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神経毒素の “運び屋” 家畜ボツリヌス中毒予防のヒント 毒素の有用性と

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神経毒素の “運び屋” 家畜ボツリヌス中毒予防のヒント 毒素の有用性と
合した毒素複合体で、図1のNTNHAはボツリヌス神
経毒素を消化から守る特殊なタンパク質である。ボツ
リヌス毒素は、
“よろい”で身を固めていたのである。
神経毒素の構造と機能は、非常によく研究されてき
た。しかし、毒素複合体を形成する、神経毒素以外の
タンパク質に関する研究は大変少ない。神経毒素にい
くつの無毒タンパク質が結合しているのか、タンパク
質のどの部位(アミノ酸)でタンパク同士が結合して
いるのか、
全くと言っていいほど分かっていなかった。
そのため驚くべきことに、ボツリヌス毒素複合体は、
タンパク質研究の基本である“分子量”さえ不明だっ
たのである。
筆者が所属する生物産業学部生物化学研究室では、
大山徹教授と渡部俊弘教授が長年にわたりボツリヌス
毒素の無毒タンパクの構造を追い続け、ついに2006年、
電子顕微鏡によりボツリヌス毒素複合体の姿を撮影し
た。そして、エックス線結晶回折という方法と合わせ
て、ボツリヌス毒素複合体が図1に示すような実に不
思議な構造をしていることを世界で初めて明らかにし
た。
神経毒素の“運び屋”
図1の、神経毒素に直接結合しているNTNHAとい
うタンパク質は、神経毒素を胃酸や消化液から保護す
る役割を持つことが明らかとなってきた。しかし、そ
の他の、この奇妙に外に突き出たタンパク質は何をし
ているのだろうか? 毒素複合体は、もしかしたら神
経毒素単独よりも腸から体内に侵入するのに都合がよ
いのではないだろうか? ボツリヌス毒素は、小腸の
小腸上皮細胞を通って、体内に取り込まれると考えら
れている。筆者は、この小腸上皮細胞という細胞に着
目した。
ボツリヌス毒素が小腸から吸収されるときには、ま
ず細胞に結合しなければならない。図2は、培養した
ラットの小腸上皮細胞に結合した神経毒素、毒素複合
体を免疫染色法という方法を用いて可視化したもので
ある。果たして、毒素複合体は、神経毒素単独よりも
明らかに多く結合していた。また、結合だけでなく、
小腸上皮細胞に対する透過量も、毒素複合体のほうが
数倍大きいことが分かった。さらに様々な実験から、
このような小腸からの毒素の効率的な吸収には、外側
に突き出た6つのHA 33というタンパク質(図1)が、
最も役立っていることを筆者は明らかにした。
ボツリヌス菌は、神経毒素を消化から保護し、腸に
くっつき易くするタンパク質で神経毒素を体内に効率
よく送り込んでいたのである。
家畜ボツリヌス中毒予防のヒント
小腸上皮細胞の表面には、ガラクトースやラクトー
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新・実学ジャーナル 2010.1・2
図2.小腸上皮細胞に結合したボツリヌス毒素。培養した小腸
上皮細胞(IEC 6)に結合した神経毒素あるいは毒素複
合体を免疫染色して可視化し、顕微鏡で観察した。上の
明るい部分は細胞に結合した毒素、下の明るい部分は同
じ視野の細胞の細胞骨格(アクチン)を染めたもの。
スなどの糖が鎖状に生えており、糖鎖と呼ばれてい
る。筆者らは、毒素を細胞へ結合させるときに、様々
な糖と混ぜ合わせてみた。すると、毒素複合体は、シ
アル酸という糖と混ぜ合わせることで細胞に結合しな
くなった。細胞表面にあるシアル酸に結合する前に、
混ぜ合わせたシアル酸と結合してしまったためであ
る。このことは、ボツリヌス毒素複合体が、小腸にあ
るシアル酸に結合して体内に侵入することを意味して
いる。
人ではボツリヌス中毒の発生件数は減っているが、
最近はウシのボツリヌス中毒が増加しており、2004年
から2008年までに8県で350頭を超すウシが斃死また
は廃用となった。ウシの飼育には、サイレージという
牧草を発酵した飼料が使われており、この中でボツリ
ヌス菌が増殖したものと考えられる。同じ飼料で飼育
するため、大量のウシが犠牲になることが多く、畜産
農家の経済的損失は大きい。ここで、もし、ボツリヌ
ス中毒の危険があるウシの飼料にシアル酸を混ぜてお
けば、腸からのボツリヌス毒素の吸収が抑制され、ボ
ツリヌス中毒を防げる可能性がある。ボツリヌス毒素
の吸収機構の研究は、ヒトだけでなく家畜のボツリヌ
ス中毒の予防にも役立ち、食料の安定供給に寄与する
と考えている。
毒素の有用性と研究者の責任
ヒトや家畜の食中毒の原因となる一方、ボツリヌス
毒素は「ジストニア」という疾病の治療薬として使用
されている。ジストニアとは、不随意の筋肉収縮によ
る疾病で、姿勢の異常や、全身あるいは体の一部の硬
直、痙攣などを主徴とする。ジストニアは神経伝達物
質の異常な放出による筋肉の収縮が原因と考えられて
いるが、この神経伝達物質の放出をボツリヌス毒素を
注射することによって押さえ、“正常”な状態にもど
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