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Commitment to Design

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Commitment to Design
Reportage
Ligne Roset
A Legacy of
Creation
Ligne Roset is the story of a family business started over 150 years ago. The story
of this family legacy speaks volumes about the high standards and the passion with
which Michel and Pierre Roset run the business-respecting what was passed down
to them, but endeavoring to go even further and leave their mark.
Text Constance Rubini Photos Vincent Leroux
Since its inception, Ligne
Roset has been located
in the countryside of Ain,
in the Bugey region.
3
Reportage
1 トーゴのカバーのダブルステッチ。丈夫にキ
ルティングされたカバーによってより良い快適さが生
まれます。2 カバーに使うファブリックの在庫。
3 長い針によって張り込みが行なわれ、ボタンが
付けられる。4 ボタンはカバーと同じファブリック、皮
革でカバーされる。5 様々な密度のウレタ
ンから組み立てられたトーゴのウレタンフォームがカー
トに載せられている。Large photo, left page:
人の手による作業は不可欠:細かい手作業によ
ってトーゴの独特なシェープが生み出される。
1973
年にミッシェル・デュカロワによってデザインされた
ロングセラーは2013年に40周年を迎える。
1
2
3
4
ロゼの原点
5
ンが夫の後を継ぎ、優秀なビジネスウーマンとして事業を継承しまし
た。1910年にその息子エミール・ロゼが後継ぎになり、1930年代ま
1860年に、アントニー・ロゼはフランスのアンにあるウッシアという
で、
「Etablissements Veuve A. Roset」
(当時の会社名、
「アントニ
村で小さなステッキ工場を設立しました。事業を拡大し、1892年にブ
ー・ロゼの事業」)と名付けられた事業は、コロネードの椅子、籐の椅
リバス川のそばに土地を購入し、そこで木材が加工できる工場を造り
子、そして骨董品に似せた椅子などをも製造していました。1936年
ました。事業は発展し、30人を雇うようになりましたが、次第に、主に
に、ロゼ社が始めて布張りの椅子を製造し始めましたが、当時は皮革
女性が使っていた日傘は人気がなくなり、ビジネスの軸を変えなければ
のソファが一般的でした。エミール・ロゼは戦争直後、1946年に亡く
なりませんでした。アントニー・ロゼは同じ機械を使って、椅子を作り
なり、その息子ジャン・ロゼが事業の指導者になりました。戦後の経済
始め、これが家具メーカーとしての出発点となりました。
復興の中、50人を雇って事業が順調に発展し、産業化を進め、コント
アントニー・ロゼが1893年に亡くなった後、妻のマリー・ヴィクトリー
ラクト用の家具へ進出していきました。
5
Reportage
1
2
3
1 様々なウレタンパーツの在庫。2 ウレタンパー
ツが準備されている。3 ファブリックの裁断が行なわ
れる。4 皮革が検品され、欠点に印が付けられる。
5 キルトカバーが電気はさみで裁断される。
4
5
7
Reportage
1 突板のセレクト。2 ボード工場のパネ
ルの在庫。3 テーブルの組立で行う金具の調節。
4 製造中のボードのパーツ。5 組立作業。その
次に検品が行なわれる。
3
1
2
4
5
デザイン、製造、流通
ジャン・ロゼは切り開いていく才能があり 、様々な分野で変化の早いフ
当時は、アップホルスタリーのチェアはみんな硬いフレームをつかって
ランス社会の背景を把握していました。デザインに興味を持ち、デザイ
いましたが、デュカロワ氏はそうではなく、総ウレタンのソファを開発
ナーと建築家とのコラボレーションを始め、それによって、アップホルス
し、ソファの既成概念を大きく革新しました。ブリオードにある工場は、
タリーの家具に新しいインスピレーションを与えました。1954年に、
ウレタンソファの製造に集中し、ウレタンの裁断、ストレッチ、キルティ
リヨンの見本市でデザイナーミッシェル・デュカロワと出会い、ロゼ社
ングに必要な機械を整備しました。
の事業にとってそれは運命的な出会いでした。最初はフリーランスでロ
ゼと協働したデュカロワ氏は1960年から専属デザイナーになり、ジャ
デュカロワ氏は同時代のフランス人デザイナー ピエール・ポラン、オリ
ン・ロゼの全面的なサポートを得ることができました。ジャン・ロゼは
ビエ・ムールグのように、一流のクリエイター精神を持つ70年代のフラ
事業展開において、デザインの大切さをよく理解し、デュカロワ氏の研究開
ンスを代表する存在でした。1973年には、彼がデザインし、世界的に
発を全面的に支援するために、デザイン部署と試作品部署を設置しました。
有名になったTOGOが発表され、ルネー・ガブリエル賞を受賞しました。
9
Reportage
Commitment to Design
Interview with Chantal Hamide
れません。したがって、ロゼ社はエネルギーを節約し、素材を最適に使
シャンタル・アメードはフランスのデザイン雑誌
まなデザイン賞を受賞しました。とても快
用し、廃棄物を軽減できるような機械と製造プログラムに多額の投資
「INTRAMUROS」(イントラミューロス)の編
適で柔らかいこのソファの、製造は意外と
をしています。この様々な投資がよい結果を生むまでには時間がかかり
集長です。彼女はフランスだけではなく世界の
複雑で、様々な種類と密度の異なるウレタ
ますが、ロゼは企業として、長期的展望に立つことができます。1973
デザインを昔から観察してきた専門家です。
シャ
若い才能あるデザイナーは、
フランスのデザイン
ンを組み合わせ、丈夫にキルティングされ
年に、ソファコレクションを補完するために、ボードの製造をし始めた
ンタルさん、家具に対して特にフランス的な歴
を促進するVIA(Valorisation de l’Innovation
たカバーを張ったソファです。ウレタンの積
ときにも、ボードの仕上げ、素材の最新技術をマスターしている化学者
史、
というものがあるのでしょうか? を雇い入れました。その結果、油性の塗装の使用を中止し、水性の塗装
dans l’Ameublement家具の革新を促進する
層のパターン、そしてTOGOの特徴である
シワによって、ユニークなシェープと快適さ
を使い始め、UVコーティング(紫外線)で早く乾燥するラッカーも導入
フランスは家具の伝統がある国です。地方の家
年実施する、学生と若いデザイナーが参加でき
が生まれます。今年40周年を迎えるTOGO
されました。それによって時間とエネルギーを節約できます。そのよう
るデザインコンペによっても見つけられます。
ロ
はリーン・ロゼの代表作といわれています。 な商品は高いですが、効率がよく、環境問題に配慮され、耐久性にも優
具のスタイルは25種類以上ありますから…。
ア
ールヌーボ運動の影響を受けて、
1925年に開
れています。
催された Exposition des Arts décoratifs
デザイナー、例えばパニオン・ペレートル、
エリッ
TOGOの発表にあたって、先見性のあるジ
エコを重視するポリシーは、労働環境にも好影響を及ぼしています。ロ
(装飾美術の展示会)によって新しいアプローチ
ク・ジョーダン、
フランソワー・ボーシェ、ディジ
ャン・ロゼが当時活躍していたジャック・セ
ゼは、職場改善の専門家の力を借りて、動きをスムーズにし、動作の繰
がフランスのデザイン界に入ってきました。
エミ
エ・ゴメスは、
リーン・ロゼがプロモーションして
ゲラ広告 代 理 店に依 頼し、TOGOの近代
り返しを少なくし、作業効率を上げる努力を続けています。作業者は様
ル・リュルマンはデザインと構造を統合的にみ
いる
「フレンチタッチ」を代表するデザイナーで
性、
「自由」なデザインをアピールするテレ
々な作業に携わることによって、フレキシブルな作業環境が生まれ、製
て、高級な木材を使用しました。
シャルロット・ペ
す。
しかし次の世代、
ブルレック兄弟、
インガ・セ
ビコマーシャルが次々と放送されました。
造上の様々なニーズにも応えることができます。
リアン、
ピエール・ジャンヌレ、
ル・コルビュジエは
ンペ、
フィリップ・ニグロのようなデザイナーもロ
それによってTOGOの評判と認知度が上が
モダニスト
(近代化)の動きに属し、産業化と民
ゼとコラボレーションしていることは、
リーン・ロ
り、シーティングの常識を大きく変えた総
ロゼの製造ラインの流れでは、商品をある工場からまた次の工場へ運
主化を意識した家具をデザインしました。戦後
ゼの若いデザイナーへの深いコミットメントを表
ウレタンソファも幅広く知られることにな
ぶ必要があり、その距離を減少するために、ロゼ社の5つの工場は近距
は、Salon des Arts Ménagers(家庭美術の
しています。売上の43%をデザインに投資して
りました。
離に配置されています。リビング、ベッド、オフィスの家具はサン・ジャ
見本市)でルネ・カイレット、
ジョセフ・アンドレ・
いる会社として、
デザイナーに耳を傾けて、全面
ン工場で組み立てられ、サン・ランベール工場で仕上げをし、それから
ジャン・ロゼのもうひとつの業績というの
またサン・ジャンに戻して集約して出荷を行います。ソファはブリオード
は、デザイン、製造と流通をすべて同じ事
工場の、手作業がメインになっている大きな作業所で製造が行われて
業に組み入れ、統一させたことです。1973年に、2つのオンリーショッ
います。アップホルスタリーの専門家の2人は新入社員の研修を担当
プを展開し、販売ネットワークを作り始めました。リーン・ロゼを正式
し、作業に必要なノウハウとスキルを教えています。新入社員は1年の
なブランド名にし、そのロゴをデザインし、店の正面に飾りました。現
研修を経て、優れたクラフトマンシップの技術、そして高品質を保証で
在、ロゼは世界中で760店舗の販売網を持ち、製造した商品の70%を
Photo Richard Dumas
Ensuring that everything
is perfect on the Ploum
model.
若いデザイナーに対するリーン・ロゼのコミット
TOGOの革新的なデザインは、年々さまざ
モッテ、
ピエール・ガリシュ、そしてピエール・ポ
ランのようなデザイナーが登場しました。
ピエー
メントはどうですか?
会)の援助によって発掘され、同時にロゼ社が毎
ゼと昔からコラボレーションしているフランス人
的にサポートしている会社として知られています。
「フランス人デザイナーのユニークな商品を開
ル・ポランはジョージ・ポンピドウ大統領の依頼
発することによって、事業を長期的に継続できる
で、エリゼー宮殿内のプライベートな部屋の改
と確信しています」
と、社長のミッシェル・ロゼが
装を手掛けました。
言っています。
きるようなものづくり精神を身に付けます。もう2つの工場、ブルグア
輸出しています。 ン・ジャイユーとサン・ジョルジュ・レナンで、裁断する人と縫う人が働
リーン・ロゼの商品はフランスの影響をどのよ
外国のデザイナーとのコラボレーションはあり
いています。彼女たちも洗練した技術をもち、そういった熟練した全従
うに受けているのでしょうか?
業員によって、ロゼの事業の基本となるノウハウを保つことができます。 ますか?
山のふもとにて リーン・ロゼは、
フランスでは昔から大事にされ
リーン・ロゼは他の国のデザイナーとよくコラボ
1970年代から、ロゼ社はすでに環境問題に対して真剣に考え始めて
外部製造しているものも少しありますが、そのようにしてリーン・ロゼの
ている高品質な家具製造の伝統を継続していま
レーションをしていることは、外国のデザイナー
いました。現在は、徹底してエコを考え、廃棄物はすべて分類され、リ
商品のほとんどはフランスの田舎、ビュジェー山のふもとで製造されて
す。
それは装飾美術、高級家具製造、
アップホル
の商品をたくさん発表していることによって証明
サイクルされています。ボード工場では、45,000m2 近くの面積をすべ
います。
スタリーのクラフトマンの文化です。
または、
リー
されています。
その中に、有名なデザイナーも無
て木材のくずで暖房します。ソファ工場では、皮革の切りくずは販売さ
ン・ロゼは素材を重視し、事業の製造能力にも
れ、靴の製造に使われ、ウレタンのくずはチップウレタンにリサイクルさ
注力しています。
ロゼ社のビジネスモデルは、高
れています。完成品もリサイクルしやすくするために、組立が簡単にで
級家具を供給しつづけるために、
とても適切な
きるように開発されています。なお、ピエール・ロゼはホームユース家
企業哲学を持っています。
具のリサイクルポリシーを設定する委員会に参加しています。彼にとっ
コンスタンス・ルビーニ
ロゼ社は経済的に独立しているため、
自社のコ
て、継続的な発展は、経営効率と経済的利益性とは切り離して考えら
デザイン史の専門家
レクションを自由に展開でき、想像力を発揮でき
ます。
2世代に渡るフランス人デザイナーとのコ
ラボレーションを通じて、
フランスのデザインを
ずっと促進してきた会社です。
ロゼ社はフランス
のデザインのクオリティーを保証し、
その国際的
な評価を維持する役割も果たしています。
名なデザイナーもいることはとても印象的です。
インタビュー トマス・エデルマン
Chantal Hamaide
デザインほど国際的なテーマはありません。
それは国際交流を促進するものだからです。
そのために、INTRAMUROS誌は2カ国語、
フランス語と英語で出版され、国際的な視野
でデザインを見ています。世界中のデザイナー
の顔写真が載っているカバーページは有名で
す。しかし、INTRAMUROS誌はデザインを
特にフランス人的な目で見ることも確かです。
1983年に記者シャンタル・アメード氏によ
って創立され、現在も確固たる存在の雑誌で
す。編集長、またはマネージャーの役割を果た
しているアメード氏は、デザインの商業的な側
面を認めていますが、それよりもデザインの
文化と歴史に関心があります。アメード氏は
フランスのデザイン界の中で代表的な記者と
して認められていて、様々なデザインコンペの
審査員として活躍し、デザインに関する数多く
の展示会、会議やイベントを組織しています。
2000年に、元経済、財務、工業大臣ロラン・
ファビュス氏によって、フランスのレジョンドヌ
ール勲章を授与されました。
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