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空間的思考 - GISを用いた思考の基本

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空間的思考 - GISを用いた思考の基本
第3回GISセミナー「GISワークショップ in しまね」 講演概要
●全体会:講演「空間的思考 - GISを用いた思考の基本」
講師:東京大学空間情報科学研究センター特任教授 今井 修 氏
【空間的思考の背景】
私はGISの基礎的素養という部分が今後の発展のキーになると
思 い 、 空 間 的 思 考 と い う 言 葉 を 出 し ま し た 。 英 語 で は spatial
thinking と呼びます。これは 2000 年ごろ、アメリカの教育改革の中
で出てきました。
空間的思考は何も目新しい話ではありません。皆さんが日常的にし
ていることを改めて空間的思考と考え直そうということです。
私は市民参加とGISをテーマにしており、これまで市民参加に対してGISがどう使えるのか、い
ろいろなケーススタディーを行ってきました。市民参加のゴールは地域の課題の解決です。そのために、
フィールドでの活動でいろいろな具体的な判断が求められますので、その合意形成をやります。そして、
自分たちの活動を発信したり、行政と一緒にその政策立案への支援を行います。
そのときに、地図の役割とか活用方法をいろいろ考えながら、その上で次のGISの展開を考えよう
としたわけです。GISは道具なので、私たちが無意識に使っている思考方法をもう一回点検するとい
う意味の理解だと思っていただきたいのです。
そもそも私たちは言葉で論理的に物を考える、相手に伝える、客観的に物を見るといったことを学校
で勉強してきたと思うのですが、見たことや観測したデータを対象として、それをデータに基づいて論
理的に考え(「空間的推論」と言う)、それを可視化するという一連のプロセスを空間的思考と呼びます。
買い物に行くときに、どのルートで行けばいいかとか、観光地へ行ったときにどう回って、どこに泊
まったらいいかといったことは、皆さんが無意識に行っているわけです。そういうものを表に出して考
えてみようということです。特に、個人の考えを相手に伝えたり、共通認識を持つというところで空間
的思考が重要な役割を果たします。
【空間的思考について整理】
空間認識を共通に持とうという話には大きく2つあると思います。一つは、物を中心とする見方、あ
るいは地域を中心に見る見方で、どちらかというと理学、工学系が得意としてきたものです。そういう
意味で、GISという道具は、物とか地域を中心とする見方を支えてきたのだろうと思います。
一方、意思決定しようとすると、コミュニティーや人を中心とする物の見方を空間的思考の中でテー
マとして取り扱うことが必要です。そこにはもうひとつのテーマとして空間認知とか行動の解明があり
ます。ソーシャルキャピタルとか意思決定、プロセスそのものがテーマとなる、人やコミュニティーを
中心とする見方です。これは今まで人間を対象とする学問領域としてありました。ただ、地域の安心、
安全というと、社会学あるいは心理学の捉え方と、理学、工学系の捉え方とは大きなギャップがあり、
そういう2つの物の見方をうまく視覚化してお互いの考えることが理解できるようにする研究も始ま
ったばかりです。
【空間的思考の役割】
最初の例が情報の可視化です。左側は Google が提供している
例で、三次元の可視化で、それなりに説得力があるように見え
ますが、地域の姿が見えるわけではないのです。つまり見えな
い情報が載らないと話にならないということです。
その右側は、地域安全マップですが、これは子供の目が見た
地域の姿であって、子供の頭の中にあるものが出てきたという
意味で、見えない情報が視覚化した例です。
2つ目の空間的思考の例は、鳥瞰的な物の見方と、虫瞰的、
つまり目前のことをよく見るという見方になります。目の前のことをよく見るというのは、NPOの場
合はフィールドでの観察があります。しかし目の前のことだけを見ていても物が解けるわけではありま
せん。それと同時に、全体を俯瞰する見方を身に付けるということが非常に重要で、そのための訓練が
必要です。少なくとも自分が歩いた道が全体から見てどこを歩いたのかといったことは、訓練するとか
なり身につきます。そういう繰り返しをすることが空間的思考の一つの例題だと思います。
【空間的思考をどのように身に付けるか】
空間の認識、空の表現、空間的な推論のそれぞれに関する訓練の3つがあり、空間の認識の一番は我々
の目で見たものをいかに客観的にするかという訓練になります。それだけではなく、頭の中の情報を可
視化するようなこともすべてこういう認識になります。
そのほか、空間の認識には、データを処理するといったことも含まれます。水質調査や声かけ事例が
いい例ですが、統計処理をしなければその現象は明らかにできない。統計処理をして物を見るという見
方も空間的な認識の中に重要なファクターとしてあります。
空間の表現の中には、シミュレーションやアニメーションなども非常に効果的なのですが、これらは
専用の道具立てがないとわかりません。
空間的推論については、いろいろな推論方法が既に研究領域ではでき上がっています。代表的な例が
画像の判読の分野で、航空写真、医療分野の画像診断などです。その現象の中のものを判読していく技
術は、実は共通のものも随分あると聞いています。
そのほか、重ね合わせとか、統計処理とか、空間解析とか、さまざまな解析手法が方法論としては既
にでき上がっています。
空間の認識を問題発見型と課題解決型に分けて説明した方が
わかりやすいということで、これは、地域資源発見のワークシ
ョップの経験です。スタートに当たって、「皆さん、私はこの村
へ来たのは初めてで、2時間のワークショップの後、結果とし
て、私は皆さんよりもこの村のことをよく知ることになるでし
ょう」と言うと、皆「そんなばかな」という顔をします。
それで、ワークショップでは、例えば地域の中でおいしい水
が飲める場所の話や、地域のお祭りはどこで行われているかと
いう質問をしたり、高齢者がいるところをマークしてもらいま
す。その結果、最初は、そんなことは言えないよと言っていたのが、いつの間にか全部しゃべってしま
う。集まった人達によって結果的にぺたぺた貼ったものができ上がります。そうするとこの地図はだれ
よりも情報を持っています。そういう意味で、できたこの地図を持っていれば、私は皆さんよりこの村
のことを案内できると言い切ってもいいぐらいだと思うのです。個人の知識を集積すると、地域のお宝
を発見するという意味の課題を発見するときの思考パターンとしても空間的思考は非常に有効です。
一方、もう一つの空間的思考の解き方が課題解決型です。例えば放置自転車をなくそうという話をす
るとき、実際には参加者の頭の中の放置自転車のイメージはばらばらです。
そこで、写真を撮って同じ状況を共有するということが第一のステップになります。課題があるとき
の解き方としての空間的思考なのですが、できれば5W1Hのような話を押さえていくことによって、
課題を地域で共有できるわけです。その上で、その次のステップで、定点観測をして初めてその放置自
転車の問題がはっきりするわけです。例えば平日と休日では対策方法が違いますし、駅前とスーパーで
も違います。そういう意味のきちんとしたデータをとるという活動も課題解決型の活動の一環として行
う必要があるわけです。
また、対策といっても駐輪場設置と撤去のどちらがいいかというときに、注意すべきは目標の水準で
す。その方法で解決するのかが問題なのですが、そのためには目標水準がないとだめで、これもみんな
で議論をして定めないといけない。そのときに、定点観測のデータもない段階で話ばかりしてもいつま
でたっても問題は解けないわけです。そういう意味の課題解決型の空間的思考とは、論理的にステッ
プ・バイ・ステップで丁寧に解いていくことが重要で、結論だけぼんと出すと後で大混乱になります。
空間的思考の中の基礎的な訓練があります。spatial thinking
というアメリカの本の中に出てきた例題をそのまま出したので
すが、横から見たとき、前から見たとき、三次元の形はどうか
とか、紙を切るとどういう絵になるかとか、三角形の重心を求
めなさいとか、こういったものは中学校で習ったはずですが、
現実の問題のときにはそれが抜けてしまって、すぐ結論に至ろ
うとする。それがいろんな意味の難しさを引き起こしている。
これは水源地を決めようという例題で、神奈川県の例です。
水が多い所、使う場所に近い所という2つの条件から候補地が
出てきますが、本当にそれでいいのかを考える訓練です。水質
浄化のコストがかかってきますので、水質の条件が加わると、最適な場所が変わってきます。それで、
問題解決型の場合は、一番安くできるのはどこかというところにたどり着くわけです。
こういう訓練は、ワークショップが一番適していると思います。私の経験では2時間ぐらいのワーク
ショップで地域のお宝発見ができます。その中で問題を解くところまで行く必要がある。そのためには、
問題解決型に話を広げていく訓練を繰り返し行っていく必要があるわけです。
例えば、まちづくりのワークショップでは、ファシリテータがまず地域を見る視点を教え、その次が
データの客観化です。そういうものを繰り返した上で、例えば因果関係に関する推論の例題を行います。
例えば、道祖神の石の像があったとして、その因果関係が何かということの訓練を始めるわけです。そ
して、わかったことを表現する。普通はこういうデータの客観化の表現が主になるのですが、そこはも
うちょっと工夫の余地があると思います。
現在、残念なことに、こういう空間的思考に関するファシリテータがいません。今後まちづくりを行
っているファシリテータの人に、こういう発想を持っていただきたいと思いますし、そのためのテキス
ト、教材等をつくっていく必要があると思います。
測量のデータは幾ら眺めても、雨の水はどっちに流れるか、実はよくわからない。それが地形図とい
う立体模型になって初めてわかるようになる。可視化によって初めて次のステップである雨の水の流れ
を知ったり、地質の構造を知るプロセスに至るわけです。
その可視化に対しては、地図を読む専門家の訓練も必要だろうと思います。専門家は街を歩いて地質
図が見えるらしいのですが、私たちには見えません。
そういうことで、空間的思考というものを簡単に言えば、紙の地図で一体何を表現するのか、何を相
手に伝えるのかが非常に重要で、そのための訓練が必要だということです。
【紙地図とコンピュータ】
こういう空間的思考は紙でも十分できるという意味では、ワークショップでポストイットを貼る作業
がこれに相当するのですが、これをコンピュータで表すと、ワークショップを行っている場所や風景な
どを映しただけで、何も特殊なことをしているわけではないのです。
だから、この段階で、現象を客観的に表すという意味では、ポストイットを貼るのもコンピュータも
全く同じですが、その次のプロセスに役に立つのです。それは、空間的な推論をするというプロセスで
す。例えば、何年が後に同じ場所でもう一回調べたいと思うわけです。危険なのは「この辺で」という
ことになって、同じ場所に行って調べることができない。それを防ぐために点のデータを落とします。
この点が確定すれば、そのデータは何年たっても変わりません。定点的に物事を見ることができる。そ
の道具としてコンピュータを見ていただければと思います。
【GISという道具をどのように捉えるのか】
GISは自分が空間的思考を助けてくれる道具だと思います。どれだけ便利な道具が世の中にあふれ
たとしても、ユビキタス社会が来てGISという言葉が要らなくなったとしても、空間的思考は必要で
す。その空間的思考に基づいて、物の性質の時間は重要になってきます。
こういう見えない情報などがたくさんあって、それらがコンピュータに載ってくるとまた違った姿が
見えてきます。この辺はまだ研究レベルですので、今後変わっていく可能性があります。時間について
もまだうまくコンピュータで扱えない難しさがあります。
【GISで考える(空間的推論)
】
コンピュータですので、認識されたものがデータ化されると、
変換プロセスがあり、データベースとして格納されて、空間的
な推論を行います。いろいろな形の推論がありますが、その代
表的な例として、重ね合わせがあります。
例えば、患者さんが5人いたとします。住所、症状が時系列
にあるとアドレスマッチングという方法で住所を座標の値に変
えることができます。その後で、ほかの地形のデータが同じグ
ラフソフト上に載るようにしたいときは、原点、距離、向きな
どがそろって初めて重ね合わせができます。その結果、図の赤色の場所と5人の関係がわかって、それ
を専門家が判断して、例えば、問題がこの川なのか、工場なのか、対策を検討できる。こういう一連の
流れが重ね合わせという処理の中でできます。
もう一つが密度という方法で、質的なものを評価する手法と
してよく都市計画で使われます。建物のデータと行政界の2つ
のデータを使うことによっていろいろな指標ができます。コミ
ュニティー単位の密度の例題を紹介します。これはシカゴで、
この辺は高級マンションがたくさんあり、不動産価格が高いの
ですが、ほかの質的な情報を加味することが非常に重要です。
例えば、安くて湖が見えていいなと選ぼうとすると、火災や犯
罪が多いから安い。これがわかるのが密度値の特色です。こう
いうことは都市計画の専門家は知っていますが、意外と広く使
われてきませんでした。
さらに高度な分析ですが、一つの数学的なモデルでこれが解
けるということです。3つの都市の光ケーブルの一番短いルー
トはどこかとか、学校区の設定、郵便ポストの配置などが、ド
ローネとボロノイの分析モデルで解けてしまうところがこの妙
味です。こういうさまざまな高度な分析手法があって、専門家
は常識的に知っていて、それを、GISを使うことによって一
般の人と専門家の間で会話ができるということです。
【まとめ】
社会的課題の解決にGISが利用できる場面は非常に多い。ただ、使い方についての理解がまだだと
思います。特に、Google Maps とか Web-GIS、ホームページは行政の情報を市民に伝えることを非常に
意識しているか、あるいはその効果が高い制度なのですが、よく考えていくと社会的課題の解決に本来
使えるものをホームページだけで終わらせていると見えます。それはどうしても紙地図を超えていない
のではないかと思います。紙地図を超える使い方をしようとすると、空間的な思考を論理的に詰めてい
く考え方を身につければいいので、それほど難しいことではないと思います。ただ、できればこれは勉
強する必要があると考えていて、その可視化の問題とか、空間的思考の教材は、今後いろんなところで
作成し、使っていただく方向に持っていこうと思っているところです。
― 了 ―
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