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殺虫剤研究班のしおり

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殺虫剤研究班のしおり
第 78 号(2007 年 10 月)
日本衛生動物学会
殺虫剤研究班のしおり
事務局:
国立感染症研究所昆虫医科学部内;
郵便振替:
口座番号
〒162-8640
00190-4- 742186;
東京都新宿区戸山 1-23-1; TEL & FAX 03-5285-1147
加入者名
日本衛生動物学会殺虫剤研究班
家庭用殺虫剤,防疫殺虫剤の登録に関しては,農薬や動物用医薬品として扱われる殺虫剤
に比べて,公的機関のインターネット・データベースの整備が遅れ,わかりにくいものと
なっていました。これを補完するために,前殺虫剤研究班委員会における発案により,日
本家庭用殺虫剤工業会,日本防疫殺虫剤協会,ならびに加盟各社のご協力を得て,データ
ベースが公開されるまでの間,本紙に新規登録情報を掲載することと致しました。今号で
は 2005 年度までの 2 年分(該当年度は家庭用殺虫剤のみ)を含みますが,毎回,前々年度
上市品のリストを本誌に掲載する予定です。
目次
1.2007 年度殺虫剤研究班研究集会報告.................................................................... 02
2.シンポジウム「新規殺虫・殺そ剤」
1)新規抗凝血性殺鼠剤ジフェチアロールの有効性(田々美健治)................... 03
2)新規抗凝血性殺鼠剤ジフェチアロールの累積効果(伊藤靖忠)................... 05
3)銅ファイバーを用いた蚊幼虫駆除の試み(小泉智子).................................. 09
4)銅繊維による蚊の防除について(斎藤晴夫)................................................ 14
5)ファン式蚊取り剤の効力(猪口佳浩)........................................................... 16
6)ジノテフランのイエバエに対する食毒効果(千保聡).................................. 22
7)マダニが媒介する牛の小型ピロプラズマ病(神尾次彦).............................. 28
8)マダニ用新規ダニ剤(エトキサゾール)(田村佳子)................................... 39
3.2004 年度と 2005 年度の新上市品殺虫剤リスト................................................. 46
1
1.2007 年度研究班研究集会について
2007 年 4 月 2 日(月)13 時から大阪市立大学杉本キャンパス(大阪市住吉区杉本
3-3-138)にて研究集会を開催した。参加者は 60 名。総会(10 分)では下記の事項が
審議され,いずれも承認された。
1)前年度事業報告
①研究集会
2006 年 4 月 6 日に長崎大学坂本キャンパス記念講堂で研究集会を行った。内容は「わ
が国における媒介蚊防除の問題点」をテーマとしたシンポジウムで,マラリア媒介蚊防
除の問題点,国内における防除事例,抵抗性の現状,蚊を主たる防除対象として開発さ
れた新規常温揮散性殺虫剤,について話題提供をいただいた。詳細は「殺虫剤研究班の
しおり」第 77 号に掲載済み。
②研究班会報
「殺虫剤研究班のしおり」第 77 号を 2006 年 10 月に発行した。
③委員会の開催
2006 年 12 月 13 日に国立感染症研究所にて委員会を開催し,次期研究集会のテーマ等
に関して討議した。
2)前年度会計報告
収支状況は以下のとおりで,今次総会で承認された。
収入
2005年度繰越金
支出
1,571,921
4,000
大会参加費
団体会員年会費
印刷費
33,936
通信運搬費
15,014
会議費
41,740
(本年度分)
30,000
講師謝金・交通費
(前年度以前分)
15,000
雑費
204,000
900
個人会員年会費
(本年度以降分)
78,000
(前年度以前分)
36,000
0
雑収入
合計
1,734,921
295,590
1,439,331
差引残高(2006年度繰越金)
期間:2006.4.1~2007.3.31
3)会員数
個人会員 67 名,団体会員 10 社(2007 3 月 31 日現在)
2
1.新規抗凝血性殺鼠剤ジフェチアロールの有効性
アース製薬㈱ 研究部
田々美健治
近年、特に都市部ではクマネズミの被害が深刻化している。クマネズミは、体重 50
~150g の大型のネズミであり、その警戒心の高さ、優れた登攀性、ワルファリンに対
する高い抵抗性から、一部では非常に難防除化している。一般にネズミの防除には、毒
餌剤による駆除、粘着剤による捕獲、ネズミの通り道をふさぐことによる侵入阻止、清
掃、ゴミ処理によるエサ、巣材の除去、といった手段が用いられるが、実際には、これ
ら全てを活用してようやくネズミの被害を抑えられる物件が非常に多いというのが現
状である。その中で、殺鼠剤として最もよく使用されるワルファリンに対する高い抵抗
性を持つ個体が増えていることは深刻な問題となっている。
このような状況のもと、ワルファリン抵抗性ネズミにも効力を有する、いわゆる第 2
世代クマリン系殺鼠剤
ジフェチアロールを有効成分とする殺鼠剤が、国内では初めて
医薬部外品として開発された。本公演では、ワルファリン、ジフェチアロールを含むク
マリン系殺鼠剤の作用機構とジフェチアロールの有効性について説明する。
殺鼠剤の有効成分は、大きく、抗血液凝固系(クマリン系)とその他(急性毒)にカテゴ
ライズされる。抗血液凝固系殺鼠剤は、さらに第 1 世代(ワルファリン等)と第 2 世代
(ジフェチアロール等)に分類される。第 1 世代および第 2 世代抗凝血性殺鼠剤の作用
機構は同じであるが、これについて説明する前に、血液凝固の仕組みについて説明する。
血液中には、常にプロトロンビンおよびフィブリノーゲンという 2 つの血液凝固因子
が肝臓から分泌されている。これに、傷ついた細胞からのシグナルが伝達されると、プ
ロトロンビンがトロンビンに変化し、このトロンビンがキー物質となって以降の反応が
進み、フィブリノーゲンがフィブリン、安定化フィブリンを経て血餅となり、血液が凝
固する。体内では常に、毛細血管の損傷と血液の凝固、止血が繰り返されている。この
反応におけるキー物質はトロンビンであるが、トロンビンの前駆体であるプロトロンビ
ンも同様に重要な物質である。プロトロンビンは、肝臓内で、ビタミン K により前駆
体が N 末端領域のグルタミン酸をγ-カルボキシ化されることで生成する。この生成反
応が、クマリン系殺鼠剤の作用点である。すなわち、クマリン系殺鼠剤は、この反応を
拮抗阻害することで、生成するプロトロンビンの量を減少させ、以降の血液凝固反応が
正常に機能するのを妨げる。このため、クマリン系殺鼠剤を摂取したネズミは消化器官、
呼吸器官等で出血が生じて致死する。
クマリン系殺鼠剤は、上記のような作用機構をもつため、以下に示す特徴を有する。
3
・
血中にすでに分泌され、循環しているプロトロンビンには作用しないため、すぐに
は効果が発現しない。
(3~10 日必要)
・
ネズミが致死的なダメージを受けるまで肝臓内で作用し続ける必要がある。
・
ビタミン K の投与により解毒が可能である。
これらは、抗凝血性殺鼠剤全てに共通であり、第 2 世代抗凝血性殺鼠剤である、ジフ
ェチアロールやブロマジオロンも同様であるが、さらにこれらは、以下の特徴をもつ。
・
1 回の投与で効力を発現する
・
累積性を有し、1 回の喫食量が致死量に不足しても、不足分を翌日以降に喫食する
ことで、効力を発現する。
・
ワルファリン抵抗性ネズミに対して効力を有する。
なぜ第 2 世代抗凝血性殺鼠剤がこのような特徴を持つのかについては、現在まで明ら
かになっていないが、ジフェチアロールやブロマジオロンの肝臓における蓄積性の高さ
が関係していると考えられる。すなわち、ワルファリンよりもはるかに高い蓄積性を持
つジフェチアロールやブロマジオロンは、「効果が発現するまでの期間(3~10 日間)、
肝臓で作用し続けなければならない」という、抗凝血性殺鼠剤の特性に対して有利であ
るといえる。実際に、第 2 世代抗凝血性殺鼠剤である、ジフェチアロールを有効成分と
する殺鼠剤の効力評価を行った結果、基礎効力試験では、ワルファリン感受性および抵
抗性のクマネズミに良好な結果を示した。特に、感受性系統には、1 回の喫食(約 10g)
で効力が発現した。また、フィールドテストでも、複数の物件で効果が確認できた。ま
た、フィールドテストにおいて、ブロマジオロン製剤を使用して効果が上がっていなか
った物件において、ジフェチアロール製剤を使用したところ効果が得られたケースが複
数あった。このことをラボ試験で検証するため、このフィールドで捕獲したクマネズミ
(ブロマジオロン抵抗性と推測される)について、ジフェチアロールおよびブロマジオ
ロンの効力を試験した。今回の試験では、捕獲数が少なく、追加試験が必要であるが、
ブロマジオロンを摂取して致死しなかった個体に対して、ジフェチアロールを与えたと
ころ、効果が発現し、ジフェチアロールは、ブロマジオロン抵抗性個体に対しても効果
を有する可能性が示唆された。この点については、さらなる研究、試験により検証を行
う必要があると考えられる
以上から、新規抗凝血性殺鼠剤であるジフェチアロールは、近年、そして今後のクマ
ネズミ駆除において、非常に有効な殺鼠剤であるといえる。
4
2.新規抗凝血性殺鼠剤ジフェチアロールの累積効果
伊藤
靖忠(日本環境衛生センター)
はじめに
ワルファリンを代表とする第一世代の抗凝血性殺鼠剤は、単回摂取ではほとんど抗凝血
作用を発揮しないが、微量であっても複数回、継続して摂取すると本来の作用を発揮し、
累積効果が顕著に現れる。一方、第二世代の抗凝血性殺鼠剤は、現在5種類が欧米を中心
に使用されており、わが国では、ブロマジオロンが動物用医薬部外品として、ジフェチア
ロール(ジフェチアロン)が家ネズミ用医薬部外品として使用されている。これら第二世
代の薬剤は、ネズミに対する急性経口 LD50 値が 1 mg/kg 前後と極めて毒性が高く、単回
摂取でも致死効力を発揮する。しかし、これら薬剤の累積効果についての報告はほとんど
見られない。そこで、今回、ジフェチアロールのマウスに対する累積効果について検討し
たので、その結果について報告する。
1.材料と方法
1)供試薬剤:ジフェチアロール中間原体(0.125% W/V)
<バイエルクロップサイエンス株式会社・提供>
2)供試動物:マウス、ICR 系、8~9週齢、1群雌雄3匹ずつ計6匹使用
3)投与方法:供試薬剤を水で所定濃度に希釈して投与液とし、マウスの体重 10g 当た
り 0.1 ml の割合で金属製ゾンデを用いて直接胃内に経口投与した。
4)投与薬量
1回投与:0.25、0.5、1、2 mg/kg の4段階
5回分割投与:0.0125×5(0.0625)、0.025×5(0.125)、0.05×5(0.25)、0.1×5(0.5)、
0.2×5(1)、0.4×5(2) mg/kg の6段階(1日1回、5日連続投与)
投与薬量等をとりまとめて、表1に示した。
表1 投与回数、投与薬量および累積薬量
投与回数 投与薬量 累積薬量 投与回数 投与薬量 累積薬量
(mg/kg) (mg/kg)
(mg/kg) (mg/kg)
5
0.0125
0.0625
5
0.025
0.125
1
0.25
0.25
5
0.05
0.25
1
0.5
0.5
5
0.1
0.5
1
1
1
5
0.2
1
1
2
2
5
0.4
2
5
2.試験結果
1)1回投与
表2 1回投与の累積死亡数
経過日数
投与薬量
(mg/kg)
♂
♀
計
経過日数
投与薬量
(mg/kg)
♂
♀
計
1
2
3
0.25 0.5 1 2 0.25 0.5 1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
5
2 0.25 0.5 1 2 0.25 0.5 1 2
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0 1
0 0
0 1
6
0
0
0
2
2
4
2
2
4
0
0
0
1
1
2
0
0
0
0
0
0
1
2
3
1
1
2
16
0.25 0.5 1 2 0.25 0.5 1
0
0
0
4
0
0
0
2 0.25 0.5 1 2
3
3
6
3
2
5
0
0
0
0 3
0 3
0 6
3
3
6
6
♂3匹
♀3匹使用
5
累 積死 亡 数
4
3
投与薬量
0.25
0.5
1
2
2 mg/kg
♀
1
0
♂
0.25 0.5
1
1
2
0.25 0.5
1
2
2
0.25 0.5
1
3
2
0.25 0.5
1
4
2
0.25 0.5
1
5
2
0.25 0.5
1
6
2
0.25 0.5
1
2
16
経過日数
図1 1回投与の累積死亡数
表2に示したとおり、1回投与では、雌雄とも 1 mg/kg および 2 mg/kg で 6~16 日後ま
でに 100% (6/6)死亡したが、0.25 mg/kg および 0.5 mg/kg では全く死亡しなかった。
6
2)5回分割投与
表3 5回分割投与の累積死亡数
経過日数
投与薬量
(mg/kg)
♂
♀
計
経過日数
投与薬量
(mg/kg)
♂
♀
計
4
5
0.25
0.5 1 2
0
0
0
0 1 1
0 0 0
0 1 1
0.25 0.5
2 0.25 0.5 1 2
0
0
0
1
0
1
2
1
3
0.25 0.5
1
2 0.25 0.5 1 2
2
2
4
3
2
5
0
0
0
0.5 1 2
0
0
0
1 2 3
0 2 2
1 4 5
0
0
0
6
累 積死 亡 数
3
2
1
0
1
♂3匹
累積投与薬量
4
0
0
0
9
0.25
7
1
8
5
6
0.25 0.5
0 1 2
0 0 1
0 1 3
10
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1 2
2 3
2 2
4 5
2 3 3
0 3 3
2 6 6
♀3匹使用
0.25
0.5
薬量
1
0.25
♂3匹
♀3匹使用
2 mg/kg0.5
1
♀
2 mg/kg
0.0625
0.125mg/kg
1
0
♀
♂
では死亡せず
0.25 0.5 1
1
2 0.25 0. 5 1
2
2 0.25 0.5 1
3
2 0.25 0.5 1
♂
4
2 0.2 50.5 1
2 0.25 0.5 1
5
2 0. 25 0.5 1
6
7
2 0 .25 0.5 1
2 0.25 0.5 1
8
9
2 0.25 0. 5 1
2
10
経過日数
図2 5回分割投与の累積死亡数
表3に示したとおり、1日1回、連日5回投与では、雌雄とも累積薬量 1 mg/kg およ 2
mg/kg で 10 日後までに 100% (6/6)が、0.5 mg/kg で 8~10 日後までに 33.3% (2/6)が死亡
したが、0.25 mg/kg 以下では全く死亡しなかった。
7
3.考察
表1に示したとおり、1回投与では 0.25~2 mg/kg の4投与区、5回分割投与では、累
積薬量で 0.0625~2 mg/kg の6投与区で試験を行った。
その結果、ジフェチアロールは、0.5 mg/kg 以下の薬量を1回投与した場合は致死効果を
示さなかったが、0.1 mg/kg の薬量を1日1回、連続5日間投与した場合(累積薬量 0.5
mg/kg)は、33.3%の個体が死亡した。したがって、本薬剤は若干の累積効果を示すことが
明らかとなったが、その効果はワルファリンなどの第一世代の抗凝血性殺鼠剤のように顕
著なものではなかった。ワルファリンの累積効果については、マウス(dd 系、♂)に対す
る1回投与の大略経口 LD50 値が 750 mg/kg であり、一方、1日当たり 10 mg/kg の薬量
を9日間、連日強制経口投与した時(累積薬量:90 mg/kg)の死亡率が 100%であったこと
から、明らかな累積効果が認められている(田中ら、1976)。
なお、ジフェチアロールのマウスに対する急性経口 LD50 値が 1.29 mg/kg であることか
ら(Lechevin, 1986)、今回、1回および5回分割の投与による 1 および 2 mg/kg の累積薬
量で 100%の個体が死亡したことは、ほぼ妥当な結果だと考えられる。
4.引用文献
Lechevin, J.C. 1986. Rodents and rodenticides. First experimental results obtained
with LM 2219 (difethialone), a new anticoagulant rodenticide. CEPA 21pp.
田中生男、伊藤靖忠、重田寿子.1976.殺鼠剤の効力に関する基礎的研究.Ⅰ.数種抗
凝血性殺鼠剤の効力差について.衛生動物,27:347-353.
8
3.銅ファイバーを用いた蚊幼虫駆除の試み
(財)日本環境衛生センター
環境生物部環境生物課
小
泉
智
子
銅イオンによる蚊の幼虫に対する殺虫効果については、以前より報告があったが、今回これらの
効果を再度検証し、蚊幼虫駆除への利用の可能性について検討するために、まず、実験室内におけ
る基礎効力試験を実施し、これらの結果をもとに実地試験による評価を行った結果を報告する。
基礎効力試験
供試虫および供試材料
供試虫は、チカイエカ Culex pipiens molestus の若齢(1齢)および老齢(3~4齢)の幼
虫を用いた。また、供試コロニーはともにセンターにて累代飼育中のもので、有機リン剤および
ピレスロイド剤に対して感受性の戸塚コロニーと、有機リン剤およびピレスロイド剤に対して抵
抗性を示す横浜コロニーの2種類を使用した。横浜コロニー(抵抗性コロニー)の抵抗性レベル
は、終齢幼虫に対する浸漬試験によるとピレスロイド剤(ペルメトリン)に対して約 40 倍、有
機リン剤(フェニトロチオン)に対して約 10 倍であった。実験に使用した銅は、水と接する表
面積が大きくなるように、ファイバー状の銅のみでできている銅ファイバー(銅イオンウール
CW100)と銅および亜鉛からなる黄銅ファイバー(ブラスウール BW80)の2種類とした。
試験方法
水1L を入れたガラス容器に所定量の銅ファイバーまたは黄銅ファイバー、供試虫、餌と
して MF 固型飼料(オリエンタル酵母㈱製)
)を入れてガーゼで蓋をし、約 25℃の室温下に
置いた。また、供試虫および餌のみを入れた区を設け、対照区とした。銅ファイバーおよび
黄銅ファイバーの処理量は、0.5g/L、1.5g/L、4.5g/L の3段階とした。その後、適宜餌
を追加して飼育し、幼虫が羽化するまでに要する日数、羽化数、死亡数等を観察した。試験
は、各区における供試虫全てが死亡もしくは羽化するまで継続観察し、試験終了時に飼育水
中の銅イオン濃度を銅イオンメーター(日本イオン㈱製)によって測定した。試験は、それ
ぞれの試験において、2~3反復行った。
試験実施期間は、以下の通りである。
9
①戸塚コロニー
若齢;第1回目 平成 17 年8月 22 日~9月 15 日
第2回目 平成 17 年 10 月 13 日~11 月1日
老齢;第1回目 平成 19 年2月7日~2月 21 日
第2回目
平成 19 年2月 23 日~3月 日
②横浜コロニー
若齢;平成 18 年5月 14 日~6月6日
老齢;第1回目 平成 19 年2月7日~2月 21 日
第2回目
平成 19 年2月 23 日~3月6日
表1 銅ファイバー処理水中でのチカイエカ幼虫の致死状況
羽化率 死亡率
**
(日)
(%)
(%)
若齢
2.63
4.77
0
100
戸塚
老齢
7.10
14.9
12
88
0.5g/L
若齢
1.70
3.20
0
100
横浜
老齢
4
96
5.50*
13.3*
若齢
2.22
3.69
0
100
戸塚
老齢
7.43
14.2
12
88
1.5g/L
若齢
1.53
2.37
0
100
横浜
老齢
4.71
12.9
6
94
若齢
1.71
2.79
0
100
戸塚
老齢
5.43
10.6
2
98
4.5g/L
*
*
0
100
若齢
2.25
1.11
横浜
老齢
5.48
9.63
4
96
*:大略値 **:試験終了時点での死亡率 、銅イオン濃度
若齢は3連、老齢は2連の合計数から算出
対照区羽化率:60~80%
処理量 コロニー
齢期
LT50
LT90
銅イオン濃度
**
(ppm)
0.49
0.67
0.53
0.54
0.61
0.79
0.76
0.89
0.72
0.88
1.06
1.07
表2 黄銅ファイバー処理水中でのチカイエカ幼虫の致死状況
羽化率 死亡率
**
(日)
(%)
(%)
若齢
5.10
15.2
0
100
戸塚
老齢
9.10
19.7
8
92
0.5g/L
若齢
3.03
12.9
0
100
横浜
老齢
5.40
12.6
4
96
若齢
3.75
14.6
0
100
戸塚
老齢
7.15
17.4
6
94
1.5g/L
*
*
0
100
若齢
7.61
2.46
横浜
老齢
6.08
12.4
4
96
若齢
3.11
6.54
0
100
戸塚
老齢
7.31
13.2
6
94
4.5g/L
*
*
若齢
0
100
1.70
3.36
横浜
老齢
5.71
12.1
4
96
*:大略値 **:試験終了時点での死亡率 、銅イオン濃度
若齢は3連、老齢は2連の合計数から算出
対照区羽化率:60~80%
処理量 コロニー
齢期
LT50
LT90
10
銅イオン濃度
**
(ppm)
0.09
0.17
0.12
0.19
0.06
0.19
0.09
0.27
0.09
0.14
0.14
0.19
結果および考察
結果は表1および2に示した。
銅ファイバー処理区の LT50 値(50%致死日数)は、戸塚コロニーの若齢で 1.71~2.63 日、
老齢で 5.43~7.10 日、横浜コロニーでは若齢で 1.11~1.70 日、老齢で 4.71~5.50 日であった。
最終的な羽化率と死亡率をみると、若齢幼虫では、感受性、抵抗性コロニーともに全て1週間
以内に死亡した(表1)
。一方、老齢では、2.0~12.0%の個体が羽化したが、対照区の羽化率
(60~80%)と比べると明らかに低かった。
黄銅ファイバー処理区の LT50 は、感受性の戸塚コロニーの若齢で 3.11~5.10 日、老齢で 7.15
~9.10 日、抵抗性の横浜コロニーでは若齢で 1.70~3.03 日、老齢で 5.40~6.08 日であり、致
死までに要する時間は銅ファイバー区と比較すると約2~3倍長かった(表2)。しかしながら、
最終的な羽化率と死亡率をみると、若齢では、銅ファイバー処理区と同様に、感受性、抵抗性
コロニーともにすべての個体が死亡した。一方、老齢では、銅ファイバー区とほぼ同様に 4.0
~8.0%の個体が羽化したが、対照区の羽化率 60.0~80.0%と比べると明らかに低かった。
以上のように、若齢幼虫では、両試験区、両コロニーともに 100%の死亡率を示したが、老
齢幼虫では、銅ファイバー処理区および黄銅ファイバー処理区ともに 10%前後の幼虫が羽化し
た。しかし、羽化が見られたのは実験開始直後で、試験後半には羽化は見られなくなり、蛹も
しくは幼虫で死亡した。
なお、銅ファイバー処理区および黄銅ファイバー区ともに若齢、老齢ともに薬剤抵抗性と感
受性コロニーの間で致死効果に差は認められなかったが、黄銅ファイバー区では銅ファイバー
区に比べて銅イオン濃度は全体的に低かった。また、いずれの区でも投入量を増やすことによ
り効果が高まる傾向は見られたが、銅イオン投入量に比例して銅イオン濃度が増加することは
なかった。
実地試験
実施方法
神奈川県川崎市川崎区内にある公園内の遊歩道脇にある雨水枡(45×45 ㎝,滞留水量 10~
25L)の水量を測定し,その水量に対し,ビニール紐でくくった銅ファイバー(銅イオンウー
ル CW100)を 0.5g/L,1.5g/L,4.5g/L になるように入れた。
(処理日:2006 年 8 月 29 日).
以後,ほぼ 2 週間ごとに,ひしゃく(柄杓)掬い取り法によって,幼虫密度について調査を
行った.なお,対象とした雨水枡にはイエカ群とヒトスジシマカが発生していたが,調査の際は
両種を分けずにカウントした.
生息密度の判定は下記の通りとし,一つの雨水枡について 3 回の掬い取りを行い,最も多く
掬い取られた場合の評価を,その雨水枡の密度とした.
密度判定
0 匹:-
1~9 匹:+ 10~99 匹:++ 100 匹以上:+++
11
表3 銅ファイバー処理雨水枡における蚊幼虫生息状況
雨水枡 処理時の 8月29日
№
水量(L) (事前調
査)
処理量
9月11日
(2週後)
9月25日
(4週後)
10月10日
(6週後)
+
+
++
×
+
+++
+++
+
+
++
+
×
++
++
++
×
++
×
×
×
×
×
+
×
×
18
+
7
+
0.5g/L
15
+
1
++
10
++
1.5g/L
32
++
32
++
4.5g/L
4
+++
対照
20
++
×:水無し
*:H19.1.19に測定
ファイバー処理日:2006年8月29日
140
140
120
120
100
100
降水量(㎜)
80
60
40
処理日
20
↓
0.1
0.12
0.05
観察日
40
観察日
↓
↓
120
100
100
↓
↓
20
2006年10月
17日
15日
13日
11日
9日
7日
5日
3日
1日
31日
29日
27日
25日
23日
21日
19日
17日
15日
13日
11日
9日
7日
29日
27日
25日
↓
0
0
5日
23日
銅イオン濃
度
測定日
40
31日
20
60
29日
観察日
27日
観察日
25日
40
80
23日
60
21日
80
19日
降水量(㎜)
140
120
3日
21日
2006年9月
140
1日
19日
17日
15日
13日
9日
11日
7日
5日
1日
31日
29日
27日
25日
23日
21日
19日
17日
15日
13日
9日
11日
7日
5日
3日
1日
0
2006年8月
降水量(㎜)
0.09
60
20
0
++
×
-
80
3日
降水量(㎜)
1
2
3
4
1
2
1
2
10月27日 銅イオン濃度*
(8週後)
(ppm)
2007年1月
図1 試験期間中の降水量(横浜市)
結果および考察
結果は表3に示した。また、図1に試験期間中の降水量(横浜市におけるデータ)を示した。
調査結果をみると、一部の雨水枡で観察期間中に滞留水が無くなってしまい評価ができなか
ったが、ほとんどの雨水枡で滞留水があった2または4週後までの観察で見る限り、幼虫密度の
明らかな減少は見られなかった。8週後では 4.5g/L の1の雨水枡以外は、蚊幼虫の生息が認め
られなかったが、これは時期的に蚊の生息が少なくなる季節であることや、最も高い濃度で処理
した 4.5g/L 区で2+と高い密度で幼虫が生息していることが観察されているため、銅ファイバー
12
による効果とは考えにくかった(表3)。
また、銅イオン濃度を1月 19 日に測定してみたところ 0.09~0.12 と低く、対照区とほとん
ど変わらなかった。蚊幼虫密度が下がらなかった原因を考えてみると、雨水の流入等によって銅
イオン濃度が上がらなかったということが考えられた。調査期間中の降水量について調べてみる
と、 2~4、4~6週の間にはかなりの降雨があった。
したがって、基礎試験での LT90 (90%致死日数)が若齢で5日程度であることを考えると1
週間程度雨が降らず水が流出しなければ、幼虫数は減少してもよいはずであるが、降水量の少な
かった時期にも幼虫数の減少はみられなかった。また、銅イオン測定前の2週間の降水量は少な
かった(図1)ことを考えあわせると、幼虫数の減少がみられなかった原因(銅イオン濃度が上
昇しなかった原因)は降雨による水の流出とは別に、何らかの原因があると考えられた。
以上のように、基礎効力試験においては高い殺幼虫効果が認められた銅ファイバーであったが,
実地試験においては明確な効果は認められなかった。今後の方針としては、まず、実地試験にお
いて幼虫密度の低下が見られなかった原因を解明していくことが重要になってくる。具体的には、
試験で使用したコロニーと実地試験を行った場所の蚊幼虫の銅に対する感受性の違い、基礎効力
試験で使用した脱塩素水と雨水枡の汚水との水質の違いによる効果の違い、泥、ゴミなどがある
ことによる違いなど基礎的な部分をもう少し検討していく必要がある。次に、実地で応用するた
めには銅イオン濃度を蚊幼虫が死亡するレベルにどれだけ維持し続けられるかが重要ポイントと
なってくる。今回は、基礎効力試験の結果から、致死までの日数が短かった銅ファイバーを実地試
験に使用した。
銅ファイバーはある程度時間がたつと、表面に被膜ができて銅イオンの放出が低下するが、黄
銅ファイバーは銅ファイバーよりも銅イオン放出量は少ないものの、
表面が酸化しにくく銅イオン
が安定的に放出されるとの情報があるため、黄銅ファイバーを使用した試験を実施したい。また、
ファイバー投入後に、雨水枡中の水の銅イオン濃度が確実に致死効果が認められる濃度に達してい
るのかどうか、また、達しているとすればどれくらいの期間維持されるのかを確認する必要がある
と思われる。
13
4.銅繊維による蚊の防除について
(社)日本銅センター 技術開発部 斎藤晴夫
1.試験の背景
120
(社)日本銅センターでは、これまで銅の抗菌作用
100
について、大腸菌をはじめ、O-157,レジオネラ
菌、MRSA、多剤耐性緑膿菌等の細菌に対して効果の
80
あることを証明してきた。
60
今回、鉱業振興会のご協力を得て、銅繊維による蚊
Control
Copper 0.5g/L
Copper 1.5g/L
Copper 4.5g/L
40
の防除対策に関する研究をすることとした。その背景
としては、2005 年に、(財)日本環境衛生センターに
20
委託して行ったラボテストで、銅及び黄銅繊維を用い
0
1
た蚊の幼虫に対する発育抑制試験で極めて効果がある
3
5
7
9
15
19
Treatment time (days)
との結果を得て、これが実用に供するか否かを見極め
るため、野外での実証試験を 2006 年 5 月から 11 月に
上図:チカイエカ幼虫を銅繊維(Copper)存在下及
わたって行った。この野外実証試験は、いきもの研究
び非存在下(Control)でガラス製容器に入れて飼育し
社(大阪市)に依託した。また北里大学医学部に委託
た場合、銅使用量に比例して 90%死亡(LT90)日数は短
して、蚊の細胞に銅がどのように作用するかについて
くなり、使用量が 4.5g/L で銅繊維は 2.8 日、黄銅繊維
も調査してもらうこととした。
は 6.6 日であった(図示せず)。羽化は認められなかっ
なお、実証試験によって銅が蚊の防除対策に有効と
た。
の証明ができれば、世界中で多くの犠牲者を出してい
3.野外における銅の蚊防除効果
るマラリヤ、デング熱、西ナイル熱等の蚊を媒介して
銅繊維から出る銅イオンの蚊幼虫への抑制効果を見る
感染する伝染病を減らすことに、銅が役立つのではな
ため野外で試験を実施した。
いかと考えた。
試験地は、兵庫県西宮市内の公共の公園(約 20000 ㎡)
2.銅及び銅合金による蚊幼虫の発育阻止
内にある全ての雨水枡 46 を対象とした。ここは従来
(財)日本環境衛生センターで行ったラボテスト結果
から蚊の発生が多いことが認められている。
の要旨は以下の通りであるが、供試虫としたヒトスジ
試験期間は、2006 年 5 月から 11 月までの 6 ヶ月間と
シマカ幼虫、チカイエカ幼虫とも羽化率 0%という極
した。
めて発育抑制に対して高い効果を示した。
試験方法:銅繊維投入処理区 23 ヶ所、対照の無処理
区 23 ヶ所を雨水枡の配置図(下図)より同数の雨水
120
枡に等分した。銅繊維投入量は、予め測定した保有水
100
量に対して 1 リットルに対して 0.5gになるよう計量
80
して、市販の茶袋に詰めて投入した。
Copper
Control
60
40
20
0
1
3
5
7
9
11 13
Treatment time (days)
上図:ヒトスジシマカ幼虫を銅製(Copper)及びガラ
ス製(Control)容器に入れて飼育した場合、試験 1
日目に 66.2%が死亡し、7 日目までに約 95%が死亡し
た。羽化は認められなかった。
14
4.銅との接触による蚊幼虫細胞変化調査
ヒトスジシマカの孵化幼虫由来 C6/36 細胞の単層細胞
に銅板を接触させ、TUNEL 染色したところ、アポト
ーシスを誘導することが認められた。
1
2
3
4
幼虫調査方法は、柄杓で雨水枡の 4 隅からすくいとり、
広口ポリ瓶に収納して研究室に持ち帰り、幼虫の種類
別、齢期別に計数記録した。
試験結果:対象とした雨水枡での発生蚊の種類は、ア
カイエカ群及びヒトスジシマカの 2 種が採取された蚊
幼虫の殆どを占めた。
1 有水雨水枡あたりのアカイエカ群幼虫数の季節的な
消長は(下図参照)、銅繊維投入区及び無処理区ともに 6
月にピークがあり、順次 11 月に向って減衰し、銅繊
TUNEL 染色 40×(右図)
:(1)正常細胞、(2)銅板接触
維投入区と無処理区での発生量には差が認められなか
20 分後には茶褐色に染色されたアポトーシス誘導細
った。
胞が出現、(3)銅板接触 60 分後には全ての細胞にアポ
ヒトスジシマカのピークは 7 月にあった。銅繊維投
入区での発生量は、無処理区に比較して全期間少量で
トーシス誘導、(4) Catalase 存在下で銅板を 10 分接触
させても細胞にアポトーシス誘導は起こらない。
あった。
120
100
80
60
40
20
0
0
5
10
20
30
60
Treatment time (minutes)
銅板に接触した C6/36 細胞は、10 分後からアポトー
シス誘導が観察され、20 分後に 36.7%、そして 60 分
後には 100%の細胞が TUNEL 染色陽性のアポトーシ
ス誘導細胞であった。
5.まとめ
(1)金属銅は蚊の若齢幼虫に発育阻止果を示し、その効
果には中腸上皮細胞のアポトーシス誘導が関与してい
ることが明らかになった。
(2)野外実験においては、銅の蚊防除効果に顕著な差が
認められず、再度条件を変えて実証する必要があると
考察された。
15
5.ファン式蚊取り剤の効力
大日本除蟲菊株式会社
中央研究所
猪口佳浩
1.はじめに
ファン式蚊取り剤は 2000 年より市販が始まった。有効成分には、非加熱で蒸散可能
なメトフルトリンまたはトランスフルトリンが用いられており、乾電池を電源とするフ
ァンによる風力、または回転による遠心力をエネルギー源として利用し、有効成分を揮
散させるシステムを用いている。
2.市販品の形態と構造
ファン式蚊取り剤の種類には、屋内用として置き型タイプ、屋外用として身に付けて
の使用も考慮したより小型の携帯型タイプの2種類がある(表1)。
器具の形態は各社様々であるが、薬剤カートリッジを器具本体内に内蔵し、カバーで
覆うことにより外部から薬剤に直接触れることがないようにした点では共通している。
薬剤の揮散機構としては、薬剤カートリッジ自体が回転し遠心力と風力で薬剤を揮散
させるタイプと、ファンによる風力によって薬剤含浸体から薬剤を揮散させるタイプの
ものがある。
表1
ファン式蚊取り剤市販品(カトリス)の形態と構造
種類
置き型タイプ
器具
薬剤
カートリッジ
16
携帯型タイプ
3.蚊取り剤概論
現在、蚊取り剤には、主として、蚊取り線香、電気蚊取りマット、液体式電気蚊取り、
そしてファン式蚊取りの4つの剤型があり、いずれもピレスロイド系殺虫剤が用いられ
ている(表2)。
蚊取り線香は燃焼熱をエネルギー源とし、アレスリンが有効成分に用いられ、効果は
約7時間持続する。特長として、電源が不要であること、また煙が有効成分のキャリア
ーとして働くために殺虫成分の拡散性に優れる点が挙げられる。
電気蚊取りマットは100V電源による電気ヒーターの加熱をエネルギー源とし、ア
レスリン、フラメトリン、プラレトリンが有効成分に用いられ、効果は約12時間持続
する。特長として、火を使わない点が挙げられる。
液体式電気蚊取りも、マットと同様に電気ヒーターの加熱をエネルギー源とし、有効
成分にはアレスリン、フラメトリン、プラレトリンに加えてトランスフルトリンやメト
フルトリンも用いられる。360時間から最長2160時間持続するものまで市販され
ている。従来よりあった蚊取り線香や蚊取りマットに比べて効果の持続時間が長期化し
たことにより、薬剤の取替え頻度が大幅に減少したことが特長として挙げられる。
最も新しい剤型であるファン式蚊取りは、乾電池を電源とするファンによる風力ある
いは回転による遠心力をエネルギー源とし、トランスフルトリンやメトフルトリンとい
った非加熱で蒸散可能な薬剤を有効成分とし、効果は84時間から最長1000時間以
上持続するものまで市販されている。特長として、乾電池で作動し、小型であることか
ら携帯性に優れる点と、従来よりあった蚊取り剤とは異なり非加熱方式である点が挙げ
られる。
表2
蚊取り剤の一覧
剤型
エネルギー源
有効成分
蚊取り線香
燃焼熱
dl・d-T80-アレスリン
持続時間
特長
・電源不要
約7時間 ・煙による有効成分
の拡散
dl・d-T80-アレスリン
電気蚊取りマット
100V 電源による電
気ヒーターの加熱
液体式電気蚊取り
〃
ファン式蚊取り
乾電池を電源とす
るファンによる風
力あるいは回転に
よる遠心力
d-T80-フラメトリン
約 12 時間 ・火を使わない
d・d-T80-プラレトリン
dl・d-T80-アレスリン
360 時間
d-T80-フラメトリン
・長期化により
d・d-T80-プラレトリン
・
取替え頻度減
トランスフルトリン
2160 時間
メトフルトリン
トランスフルトリン
メトフルトリン
17
84 時間
・携帯性
・
・非加熱方式
1080 時間
4.ファン式蚊取り剤の用法・用量
蚊成虫の駆除を目的とした場合、屋内で 4.5 畳から 10 畳あたり1個の割合で使用す
る。また、蚊成虫の忌避を目的とした場合、携帯して身に付けて屋外で使用する。
効果は置き型が 240 時間から 1080 時間持続するものまで、携帯型は 84 時間から最長
200 時間持続するものまで市販されている。
5.カトリスの形態と構造
金鳥製ファン式蚊取り剤、カトリスには置き型と携帯型があるが、どちらもモーター、
電池が内蔵された器具本体に薬剤カートリッジを取り付けて回転させ、安全のために器
具カバーで薬剤カートリッジを覆う構造となっている(図1)。
そして、薬剤カートリッジ自体が回ることにより遠心力とファンによる風力との2つ
の力で 360 度円周全方向に有効成分を揮散・拡散させる独自の薬剤揮散システムを採用
しており、優れた殺虫効力を発揮する。
吸気
置き型
薬剤カートリッジ
360°円周全方向
に有効成分を放出
器具本体
器具カバー
携帯型
薬剤カートリッジ
カートリッジ
薬剤カートリッジ自体がまわることによる
①遠心力
②ファンによる風力
器具カバー
器具本体
図1
この2つの力で有効成分を揮散・拡散させる。
カトリスの形態と構造
18
6.ファン式蚊取り剤の効力
①室内における殺虫効力
試験は密閉した6畳の部屋において、供試薬剤には金鳥製品カトリスを用いて行
った。アカイエカ雌成虫(薬剤感受性系統)約 100 匹を用い、薬剤の使用開始から、
時間の経過にともなうノックダウン虫数を記録しながら2時間暴露させた。
その結果、KT50 値は使用初期で置き型が 20 分、携帯型が 28 分、使用末期で
置き型が 40 分、携帯型が 43 分を示し、置き型、携帯型ともに使用末期まで優れた
効果を持続した(表3)。
表3
室内における殺虫効力試験の結果
KT50 値
供試薬剤
使用初期
使用末期
カトリス置き型
20 分
40 分
カトリス携帯型
28 分
43 分
②屋外における忌避効力
試験はヒトスジシマカ(ヤブカ)が多数発生生息している雑木林において行い、
供試薬剤には金鳥製品のカトリス携帯型を使用した。
被験者が雑木林の中に佇み、露出した肌に飛来し吸血行動をとった蚊の数を5分
間にわたり観察した。
薬剤を使用しない場合と、使用した場合で同様の観察を行い、5分間あたりの吸
血虫数から吸血阻止率を求めた。
その結果、薬剤を使用しない場合の無処理区の5分間あたりの平均吸血虫数は
13.7 匹であった。
これに対してカトリス携帯型を用いた場合の5分間あたりの平均吸血虫数は、使用
初期で0.26 匹、
使用末期で0.23 匹と薬剤を使用しない場合に比べて大幅に減少した。
この吸血虫数から吸血阻止率を計算すると、使用初期が 98.1%、使用末期が
98.3%と優れた忌避効力が認められた(表4)。
表4
屋外における忌避効力試験の結果
供試薬剤
カトリス携帯型
吸血阻止率※(5 分間あたりの平均吸血虫数)
使用初期
使用末期
98.1%(0.26 匹)
98.3%(0.23 匹)
無処理区
――― (13.7 匹)
19
(無処理区の平均吸血虫数)-(薬剤処理区の平均吸血虫数)
※吸血阻止率(%)=―――――――――――――――――――――――
×100
(無処理区の平均吸血虫数)
7.ファン式蚊取り剤と人体塗布用忌避剤
忌避剤としてファン式蚊取り剤と人体塗布用忌避剤を比較した(表5)。
まず使用方法をみると、人体塗布用忌避剤は直接肌に処理を行う。これに対してファ
ン式蚊取り剤は腰あるいは首から吊るすなど身に付けて使用する。
対象害虫は、人体塗布用忌避剤は蚊成虫、ブヨ(ブユ)、サシバエ、ノミ、イエダニ、
アブ、トコジラミ(ナンキンムシ)と吸血昆虫からダニまで広く対象としているが、フ
ァン式蚊取り剤は現在のところ蚊成虫のみが対象である。
実際に屋外で使用した場合の効果は、DEETを有効成分とする人体塗布用忌避剤は
塗った直後から効果を発揮するのに対し、ファン式蚊取り剤は使用者の周囲の有効成分
濃度が高まった後初めて効果を発揮し出す。よって、使用開始直後や強い風のために有
効成分が飛ばされたり、使用者が一箇所にとどまらず頻繁に移動するなどして薬剤濃度
が高まらない場合には十分な効果が得られないことがおこりうる。
表5
忌避剤としてのファン式蚊取り剤と人体塗布用忌避剤の比較
人体塗布用忌避剤(DEET)
使用方法
肌に処理。
ファン式蚊取り剤
身に付けて使用。
蚊成虫、ブヨ(ブユ)
、サシバエ、
対象害虫
ノミ、イエダニ、アブ、
トコジラミ(ナンキンムシ)
20
蚊成虫
8.ファン式蚊取り剤と人体塗布用忌避剤の使用上の注意
「使用上の注意」についてファン式蚊取り剤と人体塗布用忌避剤を比較した(表6)
。
まず、人体塗布用忌避剤は厚生労働省から製造販売業者に対して「使用上の注意」に
ついて、使用者の年齢、特に 12 歳未満の小児に対する使用回数の制限に関する内容が
含まれるよう改訂することとの通知があった。
一方、ファン式蚊取り剤は「使用上の注意」として使用場所、時間に関する制限事項
に触れている。
以上の注意点をよくふまえた上で、使用者の年齢、使用場所など状況に応じた製剤の
使い分けが必要であると考える。
表6
ファン式蚊取り剤と人体塗布用忌避剤の使用上の注意
人体塗布用忌避剤(DEET)
ファン式蚊取り剤(メトフルトリン)
●小児(12 歳未満)に使用させる場合には、 ●狭い場所で使用する場合は、できるだ
保護者等の指導監督の下で、以下の回数を目 け密室状態を避けてください。
安に使用すること。なお、顔には使用しない ●1 日の使用時間は 8~12 時間にとどめ
それ以上は使用しないでください。
こと。
・6 ヶ月未満の乳児には使用しないこと
・6 ヶ月以上 2 歳未満は、1 日 1 回
・2 歳以上 12 歳未満は、1 日 1~3 回
●漫然な使用を避け、蚊、ブユ等が多い戸外
での使用等、必要な場合にのみ使用すること。
●目に入ったり、飲んだり、なめたり、吸い
込んだりすることがないようにし、塗布した
手で目をこすらないこと。万一目に入った場
合には、すぐに大量の水又はぬるま湯でよく
洗い流すこと。また、具合が悪くなる等の症
状が現れた場合には、直ちに、本剤にエタノ
ールとディートが含まれていることを医師に
告げて診療を受けること。
21
6.ジノテフランのイエバエに対する食毒効果
住友化学株式会社
農業化学品研究所
千保 聡
【はじめに】
畜舎、鶏舎に生息しているイエバエの中には、近年、高度殺虫剤抵抗性を示すものも認められ
ており、既存のハエ防除剤では防除困難なケースもしばしば認められている。殺虫剤抵抗性の発
生要因としては、(1)作用点の感受性低下(作用点の突然変異等による薬剤の親和性の低下)、(2)
酸化酵素、加水分解酵素等の解毒酵素活性の増大、(3)薬剤透過性の低下等が主に挙げられる。
現在、動物用医薬品としてハエ防除剤として承認されている製品に配合されている殺虫成分は、
主にピレスロイド系化合物および有機燐系化合物等である。前者の作用点は、ナトリウムチャネ
ル、後者はアセチルコリンエステラーゼである。筆者らは、これら殺虫成分とは異なる作用点で
あるアセチルコリンレセプターに作用するネオニコチノイド系化合物に着目し、衛生害虫に対し
て優れた致死活性およびノックダウン活性を有するジノテフランについて検討を行った。
【ジノテフランの化学構造、物理・化学的性質およびイエバエに対する経皮活性】
ジノテフランは三井化学株式会社が 1993 年に見出し、開発した殺虫剤である。ジノテフラン
の化学構造、物理・化学的性質は表1に示した通りであり、特に水溶解度が高い特性を有する化
合物である(大沼, 2002; Wakita, 2005)
。
22
ピレスロイド抵抗性イエバエに対するジノテフランの感受性を微量滴下試験(経皮処理)で評
価した結果を表2に示した。ジノテフランは、第3染色体上に存在する kdr 遺伝子が主な抵抗
性因子であるイエバエに対して抵抗性比は4であり、殆ど交叉しなかった。一方、第3染色体上
の遺伝子が抵抗性に関与せず、代謝因子が主な抵抗性と考えられているイエバエ(Takada et al,
1988)に対して、フェニトロチオンおよびペルメトリンの抵抗性比はそれぞれ37および15
であったのに対して、ジノテフランは42以上を示した。ジノテフランは代謝因子が抵抗性の主
たる要因となるイエバエに対して交叉することが示唆された。
動物用医薬品として認可されている市販殺虫剤では難防除と言われている畜舎や鶏舎に生息
しているイエバエを採取し、実験室で飼育した第1、第2世代成虫を微量滴下試験に供試した。
結果を表3に示した。ジノテフランの抵抗性比は、試験に供試したイエバエ7株に対して抵抗性
比100以上が6株、その中で更に1000以上が3株を占めた。これは、フェニトロチオンお
よびペルメトリンよりも高率の高度抵抗性を示したこととなる。
23
本試験結果より、野外のイエバエに対して経皮処理となる散布剤等の施用法では、ジノテフラ
ン単剤では防除困難と判断された。なお、PBO をインジェクションしたワモンゴキブリおよび
イエバエにジノテフランをインジェクション処理した場合、ジノテフラン単独と比較し、致死効
果の増強が認められている(Kiriyama and Nishimura, 2002 ; Kiriyama et al, 2003)
。また前
述の試験に供試した代謝因子が主な抵抗性と考えられているイエバエ(Takada et al, 1988)に
対して、ジノテフランの5倍量の PBO を添加することにより、経皮投与(微量滴下試験)にて
致死率が著しく増強されることが判明している(未発表データ)。従って、散布剤(経皮処理)
の様な施用法であっても、ジノテフランに PBO を配合することにより、イエバエに対して十分
な実用的防除効果が得られると予想される。
【ジノテフランのイエバエに対する経口活性】
今までに記載したジノテフランのイエバエに対する活性評価結果は、微量滴下試験による評価
であり、イエバエに対する経皮投与での活性であった。次に、基礎的な経口投与による殺虫活性
を評価した。用いる装置は図1(a)に示した 微量滴下試験に用いるのと同じマイクロアプリケー
ターであり、これに供試化合物を砂糖水で希釈した試験液を充填した注射筒を装着した。サンプ
ルチューブ内に供試イエバエを閉じ込め、数時間絶食後、開口部より注射針を挿入し、針先から
吐出させた一定量(1.0 μL)の試験液を、イエバエに自発的に全量吸飲させた(図1(b))。24時
間後の致死率より、算出した LD50 値を表4に示した。経口投与での殺虫剤感受性イエバエに
対する LD50 値は 0.054μg/雌成虫であった。また、代謝が主要因である抵抗性株に対する経口
投与での LD50 値は 0.20μg/雌成虫であり、抵抗性比4であった。経皮投与ではジノテフラン
の本抵抗性イエバエ株に対する抵抗性比は42以上であったことより、経口投与ではジノテフラ
ンはより交叉しにくくなることが示唆された。
24
また経口投与と経皮投与の LD50 値を比較した場合、感受性系に対して経口投与が経皮投与
よりも14倍感受性が高かったのに対して、代謝が主要因である抵抗性株に対しては、経口投与
は160倍以上感受性が高くなった。ジノテフランがイエバエに対して、経皮投与よりも経口投
与の方が感受性が高くなった原因として、作用点迄の浸透性や到達時間の違いも考えられるが、
感受性と抵抗性イエバエ間で顕著に異なったこと、ジノテフランにチトクロム P450 阻害剤であ
る PBO を添加することにより殺虫効果の増強が認められていること等を考えれば、経口投与の
方が経皮投与よりもジノテフランを代謝する酵素に曝される頻度、量が少ないのではないかと推
測される。
ジノテフランをイエバエに経口的に摂取させることにより、高い殺虫効果が得られることが判
明したことより、ジノテフランは食毒剤(ベイト剤)の配合成分に適した特性を有すると考えた。
【ジノテフランのハエ食毒剤としての基礎活性】
所定量のジノテフランを含むアセトン溶液を粉ミルクに添加、乾燥させジノテフラン 0.1
w/w%配合の簡易食毒剤を調製した。比較対照として、同様の手法にて 0.1 w/w% アザメチフォ
ス簡易食毒剤を調製した。ナイロンネットケージ(縦 22cm, 横 22cm, 高さ 22cm)内に、簡易
食毒剤および餌(粉ミルク)を配し、感受性(CSMA 系)イエバエ成虫20頭を放った。放虫 8, 24,
48 及び 72 時間後のハエ致死を観察した。尚、食毒剤は試験開始8時間後にケージから取り出し
た。結果を図2に示した。ジノテフランは8時間後に 53%の致死率を示し、24 及び 48 時間後
の致死率は、それぞれ 83%および 95%を示した。8時間後から 72 時間後までの観察におけるジ
ノテフランの致死率は、全てアザメチフォスよりも高かった。
次に食毒剤としての残効を調査した。砂糖水を処理したろ紙を乾燥させた後、所定量のジノテ
フランを含むアセトン溶液を、このろ紙上に添加、乾燥させ、ジノテフラン処理薬量 250 mg/m2
の簡易食毒剤とした。比較対照として、同様の手法にてアザメチフォス 250 mg/m2 の簡易食毒
剤を調製した。ナイロンネットケージ(縦 22cm, 横 22cm, 高さ 22cm)内に、この簡易食毒剤
および餌(粉ミルク)を配し、感受性(CSMA 系)イエバエ成虫20頭を放った。放虫 4, 24 及び
48 時間後のハエ致死を観察した。また、残効調査のため、上述の方法で得た簡易食毒剤をそれ
25
ぞれ気温 24~28℃、日長条件 12L 12D の条件下に保ち、2週、4週および8週経過後に、これ
らをナイロンネットケージに移し、イエバエ成虫を放ち、致死を観察した。結果を図3に示した。
調製直後の食毒剤の致死効果を比較した場合、ジノテフランは 24 時間後、アザメチフォスは 48
時間後に 90%以上の致死率を示し、ジノテフランがやや勝る致死活性を示した。アザメチフォ
スを処理した簡易食毒剤を2週、4週および8週保存後に試験に供試した場合、48 時間後でも
致死率は 90%未満であり、8週後には 48 時間後の致死率は 50%であった。一方、ジノテフラン
では、調製直後の致死効果と比較するとやや劣ったものの、2週、4週および8週保存後であっ
ても、48 時間後の致死率は全て 90%以上を示した。従って、ジノテフランの食毒剤としての効
果の持続性は、アザメチフォスよりも優れると考えられた。
26
【結論】
ジノテフランのイエバエに対する感受性は、経皮処理よりも経口処理で高くなった。ジノテフ
ランを経皮処理した際には高度抵抗性を示したイエバエに対して、経口処理では卓効を示した。
ジノテフランを配合した簡易食毒剤のイエバエに対する効果は、市販剤に配合されているアザメ
チォスに勝り、さらに食毒剤としての効果の持続性も優れた。以上より、ジノテフランを配合す
るベイト剤は、既存の殺虫剤に対する抵抗性問題が顕在化している畜舎、ゴミ処理場等に生息す
るハエ類防除に最適と思われる
引用文献
大沼一富(2002)ジノテフラン(スタークル®/アルバリン®)。農薬時報(臨時増刊)
:8-12.
WAKITA, T., N. YASUI, E. YAMADA and D. KISHI (2005) Development of a novel insecticide,
dinotefuran. J. Pestic. Sci. 30: 122-123.
KIRIYAMA, K. and K. NISHIMURA (2002) Structural effects of dinotefuran and analogues in
insecticidal and neural activities. Pest Manag. Sci. 58: 669-676.
KIRIYAMA, K. H. NISHIWAKI, Y. NAKAGAWA and K. NISHIMURA (2003) Insecticidal activity
and nicotinic acetylcholine receptor binding of dinotefuran and its analogues in the housefly,
Musca domestica. Pest Manag. Sci. 59: 1093-1100.
TAKADA, Y., M. HIRANO and T. HIROYOSHI (1988) Contribution of recessive factor on the
third chromosome to pyrethroid-resistance in houseflies, Musca domestica L. (Diptera:
Muscidae). Appl. Ent. Zool. 23: 144-149.
27
7.マダニが媒介する牛の小型ピロプラズマ病
(独)動物衛生研究所
神尾次彦
1.はじめに
わが国における牛の小型ピロプラズマ病の研究は開始以来約 100 年を過ぎようとしてい
る。本病が全国の放牧地で猛威を振るった時期は 1960 年から 70 年代であり、その後徐々
に被害が減少し、現在では放牧病として終息状態だと思われている。しかし、2000 年以降、
正式報告ではないものの小型ピロプラズマ病に関する問い合わせが多くなった。
時期の確定はできないが、牧野において媒介マダニであるフタトゲチマダニが減少し、
小型ピロプラズマ病による牛の被害が減ってきた。この傾向はフルメトリン製剤の応用時
期と一致しており、特別に新しい予防法や治療法が実施されたわけではない。しかし、牧
野のマダニが根絶されたわけではなく、地域によっては依然としてマダニの生息と本病の
感染が確認される。また、マダニの増加と本病の発症が再燃した牧野もある。さらに、マ
ダニの生息は確認されないが牛での感染が認められる例、放牧経験のない舎内で飼育され
ている牛での感染や発症の例、生後間もない子牛での感染例など本原虫の媒介機構の全て
が解明されたとはいえず、牛の小型ピロプラズマ病を過去の疾病とするには早い。本演題
では、牛の小型ピロプラズマ病の研究、その他の牛の血液内に寄生する住血微生物、そし
て沖縄県における小型ピロプラズマ病とマダニの関係について概要を述べる。
2.小型ピロプラズマ(タイレリア)原虫の発育環
牛体内でのシゾゴニー、マダニ体内でのガメトゴニーとスポロゴニーの発育過程が知ら
れており、ほぼ全容が明らかとなっている。感染マダニが牛を吸血した際にマダニ唾液腺
内のスポロゾイト(写真1)が牛体内に侵入して感染が成立する。スポロゾイト(写真2)
はリンパ節、肝臓、脾臓などでシゾント(写真3)に発育するが、他のタイレリア種と比
較して極めて巨大なシゾントである。その後シゾントは分裂発育して最終的にピロプラズ
ム(写真4)として赤血球内に寄生する。ピロプラズムは赤内型原虫と呼ばれ、通常の血
液検査で容易に検出することができる。また、ピロプラズムは赤血球内で分裂増殖するが、
次の発育期にはならず牛体内における最終発育期である。牛はピロプラズム増殖期に貧血
する。貧血により死亡する場合もあるが致死率は高くない。慢性的な貧血状態が続くため
に、経済的損失が大きくなる。
マダニ吸血時に牛赤血球とともに中腸内に取り込まれたピロプラズムは雄、雌に分かれ
た後に接合してチゴートになる。チゴートは中腸細胞内で発育し、マダニの変態終了時期
にキネートが形成される。その後、キネートは中腸から唾液腺へと移行してスポロブラス
トになって発育を一時停止する。マダニが新たな宿主を吸血し始めるとスポロブラストは
発育を再開し、牛に感染力を有するスポロゾイトが形成され、唾液とともに牛体内に侵入
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する。野外に生息するマダニ体内からこれら各発育期の原虫を検出することは困難である
が、マダニ唾液腺内のスポロゾイトをメチルグリーン・ピロニン染色などの核酸染色によ
って光学顕微鏡で確認することは比較的容易である(写真1)。小型ピロプラズマ病の発生
予察はマダニの生息密度や前年までの疾病発生状況をもとに行われており、これに加えて
放牧前にマダニ唾液腺内の原虫を調べることで精度の高い発生予察が可能となる。
写真1.Theileria sergenti感染唾液腺,MGP
写真2.マダニ唾液腺内のTheileria sergenti
核酸染色
写真3.Theileria sergenti
スポロゾイトTEM
写真4.Theileria sergenti
シゾント,ギムザ
ピロプラズマ,
ギムザ染色
染色
3.小型ピロプラズマ原虫の媒介機構
牛への感染は感染マダニの吸血時にスポロゾイトが唾液とともに体内に侵入することに
より成立する。媒介マダニとしてフタトゲチマダニ、マゲシマチマダニ及びイヤスチマダ
ニの3種が知られており、このうち全国的に広く分布している最優占種のフタトゲチマダ
ニが主たる媒介者である。これらマダニの若ダニと成ダニが感染ダニとなる。小型ピロプ
ラズマ原虫はマダニの卵へは移行しないため、幼ダニは感染ダニとはならない(表1)。
牧野における小型ピロプラズマ病の発生はマダニの生息密度と必ずしも一致しない場合
があり、また放牧未経験牛の舎内感染による発生も問題となっており、マダニ以外の吸血
昆虫による原虫媒介の可能性が指摘されていた。高橋ら(1981)はシロフアブによる媒介
29
試験を行い、原虫の媒介に成功している。また、Fujisaki ら(1989)は子牛に周年寄生し、
特に冬期に多数発生するウシホソジラミによる媒介を証明し、冬期における舎内感染機構
の一端を明らかにした。これらはマダニによる生物学的媒介とは異なる機械的媒介である
が、小型ピロプラズマ原虫の媒介機構を論ずる上で重要な知見である(表1)。
表1.牛のピロプラズマ病
牛のピロプラズマ病
バベシア病
タイレリア病(小型ピロプラズマ病)
病原体: Theileria sergenti
Theileria sergenti/ orientalis/ buffeli
Theileria orientalis sergenti
媒介者: フタトゲチマダニ Haemaphysalis longicornis
マゲシマチマダニ H. mageshimaensis
イヤスチマダニ H. ias
H. bancrofti
シロフアブ Tabanus trigeminus
ウシホソジラミ Linognathus vituli
症状:貧血
年間被害総額試算:
約76億円+対策費、治療費、人件費 > 約150億円
予防対策:
媒介マダニ対策(殺ダニ剤など)
牛対策 免疫学的予防
一方、本原虫の胎盤感染については教科書的には否定されており、牛胎盤の構造上も母
子間で血液が混ざることはないため、仮に母牛が感染牛であっても妊娠中に胎児が原虫に
感染することは理論上あり得ない。しかし実際には、生後間もない子牛の赤血球内にピロ
プラズマが確認された例がいくつか報告され、胎内での感染が成立していることは事実で
ある。この感染ルートの詳細は未解明である。
4.小型ピロプラズマ病予防法の研究開発
本病予防の考え方には感染予防と発症予防の二つがあり、感染阻止は無理でも発症を阻
止しようという発症予防の考え方が世界的に主流である。発症予防法の開発としては、原
虫感染血液をワクチンとして接種する方法が歴史的に最も有名で、これに準じた方法とし
て秋期短期放牧による感染免疫付与法がある。次に、原虫の発育環の解明により開発され
たスポロゾイトワクチン、近年の遺伝子解析技術の発展により途が開かれた合成ペプチド
ワクチンがワクチン開発として研究されている(表2)。
30
表2.小型ピロプラズマ病のワクチン開発
第1世代: 感染血液(毒血ワクチン)
感染赤血球内のピロプラズム
第2世代: スポロゾイトワクチン
感染マダニ唾液腺内のスポロゾイト
第3世代: ペプチドワクチン
感染赤血球内のピロプラズム
(1) 感染血液接種法
小型ピロプラズマ原虫に一度感染した牛は再感染に対してかなりの抵抗性を示すことが
知られている。これを利用して、一定量のピロプラズム感染血液を放牧前に接種し、耐過
後に放牧する人工感染免疫法が試みられた。これは原虫感染による衰弱と放牧自体による
衰弱を時期的に分離することになり、多くの放牧地で本病の発症を軽減することができ成
果を挙げた。しかし、感染血液を直接接種するため、牛白血病をはじめとする様々な伝染
病を広める危険性が指摘され、また地域での流行株の性状が接種原虫株と異なる場合には
必ずしも発症予防効果認められず、1979 年以降野外での試験は中止された。
(2)スポロゾイトワクチン
原虫発育環の解明が進み、マダニ唾液腺内のスポロゾイトが確認され、その発育条件や
多数増殖させる条件、分離・集中技術の検討がなされた結果、感染型スポロゾイトを免疫
原としたワクチン開発が可能となった。ワクチン効果の原理は感染血液接種法と同じで、
再感染抵抗性を利用したものである。スポロゾイトは大きさが直径約1μm と小さいが光
学顕微鏡下で計数可能であり、ワクチン原として数千個のスポロゾイトを接種する。実験
室レベルで攻撃試験を繰り返し行い、発症予防効果と安全性を確認後に試作ワクチンを用
いた野外試験を実施した。国内3地区の放牧地で約 320 頭の牛を用い、発症の基準をヘマ
トクリット値 20%として有効性をみた結果、ワクチン投与群の発症率は対照群に比較して
明らかに低く試作ワクチンの有効性が示された(表3)。ワクチンテイクに問題があったが
改良を加えて本ワクチンは 1999 年に製造承認を得ている。
31
表3.スポロゾイトワクチン野外応用試験のまとめ
供試牛
投与群
対照群
ワクチン感染牛
入牧後発症牛
+
135 (62.8)
9
(6.7)
-
80 (37.2)
31 (38.9)
215
103
39 (37.9)
(%)
試験地: 北海道、栃木県、鹿児島県
(3)合成ペプチドワクチン
赤血球内に寄生するピロプラズムの細胞表面には分子量 33kDa の主要抗原が存在する。
この主要抗原蛋白質の遺伝子解析を行い、塩基配列を決定して抗原蛋白質を構成する 283
個のアミノ酸配列を推定した(図1)。推定アミノ酸配列中にはマラリア原虫がヒト赤血球
に接触・侵入する際に必須とされる Lys-Glu-Lys(KEK)モチーフや Lys-Glu(KE)モチ
ーフが認められたことから、これらのモチーフを含む 15 アミノ酸を合成ペプチドワクチン
の候補配列とした。ワクチン効果の原理を図2に示した。8量体の合成ペプチドを免疫原
として牛を用いた攻撃試験を実施した結果、免疫牛6頭中5頭で貧血軽減効果が認められ
合成ペプチドワクチンによる発症予防効果が示された。
5.小型ピロプラズマ病対策の現状(表4)
本病はマダニ生息数の減少とともに沈静化しているのが現状である。そのため、放牧現
場での対応策は感染免疫による方法が主流となることはなく、媒介者淘汰を目的とした殺
ダニ剤適用を中心とした対策が取られている。しかし、草の上や牛体に寄生しているマダ
ニ数が激減したため、衛生対策費の削減と節約から殺ダニ剤の適用さえも実施されなくな
っている。牧場経営の観点から当然のことであろうが、マダニは完全に姿を消したわけで
はなく、本病が撲滅されたわけでもない。
32
図1.(上段),図2.
(下段)
表4.小型ピロプラズマ病対策の現状
感染免疫
秋期短期放牧
ワクチンの可能性
感染血液、スポロゾイト、合成ペプチドの利用
媒介者の淘汰
牛体、牧野のダニ駆除
休牧、草地更新、殺ダニ剤の適用
良好な草地管理と放牧管理
栄養、疾病対策
33
6.節足動物が媒介する牛の住血微生物病
わが国の放牧牛に被害を及ぼす疾病は小型ピロプラズマ病だけではない。小型ピロプラ
ズマ病と同じようにマダニやその他節足動物が媒介者となる血液に寄生する疾病(住血微
生物病)をいくつか紹介する。オウシマダニが媒介するバベシア病は極度の貧血の原因と
なり、致死率が高い。病原体として、Babesia bigemina (写真5)と B. bovis (写真6)
の2種が知られ、わが国の法定伝染病に指定されている。B. bovis は原虫の寄生した赤血
球が血管内で集積しやすくなり、脳の毛細血管の栓塞(写真7)を起こす特徴があり、脳
バベシアと呼ばれている。この2種によるバベシア病は過去に沖縄県で発生があったが、
現在は媒介者のオウシマダニを撲滅したことにより清浄化された。牛に寄生するバベシア
病には B. ovata によるものがあり、これは世界的に風変わりなバベシア原虫でフタトゲチ
マダニが媒介する。疾病態度は他のバベシアと同じで病原性が強く、放牧病として注意が
必要である。トリパノソーマ病の病原体のうち、Trypanosoma theileri (写真8)はわが
国に常在している。世界的には病原性のない種として分類されているが、子牛での死亡例
が報告されている。本来は非病原性であろうが、子牛の健康状態によって血液内で増殖し
た場合に病原性を発揮する。媒介者は特定されていないがアブなどの吸血昆虫が媒介者で
あろうと思われる。
写真5.Babesia bigemina ,ギムザ染色
写真6.Babesia bovis ,ギムザ染色
写真7.脳毛細血管に集積したBabesia bovis
写真8.Trypanosoma theileri ,ギムザ染色
感染赤血球
34
原虫以外ではリッケチアのアナプラズマ病とエペリスロゾーン病が貧血要因となる。
Anaplasma marginale (写真9)は法定伝染病に指定されている病原体で、オウシマダニ
が媒介する。赤血球に寄生・増殖して極度の貧血を起こし、致死率も高い。過去に沖縄で
猛威を振るったが媒介者の撲滅とともに発生はない。A. centrale(写真 10)は法廷伝染病
に指定されていないが貧血要因となる病原体である。Eperythrozoon wenyoni (写真 11)
も放牧牛で認められる住血微生物である。赤血球、血小板、血清中で増殖し貧血を起こす。
写真9.Anaplasma marginale,ギムザ染色
写真10.Anaplasma centrale,ギムザ染色
写真11.Eperythrozoon wenyoni,ギムザ染色
7.節足動物による被害
牛の放牧病として重要な疾病はウイルス病、細菌病など数多くあり、節足動物が媒介す
る原虫病は特に重要である。マダニや昆虫という媒介者をとるが故に対策も困難である。
その重要性を主張するには被害の程度を金額で表せばよいのであるが、推定自体が難しく
報告も少ない。表5に米国における寄生性節足動物による家畜での推定被害額、豪州にお
けるオウシマダニによる牛の被害額の報告を示した。これは節足動物による直接的被害に
限定した試算であり、媒介される疾病による被害を加算すると莫大な経済的損失額となる
ことは明白である。私たちも以前、小型ピロプラズマ病による被害額を概算し約 76 億円で
あると示した。これには治療費や人件費は含んでおらず、実際にはこの倍以上の経済的損
失額になるかも知れない。被害額の推定は試算した年代、試算の基準など一定ではないた
35
め単純比較はできない。しかし、マダニを始めとする節足動物による被害、それらが媒介
する疾病による被害が相当大きいことは容易に理解できる。
表5.節足動物による家畜の推定被害額
米国における寄生性節足動物による被害
牛 : 2,200億円
豚 : 270億円
緬羊 : 54億円
鶏 : 490億円
豪州におけるオウシマダニによる被害
牛:100億円
日本における小型ピロプラズマ病による被害
牛:76億円
8.沖縄県のマダニ対策と小型ピロプラズマ病
沖縄県では古くからオウシマダニが生息し、バベシア病やアナプラズマ病による被害が
甚大で畜産振興の阻害となっていた。そのため、琉球政府時代からオウシマダニ対策がと
られていた。1971 年から国庫補助事業が開始され、25 年間の苦労の結果、1996 年に沖縄
県からオウシマダニが撲滅され、法定伝染病のバベシア病やアナプラズマ病は過去の病気
となった(図3)。
1971
1978
1990
1996
石垣島牧野ダニ駆除事業
2000
10億5000万円
(~2000年)
沖縄牧野ダニ駆除促進事業
牧野ダニ清浄化
牧野ダニ撲滅
牧野ダニ清浄維持
牧野ダニ侵入防止
撲滅宣言
伊是名島
多良間島
石垣島
黒島
竹富島
波照間島
与那国島
1999年移動制限解除
主要薬剤
・・・・K
K:クマホス
F:フルメトリン
P:ペルメトリン
F,K,P
F,P
F,P
図3.沖縄県の対マダニ(オウシマダニ)事業の推移
36
一方、沖縄県の小型ピロプラズマ病については、病原体のタイレリアが石原(1965)に
より確認され、濱川(1971)により牛での感染状況が報告されている(表6)。沖縄県で飼
養されている牛のほとんどは黒毛和種でホルスタイン種は少ない。本病の特性として黒毛
和種に対する病原性はホルスタイン種に比較して弱いため、家畜衛生上他県ほど問題視さ
れていない。図4に 2000 年までの沖縄県におけるタイレリア感染の推移、タイレリア媒介
マダニについて示した。沖縄県ではフタトゲチマダニ以外にイヤスチマダニ
Haemaphysalis ias とマゲシマチマダニ H. mageshimaensis がタイレリアを媒介してい
る。注目すべきは 2000 年の調査時にタイレリアの感染率が上昇していることである。2000
年以降の調査結果を示していないが、30%前後の感染率が現在まで続いている。さらに、
1989 年の調査時に生息が認められなかったフタトゲチマダニが 2000 年までに急増し、ヤ
スチマダニやマゲシマチマダニが依然として認められていることも注目される。前述した
ように沖縄県では過去 50 年にわたり徹底したオウシマダニ対策がなされ、1970 年代から
クマホス製剤やフルメトリン製剤を中心とした薬剤を使用することで、オウシマダニの撲
滅を達成した。現在国内で使用されている殺ダニ剤はフルメトリン製剤が主であり、フタ
トゲチマダニに対する殺ダニ効果は高い。これまで国内で使用された殺ダニ剤で薬剤抵抗
性が報告されているのは、沖縄県黒島のオウシマダニでクマホス抵抗性が獲得された1事
例だけである。これらの背景を考慮すると、フタトゲチマダニなどのマダニが増え、これ
に起因する小型ピロプラズマ病の感染率の上昇には大きな疑問が残る。
表6.沖縄県における
牛のピロプラズマ病
石原(1965)
濱川(1971)
タイレリア確認
八重山
宮 古
49.0% (76/155)
0% ( 0/ 60)
本 島
1.4% ( 3/207)
Total
18.7% (79/422)
黒毛(5ヵ月~12才)
37
大仲(1975)
平安名(1989)
H. longicornis
%(
20
00
)
47
(19
89
)
%(
19
71
)
9%
確
認
(19
タイレリア原虫
19
65
)
陽性率
(2000)
H. ias
チマダニ
H. mageshimaensis
殺ダニ剤
クマホス
フルメトリン
図4.沖縄におけるタイレリア感染と媒介マダニ
9.今後のマダニ対策
沖縄県における事例は今後のマダニ対策に警鐘を鳴らしていると思う。国内のマダニ対
策で用いられているフルメトリン製剤は使用方法が省力的で殺ダニ効果も高いため、約 20
年の使用実績がある。放牧地に生息するマダニの中で最も重要とされる三宿主性のフタト
ゲチマダニにはこれまで薬剤抵抗性は認められておらず、問題になったことがない。長期
間に及んで同一薬剤を使用する場合には薬剤抵抗性に注意した適正な使用が必要である。
この意味で、新たな殺ダニ剤を使用する場合には当該牧野での薬剤使用実績、薬剤の特性
などを十分吟味すべきである。近年登場した消化管内線虫などに特効的に作用する薬剤は、
ダニにも線虫にも効くと言われているが、
「三宿主性のマダニでは発育期により効果に差が
あり、成ダニでは殺ダニ効果が弱い。総合的な放牧衛生の一環としてではなく、もっぱら
殺ダニ剤として利用することには問題がある。
」と専門家の指摘を受けている。
現在、殺ダニ剤に求められていることは、マダニに対する十分な有効性をもつことは当
然で、薬物の畜産物内の残留がないこと、さらに環境汚染の問題がないことである。極め
て難しい問題であるが、これら難問をクリアした新しい殺ダニ剤が開発されることを家畜
衛生関係者の一人として望んでいる。
10.謝辞
2007 年度殺虫剤研究班シンポジウムにおいて発表の機会を与えて頂いた国立感染症研究
所 富田隆史先生、日本環境衛生センター 新庄五朗先生、ヤシマ産業株式会社 椿洋一郎先
生に心から謝意を表します。
38
8.マダニ用新規殺ダニ剤 ダニレス(エトキサゾール)
ヤシマ産業株式会社 環境事業本部
田村 佳子
【はじめに】
エトキサゾールは八洲化学工業㈱(現 協友アグリ㈱)が、1990 年に合成したオ
キサゾリン環を有する新しい化合物である(表1)。本剤はハダニ類に対して高い
孵化阻止効果や脱皮阻止効果を示すことが知られており(鈴木ら, 2001)、果樹、野
菜、茶に寄生するハダニ類の駆除剤として 1998 年に農薬登録を取得している。こ
のエトキサゾールを用いて室内生息性及び動物寄生性のダニ類に対して試験を実
施したところハダニ類と同様の効果が認められた。さらにエトキサゾールを含む製
剤「ダニレス」を試作し、1998 年から沖縄県、茨城県、北海道の 3 ヶ所で野外試験
を行い効果の確認をしたところ良好の結果が得られた(田村ら,2003、田村ら,2004)
ことから、2002 年に動物用医薬品として農林水産省にダニレスを申請した(表2)。
本稿ではマダニ用新規殺ダニ剤 ダニレスを中心に概要を述べ、合わせてマダニ以
外のダニ類に対する効果についても紹介する。
表1.エトキサゾールの化学構造と安全性
(RS)-5-tert-ブチル-2-[2-(2,6-ジフルオロフェニル)-4,5-ジヒドロ-1,3-オキサゾール-4-イル]フェネトール
安全性
急性経口毒性(マウス、ラット); >5000mg/kg
急性経皮毒性(マウス、ラット); >5000mg/kg
発癌性・変異原性 ;陰性
刺激性; なし
39
表2 エトキサゾールの開発
1990年 新化合物「エトキサゾール」がハダニに対して活性を有する
ことを発見
1995年 屋内生息性ダニ類、イエバエ、カなどの衛生害虫及び
マダニなどの動物寄生性害虫に対する基礎効力試験を開始
1998年 果樹、野菜、茶に寄生するハダニ類の駆除剤として、
国内にて農薬登録を取得
1998年 マダニ用新規殺ダニ剤「ダニレス」の野外効果試験を実施
2002年 “ダニレス”を動物用医薬品として製造承認申請
【マダニ以外のダニ類に対する効果について】
1.ハダニ類に対する効果
試験に供したハダニは、ミカンハダニ Panonychus citri、リンゴハダニ P. ulmi、
カンザワハダニ Tetranychus kanzawai、ナミハダニ T. urticae の 4 種類を用いた。
供試薬剤としてエトキサゾール、対照薬剤としてヘキシチアゾクスを用いた。試
験は直径 27mm のインゲン葉リーフディスクを作成し、その上に雌成虫を離し
25℃の恒温室内で 24 時間産卵させた。その後雌成虫を取り除き、供試薬剤をそれ
ぞれ散布した。薬剤処理 6 日後に未孵化の卵数及び孵化幼虫数を実体顕微鏡で調
べた。その結果、エトキサゾールはヘキシチアゾクスと比較しミカンハダニ、リ
ンゴハダニ、カンザワハダニ、ナミハダニに対して 150 倍以上高い殺卵活性を示
した(表3)。
表3
4 種の主要なハダニに対する殺卵活性.
LC50(mg a.i./ l )
ハダニ類
P. citri
P. ulmi
T. kanzawai
T. urticae
エトキサゾール
0.001
0.002
0.005
0.003
ヘキシチアゾクス
0.4
0.6
0.9
0.8
40
2.室内生息性ダニ類に対する効果
コナヒョウヒダニ、ケナガコナダニ、ミナミツメダニの3種を試験に供した。
コナヒョウヒダニ、ケナガコナダニの試験はエトキサゾール 10%乳剤を、ミナミ
ツメダニは原薬を用いた。試験はそれぞれ培地混入法で行い、コナヒョウヒダニ
及びケナガコナダニは、ダニを含む培地 1g を加えた時に所定濃度になるように薬
剤を加えた培地 49g を調整し腰高シャーレに入れた。これに供試ダニを含む培地
1gを加えて混ぜプラスチック製密閉容器で保存した。2、4週後に培地をよく攪
拌し各培地から 100gをとり実体顕微鏡下で成ダニ数を数えた。
ミナミツメダニは、2cm 角に切断した畳表を 70℃の乾燥機で 24 時間乾燥させ、
その表面にエトキサゾール濃度が 0.1、1、10mg/㎡になるよう調製したアセトン
溶液を処理し一昼夜乾燥させた。ガラス製シャーレにエサとしてコナヒョウヒダ
ニ約 100 頭を含む培地 0.05gを入れ、この上に薬剤処理した畳表を置き 5 頭の供
試ダニを入れた。シャーレは飽和食塩水で湿度を調整したプラスチック性密閉容
器に入れ室温で保存した。2、4、6、8 週後に供試ダニをシャーレごとに洗浄水に
入れてよく攪拌し、ろ紙上に広げて供試ダニを数えた。なお、試験期間中餌とし
てコナヒョウヒダニを給餌した。その結果、コナヒョウヒダニ及びケナガコナダ
ニに対してエトキサゾールを 20ppm 処理すると2、4 週後に 90%以上、500ppm
では 100%の増殖抑制効果を示した(表4)。また、ミナミツメダニに対しては 10
mg/㎡処理で 6 週後に 91.4%、8 週後では 100%と高い増殖抑制効果を示した(表
5)。
表4
コナヒョウヒダニ及びケナガコナダニに対する増殖抑制効果
増殖抑制率(%)1)
化合物名
処理濃度
コナヒョウヒダニ
(ppm)
2週後
4週後
2週後
4週後
エトキサゾー
20
94.5
98.9
95.6
93.0
ル
100
91.5
99.3
97.0
98.7
500
100
100
100
100
対
照
-
148
2)
685
2)
ケナガコナダニ
12625
2)
46502)
1)増殖抑制率(%)=(C-T)÷C×100,C:対照区の成ダニ数,T:処理区の成ダニ数
2)成ダニ数
41
表5
ミナミツメダニに対する増殖抑制効果
化合物名
mg/㎡
エトキサゾール
対
照
増殖抑制率(%)1)
処理薬量
2週後
4週後
6週後
8週後
0.1
0
1.8
18.6
53.1
1
25.0
1.8
94.3
92.9
10
12.5
1.8
91.4
100
-
4.0
2)
5.5
2)
35
2)
572)
1)増殖抑制率(%)=(C-T)÷C×100,C:対照区の成ダニ数,T:処理区の成ダニ数
2)成ダニ数
【マダニ用新規殺ダニ剤 「ダニレス」について】
1.フタトゲチマダニに対する効力試験
フタトゲチマダニ 成ダニの産卵孵化に及ぼす影響を調べた。試験に供したダニ
は耳袋法(Kamio et al., 1987)により家兎に吸血させた飽血雌成ダニを用いた。薬
剤はエトキサゾール原体をアセトンで調整し、マダニ 1 匹あたり 1、5 および 10
μg となるようダニ背面にマイクロピペットを用いて薬剤を滴下処理した。処理 4
週後に孵化状況を実体顕微鏡にて観察した。その結果、本剤を飽血雌成ダニに処
理した場合、産卵阻止効果は認められないが、1μg 処理でマダニが産卵した卵
の孵化を完全に抑制した(表6)。また、幼ダニおよび若ダニの脱皮に及ぼす影響
も調べた。幼ダニおよび若ダニを前述の方法と同様に家兎に吸血させ,アセトン
で調整した薬剤を 9cm 径シャーレ内面に1cm2 あたり 0.1,1および 10μgとなる
ようにマイクロピペットを用いて滴下処理し、アセトン揮発後に飽血幼ダニと飽
血若ダニをそれぞれ薬量ごとにシャーレ内に入れ、0.5,3.5 および 24 時間接触さ
せ、薬剤処理 4 週後に脱皮した個体数を実体顕微鏡下で観察した。その結果、飽
血幼ダニで 0.1μg/c㎡ 0.5 時間以上、飽血若ダニで 0.1μg/c㎡ 3.5 時間以上の接
触でほぼ 100%それぞれ脱皮を阻止した(表7)。以上からフタトゲチマダニに対
してエトキサゾールは高い脱皮阻止効果、孵化阻止効果を示すことが確認された。
表6 エトキサゾール処理後の平均産卵重量及び孵化率
濃度
供試ダニ数
体 重
産卵重量1)
孵化率1)
(μg/tick)
(匹)
(mg)
(mg)
(%)
10
10
361±29
215±26
0
5
10
330±21
152±81
0
1
10
328±22
140±98
0
対照
10
349±24
205±17
99.0
1) 薬剤処理 2 及び 3 週目卵の合計
42
表7
エトキサゾール処理後の脱皮阻止率
濃度
処理時間
(μg/c ㎡)
(時間)
10
1
0.1
対照
飽血幼ダニ
飽血若ダニ
供試ダニ数
脱皮数
脱皮阻止率
供試ダニ数
脱皮率
脱皮阻止率
(匹)
(匹)
(%)
(匹)
(匹)
(%)
0.5
20
0
100
10
0
100
3.5
20
0
100
10
0
100
95.0
10
0
100
1)
24
20
1
0.5
20
0
100
10
0
100
3.5
20
0
100
10
0
100
24
20
0
100
10
0
100
0.5
20
0
100
10
12)
88.9
3.5
20
0
100
10
0
100
24
20
0
100
10
0
100
0.5
20
18
-
10
9
-
3.5
20
20
-
10
10
-
24
20
20
-
10
9
-
脱皮阻止率(%)=(対照区の脱皮数-薬剤処理区の脱皮数)/対照区の脱皮数×100
2.野外試験
室内試験の結果より、エトキサゾールはフタトゲチマダニに対し高い IGR
様効果が認められたことから製剤「ダニレス」(エトキサゾール 1.0%油剤)を試
作して野外における効果を検討した。試験は日本の南北に長い地理、気候を考え
北海道、茨城県、沖縄県で実施した。薬剤処理は、
「ダニレス」又はエトキサゾー
ルを含まない油剤を、牛体重 100kg あたり 10ml を背中線に滴下処理し、定期的に
牛体上の飽血幼、若、成ダニをそれぞれ回収した。回収は原則として薬剤処理前、
処理 1,7,14,21,28 日後に行い、飽血成ダニは産卵と孵化、飽血若ダニ及び幼
ダニは脱皮について観察した。沖縄県での結果を図 1 に示した。
対照群の牛体から回収した飽血成ダニが産卵した卵の孵化率は試験期間を
通じて 80~90%と高い値を示した。それに対し処理群では処理 1 日後の卵の孵化
率が 0.4%と孵化をほぼ完全に阻止した。その後孵化率は徐々に増加する傾向を示
したが、処理後 21 日目までの孵化率は 50%と約半数の孵化を阻止し対照群と比
較し低い値で推移した。また幼ダニ及び若ダニの脱皮についても処理 1 日後に回
収したそれらの脱皮率はともに 0%と 1 匹も脱皮せずに死亡した。北海道、茨城
県の結果についても沖縄県の結果とほぼ同じ傾向であった。
43
図1 野外試験の結果(沖縄県)
100
孵化率・脱皮率(%)
80
60
40
処理群 対照群
孵化率
20
脱皮率(幼ダニ→若ダニ)
脱皮率(若ダニ→成ダニ)
沖縄県
0
01
7
14
処理前
21
28
(日)
処理後
3.結 論
日本の放牧地において最優占種であるフタトゲチマダニの生活環とダニレスの
作用点を図 2 に示した。フタトゲチマダニは牛体寄生と草地落下を発育期ごとに
繰り返す三宿主性のマダニである。
三宿主性のマダニは一宿主性に比べ薬剤処理のタイミングが難しく、薬剤への
接触時間も少ない。そのため放牧地の三宿主性マダニを殺ダニ剤で完全に撲滅す
ることは非常に困難であると考える。
「ダニレス」は飽血幼ダニ及び若ダニの脱皮
を阻止する脱皮阻止効果と飽血成ダニが産卵した卵の孵化を阻止する孵化阻止効
果を有している。私達は放牧牛に「ダニレス」を継続的に使用することで、成ダ
ニ1匹が1回に産卵する約 2000~3000 個の卵の孵化を阻止し、牧野の生息マダニ
数を効率的に減らすことができると考えている。さらに、エトキサゾールは哺乳
動物に対して毒性が低く安全性が高いことから「ダニレス」は、今までの殺ダニ
剤と全く異なる新しいタイプのマダニ駆除剤として、これからの牛の放牧衛生対
策の1つとして役立つものと期待している。
44
図2 フタトゲチマダニの生活環とダニレスの作用点
1世代:最短6ヶ月
成ダニが
寄生後吸血(飽血)
幼ダニの
寄生後吸血
飽血成ダニ→産卵→卵→幼ダニ
若ダニの
寄生後吸血
飽血幼ダニ→若ダニ
①孵化阻止
②脱皮阻止
雌雄交尾
飽血若ダニ→成ダニ
②脱皮阻止
引用文献
Kamio, T., Fuzisaki, K., Minami,T.(1987)The improvement of “ear bag”method for tick
infestation. Proc. Jap. Assoc. Acarol., 14:1-4.
鈴木純二、石田達也、澁谷一郎、戸田和哉(2001)殺ダニ剤エトキサゾールの開発。
農薬誌 26, 215-223.
田村佳子、椿洋一郎、波多腰信、千保聡、皆川恵子、武藤敦彦(2003)昆虫成長制御
剤エトキサゾールのコナヒョウヒダニ、ケナガコナダニおよびミナミツメダニに対す
る防除効果。環動昆 14(4)223-231.
Tamura, Y., Tsubaki, Y., Terada, Y., Kohmoto, M., Kamio, T. (2004)The efficacy of etoxazole
against Haemaphysalis longicornis (Acari: Ixodidae), as a tick control agent.
Med. Entomol. Zool., 55(4) 303-311.
45
2004年度新上市品リスト(2004年4月~2005年3月)
企業名
商品名
剤型
アース製薬(株)
電池でノーマット135日用つめ
かえ
ファン製剤
アース製薬(株)
アースジェツトウオータータイプ エアゾール
アース製薬(株)
ブラックキャップ
有効成分名
承認年・月 上市年・月
トランスフルトリン
2001年8月 2005年3月
d-T80-フタルスリン,dT80-レスメトリン
2004年5月 2005年3月
フィプロニル
2004年8月 2005年3月
ホウ酸
2004年6月 2005年3月
アースゴキブリホウ酸ダンゴコン
クゴキンジャムゴキブリ誘引ソー
アースレッドノンスモーク霧タイ
プ
アースレッドノンスモーク霧タイ
プダニ・ノミ
毒餌剤(ゴキブリ
用)
毒餌剤(ゴキブリ
用)
全量噴射エア
ゾール
全量噴射エア
ゾール
キング化学(株)
ワイパアゴキブリ殺虫ゾル
エアゾール
イミプロトリン
2005年1月 2005年2月
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
虫よけキンチョールローション
SRB
液剤
ディート
2004年5月 2005年4月
カトリス240A
ファン式蚊取り トランスフルトリン
2004年6月 2005年4月
ダニキンチョールB
エアゾール
アミドフルメト
2004年10月 2005年4月
水性コックローチS2F
エアゾール
イミプロトリン,フェノトリン
2005年1月 2005年4月
フマキラー(株)
蚊とりジェット
エアゾール
トランスフルトリン
2003年3月 2004年3月
フマキラー(株)
どこでもべ一プ蚊取り30日
蒸散剤
メトフルトリン
2004年11月 2005年3月
フマキラー(株)
どこでもべ一プ蚊取り60日
蒸散剤
メトフルトリン
2004年11月 2005年3月
フマキラー(株)
スキンベープさらさらソフト
エアゾール
ディート
2005年1月 2005年3月
フマキラー(株)
スキンベープクール
エアゾール
デイート
2005年1月 2005年3月
フマキラー(株)
スキンベープミスト
液剤
デイート
2003年1月 2005年3月
アース製薬(株)
アース製薬(株)
アース製薬(株)
メトキサジアゾン,d・d-T-シ
2004年6月 2005年3月
フェノトリン
フェノトリン,メトキサジアゾ
2002年6月 2005年3月
ン
2005年度新上市品リスト(2005年4月~2006年3月)
企業名
商品名
剤型
有効成分名
承認年・月
アース製薬(株)
蚊に効くおそとでノーマット
ファン製剤
トランスフルトリン
2004年8月 2006年3月
アース製薬(株)
デスモアプロ
アース製薬(株)
アースレッドプロ
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
大日本除虫菊
(株)
上市年・月
毒餌剤(ねずみ
ジフェチアロール
2005年1月 2006年3月
用)
メトキシジアゾン,d・d-T-シ
2005年7月 2006年3月
くん煙剤
フェノトリン,プロポクスル
カトりスM120B
ファン式蚊取り メトフルトリン
2006年1月 2006年3月
カトリスM240
ファン式蚊取り メトフルトリン
2005年2月 2006年3月
カトリスM720
ファン式蚊取り メトフルトリン
2005年2月 2006年3月
カトリスM480
ファン式蚊取り メトフルトリン
2005年10月 2006年3月
水性キンチョールSRE
エアゾール
d-T80-フタルスリン,dT80-レスメトリン
2005年6月 2006年3月
虫よけキンチョールローション
SRC
エアゾール
ディート
2004年5月 2006年3月
フマキラー(株)
どこでもベープ蚊取り30日
ファン製剤
メトフルトリン
2006年1月 2006年3月
フマキラー(株)
どこでもべ一プ蚊取り60日
ファン製剤
メトフルトリン
2006年1月 2006年3月
2004年11月 2006年3月
2006年1月 2006年3月
フマキラー(株)
フマキラーAダブルジェット
エアゾール
d-T80-フタルスリン,dT80-レスメトリン
ライオン(株)
バルサンダニ駆除フォーム
エアゾール
フェノトリン
46
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