...

走 査 プローブ顕 微 鏡 像 のドリフト補 正

by user

on
Category: Documents
18

views

Report

Comments

Transcript

走 査 プローブ顕 微 鏡 像 のドリフト補 正
走査プローブ顕微鏡像のドリフト補正
高見 知秀
走 査 プローブ顕 微 鏡 像 のドリフト補 正
高 見
知 秀
初 稿 :2009 年 9 月 2 日
1.はじめに
走 査 プローブ顕 微 鏡 (SPM)像 から表 面 構 造 を解 析 する際 にどこまで
精 密 に構 造 決 定 できるかは,その像 の分 解 能 や質 によるが,その像 をど
こまで解 析 できるかにもかかっている。この構 造 解 析 において問 題 になっ
てくることのひとつに,顕 微 鏡 探 針 と試 料 表 面 との位 置 関 係 の時 間 的
なずれ,すなわち「ドリフト」がある。理 想 的 な実 験 環 境 を実 現 すれば,ド
リフトを最 小 にすることができるが,それでも構 造 決 定 の際 に無 視 できるま
でドリフトを抑 えることは困 難 な場 合 が多 い。
シリコン(111)表 面 7×7 構 造 の走 査 トンネル顕 微 鏡 (STM)像 を最 初
に報 告 した Binnig らの有 名 な論 文 1)では,非 線 形 ドリフトがマニュアル
で補 正 された像 が示 されている。この像 のドリフト補 正 はパソコンで行 った
ものではなく,STM から得 られた表 面 形 状 を XY プロッタに出 力 した等 高
線 プロットを厚 紙 に貼 り付 けてからハサミで切 り出 し,これらの厚 紙 を重 ね
て等 高 線 マップを作 製 する際 に,STM 像 の単 位 格 子 がひし形 になるよう
におのおのの厚 紙 の位 置 をずらすことで非 線 形 ドリフト補 正 がなされてい
る 2)。
このように表 面 構 造 の単 位 格 子 が既 知 の場 合 には非 線 形 ドリフトで
も補 正 することが容 易 にできる。しかし,単 位 格 子 が未 知 の場 合 にはこ
のような補 正 を行 うことはできない。そこで本 稿 では,単 位 格 子 が未 知 の
SPM 像 をドリフト補 正 するための方 法 を説 明 する。なおここでは,ドリフト
が線 形 である場 合 についてのみ扱 う。
2.ドリフト補 正 のための SPM 像
単 位 格 子 が既 知 な SPM 像 であれば,前 述 のように一 枚 の像 からドリ
フト補 正 を行 うことができる。しかしそうでない場 合 には,少 なくとも二 枚 以
上 ,かつ連 続 して撮 った像 が必 要 である。この際 に,連 続 する像 の測 定
条 件 が変 化 していないことが重 要 となる。
また非 線 形 ドリフトを抑 えるために,SPM を走 査 するピエゾに急 激 な変
化 を与 えないようにすることも重 要 である。通 常 行 われている SPM 観 察 で
は,走 査 開 始 点 が常 に同 じ相 対 位 置 になっている設 定 で行 っている場
合 が多 く,このときには走 査 終 了 から次 の走 査 開 始 までの間 に探 針 位
置 が試 料 に対 して急 激 に変 化 することになるので,走 査 開 始 初 期 段 階
においてピエゾに由 来 する非 線 形 ドリフトが起 こりやすく,特 にこの非 線
形 ドリフトは百 ナノメートル四 方 以 上 の広 範 囲 を観 察 するときに起 こりや
すい。このような非 線 形 ドリフトを避 けるには, Y 方 向 の走 査 が交 互 に変
わるように設 定 すればよい。すなわち,Y 方 向 の走 査 方 向 が下 向 きの場
合 ,次 の像 の走 査 開 始 は下 辺 から上 方 向 への Y 方 向 走 査 となるように
設 定 する。このように走 査 することで,走 査 終 了 から次 の像 の走 査 開 始
までに探 針 位 置 が急 激 に変 化 することがなくなる。更 に第 4章 で示 すよう
に,ドリフト補 正 をより簡 便 に行 うことが可 能 になるという利 点 もある。次
章 では通 常 の SPM 観 察 の走 査 条 件 でのドリフト補 正 法 を示 すが,より
精 密 かつ簡 便 なドリフト補 正 を行 うには,第 4章 で示 した方 法 が望 まし
い。
1
走査プローブ顕微鏡像のドリフト補正
高見 知秀
3.ドリフトベクトルからの補 正
連 続 する二 枚 の SPM 像 からドリフト補 正 するための手 順 を Fig.1 に
示 す(像 のサイズ: 19.2 nm × 19.2 nm,
走 査 速 度 : 535 nm/s)。まず連 続 する二
枚 の像 内 で欠 陥 など目 印 になる点 に着 目
する。着 目 した欠 陥 を図 中 に×印 で示 す。
そして着 目 した欠 陥 の位 置 がどれだけずれ
たかを求 める。求 めたドリフトベクトルを図 中
に矢 印 で示 す。なおこの観 察 では,ここで
示 した連 続 する二 枚 の像 を観 察 する間 に
Y 走 査 が逆 方 向 で観 察 した像 を観 察 して
いたためにドリフトは二 倍 になっているので,
求 めるドリフトベクトルの大 きさはこれらの像
から得 られたドリフトの半 分 である。こうして
求 めたドリフトベクトルを X 軸 方 向 と Y 軸 方
向 の 成 分 に 分 解 す る ( X: 4.17 nm , Y:
1.60 nm)。そして Y 軸 方 向 のドリフトの分 だ
け像 の縦 方 向 を伸 縮 する (19.2 + 1.60 =
20.8 nm)。最 後 に X 軸 方 向 のドリフトの分
だけ像 全 体 を平 行 四 辺 形 に歪 ませるが、
その歪 み角 は,X 軸 方 向 のドリフト距 離 を
像 の一 辺 の長 さで割 った値 の逆 正 接 とな
る(arctan(4.17/19.2) = 12.3°)。以 上 の
ようにして,連 続 する二 枚 の SPM 像 からドリ
フト補 正 を行 うことができる。
ここで示 したドリフト補 正 方 法 は,
i) ドリフトによって見 かけのドリフト量
自 体 が歪 んで測 定 されていること,
そして
ii) X 軸 (高 速 走 査 軸 )方 向 にも像
がゆがむこと,
の二 つを無 視 した近 似 的 な方 法 である。
F i g .1 . S ch em at i c s h o w in g h o w t o
co m p en s a t e S TM im a ge fro m t wo
この近 似 は、X 軸 (高 速 走 査 軸 )方 向
co n s e cu t i v e
im a ges
o f
p h t h a l o cy an in es
o n
gr ap h i t e
s u rf ac e.
のドリフトが走 査 速 度 に比 べて非 常 に小
Th e
s t a rt in g
p o in t
o f
s c an ,
s can n in g
s p eed ,
b ias
vo l t a g e,
さいときに成 り立 つ。また,X 軸 方 向 の像
t u n n e l in g cu r ren t , an d t h e o t h er
p ar am et e rs fo r i m a g in g w e re t h e
のゆがみは Y 軸 方 向 のゆがみの 1/2N
s am e
o n
t h e
b o t h
im a ges .
Th e
d r i ft v ec t o r w as es t i m at ed f ro m
(N: 像 の走 査 線 数 )程 度 であり,ドリフト
t h e t r an s l at io n o f a d e f ec t . Th en
t h e
im a g e
w as
s t re t ch ed
によってドリフトベクトル自 身 が不 正 確 に
ac co rd in g t o t h e Y co m p o n en t o f
t h e
d r i ft
v ect o r,
an d
was
測 定 されている影 響 は,誤 差 の二 次 の
d is t o r t ed
t o
a
p ar a l l e lo g r am
ac co rd in g t o t h e X co m p o n en t o f
項 になるので,実 用 上 はどちらも無 視 で
t h e d r i f t v ec t o r.
きる。実 際 の SPM 像 測 定 において,この
近 似 が成 立 しないぐらいに X 軸 (高 速
走 査 軸 )方 向 のドリフトが大 きい場 合 には,分 子 像 を観 察 することは不
可 能 である 3)。
2
走査プローブ顕微鏡像のドリフト補正
高見 知秀
4.簡 潔 なドリフト補 正 法
前 章 に示 した方 法 でドリフト補 正 を行 うことができるが,そのためにはド
リフトベクトルを求 めることが必 要 となり,手 順 も複 雑 である。そこで本 章 で
はより簡 潔 なドリフト補 正 方 法 を示 す。このドリフト補 正 を行 うには,連 続
する二 枚 以 上 の像 が必 要 なだけでなく,その連 続 する像 の走 査 の Y 軸
方 向 が互 いに逆 になっていることが必 要 になる。
ドリフト補 正 前 の二 つの像 を
Fig.2 の上 段 に示 す。右 の像 は
up-scan で観 察 したものであり,
左 の像 は右 の像 を観 察 した直
後 に down-scan で観 察 したも
のである。したがって,この二 つ
の像 の上 辺 はほぼ同 じ時 刻 に
測 定 されたことになる。一 方 ,そ
れぞれの像 の下 辺 は一 画 面 の
測 定 時 間 分 だけ上 辺 よりもそ
れぞれ前 あるいは後 に測 定 され
たことになる。
ここで上 段 の二 つの像 の格
子 間 隔 の Y 軸 成 分 を比 較 する
と,右 側 の up-scan の像 は左
側 の down-scan の像 よりも縦
に伸 びた像 になっていて,逆 に
左 側 の down-scan の像 は縦 に
縮 んだ像 になっている。そして,
観 察 されている格 子 像 のストラ
イプ列 の角 度 を比 較 すると,右
F i g . 2 . S TM i m a g es o f p h t h a lo cy an in es
側 の up-scan の 像 は 左 側 の
o n g r ap h it e, s h o w i n g t h e p ro c es s o f d r i ft
co m p en s a t io n fro m a p a i r o f t h e im ag es
down-scan の像 よりもストライプ列
w it h d o wn -s c an an d u p -s c an . Th e co n c ep t
o f
t h e
d r i f t
co m p en s at i o n
can
b e
が斜 めになっているのに対 して,逆
u n d ers t o o d b y
im a g in in g t h a t y o u a re
o b s er v in g
ra i n
d ro p
t ra j e ct o ry
(d r i ft
に左 側 の down-scan の像 のストラ
ve ct o r ) fro m an e l e v at o r t h ro u gh a g l as s
イプ列 は垂 直 に近 づいている。これ
w in d o w (u p -s can an d d o wn -s can ).
らは,ドリフトベクトルの Y 軸 成 分 が
像 の上 から下 の方 向 になっている
ことと,X 軸 成 分 が像 の左 から右 の方 向 になっていることを示 している。と
いうことは,補 正 によって左 の像 の下 辺 をあるベクトル分 だけ移 動 する必
要 があるならば,右 の像 の下 辺 は同 じ分 だけ「逆 方 向 に」移 動 する必 要
がある。すなわち,対 になっている二 つの像 の上 下 伸 縮 の度 合 ,そして平
行 四 辺 形 に像 を傾 けたときの角 度 ,のそれぞれにおいて「平 均 値 」をとれ
ば,ドリフトは互 いに相 殺 されるので,ドリフトベクトルを求 めなくてもドリフト
補 正 ができる。
このことを利 用 して行 ったドリフト補 正 操 作 の具 体 例 を Fig.2 に示 す。
まず Y 軸 方 向 について,縦 に縮 んでいる像 の伸 長 と,逆 に縦 に伸 びてい
る対 の像 の収 縮 を,共 に同 じ比 率 (9.73 %)で行 って,図 の中 段 に示 し
たように,像 内 の格 子 の縦 方 向 の長 さが同 じになるようにする。そして X
軸 方 向 については,互 いに逆 方 向 の角 度 で平 行 四 辺 形 に歪 ませて
(9° ),像 内 を斜 めに走 る格 子 列 が 同 じ 角 度 になるよ うにする。以 上 の
操 作 により,前 章 で示 したようにドリフトベクトルを求 めなくても,ドリフト補
3
走査プローブ顕微鏡像のドリフト補正
高見 知秀
正 ができる。また,点 欠 陥 が像 内 にない,または観 察 中 に欠 陥 の変 化 や
移 動 が起 こっていても,この場 合 なら問 題 なくドリフト補 正 ができる。更 に,
単 位 格 子 の大 きさや角 度 を求 めたいだけの場 合 には,Fig.2 に示 した画
像 補 正 処 理 を行 わなくても,二 つの像 からそれぞれ求 めた単 位 格 子 の
大 きさや角 度 の平 均 値 を計 算 するだけで,ドリフト補 正 がされた値 を求
めることができる。
5.おわりに
本 稿 では,SPM 像 のドリフト補 正 について具 体 例 を示 しながら説 明 した。
このように未 知 表 面 構 造 の像 のドリフト補 正 を行 うには,ドリフトが線 形 で
あることと,連 続 する二 枚 以 上 の SPM 像 が必 要 である。そして簡 便 にドリ
フト補 正 を行 うためには,連 続 する SPM 像 の Y 走 査 方 向 が交 互 になる
ようにすることが望 ましいことも説 明 した。このような SPM 像 走 査 設 定 は現
在 市 販 されている既 存 の SPM 制 御 ソフトの多 くで可 能 になっている。
既 存 の SPM 像 解 析 ソフトには,既 知 の格 子 を元 にドリフトを補 正 する
機 能 を持 つものもあるが,本 稿 で示 したドリフト補 正 を行 えるソフトは筆 者
の知 る限 りではまだ存 在 しない。しかし,このような像 補 正 は市 販 の画 像
処 理 ソフトで簡 便 に行 うことができる。
本 稿 が SPM 像 の解 析 を行 う読 者 の一 助 になれば,筆 者 としては嬉 し
いかぎりである。
参 考 文 献
1) G. Binnig, H. Rohrer, Ch. Gerber, and E. Weibel: Phys. Rev.
Lett. 50, 120 (1983).
2) Ch. Gerber: private communication.
3) 一 般 に SPM 像 のドリフトは,走 査 開 始 時 に最 大 であり,走 査 時 間 と
ともに減 少 する。像 を観 察 しているうちにある時 間 において突 然 像 が
見 え始 めることがあるのは,単 に探 針 の状 態 変 化 によるものだけでなく,
ドリフトが収 まることにも関 係 している。
4
Fly UP