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より安全な医薬品の使用を目指して* Akita University

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より安全な医薬品の使用を目指して* Akita University
Akita University
Akita J Med 41 : 1 4, 2014
-
秋 田 医 学
(1)
より安全な医薬品の使用を目指して*
三 浦 昌 朋
秋田大学医学部附属病院 薬剤部
(平成 26 年 4 月 30 日掲載決定)
Striving for quality use of medicines
Masatomo Miura
Department of Pharmacy, Akita University Hospital
Key words : 薬物相互作用,薬物血中濃度,薬物動態
問に直面することが多々あり,さらに試行錯誤を繰り
返しながら薬物治療が行われている.
「医薬品添付文書」という共通したマニュアルに従っ
薬に対する個体差の要因には大きく 2 つある.1 つ
て医薬品を適正に使用することで,我々は医薬品を有
は薬物動態学的要因による個体差,もう 1 つは薬物受
効的かつ安全に使用することが出来ている.しかし医
容体に対する薬の親和性が要因となる個体差である.
薬品の中には,この「医薬品添付文書」に落とし込ま
現在,遺伝子多型の研究が進み,後者の薬物受容体に
れていない未知なる情報もまだ数多く存在する.より
対する個体差は,
患者の遺伝子多型を解析することで,
安全に医薬品を使用するために,臨床現場でこの未知
大まかに理解することができる.しかし,前者の薬物
なる情報を発掘していく必要があると考える.
動態学的要因による個体差は,患者の体内にある薬の
市販後の医薬品について,より効果的で安全性の高
挙動を調べないと理解できない.この薬の生体内の動
い使用方法を見出し,付加価値を高める研究を「育薬
きは,患者の血液中の薬の濃度を調べることで概ね理
研究」と呼んでいる.我々はこれまで育薬研究を行い,
解することができる.我々は血中薬物濃度の測定技術
「医薬品添付文書」の改正等に貢献してきた.本稿で
と遺伝子多型解析技術を併せ持ち,2 つの角度から個
はこれまでの取り組みと今後の展望について述べる.
別化医療を試みている.より安全に医薬品を使用する
ために,患者毎の薬の投与設計が必要である.特に匙
加減によって,重篤な副作用が出やすいハイリスク薬
薬の個体差の要因
(抗悪性腫瘍剤,免疫抑制剤,不整脈用剤,血液凝固
阻止剤など)に関しては,薬の効果を定期的に評価で
薬物治療を進める中で,薬が効いているのか ?,効
きるマーカーの存在が必要不可欠となる.
いていないのか ?.効いていないのであれば,どうし
て効いていないのか ?,もしかしたら薬をただ単に服
用していないだけかもしれない.そのような迷いや疑
はじめに
分子標的治療薬の血中濃度測定
Correspondence : Masatomo Miura, Ph.D.
Department of Pharmacy, Akita University Hospital,
1-1-1 Hondo, Akita 010-8543, Japan
Tel : 81-18-884-6310
Fax : 81-18-836-2628
E-mail : [email protected]
*
平成 26 年 2 月 17 日教授就任記念講演
分子標的治療薬は,がん細胞の増殖や浸潤,転移な
どに関わる分子をターゲットとした治療薬であり,大
きく低分子医薬品(主に内服剤)と抗体医薬品(主に
注射剤)に分けられる.このうち低分子標的治療薬の
血中濃度は,薬理効果あるいは副作用に相関すること
が知られている.有効域と薬の効果が得られない無効
―1―
Akita University
(2)
Striving for quality use of medicines
域との境界線のことを最小有効濃度(Minimum Effec-
ing)を実施することで,保険請求(初回∼3 ヵ月 470
tive Concentration ; MEC),有効域と副作用が発現す
点,4 ヵ月以降 235 点)できるようになった.現在当
る中毒域との境界線のことを最小中毒濃度(Minimum
Toxic Concentration ; MTC) と 呼 ん で い る が, こ の
MEC と MTC を明確にすることで,個々のがん患者
に最適な抗がん剤治療を提供できると考える.以下に
イマチニブを例に示す.
イマチニブの場合,慢性骨髄性白血病(CML)患
者に対しての MEC は 1,000 ng/mL 以上であると考え
る1).血中濃度が 1,000 ng/mL に満たない患者に対し
院において,イマチニブの血中濃度測定を全国の施設
から受け入れている.イマチニブ以外では,第 2 世代
のニロチニブやダサチニブ,肺がん治療薬であるゲ
フィチニブやエルロチニブ,クリゾチニブ,腎がん領
域として,スニチニブやソラフェニブ,アキシチニブ,
消化器がん領域として,レゴラフェニブの血中濃度測
定を行っている.今後市場にでてくるすべての低分子
標的薬の血中濃度をモニタリングしていく予定であ
る.
ては,服薬コンプライアンスを確認後,イマチニブの
増量や次世代チロシンキナーゼ阻害剤(ニロチニブや
ダサチニブ)への変更を考慮し,一方で 3,000 ng/mL
を超える高血中濃度を維持している場合は,グレード
3 以上の好中球減少症を起こすため減量も考慮する.
通常,イマチニブの添付文書に記載されている標準投
与量 1 日 400 mg を服用した場合,患者のイマチニブ
の平均トラフ(服用直前)濃度は 1,226 ng/mL である.
そのため通常は,この標準投与量で 1,000 ng/mL 以上
の血中濃度が得られる.しかしイマチニブを 400 mg
服用した場合のトラフ濃度の最小値と最大値は,それ
ぞれ 109 と 4,980 ng/mL であり,患者間変動が極めて
大きい2). こ の 個 体 間 変 動 の 原 因 を 以 下 に 考 え る.
1)患者の服薬コンプライアンス,2)薬物相互作用,
3)薬物動態の個体差である.イマチニブの消失は主
に肝臓からの胆汁排泄である.この排泄には ATPbinding cassette(ABC) ト ラ ン ス ポ ー タ ー で あ る
breast cancer resistance protein(BCRP)が主に関与す
る.この蛋白発現量が低い患者の場合,胆汁への薬の
輸送能力が低下し,血中イマチニブ濃度は高くなると
考える.この BCRP(遺伝子コード ABCG2)には蛋
白発現量が約半分に低下する遺伝子変異 421C>A が
日 本 人 で 約 32% 報 告 さ れ て い る.ABCG2 遺 伝 子
421A アレルに変異している患者においては,イマチ
ニブ血中濃度が高く推移する傾向にあり,300 mg の
維持投与量でも十分な効果が得られると考える3).
消化管間質腫瘍(GIST)患者に対しては,イマチ
ニブの MEC を 1,100 ng/mL 以上にすることで,無増
悪生存期間が延長する.そのため CML 同様に血中濃
度を用いたマネジメントが必要と考える.
これら血中濃度測定は,抗がん剤と併用薬間の薬物
相互作用の有無の確認にも利用される.低分子標的治
療薬は胃酸分泌抑制剤と相互作用を起こす.これは分
子標的抗がん剤の胃での溶解性が低下し,消化管から
吸収量が低下するために,抗がん剤の血中濃度が低下
する機序である.ダサチニブはこの相互作用が顕著に
観察される.そのため胃酸分泌抑制剤の選択や服薬タ
イミングを考慮する必要がある4).
免疫抑制剤の血中濃度測定
腎移植においては,カルシニューリン阻害剤(シク
ロスポリン,タクロリムス)
,核酸合成阻害剤ミコフェ
ノール酸(MPA)
,ステロイド剤の 3 剤併用療法が一
般に用いられている.この中でタクロリムスやシクロ
ス ポ リ ン の MEC と MTC は そ れ ぞ れ 5-20 ng/mL,
50-400 ng/mL とされており,全自動分析装置も開発
されているため,多くの施設で血中濃度が測定されて
いる.一方で MPA に関しては国内での報告は少ない.
その背景下,著者らは MPA の体内動態の研究を行い
続 け て お り,2009 年 MPA の TDM コ ン セ ン サ ス 会
議 5,6),その後 2013 年に国内の TDM ガイドライン作
成にメンバーに加わっている.
MPA はトラフ濃度だけで効果を予測できず,複数
の採血を必要とする血中濃度─時間曲線下面積 AUC0 12
として,30-60 µg・hr/mL を指標に TDM を実施する.
-
しかし,臨床の現場では 1 患者から複数回採血して
AUC0 12 を算出することが容易でないことから,少数
-
平成 24 年度診療報酬改正によって,イマチニブの
血中濃度を測定し,この値をマーカーに今後の投与設
計を行う,すなわち TDM(Therapeutic Drug Monitor第 41 巻 1 号
の 採 血 ポ イ ン ト か ら AUC0 12 を 予 測 す る 式 Limited
Sampling Strategy(LSS)を導いた.すなわち MPA 投
与 後 2 時 間(C2h)
,4 時 間(C4h)
,9 時 間(C9h) の 3
―2―
-
Akita University
秋 田 医 学
(3)
点 の 血 中 濃 度 を AUC0 12=1.77C2h+2.34C4h+4.76C9h+
15.94 の式に入れることで,高精度で AUC0 12 が予測
Grapefruit juice
-
-
できる7).MPA は肝臓内の UGT1A9 によって,90%
以上がフェノール性水酸基グルクロン酸抱合体
(MPAG)に代謝される.この薬剤も患者間変動が大
きな薬剤であるが,日本人において UGT1A9 遺伝子
多型による影響は少ない.現在のところ血中濃度をモ
ニタリングすることが最も有用な投与設計法と考え
る.
MPA は,上記のダサチニブと同じメカニズムで胃
酸分泌抑制剤と相互作用を示す.この相互作用はラベ
プラゾールよりもランソプラゾールで顕著である8).
Portal vein
CYP
3A
Mucosa cell
Gut lumen
OATP
2B1
P-gp
Itraconazole
Apple juice
図 1. 消化管内の薬物輸送トランスポーター
P-gp ; P-糖蛋白質, ; 阻害効果
⊥
薬物相互作用の研究
薬物 ─ 薬物間相互作用よりも薬物 ─ 食品間相互作用
のほうが,薬物治療を受けている患者にとっては身近
に起こる問題である.しかし薬物─ 食品間相互作用の
研究はほとんどなされておらず,「医薬品添付文書」
には,報告例がなくても相互作用の起こる可能性があ
るものは,「併用注意」として記載されているのが現
状である.食品の中で最も摂取する可能性の高いもの
がフルーツジュースである.
薬物の生体膜移行にはトランスポーターが関与して
おり,生体内や細胞内への取り込みに関与する SLC
トランスポーター(Solute carrier transporter)と,体
外排泄を担う ABC トランスポーター(ATP binding
cassette transporter)がある.グレープフルーツジュー
スは,小腸の薬物代謝酵素チトクロム P450(CYP)
を阻害するが,これら 2 種類のトランスポーターも阻
害する.消化管内には門脈側への薬物取り込みに関与
する SLC トランスポーター OATP2B1(遺伝子コード
SLCO2B1)と消化管管腔側への排泄に関与している
ABC トランスポーター P-糖蛋白質(遺伝子コード
ABCB1)が存在する(図 1).グレープフルーツジュー
スは,これら OATP2B1 と P-糖蛋白質の両者を阻害
する(図 1).消化管内への取り込みに際し P-糖蛋白
質が主に関与している薬物は,消化管管腔側への排泄
が多いため,バイオアベイラビリティが低い.抗がん
剤であるエベロリムスは P-糖蛋白質の基質であり,
グレープフルーツジュースはこの P-糖蛋白質を阻害
するため,消化管管腔側への排泄が低下し,バイオア
ベイラビリティが上昇,結果的に血中濃度が上昇する.
一方で OATP2B1 の基質である抗ヒスタミン剤フェキ
ソフェナジンは,グレープフルーツジュースによって
消化管からの取り込みが阻害され,約 40% 血中濃度
が低下する.
アップルジュースは P-糖蛋白質を阻害しないが,
OATP2B1 を阻害する(図 1)
.そのためフェキソフェ
ナジンの血中濃度はアップルジュース服用によって約
50% 低下する.
現在のところ,フェキソフェナジンの「医薬品添付
文書」の中にフルーツジュースとの相互作用に関する
記述はない.今後,添付文書改正による注意喚起が必
要である.
一方でイトラコナゾールは OATP2B1 を阻害しない
が,CYP および P-糖蛋白質を阻害する(図 1)
.タク
ロリムスやシクロスポリンの血中濃度は,イトラコナ
ゾールとの併用によって上昇するが,上昇は併用後 3
日目から顕著に見られ,
併用開始後 7 日目で安定する.
結果的にイトラコナゾール併用によって,タクロリム
スの血中濃度は 5.6 倍,シクロスポリンは 2.7 倍上昇
する.このイトラコナゾール併用後,タクロリムスお
よびシクロスポリン血中濃度の安定期における 1 回当
た り の 投 与 量 は, 併 用 前 の そ れ ぞ れ 33.7% お よ び
66.5% 減少する9).タクロリムスおよびシクロスポリ
ンの「医薬品添付文書」には,イトラコナゾールとの
併用は「併用注意」として記載されているが,どのよ
うに注意すべきか明記されていない.上記を指標に血
中濃度をモニタリングしながら減量することが望まれ
る.
―3―
Akita University
Fexofenadine plasma concentration (ng/mL)
(4)
Striving for quality use of medicines
2) 三浦昌朋,高橋直人(2013) 慢性骨髄性白血病
400
に対する BCR-ABL チロシンキナーゼ阻害剤の血
with Water (200 mL)
with grapefruit juice (200 mL)
300
with Apple juice (200 mL)
中濃度を用いた治療マネジメント.臨床血液 54,
1720-1729.
3) Takahashi, N. and Miura, M.(2011) Therapeutic
Drug Monitoring of Imatinib for Chronic Myeloid
200
Leukemia Patients in the Chronic Phase. Pharmacology, 87, 241-248.
100
4) Takahashi, N., Miura, M., Niioka, T. and Sawada, K.
(2012) Influence of H2-receptor antagonists and
0
proton pump inhibitors on dasatinib pharmacokinet0
5
10
ics in Japanese leukemia patients. Cancer Chemoth-
15
er. Pharmacol., 69, 999-1004.
Time (h)
5) Kuypers, D.R., Le Meur, Y., Cantarovich, M., Tredg-
図 2. フルーツジュースで服用した際のフェキソ
フェナジンの血中濃度推移
○ ; 水で服用,● ; グレープフルーツジュースで
服用,その他 ; アップルジュースで服用
er, M.J., Tett, S.E., Cattaneo, D., Tonshoff, B., Holt,
D.W., Chapman, J. and Gelder, Tv., Transplantation
Society(TTS)Consensus Group on TDM of MPA.
(2010) Consensus report on therapeutic drug
monitoring of mycophenolic acid in solid organ
transplantation. Clin. J. Am. Soc. Nephrol., 5, 341-
さいごに
358.
より安全な医薬品の使用を目指して,薬物動態の個
体差の要因解明,薬物相互作用のメカニズム解明,さ
らに薬物治療新規ストラテジーの開発などを行い,目
の前にいる患者はもちろんのこと,これから薬物治療
を受けるかもしれない秋田県民に対して,最高の薬物
治療を提供できるように秋田から世界に情報を発信し
ていきたい.
6) Tett, S.E., Saint-Marcoux, F., Staatz, C.E., Brunet,
M., Vinks, A.A., Miura, M., Marquet, P., Kuypers,
D.R., van Gelder, T. and Cattaneo, D.(2011) Mycophenolate, clinical pharmacokinetics, formulations,
and methods for assessing drug exposure. Transplant. Rev.(Orlando)
, 25, 47-57.
7) Miura, M., Niioka, T., Kato, S., Kagaya, H., Saito, M.,
Habuchi, T. and Satoh, S.(2011) Monitoring of
mycophenolic acid predose concentrations in the
謝 辞
maintenance phase more than one year after renal
我々のこれまでの研究は,秋田大学医学部の多くの
先生方のご協力のもとに進められてきました.各先生
方にこの場を借りて厚く御礼申し上げます.
transplantation. Ther. Drug Monit., 33, 295-302.
8) Miura, M., Satoh, S., Inoue, K., Kagaya, H., Saito, M.,
Suzuki, T. and Habuchi, T.(2008)
Influence of Lansoprazole and rabeprazole on mycophenolic acid
pharmacokinetics one year after renal transplantation. Ther. Drug Monit., 30, 46-51.
文 献
9) Nara, M., Takahashi, N., Miura, M., et al.(2013) 1) Takahashi, N., Wakita, H., Miura, M., et al.(2010) Effect of itraconazole on the concentrations of tacrolimus and cyclosporine in the blood of patients re-
Correlation between imatinib pharmacokinetics and
clinical response in Japanese patients with chronic-
ceiving allogeneic hematopoietic stem cell trans-
phase chronic myeloid leukemia. Clin. Pharmacol.
plants. Eur. J. Clin. Pharmacol., 69, 1321-1329.
Ther., 88, 809-813.
第 41 巻 1 号
―4―
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