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グラフェンpn接合を用いた電子のビームスプリッタ動作の原理実証

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グラフェンpn接合を用いた電子のビームスプリッタ動作の原理実証
グラフェンp-n接合を用いた電子のビームスプリッタ動作の原理実証に世界で初めて成功
──電子の量子光学研究が大きく加速
NTTは,CEA Saclayと 共 同 で, グ ラ フ ェ ン *1p-n接
利用したビームスプリッタが動作せず,グラフェンを用
合 * 2 を用いた電子のビームスプリッタ動作の原理実証
いた電子の量子光学実験は実現困難とされてきました.
に世界で初めて成功しました.量子光学の実験に必要
今回,共同研究グループは,グラフェンにおいてp-n
な基本素子であるビームスプリッタが実現できたこと
接合を用いた電子のビームスプリッタを提案し,層数均
で,グラフェンを用いた電子の量子光学研究が可能とな
一性が高く伝導特性が良いグラフェンを大面積で生成す
ります.
る技術を利用して原理実証を行いました.グラフェンの
これにより,光子にはない電子間相互作用が電子のコ
p-n接合では,n領域とp領域の電流チャネルが混成し,
ヒーレンス損失に与える影響の評価や量子もつれ生成が
例えばn領域から入射された電子はp-n接合中でn領域とp
実現され,固体中の量子情報伝達 ・ 処理が発展すること
領域の電流チャネルに等確率で分配され,その出口で分
が期待されます.
岐します(図(b)).この分配と分岐プロセスをビームス
プリッタとして提案しました.また,ビームスプリッタ
■研究の成果
としての動作を確認するため,電流のノイズ(ショット
従来の半導体では,ビームスプリッタは量子ポイント
ノイズ)を計測しました.ビームスプリッタとして動作
コンタクトと呼ばれる電子の透過確率が 2 分の 1 となる
ような細いチャネル(図(a))を形成することにより実
現されています.一方,特異な物性を示すことで近年注
目を集めている 2 次元物質であるグラフェンでは,電子
のコヒーレンス長 * 3 が長いという利点があり,この性
質を利用することにより,詳細に電子の量子性を調べた
り,高度な干渉計を作製したりすることが可能となりま
す.しかし,グラフェンはバンドギャップがないため,
電子を空乏化させて作製する量子ポイントコンタクトを
*1 グラフェン:炭素(C)原子が六角形格子構造上に並んだシート状の物質.
移動度,光学応答 ・ 透明性,フレキシビリティ,化学的安定性等におい
て優れた特性を持ち,基礎研究 ・ 応用研究両面からさかんに研究されて
います.特に本研究に関する特徴としては,有効質量が極めて軽いこと
に起因して,電子が散乱を受けづらく,さらに伝搬速度が速いという利
点があり,コヒーレント長が長いと考えられています.
*2 p-n 接合:p 領域とn 領域が接した領域.一般的な半導体ではバンドギャッ
プが存在するため,p 領域とn領域の間に空乏層が存在し,整流性を示し
ます.一方,グラフェンではバンドギャップがないため,p 領域とn領域
が空間的に接した構造となり,一般の半導体とは大きく異なる伝導特性
を示します.
ショットノイズ
ショットノイズ
半導体表面に作製したゲートにより,
細いチャネルを形成し,電子の透過率
が 2 分の 1 となるようにする.
領域と 領域で電流の向きが逆であ
り,電流チャネルは - 接合で混成し
た後,その出口で分岐する.
(a) 従来の半導体における量子ポイントコンタクト
(b) グラフェン - 接合
図 電子のビームスプリッタ
NTT技術ジャーナル 2015.12
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する場合,p-n接合に入射された電子はランダムにn領域
おり,層数均一性が高く,伝導特性が良いグラフェンを大
とp領域の電流チャネルに分配され,ショットノイズが
面積で生成する技術を有しています.今回の実験では,こ
発生します.今回の実験では,p-n接合が短いとき,ビー
の大面積である特徴を活かしてp-n接合の長さが異なる試
ムスプリッタとして振る舞う場合に予想される大きさの
料を作製しました.これにより,量子性損失の目安となる
ショットノイズが観測され,p-n接合を長くしていくと
エネルギー緩和長を求めることが可能となりました.
その大きさが小さくなっていきました.この結果から,
p-n接合における量子性損失の目安となるエネルギー緩
和長は15μmであることが求められ,15μmより十分短
いp-n接合はビームスプリッタとして動作することが実
■参考文献
(1) N. Kumada, F. D. Parmentier, H. Hibino, D. C. Glattli, and P.
Roulleau: “Shot noise generated by graphene p-n junctions in the
quantum Hall effect regime,” Nature Communications, Vol.6, No.8068,
2015.
証されました.
■技術のポイント:グラフェン成長技術
一般的に,グラフェンはグラファイトから剥離すること
により作製されていますが,試料サイズが最大で数10μm
に限定されるという欠点があります.これに対して,NTT
物性科学基礎研究所では,グラフェンを電子 ・ 光の素子
材料として基礎物理からデバイスまで総合的に研究して
◆問い合わせ先
NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail a-info lab.ntt.co.jp
URL http://www.ntt.co.jp/news2015/1509/150904a.html
コラボレーションによる研究アイデアの広がり
熊田 倫雄
NTT物性科学基礎研究所
研究者
研究者
紹介
紹介
量子電子物性研究部 量子固体物性研究グループ
主任研究員(特別研究員)
本研究は,私がフランスのCEA Saclay研究所に1年間滞在していたときに行ったもの
です.この共同研究はもともと別の研究を行うために開始したものでしたが,予想以上に
研究が順調に進み半年後には十分なデータを得ることができました.そこで,残りの半年
の滞在期間中に行う新たなテーマとして提案したのが本研究です.
本研究は,NTT物性科学基礎研究所が持つグラフェン試料作製技術とCEA Saclay研究
所が持つノイズ測定技術を組み合わせたものです.ノイズ測定とは通常測定の邪魔となる
ノイズを詳細に測定する実験手法ですが,CEA Saclay研究所の研究者との議論を通して,
この手法をグラフェンp-n接合に対して用いることにより他の実験手法では得られない情報
を得られることに気付きました.実験もうまくいき,現在でもこの研究を発展させるかた
ちで共同研究が進行しています.
この経験を通して,改めてコラボレーションの重要性を認識しました.単にお互いの技
術を組み合わせるだけでなく,バックグラウンドの異なる研究者どうしが議論することに
より,それまで全く思いつかなかったアイデアが出てきます.今後,私自身がバリューパー
トナーとして選ばれるよう技術を磨き,知識を深めながら,NTT研究所内外の研究者とのコラボレーションを積極的に進めていきたい
と考えています.
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NTT技術ジャーナル 2015.12
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