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KILL GAME - タテ書き小説ネット

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KILL GAME - タテ書き小説ネット
KILL GAME
アキロー
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
GAME﹂。
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
KILL GAME
︻Nコード︼
N7284CD
︻作者名︼
アキロー
︻あらすじ︼
仮想現実の中で行われる殺し合いゲーム﹁KILL
違法ソフトとされるそのゲームに、彰は巻き込まれてしまう。
1
︵前書き︶
ちょっとしたネトゲもの。
2
仮想世界で恐怖を感じたのは彼にとって始めてのことだった。
仮想世界、仮想現実、バーチャルリアリティ。これらが開発され
てから、世に浸透して以来、この世界が地獄だと思った人間はいな
いだろう。
ここは、楽園だ。痛みも苦しみも疲れもない世界。そこは、多く
の人間にとって、現実の世界よりも遥かに居心地の良い世界だった
はずだ。
なのに⋮⋮。
﹁くそ、なんなんだよ⋮⋮﹂
漆黒のコートを身に纏い、白い仮面をつけた男は、右腕を押さえ
逃げ惑っていた。
右腕から、現実でも体感したことのない痛みが走る。ここは仮想
世界のはずだ。痛みのない世界のはずだ。くそったれな現実を忘れ
られる、癒しの空間のはずだ。
だが、男はその右腕に銃弾を受けたとき、悟った。
ここは地獄だ。
﹁くっそ!! なんなんだここは!! くっそ死ぬほど痛てぇ!!﹂
男は横暴な性格で、幾度も暴力や喧嘩を繰り返す男だった。打撲
や多少の切り傷、その程度の痛みなんてのは慣れ親しんだものだっ
た。
しかし、銃弾で肉を貫かれる痛みは、今まで経験したことのない、
強烈なものだった。
﹁ありえねぇ!! なんだよこれ!!﹂
男は漫画をよく読んでいた。不良のくせに柄にもなく、熱いバト
ル漫画が好きだった。
漫画の主人公は、骨が折れても、その身を炎に焼かれようとも、
体の一部を引き千切られても、自身の意思を曲げず、敵に立ち向か
った。
男は、そんな主人公の姿に憧れていた。
しかし。
3
﹁無理だ⋮⋮戦えねぇ!! 逃げ道を探すんだ!! どうにかいて
ログアウトすれば⋮⋮﹂
男に立ち向かう意思は生まれなかった。
逃げたい、早くこの地獄から抜け出したい、脱出したい、帰りた
い。初めて現実が恋しくなった。
だが、この世界に逃げ場所など存在しない。
逃げていては脱出できない。このゲームから抜け出すには、ゲー
ムに勝利するか、あるいは敗北するかだ。
だが、このゲームの敗者はあるペナルティを受ける。男はそれを
知っている。
男の前にパーカを羽織り、髑髏の仮面をつけた何者かが立ちふさ
がる。男を待ち伏せしていたのだろう。
髑髏面は何も喋らない。男をこの世界に引きずりこんでからずっ
とだ。目的も、自分が何者かも、一切。
﹁くそ!! なんなんだよてめぇ!! いいかげんにしやがれ!!﹂
髑髏面の右手には拳銃が握られていた。髑髏面はゆっくりと、男
に向けてそれを構える。
﹁なんなんだよ⋮⋮ちくしょう﹂
ゲームの舞台は何処かの廃ビル。割れた窓から差し込む、現実よ
りも大きく、妖しく輝く月の光が、銃口を照らしていた。
警察というのは、この国の秩序を保つ掛け替えのない存在であり、
あきら
ときには人にあらぬ疑いをかけてくる迷惑な連中だ。
彰はそんな迷惑な奴らの拘束から開放され、下らないことで時間
まき
を奪われたことに苛立ちながら、学校の会議室を後にする。
﹁あ、終わった? 事情聴取﹂
会議室の前で待っていたのは彰の幼馴染の真希だ。短めの黒髪、
活発そうな印象を受ける瞳、スラッとした体格で、身長は男子では
小さめの彰と同じくらいだ。
﹁終わったよ。まったく勘弁してほしいよ、なんで僕が⋮⋮﹂
4
彰は鬱憤が溜まっているようで、ぶつくさと文句を零す。早く家
に帰りたい、といのが彰の今の心情だ。
﹁で、どうなの? 疑いは晴れたわけ?﹂
真希は彰の急かし気味なペースに合わせて歩きながら、興味津々
という表情で訊ねる。彰としては、大丈夫だった? とか相手を心
配するような言葉を最初に投げかけてほしいものだったが。
幼馴染が世間を騒がせる事件の犯人として疑われたというのに、
なんでこいつはこんな楽しそうなのだろうか。
彰は幼馴染の態度に呆れつつ、質問に答える。
﹁さぁね。あくま事情聴取で、これまでの学校生活とか被害者との
関係とか、そんなことを聞かれただけだよ﹂
﹁ふ∼ん。ドラマみたいに、バンって机叩いて、お前がやったんだ
ろ!! とか言われたりしなかったの?﹂
﹁取調べじゃないからね。お前が犯人と疑っているなんてことは、
言われなかったさ。目では完全に疑ってたけどね﹂
彰は確実に警察から疑われている。しかし証拠がないから、口に
は出せないのだ。
﹁なんだ、ちょっと期待外れ﹂
﹁お前は何を期待してたんだよ﹂
真希は彰に対して遠慮がない。自分の思ったことが直ぐ口に出る。
人によってはかなり失礼な女だと思うだろう。そんな真希の態度に
も、彰は慣れている。腹が立つということはない。
﹁ていうか、そもそも、何で彰が疑われてんだっけ?﹂
﹁え!? 知らなかったの?﹂
彰は、それに関しては真希はとっくに知っているのだと思ってい
た。
真希はなんとも危機感のない顔でキョトンとしている。能天気な
奴だ、俺のことなんて実はどうでもいいと思ってるのではないかと
彰は心配になった。
しかしこの話は、彰としては情けない話なので、知らないなら知
5
らないでいてほしい。
﹁ま、いいじゃないか、そんなことは﹂
彰は一方的に話を打ち切ろうとした。
﹁えぇー、いいじゃん、教えてよ﹂
真希がそれを許してくれなかった。
﹁べ、別に知ったところで、しょーもない話しだし﹂
﹁そんなんいいから、話してよ。話さないと、あのことクラスのみ
んなにバラすよ﹂
あのことっという言葉に彰は背筋が凍った。それをバラされるこ
とは、クラスの彰に対する印象が、悪いことになるということだ。
もともと良い印象は持たれてはいないが、これ以上印象が悪くなっ
て平気でいられるほど、彰の精神は頑丈ではない。
﹁わ、分かったよ﹂
彰は渋々説明を始めた。
仮想世界に精神を送り込むことは、今の社会では携帯電話を持つ
ことのように、当たり前のことになっている。
仮想世界に行く為の装置、﹁ヘッドダイバー﹂、ヘッドホンの形
をしていて、これに様々なソフトを取り込むことで、様々な仮想世
界に精神だけを送り込むことが出来る。
仮想の海、仮想の山、仮想の城、仮想の宇宙、仮想なのだから、
どんな場所にだって行ける。
そして、その仮想世界を利用したゲームソフトも続々と世に出回
っている。今現在では簡単な対戦ゲームばかりで、RPGの類はま
だ世に出ていない。
要領の問題と、完全な幻想世界を作り出してしまうことで、多く
の人間が現実に戻ろうとしなくなるのではないか、という懸念が、
実現を難しくしている。
だが、対戦ゲームでも一世を風靡するには充分だ。
仮想世界で体感出来るそれは正に人々の夢を実現させたと言えよ
6
う。
若者達は、いや大の大人までもがゲームに熱中した。
しかし、仮想世界の実現は良いことばかりではなかった。
GAME﹂。ゲーム内容は、複雑に入り
今世間を騒がせているのは、とある違法ソフトの存在だ。
タイトルは﹁KILL
組んだフィールドで行われる対戦ゲームだ。
なぜ、このゲームソフトが違法とされているのか。それは、仮想
世界を創る際に絶対にあってはならないものがプログラムされてい
るからだ。
それは﹁痛覚﹂だ。仮想世界における痛覚の再現は法律で禁じら
れている。しかし、このゲームをプレイする者は、確かに痛みを感
じるのだ。
そして、もう一つ。このゲームに敗北したものは記憶を根こそぎ
奪われてしまう。
これは別にオカルトだとかいう話ではないのだ。ヘッドダイバー
の機能を応用すれば、人間の脳を操ることは可能なのである。しか
GAME﹂というソフトはこの二つの禁忌を犯してい
しそれも法律で禁じられている。
﹁KILL
るのだ。
今このゲームは世間に出回ってしまっている。不良共が喧嘩代わ
りに利用したり、痛みがある方がリアルでいいといって好き好んで
プレイする者も多くいる。
このソフトはダウンロードで簡単に手に入ってしまう。今は警察
によって削除され、ダウンロード者には罰金を科すようにはしてい
るが、こういった違法ソフトは一度出回ってしまえば、取り返しが
つかない。
根元は絶ったと言っても、所有者からコピーしてダウンロードす
ることも可能なので、まだまだ所有者が増える可能性もある。目で
は見えないから麻薬よりも厄介なのだ。
そして事件は彰の周りで起こった。
7
彰のクラスメイト3人が何者かにゲームを挑まれ、記憶を失った
のだ。
そして、その3人の共通点は、ここ最近、彰をいじめていたこと
だ。
何故彰が急にいじめられるようになったかと言うと、原因は真希
だった。真希が何か悪いことをしたというわけではなく、勿論、彰
が何かしたというわけではない。
単純に下らない話、クラスの不良が真希に告白して振られ、その
鬱憤を、真希と仲の良い幼馴染である彰をいじめることで、解消し
ていたのだ。
この一週間、彰は、金を盗られたり、必要以上に肩をぶつけられ
たり、挙句の果てヘッドダイバーを壊されたりと散々だった。
それで、その仕返しに彰がやったのではないかというクラスメイ
トの話が警察に伝わり、事情聴取を受けたという話だ。
そもそも、ヘッドダイバーを壊されているのだから、出来るわけ
ないのだが。
いじめ3人組みは、元々違法ソフトは所持していなかったが、何
者かにハッキングを受け強制的にダウンロードされ、強制的にマッ
チングされて、強制的にルールも分からないままゲームに参加させ
られたらしい。
警察は、何者かによる明らかな計画的犯行だとして調査を進めて
いるようだ。
学校内では暫くヘッドダイバーの使用は禁止になるそうだ。元々、
高校でヘッドダイバーの持ち込みを許可しているところは少ないが、
彰の通う学校は、許可されていた。
クラス内では、彰が犯人だという噂が広まってしまっていて、煙
たがれているのだ。
今日、彰に話しかけてきたのは刑事と真希だけだった。
﹁えぇ! 彰いじめられてたのぉ!? なんで言わなかったのさぁ
8
?﹂
真希は彰がいじめられていた、という事実は全くご存知ではなか
ったようで、彰が事情を話すと、驚いたように口に手を当てた。
彰と真希は校門を抜けて、同じ道を歩く。二人は同じマンション
に住んでいるので帰り道は完全に同じだ。
夏が近づいてきている。都会の蒸し暑さが、本番を迎える頃だ。
﹁いやぁ、なんか情けなくて。あぁでも別に暴力とかは受けてない
から⋮⋮ヘッドダイバーは壊されたけど﹂
ヘッドダイバーを壊されたのは、彰にとってはかなりのショック
である。仮想世界を彰は誰よりも楽しんでいたのだ。放課後や休日
は、大抵ダイブしていたが、壊されてからは、それも出来ない。買
い替えようにも金がない。
﹁そんなの、向こうに弁償させればよかったのに﹂
﹁弁償しろって言って、はいと返すような奴が、人の物壊すかよ﹂
﹁そういうときこそ、大人を味方にしなくちゃ﹂
﹁だから、情けなくて、周りには言えなかったんだよ﹂
彰はいじめらることよりも、自分が哀れでかわいそうな奴だと思
われるのが、嫌だった。特に家族に。更に言えば兄に。
﹁そんな無駄なプライド、損するよ﹂
﹁まぁ、いいじゃないか。何かよくわかんないけど、あいつらも記
憶喪失になって、僕が被害を受けることもなくなったし﹂
彰はあくまでこの事件を前向きに捉えようとしていた。
﹁けど、それじゃあ、彰の疑いは晴れないし、ヘッドダイバーを弁
償させることも出来ないじゃない﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
言われてみれば確かにそうだった。この事件に関して警察も結構
手を焼いているそうだ。もしこのまま、事件が解決しなければ、彰
は一生、疑惑をかけらえたままだ。
もともと高校生活には、希望など持っていない彰だったが、これ
は何か進路的に不都合が生じるかもしれない。
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﹁け、けどだからって⋮⋮どうすることも出来ないじゃないか﹂
相手の正体は分からないし、何が目的なのかも不明。そもそも目
的のないただの愉快犯だって可能性の方が、高いのではないのだろ
そう
うか。彰は考える。
﹁爽さんに相談してみたら?﹂
﹁嫌だ﹂
真希の提案に彰は即答した。
﹁なんでさ、彰のお兄さんじゃない。大学では、ネット犯罪とか専
攻してるんだよね。なんかいい話聞けるかもしれないじゃない﹂
﹁あの人は頼りたくないんだよなぁ⋮⋮﹂
彰は溜め息混じりに零した。
彰は兄の爽のことを嫌っているわけではない。むしろ爽は誰もが
羨むような、優しく優秀で頼りになり、おまけに二枚目の理想の兄
なのである。
真希は、彰が爽に対して多大な劣等感を抱いていることを知らな
い。
爽と比べなければ、彰もかなり優秀な部類なのだが、爽と比べて
しまうと、どうしても彰の残念な部分が浮き出てしまうのだ。
彰は勉強が出来る。しかし運動は出来ない。爽は両方出来る。爽
は高校時代はサッカーでインターハイに出たほどで、そこから一流
大学に現役合格、将来は優秀な刑事になると期待されている。
何かと爽と比べられることの多い彰は、爽を頼ろうとしない。大
人を頼ろうとしない。何もかも自分一人でやらねば、兄には追いつ
けない。そう思っているのだ。
﹁もう、傍にすごい人がいるのに、どうして頼ろうとしないのさ?
爽さんのこと嫌いなの?﹂
﹁き、嫌いじゃないよ! そんなことは絶対にない。ただ、べ、勉
強で忙しそうだろ? もうすぐテストだって言ってたし﹂
﹁弟の一大事なんだから、そんなのどうだっていいって、爽さん絶
対そう言うよ﹂
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﹁それが、困るんだよ。俺は兄貴の邪魔になるようなことはしたく
ないんだ﹂
﹁兄弟のくせに迷惑とかどうのこうの、考えんなよ。私も行くから
さ、一緒に相談しようよ﹂
﹁お前は兄貴と話したいだけだろぉ﹂
﹁それもあるけど、私は彰を心配してるんだよ﹂
﹁本当かよぉ⋮⋮﹂
真希は幼い頃からずっと、爽に好意を抱いている。故になにかと
理由をつけて彰の家に上がりこもうとするのだ。今回もそれが目的
だと彰は分かっていた。彰が心配だと言うのも嘘ではないだろうが。
どうせ嫌だと言っても真希は家に来るだろうから、渋々、彰は真
希の提案に乗ることにした。
はぁ、嫌だなぁ⋮⋮と彰の心中は陰鬱だ。
﹁おいおい、彰。そんなヤバイ話になってたなんて、どうしてこの
兄貴に教えてくれなかったんだよ﹂
彰の兄、爽は自分の部屋を訪れた二人の話を聞いて、椅子から立
ち上がった。
﹁いや、まぁ⋮⋮兄貴、今テスト期間じゃん。邪魔しちゃ悪いかな
って﹂
彰は、床に座り、俯きながら答える。
﹁馬鹿野郎!! 弟の一大事なんだ、テスト勉強なんかドブに捨て
ちまえ!﹂
爽は見た目は名前通り、爽やかな感じの二枚目なのだが、中身は
名前とは反対に熱い性格だ。曲がったことが大嫌い、困っている人
間をほってはおけない性格なのいだ。
一度火が燃えれば、その件が解決するまで、他のことには一切手
をつけない。
こういう性格だから余計に頼りたくなかったんだと彰は頭を抱え
る。
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﹁それで、爽さんはこの事件のことをどう思うの?﹂
GAME﹂か⋮⋮。このゲームに関してはウチ
隣に座る真希が訊ねる。
﹁ふむ﹁KILL
の大学でも話題になっていた﹂
﹁そりゃ⋮⋮今、社会問題とまで言われてるからね。サイバー犯罪
GAME、その全ての問題を社会から取り除くことは、
科で話題にならないわけはないだろうさ﹂と彰が言う。
KILL
実質不可能だと言われている。違法ダウンロード問題が解決出来な
いように。
警察が必死に問題解決に取り組んでいる現在でも、中高生の30
人に一人はこのゲームを所持していると言われている。
それだけ根の深い問題なのだ。
﹁痛覚ありの対戦ゲーム。負けた方は記憶を奪われる、危険なゲー
ム。しかも対戦ログが一切残らない。今回の場合は、ハッキングに
よって強制的にゲームをダウンロードさせて、強制的にマッチング
を行う、非常に悪質な手口というわけだが﹂
爽は椅子に座りなおし、口元に手を当てて、考える。
﹁そもそも、何で犯人はあの三人を狙ったのかな?﹂と真希が素朴
な疑問を言う。
﹁何でも何も、ただの愉快犯だろ? 誰でもよかったんじゃないの
か?﹂と彰。
﹁いや﹂と爽は彰の考えを即否定した。
GAMEは1対1の対戦ゲームで複数人でのプレイは不可能
﹁被害者三人は、常につるんでいるグループだったんだろ? KI
LL
なはずだ。てことは、順番に一人づつ選んで犯行に及んだってこと
だ。これは、この三人グループに狙いをつけてたってことだろう﹂
爽の推理に真希は﹁おー﹂と楽しげに感服した。
﹁だったら、あいつらを狙う理由は山ほど思いつくけどね。あいつ
らは学校でも有名な不良だから、いろんな奴に恨みをかってるだろ
うし﹂
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彰をいじめていた三人組は、いじめをする前から、有名な不良だ
った。他校の生徒と喧嘩三昧な日々を送っていたらしい。
彰を通う学校は偏差値高めのエリート高なのだが、そういう学校
にもたまに、不良という存在はいるものだ。
﹁だが、ハッキングが出来る人間となると、かなり絞られてくるぞ﹂
と爽が指摘する。
インターネット技術の進歩に伴って各セキュリティーも格段に進
歩している。全時代では簡単にハンキングやウイルス攻撃を許して
いたセキュリティーも、今ではどんな凄腕ハッカーでも苦戦するレ
ベルだ。
そんなセキュレティーの中、ハッキングを行える人間は極々限ら
れていると言ってもいい。ましてや学生の中にそんな人間が一人で
もいるのかどうか。
﹁確かに、それだと学校の生徒の犯行って可能性はないかもしれな
いね﹂と真希が暢気に頭の後ろで手を組む。
﹁じゃあ、俺が疑われるのは可笑しいじゃないか﹂
﹁そんな理屈は関係ない。一番怪しいから疑われる。真犯人を見つ
けない限り、彰は一生犯人扱いだぞ﹂と爽が忠告する。
﹁じゃ、どうすんだよぉ。犯人の手掛かりまるでゼロじゃないかぁ﹂
彰はお手上げという風に両手を上げて後ろに反り、そのまま床に
倒れた。
﹁いや、こういう可能性は考えられないか? 犯人はお前の記憶を
狙っていると﹂
爽の唐突な意見に彰と真希は﹁は?﹂と声を合わせた。
﹁彰の記憶? 誰がそんなの欲しがるのよ?﹂
﹁兄貴、そりゃないって﹂
彰は自分で鼻で笑うほどに、自分の記憶に価値がないと思ってい
る。
﹁それはどうかな。確かに彰の人生なんかには誰も興味はないだろ
うが。彰、お前が持っている技術は誰もが欲しがるものだぞ?﹂
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爽はそう言うと少しニヤけた。
﹁それって⋮⋮まさか﹂
﹁それは、私のことでしょうか?﹂
唐突に爽の机の上にあるコンピュータのモニターが、メイド服姿
の女の子のCG映像を流しだした。
﹁マリア!?﹂と彰が驚く。
﹁あぁ、マリアちゃんだ。元気∼?﹂と真希はモニターに向かって
手を振る。
マリアとは、彰が自らの手でプログラムした人工AIだ。人工A
Iという技術は一般化されつつあるが、それは与えられた目的だけ
を忠実にこなす感情の欠けたものばかりだ。
マリアの思考能力は人間のそれと何ら変わりない。つまりマリア
は人格を有するプログラムだ。
こういった完全な人格のAIを作り出せる人間は限られているし、
到底一人で出来るものではなかった。マリアは、彰が、AI関連の
研究を行う叔父の手解きを受けながら5年という長い歳月をかけて
完成させたものだ。
叔父は途中、事故で亡くなってしまったので、仕上げの一年は彰
だけで完成させた。
そうして完成した人工AIマリアは、素直な性格の女の子のよう
に振る舞い、彰のハートを釘付けにした。
マリアが完成して以来、彰はマリアに美人のメイドモデルのアバ
ターを与え、仮想世界でマリアと遊んでばかりいた。
ヘッドダイバーを壊されてからは、モニターを通しての会話のみ
だったが。
﹁マリア、今の話、聞いていたのか?﹂と彰はモニターに映るマリ
アに訊いた。
﹁はい、彰はヘッドダイバーが壊れて以来、あまり元気がないよう
に見えましたので、つい気になって、失礼ながら、盗み聞きさせて
頂きました﹂
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モニターから、可愛らしい女の子の透き通った声が流暢に発せら
れた。コンピューターが自動的に喋っているとは思えない。
因みにマリアの存在は彰と爽とその家族、そして真希以外は知ら
ない。
真希が言っていたバラされる不味い﹁あのこと﹂とはマリアのこ
とである。放課後はずっと自分で作ったプログラムとイチャイチャ
している、なんてことを言いふらされるのは、モテない男の所業み
たいに思われそうで、彰としても望ましくないのだ。
﹁はぁ⋮⋮マリアには絶対にバレたくなかったのに⋮⋮いじめられ
たなんて﹂
彰は情けない気持ちに襲われ、両手で顔を覆った。彰は、マリア
に多大な愛情を注いできた。彰にとってマリアは、もはや恋人と言
っても差し支えないだろう。だからこそ、マリアにはみっともない
姿を曝したくなかった。
﹁私はショックです。彰がこれほどまでに傷ついていたというのに、
何も気付くことも出来ずに⋮⋮﹂
﹁あぁいや、どうしてマリアが落ち込むんだい。愛しいマリア、君
は何の心配もいらないよ﹂
彰は慌ててマリアを慰めようとする。
﹁彰⋮⋮私は彰の為にありたいと思っています。何故私に相談して
くださらなかったのですか?﹂
﹁マリア、俺は君を愛している。だから君を不安にさせるようなこ
とは⋮⋮﹂
﹁それでは意味がないのです。どうか私を彰の為にお役立てくださ
い、どうか⋮⋮﹂
﹁マリア⋮⋮﹂
自分で作ったAIの優しさに、彰は不覚にも涙ぐんでしまった。
なんていい子なんだ、俺の作ったAIは、と。
﹁イチャついてるとこ悪いけど、まだ話の途中ですよー﹂
真希が彰とマリアの話に割って入った。
15
言われて、彰は人前で自分で作ったプログラムに﹁愛してる﹂な
んて言い出す、なかなかに恥ずかしいことをしていることに気がつ
いた。
﹁あ、す、すまない。でマリアが何だって? 兄貴﹂
彰は恥ずかしさで頭を掻きながら、話を戻す。
﹁あぁ、つまりだな、犯人は彰のAI作成技術を欲しがっているん
じゃないかってことだ﹂と爽は冷静に説明する。
﹁俺のAI作成技術を?﹂
﹁そうだ。お前はマリアを小学4年の頃から、叔父さんの教えはあ
ったものの、5年もの月日をかけて、最終的には一人で完成させた。
これは決して誰もが出来ることじゃない﹂
彰がマリアを作る切っ掛けとなったのは、兄への対抗心だった。
その頃から爽は天才と呼ばれるほどの才能を発揮していた。彰は兄
に勝る何かが欲しかった。そこで、彰は叔父からAI技術を学ぶこ
とにした。
叔父から学んだことはしっかり頭の中に入っている。もう一度マ
リアを作れと言われたら、時間はかかるだろうが、今度は一人で作
れる自信が彰にはある。
﹁その技術を欲しがる人間はいくらでもいるはずだ﹂
﹁私もマリアちゃんみたいなの、欲しいって思うもんね﹂
確かにっと彰は考える。
﹁でも、じゃあ何で俺じゃなく、いじめ三人組を狙ったんだよ。そ
れに、俺がAI作れるってどこで知ったってんだよ﹂
﹁お前、ヘッドダイバー壊されたんだろ? 狙いたくても狙えなく
て、仕方がなくいじめ犯三人を狙い、疑いをかけさせて、彰をこの
事件から逃がさないようにした⋮⋮てのが俺の推理だ。どこで知っ
たかは分からんが、相手はハッカーだし、どうとでもなるだろ﹂
﹁周りくどいな。俺がヘッドダイバー買い直すまで待てば良かった
のに﹂と彰。
﹁また、壊されたりしたら、また待たなきゃダメだからね。その変
16
も考えたんじゃない?﹂と真希。
﹁それに、彰がヘッドダイバーがない中、自分から首をつっこむよ
うに仕向けたってことだろう。相手は堪え性がないんだな﹂と爽。
つまりは、爽の推理では、犯人は彰の記憶の持つAI技術が欲し
い。しかし今彰にはヘッドダイバーがない。買い換えるのもいつに
なるか分からない。だから、事件を起こし、その疑いが彰にかかる
ようにし、その疑いを晴らすために彰が自分から動いてくることを
期待したということだ。
﹁じゃ、俺何もしない方がいいじゃん﹂
犯人が彰を狙っているとするならば、何もしなければ危険はない。
ヘッドダイバーさえ使わなければ安全のはずだ。
﹁馬鹿野郎!! それじゃあ彰が犯人扱いされたままだろう! そ
れにこのまま放置しておけば、またお前の身辺で被害が及ぶかもし
れん﹂と爽は激昂した。
﹁でも、まだ俺が狙われた決まったわけじゃ⋮⋮﹂
これはあくまで、爽の推理。確かな証拠があるわけじゃない。全
くの見当違いだということも有り得るのだ。
﹁可能性は充分にある! なら手を打たない理由はないだろ!!﹂
﹁確かにそうだが⋮⋮﹂
﹁私も、何か対策を講じるべきかと存じます﹂とマリアが言う。
﹁マリア?﹂
﹁このままでは、彰はもう二度とヘッドダイバーをはめることが出
来なくなってしまいます。それでは、私と彰は二度と、同じ世界に
立てないではありませんか﹂
事件に巻き込まれるのを恐れて、ヘッドダイバーをはめなければ、
もう二度と、仮想世界にダイブすることが出来なくなる。それでは
彰としても、愛しいマリアと共に過ごす時間を奪われることになる。
﹁それはダメだ!!﹂と彰は立ち上がる。
どうやら彰もこの危機を感じ、事件解決に乗り出す意思を固めた
ようだ。
17
﹁で? 具体的にどう対策するのよ﹂と真希。
﹁簡単さ、ゲームに勝てばいい﹂
爽はさらっと断言した。
GAMEはゲームに負けること
﹁ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。俺に痛覚ありのデスゲームに
挑めって? そんな無茶な﹂
彰は慌てて反論する。KILL
が危険なのではない、ゲームそのものが危険なのだ。勝てば良いと
いう問題ではない。
﹁だから、特訓するんだ! このソフトを使ってな﹂
そう言って爽は机の引き出しから、ディスクを取り出した。ヘッ
ドダーバー用のディスクだ。
GAMEさ﹂と爽。
﹁それはなに?﹂と真希が訊く。
﹁KILL
﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂
彰と真希は唖然とする。
﹁爽様! それは違法ソフトのはずでは! 刑事を目指すお方がそ
のような⋮⋮!!﹂
GAMEは違法ソフト、それを刑事を目指す爽が持っ
マリアもこれがどういうことか理解しているようだ。
KILL
ているなんて、何かの冗談としか彰には思えなかった。
﹁安心しろ、違法プログラムを取り省いた改善版だ。痛みも感じな
いし、記憶も奪われない。だが、ゲームシステムはそのままだ。個
人的興味で、大学の教授から貰い受けた﹂
﹁お、驚かさないでくれよ﹂
﹁ビックリしたぁ﹂
彰と真希は胸を撫で下ろした。
﹁これを使って、まずはこのゲームがどんなものか知る必要がある。
真希、お前のヘッドダーバーを彰に貸してやってくれないか?﹂
﹁いいよー﹂と真希は軽く了承する。
﹁彰、こいつで俺と対戦だ﹂
18
爽は真剣な眼差しを彰に向ける。確かに、自分が危機的状況に置
かれているのなら、どんなゲームか、知っておくことに損はないだ
ろう。
﹁⋮⋮わかったよ﹂
彰は真希からヘッドダイバーを借り、それを頭にはめ、起動する。
﹁まさか、本当に来るとは⋮⋮⋮⋮﹂
月明かりが、荒廃した廃ビルを照らす。あちこちヒビの入ったコ
ンクリートの壁を背に、彰は身を潜めていた。
このゲームのアバターは、総じて黒い服に白い仮面だ。彰は黒ス
ーツに、のっぺり顔の白い仮面の姿でゲームに参加していた。
GAME﹂の舞台なのだ。
彰は試しに、少し自分の腕を抓ってみる。捻れた肌から、確かな
痛みを感じた。
そう、ここは本物の﹁KILL
爽の用意した改善版で、何度かプレイを繰り返したあと、試しに、
ヘッドダイバーをネットに接続して、ハッカーが攻撃を仕掛けてく
るかどうか、待ち構えてみた。
すると、数分待った後、強制的にゲームが、ダウンロード、イン
ストールされ、彰は強制的にマッチングされ、瞬く間にこの舞台に
立たされた。
﹁やっぱ、兄貴の言った通り、狙いは俺なのか?﹂
﹁どうやら、そう捉えた方が良いでしょうね﹂
頭の奥から、マリアの声が響いてくる。今、彼女がいるというこ
とが、彰にとって唯一の救いだ。
爽も、何の安全策もなしに彰に戦いを挑ませたわけではない。仮
想世界に潜っている最中に第三者がヘッドダイバーを取り外すと、
ダイブしていたユーザーの脳に障害をきたす恐れがある。その為、
ヘッドダーバーにはロックが掛かっており、力ずくでは取り外せな
い仕様になっている。
19
このKILL
GAMEは一度、ゲームが始まると、ゲームが終
了するまで現実には戻ることが出来ない。
そこで、爽はヘッドダイバーの中にマリアを潜ませることにした。
普通なら、ゲーム中にヘッドダイバーを操作するのは不可能だが、
そこにマリアがいると話は違ってくる。これは、言わば、一つのコ
ンピューターを二人のユーザーが使用している状態だ。
つまり、彰がゲームをしている最中でも、マリアはヘッドダイバ
ーの中にいながら、ゲームの中には閉じ込められていない状態だ。
これにより、マリアはゲームを強制終了することが可能だ。強制的
にヘッドダイバーを取り外すやり方と違って、比較的安全に彰を現
実世界に戻すことが可能になる。
﹁どうしますか? 一旦戻って体制を立て直しますか?﹂
マリアの言葉に威勢よく﹁うん﹂と言いたいところではあるが、
一旦戻ったことろで、ろくな対策は思いつかないだろう。それに、
自分が戻れると知られれば、何か対策されてしまう可能性もある。
ここは戦うのが得策だと、彰はそう判断した。
﹁いや、怖いけど、やってみるよ。面倒ごとはさっさと片付けた方
がいい﹂
﹁よろしいのですか?﹂
﹁大丈夫、散々兄貴と対戦したんだ、コツは掴んでいる﹂
改善版での特訓で、彰は一通りのプレイ方法をマスターしただけ
でなく、ある程度の勝つ自信も備わっていた。少なくても、爽より
強い相手はなかなかいないと彰は踏んでいた。
爽は改善版を何度かプレイしたことがあるようで、初プレイの彰
から見ても、爽は手だれた動きをしていた。その上容赦がないもの
だから、彰は最初のうちは勝てず、何敗したか分からないほどだ。
しかし、そのお陰で、彰も直ぐに上達し、自信がついた。
﹁さてさて、どういきましょうかね﹂
彰は壁から背を離し、左右を見回す。
ゲームの舞台は入り組んだ廃ビル。ゲーム開始時は互いにランダ
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ムな地点に転送される。ゲームはまず、相手を探すところから始ま
るのだ。
このゲームの武器は主に四種類。拳銃、ナイフ、毒針、パワーグ
ローブ。プレイヤーはこの中から一つ選んで、ゲームに挑むことに
なる。
このゲームは﹁殺し屋﹂が題材のゲームで、それに応じたライン
ナップだ。
この中では明らかに拳銃を選んだ方が有利かと思えるが、彰はナ
イフを選択した。ナイフにはナイフの利点がある。
ナイフは殺し屋らしく、袖から思い通りに取り出せるようになっ
ている。
ナイフでの戦い方は、密かに忍び寄り、気付かれないうちに仕留
めることだ。このゲームには体力ゲージはなく、人間の急所をつけ
ば、あっさり相手を倒せる。
まずは、先に相手を見つけて、抵抗されない内に、倒してしまえ
ば問題ないわけだ。
彰は周囲に注意を払いながら、行動を開始。勇気の一歩を踏み出
したその矢先だった。
窓の外に一瞬、黒い影が降ってくるのが横目に見えた。彰は慌て
て、袖からナイフを取り出し、窓に向いて構える。
窓の淵に手が掛かっていた。それに気付いたとき、もう一方の手
が窓の下から伸び、その手に持っていた拳銃の銃口が彰を捉えた。
﹁しまった!!﹂
彰は咄嗟に横に飛び込み、放たれた銃弾を回避した。
銃弾を放つと窓の下から、奴が身を乗り出して、その姿を現す。
パーカーを羽織った髑髏の面をつけた男だった。
髑髏面は窓から降りて、廊下に立つと、そのまま拳銃を、床に倒
れた彰に向けた。
危機を感じた彰は咄嗟に、左手の袖から取り出したナイフをその
まま、髑髏面の腕目掛けて、投げつける。ナイフは見事に銃を構え
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ていた腕を貫通し、髑髏面は痛みで銃を床に落とす。
その間に彰は起き上がり、姿勢を整えると一気に髑髏面に接近。
右手に構えたナイフで喉元を狙う。
︵正面は危険だが、今はチャンス! ここで決める!!︶
しかし、髑髏面を屈んで避け、更に足を払い、彰を転ばせる。
反応が予想以上に速い。恐らくここで、また床に倒れたら終わり
だ。彰は柔道の授業で身につけた前回り受身を取り、床に倒れるの
を回避した。
そして直ぐに、髑髏面の方に向き直る。相手は既に銃を拾って、
それをこちらに構えている。だが、焦る必要はない、彰はこれを回
避出来る。
銃口に視線を集中、拳銃が放たれるタイミングを見極める。トリ
ガーに指が掛かる。今だ! 髑髏面の拳銃から銃弾が弾ける。しかし彰はその銃弾を目にも留
まらぬ動きで回避した。完全に人間の能力の域を超えた身体能力だ
が、仮想世界ならそれも可能なのだ。
これはナイフを武器に選んだプレイヤーだけが使える、特殊スキ
ルだ。ダメージを受ける危機に瀕したときにのみ発動出来る、緊急
超速回避だ。
最初の銃弾は、奇襲だった為にタイミングが合わず、発動出来な
かった。
だが、このスキルはそう何度も使えない。
しかしこのスキルがある限り、銃使い相手に至近距離での戦闘は
有利だ。髑髏面はそのことを察したのか、銃弾がかわされると、窓
から飛び降りた。
﹁あ、てめぇ! 待て!!﹂
どうやら下の階に逃げたらしい。彰も窓から乗り出そうと思った
が、そこでマリアが﹁お待ちください﹂と彰を止めた。
﹁もし相手が、銃を構えて待ち伏せしていたら、空中での彰は無防
備です。空中では回避スキルも使えません。蜂の巣になるだけです﹂
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マリアの忠告は的を射ていた。回避スキルは床に足がついて、バ
ランスの整った状態で尚且つ、相手の攻撃のタイミングが分かって
いないと発動しない。
爽との練習で使いこなせるようになったが、爽はこのスキルは上
級者向けだと言っていた。そんな上級者テクニックも、使えなけれ
ば何の意味もない。
﹁そうだな、だったら階段で追うか⋮⋮﹂
マリアの指摘を受けて、彰は階段へと走り抜けた。
彰が階段を下りると、そこは最下層だった。
階段を下りてからは、彰は慎重に足を進める。この場所は足音が
よく響く、むやみやたらに足音を響かせては、自分の居場所を相手
に知らせるも同じだ。
相手は拳銃を使ってくる。気付かない内に死角から撃たれれば終
わりだ。
そうなる前に見つけたいところだ。
﹁ん?﹂
彰は、足元、廊下の床に何か、赤い液体が付着しているのを発見
した。それは廊下の先まで、等間隔で続いていた。
﹁奴の血でしょうね﹂
マリアに言われずとも彰は知っていた。
このゲームは、現実と同じように、ダメージを受けると、その傷
口から血が滴り落ちるようになっている。現実では当たり前のこと
だが、仮想世界では珍しい設定だ。
﹁どうしますか?﹂マリアが尋ねる。
﹁もちろん、追うさ、追うに決まってるよ﹂
彰としては、一秒でも早くこの世界から抜け出したいところなの
だ。その為にはさっさとこのゲームに勝利しなくてはならない。
彰は少し速歩きで、足元の血に沿って進む。その間にも、後ろへ
の警戒は怠らない。頻繁に後ろを振り返りながら進む。
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暫く廊下を歩き続けたところで、血はとある一室の扉の前で途絶
えていた。
﹁どうやら、この中に⋮⋮﹂
﹁隠れてるってことか!!﹂
彰は勢いよく扉を蹴り飛ばし、中へと入る。
中には誰もいない。いや、これは罠だった。扉の直ぐ横の本棚の
上、部屋に入ったそのときは死角になっているそのスペースに、髑
髏面は銃を構えて待ち伏せしていた。
髑髏面は完全に彰が罠にかかったと思っただろう。しかし、扉を
抜け、髑髏面の射程範囲に入った瞬間、彰の視線は銃口の方を向い
ていた。
﹁やっぱ、そこにいると思ったよ!!﹂
彰は、髑髏面が待ち伏せしていることを予め予想していた。何せ、
このトラップに一度引っ掛かったことがあるからだ。
︱︱いいか、血を辿って部屋の中に入るときは、正面ではなく、扉
の横、あるいは天上に注意しろ︱︱
これは、特訓のときの爽の言葉だ。銃使いは基本、こういう待ち
伏せトラップを仕掛けてくる。爽は予め、彰に待ち伏せに使われそ
うなポイントを教えていた。彰が入った部屋は、爽に教えられたポ
イントの一つだったのだ。
髑髏面の拳銃から銃弾が放たれる。しかし、銃口を捉えたナイフ
使いにとっては、意味のない発砲だ。彰はタイミングを見極めて、
緊急回避スキルを発動、素早く最小限の動きで銃弾を回避。
そのまま続けて、本棚に跳び蹴りを入れる。本棚の上で待機して
いた髑髏面は慌てて、飛び降りる。隙だらけだ。
彰はすかさず、髑髏面の飛び降りた方へ踵を返し、ナイフを前に
突き出して突進する。足が地面に着く前に、刺してしまえば彰の勝
ちだ。
しかし、髑髏面は空中で足を撓らせて、踵でナイフを弾いた。
﹁ぐ!!﹂
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なんとか、ナイフは落とさずに済んだが、相手は地面に着地して
しまった。しかし相手は逃げ場がない。狭い室内での、近距離戦、
明らかに彰がナイフ使いの有利だ。
髑髏面もむやみに弾を消費するようなことはせず、彰から距離を
取る。
相手に余裕を与えてはいけない、彰は再びナイフを突き出して特
攻を仕掛ける。
しかし、相手は、床に溜まっていたコンクリートの粉塵を手に掴
み、それを前方に撒き散らす。視界が粉塵で白くぼやけて、彰は前
が見えない。
﹁しまった!!﹂
これでは、銃口もタイミングも見えない。彰は咄嗟に横に転がる
が、それと同時に銃声が響く。放たれた銃弾は彰の左肩を見事に貫
通した。
﹁ぐぁああああ!!!﹂
初めて体感した、拳銃で打ち抜かれる痛み。想像を絶する痛みに、
彰は悲鳴を上げる。
﹁いけない!! 彰!!﹂
マリアは彰の危機を感じて、ゲームとの接続を切ろうとした。
﹁よせ、マリア。大丈夫だ!﹂
それを察して、彰は痛みに耐えながら、マリアを制止する。
﹁この勝負僕の勝ちだ!!﹂
粉塵で遮られた視界は、既に開けていた。髑髏面には再び、粉塵
を撒き散らす余裕はない。銃口は彰に向いていた。しかし、彰には
見えていた。
放たれた銃口を緊急回避、そのまま突進して、彰のナイフが髑髏
面の腹を突き刺した。
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﹁本当に死ぬかと思った﹂
彰は、仮想世界で受けた銃弾の痛みを思い出しながら、渋い顔を
していた。
﹁まぁ、勝てたからよかったよね。マリアちゃんが言ってたけど、
痛みに怯まずに直ぐに反撃できたのが決めてだったって﹂
彰の隣で真希が暢気に言う。
﹁まぁ、チャンスに変りはなかったからなぁ、俺もよくやったと思
うよ。もう二度とごめんだけどね﹂
﹁でも、ゲームに負けた犯人は記憶を失ったわけだから、もう狙わ
れることはないんだよね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうだな﹂
﹁でも、彰にしては大胆だねぇ、犯人の家に行くだなんて﹂
彰と真希は今、地元から少し離れた町を歩いていた。
GAMEの仕様で負けた相手
その目的は、犯人に会いに行くことだ。
ゲームに勝利した彰は、KILL
の記憶を奪い見た。そこで相手が今何処にいて、何者であるかを把
握することが出来た。
﹁なんで、警察に任せないの?﹂と真希が訊く。
やっかいごとが嫌いな彰にとっては、もう面倒ごとに関わろうと
はしないはずだ。彰らしくない。
﹁犯人に合えば分かるさ﹂と彰は呟く。
﹁でも犯人って記憶ないんでしょ?﹂
﹁奪った記憶はヘッドダイバーに記録されている。それを使えば記
憶を戻すことが可能だ﹂と彰が説明する。
﹁じゃあ犯人の持ってる記録データがあれば、被害者の記憶も戻せ
るってことだね﹂
﹁そゆこと﹂
﹁でも、そんなの勝手にやったら警察が捜査してるのに、怒られち
ゃうんじゃない?﹂
﹁警察には任せられない事情があるんだよ﹂
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﹁んん?﹂と真希は首を傾げる。
﹁だから、犯人に合えば分かるんだって﹂
暫く歩くと、二人は住宅街の真ん中に位置している、一軒家の前
で立ち止まった。
﹁ここが犯人の家? なんか普通の幸せそうな家族が住んでそうな
感じだけど﹂
﹁俺の叔父さん家だよ﹂と彰が真顔で言った。
﹁えぇ!? は、犯人って彰の親族なの!? どうりで道に迷う気
配がないと思ったら⋮⋮﹂と真希は両手を挙げて、仰け反って驚く。
﹁違うよ﹂と彰は否定する。
﹁え、なんだぁ嘘? 驚かさないでよぉ﹂
﹁嘘じゃない﹂
﹁えぇ? もう何? 意味分かんないんだけど﹂
真希が混乱するのも無理はない。彰以外からすれば、彰はそうと
うチグハグなことを言っている。
﹁ここは、ちゃんと俺の叔父さんの家だよ。でも犯人は違う﹂
そう言って彰はインターホンを鳴らした。
﹁えー? だって犯人の家に行くって⋮⋮﹂
真希はさらに混乱する。
彰がインターホンを鳴らして、しばらくすると、彰の叔母が扉か
ら顔を出した。
﹁あら? 彰君どうしたの? 久しぶりじゃない﹂
彰の顔を見ると、叔母は相好を崩した。
﹁こんにちは、叔母さん。今日ちょっと、叔父さんが使ってた研究
資料を借りたいんだけど﹂
彰は叔母にそう言うが、これは家に上がる為の嘘だ。
﹁あら、いいわよ。主人が死んでからは部屋はそのままにしてある
から、あまり荒らしちゃダメよ﹂
﹁はい、ありがとうございます﹂
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はきはきと返事すると、彰はそそくさと中へと入っていった。真
希も彰に続いて中へと入る。
﹁彰の叔父さんって亡くなったの?﹂と真希が小声で訊く。
﹁うん、交通事故でね﹂
﹁今のって嘘だよね。死んだ叔父さんの部屋に入って何する気なの
さ﹂
﹁いるんだよ、そこに犯人が﹂
﹁はい?﹂
彰は二階に上がり、一番端の一室の扉を開ける。
部屋の中は、研究室のように本棚で埋め尽くされていた。その大
量の本の先に、一台のコンピューターが置かれていた。
彰はそのコンピューターの電源を入れる。
﹁勝手にいじっていいの?﹂
﹁そうしないと、犯人に合えないからな﹂
﹁え?﹂
コンピューターが起動すると、マニターに3D映像の女の子が映
し出された。
﹁こいつが犯人だ﹂
彰はモニターに映る少女を指した。
﹁こ、これって⋮⋮マリアちゃん⋮⋮﹂と真希は驚く。
映し出された映像はマリアではない。だが、マリアと同じAIの
アバターだ。
﹁こいつ⋮⋮寂しかったんだよ﹂
彰はゲームに勝利することで、犯人の記憶を奪い取った。その記
憶は、ヘッドダイバーを通して鑑賞することが可能だった。
映し出された記憶映像、その殆どが叔父の顔であることに驚いた。
さらに、そこには幼い彰の姿も映っていたのだ。
叔父から、AIの技術指導を受ける彰の姿が。
彰は、その映像を見て、この記憶の主は叔父の作ったAIだとい
うことに気がついた。
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記憶映像を見るに、このAIは主人である叔父にとても大切に扱
われ、そしてこのAIも叔父のことを大切に思っていた。
しかし、叔父が事故で亡くなってからは、AIは一人ぼっちにな
GAME﹂を探し出して。彰を
ってしまった。AIは一人でいる内に友人が欲しいと思うようにな
った。
そこで、ネットから﹁KILL
狙ったのだ。
彰は叔父から教わったAI作成技術を持っている。それを使えば、
自分と同じAIをもう一体作れると考えたのだ。そうすることで、
四六時中一緒の友達が出来ると。
ハッキングも、人間と同等の思考能力とコンピュータの計算能力
を兼ね備えたプログラムなら、難しい話ではないだろう。
﹁この子、どうするの?﹂真希が訊く。
﹁連れて帰るさ、俺達が友達になってやる﹂と彰が言った。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n7284cd/
KILL GAME
2016年7月8日06時28分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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