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投資家から求められる経営計画と外部環境把握の重要性

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投資家から求められる経営計画と外部環境把握の重要性
EY Institute
投資家から求められる経営計画と
外部環境把握の重要性
EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部 エコノミスト 鈴木将之
EY税理士法人 移転価格部 高垣勝彦
• Masayuki Suzuki
シンクタンクを経て、2014年3月、EY総合研究所
(株)に入社。専門はマクロ経済分析、計量経済学、産業連関分析。これまで、中期日
本経済予測をはじめとして、日本経済の構造分析、計量分析に従事。現在、日本経済の研究・調査を行う。
• Katsuhiko Takagaki
大手外資系金融機関において、株式、投資銀行業務に従事した後、EY税理士法人 移転価格部へ入所。製薬、化学企業を中心に2国間事前
、税源浸食と利益移転(BEPS)、無形資産価値算定などの移転価格業務に従事。2014年にEY総合研究所(株)のエコノ
確認制度(APA)
ミストとして転籍、15年7月EY税理士法人に帰任。
Ⅰ はじめに
Ⅱ 中期経営計画の開示と資本市場の効率性
今年6月に適用が開始されたコーポレートガバナン
なぜ、投資家にとって、投資先企業の中期経営計画
ス・コードは、基本原則3−1「情報開示の充実」にお
やその前提となる外部環境の開示が重要なのでしょう
いて、上場会社が法令に基づく開示を適切に行うこと、
か。例えば、ある企業が3カ年の中期経営計画におい
経営戦略や経営計画などの非財務情報を開示し、主体
て、利益率を最終年度までに5%から10%まで引き上
的な情報発信を行うこと、を求めています(<表1>参
げる目標を掲げ、そのための施策を示したとします。
照)。一方、経済のグローバル化に伴い、日本企業の
一方、目標の設定に至った理由や、想定している外部
海外進出も加速していることから、企業経営がさまざ
環境についての情報を開示していないとします。
まな外部環境(競合他社との競争環境、経済環境やリ
この場合、投資家の立場から、この利益目標を評価
スクなど)に影響されるようになっています。今後、
することは困難です。なぜなら、その目標が外部環境
ますますグローバル化が進むと予想される中では、企
の追い風に乗るだけで容易に達成できるものなのか、
業が経営戦略や経営計画など(以下、中期経営計画)
それとも厳しい外部環境の中で相当なリスク・テイク
について情報を開示し、投資家と対話する際において、
を要求されるのか、投資家には分かりにくいからです。
その外部環境を共有する重要性がさらに高まると考え
られます。
また、当初の利益目標を達成できなかった場合に、
企業が「想定していた外部環境が変化した」と説明し
本稿では、最初に投資家の視点から、企業が想定す
ても、投資家は、事前に前提となった外部環境を知ら
る外部環境を開示する重要性を解説します。その後、
なければ、その説明が妥当かどうか判断できません。
実例を紹介した上で、投資家から求められる中期経営
そのため、中期経営計画において外部環境を開示する
計画とその前提となる外部環境を分析し、企業価値の
ことによって、判断の基準を提供することが欠かせな
向上につながる外部環境の把握の方法を探ります。
いといえます。
このように、企業と投資家の間で情報の非対称性が
大きくなると、資本市場の効率性を低下させかねま
せん。また、資本市場の信頼性を確保する点からも、
2 情報センサー Vol.108 October 2015
▶表1 コーポレートガバナンス・コード原案(抜粋)
【基本原則3】
上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報につ
いて、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。
その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(と
りわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。
<考え方>
法令に基づく開示であれそれ以外の場合であれ、適切な情報の開示・提供は、上場会社の外側にいて情報の非対称性の下におかれて
いる株主等のステークホルダーと認識を共有し、その理解を得るための有力な手段となり得るものであり、「『責任ある機関投資家』
の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫」を踏まえた建設的な対話にも資するものである。
【原則3−1.情報開示の充実】
上場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナ
ンスを実現するとの観点から、(本コード(原案)の各原則において開示を求めている事項のほか、)以下の事項について開示し、主
体的な情報発信を行うべきである。
(ⅰ)会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画
(ⅱ)本コード(原案)のそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針
(ⅲ)取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続
(ⅳ)取締役会が経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続
(ⅴ)取締役会が上記(ⅳ)を踏まえて経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明
出典:金融庁・コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議「コーポレートガバナンス・コード原案∼会社の持続的な成長と中長期的な企業価値
の向上のために∼」(2015年3月5日)
中期経営計画とその前提となる外部環境については、
た。人口動態の変化は、現在の需要に加えて、潜在的
コーポレートガバナンス・コードの基本原則3(<表1>
な需要の獲得を考える上で重要です。国内との対比
参照)で言及されている通り、「適切な情報開示と透
で、海外の人口増などによるマーケット拡大、それに対
明性の確保」が求められます。
する対応策を策定する際の手かがりとされています。
それでは、具体的に、企業は中期経営計画において、
どのように外部環境を想定して、事業戦略を立ててい
Ⅲ 中期経営計画の開示状況
るのでしょうか。次節では、例として、4社の中期経
営計画を考えてみます。
実際に、どのくらいの企業が、中期経営計画におい
て、自社を取り巻く外部環境を示しているのでしょう
▶図1 主要企業の中期経営計画の開示状況と
外部環境の記述
か。TOPIX100(金融・保険を除く)採用企業を対
象に調べると、調査対象企業のうち、約80 %の企業
が中期経営計画を策定・開示しています(<図1>参
<中期経営計画>
<外部環境の記述>
照)。その一方で、外部環境について記述している企
業は、半数に満たない42%にとどまります。
外部環境の記述として多かったのは、経済環境、資
源価格や人口動態でした。例えば、経済環境は、足元
から先行きにかけての国内・海外の景気動向です。こ
あり
非開示
19.8%
開示
80.2%
42.0%
なし
58.0%
れは主に、売上高見通しを作る際の需要動向を把握す
るためのものとみられます。また資源価格は、資源エ
ネルギー関連企業での記述が多かった項目です。これ
らの産業では、海外から原材料として資源エネルギー
出典:東京証券取引所、各社開示資料よりEY総合研究所(株)作成
* 金融・保険業を除くTOPIX100構成企業(14年10月31日時点)をサン
プルとして、15年5月時点での中期経営計画開示状況を調査
を輸入しなければならないので、コストとして企業収
益の見通しに直接的に影響を及ぼします。また、長期
的な視点から人口動態を考慮している企業もありまし
情報センサー Vol.108 October 2015 3
EY Institute
Ⅳ 中期経営計画の事例
ここでは、企業の中期経営計画における外部環境の
認識や前提についての記載から、その背景と企業の狙
いを考えてみます。前述のTOPIX100社のうち、中期
経営計画に、外部環境と取り組みの関係の説明に係る
包括的な開示があった4社についてみてみましょう。
• ケースA社
よって多彩な商品を開発することを中期経営計
画で掲げている。グローバル事業でも、新興国
などの所得向上とライフスタイルの変化を見越
しており、地域カスタマイズや独自ローカル商
品の開発を進めることを計画している。さら
に、高齢化などのライフサイクルの変化を捉え
て、企業が持つ先端技術と外部との共同研究を
進めることで、医薬・医療分野への進出も加速
グローバル展開するA社は、総合商社という業
態もあり、長期的な外部環境の分析から、中期
的な取り組みを導き出している。例えば、新興
国経済の成長により、中長期的にエネルギー需
要が拡大するという外部環境を前提に、非在
来型エネルギーという切り口で、資源・エネル
ギー上流ビジネスの見直しが、企業の成長戦略
に位置付けられている。また、新興国の人口増
や経済成長に伴う内需の拡大・所得の向上によ
し こう
る消費者の嗜好の変化という外部環境から、食
糧需給関係の崩れと生産性向上ニーズの高まり
を想定し、その対策が有望ビジネスとして全社
育成分野の一つに挙げられている。
させる計画を進めていく予定。
• ケースD社
住宅設備・機器メーカーのD社は、海外経済の
成長や各国の環境政策の加速に加えて、エネル
ギー・電力事業の変化を外部環境として想定。
その想定から、大きなトレンドとして、自社が
属する業界の製品への需要は根強く、ここ20
∼30年間は利用拡大が進むこと、また、エネ
ルギーの多様化が進むことを導き出している。
また、エネルギー効率を上げるためにベスト
ミックスを構築して、それを提供していくこと
と同時に、環境や安全を軸にした商品力を高め
ていくことを目標にしている。
• ケースB社
国内の不動産業B社は、長期的な視点から国内
これら4社における中期経営計画と外部環境の把握
市場への展開を課題にしている。例えば、国内
の関係を図示したものが<図2>です。各社とも、自
の少子高齢化や都市部への人口集中という外部
身が想定する外部環境を明らかにして、それを前提と
環境を想定することで、需要の質が変化するの
した成長の枠組みを示すことで、投資家との対話を深
で、新たな成長分野が誕生するとみている。例
めようとしていると考えられます。
えば、国内市場が成熟化するにしたがって、商
なお、中期経営計画は企業の成長を目指したもので
業・住宅地開発においても、環境との共生や健
あるため、プラスの要因が多く記載される傾向があり
康・長寿とともに新産業創出が求められるよう
ます。例えば、新興国の経済成長は、現地の消費者の
になっている。例えば、スマートシティーなど
購買力を高めるので、現地需要が拡大するという解釈
の街づくりの取り組みや少子高齢化に加えて、
になりがちです。
都市部への人口流入に対応した物流施設の拡充
一方で、新興国の経済成長の中では、日本企業と競
などが重視されている。また、グローバル事業
合する現地企業も成長するため、競争条件が激しくな
でも、商業・住宅開発などを積極化したり、街
る恐れもあります。現地需要の拡大については、現地
づくりへの主体的な参画を進めたりする一方で、
企業との競争にどのように対応していくのかという視
海外顧客の日本展開に対するソリューション提
点を織り込む必要があると考えられます。その他の外
供なども拡充するとしている。
部環境にも、企業にとってプラス面とマイナス面の両
• ケースC社
食品メーカーのC社は、複線化するライフスタ
イルを外部環境として想定。その上で、おいし
さ、簡便さ、過剰・不足栄養の解消などの軸に
4 情報センサー Vol.108 October 2015
面があることは事実です。メインシナリオとしての成
長戦略とともに、リスクシナリオを想定して、成長を
目指す中期経営計画が重要です。
また、企業が中長期的な成長を目指していく上で必
要なのは、人口減少など中長期的な外部環境の変化の
▶図2 中期経営計画の事例
<海外>
グローバル中間層をターゲット
とした食品メーカーC社
• 複線化するライフスタイルを捉える徹底
• 全社視点でのR&D資源の重点投入と、
ルギー関連、生活・サービス関連、食料・
農業などに成長の機会
ふ かん
新興国の
中間所得層拡大
• 全体を俯瞰して、組織間形態の強化
非在来型
エネルギー割合の増加
新興国の
人口増・内需拡大
嗜好の多様化
<短期>
• 自動車、社会インフラ基盤、資源・エネ
エネルギー
需要の拡大
した現地・顧客適合
外部との連携強化で新ビジネスモデルの
構築
グローバルでの中長期事業を中心
とした総合商社A社
ひっぱく
食糧需給の逼迫と
生産性向上ニーズの高まり
為替レート変動や
貿易協定
<長期>
市場の
グローバル化
各国の
環境政策加速
新素材の需要増
複線化する
ライフスタイル
国内の電力不足
良質な
資本ストックの増加
再生可能エネルギーの
コスト高
国内市場の成熟化
少子高齢化
エネルギー関連を中心とした
住宅設備・機器メーカーD社
国内の中長期事業を中心とした
不動産系デベロッパーB社
都市部への人口集中
• 需要の質が大きく変化し、新たな成長分
野が誕生
• 製品ラインアップ充実・強化
• 快適性を損なわず環境性と経済性を両立
• マーケット・顧客のボーダーレス化によ
る事業機会の拡大
<国内>
出典:各社中期経営計画よりEY総合研究所(株)作成
中で、この3 ∼ 5年間の中期経営計画で何に取り組み、
高め、企業と投資家の認識のベクトルも合わせること
何を改善させるのかという課題と対応策を明確にした
を通じて、結果的に企業価値を高めることが期待され
中期経営計画です。課題と対応策が明確に結びついて
ます。
初めて、投資家はその中期経営計画と企業の経営を評
価できるといえます。
このように、企業が想定している外部環境を開示す
ることは、投資家にとっても「適切な情報開示と透明
性の確保」の観点から、積極的に取り組むべきだと考
えられます。
Ⅴ おわりに
本稿では、中期経営計画の前提となる外部環境の把
握と開示の意義について、具体的な事例と合わせて分
析しました。
その結果から再確認できたことは、中期経営計画に
お問い合わせ先
EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部
E-mail:[email protected]
おいて、企業が自社の事業領域と今後想定される外部
環境の変化のベクトルを合わせて、それを投資家に開
示して対話を進めることの重要性です。その一連の作
業によって、企業自らが想定した事業計画の妥当性を
情報センサー Vol.108 October 2015 5
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