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Kobe University Repository : Thesis

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Kobe University Repository : Thesis
Kobe University Repository : Thesis
学位論文題目
Title
船舶機関士の熟達化に関する研究(Nurturing of Marine
Engineer for Engine Room Resource Management)
氏名
Author
松崎, 範行
専攻分野
Degree
博士(学術)
学位授与の日付
Date of Degree
2013-03-25
資源タイプ
Resource Type
Thesis or Dissertation / 学位論文
報告番号
Report Number
甲5801
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/D1005801
※当コンテンツは神戸大学の学術成果です。無断複製・不正使用等を禁じます。
著作権法で認められている範囲内で、適切にご利用ください。
Create Date: 2017-03-30
博士学位論文
船舶機関士の熟達化に関する研究
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平成 2
5年 2月
神戸大学大学院海事科学研究科
松崎範行
謝辞
本論文は,著者が神戸大学大学院海事科学研究科博士課程後期課程在学中に,神戸大学
大学院海事科学研究科海事マネジメント科学講座教授河口信義博士のご指導のもとに行
った研究成果をまとめたものである.
本研究を遂行するにあたり,ご指導をいただ、いた河口信義博士から賜ったご教示,ご鞭
捷ならびにご助言に対し,深甚なる感謝の意を表します.また,同大学院人開発達環境学
研究科教授城仁士博士には,まったくの門外漢である著者に人間の発達に関する広範な学
術についての貴重なご教示,ご意見をいただき感謝に堪えません.そして,大学院入学時
からのご指導ならびに在学中においてもあたたかいご訓育をいただいた同大学理事副学長
教授石田贋史博士ならびに本研究への御教示ならびに論文の御審査をいただいた同研究
科海事マネジメント科学講座教授内田誠博士,同研究科マリンエンジニアリング講座教授
藤田浩嗣博士に厚く御礼申し上げます.
また,日頃より御協力いただいた神戸大学大学院海事科学研究科技術主任井川晶裕氏は
じめ航海計器学研究室の皆様に心より感謝を申し上げる次第です.
本研究を行うにあたって,練習船における研究のご指導,ご助言をいただいた独立行政
法人航海訓練所佐藤勉教授はじめ「舶用機関プラントにおける運転要員の行動分析に関す
る研究j グ、ループ,同訓練所研究調査室長村田信教授及び杉本文太准教授ほか研究業務担
当,そして,実験にご協力いただいた「熟達者」という言葉そのものの各船機関部乗組員
の皆様に深く感謝を申し上げます.
最後に,これまで私を支えてくれた両親をはじめ家族,特に,ただでさえ一般社会と大
きくかい離した船員の日常を,ひと言の不満も漏らさず受け入れてくれているうえに,世
にも賛沢な研究生活を許してくれた妻の薫には言葉に尽くせない感謝をしております.ま
た,いつも父親の無謀な挑戦を元気に応援してくれる長男
ひろなり
大成と長女
さくらには,た
くさんの力と勇気をもらいました.ふたりに感請けるとともにこれからも,父のわずかし
かない良い部分だけを見習って,真っ直ぐに育ってもらいたいと願う次第です.
要
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:
:
:
.
E
プラント・システムの運用に関わる運転員が,発生した事象や予測される事象に関する情報をど
のように認知
u官動ずる州立,プラントの安全部軍制ことって重要な要素で、ある.ヒューマンエラ
ーの防止という観長から,航空機の操縦,航空管制や発電,大規模生産プラントをはじめとす
る各種陸上施設において,人間と機械を一つのシステムとしてとらえた研究は多く,その歴史
も長い.近年,船舶が巨大化するに従って,舶用機関も人聞が介在して自律的に九桔する大規
模プラントと見なせ,多くの場面において船持機関士とプラントを構成する機器は,その人的
行動およ U洛機器の動作として相互作用を繰り返すマン・マシン・システムとしてし,安全か
っ経済的な運用が成り立っている.こうした大規模システムにおいて,プラント運転員が発生
事象や予測事象に関する情報をどのように認知し,その結果どのように行動するのか,そして
そのように「行動できるようになる(熟達する) Jのはなぜか,を知ることは重要である.
舶用機関プラント運転員の熟達過程を考えると,従来は熟達した多くの機関士や機関部員が
運転に携わっていたなかで,初心者が熟達者とともに十分な時間を掛け,プラントの運用を経
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gによって行われおり,人的資源としても時間的にも,こうし
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た職人徒弟制度的な指導に基づいて必要な知識取得およひ執達化を行う余裕があった.近年,
主に経済的な理由から日本人機関士およむ報関員は減少し続け,技術の伝承の面においても,
初心者が熟達者とともにプラントの運用を経験する機会が減少している.さらに日本特有の事
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7年問題j があり,団塊の世代が定年退職した後でも熟達者が不可欠
情としていわゆる f
5歳まで雇用が延長されている状況から, 2
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1
2年に再て燃達者人口が急激に減少
な職域では 6
することは必然であると考えられる.このように少人数化した要員構成下で,熟達者の総数が
減少して若年層の熟達化がなされにくい傾向になっているにもかかわらず,技術革新による機
器やシステムの変化は目まぐるしく,さらに国際剣持関係法令に基づく安全性確保及び環境
保護に係る要件強化や複雑化のため,機関士の業務は質・量ともに増大傾向にある.こうした
状況下で,プラントを安全かっ経済的に運用できるよう,初心者を早期かつ効果的に熟達させ
るにはどのように訓練したらよいのか,ということが大きなテーマとなり,教育訓練手法の再
構築が迫られている.
,斜ヲの 2
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0年マニラ改正により,
一方,船員の養成訓練や資質を国際的に規定する STCW
機関士の資格要件に,人的要因を強化する目的でリーダーシップ及び、リソース・マネージメン
トすなわち E
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,m ResourceManagement:E.RM.の要件が追加された. E R Mは,先行
して航海士の訓練に取り入れられている B
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宏機関士訓練に
当てはめたものであるが,機器及び情報の有効活用や対人関係対処方法を基軸とする B R M
の
方法論は, E R Mにおいても同様である.これまでの日本の練習船における機関士養成訓練に
R
M.を訓練ツールとして明確に捉え,展
おいても E R M
の側面があったといえるが,今般, E.
開するには,従来の熟達者から初J
L
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者への技術伝承を中心とした手法と併せた,さらなる効果
的な訓練手法として体系化していくことが求められる.
熟達に関する研究は,ここ 2
5年ほどの問に急速な発展を遂げた.熟達者はその領域での長
期間にわたる経験によって,多くのよく構造化された豊かな知識や優れた技能を獲得し,その
領域での課題について非常に優れた解決ができる.また,
f
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7年問題」以降,我が国にお
いて団塊世代の大量退職によりそれまでに蓄積された技術が,適切に伝承されうるかどうかが
大きな問題となり,こうした熟達者固有の知識や技能の果たすオ嬉脈注目され,研究が盛んに
なってきている.
このような背景の下,本論文では以下の 5章にて酬撒関士の熟達化を促す教育手法に関す
る研究の結果を述べる.
まず序章では,プラント運転員としての酬撒関士を取り巻く現状について取り上げ,初心
者の熟達化が近年,難しさを増しつつある傾向を述べて,こうした問題を解決するための教育
手法を探ることの必要性について論じた.さらに新たな要因としてのE.
RM.について,船舶
機関士の養成訓練における位置づけと体系的な導入の必要性を指摘し,これらに基づいた研究
の目的を述べた.
次に第 2章では,これまでに先行している熟達化に関する関連研究について,はじめに船舶
機関士の訓練における熟達の特徴について述べ,その上で教育,発達科学および認知工学その
他の関連研究のうち,発達の概念と熟達化,熟達に関する研究が生じた必然,初心者と熟達者
の違い等本研究を展開するうえで必要なついて知見を整理した.また,基本的な熟達化のモデ
モデルとアンダーソンの ACT理論を取り上
ルとしてラスムッセンの人間行動に関する SRK
lO年ルールJ f
敵話の良い熟達と応用的熟達」及
げた,さらに重要な熟達化の要素として f
び「よく考えられた練習」について本研究における捉え方を解説し,これらの要素を考えるう
えで必要な学習環境のデザイン原則を考察した.上述した E.
R
M.については,発達科学の分
野である協同学習論の手法を述べている.最後に,本研究で中心的な考え方となる船舶機関士
の熟達化のモデルを構築した.
第 3章では,実際に独立行政法人航海部臨庁の各練習船にて,制機関プラントの運転員を
従来の教育手法とは異なる,効果的に熟達化させる手法を探るための調査・考察を行った.は
じめに機器操作時の視線の動きに関する初心者と熟達者の比較し,初心者と熟達者では情報の
捉え方に相違があることを明らかにした.また,同じ視覚情報でもその与え方すなわち学習法
の違いによって熟達のレベルが違うことがわかった.次に学習に対する「動機付け」の違いに
着目し「指導を受ける訓練」手法と「指導者側を経験させる訓練j 手法を比較し,それぞれの
手法がもたらす「動機付けの違い」が訓練効果に大きな違いをもたらすことがわかった.動機
RM.の導入という要素を踏まえ,発達科学
づけには訓練効果に差異を生じさせること及びE.
の分野である協同学習論の手法を船時搬関士養成訓練の現場に即した形で実施し,これを「グ
ノレープコミュニケーション学習」と呼称して,その効果を調査した.グループコミュニケーシ
ョン学習では,参加者が相互の働きかけによって課題の意味を理解し,学習の意図を意識しな
がら知識を転移させてアンダーソンのいう宣言的知識空間を広げ手続き的知識空間に移行さ
せ,獲得した知識の重要性に自ら感銘を受けてプラント運転能力を獲得する,という学習現象
が観察された.さらに,こうした定性的な効果だけでなく,適切な評価手法を用いれば定量的
にも高い効果があることがわかったほか, E.RM.の要素のうち,特に「危険に対する予知能
エラーチェーン(の切断) J
力」の獲得によって,その能力と密接に関係する「計画立案J r
に関する能力にも学習効果が認められた.こうした学習を通じて,プラント運用上重要な能力
を熟達者の指導や助言を受けることなく自力で獲得する,という学習現象も観察された,これ
は研究の背景で述べている熟達者の減少という社会的要因のなかでどのように初Il;者を効果的
に熟達化させるか,という重要なテーマに対して特筆すべきことであった.
第 4章では,現状の社会的背景のなかで、徒弟制に準じた共同体中心の教育モデルによる従来
の船舶機関士養成システムの展開が今後,難しくなっていく中で,初心者が熟達者の持つ知識
領域と能力を獲得して熟達化を図るための新たな手法として本研究で用いたグループコミュニ
ケーション学習法について,本研究でオ尋られた結果にもとづく効果と有用性について述べた.
最後に第 5章で本研究をまとめ,今後の課題についても検討を行った.
第 1章 序 論
1
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.1 研究の背景 ・・
…
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恥
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.3 研究の目的…
第 2章熟達化に関する関連研究の整理
5
2.
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船舶機関士の訓練と熟達…....・ ・
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熟達と熟達化… ・・
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熟達化モデ、ルと知識コンパイル及び熟達過程 ・・
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4 熟達化の 10
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手際の良い熟達と適応的熟達…....・ ・
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船舶機関士養成の学習環境と教授学的原則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・
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船舶機関士の熟達化モデル…...・ ・
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第 3章機関士養成訓練における熟達化手法の検証
3.
1
視線の相違による機器操作における初心者と熟達者の比較…...・ .
・ 31
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3.
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モチベーションの相違による学習効果の差 ・・
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グ、ループコミュニケーション学習手法の導入 ・・
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グループコミュニケーション学習の効果と評価手法 ・・
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第 4章船舶機関士熟達化の新たな手法
83
1
4.
熟達者の持つ知識領域と能力の獲得 ・・
…
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研究の背景から求められる熟達化手法 ・・
…
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4
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グループコミュニケーション学習手法の適用可能性… ・・
… ・・
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4
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.とグループコミュニケーション学習・・ ・・
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第 5章 ま と め
5.
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研究のまとめ ・・
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今
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題
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第 1章 序 論
1
.1 研究の背景
1
.1
.1 プラント運転員としての船舶機関士を取り巻く現状
プラント・システムの運用に関わる運転員が,発生した事象や予測される事象に関する情報
をどのように認知し行動するかは,プラントの安全な運転にとって重要な要素である.ヒュー
マンエラーの防止という観点から,航空機の操縦,航空管制や発電,大規模生産プラント
をはじめとする各種陸上施設において,人間と機械を一つのシステムとしてとらえた研究
は多く,その歴史も長い.近年,船舶が巨大化するに従って,舶用機関も人聞が介在して
自律的に完結する大規模プラントと見なせ,多くの場面において船舶機関士とプラントを
構成する機器は,その人的行動および各機器の動作として相互作用を繰り返すマン・マシ
ン・システムとしてし,安全かっ経済的な運用が成り立っている.こうした大規模システ
ムにおいて,プラント運転員が発生事象や予測事象に関する情報をどのように認知し,そ
行動できるようになる(熟達す
の結果どのように行動するのか,そしてそのように f
る) Jのはなぜか,を知ることは重要である.
舶用機関プラント運転員の熟達過程を考えると,従来は熟達した多くの機関士や機関
部員が運転に携わっていたなかで,初心者が熟達者とともに十分な時間を掛け,プラント
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gによって行われおり,人的資源としても時間
の運用を経験するという Ont
的にも,こうした職人徒弟制度的な指導に基づいて必要な知識取得および熟達化を行う余
裕があった.近年,主に経済的な理由から日本人機関士および機関員は減少し続け,技術
の伝承の面においても,初心者が熟達者とともにプラントの運用を経験する機会が減少し
ている [1] さらに日本特有の事情としていわゆる r2007年問題Jがあり,団塊の世代が定
年退職した後でも熟達者が不可欠な職域では 6
5歳まで雇用が延長されている状況から,
2012年に再び熟達者人口が急激に減少することは必然であると考えられる.このように
少人数化した要員構成下で,熟達者の総数が減少して若年層の熟達化がなされにくい傾向
になっているにもかかわらず,技術革新による機器やシステムの変化は目まぐるしく,さ
らに国際条約や関係法令に基づく安全性確保及び環境保護に係る要件強化や複雑化のため,
機関士の業務は質・量ともに増大傾向にある.こうした状況下で,プラントを安全かっ経
済的に運用できるよう,初心者を早期かっ効果的に熟達させるにはどのように訓練したら
よいのか,ということが大きなテーマとなり,教育訓練手法の再構築が迫られている.こ
うした状況に加え,戦後の我が国の商船機関士養成を担う練習船教育において大きな柱と
なってきた蒸気タービン船訓練が, 2013 年度末の練習船大成丸の退役をもって終意を迎
えることから,実際の蒸気タービンプラントの運用によって学ぶことができたプラントマ
ネージメント技術を,今後どのように身につけさせるのか,ということも重要なテーマと
なっている [2]
熟達に関する研究は,ここ 25年ほどの問に急速な発展を遂げた.熟達者はその領域で
の長期間にわたる経験によって,多くのよく構造化された豊かな知識や優れた技能を獲得
し,その領域での課題について非常に優れた解決ができる.また
r
2
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0
7年問題」以降,
我が国において団塊世代の大量退職によりそれまでに蓄積された技術が,適切に伝承され
うるかどうかが大きな問題となり,こうした熟達者固有の知識や技能の果たす役割が注目
され,研究が盛んになってきている [3]
1
.2 E
.R
.M
.と B
.R
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.及び c
.R
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.
一方,船員の養成訓練や資質を国際的に規定する S T C W
条約の改正に伴い,
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M.を機関士訓練に当てはめたものであるが,機器及び情報の
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有効活用や対人関係対処方法を基軸とするB.R.M.の方法論は, E.
ある.
2012年の 1M 0 ModelC
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s
eにより義務づけられたE.R.M.とB.R.M.の主要項目の比
.
R.恥1.のベースとなっているB.R.M.は,航空機ノ〈イロットの C
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R
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M.
較を表1.1に示す[4] E
(
C
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c
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p
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tReso
町 c
eManagemen
t)に基づし、て構築されたもので、,その歴史は第 2次世界大
.R
.M.が導入されたことは,こうした航空機操縦者や船舶の航海
戦前までさかのぼる [5] E
表1.1 BR MとERMの主要項目の比較
8
r
i
d
:
e
eResouceMana
:
e
ement
1
. リソースの配置、任務及び優先順位決定
2 効果的なコミュニケーション
3
. 明確な意思表示とリーダーシップ
4
.状況認識力の習得と維持
E/RResourceMana
:
e
ement
1
. リソースの配置、任務及び優先順位決定
2 効果的なコミュニケーション
3
.明確な意志表示とリーダーシップ
4
.状況認識力の習得と維持
5
.チーム構成員の経験に基づく配慮
-2・
者におけるヒューマン・リソースの活用が,安全な運行のために有効かっ不可欠として求
められた結果であり,今後,船舶機関士養成訓練のなかで具体的にどのように E
.R
.M.を
展開していくのかは益々重要なテーマとなる.
これまでの日本の練習船における機関士養成訓練においてもE.R.M.の側面があったとい
0
1
7
年の改正 STCW
条約(マニラ改正)発効を控え, E
.R
.M
.を訓練ツールとし
えるが, 2
て明確に捉え,展開するには,従来の熟達者から初心者への技術伝承を中心とした手法と
併せた,さらなる効果的な訓練手法として体系化していくことが求められる [6]
1
.3 研究の目的
以上述べてきたとおり,日本人船員を取り巻く普遍的な問題として,経済的な理由に
よる日本人船員の減少や,我が国固有の労働問題である f
2
0
0
7
・2
0
1
2年問題Jがあり,さ
.
R
.M.が導入されることとなった. E
.R
.M.は B
.
R
.M.と
らに船舶機関士の養成においては E
.R
.
M.tこ比べ, E
.
R
.M.は現状の船舶
背景を同じくするものであるが,先行研究の豊富な B
機関士養成訓練のなかでどのように展開するか,これまでの訓練内容との整合性や,従前
の訓練手法にB.R.
M.が明確化されることにより,さらに効果的な教育が図れるのではな
いか,といった課題が多い.加えて,蒸気タービン練習船が退役することから,これを担
保するような訓練手法も求められている.
こうした背景に基づき,本研究では船舶機関士を対象として熟達化の過程を認知科学
的に調べ,練習船において実習生をはじめとした初心者を早期にかっ効果的に熟達化さ
せるための訓練手法を見つけることを目的とする.
-3-
参考文献
山
国土交通省,平成 2
2年度国土交通白書,第 5章第 4節
, 2
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1
0
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5巻第 2号
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0,2
0
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0
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9
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一第 2報 :ERM におけるグ、ループ討論学習法の効果について,日本マリンエンジニ
アリング学会誌第 4
7巻第 6号
, p
p.
12
5・1
3
1,2
0
1
2
.
-4・
第 2章熟達化に関する関連研究の整理
2
.
1 船舶機関士の訓練と熟達
我が国の,特に船舶機関士養成に対する練習船による訓練は戦前から行われているも
のであるが,近年の多様化する技術・設備および環境問題等の社会の様々なニーズの変化
に伴い,それらに応えられる技術者を訓練するためには,新たな訓練手法すなわち熟達化
に対する検討が必要となってきた.舶用機関プラントでは,先に述べたとおり熟達者と初
心者が混在した状況のなかで実プラントを安全かっ経済的に運用するという特徴がある.
こうした状況下では,従来職人的な指導に基づく徒弟制度に近い形での技術伝承が行われ,
訓練手法もこれにもとづいて体系づけられることが多かった.
「熟達の伝承 J としづ見地から従来の海事社会には先人の知恵の集結するコミュニテ
ィ(船員教育機関,航海訓練所,各海運企業機関士および機関長会等)が存在し,そのよ
うな場で行われる「組織化された実践活動」に参加することで,訓練者は多くのことを学
んでいったと考えられる.そのような実践活動は人々を惹きつけ参加させるような要素を
含んでいために,人々はその活動に参加するよう方向づけられ,その結果,多くの知識・
技能が獲得された [1] 大型舶用機関の初級機関士となるための練習船における乗船訓練
(例:独立行政法人航海訓練所)を考えると,実践活動を行っているベテランの船員が実
践家の集団であるコミュニティ(練習船)をっくり実践の場を提供し,また,そのコミュ
ニティ全体が船員養成という一つの共通目標に向かって初心者を訓練する役目を果たして
いるため,その領域の早期の熟達,少なくとも初級機関士に必要な知識・技能の習得が可
能になっていた.
しかしながら,練習船訓練とその後の海事社会における熟達化において,国際化やマ
ネジメントに関する要素の増大から,実践活動そのものが持つ人々を惹きつけ参加させる
ような要素が見かけ上あるいは相対的に減少し,経済的な理由から熟達するために必要と
される時聞が短縮され,さらに即戦力を求める産業界のニーズなどにより教育訓練結果に
関する直接的な効果が期待される時代となり,船舶機関士の熟達化や教育訓練手法自体を
早急に検討して再構築する必要性が生じている [2]
プラントを安全かつ経済的に運転するために,プラント運転員が発生事象や予測事象
に関する情報をどのように認知し,その結果どのように行動するかを知ることは重要なこ
とである.またiプラントが大規模になるに従って,運転員のエラーを含めてプラントを
-5・
安全に運転するために人聞が行った意思決定及び行動の結果と機械の動作を一連のシステ
ムとしてとらえる必要がある.舶用機関プラントは,一般には「スクリュープロペラを回
転させて船を推進させる J r
船内に動力を供給する j と考えられるが,船舶が巨大化,複
雑化するに従って,人聞が介在するシステムとしては陸上の商用発電所施設に匹敵する大
規模プラントであると同時に,長期間の大洋航海を連続する移動体であること等から,
ト
ラブ、ルがあっても外部支援を求められず自律的に完結する必要がある特殊な環境の下で,
運転員とプラントを構成する機器との有機的な関係によって安全かっ経済的な運用が成り
立っている.
そこで,舶用機関プラントの安全かっ経済的な運用遂行のためには,それに携わる運転
員が熟達している必要がある.その熟達化の過程を考えると,従来は多くの機関士やベテ
ラン機関部員が運転に携わる熟達者の集団のなかで,初心者が熟達者とともにドック(造
船所における修繕及び船舶検査工事)を含むほぼ 1年単位のプラント運用サイクルを繰り
返し経験するという Ont
h
eJ
o
bT
r
a
i
n
i
n
gによって行われていた.つまり,こうした職人的
な指導に基づいて必要な知識取得及びスキルアップを行う人的,時間的余裕があった.近
年,主に経済的な理由から日本人船員は減少し続け,技術の伝承の面においても,初心者
が熟達者とともにプラントの運用を経験する機会が減少している [3]
このように少人数化した要員構成下で熟達者の総数が減少し,若年層の熟達度は低下傾
向にあるにもかかわらず,技術革新による機器やシステムの変化は目まぐるしく,さらに
国際条約や関係法令に基づく安全性確保及び環境保護に係る要件強化や複雑化のため,機
関士の業務は質・量ともに増大傾向にある.こうした状況下で,プラントを安全かっ経済
的に運用できるよう,初心者を早期かっ効果的に熟達させるにはどのように訓練したらよ
いのか,ということが大きなテーマとなり,教育訓練手法の再構築が迫られている.
熟達者はその領域での長期間にわたる経験によって,多くの良く構造化された豊かな
知識や優れた技能を獲得し,その領域での課題について高度に洗練された解決ができる.
しかし
r2007 年問題j 以降,我が国において団塊世代の大量退職により,それまでに
蓄積された技術や知識が適切に伝承されうるかどうかが大きな問題となったことから,こ
うした熟達者固有の知識や技能の果たしてきた役割が注目され,熟達に関する研究が盛ん
に行われた結果,ここ 25年ほどの聞に急速な発展を遂げた伊
以降に,熟達化に関する関連研究を整理する.
-6・
2
.
2 熟達と熟達化
2
.
2
.
1 熟達の概念と熟達化
'
主があった.第 1は,少数
熟達に関する研究の発展には少なくとも以下の 2つの必然1
の人が示す優れた遂行は個人差,つまり,それらの人たちの一般的知能や基礎的な認知・
知覚的能力の高さあるいは人格特性によっては十分説明で、きないことが明らかになったこ
と,第 2は,人間の問題解決過程を基礎的で領域を超えた一般性をもっ処理(情報の入出
力,消去,変換,生成など)を用いて発見的探索をしていく過程として理論化する試みが
十分な成果を上げえないことが徐々にはっきりしてきたことである [5]
従来の一般的な要因や基礎的過程重視の研究の限界を知った研究者たちは,課題遂行
における領域固有のよく構造化された豊かな知識の果たす役割の重要性に注目するように
なり,熟達者の知識,技能の研究が盛んになっていったので、ある.しか l
v,データが蓄積
され熟達者の遂行の特徴が徐々に明らかになるにつれて,熟達のなされる課題領域によっ
て熟達の様相が必ずしも一様でないこともはっきりしてきた.課題領域はそこでの優れた
遂行を生じさせるプロセスあるいは特性の性質によって,いくつかに分類することができ
る.分類の次元としてここでは創造性を取り上げる.創造性の次元の一方の極には,状況
の変化に適切に応じて問題解決を図ることが必要な領域がある.そのような領域では,課
題解決の手続きが定型化されていないために,課題についての適切な表象および解決のた
めの実行プランの形成が問題解決の必要条件になる.もうひとつの極は,定型化された問
題解決の手続きが学習の過程で学習者に明示的に示されており,一連の解決手続き(アル
ゴリズム)を習得すればすべての課題が解決できる領域である.ここではこれらをそれぞ
れ創造的領域,非創造的領域と呼ぶことにする.創造的領域の課題にはチェスや碁などの
競技,楽曲の演奏,スポーツにおける対人的競技,芸術作品の創造などが含まれ,非創造
的領域にはソロパン,記憶術,決められた手順で解く数学や物理学の課題などが含まれる.
熟達者の特徴として,創造的領域,非創造的領域を問わず,多くの領域に共通して認
められているものがある.その第 1点は熟達者の遂行が速く正確であること,第 2点は熟
達者が多くの事柄を容易かつ正確に記憶できること,第 3点は熟達者の優れた遂行は領域
固有性をもつことである伊
2
.
2
.
2 なぜ熟達の研究がなされるようになったか
「熟達 (
e
x
p
e
r
t
i
s
e
)J といわれる研究分野では,人の知的な活動の背景となる知識の在り
方,問題解決行動の在り方を探る認知心理学・認知科学という学問の世界では,人がどの
-7・
ようにしてある領域に関する知識を蓄え,それを活用するための技能を身につけ,それを
実際に使いこなすようになるかについての研究が 1960年代から進められてきた.
1
9
5
6年 9月 1
1 日に,情報科学・コンビュータ学・言語学・心理学・哲学の分野の著名
な研究者たちがマサチューセッツエ科大学に集まって今後行わなければならない分野とし
て,人の知の在り方を研究しよういうことが提案された.そこから,人の知の状態を探る
ための学問として認知科学が生まれ,同年夏,ニューハンプシャー州ダートマスで開催さ
れた会合から,人の知を機械的に実現する学問として人工知能学が誕生したこれが,認
知科学という学問が,はっきりと成立した瞬間と言われている [7]
人の知識のありょうを知るためにはどうすればよいか.人の知識は頭の中にあるはず
だが,その頭の中がどのような構造になっていて,知識がどのような形で存在し,それが
どのように使われているかを明らかにする.そして,それをそのままコンビュータに移し
替えれば,人と同じように考えるロボットや人工知能もできるはずだ,という現代の視点
からはやや単純な考えで、はあったが,知の問題に取り組むためのその当時の方法論で、あっ
た[8]
2
.
2
.
3 初心者と熟達者の違い
ある領域において非常に優れている人がどのように知識を獲得し,蓄積しているかに
ついて,最初の研究対象となったのはチェスがで、あった. Simon らは,チェスの超熟達者
を対象として,彼らがどのようにチェスの知識を身につけているかを検討した.そこで明
らかになったのは,熟達者たちは膨大な量のチェスの盤面(実戦の中で現れる駒の配置パ
ターン)の知識を頭の中に蓄えていて,それを一瞬のうちに見て取ることができるという
ことだ、った.その数は,盤面のパターンにして,数万以上ともいわれている凹.
日本においても,将棋のエキスパート(プロの棋士)を対象とした同様の研究が行わ
れているが, 9x9の盤面上を飛び交う 40駒の位置を数秒ですべてほぼ完全に記憶し,
それを再現することができるのである.やはり彼らも膨大な量の将棋の対戦中に現れる盤
面のパターンを記億していて,その知識を利用しているらしい.単に棋士たちの記憶力が
ょいというのではない.その証拠には,同じ将棋盤の上に 40個の駒をでたらめに(とい
うことは,実際の対戦では決して現れないように)配置すると,駒の位置はほとんど記憶
できなくなってしまうからである[叫.
B
a
r
k
l
e
y らは,こうした熟達者の認知行動を, 1
,
000億個の脳内のニューロンの結合が
「ダーワインの適者生存に類似した過程を経て,脳は滅多に使われない結合やシナプスを
取り除く J (N回 h,
1
9
9
7,
p
.
5
0
)ことにより,熟達者はその専門分野獲得したシェマ(大小の
-8・
I
l
-
概念のかたまり.この場合はチェスや将棋の棋譜. )の量が豊富である,と説明している
チェスや将棋のエキスパートだけでなく,その後の研究で,数学や物理学,サッカー
や野球,さらにはバーテンダーやウェイターなどのエキスパートも,膨大な量の知識を持
って,それを自由自在に使うことができ,それがゆえに彼らはエキスパートになっている
[
1
2
],
[
1
3
]
2
.
3 熟達化モデルと知識コンパイル及び熟達過程
Rasmussenは人間行動がスキノレ(
S
k
i
1
l
),ルール(R
u
l
e
),知識匹n
o
w
l
e
d
g
e
)の三つのレベルの
認知活動よって実現されているという SRKモデルを提唱した [14][15] 図2.1はこのモデルの
概略を示したものである.
三つのレベルのうち,スキルベース行動は感覚運動系の自動化された制御による行動,
すなわち非常に熟練した定型作業における無意識でなめらかな行動を表す.感覚情報は,
システムの空間的で、連続的な振舞いを示す定量的シグ、ナノレとして扱われ,これと意図した
ゴール/目標
知識ベース
行動
計画
ルールペース
行動
事態(状態)と課
題(タスク)の連
スキルベース
行動
貯蔵された課題用
のルールの検索
サイン
感覚入力
シグナル
図2
.
1 SRKモデル
-9・
行為
状態との誤差信号に応じた運動反応が出力される.したがって,スキルベース行動は制御
理論で用いられている諸概念によってとらえることができ,制御理論アプローチによって
十分にモデル化できる.あるいは警報ランプに反応する場合のように,感覚情報のパタ}
ンが特定の行動を誘発するサインとして働くこともある.ルールベース行動は,過去に経
験や教育によって獲得された規則や手順を意識的に適用する行動である.このような経験
則は,過去の成功の経験に基づいて活性化されるように構造化されており,感覚情報のパ
ターンとの照合によって選択される.ルールベース行動における感覚情報はサインとして
知覚されるが,サインとは経験によってある行為と対応づけられたシステムの状態や状況
を表す'情報のパターンで、あって,システムの機能や状態についての概念的内容は表してい
ない.未知あるいは不慣れな状況においては,経験から獲得した手順や経験則は適用でき
ない.このような場合には,より高次の概念的レベルにおいて目標駆動的に行動が決定さ
れる.これが知識ベース行動である.まず,システムのメンタルモデ、ルによって表された
知識を用いて,システムの機能的特性からその状態を認識する.つぎに,認識された状態
と心理的目標との目標手段解析によって目標達成に必要な行動が計画,実行される.計画
は,その実行結果からのフィードパックに基づいて修正されることもある.知識ベース行
動において,感覚情報はシステムの機能的特性に対応づけられたシンボ、ルとして知覚され,
システム状態の認識や予測のための推論や計算に用いられる.感覚情報がシグナル,サイ
ン,シンボルのいずれとして知覚されるかは,情報の提示形態によるのではなく,情報が
知覚される情況,すなわち行動者の意図や期待に依存する. したがって,同一の表示が行
動者によってはシグナル,サイン,シンボ、ルのいずれにも解釈できる.たとえば正常値に
ない流量計の指示は,スキルベースの行動者にとっては弁の開度をどれだけ調整すればよ
いかの直接の手がかりとなるが,ルールベースの行動者にとってはそのとき弁が開いてい
れば流量調節を,閉じていればメータの零点調節を行う行為の必要性を意味する.さらに,
これらの対応にもかかわらず指示が正常値に戻らなかった場合には,システムの機能や動
作原理に立帰って異常診断を行うために必要なシステムの状態に関する情報を提供する
[
1
6
)
一方, An
d
e
r
s
o
nのACT*理論によれば,人聞が経験を重ねるにつれ,迅速でよどみない操
作が実行可能になるのは,知識が宣言的な段階から手続き的な段階へと移行したためであ
る,とされる [17)
宣言的な段階では,マニュアルに書かれてある手順がほぼそのままの形で宣言的な知
識として長期記億中に存在している.このような宣言的な知識は直接的に実行可能とはな
らない.例えば「ステップ 1の編集メニューから,設定を選択しますJ というマニュアル
-10-
の記述を記憶しても,実際に操作ができるわけではない.というのは,実際には「ウイン
ドウのメニューパーのなかの編集と書かれてある部分を探し,そこをクリックして,そこ
に現われるリストのなかから設定という文字列を探し,そこをクリックする」という行為
を行わなければならないからである.
このようにマニュアルの記述の宣言記憶と実際の行為の問にはギャップがあるので,
実際に行為を行うときには,宣言的な知識を実行可能なように読み替える作業
(
i
n
t
e
中 印 刷i
o
n
)が必要になる.また,こうした読み替え作業は作業記憶にかなりの負担をか
ける.したがって,初心者は行うべきことを何度も言語化して(r設定を選択するのだか
ら… J等々),今行うべきことを作業記憶内に保持するための努力を行わなければならな
し¥
しかし何度も読み替えを行いながら操作の学習を進めると,読み替えた結果がそのま
まルールとしてプロダクションメモリ内に貯蔵される.つまり,初期の宣言的な知識は直
接的に実行可能な心的ルールとして表象されるようになるのである.こうした知識の変化
d
e
r
s
o
nは手続き化(p
r
o
c
e
d
町a
l
i
z
刷o
n
) と呼んでいる.さらに学習が進む
のメカニズムを,An
と一連の操作を一挙に行うことが可能になるが,これは合成 (
c
o
m
p
o
s
i
t
i
o
n
) というメカニ
ズムによるとされる.
合成とは連続して用いられる複数のルールが 1つのルールになるというメカニズムで
o
m
p
i
l
a
t
i
o
n
) と呼
ある.これら 2つのメカニス、ムはまとめて知識コンパイル Ornowledgec
ばれている.
知識コンパイルによってルールは直接的に実行可能になるので,読み替えが不必要に
なる.これによって 1つのステップの操作のスピードが上がることになる.また,作業記
憶のスペースが読み替えのために消費されるということがなくなるので,操作の言語化な
ども見られなくなる.また複数のルールが合成されるため
1ステップずつ行っていた操
作が,数ステップまとめて実行できる.したがってより迅速な処理が可能になるのである.
人がたどたどしく操作を行う段階から,半ば自動的な操作が可能になる段階へ至るの
d
e
r
s
o
nの捉え方である. An
d
e
r
s
o
nら
は,こうした知識の形式の変化によるというのが, An
はこうした考え方にもとづき,幾何,プログラミング,テキストエディタの学習における
さまざまな心理現象を説明している [17][問 [20]
-11・
2
.
4 熟達化の 1
0年ルール
熟達者が持つ優れた知識や技能は一朝一夕に得られるものではない.従来の熟達者研
究では,チェス,テニス,音楽,絵画といった分野において世界的レベルの業績を上げる
ためには最低 10年の準備期聞が必要であることが分かっている.こうした実証研究に基づ
いて
r
各領域における熟達者になるには最低でも 10年の経験が必要である」という 10年
ルール(lO
y
e
釘 r
u
l
e
) が提唱されている [21]
また,上述した 10年ノレールは, 10年間に人がどのようなステップを踏んで熟達するか
については説明していない.特定の領域において管理職が熟達するプロセスについて,
Drey
血s
は表 2
.
1の 5段階モデ、ルを提示している [22] このモデ、ルによれば,人は,初心者
(
n
o
v
i
c
e
),上級ピギナー (
a
d
v
a
n
c
e
db
e
g
i
n
n
e
r
),一人前 (
c
o
m
p
e
t
e
n
t
),上級者 (
p
r
o
f
i
c
i
e
n
t
),
e
x
p
e
r
t
) の 5つの段階を経てスキルを獲得する.
熟達者 (
「初心者j は,職務に関連する事実やルールを学ぶが,具体的な経験を積んでいない
ため,知識は文脈や状況と切り離されている.そのため,初心者のパフォーマンス・スピ
ードは遅い.
現実場面での経験を積むと,直面している状況に関する重要で微妙な特徴に気づくよ
うになる.こうした状況の違いを考慮して意思決定できる段階が「上級ピギナー」である.
「一人前」になると,さまざまな選択肢から,目標を設定し,計画を立て,アクショ
ンをとることができるようになる.具体的な経験を積み重ねることで,アクションプラン
を選択するのも容易になる.
一人前の段階では,状況を個別要素に分けた上で,分析的な思考方法をとるのに対し,
「上級者」になると,豊富な経験を通して典型的な状況についての知識を獲得し,状況を
表 2.
1 Dre
y
f
u
sによる熟達の 5段階モデル
│
t
認知的能力
個別要素の 顕著な特徴の 全体状況 │意思決定
把握
把握
の把握
状況を無視
なし
分析的
合理的
2 上級ピギナー
状況的
なし
分析的
合理的
3 一人前
状況的
意識的選択
分析的
合理的
4.上級者
状況的
経験に基づく
全体的
合理的
5 熟達者
状況的
経験に基づく
全体的
直感的
1.初心者
ー1
2-
「包括的・全体的 (
h
o
l
i
s
t
i
c
)
J に見ることができるようになる.
「熟達者」の特徴は
r
直感的に意思決定j することができる点にある.素人から上
級者の段階まで,意思決定は合理的に行われるが,熟達者は,状況やアクションに関する
膨大なレパートリーを有するため,直感的な判断が可能になるのである.
0年の準備期間が必要であることを考
最終段階である「熟達者」になるまでには最低 1
えると, D
r
e
y
f
u
sのモデ、ノレにおける第 1段階から第 4段階に至るまでの期間は最低 1
0
年で
あるといえる [23]
2
.
5 手際の良い熟達と応用的熟達
スーパーマーケットのレジ打ちの技術を習得するのに 10年の準備期間は必要なく,
より短期間で熟達者の域に達することができる.つまり,熟達者になるために 10年の準
備期間が必要であるのは,複雑で多様なスキルを必要とする職務に限られる.つまり〉熟
達者になるための熟達化の期間を考える際には,仕事の特性を考慮しなければならない.
この点に関して,波多野と稲垣は
r
手際の良い熟達者
(
r
o
u
血 ee
x
p
e
r
t
) と「適応的熟
a
d
a
p
t
i
v
ee
x
p
e
r
t
) Jを区別している.手際の良い熟達者とは,同じ手続きを何百回,
達者 (
何千回と繰り返すことによりその作業に習熟し,技能の遂行の速さと正確さが際立って優
れている人を指す.これに対し,適応的熟達者とは,手続きの遂行を通して概念的知識を
構成し,課題状況の変化に柔軟に対応して適切な解を導くことのできる人を意味する[孔
例えば,単一の作業を素早く正確にこなすことができる工場の製造ラインの担当者や
事務作業員,スーパーのレジ担当者は手際の良い熟達者である.これに対して,時代の変
化に対応する新製品の開発を任されているエンジニア,顧客のニーズに合わせて提案する
営業担当者,社内の状況にあわせて情報システムを組み直すことを仕事としている情報部
門の担当者などは,適応的熟達者である [25]
2
.
6 よく考えられた練習
遂行の改良という明確な目的意識にもとづいてよく吟味されたメニューのもとでの練
習は
r
よく考えられた練習 (
d
e
1
i
b
e
r
a
t
ep
r
a
c
t
i
c
e
)J と呼ばれている [26]
遊びとは異なって活
動自体が楽しいわけではないが,着実に効果が現れればそれが励みになって練習に力が入
る.
弱点を克服し技能の獲得・習熟を図るという目的のために,個々の学習者に合わせて
-1
3-
内容と困難度が調整された課題を繰り返し練習することに加えて,遂行の注意深いモニタ
ーによって適切なフィードパックが与えられることが必要なので,指導者,の適切な指導が
あればいっそう効果的に進む. E
r
i
c
s
s
o
n らは主に音楽の領域での研究にもとづいて「よく
考えられた練習」の有効性を示したが,スポーツの分野でも同様のことがあてはまる
[
2
η
[
2
8
]
E
r
i
c
s
s
o
nらの研究では練習時間と同時に,どのような練習をしたのかについても尋ねて
いる.彼らは 1
0
年間,単純な繰り返しの練習をしていたのではない.それによれば,結果
として熟達者になった人たちが行ってきた練習に共通するのは以下のような特徴である.
その人の現在の技術を向上させるために必要な最適レベルの困難度に練習のレベ
ルが設定されている.
五.練習の成果はフィードパックされ,自分で良し悪しを評価している.
世.本人が自分でやる気を出して取り組んでいる.
d
e
l
i
b
e
r
a
t
ep
r
a
c
t
i
c
e
) J と言え,多
このような特徴を持つ練習が「よく考えられた練習 (
くの優れた熟達者の日常の練習に共通しているものといわれる [26]問 .
さらに, E
r
i
c
s
s
o
nらは「よく考えられた練習」の条件として,
① 課題が適度に難しく,明確であること
②
実行した結果についてフィードパックがあること
③何度も繰り返すことができ,誤りを修正する機会があること
を挙げている附.これは経験の長さよりも「経験の質」が熟達にとって重要な要因で
あることを示している [26]
2
.7 船舶機関士養成の学習環境と教授学的原則
図2.2は,これまでの学習研究から明らかになった一般的な教授学的な原則を表したも
のである.それぞれ
r
学習者中心の考え方J r
知識中心の考え方J r
評価中心の考え方J
「共同体中心の考え方j と呼ばれているもので,それぞれがこれまでの基礎的な学習研究
の知見から導き出されてきた考え方である [31]
本項ではこうした考え方を整理するとともに,船舶機関士を養成する練習船訓練の中
でどのようにあてはめられるかを概観する.
ー1
4-
2
.7
.1 学習者中心:段階的知識の獲得
教授学的原則の第一は学習者中心の考え方」と呼ばれている.この考え方の背景
には,次のような基礎的研究の知見がある.その 1つは「構成主義(
c
o
n
s
t
r
u
c
t
i
v
i
s
m
)Jであ
り学びとはそれに携わる学び手自身が理解を意識的に作り上げていくことだ」という
認識論である.最近では「自発性を重んじる」という言葉で実践の中によく見られる考え
方と類似しているが,この構成主義的な視点は決して自発性だけを意味しているのではな
い.認知発達研究の中でよくいわれることでもあるが,構成主義的な視点では,学習者は
自分の発達の水準を向上させるような活動にかかわるときに,まずは自分の理解できてい
る水準の理解を持ち出して活動を展開しようとするし,他者を含む周りの環境とのかかわ
りを通して新しい理解を自分のそれまでの理解の上に積み重ねると考えられている [32]
2
.7
.2 知識中心:スキップできない理解と学習の転移
「知識中心の考え方Jの背景には,認知発達研究における理解のレベルの系統性の知見
や,人の学習活動と学習した内容の転移,そして問題解決としての学習の研究などがある.
認知発達の系統性の研究では,発達段階に応じた理解の限界があることを示すと同時に,
共同体中心
の考え方
学習者中心
評価中心
の考え方
の考え方
知識中心
の考え方
図 2.
2 学習環境の一般的なデザイン原則
-1
5・
それぞれの段階での理解が十分でないとその次の理解へ進むことができないことが分かつ
ている伊すなわち,人のものの理解はその段階をスキップすることはできずに,ある
ものを理解するためにはその基盤となる理解が確立していなければならないということを
意味している.
次に,学習と転移の研究では,同じものを学ぶにしてもその学習活動にはいろいろな
タイプがあり,そのタイプによって,学習した内容を後の学習に生かすことができるよう
な理解として獲得することができる場合と,そうでない場合とがあることが分かっている
何のために今学習をしているのかという学びの目標が「憶える,そしてそれをできる
だけ正確に再生する j ということを目指している場合には,その獲得された知識は記憶と
して残りはするが,類似した問題状況に直面したときに,記憶している知識を関連性があ
るものとして検索し利用することはなかなかできないことが明らかになっている.記憶で
はなく,より物事を理解しようとする姿勢を持ったときには,同じ内容を学習する際にも
そこで行う認知的な活動は異なる.問題の意味を理解し,それをどのような意図で学習す
るのかということを意識しながら行う学習は,獲得した知識が後の学習に転移する可能性
を高め,それゆえにより効率的に理解を深めていくことができる.現在明らかになってい
るそうした活動の 1つが問題解決としての学習と呼ばれるもので,与えられた課題を単に
解決するというのではなく,少なくともその課題の意図を理解しようと努力し,その問題
に関連して自分が理解していることがどのように結びついていくのかを意識しながら行う
学習活動である.それを教授的介入として促進することもでき,それによって確かに学習
効果が高まることが分かっている.よって,教育する側の者は理解に基づくような学習を
促進し,そこで獲得された知識が転移可能なものとなることを目指して学習環境をデザイ
ンしていく必要がある [35]
ここで,学習の転移について述べる.
人間はあらゆることを学習するが,そのすべてを無から始めるわけで、はない.すでに
学習したことのなかから使えるものは使って新しい学習をすることも多い.このときに,
すでに学習したことが,新しい事柄の学習に促進的に,あるいは抑制的に影響することが
p
o
s
i
t
i
v
et
r
a
n
s
f
e
r
) とよばれてい
ある.先行学習が後行学習を促進する場合は,正の転移 (
n
e
g
a
t
i
v
e仕a
n
s
f
e
r
) とよばれている [36]
る.また,逆に,妨害する場合は,負の転移 (
たとえば,パソコンに新しいオベレーションシステム (0S) をインストールしたと
する.誰しも,以前の O Sで学習した技能をそのまま新しい O Sの操作に利用しようとす
るはずである.このとき,両者の聞に共通した部分があるところでは正の転移が,異なっ
-1
6-
た部分では負の転移が起こる・こうしたことは,日常生活の至るところで発生する.
正の転移だけが発生するような環境を用意できれば問題はない.しかし,人間の学習
経験が必ずしも同じではないこと,さらに,人聞が常に新しい環境を創造していく開放系
という特徴を捨てられない限り,負の転移の発生は避けられない.負の転移は,エラーと
いった形の行動として出てくる [37]
後述するように,練習船訓練における学習の場面でも,この学習の転移が特徴的に顕出
されることが多い.
2
.
7
.
3 評価中心:フィードパックの重要性
「評価中心の考え方Jの背景には,次のような理論的な流れがある. 1つは問題解決
学習における学習者へのフィードバックの重要性である.問題解決による学習では,なん
らかの形で学習者自身が行動を起こし,それによって状況の変化を確認するようなことが
頻繁に見られるが,そのような状況で適宜有益なフィードパック情報を返すことで,問題
解決の方向をより適切なものへと修正し,そのフィードバックから学習者が自らの活動を
修正し新たな理解を構築していく活動を支援することができる.また別の側面では,これ
までとは大きく異なるタイプの能力の育成を目指す場合,学習者自身,また教授支援者も
含めて自分たちが行っている教授学習活動が適切なものとなっているかどうかを評価する
手段も開発される必要があり,記憶の再生に頼ってきたこれまでの評価方法から対話の中
での理解や,実際の問題解決活動を評価しようとする新たな手法が注目を浴びている.こ
こで,学習者に対して行うフィードパックとしての評価を考える場合において「評価中心
の考え方」を一言でいえば
r
学習の目標に沿って,学習活動が評価され,そのフィード
ノ〈ックによってそれが修正で、きるようにする j といったことになる.このために,まず考
えなければいけないことは
r
適切な機会の確保」と「適切な方法の利用 j である.適切
n
a
t
i
v
ea
s
s
e
s
s
m
e
n
t)と呼ばれるものを意味しており,
な機会というのは,形成的評価(おn
学習の途中で必要に応じて学習者が自分の理解状況を把握することを助けるようなものを
いう.これに対して授業の最後に行われるテストのようなものは総括的評価 (summative
a
s
s
e
s
s
m
e
n
t
) といわれ,授業デザイン自体が学習者に及ぼした影響は把握することができ
るが,学習者自体が自分を向上させるための診断材料を提示することはない.また,どの
ような評価を行うかは,学習者が理解しようとする姿勢へも影響を及ぼす.例えば,どん
なに理解に基づいた学習が重要だと説明しても,最終的に記憶してきえいれば解ける問題
で評価していては,学習者はそれに対応した学習スタイルを身につけてしまう.このよう
に評価中心の考え方は,学習者中心の考え方や,知識中心の考え方との一貫性が保たれて
-1
7
圃
いて初めて意味のあるものとなる [38][39]
2
.
7
.
4 共同体中心:共同体と徒弟制度
従来の練習船教育及び訓練はもとより,船舶機関士の成長過程において主要な教育的
背景となってきたものに「徒弟制度 j がある.
「共同体中心の考え方 j の背景には,学び自体が社会的な活動の中で文化的な価値を
持つ行為として,より経験のある者と未熟な者がその活動を共有し行っていくことで理解
を深めていくという Lave らの「徒弟制度 (
a
p
p
r
e
n
t
i
c
e
s
h
i
p
) Jの文化人類学的な研究や,
そこから波及して学びという活動自体もそうした徒弟的な考え方を生かして教授法を考案
することができることを示した C
o
l
l
i
n
s ら の 「 認 知 的 徒 弟 制 度 (c
o
g
n
i
t
i
v
e
a
p
p
r
e
n
t
i
c
e
s
h
i
p
) Jの研究などがある仰]刊また,よりグローパルな研究としては,国際比
較研究などによって,異なる文化的価値を持った国ではそれぞ、れの学びの活動があり,そ
れが異なる認知的な発達を導いていることも分かつている [43] こうした基礎的な知見を
もとに,共同体中心の考え方は一言でいえば「目指すべき学びの姿を共同体で適切に共有
することができるようにする」ことだと定義される.
.
2において,共同体中心の考え方というのは,その他の教授学的原則をすべて網羅
図2
するように位置づいているのが分かる.これが意味しているところは,最初の 3つの考え
方が持っている価値を,学びにかかわるすべての人,すなわち共同体が一貫して共有して
いることが,こうした学習環境の成否を分けるということを意味している.例えば,ある
教室の教師はこうした考え方で授業を実践していても,その学校の校長はその原則を理解
していない,あるいは同じ学年の同僚はそれに賛同していないという状況は,実践が行わ
れている教室をより大きな共同体である学校という単位から見れば孤立させてしまうこと
になる [26]
2
.
8 協同学習
本研究において E
.R
.M.の実践にもちいた「ケーススタディ」の手法は,協同学習の一つ
の形態である.ここで、協同学習について述べる.
協同学習のもっとも簡単な定義は「小グ、ループの教育的使用で、あり,学生が自分自身
の学びと学習仲間の学びを最大限にするために共に学び合う学習法J というものである
協同学習は当初,伝統的な教育において競争が強調されすぎたことに対する対案とし
-1
8-
て登場した.名前が意味するように,協同学習は学生が互いに情報を共有し,互いに励ま
し合いながら共通の課題を一緒に学ぶことを求めている.協同学習では,教師は科目の専
門家であり,クラスの権威者であるという,古くからの二つの役割を保持している.教師
がグループ学習の課題を作成し,学生に割り当て,時間を管理し,学生の学びを監督する.
そして,学生が課題を遂行し,グループがうまく機能しているかを確かめる [43][刊
グループ学習のほとんどの研究や議論は,知識の伝統的な見方を前提としている.つ
まり,すべてのものに「正しい答え j がある,もしくは少なくとも「もっとも望ましい解
答」があると考えている.そして,一人ひとりの学生は学習課題について違った側面の知
識をもっているという仮定がある.また教師は科目の専門家であり,正しい答えを知って
いるという仮定がある.そしてグループは最終的に「もっとも良い j または「もっとも理
にかなった」さらには「正しい j 結論に達するという前提がある.授業に対話中心の学習
を取り入れ,その経験を公表している教師は,協同学習について話していることになる
[
4
5
]
[
判
協同とは他者と共に活動することである.つまり,協同学習は仲間と共有した学習目
標を達成するためにベアもしくは小グループで一緒に学ぶことである.このような学習活
動に対して,協調学習やチーム学習,グ、ループ学習,仲間支援学習といった呼び名もある
が,主として明らかにベアや小グ、ループが意図的に計画され,実践されている学習活動を
協同学習と呼んでいる.
協同学習には,押さえるべきいくつかの特徴がある.
協同学習の最初の特徴は「意図的な計画Jである.しばしば,教師は学生に向かって,
グ、ループになって一緒に勉強するよう指示するが,具体的な活動までは指示ない.しかし
協同学習では,教師は意図的な学習活動を準備する.教師は,既存の協同学習の技法や自
分で開発した技法を使って構造化したグ、ループ学習を仕組む.既存の技法を使っても,ま
たは新しい技法を使っても,意図的な構造に基づいているという点が重要である.
意図的な計画に加えて「共に活動すること」が協同学習にとって大切な特徴になる.
グループのすべての参加者が,グループの目的に向かって共に積極的に活動する必要があ
る.グループの課題を一人のメンバーが完成させ,ほかのメンバーがただ、見ているだ、けで、
あれば協同学習ではない.一つのプロジェクトを共に達成するためにメンバーが同じ課題
をおこなうか,または違う課題をおこなうかにかかわらず,すべてのメンバーが同じよう
に貢献する必要がある.
協同学習の三番目の特徴は「意味ある学習 Jである.学生が一緒に課題を学ぶことを
通して,その科自の知識を増やし,理解を深める必要がある.また,グループに割り当て
-1
9・
られた課題は,その科目の学習目的を達成するために仕組まれている必要がある.学習の
責任を教師から学生に移してクラスを活性化すると,グ、ノレープ作業は活気に満ちた魅力的
なものとなる.しかし,学生と教師が共に認め,共有された授業目標が達成できなければ,
教育的な意味はない.
以上のことから,協同学習とは二人もしくは三人以上の学生が一緒に活動し,公平に
活動を分担しすべての参加者が意図した学習成果に向かって進むこと,といえる [4η.
効果的な協同学習を展開させるためのグループの大きさは,通常
2人から 6人であ
る.グループの大きさはいくつかの要因やグループをつくる人の好みで決まる.しかし,
Beanはフォーマノレ・グループやインフォーマル・グループのもっとも適切な大きさは 1
グ、ループ 5人だという説得力のある理由を述べている [48] Beanの観察によると
6人グ
ノレープは 5人グループとほぼ同じようにうまくいくが,それ以上の人数になるとメンバー
の体験密度が薄くなる. 4人グループではすぐに二つのベアに分かれてしまい
3人のグ
ノレープで、は 2人がベアになり 1人が仲間外れになる,と指摘している.また,ベアがもっ
とも適切な大きさになることも多い.とくに講義の途中に簡単な意見交換させたいときの
ように,あまり時間を取りたくない場合はべアが向いている. Beanは,ベース・グルー
プでは人数が少ないほど効果的であり
3人グループがもっとも適切な大きさだと述べて
いる. Smithは,最初のうちはとくに,学生が参加しやすいように小さなグループ(2,
3人)を勧めている仰グループの大きさはグループの形態,課題の性質,課題に必要
とされる時間および教室の大きさによって左右される.協同学習を支持する研究者はグル
ープの大きさについて,一般的にグループのメンバー全員が十分に参加で、き,お互いに信
頼をつくれるくらい少ない人数で,なおかつ十分な多様性が保て,学習課題を達成するた
めに必要な資源がそろうくらい多い人数であるべきだと指摘している凹
2
.
9 船舶機関士の熟達化モデル
以上述べてきたように熟達化に関する先行研究で明らかになっている,初心者と熟達者
の違いを特徴づけるシェマ,熟達化モデ、ノレ,熟達化の 1
0年ルール,熟達の種類(手際の
良い・適応的),
r
よく考えられた練習」及び教授学的原則は,機関士を養成し熟達化さ
せる訓練過程においても極めて重要かつ普遍的な要素である.
これらのなかで、熟達化モデ、ルについて今一度検討する.
d
e
r
s
o
nACT*理論における手続き化と合成が一体化することによる「知識コンパイ
An
ルj でも, SRKモデルにおいて各段階が順次省略又は自動化されていくイメージにおい
-20・
ても,熟達化が「進むj ことが一つの直線的な方向であるように理解される.しかし,実
際の船舶機関士養成の現場では,最終的には知識コンパイルを伴ってスキルベース行動の
空間における情報処理や対応能力を身につける「熟達者領域j に達するものの,そこに到
達する過程では,初心者領域での実行をしていた者がより難しく重要な手続き的知識を獲
得しつつ熟達者領域に到達するケースだけでなく,熟達者領域の行動をしているようでも,
その能力を獲得する途中で習得しているはずである「難しさ j や「重要さ j において比較
的低いレベルの知識や情報が欠けていて,宣言的知識空間に参照し直すといった複雑な過
程をたどっている.これを初心者から熟達者に直線的に成長するような従来型のモデルで
表現することは難しい.そこで,本研究では,船舶機関士の熟達化をとらえるために次の
ような熟達化のモデ、ルを構築した [51]
An
d
e
r
s
o
nが提案した ACT*理論但]によれば,人聞が経験を重ねるにつれ,迅速でよど
みない操作が実行可能になるのは
r
知識が宣言的な段階から手続き的な段階へと移行し
たためで、ある. J とされている.宣言的な段階では,マニュアルに書かれている手順がほ
ぼそのままの形で宣言的な知識として長期記憶中に存在しており,マニュアルの記述の宣
言記憶と実際の行為の間にはギャップがあるので,実際に行為を行うときには,宣言的な
t
e
中 間 旬t
i
o
n
) が必要になり,初期の宣言的な
知識を実行可能なように読み替える作業(In
知識は直接的に実行可能な心的ルールとして表象され,こうした知識の変化のメカニズム
を
, An
d
e
r
s
o
n は手続き化 (
P
r
o
c
e
d
u
r
a
l
i
z
a
t
i
o
n
) と呼び,さらに学習が進むと一連の操作を
一挙に行うことが可能になるが,これは合成(Composition) とし、うメカニズムによると
される.合成とは連続して用いられる複数のルールが 1つのルールになるというメカニズ
owledge
ム で あ る . こ れ ら の 2つ の メ カ ニ ズ ム は ま と め て 知 識 コ ン パ イ ル ( K n
C
o
m
p
i
l
a
t
i
o
n
) と呼ばれている.知識コンパイルによって迅速な処理が可能になるので、ある.
人がたどたどしく操作を行う段階から,半ば自動的な操作が可能になる段階へ至るのは,
こうした知識の形式の変化による.そこで,本研究では知識の形式の変化を有効に引き起
こすために,宣言的な知識から手続き的な知識へと移行可能な実施期間およびその回数を
選択する必要がある.また,熟達者すなわちエキスパートになるためには,知識とスキル
が相 E に作用しながら熟達化の過程に影響を与えると考えられる. Rasmussenが提唱した
人の認知活動における良く知られた SRKモデル[53]も知識,ルールおよびスキルを基本と
しており.知識ベースと考えられる宣言的段階から,次に迅速でよどみない操作が実行可
能になる手続き的なルールベースに,そして最後にスキルベースへと到達すると考えられ
る.
図 2.3に熟達化のための概念図を示す. An
d
e
r
s
o
nの ACT理論に基づいて熟達化を宣言
-2
1-
l
スキルペース l
熟達者領域
アンダーソン
A
C
T理論
ラスムッセン
S
R
Kモデル
図2
.
3 熟達化の概念図
的知識空間,手続的知識空間,実行空間の 3つの空間に分ける.宣言的知識はそれぞれの
「難しさ Jおよび「重要さ」別にそれぞれの知識が空間内に配置される.熟達化の過程は
それら宣言的知識を「手続き化」によって手続的知識に変化させ,その後合成によって手
続的知識を実行に変化させることにより実行空間上の「実際の実行」が初心者領域から
正確な」熟達者領域への移行し,これをAn
d
e
r
s
o
n の熟達化と見なすこと
「早く j かっ f
d
e
r
s
o
n の熟達化では,宣言的知識空間で得られた情報が「知識コンパイ
ができる. An
ル」によってよどみなく実行空間に移行しその情報が処理され必要な対応として実行され
る.さらに, Rasmussen による SRKモデ、ルは「正確さ」と「早さ」で与えられる実行空
間内にある「実際の実行」が知識ベースからルールベースさらにスキルベースと進むにつ
れて,実行空間内にある位置が初心者領域から熟達者領域へと移行して行く.熟達化が進
.
3の知識ベース行動の空聞が省略あるいは自動化されてルールベース行
むにつれて,図 2
動空間に移行し,さらに進むと同じくルールベース行動が省略あるいは自動化されて,ス
キルベース行動の空間に移行するのである.この過程をRas
mussenの熟達化とみなす.
-22・
難 しさ
宣言的知識空間
く二〉
く二〉
重要さ
く二〉
く二〉
宣言的知識
図2
.
4 宣言的知識空間における知識
難 しさ
間
空
知
識
続
的
手
〆
@ 診 // qEb
〆波注り ;
女主主ζご子子、一一-- "' ~
eN
ぬるお
1
¥
重要さ
;
手続き化
手続的知識
難 しさ
│宣言的知粧間│
\Æ~
¥//
一 ./~
仁三〉
?一 一 -
L
く三〉
く二〉
図2
.
5 手続き的知識空間への手続き化
-2
3-
重要さ
正確さ
実行空間
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
はやさ
Rasmussenの SRKモデル
,
.
における熟達化
図2
.
6 実行空間におけるRas
mussenの SRKモデル
これらの熟達化モデ、ルにおいては,手続き化と合成が一体化することによる「知識コ
ンパイルj でも, SRKモデルの各段階が順次省略又は自動化されていくイメージにおい
ても,熟達化が「進むJ ことが一つの方向であるように理解される.
しかし,前述したように船舶機関士養成の現場では,熟達化が複雑な過程をたどる
.3の熟達化モデ、ルを
ことから,この過程を表現できるモデルとして次の考え方により図 2
構築した.まず,宣言的知識は,宣言的知識空間のなかで難しさと重要さの度合いによっ
l
m l
ベース
正確さ
実行空間
はやさ
知識ベース
図2
.
7 実行空間におけるRas
mussenの SRKモデル
-24-
て図 2
.4のように配置される.
d
e
r
s
o
nの手続き化によって図 2
.
5のように手続き的知識空間の知識に
宣言的知識は, An
移行する.宣言的知識の段階での難しさや重要さは,手続き的知識に移行するとその捉え
方が変質することがあるため,移行はかならずしも真上方向ではない.
次に,図 2
.
6で R
a
s
m
u
s
s
e
nの SRKモデルを実行空間上に平面的に示す.このモデルで
l
スキルペ}ス
正確き
実行空間
,
,
,
,
,
,
,
,
,
,
,
手続き化
宣言的知識空間
重要さ
くこ〉
図2
.
8 実行空間で、熟達化が進むモデ、ル
-2
5-
i
は,速さと正確さで実行空間の行動が評価されるため,知識ベース行動からルールベース
行動を経てスキルベース行動に至る熟達化の過程は直線的に進む.しかし,実際の船舶機
関士養成の現場では,このような直線的なスキルの移行は考えにくく,図 2
.
7 における
「熟達化の経路」で示したように,時として正確さよりはやさだけが促進されることや,
正確さを求めた結果,手際の良さが鈍化する,このような状況が頻繁に生ずる.さらに,
実行空間における初心者段階の経験が,手続き的知識を補強して質的に向上させる(例:
経験が浅いため,油清浄機の解放整備作業が遅く,ぎこちなくても,装置の原理や構造,
作動について深い理解を得られる)ということも稀ではない.このように,宣言的知識が
手続き的知識に移行し,実行空間で熟達化が進むモデ、ルを図 2
.
8に示す.
n
d
e
r
s
o
nの ACT理論を縦軸に配置したものが図 2
.
3の熟達化の概念図
以上をまとめ, A
である.本研究では,この概念図における知識,技能,発生している現象への対応といっ
たスキル(図中の楕円部分)がどのように移行して熟達者領域に近づくのかを観察するこ
ととした.
-2
6・
参考文献
山稲垣佳世子・鈴木宏昭・亀田達也:認知過程研究,日本放送出版協会, p
p
.
5
6,2
0
0
2
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[
2
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松崎範行・恵美裕・三輪誠・河口信義:船舶機関士の熟達化に関する認知的研究,
5巻第 2号
, pp.
11
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日本マリンエンジニアリング学会誌第 4
, 2
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3
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[
4
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,K
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,,
.
JP
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r
i
c
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ls
t
u
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yo
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x
p
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e:An
[
5
] E
r
i
c
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n
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n
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c
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o
n
,I
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n
i
v
e
r
s
i
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yP
r
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s
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pp.
13
8,
1
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6
] 大浦容子:認知過程研究, 日本放送出版協会, p
p
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4
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a
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n
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r
,
H
.・認知革命:知の科学の誕生と展開,産業図書, 1
9
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p
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8
] 大島純:教授・学習過程論,日本放送出版協会, p
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9
] Simon
,
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] 松尾睦:経験からの学習,同文館出版, pp.
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7
] 神宮秀夫:スキルの認知心理学,川島書庖, pp.
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. 安永悟(訳)協同学習の技法,ナカニシヤ出版, p
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] 松崎範行・暮美裕・三輪誠・河口信義:船舶機関士の熟達化に関する認知的研究,
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日本マリンエンジニアリング学会誌,第 45巻,第 2号
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48, pp.
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No.3,1
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3
.
C
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s
-30-
第 3章
機関士養成訓練における熟達化手法
の検証
3
.
1 視線の相違による機器操作における初心者と熟達者の比較
3
.1
.1 人間行動モデル
Nonnanは図 3.
1に示すような,人間と機械との相互作用について,次の 7段階のモデ、/レを提
唱している [
1]
2
1
期待
心的活動
物理的活動
図 3.
l
Nonnanの人間一機械システム
-3
1・
(
1
) 目標の確立
。)意図の形成
(
3
)行動系列の決定
例行動の新子
σ
)システム状態の知覚
(
6
)システム状態の解釈
(
η 目標,意図に照らしたシステム状態の評価
舶用機関プラントにおいても,構成する機器の始動,停止のような定常作業をはじめ,異
常事象の発生や現在の事象から今後起こりうる事象の予想をするといった,多くの場面におい
て,運転員である人間とプラントを構成する機器は相互に作用しあう.その結果,操縦システ
ムの動作により,主操縦弁の開度が調整されプラントの状態が変化し,制御室の計器類へ反映
される.機関士はその表示を知覚して,プラントがどのような状態にあるかを判断する.その
結果と意図した状態を比較・評価し,さらにその評価に基づいて次の目標や意図を形成する.
こうしたサイクルが繰り返され,初期の目的を達成している.つまり,舶用機関プラントもー
表 3
.
1
渦巻きポンプ運転操作
漏入
放)認
U
晴検確
作一則点力
一﹂洩圧
!一
揖一回(吸
①(
予想される視点
バルブ外観
吸入圧力計
②吐出弁閉鎖・確認
バルゴ外観
(漏洩点検)
始動スイッチ
③ポンプ始動
(漏洩・振動・騒音点検)
ポンプ本体
(吐出圧力確認)
グランド部
(電流値確認)
電流計
④吐出弁開放
バルブ外観
(吸入・吐出圧力確認)
吸入・吐出圧力計
(振動・騒音・発熱点検)
ポンプ本体
-32・
つの大きな人間一機械システムと考えることが出来る.
本研究では,これまで例の少ない舶用機関プラントについて認知工学的なアプローチを試み
ることとし,解析を行う上での基礎的実験を行った[
3
]
3
.
1
.
2 運転員の知覚と認知
舶用機関プラントを人間一機械システムと捉えた場合,人間は中心的位置を占め,シ
ステムの目的や機能に適合するよう様々な活動(作業)を行うこととなる.これらの活動
のうち人間の行う情報処理は,感覚器官を通じ活動に必要な情報を外部から受理する情報
受理過程,受け取った情報を様々に加工する情報加工過程,加工された情報を運動器官の
活動により外部へ伝える情報伝達過程にそれぞれ分類できる.人聞が外界から受容する
様々な感覚情報のうち視覚器官による情報は 80%以上を占めると言われている円
また,内田らは,単純なシナリオを用いた機器操作において,舶用機関プラント運転
処理由S
,
直函
l
'
卿 ユニット i
図 3
.
2
アイマークレコーダ
-33-
員の視線の動きには,熟達者と初心者の間で明確な相違があることを明らかにしている [5]
3
.
1
.
3 ポンプ始動時の情報受理(認知)
今実験では,プラント運転操作における基本的作業のひとつで、ある,ポンプの始動時の運転
員の視線とその情報の認知に着目した.
渦巻きポンプの運転では表 3
.1に示すような操作,確認の手順が必要である.
このなかで,ポンプの運転状態の良否を判断するには電流計,圧力計,ポンプ本体及び管系
の漏洩といった直接目視で確認で、きるもののほか,パルプの開閉操作ではバルブグランド部や
吐出圧力の上昇確認など計器を見ながらの操作が必要であり,振動・発熱等を点検する場合に
も触手により点検する箇所を必ず見るため,
r
触覚」による判断にも「視覚」を伴うと言える.
そこで作業中に「どこを見たかJを記録するため,竹井磯器工業株式会社製アイマークレコ
ーダ (
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K
.
K
.
2
9
2
0
c型)を用いた.アイマークレコーダは,眼球の動きから被験者の視線の動
きを分析し,被験者が見ている画像と同じ画像上に視線の動きを同時に表示させることができ
る視線情報装置であり,図 3
.2にその外観を示す.
3
.
1
.
4 実験方法
航海訓練所練習船青雲丸の機関室において,熟達者として機関士,初心者として乗船しての
べ約 3か月の実習生にアイマークレコーダを装着させ,青雲丸の機関室下段にある, F
i
r
e
/
G
.
S
.
ポンプの始動操作を行わせた.図 3.3に操作の様子とアイマークレコーダの捉えた映{象を示す.
3
.
1
.
5 実験結果
表3
.2に作業中の圧力計目視時間と目視回数を示す.
F
i
r
e
/
G
.
S
.ポンプの始動に当たっては,甲板上まで十分な流量の海水を送りつつ,放水するホ
ースを扱う者に危険な反動が与えられないよう,ポンプの吐出圧力を調整する必要がある.
-34-
目白圃・園時脳liICー・園田園圃園田園圃園田園圃ー
図 3
.
3 アイマークレコーダ画像
表 3
.
2 圧力調整弁操作時間・圧力計目視時間と目視回数
圧力調整弁
操作時間
圧力計
目視回数
Sec.
機関士①
機関士②
機関士③
機関士④
乗組員①
乗組員②
実習生①
実習生②
実習生③
実習生④
実習生⑤
T
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1.
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圧力計
総目視時間
圧力計目視
時間割合
目視時間
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Sec
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Sec
Lt=t1+t2+…+tn R=
/n
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時間割合/固
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1
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初心者のパターン
2
圧力計目視時間
①
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圧力調整
目視時間
2
、
『
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⑬
4
-
_ 3
,戸
7
、
熟達者のパターン
、
、
戸
2
2
r
間①
間@
圧力計総目視時間 ;Zt/目視回数
n=2
図 3.4圧力計総目視時間と目視回数
表 1に圧力調整弁操作中の圧力計視認回数と圧力計を視認していたのべ時間の計
測結果を示す. 1回当たりの圧力計視認時間では,熟練者と非熟練者に顕著な傾向
の差はないが,圧力計視認時間の操作時間中の割合が,圧力計視認ごとに何%ある
かに着目すると,熟練者と非熟練者に異なる傾向があった. 1回当たりの目視時間
~ t
/
n が同じでも,熟練者は作業時聞が短い傾向となっている.すなわち,図 3.4の
ように
~t/ n=2
-36-
1
0
初心者のパターン
2
①
間@
圧力計目視時間割合 ;R/目視回数
n=O. 4
1
0
-
熟達者のパターン
、
.
2
ー〉・
2
2
①
圧力調整弁目視時間
@
、
旬
l
l
:
-
、
、
」
圧力計目視時間割合 ;R/目視回数
」
n=O. 6
図3
.
5 圧力計総目視時間の割合と目視回数
.
5に示すように,圧力計目視時間
は,熟練者と非熟練者の間で同じとなるが,図 3
割合を回数で割った値,
R/n
に差が生じており,映像においても視線の動きには違いが観察された.
これは,吸入・吐出の二つある圧力計のどちらを見るか,指針がさしている数値の意
-37・
味や単位,目標値と現状値との比較,目標値に到達すべきバルブ操作量,力加減といった
情報を,熟達者がその専門分野で獲得した豊富なシェマをもとに,特に努力ーしなくても把
握できるため,手元をほとんど見ずにターゲ、ツトである圧力計に意識を集中して指針を見
ることが頻繁になるのに対し,操作に熟達していない初心者は,そうしたシェマを持
ちえないため,一つひとつの操作を慎重に細かく行い,頻繁にフィードパックを求
めていると考えられる.
L
;
者と熟達者間の数値差が有意であるかど
ただし,この実験では標本数が限られたため,初I
うかの検定はできていない.
3
.
1
.
6 まとめ
熟達者と初心者では,視線の動きに違いがあった.熟達者では専門分野における経験と知識
の蓄積にもとづく情報のかたまり(シェマ)が豊富であり,与えられた情報をその都度まとま
りとしてとらえることができることが考えられることが先行研究で指摘されており,本実験の
結果,舶用機関プラント運転員の認知行動についても同様のことが考えられる.
-38-
3
.
2 情報の与えられかたによる学習効果の差
3
.
2
.
1 スキルアップの方法
人は必ずしも課題の内容や自分の理解状況を把握していなくても,同じ課題を何度も
繰り返し練習することによって一定の手続きを習得することができる.しかし,練習の意
味を十分に理解しかっ積極的にそれに取り組めば,さらに理解の状況についての能動的な
モニタリングがともなえば,練習の効果はいっそう高まると考えられる.そこで,それら
の課題に関する遂行の改良という明確な目的意識にもとづいてよく吟味されたメニューの
もとでの練習は,
r
よく考えられた練習
(
d
e
l
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b
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r
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t
ep
r
a
c
t
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c
e
) J と呼ばれている.
遊びとは異なって活動自体が楽しいわけではないが,着実に効果が現れればそれが励
みになって練習に力が入る.弱点を克服しスキルの獲得・習熟を図るという目的のために,
個々の学習者に合わせて内容と困難度が調整され,課題を繰り返し練習するということに
加えて,遂行の注意深いモニタリングによる適切なフィードバックが与えられることが必
要で,指導者の適切な指導によりいっそう効果的に進むことが考えられる伊
A
n
d
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r
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o
n (An
d
e
r
s
o
n
,J
.R.)が提案した ACT*理論によれば,人聞が経験を重ねるにつ
れ,迅速でよどみない操作が実行可能になるのは
r
知識が宣言的な段階から手続き的な
段階へと移行したためで、ある. J とされている.宣言的な段階では,マニュアルに書かれ
ている手順がほぼそのままの形で宣言的な知識として長期記憶中に存在しており,マニュ
アルの記述の宣言記憶と実際の行為の聞にはギャップがあるので,実際に行為を行うとき
t
e
中 間 旬t
i
o
n
) が必要になり,
には,宣言的な知識を実行可能なように読み替える作業(In
初期の宣言的な知識は直接的に実行可能な心的ルールといて表象され,こうした知識の変
d
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o
n は手続き化 (
P
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n
) と呼んでいる.さらに学習
化のメカニズムを, An
o
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o
n
) とい
が進むと一連の操作を一挙に行うことが可能になるが,これは合成(C
うメカニズムによるとされる.合成とは連続して用いられる複数のルールが 1つのルール
になるというメカニズムで、ある.これらの 2つのメカニズムはまとめて知識コンパイル
o
w
l
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g
eC
o
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o
n
) と呼ばれている.知識コンパイルによって迅速な処理が可能に
(Kn
なるのである.人がたどたどしく操作を行う段階から,半ば自動的な操作が可能になる段
階へ至るのは,こうした知識の形式の変化による [6] このような知識の形式の変化を有効
に引き起こすためには「よく考えられた練習」が必要であると考えられる.
一方で
Rasmussen は 人 間 行 動 が ス キ ル (S
k
i
l
l
) , ル ー ル (Rule) , 知 識
o
w
l
e
d
g
e
) の 3つのレベルの認知活動によって実現されているという S R Kモデルを
(Kn
提唱した [7] 知識ベース(Kn
o
w
l
e
d
g
eB
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e
) すなわち宣言的段階から迅速でよどみない操
-39・
作が実行可能になる手続き的段階 (
R
u
l
eB
a
s
e
) に,素早く,かっ効率よく移行するため
には,ここでもスキルアップ法における遂行の改良のための「よく考えられた練習」が必
要である.
このように, Andersonの知識の手続き化および Rasmussen の S R Kモデ、/レにおけるス
キルベースの行動のために「良く考えられた練習 Jが必要であると考えられ,舶用機関プ
ラント運転員の教育・訓練においても,熟達者の認知行動を初心者に理解させ,素早く効
果的に訓練の効果があげられるような「よく考えられた練習」を探ることを目的として,
練習船青雲丸において実験を行った.本項実験ではまず,プラントの運用における代表的
な作業であるポンプの始動・停止作業において熟達者が行うパルプ、操作時における視線位
置および行動をビデオに記録し,その結果を熟達者自身に見せ
r
このパルプ、操作を行い
ながら吐出圧力計を見ているのは,圧力が高くなりすぎると下流の配管システムに不具合
が起きるからです(例) J というように視線位置による収集情報の種類および行動の意味
をコメントさせて記録した.次に実習生を 2つのグ、ループに分け,一つのグ、ループには熟
達者のビデオ映像のみを学習させ,別のグループには同じビデオ映像に加えて,その熟達
者の収集情報の種類および行動に意味付けした結果であるコメントを併せて学習させた後
に,熟達者と同じパルプ、操作を行わせ,スキルアップの効果について調査した (8)
I
I
U
.:1回国磁
Pre
田
E 息母国首曙R曲 E
側聞
図3
.
6 F
i
r
e
B
i
l
g
ePumpまわりの構成機器及び配管
-40-
NotO.
K
.
図3
.
7 パルプ操作手順ブロック図
3
.
2
.
2 舶用プラントにおけるバルブ操作の役割
i
r
e
B
i
l
g
epumpは船外から海水を吸入して,船内各所の消火栓
舶用プラントにおける F
に作業用の海水を供給するポンプである.また,送水するためのポンプ吐出圧力は
0.
4
5MPaで一定となるように,圧力調節弁でポンプから吐出する海水の一部を船外へ排出
.
6に機器構成及び配管を示す.このバルブ、操作は一定圧力とする
する量を調節する.図 3
ためには微妙な調整を必要とし,その動作には若干の熟達を要する.
3
.
2
.
3 情報収集と動作の観点からみたバルブ操作
F
i
r
e
B
i
l
g
epumpによる海水の送水動作は,機関プラントで行う動作の中では比較的単純
な作業の内の一つで、ある.操作者は電源を投入し,吸入弁を開けてポンプを始動した後,
吐出弁を開いて船内消火栓系統への圧力を確立し,圧力調節弁にて送水圧力を調節する.
.
7にパルプ、操作手順に関するブ、ロック図を示す.この操作において,電源投入からポ
図3
ンプを始動して送水を開始するまでは,ほぼシーケンシャルな操作であるが,送水開始後
-41-
に圧力調節弁による送水圧力調節の際には,微分および比例動作を含むフィードパック操
作が行われる.また,操作は床板下のパルプを 1m程度の延長ハンドルで行うために,微
妙な調整を行う時には,圧力計とバルブ、を交互に見る必要から若干の熟達を要する.
3
.
2
.
5 実験および結果
3
.
2
.
5
.
1 青雲丸における実験と結果
著者らの一人が行った独立行政法人航海訓練所練習船青雲丸の機関室における事前実
験では
6名の熟達者と 5名の実習生を被験者とし,バノレプ、操作における視線位置および
図3
.
8 青雲丸における実験
.
3 パルプ操作,圧力計及びバルブ、の注視時間
表3
1
veView
Numberof Va
1
veO
p
e
r
a
t
e GaugeView Va
S
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b
j
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Time [
s
]
Time[
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S
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4
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2
.
9
2
5
.
5(78%)
4(22%)
7.
T
r
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n
e
e
4
5
5
.
6
27.
4(49%) 2
8
.
2(51%)
-4
2-
操作の状態をビデオ記録し,熟達した操作者とそうでない操作者が収集した情報および一
連の動作について時間,回数などを解析した.図 3
.
8に実験状況を示す.
その結果の一部を表 3.3に示す.表中の各数値はバルブ、操作,圧力計及びパルプ、を注視
しているそれぞれの平均時間を表している.熟達者グ、ループで、ある機関士は操作に習熟し
ていることから,作業に要する時聞が短く,
かっその視線位置は自分のパルプ、操作に集中することなく,現象を正しく評価しながら次
の行動を決定している傾向が見受けられる.しかし,非熟達者グ、ループで、ある実習生は,
操作時間も長く,その視線位置も熟達者のグループに比べて,パルプ、操作に集中する傾向
が強く,作業時間にはばらつきも見受けられた.
3
.
2
.
5
.
2 大成丸における実験
青雲丸実験の考察をもとに,同じく(独)航海訓練所の練習船大成丸において,熟達
者が操作上重要なものとして注視しているポイントの認識を初心者が共有することによる
スキルアップの効果について調査した.
操作対象は,青雲丸と閉じ用途で練習船大成丸に装備されている渦巻きポンプ General
図3
.
9 大成丸における実験
-43-
S
e
r
v
i
c
epumpである.アイマークレコーダの装着及び視線の動きを記録する状況を図 3
.
9
に示す.
実験は,はじめに熟達者にアイマークレコーダを装着し視線位置を記録すると同時に,
ポンプ始動,甲板送水への圧力調節,停止の一連のパルプ操作によるポンプ運転動作を記
録した.その直後に,被験者は視線位置およびパルプ操作によるポンプ運転動作における
記録結果を見せて,視線位置による収集情報の種類および動作の意味を口述記録した.
次に,実習生計 8名を任意に 4人ずつの 2グループに分け,以下に示す異なる学習を
行った後にバルブ、操作を行った.
A:動画のみによる学習
B
: 動画+熟達者の口述記録による学習
さらに,この実習生のバルブ、操作もビデオにより記録した.
3
.
2
.
6 大成丸における実験結果
ここでは
2つのグループについて,それぞれのポンプ運転における作業の所要時間
について,比較した結果を表 3.4及び図 3
.
1
0に示す.この実験の結果からは, A グ、ループ
, B グ、ループで、は 98秒と約 1割程度の作業時間の減少が
における平均作業時間が 109秒
見受けられたが,実験の被験者数が各 4名と少なく,著しく平均作業時間が減少したとは
言えない.
次に,非熟達者が行った操作について,被験者自身の動画記録を見せながら「間違え
たj 操作や「熟達した」と考えられる操作等についてインタビューを行った.量的な結果
に加えて質的な結果も示す.
熟達者の動画のみで学習した A グ、ループの被験者は,知識ベースの情報を持ちながら,
表 3.
4 ポンプの運転操作に要した時間
│N
帥 ぽo
fSubject│Avera
伊 [
s
]
S
.
D
.[
s
]
4
1
0
9
.
1
2
8
.
5
4
98.
2
2
2
.
7
-44-
1
5
0
1
25
す 100
d
P
勾
U
n
ε
J
四
U
芯
﹄ U 円O
U﹀刃﹀
、''
E
ト
司
25
。
Ag
r
oup
Bg
r
oup
図 3.
10 ポンプ操作時間比較
実際の場面ではその情報に則した操作ができず,間違いや不都合を生じていることが述べ
られていたが,一方で熟達者の動画に加えて熟達者の口述記録による学習を行った Bグル
ープでは,操作に関する熟達者の情報を理解した上でそれを実現できている状況や,単純
な知識の習得では困難な判断や操作ができたことが述べられていた.このように, A と B
2つのグループの量的および質的な相違からは,熟達者の視線および操作に関する情報を
得た場合とそうでない場合では,操作時間およびその後のインタビューによる意見の結果
から,グループ B に対して実施した「動画+熟達者の口述記録による学習 j はグループ
A に対して実施した「動画のみによる学習 Jと比較して「よりよく考えられた練習」であ
ると考えられる.
3
.
2
.
7 まとめ
練習船の機関士が行った作業を実習生に習得させる訓練法として 2つの手法を取り上
げ,それぞれの手法を用いて訓練を行った結果について作業時間により量的な結果とイン
タビューによる質的な結果を示した.もちろん本実験で用いた練習が最も「よく考えられ
た学習 Jであるとは言えないが,明らかに 2つの学習法の聞には実習生の質的な評価とし
てインタビュー結果に差が生じている.量的な結果は被験者数の点から若干の傾向が見ら
れた程度であり
r
よく考えられた練習 Jの方法の観点から,量的な成果が見られるべく
もっと「よく考える」ことが必要であろう.さらに,量的評価として,作業時間の短縮よ
りも,正確さや操作上の余裕,高度な判断基準の理解といった,様々なスキルアップを評
価する手法も今後要求されることが考えられる.
-45・
3
.
3
モチベーションの相違による学習効果の差
第 2章 2
.
9項で、述べた船舶機関士の熟達化モデ、ルについて,図 3
.
11に示す.このモデル
の中で,モチベーションの相違による学習効果が,どのように情報処理や対応能力の移行
をもたらすかについて調べた.
3
.
3
.
1 対象作業と知識
船舶(ここでは航海訓練所練習船)に搭載されている G
e
n
e
r
a
lS
e
r
v
i
c
ePum
pは,船外か
ら海水を吸入して船内各所の消火栓に作業用の海水を供給するポンプである.以下,本文
では特に説明しない限りこれを「ポンプJ と呼ぶ.
.
4
Mpaで一定となるように,圧力調節弁でポンプか
送水するためのポンプ吐出圧力は O
ら吐出する海水の一部を船外へ排出する量を調節する.本バルブ、操作は一定圧力とするた
l
スキルペース l
熟達者領域
アンダーソン
A
C
T理諭
ラスムッセン
S
R
Kモデル
…
レ
!
知議
手続き化
図3
.
1
1
-4
6・
めには比較的微妙な調整を必要とし,その動作には船舶機関士の熟達化のなかでは初期段
階であるものの若干の熟達を要する部分があり,初心者である実習生に対して実施対象と
して適した作業であると考えられる.
ここで,実行空間上で実施すべきポンプの始動ならびに停止作業手順,さらに始動・停
止の各操作に必要な知識(宣言的知識)を機械的知識,電気的知識,プラント管理的知識,
安全的知識別に分類して表 3
.
5 に示す.また,図 3.
12 は,これらの宣言的知識を「難し
さJと「重要さ」の尺度で与えられる宣言的知識空間内に配置したものである.次に,始
動操作①
⑨並びに停止操作口
口の各操作時に熟達者として必要とされる関連要素を列
記する.図 3.
12上の配置及び各操作時の関連要素は,練習船の機関士のチーム(一等機
関士 x2,二等機関士 x1,三等機関士1)内で協議し決定した.
く〉
困難さ
.
3
、-ー〉
機械的知
電気的知
プラント管理/安全的知識
電 車F
主
f
電流
Y導 電 性 ち
図 3.
12 宣言的知識空
帽
47-
表3
.
5 実行空間上で実施すべき作業と操作に必要な宣言的知識
手順
操作に必要な宣言的知徹
検作内容
機械的知厳.
①
吸入弁を開ける.
i
プラント構成, プ ラ ン ト 配 管
安全的知自民:
i
プラント安全策,緊急速絡網,指揮連絡系統
②
③
スタートボタンを押して始動する.
電気的知餓:
安全的知織
ポンプの作動電流値に異常が無いこと
を確隠する.
⑤
モータの振動や発熱が無いことを確眠
する.
始
動
機 ⑥
作
⑦
機械的知織・
電気的知厳.
③
停
止
操
f
事
④
圧カ調整弁を徐々に開けて,吐出庄カ
を般定圧カ (
0
.側 P
a
)に開整する.
指プ揮ラ連ン絡ト安系全統策
, 感電防止対策, 救急蘇生法, 緊急速絡網,
i
ポンプ構造,モータ構造
i
モータ原理電流電流正常値範囲,過電流要因
機械的知酸:
パ造.ノレホプー構ス造材,質
パルプ材質, 水密原理l
. 庄カ原理, ホ ー ス 構
知プ職ラン:ト管理的
プラント構成,プラント配管
吐出弁を開けて,甲板送水を開始す
る.
i
パルプ構造,パルプ、材質,水密の原理,海水の性質
知プ蛾ラン:ト管理的
!プラント構成,プラント配管
安全的知Il:
煙
プ
連
ラ
絡
ン
系
ト
安
統 全策,対人安全策,救急蘇生法, 緊 急 速 絡 網 , 指
電気的知織
圧カと電流{直に異常が無いことを確隠
する.
長
プ
ロ
織
ラ
ン
:ト管理的
吐出弁を閉めて,送水を止める.
指プ揮ラ連ン絡ト安系全統策
, 対人安全対策, 救急蘇生法, 緊急速絡網,
機械的知蛾:
消ポ火ンプホ構ー造ス材,宮ポ.ン温プ水作動の原伸理首, 圧カ原理, 消火ホ
ス構造,
1
モ ー タ の 原 理 , 電 流 , 電 流 E常 値 範 囲
プラント構成, プ ラ ン ト 配 管
橿プ連ラ絡ン系ト安統全策, 対人安全策,救急蘇生法, 緊 急 連 絡 網 , 指
官
ポンプ構造,パルプ情造,パルプ材質,匡カ原理,海水の性
知プ織ラン:ト管理的
!プラント構成,プラント配管
安全的知厳
機械的知蛾:
i
プラント安全策,対人安全対策
・
i
宣
ポンプ構造,パルプ構造,パルプ材質,圧力原理,海水の性
庄カ開整弁を閉める(吐出側の弁すベ
知プ臓ラン:ト管理的
て閉となる)
プラント構成,プラント配管
安全的知帳
i
プラント安全策,対人安全対策
電気的知蛾:
被・点-鰐の構絡造 ・ 原 理 , シ
安全的知酸:
策プラ救ン急ト蘇安生全法策,全緊体急へ連の絡影網響指対揮人連安絡全系対統策
, 感竃防止対
ケンス回路,通電範囲,導電性.漏
ストップボタンを押して,停止する.
スタータパネノレの電源スイァチで電源
を落とす.
電気的知織:
機械的知臓:
j
プレーヵーの原理・構造,シーケンス回路,通電範囲,導電
i
性,漏電・短絡
j
プラント安全策,対人安全対策,感電防止対策,救急蘇生
自治,緊急速絡網,指揮連絡系統
1ポ ン プ 構 造 , パ ル プ 構 造 , ポ ン プ 材 質 , パ ル プ 材 質 , ポ ン プ
i
作動原理,水密原理,海水の性質
ポ ン プ 回 転 軸 の 遊 転 が 止 ま る こ と を 碕 プ ラ ン ト 管 理 的 ・プラント構成
偲する.
知餓:
安全的知園陸.
機械的知由民:
⑥
ケンス回路, 電 流 E常値範囲, 導 電
機械的知餓
!ポンプ構造,ポンプ材質
ポンプ回転軸貧通部からの海水洩れが
│知プ識ラン:ト管理的 i
軸シール使用時間,軸シール交換時期
無いことを確隠する.
安全的知険ポンプ異常対策
安全的知自民:
⑤
!
汁
被
唱
点
.漏
の
原
箇
:
理
・
鰹
・
構
絡造
, シ
軸受交換時期
機械的知験:
②
指プ揮ラ連ン絡ト安系全統策,感電防止対策, 救急蘇生法, 緊急速絡網,
知プ餓ラン:ト管理的
安全的知厳
①
ケンス回路,通電範囲,導電
モプ構ー造タ構.造軸,・モ軸受ー構タ材造質
, 軸・軸受構造, モータ構造, ポン
機械的知厳:
⑨
性プレ漏電カー・短の原
絡理・構造, シ
機械的知園陸・
安全的知厳:
③
水の性質
主
プ
聖
職
ラ
ン
:ト管理的
スタータパネルの電源スイッチで電源 電気的知厳:
を投入する.
安全的知険
④
i
パルプ構造,パルプ材質,ポンプ作動原理,水密原理,海
吸入弁を閉める.
プラント配管
i
プラント安全策,緊急速絡網,指揮連絡系統
パ
水
ル
の
性
プ
構
質造
, パルプ材質, ポ ン プ 作 動 原 理 , 水 密 原 理 , 海
錦
プ
織
ラ
ン
・ ト管理的
!プラント構成, プ ラ ン ト 配 管
安全的知織:
i
プラント安全策,緊急速絡網
-48-
指揮連絡系統
始動操作①「吸入弁を開ける J
ポンプ始動の前に,ポンプに海水を流入させる.弁を閉じた状態でポンプを始動すると
空転または気水混合運転状態となり,長時間連続すると摩擦熱により過熱してポンプを焼
損する.海水がポンプを冷却している.
始動操作②「スタータパネルの電源スイッチで電源を投入」
スタートボタンに電源を供給する.通常はスタートボタンの誤操作によって不用意にポン
プが運転状態となることを避けるため,電源(ブレーカー)を落としてある.
始動操作③「スタートボタンを押して始動」
ポンプを始動させる
f
S
t
a
r
t
J ボタン(青ボタン)を押すことによってポンプが始動
する.押す瞬間はボタンではなく(ポンプが可視範囲にある場合は)ポンプが正常に始動
していることを確認する.
始動操作④「ポンプの作動電流値に異常が無いことを確認J
ポンプ初期作動状態を電流値で確認する.始動直後にスタータパネルの電流計で電流
値を確認する.電流値が異常に高ければポンプに何らかの機械的抵抗が生じている恐れが
あり,逆に低ければ電流計が正しく機能していない恐れがある.いずれの場合も通常想定
される値の範囲を逸脱していれば直ちにポンプを停止させる.
始動操作⑤「モータの振動や発熱が無いことを確認J
ポンプ初期作動状態を確認する.モータを手で触って振動や発熱がないことを確認す
る.通常の巡視や運転操作等の場で経験している振動や熱(温かさ)と比較する.大きな
振動や急激な発熱(始動からある程度まで温まるには時聞がかかることから,休止状態か
らの始動直後にモータが急速に温かくなるのはおかしい)があれば異常の恐れがあるため
ただちに停止する.
始動操作⑥「ポンプ回転軸貫通部からの海水洩れが無いことを確認J
ポンプ作動状態を確認する.駆動用モータとポンプポンプ作動状態を確認する.駆動
用モータとポンプの回転翼(インベラ)の聞が回転軸で連結しており,流体を旋回するポ
ンプに対してモータは乾燥状態でなければならないので,一般の渦巻きポンプは回転軸が
ポンプのハウジング(容器)から外に貫通してそータとフランジカップリングで連結して
-4
9・
いる.この回転軸貫通部はシャフトシール/メカニカルシール/グランドシール等と呼ば
れる特殊な機械構造で、水がハウジング外に漏出するのを防いでいる.異常な水漏れが生じ
ていれば直ちに停止してシールを修理する必要がある.
始動操作⑦「圧力調整弁を徐々に開けて,吐出圧力を 0
.
4
M
P
aに調整」
ポンプ圧力を通常の値に整合する.吐出弁を開ける前に圧力調整弁(船外に海水を逃
がす弁)で圧力を下げる.圧力を下げずに吐出弁を開けると,甲板送水ラインに極めて高
い圧力がかかる.甲板送水ラインとはすなわち消防用水であるため,
1 .消火ホースやジョイント等が破損する.
ll.
ホース・ノズルからの噴き出し圧力が極大となるため,人力で制御できなくなり
操作者が跳ね飛ばされる危険がある.
始動操作⑨「吐出弁を開けて,甲板送水を開始」
圧力調整後に送水を開始する.
始動操作⑨「圧力と電流値に異常が無いことを確認J
ポンプ作動状態を確認する.吐出弁を開ける前に甲板上で待機している甲板部員が甲
板送水用弁(消火栓)を開けていれば吐出圧力が下がるので,圧力調整弁を絞って圧力を
上げる.また,渦巻きポンプは送水量の増減により電流値が増減するので,電流計が正し
く計測していることを確認する.電流値に異常があれば,直ちに停止する.
停止操作①「吐出弁を閉めて,送水を止める J
送水を停止する.甲板部から「使用を止めた j と連絡があれば吐出弁を閉めてから甲
板送水を止める.ポンプをいきなり停止しない.吐出弁は逆止め弁(逆流防止のため弁に
逆圧がかかると閉まる構造)なので,吐出弁を開けたままポンプを止めると急激な逆圧
(甲板上から船底にあるポンプまでの水頭圧力)によって弁体が弁座に叩きつけられて閉
まり,繰り返すと弁体/座を破損する.
停止操作②「圧力調整弁を閉める」
ポンプの吐出側配管に開放していたバルブをすべて閉鎖する.これは,
i.手順の整合:次回始動時に吐出側のパルプがすべて聞の状態から作業を開始する.
i
i
. アイソレーション:ポンプと船外とを隔離し,海洋生物の侵入を防止する.
-50・
温.渦巻きポンプは流量ゼロの時に最も電流値が低いので,低い電流値で停止させる
ことで電気的プラントショックを緩和する.始動時に弁を閉めたまま始動すること
もこれに準ずる
停止操作③「ストップボタンを押して,停止 j
モータを電気的に隔離して停止させる.ポンプを停止するため r
S
t
o
p
J のボタン(赤
ボタン)を押す.
停止操作④「スタータパネルの電源スイッチで電源を落とす」
始動器回路を電気的に隔離する.ボタンの誤操作等により間違って始動しないように
元の電源を落とす.
停止操作⑤「ポンプ回転軸の遊転が止まることを確認J
操作が正しくても止まらないことがあるので確認する.電気的な停止操作だけでは回
路のショートなどで運転が継続してしまっている可能性もあるため,器機械的に回転軸の
遊転が停止することを確認する.
停止操作(6) r
吸入弁を閉める J
ポンプに海水の流入を遮断する.吸入弁の閉鎖は操作の最後とする.ポンプの回転が
継続しているかぎり流体(冷却水)の流入元を閉めない.
3
.
3
.
2 筆記および実技テストの意味合い
このようなポンプの始動および停止対象作業に対して,これらに熟達化の過程の中で
作業手順を判定するために筆記テストを一定間隔開けて数回と実技テストを 1回行う.実
0個の対象作業を各 1点と
技テストは作業手順に従ってポンプの始動および停止である 1
して採点を行う.筆記テストは実技テストと整合性を持たせるために,問題はランダムに
配置された作業手順を正しい手順の順序に番号を付けることとし,採点も順番を間違った
時点で、以後の採点を打ち切った.これらの作業は被験者である実習生にとって,決して難
しい問題では無く
r
この対象作業を被験者全員が間違えず出来るようにする. J ことを
目的とした.
.
1
1 で示しているそ
次に,筆記および実技テスト結果の意味合いを述べるために,図 3
れぞれの空間のうち,この実験で対象となる実行空間上の熟達化過程を詳細に調べる.
-5
1-
鮒童輯者斬争鰍
正確さ
:た込>h
仰"示W守
~m
全~::れ μ三:
。実行操作結果
A 筆記チスト結果
A 実技チスト結果
空持耕欄墜鼎閉目目耽!
ρ三~
年=
.. 士 で や マ ヲ .
忠
弘
p
.
;
.
辺
記
初む者暢繍
図3
.
1
3 実行空間上の熟達化過程
.
1
3 は実行空間上の熟達化過程を示す.図中の左下にある,初心者領域は,宣言的
図 3
知識を「手続き化Jによって手続的知識に変化させ, その後合成によって手続的知識を実
行に変化させることにより実行空間上に初心者領域,すなわちはやさも正確さも未熟な
「初心者レベルの実行」として現れる.それが,繰り返し(手際の良い熟達)やよく考え
られた練習などにより,手続きの遂行を通して概念的知識を構成し,課題状況の変化に柔
軟に対応して適切な解を導くことのできる適応的熟達によって,はやさと正確さを備えた
熟達者領域に達する熟達化の過程をたどる.初心者領域から熟達者領域への移行過程が蛇
間違えたやり方を身に
行しているのは,実際の知識や技能の獲得は「短期記憶を失う J r
付けてしまう j といった漸進的,時には退行的なものであり,必ずしも直線的でないこと
を示している.
実施した筆記テストは作業手順を判定するための被験者の有する「正確さ」軸上にお
ける変化を時間的に調べることを意味する.もちろん,厳密には実技テストによって実行
空間上の「正確さ」を知るべきであるが,実施に要する時間の関係でこれを筆記テストで
代行する.ただし,図中に示しているように筆記テスト結果は実行の「はやさ」を測定せ
ず実行空間上の「正確さ J軸上位置の近傍を示すと考える.実技テストと中間の筆記テス
トをほぼ同時に実施することによって, これら両テストの違いを比較し検証する.
-52・
初日
操作ビデオ聴衆
操作説明
│附
聞の自主学習
第
│ 1回筆記テヌト
ーー
1
1日目
実技実習
'P一
一
ア
一
ス
一
qL一
記
一
筆一
回
一
第一
市十十土守一一
実技テヌト
│
第 4回筆記テヌト
図3
.
1
4 実験におけるタイムテーブル
3
.
3
.
3 実験および考察
3
.
3
.
3
.
1 実験概要
一般に「教えることは習うより難しい J といわれ,教育の現場では熟練者たる教官が
実習生の訓練に先立って行う準備により,機器に関する知識や操作に関する技能について
教官自身が技能向上を経験している [9] そこで,ここでは実習生に「他人に指揮命令する
ことにより作業を実施する(指揮命令する動機付け)ことは,自分自身で実施することよ
りも熟達化を促進する」という「動機付け Jに関する仮説を立て,航海訓練所練習船海王
-5
3・
丸において同じくポンプ (
G
e
n
e
r
a
1S
e
r
v
i
c
epump) の運転操作に関する実験を行った [
9
]
実習生 1
6名を 8名ずつ 2グループに分け,一つのグループは実習生本人が自分自身で
操作することで動作原理および操作手順を理解するグ、ループ(以下セルフオベレートグル
ープで,以下グ、ループ S と言う)とし,もう一つのグ、ループは自分自身で操作を行うの
では無く,指揮命令者として他者(この場合は経験を積んだ機関士)への指示により代行
操作を行うことで動作原理および操作手順を理解するグループ(インディケートグ、ループ
で,以下グループ Iと言う)とした.
次に, G
e
n
e
r
a
1S
e
r
v
i
c
ep山 np運転操作訓練およびテストのタイムテーブルを図 3.
14に示
6名をランダムに 2つにグループ分けし,各グ、ループに概要を説明する.
す.初めに, 1
次に,運転操作に必要な操作ピデ、オを両グ、ループともに見せ,各手順の操作説明を行う.
1 日経過した
その後, 30分間の自主学習を経て,第 1回目の筆記テストを実施した.約 1
後に,事前に「マニュアルを参照してよいj とした上で,セルフグ、ループは自分自身の操
作,インディケートグループは指揮命令によって,各グループ毎に異なる実技操作を行っ
た.この実技の後直ちに第 2回の筆記テストを行った.さらに, 6 日経過後に,事前に
「マニュアルを参照してはならない j とした上で,それぞ、れのグ、ループに従った操作方法
に従って実技テストを実施し,その後直ぐに第 3回目の筆記テストを実施した.この実技
テストと筆記テストの結果から,両テストにおける差を検証する.最後に, 4 日後に第 4
回目の最終筆記テストを実施した.ただし,各ステップ聞における自学自習は自由とし,
この間に被験者のなかには通常の当直等で、操作を経験する機会を持った者もいた.
3
.
3
.
3
.
2 実験結果および考察
15に示す.
初めに,各グ、ループで実施した筆記テストにおける平均得点の推移を図 3.
第 1回目に実施した筆記テスト(事前テスト)はグ、ループ Sの平均値がグループ Iの平
均点をわずかに上回っているものの,ほぼ両グループの事前テストの差異は認められず,
ランダ、ムなグ、ループ分けがで、きていると考えられる.第二回目の筆記テストの平均得点は,
グ、ループ Sはわずかに平均得点が上がっているが,グループ Iは平均得点が下がっている.
これは「実験対象の実習生が指揮命令を行う」ことに慣れておらず,戸惑いを示したこと
や「マニュアルを見てよいj としたことによる準備不足の結果と考えられる.しかしなが
ら,第三回目の筆記テストではグループ Iの平均得点はグループ Sの平均得点、に比べて高
得点を示している.これは
r
指揮命令」を行うためには事前に十分な準備(自習)が必
要と被験者が理解し,このことが「動機付け」となって,テストの平均得点に飛躍的な向
上が見られた.
-54-
/
/
4
1
2
b'
1
5
制凶
6
ル凶ル凶
++
邑Z320u
gh
∞
9
3
。
2
3
4
T
e
s
t
N
u
m
b
e
r
図3
.
1
5 筆記テストにおける平均得点の推移
第 3回目に筆記テストから 5日後に実施した最後の第 4回目の筆記テストでは, グル
ープ Sとグループ Iの平均得点に大きな差が見られず, どちらも訓練終了時期において最
高点に近い平均得点を示していることがわかり,この実習期間における訓練効果は当初目
標にしていた「この対象作業を被験者全員が間違えず出来るように」なったことを示して
いる.ただし,筆記テスト結果からではあるが, グループ Iにおける訓練効果はグループ
Sに比べて第 3回目の筆記テストで訓練手法の相違による効果の差があることを示してい
る.
次に,第 3回目の筆記テストの前に実施した実技テストと第 3回目の筆記テストの各
.
1
6 に示す.実技テストおよび第 3回目の筆記テストにおける
実習生の得点の関係を図 3
0.4点(15点満点)であったが,図 3
.
1
6でわかるように, この時点
平均得点はどちらも 1
0ポイント以上の高得点を出した A ゾーンはグ、ループ Sが 1
で実技・筆記テストともに 1
名に対してグループ Iは 3名と多く,また,筆記テストが 1
3ポイント以上であるにもか
かわらず実技テストが 6ポイント以下しか得点しなかった B ゾーンはグループ Sが 3名
に対してグループ Iは 3名でとなっている.サンプル数が少ないため正確な相関分析は困
難であるが, グ、ループ Iは指揮命令者として準備,行動,思考することで実行と知識の両
方のスキルを獲得していること,従来型学習のグ、ループ Sでは, グループ Iほどは知識の
獲得が実行上のスキルに結び付いていないことが推測される.
-5
5・
・.0'/A
0⑨ 0
1
5
・⑨
.
1
2
//
3
⑨
Gr
o
u
p1
O
//OB¥
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g
g
n
n
uu
z
u
g弘同。gou凶
oGroupS •
O
O
3
6
9
1
2
1
5
S
c
o
r
eo
fP
a
p
e
rt
e
s
t
図3
.
1
6 筆記テストと実技テストの関係
人は必ずしも課題の内容や自分の理解状況を把握していなくても,同じ課題を何度も
繰り返し学習および練習することによって一定の手続きを習得することができる.しかし,
学習や練習の意味を十分に理解しかっ積極的にそれに取り組み,さらに理解の状況につい
ての能動的なモニタリングがともなえば,学習および練習の効果はいっそう高まると考え
られる.そこで,それらの課題に関する遂行の改良という明確な目的意識にもとづいてよ
く吟味されたメニューのもとでの練習は
r
よく考えられた練習
(
d
e
l
i
b
e
r
a
t
ep
r
a
c
t
i
c
e
)J
[
5
]
[
1
0
]と呼ばれている.こうした「よく考えられた練習」では,遊びとは異なって活動自体
が楽しいわけではないが,着実に効果が現れればそれが励みになって練習に力が入る.弱
点を克服しスキルの獲得・習熟を図るという目的のために,個々の学習者に合わせて内容
と困難度が調整され,課題を繰り返し練習するということに加えて,遂行の注意深いモニ
タリングによる適切なフィードパックが与えられることが必要である.訓練は指導者の適
切な指導によりいっそう効果的に進むであろう.今回の実験で仮説の有効性を検討したの
-56・
は
r
よく考えられた練習 j の構築を目指したものである.
本研究の目的である「船舶機関士を対象とした熟達化の過程を認知科学的に調べ,訓
r
課題に関する遂行の改良という
r
課題選択に対して学習者に
明確な目的意識」を各実習生が訓練期間を通じて保持でき
練の効果的手法を検討すること Jにおける次段階では
合わせた内容と困難度を調整し,実施上は注意深いモニタリングと適切なフィードパック
を与える Jことを考える必要がある.これら二つの要素を満足する一つの学習方法として
c
o
l
1
a
b
o
r
a
t
i
v
el
e
a
r
n
i
n
g
)[
11
)が考えられる.
協調学習法 (
3
.
3
.
4 まとめ
大型プラント運転員としての船舶機関士の作業を習熟させる訓練手法の研究のため,
r
従来法J と「動機付
け」による二つの手法を取り上げその結果に対する検討を行った.その結果から
r
指揮
機関プラントで行われる作業を実習生に習得させる訓練法として
命令j による「動機付け」を行うことで,大きな効果が見られた.しかしながら,本実験
では実行空間上におけるその効果について筆記テストを用いて実施したことから,実技テ
ストによる検証および筆記テストと実技テスト間の関係を求める必要がある.
-5
7・
3
.
4 グループコミュニケーション学習手法の導入
協調学習法 (
c
o
l
l
a
b
o
r
a
t
i
v
el
e
a
m
i
n
g
) の学習活動として,グループ別に討論形式による学
h
r
o
u
g
hD
i
s
c
u
s
s
i
o
n を参考と
習(発達科学における rLTD話し合い学習法J[12]: Leamingt
しているが手法を正確に用いているわけではないので,本研究ではグループコミュニケー
ション学習 [13]という)を導入し,船舶機関士として最も基本的かっ重要と考えられる機
関室の「巡視」作業の中から「空気圧縮機Jの巡視を実験対象とし,従来の講義手法に対
比して本手法の定量的評価を行うとともに定性的に学習内容の特質を検討する.
知識の獲得において教授法の違いにより質的,量的な違いが生ずることを予想し,そ
の効果を検証して,若年の初心者が早期に熟達できる手法を探る [10]
3
.
4
.
1 熟達化とグループコミュニケーション学習法
第 2章 2
.
9 項で述べたように,図 3
.
1
1 において図中の各空間を移行する矢印は,
Anderson及び Rasmussen の両理論における知識の様態変化が普遍的な段階を踏む不可逆
的な上位方向への一方的な移行にイメージされることに対し,現実のプラント運転員の熟
達過程においては,隣接する段階のスキップや「低い J レベルに戻る知識の獲得もあるこ
とを示している.
ここで,個人とグループコミュニケーション学習法による熟達化の違いを考察する.
グループによる討論を用いた学習法は
r
宣言的知識空間 J, r
手続的知識空間 J及び
「実行空間 j におけるグ、ループ内参加者のお互いの空間共有と考えることもでき,各空間
において参加者がお互いに補い合いまた助け合うことで参加者同士が支え合うことができ
ると考えられる.さらに,単にそれらの空間で得られた知識や経験を共有して教え合うと
いう手法の展開だけで無く,課題解決に向けたグ、ループコミュニケーションの意味をお互
いに十分理解することも必要となる.
与えられた課題を単に解決するというのではなく,少なくともその課題の意図を理解
しようと努力し,その問題に関連して自分が理解していることがどのように結びついてい
くのかを意識しながら行う学習活動は,教授的介入(ファシリテーション)によって促進
することもでき,それによって学習効果が高まることが分かっている [14]
そこで,図 3
.
11において各個人が宣言的知識を獲得する過程や,獲得した宣言的知識
が手続的知識に移行する過程で,参加者相互の空間共有を図るグループ討論を行うことで
参加者がお互いに補い合い,助け合い,支え合うことが可能となり,こうした活動を通じ
て自ら課題を解決する方法を導き出す,とし、う成功体験を経ることから,従来の,講義,
-5
8-
動作の模擬,マニュアル記載事項の実行といった受け身的訓練手法とは異なる知識の獲得
形態が生ずるため,効果的な知識の移行の実現が期待される.
以上の考え方に基づき本研究では,練習船における効果的な教育・訓練手法としてグ
ノレープコミュニケーション学習法を導入し,練習船実習生が獲得した宣言的知識を手続的
知識に移行させる過程における本学習法の効果を実験的に検討することを目的とする.
3
.
4
.
2 実験
3
.
4
.
2
.
1 .対象作業及び装置
大型船を運航する要員は,大きく操船に関わる航海関係と推進,動力プラントを運用す
る機関関係にわかれ,航海関係は航海士及びそのスタッフが,機関関係は機関士及びその
スタッフがお互いに分業を行っている.本論文で対象とするのは機関関係の作業で,機関
室を巡回して装置を直接監視する「巡視j 作業である.
「巡視Jは,船舶の機関士が行う最も基本的かっ重要な作業であり,作業者の知識及び
経験などの熟達の違いによって監視結果に大きく差が出る作業でもある.したがって,
「巡視Jの方法によっては,各装置の作動状況を判断するためのインジケーターの数値の
異常ではないか」といった「判
「意味Jが理解できることや,それが「正常である J r
断j をする能力が必要となる.これらの理解や判断能力はカタログに書いてあるような
「宣言的知識」のみでは成り立たず,宣言的知識を実際の機器の構造や作動の理解に高め,
その結果として,見ているものの正常/異常を判断する,という心的メカニズムが必要と
d
e
r
s
o
n の知識コンパイ
なる.この一連の心的作業を一挙に行う(自動化する)ときにAn
ルが完成する.
そこで「見てはいるが未知 j のものを「既知 j とし
r
実際の機器の構造や作動の理
解」に高め「正常/異常を判断Jにつなげるまでの過程をグループコミュニケーション学
習法により行わせ,その効果を検証した.なお,実験対象として広範囲な機関室の機器の
巡視すべてを対象とすることは困難であるため,今回は「空気圧縮機Jの巡視をテーマと
して実験 I及び Eの二つの実験を行った.
空気圧縮機は船舶に一般的に装備されている機器で,自動制御機器を作動させる「制御
空気j を作る「制御空気圧縮機」と,船内機械の駆動あるいは掃除等に使用する「雑用空
気」を作る「雑用空気圧縮機」の 2種類があり,いずれもピストンがシリンダ内を上下す
ることで空気を圧縮する.
-59・
3
.
4
.
2
.
1 実験 I
図3
.
1
7 日本丸機関室におけるケーススタディ
実験 Iはグループコミュニケーション学習法の手法の確認とその効果を定性的に調べる
1年 2月から 3月までの約 1ヶ月間にわたり,独立法人航海訓練所所属練習
ため,平成 2
.
5
7
0 トン)において,国立商船高等専門学校の 5年生 1
6
帆船日本丸(帆船,総トン数 2
名を対象に実施した.
実験 Iでは,はじめに船内の機関室において,経験を積んだ機関士と実習生のそれぞれ
に視線の動きを画面上の点として記録する“アイマーク・レコーダ"を装着させ,制御及び
雑用空気圧縮機を含む経路を巡視し,その視線の動きを記録した.次に,実習生を 4"-'5
名ずつの 4グループに分け,機関士及び実習生の視線動画を同時に映示して,機関士と実
習生の視線の動きの違いについてフリートーキングを行い,その結果を筆記記録した.さ
らに,動画を繰り返し再生しながら筆記記録した内容について「機関士と実習生の違いは
なぜ生ずるか」について,ファシリテータが必要に応じて質問,助言や明らかな間違いを
指摘しつつ,討論のテーマを対象機器(空気圧縮機)へと導く形で,実習生間でブレーン
ストーミングを中心としたケーススタディの手法[15]を用いて討論を行わせた.
3
.
4
.
2
.
2 実験 Iの結果及び考察
討論の結果
4グループのいずれも自分たちが「たくさんの機器を巡視するなかで,実
習生は空気圧縮機のオイルゲージを見落としている」ということを指摘し,その原因とし
て「オイルゲージを見る理由や必要性がよくわかっていない」ということに気づいた.フ
ァシリテータはここを起点として,圧縮機の構造図を提示するとともに討論を導いた.機
17に示す.
関室におけるケーススタディ実施の状況を図 3.
全てのグ、ループ対してファシリテータは同一人物としたが,各グループでは学習の過程
-60-
に以下のような違いが見られた.
Oグ
、ノレープ
A:オイルゲージから圧縮機の構造そのものに討論の方向が向いて,気付きが
活発に発表されるようになったため, ファシリテータはあまり関与せずに
自由意見を述べさせた.
O グ、ループ
B:質問に対する回答という形式でのコミュニケーションが主であり,主テー
マにはたどり着いたが, それ以上の 「気づき」はなかった.
Oグ
、ノレープ
C:ファシリテータの導く方向とはちがうテーマに強く関心が向けられ, 4グ
表3
.
6 各グ、ループの発言と気づき
〔グ、ノレープ A)
①「ベテランはどこを見ていたか」
②「なぜオイルゲージを見るかJ ③「雑用圧縮機との
違いはJ ④「無給油にするのはなぜかJ
【強迫L生三ても良い材質を使ってどゑ】
肱蜘室気長油差混芝2玄艮ど立主ど】
【組主渡2エ心主島周る 銀雌室盆民混芝2エビ益j ということだからオイルゲージを見る】
I
今まで見ていなかったのは気づかなかったから.今後は見てみよう 1
なれないことがわかった 1
色主L
I
すぐベテランには
I
し、かに勅強していなし、か気づかされた 1 I
力の差が見せつけら
I
構浩の理解の必要性を知った 1
[正常な数値を憶えていて正しし、かどうかを考え
ていた】
〔グ、ノレープ D)
①「なぜ制御圧縮機のオイルゲージを見るか」
②「雑用と制御を分ける理由は」
③「両圧縮機はどのように違うかj ・・・・多数指摘・・・・
④「拡大図に注意して」・・・・多数指
摘・・・・・股箆動撞境怠違2J ⑤「往復動メカニズ、ムを使い分けているのはなぜ」・・・・多数指
摘.... ⑥「オイルシールの役割は J
【油がシリンダに上がらないように】
⑦「上がらな
いなら潤滑は」・・・・疑問を持ち,他の機械の例や新アイデア・・・・③「ピストンリングに違い
は
」
[770乙 フライパンで箆立ιj
主主主I
かない.油がいらなど】
"
】
油控室長主1t¥7'17
iL
⑨「オイルゲージが減ることの意味は」
[制御はほとんど減らなピ】
巡視に生かせる 1
I
制御空気圧縮機は
違
【制御と雑用で主践量生5
【制御空気に油を混入させたくない】
I
こうし、う知識は
I
構造を知れば見る箇所がわかる 1 I
巡視が楽しくなる.今までは「これ
f思ってみていた 1
でいいのか包 2
性.中身争知ってい者たし、 1
Iしっかり見回れて早期に異常がわかる.機器の重要
I
機器作動.相互作用を理解したい. ]
-6
1-
ループの中で本グループだけが求めるテーマの水準に達しなかった.
O
グループ D:討論を続ける内に,座学課程を含めてこれまでで学んだ内容との関連が多
いことに実習生が気づき始め,ファシリテータもそれを促したため,非
常に活発な意見交換が実施できた.
このように同じファシリテータが導いているにも関わらずグ、ループ間で、到達点に大き
な差異が生じていることがわかった.また,ファシリテータの導きにより「気づき」の量
や質の違いが生じていることから,質問に関して「一問一答式のコミュニケーションは避
テーマからの逸脱は早い時期に主題に戻るよう導く J r
正しい討論の方向性が見
ける J r
えれば自由に発言させる J r
これまでの学びの結果に気づき,表現する楽しさを感じさせ
るJ といった点に留意が必要で、あると考えられる.
ファシリテータが構造国を提示して「導き j を始めてからの発言を,各グ、ループ別に
.
6 に示す.それぞれの丸数字の聞には実習生の討論があり,
①②③の時系列順で表 3
【 】はその時点で、の実習生の本テーマに直結した「気づき J発言を示す.表中の下線は
次のように分類される.
よよ機器の構造/材質/作動原理に関する気づき
( ]モチベーションの向上につながる気づき
-.LJ一自分の持つ能力に関する気づき
このように,グ、ループコミュニケーション学習では,従来の講義法のみでは獲得でき
ない,技能習得上重要な「気づき」が多く見られた.
3
.
4
.
3
.
1 実験 E
実験 Eは,ペーパーテストを用いてグ、ループコミュニケーション学習法の学習効果を
定量的に調べ,さらに知識が質的にどのように定着するかを調べるため,平成 22年 8月
1
8
5ト
から 9月までの約 1ヶ月間,同航海訓練所所属練習船銀河丸(汽船,総トン数 6,
ン)にて行われた.対象者は同高等専門学校 5年生であるが,実験口とは 1年異なる年
度の学生である.
0
'
"
'
'
1
1 名ずつの 6つのグ、ループ
実験 Hでは,練習船銀河丸の機関室において実習生を 1
にわけ,予め全員同時に,機器の部品名や構造,作動形式などに関する宣言的知識を講義
形式で与えた.次に一方の 3グループには従来型,すなわち通常の教育機関で行われてい
るものと同様の講義形式による方法,他方の 3グループには新たな試みとしてのグ、ループ
コミュニケーション学習法による方法で,実験口で、行った「オイルゲージ」の巡視上の
意義に関して学習させ,グ、ループコミュニケーション学習法で実習生が獲得した宣言的知
-62・
識を手続き的知識に移行させる過程を観察してその効果を調べた.
グループコミュニケーション学習法は,次のステップで実施した.
ステップ①
巡視者(ベテラン機関士)が 2種類の空気圧縮機を含む経路を巡視して
r
注視箇所Jをライトによって照らすことで巡視対象がわ
いる動画を見せる.動画では
かるようにしてある.
ステップ② 巡視者が「何を見ているか」を実習生に声に出して呼称させ,ホワイトボ
ードに列記.
ステップ③ 呼称があいまいになる「オイルゲージJまわりの映像を再度
3倍速で見
せる.
ステップ④
2つある「オイルゲージ」を区別して呼称できないことに気付かせる
ステップ⑤
「それぞれのオイルの役割はなにか」を起点に空気圧縮機の構造,作動等
について実験 I同様のケーススタデ、ィを行う.
実験 Eでは,学習効果を定量的に調べるために,ケーススタディの前後に,以下の設問
による 3択式全日間のペーパーテストを実施した.
設問①今までの訓練による常識的設問(常識
4開
設問② 実験 Eによる学習対象とした設問(対象
6開
設問③ 先入観を除くための設問(無関係)
3問
3
.
4
.
3
.
2 実験 Eの結果及び考察
ペーパーテストは,事前及び事後の評価のため,最初のグループがグループコミュニケ
ーション学習を行う 3日前と最後のグ、ループコミュニケーション学習の 3日後に,被験者
全員同時に実施し,集計結果を分散分析で比較した.分散分析は,データの持つばらつき
表3
.
7 分散分析結果
教授法
講義形式
G討論学習
テスト
学習前
学習後
学習前
学習後
教授法
テスト
教授法×テスト
設問①[常識的]
.
8
7
3
.
0
3 (0
.
5
6
3
.
7
7 (0
.
8
2 )
3
.
2
6 (0
.
8
9 )
3
.
5
8 (0
O
.
O
l
(
nふ)
1
9
.
9
9
(
p
く0
.
0
1
)
3
.
1(
n
.
s
.
)
設問②[実験対象]
3
.
1
0
4
.
5
8
2
.
9
4
4
.
9
7
*上段の数字は平均値 (SD),下段は F値(有意確率)
-6
3・
(0
.
9
8
(1
.
2
6
(0
.
7
7
(1
.
2
8
0
.
2
3
(
n
.
s
.
)
1
4
9
.
8
9
(
p
く0
.
0
1
)
3
.
6
5
(
n
.
s
.
)
設問③[無関係]
1
.
0
0
1
.3
9
1
.3
2
1
.
19
(0
.
9
7 )
(0
.
7
6 )
(0
.
79 )
(0
.
9
8 )
0
.
1
4
(
n
.
s
.
)
0
.
81
(n
ふ)
3
.
2
2
(
n
.
s
.
)
は被験者が経験した因子の影響によるものか,実験誤差(同じ条件で繰り返し実験を行っ
ても,平均値からのずれは多かれ少なかれあること)によるもののほうが大きいかを比較
し,因子によるぱらつきの方が大きければ母平均に差がある,つまり「ぱらつきは因子の
影響による」とする統計手法である.検定では「ぱらつきの差は因子によるものではな
いj という仮説(帰無仮説)が成り立つ確率分布 (F分布)の占める値が,分散全体の
1%未満であれば「ぱらつきの差は因子による」すなわち「因子は有意である」と検定さ
れる.この有意確率を F値という.ペーパーテストの設問別に従来型講義形式とグループ
.
7に示す.
コミュニケーション学習法における事前及び事後テストの分散分析結果を表 3
まず,教授法の主効果は全ての設問において有意差は認められなかった.またテストの主
効果は設問①と②では 1 %の有意水準,で認められたが,設問③で、は有意差はなかった.
これらのことから,常識的な設問群と実験対象とした設問群において,グループコミュニ
ケーション学習は,従来の講義形式と同等の学習効果が認められることがわかった.
2つの教授法に量的な学習効果の差異はないことがわかったが,討論の発言記録や気づ
きの様子などを分析した結果,
1)参加者全員に発言者としての「役害山が与えられることから,最後まで学習テーマ
に興味を持った.
2) 発言内容の不足や誤りについて,周囲が補い,訂正することを繰り返して知識の相
互補完を繰り返した.
3) 話題により自然にリーダーシップを取る者が現れ,それが時には交代し,強制せず
に組織的な話し合いが形成された.
といった状況が多数見られた.さらに,グループコミュニケーション学習法による学習
内容の特質として次の 5つの気づきが認められた.
-気づき 1 制御空気圧縮機がクロスヘッドタイプなのにシリンダを潤滑していない(日
本丸と同様) .
〔解説:座学で学習する往復動機械の「常識」では,クロスヘッドタイプでは独立してピ
ストンとシリンダの摩擦部を潤滑する必要があるが,この常識と異なる気づきである. )
-64・
-気づき 2 :制御空気圧縮機のピストンリングは耐焼き付き性に優れるテフロン性である
こと(向上) .
〔解説:ピストンリングは金属製で潤滑油が必要なのになぜ潤滑していないか,という考
察から先入観と異なる構造,材質の気づきにいたっている. )
-気づき 3 :制御空気圧縮機がクロスヘッドタイプなのは,空気に油などの不純物を入れ
ないためである.
〔解説:機械側からの考察ではなく,使用先にどのような性質の空気が求められるか,と
いう考え方ができることにより,この気づきにいたった. )
-気づき 4:主空気圧縮機は単シリンダなのに 2段圧縮が出来る(銀河丸搭載機の特徴) .
〔解説: 2段階に圧縮するには 2シリンダ必要,とし、う先入観をもった状態から,構造,
作動の考察と理解により
r
不思議な仕組み」であったものが「仕組みがよくわかった j
という達成感のある状態となった. )
-気づき 5 :主空気圧縮機はトランクピストンタイプなのにシリンダ注油をしている(銀
河丸搭載機の特徴;小型往復動機械の常識と異なる) .
〔解説:座学で学習する往復動機械の「常識」では,クトランクピストンタイプでは独立
してピストンとシリンダの摩擦部を潤滑する必要がなく,シリンダ注油構造はない.この
常識と異なる気づきにいたった. )
などの重要な気づきの産出が観察された.
特に「気づき 5J は,重要である.当初,実習生には「トランクピストンタイプはシ
リンダ注油をしない Jという「宣言的知識」があった.これは「シリンダ注油機能は必要
が(存在し)ない J という「常識」であり,故に油の量をオイルゲージで、確認する意識を
持ち難かった.この量の注意を怠ることは,機械の致命的な故障を招くパラメータを常に
見落としているということであり,気づき 5によって「存在しないはずのもの j から「必
ず見なければならないもの j に変化し,プラントを危険な状態に陥れることを防止する能
力をひとつ獲得したといえる.
過去の経験により新しい習慣の形成,知識・技能の獲得を促進したり,妨げたりする
ことを発達科学において学習転移と呼ぶが,問題の意味を理解し,それをどのような意図
で学習するのか,ということを意識しながら行う学習は,獲得した知識が後の学習に転移
-6
5・
する可能性を高め,それゆえにより効率的に理解を深めることができることがわかってい
る[
1
1
]
実験 Eにおける気づきは,ほぽ実験 口 と同様の到達状況であり,グ、ループコミュニケ
ーション学習が整合性をもって適用できることを示している.また,学習された宣言的知
識の量的側面については従来の講義形式と差異は認められなかったが,気づきの内容分析
からは講義形式とは明らかに異なる学習転移が観察された.具体的には,気づき 5で「ト
ランクピストンタイプはシリンダ注油をしないj という宣言的知識に
r(銀河丸では)主
空気圧縮機はトランクピストンタイプなのにシリンダ注油をしている J という宣言的知識
を単に付加するのではなく,系統図,断面図,スケルトン図等を駆使しながらメンバー相
互に知識を補完し合い,組織化し,結果としてプラント運用における巡視時の危険回避能
力を獲得することができたと考えられる.
すなわちグループコミュニケーション学習では,宣言的知識空間の「知っている」知識
から,事象に対応して〔油が少ないことを発見できる→その油の役割や重要性を理解し
ている→他の作業に優先して補給すべきであると判断できる〕という思考過程を経て正
.
.
l
スキルペース l
熟達者領域
アンダーソン
A
C
T理諭
l
初心者領域
I _---
.
.
.
・・・・・~~
A~
z
ョ
,
島
周
」
ラスムッセン
S
R
Kモデル
I
知機ペース l
.
.
.
.
.
・'
.
、
dν. 、...~・ヅループコミュニケーシヨン学習による変化
図3
.
1
8 グ、ループコミュニケーション学習による知識の移行
-66-
しく処置できる「手続的知識空間」に,自ら移行できたことが大きな特徴的であると言え
る.グ、ループコミュニケーション学習におけるこのような知識の移行を図 3.
18 に
まき〉
で示す.
3
.
4
.
3 まとめ
はじめに熟達化の過程におけるグループコミュニケーション学習法の機能と役割を考察
した.次にグソレープコミュニケーション学習法を船舶機関士養成のための教育並びに訓練
の手法として導入することを試みた.実験 Iで、はグ、ループコミュニケーション学習過程の
定性的な分析を行い,学習特性を把握した.さらに実験口において従来の講義型学習と
グループコミュニケーション学習との差異を量的に検討するとともに,学習過程を追跡し
て定性的に検討した.従来型学習,グ、ループコミュニケーション学習法のいずれも学習の
結果として定量的な効果が認められたが,グ、ループコミュニケーション学習法では参加者
が相互の働きかけによって課題の意味を理解し,学習の意図を意識しながら知識を転移さ
せて宣言的知識空間を広げ,手続き的知識空間に移行させ,獲得した知識の重要性に自ら
感銘を受け,プラント運用能力を獲得する,という学習事象が観察された.
一方,本研究で、行ったペーパーテストによる量的評価結果の比較で
2つの学習効果に
おいて有意差は見られなかったことと,グ、ループコミュニケーション学習法の学習特性の
特徴から,同学習法の効果,有効性を適切に評価するためには,ペーパーテストに加え実
技,口頭等による能力評価の方法を導入する必要があることがわかった.
-67・
3
.
5 グループコミュニケーション学習の効果と評価手法
本項では,まず E
.R
.M.とB.R.
M.
原則の比較から, B
.
R
.
M.の原則と機関士業務との対照
.R
.M.における能力獲得に効果的と考えら
を行い,グ、ループコミュニケーション学習が E
れる機関士業務を考察する.また,本研究で実施した実験で用いた評価方法が,プラント
運転員の熟達化過程にどのような意味を持つのか明らかにする.次に,これらの検討に基
づいて実験対象を「ディーゼル発電機原動機運転操作」とし,先行研究の結果から評価手
法の検討が必要とされた実技試験と口述試験を組み合わせた試験によって,グループコミ
ュニケーション学習と従来型学習の効果の差を調べ,さらに,グ、ループコミュニケーショ
ン学習における発言の中で示された「気づき」が, E
.R
.M.のなかでどのようなマネジメン
ト能力の獲得に結びつくのかを示し, E
.R
.M訓練の手法としてグループコミュニケーショ
ン学習法が初心者の熟達に有効に機能することを検証した [16]
3
.5
.1 E
.R
.M
.とグループコミュニケーション学習
E
.R
.M.はB.R.
M.から派生したものなので,それぞれがどのように相関しているかを以
下に概説する.
2012年の 1M 0 Mod
e
1Courseにより義務づけられたE.R.M.と B
.R
.
M.の主要項目を表
3
.
8 に示す [17] E
.R
.M.のベースとなっているB.R.M.は,航空機パイロットの C
.
R
.M.
(
C
o
c
k
p
i
tR
e
s
o
u
r
c
eManagement) に基づいて構築されたもので,その歴史は第 2次世界大
.R
.
お1
.が導入されたことは,こうした航空機操縦者や
戦前までさかのぼる [14] このたび, E
船舶の航海者におけるヒューマン・リソースの活用が,安全な運行のために有効かつ不可
欠として求められた結果であり,今後,船舶機関士養成訓練のなかで具体的にどのように
E
.
R
.M.を展開していくのかは,益々重要なテーマとなる.
.
8で示したとおり,先行して展開されているB.R.M.に基づく E
.R
.
お
1
.
は r
5
. チー
表 3
e
1
ム構成員の経験に基づく配慮 J が追加されている以外に相違はない. 1M O Mod
C
o
u
r
s
e の条文では,表 1の内容を「含む」とされているため,この内容を「含むj リソ
表3
.
8 B R MとE R Mの主要項目の比較
8
r
i
d
g
eResouceManagement
E
lRResourceManagement
1
. リソースの配置、任務及び優先順位決定
1
. リソースの配置、任務及び優先順位決定
2 効果的なコミュニケーション
2
.効果的なコミュニケーション
3
. 明確な意思表示とリーダーシップ
3 明確な意志表示とリーダーシップ
4.状況認識力の習得と維持
4 状況認識力の習得と維持
5
.チーム構成員の経験に基づく配慮
-6
8・
ースマネージメント原則に関する広範な知識が,安全な航海当直の維持のための能力とし
て求められている.そこで,表 1の内容が求められる能力の「主たる原則」であるならば,
その「主たる原則」を実現するために必然的に附帯する「満たされるべき要素」とは具体
的にどのようなものか,に着目する必要がある.
d
a
m
sが定義した B
.R
.M
.の原則 [19]を,機関士の実際の業務に照らしあわせた場合
次に A
の対照を表 2に示す.ここでは,コミュニケーションやストレス,チームワークといった
ヒューマンファクターは,いずれも航海・機関両化に求められる同様の知識・能力といえ
る.また,エラーチェーンやプラントのモニタリング,標準化等は,従前より船員養成訓
練のなかで重要な項目として扱われている. その中で,現在の練習船における航海士並
びに機関士養成の訓練様式で明らかな相違があるのは「航海計画立案」に関する能力であ
る.航海計画立案は,標準化やエラーチェーンの連鎖防止に不可欠なものであり,三級海
技士を養成する独立行政法人航海訓練所実習指導要領では,実際に立案させることが航海
7 時間を要する実習科目となっているが,機関科では対照
科の重要な訓練項目として約 1
業務である保守整備作業計画や作業要領あるいは手順の立案について,講義による概念の
解説としており,訓練として実際に立案させる例は一般的でない.
人間の成長と教育を考える発達科学の分野で「対人関係(コミュニケーション) J
表3
.
9A
d
a
m
sのBRM
原則と機関士業務との比較と対照ポイント
機関士業務との対照
BRM
1l
'航海計画立案
2 ・標準化手順
3 ・状況認識と航海モニタリング
-ストレス
0保守整備作業計画立案
0機関運転計画立案
。機器運転要領立案
e
t
c
対照のポイント
r
立 案J
Iこは現行の計画・要領・マニュアル等に対
する改善・最適化が含まれる
-標準化手1
)
頂
-チェックリスト等を用いた計画書及び運用手順の
注意深い遵守
Oプラント監視C!:::J<ラメータ把握
-実際に何が起こっているのかの正確な理解力
-クロスチェッキング
-非常事態発生時の対応能力
0機器故障を含む非常事態対応
-ストレス
-自己満足
-注意散漫
-適正な人員配置と作業分担
5
1
-コミュニケーション
0コミュニケーション
r
何を言っているか J
r何が書いてあるか」の相互
理解
6 ・疲労
-疲労
-十分な休息と疲労蓄積回避
71
-,<イロットとの融和
-メーカ情報や技術者等アウトソー
スの利用
-船内に存在しない情報 a 能力,経験を持つ者の利
用
8
1
-チームワーク
0チームワーク
-最も経験の少ない者が,経験豊富な者より着眼点
がよいことがあるので全員をチームとして一緒に作
業させる
-作業に対する同ーの目標,同じ了解
-チーム肉の使用言語の統一
9 ・エラーチエ「ン
Oエラーチェーン
-エラーの連鎖を断ち切れば,惨事を回避できる
4
1
-自己満足
-注意散漫
一一一
-6
9・
「グ、ループ・マネージメント(リーダーシップ)
J
r
調 査J r
解決 J r
統合J及び「プレゼ
ンテーション」といった各種のスキルアップにその効果が認、められている「協同学習」の
手法のなかで,ファシリテータが討論を誘導しつつ実習生にブレーンストーミングを中心
としたケーススタディをさせる手法[12]を用いて課題を解決させる「グループコミュニケ
ーション学習」が,初心者の宣言的知識をより高次に移行させることができるので,従来
型の学習方法に比べてより効果的な「よく考えられた練習 (
d
e
l
i
b
e
r
a
t
ep
r
a
c
t
i
c
e
) J となり
.R
.M訓
うる.表 2において,本研究で用いているグループコミュニケーション学習が, E
練における機関士業務に関する能力の獲得に効果的と考えられる項目を「機関士業務との
対照 j 欄で、 o又は口を付して示した.チェックリスト等による「標準化手法」や
レス j のコントロール
r
スト
r
疲労J,アウトソーシング」等の要素は,グループコミュニ
ケーション学習によって獲得する「能力」とは異なる.
.
R
.
M.における航海計
以上のような理由によって,本論文で対象とする機関士業務を, B
画立案に相当すると考えられる作業計画や操作手順の立案とし,被験者となる実習生の訓
練の進度から「機器運転要領立案」のうち「ディーゼ、ル発電機原動機運転操作Jをテーマ
とした.
r
コミュニケーション J r
チームワーク J及び危険予知能力の獲得による「エラ
ーチェーン Jは,関連して獲得が期待できる能力と想定する.
3
.
5
.
2 熟達化過程と評価方法
3.4項の実験では,同図の最下位層にあるテキストベースで得られた宣言的知識空間に
有る技能を,グ、ループコミュニケーション学習によってより上位の空間へ移行することを
目標として,はじめにグ、ループコミュニケーション学習により知識の移行やスキルベース
の能力が向上していることを筆記試験で評価することを実験的に試みたが,残念ながら筆
記試験による評価では学習効果の有意性は見られなかった 5)
しかし,被験者および実
施者の発話からグループコミュニケーション学習が有効な手法であることが確認されたこ
とから,その学習効果を適切に評価できる筆記試験以外の方法を得る必要がある.
そこでここでは,筆記試験につづく実技および口述による試験を考え,実技試験につ
いては
r
手順どおりにできたかJ r
間違った順序や取りこぼした作業はないか」
とい
う点で評価した.これは,いわゆる「丸暗記j で作業の意味を理解していなくとも手順ど
おりの「演技」で,素早く正確な動作が可能となることから,図 3
.
1
9 の熟達化モデルに
おける熟達の過程を考えると,実技による評価は最下位で最前面にある「宣言的知識空
間」位置から「知識コンパイルj が少しだけ上位で奥に進んだ評価領域
方法と捉えられる.
-70・
pにおける評価
企
:
・
・
・
・
アンダーソン
A
C
T理倫
ラスムッセン
S
R
Kモデル
知識
コン I~ イ J レ
図3
.
19 熟達化における実技及び口述試験の評価領域
一方, 口述試験は回答の正確さ並びに「事前の訓練で憶えた(単語あるいは「箇条書
口
きJ レベルの)内容を超えるアイデアが出せたかJ という回答内容の質の良否を問う 「
述試験 (
u
r
a
I
) Jと
,
「スムーズ(自動的)に説明,発言できたか」 という回答の流暢さ
u
r
a
la
n
dA
t
t
i
t
u
d
e
) にお
を問う f口述試験 (
A
t
t
i
t
u
d
e
) Jの 2点で評価を行う. 口述試験 (
ける評価は筆記試験に比べて「宣言的知識空間 j からの学習転移とともに「早さ」や「言
葉の流暢さ」により 「知識コンパイル」がさらに進んだ位置にある,図 1の領域 α にお
ける評価方法と考えられる. また,
O
r
a
l
) J と「口述試験 (A
制加d
e
) Jは
「口述試験 (
図 1の評価領域 α付近における評価方法と考えられるが,
「口述試験 (A
制加d
e
) Jは回
O
r
a
I
) Jは回答の質を求めていることから,図 1の評価
答の流暢さを,また「口述試験 (
副知d
e
) Jの方が「口述試験 (
O
r
a
l
) Jよりもより上位
領域 α 内において「口述試験 (A
の位置にあると考えられる.
-7
1-
3
.
5
.
3 実験及び試験方法
3
.
5
.
3
.
1 実験概要
実験は,航海訓練所練習船海王丸において,実習生 116名 (8班
1班 7
'
"
'
"
'
8名)に
対し,初期導入段階でディーゼ、
ル発電機原動機の始動作業に関する基礎的な座学と実技実
習を行った.その後に,約 1ヶ月間空けて実習生をランダムに 2グループに分けて被験者
とした.
i
s
c
凶 s
i
o
n,以下 G Dグ、ループと言う)には
一方のグループ(グ、
ループ討論:GroupD
「ディーゼル発電機の始動要領と安全対策マニュアルの作成j をテーマにグループコミュ
ニケーション学習を行った.グループコミュニケーション学習では,発言内容を発言どお
りにスクリーンに投影して映示しながら,ファシリテータである教官が討論を導きつつ,
実習生に発言させた.発言者を指名する場合もあるが,自由発言もそのまま記録した.ま
.
2
0にグ、ループコ
た,発言に間違いがあっても,教官は一切,修正や指導をしない.図 3
ミュニケーション学習の様子を示す.
o
n
s
e
r
v
a
t
i
v
eMethod,以下 C Mグループと言う)に
もう一方のグ、ループ(従来型学習:C
は
, G Dグループがグループコミュニケーション学習を行っている同じ時間に,従来の方
法である「現場で実機を確認しながらの模擬作業Jによる学習を行わせた.
.
2
0 グ、ループコミュニケーション学習の様子
図3
-72・
3
.
5
.
3
.
2 試験方法
それぞれの学習終了後,
3
'
"
"
'
'
4名の小グループで実技試験を行い,その直後に口述試
験を実施した.
実技試験 (
P
r
a
c
t
i
c
a
l)は,小グループで発電機のデ、ィーゼ、ル原動機を手順に従って実際
に始動及び停止させ,運転操作,安全行動等が正しくできているかどうかを 1 0 0 %満点
として,平均点 8 0 %程度,合否ライン 6 0 %を目安として評価した.
口述試験は,実技試験終了直後に実施し,運転手順を記憶しているだけでは適切に説明
ができないように設問はすべて foo (操作)をした/しなかったが,これを省略するこ
とにより予想されるトラブ、ノレはなにか」としづ形式とした.問題数は全 16問で 1人あた
'
"
"
'
'
5問である.また,実習生全員が導入段階で運転手順を指導される訓練
りの回答数は 4
を受講するが,回答の内容では,導入訓練で説明される安全注意事項を超えたアイデアを
生み出せるかどうかにも着目した.口述試験の評価は,前述した回答内容の質の良否「口
u
r
a
l
) J とスムーズ(自動的)に説明,発言できたか」という回答の流暢さ
述試験 (
A
耐加d
e
) Jで評価した
を「口述試験 (
口述試験評価は,それぞれ表 3.
10に示すとおり 0
'
"
"
'
'
6点の数値尺度とした.
.
10 口述試験 (
u
r
a
l
)
と(
A
副知d
e
)の点数
表3
-口述試験 (0r
a1
)
点数
O
-口述試験 (At
ti
tu
de)
評価基準
点数
知らない・わからない
O
極めて理解不足
評価基準
沈黙
単語程度
2
理解不足
2
話そうとする
3
合否ライン
3
話す/止る
4
誤解あるが合格
4
考えながら
5
ほぼ正しい
5
ほぼ止まらず
6
正しい
6
よどみなく
一
-7
3・
3
.
5
.
4 実験結果及び考察
3
.
5
.
4
.
1 各試験結果
.
2
1に示す.
実技及び口述試験の評価結果の平均を図 3
まず,実技試験の評価では, GDおよび CMのグ、ループの平均点にほとんど相違はなか
った.
e1および A柑 加d
eともに GDおよび CMの各グ、ループの平均値
一方、口述試験では ur
u
r
a
l)および口述 (A
副知d
e
) 試験における評
に明らかに差が生じた.実技試験、口述 (
.
1
1 に示す. t検定は,平均値の差が偶然
価の平均値に対して t検定を行った結果を表 3
r
偶然による」という仮説(帰無仮
による誤差で生じたかどうかを調べるものであり
説)が正しいと仮定した場合に,この仮説が生ずる統計的な可能性 '
P
'が 5 %以下(特殊
な場合は 1 %以下)であれば仮説は否定される.すなわち「偶然ではない」から「差は有
P
'値「両側 J (仮説の可能性はデータが正規分布した場合の「両
意」となる.表 4では '
u
r
a
l)に関する評価の平均値は 5 %未満の水準で有意,
側J端にある)について,口述 (
制加d
e
) は 1 %未満水準で有意となり, G D, C Mのグループ聞における学習方
口述 (A
法による技能獲得に有意な差が生じたと言える.
.
1
1 各試験平均値の検定結果
表3
P
r
a
c
t
i
c
a
l
GD
平均
分散
t
7
9
.
2
O
r
a
l
A
t
t
i
t
u
d
e
CM
GD
CM
GD
CM
79.
4
3
.
5
3
.
0
4
.
2
3
.
5
6
8
.
0
1
.
2
1
.
3
1
.
0
1
.
0
0
.
3
0
1
2
.
2
5
1
3.
495
P
(
Tく=
t
)片側 l
0
.
3
8
2
0.013
0
.
0
0
0
t境 界 値 片 側 l
1
.
6
6
3
1
.
6
6
2
1
.
6
6
2
P
(
Tく=
t
)両側 l
0.764
0
.
0
2
7
0
.
0
0
1
1
.
9
8
8
1
.
9
8
6
1
.
9
8
7
t境 界 値 両 側 │
-74-
7
432
嵯阜肱
??中
V
γ
v
v
v
v
v
v
v
v
v
v
v
γ
'
v
6
5
。
1
P
r
a
c
t
i
c
a
l
A
t
t
i
t
u
d
e
Oral
固 GDG
roup 日 CMGroup
図 3.
21 各試験の評価結果
3
.
5
.
4
.
2 試験結果の相関
各試験結果にいて被験者の得点聞の相関を求め相関係数を表 3
.
12に示す.
r
a
lと A制旬de間の相闘が最も高い値を示した.
その結果 G Dおよび CMグループ共に O
2
2 に相関分布を示すが, これは同じ試験問題を用いていることととも
参考のために図 3.
に,評価領域 α近傍に評価領域が存在することによると考えられる.
r
a
c
t
i
c
a
lに対する O
r
a
l,A副知d
eとの相関係数がいずれも G M
また, C Mグループで、は P
グ、ループに比べ若干で、あるが高い.これは, G Mグループでは回答内容の評価が高い者は
回答様態も評価が高く, 口述試験の平均点が比較的低い C Mグループでは,実技試験の評
表3
.
12 各試験問における相関係数
GD
P
r
a
c
t
i
c
a
l
O
r
a
l
a
t
t
i
t
u
d
e
CM
P
r
a
c
t
i
c
a
l
O
r
a
l
a
t
t
i
t
u
d
e
P
r
a
c
t
i
c
a
l
O
r
a
l
A
t
t
i
t
u
d
e
1
.
0
0
0
.
3
7
0.
43
P
r
a
c
t
i
c
a
l
1
.
0
0
0.90
O
r
a
l
1
.
0
0
A
t
t
i
t
u
d
e
1
.
0
0
0
.
5
3
0
.
5
1
-7
5-
1
.
0
0
0.89
1
.
0
0
6.00
O
戸園、
A
OGn
首
居
酒2.00
dCM
ロ
a
0.00
0
.
0
0
2
.
0
0
4
.
0
0
口述試験(白al)
6
.
0
0
図3
.
2
2 口述試験 (
O
r
a
la
n
dA
t
t
i
t
u
d
e
) の相関分布
価が高かった者が口述試験でも高い評価を受ける傾向が強いことがわかる.すなわち,実
技試験に向けた準備(予習)と口述試験の結果とは相関が低いことから,平均値の検定と
同様に G Dグループが獲得した口述試験の有意差は,グ、ループコミュニケーション学習に
よるものであると考えられる.
3
.
5
.
4
.
3 グループコミュニケーション学習における発話
G Dグループのグ、ループコミュニケーション学習における発話の抜粋を表 3
.
1
3 に示す.
システム上はボタン 1つで遠隔始動できる装置を現場で手順どおりに操作して運転す
るのは,人間の安全と機器の保全のためである.このため,その作業を怠った場合に起こ
りうるトラブ、ルを予想で、きるかどうか,という観点が重要となる.討論の中で,その作業
が必要な理由について,当初は「それをしなければ『危ない』から」といった漠然とした
認識しか無かったものが,議論を重ねるうちに f
'
"
'
'しなければ となって と(いう危険
に)なる」という因果関係の理解から具体的な危険予知に至る展開が特徴的で、あった.
-76・
表3
.
1
3 グソレープコミュニケーション学習における発話の抜粋
作業手順
危険予知に闘する気づき
作業が必要な理由
-燃料ハンドJ
レを遺隅始動 -始動の位置にあると、何らかの理由で始 -ハンドルが固定されることを確認
-きちんと固定位置にないと、'"んらかの理由で燃料運転位置
→機側停止の位置に切管 動空気が入札ぱ、機闘が始動してしまう -燃料ハン~)レを動かしてみて固定されている に戻ってしまう
える
-眠って燃料が入らないようにする
ことを確認
rカチyと」音。手ごたえ。
No
l
.3
.;ーエンタしているときに「回ったら」危な .
い
-燃料が入ると??。危ない
-始動空気入口弁を閉鎖し .??。危ない
残圧を排除する
-弁を閉織しないと始動してしまう
-誤操作で始動空気が入ると危ない
-次の作業が聖一二ンずとかなので、その
No
l
.4
作業中に始動空気が入ると危ない/;ーニ
ンゲイン告ロッヲはあるが、始動空気!立入
るかもははい
-しっかり閉まったている』とを確寵する
-始動空気が残っていれl
;t;ニンゲパ が装着されている時
-締めたあとも井を触ってみて確認/自分が信 に始動してしまう可能性があるみ一二グ中に始動すれば
じられないの意味 1/閉めるときにしっか
パー付近の人が怪設する
-注意を怠れ l
;t世一二ンダ中に始動するt怪蓑する
-入白井を閉めた後に残庄を排除するとき、残 巧イミンゲ(通油)していない状態では潤滑油が行き渡った
圧がある限り音がするので、音がし】なくなるの 段階ではないのに機械が始動すると軸受等が損傷する
まで確毘する
-インジケ一世#を開放す -エアランニンゲに必要だから/開けなけれ -完全に聞いている(全開止なっている);:とを -まだなにかの理由で始動するかわかないので開放を確認す
る
ぱエアランニングできないから
確認する
る/開いていると始動してしまう
-開いていれば、空気が圧縮されないので -ロッヲナットが「きれいに』開いていることを .111だから危ない
確実に始動を防げる
確認する
-工具がロッカーアーム周辺にあって始動すると機械が故障す
-聞けないと;-.ニンゲしても圧縮して L
ま -ロッヲナットも f
全開」になることを確認する る
N
o
.
1 5
うので回せない/置くて動かない
-作業後に工具を所定の位置に戻す(ロッカー -聞いていないとエアランで噴出物が確認できない
-閉まっていたら始動してしまうかも知れな アーム周辺に放置しない)
-全聞にした後、閉める方向に戻してから再び
い
-始動するかもUもないから
全開にする
そこで,グループコミュニケーション学習は
r
その作業を怠った場合に起こりうるトラ
ブ、ルを予想、で、きるかどうかJ という危険に対する予知技能取得の訓練に関しても,グルー
プコミュニケーション学習は従来型学習に比べて有効な手法になりうる可能性があること
が考えられる.
このように操作書の記載内容を検討するような高度の段階における危険に対する予知
.R
.
M.要素のうち特に「計画立案 J r
状況認識J r
エラーチェーン」に密
技能の取得は, E
接に関係する技能である.この能力獲得の過程において,教官である熟達した経験者から
の指導や助言を必要としなかったという点では,グループコミュニケーション学習が本研
究の背景である「船員社会の構成変化:熟達者の減少Jに対応できる可能性を示唆してお
り,特に今後重要な訓練方法の 1っと成りうる可能性を有していることも考えられる.
3
.
5
.
5 船舶機関士の熟達化の過程に関する考察
ここでは本項の実験の結果が,船舶機関士の熟達化の過程でどのような意味を持つの
かについて考察する.
.
2
3にここでの実験で得られた知識と技能の移行を示す.
はじめに図 3
本実験で実施した実技試験において,学習方法による評価結果に相違が生じなかったの
は,一度訓練を受けた運転操作の手順あるいは「シナリオ」を覚えてさえいれば,その作
業の「意味j について深い理解は必ずしも必要でなく,単純な反復訓練でもスムーズな運
転操作が行えることから,いわゆる丸暗記の形,すなわち学習の成果が宣言的知識空間か
ら上位に移行していなくても学生は高い評価結果を得ることが可能であり,いわゆる慣れ
によって下位から少しだけ上位に移行しながら正確で素早い作業を行うことはできる.そ
-77・
企
守
・
・
・
・
・
ラスムッセン
S
R
Kモデル
知機
コン I~ イ)1.-
図 3.
2
3 プラント運転員としての知識・技能の移行
こで, どちらの学習方法でもその効果の中で,図中に矢印 Aで示されるような技能向上に
対する評価がなされたと考えられる.
u
r
a
l)において,試験結果に有為差が生じた理由は被験者があらかじ
次に, 口述試験 (
め有していた知識をグループコミュニケーション学習よってより上位空間に転移 4) 5) が
なされたためと考えられる. また,
「説明」 という行動を「知識を言葉にして,発声して,
相手に伝える j としづ一連の作業と捉えると, この作業を自動的に行う能力が高いことは
副知d
e
) では, G Cグ
知識コンパイルが進んで、いる様子を現すものであり, 口述試験 (A
ノレープが C Mグ、ノレープと比較してより高い評価を得たことは, テキストベースの宣言的知
f
l
u
e
n
t
l
y
) 説明できるより上位の
識がグループコミュニケーション学習によって流暢に (
.R
.M.要素の
空間に移行したと考えられる. このような「流暢な説明」が行える技能は. E
中で「コミュニケーションJ技能にも通じるところがあり,今後重要な技能となり得る.
副知d
e
)は
, グループコミュニケーション
u
r
a
l)および口述試験 (A
そこで, 口述試験 (
学習による学習効果の中で図中に矢印 B で示されるような技能向上に対する評価がなさ
-7
8-
れたと考えられる.
3
.
5
.
6 まとめ
船舶機関士養成のための教育並びに訓練の手法としてグループコミュニケーション学
習法を導入し,その効果を調べ, E
.
R
.M訓練における有効性も検証した.先行研究におい
て,筆記テスト以外の定量的評価方法の必要性が述べられたことに対して,実技と口述テ
ストを併用した結果,グループコミュニケーション学習法には従来型学習法と比較して定
量的な効果があることがわかった.
また,本研究で構築した熟達化モデルは,船舶機関士養成訓練のなかで「よく考えら
れた練習」として準備された学習法がどのように機能するかを明らかにした.これは,
A
n
d
e
r
s
o
nの ACT理論及び R
a
s
m
u
s
s
e
nの SRKモデ、ルといった従来の熟達化モデ、ルで、は詳
細をつかめなかった,専門的な技術者養成訓練の現場における熟達化の過程を表現できる
有効なモデルとして,活用できると考えられる.
.
R
.M.要素のうち,特に「危険に対
さらに,グループコミュニケーション学習法には, E
エラーチェー
する予知技能j の獲得によって,その技能と密接に関係する「計画立案J r
ン」に関する技能にも学習効果が認められ,さらに「コミュニケーションJ能力の向上に
ついても可能性がある.一方,プラント運用上重要な能力を,熟練者の指導や助言を受け
ることなく自力で獲得する,という学習現象が観察されたことも特筆すべきことである.
-79-
参考文献
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] Norman,D.A.,UserCenteredSystemDesign,LawrenceEarlbaum,1
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e
c
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o
ルアップに関する認知的研究.異なる学習法によるパルプ、操作時間- T
Ocean200611
9
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hJASNAOEOceanE
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gSymposium,Kobe,2006年 1
0
月.
[
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] 広島大学大学院理学研究科附属理学融合教育研究センター:平成 19年度「特色ある
0
0
7
.
大学教育支援プログラム J,2
[
叫
松崎範行・恵美裕・三輪誠・河口信義:船舶機関士の熟達化に関する認知的研究,
, p
p
.
1
1
2・120,2
0
1
0
.
日本マリンエンジニアリング学会誌第 45巻,第 2号
.
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. and Tesch-Romer
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.
3
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3・406,
1
9
9
3
.
p
.
1
4,p
p
.
1
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4,日本放送
[
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] 大島純・野島久雄・波多野誼余夫:教授・学習過程論, p
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0
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.
出版協会, 2
[
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] たとえば安永悟:実践・ LTD話し合い学習法,ナカニシヤ出版, 2
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1
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] 松崎範行・鷲塚智・暮美裕・河口信義・城仁士:船舶機関士養成訓練における
, p
p
.
9・1
5,2
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1
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.
グループ討論学習法とその効果,人間環境学研究,第 9巻,第 2号
[
1
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] 大島純:教授・学習過程論日本放送出版協会, p
p
.
1
4
3,2
0
0
6
.
-8
0・
[
1
5
] B
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.安永悟(訳)協同学習の技法,ナカニシヤ出版,
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.
1
4
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5
3,2
0
0
9
.
[
1
6
] 松崎範行・小川涼・楠将史・河口信義:船舶機関士の熟達化に関する認知的研究
-第 2報 :ERMにおけるグループ討論学習法の効果について,日本マリンエンジニ
, p
p
.
1
2
5・1
3
1,2
0
1
2
.
アリング学会誌第 47巻,第 6号
[
1
7
] 財団法人海技振興センター :IMO第 41回訓練当直基準小委員会報告書, p
p
.
1
9,
p
p
.
6
2・63,2
0
1
0
.
[
1
8
] Hawkins,F
.H
.,ヒューマン・ファクター, p
p
.
1
5,成山堂, 1
9
9
2
.
[
1
9
] Adams,M.R.,ブリッジ・リソース・マネージメント, p
p
.
5・1
1,成山堂, 2
0
1
1
.
-8
1-
第 4章 船 舶 機 関 士 熟 達 化 の 新 た な 手 法
4
.1 熟達者の持つ知識領域と能力の獲得
第 2章で述べたように,熟達者はその領域での長期間にわたる経験によって,多くのよ
く構造化された豊かな知識や優れた技能を獲得し,その領域での課題について高度に洗練
された解決ができる.熟達化に関する多くの研究の結果から,多くの領域の熟達者に共通
する特徴として,遂行が速く正確であること,多くの事柄を容易かつ正確に記憶できるこ
と及びそれらの優れた遂行が領域固有 性を持っていることが分かっている [1]
d
また,各領域における熟達者になるには,最低でも 1
0年の経験が必要であるという
f
lO年ルールj を複数の研究結果が指摘しているが,熟達者になるために 1
0
年の準備期聞
が必要であるのは,複雑で多様なスキルを必要とする職務に限られる [2] どのような職務
0
年を要するかどうかについて,波多野と稲垣は「手際の良い熟
でも熟達者になるために 1
達者」と「適応的熟達者」を区別している [3] 手際の良い熟達者とは,同じ手続きを何百
回,何千固と繰り返すことによりその作業に習熟し,技能の遂行の速さと正確さが際立つ
て優れている人を指す.船舶の機関部の作業を例にとると,中古のバルブ、を開放して整備
0
する際に,弁体と弁座を摺り合わせて水密を再生させる作業が挙げられる.この熟達に 1
年を要することはない.これに対し,適応的熟達者とは,手続きの遂行を通して概念的知
識を構成し,課題状況の変化に柔軟に対応して適切な解を導くことのできる人を意味する.
機関部の例では,海水管が腐食して破孔を生じて噴水したという状況で,素早く破孔部を
隔離するバルブ、を閉鎖するとともに,関係する機器を安全に停止させて,プラントへの影
響を最小限に抑える,といった対応をスムーズに行える能力といえる.一般に f
lO年ルー
ル」が当てはまるのはこの熟達である.当然のことながら,舶用プラント運転員は,与え
られた職務に応じて「手際の良い熟達J と「適応的熟達」の両方を獲得しなければならな
し¥
従前の船舶機関士養成システムは,学習デザインとして「共同体中心の考え方 Jが採
られ,学び自体が社会的な活動の中で、文化的な価値を持つ行為として,より経験のある者
と未熟な者がその活動を共有し行っていくことで理解を深めていくという「徒弟制度」の
なかでの熟達化が図られてきた.そのなかで,人のものごとの理解は,それぞれの段階で
の理解が十分でないとその次の理解へ進むことができない,すなわち,あるものを理解す
るためにはその基盤となる理解が確立していなければならない,という考え方を原則とし
-8
3・
て,教育カリキュラムや現場での訓練が展開されてきた.
4
.
2 研究の背景から求められる熟達化手法
r
よく考えられた練習」が必要とされている.
すなわち「本人の現在の技術を向上させるために必要な最適レベルの困難度 J r
成果がフ
自分でやる気を出して取り組むj といった
ィードパックされ,自分で良し悪しを評価 J r
熟達者の能力を 1
0
年で獲得するうえで
特徴をもった課題を解決することで,単純な繰り返しとは異なった熟達化が図られる.
日本社会全体の傾向に加え,船員そのもの減少という要因で熟達者の減少が促進され
るなかで,徒弟制度を中心とした初心者の熟達化が難しくなっている状況と,技術革新と
国際ルールの複雑化等から要求される知識や能力が高度化していることにから,より早期
に効果的な熟達化が獲得できるような「よく考えられた練習 j が求められている.研究の
背景から,こうした困難な状況下で、早期かっ効果的に熟達化で、きる知識付肋を獲得できる熟
達化手法が求められている.
本研究を通じて,熟達者が,知識や情報を「まとまり j で把握していること,情報の提供の
R
M.と
され方や学習のモチベーションにより学習効果が異なることが明らかとなり,さらに E.
熟達者の減少という二つの主要な社会的ニーズから,船舶機関士の養成訓練にグ、ループコミュ
ニケーション学習法を用いた学習モデルを構築し,実際の教育の現場でその適応性を調査し,
有効性を明らかにした何回開問問.
研究の背景で一つのポイントであった「蒸気タービン練習船の退役」によるプラントマ
ネージメント技術の継承の難しさについても,異なるプラントの理解や蒸気タービン船が
存在することの意義等を把握といった知識,技能の習得に対し,グ、ループコミュニケーシ
ヨン学習によって宣言的知識を手続き的知識に移行させることができれば,従来型学習で
は期待できない訓練効果を得られる可能性は高いと考える.
4
.
3 グループコミュニケーション学習手法の適用可能性
何のために今学習をしているのかという学びの目標が「憶える,そしてそれをできる
だけ正確に再生する J ということを目指している場合には,その獲得された知識は記憶と
して残りはするが,類似した問題状況に直面したときに,記憶している知識を関連性があ
るものとして検索し利用することはなかなかできないことが明らかになっている.記憶で
はなく,より物事を理解しようとする姿勢を持ったときには,閉じ内容を学習する際にも
-84-
そこで行う認知的な活動は異なる.問題の意味を理解し,それをどのような意図で学習す
るのかということを意識しながら行う学習は,獲得した知識が後の学習に転移する可能性
を高め,それゆえにより効率的に理解を深めていくことができる.現在明らかになってい
るそうした活動の 1つが問題解決としての学習と呼ばれるもので,与えられた課題を単に
解決するというのではなく,少なくともその課題の意図を理解しようと努力し,その問題
に関連して自分が理解していることがどのように結びついていくのかを意識しながら行う
学習活動である.それを教授的介入として促進することもでき,それによって確かに学習
効果が高まることが分かっている.
そのような教育手法として発達科学領域においては, LTD話し合い学習法が考案され,
学校教育の現場[9]はもちろん,臨床心理士養成等の場面でも用いられている [10]
一方,本研究でテーマとした船舶機関士養成における E
.R
.M訓練において,これまで
主に事故発生時の対応や事故例の解析をテーマとしたコミュニケーション訓練[11]が行わ
れてきたが,本研究のように初心者のチームがマニュアルを自ら作り上げる過程でスキル
を獲得することについて高い効果が得られたことは,希少な研究例であり重要な知見が得
られたと考える.
4
.
4 E
.R
.M
.とグループコミュニケーション学習
2
0
0
6年 1月の IMOの第 3
7回船員の訓練当直基準小委員会から要請を受けた第 8
1回
2
0
0
6年 5月)が fSTCW
条約及び S T C Wコードの包括的見直し J
海上安全委員会 (
の実施を決定し
4年間の審議を経て 2010年 1月,第 4
1回船員の訓練当直基準小委員会
で最終改正案が作成され, 2010年 6月,フィリピンのマニラで開催された締結国会議に
条約 2010年マニラ改正として締結された.この改正のなかで「人員が配置
て
, STCW
される機関区域の機関部当直を担当する職員又は定期的に無人の状態に置かれる機関区域
.R
.M.が導入され
の当番に指名される職員の資格証明のための最小限の要件j に新たに E
0
1
3年
た.マニラ改正は 2012年 1月 1日より発効しているが, 2017年 1月 1日までは 2
7月 1日以降に教育機関に入学した者のみが適用される経過措置が採られている.我が国
.R
.M.をはじめとした資格要件に
においては国土交通省並びに各船員教育機関において, E
係る訓練内容の整理及び評価について,マニラ改正に則った作業が進められている凹.
1叫こも E
.R
.M.が
練習船実習訓練を行う航海訓練所の航海訓練課程(平成 25年度版案) [
導入され,当直や出入港において「エンジンルーム・リソース・マネージメントの原則を
習得する. J としており,次の内容を訓練項目としている.
-8
5・
(
1
) リソースの配置、任務及び優先順位決定
(
2
)効果的なコミュニケーション
(
3
) 明確な意思表示とリーダーシップ
(
4
)状況認識力の習得と維持
(
5
) チーム構成員の経験に基づく配慮、
同じく航海訓練所の実習指導要領では,当直に先立つ講義で「練習船のあらゆる実習
.R
.M.関連する事を説明し、実習生が実習の場面で常に意識できるよう動機付けを行
が E
.
R
.M.原則と能力要件を示し、練習船での当直、暖冷機、出入港部署及び緊急時の対
う. E
応の実習において常に関連していることを理解させる.特に連絡・報告の重要性を説明す
る. Jこととしており,さらに実習として「当直終了後にデブリーフィングを行い、次の
項目が実践できるように意識させる. J
①チーム形成・維持
②意志決定
③情報の理解・共有
④状況認識力
⑤技術的技能
としている.出入港では「航海当直業務に準じて実施する」こととなっている.
.
5で
こうした訓練展開は,もちろんマニラ改正の要件を満たすものであるが,第 3章 3
.
M.
原則に基づくならばその結果として獲得するべき E
.
R
.M.
述べたように, Adamsの B.R
の能力を網羅できているとは言いがたい.グループコミュニケーション学習は,本研究で
明らかになったように,筆記試験及び実技のいずれも従来型と比較して,より高い効果が
表れたことのほか,討論によって学習の転移を促す効果があることがわかった [8] 特に
「危険に対する予知技能Jの獲得によって,その技能と密接に関係する「計画立案 J r
エ
ラーチェーン」に関する技能にも学習効果が認められたというグ、ループコミュニケーショ
ン学習の特徴は, E
.R
.M.を訓練展開の中で実践していくために極めて重要な要素であり,
このようなプラント運用上重要な能力を,熟練者の指導や助言を受けることなく自力で獲
得する,という学習現象が観察されたことは,現状の我が国の船舶機関士養成を取り巻く
環境の抱える問題の一つを解決し,初心者を熟達できる「よく考えられた」教育手法であ
るといえ,今後,練習船における訓練の現場でも効果的な教育ツールとなることが期待で
きる.
.R
.M訓練は,初級機関士の資格に係る養成訓練すなわち練習船の実習生の教育
また, E
にとどまらず,上述のように機関士一般の熟達化においても重要な要素として条約要件と
-86・
なっていることから,グ、ループコミュニケーション学習は今後,機関士の熟達化に対して
さらなる有効性,具体的な適用手法を探っていく必要がある.
-8
7・
参考文献
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学習支援ポータルシステムの応用事例,
加。:/
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1
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加1.
安永悟:特集新しい教育方法の提案
学び合いの学習,
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[
1
0
] あなたも臨床心理士になれる久留米大学大学院,
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際条約 2010年マニラ改正版, 2
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] 独立行政法人航海訓練所教務課,航海訓練課程,平成 25年度版, 2
0
1
2
.
-88-
第 5章 ま と め
5
.
1 研究のまとめ
本研究では,まず序章にてプラント運転員としての船舶機関士を取り巻く現状について
取り上げ,初心者の熟達化が近年,難しさを増しつつある傾向を述べて,こうした問題を
解決するための教育手法を探ることの必要性について論じた.さらに新たな要因としての
E
.R
.M.について,船舶機関士の養成訓練における位置づけと体系的な導入の必要性を指摘
し,これらに基づいた研究の目的を述べた.
第 2章では,これまでに先行している熟達化に関する関連研究について,はじめに船舶
機関士の訓練における熟達の特徴について述べ,その上で教育,発達科学および認知工学
その他の関連研究のうち,発達の概念と熟達化,熟達に関する研究が生じた必然,初心者
と熟達者の違い等本研究を展開するうえで必要なついて知見を整理した.また,基本的な
d
e
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o
nの A C T
熟達化のモデ、ルとして Rasmussenの人間行動に関する S R Kモデ、/レとAn
理論を取り上げた,さらに重要な熟達化の要素として
r
lO年ルールJ r
敵話の良い熟達
と応用的熟達j 及び「よく考えられた練習」について本研究における捉え方を解説し,こ
れらの要素を考えるうえで必要な学習環境のデザイン原則を考察した.上述したE.R.M.
については,発達科学の分野である協同学習論の手法を述べている.最後に,本研究で中
心的な考え方となる船舶機関士の熟達化のモデ、ルを構築した.
第 3章では,実際に独立行政法人航海訓練所の各練習船にて,船舶機関プラントの運
転員を従来の教育手法とは異なる,効果的に熟達化させる手法を探るための調査・考察を
行った.はじめに機器操作時の視線の動きに関する初心者と熟達者の比較し,初心者と熟
達者では情報の捉え方に相違があることを明らかにした.また,同じ視覚情報でもその与
え方すなわち学習法の違いによって熟達のレベルが違うことがわかった.次に学習に対す
る「動機付け」の違いに着目し「指導を受ける訓練」手法と「指導者側を経験させる訓
練」手法を比較し,それぞれの手法がもたらす「動機付けの違いj が訓練効果に大きな違
.R
.M.
いをもたらすことがわかった.動機づけには訓練効果に差異を生じさせること及び E
の導入としづ要素を踏まえ,発達科学の分野である協同学習論の手法を船舶機関士養成訓
練の現場に即した形で実施し,これを「グループコミュニケーション学習」と呼称して,
その効果を調査した.グループコミュニケーション学習では,参加者が相互の働きかけに
よって課題の意味を理解し,学習の意図を意識しながら知識を転移させてAn
d
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nのい
-89
圃
う宣言的知識空間を広げ,手続き的知識空間に移行させ,獲得した知識の重要性に自ら感
銘を受けてプラント運転能力を獲得する,という学習現象が観察された.さら l
乙こうし
た定性的な効果だけでなく,適切な評価手法を用いれば定量的にも高い効果があることが
.R
.M.の要素のうち,特に「危険に対する予知能力 j の獲得によって,そ
わかったほか, E
の能力と密接に関係する「計画立案J r
エラーチェーン(の切断) Jに関する能力にも学
習効果が認められた.こうした学習を通じて,プラント運用上重要な能力を熟達者の指導
や助言を受けることなく自力で獲得する,という学習現象も観察された,これは研究の背
景で述べている熟達者の減少という社会的要因のなかでどのように初心者を効果的に熟達
化させるか,という重要なテーマに対して特筆すべきことで、あった.
第 4章では,現状の社会的背景のなかで徒弟制に準じた共同体中心の教育モデ、ノレによ
る従来の船舶機関士養成システムの展開が今後,難しくなっていく中で,初心者が熟達者
の持つ知識領域と能力を獲得して熟達化を図るための新たな手法として本研究で用いたグ
ノレープコミュニケーション学習法について,本研究で得られた結果にもとづく効果と有用
性について述べた.
以上のとおり,本研究で得られた訓練手法は,船舶機関士養成訓練に友好であり,特
にグ、ループコミュニケーション学習法は,船舶機関士の熟達化に関する諸々の背景を踏ま
えると, ERM訓練にきわめて有効であることがわかった.また,構築された熟達化のモ
d
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nの ACT理論及び R
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nの SRKモデルでは把握が難しかった船舶
デルは, An
機関士の熟達化について,より実務的で「よく考えられた練習 Jに有効なモニタリングツ
ールであることが明らかとなり,従来型の理論的モデルをより実務レベルで、適用で、きるこ
とから, ERM をはじめとした船舶機関士養成のさまざまな段階で活用することで,より
効果的な訓練ができると考える.
5
.
2 今後の課題
船舶機関士養成における初心者の熟達化を促す教育手法として,グ、ループコミュニケー
.R
.M.をはじめとした要求要件を訓練するうえでより有効に機能するよ
ション学習法が E
う,教育現場でのさらなる効果的な適用方法を探る必要がある.また,船舶機関士養成シ
ステムにおける初心者の熟達化は,その社会的背景が今後ますます厳しくなるであろうこ
とから,発達科学,認知工学ほか関連研究の知見をふまえて,初心者をさらに早期かっ効
果的に熟達化させる教育手法を構築しなければならないと考える.
さらに,本研究ではグループコミュニケーション学習の効果の検証について,対象者
-90・
を職業レベル以前の練習船実習生としたが,今後は同学習法をはじめとした,船舶機関士
の早期かつ効果的な熟達化,としづ研究目的に沿った展開も必要である.また,蒸気ター
ビン練習船がなくなることに対し,プラントマネージメント技術を獲得するための訓練手
法として,その有効性を検証していかなければならない.
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