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『アジア女性史一比較史の試み』

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『アジア女性史一比較史の試み』
[書
評]
『ア ジ ア女性 史
比 較 史 の試 み 』
ア ジ ア 女 性 史 国 際 シ ンホ ジ ウ ム実 行 委 員 会 編
明 石 書 店,1997年6月
岸本 美緒
1996年3月
に東 京 の 中 央 大 学 で 開 か れ
者史(重 富 ス パ ポ ン)/③
日本 近 代 女 性 雇
たア ジア女性 史 国際 シ ンポ ジ ウムは、 韓
用 労 働 の起 点(東 條 由紀 彦)/④
国 ・中国 大 陸 ・台 湾 ・マ レー シア ・タイ ・
ベ トナム 女性 の ラ イ フサ イ ク ル の 変 容(チ
フ ィ リピ ン ・イ ン ド ・ア メ リカ な ど海外 か
ャ ン ・ハ ン ・ザ ン)/⑤
らの参 加 を含 む34名
女 性 を中心 に(板 垣 邦 子)/⑥
で延 べ1000人
の報 告 者 と、2日 間
近 くの参 加 者 とを得 て 、 主
工業化 と
農 村 生 活 の 変 容:
変 わ る女 性
の生 活:マ レー シ ア半 島 の都 市 と農 村(ス
ー ザ ン ・オ ル ジ タ ム)
催 者 の 予想 を も上 回 る大 盛 況 とな っ た とい
う。本 書 は 、 そ の 報 告 集 に、 ア ジ ア女 性 史
第2章
「政 治 と女性 」 ☆ 末 次 玲 子/① 単
研 究 の 動 向 を国 別 に紹 介 した論 文 を付 け 加
位 体 制 と中 国 女性(譚 深)/②
え た もの で 、600頁 近 い 大 冊 で あ る。 本 書
に お ける 女性 の政 治 参 加 と経 済 的 参 加(コ
の 出 版 に よ っ て 、 当 日参 加 で き な か っ た
ラ ソ ン ・B・ ラ ムー グ)/③
日本 の 戦 後 政
人 々(評 者 を含 む)も 、 シ ンポ ジ ウム の全
治 と女性(辻 村 み よ子)/④
韓 国 女 性 の抗
貌 を 知 る こ とが で き る よ う に な った。 これ
日民族 運 動 推 進 とそ の 特 性(朴 容 玉)/⑤
だ け の規 模 の国 際 会 議 の運 営 と報 告集 の 出
ナ シ ョナ リズ ム と女 性:両 大 戦 間 の イ ン ド
版 に は、 実 行 委 員 会 をは じめ とす る関 係 者
(押川 文 子)/⑥
の 大変 な ご苦労 が あ った に違 い な い。 改 め
女 性 に とって15年
戦争
とは何 で あ った の か(広 瀬 玲 子)
て 敬 意 を表 した い 。
第3章
本 書 は 、 シ ンポ ジ ウム の 記録 で あ る 第1
部 「ア ジア 女性 史 一
フ ィ リピ ン
「思 想 ・宗 教 」 ☆ 前 山加 奈 子/①
元代 にお け る理 学 の 女 性 に対 す る影 響(杜
多 様 性 と共 通 性 を さ
芳琴)/②
江 戸 時代 に お け る 「儒 教 」 の 日
ぐる」と、各 国 の 動 向 を ま とめ た 第II部 「ア
本 的 展 開(菅 野 則 子)/③
ジ ア 各 国 女性 史 研 究 の 現 状 と課 題 」 に わ か
生 活 に お け る儒 教 の 影 響(文 玉 杓)/④
れ て お り、その 構 成 は 以 下 の 如 くで あ る(紙
ン ドの 女性 の 日常 生 活 にお い て ヒ ン ドゥー
幅 の節 約 の ため 、副題 ・翻 訳 者 は適 宜省 略 。
教 が果 たす 役 割(ア パ ル ナ ・パ ス)/⑤
ビ
以下 、 言 及 に当 た って は 、11①
ル マ仏 教 に お け る女 性(川 並 宏 子)/⑥
中
〈第1部
第1章 第 ① 論 文 〉 の如 く略 号 で 示 す 。 ☆ は
第4章
厂工 業 化 と女 性 」☆ 奥 田和
「家 父 長 制 と女 性 」 ☆ 長 野 ひ ろ 子
/① 宋 代 の 皇 后 制 か らみ た 中 国 家 父 長 制
美/① 中 国 にお け る女 性 労 働 者 三 代 の軌 跡
(リ ンダ ・グ ロー ブ)/②
イ
世 の尼 と在 家 尼(西 口順 子)
各 章 の 「課題 と論 点 」 の執 筆 者)。
第1部 第1章
現代 韓 国 女 性 の
(秦玲 子)/②
タ イ の 女性 労 働
日本 に お け る家 と家 父 長 制
成 立 の 特色(服 藤 早 苗)/③
17
近世家族 にお
け る女 性 の位 置 と役 割(長 島淳 子)/④
ヒ
の 会 議 」(早 川 紀 代 「ア ジ ア 女 性 史 の 全 体
ン ドゥー 家 族 法 の改 正 過 程 とジ ェン ダー ・
像 を求 め て 」『歴 史 学 研 究 』689号 、1996)
イ デ オ ロ ギー(粟 屋 利 江)/⑤
韓国の家父
とい うこ とで あ る 。本 シ ンポ ジ ウ ムの 扱 う
企業 中心 社会 と
時 間 的 ・空 間 的範 囲 は極 めて 広 く、 時 期 は
長 制 と女 性(李 効 再)/⑥
家 父 長 制(大 沢 真 理)
第5章
古代 か ら現 代 に至 り、 地 域 も東 ア ジア ・東
「
性 の 歴 史 と売 買 春」 ☆ 桜 井 由幾
南 ア ジ ア ・南 ア ジ ア とい う広 域 にわ た って
/① 戦 争 と女性:日 本 古 代 の場 合(関 口裕
い る。 歴 史 学 的 ・な い し思 想 史 研 究 的 な ア
子)/②
プ ロー チ が多 い けれ ど も、 社 会 学 的 な 現状
/③
近 世 売 買 春 の構 造(曽 根 ひ ろみ)
「従 軍慰 安婦 」 問題 と 日本 近代(吉 見
分 析 も含 まれ て い る(11⑥
義 明)/④ 朝 鮮 にお け る公 娼 制度 と 日本(山
下 英 愛)/⑤
2② 、13③
日本植 民 地 下 の台 湾 にお け る
、14⑥
、12①
、1
な ど)。
第1部 の 副 題 にあ る よ う に、 シ ンポ ジ ウ
公 娼 制 度 と娼 妓 に 関 す る 諸現 象(廖 秀 真)
ム全 体 を 通 じて 「多 様 性 と共 通 性 を さ ぐ
/⑥ タ イ にお け る売 買春 の歴史(T.カ
る」とい う メイ ンテ ー マ が 設 定 され て お り、
ジャ
ナ ッソー ン)
第6章
究一
会議 の 趣 旨は 、 あ る 一 定 の 視点 か らの 「ア
「ア メ リカ にお け る中 国女性 史研
家庭 領 域 の 内 外 で
ジア 女性 史像 」 を作 り上 げ て ゆ くとい う よ
明 ・清 期 」 ☆ 大
りは、 既 成 の枠 をは ず した 「フ ラ ッ トな 比
島 立 子/① 清 朝 の あ る一 族 の家 庭 生 活 に お
較 」(早 川 紀 代 、 本 書589頁)を
け る芸 術 、感 情 、思 い 出(ス ー ザ ン ・マ ン)
う とこ ろ に あ っ た如 くで あ る 。若 手 の報 告
/② 曇 陽 子 に み る 女 性 と して の 人 生(ア
者 の 一 人、 秦 玲 子 は 報 告 の な か で 「この ア
ン ・ウ オル トナ ー)/③
中国 ・明 末清 初 に
ジ ア女 性 史 国際 シ ンポ ジ ウム は、 異 文 化 の
お け る纏足 と文 明 化 過 程(ド ロ シー ・コー)
収 蔵 庫 見 学 で あ る 。 しか しそ れ は他 者 をス
/④ 明 朝 期 の 中 国 に お け る治療 医 と して の
テ レオ ・タ イ プで は見 な い とい う決 意 に支
女 性(シ ャ ロ ッ ト ・フ ァー ス)
え られ た上 で の見 学 で な けれ ば な らな い」
第II部 第1章
「日本 」① 古代(義 江明 子)
/② 中 世(黒 田 弘 子)/③
と述 べ て い る。 こ こ で 「収 蔵 庫 」 とい うの
近世(長 野弘 子)
/④ 近 ・現 代(早 川 紀 代)/第2章
は 、文化 とい う もの を 「歴 史 的 に変 化 す る、
「中国 」
言 説 と行 為 パ ター ン の 動 く収 蔵 庫 」 と考 え
① 中 国 大 陸 にお け る女 性 史 研 究(前 山加 奈
子)/②
子)/第3章
よ う と い う秦 の 提 言 を踏 まえ た 表 現 で あ る。
台 湾 に お け る女 性 史研 究(末 次 玲
こ う した幅 の 広 さ、 枠 の 無 さは 、 と もす
「朝 鮮 」(井 上 和 枝)/第4
章 「イ ン ド」(粟 屋 利 江)/第5章
行 うとい
れ ば シ ンポ ジ ウム 全 体 の 印 象 を散 漫 な もの
「ベ ト
に して しまい か ね な い 。 しか し本 書 で は 、
「ア メ リカ
そ う した 拡 散 傾 向 を防 き、 多様 な 報 告 の 論
に お け る 中 国 女性 史 研 究 」(リ ンダ ・グ ロ
点 を整 理 して 読 者 に提 供 しよ う とす る多 大
ー ブ)
の努 力 も払 わ れ て い る。 第1部 各 章 の 冒頭
ナ ム 」(片 山 須 美 子)/第6章
本 会 議 は「ア ジ アで は じめ てひ らか れ た、
に付 け られ た 「課 題 と論 点 」は 、各 部 会(=
ア ジ ア地 域 の ほ ぼ 全体 を 対 象 に した 女性 史
各 章)の 報 告 内 容 と質疑 応 答 を 整 理 す る。
18
また 第II部 は、 各 国 別 に 女 性 史研 究 の動 向
の 言 葉 を従 来 別 に して きた 人 々 が 相 会 う こ
を紹 介 してお り、 第1部 の 各 報 告 の研 究 史
とに な るわ け だ。 しか もそ れ ぞ れ の 論 文 が
上 の 位 置 づ け を理 解 す る 上 で 、 有用 な指 針
短 く、実 証 とい う よ りは 論 点 を ス トレー ト
を提 供 して くれ る。
に 出 す形 に な って い るた め 、 そ の 相 違 は極
した が って 、 本 書 の各 報 告 の論 点 整 理 や
め て 顕著 に 目に映 る。 あ る研 究 者 か ら見 れ
位 置 づ け は既 に本 書 自身 の な かで な され て
ば 、 一部 の 研 究 は 、 す で に そ の 使 命 を 終 わ
い る とも いえ 、 ま た、 既 に本 誌 で も、 末 次
っ た 旧い タ イ プの研 究 と も見 え る だ ろ う。
玲 子 氏 が 各 報 告 に つ い て の 適 切 な紹 介 を 行
ま た 、他 の 研 究 者 か らすれ ば、 一 部 の 研 究
って い る(第7号)の
で 、 こ こで は 、 女性
は、 差別 や 抑圧 と闘 う実 践 的 な課 題 とや や
史 研 究 の 素 人 で あ る評 者 か ら見 て 印 象 的 で
乖離 して い る と見 え る こ とも あ ろ う 。 しか
あ っ た点 をい くつ か取 り上 げ て 若 干 の感 想
し同時 に、 そ う した差 異 を顕 在 化 させ な い
を述 べ、 書 評 の責 を塞 ぐ こ と と した い。
要 因即 ち 、 大 き く見 れば 同 じ実 践 的 目的 を
第II部 で ま と め られ た女 性 史 研 究 の動 向
共 有 して い る とい う意 識 、 それ ぞ れ の 国 情
を見 て も、 女 性 史 研 究 には 様 々 な視 点 が あ
へ の 配慮 な どか ら、 それ ら異 な る 意 見 を議
り、 そ れが 時 期 ご とに重 心 を移 動 させ つ つ
論 の俎 上 に乗 せ て 率 直 に批 判 しあ う こ とが
研究 史 の流 れ を形 作 って い っ た こ とが 了解
難 しい と い う事 情 も想 像 され る。 こ れ は 、
され るの だ が 、 本 書 を読 ん で 最 も強 く印象
女性 史 と限 らず 、様 々 な(特 に女 性 関 係 の)
づ け られ る こ とは 、 そ う した様 々 な異 な る
国 際会 議 に共 通 して 見 られ る複 雑 な 状 況 で
視 点 が 、 こ こに い わ ば 圧 縮 され た形 で 並列
あ る よ うに 思 わ れ る。 全体 を 覆 う熱 気 と共
され て い る とい う こ とで あ る。 無 論 、 現実
感 を維 持 しつ つ 、 具 体 的 な 学 問 的 論 点 に関
の 社 会 にお け る 女性 の 地位 向 上 を 目指 す こ
して も遠 慮 せ ず に 論 評 しあ う、 そ う し た場
と、 また 従来 の 歴 史 学 の も って い た 男性 中
の設 定 へ 向 け て の 大 きな 第 一 歩 と して こ の
心 の バ イ ア ス を直 視 し、 女性 に 正 当 な位 置
会 議 が あ る の だ ろ う。
を与 え る新 しい 視 点 を獲 得 しよ う とす る こ
本 書 に含 まれ た 多様 な視 点 を整 理 す る た
と、 とい っ た点 は 、 す べ て の 参加 者 が共 有
め の と りあ え ず の柱 と して 、1ジ
す る 目標 とい って よい の だ ろ う。 しか し、
論 と フ ェ ミニ ズ ム、2反 帝 国 主 義 ナ シ ョナ
そ う した 目標 を共 有 しつ つ な お、 は っ き り
リズ ム 、3「 近 代 」 批 判 ない し 「近 代 」 の
と異 な る様 々な 見 方 が あ る こ とに、 改 め て
相 対 化 、と い っ た3点 を と りあ げ て み よ う。
思 い至 らされ る。
これ らはい ず れ も、 「支 配 す る 知 」 に よ っ
同 じ言 語 の論 文 を 読 み 合 い 、 日 々論 評 し
ェ ン ダー
て 固 定 化 され た言 説 男性 か らみ た 女 性 、 帝
あ って い る一 つ の 国 内 な い し言 語 圏 内 の研
国 主 義 的支 配 国 か らみ た 被 支 配 地 域 、 近 代
究 者 たち の 闇で は、 意 見 の 対 立 は あ って も
か らみ た前 近 代 へ の 異 議 と して 親 縁 性 を も
共 通 の 議 論 の場 は設 定 しや す い 。 しか し今
つ 。 しか しこの3点 は 常 にぴ っ た り と 重 な
回 の よ うに 正真 正 銘 の 国際 会 議 、 そ して は
りあ うもの で は な く、 様 々 な形 で か ら み あ
じめ て の 試 み とも な れ ば、 議 論 の場 、 討 論
い 、 か つ対 立 しな が ら、 本 書 の な か に 出 現
19
ら見 れ ば極 め て 例 外 的 な 一 部 の 事例 を扱 っ
して い る よ うに 思 わ れ る。
1と3に
関 わ っ て 印象 深 い の は、 東 ア ジ
た もの とい え よ うが 、その 目指 す と こ ろは 、
ア の 伝 統 社会 ・伝 統 思 想 に対 する 見 方で あ
これ らの 女性 た ちが 実 際 に 置 か れ て い た微
る。 中 国 元代 の理 学 を扱 っ た杜 芳琴(13
妙 な位 置 の 解 明 を通 じて 、 男性 と女 性 、 実
①)、 韓 国 家 父 長 制 の歴 史 の なか で 李 氏 朝
家 と婚 家 、 エ リー トと庶 民 、 とい っ た様 々
鮮 時 代 の儒 教 の役 割 を論 じた 李効 再(14
な 差 別 の 交 錯 す る明 清 時 代 の 複雑 な 社会 相 、
⑤)な
どは い ずれ も、 儒 教 に よ る女 性 抑 圧
そ して そ れ を彼 女 た ち或 い は 彼 女 た ち を め
の 強 化 を指 摘 す る とい う方 向 で議 論 を行 っ
ぐる 男性 た ち が どの よ うに 捉 え て い た か と
て い る。 そ こで は 例 え ば 、 「理 学 が 強 調 す
い う問 題 に接 近 しよ う とす る こ とで あ る と
る治 国斉 家修 身 や三 綱 五 常 の維 持 が、 家 庭
考 え られ る。
の 女 性 に 与 え た最 も大 きな 影響 は、 彼 女 た
ドロシ ー ・コー の 論 文(16③)は
、従
ち に独 立 した 人格 と 自由 を それ まで 以上 に
来 中 国 に お け る女 性 抑 圧 の 典 型 と見 な され
捨 て さ せ 、 夫 家 本位 の斉 家 修 身 の要 求 の も
て きた 纏 足 につ い て、 「(纏足 は)ど の時 代
とで 、 平 時 に お い て は夫 に仕 え 、親 に孝 を
にお い て も女 性 に とって 必 ず 不 幸 な 経験 と
尽 く し、 家族 の親 和 をは か る とい う義 務 を
い うわ け で は な く、そ の属 す る社 会 的 地位 、
履 行 させ た こ とで あ る」(杜)と
ある よう
地 域 等 々 に よ って 意 味 合 い の 異 な る行 為 な
に、 支 配 者 が そ の イ デ オ ロ ギー で あ る儒 教
の で あ る」 と して 、 清 代 の 人 々 自身 が纏 足
を 通 じ、 い か に 女性 を抑 圧 して き たか が 論
に付 与 した意 味 「漢 民 族 の ア イ デ ンテ ィテ
じ られ て い る とい え よ う。 母 を 尊 び母 に孝
ィー の 印 」 「〈文 〉(文 明 性)文 化 の 神 髄 」
養 を尽 くす とい った儒 教 道 徳 も、一種 の「緩
と して の 意 味 に着 目 して い る(引 用 中 の括
衝 作 用 」 と して 、 女性 抑 圧 の文脈 の なか で
弧 内 は 引 用 者 に よ る補 足 、 以 下 同 様)。 纏
と らえ られ て い る。
足 の 「意 味 」 を 内 面 的 に理 解 しよ う とす る
そ れ に 対 し、 第6章 に集 め られ た ア メ リ
コー の 姿 勢 は 、従 来 の 女性 吏 研 究 の 動 向 か
カ の 中 国 女性 史 研 究 は、 か な り異 な る視 点
らみ て 、 相 当 に大 胆 な 主張 ともい え よ う。
か ら中 国 明 清 時 代 の社 会 ・思想 を と らえ よ
リ ンダ ・グ ロー ブ の解 説 に よれ ば 、 コー を
う と して い る。す ぐれ た 文学 的 才 能 を もち、
は じめ とす る ア メ リカ の 中国 女 性 史 研 究 者
結 婚 後 も実 家 に 長 くと どま り或 い は実 家 の
た ち は 、 「数 千 年 に及 ぶ 女性 へ の 抑 圧 の歴
家 族 と強 い 心情 的 な結 び っ きを も ってい た
史 を見 つ め る よ りもむ しろ、 男女 間 に不 平
張 家 の4人 の娘 た ち を扱 っ たス ー ザ ン ・マ
等 な地 位 を割 り当 て た イ デ オ ロギー を もつ
ン の 論 文(16①)。
女 性 教祖 と して 男 性
社 会 の な か で 、 女性 た ちが い か に意 味 深 い
文 人 た ち の 賞 賛 を集 め た曇 陽子 に関 す るア
生 活 を創 り出 して い った か、 とい う こ とを
ン ・ウ ォ ル トナ ー の 論 文(16②)。
再 発 見 」しよ う と して い る の だ、とい う(II
明代
6)。
の 女 医 の社 会 的 存 在形 態 や その 評価 の多 様
こ う した 「再 発 見 」 は 、 一 面 で は、 実 践
性 を 論 じた シャ ロ ッ ト・フ ァー ス の論 文(1
6④)。 こ れ らは 、 明 清 時 代 の 女 性 全 体 か
的 ・戦 闘 的 な 女 性 解 放 の 主張 か ら一 歩距 離
20
を置 くもの で あ る と見 な され るか も しれ な
育 運 動」 や 、 三 ・一 運 動 へ の 参 加 と活 躍 を
いが 、 コ ー の研 究 を特 色 づ け る もの は 、む
通 じての 女 性 へ の 評 価 の 高 ま りな ど、 ナ シ
しろ女性 差別 と異 な る も う一 つ の タ イ プの
ョナ リズ ム と女 性 解 放 とが ス トレ・
一 トに 結
偏 見 の 自覚 で あ り、 そ れ へ の 明 示 的批 判 で
び つ く側 面 も 無 論 指 摘 され て い る(12
あ る。 即 ち、 「今 とは ま る で 異 な った 価 値
④)。 しか し日本 の 敗 戦 と植 民 地 か らの 解
や 身体 概 念 の 上 に成 り立 って い る過 去 の 事
放 は、 必 ず しも韓 国 で の 女性 の 地位 向 上 に
柄 を、 近 現 代 の 視 点 か ら見 る」 こ とに対 す
結 び つ か な か っ た 。 「侵 略 さ れ た 民 族 の 血
る 反 省 で あ り、 「近 代 の 民 族 主 義 的 な 偏
統 の 浄化 は 、 父 系血 統 のr純 粋 性 』 と同 一
見 」 に囚 わ れ た纏 足 観 か ら脱 却 しよ う とい
視 され、 民 主 憲 法 下 で も家 父 長 制 を 合 法 化
う提 言 な の で あ る 。 こ こで い う 「近代 の 民
した」 とい う(14⑤)。
族 主 義 的 な偏 見 」 とは、 必 ず しも西 洋植 民
イ ン ド関 係 の2本 の論 文 は 、 ナ シ ョナ リ
主 義 者 の オ リエ ン タ リズ ム 的 ア ジア観 を指
ズ ム と女 性 解 放 と の相 剋 の 問 題 を直 接 に 扱
す もので は ない 。 む しろ、 中 国 の 民族 主 義
って い る。 押 川 論 文 の 示 す レ ッデ ィ とガ ン
者 の それ で あ り、コ ー の 表 現 に よれ ば 、「帝
デ ィー との 対 比 は 興 味 深 い 。 男 女 共 学 の 高
国主 義 に よ って 精 神 的 外 傷 を受 け た 男性 の
等 教育 を 受 け た 最 も初 期 の 女性 の 一 人 で あ
ア イデ ンテ ィテ ィー の 探 索 と分 か ち難 く結
る レ ヅデ ィは 、 男 女 同 権 の 立 場 か ら女 性 の
びつ い た 、 近代 の 目的 論 的 な もの の 見 方 」
地位 向上 運 動 を推 進 した が、 例 え ば デ ー ヴ
の こ とで あ る。五 四 時期 の 急 進 的 知 識 人 の
ァダー シ ー(寺 院付 きの女 性 で 舞 踊 な ど の
ナ シ ョナ リズ ム は、 旧 い 家 族 道 徳 の 批 判 と
技 能 を持 つ と とも に売 春 も行 う)廃 止 運 動
い う形 を とっ て現 れ た 。 そ こで は 、 民族 主
に見 られ る彼 女 の立 場 は、 デ ー ヴ ァ ダ ー シ
義 と女 性 解 放 とい う課 題 が 、 「近 代 化 」 の
ー の伝 統 的 技 能 の 持 つ 可 能 性 に は 関 心 を持
追 求 の な かで 重 な りあ っ て い た 。杜 芳琴 ら
た ず、近 代 的 な性 道 徳 認 識 を背 景 に 女 児 保
の研 究 が 、 こ う した実 践 的 な運 動 の なか で
護 を訴 えた もの で あ っ た。 ヒ ン ドゥー の 女
形 成 され た 伝統 中 国 女 性 観 を 直接 に 受 け継
性 抑圧 的慣 習 を批 判 す る彼 女 に対 し、 集 会
ぐもの だ とす れ ば 、 ア メ リカ の研 究 はむ し
に同席 した ガ ンデ ィー は 「ラー マ ー ヤ ナ 」
ろ、 この よ うな伝 統 中 国 女 性 観 が 帯 び て い
の 貞 女 シー ター の 自己犠 牲 を 讃 え 、 「西 洋
る 「近代 的偏 見 」 を 見 直 して い こ う とす る
を模 倣 して は な りませ ん 」と言 っ た と い う。
方 向性 を持 っ て い る とい う こ とが で き よ う。
と もに民族 主義 活 動 を 行 い な が ら、 女 性 解
ア ジ ア の ナ シ ョナ リズ ム は 、 常 に五 四期
放 、「近 代 」 に対 す る彼 らの 認 識 に は 差 異
の運 動の よ う に女 性 解 放 の 主 張 ・実 践 と結
が あ っ た。 この 差異 は 、 イ ン ドの 民 族 運 動
び つ いて い たわ けで は な い 。 ナ シ ョナ リズ
に お け る上 流 知 識 階 級 と大 衆 とい う 社 会 階
ム と女 性 解 放 論(即 ち前 述 の2と1)と
層 的 な 差異 と も重 な る こ とが 示 唆 さ れ て い
の
間の 結 合 と相 剋 も、 本 書 の随 所 に見 られ る
る(12⑤)。
興 味 深 い 問 題 で あ る。 韓 国 の愛 国 啓 蒙主 義
ギ リス 支配 下 の 法 の近 代 化 の な か で 、 女 性
者 た ちに よ って推 進 され た 「救 国 的 女性 教
の 地 位 に直 結 す る領 域 は 「ヒ ン ドゥ ー の 伝
21
又、 粟屋論 文 によれ ば 、 イ
統 」 に 関 わ る領 域 と され 、 そ の変 更 は急 進
日本 の 「家父 長 制 」 とは、 あ る意 味 で繋 が
的 ナ シ ョナ リス トの 激 しい反 対 を受 けて い
って い る と もい え る の だ ろ う(11⑤)。
た。 独 立 後 の 「ヒ ン ドゥー 法 典案 論争 」 に
日本 との対 比 で興 味 深 い のは 、 譚 深 の 論 じ
お い て も、 時 代 の 変 化 に対 応 して ヒ ン ドゥ
ー 法 の 変 更 を推 進 しよ う とす る立 場 と ヒン
た社 会 主義 中 国 の 「単位 制 度 」 で あ る 。従
業 員 の 生 活 全 般 を 国 家 が 「単 位(職
ド ゥー の伝 統 を守 ろ う とす る反 対 派 との論
織)」 を通 じて 統 制 す る と同 時 に保 障 す る
争 を通 じ、 結 局 妥 協 的 な 形 で の法 典 化 が行
制 度 は、 都 市 の 女性 労 働 者 が 男性 と同 一賃
わ れ た が、 両 派 の レ ト リ ヅクで は と もに、
金 で終 身 働 くこ とを 可 能 に し、 この 単 位 制
欧 米 の 女 性 と対 比 され る上 位 カー ス ト ・ヒ
度 に よ っ て 女性 は 「
個 人 で も 『家 庭 の 中
ン ドウー女 性 の あ り方 が イ ン ド精 神 の代 表
の 人』で も な く、 『単 位 の 中の 人』にな り、
と して 称 揚 され て い た。 そ して、 こ う した
最 終 的 に はr国 家 の 人』に な っ た ので あ る」
理 想 像 は、 都 市 部 に成 長 しつ つあ る近代 家
とい う。 現在 、 改 革 開放 政 策 の な かで この
父 長 制 的 な世 帯 構 成 の も とで も、 イデ オ ロ
制 度 は 弛 緩 し、 性 別 分 業 や 家 庭 の重 要 性 が
ギー 的 装置 と して 有 効 に機 能 して い るの で
次第 に 強 ま って い る とい うが 、 女性 を 「国
は な い か、 と粟 屋 は 問 い掛 けて い る(14
家 の 人 」 た ら しめ ん とす る こ う した制 度 の
④)。 家 族 に 関 わ る法 の 近 代 化 をめ ぐる緊
持 つ 意 味 は 、 フ ェ ミニ ズ ム 運 動 の初 発 か ら
張 関係 は、 中 国 で も 日本 で も見 られ る近代
論 じ られ て きた 国 家 の役 割 の 問題 を、 改 め
ア ジ ア 共通 の 問題 とも い え、 有益 な比 較 の
て 想 起 させ る もの で あ る(12①
ポ イ ン トを 提供 す る の では ない か と思 わ れ
場組
、11①)。
以 上 、 評 者 の 関 心 に沿 って 、 分科 会 を横
る。
断 す る若 干 の 問 題 を取 り上 げ させ て い た だ
い た 。 シ ン ポ ジ ウ ム にお い て は 、 第5分 科
こ こで粟 屋 の触 れ た 「近 代 家 父長 制 」 に
つ い て は大 沢 真 理 が正 面 か ら扱 って い るが 、
会(性 の 歴 史 と売 買春)ど 第4分 科会(家
フ ェ ミニ ズ ム は も と よ り、 「国 家 」 論 とも
父 長 制)に 特 に多 くの参 加 者 が集 ま った と
「近 代 」 論 とも交 錯 す る興 味 深 い論 点 とい
い う。 歴 史 的 な深 い根 を もっ と とも にア ク
え よ う。大 沢 は 、 「家 父 長 制 」は過 去 の 「
家」
チ ュア ル な 課 題 で も あ る この 両 者 が 、 現 在
制 度 の遺 制 で は な くま さ に近現 代 の 問題 で
女 性 た ちの 強 い 関 心 を集 め て い る とい う こ
あ る 、 と論 ず る。 「夫 は 仕 事、 妻 は 家 庭 」
とで あ ろ う。 本 評 で は、 第5分 科 会 をは じ
の 性 別 分 業 観 の も と、 女性 を不払 い の家事
め と す る多 くの興 味 深 い論 文 を紹 介 す る こ
労 働 の担 当者 と して 、 或 い は 低賃 金 のパ ー
とが で き な か っ た の が残 念 で あ る が、 ア ジ
ト労 働 者 と して位 置 づ け る現 代 日本 の 企業
ア女 性 史 とい う課 題 の広 が りを 立体 的 に感
中心 社 会 こ そ、 男性 に よ る女性 労 働 の 領 有
ず る こ とが で きた こ とを感 謝 しっ つ筆 をお
に支 え られ て い る とい う点 で 家 父長 制 的 で
き た い。
あ る と い う(14⑥)。
板 垣 論 文 で扱 わ れ
た第1次 大 戦 後 の 日本 農 村 に お け る主 婦 の
地 位 向上 を 目指 す 動 き と、 大 沢 の い う現代
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