16. 田中和明「事業の信託に関する一考察(上)」NBL829号51頁
17. そのため、事業信託を実現しようと思えば、信託契約において、債務引受の条項を特に設ける必要があります。そして、
債権者から同意が得られねば、委託者は当然には免責されず、委託者と受託者の両名が債務の負担を負う、重畳的債務引
受の効力が生ずるに過ぎないことにも注意が必要です(寺本昌弘ら「新信託法の解説(2)」金融法務事情1792号22頁参照)
。
18.「改正信託法下の新しい信託実務(上)」銀行法務21・673号26頁における谷健太郎発言
10
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
きる旨、追記されました(新法第2条第1項)。な
お、具体的には、信託の管理のために必要な費
用の借入行為などがあります。
次 に、 信 託 を 設 定 す る 行 為 に つ い て 検 討 し
ます。
現行法では信託の設定行為について規定がな
また、
「行為」との文言が用いられているとお
かったため、通説では信託の設定行為を民法上
り、受託者の行為(権限)は法律上のみならず
の基本概念である法律行為の一種として位置づ
事実上の行為も含み、いずれをも行うことが可
け、これを「信託行為」と呼んでいました20。し
能であることが明らかにされています。しかし、
かし、新法において、「信託行為」とは「2条2項
これも現行法の解釈上も認められていることで
各号に掲げる信託の区分に応じ、当該各号に定
あり、新法でも現行法と異なるものではありま
めるもの」と定義されており(新法第2条第2項)
、
せん。
具体的には、①信託契約、②遺言、③3条3号に
7 受益者の存在が定義には含まれていないこと
定める書面又は電磁的記録によってする意思表
ところで、信託の当事者として受益者も存在
しますが、新法上、受益者の存在は「信託」の
示(自己信託)、と明記されています。
2 自己信託
定義に含まれていません。現行法19上も、受益者
この点、現行法においては、上記①の契約に
の存在は定義に含まれておらず、その点では共
よる信託と、②の単独行為たる遺言による信託
通しているといえます。しかし、現行法におい
(現行法第2条)は認められていましたが、上記
ては受益者の存在しない信託(目的信託)につ
したとおり、様々な弊害論から、③の自己信託
いては、その目的が公益性のあるもの(公益信
についてはその有効性について争いがありまし
託)のみが有効であると解されていたところ、
た。そこで、新法においては、財産の帰属状態
新法第258条以下においては、
「受益者の定めの
が不明確になり財産隠匿のおそれや債権者を害
ない信託の特例」が新設され、非公益目的の信
するおそれがあるなど、従来主張されてきた自
託についても明文規定で認められています。そ
己信託の様々な弊害21を回避するべく、設定方法
のため、受益者の存在を定義に加えていないこ
という手続の限定22や様々な制約をもうけること
とが、現行法に比して意味をもっているといえ
を条件に自己信託を許容することとしました(新
ます。
法第3条第3号等)。
まず、具体的な設定方法として、公正証書そ
第3 「信託行為」とは
1 概説
の他の書面または電磁的記録で当該目的、当該
財産の特定に必要な事項その他の法務省令で定
19. 現行法上、信託当事者の中で信託から生じる経済的利益の直接的な享受主体となるのが受益者であるという、受益者の位
置づけの重要性に鑑み、信託が有効に成立するためには、信託行為時において受益者を特定しうることが必要とされ、受
益者を確定しえないものは、公益信託を除き有効とは認められないと解釈されています(補足説明186頁、前掲注1・新
井138頁)。しかしながら、公益目的とは認められなくとも、資産流動化・証券化スキーム、市民活動や特定の企業の発
展に功績のある人に奨励金を出すための財産管理などにおいて、受益者を特定せずに信託を設定するニーズが高まったこ
とから、新法において受益者を定めない目的信託制度が新設されました(補足説明186頁、道垣内弘人「改正信託法の趣
旨と概要」RMJ94号28頁参照)。
20. 新井112頁参照
21. 前掲注4参照
22. この点、信託法改正要綱試案において、原則として自己信託を認める案(甲案)、信託の目的によって自己信託を認める案(乙
案)も合わせて検討されていましたが、甲案は自己信託の執行免脱の懸念等未だ自己信託に対する懸念が強いため、逆に
乙案は目的による規制は柔軟な信託制度の運用を妨げる恐れのあることから、結果として自己信託の設定に要式性を要求
し、手続を遵守したもののみ自己信託として新法上の効力を認めるということになりました。
11
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
める事項を記載しまたは記録したものによって
かかる詐害行為取消訴訟を提起して信託財産に
行うことが必要とされ(新法第3条第3号)
、さら
属する財産を当該委託者の固有財産に帰属させ
に、自己信託が(ア)公正証書または公証人の
るという手続をとることなく、当該信託がなさ
認証を受けた書面もしくは電磁的記録によって
れたときから2年間に限って、当該信託財産に対
される場合は当該公正証書等の作成によって、
して直接強制執行等できるとされ(新法第23条
(イ)公正証書等以外の書面又は電磁的記録に
第2項・第4項)、詐害行為取消訴訟提起の負担が
よってなされる場合には受益者となるべき者と
軽減されているのです23。
して指定された第三者(当該第三者が2人以上
また、自己信託では目的信託は設定できない
の場合には、その1人)に対する確定日付ある
こと(新法第258条第1項参照)、自己信託の設
証書による当該信託がなされた旨及びその内容
定行為に特段の定めのない限り、会社法その他
の通知によって、それぞれ信託の効力が発生す
の法律の規定による法人の事業の譲渡に関する
ると定められています(新法第4条第3項)
。この
規定の適用があること(新法第266条第2項)と
ように信託の設定に要式性が必要とされる趣旨
され、自己信託の濫用を防止する措置がとられ
は、信託設定時期を明確にすることによって債
ています。
権者詐害目的の設定行為を防止するところにあ
3 信託契約及び遺言による信託
ります。
次に、①信託契約及び②遺言による信託設定
さらに、自己信託に対する制約を見てみると、
の具体的方法をみてみると、(ⅰ)「特定の者に
債権者詐害防止の観点から、詐害的信託に対す
対し財産の譲渡、担保権の設定、その他の財産
る詐害行為取消訴訟提起の負担が軽減されてい
の処分をする」こと、(ⅱ)「特定の者が一定の
ることが挙げられます。この点、新法において
目的に従い財産の管理又は処分その他の当該目
も、原則として、詐害的信託がなされたとして
的の達成のために必要な行為をすべき」ことに
も、当該信託前に生じた委託者に対する債権を
ついて、それぞれ、①信託契約を締結、または、
有する者は、信託財産が受益者に給付されてい
②遺言をすること、とされています。
ない場合には受託者に対して、信託財産が既に
このうち、(ⅰ)についてみると、現行法第1
受益者に給付されている場合には受益者に対し
条においては、「財産権ノ移転其ノ他ノ処分」と
て、それぞれ詐害行為取消訴訟(民法第424条第
されているのに過ぎないのに対して、新法では、
1項)を提起し信託財産を委託者の固有財産に取
財産の処分の例示として「担保権の設定」とい
り戻した上でなければ、信託財産に対して強制
うことが挙げられています(新法第3条第1項第1
執行等することはできません(新法第11条第1項
号・第2号)。これは、いわゆるセキュリティ・
及び第4項)
。しかしながら、新法では、自己信
トラスト、つまり、債務者を委託者、担保権者
託において、委託者がその債権者を害すること
を受託者、債権者を受益者とする担保信託の設
を知って信託をしたときには、当該委託者に対
定 が 可 能 で あ る と い う こ と を 明 示 す る 趣 旨24
する債権で信託前に生じたものを有する者は、
です。
23. ただし、受益者が存在する場合で、その受益者の全部又は一部が受益者として指定を受けたことを知ったとき又は受益権
を譲り受けたときにおいて債権者を害すべき事実を知らなかったときには適用されません(新法第23条第2項但書)
。し
たがって、受益者等から第三者異議の訴えが提起されたときに、債権者が詐害行為取消権の規律に準じて、当該信託の設
定が債権者を害することを債務者である委託者が知っていたことを証明しなければなりません(補足説明186頁)。
24. 法制審議会第1回議事録。なお、担保信託については、中森弁護士担当の本号別稿「新たな信託類型の活用可能性」をご
参照ください。
12
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
なお、信託契約の効力発生時期について付言し
銭)、新法第228条第3項(欠損額が生じた場合
ますと、現行法上、信託契約の法的性質につい
に受益者から受託者に対し支払われた金銭)
、新
て、財産の移転等が必要であるか否かによって要
法第254条第2項(会計監査人の損失てん補責任
物契約説と諾成契約説との対立 があったところ、
として会計監査人が受託者に対し交付した金銭
新法において、上記のとおり信託行為は契約の締
その他の財産)の規定により信託財産に属する
結とされ、現に財産の移転等を行う必要性までは
こととなった財産、とされています。
規定されていないことから、現行法上の通説であ
3 信託財産と固有財産
25
る諾成契約説26 が採用27 されていることが明確に
なりました(新法第4条第1項・第2項)
。
ところで、新法には、「信託財産」に対する概
念として「固有財産」に関する定義規定があり、
「固有財産」とは「受託者に属する財産であって、
第4 「信託財産」とは
1 概説
信託財産に属する財産でない一切の財産」と定
義されています(新法第2条第8項)。かかる「信
信託の対象となる財産、すなわち「信託財産」
託財産」と「固有財産」の峻別を具体的にいえ
は「受託者に属する財産であって、信託により
ば、例えば、受託者が信託Aと信託Bの複数の
管理又は処分をすべき一切の財産」と定義され
信託の受託者となっている場合には、受託者の
ています(新法第2条第3項)
。かかる定義は、現
財産は、信託Aの「信託財産」、信託Bの「信託
行法の趣旨を基本的に維持したものといえます
財産」及び受託者の「固有財産」にそれぞれ峻
が、このうち「財産」の具体的内容については、
別することができることになります。なお、か
「信託」の定義のところで詳述したとおりです。
2 信託財産の範囲
かる財産の峻別について信託Aを基準にして見
れば、信託Aの「信託財産」、受託者の「固有財
なお、新法では、信託財産の範囲が明文で定
産」、受託者の他の財産として信託Bの信託財産
められています(新法第16条)
。具体的には、①
が、それぞれ位置づけられます(図3参照)
。か
信託行為において、信託財産に属するべきもの
かる財産の峻別構造を理解することは、後に説
と定められた財産、②信託財産に属する財産の
明する「信託財産責任負担債務」(新法第2条第
管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受
9項、同法第21条)の引き当てとなる財産をイメー
託者が得た財産、③新法第17条(信託財産に属
ジする際に重要なものとなりますので、よく覚
する財産への附合等)
、新法第18条(信託財産に
えておいてください。
属する財産と固有財産とを識別できなくなった
《図3:受託者に属する財産のイメージ》
場合)
、新法第19条(信託財産と固有財産等とに
属する共有物の分割)
、新法第226条第3項(受
信託 A の信託財産
固有財産
信託 B の信託財産
益者に対する信託財産にかかる給付に関する責
任として受益者から受託者に対し支払われた金
受託者の財産
25. 典型的な要物契約説を採れば、委託者をはじめとする信託当事者は財産が移転するまで信託契約の拘束を受けず、いつで
も信託契約が撤回されるおそれがあるとされ、諾成契約説によればそのようなおそれはなく信託契約の締結をもって当事
者は拘束されることになります。
26. ただし、諾成契約説であっても、財産の移転以前には分別管理義務や帳簿作成義務は生じないということと,給付請求に
応ずべき責任財産は存在しないということで,給付義務もないというのがその前提です(法制審議会第20回議事録)
。こ
の点についても、現行法上における諾成契約説と異なるところはありません。
27. 諾成契約説の立場からの帰結として、信託契約の効力の発生時期は原則として信託契約の締結時であり、当事者の合意に
よって発生時期を定めることもできるとの条項が新設されました(新法第4条第4項)。
13
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
第5 「受益権」とは
1 概説
受益者が有する権利である「受益権」とは、「信
定されていなかったため、受益者の権利規定の
うち、どの条文がいずれの権利に関する規定な
のか、明確ではありませんでした31。
託行為に基づいて受託者が受益者に対し負う債
これに対し、新法の定義は、現行法における
務であって信託財産に属する財産の引渡しその
解釈を整理しており、自益権として、経済的利
他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債
益を取得する受益者の債権的権利であるところ
権(
「受益債権」
)及びこれを確保するためにこ
の「信託行為に基づいて受託者が受益者に対し
の法律の規定に基づいて受託者その他の者に対
負う債務であって信託財産に属する財産の引渡
し一定の行為を求めることができる権利」と定
しその他の信託財産に係る給付をすべきものに
義されています(新法第2条第7項)
。
かかる債権」たる受益債権と、共益権として、
この点、受益権について、現行法上定義規定
自益権を保護するための補足的または補充的な
はなく、受益権の法的性質については信託の法
権利であるところの「(受益債権を)確保する
的構造の解釈に関連して、通説的見解28である債
ためにこの法律の規定に基づいて受託者その他
権説(受託者は委託者より信託財産の完全な所
の者に対し一定の行為を求めることができる権
有権を取得するところ、受託者が当該信託財産
利」とを明確に区別しており、その権利の総体32
を受益者のために管理・処分等しなければなら
が受益権であるとされています。そして、新法
ないというのは債権的な制約であり、受益者の
においては、適宜、受益権と受益債権の文言が
受託者に対する受益権も債権的請求権として拘
使い分けられており、いずれの権利を対象とす
束力をもつに過ぎないとする説)と、
有力説29(受
るのか、明確化されています(新法第4章第2節
託者の完全な所有権取得を否定し、受益権は受
第3款参照)。
益者の受託者に対する債権的請求権を基本とし
《図4:受益権のイメージ》
つつも、第三者へも対抗しうる物的権利を含む
複合体であるとする説)等、諸説対立がありま
した。ただし、いずれの説にしても、受益権は
受益者
受益債権
信託法上の権利
受託者
信託法上の権利
信託行為に基づいて有する複合的権利の総体と
その他の者
解釈されており、株式会社における株主権と同
様、いわば自益権(受益者の経済的利益を取得
2 受益権の具体的内容
するための権利)と共益権(受益者の利益を守
それでは、受益権の内容を具体的にみてみま
るための補足的あるいは監督的機能としての権
しょう。例えば、受託者が受益者Aに対し「10
利)からなると解釈されていました30。しかしな
年間、毎年1月1日に一定額の金銭を支払うとと
がら、現行法上は「受益権」という文言しか規
もに、10年後には家屋を引き渡す」との定めの
28. 新井34頁
29. 四宮76頁
30. 四宮316頁、新井57頁
31. 天野佳洋・折原誠・谷健太郎編著『一問一答改正信託法の実務』(経済法令研究会)242頁
32. 現行法においては、受益者の義務として受託者に対する費用及び損害補償義務(現行法第36条)、報酬支払義務(現行法
第37条)が規定されていることから、受益権は権利義務の総体であるとの見解もありましたが、新法において受益権は権
利の総体であることが明確になりました。なお、新法における受託者の費用及び損害補償請求権(新法第48条)
、報酬請
求権(新法第54条)については、受託者が個別に受益者と合意した場合にのみ当該受益者に対して費用等を請求できると
規定されており(新法第48条第5項、第54条第4項)、受益者が法律上当然に費用等支払義務を負うものではありません。
14
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ある信託契約を締結していた場合、受益者Aが
新法第21条第1項各号に規定されており、例え
有する受益権の具体的内容はいかなる権利にな
ば、受益債権にかかる債務が含まれています。
るのでしょうか。
そして、上記したとおり、同項第3号においては、
まず、受益者Aは、受益債権として、①10年
信託設定前に生じた委託者に対する債権であっ
後を弁済期とする家屋引渡債権、②1年が経過
て、当該債権にかかる債務を「信託財産責任負
するごとに金銭の給付を受ける請求権を生じさ
担債務」とする旨、信託行為において定めるこ
せる基本権たる定期金債権、③②から派生する
とができるとされたことで、信託設定時におい
支分権として1年経過するごとに具体的に発生
て既存の債務の引受けが可能となりました。
する金銭の給付を受ける定期金給付債権を各々
また、上記したとおり、「信託財産責任負担債
有します。また、受益者Aは受益債権を確保す
務」のうち、信託財産に属する財産のみをもっ
るための権利として、受託者の信託違法行為に
てその履行の責任を負う債務もあります。その
対する差止請求権(新法第44条)
、受託者の行
範囲は新法第21条第2項各号に定められており、
為を監視するための帳簿閲覧請求権(新法第38
例えば、受益債権にかかる債務、限定責任信託
条第1項)
、信託行為に反して受託者が家屋を売
の「信 託 債 権 」 に か か る 債 務 が こ れ に 該 当 し
却したときの当該行為の取消権(新法第27条)
ます。
などを有しています。そして、これらの受益者
3 「信託債権」とは
Aが有する権利の総体こそが、受益権となるの
です。
ここで、新法には「信託債権」という言葉も
規定されていますが、これは、「信託財産責任
負担債務に係る債権であって受益債権でないも
第6 「信託財産責任負担債務」とは
1 概説
の 」 と 定 義 さ れ て お り(新 法 第21条 第2項 第2
号)、例えば、信託財産を管理するために受託者
他方、受託者からみた債務として、新法で新
が業務委託契約を締結した際の、当該業務委託
たに規定された概念「信託財産責任負担債務」
契約に基づく委託料支払請求権などを例として
があります。これは、
「受託者が信託財産に属す
挙げることができます。
る財産をもって履行する責任を負う債務」と定
義されています(新法第2条第9項)
。この点、「信
《図5:信託財産責任負担債務の引当となる財産のイメー
ジ》
託財産に属する財産をもって」と定義されてお
信託債権など(第 21 条第 1 項各号)
り、固有財産に属する財産をもって履行する責
任がないのか否かが問題となりますが、信託は
信託 A の受益債権にかかる債務など(第 21 条第 2 項各号)
法人を創設する制度ではなく、信託財産を巡る
信託 A の信託財産
固有財産
信託 B の信託財産
権利義務は受託者に帰属するのであって、原則
受託者の財産
として受託者は固有財産をもって弁済する義務
があることから、当然に固有財産に属する財産
をもって履行する責任があります。これは、「信
託財産責任負担債務」のうち、信託財産に属す
第7 「限定責任信託」とは
1 概説
る財産のみをもってその履行の責任を負う債務
また、債務との関係で新たに規定された概念
が別途規定されていること(新法第21条第2項)
として「限定責任信託」があります。「限定責任
からも認められます。
信託」とは、「受託者が当該信託の全ての信託財
2 信託財産責任債務の範囲
産責任負担債務について信託財産に属する財産
そして、
「信託財産責任負担債務」の範囲は、
のみをもってその履行の責任を負う信託」と定
15
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
義されています(新法第2条第12項)
。このよう
に「限定責任信託」は受託者の責任財産の範囲
《図6:限定責任信託における信託財産責任負担債務の引
当となる財産のイメージ》
を信託財産に限定するものであって、これによ
信託財産責任負担債務全て
り受託者が信託を受託しやすくなり、信託のよ
信託債権・A信託の受益債権にかかる債務など
り一層の活発利用を契機づける制度として注目
(第 21 条第 1 項・2 項各号)
を集めています。
そもそも、上記したとおり、信託においては、
信託 A の信託財産
固有財産
信託 B の信託財産
信託事務から生じた債務は受託者自身の債務に
受託者の財産
なり、信託財産のみならず受託者の固有財産も
責任財産になってしまうのが原則です。しかし
ながら、これでは、受託者の負担が過度に重く
なる危険性があります。そこで、現行法上も、
実務においては、信託行為において責任財産限
定特約をつけることでかかる危険性を回避して
第8 信託の併合、分割
最後に、信託の併合と分割という、新たな概念に
ついてみてみます。
1 「信託の併合」とは
いましたが、当該特約に賛同しない債権者は拘
「信託の併合」とは、「受託者を同一とする二
束されないことや、そもそも契約関係にない第
以上の信託の信託財産の全部を一の新たな信託
三者に対する債務の方が多いことなどから、一
の信託財産とすること」と定義されています(新
般的に受託者の有限責任を許容する制度として
法第2条第10項)。例えば、会社の合併などによ
新設されたのが「限定責任信託」の制度です。
り、別々にあった年金信託を1つに統合して運
2 債権者保護の必要性
用するときなど、信託の投資効率を上げるため
他方、信託財産責任負担債務に係る債権者か
に複数の信託財産を統合する場合に有用と考え
らみれば、同じ受託者自身の債務であるにもか
られています33。
かわらず、その引き当てとなるべき財産の範囲
《図7:信託の併合》
が信託財産のみに限定されるとなると、取引の
安全を害する危険性もあります。そこで、新法
では、限定責任信託における債権者保護のため
の規定が設けられており、例えば、限定責任信
託の効力発生要件として限定責任信託とする旨
信託財産 A
信託財産 B
受託者
信託財産
(A+B)
受託者
2 「信託の分割」とは
の登記が義務付けられ(新法第216条第1項)、
「信託の分割」とは、吸収信託分割または新規
また、受託者の取引の相手方に対して限定責任
信託分割のことをいい、①吸収信託分割とは、
信託である旨明示する義務(新法第219条)など
「ある信託の信託財産の一部を受託者を同一とす
が設けられています。
る他の信託の信託財産として移転すること」(新
法第2条第11項)であり、②新規信託分割とは、
「ある信託の信託財産の一部を受託者を同一とす
る新たな信託の信託財産として移転すること」
(同項)と定義されています。例えば、企業再編
に伴い、一方の信託を分割して他の信託に統合
33. 補足説明148頁参照
16
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
する場合等に有用であると考えられています34。
第9 最後に
以上のとおり、新法においては様々な定義規定が
《図8:吸収信託分割》
おかれていますが、その中には、信託の基本概念や
信託財産A
信託財産B
信託財産A″+B
信託財産A′
受託者
受託者
受託者
現行法における解釈と共通しているといえますが、
新法によって新設された定義もあり、用語・概念を
《図9:新規信託分割》
信託財産A
現行法上の解釈を明確するだけのものなど、多くは
信託財産A′
信託財産A″
確認の上、新法の内容にあたることが肝要です。
以 上 受託者
34. 補足説明149頁、寺本昌広ら「新信託法の解説(4)」NBL853号24頁参照
17
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
2 新信託法における受託者の義務等
弁護士 谷口 明史
第1 はじめに
事務遂行義務、②善管注意義務、③公平義務、④忠
受託者(trustee)は、委託者や受益者と異なり、
実義務、⑤自己執行義務、⑥分別管理義務、⑦帳簿
信託にとって終始欠くことのできない必須の要素で
等の作成等を含む情報提供義務が定められてい
あるだけでなく、信託財産の管理・運用は受託者
ます6。
あってはじめて可能になることから、信託関係の
これらの義務は現行法においても法律上又は解釈
「要」1あるいは「キー・パーソン」2といわれます。
上認められていましたが、新法では、その「合理化」
そして、新法では、受託者はその義務の面から、
が図られました7。すなわち、わが国の信託法制は、
「信託行為の定めに従い、信託財産に属する財産の
業者規制法として出発したという経緯もあり、受託
管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のため
者の義務につき過剰規制であるとの批判があったこ
に必要な行為をすべき義務を負う者」(新法第2条
とから、新法においては当事者の私的自治が尊重さ
第5項)と定義されました 。信託(trust)とは、そ
れ、受託者の義務の内容が適切な要件のもとに「合
の名のとおり、受託者に対する「信頼(trust)」に
理化」されました(信託の当事者の合意(信託行為)
基礎を置いた制度であるため、受託者には、その信
により、多くの受託者の義務は減免されることとな
頼に応えるための厳しい義務が課されます。「『信
りました。)。
3
本稿では、受託者の義務のうち信託事務遂行義
頼』とそれに応える『誠実』が信託の基本思想であ
る」とされる所以です4。
務・善管注意義務、忠実義務、自己執行義務、分別
このように信託にとって不可欠とされる受託者の
管理義務を中心として、新法や同時に施行される改
義務の中心は、一般に、注意義務(duty of care)
、
正業法8 において、受託者の義務に関する規定が現
忠 実 義 務(duty of loyalty)
、 自 己 執 行 義 務(duty
行法・現行業法からどのように変わるのか、また、
not to delegate)
、分別管理義務(segregation rule)
今後の実務において留意すべき点は何かについて解
の4つとされます5 が、新法においても、受託者に
説します。
は、これらを含めて様々な義務、すなわち、①信託
1. 能見善久『現代信託法』有斐閣66頁
2. 新井誠『信託法〔第2版〕』有斐閣134頁
3. なお、新法第26条は、「受託者は、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行
為をする権限を有する。但し、信託行為の定めにより受託者の権限を制限することは妨げられない。」と受託者の権限を規
定し、借入れ等の信託目的達成に必要な行為をすることができることが確認されました(寺本昌広ほか「新信託法の解説(3)」
金融法務事情1795号38頁)。
4. 以上につき、前掲注1・能見4頁。なお、能見教授は、信託のもう1つの重要な思想として「自由と創造性」を挙げられて
います。
5. 神田秀樹「いわゆる受託者責任について:金融サービス法への構想」フィナンシャルレビュー March-2001(財務省財務総
合研究所)99頁
6. 現行法では、合手的行動義務(受託者が複数ある場合に共同受託者全員一致により行動しなければならない)も定められ
ていました(現行法第24条第2項)が、効率的な事務処理を阻害する可能性があることから、新法では、共同受託の場合の
意思決定は原則として過半数をもって決することとされました(新法第80条第1項)。
7. 寺本昌広ほか「新信託法の解説(1)」金融法務事情1793号11頁
8. 信託業法の規定は、金融機関の信託業務の兼営等に関する法律に基づき、いわゆる信託兼営金融機関にも準用される場合
があります。
18
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
第2 信託事務遂行義務・善管注意義務
1 新法・改正業法の規定
高度な注意義務が課されることとなります11。
ところで、現行法においても、信託事務遂行
新法第29条第1項は、
「受託者は、信託の本旨
義務(現行法第4条)と善管注意義務(現行法第
に従い、信託事務を処理しなければならない。」
20条)が定められていましたが、その関係は必
と規定しています。受託者は、信託目的の達成
ずしも明確ではないとされていました。これに
のため、信託契約などの信託行為の定めに形式
対して、新法では、受託者は「信託事務を処理
的に従うだけでなく、信託行為の定めの背後に
するに当たって」善管注意義務を負うと規定さ
ある委託者の意図、すなわち、
「信託の本旨」に
れたことから、信託事務を処理する場合の注意
従って信託事務を処理すること(信託事務遂行
義務の程度が「善良なる管理者の注意」である
義務)が求められるのです9。
こと、したがって、新法第29条第1項の信託事務
また、新法第29条第2項は、
「受託者は、信託
遂行義務の違反があったかどうかは、同条第2項
事務を処理するに当たっては、善良な管理者の
の善管注意義務違反があったかどうかの基準で
注意をもって、これをしなければならない。」と
判断されることが明らかにされました12。
規定し、受託者の善管注意義務を定めています。
なお、改正業法第28条第2項においても、
「信
善管注意義務とは、自己の財産に対するのと同
託会社は、信託の本旨に従い、善良な管理者の
一の注意義務(民法第659条参照)と比してより
注意をもって、信託業務を行わなければならな
高度な義務とされ、具体的には、受託者の能力
い。」と規定され、信託事務遂行義務と善管注意
を基準とするのではなく、その受託者が属する
義務が定められています13。
社会的、経済的地位や職業等を考慮した上で、
2 善管注意義務の軽減
その類型に属するものに対して一般的・客観的
現行法においても、善管注意義務は任意規定
に要求される注意能力を基準として判断されま
であるとの解釈が有力でしたが14、新法では、信
す10。したがって、受託者が信託会社又は信託銀
託契約等の信託行為において別段の定めをすれ
行である場合には、一般私人以上の専門的かつ
ば、「その定めるところによる注意」にまで軽減
9. 補足説明34頁
10. 前掲注2・新井144頁
11. 新法第33条は、「受益者が二人以上ある信託においては、受託者は、受益者のために公平にその職務を行わなければなら
ない。」と規定し、信託遂行義務及び善管注意義務のほかに、公平義務を定めています。この公平義務は、現行法でも解
釈上認められていたものであり、善管注意義務又は忠実義務の一形態として論じられていましたが、新法では、善管注意
義務の一形態として整理されました(行澤一人「受託者の忠実義務」金融・商事判例増刊№1261号『新しい信託法の理
論と実務』65頁参照)。そして、受託者が公平義務を果たしたといえるかどうかは、信託行為の定め等を考慮して判断さ
れることとなりますが、例えば、資産流動化目的での信託において、優先受益権と劣後受益権が定められている場合には、
信託行為(信託契約)の定めに従って給付その他の取扱において異なる取扱いをしたとしても、公平義務違反とは判断さ
れないものとされています(前掲注3・寺本ほか「新信託法の解説(3)」41頁)。
12. 川口恭弘「受託者の善管注意義務」金融・商事判例増刊№1261号『新しい信託法の理論と実務』56頁
13. また、改正業法では、受託者が行ってはならない行為として、①通常の取引の条件と異なる条件で、かつ、当該条件での
取引が信託財産に損害を与えることとなる条件での取引を行うこと(同法第29条第1項第1号)、②信託の目的、信託財産
の状況又は信託財産の管理若しくは処分の方針に照らして不必要な取引を行うこと(同項第2号)
、③その他信託財産に損
害を与え、又は信託業の信用を失墜させるおそれがある行為として内閣府令で定める行為(同項第4号。具体的には改正
信託業法施行規則第41条第2項で定められ、同項第1号から第3号までは現行の信託業法施行規則と同様ですが、第4号・
第5号が追加される予定です。)が挙げられています。これらは善管注意義務違反となる行為の具体例を挙げたものと考え
られます(なお、第3号については利益相反取引の項目で述べます。)。
14. 四宮和夫『信託法〔新版〕』有斐閣247頁
19
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
できることが明示されました(新法第29条第2項
頼関係を基礎とする信託における受託者の最も
但書)
。もっとも、その規定の仕方からも明らか
基本的な行動指針は「もっぱら受益者の利益を
ですが、完全な免除は認められません。どの程
最大限に図るべし」という点にあり、忠実義務
度まで善管注意義務を軽減できるかは条文上明
は受託者の義務の中でも最も重要な義務である
らかではありませんが、自己の財産に対するの
から、新法で明確化することが望ましいと考え
と同一の注意義務まで軽減することは許される
られたからです。
と解されています 。なお、受益証券発行信託の
また、改正業法においても、「信託会社は、信
場合には善管注意義務を軽減することはできま
託の本旨に従い、受益者のため忠実に信託業務
せん(新法第212条第1項)
。
その他の業務を行わなければならない。」(新法
15
これに対して、改正業法上の善管注意義務は、
現行業法と同様、強行規定と解されることに注
意が必要です。すなわち、今回の改正に際して、
「信託会社の善管注意義務は、顧客に管理運用を
第28条第1項)と規定されています。
2 利益相反取引等の禁止
(1) 新法における利益相反取引等に関する規定
の概要
託される信託会社の最低限かつ共通の義務」で
上記のとおり受託者は忠実義務を負います
あり、情報格差や交渉力格差を考えれば、顧客
が、新法では、忠実義務の具体化として利益
保護の確保の観点から現行業法どおり善管注意
相反取引と競合行為が原則として禁止されて
義務を課すことが適当とされたのです16。した
います。
がって、信託会社や信託銀行が受託者となる場
この点、現行法では、利益相反取引の禁止
合には、善管注意義務自体を軽減することは認
の範囲が狭すぎる、また、受益者の承認があ
められません。但し、善管注意義務の具体的内
る場合であっても、受託者が受益者の利益と
容・範囲を規定することは合理的な範囲で許容
相反する行為(例えば信託財産を固有財産と
されます17。
する行為など)をすることは禁止されており、
適正な対価による信託財産の取得等も妨げる
第3 忠実義務・利益相反取引等の制限
1 忠実義務
こととなるため、かえってその保護を図るべ
き受益者の利益を害する結果を招いているな
新法第30条は、
「受託者は、受益者のため忠実
どの批判があったことから、新法では、禁止
に信託事務の処理その他の行為をしなければな
の範囲を拡大するほか、信託行為の定めによっ
らない。
」(新法第30条)と規定し、受託者の忠
て許容されているときや、重要な事実の開
実義務を定めています。現行法には忠実義務を
示を受けた受益者の承認があるときなどには、
一般的に規定した条文はなく、解釈上認められ
例外的に、利益相反行為を許容することとさ
ていたにすぎませんでしたが、新法ではこのよ
れました。
うに忠実義務が明文化されました。これは、信
(2) 利益相反取引等の原則禁止
15. 前掲注10・川口58頁、法制審議会第22回議事録。また、現行法では、受託者が故意又は重過失の場合にのみ責任を負う
という定めも有効と解されていました(前掲注1・能見75頁)
。
16. 金融庁金融審議会金融分科会第二部会・信託WG合同会合「信託法改正に伴う信託業法の改正について(案)
」(平成18年
1月26日)
17. 前掲注16・「信託法改正に伴う信託業法の改正について(案)
」。また、
「善管注意義務や忠実義務は、信託行為によって受
託者に与えられた権限を行使する際の義務であり、受託者に与えられた権限がもともと縮小されている場合には、その権
限の範囲内でしか問題とならない」とされています(前掲注1・能見43頁)。
20
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
新法は、原則として禁止される受託者の行
有財産とする行為(①)や、受託者の第三者
為として、①自己取引:信託財産に属する財
に対する債務につき、信託財産である土地に
産(当該財産に係る権利を含む。
)を固有財産
抵当権を設定する行為(④)が利益相反取引
に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当
として禁止されます。また、信託銀行が受託
該財産に係る権利を含む。
)を信託財産に帰属
者である場合に、信託財産と固有財産から貸
させること(新法第31条第1項第1号)、②信
付を行なうことができ、信託財産から貸付を
託財産間取引:信託財産に属する財産(当該
行なわないことが受益者の利益に反するにも
財産に係る権利を含む。
)を他の信託の信託
かかわらず、常に固有財産から貸付を行なう
財産に帰属させること(同項第2号)、③信託
ことは競合行為の禁止(⑤)に反すると解さ
事務処理に係る第三者のための代理:第三者
れます18。
との間において信託財産のためにする行為で
改正業法においても、(1)自己又はその利害
あって、自己が当該第三者の代理人となって
関係人(株式の所有関係又は人的関係におい
行うもの(同項第3号)
、④間接取引:信託財
て密接な関係を有する者として政令で定める
産に属する財産につき固有財産に属する財産
者19をいう。)と信託財産との間における取引
のみをもって履行する責任を負う債務に係る
(改正業法第29条第2項第1号)、(2)一の信託
債権を被担保債権とする担保権を設定するこ
の信託財産と他の信託の信託財産との間の取
とその他第三者との間において信託財産のた
引(同項第2号)、(3)第三者との間において信
めにする行為であって受託者又はその利害関
託財産のためにする取引であって、自己が当
係人と受益者との利益が相反することとなる
該第三者の代理人となって行うもの(同項第3
もの(同項第4号)
、⑤競合行為:受託者とし
号)20、(4)信託財産に関する情報を利用して
て有する権限に基づいて信託事務の処理とし
自己又は当該信託財産に係る受益者以外の者
てすることができる行為であってこれをしな
の利益を図る目的をもって取引(内閣府令で
いことが受益者の利益に反するものについて、
定めるもの21 を除く。)を行うこと(改正業法
これを固有財産又は受託者の利害関係人の計
第29条第1項第3号)22が原則として禁止され
算ですること(新法第32条第1項)を規定し
ます。新法(新信託法)の定めとは若干異な
ています(①∼④が利益相反取引です。)。
りますが、(1)は自己取引、(2)は信託財産間取
例えば、信託財産たる不動産を受託者の固
引、(3)は信託事務処理に係る第三者のための
18. 補足説明40頁
19. 平成19年4月4日に金融庁から公表された信託業法施行令案第14条によれば、①信託会社の役員又は社員、②信託会社の
子法人等、③信託会社を子法人等とする親法人等、④信託会社を子法人等とする親法人等の子法人等、⑤信託会社の関連
法人等、⑥信託会社を子法人等とする親法人等の関連法人等、⑦信託会社の特定個人株主、⑧特定個人株主が総議決権の
100分の50を超える又は100分の20 ∼ 50の議決権を有する法人等が規定される予定です。なお、
「親法人等」「子法人
等」「関連法人等」「特定個人株主」の定義については、同施行令案第2条第2項以下をご参照ください。
20. 改正業法で新設された規定です。
21. 平成19年4月4日に金融庁から公表された信託業法施行規則案第41条第1項によれば、現行の信託業法施行規則第41条か
ら実質的な変更はなされない予定です。
22. 高橋康文『詳解新しい信託業法』(第一法規)132頁では、信託業法第29条第1項第3号はいわゆるフロントランニングを
禁止する規定であり、具体的には、①信託財産が運用する有価証券の売買情報を利用して、信託会社が自らの利益を得る
ことを目的に有価証券の売買を行うこと、②信託財産に係る取引によって信託会社が直接利益を得ることを目的に信託財
産の取引を行うこと、③信託会社が他の者と競合、競争関係にある地位に立つ場合に、信託財産に自己との取引を優先さ
せることなどの行為が禁止されるとされています。
21
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
代理に相当し、(4)は情報利用行為の禁止とで
止した条文を丸写しにして、これらは全て許
もいうべきものであり新法(新信託法)には
容されると規定するだけでは足りず、他方、
直接の規定はありません 。
取引を完全に特定する必要まではない24、信託
(3) 利益相反取引等の禁止の例外
契約締結後に、受益者に対して重要な事実を
23
新 法 で は、 例 外 的 に 利 益 相 反 取 引(① ∼
開示して受益者の承認を得て利益相反取引を
④)が許容される場合として、(A)信託行為に
行なう場合(新法第31条第2項第2号)よりも、
当該行為をすることを許容する旨の定めがあ
信託行為に利益相反取引の例外を定める場合
るとき、(B)受託者が当該行為について重要な
(同号ニ)の方が、より包括的な定めが許容さ
事実を開示して受益者の承認を得たとき(但
れると考えられる25、などの意見がありますが、
し、当該行為をすることができない旨の信託
この点は、今後の実務上の工夫に委ねられて
行為の定めがある場合を除く。
)
、(C)相続その
いるというべきでしょう。
他の包括承継により信託財産に属する財産に
また、改正業法においても、利益相反取引
係る権利が固有財産に帰属したとき、(D)受託
等の例外規定が設けられていますが、新法と
者が当該行為をすることが「信託の目的の達
異なり、(a)信託行為において利益相反取引を
成のために合理的に必要と認められる場合で
行う旨及び当該取引の概要についての定めが
あって、受益者の利益を害しないことが明ら
あること(上記(A)に相当します。)、又は、当
かであるとき」又は「当該行為の信託財産に
該取引に関する重要な事実を開示してあらか
与える影響、当該行為の目的及び態様、受託
じめ書面等による受益者等の承認を得た場合
者と受益者との実質的な利害関係の状況その
(当該取引をすることができない旨の信託行為
他の事情に照らして正当な理由があるとき」
の定めがない場合を除く。)(上記(B)に相当し
が挙げられています(新法第31条第2項)。ま
ます。)という要件に加えて、(b)「受益者の保
た、競合行為(⑤)については、利益相反取
護に支障を生ずることがない場合として内閣
引における上記(A)と(B)の場合に限り、例外的
府令で定める場合26」という要件が必要となる
に許容されています(新法第32条第2項)。
こ と に 注 意 が 必 要 で す(改 正 業 法 第29条 第
利益相反取引・競合行為のいずれにおいて
も、信託行為の定めがあれば許容されること
2項)。
(4) 忠実義務違反の効果に関する規定の新設
となりますが、実務的には、信託契約等の信
新法においては、忠実義務違反の効果に関
託行為にどのような定めを置けばよいのかが
する規定が新設されました。すなわち、例外
重要な問題となります。利益相反取引等を禁
要件を満たさない利益相反取引は、原則とし
23. なお、逆に、新法で定められている競合行為の禁止は改正信託業法には存在しません。新法と改正業法で規定の仕方が異
なる理由や、それぞれの規制範囲の関係については必ずしも明らかではありません(天野佳洋ほか「座談会 改正信託法下
の新しい信託実務(上)」銀行法務21№673・13頁)
。
24. 道垣内弘人ほか「パネルディスカッション 新しい信託法と実務」ジュリスト1322号16頁(井上聡発言)
25. 前掲注26・道垣内ほか18頁(沖野眞巳発言)
26. 平成19年4月4日に金融庁から公表された信託業法施行規則案第41条第3項によれば、①委託者、受益者又はこれらの者か
ら指図権限の委託を受けた者のみの指図により取引を行う場合(同項第1号)、②信託の目的に照らして合理的に必要と認
められる場合であって、取引の種類に応じて同項第2号に定められる場合(例えば、不動産の売買であれば「不動産鑑定
士による鑑定評価を踏まえて調査した価格により行うもの」)(同項第2号)、③個別の取引ごとに当該取引について重要
な事実を開示し、信託財産に係る受益者の書面又は電磁的方法による同意を得て取引を行う場合、④金融庁長官の承認を
受けて取引を行う場合とされる予定です。
22
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
て無効となり(新法第31条第4項。但し、追
第4 分別管理義務
認は可能です〔同条第5項〕
。
)
、第三者が存在
受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び
する場合には、当該第三者が悪意又は重過失
他の信託の信託財産に属する財産とを、①新法第
であったときに限り、受益者は当該利益相反
14条の信託の登記又は登録をすることができる財
取引を取り消すことができるとされています
産(下記④に掲げるものを除く。)については、当
(同条第6項・第7項)
。なお、利益相反取引・
該信託の登記又は登録の方法、②金銭を除く動産
(下
競合行為が例外的に許容される場合であって
記④に掲げるものを除く。)については、信託財産
も、当該行為が無効又は取消とならないとい
に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に
うだけであって、当該行為によって受益者に
属する財産とを外形上区別することができる状態で
損害が生じた場合には、善管注意義務違反と
保管する方法28、③金銭その他の上記②に掲げる財
して受託者は責任を負う場合があると解され
産以外の財産(下記④に掲げるものを除く。
)につ
ることに注意が必要です 。
いては、その計算を明らかにする方法、④法務省令
27
また、受益者が競合行為の禁止に違反した
で定める財産については、当該財産を適切に分別し
場合には、受益者は、受託者の固有財産に帰
て管理する方法として法務省令で定める方法29によ
属した行為を信託財産に帰属したものとみな
り、それぞれ分別して管理しなければならないとさ
すことができるとされ、いわゆる介入権の行
れています(新法第34条第1項本文)30。そして、
使が認められました(新法第32条第4項)。
信託行為に別段の定めがあるときは、その定めると
さらに、忠実義務違反行為によって受託者
又はその利害関係人が利益を得た場合に、か
ころによる(同項但書)とされ、分別管理義務は原
則として任意規定とされています。
かる利益と同額の損失を信託財産に生じさせ
しかし、上記①の場合における登記又は登録をす
たものと推定するとの規定も設けられ(新法
る義務は信託行為によって免除することができませ
第40条第3項)
、信託財産に損失が発生してい
ん(同条第2項)。不動産などの登記・登録ができ
ないことにつき、受託者が立証責任を負うこ
る財産は、登記・登録をしてはじめて信託財産であ
ととされました。
ることを第三者に対抗できるため、公示を備えるこ
とまで分別管理義務の内容とされたのです。もっと
も、これは信託行為の定めにより信託の登記等をす
27. 前掲注11・行澤65頁。もっとも、信託行為の定めによる例外許容の趣旨を、受益者の包括的同意に求める見解と行為の
客観的適正に求める見解とがあり、いずれを強調するかによって結論が変わり得るため(前掲注26・道垣内ほか18頁〔道
垣内発言〕、同19頁〔道垣内発言〕)、この点については、今後の議論の進展に留意する必要があります。
28. 個々の動産には識別のための標識等が付されていないとしても、保管場所及び帳簿等の記載により、その動産がどの信託
財産に属するのかを特定することが可能であるときは、「外形上区別することができる状態で保管」しているものと評価
されます(寺本昌広ほか「新信託法の解説(3)」NBL852号69頁)
。
29. 平成19年2月28日に法務省から公表された信託法施行規則案第4条によれば、新法第206条第1項その他の法令の規定によ
り、当該財産が信託財産に属する旨の記載又は記録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗する
ことができないとされているもの(新法第14条の信託の登記又は登録をすることができる財産を除く。
)については、新
法第206条第1項その他の法令の規定に従い信託財産に属する旨の記載又は記録をするとともに、その計算(当該受託者
が受託するどの信託にどれだけの財産が帰属するか)を明らかにする方法で分別管理しなければならない、と規定される
予定です。
30. なお、改正業法では、「信託会社は、内閣府令で定めるところにより、信託法第34条の規定に基づき信託財産に属する財
産と固有財産及び他の信託財産に属する財産とを分別して管理するための体制その他信託財産に損害を生じさせ、又は信
託業の信用を失墜させることのない体制を整備しなければならない。
」とされています(改正業法第28条第3項)
。
23
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
る義務を完全に免除することは許されない趣旨を明
条第1項)、また、(2)受託者は、委託した第三者
らかにしたものであって、信託財産の出入りが著し
に対して、信託の目的の達成のために必要かつ
い等の事情等を配慮し、例えば信託行為において、
適切な監督を行わなければならない(同条第2
受託者が経済的な窮境に至ったときには、遅滞なく
項)とされています。但し、信託行為において
信託の登記等をする義務があるとされている場合に
指名された第三者、又は、信託行為において受
は、受託者の分別管理義務が免除されていないもの
託者が委託者又は受益者の指名に従い信託事務
と解してよいとされています 。
の処理を第三者に委託する旨の定めがある場合
31
において、当該定めに従い指名された第三者に
第5 自己執行義務
1 新法の規定
委託する場合には、上記(1)(2)の適用はありませ
ん(同条第3項)32。
現行法のもとでは、受託者は、信託行為に別
受託者が選任・監督義務に違反したことによ
段の定めがある場合のほか、やむを得ない事由
り、信託財産に損失又は変更が生じた場合には、
がある場合に限って、信託事務処理を第三者に
受託者は損失補てん又は原状の回復の責任を負
委託することが認められていました(新法第26
います(新法第40条第1項)。また、受託者が新
条第1項)
。しかしながら、分業化・専門化のす
法第28条の規定に違反して信託事務の処理を第
すんだ現代社会においては、受託者が信託事務
三者に委託した場合において、信託財産に損失
の全てを処理することは現実的でなく、必要に
又は変更が生じたときは、受託者は、第三者に
応じて第三者への委託を認めることが受益者の
委託をしなかったとしても損失又は変更が生じ
利益にもかなうと考えられます。
たことを証明しなければ、上記責任を免れるこ
そこで、新法では、①信託行為に信託事務の
とはできないこととされています(新法第40条
処理を第三者に委託する旨又は委託することが
第2項)。
できる旨の定めがあるとき、②信託行為に信託
2 改正業法の規定
事務の処理の第三者への委託に関する定めがな
(1) 第三者への委託が許される場合
い場合において、信託事務の処理を第三者に委
改正業法では、①信託業務の一部を委託す
託することが信託の目的に照らして相当である
ること及びその信託業務の委託先(委託先が
と認められるとき、③信託行為に信託事務の処
確定していない場合は、委託先の選定に係る
理を第三者に委託してはならない旨の定めがあ
基準及び手続)が信託行為において明らかに
る場合において、信託事務の処理を第三者に委
されていること、②委託先が委託された信託
託することにつき信託の目的に照らしてやむを
業務を的確に遂行することができる者である
得ない事由があると認められるときは、信託事
こと、との要件を満たす場合に限り、信託業
務の処理を第三者に委託することができるとさ
務の一部を第三者に委託することができると
れました(新法第28条)
。
されています(新法第22条第1項)。なお、信
この場合、(1)受託者は、信託の目的に照らし
託事務を第三者に委託する場合には、委託に
て適切な者に委託しなければならず(新法第35
かかる契約において、委託先が委託された財
31. 前掲注3・寺本ほか「新信託法の解説(3)」42頁
32. なお、受託者は、当該第三者が不適任若しくは不誠実であること又は当該第三者による事務の処理が不適切であることを
知ったときは、その旨の受益者に対する通知、当該第三者への委託の解除その他の必要な措置をとらなければならないと
されています(新法第35条第3項但書)。但し、信託行為に別段の定めがある場合には、その定めるところによります(同
条第4項)。
24
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
産を自己の固有財産と分離して管理されてい
場合(但し、①・②の場合には、株式の所有
ること等の条件が付されていなければならな
関係又は人的関係において、委託者と密接な
いとの現行業法第22条第1項第3号は削除され
関係を有する者として政令で定める者に該当
ました。
し、かつ、受託者と密接な関係を有する者と
但し、(1)保存行為、(2)信託財産の性質を変
して政令で定める者に該当しない者に限られ
えない範囲内において、その利用又は改良を
ま す。)35 には、新法第23条第1項は適用され
目的とする行為、(3)その他受益者の保護に支
ません(新法第23条第2項)36。
障を生ずることがないと認められるものとし
改正業法第23条第2項各号の規定を文言ど
て内閣府令で定める行為 を委託する場合には、
おり読めば、①は信託行為による指名、②は
上記①は適用されません(改正業法第22条第
信託行為に基づく委託者による指名、③は信
3項)
。
託行為に基づく受益者による指名の場合です
(2) 第三者へ委託した場合の信託会社の責任
が、③の場合に限り、「株式の所有関係又は
33
信託会社は、原則として、信託業務の委託
人的関係において、委託者と密接な関係を有
先が委託を受けて行う業務につき受益者に加
する者として政令で定める者に該当し、か
えた損害を賠償する責めに任ずるものとされ
つ、受託者と密接な関係を有する者として政
ます(新法第23条第1項)34。
令で定める者に該当しない者に限る。
」という
もっとも、①信託行為において指名された
人的要件が不要となります。そこで、自益信
第三者、②信託行為において信託会社が委託
託の場合に信託行為に基づいて当初委託者兼
者の指名に従い信託業務を第三者に委託する
当初受益者が第三者(委託先)を指名した後
旨の定めがある場合において、当該定めに従
に、受益権が譲渡され、当該第三者の業務に
い指名された第三者、③信託行為において信
よって受益権の譲受人が損害を被った場合に
託会社が受益者の指名に従い信託業務を第三
も、③に該当するとして信託会社が責任を負
者に委託する旨の定めがある場合において、
わないかが問題となります。いずれの解釈も
当該定めに従い指名された第三者に委託する
成り立ち得るところではありますが、この点
33. 平成19年4月4日に金融庁から公表された信託業法施行規則案第29条によれば、①信託行為に委託者又は受益者のみの指
図により信託財産の処分等を行う旨の定めがある場合における当該業務、②信託行為に信託業務の委託先が信託会社のみ
の指図により信託財産の処分等を行う旨の定めがある場合における当該業務、③信託会社が行う業務の遂行にとって補助
的な機能を有する行為とされる予定です。
34. 但し、信託会社が委託先の選任につき相当の注意をし、かつ、委託先が委託を受けて行う業務につき受益者に加えた損害
の発生の防止に努めたときは、この限りでないとされています(改正業法第23条第1項但書)。
35. 平成19年4月4日に金融庁から公表された信託業法施行令案第12条の2によれば、委託者と密接な関係を有する者とは、
①当該委託者の役員又は使用人、②当該委託者の子法人等、③当該委託者を子法人等とする親法人等、④当該委託者を子
法人等とする親法人等の子法人等、⑤当該委託者の関連法人等、⑥当該委託者を子法人等とする親法人等の関連法人等、
⑦当該委託者の特定個人株主、⑧特定個人株主が総議決権の100分の50を超える又は100分の20 ∼ 50の議決権を保有す
る法人等とされる予定です。また、受託者と密接な関係を有する者とは、①当該受託者の役員又は使用人、②当該受託者
の子法人等、③当該受託者を子法人等とする親法人等、④当該受託者を子法人等とする親法人等の子法人等、⑤当該受託
者の関連法人等、⑥当該受託者を子法人等とする親法人等の関連法人等、⑦当該受託者の特定個人株主、⑧特定個人株主
が総議決権の100分の50を超える又は100分の20 ∼ 50の議決権を保有する法人等とされる予定です。なお、
「親法人等」
「子法人等」「関連法人等」「特定個人株主」の定義については、同施行令案第2条の2をご参照ください。
36. 但し、信託会社が、当該委託先が不適任若しくは不誠実であること又は当該委託先が委託された信託業務を的確に遂行し
ていないことを知りながら、その旨の受益者等に対する通知、当該委託先への委託の解除その他の必要な措置を取ること
を怠ったときはこの限りではないとされています(改正業法第23条第2項但書)。
25
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
については、今後のパブリックコメント等に
差止請求権の制度が創設されました(新法第44条
留意すべきでしょう。
第1項)。
第6 受託者の信託違反と受託者の責任
第7 受託者に関するその他の重要な規定
受託者が任務を怠り、信託財産に損失又は変更が
1 受託者の利益享受の禁止
生じた場合においては、受益者の請求により、当該
現行法においては、受託者が共同受益者の1人
損失の補てん又は原状の回復の責任を負います(新
である場合に限り、受託者が信託の利益を享受す
法第40条第1項)
。これは現行法第27条を踏襲する
ることができるとされていましたが、新法では、
ものですが、原状の回復が著しく困難であるとき、
「受託者は、受益者として信託の利益を享受する
原状の回復をするのに過分の費用を要するとき、そ
場合を除き、何人の名義をもってするかを問わ
の他受託者に原状の回復をさせることが不適当とす
ず、信託の利益を享受することができない」(新
る特別の事情があるときは、受益者は、受託者に対
法第8条)とされ、受託者が唯一の受益者である
して損失補てんを請求できるにとどまります(新法
場合であっても、信託の利益を享受することがで
第40条第1項但書)
。
きることとされました。もっとも、
「受託者が受
このような受益者の損失補てん・原状回復請求権
益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続
は、受益者が複数のときは、各受益者が単独で行使
したとき」が信託の終了事由とされていることに
できるとされています(新法第105条第1項、第92
注意が必要です(新法第163条第2号)
。
条第9号)
。そうすると、たとえば、受益者Aが損
したがって、新法では、委託者は、唯一の受
失補てん請求、受益者Bが原状回復請求を行った場
益者として1年間に限り信託の利益を享受するこ
合には、法律関係が複雑になるおそれがあることか
とができることとなりますが、これは、委託者
ら、実務的には、受益者間協定を締結したり、受益
を当初受益者とした上で、受託者が受益権を買
者代理人制度(新法第138条、第139条)の活用に
い取り、委託者の資金調達のニーズを充足させ、
より、受益者の権利行使を統一する必要があると思
その後、受託者が投資家に販売するという資産
われます 。
流動化におけるニーズに応えたものとされてい
37
以上のような受託者責任は、信託行為の定めを
もってしても制限することはできないとされていま
ます38。
2 受託者の費用・報酬請求権
す(新法第92条第9号)
。もっとも、
新法第42条は、
受託者が信託事務処理に必要な費用をその固
新法第40条及び第41条の責任を受益者が免除する
有財産から支出した場合、受託者は、信託財産
ことができると規定していますので、事後的に免除
から償還を受けることができ(新法第48条第1
することは可能です(なお、受益者が複数ある場合
項)、支出前に信託財産から前払いを受けること
においては、新法第42条に基づく受託者の責任の
もできます(新条第2項)39。
免除は、受益者の全員一致でなければならず、信託
また、現行法第36条第2項では、受益者から補
行為による別段の定めは許されません〔新法第105
償を受けることもできるとされていますが、新
条第4項〕
)
。
法では、受託者が受益者と合意した場合には、
また、受託者が違法行為を行った場合の受益者の
「当該」受益者から費用等の償還又は前払いを受
37. 寺本振透編集代表『解説新信託法』(弘文堂)92頁参照
38. 寺本昌広ほか「新信託法の解説(2)」金融法務事情1794号24頁
39. いずれも任意規定であり、「信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」とされています(新法第48
条第1項但書、同条第2項但書)。
26
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
けることができることとされました(新法第48
ても準用されている(新法第54条第4項)ため、
条第5項)
。これは、要綱試案における乙案を採
受託者は、受益者との間の個別の合意がある場合
用したものであるところ、補足説明においては、
に限り、当該受益者に対して報酬を請求すること
受益者に対する費用償還請求に関する合意は、
ができます。受益権の譲受人に対する報酬請求に
「委託者と受託者との間の契約である信託契約そ
のものとは位置付けられず、その外側で締結さ
ついても上記と同様と解すべきでしょう。
3 受託者の変更等・複数受託者
れる、信託契約の従たる契約である」とされ(ま
その他、信託の終了における新受託者への権
た、受益者兼委託者との間の信託契約において
利義務の承継や、受託者が複数ある場合におけ
費用償還請求権が定められた場合には、信託契
る意思決定に関する規定(原則として過半数で
約と費用償還請求に関する合意が1通の書面で
決 す る が、 保 存 行 為 は 単 独 で で き る。 但 し、
なされたものと整理される。
)
、受託者は、かか
信託行為において別段の定めを置くこともでき
る合意に基づき、受益者兼委託者に対して費用
る。)(新法第80条)など、規定の整備がなされ
等の償還を請求できることとされています40。
ています。
このような理解は、新法における受益権は「権
、
利」の総体41 であって(新法第2条第7項参照)
第8 おわりに
義務を含むものではないとされたことに基づく
以上に述べたとおり、新法では、受託者の義務の
ものであり、したがって、受益権譲渡契約に基づ
多くが任意規定(デフォルト・ルール)として規定
く受益権の譲渡がなされた場合でも、当該譲渡契
され、特約で排除又は軽減できることが明らかにさ
約によって譲渡されるのは「権利」の総体たる受
れました。
益権のみであり、費用等の償還債務も当然に新受
しかしながら、新法における受託者の義務のデ
益者に承継されると解すべきではないというこ
フォルト・ルール化は、受託者の義務を骨抜きにす
とになります。費用等の償還債務を受益権の譲受
ることを認めたものではなく、受託者の義務のう
人に課すためには、別途、債務引受の合意や新受
ち、全ての任意規定を特約で排除し、受託者が分別
益者との間の新たな合意が必要となります。
管理義務を負わず、利益相反取引も自由にできるよ
また、信託報酬については、商法第512条の適
うな場合には、「信託」という性格を失ってしまい、
用がある場合又は信託行為に信託財産から信託
倒産隔離の効果も生じないとの見解もある42ことに
報酬を受ける旨の定めがある場合に限って、受
注意が必要です。この見解によれば、受託者の義務
託者は信託財産から信託報酬を受けることがで
を信託行為等によって排除する場合であっても、
きるとされています(新法第54条第1項)
。そし 「信託の本質に反しない限り」という暗黙の制限が
て、費用等の償還請求についての新法第48条第5
あると解すべきことになります43が、受働信託や名
項は、受託者の受益者に対する報酬請求権につい
義信託との関係44、セキュリティ・トラストを除く
40. 補足説明80頁
41. 補足説明80頁
42. 道垣内弘人「基調講演 信託法改正と実務」ジュリスト1322号13頁
43. 現行法下においても、例えば、「倒産隔離機能という、信託のいわば特権的な利益は、これを与えるにふさわしい内実を
備えた信託に対してのみ認めるべきものではないかと考える」との見解があります(前掲注2・新井209頁)
。
44. 前掲注14・四宮9頁、前掲注1・能見40頁、金融法委員会「信託法に関する中間論点整理」(平成13年6月21日)2頁など
参照。なお、福田政之ほか『詳解新信託法』(清文社)81頁は、新信託法の下では、受託者の自己執行義務が大幅に緩和
されていることから、受託者自身が信託財産の管理処分等を行うことはもはや信託の本質的要素であるとはいえないと解
しています。
27
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
信託における「真正な信託」ないし「真正売買」の
問 題45 など実務上検討すべき問題は少なくありま
せん。
受託者の義務がデフォルト・ルール化されたこと
により信託設計の自由度が増す反面として、今後
は、これまで以上に「信託の本質」を追及する姿勢
が求められるというべきでしょう。
以 上 45. 現行法上の議論として、前掲注1・能見35頁以下、前掲注2・新井209頁、前掲注38・金融法委員会21頁以下、西村総合
法律事務所編『ファイナンス法大全(下)』42頁以下、千石克「信託」別冊金融・商事判例『倒産処理法制の理論と実務』
334頁など、また、新法における議論として、小梁吉章「差押禁止と倒産隔離」金融・商事判例増刊№1261号『新しい信
託法の理論と実務』38頁、深山雅也「信託と倒産」金融・商事判例増刊№1261号『新しい信託法の理論と実務』118頁
など参照
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Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
3 受益者・受益権に関する規定の整備
弁護士 原 吉宏
第1 はじめに
益権を取得し、その受益者の死亡の時にさら
新法は、受益者・受益権に関して、現行法上必ず
に別の受益者が新たに受益権を取得する定め
しも趣旨が明らかでなかった事項等について規定を
が設けられているものをいいます。このよう
整備すると共に、実務上のニーズに応える形で、①
な後継ぎ遺贈型の受益者連続の信託は、生存
いわゆる後継ぎ遺贈型の受益者連続信託、②受益者
配偶者や子女のための生活保障、個人企業経
集会・受益権取得請求権、③信託監督人・受益者代
営や農業経営における有能な後継者の確保等
理人、④受益証券発行信託といった各制度を設けま
のために、法定相続とは異なる財産承継を可
した。
能にする手段としてのニーズがあるとの指摘
以下、新法の規定する改正内容について詳述し
ます。
がなされていました。
他方、民法上は後継ぎ遺贈が「期限付き所
有権」を創設することになるとして、無効と
第2 遺言・遺贈と信託
1 遺言代用信託における受益者変更権
考える見解が有力であったことから、後継ぎ
遺贈型の受益者連続の信託の有効性につい
現行法第7条では、いわゆる遺言代用信託(委
ても疑問が呈されていました。しかしなが
託者の生存中は委託者が受益者となり、委託者
ら、信託を利用した場合は、受益者は信託財
の死亡後は、信託行為において指定された者が
産自体の所有権を取得するものではなく、一
受益者となる信託)についても、信託行為にお
定の時期に受益者の地位がそれぞれ連続的に
いて受益者の変更権を規定しない限り、受益者
取得する旨の定めがなされているに過ぎない
の変更ができないこととされています。しかし、
ことから、「期限付き所有権」を創設するこ
遺言代用信託と機能が類似している死因贈与の
とになる旨の指摘は直接妥当しないと考えら
場合は、贈与者はいつでも贈与を取り消すこと
れます。そこで、新法は、後継ぎ遺贈型の受
ができると解されていることから、新法では、
益者連続の信託を有効として扱うことにしま
遺言代用信託についても、委託者が、委託者死
した。
亡後の受益者をいつでも変更する権利が認めら
れました。
他方、受益者の指定を無限定に認めること
は、前の世代の人間が次の世代の人間の財産
具 体 的 に は、 ① 委 託 者 の 死 亡 時 に 受 益 者 と
の利用のあり方を拘束することになり、財産
なるべき者として指定された者が受益権を取
法秩序を害するから好ましくないとの指摘も
得 す る こ と、 及 び ② 委 託 者 の 死 亡 時 以 後 に 受
なされていました。そこで、新法では、信託
益者が信託財産に係る給付を受けることを定
がされた時から30年を経過した時以後に現
め た 信 託 で は、 委 託 者 は 受 益 者 を 変 更 す る 権
存した受益者が信託行為の定めにより受益権
利を有することとされました(新法第90条第1
を取得した場合であって当該受益者が死亡す
項)。
るまで、または当該受益権が消滅するまでの
2 後継ぎ遺贈型の受益者連続の信託
間に限り、当該信託を有効と扱うことにしま
(1) 意義
した(新法第91条)。すなわち、信託がされ
後継ぎ遺贈型の受益者連続の信託とは、あ
た時から30年を経過した後は、受益権の新
る受益者の死亡の時に別の受益者が新たに受
たな取得は一度しか認められないことになり
29
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ます1。
例えば、Aが自らの生存中は受益者、自ら
の死亡後はBを受益者、Bの死亡後はCを受
が減殺されるかについては、いずれの解釈も
可能と考えられ4、今後の議論に委ねられるこ
とになります。
益者とする信託を設定する場合、30年後にC
が生存していれば(A、Bは死亡)Cの死亡
第3 受益者集会・受益権取得請求権
時まで、30年後にB、Cが生存していれば(A
1 複数の受益者の意思決定方法
は死亡)両方が死亡するまで信託が継続する
現行法では、受益者が2人以上いる信託に関
ことになります。
する適切な規定は存在しませんが、権利関係の
(2) 遺留分減殺請求権との関係
複雑化した現代では、1個の信託行為により複
新法は、遺留分との関係について特段の規
数の者が受益者として指定される場合があり、
定は設けていませんが、後継ぎ遺贈型の受益
複数の受益者による意思決定方法について、合
者連続の信託も遺留分減殺請求権の行使対象
理的なルールを整備する必要がありました。
となります2。
そこで、新法は、複数の受益者の意思決定は、
遺留分減殺請求権は、委託者が死亡し、第
原則として受益者の全員一致により決すること
一次受益者が受益権を取得する段階でのみ行
としつつ、信託行為に定めを置くことで、全員
使できると解されます3。上記事例で言えば、
一致によらずに意思決定を行うことを許容しま
遺留分減殺請求権を行使できるのは、BのA
した(新法第105条第1項)。
からの受益権取得の場面のみであり、CのB
そして、新法は、受益者集会における多数決
からの受益権取得の場面では遺留分減殺請求
により意思決定を行う旨の定めをした場合のた
権を行使できないことになります。
めに、デフォルト・ルールとして、受益者集会
遺留分は、被相続人が相続開始時に有した
に関する規定を整備しましたが、信託行為に別
財産の価額に委託者死亡時の信託財産の価額
段の定めがあるときは、その定めによることと
(受益権価額の合計)を加えて算定することに
されています(新法第105条第2項)。例えば、
なります(民法第1029条第1項)
。上記事例で
信託行為において、新法における受益者集会に
は、Bは存続期間の不確定な権利を、Cは始
関する規定とは異なる議決権割合による決議要
期の条件の付いた権利を得たと考えられるた
件を定めた場合5には、その規定に従って運用さ
め、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従っ
れることになります。もっとも、損失てん補責
て、その価格を決めることになると考えられ
任等の免除に係る意思決定方法についての信託
ます(民法第1032条、民法第1029条第2項)。
行為の定めは、受益者集会における多数決によ
なお、遺留分減殺請求が確定した場合、受
る場合に限り、効力を有するものとされていま
益権が共有状態になるのか、その範囲におい
す(新法第105条第3項)。すなわち、受益者集
て信託設定の効力が無くなり、必ず信託財産
会に関する規定は原則として任意規定ですが、
1. 以上の制度趣旨等について、寺本昌広ほか「新信託法の解説(4)」(以下「寺本ほか(4)」といいます。
)金融法務事情1796
号26、27頁
2. 寺本ほか(4)・27頁
3. 法制審議会第29回議事録
4. 星田寛「遺言代用信託」金判増刊182頁
5. なお、集会による決議の形をとる以上、受益者の過半数を下回る決議要件を定めることはできないと考えられます(補足
説明124頁)。
30
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
受託者の責任免除は例外的に強行規定とされて
ⅰ信託の目的の変更、ⅱ受益者間の権衡に
います。
変更を及ぼす、受益債権の内容の変更
なお、複数の受益者の意思決定方法は受益者
なお、新法においては、受益者集会の決議内
集会による方法に限られませんので、集会を開
容の瑕疵に関する手続が整備されていないた
かずに書面のみで決議する方法やテレビ電話を
め、この点をめぐる争いが生じた場合の解決方
利用した方法を意思決定方法として選択するこ
法について今後検討の必要があると指摘されて
とも認められています 。
います8。
2 受益者集会
3 受益権取得請求権
6
受益者は、①各受益権の内容が均等である場
(1) 概要
合は、受益権の個数に応じて、②①以外の場合
新法では、受益者が複数存在する信託にお
は、受益者集会の招集決定時における受益権の
いて、多数決原理の導入により、受益者の意
価格に応じて議決権を有することになります(新
思に反して信託が変更される事態が生じ得る
法第112条第1項)
。
ことになりました。そこで、新法は、株式会
受益者集会の決議要件の概要は、以下のとお
社における反対株主等の株式買取請求権と同
りであり(新法第113条第1 ∼ 4項)、株主総会
様に、受益者の利害に重大な影響を及ぼす信
の決議要件と類似した側面があります。
託の変更等によって損害をうけるおそれのあ
る受益者が合理的な対価を得て当該信託から
決議の種類7
成立要件(定足数)
可決要件
普通決議
議決権の過半数
出席者の議決権の過半数
特別決議(*1) 議決権の過半数
出席者の議決権の2/3以上
離脱することを認めました。
具体的には、①重要な信託の変更又は信託
の併合若しくは分割によって、②損害を受け
特殊決議(*2) 議決権者の半数以上かつ総議決権の2/3以上
るおそれのある9 受益者は、受託者に対して、
特殊決議(*3) 総受益者の半数以上かつ総議決権の3/4以上
その有する受益権を公正な価格で取得するこ
【決議事項】
とを請求する権利(受益権取得請求権)を有
*1 受託者の損失てん補責任等の免除(新法第
することとされました(新法第103条)
。受益
105条第4項各号の場合を除く。)、信託監
権取得請求権は、信託行為の定めによっても
督人・受益者代理人による事務処理の終了
制限することができません(新法第92条第18
の合意、信託変更・併合・分割の合意、信
号)。
託の終了
(2) 賛成の意思表示とみなし書面制度
*2 以下の事項に係る重要な信託の変更
上記①②の要件を充たす受益者でも、重要
ⅰ受益権の譲渡制限、ⅱ受託者の義務の全
な信託の変更等の意思決定に関与し、その際
部又は一部の減免、ⅲ受益者間の権衡に変
に当該重要な信託の変更等に賛成する旨の意
更を及ぼさない、受益債権の内容の変更
思を表示した場合は、受益権取得請求権を行
*3 以下の事項に係る重要な信託の変更
使できません(新法第103条第3項)
。もっとも、
6. 寺本ほか(4)・30頁
7. 決議の種類の名称(普通決議、特別決議、特殊決議)は、信託法上の明文規定はなく、会社法に倣って、便宜的に呼称し
たものに過ぎません。
8. 中村康江「受益者の権利とその保護」(以下「中村」といいます。
)金判増刊85頁
9. ⅰ信託の目的の変更及びⅱ受益権の譲渡の制限(並びにⅲこれらの変更を伴う信託の併合又は分割)については、この要
件は不要です。
31
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
「みなし賛成」制度、すなわち、書面で信託の
変更内容を通知した上で、反対の意思表示を
第4 信託管理人・信託監督人・受益者代理人
1 概説
する場合のみ書面での回答を求め、一定期間
現行法は、受益者が不特定または未存在の場
内に特段の意思表示がないときは賛成したも
合に限定して、受益者に代わって権利行使する
のとみなす制度により、賛成したとみなされ
者(信託管理人)を選任することを認めている
る受益者については、受益権取得請求権を行
に過ぎません(現行法第8条)。
使できると解されます 。
10
(3) 中止・失効
しかし、①高齢者や未成年者が受益者である
場合など、受益者が受託者を監視・監督するこ
想定以上の数の受益権取得請求がなされた
とが困難であるような場合には、受益者に代わっ
場合に全ての受益権の取得を義務づけると、
て受託者を監視・監督する者を選任するニーズ
受益権の取得に伴う信託財産の減少によって
があるとの指摘がなされていました13。
信託目的の達成が困難になる場合も考えられ
また、②単なる投資対象として受益権を取得
ます。そこで、新法は、重要な信託の変更等
した受益者が多いために受益者による受託者の
の中止に関する条件を定めることができるも
監督や信託に必要な意思決定が期待できない場
のとし(新法第103条第4項第3号)
、重要な信
合、あるいは、無記名式の受益証券が発行され、
託の変更等が中止されたときは、受益権取得
当該証券が転々流通しているために、受益者に
請求は、その効力を失うものとしました(新
よる意思決定を実施することが事実上困難な場
法第103条第8項)
。
合にも、受益者に代わって権利を行使する者を
(4) 対価の支払いに係る問題点
選任するニーズがあるとの指摘がなされていま
証券化取引において、優先受益権が残存し
した14。
ている場合に劣後受益者が受益権取得請求権
そこで、新法は、従来の信託管理人に加えて、
を行使すると、劣後受益権の償還が優先受益
①の場合には信託監督人、②の場合には受益者
権の償還より先に発生してしまうという問題
代理人という制度を新設しました。
が生じます。また、信託財産の譲渡性・換金
信託管理人、信託監督人又は受益者代理人が
性が低い場合に受益権取得請求権が行使され
選任されるのは、以下の場合です。なお、信託
ると、受託者がその代金の調達に困るという
管理人・信託監督人は、信託行為の定めによる
問題が生じます。そこで、信託行為外での合
ほか、裁判所への申立てによっても選任されま
意によって受益権取得請求権の行使を制限す
すが、受益者代理人は、信託行為の定めによる
ること や、受益権取得代金の調達方法を予め
のみで、裁判所が選任することはありません15。
11
検討することが必要であるとの指摘がなされ
ています12。
10. 法制審議会第24回議事録
11. 例えば、受益者間の協定を締結することが考えられますが、このような協定は債権的効力を有するに過ぎないと考えられ
ます。
12. 福田政之ほか『詳解 新信託法』(清文社)356頁
13. 寺本ほか(4)・30頁
14. 寺本ほか(4)・30頁
15. 受益者代理人が選任された場合は、受益者の権利行使が制限されるという重大な影響が生じることが理由とされています
(補足説明114頁)。
32
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
種 類
選任事由
は裁判外の行為を行う権限を有します(新法第
信託管理人
受益者が現に存しない場合
139条第1項)。受益者代理人が選任されている
信託監督人
受益者が受託者を適切に監督することができない
特別の事情がある場合
ときは、受益者は、新法第92条各号に掲げる権
受益者代理人
受益者が変動し、又は多数であるために、受益者
による権利行使が困難である場合
2 信託管理人
利及び信託行為において定めた権利を除き、そ
の権利を行使することができません(新法第139
条第4項)。
新法は、現行法における信託管理人制度を踏
よって、受益者代理人の権限を制限し、受益
襲しつつ、現行法では必ずしも明らかでなかっ
者に一定の権限を留保したい場合等には、信託
た信託管理人の権限や義務等に関する規定を整
行為において、受益者代理人と受益者の権限調
備しました(新法第123 ∼第130条)
。
整に関する定めを置くことになります。また、
3 信託監督人
受益者代理人は、多数の受益者が存在するファ
信託監督人は、信託行為に別段の定めがある
ときを除き、受益者のために自己の名をもって、
ンドや、資産流動化スキームにおける信託など
において活用することが想定されます18。
新法第92条各号に定める受益者の権利の殆どに
なお、受益者代理人に対する監督の実効性確保
ついて、一切の裁判上又は裁判外の行為をする
という観点から、事務処理状況に関する定期的な
権限を有します(新法第132条第1項)。信託監
報告を義務づける等、事後的な責任追及以外の受
督人が選任されている場合でも、受益者はその
益者代理人の監督のあり方について更に検討す
権利を競合して行使することが可能です。
る必要があるとの指摘もなされています19。
信託監督人は、前述のとおり、高齢者・障害
者の財産管理等、いわゆる福祉信託として活用
第5 受益権・受益者
することが期待されます。信託監督人としては、
1 受益権の取得
弁護士を始めとする専門家等が選任されること
が想定されています 。
16
この点、改正業法第2条第1項・信託業法施行
「弁護士又は弁護士法
令案17 第1条の2第1号は、
新法は、現行法の規定の趣旨を踏襲し、受益
者として指定された者は、受益の意思表示をす
ることなく当然に受益権を取得する旨規定しま
した(新法第88条第1項)。
人がその行う弁護士業務に必要な費用に充てる
また、受託者には、受益者として指定された
目的で依頼者から金銭の預託を受ける行為その
者が受益権を取得したことを知らないときは、
他委任契約における受任者がその行う委任事務
遅滞なくその旨を通知する義務が課されていま
に必要な費用に充てる目的で委任者から金銭の
す(新法第88条第2項)。
預託を受ける行為」は信託業として扱わないも
2 受益者指定権等
のとしています。
新法は、現行法の解釈を明確化し、受益者指
4 受益者代理人
定権等を有する者の定めのある信託に関する規
受益者代理人は、信託行為に別段の定めがあ
るときを除き、受益者の権利(損失てん補責任
等の免除を除きます。
)に関する一切の裁判上又
定を整備しました(新法第89条)。
3 受益者の権利の制限禁止
新法は、受益者の権利を保護し、受託者への
16. 寺本ほか(4)・31頁
17. 平成19年4月4日に金融庁から公表されています。
18. 寺本振透編『解説 新信託法』(弘文堂)(以下「寺本編」といいます。)196頁
19. 中村・84頁
33
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
監督をより実効的なものとするため、受益者の
した場合の効果が明らかでないとの指摘がなさ
有する受託者の監督のための権利(裁判所に対
れていました。そこで、新法では、これらを明
する申立権、受託者の権限違反行為の取消権、
記しました。
帳簿等の閲覧請求権、損失てん補又は原状回復
すなわち、受益者は、信託行為の当事者であ
請求権等)については、原則として信託行為の
る場合23を除いて、受託者に対し、受益権を放棄
定めによっても権利行使の制限をすることがで
する旨の意思表示をすることができるとされま
きないこととしました(新法第92条) 。
した(新法第99条第1項)。この点、信託行為の
4 受益権の譲渡性等
定めにより受益者となるべき者として指定され
20
現行法では、受益権の譲渡や、受益権に対す
た者がいったん受益者となる旨の意思を表示し
る質権設定について特段の定めは置かれていま
たような場合には、通常、その後に受益権を放
せんでしたが、新法は、これらに関する規定を
棄することはできないと解されています24。
明文化しました。
また、受益権放棄の意思表示をしたときは、
例えば、受益権の原則的な自由譲渡性(新法
当初から受益権を有していなかったものとみな
第93条)
、受益権の譲渡の対抗要件(新法第94
されます(遡及効)が、第三者の権利を害する
条)
、受益権の譲渡における受託者の抗弁の取扱
ことはできません(新法第99条第2項)。
い(新法第95条)に関する事項等が定められて
6 受益債権に係る受託者の責任等
います。
新法は、受益債権に係る債務については、受
これらは、基本的に従前の取扱いを明確にし
託者は、信託財産に属する財産のみをもってこ
たものと言えますが、異議を留めない承諾に特
れを履行する責任を負う旨規定し(新法第100
段の効力が認められていない点等、指名債権の
条、受益債権の物的有限責任性)、現行法の規定
譲渡とは異なる考え方が必要となる場合がある
を踏襲しつつ、その趣旨を明確にしました。
ことに留意する必要があります21。
7 受益債権の信託債権に対する劣後
なお、受託者が受益者から費用等の償還や信
新法は、現行法では規定がなかった受益債権
託報酬を受けるのは、個別の合意に基づく場合
と信託債権の優先順位を明確にし、受益債権が
である(新法第48条第5項、
第54条第4項)ため、
信託債権に劣後することを規定しました(新法
受益権の譲渡の合意があっても、原則として、
第101条)25。
かかる受益権譲渡により当該債務は当然に新受
8 受益債権の期間の制限
益者に承継されることにはならない22点にも留意
受益債権の消滅時効については、現行法上特
が必要です。
段の規定が設けられておらず、解釈論上争いが
5 受益権の放棄
ありましたが、新法は、債権の消滅時効の例に
受益権の放棄については、現行法では、受益
権を放棄できる受益者の範囲や、受益権を放棄
よる(民事は10年、商事は5年)ことを明文化し
ました(新法第102条第1項)。
20. 寺本ほか(4)・28頁
21. 寺本編・168頁
22. 寺本ほか(4)・28頁
23.「信託行為の当事者」の意義は文言上必ずしも明らかでありませんが、例えば、自益信託における受益権の譲受人等がこ
れに該当すると考えられます(寺本編・170頁)。
24. 寺本ほか(4)・28頁
25. 信託整備法による改正破産法第244条の7においても、信託財産について破産手続開始決定があった場合は、信託債権が
受益債権に優先すること等が規定されています。
34
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
また、受益者は、特段の意思表示を要するこ
となく当然に信託の利益を享受することから、
権発行信託を明文で認めることとしました(新法
第185条)
。
受益者として指定されたことを知らずに受益権
受益権の有価証券化が可能になったことによ
の消滅時効が進行してしまう恐れがあるため、
り、信託を用いた金融商品の利便性が高まると
消滅時効は、受益者として指定されたことを知
考えられますが、これに伴い、従前善意取得制
るに至るまでの間は進行しないこととされまし
度が認められていなかった不動産や知的財産権
た(新法102条第2項)
。
等の財産について、信託を介在させることによっ
さらに、受託者は、受益者に対して受益債権
て善意取得が適用され得るようになるなど、従
の存在等を相当の期間を定めて通知し、その期
前とは異なる権利関係が生じる可能性があるこ
間内に履行の請求を受けなかった場合等には、
とに留意が必要である、との指摘がなされてい
忠実義務を解除する形で、時効を援用できるこ
ます27。
ととしました(新法第102条第3項)
。
2 関係当事者の権利義務
他方、消滅時効の進行を受益者の知・不知に
受益証券発行信託においては、受益権が多数の
係らしめることから、消滅時効が進行せず、余
投資家に転々流通することが予定されているこ
りに長期間にわたって受託者を信託に基づく債
とから、受益者による受託者の監督が必ずしも十
務によって拘束する事態を防ぐことを目的とし
分に確保されない可能性があります。そこで、①
て、除斥期間は受益債権を行使できる時から20
受託者の善管注意義務を信託行為の定めにより
年間としました(新法第102条第4項)。
軽減することが禁止され、②受託者が信託行為の
定め等に基づいて信託事務の処理を第三者に委
第6 受益証券発行信託
1 意義
現行法では、受益権の有価証券化に関する規
託した場合における受託者の義務を軽減する特
約の効力が認められないなど、受託者の義務が厳
格化されています(新法第212条)28。
定は存せず、学説においても、解釈上これを認
また、受益証券発行信託においては、一部の
めるべきか否かについて見解が分かれていまし
受益者が濫用的な権利行使を行う可能性があり
た。
ます。そこで、信託行為の定めによっても制限
しかし、受益権を有価証券化するニーズは、投
できない受益者の権利(裁判所に対する申立権、
資信託等、特別法に有価証券化に関する定めのあ
損失てん補請求権等)を規定した新法第92条の
る信託に限らず、①資産流動化目的の信託や、②
例外を設け、議決権割合や保有期間等、一定の
ある特定の事業部門の収益等を裏付けとする受
限度で新法第92条所定の権利を制限することが
益権を売却し、資金調達を行うことを目的とする
認められています(新法第213条)29。
信託において、受益権の流通性を強化し、多数の
さらに、受益者としての意思決定については、
投資家から資金を調達したい場合などにも認め
原則どおり全員一致とする(新法第105条第1項
られるとの指摘がなされていました26。そこで、
本文)と円滑さを欠くことから、信託行為に特
新法では、受益権を表示する証券(受益証券)を
に定めを設けていない場合でも、受益者集会に
発行する旨の定めのある信託、すなわち、受益証
よるものとされています(新法第214条)
。
26. 寺本昌弘ほか「新・信託法の解説(5・完)
」(以下「寺本ほか(5)」といいます。
)金融法務事情1797号39頁
27. 寺本編・238頁
28. 寺本ほか(5)・41頁
29. 寺本ほか(5)・42頁
35
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
3 受益証券発行限定責任信託
このように会計監査人に関する定めが置かれ
信託行為において、受益権を表示する証券を発
ていることから、受益証券発行限定責任信託に
行する旨を定め、かつ、そのすべての信託財産責
おいては、契約法というよりは組織法的な色彩
任負担債務について受託者が信託財産に属する
を強めているとの指摘がなされているところで
財産のみをもって履行の責任を負う旨の定めの
す32。もっとも、信託法においては、会社法のよ
ある信託のことを受益証券発行限定責任信託と
うに、組織法としての利害調整に関する規定が
いいます(新法第248条)
。受益証券発行限定責
整備されている訳ではありませんので、経営の
任信託については、受益証権発行信託の規定と限
自由度と受益者の利益との緊張関係のバランス
定責任信託の規定が共に適用されます。受益証券
をとるための契約における規律が一層重要にな
発行限定責任信託は、当該信託に対して、SPCと
ると言えます33。
同様の効果を持たせることができます30。
受益証券発行限定責任信託においては、信託
債権者と受益者との間で信託財産をめぐる利益
以上、新法においては、現行法下では必ずしも実
調整の必要が高度に生じるため、信託に関する
現されていなかった実務上のニーズに即して、受益
会計の適正性を確保し、当該信託の信頼を高め
者・受益権に関する規定を整備していますが、新た
ることが要請されています31。そこで、受益証券
な解釈上の問題点も現れています。かかる問題点に
発行限定責任信託においては、会計監査人を設
対応しつつ、新設された規定をいかに有効に活用し
置することが可能であり(新法第248条第1項)、
ていくかは、今後の関係当事者による実務運用の工
負債額が200億円以上の場合は会計監査人の設置
夫に委ねられていると言うことができるでしょう。
が必要的とされています(新法第248条第2項)。
以 上 30. 寺本編・282頁
31. 寺本ほか(5)・44頁
32. 寺本編・283頁
33.「スクランブル・会社と信託の交錯」商事法務1781号50頁
36
第7 結語
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
4 新たな信託類型の活用可能性
弁護士 中森 亘
1 はじめに
われます。この点、現行でも行われているい
今回の信託法改正のポイントの一つに、社会
わゆる土地信託のように、不動産のような積
経済情勢の変化に伴う多様かつ柔軟な信託の活
極財産を信託財産として信託を設定し、当該
用ニーズに対応するという点があり、実際、新
信託財産を利用して事業を営むというケース
法では新たな信託類型が諸種創設されていま
も一種の事業信託と呼ばれることがあります
す。本稿では、これらの新たに創設され、ある
が、これらは「事業そのもの」に信託を設定
いは可能となったとされる信託類型のうち、実
するものではなく1、本稿で取り上げる「事業
務上とくに関心が高いと思われる「事業信託」
信託」とは性質を異にします。本稿では、消
と「担保信託」を取り上げ、それに関連する範
極財産をも包含した「事業そのものの信託」
囲で「自己信託」や「限定責任信託」等につい
としての「事業信託」を取り上げます。
ても解説します。なお、これらの新類型に属す
① 消極財産の包含2
る信託については既に様々な活用例が紹介され
まず、「事業」とは一定の事業目的のために
ているところですが、実務上の問題点も少なか
組織化され有機的一体として機能する財産の
らず見受けられ、今後、これらの問題点がいか
総体であり3、そこには当然ながら積極財産だ
にして克服され、また、その活用が広がってい
けでなく、借入債務や買掛債務などの消極財
くのかは現時点では未知な部分もあります。本
産も包まれます。この点、現行法下においては、
稿では、かかる問題意識のもと、上記2つの新
その第1条の規定4 にある「財産権」という文
類型につきその基本的な大枠と問題点とを同時
言の解釈から、信託財産はすべて積極財産で
に捉えていただくことを主眼とし、想定しうる
なければならないとして、単に消極財産のみ
具体的な活用例をご紹介するのはもう少し時間
を信託財産とする信託が認められないばかり
を経てからということにしたいと思います。
でなく、積極財産と消極財産とを含む包括財
2 事業信託の概要
産を対象とする信託についても、その設定は
(1) 事業信託とは
許されないと解するのが一般的であり5、かか
それではまず、
「事業信託」から取り上げま
る解釈からすれば、消極財産を包含する事業
す。法律上、この「事業信託」を直接定義し
に信託を設定することはできないとの結論に
たものは見当たりませんが、一般に「事業信
至ります。
託」という場合には、
「積極財産と消極財産と
この点につき、新法は、受託者が信託財産
を包含した集合体」としての事業そのものに
に属する財産をもって履行する責任を負う債
設定される信託を指すということが多いと思
務を「信託財産責任負担債務」と定義したう
1.「事業型信託」とも呼ばれます。
2. なお、この点については、本誌別稿の第1章の1「新信託法の基本概念−定義規定」(堀野弁護士担当)もご参照ください。
3. 最判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁をご参照ください。
4. 現行法第1条は「本法ニ於テ信託ト称スルハ財産権ノ移転其ノ他ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定ノ目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ
処分ヲ為サシムルヲ謂フ」と規定しています。
5. 新井・203頁以下。もっとも、現行法下においても、消極財産を含めた包括財産を信託財産とすることができるとの有力説
があります(同206頁など)。
37
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
え(新法第2条第9項)
、
「信託前に生じた委託
処分及びその他の信託の目的の達成のために必
者に対する債権であって、当該債権に係る債
要な行為をする権限を有する。
」と規定され(新
務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行
法第26条本文)
、受託者の権限が管理・処分に
為の定めがあるもの」もかかる信託財産責任
限定されないことが明確にされました。この点
負担債務になると規定しています(新法第21
も、新法が事業信託の設定を認めたということ
条第1項第3号)
。その意味するところは、信
の一つの根拠と指摘する論者もいます8。
託設定時に既に存在する委託者の債務でも、
③ 注意点
信託行為の定めにより信託財産を引当てとす
このように新法で可能となったとされる事
る債務(信託財産責任負担債務)として受託
業信託ですが、信託設定の対象が不動産など
者に引受けさせることを可能にするというこ
の単一物ではなく、上述のとおり、取引先等
とであって6、これによって、ある事業に含ま
との契約関係や従業員との雇用関係、知的財
れる積極財産の信託と当該事業に含まれる消
産、営業秘密、許認可等々を包含した有機的
極財産たる債務の引受けとを組み合わせるこ
一体物としての事業であるというところから
とにより、あたかも事業そのものについて信
生じる特有の問題点も指摘されています。す
託を設定したのと同様の状態を生ぜしめるこ
なわち、信託といえども、形式上は事業の譲
とができるようになったとされているのです。
渡であって事業主体に変動が生じますので、
これが、
新法において「事業信託」が可能になっ
それに伴う契約上の地位の移転や従業員の転
たといわれていることの本質的意義であり、
籍・出向、許認可の新規取得等にかかる諸手
厳密には消極財産そのものの信託ではなく信
続を個別に履践する必要がある上9 (対象事業
託設定時における既存債務の引受が認められ
の規模などにもよるでしょうが、その手続コ
たというに過ぎず 、
「事業そのものの信託」
ストや法的な不安定性は無視できないでしょ
が認められたという言い方はやや誤解を招く
う。)、営業秘密やノウハウ等の流出、受託者
表現かも知れません。
側の事業運営能力(なお、運営能力を有する
② 受託者の権限
事業会社を受託者とした場合は、今度は信託
7
なお、受託者の権限について、現行法では、
業登録の問題が生じ得ます10。)、等の問題です。
規定の文言上、信託財産の「管理又ハ処分」と
さらに、税制上の問題や会計処理上の取扱い
されているところ(現行法第4条)
、新法では、
についても注意が必要でしょう11。こうした問
「受託者は、信託財産に属する財産の管理又は
題点等を考えると、実際に事業信託を用いる
6. この点、補足説明4頁(3「提案3について」)では、「これまでも、受託者に債務を帰属させることは、信託の成立後に、民
法の一般原則に従って債務引受の手続をとれば可能であると解されてきた。しかしながら、信託の成立後に、債権者の承
諾を得て委託者から受託者に債務を移転することはできるが、信託の設定当初からこのように債務を移転することはでき
ないと構成しなければならない合理性はない」との説明がなされています。
7. もっとも、それは積極財産と消極財産の本来的性質の違いからくる設定方法の違いに過ぎず、積極財産は移転の方法で、
消極財産は引受の方法で各々信託を設定する、という説明の仕方もできるでしょう。
8. 堂園昇平「事業信託制度の特徴」金融法務事情1791号38 ∼ 39頁など
9. もちろん、債務引受にかかる債権者の同意や会社法等における事業譲渡に関する諸手続(会社法第309条第2項第11号、第
467条第1項第1号・第2号)も必要となります。
10. 改正業法第2条第1項・第3条では、信託の引受けを営業として行う場合には信託業の登録を要するとされています。
11. 税制については国税庁「平成19年度信託税制の改正のあらまし」(平成19年4月20日・国税庁ホームページ)
、会計基準
については企業会計基準委員会「信託の会計処理に関する実務上の取扱い(案)
」(平成19年3月29日・実務対応報告公開
草案第26号)等をご参照ください。
38
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
場合には、そもそも法人をビークルにしたス
(2) 自己信託の併用
キーム(単純な事業譲渡や会社分割など)で
① 自己信託とは
も同様の目的を達成することが可能なのでは
「特定の者
本誌別稿12 のとおり、新法では、
ないか、とすれば、事業信託スキームを用い
が一定の目的に従い自己の有する一定の財産
ることの優位性はどこにあるのか、などといっ
の管理又は処分及びその他の当該目的の達成
た点の検証が必要になるのではないかと思わ
のために必要な行為を自らすべき旨の意思表
れます。
示」(いわゆる「信託宣言」)をする方法によ
④ 他の新制度との併用
り設定する信託、すなわち「自己信託」が認
一方、新法では、同時に自己信託や限定責
められています(新法第3条第3号)
。事業信
任信託、受益証券発行信託などの制度も新設
託とこの自己信託を併用することで、企業は
されており、事業信託とこれらを併用するこ
第三者たる受託者に自己の事業を移転するこ
とによって上記で指摘した問題点をある程度
となく、事業に信託を設定することができる
緩和ないし回避することができ、そうすれば、
ようになります。かかる自己信託の方法によ
事業信託の活用可能性はさらに広がるとも指
り事業信託を行う方法を概念化すると、図2の
摘されています。事業信託の活用でとくに期
ようになります。
待がかかるのは、例えば、組織再編や事業再生、
資金調達などといった領域であり、これらの
図2(自己信託の基本概念図)
領域における新たな手段としてこの事業信託
自己信託設定企業(委託者兼受託者)
を活用できないかいうことが各方面で検討さ
れているところです。以下、併用によるメリッ
トと問題点を解説します。
投資家等
対象事業
受益権譲渡
投資家等
事業信託と自己信託とを併用することで最
もメリットがあると思われる点は、事業主体
の移転がなく同一性を保持できるという点で
委託者
受益権
対象事業
投資家等
(受託者)
信託設定
② メリットと問題点
図1(事業信託の基本概念図)
(受益権譲渡)
(委託者)
受益権
信託譲渡
受託者
す。これにより、従来どおりの事業運営を継
続でき、先に指摘した契約上の地位承継や労
対象事業
働者の出向、許認可の新規取得等の諸手続も
必要ありませんし13、14、信託終了による復帰
も容易になります。また、営業秘密やノウハ
ウ等の流出も回避できるでしょう。
12. 本誌別稿・第1章の1「新信託法の基本概念−定義規定」(堀野弁護士担当)をご参照ください。
13. この点、債権者の引当てとなる責任財産を、新たに設定される信託財産に限定するためには当該債権者の承諾が必要であ
るし、労働契約の内容が従業員に不利益に変更されるような場合は従業員の個別同意が必要になる場合もあるだろうとの
指摘もされています(尾本太郎「Ⅰ改正概要と実務上の論点(新・信託法の活用可能性)
」経理情報1140号11頁)
。
14. もっとも、自己信託の場合でも、会社法その他の法律の規定による法人の事業譲渡に関する規定は適用されますので(新法
第266条第2項)
、例えば、信託設定者が株式会社の場合で事業の全部又は重要な一部を自己信託する場合は、第三者への事
業譲渡の場合と同様、株主総会の特別決議が必要となります(会社法第309条第2項第11号、第467条第1項第1号・第2号)
。
39
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
なお、注意点としては、自己信託は「信託
おいては、図2のように委託者兼受託者の固有
の 引 受 け を 行 う 営 業 」(改 正 業 法 第2条 第1
財産と自己信託に供された信託財産とが同一
項)には該当せず、信託業の登録自体は不要
法人内に同居するわけですが、信託財産を公
とされていますが、当該信託にかかる受益権
示するとはいえ、その具体的な公示の方法や
を政令で定める人数15以上の者が取得できる場
その前提としての峻別の困難性も指摘されて
合として政令で定める場合には内閣総理大臣
おり18、実務的にはまだまだ解決すべき課題が
の登録が必要とされ、一定の場合には信託会
あるようにも思われます。
社と同様の規制に服するものとされている点
(3) 限定責任信託の併用
を挙げることができます(改正業法第50条の
さらに、新法では「限定責任信託」の制度が
2第1項本文・第12項。ただし、改正業法第50
「受託
導入されました19。「限定責任信託」とは、
条の2第1項但書により、受益者の保護のため
者が当該信託の全ての信託財産責任負担債務に
支障を生ずることがないと認められる場合と
ついて信託財産に属する財産のみをもってその
して政令で定める場合16は除外されます。)。ま
履行の責任を負う信託」(新法第2条第12項)
た、かかる登録に関しては、登録拒否事由(同
をいいます20。これにより、受託者は、その固
法第50条の2第6項)や第三者による調査義務
有財産までもが信託事務の遂行上生じた債務の
(同条第10項)等も規定されており、内閣府
引当てになってしまうというリスクを回避する
令を含め、今後明らかにされるであろう具体
ことができ、消極財産をも包含しかつ関係者も
的な運用基準や解釈基準の内容如何によって
多数に上ることで、従来型の信託に比べ受託者
は17、具体的案件におけるスキーム組成に影響
が負担すべきリスクがより大きくなるものと見
を与えるものと思われます。
込まれる事業信託については、この限定責任信
また、受託者が受益権の全部を固有財産で
託を併用することでリスクの隔離が可能となり
有する状態が1年間継続した場合は信託の終
受託しやすくなるということができます21。ま
了原因となりますので(新法第163条第2号)、
た、事業信託と自己信託の併用型においてこの
委託者兼受託者としての自己信託設定企業が
限定責任信託を利用すると、同一企業内におい
受益権の全部を固有財産として1年以上保有
て特定の事業から生じるリスクを隔離すること
することはできませんので、スキームの組成
ができるということになります。いずれにして
においては注意が必要です。
も、このような有限責任性が許容されることで、
その他、実務的な問題として、自己信託に
信託が独立の法人格をもつかのようないわゆる
15. 平成19年4月4日付で金融庁から公表された信託業法施行令案第15条の2第1項において「50人」と定められています。
16. 信託業法施行令案第15条の3をご参照ください。
17. なお、前掲・注16のとおり、平成19年4月4日付で金融庁から、「信託法及び信託法の施行に伴う関係法律の整備等に関す
る法律の施行に伴う金融庁関係政令等の整備に関する政令(案)」及び「信託業法施行規則等の一部を改正する内閣府令
等(案)」が公表されています。
18. 道垣内弘人他「新しい信託法と実務」ジュリスト1323号32頁〔沖野眞巳発言〕をご参照ください。
19. 本誌別稿・第1章の1「新信託法の基本概念−定義規定」(堀野弁護士担当)をご参照ください。
20. なお、現行の実務においても、信託契約において責任財産限定特約を付けることが多いと思われますが、特約では契約当
事者以外の第三者効力の問題や取引の安全確保などその不安定さは否定できません。限定責任信託はこれらの問題点を法
的に解決するものといえます。なお、新法第21条第2項第4号では、かかる特約による責任限定が可能であることも明確
化されています。
21. もっとも、「受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利」に係る債務については、責任限定
の効力は及ばないとされています(新法第217条第1項・第21条第1項第8号)。
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Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ビークル化がさらに進むことになり、その活用
(一定の事項に関して指図権をA社に留保して
可能性が広がることは間違いないと言えるで
おくということも考えられます。)
、③B社は
しょう。
X事業の収益に応じて(つまり業績に連動し
(4) 受益証券発行信託の併用
て)信託報酬を収受し、その残余の一定割合
以上のほか、新法では受益権を表示する証
をA社に信託配当として交付する、④信託期
券(受益証券)を発行する旨の定めのある信託、
間終了(再建成就)によりA社はB社から再
すなわち、
「受益証券発行信託」が認められて
生したX事業の返還を受ける、というスキー
います(新法第185条以下)
。受益証券を発行
ムです(図1において、委託者をA社、受託者
することで受益権の流通性が高められ、事業
をB社、対象事業をX事業として考えてくださ
の証券化など特に資金調達を目的とする活用
い。)。
がよりしやくなると思われます22。
3 事業信託の具体的活用例
この場合、あくまで信託譲渡ですから、A
社としては、X事業を完全に手放してしまう
以上が事業信託の概要と問題点等ですが、次
ということにはなりませんし(受益権ホルダー
に、企業実務上、かかる事業信託をどのように
として損益の実質的帰属者ということもでき
活用することができるのか、その代表的な活用
ます。)、発行を受けた受益権を第三者に譲渡
例について少し触れてみたいと思います。
するなどして資金調達を図ることも可能です。
(1) 組織再編・事業再生領域
B社としても、事業の承継対価が不要である
例えば、不振事業部門(X事業)をもつA
上に、限定責任信託を利用することでX事業
社が、X事業についてはA社よりも優れたノ
から生じるリスクを回避しながら、X事業の
ウハウをもつB社(あるいは再生ビジネスを
収益を信託報酬というかたちで収受すること
専門とする経営コンサルタント会社というこ
ができます23。
とも考えられるでしょう。
)にその再建を託し
たいという場合を想定します。
以上はあくまで一例に過ぎませんが、事業
信託が、組織再編や事業再生における受け皿
従来ですと、事業提携や運営委託、さらに
(ビークル)に代わるものとして活用できる可
は事業譲渡や会社分割のスキームを用いてB
能性を示すものであり、今後は、他社との事
社に事業を承継する(売り払う)などの方法
業提携や新規事業の立ち上げ、M&A等におけ
が考えられますが、単なる提携等だと抜本的
るビークルとして、事業信託が選択肢の一つ
な効果を期待することは難しいでしょうし、
になっていくでしょう。
かといって、事業譲渡等になるとA社が事業
(2) 資金調達領域
を手放してしまうのが原則となり、また、承
継対価の問題(B社側のコスト)も生じます。
これを、事業信託を利用して行うとどうな
また、A社がX事業の主体性を維持したま
ま、X事業の収益を引当てに資金調達したい
という場合を考えます。
るでしょうか。例えば、①A社がB社に対し
この点、最近注目されているアセット・ベー
てX事業を限定責任信託を用いて信託譲渡す
スト・レンディング(ABL)などは一種の事
る、②受託者たるB社はA社に対し受益権を
業を担保にした融資手法と評価することも可
発行し、X事業を自らの事業として遂行する
能ですが、あくまで(動産)担保融資の領域
22. また、受益証券を発行する限定責任信託である「受益証券発行限定責任信託」も認められています(新法第248条以下)
。
本誌別稿・第1章の3「受益者・受益権に関する規定の整備」(原弁護士担当)もご参照ください。
23. ただし、既述した事業主体の移転から生じるデメリットや信託業登録等の諸問題は残ります。
41
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
に属するものですので、担保融資に内在する
今後、資金調達の有力な手段の一つして事業
不安定性を消し去ることはできません24。そこ
信託が注目されていくことでしょう。
で、事業の証券化スキームによる資金調達 が
25
考えられるのですが、この証券化スキームに
4 担保信託(セキュリティ・トラスト)
(1) 問題点と必要性等
おいて事業信託を利用することでさらにス
以上のほか、
新法では、
いわゆる「担保信託」
キームの安定度を増すことができる可能性が
(Security Trust)の設定が認められています。
あります。例えば、A社が自己信託かつ限定
担保信託とは、概念的には「債務者を委託者、
責任信託の方法によりX事業に信託を設定し、
担保権者を受託者、債権者を受益者として担
自らが委託者兼受託者となって受益権(信用
保権を設定する」信託のことです28。かかる担
補完やキャッシュフローの柔軟化等を目的に
保信託と通常の担保権設定との一番の違いは
優先受益権と劣後受益権の二層構造にするこ
債権者と担保権者が分離するという点であり、
とも考えられます。
)を発行し、これを受益証
担保権の附従性の観点から被担保債権を有し
券発行信託にして投資家等に引き受けてもら
ない担保権者というものを認めうるのかとい
うことで資金調達するというものです。事業
う問題が指摘され、また、現行法上(現行法
の証券化スキームにおいてかかる事業信託を
第1条参照)
、信託の方法として既存権利の移
用いることの最大のメリットは事業主体の移
転だけでなく、担保権の設定のような設定的
転を伴わないという点であり、主体変更によ
移転も含まれるのかについて明確でない、さ
る手続コストを省き、また、事業運営の安定
らに、こういった理論上の問題をクリアでき
性を維持できるという利点があります。また、
たとしても、担保信託に対応しうる登記制度
資金調達者は信託受託者として信託法や信託
が未整備29で実務的には実現困難ではないかな
業法26で課せられる諸種の義務を負わされるこ
どという消極意見が大勢でした。しかし、そ
とから27、スキームの安定(債権者の保護等)
の一方で、例えば、シンジケートローンのよ
に資するといえます。
うに債権者が多数存在する場合に、その担保
この他、特定の事業部門等の業績にのみ連
権を一律に管理できる仕組みとして担保信託
動するよう仕組まれた種類株式(トラッキン
の有用性が指摘されていたところであり30、実
グ・ストック)に代わるものとして事業信託
務界からは、債権者が複数存在する場合の担
の利用可能性も指摘されているところであり、
保権の一元管理等を主眼とする担保附社債信
24. 個別には第三者対抗要件の問題や債務者デフォルト時の実効性等の問題を指摘できますし、大きく捉えれば、倒産隔離の
確保(債務者の信用リスクからの保全)の問題があると思われます。
25. 当該事業が生み出すキャッシュフローを引当てに資金調達を行うファイナンス手法であり、従来型では不動産や金銭債権
の証券化と同様、SPC等隔離されたビークルへの事業譲渡が基本となります。最近では、ソフトバンクがボーダフォンを
買収した際に事業の証券化スキームを使って資金調達を行ったとされています。
26. 自己信託の場合の信託業法上の問題(改正業法第50条の2)は既述のとおりです。
27. 受託者の義務については、本誌別稿・第1章の2「受託者の義務」(谷口弁護士担当)をご参照ください。
28. 補足説明3頁参照
29. 現行不動産登記法第97条第1項第1号では、信託登記について、委託者、受託者及び受益者の氏名(名称)
・住所が登記事
項とされているところ、担保信託がもっとも有用であるとされているシンジケートローンのように債権者が複数で入れ替
わることが予定されているスキームにおいては、受益者たる債権者が債権譲渡などで入れ替わる度に変更登記を余儀なく
されるなど、手続の煩雑性が指摘されていました。
30. 現行法の下では、エージェント銀行を定め、当該エージェント銀行が債権者間協定等に従って担保権を含めた全体のスキー
ムを管理しているのが実情と思われます。
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Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
託法に基づく場合などに限定せず、一般的に
た受託者が、信託事務遂行の一環としてこれ
担保信託を許容すべきであるという意見や要
らの法的手続を行うことは正当な業務行為と
望もなされていました。
して許容されると解すべきでしょう32、33(新法
(2) 新法での許容
第55条参照)。
こうした中、新法は、信託の設定方法を規
このように新たに認められた担保信託は、
定したその第3条第1号において、信託契約の
上述のシンジケートローンのほか、不良債権
内容として「担保権の設定」を盛り込み、担
のバルクセールなどでもその利用可能性が指
保信託の許容性を明文で認めました。また、
摘されており、今後、新しい活用例が出てく
信託法改正に合わせて不動産登記法も改正さ
ることが期待されます。
れ、その改正不動産登記法第97条第1項第2号
において、
「受益者の指定に関する条件又は受
益者を定める方法の定めがあるときは、その
定め」が登記事項として追加され、同条第2項
図3 担保信託の概念図
債務者(担保権設定者)
担保信託設定
担保権者
= 委託者
= 受託者
で、かかる場合は個別の受益者の氏名等の記
被担保債権
載は不要とされました。これらの法整備によ
債
権
者
り、名実ともに担保信託が可能になったとい
うわけです。
債
権
者
債
権
者
受益権
受益者
図3が担保信託の基本的な概念図ですが31、
担保信託は、被担保債権を有する債権者を受
益者とする他益信託であり、受託者は、受益
5 小 括
者たる債権者のために当該担保権の管理・処
以上、事業信託と担保信託を中心に新類型信託
分(実行)を行うことになります。なお、受
の概要と問題点について解説しましたが、新法に
託者は担保権実行などの法的手続を自身の名
おいては、信託に自己完結性(自己信託)や有限
で遂行することになりますが、これらの行為
責任性(限定責任信託)などを付与する仕組みが
が訴訟信託の禁止規定(現行法第11条・新法
新たに認められたことにより、信託自体にもとも
第10条)や弁護士法第72条に抵触しないかが
と具わる倒産隔離機能(bankruptcy remote)34
問題になり得ます。しかし、担保権者の地位
がさらに強化され、信託のビークル(独立した法
にありかつ担保権の管理処分権限を認められ
人格性)としての利用可能性が益々大きくなるも
31. なお、図3では債務者=担保権設定者の場合を前提としていますが、この2者が分離されることも想定されます。
32. 小木曽良忠「新・信託法で可能となる担保信託と事業信託の想定スキーム」ビジネス法務2007年4月号47頁、寺本振透他
編『解説・新信託法』(弘文堂)・20頁等参照ください。
33. このほか、担保信託については、民法が想定していない債権者と担保権者の分離から生じうる問題点(信託設定や担保権
実行における受益者たる債権者の同意の要否等)も指摘されています(大野正文「33 担保目的の信託」金判増刊200頁)
。
また、担保信託全般につき、金融法務研究会『担保法制をめぐる諸問題」(2006年10月)における山田誠一教授による「第
4章 セキュリティ・トラストの実体法上の問題−担保権と債権との分離に関連して−」及び青山善充教授による「第5章
セキュリティ・トラストの民事手続上の問題」をご参照ください。
34. 一般には、委託者、受託者いずれの倒産からも隔離(保護)されていることを指します。すなわち、信託においては、委
託者から受託者へ信託財産の移転(委託者の責任財産からの離脱)が行われることにより委託者からの倒産隔離が、受託
者においては信託財産がその固有財産とは分別管理されて独立性を有するとされていること(現行法第16条・第28条等、
新法第25条・第34条等)により受託者からの倒産隔離が、各々図られているといわれています(最判平成14年1月17日
民集56巻1号20頁をご参照ください。)。但し、その具体的意義、効果等については議論があります。
43
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
のと考えられます。ただ、このように利用可能性
の拡大に期待が膨らむ一方、実務上生じうるであ
ろう問題点も上述のとおり指摘できるところで
あり、今後の議論と実務例の積み重ねを注視して
いきたいと思います35。
以 上 35. 本稿の参考文献として、①寺本振透他編『解説・新信託法』(弘文堂)
、②金判増刊所収の各論文、③谷笹孝史「信託法改
正∼事業信託の事業・再編への活用可能性を探る」ターンアラウンドマネージャー 2007年3月号6頁以下、④田村幸太郎
「信託法の改正と不動産証券化」RMJ94号30頁以下、
⑤尾本太郎「Ⅰ改正概要と実務上の論点(新・信託法の活用可能性)
」
経理情報1140号8頁以下、⑥小木曽良忠「新・信託法で可能となる担保信託と事業信託の想定スキーム」ビジネス法務
2007年4月号47頁以下、⑦小林卓泰・武川丈士「事業の証券化」NBL850号49頁以下、等があります。
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Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
第2章 ファイナンス取引における実務上の諸問題
1 資産流動化スキームと倒産手続に関する実務上の諸問題
∼ 第3回「倒産隔離」について ②
弁護士 中森 亘
第1 はじめに
など、投資家が被る損害は甚大です。そこで、SPV
前々号1 では、資産流動化スキームにおいて資産
自体の倒産リスクから資産の信用力を隔離する仕組
原保有者(オリジネーター)に倒産手続が開始さ
みを構築するということも、スキーム維持のため、
れ、当該手続において資産譲渡の真正売買性(true
重要となるのです。
sale)が否定された場合、当該流動化スキームがど
のような影響を受けるかという問題について解説
第2 SPVの倒産隔離
1 概説
し、それに続く前号2では、オリジネーターが倒産
した場合の諸問題とその回避ないし対処方法につい
SPVの倒産隔離を達成するための方法として
て解説しました。本号は、倒産隔離(Bankruptcy
は、大きく分けて、①そもそも倒産に至らない
Remote)のもう一つの側面である、
資産の譲渡先(受
ように予防する措置、②倒産に至った場合でも
け皿)となるビークル(Special Purpose Vehicle =
倒産手続を開始させないようにする措置、があ
SPV)の倒産からの隔離、という問題をみていきた
ると言われています。また、これらに加え、③
いと思います。倒産隔離の第一の側面はオリジネー
倒産手続が開始された場合に備えた措置、とい
ターの倒産からの隔離でしたが、オリジネーターが
う分類も指摘されています3。このような分類そ
倒産しなくても、資産を直接保有するSPVに倒産手
のものにはとくに重要な意味はないと思われま
続が開始されてしまうと資産及びキャッシュフロー
すが4、理解の助けにはなると思われますので、
がダイレクトに打撃を受け、想定されていたSPVに
本稿でもこれらの分類にしたがって解説してい
よるローンの弁済や匿名組合配当等が滞ってしまう
きます。
<図1 概念図>
有限責任
中間法人
SPV
オリジネーター
基金拠出者
金融機関
投資家等
資産
倒産!
1.「Kitahama Law Review 速報」別冊ファイナンス編Vol.1(平成18年4月25日発行)
2.「Kitahama Law Review 速報」別冊ファイナンス編Vol.2(平成18年8月31日発行)
3. 西村総合法律事務所編『ファイナンス法大全(下)』(商事法務)55頁など
4. ある措置が、①の予防措置であると同時に②の防止措置として機能する場合もあるなど、一つの措置が複数の機能を有す
る場合もあります。
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Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
2 倒産予防的措置として
らに違反するというリスクを除去できませ
(1) 約定等による方法
ん。そこで、SPVが違反行動をしないように
SPVの倒産を阻止するためには、まずは倒
(できないように)仕組みを構築することが
産を波打ち際で防止する、すなわち、SPVに
考えられますが、SPV自身は「箱」に過ぎま
そもそも支払不能等の倒産手続開始原因5 が
せんので、結局、この「箱」を関連当事者に
生じないように予防するということが考え
よる支配(ないし影響)から独立させるよう
られます。この点、支払不能等は事業リスク
な仕組みを作る必要があります。かかる支配
上の問題ですので 6、かかる事態の発生を防
からの独立は、SPVの保有資産を関連当事者
止するためには事業リスクを極小化する措
の経営悪化等による影響から防御するという
置を講じればよいということになります。具
ことにも資するものであり、実務的には、①
体的には、事業運営に関連するものとして、
SPV自身を関連当事者から独立させ、かつ、
① 定 款 に お け る 事 業 目 的 の 限 定(他 業 禁
②SPVの意思決定機関(取締役等)も関連当
止)、②債務負担行為の制限、③調達資金の
事者から独立させる(いわゆる独立取締役)、
利用・運用制限、④資産の処分制限、⑤適切
という手立てがなされます。以下、個別に解
な事業運営者の選任などが考えられ、組織構
説します。
成・運営に関連するものとして、⑥子会社の
① SPVの独立性
設立・保有禁止、⑦合併・分割等の組織再編
SPV自身の独立性を保つ手法として、最近
行為の禁止、⑧役員の資格制限、⑨使用人の
の事例では、図1のように、SPVの出資持分を
雇用制限、などを挙げることができます。こ
有限責任中間法人に保有させるという方法が
れらの措置は、SPVの定款や個別の契約書な
主流を占めています。これは、出資者(基金
どで規定する方法によることになるでしょ
拠出者)と意思決定機関(社員)とが分離さ
う 7。
れているという中間法人の仕組みを利用する
(2) 仕組み構築による方法
もので8、さらに、関連当事者から独立した者
上記はあくまでSPVの表明ないし関連当事
を中間法人の社員及び理事に据えることで、
者との約定によるものですので、SPVがこれ
基金拠出者とSPVの支配関係を切断すること
5. ①破産手続であれば、ⅰ「支払不能」(破産法第15条第1項。なお「支払停止」は支払不能の推定事由とされています(同
条第2項)。)、及び、ⅱ法人の場合の「債務超過」(同法第16条第1項)
、②民事再生手続であれば、ⅰ「破産手続開始の原
因となる事実の生ずるおそれがあるとき」(民事再生法第21条第1項第1文)
、及び、ⅱ「事業の継続に著しい支障を来すこ
となく弁済期にある債務を弁済することができないとき」(同項第2文)、③会社更生手続であれば、ⅰ「破産手続開始の原
因となる事実が生ずるおそれがある場合」(会社更生法第17条第1項第1号)
、及び、ⅱ「弁済期にある債務を弁済すること
とすれば、その事業の継続に著しい支障を来すおそれがある場合」(同項第2号)、ということになります。
6. 資産自体に内在するリスクも考えられますが、それがクリアされていることはそもそもスキーム組成の大前提であると思
われますのでここでは触れません。
7. なお、いわゆる特定目的会社(TMK)については、これを規律する「資産の流動化に関する法律」において、一部手当て
されています(同法第195条、第198条、第200条、第212条∼第214条等)。
8. なお、現行の中間法人法(平成13年法律第49号)は、
昨年6月に公布された「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」
(平成18年法律第48号)が施行されるのと同時に廃止され(「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法
人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」第1条)
、既存の中間法人は何ら
の手続も要することなく当然に「一般社団法人」に移行します。既存の社員、理事及び監事もそのまま移行し、基本的に
は中間法人の仕組みがそのまま残されますので、既存のスキームをとくに変更する必要もありません(但し、施行後最初
の定時社員総会で「有限責任中間法人」の名称を「一般社団法人」に変更する必要があります。
)。なお、施行後は中間法
人に代わってこの一般社団法人が利用されることになるでしょう。
46
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ができます9。
第1項・第2項)であり、②民事再生手続につ
② 意思決定機関の独立性
いては、債務者本人及び債権者(民事再生法
SPVの意思決定機関を関連当事者の影響か
第21条)、③会社更生手続については、株式
ら独立させるため、取締役(株式会社の場合)
会社たる債務者本人(会社更生法第17条第1
や業務執行社員(職務執行者。合同会社の場
項)、資本金の額の10分の1以上に当たる債権
合)として、関連当事者とは無関係の第三者
を有する債権者(同条第2項第1号)及び総株
を選任することになります。通常は、公認会
主の議決権の10分の1以上を有する株主(同
計士等の専門家に就任してもらう事例が多い
項第2号)
、
となっています10。資産流動化スキー
と思われます。
ムにおいては、これらの申立権を有する者か
3 倒産手続防止的措置として
次に、不幸にもSPVが倒産状態に陥り倒産手続
開始原因が生じてしまった場合でも、倒産手続
ら申立権を予め放棄する旨の合意を取り付け
るのが通常ですが、かかる申立権の放棄には
以下の問題点が指摘されています。
を開始させない(倒産手続開始の申立をさせな
すなわち、倒産手続は、債務者の経済的更
い)措置をとっておけば、SPVの倒産手続は開始
生を図るという債務者からみた私的利益のほ
されないで済みます。かかる方法としては、①
か、適正かつ公平な手続により総債権者のた
倒産申立権限のある者に申立権を予め放棄させ
めに公平な分配を図るという公益的な目的も
ておく、②債権者の引当てとなる責任財産を予
有しており11、債務者もしくはその役員等が倒
めSPVの一定の財産に限定しておく、などの措置
産申立権を放棄することはかかる倒産手続の
が考えられます。以下、各々について問題点を
公益目的に反し無効ではないかというもので
中心に解説します。
す12、13。とくに、法人の理事等に個別に認めら
(1) 倒産申立権の放棄
倒産手続開始の申立権限を有するのは、①
破産手続については、債務者本人(破産法第
れた申立権は債権者の自己申立権よりも強い
公益的性格を帯びており14、その無効性はより
大きいとも指摘されています15。
18条第1項)
、債権者(同)及び法人の理事、
一方、かかる公益性の観点からすれば、逆
取締役、業務執行社員、清算人(同法第19条
に債権者自らが申立権を放棄することは、私
9. 中間法人法が施行される以前は、SPVの親会社SPCをケイマン諸島に設立し、この親会社たるケイマンSPCの株式ないし社
員持分を信託宣言(慈善信託)により信託に供し、議決権の行使を制限させるというスキームが用いられるのが一般的で
した。また、他に、資産流動化法上認められている特定持分信託(同法第33条)を用いる方法もありますが、現行信託法
第58条に規定される解除命令を懸念して(いわゆる58条リスク)、ほとんど利用されていません(但し、改正信託法第165
条では、解除命令の申立者を委託者、受託者及び受益者に絞るなどの改正がなされており、懸念されているリスクは軽減
されたといわれています。)
10. なお、清算株式会社及び清算持分会社の清算人には、一定の場合に破産手続開始の申立て義務があります(会社法第484
条第1項、第656条第1項)。
11. 各種倒産法の立法目的については、破産法、民事再生法及び会社更生法のそれぞれ第1条に表現されています。
12. その意味で強行規定の一種とも解されています。この点、債務者及び理事等による申立権放棄の無効を説くものとして、
山本和彦「債権流動化スキームにおけるSPCの倒産手続防止措置」(
『金融研究』日本銀行金融研究所1998年5月号105頁
以下)
13. 東京高判昭和57年11月30日(判例時報1063号184頁等)は、同様の趣旨から、債務者と一部の債権者との間で破産申立
てをする場合には事前協議しその同意を得るという約定があった場合に、債務者がかかる約定に反して協議もせず、同意
を得ずになした破産申立てを適法と認定しました。
14. なお、民法上の法人の理事については、破産手続開始申立義務が認められています(民法第70条第2項)
。
15. 山本和彦「証券化と倒産法」ジュリスト1240号21頁など
47
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
的自治(民事訴訟手続においては処分権主義
かる金銭債務につきその財産をもってしても
として顕れます。
)の範疇にある不起訴(不執
完済することができない状態のことをいいま
行)合意の一環として有効と解してよいでしょ
す(同法第16条第1項)。SPVにこれらの倒産
う 。ただし、破産手続の公益性の観点から、
手続開始原因が生じないようにするには、①
債権者と債務者(SPV)との間に大きな経済
SPVが負担する金銭債務の引当てとなるべき
的・情報的格差(俗にいえば力関係の差)が
責任財産をSPVの特定の財産に限定し(引当
ある場合や申立権放棄が無条件・無期限に及
財産の限定)、②当該責任財産をもってしても
ぶような場合などには、公序良俗に反するも
回収できない部分は放棄(免除)したものと
のとしてその有効性に疑義が生じる場合もあ
みなし(停止条件付債務免除)、③他の財産に
ると思われますし、債権者が特約に反して倒
強制執行もしない(執行の制限)、という内容
産手続の開始を申立てた場合にその申立てを
の責任財産限定特約を締結することが考えら
17
いかに取り扱うべきか 、また、手続が開始さ
れ、実務上、ほとんどのスキームで採用され
れてしまった場合はどうか18、などその実効性
ています。かかる特約により、SPVの債務は
についても未だ不明確な部分はあります。
特定の責任財産の範囲に圧縮されることにな
16
以上からすれば、倒産申立権の放棄につい
ては、その有効性及び実効性にやや難がある
と指摘せざるをえないところです。
(2) 責任財産限定特約
り、SPVの債務超過状態はかかる債務の圧縮
により解消されることになります19。
かかる特約も、私的自治の範疇にある一種
の不執行合意として有効と解されており、債
SPVは、レンダーとの金銭消費貸借契約や
権者が特約に反して限定責任財産以外の財産
投資家等との匿名組合契約など、資産取得原
に強制執行を申立てた場合には、債務者が第
資を調達するための契約のほか、アセット・
三者異議の訴えによりこれを排斥できると解
マネジメント契約、信託契約、賃貸借契約等々、
されています20。
ストラクチャーに応じて様々な契約の当事者
4 倒産時対応措置として
となり、それらの契約に基づき発生する金銭
次に、以上のような措置を講じておいたにも
債務の債務者となります。ここで、倒産手続
かかわらず、実際にSPVに倒産手続が開始してし
開始原因としての「支払不能」とは、SPVが
まった場合に備えた対応措置について検討しま
かかる金銭債務を一般的かつ継続的に弁済す
す。この場合は、レンダーや投資家において回
ることができない状態のことをいい(破産法
収の極大化をいかに図れるかという点が焦点に
第2条第11項)
、同じく「債務超過」とは、か
なります。
16. ただし、総債権者の利益のために行われるという意味で公益性のある倒産手続においては、個々の債権者のためにのみ行
われる訴訟(執行)手続における処分権主義は制限されると解することもできます。実際、訴訟手続では申立ての取下げ
は原則として自由ですが、倒産手続では制限されています(注17参照)。この点につき、前掲注12・山本121頁参照
17. 伊藤眞『破産法(第4版補訂版)』(有斐閣)83頁脚注67では、原則としてかかる申立ては却下してよいとされています(もっ
とも、債務者による放棄特約の援用が必要になるでしょう。)。
18. 債務者又は他の債権者が放棄特約を援用して開始決定の取消しを求め、即時抗告を申し立てることが考えられます。ただ
し、破産手続開始決定は確定を待たずに効力が生じ(破産法第30条第2項)、開始決定後は申立ての取下げも認められな
いという点には注意が必要です(同法第29条)。なお、この点については、民事再生手続や会社更生手続においても基本
的に同様です(民事再生法第32条、会社更生法第23条)
。
19. この意味では倒産予防措置として位置づけることも可能と思われます。
20. ただし、一般的な不執行合意に違反してなされた執行申立てに対する不服申立ての方法としては執行異議説と請求異議説
とに分かれており、後者が有力とされています(最二小判平成18年9月11日〔裁時1419号8頁〕)。
48
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
開始前に債権者と債務者との間で当該債権を
(1) 担保設定
まずは、債権保全の基本ですが、SPVや関
破産手続開始後は劣後債権として扱う旨の約
係当事者 (親会社となる中間法人や匿名出資
定をしておけば、破産手続においてもそのま
者等)の保有資産(不動産、受益権、債権、
ま劣後債権(「約定劣後破産債権」
)として扱
出資持分、匿名組合出資等)に担保権(抵当権、
われることが明文で認められたため(破産法
質権、譲渡担保権等)を設定しておくという
第99条第2項)23、それ以降のスキームではか
方法が考えられ、実際、対象資産の違いはあれ、
かる劣後破産債権の約定がなされることが多
ほとんどの事例においてかかる担保設定がな
くなったと思われます。
21
されています。また、例えば、SPVのマスター
5 小括
レッシーとしての地位について譲渡予約をし
以上、現行の資産流動化実務においてSPVの倒
ておくなどの事例もあり、これらも一種の担
産隔離に関し採られている措置につき、その具
保的機能を有するといえるでしょう。
体例及び問題点等について概要をご説明しまし
(2) 劣後特約
た。スキームを組成しこれを評価する立場ある
次に、SPVに倒産手続が開始された場合に、
いは投資する立場からすれば、どの程度まで求
SPVの特定の金銭債務をして、他の債権(通
めるかは別として、これらの倒産隔離措置がと
常はレンダーや投資家の債権。以下、便宜上「非
られていることはいわば必須条件であるとこ
劣後債権」といいます。
)に劣後させ、非劣後
ろ、これらの措置が各々抱える法的問題性につ
債権が完全な満足を得られるまでは弁済等を
いては意外に認識されていないという側面があ
得られない(停止条件付債権)とする内容の
り、また、実際の案件においても、これらの措
劣後特約を締結しておく方法があります 。か
置の有効性が裁判所にまで持ち込まれて争われ
かる特約も私的自治の範疇としてその有効性
たケースもほとんど見当たらず24、その意味では、
が認められるものと解されますが、ただ、倒
倒産隔離の問題は机上の議論になりがちな部分
産手続における債権の優劣関係は各倒産法に
があることも否定できないところです。我々弁
おいて法定されており、約定で作出されたこ
護士を含めてですが、資産流動化実務に携わる
のような優劣関係が実際の倒産手続において
方々としては、かかる問題意識に立って、倒産
どのように取り扱われるかについては不明確
隔離に関する今後の学説や実務例に着目してい
な部分もあります。この点、平成17年1月に
く必要があるでしょう。
22
新たに施行された現行破産法では、破産手続
(次号に続く)
21. SPV以外の者の保有資産に担保を設定する場合は物上保証ということになりますが、真正売買との関係で慎重に対応すべ
き場合もあり、例えば、オリジネーターからかかる物上保証を受けることは真正売買性に疑義を生じさせることになりま
すので避けるべきと解されます。
22. ローン債権と他の債権(匿名組合出資等)との間、あるいはローン債権間(シニアとメザニンなど)でかかる優先劣後構
造を構築することが多いといえますが、かかる仕組みは信用補完の構築としても作用します。
23. 破産法第99条第2項「破産債権者と破産者との間において、破産手続開始前に、当該債務者について破産手続が開始され
たとすれば当該破産手続におけるその配当の順位が劣後的破産債権に後れる旨の合意がされた債権(以下「約定劣後破産
債権」という。)は、劣後的破産債権に後れる」
。なお、約定劣後再生債権につき民事再生法第35条第4項、同第155条第2
項等、また、約定劣後更生債権につき会社更生法第43条第4項第1号、第168条第1項第4号等
24. そのために、実務上、弁護士が作成する法律意見書においても、各種倒産隔離措置の有効性について留保条件が付される
ことが多いといえます。
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Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
第3章 【速報】集団投資スキームにおける投資運用業
∼金融商品取引法制に関する政省令案等の公表を踏まえて∼
弁護士 谷口 明史
【用語の表記について】
(法令等)
改正法
証券取引法等の一部を改正する法律(平成18年法律第65号)
金商法
金融商品取引法(証券取引法等の一部を改正する法律〔平成18年法律第65号〕第3
条施行により証券取引法が改組された法律)
整備法
証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平
成18年法律第66号)
金商法施行令案
証券取引法等の一部を改正する法律及び証券取引法等の一部を改正する法律の施行
に伴う関係法律の整備等に関する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令
案(仮称)による改正後の「金融商品取引法施行令」
金商業等府令案
金融商品取引業等に関する内閣府令案(仮称)
定義府令案
証券取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令案
(仮称)による改正後の「金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令」
監督指針案
金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針(案)
第1 はじめに
資スキームにおける投資運用業に関連する事項に焦
平成19年4月13日、金融庁から、①金融商品取
点を当ててその内容を概観します。なお、紙幅の関
引法制に関する政令案・内閣府令案等、②金融商品
係上、概略のみの説明にとどめざるを得なかった部
取引業者等向けの総合的な監督指針(案)
、③金融
分がありますが、ご容赦ください。
商品取引法制に関する告示案が公表されました。い
ずれも5月21日まで意見公募手続が行われ、6月頃
第2 投資運用業とは何か
に意見公募手続の結果公表と政省令等の公布、9月
投資運用業とは、金融商品取引業のうち、金商法
頃に現行証券取引法の金商法への改組を含めた法律
第2条第8項第12号・第14号又は第15号に掲げる行
及び政省令等が施行される予定です。
為のいずれかを業として行うことと定義され(金商
政省令等については公布までの間にその内容が変
更される可能性があり1、また、6月に公表される予
法第28条第4項)、具体的には以下の業務がこれに
該当します2。
定のパブリックコメントの結果も実務において重要
な意味を持つと思われるものの、今回の政省令案等
① 投資一任契約を締結して、金融商品の価値等
の公表によって金融商品取引法制の全貌はほぼ見え
の分析に基づく投資判断に基づいて有価証券ま
てきたと言ってよいでしょう。
たはデリバティブ取引に係る権利に対する投資
公表された政省令案等は膨大な量にのぼるため、
として、金銭その他の財産の運用(その指図を
本稿では、政省令等の動向が注目されていた集団投
含む。)を行うこと(現行の投資一任契約に係る
1. 本稿は脱稿日である平成19年5月8日時点の情報に基づいています。
2. 尾崎輝宏・中西健太郎「金融商品取引法制の解説(5) 業規制・登録金融機関制度等」商事法務1776号21頁
50
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
業務)3
は届出で足りることとされています(金商法第63
② 投資法人と資産の運用に係る委託契約を締結
条第1項第2号)。
して、金融商品の価値等の分析に基づいて有価
これまでは、資産流動化・証券化スキームにおけ
証券またはデリバティブ取引に係る権利に対す
るSPCがアセット・マネージャー等に運用を全面的
る投資として、金銭その他の財産の運用(その
に委託した場合でもSPC自体が投資運用業登録をし
指図を含む。)を行うこと(現行の投資法人資産
なければならないのか、各種スキームにおける自
運用業)
己運用(上記④)が適格機関投資家等特例業務とな
③ 投資信託の受益証券などの権利者から拠出を
るための要件など、必ずしも明らかでない点が多く
受けた金銭その他の財産を金融商品の価値等の
様々な意見が飛び交っていましたが、公表された政
分析に基づく投資判断に基づいて有価証券また
省令案でこれらの点がほぼ明らかになりました。
はデリバティブ取引に係る権利に対する投資と
して運用(その指図を含む。)を行うこと(現行
の投資信託委託業)
④ 信託受益権や集団投資スキーム持分(金商法
第2条第2項第5号又は第6号に規定する権利)の
権利者から出資または拠出を受けた金銭その他
の財産を、金融商品の価値等の分析に基づく投
資判断に基づいて主として有価証券またはデリ
第3 集団投資スキームにおける投資運用業に関す
る政省令案等のポイント
1 集団投資スキーム持分の定義
Q1 集団投資スキーム持分の定義に関して、
政省令案等ではどのような定めがなされた
か?
バティブ取引に係る権利に対する投資として運
A1 金 商 法 第2条 第2項 第5号 は、 集 団 投 資 ス
用(その指図を含む。)を行うこと(いわゆる自
キーム持分を「組合契約、匿名組合契約、投
己運用)
資事業有限責任組合契約又は有限責任事業組
合契約に基づく権利、社団法人の社員権その
このうち、集団投資スキームで問題となるのは①
他の権利」のうち、「当該権利を有する者(出
と④です。すなわち、資産流動化・証券化スキーム
資者)が出資又は拠出をした金銭(①これに
におけるSPC(合同会社・特例有限会社など)や、投
類するものとして政令で定めるものを含む。
)
資事業有限責任組合(LPS)
・民法上の任意組合にお
を充てて行う事業(出資対象事業)から生ず
ける業務執行組合員は、自己運用を行うものとして
る収益の配当又は当該出資対象事業に係る財
原則として④に該当し、これら自己運用を行う者か
産の分配を受けることができる権利」であっ
ら運用の一任を受ける者(アセット・マネージャー、
て、「イ ②出資者の全員が出資対象事業に関
ファンド・マネージャーなど)は①に該当します。
与する場合として政令で定める場合における
そして、投資運用業を行う場合には、原則として
当該出資者の権利、ロ 出資者がその出資又
内閣総理大臣の登録を受ける必要があります(金商
は拠出の額を超えて収益の配当又は出資対象
法第29条)が、例外として、④の自己運用に関し
事業に係る財産の分配を受けることがないこ
ては、適格機関投資家等特例業務に該当する場合に
とを内容とする当該出資者の権利、ハ 一定
3. 現行法上、投資一任契約は委任契約であり、かかる「委任」には、
「法律行為(たとえば、売買の発注)の委任という本来
の委任のほかに、法律行為以外の事務(たとえば、信託銀行に対する運用指図)の委託(準委任)も含まれる。
」と解され
ています(河村賢治・西山寛・村岡佳紀『投資顧問業の法務と実務』(金融財政事情研究会)50頁)。金商法においても運
用に「その指図を含む。」と規定されており、上記解釈は金商法でも変わらないと解されるため、信託銀行等に対する指図
権の委託を受ける場合でも金商法第2条第8項第12号の行為を行う投資運用業となります。
51
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
の保険契約、一定の共済契約、不動産特定共
べてが出資対象事業に常時従事し、又は、特
同事業契約に基づく権利、ニ イからハまで
に専門的な能力であって出資対象事業の継続
に掲げるもののほか、③当該権利を有価証券
の上で欠くことができないものを発揮して当
とみなさなくても公益又は出資者の保護のた
該出資対象事業に従事すること、のいずれの
め支障を生ずることがないと認められるもの
要件も満たす場合とされています(金商法施
として政令で定める権利」のいずれにも該当
行令案第1条の3第2項)。
さらに、公益又は出資者の保護のため支障を
しないものと定義しています。
かかる規定を受けて、金商法施行令案にお
生ずることがないとの理由で集団投資スキーム
いて、上記定義の下線部に関する規定が定め
持分から除かれるもの(上記③)として、
保険・
られています。
共済契約に係る権利、国内法人(有限責任中間
まず、金銭出資以外の場合であっても集団
法人を除く。
)への出資等に係る権利、弁護士・
投資スキーム持分に該当し得るもの(上記①)
公認会計士・税理士等の業務を出資対象事業と
として、有価証券(金商法施行令案第1条の3
する組合契約に基づく権利、従業員持株会契約
第1項第1号)
、為替手形(同項第2号)又は約
等に基づく権利等が定められています(金商法
束手形(同項第3号)の出資に係る権利や、信
施行令案第1条の3第3項各号)
。
託受益権又は他の集団投資スキーム持分を有
する者から出資又は拠出を受けた金銭等(有
価証券・為替手形・約束手形を含む。
)の全部
を充てて取得した一定の物品(内閣府令で定め
2 適用除外業務
Q2 投資運用業(自己運用)から除外される
業務は、どのようなものか?
るものに限る。この点については、定義府令
A2 金商法第2条第8項は、
「その内容等を勘案
案第5条で「競争用馬」が定められています。)
し、投資者の保護のため支障を生ずることがな
の再投資に係る権利(同項第4号)
、上記に準
いと認められるものとして政令で定めるもの」
ずるものとして内閣府令で定めるもの(同項
を金融商品取引業の定義から除外しています。
第5号。なお、公表された内閣府令案にはこれ
これを受けて、金商法施行令案第1条の8の3
に対応する規定が見当たりませんので、当面
第1項は、①国・地方公共団体・日本銀行等が
は第5号に関する内閣府令の定めは設けられな
行う金商法第2条第8項各号に掲げる行為(同
いものと思われます。
)が定められています。
項第1号)、②デリバティブ取引に関する専門
また、出資者全員が出資対象事業に関与し
的知識・経験を有する者等を相手方として行
ている場合として集団投資スキーム持分の包
う店頭デリバティブ取引等(同項第2号)
、③
括的定義から除外されるもの(上記②)とは、
自己運用のうち、商品投資に係る事業の規制
(a)出資対象事業に係る業務執行の決定につい
に関する法律に規定する商品投資受益権を有
てすべての出資者の同意を要すること(当該
する者から出資又は拠出を受けた金銭その他
出資者の権利に係る契約その他の法律行為に
の財産の全部を充てて行う一の法人への出資
おいてすべての出資者の同意を要しない旨の
(特定出資4)であって、一定の要件を満たすも
定めをする場合において、当該出資対象事業
の(同項第3号)の3つの場合を具体的に除外
に係る業務執行の決定についてすべての出資
業務として定めるとともに、④行為の性質そ
者が同意をするか否かの意思を表示すること
の他の事情を勘案して内閣府令で定める行為
を要することを含む。
)
、及び、(b)出資者のす
(同項第4号)も除外業務とする定めを置き、
4. 資産の流動化に関する法律における「特定出資」とは別の概念です。
52
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
その具体的内容については内閣府令に委任し
満たす場合には、SPC自体については投資運用
ています。
業の登録義務の適用除外とされます(定義府令
そして、さらに上記④の定めを受けて、定
案第16条第1項第4号)
。
義府令案第16条第1項第1号∼第8号で除外業
すなわち、定義府令案の条文に従って詳しく
務が定められています5。このうち、集団投資
説明すれば、運営者(SPC)について投資運用
スキームにおける投資運用業に関する規定は
業の登録義務が適用除外とされるためには、以
第4号∼第6号であり、第4号は運用権限の全部
下の要件をすべて満たすことが必要となります。
を金融商品取引業者等6 に委託する場合の規
定、第5号は二層構造ファンド(ファンド・オ
① 自己運用(適格機関投資家等特例業務を除
ブ・ファンズ)の子ファンドが不動産信託受
く。)のうち、対象行為者(SPCなどの自己運
益権に投資している場合に関する規定、第6号
用者)が金融商品取引業者等との間で投資一
は競走用馬投資関連業務に関する規定です。
任契約を締結し、当該投資一任契約に基づき、
第4号及び第5号について、後述のQ3・Q4で
自己運用に係る権利(「対象権利」
。受益証券
詳しくご紹介します。
発行信託の受益証券、信託受益権、集団投資
Q3 SPCがアセット・マネージャー等に、投
資家から拠出を受けた財産の運用の全部を委
託する場合でも、SPCが投資運用業登録をす
る必要があるか?
スキーム持分など)を有する者(投資家)の
ため運用を行う権限の全部を委託するもので
あること
② 対象権利に係る契約その他の法律行為(
「出
資契約等」。匿名組合契約など)において、(a)
A3 原則として投資運用業登録が必要です。
対象権利を有する者のため運用を行う権限の
但し、①運営者(SPC)が、運用権限の全部
全部を委託する旨及び当該金融商品取引業者
を委託するため、アセット・マネージャー等の
等の商号又は名称、(b)当該投資一任契約の概
投資運用業登録業者と投資一任契約を締結する
要、(c)当該投資一任契約に係る報酬を自己運
こと、②投資家の有する権利に係る契約(匿名
用に係る運用財産から支払う場合は、当該報
組合契約等)において、当該投資一任契約の概
酬の額(あらかじめ当該報酬の額が確定しな
要等が明記されていること、③投資家の有する
い場合においては、当該報酬の額の計算方法)
権利に係る契約(匿名組合契約等)及び当該投
の定めがあること
資一任契約において、
当該登録業者が「出資者」
③ 出資契約等及び当該投資一任契約において、
(運営者でないことに注意) に対して忠実義
(a)当該金融商品取引業者等は、対象権利を有
務・善管注意義務を負う旨が明記されているこ
する者のため忠実に投資運用業を行わなけれ
と、④運営者による集団投資スキーム財産の分
ばならないこと、(b)当該金融商品取引業者等
別管理を、当該登録業者が監督すること、⑤当
は、対象権利を有する者に対し、善良な管理
該登録業者があらかじめ運営者に関する所要の
者の注意をもって投資運用業を行わなければ
事項を当局に届け出ること、という要件全てを
ならないことの定めがあること
7
5. 自己募集に関して、信託受益権の販売のうち、勧誘をすることなく金融商品取引業者等の代理・媒介により当該販売に関
する契約を締結するもの(業務委託契約書等において、勧誘の全部を委託する旨が明らかにされているものに限る。
)は適
用除外とされています(定義府令案第16条第1項第1号)
。
6. 金融商品取引業者又は登録金融機関をいいます(定義府令案第1条第3項第6号、金商法第34条)
。以下同じです。
7. なお、運営者に対しては、別途、忠実義務及び善管注意義務を負います(金商法第42条)。
53
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
④ 対象行為者(自己運用者)が、金商法第42
AM契約等の投資一任契約への見直し及び匿名組
条の4に規定する方法に準ずる方法により、当
合契約等の見直しも必要となります。
該行為に係る運用財産と自己の固有財産及び
他の運用財産とを分別して管理し、その管理
を当該金融商品取引業者等が監督すること
⑤ 当該金融商品取引業者等が、出資契約等の
成立前に、対象行為者に関する(a)商号、名称
Q4 二層構造ファンド(ファンド・オブ・ファ
ンズ)の子ファンドにおいては、どのような
場合に投資運用業登録の適用除外とされるの
か?
又は氏名、(b)法人であるときは、資本金の額
A4 二層構造ファンド(ファンド・オブ・ファ
又は出資の総額、(c)法人であるときは、金商
ンズ)の子ファンドも、原則として投資運用
法第29条の2第1項第3号に規定する役員の氏
業に該当しますが、不動産信託受益権に投資
名又は名称、(d)法令、法令に基づく行政官庁
する子ファンドについては、以下に掲げる要
の処分若しくは定款その他の規則を遵守させ
件のすべてを満たす場合に、投資運用業登録
るための指導に関する業務を統括する使用人
の適用除外とされています(定義府令案第16
又は当該使用人の権限を代行し得る地位にあ
条第1項第5号)。
る使用人があるときは、これらの者の氏名、(e)
主たる営業所又は事務所の名称及び所在地、(f)
① 自己運用(適格機関投資家等特例業務を除
他に事業を行っているときはその事業の種類
く。)のうち、1つの親ファンドとの間の匿名
を、所管金融庁長官等 に届け出ていること(対
組合契約に基づき出資を受けた金銭その他の
象行為者に関する上記(a) ∼ (f)に掲げる事項に
財産の運用を行うものであること
変更があったときは、当該金融商品取引業者
② 子ファンドの投資対象が、宅地(宅地建物
等が、遅滞なく、その旨を所管金融庁長官等
取引業法第2条第1号)又は建物に係る信託受
に届け出ること)
益権であること
8
③ 当該匿名組合契約の相手方になろうとする
ペーパーカンパニーに過ぎないSPCが投資運用
者(親ファンド)が他の匿名組合契約の営業
業登録をすることは事実上不可能ですから(投
者であって、かつ、金融商品取引業者等(投
資運用業の登録要件についてはQ8・Q9をご参
資運用業を行う者に限る。)又は適格機関投資
照ください。
)
、今後の資産流動化スキームでSPC
家等特例業務(金商法第63条第2項又は同法
を用いる場合には、後述する適格機関投資家等
第63条の3第1項)を行うものであること
特例業務を除き、上記の要件を満たすことが必
④ 親ファンドが、当該匿名組合契約の締結前
須です。したがって、運用権限の委託先(アセッ
に、子ファンドに関する前述のQ3⑤(a) ∼ (f)
ト・マネージャーなど)は投資運用業を行うこ
に掲げる事項を、所管金融庁長官等など所定
とができる登録業者である必要があり、また、
の者9に届け出ていること(子ファンドに関す
8. 所管金融庁長官等とは、金商法施行令案第42条第2項又は第43条第2項の規定により金融庁長官の指定を受けた金融商品取
引業者等にあっては金融庁長官、それ以外の者にあっては現に受けている登録をした財務局長又は福岡財務支局長をいい
ます(定義府令案第1条第3項第7号)。
9. 親ファンドが金融商品取引業者等である場合の届出先は、当該金融商品取引業者等の所管金融庁長官等であり、親ファン
ドが金商法第63条第2項の規定に基づく届出を行った者である場合の届出先は、当該者の主たる営業所又は事務所(外国法
人又は外国に住所を有する個人にあっては、国内における主たる営業所又は事務所)の所在地を管轄する財務局長(当該
所在地が福岡財務支局の管轄区域内にある場合にあっては福岡財務支局長、当該者が国内に営業所又は事務所を有しない
場合にあっては関東財務局長)です。
54
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
るQ3⑤(a) ∼ (f)に掲げる事項に変更があった
用型信託会社のうち当局に届出を行った者が
ときは、親ファンドが、遅滞なく、その旨を
対象に加えられたこと、④信用協同組合につ
所定の者(注9参照)に届け出ること)
いては届出を行ったものに限るとされたこと
です。
したがって、上記①の要件から、複数のファ
なお、投資事業有限責任組合(定義府令案
ンドから匿名組合出資を受けている子ファンド
第10条第1項第18号)や、出資対象事業に係
は、定義府令案第16条第1項第5号による適用除
る有価証券残高が10億円以上であり、かつ、
外とはなりません。また、上記③の要件から、
全ての組合員等の同意を得ていることという
親ファンドは金融商品取引業者等(投資運用業)
要件を満たす業務執行組合員等(組合契約を
又は適格機関投資家等特例業務を行うものであ
締結して組合の業務の執行を委任された組合
ることが必要であるため、親ファンドが同項第
員、匿名組合契約を締結した営業者若しくは
4号により投資運用業登録の適用除外となって
有価証券事業組合契約を締結して組合の重要
いる場合(Q3参照)には、子ファンドには同
な業務の執行の決定に関与し、かつ、当該業
項第5号の適用除外規定の適用はないと考えられ
務を自ら執行する組合員等)で届出を行った
ます。
者(同項第23号ロ・第24号ロ)も適格機関投
3 適格機関投資家等特例業務
資家となります。
Q5 適格機関投資家の範囲はどのように変
わったか?
A5 適格機関投資家とは、
「有価証券に対する
投資に係る専門的知識及び経験を有する者と
適格機関投資家の範囲の詳細については別
紙をご参照ください。
Q6 適格機関投資家等特例業務として届出で
足りるのは、どのような場合か?
して内閣府令で定める者」をいいます(金商
A6 金商法第63条第1項では、集団投資スキー
法第2条第3項第1号)が、これを受けて定義府
ム持分の私募(自己募集)10及び自己運用に関
令案第10条でその詳細が定められています。
する適格機関投資家等特例業務の特例が適用
同条では、現行法の規定と比べて適格機関
される要件が定められており、自己運用に関
投 資 家 の 範 囲 が 拡 大 さ れ て い ま す が、 そ の
しては、「集団投資スキーム持分(同一の出資
ポイントは、①会社が適格機関投資家となる
対象事業〔同項第5号に規定する出資対象事業
た め の 要 件 に つ い て、 有 価 証 券 報 告 書 提 出
をいう。〕に係る当該権利を有する者が適格機
の要件が撤廃され、また、有価証券残高基準
関投資家等〔金商法第63条第1項第1号イから
が100億 円 か ら10億 円 に 引 き 下 げ ら れ た こ
ハまでのいずれにも該当しないものに限る。
〕
と、②会社以外の法人や個人についても、①
のみであるものに限る。)を有する適格機関投
と同様の要件で対象に加えられたこと、③運
資家等から出資され、又は拠出された金銭(こ
10. 自己募集が適格機関投資家等特例業務に該当するための要件の1つである「適格機関投資家等以外の者が当該権利を取得
するおそれが少ないものとして政令で定める場合」(金商法第63条第1項第1号)について、(a)当該権利の取得者が適格
機関投資家の場合は、適格機関投資家以外の者への譲渡制限が付されていること、(b)当該権利の取得者が一般投資家の場
合は、当該権利を一括して他の一の者に譲渡する場合以外の譲渡が禁止され、かつ、当該権利が有価証券として発行され
る日以前6月以内に、当該権利と同一種類のものとして内閣府令で定める他の権利(同種の新規発行権利、金商業等府令
案第241条)が有価証券として発行されている場合にあっては、当該権利の取得勧誘に応じて取得した一般投資家の人数
と当該6月以内に発行された同種の新規発行権利の取得勧誘に応じて取得した一般投資家の人数との合計が49名以下にな
ること、とされました(金商法施行令案第17条の12第3項)
。
55
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
れに類するものとして政令11で定めるものを含
(1) その発行する社債券(金商法第2条第1項
む。
)の運用を行う自己運用行為(金商法第2
第5号)、株券又は新株予約権(同項第9号)
、
条第8項第15号に掲げる行為) 」が適格機関
約束手形のうち内閣府令で定めるもの(同項
投資家等特例業務となるとされています。
第15号)等に表示される権利、又は合名会社・
12
かかる要件は、①集団投資スキーム持分を
合資会社・合同会社の社員権等を適格機関投
有する者から出資又は拠出された金銭等の自
資家以外の者(一般投資家)が取得している
己運用行為であること、②集団投資スキーム
特別目的会社
持分を有する者が「適格機関投資家等」のみ
(2) 集団投資スキーム持分に対する投資事業に
であること、③「適格機関投資家等」が金商
係る契約その他の法律行為(当該契約その他
法第63条第1項第1号イからハまでのいずれに
の法律行為に基づく権利が同項第5号又は第6
も該当しないこと、の3つに分解することが
号に掲げる権利に該当するものに限る。)で適
できます。
格機関投資家以外の者(一般投資家)を相手
問題は②と③です。②の「適格機関投資家
方とするもの(次に掲げるものを除く。)に基
等」については、金商法第63条第1項第1号で
づき、当該相手方から出資又は拠出を受けた
規定されており、
「適格機関投資家以外の者で
金銭その他の財産を充てて当該投資事業を行
政令で定めるもの(その数が政令で定める数
い、又は行おうとする者
以下の場合に限る。
)及び適格機関投資家」を
(a) 次に掲げる数の合計数が49以下である
いうものとされています。この点について金
場合における当該投資事業に係る投資事業
商法施行令案では、適格機関投資家が1以上
有限責任組合契約及び有限責任事業組合契
存在し、かつ、適格機関投資家以外の者(一
約(これらに類する外国の法令に基づく契
般投資家)が49以下であること(金商法施行
約を含む。ⅱ)において同じ。)
令案第17条の12第1項・第2項)とされていま
ⅰ) 当該投資事業として出資又は拠出され
す。
た金銭その他の財産を充てて行う出資対
また、③の「金商法第63条第1項第1号イか
象事業に係る契約その他の法律行為に基
らハ」とは、
「イ その発行する資産対応証券
づく権利を有する適格機関投資家以外の
(資産の流動化に関する法律第2条第11項に規
者(一般投資家)(当該投資事業を行う
定する資産対応証券をいう。
)を適格機関投資
者を除く。)の数
家以外の者(一般投資家)が取得している特
ⅱ) 当該投資事業に係る投資事業有限責任
定目的会社」
、
「ロ 集団投資スキーム持分に
組合契約又は有限責任事業組合契約に基
対する投資事業に係る匿名組合契約で、適格
づく権利を有する適格機関投資家以外の
機関投資家以外の者(一般投資家)を匿名組
者(一般投資家)の数
合員とするものの営業者又は営業者になろう
(b) 当該投資事業を行い、又は行おうとする
とする者」
、
「ハ イ又はロに掲げる者に準ず
者と当該投資事業として出資又は拠出され
る者として内閣府令に定める者」をいい、か
た金銭その他の財産を充てて出資対象事業
かる「ハ」については、金商業等府令案第242
を行い、又は行おうとする者とが同一であ
条において以下のとおり定められています。
り、かつ、次に掲げる数の合計が49以下で
11. 前掲Q1に対する回答をご参照ください。
12. したがって、自己運用者から財産の運用や信託銀行等に対する指図権の委託を受けるアセット・マネージャー等について
は、適格機関投資家等特例業務の適用はありません(前掲注3参照)
。
56
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ある場合における当該投資事業に係る契約
その他の法律行為
(一層構造ファンドの場合)
ファンドには、任意組合(民法上の組合)
、
ⅰ) 当該出資対象事業に係る契約その他の
投資事業有限責任組合(LPS)、匿名組合、有
法律行為に基づく権利を有する適格機関
限責任事業組合(LLP)などを利用したものな
投資家以外の者(一般投資家)(当該投
どがあります(金商法第2条第2項第5号参照)
資事業を行う者を除く。
)の数
が、一定の要件を満たすものは、そもそも金
ⅱ) 当該投資事業に係る契約その他の法律
商法が適用される集団投資スキーム持分に該
行為に基づく権利を有する適格機関投資
当しません(Q1参照)。例えば、有限責任事
家以外の者(一般投資家)の数
業組合(LLP)の業務執行は、原則として、総
組合員の同意によらなければならないとされ
金商法第63条第1項第1号イ∼ハ・金商業等府
ていることから(有限責任事業組合契約に関
令案第242条の条文構造は複雑ですが、要する
する法律第12条)、有限責任事業組合契約に基
に、投資家(出資者)に一般投資家を含む特定
づく権利は集団投資スキーム持分に該当しな
目的会社・SPC(匿名組合の営業者)・合同会社
い場合が多いでしょう(金商法第2条第2項第5
等の親ファンドから、さらに出資を受けている
号、金商法施行令案第1条の3第2項)
。
集団投資スキームの運営者(子ファンド)には
集団投資スキーム持分に該当する場合に
原則として適格機関投資家等特例業務の特例の
は、かかる持分(権利)を有する者から出資
適用はないが、上記(2)(a)・(b)の場合は例外的に
又は拠出を受けた金銭等の財産を運用する行
適格機関投資家等特例業務の適用があり得ると
為が、原則として投資運用業となります(い
いうことです。
わゆる自己運用。金商法第28条第4項第3号・
なお、Q5で述べたとおり、投資事業有限責任
第2条第8項第15号)。しかしながら、資産流
組合は適格機関投資家であり、匿名組合の営業
動化スキームにおけるSPC等が運用権限の全部
者等も一定の要件の下で適格機関投資家となり
を投資運用業登録業者に委託する場合には、
ますので、かかる投資事業有限責任組合や匿名
一定の要件のもとで、当該SPC等について投資
組合の営業者(親ファンド)の投資家が適格機
運用業登録義務の適用除外とされます(Q3参
関投資家のみである場合で、かつ、子ファンド
照。金商法第2条第8項第15号、金商法施行令
の一般投資家の数が49以下である場合には、子
案第1条の8の3第1項第4号、定義府令案第16
ファンドに適格機関投資家等特例業務の特例が
条第1項第4号)。
適用されると解されます。
4 集団投資スキームにおける投資運用業に関す
る金商法の適用関係
Q7 各スキームの運営者において、投資運用
また、適用除外とされない場合であっても、
投資家に適格機関投資家が1以上存在し、か
つ、一般投資家が49以下である場合には、適
格機関投資家等特例業務の特例が適用され、
業の登録が必要な場合、適格機関投資家等特
届出で足りることとなります(Q4参照。金商
例業務として届出で足りる場合、適用除外と
法第63条第1項第2号、金商法施行令案第17条
なる場合とは、それぞれどのような場合か?
の12第1項・第2項)。なお、SPC等の自己運用
者に適格機関投資家等特例業務の特例が適用
A7 Q1 ∼Q6で述べたことを具体的なスキー
ムで検討してみましょう。
される場合、自己運用者から委託を受けるア
セット・マネージャー等について、投資運用
業又は投資助言業の登録が必要になるのか(若
しくは、いずれの登録も不要なのか)に関す
57
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
る区別のメルクマールは明らかではなく、こ
ンドの一般投資家の数が49以下であれば、子
の点についてはパブリックコメントの結果に
ファンドに適格機関投資家等特例業務の特例
留意が必要です。
が適用され、届出で足りると解されます(Q6
参照。金商法第63条第1項第2号)。
(二層構造ファンド〔ファンド・オブ・ファン
ズ〕における親ファンド)
これに対して、親ファンドの出資者に1で
も一般投資家がいる場合は、原則として、子
親ファンドについては、上記(1)と同様です。
ファンドの運営者には、適格機関投資家等特
しかしながら、不動産信託受益権に投資する
例業務の特例の適用はありません(金商法第
子ファンドに匿名組合出資する親ファンドが、
63条第1項第2号・同項第1号イ∼ハ、金商業
運用権限の全部を委託して投資運用業登録義務
等府令案第242条)。但し、①親ファンドが投
の適用除外(定義府令案第16条第1項第4号)
資事業有限責任組合(LPS)又は有限責任事
となった場合には、子ファンドについて定義府
業組合(LLP)であって、親ファンドの一般
令案第16条第1項第5号の適用除外規定の適用
投資家の数と子ファンドの一般投資家(親ファ
はない(Q4参照)ことに注意が必要です。
ンド自体を除きます。)の数を合計した数が
また、親ファンドの匿名組合出資者に一般
49以下である場合(金商業等府令案第242条
投資家が存在する場合は、親ファンドには適
第2号イ)、又は、②親ファンドの運営者と子
格機関投資家等特例業務の適用はあり得ます
ファンドの運営者が同一の場合で、親ファン
が、後述するとおり、子ファンドには、適格
ドの一般投資家の数と子ファンドの一般投資
機関投資家等特例業務の適用はありません。
家の数の合計が49以下である場合には、適格
機関投資家等特例業務の特例が適用され、届
(二層構造ファンド〔ファンド・オブ・ファン
出で足りることとなります(同号ロ)。
ズ〕における子ファンド)
(3) 子ファンドの投資対象が不動産信託受益権
二層構造ファンド(ファンド・オブ・ファ
ンズ)の子ファンドについては、場合を分け
不動産信託受益権に投資する子ファンドに
て考える必要があります。
ついては、子ファンドに投資している者が1
(1) 投資運用業者に全部委託することによる適
つの親ファンドのみであること、親ファンド
用除外規定の適用の有無
58
である場合
が匿名組合営業者であり、かつ、投資運用業
子ファンドについても、運用権限の全部を
登録又は適格機関投資家等特例業務の届出を
委託した場合の適用除外規定(Q3参照。金商
していること、親ファンドが子ファンドに関
法第2条第8項第15号、金商法施行令案第1条
する一定の事項を届け出ていることなどの要
の8の3第1項第4号、定義府令案第16条第1項
件を満たす場合には、子ファンドにおける投
第4号)の適用があるかが問題となりますが、
資運用業登録義務は適用除外となります(Q
子ファンドへの適用を排除するような要件は
4参照。定義府令案第16条第1項第5号)。但し、
ありませんので、子ファンドにおいても要件
親ファンドは金融商品取引業者等(投資運用
を満たせば投資運用業登録義務の適用除外と
業)又は適格機関投資家等特例業務を行うも
されると考えられます。
のであることが必要であるため、親ファンド
(2) 適格機関投資家等特例業務の特例
が同項第4号により投資運用業登録の適用除外
親ファンドの出資者が適格機関投資家のみ
となっている場合(Q3参照)には、子ファン
である場合で、かつ、親ファンド自体も適格
ドは同項第5号の適用除外規定の適用はないと
機関投資家である場合(Q5参照)には、
子ファ
考えられます。
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
なお、親ファンドが匿名組合の営業者であっ
て、親ファンドの匿名組合出資者に適格機関
優先出資引受権〔同項第8号〕等はいずれも集
団投資スキーム持分ではありません。
)
。
投資家以外の者(一般投資家)が存在する場
また、特定目的会社(TMK)が、他のファ
合には、子ファンドに適格機関投資家等特例
ンド(子ファンド)に投資する場合、つまり、
業務の特例の適用はありません(金商法第63
特定目的会社(TMK)が親ファンドとなる場
条 第1項 第2号・ 同 項 第1号 ロ )
。親ファンド
合は、投資対象である優先出資(子ファンド
の出資者が適格機関投資家のみである場合で、
がTMKの場合)や匿名組合契約に基づく権利
かつ、親ファンド自体も適格機関投資家であ
等は有価証券となり、親ファンドである特定
る場合は、上記(2)と同様です。
目的会社(TMK)が投資運用業登録又は適格
機関投資家等特例業務の届出をしなければな
(特定目的会社〔TMK〕の場合)
りません。そして、特定目的会社(TMK)の
投資運用業のうち自己運用とは、「主として
資産対応証券(優先出資、特定社債及び特定
有価証券に対する投資として」集団投資スキー
約束手形〔資産流動化法第2条第11項〕
)を適
ム持分を有する者から出資等を受けた金銭等
格機関投資家以外の者(一般投資家)が取得
の運用を行うことである(金商法第2条第8項
している場合には、子ファンドについて、適
第15号)ところ、特定目的会社(TMK)を利
格機関投資家等特例業務の特例の適用はあり
用する場合は、投資対象が不動産であれば、
ません(金商法第63条第1項第2号、同項第1
有価証券たる不動産信託受益権(金商法第2条
号イ)13。
第2項第1号)ではなく、現物不動産で取得す
ることが通常であるため、この場合は、特定
目的会社(TMK)には投資運用業の登録義務
はありません。
5 登録要件・届出事項等
Q8 投資運用業登録をする場合の登録申請書
記載事項は?
もっとも、特定目的会社(TMK)における
A8 投資運用業登録を受けるためには、①商
特定出資は、
「社団法人の社員権」(資産の流
号、名称又は氏名、②法人であるときは資本
動化に関する法律第2条第3項、同条第6項、
金の額又は出資の総額、③法人であるときは
第13条第1項)ですから、集団投資スキーム持
役員の氏名又は名称、④政令で定める使用人
分(金商法第2条第2項第5号)となる場合があ
の氏名、⑤業務の種別、⑥本店その他の営業
り得ると思われます(もちろん、同号の他の
所等の名称及び所在地、⑦他に事業を行って
要件を満たすことが前提です。
)
。したがって、
いるときは、その事業の種類、⑧その他内閣
投資対象が有価証券であれば、投資運用業登
府令で定める事項、を記載した登録申請書を
録又は適格機関投資家等特例業務の届出が必
内閣総理大臣に提出しなければなりません(金
要となる場合があり得ます(なお、資産の流
商法第29条の2第1項)。
動化に関する法律に規定する特定社債券〔金
そして、④政令で定める使用人については、
商法第2条第1項第4号〕
、優先出資証券又は新
金商法施行令案第15条の4・金商業等府令案第
13. 金田繁「金商法下における不動産ファンドと特定目的会社の活用」金融法務事情1802号1頁は、
「1個のTMKをいわゆる
運用型ビークルとして用いることは不可との解釈・実務運用が一般であるため、投資物件ごとに新たなTMKの組成が必要
となる点は要注意である(TMKの組成コストや収益の分配のしにくさは、実務上のスキーム選択上のネックとなる)
。さ
らに、TMKが金商法の脱法目的で用いられている旨解釈されないかも、政省令案のパブコメ等で確認しておくべきであろ
う。」と述べられています。
59
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
(法人・個人共通)
6条で定められています。
また、⑧として、
「金商法第194条の6第2項
① 金融商品取引業等の登録を取り消され、そ
各号に掲げる行為(集団投資スキーム持分に
の取消しの日から5年を経過しない者(同条第
該当する投資事業有限責任組合契約に基づく
1項第1号イ)
権利に係る自己募集又は自己運用)を行う場
② 金融商品取引法等の規定に違反し、罰金の
合には、その旨」(金商業等府令案第7条第5
刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は
号)や、
「不動産関連特定投資運用業を行う場
その刑の執行を受けることがなくなった日か
合には、その旨」(同条第6号)などが定めら
ら5年を経過しない者(同号ロ)
れています。不動産関連特定投資運用業とは、
③ 他に行う事業が公益に反すると認められる
投資運用業(金商法第2条第8項第12号イに掲
者(同号ハ)
げる契約に係る同号に掲げる行為及び同項第
④ 金融商品取引業(投資助言・代理業を除
14号に掲げる行為を行う業務を除く 。
)のう
く。)を適確に遂行するに足りる人的要件15を
ち、不動産信託受益権(宅地〔宅地建物取引
有しない者(同号ニ)
14
業法第2条第1号に掲げる宅地をいう。
〕若しく
(法人の場合)
は建物に係る金商法第2条第2項第1号に掲げる
⑤ 役員又は政令で定める使用人が法定の欠格
権利)又は組合契約、匿名組合契約若しくは
事由(成年後見人など)に該当する場合(金
投資事業有限責任組合契約に基づく権利のう
商法第29条の2第1項第2号イ∼ト)
ち当該権利に係る出資対象事業が主として不
⑥ 株式会社(取締役会及び監査役会設置会社、
動産信託受益権に対する投資を行うものを投
又は委員会設置会社に限る。)でない者(同項
資の対象とするものをいいます。
第5号イ)
なお、登録申請書に添付する書類は、金商
⑦ 資本金の額又は出資の総額が5000万円未
法第29条の2第2項、金商業等府令案第8条∼
満であること(同項第4号・金商法施行令案第
第10条に定められています。なお、監督指針
15条の7)
案Ⅲ-3-1もご参照ください。
⑧ 純資産額が5000万円未満であること(金
Q9 投資運用業の登録要件は?
商法第29条の2第1項第5号ロ・金商法施行令
案第15条の9・同府令案第15条の7)
A9 投資運用業の登録拒否事由として以下の事
⑨ 他に行っている事業が金商法第35条第1項
由が定められており(金商法第29条の4)、か
に規定する業務及び同条第2項各号に掲げる業
かる事由に該当しないことが必要です。なお、
務のいずれにも該当せず、かつ、当該業務に
監督指針案Ⅳ-1もご参照ください。
係る損失の危険の管理が困難であるために投
資者保護に支障を生ずると認められる者(金
14. つまり、自己運用(金商法第2条第8項第15号)と投資一任契約に基づいて運用権限の委託を受ける場合(同項第12号ロ)
です。
15. 人的要件の審査基準が、金商業等府令案第13条に定められており、「その行う業務に関する十分な知識及び経験を有する
役員又は使用人の確保の状況並びに組織体制に照らし、当該業務を適正に遂行することができないと認められること」(同
条第1号)などがあります。なお、「不動産関連特定投資運用業を行う場合には、金融庁長官の定める要件に該当しないこ
と」(同条第4号)という基準も規定されており、金融庁長官の告示案では、「不動産投資顧問業登録規程(平成12年建設
省告示第1828号)第3条第1項の総合不動産投資顧問業者としての登録を受けている者であること、又はその人的構成に
照らして、当該登録を受けている者と同程度に不動産関連特定投資運用業を公正かつ適確に遂行することができる知識及
び経験を有し、かつ、十分な社会的信用を有する者であると認められること」とされる予定です。
60
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
商法第29条の2第1項第5号ハ)
合契約に基づく権利に係る適格機関投資家等
⑩ 主要株主(金商法第29条の2第2項参照)
特例業務〕を業として行う場合には、
その旨〔金
のうちに、法定の要件を満たすものを含む法
商業等府令案第245条〕)
人(同条第1項第5号ニ・ホ・ヘ)
(個人の場合)
⑪ 当該登録申請者又は政令で定める使用人が
法定の欠格事由に該当する場合(同項第3号)
Q10 適格機関投資家等特例業務の届出事項
は?
A10 適格機関投資家等特例業務の特例を受け
るための届出事項は、以下のとおりです(金
6 行為規制
Q11 投資運用業者の行為規制については、ど
のような定めが設けられたか?
A11 投資運用業者に課される行為義務につい
ては、金商法第36条以下に規定されています16
が、そのうち内閣府令に委任されていたもの
は、金商業等府令案に定められています(金
商業等府令案第74条以下)。
商法第63条第2項各号)
。なお、金商業等府令
例えば、契約締結前の書面交付義務(金商
案に掲載されている届出書(別紙様式第20号
法第37条の3)に関しては、文字の大きさ等の
様式)をご参照ください。
記載方法(金商業等府令案第81条)や、
各商品・
取引の特性に応じた記載事項が定められてお
① 商号、名称又は氏名
り、信託受益権等の取引に係る金融商品取引
② 法人であるときは、資本金の額又は出資の
契約における記載事項(同府令案第86条第1
総額
項)、不動産信託受益権の取引に係る金融商品
③ 法人であるときは、役員の氏名又は名称
取引契約における記載事項(同府令案第87条
④ 政令で定める使用人があるときは、その者
第1項)、集団投資スキーム持分(同府令案で
の氏名(政令で定める使用人とは、(a)適格機
は「出資対象事業持分」・「外国出資対象事業
関投資家等特例業務に関し、法令等を遵守さ
持分」とされています。)の取引に係る金融商
せるための指導に関する業務を統括する者及
品取引契約における記載事項(同府令案第89
び役職の如何を問わずこの者の権限を代行し
条第1項・第90条第1項)、主として信託受益権
得る地位にある者、及び(b)適格機関投資家等
等や不動産信託受益権に対する投資を行う事
特例業務に関し、運用を行う部門を統括する
業を出資対象事業とする集団投資スキーム持
者及び金融商品の価値等の分析に基づく投資
分の取引に係る金融商品取引契約における記
判断を行う者をいいます〔金商法施行令案第
載事項の特則(同府令案第91条第1項・第92
17条の13・金商業等府令案第244条〕。)
条第1項)、投資一任契約等に係る契約締結前
⑤ 業務の種別
交付書面の記載事項(同府令案第98条第1項)
⑥ 主たる営業所又は事務所の名称及び所在地
などが定められています。契約締結時交付書
⑦ 他に事業を行っているときは、その事業の
面に関しても、同様に、各商品・取引の特性
種類
に応じた記載事項が定められています(同府
⑧ その他内閣府令で定める事項(金商法第
令案第101条∼第114条)。
194条の6第3項各号に掲げる行為〔集団投資
また、投資運用業に関しては、例えば、金
スキーム持分に該当する投資事業有限責任組
商法において様々な禁止行為が定められてい
16. Kitahama Law Review速報別冊ファイナンス編Vol.2「金融商品取引法の重要概念」の表5をご参照ください。
61
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
ま す が(金 商 法 第42条 の2各 号 )
、 さ ら に、
あるものとして内閣府令で定める場合は、こ
金商業等府令案では禁止行為が追加され(金
の限りでない。」とされているところ、金商業
商法第42条の2第7号、金商業等府令案第137
等府令案第163条でその内容が定められまし
条)
、また、運用権限の委託に関する事項(同
た。例えば、契約締結時等の書面の交付(金
府令案第138条。なお、運用権限の委託先は、
商法第37条の4)の規定は、顧客からの個別の
他の投資運用業者及び外国の法令に準拠して
取引の照会に対して速やかに回答できる体制
設立された法人で外国において投資運用業を
が整備されていない場合には、特定投資家を
行う者に限られます〔金商法施行令案第16条
相手方とする場合であっても適用されます。
の12〕
。
)
、分別管理の方法(金商業等府令案第
139条)
、運用報告書の記載内容(同府令案第
141条)等も定められています。
Q12 特定投資家に関しては、どのような定め
が設けられたか?
7 集団投資スキーム持分の開示規制
Q13 集団投資スキーム持分が開示規制の対象
となるのはどのような場合か?
A13 集団投資スキーム持分・信託受益権等は
原則として開示規制の対象となりませんが、
A12 特定投資家の範囲については、①適格機
例外的に、出資額の50%を超える額を有価証
関投資家、②国、③日本銀行、④地方公共団体、
券投資する事業を出資対象事業とするものを
⑤特別の法律により特別の設立行為をもって
開示規制の対象とすることとされています(金
設立された法人、⑥金商法第79条の21に規定
商法第3条第3号、金商法施行令案第2条の9・
する投資者保護基金、⑦預金保険機構、⑧農
第2条の10)。
水産業協同組合貯金保険機構、⑨保険業法第
そして、新たに発行される集団投資スキー
259条に規定する保険契約者保護機構、⑩外国
ム持分等を500名以上の者が所有することと
政府、外国の中央銀行、日本国が加盟してい
なる場合で、出資総額が1億円以上である場
る国際機構その他外国の法令上上記④∼⑨に
合には、有価証券届出書の提出義務(金商法
相当する者、⑪上場会社、⑫資本金5億円以
第5条、第2条第3項、金商法施行令案第1条の
上の株式会社とされました(金商法第2条第31
7の2)等の開示義務が生じることとされてい
項、定義府令案第23条各号)
。
ます。
また、特定投資家から一般投資家への移行
の手続、一般投資家から特定投資家への移行
の手続、移行の申出等の単位となる「契約の
種類」に関する定めも設けられました(金商
法第34条∼第34条の5、金商業等府令案第56
条∼第67条)
。
これらは、従前から予定されていたとおり
です18。
8 経過措置等
Q14 現行の投資一任業認可を得ている場合の
経過措置は?
なお、特定投資家が相手方となる場合には
A14 現行の投資一任業の認可を受けている者
一定の行為規制が適用されません(金商法第
は、金商法施行日において、金商法第29条の
45条) が、同条但書で「ただし、公益又は特
登録(投資運用業を行うものに限る。)を受け
定投資家の保護のため支障を生ずるおそれが
たものとみなされます(整備法第41条)。
17
17. Kitahama Law Review速報別冊ファイナンス編Vol.2「金融商品取引法の重要概念」の表5をご参照ください。
18. 谷口義幸・野村昭文「金融商品取引法制の解説(3) 企業内容等開示制度の整備」商事法務1773号43頁
62
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
但し、金商法施行日から起算して3か月以
内に金商法第29条の2第1項各号に掲げる事項
を記載した書類及び同条第2項各号に掲げる書
類(Q8をご参照ください。
)を内閣総理大臣
に提出しなければなりません。
Q15 現行法の下で自己運用を行っているSPC
や業務執行組合員の経過措置は?また、現行
法の下で適格機関投資家等特例業務を行って
いる場合はどうか?
A15 金商法施行の際に現に集団投資スキーム
持分について自己運用行為を行っている場合
には、当該業務(施行日前に取得の申込みの
勧誘を開始した権利に係るものに限ります。
これを「特例投資運用業務」といいます。)が
終了するまでの間は、金商法第29条の規定に
かかわらず、引き続き投資運用業務を行うこ
とができるとされています(改正法附則第48
条第1項)
。そして、特例投資運用業務を行う
場合には、3か月以内に所定の事項の届出を
しなければならず、かかる届出をした場合に
は、金商法第63条第3項等の規定が適用されま
す(改正法附則第48条第2項∼第7項、金商業
等府令案附則第6条)
。
また、金商法施行の際に現に適格機関投資
家等特例業務を行っている場合には、施行日
から3か月以内に金商法第63条第2項の届出を
しなければなりません(改正法附則第49条)。
以 上 63
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
適格機関投資家の範囲 1 . 金融商品取引業者のうち第一種金融商品取引業(有価証券関連業に該当するものに限る。)又は投資運用業を行う者
2 . 投資信託・投資法人法第2条第12項に規定する投資法人
3 . 投資信託・投資法人法第2条第23項に規定する外国投資法人
4 . 銀行
5 . 保険会社
6 . 保険業法第2条第7項に規定する外国保険会社等
7 . 信用金庫及び信用金庫連合会並びに労働金庫及び労働金庫連合会
8 . 農林中央金庫及び商工組合中央金庫
9 . 信用協同組合のうち金融庁長官に届出を行った者等
10. 日本郵政公社法第24条第3項第4号に規定する郵便貯金資金又は同項第5号に規定する簡易生命保険資金の管理及び運用をする者
11. 財政融資資金の管理及び運用をする者
12. 年金積立金管理運用独立行政法人
13. 国際協力銀行
14. 日本政策投資銀行
15. 業として預金又は貯金の受入れをすることができる農業協同組合及び漁業協同組合連合会
16. 金商法施行令第1条の9第4号に掲げる者(金商法第33条の2の規定により登録を受けたものに限る。)
17. 銀行法施行規則第17条の3第2項第12号に掲げる業務を行う株式会社のうち一定の要件を満たすもの
18. 投資事業有限責任組合契約に関する法律第2条第2項に規定する投資事業有限責任組合
19. 厚生年金基金のうち一定の要件を満たすもの、企業年金基金のうち一定の要件を満たすもの及び企業年金連合会
20. 都市再生特別措置法第29条第1項第2号に掲げる業務を行うものとして同項の承認を受けた者(同項第2号に掲げる業務を行う場合
に限る。)
21. 信託業法第2条第2項に規定する信託会社(管理型信託会社を除く。)のうち金融庁長官に届出を行った者
22. 信託業法第2条第6項に規定する外国信託会社(外国管理型信託会社を除く。)のうち金融庁長官に届出を行った者
23. 次に掲げる要件のいずれかに該当するものとして金融庁長官に届出を行った法人(ロに該当する場合にあっては、業務執行組合員
等〔組合契約を締結して組合の業務の執行を委任された組合員、匿名組合契約を締結した営業者若しくは有価証券事業組合契約を
締結して組合の重要な業務の執行の決定に関与し、かつ、当該業務を自ら執行する組合員又は外国の法令に基づくこれらに類する
者をいう。〕として取引を行う場合に限る。
)
イ 有価証券残高(当該届出を行おうとする日の直近の有価証券の残高、以下同じ。)が10億円以上であること
ロ 業務執行組合員等であって、次に掲げる要件に該当すること
(1) 当該組合契約、匿名組合契約若しくは有限責任事業組合契約に基づく出資対象事業に係る有価証券残高又は外国の法令に基
づくこれらの契約に類する契約に係る有価証券残高が10億円以上であること
(2) 当該届出を行うことについて、当該組合契約によって成立する組合の他のすべての組合員、当該匿名組合契約のすべての匿
名組合員若しくは当該有限責任事業組合契約によって成立する組合の他のすべての組合員又は外国の法令に基づくこれらに
類する者の同意を得ていること
24. 次に掲げる要件のいずれかに該当するものとして金融庁長官に届出を行った個人(ロに該当する場合にあっては、業務執行組合員
等として取引を行う場合に限る。
)
イ 次に掲げるすべての要件に該当するもの
(1) 当該届出を行おうとする日の直近の有価証券残高が10億円以上であること
(2) 金融商品取引業者等に口座を開設した日から起算して1年を経過していること
ロ 業務執行組合員等であって、次に掲げる要件に該当すること
(1) 当該組合契約、匿名組合契約若しくは有限責任事業組合契約に基づく出資対象事業又は外国の法令に基づくこれらの契約に
類する契約に係る有価証券残高が10億円以上であること
(2) 当該届出を行うことについて、当該組合契約によって成立する組合の他のすべての組合員、当該匿名組合契約のすべての匿
名組合員若しくは当該有限責任事業組合契約によって成立する組合の他のすべての組合員又は外国の法令に基づくこれらに
類する者の同意を得ていること
25. 外国の法令に準拠して外国において次に掲げる業を行う者(個人を除く。)で、この号の届出の時における資本金若しくは出資の額
又は基金の総額がそれぞれ次に定める金額以上であるものとして金融庁長官に届出を行った者
イ 第一種金融商品取引業(有価証券関連業に該当するものに限る。) 5000万円
ロ 投資運用業 5000万円
ハ 銀行法第2条第2項に規定する銀行業 20億円
ニ 保険業法第2条第1項に規定する保険業 10億円
ホ 信託業法第2条第1項に規定する信託業(管理型信託業以外のものに限る。) 1億円
26. 外国政府、外国の政府機関、外国の地方公共団体、外国の中央銀行及び日本国が加盟している国際機関のうち金融庁長官に届出を行っ
た者
64
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
第4章 ファイナンス周辺基本法令
1 敷金にまつわる諸問題
弁護士 澤木 一隆
弁護士 中西 敏彰
1 はじめに
と同様に解するのが一般的といえます。
不動産の流動化においては、オフィスビルや
なお、実務においては、敷金以外にも、保
商業施設などがその対象とされることが多いこ
証金、権利金などと呼ばれる金銭の授受がな
とは言うまでもないかと思います。そして、そ
されることがありますが、上記民法上の敷金
のような物件においては、エンドユーザーたる
とは、賃貸借終了の際において賃借人に返還
テナントが存在し、通常、その賃貸借契約成立
が予定されるものであり、返還が予定されな
時に、賃貸人とテナントとの間において敷金な
いものについては、民法上の敷金にはあたり
どと呼ばれる金銭の授受がなされています。
ません。すなわち、保証金、権利金などと呼
この敷金の性質については、法律上、明文が
ばれる金銭についても、賃貸借終了の際にお
なく、判例や解釈によりその性質等が明らかに
いて返還が予定されるものは敷金であり、そ
されているところです。そのため、敷金の性質
うでないものは、敷金とはまた別個の性質を
については法律家以外の方には必ずしも明らか
有する金銭となります。
ではないところもあると思われます。そこで、
⑵ なお、上記判例においては、賃貸人の賃借
本 稿 で は、 ま ず 敷 金 の 性 質 に つ い て 言 及 し た
人に対する敷金返還債務の発生時期が明確で
上で、不動産の流動化においても問題となりう
はありませんが、その後の判例において、賃
る敷金に関する諸論点について述べたいと思い
貸人の賃借人に対する敷金返還債務は、賃貸
ます。
借終了時ではなく、賃貸借終了後、明渡しが
2 敷金の性質
なされた時に、初めて発生するものと判示さ
⑴ 敷金との用語は、民法上は、第316条、第
れました。すなわち、この判例は、家屋賃貸
619条第2項但書に出てきますが、その性質に
借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権
ついては、何ら規定がなされていません。
のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行
他方、判例においては、敷金の性質が明確
までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃
に言及されており、敷金とは、賃借人がその
貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得
債務を担保する目的をもって金銭の所有権を
することのあるべき一切の債権を担保し、賃
賃貸人に移転し、賃貸借終了の際において賃
貸借終了後、家屋明渡がなされた時におい
借人の債務不履行がないときは賃貸人はその
て、それまでに生じたこれらの一切の被担保
金額を返還すべく、もし不履行あるときはそ
債権を控除しなお残額があることを条件とし
の金額中より当然弁済に充当されるべきこと
て、その残額につき敷金返還請求権が発生す
を約して授受する金銭であるとされています
ると判示しました(最二判昭和48年2月2日判
(大判大正15年7月12日民集5巻616頁)。実務
上も、敷金の性質をこの判例の述べるところ
例時報704号44頁)。
また、判例は、賃借人の家屋明渡債務と賃
65
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
貸人の敷金返還債務の間には著しい価値の差
えた場合において、当該テナントが賃料を延滞
が存しうることなどの事情に鑑みると、両債
していた場合、この差押えと当該延滞賃料債権
務を相対立させてその間に同時履行の関係を
との関係はどうなるのでしょうか。
認めることは、必ずしも公平の原則に合致
この点、上述したように、敷金返還債務は賃
するものとはいいがたいとして、賃借人の賃
貸借終了後、貸室の明渡時に初めて発生します
貸物件の明渡債務と賃貸人の敷金返還債務は、
が、明渡時においてテナントに延滞賃料がある
同時履行の関係に立たないことを明確にして
場合、敷金は、賃貸人の意思にかかわらず当然
います(最一判昭和49年9月2日判時758号45
に当該延滞賃料債権に充当されます。そして、
頁)
。すなわち、賃貸人は、敷金の返還前であっ
敷金返還債務は、延滞賃料債権を控除しなお残
ても、賃借人に対して賃貸物件の明渡を請求
額があることを条件として、その残額につき発
することができるのであり、賃借人は、かか
生します。
る賃貸人の請求を、敷金の未返還を理由とし
ては、拒むことはできません。
賃貸人たる信託会社またはSPVは、テナントが貸
⑶ 前述のとおり、敷金返還請求権は被担保債
室を明渡した後に、上記のような差押債権者に
権を控除しなお残額がある場合に、その残額
対して、当該テナントからの預り敷金から当該
につき具体的に発生するものであることから、
テナントの延滞賃料相当額を控除してなお残額
明渡時において賃借人に延滞賃料がある場合
があった場合に、その残額について支払う必要
は、賃貸人の意思にかかわらず当然に敷金に
があるに留まります。
充当されることになり、賃貸人に敷金を充当
5 賃貸人の地位が承継された場合
するか否かの自由はありません(上記最判昭
⑴ 不動産流動化スキームにおいては、流動化
和48年2月2日、最一判平成14年3月28日判例
の対象となる不動産に既にテナントが存在し、
時報1783号42頁、最高裁判例解説民事篇平成
オリジネーターとテナントとの間の賃貸借関
14年(上)367頁参照)
。
係をそのまま維持しつつ、オリジネーターが
一方、賃貸借が継続しているときには、当
所有する不動産を信託会社に対して信託譲渡
然の充当は生じず、賃貸人において、敷金を
したり、SPVに対して譲渡することがよくあり
延滞賃料に充当することは自由ですが、賃借
ます。では、
この場合、
テナントからオリジネー
人またはその保証人が充当を主張することは
ターに対して差し入れられていた敷金の返還
で き ま せ ん(大 判 昭 和5年3月10日 民 集9巻
義務はどのように取扱われるのでしょうか。
253頁)
。
⑵ この点については、建物賃貸借契約におい
3 論点
て当該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地
このような敷金の性質を前提として、不動産
位に承継があった場合には、旧賃貸人に差し
流動化案件においても問題となりうる敷金の諸
入れられた敷金については、その権利義務関
論点について、以下述べます。具体的には、①
係が新賃貸人に承継されるものと解すべきで
敷金の差押えがなされた場合、②賃貸人の地位
あると判示した判例があります(最一判昭和
が承継された場合、③譲渡された賃料債権と敷
44年7月17日判例時報569号39頁)。
金との関係、④違約金と敷金控除、⑤賃借人が
66
したがって、不動産流動化スキームにおける
また、賃貸目的物の所有権移転による賃貸
倒産した場合の順に述べます。
人たる地位の承継に伴う敷金返還義務の承継
4 敷金の差押えがなされた場合
により、賃貸目的物の所有者であった旧賃貸
不動産流動化スキームにおいて、テナントの
人は、賃借人に対する敷金返還義務を一切免
敷金返還請求権をテナントの債権者が差し押さ
れると判示した裁判例もあり(大阪高裁平成
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
16年7月13日金融・商事判例1197号6頁参照)、
点については、旧賃貸人に差入れられていた
この裁判例からは、敷金返還義務の承継によ
敷金は未払賃料債務に当然充当され、残額に
り旧賃貸人は敷金返還債務を免れることから、
ついてのみその権利義務関係は新賃貸人に承
賃貸目的物の所有権移転による賃貸人たる地
継されるとの判例があります(上記最一判昭
位の承継に伴い、旧賃貸人から新賃貸人への
和44年7月17日判例時報569号39頁)
。
敷金返還義務の免責的債務引受が生じるとい
う結論が導かれます。
したがって、このようにテナントにおいて
賃料の滞納等の債務不履行がある場合は、賃
以上の判例および裁判例に鑑みると、流動
貸人の地位を承継する者(新賃貸人)は、当
化の対象となる不動産が、オリジネーターか
該延滞額等を控除した金額についてしか、敷
ら信託会社またはSPVに譲渡された場合、オ
金返還債務を承継せず、新賃貸人が返還すべ
リジネーターが負っていたテナントに対す
きこととなる敷金の額は、賃貸借契約上の返
る敷金返還債務は、免責的に信託会社または
還敷金額とは異なることになることに留意が
SPVに承継されることとなります。
必要となります。
⑶ 以上の結論については、旧賃貸人に比して
(5) なお、本稿で取り上げたのは、賃貸目的物
返還義務者(新賃貸人)の資力が低下するお
の所有権の移転に伴う賃貸人の変更の場合で
それがあることなどを理由として反対し、敷
あり、賃貸目的物の所有者が、テナントに対
金返還債務の免責的引受は債権者たる賃借人
して直貸ししていた物件を、マスターレッシー
(テナント)の同意が必要とすべきとする見
を介在させる形に変える場合など、賃貸目的
解もあります。しかし、①敷金は、本来賃料
物の所有権の移転を伴わない賃貸人の変更の
その他の賃借人の債務を担保するものである
場合ではないことにご留意頂ければと思いま
こと、②敷金の権利関係が引き継がれないと
す(このような場合には、賃貸目的物の所有
すると、旧賃貸人は、未払賃料等を差し引い
権の移転の場合とはまた異なった取扱いとな
た上で残額を賃借人に返還しなければならず、
り得ます。)。
賃借人は、返還を受けた上で改めて敷金につ
6 譲渡された賃料債権と敷金との関係
いて新賃貸人と合意しなければならないこと
不動産流動化スキームにおいては、継続的に
となり、旧賃貸人にとっても賃借人にとって
発生する賃料債権を譲渡担保に供する場合も見
も不便であること、③物件のあるところに財
受けられます。それでは、この場合、かかる譲
産があるのが通常であることから、敷金返還
渡担保に供された賃料債権と、敷金との関係は
請求権を引き継ぐとした方が返還請求権を実
どうなるのでしょうか。
効あらしめるものになること、および④新旧
もちろん、譲渡担保に供された賃料債権につ
賃貸人間では、敷金返還請求権の承継を前提
き、テナントが遅滞なく弁済をしている間は、
に物件譲渡契約の内容を決定すればよく、敷
なんらの問題も生じません。問題が生じるのは、
金返還義務が引き継がれるとしても特に不都
テナントが譲渡担保に供された賃料債権を延滞
合がないことなどを理由として、⑵記載の立
した場合です。
場が支持されているのが現状です。
テナントが譲渡担保に供された賃料債権を延
(4) では、オリジネーター(旧賃貸人)とテ
滞した場合であっても、テナントと信託会社ま
ナントが賃貸借関係にあった際に、テナント
たはSPVとの賃貸借関係が継続している場合は、
がオリジネーターに支払うべき賃料を滞納し
未だ敷金返還請求権は発生していないため、延
ていた等、債務の履行を怠っていた場合には、
滞賃料債権と敷金との関係が問題になることは
どのような取扱いとなるのでしょうか。この
ありません。
67
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
しかし、賃料不払いによる債務不履行解除な
どにより、テナントと信託会社またはSPVとの間
⑵ また、旧破産法下ですが、以下のような事
の賃貸借契約が解除され、テナントが賃貸目的
案もあります。つまり、賃貸借期間の途中で
物を明け渡した場合、延滞賃料債権と敷金との
賃借人から解約申し入れがなされた場合、賃
関係が問題になります。すなわち、賃料債権が
貸人は発生した違約金について、敷金及び建
第三者に譲渡された場合、賃借人が異議をとど
設協力金に充当できるという規定があるとこ
めずに承諾をしたのでない限り(民法第468条第
ろ(実質的に、建物建築費用全額を回収でき
1項参照)
、譲渡対象となった賃料債権にかかる
ることになっています。)、賃借人が破産して、
賃貸借契約が終了した場合は、延滞賃料債権は
その破産管財人が賃貸借契約を解除した事案
当然に敷金額だけ減少することとなります(大
において、名古屋高判平成12年4月27日判例
判昭和10年2月12日民集14巻201頁、我妻榮ほ
時 報1748号134頁 は、 上 記 充 当 規 定 を 相 殺
か『我妻・有泉コンメンタール民法総則・物権・
合意ととらえた上で、破産手続における相殺
債権』(日本評論社)1107頁参照)
。
は、他の破産債権者に優先して満足を与える
したがって、賃料債権に譲渡担保が設定され
結果となるものであるから、少なくとも相殺
ていても、賃貸借契約が終了し、明渡しがなさ
できることへの合理的な期待の範囲内で認め
れると、譲渡を受けた賃料債権の額のうち敷金
られるべきものであり、右範囲を超える相殺
に相当する額だけ請求をすることができない場
は、破産債権者全体の公平を害することになっ
合があることに留意する必要があります。
て、権利の濫用として許されないものである
7 違約金と敷金控除
と判示しています。そして、合理的期待の範
⑴ テナントとの契約において、テナントの都
囲を、次の賃借人を確保するまでに必要とさ
合で当初予定されていた期間以前に契約が終
れるであろう期間の賃料額及び賃料が下落傾
了してしまった場合、違約金が発生する旨の
向にあり、次の賃借人の賃料額が減少するこ
約定がなされていることがあります。かかる
となどを勘案して算出しています。
場合において、当該違約金全額について、敷
⑶ このように、違約金の金額が、具体的事案
金を充当することはできるのでしょうか。
に即して検討された上で、高額に過ぎ、公序
この点、敷金は、上述のとおり、賃貸借契
良俗に反する、あるいは合理的期待の範囲を
約により賃貸人が賃借人に対して取得するこ
超えると判断された場合は、その範囲を超え
とのあるべき一切の債権を担保するものです
る部分について、違約金への敷金の充当が公
から、上記違約金に対しても当然充当される
序良俗違反や権利の濫用として許されない可
のが原則です。もっとも、下級審の裁判例で
能性があります。
すが、高額な違約金(約3年2ヶ月分の賃料相
当額)について、1年分の賃料及び共益費相
当額の限度を超える部分は公序良俗に反して
無効であるとしたものがあります(東京地判
平成8年8月22日判例タイムズ933号155頁)。
8 賃借人が倒産した場合
⑴ 破産の場合
賃借人が破産した場合の敷金返還請求権は
どうなるのでしょうか。
破産手続開始前の時期における賃貸人の賃
かかる判断を元にすれば、高額な違約金への
料債権は、破産債権となります。また、予告
敷金の当然充当も、認められない可能性があ
期間に違反した解除による違約損害金につい
ります。
ても、破産債権となります(破産法第54条第
最近は、バブル期に比して、高額の敷金が
差し入れられているケースは少ないかと思わ
68
れますが、留意が必要です。
1項)。
しかし、上述のとおり、賃貸借終了後明渡
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
し完了の時に賃借人に延滞賃料債権がある場
合は、当然に敷金が充当されることから、賃
借人が破産した場合であっても、賃借目的物
の返還時に当然に敷金が充当されます。
⑵ 会社更生、民事再生の場合
会社更生、民事再生手続開始前の時期に対
する賃貸人の賃料債権は、更生債権あるいは
再 生 債 権 と な り、 ま た、 予 告 期 間 に 違 反 し
た解除による違約損害金についても同様です。
では、この場合、延滞賃料債権と敷金の関係
はどうなるのでしょうか。つまり、延滞賃料
全額(ただし、敷金の範囲内)について敷金
を充当することによって回収可能なのでしょ
うか。
この点は、権利変更の時期と敷金返還請求
権の発生期時の先後関係が密接に関係します。
つまり、敷金返還請求権の発生時において、
更生計画や再生計画の変更を受けている場合
は、変更後の賃料の範囲でしか敷金が充当さ
れ な い の に 対 し、 変 更 前 で あ れ ば、 変 更 前
の賃料について敷金が充当されることになり
ます。
なお、筆者の経験によれば、大阪地裁にお
いては、権利変更よりも充当を先行させるこ
とが最高裁の見解と整合性があると考えられ
ているようです。
以 上 69
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
執筆者のご紹介
◆中森 亘
◆原 吉宏
【略歴】
【略歴】
1991年 京都大学法学部卒業/ 1995年 弁護士登録(大阪弁護士
1999年 京都大学法学部卒業/ 2000年 弁護士登録(大阪弁護士
会)・北浜法律事務所(現北浜法律事務所・外国法共同事業)入
会)・北浜法律事務所(現北浜法律事務所・外国法共同事業)入
所/ 2002年 同事務所・パートナーに就任
所
【主な公職等】
大 阪 府 立 大 学 大 学 院 経 済 学 研 究 科・ 非 常 勤 講 師 (会 社 法・
M&A) /大阪大学臨床医工学融合研究教育センター・招聘准教
授 (知財法) / NPO法人バイオグリッドセンター関西・監事/
大阪弁護士会民暴委員会・副委員長など
【主な所属団体】
信託法学会、不動産金融工学学会など
【主な取扱業務】
ファイナンス・金融取引、M&A、会社法、倒産法(事業再生)、
【公職・役職等】
2006年 大阪府立大学非常勤講師(会社法)
【主な取扱業務】
会社法(M&A、企業防衛、内部統制等)、金融法(証券化、銀行、
保険、信託業等)、不動産法(都市開発、サブリース、各種不動
産取引)、事業再生(会社更生、民事再生、特定調停等)、その他、
企業活動に関する裁判対応、意見書・契約書作成、交渉、相談
【主な著作等】
「わかりやすい会社法の手引」(共著、新日本法規出版、2006年
不動産法、保険法、知財法、その他の企業法務に関する法的助言・
10月)
評価・分析、スキーム組成、各種書面作成、交渉、裁判対応、バ
【講演等】
イオ・IT系を中心とするベンチャー支援等
【主な著作等】
「改正民事訴訟法・会社が訴訟トラブルに巻き込まれないための
対策ガイド」(税務研究会発行「スタッフアドバイザー」1997
年9月号)/「わかりやすい会社法の手引」(共編著・新日本法
規2003年)など
【主な講演等】
「金融商品取引法入門」(2006年大阪・東京にて新日本監査法
人との共催)/「投資事業組合及びSPC等に関する法的諸問題」
(2007年日本公認会計士協会近畿会・法務会計委員会)など
◆澤木 一隆
【略歴】
1997年 東京大学法学部卒業/ 2000年 弁護士登録(第二東京弁
護士会)・濱田松本法律事務所(現森・濱田松本法律事務所)入
所/ 2005年 弁護士法人北浜パートナーズ(現弁護士法人北浜法
律事務所東京事務所)に移籍
【主な取扱分野】
証券・金融関連法(資産流動化・証券化、不動産投資信託、証券
取引法、信託法、銀行法など)、商事、一般民事
【主な著作等】
弁護士業務実務ノウハウ「不動産の証券化(1)(2)」(二弁フロン
ティア2002年10・11月号)/「JREITの概要と諸問題」(JICPA
ジャーナル2003年5月号)/実務相談株式会社法(補遺)(商事
法務2004年、共著)/知的財産部員のための知財ファイナンス
入門(経済産業調査会2007年、共著)など
【講演等】
「知的財産権によるファイナンス」(2006年経済産業調査会主
催)/「一日でわかる新会社法」(2006年大阪および東京にて新
日本監査法人との共済)/「金融商品取引法入門」(2006年大阪
および東京にて新日本監査法人との共催)
「一日でわかる新会社法」(2006年 大阪、東京及び福岡にて新
日本監査法人との共催)/「金融商品取引法入門」(2006年 大
阪及び東京にて新日本監査法人との共催)等
◆中西 敏彰
【略歴】
2001年 京都大学法学部卒業/ 2002年 弁護士登録(大阪弁護士
会)・北浜法律事務所(現北浜法律事務所・外国法共同事業)入
所
【主な取扱業務】
企業再建・再編、倒産法、会社法、金融法、保険法、不法行為法、
不動産法、その他一般民事・商事
◆谷口 明史
【略歴】
1999年 慶應義塾大学商学部卒業/ 2004年 弁護士登録(大阪弁
護士会)
・北浜法律事務所(現北浜法律事務所・外国法共同事業)
入所/ 2007年 弁護士法人北浜法律事務所東京事務所に移籍
【主な取扱分野】
金融法(資産流動化・証券化、金融機関のコンプライアンス等)、
会社法(M&A、買収防衛、内部統制、コーポレート・ガバナン
ス等)、事業再生、労働法、その他一般民事・商事
【講演等】
「金融商品取引法入門」(2006年大阪および東京にて新日本監査
法人との共催)
◆堀野 桂子
【略歴】
2004年 大阪大学法学部卒業/ 2005年弁護士登録(大阪弁護士
会)・北浜法律事務所(現北浜法律事務所・外国法共同事業)入
所
【主な取扱分野】
事業再生、金融関連法、労働法、その他の一般民事・商事
70
Kitahama Law Review 速報 別冊(Finance Law Vol.3)
MEMO
71
編集長 編集長 中島 健仁
ゴールデンウィークの真っ最中に、
突然生オレンジジュースの価額が高騰しました。
日本はオレンジの生ジュース原材料をブラジルか
らの輸入に依存しているのですが、
そのブラジルで、
オレンジ果樹園がガソリンの代替燃料となるバイオケミカル燃料の原材料である
さとうきび畑へと急速に切り替えられているからです。すなわち、
値段の安いものから高いものに切り替えた、
というしごく簡単な経済
原理に従った行動をとったという結果に過ぎません。
それほど日本の経済に影響が出る話だとは思えませんので、
そのうち沈静化するだろうなあと思いますが、
一応分析してみます。
今度のブラジルの行動のプラス面としては、
1、ガソリン車をバイオケミカル車に切り替えることにより、使用時のCO2、
NOXの排出を削減することが出来ます。すなわち、京
都議定書の目標達成に近づくことが出来ます。
2、大手自動車メーカーはニューモデル発売により、
好景気を維持することが出来ます。
いかほどの買い替え需要が見込まれる
か、
まだ発表もないので良くわかりませんが、
バイオケミカル燃料の将来性は明るいと言われています。
3、大手自動車メーカーが日本の景気の牽引役を続けるでしょう。
また、二酸化炭素排出権の売買もしくはこれに対する融資
で、
日本のファイナンス業界は活気づくでしょう。
思いつくメリットはやはりバイオケミカル燃料中心の限定されたものとなります。
一方、
デメリットというかメリットにならないことは、
4、生ジュースの高騰を招きました。
しかしまあこれは日本の商社が早急に別ルートを確保しているでしょうから、
一過性のものと
してそのうち忘れ去られる議論だろうと思います。
5、ブラジルの森林伐採を食い止めることが出来ず、
酸素排出量の増加を図れませんでした。
ブラジルは、
酸素発生源と目され
ていた熱帯雨林の伐採の代わりに、
さとうきび畑の伐採を始めたので、
この点に関してはプラスマイナスゼロとなってしまいま
した。
こうして見てみると、
バイオケミカル燃料問題は、
環境保護の問題ではなく、
経済問題であったことがよくわかります。
こういう一過性
の問題が発生したときには、
付和雷同型の動きは謹んでじっくり先を読まなければなりません。
「動かざること山の如し」です。
われわれ法律実務に携わる者としては、
政府が京都議定書の期限が迫るに従って、
付け焼刃的にそれに向けた規制を強化して
くる可能性に備え、行政指導を含めてウォッチングしていくこと、二酸化炭素排出権の売却についてさまざまな面からの対応力をつ
けておくことが求められていると言えましょう。
これらの点に関する企業の対応が、
ひとたび緊急事態や危機管理の問題と判断され
た場合は、
直ちに動かなければなりません。
「疾きこと火の如し」です。
大 阪 〒541-0041 大阪市中央区北浜1丁目8番16号 大阪証券取引所ビル 北浜法律事務所・外国法共同事業
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(代)
FAX:092-263-9991
http://www.kitahama.or.jp
(監修)池田 辰夫 (編集部)中島 健仁 堀野 桂子 楠井 映子
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本冊子は、当事務所の依頼者等が一般的な情報として活用することを目的として作成されたものであり、特定の問題に関する法的助言を提供
するものではありません。
また本冊子の送付をご希望されない方は、編集部までご連絡頂きますようお願い致します。現受領者の方以外にも、本冊子の受領をご希望な
さる方がおられましたら、編集部まで、ご連絡下さい。
2007年(平成19年)5月31日発行 別冊 第3号/発行 北浜法律事務所・外国法共同事業、
弁護士法人北浜法律事務所東京事務所、
弁護士法人北浜法律事務所福岡事務所
編集後記
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