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第3章 海外におけるIT人材育成のための産学連携

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第3章 海外におけるIT人材育成のための産学連携
第3章 海外におけるIT 人材育成のための産学連携教育に関する組織的事例調査
1. 調査の趣旨
海外においては、企業と大学等による産学連携活動の歴史も古く、各国内のみならず
グローバルレベルで活躍できる IT 人材を確保・育成するために、産学が有機的に連携し
て行う先進的な産学連携の取り組み事例が数多く存在する。こうした取り組みを継続的
に実施するための工夫に関しては、我が国における産学連携の取り組みの効果的な実施
の参考になると考えられる。
このような問題意識を踏まえて、海外向けの調査では、産学連携教育が継続的に実施
されている背景を、企業にとってのメリット、公的支援、地域連携等の観点から明らか
にする。さらに、海外の事例毎に成功や継続のポイントを明らかにした上で、日本にお
ける産学連携教育で参考にすべき事項を抽出する。
2. 調査内容および実施方法
(1) 文献調査
文献調査においては、欧米・アジアの主要国における産学連携教育に関する政策動向、
IT 産業及び教育機関の動向について、公開情報を主体とする調査を実施した。
表 3-1
抽出条件
対象国
文献調査の概要
産学連携による IT 人材育成において、わが国の産学連携活動の参考と
なるような先進的な取り組みを実施し、一定の成果を挙げていると考え
られる 10 カ国及び 1 地域
アメリカ、カナダ、EU、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、
韓国、シンガポール、インド、中国
(2) ヒアリング調査
ヒアリング調査としては、上記対象国内の高等教育機関において、実際に実施されて
いる産学連携教育事例を対象に、偏りのないよう配慮して 15 事例を抽出し、現地ヒアリ
ング調査を実施した。
表 3-2
ヒアリング調査の概要
抽出条件
アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、韓国、
シンガポールにおいて産学連携教育を実践している高等教育機関
対象国
15 事例(現地訪問 16 箇所のうち、韓国・漢陽大学の2キャンパスを1
事例として整理)
187
3. 公的機関による IT 人材育成施策等調査(文献調査結果)
3.1 調査概要
(1) 趣旨
産学連携活動等は、当該国における IT 産業の位置付けや IT 人材育成に対する国の方
針のほか、当該国における人材育成や教育システムの違いなどに依存することが想定さ
れる(特に IT 人材育成については、政府全体の施策における IT 人材育成施策の位置付
けが異なることも考えられる。IT 人材育成施策は、例えば IT 産業振興政策として実施
されることもあれば、労働・雇用政策的な位置付けで実施されることもある)。そのため、
本調査では、あらかじめ本調査仕様において指定された対象国に加え、産学連携活動の
背景のほか、IT 産業政策や IT 人材育成施策の位置付けを考慮して何らかの特徴のある
国を選定し、産学連携による IT 人材育成の取り組み方法等について調査した。
(2) 調査対象
具体的な調査対象国は、下記のとおりとする。
表 3-3
文献調査の対象国
アメリカ、カナダ、EU、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、
韓国、シンガポール、インド、中国
なお、10 ヶ国のうち、2ヶ国(インド、中国)に関しては、IT 人材育成に関する国の
方針・特徴、公的支援施策・プログラム、産学連携の傾向・特徴を明らかにすることで、
各国との比較に用いることを想定して WEB 資料、文献による調査のみを実施し、現地
ヒアリング調査については調査の対象外とした。
(3) 調査方法・項目
調査方法は Web・文献調査を主体とし、必要に応じて関係者への電話インタビューを
併用した。調査項目を次ページ表に示す。
同表における「調査項目の補足」欄は、調査項目のうち、幅広い解釈が可能な項目に
ついて、調査趣旨を鑑みて具体的に明らかにすべき事項を絞り込んだ内容を記載するた
めのものである。
188
表 3-4
分類
1. 政策
調査項目
調査項目
調査項目の補足
IT 人材育成に対する国等の方針
IT 産業の概況と当該国における IT 産
業の位置付け
IT 政策、労働・雇用政策における IT
人材育成施策の位置付け
産業競争力政策、労働政策、教育政策
等との関係等
IT 人材に関する政府の課題認識
IT 人材育成施策(戦略)の目標(ロー
ドマップ等)
IT 人材育成施策の担当省庁・機関及び
その役割分担
IT 人材育成施策に対する予算配分
2. プログラ
ム
IT 人材育成に対する公的支援施策・プ
ログラム
スキル標準や人材育成フレーム等に
関する施策
IT 等に関する資格・試験制度(特に
公的資格等)
産業界における IT 人材育成に対する
支援(企業等への補助)
大学等に対する IT 人材育成に対する
支援(大学等への補助)
個人に対する IT スキルに関する研修
の提供(個人への補助)
中央政府と地方政府の役割分担
人材育成を含む産学連携研究開発等
への財政支援
インターンシップ/デュアルシステム
等への財政支援
韓国 KAIST におけるソフト関連の人
材育成の取り組み状況
3. パートナ
ーシップ
金融向け、製造業向け等のソフト関連
人材の育成の実態について
全体的な傾向・特徴
調査対象国における関係機関の役割
分担
産学連携の傾向・特徴
調査対象国において産学連携施策に
イニシアチブを発揮してきた機関
産学連携施策に影響を及ぼしている
前提条件(少子高齢化、移民問題等)
189
分類
調査項目
調査項目の補足
政府主導の人材政策あるいは競争力
政策における産学連携の位置付け
産学連携のメリットはどこにあると
考えているか?
産学連携への政府の一般的な関与手
法
産学連携イニチアチブ設立、産学連携
に係る組織・団体への税制優遇策など
を通じた促進、産学連携イニシアチブ
に対する補助金提供等
産業界と大学との産学連携の一般的
な形態
地場大学と地場企業の産学連携は一
般的か?(企業の狙いは採用か)事例
があれば知りたい。
企業技術者の大学での再教育は一般
的か?
産学間の人的交流状況
大学教員が企業で実務経験して教育
に活用するスキームは一般的か?大
学での処遇への反映状況はどうか?
産学連携による研究開発や人材育成
等への政府支援施策
活用状況も含む
卒業生へのリカレント教育支援の有
無
産学連携における IT 人材育成の取り
組み状況
産学連携実践的 IT 教育の特徴(企業
の実システム PBL、中長期インターン
シップ、産学共同開発/研究、IT 経営
教育、IT+異分野融合型コースなど)
学生の出口(ベンチャー起業、ベンチ
ャー企業就職、大企業就職の傾向)
企業教員の処遇(非常勤/客員/特命
教授/准教授など称号付与、ゲスト講
師待遇、なし)の区分、謝金、交通費
支給の有無
産学連携に対する企業・大学の姿勢
企業教員が実践教育を行うことで、
Ph.D を取得するような仕組み・事例は
あるか?
大学のベンチャー企業創出支援は一
般的か?(ファンド、技術支援等)
4. IT 産業と
IT 人材を巡
る状況
市場規模、輸出入額、企業数等の指標
について、当該国・地域の他の主要産
業との比較を行う
IT 産業の重要性
IT 産業の中心都市・地域
IT 人材の雇用数(IT 業界全体、ハード
ウェア・ソフトウェア・システム・通
信分野別の雇用数、他業界との雇用数
比較など)
190
分類
調査項目
調査項目の補足
IT 人材輩出のための一般的育成プロ
セス
IT 業界就労者の特徴
給与水準、離職率、男女比率、移民採
用率、就職に必要となる学歴・資格等
など
情報系を学んだ学生を採用する際の
処遇、キャリアパスの状況
- 優秀な IT エンジニアをどのように
採用しているかの実態
- 卒業から就職までのインターバル期
間に何をしているか
- 採用の前提条件として IT の資格や
学位を採用している企業はどのくら
いあるか?
- 情報系コースを卒業することが企業
での一律処遇 UP につながるコースは
あるか?
IT 人材あるいは IT 関連職に対する一
般の認識
当該国・地域における IT 人材を巡る
課題
IT 人材育成施策に影響を及ぼしてい
る前提条件(少子高齢化、移民問題等)
等を含む
当該国の人材育成・教育システムの概
要
教育制度の基本情報(義務教育の範
囲、教育内容、レベル・学年分け、管
轄機関など)を含む
5. 一般情報
人材育成、雇用・労働における課題等
6. 出典(情報
ソース):脚注
記載
政府、公的機関、大学・企業等のホー
ムページ URL、IT 人材育成事業に関
する URL 等
191
3.2 調査結果
(1) アメリカ
① 政策
1)
戦略
アメリカ合衆国(以下、
「米国」という。)連邦政府における IT 人材育成政策の基礎と
なる戦略には「米国イノベーションのための戦略(Strategy for American Innovation)18」
がある。また、大統領諮問委員会が発表した提言「デジタルの将来を設計する:連邦政
府助成金を受けた通信・情報技術分野における研究開発(Designing a Digital Future:
Federally Funded Research and Development in Networking and Information Technology)19」
も IT 人材育成の重要性を重視する内容が含まれている。
「Strategy for American Innovation」は、オバマ大統領が就任後の 2009 年 8 月、雇用確
保と米国競争力維持を目指した国家イノベーション戦略として発表した。同戦略は 3 部
構成20となっており、そのうち「米国イノベーションという積み木を積み上げるための投
資(Invest in the Building Blocks of American Innovation)」の中で、IT を含む科学技術分野
において、世界に通用する人材開発と次世代に対する高度スキル及びナレッジ教育を掲
げている21。また、IT インフラ投資22も人材と並んで投資の重要項目に指定されている。
一 方 、「 Designing a Digital Future: Federally Funded Research and Development in
Networking and Information Technology」は、大統領科学技術諮問委員会(President’s Council
of Advisors on Science and Technology:PCAST)が 2010 年 12 月に発表したものである23。
連邦政府における省庁横断的な IT 分野の研究開発(Research and Development:R&D)
関連イニシアチブ「Networking and Information Technology Research and Development
(NITRD)24」のこれからの取り組みと発展の方向性について提言している。同提言で
は今日の米国及び世界における IT 分野の研究開発状況、米国 IT 業界の状況、さらには
米国政府としてのアプリケーション優先分野等に関する分析を踏まえた上で、以下の点
について提言を行っている。
• 提言1:米国政府の優先目標を実現するための IT
R&D イニシアチブ
• 提言2:IT 研究最前線における投資のあり方
• 提言3:技術・人材リソースの充実
• 提言4:NITRD イニシアチブにおける政府機関横断的な協力プロセスと体制の改革
18
19
20
21
22
23
24
http://www.whitehouse.gov/assets/documents/SEPT_20__Innovation_Whitepaper_FINAL.pdf
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/pcast-nitrd-report-2010.pdf
(1)米国イノベーションという積み木を積み上げるための投資、(2)生産性の高い起業家精神を刺激する競
争市場の促進(Promote Competitive Markets that Spur Productive Entrepreneurship)、(3)国家的優先事項に対する
飛躍的進歩への刺激(Catalyze Breakthroughs for National Priorities)
世界クラスの人材を創り出す一方、二十一世紀の知識とスキルをもって次世代の教育を行う。
先端情報技術エコシステムを発展させる。
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/pcast-nitrd-report-2010.pdf
http://www.nitrd.gov/
192
IT 人材育成と関連性の深い「提言3:技術・人材リソースの充実(Technological and
Human Resources25)」では、米国における IT 人材の需給関係は常に供給不足であり、
NITRD はあらゆる教育レベルで IT 関連人材を輩出することを優先課題のひとつとすべ
きとし、この人材供給不足問題を解決するために、初等教育からの IT 教育を劇的に変え
ていくべきと提言した。同提言を踏まえて、NITRD に関連する政府機関は改善に向けた
取り組みを行っていくことになる。
2)
ロードマップ
米連邦政府は、IT 人材育成について、具体的な目標を定めたロードマップは発表して
いないが、2010 年に PCAST が発表した報告書「Designing a Digital Future: Federally Funded
Research and Development in Networking and Information Technology26」では、今後の連邦政
府主導による人材育成を含めた IT 研究開発の取り組み目標をある程度示しており、ロー
ドマップに近い資料となっている27。ただし、高度 IT 人材の必要性は認識しつつ、具体
的目標として設定されているのは、幼稚園~初等教育を対象とした内容が中心である。
3)
重要性
米国における IT 業界の米国経済競争力維持にとって不可欠な産業であり、同産業を支
える高度 IT 人材を育成することは重要と認識されている。しかし、上述の連邦政府にお
ける関連の戦略・イニチアチブに見られるように、人材育成の重点は初等教育レベルか
らの IT 教育改善に置かれており、高度 IT 人材育成関連の連邦政府におけるイニシアチ
ブの重要性は相対的には低くなっていると考えられる。
この重要性認識の相対的低さは、産業界のロビー活動にも見て取れる。米国 IT 業界団
体の IEEE-USA は、毎年、IT 業界及びその現場で活躍する人材の利益を代表するための
重点項目を定め、政府・議会への働きかけを行っている。2011 年度の政策重点項目28と
して、以下の 8 項目が挙げられている。
(1)イノベーションと競争力強化
(2)エネルギー政策
(3)インターネット、通信及びネットワーク政策
(4)移民支援政策
(5)知的財産保護
(6)エンジニアリング人材
25
26
27
28
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/pcast-nitrd-report-2010.pdf の 83 ページ以降。
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/pcast-nitrd-report-2010.pdf
この他、商務省(Department of Commerce)は、2002 年、テクノロジーを用いた教育・トレーニング環境の充実
化を目指す取り組み目標として「Visions 2002: Transforming Education and Training through Advanced Technologies
(http://www2.ed.gov/about/offices/list/os/technology/plan/2004/site/documents/visions_20202.pdf)」を発表している。
ただし、同イニシアチブは、高度 IT 人材ではなく初等教育における IT 教育環境の改善等が中心的な内容となっ
ている。
http://www.ieeeusa.org/policy/issues/index.html
193
(7)E ヘルス
(8)重要インフラ保護
高度 IT 人材育成にもっとも関係性がある項目は(6)エンジニアリング人材であるが、
大学等の高等教育現場における新規 IT 人材の育成ではなく、現在、IT エンジニアであ
る人材を対象とした技術に関する再教育を支援することに重点を置いている。
また、IT 関連分野の大学を中心とした研究開発の推進と教育の向上を目指す非営利団
体 Computing Research Association (CRA)も、IT 人材に関する政策提言を行っている。
1999 年から 2000 年代の初めは高度 IT 人材に関するものが複数出されていたが29、最近
の人材関連のテーマとしては、IT 分野への女性の進出促進30が中心となっている。これ
も同様に産業界において高度 IT 人材育成に関する重要性の認識が低下していることの
反映であると考えられる。
4)
課題
PCAST は 2007 年、NITRD の活動を評価する報告書を提出している31。同報告書の中
で、米国の高度 IT 人材育成に関する課題が指摘されている。
• 需要:今後 10 年間で、米国における IT 人材への需要が急速に高まることが予想される。
• 供給:現在コンピュータ・サイエンス・エンジニアリング分野の大学プログラム(学士
~博士課程含む)に在籍している学生数を踏まえて、将来の人材の需給関係を予想する
と、高スキル人材が不足することが懸念される。
• 多様性:女性やその他マイノリティの IT 人材に占める割合も減少の傾向にある。
• カリキュラム:現在の IT 関連大学カリキュラムは、一般的に、企業ニーズに合ってい
ないことが多い。
5)
担当政府機関
米国高度 IT 人材政策では、全米科学財団(National Science Foundation:NSF)が果た
す役割が大きい。NSF はネットワーキングと情報技術に関する研究開発のための連邦政
府省庁連携(Networking and Information Technology Research and Development:NITRD)
において「IT の社会、経済、及び労働への導入と、IT 人材育成に関する連携グループ
( Social, Economic, and Workforce Implications of IT and IT Workforce Development
Coordinating Group:SEW CG32)」のリーダーを務めている。また、大学における理系教
育に対する助成金提供機関として、大学における理系人材育成に関連したプログラムへ
29
30
31
32
http://www.cra.org/govaffairs/itworkforce.php
http://www.cra-w.org/
http://www.nitrd.gov/Pcast/reports/PCAST-NIT-FINAL.pdf
http://www.nitrd.gov/Subcommittee/sew.aspx; 同 CG に参加する主な政府機関:NSF、NIH、DOE/SC、NIST、DOE/NNSA、
DoD;SEW の下で(1) IT と社会/経済システム、
(2)人と IT 機器、機能の相互作用、
(3)IT 技術および生
産性の高い次世代就労者に対する需要増を満たすための人材育成、トレーニング、教育ニーズへの対応、(4)
教育および研修における革新的な IT アプリケーションの活用が行われている。
194
の資金提供、カリキュラム改良の取り組みへの資金提供を行っている。また、コンピュ
ータサイエンス等の IT 関連学位の卒業生数など、科学技術政策に影響を及ぼす統計デー
タである「科学技術インディケーター(Science & Engineering Indicator)」等を発表して
いる。さらに、IT 人材の多様性を確保するための施策も NSF が担当している。具体的
には「コンピューティング分野への参加拡大(Broadening Participation in Computing:BPC)
33
」がある。BPC プログラムは、コンピューティング分野の高等教育を受ける米国市民
と永住者の数を大幅に増やすこと、中でもこれまでコンピューティング分野への輩出数
が少ない民族や使用言語などに応じたコミュニティからの生徒への、コンピューティン
グに関する教育機会の提供に重点を置いている。
大統領科学技術諮問委員会(PCAST)34は、ホワイトハウスの科学技術政策に対する
諮問機関として、大統領に対して提言を行ってきた。PCAST による IT 政策に関する提
言は、主に NITRD の政策・実施評価を通じて行われている。上述の「Designing a Digital
Future: Federally Funded Research and Development in Networking and Information
Technology」はこうした提言の 1 つである。
6)
他の国家戦略の関係性
ホワイトハウスによる競争力政策に基づき、高度 IT 人材育成戦略は、上述の NSF を
はじめとする科学技術政策に関連する政府機関が関連する取り組みに関わっている35。
その他、IT 人材の生涯教育・再教育を主眼として、労働省も関連の取り組みを行って
いる。労働省は IT 業界を含む企業の競争力維持のため、労働者のスキル向上を図るため
のイニシアチブ「急成長が期待される業界向け職業訓練(High Growth Job Training36)」
イニシアチブを実施している。IT 業界に代表されるような、米国で雇用ニーズが高く、
労働者の経済的メリットも大きなセクターにおいて、米国労働者が活躍できるような再
教育等が含まれている37。この他、雇用訓練局(Employment and Training Administration:
ETA)は、後述するように IT 業界を含む主要業界におけるコンピタンシーモデルを作成
している。また、労働統計局(Bureau of Labor Statistics:BLS)は労働統計や労働統計を
踏まえた職業見通し(Occupational Outlook)等を発表し、IT 業界における雇用情報を提
供している。
初等教育レベルからの IT 人材育成強化の取り組みについては、先の NSF に加え、教
育省(Department of Education: ED)が関わっている。NSF の初等教育における IT 教育
イニシアチブの例としては、将来における科学、技術、エンジニアリングおよび数学
(STEM)人材を確保するための方策を探る取り組み「児童と教員のための技術経験イ
33
34
35
36
37
http://www.bpcportal.org/bpc/shared/about.jhtml
http://www.whitehouse.gov/administration/eop/ostp/pcast/about
http://www.whitehouse.gov/innovation/strategy/executive-summary;
http://www.whitehouse.gov/blog/2010/06/15/polishing-technology-s-golden-triangle
http://www.doleta.gov/brg/jobtraininitiative/eta_default.cfm
http://www.doleta.gov/BRG/Indprof/IT_profile.cfm
195
ニシアチブ(Innovative Technology Experiences for Students and Teachers:ITEST)38」があ
る。
その他、連邦政府に勤める高度 IT 人材に関連した施策については、ホワイトハウスの
最高情報責任者協議会(Chief Information Officers Council:CIO Council)、一般調達局
(General Services Administration:GSA)が中心的な役割を担っている。具体的な取り組
みとしては、連邦政府 IT システムの管理・運営を任せられる専門人材育成を目的として、
GSA 及び CIO Council の呼びかけに応えた IT 分野で定評のある大学とパートナーシップ
を組み、必要教育及び資格認定を行うプログラム CIO 大学(CIO University39)がある。
7)
予算
連邦政府の高度 IT 人材育成のみに焦点を当てたプログラムがないため、これに関する
予算のみを抽出することは難しい。ただし、連邦政府における省庁横断的な取り組み
NITRD では、前述の SEW CG に参加する政府機関が同グループの取り組みのために配
分している予算の概算については公表しており、2012 年度予算請求額は計 1 億 4,730 万
ドルである40。
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
連邦政府が財政面から主導する、大学における IT 人材育成関連の代表的なプログラム
に NSF の コ ン ピ ュ ー タ 情 報 科 学 工 学 部 門 ( Computer and Information Science and
Engineering:CISE)がスポンサーとなっている、「コンピューティング分野の学部生向
け教育活性化を目指す CISE の道筋(CISE Pathways to Revitalization Undergraduate
Computing Education:CPATH)があった41。CPATH プログラムでは、IT 関連の学部生向
け教育の新たなモデル・手法42の開発を目的としている。高度 IT 人材だけではなく、ユ
ーザースキルに関連した教育も対象としている。また高等教育での教育手法を初等・中
等教育への展開も促進することも狙っている。
CPATH 助成金を利用した取り組みの中に、産学連携を基本とした高度 IT 人材教育関
連の内容が含まれる。例えば、ミシガン州立大学(Michigan State University:MSU)に
よる「コンピューティングと工学部学部生教育:コンピューティング教育と工学人材に
求められるスキル連携に向けた協力プロセス(Computing and Undergraduate Engineering:
A Collaborative Process to Align Computing Education with Engineering Workforce Needs:
CPACE43)」がある。CPACE は 2007 年の NSF 助成金を受け開始されたプログラム44で、
38
39
40
41
42
43
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5467
http://www.cio.gov/admin-pages.cfm/page/cio-university
http://www.nitrd.gov/pubs/2012supplement/FY12NITRDSupplement.pdf の 28 ページ。
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=500025;http://www.cpath-community.msu.edu/about
http://www.nsf.gov/pubs/2008/nsf08516/nsf08516.htm
http://www.cpath-community.msu.edu/projects/cpace;
196
MSU の他、ウェスタンミシガン大学(Western Michigan University)、ランシング・コミ
ュニティ・カレッジ(Lansing Community College)、ミシガン州で人材育成に関わる非営
利団体 Corporation for a Skilled Workforce(CSW45)、応用科学・コンピューティング・工
学・工学技術に関する大学教育プログラムの非営利認定機関 ABET46が協力し、産業界の
ステークホルダーからの意見も収集し、産学が連携した人材育成の提言がまとめられて
いる47。
なお、CISE の CPATH プログラムは 2011 年度以降、補助金交付実績はない48。しかし、
2010 年度以降、NSF 内の教育・人材(Education and Human Resources:EHR)部門の学
部生教育に関するプログラム担当(Undergraduate Education:DUE)において、CPATH
に類似した「科学・技術・工学・数学分野における学部生教育の転換(Transforming
Undergraduate Education in Science, Technology, Engineering and Mathematics)49」が実施さ
れており、コンピュータサイエンスも対象に含まれている50。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
労働省雇用・訓練局(Employment and Training Administration:ETA)は、業界コンピ
タンシーモデル・イニシアチブ(Industry Competency Model Initiative)において、各業界
を代表する業界団体との連携を通じてモデル開発を行っている。同モデル開発を通じて、
競争力のある人材を教育・訓練するために不可欠なスキルセットとコンピタンスに対す
る理解を、関係者の間に広めることを目的としている 51 。IT 業界を代表して、労働省
(Department of Labor:DOL)と連携してコンピタンスモデルを作成したのは Information
Technology Association of America(ITAA、現 TechAmerica)である52。
人材育成フレームワーク、カリキュラムに関する取り組みは、Association for Computing
Machinery(ACM)をはじめとする IT 関連人材育成に関わる非営利団体が中心となって
行われている。例えば、2009 年 6 月 25-26 日、ACM は NSF の CPATH プログラム助成金
44
45
46
47
48
49
50
51
52
http://cpace.egr.msu.edu/confluence/display/cpace/CPACE+-+An+NSF+CPATH+Project
http://www.nsf.gov/cise/funding/CPATH2007awardsfinal.pdf
http://www.skilledwork.org/
http://www.abet.org/
http://cpace.egr.msu.edu/confluence/download/attachments/8487043/
CPACE+Exec+Summary+Business_Industry+Report.pdf?version=1;
http://cpace.egr.msu.edu/confluence/download/attachments/327684/CPACE_Business+and+Industry+Report.pdf?version=1
NSF の CPATH を通じた助成金実績は 2007~2010 年度まで実施されたものと見られる
(http://www.nsf.gov/awardsearch/afSearch.do?ProgEleCode=7640&page=4&QueryText=&SearchType=afSearch&PIFirst
Name=&PILastName=&COPILastName=&COPIFirstName=&IncludeCOPI=&PIInstitution=&PIState=&PIZip=&PICount
ry=&ProgOrganization=&ProgOfficer=&ProgProgram&ProgRefCode=&ProgFoaCode=&CongDistCode=&AwardNumber
Operator=&AwardNumberFrom=&AwardNumberTo=&StartDateOperator=&ExpDateOperator=&StartDateFrom=&StartD
ateTo=&ExpDateFrom=&ExpDateTo=&AwardAmount=&AwardInstrument=&Search=Search#results)。
http://www.nsf.gov/ehr/about.jsp;http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5741
ただし、これまでの助成金交付実績データベースでは、コンピュータサイエンスに分類される交付実績はない。
http://www.nsf.gov/awardsearch/progSearch.do?SearchType=progSearch&page=2&QueryText=&ProgOrganization=DUE
&ProgOfficer=&ProgEleCode=7431%2C7428%2C7493%2C7427%2C7494%2C7429%2C7492&BooleanElement=true&P
rogRefCode=&BooleanRef=false&ProgProgram=&ProgFoaCode=0000912&Restriction=2&Search=Search
http://www.careeronestop.org/competencymodel/ETA_industry_competency_initiative.aspx
http://www.careeronestop.org/competencymodel/pyramid.aspx?IT=Y
197
を受けて、これらの関係者53を集め、「将来のコンピューティング教育に関するサミット
(Future of Computing Education Summit)54」を開催している。ACM は 1960 年代から、
サミットに参加している関係団体とともに IT 関連の大学教育カリキュラムに対して
様々な提言を行っている。
また、1996 年の情報技術管理改革法(Information Technology Management Reform Act,
1996、通称:クリンガー・コーエン法55)に基づく、連邦政府の IT 人材に求められるコ
ア・コンピタンスと学習目標を、CIO 協議会傘下の IT 人材委員会(IT Workforce
Committee)が「2008 Clinger-Cohen Core Competencies and Learning Objectives」として作
成している56。
図 3-1
DOL・ITAA 作成による IT コンピタンシーモデル
出典:DOL Competency Model Clearinghouse57
53
54
55
56
57
同サミットでポジションペーパーを提出した団体:ACM、AIS、ASEE、CDC、CompTIA、CRA、CSTA、EDUCAUSE、
i-Schools、IEEE Computer Society、NCWIT、SIGCSE、SIGITE、SIM
http://www.acm.org/education/future-of-computing-education-summit
同法案を提出した William Clinger 下院議員(共、ペンシルバニア州選出)と William Cohen 上院議員(共、メイ
ン州選出)の名前に因んだ呼称。
http://www.cio.gov/documents_details.cfm/uid/1F437681-2170-9AD7-F20824C0DB3AF26A/structure/
IT%20Workforce/category/IT%20Workforce
http://www.careeronestop.org/competencymodel/pyramid.aspx?IT=Y
198
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
米国では IT 資格・試験制度は基本的に民間が運営している。上述の DOL ITAA によ
るコンピタンシーモデルについて情報提供しているウェブサイトで、代表的な関連資格
提供団体として参照情報が提供されているのは民間資格団体である CompTIA である58。
また、後述する欧州委員会による IT 関連資格の調整を目指した活動「ICT Certification
in Europe」の活動では、米国の民間 IT 資格ベンダーMicrosoft、Cisco Systems、CompTIA
などの他、カーネギーメロン大学ソフトウェアエンジニアリング研究所(Software
Engineering Institute, Carnegie Mellon University)が参加している。
なお、連邦政府 IT 人材に求められるコンピタンシーに沿って、パートナー大学におい
て実施されている CIO 大学(CIO University59)を卒業した学生については、CIO 大学認
定資格(CIO University Certificate)が授与されている。CIO 大学は、連邦政府 IT システ
ムの管理・運営を任せられる専門人材育成を目的として、GSA 及び CIO Council の呼び
かけに応えた IT 分野で定評のある大学とパートナーシップを組み、必要教育及び資格認
定を行うプログラムであり、現在、同プログラムを提供する大学には、カーネギーメロ
ン大学(Carnegie Mellon、ペンシルバニア州)、シラキュース大学(Syracuse、ニューヨ
ーク州)、ジョージ・メイスン大学(George Mason、バージニア州)、ジョージ・ワシン
トン大学(George Washington、コロンビア特別区)、ラ・サール大学(La Salle、ペンシ
ルバニア州)、メリーランド大学(University of Maryland-University College、メリーラン
ド州)が含まれる。CIO 大学卒業の際には、これらのパートナー大学の卒業生を集めて
卒業式をコロンビア特別区で実施している。なお、CIO 大学の運営(資金含め)は大学
に任され、授業料については個人負担が原則となっている。
4)
産業界における IT 人材育成に関する支援(企業等への補助)
企業が実施する高度 IT 人材育成の取り組みは、基本的には民間企業が実施するもので
あり、政府が個別企業の取り組みを支援しているという事例は見当たらない。しかし、
IT 業界で求められるコアコンピタンシーモデルの作成では、ITAA と DOL が連携するな
どの事例がある。
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
大学等の教育機関における高度 IT 人材育成に関する支援は、上述の NSF による CPATH
プログラムや、Transforming Undergraduate Education in Science, Technology, Engineering
and Mathematics が代表例である。
この他、ニッチ分野を対象とした大学人材育成を連邦政府が支援する例として、米国
保健社会福祉省(HHS)Office of the National Coordinator for Health Information Technology
58
59
http://www.comptia.org/certifications/Old-Certification-Content/backtowork.aspx
http://www.cio.gov/admin-pages.cfm/page/cio-university
199
が、ヘルス IT 人材開発プログラム(Health IT Workforce Development Program)に助成金
を交付している。同プログラムの目的は、保健関連の IT 専門家を養成し、ヘルスケア提
供者が電子カルテを実施する手助けをし、医療の質や安全性、費用対効果を高めること
としている。なお、同プログラムの卒業生の大半は、ヘルスケア業界経験者、あるいは
IT 人材として医療業界で経験を持つ人材であることが多い。同プログラムの下、50 州に
ある 82 のコミュニティカレッジが 6,800 万ドルの助成金を受けて、6 か月以内に終了可
能な医療 IT トレーニングプログラムの新規開発もしくは既存プログラムの改善を行っ
ている。また、大学レベルの医療 IT 専門家を早急に養成のためにも総額 3,200 万ドルの
助成金が複数の大学に交付されている60。
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
NSF 傘下の前述の EHR 学部生教育に関するプログラム担当(Undergraduate Education:
DUE)が、IT を含む科学、技術、工学及び数学関連学位取得を目指す学部生向けスカラ
シッププログラムを提供している61。同プログラムは、学生個人に対して直接、スカラシ
ップを提供するのではなく、全米の主要大学に対して交付され、交付された大学が各大
学のポリシーに基づき、スカラシップとして学生個人に割り振る形式を取っている62。
さらに、情報セキュリティに特化したスカラシッププログラム「連邦サイバー・サー
ビス:サービス提供に対するスカラシップ(Federal Cyber Service: Scholarship for Service:
SFS)63 」が人事局(Office of Personnel Management:OPM)主導で提供されている。同
スカラシッププログラムでは、将来連邦政府の情報セキュリティシステムを担う人材育
成を目的としたもので、政府が認定した高等教育機関64で関連する学位取得を目指す学生
(学部生・修士)の授業料、教科書代、家賃等を補助している。加えて、同スカラシッ
ププログラムに参加する学生は報酬を得られるケースもある(学部生:8,000 ドル、修士:
12,000 ドルを上限)。なお、スカラシップは NSF から大学に対して交付された助成金を
学生が受け取る形態をとっている65。同スカラシップを受ける学生は、スカラシップを授
与された期間もしくは 1 年間(いずれか長い期間)、連邦政府機関において情報アシュア
ランス関連職に就くことが必須になっている66。
60
61
62
63
64
65
66
http://healthit.hhs.gov/portal/server.pt/community/health_it_workforce_development_program:_facts_at_a_glance/
1432/home/17051
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5257
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5257
https://www.sfs.opm.gov/
参加する教育機関:https://www.sfs.opm.gov/ContactsPI.aspx
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5228
https://www.sfs.opm.gov/StudFAQ.aspx
200
7)
連邦政府・地方政府の役割
高度 IT 人材育成における地方政府の主な役割は、こうした人材の育成を担う州立大学
への予算提供である。ただし、地方政府は一般的大学の運営に対する予算を提供、一方、
特定の研究開発や上述の人材育成に関する研究やイニシアチブに対しての予算は NSF
を中心とした連邦政府から州立大学が直接受けることが一般的である。
なお IT 人材育成全般を対象とすると、地方政府で主に実施されているのは、すでに
IT 業界に就労しているもしくは就労していた人材の再教育・雇用対策に関連した職種転
換に関するプログラムの実施である。IT に特化した内容ではないが、労働力投資法
(Workforce Investment Act:WIA)に基づき州および地方自治体に交付される連邦補助
金を基に、専門職や失業者の雇用問題やトレーニングが行われている。同法に基づき地
域ごとに設立された Workforce Investment Boards (WIB)へ補助金が交付され、各 WIB
の運営方針に基づき、プログラムが実施される67。WIB の主な役割は連邦や州、地方自
治体からの補助金を、地域経済ニーズを踏まえて、地域の人材開発プログラムに割り当
てることである。地域の実態調査の他、採用情報の提供や各種トレーニングを実施する
総合職業指導センターも管轄している。幾つかの州は、WIA 助成金を IT 関連の職業訓
練プログラムに交付しており、例えばイリノイ州では将来有望な正規教育を受けていな
い若者を対象とした特別職業訓練を提供したり、IT 関連の雇用を創出するためにコミュ
ニティ雇用研究センターおよびラテン系技術協会に 10 万ドルを支給している68。
8)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
人材育成を含む産学連携教育等に対する連邦政府の財政支援では、産学連携のセクシ
ョンで後述するように NSF が中心的な役割を担っている。NSF は、産学連携の取り組み
に参加している大学に対して、直接助成金を交付する形で支援を行うことが一般的であ
る。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
米国大学では単位の一環としてインターンシップを認めているケースが多く、また企
業も関連業務経験を有する人材を求める傾向が強い69ことから、すでに広範に実施されて
おり、連邦政府が民間の IT 業界におけるインターンシッププログラムを促進するプログ
ラムは現時点では見受けられない。
このように民間企業におけるインターンシップ等への財政支援は行っていないが、米
国連邦政府は省内にかなりの IT 人材を抱えており、自ら IT 人材向けのインターンシッ
67
68
69
http://www.nyc.gov/html/sbs/wib/html/about/about.shtml;
郡政(カウンティ)委員長など公選された役職者が WIB
委員会の委員を指名する。委員の半数以上を民間部門からの参加者で、労働組合や教育機関からの参加者につい
ては数も決まっている。基本方針以外は各 WIB の運営方法は様々である。
http://www.commerce.state.il.us/dceo/Bureaus/Workforce_Development/Resources/GrantOpportunities.htm
http://www.bls.gov/oco/ocos303.htm
201
ププログラムを提供している。具体的なプログラムとしては、米農務省(United States
Department of Agriculture:USDA)IT インターンプログラム(Information Technology Intern
Program70)や連邦預金保険会社(Federal Deposit Insurance Corporation:FDIC)の IT 学生
インターンシッププログラム(Information Technology Student Internship Program71)など
がある。また、大学における Co-op 教育の受け入れ先ともなっている。こうした学生に
対するインターンシップ等の活動に応じた給与の支払いは、連邦政府機関の予算枠の中
で実施されている。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
米国における産学連携は、企業と大学の双方にとってメリットのある連携を模索して
おり、多くの場合、単にナレッジや技術をシェアするのではなく、人材育成が重要な要
素として組み込まれている。米国の大学と産業界が産学連携を活用する目的について、
2008 年 11 月 PCAST が発表した「イノベーションエコシステムにおける大学-民間セク
ターにおける研究パートナーシップ(University-Private Sector Research Partnerships in the
Innovation Ecosystem)」は、産学連携でも特に研究開発に焦点をあてた内容であるが、産
学連携に取り組む企業と大学の目的について触れられており、両者とも人材育成を重要
な項目の 1 つとして考えていることが分かる72。
同報告書によれば、大学は(1)大学内の専門知識を広く一般と共有し、
(2)社会で
活躍できる人材の育成に貢献し、
(3)技術やナレッジを産業界に移転することで、技術・
ナレッジの商品化を増進し、
(4)地域及び米国の経済発展に貢献することを産学連携の
目的としている。一方、企業は(1)収益性を高めるため、新しく改良された製品・サ
ービスを作り、これらを市場に提供し、
(2)産業界が直面している問題を解決し、答え
を提供してくれる第三者が創り出した進歩を特定し、
(3)教育・訓練を受け、競争力の
ある人材の育成や支援を行うことを狙って産学連携に取り組んでいる。
b.
調査対象国における関係機関の役割分担
産学連携において大学と産業界が果たすべき役割についても、上述の PCAST 報告書
の中で整理されている73。大学からの先端的ナレッジ・技術の提供に応えて、企業側は大
学における人材育成に様々な貢献をすることが求められている。
大学に対して求められる役割には、以下があるとされる。
(1)必要な教育・訓練を受けた人材の供給・保持
70
71
72
73
http://www.ocio.usda.gov/intern/index.html
http://www.fdic.gov/about/ditinterns/
http://www.nasa.gov/pdf/404101main_past_research_partnership_report_BOOK.pdf
http://www.nasa.gov/pdf/404101main_past_research_partnership_report_BOOK.pdf
202
(2)出版等を通じた民間とのナレッジ共有
(3)専門分野における先端研究の更なる発展に寄与
(4)産業界へのナレッジ移転
(5)産業界が資金等を援助する研究の実施
(6)企業の商業目的に活用できる知的財産のライセンス提供及び技術移転
(7)企業への大学設備、施設、リソースへのアクセス提供
(8)市場拡大につながる経済発展の促進
(9)新技術に対する客観的試験、評価、報告の提供
一方、企業に対して求められる役割としては、以下が挙げられている。
(1)学生・卒業生の雇用
(2)機器・設備の寄贈及び寄付による支援
(3)学生のインターンシップ及び教授陣の研究休暇(サバティカル:sabbatical)のた
めの訓練もしくは研究材料あるいは資金の提供
(4)社員の時間又はナレッジの大学の諸活動(学生プロジェクトの支援、客員講演の
実施、修士・博士論文評価委員会のメンバー参加、大学内の諮問委員会への参加など)
への提供
(5)企業所有の機器、材料、施設等へのアクセス提供
(6)最先端研究の方向性を示唆・提供
(7)研究スポンサーとして資金あるいは物品の提供
(8)技術ライセンスの購入を通じて、大学における一般的な教育・研究活動を支える
資金面での支援
(9)出版活動への参加・支援
(10)共同研究の成果として製品・サービスを市場に提供することを通じて、大学によ
る貢献を社会に提供すること
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
米国産学連携施策においてイニシアチブを発揮してきた代表的な政府機関は NSF で
ある。特に、NSF が産学共同研究を支援する「産学連携研究センタープログラム
(Industry/University Cooperative Research Centers Program:I/UCRC)74」はその中核を担
っている。同プログラムは 1980 年代初頭、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts
Institute of Technology:MIT)の高分子化合物処理センター(Polymer Processing Center)
における成功事例を、NSF が複製していくことができるかの試みとして開始されたもの
である75。同プログラムはそれ以来、今日まで継続されており、約 50 以上のセンターが
NSF 助成金を基に設立されている76。IT 関連では先端的電子工学(advanced electronics)、
74
75
76
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5501&org=EEC&from=home
http://www.ncsu.edu/iucrc/PDFs/PurpleBook/FrontSection.pdf
http://www.nsf.gov/eng/iip/iucrc/program.jsp
203
先端的製造(advanced manufacturing)、情報通信・コンピューティング(information,
communication and computing)、システム設計及びシミュレーション(system design and
simulation)等のカテゴリーに含まれるセンターがある77。
また、大統領の競争力政策策定を実質的に担当するホワイトハウスの科学技術政策局
(Office of Science and Technology Policy:OSTP)及び、大統領の科学技術諮問機関であ
る PCAST が産学連携を含めた競争力政策策定では重要な役割を担っている。さらに、
米国学術会議のナショナルアカデミー(National Academy)においても、産学連携に関連
したテーマを取り扱う「産官学研究円卓会議(Government-University-Industry Research
Roundtable)」という専門家グループがあり、政府に対して政策提言を行っている。なお、
同委員会の議論の焦点は研究開発に特化した内容であり、代表的な活動としては、2005
年、産学連携研究開発における知的財産権に関する産学官の契約について取りまとめた
報告書を発表している78。
民間団体では、IT 関連の専門家団体である上述の ACM、CRA、IEEE-USA などが、
産業界・学会の関係者として産学連携による研究開発及び人材育成を推進する役割を果
たしている。
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
先の PCAST 報告書によれば、米国における産学官連携モデルは 1945 年に Vannervar
Bush によって書かれた報告書「科学-終わりのないフロンティア(Science – the Endless
Frontier)」に遡る79。同報告書では連邦政府の助成金を受けた大学が米国における基礎研
究の基盤としており、大学が高度な教育を受けた人材を輩出し、また大学の研究で企業
が市場化に適していると考えられる研究結果を企業が引き継いで商品化するというモデ
ルが示されていた。当時、非常に新しい考え方とされたモデルであったが、同報告書は
教育と技術開発、米国経済の成長に大きな影響を与えたといわれる。
しかし、最近の 20 年間で、大学と民間セクターの力関係は大きく変化した80。大学で
は、科学や技術力をベースとした研究プログラムが拡大した。また、大学が新興企業に
対する大学の依存も高まる状況が生まれている。一方、企業は破壊的イノベーションを
もたらす可能性のある研究から離れる傾向が強まっている。また、米国の大企業の多国
籍化が進み、研究開発規模もグローバルな視点での対応が求められており、3 分の 2 以
上の企業が研究開発機能を諸外国にも設置するようになり、企業が海外の大学との連携
を進める傾向も強まっている。本調査の事例調査において訪問したカーネギーメロン大
学の国際プログラムやシリコンバレーにおける新興企業におけるシステム開発環境に近
い授業の提供は、こうした米国企業の動きを踏まえたものと見ることができる。
77
78
79
80
http://174.143.170.127/iucrc/publicCenterListServlet
http://sites.nationalacademies.org/PGA/guirr/PGA_052182
http://www.nasa.gov/pdf/404101main_past_research_partnership_report_BOOK.pdf
http://www.nasa.gov/pdf/404101main_past_research_partnership_report_BOOK.pdf
204
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
米国政府は、競争力強化の一環として、産学連携による共同研究支援を様々なプログ
ラムを通じて行ってきた。1980 年代から始まる上述の産学連携研究センタープログラム
(Industry/University Cooperative Research Centers Program:I/UCRC)はその代表であり、
同プログラムの功績について、1993 年、カーネギーメロン大学の Emeritus 学長(当時)
はこれらのセンターが米国の大学における研究が、競争力と深い関連性を持った研究と
なる上で重要な影響を及ぼし、こうしたセンターのモデルは大学経営において多大な利
益を生み出すものだと述べたとされている81。
産学連携研究に加え、近年の傾向として、人材育成においても産業界の関与を求める
競争力政策が目立っている。具体的にはジョージ W.ブッシュ大統領による 2006 年 2 月
のアメリカ競争力イニシアチブ(American Competitiveness Initiative: ACI82)、オバマ大統
領による上述の「Strategy for American Innovation」のいずれにおいても、特に初等・中等
教育からの STEM 人材育成において、教育界と産業界が連携することを促進する内容が
含まれるようになってきている。
これに先立ち、 NSF は 1990 年代から 83 先端的技術教育( Advanced Technological
Education:ATE84)プログラムを通じて、米国経済の成長に貢献しているハイテク分野の
教育を向上させるため、産学連携による高等学校レベル及び大学学部生(2 年制中心)
レベルの科学・工学技術者向け教育の改善の取り組みに助成金を交付している。ATE プ
ログラムでは、カリキュラム開発、大学及び高等学校の教員教育(Faculty Development:
FD)、高等学校から 2 年生大学、2 年制大学から 4 年制大学へのキャリアアップサポー
ト等の取り組みが支援の対象となる。その他、2 年制大学及び 4 年制大学から、初等教
育において関連分野を指導する教員を輩出するためのプログラム、技術教育に関連した
先端的研究活動等も支援している。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
PCAST は、産学連携における政府の役割は、(1)連邦政府及び大学が所有する研究
施設やインフラへ投資することにより、中小企業がこうした大規模インフラにアクセス
しやすくなるとともに、先端設備へのアクセスにより新技術・製品の開発における生産
性を高めることに貢献すること、
(2)既存の技術に大きな変革をもたらす可能性を秘め
た、応用可能で Pre-competitive な研究・技術を産学が連携して特定、関連研究への投資
を行う際に参加することの 2 点としている85。また、上述の NSF の ATE プログラム等を
通じて、産学連携による人材育成にも助成金を交付している。
81
82
83
84
85
http://www.ncsu.edu/iucrc/PDFs/PurpleBook/FrontSection.pdf
http://www.nsf.gov/attachments/108276/public/ACI.pdf
http://atecenters.org/about/ate-at-a-glance/#t-slide-two
http://www.nsf.gov/funding/pgm_summ.jsp?pims_id=5464
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/adv_man_press_release_final.pdf
205
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
Hewlett-Packard(HP)や IBM など、産学連携プログラムを実施している代表的な企業
による大学向けプログラムによれば、一般的連携形態には以下が含まれる。
(1)共同研究(企業スポンサー研究、)
(2)教員向け支援(研究スポンサーシップ、研究における人材交流等)
(3)教育イベント(カンファレンス、サミット等)
(4)学生向け支援(インターンシップや Co-op の機会提供、授業における産業界関係
者の講演、スカラシップ提供等)
(5)人材採用(面接、人材採用、見習い制度、卒業生の採用など)
(6)設備等のリソース提供・設立
(7)社員教育86
この他、産業界が専門学校やコミュニティカレッジ等の教育機関と連携、大手 IT 企業
が望む人材の育成を目指した取り組みが行われている。米国の大手 IT 企業は自社製品に
関する技術普及を目指し、認定資格を整備している。これらの資格制度を有する IT 企業
が、該当する資格取得を目的とした授業を、企業が認定したコミュニティカレッジや専
門学校で提供する連携の形態がある。例えば、コミュニティカレッジの1つペンシルバ
ニア州の Bucks County Community College87における IT Academy は典型的な取り組みで、
各種民間資格の取得のためのプログラムが、民間資格関連機関・企業(CompTIA、Cisco、
Oracle、 VMware、Microsoft、EMC、IBM、SAP)との連携により提供されている。ま
た、ニューヨーク州の Monroe Community College88の Office of Workforce Development は、
Oracle の Oracle Certified Professional (OCP) プログラム用授業を提供、認定資格の授
与を行っている。Oracle は、世界の IT 労働者の不足に対処し、IT 技能養成が手軽に安
価で行えるようにするためにこうした取り組み Workforce Development Program を始めた。
Oracle が提携教育機関を認定している。
5)
産学間の人的交流状況
米国の一部の有名大学においては、産学間の人的交流は盛んに行われており、カーネ
ギーメロン大学(CMU)シリコンバレー校の例ではソフトウェア工学修士課程では、技
術コースの 1/3 の教員が産業界出身と言われる89。産業界と大学での給与や待遇を比較す
ると一般に企業の方が良いケースが多いものの、有名大学の教員として招聘される名誉、
給与が減っても依頼を受ける傾向が強い。また、人材交流を図ることにより、新しい人
86
87
88
89
http://www.ingentaconnect.com/content/ip/ihe/2003/00000017/00000006/art00003;
http://www.ncsu.edu/iucrc/Jan'08/WayneJohnson-IUCRCtalk-10JAN08.pdf; IBM:
http://www.crito.uci.edu/critohours/2008/rieger.pdf の 6 ページ。; http://www.crito.uci.edu/critohourdetails.asp?id=39
http://www.bucks.edu/academics/cwd/it-academy/
http://www.monroecc.edu/depts/workforce/index.htm
2011 年 12 月 1 日に実施した Dr.Ray Bareisse, Professor of the Practice of Software Engineering and Software
Management, Director of Educational Programs, Carnegie Mellon University (CMU), Silicon Valley Campus への
インタビューコメントに基づく。
206
材・アイディアを取り入れることができるため、イノベーションのきっかけになるとし
て、企業も支持しているという意見もある90。
一方で、全般的な傾向としては、産学連携の人的交流はそれほど多くは見られていな
いとする見方もある。上述の ACM 主催で 2009 年に開かれた「Future of Computing
Education Summit91」の産学連携に関するセッションの中で「残念なことに、多くの大学
教員は産業界での経験を持っておらず、産業界のニーズにあった内容を教えることがで
きない」と指摘されている92。
また、企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られて
いない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
連邦政府による産学連携支援プログラムの代表的な施策は上述の NSF による産学連
携研究センタープログラムや ATE プログラムなどが行われている。
また、最近の傾向として、米国連邦政府はこれまで米国が築き上げてきた産学連携モ
デルは概して成功と考えてきたが、他国が類似のモデルを導入しているため、産学連携
のあり方について諸外国の競争相手との差別化を図るなど改善が必要だとの認識が高ま
ってきている93。こうした認識を踏まえ、2011 年にオバマ政権が立ち上げた先端的製造
業パートナーシップ(Advanced Manufacturing Partnership:AMP)プログラムでは、戦略
的に重要性の高い業界における産学連携の取り組みに連邦政府がまとまった予算をつけ
る形のアプローチを行っている。大手製造業者と有力工学系大学を結びつけ、研究開発
のみならず、人材育成や研究インフラまで含め、連携活動に対して包括的に連邦政府予
算をつけようとしている。参加する組織が非常に多く、大学では、MIT、カーネギーメ
ロン大学、ジョージア工科大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー
校、ミシガン大学が、企業からは Allegheny Technologies、Caterpillar、Corning、Dow Chemical、
Ford、Honeywell、Intel、Johnson and Johnson、Northrop Grumman、Procter and Gamble、
Stryker が参加している94。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
産学連携による IT 人材育成は、産業界講師による教育機関での講義や、インターンシ
ップなどを通じた大学在学中の学生への職務経験の場の提供などを中心に、全米の大学
で広く実施されている。しかし、課題も認識されており、ACM 主催で 2009 年に開かれ
90
91
92
93
94
2011 年 12 月 5 日に実施した Mr. Ari Lightman, Distinguished Service Professor, Director, CIO Institute, Heinz College,
CMU 及び Ms. Diana Basto, International Executive Education Programs, CMU へのインタビューコメントに基づく。
http://www.acm.org/education/future-of-computing-education-summit
http://www.acm.org/education/future-of-computing-education-summit/FOCES_Appendix.pdf
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/adv_man_press_release_final.pdf
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/06/24/president-obama-launches-advanced-manufacturing-partnership
207
た「Future of Computing Education Summit95」では、大学を中心とした専門家団体の代表
が集まり、特に産学連携に関係したセッションを通じて、高度 IT 人材育成に戦略的に取
り組むべきとし、その具体的な内容として以下をあげている。
1.
大学と産業界の溝を解決するために真剣に取り組む。
2.
産学連携を通じて大学卒業生の企業への就職率を向上させる。
3.
産学協同研究を増やす。
4.
大学において指導すべき技術を見極めるために、産業界を代表して技術等の特定
の取り組みを支援してくれる人材をリストアップする。
5.
小さくとも優れたプログラムを提供している小規模な大学ではなく、有名大学ば
かりに優秀な学生や産業界の支援等の集中を促進してしまっている現状の大学
のランキングシステムを改革する。
6.
8)
優れた研究を大学から産業界に移転するように働きかける。
産学連携に対する企業・大学の姿勢
産学連携は、最新技術の開発や産業革命に繋がる取り組みとして米国で重視されてい
る。研究開発コストの負担が軽減される利点もある96。特に企業にとっては、産学連携に
よる研究開発の場合、NSF を中心とした連邦政府による研究開発への助成金制度を活用
できる機会が増えるというメリットがある。
特に、トップレベルの大学では、ほとんどの場合、米国大手 IT 企業のスポンサーがサ
ポートしており、研究開発に加え、スポンサー企業の製品・文化に早くから慣れ親しん
だ優秀な人材の獲得につなげることができるよう、企業側も前向きに人材育成的な側面
にも関与している97。
また上述のように IBM や HP に代表される大手 IT 企業は、大学とのパートナーシッ
ププログラムを担当する専門部署を設けており、大学のみならず、企業も産学連携のメ
リットを感じて積極的な取り組みをしている。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
オバマ政権は、米国のイノベーション促進の鍵を握る「ゴールデン・トライアングル」
と呼ばれる 3 つの技術のうちの 1 つとして IT を挙げている98。 また、上述の「Strategy for
American Innovation」においても、同戦略を構成する 3 つの柱のひとつ「Invest in the
Building Blocks of American Innovation」の中で、IT99についても米国が競争力強化のため
95
96
97
98
99
http://www.acm.org/education/future-of-computing-education-summit
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/microsites/ostp/adv_man_press_release_final.pdf
http://research.microsoft.com/pubs/79796/Research%20Partnerships%20in%20Pen-based%20Technology%20%28final2%29.pdf の 3 ペー
ジ
http://www.whitehouse.gov/blog/2010/06/15/polishing-technology-s-golden-triangle
先端情報技術のエコシステムを開発すること。
208
に投資すべき重要項目に掲げている。
2)
IT 産業の中心都市
米国の IT 産業の中心地域としてはシリコンバレーが代表である。北米 316 都市圏中、
科学技術分野の雇用数 1 位がサンフランシスコ・ベイエリア南部に位置するシリコンバ
レー地域である100。シリコンバレーでは、起業家、ベンチャーキャピタリスト、大学研
究員、弁護士、コンサルタント、高度技術者、革新的アイディアを迅速に商品化および
サービス化するノウハウを持つ人材が集まっている。柔軟な人的ネットワークが作られ
る環境が整っており、絶え間なく人とアイディアとを結びつけている101。1950 年代に誕
生したシリコンバレーは、集積回路、パソコン、インターネットといった技術革新と、
それに伴う市場の開拓が起こるたびに、そうした技術開発に必要な人材を惹きつけてい
った結果といえる102。
その他にも、ニューヨーク、ワシントン DC が IT 産業の中心として知られ、サンフラ
ンシスコ・オークランドといった周辺地域を含めなければ、シリコンバレーの IT 産業従
事者数は両都市に次ぎ全米で 3 番目となる103。その他には、コロラド州ボールダー、ア
ラバマ州ハンツビル、ノースカロライナ州ダーハムなどが IT 産業従事者数の多い都市と
して挙げられている。
3)
IT 人材輩出のための一般的プロセス
米国における IT 人材の多くが IT 関連の学士レベル以上の学位を持っていることを期
待されている。DOL による職業別の雇用人材の特徴をまとめた「Occupational Outlook
2010-2011」のコンピュータ・ソフトウェア・エンジニア及びコンピュータプログラマー
(Computer Software Engineers and Computer Programmers)のセクション104によれば、コン
ピュータ・ソフトウェア・エンジニア採用の際には、企業の大部分は少なくとも学士レ
ベルの大学を卒業していることを求めているとしている。また、複雑性の高い業務にな
るほど、大学院レベルが必要とされる。なお、アプリケーション・ソフトウェア・エン
ジニアの場合はコンピュータサイエンス、ソフトウェア工学、数学、システム・ソフト
ウェア・エンジニアの場合はコンピュータサイエンスあるいはコンピュータ情報システ
ムを専攻している場合が一般的である。一方、コンピュータプログラマーの場合は、学
士レベルを求めることが多いが、専門学校等での 2 年間の学位もしくは認定プログラム
卒業でも十分とされるケースもある。
DOL の調査結果では IT 関連の学位取得者が一般的と言われるが、NITRD からの委託
を 受 け SRI International が 実 施 し た IT 人 材 に 関 す る 調 査 報 告 書 「 Networking and
100
101
102
103
104
http://www.ieeeottawa.ca/wp-content/uploads/2011/02/IEEE_Ottawa_History.pdf pp.1
http://www.coecon.com/publications/Waves_of_Innovation.pdf pp.21
http://www.coecon.com/publications/Waves_of_Innovation.pdf pp.8
http://www.marketwatch.com/story/silicon-valley-and-ny-still-ride-high-in-cybercities-rankings
http://www.bls.gov/oco/ocos303.htm
209
Information Technology Workforce Study (2009 年 5 月 29 日)105」によれば、必ずしも IT
に直接関連した学位取得者でないことが分かっている。
2006 年、IT 分野で就労している人材の 46%が IT 関連学位を持っておらず、22%は科
学、技術、工学、数学関係の学位も持たないことが分かっている。こうした非 IT の学位
取得者が IT キャリアを選択する主な理由は、高い給与と専門性の高さに対する関心の変
化と考えられている。
また、従来工学系の専門人材は、博士課程を有する大学等の教育機関によって輩出さ
れるのが米国では一般的であったが、コンピュータサイエンスについては専門学校卒業
生がかなりの比率を占めていることも SRI の調査は指摘している。2001 年の調査結果で
あるが、米国でコンピュータサイエンス分野の学士号を一番多く輩出したのは Strayer
University であった。同大学は営利形態の専門学校で、オンラインや夜間授業を通じて技
術的専門性の高い授業を学生に提供している。
図 3-2
カテゴリー1IT 職務就労者 の取得学位種別(1997-2006 年)
出典:NSF Scientists and Engineers Statistical Data System より SRI International 作成
(Networking and Information Technology Workforce Study)
なお、近年、IT 人材輩出のために高等教育以前から専門の教育を行うことを奨励する
動きが関係者の間である。小学校~中学レベルでは、まだ IT に焦点を充てたカリキュラ
ムは非常に少ないが、この時期から多くの学校で様々な教室活動にコンピュータを使用
しており、ワードプロセッシングや表計算といったコンピュータの基礎を教える中学校
もある106。
高 等 学 校 で は 関 連 プ ロ グ ラ ム の 提 供 が 増 え て お り 、 Computer Science Teachers
Association(CSTA)が行った 2007 年の調査によると米国の 80%の高校で何らかの形で
105
106
http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf
http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf
210
pp.36
コンピュータサイエンスの授業を行っていることが分かっている107。ただし、この調査
の時点では、必修科目としている学校は 33%であった。
4)
IT 人材が直面する課題
米労働省は、現在の米国 IT 人材が抱える課題として、9 割以上が IT 業界以外で勤務
するため変化の激しい IT 関連のトレーニングだけでなくその業界に特化した知識も身
につける必要があるとしている。また、IT スキルとソフトスキルの両方の均衡が取れた
トレーニングが必要であることなどを挙げている108。
米国 IT 業界団体の IEEE-USA も、現在業界で活躍する IT 人材のトレーニングの必要
性について認識しており、2011 年度の政策重点課題のひとつとして取り上げている109。
IEEE-USA は米国政府・議会に対して、IT を含むエンジニア人材の継続教育・訓練を促
進する政策イニシアチブ推進を求めている。また、業界団体や学術関係者の団体が(企
業等に雇用されていない)メンバーとその家族に対して健康保険を提供できるような法
整備などを含む、IT 技術者が必要とする健康保険制度改革を求めている。
この他、米国の IT 人材に関する議論で必ず取り上げられるのは海外からの移民の扱い
である。優秀な人材を確保し、競争力維持を狙う米国 IT 企業及び業界団体は、連邦政府
に対してビザプロセスの改革などを通じて、雇用を促進できるよう求めてきた110。代表
的な活動を行っているのが IEEE-USA である111。IEEE-USA はハイテクスキルを持った移
民を支援するよう、連邦政府・議会に求めており、就労ビザの発行数増加と、発行プロ
セスをスムーズにすることを提案している。また、科学、技術、工学、数学分野でハイ
レベルな学位を持つ留学生が就労ビザを取得、米国で就労するよう働きかけると同時に、
臨時就労ビザ(H-1B)プログラムや短期訪問ビザ取得プロセスを改善することを通じて、
海外の優秀な人材を米国 IT 企業が雇用しやすい体制を整えようとしている。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
米国の教育システムは州政府に対してかなり分権化が進んでおり、米国憲法や連邦法
に反しない限り、独自の政策を立案し、実施することが認められている112。米国では国
家レベルの教育制度は基本的には運営されていない113。
州政府における教育政策立案に関する権限の多くは教育委員会に委譲されており、具
体的な政策の実施は州教育省が担うことが一般的である。また、各州では学校区が定め
107
108
109
110
111
112
113
http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf
http://www.doleta.gov/BRG/Indprof/IT.cfm
http://www.ieeeusa.org/policy/issues/index.html
http://www.competeamerica.org/workforce/american-workforce
http://www.ieeeusa.org/policy/issues/index.html
http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-education.html
http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-pub-brief-education1.html
211
pp.36
られており、州政府はこれらの学校区に対して公立学校の運営や一部の決定権などを委
譲している。州毎に様々な制度があることから、後述の通り義務教育期間が異なる他、
学期の分割方法なども 2 学期制(前期・後期)、3 学期制(セメスター制)、4 学期制(ク
オーター制)と様々である。ただし、新学年は 9 月スタートであることが一般的である。
a.
義務教育
米国における義務教育制度に関する規定は州によって異なる。一般的義務教育の開始
年齢は 5-7 歳であり、期間は 9-12 年間が一般的である。16 歳までは義務教育としている
州が多い。義務教育は通常、初等・中等教育が該当している114。
b.
初等・中等教育
初等教育には 5 年制小学校、6 年生小学校、8 年生小学校、ミドルスクールが含まれる
ことが一般的である。また中等教育は、下級ハイスクール(Junior Secondary)、上級ハイ
スクール(Upper Secondary)、上級・下級併設ハイスクール(Secondary School)、4 年生
ハイスクールなどが含まれる。中等教育から高等教育への進学にあたっては、大学進学
適正試験(SAT)などの標準テストの得点のほか、中等教育での成績、教師等の推薦状、
小論文、課外活動など様々な要素が考慮される。
c.
高等教育
米国の高等教育機関には、大別すると総合大学、文理大学(いわゆるリベラルアート
といわれる人文系・理科系教養科目を教育するカレッジ)、専門大学(医学,工学,法学
など)及び短期大学(ジュニアカレッジ、コミュニティカレッジ)の 4 種類に分けられ
る。総合大学には、文理大学に相当する一般教養学部の他、職業専門教育を行う学部・
大学院が含まれている。
114
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/03n_america/index03.html
212
図 3-3
米国の学校系統図
出典:文部科学省「平成 22 年度 教育指標の国際比較」115
2)
労働力についての課題
米国の大学生を対象とする企業の採用活動は最終年の 9~10 月から本格化し、翌年 2
月頃に採用が決まる。学校・学部を限定した卒業前の内定や囲い込みもある。一方で、
卒業後に就職活動を開始する学生も多い。
米国には終身雇用制度は存在しない。新卒採用した学生を自社の幹部候補として育成
するよりも、幹部に求められる能力に適した人材を調達すればよいと考える企業が多い。
ただし一部には育成指向の企業もある。
DOL の 2012 年度予算請求において、同省の労働政策の重要課題として、以下をあげ
ている116。いずれも、米国の経済不況によって労働環境が悪化していることに端を発す
る課題である。
•
米国市民の雇用を回復する(再雇用促進のための職業訓練、雇用機会創出、失
業者対策、保護を必要とするコミュニティ対策など)
115
116
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
http://www.dol.gov/dol/budget/2012/PDF/FY2012BIB.pdf
213
•
労働者の安全を確保する(炭鉱労働等における労働者の生命・健康リスクの削
減)
•
労働に見合った賃金・報酬を確保する(雇用主からの正当な賃金支払い、健康
保険及び退職金減額に対する企業から労働者への交渉阻止など)
また、科学、技術、工学及び数学(STEM)分野の職業に関する課題として、DOL は
2007 年に報告書を作成し、以下をあげている117。
• STEM 分野の労働力の大部分が引退間近のベビーブーマー世代であり、関連分野
の労働人口が足りなくなる。
• STEM 分野における女性の雇用が少ない。
• 過去数 10 年の間、米国では STEM 分野における高等技術を要する雇用を外国人
労働者に頼る傾向が増えていたが、2001 年の同時多発テロに伴う米移民制度の強
硬化や新興国での就職先の増加により、こうした外国人労働者の獲得が難しくな
ってきており、米国人技術者の育成が急務となっている。
117
http://digitalcommons.ilr.cornell.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1642&context=key_workplace の 3 ページ。
214
(2) カナダ
① 政策
1)
戦略
カナダ政府は、2007 年から科学技術イノベーション戦略「カナダの強みを強めるため
の科学・技術の動員(Mobilizing Science and Technology to Canada’s Advantage)118」に取
り組んでいる。2009 年、同政府は戦略に関する中間報告書(progress report)を発表し、
S&T 戦略の中に 4 項目の優先順位(1)環境科学技術、(2)天然資源とエネルギー、
(3)健康および関連するライフサイエンス・テクノロジー、
(4)情報・コミュニケー
ション技術(ICT)を挙げ、IT 分野を国家として取り組むべき科学技術の優先領域のひ
とつに掲げている119。
同戦略の 2009 年報告によれば120、高度人材育成に関連する内容として、カナダ政府は
次世代の科学技術分野の労働者を育成するため、(1)カナダ政府による大学への投資、
(2)助成金や学生ローンへのアクセスを容易にする仕組みの改善を掲げている。その
他、以下の項目も人材開発の施策として挙げられている。ただしいずれの内容も IT 分野
に特化したものではなく、他の科学術分野にも適応される内容である。
•
競争的な労働市場構築する(個人に対する減税、競争力のある移民政策)。
•
世界中から優秀な人材をカナダに惹き付ける(世界トップのスカラシップ制度、
リサーチ・チェア制度など)。
•
変化の激しい経済においてカナダ人が雇用機会を増進するための機会を提供す
る(新たな技術訓練の機会提供、産業界における研究・開発インターンシップ機
会の提供)。
•
イノベーティブな科学のアウトリーチ活動を通じて、科学技術を評価する文化を
育てる。
カナダ政府はまた、2010 年 5 月 10 日、カナダのデジタル経済戦略「カナダのデジタ
ル分野の優位性を高める:持続可能な優先課題のための戦略(Improving Canada’s Digital
Advantage: Strategies for Sustainable Prosperity)」と題する戦略策定のたたき台となるコン
サルテーションペーパーを発表した121。カナダ産業省(Industry Canada)、人材育成・ス
キル開発省(Human Resources and Skill Development Canada:HRSDC)、カナダ文化遺産
省(Canadian Heritage)が共同で作成したもので、同戦略に対して産学官のステークホル
ダーより意見を収集することを目的としている。同文書では(1)デジタル技術の利用能
力を高め、
(2)世界トップレベルのデジタルインフラを構築し、
(3)IT 産業のさらなる
成長を円座し、(4)デジタル・コンテンツ分野の優位性を築くとともに、(5)将来のデ
ジタル社会で活躍する人材を育てることが含まれている。
118
119
120
121
http://www.ic.gc.ca/eic/site/ic1.nsf/vwapj/STProgressReport2009.pdf/$file/STProgressReport2009.pdf の 1 ページ。
http://www.ic.gc.ca/eic/site/ic1.nsf/vwapj/STProgressReport2009.pdf/$file/STProgressReport2009.pdf の 9 ページ。
http://www.ic.gc.ca/eic/site/ic1.nsf/vwapj/STProgressReport2009.pdf/$file/STProgressReport2009.pdf の 33 ページ。
http://publications.gc.ca/collections/collection_2010/ic/Iu4-144-2010-eng.pdf
215
(5)
「将来のデジタル社会で活躍する人材の育成」ではカナダ国民の IT リテラシー向
上とあわせて、高度 IT 人材育成に関する内容も含まれている。この中で、高度 IT 人材
不足に対処するにあたり、短期的には海外人材の短期就労プログラム Temporary Foreign
Worker(TFW122)で対応するが、長期的には以下の 3 項目を含む戦略が必要と述べてい
る。
• 中等教育プログラム以降のレベルで IT と他の分野を組み合わせたプログラムを
拡大するとともに、Co-op 教育やインターンシッププログラムの役割を高める。
• 少数派グループ(民族、性別等)や海外で教育を受けた専門家に差別をなくすた
めのプログラムを拡大する。
• 現在 IT 業界で仕事をしている人材に対する継続的な専門家教育の機会を増やす。
2)
ロードマップ
カナダ政府が関与して作成に関わった IT 人材育成に関係するロードマップとしては、
ICT 委員会(Information and Communication Technology Council: ICTC)123が 2000 年代後半、
無線通信技術の分野に関するワイヤレスロードマップ124を発表している。カナダ産業省
の関係者によれば、同ロードマップ以外で、関連したロードマップはないということだ
が、今後も機会があればカナダ政府としてロードマップ作成について考えているとして
いる125。
ICTC はカナダの非営利団体で、IT 業界に関する労働統計の実施、就労啓発活動を主
に実施している。また、若年層への IT 業界での就労を促進するため、IT 業界の採用情
報等も発信している126。ICTC が中心となって作成されたロードマップ作成には産学官か
ら関係者が参加している。政府機関としては、人材育成・スキル開発省(Human Resources
and Skill Development Canada:HRSDC)、カナダ自然科学・工学研究会議(Natural Science
and Engineering Research Council of Canada: NSERC)の National Centres of Excellence
Program 及び、カナダ国家研究機構(National Research Council:NRC) が含まれる。
ICTC によるワイヤレスロードマップは、研究開発等における産学連携を促す内容で
あり、IT 業界からも支持された。しかし、同ロードマップは関連技術分野に従事する人
材育成の必要性について触れられていたが、その後、政府として継続的な調査や具体的
な施策がとられることはなく、いくつかの大学等がカリキュラムの中に関連する内容を
反映する程度に留まった127。候補となるテーマには、インターネットゲーム、無線通信、
情報セキュリティなどが挙がっているが、現時点では具体的な計画は立てられていない128。
122
123
124
125
126
127
128
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/workplaceskills/foreign_workers/index.shtml
http://www.ictc-ctic.ca/Default.aspx
http://www.ictc-ctic.ca/uploadedFiles/What-We-Do/Research/Subsectors/Wireless/
Report_Items/4-Wireless_Technology_Roadmap.pdf; http://www.ictc-ctic.ca/Labour_Market_Intelligence/Subsectors/
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューに基づく。
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューに基づく。
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューに基づく。
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューに基づく。
216
3)
重要性
高度 IT 人材育成の重要性は認識されているが、これが政府主導の政策によって進めら
れるものとの認識は薄い。むしろ、産業界が主導するコンソーシアム ICTC や Canadian
Coalition for Tomorrow’s ICT Skills(CCICT)129などを通じて、高度 IT 人材育成に向けた
具体的な施策や提言が発表されている。
4)
課題
CCICT は、学生が大学を卒業する際に、企業が必要とするスキルを身に着けているこ
とがこれまで以上に重要となっている点を指摘している130。CCICT によれば、IT 業界が
求める職務は、時代とともに変化を遂げており、従来のソフトウェア・プログラマーに
代表される職務から、今日では、ビジネスと IT の両方に精通した専門家のほか、高度に
特化した IT 分野や学際的 IT 分野(バイオインフォマティックスや産業デザインなど)
の専門家へのニーズが高まっているとしている。
また ICTC の調査では、カナダ企業はエントリーレベルの職種であっても、経験を持
っていない人材を採用しない傾向が強まっている131。背景には、IT 専門技術だけであれ
ば、オフショア人材を活用すればよく、国内の人材には IT 専門技術だけではなく、事業
分析・コンサルテーション、顧客対応能力といった IT 専門技術を補完する能力を求める
ようになってきているためである。すでに、カナダにおける IT 関連分野を卒業する学生
が減少傾向にあるところにきて、こうした条件が付加されることによって、IT 業界が必
要とする人材がますます減少の傾向にあると ICTC は分析している。
5)
担当政府機関
カナダにおける IT 人材育成関連の施策は主に産業界主導もしくは産学連携によるも
のが中心である。カナダ産業省関係者が、カナダにおける政策はほとんどが特定の産業
に特化したものではなないと述べている132ように、政府主導で IT 業界に特化した人材育
成施策は行っていない。例えば、人材育成に関係するところでは、奨学金や研究開発助
成金などがあるが、いずれもさまざまな分野を対象としたものであり、IT 分野に特定し
たものではない。
IT 業界の産学連携による高度 IT 人材育成政策で重要な役割を果たしているのは、上
述のロードマップ作成で中心的な役割を担っていた ICTC である。ICTC は民間団体であ
るが、人材育成・スキル開発省(Human Resources and Skill Development Canada:HRSDC)
のセクター委員会プログラム(Sector Council Program:SCP)に認定されている組織であ
る133。これらの認定団体(現在 33 団体)ではいずれも業界別の産業界のステークホルダ
129
130
131
132
133
http://ccict.ca/challenge
http://ccict.ca/challenge
http://www.ictc-ctic.ca/Outlook_2011/trends_en.html
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューに基づく。
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/workplaceskills/publications/scp/faq.shtml
217
ーが集まり、業界別に人材問題の課題を取り上げ、対応策の検討等を行っており、こう
した活動内容をもとに HRSDC からの補助金等を受領する条件を満足している134。
なお、HRSDC は、IT 関連の人材育成及び労働市場に関する統計情報を提供している
ほか、CanLearn というオンラインサイトを通じて、高等学校以降の教育機会を求めるカ
ナダ人に情報の提供を行っている135。同サイトは HRSDC が地方政府やカナダの学習/
キャリア開発組織と共同で開発したものである。
また、IT 分野に限定したものではないが、カナダ政府機関のカナダ自然科学・工学研
究会議(Natural Science and Engineering Research Council of Canada:NSERC)は科学・技
術系分野において活躍できる高度な人材(特に研究・開発)を産学連携研究を通じて育
成するためのプログラムに取り組んでいる(後述)136。NSERC は「カナダを、全ての国
民にとって有益な、発見と革新の国」にすることを目標とし、高度な研究に携わる 2 万
8000 人の学生や博士研究員を支援している。
6)
他の国家戦略の関係性
上述のカナダ産業省の関係者が指摘するように、カナダ政府はある産業に特化した政
策は基本的には策定していない。そのため、IT 分野に特化せず、科学技術イノベーショ
ン戦略の一環として高度人材育成が位置づけられている。2011 年 6 月 6 日付けのカナダ
連邦政府の予算資料では、イノベーション、教育、訓練への投資(Investing in Innovation,
Education and Training)と題するセクションにおいて、高度人材育成が取り上げられてい
る137。
7)
予算
2011 年度予算では、イノベーション、教育、訓練への投資(Investing in Innovation,
Education and Training)関連の取り組みとして、高度人材育成関連向け予算が含まれてい
る138。ただし、以下の予算はいずれも IT 分野に特化したものではない。
• 高等教育卒業後の学生(大学等)に対する学生ローン・補助金申請資格の拡大に向
けた投資:3,400 万カナダドル
• 海外留学し高等教育を卒業したカナダ人学生向け税金控除及び公的教育預金制度
(Registered Education Savings Plan139)利用者への支援向け予算:1,000 万カナダド
ル
134
135
136
137
138
139
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/workplaceskills/sector_councils/funding.shtml
http://www.canlearn.ca/eng/main/resources/index.shtml
カナダ産業省、ICT 部門、政策作成ディレクターのジェームズ・フルチャー氏(James Fulcher)へ 2011 年 12 月
15 日に実施したインタビューによる情報。
http://www.budget.gc.ca/2011/plan/chap4c-eng.html
http://www.budget.gc.ca/2011/plan/chap4c-eng.html; 研究開発関連及び生涯教育等に関する項目は含まない。
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/learning/education_savings/public/resp.shtml
218
• カナダの教育機関における教育・研究レベルを向上するためのカナダの国際的教育
戦略の開発と導入向け予算:1,000 万カナダドル
• 職業資格試験受験料を税金控除の対象とする:予算不明
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
カナダ政府による高度 IT 人材関連のプログラムとしては、上述の 2011 年度予算に含
まれる人材育成プログラムが該当する。この他、産学連携プログラムで後述する NSERC
の Collaborative Research and Training Experience(CREATE)などがある。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
スキル標準の作成は、人材育成・労働政策を担当する HRSDC が取り組んでいる。
HRSDC はカナダにおける就労者に向け「重要なスキル・プロフィール(Essential Skills
Profiles140)」を作成している。2012 年 1 月末時点で、高等学校以下の教育を必要とする
職業に関するプロフィールは完成し、大学教育以上を必要とする職業プロフィールにつ
いては作業継続中である。各プロフィールには職種概要、重要スキル・リスト、スキル
を必要とする作業例及びその難易度等が含まれる。IT 関連の主なプロフィールには以下
が含まれる141。
• コンピュータプログラマー(Computer Programmers)
• 電気・電子関連エンジニア(Electrical and Electronics Engineers)
• 情報システムアナリスト・コンサルタント(Information systems analysts and
consultants)など
この他、HRSDC の下、海外で教育・訓練を受けた人材がカナダの労働市場で活躍で
き る こ と を 目 指 し て 設 立 さ れ た プ ロ グ ラ ム Foreign Credential Recognition Program
(FCRP142)があり、同プログラムの下、学生が海外の教育機関等で取得した教育や職業
資格について、カナダの教育・資格と比較し、評価・認定するための取り組みである。
各業界・職種別に異なる資格・教育制度があることから、HRSDC はこの取り組みに参
加するパートナー機関を募集、協力機関に対して財政支援を行う143。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
カナダ政府による公的資格・試験制度はない。ICTC が企業に対して行った聞き取り
調査の結果、企業が社員に求める資格として、以下が挙げられている。大学の卒業資格
がもっとも重要とされている。
140
141
142
143
http://www10.hrsdc.gc.ca/English/ES_profiles.aspx
http://www10.hrsdc.gc.ca/English/all_profiles.aspx
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/funding_programs/fcr/index.shtml;
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/funding_programs/fcr/index.shtml
219
図 3-4
資格が保証するスキルを要求する企業で、こうした資格取得を義務化もしくは、
非常に重要と考える企業管理職へのインタビュー結果(n=100)
出典:ICTC 調査144
4)
産業界における IT 人材育成に関する支援(企業等への補助)
企業が実施する高度 IT 人材育成に関する取り組みは、基本的には民間企業が実施する
ものであり、政府がこれを支援するという考え方はない。しかし、上述の産業界主導の
ロードマップ作成等に政府関係者が参加することはある。
これに関連して、本調査の実地ヒアリング調査を受けたウォータールー大学の Co-op
教育・就労援助事務所(Co-Operative Education and Career Services: CECS)職員の 1 人の
雇用主関係担当ディレクターCathy Lac-Brisley 氏は自国フランスからカナダへ移住した
時に「カナダ政府があまりに(教育・産業などに)関わっていなくて驚いた」と語った。
同氏によると、北米には企業家精神が浸透しており、事業や変化を促すのは(政府では
なく)社会全体の個人や企業を含めた民間によるところが大きいと述べている145。
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
カナダ政府は、高度 IT 人材育成に特化した支援はないが、産学連携プログラムで後述
する NSERC の Collaborative Research and Training Experience(CREATE146)などがある。
144
145
146
http://www.ictc-ctic.ca/Outlook_2011/trends_en.html
ウォータールー大学(University of Waterloo)Co-op 教育・就労援助事務所(Co-Operative Education and Career
Services: CECS)雇用主関係担当ディレクター、キャシー・ラクブリスリー氏(Cathy Lac-Brisley)へ 2011 年 12
月 2 日に実施したインタビューによる情報。
http://www.nserc-crsng.gc.ca/Professors-Professeurs/Grants-Subs/CREATE-FONCER_eng.asp
220
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
カナダ政府が高度 IT 人材育成のための具体的な研究プログラム等は提供していない。
関連するものとしては、IT に特化したものではないが、HRSDC は、高等教育卒業後の
学生(大学等)に対する学生ローン・補助金プログラムを持っている147。
また、後述するように。IT を含む次世代の科学技術系人材育成を狙い、大学・大学院
生が企業の研究開発現場にインターンとして参加できるように支援する 産業研究開発
インターンシップ(Industrial R&D Internship:IRDI)プログラムを Networks of Centers of
Excellence(NCE、後述)を通じて提供している。
7)
連邦政府・地方政府の役割
カナダの IT 産業及び IT 人材育成に関係する政策には、IT に特化しているわけではな
いが、間接的に戦略策定や職務プロフィール作成等でカナダ産業省や HRSDC が関わっ
ている。しかし、カナダ連邦政府機関は、IT 分野に特化した人材育成のための具体的な
取り組みを実施する権限はなく、IT に特化した教育プログラム提供は主に地方自治体に
委ねられている148。ただし、こうした地方政府が実施しているプログラムの多くは、高
度 IT 人材育成ではなく、生涯教育や再雇用政策・雇用促進策の一環に含まれることが多
い。
そうした中で、高度 IT 人材に関係する地方自治体プログラムとしては、オンタリオ州
政府が、移民の他、海外で教育を受けたり、活躍してきた人材がカナダの IT 業界で活躍
できるよう支援するプログラムとして、Information Technology(IT)Connections149を実
施している。同プログラムの参加者はカナダ IT 業界で適用されている技術標準、専門用
語、職探しの方法などを学ぶことができる。また、提携している Ryerson University が提
供するトレーニングを通して異文化コミュニケーションのスキルを身に付けることもで
きる。
8)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
カナダにおける産学連携施策においてイニシアチブを発揮してきた連邦政府機関
NSERC は 1900 を超える産学研究開発パートナーシップを支援するため 3 億 2 千万ドル
(2009-2010 年度)を投じてきた150。また、後述する高度人材が企業においてすぐに活
躍できるようにするための取り組みである Collaborative Research and Training Experience
(CREATE)プログラムは 900 万カナダドル(2009~2010 年度)に予算化されている。
また、後述する Networks of Centers of Excellence(NCE)の産業研究開発インターンシ
147
148
149
150
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/learning/canada_student_loan/index.shtml
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューに基づく。
http://www.accesemployment.ca/files/job_seeker/Information_Technology_Connections.pdf
http://www.nserc-crsng.gc.ca/_doc/NSERC-CRSNG/FactSheets/Canada_EN.pdf pp.3
221
ップ(Industrial R&D Internship:IRDI)プログラムについては、同プログラム実施機関
の民間団体 Mathematics of Information Technology and Complex Systems(MITACS)と
Connect Canada に対して、NCE より 2010 年以降 5 年間で合計 3,400 万カナダドル(年間
合計 1,000 名のインターンをコーディネートした場合)が支払われる計画となっている151。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
カナダ政府は、IT に特化したものではないが、高度な科学・技術系人材が企業の研究
活動等で活躍できる場を提供する民間主導のインターンシップ促進プログラムを支援し
ている。代表的な取り組みは Networks of Centers of Excellence(NCE)の産業研究開発イ
ンターンシップ(Industrial R&D Internship:IRDI)プログラム152である。同プログラムを
通じて、高度なスキルを持った修士レベルの学生やポスドク研究者は企業における問題
の解決に取り組む。学生・研究者は実際のビジネス現場における経験を得ることができ
る一方、企業は大学の専門的なリソースにアクセスできるメリットがある。IRDI プログ
ラムでは毎年 1,000 件以上のインターンシッププログラム実施を目指している。同プロ
グラムを具体的に実施しているのは、非営利の研究機関 Mathematics of Information
Technology and Complex Systems(MITACS)による Mitacs-Accelerate153と University of
Windsor Centre for Career Education 及び AUTO21 Inc.による Connect Canada である154。い
ずれも NCE の IRDI の内容にあったプログラムを提供しているが、MITACS はそれ以外
にも、高度人材育成を狙った複数のプログラムを提供していることから、以下では
MITACS の概要を紹介する。
MITACS はカナダの非営利研究機関であるが、年間収入のほぼ 7 割近くをカナダ政府、
Networks of Centers of Excellence 及び地方政府の助成金を受けて運営されている組織で
ある155。MITACS は Mitacs-Accelerate をはじめ 6 種類のプログラムを提供しているが、
このうち、高度人材育成に関係するプログラムが 3 種類含まれている。
• Mitacs-Accelerate156:研究インターンシッププログラムである。同プログラムでは、
カナダで研究活動に従事している 50 近くの大学の修士レベル及びポスドク研究者
が、大学の担当教授の指導を受けながら、パートナー企業が実務において直面して
いる研究上の課題に取り組む。学生は大学での理論的な学習を実際のビジネスの現
場で活用する経験を得ることができ、企業は大学で専門知識を得た優秀な人材にア
クセスすることができるメリットがある。同プログラムでは、4 ヶ月単位となって
151
152
153
154
155
156
http://www.ar-ra.nce-rce.gc.ca/YearInReview-RetrospectiveDeLexercice/SolutionsBased3_eng.asp
http://www.nce-rce.gc.ca/NetworksCentres-CentresReseaux/IRDI-SRDI_eng.asp
http://www.mitacs.ca/accelerate
https://www.connectcanadainternships.ca/
http://www.mitacs.ca/about/government-partners ; https://www.mitacs.ca/Mitacs_Year_in_Review_2011_Eng.pdf; 2011 年
度の収入総額:33,673,480 カナダドルのうち、政府からの補助金は 24,344,672 カナダドル、民間企業等のパート
ナーからの支援は 8,777,089 カナダドル、研究提携大学からの補助は 259,543 カナダドルで、その他 292,176 カ
ナダドルとなっている。
http://www.mitacs.ca/accelerate
222
おり、ケースバイケースで単位を複数回実施することができる(IRDI は最長 12 ヶ
月としている157)。Mictas-Accelerate は、NCE より IRDI プログラムとして認定され
ている158。
• Mitacs Elevate159:カナダで博士号を取得した優秀な人材がカナダで活躍し続けるこ
とを促進することを目指したプログラムである。同プログラムでは、博士号を取
得したばかりの人材が企業における研究プロジェクトに取り掛かり、これを主導
していく機会を与えられる。また、MITACS はこうした人材に対して、先端研究、
企業、企業化精神、科学的マネジメントといった内容を学ぶための基礎トレーニ
ングを提供する。
• Mitacs Enterprise160:科学、技術、工学、数学分野を終了した人材に対して、6 ヶ月
間、南オンタリオ地域にある中小企業でのインターンシップ及びメンタリング・
プログラムを提供するプログラムである。
この他、研究者が学位取得後、企業ですぐに活躍できるようにするため、修士レベル
の学生やポスドク研究者向けに、対人スキル、プロジェクトマネジメント、起業スキル
などに関するワークショップ・プログラムを提供している Mitacs Step161がある。また、
海外のトップレベルの学士レベルの学生に対して、カナダが世界レベルの研究拠点とし
て優れた場所であることを紹介するため、3 ヶ月間のカナダにおける研究プログラム参
加機会を提供する Mitacs Globalink や、カナダの子供たちに理系分野への興味を高めるた
めのアウトリーチプログラム Mitacs Outreach なども提供している。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
カナダにおいて、産学連携は科学技術の推進と競争力強化にとって重要な仕組みであ
ると考えられている。カナダにおける産学連携では、学生のインターンシップや Co-op
教育による高度人材育成や、産学連携による共同研究が主に実施されている。
カナダの産学連携に関わるステークホルダーの間では、大学を卒業した人材が即戦力
として企業で活躍できる仕組みを組み込んでいる。中でも、学部生向けの Co-op 教育や
大学院以上を対象としたインターンシップが幅広く活用されている。
b.
調査対象国における関係機関の役割分担
産業界は、大学に対する一般的な寄付の他、企業が抱える特定の課題・問題を解決す
157
158
159
160
161
http://www.ar-ra.nce-rce.gc.ca/YearInReview-RetrospectiveDeLexercice/SolutionsBased3_eng.asp
http://www.nce-rce.gc.ca/NetworksCentres-CentresReseaux/IRDI-SRDI_eng.asp
http://www.mitacs.ca/elevate
http://www.mitacs.ca/enterprise
http://www.mitacs.ca/step
223
るための短期的共同研究プロジェクトに対する資金提供、あるいは基礎研究に対する長
期的資金援助等を行っている162。資金の他、人材リソースを提供しており、具体的には
カナダにおける産学連携では、企業が卒業論文や修士・博士論文に取り組んでいる学生
の研究をサポートする形で行われることが多いとクイーンズ大学の産学連携担当者はコ
メントしている163。また、政府の研究補助金に対して共同提案を行っている。加えて、
カナダ企業は積極的にインターンシップや Co-op 教育の学生を受け入れており、学生の
インターンや Co-op 期間中の給与も提供している。
一方大学では、企業スポンサーの共同研究に対して、特定分野の専門知識を持った教
授陣や学生を生かした研究を行い、その成果を企業に提供している。また、産業界に対
して、産業界が必要とするスキルを持った人材を供給できるような役割を担っている。
そのほか、産業界へのナレッジ移転、技術移転、大学リソースへの産業界のアクセスを
可能にする等を担っている。
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
カナダ政府において産学連携で中心的な役割を担ってきたのは、NSERC と NCE であ
る。
NSERC は上述のとおり、産学連携による研究開発活動に対して資金提供を行うととも
に、人材育成に重点を置いた Collaborative Research and Training Experience(CREATE)プ
ログラムの実施でも重要な役割を果たしている。NSERC が 2009 年に発表した産学連携
戦略「Strategy for Partnerships and Innovation」には、NSERC はカナダ最大の産学連携研
究開発のスポンサーであると記されている164。
Networks of Centers of Excellence(NCE)はカナダにおける大学等の研究活動に対して、
政府及び企業が投資できる最適な環境を提供するために 1989 年に設立された研究機関
のネットワークである 165 。NCE に対するカナダ政府からの資金源は、カナダ産業省
(Industry Canada)の他、研究開発活動に対して資金提供を行う政府機関(Natural Sciences
and Engineering Research Council、Canadian Institutes of Health Research、Social Sciences and
Humanities Research Council)が含まれる。NCE が 1 年間に平均的に獲得するパートナー
からの寄付は 7,100 万ドル規模166であり、スピンオフ企業を 8 社生み出し、100 件以上の
特許を申請し、50 件近くのライセンスを獲得してきた。
また、NCE は単に研究開発を推進するのみならず、こうした研究機関を生かして人材
を育成することを優先事項に掲げている。NCE に参加する研究機関では 6,000 人以上の
高度人材育成に貢献している。上述の産業研究開発インターンシップ(Industrial R&D
Internship:IRDI)プログラムは同優先課題を実現する代表的プログラムである。
162
163
164
165
166
http://www.queensu.ca/industry/funding.html
クイーンズ大学クリントワース氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
http://www.nsercpartnerships.ca/_docs/SPI_e.pdf
http://www.nce-rce.gc.ca/About-APropos/Overview-Apercu_eng.asp
資金提供のほか、現物による寄付を含む。
224
民間機関では、特に IT 分野に特化した産学連携による人材育成については、ICTC が
産業界の立場から意見を発言しており、重要な役割を担ってきた。ICTC は、政策・研
究、IT 産業に関する調査・予測、e ヘルス、デジタルメディアといった分野別の分析、
ナノテクノロジーのような革新的な技術の研究、幼稚園から大学・大学院までのすべて
の教育レベルの教育機関との協力を通してカナダ国内の IT 人材の育成に取り組んでい
る。また、カナダでの就労を目指す外国人 IT 労働者への援助も ICTC の役割のひとつで
ある167。この他、民間企業コンソーシアムである Canadian Coalition for Tomorrow ICT Skills
(CCICT)には、大手 IT 企業及び IT 関連業界団体とカナダの主要大学が参加し、産学
が連携して、カナダの IT 人材育成を目指して、関連する調査の実施や提言を行っている。
また、Canadian Association For Co-operative Education(CAFCE168) は、カナダにおける
Co-op 教育の推進団体として、Co-op 教育のための国家基準策定や評価を実施するととも
に、ベストプラクティスについて関係者間で共有する機会を提供している。
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
産学連携でも特に研究開発については、他の先進諸国に比べ、人口に占める研究者の
割合や、企業による研究開発への投資額が比較的少ないカナダでは、多くの研究開発が
大学で行われる傾向がある(全体の約 35%)169。財政難の影響を受け、政府による大学
への研究助成が削減される状況を踏まえ、産学連携の促進活動が行われ、企業による委
託研究が増えたことで、カナダの研究開発における産学連携が加速してきたとされてい
る。
高度人材育成関連では、昨今、IT 関連技術であれば、より単価の安い海外のオフショ
アリングを利用すればよいという考え方が企業に広がってきたことで、カナダでの高度
IT 人材に対しては IT 関連技術だけではなく、顧客対応に必要とされる対人能力等の従
来補完的と考えられてきたスキルも同様に重要だと考える企業が増えている170。ICTC の
調査によれば、カナダ企業が採用を行う際の条件として、3~8 年の関連分野における実
務経験を求めている。その理由として、大多数の新卒者は企業が必要とする技術スキル
とこれを補完するスキルの両方をもっているケースが少ないからであると回答している
171
。また、同調査では、エントリーレベルの職種に人材を採用する際にも経験を求める
ようになっており、新卒者はますます採用機会がないという状況に追い込まれてしまう。
ICTC 関係者によれば、昨今では産学連携の件数が増加、期間も短期型ではなく長期
的なプログラムを望む企業が増えており、長期プログラムのインターンシップに参加し
た学生は、他の学生に比べ就職率も高くなっているとコメントしている172。
167
168
169
170
171
172
カナダ ICTC マクデビット氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューによる情報。
http://www.cafce.ca/
http://www.ucu.edu.uy/Facultades/CienciasEmpresariales/RevistaFCE/Revista6/articulos/
Doutriaux_Sorondo-%20FCE-UCU.pdf p7-8
http://www.ictc-ctic.ca/Outlook_2011/trends_en.html
http://www.ictc-ctic.ca/Outlook_2011/trends_en.html
クイーンズ大学(Queen’s University)副学長事務局、産業パートナーシップ部、副部長のマーク・クリントワー
225
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
カナダ連邦政府は産学連携を非常に重要な取り組みとしてとらえており、NSERC やそ
の他のプログラムを通して長年にわたってサポートしてきた173。前述のように、こうし
た連邦政府の取り組みは一定の分野に特定されたものではなく、様々な分野に関わる機
関が利用できるようになっている。カナダ政府は他国での取り組みも調査したが、そう
した国々でも同様の形式での取り組みが多くみられ、一国の人材育成の取り組みを IT
分野だけに絞っていた政府はみられなかったとしている。なお、カナダ政府 NSERC は
2009 年、産学連携戦略である「Strategy for Partnerships and Innovation174」を発表している。
同戦略を踏まえて、NSERC が支援するプログラムにおける企業参加数を、2009‐2010
年の 1,549 件から 2014~2015 年までに 3,000 件に増やすことを目標としている175。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
産学連携研究開発については、政府は研究助成金を提供する形が一般的である。
NSERC は産学研究開発パートナーシップを支援するため 2009-2010 年度、3 億 2000 万
カナダドルを投じている176。NSERC による産学連携パートナーシップ・イノベーション
のための戦略「Strategy for Partnerships and Innovation177」によれば、NSERC が補助金を提
供する産学連携プログラムに対して、企業からの 2007-2008 年度で 1 億 4000 万カナダ
ドル相当178の寄付を引き出しているとしている。
また、大学を卒業した高度人材が産業界で活躍できることを支援するためのインター
ンシップや Co-op プログラムを促進するための財政的支援(NCE による IRDI プログラ
ムや、NSERC の CREATE など)を行っている。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
カナダの大学と企業は、相互の連携をとても有意義なものとして受け止めている179。
大学の人材育成、大学内外での慈善活動、学術・応用研究といったほとんど全ての活動
に企業が関わっていることが多い。産学連携期間は長期~短期のもの、あるいはプロジ
ェクトベースのものまで様々である180。
近年の傾向として、多岐にわたる長期間の連携が一般化してきている。ある企業と大
学が特定の分野での関係を、長期間維持することができれば、その他の科目・分野での
協力の可能性が広がることになる事例も少なくない。大学の幹部は、大学教授やスタッ
173
174
175
176
177
178
179
180
ス氏(Mark Klintworth)へ 2011 年 12 月 16 日に実施したインタビューによる情報。
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューによる情報。
http://www.nsercpartnerships.ca/_docs/SPI_e.pdf
http://www.nserc-crsng.gc.ca/_doc/NSERC-CRSNG/FactSheets/Canada_EN.pdf
http://www.nserc-crsng.gc.ca/_doc/NSERC-CRSNG/FactSheets/Canada_EN.pdf pp.3
http://www.nsercpartnerships.ca/_docs/SPI_e.pdf
物品等の寄付(in-kind)を含むため
クイーンズ大学、自然科学・工学、主要プロジェクト・コーディネーターのエドワード・トーマス氏(Edward
Thomas)へ 2011 年 12 月 16 日に実施したインタビューによる情報。
クイーンズ大学クリントワース氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
226
フに産業界との提携を呼びかけている。こうした産学間の関係を築く上で、提携期間中
にお互いの信用と信頼性を築くことが非常に重要である。
また大学で実施されている研究でも、企業との協力が発端となっているものが多い181。
これは、連邦・地方政府からの補助金等の支援では、産学連携による取り組みを支援対
象の 1 つとして指定していることが多いためで、こうした政府補助金をきっかけに企業
側からの資金援助を受けて産学連携が成立していることが多いためである。なお、こう
した産学連携研究の多くは 1 大学対 1 企業の協力で、新技術の開発、実用化を目指した
ものが多い182。
クイーンズ大学において産学連携コーディネートに関わる関係者は、カナダにおける
最近の産学連携の重要なトレンドとして以下を指摘している183。
• 政府による研究開発への援助金の内、産学連携で行われているプロジェクトへの援
助の割合が増加している。
• 大学内外の組織に関わらず、中小企業と教育機関との協力の事例が大幅に増加して
いる。
• 大学院生を教育・訓練する上で、プロジェクト管理や品質システムといった実務に
必要とされる能力の取得を、民間企業でのインターンシップ等を通した人から人へ
の知識やスキルの伝授によって行う傾向が強くなってきている。
5)
産学間の人的交流状況
産学間の人的交流で圧倒的に大きな割合を占めるのが、産学間の協同プロジェクトの
一部として学生が民間企業で一定期間研究開発に関わる形で行われるインターンシップ
プログラムである。こうした産学間の人的交流の事例は過去 10 年間で徐々に増加してお
り、特に 2000 年代初頭から中盤にかけて、増加のペースが加速したとされる184。産学間
の人的交流の増加はこれまでに行われた人的交流の多くが成功を収めていることを企業
が認識したことによるところが大きいと関係者は考えている185。
なお、教職員も民間企業との人的交流に参加することがあるが、この場合は大抵、短
期間の民間企業の研究施設訪問や企業側の研究者が教育機関を訪れた時の案内役として
の参加に限られるケースが一般的とされる186。
企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られていない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
産学連携の推進を担う NSERC は、産学連携の戦略計画等の策定を担っている。
181
182
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185
186
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
カナダ ICTC マクデビット氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学クリントワース氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学クリントワース氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
227
また、具体的な産学連携による研究開発や人材育成に対して、上述のように資金提供
を行っている。上述の NCE による IRDI プログラムの他、NSERC の CREATE プログラ
ムはその代表的な施策である。CREATE プログラムでは、カナダ政府が研究開発の優先
分野と定める分野における産学連携研究で、同研究に大学生及びポスドク研究者が参加
することを通じて、これらの研究者が企業で即戦力として活躍できるように支援する内
容を含む研究を行う大学が主導する研究プロジェクトに NSERC が資金を提供する187。優
先度の高い研究分野としては、
(1)環境科学・技術、
(2)天然資源・エネルギー、
(3)
医療及び関連する生命科学・技術、
(4)IT が含まれている。NSERC から大学に交付さ
れる補助金の 80%は見習いである学生・ポスドク研究者の俸給として使用されなければ
ならない。俸給は学位に応じて、NSERC が提供する奨学金基準に合わせて支払われる(学
部生:16 週間につき 5,625 カナダドル、修士課程:年間 17,300 カナダドル、博士課程:
年間 21,000 カナダドル、ポスドク:年間 40,000 カナダドル)。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
IT 分野においてはウォータールー大学とその周辺地域や、ブリティッシュコロンビア
大学などがあるバンクーバー周辺地域での産学連携がよく知られている188。
産学間の人的交流に関する調査の結果として圧倒的に大きな割合を占めるのが、産学
間の協同プロジェクトの一部として学生が民間企業で一定期間研究開発に関わる形で行
われるインターンシッププログラムである。連邦・地方政府の援助を受けた多岐に亘る
機関がこうしたプログラムに資金援助しているが、企業側もある程度の資金を負担する
ケースが多い189。
高等教育機関で IT 分野を専攻する学生は、民間企業でのインターンシップや卒業論文
のための研究を通して、アジャイルなソフトウェア開発の管理や、記録の付け方など、
実業界で実際に取り入れられている手法に触れる。こうした経験が、後に学生が実業界
で就職した時に各自の技術的能力と知識をフルに活用するためのスキル(技術的事項を
相手にわかりやすく伝える能力、様々な経歴・経験を持つ同僚とチームとして意思疎通
する能力、実業界でのタスクの完了に関する常識など)として役に立つことになる190。
特に学部生レベルの学生には Co-op プログラムや夏季の民間企業での就労を通した就労
訓練が学生の民間企業との関わりとして重要な役割を果たしている191。
近年のカナダでの産学連携では、産業界からのフィードバックを基に大学側がカリキ
ュラムの作成・更新を行う傾向が見られるようになっている192。これまで大学は独自の
研究に重点を置いてきたが、最近は実業界と密接にコミュニケーションをとりあって、
187
188
189
190
191
192
http://www.nserc-crsng.gc.ca/Professors-Professeurs/Grants-Subs/CREATE-FONCER_eng.asp
http://www.ucu.edu.uy/Facultades/CienciasEmpresariales/RevistaFCE/Revista6/articulos/
Doutriaux_Sorondo-%20FCE-UCU.pdf
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
カナダ ICTC マクデビット氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューによる情報。
228
新しいプログラムやカリキュラムを作る上での参考にしている。例えば、実業界で既存
の製品への改良や新しい製品の開発を通してイノベーションを促すには、実際の市場と
技術の両方の知識を有する人材が必要になる。現在、産学間で技術や知識の交換をする
ことでこの目的が果たされているが、こうした試みは産学間の密接な協力と意見交換に
よって成り立っており、両方が重要な役割を担っているといえる。
カリキュラムの見直しと関連し、産業界主導のコンソーシアム CCICT は 2009 年 2 月
か ら 、 産 業 界 の ニ ー ズ に あ っ た 学 部 生 向 け の カ リ キ ュ ラ ム Business Technology
Management(BTM)作成に取り組んできた。現在、BTM の学士号もしくは認定プログ
ラムを提供する大学は 10 以上に上っている193。
また、大学も理論的な内容を主体的に教えるようなこれまでの教育方針を見直し、就
労のための教育へと移行する傾向が強まっている。例えば、ICTC は e ヘルスの分野に取
り組んでいるある大学から連絡を受け、同分野の人材市場に関する調査を実施した。そ
の結果、同分野でのスキルを持った労働人口に対する企業の需要が高かったのに対し、
そのためのスキル教育を行っている教育機関はほとんどない状態であることが判明した。
ICTC に対してこうした調査を持ちかけてきた大学の姿勢は、産業界ニーズに応えよう
とする意思が強い現れであると ICTC 関係者はコメントしている194。
8)
産学連携に対する企業・大学の姿勢
大学にとっては、企業との連携によって将来の技術移転のパートナーとの関係構築、
学部生・大学院生のための職務・技術訓練の強化、大規模な研究施設へのアクセス、企
業の科学技術知識へのアクセス、企業やその他の研究者との関係構築といった機会がも
たらされる195。加えて、カナダの大学の多くは州立大学で、大学運営資金を公共資金に
頼っているが、近年の経済危機の影響による政府の財政難により資金が乏しくなること
を考えると、地元企業が資金提供してくれる機会を積極的に利用することが期待されて
いるといえる。
企業は学術機関との連携を人材採用の重要な機会とみている196。人材採用の試用期間
として活用されることもある Co-op 教育やインターンシップ制度にカナダ企業は参加し
ているが、これに関連して、本調査実地ヒアリング調査を受けたウォータールー大学の
Cathy Lac-Brisley 氏は、北米では誰もが成功を手にすることができるという文化的認識
があり、そのことに年齢はあまり関係ないため、企業も学生をインターンとして雇う上
で彼らの能力を過小評価することが少ない文化があると述べている197。
193
194
195
196
197
http://ccict.ca/ccict-strategy/btm
カナダ ICTC マクデビット氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学クリントワース氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
カナダの比較的慣用な税額控除に加え、研究資金の 1/2 から 2/3 が政府機関によって賄われる場合がほとんどで
ある。
ウォータールー大学(University of Waterloo)Co-op 教育・就労援助事務所(Co-Operative Education and Career
Services: CECS)雇用主関係担当ディレクター、キャシー・ラクブリスリー氏(Cathy Lac-Brisley)へ 2011 年 12
月 2 日に実施したインタビューによる情報。
229
さらに、企業は学術機関との連携を、学術機関ならではの研究施設(試作品、プロセ
スなど)の利用、自社の得意分野の拡大、研究成果向上に必要な政府資金の獲得のため
の重要な手段として考えている198。今までの傾向としては中小企業よりも大企業の方が
学術機関との連携を肯定的に受け止める傾向があったが、それは中小企業のそうした連
携関係に関する経験不足によるところが大きかったためと考えられる。
産学間の連携を構築する上での課題は、依然として資金源の獲得と理解を広めること
にあるが、それ以上に大きな障害となっているのが、大学と民間企業がお互いの連携か
ら期待するものの相違である199。こうした問題を避ける最良策は、事前に産学連携のタ
イムラインと期待値を下記に示す項目等について明白にしておくことである。また、双
方の期待値については、契約書、援助金の条件リスト、政府機関のガイドラインといっ
た形で紙面に具体的に表記され、プロジェクトが開始される前に全ての関係者に配布・
理解される必要がある200。
•
•
企業側:
o
利潤
o
人事採用
o
知的財産権の獲得・拡大
o
機密情報の厳守
大学側:
o
出版などを通した研究結果の一般社会への公表
o
高度な知識・スキルを身に付けた専門家の育成
o
(広い意味での)学術的自由
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
カナダ政府が発表した 2010 年の国勢調査は、IT 資本がカナダの労働生産性の成長の
重要な動力となっていると分析している201。また、同国勢調査によれば、カナダ IT 産業
における企業の R&D は OECD の平均に比べより高くなっている202。また IT 製造業にお
ける R&D はカナダにおける R&D の業績の中で最も多くのシェア(18%)を占めている
203
。
さらに、上述のとおりカナダ政府の科学技術戦略「カナダの強みを強めるための科学・
198
199
200
201
202
203
カナダの比較的慣用な税額控除に加え、研究資金の 1/2 から 2/3 が政府機関によって賄われる場合がほとんどで
ある。
クイーンズ大学クリントワース氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
クイーンズ大学トーマス氏への 2011 年 12 月 16 日のインタビューによる情報。
http://www.stic-csti.ca/eic/site/stic-csti.nsf/vwapj/10-059_IC_SotN_Rapport_EN_WEB_INTERACTIVE.pdf/$FILE/
10-059_IC_SotN_Rapport_EN_WEB_INTERACTIVE.pdf の 22 ページ。
http://www.stic-csti.ca/eic/site/stic-csti.nsf/vwapj/10-059_IC_SotN_Rapport_EN_WEB_INTERACTIVE.pdf/$FILE/
10-059_IC_SotN_Rapport_EN_WEB_INTERACTIVE.pdf pp.1
http://www.stic-csti.ca/eic/site/stic-csti.nsf/vwapj/10-059_IC_SotN_Rapport_EN_WEB_INTERACTIVE.pdf/$FILE/
10-059_IC_SotN_Rapport_EN_WEB_INTERACTIVE.pdf の 30 ページ。
230
技術の動員(Mobilizing Science and Technology to Canada’s Advantage)204」において、IT
分野を国家として取り組むべき科学技術の優先領域のひとつに掲げており205、IT 分野の
重要性は強く認識されている。政府関係者によれば、こうした戦略の中で重要性を示す
ことで、実業界に対して ICT 分野に投資することは利益に繋がると印象付ける試みをし
ている206。
2)
IT 産業の中心都市・地域
オタワ市は大学卒業者数の割合がカナダ一高く、北米 316 都市で一位のカリフォルニ
ア・シリコンバレーに次いで、二番目に科学技術分野の雇用が多い207。
「北のシリコンバレー」として知られるオタワ市は、第二次大戦中、戦争に関わる研
究開発を行うため、優れた才能の持ち主を首都に集めたことから始まった。National
Research Council および Defense Research Board は研究における初期のパイオニアであり、
その後間もなく Atomic Energy of Canada Limited(AECL)が加わった。こうした組織は、
戦後、欧州で職を失った優秀な研究者を集めた。Leigh Instruments や Computing Devices of
Canada といったオタワ地域の初期のハイテク企業は、こうした研究所出身の研究者が作
った事例である。
その後、Northern Electric(後の Nortel)が二つの研究開発子会社 BNR (Bell Northern
Research) および Microsystems International208をオタワ地域に開設すると決定、同地域の
急速な発展に寄与することになる。例えば、同社の社員が Calian (Larry O’Brien)、Mitel
(Terry Matthews および Michael Cowpland)、Mosaid を設立する。また、Mitel は Corel
および Newbridge Networks を創り出した。1970 年代後半には、ようやくベンチャーキャ
ピタルが参入したが、その多くは後に採掘業者 Noranda209に買収される Maclaren210が提供
したものであった。これによって Lumonics、DY 4、Gandalf、SHL、Systemhouse および
Quasar(現 Cognos)が作られた。
オタワ市の企業の発展に、当初ベンチャーキャピタルへのアクセスがなかったという
点が、
「北のシリコンバレー」とベイエリアのシリコンバレーとの相違のひとつとされる。
1983 年、当時オタワ-カールトン地方自治体の長であった Andy Haydon によって、Ottawa
Carleton Research Institute(現 Ottawa Centre for Research and Innovation:OCRI)が設立さ
れた。OCRI はオタワバレーの起業家を結びつけるにあたって大きな影響を及ぼすこと
になる。OCRI は High-Tech Breakfast 等の交流会や Tech Rocks コンサート、その他数多
くのアウトリーチプログラムを開催する一方、多くの研究所を結びつける OCRINet とい
った研究開発の物理的基盤を発展させた。カナダ首都における技術市場の高度化は、1990
204
205
206
207
208
209
210
http://www.ic.gc.ca/eic/site/ic1.nsf/vwapj/STProgressReport2009.pdf/$file/STProgressReport2009.pdf の 1 ページ。
http://www.ic.gc.ca/eic/site/ic1.nsf/vwapj/STProgressReport2009.pdf/$file/STProgressReport2009.pdf の 9 ページ。
カナダ産業省フルチャー氏への 2011 年 12 月 15 日のインタビューによる情報。
http://www.ieeeottawa.ca/wp-content/uploads/2011/02/IEEE_Ottawa_History.pdf pp.1
1970 年代に閉鎖されたが、その影響は継続した。
現在は、世界的鉱山事業者である Xstrata の一部。
モントリオールの家族が所有していた Maclaren Power and Paper Company の子会社。
231
年代の Alcatel、Cadence、Cisco、Nokia および Siemens による研究施設に現れている。IT
に代表されるハイテク関連の同地域における雇用は 1995 年の 3 万 5 千件から 2000 年の
7 万 5 千件へと跳ね上がった。しかしその基礎は、上述のとおり、それよりずっと以前
に整えられていた211。
3)
IT 人材輩出のための一般的プロセス
全国規模で、初等・中等教育での IT の導入は見られないが、特定の州、地域では、IT
人材育成を目指した施策を実施している例がある212。例えば、アルバータ州では IT を初
等教育での必須科目の 1 つと位置づけており、ブリティッシュコロンビアでも読み書き
計算に加えた基礎スキルの 1 つとしてコンピュータスキルを挙げている。また、オンタ
リオ州では、10~11 年生(日本の高校 1~2 年生)の段階で技術教育に力を入れるため、
実際に地域の職場へ出てプロジェクトに取り組む形の教育が試みられている213。
本格的な IT 教育は大学に加え、専門学校教育が重要な役割を果たしている214。なお、
カナダ IT 業界の就労者は他の業界と比べて、比較的学歴が高く、大学の学位取得者割合
は 2008 年、全国平均 23.9%に対し、IT 業界では 42.1%(日本の全国平均は 25.0%、製造
業 23.8%、情報通信業 56.8%215)に達した。
4)
IT 人材が直面する課題
CCICT は IT 人材が直面する課題として216、IT 人材へのニーズが高まる一方で、ベビ
ーブーマーの退職時期が重なり、また若年層の IT 関連学位や職種への関心が低下してい
ることを課題としてあげている。さらに、同分野における女性比率が低い状況改善も課
題とされている217。
また Conference Board of Canada は、2008 年、IT 業界の中小企業に対して人材調査を
行い218、同業界の中小企業では人材の技能不足が課題となっており、潜在的な成長を脅
かすものであると述べた。同報告書では、高スキル人材は大学教育と何年もの経験が必
要とされるが、ハイテクバブルの崩壊を受けて、高スキル・経験豊富な人材の多くが IT
業界を去ったことに加え、関連分野における大学院レベルへの進学が減少した。その際、
カナダの産業界は、高度 IT 人材の獲得の代わりにオフショア開発を導入することで問題
を乗り切ってしまったために、国内の高度スキル人材の不足が深刻化することになった
点を指摘している219。
211
212
213
214
215
216
217
218
219
http://www.lindsayrgwatt.com/archives/old_blog/7_Cap_City__Land_o_Successful_Geeks.html
http://www.inca.org.uk/pdf/probe_canada.pdf
http://scholar.lib.vt.edu/ejournals/JOTS/v30/v30n3/pdf/hill.pdf
http://www.osec.ch/sites/default/files/bbf_Canada_ICT_Feb2011.pdf pp.12
平成 22 年度労働力調査(総務省統計局)による。
http://ccict.ca/challenge
http://ccict.ca/challenge
http://www.ictc-ctic.ca/uploadedFiles/What-We-Do/Research/Trends/Other_Trends/Report_Items/Talent%20for%20Hire
%20SMEs%20in%20ICT.pdf
http://www.ictc-ctic.ca/uploadedFiles/What-We-Do/Research/Trends/Other_Trends/Report_Items/Talent%20for%20Hire
232
⑤ 一般情報
1)
教育システム
カナダの教育システムは州や地域によってかなり異なっており、特に英語・フランス
語、更には先住民の言語が混在する地域では多言語による教育も行なわれている220。教
育省(Ministry of Education)が中心となって国レベルでのフレームワーク構築の施策も
とられているものの、教育方針、カリキュラムなどは地域の政府に委ねられている。私
立学校でも、義務教育課程では州の定める教育基本方針に従っているものの、独自のカ
リキュラムを組んでいることが多い。
首都オタワのあるオンタリオ州の場合、3 学期制が採用されている。第 1 学期は 9 月
~12 月、第 2 学期は 1 月~3 月、第 3 学期は 4 月~6 月である221。ただし、一部の学校で
は前期・後期の 2 学期制を採用しているところもある。
a.
義務教育
カナダにおける義務教育は 6 歳ないし 7 歳から 15 歳ないし 16 歳までとされている222。
義務教育には以下の初等・中等教育が該当する。
b.
初等・中等教育
カナダにおける初等・中等教育は、州・地域によって呼び方が異なるだけではなく、
対象となる年齢層も違っている。小学校の修学年齢は 6、7 歳が一般的であるが、終了学
年は州・地域により異なっており 6~8 年生である。小学校は地域により「Elementary
School」と「Primary School」と異なる呼称が使われている。成績の優秀な生徒を対象と
した特別進級制度がある。
中等教育も、州・地域で呼称が違い、修学年齢が異なる。また、日本と同様に中学校、
高 等学校 で分 かれて いる 州もあ る一 方で、 初等 教育と 高等 教育の 間に は中等 学校
「Secondary School」のみが存在する州・地域(ブリティシュ・コロンビア、ユーコン、
オンタリオ、マニトバ、ケベックなど)もある。カナダ国内の児童・生徒の 9 割以上が
公立の学校に通っている。
c.
高等教育準備教育(ケベック州のみ)
なお、フランス語圏ケベック州では、セジェップ(CEGEP:Collège d'enseignement général
et professionnel)と呼ばれる同州独自の教育制度である。17-18 歳の 2 年間が対象年齢で
ある。1967 年に法制化されており、義務教育ではないが、無償制となっている。大学準
%20SMEs%20in%20ICT.pdf の 5 ページ。
http://www.eric.ed.gov/PDFS/ED495075.pdf; http://www.inca.org.uk/pdf/probe_canada.pdf
221
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/03n_america/info30209.html
222
http://www.ceacanada.org/canada/canada3.htm
220
233
備教育として、中等学校と大学の中間に位置づけられている223。
d.
高等教育機関
カナダの高等教育機関には大きく 3 種類に分かれ、大学の他、職業訓練を主眼とした
コミュニティカレッジ、1-2 年次はコミュニティカレッジに類似した教育を受けながら、
3-4 年次で特定の分野に関する学位取得が可能なユニバーシティ・カレッジがある。ま
た、大学を更に分類すると、リベラルアート教育を行う学部大学、学部と大学院を併設
した総合大学、専門分野における研究に特化した博士大学の 3 種類に分けることができ
る。
年齢
大学院
23
ユニバーシティ・
カレッジ
21
20
大学
コミュニティ・
カレッジ
19
(university)
CEGEP
18
17
高等学校
16
(Senior High School)
中等学校
(Secondary School)
初等・
中等教育
15
14
中学校
13
(Junior High School)
中学校
(Middle School)
12
11
10
小学校
9
8
7
(Elementary School)
(Elementary/Primary School)
6
5
4
幼稚園
3
就学前教育
12
11
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
高等教育
(Graduate School)
22
(Elementary
School)
学年
2
(
図 3-5
部分は義務教育)
カナダの学校系統図
出典:カナダ教育連盟ウェブサイトを基に作成224
2)
労働力についての課題
カナダ政府 Human Resources and Skills Development Canada(HRSDC)は 2006 年にカ
ナダ労働市場に関する 10 年予測(A 10-Year Outlook for the Canadian Labor Market):
2006-2015」を発表225、2006 年当時は健全な労働市場であると分析しているが、2006~2015
年の間にベビーブーマーの退職時期が重なる点が指摘されていた。HRSDC の 2011 年の
223
224
225
http://jacs.jp/modules/xwords/entry.php?entryID=106
http://www.ceacanada.org/canada/canada3.htm
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/publications_resources/research/categories/labour_market_e/
sp_615_10_06/page03.shtml#highlights
234
調査結果によると、カナダ労働人口に占める 45~64 歳の割合が、2001 年は 29%であっ
たが、2011 年には 41%に達すると試算している226。こうした状況を背景に、HRSDC に
おいて労働・人材育成関係の調査や政策提言を行う戦略政策・研究部門(Strategic Policy
and Research Branch)の労働市場政策関連の調査部門では227、高齢労働者の支援や企業の
対応に関するコンサルテーション文書228や調査報告を出している229。
この他の課題として、Canadian Council on Learning は IT 業界に限らずあらゆる業界に
おいて、企業が必要とするスキルを持った人材が減少することを懸念しており、そうし
た事態とならないよう、人材育成システムを改善していくことが必要と訴えている230。
なお、カナダには終身雇用制度は存在せず、雇用の流動性は高い。
226
227
228
229
230
http://www.cos-mag.com/Safety/Safety-Columns/confronting-the-aging-workforce-challenge.html
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/publications_resources/lmp/index.shtml
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/publications_resources/lmp/cowe/page02.shtml
http://www.hrsdc.gc.ca/eng/publications_resources/lmp/eow/2008/page00.shtml; 戦略政策・研究部門はこの他、移民労
働者に関する報告書を出しており、技術を持った海外からの移民が、近年では以前ほど雇用機会がなく、収入
も減っていると指摘している。http://www.parl.gc.ca/Content/LOP/researchpublications/prb0429-e.htm
http://www.ccl-cca.ca/pdfs/LessonsInLearning/Mar-15-07-Canada's-biggest.pdf pp.2
235
(3) EU
① 政策
1)
戦略
欧州委員会(European Commission:EC)を中心として、欧州連合(European Union:
EU)加盟国が連携して取り組む、欧州における IT に関連した人材育成の戦略としては、
「デジタル・アジェンダ(Digital Agenda, 2010)」と「21 世紀のための e スキル(e-Skills
for the 21st Century, 2007)」が代表的なものである。
「Digital Agenda」は EC によって 2010 年 8 月に開始された戦略で、2020 年までに欧
州におけるデジタル経済を発展させることを目的とした戦略であり、高速インターネッ
トと相互運用可能なアプリケーションを基盤として、デジタル市場から、持続可能な経
済的・社会的利益をもたらすことを目指す231。同戦略には 8 つのアクション分野があり、
その 1 つが人材育成関連232となっており、EC は、2010 年以降、欧州各国・地域において、
(1)若年層の IT 関連の教育及びキャリア形成の促進、(2)市民のデジタルリテラシ
ーの増進、(3)労働者の IT トレーニング提供、(4)これら IT 人材関連分野における
ベストプラクティスの導入に取り組んでいくことを掲げている233。具体的なアクション
事項は以下の 9 項目(内1と2は重要アクションとされる)234。
1.
デジタル・リテラシー・コンピタンシー向上を欧州雇用戦略のフレームワークで
ある European Social Fund(2014-2020)の優先課題のひとつとして位置づける(重
要アクション)。
2.
高度 IT 人材及びユーザーのコンピタンスを特定・評価するため、2012 年までに、
European Qualifications Framework および EUROPASS と関連付けられたツールを
開発する。また、IT プロフェッショナリズムを評価するための European Framework
(European Framework for ICT Professionalism)を開発することにより、高度 IT 人
材が欧州域内で活躍するためのコンピタンスを高め、スキルのモビリティを高め
ることに役立てる(重要アクション)。
3.
デジタルリテラシー及びスキルを EC が主導する「New skills for new jobs235」イニ
シアチブにおけるプライオリティの 1 つに設定する。業界横断的な複数のステー
クホルダーが集まる IT スキルと雇用のための委員会を設置。
4.
女性(新卒及び職場復帰)の IT 人材率を高める(ウェブベースのトレーニング、
ゲームベースの e ラーニング、ソーシャルネットワーキングなどの提供サポート
等)
231
232
233
234
235
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/index_en.htm ;
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf の 3 ページ。
デジタルリテラシー、スキルおよび一体性の向上。
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf の 25 ページ。
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf の 26 ページ。
http://ec.europa.eu/social/main.jsp?catId=568
236
5.
新たなメディア技術に関するオンラインでの消費者教育ツールの提供(インター
ネット、電子商取引、データ保護、メディア、リテラシー、ソーシャルネットワ
ーキングなどにおける消費者の権利など)。
6.
2013 年までに、デジタルコンピタンス及びメディアリテラシに関する欧州横断的
な評価指標を提案する。
7.
障害を持つ人との権利に関する国連条約(UN Convention on the Rights of Persons
with Disabilities)にしたがって、Digital Agenda の下、修正された法令のアクセシ
ビリティについて評価する。
8.
2015 年までに公的セクターのウェブサイトが完全にアクセス可能(accessible)と
なるような提案を 2011 年までに作成する。
9.
国連条約に準拠する Memorandum of Understanding on Digital Access を促進する。
上記の 9 つのアクションに加え、EC は、加盟国に対して以下 3 つのアクションを進
めることを求めている。
1.
2011 年までに、長期的 e スキル及びデジタルリテラシーに関する政策を導入する。
また、中小企業やその他不利な条件におかれたグループも、この政策に従うこと
ができるような適切なインセンティブを与える。
2.
2011 年までに、電気通信フレームワーク(Telecoms Framework)と視聴覚メディ
アサービス指令(Audiovisual Media Services Directive)における障害者向け条項を
導入する。
3.
教育および訓練の近代化のため、e ラーニングを国家政策の主流に加える。
「Digital Agenda」に先立ち、2007 年 9 月には欧州における e スキル促進のための長期
戦略「e-Skills for the 21st Century: Fostering Competitiveness, Growth and Jobs」も策定され
ている。雇用可能性(employability)と e インクルージョン(e-inclusion)236が主要要素
と位置づけられている237。就労人口全般の IT スキルを高める必要性と、失業者・高齢者・
高学歴のない人材・障害を持つ人・社会から取り残された若年層のデジタルリテラシー
の向上が含まれている238。
同戦略では e-Skills を以下のように分類している239。
•
IT ユーザースキル:IT 関連業務から収入を得ているわけではない一般市民が必
要とするスキル
•
IT 専門家スキル(IT practitioner skills、OECD では IT スペシャリストと呼ぶ)
:IT
を集中的に使用する職業に従事する専門家が必要とするスキル(IT 業界従事者の
ためのスキル)
236
237
238
239
EU が 2001 年に提唱した、デジタルデバイド解消のための施策。
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/comm_pdf_com_2007_0496_f_en_acte_en.pdf の 6 ページ。
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/comm_pdf_com_2007_0496_f_en_acte_en.pdf の 7 ページ。
欧州共同体委員会(2007); http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf の 140 ページ。
237
•
e-business スキル:業務上 IT を利用することでオペレーション効率や競争力を高
めるために必要とされる IT 関連の利用スキル(IT 利用可能な就労者のためのス
キル)
2)
ロードマップ
欧州における ICT 人材育成に関連したロードマップとしては、上述の「Digital Agenda」
に示された、各アクションプランの達成目標年が該当する240。
3)
重要性
EC は、2007 年に発表した「e-Skills for the 21st Century」の中で、IT スキルを、「ナレ
ッジを基盤とした社会において最も重要なスキルの 1 つである」と定義付けている241。
同報告書において、EU とその加盟国は、技術的変化の激しい今日の世界経済で、競争
力を維持するために、人材の e スキル水準を高め、その範囲を広げることが必要であり、
これまで以上の努力が求められると指摘。各国及び関連ステークホルダーは、この課題
に取り組むために策定された一連の戦略・政策に積極的に取り組む必要があるとしてい
る。
4)
課題
EC は 2007 年、
「e-Skills for the 21st Century」を発表した際、将来(21 世紀)欧州が必
要とする e-Skill 目標を達成する上で、解決すべき 5 つの主要な課題を掲げている242。高
度 IT 人材関連では、
•
IT 人材が将来不足することになるという認識が欠如している
•
欧州 e-Skills 目標達成に向けた欧州横断的なアプローチが不在である。
•
専門職としての IT 関連職に対するマイナス・イメージと、高度 IT 人材供給が減
少している(人材不足の可能性が高まる)。
•
公式の(大学を中心とした)IT 教育と産業界における訓練との間の連携・協力が
十分に行われていない243。
•
一般市民のデジタルリテラシーが低い。
特に、高度 IT 人材不足については、欧州のステークホルダーは危機感を持っており、
継続的に調査等を行っている。2007 年 11 月には、非営利団体の Council of European
Professional Informatics Societies (CEPIS) が、
「E-Skills の先を読む(Thinking Ahead on
240
241
242
243
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf の 26 ページ。
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/comm_pdf_com_2007_0496_f_en_acte_en.pdf pp.10; 「知識集約型社会の
基礎の一つ」
欧州共同体委員会(2007); http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf の 140 ページ。
Adelman, C. A parallel universe, in: Change, v. 32, no. 3, May-June 2000; Ingo Krampen et al. Education as a Public
Service in Modern Civil Society between State and Economy, effe working paper (European Forum for Freedom in
Education), November 2003.
238
E-Skills)244」と題する報告書を作成した。同報告書では、2015 年には高度 IT 人材不足
がかなり深刻化するとの予測を発表している。
高度 IT 人材でも、より研究職に近い人材についても人材不足が懸念されている。EC
は 2009 年 3 月、
「欧州における ICT 研究開発のための戦略及びイノベーション(A Strategy
for ICT R&D and Innovation in Europe)245」において、IT 研究開発分野においても高度な
スキルを持った人材不足が深刻になっている点を指摘、EC としてこの問題を解決する
ための取り組みを始めるべきとの提言をしている。
5)
EC における担当部署
IT 人材に関連した政策を取り扱っている主な EC 内の部門(directorate- generals:DG)
は以下 5 つの DG が含まれる。
•
企業・産業(Enterprise and Industry:ENTR)DG246(以下、産業 DG)
•
情報社会・メディア(Information Society and Media:ISFSO)DG247(以下、情報社
会 DG)
•
教育・訓練及び教育・文化(Education and Training, Education and Culture:EAC)
DG248(以下、教育 DG)
•
雇用・社会福祉・インクルージョン(Employment, Social Affairs, and Inclusion)DG249
(以下、雇用 DG)
•
研究・イノベーション(Research and Innovation)DG(以下、研究 DG)
特に高度 IT 人材育成において中心的な役割を担っているのは産業 DG である。上述の
「e-Skills for the 21st Century」は産業 DG が中心となって進めてきたものであり、2002 年
に開催した欧州 e スキル・サミット(European e-Skills Summit)、それに続く 2003 年に
同 DG が設立した欧州 e スキルフォーラム(European e-Skills Forum)が起源となってい
る250。その後、産業 DG は 2006 年、欧州 IT 産業の競争力向上を目指す ICT タスクフォ
ース(ICT Task Force)を設立し、高度 IT 人材に関する内容を含む提言を発表している。
同年の欧州 e スキル・カンファレンス(European e-Skills Conference)では、
「長期的視点
に立った e スキル戦略に関する宣言(Declaration “Towards a Long Term e-Skills Strategy”)」
を発表した。2007 年 9 月、EC は「21 世紀のための e スキル:競争、成長と雇用の促進
(e-Skills for the 21st Century: Fostering Competitiveness, Growth and Jobs)」を発表、同年 11
月には加盟国大臣が集まる競争力委員会(Competitiveness Council of Ministers)が上述の
「長期的視点に立った e スキル戦略」を採択し、これが産業界の主要ステークホルダー
244
245
246
247
248
249
250
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/thinkingaheadone-skillsannexes_en.pdf
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2009:0116:FIN:EN:PDF
http://ec.europa.eu/enterprise/index_en.htm; http://ec.europa.eu/enterprise/dg/objectives/index_en.htm;
http://ec.europa.eu/information_society/tl/policy/index_en.htm;
http://ec.europa.eu/dgs/information_society/see_more/index_en.htm#mission;
http://ec.europa.eu/dgs/education_culture/index_en.htm; http://ec.europa.eu/education/who-we-are/doc324_en.htm;
http://ec.europa.eu/social/home.jsp
E-Skills for the 21st Century (2010)
239
を集めた「e スキル産業リーダーシップ理事会(e-Skills Industry Leadership Board:ILB、
後述)」の設立につながった。2007 年以降、産業 DG は「e-Skills for the 21st Century」の
加盟国での導入状況を評価するための活動を進めるため、具体的には欧州 e スキル運営
委員会(European e-Skills Steering Committee、2009 年設立)、各種報告書の作成、欧州 e
コンピタンス・フレームワーク(European e-Competence Framework、後述)作成、欧州 e
コンピタンス・カリキュラム開発ガイドライン(European e-Competence Curriculum
Development Guidelines、後述)など、様々なイニシアチブを実施している。
情報社会 DG は上述の「Digital Agenda」を重要イニチアチブとして推進してきた DG
であり、高度 IT 人材に特化するのではなく、より広く社会全般への IT 普及に関する取
り組みを行っている251。
また、教育 DG では欧州市民のデジタルリテラシーとスキルの向上を目指した取り組
みを生涯学習プログラム(Lifelong Learning Program)の枠組みで取り組んでいる252。ま
た、教育現場における e ラーニングなど、デジタル・ツールの導入の推進に取り組んで
いる。さらに、IT に特化したことではないが、大学と産業界の連携を促進することを目
的とした「産学連携イニシアチブ(University–Business Cooperation initiative、後述)」を
開始、教育・訓練と実際の職場間での様々なギャップを埋めるため、産学官の協力を支
援する活動に取り組んでいる。
労働 DG は欧州市民に向けてより良い雇用を提供し、社会的弱者にも平等な機会を提
供するための取り組みを行っている。IT 人材育成に関連する取り組みとしては、労働
DG は 2008 年、教育 DG と共同で「新たなスキルと仕事(New Skills and Jobs253)」と題
する共同イニシアチブを立ち上げ、将来欧州で必要とされる雇用が必要とするスキルを
分析・予測、その結果を教育や訓練の現場で適用できるようにすることを目指している。
また、雇用 DG は欧州市民の雇用促進活動に利用される欧州社会基金(European Social
Fund:ESF254)等を管理、加盟各国に同資金を交付、各国での再教育等を含む雇用促進施
策を支援している。
研究 DG は EU における研究関連イニシアチブを担当する DG である。代表的なもの
は、第 7 次科学技術研究のためのフレームワーク・プログラム(Seventh Framework
Programme for Research, Technology and Development:FP7)であり、FP7 を通じて、欧州
が重点を置く科学技術分野(IT を含む)について加盟各国で実施される研究開発活動へ
資金提供を行っている255。FP7 には「人材(People)」プログラムが含まれている。同プ
ログラムは欧州の IT を含む科学技術系の人材が、研究者としてのキャリアを積むことを
支援することを目的としており、具体的にはフェローシップやスキル及びコンピタンス
を高めるためのサポート施策に資金を提供する「マリー・キューリー・アクション(Marie
251
252
253
254
255
E-Skills for the 21st Century(2010)
E-Skills for the 21st Century(2010)
http://ec.europa.eu/social/main.jsp?catId=568
http://ec.europa.eu/esf/main.jsp?catId=35&langId=en; ESF の 2007-2013 年予算合計は約 750 億ユーロである。
http://ec.europa.eu/research/fp7/pdf/fp7-inbrief_en.pdf
240
Curie Actions)」等が含まれている256。
6)
他の戦略との関連性
EC は 2010 年 3 月、「欧州 2020 年戦略(Europe 2020 Strategy257)」と称する欧州の成長
戦略を策定している。同戦略は、2010 年から 10 年後の 2020 年における欧州の目標を定
めたもので、雇用増進、低炭素経済、生産性向上、社会的結束の向上を項目として掲げ
ている。
「Digital Agenda」は「Europe 2020 Strategy」に上げられた 7 つの最重要イニシア
チブの 1 つであり、欧州競争力を高め「Europe 2020 Strategy」の目標達成にとって IT 分
野の活用が重要な役割を果たす分野として位置づけられている258。
7)
予算
EC における IT 人材開発関連イニシアチブ及びプログラムに関係する予算のみを抽出
することは難しい。しかし、上述の産業 DG が実施してきた e スキル関連の取り組みは、
EC の競争及びイノベーションに関するプログラム(Competitiveness and Innovation
Programme:CIP)予算に含まれている259。2010 年度 EC 予算総額 109 億ユーロのうち、
CIP 予算は 2.13%にあたる約 2 億 3 千万ユーロとなっている260。
② プログラム
1)
EU レベルのプログラム
EU では、先の戦略に即した具体的プログラムとして、スキルフレームワークの作成
「European e-Competence Framework261」、「欧州における ICT 資格(ICT Certification in
Europe262)」と題して多数ある IT 関連資格を調整、欧州スキルフレームワークとのマッ
チングを図るためのワークショップ開催、EU 加盟国における e スキル関連戦略の展開
に向けた eSkill Week や会議の開催などを行っている。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
EC では、欧州統一で分かり易い能力比較の基準を作るためスキルフレームワーク
「European Qualifications Framework(EQF)263」の作成に取り組んでおり、このうち IT
分 野 につ いて は「 欧州 E コ ンピ テン ス・フ レー ムワー ク( European E-competence
Framework:e-CF264)」が作られた265。EC は米国や日本を含む世界の他地域での制度との
256
257
258
259
260
261
262
263
264
http://ec.europa.eu/research/fp7/pdf/fp7-inbrief_en.pdf
http://ec.europa.eu/europe2020/index_en.htm
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf pp.3
E-Skills for the 21st Century (2010)
2010 年度の FP7 向け予算は約 64 億 4 千万ユーロ。
http://ec.europa.eu/budget/library/biblio/publications/2010/fin_report/fin_report_10_en.pdf
http://www.ecompetences.eu/
http://www.ict-certification-in-europe.eu/index.php?option=com_frontpage&Itemid=1
http://ec.europa.eu/education/lifelong-learning-policy/doc44_en.htm
http://www.eskills-pro.eu/files/cepis/20090930113519_e-SkillsEcompCurriculum.pdf pp.17
241
比較が容易にできることを考慮しながら、欧州における基準の統一を図っており、各加
盟国に制度導入を促している。現在、半数以上の加盟国がこのフレームワークを取り入
れており、2013 年までに全加盟国に普及させることが目標にしている。また、将来的に
は他地域の諸国との協力も視野に入れている。
e-CF の制定にあたり、欧州標準化委員会(European Standardization Committee:CEN)
の呼びかけの下、英国の Skills Framework for the Information Age(SFIA)、ドイツの
Advanced IT Training System in Germany(AITTS)、フランスの CIGREF といった各国で
IT スキル標準等に取り組んでいた主要団体のメンバーが集まり、協同ワークショップ266
が開かれている。欧州の IT 企業とユーザー、政府機関、教育・社会関係者の誰もが活用
できるように、IT 業務の現場で必要とされ、応用されている知識、スキル、コンピタン
スを示している。
e-CF にはハード・ソフトの分野の違いに関わらず、技術者とその管理者に必要とされ
る、IT ビジネスプロセスとサブプロセスを反映した 36 項のコア・コンピタンスがリス
ト化されており、これらが計画・構築・運営・強化・管理のグループに分けられている。
また、スキルは 5 つのコンピタンスエリア(e-1 から e-5)に分類されており、サポート・
サービスに関わるものから戦略管理にまで及んでいる。以下の図はこれらの分類を図式
化したものである。
e-CF に加え、EC の産業 DG は 2009 年、将来の高度 IT 人材育成と現在同業界に従事
している人材のスキル向上における大学の役割を重視し、「欧州における e コンピタン
ス・カリキュラム開発ガイドライン(European E-Competence Curricula Development
Guidelines)」作成に関する契約を INSEAD267と結んだ。INSEAD は同ガイドラインを作成
268
、その概要が 2010 年 1 月 13‐14 日にフランスにある INSEAD フォンテンブロー・キ
ャンパスで開かれた会議「イノベーションのための e コンピタンス(e-Competences for
Innovation269)」で発表されている。
265
266
267
268
269
EC 企業・産業総局(Directorate General of Enterprise and Industry:産業 DG)運営管理官長(Principal Administrator)
アンドレ・リッチャー氏(André Richier)へ 2011 年 10 月 24 日に実施したインタビューによる情報。
http://www.cen.eu/cen/Sectors/Sectors/ISSS/Activity/Pages/WSICT-SKILLS.aspx
旧称:欧州経営大学院(European Institute of Business Administration)。フランス、シンガポール、アラブ首長国連邦、
イスラエルにキャンパスを持つ国際大学院。http://about.insead.edu/who_we_are/index.cfm
http://www.insead.edu/facultyresearch/centres/ecompetences/library/documents/EeCCGFinalReport16Mar10.pdf
http://www.insead.edu/facultyresearch/centres/ecompetences/;
http://www.insead.edu/facultyresearch/centres/ecompetences/events.cfm
242
Dimension1
Dimension2
Dimension3
e-Competences proficiency leves
5e-Comp.
36e-Competences identified
e-1 to e-5,related to EQF leves 3-8
areas(A-E)
e-CF leves identified per comperence
e-1
A.PLAN
B.BUILD
C.RUN
D.ENABLE
E.MANAGE
A.1.
IS and Business Strategy Allgnment
A.2.
Servise Level Management
A.3.
Business Plan Development
A.4.
Product or Project Planning
A.5.
Design Architrcture
A.6.
Application Design
A.7.
Techinology Watching
A.8.
Sustainable Development
B.1.
Design and Development
B.2.
Systems Integretion
B.3.
Testing
B.4.
Soulution Deployment
B.5.
Documentation Production
C.1.
User Support
C.2.
Change Support
C.3.
Servise Delivery
C.4.
Problem Manegement
D.1.
Information Security Staregy Development
D.2.
ICT Quality Stratege Development
D.3.
Education and Training Provision
D.4.
Purchasing
D.5.
Sales Proposal Development
D.6.
Channel Management
D.7.
Sales Management
D.8.
Contract Management
D.9.
Personnel Development
D.10.
Information and Knowledge Management
E.1.
Forecast Development
E.2.
Project and Protfolio Management
E.3.
Risk Management
E.4.
Relationship Management
E.5.
Process Improvement
E.6.
ICT Quality Management
E.7.
Business Change Management
E.8.
Information Security Management
E.9.
IT Governance
図 3-6
e-2
e-3
e-4
e-5
e-CF 2.0 概要
出典:e-CF ウェブサイト270
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
欧州における IT に関する資格・試験制度は民間が提供する制度が利用されている。し
かし、非常に多くの民間資格が氾濫している状態「資格のジャングル(certification
jungle)」であり、また各資格に関する情報は十分に提供されていないという問題が認識
されている271。また、これらの民間の IT 資格と国家教育システムとの間に関連性がない
270
271
http://www.ecompetences.eu/1855,Framework+presentation.html
http://www.ict-certification-in-europe.eu/index.php?option=com_content&task=view&id=53&Itemid=34
243
状態も指摘されている。こうした解決するため、欧州標準化委員(Comité Européen de
Normalisation:CEN)が中心となって、民間資格ベンダーと協力して「欧州における ICT
資格(ICT Certification in Europe272)」と題する調整プロジェクトをワークショップを通じ
て進めている273。DG では産業 DG が同活動に関与している。同プロジェクトでは、EU
加盟各国で利用されている主要な IT 認定資格を e-CF や EQF にマッピングし、IT 資格
スキームのための欧州モデルの提案等を行おうとしている。ワークショップには、
Microsoft、CompTIA、Cisco Networking Academy、Linux Professional Institute、Cert-IT、
European Software Institute ( ESI )、 EUCIP 、 ECDL Foundation 、 Council of European
Professional Informatics Societies(CEPIS)、BCS、FZI、Fondazione Politecnico di Milano 等
から専門家が参加している274。
4)
産業界における IT 人材育成に関する支援(企業等への補助)
EC は産業界が主導する IT 人材育成への取り組みとの連携を図っている。EC との連携
における産業界のカウンターパートとして、「E スキル産業リーダーシップ理事会
(E-Skills Industry Leadership Board:ILB)275」がある。e-Skills ILB は、EC における e ス
キル戦略に関する議論の中で、2006 年に設立が提言され、2007 年に設立された。e-Skills
ILB は、主に産業 DG と連携して、EC の IT 及びイノベーション関連政策の推進に協力
している276。
e-Skills ILB が関与している IT 人材育成向けイニシアチブには、上述の e-CF の作成、
「欧州における ICT 資格」ワークショップへの参加に加え、欧州における IT 人材の雇
用可能性を高めるための様々な支援を行う「雇用可能性を高めるためのスキルに関する
欧州連携(European Alliance on Skills for Employability:EASE277)」、情報社会 DG 主催の
女性の IT 業界における就業率を高めるための取り組み「ICT 業界における女性(Women
in ICT 278 )」 支 援 等 が 含 ま れ て い る 。 e-Skills ILB の 主 要 メ ン バ ー に は 、 企 業 で は
Hewlett-Packard、Microsoft、Oracle、Cisco Systems、CompTIA など、団体では British
Computer Society(BCS)、Council of European Professional Informatics Societies(CEPIS)
などが含まれている。
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
EC は大学が主体となる IT 人材育成の取り組みを推進と関連性のある、競争力・イノ
ベーションフレームワーク、その他の関連フレームワークの構築に向けた取り組みを通
272
273
274
275
276
277
278
http://www.ict-certification-in-europe.eu/index.php?option=com_frontpage&Itemid=1
http://www.cen.eu/CEN/sectors/sectors/isss/activity/Pages/wsict-skills.aspx
http://www.ict-certification-in-europe.eu/index.php?option=com_content&task=view&id=65&Itemid=1
http://www.e-skills-ilb.org/
http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf の 148 ページ。
http://www.employabilityalliance.eu/index.php
http://ec.europa.eu/information_society/activities/itgirls/doc/women_ict_report.pdf
244
して、間接的に大学における活動を支援している279。こうした大学主体の IT 人材育成の
取り組みに関わっている DG には、産業 DG、教育 DG、研究 DG、雇用 DG、情報社会
DG 等が含まれる。
なお、IT 分野に特化したものではないが、上述の FP7「マリー・キューリー・アクシ
ョン(Marie Curie Actions)」280を通し、キャリア研究者のための人材育成投資は行われて
いる。
「マリー・キューリー・アクション」では、大学を始めとする研究機関が、将来の
研究者人材育成を目的としたプログラムに対して資金面でのサポートを行っている281。
同アクションでは、産学間、セクター間や海外とのノレッジの交流・移転促進も狙って
いる。こうした連携を通じて、異なる文化の理解、幅広いスキル・キャリアの形成が可
能となり、キャリア研究者の雇用可能性を広げることができると考えられている282。
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
EC が直接個人に対して、高度 IT 人材となるためのスキル研修や補助を提供するとい
うことは行っていないが、上述の施策等を通じて、個人の IT スキル向上につながる取り
組みを促進・支援する役割を担っている。
7)
EC と各国政府の責任分担
一般に、EC は欧州全域を対象とした政策やフレームワークを策定する役割を担って
おり、そこで策定された政策やフレームワークを各国政府は自国にあわせて導入・施行
することになる。IT 戦略及び IT 人材戦略でも同様のアプローチが採られている283。また、
戦略策定に必要となる情報の収集(各国の取り組み状況の調査・比較分析)なども EC
が中心となって実施している。
その他、EC は、EU 加盟各国間の連携を促進するような活動を行うことで、加盟国各
国の足並みを揃える役割を担っている。その他、e-Skills Week 2010(ドイツ)を開催、
若年層・雇用可能性のある人材に向けて、IT 関連キャリアを追求することの魅力や利点
を理解してもらうよう努め、IT 人材の需給バランス問題を解決していくための取り組み
を加盟国と協力して取り組んでいる。
8)
人材育成を含む産学連携教育への財政支援
産学連携教育に特化した EC の財政支援プログラムはない。しかし、加盟各国や地域
で実施している産学連携教育への財政支援は、ヨーロッパ社会基金(European Social
Funds:ESF)やヨーロッパ地域開発基金(European Regional Development Fund:ERDF284)
279
280
281
282
283
284
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://www.kowi.de/Portaldata/2/Resources/fp7/arbeitsprogramme/fp7-people-wp-2010.pdf の 4 ページ。
http://ec.europa.eu/research/fp7/understanding/marie-curieinbrief/home_en.html
http://www.kowi.de/Portaldata/2/Resources/fp7/arbeitsprogramme/fp7-people-wp-2010.pdf の 5 ページ。
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf
pp.26;
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/comm_pdf_com_2007_0496_f_en_acte_en.pdf の 7 ページ。
http://europa.eu/legislation_summaries/employment_and_social_policy/job_creation_measures/l60015_en.htm
245
を通して実施される可能性はある。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
IT 関連分野におけるインターンシップも、EC が直接運営しているものはない285。加盟
国が実施しているインターンシッププログラムを、ヨーロッパ社会基金(European Social
Funds:ESF)やヨーロッパ地域開発基金(European Regional Development Fund:ERDF)
を通して支援することは可能である。しかしこれらの基金は、インターンシップだけを
対象としたものではなく、各国から詳細な使途について報告はされていないので、実際
に EC の資金援助を基に IT 分野に特化したインターンシッププログラムがあるのかどう
かまでは EC としては把握していないと、EC 関係者は述べている286。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
欧州における産学連携は一部の例外を除いて、一般的にはまだ初期段階にあると考え
ら れ て い る 。 EC に お け る 産 学 連 携 イ ニ シ ア チ ブ 「 産 学 連 携 イ ニ シ ア チ ブ
(University–Business Cooperation initiative)」は 2011 年 8 月に欧州における産学連携の状
況を調査した報告書「欧州における産学連携の状況(The State of European University‐
Business Cooperation287)」を発表した288。同調査に回答した高等教育機関の 92%が組織と
して何らかの産学連携に取り組んでいると答えたが、その連携の内容についてみると、
その効果がより直接的で、測定しやすく、促進しやすいものが大部分であることが分か
った。具体的には、研究開発における連携及び研究成果の商業化、そして学生の人材交
流が中心となっている。
b.
調査対象地域における関連機関の役割分担
上述の「欧州における産学連携の状況(The State of European University‐Business
Cooperation)」には、産学連携における大学と産業界の役割が示されている。この中で大
学は、(1)大学としての産学連携戦略の策定、(2)産学連携を支える組織構造・アプ
ローチの検討・導入と、
(3)実際の産学連携活動の計画・実施等が含まれる。なお、
(2)
の組織構造・アプローチとは、具体的には、キャリアセンターや産学連携推進オフィス
の大学内の設置、卒業生ネットワークの確立、大学理事会における企業関係者の参加等
が含まれている。
一方、企業は大学と連携して、(1)産学連携戦略を策定するとともに、(2)大学に
285
286
287
288
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
同報告書は産業界を代表する 10 名の専門家と、欧州 33 ヵ国にある高等教育機関に送付された質問表への回答(研
究者及び高等研究期間の代表者を含む)6,280 件を基に作成されている。
246
おける組織構造の構築やアプローチの検討・導入に対して資金的サポートを提供、(3)
大学による産学連携活動に参加することとされている。
加えて、こうした産学連携を推進するため、政府は(1)政策的フレームワークを策
定するとともに、(2)そのフレームワークを支える構造・アプローチを持ち、(3)産
学連携活動を支援するための資金援助を行う必要があるとされている。
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
EC による産学連携イニシアチブは大学教育を政策対象分野に含む教育 DG が中心に
なって進められている。教育 DG は、産業 DG や研究 DG などと連携しながら、高等教
育機関、企業、業界団体、その他関係団体、政府関係者が集まり、各国の情報共有及び
共通する問題についての議論を行っていくためのイニシアチブ「産学連携イニシアチブ
(University–Business Cooperation initiative)」に取り組んでいる。EC における複数の DG
がこの取り組みに関わっているが、現在、全体のまとめ役は教育 DG が担っている289。
この他、産業 DG は研究 DG と共同で、2007 年、産学連携を通じたナレッジ移転の重
要 性に関 する 報告書 「欧 州全域 にお ける研 究機 関と産 業界 のナレ ッジ 移転の 強化
(Improving knowledge transfer between research institutions and industry across Europe)290」
を発表している。この冒頭で、EC は欧州のための広範なイノベーション戦略の重点分
野の 1 項目として、大学を含む公共研究機関と、産業界や民間団体等との間でナレッジ
移転を強化することの重要性を指摘している。さらに、欧州の大学及び研究機関と産業
界のつながりを強めることを目的として、任意のガイドラインを参考資料として掲載し
ている。この他、研究 DG は、FP7 の枠組みにおいて、産学間を含む複数機関の連携を
条件とした研究開発活動を支援するための資金提供プログラムを用意している。
なお、産学連携施策そのものではないが、欧州における先端技術分野の研究及びイノ
ベーション活動の戦略的方針策定は、産業界が中心となって設立されている欧州技術プ
ラットフォーム(European Technology Platforms:ETPs)が取り組んでいる291。2003 年 3
月、欧州における研究及びイノベーション活動の強化のために、欧州理事会(European
Council292)の呼びかけにより設立された仕組みである。ETP では、欧州の成長と競争力
強化、持続可能な社会の実現といった目標を達成するために、産業界が中心となり、各
分野別に研究の優先課題や実施計画を決定し、ステークホルダーに対して研究活動のフ
レームワークを提案する役割を担っている。現在、IT の他、エネルギー、バイオ、製造・
プロセス、運輸の 5 分野の ETP がある293。欧州 ICT 技術プラットフォーム(European ICT
Technology Platforms294)が IT 分野の ETP である。
289
290
291
292
293
294
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/invest-in-research/pdf/download_en/knowledge_transfe_07.pdf
http://cordis.europa.eu/technology-platforms/about_en.html
欧州理事会は、加盟国の国家元首または政府首脳、および欧州理事会議長と欧州委員会(EC)委員長で構成さ
れる。
http://cordis.europa.eu/technology-platforms/individual_en.html
http://ec.europa.eu/information_society/tl/research/priv_invest/etp/index_en.htm
247
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
EU 諸国における産学連携はこれまで米国ほど盛んではなかった。しかし、ボローニ
ャ・フレームワーク(Bologna Framework)の確立移行、状況にも変化がみられる295。ボ
ローニャ・フレームワークは、欧州における大学改革イニシアチブの結果、確立された
ものである。1996 年 6 月、イタリアのボローニャ市において欧州の教育担当大臣レベル
が集まり、世界に通用する欧州の高等教育制度の確立を目指して、2010 年までに高等教
育における欧州圏(European Higher Education Area: EHEA)構築するという宣言「ボロ
ーニャ宣言(Bologna Declaration)」が発表されたことに端を発する。ボローニャ宣言を
踏まえて、欧州大学改革を進めたプロセスがボローニャ・プロセスとして知られ、2010
年 3 月 11 日、EHEA の設立が発表された296。ボローニャ・プロセスを進める中で、大学
の自立化が図られ、大学が産業界など政府以外の組織から資金を得ることや産業界から
理事会員を採用することが可能になり、学術界と産業界の関係構築・強化に繋がってい
ることが背景にある297。
2)
産学パートナーシップについての政府の見解
EC は産学連携の重要性に対する認識をこれまで以上に強めている。欧州がイノベー
ション分野において世界で優位性を保つためには、大学と企業間の連携が重要になると
考えており、欧州の労働市場が本当に必要としている知識やスキルにあった人材を高等
教育機関が育成できるよう教育機関の近代化を目指し、上述の産学連携イニシアチブに
取り組んでいる298。
3)
産学連携への EC の一般的関与手法
EC は欧州及び EU 加盟国における産学連携を推進するための情報収集、関係者の意見
交換プラットフォームの提供、イニシアチブ作成を中心に取り組んでおり、複数の DG
が産学連携を促進するための活動をおこなってきた299。
産学連携推進の最近の具体的取り組みとしては、教育 DG を中心とした上述のイニシ
アチブ「産学連携イニシアチブ(University–Business Cooperation initiative)」があり、2008
年以降、年 1 回、産学連携に関するフォーラム「産学フォーラム(University-Business
Forum)」を開催している300。産学連携教育に携わるステークホルダー間の意見交換や情
報共有の場として活用されている。これまで開催されたフォーラムでの主な議論の項目
には、産学連携における機会と課題、カリキュラム開発、大学における生涯教育、教育
の質、大学ガバナンス、人材交流、知識移転、企業家精神、中小企業と地域開発などが
295
296
297
298
299
300
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://www.ond.vlaanderen.be/hogeronderwijs/bologna/2010_conference/index.htm
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc1261_en.htm
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc1261_en.htm
248
含まれている。この他、研究開発については、後述の FP7 の枠組みから研究資金の援助
がある。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
2011 年 8 月の報告書「欧州における産学連携の状況(The State of European University
‐Business Cooperation301)」によれば、欧州における産学連携の形態は以下の 8 項目に分
類している。
表 3-5
欧州における産学連携の主な形態
項目
概要
研究開発における
連携
共同研究、契約による研究の実施、研究開発コンサルティング、イノ
ベーションのための協力、非公式で個人的な人脈形成、企業研究者・
科学者との共同執筆、学生の卒業論文・博士論文もしくは学生による
研究プロジェクトにおける企業研究者と大学教授の共同監督など
研究者の人材交流
大学研究者の企業へ、あるいは企業社員、管理者、研究者の大学への
一時的転籍
学生の人材交流
学生の一時的な企業での業務経験あるいは常勤雇用の機会獲得
研究成果の商業化
スピンオフ、発明の発表、特許、ライセンス化を通じた産業界との研
究開発成果の商業化
カリキュラム開発
と実施
近代社会にあった人材を育成するための学習環境を作り出すプロセス
を対象としている。具体的には、産学連携による通常授業のプログラ
ム開発、民間企業・団体からの客員教員の派遣などが含まれる。
生涯学習
大学が、人々がライフ・ステージに応じて必要とされるスキル、ナレ
ッジ、態度・行動等を学ぶための機会を提供する。
起業家精神の向上
大学からの新たなベンチャー企業の創設、企業との連携を通じたイノ
ベーティブな文化の大学・研究機関への植え付けなど
ガバナンス
産業界関係者が大学運営に関する意思決定に関与したり、理事会に参
加することなど
出典:The State of European University‐Business Cooperation302より作成
このうち、研究開発における連携、研究成果の商業化、そして学生の人材交流が、多
くの大学を始めとする研究機関が取り組んでいる形態である303。
5)
産学間の人的交流状況
欧州の産学間の人的交流については、上述の欧州における産学連携の状況に関する調
301
302
303
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
249
査結果の「研究者の人材交流」に対する回答が参考となる。これによれば、調査に回答
した大学のうち、研究者の人材交流に積極的に取り組んでいる(高レベル:high)との
回答は 15.6%であった一方、積極的でない(低レベル:low)が 38.9%、全く行っていな
いが 9.9%となっており、半数近くが積極的でないことが分かっている。
なお、ボローニャ・プロセスを通じて、EU 諸国の大学も産業界から理事会メンバー
等を招くことが許されるようになっており、また、研究開発分野では、マリー・キュー
リー・アクションに代表されるプログラムを通じて、産学間での人材交流促進に利用さ
れるようになっている304と EC 関係者はコメントしている。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援策
具体的な資金提供プログラムとしては、FP7 の中に連携・協力に基づく研究開発活動
向け予算「Cooperation(協力)」が含まれている。産学連携に特定するものではなく、加
盟各国をまたがる研究機関の連携等も含まれるが、FP7 においてもっとも大きな資金枠
を得ている。2010 年度予算実績で、FP7 向け予算約 64 億ユーロのうち、58%にあたる
約 33 億ユーロが「協力」プログラム向けとなっている305。
また、産学間の人材交流を前提とした研究人材の育成プログラム支援の代表的なプロ
グラムとして、FP7「マリー・キューリー・アクション(Marie Curie Actions)」306の下で
行われるイニシアチブ「産学連携と進路(Industry-Academia Partnership and Pathways:
IAPP307)」がある。IAPP では、2 つの異なるメンバーまたはアソシエート国間に、少な
くとも 1 つの企業と大学等の学術機関による相互間のパートナーシップが組まれ、人材
交流が行われることが前提条件となっている308。IAPP は以下の人材交流に対して資金を
提供する。
•
民間企業と研究機関の間で研究スタッフの双方向もしくは一方向の一時配置置
き換えを実施することで、ノウハウや経験を交換する機会を与える。
•
ナレッジ移転や研究者の訓練の要素を含めることを条件に、パートナーシップに
含まれている組織外から経験のある研究者を採用する。
•
パートナー機関の研究スタッフに加え、パートナー以外の組織の研究者も参加し
て実施する人材交流、ワークショップ及びカンファレンスを開催する。
さらに、
「マリー・キューリー・アクション」のイニシアチブの 1 つ「初期訓練ネット
ワーク(Initial Training Networks:ITN)」では、2012 年から新たに「欧州産業博士号
(European Industrial Doctorates:EID)」というプログラムを設けることになっている309。
EID では、ある研究機関と別の国にある企業がパートナーを組み、2 つのうちいずれか
304
305
306
307
308
309
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/budget/library/biblio/publications/2010/fin_report/fin_report_10_en.pdf
http://www.kowi.de/Portaldata/2/Resources/fp7/arbeitsprogramme/fp7-people-wp-2010.pdf の 4 ページ。
http://www.wmcouncils.gov.uk/media/upload/EU%20Connects%20/Factsheets/MC%20IAPP%20Factsheet.pdf;
http://cordis.europa.eu/fp7/mariecurieactions/iapp_en.html
http://www.wmcouncils.gov.uk/media/upload/EU%20Connects%20/Factsheets/MC%20IAPP%20Factsheet.pdf
http://www.eua.be/Libraries/DOC-CAREERSII_Brussels_event/Luchetti.sflb.ashx
250
の組織に属する博士課程の学生の育成に協力して取り組むケースに対して資金的サポー
トを行う。この場合、学生は必ず半分以上の時間を民間企業での研究時間に充てなけれ
ばならない。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
EC 主導の e スキルイニシアチブを踏まえ、2010 年 6 月には、ベルギー首都ブリュッ
セルで開催された欧州ビジネスサミット(European Business Summit)において、e スキ
ルに関係する企業、大学、政府、研究機関からの関係者が協力して作成された「e スキ
ル宣言(The e-Skills Manifesto)」と題する冊子を発表した310。同冊子では、産業 DG が実
施している e-Skills Week の取り組みの一環として発表されたもので、IT 人材育成の現状、
問題点、提言等がまとめられている。高度 IT 人材育成に関連する内容としては、(1)
公式の大学等における教育と実際の企業で求められるスキル、ナレッジのギャップがあ
る、
(2)IT 関連を専攻していない学生が学位を取得して IT 業界で勤務している一方で、
IT 関連を専攻している学生は学位取得に行きつかず落第するケースが散見される、
(3)
IT 関連を専攻する学生数が減少している、(4)女子学生が極端に少ないといった問題
が指摘されている。こうした課題への対応策として、大学におけるカリキュラム作成へ
の産業界の関与が行われていることについて触れられている。産官学が協力したカリキ
ュラム作成の例としては、デンマークの IT-Vest 311 やアイルランドにおける Innovation
Value Institute312による取り組みがある。また、企業が主体となってカリキュラムを作成
し、これを教育機関において展開している取り組み例として Microsoft Academy や SAP
University Alliance などが上げられている。
特に後者の取り組みは広く認識されており、EC 関係者へのインタビューにおける産
学連携による IT 人材育成の成功事例として言及されたのは、Cisco Networking Academy
であった313。本アカデミーは米国 Cisco と EU 諸国の教育機関との連携にて成り立ってい
るプログラムで、Cisco が独自のカリキュラムを教育機関を通して提供することで、各
国の人材に特定の教科での認定を与えている。1990 年の開校当初は、各地からの反発が
多かったが、これは Cisco が各国における人材ニーズをあまり理解しておらず、欧州全
域で統一のカリキュラムを各教育機関に押し付けていたためであった。しかし現在は、
同社は各国のニーズに合わせてカリキュラムを調整しており、また共産主義の崩壊と同
時に東ヨーロッパ諸国で IT 人材を即座に育成する教育プログラムの需要が高まったこ
とから、本アカデミーと、それに類似した Microsoft によるプログラムが広く成功を収め
ていると EC 関係者はコメントしている。
310
311
312
313
http://files.eun.org/eskillsweek/manifesto/e-skills_manifesto.pdf
http://www.it-vest.dk/
http://ivi.nuim.ie/
EC 産業 DG リッチャー氏への 2011 年 10 月 24 日のインタビューによる情報。
251
8)
産学連携に対する企業と大学の姿勢
欧州の大学や企業が産学連携に取り組むきっかけについて、
「欧州における産学連携の
状況(The State of European University‐Business Cooperation314)」の 2011 年 8 月に公表さ
れた調査結果に触れられている。
まず大学が組織として産学連携に取り組む要因として、企業からの資金援助の可能性
への期待、企業の研究開発施設へのアクセス、そのほか商業的動機付けの他、パートナ
ー企業との地理的距離の短さが上げられた。加えて、学生関係では学生の学習体験の改
良、スキル及び卒業レベルの向上、卒業後の就職の可能性を高めるといった利点がある。
また、大学の研究者については、関連分野における研究者の知名度アップ、研究者とし
ての研究への活力提供、昇進や雇用機会の増進、大学内における地位の向上等が含まれ
ている。
また、産業界が産学連携に取り組もうとする要因には、大学のスタッフ学生を自社で
雇用する可能性や、大学が提供する科学的知見の活用が挙げられている。
こうした利点への認識の一方で、産学連携の障害についても指摘されている。産学連
携研究開発の成果について、大学から見ると企業は実用的な研究に重点を置きすぎてお
り、企業からすると、研究結果や企業の持つナレッジが一般に流出することに懸念を持
っている。さらに、産学連携を推進するにあたり、政府、企業、大学とも資金が不足し
ているという問題も指摘されている。その他、産学の文化等の違いにおける関係構築の
難しさも指定されている。具体的な例としては以下のとおり。
•
大学における研究活動や提供内容について企業側の認識が欠けている。
•
インターンシップやその他のプロジェクトを受け入れるには、中小企業では十分
なキャパシティがない。
•
大学と企業では時間軸が異なる(大学は長期的成果、企業は短期的成果を指向)。
•
大学と企業ではモチベーションや価値観が異なる。
•
大学では内外への煩雑な手続きがある。
•
企業は産学連携の研究成果を吸収するのに限られた能力しかない。
•
大学と企業ではコミュニケーションの方法や使われる専門用語等が異なる。
•
企業側に十分な科学的知識を持ったコンタクトパーソンがいない。
•
適切な連携パートナーを見つけることが難しい。
•
大学にも企業にも、最初にコンタクトすべき適切な窓口担当者がいない
など。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
欧州 IT 業界は、欧州全体の GDP の約 5%を占め、市場価値は年間 6600 億ユーロに達
314
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
252
する315。また、雇用は 4%を占める316。さらに、欧州経済全体における生産性の 20%成長
に貢献しており、欧州産業セクターが実施する研究開発の約 4 分の 1 を占めるほど、欧
州経済でもっとも革新的であり、研究集約的セクターであるとされている317。
こうした経済への貢献を踏まえて、EC は 「ヨーロッパ経済のダイナミズムは新技術
の開発と採用に依存し、ICT の需要と供給を強化することが、経済成長と職業上の目標
を実現するのに重要(The dynamism of the European economy crucially depends on the
development and adoption of new technologies. Enhancing supply and demand of Information
and Communication Technologies ( ICTs) is important to realize the growth and jobs
objectives.)」と考えている318。IT への資本蓄積は EU の成長に貢献319し、EC 専門家は、
「2010 Digital Agenda 」を成功させることが、イノベーション、経済成長、日常生活の
向上を促進させると述べている320。
また研究開発でも IT 分野を重視していることが分かる数値として、EU の 2007‐2013
年における研究・技術開発推進のための枠組みプログラム「第 7 次フレームワーク・プ
ログラム(FP7)」向け予算は計 545 億ユーロで、EC 全体予算の約 6 割程度を占めてい
る321。このうち、IT 関連の研究開発に特化した予算は 91 億ユーロであり、全体の約 64%
を占めている322。
2)
IT 人材が直面する課題
上述のとおり、EC は 2007 年、
「e-Skills for the 21st Century」を発表した際、IT 人材関
連の課題を掲げている323。上述の高度 IT 人材に関する課題も含め、以下 5 項目の課題が
指摘されている。
•
IT 人材が将来不足することになるという認識が欠如している
•
欧州 e-Skills 目標達成に向けた欧州横断的なアプローチが不在である。
•
専門職としての IT 関連職に対するマイナス・イメージが高まり、高度 IT 人材供
給が減少している。
•
公式の(大学を中心とした)IT 教育と産業界における訓練との間の連携・協力が
十分に行われていない
•
一般市民のデジタルリテラシーが低い。
また「Digital Agenda」では IT 人材関連の課題として、高度 IT 人材不足の他、デジタ
ルデバイド及び障害を持つ人々のアクセシビリティとユーザビリティが問題として捉え
315
316
317
318
319
320
321
322
323
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2010:0245:FIN:EN:PDF の 4 ページ。
http://ec.europa.eu/information_society/activities/itgirls/index_en.htm
http://ec.europa.eu/information_society/activities/itgirls/index_en.htm
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/site/en/com/2006/com2006_0129en01.pdf の 3 ページ。
http://ideas.repec.org/p/igi/igierp/168.html
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=COM:2010:0245:FIN:EN:PDF の 3 ページ。
http://ec.europa.eu/budget/library/biblio/publications/2010/fin_report/fin_report_10_en.pdf
http://cordis.europa.eu/fp7/ict/
欧州共同体委員会(2007); http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf の 140 ページ。
253
られている324。特に、デジタルデバイドに関して、欧州人口の約 3 割がインターネット
をほとんど利用したことがなく、その大部分が 65 歳以上の高齢者、低所得者、失業者、
高学歴を持たない市民であると指摘している。
「e-Skills for the 21st Century」でも指定されているように、若年世代が IT 分野への関
心を失ってきているため、関連分野を大学で専攻したり、職業として同分野を選択する
人数が減少しており、将来的な IT 人材の不足が懸念されている。そうした中でも、女性
の IT 分野への進出が少ないという問題意識が欧州において高まっており、EC は女性の
IT 業界への参画を目指す取り組みを始めている325。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
EU には共通の教育システムが存在せず326、EU 加盟各国でそれぞれ異なる教育システ
ムを持っているが、大多数の国では 9~10 年の義務教育制度を有している327。欧州にお
ける高等教育機関(大学)328は 4,000 校ほどあり、学生数は 1,900 万人に上る。
欧州における初等・中等教育学校制度の体系は、複線型もしくは分岐型といわれる体
系が特徴となっている。複線型とは、かつての欧州における上級階級と庶民階級で教育
制度を分離するという考えに端を発するもので、初等教育レベルから高等教育まで完全
にコースが分離されている。今日では、初等教育課程については全国民共通としつつ、
中等教育課程以降については進路選択に基づき、技術系と学術系といったような形で、
教育制度が分かれる分岐型といわれることも多い。これに対し、初等・中等教育段階か
ら将来の進路選択を見据えて学校教育を分けない教育制度は単線型といわれ、米国・日
本はこの代表例である。
分岐型の典型はドイツであるが、フランスに見られるように単線型に近い方向に制度
改革を進めているケースも見られる329。
2)
労働力についての課題
EC が 2011 年 12 月に発表した「欧州における雇用と社会開発(Employment and Social
Developments in Europe:ESDE330) では、経済不況の影響を受け、欧州の構造的弱点が
悪化し、所得の不平等感が高まるとともに、製造業・建設業を中心として中間層の雇用
が失われていると指摘している。同報告によれば、2010 年には貧困の危険あるいは社会
から排除されている状態の人口は欧州全人口の約 23%を占める 1 億 1,500 万人程度に上
る。不平等感の高まりについては、特に北欧のようなこれまで平等主義を取ってきた国々
324
325
326
327
328
329
330
http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/documents/digital-agenda-communication-en.pdf の 24 ページ
http://ec.europa.eu/information_society/activities/itgirls/index_en.htm
http://eacea.ec.europa.eu/education/eurydice/documents/tools/108_structure_education_systems_EN.pdf
http://ec.europa.eu/education/lifelong-learning-policy/doc64_en.htm
http://ec.europa.eu/education/lifelong-learning-policy/doc62_en.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad198001/hpad198001_3_180.html
http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=1137&furtherNews=yes
254
で顕著となってきている。また、高齢者、母子/父子家庭、仕事が十分にない世帯にお
ける貧困や社会からの排除の危険度が高まっており、職を持つ人口の 8%以上が「ワー
キングプア」の危機に瀕していると指摘している。
この他、欧州における労働・生活環境に関する情報提供及び政策提言を行う EU 組織
の 1 つ欧州生活労働条件改善財団(European Foundation for the Improvement of Living and
Working Conditions)の報告書では、労働の高齢化、労働市場に残る男女格差、急速な移
民の増加についても課題として認識されている331。特に欧州では労働の高齢化について
も課題とされてきた332。20~64 歳までの労働人口と 65 歳以上の人口比でみると、2010
年で 3.5:1 に対して、2060 年には 1.7:1 となる333といわれている。EC は「活力のある
高齢化(Active Aging)」政策334を掲げ、早期退職の抑止、生涯教育の促進、高齢労働者
のニーズにあった職場環境への適応、高齢者へのケアの提供といった取り組みを行って
いる。
331
332
333
334
http://www.eurofound.europa.eu/ewco/surveyreports/EU0902019D/EU0902019D.pdf
http://www.eurofound.europa.eu/ewco/surveyreports/EU0902019D/EU0902019D.pdf
http://www.independent.com.mt/news.asp?newsitemid=130424
http://www.age-platform.eu/en/age-policy-work/solidarity-between-generations/lastest-news/
1231-2012-european-year-on-active-ageing-and-intergenerational-solidarityl
255
(4) イギリス
① 政策
1)
戦略
イギリス(以下、
「英国」という。)企業イノベーション・スキル省(Department for Business,
Innovation and Skills:BIS)は 2009 年 6 月、「デジタル・ブリテン(Digital Britain)335」
を発表した。
「Digital Britain」はデジタル化が進む社会において、英国産業界がそのメリ
ットを生かして、成長を続けるための戦略である。戦略の一つの柱が人材・教育として
おり336、初等教育、生涯教育と並び、高等教育機関における高度 IT 人材育成のための戦
略の必要性を示している。2009 年 11 月には高度 IT 人材育成や研究開発を担う高等教育
機関について、改革フレームワーク「より大きな大志(Higher Ambitions)337」が発表さ
れている。
「Digital Britain」において、特に IT 人材育成に焦点を当てた戦略提言を担当したのは、
産官学が参加するセクター・スキル委員会(Sector Skiils Councils: SSCs)の中でも特に
IT 業界との関連性の強い e-Skills UK(IT 業界)及び Skillset(コンテンツ業界)の 2 つ
の団体である。SSC は英国政府がスポンサーとなって設立され、その実際の運用は民間
企業・団体が主導する形態を採る。現在 SSC338には 21 団体あり、e-Skills UK は IT 業界
を代表する SSC として認定を受けている。英国政府は、「Digital Britain」作成の一環と
して、デジタル産業の人材に関連した課題及び提言をまとめた報告書作成をこれら 2 つ
の SSC に依頼した。e-Skills UK と Skillset が共同で「Digital Britain: crating the skills for the
Digital economy339」と題する戦略提案を 2009 年 12 月に発表している340。基本方針は以下
の通りである。
1.
有能な人材が IT 業界に就職するための健全な人材提供パイプラインを確保する。
2.
エントリーレベルの人材の成長を支援する。
3.
同業界で仕事をしている人材のスキル開発を促進する。
4.
経済的価値を高めるため、企業のキャパシティの拡大に向けて投資する。
5.
経済的価値を高めるため、個人の能力に投資する。
また、e-Skills UK は、2009 年から 2014 年を対象とした戦略計画(Strategic Plan341)を
英連邦 4 地域(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)向けに
発表している。E-Skills UK として、①将来業界で活躍する人材の育成、②同業界で活躍
335
336
337
338
339
340
341
http://www.official-documents.gov.uk/document/cm76/7650/7650.pdf
第 6 章「デジタル・ブリテンのための研究、教育、スキル(Reserach, Education and Skills for Digital Britain)」とし
て整理されている。
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/+/http://bis.gov.uk/policies/higher-education/shape-and-structure/higher-ambitions
http://www.sscallianceextranet.org/Home-Public/SectorSkillsCouncils/SSC_Contacts.aspx
http://www.skillset.org/strategy/article_7215_1.asp
なお、e-Skills UK は 2008 年 4 月、「e-Skills UK Strategic Plan」と題する IT 関連の人材育成戦略を発表している。
http://www.e-skills.com/About-e-skills-UK/
https://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/
256
する人材支援、③英国における IT 業界の重要性に対する認識を高めるという 3 点を戦略
の柱と定めている。
2)
ロードマップ
e-Skills UK 及び Skillset が作成した「Digital Britain: crating the skills for the Digital
economy」では、上記戦略実施に向けた具体的取り組み計画が提案されている342。以下、
e-Skills UK が担当した IT 業界向けの内容である。
表 3-6
「Digital Britain: crating the skills for the Digital economy」に提案された
IT 業界人材育成における取り組み目標
1.
有能な人材が IT 業界に就職するための健全な人材提供パイプラインを確保する。
デジタル・キャリアを
促進する。
14-19 歳の若者世代の技術系学位やキャリアに対して、良いイメ
ージを持てるようにするために開始された「BigAmbition」とい
う産業界が支援するパイロットプログラムを、実際のプログラム
として展開する。
10-14 歳を対象に技術を学ぶことに興味を持ってもらうための教
育プログラム CC4G を全国の学校で提供できるようにする。
産 業 界 の 需要 と 大 学
側 の 供 給 の整 合 性 を
高める。
e-Skills UK による Information Technology Management for Business
(ITMB、後述)学位など、IT 業界が賛成している授業・カリキ
ュラムに対応した学位を普及する。
技術分野とそれ以外の分野の連携を促進するとともに、IT 業界
の優先的成長分野にあった、学士レベルの条件やカリキュラムに
ついての新モデル開発を支援する。
技 術 関 連 学位 に 対 す
る理解を深める。
技術関連学位に対する認識を変えるため、学校教育における技術
カリキュラムを改良する。
14-19 歳を対象に IT 教育を行う教師のスキルを段階的に変えて
いく。そのために、企業や大学が支援をし、全国レベルでスキル
アップを取り組むための包括的プログラムを行うとともに、教師
がこうした訓練を積極的に受講するためのインセンティブを提
供する。
2.
エントリーレベルの人材の成長を支援する。
デジタル業界の専門家
としてのキャリアを選
択する新卒者のための
見習い・インターンプロ
グラムを開始する。
342
デジタル業界の専門家としてのキャリアを選択しようとしてい
る新卒者に対して、見習い(Apprenticeships)やインターンシッ
プ(Internships)の機会を提供するため、産学のパートナーシッ
プを構築、その活動を促進する。
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/+/http://www.culture.gov.uk/images/publications/
eskills_skillset_summary_of_recommendations.pdf
257
3.
同業界で仕事をしている人材のスキル開発を促進する。
デ ジ タ ル 業界 の 専 門
家 育 成 の ため の 育 成
資 金 プ ロ グラ ム を 開
始する。
4.
National Skills Academy for IT を通じた人材育成向け資金を活用
して、デジタル技術業界が必要とする高度スキル育成のための投
資を増やす。
具体的な取り組み案として、(1)優先度の高いスキル教育のた
めの共同出資の仕組みを作る、(2)高度スキルの修得やキャリ
アチェンジを目指す人のための短期コースの開発や、そうしたコ
ースを受講するために必要となる資金補助の資格を作る、(3)
高等教育機関による継続的専門教育(continuing professional
development: CPD)への積極的な参加を可能にする。
経済的価値を高めるため、企業のキャパシティに投資する。
中 小 企 業 向け に 政 府
支 援 が 行 われ る よ う
戦 略 的 優 先事 項 を 定
める。
5.
デジタル経済の中で中小企業の人材が必要とするスキル「Digital
Economy Skills」を段階的に改善していく。その実現のため、英
国各地域の地域開発省(Regional Development Agencies)を通じ
て、BERR(Department for Business, Enterprise and Regulatory
Reform、現在は Department for Business, Innovation and Skills:BIS
に統合)が主導する「Transformational ICT」パイロットプログラ
ムに含まれる「Business IT Guide343」の導入を進める。
経済的価値を高めるため、個人の能力に投資する。
デ ジ タ ル 経済 で 必 要
な ス キ ル を身 に つ け
る た め に 必要 と さ れ
る 支 援 を 柔軟 に 提 供
する。
特に年齢層の高い個人を中心とした、優先度の高いグループがデ
ジタル経済で必要とされるスキルレベルを高めるための投資を
行う。その実現にあたって、柔軟性の高い Learning and Skills
Council(LSC、現在では LSC の役割は Skills Funding Agency に役
割を引き継がれている)の資金提供や、企業及び労働組合によっ
てサポートされる新たな人材育成プログラムなどが考えられる。
出典:「Digital Britain: crating the skills for the Digital economy344」を基に作成
3)
重要性
英国政府は、英国経済成長には IT 業界の貢献が欠かせないことを認識しており、その
業界を支える人材育成の重要性についても理解している。英国政府は上述の「Digital
Britain」において、
(英国の)IT 業界は経済全体の活性化にとって非常に重要であり、他
の業界にも影響を及ぼすとの認識の下、IT 産業の積極的行動を促すための重要戦略の1
「Digital Britain」では、IT インフラ整備、セキュリティ対策、デジタ
つと述べている345。
ル政府の推進と並び、「デジタル・ブリテンに向けた研究、教育及びスキル」と題して、
IT 人材育成関連の取り組みを重要課題として掲げている。こうした IT 人材育成を重要
と考える政府の立場は、前政権と現政権で大きな変化はない346。
343
344
345
346
http://www.e-skills.com/using-it/businesses/business-it-guide/
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/+/http://www.culture.gov.uk/images/publications/
eskills_skillset_summary_of_recommendations.pdf Annex A
eSkills for the 21st Century Final Report October 2010
英非営利組織、産業高等教育委員会(Council for Industry and Higher Education: CIHE)最高責任者のデイビッド・ド
258
4)
課題
上述の「Strategic Skills Assessment for the Digital Economy347」は、英国 IT 業界をめぐる
高度 IT 人材関連の課題として以下の項目を挙げている。
•
産業界が求めるスキルを持った人材の不足
プログラミング、技術サポート及び技術マネジメント分野において、特に人
材不足が深刻であると企業は報告している。必要とする人材を採用すること
ができないために、企業活動(カスタマーサービス、品質標準、新製品開発
など)にマイナスの影響が出ていると報告する企業が 92%に上っている。
グローバリゼーションや産業の融合の影響を受けて、現在、同業界で活躍す
る人材の間にもスキルギャップが生じている。特に強化が必要な分野は、IT
プログラム管理、サプライヤー管理、サービス管理・デリバリー関連業務に
携わるシニアレベルの人材である。
•
教育機関における人材育成の問題
デジタル・エコノミーで活躍できる人材を育成する役割を担う教育機関が十
分に機能していない。
学生の急減(コンピュータ関連の学科に応募する英国学生は過去 5 年間で
50%減少)、カリキュラム及び指導者のスキル、不均衡な男女比(A レベルの
学生の 90%は男子学生)、技術キャリアに進むことに対する古い考えや情報
不足などの問題を抱える。
•
既存の資格制度や専門家向け公的トレーニングの問題
企業のサイズで社内の人材トレーニングレベルが異なる。
資格制度は非常に複雑になっている。資格取得のためのトレーニング環境も
整っていない。また、資格を取得したとしても、個別の組織内での評価にと
どまり、外部組織での評価を得られないケースも多い。
専門人材育成のための生涯教育に取り組む民間のトレーニングは高すぎる
が、公的プロバイダーは数が少なくオプションが少ない。
5)
担当政府機関
英国における高度 IT 人材育成政策策定の中心的役割を担ってきたのは、Department for
Business, Innovation and Skills(BIS)である。BIS は、民間セクターの成長促進を目指し
た政策を実施する機関であり、英国のイノベーション力を高め、人々が事業に取り組み、
企業が成長することを支援・促進するため、人材育成、市場の活性化、規制緩和、貿易
促進に関連した取り組みを行っている機関である348。本調査で対象となっている高度 IT
347
348
カティー氏:David Docherty)へ 2011 年 12 月 12 日に実施したインタビューによる情報。
http://www.skillset.org/uploads/pdf/asset_14618.pdf?1
http://www.bis.gov.uk/about
259
人材育成と関係の深い産業政策と高等教育政策の両方を BIS は担当している。2011 年 3
月に発表された BIS の年次予算請求の際に提出される成長戦略「The Plan for Growth349」
においては、英国で高等教育を受けた高度人材が、欧州産業界で柔軟に活躍できるよう
な政策推進を、4 つの柱のひとつに掲げている350。
e-Skills UK は、英国政府の呼びかけで、ビジネス及び IT のためのセクター・スキル委
員会(Sector Skills Council:SSC for Business & Information Technology351)として産官学か
ら関係者が集まって設立された民間コンソーシアムである352。SSC とは、英国における
主要産業で将来的に必要とされる高度 IT 人材の需給予測の研究に資金を提供している
組織であり、IT 業界を含め、さまざまな業界別に設立されている。また、SSC は政府(中
央政府と地方政府の両方)に対して、産業界の立場から政策提言を行っている。加えて
SSC は資格認定制度などにも取り組んでおり、例えば e-Skills UK の場合、高度 IT 人材
を認定する資格制度 Diploma in IT353や National Occupational Standards(NOS)354等を実施
している。
そのほか、UK Commission for Employment and Skill(UKCES)は、2008 年に設立され
た Non-Departmental Public Body(NDPB355)である356。UKCES は、英国政府が実施する
労働政策・戦略、評価指標、目標設定を支援するための諮問委員会であり、さまざまな
業界の企業経営者(大企業、中小企業を含む)、業界団体、政府関係者と連携して、政策
提言や調査・研究を行っている。また、人材育成を目的とした企業の投資促進活動も積
極的に実施している。UKCES は、現在、英国の戦略的人材に関する監査(National Strategic
Skills Audit )を行っている357。2006 年、政策策定に必要となる現状を把握すべく、全国
を対象とした労働者のスキルレベルの調査が実施され、その結果報告・提言「Leitch
Review of Skills」に基づき設立されている358。
6)
他の国家戦略の関係性
英国成長戦略に不可欠な IT 産業と、そこにおける高度人材育成は、いずれも英国成長
戦略における重要な取り組みとして位置づけられている。BIS は IT 産業の競争力強化と、
高度 IT 人材を育成するための高スキル労働力育成促進及び大学教育改革を監督する機
349
350
351
352
353
354
355
356
357
358
http://www.bis.gov.uk/policies/growth/the-plan-for-growth#12
http://www.bis.gov.uk/policies/growth/the-plan-for-growth
http://www.e-skills.com/
http://www.e-skills.com/About-e-skills-UK/; http://www.nitrd.gov/About/NIT_Workforce_Final_Report_5_29_09.pdf の
151 ページ。
http://www.e-skills.com/diploma; Diploma in IT は 2008 年 9 月に発足したもので、14 歳から 19 歳までの生徒及び学生
を ICT における高等教育の学位取得プログラムあるいは ICT 職への就労に備える、標準指導プログラムである。生
徒及び学生は幅広い選択肢から専門を選ぶことができる。
http://www.e-skills.com/standards-and-qualifications/national-occupational-standards-nos/
NDPB は、英国の行政組織の一部であるが、監督する政府機関の一部とはみなされない組織であり、監督官庁から
の独立性が比較的高いといわれ、日本の独立行政法人の形態は NDPB に近いと言われることもある。
http://www.ukces.org.uk/about-us
http://www.ukces.org.uk/ourwork/nssa
eSkiils for 21st Century
260
関として、ステークホルダーを取り込みつつ、政策立案においてリーダーシップを発揮
してきた359。
BIS がこれまでに発表してきた高度人材育成に関する戦略等は、IT 業界の重要性を認
識した上で策定されてきた。例えば、2009 年 4 月に発表した「新しい産業と新しい雇用
(New Industry New Jobs)」と題する人材政策の戦略的展望では、英国が不得意とする IT
業界の強化が今日の世界経済で生き残るためには不可欠であるとし、英国の労働戦略上
IT 業界が重要と位置づけている360。そのほか、「成長に向けて(Going for Growth、2009
年 4 月)」、「将来のための雇用(Jobs of the Future、2010 年 1 月)361」でも、情報通信技
術分野の英国における重要性が強く認識されている。
また BIS は現在、IT 業界を含むサービス主要産業の成長を後押しするため、重要産業
に共通して必要となる基本インフラとも言うべき項目を重点プログラムに設定している。
現在の 6 つの重点プログラムがあり、そのひとつが教育・スキルに関係するものであり362、
新政権においても、従来の流れを踏襲、高度人材育成を重視する姿勢を打ち出している。
② プログラム
1)
政府主導プログラム
英国における高度 IT 人材育成の具体的プログラムの実施は e-Sills UK が担っている。
民間機関との位置づけではあるが、産官学連携で業界に特化した人材育成に関する諸問
題に取り組むために政府の認定を受けて設立された組織である。e-Skills UK は、上述の
戦略に基づき、初等教育~生涯教育まで、幅広い IT 人材育成プログラムを実施している。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
英国政府は、政府機関、ICT 専門職とユーザー、民間企業、学校、職業教育・トレー
ニング機関などを対象に、IT スキルの査定やスキル開発プログラムの設置、役職名や業
務の標準化など明確な枠組みを設定することを推進している。具体的なスキル標準の開
発については、戦略策定と同様に政府・大学と連携している民間非営利団体が中心とな
って取り組んでいる。
IT 人材の代表的スキルフレームワークには「Skills Framework for the Information Age
(SFIA)」
がある。同フレームワークは e-skills UK 主導の下、複数の民間団体が参加
して設立された非営利団体 SFIA Foundation が提供している363。SFIA のフレームワーク
では、7 つの責任レベル別にそれぞれ詳細なスキル定義が定められている364。それぞれの
359
360
361
362
363
364
http://www.berr.gov.uk/files/file51023.pdf
http://www.bis.gov.uk/files/file51023.pdf
http://dera.ioe.ac.uk/465/1/GoingforGrowth.pdf
教育・スキルの他、1)インフラ、2)流通、3)中規模事業者、4)地域経済、5)オープンデータの 6 つが含
まれている。http://www.bis.gov.uk/policies/growth/the-plan-for-growth
http://www.sfia.org.uk/cgi-bin/wms.pl/296
http://www.sfia.org.uk/cgi-bin/wms.pl/296
261
定義を参照することで、責務別にどのレベルのスキルが必要とされているのか示されて
いる。SFIA のフレームワークは英国政府によって支持されており、また、政府の IT 人
材向け標準スキルフレームワークにも組み込まれている。
表 3-7
SFIA フレームワーク
7
戦略を作り、鼓舞する(Set strategy/inspire)
6
手ほどきし、影響を与える(Initiate/influence)
5
保護、アドバイスを行う(Ensure/advise)
4
能力がある(Enable)
3
適応する(Apply)
2
支援する(Assist)
1
従う(Follow)
スキル定義
(Skill definition)
SFIA レベル
出典:SFIA 資料365
SFIA フレームワークと連携しつつ、各レベルについて、パフォーマンスクライテリア、
ナレッジ、理解度等についてより詳細な条件を設定しているのが、e-Skills UK が開発し
た「国家職業標準(National Occupational Standards:NOS)」である366。e-Skills UK は、IT
及び通信業界人材向け NOS と IT ユーザー向け NOS の開発・維持の役割を担っている367。
e-Skills UK は、2009 年 9 月 25 日、IT 及び通信業界人材向け NOS の最新版「National
Occupational Standards (NOS) for IT and Telecoms」を発表している368。その他、IT 業
界団体 BCS による SFIAplus369などがある。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
NOS に基づく資格・試験制度は、民間の資格認定機関によって提供されている370。代
表的資格認定機関には、BCS、City & Guilds、Edexcel (BTEC)、EDI、OCR、SQA が含
まれる。例えば、業界団体 BCS は BCS Professional Certification (ISEB371)を提供して
365
366
367
368
369
370
371
http://www.sfia.org.uk/public/File/SFIA_Foundation/SFIA_documentation_v4/IntroLeafletSFIAv4.pdf
http://www.itskillsacademy.ac.uk/standards/it-professional-standards/sfia-mapped-it-professional-standards/;
http://www.sfia.org.uk/cgi-bin/wms.pl/296; SFIA と NOS の整合性については、National Skills Academy が公開するウェ
ブデータベースで確認することができる。
http://www.itskillsacademy.ac.uk/standards/it-professional-standards/sfia-mapped-it-professional-standards/
http://www.e-skills.com/standards-and-qualifications/national-occupational-standards-nos/
https://www.e-skills.com/Documents/Standards-and-qualifications/NOS/IT-and-Telecoms-standards-2009.pdf
http://www.bcs.org/category/7849
http://www.e-skills.com/standards-and-qualifications/it-professional-qualifications/
framework-including-rules-of-combination/
http://certifications.bcs.org/
262
いる。BCS は、高度 IT 人材向けの資格・試験のほか、大学院においてさらに高度な IT
関連の学位取得を希望する人材に対して、大学院入学資格の有無を認定する Higher
Education Qualifications を提供するなどの活動を行っている372。
こうした認定機関における試験のほか、e-Skills UK の NOS は民間ベンダーの認定・
資格試験についても意識した内容となっている。e-Skills UK によれば、Microsoft、Cisco、
VM Ware、Comp TIA、Oracle、Linux Professional Institute、ITIL が代表的なベンダーの認
定・資格の例として上げられている373。
4)
産業界における IT 人材(企業等への補助)
産業界が主導する高度 IT 人材育成プログラムについて、e-Skills UK 等を中心とした一
連の高度 IT 人材育成戦略の策定、スキル標準の策定等は産業界を中心とした業界団体が
実施しているものであり、英国政府はこうした活動を支持している。e-Skills UK などの
SSC 監督は、UK Commission for Employment and Skill(UKCES)の役割のひとつであり、
UKCES は SSC に対する資金提供等も行っている。IT 業界関連では、e-Skills UK は
「AmbITion」プログラムに対して UKCES から 499,630 ポンドを配分され、企業か
ら 534,500 ポンドの現物での寄付を受け取っている374。e-Skills UK は「AmbITion」プロ
グラムを通じて、IT 業界が必要とする人材供給のためのパイプライン改善に充てる目的
としている。
IT に特化したものではないが、大学を活用して、企業が求めるスキルを学習しようと
する人材を支援するためのプログラム Foundation Degree Forward (fdf)について、BIS
傘下のイングランド高等教育資金会議(Higher Education Funding Council for England:
HEFCE)が、2003 年から 2011 年 7 月 31 日の終了まで、合計約 2,300 万ポンドの補助金
を提供してきた375。HEFCE は英国大学への教育・研究費の配分を行っている機関である。
政府は、企業と協力して fdf 設立に取り組んできた376。この枠組みを基礎として、民間
IT 企業・団体を中心としたコンソーシアム(Institute of Telecommunications Professionals、
BT、Vodafone、RWE、HP、Oracle、Royal School of Signals、National Health Service)は、
すでに仕事をしている IT 人材向けに実際の業務で求められるスキルを身につけること
に重点を置いた学位プログラム fdf ICT を設立している377。同プログラムの受講生は、提
携している大学から学位が授与される。同プログラムの提供を行うのは、Teesside 大学、
Staffordshire 大学、Derby 大学、West London 大学、Open Universities の 5 大学である。fdf
ICT は 、 上 述 の SFIA に 準 拠 し た 内 容 と な っ て い る 。 企 業 に お い て 見 習 い 期 間
(Apprentischip)を終えたレベルの IT 人材が受講生の中心となるように内容が構成され
372
373
374
375
376
377
http://www.bcs.org/category/5731
http://www.e-skills.com/standards-and-qualifications/it-professional-qualifications/
framework-including-rules-of-combination/
http://www.ukces.org.uk/ourwork/investment/portfolio/eif1-eskills-ambition
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/siryo/attach/1300032.htm
http://www.hefce.ac.uk/econsoc/employer/founddeg/
http://www.e-skills.com/standards-and-qualifications/it-professional-qualifications/fdf-ict-project/
263
ている。
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
英国大学では、HEFCE から一般に大学における教育・研究開発向けの国からの補助金
が配分されている。加えて、期間限定で支援するプログラムがあり、高度 IT 人材育成に
関連した取り組みとしては、上述の fdf プログラムは、企業ニーズにあった人材を育成
するプログラム支援という点から関連性が強いものであった。fdf プログラムは 2011 年
7 月末で終了している。
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
高度 IT 人材向けではなく、IT ユーザー向けのスキル認定(IT User Qualifications: ITQ)
を受けるにあたって、必要な条件を満たすことで政府からの資金援助を受けることがで
きる。イングランドでは、以前あった Learning and Skills Council に変わる形で、BIS 傘
下の The Skills Funding Agency (SFA378)が設立され、成人のスキルトレーニング向けの
助成金を提供している。その他、ウェールズでは Welsh Assembly Government379、スコッ
トランドでは Scottish Vocational Qualification ITQ から同様の助成システムがある。また、
北アイルランドでは、ICT Essential Skills course として認定されているコースの受講者を
対象とした助成システムがある380。
具体的なプログラムの提供は民間のトレーニングプロバイダが実施しているが、その
他、e-skills UK 傘下の非営利団体 National Skills Academy for IT は、企業、社員、IT 人材
を対象とした教育プログラムとして、PRINCE2、Java、Microsoft、CompTIA、VMWare、
Oracle、Linux、Cisco などのコースをオンラインで提供している。英国航空、Logica、
BT などの大手企業も同アカデミーを利用している。また、民間でトレーニングサービ
スを提供するサービスプロバイダも、National Skills Academy for IT の認定を受けると同
じコースを一般に提供することができる381。また、National skills Academy for IT ではオン
ラインベースで、個人がスキルチェックできるツール IT Professional Profile382の公開など
も行っている。
7)
連邦政府・地方政府の役割
e-Skills UK は地方との連携でも重要な役割を担っている。e-Skills UK では、各地方政
府(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)のそれぞれの事情
を考慮した IT 人材戦略「Strategic Plan (2009-2014)」を発表している。高度 IT 人材の
大学(一部、高校等を含む)での育成に関する主な取り組みは以下のとおり。
378
379
380
381
382
http://skillsfundingagency.bis.gov.uk/
http://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/wales/
http://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/northern-ireland/
https://www.e-skills.com/professional-development/national-skills-academy/
https://www.e-skills.com/professional-development/it-professional-profile/
264
表 3-8
英国 4 地域における主な高度 IT 人材育成政策と同地域における e-Skills UK の
主な高度 IT 人材育成関連の取り組み
地域
内容
イングランド383
イングランドにおいては、中央政府 BIS が同地域(及び全国を対象とし
た)の IT 人材関連の政策を策定している。また、e-Skills UK は大手企業
等との連携を中心にイングランドでの活動を行っている。具体的な大学
における高度 IT 人材育成の取り組みは以下の通りである。
•
•
ウェールズ384
ウェールズの企業や主要な地元のステークホルダーと協力して、ウェー
ルズ議会(Welsh Assembly)やウェールズ関係者委員会(Wales Stakeholder
Panel)によって支持されているウェールズ実施計画(Action Plan)に取
り組んでいる。主な取り組みとして以下が含まれる。
•
スコットランド
386
北アイルランド
387
ITMB 学位を通じた人材開発を支援する。
インターンシップを通じた IT 関連キャリアや実践的スキルに対する
学生の認識を向上させる。
ウェールズ産業界のニーズにそった大学の学位プログラムとすべ
く、企業からのインプットを組み込む。
GCSE や Welsh Baccalaureate Principal Learning in IT385、見習いプログ
ラム(apprenticeship)に対して企業からのサポートを受けられるよう
連携に勤める。
e-Skills UK は ス コ ッ ト ラ ン ド 企 業 及 び ス コ ッ ト ラ ン ド 政 府 、 Skills
Development Scotland、Highlands and Islands Enterprise などを含むステー
クホルダーと協力した取り組みを行っている。具体的には、Edinburgh
Napier University 及び ScotlandIS とパートナーシップを結び、過去 3 年間
で 750 以上の産業界での学生のインターンシップを実現した。
北アイルランドでは、北アイルランド政府の Department for Employment
and Learning により、「Success through Skills: A Skills Strategy for Northern
Ireland388」が 2011 年 5 月に発表されている。IT 分野に特化した内容とし
ては、Department for Employment and Learning は e-Skills UK などの民間
団体とともに、2009 年から 2011 年まで毎年「 ICT Future Skills Action Plan」
の進捗報告及び 1 年間の計画を発表している。
出典:E-Skills for the 21st Century 及び e-Skills UK ウェブサイトを基に作成
8)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
関係者によれば、英国政府は、過去 4-5 年間で、産学連携に関連する取り組みで合計
約 5 億ポンド規模の投資を行なっていると試算しており、主な例には BIS 傘下のイング
ランド高等教育資金会議(Higher Education Funding Council for England:HEFCE)による
高等教育イノベーション基金(Higher Education Innovation Fund389)が挙げられ、同基金
383
384
385
386
387
388
389
http://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/england/
http://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/wales/
http://www.e-skills.com/education/schools/enriching-the-curriculum/welsh-baccalaureate/
http://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/scotland/
http://www.e-skills.com/about-e-skills-uk/e-skills-in-the-nations/northern-ireland/
http://www.delni.gov.uk/index/publications/pubs-successthroughskills/success-through-skills-transforming-futures.htm
http://www.hefce.ac.uk/econsoc/buscom/heif/
265
を利用して産学連携による研究開発等の取り組みにも助成金が提供されたとしている390。
一方、産学連携教育でも、特に研究開発が核となっているプロジェクトでは、後述す
る BIS 傘下の Technology Strategy Board(TSB391)や BIS 傘下の英国研究会議(Research
Councils UK:RCUK392)が財政支援を行っている。
また、人材育成に焦点を置いたものとしては、後述の BIS による見習い制度促進に向
けた財政支援のほか、UKCES が企業や民間団体による関連業界の人材育成イニチアチ
ブ促進を目的とした財政支援を行っている(Growth and Innovation Fund 及び Employer
Investment Fund)393。UKCES は、2011 年までに 14 業界 24 プロジェクトに対して、合計
約 1,100 万ポンドの資金提供を行っており、上述の e-Skills UK による「AmbITion」プロ
グラムも同支援に含まれている394。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
BIS の 2011 年 3 月に発表した成長戦略395では、16 歳以上の教育において、学生がイン
ターンシッププログラム等の職場経験を得るための取り組みに今後 2 年間で 450 万ポン
ドを予定していると発表した。また、この間に中小企業業界団体や企業と協力し、学生
の職場経験を実施する上での法的問題の洗い出しやその他の課題の解決に向けてあわせ
て取り組んでいくこととしている。なお、同プログラムには、IT 以外の業界も含むもの
であり、IT に特化したものではない。
この他、2011 年度成長戦略では、見習い制度(Apprenticeship)及び生涯学習も重要な
項目にあがっている。英国における見習い制度は中世にまで遡るといわれ、1563 年には
関連法が設定されている396。その後、さまざまな制度改革が行われ現在は BIS の監督の
下、推進されている。現在の見習い制度では、訓練生の専門スキルが、採用する企業が
欲している人材スキルと直接関係のあるものでなければならないとされる。また、見習
いは 1 年間に最低 280 時間の公式トレーニングを受けることが定められている。2010/11
年度、約 44 万人が見習いを開始した。なお、BIS の 2011/12 年度の見習い制度向け予算
は総額 14 億ポンドである。見習い制度では、タイプ分けがされているが、中でも高度な
スキルを要する職種タイプ(Higher Apprenticeship)に IT 専門家(ICT Professional)は含
まれている397。この IT 専門化を含む高度スキル人材に対して、2011 年 7 月 22 日、BIS
は、高度スキルを必要とする職場での見習いを支援するための資金として、2500 万ポン
ドの予算をつけることを発表している。
390
391
392
393
394
395
396
397
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
http://www.innovateuk.org/
http://www.rcuk.ac.uk/Pages/Home.aspx
http://www.ukces.org.uk/ourwork/sector-skills-councils
なお、2011 年 11 月 24 日には、2012 年度以降、新たに 6,100 万ポンドを投じる計画を発表している。
http://www.bis.gov.uk/policies/growth/the-plan-for-growth#education
http://www.apprenticeships.org.uk/About-Us/History-of-Apprenticeships.aspx
http://www.apprenticeships.org.uk/Types-of-Apprenticeships/Information-and-Communication-Technology/
ICT-Professional.aspx
266
10) 産学連携プログラム
大学レベルでの高度 IT 人材育成を目的とした主な産学連携プログラムには以下が含
まれる。いずれも e-Skills UK が中心となって進めているあるいは関与しているプログラ
ムが目立つ。
• Information Technology Management for Business degree (ITMB398):
ITMB は、実際のプロジェクトチームに入りチームの中で効率的に任務を果たし、
またクライアント対応を行うことのできる人材を育成したいという企業の要望に
応えて開発された学位で、技術とビジネスの両方を学ぶことを目的とする。企業が
大学と連携してカリキュラムを作成した。ITMB は、現在英国にある 13 大学で提
供され、約 50 社の企業によって支援されている。学生は、業界第一人者たちの講
義、表彰制度、プロジェクト実施、後半な実地での経験等の機会を得ることができ
る。
• e-skills Professional Placement399:
e-skills Professional Placement は e-Skills UK が推進するいわゆるインターンシップ
推進プログラムである。企業主導としつつ、e-Skills UK によるサポートやガイダン
スを踏まえて、全国の大学が学生にインターンシップの機会を提供している。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
英国において企業と大学との連携・提携の形態としては、カンファレンス参加、卒業
生の採用、共同研究、インターンシップ等の学生の職場経験の機会提供、契約研究、大
学による社員教育、コンサルティング、企業内での卒業後トレーニング(見習い制度等)、
研究等の施設設立などが含まれる。これは AIM Research が社会経済学研究への資金提供
をする団体 Economic and Social Research Council(ESRC)のサポートを受けて、英国産
業界及び大学への聞き取り調査の結果をまとめた報告書「The Search for Talent and
Technology: Examining the attitudes of EPSRC industrial collaborators towards universities
(2009 年 1 月)400」において、特定されている連携項目である。また、AIM Research の
聞き取り調査の結果(複数回答有)、50%以上の企業が行っていると回答したものは、カ
ンファレンス参加(回答率 90%)、卒業生の採用401(72.2%)、共同研究(65.7%)、イン
ターンシップ等の学生の職場経験の機会提供(61.9%)であった。人材確保において、
大学と企業間で連携が見られることがわかる。
398
399
400
401
http://www.e-skills.com/ITMB
http://www.e-skills.com/education/he-and-fe/student-placements-e-skills-internships/
http://www.cbr.cam.ac.uk/pdf/UKirc_Wksp_4-5Jun_Presentations/
Session_3_Ammon_salter_AIM_Search_Talent_2009_paper.pdf
学生向け就職センター等と企業が連携して採用イベントなどを実施していることを指す。
267
b.
調査対象国における関係機関の役割分担
企業が取り掛かりのアイディアと資金を提供、大学がスキル・ナレッジをもった人材
を供給するという役割分担が一般的である。上述の AIM Research 調査では、産学連携に
おいて大学及び企業が双方に対して貢献している項目について調査されており、この結
果から大学及び企業が産学連携に果たす主な役割を知ることができる402。企業が大学に
対して貢献できる最も重要な項目として、研究プロジェクトのアイディア提供(大企業:
54.8%、中小企業:41.2%)、研究資金提供(39.2%、24.2)、材料・機器の提供(28.3%、
26.8%)があげられている。一方、大学が企業に提供しているメリットとしては、長期
的な協力関係の構築(52.8%)、優秀な人材探しと採用(33.9%)の 2 点が挙げられてい
る。
上 記 調 査 の 他 、 EC に お け る 産 学 連 携 イ ニ シ ア チ ブ 「 産 学 連 携 イ ニ シ ア チ ブ
(University–Business Cooperation initiative)」が 2011 年 8 月付けで発表した欧州における
産学連携の状況を調査した「欧州における産学連携の状況(The State of European
University‐Business Cooperation403)」には、産学連携における大学と産業界の役割が示さ
れている。この中で大学の役割は以下の通りである。
(1)大学としての産学連携戦略の策定
(2)産学連携を支える組織構造・アプローチの検討・導入
(3)実際の産学連携活動の計画・実施等
一方、企業の役割には以下が含まれる。
(1)大学と連携して産学連携戦略を策定
(2)大学における組織構造の構築やアプローチの検討・導入に対して資金的サポート
を提供
(3)大学による産学連携活動に参加
同調査は、高等教育機関に対して、産学連携の際に求められる役割への関与度を尋ね
たものである(10 段階評価で回答)。ここで英国は特に、産学連携を支える組織構造・ア
プローチの点で、他国よりも抜きんでた特徴を示している。
表 3-9
欧州4ヶ国における高等教育機関の産学連携に対する評価(10 段階評価)
(英国との比較)
英国
)
(153)
ドイツ
(281)
フランス
(213)
オランダ
(83)
産学連携戦略
6.1
5.3
5.7
5.8
産学連携を支える組織構造・アプローチ
7.3
5.2
6.0
5.5
5.7
5.7
6.0
産学連携活動の実施
6.5
※国名の下にある括弧内の数値は各国で回答した高等教育機関の数
出典:The State of European University‐Business Cooperation404より作成
402
403
404
http://www.cbr.cam.ac.uk/pdf/UKirc_Wksp_4-5Jun_Presentations/
Session_3_Ammon_salter_AIM_Search_Talent_2009_paper.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
268
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
産学連携を通じた人材育成施策でイニシアチブを発揮してきたのは、先に触れた SSC
である。一方、産学連携の研究開発については、Technology Strategy Board(TSB405)が
重要な役割を果たしている。TSB は英国政府におけるイノベーション推進機関である。
2007 年に英国政府によって設立された NDPB であり、BIS が管轄している406。TSB は、
企業のイノベーションを推進するための政策提言を政府に行ってきた。TSB による代表
的産学連携プログラムには、Knowledge Transfer Partnerships(KTP、後述)がある。
また、BIS 傘下の英国研究会議(Research Councils UK:RCUK407)も重要な役割を担
っている。RCUK は特定分野の研究プロジェクトに対して資金を提供しているファンデ
ィング機関であり、いずれも NDPB である。現在 7 機関あり、IT 関連の RCUK は
Engineering and Physical Sciences Research Council(EPSRC)と Science and Technology
Facilities Council(STFC)がある408。例えば、EPSRC は、産学連携による研究開発推進
のほか、次世代の研究リーダーを育て、持続可能な研究活動を進めていくための Industrial
Doctorate Centers や Centers for Doctoral Training 設立を行ってきた409。
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
短期的な成果を求められる企業では困難な長期的視点での研究や、最先端研究を行う
ために、企業は産学連携をこれまで活用してきた。先の AIM Resarech 調査では、企業が
大学との連携に踏み込む理由として、最先端研究へのアクセス(57.3%410)、問題解決手
法へのアクセス(42.6%)、研究開発施設へのアクセス(41.4%)、研究人脈へのアクセ
ス(38.5%)が上位に入ってきた411。しかし、近年の傾向として、産学連携研究開発によ
る利点を企業側があまり実感しなくなってきたことから、企業が産学連携に求める内容
が人材確保に傾いてきていると、AIM Research 調査で指摘されている。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
BIS は、産業界の競争力強化を産業界自らの積極的な行動に求める「industrial activism」
的なアプローチに求めている412。ただし、人材については、政府が大学における人材育
成を後押しすることで、優秀な人材を産業界に提供するための努力をしている。具体的
には、BIS は、国家の人材戦略である「Skills for Growth」に加え、英国の大学が世界ト
ップレベルを維持し、英国産業界が必要とする高レベルの人材を産業界に提供し続ける
405
406
407
408
409
410
411
412
http://www.innovateuk.org/
http://www.innovateuk.org/aboutus.ashx
http://www.rcuk.ac.uk/Pages/Home.aspx
http://www.rcuk.ac.uk/pages/home.aspx
http://www.bis.gov.uk/assets/biscore/science/docs/a/10-1356-allocation-of-science-and-research-funding-2011-2015.pdf
大企業・中小企業をあわせた数値。以下、同様。
http://www.cbr.cam.ac.uk/pdf/UKirc_Wksp_4-5Jun_Presentations/
Session_3_Ammon_salter_AIM_Search_Talent_2009_paper.pdf
eSkill 21
269
ことを目指す「Higher Ambisions413」と題する戦略を打ち出した。同戦略において、産学
連携の重要性が繰り返し述べられており、英国政府は産学連携を相互利益をもたらし、
英国の成長と人材政策において重要な取り組みであると捉えていることが分かる。また、
新政権においても産学連携を重視する姿勢は、前政権と大きな変化はないと業界関係者
は指摘している414。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
BIS 傘下の TSB と EPSRC などの RCUK
415
が協力して取り組んでいる Knowledge
Transfer Partnerships (KTP416)は、産学連携プロジェクトに対する政府関与の代表例で
ある。KTP では民間セクターによる広範な技術を基礎と、大学や研究機関が抱える人材
とを活用し、産学連携で新製品及びサービスを開発する取り組みを支援するものである。
KTP を通じて、専門分野における人材交流や知識共有を促進し、企業競争力を高め、人
材育成を図ることを狙っている。KTP では、政府が一部資金を提供、残りを企業が負担
するマッチンググラントの形態を採っている。KTP が現在、重点分野としている業界に
はクリエイティブ産業(映画、ゲーム、ファッションなど)、工学・製造、第 3 セクター
と並び、IT 業界が含まれている。また、KTP スキームは、TSB と RC だけではなく、
他の政府機関や地方政府の開発局(Regional Development Agencies:RDA)でも採用され
ている。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
英国では、従来大企業が以前から大学での研究開発に多大な投資を行なってきた417。
しかし上述のとおり、大企業による大学での長期的視点での研究開発への魅力が減少の
傾向にあり、人材獲得への重点が強まっている418。
こうした中、中小企業も大学での研究開発に参加できるようにする取り組みが行われ
ている。英国の非営利組織、産業高等教育委員会(Council for Industry and Higher Education:
CIHE)は中小企業の研究開発ニーズの調査を含むプロジェクトに取り組んでおり、共通
したニーズを持つ複数の企業が協同で同一の大学での研究開発に取り組む手助けをし、
大企業と大学の研究開発協力に似たシステムをつくる努力を進めている419。こうした中
小企業の参加が増えたことで、英国における産学連携の事例の数自体は増えているとの
見方もある420。
413
414
415
416
417
418
419
420
http://www.bis.gov.uk/assets/biscore/corporate/docs/h/09-1447-higher-ambitions.pdf
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
http://www.epsrc.ac.uk/SiteCollectionDocuments/Publications/corporate/EPSRCAnnualReportAndAccounts2010-11.pdf;
http://www.epsrc.ac.uk/funding/grants/business/schemes/Pages/knowledgetransferaccounts.aspx
http://www.ktponline.org.uk/
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
http://www.cbr.cam.ac.uk/pdf/UKirc_Wksp_4-5Jun_Presentations/
Session_3_Ammon_salter_AIM_Search_Talent_2009_paper.pdf
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
270
関係者によれば、英国での産学連携の妨げとなっている問題は主に、産学間の文化の
違い、資金分担、知的財産権に関わるものである。これらに加え、長期戦略的プランの
欠如も産学連携の失敗に繋がることが多い。任意の教授や企業が長期的プランを持たず
に始める産学連携はたいてい長続きせず、このことを踏まえて長期的戦略を組んだ産学
連携が増えている421。
5)
産学間の人的交流状況
KTP では人的交流を目的としたプログラムへの支援を対象としている422。しかし、そ
の交流は、大学教授が比較的柔軟に産官学のポジションを移動するという形ではなく、
基本は大学の教授・講師としてのポジションを維持しつつ、産業界に一時的に籍を置く、
あるいは企業から特別講師といった形で招かれるケースが主な人的交流の方法として想
定されている。例えば、英国王立工学アカデミー(Royal Academy of Engineering:RAE)
が 2007 年 6 月に発表した提言「Educating Engineers for the 21st Century423」によれば、産
業界で役立つ人材を育成するため、産業界ニーズをカリキュラムに取り込むために、人
材交流が必要としているが、主な人的交流方法としては、企業からの客員講師(Visiting
Professors)や大学から企業への訪問講師(Visiting Lecturer)、大学から一時配置換え
(Secondment)による企業経験等にとどまっており424、企業からの教授・講師の採用等
にまで踏み込んだ記述はされていない。
なお RAE が言及している人的交流は具体的には、
「Visiting Teaching Fellows」という制
度により現役のエンジニアを 2 年間の期限で大学の客員講師に就かせたり425、「Visiting
Professors’ Schemes」という制度で経験豊かなエンジニアを客員教授として大学に派遣す
る取り組みを指す426。
企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られていない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
英国政府は BIS 及びその傘下の機関を中心として、上述のように、産学連携や人材育
成に向けて、戦略の発表、助成金の提供等で支援している。なお、関係者によれば、2012
年 2 月には政府からの産学連携向上のための提言を含む報告書が出版される予定であり、
さらに産学連携を促進するための税制検討もなされているとのこと427。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
英国企業は産学連携において大学に開発研究を委託するのみでなく、若い人材の育成
421
422
423
424
425
426
427
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
http://www.epsrc.ac.uk/funding/grants/business/schemes/Pages/knowledgetransferaccounts.aspx
http://www.raeng.org.uk/news/publications/list/reports/Educating_Engineers_21st_Century.pdf
http://www.raeng.org.uk/news/publications/list/reports/Educating_Engineers_21st_Century.pdf
http://www.raeng.org.uk/education/vtf/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/default.htm
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
271
にも繋がるべきだと実感しており、英国での産学連携の事例のほとんどが開発研究と人
材育成の両方に関わるものである428。
8)
産学連携に対する企業・大学の姿勢
英国の企業・大学共に産学連携への投資が長期的な成功に繋がると考えており、特に
CEO や副学長といった、両サイドの幹部レベルの人物はその重要性を理解している。し
かしそれと同時に、産学連携の確立には障害が多いということもよく理解されている。
特に、産学間での文化の違いから、両サイドの一般教職員レベルまで産学連携の重要性
の理解が浸透していないことが多い429。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
英国 IT 業界は成長産業であり、高付加価値雇用を創出するとの認識から、英国経済に
おいて同業界の重要性は高く評価されている。英国の IT 分野は欧州最大の規模であり、
2012 年までには 290 億ポンド以上に成長すると予想されている430。また、IT 業界の 100
万人以上の雇用者は、英国 GDP の 10%を担っている431。さらに、英国における労働者一
人当たりの GVA(Gross Value Added:祖付加価値)でみると、IT 業界の労働者は、英国
労働者平均の 3.5 倍の規模との試算もされている432。
英国政府はこうした状況を踏まえ、様々な機会を通じて英国における IT 業界成長の重
要性を指摘してきた。具体的には、「Digital Britain」において、(英国の)ICT 業界は経
済全体の活性化にとって非常に重要であり、他の業界にも影響を及ぼすとの認識の下、
ICT 産業の積極的行動を促すための重要戦略の1つと述べている433。
また、e-Skills UK は 2010 年 1 月、
「デジタル経済を目指した戦略的スキル評価(Strategic
Skills Assessment for the Digital Economy)434」と題する報告書を作成した。同報告書にお
いて、
「デジタル技術は経済の全分野で生産性と競争力を上げる最大の手段である。デジ
タル技術は、欧米経済において将来の大部分の雇用を創出し、地球規模の技術サービス
と世界に通用するコンテンツを輸出することで、富裕世代に実質的なチャンスを提供す
る」と述べている。
2)
IT 産業の中心都市・地域
「ケンブリッジの奇跡」とは、Cambridge Science Park が 1976 年に最初のテナントを
428
429
430
431
432
433
434
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
CIHE デイビッド・ドカティー氏(David Docherty)へのインタビューに基づく。
http://www.ukti.gov.uk/ja_jp/investintheuk/sectoropportunities/ict.html
http://www.ukti.gov.uk/ja_jp/investintheuk/sectoropportunities/ict.html
http://www.skillset.org/uploads/pdf/asset_14618.pdf?1 page 5
eSkills for the 21st Century Final Report October 2010
http://www.skillset.org/uploads/pdf/asset_14618.pdf?1 pp.5
272
得てから 300 以上ものハイテク企業が出現した様子を意味し、Segal、Quince、Wicksteed
(SQW)が 1986 年に作り出した表現である。この数字は 1990 年代も伸び続け、1999
年には 3 倍以上となった。1999 年末には、ハイテク企業の数は合計 959 社となり、3 万
1 千人以上を雇用するにいたった。地域への経済的影響に関しては、Cambridgeshire 郡に
おいて、ケンブリッジ地域が全ハイテク企業の 60%、また全ハイテク産業従事者の 70%
以上を占めた435。
シリコンバレーと同様、ケンブリッジも政府の政策なしで起業家活動を成功させた例
である。クラスターとしての存在期間が比較的長く、技術ベンチャーキャピタルおよび
産学連携がゆっくり発展したことを示すものとされる436。シリコンバレーおよびケンブ
リッジのどちらも、大学と起業家の組合せが、うまく機能し、それらが有機的に発展し
たことが、ケンブリッジの成功要因といわれる437。
英国ケンブリッジ市は、大企業から地元の中小企業まで数多くのハイテク企業とレベ
ルの高い大学および研究施設が集まる街で、産学間のつながりが非常に強く、欧州にし
ては珍しくアントレプレナーシップ型企業の参加が多く、政府があまり関与しない大型
のハイテク・クラスター「ケンブリッジ・リサーチ・クラスター」を擁している。同ク
ラスターの中心となるのは著名なケンブリッジ大学である。ケンブリッジにおける産学
連携の歴史は 1986 年にまで遡り、ケンブリッジ大学卒業生が市内の産業界との連携強化
に取り組み、民間企業の研究センターの発展に取り組んできて現在の強い産学パートナ
ーシップの土台を築いてきた。研究センターの設立は、主に国内外の大企業からの出資
により建設される例が多い。代表的な例として、1999 年に AT&T が買収した Olivetti and
Oracle Research Laboratory は、ケンブリッジ大学卒業生 Dr. Andy Hoppe が設立、Virata、
Telemedia、Adaptive Broadband などのベンチャー企業を送り出している。
こ れ ら の パー ト ナ ー シッ プ 強 化 の成 功 の 背 景に は 、 地 元企 業 間 の ネッ ト ワ ー ク
Cambridge が立ち上げた Cambridge Connect と呼ばれるウェブサイトを通し地元の企業が
利用できる研究施設の宣伝を行ったり、Cambridge Futures という、ケンブリッジ市内の
将来成長予測を行う産学同盟を民間セクターからの出資で立ち上げたりする地元の結束
がある。
他には、1998 年には、地元の企業、地方政府、大学の間でケンブリッジ市の将来的な
経 済 戦 略 に つ い て 統 一 し た 目 標 を 掲 げ 実 現 に 取 り 組 む パ ー ト ナ ー シ ッ プ Greater
Cambridge Partnership が開始されている。この取り組みの一環として、企業が拡大する
にあたり直面した土地不足などの問題の解決があり、広大な土地を所有する大学などが
地域開発の支援をした。
435
436
437
http://papers.ssrn.com/sol3/Delivery.cfm/SSRN_ID302958_code020313670.pdf?abstractid=302958&mirid=1 pp.1
http://papers.ssrn.com/sol3/Delivery.cfm/SSRN_ID302958_code020313670.pdf?abstractid=302958&mirid=1 pp.28
http://papers.ssrn.com/sol3/Delivery.cfm/SSRN_ID302958_code020313670.pdf?abstractid=302958&mirid=1 pp.28
273
3)
IT 人材輩出のための一般的教育プロセス
英国で高度 IT 人材としてのキャリアを目指す場合、多くが大学で学位を取得している。
ただし、英国企業の採用は、IT 専門学位を取得した学生に限らず、高いパーソナルスキ
ル、能力、知性を求めて、IT 専門人材と同程度の割合で IT 以外の学部を卒業した人材
も採用している438。企業入社後、企業の大半は、自社の IT スタッフに対して民間サービ
スを利用したトレーニングを受講させている。特に民間企業の承認資格(Proprietary
Qualifications)関連講座の人気が高い。IT 人材の 3 人に 1 人が(3 ヶ月間に)仕事に関
連するトレーニングを受けているが、労働人口全体に占める就職後のトレーニング受講
率よりやや高い割合となっている439。
この他、大学入学以前の段階で、IT 業界キャリアを目指すのか、あるいは関連学科へ
の進学を希望するかなどを見極めるために、上述の見習い制度(Apprenticeship)を利用
することもできる440。また、義務教育(5~16 歳)を修了時に英国のほぼ全員の生徒が受
験するスタンダードな試験 GCSE(General Certificate of Secondary Education)および英国
の大学への入学資格として最も広く認められている資格試験「A」レベルと併せて、高
校時代から産業界ニーズにあった IT スキルを学習することができる資格制度「Diploma
in IT 441」などを利用して専門スキルを身につけることができる制度も準備されている。
Diploma in IT のカリキュラム開発にあたっては、産学が連携して取り組んでいる。
4)
IT 人材が直面する課題
上述の「Strategic Skills Assessment for the Digital Economy442」に示すとおり、英国 IT 業
界をめぐる IT 人材関連の課題として、産業界が求めるスキルを持った人材の不足、教育
機関における人材育成の問題、既存の資格制度や専門家向け公的トレーニングの問題が
あると指摘している。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
英国ではイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドで制度が少し
ずつ異なっている。以下、代表的な教育制度として、イングランドの教育制度の概要を
取り上げる。イングランドでは、1996 年に設立された英国教育法(Education Act)に義
務教育制度が定められている443。なお、イングランドでは義務教育から高等教育機関ま
で 3 学期制(9 月 1 日開始)を採用する教育機関が多い444。
438
439
440
441
442
443
444
http://www.employment-studies.co.uk/pubs/summary.php?id=dfessd5
http://www.employment-studies.co.uk/pubs/summary.php?id=dfessd5
http://www.bigambition.co.uk/16-19/
http://www.e-skills.com/diploma
http://www.skillset.org/uploads/pdf/asset_14618.pdf?1
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/United-Kingdom-England:Redirect
なお、大学については、2 学期制を採用している大学も一部ある。
http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/pdf/02-8.pdf
274
a.
義務教育
英国(イングランド)の義務教育は 5~16 歳までの 11 年間であり、4 段階のキーステ
ージ(key stage)に分かれている445。キーステージ 1(幼児部)は 5 歳~7 歳、キーステ
ージ 2(下級部)は 7 歳~11 歳、キーステージ 3 は 11 歳~14 歳、キーステージ 4 は 14
歳から 16 歳である。キーステージを 4 段階に分けるのは、イングランド全体で統一され
ているが、各ステージをどの教育機関に含めるかは地域によって異なる。例えば、初等
教育の後、8 歳か 9 歳でミドルスクール、12 歳か 13 歳でアッパー・スクールに入学する
システムを採用している地域もある。また、中等学校の中には、義務教育の 16 歳までを
受け入れる学校と、18-19 歳まで(シックスフォーム、後述)課程までを提供する学校
とがある。
b. 初等教育
初等教育は、キーステージ 1(幼児部)と 2(下級部)に分かれており、幼児部と下級
部は 1 つの学校に併設されていることが一般的である(別々に設置されている場合もあ
る)446。特に、キーステージ 1(幼児部)の児童向けの小学校教育では、クラスの児童数
は 30 名以下とすることが法律で定められている447。幼児部・下級部のほか、ファースト・
スクールやミドルスクール、私立のプレパラトリー・スクールなどが設置されている場
合もある。
c.
前期中等教育
キーステージ 3 と 4 が前期中等学校(lower secondary school)に含まれる。前期中等教
育は通常 11 歳から開始される。大多数は選抜試験のない総合制中等学校に進学するが、
この他、選抜制のグラマー・スクールやモダン・スクール、アッパー・スクール、私立
のパブリック・スクール等もある。
d. 後期中等教育
16 歳で義務教育終了後も、大部分の生徒は教育を受け続ける。特に、2008 年教育・ス
キル法(Education and Skills Act)は、18 歳の誕生日を迎えるまで、イングランドの若年
者は教育機関においてフルタイムの教育を受けるか、仕事をしながら教育訓練を受けた
り、パートタイムで教育や訓練を受けることが求められるようになったことも影響して
いる448。
445
446
447
448
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/United-Kingdom-England:Overview; なお、イングランド
の義務教育はかならずしも学校機関に就学させる義務はない。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/
United-Kingdom-England:Organisation_of_Primary_Education
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/United-Kingdom-England:Overview
275
後期中等教育の代表的な教育課程・機関として、高等教育機関への準備教育を主に行
っている、中等学校のシックスフォーム課程や、中等学校から独立した教育機関シック
スフォーム・カレッジなどがある。
大学入試資格試験は通常 17 歳と 18 歳で受験される。2 年間で 2~4 回試験があり、点
数は積算制を採っている449。
e.
高等教育
英国の高等教育機関には、大学、高等教育カレッジ、継続教育カレッジがある。大学
や高等教育カレッジは通常 3 年間である。継続教育カレッジは、職業教育を中心として
義務教育後に行われる様々な教育が含まれている。
図 3-7
英国の学校系統図
出典:文部科学省「平成 22 年度 教育指標の国際比較」450
2)
労働力についての課題
英国政府は英国の景気回復には、労働者のスキル向上の必要性があるとの認識のもと、
449
450
http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/pdf/02-8.pdf
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
276
労働者のスキル向上を目指すための政策やイニシアチブの作成を行ってきた。IT 業界と
の関係では、いわゆる高度 IT 人材だけではなく、一般市民のデジタルリテラシーを高め、
雇用機会を国内だけではなく、海外にも広げられるようにすることについて、取り組む
必要があると考えられている。
そのほか、労働力一般の課題として、高齢化による人口構成の変化、民族的多様性の
増加、失業者の増加などが指摘されている(Local Government Workforce Strategy451, 2010
年)。特に、高齢化については、UK Chartered Institute of Personnel and Development が 2010
年 9 月に発表した報告書によると、
「英国ビジネスは労働者の高齢化への対応が全く準備
不足である」とし、英国企業の幹部クラスは高齢化問題について真剣に考えていないと
述べている。
英国の大学では、新卒者を対象に毎年秋から年末にかけて就職説明会を実施し、企業
による面接を通じて採用が行われる。ただしこうした採用方法をとる企業は減少傾向に
あり、個別に採用を行う企業が増えている。学生の就職活動の開始時期は、卒業前 54%、
卒業時 21%、卒業後が 27%と分散している。
英国には終身雇用制度は存在しない。ただし、労働組合の影響が強い業種等では簡単
に解雇できない場合もある。採用者にしめる大学新卒者の比率は低く、経験者のみを採
用する企業も増えている。
451
http://www.idea.gov.uk/idk/aio/18895188
277
(5) フランス
① 政策
1)
戦略
フランス政府は、高度 IT 人材育成政策もしくはその要素を含む政策は発表していない
と、EC 主導の「21 世紀の e スキル」戦略に関する欧州加盟国の導入状況を調査した報
告書「Evaluation of the Implementation of the Communication of the European Commission:
e-Skills for the 21st Century」は指摘している452。例えば、フランス政府による IT 関連の主
要戦略としては、2008 年に発表された「デジタル・フランス 2012:デジタル経済のため
の開発計画(Digital France 2012: Development Plan for a Digital Economy453)」がある。しか
し同戦略はフランスと諸外国との差を埋めることに重点を置いた戦略であり454、高度 IT
人材に関する項目は含まれていなかった455。
2)
ロードマップ
高度 IT 人材に特化した内容ではないが、Digital France 2012 に関連して、フランス経
済産業雇用省の下に設立された産業界・大学からの有識者による諮問委員会 National
Conference of Industry(CNI)は、重要産業セクターの 1 つとして IT 業界に関連した委員
会(Technology and Services Information and Communication)を設置、同委員会は高度 IT
人材育成に関する項目を含めたフランス IT 業界成長のための「ロードマップ」提案を作
成している456。同提案では、フランス IT 業界発展に必要とされる環境整備に関する項目
の中で、関係する専攻分野を持つ高等教育機関を発展させ、こうした分野に学生が関心
を持つように取り組む、生涯教育の拡張等についても触れられている。なお、同委員会
を含めた CNI 傘下のすべての委員会の提案をまとめた中間報告が 2010 年末に出されて
いるが、最終提案を含めたその後の動向については公開されていない457。
3)
重要性
フランス政府は「Digital France 2012」に代表されるように、デジタル経済の重要性を
認識した取り組みは行っているが、人材育成については、生涯学習や職業訓練が中心で
あり、高度 IT 人材育成に関する政策は特にない。こうしたことから、政府として高度
IT 人材育成を特に重視しているという姿勢は伺えない。こうした中、高度 IT 人材育成
の重要性に関する認識を高めようとする活動については、政府関連団体や民間団体等の
間に見られるようになっている458。
452
453
454
455
456
457
458
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf
http://www.francenumerique2012.fr/
http://merlin.obs.coe.int/iris/2008/10/article14.en.html
E-Skills for the 21st Century 2010
http://www.economie.gouv.fr/files/files/import/2011_france_numerique_consultation/2011_france_numerique_csf_stic.pdf
http://www.industrie.gouv.fr/egi/cni/comite-strategique.html
Conservatoire des arts et métiers (www.cnam.fr)、Cité des métiers (www.cite-sciences.fr)、Office national d’information
sur les études et les professions (www.onisep.fr)などが
278
4)
課題
フランス労働市場調査を実施しているフランス雇用促進センター(Pole emploi459)の
2010 年の調査結果によれば、企業のニーズにあった IT 人材の不足が指摘されており、
IT 関連の採用募集ポジションのうち、53%のポジションにあった人材を探すことができ
なかったと報告されている460。
また、理数科目への学生の興味の低下により、同分野への進学率が減少しているとい
う問題が欧州で問題となっており、フランスでも同様の問題を抱えている461。フランス
では、政府主導で数学オリンピックなどのプログラムを通して理数科目を啓発する努力
がすすめられているほか、学術機関と学生とのコミュニケーションを深める目的でグラ
ンゼコールの 1 つであり、国立のエリート校として知られる Ecole Normale Supérieure の
教授が各種イベントで同校のコンピュータサイエンス学部を紹介する講演を行うなど、
科学技術系への若年層の関心を高めるための活動に関与している。
5)
担当政府機関
高度 IT 人材育成に関する政策はないが、フランス高等教育省(French Minister for
Higher Education)の傘下の特別高等教育機関(grand établissement)の 1 つである National
Handcraft and Trade Conservatory462は、C2i と呼ばれる IT 認定資格を 2006 年に開始してい
る463。C2i は、コンピュータ及びネットワークに関するスキルのコンピタンスを示すこと
を目的としており、高等教育機関における学生のトレーニングを通じて、IT 関連技術を
育成し、その習熟度を証明するための資格制度である。2006 年に 6150 名が受講し、53%
が資格認定を受けた。2009 年には 18,300 人が参加、69%が認定を受けている。このよう
に全体としては増加傾向にあるが、2008 年から 2009 年には受講数が減少の傾向にある。
6)
他の国家戦略の関係性
高度 IT 人材育成に関する政策は非常に限られているが、フランス教育省(Ministry of
Education)は、小学生~高等学校レベルの学生が、マルチメディア・ツールを使いこな
すために必要とされるスキル認定である B2i を提供している464。また、State Department for
the Development of IT Businesses は、フランスのデジタル・エコノミー関連政策推進にあ
たり、関連機関との連携を担っており、特にインターネットの普及やデジタルデバイド
解消に取り組んでいる465。
459
460
461
462
463
464
465
http://www.pole-emploi.fr
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf; 本資料の中で、Pole emploi が実施
した最新の調査結果として示されている。
Jean Ponce, School of Computer Science, ENS への 2012 年 1 月 20 日のインタビューに対するコメント
Conservatoire National des Arts et Métiers;
http://the.cnam.eu/lifelong-learning-for-everyone-welcome-to-the-cnam-home-page-103491.kjsp
E-Skills for the 21st Century 2010
http://www.education.gouv.fr/cid2553/le-brevet-informatique-et-internet-b2i.html
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf
279
7)
予算
高度 IT 人材向けの政策が策定されていないため、政策に連動した予算も特にない。
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
上述のとおり、高度 IT 人材育成に関するフランス政府主導のプログラムは特に行われ
ていない466。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
スキル標準の取り組みは、フランスの IT 関連業界団体である Club Informatique des
Grandes Enterprises Francaises(CIGREF) 467 が中心となって取り組みが行われている。
CIGREF にはフランスの主要企業468が 100 社以上参加している団体で、1970 年に設立さ
れた。CIGREF 及びそのメンバー企業はビジネスにおける e スキルの利用を促進する活
動に加え、e スキルのトレーニングや国際的に認められている資格の認定も行っている。
また、CIGREF は欧州標準化委員会(CEN/ISS)のメンバーでもある。
スキル標準の取り組みとして、CIGREF は欧州 e コンピタンス・フレームワーク
(European e-competence Framcework:e-CF)作成に深く関与してきた。e-CF 作成では、
英国 Skills Framework for the Information Age(SFIA)とドイツ System of Advanced IT
Training for IT Practioniers(AITTS)に並び、フランス CIGREF の role nomenclature(役割
命令)が参照された。e-CF 完成を受け、e-CF が CIGREF の role nomenclature に組み込ま
れている469。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
公的資格・試験制度としては、国立特別高等教育機関 National Handcraft and Trade
Conservatory470による上述の C2i や、フランス教育省による小学生~高等学校レベルの学
生向けの B2i がある。
なお、IT 関連資格の調整を目指した EC の取り組み「ICT Certification in Europe」が 2011
年に発表した「実施中の ICT 資格(ICT Certification in Action)」調査資料によれば、フラ
ンスでは資格市場(certification market)がそれほど発展していないと指摘されている471。
欧州標準化委員(Comité Européen de Normalisation:CEN)を中心とした「ICT Certification
in Europe」のワークショップでは、主要各国の IT 関連資格のステークホルダー及びその
466
467
468
469
470
471
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf
http://www.cigref.fr/cigref_presentation/
参加メンバー: http://cigref.typepad.fr/cigref_presentation/les_entreprises_membres/index.html
http://www.cigref.fr/cigref_publications/RapportsContainer/Parus2011/
2011_IS_roles_in_large_companies_HR_nomenclature_CIGREF_EN.pdf
Conservatoire National des Arts et Métiers;
http://the.cnam.eu/lifelong-learning-for-everyone-welcome-to-the-cnam-home-page-103491.kjsp
ftp://ftp.cenorm.be/CEN/Sectors/List/ICT/ICT_Cert_Draft_public%20comment.pdf
280
位置関係を示す資料を作成中であるが、フランスについてはそうした状況から現時点で
は整理ができていない。今後、欧州標準化委員(Comité Européen de Normalisation:CEN)
を中心とした「ICT Certification in Europe」のワークショップに参加するフランスの専門
家などが支援して、フランスにおける資格制度の整理を行っていく段階である。
4)
産業界における IT 人材育成に関する支援(企業等への補助)
フランス政府が、高度 IT 人材育成に関する企業の取り組みに対して支援を行っている
事例は特に見つかっていない。また、上述の CIGREF によるスキル標準作成についても、
特に政府の関与については触れられていない。
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
高度 IT 人材育成に特化した政府の支援事例は特に見つかっていない。
ただし、高度 IT 人材に特化したものではないが、高度専門技術について少数精鋭でエ
リート教育を行っているグランゼコール472の一部では、国家公務員である教員に限らず、
学生へも準公務員として給与の給付が行われているところもある。IT 関連教育で評価の
高いパリ高等師範学校(École nationale supérieure:ENS)の学生は給付対象である473。
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
上述のとおり、国立の特別高等教育機関の 1 つである National Handcraft and Trade
Conservatory474は、C2i と呼ばれる高度 IT 人材の IT 認定資格を 2006 年に開始している475。
同資格取得に必要となるトレーニングプログラムも提供されている。
7)
連邦政府・地方政府の役割
地方政府の中には、高度 IT 人材育成を支援するプログラムを提供しているところがあ
る。
具体的には、フランスにおける IT 産業の中心地域のひとつイル・ド・フランス地域で
は 、 同 地 域 の 自 治 体 が 参 加 す る イ ル ・ ド ・ フ ラ ン ス 地 域 協 議 会 ( Conseil régional
d'Île-de-France)が、同地域における若年層の企業での見習い制度や職業訓練プログラム
の質を向上させる目的で、4 億ユーロを投じている476。さらに、企業が見習いを雇う際に
必要となる保険料の負担についても、地域協議会が支払っており、2006 年には 1 億 1100
472
473
474
475
476
フランス独自の教育機関であり、リベラルアーツの教育を目的とする大学に対して、実学に関する専門教育を行
うことを目的に設置されたもの。フランスの公立大学が絶対評価の資格試験の合格者を原則としてすべて受け入
れる仕組みとなっているのに対し、グランゼコールでは相対評価による入学試験制度を課しており、フランスに
おける最も優れた学生の集まる教育機関として知られる。
Jean Ponce, School of Computer Science, ENS への 2012 年 1 月 20 日のインタビューに対するコメント
Conservatoire National des Arts et Métiers;
http://the.cnam.eu/lifelong-learning-for-everyone-welcome-to-the-cnam-home-page-103491.kjsp
E-Skills for the 21st Century 2010
http://www.iledefrance.fr/english/education-training/apprenticeship-an-excellent-route-to-employment/
apprenticeship-an-excellent-route-to-employment/
281
万ユーロが支援された。若者が見習い制度に参加している期間、その住居費、交通費、
教科書購入等に必要な費用についても、地域協議会からの補助金を受けることができる
ケースもある。見習い制度を利用している学生の他、同地域の大学に在籍している学生
向けにも各種補助金の制度を用意しており、2010 年目標に 15,000 名分の学生向け住居確
保にも努めている477。
また、イル・ド・フランス ICT トレーニング(Ile de France Region ICT Training)があ
り、これはイル・ド・フランス地域が提供している IT とマルチメディア分野のトレーニ
(2)第 2 のコンピュータ技術を
ングプログラムである478。特に(1)IT 関連の求職者、
得たいと考えている求職者、
(3)高等教育の卒業者であるにも関わらず、就職活動が難
航している卒業生、(4)同業界に興味を持つ 16 歳から 25 歳の若者を対象としている。
8)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
フランス高等教育省の資金により、非営利組織国家研究技術協会(Association nationale
de la recherche et de la technologie: ANRT)によって運営されている産業研究訓練会議
(Conventions Industrielles de Formation par la REcherche: CIFRE)制度は、産学連携教育へ
の政府財政支援の事例の 1 つといえる。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
フランス高等教育省は、学生向けにインターンシッププログラムに関する情報提供を
行っている479。各大学は、学生のインターンシップ活動を支援するオフィスを設置する
ことが義務付けられており、ここではインターンシップの情報を学生に開示し、就職に
関するクラスを提供している480。
高度 IT 人材に特化したものではないが、上述のようにグランゼコールの一部では学生
へも準公務員として給与の給付が行われているところもあり、こうしたグランゼコール
ではインターンシップは必修科目とされている。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
従来、フランスの研究開発の中心は大企業や国立の大学・研究機関であったが、グラ
ンゼコールや公立大学における研究活動の活発化、中小企業によるイノベーションへの
477
478
479
480
http://www.iledefrance.fr/english/education-training/a-modern-effective-higher-education-system/
a-modern-effective-higher-education-system/
http://www.iledefrance.fr/emploi/les-dispositifs-pour-les-jeunes-et-les-adultes/formation-aux-metiers-culture-et-tic/
formation-aux-metiers-des-tic/
http://www.etudiant.gouv.fr/pid20428/stages.html
http://www.etudiant.gouv.fr/cid49943/
etablissements-enseignement-superieur-comment-preparer-encadrer-stage-etudiant.html
282
期待、大中小企業・研究機関等が集まる特定地域における産業クラスター481による各地
方での研究活動の展開などが促進されるようになっている。そうした中で、産学連携推
進という基本姿勢はフランス政府から出されているが、具体的な取り組みについては、
各クラスターや大学等の個別の取り組みに任されている。
b.
調査対象国における関係機関の役割分担
EC における産学連携イニシアチブ「産学連携イニシアチブ(University–Business
Cooperation initiative)」が 2011 年 8 月付けで発表した欧州における産学連携の状況を調
査 し た 「 欧 州 に お け る 産 学 連 携 の 状 況 ( The State of European University‐Business
Cooperation482)」には、産学連携における大学と産業界の役割が示されている。この中で
大学は、(1)大学としての産学連携戦略の策定、(2)産学連携を支える組織構造・ア
プローチの検討・導入と、(3)実際の産学連携活動の計画・実施等が含まれる。一方、
企業は(1)大学と連携して産学連携戦略を策定し、
(2)大学における組織構造の構築
やアプローチの検討・導入に対して資金的サポートを提供し、
(3)大学による産学連携
活動に参加することが含まれる。
同調査では、高等教育機関に対して大学の役割への関与度を 10 段階評価で回答を求め
た。フランスは、戦略・構造・実施ともにそれほど大きなばらつきは見られない。また、
10 段階評価で 6 以上は「産学連携を支える組織構造・アプローチ」の 6.0 のみであり、
全体的に低いスコアとなっている。
表 3-10
欧州 4 ヶ国における高等教育機関の産学連携に対するアクションレベル
(フランスとの比較)
フランス
(213)
)
英国
(153)
ドイツ
(281)
オランダ
(83)
産学連携戦略
5.7
6.1
5.3
5.8
産学連携を支える組織構造
・アプローチ
6.0
7.3
5.2
5.5
産学連携活動の実施
5.7
6.5
6.0
5.7
※ 国名の下にある括弧内の数値は各国で回答した高等教育機関の数
出典:The State of European University‐Business Cooperation483より作成
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
フランスにおける産学連携を含むイノベーション政策は、中央政府を中心に作成され
てきた484。
481
482
483
484
2004 年に導入されたフランスの地域活性化および競争力強化のための制度。技術革新分野毎に企業、研究機関、
高等教育機関を特定の地域に集約し、高い教育を受けた人材の交流を通じて企業競争力を強化する。2011 年時
点でフランス国内に 71 箇所の産業クラスターが設置されている。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://www.evoreg.eu/docs/files/arwo/
283
フ ラ ン ス の イ ノ ベ ー シ ョ ン 政 策 は 、 フ ラ ン ス 高 等 教 育 ・ 研 究 省 ( Ministre de
l’Enseignement supérieur et de la Recherche)が研究開発政策を策定、関連機関との調整に
あたっている485。また、産業政策の観点から、特に産業クラスター政策は経済・財務・
産業(Ministère de l'Économie, des Finances et de l'Industrie486)の産業技術イノベーション
庁(Les pôles de Compétitivité487)が中心となって取り組んでいる488。
また、産学連携による研究活動を支える資金調達機関や戦略の実行組織として、国立
研究機構(Le financement sur projets au service de la recherche:ANR489)や中小企業におけ
るイノベーション活動を支援する OSEO(Financement de l'innovation et de la croissance des
PME490)などがある。
図 3-8
フランスにおけるイノベーションシステム概念図
出典:France: Innovation System and Innovation Policy491
485
486
487
488
489
490
491
200902_Emmanuel_Muller_Andrea_Zenker_Jean_Alain_Heraud_France_Innovation_System_and_Innovation_Policy.pdf
http://www.evoreg.eu/docs/files/arwo/
200902_Emmanuel_Muller_Andrea_Zenker_Jean_Alain_Heraud_France_Innovation_System_and_Innovation_Policy.pdf
http://www.economie.gouv.fr/
http://competitivite.gouv.fr/politique-des-poles/la-mise-en-oeuvre-de-la-politique-des-poles-depuis-2005-472.html
http://competitivite.gouv.fr/politique-des-poles/la-mise-en-oeuvre-de-la-politique-des-poles-depuis-2005-472.html
http://www.agence-nationale-recherche.fr/
http://www.oseo.fr/oseo/oseo_in_english
http://www.evoreg.eu/docs/files/arwo/
200902_Emmanuel_Muller_Andrea_Zenker_Jean_Alain_Heraud_France_Innovation_System_and_Innovation_Policy.pdf
284
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
欧州におけるボローニャ・プロセスに適応すべくフランスの高等教育システムも変革
を迫られた492。また、フランスの大学は従来、大学と企業との産学連携は非常にまれで
あったが、
(1)産業界との連携がない状態ゆえに、産業や生産システムと大学の研究と
の乖離が大きくなり、
(2)逆に大学と国立研究機関との間の相互交流により両者の差別
化が難しくなり、
(3)従来、専門分野における高度専門職の養成機関であったグランゼ
コールも研究活動に進出しており、
(4)研究成果に対する評価が厳しくなってきたとい
うような状況が重なり、産学連携の取り組みが増加することとなった。
一方、政府の政策も、大きな企業・研究機関に対してまとまった研究開発費用を中央
集権的に交付するという考え方から、研究成果の検証やその移転に対する関心が高まり、
大学・研究機関から産業界への技術やナレッジの移転を促進するような仕組みが組みこ
まれるようになっていった493。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
フランス政府における産業競争力強化に関する施策を担う産業技術イノベーション庁
は、産学連携の具体的施策としてクラスター政策に 2005 年から取り組んでいる494。各ク
ラスターは 5 ヵ年戦略をそれぞれ策定することとされている。こうした中に、職業訓練
や人的リソースを増やすための資金援助など、人材育成に関する要素を組み込んでいる
クラスターがある。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
政府は産学パートナーシップによる研究開発等の促進のためのクラスターの形成やそ
の活動に対して貢献をしている。クラスター形成にあたり、企業、研究所、教育機関を
誘致し、地理的に近い特定地域で作業することにより、関係者間の交流・協調につなが
り、相乗効果を高めることができるという利点がある。こうしたクラスターには、地方
または中央の政府機関が参加する場合がある495。フランス政府は下記の方法で、全国レ
ベルおよび地方レベルでクラスター形成を支援している。
•
優良な研究開発プロジェクトに対し財政的援助を行う(例:Single Interministerial
Fund、Investments for the Future Programme など)。
492
493
494
495
•
クラスターの統治体制に対する部分的な財政的援助を行う。
•
地方の行政機関を通して、財政的援助を行う。
http://www.evoreg.eu/docs/files/arwo/
200902_Emmanuel_Muller_Andrea_Zenker_Jean_Alain_Heraud_France_Innovation_System_and_Innovation_Policy.pdf
http://www.evoreg.eu/docs/files/arwo/
200902_Emmanuel_Muller_Andrea_Zenker_Jean_Alain_Heraud_France_Innovation_System_and_Innovation_Policy.pdf
http://competitivite.gouv.fr/politique-des-poles/la-mise-en-oeuvre-de-la-politique-des-poles-depuis-2005-472.html
http://competitivite.gouv.fr/les-brochures-de-presentation-des-poles/competitiveness-clusters-in-france-787.html
285
•
公的研究支援のための基金をパートナーに加える(French National Research Agency
と OSEO は研究開発プロジェクトに財政的援助を行っている。Caisse des Depots et
Consignations: CDC はイノベーション・プラットフォームを支援している)。
•
地方自治体の協力を仰ぐ。
•
クラスターが優良な海外のパートナーを探す手伝いをする。
•
クラスターのために予算計上されている Investments for the Future Programme を活
用する。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
「 欧 州 に お け る 産 学 連 携 の 状 況 ( The State of European University ‐ Business
Cooperation496)」はフランスの高等教育機関から 213 件の協力を得ている497。同調査では
8つの連携形態についてその関与度合いを 10 段階で評価している。8つの連携形態のう
ち、
「研究開発における連携」と「学生の人材交流」が他の形態と比べて高いスコア(6.8)
を示している。
表 3-11
フランスにおける産学連携の主な形態
連携形態
概要
研究開発における
連携
共同研究、契約による研究の実施、研究開発コンサルティング、
イノベーションのための協力、非公式で個人的な人脈形成、企
業研究者・科学者との共同執筆、学生の卒業論文・博士論文も
しくは学生による研究プロジェクトにおける企業研究者と大
学教授の共同監督など
6.8
研究者の人材交流
大学研究者の企業へ、あるいは企業社員、管理者、研究者の大
学への一時的転籍
4.0
学生の人材交流
学生の一時的な企業での業務経験あるいは常勤雇用の機会獲
得
6.8
研究成果の商業化
スピンオフ、発明の発表、特許、ライセンス化を通じた産業界
との研究開発成果の商業化
5.2
カリキュラム開発
と実施
近代社会にあった人材を育成するための学習環境を作り出す
プロセスを対象としている。具体的には、産学連携による通常
授業のプログラム開発、民間企業・団体からの客員教員の派遣
などが含まれる。
6.3
生涯学習
大学が、人々がライフ・ステージに応じて必要とされるスキル、
ナレッジ、態度・行動等を学ぶための機会を提供する。
6.2
起業家精神の向上
大学からの新たなベンチャー企業の創設、企業との連携を通じ
たイノベーティブな文化の大学・研究機関への植え付けなど
6.0
ガバナンス
産業界関係者が大学運営に関する意思決定に関与したり、理事
会に参加することなど
5.9
5.9
全体スコア
出典:The State of European University‐Business Cooperation
496
497
498
スコア
498
より作成
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
同報告書は産業界を代表する 10 名の専門家と、欧州 33 ヵ国にある高等教育機関に送付された質問表への回答(研
究者及び高等研究期間の代表者を含む)6,280 件を基に作成されている。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
286
5)
産学間の人的交流状況
フランスにおける産学間の研究者の人材交流はそれほど盛んではない。上述の「欧州
における産学連携の状況(The State of European University‐Business Cooperation499)」のフ
ランスのスコアを見ると、他の項目ではスコアは 5 以上であるが、研究者の人材交流は
4.0 である。EU 加盟国の全体的な傾向でも、研究者の人材交流はもっとも実施されてい
ない産学連携形態であるあるが、主要な加盟国の中でも、フランスの同スコアは低い方
である。回答が集まった 24 ヶ国のうち、ノルウェーと並び下から 2 番目に低いスコアと
なっている500。また、企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情
報が得られていない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
産学連携による人材育成への政府支援策の例として、企業の研究目的に博士課程の学
生を斡旋する産業研究訓練会議(Conventions Industrielles de Formation par la REcherche:
CIFRE)制度501がある。本制度は、フランス国民教育・高等教育・研究省の資金のもと、
全国研究技術協会(ANRT:Association Nationale de la Recherche Technique)によって運
用されている。CIFRE は ANRT と企業の間で交わされている研究訓練に関する協定とい
う形を取り、参加企業は、博士課程の学生が企業内の研究開発プログラムに参加して論
文を書き、企業外の研究チームとの合同作業ができるように調整することが求められて
いる。一方、CIFRE に参加した学生は卒業後 3 年間同企業で働く契約を交わす。現在
CIFRE に参加する学生を 2010 年にはこれを 1500 人に引き上げるという目標が掲げられ
ている502。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
グランゼコールはエリート校とはいえ、その設立の狙いは、研究活動を中心とする一
般の大学とは異なり、高度な専門職業教育であったことから、産業界に人材を送り込み、
実地体験をさせるという人材育成のシステムは早くからあった。IT 関係分野で著名な
Ecole Normale Supérieure(ENS)では、学生のインターンシップがカリキュラムの一環
として含まれている。
8)
産学連携に対する企業・大学の姿勢
「 欧 州 に お け る 産 学 連 携 の 状 況 ( The State of European University ‐ Business
499
500
501
502
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
もっとも低いスコアとなったのはオーストリア(3.8)。
30 年の歴史をもつ制度であり、博士課程の学生を研究者として雇う企業に対して政府が一定額の援助金を支払う。
学生は給与を受けながら 3 年でその研究に関わる博士論文を完成させる。
http://www.anrt.asso.fr/index.jsp
http://www.u-picardie.fr/servlet/com.univ.utils.LectureFichierJoint?CODE=1319724886730&LANGUE=0&MODE=
http://www.drrt-ile-de-france.fr/Emploi-scientifique-entreprise.html
287
Cooperation503)」には、大学が組織として産学連携に取り組む理由として、企業からの資
金援助の可能性への期待、企業の研究開発施設へのアクセス、そのほか商業的動機付け
の他、パートナー企業との地理的距離の近さが挙げられている。また産業界は、大学の
スタッフ学生の雇用可能性、科学的ナレッジへのアクセス拡大を目的として産学連携を
行うとの結果が明らかになっている。一方で、研究の位置づけの違い、資金不足、産学
の文化等の違いなどが産学連携における障害となっているとの回答が得られている。
こうした産学連携の利点と障害について、調査に参加した 24 ヶ国の高等教育機関がど
のように感じているかの調査結果が示されている。フランスのスコアは 10 段階評価で利
点が 6.8、障害が 6.3 で、スコアを見ると産学連携に対してメリットの方があると評価さ
れていると見ることができるが504、産業界と大学が研究に対して同じ優先順位を持つと
は限らず、大学研究の様式は産業界のそれとは異なるものであり、計画の失敗を招きや
すいという問題点もフランス研究者の論文等で指摘されている505。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
フランス経済における IT 業界の重要性は高まっている。フランスの IT 市場は、西ヨ
ーロッパ諸国で急拡大している市場のひとつである。これは、市場の開放と投資が拡大
しているためである。フランスの B2B セクターの拡大がソフトウェアと IT サービス市
場の成長に貢献しており、技術集合に牽引されたテレコム市場の成長もこの分野の拡大
に寄与している、また、固定・モバイルネットワークが今後コンテンツとヘルスケア分
野での IT 需要の拡大を促すものと考えられる。
2011 年 7 月 21 日に Business Monitor International 社が発行した France Information
Technology Report Q3 2011506によると、フランスの IT 市場は欧州で 3 番目に大きく、現
在の経済環境にも関わらず、2011 年から 2015 年の間には 4%の年平均成長率で成長する
ことが見込まれている。また、IT 業界のフランスの国内総生産に占める割合は 5%とさ
れる。また企業による機器への投資の 20%近くは IT 関連である。
2)
IT 産業の中心都市
ソフィア・アンティポリス507は、30 年間で IT および(多少規模は小さくなるが)製薬
分野で主要なハイテク・ビジネスパークとなった508。ソフィア・アンティポリスのビジ
ネスパークは、コート・ダジュールの海岸からすぐの「未開発地域」をハイテクパーク
に変えようという民間イニシアチブによるものである。ハイテク関連の事業は、1970 年
503
504
505
506
507
508
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://www.industrie.gouv.fr/p3e/analyses/innovation/innovation-2-1.pdf の 105 ページ。
http://www.marketresearch.com/product/print/default.asp?productid=6454175
http://www.dps.tesoro.it/cd_cooperazione_bilaterale/docs/6.Toolbox/13.Supporting_documents/
1.Cluster_methodologies_casoni/1.Additional_doc/4.Regional_cluster_policy.pdf pp.1
http://www.wiwi.uni-jena.de/mikro/dime_ws-10-2007/papers/ter_wal.pdf pp.16
288
代以降同地に共同設置されるようになった。国際的なハイテク企業にとっては、快適な
気候といった標準的な立地特性が魅力であった。これは、
「クラスター」が当初は単なる
ハイテク企業の共同設置でしかなかったことを示唆しており、地域の相互作用構造が完
全に欠如していたことになる。これは時間の経過とともに変化し、ソフィア・アンティ
ポリスのクラスターは、スピンオフやハイテク新規事業が数多く出現するにしたがって
次第に内生的なものとなっていった。同時に、いくつかの研究および教育機関が同地に
集まっている509。
その他、イル・ド・フランス地域も IT 産業の中心地域として有名である510。OREF が
まとめた Technologie de l’information et de la communication (TIC) et métier511によると、
イル・ド・フランス地方には、IT・通信セクターの就業人口の 40%が集中している。そ
して、341,000 名がこの地方の西と西南地域に集まっている。
3)
IT 人材輩出のための一般的育成プロセス
フランスにおいて高度 IT 人材として IT 関連への就職を希望する学生の進路として大
学(Universities)かグランゼコール(Grandes Ecoles)への進学がある512。なお、大学及
びグランゼコール等で提供される修士プログラムがリスト化されているウェブサイト
「Master d’informatique en France513」には、232 の IT 関連の修士教育プログラムの情報が
掲載されている514。
表 3-12
フランスにおける高等教育の選択肢(IT 関連のもの)
就学年数
8年
大学
グランゼコール
・博士
6年
-
・Mastère spécialisé(MS)
-
5年
・研究修士
・職業修士
・工学学位
3年
・学士
・職業学士
・工学学位
・科学修士(MSc)
・グランゼコール学位
-
出典:フランス政府留学局515
なお、フランスでは、大学入学・グランゼコール進学に当たっては、18 歳で高校卒業
資格と大学入学資格であるバカロレアの試験を受ける必要がある。同試験に合格すると、
高等教育に進学する資格を得ることができる。バカロレアには 3 種類あり、
(1)一般的
509
510
511
512
513
514
515
http://www.wiwi.uni-jena.de/mikro/dime_ws-10-2007/papers/ter_wal.pdf pp.1
http://www.iris-europe.eu/spip.php?article3493
http://www.oref-idf.org/docs/pub_thema/thema_1.pdf
http://www.kawai-juku.ac.jp/kawaijuku/meti/pdf/17_02.pdf
http://dept-info.labri.fr/~dicky/MASTER/AUTRES-FORMATIONS/masters.html
同リストで紹介されている教育プログラムの分類は統一されていないため、大学・グランゼコールによっては学
科が掲載されている場合もその傘下のプログラムが掲載されている場合も含まれる。また、政府による公式リス
トではなく、政府等が発表している情報をボルドー大学の有志が作成しているサイトのため、全てを網羅してい
るわけではない。
http://www.campusfrance.org/en/page/universities-and-higher-education-and-research-clusters
289
な大学進学を目指す普通バカロレア、
(2)技術バカロレアと(3)職業バカロレアがあ
る516。
一般的に、大学進学は普通バカロレアが必要とされる。しかし、技術バカロレアを取
得し、その後大学教育を受け、IT 業界へ就職するという進路もある517。IT 関連での就職
を将来希望する場合、上記の科学技術系のバカロレアを取得することが適当とされる。
この分野でのバカロレアを取得することにより、技術関連のさまざまな学部に入りやす
くなる。Bac S(科学)、Bac STI(産業科学技術)、Bac STG(科学技術管理)、Bac ES(経
済・社会科学)を取得し、IT 関連の進路を希望する生徒は、コンピュータサイエンス系
の大学(DUT518 Informatique)に進学することが推奨される。
表 3-13
種類/創設年
バカロレアの種類と体系
系(専門領域)
説明
普通バカロレア
baccalauréat
général
(1808 年)
・自然科学系(S: scientifique)
・人文科学系(L: littéraire)
・社会科学系(ES: économique et sociale)
主に大学や専門高等教育
機関など長期の高等教育
機関を志望する生徒を対
象としている。
技術バカロレア
baccalauréat
technologique
(1968 年)
・サービス産業系(STT: sciences et technologies tertiaires)
・工業系(STT: sciences et technologies industrielles)
・化学系(STL: sciences et technologies de laboratoire)
・医療系(SMS: sciences et techniques médico-sociales)
・農産系(STPA: sciences et technologies du lproduit
agroalimentaire)
・農環境系(STAE: sciences et technologies de l'agronomie et
de l'environnement)
・舞台芸術系(TMD: techniques de la musique et de la danse)
・ホテル業系(Hôtellerie)
主として職業人養成を目
的としているが、高等教
育(主として短期高等教
育)への進学をも目的に
含んでいる。このため試
験は、職業試験と普通試
験の二つの領域から構成
される。
職業バカロレア
baccalauréat
professionnel
(1985 年)
一種の職業資格と考えら
各種事務、製造業、サービス産業、建設業などの諸職業分 れているが、他のバカロ
野について、様々な職業資格につながる専門領域がある。 レア同様高等教育進学資
格が与えられる。
出典:大場淳, フランスのバカロレアと高等教育の質保証に関する一考察, 2005 年.
(http://home.hiroshima-u.ac.jp/oba/docs/baccaluareat20050521.pdf)
4)
IT 人材が直面する課題
企業が求めるスキルを持った人材の不足が課題となっている。フランスでは、IT 関連
の人員数は 1980 年代から急速に拡大(+295,000)し、516,000 人となった。これは、フ
ランスにおける全雇用の 2%を占める519。過去 20 年にわたり、業界や技術面で大きな変
化が見られたことから、新しい技術能力を持った人員が必要となり、それにより情報処
理技術者数が増加したとされる。情報処理とテレコミュニケーション分野の管理者数は、
1980 年代初頭と比較し 6 倍以上になり、49,000 人から 317,000 人に増えている。技術者
516
517
518
519
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/France:Overview
http://www.commentcamarche.net/faq/12397-devenir-ingenieur-informatique
DUT=Diplome universitaire de technologie
L’ÉVOLUTION DES MÉTIERS EN FRANCE DEPUIS VINGT-CINQ ANS, Septembre 11, No 066
290
のポストも増加し、20 年間で 38,000 増加し、166,000 ポストに達している。
さらに、2011 年 9 月 15 日号の Le Point 紙によると、過去1年における IT 分野の求人
数は合計で約 21 万件に達した。失業率が高いと呼ばれるフランスにあって、このような
状況は、IT 関連の資格を有する若者にとって非常に好ましい状況が生まれている。この
機会に就職を果たした人材のうち、47%は卒業前に職を得ていたとしている。
こうした中、フランス労働市場調査を実施しているフランス雇用促進センター(Pole
emploi520)の 2010 年の調査結果によれば、企業のニーズにあった IT 人材の不足が指摘さ
れており、IT 関連の採用募集ポジションのうち、53%のポジションにあった人材を探す
ことができなかったと報告されている521。
企業のニーズにあった人材が獲得できないことと関連して、IT 分野のエントリーポジ
ションでは非常に薄給であり、同分野から学生を遠ざける大きな理由となっていること
が挙げられる522。このことはフランス政府も大きな問題として捉えており、より平等な
給与制度の確立の努力がなされている。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
フランス教育システムは、長年に亘ってフランス教育省を頂点とした中央集権的な体
制をとってきた523。現在でもその体制が基礎にあるが、1980 年代から少しずつ分権化が
進められているところである。フランスには 28 の学区があり、各学区長を教育大臣が任
命、この学区長が学区の初等教育~高等教育までを管轄する体制となっている524。フラ
ンスにおける基本となる学校制度は小学校、中学校、高等学校、高等教育で 5・4・3・3
制と言われている。また、フランスの新学年は 9 月 1 日に開始する。また、3 学期制度
を採用しており 1 学期:9 月~11 月、2 学期:12 月~2 月、3 学期:3 月~6 月である。
a.
義務教育
フランスの義務教育期間は 6 歳~16 歳である525。また、同期間における教育を公立の
機関で受ける場合には、授業料は無償である。
b. 初等教育
初等教育は 6 歳~11 歳を対象とした 5 年制の「エコ・プリメール」と呼ばれる小学校
で行われる。一般的には、5 年間の初等教育課程を修了すると自動的に中等教育に進む
ことができるが、児童の学習の修得状況によっては、飛び級や落第もあり得る526。
520
521
522
523
524
525
526
http://www.pole-emploi.fr
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf
Jean Ponce, School of Computer Science, ENS への 2012 年 1 月 20 日のインタビューに対するコメント
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/France:Overview
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC53600.html
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/France:Overview
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC53600.html
291
c.
中等教育
中等教育は、11 歳~15 歳を対象とする 4 年制の「コレージュ」と呼ばれる中学校と、
16 歳~18 歳を対象とする 3 年制高等学校「リセ」で行われる。コレージュ修了時には学
位(brevet)が授与される527。また、コレージュからリセへの進学には試験はなく、コレ
ージュの最終学年時に学校が生徒とその保護者に対して卒業後の教育進路を提案、これ
を踏まえて生徒は進路を決定する。進路としては、一般教育を目的としたリセの他、技
術・専門教育を実施する職業リセ等がある。
d. 高等教育
フランスの高等教育機関には大学のほか、グランゼコール(高等専門大学校)、リセ付
設のグランゼコール準備級や中級技術者養成課程などが含まれる。高等教育機関に入学
を希望する場合には「バカロレア」と呼ばれる国家資格取得試験に合格しなければなら
ない528。また、グランゼコールを志望する場合は、バカロレアを取得後、リセ敷設のグ
ランゼコール準備級を経てから、各校で実施する選抜試験合格が必要となるのが一般的
である。
527
528
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/France:Overview
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
292
図 3-9
フランスの学校系統図
出典:文部科学省「平成 22 年度 教育指標の国際比較」529
2)
労働力についての課題
フランスでは高い失業率が長年の課題となっている。2011 年 12 月にフランス労働・
雇用・厚生省の (Ministère du Travail, de l'Emploi et de la Santé)が発表したところによれ
ば、10 月末時点で、求職者のうち1カ月間一切就業活動を行わなかった者が前月比で
1.2%増の 281 万 4900 人であったことしたことが発表されている。また、2011 年 9 月の
フランス政府発表によれば、就業構造の変化も起こっており、過去 25 年間で、第 3 次産
業については雇用が著しく増加しているが、第1次、第2次産業において減少もしくは
横ばいの状況となっており、高い失業率の原因の一端になっているとされる。さらに中
東・アフリカからの移民の失業率も高い。
なお、フランスには正規雇用者の解雇に厳しい規制があるため、実質的に 65 歳定年の
終身雇用制となっている。この結果、企業が新規採用に慎重となっており、その改善を
529
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
293
目的として 2006 年に政府は採用後2年以内の解雇を容易にする制度の見直しを発表し
たが、国民の猛反対で頓挫した。こうした動きの一方で、企業による採用時の期限付き
雇用契約(CDD)の比率が高まりつつある。
学生の採用にあたって、企業は学生の有する資格を重視する。大学卒の資格のみでは
有力企業への就職は困難である。
294
(6) ドイツ
① 政策
1)
戦略
ドイツ政府はイノベーションと技術の進歩を促進するため、2006 年から 2010 年にか
けて 3 つの長期イニシアチブを打ち出しており、これらには IT 業界や高度 IT 人材育成
に関連した内容が含まれている。3 つのイニシアチブは「ハイテク戦略 2020(High-Tech
Strategy 2020)530」、
「ICT2010‐イノベーションのための研究(ICT 20202020 – Research for
Innovation) 531」、「デジタル・ドイツ 2015(Digital Germany 2015)532 」である。
ドイツ教育・研究省(Ministry of Education and Research:BMBF)が中心となり発表し
た「High-Tech Strategy 2020」は、気候/エネルギー、健康/栄養、モビリティ、セキュリ
ティ、コミュニケーションの 5 分野に焦点を当てており、中でもイノベーションの基盤
となる IT 関連技術開発に特に高い優先度がつけられている533。IT 関連の政府の取り組み
事項は 12 項目挙げられており、このうち 1 つが高度 IT 人材育成に関係するものとなっ
ている。
BMBF はまた、ドイツ経済・技術省(Ministry of Economics and Technology:BMWi)
と協力の下、
「ICT 2020 – Research for Innovation」を発表、IT 分野の中でも特にドイツが
強いとされているアプリケーション分野(自動車、機械工学、薬学、エネルギー、ロジ
スティクス等)への研究開発に対して政府として優先的に研究補助金をつけることを謳
っている534。
BMWi により 2010 年に発表された「Digital Germany 2015」では、IT 分野の取り組み
の政策枠組みを包括的にまとめており、その中でニューメディアを取り扱う人材への基
礎・応用、継続的な教育とトレーニングの提供体制を強化するとともに、ワーク・ライ
フバランスを最適化するよう取り組むとしている。
2)
ロードマップ
「High-Tech Strategy 2020」、「ICT 2020」及び「Digital Germany 2015」が、向こう 10
年程度を見据えたドイツの IT 業界向けロードマップの役割を担っている。
「High-Tech Strategy 2020」では、IT 分野における優先施策の 1 つが高度 IT 人材育成
に関する内容となっている。
「High-Tech Strategy 2020」は IT 業界においてより多くの若
手専門家が必要となっている状況を踏まえ、(1)中小企業向けの高度 IT 人材に関する
政策(ICT expert policy)の策定、
(2)若手高度 IT 人材が産業界の需要にあったスキル
を修得するため、海外で経験を積み、継続的に職業訓練を受ける機会を提供するための
530
531
532
533
534
http://www.bmbf.de/pub/hts_2020_en.pdf
http://www.bmbf.de/pub/ict_2020.pdf
http://www.bmwi.de/English/Redaktion/Pdf/
ict-strategy-digital-germany-2015,property=pdf,bereich=bmwi,sprache=en,rwb=true.pdf; http://www.bmbf.de/en/9069.php
http://www.bmbf.de/en/9069.php
http://www.bmbf.de/en/6616.php
295
取り組み、
(3)現場で活かせる適性技術を持った人材が、応用科学関連大学において勉
強することに関心を持っている場合に、その機会を拡大できるような環境の整備などを、
ドイツ政府として取り組むとしている535。
「ICT 2020」では、
「若手高度人材と幹部人材(Young skilled employees and executives)」
と題するセクションを設け、ドイツにおける IT 分野の若手高度人材や幹部人材の問題に
対処するには、同業界に関わるすべてのステークホルダーの研究機関、産業界、政治が
共同で取り組むべき項目として、情報社会のためのハイテク戦略に関する研究グループ
(High-Tech Strategy for the Information Society)が挙げた内容を示している536。具体的に
は、
(1)将来技術を作ることに対する強い意欲を生み出すような技術フレンドリーな環
境を作る、
(2)IT 関連の職業訓練に関する取り組みを増強し、高度 IT 人材の人数を増
やす、
(3)IT 業界における女性の進出を増やす、
(4)IT を有効に使うための機会を様々
な教育段階で継続的に提供する、(5)海外の IT 人材に魅力的な労働環境を作り、明確
で分かりやすい移民権獲得方法を提示するという内容が含まれている。
「Digital Germany 2015」における人材育成関連の項目としては、(1)様々なレベル
の職業訓練及び教育を通じて IT 人材育成を前進させる、(2)職場での学習及び指導を
促進する文化を継続的に発展させる、
(3)教育環境へのデジタルメディア・サービスを
導入する、(4)学校や課外教育においてメディアスキルを提供するが掲げられている。
3)
重要性
ドイツ政府はドイツ経済に大きな影響を与える IT 産業の重要性を認識している。ドイ
ツは欧州の 20%を占める欧州最大の IT 市場を抱えており、IT がドイツの経済活動の軸
となる役割を担っている537。こうした状況を踏まえ、上述のとおり「High-Tech Strategy
2020」、「ICT 2020」では、高度 IT 人材の育成に関する内容を IT 分野の優先課題のひと
つとして取り上げており、同政策をドイツ政府が重要と考えていることが読み取れる。
4)
課題
高度 IT 人材育成の課題として、「ICT 2020」ではドイツでは長年にわたり、大学を卒
業する IT 分野を専攻する卒業生数が、産業界が必要としている人数よりも毎年最大で 1
万人程度も少ない点が指摘されている538。
政策面の課題として、ドイツでは大学レベルにおいてドイツ政府が高度 IT 人材育成政
策を推進することが難しい状況がある。ドイツの教育政策では、ドイツ政府が持ってい
る権限は基本法(Basic Law:Grundgesetz)で定義されたものに限られており、それ以外
については、州政府(Länder)が権限を有することになっている。そのため、大学にお
535
536
537
538
http://www.bmbf.de/pub/hts_2020_en.pdf
http://www.bmbf.de/pub/hts_2020_en.pdf
http://www.bmbf.de/en/9069.php;http://www.santiago.diplo.de/contentblob/3082330/Daten/1148251/GTAI_ICT_DD.pdf の
8 ページ。
http://www.bmbf.de/pub/ict_2020.pdf
296
ける高度 IT 人材育成の具体的施策を進めるためには、地方政府との連携が必要となって
くる539。そのため、ドイツ政府による IT 人材関連の具体的政策は、大学における制度導
入等に踏み込んだものではなく、政府と企業が連携して行える内容が中心とならざるを
得ない。
5)
担当政府機関
ドイツにおいて IT 人材育成政策に関わる政府機関は、上述の戦略を策定しているドイ
ツ教育・研究省(Federal Ministry of Education and Research:BMBF)
540
が中心的な役割
を担っている。BMBF はドイツにおけるハイテク分野の戦略・施策を担当するだけでな
く、人材の育成という観点から、大学教育のみならず、職業訓練等についても担当して
おり、後述する生涯教育・職業訓練を通じた IT 人材育成の具体例は BMBF の取り組み
であることが多い。
6)
他の国家戦略の関係性
BMBF が 発 表 し た ド イ ツ に お け る ハ イ テ ク 分 野 に 関 す る イ ノ ベ ー シ ョ ン 戦 略
「High-Tech Strategy 2020」は IT 分野が労働市場、研究開発、助成金を含む他の政策課
題に与える影響を考慮して策定されており、BMBF の他、ドイツ労働局(Federal Agency
for Employment)などの複数の省庁の協力によって実施されている541。
ドイツ IT 戦略を策定・推進するための仕組みとして、毎年ドイツでは「IT Summit542」
が開催され、様々な政府機関や企業のステークホルダーが集まり、IT 関連政策について
議論するとともに、IT 関連政策と他の政策との関連性について議論する場が設けられて
いる543。今後も継続的に IT Summit は開催される予定で、スマートグリッド、クラウド
コンピューティング、可視化技術、セキュリティ・保護といったテーマが議論される予
定である。なお、IT Summit で掲げられた高度 IT 人材関係の代表的なイニシアチブとし
て、2010 年 12 月発表された「Software Campus」544と「Work-and-Study-in-Germany」があ
る。「Software Campus」は、優秀な IT 専攻の大学生(修士課程及び博士課程を対象545)
を将来有能な IT マネージャー546に育成するため、IT 企業、大学、研究機関がメンターと
なり学生をサポートするものであり、
「Work-and-Study-in-Germany」は、有能な海外の IT
人材をドイツに呼び込むためのオンライン・プラットフォームを構築し、海外人材が就
539
540
541
542
543
544
545
546
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf
http://www.dwih.com.br/index.php?id=34
ドイツ貿易・投資振興機関(Germany Trade and Invest)ICT 担当シニアマネージャーのヘンリ・トロリエット博士
(Henri Trolliet)へ 2011 年 11 月 10 日に実施したインタビューによる情報。
http://www.bmwi.de/English/Redaktion/Pdf/dresdner-agreement,property=pdf,bereich=bmwi,sprache=en,rwb=true.pdf
IT サミットは政府高官と IT および通信産業のトップマネージャーが参加する作業部会から成り、ドイツ IT 部門の
品質および国際競争力向上を狙って提案とアプローチを提供するものである。
2011 年 1 月に開始された。調査時点では具体的な成果等については発表されていない。
http://eit.ictlabs.eu/ict-labs/all-news/article/software-campus-the-best-education-for-top-talents/
ICT のマネジメントを行う人材や将来の起業家を対象としている。
297
労ビザを取得するプロセスの迅速化を図るために設置された547。
7)
予算
高度 IT 人材育成に特化したものではないが、ドイツ政府は 2008 年から 2012 年にかけ
て、労働力の質向上のためのトレーニングや継続的教育のために 60 億ユーロを予算化し
ている548。
なお、高度 IT 人材育成に直接関係するものではないが、ドイツ教育・研究省によると、
ドイツ製品・サービスの輸出における 80%以上が近代的 IT アプリケーションに頼って
おり、自動車、薬学、テクノロジー、ロジスティクスといったドイツが強みをもつ分野
におけるイノベーションの 80%以上が IT に深く関与していることから、IT 関連分野の
研究開発プロジェクトに 15 億ユーロ以上を研究資金として提供している549。
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
ドイツで政府が関与する IT 人材育成関連のプログラムは、企業での見習い訓練と職業
学校での学習を組み合わせた職業訓練と教育を同時進行させる二重 VET システム(Dual
System of Vocational Education and Training、後述)がある。また、生涯学習・職業訓練に
関する代表的なプログラムとして、BMBF が企業や業界団体と協力して開発した上級 IT
訓練システム(Advanced IT Training System:AITTS、後述)がある。この他、IT 業界に
おける再雇用促進支援、海外からの人材受け入れ制度(上述の「Work-and-Study-inGermany」など)、科学技術系分野への女性の参画を促進プログラムにおいて実施してい
る。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
ドイツにおける職業訓練制度が、IT 人材のスキル標準で大きな役割を果たしている。
一般に、ドイツの労働人口の大半は、全国規模の職業教育訓練の二重構造、別名「二重
VET システム」の修了生である。連邦法である職業教育訓練法(Vocational and Education
Training Act(BBiG))が、条件、準備、実施、職業訓練の認定等を定めている550。IT 分
野についても同システムが適応されている。
職業訓練は、実習を行う企業と職業訓練校の両方で行われるため「二重」と呼ばれて
いる。職業訓練校で行われる授業は、企業での実習の助けとなるような、基本的な知識
547
548
549
550
IT サミットは政府高官と IT および通信産業のトップマネージャーが参加する作業部会から成り、ドイツ IT 部門の
品質および国際競争力向上を狙って提案とアプローチを提供するものである。
http://www.hightech-strategie.de/en/883.php
http://www.bmbf.de/en/9069.php;http://www.santiago.diplo.de/contentblob/3082330/Daten/1148251/GTAI_ICT_DD.pdf の
8 ページ。
http://kibnet.org/english/en.it-vet-germany/index.html;
http://www.ipw.unibe.ch/unibe/wiso/ipw/content/e1968/e4512/e6528/e6546/e8173/e8190/linkliste8195/
Germany_IVT_eng.pdf
298
(理論)と技術的なスキル(例として、運営計画、テクノロジー、製図、工業数学、経
営学など)が主であり、週に 1 日もしくは 2 日登校する551。訓練期間は通常 2 年間から 3
年間で、修了に際し、全国試験を受ける必要がある。ドイツの若年層の 60%がこの二重
VET システムで職業訓練を受けている。
図 3-10
職業教育と訓練の二重構造 VET システム
出典: ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)の Diegner 博士による講演資料552
職業訓練校の運営は州政府(Länder)が管轄している一方、企業における訓練の実施
については連邦政府 BMBF が管轄している。BMBF は、多種多様な職種の専門家からな
る委員会 Federal Institute of Vocational Training の協力のもと、職種、訓練期間、訓練を習
得したとみなされる能力と知識のレベルの設定などについて規定している553。また、実
際の運営では、商工会議所(Chambers of Trade & Commerce )が参加企業への助言等を
行う他、企業が訓練に適しているかを監督したり、訓練生の最終試験を実施する役割を
担っている。
訓練学校の運営費は州政府(主に教師の給与)と地方自治体 (機材やインフラストラ
クチャー)が分担する。企業における訓練費は企業の負担となる。企業における訓練に
も政府の助成金は若干出るが、企業が負担する割合が一番大きいのが二重 VET システム
の特徴である554。
同システムで公式に認定されている職種はおよそ 350 種であるが、その修了生が就く
551
552
553
554
http://www.hk24.de/en/training/348086/duale_system.html
http://www.chinazy.org/upfile/20111202/4.pdf
http://www.hk24.de/en/training/348086/duale_system.html
http://www.oecd.org/dataoecd/9/6/45668296.pdf
299
職種数は末端で 20,000 種に及ぶ555。
IT に関しては、市場の需要に応える形で 1998 年に新しく IT 職業・実習が取り決めら
れ、新規に 4 職種が加えられた。BMBF によると、プログラム開始からの 5 年間で 5 万
人以上の修了生を送り出している。556
• IT システム電気技師 (IT Systems Electronics Technician557 )
• 情報技術スペシャリスト (Information Technology Specialist558)
• IT システム・サポート・スペシャリスト (IT Systems Support Specialist559 )
• 情報技術オフィサー (Information Technology Officer560)
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
上級 IT 訓練システム(AITTS:Advanced IT Training System)561はドイツにおける IT
専門家のスキルフレームワーク、訓練、認定制度をシームレスに提供するシステムであ
る。Federal Ministry of Education and Research(BMBF)の指示を受けた Federal Institute for
Vocational Training(BIBB)が指揮を執り、IT 関連職業の訓練開発を目的に設置された。
AITTS は、二重 VET システムの修了生や、特定の IT 教育を受けずに IT 業界に入っ
た社会人のスキルアップを狙ったものである。AITTS は(1)スキルフレームワークを
示すと同時に、
(2)プロセス指向型の資格取得のための教育コンセプトを提示するもの
である562。AITTS の教育は、企業内あるいは訓練・教育機関における上級職業訓練を通
じて受講することができる。資格認定機構(certification body)は ISO/IEC 17024 に準拠
した IT スペシャリストの認定機関で、連邦雇用局(Federal Employment Agency)より認
定を受けた Cert-IT である563。また、試験については、ドイツ商工会議所(Chambers of
Commerce and Industry)が実施することになっている。
なお、下図に示されているように、大学教育の修士(Mastre of Engineering)レベルに
相当するのが Strategic Professionals、学士レベル(Bachelor of Engineering)は Operative
Professionals とされているが、大学における学位との比較については、AITTS の基本コ
ンセプトで明確に示されているものではなく、学術界のステークホルダーを含めたコン
センサスを得られているわけではない564。AITTS のコンセプト、教育フレームワーク及
び プ ロ セ ス 指 向 型 の カ リ キ ュ ラ ム は 、 Fraunhofer Institute for Software and Systems
555
556
557
558
559
560
561
562
563
564
http://www.hk24.de/en/training/348086/duale_system.html
http://kibnet.org/english/en.it-vet-germany/content.en.it-vet-germany.5/content.content.en.it-vet-germany.5.3/index.html
http://www.bibb.de/en/ausbildungsprofil_1875.htm
http://www.bibb.de/en/ausbildungsprofil_1840.htm
http://www.bibb.de/en/ausbildungsprofil_2109.htm
http://www.bibb.de/en/ausbildungsprofil_1871.htm
http://www.kibnet.org/fix/files/doc/Brosch_BMBF_AITTS.pdf
http://kibnet.org/english/en.aitts/content.en.aitts.2/content.content.en.aitts.2.3/index.html
http://www.bibb.de/dokumente/pdf/a41_experten-fachtagung_session1_pfisterer-ppt_en.pdf; Cert-IT はドイツ IT 業界を
代表する団体 German Association for Information Technology、Telecommunication and New Media、Central Association
of Electric Engineering and Electric Industries、Metal Workers' Union、Unified Service Industries Union、German Society
for Computer Sciences、Fraunhofer-Society によって設立された組織。;
ftp://ftp.cenorm.be/CEN/Sectors/List/ICT/ICT_Cert_Draft_public%20comment.pdf
http://www.cedefop.europa.eu/EN/Files/5515_en.pdf
300
Engineering(ISST)が産業界や学術界のパートナーと協力して開発した565。この開発プ
ロセスには大学はほとんど関与していない566。
図 3-11
上級 IT 訓練システム(AITTS :Advanced IT Training System)
出典: KIBNET, Federal Ministry of Education and Research567
AITTS は民間ベンダー資格とは異なる独立系の認定資格であるが、ドイツにおいても
Microsoft、IBM、SAP、Cisco Systems 等の民間 IT ベンダー資格は普及している。この民
間 IT ベンダー資格と AITTS を結びつけるイニシアチブとして「Cisco meets APO568」が
ある569。同イニシアチブでは、Cisco とドイツの労働組合 Metal Workers' Union が 2006 年
に始めた取り組みで、同社資格の教育の拠点である Cisco Networking Academies で、
AITTS のトレーニングコースを提供しようとするものである。
565
566
567
568
569
http://www.bmbf.bund.de/pub/the_german_advanced_it_training_system.pdf
http://www.cedefop.europa.eu/EN/Files/5515_en.pdf
http://www.bmbf.de/pub/non-formal_and_informal_learning_in_germany.pdf;
http://kibnet.org/fix/files/doc/AITTS_webversion_engl.pdf
APO とは AITTS のドイツ語での略称。
http://www.eskillspolicy-europe.org/downloads/documents/Benchmarking%20MSPs%20final_report_final.pdf
301
4)
産業界における IT 人材(企業等への補助)
ドイツ政府は産業界と連携により、様々な IT 人材関連の取り組みを行っている。ただ
し、いずれも再雇用・職業訓練に関する内容が中心である。
表 3-14
ドイツ政府と産業界が連携した IT 人材育成に関係する主な取り組み例
プログラム
概要
JOBSTARTER イニ
シアチブ570
BMBF により「“National Pact for Career Training and Skilled Manpower
Development」を後押しするために 2006 年に設定され、Federal Institute
for Vocational Education and Training ( BIBB ) に よ り 実 施 。
JOBSTARTER は企業内での追加の訓練制度を促進するため、職業訓
練における革新的なプロジェクトに財政的援助を行っている。またこ
れまでに職業訓練に参加していなかった企業、もしくは訓練の提供が
困難になってきている企業の支援も行っている。IT に特化した支援が
国 単 位 で 行 わ れ て い る か は 不 明 だ が 、「 New Media in Education
Program」など BMBF を通した IT 関連の開発イニシアチブは多数行わ
れている571。
IT 50 Plus
連邦教育・研究省が業界団体等と協力のもと策定した、失業者や高齢
者が IT セクターで再度雇用機会を得る事ができるよう資格獲得環境
を 整 備 す る プ ロ グ ラ ム で あ る 。 Metal Workers' Union 、 Fraunhofer
Institute、情報技術・遠隔コミュニケーション・新メディア連邦協会
(German Association for Information Technology, Telecommunications
and the New Media:BITKOM)の合同イニシアチブ。同イニシアチブ
はドイツの 「Initiative 50 Plus」の一環とした AITTS の枠組みの中で
の年齢別の学習モデルで、失業中の IT スペシャリストの支援、高齢
の求職者の雇用機会の向上、IT の継続的な教育を目的としている572。
KIBNET573
(Competence Center
for IT Training
Networks)
BITKOM と Metal Workers' Union の合同プロジェクトであり、新しい
IT スキル向上のための SME 訓練の支援、IT スキルのギャップを埋め
るなどを目的としている。同プログラムは総合的なウェブポータルを
通して、情報、コミュニケーションサービス、広報の側面から上記の
目的を達成するとともに、AITTS の促進も行っている。2008 年までは
政府の財政的援助を受けて実施されていた574。
出典:各プログラムの関連資料・ウェブサイト情報を基に作成
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
ドイツは現在、特に数学、情報科学、自然科学、テクノロジーの分野において高い技
570
571
572
573
574
http://www.jobstarter.de/_media/09-09-22_Finnische_Delegation.pdf
http://www.foerderinfo.bund.de/en/366.php#Hinweise
www.it-50plus.org
http://www.kibnet.org/projekt/index.html
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/e-skillsmspfinalreport_en.pdf
302
能を持つ人材の需要が高まっており、BMBF によると、2013 年までにドイツ国内だけを
見ても、これらの分野でさらにおよそ 33 万 人の卒業生の需要を見込んでいる575 。こう
した状況を踏まえて、高度 IT 人材に特化したものではないが、連邦政府 BMBF と州政
府は「高等教育協定 2020(Higher Education Pact 2020)」を設定、連邦政府としては 47
億~49 億ユーロを投じて、2011 年から 2015 年にかけて大学の拡充を行う計画としてい
る576。
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
研修制度ではないが、個人に対する奨学金制度がある。IT に特化したものではないが、
BMBF は 2008 年に「スカラシップのアップグレード・プログラム(Upgrading Scholarships
Program)」を発表、通常の入学資格を持たなくとも優れた職業資格を有すると判断され
た大学入学希望者を支援している577 。2009 年の時点で、全日制の学生が受け取る奨学金
の月額は 650 ユーロと教科書代の 80 ユーロだった。これに加えて子供がいる学生は育児
手当が 1 人目の子供には月額 113 ユーロ、2 人目からは各 85 ユーロが支給される。また
仕事を続けながら学校に通う学生には年間 1,700 ユーロが支給される578。その他の政府支
援としては、低所得者層の継続教育を促進する「ドイツのための資格イニチアチブ
(Qualification Initiative for Germany)579」、収入に関係なく優秀な学生に月額 300 ユーロ
を支給する「ドイツスカラシップ・プログラム(Germany Scholarship Program)580」など
がある。
7)
連邦政府・地方政府の役割
教育機関に対する政策及び施策・制度導入にあたっては、連邦政府 BMBF は基本法に
定められた範囲内での権限しか持たないため、州政府との連携・協力が不可欠となって
いる。具体的な事例として、上述の「二重 VET システム」における訓練学校の運営があ
げられ、ここでは BMBF と州政府とが、教育機関である訓練学校と企業での管理・資金
を分担している。
8)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
ドイツ産業界関係者によれば、ドイツ政府は IT 人材育成のための産学連携プログラム
を直接援助することはしておらず、応用科学専門大学や様々な機関での研究プロジェク
トを支援することで高度 IT 人材育成を間接的にサポートしている581。産学連携研究開発
575
576
577
578
579
580
581
http://www.komm-mach-mint.de/English-Information; IT に限定されたものではないが、IT との深い関連性の高い学術
分野を対象としており、IT 人材育成に貢献する取組みとして、ここでは取り上げている。
http://www.research-in-germany.de/research-landscape/r-d-policy-framework/60122/higher-education-pact.html.
http://www.bmbf.de/pub/bbb_09_eng.pdf
http://www.bmbf.de/pub/bbb_09_eng.pdf
http://adultlearning-budapest2011.teamwork.fr/docs/Country-report_DE_final.pdf, p. 5
http://www.bmbf.de/pub/flyer_deutschlandstipendium_foerderinformationen_en.pdf
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
303
やクラスター施策へのドイツ政府は財政的支援については後述する。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
連邦政府としては、IT 業界を含む各民間セクターで若者がインターンシップを行う機
会が十分あるように産業界と提携している。なおドイツ産業界関係者によれば、ドイツ
の連邦政府はイニシアチブを掲げるが、インターンシップなどのプログラムに財政的支
援等で直接関与することはないとしている582。
表 3-15
ドイツ政府による主なインターンシッププログラム促進の取り組み
プログラム
内容
National Pact for
Career Training
and Skilled
Manpower
Development
IT に特化しないが、Federal Ministry of Labor and Social Affairs は German
business associations と提携し、2004 年から 3 年間実施され、年間 3 万人
の訓練生と 2 万 5 千人のインターンの場を提供した。同プログラムは 2007
年には 2010 年まで延長され、インターン数は 4 万人に引き上げられた。
その見返りとして連邦政府は参加企業に訓練生の給与や社会保険の補助
を支給するなどの措置を取った583。
「Software
Campus」イニシ
アチブ584
2010 年 12 月にドイツのドレスデンで開催された第 5 回全国 IT サミット
においてドイツ政府が発表した585。IT 企業、一流大学、研究施設が協力
し、優秀な IT の学生を将来的な IT マネージャーに育てるべく、IT 企業、
大学、 研究機関が メンターと なり学生を サポートす る。BITKOM の
「BITKOM Management Club」が支援している586。
Technikum587
BMBF が数学、情報科学、自然科学、エンジニアリング科学、テクノロジ
ー分野の教育と職業訓練を活性化するために計画したイニシアチブ。高等
教育機関に在籍する学生に数ヶ月の実地での訓練機会を与える。
German
Academic
Exchange Service
(DAAD)
国際的な学術協力体制で、高等教育機関に在籍する学生、教授、研究員、
その他に財政的支援をするもので、年間 5 万 5 千人以上がその対象となっ
ている。IT を含むインターンシッププログラムも実施しており、それは
下記のとおり:
Research Internships in Science and Engineering (RISE)
:一流のドイツ
の大学や機関に在籍する博士課程の学生に、直接実地の研究経験を積
む機会を与える。
Working Internships in Science and Engineering (WISE)
:博士課程の学
生、教授、科学者に 2~3 ヶ月のインターンシップの機会を与える。
出典:各プログラムの関連資料・ウェブサイト情報を基に作成
この他、政府機関が募集するインターンシップがあり、こうしたポジションには IT
582
583
584
585
586
587
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
http://www.bmas.de/SharedDocs/Downloads/DE/eqj-abschlussbericht-englisch.pdf?__blob=publicationFile
http://www.softwarecampus.de/
http://eit.ictlabs.eu/ict-labs/all-news/article/software-campus-the-best-education-for-top-talents/
http://www.bmwi.de/English/Redaktion/Pdf/dresdner-agreement,property=pdf,bereich=bmwi,sprache=en,rwb=true.pdf pp.2
http://www.arbeitgeber.de/www/arbeitgeber.nsf/id/EN_Initiatives?Open&s1=11
304
分野のスキルを要求するものも含まれている588。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
ドイツにおける産学連携では、研究開発における連携を軸に発展している。また、ド
イツの大学は地理的なつながりの強い企業(周辺の大手企業あるいは同一クラスター内
の企業)との連携が多く見られる。こうした産学連携による研究開発促進を支援するた
め、ドイツ政府は様々な財政支援の手段を提供している。
b.
調査対象国における関係機関の役割分担
大学・企業共に産学連携の重要性を理解しており、様々な形で連携体制を構築してお
り、一般的な連携構築プロセスは以下の通りである589。
•
企業が教育機関へ連絡をとり、製品開発案をもちかける。
•
教育機関の教員が企業へ連絡をとり、教員の研究興味に合わせて連携体制を構
築する。
•
企業が教育機関と共同で研究施設を立ち上げる。(例:Google が Humboldt
University と協同で立ち上げた研究所)
また、EC における産学連携イニシアチブ「産学連携イニシアチブ(University–Business
Cooperation initiative)」が 2011 年 8 月付けで発表した欧州における産学連携の状況を調
査した「欧州における産学連携の状況( The State of European University‐ Business
Cooperation590)」には、産学連携における大学と産業界の役割が示されている。この中で
大学は、(1)大学としての産学連携戦略の策定、(2)産学連携を支える組織構造・ア
プローチの検討・導入、
(3)実際の産学連携活動の計画・実施等が含まれる。一方、企
業は(1)大学と連携して産学連携戦略を策定し、
(2)大学における組織構造の構築や
アプローチの検討・導入に対して資金的サポートを提供し、
(3)大学による産学連携活
動に参加することが含まれるとしている。同調査では、高等教育機関に対して大学の役
割への関与度を 10 段階評価で回答を求めた。ドイツは、本調査で調査対象としている英
国、フランス、オランダと比較して、戦略・組織に関しては低い数値を示しているが、
実際の活動実施ではフランスやオランダを上回るスコアとなっており、枠組みよりも具
体的な産学連携の取り組みが先行で進められていることが分かる。
588
589
590
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
305
表 3-16
欧州 4 ヶ国における高等教育機関の産学連携に対するアクションレベル
(ドイツとの比較)
ドイツ
(281)
)
英国
(153)
フランス
(213)
オランダ
(83)
産学連携戦略
5.3
6.1
5.7
5.8
産学連携を支える組織構造・ア
プローチ
5.2
7.3
6.0
5.5
産学連携活動の実施
6.0
6.5
5.7
5.7
※国名の下にある括弧内の数値は各国で回答した高等教育機関の数
出典:The State of European University‐Business Cooperation591より作成
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた政府機関と主な取り組みは以下の通りで
ある。
•
BMBF:研究と技術移転目的の産学パートナーシップを推進している。ドイツ
を研究の中心地とし、若い才能ある研究者を支援することが目的である592。
「High-Tech Strategy 2020593」においても、産学連携を重要視している。BMBF
が支援するプロジェクトでは、大学や研究機関のパートナーには 100%、企業
パートナーには 50%(残りは企業が負担)の財政的援助を行っている594。
•
BMWi:KfW 銀行グループ、BASF、Deutsche Telekom、Siemens、Robert Bosch、
Daimler、Carl Zeiss などの各企業と提携して、
「High-Tech Start-up Fund」を運営
する。同プログラムは研究成果を実際の商業ベースに乗せるためのプロジェク
トに財政的援助を行っている595。
•
Germany Research Foundation596:ドイツ国内の研究を促進するために財政的支援
を行っている民間団体であるが、財源の多くをドイツ政府や州政府から得てい
る。Germany Research Foundation は、産学のみならず、様々な連携を基本とし
た研究開発プロジェクトに資金を提供している597。
591
592
593
594
595
596
597
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://www.dwih.com.br/index.php?id=34
http://www.bmbf.de/pub/hts_2020_en.pdf
http://www.ccrhq.org/IP/Washington_Research_in_Germany_red_file.pdf pp.6
http://cii.in/WebCMS/Upload/Study%20of%20Collaborative%20R&D%20Report.pdf pp. 61
http://cii.in/WebCMS/Upload/Study%20of%20Collaborative%20R&D%20Report.pdf pp. 65
http://www.dfg.de/en/research_funding/programmes/coordinated_programmes/index.html
306
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
ドイツにおける産学連携は長い歴史がある598。その産学連携に大きな影響を及ぼして
いるのがボローニャ・プロセスである599。伝統的なディプローム制度600を廃止し、いわゆ
る学士・修士(Bachelor-Master)システムを導入するなど、大学制度が大きな変革時期
を 迎 え て い る 。 こ の 変 更 に よ り 、 応 用 科 学 大 学 ( Universities of applied sciences:
Fachhochschulen)に組み込まれていたインターンシップの期間が短縮されたり、新たに
仕事の世界に入ってくる学士レベルの卒業生のエントリーレベル技能が従来と異なるた
め、これに対応する必要が生じるなど、変化への対応が求められている。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
ドイツ政府は、特に研究・テクノロジー・クラスターにおいて、産学連携は欠かせな
い要素と見ている。既述のイニシアチブ「High-Tech Strategy 2020」の中で、政府は産学
パートナーシップを強化することで研究結果が出るまでの時間が短縮され、市場イノベ
ーションを迅速にもたらす利点について触れている。そのためには産学研究機関が同じ
1 つの研究施設で中期的及び長期的なプロジェクトに取り組むことが効率的であると考
える。加えて「LeadingEdge Cluster Competition」などといった技術移転プログラムにも
注力しており、中小企業による特許や実用新案の申請を推進している601。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
ドイツ連邦政府の取り組みはイニシアチブによるものが中心だが、その他にも様々な
方法で産学連携を促している602。例えば、アンゲラ・メルケル首相は毎年 IT サミットに
参加しており、参加企業・機関に産学連携強化するよう呼びかけている603。アネッテ・
シャヴァーン教育研究大臣の下、BMBF は産学連携のためのフレームワークを作成し、
プログラム支援を行っている。さらにドイツ政府によって資金を受けて運営されている
Fraunhofer Institutes のような国立の教育機関も多くの民間企業と連携関係を築いている。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
「 欧 州 に お け る 産 学 連 携 の 状 況 ( The State of European University ‐ Business
Cooperation604)」はドイツの高等教育機関から 281 件の協力を得ている605。同調査では 8
つの連携形態についてその関与度合いを 10 段階で評価している。8 つの連携形態のうち、
598
599
600
601
602
603
604
605
http://gooduep.eu/documents/Germany_National_Report.pdf
http://gooduep.eu/documents/Germany_National_Report.pdf
ドイツ独自の大学制度で、学士と修士が一貫した 4 年半を標準とする課程のこと。主に工学、自然科学、経済学
等の学位が対象であり、人文科学、社会科学系はマギスターと呼ばれる。
http://www.bmbf.de/pub/hts_2020_en.pdf
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
同報告書は産業界を代表する 10 名の専門家と、欧州 33 ヵ国にある高等教育機関に送付された質問表への回答(研
究者及び高等研究期間の代表者を含む)6,280 件を基に作成されている。
307
特に高いスコアを示したのが「研究開発における連携(7.2)」であり、これに「学生の
人材交流(6.7)」が続いている。研究開発における産学連携は、個別の研究者・研究室
レベルでの実施も可能であり、他の連携形態ほどに高等教育機関として組織的なアプロ
ーチが必要でないケースも多い。この点で、
「研究開発における産学連携」に関するスコ
アの高いドイツにおいて、上述の高等教育機関の産学連携に対するアクションレベルで
「産学連携活動の実施」が戦略や体制の構築よりも高いスコアとなっていることとの関
連性があると予想される。
表 3-17
ドイツにおける産学連携の主な形態
連携形態
概要
スコア
研究開発における
連携
共同研究、契約による研究の実施、研究開発コンサルティン
グ、イノベーションのための協力、非公式で個人的な人脈形
成、企業研究者・科学者との共同執筆、学生の卒業論文・博
士論文もしくは学生による研究プロジェクトにおける企業研
究者と大学教授の共同監督など
7.2
研究者の人材交流
大学研究者の企業へ、あるいは企業社員、管理者、研究者の
大学への一時的転籍
4.6
学生の人材交流
学生の一時的な企業での業務経験あるいは常勤雇用の機会獲
得
6.7
研究成果の商業化
スピンオフ、発明の発表、特許、ライセンス化を通じた産業
界との研究開発成果の商業化
5.9
カリキュラム開発
と実施
近代社会にあった人材を育成するための学習環境を作り出す
プロセスを対象としている。具体的には、産学連携による通
常授業のプログラム開発、民間企業・団体からの客員教員の
派遣などが含まれる。
4.9
生涯学習
大学が、人々がライフ・ステージに応じて必要とされるスキ
ル、ナレッジ、態度・行動等を学ぶための機会を提供する。
5.3
起業家精神の向上
大学からの新たなベンチャー企業の創設、企業との連携を通
じたイノベーティブな文化の大学・研究機関への植え付けな
ど
5.6
ガバナンス
産業界関係者が大学運営に関する意思決定へ関与したり、理
事会に参加することなど
4.7
全体スコア
5.6
出典:The State of European University‐Business Cooperation606より作成
上表では「カリキュラム開発と実施」のスコアは 4.9 と低い数値を示しているが、ド
606
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
308
イツにおけるカリキュラム開発では、国レベルだけではなく、個別の大学レベルにおい
ても、カリキュラム検討委員会に、関連分野を代表する企業、専門家団体、労働組合な
どの代表者を含まなければならないとの指摘をする欧州委員会プロジェクトのドイツ産
学連携に関する報告書607もあり、この点は矛盾が見られる。
5)
産学間の人的交流状況
ドイツにおける産学間の研究者の人材交流は「欧州における産学連携の状況(The State
of European University‐Business Cooperation608)」のスコアを見ると、産学官の連携形態の
中でももっともスコアが低く、欧州全体の傾向と類似している。ただし、この人的交流
は「一時的転籍」とされている点に注意が必要である。ドイツにおける工学系研究者の
キャリア形成においては状況が異なる609。欧州委員会(EC)の教育 EG が生涯学習プロ
グラムの一環として、各国の産学連携について調査したプログラム GOODUEP project に
おけるドイツに関する報告書「National Report: Germany」によれば、ドイツの技術大学
(universities of technology:Technische Univ)では、大部分の工学系教授陣は産業界で雇
用された経験を持つ610。これは従来からある典型的なキャリアパスに影響を受けており、
ドイツの工学系研究者は大学で修士・博士号を取得した後、10 年間ほど民間での研究開
発活動に携わり、最終的に大学の教授職を得るのが一般的といわれている。また、応用
科学大学(Universities of Applied Sciences:Fachhochschulen)については、教授になる前
提条件として博士号取得後に 5 年間の実務経験を求められている。
なお、企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られて
いない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
ドイツ政府はクラスターの成功は市場を活性化し、革新的な研究・開発につながると
考えている611。政府は地方のイノベーション・クラスターを活用することで産学間にあ
る科学研究の溝を埋める事が可能と考えてパートナーシップ締結を推進している612。お
よそ 30 あるクラスターに対して、それぞれ年間 650 万ユーロが割り振られており、合計
すると年間 1 億 9500 万ユーロの資金援助が行われている613。
•
The Leading Edge Cluster Competition614:2007 年に BMBF により発足した。
「High-Tech Strategy for Germany」の一環として、産学間の橋渡しを目的とする。
607
608
609
610
611
612
613
614
http://gooduep.eu/documents/Germany_National_Report.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://gooduep.eu/documents/Germany_National_Report.pdf
http://gooduep.eu/documents/Germany_National_Report.pdf
http://www.dwih.com.br/index.php?id=55&L=0
http://www.dwih.com.br/index.php?id=55&L=0
http://www.bmbf.de/pub/ict_2020.pdf
http://www.bmbf.de/en/15152.php
309
同クラスターの 1 つである「Cool Silicon」は、IT セクターにおけるエネルギー
効率向上の急激な需要に対応すべく、テクノロジーを構築するというもの615。
•
Excellence Clusters616:ICT 2020 で発表された「Initiative for Excellence」の一環と
して、 BMBF が「Clusters of Excellence」のネットワーク構築を目的として発
足。非教育機関研究施設、応用科学分野の大学、企業との協力のもと、大学内
に国際的競争力を持つ研究と訓練機関を設置することを目的としている。
•
Joint Initiative for Research and Innovation617: BMBF と州政府(Länder)は、こ
の共同イニシアチブを通じて、大学・研究機関と産業界の間の継続的なパート
ナーシップを構築する目的で研究機関に対して出資するプログラムを持ってお
り、2011 年から 2015 年の間に毎年 5%ずつ引き上げられることを予定している。
この他、BMWi は産学の研究開発を支援するために、Central Innovation Program SMEs
(ZIM)を設定。企業間の協力体制の強化やネットワークの構築を促進することを目的
としている618。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
産学連携の IT 人材育成の取り組みのドイツにおける代表例は上述の二重 VET シス
テムである。ドイツでは企業における見習い制度が根付いており、二重 VET システム
を取り入れている IT 企業が多い619。このシステムは、国内に政府が支援する職業訓練学
校が多く、産業界も資格やカリキュラム設定に深く関与しているため、的を射た訓練を
受けることができる。
ドイツ IT 関連業界団体の情報技術・遠隔コミュニケーション・新メディア連邦協会
(BITKOM)620は、高度 IT 人材を育成するための教育機関としての大学の重要性を認識
し、大学に対して提言を行う委員会を設置している621。同委員会ではコンピュータサイ
エンス等の関連分野における学士・修士課程の構造、大学等の高等教育機関に対する認
定制度、スカラシップシステム、二重学位(デュアルディグリー)取得、IT 関連学科へ
の女性の進学、ボローニャ・プロセスと欧州高等教育改革等に関数するテーマに取り組
んでいる。
8)
産学連携に対する企業・大学の姿勢
ドイツ国内おける研究開発活動のほとんどが産学の連携を通じて行われているという
インド通信技術省(Ministry of Communications & Information Technology)による産学連
615
616
617
618
619
620
621
http://www.bmbf.de/en/15152.php
http://www.bmbf.de/pub/ict_2020.pdf
http://www.bmbf.de/en/3215.php
http://www.bmbf.de/en/6618.php
http://aserf.org.in/presentations/Conf-SKD-Backgrounder.pdf
http://www.bitkom.org/en/
http://www.bitkom.org/de/wir_ueber_uns/69749.aspx
310
携研究開発に関する国際調査でも指摘されているように622、ドイツでは産官学のステー
クホルダーが積極的に産学連携による研究開発プロジェクトに取り組んでいる。特に産
学連携に積極的な業界にエネルギー及び自動車産業と並び、IT 業界も含まれている623。
産学連携に積極的な背景として、大学は産業界との連携を実施することで、研究資金
やその他の資金が得られることをメリットと認識しており、その重要性をドイツ政府や
州政府も理解している624。学生は産学連携プロジェクトに関与することで、実地経験(あ
るいはそれに類似の経験)を積むことができるため、大きな恩恵と感じている。
また、企業としては、産学連携により研究活動をアウトソーシングすることが可能と
なり、基礎研究に代表されるリスクを伴うプロジェクトの実現可能性を検討したり、優
秀な研究者を採用することができる点をメリットと感じている625。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT 産業の中心都市
バーデン・ヴュルテンベルク626は、イノベーションと新たなサービス・技術等を生み
出す創造力ある地域として知られる。中小企業による新興事業から世界規模の大型事業
まで、幅広い産業を対象としている。IT 関連の人材も多い。創造性豊かな事業者や専門
家を生み出している627。この他、ヨーロッパ最大のマイクロ電子工学クラスターのある
ドレスデン628、アーヘンの超高速モバイル情報通信(Ultra High-Speed Mobile Information
and Communication)技術やミュンヘンの認知技術に関するクラスターなどもある629。
2)
IT 人材輩出のための一般的育成プロセス
ドイツにおける IT 人材では二重 VET システムが重要な役割を果たしているが、大学
の学位取得者の重要性が高まっている。上述の BITKOM が実施した調査結果によれば、
ドイツにおける IT 業界人材のうち 50%近くが大学の学位を取得していることが分かっ
ており、そのニーズは益々高まる傾向が予測されている630。これは昨今の IT プロジェク
トでは技術系のスキルだけではなく、ビジネススキルも必要となってきていることが背
景にあると分析されている。
なお大学教育では二重 VET システムは活用されていないが、応用科学分野の大学では
実践的インターンシップが必須となっている。また、インターンシップが必須ではない
622
623
624
625
626
627
628
629
630
http://cii.in/WebCMS/Upload/Study%20of%20Collaborative%20R&D%20Report.pdf pp.60
ドイツ貿易・投資振興機関トロリエット博士への 2011 年 11 月 10 日のインタビューによる情報。
http://www.ccrhq.org/IP/Washington_Research_in_Germany_red_file.pdf pp.10
http://www.ccrhq.org/IP/Washington_Research_in_Germany_red_file.pdf pp.10
http://www.dps.tesoro.it/cd_cooperazione_bilaterale/docs/6.Toolbox/13.Supporting_documents/
1.Cluster_methodologies_casoni/1.Additional_doc/4.Regional_cluster_policy.pdf pp.1
http://www.lets-create.eu/fileadmin/_create/downloads/
CReATE_Regional_Analysis_Trends_for_Creative_Industries_Baden_Wuerttemberg.pdf
http://www.bmwi.de/English/Redaktion/Pdf/
ict-strategy-digital-germany-2015,property=pdf,bereich=bmwi,sprache=en,rwb=true.pdf pp.5
http://www.bmbf.de/pub/ict_2020.pdf
http://www.bitkom.org/de/wir_ueber_uns/69749.aspx
311
一般の大学においても、学生は大学在学期間中に企業でインターンシップをする、もし
くは学業と並行して仕事を持つことで、将来の就職に有利となるような努力をしている
といわれる631。
3)
IT セクターの重要性
ドイツの IT セクターは既に安定時期に入っており他国のような大きな成長は確認さ
れないものの、2011 年の発表によると平均年間成長率 4.25%で成長している。経済不況
の影響もさることながら、2011 年の IT、テレコム、消費者電子機器のセクターの収益は
化学セクターとほぼ同等となる 1,450 億ユーロとなる見込みでその経済的重要性は一目
瞭然である。また、雇用も増えており、2010 年にはソフトウェア企業、IT サービスプロ
バイダ、ハードウェア市場において 60 万人の新雇用を創出した632。
4)
IT 人材が直面する課題
IT 専門家の不足、特に高い技能を持った人材の大幅な不足が、ドイツが抱える一番の
課題であり、長期的な悩みの種となっている633。特に、若手の IT セクターへの就職率の
少なさとすでに同業界にいる人材の高齢化が進んでおり、将来的にも人材が不足してい
くことが懸念される。
BITKOM によると、ドイツ企業の 60%近くがすでに高スキルを持った労働者の不足に
悩んでいる634。その対策として、ドイツ企業は IT 業務を海外にアウトソースする、既存
社員のスキル向上を支援して長期的に企業に勤務をしてもらう、または海外から技能者
を国内に受け入れる必要が出てきているが、いずれのオプションも企業に大きな負担と
なっている635。
また、学生が IT 分野の学位を専攻する人数が伸び悩んでいるということや636、IT 業界
は男性社会という一般的認識が強く、その影響もあり数学や科学、コンピューティング
関連の科目への女子の進学率が少ないということも課題として認識されている637。
631
632
633
634
635
636
637
http://www.cedefop.europa.eu/EN/Files/5515_en.pdf
https://www.dbresearch.com/servlet/reweb2.ReWEB?addmenu=false&document=PROD0000000000271597&
rdShowArchivedDocus=true&rwnode=DBR_INTERNET_EN-PROD$RSNN0000000000136554&rwobj=
ReDisplay.Start.class&rwsite=DBR_INTERNET_EN-PROD
http://www.wi-frankfurt.de/publikationen/publikation344.pdf; http://www.wane.ca/PDF/IR4.pdf;
http://www.bmbf.de/pub/non-formal_and_informal_learning_in_germany.pdf
https://www.dbresearch.com/servlet/reweb2.ReWEB?addmenu=false&document=PROD0000000000271597&
rdShowArchivedDocus=true&rwnode=DBR_INTERNET_EN-PROD$RSNN0000000000136554&rwobj=
ReDisplay.Start.class&rwsite=DBR_INTERNET_EN-PROD
https://www.dbresearch.com/servlet/reweb2.ReWEB?addmenu=false&document=PROD0000000000271597&
rdShowArchivedDocus=true&rwnode=DBR_INTERNET_EN-PROD$RSNN0000000000136554&rwobj=
ReDisplay.Start.class&rwsite=DBR_INTERNET_EN-PROD
http://jite.org/documents/Vol8/JITEv8p211-228vonHellens716.pdf pp.213
http://jite.org/documents/Vol8/JITEv8p211-228vonHellens716.pdf pp.213
312
⑤ 一般情報
1)
教育システム
連邦制のドイツでは、学校制度は州によって異なっている638。州により制度は多少異
なるものの、公立学校については大学まで無償で就学することができる。初等・中等教
育では各学年は 8 月開始され翌年 7 月に終了する639。また、大学については、2 学期制で
冬学期は 10 月~3 月、夏学期は 4 月~9 月である。
a.
義務教育
ドイツでは 6 歳から 9 年間を一般的には義務教育期間としている640。ただし、10 年間
の義務教育を求めている地域もあり、ベルリン(Berlin)、ブランデンブルグ(Brandenburg)、
ブレーメン(Bremen)、テューリンゲン(Thüringen)などが含まれる。ドイツの義務教
育は各州の学校法又は義務教育法などで規定されている。また、ドイツでは義務教育終
了後も 18 歳までは就学義務がある。そのため、全日制の学校に通学しない生徒は定時制
の職業訓練学校に通うことになる641。
b. 初等教育
ドイツは 6 歳で基礎学校(ギムナジウム:Grundschule)に入学する。通常、基礎学校
は 6 歳から 10 歳までの 4 年間である642。ただし、ベルリンとブランデンブルグでは、基
礎学校は 6 年間ある。
c.
前期中等教育
初等教育修了後の中等教育では、将来の進路を視野に入れて主に 4 つの選択肢がハウ
プトシューレ(Hauptschule643)、実科学校(Realschule)、ギムナジウム(Gymnasium)、
総合制学校(Gesamtschule)が用意されている。基幹学校、実科学校、ギムナジウムで
は、一般的に専門とする特定資格に特化した教育が行われている。この他、Schularten mit
mehreren Bildungsgängen という複数の教育コースを提供する教育機関もある。
d. 後期中等教育
義務教育課程を 15-16 歳で修了すると、後期中等教育課程(upper secondary education)
に進学する。前期中等教育課程で卒業資格を得たコースにより、進学できる後期中等教
育機関が制限される。後期中等教育課程には、フルタイムの一般教育課程と職業訓練教
育の他、上述の二重 VET システムがある。主な教育機関としては、フルタイムのコース
638
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC53000.html
http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/pdf/02-3.pdf
640
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/Germany:Overview
641
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC53000.html
642
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/
Germany:Organisation_of_the_Education_System_and_of_its_Structure
643
「基幹学校」とも称す。http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC53000.html
639
313
と し て は 、 ギ ム ナ ジ ウ ム 高 学 年 、 専 門 上 級 学 校 ( Fachoberschule )、 職 業 専 門 学 校
(Berufsfachschule)などがある。
大学進学を希望する場合は、ギムナジウムまたは総合制学校の高学年を修了し、アビ
トゥア(Abitur)と呼ばれる大学入学資格試験に合格する必要がある644。
e.
高等教育
ドイツの高等教育機関には大きく大学(総合大学,教育大学,神学大学,芸術大学な
ど)と高等専門学校がある。通常、大学の修業年限は 4 年半、高等専門学校では 4 年以
下といわれている。
図 3-12
ドイツの学校系統図
出典:文部科学省「平成 22 年度 教育指標の国際比較」645
644
645
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC53000.html
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
314
2)
労働力についての課題
一般的にドイツでは、人口の高齢化と若手プロフェッショナル数の低下が問題視され
ている。今後 2010 年から 2050 年にかけてドイツの人口はおよそ 7.4%(740 万人)減少
し、特に 50 歳から 64 歳の年齢グループが労働力層で一番大きな割合を占める高齢化と
なるため、労働力の弱化が予測されている646。
なおドイツには、産業界に終身雇用を尊重するコンセンサスが存在する。有力企業(シ
ーメンス、ダイムラー、バイエル等)の社員の 9 割以上は、大学の新卒採用者が占める。
採用活動は大学における最終試験の 1 年前から、企業説明会の形で開始される。選考に
際しては面接よりも適性検査の結果が重視される傾向にある647。
646
647
http://www.econsense.de/_ENGLISH/_publications/images/WorkingDoc_Demography.pdf
D. Creelman, 新卒採用にグローバルスタンダードは存在するか, Works No.61 pp14-18, リクルートメディアコミ
ュニケーションズ, 2003 年 12 月. http://www.works-i.com/works/
315
(7) オランダ
① 政策
1)
戦略
オランダにおける最新の IT 戦略は経済・農業・イノベーション省(Ministry of Economic
Affairs, Agriculture and Innovation)648によって 2011 年 5 月に発表された「デジタル・アジ
ェンダ NL(Digital Agenda.nl)649」であり、2011~2015 年を対象としている。同アジェ
ンダの前には「ICT アジェンダ 2008-2011」を発表するなど、オランダは継続的に同国に
おける IT 戦略を発表している。いずれの戦略においても、重要項目の 1 つとして e スキ
ルに関連する内容を含めている。「Digital Agenda.nl」における重要項目は以下の 4 つで
ある。
• 企業における IT のより広範な活用による競争力拡大とイノベーション増進
• 高速でオープンなインフラの整備
• デジタル世界の安全と信頼の向上
• 役に立つナレッジ
2)
ロードマップ
「Digital Agenda.nl」の重点項目の 1 つに掲げられている「役に立つナレッジ(Knowledge
that works)」には、高度 IT 人材育成を対象とする「e スキル(eSkills)」と IT 分野の研
究開発を促進するための「ICT 研究(ICT-Research)」の 2 つの内容が含まれる。
図 3-13
「Digital Agenda.nl」が対象とする eSkills の対象スキル
出典:Digital Agenda.nl650
648
649
650
http://english.minlnv.nl/portal/page?_pageid=116,1640354&_dad=portal&_schema=PORTAL
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
316
なお、オランダ政府は特に e スキルについて、欧州委員会(European Commission: EC)
による「デジタル・アジェンダ(Digital Agenda)」と連携していることを明確に謳って
いる651。
3)
重要性
IT セクターは、現在オランダ経済において重要な役割を担っている。2010 年の IT 支
出の合計は、GDP の 5.1%を占めており、雇用数はおよそ 26 万人に達している。オラン
ダ政府は、このような IT セクターの重要性を認識、同業界と同分野で活躍する人材がオ
ランダの経済発展とイノベーションにとって不可欠であると「Digital Agenda.nl」の中で
述べている652。
4)
課題
「Digital Agenda.nl」では、オランダにおける高度 IT 人材を巡る課題として、近い将
来高度 IT 人材の不足がこれまで以上に拡大する点を挙げている。後述するオランダ政府
の e スキル・タスクフォース(eSkills Task Force)の調査によれば、2015 年には、IT 業
界もまた IT を利用しているユーザー業界においても、深刻な IT 人材不足に陥るとして
おり、その不足規模はフルタイムの人数換算で約 27,000~43,000 人規模に達すると予想
されている653。同タスクフォースは、人材不足の背景として、
(1)IT を利用する業界の
増加、
(2)IT 技術の変化による既存知識の陳腐化のスピードの速さ、
(3)IT 関連分野
を専攻する人材の少なさ、(4)教育機関で教育されている技術と市場ニーズの不一致、
(5)既存の高度 IT 人材の需要と供給の不一致が上げられている。
5)
担当政府機関
オランダにおける高度 IT 人材育成政策において中心的役割を果たしているのは、上記
「Digital Agenda.nl」を作成しているオランダ経済・農業・イノベーション省(Ministry of
Economic Affairs, Agriculture and Innovation654)である。同省の下、e スキル・タスクフォ
ース(eSkills Task Force)を設置、オランダにおける高度 IT 人材の不足に対処するため
の現状把握と、政策提言という役割を果たしている。
6)
他の国家戦略の関係性
オランダにおける高度 IT 人材関連政策は「Digital Agenda.nl」に組み込まれており、
この戦略を基本として、オランダ経済・農業・イノベーション省や他の関連する政府機
関との連携を図っている。関連するステークホルダーの政府機関としては、教育・文化・
651
652
653
654
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
http://english.minlnv.nl/portal/page?_pageid=116,1640354&_dad=portal&_schema=PORTAL
317
科学省(Ministry of Education, Culture and Science)、内務省(Ministry of Interior and Kingdom
Relations)、社会福祉・雇用省(Ministry of Social Affairs and Employment)などが含まれ
る。
7)
予算
2010 年、政府予算から 1 億 5,000 万ユーロが雇用機会促進と教育の強化を目的とした
職業訓練教育費に655、また 1 億 9,000 万ユーロは大規模なハイテク・プロジェクト及び
IT 業界における知識労働者の育成費として予算化されている656。
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
経済・農業・イノベーション省の e スキル・タスクフォースの提言に基づき、オラン
ダ政府は新たに取り組むべき施策について検討を行うと「Digital Agenda.nl」で述べてい
る。現在検討されている主な取り組み項目は以下のとおり。
• これまでに実施された e スキル人材が不足しているという認識を広める。そのため
に、この問題に関係するこれまでの調査研究を踏まえて、オランダ経済の発展にと
っての e スキルの重要性について、より明確な分析を行う。
• IT 分野を専攻する学生の人数を増やすとともに、IT 人材教育の内容が市場ニーズ
にマッチしたものに改善する。
• e スキル訓練のための明確なスキル標準を設けるため、欧州委員会(EC)の e コン
ピタンス・フレームワーク(e Competence Framework)をオランダの状況に合わせ
て適応する。
• オランダにおける e スキル政策を EC における e スキル関係政策提案に即した内容
とする。
経済・農業・イノベーション省は 2012 年から新たなプログラム「就労人口のためのデ
ジタルスキル(Digital Skills of the Working Population)657」を開始する。同省が 2009 年 1
月から実施してきた「デジタルリテラシーと e アウェアネス(Digital Literacy and
eAwareness658)」は、デジタルリテラシーの改善、eSkill を持つ人口の増加、デジタル関
連スキルに対するステークホルダーの認識向上を目標とした 5 年のアクション・プログ
ラムであった659。そのため同プログラムの焦点は、IT ユーザースキルを高めることに重
655
656
657
658
659
http://www.prinsjesdag2010.nl/pd09_sites/objects/a9d/32k/1625b87bb15713366e314369e1ea6/
summary_2010_budget_memorandum.pdf の 9 ページ。
http://www.prinsjesdag2010.nl/pd09_sites/objects/a9d/32k/1625b87bb15713366e314369e1ea6/
summary_2010_budget_memorandum.pdf の 9 ページ。
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf;
Digitale Vaardigheden Beroepsbevolking
Digivaardig & Digibewust
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/files/reports/eskills21_final_report_en.pdf
318
点が置かれていた660。2012 年に開始される「就労人口のためのデジタルスキル」におい
ては、企業、教育機関、政府及び個人が、就労環境で必要とされるデジタル・スキルを
向上させるために、それぞれが責任を持って取り組むことを目指すことを基本指針とし
ている。同プログラムで特に力を入れようとしているセグメントとしては、オランダ経
済にとって特に重要な競争力のある産業、中小企業及び政府が含まれている。
オランダ政府による IT 人材関連のプログラムとしては、これまで Stichting Lezen en
Schrijven と教育・文化・科学省による Mediawijzer.net プログラムがあった。前者はオラ
ンダ王室 H.R.H. Princess Laurentien of the Netherlands による IT を含むコミュニケーショ
ン・リテラシー向上のための取り組みであり661、後者は 2~18 歳を対象としたマルチメ
ディア教育があった。経済・農業・イノベーション省がこれまで取り組んできた「デジ
タルリテラシーと e アウェアネス」と 2012 年から開始する「就労人口のためのデジタル
スキル」が開始されることで、オランダ政府としては、オランダ国民の幅広い IT 人材教
育ニーズに対応できるプログラムを揃えることになるとしている662。
また、これまでの e スキル・タスクフォースの活動を基礎として、e スキル諮問委員
会(eSkills Advisory Council)を設立することになっている。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
オランダ政府は EC が 2010 年 9 月に作成した e コンピタンス・フレームワーク
(e-Competence Framework:e-CF)をオランダの状況に適用するように導入していくと
している663。
また、オランダでは独立の民間組織 NVAO (Accreditation Organization of the
Netherlands and Flanders664)と呼ばれる高等職業教育機関に関する認証機関があり、同機
関が IT 教育プログラムの質に関する評価項目を出している。主な審査項目としては以下
の項目が含まれる。
1. プログラムの目的
2. カリキュラムの一貫性、作業量、入学資格
3. スタッフの勤務資格、学歴、人数、質
4. 施設やチューターのサービス
5. 内部評価システム
6. プログラム達成度の測定法と結果
7. 学部、学士、博士課程の設定方法
660
661
662
663
664
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
http://lezenenschrijven.nl/algemeen/information-in-english/
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf;
Digitale Vaardigheden Beroepsbevolking
Barbera Bourne, policy advisor, Ministry of Economic Affairs, Agriculture and Innovation, The Netherlands The
Netherlands Digital Agenda: ICT for innovation and economic growth presented at EC e-Inclusion expert group on June
23, 2011
http://www.nvao.net/; Nederlands-Vlaamse Accreditatie Organisatie
319
ただし、評価は各教育機関による自己査定が基本となっており、その診断結果を NVAO
が認定する。内容について問題なしとされた場合は、6 年間有効な承認が与えられる665。
高等教育機関は政府からの財政支援を受けるために、6 年毎に認定を受けることが必須
となっている666。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
オランダでは職業訓練教育の修了資格以外では、民間の IT 資格システムが IT 関連の
資格・試験となる。オランダでは多くの職業訓練プログラムでは、授業の中に民間の IT
ベンダーによる資格につながる必修及び自由選択のモジュールが含まれている667。また、
応用科学系の大学は民間 IT ベンダーの資格取得(Microsoft、Cisco、Oracle など)を目
的とした授業のモジュールが提供されているケースもある。
4)
産業界における IT 人材(企業等への補助)
新たに開始される「就労人口のためのデジタルスキル」の枠組みにおいては、産業界
のステークホルダーの参加も求められていることから、新たに産業界と政府による連携
が行われる可能性がある。
5)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
オランダにおける高度 IT 人材育成の主な教育機関は高等職業教育(HBO668)が重要な
位置づけにある。現在、オランダには大学が 13 校、HBO は 43 機関ある669。
また、IT 人材育成に特化した内容ではないが、大学及び HBO は運営資金として政府
からの補助金支給を受けているほか、政府による研究開発活動への競争的資金に応募す
ることができるようになっている。オランダ教育・文化・科学省発表データによれば、
2009 年の政府補助金額は、通常の大学(WO)が 12.83 億ユーロ、HBO が 23.24 億ユー
ロであったとされる670。
665
666
667
668
669
670
http://www.scholze-simmel.at/starbus/ws3/frederik.pdf
ftp://ftp.cenorm.be/CEN/Sectors/List/ICT/ICT_Cert_Draft_public%20comment.pdf
ftp://ftp.cenorm.be/CEN/Sectors/List/ICT/ICT_Cert_Draft_public%20comment.pdf
英語では Universities of Applied Sciences と翻訳される。
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf: 2006/07 年度実績では、HBO 学生の 8 割がフルタ
イムの学生、残り 2 割がパートタイムの学生であるが、大学ではフルタイムとパートタイムの割合は 10 対 1 と
なりフルタイムの学生が断然多くなる。
http://www.government.nl/issues/education/higher-education
http://www.oecd.org/dataoecd/7/22/49528317.pdf
320
(年齢)
24
23
22
21
20
19
18
17
16
15
14
13
12
11
10
9
8
7
6
5
大学
(WO)
高等職業
教育(MBO)
中等職業
教育(MBO)
大学準備
教育(VWO)
一般中等
教育(HAVO)
中等職業準備
教育(VMBO)
実地
演習
(PRO)
初等教育(PO)
(初等基礎・中等基礎教育)
図 3-14
オランダの教育制度
出典:財団法人
海外職業訓練協会671
HBO が人材教育において重要な位置づけにあるという状況を踏まえ、民間団体 HBO-I
Foundation(HBO-I)672は大学における高度 IT 人材向け教育プログラムの枠組みを示す
「Bachelor of ICT」を作成した。HBO-I の取り組みに協力したのは民間企業が中心であ
る673。HBO-I の他、ICT Office674、CIO Platform675、Kenniskring ICT(MBO-Raad)676などの
民間団体が、e スキル人材不足に対処するためのイニシアチブを進めようとしている。
オランダ政府はこうした動きを支持すると「Digital Agenda.nl677」の中で述べているが、
現時点ではこうした民間の取り組みに対する政府の具体的支援策等については触れてい
ない。
6)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
IT スキルに特化した内容ではないが、教育・文化・科学省は、オランダ国籍を有する
学生が高等教育機関で教育を受けるためのアクセシビリティを保証しており、奨学金を
671
672
673
674
675
676
677
http://www.ovta.or.jp/info/europe/netherlands/pdffiles/07policy.pdf
http://www.hbo-i.nl/default.aspx?pageID=1; http://www.hboi.nl/default.aspx?pageID=24
http://freedom.nowonline.nl/global/sites/hboi.nl/files/13/712/HBO-i%20Bachelor%20of%20ICT-Engels8184.pdf
ICT Office はオランダにおける代表的な IT 関連企業が集まる業界団体である。
http://hollandtour.org/ict-office-netherlands.html
CIO Platform はオランダにおける最高情報責任者(CIO)や IT 部門の管理職等が参加する民間の専門家団体であ
る。http://www.cio-platform.nl/overplatform/over-het-platform
Kenniskring ICT は中等職業教育(MBO)関連団体 MBO-Raad において ICT 関連を担当している部門である。
http://www.mboraad.nl/?page/169402/Kenniskring+ICT.aspx
http://ec.europa.eu/information_society/activities/einclusion/docs/eigroupmeeting2011/digital_agenda_nl.pdf
321
給付している678。学生はこうした給付制度を利用して、大学や高等職業教育を受けるこ
とができる。支給の申請時及び初めて受給資格を得た時点で 30 歳未満であり、大学又は
高等職業教育機関の正規課程もしくは労働学習過程679に在籍する学生であることが条件
とされる。貸付金の形で受け取り、10 年以内で学位等の取得ができれば返済が免除され
るという成績連動型奨学金制度である。
7)
連邦政府・地方政府の役割
オランダにおける人材教育では、オランダ政府の権限が大きく、州政府や地方自治体
の役割は限られている680。教育施設の設備管理・運営を地方自治体が担っているが、教
育施策について大枠を決定し、教育を提供するのは国の役割である。
8)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
上述の「Bachelor of ICT」への取り組みや、その他民間団体による人材育成を含む産
学連携のイニシアチブについて、オランダ政府はこれを支持しているが、具体的に財政
的な支援を与えているという事例は見当たらない。
9)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
オランダの高等職業訓練機関では就学期間の 4 分の 1 を企業で研修生として働くこと
がカリキュラムに組み込まれている681。オランダ政府は、上述のように学生に対する奨
学金制度は設けているが、インターンシップに特化した財政支援については、具体的事
例は見当たらない。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
a.
全体的な特徴
オランダにおける産学連携の中心は研究開発である。オランダ政府は産学連携による
研究開発活動向け補助金提供を行う他、人材及びナレッジが産学間で循環するような仕
組みづくりを後押しするイニシアチブや補助金制度を設け、産学連携を推進しようとし
ている。また、産学連携において重要なステークホルダーである産業界・高等教育機関
関係者からの提案なども求めている。こうした施策を通じて、産学連携のメリットは認
識されつつあるものの、後述するように英国、フランス、ドイツ等と比較すると、大学
における産学連携の関与度は決して高いものとはなっていない現状がある。
678
679
680
681
http://www.niad.ac.jp/english/overview_nl_j_ns.pdf
学生の就労を認めるプログラム
http://www.clair.or.jp/j/forum/series/pdf/j22.pdf
http://www.ovta.or.jp/info/europe/netherlands/pdffiles/07policy.pdf
322
b.
調査対象国における関係機関の役割分担
EC における産学連携イニシアチブ「産学連携イニシアチブ(University–Business
Cooperation initiative)」が 2011 年 8 月付けで発表した欧州における産学連携の状況を調
査した「欧州における産学連携の状況( The State of European University‐ Business
Cooperation682)」には、産学連携における大学と産業界の役割が示されている。この中で
大学は、(1)大学としての産学連携戦略の策定、(2)産学連携を支える組織構造・ア
プローチの検討・導入と、(3)実際の産学連携活動の計画・実施等が含まれる。一方、
企業は(1)大学と連携して産学連携戦略を策定し、
(2)大学における組織構造の構築
やアプローチの検討・導入に対して資金的サポートを提供し、
(3)大学による産学連携
活動に参加することが含まれるとしている。同調査では、高等教育機関に対して大学の
役割への関与度を 10 段階評価で回答を求めた。オランダは、戦略・構造・実施ともにそ
れほど大きなばらつきはないが、10 段階評価でいずれも 6 を超えるには至っておらず、
産学連携への関与はそれほど踏み込んだものとはいえない。
表 3-18 欧州 4 ヶ国における高等教育機関の産学連携に対するアクションレベル
(オランダとの比較)
オランダ
(83)
)
英国
(153)
フランス
(213)
ドイツ
(281)
産学連携戦略
5.8
6.1
5.7
5.3
産学連携を支える組織構造・アプローチ
5.5
7.3
6.0
5.2
産学連携活動の実施
5.7
6.5
5.7
6.0
※ 国名の下にある括弧内の数値は各国で回答した高等教育機関の数
出典:The State of European University‐Business Cooperation683より作成
c.
調査対象国において産学連携施策にイニシアチブを発揮してきた機関
オランダのイノベーション政策に関わるステークホルダーは多く、その関係は複雑で
ある684。そうした中で、政府機関の産学連携施策を中心となって推進しているのは、高
等教育及び研究政策の観点から教育・文化・科学省、技術・イノベーション政策の観点
から経済・農業・イノベーション省である。この他、産学連携の取り組みを補助金等を
通じて支援する機関としてはリサーチ・カウンシル(Research Council:NWO) 、技術
カウンシル(Technology Council:STW)などがある。また、オランダ王立アカデミー研
究所(Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences:KNAW)は、科学・技術分野(特
に基礎研究)に関連する諸問題について、政府に対する専門家の諮問委員会としての役
割を担っている。
また、民間セクターでは、VNO-NCW や MKB-NL といった業界団体、大学及び HBO
682
683
684
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
323
のそれぞれの取りまとめ団体である Association of Universities(VSNU)や HBO-Council
が産学連携関連政策について、政府への提言等を行っている685。
d.
産学連携に影響を及ぼしている前提条件
オランダでは政府から大学への研究開発予算も年々減少の傾向が強まっており、財源
獲得という意味でも、産学連携の重要性が高まってきている。
図 3-15
オランダ大学における契約研究向けの収入:セクター別の推移
出典:National Report: The Netherlands, GOODEUP Project686
また、オランダ経済・農業イノベーション省が 2011 年 4 月に発表した企業政策
(Enterprise Policy687)には、オランダ企業による研究開発予算が諸外国に比べて大きく
遅れをとっていることが指摘されている。また、特に中小企業においては公共の研究機
関等が生み出した研究成果からほとんど利益を受けられていないということから、研究
成果とビジネスとの間のナレッジ移転が適切に行われておらず、加えて、オランダ政府
はこれまで研究開発に対してかなりの規模の資金提供を行ってきたが、その成果が見え
ないことが示された。一方で、中小企業によるハイリスクな研究開発が必要とする資金
は、獲得が非常に難しいという矛盾が発生している点についても問題として挙げられて
いる。こうした問題を解決するための政策アプローチとして、(1)IT を含む重要セク
ターに対して重点的に施策を行う、
(2)民間セクターからの需要に応じて政府の政策・
685
686
687
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
GOODUEP project は EC 教育 EG が生涯学習プログラムの一環として、各国の産学連携について調査したプログラムで
ある。GOODUEP project におけるオランダに関する報告書「National Report: The Netherlands」:
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
http://www.viran.nl/Technology%20Roadmap%20Catalysis%20Report.pdf の 77 ページ。
324
施策を検討する、
(3)使用目的を限定した補助金・減税等の政策ではなく、より広範な
規制緩和を実施する、
(4)起業家を育成して、イノベーションを加速させることを掲げ
ている。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
オランダ政府は、産学連携を通じたナレッジ移転を競争力政策で重視しており、産学
連携を促進するため、ナレッジ移転を促進する政策(後述の補助金制度等)を多数発表
している688。
また、高度人材育成に関して、企業が求める人材ニーズと大学教育の差を埋める必要
性を強く認識している。経済・農業・イノベーション省はこの問題の解決にあたり、オ
ランダ就業者人口の 8 人に 1 人は起業家という現状も踏まえ、教育と企業(起業)とを
結ぶため、(1)起業家精神に関連した内容を教育カリキュラムに組み込み、(2)学生
が学生の間に事業に取り組むことの制約を取り除き、
(3)スタートアップ起業や中小企
業が利用可能な専門的知識や専門家をよりうまく活用できるような取り組みを行ってい
くとしている689。
加えて、経済・農業・イノベーション省は、高等教育機関での教育内容を産業界ニー
ズにマッチさせるため、大学及び HBO における急速な改革が必要であり、カリキュラ
ム及び試験の内容を産業界ニーズにあわせ、企業もこの活動で重要な役割を担うべきと
考えている690。政府は、主要セクターに関係する企業及び大学・研究機関がこうした問
題点を抽出し、教育機関と企業との交流プログラムや産業界のニーズに教育機関が適応
できるようにするための手法を検討するよう要請している。また、より多くの学生が科
学分野に魅力を感じるようにさせるためのマスタープランの作成においても、企業・教
育機関関係者の参加を求めている。
688
689
690
http://ec.europa.eu/invest-in-research/pdf/download_en/netherlands_kt_policy.pdf
http://www.government.nl/issues/enterpreneurship-and-innovation/closing-the-gap-between-education-and-industry
http://www.government.nl/issues/enterpreneurship-and-innovation/closing-the-gap-between-education-and-industry
325
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
オランダ政府は、IT を含む優先的分野における産学連携の研究開発に対して資金提供
を行っている691。産学連携研究活動に資金提供を行っているのは Netherlands Organization
for Scientific Research(NWO)やオランダ王立アカデミー研究所(Royal Netherlands
Academy of Arts and Sciences:KNAW)である。特に NWO は優先順位が高い分野に対す
る資金提供を行っている。また、産学の人材交流を促進するための Casimir プログラム
や、HBO から企業へのナレッジ移転を促進するための専門人材を HBO に配置すること
を政府が支援するプログラムがある692。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
「 欧 州 に お け る 産 学 連 携 の 状 況 ( The State of European University ‐ Business
Cooperation693)」はオランダの高等教育機関から 83 件の協力を得ている694。同調査では 8
つの連携形態についてその関与度合いを 10 段階で評価している。オランダでは 8 つの連
携形態のうち「研究開発における連携(6.4)」と「学生の人材交流(6.1)」が続いてい
る。
表 3-19
オランダにおける産学連携の主な形態
連携形態
概要
スコア
研究開発における連携
共同研究、契約による研究の実施、研究開発コンサルテ
ィング、イノベーションのための協力、非公式で個人的
な人脈形成、企業研究者・科学者との共同執筆、学生の
卒業論文・博士論文もしくは学生による研究プロジェク
トにおける企業研究者と大学教授の共同監督など
6.4
研究者の人材交流
大学研究者の企業へ、あるいは企業社員、管理者、研究
者の大学への一時的転籍
4.6
学生の人材交流
学生の一時的な企業での業務経験あるいは常勤雇用の機
会獲得
6.1
研究成果の商業化
スピンオフ、発明の発表、特許、ライセンス化を通じた
産業界との研究開発成果の商業化
5.4
カリキュラム開発と
実施
近代社会にあった人材を育成するための学習環境を作り
出すプロセスを対象としている。具体的には、産学連携
による通常授業のプログラム開発、民間企業・団体から
の客員教員の派遣などが含まれる。
5.2
691
692
693
694
http://www.government.nl/documents-and-publications/parliamentary-documents/2011/02/04/
to-the-top-towards-a-new-enterprise-policy.html
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
同報告書は産業界を代表する 10 名の専門家と、欧州 33 ヵ国にある高等教育機関に送付された質問表への回答(研
究者及び高等研究期間の代表者を含む)6,280 件を基に作成されている。
326
連携形態
概要
スコア
生涯学習
大学が、人々がライフ・ステージに応じて必要とされる
スキル、ナレッジ、態度・行動等を学ぶための機会を提
供する。
5.4
起業家精神の向上
大学からの新たなベンチャー企業の創設、企業との連携
を通じたイノベーティブな文化の大学・研究機関への植
え付けなど
5.9
ガバナンス
産業界関係者が大学運営に関する意思決定に関与した
り、理事会に参加することなど
4.8
5.4
全体スコア
出典:The State of European University‐Business Cooperation
5)
695
より作成
産学間の人的交流状況
オランダにおける産学間の研究者の人材交流はそれほど盛んではない。上述の「欧州
における産学連携の状況(The State of European University‐Business Cooperation696)」のオ
ランダのスコアを見ると、産学間の連携形態の中でももっともスコアが低く、あまり活
発に行われていないことがわかる。これは欧州全体の傾向と類似している。
また、企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られて
いない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
オランダ政府は、産学連携による研究開発に対する補助金制度を設けている。これま
でオランダ政府が出してきた産学連携研究への主な補助金制度には以下が含まれる。
表 3-20
695
696
オランダ政府による主な産学連携研究開発向け補助金制度
制度
概要
開始年度
Innovation-Oriented Research
Program (IOP)
産学連携によるイノベーティブな研究プロジェ
クト向け競争的資金(Competitive grants)
1996
Open Technology Program
(OTP)
応用・市場化の可能性を持った大学における研究
プロジェクトを促進するための競争的資金
1981
Leading Technological
Institutes (LTIs)
公的研究機関と民間企業間の連携研究向け補助
金
1997
The Bsik Program
(Knowledge and Research
Capacity)
産学連携コンソーシアム支援のための補助金
2003
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
327
制度
概要
開始年度
Technopartner Program
スピンオフを通じて、科学研究と企業との相互交
流を促進することを目指した取り組みで、技術を
基礎に起業する企業向け補助金。同プログラムで
は、学生の間に起業家精神を高めるためのイニシ
アチブも含まれている。
2004
Innovation vouchers
中小企業が大学やその他公的研究機関からナレ
ッジを獲得することを支援する補助金。
2004
出典:National Report: The Netherlands, GOODEUP Project697を基に作成
また、研究開発活動における産学間の人材交流促進を目的として、NWO は Casimir
プログラムを実施している698。Casimir プログラムでは、公共研究機関と民間研究機関の
研究人材の交流を図るとともに、若手研究者の場合には研究における視野を広げ、ベテ
ランの研究者にとっては研究開発活動の刺激となる機会を与えることにつながる。また、
産学間での人材交流を図ることにより、ナレッジの循環を図り、既存の研究成果の活用
頻度を高め、産学研究者間をより強く結びつけることにも役立つと考えられている。同
プログラムでは、3 つのパートナー(大学 1 校、企業 1 社、研究者 1 名)が参加する 1
つの研究開発プロジェクトにつき、160,000 ユーロを上限として補助金を提供している699。
さらに、高等教育機関が産学連携を組織的に取り組むことを支援する目的で、オラン
ダ政府は「Knowledge circulation from Universities of Applied Sciences to companies」という
プログラムを 2001 年に実施した700。特に HBO と中小企業間でのナレッジ循環を促進す
ることを目指す。オランダ政府はこれを専門に担当する上級職「lectorate」を HBO に設
置するための補助金を設け、この補助金により約 100 名の lectorate が配置された。
Lectorate は、各自が専門とする分野について HBO 外にある組織等へ働きかけを行い、
HBO のカリキュラム刷新、教員の人材開発、産学間のナレッジ循環等に関与する。
その他、産学連携研究開発プロジェクトを通じた人材育成を目指したプログラムとし
ては、IT に関するものではないが、触媒技術研究に関して Netherlands Institute for Catalysis
Research(NIOK701)が知られる702。NIOK はオランダの 8 つの大学703が参加している組織
であり、
(1)修士・博士レベルの若手研究者を大学と産業界が協力して教育するととも
に、
(2)オランダ学術界を代表する異なる分野の研究者が参加して学際的な研究を促進
697
698
699
700
701
702
703
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
http://www.nwo.nl/nwohome.nsf/pages/NWOP_69GLQX_Eng
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
http://gooduep.eu/documents/TheNetherlands_National_Report.pdf
オランダ語:Nederlands Instituut voor Onderzoek in de Katalyse
http://www.viran.nl/Technology%20Roadmap%20Catalysis%20Report.pdf;
http://www.ttchina.nl/nwohome.nsf/pages/NWOP_8H7HPE_Eng
University of Amsterdam (UvA)、Delft University of Technology (TUD)、Radboud University Nijmegen (RU)、
Eindhoven University of Technology (TU/e)、University of Twente (UT)、University of Groningen (RUG)、Leiden
University (UL)、Utrecht University (UU)
328
することを目指している。同プログラムを通じて、オランダにおける高等教育機関と基
礎研究のレベルを向上させ、これらの研究拠点が、様々な分野の研究に産学官が協力し
て取り組むためのプラットフォームを提供しようとするものである。NIOK については、
オランダ王立アカデミー研究所(Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences:KNAW)
に承認されており、民間企業の関係者が参加する産業諮問委員会(VIRAN704)の支援を
受けている。
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
産学連携における IT 人材育成の取り組みとしては、研究を主体とする大学よりもむし
ろ高等職業教育(HBO)の役割の重要性が認識されている。HBO 関連団体の HBO-I
Foundation による「Bachelor of ICT」を作成においても企業が関与している。
また、高度 IT 人材育成ではないが、将来の高度 IT 人材となる潜在性を持った高校生
に IT を含む技術系の職業に関心を持ってもらうための取り組み Young People and
Technology Network (Jongeren en Technologie Netwerk - Jet-Net705)では、Philips、Shell、
Unilever、Akzo Nobel、DSM などの民間企業が、経済・農業・イノベーション省や教育・
文化・科学省と協力、高等学校における教育と企業のニーズの繋がりを強化した教育シ
ステムの構築を目指した取り組みを行っている。
8)
産学連携に対する企業・大学の姿勢
「 欧 州 に お け る 産 学 連 携 の 状 況 ( The State of European University ‐ Business
Cooperation706)」には、大学が組織として産学連携に取り組む理由として、企業からの資
金援助の可能性への期待、企業の研究開発施設へのアクセス、そのほか商業的動機付け
の他、パートナー企業との地理的距離の短さが上げられている。また産業界は、大学の
スタッフ学生の雇用可能性、科学的ナレッジへのアクセス拡大を目的として産学連携を
行うとの結果が明らかになっている。一方で、研究の位置づけの違い、資金不足、産学
の文化等の違いなどが産学連携における障害となっているとの回答が得られている。
特に、研究の位置づけの違い、文化の違いについては、オランダでは障害として特に
強く認識されていると見られる。EC の教育 EG が生涯学習プログラムの一環として、各
国の産学連携について調査したプログラム GOODUEP project におけるオランダに関す
る報告書「National Report: The Netherlands」では、オランダにおいては政府の産学連携
を促進するための財政支援があり、大学でも重要性や価値についても評価されているも
のの、大学の業績評価は従来からの研究における卓越性と生産性という基準で評価され
ることが多く、また大学が商業化・市場化に関与することに対して批判的で、ナレッジ
704
705
706
主な関連企業:Shell、DSM、AkzoNobel、Dow、ExxonMobil、BASF、SASOL、Sabic Europetrochemicals、Johnson
Matthey、ABB Lummus
http://www.jet-net.nl/
http://ec.europa.eu/education/higher-education/doc/studies/munster_en.pdf
329
を営利目的で開発するのは大学ではなく企業の仕事であるという考えが存在すると指摘
している。加えて、大学が産学連携やナレッジの市場化を行うには、追加のリソースや
コンピタンスが求められることになるが、大学には十分なリソースも実施能力もないの
が現状と関係者の意見を紹介している。
なお、産学連携の利点と障害について「欧州における産学連携の状況」調査に参加し
たオランダ 24 ヶ国の高等教育機関は、10 段階評価で利点が 6.1、障害が 5.8 としており、
利点と障害に対する認識にあまり大きな差がないことが分かる。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
オランダにおいて IT 業界は経済面で重要な分野と認識されている。2010 年のオラン
ダの IT 支出合計額は 294 億ユーロで、GDP の 5.1%と大きな割合を占めている。その IT
分野の中でも一番支出額が多いのは電気通信とインターネット関連で全体の 54%、およ
そ 158 億ユーロを占めた。一般的なハードウェアとソフトウェア向け支出が次いで大き
く、全体の 46%、およそ 136 億ユーロとなっている。また、オランダにおけるイノベー
ションの約 70%は IT 関連から起きていると言われており、組み込み式システムとチッ
プ製造機器では世界でもトップクラスである。また IT 関連サービスの輸出については世
界 4 位に挙げられている。
2)
IT 産業の中心都市
オランダ南東部に位置するアインドホーヴェン市は、主に製造やテクノロジー系の企
業や研究機関が数多く拠点を構えており、産学のパートナーシップを構築するのに適し
た環境が整っている。IT、電子機械工学、医療技術などの産業クラスターの活動が活発
である。また、研究開発(R&D)部門では、Philips、DSM、ASML などの大手多国籍企
業が同市に R&D 施設を構えている。中でも Philips 主導のもと、オランダ国内のテクノ
ロジーR&D 活動を一箇所に集中させるために構築した High Tech Campus Eindhoven
(HTCE)707は、現在 90 を超える多国籍企業、地元中小企業、研究機関などから 8,000
人の研究者やアントレプレナーを抱える産業界主導の大型 R&D 施設となっている708。こ
のほか、国内最大の独立系 R&D 機関 TNO もアインドホーヴェン市に研究拠点を置いて
いる。TNO はアインドホーヴェン市内に Flemish IMEC テクノロジー・クラスターと共
に、経済・農業・イノベーション省の支援のもと、2005 年に Holst Center と呼ばれるワ
イヤレス自動センサー技術とフレキシブルエレクトロニクスのイノベーションを追究す
る R&D 機関を開設した709。Holst Center は、国内外の民間企業と積極的にパートナーシ
ップを組み先進 R&D に取り組んでいる。参加する大学では、オランダ国内の技術系大
707
708
709
http://www.cross-works.eu/Brainport_C01/default.asp?custid=354&comid=29&modid=1917&itemid=0&time=6250
http://www.hightechcampus.nl/viewfile.php/205
http://www.holstcentre.com/
330
学 3 校のうちの 1 つアインドホーヴェン工科大学(TU/e)は特に民間企業とのパートナ
ーシップ提携に積極的に取り組んでおり、組み込みシステムの研究所 Embedded Systems
Institute(ESI)や Dutch Polymer Institute(DPI)などの R&D における産学連携に参加し
ている。
また、トゥウェンテ710の IT クラスターは、IT 技術関連の研究クラスターとして著名で
ある。同クラスターで IT 関連の企業や公的組織の数は約 200 にのぼる。1997 年には、
およそ 6 千人がトゥウェンテの IT 業界及びその他の知識集約型の組織(Twente
Polytechnic、Telematics Institute、政府との公民パートナーシップ、大学、事業およびト
ゥウェンテ大学)に雇用されていた。同クラスターに関係する民間企業としては、オラ
ンダの電気通信会社 KPN、地域ケーブル会社 CasTel、Flude Industrial BV などのハード
ウェアメーカー、Ericsson、De Haar Talecom などの電気通信機器の開発企業、V&L、Matrix、
Origin などのソフトウェア・メーカーが含まれる。また、同クラスターから誕生した多
くの小規模 IT 企業も、非常に速い成長を見せている。特にトゥウェンテ大学周辺
( Enschede 付 近 ) で は 、 多 く の 企 業 が 研 究 開 発 を 行 う 子 会 社 を 設 置 し て い る 。
CMG-Telecommunications、TNO-FEL、KPN Research 等がある711。
3)
IT 人材輩出のための一般的育成プロセス
オランダでは、12 歳までの初等教育(PO)終了後、その後の教育として、大学、高
等職業教育(HBO)、中等職業教育(MBO)のいずれを目指すかを見据えて進路選択が
行われる。IT 人材育成は MBO、HBO、大学のいずれにおいても実施されている。また、
進路選択後も、MBO から HBO、HBO から大学へと進路を変更することが可能になって
いる。
4)
IT 人材が直面する課題
90 年代前半に IT 人材が大幅に不足していた頃に比べると IT セクター自体も大きく成
長して雇用数も増えた。しかし、スキルを身につけた質の高い IT 人材は上述のようにま
だ不足している712。2008 年以降の経済不況にも関わらず、オランダ国内における IT 労働
者の需要は衰えることなく増えたが、それでも IT 関連専攻の大学卒業生数は需要を満た
していない713。給料が良いにも関わらず、人気が出ないのは、面白くない、厳しいとい
ったネガティブな印象があるため、IT キャリアの人気が若者の間で伸びないことが主な
背景にあるといわれている。
こうした人材不足を解決する手段として、ソフトウェアエンジニアリングを海外へア
ウトソースすることが多く、また IT 分野の労働者をポーランドやインドからインソース
710
711
712
713
http://www.dps.tesoro.it/cd_cooperazione_bilaterale/docs/6.Toolbox/13.Supporting_documents/
1.Cluster_methodologies_casoni/1.Additional_doc/4.Regional_cluster_policy.pdf pp.2
http://www.economia.unimore.it/convegni_seminari/CG_sept03/Papers/Parallel%20Session%201.5-2.5/
Hulsink_Bouwman_Elfring.pdf pp.13
http://www.netuni.nl/hamburg/amsterdam.pdf pp.26
http://pemint.ces.uc.pt/members/NL%20sector%20report%20ict.doc
331
して受け入れていることで雇用バランスを保とうとする努力をしている714。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
オランダにおける教育システムは中央政府の教育・文化・科学省(Ministry of Education,
Culture and Science)が監督しているが、具体的な教育内容については、各自治体や学校
に任されている。義務教育の間は公立も私立も無償で国の補助が受けられる715。オラン
ダでは特に学期制は採用していない。学年は 8 月 1 日から始まり翌年 7 月 31 日までであ
る716。
a.
義務教育
オランダでは義務教育は 5 歳から始まり、進学した中等教育のタイプ別に 16~18 歳ま
でが義務教育とされている717。
b. 初等教育
オランダ義務教育制度では、5 歳から初等教育(PO)入学が義務付けられているが、
大部分の児童は 4 歳から初等教育機関に入学している。背景として、オランダでは、就
学前教育の機会は少なく、義務教育課程に入学後、授業に追いつけないなどのリスクが
懸念される場合に就学前教育を利用することが一般的であることが挙げられる。初等教
育期間は 4、5 歳から 12 歳までの 7-8 年間である。中等教育進学前年、CITO と呼ばれる
全国共通学力テストがあり、これが中等教育に進学の際の目安となっている718。
c.
中等教育
12 歳で初等教育を卒業した児童は、3 つのタイプの中等教育(secondary education)か
ら 1 つを選択することになる。3 タイプの中には、職業教育を目指した 4 年間の中等職
業準備教育(pre-vocational secondary education)の VMBO の他、一般教育を対象とした 5
年間の一般中等教育(senior general secondary education)の HAVO 及び 6 年間の大学準備
教育(pre-university education)VWO がある。これらの中等教育を提供しているほとんど
の中等教育機関では、複数のタイプが併設しており、生徒は入学時に 1 つのタイプを選
択しても、比較的容易に途中で他のタイプに変更することができる。
VMBO は通常 16 歳で修了(義務教育修了)、次段階の中等職業訓練教育 MBO
(secondary
714
715
716
717
718
http://www.scholze-simmel.at/starbus/ws3/frederik.pdf
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/05europe/infoC51300.html
http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/pdf/02-6.pdf
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/Netherlands:Overview;
http://www.ovta.or.jp/info/europe/netherlands/07policy.html; なお、
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/Netherlands:Organisation_of_the_Education_System_and_o
f_its_Structure
http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/pdf/02-6.pdf
332
vocational education)に進学することができる。また、17-18 歳で HAVO 卒業資格もしく
は VWO 卒業資格を取得(義務教育修了)した生徒は、高等教育機関へ進学することが
できる。なお、HAVO は、高等職業訓練教育 HBO(higher professional education)進学を
予定する生徒向けの教育機関であるが、実際には多くの HAVO 学生は、VWO の高学年
に進学したり、中等職業訓練教育 MBO に入学したりという進路を選択している。一方、
VWO は大学(WO)進学を目指す生徒向けの教育機関であるが、実際には多くの VWO
卒業資格を取得した学生が講等職業訓練機関である HBO に入学している。また、MBO
卒業生は HBO へ、HBO 卒業生は大学へと柔軟に教育機関を選択できるようなシステム
となっている。なお、VWO、HAVO、HMBO はそれぞれの教育コース修了にあたり最終
試験があり、校内試験と全国統一試験がある719。
d. 高等教育
オランダの高等教育機関には、通常の大学に該当する WO の他、職業教育を専門とす
る HBO や MBO がある。WO は一般的には4年だが教育機関によっては 5 年、6 年制の
場合もある。HBO、MBO については4年制である。
年齢
25
24
23
高等教育
22
21
20
WO
19
HBO
18
16
15
14
VWO
HAVO
HMBO
VMBO
中等教育
MBO
17
13
12
11
初等教育
10
9
8
初等教育(PO)
7
6
5
4
(
図 3-16
部分は義務教育)
オランダの学校系統図
出典:EC European Encyclopedia on National Education Systems: Netherland 等を基に作成720
2)
労働力についての課題
オランダでは、高度人材育成の必要性について早くから認識されてきた。その危機意
識の背景には、(1)ナレッジ経済への移行、(2)グローバリゼーションと労働力の国
719
720
http://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/pdf/02-6.pdf
https://webgate.ec.europa.eu/fpfis/mwikis/eurydice/index.php/Netherlands:Overview
333
際的移動の増加、
(3)急速に進む高齢化社会への対応が必要と考えられていたからとい
われている721。こうした認識もあり、オランダの高等教育では実務能力が重視されてお
り、結果的にインターンシップの普及をもたらしている722。
オランダでの大学生の採用に関しては、職種に応じた資格の有無が重視され、大学在
籍時の成績等が問われることは少ない。この場合、資格はオランダ国内のものだけでな
く、EU 内で互換性が確保されている各国の資格を適用することができる。
オランダには終身雇用制度があり、終身雇用のパートタイムもあることが特徴である。
パートタイム労働者の比率は増える傾向にある(2010 年に 37%、女性のみでは 75%)。
こうした柔軟な雇用制度が活用される一方、終身雇用でないフレキシブル雇用の労働者
数も増えている。労働者保険事業団の調査によれば、1996 年に 23%であったフレキシブ
ル雇用の比率が、2009 年には 34%にまで上昇している。フレキシブル雇用のうち、派遣
労働者に関しては、年超の派遣労働者が全体に占める割合が増加するとともに、派遣労
働者が一家の稼ぎ手である割合が増加している。さらに社会的弱者(45 歳以上、少数民
族、長期失業者、障害者)が占める比率も増えている。本来は3年以上同じ職務に就い
ていると無期契約(終身雇用)に移行させることが雇用側に求められているが、現実に
派遣労働者が無期契約(終身雇用)に移行できる可能性は2割弱にとどまっているなど、
フレキシブル雇用の労働力の固定化が懸念されている723。
721
722
723
http://www.utwente.nl/mb/iscm/education/job_market_for_master_students/DutchICTlabormarket/
oecd_report_netherlands_jobmar.pdf
雇用労働事情-オランダ-, 財団法人海外職業訓練協会. http://www.ovta.or.jp/info/europe/netherlands/06labor.html#61
非正規雇用の国際比較~欧米諸国の最近の動向~ オランダ:パートは「非正規」と見られない フレキシブル
雇用とのバランスが課題, アルヤン・カイザー, 2011.
http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20110225/houkoku/04_holland.htm
334
(8) 韓国
① 政策
1)
戦略
2008 年 2 月に発足した李明博政権は、発足前後から大学入試制度の改革、英語教育の
強化などの政策を策定しているが、人材育成についても政府の役割と認識して取り組ん
でいる。同政権の基本方針は以下の 5 つからなる。
(1) 組織改編とシナジー向上
(2) ソフトウェア強国の建設
(3) 知的財産権を認める社会
(4) 海外投資の誘致
(5) 創意工学が未来教育の中心
ソフトウェア強国の建設に対しては、
「ソフトウェア産業を国家のコアなインフラ産業
として発展させる」というビジョンを掲げており、他産業とソフトウェアの融合により
「新しいサービス創出」「製造業の競争力向上」「ソフトウェア産業強化」の実現を目標
としている。この中で、ソフトウェア産業の強化においてソフトウェア高級専門人材の
養成に取組むとしている724。
2)
重要性
韓国政府は 1995 年から国家的な情報化推進を行ってきたが、アジア経済危機に見舞わ
れた 1997 年より IT 産業に人材を集中すべく、情報通信人材育成事業に取り組んでいる。
2000 年前後までは初期段階の情報化人材を育成する観点から、情報化教育、IT 学科支援
を通じて IT 活用能力の向上を図った。2001 年からは IT 学科の増員、教員の質向上、IT
新技術分野の短期教育の実施、2004 年以降は IT 人材の保有する技術と職場で必要な技
術のミスマッチの解消、高度人材の育成に重点を置くなどの展開が行われている725。こ
うした成果が 2000 年代後半以降の韓国 IT 産業の躍進を支えており、韓国政府による IT
人材育成施策は国内労働力の変化に適切に対応してきたといえる。上述の通り、2008 年
以降の施策においてもソフトウェア強国の建設が謳われており、高度 IT 人材の育成は韓
国政府において引き続き重要施策としての位置づけを占めている。
3)
課題
上述の通り、2004 年以降では IT 人材の需給に関するミスマッチが懸念されるように
なった。すなわち、IT 人材全体の需要は、次表に示すように 2004 年の 146 万 2000 人か
ら 2015 年には 244 万人に増加すると見込まれている。
724
725
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 韓国, 2010 年 7 月.
(独)情報処理推進機構(IPA), グローバル化を支える IT 人材確保・育成施策に関する調査, グローバル化を
支える IT 人材確保・育成施策に関する調査, 2011 年 3 月
335
表 3-21
単位:千人
2004 年
IT 人材の需要増
2010 年
IT 産業
1,462
全産業
22,557
2015 年
年間成長率(04-15)
2,161
2,440
3.0%
24,444
25,600
1.2%
726
出典:韓国生産技術協会(2004 年)
一方で、工業専門学校卒業者に相当するレベルにおける需給バランスをみると、まず
2004 年から 2015 年の間に新たに生じる IT 人材の需要規模は下表より 98 万 2000 人であ
る。これは 89 万 2000 人の需要増加と、期間中の離職者に相当する 9 万人の代替需要の
合計である。一方、供給数は 116 万 3000 人である。したがってこのレベルの IT 人材は
2015 年には著しい供給過剰となることが見込まれる。一方で大学院生レベルでは引き続
き供給不足が続く。こうした人材のミスマッチを解消するため、政府による人材育成施
策も高度人材育成にシフトする形で進められている。
表 3-22
単位:千人
2004 年と 2015 年の IT 人材の需要と供給の差
需要増加(Dg)
代替需要(Ds)
工業専門学校生
228
33
418
156
大学生
444
46
578
88
大学院生
220
11
167
-64
892
90
1,163
180
合計
供給(S)
差分(S-(Dg+Ds))
出典:韓国生産技術協会(2004 年)727
4)
担当政府機関
韓国政府の行政機関である知識経済部が、IT 産業政策を担当している。
韓国政府労働部の傘下機関である「韓国産業人力公団」が、韓国内外で働く人材の育成
を推進している。資格検定試験の管理も含まれる728。
5)
他の国家戦略の関係性
韓国政府の知識経済部は、2008 年 7 月 10 日に「IT の拡散による産業構造の先進化と社
会問題解決」を目標とする「New IT 戦略」を発表した。本戦略においては、IT 産業の持
続的な成長のためには成長の要因を IT 産業の内部のみならず、製造業、サービス業など
726
(独)労働政策研究・研修機構, 韓国における IT 人材の育成と管理,
http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_4/korea_01.htm#0003, 2006 年 3 月.
727
(独)労働政策研究・研修機構, 韓国における IT 人材の育成と管理,
http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_4/korea_01.htm#0003, 2006 年 3 月.
728
福岡アジアビジネスポータルサイト, 韓国産業人力公団 駐日本代表事務所
http://asiabiz.city.fukuoka.jp/interview/detail.php?id=3
336
外部から探し出し、原油高や高齢化など経済社会の問題を解決するため、IT を積極的に
活用すべきであるとしている。3 大戦略分野を以下に示す。
• 全産業と融合する IT 産業
製品の IT 化、プロセスの IT 化、サービス業の IT 化、組み込みソフトウェア開発を
推進する。
• 経済社会問題を解決する IT 産業
グリーン IT 実現のため IT 製品の省エネ効率を 2012 年までに 20%向上させる
• 高度化する IT 産業
半導体やディスプレイ産業育成、ネットワーク・無線通信、IT 部品とソフトウェア
産業を育成する
上記の3大分野以外に、産業界が望む高度 IT 人材育成や、ネットワークシステムの改
定などが盛り込まれた。産業界においては、大卒クラスの人材が余剰となる一方、博士
クラスの高い教育を受けた高度人材が不足している。そこで、新市場を開拓するプロジ
ェクトリーダーとなりうる人材を育成するために 2012 年までに 2,800 億ウォン(約 25
億 2,000 万円)が投資され、2 万人の養成が目標とされている。一方、韓国では失業率が
上昇して就職難となっているが、中小ベンチャー企業においては有用な人材が得られず、
依然として求人難の状況にあり、長期的な視野のもとでの人材育成に対する要望が出て
いる。そこで、全国 5 カ所で企業、大学、研究所が共同参加する「IT 融複合人材養成セ
ンタ」の設立が計画された。政府の支援を受けた人材と政府の研究機関の研究員には、
中小企業やベンチャー企業での勤務を義務付けるという制度も検討されている。生涯の
キャリアを管理する「高級 IT 人材全生涯キャリアパス管理体制」を導入することで、海
外に流出した人材を呼び戻す戦略も検討されている729。
6)
予算
上述の「New IT 戦略」全体の予算は 3 兆 8,800 億ウォンである。そのうち、人材育成
事業に対しては 2012 年までに 2,800 億ウォンを投資し、2 万人の人材を養成するとして
いる730。
② プログラム
1)
政府主導プログラム
韓国政府は、情報セキュリティ専門人材の育成とセキュリティ産業の育成のため、関
連する教育課程を開発し、運用を推進する方針を立てている。知識情報セキュリティア
カデミーを設立し、金融機関における情報セキュリティなど、産業現場のコアとなる人
材の育成を計画している。このための予算として、2009 年から 2013 年まで 1,512 億ウォ
729
730
http://www.kjibc.org/93
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 韓国, 2010 年 7 月.
337
ン(約 136 億 800 万円)が投入される予定となっている。また、研究開発を重視し、新た
なサイバー攻撃への対応技術の研究など、将来的な情報セキュリティ産業市場の拡大を
目指そうとしている。そのほか、民間・公共分野における情報保護のための設備投資の義
務化、ソフトウェアの設計と開発の分割発注による産業の活性化、メンテナンス費用の
適正化など、これまで韓国で情報産業の問題とされていた事項の改善を図る計画となっ
ている。さらに、情報セキュリティ製品の国際標準化や、海外でのマーケティングを通
じた、韓国企業による海外進出の支援が計画されている。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
既存の調査731に追加すべき新たな情報は得られていない。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
韓国では、医師や弁護士などの資格以外の 25 産業の国家資格試験は、すべて産業人力
公団がまとめて管轄している。
韓国産業人力公団が認定する資格
• 情報処理技師(エンジニア・インフォメーション・プロセシング)
• 情報処理産業技師(インダストリアル・エンジニア・インフォメーション・プロセ
シング)
• 情報機器運用技能士
同資格の年間受験者数は 20~30 万人程度であり、情報処理技術者試験と相互認証して
いるのは、「情報処理技師」と「情報処理産業技師」の 2 つである。
情報処理技師及び情報処理産業技師の資格は、韓国では重要な認定資格であり、新入
社員の採用や年間業績評価など、企業における採用や昇進に積極的に使用されている。
全米試験協議会(National Council of Examiners for Engineering and Surveying:NCEES)は、
韓国技術士協会(Korean Professional Engineer Association)の合意の下、FE と PE 技術者
の認定試験を実施している。
• 大学を卒業した技術者は、FE の試験を受けることが出来る。さらに、FE 取得後、4
年間の実務経験のある技術者(あるいは、4 年制大学卒業に 7 年間の実務のある技
術者)は、PE(professional engineer)に応募することが出来る。PE の認定を受ける
には、PE 試験と呼ばれる試験に合格しなければならない。FE、PE は、韓国技術士
協会(KPEA)により認定される。
KPEA がカバーするエンジニアリングの領域には、通信と情報技術と産業技術がある。
ABEEK に認定した大学のプログラムを卒業した学生は、PE 認定試験の関連する課目の
免除がなされる。初めて試験を受ける受験者の合格率は、66%、以前に受験経験のある
731
(独)情報処理推進機構(IPA), グローバル化を支える IT 人材確保・育成施策に関する調査, グローバル化を
支える IT 人材確保・育成施策に関する調査, 2011 年 3 月
338
受験者の合格率は、29%。韓国では、組込みソフトウェア技術者に特化した国家試験は
ないが、コンピュータエンジニアリングと PE 試験には、リアルタイム OS の問題や、デ
バイスドライバ、メモリデバイス、VLSI 回路などの問題が含まれている。
4)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
韓国政府の産学官連携に関連する政策展開の特徴としては、大学の活動の指針となる
基本的な法整備を行うことのほか、研究機関や国立大学へ指針を明示化することによる
産学官連携の持続的支援に対するスタンスの明確化、選択と集中を通した内外における
競争促進と研究費を中心とした支援策を展開していることが挙げられる。産学官連携に
関しては展開される政策の幅広さや強力な推進よりも、課題の分析と実行が早いことが
特徴であり、そうした政府の姿勢と各大学の意向(大学における目標、事業継続、ラン
クの向上等)が一致することで効果を挙げている732。
5)
連邦政府・地方政府の役割
韓国政府は 2003 年に地方分権特別法案を決定し、中央と地方の権限を再構築している。
同法では中央政府の事務と財政など中央の権限を地方に委譲し、住民の生活と直結する
教育自治制度の改善、自治警察制の導入を行うと共に、特別地方行政機関の実態を総合
的に把握し、地方自治体が遂行することがより効率的な事務については、地方自治体が
担当することとした733。
6)
人材育成を含む産学連携教育等への財政支援
教育科学技術部と知識経済部は「産業人材育成と管理システム革新法案」(2011 年 8
月 30 日発表)の中で、年間 15 兆ウォン規模の政府の研究開発投資をこれまでの設備中
心から人材の育成に置き換えることを発表した。韓国政府は、同法案のもと政府の研究
開発投資額のうち人材育成投資の割合を現在の 30%から 40%に引き上げることで、企業
や研究所、大学などに約 3 万人の新たな雇用が創出されると推測されている734。
7)
インターンシッププログラム/デュアルシステム等への財政支援
韓国政府は 1999 年に「政府支援インターンシップ」制度を開始した。この制度は 2002
年に「青少年職場体験プログラム」に変更された。これは就職支援制度と研修支援制度
の2種類で構成されるものであったが、2006 年に就職支援制度が廃止され、研修支援制
度のみが運営されている。2009 年の場合、142 大学の 1 万人あまりを対象に実施され、
参加する学生には期間中に月あたり 40 万ウォンの手当が支給されるとともに、企業側に
732
733
734
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
韓国の地方自治制度の沿革 http://www.clair.or.kr/info/iimg/115_01.pdf
KBS WORLD http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=40569
339
も研修生 1 名・1 月あたり 5 万ウォンの支援費用が拠出される。インターンシップの期
間は公共機関・教育機関で 1~2 ヶ月、経済社会団体・非営利団体で 1~4 ヶ月、民間企
業は 1~6 ヶ月となっている735。
8)
KAIST におけるソフト関連の人材育成の取り組み状況
2009 年、韓国科学技術院(KAIST)と韓国情報通信大学(ICU)が統合した。両校は
合併案に基づき、KAIST 内に情報技術(IT)融合キャンパスを設置して ICU の学校組織
を移管し、KAIST は ICU 教職員と学生の権利・義務を包括して受け継いでいる。
KAIST の IT 融合研究所は“KI-ITC”と呼ばれている。KI-ITC では新たな融合技術の
開発に 13 名の研究科教授が従事している。KAIST は、IT、バイオテクノロジー(BT)、
ナノテクノロジー(NT)の融合研究分野に 1,000 万ドルを支援している。一方、韓国政
府は現在のところ、IT 融合分野に 2,000 万ドルの研究費を支援している。
IT 融合を行うためには、融合方法についての教育を行うことが非常に重要であると考
えられている。知識経済部(MKE)は KAIST の教育プログラムを推進することで、新
しく独創的な IT 融合製品を予測、設計、開発することのできる、IT 融合研究エンジニ
アの育成を支援している736。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
韓国における産学官連携支援策の特色は、政府による基本的な法整備をもとに、大学
や研究機関による国内外との競争を促進しつつ、研究費の配分やネットワーク形成の支
援を行っている点である。2008 年度に大学内における技術持株会社の導入が認められた
ことにより、大学や研究機関からスピンオフしたベンチャー企業に産学協力団が出資を
行い、収益を生み出す構造を作っている737。
同様に、産学官連携が大学や研究所の研究力向上のために必要な要素として位置付け
られ、技術移転の件数及び金額、あるいは共同研究の件数等が大学や研究所の成果を評
価するための指標として位置付けられている点も特色となっている。韓国研究財団によ
れば、144 大学を調査したところ、技術移転件数、技術指導件数、産学協力協同研究件
数、教員による起業を教員の業績評価に反映している大学数はそれぞれ、52(36.1%)、
46(31.9%)、64(44.4%)、22(15.3%)であり、3 割以上の大学において教員業績評価
に産学連携の実績を反映している事が示されている。教授や研究員は個人の研究にとど
まらず産業と連携することで、企業からだけでなく政府からの多くの研究資金を獲得で
735
厚生労働省, 2008~2009 海外情勢報告 p183, 世界の厚生労働 2010, 2010 年
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/10/pdf/teirei/t182~189.pdf
736
JST-CRDS/NISTEP 共催講演会講演録 Policy and R&D on IT Convergence in Korea Focused on R&D of KAIST
Institute for IT Convergence,2010 年 10 月 25 日 http://crds.jst.go.jp/singh/wp-content/uploads/10xr17.pdf
737
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
340
きるほか、成果も期待できるようになるというメリットを持つ。こうして国の競争力の
強化を目標に掲げ長期的な方針を明確に示すことで、産学協力が重要であり積極的に取
り組むべき事案であることを、各大学や研究機関のトップが十分に認識できるようにし
ている738。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
以下に示すような環境の中で、国の競争力につながる革新的技術と技術革新力を備え
た人材の養成及びそれらを通じた革新的な新規産業の育成が課題となっている。そのた
めの競争力強化の手段の一つが産学連携であり、知識基盤に基づく国家や経済の体制を
構築するための戦略として、産学連携の活用が重要視されている。
• 技術革新力(イノベーション能力)の向上
これまでキャッチアップ型経済成長を続けてきた韓国であるが、後発国の技術上
の追い上げが激化する中、今後の競争力を高めるためには技術革新力(イノベー
ション能力)を高める方向性が最も重要になりつつある。
• 国の潜在的成長率の低下
教育科学技術部の政策環境分析によると、近年の世界的な経済危機の後遺症によ
り国の潜在的成長率の低下が見込まれ、技術貿易収支も年々減少していることが
指摘されている。
• 少子化
少子化の影響が深刻(04~08 合計出産率 1.22 名)であり、中長期的には生産可能
人口の持続的減少に繋がることが懸念されている。
• ベンチャー企業育成
財閥解体を契機に、韓国政府は少数の財閥だけでなく、中小企業を育成する政策
を展開するようになっている。あわせて、先端技術に基づく新産業の創出、職場
の創出を可能にするベンチャー企業の育成にも焦点が置かれるようになった。中
小企業からの中堅企業の育成、さらにより多くのベンチャー企業を輩出するため
に、大学や研究機関がその中心的な役割を担うことが期待されている。
• 格差の是正
韓国内の人口や事業所数などにおいて、ソウルとその近郊に極端な集中傾向があ
るという不均衡な経済体制を是正し、地域間の格差を緩和するために、各地域の
大学が担う役割に期待が示されている。不均衡を是正する手段としては、地域の
大学や研究機関が中心となって、ベンチャー企業を創出したり、共同研究や技術
移転によって域内の企業における競争力強化につなげることが想定されている。
738
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
341
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
韓国における産学連携は、主たる目的としてよりも、他の政策と並行して、その実現
手段の一環として展開されている。
李明博大統領は、
「科学技術強国建設」を掲げ、研究開発投資の拡充に重点を置いてい
る。大学や研究機関において世界的にトップレベルのポジションを得るべく、海外トッ
プレベルの人材の取り込みや国内研究者のレベルの向上、さらには、それら優秀な人材
から新産業が生み出されるような仕組みづくりに関連する政策を展開している739。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
韓国では、人材育成を目的とする産学連携事業やプログラムのほかに次のような「契
約学科制度」が導入されている。これは 2004 年から施行が開始された。大学と企業が契
約に基づいて学部課程あるいは大学院課程に学科を設置・運営し、産学連携によって人
材を育成する制度であり、大学によって様々な運用形態がとられている。以下にその導
入事例を示す740。
a.
延世大学
延世大学は 1997 年に、ウォンジュ市役所とウォンジュテクノパーク(WTP)プロジ
ェクト協定を締結した。この協定締結の下、まず、1998 年に市がインキュベーション施
設としてウォンジュ医療機器創業保育センターを開設した。この施設の目的は、医療機
器関連の基盤技術を開発し、これを企業へ移転・普及させ、また、研究要員を養成し、
先端医療機器産業の情報を提供することで産学連携に基づく共同研究の活性化に寄与す
るというものである。ウォンジュ市の場合、自治体と大学が協定を結び、地域の産業育
成に関する将来構想を協力して立てた上で、小さなインキュベーション施設から地道に
ステップアップさせていくところに連携実現のための工夫点が認められる741。
b.
高麗大学
高麗大学は 1905 年設立の名門私立大学である。2001 年に TLO 事業センターを設立し
た。産業分野としては、バイオケミカル産業(約 50%)、IT(約 40%)などが TLO の対
象となっている。成果の位置づけとしては、特許権は大学が所有することとしている。
同大学の教授は企業と兼職することができる。同大学の特徴は以下の通りである742。
739
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
740
横浜国立大学 企業成長戦略研究センター, 韓国の人材育成分野における産学連携政策― 大学と企業などによ
る「契約学科」の設置・運営制度を中心に http://www.cseg.ynu.ac.jp/doc/dp/2010-CSEG-05.pdf, 2010 年 11 月.
741
西川和明(福島大学経済学部 教授 (財)国際貿易投資研究所 客員研究員), 韓国・ウォンジュ市における
産学連携とベンチャー育成, http://www.iti.or.jp/kikan52/52nishikawa.pdf, 2003 年.
742
三本松 進(島根県立大学教授), アジア産学官連携の実態と日本・地方の対応,
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/bbl030124.pdf
342
• 統合運営機関である「高麗大学ビジネス・インキュベーション機関」のもとで、「技
術ビジネス・インキュベーションセンター(産業資源部系)」、
「ビジネス・インキュベ
ーションセンター」、「技術・ノウハウ移転センター(中小企業庁系)」の3種類のセ
ンターが学内に共存しながら運営されている。
• 営業収益モデルを確立するとともに、各ベンチャーのマーケティング等を支援する
ことを目的として、複数の経営コンサル会社と契約して運営に生かしている。
c.
韓国科学技術院(KAIST)
韓国科学技術院の産学協力団は、技術集約的な新しい産業を牽引する先端的ベンチャ
ー企業を育成するための創業者候補を発掘するとともにその創業支援を行うことを目的
としている。ベンチャー企業に対して KAIST の教授との共同研究を奨励するだけでなく、
企業の立地場所や施設、研究機材、技術情報等を提供するほか、研究開発の資金支援、
法律、特許、経営に関するコンサルティング等、ベンチャー企業の活動に必要となるイ
ンフラの支援を行っている。こうしたベンチャー企業の支援のほか、教授や学生による
創業の支援、海外への技術移転等を通じて、大学の研究開発成果を事業化するための支
援を積極的に行うことを活動方針としている743。
d.
情報セキュリティ人材育成における産学共同講座
情報セキュリティ人材の育成において、企業等と提携した講座を提供している大学を
以下に示す744。
• 新羅大学
• ソウル科学総合大学院
• 昌原大学校
• 慶煕大学
• 世明大学
• 韓國情報通信技能大学
このうちソウル科学総合大学院では、高度な産業セキュリティ技術とマネジメント能
力の両方を備えた、産業向けセキュリティ業界におけるマネジメントの専門家の育成す
る韓国国内初の MBA プログラムを 2009 年 3 月から提供している。このほかの大学では、
企業等と提携し、学生向けに情報セキュリティ分野への就職を促すための講座を提供し
ている。
743
744
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
NTT データ経営研究所,情報セキュリティに関する人材育成活動の調査結果,2011 年 3 月
http://www.nisc.go.jp/inquiry/pdf/jinzai_sankou.pdf
343
e.
漢陽、復旦大学、ハナマイクロン共同半導体設計研究所
学校からの支援を受け、学校内に設立された研究施設である。学校の支援により企業
は経済的な負担をすることなく研究所を設立でき、また学校側においては、企業からの
研究費支援により優れた環境で産業界の実務を体験できる利点がある745。
5)
産学間の人的交流状況
後述のように、政府による産学連携支援策が行われたことで、産業界出身教員による
大学での指導が盛んになりつつある。ただし、全体的にはまだ交流が盛んであるとはい
えない状況にある。
なお、企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られて
いない。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
産学連携を活性化させることで大学の役割及び機能を革新するという政策目標のもと、
産業教育振興法の改正により、下表に示す諸制度に法的根拠が与えられた。さらに、産
学連携契約においては費用と負担の分担、成果の帰属と配分など契約に盛り込むべきこ
とが明文化されたほか、大学教員の業績評価、昇進、報酬などに産学連携実績と成果を
反映させることも定められた。このほか、特定産業に必要な教育を行う大学等の教育課
程を評価・認証する学会、あるいは団体等への政府による財政支援が可能となった。
表 3-23
韓国の産業教育振興法改正の際に設けられた主要制度
制度
概要
産学協力団制度
法人格を有する産学協力団を大学の長の下部組織として設け、産学
連携事務、企業との契約締結、会計管理、知的財産権の取得・使用、
技術移転等を担当させる制度
学校企業制度
特定学科、あるいは教育課程と連携し、物品の製造・販売、サービ
ス提供する大学の部署として、学校企業の設置を可能にする制度
協力研究所制度
大学に企業の研究所、または政府の研究所を設置・運営することを
可能にし、人材と施設の相互交流と共同活用を図る制度
契約学科制度
大学と企業などが契約によって学科を設置・運営を可能にし、企業
などの人材育成需要に対応することを可能にする制度
出典:脚注参照746
745
郭 桂達(漢陽大学),APEC 主要エコノミーにおける中小企業の産学連携を通じたビジネスクリエーションの現
状と課題 http://www.jetro.go.jp/jfile/report/05000710/05000710_001_BUP_3.pdf
746
横浜国立大学 企業成長戦略研究センター, 韓国の人材育成分野における産学連携政策― 大学と企業などによ
る「契約学科」の設置・運営制度を中心に http://www.cseg.ynu.ac.jp/doc/dp/2010-CSEG-05.pdf, 2010 年 11 月
344
一方、国家研究基金(NRF)による支援制度として下表の制度が設けられている。
表 3-24
国家研究基金による支援制度
制度
概要
▪
▪
R&D 活動を支援する基金
応募資格は国家研究所、公的研究機関、大学、
医療機関、民間企業、民間の R&D センター
など民間・公的機関を問わず、産学共同もし
くは過去にその分野で多大な実績を残した
複数の研究者がチームを組むことで参画す
ることを奨励している。
▪
国内の大学や国家研究所が、海外の有力な大
学や国際的研究所との連携により、人材育成
や技術移転を目指す制度
▪
大学レベルの学術研究の中から、将来シンガ
ポールの経済に多大な影響を及ぼし、人材育
成と知識創造に貢献すると見なされる研究
所を選定し、補助金を交付する制度
▪
研究者の国籍に関係なく、シンガポールの大
学や研究機関において、特定のテーマで研究
活動を実施しようとする研究者チームに対
して付与される補助金交付制度
▪
高等教育機関の研究成果からの起業化を促
進する制度
競合的リサーチ・プログラム基金制度
(CRP:Competitive Research Programme
Funding Scheme)
リサーチ・エクセレンス&テクノロジ
カル・エンタープライズ・キャンパス
制度(CREATE:Campus for Research
Excellence & Technological Enterprise)
リサーチ・センター・エクセレンス
(RCEs:Research Centres of Excellence)
NRF リサーチ・フェローシップ
(NRF Research Fellowships)
イノベーションと企業のための
国家フレームワーク
(NFIE:National Framework for
Innovation and Enterprise)
出典:脚注参照747
7)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
上記に示した契約学科制度は、人材育成分野における産学連携に参加する大学と企業
などのインセンティブを調整する体制が整っていないという問題点を解決するとともに、
産学連携の活性化を通じて、大学の役割及び機能の革新、質・量両面における人材の需
給ギャップの解消、大学の構造調整の円滑化などを図ろうとするものである。
契約学科制度は、2008 年時点で 45 大学において 151 学科が設置されるなど、順調な
実施傾向が示されている。また、大学と企業などが契約学科制度を人材育成分野におけ
747
経済産業省(委託先:(独日本貿易振興機構)), 平成 21 年度海外技術動向調査調査報告書―アジア編―,
http://www.meti.go.jp/policy/tech_research/30_research/foreigncountries-research/h21fy/h21fy_asia.pdf, 2010 年 3 月.
345
る産学連携の手段として積極的に活用しようとする動向もうかがえる。
一方で、韓国政府が当初期待していた効果が必ずしも十分に出ていないことも指摘さ
れている。契約学科制度は、人材の需給ギャップの解消、大学の構造調整の円滑化など
を図ることを目的とした制度であったが、実際においては採用条件型の契約学科が少な
いこと、人文社会系契約学科が多いこと、理工系企業の参加が少ないこと、講義形式授
業が多いことなどの傾向を通じて、大学の役割及び機能の革新や質・量の両面における
人材の需給ギャップの解消といった機能を果たすには、契約学科制度は現状では不十分
であると指摘されている748。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT 産業の中心都市
韓国の IT 企業の 7~8 割がソウル市内に立地している。特に IT 企業の集積が進むテヘ
ラン路周辺はシリコンバレーになぞらえて「テヘランバレー」と呼ばれている。
「テヘラ
ンバレー」にはベンチャーキャピタル等の事業創出のための支援機能を担う企業等も立
地しており、動きの速い IT ベンチャー群の集積を促している。
一方、ソウル南方の都市テジュン市内の研究施設集積地テクドでは、官民の研究成果
の事業化が行う技術力の高いベンチャー企業が集積し、
「テクド・テクノバレー」と呼ば
れる。研究開発機関を擁するテクド・テクノバレーでは、中長期の研究開発指向の企業
が多い749。
2)
IT 人材が直面する課題
• ソフトウェア関連学科の定員割れ
ソウル大学と KAIST(韓国科学技術院)のソフトウェア関連学科では、この 5~7 年
にわたって定員割れが生じている。全国の大学のソフトウェア関連学科の定員は、2000
年の 120~130 人から 09 年には 30~70 人にそれぞれ減少し、かつて理工系で最高だった
合否ラインも中レベルに低下した。これら学科の卒業生がソフトウェア業界に就職する
割合は 30%に満たず、大半が教師、公務員、ロースクール(法科大学院)進学など、専
攻とは関係ない進路を選んでいるとされている。こうした状況に至った背景としては、
韓国国内においてソフトウェア産業がまだ十分に評価されておらず、結果的にソフトウ
ェア技術者の低賃金、長時間労働というイメージが学生に浸透してしまっていることが
あげられる750。
• 違法コピーの慣習がもたらす影響
韓国では新規開発されたソフトウェアの 43%が無断コピーされて流通しているとさ
748
横浜国立大学 企業成長戦略研究センター, 韓国の人材育成分野における産学連携政策― 大学と企業などによ
る「契約学科」の設置・運営制度を中心に http://www.cseg.ynu.ac.jp/doc/dp/2010-CSEG-05.pdf, 2010 年 11 月.
749
成清正和(日本政策投資銀行 シンガポール駐在事務所), アジアの IT 人材育成-韓国:地域間連携により持続する IT
企業集積, http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/45/8/565/_pdf/-char/ja/, 2002 年 9 月.
750
朝鮮日報日本語版 2011 年 8 月 19 日
346
れ751、違法コピーに罰則を設けないことが、ソフトウェア人材の育成を阻む原因である
とも指摘されている。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
a. 韓国教育の学制表
韓国における教育体系は、次表の通りである。なお、韓国の新学期は 3 月であり、2
学期制を採用している。1 学期が 3 月 1 日~8 月 31 日、2 学期が 9 月 1 日~翌年 2 月 28
日までである。ただし、現在 4 学期制も選択可能とする検討が進められている。
表 3-25
年齢
学齢
韓国教育の学制表
一般課程
特集課程
課程学年
3
4
就学前の教育
幼稚園
特殊学校
初等教育
小学校
特殊学校
中学校
特殊学校
公民学校
各種学校
高等学校
特殊学校
放送通信高等学校
技術学校
各種学校
大学(学士)
専門大学(2-3 年)
産業大学
教育大学
技術大学
遠隔大学
放送通信大学
5
7
1
8
2
9
3
10
4
11
5
12
6
13
7
14
8
15
9
16
10
17
11
18
12
19
13
20
14
21
15
22
16
23
17
24
18
25
19
26
20
27
21
中等教育
高等教育
大学院(修士)
751
大学院(博士)
BSA2009 年調査結果による
347
b. 教育課程
• 小学校
韓国の初等教育は無償の義務教育で、99.9%の完全就学率のレベルにある。
• 中学校
義務教育であるが、入学希望者はコンピュータによる抽選で居住地から近い学校
に割り当てられる。授業の年限は 3 年で無償である。小学校より私立学校が占める
比率が高いが、国立、公立、私立との差はあまりない。
• 高等学校
一般系高校、実業系高校、その他の高校(外国語、芸体能、科学高校)の3種類
に大別される。授業年限は 3 年で有償である。一般系は抽選によって居住地に近い
学校に決められることが多い。一方、その他の高校は本人が学校を選ぶのが一般的
である。
• 専門大学
現在 150 校があり、うち 10 校が国公立、その他は私立である。専門大学は技術者
育成を主眼としているが、4 年生の大学への編入も可能である。
• 大学
4年制大学は現在 250 校が運営されている。一方医学系(韓医学、歯医学を含む)
は 6 年制である。韓国の大学は総合大学校の形で運営されている。学校は設立主体
により国立、市立、私立の3種類があるが、このうち私立が大半を占める。
348
図 3-17
韓国の学校系統図
出典:文部科学省「平成 22 年度 教育指標の国際比較」752
2)
労働力についての課題
韓国においては、雇用に関する以下の課題が指摘されている。
• 雇用創出力の低下と若年層の就職難
世界的にみると韓国の失業率は低水準であるが、2000 年代に入って雇用創出力の低
下が顕在化している。これと関連して、若年層(とくに大学新卒者)の就職難が大
きな問題となっている。その原因としては、①総固定資本形成の伸び悩み、②電気
電子機械の国内への生産誘発効果が小さく、その結果として雇用機会の創出が少な
いこと、③雇用創出効果の高いサービス産業の成長が相対的に遅れていることなど
が指摘されている。
• 非正規雇用の増加と拡大した所得格差
韓国では以前は終身雇用が主体であったが、90 年代の通貨危機後に構造改革の一環
として労働市場改革(整理解雇制と派遣労働の導入など)が実施され、非正規労働
752
http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2011/08/p239_t8-2-8.pdf
349
者が増加したことが所得格差拡大の一因となっている。非正規比率が半数以上を超
えたことで話題になったこともあるが、2010 年以降、半数を超えてはいない。
なお、韓国における学生の採用は日本と類似した仕組みで行われる。ただし定期採用
よりも随時採用が一般的であるため、新卒時に採用されなくても就職活動を継続的に行
うことが可能であり、一斉に就職活動を行うようなことはない。大学進学率の増加に伴
い、卒業時の就職難と企業側から見た学生の質への不満が問題化している。
350
(9) シンガポール
① 政策
1)
戦略
シンガポールにおける現在の主要な IT 人材育成施策は以下の 3 種類である753。
表 3-26
シンガポールにおける IT 人材育成施策
IT人材育成に関する規定内容
施策名称
目標
取り組み
備考
Infocomm21
(2000-2005)
2005 年 ま で に シ
ンガポールを活
気ある世界の情
報通信技術のハ
ブとする
情報通信技術人材の
育成が盛り込まれた
政府の役割は「触媒」と
表現されており、情報化
推進の中心を担うのは民
間部門であるとしてい
る。
Connected Singapore
(2003-2006)
( Infocomm21 と
ほぼ同じ)
―
Intelligent
Nation
2015 (iN2015)
(2006-2015)
2015年まで「情報
通信によって知
的能力の高い国
家 ( Intelligent
Nation)、グローバ
ルな都市」として
発展していくこ
とを目的とする
IT人材育成の強化策と
し て 、「 iTAP 」 と
「iLEAD」の2つの人
材開発プログラムを
新設
▪ 政府と民間部門の基
本的な役割に変更は
ない。
▪ デザインや芸術とい
った分野を戦略的推
進分野として位置づ
けるなど、新たなコン
セプトが加えられて
いる。
▪ 2015年を最終年度と
する長期計画である
▪ 社会経済全般におい
てのITの利活用に重
点が置かれている
出典:(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポールをもとに作成
このうち、iN2015 を実現するために、次のような4つの戦略が打ち出されており、4
つの主要な戦略の1つとして IT 人材育成が示されている。
戦略①:超高速で信頼性の高い知的情報通信インフラを整備する。
戦略②:国際競争力のある情報通信産業を育成する。
戦略③:情報通信に精通した労働力と国際競争力のあるIT人材を育成する。
戦略④:情報通信の革新的利用を通じて主要経済分野、政府、社会の変革を先導する。
753
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール, 2010 年 7 月.
351
2)
ロードマップ
上述の国家 IT マスタープラン「iN2015」において、IT 人材を 2006 年時点の 11 万 5,000
人から、2015 年までに 5 万 5,000 人増加させ、計 17 万人とする目標が設定されている754。
3)
重要性
2010 年の情報通信産業の総売上高は、前年比 12%増の 704 億シンガポールドルとなっ
た。
a.
ハードウェア産業
全体の売上の 53%をハードウェア関連が占めており、シンガポール製造業の骨格をな
すとともに、これまでの同国の経済成長の牽引役となっている。これはシンガポール独
立時点で有力な雇用先であった英国海軍基地の撤退に伴う失業対策として、シンガポー
ル政府が積極的に電子機器産業の振興に努めた結果による。以後も産業構造の知識集約
型への転換の意図のもと、政府による情報通信産業の振興策は継続的に実施されている。
b.
ソフトウェア産業
前項に示すとおり、ソフトウェアやコンテンツに携わる人材の育成強化が図られてい
る。一方で、周辺諸国と比較して人件費の高いシンガポールでは、労働集約的な産業の
競争力が限られてきたこともあって、現状のところソフトウェア系 IT 産業(ソフトウェ
ア開発、IT サービス、コンテンツ)の産業規模は小さい。
4)
課題
シンガポール情報通信開発局(IDA)は、シンガポールには現在、9 万 3000 人の情報
通信専門家がいるが、増えつづける情報通信関連職業の需要に応えるには、2010 年まで
に情報通信技能を有する労働者が約 25 万人必要であると見積もっている755。
5)
担当政府機関
a.
情報通信開発庁(IDA:Infocomm Development Authority)
情報通信芸術省の傘下にある法定機関である。シンガポールの IT 政策全体の方針を定
めるとともに、他の政府機関での IT 関連施策の支援も行っている。
主な業務は次に示すとおりである。
① 情報通信政策と政府内情報通信システムに関する技術的アドバイザー
② ICT マスタープランなどの政策の立案
754
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール, 2010 年 7 月.
(独)労働政策研究・研修機構 シンガポールにおける IT と労働問題
http://www.jil.go.jp/kaigaitopic/it/singaporeP01.html
755
352
③ IT 産業の振興と人材育成
④ 社会的、経済的な面での情報通信技術の利用の促進
⑤ 通信産業の監督
b.
シンガポール・コンピュータ協会(SCS)
1967 年に設立された、シンガポールにおける IT 専門家の団体である。会員数は 22,000
人以上であり、シンガポールの IT 分野における最大のプロフェッショナル団体となって
いる。SCS では個人を対象とするキャリア開発を目的として、IT スキル認定プログラム
の運営を行っている。SCS によって実施されている IT スキル認定プログラムは以下のと
おりである756。
① 公認 IT プロジェクトマネジャー・プログラム
(The Certified IT Project Managers programme)
IT プロジェクトマネージャーとしての能力を認定する
② IT アウトソーシング・マネジメント認定
(Certification in Outsourcing Management for IT)
アウトソース業務を対象とする管理能力を認定する
③ 国家 PC 熟練プログラム(National PC Proficiency Programme)
PC に関する基礎的な能力を持っていることを認定する
6)
他の国家戦略の関係性
IT 人材育成が情報通信開発庁(IDA)の管轄であることから、人材育成も産業競争力
政策と一体として運営される傾向が強い。
7)
予算
シンガポール政府の IT 人材育成を担当する情報通信開発庁(IDA)は、以下の 3 つの
全額出資子会社を保有している。
• IDA International Pte Ltd
外国政府に情報通信コンサルティングなどのサービスを提供
• Infocomm Investments Pte. Ltd.(IIPL)
投資子会社
• Singapore Network Information Centre (SGNIC)
シンガポールにおけるインターネット・ドメイン(「.sg」等)を管理
これら 3 つを含む IDA の 2009 年度の総収入は 4 億 5,150 万シンガポールドル(293 億
5 千万円)、総支出は 4 億 691 万シンガポールドル(264 億 5 千万円)となっている。な
お、情報化投資は他の各省庁及び法定機関等の予算の中に広く盛り込まれていることも
756
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール, 2010 年 7 月.
353
あり、関係する投資総額を把握することは困難である757。
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
情報通信開発庁ではさまざまな人材開発・訓練プログラムを実施しており、資格を有
する専門技術者の一部に助成金を出し、情報通信に関する技能を高めるために活用して
いる。同庁が推進している主要な人材開発・訓練プログラムは以下の通りである758,759。
• 重要情報通信技術資源プログラム(Critical Infocomm Technology Resource
Programme:CITREP)
• 戦略的人材転換プログラム(Strategic Manpower Conversion Programmes)
• 電子ビジネス体験プログラム(E-Business Savviness Programme:EBSP)
• ワイヤード・ウィズ・ワイヤレス・プログラム:
シンガポールの充実した情報通信インフラを活用したプロジェクトの実施を通じて、
無線産業の育成と無線技術の開発、人材の開発及び業界と消費者による無線技術の
採用を推進する。また、開発者による無線市場への参入も促進する。
2)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
a.
技術者資格認定制度
上述した SCS が与える認定資格は最上級の資格と最低限の免状であり、その中間が存
在しない。この中間部分を埋める資格としてベンダー資格試験が普及している。
• CITPM(Certified IT Project Manager)
IT プロジェクトマネージャー(IT Project Manager)の認定制度。CITPM(Associate)、
CITPM、CITPM(Senior)の 3 段階がある。本資格は、独立行政法人情報処理推進
機構(IPA)情報処理技術者試験センター(JITEC)が実施する「プロジェクトマネ
ージャー試験」(PM)の相互認証の対象となっている。
• COMIT(Certification in Outsourcing Management for IT)
IT 関連のアウトソース業務をスムーズに実行・管理するための専門家としての資格
制度である。
• National PC Proficiency Programme
一般的なパソコン利用技能を資格化して導入したものである。
757
758
759
(財)自治体国際化協会(シンガポール事務所), シンガポールの政策(2011 年改訂版) 情報化政策編,
http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/series/pdf/j38.pdf, 2011 年 7 月.
日本貿易振興機構(JETRO), シンガポールの産業技術開発政策の動向(JETRO 技術情報 462 号),
http://www.jetro.go.jp/jfile/report/05000803/05000803_003_BUP_0.pdf 2004 年 9 月.
日本貿易振興機構(JETRO), シンガポールの産業技術開発政策の動向(JETRO 技術情報 474 号),
http://www.jetro.go.jp/world/asia/sg/reports/05001006, 2005 年 9 月.
354
b.
認定制度の運営体制
シンガポールの IT 技術者資格制度は、複数の機関の連携により運営されている。IDA
が全体の支援、SCS が資格の付与、NICC(National Infocomm Competency Centre)が資
格制度の認定、ISS(lnstitute of System Science)が資格の内容、研修カリキュラムの開発
及び認定試験を実施している760。
c.
その他
シンガポール政府は、2003 年 1 月に IDA と産業界の連携のもとに National Grid
office(NGO)を設置し、グリッド・コンピューティングの推進を図っている。ここでは、
グリッド・コンピューティングを扱う能力の認証制度を運用しており、National Grid
Office が作成した訓練プログラムを NICC が認定し、シンガポール・ポリテクニクでト
レーニングが行われる761。
3)
産業界における IT 人材(企業等への補助)
国家 IT マスタープラン「iN2015」で掲げた目標を達成するため、IDA では次に示すよ
うな人材育成支援制度を導入している。
表 3-27
IDA が導入する人材育成支援制度(一般)
制度
TSP(Techno-Strategists
Programme:テクノストラ
テジスト・プログラム)
概要
▪
▪
CITREP (Critical Infocomm ▪
Technology Resource
▪
Programme:重要情報通信
技術人材開発プログラム)
▪
iTAP(Infocomm Training &
Attachment Programme:情
報通信研修派遣プログラ
ム)
▪
iLEAD(Infocomm
Leadership & Development
Programme:情報通信リー
ダーシップ開発プログラ
ム)
▪
▪
▪
金融サービス、ヘルスケア、ホスピタリティ、小売業などの
一般の産業部門における IT 専門家を育成するための制度
企業が社員を資格研修に派遣する費用の一部を IDA が補助
IT 産業における IT 専門家の専門性を高めるための制度
人材開発が急務とされる分野 762 での専門性の高度化に関す
る希望者に対し、認定された専門コースの履修または資格取
得にあたっての費用の一部を IDA が負担する
企業がスポンサーとなってこの制度を利用し、社員を専門コ
ースに派遣することもできる
多国籍企業や地元企業などと連携することで、新卒者等に情
報通信分野の研修機会を提供する制度
企業でのインターンシップを提供する。研修期間中の訓練助
成金が支給される
IDA が多国籍企業や地場企業などと連携し、アプリケーショ
ン開発、クラウド・コンビューティング、グリーン IT、IT
セキュリティ、ネットワーク・エンジニアリングなどの分野
における IT 専門家の技能向上を目指す制度
国内外の企業と IT 関連訓練学校での研修がある。研修期間
中の訓練助成金が支給される
出典:(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポールをもとに作成
760
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール, 2010 年 7 月.
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール, 2010 年 7 月.
762
対象分野は次の通り:双方向デジタルメディア、情報通信セキュリティ、IT サービス、ネットワーク・通信、
ソフトウェアプリケーション、プロジェクト管理、電気通信
761
355
4)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
支援例を次表に示す。
表 3-28
IDA が導入する人材育成支援制度(大学)763
制度
概要
ELlTe ( Enhanced Learning in
Infocomm Technology:情報通信
技術高度学習制度)
▪
▪
大学で IT を専攻し初年度を終了した学生が対象
将来就職する際の即戦力能力を育成するため、IDA が
産業界とパートナーを組んで導入した制度
出典:(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポールをもとに作成
5)
個人に対する IT スキルに関する研修の提供(個人への補助)
国家ITマスタープラン「iN2015」で掲げた目標を達成するために、IDAでは高等教育
機関による通常のIT教育のほかに、次表に示すような人材育成支援制度を導入している。
表 3-29
IDA が導入する IT 人材育成施策(小中高他)
制度
概要
NIS(National Infocomm
Scholarship:国家情報通
信奨学金制度)
▪ A レベル(高校卒業)または Diploma 資格(準学士に相当、ポリテ
クニック卒業)を保有する学生を対象
▪ IT 関連多国籍企業と IDA がパートナーとなり、国内外の大学
の IT 学部で履修し学士を取得することを支援する
lIS(Integrated Infocomm
Scholarship:統合情報通
信奨学金制度)
▪ 0 レベル(中学校卒業)の成績優秀者でポリテクニックや大学の
IT 学部での履修を希望する学生が対象
lnfocomm Club
Programme:インフォコ
ムクラブ・プログラム
▪ 小学校、中学校、ジュニアカレッジ(高校)を対象
▪ IDA が産業界とパートナーを組んで、導入したプログラム
▪ IDA はパートナー企業とともに、クラブの運営費用や国際競技
会や会議への参加費用等の補助、企業実習の提供などの支援を
行っている。
NIC(National Infocomm
Competition:国家情報通
信競技会)
▪ 中学校、ジュニアカレッジ(高校)、ポリテクニック及び職業訓
練学校の学生を対象
▪ プログラミング競技会
▪ スポンサーとしてマイクロソフトが協力
出典:(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポールをもとに作成
6)
連邦政府・地方政府の役割
シンガポールは 2007 年時点で人口が約 458 万人の都市国家であり、日本におけるよう
763
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール, 2010 年 7 月.
356
な地方自治体は存在しない。国の各省庁やその関係機関である法定機関が直接住民など
に対して行政サービスを提供している764。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
シンガポール政府は、1980 年代初から産学官連携を推進してきた。特に 1997 年に発
生したアジア経済危機を契機に、シンガポールは「知識経済化」の推進やイノベーショ
ン戦略を更に強化しており、海外からのトップクラスの研究人材の招聘や高度人材の育
成に注力している。その牽引役として大学への期待は大きなものとなっている。
都市国家で国土の小さなシンガポールにとって、研究開発活動の国際的なハブを目指
すことは、競争の激しい金融取引、物流のハブ戦略を上回る重要な国家戦略である。そ
の意味で研究開発能力の高い研究所や大学を整備し、海外のハイテク企業の関心を集め
て産学官連携を推進することは、国益上最重要戦略となっている。
シンガポールにおける知的財産制度整備や大学に関する規制緩和は、国のイノベーシ
ョン政策を進める観点から進んでおり、企業活動、産学官連携の観点からはアジアで最
も進んでいる国のひとつといえる。国際的な産学官連携指標(University / Industry
Research Collaboration)では、2009-2010 年に 4 位にランクインしている765。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
上述の通り、シンガポールでは競争力強化の観点から、
「知識経済化」の手段として産
学連携が推進されている。一方で、人材育成の手段としての産学連携は、表 3-27 に示
すように、社会人の再教育の手段として重視されているほか、前述 ELlTe 制度のような
形で情報通信分野の若手高度人材の育成の手段としても着目されている。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
a.
産学連携に関わる組織766
• Research and Development Assistance Scheme(RDAS)
1981 年に設置。企業の研究開発プロジェクトに一部資金を提供して産業分野での研
究開発を促進することを目的にしており、企業が大学や政府系研究機関と協働で研
究開発を進めることが可能になった初めてのスキームである。
764
765
766
シンガポールの中小企業施策
http://www.smrj.go.jp/keiei/dbps_data/_material_/common/chushou/b_keiei/keieikokusai/pdf/
SME_in_ASEAN_J2_0803.pdf
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月.
国際協力銀行(JBIC)開発金融研究所, 高等教育支援のあり方-大学間・産学連携-(開発金融研究所報),
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/archive/pdf/13_04.pdf, 2002 年 12 月.
357
• Industry & Technology Relation Office(INTRO)
1992 年に設立。シンガポール国立大学(NUS)に設置。シンガポールで最初の産学
間技術移転推進組織の設立であり、研究協力、知財管理、技術移転に関わる全般的
な業務を行っている。
• Innovation & Technology Transfer Office(ITTO)
2000 年 3 月に設立。ナンヤン工科大学(NTU)に設置。
• Agency for Science, Technology and Research(A*STAR)
2002 年に設立。産業界との連携を深めるために経済開発庁に設置。大企業向けの技
術移転、ライセンシング等を行うが、国立及び大学内の研究センターとの情報交換、
人材交流も盛んであり、教育省と共同して、大学の重要研究分野に共同出資。ASTAR
内の研究機関、または他の研究所への補助を積極的に行っている。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
共同研究、大学による企業のコンサルティング、大学からのスピンアウト企業を通じ
た特許の商業化、大学により運営されるサイエンスパークへの企業立地などが行われて
いる。
5)
産学間の人的交流状況
大学等で産業界出身教員による講義が行われている。一方で、進出企業の多さと比較
して、国内の大学数が 3 校と限定されることもあり、人的交流の量は限られている。
企業技術者の大学での再教育に関しては、表 3-27 のような支援策を通じて普及が図
られているところである。
6)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
これまでのシンガポールの科学技術・研究開発は、2006 年に貿易産業省が発表した「科
学技術計画 2010(2006-2010)」で示された方向性や目標に基づいて進められてきた。
同計画では研究開発費の増加の重要性が主張され、特にシンガポールが経済的に国際競
争力を確保するために優先すべき 4 分野(エレクトロニクス、化学、エンジニアリング、
生物医科学)が選定されている。このほか、研究者が主導する研究とミッション指向の
研究とのバランス確保、さらに民間セクターの研究開発の促進等が必要とされている。
また、科学技術計画の戦略目標の一つとして、産学間の協力体制の強化が掲げられて
いる。具体的には、研究機関(大学、ポリテクニクを含む)と産業界との協力体制を強
化し、研究機関による研究成果の産業界への技術移転システムを向上させるとともに、
公的資金を企業の技術能力等の向上や民間セクターのイノベーション強化に活用するた
358
めに公的・民間機関の間の共同資金システムを強化することが挙げられている767。
7)
産学連携に対する企業・大学の姿勢
a.
事例:シンガポール国立大学(NUS)
大学の研究成果のうち商業化の可能性のあるものを市場化する手段として、産業界と
の連携研究プロジェクトの仲介に取り組んでいる。NUS が締結した共同研究契約
(Research Collaboration agreements: RCA)の件数は、1995 年から 1997 年が年平均 36 件
であったのに対し、2005 年から 2007 年は年平均 131 件に上昇するなど、ここ 10 年間で
大きく向上している768。
表 3-30
NUS における共同研究契約件数(RCA 件数;1995~1997 vs 2005~2007)
共同契約件数
企業との共同研究
企業共同研究の
割合
1995
36
17
47.2
1996
30
13
43.3
1997
43
17
39.5
2005
129
35
27.1
2006
146
46
31.5
2007
119
39
32.8
出典:脚注参照769
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT セクターの重要性
シンガポールの情報通信産業における近年の売上高推移を下図に示す。産業全体で順
調な成長傾向を示しつつ、ハードウェア製造関連の売上げが過去一貫して全体の過半数
を占めているが、ソフトウェアと IT サービスの合計でほぼ全体の 3 割を占め、ハードウ
ェアに次ぐ売上げを確保していることがわかる。
767
768
769
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
Wong Poh Kam 2009 “Towards a “Global Knowledge Enterprise” :
The Entrepreneurship University Model of the National University of Singapore”
https://www.hse.ru/data/2010/04/06/1218091103/NUS.pdf
359
Infocomm Industry Revenue by Market Segment, 2006-2010
2006年(454.2億SG$)
53%
2007年(516.8億SG$)
55%
2008年(581.0億SG$)
2010年(703.9億SG$)
53%
0%
2)
17%
55%
16%
16%
20%
Software
図 3-18
17%
52%
2009年(627.4億SG$)
Hardware
17%
IT Service
40%
9%
12%
14%
13%
13%
60%
Telecom Services
15%
6%
14% 3%
15% 2%
14% 2%
16% 2%
80%
100%
Content Services
2006 年~2010 年の情報通信分野における売上高の推移770
IT 産業の中心都市
シンガポールでは、政府系工業団地開発運営会社のジュロン・タウン・コーポレーシ
ョン(JTC:Jurong Town Corporation)やアセンダスが、サイエンスパーク、ビジネスパ
ーク、工業団地を開発・運営している。
表 3-31
地域名
シンガポール
・サイエンスパーク
ワンノース
シンガポールにおける IT 産業の中心地域
▪
▪
▪
▪
▪
インターナショナル
・ビジネスパーク
▪
▪
▪
チャンギ
・ビジネスパーク
▪
▪
▪
概要
シンガポール西部に立地、シンガポール国立大学隣接
開発時期に応じてサイエンスパークⅠ~Ⅲに分かれる
ICT 企業はⅠ~Ⅲのすべてに進出している
中心市街地から西 8km の文教地区に立地、教育省に隣接
以下の3拠点で構成される
フュージョノ・ポリス(IT・メディア産業の新研究拠点)
バイオポリス(生命化学分野のアジアの研究開発拠点)
メディアポリス(デジタルコンテンツ制作拠点)
シンガポール西部(ジュロン・イースト地区に立地)
欧州系のベンチャー企業向けにオフィス提供
対象業種は研究開発部門、ソフトウェア開発、ブル流セン
ター等
シンガポール東部に立地、チャンギ空港に隣接
ハイテク製造業、データ管理・ソフトウェア開発、研究開
発拠点などを対象とする
金融産業の広報拠点としても注目されている
771
出典:脚注参照
770
771
Infocomm Development Agency, Singapore government, Annual Survey on Infocomm Industry for 2010,
http://www.ida.gov.sg/doc/Publications/Publications_Level2/20061205092557/ASInfocommIndustry10.pdf, 2011 年 9 月.
経済産業省(委託先:(独日本貿易振興機構)), 平成 21 年度海外技術動向調査調査報告書―アジア編―,
http://www.meti.go.jp/policy/tech_research/30_research/foreigncountries-research/h21fy/h21fy_asia.pdf, 2010 年 3 月.
360
3)
IT 人材輩出のための一般的育成プロセス
シンガポールにおける IT 人材の育成は、大学及びポリテクニックの IT 関係学部・学
科が担う。シンガポールの大学及び各大学の IT 系学部について以下に示す。なお、今後
新設予定のシンガポール工科設計大学は学部を設けず、IT を含む学際的なテーマを対象
とした設計を学ばせることをその教育方針としている772。
• シンガポール国立大学(NUS):NUS School of Computing
• ナンヤン工科大学(NTU):School of Computer Engineering
• シンガポール経営大学(SMU):School of Information Systems
• シンガポール工科設計大学(SUTD)(2012 年開校予定)
学力が中程度の学生(全学生の約 4 割)は、中学卒業後にポリテクニクに進学する。
ポリテクニクは、日本の高等専門学校に相当する理工系教育機関である。ポリテクニク
ではシンガポールの産業構造に対応した学部・学科が整備されており、豊富な IT・エレ
クトロニクス関係のコースが設けられている。ポリテクニクはシンガポールの産業界が
必要とする理工系人材を供給している773。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
シンガポールにおける教育制度は以下のとおりである774。なおシンガポールの新学期
は 1 月、初等教育では 4 学期制が採用され、各学期は 10 週間で構成されている。
a.
教育制度
シンガポールにおける一般的な進路は、以下の 2 種類である。
(大学を目指すコース:初等教育入学生徒の約 25%)
初等教育(Primary School、6 年間)
中等教育(Secondary School、4~5 年間)
大学準備教育(Junior College、2 年間)
大学(University、3~4 年間)
(専門教育コース:初等教育入学生徒の約 60%)
初等教育(Primary School、6 年間)
中等教育(Secondary School、4~5 年間)
専門教育(Polytechnic、3 年間)または技能教育研修所
(Institute of Technical Education、1~2 年間)
772
773
774
http://www.sutd.edu.sg/
国際協力銀行(JBIC)開発金融研究所, 高等教育支援のあり方-大学間・産学連携-(開発金融研究所報),
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/archive/pdf/13_04.pdf, 2002 年 12 月.
(財)自治体国際化協会(シンガポール事務所), シンガポールの政策(2011 年改訂版) 情報化政策編,
http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/series/pdf/j38.pdf, 2011 年 7 月.
361
b.
初等教育(Primary School)
基礎学力と問題解決能力を身に付けさせることを目的として、英語、母語、数学に関
する知識の習得を中心として教育が行われる。
c.
中等教育(Secondary School)
生徒の能力に応じて以下の3つのコースに分けられる。
エクスプレス:成績上位の 6 割が進学。内容は英語、母語、数学、科学、人文等
ノーマル(普通):内容はエクスプレスコースと同じ
ノーマル(技術):介護、サービス、精密技術等の実践的科目を学ぶ
エクスプレスコースの生徒は、4 年の終わりに「シンガポール・ケンブリッジ普通教
育認定試験」
(GCE-O)を受験する。ただし、優秀な生徒には特別なコースとして、GCE-O
試験を飛ばして GCE-A レベルの受験ができるパスも、一部のハイスクール提供されて
いる。
d.
大学準備教育
GCE-O レベルの試験を通過した生徒は、2 年間のジュニアカレッジ(Junior College)、も
しくは 3 年間の教育学院(Centralised Institute)に進学し、シンガポール・ケンブリッジ
「上級」教育認定試験(GCE-A)を目指す。
e.
専門教育
ポリテクニク(Polytechnic)は、工業技術や商業に興味のある生徒に、実習室や作業
室での実地体験を中心とする教育を提供することで、実業界の需要に合った実務レベル
の人材を育成することを目的とする。工学、化学、生命科学、デザイン、ビジネス、経
営、会計、マスコミ、観光、演劇、人文、情報通信等のコースがあり、GCE-O レベルに
合格した生徒が進学する。
f.
大学教育
シンガポールの大学は、シンガポール国立大学(NUS: National University of Singapore)、
ナンヤン工科大学(NTU: Nanyang Technological University)、シンガポール経営管理大学
(SMU: Singapore Management University)の3校である。それぞれの特徴は以下のとお
り。
• NUS:人文・社会科学、経営学、コンピュータ学、歯科学、環境デザイン学、工学、
法学、医学、科学など 15 学部で構成される。
• NTU:工学、経営学、科学、人文芸術社会科学の 4 学部と国立教育研修所で構成。
• SMU:会計、経済、情報システム等を含む経営管理学を専門とする。2000 年 8 月に
創設。
362
このほか、ポリテクニクの卒業者を対象として、科学、工学、看護学等に関する学位
取得を可能とするシンガポール技術学校(SIT: Singapore Institute of Technology)が 2010
年に開設された。さらにこれらに加え、2012 年の開学を目指して、シンガポール工科デ
ザイン大学(SUTD: Singapore University of Technology & Design)の準備が進められてい
る。
g.
技能教育
技術専門学校として、技能教育研修所(ITE: Institute of Technical Education)がある。
中等学校の卒業者を対象に、幅広い分野での技術訓練と実務訓練を提供し、各種の資格
を取得できるようにしている。このほか、一般社会人を対象に、技術向上のプログラム
を提供し、技術向上に関する指導や資格試験を行っている。
h.
教員養成機関
ナンヤン工科大学(NTU)の一機関である国立教育研修所(NIE)が教員養成のため
の専門教育やトレーニングを行っている。
363
図 3-19
シンガポールにおける教育制度
出典:シンガポール教育省資料775
775
東南アジアの青少年教育~フィリピン・シンガポール・タイ~, 独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合
センター, 2006 年. http://nyc.niye.go.jp/youth/17koku/17kosin1.pdf
364
2)
労働力についての課題
シンガポールでは 2000 年からの 10 年間で GDP の成長率が年平均5%を達成している
のに対し、労働生産性の成長率は年平均1%と非常に低い状況にあった。政府は、持続
的かつ包括的な経済成長を達成するためには労働生産性の向上が必須であるとして、
2010 年3月に労働生産性の成長率において年平均 2~3%を達成するために今後 5 年で
25 億シンガポールドルを投じることを発表した776。
なお、シンガポールには終身雇用制度は存在しない。前述の通り、高度人材による競
争力強化を国の政策としており、高度な技術を有する外国人は優遇される。反対に単純
労働力しか提供できない外国人の在留期限は2年以内などの制約がある。同様に、国内
大学の留学生に対しても、優秀な人材確保の観点からシンガポールに立地する企業(外
資系を含む)への就職が奨励されている。
776
厚生労働省, 2009~2010 年海外情勢報告 ~特集「欧米における失業時の生活保障制度及び就労促進に関わる
助成制度等」~, http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/11/pdf/teirei/t241~247.pdf, 2011 年 3 月.
365
(10) インド
① 政策
1)
戦略
インド政府が 2008 年に発表した第 11 次 5 カ年計画では、
「包括的な成長」をテーマと
して、農村地区および開発後進地域のインフラ整備に重点を置いている。第 10 次 5 カ年
計画の期間中、IT 産業などの飛躍的な発展を通じて多くの人が恩恵を受けた一方、イン
ド人の多くが従事する農業は伸び悩んだ。農村をはじめとして IT が普及していない場所
も多く、経済成長に取り残された人たちも多いことを考慮して、第 11 次計画では格差を
是正してインド全体の成長を目指すことが目標とされている。
第 11 次 5 ヵ年計画では、9%の GDP 成長の実現と社会的弱者の生活の質を高めること
が目標とされ、次に示す 7 項の重点項目が挙げられている777。
(1) 急速な成長と貧困解消
(2) 雇用へのチャレンジ
(3) 必要不可欠なサービス入手の権利
(4) 社会主義と権利
(5) 環境保護
(6) 男女平等
(7) ガバナンス
ICT 分野に関しては、通信 IT 省の IT セクター作業部会が提言書を作成している。特
に教育界と実業界における需給バランスを図る上で、適切な技術の教育能力の向上等が
必要とされている。具体的に提示されている内容は次表のとおりである778。
表 3-32
ICT 人材開発に向けた提言内容
分野
具体的な内容
▪
新プログラムや新サービ
スの導入
▪
▪
▪
教育機関等の新設や海外
連携
777
778
就職準備プログラム(Finishing School)や正規学校への編
入準備コース(Bridge Course)の普及促進
e ラーニングによる質の高い教育プログラムの全国展開
や、教育分野におけるブロードバンドサービスの低額提供
教育機関や技術専門学校を対象とした、ICT 関連の職業訓
練コースの導入
高度な専門分野を対象とした研究機関の新設(具体例:家
電製品等への組込システム、グリッド・コンピューティン
グ、巨大集積回路、ナノテクノロジー等)
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 インド,2010 年 7 月.
(株)NTT データ、(株)NTT データ経営研究所, インドにおける高度 IT 人材の育成(アジアマンスリーニュー
ス 2008 年 9 月号)
366
分野
具体的な内容
▪
海外教育機関との学位等に係る相互認証制度の確立や、有
名校の国内誘致の促進
▪
全国横断的なスキームの導入により、企業による教育機関
の支援活動を促進(具体例:教育方針や履修科目の策定、
企業研修の実施、転身者への教職ポストの提供、ハイテク
教育支援ツールの導入等)
高等教育機関における、教職員の報酬等に係る上限の緩和
による待遇改善
産学連携の強化や職員の
待遇改善
▪
▪
財政的な支援措置
▪
▪
▪
制度の見直し等
▪
▪
▪
修士・博士課程を対象とした奨学金プログラムの拡大に、
財政的な支援措置を実施
高等教育に対する教育税収の一部補填
優秀な人材向けに低利の教育ローンを提供するなど、経済
的な支援プログラムを展開
技能向上や生涯教育を目的とした教育コースには、授業料
に全額減税措置を適用
単位認定制度の導入による非正規教育課程の正規化
経済特別区における活動の一部として ICT 関連教育を認定
教育成果や業界評価等に基づく、教育機関の標準的な評価
制度の確立
出典:アジア情報化レポート 2010 インド((財)国際情報化協力センター)を基に作成
2)
ロードマップ
インドにおける ICT 人材育成の最終目標は、「知識経済への移行」であるとされてい
る。ICT はあくまで国内生産性を高めるためのツールであり、この活用を通じて価値の
連鎖や知財の増大を図り、最終的にはインドをサービスのハブとすることが目標とされ
ている。ICT 教育はイノベーションを生み出し、インドを知識社会へと導くものである
が、現状では教育内容と産業界の要求レベルが乖離し、需要に応えるだけの人数が供給
できていないことから、まずは産業界の要求レベルまで教育することができる教職員の
育成が重視されている779。
3)
重要性
近年のインドの産業発展は、IT ならびに ITES(IT Enabled Services)780を中心に拡大し
ている。GDP に占める IT/ITES の割合は、2007 年に 5%を超えている。特にソフトウ
ェア関連会社の成長が著しい。
779
780
インドの ICT における教育・研究開発・その利用 http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/mat127j/pdf/mat127j3.pdf
IT の発達によって可能となったサービスで、ソフトウェアの開発やビジネスプロセスアウトソーシングのこと
をいう。
367
4)
課題
インドでは業界が必要とする人材が不足しているという問題だけでなく、IT ならびに
ITES 産業の目標達成に必要な政策課題として、5ヵ年計画において次のような点が挙げ
られている。
• イノベーションと研究開発
学術レベルでの核となる能力の向上、産学共同による研究開発の促進、起業やアイ
ディアの商用化の推進等。
• ビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)から知識プロセスアウトソーシング
(KPO))への脱皮と人材
事務処理の代行が中心の BPO から KPO に移行していくため、IT-ITES(IT-BPO)産
業の企業による効果的な知識の蓄積・管理、研究開発への投資が必要。
• 学校教育における IT
優れた講義のデジタル化による配信、あるいは出欠の IT による管理など学校教育に
おける IT の活用が、教育の質の向上手段として必要。
• 女性の社会進出
女性の社会進出は拡大しているが、中間管理職以上の女性の進出はまだ少ないこと
から、第 11 次 5 ヵ年計画においてデジタルデバイド解消の意味も込めて、情報通信
技術を通じた女性の社会進出と社会的地位の向上が指向されている。
• IT 教育者の充実
産業界の協力、海外の教育機関との連携などを通じた、IT 教育者の数と質の面での
充実。
5)
担当政府機関781
• 通信 IT 省(MCIT)
情報技術に関する政策を担当している。MCIT の下部組織として、電子 IT 局(DEIT)、
通信局(DOT)、郵政局(DOP)が設置されている。
• 電子 IT 局(DEIT)
国民生活のあらゆる場面に IT を普及させ、国際的な IT 企業を育成することにより
雇用を創出し、IT 主導による経済発展を実現することを目指している。担当してい
る業務は、IT 産業の育成、コンピュータ関連の諸問題の調整、情報処理技術・機器
に関する標準の策定、インターネットの利用の促進、電子商取引の推進、IT 教育の
781
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 インド, 2010 年 7 月.
368
推進などである782。
• ドアック協会(Department of Electronics Accreditation of Computer Courses Society)
通信 IT 省の傘下組織である国立電子情報技術研究所(National Institute of Electronics
and Information Technology)に属する。教育機関の認定制度である DOEACC(後述)を
運用している。
• 地域情報センター(Community Information Centre)
地理的な不便さなどから IT 化の立ち遅れている辺境地域の住民に IT 利用環境を整
備する目的で設立された。地方と都市部のデジタルデバイドの是正を目指している。
6)
他の国家戦略の関係性
IT 政策として最も課題と考えられているのが人材供給である。第 11 次 5 ヵ年計画立
案のための IT 作業部会では、IT 人材需給ギャップ解消の鍵は、適切な技術を教授する
能力と、明確なスキル基準の導入であると指摘した上で、高等教育機関における教育の
質の改善と、卒業生に職業訓練を施す「就職予備校(FinishingSchool)」の創設など様々
な提言を行っている。
7)
予算
インドの教育セクターの IT 支出は、2008 年の 3 億 5,600 万米ドルから、2012 年には 7
億 400 万米ドルに増加すると見込まれている。教育機関では、予算の 75%はハードウェ
アへ費やされ、IT サービスへの支出は低い状況にある。
インド政府は、需要が急増し、国内で不足が深刻化している IT 技術者や専門的な業務
委託(BPO)を担う労働力を全国規模で育成するため、2006 年に総予算 370 億ルピーで
国内 20 の州にインド情報技術大学(IIT)を新設する計画を策定した783。
② プログラム
1)
連邦政府主導プログラム
• DOEACC 認定制度
DOEACC(Department of Electronics, Accreditation of Computer Courses)は、IT 人材
を育成する教育機関の認定制度である。上述のドアック協会(DOEACC society)か
ら認可された教育機関において、大学教育を受けていないものが研修を受け、研修
修了時に実施される筆記試験に合格した後、所要の期間に実施したプロジェクト(実
習)をプロジェクト報告として提出し承認されることで、短大(高専)、大学、修士
卒 業 と 同 等 と の 資 格 で あ る こ と を 人 材 開 発 省 ( Ministry of Human Resource
782
783
世界情報通信事情 http://g-ict.soumu.go.jp/country/india/detail.html
日本経済新聞(2006 年 6 月 13 日)
369
Development)が認める784。O、A、B、C の 4 種類があり、うち A、B、C については、
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)情報処理技術者試験センター(JITEC)が実
施する「基本情報処理技術者」、「ソフトウェア開発技術者」、「アプリケーションエ
ンジニア」のそれぞれ相互認証の対象となっている。
• 通信 IT 省電子 IT 局によるコンピュータリテラシー表彰
毎年、初等教育機関を対象に、コンピュータリテラシー優秀賞の表彰が行われて
いる。2002 年に開始され、2007 年度は「ICT インフラ」、「ICT の活用レベル」、「履
修科目やコンテンツの開発」、「教職員研修や授業での ICT 利用」、「先進的な ICT 活
用形態や対外支 援活動」、「他の受賞経験」の 6 分野で評価が行われている。
州レベルと連邦レベルでの表彰があり、各受賞校にはトロフィーや賞金等が授与
される。通信 IT 省電子 IT 局では、この全国的な表彰プログラムを通じて、学校関
係者における ICT 教育への関心を高め、また ICT に関する生徒の学習意欲を高める
ことを目指している。
• インド工科大学(IIT:Indian Institutes of Technology)
1961 年に創設された国立の工科系大学である。国内各地にある 7 つの分校を通じ
て基礎から応用科学まで幅広い教育プログラムを提供している。学期中の試験問題
はほとんどが記述式となっており、論理的思考プロセスを重視するというユニーク
な教育方針を敷いている。
また、e ラーニングにも注力し 50 講座近くをオンラインで開講しており、その中
でも ICT 関連のソフトウェア工学等は、他の州立工科大学にも配信され人気の高い
内容となっている。オフラインでの提供もあり、講座の種類により、教育専用衛星、
Web 放送やビデオ、CD や DVD 等、多岐に渡るメディアで 配信されている。
卒業生には、大手ソフトウェア企業に就職する者も多い。2008 年 7 月に連邦政府
は新たに 8 校の IIT を増設することを発表した。設立後 3 年間は各校で毎年 30 人の
教授を増員できる。
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
インドでは、国家レベルでの IT のスキル標準はない785。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
大学などで学生を教育する過程で能力評価のために標準的なレベルを定めることを意
図して、NASSCOM と人材コンサルティング会社の Hewitt 社および lT-BPO 業界が共同
で NAC(NASSCOM 能力評価)と呼ばれる評価テストを開発した。NAC は ITES-BPO
784
785
(独)情報処理推進機構(IPA), インドの試験制度について, http://www.ipa.go.jp/jinzai/asia/kaigai/india.html
(独)情報処理推進機構(IPA), グローバル化を支える IT 人材確保・育成施策に関する調査, グローバル化を支える IT
人材確保・育成施策に関する調査, 2011 年 3 月.
370
産業に従事する人を主たる対象とするもので、NAC2.0(2009 年 12 月~)では話し方/
聞き取り能力、分析力、定量的論理、文章力、キーボード操作能力の 5 分野の能力レベ
ルを評価する。
表 3-33
対象
NASSCOM による ICT 人材開発に向けた全体アプローチ
短期
中期
学生
▪ NAC と NAC-Tech
▪ IIIT の新設(第二次)
▪ 博士号プログラムの拡
大
▪ 実務的技能開発
教職員
その他
就職準備プログラム
NAC と NAC-Tech
▪
▪
▪
▪
▪
産学連携による
指導者プログラム
▪ 全国的な教職員開発
プログラム
▪ 産学連携による指導
者プログラム
▪ 全国的な教職員開発
プログラム
▪ 教育分野での Web 連
携
▪ 政府の主要政策への
参加
▪ 教育分野での Web 連
携
▪ 政府の主要政策への参
加
▪
▪
▪
▪
教育分野での Web 連携
調査研究活動
政府の主要政策への参加
フォーラムやセミナー、
サミット等の開催
就職準備プログラム
NAC と NAC-Tech
IIIT の新設(第一次)
博士号プログラム
実務的技能開発
長期
出典:脚注参照786
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
インドの大学には、民間企業による冠講座や冠研究所が多く設置されている。こうし
た大学のうち、一流校には国際的な IT 企業が進出している。大学側が積極的である背景
としては、給与の低さに不満を示す教職者に対する引き留め手段、企業による高価なソ
フトウェアや施設機器の提供への期待、国際的企業への学生の就業機会の提供など、よ
り現実的なメリットが期待されており、
「大学の社会的貢献」といった側面はあまり強調
されていない787。
2)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
a.
インド工科大学(IIT)
IIT は国立大学であって、運営は基本的に政府資金で運営しているが、産学連携を通
じて産業セクターや研究機関から予算の 3 割程度の収入を得ている。主な産学連携のタ
イプとしては、委託研究のほか、企業からの共同研究資金や教授の企業に対するコンサ
786
(株)NTT データ、(株)NTT データ経営研究所, インドにおける高度 IT 人材の育成
(アジアマンスリーニュース 2008 年 9 月号).
787
古田善也 (日本政策投資銀行 シンガポール駐在事務所), アジアの IT 人材育成-インド:IT によって頭角を
現し始めた国際競争力, http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/44/10/695/_pdf/-char/ja/, 2002 年 1 月
371
ルティングが存在する。コンサルティングの場合、教員は給与とは別に報酬を受け取る
ことが可能である。近年、欧州宇宙機関(ESA)、スウェーデンのボルボ等、インドに開
発拠点を持たない機関との連携が増加している788。
b.
インド情報技術大学(IIIT:Indian Institutes of Information Technology)
ICT 業界やアンドラプラデーシュ州政府からの強い要望を受け、1998 年に同州に創設
された ICT 関連の専門研究機関である。現在は他州も含めて 6 つの分校を有している。
民間の ICT 企業からの資金供与のもと、ICT マネジメントや ICT 機器の設計・製造等
に係る、実践的な産学連携を重視した教育プログラムが提供されている。また、新技術
のインキュベーションや国家的な ICT 政策に関する調査研究や提言活動についても計画
されている789。
c.
タタコンサルタンシーサービシズ
企業の立場から、大学に対してグローバルなインターンシップ制度を提供している。
これ以外の産学連携の手段についても、教師の能力開発プログラム、ゲスト講演、サバ
ティカル休暇の活用の仕組みなども提供しており、国の関与無く自主的に産業界と学術
界が協力できるようにするための体制を用意している。
2006 年時点で 300 のエンジニアリング大学と提携しており、そのうちの 50~60 がト
ップクラスである。企業からこれらのすべての大学に優秀な教授陣を送り込むことは不
可能であるため、50~60 のトップ校で優れたカリキュラム、コンテンツを確立し、それ
をほかの大学に提供するようなシステムを目指している790。
3)
産学間の人的交流状況
インド情報技術大学院(IIIT)には、産業セクターが 50%を出資している。学部教育
レベルから職業訓練的な要素も含んでおり、産業セクターへ優れた人材の供給を担って
いる791。
企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られていない。
4)
産学連携による研究開発や人材育成等への政府支援施策
アンドラプラデッシュ州政府による産学連携に基づく IT 人材育成制度の例を示す。同
州では政府機関の1つである IEG(Institute for Electronic Governance、電子ガバナンス研
788
大竹裕之(財団法人未来工学研究所)、丹羽冨士雄(政策研究大学院大学), インドの高等教育システムと人材
育成プログラムに関する調査研究, https://dspace.jaist.ac.jp/dspace/bitstream/10119/7524/1/152.pdf
789
(株)NTT データ、(株)NTT データ経営研究所, インドにおける高度 IT 人材の育成
(アジアマンスリーニュース 2008 年 9 月号)
790
(独)労働政策研究・研修機構, インドの IT 産業における人材育成,
http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_4/india_01.htm, 2006 年 3 月.
791
(財)未来工学研究所, 日本とインドにおける高等教育システムと産業発展の比較研究
http://www.ifeng.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2012/03/h21_14.pdf
372
究所)が、産学連携に基づく IT 人材育成を担っている。IEG では、IT 専門家を目指す
学生に対して、企業の戦力となるレベルまで、在籍中に能力を引き上げることを目的と
している。本事例における産学連携は、以下の流れに基づいて実施される。
① IEG が IT 企業から人材育成のニーズを聴取する。
② ニーズに基づき IEG がトレーニング計画を立て、大学における通常の授業に企業か
ら直接講師を派遣する。
③ 企業は個々の学生に対してメンターをつけて物理面・精神面の両面から勉学をサポー
トする。
この取り組みに関して、学生には企業が提供する IT 認定資格を取得することが推奨さ
れている。これに対し、企業側は資格取得のコストを無償かそれに近くすることで学生
を支援している792。
5)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
全国ソフトウェアサービス協会(NASSCOM)の取り組みの事例を示す。NASSCOM
では産業界のニーズを把握した上で教育開発を推進するため、業界で必要とされる ICT
人材を初級・中級・上級の3層に分類し、各層に対応した個別の教育施策を策定してい
る。また国内の ICT 人材の拡大のため、インド政府や学術界と連携し、教育施策(Education
Initiative)の立上げに参加している。これにより、大学卒業生の能力強化を図り就業を
支援することを通じて、産官学の橋渡し役を担っている。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT 産業の中心都市
インドのソフトウェア企業は、南インドの主要都市(ムンバイ、ハイデラバード、チ
ェンナイ、バンガロール等)に集中する傾向がある793。
• バンガロール市
人口 600 万を超えるインド第5位の大都市である。市内には、インド科学大学院
大学とインド工科大学バンガロール校があり、企業ではインフォシスやウィプロな
ど 1,100 社以上の IT 企業が進出している。
• IT パーク(ハイデラバード)
ハイデラバードの市内西部の HITEC City(The Hyderabad Information Technology and
Engineering Consultancy City)及びその周辺部が「IT パーク」として開発されている。
開発は 90 年代後半から開始され、現在も継続中である。HITEC City には既に約 2,000
792
793
山本雅亮, 目を見張るインドでの IT 人材獲得競争(CICC シンガポールニュース 299 号)
http://www.cicc.or.jp/japanese/modules/journal/blocks/journal_detail.php?block_id=440&news_id=190&op=com
福島義和, インドにおけるIT産業の実態と課題─バンガロール市から─(専修大学都市政策研究センター論文集 第2
号), http://www.isc.senshu-u.ac.jp/~the0350/v5/socio/research/17ronbun/fukushima.pdf, 2006 年 3 月
373
社が立地している。進出企業としては、マイクロソフト、アクセンチュア、IBM、
Wipro、Infosys などが挙げられる。立地企業の多くは、ソフトウェア開発センターや
BPO センターとして利用している794。
2)
IT 人材が直面する課題
インドでは IT 産業のアウトソーシング先としての地位を確立して以降、今日まで IT
人材不足が叫ばれているが、現実には人材の層が厚く、高コストの高度人材から低コス
トの質の低い人材まで揃っているため、発注側から見ると費用のランクを上げれば人材
は確保できるとされている795。
一方で、大学の教育が硬直化していることが問題視されている。インドでは大学が政
府によってランク付けされ、ユニバーシティと呼ばれる 300 の大学が 17,000 のカレッジ
を統括することが定められている。カレッジはユニバーシティの承認を得なければカリ
キュラムを変更できず、柔軟な対応が妨げられている。このほか、授業が暗記主体であ
ったり、教員がアカデミック指向で産業界のニーズを把握しようとせず、実践的な授業
が単位として認められにくいなどの問題が指摘されている。IT 人材を必要とする企業が
積極的に産学連携に関与している背景としては、こうした状況を改善する必要に迫られ
ている側面もある796。
⑤ 一般情報
1)
教育システム
インドの教育制度は以下のような体系を有する。なお、インドでは新学期は 8 月が採
用されることが多い。学期制は学校によって異なる(年間1学期~4学期)。
• 就学前教育
• 初等教育(6~11 歳)
• 前期中等教育(11~14 歳)
• 後期中等教育(14~18 歳)
• 高等教育:大学、専門学校等
794
795
796
山本雅亮, 目を見張るインドでの IT 人材獲得競争(CICC シンガポールニュース 299 号)
http://www.cicc.or.jp/japanese/modules/journal/blocks/journal_detail.php?block_id=440&news_id=190&op=com
山本雅亮, 二大 IT 開発拠点のインドと中国(CICC シンガポールニュース 296 号)
http://www.cicc.or.jp/japanese/modules/journal/blocks/journal_detail.php?block_id=440&news_id=184&op=com
IT 人材の即戦力不足、インドでも問題に:日経ビジネスオンライン,
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070626/128379/
374
図 3-20
インドの教育制度
出典:脚注参照797
インドの教育に関しては、以下の問題が挙げられている。
a.
就学率について
インドに限らず途上国に共通した問題点として、後述するように中退率が非常に高い
ことがあげられる。従って、インドにおいては、学校に来ない児童をどのようにして学
校に来させるかという課題(就学率の向上)に加え、学校に通学している児童を、いか
にして卒業まで継続的に通わせるか(中退率の低下)という二つの大きな課題がある。
797
インド留学情報, 独立行政法人日本学生支援機構, 2006.
http://www.jasso.go.jp/study_a/documents/india2.pdf
375
b.
地域格差
人口の少ない農村では、歩いていける距離(1~3km)に学校施設がない場合があり、
この場合地方政府は、公立学校ができるまで EGS(Education Guarantee Scheme)センタ
ーなどの代替施設を提供している。6~14 歳以上の児童・生徒が 25 人以上集まる地域で
EGS センターを開設し、地方政府が教師を雇用し管理している。NGO もこの実施に関
与している。
c.
男女格差
男女の格差は縮小しているが、依然として存在する。「女子に教育は必要ない」「家事
手伝い」などの理由のほか、女性は結婚すると家族を離れるため、女子教育は「投資」
しても見返りがないと判断されることがある。
d.
教員の不足
インドでは、教員の質が低いことも、就学率の低さや中退率の高さに結びついている
といわれる。農村部などでは、教師が学校に来ないことも多い。また、私立の学校では、
教員になるのにライセンスを必要としない。こうした傾向がインドの教育の質の向上の
阻害要因となっている。就学率の低さや中退率の高さは最大の課題となっているが、学
校を修了しても、生徒が教科の内容に十分に習熟していないケースも多い。
2)
労働力についての課題
インドの人材に関しては、その給与水準の格差の激しさが特徴となっている。優秀な
人材は同じレベルの日本人の平均的な年収を遙かに超える一方で、低い賃金の人材の質
は保証されない。英語を話すことができるインド人は、全人口の 3 割未満ともいわれる。
このように給与水準の格差が激しいことから、技術を習得したインド人はそれに見合う
給与の得られる職場に転職を指向することがごく一般的であり、職場の定着率が低い傾
向にある。IT 人材に関しては、終身雇用は被雇用者側が望んでいないのが実態である。
また、採用に関しては企業が大学と産学連携の活動を行った際に優秀と感じた人材へ
の「青田買い」が一般的に行われている798。
798
山本雅亮, 二大 IT 開発拠点のインドと中国(CICC シンガポールニュース 296 号)
http://www.cicc.or.jp/japanese/modules/journal/blocks/journal_detail.php?block_id=440&news_id=184&op=com
376
(11) 中国
① 政策
1)
戦略
中国政府は第 11 次 5 ヵ年計画(2006 年~2011 年)における重点事項の1つとして「科
学教育興国戦略と人材強国戦略」を掲げ、科学技術および人材育成を重視した基本戦略
を打ち出している。
「人材強国戦略」として挙げられている取り組みの内容は以下のとお
りである799。
• 人材の量的・質的向上を重視し、人材資源に関する能力開発を強化する
• 人材育成におけるイノベーションを重視し、人材育成制度の整備・改善を図る
• 高いレベルの人材を組織化することで、全体的な組織力を向上させる
• 人材の協調的な発展を重視し、人材資源の多面的な育成を推進する
• 留学制度や海外人材の活用を通じて、人材資源の国内外両面からの育成を図る
• 共産党による人材育成指導の強化を図り、共産党による人材管理の原則を徹底する
中国政府は「国家中長期科学技術発展計画綱要」の中で、2006~2020 年の 15 年間に
おける科学技術政策の長期的な方向性を示し、
「安価な労働力を提供する世界の工場」と
いう立場からの脱却に向け、自主創新(独自のイノベーション)に重点を置くこととし
ている。同綱要では重要分野として、11 種類の重点領域と 16 種類の重大特定プロジェ
クトを設定している。それらのうち、ICT 関連の事項としては、重点領域として「情報
産業と近代的なサービス業」が挙げられている。その具体的なテーマは以下の通りであ
る800。
• 近代的なサービス業の情報支援技術及び大規模アプリケーションソフト(プラット
フォームや組み込みソフトウェアを含む)
• 次世代ネットワークの重要技術及びサービス(セキュリティ・信頼性技術、モバイ
ル技術等を含む)
• 高効率で信頼性の高いコンピュータ(スーパーコンピュータの技術開発等を含む)
• センサーネットワーク及びインテリジェント情報処理
• デジタルメディア・プラットフォーム(著作権保護技術等を含む)
• 高解像度の大型スクリーン、薄型ディスプレイ
• 重要システム向けの情報安全(ネットワークセキュリティ技術を含む)
2)
ロードマップ
国家人力資源・社会保障部によると、政府は第 12 次 5 ヵ年計画(2011~2015 年)の
期間中、ハイレベルの人材育成に力を入れ、ハイレベル人材総数を 1 億 5600 人に増やそ
799
独立行政法人科学技術振興機構, Science Portal China, http://www.spc.jst.go.jp/policy/science_policy/chapt3/3_08/
独立行政法人科学技術振興機構, Science Portal China,
http://www.spc.jst.go.jp/policy/science_policy/chapt3/3_01/3_1_1/3_1_1_1.html
800
377
うとしている。当該中期計画への参加者によると、中国で専門技術を備えた人材は約
6,800 万人、ハイレベル技能を備えた人材はそれぞれ 3,400 万人に達する見通しである801。
3)
重要性
中国の情報産業は、電子情報製品産業、ソフトウェア産業、電気通信事業,及び郵政
事業から構成され、2009 年の情報産業全体の規模は 7 兆 337 億元(約 91 兆 4,381 億円)
に達する、中国の基幹産業、主要産業である。また輸出依存率も大きく、金融危機後の
経済対策の主要分野のひとつとなっている。
表 3-34
中国情報産業の分野別規模(1 元=13 円)
情報産業
電気通信事業
郵政事業
ソフトウェア
産業
電子情報製品
産業
2008 年収入(億元)
8,140
960
7,573
55,427
2009 年収入(億元)
8,424
1,095
9,513
51,305
出典:アジア情報化レポート 2010 中国((財)国際情報化協力センター)を参考に作成
4)
課題
• ハイレベルの人材の不足
近年、中国ソフトウェア産業が高い成長率を示していることで、ソフトウェア人材
の需要は大きい。特にハイエンドの国際的に通用するスキルを持ったソフトウェア
人材が不足しており、ソフトウェア産業の発展を妨げる原因の一つとなっている。
• 人材流出
時間をかけ経験を積ませて育成した人材が海外に流出してしまう問題がある。1990
年代初期の主要大学 IT 関連専攻の卒業生で、現在中国の IT 企業で働いている者は
半数ほどでしかないとされる。
• 人材のミスマッチ
中国の高等教育は期間が長い、カリキュラムの更新が遅い、演習が少なく実践力に
欠けるなどの課題があり、企業の要求を満足していない。高等教育機関が育成した
IT 関連の卒業生は職探しが難しく、反対に IT 企業は必要とする IT 人材を見つけら
れないというミスマッチが生じている。
801
中国新聞社, INSIGHT CHINA, http://www.insightchina.jp/newscns/2011/06/30/30139/
378
5)
担当政府機関
• 教育部
情報化教育、ソフトウェア技術者育成など学校教育を管轄する政府機関である。
• 中国ソフトウェア産業協会
1984 年設立の社団法人。中国のソフトウェア産業における代表的な業界団体とな
っている。活動としてソフトウェアの研究開発、出版、販売、研修を行うほか、コ
ンサルティング、市場調査、投融資等のサービスを提供している802。
• 中国コンピュータユーザ協会
1983 年に情報産業部と中国情報化関連主管部門の認可を得て設立された社団法人。
技術交流、セミナー、ユーザーへの研修、技術サービス、展示会開催等を通じて、
国とコンピュータユーザの利益促進を図るほか、技術や製品情報を発信することで
コンピュータ普及率の向上にも努めている。
• 教育・試験センター(工業・情報化部)
「コンピュータ技術及びソフトウェア専門技術資格(水準)試験」を実施。このう
ちの一部試験については、2002 年より独立行政法人情報処理推進機構(IPA)情報
処理技術者試験センター(JITEC)が実施する「基本情報処理技術者」、「応用情報
処理技術者」、「ネットワークスペシャリスト」、「データベーススペシャリスト」、
「システムアーキテクト」、
「プロジェクトマネージャー」の各試験と相互認証の対
象となっている。
6)
他の国家戦略の関係性
上述のように、IT 分野の人材育成戦略は中国政府の基本政策である5ヵ年計画と密接
な関係を有する。「科教興国戦略と人材強国戦略」の内容は、2000 年の中央経済工作会
議における提言、2002 年に示された「2002-2005 年全国人材チーム組織規画綱要」の内
容などがその母体となっており、2007 年に人材強国戦略として基本戦略に採用されるに
至っている803。
② プログラム
1)
政府主導プログラム
中国政府による人材育成関連プログラムを次ページ表に挙げる。
802
803
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 中国, 2010 年 7 月
独立行政法人科学技術振興機構, Science Portal China, http://www.spc.jst.go.jp/policy/science_policy/chapt3/3_08/
379
表 3-35
プログラム名
中国政府における人材育成プログラム
開始
時期
概要
長江学者奨励計画
1998 年
国内外の優れた人材を、中国国内の大学と国家重点実験室
(後述)に送り込むための施策。科学研究及び教職に従事
している 45 歳以下の国内外の学者を対象に、給与のほか
に年間 10 万元の手当を支給する。1998 年~2006 年の間に
97 校の高等教育機関で 799 人の特別招聘教授と 308 人の講
座教授が採用された804805。香港の企業グループである長江
集団の出資であることが制度名の由来となっている。
西部地域人材育成
特別プロジェクト
2001 年
西部大開発政策との関連のもと、西部地域の人材を国費で
海外に派遣するもの。対象者は大学、企業、政府機関等の
職員または学生(ポスドクを含む)であり、研修期間は 6
~12 ヶ月(短期研修は 3 ヶ月)となっている。
国家ハイレベル
研究者公費派遣
プロジェクト
2003 年
イノベーションを担う人材を育成するため、中国政府がハ
イレベルの研究者を公募し、海外に派遣するもの。対象者
は国家重点実験室、国家工程研究センターの教授や、国家
重点学科の学術リーダー等のクラスが想定されている。年
間の募集人員は 190 人、留学期間は 3~6 ヶ月である。
ハイレベル大学院生
派遣プロジェクト
2007 年
国内の優秀な学生に海外の一流の研究者から指導を受け
させるため、重点大学の学生を公募し、海外の一流大学に
派遣する国費海外留学生派遣制度。年間 5,000 人を選抜し、
留学期間は博士課程で最大 48 ヶ月、修士課程で最大 24 ヶ
月となっている。
公費派遣大学院生特
別奨学金
2008 年
中国と世界各国との協力を促進することを目的とした、国
費による大学院生の海外派遣制度。年間 1,000 人を選抜し、
留学期間は博士課程で最大 48 ヶ月、修士課程で最大 24 ヶ
月となっている。上述のハイレベル大学院生派遣プロジェ
クトと比較して対象大学の範囲が広い。
出典:「SciencePortal China」806(独立行政法人科学技術振興機構)等を参考に作成
2)
スキル標準や人材育成フレームワーク等に関する施策
中国では、国家レベルでの IT のスキル標準はない807。
3)
IT 等に関する資格・試験制度(特に公的資格等)
中国には現在、200 あまりの IT 認定/育成機関があり、これらは国家機関主導とベン
804
北京週報(1998)
JST 中国総合研究センター 角南篤「中国の大学・大学院を中核としたトップ拠点形成の取り組み」2009 年 6
月 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2010/02/16/1288658_3.pdf
806
http://www.spc.jst.go.jp/index.html
807
IPA「グローバル化を支える IT 人材確保・育成施策に関する調査」実態調査詳細 2011 年 3 月
805
380
ダー主導の 2 種類に大別される。国家機関主導の IT 認定資格は、主として工業・情報化
部、人力資源社会保障部で実施している808。
表 3-36
中国政府機構による IT 資格
資格名称
概要
コンピュータ技術及びソフトウェア
専門技術資格(水準)試験
人的資源社会保障部と工業情報化部が合同で実施す
る、最も一般的な国家レベルの IT 資格テスト
日本の情報処理技術者試験との相互認証を実施
計算機情報ハイテク・新技術試験
人的資源社会保障部職業技能鑑定センターが推進す
る職業 IT 技能資格
工業情報化部による資格
国家情報化資格、CEAC 資格など
計算機レベル試験
教育部試験センターによる、在学中の大学生、初級
中学生、高等中学生、専門学校生を対象とした試験
制度
出典:アジア情報化レポート 2010 中国((財)国際情報化協力センター)を基に作成
4)
大学等に対する IT 人材育成に関する支援(大学等への補助)
中国のソフトウェア人材育成を推進するために、国家モデルソフトウェア学院(37 ヵ
所)、国家モデルソフトウェア職業技術学院(35 ヵ所)、IC チップ人材育成基地(20 ヵ
所)、国家 Linux 技術トレーニングと普及センタ(40 ヵ所)が教育部によって 2001 年以
降に設立されている。
一方、高等教育校内にもソフトウェア人材トレーニングモデルイノベーション実験区
が設立されているほか、各地方の教育部門も地方のモデルソフトウェア学院を設立して
いる809。
5)
連邦政府・地方政府の役割
中国の大学の産学官連携の主たる目的は、国の経済発展への貢献である。特に地域経
済発展の要としての役割が強く求められ、大学に対する資金支援も国や地方政府が大き
な役割を担っているのが特色である810。
③ パートナーシップ
1)
産学連携の傾向・特徴
中国における産学連携は、ハイテク産業の創出・発展を目的として、国の主導のもと
に実施されている。大学は、校弁企業(大学が設立する企業)の設立、サイエンスパー
808
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 中国, 2010 年 7 月
(財)国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 中国, 2010 年 7 月
810
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
809
381
クやベンチャーキャピタルの設立・運営、企業人材のトレーニング受託など、産学連携
を謳いつつも様々な収益事業を展開している。
中国の産学連携の特徴として、大学が生み出す技術をもとにした校弁企業の設立が主
体を占めていることが挙げられる。また、中国の産学連携の成功要因としては、①政府
によるハイテク産業の振興策の実施、②大学の潜在能力の高さ、③政府による大学の能
力を活かした、ハード・ソフト面での具体的な施策の推進、④大学からの技術移転に対
する報酬の明確化、などが挙げられている811。
2)
政府主導の人材政策あるいは競争力政策における産学連携の位置づけ
胡錦濤政権は、2006 年 1 月に開催された「全国科技大会」において「国家中長期科学
と技術発展企画綱要(2006~2020)」の実施を発表した。その中で、イノベーション型国
家の目標を掲げるとともに、イノベーションの主体は企業であるとし、その自主的な開
発能力を向上させるために産学連携を活用することが謳われている。さらに、産学連携
は 2008 年 7 月に実施された科学技術基本法により国策として位置づけられている。中国
政府は、産学連携の強化を通じて、これまで大学や研究機関などに蓄積されてきたハイ
レベルな人的資源などを活用するとともに、知識や研究成果などの産業界への移転を加
速させることを意図している812。
3)
産学連携への政府の一般的関与手法
中国政府は、産学官連携の形で以下のように産学連携への関与を行っている813。
• ハイテク産業開発区の設置
政府によるハイテク産業開発区の設置にあたっては、大学が立地している地域が選
ばれているケースが多く、産学の近接による連携の促進が図られている。
• 大学サイエンスパークの建設
1990 年代以降、大学によるサイエンスパーク建設が実施されてきたが、2001 年に
政府がその審査・評価を実施し、「国家級大学サイエンスパーク」として認定する
取り組みが開始されている。
• 国家重点実験室の設置
政府が設置し、大学に運営を委託して高度な基礎研究を行うもので、2008 年時点
では 173 の実験室が設置されている。
• 国家工程研究センター、国家工程技術センターの設置
811
812
813
金児真由美(開発金融研究所), 高等教育支援のあり方―大学間・産学連携―,
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/archive/pdf/13_04.pdf, 2001 年.
姜 娟「中国の産学官連携に関する新しい動き」(2009 年 10 月)
https://dspace.jaist.ac.jp/dspace/bitstream/10119/8784/1/2I18.pdf
独立行政法人科学技術振興機構, Science Portal China, 馬 陸亭, 中国大学における産学連携の推進,2009 年 12 月,
http://www.spc.jst.go.jp/hottopics/1001higher_education/r1001_ma.html
382
産業界による生産のための技術移転を促進するための研究開発機関として国家工
程研究センターを、技術委託機関として国家工程技術センターをそれぞれ設置して
いる。
• ソフトウェア学院の設置
ソフトウェアに関する工程開発教育を行うことを目的とするもので、2001 年に清
華大学ほか 35 校に設置された。
• 専門学位の設定
社会人の再教育向けの学位を設置し、当該学位を目指す学生は実際の技術プロジェ
クトの実践経験をもとに論文を作成する。
4)
産業界と大学との産学連携の一般的な形態
1)の項に示したように、中国における産学連携の特徴は、大学が設立する企業(校弁
企業)による営利活動が幅広く行われていることである814。よって、産学連携の一般的
な形態も、こうした特徴を反映したものとなっている。
中国における官を含んだ産学官連携には、以下の3種類の連携形態が存在する815。
• 産学の共通のニーズをもとに自然に形成されたもの
企業が大学のもつ高度な技術に関心をもち連携を働きかけるパターンのほか、政府
が設定する公開競争方式の科学研究プロジェクトに産学で参加する形態が想定さ
れる。また、学生の実習の企業での受け入れは法律で義務づけられていることから、
大学での履修単位の一部として学生による企業実習が幅広く実施されている。
• 大学の主体的な活動をもとに形成されたもの
大学が自らの技術的成果を積極的に活用しようとして取り組まれているものであ
る。上述の校弁企業のように営利事業化する前段階の形態として、産学での共同実
験室の設置、産業界への技術移転のための中間的試験を行うための機関(中間試験
基地)の設置などが行われている。
• 政府の政策に対応して生成されたもの
3)で示したように、政府の産官学連携政策を実施する過程で形成される連携の形態
である。大学が建設したサイエンスパークへの進出、国家重点実験室や国家工程研
究センター等の利用、ソフトウェア学院や社会人向け学位の利用などがこれに該当
する。
814
815
金児真由美(開発金融研究所), 高等教育支援のあり方―大学間・産学連携―,
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/archive/pdf/13_04.pdf, 2001 年.
独立行政法人科学技術振興機構, Science Portal China, 馬 陸亭, 中国大学における産学連携の推進,2009 年 12 月,
http://www.spc.jst.go.jp/hottopics/1001higher_education/r1001_ma.html
383
5)
産学間の人的交流状況
中国の大学は、多くの海外の大学との間で、教員や学生の交流、共同研究の実施、共
同シンポジウムの実施、情報交換等を積極的に行う旨を記した交流協定を結んでいる。
例として、北京大学では米州 40 大学、欧州 46 大学、アジア 65 大学、アフリカ 5 大学と
の交流がある。しかし、明確な目的を持って進める交流活動以外は、実態として機能し
ていない交流協定も多々あるといわれている816。
企業技術者の大学での再教育に関しては、実態に関する十分な情報が得られていない。
6)
産学連携における IT 人材育成の取り組み状況
a.
中国科学院
500 社の企業に対して研究開発チームを作り、国の大型プロジェクトの遂行を通じて、
企業の R&D 能力を高めている。また、地方や企業に毎年 100 人ずつ研究者を派遣して
技術指導を行うほか、企業の技術者などを受け入れ、中国科学院で共同研究や研修の実
施を行っている817。
b.
中国科学院計算機研究所
2 年間で 100 人以上の研究者を企業に直接派遣するとともに、研究所と企業が共同の
研究施設で一緒に研究開発を行うことを計画している。これは産学の直接的な交流と協
力を促し、企業の技術力アップを支援するとともに、大学側は現場から研究の種を見つ
け、研究者自身の研究のレベルアップにつなげる効果を狙っている。
c.
広東省
全国レベルの大学及び研究機関の約 2,000 名の研究者を招聘し、同時に 10,000 人の大
学卒業生を特任補佐として雇うなど、2,000 以上の企業を対象とする技術支援を行ってい
る。
d.
江蘇省
「校企連盟」という組織を作り、企業との多様な連携を目指している。サービスの内
容は①市場で競争力を持つ新しい商品の共同開発、②大学の研究成果の企業による商品
化、③各種の R&D 及びサービスのプラットフォームによる企業の技術進歩サポート、
④企業に対する助言、⑤企業の人材育成などである。
816
817
金児真由美(開発金融研究所), 高等教育支援のあり方―大学間・産学連携―,
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/archive/pdf/13_04.pdf, 2001 年.
九州大学, アジアにおける産学官連携支援に関する調査研究(平成 21 年度文部科学省委託調査),
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/ja/data/report_material_20.pdf, 2010 年 3 月
384
e.
清華大学
清華大学は大学 100%出資の企業集団、同サイエンスパーク会社、同インキュベーシ
ョン会社、同ベンチャーキャピタル会社等を所有している。産学連携では、技術移転に
とどまらず、積極的な企業の創出を行っている818。
f.
南京大学
南京大学は基礎研究を重視する研究型大学である一方、地域との連携、産学官連携、
技術の伝播による地域イノベーションへの貢献も重視している。南京大学の研究費用の
2/3 は国からのものであるが、残る 1/3 は地域連携、産学官連携による。国の大型プロジ
ェクトへの参画などを通じた人材育成を図っている。
g.
上海交通大学
中国の経済発展に伴い国や地域の経済に対する貢献が重視される状況と、また上海市
におけるトップの理工系大学との位置づけから、2010 年 1 月に上海市との連携のもとで
産学官連携に特化した研究機関(上海紫竹新興産業技術研究院)を開設している。
④ IT 産業と IT 人材を巡る状況
1)
IT 産業の中心都市
中国政府は 1998 年に開始した「タイマツ(火炬)計画」の政策の下に、ソフトウェア
産業育成を意図して主要都市に国家ハイテク産業開発区を建設している。2001 年に国家
レベルのソフトウェアパークとして下表の 11 ヵ所が認定された。
表 3-37
2001 年に認定された国家レベルのソフトウェアパーク
ソフトウェアパーク名称
所在地
上海ソフトウェアパーク
上海市
北京ソフトウェア産業基地
北京市
大連ソフトウェアパーク
遼寧省大連市
広州天河ソフトウェアパーク
広東省広州市
杭州ソフトウェアパーク
浙江省杭州市
西安ソフトウェアパーク
陝西省西安市
西部ソフトウェアパーク
四川省成都市
南京ソフトウェアパーク
江蘇省南京市
斉魯ソフトウェアパーク
山東省済南市
長沙ソフトウェアパーク
湖南省長沙市
珠海南方ソフトウェアパーク
珠海市
818
三本松 進(島根県立大学教授), アジア産学官連携の実態と日本・地方の対応,
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/bbl030124.pdf
385
⑤ 一般情報
1)
教育システム
中国では、国(中央政府)が全国統一的な教育制度を定めているが、各地方の経済、
社会、文化的状況が大きく異なることから、その画一的施行を求めることはせず、入学
年齢や修学年限などは地方によってある程度弾力的に設定できるようになっている。
中国の初等中等教育制度は 1922 年の学制改革以来、文化大革命の中で修業年限が短縮
されたこともあったが、基本的に 6-3-3 制が維持されてきた。だ が、農村などの小学校
では財政的な理由で 5 年制をとるところが少なくない。5 年制小学校では、これに続く
初級中学を 4 年としているが、4 年制の初級中学は極めて少なく、5-3 制となっている地
域が多い。このため、5 年制小学校を延長して、6-3 制にする方針が立てられている819,820。
なお、中国の新学期は 9 月であり、2 学期制が採用されている。1 学期は 9 月 1 日~2
月上旬まで、2 学期は 4 月上旬~8 月末までである。
a.
義務教育
1986 年に全国的な義務教育制度の実施を定めた「義務教育制度」が制定、施行されて
いる。義務教育は 6 歳から 9 年間で、小学校及びこれに続く初級中学がこの 9 年間に相
当する。
b.
初等教育
小学校は 6 年制だが、農村部を中心に 5 年制の小学校も多い。また、入学年齢は現在
7 歳から 6 歳に移行中でありが、まだ 7 歳入学が多い。小学校へは現在ほとんどの児童
が入学するが、経済的その他の理由による中途退学児童がいるため、卒業者は約 9 割と
されている。
c.
前期中等教育
小学校に続く初級中学は、3 年制又は 4 年制である。4 年制の初級中学は 5 年制の小学
校に接続する形態で、主として農村に見られる。後期中等教育機関への入学に際しては、
各省・自治区・直轄市で統一入試が実施される。なお、初級中学への進学率は約 9 割、 高
級中学段階の中等学校への進学率は 4 割強である。
d.
後期中等教育
初級中学卒業後は普通教育を行う高級中学と職業技術教育を行う中等専門学校、技術
労働者学校、職業中学とに分かれる。後期中等教育機関への入学に際しては、各省・自
治区・直轄市で統一入試が実施される。
819
820
文部科学省 中国の学校教育制度
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/015/siryo/05120501/007/006.htm
大和総研,中国の労働問題と CSR,2010 年 12 月 29 日 http://www.dir.co.jp/souken/research/report/esg/csr/10122901csr.pdf
386
図 3-21
中国の学校系統図
出典:文部科学省「平成 22 年度 教育指標の国際比較」821
2)
労働力についての課題
中国では 2010 年に工場での自殺問題や、賃上げなど待遇改善を求める労働争議が相次
いで発生し、日系を含む多くの企業が対応に追われた。こうした問題が発生した背景と
しては、政府がこれまでの戦略を方針転換して労働者を保護する姿勢を強めたことが影
響していると考えられている。あわせて、工場労働者の中核を占める農村部からの出稼
ぎ労働者の意識や考え方が変化していることも原因に挙げられている822。
なお、2008 年に労働契約法が施行させた結果、中国においても終身雇用制度に関する
法律的な裏付けがなされた。現状では中国の IT 人材はインドと同様、より待遇のよい企
業に転職しようとする意向が強いため雇用流動性が高いが、将来的に IT 産業の成長が鈍
化した場合に実質的な終身雇用制が機能してくる可能性も高い。
821
822
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/kokusai/__icsFiles/afieldfile/2010/03/30/1292096_01.pdf
大和総研,中国の労働問題と CSR,2010 年 12 月 29 日
http://www.dir.co.jp/souken/research/report/esg/csr/10122901csr.pdf
387
中国における大学新卒者の就職活動は卒業前年の 12 月頃から開始される。その前にイ
ンターンシップに参加する学生も多く、インターンシップ先を第1志望とする学制も多
い。
388
3.3 海外における産学連携教育に関する政策動向と採用・雇用事情
補足調査として、海外における産学連携教育に関する政策動向と、主として大学寝室
者を対象とする採用及び雇用の事情についてまとめた結果を示す。
(1) 調査対象国における産学連携教育に関する各国の推進施策
今回の調査を行う中で明らかになった、IT 人材育成に関連した産学連携教育の推進施
策の例を下表に示す。
表 3-38
今回の調査で確認された IT 人材育成を含む産学連携教育に関する各国の推進施策例
国名
政策(カッコ内は開始年)
概要
Collaborative Research and
Training Experience
(CREATE)(2009)823
カナダ
Behind the Screen(2011)824
イギリス
Conventions Industrielles de
Formation par la REcherche
(CIFRE)(1981)825
フランス
ドイツ
シンガポール
“Software Campus”イニシアチ
ブ(2010)826
ELITE+(Enhanced Learning
in Infomation Technology
Plus)(2011)827
e-Skills for the 21st Century
(2007)828
EU
カナダ政府が研究開発の優先分野と定める分野
における産学連携研究で、同研究に大学生及び
ポスドク研究者が参加することを通じて、これらの
研究者が企業で即戦力として活躍できるように支
援する大学のプロジェクトに資金を提供。
IT分野の職業訓練機構である e-skills UK が打ち
出 し た I T 教 育 プ ロ グ ラ ム 。 IBM 、 Microsoft 、
BBC、Cisco、Google、hp、Deloitte 等がスポンサ
ーとなるだけでなく、スタッフ、リソース、アイデア
を持ち寄って実施。
産業研究訓練会議制度。博士課程に在学する
学生が企業内の研究開発プログラムに参加する
ことで博士論文を作成できるよう、企業に協力を
求める。一方、CIFRE に参加した学生は修了後 3
年間はその企業で働くことが求められる。
IT 企業、一流大学、研究施設が協力し、優秀な
IT 系学生を将来の IT 管理者に育てるべく、政府
が研究プロジェクトを支援。
情報通信開発庁(IDA)による情報通信技術高度
学習制度。大学で IT を専攻し初年度を修了した
学生を対象に、就職時の即戦力能力を育成する
ため、産業界とパートナーを組んで実施。
欧州における ICT スキル強化のための長期戦
略。就労人口全体のスキル向上の手段として産
学官連携によるイニシアチブ強化が謳われてい
る。
出典:各項の脚注参照
823
824
825
826
827
828
http://www.nserc-crsng.gc.ca/professors-professeurs/grants-subs/create-foncer_eng.asp
http://www.e-skills.com/education/behind-the-screen/
http://www.anrt.asso.fr/fr/espace_cifre/accueil.jsp
http://eit.ictlabs.eu/ict-labs/all-news/article/software-campus-the-best-education-for-top-talents/
http://www.infocommtalent.sg/elite.aspx
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/ict/e-skills/
389
(2) 調査対象国における採用・雇用事情
調査対象国における採用・雇用事情を次表に示す。
表 3-39
国名
アメリカ
カナダ
イギリス
フランス
ドイツ
調査対象国における採用・雇用事情
学生採用
雇用事情
• 各大学に設置されているキャリアセンター
で開催される就職説明会が企業と学生の
主要な接点。
• 採用活動は最終年の 9~10 月から本格化
し、翌年 2 月頃に採用が決まる。学校・学
部を限定した卒業前の内定や囲い込みも
ある。一方で卒業後に就職活動を開始す
る学生も多い。
• 夏期のインターンシップでの実習経験は採
用に有利。
• 授業の一環として会社に派遣され仕事を
経験する制度(Co-op またはインターンシッ
ププログラム)がある。Co-op 制度の場合は
給与も支給される。
• 採用に際しては大学名よりも、学生時代の
業務経験に関する実績やインターンシップ
が重視される。
• 新卒者を対象に秋から年末にかけて大学
で就職説明会を実施。ただしこうした採用
方法をとる企業は減少傾向。
• 就職活動の開始時期は、卒業前 54%、卒
業時 21%、卒業後が 27%と分散している。
• 大学での説明会を頼らずに就職先を決め
る学生が 6 割以上。
• インターンシップについては、採用職種に
関するものは重視されるが、単なる就業経
験は評価されない。
• 企業は学生の有する職業資格等を重視す
る。大卒の肩書きのみでは有力企業への
就職は実質的に困難。
• 採用時にインターンシップを重視する企業
が増加。インターンシップは大学が世話を
することは少なく、学生自らが選択・応募す
る。期間は 3~6 ヶ月程度で、手当が支給さ
れる場合が多い。
• 終身雇用制度は存在しない。
• 新卒採用した学生を自社の幹部候補
として育成するよりも、幹部に求められ
る能力に適した人材を調達すればよい
と考える企業が多い。ただし一部には
育成指向の企業もある。
• 採用活動は大学における最終試験の 1 年
前(1~2 月頃)から開始される。
• 施設に余裕がない大学が多く、学生向け
の就職説明会はホテルや会議場でも開催
される。企業が説明会を自社開催する動き
が増加傾向にある。
• 選考手段としてはインタビューよりも能力査
定センターでの適性検査が重視される。
390
• 終身雇用制度は存在しない。
• 米国と同様、雇用の流動性が高い。
• 終身雇用制度は存在しないが、労働
組合の影響が強い業種等では簡単に
解雇できない場合も多い。
• 採用者にしめる大学新卒者の比率は
低く、経験者のみを採用する企業も増
えている。
• 米国と同様、雇用の流動性が高い。
• 正規雇用者の解雇に厳しい規制があ
るため、実質的に 65 歳定年の終身雇
用制となっている。この結果、企業が
採用に慎重となっており、その改善の
ため採用後 2 年以内の解雇を容易に
する制度見直しを図るも国民の反対で
頓挫。
• 期限付き雇用契約(CDD)の比率が高
まりつつある。
• 産業界に終身雇用を尊重するコンセン
サスが存在する。
• 有力企業(シーメンス、ダイムラークライ
スラー、バイエル等)のスタッフの 9 割
以上は大学新卒採用者が占める。
国名
学生採用
雇用事情
オランダ
• 採用時には職種に応じた資格の有無が重
視され、大学在籍時の成績等が問われるこ
とは少ない。
• ワークシェアリングの先進地。
• 終身雇用制度があり、終身雇用のパー
トタイムもある。現実にはパートタイム労
働者の比率が増えている(2010 年に
37%、女性のみでは 75%)。
• 以前は終身雇用が主体であったが、
90 年代の経済危機以降に非正規雇用
の比率が拡大(40%以上とも言われ
る)し、現在は主要国の中で終身契約
の労働者の比率が低い国の一つとな
っている。
韓国
シンガポ
• 採用制度は日本と類似。ただし定期採用よ
りも随時採用が一般的であるため、新卒時
に採用されなくても就職活動を継続的に行
うことが可能であり、一斉に就職活動を行う
ようなことはない。
• 大学進学率の増加に伴い、卒業時の就職
難と企業側から見た学生の質への不満が
問題化している。
• 政府の競争力強化政策により、国内大学
の卒業生(留学生を含む)の国内企業(外
資系を含む)への就職が奨励されている。
ール
• 採用に関しては企業が大学と産学連携の
活動を行った際に優秀と感じた人材への
「青田買い」が一般的に行われている。
インド
中国
• 中国における大学新卒者の就職活動は卒
業前年の 12 月頃から開始される。その前
にインターンシップに参加する学生も多く、
インターンシップ先を第1志望とする学制も
多い。
• 終身雇用制度は存在しない。
• 高度な技術を有する外国人は優遇さ
れる。反対に単純労働力しか提供でき
ない外国人の在留期限は2年以内な
どの制約がある。
• 給与水準の格差が激しいことから、技
術を習得したインド人はそれに見合う
給与の得られる職場に転職を指向す
ることがごく一般的であり、職場の定着
率が低い。
• IT 人材に関しては、終身雇用は被雇
用者側が望んでいないのが実態。
• 2008 年に労働契約法が施行させた結
果、中国においても終身雇用制度に
関する法律的な裏付けがなされた。
• 現状では中国の IT 人材はインドと同
様、より待遇のよい企業に転職しようと
する意向が強く雇用流動性が高いが、
将来的に IT 産業の成長が鈍化した場
合に実質的な終身雇用制が機能して
くる可能性も高い。
(本表作成の参考にした資料)
D. Creelman, 新卒採用にグローバルスタンダードは存在するか, Works No.61 pp14-18, リクルートメディアコミュニ
ケーションズ, 2003 年 12 月. http://www.works-i.com/works/
「新卒採用」の潮流と課題, リクルートワークス研究所 2010 年研究成果. http://www.works-i.com/research/2010/
高等教育と人材育成の日英比較-企業インタビューから見る採用・育成と大学教育の関係-, 労働政策研究報
告書 No.38, 労働政策研究・研修機構,2005. http://www.jil.go.jp/institute/reports/2005/038.html
英国:キャリアサービス機能が充実(海外労働情報・若手のキャリア形成と就職), 労働政策研究・研修機構, 2006
年 12 月, http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_12/england.htm
ドイツ:デュアルシステムと高等教育における職業教育(海外労働情報・若手のキャリア形成と就職), 労働政策研
究・研修機構, 2006 年 12 月, http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_12/german_01.htm
フランス:「大学と雇用の関係」のあり方を見直す動き(海外労働情報・若手のキャリア形成と就職), 労働政策研
究・研修機構, 2006 年 12 月, http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_12/france_01.htm
韓国:「若者のキャリアと就職」-アジアでは-(海外労働情報・若手のキャリア形成と就職), 労働政策研究・研修
機構, 2006 年 12 月, http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_12/korea_01.htm
391
山本雅亮, 二大 IT 開発拠点のインドと中国(CICC シンガポールニュース 296 号)
http://www.cicc.or.jp/japanese/modules/journal/blocks/journal_detail.php?block_id=440&news_id=184&op=com
世界 IT 事情, NTT コムウェア http://www.nttcom.co.jp/comzine/new/worldit/index.html
OVTA 各国・地域情報, 財団法人 海外職業訓練協会, http://www.ovta.or.jp/info/index.html
ヨーロッパで働きたい人の基礎知識, ビジネスパラダイム,
http://www.business-paradigm.com/recruitment/recruit_tip1.html
日本の新卒採用制度と海外学生の就職事情, 技術系インターンシップ比較ナビ,
http://www.intern55.com/tech/c_global3.html
392
4. 産学連携教育に関する取り組み事例調査(ヒアリング調査結果)
4.1 調査概要
(1) 趣旨
調査対象国における、具体的な産学連携教育に関する取り組みについて、各調査対象
国及び地域(EU)から1事例以上、合計 15 件の事例を収集する。
(2) 調査対象
① 調査対象の考え方
調査対象国として、産学連携による IT 人材育成において、我が国の産学連携活動の参
考となるような先進的な取り組みを実施し、一定の成果をあげている国とした。選定の
考え方は以下のとおりである。
1)
経済発展段階・社会制度等が我が国と比較的類似した海外諸国を選択する。
各国における産学連携活動は、当該国の経済発展の段階や高等教育機関の社会的位置
付けによりその形態が異なると考えられる。そのため、本調査結果を我が国の産学連携
活動の参考とする上では、経済成長段階や社会制度等が比較的日本と類似した段階にあ
ると見られる海外諸国を調査対象候補とする。
2)
IT 人材育成施策への組織的な取り組みが強いと想定される海外諸国を選択する。
IT 人材育成に関わる産学連携の推進においては、教育機関、産業界(企業等)、両者
を結びつける公的機関の役割があり、それぞれの関わり方や産学連携の形態等は、産学
連携教育の発展段階や当該国における産学官の関係機関における IT 人材育成の取り組
みに対する優先度等に依存すると考えられる。今回調査で着目する IT 人材育成分野での
産学連携教育に関する組織的取り組み事例では、政府等による IT 人材育成施策(産業政
策、労働政策、教育政策等)との連動性や IT 業界全体が持つ問題意識、大学等の教育界
における産業人材育成に対する問題意識等が存在する国を調査対象候補とする。
3)
産学連携教育に関わるポテンシャルを持つ IT 産業(海外 IT 企業を含む)が存在す
る海外諸国を選択する。
産学連携による IT 人材育成においては、IT 人材育成のためにリソース(教育資源)
を提供することが可能な IT 企業の存在が不可欠である。本調査においては、世界の ICT
企業トップ 250 ランキングにあげられた企業数が多い OECD 諸国を調査対象とする。
“Economics represented in the top 250 ICT firms, 2000 and 2009”、“OECD Information
Technology Outlook 2010”において、2009 年調査結果から6社以上の企業が確認された
のは以下の諸国(アメリカ、フランス、イギリス、カナダ、ドイツ、韓国、オランダ)
である。
393
また、本調査では、これらの諸国を調査対象国の候補とする他、競争力を持つ海外 IT
企業を積極的に誘致し、自国の IT 産業振興を進めている海外諸国(シンガポール)を調
査対象の候補とする。
表 3-40
ICT 企業トップ 250 ランキング各国別企業数(上位8位まで)
順位
国名
企業数
1
アメリカ
75
2
日本
52
3
フランス
9
4
イギリス、カナダ
7
6
ドイツ、韓国、オランダ
6
出典:OECD Information Technology Outlook 2010
4)
中核となる優れた IT 人材育成教育機関/産学連携教育プログラムの存在する対象
国を選択する。
本調査では、調査対象国における、具体的な産学連携教育に関する組織的取り組み事
例を調査する必要がある。そのため、本調査事業を効果的・効率的に遂行する上では、
詳細調査を実施する意義があると判断できる組織的取り組み事例(仕組み、プログラム
等)の候補の存在が必要不可欠である。従って、事前調査において産学連携教育の組織
的取り組み事例(仕組み、プログラム等)の存在が確認できた国を調査対象国候補とす
る。
② 調査対象先
アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、オランダ、韓国、シンガポールの
各国は、上述の 1)~4)の観点を満たしており、本調査を効率的・効果的に実施する上
で適切な調査対象国であるといえる。これらの国の中から、産学連携教育に組織的に取
り組んでいる以下の教育機関を調査対象とした。
• アメリカ
・ カーネギーメロン大学
シリコンバレーキャンパス
・ カーネギーメロン大学
ヘインズカレッジ CIO 大学プログラム
・ パデュー大学
情報アシュアランス・セキュリティ研究教育センター
• カナダ
・ ウォータールー大学
Co-op 教育・キャリアサービス事務所
• イギリス
・ ラフバラ大学
工学デザイン教育センター
394
・ ランカスター大学
InfoLab21
• フランス
・ ピカルディー・ジュール・ヴェルヌ大学
モデリング・インフォメーションシス
テム研究所
・ 高等師範学校
コンピュータサイエンス学部
• ドイツ
・ ドレスデン工科大学
ソフトウェア・マルチメディア技術研究所
・ ミュンヘン工科大学
情報科学部/電気工学・情報技術学部
• オランダ
・ アインドホーヴェン工科大学
ソフトウェア品質研究所
• 韓国
・ KAIST (Korean Advanced Institute of Science and Technology)
・ 漢陽大学
ERICA キャンパス
・ 漢陽大学
ソウルキャンパス
産学協力団
• シンガポール
・ シンガポール国立大学
・ テマセク・ポリテクニク
コンピューティング学部
テマセク情報科学・IT 学部
(3) 調査方法・項目
調査方法は現地訪問によるインタビュー形式とする。インタビューに用いた質問項目
は次ページ表のとおりである。
395
表 3-41
現地調査で用いた質問項目
ヒアリング項目(和文)
ヒアリング項目(英文)
1. Program Overview
1. 実施している事例・プログラムの概要
参加組織と役割◆
Participants and its role
対象とする教育◆
What do students learn in this program?
教育の狙い・目的
What is the purpose of this program?
実施体制
Organization structure
・教員の体制はどうなっているのか(専任教員+企業講師等)☆
What is the structure of teaching staff?
・複数の教員で実施している科目名、科目数△
What are the courses under multiple teachers' charge?
・教員の教育専念制度はあるか☆
Is there any rule requiring teachers to concentrate education?
・教員に対する FD の内容・方法や工夫点(産業界先行の新技術・新概念に
関する教育は行われているのか)△
Faculty development for teachers and its ingenuity
Roles and Responsibilities
産学の役割分担◆
What is the role of participants of this program?
What is the ratio of the course time instructed by the teachers from
industries?
Are there any involvements of academic-industry cooperation
coordinator?
・産学で分担を行っている場合、その分担内容△
・産学での教育時間の分担比率等△
コーディネート機関の関与◆
卒論・修士論文・博士論文への関与(企業提供論文テーマ有無、有の場合の指導体
制、評価・判定方法)
Do cooperate company provide themes for project of student seminar
and/or graduation theses and/or master's theses?
カリキュラム体系での位置づけ
How do you position this program in your curriculum?
必要となる経費とその負担◆
Operational cost and funding sources
・企業側教員に対する処遇(給与、謝金、称号付与:非常勤/客員/特命教
授/准教授、交通費支給等)
What is the treatment of the teachers from industries? Is there any
disadvantages?
・費用の分担状況
Status of cost allocation between stakeholders
・産学連携における一般的な分担状況
(normal allocation in (country))
Status of government funding
公的支援の利用状況◆
396
ヒアリング項目(和文)
ヒアリング項目(英文)
2. Backgrounds
2. 事例に取り組むことになった経緯・背景
取り組みを開始した時期
When did you make the concept of this program?
抱えていた課題
What were the issues you faced?
きっかけ
What was the trigger when you started this program?
組織的な取り組みとなった背景
Background of the program's organizational efforts
・産業界あるいは地元企業との交流はあるか(あれば、いつ頃から)
When did the interaction start between your university and
industries?
・教員と企業との交流状況(採用面、人事面、共同研究、論文作成指導、実
践教育コース運営等)☆
How do the teachers in your faculty have a relationship with
industries?
Features against the normal way
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
・一般的にはどのように教育を行っているのか
What is the normal practical program which the students of the
faculty of software engineering learn?
・本学または本学部学科のユニークなところ
What are the features of this program?
3. Achievements and Evaluation
3. 成果と評価
Past achievements
これまでの成果
・具体的な成果
Major specific achievements
・学生の出口(大企業等への就職、ベンチャー起業、等)
Careers of students
・教育した学生を連携先企業が雇用できるか(学生の採用の仕組み)
Can the enterprises join this program employ the students they
coach?
Stakeholders' benefits
関係者のメリット
・学校側へのメリット(教員にとって、受講する学生にとって)
benefits for university (teachers, students)
・企業側へのメリット(企業にとって、参加する企業側教員にとって)
benefits for industries (companies, teachers from industries)
・地域へのメリット
benefits for local regions
Evaluation system and results for this program
事例についての評価の方法
・本学で用いられている評価の方法と本事例に対する評価結果
What system do you use for evaluating the result of this program?
・教員の教育への貢献に対する評価方法☆
How do you evaluate the teacher's contributions?
397
ヒアリング項目(和文)
ヒアリング項目(英文)
4. Challenges and Solutions
4. 課題と解決策
Current issues and challenges
現状における課題
What issues did you faced in this program?
How did you address them?
・本事例でこれまで直面した課題と解決方法
・本学で現在直面している課題と解決の方向性
日本で課題となりやすい項目の解決方法・工夫(資金、講師、教材・カリキュラム、
連携先、学生のモチベーション等)◆
Solutions for issues and challenges likely to be (e.g. fundingsource,
instructors, course materials and curriculum, potential partners, and
student motivation)
継続的に実施できていることの要因◆
Success factors for this ongoing program
・大学側の要因
at your University
・企業側の要因
at industries
Ideas and methods for program continuity
継続的に実施するための工夫
・大学側で行っている工夫
at your University
・企業側で行っている工夫
at industries
5. Partnership opportunities with non-stakeholders
5. ステークホルダー以外とのパートナーシップ
Partnerships for employment activities
人材調達に関するパートナーシップ◆
・本事例以外での連携先と連携内容
Is there other partnership in your faculty?
・教員はどのような経歴をもっているか(産業界出身者の比率等)
What do the teachers have the careers (e.g. experience in
industries) ?
・教員の企業への移動、企業人の教員への移動の全教員との比率
Are there the transfers between your university and industries?
・産業界と大学との処遇の相違の有無[給与差等の補正]
Is there any allowance for the difference of treatments?
Approach for collaboration with Japanese corporations/universities
日本企業・大学等との連携に対する考え◆
・日本の企業との連携についての可能性
・日本の大学との連携についての可能性(学生、教員の研究、教員の教育の
各観点)
◆=仕様書記載項目、☆△=補足的項目(可能であれば尋ねるもの)
398
How do you think about the collaboration with Japanese
corporations/universities?
4.2 調査結果
4.2.1
米国
(1) カーネギーメロン大学
シリコンバレーキャンパス(カリフォルニア州)
表 3-42
ヒアリング概要
Carnegie Mellon University(Silicon Valley Campus)
訪問日時
2011 年 12 月 1 日(木)15 時〜16 時
担当者
Dr.Ray Bareisse (Professor of the Practice of Software Engineering and Software
Management, Director of Educational Programs
所在地
Carnegie Mellon University, Silicon Valley
Building 23 (MS-11)
Moffett Field, CA
94035
Office: # 104
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
カーネギーメロン大学(CMU)シリコンバレーキャンパスの産学連携による人材育成
における主なステークホルダーは、CMU 本校とシリコンバレーの周辺企業である。周
辺企業との関係が非常に強い。設立当初、防衛・宇宙航空関係の大企業や政府系機関向
け人材育成を目的としていたが、時代の趨勢に沿って、シリコンバレーの中小・ベンチ
ャー企業との関係を強めている。
同大学の主な産学連携の形態として、共同研究、プラクティカム(Practicums)、イン
ターンシップ、就職斡旋、社員向け教育がある。教育における産学連携の代表的な取り
組みがプラクティカムである829。プラクティカムは修士課程のカリキュラムに組み込ま
れている。同プログラムでは、学生チームが同大学の教授陣のアドバイスを受けながら、
300 時間をかけてクライアントである企業の課題に取り組む。830。
これまで CMU シリコンバレーキャンパスのスポンサーとなった企業の代表例には、
Accelere Systems、Boeing、Bosch、Google、Intel、Kalido、NASA、Nokia、Oracle、Panasonic
Research、PROforma、Red Cross、SAP などの大企業の他、地元ベンチャー企業が含まれ
る831。こうした産学連携において企業に求められる役割としては、以下が挙げられる。
(1)共同研究のパートナー
(2)プラクティカムにおける課題提案と模擬「クライアント」(402 ページ 5)参照)
(3)大学におけるジョブフェア(合同会社説明会)等への参加
(4)インターンの受け入れ
(5)企業負担による社員教育としての大学利用
829
830
831
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/index.html
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/practicum-faq.html
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/sponsor-info.html
399
(6)大学への寄付
(7)大学主催イベントへの参加による学生との交流等
2)
対象とする教育
CMU シリコンバレー校で授与する学位は修士以上の大学院レベルに特化している。
ソフトウェア工学の修士課程に所属する学生は、将来希望する進路に応じて、ソフトウ
ェア開発技術の向上を目指す技術コース(Software Engineering)と管理職を目指すマネ
ージメントコース(Software Management)のいずれかを選ぶことができる。
シリコンバレー校において取得可能な学位は次ページ表のとおりである。修士及び博
士課程を中心としたプログラムで、学士レベルのプログラムは提供されていない832。
学生はフルタイムとパートタイムの両方の学生を受け入れている。フルタイム学生向
けプログラムに加え、シリコンバレー地域や他の遠隔地で既に技術者として活躍してい
る学生のために、パートタイムのプログラムも用意されている833。2010 年度秋セメスタ
ーの実績では、フルタイムよりもパートタイムの学生(すべて修士)が多くなっている
(パートタイム:109 名、フルタイム:18 名)834。この中には、国防・航空宇宙開発関
係の企業・機関を経て同校の遠隔・パートタイムプログラムでスキル向上を目指す学生
もいれば、地元シリコンバレーのベンチャー企業や IBM、HP、Oracle、Google といった
IT 業界の大小様々な企業に在籍しながら同校で学ぶ学生も多数含まれる835。
同プログラムのカリキュラムで学生に課されるプロジェクトの多くは、14 週間を期限
とした短期開発を前提としたものであり、昨今のシリコンバレーにおけるソフトウェア
開発の現場で多くみられる実際の企業内プロジェクトの条件に合わせる工夫をしている
836
。
832
http://www.cmu.edu/silicon-valley/academics/bicoastal/index.html
833
http://repository.cmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1026&context=silicon_valley&sei-redir=1&referer=http%3A%2F%2Fw
ww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%2522practical%2520pbl%2522%2520%2522ray%2520bareiss%
2522%26source%3Dweb%26cd%3D3%26ved%3D0CDUQFjAC%26url%3Dhttp%253A%252F%252Frepository.cmu.edu%2
52Fcgi%252Fviewcontent.cgi%253Farticle%253D1026%2526context%253Dsilicon_valley%26ei%3DeFXETun1DJHsmAW
6y_C5Cw%26usg%3DAFQjCNFjUIiXCX0RI-69lbv3_lMMhXObQg#search=%22practical%20pbl%20ray%20bareiss%22
834
http://www.cmu.edu/ira/factbook/pdf/facts2011/4_enrollment-final-as-of-2_24_111.pdf
835
http://repository.cmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1026&context=silicon_valley&sei-redir=1&referer=http%3A%2F%2Fw
ww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%2522practical%2520pbl%2522%2520%2522ray%2520bareiss%
2522%26source%3Dweb%26cd%3D3%26ved%3D0CDUQFjAC%26url%3Dhttp%253A%252F%252Frepository.cmu.edu%2
52Fcgi%252Fviewcontent.cgi%253Farticle%253D1026%2526context%253Dsilicon_valley%26ei%3DeFXETun1DJHsmAW
6y_C5Cw%26usg%3DAFQjCNFjUIiXCX0RI-69lbv3_lMMhXObQg#search=%22practical%20pbl%20ray%20bareiss%22
836
インタビュー時のコメント。
400
表 3-43
CMU シリコンバレー校で取得可能な学位
プログラム
パートタイムで
受講可能
ロケーション
遠隔授業
期間
Master of Science in Software
Management
(ソフトウェア管理、修士号)
○
シリコンバレーのみ
○
(パートタイムの
場合のみ)
1-2 年
Master of Science in Software
Engineering
(ソフトウェア工学、修士号)
○
シリコンバレーのみ
○
1-2 年
Ph.D. in Electrical &
Comp. Engineering
(電気・コンピュータ工学、
博士号)
シリコンバレー及び本
校の両方で取得可能
(Bicoastal Degree
Programs)
5年
Master of Science in
Information Technology
(情報技術、修士号)
シリコンバレー及び本
校の両方で取得可能
(Bicoastal Degree
Programs)
16 ヶ月
Master of Science in
Engineering & Technology
Innovation Management
(工学&技術イノベーショ
ン管理、修士号)
シリコンバレー及び本
校の両方で取得可能
(Bicoastal Degree
Programs)
1年
Cert. Service Management
(サービス管理認定)
○
シリコンバレーのみ
○
4 ヶ月
出典:http://www.cmu.edu/silicon-valley/prospective-students/program_advisor.html
3)
教育の狙い・目的
CMU シリコンバレー校では、コミュニケーション、チームワーク、自主的学習の 3
点に重点を置いている。また、シリコンバレー地域の IT 産業特有の文化を柔軟に受け入
れ、「短期間での製品の開発」に重点を置いたプログラムに力を入れている。
4)
実施体制
一般の授業やチームプロジェクトの指導は基本的に専任教員(full-time)によって行
われるが、学生の関心やプロジェクト内容によっては、他の教員(part-time instructor 等
を含む)や企業講師の指導を受けることもできる837。ソフトウェア工学修士課程では、
837
http://repository.cmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1026&context=silicon_valley&sei-redir=1&referer=http%3A%2F%2Fw
ww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%2522practical%2520pbl%2522%2520%2522ray%2520bareiss%
2522%26source%3Dweb%26cd%3D3%26ved%3D0CDUQFjAC%26url%3Dhttp%253A%252F%252Frepository.cmu.edu%2
401
技術コースの 1/3 の教員が産業界出身で、パートタイムの教員である838。一方、経営コ
ースの教員は現時点では全てがフルタイムの教員である。
教員の数はクラスの人数によって変動する。教員はクラス内の各チームのコーチ的な
役割を果たすため、大きなクラスではクラス全体をみる教員と各チームのコーチを担当
する教員が対応することになる。ただし、こうした複数の教員による指導の場合、学生
に対する評価基準が異なる可能性が高いため、学生の間では、少人数クラスでの 1 人の
教員による指導が好まれる傾向が強い839。
教員に対するファカルティ・デベロプメント(FD)としての公式なプログラムは設け
ていないが、同大学の教職員は常に実業界で実際に使われているツール、技術、手法を
研究しており、シリコンバレーの実業界の技術者向けの会合にも頻繁に出席している。
加えて、特別授業の講師として実業界から専門家を招くこともある。例えば、ソーシャ
ルネットワーキングサイトとして急成長しているサービスである LinkedIn からアジャイ
ル開発の指導者、Yahoo!からはシニアアーキテクトをそれぞれ非常勤講師として招いて
いる840。
5)
産学の役割分担
プラクティカムのスポンサー企業は、学生が取り組むべきソフトウェア工学あるいは
ビジネスソリューションに関係した課題を提供、
「クライアント」として学生チームとの
対応を行うことが求められる。なお、プラクティカム参加企業は、コスト負担は原則、
求められていない841。
6)
コーディネート機関の関与
産学連携のコーディネートを担当するのは CMU シリコンバレー校の渉外及び入学担
当(External Relations and Admissions)である。産業界との連携全体を統括する担当者の
他、プラクティカムについてはプログラム別の担当者、就職斡旋のためのジョブフェア
(合同会社説明会)担当者などがいる。
この他、過去 10 年間に同大学がシリコンバレーで築いた人脈を活用した産学連携が多
い842。同大学では、卒業生による顧問委員会のようなものがあり、シリコンバレーを中
心に活動、産学連携の人脈として機能している。
なお、プラクティカム制度では、企業と学生の間で守秘義務に関する契約が結ばれる
とともに、ライバル企業からきている学生が同業者のプロジェクトに取り組むというこ
52Fcgi%252Fviewcontent.cgi%253Farticle%253D1026%2526context%253Dsilicon_valley%26ei%3DeFXETun1DJHsmAW
6y_C5Cw%26usg%3DAFQjCNFjUIiXCX0RI-69lbv3_lMMhXObQg#search=%22practical%20pbl%20ray%20bareiss%22
“3.3 How Faculty Teach”
838
インタビューコメント
839
インタビューコメント
840
Dr.Ray Bareisse に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
841
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/practicum-faq.html
842
インタビューコメント
402
とがないよう、コーディネートにあたって大学が介入するようになっている843。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
修士論文の作成は必須とされていない。この背景として、同大学の修士課程プログラ
ムの狙いとそのカリキュラムは現場でリーダーシップを発揮できる学生の育成にあり、
論文については学術研究に重点をおきたいと考える一部の学生向けに特別に用意されて
いることが挙げられる(研究集中講座:Research Concentration)844。修士課程の論文への
企業の関与に関してはインタビューでは特に述べられなかった。
通常、ソフトウェア工学修士課程の学生は、コアコースのほか、上述のように技術系
かマネジメント系志望かにより、専門コース(トラックコース)を受講、その過程で開
発プロジェクトに取り組み、学生はエンドプロダクトの性能で評価される845。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
産学連携教育の代表であるプラクティカムはソフトウェア工学の修士課程(技術系向
け、フルタイム・パートタイム共)のカリキュラムの一部に組み込まれている846。プラ
クティカム実施にあたっては、参加を望む企業がプロポーザルを提出、同大学教授陣と
プラクティカムでの実現可能性を検討、プラクティカムのプロポーザルガイドラインを
参照しながら企業が最終的な内容を固める。企業には、プロジェクト開始後、プロポー
ザル説明会への参加、週に1-2回の学生との共同作業(ミーティング等)、プロジェク
ト終了時にフィードバックが求められている。
なお、以前は地元企業やパートナー企業にカリキュラム作成上でのアドバイスを同校
から求めることが多かったが、近年は逆に企業が問題解決や最新の技法を学ぶために、
同校に対して積極的にコンタクトをとるケースが増えている847。
9)
必要となる経費とその負担
同大学の産学連携の代表例であるプラクティカムでは、企業に対して経費負担を求め
ていない。大学が教育プログラムを運営する経費として、基本的にはすべて負担する格
好となっている848。これは費用負担できないような新興企業や非営利団体からのプロジ
ェクトでも非常に優れたプロジェクトを受け入れるという姿勢である。一方で、産学連
携に参加する企業に対して、自主的に CMU シリコンバレー校へ使途を特定しない形で
の金銭による寄付をお願いしており、参考値として、民間営利の大手企業プロジェクト
の場合、1人あたり1万ドル程度という目安を示している。
843
844
845
846
847
848
インタビューコメント
http://www.cmu.edu/silicon-valley/academics/silicon-valley/ft-ms/ft-se.html
インタビューコメント
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/index.html
インタビューコメント
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/practicum-faq.html
403
プラクティカム以外では、企業が人材育成の目的として、自社から受講する学生の授
業料を負担するというケースがある。ただし以前は社員の学費を全て払う企業も少なく
なかったが、経済危機の影響でそういった企業は珍しくなってしまっている849。現在で
も一般の州立大学での学費程度を払う企業はあるが、私立大学の CMU での学費を賄う
ためにはそれぞれの学生が自費で補う必要がある。
インターンシップや就職斡旋を目的に大学が主催するキャリアフェアに参加希望の企
業は1社1回の参加につき 300 ドル程度(早期割引で 250 ドル)が必要となる850。
10) 公的支援の利用状況
同大学は私立大学であるため、特定の研究開発への資金援助以外に政府からの援助は
受けていない。学生の中には学費を払うために政府の学生ローンを利用している者はい
る851。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
CMU は 1900 年に米ペンシルバニア州ピッツバーグで私立の工学部系の大学として創
設され、多くの優秀な科学者や技術者を輩出してきた。20 世紀中盤のコンピュータ時代
の到来にあわせ、コンピュータサイエンス学部を設立、以来、充実した教育プログラム
の提供で知られている852。チームプロジェクトやシミュレーション等の活用、迅速なフ
ィードバックと個別指導、産業界におけるインターンシップ推進などを組み込んだカリ
キュラムを提供している853。CMU シリコンバレー校は、2002 年、カリフォルニア州サン
フランシスコ近郊のシリコンバレー地域に設立された。設立された地域の特性・文化を
取り入れ発展してきた854。
同校が設立されたシリコンバレーは、スタンフォード大学を中心とした研究開発地域
として始まり、Intel に代表される半導体企業の拠点として発展、今日では、多くのソフ
トウェア関連企業・技術者が集まる地域として世界的に有名である。シリコンバレー地
域は、全米のハイテク業界就労人口トップ3に、ニューヨーク、コロンビア特別区とと
もに名を連ねている。シリコンバレー周辺のサンフランシスコ、オークランドといった
地域も含めれば、シリコンバレー地域一帯は、米国で最も多くのハイテク業界就労者が
849
850
851
852
インタビューコメント
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/career-fair-2012.html
Dr.Ray Bareisse に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
http://www.cmu.edu/about/history/index.shtml; http://www.cmu.edu/silicon-valley/about-us/index.html
853
http://repository.cmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1026&context=silicon_valley&sei-redir=1&referer=http%3A%2F%2Fw
ww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%2522practical%2520pbl%2522%2520%2522ray%2520bareiss%
2522%26source%3Dweb%26cd%3D3%26ved%3D0CDUQFjAC%26url%3Dhttp%253A%252F%252Frepository.cmu.edu%2
52Fcgi%252Fviewcontent.cgi%253Farticle%253D1026%2526context%253Dsilicon_valley%26ei%3DeFXETun1DJHsmAW
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854
2011 年 12 月 1 日 Dr. Ray Bareisse に対するインタビューに基づく。
404
活躍する地域となっている855。
設立当時、ピッツバーグの本校にあるソフトウェア工学研究所(Software Engineering
Institute:SEI)856で開発された能力成熟度(Capability-Maturity Models:CMM)モデル等
を必要とするような大規模なソフトウェア・システム開発を実施できる人材の育成に力
を入れており、対象となる産業は防衛・宇宙航空関係の大企業や政府系機関であった。
しかし、こうした業界出身の学生の減少傾向が強まる中で、地元シリコンバレー企業か
らの学生数増加に伴い、シリコンバレーの中小・ベンチャー企業系技術者に求められる、
比較的短期で迅速な開発手法の指導に力を入れるようになった857。地域企業ニーズに応
えるという意味で、産業界との連携が行われている。
2)
抱えていた課題
同プログラム開始時点で CMU が課題を抱えていた訳ではないが、大学の高い評判を
シリコンバレーでも保つことが主な目的のひとつであった858。シリコンバレー校設立に
よりピッツバーグ本校が既に関係を持っていた企業(Microsoft、Google 等)に加え、新
たに eBay、Paypal といったシリコンバレーを基盤とする企業や、Ericson といったシリ
コンバレー校が得意とする携帯機器を手掛ける企業との関係を構築することができた。
3)
きっかけ
21 世紀コンピュータ技術革命の流れに対応する上で、IT 産業の中心地であるシリコン
バレーが重要な地域であったことが設立の背景にある。
4)
組織的な取り組みとなった背景
CMU 本校は以前から企業との組織的連携の仕組みを持っていた。シリコンバレー校
でも同様のアプローチをしている。
シリコンバレーの関連企業は、自社の優秀な従業員が勤務中同校で講義を行うことに
対して、自社の知名度向上にも繋がるとして、むしろ寛容的である859。また、CMU シリ
コンバレー校の学生の多くが職務経験を持つものであり(平均して技術コースで 5 年、
マネージメントコースでは 10-20 年)、教員もそれぞれの学生と情報やアイディアを共有
し、共に学ぶよい機会だと考えている。
855
856
http://www.marketwatch.com/story/silicon-valley-and-ny-still-ride-high-in-cybercities-rankings
http://www.sei.cmu.edu/about/
857
http://repository.cmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1026&context=silicon_valley&sei-redir=1&referer=http%3A%2F%2Fw
ww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%2522practical%2520pbl%2522%2520%2522ray%2520bareiss%
2522%26source%3Dweb%26cd%3D3%26ved%3D0CDUQFjAC%26url%3Dhttp%253A%252F%252Frepository.cmu.edu%2
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858
インタビューコメント
859
インタビューコメント
405
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
伝統的な大学教育は講義とテストが中心である860。産学連携ではインターンシップが
多い。
CMU シリコンバレー校のユニークな点は、学生が実際に現場で体験することになる
ようなプロジェクトにチームとして取り組むことで実践業務に対応できるスキルを身に
つけることができるという点にある861。このため、教員の役割は講義ではなく、各チー
ムへのコーチとしての指導やフィードバックであり、学生の評価も各チームが開発する
プロダクトの性能の評価によって行なっている。教員の各チームの業績に対する評価は
企業のマネージャーが従業員に対して行う評価と共通しており、チーム全体と個人に対
する二段階の評価が与えられる。教員はチーム内でのそれぞれの学生の評価を差別化す
る場合にはきちんと理由を数値化して説明できるよう気を配る必要がある。学生の評価
は主に各学生の作業の内容によって行われ、伝統的な教育現場で行われるように作業の
量を基本とした評価は行われない。
同校の多くの学生が遠隔地に居住しており、パートタイム学生であることから、学生
達はチームとしてインターネットを通して連絡を取り合うことになり、自然と遠隔地の
同僚と協力するために必要なスキルを身につける機会にもなっている862。
同校でのプログラム自体が、ある程度の業界経験を積んだ技術者をターゲットとして
設計されており、軍事・航空宇宙開発に関わる技術者のほか、地元シリコンバレーの大
小様々な IT 企業の技術者と共同で作業できる点も特徴である。
同校のプログラムでは、立地条件を生かしたインターンシップの機会も提供されてい
る 863 。 特 に ピ ッ ツ バ ー グ 本 校 と シ リ コ ン バ レ ー 校 の 両 方 で 開 講 さ れ る プ ロ グ ラ ム
(Bicoastal Degree Programs)である情報技術修士号(Master of Science in Information
Technology:MSIT)に関しては、いずれもシリコンバレー地域での夏のインターンシッ
プが必修となっている864。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
CMU シリコンバレー校で最も長期にわたり成功を収めている産学連携の事例は携帯
機器研究所(Mobility Research Center)であるが、ここでの功績はどちらかといえば従来
の学術的な功績といえる。同校における産学連携の最大の成果は、個々の学生が各自の
就労先で収めている成功に集約されている865。
860
861
862
863
864
865
インタビューコメント
インタビューコメント
インタビューコメント
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/practicums/projects/index.html
http://www.cmu.edu/silicon-valley/industry-connect/recruitment.html
Dr.Ray Bareisse に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
406
カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリア地域には 5,000 人以上の CMU 卒業
生がおり、シリコンバレー校もその内の 590 人以上の卒業生を輩出した866。2009 年時点、
シリコンバレー校からソフトウェア工学修士号を取得した学生は 236 人おり、その内の
171 人が技術コース、65 人がマネージメントコースを修了した867。更に、ソフトウェア
マネージメントの修士課程を修了した卒業生も 104 人いる。CMU の卒業生の内、92%
が同大学での教育が、それぞれの分野での卒業生の競争力の向上に繋がったと述べてい
ることから868、同校卒業生が卒業後も優秀な技術者として重宝されていることがうかが
える。
また、卒業生へのアンケートによると、CMU シリコンバレー校での学位取得により、
高収入・昇進の加速化・新たな就労機会の開拓に繋がったという結果が出ている869。同
大学で開催されるキャリアフェアには、1 学年約 100 人の卒業生しかいないにも関わら
ず、60 社もの企業が集まるほどで、これは同大学の学生の評判の高さを示す。
インターンシップ先での雇用実績は多い。例えば、Apple の iPhone アプリケーション
開発チームでインターンシップを経験した学生は、夏のインターンシップ期間が終了し
た後に同社からフルタイム社員として採用されている870。
2)
関係者のメリット
大学は、産学連携を行うことにより、すでに構築した企業との関係を活用して企業の
支援(共同研究費や寄付金など)を受けやすくなる。また学生の就職斡旋活動で、キャ
リアフェア等の就職・インターンシップ募集イベントに関連企業の参加を求めやすい。
学生は、企業の視点に立ったプロジェクトに関わることで、実践的なスキルを身につけ
ることができる。また、シリコンバレーの立地条件を利用して、企業に対して自らの技
術をプレゼンする機会を得ることができ、同エリアの就職チャンスに恵まれる可能性が
高まる。
企業は、プラクティカムを企業の問題解決手段として利用している。優秀な人材の採
用にあたり、インターンシップやプラクティカムで学生の能力や企業との相性を事前に
見極めることができる。また、博士課程の学生との共同研究により先端的研究機関とし
て同大学のリソースを利用している。その他、社員教育の教育機関(修士・博士号のほ
か、認定コースも有)として同大学を利用するとともに、CMU 関係者の他、付近の大
学(スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校など)や企業関係者が公演
866
http://www.cmu.edu/silicon-valley/about-us/index.html
867
http://repository.cmu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1026&context=silicon_valley&sei-redir=1&referer=http%3A%2F%2Fw
ww.google.co.jp%2Furl%3Fsa%3Dt%26rct%3Dj%26q%3D%2522practical%2520pbl%2522%2520%2522ray%2520bareiss%
2522%26source%3Dweb%26cd%3D3%26ved%3D0CDUQFjAC%26url%3Dhttp%253A%252F%252Frepository.cmu.edu%2
52Fcgi%252Fviewcontent.cgi%253Farticle%253D1026%2526context%253Dsilicon_valley%26ei%3DeFXETun1DJHsmAW
6y_C5Cw%26usg%3DAFQjCNFjUIiXCX0RI-69lbv3_lMMhXObQg#search=%22practical%20pbl%20ray%20bareiss%22
868
http://www.cmu.edu/silicon-valley/about-us/index.html
869
インタビューコメント
870
http://www.cmu.edu/silicon-valley/news-events/news/2009/apple-offer.html
407
する公開講座や関連イベントの参加により人脈構築の機会に恵まれる。
企業社員が教員として CMU シリコンバレー校で教壇に立つことにより、会社の知名
度アップということに加え、開発経験のある優秀な人材を学生として持つ大学で教える
ことにより、学生との間で当該社員のスキルアップを期待することができる。
地元シリコンバレー地域関係者からの反応はほとんどがポジティブなもので、
(特に携
帯機器の分野での)研究開発分野では企業からの寄付金を基にしたプロジェクトも多い
871
。また、企業が大学に持ちかけた課題に対し、1 学期の 14 週間を使って学生のチーム
が取り組むプラクティカムプログラムを通して、学生が実社会での課題に触れ、解決策
を練るという関係が構築されている。
3)
事例についての評価の方法
CMU シリコンバレー校でのプログラム評価には、卒業生に対するアンケートに加え、
卒業生顧問委員会からもたらされるフィードバックによるところが大きい。また、各学
期の最後には、大学統一のものと本校独自の各授業に合わせて作成された 2 つのアンケ
ートを各学生に対して実施し、プログラムの評価を行っている872。なお、前述の通り、
プラクティカム参加企業は、各プロジェクトの終了時に、学生への評価という形で、プ
ロジェクトの評価を行っている。
教員の教育への貢献についての評価は、上記の学生からの各授業への評価に加え、毎
年、工学部全体でも教授陣の評価を行っており、各教員は大学統一の報告書を提出し、
その年の各自の教育、スポンサー付きの研究、出版物、専門家としての社会貢献活動な
どに関して報告するよう義務付けられている873。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
財政面では、2009 年に寄付金の 30%減を経験しており、経済危機の影響を顕著に受け
ている874。学費の増加やそれに伴う奨学金制度の必要性などの課題が現在もあり、資金
調達部門がキャンペーンなどを展開して対応しているとみられる。
この他、経済危機の影響で多くのパートタイムの学生が勤務先の企業での長時間勤務
を余儀なくされており、学業に割ける時間が減っている。以前はそれぞれの学生が週に
20 時間ほど学業に割くことを前提としてカリキュラムが組まれていたが、最近では 15
時間に減らす必要が出てきている875。また、社員の学費を提供する企業が減っており、
雇用主から援助を得られたとしても、その額は以前より少なく、平均の州立大学での学
871
872
873
874
875
インタビューコメント
Dr.Ray Bareisse に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
Dr.Ray Bareisse に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
http://www.fultoncountynews.com/news/2009-01-29/local_state/011.html
インタビューコメント
408
費を賄える額しか提供されないことが殆どで、学生が CMU シリコンバレー校プログラ
ムの学費不足分を自費負担する必要が増えている。
こうした状況の中でも、現時点では学生数への影響等は見られない876。これは、卒業
生の高収入、昇進スピードの速さ、就労機会の可能性が高いこと等で学生の満足度が高
いこと、さらに卒業生がその満足度を口コミで広めていることによると考えられる。
2)
継続的に実施できていることの要因
企業からの資金調達活動に積極的に取り組み、財政基盤の安定化を図っている。CMU
として 2009-2010 年の間に合計 7,300 万ドル以上の寄付を受けている877。企業との繋がり
が強く、Google、GM、IBM などの大企業からのそれぞれ 10~100 万ドル単位での寄付
が毎年ある878。一般の寄付もオンラインで募っており、目的別に様々な形で寄付を行う
ことができる879。特に、Inspire Innovation と名づけられた大学全体への寄付キャンペーン
は、2013 年 7 月までに 10 億ドルの予算を確保することを目標としている880。
プログラムに対する評価を高く維持することにより、優秀な学生が集まり、企業のサ
ポートを受けやすくしている。
3)
継続的に実施するための工夫
大学院での 1 年の学費は 3 万 5,000~4 万ドルほどである881が、米国において優秀な学
生を輩出する私立の有名大学によく見られるように、大学として優秀な学生を中心とし
て、奨学金の機会を多く提供しており882、優秀な学生を集めているという評判を維持し
ている。
また、地元産業のニーズを柔軟に取り入れ、教育方針に反映させている883。実際の現
場で必要となるスキルを身につけるため、短期と長期の両方の開発メソッドを教えたり、
授業の内容も現場でのニーズを反映させたものとなっている。例えばシリコンバレー校
で受講できる修士課程では経営学も学ぶことができる。これはシリコンバレー地域では、
これまでの一般的な経営学修士(Master of Business Administration: MBA)の取得のみで
はソフトウェア開発業界で経営を担うにはスキル不足であると問題視されていることが
背景にあり、修士課程のプログラムの中で情報技術等の専門知識と経営学の両方を学べ
るように配慮されている。
企業は、大学に対して人材を教員として提供したり、自社の課題解決に向けたプロジ
ェクトへの学生参加に対して好意的である。企業にとってもメリットのある機会として
876
877
878
879
880
881
882
883
インタビューコメント
http://www.cmu.edu/ira/factbook/pdf/facts2011/10_finance-final-as-of-2_24_11.pdf
http://www.cmu.edu/corporate/giving/gifts.shtml
https://www.cmu.edu/campaign/about/index.html
http://www.cmu.edu/campaign/index.html
http://www.cmu.edu/ira/factbook/pdf/facts2011/10_finance-final-as-of-2_24_11.pdf
http://my.cmu.edu/portal/site/admission/grants/
インタビューコメント
409
みており、CMU シリコンバレー校との連携のメリットを強く認識している884。
また、企業に就職した卒業生が作る諮問委員会は、同大学と産業界の両方のメリット
を考えて、同大学のプログラムのレベルを維持するために必要な提言、在学中の学生へ
のフィードバックなどを行っている。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
CMU シリコンバレー校では、ソフトウェアアーキテクチャの授業など、ある分野に
特化した部門の教員には企業人が採用されるが、こうした教員には産業界での経験に加
え、学術的にも非常に高いレベルの経歴が要求される885。例えば、アーキテクチャの授
業には Yahoo!のシニアアーキテクトが教員として招かれているが、この教員はコンピュ
ータサイエンスの博士号も持っている。こうした企業出身の教員はほとんどがシリコン
バレーで採用されており、CMU 本校のピッツバーグで採用された教員は数人しかいな
い。また、CMU シリコンバレー校の教員の経歴を見ると、殆どの教員が企業経験を持
っていることが分かる。
企業からの教員採用にあたっては、10 年前の設立以来、シリコンバレー地域で得られ
た人脈を活用しているケースが多い886。例えば、Bareisse 博士は自身の人脈を伝って、有
力デザイン企業の幹部を教員として採用したこともある。
一般に企業から採用された教員の処遇は、出身企業のものより低くなることも少なく
ない887。しかし、CMU の教員として招かれることは企業人にとっても大いなる名誉であ
り、給与が減っても依頼を受ける教員が多い。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本企業・大学等との連携に対する大学の方針等は示されていない。ただし、現在同
大学で行っている連携企業には、海外企業も含まれている。
また、フルタイムの学生(1年で修士課程を修了)はほとんどが留学生である(中国・
インドからの学生が最多だが、その他アフリカ・ヨーロッパ・南アメリカといった地域
の国々からの学生も受け入れている)。以前は日本人の学生も在学していたが、現在は皆
無である。また、在学している学生の総数は 200 名で、その内3分の2がパートタイム
の学生だが、中国人学生の増加に伴い、フルタイム学生の割合が増加している。
884
885
886
887
インタビューコメント
インタビューコメント
インタビューコメント
インタビューコメント
410
(2) カーネギーメロン大学
ヘインズカレッジ
CIO 大学プログラム(ペンシルバニア
州)
表 3-44
ヒアリング概要
Carnegie Mellon University(Heinz College)
訪問日時
2011 年 12 月 5 日(月)14 時〜15 時
担当者
Mr. Ari Lightman Distinguished Service Professor, Director, CIO Institute, Heinz
College)
Ms. Diana Basto (International Executive Education Programs)
所在地
Hamburg Hall, Canegie Mellon University, Heinz College: 5000 Forbes Ave, Hamburg
Hall, Pittsburgh, PA 15213-3890
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
CIO 大学プログラムは、カーネギーメロン大学(Carnegie Mellon University:CMU)の
ヘインズカレッジ(H. John Heinz III College)で提供されている。
ヘインズカレッジは、公共政策と情報システム管理に関するユニークな修士課程のプ
ログラムを提供している。情報システム管理の分野では、以下のように 3 種類の修士課
程と、エクゼクティブクラスを対象とした CIO 大学の各プログラムが用意されている。
•
情報セキュリティポリシー管理修士(Master of Science in Information Security
Policy and Management )
•
情報システム管理修士(Master of Science in Information Systems Management)
•
情報技術修士(Master of Science in Information Technology)
•
CIO 大学(CIO Institute)
その他、博士課程や認定資格向けクラスなども提供している。
CIO 大学プログラムは、CMU の他、シラキュース大学(Syracuse、ニューヨーク州)、
ジョージ・メイスン大学(George Mason、バージニア州)、ジョージ・ワシントン大学
(George Washington、コロンビア特別区)、ラ・サール大学(La Salle、ペンシルバニア
州)、メリーランド大学(University of Maryland-University College、メリーランド州)の
計 6 大学で提供されている。このプログラムは連邦政府のニーズに即した IT システム管
理を行える人材の育成を目的とするものであり、連邦政府は CIO 大学プログラムや国防
総合大学(National Defense University’s IRM College: iCollege、コロンビア特別区)におけ
る教育を対象に、「2008 Clinger-Cohen Core Competencies and Learning Objectives」として
人材に求められるコア・コンピタンス及び学習目標を作成している888。また、CIO 大学
888
http://www.cio.gov/documents_details.cfm/uid/1F437681-2170-9AD7-F20824C0DB3AF26A/structure/
IT%20Workforce/category/IT%20Workforce
411
卒業の際には、これらのパートナー大学の卒業生を集めた卒業式をコロンビア特別区で
実施している。ただし、政府機関からの資金支援や教授の派遣等は行われていない。
各パートナー大学は連邦政府作成のコア・コンピタンスに即した形で、カリキュラム
を作成するとともに、大学のリソースを有効活用して、それぞれに特色のある CIO 大学
プログラムを提供している。CMU のヘインズカレッジは、情報技術修士(Information
Technology:MSIT)と CIO 大学とを組み合わせた形でプログラムを提供している。また、
同カレッジは公共政策プログラムも併せ持つカレッジであり、公共分野のニーズを情報
システムに反映させるノウハウを持ったプログラム提供が可能な体制となっている。
CIO 大学プログラムを提供しているヘインズカレッジでは、産学連携プログラムを持
っており、インターンシップ、キャップストーン・プロジェクト(Capstone Project、上
述の CMU シリコンバレーキャンパスのプラクティカムと類似のプロジェクト)、就職斡
旋、共同研究のための研究センター、企業からの寄付、企業の社員教育(特にエグゼク
ティブレベル)等を実施している889。
2)
対象とする教育
修士課程を対象としている。CIO 大学プログラムでは、企業や政府機関の CIO をはじ
めとする IT 専門家として必要な知識とスキルを向上する機会を提供している890。カリキ
ュラムに含まれる項目は次ページ表の通りである。
889
890
http://www.heinz.cmu.edu/partnerships/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/request-a-brochure/index.aspx
412
表 3-45
コース名
CIO 大学プログラムにおける授業内容
連邦政府のコア・コンピタンス及び学習目標との整合性
リーダーシップ(Leadership)
• リーダーシップ管理(Leadership/Management)
• ポリシーと組織(Policy and Organization)
プロセスとパフォーマンス
管理(Process & Performance
Management)
• プロセス/チェンジマネージメント(Process/Change
Management
• ポリシーと組織(Policy and Organization)
• リーダーシップ管理(Leadership/Management)
• IT パフォーマンス評価:モバイルとメソッド(IT Performance
Assessment: Models and Methods)
電子商取引と電子政府
(E-commerce &
E-government)
• 電子政府(E-Government)
エンタープライズアーキテ
クチャ(Enterprise
Architecture:EA)
• EA
• 情報リソース戦略・計画(Information Resources Strategy and
Planning)
• IT パフォーマンス評価:モバイルとメソッド(IT Performance
Assessment: Models and Methods)
• 技術管理と評価(Technology Management and Assessment)
戦略と計画(Strategy &
Planning)
• 情報リソース戦略・計画(Information Resources Strategy and
Planning)
• IT パフォーマンス評価:モバイルとメソッド(IT Performance
Assessment: Models and Methods)
• 設備計画と投資管理(Capital Planning and Investment
Control :CPIC)
IT 調達とプログラム管理(IT
Acquisition & Program
Management)
• 調達(Acquisition)
• IT プロジェクトとプログラム管理(IT Project/Program
Management)
IT 管理(IT Management)
• ポリシーと組織(Policy and Organization)
• IT プロジェクトとプログラム管理(IT Project/Program
Management)
• 技術管理と評価(Technology Management and Assessment)
情報アシュアランス
(Information Assurance)
• 情報セキュリティ・情報アシュアランス(Information
Security/Information Assurance:IA)
出典:ヘインズカレッジウェブサイト891
CIO 大学プログラムの認定取得にはそれぞれ 3 日間のセミナーとして提供されている
8 つの授業を修了することが必要となる(計 24 日間)892。また、5 つ以上の CIO 大学プ
891
892
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/curriculum/
course-information/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/request-a-brochure/
index.aspx;
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/curriculum/course-information/
index.aspx
413
ログラムの授業を修了した学生は、同時に情報技術科学修士課程をパートタイム学生と
して遠隔で受講し、学位取得を目指すオプションを得ることができる893。
3)
教育の狙い・目的
政府 IT システム運営・管理において、リーダーシップなどの特定ニーズに応えられる
人材育成・教育を目的としている。対象としては、連邦政府、州政府、地方政府の IT
関連プロジェクトマネージャー、政府系 IT 調達に取り組む民間 IT ベンダーのマネージ
ャーなど894。なお、2000 年の設立当初、受講生の全てを占めた政府職員は、現在 CIO 大
学プログラムの受講生全体の約 60%で、残り 40%は政府契約企業を含めたその他の組織
や個人の受講生となっている895。
CIO 大学プログラムを単独で受講するだけでは認定資格のみしか得られないが、ヘイ
ンズカレッジでは他の大学院プログラムと組み合わせることで、修士号(Master of
Science in Information Technology:MSIT)取得を可能にしている。
4)
実施体制
CIO 大学プログラムの最高責任者は Ari Lightman 氏で、Barbara Pacella 氏がプログラ
ムコーディネーターを務めている896。また、ヘインズカレッジでは、産業界との全般的
な連携窓口として戦略的イニチアチブ(Strategic Initiatives)という担当を設けている。
教員は、学術分野での実績を積んだ教授陣に加え、産業界からの客員教授も招いてい
る。3 分の 1 がフルタイム教員、3 分の 2 が非常勤の産業界からの客員教授である897。専
任制度はない。1 クラスで基本的に教員は 1 人だが、一部例外もある。
CIO 大学プログラムでは、通常の大学院生に対する講義中心の授業とは異なった、IT
関係の政府関係者やシニアスタッフのニーズを理解し、グループワークや意見交換中心
の授業ができる教員による授業を行っているが、特にそのために特別なファカルティー
デベロプメントのためのトレーニングをしているということはない898。実際に教室に出
て授業の経験を重ねることで理解を深めるようにしている。
5)
産学の役割分担
CIO 大学プログラムでは、CIO 大学パートナーに共通なコア・コンピタンスを作成、
提供している。また、政府・企業は、職員・スタッフを学生として同大学に送り込んで
いる。大学は、コンピタンスにあったカリキュラムを作成し、カリキュラムに沿って学
893
894
895
896
897
898
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/request-a-brochure/
index.aspx; http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/index.aspx;
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/curriculum/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/index.aspx
インタビューでのコメント
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/index.aspx
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
414
生を育成、認定資格・学位を授与している899。
6)
コーディネート機関の関与
CIO 大学プログラムは、特にコーディネート努力をしなくても学生が集まる状態であ
り、マーケティング活動にはさほど力を入れていない。卒業生の口コミによる広告効果
で、新入生は自然と集まってくる状況にある900。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
修士論文は必須ではない901。情報セキュリティポリシー管理修士(Information Security
Policy and Management :MSISPM)でも、キャップストーン・プロジェクトか修士論文の
選択式であるが、修士論文を選んだ場合にも、専任教員の指導によるため、産業界の関
与はない。
博士論文については必須であるが、学術的アプローチが中心であるためか、大学の専
任教員との共同作業という要素が強く、産業界からの関与は一般的ではない902。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
CIO 大学プログラムでは、情報技術修士課程に編入することを選択できるが、年間
20-30 名の受講者の内このオプションを選択する学生は 3-5 名程度である903。情報技術修
士では、CIO 大学プログラムに代表される通り、すでに就業中の学生が多いこともあっ
てか、パートタイムや遠隔での学位取得を認めており、インターンシップやキャプスト
ーン・プロジェクトを必修としてない。
一方、ヘインズカレッジの情報セキュリティポリシー管理修士(Information Security
Policy and Management:MSISPM)では、キャップストーン・プロジェクトか、修士論文
のいずれかを選択しなければならないことになっている904。また、連邦政府のサイバー
セ キ ュ リ テ ィ 関 係 専 門 家 を 育 成 す る た め の ス カ ラ シ ッ プ 「 Federal Cyber Security:
Scholarship for Service=SFS」を受けている学生は、夏季に連邦政府もしくは連邦政府資
金によって設立された研究開発センターの Federally Funded Research and Development
Center(FFRDC)において、インターンシップを行うことが必修とされている905。
また、情報システム管理修士(Information Systems Management:MISM)については、
899
900
901
902
903
904
905
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/doctoral-program/phd-ism/index.aspx
インタビューでのコメント
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/
information-security-policy-management-msispm/curriculum/student-projectsthesis/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/
information-security-policy-management-msispm/curriculum/course-requirements/index.aspx
415
キャップストーン・プロジェクトは必修となっている906。インターンシップについては、
既に 3 年以上の職務経験のある学生向けプログラムでは必修ではないが、経験が少ない
修士課程の学生向けの 16 ヶ月コース(16-Month Track)や 21 ヶ月グローバルコース
(Global MISM 21-Month Track)では、夏のインターンシップが必修となっている。特に
21 ヶ月のグローバルコースでは、学生が海外におけるビジネスセンスを習得することを
目指し、同校のオーストラリアにあるアデレード校と連携し、オーストラリアもしくは
その他の国における夏季インターンシップを推奨している。また、オーストラリアでの
インターンシップを希望する学生には、アデレードにあるオーストラリアキャンパスが
学生本人の希望にあった企業に対するインターンシップのコーディネート支援等を行っ
ている907。
9)
必要となる経費とその負担
ヘインズ・カレッジの産学パートナーシップのウェブサイトでは、産学連携に限らず、
企業からの寄付金を募集している。
CMU 全体での 2010 年度事業収益を見ると、3 分の 1 以上を学費でカバーしているが、
企業・団体、卒業生を含む個人からの資金提供(スポンサーシップ)も 3 分の 1 を占め
ることがわかる908。
資産売却益,
5.8%
その他, 10.8%
授業料・諸手
数料, 35.8%
補助金, 5.1%
寄付, 2.6%
投資収入, 3.3%
総事業収益
事業収益
$903,155,000
スポンサー付
プロジェクト,
36.6%
図 3-22
CMU 事業収益の内訳(2010 年度)
出典:CMU FY2010 Financial Report909
906
907
908
909
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/
information-systems-management-mism/one-year-track/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/information-systems-management-mism/
21-month-track/index.aspx
http://www.cmu.edu/ira/factbook/pdf/facts2011/10_finance-final-as-of-2_24_11.pdf
http://www.cmu.edu/ira/factbook/pdf/facts2011/10_finance-final-as-of-2_24_11.pdf
416
パートナーからの金銭的支援は寄付が中心ではあるが、CIO 大学プログラムについて
は、学生が政府(州・地方政府含む)職員や企業社員であることが多く、そうした場合、
雇用主が学費を負担するケースも多い910。また、政府・国防関係の職員が派遣されてく
る場合には、政府の予算の状況に影響され、予算が余った時等に職員教育のために CIO
大学プログラムへの学費として予算から割り当てられることもある。
10) 公的支援の利用状況
CMU は研究開発については、プロジェクトベースで補助金を受けているものの、私
立大学であるため、政府から大学運営等に関わる助成金などは基本的にはない。ただし、
学生が政府職員の場合、その学費が政府資金によって賄われていることが多い911。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
CIO 大学プログラムは 2000 年に開始された912。
2)
抱えていた課題
1996 年、情報技術管理改革法( Information Technology Management Reform Act of 1996、
通称クリンガー・コーエン法:Clinger-Cohen Act)の制定と共に、政府内の IT 管理職に
就く人材に必要とされるコンピタンスの統一化が求められていた913。
3)
きっかけ
米連邦政府一般調達局(General Services Administration::GSA)とホワイトハウス傘下
の最高情報責任者協議会(Chief Information Officer Council:CIO 協議会)は、連邦政府
IT システムの管理・運営に必要とされる特定の IT スキル・知識を身につけた人材(特
に CIO レベル)を育成することを狙って CIO 大学設立を決定した914。
4)
組織的な取り組みとなった背景
CIO 大学プログラムの創設にあたり、政府が独自のプログラムを新たに作成するので
はなく、政府のニーズにあったレベルの授業内容を提供できる施設・教授陣等のリソー
スを持つ既存の大学と、政府がパートナーシップを組む形式を採用した915。GSA と CIO
910
911
912
913
914
915
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント。なお、ヘインズ・カレッジは 1986 年設立。同カレッジの情報システム管理プログ
ラムについては、設立年は不明。
インタビューでのコメント。
http://www.cio.gov/admin-pages.cfm/page/CIO-University
http://www.cio.gov/admin-pages.cfm/page/CIO-University
417
協議会の呼びかけにより、ヘインズ・カレッジは CIO 大学プログラムを創設した916。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
ヘインズ・カレッジの産学連携 IT 教育としては、企業からの課題に、学生がカリキュ
ラムの一貫でプロジェクトとして取り組むもの、および大学が政府・企業職員のトレー
ニングに関わるものが主である917。
企業からの課題に取り組む産学連携教育には上述のキャップストーン・プロジェクト
がある。その他、通常の授業の中でも、キャップストーン・プロジェクトと同様のアプ
ローチを採用している授業もある。例えば、ソーシャルメディアを利用する企業が増え
る中、そうした企業ニーズに応えるための知識とスキルを習得するためのコースとして
ソーシャルメディアのパフォーマンス測定「Measuring Social」という授業が情報システ
ム管理修士で提供されている918。この授業では、通常の講義に加え、チームプレゼンテ
ーション、パネルディスカッション、企業等からの客員講師による講演が含まれている。
チームプレゼンテーションに当たっては、Microsoft、RIM、Zing、Adidas、eBay、Warner’s
Bros、Sony など様々な企業に参加してもらい、各社のソーシャルメディア利用に関する
ニーズの解決に学生チームが取り組む形式をとる。現状では、企業の費用負担はないが、
今後の産業界のかかわり方については検討中である。なお、類似のアプローチで企業が
参加している授業で、人間とコンピュータの相互作用やエンターテイメント技術に関す
るものでは、各企業が 7,500~8,000 ドルの経費負担をしている。
ヘインズ・カレッジは、CIO 大学プログラムの提供を通じて、企業・政府の人材育成
機関としての役割も担っている。特に CIO 大学プログラムに参加する多くの大学がそれ
ぞれ既存の大学施設を使って、修士課程に CIO 認定書を付与した程度のプログラムを開
始したのに対し、CMU のヘインズ・カレッジでは、CIO 認定に特化した施設を連邦政府
機関の集まるコロンビア特別区近郊のバージニア州アーリントンに設立しているなど、
政府向けの人材育成を重視した取り組みを実施している919。なお、米国では CIO 育成プ
ログラムは大学間の競争が非常に激しく、各大学が工夫を凝らして学生を集めている。
CMU の CIO 大学プログラムも様々な機関・企業からの特別授業の要望等に答えるべく、
プログラムに柔軟性をもたせるよう尽力している。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
卒業生の口コミにより、特にマーケティングに力を入れていなくても新入生は途絶え
ることはない。加えて、米政府関係に限らず、インターネットを介して国内外からメデ
916
917
918
919
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
http://www.heinz.cmu.edu/academic-resources/course-results/course-details/index.aspx?cid=410
インタビューでのコメント
418
ィア・保健分野を含めた米政府関係以外の様々な分野からも新入生が増えている920。
情報システム管理修士課程の学生については、不況下においても非常に高い就職率を
誇っている921。2011 年 5 月の卒業生 46 名の内、43 名は既に就職先が決まっている。一
方、CIO 大学プログラムの学生のほとんどは既に仕事に就いている人材である。
表 3-46
CMU ヘインズ・カレッジ情報システム管理修士課程卒業生の就職率及び平均給与
卒業時期
就職率
平均給与(年間)
2011 年 5 月
93%
$90,172
2010 年 12 月
78%
$81,279
2010 年 5 月
78%
$89,466
2009 年 12 月
86%
$77,542
出典:ヘインズ・カレッジ発表値を基に作成922
情報システム管理修士を 2011 年 5 月に卒業した卒業生の就職先の企業には、
Abercrombie & Fitch、Adobe、Alsace & Express、Applied Predictive Technologies、Bank of
America、Blacklocus、ComScore、Ernst & Young、IBM、JP Morgan Chase、KPMG、Microsoft、
Morgan Stanley、Oracle、PriceWaterhouseCoopers、Propel IT、Qualcomm、Salesforce.com、
Samsung Telecommunications America, LLP、Sandia National Laboratories、SDLC, LLP、
Sentrana Inc、TIBCO が含まれる923。
CIO 大学プログラムの学生は米国人がほとんどだが、ヘインズ・カレッジ全体で見る
と留学生の数が圧倒的に多く、こうした留学生は卒業後帰国するか米国に残るかの選択
を迫られる924。米国に残る場合にはビザの取得が課題となり、留学生に対するビザ取得
のサポートを行うかどうかは企業によって大きな違いがある。公共政策などの課程を修
了した学生は、雇用主のサポート獲得が困難である傾向にあるが、基本的に IT 関係の学
生は留学生でも重宝される。
2)
関係者のメリット
大学としては、人材採用・研究での政府機関・企業との協力拡大や、それによる CMU
の知名度向上、学生数の増加、最終的には利益の拡大が大学のメリットとして挙げられ
る925。
学生としては、CIO 大学プログラム以外のクラスでの産学連携に関しては、学生に実
業界での生のプロジェクトに取り組ませることで、実社会での問題解決能力の育成を図
920
921
922
923
924
925
インタビューでのコメント
http://www.heinz.cmu.edu/jobs-and-internships/salary-statistics/information-systems-management-mism/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/jobs-and-internships/salary-statistics/information-systems-management-mism/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/jobs-and-internships/salary-statistics/information-systems-management-mism/
2011-may-mism-graduates/index.aspx
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
419
ることができる。また、CIO 大学プログラムの受講生にとっては、学費は決して安くは
ないが、同大学で修士号をとるための費用に比べれば、このプログラムを通して CIO 認
定書を取得する方が低価格で、しかも時間も短縮できることから、同大学の認定プログ
ラムを選択する学生も多い926。また、卒業生の口コミで同プログラムを知ったケースも
多く、著名な CMU からの認定を受けることに加え、IT 関係の米国政府高官との人脈を
広げることができるという点を同大学のメリットとして考えている学生も多い 。
3)
事例についての評価の方法
現時点では正式な評価はなされておらず、卒業生に連絡をとり、準備を進めている最
中であるが、大々的なマーケティングなしでも卒業生の口コミを通して新入生が集まっ
ていることは卒業生の高い満足度の証といえ、職員を送り続ける米国政府も CIO 大学プ
ログラムの価値を認めているといえる。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
現在の課題は、ある程度の成績を修めてきたこのプログラムを国内外の別のロケーシ
ョンに、どう拡張していくかである927。各地のニーズにあったプログラムを提供するた
めにカリキュラムを調整する必要がある他、授業料の相場、通訳の必要性なども考慮し
て損益分岐点分析を行い、利益をあげられるプログラムを構築する必要があると考えて
いる。国内での拡張に関しては、現在のバージニア州アーリントンに加え、コロンビア
特別区内でも同じ授業を提供する計画がある。これは年に 2 度同じ授業を提供すること
になり928、実現すればプログラムが現在の 2 倍の規模になる。その他にも、セキュリテ
ィ担当役員(Chief Security Officer: CSO)を育成するプログラムや、各機関・企業の従業
員専用のプログラムの設立が検討されている。
国内に比べ、国外からの需要に対応するためには課題が多い。例えば、中国・北京の
精華大学から CIO 育成プログラムを立ち上げたいという要望が出ているが、CMU から
教授を派遣するには労力も費用もかかる929。現在、CMU のオーストラリア等にある海外
キャンパスや提携大学から教授を派遣する案も検討されている。コロンビアを始めとす
るラテンアメリカや日本の企業・機関からも高い関心が寄せられている。
2)
継続的に実施できていることの要因
CIO 大学プログラムについては、上述のように受講生が集まるロケーションでプログ
926
927
928
929
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
現在は年間 24 日間(3日間×8授業)の授業が行われているが、拡張が実現すれば、年間 48 日間の授業日程と
なる。
インタビューでのコメント
420
ラムを提供するなどの工夫を行っている。
ヘインズ・カレッジの産学連携教育は、インターンシップやキャップストーン・プロ
ジェクトを通じて行われるものが代表であるが、他に先に紹介した個別の授業において、
政府・企業のニーズを踏まえて、キャップストーン・プロジェクトのようなアプローチ
を柔軟に採用することにより、時代の変化などに対応している。
企業は、CMU の様々な科目での専門性を重要なリソースとして見ており、大学との
情報共有において、企業が抵抗を示さない930ことが、産学連携を継続的に実施できる背
景にあると考えられる。
なお、参考として CMU の研究開発における産学連携については、非常にわかりやす
く統一された技術提携に関するルールをもっており、ルールが複雑で案件毎に契約内容
が変わる他大学に比べて企業の技術提携を獲得しやすい931。例えば、CMU の施設・研究
者を企業が利用して技術開発が行われた場合に、CMU に一定額の謝礼が支払われ、企
業はその技術を自由に使うことができる。また、その技術を売却したり、商標として利
益を得る場合には、一定の割合で CMU にも持分が支払われる。
3)
継続的に実施するための工夫
大学は政府機関・企業との関係構築にあたり、企業、ベンチャーキャピタル、経営コ
ンサルティングの経験が豊富なライトマン教授のような大学スタッフが、各企業のニー
ズに合わせて大学のリソースを紹介するよう心がけている932。
また、CMU の卒業生や元教員といった人脈を辿って企業との関係を構築する場合も
あり、こうした人脈の行方を大学が引き続きモニタリングできるようにすることが非常
に重要と考えている933。ヘインズ・カレッジでは、卒業生とのネットワーク継続に努め
ている934。卒業生がクラス受講を希望する場合は、授業料が半額となったり、職業斡旋
のための同カレッジのサポートシステムを利用することもできる935。卒業生のネットワ
ーク活動も盛んで、それを統括する卒業生組合理事会(Alumni Association Board:AAB)
を設置しており、理事会メンバーは 4 年に一度の選挙で選出されている。理事会メンバ
ーのリーダーシップの下、ヘインズ・カレッジ在学生のインターンシップの機会を増や
すべく、卒業生の就職先でプロモーション活動を行うなどの取り組みをしている。また、
卒業生が在学生のメンターとなり、学生が希望する職種への就職にあたっての相談など
ができるような仕組み作りにも組織的に取り組んでいる936。
CIO 大学プログラムの授業料は 1 科目 2,950 ドルで、政府機関・非営利組織の職員に
930
931
932
933
934
935
936
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
http://www.heinz.cmu.edu/alumni/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/alumni/advance-your-career/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/alumni/be-a-mentor/index.aspx
421
は 2,500 ドルの割引価格で提供されている937。団体割引もあり、授業時に提供される朝
食・昼食・軽食の費用も授業料に含まれている。また、CIO 大学プログラムから CMU
の情報技術科学修士課程に進学する場合には、普通は 50,000 ドル以上かかる学位取得費
用の内、単位取得免除と奨学金によって約 18,000 ドルの授業料削減が可能であるとされ
ている。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
ヘインズ・カレッジ全体では産業界経験のある講師と学界での経験が主な講師とがバ
ランスよく配置されている938。連携先企業からみると技術者・研究者が頻繁に入れ替わ
ることになるが、それはそれで常に新しい人材・アイディアを取り入れることになり、
イノベーションのきっかけになっている939。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本企業・大学等との連携に対する大学の方針等は示されていない。
ヘインズ・カレッジの国際プログラムの 1 つ、オーストラリアキャンパスでは、日本
人の学生に対して奨学金を支給している940。
日本における産学連携の実現のためには、企業が遠い将来に障害となるとみなしてい
る課題や、その企業が所属する産業全体に利益となるような課題のように、緊急対応の
必要がない問題を大学や学生に手がけさせることにより、企業に産学連携によって得ら
れる利益や価値を産業界が認めることが不可欠である941。連携を通じて大学のような社
外と情報共有を行うことに対する抵抗感は米国企業にもあり、その解決は難しい。企業
内部の若い世代の職員が持ち込む社外の情報を社内で共有することをきっかけに、企業
がその価値を見出すことができるかもしれないが、そのためにはまず企業の経営層がこ
うした若い世代の従業員を、大学から新しいツールを紹介してくれる資源としてみるこ
とが必要である。このように、情報共有の実現には従業員からのボトムアップ、経営層
からのトップダウンの両方の取り組みが求められる。
例えば、プラクター・アンド・ギャンブル(P&G)では企業全体での取り組みを通し
て、半数近くの技術開発のアイディアが企業外から入ってくるようなオープン・イノベ
ーションの仕組みを作り上げたが、そのために 10 年間で数 100 万ドルもの資金を費やし
た942。顧客からの新しい商品・サービスのアイディアをくみ上げ、技術開発に反映させ
られるようなシステム構築はどの企業にとっても魅力的なものだが、そのためには役員
937
938
939
940
941
942
http://www.heinz.cmu.edu/school-of-information-systems-and-management/cio-institute/program-costs/index.aspx
http://www.heinz.cmu.edu/faculty-and-research/index.aspx
インタビューでのコメント。
http://www.heinz.cmu.edu/australia/public-policy-management-msppm/scholarshipsawardsprogram/japan/index.aspx
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
422
を含めた従業員一人一人が情報共有の価値を理解できるような小さいエクササイズの積
み重ねが必要となる。
CMU にも日本人学生が在学しており、CMU での教育に積極的に取り組み、優秀な成
績を修めている。修了後の進路に関しては、情報共有・オープンソースの精神が浸透し
ている米国に残りたいという学生が少なくない943。
943
インタビューでのコメント
423
(3) パデュー大学 情報アシュアランス・セキュリティ研究教育センター(インディア
ナ州)
表 3-47
ヒアリング概要
Purdue University
訪問日時
2011 年 12 月 6 日(火)13 時~14 時 20 分
担当者
Dr. Elisa Bertino (Interium Director of Cyber Center, Center for Education and Research
in Information Assurance and Security(CERIAS)Research Director, Computer Science
Dept. Professor)
Mr. Joel Rasmus (Strategic Relations and Sponsor Program with CERIAS)
所在地
Lawson Computer Science Building,
305 University St., West Lafayette, IN 47907
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
パデュー大学のリソースを生かした産学連携研究開発の拠点として、ディスカバリ
ー・パークが設置されている。ディスカバリー・パークは企業・政府機関と、学生・研
究者をつなぐ役目を果たしている944。ディスカバリー・パークは設立以来、幾度の施設
追加・統合を経て、現在、工学・科学先進コンピュータ研究所を含む 8 つの研究施設を
運営している945。ディスカバリー・パークの職員は 1,000 名程度であり、パデュー大学の
教授陣が大部分を占めている946。
ディスカバリー・パークは研究開発を主眼としているが、その産学連携研究の一貫と
して人材育成を組み込んでいる。
企業が抱える課題を解決するため、企業がディスカバリー・パークにプロジェクト案
を提案する。プロジェクト案に取り組むのが、ディスカバリー・パークの研究者(大学
教授を中心)とパデュー大学の学生である。提案内容から得られる産業界のニーズは、
研究過程を通じて同大学における教育に生かされる。ディスカバリー・パークにおける
人材育成は、産業界プロジェクトに教員とともに学生が参加することが中心である。た
だし、こうした参加以外にも、ディスカバリー・パークでの産学連携研究を通じて、産
業界のニーズがパデュー大学における教育内容に反映されている。また、パデュー大学
では産学連携教育の取り組みとして、インターンシップや Co-op 教育947も実施している。
944
945
946
947
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/assets/pdfs/dptour/Broad%20Audience.pdf;
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/assets/pdfs/dptour/What%20is%20Discovery%20Park.pdf
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/about/history.php
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/assets/docs/AHRDPOverviewAugust2011.pptx
パデュー大学コンピュータサイエンス学部の Co-op 教育ウェブサイト:
http://www.cs.purdue.edu/academic_programs/courses/professional_practice/co-op.shtml。同学部の Co-op 教育では、
会社の選択にあたり大学のスクリーニング等が行われる。与えられるポジションが、当該学生にとって挑戦す
るに足る内容であり、学生に責任を持たせる業務であることが必須で、段階的に課題が難しくなっていくこと
も求められている。さらに、仕事は常に 1 人でするわけではないことから、必ずチームワークを含む作業でな
424
パデュー・リサ
ーチ・パーク
産業界
ベンチャー
企業
技術供与
実践または商業利用
プロジェクト案
パデュー・ディスカバリー・パーク
教育・訓練のための
コンセプト
立案
発展
実行
大学内
Co-op 教育
ディスカバリー・パークを含む大学施設
図 3-23
ジョイント
ベンチャー
価値提案
パデュー・ディスカバリー・パークでの産学イメージ
出典:パデュー大学ウェブサイトを基に作成948
また、企業が学生の教育向けに企業で利用されている機器や研究センターを寄付する
ケースもある。ディスカバリー・パークの研究所の1つで、以下中心的に取り上げる情
報アシュアランス・セキュリティ研究教育センター(Center for Education and Research in
Information Assurance and Security: CERIAS)には、CERIAS Security Lab が設置されてい
る949。CERIAS Security Lab には、企業からネットワーク系のハードウェア、ソフトウェ
ア950が置かれており、情報セキュリティ関連授業の際に利用されている。
2)
対象とする教育
ディスカバリー・パークはその 8 つの研究施設と企業・機関との協力のもと、様々な
功績をあげている951。IT の分野では、サイバー研究所が著名である952。CERIAS では、コ
ンピュータサイエンス、電気工学、言語学、心理学、社会学を含む様々な学問・学派の
教授・学生が集まり研究が行われている953。
CERIAS は情報セキュリティ技術関連の研究開発を中心とする研究センターであるが、
948
949
950
951
952
953
ければならないとされる。有給が基本である。Co-op 教育を希望する学生は、コンピュータサイエンス学部の学
部生で、成績平均点 3.0 点以上が求められる。;同学部では、Co-op 教育を受けることは難しいが、実務経験を
積むことを希望している学生に対して Non-Co-Op Professional Practice という制度を設け、同制度でも単位取得
ができるようになっている。この場合、仕事の選択は個人の判断に任される。
;パデュー大学工学部の Co-op 教
育ウェブサイト:https://engineering.purdue.edu/ProPractice/InfoFor/Students/index.html
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/assets/docs/AHRDPOverviewAugust2011.pptx
http://www.cerias.purdue.edu/site/securitylab
ハードウェアは主に Cisco 製品。
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/impact/index.php
http://www.purdue.edu/discoverypark/main/assets/pdfs/impactStatements/CYBR.pdf
インタビューでのコメント
425
産学連携研究に学生を参加させることで、学生が産業界ニーズを理解できるような教育
機会を提供している。CERIAS の教育プログラムには大学修士レベルの学生向けのクラ
スのほか、初等教育レベルの学生・児童や社会人の IT ユーザーを対象としたクラスも設
置している954。
大学院課程のプログラムは「Infosec Graduate Program」と呼ばれる。同プログラムに
参加する学生は、パデュー大学の通常の IT 関連学部に籍を置きつつ、情報セキュリティ
の修士号・博士号をオプションとして取得することができるようになっている955。パデ
ュー大学のコンピュータサイエンス学部に基本となる籍を置く学生が標準となっている。
3)
教育の狙い・目的
Infosec Graduate Program は、学生の情報セキュリティ分野の専門性を高めることを目
標としている。
なお、CERIAS 設立において重要な役割を果たし、今日、CERIAS エグゼクティブ・
ディレクターを務める Eugene H. Spafford956教授の情報セキュリティ教育への問題意識が、
CERIAS における情報セキュリティに特化した修士課程教育提供の背景にあるものと考
えられる。同教授は、2011 年 11 月 29 日付けの政府の情報セキュリティ技術者向けメデ
ィアの GovInfo Security 誌による、情報セキュリティ教育に関するインタビュー957に答え
て、現在の教育現場における情報セキュリティ教育はまだ遅れを取り戻そうとしている
段階にあり、一部の産業界と協力している研究者や指導者がこの問題に気づき、教室で
の授業に最新の課題に取り組むための技術を組み込もうとしているが、その数は依然と
して少なく、大多数は実際の現場での経験に乏しい指導者が、既存の古くなった教材の
みを使って教育が行われているという問題を指摘している。
4)
実施体制
CERIAS における研究開発には主に教授陣(88 名)と大学院生(約 130 名)が関わっ
ており、学部生(約 500 名)も授業やプロジェクトを通して CERIAS と関わりを持って
いる958。なお、学生が CERIAS での研究に直接関わることは少ないが、将来の大学院へ
の進学や研究者としての進路を考えている学生が関係者との人脈を作る機会がある。
954
955
956
957
958
http://www.cerias.purdue.edu/site/education
http://www.cerias.purdue.edu/site/education/graduate_program/#getting
http://www.cs.purdue.edu/people/faculty/spaf/
http://www.govinfosecurity.com/interviews.php?interviewID=1300
インタビューでのコメント
426
Manager of
Corporate
Relations
Provost
Managing
Director
Internal Policy
Board
Collge of Science
Dean
Director of
Research
Executive Director
Assoc. Director for
Graduate
Programs
Assistant
Assistant
Directors
Assistant
Directors
Directors
Assoc. Director for
Educational
Programs
External Advisory
Board
Internal Advisory
Board
Associate Director
for Administration
図 3-24
CERIAS 組織図
出典:CERIAS Organizational Primer959
産学連携は企業担当者(Corporate Relationships)を中心に、戦略パートナーシッププ
ログラム(Strategic Partnership Program)を通じて行われている960。一方、高度人材育成
のための教育プログラムは修士・博士課程プログラム(Graduate Program)担当者、IT
ユーザーや学士レベル教育プログラムは教育プログラム(Educational Program)担当者が、
プログラム実施と関係者との調整役等を担っている。
戦略パートナーシッププログラムのメンバー企業は会費を払ってパートナー会員とな
ることで、以下の特典を得ることができる961。
•
採用を前提とした学生へのアクセスができる。
•
CERIAS で進行中の最新研究プロジェクトの未公開情報へのアクセスができる。
•
企業が抱える課題の解決能力を持つ専門家(教授・学生)によるカウンセリン
グを受けることができる。
•
959
960
961
CERIAS の顧問委員会に社員 1 名を参加させることができる。
http://www.cerias.purdue.edu/assets/pdf/about/org-primer.pdf
http://www.cerias.purdue.edu/assets/pdf/about/org-primer.pdf
インタビューでのコメント
427
1 年間の会費は大企業は 6 万ドル、中小企業は 3 万ドルに設定されている962。現在 14
社ある連携企業の全てが 6 万ドルの会費を払っている。各企業の参加目的はそれぞれ異
なるが、優秀な学生へのアクセスと最新プロジェクト情報の入手に主眼を置く企業が多
い。現在の会員企業には Lockheed Martin、IBM、Citigroup 等が含まれる。メンバー企業
の数は一時 18 社まで増加したが、不況の影響で 11 社まで落ち込んだ。現在 14 社がメン
バーとして登録している。
教授陣は 5%ほどが実社会で経験を積んだ教員である他は、殆どが学術色の強い大学
教授としての経験豊富な人材が多い963。
5)
産学の役割分担
大学は、同大学の教授、学生(学士~博士課程まで含む)を、企業スポンサーの研究
開発に参加させることで、企業ニーズを把握できる人材を育成するとともに、研究成果
を企業に対して提供している。
CERIAS での企業メンバーの役割の基本は会費負担と、顧問委員会における発言機会
を生かし、CERIAS の運営向上に産業界としての提案を行うことである。企業ニーズの
インプットは、研究開発には反映されるが、CERIAS の教育プログラムに対する顕著な
産業界の貢献については、特に触れられなかった964。また、産業界は CERIAS に参加す
る学生を、将来の社員候補として考えており、学生にとっては将来の雇用主となる期待
が持たれる存在である。
6)
コーディネート機関の関与
ディスカバリー・パーク全体での産学連携コーディネート機関に加え、CERIAS のよ
うな各機関が個別に産学連携専門スタッフを置き、提携企業のニーズに合わせたサービ
スの提供に努めている965。例えば、パートナー企業の研究開発ニーズを聞きパートナー
企業がキャンパスを訪問する際に、大学で関連の研究に携わる研究者を集め、企業の研
究者と意見交換ができる場を提供する取り組みが行われている。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
Infosec Graduate Program の修士論文は、同大学教授陣の指導の下で実施されるもので
ある966。また、論文評価委員メンバーは、各学生が本籍を置く学部から最低 3 名の教授
を参加させることとしており、また、当該学部教授が委員会の過半数以上となることを
求めているが、企業等からの委員会メンバーについては触れられておらず、必須ではな
962
963
964
965
966
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビュー、文献調査とも同様。
インタビューでのコメント
http://www.cerias.purdue.edu/site/education/graduate_program/current_students/#pos
428
い。
なお、CERIAS で実施している研究プロジェクトに参加する学生(修士・博士課程)
は、これを修士論文・博士論文の取り組みの一貫として組み込むことが認められている967。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
Infosec Graduate Program は、上述のとおり、他の関連学部に籍を置く学生がオプショ
ンとして、情報セキュリティ専門の学位を取得するプログラムである。したがって、学
位取得に係る条件は本籍を置く学部の規定に順ずる968。
9)
必要となる経費とその負担
CERIAS での教授陣はほとんど全員が大学の教員である969。教授の人件費はそれぞれ
が所属する学部によって賄われているが、CERIAS は教授陣以外にも専属のスタッフを
雇っており、彼らの人件費はパートナー企業からの会費で賄われている。
10) 公的支援の利用状況
CERIAS における産学連携の取り組みは基本的に大学と企業の間で行われるものであ
り、政府の関わりはない970。ディスカバリー・パークの研究所の中には連邦政府からの
助成金を基に立ち上げられたものもあるが、CERIAS は基本的には民間資金をもとに設
立されたものである。ただし、CERIAS においても、研究開発費用については、連邦政
府の助成金を受けている。
民間企業
20%
全米科学
財団
(National
Science
Foundatio
n:NSF)
30%
その他の
連邦政府
機関
50%
図 3-25
CERIAS における研究開発助成金の内訳(概算)
注:その他の政府機関:主に国防総省とその傘下の国防高等研究計画局、エネルギー省、国土安全保障省)
出典:CERIAS 関係者へのインタビューに基づく
967
968
969
970
http://www.cerias.purdue.edu/site/education/graduate_program/#research
http://www.cerias.purdue.edu/site/education/graduate_program/#standard
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
429
なお、米国では、政府からの研究助成金を企業が受ける場合、大学等の学術機関との
連携を前提とした提案であることを推奨するケースが多く、このことが研究開発におけ
る産学連携を促進しているという側面もあると考えられる971。CERIAS 関係者は、大学
の教授陣の専門性を活用するだけでなく、大学における研究開発では学生も関与するた
め、これを通じて、企業における課題に取り組ませ、実社会に対応できる人材として育
成していこうとする政府の考えがあるのではないかとの考えも述べている。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
CERIAS は 1998 年に設立された。
2)
抱えていた課題
1980 年代、完全な情報セキュリティ対策は不可能とする数学的分析があったために、
コンピュータセキュリティに関する学術研究はほとんど注目されていなかった972。しか
し、1990 年代に入ると、レガシーシステムのセキュリティ対策として、民間セクターの
実務レベルからのニーズが高まり、研究資金の獲得が可能となった。
3)
きっかけ
パデュー大学は 1962 年、全米初のコンピュータサイエンス学部を作ったことで知られ
る973。当初、修士・博士課程のみであったが、1967 年にはコンピュータサイエンス学士
課程も開始するなど、コンピュータサイエンス分野の教育機関としては常に先駆者であ
り続けてきた。
同大学に 1987 年、コンピュータサイエンス教授として高名な上述の Eugene H.
Spafford 974 教授は、ジョージア工科大学からパデュー大学に移籍してきたことが後の
CERIAS 設立にとって重要なターニングポイントとなる975。同博士は 1988 年、第 1 世代
インターネットワームの 1 つ Morris をリバースエンジニアリングしたことで知られる。
Spafford 教 授 と Samuel Wagstaff 教 授 は 1991 年 、 Sun Microsystems, Schlumberger,
Bell-Northern Research(後の Nortel)及び Hughes Laboratories から資金提供を受け、コン
ピュータサイエンス学部の中に、情報セキュリティ研究所「Computer Operations, Audit,
and Security Technology(COAST)」を設立した。設立から 6 年間で、全米最大の情報セ
キュリティ研究グループとなった COAST であったが、年間研究予算規模は 100 万ドル
程度であった976。
971
972
973
974
975
976
インタビューでのコメント
http://gcn.com/articles/2011/10/03/purdue-computer-science.aspx
http://gcn.com/articles/2011/10/03/purdue-computer-science.aspx
http://www.cs.purdue.edu/people/faculty/spaf/
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=2
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=3
430
1998 年、ジョージア工科大学はセキュリティセンターを設立のために、Spafford 教授
を引き抜こうとした977。これに対し、パデュー大学は Spafford 教授自身のセキュリティ
研究センターを学内に設立することを許可、インディアナに基盤をもつ財団の Lilly
Endowment から 400 万ドルの助成金も得て、CERIAS が設立されることになった。
4)
組織的な取り組みとなった背景
CERIAS は設立当初 Lilly Endowment の資金を得て、大学内の関連学部で行われている
80 近い研究プロジェクトに投じるとともに、4 名の教授を雇い、10 数名の修士レベルの
学生の研究活動支援に充てていた978。CERIAS における研究への評価が高まるにつれ、
研究プロジェクトの規模も拡大した。CERIAS の設立は大学から許可を受けたものであ
るが、運営については大学と連携しつつも一線を画しており、基本的には単独で運営可
能な形態で、設立当初に得た Lilly Endowment からの寄付に加え、複数企業からの寄付
によって成り立っているといわれる979。このことから、設立の早い段階から、企業との
連携については、組織的に取り組む必要があったと考えられる。
なお、CERIAS が組織的に教育に取り組むようになったのは、2002 年に学際的見地に
立った修士課程プログラムを開始してからである980。2008 年には博士課程プログラムを
スタートしている981。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
他大学にも情報セキュリティの研究センターはあるが、特定研究プロジェクトに特化
した政府助成金等に応募する形で資金を得ているケースが多い982。しかし、CERIAS で
は、メンバー企業に特典を提供する形で年会費を得ることで、研究開発以外にも産業界
に対してメリットを提供できるように工夫している。
CERIAS は、情報セキュリティ分野の教育及び研究における米国を代表する研究者の
1人である Spafford 教授が設立、今日もリーダーシップを発揮していることで、研究セ
ンターでありながら、情報セキュリティ人材の育成を重視している点も特徴的である。
一般に研究機関では、博士課程の学生が参加することが多いが、CERIAS では、修士課
程の学生、および一部の学部生も何らかの形で研究にかかわっている。
977
978
979
980
981
982
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=3
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=3
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=3
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=3
http://gcn.com/Articles/2011/10/03/Purdue-Computer-Science.aspx?Page=3
インタビューでのコメント
431
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
CERIAS の戦略パートナーシッププログラムの特典の中でも重視されているものの 1
つに人材採用を前提とした学生へのアクセスが上げられており、メンバーの大企業へ就
職する学生も多い983。人材採用には多額のコストがかかるもので、それでも実際に自社
のニーズにあった人材を採用できるとは限らない。そのため、CERIAS の戦略パートナ
ーシッププログラムを利用した方が安価に現場のニーズに合った人材を採用できると考
えている企業は多い。また、技術関係の人材採用には、人事部を通すのではなく、研究
開発に直接関わっているスタッフが直接人材を選定した方がよいと考える企業も少なく
ない。各企業の研究開発の部署が CERIAS との戦略パートナーシッププログラムを通し
て、優秀な人材を特定する場合も多い。学生の中には、パデュー・ディスカバリー・パ
ークの整った環境を利用してベンチャーを起業し、インディアナに残る学生もいる。
2)
関係者のメリット
学生のメリットとして、CERIAS での研究に関わる学生は実社会で必要とされている
課題に取り組むことができるだけでなく、実際に、企業がキャンパスを訪問する日程に
合わせて、学生が研究成果を展示・説明する機会があり、学生にとってもよいコミュニ
ケーション能力訓練の場となっている984。また就職のためのコネクション作りにも格好
の機会となっている。インターンシップやクラスのプロジェクトを通して実社会の業務
に触れることもできる。
大学教授陣は、産学連携に取り組むことにより、企業から提供される資金・施設への
アクセスが可能であることに加え、企業の人材との交流及び人脈構築の機会ができると
いうメリットを認識しており、これを踏まえて戦略パートナーシッププログラムを充実
したものにするための取り組みに協力している985。
企業は、戦略パートナーシッププログラムを利用することで、大学にいる専門家との
コミュニケーションを通じた自社の課題解決に期待することに加え、将来、自社で活躍
できるような優秀な学生と出会う機会に恵まれる986。学生の能力の高さを評価し、企業
文化への適合性を図ることもできる。また、大学からの人材採用の際に、自社の活動を
サポートしてくれる大学内の担当者とのコネクションを持つことができる。
インディアナ州は必ずしも IT 技術者を目指す人材が定住する地域ではなく、頭脳流出
が問題となっている。産学連携による人材育成を通じて、IT 人材が州外の企業に流出し
てしまう可能性はある一方で、こうした環境で研鑽した優秀な学生が、起業するケース
もある。パデュー・ディスカバリー・パークでは大学の卒業生・研究者が大学や州政府
983
984
985
986
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
432
の援助を受けて起業する環境を整えており、ここで起業した学生は大学との関係を保つ
ために州内に留まってビジネスを続けることが多い987。
3)
事例についての評価の方法
産学連携について具体的な評価方法の説明はなかったが、メンバー企業は毎年、
CERIAS の会員であることのメリットについて各社が投資対効果を検討、翌年度も会員
として CERIAS の活動をサポートするべきか否かを決定するため、会員数の増減という
形で、企業からの評価は非常に分かりやすい状況に置かれている。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
米国企業も守秘義務契約(Non-Disclosure Agreement)への署名を求めたりすることも
少なくない988。しかし、メンバー企業同士が CERIAS の顧問委員会で顔を合わせる機会
がこうした抵抗を少なくするよい機会になっている。
CERIAS としてはメンバー企業を更に 2 社増やし、16 企業としたいと考えているが、
既存のメンバー企業のニーズに応えることに時間を使う余り、将来のパートナー企業と
の関係構築にあまり時間を使えなくなってきているという課題がある989。
2)
継続的に実施できていることの要因
戦略パートナーシッププログラムのメンバー企業は 1 年毎にプログラムから得たメリ
ットの価値を個別に評価し、メンバーシップを継続するかどうかを決定する990。そのた
め、CERIAS もできるだけ各企業のニーズに応え、関係を継続する努力をしている。企
業の研究ニーズに合った人材採用が企業から最も需要のある特典の 1 つである以上、人
材育成は重要な大学の役割になっている。
3)
継続的に実施するための工夫
企業との関係構築には米国でも時間と労力がかかるため、関係構築を専門とするスタ
ッフを置いている991。CERIAS では、各企業 2 年以上かけてメンバーシップ加入につな
げている。企業との関係構築のため、CERIAS の研究員を企業へ同行させ、社員に対し
て講義を行い、企業に連携への関心を持ってもらうよう努めている。また、メンバー企
業を集めて、年に一度ほどの周期で技術交換会議(Technology Exchange Meeting: TEM)
を実施している。こうした関係構築の対象は、人事部よりも、研究開発の部署や技術担
当役員が多い。これは、CERIAS が提供できる研究成果や学生の人材としての価値を見
987
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インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
433
出せるのは人事部ではなく、技術系社員であることが多いからである。
CERIAS では、企業で実際に取り組まれているプロジェクトを使った授業や、提携企
業と共に取り組まれている研究に学生が協力することで、実社会での課題に触れ、学生
が IT 分野に興味をもつよう促している992。また、政府からの援助金が大きく削減されて
いることを受け、大学も生徒獲得のために動いており、高校生を対象に技術分野への興
味を促す取り組みを行なっている。
企業は CERIAS が提供するメンバー特典を価値のあるものと認め、積極的に活用して
いる993。また、大学との関係維持のために大学関係部を置く企業もある。大学とコミュ
ニケーションを頻繁にとり、お互いの得意分野を生かして助け合っている。なお、最近
の傾向として、CERIAS 関係者は、
「最近の米国における産学連携は営利主義的なところ
があり、短期間で市場に出せる製品の開発を念頭に置いていることが多い。学術的な大
学というのはそうした開発に向いているところではなく、むしろ企業が向こう 2~5 年先
を見据えた技術の開発を望んだ時にその能力を発揮できる。重要なのは企業と大学のニ
ーズと能力のマッチを見つけることだ」と述べている。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
CERIAS は学際的な修士・博士課程と位置づけていることもあり、教授陣は同大学の
関連学部に所属していることが多い。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
CERIAS と日本企業との連携は現在存在しないが、今までも海外の企業をメンバーと
していた経験があり994、機会があれば喜んで受け入れる。現在、台湾やシンガポールの
企業も国際的な人材獲得に意欲を持っている。大学のミッションに「世界の資源となる
こと」が含まれており、仮に日本の企業が戦略パートナーシッププログラムのメンバー
として加入していなくても、問い合わせを受ければ大学内の許容範囲で協力が可能であ
る。
なお、同大学は留学生も多数受け入れており、例えばコンピュータサイエンス学科の
学生の 60%以上が留学生である。しかし、日本人学生の数は 10 年前に比べれば格段に
少なくなっており、現在一番多いのは中国・インド・韓国・ベトナムからの学生である。
同大学の科学部コンピュータサイエンス学科は、東北大学と交換留学提携を結んでいる
995
。また、同大学工学部もいくつかの短期留学プログラムを認可している996。
992
993
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995
996
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
アルカテル・ルーセント(Alcatel-Lucent:フランス)が過去にメンバーであったことがあり、来年の 1 月にファ
ーウェイ(Huawei:中国)が加入することが決まっている。
http://www.cs.purdue.edu/academic_programs/study_abroad/
https://engineering.purdue.edu/ECN/mailman/archives/gep-list/2011-January/000031.html
434
4.2.2
カナダ
(1) ウォータールー大学
Co-op 教育・キャリアサービス事務所(カナダ、オンタリオ
州)
表 3-48
ヒアリング概要
University of Waterloo
訪問日時
2011 年 12 月 2 日(金)13 時〜15 時
担当者
Scott Davis (Co-Operative Education & Career Services(CECS)Assistant Director,
Math & Accounting; Student & Faculty Relations)
所在地
200 University Avenue West
Waterloo, Ontario, Canada N2L 3G1
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
ウォータールー大学での Co-op 教育プログラムには 3,000 以上の企業・機関が参加し
ている997。同大学において Co-op 教育を運営・促進するのは同大学 Co-op 教育・キャリ
アサービス事務所(Co-Operative Education & Career Services:CECS)である。
同大学の Co-op 教育に参加している企業には以下が含まれている998。これらの企業の
役割は、一定期間、フルタイムで実務経験を得ることを目的としている学生に対して、
給与を支払うとともに、学生の指導・評価実施を求められている。
表 3-49
ウォータールー大学の Co-op 教育に参加する企業例
AECOM
Agfa HealthCare Inc.
Allstate Insurance
Amazon.com Inc.
Apple Inc.
BC Hydro
Barclays Capital
Bell Canada
Bloomberg
Bombardier Inc.
Canadian Cancer Society
Canadian Tire Corporation Ltd.
CanWest Global
Communication Corp.
Conestoga-Rovers & Associates
CTV Television Inc.
Deloitte
Desire2Learn
Deutsche Bank
Ernst & Young
General Electric Company
General Motors of Canada Ltd.
Google
Gow Hastings Architects Ltd.
Harvard University
Hewlett-Packard
Hudson's Bay Company
IBM Canada Ltd.
ING Life
KPMG LLP
Kraft Canada Inc.
Loblaw Companies Ltd.
Microsoft Corporation
Morgan Stanley
Motorola Canada Ltd.
Natural Resources Canada
Ontario Power Generation Inc.
Open Text Corporation
出典:ウォータールー大学ウェブサイト999
997
998
999
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
http://hire.uwaterloo.ca/employers.php
http://hire.uwaterloo.ca/employers.php
435
Petro-Canada
Pixar Animation Studios
PricewaterhouseCoopers LLP
Procter & Gamble Inc. Canada
QUALCOMM Inc
Research In Motion Ltd
Siemens Canada
Sun Life Insurance Inc.
TD Bank Financial Group
Thales
The Hospital for Sick Children
Toronto Rehabilitation Institute
Toyota Motor Manufacturing
Trimble
Canada Inc.
Union Gas Ltd.
Whistler Blackcomb
Yale University
同大学の Co-op 教育では、実務訓練期間と学業期間を交互に行っている。学業期間の
指導は大学の教員が対応し1000、実務訓練期間については就労する企業が学生の実務訓練
に必要な指導を行うことが義務付けられている。なお、企業は実務訓練期間中の学生に
対して、業務に見合った給与を払うことが求められている1001。
なお、同大学では、Co-op 教育を利用した産学連携の人材育成に限らず、産学間の共
同研究も盛んに行われているが1002、以下では Co-op 教育を重点的に取り上げる。
2)
対象とする教育
同大学の Co-op 教育は基本的に学士課程の学生を対象に行われている産学連携教育プ
ログラムである。
同大学では、様々な学部に対応できるように CECS を設置して Co-op 教育を援助して
おり、学生は標準の授業と実務訓練を組み合わせることで、より実社会での就労に備え
るための教育と訓練を受けることができる1003。Co-op 教育を提供している IT 関連の学
部・学科としては、工学部(コンピュータサイエンス学科、電気工学科、ソフトウェア
工学科)、数学部(コンピュータサイエンス、システム・ソフトウェア工学・ハードウェ
アコースを含む)などがある1004。
3)
教育の狙い・目的
同大学における Co-op 教育は、実際のビジネス現場での実務訓練を、大学教育カリキ
ュラムの中に組み込んだ教育モデルである1005。Co-op 教育を通じて、学生は以下のよう
なメリットを得、将来のキャリア設計に生かすことができる1006。
•
学生は将来のキャリアビジョンや自ら望む勤務スタイルのあり方などについ
て、明確なイメージをつかむことができ、卒業後の進路について具体的な方向
性を持つことができるようになる。
•
また、授業で得た理論的な知識を実際のビジネスの場で生かす経験をすること
ができる。
•
職場で必要となるコミュニケーションスキル、ビジネスマナー、時間管理等と
いった社会人として必要とされる基本を身につけることができる。
•
Co-op 教育の体験が、最大で 2 年間の関連分野における実務経験として参加し
た学生に認められる。
1000
1001
1002
1003
1004
1005
1006
インタビューコメント
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
インタビューでのコメント
http://www.ucalendar.uwaterloo.ca/0708/CECS/chapter5.co-op.pdf
http://www.ucalendar.uwaterloo.ca/0708/CECS/chapter5.co-op.pdf
http://www.cecs.uwaterloo.ca/students/prospective/#why
http://www.cecs.uwaterloo.ca/students/prospective/#why
436
•
専門分野の業界で実際に利用している最新ツールや手法を使った実務経験が
得られる。
•
卒業後の就職先を探すための手助けとなるような人脈ができる。
•
一般的な大学教育を受けているだけの他の大学生との差をつけることができ
る。
4)
実施体制
同大学における Co-op 教育について、企業との連携、学生・学部との調整を CECS が
担っている。新たな学部やカリキュラムで Co-op 教育の実施を検討する場合には、CECS
が学部や教授陣と協議、実行可能性を調査・評価する1007。その評価を踏まえ、Co-op 教
育プログラム設立や変更についての最終的な決定は、大学評議会及び学部事務局で下さ
れることになる。
同大学の Co-op 教育では、学部での通常授業は大学の教員が担当し、企業からの講師
の派遣などは基本的にはない1008。なお、工学部コンピュータサイエンス学科の教授陣の
プロフィールを見ると、大学・研究所(民間企業の研究所を含む)を中心とした学術研
究を専門としてきた教員が多い1009。
5)
産学の役割分担
ウォータールー大学の Co-op 教育における産学の役割分担は、次表の通りである。
表 3-50
ウォータールー大学 Co-op 教育における産学の役割分担
大学
学生
企業
• リソース提供(プログラム運
営資金、Co-op 担当者などの人
材)
• 学生の就労経験への単位提供
• 就労期間と学業期間とのスケ
ジュール調整
• 学内での就労経験も重視
• 学生の雇用
• 同行 Co-op 教育に関する企
業・政府への広報・促進活動
• 学業期間(その間の職探し)、
就労期間にわたり、仕事と学業
に切磋琢磨
• 社会人として求められる成
長・変化
• Co-op 教育参加費用の支払い
• 経験に値する就労機会とその
間の賃金を提供
• 学生に対する効果的な監督、指
導、評価の実施
• Co-op 教育について企業内・社
員に対して広報・促進活動実施
出典:University of Waterloo “Co-op at Waterloo”1010を基に作成
6)
コーディネート機関の関与
CECS の役割は学生と企業の間の関係をスムーズにすることにある。Co-op プログラム
には各学部が独自のプログラムを持つ場合と、大学全体で統一されている場合があり、
1007
1008
1009
1010
http://uwaterloo.ca/accountability/documents/Co-opFeasibility1008.pdf
インタビューでのコメント
http://www.cs.uwaterloo.ca/about/people/snapshots; なお、フルタイムとパートタイムの比率については不明。
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
437
同大学でのプログラムは後者にあたる。同大学における CECS の組織図は以下のとおり
である。
図 3-26
ウォータールー大学 CECS 組織図
出典:CECS プレゼンテーション資料1011
また、Co-op 教育協議会(Co-op Education Council)が同大学における Co-op 教育の諮
問委員会として、関係者にアドバイスするとともに、学内において Co-op 教育の理解を
広める役割を担っている。2006 年に学内に設置された機関である。同協議会には各学部
の Co-op 教育責任者、学生代表、CECS 主要スタッフ等が参加している1012。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
コンピュータサイエンス学科では、学士レベルの卒論(Honours Thesis)は教育期間に
含まれるものであり、企業の関与については触れられていない1013。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
Co-op 教育への参加を必修としているかどうかは専攻によって異なる。学士課程に所
属し、Co-op 教育に参加する学生は、その 5 年のカリキュラム中 2 年を実務訓練、3 年を
学業に費やす。通常 4 年間で修了する学業を 3 年間で修了するため、全ての学期がフル
活用される。したがって、一年を通して一般大学の夏休みのように大学施設が長期にわ
たって閉鎖される期間もない1014。
1011
1012
1013
1014
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
http://www.cs.uwaterloo.ca/current/courses/course_descriptions/cDescr/CS499T; 他の IT 関連学科のウェブサイトで
は、具体的な卒業論文に関する説明がない。
インタビューのコメント
438
コンピュータサイエンス学科では、学生が Co-op 教育か一般教育を選択することがで
きる1015。一方、ソフトウェア工学プログラムでは Co-op 教育が必修である。
表 3-51
ウォータールー大学における Co-op 教育受講数(2011 年 1 月時点)
789
1,672
4,644
394
1,033
3,070
91
学士課程
学生数
1,662
6,655
4,891
394
1,959
5,626
91
1,382
13,075
4,499
25,777
Co-op
プログラム
応用健康科学(Applied Health Sciences)
芸術(Arts)
工学(Engineering)
ソフトウェア工学(Software Engineering)
環境(Environment)
数学(Mathematics)
コンピューティング及びファイナンシャルマネージメ
ント(Computing & Financial Management)
科学(Science)
合計
出典:University of Waterloo “Co-op at Waterloo”1016
6 学期ある実務訓練期間を異なる複数の企業で過ごすかは学生に選択権があるが、
CECS では 2 学期ずつ 3 企業・機関で就労することを勧めている。これは、1 学期目にト
レーニング、2 学期目に更に本格的なプロジェクトへの参加というステップを踏むこと
で学生も企業もプログラムをより効果的に利用できるという考えによる。この場合、2
学期続けて就労するか、間に学業期間を挟むことになる1017。
Co-op 教育における実務訓練の期間や開始時期は学生の学部・学科によって異なる1018。
学部・学科によって定められた期間・開始時期とは異なったスケジュールを組みたい学
生はその旨を指導教官と CECS に申し出て許可を得る必要がある。また、学生が 8 ヶ月
以上就労することは基本的に許可されておらず、卒業前の最後の学期に就労することも
できない。
1015
1016
1017
1018
http://www.cs.uwaterloo.ca/prospect/cooporregular.shtml
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
インタビューのコメント
インタビューのコメント
439
表 3-52
ウォータールー大学コンピュータサイエンス学部での Co-op 教育における
学習・就労期間の組み合わせパターン
1 年目
2 年目
3 年目
4 年目
5 年目
秋
冬
春
秋
冬
春
秋
冬
春
秋
冬
春
秋
冬
パターン A
学習
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
パターン B
学習
学習
就労
学習
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
パターン C
学習
学習
休み
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
就労
パターン D
学習
学習
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
学習
就労
就労
学習
一般学生
学習
学習
休み
学習
学習
休み
学習
学習
休み
学習
休み
学習
春
学習
秋:9 月-12 月、冬:1 月-4 月、春:5 月-8 月
出典:ウォータールー大学コンピュータサイエンス学部
9)
必要となる経費とその負担
実務訓練期間中の学生の給料、実務訓練を受ける学生の獲得のための企業のリクルート
活動や獲得後の指導にかかる時間及び人件費などは企業が負担し、大学は負担しない1019。
同大学の学生が実務訓練を受ける場合には企業からの給与を受け、フルタイムの職員
として扱われる。給与の額は専攻や今までの Co-op 教育の経験によって変化する。ただ
し、例外として、ベンチャー企業等で、将来的に大きな金銭的利益を望める場合には、
無給もしくは極めて低賃金の場合でも例外として認められるケースもある。
2010 年 1 月~12 月における、IT 関連の学科を含む学部での Co-op 教育学生向け給与
水準(週給)は以下のとおり1020。
表 3-53
IT 関連学科を含む学部別ワークターム別 Co-op 教育学生の平均給与レベル1021
(週給、2010 年 1 月~12 月、単位:カナダドル)
第1期
工学
第2期
実務教育期間
第3期
第4期
第5期
第6期
597.75
651.75
693.75
749.62
798.00
836.25
580.87
672.00
724.13
783.38
840.00
883.88
※ソフトウェア工学含む
数学
※コンピュータサイエン
ス、コンピューティング&
ファイナンシャルマネージ
メント含む
出典:University of Waterloo Weekly Earning Information1022を基に作成
1019
1020
1021
1022
インタビューのコメント
http://hire.uwaterloo.ca/assets/pdf/hourly_earnings_information_2010.pdf
最高額と最低額からそれぞれ 10%を除いた残りの平均額を算出。
http://hire.uwaterloo.ca/assets/pdf/hourly_earnings_information_2010.pdf
440
この他、企業及びビジネスで成功した卒業生は大学への寄付や基金の設立など、大学
及び Co-op 教育運営に係る資金的なサポートをしている1023。例えば、同プログラム卒業
生で RIM の創設者の 1 人、Mike Lazaridis 氏は大学施設建設費用を寄付している。CECS
の建物も卒業生の寄付により建てられた。また、研究資金の援助として、米国の経済情
報サービス企業 Bloomberg は Co-op 教育を利用した学生の採用も行なっているが、その
他、大学内に研究施設を設置、学生が自由に出入りできるような支援を行っている。
一方、CECS の運営費用や、実務訓練期間をふまえた授業提供、学内の Co-op 教育へ
の理解拡大などにかかるコストは大学が負担している1024。なお、同大学の Co-op 教育参
加学生を最も多く採用しているのは同大学であり、研究やそれ以外の大学の運営業務に
多くの学生が関わっている。CECS も毎学期約 10 名の学生に実務訓練機会を与えている。
この場合は、当然、その学生の給与も大学の経費である。
その他、オンタリオ州の訓練・大学省(Minister of Training, Colleges, and Universities)
に 2002 年に提出された報告書によれば、同大学での Co-op 教育の運営において学生と雇
用主をうまくマッチさせるために、82 人のスタッフが毎年 100 以上の学科に所属する
11,000 人の学生と 3,000 以上の企業・機関との面接・協議を重ねてこのプロセスを実現
しており、そのための費用が 620 万ドルかかっている。この経費負担は、Co-op 教育シ
ステムを利用する学生からの学費で賄われている1025。現在のコンピュータサイエンス学
科の Co-op 教育に参加する学生はターム毎に Co-op 教育費用として 445 カナダドルを大
学に支払うことになっている1026。
10) 公的支援の利用状況
基本的に同大学での取り組みは大学と企業のみによるものである1027。また、オンタリ
オ州内の企業で Co-op 教育に参加する企業は州政府から税額控除を得ることができる。
その他、Co-op 教育に参加する企業の学生給与向け資金補助なども提供されている1028。
なお、公的支援との関係で、フランス出身であるインタビュー対応者の1人が初めて
カナダに来たときに「カナダ政府があまりに(教育・産業などに)関わっていなくて驚
いた」と語っている。北米(米国、カナダ)には企業家精神が強く、事業や変化を促す
のは(政府ではなく)社会全体によるところが大きい。また、北米では誰もが成功を手
にすることができるという文化があり、そのことに年齢はあまり関係がないという考え
方から、企業が学生を過小評価することが少ないという点があると考えられる。
1023
1024
1025
1026
1027
1028
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
http://www.watcace.uwaterloo.ca/CostBenefitCo-opStudyFinal.pdf
http://www.cs.uwaterloo.ca/prospect/cooporregular.shtml
インタビューでのコメント; http://www.cafce.ca/en/history
http://hire.uwaterloo.ca/finance.php
441
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
同大学は 1957 年よりカナダでの Co-op 教育をリードしており、現在 70 以上の大学で
同様の教育が行われている1029。
2)
抱えていた課題
ウォータールー周辺の企業家は、自らの事業を通じて、実践的な訓練を受けたエンジ
ニアを育成するための教育機関の必要性を認識していた1030。
3)
きっかけ
実践的訓練を受けたエンジニアの育成の必要性に関する課題認識を持っていた複数の
企業家によって、同大学はカナダで初めて Co-op 教育を導入した。また、ウォータール
ーに古くから居住していたキリスト教徒の一派、メノナイトの文化を受け継ぎ、勤勉で
企業家精神と互助精神に溢れた土地柄にも設立の影響を受けている1031。
4)
組織的な取り組みとなった背景
同大学は設立とほぼ同時に Co-op 教育を始めており、同大学における 74 名の初めての
学生は Co-op 教育を受けた初めての学生でもあった1032。Co-op 教育の父と呼ばれる Albert
S. Barber 氏(後に同大学から名誉博士号を授与されている)は、1958 年から同大学に採
用され、以来 Co-op 教育を受ける学生のために、企業の協力を呼びかけ、Co-op 教育の
組織的な取り組みとしての基盤を築いた1033。同氏は Director of Co-ordination and Placement
at Waterloo に就任している1034。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
Co-op 教育はカナダの多くの大学で採用されている。カナダの大学・大学院教育にお
ける産学協同教育は 1979 年より、カナダ Co-op 教育協会(Canadian Association for
Co-operative Education: CAFCE1035)の認証条件によって監督されており、同大学もその認
証を受けている。認証条件は以下のとおり1036。
•
それぞれの就労環境は、Co-op 教育を行なっている教育機関によって適切な学
習環境として構築または認可されなければならない。
1029
1030
1031
1032
1033
1034
1035
1036
http://www.watcace.uwaterloo.ca/CostBenefitCo-opStudyFinal.pdf
インタビューのコメント
インタビューのコメント
http://www.cafce.ca/files/2009-CAFCEHistory-AC.pdf
http://www.wpl.ca/wp-content/uploads/2009/04/barber_albert.pdf
http://www.cafce.ca/files/2009-CAFCEHistory-AC.pdf
http://www.cafce.ca/
http://www.ucalendar.uwaterloo.ca/0708/CECS/chapter5.co-op.pdf
442
•
Co-op 教育に参加する学生はただ就労現場を観察するだけでなく、実際に生産
的な作業に従事しなければならない。
•
Co-op 教育に参加する学生はその就労にみあった報酬を受けなければならない。
•
Co-op 教育に参加する学生の就労現場での学習状況はそれぞれの教育機関によ
って監視されなければならない。
•
Co-op 教育に参加する学生の就労成績は、その雇用主によって指導・評価され
なければならない。
•
それぞれの学生の就労期間はその学生がそれぞれの教育機関で過ごす期間の
30%以上でなければならない。
同大学のユニークなところは、同大学がカナダで唯一、CECS 専用の建物を持ち、企
業と学生の橋渡しのための施設が完備されている点が上げられる1037。また、一般にパー
トタイムの仕事で、期間も非常に短いインターンシップと異なり、企業から見ると、数
ヶ月間の短期フルタイム社員を雇うような感覚の Co-op 教育プログラムを実施している。
現在、同大学では約 29,000 名いる学部生の内1038、16,000 名が Co-op 教育プログラムに
参加しており、世界最大規模の Co-op 教育である。
学生や企業が、Co-op 教育プログラムやその他の大学施設を利用して開発した技術等
はオープンソースとして自由に使用することが許可されている1039。その後の実用化にも
大学の協力を要する場合は、大学にもある程度の権利が認められることになる。こうし
た技術を独自に実用化して成功を収めた卒業生が、そのお礼として大学に多大な寄付を
することも珍しくない。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
Co-op 教育プログラムに参加した学生はその他の学生よりも早期から昇進していると
いう研究結果もあり、とても有用な機会であるとみる学生は多い1040。優秀な成績を修め
た Co-op 学生はスターとして CECS の情報提供にも使用され、企業へ Co-op 学生の能力
を証明するよいツールとなっている1041。
企業もプログラムの価値を認めており、卒業生を採用する際に同大学の卒業生の能
力・経験に高評価が与えられている。
学生の就職先でも Co-op 教育の受講学生は有利な結果を得ている。コンピュータサイ
エンス学科の学生で、Co-op 教育を選択した学生の就職率は 90-95%とのデータもある
1042
。
1037
1038
1039
1040
1041
1042
インタビューでのコメント
http://uwaterloo.ca/aboutuw/
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
http://www.cs.uwaterloo.ca/prospect/cooporregular.shtml
443
企業は Co-op 教育で指導した学生を雇用することができる1043。なお、同大学の Co-op
教育を受講した卒業生の企業による採用に関して、企業が学生を採用する上で、大学は
学生へのアプローチ時期などを助言することはあるが、期限や解禁日程を指定したりす
ることはなく、あくまでも企業と学生の間での話し合いに任せている1044。企業によって
は自社で実務訓練を受けた学生に、あえて在学中に他企業でも実務訓練を積むよう促し、
卒業間近になってからその学生を採用するためにアプローチするものもある。
2)
関係者のメリット
学生は給与を得ながら、就職してから役に立つ経験を得ることができる他、様々な分
野はもちろん、小規模・大規模、個人作業・チーム作業といった、違った就労環境を経
験することで自分にあった環境を見出す機会となる1045。学生への給与提供により、学費・
学生ローンへの負担軽減につながる1046。
また、大学にとっては、同大学のプログラムをより魅力的かつ経済的にし、多くの学
生を惹きつけることができる他、プログラムを通して産業界との関係を構築することも
できるというメリットがある1047。さらに、教育現場を大学外へ移すことによる施設スペ
ースの節約などといった利益があると指摘されている1048。
企業にとっては、低価格の賃金で、新しいアイディアをもった若い人材に自社で就労
してもらえる機会であり、卒業後の採用を前提に、学生の能力に加え、自社の就労環境
との相性をみる機会にもなる1049。相性の合わない学生に当たることもあるが、長期的利
益のための、短期的な問題に過ぎない。また前述のオンタリオ州訓練・大学省への報告
書では、参加企業・機関のほとんどが Co-op 教育の価値を認識していると記されている1050。
特に、最新の知識やスキルを身につけたやる気のある若い人材を組織に取り入れる手段
として称賛されており、大学・大学院卒業後にこうした学生を継続して雇用する企業・
機関も多いとされる。また、こうした職場の活性化と将来の職員育成に加え、人件費の
節約や、大学を含めた周辺地域との関係向上、自企業・機関のイメージアップが利益と
して挙げられたアンケート結果もある1051。
地域では、大学を中心として、周辺地域には元々あったイノベーションと企業家精神
の文化を受け継いだエコシステムが構築されている1052。
1043
1044
1045
1046
1047
1048
1049
1050
1051
1052
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
インタビューでのコメント
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
http://www.watcace.uwaterloo.ca/CostBenefitCo-opStudyFinal.pdf
http://www.apjce.org/files/APJCE_08_1_67_76.pdf
インタビュー時のプレゼン資料「Co-op at Waterloo」
444
3)
事例についての評価の方法
同大学での Co-op 教育プログラムは、1989 年以来約 5 年の周期で小規模の様々な内部
評価は実施してきたものの、1957 年の創設以来、一度も公式な審査がされたことはなか
った1053。その経緯から、2004 年に主に同大学の教職員で構成された審査委員会が立ち上
げられ、2005 年には報告書も作成された。この一年の調査期間には、短期間ではあるが
大学外部のメンバーも加わり、米国のプログラムとも比較しながら評価が行われた。
2005 年の報告書で、審査委員会が提案事項を挙げており、CECS を含む大学内の関連
機関がそれに対応を行うことを推進する委員会として、行動をとるよう強く呼びかけて
いる1054。この報告書での提案実行のため、2006 年に Co-op 教育協議会1055が設立されてい
る。
学生の評価は Co-op 教育の学生を受け入れた企業が行う。学生はそれぞれの実務訓練
の学期終了後に、企業側より約 20 項目のコンピタンスに関する評価を受ける1056。また、
実務訓練で学んだことを学術的に考察する能力をつけさせるために、レポートの提出
(Work Term Report)も義務付けられている。
なお、Co-op 教育を受講する学生の企業の採用プロセスは基本的には大学が関与しな
いオープンプロセスで、学生が自分で雇用先を検索し、応募する形になっている。以下
に一般的雇用プロセスを示す1057。
•
企業が CECS ウェブサイトに募集要項を載せる。掲載にあたり、CECS は学生
にとって利益のあるものかどうかを市場調査などを通して評価し、そう判断し
たものだけを載せている。
•
学生は興味のある募集要項を検索し、応募する。企業は書類選考後に合格した
学生に連絡し、直接あるいは電話・インターネットを通した面接をする。
•
学生・企業がお互いに面接相手を評価、第一志望からランキングを付け、その
結果に従って大学のコンピュータシステムを活用して学生と企業をマッチング
する(マッチングシステム1058)。
学生の専攻から逸脱したように見える募集要項でも、学生の目的意識にあったもので
あれば、大学と協議・検討した上で認められるケースもある(例:ネットカフェ経営を
目指すコンピュータサイエンス専攻学生のレストランでの就労)。
1053
1054
1055
1056
1057
1058
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
http://secretariat.uwaterloo.ca/Committees/university-wide/coop.htm
評価シート:http://www.cecs.uwaterloo.ca/pdfs/evaluation-form.pdf
インタビューのコメント
このシステム構築の背景には、プログラムの巨大化に伴い学生と企業のマッチング作業が手作業では困難にな
ったことがある。
445
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
2005 年の審査委員会が行った当時の同大学での Co-op 教育プログラムに関する評価で
は、十分な教育機会を提供する協力企業・機関の数を増やすことや、CECS と教授陣の
連携強化、学生と企業・機関とのマッチングプロセスの効率向上が課題として挙げられ
た。また、学生を受け入れる企業・機関からの要望として、学生の就労態度や適切な職
場での行動などを、学校としても指導することなどが求められた1059。
また、授業時間の多様化に伴う大学の経費増も課題として指摘されている1060。学生に
実務訓練を課すことによって、それぞれの学生が授業を受けられる時間帯が多様化、同
じ授業を違った時間帯に提供する必要性が出てくるため、大学としては経費が増加して
しまう。同大学では 57.8%の学部生が Co-op 教育に参加しており、それに伴って全体の
18.4%の追加授業が必要になっていると試算されている。
2)
継続的に実施できていることの要因
同大学は設立当初から就労を通した訓練を通して学生を実社会に対応できる人材へと
育成することを念頭に置いており、学内での Co-op 教育の教育的価値への理解が深い1061。
参加企業は Co-op 教育への参加を負担としてはみておらず、同プログラムを通して就
労する学生をむしろ自社の課題を解決する資源として、また、将来的な採用可能性のあ
る人材としてもみている1062。
3)
継続的に実施するための工夫
CECS はパートナーシップを広げるための活動を行なっており、2010 年 11 月に米イリ
ノイ州のロックフォードで行われたイベントには、CECS の代表が訪れ、電気・ソフト
ウェア・システムデザイン工学を含む様々な学問を学ぶ学生を企業・機関に斡旋してい
る1063。優秀な卒業生をスターCo-op 学生として、彼らが同プログラムを通して達成した
成果をプログラムの宣伝に利用したりしている1064。
学生の数を上回る募集ポジションがあれば、それだけ各学生にあった就労機会を得る
ことができる可能性も高まるため、各学部で新しいプログラムが作られた時などには、
すでに Co-op 教育に参加している企業と連絡をとりあい、新しいプログラムに見合った
就労機会を作ってもらうよう協力を依頼する1065。この場合、募集掲示のタイミングが非
常に重要となるため、企業との交渉開始のタイミングを合わせることが重要になる。
1059
1060
1061
1062
1063
1064
1065
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
http://www.watcace.uwaterloo.ca/CostBenefitCo-opStudyFinal.pdf
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
http://coop.uwaterloo.ca/rockford/
インタビューのコメント
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
446
経費増加に対応すべく、Co-op 教育参加によって授業参加時間の限られる学生にも効
率よい教育を提供するための予算増加を政府機関に訴えている1066。また、オンライン・
クラスの充実などといった手段もとられている1067。
各学部からも CECS の運営に関わるスタッフを参加させ、学内での Co-op 教育への理
解を浸透させ、より就業期間と就労期間に相互連携できるような努力をしている1068。
さらに、同大学では、Co-op 教育参加学生向けワークショップや説明会を開きたいと
いう企業からのリクエストを多く受けているが、大学の許容も考えながらバランスをと
るよう気をつけている。例えば、1 つの企業でも部門毎に担当者が違い、各担当者でリ
クエストが異なる場合、大学がその要求のすべてに応えることはリソースとして難しい
ため、大学としてまとまった要望を出してもらうように企業に依頼している1069。
同大学では CECS 用に設計・建築された 3 階建ての建物をもち、企業による学生への
説明会や面接のための設備が整えられている1070。同大学はカナダで唯一、CECS 専用の
建物を持つ大学である。この CECS を通じて、同大学の産学連携教育は次のように運用
されている。
•
CECS では毎学期、次学期の実務訓練先を探している学生のリクルートを目的
として、カナダはもちろん、米国、太平洋・ヨーロッパ諸国から数多くの企業
が訪れ、多い時には一日に 110 人もの面接官が訪れることもある。
•
CECS のウェブサイトには、企業が学生の履歴書・成績などを検索・閲覧でき
るシステムが整っている。
•
企業の面接官が複数の学生の面接をするために CECS を訪れる場合、学生には
自分の番を知らせる“ページャー”が渡され、その時に面接を受ける学生のみ
が面接室に近づくようにして騒音を制限する工夫がなされている。
•
Center for Career Action(1階)では、就労先検索のためのトレーニングや模擬
インタビューを通して学生の就職活動をサポートしている。学生はこのサービ
スを利用して就労訓練先を探し、面接を受ける中で、卒業する時に必要となる
就職活動のためのスキル(検索・面接の準備・面接でのプレゼン能力等)を身
につけることになる。なお、各企業は自社が同大学の Co-op 教育プログラムに
参加しているかどうかによって、卒業する学生をリクルートできるかどうかを
大学に制限されるということはない。
•
各企業が複数の学生へ説明会を行ない、それぞれの学生と面接するための施設
(大小の会議室(2 階・3 階))が整えられている。
•
企業の面接官が CECS を訪問できない場合に備え、交換センターに接続された
電話面接専用のブース(コールセンター(2 階・3 階))が用意されている。
1066
1067
1068
1069
1070
http://www.watcace.uwaterloo.ca/CostBenefitCo-opStudyFinal.pdf
http://secretariat.uwaterloo.ca/OfficialDocuments/CECSReport.pdf
インタビューのコメント
インタビューのコメント
インタビューの際に、施設紹介ツアーを実施。
447
•
インターネットを使った遠隔面接のための施設(ウェブ面接室(2 階・3 階))
が用意されている。
•
大学側スタッフと企業の面接官が面会し、フィードバックを交換する場(雇用
主ラウンジ(2 階・3 階))が設けられている。
•
CECS のスタッフは 140 名おり、企業と学生の仲介をしている。CECS のビジ
ネスオフィスには約 30 名が常駐しており企業との連絡、実務訓練中の学生の
サポートや、面接・リクルートイベントのスケジュール等に従事している。そ
の中でも、シニア運営スタッフは、それぞれの学部・学科の学生・教授陣との
関係構築や、各企業・学生とのルールに関する連絡といった業務を担当してい
る。残りはフィールドスタッフとして自宅勤務をしており、主に各地の企業と
の関係を担当している。なお、各学生と企業が提出する評価書類もこのビジネ
スオフィスに保管されている他、企業が CECS を訪れる際には防災扉風の扉で
遮断して外から見えないようにする工夫も施されている。
企業は、Co-op 教育に参加した学生の採用や、同大学の卒業生の正社員としての採用
を念頭に、CECS とのコミュニケーションを頻繁に行うことを通じて、Co-op 教育を積極
的に活用している1071。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
同大学の Co-op 教育では、学習期間と就労期間の間での連携努力をしているとされる
が、企業で学生の指導にあたる社員が大学の教員や職員になるという点については、特
に顕著な例は文献及びインタビューでも触れられていない。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
同大学から直接、あるいはカナダ全体のプログラム、もしくは Co-op Japan プログラ
ム1072を通して、同大学の学生が日本企業での Co-op 教育に参加することは可能である。
現在 7 人が日本で実務訓練に従事しており、1 月から更に 10 名が来日する予定である1073。
就労先としては、Goldman Sacks、Manual Life 等の外資系に加え、日立や山武といった
日本企業も挙げられた1074。
同大学は 1980 年代後半より、鳥取大学や京都大学といった日本の大学と留学生の交換
を目的とした提携を結んでおり、こうした提携を通じて同大学の Co-op 教育に触れた日
本の学生・研究者も多い1075。また、ウォータールー大学はブリティッシュコロンビア大
1071
1072
1073
1074
1075
インタビューでのコメント
http://www.thecoopjapanprogram.com/program.php
日本からの学生数は同大学によれば、2011 年夏学期 2 名、同秋学期 6 名、2012 年冬学期 10 名である。
インタビューでのコメント
http://www.systems.uwaterloo.ca/Faculty/Hipel/Paper/TOTTORI%20EXCHANGE%20PROGRAM.pdf
448
学が運営する日加 Co-op プログラム1076にも創設当初から参加しており、工学・数学・科
学・人文・ビジネスを学ぶ学生にカリキュラムの条件から逸脱しない範囲での日本企業
での就労機会を認めている1077。日加 Co-op プログラムに合格した学生は、同プログラム
のサポートを得ながら日本企業での就労機会を探すこととなる1078。このように毎年カナ
ダ以外の国(ほとんどが米国)で就労機会を探す学生は毎年約 1,400 人いる1079。
ただし、日本の場合、企業が学生を有用な人材として扱わない、給与を支払う文化も
ないという懸念もウォータールー大学の側から示されている。同大学の学生が日本で実
務訓練期間を過ごすことも少なくないが、その場合は(就労条件の良さから)外資系の
企業で実務訓練を行うことが多い。カナダでも Co-op 教育への賛同を躊躇している大
学・企業が同大学設立当初からあり、こうした団体にも少しずつ価値を見出してもらう
ことが必要である。少しずつでも学生を職場へ派遣し、各企業にその価値を見出しても
らうことが解決策のひとつと考えられている1080。
同大学の Co-op 教育参加学生を中国の企業に斡旋した際に、中国の企業も最初は懐疑
的であったが、同大学で教育を受けた学生が自国に戻り、企業の研究所に勤めながら同
大学の Co-op 教育に参加している学生を雇うことで企業にプログラムの価値を証明した
例もある1081。
その他、同大学の学生が海外で Co-op 教育を実施する場合には、距離と時間が最大の
障害となっており、例えば 1 月から実務訓練を開始する場合にはその前の学期の 9 月よ
り選考を開始して学期末までには決定を下さなければならず、企業側の早期対応が必要
となる。また、同大学の海外 Co-op 実務訓練受け入れ先として最も多い米国では、学生
のビザ申請にかかる費用は雇用先の企業が受け持ち、大学は契約会社を通して法的なサ
ポートを行っている1082。
1076
1077
1078
1079
1080
1081
1082
http://www.thecoopjapanprogram.com/index.php
http://www.cecs.uwaterloo.ca/students/international/japan.php
http://www.thecoopjapanprogram.com/prospectivestudents.php
http://www.cecs.uwaterloo.ca/students/international/co-op.php
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
インタビューでのコメント
449
4.2.3
イギリス
(1) ラフバラ大学
工学デザイン教育センター
表 3-54
ヒアリング概要
Loughborough University
訪問日時
2011 年 12 月 12 日(月)13 時〜14 時 30 分
担当者
Fiona Lamb(Associate Director of Centre for Engineering and Design Education
(CEDE))
所在地
Keith Green Building, Faculty of Engineering
Loughborough University,
Leicestershire, LE11 3TU UK.1083
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
ラフバラ大学のエンジニアリング関連の5学科が Centre for Engineering and Design
Education (CEDE)を運営し、教育に産学連携を取り入れる活動をしている。なお、CEDE
は 2011 年に Engineering Centre for Excellence in Teaching and Learning(engCETL)と
Engineering Subject Centre が合併し、改称された組織である。
CEDE は同大学エンジニアリング学部に付属している。engCETL は、前身であるエン
ジニアリング教育センター(Engineering Education Centre)で培った実業に焦点を当てた
エンジニアリング教育を基本方針としている1084。CEDE の工学関連の5学科には以下が
含まれる。
•
航空・自動車工学
•
電子・電気・システム工学
•
土木・建設工学
•
機械・生産工学
•
デザイン
CEDE の主たる役割は、企業との連携を促進することである、企業と連携してイベン
トの企画・開催や客員講師・教授の招聘などを行っている。CEDE は情報、ノウハウの
共有、蓄積の場であり、各学科に対して、トップダウンで何か強制的な力を持つ司令塔
を担うわけではない。政府の方針、例えば卒業生の就職率を上げることについて、個々
の教授が持っているアイディアを具現化する手伝いをしたり、ある学科が企業との連携
の中で問題が生じた場合に仲裁をしたり、ある学科の成功体験を別の学科に広めたりと
いった、ボトムアップの活動を中心とするコーディネータ的な存在である。各学科で実
施された企業との連携事例、プロジェクト事例、成功事例などの事例研究、ノウハウの
1083
1084
http://www.lboro.ac.uk/about/map/download.html、http://www.lboro.ac.uk/about/findus.html
http://www.engcetl.ac.uk/about/
450
紹介などを冊子にまとめて配布することも CEDE の役割である1085。
企業との連携事例は後述するが、特定の企業を想定した連携ではなく、様々な理由で
企業が連携を中止する場合もあるため、CEDE は常に新たな連携先を探しており、所属
する各学科に対して、連携内容や企業との連携の構築方法などの事例を提供している1086。
2)
対象とする教育
各エンジニアリング学科の学部レベル(Undergraduate Study)で、履修期間が3年間
の BEng コースと4年間の MEng コースが提供されている。特に、産学連携を教育に取
り入れた具体例として、Diploma in Industrial Studies(DIS)、Teaching Contract Scheme、
Sponsored Degree Programme が実践されている。下表は、それらの概要である。
BEng と MEng は、それぞれ Bachelor of Engineering と Master of Engineering の略である
が1087、両方とも学部レベルの学位であり、公認技術者(Chartered Engineer: CEng)の資
格取得基準の準拠に違いがある。MEng は、CEng の取得要件をすべて満たす課程である
一方、BEng は、CEng を取得するには一部要件を満たしていない課程である1088。
表 3-55
産学連携教育の要素を含んだ具体的コース例
コース名
Diploma in
Industrial Studies
(DIS1089)
概要
•
•
•
•
同大学の 60%程度のエンジニアリングを専攻する学部レベルの学
生が、カリキュラムの一環として 1 年間の企業実務体験を選択して
いる。基準を満たして修了すると、Diploma in Industrial Studies とい
う修了証が授与される。
企業は、この制度を採用までのプロセスの一部と見ており、学生
個々人の能力を評価できる機会としている。
学生にとっても、この制度は、経験を積み、意識を高められるなど、
より就職に強くなる機会ととらえている。ある電気・電子工学専攻
の学生からの言葉として「企業での 1 年間は、学生生活の中で貴重
な経験だった。期待以上のスキル向上も果たせたし、大学に戻った
際には取り組み姿勢もよくなり、結果的に大学での授業の成績も大
幅に向上した。」といった感想も出ている。
この制度による Diploma in Industrial Studies の取得基準は次のとお
り。
最低 45 週間の勤務
企業派遣中、定期的な報告書の提出
企業側指導員からの中間・最終報告書の提出
関連書籍や研究を利用した 5000 単語の論文作成
1085
インタビューコメントより。
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/industry/engcetl_guide_to_industry_teaching_involvement.pdf
1087
フォローアップ質問への Fiona Lamb 氏からの回答による。
1088
http://www.lboro.ac.uk/eng/undergraduate/why.html
1089
http://www.engcetl.ac.uk/industry/placements
1086
451
p11-p13
コース名
Teaching Contract
Scheme1092
概要
•
企業派遣中、大学の指導員が 2 度訪問する。初回は派遣直後、研修
プログラムについての打ち合わせと企業側指導員との面会が目的
で、2 度目は、その後の進捗状況の確認と論文テーマの確定である。
•
通常は 2 年次と 3 年次の間、企業での実習経験を積むもので、単位
の認定はなく、卒業が 1 年遅れるものの、半数以上の学生が参加し
ている。
•
企業派遣中、学生はフルタイムで勤務する1090。
•
通常、学生は有給で働き、年間で 1 万 2500 ポンドから 2 万ポンド
の範囲である1091。
•
機械・生産工学科で実施されており、現在 14 企業、200 名の学生が
参加している。
•
2 年次と 4 年次の学生が、大学と協力企業との調整のもとで設定さ
れたプロジェクトに挑む。2 年次に全学生が参加する「応用エンジ
ニアリングデザイン:実務プロジェクト」で、最大 4 名のグループ
ワークで完成させる。MEng の最終学年である 4 年次は、さらに大
きなプロジェクトを手掛けるが、同時に、2 年生の指導係も務める。
•
•
Sponsored Degree
Programme1093
•
このスキームの開始時、学生は企業を訪問し、プロジェクトの詳細
について打ち合わせて決定する。理解を深めるため、講義も並行し
て行われる。企業担当者は、年間に何度か大学で行われる進捗報告
会や指導に参加する。学生は、最終報告書の提出と報告会での説明
が義務付けられている。
本スキームには、企業側が、企業訪問、プロジェクト費用、報告書
作成、報告会開催等の必要経費程度の料金を支払うこととなってい
る。
企業コンソーシアムがカリキュラムの開発に関与し、企業の要望が
直接プログラムに反映されてきた。
•
参加学生と企業が近い距離で接する機会を持つことができる。
•
大学および学生に対して資金的支援を行う。
•
•
•
土木・建設工学科では、三つのプログラムがあり、年間 60 名~100
名の学生が参加している。各学生はスポンサー企業で一年を通して
実習する。
電子・電気・システム工学科では、問題解決型やプロジェクト形式
のプログラムが多い。3 社が協力しており、年間 25 名~40 名の学
生が参加。最終年次開始時に就職の提示が企業からなされ、約 75%
が受け入れている。
機械・生産工学科の学生向けには、企業がカリキュラムの開発から
1090
フォローアップ質問への Fiona Lamb 氏からの回答による。
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
インタビューでは、稀に無給の場合もあるという話もあった。
1092
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
1093
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
1091
452
p36
p36-p37
p37-p38
コース名
概要
採用までを企画したプログラムが提供されている。学生はコンソー
シアムのスポンサー企業の 1 社で、1年次と2年次のそれぞれ夏休
み期間中に企業で 4 週間実習し、そのまま3年次の前期も企業に残
り、個人の研究プロジェクトを仕上げる。この段階で、スポンサー
企業への採用契約を結ぶことができる。
出典:ラフバラ大学ウェブサイトを基に作成
3)
教育の狙い・目的
CEDE の目的の一つとして、企業のニーズに応えられる人材を育成できるよう、エン
ジニアリング及びデザイン専攻の学生を支援することが挙げられている1094。その目的達
成のための戦略として、次の3つを掲げている1095。
•
エンジニアリング専攻の学生の就職に結びつくスキルの向上
•
企業の関与と連携の構築と拡大
•
企業基準の教育施設の維持
CEDE の前身であった engCETL は、カリキュラムのデザインから実施において企業の
参加を積極的に推進してきた経緯があり、
「企業との連携に基づいた教育」というラフバ
ラ大学の評判を高めている1096。
4)
実施体制
各学科の授業は専任の教員を中心に行われているが、engCETL は 2010 年 3 月に「教
育への産業界の参画:教育機関のためのガイド(The Involvement of Industry in Teaching: A
Guide for Academics)」1097を作成、大学教育に企業の参加を求めることを積極的に促進し
ようとしている。その中で、産学連携の実例として次のような事例を挙げている。
•
企業が教育を目的として学生に委託するプロジェクト
•
企業見学
•
企業からのゲストスピーカーの招聘
•
講演会の開催
•
企業のエンジニアによる事例研究を題材に、企業/産業が抱える問題を掘り
下げる授業の提供
1094
1095
1096
1097
•
退職直後のエンジニアへの客員教授依頼または講師職としてスカウト
•
現役エンジニアによる短期または通期の授業提供
•
企業がスポンサーとなって実施される褒章、コンペの実施
http://cede.lboro.ac.uk/about.html
http://cede.lboro.ac.uk/downloads/strategic_plan_2011.pdf
http://cede.lboro.ac.uk/downloads/brochure.pdf p6
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/industry/engcetl_guide_to_industry_teaching_involvement.pdf
453
p12-p13
•
学生のグループワークに対して、企業の相談窓口設置
•
様々なテーマでの企業からの報告会実施
•
企業による学生の受け入れ
•
学生、教員、企業の共著による出版
•
(企業関係者への)学部の顧問への就任依頼
•
(企業社員向けの)学位プログラムの提供
•
学生が企業の現場での経験が得られる実習コースの提供
FD の一環として、大学教育が、技術や知識、手法の面で高いレベルが維持されるよ
う、教授陣の間の競争原理を働かそうという目的でプロジェクトプロポーザル(Project
Proposal)というイベントがあり、同大学の特徴ともなっている1098。
プロジェクトプロポーザルは、CEDE に所属する学科の教員であれば誰でも提出でき、
選ばれたプロジェクトには予算と人員が措置される。プロジェクトのテーマとしては、
2010 年度~2011 年度の場合、engCETL/CEDE が目座す次のような内容が例示されてい
る1099。
5)
•
オンライン学習を活用した授業の質と学生の学習環境の向上
•
DIS 不参加の学生の就職スキルの向上
•
学生の起業活動の促進
•
新しい視聴覚機器を授業に組み入れる方法
•
企業が学生に求めるスキルの明確化
産学の役割分担
企業から派遣された講師は、通常のコースワークよりも、特定のテーマを扱う授業を
受け持つことが一般的である。例えば、企業論、技術革新、起業精神、企業での経験な
どのテーマで、講師の経験談などを通して、現実社会で技術がどのように活用されてい
るのか、技術をどのようにビジネスにするかを教えている。一人の講師が受け持つ授業
は年間 30 時間に限定されている。現役エンジニアが教えることばかりにエネルギーを注
ぐと、技術の進歩といった面から勢いを失うことにもつながりかねないため、担当する
内容を大学教員陣と区別している。経験豊かなエンジニアの講師には、その豊かな経験
や多くの事例を使った授業で学生の理解を深めることを期待し、比較的若いエンジニア
の講師には、学生が近い将来の自分の姿を想像し、今学んでいることの重要性を感じて
もらえるような人材像を提供することを、大学としては期待している1100。
6)
コーディネート機関の関与
企業が学生を受け入れたり、同大学に講師を派遣したりすることに協力する企業との
1098
1099
1100
インタビューコメントより。
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/projects/engCETL_proposal_guidelines_Summer2010.pdf
インタビューコメントより。
454
大学側の接点は、CEDE が担うようにしている1101。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
前述の Teaching Contract Scheme や Sponsored Degree Program を通して、学生は企業の
関与のもとにグループワークやリサーチプロジェクトを仕上げる。テーマについては、
大学と企業間の調整で決められている。ただし、インタビューでは、卒論・修士論文・
博士論文に関する言及はなかった。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
DIS は単位の認定がなく、このプログラムに参加すると通常 3 年の履修期間が 4 年に
延長される。その他のプログラムは選択制のカリキュラムの一部として単位が認定され
る。
9)
必要となる経費とその負担
CEDE は、参加している 5 つの学科からそれぞれ持ちよられる予算で運営されている。
各学科が個別で活動するよりも効果的で持続性のある運営ができるとの認識を関係者が
共有している1102。
英国王立工学アカデミー(Royal Academy of Engineering1103:RAE)が 2010 年 2 月に発表
した調査報告書「産業界のための工学専攻の卒業生(Engineering graduates for industry)1104」
によれば、同大学における産学連携プログラム実施にかかる年間費用の概算は、DIS で
570,000 ポンド1105、Teaching Contact Scheme で 50,000 ポンド、Sponsored Degree Program
で 95,000 ポンドとされている1106。
本報告書は、企業が必要とする技術を有する工学専攻の卒業生を増やす方法を探るこ
とを目的として、2008 年に英国政府企業イノベーション・スキル省(Department for
Business, Innovation and Skills:BIS)から委託された調査で、同大学も、他の 5 大学とと
もに本調査に参加した1107。
なお、RAE は Visiting Teaching Fellows 制度として、現役のエンジニアを 2 年間の期限
で大学の客員講師に就かせ1108、また Visiting Professors’ Schemes 制度で経験豊かなエン
ジニアを客員教授として大学に派遣している1109。これらの制度により、企業から派遣さ
れる講師等の給与は RAE が負担している1110。その他の人件費については、学科によって
差異はあるかもしれないが、交通費などの実費や学生プロジェクトの指導などに対して
1101
1102
1103
1104
1105
1106
1107
1108
1109
1110
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
http://www.raeng.org.uk/about/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
Royal Academy の資料には Industrial Placement と表現されているが、ラフバラ大学では DIS について、Industrial
Placement という呼称も併用されており、これも DIS を指す。
http://www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf p52
http://www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf introduction
http://www.raeng.org.uk/education/vtf/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/default.htm
インタビューコメントより。
455
固定費を負担する場合を除けば、通常は大学から企業への支払いは発生しない1111。
DIS の受け入れ企業は、学生に対して年間 12,500~20,000 ポンドを支給している。ま
た、Sponsored Degree Programmes への協力企業は、学部に対して学生一人あたり 400 ポ
ンドを支払い、各学生に対して年間 1,500 ポンドを支給することとなっている1112。
10) 公的支援の利用状況
企 業 イ ノ ベ ー シ ョ ン ・ ス キ ル 省 傘 下 の イ ン グ ラ ン ド 高 等 教 育 資 金 会 議 ( Higher
Education Funding Council for England:HEFCE)1113の教育拠点制度(Centre for Excellence in
Teaching and Learning:CETL1114)から、毎年 50 万ポンドの資金を受けている。そのほ
か同制度から、エンジニアリング学部の中心的な建物となる CEDE の施設建設に 164 万
5 千ポンドの資金を受けた1115。
CETL は、①卓越した教育実践を褒章し、②更にその教育が充実するよう投資を行う、
ことを目的とした資金的支援の制度である。この制度により、74 の教育機関が、2005-2006
年度から 2009-2010 年度までの 5 年間で、総額 3 億 1500 万ポンドの資金援助を受けた。
各機関は、年間 20 万ポンドから 50 万ポンドの運営資金を 5 年間、また設備資金として
80 万ポンドから 235 万ポンドの支援を受けた1116。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
1997 年、エンジニアリング学部を対象にサポートセンターを開設した1117。その後、幾
度かの改称を経て、2005 年 3 月に engCETL1118、2011 年に CEDE となった。
2)
抱えていた課題
かつてはエンジニアリング分野の各学科が(産学連携において)バラバラな活動をし
ており、各学科の教授陣から、統一した情報の共有、成功事例の横の展開の必要性が指
摘されていた。
3)
きっかけ
教育学習拠点設立のための HEFEC の資金を獲得したことが直接のきっかけとなった
1119
。当初は、研究開発に関する産学連携が主だったが、その後、教育方法なども含むよ
1111
1112
1113
1114
1115
1116
1117
1118
1119
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/industry/engcetl_guide_to_industry_teaching_involvement.pdf
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf p36-p38
http://www.hefce.ac.uk/
http://www.hefce.ac.uk/learning/tinits/cetl/
http://www.engcetl.ac.uk/about/
http://www.hefce.ac.uk/learning/tinits/cetl/
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf p38
http://www.engcetl.ac.uk/about/
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf p38
456
p25
うになるなど、協力分野が拡大した1120。
4)
組織的な取り組みとなった背景
大学の教育や研究に企業が参加することによって、公式、非公式問わず、様々なフィ
ードバックが得られ、教育プログラムの新たな広がりを検討することに役立っている。
また、企業のニーズを理解し、それに応えるような動きができる。こうした考えが、同
大学のスタッフに浸透している1121。
こうした利点のある産学連携について、各学科が個別で実施するよりも、現行の CEDE
を通じた方法のほうが効率的で効果的だという考えが共有されている1122。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
前述の HEFCE は、知識や技術の向上により事業が成長し、高等教育が社会経済の発
展に貢献していくことを目標に、人材開発プログラム(Workforce Development Programme)
を実践することを通じて、教育と企業の間に新しい連携を奨励している。その活動の一
例として、大学での企業参加型プロジェクトに補助金を出している。2010-2011 年度で
は、協賛企業 4,600 社から 2,120 万ポンドの協力があり、31,500 名の学生が参加した1123。
同大学も利用している RAE のエンジニアを大学教育に取り入れる制度で、多くの大学
で産学連携の一環としてエンジニアが客員教授として大学教育に参加している。次ペー
ジ表にその内容を示す。
1120
インタビューコメントより。
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf p35
1122
インタビューコメントより。
1123
http://www.hefce.ac.uk/econsoc/、http://www.hefce.ac.uk/econsoc/employer/
1121
457
表 3-56
英国王立工学アカデミーが実施する産学連携の制度
制度
概要
Visiting
Teaching
Fellows
経験に基づいた教育をコンセプトに、現役エンジニアを通じて教育材料と実際
の現場での課題を結びつけながら、教育カリキュラムを強化することを目的と
している。2年の任期で、これまで2期が終了している1124。
Visiting
Professors’
Schemes
経験に基づいた教育をコンセプトに経験豊かなエンジニアを客員教授として
学部レベルのカリキュラムを強化し、工学専攻の学生の質・能力向上を目的と
して、現在、以下4分野で実施している1125。
• 設計工学原論の客員教授(Visiting Professors in Principles of Engineering
Design):1989 年に始まり、延べ 209 名のエンジニアを 46 校に派遣1126
• 持続的開発のための設計工学の客員教授(Visiting Professors in Engineering
Design for Sustainable Development)
:1998 年に始まり、これまで 28 名のエ
1127
ンジニアを 26 校に派遣
• 統合システム設計の客員教授(Visiting Professors in Integrated System
Design):2007 年に始まり、32 名のエンジニアを 25 校に派遣1128
• 技術革新の客員教授(Visiting Professors in Innovation):始まって5年目、
現在 21 校に派遣1129
出典:英国王立工学アカデミーのウェブサイト
英国王立工学アカデミーが調査した 8 大学の産学連携方法は、次のような形式にまと
められる。
表 3-57
企業関与の要素のまとめ
カテゴリー
企業から授業へのインプット
企業からカリキュラムへのインプット
企業の関与の要素
•
•
•
•
•
•
企業からの客員教授
講師のスカウト
企業からのゲストスピーカー
企業のエンジニアによるセミナー
その他、研修、メンター、個人指導、
プログラムへのスポンサー参加
•
•
•
•
企業連絡会の設置・運営
研究結果をベースにしたインプット
企業がスポンサーとなる学生への褒章
非公式の企業からのインプット
出典:Engineering graduates for industry1130
1124
1125
1126
1127
1128
1129
1130
http://www.raeng.org.uk/education/vtf/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/principles/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/sustdev/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/systemdesign/default.htm
http://www.raeng.org.uk/education/vps/profinnovation/default.htm
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf p45
458
上記の他、実験機器やソフトウェアの貸与または提供、資金提供、学生の採用、職場
訪問などがある1131。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
DIS に参加した学生は、卒業後、エンジニアリング・技術関連分野を進路として選択
する割合が、参加しなかった学生よりも高い。2006 年から 2007 年の年度に卒業した学
生についての調査結果によると、DIS 参加学生の 85%が卒業後 6 か月以内に最初の就職
先として関連分野に進んだ一方、不参加の学生は 60%に留まった1132。
Sponsored Degree Programme については1133、土木・建築工学科で 1990 年代初期に、BSc
課程向けの学生に 2 種類のプログラムが始まり、2001 年に MEng 課程向けに 3 種類目の
プログラムが始まった。以来、のべ 26 社の企業からプログラム企画に協力を得て、毎年
60 名~100 名の学生が参加してきた。電気・電子・システム工学科では、15 年前から継
続しており、年間 25 名~40 名の学生が参加している。また、機械・生産工学科では、5
年前に開始したばかりであるが、国際的な企業の参加を得てプログラムを実施している。
2)
関係者のメリット
企業にとってのメリット1134としては、以下が挙げられる。
•
企業は、DIS の期間中、1 年間に渡って学生の働く様子や、プレゼンテーション
の様子など、学生を様々な角度から観察することができることが、採用の判断に
プラスとみている。
•
学生の自由な発想が、社員の制約された発想よりも優れている場合もあり、ある
企業が抱えていた問題を実際に解決に導いたこともあった。
•
プロジェクトを通じて学生の指導を経験することで、企業の若いエンジニアの指
導力を養う機会となっている。これは、社会人として重要なスキルであり、企業
にとって得るものは大きいと考えている。
•
企業が学生を受け入れたり、講師を派遣したりすることで、特に知名度の低い中
小企業にとっては、学生に自社を知ってもらう機会となる。例えば、ブリティッ
シュシュガーという会社は、学生にあまり知られていないが、ここで研修するこ
とにより、学生が興味を持ち、就職先として考えるきっかけになっている。
•
大企業でも、例えば小売大手の TESCO は自社内に建築部門を持ち、店舗建設を
行っているが、建築学科の学生がその事実を知っていることは稀である。TESCO
が設計プロジェクトをラフバラ大学に提供し、学生が携わることで、建築学科の
1131
1132
1133
1134
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
インタビューコメントより。
459
p45
p36
p36-p37
学生にも就職先の候補として考えてもらうきっかけとなるなど、表に出ない企業
の仕事や部門を知ってもらう機会となっている。これは、学生にとっても、将来
の選択肢の幅を広げることにつながっている。
•
大学との連携に限定したメリットではないが、企業は研究開発投資として税制上
の優遇措置を受けることができる。
一方、大学にとってのメリットは、産学連携プログラムを通して、学生が学んだエン
ジニアリング技術を実社会で経験できることである。例えば、TESCO の事例のように建
築工学専攻の学生が小売業界で店舗設計を経験することで、小売りや店舗といった側面
から建築を考え、より具体的な理解と応用力が身につき、エンジニアとしての自信につ
ながることを大学も期待している1135。
3)
事例についての評価の方法
学生の学習経験を広げるために、教育研究と評価の実践方法を探っている。現時点で
は、企業ニーズを満たし、企業家精神が旺盛で、生産的で革新的な卒業生を世に送り出
すべく、連携する他の学部や協力企業と共同で技術的・非技術的問わず、成功事例の発
掘を試みている。
教育拠点(CETL)として、学生の学習経験に役立つ事例についての情報を求めている1136。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
DIS への学生の参加率が平均 57%に留まっている。大学が学生に DIS への参加費を課
すように制度が変更されたことに加え、できるだけ早く卒業して、就職しようと考える
学生が増えたことが背景にある。同大学としては、この制度への参加を義務づけようと
は考えておらず、参加するかどうかは学生の意思に委ねる方針である。また、このプロ
グラム自体、1 年という期間が長すぎるという声が学生から挙がることもある1137。
Teaching Contract Scheme ではどれだけ時間と労力を費やすかに、学生個人の高い意識
が求められるが、時としてグループワークがうまくいかないケースが見受けられる1138。
Sponsored Degree Programmes においては、協力し続けてくれる企業を見つけることが
課題になっている。企業の収益状況、方針の優先順位、主要担当者の変更などが、企業
の協力姿勢に大きな影響を与える。また、このプログラムに参加した学生に対する企業
の人気が高く、時として、スポンサー企業ではなく他企業に就職することがあり、スポ
ンサー企業の期待を裏切らないためにも、プログラム運営には細心の注意が求められ
る1139。
1135
1136
1137
1138
1139
インタビューコメントより。
http://www.engcetl.ac.uk/research/
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
www.raeng.org.uk/education/scet/pdf/Engineering_graduates_for_industry_report.pdf
460
p36
p37
p38
産学連携を通じて、特に若いエンジニアが、学生とのプロジェクトに参加したり、企
業研修の一環で大学での研修(Continuing Education for Employees)を受けるなどして、
大学と接触することで啓発され、修士号など高い学位をめざしてみようと思うきっかけ
となることがある。企業にとっては人材の流出につながるため、大学と企業との間の摩
擦の原因となるとともに、それが深刻化することもある1140。
英国の大学は、2 校を除いてすべて国立である。そのため、授業料は政府の決定で変
更されることになっており、来年度から年間 3,000 ポンドから 9,000 ポンドに値上げさ
れることになっている。これにより、学生の大学への期待度が高くなり、また卒業後の
収入についてもそれだけ期待が高まるような事態が予想される。しかし、同大学として
はこの問題に対して具体的な対策を講じることができない状態である。また、ラフバラ
大学の学生は、ほとんどが従来型のフルタイムの学生が主流であって、高校を卒業して
入学し、卒業後は社会に出るというパターンであるが、授業料が高くなると、パートタ
イムの学生の増加、遠方からの入学者の減少、休学と復学を繰り返す学生の増加、修士
まで目指す学生の減少など、学生の気質や方向性が大きく変わることが予想され、それ
に大学がどう対応するのかが課題になると考えている。授業料の問題は、今後さらに深
刻化していくと予想される。学生が少なくなれば、大学自体の経営悪化に及ぶことも考
えられる1141。
2)
継続的に実施できていることの要因
常に、連携先として適当な企業について情報収集し、人づてに紹介を受けたり、説明
会を開催したり、講演を依頼したり、卒業生の進路先であった場合は、卒業生に仲介し
てもらうなど、様々な接触を時間をかけて試みている。特に大手企業になると、多くの
大学からアプローチを受け、複数の大学と連携することになるため、他の大学との競争
になる。接触までに 1 年から 2 年、その後連携を構築し、深めるまでに数年と、息の長
い活動を行っている1142。
3)
継続的に実施するための工夫
一度、企業と構築した関係は持続、発展させることが重要であり、窓口であった担当
者がいなくなったら消滅してしまうことを避けるため、組織としての関係維持に尽力し、
特定の大学教員と特定の企業関係者という個人的関係にしないことが重要である1143。
企業が産学連携に参画する方法としては、プロジェクトのスポンサーになること、講
師を派遣すること、講演することなど、様々な方法があるが、企業の特徴を生かしなが
ら、どの企業とどのような連携が一番よい形になるか見極めながらつきあう必要がある1144。
1140
1141
1142
1143
1144
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
461
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
企業から派遣される客員教授は、CEDE に出向する形で、非常勤で教えている1145。
2009 年度時点で、当時 engCETL に所属していた材料工学科と化学工学科を含めたエ
ンジニアリング関連 7 学科にこうした客員教授が各 1 名在籍していた1146。その他、前述
した RAE の制度を利用した派遣講師の受け入れにより、現在大部分の学科に派遣講師が
数名ずつ在籍している。なお、企業からスカウトした教員(Bought-in Teachers)は、同
大学の方針として削減する方向である1147。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
DIS プログラムにおいて、航空・自動車工学科の学生が、日本企業である日産自動車
の英国法人 Nissan Technical Centre Europe で研修をした実績がある1148。その他の日本企業
との連携については公表できない。日本の大学との連携については、エンジニアリング
分野に限らず、多くの研究者との交流と実績を有している1149。
1145
1146
1147
1148
1149
フォローアップ質問への Fiona Lamb 氏からの回答による。
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/publications/engCETL_Stakeholder_Report_2009.pdf
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/industry/engcetl_guide_to_industry_teaching_involvement.pdf
http://www.engcetl.ac.uk/downloads/industry/engcetl_guide_to_industry_teaching_involvement.pdf
フォローアップ質問への Fiona Lamb 氏からの回答による。
462
p12
p109
(2) ランカスター大学
InfoLab21
表 3-58
ヒアリング概要
Lancaster University
訪問日
2011 年 12 月 15 日(木)13 時〜15 時(施設内見学含む)
担当者
Steve Riches, Director of Business Knowledge Centre
Professor David Hutchinson, School of Computing and Communications
所在地
InfoLab 21, Lancaster University, BailriggLancaster, United Kingdom LA1 4YW
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
コンピューティング・コミュニケーション学部(SCC)は、委託契約研究、共同研究、
学生のプロジェクト支援、学生の斡旋、研修、講演等のさまざまな方法で、大企業、中
小企業にかかわらず産業界と連携している。
SCC は、北西地区情報コミュニケーションシステム研究拠点(Northwest Centre of
Excellence for Information & Communications Systems)である InfoLab21 に属している。
InfoLab21 は、大学教育を行っている SCC と ICT 関連企業や、企業との共同事業や知識・
技術の移転の促進を担っているナレッジ事業化センター(Knowledge Business Centre:
KBC)の 2 部門で構成されている。KBC の事業開発チームは、IT の専門家を求めてい
たり、SCC の支援や協力関係を求めている企業に対して、無料で斡旋・仲介を行ってい
る1150。
InfoLab21 は、北西地区の ICT 関連企業との関係強化に力を入れ、現在 600 以上の企
業が正式な Associate として加盟し、InfoLab21 の活動に参加している1151。加盟している
企業には、ウェブデザインや SEO 対策を主要サービスとしている Atlas Computer Systems、
電話システムや通信製品の設置・メンテナンスを主要サービスとしている Abbey Telecom、
ゲームのデザインや開発、アニメーションサービスの Apalon などの中小企業が加盟して
いる。
2)
対象とする教育
同学部では、学部レベルと修士レベルのいずれにおいても、産学連携教育を経験でき
るよう設計されている。同学部の教授陣は、学生がコースを適切に選択し、また選択し
た履修コースを最大限に活用するために協力を惜しまず、親身に指導や助言を行ってい
る。
学士課程1152は、技術について総合的に理解できるように、以下の考え方を基礎におい
1150
1151
1152
http://www.scc.lancs.ac.uk/business/
http://www.infolab21.lancs.ac.uk/business/associate_company_scheme/
http://www.scc.lancs.ac.uk/undergraduate/
463
ている。
•
理論的な知識修得と実際の企業現場への参加を通じて、従来の学業と実体験を
バランスよく調和させる。
•
幅広いモジュールが用意され、学生はそれぞれ独自に考えたコースを作ること
ができ、将来のキャリアパスを念頭にして履修できる。
学士課程の分野は、次の 5 分野で、それぞれ履修年限は 3 年だが、2012 年度 10 月
からの新学期からは、企業実習と修士課程を組み合わせて、4 年で修了できるコース
や、3 年間のうち 1 年間を海外の提携大学に留学し単位の互換ができるコースなどを
選択することもできる。実習する企業は、KBC が連携している 500 社以上から学生の
希望等を考慮して決定される1153。
①
コンピュータサイエンス(Computer Science)
②
コンピュータサイエンスイノベーション(Computer Science Innovation)
③
ソフトウェアエンジニアリング(Software Engineering)
④
クリエイティブ産業向け IT(IT for Creative Industries)
⑤
コミュニケーションシステムと電子工学(Communication Systems and
Electronics)
これらの分野で必修科目となっているプログラミングの授業において、1 年次には、
ラボで 1 人で行う小規模プロジェクトを経験し、2 年時には、2~3 人がグループワーク
で、それぞれが違う役割を持ち、より規模の大きいプロジェクトを経験する。これらの
プロジェクトは、必ず大学教員か研究員の監督の下に行われる。3 年次には、1 人で行う
プロジェクトを課せられるが、これは大学教員の監督だけでなく、企業の技術者も監督
してもらい、そこで学生が企業との接点を持てるようにしている1154。
修士課程1155は、将来、希望する進路に求められる知識や技術が身に付くよう、13 の幅
広い理学修士(MSc)プログラムを提供しており、コンピュータサイエンス及び通信分
野の研究では国際的な拠点のひとつとして認知度が高く、またコンピュータサイエンス
分野では英国国内の大学トップ 10 のひとつに数えられている。MSc プログラムは、次
のような考えを基本として設計されている。
•
理論的な知識修得と実際の企業現場への参加を通じて、従来の学業と実体験を
バランスよく調和させる。
•
幅広いモジュールが用意され、学生はそれぞれ独自に考えたコースを作ること
ができ、将来のキャリアパスを念頭に履修することができる。
•
1153
1154
1155
最新の研究室、その他施設を利用することができる。
http://www.scc.lancs.ac.uk/undergraduate/
企業実習は、2 社で各 4 週間、さらに 1 社で 8 週間で合計 16 週間となる。ただし、②には企業実習コースはな
く、①、③、④は新設のため現時点ではまだ実績がない模様である。
インタビューコメントより。
http://www.scc.lancs.ac.uk/masters/
464
•
InfoLab21 傘下の KBC を活用することができる。学生は KBC を通じて、500
以上の IT 関連企業とのつながりを持つ機会を持てるため、就職先との出会い
や起業に必要な人脈作りに活用することが可能である。
修士課程プログラム(13 種類)を下表に示す1156。専門修士課程とは、取得済みの学士
号の分野が SCC 関連分野ではない学生向けに提供されるもので、基礎的な内容から専門
科目までを包括的に提供している。下表のとおり、すべての修士プログラムで専門修士
課程を設けているわけではないが、同課程を設定しているプログラムでは幅広い専攻分
野からの学生を受け入れている。
表 3-59
ランカスター大学 SCC における 13 の修士課程プログラム
パート
タイム
関連分 野
学士
専門修 士
課程の 有無
○
○
○
×
ランカスター
クリティカル・ソフトウェア工学:
Critical Software Engineering
○
○
○
×
ランカスター
サイバーセキュリティ:Cyber Security
○
○
×
○
ランカスター
分散システム工学:
Distributed Systems Engineering
○
○
○
×
ランカスター
デジタルシグナルプロセッサ(DSP)及び
インテリジェント・システム:
DSP and Intelligent Systems
○
○
○
×
ランカスター
人間とコンピュータの相互作用:
Human Computer Interaction
○
×
×
○
ランカスター
モバイルとユビキタス・コンピューティング
Mobile and Ubiquitous Computing
○
○
○
×
ランカスター
モバイル・ブロードバンド通信:
Mobile Broadband Communications
○
○
○
×
ランカスター
マルチメディアネットワーク:
Multimedia Networking
○
○
○
×
ランカスター
マルチメディア製作と配信:
Multimedia Production and Distribution
○
○
×
○
ランカスター
ネットワークとインターネットシステム:
Network and Internet Systems
○
×
×
○
ランカスター
ソーシャルネットワーク技術:
Social Network Technologies
○
○
×
○
ランカスター
モバイルシステム:
Mobile Systems
○
○
○
×
フルタ イム
上級コンピュータサイエンス:
Advanced Computer Science
MSc 分野名・概説
カザフスタン
出典:http://www.scc.lancs.ac.uk/masters/masters_courses/から抜粋。
1156
1157
場所
http://www.scc.lancs.ac.uk/masters/masters_courses/
http://www.kbtu.kz/en カザフ英国工科大学(Kazakh-British Technical University)
465
1157
こうした学位取得プログラムの他、SCC の学生及び卒業生には InfoLab21 に参加して
いる企業の事業に関与する機会がある。具体的なプログラムとして代表的なものには、
InfoLab21 グラジュエートアカデミー(InfoLab21 Graduate Academy:IGA1158)と、スチ
ューデントアカデミー(Student Academy1159)がある。
IGA は 2007 年 1 月、KBC が立ち上げたプログラムで、欧州地域開発ファンド(European
Regional Development Fund:ERDF)から一部資金提供を受けて設立された。同プログラ
ムでは、InfoLab21 の IT 及びその他デジタル関連分野の中小企業向けに、IT 関連の支援
を提供する。SCC の IT 系学部卒業生が、就職が決まるまでの短期間を前提に IGA に在
籍し、地元中小企業とのプロジェクトに参加し、実務経験を積むことができる。この制
度は、中小企業の競争力を高めるとともに、卒業生の就職先の拡大と地元定着を狙って
いる。1 つのプロジェクトは平均 2~4 週間程度で、中小企業との共同作業が多く発生す
る。同プログラムに参加する卒業生は、博士課程のスタッフや InfoLab21 公認のサプラ
イヤーの支援を受けて、ネットワーク、セキュリティ、ベストプラクティス、アプリケ
ーション開発、フロント・バックエンドでのウェブ開発、E コマースなどの分野でのソ
リューションやコンサルティングを中小企業に向けて提供することになる。これまで
161 社が参加し、755 万ポンドの売上増に貢献するとともに、120 人相当の新規雇用を創
出すると同時に、46 人の雇用を守るなどの効果をあげている。
また、IGA の一環として、大学が学生をパートタイムで臨時雇用して、それぞれの専
門分野に合った企業で実務を体験できるプログラムスチューデント・アカデミーも開始
されている。同プログラムは、大学の幅広い知識や技術を提供し、企業が IT システムの
開発に取り組めるように支援すると同時に InfoLab21 が抱える 150 人以上の博士課程の
学生、修士課程、学士課程の学生が企業との共同作業を通して、企業で求められる技術
を身につける機会を提供する。また、学生と地域の企業がつながりを持つことにより、
企業側が学生の働きぶりを見ることができ、採用の可能性を早くから評価する機会にも
なっている。プロジェクトの期間は、数週間から数カ月と必要に応じて決められる。
3)
教育の狙い・目的
同学部での教育は、学士課程、修士課程ともに、理論的な知識の修得だけではなく、
実際の現場への参加を通じて、学生が学業と実体験をバランスよく調和できるようにす
るという考えに基づきデザインされている1160。学生が企業の採用面接を受ける際に、知
識を得ただけで卒業した場合には、面接で自信を持って企業の質問に回答することがで
きない。しかし、同大学のように、実際に企業から依頼を受けたプロジェクトで学んだ
1158
1159
1160
http://www.infolab21.lancs.ac.uk/about/kbc/graduate_academy.php
http://www.infolab21.lancs.ac.uk/about/kbc/the_student_academy.php
http://www.scc.lancs.ac.uk/undergraduate/
http://www.scc.lancs.ac.uk/masters/
466
ことを応用しながらやり遂げている学生は、経験を通じて自信を得ることができる1161。
4)
実施体制
通常、授業は大学の専任教員が担当しているが、企業との連携で、ゲストスピーカー
として授業で話してもらったり、客員教授として授業を持ってもらうことがある。派遣
元企業は British Telecom が多い。通常、3~4 人程度の客員教授がいる1162。なお、企業は、
大学内での人脈を広げられることをメリットと感じている。
5)
産学の役割分担
企業からの客員教授やゲストスピーカーが行う授業で話される内容は、開発中の技術
や、技術者としての仕事の内容、技術者としての経験談、就職時に卒業生に求めること
などの範囲に限定されている1163。
6)
コーディネート機関の関与
InfoLab21 に所属している KBC が、あらゆる企業との窓口となり、また企業との連携
を促進するために様々なイベントを企画し、実施している1164。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
企業からの客員教授が大学院生の論文指導に関わることはあるが、時間的制約を考慮
した上で可能な場合に限られる。大学側の教員としては、そういった行動は歓迎するべ
きだと考えている1165。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
上述の通り、学士レベルのプログラミングのプロジェクトについては、3 年次に 1 人
で行う必修の開発プロジェクトがあり、ここでは大学教員に加え、企業の技術者も監督
者として参加するため、学生が企業との接点を持つことができる1166。修士レベルでは、
修了プロジェクト(Dissertation Project)が必修となっているが、企業から派遣された客
員教授の関与はあまりないようである。
一方、グラジュエートアカデミー、スチューデントアカデミーはカリキュラムの中に
組み込まれてはいない。
1161
1162
1163
1164
1165
1166
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
Hutchison 教授からのフォローアップ質問への回答。
インタビューコメントより。
467
9)
必要となる経費とその負担
通常カリキュラムに含まれるプログラミングにおける産学連携における費用分担、特
に企業からの寄付等について、インタビューでは触れられていない。
しかし、学生が企業で就労経験を得るスチューデントアカデミーで実施されるプロジ
ェクトについては、Northwest Development Agency や前出の ERDF の公的補助金が支払わ
れており、大学は学生に年間 18,000 ポンド程度の給与を支払っている1167。
企業からの講師派遣についての人件費は通常は企業負担であるが、企業は大学内に人
脈ができることをメリットと感じている1168。
10) 公的支援の利用状況
InfoLab21 は政府から広範な公的資金援助を受けている。資金提供をしている政府機関
には、北西地区開発庁(NWDA)、欧州地域開発ファンド(ERDF)、HEFCE が含まれる
1169
。また、InfoLab21 の建物建設資金 1,200 万ポンドにも、政府の補助金が投入されてい
る1170。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
2001 年から 2002 年にかけて、同大学が KBC の前身である Business Enterprise Centre
を開設することとなった時期に重なる1171。
2)
抱えていた課題
英国政府の基本方針として中小企業における研究開発促進が掲げられていたが、多く
の中小企業は単独でそのような研究開発に取り組む余裕がなかった。そこで、同大学と
の連携で研究開発を行うきっかけを作ろうとしたのが InfoLab21 であった1172。
3)
きっかけ
ERDF1173の提案募集に応募し、400 万ポンドの資金を獲得したことが、設立の直接的な
きっかけとなった1174。
4)
組織的な取り組みとなった背景
同大学は、大学の第1の使命「研究」、第 2 の使命「教育」に続き、地域経済発展への
1167
1168
1169
1170
1171
1172
1173
1174
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
http://www.infolab21.lancs.ac.uk/about/
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
http://europa.eu/legislation_summaries/employment_and_social_policy/job_creation_measures/l60015_en.htm
インタビューコメントより。
468
貢献を「第 3 の使命」と掲げている。この第 3 の使命を現実的なものとするため、Business
Enterprise Centre を開設した。同センターは後に KBC と改称している1175。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
英国では、政府などの公的資金を大学に提供し、大学からの技術移転によって、中小
企業を育成しようとする政策を採っているため、大学が中小企業を支援するプログラム
/プロジェクトが多く実施されている。そういったプロジェクトが、前述の IGA やスチ
ューデントアカデミー等の制度を通じて学生や卒業生が実務経験を積む機会として活用
されている1176。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
InfoLab21 は、ERDF のプロジェクト補助金を 5 回、総額 630 万ポンド獲得した。また、
過去 3 年間で中小企業 435 社の支援を実施し、33 社の起業/スピンアウトを実現してき
た1177。
スチューデントアカデミーでのプロジェクト体験は、実社会に自分の能力を応用する
能力を養う機会となっているが、当初、学内ではあまり期待されていなかった。しかし、
今日ではさまざまな企業から依頼を受け、成果も上がり、学生の教育効果も高いという
評価を受け、今や学内で注目されているプログラムになっている1178。
2)
関係者のメリット
これらの産学連携に関わる企業にとってのメリットとして、以下の点が挙げられる1179。
•
中小企業にとって、InfoLab21 と連携することは、無料でセミナーに参加で
きたり、プロジェクトを依頼できたりすることはもちろんだが、大学にネ
ットワークを作り、施設を利用できることも大きなメリットである。
•
依頼したプロジェクトを通して学生の能力をゆっくり観察できる。英国で
は、人を雇用すると、なかなか解雇できないルールが労使関係にあり、中
小企業が学生を採用することは大きな決断である。中小企業は、スチュー
デントアカデミーの制度を利用して、学生の働きを見ることができ、その
企業が求める人材か、社風に合うかなどを見極めて採用につながるケース
がある。
1175
1176
1177
1178
1179
インタビューコメントより。
その他、英国の制度としては、ラフバラ大学の関連セクションを参照。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
469
•
大企業が大学と連携することについては、英国の大学全体に言えることだ
が、Collaborative Awards in Science and Engineering(CASE)という政府と企
業が博士課程の学生に学費、生活費を支給する制度がある。研究テーマは
学生、大学、企業の間で合意された内容になるが、企業は、研究での指導
権を得られるほか、特許の権利も手に入れることができる場合が多い。ま
た、博士課程修了後、その学生の採用につながる場合が多い。
一方、大学のメリットとしては、教育という観点から、学生が地域の中小企業のため
に働くという経験をすることが有意義と考えている。
3)
事例についての評価の方法
具体的に評価されているわけではないが、2002 年の発足時以来、5 つの ERDF プロジ
ェクト、総額 630 万ポンドを獲得している。グラジュエートアカデミーでの企業支援に
より、161 社、121 人相当の新規雇用、46 人相当の雇用維持、755 万ポンドの売上増を実
績としている1180。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
来年度からの英国大学における授業料値上がりが決定された。これにより学生がどれ
だけ減るのか、大学運営にどれだけ影響が出るのかはまだ未知数である。現段階では、
同大学への影響は限定的だとしているが、不確実性が高い1181。
2)
継続的に実施できていることの要因
政府は、大学に経済効果のある教育を求めるべく、前労働党政権下で創設された補助
金制度で InfoLab21 を設立した。InfoLab21 の研究機関や大学が地域の技術革新のハブと
なり、中小企業育成に貢献していくという意識の下、活動を進めている1182。
英国は、他の欧州と比較して中小企業、ベンチャー企業の割合が大きいが、KBC がそ
の関係構築の窓口となっており、北西地域にある約 600 の企業のデータベースを持ち、
常にアップデートしている。KBC はスタッフを 25 名抱え、データベースの管理のほか、
例えばモバイル財布技術やソーシャルメディア技術といったテーマで講演会などを開催
し、地域企業に案内している。これが地域の中小企業との関係構築のきっかけとなって
いる1183。
1180
1181
1182
1183
インタビューコメントおよびプレゼンテーション資料「InfoLab21」より
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
470
3)
継続的に実施するための工夫
British Telecom、HP、Microsoft などの大企業とは様々な会議を通して交流する機会が
あるが、地元の中小企業との交流機会は少ないため、KBC が企画・開催する様々なセミ
ナーへの参加を促進し、関係作りに努めている。直近では、インターネットセキュリテ
ィ、モバイル財布やタブレットデバイスなど中小企業に興味を持ってもらうようなテー
マで朝食・昼食セミナーを企画し、大学、InfoLab21 の認知度を上げる努力をしている1184。
同学部のカリキュラムは、British Computer Society
(BCS)や Institution of Engineering
1185
and Technology1186(IET)といった企業団体の認証を受けたコースワークが含まれており、
企業が学生に望んでいる技術的知識が習得できるようになっている。近年、技術面だけ
でなく、マネジメントの分野も企業が求めるようになり、カリキュラムの中にマネジメ
ントの授業も組み入れた1187。
プログラミングの授業では、JAVA や C 言語といった特定の言語そのものを教えるの
ではなく、どんな言語でも容易に理解できる応用力を身に付けることを目標にしている。
特定の言語だけに詳しくても、違う言語を理解するためには、就職後に再教育を受けな
ければんらない。大企業と違い、中小企業にはその再教育を提供する余裕がない。大学
教育として、短期的に役立つことではなく、長期的に役立つ教育をすべきと考えている1188。
コンピュータの分野では、コミュニケーション技術に特化した分野を教えており、コ
ンピュータネットワーク、アーキテクチャ、ソフトウェアエンジニアリングといった科
目が多い。英国全体での話だが、コンピュータについて全般的なことを学んだ学生の失
業率が高いという統計がある。コンピュータを学んでいれば必ず就職できるというわけ
ではなく、その中で何かに特化した技術者を目指す必要がある1189。
なお、同プログラムは政府からの様々な補助金を受けているため、その性格上、資金
の活用方法などについては、政府の指示に従う必要があり、制約が多いという問題があ
る1190。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
企業から SCC に派遣される客員教授は、通常 3~4 名が在籍しており、British Telecom
の社員が多い。担当している授業の内容は、開発中の技術や、技術者としての仕事の内
容・経験談、就職時に卒業生に求めることなどの範囲に限定されている1191。
1184
1185
1186
1187
1188
1189
1190
1191
インタビューコメントより。
http://www.bcs.org/
http://www.theiet.org/
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
471
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
現在、日本の大学との連携、交流等のつながりはないが、NEC、Sony、日立、東芝な
どの日本企業との連携実績はある。日本の大学とは、ネットワーク・テストベッド
(network testbeds)、セキュリティ、Resilient Networks、省エネルギーシステム分野など
での連携を望んでいる1192。
1192
Hutchison 教授からのフォローアップ質問への回答。
472
4.2.4
フランス
(1) ピカルディー・ジュール・ヴェルヌ大学
モデリング・インフォメーションシステ
ム研究所(アミアン)
表 3-60
ヒアリング概要
Université de Picardie Jules Verne
訪問日時
2012 年 1 月 19 日(木)11 時~12 時
担当者
Laure Devendeville: MIS, Lecturer
Anas Abdoul Soukour: Ph.D. Student, CIFRE program in ICTS France S.A.
Christian Masquelier: Director of Graduate School of Science and Health, Coordinator
of an Enarmus Mundus Program (European Master’s Degree in Materials for
Energy Storage & Conversion: MESC)
El Mustapha Mouaddib: Vice Director of MIS
所在地
Chemin du Thil, 80 025 Amiens
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
フランス北部、パリから電車で 1 時間程の距離に位置するアミアンを拠点とし、後述
の CIFRE 制度などを通して、主にパリに拠点を持つ企業との繋がりが強い1193。同大学で
の産学連携は、各企業全体との関わりというよりは、各企業に勤める個々の職員との関
係で成り立っており、そのほとんどが同大学の卒業生で構成されている。フランスの一
般的な公立大学として公的支援も受けているが、比較的新しい地方大学であり、教職員
や学生が積極的に企業との関係を構築・維持するために努力している。
2)
対象とする教育
同大学では、現在、17 学部と7つの研究所を持ち、23,000 名の学生が在学する1194。
ヨーロッパ統一の課程制度に則り、3 年の学士課程(License)、2 年の修士課程(Master)、
3 年の博士課程(Doctorat)という LMD システムを置いている。学士課程の 2 年目の終
わりに 30 種類ある職業学士課程(Licences professionnelles)を選ぶことで、卒業後の就
職先で求められるスキルを身につけることも可能である1195
1196
。
職業学士課程は 2000 年よりフランス全土の大学で取り入れられた 1 年間の学士課程へ
の付属プログラムで、学士レベルの 2 年間の教育を修了した学生(BTS(上級技術者免
状)、DUT(技術短大就業免状)といった 2 年で取得できる学位の保持者を含む)が編
入することができ、合計 3 年の学士課程の教育を修了後すぐに実業界での就職を目指す
1193
1194
1195
1196
インタビュー時のコメント。
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=&RUBNAV=&CODE=01540979&LANGUE=1
http://www.u-picardie.fr/servlet/com.univ.utils.LectureFichierJoint?CODE=1297760156138&LANGUE=1
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=&RUBNAV=&CODE=01540979&LANGUE=1
473
ことができるようカリキュラムが組まれている1197。通常、卒業後に実業界での就労なし
で大学院への進学を目指す学生がこのプログラムを利用することは少ない。
また、IT 分野に関しては、理学部(UFR des Sciences)内にコンピュータサイエンス学
科(Département informatique)を置き、IT 教育を行っている1198。
年数 + 8
DOCTRAT
+7
博士課程
+6
クレジット数
+5
300
Proffesionnelle
Recherche
職業修士
研究修士
+4
MASTER
+3
+2
180
修士課程
Licences
Proffesionnelles
職業学士課程
120
LICENCE
DUT
+1
L3
学士課程
L2
技術短大就業免状
L1
バカロレア
図 3-27
同大学におけるカリキュラム図式
出典:http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=&RUBNAV=&CODE=45351931&LANGUE=0
1197
1198
http://ressources.campusfrance.org/catalogues_recherche/diplomes/en/licencepro_en.pdf
http://www.enseignementsup-recherche.gouv.fr/cid20181/licence-professionnelle.html
http://www.education.gouv.fr/cid4953/la-reussite-licence-professionnelle.html
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_structure.jsp?STNAV=US&RUBNAV=&CODE=US&LANGUE=0
474
表 3-61
同大学での IT カリキュラム
学士課程
学部
専攻
コース
科学・技術・保健
コンピュータサイエ
ンス
コンピュータサイエンス
数学
コンピュータ技術のビジネス経営への応用
(Méthodes Informatiques Appliquées à la
Gestion des Entreprises: MIAGE)
数学
コンピュータサイエンス
職業学士課程
学部
専攻
科学・技術・保健
Networks and Telecommunications - Webdeveloper
(Saint-Quentin)
Networks and Telecommunications - Networks and Computer
Engineering (Amiens)
Information systems and Databases : Communication
and Mobile Computer Technology
(Saint-Quentin, distance learning)
Computer systemand Software - Computerised conception
engineering (Saint-Quentin)
Automation and Industrial Information Technology :
Robotics and Industrial Vision (Amiens)
Automation and Industrial Information Technology - OnBoard Car Systems (Amiens)
Automation and Industrial Information Technology Automatisms, Networks and Remote Maintenance
(Cuffies-Soissons)
修士課程1199
1199
1200
http://mis.u-picardie.fr/M2-MIS/index.php?option=com_content&view=article&id=9&Itemid=17
475
学部
専攻
コース
科学・技術・保健
情報・コミュニケーション科学技
術(Sciences et Technologies de
l’Information et de la
communication: STIC)
コンピュータ技術のビジネス経
営への応用(MIAGE)
(職務訓練
1201
中心)
電気・電子・オートメーションと
コンピュータ工学(Électronique
Électrotechnique Automatique et
Informatique Industrielle: EEAII )
(職務訓練中心)
ILSE
(職務訓練中心)
システム工学とコンピュータネ
ッ ト ワ ー ク ( Ingénierie des
Systèmes et Réseaux Informatiques:
ISRI)(職務訓練中心)
モデリング・インフォメーション
システム(MIS)(研究・開発中
心)
博士課程
学生の興味と大学の予算・必要性に応じて、人文・社会科学と保健・科学の分野における博士課程(厳
密には修士と博士の間の Diplôme d’Études Approfondies と一般の博士号の Ph.D.の二つがある)に進む
学生が募集されている1202。IT 分野の産学連携教育の例としては、企業の研究目的に博士課程の学生を
斡旋する産業研究訓練会議(Conventions Industrielles de Formation par la REcherche: CIFRE)制度1203を利
用した博士課程に進学する学生を募集している1204。学生が大学での研究と平行して民間企業に就労し、
実業界の現場で博士研究を納め、論文を完成させる形をとっている1205。
出典:同大学ウェブサイトを参考に作成
(http://www.u-picardie.fr/servlet/com.univ.utils.LectureFichierJoint?CODE=1297760156138&LANGUE=1)
なお、本調査対象となっている MIS1206はコンピュータサイエンス、オートメーション、
ロボット工学、コンピュータ・ビジョンといった分野の研究者を集め、5 つの研究チー
1200
1201
1202
1203
1204
1205
1206
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=US&RUBNAV=&CODE=10672802&LANGUE=0
このコースは更に以下の 4 つに分かれる。「企業での情報システム管理(Organisation des Systèmes d'Information de
l'Entreprise: OSIE)」「マルチメディア・プロジェクトマネージメント(Conduite de projet multimedia: 2COM)」「マ
ルチメディア情報システムとインターネット(遠隔教育)
(Systèmes d'information multimédia et internet: SIMI)」
「情
報システムと携帯機器(遠隔教育)(Systèmes d'information et informatique nomade: SIIN)」参照:
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=US&RUBNAV=&CODE=10672802&LANGUE=0
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_structure.jsp?STNAV=R1&RUBNAV=&CODE=R1&LANGUE=0
国民教育・高等教育・研究省(Ministère de l'Éducation nationale, de l'Enseignement supérieur et de la Recherche)の資
金により、非営利組織国家研究技術協会(Association nationale de la recherche et de la technologie: ANRT)によって
運営される 30 年の歴史をもつ制度。博士課程の学生を研究者として雇う企業に一定額の援助金を支払う。学生は
給与を受けながら 3 年でその研究に関わる博士論文を完成させる。
http://www.anrt.asso.fr/index.jsp
http://www.u-picardie.fr/servlet/com.univ.utils.LectureFichierJoint?CODE=1319724886730&LANGUE=0&MODE=
http://www.sysfera.fr/IMG/pdf/projet_recherche_MIS-SysFera_EN.pdf
インタビューコメント
http://www.mis.u-picardie.fr/index.php?option=com_content&view=section&layout=blog&id=1&Itemid=28
476
ム(知識、乗り物・制御、グラフ・統合最適化、認知・ロボット工学、分配システム・
ア プ リ ケ ー シ ョ ン ・ 言 語 ) 1207 が 情 報 ・ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 科 学 技 術 ( Sciences et
Technologies de l’Information et de la Communication: STIC)の分野の研究を行なっている。
そのメンバーの内訳は 40 名の研究教授、35 名の博士課程の学生と 4 名の運営・技術職
員である1208。
3)
教育の狙い・目的
同大学の設立目的はアミアンとその周辺地域に総合大学教育を提供することであり1209、
ヨーロッパ基準に則った教育が行われている1210。職業学士課程や産学協同での取り組み
は、そうした総合教育の中でも特に職場適応能力を身に付けたいと考える学生のために
用意されているものといえる。
特に、修士課程では実業界での職務訓練が必須とされているほか、CIFRE 制度を利用
して博士課程の研究を企業で行う学生が多くおり、アカデミックな進路のほかにもより
実業界に密接した教育を受ける選択ができるようになっている1211。
事例:同大学博士課程に在籍する Abdoul Soukour 氏は同大学修士課程で習得したソフト
ウェアアルゴリズムの知識・スキルを応用し、空港セキュリティを手がける大手企業 ICTS
のパリ支部において、職員のスケジュールマネージメントに利用されるソフトウェアの改
良に取り組んでいる。一週間のスケジュールの半分を ICTS で、もう半分を同大学で過ご
すため、アミアン・パリ間を頻繁に往復している(同大学の学生を採用している多くの提
携企業はパリ近郊に存在するため、同様のスケジュールを持つ学生は少なくない)。
4)
実施体制
職業学士課程に進む学生には実業界で活躍する企業講師が講義を行うことが定められ
ている1212。同大学では、こうした企業講師は前述の様にほとんどが同大学の卒業生であ
る1213。
また、研究開発において産学間で協力が行われる場合、公務員である同大学の教員に
民間企業が直接報酬を払うことはできず、大学の施設の維持費等への援助に留まってい
る。このため、教授陣は収入を増やす目的よりも、純粋に、より実践的な最新の知識を
身に付ける目的でこうした企業の依頼に応じている1214。企業職員による社会人向けのセ
ミナー等は料金が高額で、大学の予算ではカバーできないため、同大学の教員が産業界
1207
1208
1209
1210
1211
1212
1213
1214
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=US&RUBNAV=&CODE=94900483&LANGUE=0
http://www.mis.u-picardie.fr/index.php?option=com_content&view=section&layout=blog&id=1&Itemid=28
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=&RUBNAV=&CODE=01540979&LANGUE=1
http://www.u-picardie.fr/servlet/com.univ.utils.LectureFichierJoint?CODE=1297760156138&LANGUE=1
インタビュー時のコメント。
http://ressources.campusfrance.org/catalogues_recherche/diplomes/en/licencepro_en.pdf
http://www.enseignementsup-recherche.gouv.fr/cid20181/licence-professionnelle.html
http://www.education.gouv.fr/cid4953/la-reussite-licence-professionnelle.html
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
477
での最新の技術・課題に触れるための仕組みは現在取り入れられておらず1215、こうした
研究開発への協力の機会を利用して産業界での現状に触れる努力を個々の教員が行って
いるといえる。
5)
産学の役割分担
一般的な大学教育に加え、職業学士課程に進む学生には実業界で活躍する教員が講義
することになっている1216。通常、2 学期で構成されているこの課程では、60 単位の授業
内で教員の監督のもと、実践的なプロジェクトに少数の学生グループが取り組む形をと
っている。また、その後各学生には 12-16 週間の民間企業・機関でのインターンシップ
も課されている。
IT 分野での研究協力に関しては、MIS が以下の企業から研究開発資金の援助を受けて
いる1217。
6)
•
AEROLIA,
•
BA Systèmes,
•
CERN, Lausane, Suisse.
•
Forest-Liné,
•
O2Game,
•
SAP Business Objects, France.
•
SERA-2D, Paris, France.
•
SNCF, Paris, France.
•
Société Airbus,
•
Société ICTS France, Roissy, France.
•
Société Tennaxia, Paris, France.
•
Société Visioscopie, Sophia-Antipolis, France.
•
Traces Tergnier,
•
UbiStorage, Amiens, France.
コーディネート機関の関与
CIFRE 制度を利用した就労先の見つけ方は学生によって様々であり、大学が企業と交
渉し指名された学生を派遣するようなことはしていない1218。例えば、前述の事例にある
Abdoul Soukour 氏が最初に ICTS 社と繋がりを持ったのは、学部生時代に従事していた
1215
1216
1217
1218
Dr. Laure Devendeville に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
http://ressources.campusfrance.org/catalogues_recherche/diplomes/en/licencepro_en.pdf
http://www.enseignementsup-recherche.gouv.fr/cid20181/licence-professionnelle.html
http://www.education.gouv.fr/cid4953/la-reussite-licence-professionnelle.html
http://www.mis.u-picardie.fr/index.php?option=com_content&view=category&layout=blog&id=73&Itemid=132
インタビュー時のコメント。
478
空港警備員のアルバイトの現場である。その後、修士課程でのインターンシップ先も同
社を選択し、その中で取り組んでいたプロジェクトを通して社内ソフトウェアの持つ問
題点を特定し、CIFRE 制度を利用して博士課程でのプロジェクトまで昇華させることに
成功した。
この様に、卒業後の就職活動と同様に、就労先の指定に至るまでの作業のほとんどを
学生が主導で行うが、就労先として考えられる企業のリストを提供する程度のサポート
は大学としても個々の教授レベルで行っている1219。Abdoul Soukour 氏の例でも、修士プ
ロジェクトを CIFRE 制度を利用した博士プロジェクトへ昇華させる段階で、同氏のアド
バイザーである Devendeville 教授が同氏の上司に直接働きかけることで実現した。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与とカリキュラム体系での位置づけ
博士課程の学生が先述の CIFRE 制度を利用した場合には、派遣された企業での研究を
もとに博士論文を完成させることになる1220。
修士職務訓練、CIFRE 制度を通して取り組まれる論文への助言は大学の責任であり、
民間企業は現場での指導以外は関わっていない。また、こうした論文が完成した際に行
われる口頭試問は、フランスでは公開された会場にて行われ、その後に論文が学会誌上
に出版されるのが一般的だが、インターンシップを通して研究が行われた場合には学生
が守秘義務契約に署名することを義務付ける企業も少なくない。この場合は、大学・企
業間で交渉が行われ、審査員のみしか入れない会場で口頭試問を行うなどの調整措置が
とられる。
8)
必要となる経費とその負担
企業の職員が同大学で講義を行う場合(職業学士課程などのケース)、大学の教員が受
け取るのと同額、つまりは、産業界での報酬よりも少ない報酬を受け取ることになって
おり、企業勤めだからといって金額が変わる訳ではない1221。また、民間企業の職員によ
る教育援助は主に各職員の有給休暇などの個人的な余暇を利用してボランティアベース
で行われており、3-4 時間の企業・役職の簡易な紹介に留まるものから、合計 20 時間以
上の講義まで様々である。
9)
公的支援の利用状況
CIFRE 制度を利用した学生を社内にもつ民間企業は、学生が採用されてから 3 年間、
税額控除を受けることができる。こうして生まれた資金をもとに、各学生への賃金が各
企業によって設定されている(法律で定められている最低賃金以外は、特に大学や政府
1219
1220
1221
インタビュー時のコメント。
http://www.anrt.asso.fr/index.jsp
http://www.u-picardie.fr/servlet/com.univ.utils.LectureFichierJoint?CODE=1319724886730&LANGUE=0&MODE=
インタビュー時のコメント。
479
が各学生の賃金を指定することはない)。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
1960 年代まで確立された教育システム(アカデミー)がなかったアミアンとその周辺
地域に総合大学を設立する目的で、1964 年からアミアンの医学・薬学・法学・科学・芸
術の準大学レベルの学校が徐々に統合され 1968 年にアミアン大学が創設された1222。他地
域の教育機関からの反発を受けながらも、紆余曲折を経て、アミアンに長年居住した有
名作家ジュール・ヴェルヌと地元ピカルディー地域圏の名前を冠した現在の大学名を獲
得した。
MIS1223は、2008 年にアミアン・コンピュータサイエンス研究所(Laboratoire de Recherche
en Informatique d’Amiens: LaRIA)とロボット工学・電気工学・オートメーション・セン
ター(Centre de Robotique, d’Électrotechnique et d’Automatique: CREA)が合併して設立さ
れた。
また、同大学での産学連携の要となっている政府によるプログラム、職業学士課程と
CIFRE 制度は、それぞれ 2000 年代と 1980 年代の初頭より運営されており1224
1225
、同大
学も長年参加してきた1226。
2)
抱えていた課題
アミアンとその周辺地域には確立された教育システム(アカデミー)が存在せず、同
地域の学生が学士号以上の学位を得るためには他地域への移住を余儀なくされていた1227。
3)
きっかけ
大学の約 50 年の歴史の間に実業界で活躍する卒業生も増え、同大学の在校生の教育に
協力するようになった1228。
また、実業界のニーズに答え、即戦力になる人材を育成するために、フランス全土で
取り入れられた CIFRE 制度や職業学士課程の制度を同大学が上手に取り入れていった
ことも産学連携を促進する要素となったと考えられる。現に、経済的な強みのないピカ
ルディー地方に位置する同大学は、2000 年に職業学士課程が政府によって導入されると、
即座に同課程をカリキュラムに取り入れた1229。
1222
1223
1224
1225
1226
1227
1228
1229
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=&RUBNAV=&CODE=01540979&LANGUE=1
http://www.mis.u-picardie.fr/index.php?option=com_content&view=section&layout=blog&id=1&Itemid=28
http://ressources.campusfrance.org/catalogues_recherche/diplomes/en/licencepro_en.pdf
http://www.anrt.asso.fr/fr/espace_cifre/accueil.jsp
Dr. Laure Devendeville に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
http://www.u-picardie.fr/jsp/fiche_pagelibre.jsp?STNAV=&RUBNAV=&CODE=01540979&LANGUE=1
インタビューコメント
Dr. Laure Devendeville に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
480
4)
組織的な取り組みとなった背景
同大学が位置するアミアンはパリ都市圏からそれ程隔離されておらず、パリに拠点を
置く多くの企業へのアクセスが可能である1230。特に、比較的新しい地方大学である同大
学の周辺では、企業や研究機関の誘致がまだ完了しておらず、教員や学生が積極的にパ
リに拠点を持つ民間企業へ同大学のプログラムを売り込む必要があり、インターンシッ
プに取り組む学生も自分の能力を企業へ証明しようと努力していた。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
フランスには、相対評価の厳しい入学試験を課すエリート教育機関と絶対評価の入学
試験合格者を全て受け入れる公立の一般大学があり、前者がそれぞれ特定の進路を目指
す学生を教育するのに対し、後者は国際基準での一般的な大学に相当する1231。このため、
前者においては個々の学校毎に産学連携の必要性や形態が変化するのに対し、後者では
学生の卒業後の進路も考慮して積極的に関係構築が図られているといえる。
公立一般大学である同大学はパリの郊外という立地条件を生かして、周辺のエリート
教育機関とも競争しながら、人材育成に有効な企業との連携関係を築いている。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
また、2003 年から 2004 年にかけて職業学位課程に進んだ学生は大学全体で 418 名お
り、9 割近い卒業率を誇っている1232。
同大学のフランス人学生は卒業後は主に国立研究所・大学・民間企業での職に付くが、
国立研究所や大学への予算が縮小されている近年、民間企業での就職が圧倒的に多い1233。
また、留学生は自国へ帰るものがほとんどであり、西アフリカのモーリタニア出身の同
大学の卒業生で同国の閣僚になった者もいる。
2)
関係者のメリット
前述のように、企業職員が同大学に出向いて教育の援助を行う場合、金銭的収入は小
額で、自らの余暇の範囲内で対応しなくてはならないため、金銭的な目的以上に、1)出
身大学の援助、2)卒業後の採用を見据えた学生との交流、3)自身のネットワーク拡大
の 3 つの目的を重視しているといえる1234。
また、CIFRE 制度を通して同大学のコンピュータサイエンス専攻の学生を社内に持つ
民間企業は、IT を専門とする企業でないことも多く、その職員も必ずしも IT の専門家
ではないため、修士・博士レベルの高度な知識と技術を身につけた学生が IT 分野の専門
1230
1231
1232
1233
1234
インタビューコメント
インタビューコメント
http://media.education.gouv.fr/file/03/6/5036.pdf p.3 (Université Amienes)
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
481
家として重宝されている1235。例えば、Abdoul Soukour 氏の場合、修士のインターンシッ
プ期間に ICTS 社内で使用されていた市販のマネージメントソフトウェア内に改良点を
見つけ、博士研究課題として同社での業務に合わせた改良版を開発した。この功績によ
り、同社の職員も同氏が社内にいることの価値を認めている。
さらに、大学にとっても、CIFRE 制度やその他の学生のインターンシップ、企業職員
による教育援助を通して、更なる教育・研究における企業との繋がりを築くことができ、
学生が取り組んでいるプロジェクトを通して実業界で解決策を必要とされている最新の
問題に触れることもできる1236。
3)
事例についての評価の方法
民間企業職員による教育援助に関しては、実業界での最新の課題に触れる機会を学生
に与えられる反面、教員として訓練を受けていない職員による講義であることから、学
生からも賛否両論の意見がある1237。
また、CIFRE 制度においては、同制度への申し込みは国民教育・高等教育・研究省に
運営委託を受けた非営利組織国家研究技術協会へ提出され、大学・企業・学生に対する
審査が行われる他、プロジェクトの実行可能性、教育的価値などに関する項目でも審査
が行われる1238。こうした審査を通過したプロジェクトのみにおいて、企業・学生間で契
約が結ばれることになる。
さらに、同大学では、各学部での教育を国の政府に報告するためと大学内での改良の
ために、卒業の一定期間後に就職先を見つけた卒業生の数などの基準を設けて評価を行
っているが、産学連携での教育の評価という観点では情報は得られなかった1239。教育の
有効性という観点では学生の成績評価にみることができるが、博士課程ではそういった
評価もなされておらず、各学生の学位取得が優秀な成績の証とされている。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
前述のように、CIFRE 制度を利用して博士課程の学生を民間企業に斡旋する上で、大
学側の努力が必要になる背景には、CIFRE 制度が国家プロジェクトであるにもかかわら
ず、政府による推進活動が小規模であることが挙げられる1240。ただし、このことは必ず
しも悪いことではなく、各地域の異なった企業・産業文化に合わせて各大学が独自に同
制度を宣伝することができる理由でもある。
なお、比較的新しい同大学が CIFRE 制度を利用して博士課程の学生を民間企業に斡旋
1235
1236
1237
1238
1239
1240
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビューコメントおよび、Dr. Laure Devendeville に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
インタビュー時のコメント。
482
する上で、以下の 2 つの課題があり、個々の教授や学生が積極的にプログラムを売り込
む必要がある1241。
• 基礎科学も含めた開発研究を専門に行う部署を持つような大手企業は、同大学以
外の名門の大学からの学生を採用しようとする。
• 中小・ベンチャー企業には研究開発を専門に行う余裕はなく、博士研究に取り組
む学生を社内におくことに価値を見出せない。
また、CIFRE 制度の利用を促すために取り入れられた税額控除の制度であるが、その
期間が満了した後は企業にとって学生を雇い続ける大きな理由がなくなってしまう1242。
現在は個々の担当教官がそれぞれの学生に対し、できるだけ 3 年以内で博士研究を仕上
げるよう指導することで対応しているが、博士課程での研究は 3 年以上の月日を必要と
することも少なくなく、そのことを理解している大学・学生側にとって大きな懸念とな
っている。
CIFRE 制度では、各学生は就労先の企業と直接就労契約を結ぶため、特許取得が可能
な技術を学生が開発した場合、学生との契約によっては、その技術が各企業の所有とな
ってしまう1243。同制度下での大学の役割・権限は学生への助言に留まっている。
また、学生が実業界で訓練を受ける上での心構え・モチベーションに関して、Abdoul
Soukour 氏の場合、同氏の ICTS 社への貢献を確実なものとするため、同社は短期間での
同氏の業務目標を細かく設定し、定期的に管理職員と同氏の小規模なミーティングを開
催した1244。このことで同氏は同社に自身と IT が貢献できることを証明でき、自信をもっ
て業務に取り組むことができたと述べている。
なお、若い学生の理数科目への興味の低下はフランスでも日本同様に問題となってお
り、アメリカのフルブライト・プログラムのような、エラスムス・プログラム1245と呼ば
れるイニシアチブが運営されており、理数科目を専攻する外国人学生を誘致する努力が
行われている。こうした努力にもかかわらず、近年の留学生の出身国(主に中国を初め
とするアジア諸国)は同大学を始めとする海外の大学へ出た学生を卒業後に自国に呼び
戻すことにも長けており、多くの学生が卒業後は自国に帰ってしまう。
2)
継続的に実施できていることの要因
それぞれの提携企業は、CIFRE 制度やその他のインターンシップ制度を利用して同大
学の学生を採用する際、どこの大学に通っているのかよりも、学生の性格や業務に対す
る姿勢などを重視して評価している1246。このため、同大学の学生もパリに多数存在する
名門大学の学生と対等に競い合うことができる。
1241
1242
1243
1244
1245
1246
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
欧州委員会による外国人学生の EU 内大学への誘致を目的とした奨学金プログラム。参照:
ec.europa.eu/education/external-relation-programmes/doc72_en.htm
インタビュー時のコメント。
483
それに加え、同大学では、インターンシップに至るまでの学生の教育においても、各
課題に対する解決策をただ丸暗記させるのではなく、学生が自分で考え解決策を見つけ
られるような教育に専念しており、毎週最新の実業界での課題に取り組むカリキュラム
が組まれている1247。実際にインターンシップで実業界に出れば企業での業務を素早く学
び、改良点を見つけ、解決策を練る適応能力が要求されるため、この教育方針がインタ
ーンシップおよび卒業後の就職のために学生に求められる能力を身に付けさせていると
いえる。前述の Abdoul Soukour 氏も、最初に実業界でのインターンシップを始めた際は、
懐疑的な雇い主に自分の能力を証明できるかプレッシャーを感じたが、同大学で学んだ
適応能力と効率性を応用して成功を修めることができたとのことである。
また、民間企業はそれぞれ独自のニーズを持っており、文化やルールも違うため、同
大学と各企業との教育に関する交渉は、CIFRE 制度のみでなく様々な形での協力の可能
性を考慮に入れて行われている1248。
3)
継続的に実施するための工夫
同大学では、CIFRE 制度などを通して既に構築された関係を利用して未開拓の企業と
の関係の構築に努めている。例えば、有名な大企業の業務を同大学の研究者や学生が助
けた事例を紹介することで、他企業にも同大学の学生の能力を知ってもらっている1249。
また、最近では民間企業が自社での課題解決のために同大学教授の専門知識を頼って
くる場合も少なくないが、実業界のメンタリティを当てはめて、特定の問題を一定の短
期間で解決する依頼を持ちかける企業には、公的資金を使って長期の研究を行っている
同大学教員が対応することは難しい1250。企業側にはこうした大学側の状況を理解する努
力が必要になる。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
フランスでは、米国の大学教授の終身雇用契約と違い、長い準備期間を必要とせず、
博士号取得の 1 年後には助教授職(assistant/associate professor)への応募資格を得ること
ができる1251。助教授職就任後は経験次第で教授職へと昇進することになる。このことで、
米国では準備期間中も大学での研究員・教員としての職をサポートするために外部スポ
ンサーを得る必要があるが、フランスではその必要がなく、教職員が大学外の民間企業・
団体と接触する必要があまりない仕組みになっているといえる。また、それとは逆に産
業界の企業在職者が同大学の教員になることも非常に希である1252。
1247
1248
1249
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1251
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インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
Dr. Laure Devendeville に対するフォローアップ質問への回答に基づく。
484
若い研究員や学生に起業を促すことで産業界との連携を深めるために、同大学でも専
門の部署があるが、必ずしも顕著な成功には至っていない1253。学者・学生としての専門
知識を生かしてコンサルティング会社を立ち上げる者はいても、革新的技術を基にした
起業を目指すものは過去 5 年間で皆無である。
しかし、同大学所在地のアミアン周辺地域には、国立研究所、民間企業、大学が協力
して持続可能エネルギーの研究を行う総合研究地域を作る構想があり、地元ピカルディ
ー州政府1254も民間企業の誘致を望んでいる。この結果、今後民間企業が周辺に増加して
いくことが予想されるため、産学の関係がより強まっていく可能性もある1255。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本企業・大学等との連携に対する大学の方針等は示されていない。
CIFRE 制度を利用しての博士課程の学生の就労はフランス国内の企業に限られており、
フランス国外に拠点を持つ企業に就労する場合は各企業のフランス国内の支社・支部に
て就労することになる1256。こうした形での協力は、外国企業と同大学が関係を築くきっ
かけとなっている。
また、同大学での留学生の受け入れに関しては、同大学に配分される予算・資金援助
の量に合わせて募集されるフランス人学生の場合と異なり、同大学入学が決定してから
資金源を確保する必要があることが障害となっているという1257。この場合、まずはそれ
ぞれの学生の出身国での資金源の確保が試みられるが、期間と金額の制限がある場合が
多く、フランス国内からも資金源を探さなければならないケースも少なくない。なお、
前述のエラスマス・プログラムを通した同大学への応募者の内訳は、90%がアジア出身
者であり、その 60%が中国からの留学生、それに続くのが韓国とインドの学生であり、
日本からの応募者は皆無である。
1253
1254
1255
1256
1257
インタビュー時のコメント。
http://www.picardie.fr/
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
485
(2) 高等師範学校
コンピュータサイエンス学部(パリ)
表 3-62
ヒアリング概要
Ecole Normale Supérieure
訪問日
2012 年 1 月 20 日(金)10 時~11 時
担当者
Jean Ponce, School of Computer Science
所在地
45rue d'Ulm, F-75230 Paris cedex 05
① 実施している事例・プログラムの概要
フランスの首都パリに位置する歴史的エリート教育機関である高等師範学校は、パリ
に散在する大学群の中でも、その活動を先導する存在として認識されており、各大学と
の協力体制を強化することで学生に提供されるプログラムを多様化させている1258。同校
が関わるパートナーシップは主に大学や研究機関を対象としたものが多いが、産業界と
の関係も強化しているとされる。
1)
参加組織と役割
同校の IT 教育を担当するコンピュータサイエンス学部関連のフランスの国立研究機
関には以下が挙げられる。
• 国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique: CNRS)
• 国立情報学自動制御研究所(Institut National de Recherche en Informatique et
Automatique: INRIA)
• 国立医学研究機構(Institut National de la Santé et de la Recherché Médicale:
INSERM)
2)
対象とする教育
同校は、絶対評価の試験合格者を全て受け入れている公立一般大学とは対照的に、非
常に厳しい相対評価による統一入学試験制度を採用しているグランゼコール(Grandes
Ecoles)1259と呼ばれる国営エリート高等教育機関の内のトップ校の一つである1260。
14 の教育・研究学部、40 の研究科、100 以上の研究チームを持つ同校では、主に大学
院生を対象に多分野におけるリーダー育成のためのエリート教育を行っており、学部生
は最終学年の学生1261のみを対象に受け入れている1262
1258
1259
1260
1261
1262
1263
。在学学生数も 3,350 名と控えめ
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique12
http://www.cge.asso.fr/nouveau/gdes_ecoles_francaises_en.phtml
インタビューコメント
ヨーロッパ統一の LMD 制度にのっとった 3 年生。グランゼコール進学を目指す学生は高校卒業後 2 年の準備期間
を準備学校で過ごし、入学試験に備えることになる。そのため、グランゼコールでの最初の 1 年の教育は一般の
学士号取得に相当する(インタビューコメント)。
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique8
486
であるが、その中には留学生もいる1264
1265
。学生の内訳は、約 650 名が博士課程の学生、
約 2,700 名がその他の学生となっており、博士課程以外の学生のうち、約 250 名が学部
生であり、2,100 名程が大学院生である1266。博士課程の学生は各研究所で研究指導を受け
る他、約 100 名が研究フェローとして同校に雇われ、研究課題に取り組んでいる1267。コ
ンピュータサイエンス学部では毎年 8-9 名の入学生を迎える小規模教育が行われている
1268
。
フランスを含めた EU 登録諸国からの入学生には準公務員(fonctionnaire-stagiaire)の
地位が与えられ、フランス政府機関で 10 年間就労することを約束する代わりに、在学中
は1か月 1,250 ユーロの給与も与えられる1269。
同校では、パリ内の他大学との協定で提供される修士課程が 60 科目あり、博士課程も
23 科目用意されている1270。IT 教育を担うコンピュータサイエンス学部では準博士課程
(学部 3 年目から入学し、3 年で卒業)1271と修士課程(2 年で卒業)1272を提供しており、
博士課程の学生は研究施設での研究を通して訓練を受けるものとみられる1273。
3)
教育の狙い・目的
同校は、グランゼコールのトップ校の 1 つとして、数々の政治家、科学者、企業家を
輩出し、ノーベル賞をはじめとする栄誉受賞者の基礎を築いてきた1274
1275
。他のグランゼ
コールには少ない人文科目(数学・哲学を含む)や科学科目に特化しており、その教育
は「研究を通した訓練」をモデルとしているため、学術研究機関としての性格も強い(数
学部・哲学部は共に同校最大)1276
1277
。IT 分野では毎年のグランゼコール入学試験で、
同校が最も優秀な 8 人の学生を選抜しているが、その内数名がエコール・ポリテクニー
ク(École polytechnique)1278への進学を選択している1279。その他のグランゼコール入試で
優秀な成績を収めた学生の進学先としてはカシャン高等師範学校が挙げられる。
1984 年に大学の政府からの独立を定めた法律が制定された後の 1987 年に制定された
法律によると、同校は主にフランス国内の大学・その他教育機関、高等学校の教員育成
と、広くは中央政府・公共機関や企業で活躍することを目的とする学生の教育に従事す
1263
1264
1265
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1270
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1278
1279
http://www.ens.fr/spip.php?article280
http://www.ens.fr/spip.php?article280
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf p23
http://www.ens.fr/spip.php?article280
http://www.ens.fr/spip.php?article280
インタビューコメント
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf p23
http://www.ens.fr/spip.php?article280
http://diplome.di.ens.fr/
https://wikimpri.dptinfo.ens-cachan.fr/doku.php
http://www.di.ens.fr/WebHome.html.en
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique8
現在までに 12 人のノーベル賞受賞者、今まで 8 人いるフランス人フィールズ賞受賞者全て、フランス国立科学研
究センター金賞受賞者の半数を輩出している。
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique8
インタビューコメント
グランゼコールの内でも工科学校に分類され、卒業生は博士課程進学よりも民間・政府機関での就職を目指す
(インタビューコメント)。
インタビューコメント
487
る独立した公共教育機関であるとされている1280。
4)
実施体制
教員の数は約 1,000 名で、その内の 200 名が外国人教員である1281。更に 200 名の助教
授が他大学から招かれて教鞭をとっている。
コンピュータサイエンス学部の研究室には 40 名弱の終身雇用契約をもつ研究員が所
属しており、その出身機関の内訳は、同校、INRIA、CNRS でそれぞれ 3 等分している。
この内、同学部での教育にも関わっているのはほとんど全て国家公務員である同校の教
員であり、他機関からの研究員が教育に関わることは稀である1282。
5)
産学の役割分担
産学連携で行われる教育は後述のインターンシップに加え、フランスの税制度である
taxe d’apprentissage1283を利用した大学での教育・研究への資金援助や1284、その他の研究資
金援助、同校内の各研究所との研究契約などがある1285。
同校コンピュータサイエンス学部では、基礎科学やイメージデザインの分野での大小
様々な企業との研究協力が行われており、暗号分野の研究を対象とした Microsoft とのジ
ョイントプロジェクトの例もある1286。
6)
コーディネート機関の関与
同校では民間企業・団体の同校学生のインターンとしてのリクルートをサポートする
Cellule Stages という専門オフィスが用意されており、学生のインターンシップのために
企業と学生をつなぐ役割を担っている1287。ただし、同校ではインターンシップ先は担当
教官が指名するか、大学から学生に提供される候補機関のリストから選択されることが
多く、学生が独自にインターンシップ先を見つけてくることは稀である1288。これは CIFRE
制度を利用した博士課程の学生にも言えることで、教授の民間企業との関係を頼って受
け入れ先が決定されることが多い。
研究協力に関しては、大学の財政部の下に政府機関・民間企業・団体との研究開発協
力を担当する部署(Office of Research Valorization)が設けられており、フランスや EU
の政府援助金への応募のサポート等を行っている1289。その他にも、同校はパリ内の大学
研究機関と協力し、新しい研究開発のアイディアを提供する公共シンクタンクであるア
1280
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1289
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique9
http://www.ens.fr/spip.php?article280
インタビューコメント
フランスの製造業に関わる企業に課せられる税金で、国内の優秀な人材を育成することを目的としている。企
業は自社の税金がどの教育機関で使われるかを指定することができる。参照:http://www.taxeapprentissage.com/
http://www.ens.fr/spip.php?article296
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique13
インタビューコメント
http://www.ens.fr/spip.php?article297
インタビューコメント
http://www.ens.fr/spip.php?article291
488
ゴラノブ(Agoranov)や、特許取得、市場調査やプロトタイプの作成を通して研究開発
の経済的価値を高めることを目的とする機関としてパリノブ(Parinov)を立ち上げてパ
リ周辺の研究機関をサポートしている。
その他、政府の試みとしては、国立研究機構(Agence nationale de la recherche: ANR)1290
やエコロジー・持続可能開発・運輸・住宅省(Ministère de l'Écologie, du Développement
durable, des Transports et du Logement, MEDDTL)傘下の組織である、技術・イノベーシ
ョン総局(Direction de la technique et de l'innovation: DTI)といった政府組織が産学間の研
究協力・契約を促すため、仲介業務を行っている1291。特に、大学・企業で直接結ばれる
ことが多いプロジェクトベースのものではなく、大きな枠での協定に関するものが多い。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与とカリキュラム体系での位置づけ
各学生には教員、教員・研究者、研究者のいずれかの個人監督・指導者が付けられ、
講義・課外活動を含む学生のカリキュラムの内容について毎年学生と話し合い合意を交
わすことになっている1292。
コンピュータサイエンス学部では、以下の 3 種類のインターンシップが課されている。
(1)フランス国立研究機関で行われる短期のもの
(2)国外研究機関で行われるもの
(3)国立研究機関・大学・企業などで行われる長期のもの
これらを通じて、学生に早い段階から博士レベルでの研究に必要な知識やスキルを実践
を通して身につける教育がなされている1293。修士課程では、最低でも 2 年目の最後の学
期にフランス内外の研究施設で 6 ヶ月のインターンシップ(上記(2)と(3))を経験するこ
とが義務付けられているが、それ以上にインターンシップを盛り込みたい学生には大学
の許可を得た上での自由が認められているなど、カリキュラム構成には学生にある程度
の自由が与えられている1294
1295
。また、授業も同校だけでなく、フランス内外の提携大学
で受けることも、大学の許可次第で可能である1296。また、それぞれのインターンシップ
後にはその経験をまとめた 20 ページ以下のレポート提出が求められ、口頭試問も行われ
る1297。このレポートが学会誌に出版されることもある。このレポート作成において学生
は特に助言等を受けず、独自に作成する1298。
また、博士課程の学生は、ピカルディー・ジュール・ヴェルヌ大学の項で紹介された
CIFRE 制度を利用して民間企業でのインターンシップを通して博士研究に従事する学生
1290
1291
1292
1293
1294
1295
1296
1297
1298
http://www.agence-nationale-recherche.fr/
インタビューコメント
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf p12
インタビューコメント
https://wikimpri.dptinfo.ens-cachan.fr/doku.php?id=stages
https://wikimpri.dptinfo.ens-cachan.fr/doku.php
https://wikimpri.dptinfo.ens-cachan.fr/doku.php
https://wikimpri.dptinfo.ens-cachan.fr/doku.php?id=stages
インタビューコメント
489
も多い1299。
8)
必要となる経費とその負担
教員の給与は政府予算から割かれており、終身雇用の国家公務員としての給与を受け
る1300。それに対し、研究に関しては様々な予算が組まれ、欧州委員会やフランス国防総
省の機関である Direction générale de l'Armement(DGA)を含む政府機関や実業界からも
支給され、研究に協力するポストドク、技術職員、フェロー、修士学生の人件費となっ
ている。
9)
公的支援の利用状況
上述のように、国立教育機関である同校では、国家公務員である教員はもちろん、学
生にも政府からの給与が支給されている。
研究開発分野における助成金として最新のものに、2011 年に施行された「将来への投
資」プログラム 1301 の一部として支給されるエクセレンス・イニシアティブ(Initiatives
d’Excellence)1302がある1303。同校を含むパリの 12 高等教育機関で結成される Paris Sciences
& Lettres(PSL)1304がその最初の受給者として選ばれた1305。同校のようなフランスの高等
教育機関は非常に小規模であり、インパクトも小さいため、パリ内のものを含む複数の
フランス国内の大学やその他教育・研究機関共同での大きな研究センター・コミュニテ
ィを作り、北米の大規模大学に対抗できる競争力を付けることを目標としており、PSL
はその足がかりといえる。
なお、元々フランスでは政府主導のイニシアチブは珍しくないが、これほどのスケー
ルで行われるものは稀であり、IT 分野での研究環境にも大きな影響を与えている1306。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
同校は、1794 年にフランス革命中のパリで、新しい国家の誕生に伴って必要とされた
教員の養成のために設立された1307
1308
。
IT 分野においては、1999 年に数学・コンピュータサイエンス学部1309から分裂する形
1299
1300
1301
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1306
1307
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1309
インタビューコメント
インタビューコメント
http://www.elysee.fr/president/root/bank_objects/
110627_Press_Conference_on_the_Investments_in_the_Future_Programme.pdf
http://www.parissciencesetlettres.org/default/EN/all/excellence_en/
インタビューコメント
http://www.parissciencesetlettres.org/default/EN/all/about_en/index.htm
http://www.parissciencesetlettres.org/default/EN/all/excellence_en/
インタビューコメント
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique8
http://www.ens.fr/spip.php?article278
数学部は長年存在したが、1986 年にコンピュータサイエンスが加えられた。
490
でコンピュータサイエンス学部(Département d'informatique)が設立された1310。
その長い歴史とトップ校としての評判が、同校にフランス国内外の国立・教育研究機
関や大手企業との関係を保障してきたといえる。
2)
抱えていた課題
元々、教育機関の教員養成のために設立された同校も、時間の経過と共に、コンピュ
ータサイエンス学部のような人文・科学両分野での学問を学ぶ学生が増え、その就職先
も多様化していき、実業界でのニーズにあった人材育成の必要性が出てきた。
3)
きっかけ
長年、こうしたトップ校としての地位に頼ってきたフランスの高等教育機関も、2003
年の世界ランキングで 50 位以内から脱落したことをきっかけに変革を余儀なくされた
1311
。一般大学とグランゼコールの境を越えた提携や、民間企業・研究機関との協力の強
化の機運が高まっている。
4)
組織的な取り組みとなった背景
同校は、2 世紀以上に渡り様々な分野でのリーダーを育成してきた高等教育機関であ
る1312
1313
という認識の上に、国内外の研究機関や大企業との関係を築くことができたとい
える。しかし、学部レベル教育に関しては、未だに民間企業との協力に対して受動的で
あるともいえる1314。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
同校は、いわゆる小規模エリート教育機関であるグランゼコールにあたるが、こうし
たエリート教育機関ではそれぞれの専門性にあった民間企業との関係が構築されてきた
といえる。
その中でも、同校は他のグランゼコールに所蔵する学校には少ない人文科目や科学科
目に特化しており、その教育は「研究を通した訓練」をモデルとしているため、学術研
究機関としての性格も強い1315。首都パリの中心地に位置し、多くのフランス人学生にと
って魅力的な立地条件であるといえ、エコール・ポリテクニークなどの他校・機関から
の博士フェローも多数同校に集まっている1316。
1310
1311
1312
1313
1314
1315
1316
http://www.di.ens.fr/WhatIsDI.html.en
http://www.universityworldnews.com/article.php?story=20110527211248644
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique8
http://www.ens.fr/spip.php?article278
インタビューコメント
http://www.ens.fr/spip.php?rubrique8
インタビューコメント
491
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
実験科学・数学・コンピュータサイエンスの分野に所属する同校の研究者によって
2006 年に発表された論文数は 1,000 件以上であった1317。
こうした数字にも見られるように、1999 年の創立以来、コンピュータサイエンス学部
の研究施設、ENS コンピュータサイエンス研究室(laboratoire d’informatique de l’ENS:
LIENS)は優秀な成績を修めている 1318 。フランスの公的機関、高等教育研究評価機構
(Agence d’évaluation de la recherche et de l’enseignement supérieur: AERES)1319から A+
の評価を受けた他、2011 年のクアクアレリ・シモンズ世界大学ランキングのコンピュー
タサイエンス分野1320でも 32 位の評価を受けている1321。コンピュータサイエンス学部で
の教育に関しては、毎年 20 人程に教育を提供し1322、今までに 200 名の卒業生を輩出し
ており、その内の 3/4 以上が博士号保持者である1323。
産学連携での取り組みの成果の例としては、エアバス 380 の航空ソフトウェアをアッ
プデートする取り組みに同校のコンピュータサイエンス学部と、国立理工科学校(École
polytechnique)の研究者が関わっている1324。この取り組みから生まれた Astree と名付け
られた統計プログラムは、コンピュータ内のランタイムエラーを検知するもので、航空
ソフトウェア以外にも、2008 年に欧州宇宙機関の無人補給宇宙船ジュール・ヴェルヌの
国際宇宙ステーションへのドッキングソフトウェアのエラー検知に利用されたほか、原
子力発電や医療など様々な場面での利用が期待されている1325。
同校の創立以来の伝統である学術・研究機関への就職を目指すものが多いが、比較的
新しい分野であるコンピュータサイエンス学部においては、政府機関やテクノロジー企
業に幹部クラス社員として就職する者もおり、多様な進路を目指すことが可能であると
いえる1326。政府機関への就職を目指す学生には、一般的な就職サービスに加え、フラン
ス国立行政学院(École Nationale d’Administration: ENA)入学準備講座も用意されており、
民間企業を目指す学生には Normaliens’ Business Club のサポートが提供される1327。
また、コンピュータサイエンス学部の卒業生の進路は、卒業前の年のインターンシッ
プ先によって決定されることが多い。特に、同校博士課程への進学を在学生に促すため
に、同校教授からインターンプロジェクトを提案されることも多く、こうした提案を受
ける学生はその後こうした教授のもとで博士研究に従事することになる。なお、少数で
はあるが、民間企業でのインターンシップも許可されており、在学中のインターンシッ
1317
1318
1319
1320
1321
1322
1323
1324
1325
1326
1327
http://www.ens.fr/spip.php?article280
http://www.di.ens.fr/WhatIsDI.html.en
http://www.aeres-evaluation.com/
http://content.qs.com/wur/Computer_Science.htm
http://www.di.ens.fr/WhatIsDI.html.en
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf
http://www.di.ens.fr/WhatIsDI.html.en
http://www.di.ens.fr/~cousot/projets/ASTREE/; http://www.di.ens.fr/~cousot/projets/ASTREE/RNTL-Poster-ASTREE.pdf
http://www.astree.ens.fr/
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf p.26
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf p.16
492
プを通して米国のスペシャルエフェクトを手がける企業の CISO になった卒業生の例も
ある。
2)
関係者のメリット
同校が産学連携に求めるメリットは研究開発によるものが大きいといえる。産学連携
の研究を通した商品開発やベンチャー起業が仮に成功しなかったとしても、特許取得は
メリットとなることが多く、同校コンピュータサイエンス学部も複数の特許を保持して
いる。
3)
事例についての評価の方法
インタビューにおいて、産学連携(教育・研究とも)に関する具体的な評価方法につ
いての言及はなかった。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
高校卒業後に準備学校入学を必要とし、その後に競争率の厳しい入学試験を課すグラ
ンゼコールへの入学システムを嫌う学生もおり、優秀な学生でも一般大学進学を選択す
るものも少なくなく、民間企業は一般大学に対しても人材獲得の努力を展開している1328。
こうした背景から、同校学生数を拡大する動きがあり、コンピュータサイエンス学部は
入学条件を厳しくしつつ、学生数を現在の約 2 倍の 40 名にすることを次の目標としてい
るが、以下のような課題もある1329
•
1330
。
国立教育機関である同校学生は準国家公務員でもあるため、正規学生数の決定は
政府によって決定される。予算削減を望む現在の政府の意思は、むしろ逆に学生
数の減少をさせることである。
•
これに対する対策として現在同校では、政府の関与がないフェロー学生や留学生
の増加が考えられているが、国立教育機関での非公務員フェロー・留学生の増加
は政治的紛糾を招く可能性がある。
•
学生の数の増加は全体的な平均学力の低下にも繋がることが予想されるため、慎
重にバランスを取る必要がある。
実業界との連携関係の維持においては、同校と連携する大企業は協力プロジェクトに
多くの時間や人員を割いておらず、同校教授も主に研究・教育のタスクに追われ、実業
界との関係を構築・維持するための時間的余裕がないことが課題となっている1331。
また、パリの中心に位置し多くの他機関・大学のフェローシップを利用した学生が在
1328
1329
1330
1331
インタビューコメント
http://www.di.ens.fr/WhatIsDI.html.en
インタビューコメント
インタビューコメント
493
籍する同校では、フェロー学生を生かした研究の自由が比較的少なく、資金はあっても
学生の従事する課題などに関して融通が利かないという課題もある1332。
先進国に共通の問題として、人口低下と学生の興味の低下が挙げられたが、人口の低
下はフランスではドイツを始めとする他のヨーロッパ諸国に比べればそれほど悪い状況
ではない。しかし、理数科目への学生の興味の低下はフランスでも課題となっており、
政府主導で数学オリンピックなどのプログラムを通して理数科目を啓発する努力がすす
められているほか、学術機関と学生とのコミュニケーションを深める目的で同校教授が
各種イベントで同校コンピュータサイエンス学部を紹介する講演を行ったりといったこ
とが行われている。
それに加え、フランスでの課題として、IT 分野の研究員としてのキャリアパスは、あ
る程度の地位を確立してしまえば安定するが、エントリーポジションでは非常に薄給で
あり、同分野から学生を遠ざける大きな理由となっていることが挙げられる1333。このこ
とはフランス政府も大きな問題として捉えており、より平等な給与制度の確立に向けた
努力がなされている。
2)
継続的に実施できていることの要因
優秀な人材の宝庫という学校のブランドが同校の産学連携にとっては重要な意味を持
っていると考えられる。また、昨今の傾向として、基本的にフランス国内で産学連携を
促進する動きがあり、企業との連携が同校にとって大きな資金源となっていることから
1334
、継続的な実施に意味を見出し、ブランド力だけではない工夫をしようとする動きが
出てきている。
3)
継続的に実施するための工夫
企業との連携関係を維持するために大学が行っている工夫としては、学校の評議会に
実業界からの代表を置くことや、同校教授による企業団体での講演などが盛んに行われ
ている1335。その他にも、コンピュータサイエンス学部では、新規に開発されたソフトウ
ェアは学術機関には無料で、民間企業には有料で提供しており、同校の開発能力を宣伝
して新しい関係を築くツールとして利用している。
また、前述の研究援助機関、ANR も産学連携を啓発・援助しており、企業と連携する
ことで得やすくなる援助金も多く、同校もソフトウェアプリケーション(前述の Astree
プロジェクトなど)、アルゴリズムの分野を含めた様々な分野で企業と連携して援助を受
けている。
1332
1333
1334
1335
インタビューコメント
インタビューコメント
インタビューコメント
インタビューコメント
494
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
前学部長は米国・フランスの実業界での経験があり、そうした経歴をもつ教員も多少
はいるが、前述のように、同校コンピュータサイエンス学部では国立研究機関や企業と
の協力は研究開発におけるものが中心で、国家公務員である教員はほとんどが学術的な
経歴を持つ者に限られている1336。
また、同校は教員・学生によるベンチャー起業を大いに啓発しており、前述のように
専門の部署を立ち上げ、技術協力・特許取得等の業務を通してサポートしてはいるが、
成功するものは少ない。
2)
日本企業・大学等との連携に対する学校の考え
同校では世界各国の提携大学との人材交流も盛んである1337。現在、46 カ国からの約 300
名の留学生が在籍しており、ほとんどが他のヨーロッパ諸国出身者であるが、米国や中
国からの留学生も多い1338。そのほとんどが同校の提携大学からの留学生であり、日本に
も提携大学を持つ1339。また、200 名の教員がフランス国外から採用されており、300 名の
研究員が同校内研究所で博士候補生を指導しながら研究課題に取り組んでいる1340。
コンピュータサイエンス学部では、入学生の数自体が少ないため、留学生の受け入れ
は極少数(1 学年 1-2 名)となり、現在の同学部での留学生はほとんどが中国出身者で
ある1341。しかし、前述のように学生数拡大を目指す同校コンピュータサイエンス学部で
は、今後新入生に占める留学生の割合が増加する可能性があり、日本人学生の受け入れ
も十分考えられるという。また、同校では学生の質を落とさず留学生を獲得するために
は各国での優秀な学生のソースとなる機関をみつける必要があると考えられており、日
本の学生を受け入れてもらうためには学生の選抜を含めた協力が必要であるといえる。
また、研究開発・教育両方の面で、日本政府・教育機関・民間企業が同校コンピュー
タサイエンス学部との協力を望むのであれば、その可能性は十分にあるとされた1342。過
去の例として、科学技術振興機構(JST)の仲介で東京大学の IT 技術を使った歴史的文
献保存の権威である池内克史教授との連携が試みられたが、資金を確保できず頓挫して
いる。
1336
1337
1338
1339
1340
1341
1342
インタビューコメント
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf pg20
http://www.ens.fr/spip.php?article280
http://www.ens.fr/IMG/file/a_propos_ens/ENS_brochure_us.pdf pg20,23
http://www.ens.fr/spip.php?article280
インタビューコメント
インタビューコメント
495
4.2.5
ドイツ
(1) ドレスデン工科大学
ソフトウェア・マルチメディア技術研究所
表 3-63
ヒアリング概要
Technische Universität Dresden
訪問日時
2012 年 1 月 17 日(火)11 時~12 時
担当者
Dr.-Ing. Simone Röttger: Wissenschaftliche Mitarbeiterin
Dr.-Ing. Birgit Demuth: Assistant Lecturer and Researcher
Dipl.-Medieninf. Martin Zavesky: Wissenschaftlicher Mitarbeiter
所在地
Faculty of Computer Science, Nöthnitzer Str. 46, 01187 Dresden
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
ドイツの東部ザクセン州の州都ドレスデンに位置するドレスデン工科大学は、公立大
学として政府の援助を受けながら企業との連携も行っている。
同大学の教育・研究能力を目当てに拠点をドレスデンに移す企業も少なくなく、
Volkswagen の組み立て工場1343の他、半導体製造企業の Infineon1344、GlobalFoundries1345の製
造拠点もドレスデンにある1346。米国のシリコンバレーに習い、
「シリコン・ザクセン」と
いう通称でも呼ばれるドレスデンとその周辺地域1347にはその他にもハイテク企業が多数
存在し、世界で 5 番目の規模を誇るマイクロエレクトロニクスの中心地として知られて
いる 1348 。具体的な提携企業のうち、地元ドレスデンに基盤を持つものの例としては、
T-Systems Multimedia Solutions GmbH、SALT Solutions GmbH、MAGIX Development GmbH
& Co. KG、net-linx AG といった企業が該当する1349。
同大学の主な企業パートナーとしては、以下の企業が挙げられる1350。
1343
1344
1345
1346
1347
1348
1349
1350
•
SAP AG
•
IBM Germany and IBM USA
•
Deutsche Telekom and T-Systems
•
AMD Saxony Manufacturing GmbH
•
Infineon Technologies Dresden GmbH & Co. OHG
•
intel USA
•
HP USA
http://forums.vwvortex.com/showthread.php?1837641-A-Photo-Tour-of-the-Transparent-Factory-in-Dresden
http://www.infineon.com/dgdl/
INF_BR_Image2011.pdf?folderId=db3a3043134f57b0011352cc4bc20107&fileId=db3a304314dca3890115046d8cd00c33
http://www.globalfoundries.com/manufacturing/300mm.aspx
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
http://www.silicon-saxony.de/en/MICRO_-_IT__Microelectronics/142254.html
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
http://www-smt.inf.tu-dresden.de/deutsch/mission/Institut_SMT.pdf
http://www.inf.tu-dresden.de/index.php?node_id=7&ln=en
496
•
Siemens AG
•
sd&m AG
•
net-linx
•
Daimler Chrysler AG
この他、同大学での産学連携は主にベンチャー企業、中小企業との協力が多い1351。
図 3-28
シリコン・ザクセン地図
出典:http://www.silicon-saxony.de/set/1679/WfS_Karte%20MIKRO_engl_w.pdf
2)
対象とする教育
同大学では、ヨーロッパ統一の LMD 制度に則った、学士(3 年)、修士(2 年)、博士
(3-5 年)のそれぞれの課程の他に、ドイツ独特のディプロームあるいはマギスター号
(Diplom/Magister:大学入学後 5 年で取得。修士号に相当。)も提供している1352。現在、
大学全体で 36,500 名の学生が在学している1353。
同大学での IT 教育はコンピュータサイエンスと電気・コンピュータ工学の二つの学科
で行われている。コンピュータサイエンス学科では、学士、修士、ディプローム等、複
数の学位が授与されており、現在 1,800 名の学士・修士学生と 140 名の博士レベルの学
1351
1352
1353
インタビューコメント
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/Visualix%20englisch.pps : Slides 20, 21;
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/engineering_09_09.pdf pg.9
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
497
生が在学している。
表 3-64
ドレスデン工科大学コンピュータサイエンス学科に含まれるプログラム構成
プログラム
学位
コンピュータサイエンス(Computer Science)
ディプローム
10 セメスター
コンピュータサイエンス(Computer Science)
学士
6 セメスター
コンピュータサイエンス(Computer Science)
修士
4 セメスター
コンピュータサイエンス(Computer Science)
ディプローム
9 セメスター
メディアコンピュータサイエンス
(Media Computer Science)
学士
6 セメスター
メディアコンピュータサイエンス
(Media Computer Science)
修士
4 セメスター
メディアコンピュータサイエンス
(Media Computer Science)
ディプローム
9 セメスター
計算工学(Computational Engineering)
修士
分散システム工学
(Distributed Systems Engineering)
修士
計算ロジック(Computational Logic)
修士
期間・他
英語による授業、4 セメスター
英語による授業、4 セメスター
英語による授業、4 セメスター
ソフトウェアエンジニアリング大学院プログラム
(Postgraduate Study Program Software Engineering)
ディプローム
4 セメスター
情報システム工学
(Information Systems Engineering)
学士/ディ
プローム
10 セメスター(ディプロマ)
コンピュータサイエンス教員免許(Teacher
Certification in Computer Science)
第 1 国家試験
8 又は 9 セメスター
教育学士課程(一般教養学校でのコンピュー
タサイエンス)
(Lehramtsbezogener Bachelor of
Education Informatik, Allgemeinbildende
Schulen)
学士
教育学士課程(職業訓練学校でのコンピュー
タサイエンス)
(Lehramtsbezogener Bachelor of
Education Informatik, Berufsschulen)
学士
6 セメスター
教育修士課程(職業訓練学校でのコンピュー
タサイエンス)(Lehramtsbezogener Master of
Education Informatik, Berufsschulen)
修士
4 セメスター
教育修士課程(ギムナジウムでのコンピュー
タサイエンス)(Lehramtsbezogener Master of
Education Informatik Gymnasium)
修士
4 セメスター
出典:ドレスデン大学ウェブサイト1354
1354
http://www.inf.tu-dresden.de/index.php?node_id=2702&ln=en
498
6 セメスター
同学科では、コンピュータロジック、分散システム工学の科目は英語によって授業が
行われている1355。特に、コンピュータロジックについては、欧州外の大学と提携しての
国際修士課程や、欧州修士課程、欧州博士課程が提供されており1356、欧州博士課程では
アプリケーション専門コースを選ぶことで、複数の企業パートナーから 1 つを選択し、
実践的な研究に取り組むことができる1357。
3)
教育の狙い・目的
ドイツで最初の工科教育機関として設立された同大学は、エンジニア教育と技術開発
研究に常に力を入れてきた1358。その成果を認められ、旧東ドイツの大学としては唯一、
政府のエクセレンス・イニシアティブ(Exzellenzinitiative)1359の援助を受けており、若い
研究者の育成と最新の研究技術を認められている1360。
4)
実施体制
同大学の教員はその給与をザクセン州政府から支給される州の公務員であり、ほとん
どが博士レベルでの研究に取り組む学術機関出身の研究者である1361。これらの教員は、
産業界との教育・研究に関する協力を通して、実際の社会でのニーズや課題に触れ、最
新の技術や傾向を自身の研究や学生の教育に取り入れている。なお、公務員であること
から厳しい制限やルールがあるものの、大学の許可を得れば教員が他の団体・企業で就
労することも可能である。
しかし、一部の授業において後述するようにクラスプロジェクトや論文作成において、
企業関係者が部分的に指導者としての役割を担うこともある。あくまでも基本は大学教
員が実施、必要に応じて企業からは特別講師的な位置づけでの参加がある1362。
5)
産学の役割分担
同大学での学生の教育に関する産学協力は、主に修士・博士論文に関わる研究プロジ
ェクトと、授業の一環として行われるクラスプロジェクトを通して行われる1363。
修士・博士論文における企業と大学側の担当教官の役割分担はプロジェクト毎に異な
り、学生の興味、企業の研究課題、担当教官のスタイルなどを考慮に入れてバランスを
とっている。
クラスプロジェクトでは、企業関係者が招かれ、学生が 2 週間ほどプロジェクトに取
1355
1356
1357
1358
1359
1360
1361
1362
1363
http://www.inf.tu-dresden.de/content/download/broschuereFak2011EN_final.pdf
http://www.wv.inf.tu-dresden.de/research.html
コンピュータロジック欧州博士課程パンフレット(インタビューでの参考資料)およびウェブサイト:
http://www.epcl-study.eu/content/coordination/partners.php?id=42
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait/geschichte;http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
http://www.excellence-initiative.com/excellence-initiative
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
インタビュー時のコメント。
http://www.inf.tu-dresden.de/content/study/pdf/MA_DSE.pdf
インタビュー時のコメント。
499
り組む形式をとる。例えば、Microsoft と共同でマルチタッチテーブルに関するプロジェ
クトが行われ、学生が企業の製品の試作段階に関わる機会として活用された。
また、2009 年 10 月より、コンピュータサイエンス学科学士課程では Co-op 教育への
取り組みが開始されている1364。この場合、企業は学生の受け入れと給与の支払い(最低
学生 1 名あたり 1 ヶ月 500 ユーロ)、及び学生の評価を行う1365。
なお、その他の産学連携での教育例としては、同大学で新しく始まったディプローム
プログラムの中に、入学から数えて 5 番目の学期にドイツ国外でのインターンシップを
課すものもある1366。
この他、研究開発のための資金援助や人員交流、企業職員によるシリーズ講演1367とい
った形での産学連携が行われている1368。研究開発における産学連携では、教授と直接研
究契約を結んだり、大学や大学の知識技術移転協会( Gesellschaft für Wissens- und
Technologietransfer der TU Dresden mbH)1369を通して研究契約を結ぶことも可能である。
6)
コーディネート機関の関与
同大学コンピュータサイエンス学科では、産業界との連携を図るための担当者を設け
ている。ただし、専任のスタッフではなく、コンピュータサイエンス学科の教授 2 名が
対応窓口となっているに留まり1370、組織体制図上でも産学連携のためのコーディネート
機関は書かれていないレベルである1371。教育と研究開発の双方で産学連携を探っている。
この他、同大学での産学間の研究開発協力を仲介する機関として、民間団体である知
識技術移転協会がある1372 。同協会は、大学のイニシアチブとして設立された独立した企
業であり、資材調達や契約書作成といった業務を通して民間企業と大学の技術移転の仲
介を担っている。公務員である大学職員と異なり、民間団体である同協会の職員には大
きな制約も少なく、こうした業務が可能となる。同協会の利用頻度は学部・学科によっ
て様々であり、コンピュータサイエンス学部、特にソフトウェアを研究課題とするグル
ープによる利用は少ない。その背景として、同グループの研究プロダクト(ソフトウェ
ア)には実体がなく、そのためこうした研究プロダクトの使用権を保障する特許も存在
せず、商品化に対する課題が多いことが挙げられる。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与とカリキュラム体系での位置づけ
コンピュータサイエンス学科では、それぞれの学生が在籍しているプログラムによっ
て変わるが、プログラム全体の 25%程が職務訓練に利用されており、この中で民間企業
1364
1365
1366
1367
1368
1369
1370
1371
1372
http://wwwneu.inf.tu-dresden.de/index.php?node_id=2702&ln=en
http://www.karrieremitplan.de/unternehmen/zielsetzung.html
インタビュー時のコメント。
http://st.inf.tu-dresden.de/content/index.php?node=teaching&leaf=1&subject=196&head=2
http://www-smt.inf.tu-dresden.de/deutsch/mission/Institut_SMT.pdf
http://www.gwtonline.de/
http://wwwneu.inf.tu-dresden.de/index.php?node_id=7&ln=en
TU Dresden Faculty of Computer Science January 2011
インタビュー時のコメント。; http://www.gwtonline.de/gwt/unternehmen/
500
との協力もある1373。例えば、ソフトウェア技術のディプローム課程では、基礎と応用の
2 度の職務訓練が課され、複数の学生で構成されるチームで取り組まれる応用職務訓練
では民間企業との協力が行われる場合もある他、課程の卒業論文作成が民間企業との協
力によって行われる1374。
企業での研究論文作成が行われる場合、トピックの提供などに企業がどれほど関わる
かは担当教官の指導スタイルによって異なる。特に、企業の研究目的と学生の興味が一
致しないことも少なくなく、双方の妥協点を見つけることは常に課題である1375。現在は、
企業から持ちかけられた課題を教員が学生に紹介し、興味をもった学生を募るなどして
対応している。
カリキュラムに関しては、専門大学(Fachhochschulen: FH)でのカリキュラムは職業
訓練学校的な性格が強く、決まったコースを修了する場合が多いのに対し、同大学のよ
うな Universitäten では学生の自己責任のもと、カリキュラムにもある程度の自由が与え
られており、学生の学術的興味を究めるための環境が整えられているといえる1376。
8)
必要となる経費とその負担
2010 年の年次予算は 5 億ユーロで、その内の約 1 億 5,500 万ユーロが第三者(政府・
大学以外)によって賄われたとされている1377。大学全体で 8,584 名在籍している教職員
のうち、5,319 名(うち教員 507 名)の給与が主にザクセン州政府から支給される大学の
教育予算で賄われており、約 3,265 名の教職員の給与がその他の予算外資金によって賄
われている1378。
この予算外資金とは、主に特定の研究のために獲得する資金を指し、同大学でのこう
した予算外資金獲得のプロセスとしては、大まかに下記の 3 種類がある1379。
• ドイツ研究振興協会(Deutsche Forschungsgemeinschaft: DFG)を含むドイツ連邦政
府機関や EU からの助成金
o
プロジェクト毎に応募され、主に民間のスポンサーが付きにくい基礎科学研
究に利用される。
• 上記の助成金に民間企業と協力して応募するケース
o
助成金の応募条件に産学協力を条件とするものが多い。ただし、研究結果の
利用を巡っての民間企業との調整等の課題が生じることもある。
• 民間企業が自社の課題解決のために大学に協力を求めるケース
大学全体の予算外資金のほとんどがドイツ連邦教育研究省(Bundesministerium für
Bildung und Forschung: BMBF)を含む連邦政府機関(約 30%)、DFG(約 22%)、EU・
1373
1374
1375
1376
1377
1378
1379
http://www-smt.inf.tu-dresden.de/deutsch/mission/Institut_SMT.pdf
http://www-smt.inf.tu-dresden.de/deutsch/mission/Institut_SMT.pdf pg7
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/Visualix%20englisch.pps
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
インタビュー時のコメント。
501
州政府・その他研究契約(約 44%)等による政府援助金によって賄われているが、産業
界からの資金も増えている1380。しかし、この内訳はそれぞれの学部・学科の研究がどれ
だけ応用科学に近いか、基礎科学に近いかによって大きく変わる1381。同大学では産業界
との関連性が強ければ、それだけ民間企業の同大学との協力への興味も大きくなる傾向
がある。
Number of projects
External funding and Management powers in Mio EUR
5169
4097 4250204
3805 3873
3639
3564
3295 3333 3440
155.7 162.3
2969
124.8
113.1
95.5 105.1 102.7
89.7
78.4 84.3
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
図 3-29
2000 年から 2010 年にかけてのドレスデン工科大学での予算外資金で
賄われているプロジェクトの数と資金額の推移
出典:http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait/zahlen_und_fakten
図 3-30
ドレスデン工科大学での学部毎の予算外資金プロジェクト資金額
(単位 100 万ユーロ)
出典:http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait/zahlen_und_fakten
1380
1381
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait;
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/Visualix%20englisch.pps : Slide 46.
インタビュー時のコメント。
502
図 3-31
ドレスデン工科大学の 2010 年度予算外資金の出資先
出典:http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait/zahlen_und_fakten
9)
公的支援の利用状況
上述のように、公立大学としての性格が強い同大学では、公的支援によって大学予算
の大部分を賄っており、民間企業・団体による資金援助の拡大の試みに力を入れ始めた
のは最近の動きである1382。学生の教育に関わる大学の予算以外の公的支援は、主に研究
開発やそのための産学連携を促すための資金として供給されている。
例えば、ドイツの連邦・地方政府は公的支援により、産学間の研究開発における協力
を促す努力も行っており、多くの産学協力では、政府の産学協力推進の努力の一環とし
て、企業側のコストの半分程が政府の資金援助によって賄われている1383。この場合、大
学側は担当するコストを全て自費で賄わねばならない。
また、コンピュータサイエンス学科のクラスプロジェクトのような、産学連携で行わ
れる教育に関しては、欧州委員会の欧州社会基金(European Social Fund: ESF)1384の援助
を受けている1385。
これに加え、ザクセン州政府の資金を使って、同大学と周辺企業の IT 研究者を繋げる
試みが 2011 年より始まり、様々なワークショップ・イベントを通して両サイドの研究者
に自身の研究を発表・共有し、ネットワークを広げる機会を与え、結果として同様の興
味をもった研究者による共同研究プロジェクトが生まれることを狙っている1386。
1382
1383
1384
1385
1386
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
http://ec.europa.eu/esf/home.jsp?langId=en
http://mg.inf.tu-dresden.de/sites/mg.inf.tu-dresden.de/files/2010_groh_talk_students_as_catalyst_ecss.pdf
インタビュー時のコメント。
503
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
1828 年に設立され、高等工学教育機関として長い歴史を持つ同大学は、特に IT 分野
において、1986 年にドレスデンの職業専門学校であったドレスデン工業大学(Dresden
Engineering University)と合併したことで当時のドイツ民主共和国(東ドイツ)の情報科
学の中心地となり、1990 年代後半にはコンピュータサイエンス学科を設立した1387。同時
期に人文科学や芸術の学科も設立され、現在は総合大学としての側面も強い。
IT 分野における産学連携については、後述のように 1980 年代に立ち上げられた半導
体企業を中心にシリコン・ザクセンが形成された頃から、本格的に研究開発を中心とし
た協力が始まっている1388。
2)
抱えていた課題
企業側、大学側が特に課題を抱えていたというよりは、東西ドイツ統一後、ソフトウ
ェア・半導体企業は同地域の研究者が持つ優秀な技術や人的リソースを求めていた。そ
うした中で、知的リソースが集まる大学周辺に米国のシリコンバレーに類似したコミュ
ニティが形成されていったといえる1389。
コンピュータサイエンス学科でのクラスプロジェクトのような形での産学連携教育は、
従来の教育手法では身に付けられない実践的なスキルを学生に身に付けさせるために新
しい教育手法を必要にしていた大学側と、新しい人材と大学の専門知識を常に必要とす
る企業側の課題がマッチした結果とも言える1390。
3)
きっかけ
シリコン・ザクセン形成とその成長が、産学連携推進のきっかけとなっている。現在
に至るまで、大学周辺に携帯機器、マルチメディアソリューション、メディアデザイン
などを手がける企業が多数立ち上げられ、同様の分野で起業しようとする若い人材にと
ってよい環境が整ったといえる。同大学の卒業生が、こうした起業や中小企業への就職
を通して実業界に出てから、大学との協力を求めて戻ってくるケースも少なくない1391。
4)
組織的な取り組みとなった背景
産学連携の基盤となった背景としては、1990 年の東西ドイツ統一以前の 1980 年代に
半導体企業が周辺に多数立ち上げられたことや、当時から周辺にソフトウェア企業が存
在し、東西統一後にその数が増加したことが大きく影響している1392。半導体産業に関し
1387
1388
1389
1390
1391
1392
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait/geschichte
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
http://mg.inf.tu-dresden.de/sites/mg.inf.tu-dresden.de/files/2010_groh_talk_students_as_catalyst_ecss.pdf
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
504
ては、1800 年代から続く同大学の長いエンジニア技術の伝統と優秀な研究を目当てに、
Infineon、AMT 等の企業が集まり、シリコン・ザクセンが形成された。こうした中で、
地域における産学連携を行うための体制として、知識技術移転協会が設立されるなどの
動きが起きた。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
ドイツの大学教育にはいくつかの教育機関のレベルがあり、同大学は最高レベルのい
わゆる大学(Universitäten)にあたり、博士課程まで提供できる研究大学の性格が強い1393。
それに対し専門大学(FH)は修士課程までしか提供できず、学術機関としてのレベルは
1 つ下に 数え られる が、 より実 践に あった 教育 が行わ れる 。した がっ て、通 常、
Universitäten が行う産学連携は研究開発となるケースが多い。同大学では、周辺の半導
体・ソフトウェア産業をベースにした中小・ベンチャー企業との協力が多く、製品開発
に近い研究などが行われている。
なお、同大学は Universitäten であるため、FH ほどはインターンシップ等の職務訓練は
一般的ではない1394。しかし、コンピュータサイエンス学科では、プログラム全体の 25%
程が職務訓練に割かれるとされている1395。また、上述のように、クラスプロジェクトと
して、授業の中で企業の課題に取り組むプロジェクトに関わったり、企業関係者による
講義参加を求めるといった方式を採用している。また、Co-op 教育を最近開始するなど1396、
学生の実務経験を増やす取り組みにも関わり始めている。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
同大学は、創設以来ドイツ最古の工科教育機関としてドイツとヨーロッパのエンジニ
ア教育と技術開発研究を先導してきた1397
1398
。在籍した学者に、最初のドイツ製機関車を
作ったヨハン・アンドレアス・シューベルト(Johann Andreas Shubert)、電気工学・コミ
ュニケーション工学で知られるハインリッヒ・バルクハウゼン(Heinrich Barkhausen)、
コンピュータ工学の先駆者ニコラス・リーマン(Nikolaus Joachim Lehmann)等がいる1399。
コンピュータサイエンスの分野では、前述のニコラス・リーマン教授の下、世界でも
まだ珍しかった磁気ドラムメモリの開発・製造に取り組み、世界で最初の電動デジタル
コンピュータも開発している。現在はインターネットサービスのプラットフォームの構
築からエネルギーの自足自給が可能な一世帯住宅の開発まで、200 種類以上の様々な研
1393
1394
1395
1396
1397
1398
1399
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
http://www-smt.inf.tu-dresden.de/deutsch/mission/Institut_SMT.pdf
http://www.karrieremitplan.de/unternehmen/zielsetzung.html
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait/geschichte
http://tu-dresden.de/die_tu_dresden/portrait
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/Visualix%20englisch.pps
505
究開発が行われている1400。
産学連携で行われた試みの成果としては、コンピュータサイエンス学部のパンフレッ
トに、IT 業界に限らず様々な分野のドイツ内外の民間企業と協力して行われている複数
の研究プロジェクトのリストが掲載されている1401。例として、公共交通機関の運行情報
の乗客への伝達の補助システム(運輸企業 4 社とその他企業 10 社が参加)や、高校から
大学教育への変換をサポートする遠隔学習システム(TUD メディアセンターが参加)の
開発が挙げられる。
また、コンピュータサイエンス学部のソフトウェア開発チームの卒業生のリストには、
国内外の大学で教員になっている者や、Siemens の国外オフィスや SAP の地元オフィス
に勤める者も含まれる1402。また、フリーのソフトウェアエンジニアとして、ベンチャー
企業を創業している卒業生も見受けられるが、安定した就職が好まれるドイツにおいて
は、少数派であるといえる1403。
2)
関係者のメリット
周辺の民間企業にとっては、優秀な研究者や研究施設を活用できるだけでなく、前述
のクラスプロジェクトのような形での協力を通して、若年のカスタマー層に自社製品を
テストしてもらうことができる1404。それと同時に、若手エンジニアでもある同大学の学
生に自社製品に触れてもらうことで、若い人材の斬新なアイディアを取り入れる良い機
会としても受け入れられている。また、同大学と連携することにより、優秀な若いエン
ジニアと接触することができ、将来の人材採用のチャンスとしてもみられている。
このことは学生にとっても同様で、修士・博士課程所属の学生は研究論文を企業と協
力して作成することにより、企業との距離を縮め、将来の就職のチャンスを増やしてい
る1405。
大学にとっては、民間企業との協力を通して、実業界で実際に現在課題とされている
問題の特定が可能になるほか、学生や研究者が持つアイディアを、実業界の資産を利用
して、実際社会のニーズに当てはめて実験することもできる1406。また、こうした協力を
通して、実業界が新しい人材に求めるスキルを特定することもでき、その知識をもとに
カリキュラムを調整することで同大学の卒業生の就職をサポートできる。例えば、動画
ソフトとして一時主流であったフラッシュは現在ほとんど使われておらず、その他のソ
フトウェアに関する知識が必要とされている。このように、特定の技術に依存したスキ
ルが産業界の課題解決につながるとは限らない。この点に関して、同大学では本来、時
間の経過と共に必要性がなくなる具体的なスキルよりも、様々な変化に対応できる概念
1400
1401
1402
1403
1404
1405
1406
http://www.inf.tu-dresden.de/content/download/broschuereFak2011EN_final.pdf
http://www.inf.tu-dresden.de/content/download/broschuereFak2011EN_final.pdf
http://st.inf.tu-dresden.de/content/index.php?node=team&member=alumni&#jumpid0
フォローアップ質問への回答に基づく。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
506
を中心とした教育を行うことで対処している。それでもなお、実際社会のニーズに応え
る中で、前者に傾倒してしまわないように留意する必要があると指摘する意見も出てい
るようである。
3)
事例についての評価の方法
同大学での産学連携の試みの成果を具体的に評価するシステムは存在せず、そういっ
た試みも現時点では見られない1407。
ただし、教育の質の評価という面では、ドイツでは 10 数年前より政府による強化が進
んでおり、毎年教育レポートが出版・公開されている1408。その他、各教員の評価は学期
末に各クラスの学生が記入するアンケート調査によって行われており、学生が運営する
評議委員会がそれを評価している1409。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
同大学の産学連携教育の代表的な例として挙げられたクラスプロジェクトでは、2 週
間集中(ワークショップ形式)で取り組むことにより、民間企業に好まれる、製品開発
を念頭においたアジャイルな開発手法を学生に教えることができるが、こうした手法は
長期的なリサーチによって解決されるべきような問題には向かないとする見方もある1410。
代替策として、クラスプロジェクトに必要な 80 時間を週 5 時間程の割合で 4 ヶ月に分配
する研究室形式や、3 日間集中の作業を 2 ヶ月ほどの期間に複数回実施するブートキャ
ンプ形式が提案されている。
産学連携教育に取り組んでいるものの、同大学における産学連携の関心事は研究開発
に関する内容が中心であり、課題認識も研究開発に関する内容に関係者のコメントが集
中している。
研究開発における企業との協力では、政府からの助成金への応募のプロセスも含め、
一般的に数年単位での長期間のコミットメントが必要で、望んでいた結果が達成されな
いリスクもあり、企業の大学との連携の妨げとなっている1411。特に、時間と手間のかか
る助成金への応募のプロセスを嫌う企業は多く、研究には協力しても応募プロセスには
一切関与しないという企業も少なくない。結果的に、研究結果の利用に関する合意も含
めた細かい話し合いの場をもつことが容易な、近隣の地元企業との協力が多くなってい
る。
1407
1408
1409
1410
1411
インタビュー時のコメント。
http://tu-dresden.de/studium/evaluation、http://tu-dresden.de/studium/evaluation/lehrbericht/lbtud
インタビュー時のコメント。
http://mg.inf.tu-dresden.de/sites/mg.inf.tu-dresden.de/files/2010_groh_talk_students_as_catalyst_ecss.pdf
インタビュー時のコメント。
507
図 3-32
ドレスデン工科大学周辺の主要企業
出典:UT Dresden Faculty of Computer Science
January 2011
なお、前述のザクセン州による産学間の IT 研究者のネットワークを広げる試みに対し、
大学側は一定の理解は示したものの、まだ始まったばかりであることも含め、従来の研
究援助のような具体的な支援に比べ懐疑的である1412。この理由として、共同プロジェク
トが生まれるまでにはまず研究者間のネットワーク構築が必要で時間がかかる上、実際
に産学連携での研究プロジェクトが生まれたとしても、この試みがきっかけであること
の証明が難しいことが挙げられている。IT とひとことで括るのではなく、もっと分野を
絞った試みをした方がよいのではとの意見も聞かれた。例えば、同大学周辺地域の半導
体・IT 企業で構成されるシリコン・ザクセンも独自の企業団体を有しており、IT 産業内
の細かい分野毎に同業者グループを構成している。こうした同業者グループが各分野に
絞った同様の試みを行っており、同大学と民間企業の研究者で構成されるワーキンググ
ループが作成されるなど、具体的な成果が得られている(例:ソフトウェア・ザクセン
から生まれた Java User Group1413)。
カリキュラムに関して、前述のように、現在は EU 統一の学位とドイツ独特の学位の
両方を提供している同大学であるが、EU 内での大学教育を標準化し、EU 加盟国間での
学生と人材の交流・交換をスムーズにする試み(ボローニャ・プロセス:Bologna Process)
1412
1413
インタビュー時のコメント。
http://www.jugsaxony.org/
508
に合わせ、2009 年に今までのディプローム課程(4.5 年~)を廃止し、学士(3 年)修士
(2 年)博士(2-5 年)課程のみを取り入れた期間があった1414。しかし、同大学ではすぐ
にディプローム課程が復活する結果となった。この背景として、以下の懸念が挙げられ
た。
•
ドイツの工学ディプロームの学位が世界的にブランド化しており、同課程の廃止
によって同じブランドを卒業生に保障できなくなる。
•
基礎教育から始まり専門の研究まで修め、その間に複数の論文提出を挟むために、
学生により学習期間が変動するディプローム課程を合計 5 年間の学士・修士課程
に制限することで、教育、特に研究の質が落ちる。
現在は修めた単位を単位点として記録することでディプローム課程をヨーロッパ基準
に対応させており、卒業生の学位がドイツ内外で認められるような工夫がなされている
1415
。
2)
継続的に実施できていることの要因
長い歴史を持つ同大学の学術的権威や研究開発能力を頼りに、半導体・ソフトウェア
産業のコミュニティが周辺に形成され、大学もこうした動きを柔軟に受け入れ、企業と
協力して相互に助けあいながら協力関係を築いてきた実績がある1416。
3)
継続的に実施するための工夫
同大学では、新しい企業との関係を構築するための工夫がとられており、具体的な例
として、コンピュータサイエンス学部の研究プロダクトであるソフトウェアを GNU 劣
等一般公衆利用許諾契約書(GNU Lesser General Public License: LGPL)を適用しオープ
ンソースとして無償公開することで、こうしたソフトウェアを利用した企業へ大学側か
ら連絡を取ることにより構築された協力関係がある1417。
企業側の努力としては、前述のような企業団体による産学連携を促すイベントに出資
したり、大学で行われるシリーズ講演へ職員を派遣したりすることで、大学側の取り組
みを支援している1418。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
同大学の教員のバックグラウンドはほとんどが大学等の学術機関であり、博士レベル
1414
1415
1416
1417
1418
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
フォローアップ質問への回答に基づく。参照:
http://st.inf.tu-dresden.de/content/index.php?node=teaching&leaf=1&subject=196&head=2
509
での研究を目的・動機とする短期契約の職員が圧倒的に多い1419。そのほとんどが就職後
数年でより安定した民間企業での就職先を探すことになる。民間企業の研究者は(以前
同大学の教職員だった者も含め)プロジェクト毎に助成金に応募し資金を得なければな
らない大学での研究を嫌い、給与・研究資金共に充実している企業での長期契約に基づ
く研究を好む傾向があり、学位取得等の特別な理由がない限り同大学の教員になること
は極めて少ないといえる。なお、結果として、同大学では多くの研究プロジェクトの援
助を目的として学生を雇っている。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
ヨーロッパ各国との連携が多いが、アメリカ大陸や日本を含めたアジア諸国とも提携
関係がある旨が公開資料に記されている1420。例えば、上記の同大学コンピュータサイエ
ンス学部のオープンソースプロジェクトを通して開拓された、米国など諸外国の企業と
の関係が複数存在する1421。
留学生の数は減少傾向にあるものの、現在約 3,500 名が在籍しており、2008 年度に最
も留学生の数が多い国は中国(740 名)であった1422。中国に続いてロシア(240 名)、ポ
ーランド(235 名)、ベトナム(205 名)、ウクライナ(175 名)からの留学生が多い。文
献調査、インタビューからは日本人学生の数は特定できず、在学していないか極少数に
限られるとみられる。
同大学コンピュータサイエンス学部のソフトウェア研究チームでは、現在は日本の企
業・大学との連携はないが、機会があれば興味は大いにあるとの回答を得ている1423。可
能性のある分野として、同チームの研究課題である、ソフトウェア(特に組み込み式の
もの)、クラウドコンピューティング、メディア(デザイン、インタフェース、グラフィ
ック、マルチタッチ機能)といった分野が挙げられた。
また、特に同学部ではロボット工学が新しい分野として注目を集めており、フランス
企業 Aldebaran と共同で人型ロボット Nao1424を開発した1425。同分野における同大学での
現在の研究課題は、エネルギーチューニングと組み込みソフトウェアのプログラミング
であり、未だにロボットの有用性が認められていないドイツに比べ、研究が進んでおり
世界的権威として知られる日本のロボット工学専門家と協力できる機会があるとすれば
大いに歓迎するという。
1419
1420
1421
1422
1423
1424
1425
インタビューコメントおよびフォローアップ質問への回答に基づく。
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/Visualix%20englisch.pps : Slide 51.
インタビュー時のコメント。
http://tu-dresden.de/internationales/public/publikationen_ordner/Visualix%20englisch.pps : Slides 52, 55
インタビュー時のコメント。
http://www.qualitune.org/wp-content/uploads/2011/09/Poster-Nao.pdf
インタビュー時のコメント。
510
(2) ミュンヘン工科大学
情報科学部/電気工学・情報技術学部
表 3-65
ヒアリング概要
Technische Universität München
訪問日時
2012 年 1 月 18 日(水)13 時~14 時
担当者
Prof. Dr. Helmut Krcmar: Dean; Chair for Information Systems
Dipl.-Kffr. Univ. Julia Manner: Dean’s Assistant; Chair for Information Systems
所在地
Institut für Informatik, Boltzmannstraße 3, 85748 Garching
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
ドイツ南部にある国内有数の大都市ミュンヘンの都市圏に位置するミュンヘン工科大
学の周辺には、Siemens を始め、富士通、Vodafone、Microsoft、Audi、IBM、Intel、HP
といった大企業の本社や研究施設、国立の研究機関が集まっている。同大学は公立大学
として政府からの援助も受けながら、こうした企業・機関との関わりも強い1426。特に、
大企業との連携関係は長期的な視点に立って細かい制約を設けないようにしているもの
が多く、学生の採用や研究開発においては、企業と大学の責任を明確に区分した関係を
保っている。
また、学生に人気の高いこの地域周辺には優秀な工業大学が複数存在するため、学生
数を増加するための努力が徹底されている1427。
2)
対象とする教育
同大学には 13 の学部が存在し1428、31,000 名の学生が 142 のプログラムで学んでいる1429。
3 年間修了の学士課程、2 年間修了の修士課程、3-5 年間修了の博士課程に加え、ドイ
ツの伝統的学位であるディプローム号も授与しており(5 年終了。修士課程相当)、同大
学が授与する学位に対するヨーロッパでの伝統的権威を保ちつつ、国際市場にも対応で
きる人材の育成ができるよう工夫がこらされている1430。ディプローム課程ではドイツの
大学教育の伝統である広い一般教養と専門知識の両方を身に付けることを狙いとしてお
り、修士課程は北米での大学院教育に習い、一つの専門分野を学ぶことができる。
IT 分野を対象とする教育は、情報科学部(Fakultät Informatik)1431と電気工学・情報技
術学部(Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik)1432で学ぶことができる(表 3-66
1426
インタビュー時のコメント。
インタビュー時のコメント。
1428
http://portal.mytum.de/fakultaeten/index_html_en
1429
http://portal.mytum.de/tum/index_html
1430
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
pp27, 29
1431
http://www.in.tum.de/en.html
1432
http://www.ei.tum.de/index_html_en
1427
511
参照)。電気工学・情報技術学部では情報技術、電気工学・情報技術の 2 つのディプロー
ム課程が提供されていたが、現在は打ち切られている。
Diplom-Ingenieur
工学ディプローム
Master of Science
科学修士
ディプローム論文
修士論文
9
3
DHP
MP
Dipomhauptprüfung
8
Masterprüfung
2
卒業主要試験
7
1
Bachelor of Science
科学学士
6
修士試験
(必要に応じて)
追加試験
5
DVP
Dipomvorprüfung
4
他の学位
卒業事前試験
3
GOP
Grundlagen-/Orienierungsprüfung
2
基礎試験
1
図 3-33
ミュンヘン工科大学での学士・修士・ディプローム課程(ミュンヘンモデル)
出典: ミュンヘン工科大学電気工学・情報技術学部パンフレットをもとに作成
表 3-66
学部
ミュンヘン工科大学での IT カリキュラム
学科(学位名)
学士課程
情報科学(Bachelor of Informatics)
情報システム(Bachelor of Information Systems)
生物情報学(Bachelor of Bioinformatics)
情報科学部
情報科学(ゲーム工学)(Bachelor of Informatics: Games Engineering)
教育(科学教育)(Bachelor of Education "Science Education")
教育(就職訓練)(Bachelor of Education in Career Formation)
電気工学・
情報技術学部
電気工学・情報技術
(Bachelor of Science in Electrical Engineering and Information Technology)
修士課程
情報科学(Master of Informatics)
情報科学部
情報システム(Master of Information Systems)
生物情報学(Master of Bioinformatics)
512
学部
学科(学位名)
生物医療コンピュータ科学(Master Biomedical Computing)
ロボット工学・認知・頭脳(Master in Robotics, Cognition, Intelligence)
自動車ソフトウェア工学(Master of Automotive Software Engineering)
計算科学工学(Master Computational Science and Engineering)
海外提携大学とのダブル学位(Master Double Degrees)
技術管理優等学位(Honours Degree in Technology Management)
財務・情報管理(Master of Finance and Information Management)
ソフトウェア工学エリートコース
(Elite Graduate Program Software Engineering)
電気工学・情報技術
(Master of Science in Electrical Engineering and Information Technology)
コミュニケーション工学(Master of Science in Communication Engineering)
国際修士課程1433
電力工学(Master of Science in Power Engineering)国際修士課程
電気工学・
情報技術学部
医療工学(Master of Science in Medical Engineering)
情報メディア技術システムエリートコース
(Systems of Information- und Multimedia Technology)
デジタル技術・経営エリートコース
(Center for Digital Technology and Management)
中国同済大学・中独学院1434
バイエルンエリートアカデミー(Bayerische Eliteakademie)
博士課程
情報科学部
修士号を持つ学生は平均 3-5 年間の博士課程に進むことができる。同大学の
学部内で就労するか、博士課程プログラムに奨学金を受けて学費を賄うこと
も可能である。同大学や他大学の情報科学部での修士を持たない学生は一定
の規定に合格する必要がある。
出典:同大学ウェブサイトを参考に作成
http://www.in.tum.de/en/for-prospective-students/bachelor-courses-of-study.html
http://www.in.tum.de/en/for-prospective-students/phd.html
3)
教育の狙い・目的
同大学の教育ミッションとして以下が挙げられている1435。
• 社会のイノベーションへの貢献
• 国際的最高水準
• 国際主義と異文化の尊重
1433
1434
1435
後述。参照:第 3 章 4.2.5(2)⑤2)
後述。参照:第 3 章 4.2.5(2)⑤2)
http://portal.mytum.de/tum/leitbild/index_html
513
• 責任・倫理のある人材の育成
• 起業家精神による思考と行動
• 大学生活に浸透した大学のモットー
• 世代を超えた協力
• 公共社会との対話
なお、同大学の情報科学部では、バリエーションに富んだ研究学科を用意しており、
特にアルゴリズム・セオリー、グラフィック、情報セキュリティの分野に強い1436。
実業界に対応できるよう、ビジネスマネジメントを含めた課程も用意しているが、一
般的なビジネス学部のビジネスマネジメントプログラムの 1 分野として扱われているも
のと異なり、工科大学の情報科学部で教えるべきプログラムとして、エンジニアリング
の知識・技術の習得を重視したものとなっている1437。
4)
実施体制
現在の同大学での教授数は 460 名で、約 7,500 名のスタッフも勤務している1438。情報
科学部においては、40 名以上いる教授全てがフルタイムで勤務しており、研究所職員 400
名強も全てがフルタイムかそれに近い形で勤務している1439。
電気工学・情報技術学部では、長年関係のある Siemens の幹部クラス職員が複数教鞭
をとっている1440。ただし、このように公立大学である同大学で民間企業の職員が教鞭を
とる場合、相応の学歴・職歴を持っていることが必要である1441。
5)
産学の役割分担
上記のように民間企業職員を招いて教育を援助してもらう場合、最大の課題は、企業
職員のスケジュールの調整であり、教員として学期を通して科目を教えてもらうことは
ほとんど不可能に近い1442。このため、同大学情報科学部では周辺の大企業の最高情報責
任者(Chief Information Officer: CIO)のような幹部クラスの職員をスピーカーとして招
き、少しでも学生が実業界に触れられる機会として活用している(毎回異なる企業から
同じ職名の職員を招き、それぞれの一週間の職務内容を紹介してもらうことで、学生に
企業毎に文化や職務モデルの違いがあることを教えている)。
同大学の電気工学・情報技術学部では、学士課程の段階で 13 週間の民間企業でのイン
ターンシップが課されている1443。修士課程では最低でも 8 週間1444(6 単位 180 時間)の
1436
インタビューコメント
インタビューコメント
1438
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
1439
インタビューコメント
1440
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.5
1441
インタビューコメント
1442
インタビューコメント
1443
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p27
1437
514
インターンシップを修了することが必要とされている1445。
6)
コーディネート機関の関与
同大学では、卒業生・キャリアサービス事務局を通して、在学生・卒業生への就職援
助や、民間企業での人材採用へのサポートを行っている1446。キャリアフェアやウェブサ
イトを通したインターンシップ・卒業研究の機会や就職先の斡旋業務に加え1447
1448
、卒業
生のネットワークを拡大・維持することで、在学生と卒業生を繋げるメンタープログラ
ムなどを運営し、在学する全ての課程の学生に実業界での実情に触れる機会を与えてい
る1449
1450
。また、20 年以上の歴史がある学生運営の経済・科学・工学分野のキャリアフ
ェア、IKOM も行われており、ドイツ南部最大規模を誇っている1451。
研究開発協力には研究・イノベーションオフィス(Office for Research and Innovation)
が関わっている1452。
IT 分野においては、電気工学・情報技術学部が 1999 年に立ち上げた卒業生団体 EIKON
(Elektrotechnik Informationstechnik KONtakt)が、学生・教職員・実業界で活躍する卒業
生や同大学での IT 研究に興味をもつ民間企業職員が自由にネットワークを広げる場と
して活動しており、現在 500 名のメンバーで構成されている1453。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与とカリキュラム体系での位置づけ
上述のように、電気工学・情報技術学部では学士課程のカリキュラムにインターンシ
ップが取り込まれている他、10 週間かけて卒業論文を完成させることも義務付けられて
おり、この卒業論文の作成を民間企業で取り組む選択肢も与えられている1454。
また、電気工学・情報技術学部では、Siemens のように、学生による優秀な論文を表
彰するなど、学生の意欲向上に貢献している企業もある1455。
8)
必要となる経費とその負担
同大学は州立大学でありながら、その優れた研究開発に関する評判により、民間から
の資金援助や研究協力も盛んに行われている1456。
1444
http://portal.mytum.de/studium/studiengaenge/medizintechnik_master
http://www.ei.tum.de/studienangebot/master/,
http://www.ei.tum.de/FSB/archiv/fuehrer/module_ba/20100415_215810/index_html ;
http://www.ei.tum.de/FSB/archiv/fuehrer/module_ba/20100415_215824/index_html
1446
http://portal.mytum.de/service/career_service/index_html
1447
http://portal.mytum.de/service/career_service/career_partner_angebot/index_html/
1448
https://db.alumni.tum.de/jobs
1449
http://portal.mytum.de/mentoring/index_html
1450
http://portal.mytum.de/mentoring/tum-mentoring/index_html_en
1451
http://www.ikom.tum.de/
1452
http://portal.mytum.de/forte/index_html/document_view?
1453
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.99
1454
(同上)p.27
1455
(同上)p.5
1456
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.13
1445
515
下図からも、同大学が資金援助・特許取得数いずれにおいても上位に位置しているこ
とがわかる。2010 年の総資金 10 億 5,200 万ユーロのうち、4 億 5,220 万ユーロが州政府
から、2 億 4,330 万ユーロが州予算外から(このうち 8,450 万ユーロがドイツ研究振興協
会(DFG)から)支給された1457。ドレスデン工科大学の場合と同様、公務員である教員
の給与は州政府から支給される大学予算で賄われている1458。教員とは別に、情報科学部
では、研究員の 2/3 ほどが外部予算からの給与を受けている。
民間企業とはそれぞれ独特のパートナー関係を築いており、その資金援助の形態も異
なる1459。例えば、AUDI は同大学全体で 40 名以上、情報科学部だけでも 9 名の博士課程
の学生の学業をスポンサーとして援助している。ドイツのソフトウェア企業 SAP は独自
の大学協定プログラムを運営しており、同大学を始め世界中に提携大学ネットワークを
展開している。その他にも、Siemens がネットワークの分野で、HP がデータベースの分
野で、それぞれ同大学情報科学部との共同研究に取り組んでいる。
40
イルメナウ工科大学
イルメナウ工科大学
30
ミュンヘン工科大学
ミュンヘン工科大学
年間特許件数 (件)
20
ウルム大学
ウルム大学
アーヘン工科大学
アーヘン工科大学
ブラウンシュヴァイク工科大学
ブラウンシュヴァイク工科大学
カールスルーエ工科大学
カールスルーエ工科大学
ダルムシュタット工科大学
ダルムシュタット工科大学
ドレスデン
工科大学
10
シュツットガルト工科大学
シュツットガルト工科大学
0
2,000
4,000
6,000
8,000
10,000
12,000
第三者資金件数(件)
図 3-34
電気工学分野における特許取得数と第三者資金のドイツ内大学の比較
出典: ミュンヘン工科大学電気工学・情報技術学部パンフレットをもとに作成
9)
公的支援の利用状況
上述のように、州政府の予算の他に、研究開発に対する援助が DFG を始めとするドイ
1457
1458
1459
インタビュー参考資料
インタビューコメント
インタビューコメント
516
ツ連邦政府機関や、EU の各助成機関より提供されている1460。
特に、ドイツ連邦政府の取り組みである、MINT イニシアチブ(MINT Zukunft schaffen)
1461
は理数・IT・技術科目(MINT はそれぞれのドイツ語の頭文字)への学生の意欲を向
上することを目的としており、連邦政府機関やドイツ情報技術・通信・ニューメディア
産業連合会(Bundesverband Informationswirtschaft, Telekommunikation und neue Medien e.V.:
BITKOM)1462に代表されるような民間企業・団体が出資、運営しており、同大学も援助
を受けている1463。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
同大学は 1868 年にバイエルン王ルートヴィヒ 2 世によって設立されたミュンヘン技術
専門学校(Polytechnische Schule München)が前身である1464。それまで、農業が中心であ
ったバイエルン州を一大工業地区、そしてハイテク産業の中心地へと変化させる原動力
のひとつとなった。博士号の授与は 1901 年より行われている。
IT 分野においては、電気工学の権威 Kurt Heinke が教授として 1894 年に招かれたのが
始まりといえる。その後、同大学は 1974 年に再編成され、現在の名前となり、この時に
電気工学・情報技術学部も設立された1465。情報科学部の設立は 1992 年である。
特に 1995 年から学長 Wolfgang A. Herrmann 氏による「起業家大学(entreprenial
university)」としての改革が進められ、その一環として民間企業・団体との連携、国際
基準への対応、情報科学分野での研究、学科間協力などが強化された1466。
2)
抱えていた課題
IT 分野を含む理数系科目に進む学生やエンジニアの減少はドイツでも近年顕著とな
り、解決策の必要性が主張されるようになった1467。同大学でもこうした学生の意欲の低
下の影響を受け、1990 年代後半から入学生数が減少し始めた。
3)
きっかけ
上記の事態の対策として、ドイツ連邦州政府はグリーンカード・イニシアティブを打
ち出し、ドイツ国外からの IT 人材の誘致を図ったが、この政策は失敗に終わり、成長す
るために IT 人材を必要とする企業から、国内での人材育成の必要性を主張する声が強ま
1460
1461
1462
1463
1464
1465
1466
1467
インタビューコメント・参考資料
http://www.mintzukunftschaffen.de/die-initiative.html
http://www.bitkom.org/Default.aspx
インタビューコメント
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
インタビューコメント
517
った1468。こうした動きを受けて、連邦政府は民間と協力して上述の MINT イニシアチブ
を立ち上げるに至った。
同大学でもこうした政府による取り組みを歓迎する一方、独自に学生数拡大のための
取り組みを展開し、成功している1469。特に、政府が IT 人材育成を重要事項としてとらえ、
様々な取り組みを実行することは重要であるが、IT 分野の職種に関する一般の認識を向
上させることも重要であるという観点から、周辺地域の高校や民間企業に働きかける取
り組みを行っている。
4)
組織的な取り組みとなった背景
同大学は国内外の企業とのつながりも豊富で、特に、ミュンヘンに本社を置き、産業・
エネルギー・保健の 3 分野におけるソリューションを手掛ける多国籍総合技術企業であ
る Siemens と電気工学・情報技術学部は長年にわたる強固な関係を維持しており、数多
くの同大学卒業生が Siemens に就職している他、多数の Siemens の幹部クラスの職員が
同大学で教鞭をとっており、知識や経験を若い世代へ伝える努力をしている1470。Siemens
はその他にも、奨学金や研究開発プロジェクトへの資金援助に加え、後述の Center for
Knowledge Interchange への参加や、優秀な研究プロジェクト・卒業論文への表彰なども
行っており、電気工学・情報技術の分野に進む学生のやる気の向上に努めている。
Siemens に加え、ドイツ国内有数の規模を有するミュンヘン都市圏には大小様々な企
業が拠点や研究施設を設置しており、ドイツ随一の評価を受けている同大学との同様の
提携を求めるものも少なくない1471。IT 分野でも前述のように多数の有名企業が同大学と
提携関係にある。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
大学によっては企業の製品開発・改良に近い形での協力以外は得がたい大学も多いが、
ミュンヘン都市圏に位置する同大学では、予算の面で余裕のある大企業との提携も多く、
研究・人材育成両面において長期的な視点からみた協力がなされているといえる1472。そ
の例として、ドレスデン工科大学ではスポンサー獲得が難しいとされた基礎科学に関す
る研究も、同大学の提携企業は有益であるとみている。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
Academic Ranking of World Universities ではドイツの工科大学の内 1 位にランクされて
1468
インタビューコメント
インタビューコメント
1470
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
pp.5,9
1471
インタビューコメント
1472
インタビューコメント
1469
518
おり、ドイツのビジネス情報誌 Wirtschaftswoche 内の民間企業人事部長によるランキン
グでも同大学の情報科学部が上位を独占している1473
1474
。
長年、電気工学・情報技術学部と提携関係のある Siemens で多数の卒業生が就労して
いる1475。また、同大学では、企業による学生の採用には特にルールはなく、ある程度の
自由が与えられているが、各企業が求める人材を獲得できなくても、それはその企業の
責任として割り切られている1476。学生の採用に関する産学関係の中での同大学の教育以
外の担当業務は、企業が学生に自社をアピールしたり、奨学金プログラムを立ち上げる
機会を提供することであり、優秀な学生を提携企業に紹介したりといった学生の選考に
関する業務には一切関わっていない。
2)
関係者のメリット
企業は、常に実用化を念頭に置いた研究を専門とする企業内研究員とは異なる視点を
提供する同大学の研究能力に高い評価を示しており、長期的に専門的で深い研究課題に
取り組む目的で同大学での研究に資金援助している1477。こうした視点での援助が多い同
大学では、一般にスポンサーを得にくいとされる基礎科学に関する研究においても企業
のサポートを得ることができている。
また、提携企業は同大学の研究だけでなく、教育にも資金提供しているが、このこと
で企業が大学に課す責任は、あくまでその資金を活用して高度な教育を学生に提供する
ことである1478。教育を受けた優秀な学生を獲得できるかどうかはその企業の責任とされ
ている。
3)
事例についての評価の方法
上記のような同大学との協力に対する企業側の評価の根拠として、契約終了時に各企
業が新規に契約を結ぶかどうかが挙げられた1479。ただし、同大学の研究者はそういった
ことを念頭に研究を行っておらず、大学としてはむしろ個々の研究がどういった発見に
繋がったかを重視している。企業側もそれを理解しているからこそ、上記のような長期
の視点での援助ができているといえる。
教員の評価に関しては、同大学の電気工学・情報技術学部では、毎学期、5-8 科目を
対象に、学生関係学部役員、教授・助教授各 1 名、学生 3 名によって構成された評議委
員会による教員とプログラムの評価が行われている1480。学期末になると、各評価対象ク
1473
インタビューコメント
http://www.in.tum.de/en/for-prospective-students/good-reasons/university-rankings.html
1475
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.5
1476
インタビューコメント
1477
インタビューコメント
1478
インタビューコメント
1479
インタビューコメント
1480
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.41
1474
519
ラス内の学生がインターネットを通してその科目の教員・プログラムに関するアンケー
トに回答し、教員に直接口頭で評価を与える機会も与えられる。アンケート結果は直接
評議委員会と各教員に送られ、各教員はクラス内の学生による評価結果に対する自身の
コメントを E メールで評議委員会に提出する。評議委員会の教員に対する評価結果は教
員によってクラスに報告され、その場で話し合われる。なお、評議委員会による各学期
の評価の概要は、学部学生新聞「Trafo」紙上でも公開される。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
同大学の電気工学・情報技術学部は学部内の女子学生の数が少ないことを現在と向こ
う数年の課題として捉えており、より多くの女性を IT 分野に呼び込むことで、今までに
ない考え方をもった未開拓の若い人材を育成し、イノベーションに繋げることができる
と考えている1481。この課題への対策として、同学部は同大学とバイエルン州の援助を受
け、2004 年より「科学技術分野におけるジェンダー学」を担当する教授職を設けた。
また、ドイツでも日本同様に科学分野、特に IT への学生の興味が減少傾向にあるが、
同大学情報科学部では以下の具体的な対策を打ち、2000 年以降年々減少していた学生数
をここ数年で回復・増加させることに成功した(2011 年だけでも学生数は 25,000 名から
30,000 名へと増加している)。
• 同大学の学部生 1 年生を対象に将来の進路を尋ねた同大学心理学部による研究に
よると、IT 分野を専攻する学生は他学部の学生に比べ、大学卒業後の進路が明
確でない傾向があるという結果が出た。
• この研究結果を参考に、大学入学時に具体的なキャリアパスが決まっていない学
生が多いのではないかとみた同大学情報科学部では、それまで情報科学としてひ
とくくりになっていた学位課程を様々な分野に細分化した1482。
• 大学入学時と興味が変わった場合も学部内でスムーズに専門分野を変更するこ
とができ、高校卒業後はっきりとしたキャリアパスが描けない学生も安心して同
学部に進学することができるような環境が整えられているといえる。
こうした努力が実り、同大学の情報科学部に興味を持ち、入学する学生が増えたこと
で、教授陣の負担は増えたが、この試みを始めた時点でそうなることが予想されていた
ので、インフラ整備等の対策を打つことができた1483。
その他の例としては、電気工学・情報技術学部の卒業生団体 EIKON が学生・研究者
の意欲向上のために、優秀な学業成績や研究プロジェクトには報酬を与えており、その
1481
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.11
1482
情報科学という学問にビジネス、医療といった要素を加えることで付加価値を加え、10 代の学生に魅力的な専
攻分野を序々に加えていった。例えば、この中にはゲーム開発のための学位課程も含まれ、同大学の教授陣に
は難色を示す者も多くみられたが、大学に進学する 10 代の学生にとって魅力的であること、米国を含め世界中
にマーケットが存在することが同プログラム設立の決め手となった。
1483
インタビューコメント
520
ために卒業生や民間からの寄付を募っている1484。民間企業の例としては、Siemens が同
様にプロジェクトの表彰、奨学金の授与などを通して貢献している1485。
図 3-35
情報科学部の学生数の推移と学科の細分化
出典:インタビュー資料
2)
継続的に実施できていることの要因
同大学情報科学部では、知識をただ教え込むだけではなく、学生に自分で考える能力
を身に付ける機会を与えるようにしており、同大学情報科学部を高校生に紹介する上で
もこうした教育方針を紹介している。入学後に挑戦できる課題があることを見せること
で興味をもつ生徒を増やすことができ、大学もそういった挑戦をモチベーションにでき
る人材を集めるよう努力している。
また、前述のように、企業側も同大学との研究開発や人材育成での協力において、短
期での具体的な結果よりも長期的視点でみたメリットを重視して援助していることが、
同大学との関係を維持できている要因であると言える。特に長期的関係構築では、
Siemens との関係は顕著である。卒業生も多く輩出しており、同社と同大学との関係は
非常に強いものがある。
1484
Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.99
1485
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
pp.5,9
521
3)
継続的に実施するための工夫
高校生を同大学の情報科学部へと勧誘するための工夫として、定期的に高校の教員と
その生徒を招き、同学部での学業内容を紹介している1486。こうした試みにあたっては、
聴衆の興味・関心をしっかりと把握し、それに応じて宣伝方法を考える必要がある。例
えば、10 代の生徒は大学の評判や、大学がどの企業と提携しているかといったことには
あまり興味がなく、建物内でインターネットが使えるかどうか、周辺の住宅・交通機関
の完備などといったインフラ、アトラクションの存在などといったことをベースに大学
を選んでいるといえる(情報科学部は 2000 年にキャンパスをミュンヘン郊外の Garshing
に移しており、Garshing キャンパスの中心に地下鉄の駅を作ってミュンヘンからの交通
の便を良くするなどの措置がとられた)。また、スティーブ・ジョブズ氏のような起業家
に憧れる生徒は多いが、彼らが IT の知識と技術を基に成功したことを知っているものは
少ない。そこで、IT 起業家になるための知識と技術を同大学で身に付けることができる
ことを見せるよう工夫している。こうした宣伝は、同学部の学生の卒業後の就職先が豊
富なことを根拠としているため、IT 人材獲得を新興国へ求めがちな実業界に働きかけ、
国内に IT 関連職を残すよう説得することも大学の重要な役割であるととらえている。
また、Facebook など、生徒が情報源としているメディアをフルに活用することが重要
である。同大学の学長も、頻繁に Facebook 上で同大学進学を考えている高校生の質問に
答えたり情報発信したりしている。さらに大学からの情報発信に加え、口コミでの情報
の発信も重要であり、地元の高校の卒業生で同大学の情報科学部に在籍する学生を通し
て出身校の生徒への情報発信も行っている。
その他にも、実業界で活躍する卒業生をメンターとして招き、在学生とつなげるメン
タープログラムが充実しており、大学と実業界とのネットワーク構築の一翼を担ってい
る1487。また、機械工学部の学生を対象にした大学院生が複数の学部生を指導するチュー
タープログラムにみられるように、在学中から下級生を指導する意欲の発達を促す工夫
もなされている1488。
企 業 側 の 工 夫 の 例 と し て は 、 Siemens が 同 大 学 と 共 同 で 立 ち 上 げ た Center for
Knowledge Interchange(CKI)がある1489。CKI の主な目的は、大学と実業界の研究開発に
おける情報共有と協力の手助けと、人材育成のための産学協力にある。Siemens は CKI
を通して早い段階で採用を前提とした同大学の学生への接触も目的としている。
1486
1487
1488
1489
インタビューコメント
http://www.mentoring.tum.de/
http://www.tutor.mw.tum.de/
http://portal.mytum.de/pressestelle/pressemitteilungen/
news-112?searchterm=Center%20for%20Knowledge%20Interchange
522
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
同大学情報科学部は、バイエルンエリートネットワーク1490が運営するエリート大学院
プログラム1491にも参加し、他大学と協力して更に高度な教育も提供している。
また、起業を通した実業界との関係構築という視点では、同大学を基盤としたイノベ
ーションや起業を促す UnternehmerTUM1492が 2002 年より 50 人の職員によって運営され
ており、講義、セミナー、プログラムを通して起業家精神を養うほか、年間 50 以上の発
明やベンチャー企業の設立にも関わっている1493。同大学の学生や若手研究員のアイディ
アを具現化する小さな試みとして 90 年代後半に設立されたこの UnternehmerTUM は、現
在は大学から独立した機関であり、BMW の共同所有者の出資も受け、同大学に限らず
ミュンヘン都市圏でのイノベーション啓発を目的としている。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
東京大学との連携実績がある。1990 年代の改革以降、ミュンヘン工科大学は国際化へ
の強い意欲を示しており、電気工学・情報技術学部でもカリキュラムを国際基準に合わ
せる改革が行われている1494
1495
。同学部では、1998 年に全ての科目の講義が英語で行わ
れ、コミュニケーション工学修士課程が立ち上げられ(ドイツ語での講義もオプション
として受講可能)、ドイツ企業の国内外の部署で活躍する国際色豊かな人材の育成に取り
組んでいる1496。現在、コミュニケーション工学に加え、電力工学の国際修士課程も立ち
上げられたほか、中国、米国といった諸外国の大学や研究者との連携がなされている。
同大学は世界各国に提携大学を持ち、上述の東京大学もその一つである1497。
また、同大学は、2002 年にドイツからの援助で初めて海外に立ち上げられた、シンガ
ポールのドイツ科学技術大学(German Institute of Science and Technology)の設立にも関
わった1498。
交換留学プログラムも盛んで、他の EU 諸国(特にフランス)や米国の教育機関での
単位取得や、東南アジアの企業でのインターンシップも可能である1499。東アジアでは中
国、上海の同済大学にある中徳(独)学院(Chinesisch Deutsche Hochschulkolleg Shanghai:
CDHK)でのドイツ語講義に同大学の電気工学・情報技術学部の教員が参加しているほ
1490
バイエルンビジネス協議会の資金を基に運営されるバイエルン州人文科学研究省のイニシアチブ。
参照:http://www.elitenetzwerk.bayern.de/22.0.html?&L=2
1491
https://www.elitenetzwerk.bayern.de/elitestudiengaenge.0.html?&L=2
1492
http://www.unternehmertum.de/index.html
1493
http://www.unternehmertum.de/about.html
1494
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
1495
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
pp.29,31
1496
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.33
1497
インタビューコメント
1498
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
1499
“Fakultät für Elektrotechnik und Informationstechnik Department of Electrical Engineering and Information Technology”
p.37
523
か、同学院の学生がミュンヘン工科大学で 1 年間の単位取得と修士研究に取り組むこと
ができる。なお、同大学の学生が研究協力関係のある他国の大学で論文研究に取り組む
こともできる。現在、同大学の全学生のうち、20%が留学生である1500。
1500
http://portal.mytum.de/tum/geschichte/index_html
524
4.2.6
オランダ
(1) アインドホーヴェン工科大学
ソフトウェア品質研究所
表 3-67
ヒアリング概要
Technology University of Eindhoven
訪問日時
2011 年 12 月 14 日(水)9 時 30 分〜11 時 30 分
担当者
Harold Weffers, PDEng, Director of Laboratory for Quality Software(LaQuSo)
所在地
Laboratory for Quality Software, Technische Universiteit Eindhoven, Den Dolech 2
HG 5.89, 5600 MB Eindhoven, The Netherlands
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
アインドホーヴェン工科大学の数学・コンピュータサイエンス学部は、1960 年に数学
的エンジニアリングを対象として設立された。1981 年、コンピュータサイエンスエンジ
ニアリングが追加され、これが現在の学部名の由来となっている。数学とコンピュータ
サイエンスを 1 つの学部として構成している大学は他のオランダの大学にはなく、ユニ
ークな存在となってきた1501。
同学部に属するソフトウェア品質研究所(Laboratory for Quality Software: LaQuSo)は、
同学部とナイメーヘン・ラドバウンド大学(Radboud University Nijmegen)理学部のコン
ピュータ情報科学研究所の知識と経験を融合することを目的として設立された共同研究
所である。LaQuSo は、基礎技術や応用技術の研究結果についての事業化や検証、その
応用に重点を置いており、具体的にはソフトウェア品質・信頼性改善のための分析技術
を中心的に取り組んでいる1502。
LaQuSo では、企業に対する総合窓口を提供しており、企業は相談依頼を個別の教授
等に行う必要がなく、LaQuSo が相談内容を把握して、適切な教授につなげるように調
整している1503。
2)
対象とする教育
数学・コンピュータサイエンス学部は、学士課程に 2 つのプログラムがある。大学院
課程では 5 種類の修士コースと 2 種類のデザイナーコースに加え、様々な博士課程プロ
グラムを有する1504。以下はその抜粋である。
1501
1502
1503
1504
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/the-department/history/
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/
innovating-with-the-department-of-mathematics-and-computer-science/laboratory-for-quality-software/
インタビューコメントより。
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/education/
525
表 3-68
数学・コンピュータサイエンス学部のプログラム一覧
プログラム名
分野
学位
履修年限
コンピュータサイエン
ス・エンジニアリング
• ソフトウェアサイエンス
(Software Science)
• ウェブサイエンス(Web Science)
Bachelor
(学士)
3年
応用数学
• 応用数学
Bachelor
(学士)
3年
MSc
(修士)
2年
コンピュータ
サイエンス
• ビジネス情報システム
(Business Information Systems)
• コンピュータサイエンス
・エンジニアリング
(Computer Science and Engineering)
• 情報セキュリティ技術
(Information Security Technology)
• 組込みシステム
(Embedded Systems)
PhD
(博士)
MSc 取得後
4年
PDEng
(工学専門
博士)
MSc 取得後
2年
MSc
(修士)
2年
PhD
(博士)
MSc 取得後
4年
デザイナーズ
プログラム
産業数学および
応用数学大学院
プログラム
• ソフトウェア技術
• 産業向け数学
• 産業数学および応用数学
出典:http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/education/
から抜粋
2002 年、学士課程と修士課程が導入されたことにより、5 年課程のエンジニアリング
プログラムは、3 年の学士課程、2 年の修士課程に改められた。その際に、新専攻分野と
して(産業エンジニアリング・イノベーションサイエンス学部との共同で)ビジネス情
報システム、
(電子工学部との共同で)組み込みシステムが設置された。また、特別修士
プログラムとして、情報セキュリティ技術がコンピュータサイエンス・エンジニアリン
グの修士課程として追加された1505。
産学連携による教育としては、学士課程の最終年(3 年次)に、Bachelor End Program
と称し、1 学期の間、パートタイムで企業の仕事に携わり、卒業単位のうち 8 分の1を
このプログラムで取得することができるようになっている。修士(MSc)課程でも同様
のプログラムがあり、修了単位の 4 分の 1 を充てることができる1506。
Professional Doctorate in Engineering(PDEng)は、学士課程、修士課程修了後、従来型
の PhD コースに進まずに、2 年間のプログラムとして、大学での研究プロジェクトに参
加するなど、より実業に近いトレーニングを積むことを目的としたコースが用意されて
1505
1506
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/the-department/history/
インタビューコメントより。
526
いる。同プログラムに進む学生は、大学のスタッフとして雇用され、学生という身分で
はなくなる。修了前の 9 ヶ月間は企業に出向し、フルタイムでソフトウェアのデザイン
を担当する。この制度はオランダ発祥であるが、現在は他の欧州各国でも採用されてい
る1507。
3)
教育の狙い・目的
将来、エンジニアとしてのキャリアをめざす学生を対象として、必要なカリキュラム
を組んでおり1508、実際に関連業界において活躍できる人材育成を視野に入れた教育を行
うことを目標としている。
4)
実施体制
研究成果として生まれた「技術」をビジネスの世界に移転することが、工科大学の重
要な役割と考えており、1988 年以来、「Instituut Wiskundige Dienstverlening Eindhoven
(IWDE)」として活動を続けてきた。2004 年、LaQuSo 設立、2 年後の 2006 年にはアイ
ンドホーヴェン産業数学研究所(Laboratory for Industrial Mathematics Eindhoven: LIME)
を設立し、過去 10 年間にわたって知識活用(knowledge valorization)を進めてきた(ただ
し、LIME は 2011 年 1 月に廃止されている)1509。
各プログラムの授業は専任教員が担当しているが、一部の授業には、企業からゲスト
スピーカーを呼ぶことはある。その他は、非常勤講師が数名いる程度である。企業から
派遣された非常勤講師の目的は、授業で教えるということに限らず、学生のプロジェク
トの監督をしたり、特に企業が費用を負担している博士課程の学生の研究支援を行うこ
とも含んでいる1510。
5)
産学の役割分担
企業から教員を受け入れる際に注意しなければならないことは、大学としてその教員
に何を求めるかを明確にすることである。同大学の場合、企業から派遣されている講師
は、特定のテーマを教える授業を担当している。例えば、IBM からの講師には、ワーク
フローの作成、意思決定管理、制約プログラミングなどが、実際の現場ではどのように
行われているか、経験談にもとづく授業を実施している1511。
学生の参加方法であるが、基本的には企業に出向いていくのではなく、大学内で企業
のための仕事をするようにしている。これは大学から離れると、それだけ大学としての
監督の目が行き届かなくなると考えているためである。上述の PDEng の学生は修了前に
企業に出向いて企業内での開発に携わるが、学士課程、修士課程の学生は、大学内で仕
1507
1508
1509
1510
1511
インタビューコメントより。
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/education/
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/the-department/history/
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
527
事をすることを前提としている1512。
6)
コーディネート機関の関与
LaQuSo が企業から受託したプロジェクトに学生を参加させることがあるが、どのプ
ロジェクトに参加させるかを LaQuSo が割り当て、調整している。中小企業から依頼の
あったプロジェクトには学生を参加させるが、一方で高い技術レベルを要求され、アウ
トプットの品質を維持・保証する必要があることもあり、大企業や官公庁の仕事に参加
させることはしていない。
LaQuSo は、同学部の総合窓口として、プロジェクトの依頼、講師の受け入れ等、企
業とのつながりを構築するコーディネート役を担っている1513。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
企業から派遣された非常勤講師が、その企業がスポンサーとなっている博士課程の学
生の研究支援等を行うことがある1514。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
学士課程に含まれる上述の Bachelor End Program では、単位を認定する形で履修カリ
キュラムに組み込まれている。修士課程でも同様のプログラムがある。
一方、全体を通して実業に近いプロジェクトを実施していく PDEng プログラムは、そ
れ自体が学位として認定される1515。
9)
必要となる経費とその負担
同大学は国立大学であるため、通常の学内教育組織の運営は大学の通常予算の範囲内
で行われているものとみられる。一方、学内外の関連研究所と連携し、企業の窓口とな
っている LaQuSo の運営は、独立採算性が原則で、大学からの資金援助もない。企業か
ら受託するプロジェクト等の売上で人件費を含む運営費用を賄っている1516。ただし、産
学連携による個別プログラムである Bachelor End Program について、公的資金が特別に
出されているか否かについてのコメントは得られていない。
技術系学生を増やすために、企業が奨学金制度を大学に作ることもある。オランダ人
向けの大学の授業料はそれほど高くないが、外国人には高い授業料が設定されている。
優秀な外国人学生に対しては、将来の入社を契約上の条件として、企業が奨学金を出す
こともある1517。
1512
1513
1514
1515
1516
1517
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
528
10) 公的支援の利用状況
LaQuSo は独立採算性であり、民間へのコンサルティングサービス提供による収入を
得ている。大学自体は国立である1518ため、通常の大学の学部運営にかかる費用は国が負
担しているものとみられる。ただし、産学連携を実現するための具体的個別プログラム
である Bachelor End Program について、公的資金が特別に出されているか否かについて
のコメントは得られていない。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
LaQuSo の設立は 2004 年である。20 年~30 年前まで、大学と企業の間にはまったく
交流がなかったが、2000 年初頭から、大学が自らの研究成果を事業展開につなげる動き
が始まった1519。
2)
抱えていた課題
従来、企業が抱える問題について専門家の意見等を求めるため、教授個人を訪ねて相
談するということがあったが、企業側の要件と、それに対応できる教授のマッチングが
難しく、企業・大学ともに時間と労力が必要となるという課題があった。
3)
きっかけ
オランダでは、市場競争の中で、自社の商品・サービスにおける優位性の核とするこ
とを目的として、大学が持つ技術・知識を手に入れたいという企業側の意向のもと、企
業と大学の連携が行われている1520。そうした企業側の要請に応えるため、産学連携研究
に着手したことがきっかけのひとつとなっている。
4)
組織的な取り組みとなった背景
上述の通り、企業が大学に相談する際の窓口を取りまとめ、企業ニーズにあった教授
を企業に紹介し、効率的な共同研究を実現するには組織化が必要ということで、LaQuSo
が設立されている。
なお、オランダの企業は常に先進的な技術や知識を欲しており、企業側から大学に接
近したいと考えている。特に同大学では、IT 分野だけでも現在国家プロジェクトが 6~7
件動いており、企業にとっての魅力は大きい。企業にとって、大学との連携は「ビジネ
ス」の 1 つという認識がある1521。
1518
1519
1520
1521
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
529
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
オランダ国内では、Engineers in front of classroom という制度があり、企業の技術者が
授業で教える制度があるが、企業にとっては大学と人脈を作るためのメリットがあるだ
けで、あまり機能していないのが実情である。技術者として優秀なことと、教員として
優秀なこととは異なり、また企業が優秀な教員を送ってくる保証もないので、大学と企
業の間でよほどの信頼関係がない限り、企業から教員を受け入れることには慎重になら
ざるを得ない1522。
なお、ヤン・ペーター・バルケネンデ氏が首相に就いていた前政権の下、Innovation
Voucher という 7,500 ユーロ相当の中小企業向けの研究開発補助制度があり、それを使っ
た大学への研究依頼や共同開発などの話が多くあった。しかし、企業負担がないという
こともあり、政府から与えられた予算消化の性格が強く、企業、大学の双方にとってや
りがいや意義のある仕事は少なかった。また、大学と企業の連携関係の構築にはつなが
らなかったという印象をもっている。その後、政権が交代して制度は廃止され、研究開
発投資に対して税控除する制度に変更された。1523
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
上述のようにオランダの大学における産学連携、特に同大学としては、産学連携の主
眼は企業との共同研究にある。そうしたことから、産学連携教育に関する成果の評価方
法等については、特に触れられていない。
なお、産学連携研究の成果として、数学・コンピュータサイエンス学部、LaQuSo の
研究成果として独立事業化された実績(Spin-offs)として以下の事例が公開されている1524。
•
Fluxicon1525
•
LIME BV1526
•
MagnaView1527
•
SecurityMatters1528
•
SolidSourceIT1529
•
SOWISO1530
•
SynerScope1531
•
Winkelparade1532
1522
1523
1524
1525
1526
1527
1528
1529
1530
1531
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/
innovating-with-the-department-of-mathematics-and-computer-science/spin-offs/
http://www.fluxicon.com/
http://www.limebv.nl/
http://www.tue.nl/fileadmin/content/faculteiten/win/Onderzoek/Magnaviereng.pdf
http://www.securitymatters.eu/
http://www.solidsourceit.com/
http://www.tue.nl/fileadmin/content/faculteiten/win/Onderzoek/Sowisoeng.pdf
http://synerscope.com/
530
また、Bachelor End Program での具体的成功事例としては次のような事例がある1533。
• Océ Test Dashboard:オセ社(Océ)にダッシュボードの試作品を製作した学生が
いた。同社は今では、そのダッシュボードの試作品を利用し、自社のソフトウェ
ア上でのテスト評価を自動的に行い、その結果と統計データを観察している。
• GGzE Software:GGzE1534の改革プロジェクトの一環として、集団行動を分析し
視覚化するソフトウェアを開発した数学・コンピュータサイエンス学部の二人の
学生がいた。このソフトウェアにより、医療従事者が患者の行動に対して、より
的確に対応できるようになり、その結果、多くの医療機関で利用されるようにな
っている。
2)
関係者のメリット
企業は、常に先進的な技術や知識を欲しており、企業側から大学に接近したいと考え
ている。同大学では、現在 IT 分野だけでも国家プロジェクトが 6~7 件動いており、常に
新しい情報を得たいと考えている企業にとって、同大学との連携は非常に有益な情報を
得られるという点でメリットとなる1535。
また、PDEng プログラムについては、企業からのニーズが高く、その需要を PDEng
プログラムの学生数では補えない状況に至っている。これは、専門知識を学んでいる上
に実務スキルも高い人材にアクセスできるため、多少の費用はかかったとしてもそれ以
上のメリット(優秀な高度 IT 人材へのアクセス、こうした人材を通じた技術移転等)が
得られると企業が考えているためと思われる。一方、PDEng の学生は、企業内でのプロ
ジェクトに関わることで、大学内での実際のプロジェクト以上に実業での環境に近い経
験を積むことができるというメリットがある。
学生の就職率については、諸外国と異なりオランダでは大学卒業後はほぼ 100%が就
職できるため、産学連携のメリットとして、採用機会の提供等は認識されていない。
3)
事例についての評価の方法
インタビューでの回答はなされなかった。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
企業は学生の獲得に向けて様々な勧誘活動をしているが、講師として大学へ派遣する
自社社員の授業内容によっては、企業イメージの低下につながるケースもある。学生は
世の中の流行を通じてその企業に対するイメージを抱いており、イメージと乖離した内
1532
1533
1534
1535
http://www.tue.nl/fileadmin/content/faculteiten/win/Onderzoek/Winkelparadeeng.pdf
http://www.tue.nl/en/university/departments/mathematics-and-computer-science/
innovating-with-the-department-of-mathematics-and-computer-science/projects-and-field-assignments/
http://ggzeservicesbv.com/ オランダ・アインドホーヴェンにある精神疾患専門病院
インタビューコメントより。
531
容では、企業のイメージダウンを招いてしまうという問題がある1536。
日本も同様だが、オランダでも少子化による人口減少による学生数の減少が深刻な問
題となっている。たとえ大学ランキングで上位に位置していても、学生の総数が減って
いるため、学生の獲得は他大学との競争になる。大学の魅力を増すために、海外の大学
との交換留学制度を充実させる一方で、インドやロシアなどの大学に遠隔授業を提供し
たりして、学生の確保を海外の大学にも一部依存している面もある1537。
2)
継続的に実施できていることの要因
PDEng プログラムは企業にも人気が高い。PDEng プログラムの学生にプロジェクトを
依頼するには、企業側は 1 回のプロジェクトあたり 3 万ユーロから 5 万ユーロを大学に
支払わなければならない。その高額さにもかかわらず依頼が絶えることがなく、むしろ
派遣する人員の不足をきたしている。日本企業からの依頼実績はないが、国内外の企業
から依頼がある。
修士課程を修了し、さらに実務的なトレーニングを積んだ学生は、企業にとって、そ
の費用以上のメリットがあると理解している。大学から産業界・企業への技術移転にも
つながっていると言えるかもしれない1538。
3)
継続的に実施するための工夫
学生の多くは、卒業して企業に就職するという道を選択しており、それで問題ないよ
うに思えるが、政府と大学上層部は、起業する学生を増やしたい意向が強く、近年、大
学カリキュラムの中に起業についての授業を組み入れるようになった。ただし、現時点
では、必修科目等の主要科目ではなく、補助的な科目としての位置付けである1539。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
LaQuSo として実践していることは、例えば Enterprise Europe network1540のような様々
な業界団体、交流団体、個別企業等の会合に参加し、自校の技術を売り込むべく、大学
の認知度を高め、ネットワークを広げる活動などである。ただし、企業との関係を構築
するには、顔見知りになることから始め、ステップを踏む必要がある1541。
当大学を卒業して就職に困ることはない。学生は、在学中からアルバイトも含め、企
業で働いており、卒業後そのまま正規採用となることも珍しくない。また、フルタイム
の学生からパートタイムに変更して、フルタイムで企業で働きながら大学に通うことを
1536
1537
1538
1539
1540
1541
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
インタビューコメントより。
http://www.enterprise-europe-network.ec.europa.eu/
インタビューコメントより。
532
選択する学生もいる1542。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本企業・大学等との連携に対する大学の方針等は示されていない。日本企業からの
プロジェクト依頼実績はないとのことである。
1542
インタビューコメントより。
533
4.2.7
韓国
(1) KAIST(Korean Advanced Institute of Science and Technology)
表 3-69
産学協力団
ヒアリング概要
KAIST (Korean Advanced Institute of Science and Technology)
訪問日時
2012 年 1 月 30 日(月)14 時〜15 時 30 分
担当者
Office of University-Industry Cooperation, Project Coordination and activation
Team
Team Leader, Hee-Tae Kim, Ph.D.
所在地
Mulli-dong 103-6 Munji-ro 119 Yuseong-gu Daejeon, Korea 305-732
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
KAIST は、科学技術分野の理論と応用力を身につけた高度人材を育成することを目的
として、政府の支援のもとで 1971 年に設立された大学院大学である韓国科学院(KAIS)
を母体としている。1981 年に研究機関であった韓国科学技術院(KIST)と統合して
KAIST となった。その後、1989 年に KIST が再び分離された一方、2008 年に韓国情報
通信大学(ICU)と統合されて現在の形となっている。
同大学の産学協力団は、2003 年に「産業教育振興および産学協力促進に関する法律」
をもとに設置されたものであり、大学内の独立法人として産学連携教育のほか、企業へ
の技術移転などのコーディネートを行っている。韓国の多くの大学に設置された産学協
力団は、大学が産学協力の主体となることで連携を促進する効果を生み出している。
2)
対象とする教育
KAIST での産学連携は、産業界に必要な人材を目的に合わせて育成する、いわゆるト
ータルコンサルティングの方針のもとで行われている。企業が費用を負担することで、
自社に必要な人材の育成を目的とするコースを設置することができる。具体的な教育内
容は学部によって異なるが、情報通信系では教授の推進の下、サムスン SDS が約 60 億
ウォンの教育費を全額支援するコースが存在する。
また同大学において、「IT 融合領域」に取り組みたい学生は「無学科」を選択し、IT
と他の分野を結びつけることによる、自分で望むような研究を行うことが可能である。
3)
教育の狙い・目的
同大学の場合、創設の目的が「産業界で必要な人材の育成」であり、産学連携は当然
の手段として認識されている。
534
4)
実施体制
企業から連携の申し出があった際には、まず該当学科の学科長が許可し、最終的に総
長(学校長)が承認するというプロセスになる。例えば、まず教授が直接産業界と連携
して話を進め、学部内で決裁して進めていくことになる。
大学から企業への連携依頼のケースにおいては、学位付与がなされないものについて
は比較的自由に行える。他方、学位付与がなされるものについては審査が厳しく、大学
全体で審査・決定している。
5)
産学の役割分担
産学の役割分担としては、原理や概念的なことを大学教授が、実践・実技的なことを
外部企業講師が担当することが多い。大学の教授陣に産業界出身者が多く含まれるだけ
でなく、現役の産業界講師による講義もごく一般的に実施され、こうした取り組みに対
する学生からの評価も高い。
6)
コーディネート機関の関与
上述の通り、韓国の法律で定められた産学協力団が大学内の独立法人として、産学連
携教育のほか、企業への技術移転などのコーディネートを行っている。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
産学連携教育での実習内容をもとに論文を作成するコースについての情報はない。た
だし、企業提供のコースなどの場合、学内での承認を得ることで、関連する論文で学位
を取得することが可能となっている。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
企業が費用負担して提供するコースの場合、企業が求める人材に合わせてカリキュラ
ム体系を整備することができる。この場合、学校全体での審査を通じて可否の判断が行
われる。
9)
必要となる経費とその負担
大企業(サムソン SDS など)の場合は 100%企業が負担してコースを設置し、優秀な
人材を育成する。そのコースの修了者から選抜された者が企業に就職する。他方、中小
企業の場合、企業負担は概ね 20%、政府負担が 80%となる。こうした企業提供のコース
については、大学からは資金不足のため負担は行わない。
535
10) 公的支援の利用状況
政府からは毎年一年分の公的資金が支給され、年度末に評価をする。年度末の評価時
点で未利用分があった場合、翌年支給額は減額の可能性がある。翻って、資金不足であ
った場合には、翌年増額される場合もある。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
大学の創設時期から産学連携に取り組んでいる。
2)
抱えていた課題
同大学の場合、課題解決の手段として産学連携を導入したのではなく、産学連携教育
を前提に教育課程が構成されていることが特色である。
3)
きっかけ
大学の創設が連携の契機となっている。以後も、大学からのベンチャーの起業の推進、
起業経験者の大学での講師としての活用など、継続的な連携の取り組みが続いている。
4)
組織的な取り組みとなった背景
大学の創設意図から、自ずと組織的な取り組みとなっている。他大学と異なり、教授
陣も産学連携を当然のことと受け止めている。かつてはアカデミックな研究系の教授の
比率が高かったが、産業界出身の教授が増えており、様相も変わってきている。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
韓国の大学には産学協力団が設置され、この組織が産学連携のコーディネーションを
受け持っている。また、政府施策の「契約学科」制度が 2004 年に導入され、これをもと
に企業の要望に応じた学科を設置することが可能となっている。実際に実施されている
産学連携教育の取り組みとしては、産業界講師による講義、インターンシップの実施な
どが主体となっている。
韓国全体で学生の就職に関して大企業指向が強く、中小企業が大学と連携しても学生
が関心を示さないなど、十分な成果が得られないことが課題となっている。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
サムスンをはじめとする、外部企業講師による実践的授業に対する学生の評価は高く、
今後も外部企業講師の招聘授業は継続される見込みである。教授陣も、以前はアカデミ
536
ック出身者が多かったが、同大学創設の目的自体が「産業界で必要な人材育成」である
ことも手伝って、現在では産業界(主に大企業)出身教員が増加している。
同大学は国立ということもあり、本来は希望するすべての企業と連携すべきところで
ある。短期的研究目的で依頼してくる企業の場合は断るケースもあるが、基本的には、
長期的視野に基づいている企業とは連携するスタンスをとっている。しかしながら、教
授の立場においては研究費の額が大きい企業を選びがちになる、という現実的問題もあ
る。
2)
関係者のメリット
学生にとっては、インターンシップ先での就業機会を獲得することのメリットが大き
い。但し、大企業の場合は両者合意の下で決まることが多いが、中小企業の場合は学生
が断るケースもある。
ベンチャー企業の場合も、学生の両者合意の下で雇用契約が成立するケースもある。
ただし、インターンシップを介さずにダイレクトにベンチャー企業に入社することは、
学生にとってはリスクが大きいため極めてまれである。こういった意味において、優秀
な学生に自社のインターンシップを体験してもらうため、同大学との連携を希望するベ
ンチャー企業は多い。
また、企業にとっては産学連携を通じて同大学からの技術獲得ができるため、それだ
けで価値が高い。企業は常に技術開発をしていく必要がある。同大学は将来の技術開発
と人材育成を担っており、技術と人材をパッケージとして企業にもたらす意義は大きい。
大学側のメリットとしては、上述した技術移転の「優先権」を企業に与え、それに対
して企業から得る資金等の報酬である。
3)
事例についての評価の方法
同大学では、産学連携活動についての評価は行っていない。現時点において企業から
の連携希望が多いことから、その選考を通じて評価を行っているのが実態であると考え
られる。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
最大の課題は、企業と大学の間の意識の差である。大学は、長期的視野に立って考え
ているが、企業はどちらかとういうと短期的視野に立っている。このような両者の意識
の差をいかに縮めていくかが、産学協力団が担うべき役割である。そのためにも、技術
とビジネス両方の知識を併せ持つ融合研究者という人材が必要であり、同大学では「知
識財産学科」を設定し、人材育成を推進している。さらに、産学協力団の今後の充実に
向けた取り組みの必要性が指摘されている。
537
加えて、各分野で研究における生産性が落ちていることが指摘されており、その解決
手段としても産学連携が期待されている。
2)
継続的に実施できていることの要因
同大学の場合、IT をはじめとする各学科が韓国における最難関として知られ、優秀な
人材を輩出している実績もあることから、産学連携を希望する企業が多く、連携先確保
に関する問題は生じていない。むしろ、同大学と連携したくてもできない企業を生じさ
せてしまっていることが課題といえる。
3)
継続的に実施するための工夫
産学連携研究を促進するため、技術移転の優先権を企業に提供している。このほか、
同大学の卒業生のコミュニティを講師確保に活用するなどの工夫を行っている。同大学
の卒業生が 42,000 名いる中で、卒業生が CEO として活躍している企業が 730 社あり、
そうした企業で同大学を支援する団体を作って活動している。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
同大学の教授陣に関しては、産業界から広く招聘されている。また、同大学の出身者
が講師を務めることもある。同大学では、研究成果に基づくベンチャー企業の起業支援
を推進しており、こうした大学発ベンチャー企業の社員を招聘して講義を行うことも一
般的である。韓国におけるベンチャー第一世代(1990 年代)では、創業者の半数以上が
同大学の出身者である。この中には、一度は不況に見舞われながらも復活し、サムスン
などで認められたり、同大学の教授になった者もいる。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本の企業や大学との連携に対する方針等は示されていない。
538
(2) 漢陽大学(Hanyang University)ERICA キャンパス
表 3-70
ヒアリング概要
Hanyang University(ERICA キャンパス)
訪問日時
2012 年 1 月 31 日(火)10 時〜11 時 20 分
担当者
Associate Dean of University Research / Head of Business Incubator Center
Department of Mechanical Engineering
Vice-President, Industry-University Cooperation Foundation
Ptof. Kihyung Lee (李奇衡)
所在地
55 Hanyangdaehak-ro, Sangnok-gu, Ansan Kyeonggi-do, 426-791, Korea
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
漢陽大学では 1978 年に安山キャンパスを設置し、これが現在の ERICA キャンパスと
なっている。現在は ERICA キャンパスが産学連携中心大学1543、ソウルキャンパスが研究
中心の大学として、それぞれの役割分担がなされている。ERICA キャンパスは企業団地
に隣接しており、そこに 80 社の企業、3 つの国立研究所が立地している。また、70 のベ
ンチャー企業を抱えるインキュベーションセンターもある。このように、大学、研究所、
企業が 1 箇所に集結しているのが ERICA キャンパスの特徴となっている。
当大学には産学連携に関して 2 つの組織がある。第 1 はクラスター事業団であり、大
学の 1 組織として学内の職員が運営している。第 2 には産学協力中心大学育成事業団で
あり、国の支援による事業団である。後者は、1 つの「トウ」
(日本の“都道府県”に相当)
に 1 つの産学連携大学を設立し、トウの中で適切な大学を選択できるようにする活動を
推進している。
2)
対象とする教育
上述の事業団は地元企業との産学連携を推進するための組織であり、同大学所属の教
授によるカリキュラムとは別に産業界講師による実践プログラムを提供している。具体
的にはクラスター事業団に所属する企業の博士号取得者が講義を行っている。一般の講
義は卒業要件に関係するため、単位の要件を必ず満たさなければならないが、クラスタ
ー事業団で行う講義については自由度が高い。最低1回の受講が必須となっているイン
ターンシップのみを受講する学生から、すべての教育プログラムを受講する学生まで
様々となっている。企業の要望に合わせ、1年後に科目終了も可能である。
クラスター事業団以外でも、産業界教員による講義として、LG の研究所によるもの
がある。加えて、現代自動車から資金提供を得て、大学院で同社の要望に合致した科目
1543
地域別の産学連携モデル校的な位置づけの大学として、政府が指定している大学
539
(機械・電子・化学など)の設定も行っている。このほか、国の支援による組織である
産学協力中心大学育成事業団が、企業を対象とした社員向け教育(リカレント教育、セ
ミナーなど)を実施している。
同大学では学部 3 年生を対象に、Capstone Design という科目を行っている。この中で、
連携先企業で依頼したいテーマがあればそれを学生に依頼する。本格的な業務委託では
ないが、学生がプロトタイプ程度を作成できるような機会が与えられる。
3)
教育の狙い・目的
漢陽大学における現在の方針として、ソウルキャンパスは研究中心、ERICA キャンパ
スは産学連携中心大学として運営している。ERICA キャンパスにおいては、近隣企業と
の距離的な近さを活用した産学連携策が実施されている。同様に、距離的な近さを活用
し、キャンパス近隣に立地している国立研究機関の職員(博士号取得者)による講義も
行われている。
4)
実施体制
同大学には「産学協力中心教授」が約 40 名存在する。この教授は通常の講義を担当せ
ず、企業の技術開発の支援や学生の監督など、産学連携に関連することのみ行うという
役割を担っている。全員が企業経験者であり、元サムスンの研究所長や部長なども含ま
れる。博士号の取得は必須としていないが、現時点ではほとんどが博士号を取得してい
る。
クラスター事業団で行う講義は、学部の建物ではなく、クラスター支援センタービル
内で行われる。これは、アカデミック出身の教授が産学連携の推進に必ずしも協力的で
ないことが影響している。
5)
産学の役割分担
大企業と中小企業とで必要となる費用は異なるが、基本的に事業団で行う授業に関し
ては、講師料等は大学側が負担する。その見返りとして、学生によるインターンシップ
の受け入れを企業側に義務化している。
6)
コーディネート機関の関与
クラスター事業団と産学協力中心大学育成事業団の2つの組織が産学連携のコーディ
ネートを推進している。前者は大学立地地域の、後者は広域圏でのそれぞれ企業との連
携に関与する。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
同大学での産学連携教育は、学位に関する論文には関与しない。
540
8)
カリキュラム体系での位置づけ
既存のカリキュラムに企業の要望を反映させようとしても、教授の抵抗を受けること
があるため難しい。そこで、クラスター事業団による科目については、既存カリキュラ
ムとは別に提供し、履修者に認定証を発行することで運用している。この認定証は就職
時に有利に作用する。
9)
必要となる経費とその負担
大企業・中小企業で費用は異なるが、基本的に事業団で行う授業に関しては、講師料
等は大学側が負担する。その見返りとして、学生のインターンシップ受け入れを企業側
に義務化している。
10) 公的支援の利用状況
クラスター事業団による活動への支援はない。産学協力中心大学育成事業団の活動に
対しては、年間 50~70 億ウォンの支援を受けている。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
ERICA キャンパスに進出した時期から取り組んでいる。本キャンパスは産学連携のた
めに作られたものである。30 年前に当時の大統領が工業化を重要視し、海を埋め立てて
工業化団地を建て、必要なエンジニア育成に乗り出した。大統領が同大学に土地を提供
し、その見返りとして同大学はエンジニア育成に注力した。その結果、現在同大学は韓
国最大の工科大学となっている。
2)
抱えていた課題
同大学が2つのキャンパスをもつことになり、ソウルが研究中心、ERICA が産学連携
との役割分担を担うことが定められたことで、役割に応じた取り組みを行う必要が生じ
た。
3)
きっかけ
韓国の場合、学生の大企業指向が強く、大企業の場合は優秀な学生が容易に集まるが、
ERICA キャンパスの周辺企業は中小企業が多いこともあって、人材集めに苦労している。
そうした観点からも、周辺企業は同大学の産学連携プログラムに積極的に参加し、優秀
な人材を獲得するために努力することとなった。
541
4)
組織的な取り組みとなった背景
ERICA キャンパスの差別化のためには、産学連携を推進する必要があり、自ずと組織
的な取り組みが持続される結果となっている。さらに、地域における産学連携中心大学
に指定されたことで、国からも支援されることとなった。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
韓国は日米とは違って国の規模が小さいこともあり、国主導の政策が多くなっている。
産学協力団もその一例である。ソウル大学などの研究中心の大学は別であるが、企業へ
就職する学生が多い場合は、学生時代に現場を体験させ、即戦力となる学生を育成する
必要性から、産学連携が活発に推進されている。こうした政策に関しては、国の支援な
しには継続が困難である。
政府の IT コンバージェンス(融合)施策に対応して、3 年前から ERC(Engineering
Research Center)を設置して国からの支援を受けるべく動いている。これには企業と大
学との産学連携が必須である。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
クラスター事業団の科目については、おおよそ全体の 10~15%の学生が受講している。
周辺の中小企業を気に入って就職する学生も存在するが、数としては非常に少ない。学
生が結婚する際に、大企業に勤めていなければデメリットになるケースもある(相手の
両親が勤務先の企業名を知らなければ不利になる)。これは、韓国のような有名志向の強
い社会で、中小企業に人材供給することの難しさを示す例となっている。
2)
関係者のメリット
ERICA キャンパスでは企業向けの教育サービスなどを行っているほか、産学協力協議
会(約 16 企業参加)を設け、定期的に集まって技術的課題についての議論・解決の場を
設けており、企業からは好評である。更に高度な装備をもった施設を企業に使用させて
いる。同大学の周辺の企業は中小規模のところが多いため、自前ではこうした設備をも
つことができない。そうした企業のために審議会を開いて企業評価をし、活用性が高い
とみなした企業には、材料費以外は設備の使用コストを大学側が負担することで、企業
に設備を使ってもらうサービスを行っている。これも非常に評判がよい。加えて、企業
が海外と取引を行う際の翻訳サービスも行っている。こうしたメリットを中小企業に提
供することを通じて、産学連携の持続に尽力している。
3)
事例についての評価の方法
大学から企業への評価は特にしていない。企業からは、科目設定の場合のアドバイス、
542
科目設定後の報告とフィードバック、学生に対する評価など、様々な評価を受けている。
大学の最終顧客は企業であるという考えの下、企業の要望に即したプログラム、人材育
成に尽力している。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
ERICA キャンパス卒業生の周辺企業への就職率が低いことが課題である。学生はやは
り大企業への就職を希望する者が大半である。韓国には 200 ほどの大学があるが、学生
が希望する大学はそのうちの 10 校程度である。同様に、多数の企業が存在するが、学生
が希望する企業は有名な大企業 20 社程度にとどまる。こうした背景もあって、連携プロ
グラムは企業から評価を得ているが、就職面では更なる努力を要する状況にある。
今後更に大企業からの関心を高める必要があるが、やはり企業の場合は短期的なとこ
ろに関心が集中しがちであり、大学との意識の差が大きい。
2)
継続的に実施できていることの要因
上述のように、地元企業との産学連携教育に関しては、企業への優秀な人材供給が十
分にできていないため、それ以外のサービス提供を通じて連携を持続させているのが実
情である。
3)
継続的に実施するための工夫
同大学は当初工科大学として設立された経緯もあり、エンジニアとして歩む意思をも
って入ってくる学生が多い。我々もそれをサポートすべく、寮を充実させたり、1年次
に必要以上に遊ばせないよう、英語教育などの夜間プログラムを設置するなど工夫して
いる。更には、学生を対象としたメンター制度を設けたり、学生に自身のロードマップ
の作成をさせたりもしている。
企業との連携維持に関しては、できるだけ大学と企業との協議の場を多く設けること
が重要である。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
募集人材は必ず企業経験者(経験 3 年以上)である。ドクターは必須ではないが、現
時点ではほとんどがドクター取得者である。実際、サムスンの研究所長や部長なども在
籍している。こういった企業経験者の更なる増員を意識している。学内のアカデミック
な教授は、産学連携とは言いながらも、やはり自分の研究が最大関心事項となる傾向に
ある。
543
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本企業・大学等との連携についての方針等は示されていない。ただし日本との比較
として、日本の大学は産学連携に対してまだ消極的であるが、韓国の場合は危機感があ
ることが示された。産学連携プロジェクトがなければ学生も集まらず、実験もできない。
同大学は私立であるため、国からの援助は一切なく、積極的に企業へアプローチしてい
かなければならない環境にある。
また産学連携の取り組みを含め、新たな企画の検討に際しては、日本の場合は教授会
中心で議論されるが、韓国の場合は企業中心で行われるため、企業ニーズが必ず反映さ
れること1544が特徴として指摘された。具体的なニーズの把握は、企業へのアンケート調
査や、企業からの評価のフィードバックなどによって行われている。
韓国では企業に勤務する大学卒業者の給与において、理系のほうが文系より高いが、
この点では日本よりも恵まれており、理系人気が維持できているとのコメントが得られ
ている。
1544
インタビュー時のコメント。
544
(3) 漢陽大学(Hanyang University)ソウルキャンパス
表 3-71
ヒアリング概要
Hanyang University(ソウルキャンパス)
訪問日時
2012 年 1 月 31 日(火)15 時〜16 時 30 分
Graduate School of Tech. & Innovation Management, Professor of Special Duties
Kil Kyu Lee Ph.D.
担当者
Industry-University Cooperation Foundation(IUCF.HYU)
Technology Licencing Office / Chief Manager , Chang, Ki-Sool
所在地
222 Wangsimni-ro, Seongdong-gu, Seoul 133-791, Korea
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
漢陽大学ソウルキャンパスには、研究成果の事業化を志す学生に企業家になるために
必要な知識を教えるグローバル企業家センターがある。2009 年から創業教育・経営者教
育を行っており、ベンチャー企業や大企業、政府から講師を招聘して実践的教育を実施
している。
2)
対象とする教育
ソウルキャンパスの場合は、産学連携研究が中心であるが、学生による起業のための
教育に関する連携も行っている。
ソウルキャンパスでも、サムスンから支援を受け、コンピュータ、半導体、素材、デ
ィスプレイなどを総合して教える学科が設立された。ただし設立後まだ 2 年であり、卒
業生は出ていない。同学科は完全新設というよりは、もとからあった学科を再編したも
のである。
3)
教育の狙い・目的
ソウルキャンパスでは、産学連携の連携対象はサムスンや現代自動車などといった大
企業が中心である。内容は技術移転を含めた実用技術に関するものが多い。
産学連携の目標としては社会奉仕なども含まれるが、学生の創業支援・活性化などを
通して、利益を計上できる状態にしていくことが目標である。学生の起業に関しては、
売上げの一部を納付してもらうといった方法よりも、成功した際に寄付を得るといった
方向で期待している。具体的には、上場益の数%を大学に寄付してもらうことなどを考
えている。大学は学生を支援するところであり、その結果成功したら寄付を受け、それ
をまた次の世代の学生の支援に還元していくというスタンスで臨んでいる。
545
4)
実施体制
産学連携組織の構成要員数は約 75 名である。これは ERICA キャンパスとソウルキャ
ンパスの合計の数字となっている。ソウルのみでは、55 名ほどになる。関係部署として
は、管理部署、研究振興課(研究企画)、財務部等で構成されている。
5)
産学の役割分担
大学が有する全ての技術を移転するというよりは、産業界で必要な技術に対して、専
門的な知見を有する研究員を提供することが連携の主体となっている。規模の小さな企
業では必要な知識が不足していることがあり、その場合は大学が持つ知識・技術を提供
することでサポートしている。
6)
コーディネート機関の関与
産学協力団は、国の法律により担当すべき事項が定められている。具体的には、産学
連携に関する総括をはじめとする内容を行っている。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
同大学での産学連携教育は、学位に関する論文には関与しない。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
現状においては、カリキュラムに影響を及ぼすほどの大規模な産学連携は行っていな
い。
9)
必要となる経費とその負担
ERICA キャンパスと同様、産学連携に必要な費用は大学で負担している。
10) 公的支援の利用状況
私立大学であるため教育に関する国からの直接的な支援はないが、TLO(技術移転機
関)に対しては公的支援を受けている。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
産学連携の取り組みを開始したのは約 2 年前、2009 年以降である。
2)
抱えていた課題
それまではアカデミック出身の教授による講義のみで、実践的な取り組みが不足して
546
いたことが課題として挙げられる。
3)
きっかけ
企業家になるために必要な知識を教えるグローバル企業家センターを設置したことを
きっかけに、学生を対象に起業化を促す取り組みを行うこととなった。
4)
組織的な取り組みとなった背景
ソウルキャンパスは研究で差別化することが目標となったため、その質の向上のため
の手段として産学連携が欠かせない。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
(ERICA キャンパスと共通のため省略)
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
学生による昨年度の起業実績は、約 10~20 件程度である。大学院の学生からの評価は
様々である。起業に関心のある学生にとっては評価が高いが、そうでない学生の中には、
良いイメージを持っていない人もいる。
一方、教授による起業もこれまでに 405 件あり、2000 年前半に集中している。その後
暫く途絶えたが、最近また何件か出てきている。教授の起業に対して、大学側は許可は
しているが必ずしも歓迎していない。
2)
関係者のメリット
産学連携のメリットは、お互いに単独では不可能な共同研究の実現と、研究活動を通
じた優秀な人材の育成である。これは産学の双方に共通している。
3)
事例についての評価の方法
産学連携の取り組みに対する評価方法について、具体的な回答は得られていない。な
お企業からの不満事項として、現場密着のカリキュラムが少ないことが企業から大学に
伝えられている。それでも、基本的には産学間で相互に良好な関係を構築している1545。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
産学連携を効果的に展開するための取り組みを行うための権限が不足していることに
1545
インタビュー時のコメント。
547
加え、取り組み開始からまだ 10 年未満であるため、産学連携推進部署の構成員における
認識不足の問題がある。
さらに、企業との交渉等は必ず成果を得られるような仕事ではないため、担当者には
ある種の自己犠牲の精神が必要となる。
大企業出身の教授(大学全体の約 30%)は、産学連携に積極的である。一方、それ以
外の教授(大学全体の約 70%)には消極的な態度を示す人も少なくはない。
2)
継続的に実施できていることの要因
継続的に産学連携が実施できている要因として、企業出身者が産学連携組織の職員と
して大学側から産学連携に関与していることが挙げられる。研究には長期間かかること
に加え、技術は目に見えるものではないため、営業も非常に難しく、技術に関する取引
も必要になるため、大学側に企業側の視点をもった人材が欠かせない。
3)
継続的に実施するための工夫
前述の通り、規模の小さな企業では必要な知識が不足していることで産学連携研究を
適切に実施できないことがある。その場合は大学が持つ知識・技術を提供することでサ
ポートしている。
また、同大学の卒業生によるベンチャー同門会があり、そこで卒業生を対象とした創
業教育などを行っている。グローバル企業家センター自体が、同門会関連の組織として
設立されたものである。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
ステークホルダーとの関係になるが、産学連携を重点的に行う部分においては、産業
界との人的交流を深め、企業経験者を教授として採用するなどの自助努力を行っている。
こうした場合、採用に際しての選考基準は、10 年以上の企業経験を有する事に加え、企
業内でどのような仕事をしてきたも重要な選定基準となっている。博士業の取得は有利
ではあるが、必須とはしていない。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本の企業や大学との連携に対する方針等は示されていない。
548
4.2.8
シンガポール
(1) シンガポール国立大学
コンピューティング学部
表 3-72
ヒアリング概要
National University of Singapore
訪問日時
2012 年 2 月 2 日(木)10 時〜11 時 30 分
担当者
NUS School of Computing, Department of Information Systems, Computing 1
Associated Professor and Head ,TEO Hock Hai PhD(張 副海)
所在地
21 Lower Kent Ridge Road, Singapore 119077
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
シンガポール国立大学において、産学連携は全学的な取り組みとして行われている。
研究・教育を担当するコンピューティング学部とは別に、学内に企業とのコーディネー
ションを行う専門的部署が存在する。企業との連携に際しては特許権や知的財産権の扱
いを定める必要があるため、こうした専門的部署に所属する専門家が産学連携の取り組
みに参加するようにしている。
2)
対象とする教育
同大学の産学連携は研究が主体であり、教育に関しては連携先企業へのインターンシ
ップが主体となっている。そうした中で、実践的 IT 教育として産業界による Project Based
Learning による取り組みが行われている。
インターンシップ期間は学士・修士課程で 3~6 ヶ月、博士課程で半年~1 年間ほどで
ある。インターンシップの受入先企業にはバンクオブアメリカ、IBM、日立、アクセン
チュア、Microsoft 等が含まれる。受入先では、例えば銀行向けのウェブサイトの立上げ
のような小規模プロジェクトの経験を通じて実践力を養っている。
このほか、IT セキュリティやモバイルテクノロジーの分野で産業界の専門家を招聘す
ることによる講義が実施されている。こうした講義の受講は単位として認められるが、
試験を課していないこともあり、カリキュラム全体において産学連携に基づく講義が占
める割合は小さい。なお、インターンシップの受け入れ先などに関して、特に地元企業
に限定して協力の依頼をしたり、企業向けの支援を行うといった活動は行われていない。
3)
教育の狙い・目的
シンガポール国内の経済活性化が産学連携推進の第一の目的として挙げられている。
具体的には、新たな製品・サービスの発明、イノベーションなどを通じて経済を活性化さ
せることが想定されている。人材育成は第二の目的として挙げられている。
549
4)
実施体制
IDA(Infocomm Development Authority of Singapore:シンガポール情報通信開発庁)は、
IT 技術開発に向けたマスタープラン(iN2015 Masterplan)を設立し、国として進むべき
方向性を明示している。さらに、NRF (National Research Foundation)が現在クラウドコン
ピューティングに注力している。同大学では研究計画を設定し、基金を得るためにそれ
らの団体に積極的にアプローチを行い、基金を得て研究を進めている。
5)
産学の役割分担
連携に際しては、まず同大学から見てパートナーとなるに相応しい企業かどうかの選
別が行われる。次に、同大学によって作成された提案が産業界によって有益なものであ
るかについて産業界とディスカッションし、必要に応じて追加・修正が行われる。同時
に産業界側が持つ技術・知識を大学側に提供し、これを踏まえて連携を行うかどうかの
意思決定がなされる。このようなプロセスを経てはじめて同大学への出資が行われる。
研究プログラムの提案は主に教授側から行い、その後、学生も含めた企業とのディス
カッションを踏まえて研究計画を完成し、実際の共同研究に入る。これらのプロセスを
経た後に企業からインターンシップのリクエストが来る。場合によっては、国内外の他
大学とも連携して研究を進める場合もある(例:北京大学との共同研究、MIT とのアラ
イアンス等)。
なお同大学の教授に関しては、産業界出身者は非常に少ない。アカデミック出身の教
授が大半を占めている。
6)
コーディネート機関の関与
産学連携における特許権や知的財産権などの扱いに対して、弁護士を立てての交渉は
必須であるため、同大学では専門部署を設置し、法的観点から教授陣にアドバイスを行
っている。
専門組織のスタッフ人数は約 20~30 名程度であり、教授や学生による起業に際しての
法的アドバイスも行っている。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
同大学の博士課程プログラムでは、学生は 2 年間のコースを履修した後、資格試験を
受験してインターンシップ参加の資格を取得する。その後、企業に対して自分のアイデ
ィアに関する論文を執筆する。こうしたプロセスを踏んだ上で、半年~1 年間のインタ
ーンシップに参加することになる。インターンシップ参加企業は、Microsoft、Google、
その他の大企業などである。同大学の産学連携プログラムに関しては、インターンシッ
プ先で実習した内容を論文にすることは原則として想定されていない。
550
8)
カリキュラム体系での位置づけ
産業界講師による講義は、学内教員では教えることのできない内容(IT セキュリティ
やモバイルテクノロジーの最新事情など)が中心であり、単位数も少ないことからカリ
キュラムでは補助的な位置づけとなっている。
9)
必要となる経費とその負担
産学連携教育に実施における企業側の負担が少なくなるように配慮している。具体的
にはインターンシップの受け入れに際して、国からの支援を活用することで、企業が学
生の人件費を負担しないで済むようにしている。
10) 公的支援の利用状況
インターンシップについては政府が支援している。これ以外の施策でも、国の方針の
もとで行われるものについては支援が行われる。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
産学連携に関するプログラムが開始されたのは 3 年前である。また、基金も設立され
てからまだ僅か 4~5 年であるが、この間に教育のやり方が大きく変化している。
2)
抱えていた課題
以前は日本と同様に政府が省庁に出資し、省庁から大学に資金提供がなされていた。
しかしながら、学内の教授同士の調整がうまくなされていなかったこともあり、革新的
なプロジェクトが生まれない傾向が続いていた。
3)
きっかけ
政府のマスタープラン策定が産学連携推進の主なきっかけになっている。学内におい
ても、研究計画を作成しても産業界との連携なしでは基金を得られなくなったことから、
産学連携は必須であるとの認識がなされた。
4)
組織的な取り組みとなった背景
産学連携による共同研究が国の施策として推進されているところが大きい。また、同
大学の学生も研究指向よりも実践指向の人材が多いことから、教える側と教わる側のニ
ーズがマッチしている面も寄与している。
551
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
現状では国内に3大学しか存在しないため、一般的な傾向などは特にない。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
学生の評価は高い。これは大学の数が少なく学生にとって狭き門となっているため、
研究の世界に進むよりも産業界を志向する学生が多いことが一因である。
教授陣においては、もはや論文を執筆して発表するだけでは教授としては不十分であ
り、企業との共同研究が求められている。産学連携で成果をあげれば、教授自身の報酬・
地位向上といった側面でもメリットが大きい。しかしながら、これまでそうした意識が
教授陣が浸透していなかったこともあり、教授陣が産学連携に更に興味を持つような環
境づくりが重要であると認識されている。
2)
関係者のメリット
企業にとっては、共同研究を通して開発した特許権や知的財産権などを産学両者でシ
ェアすることになり、非常にメリットが大きい。加えて、インターンシップを奨学金で
行っているため、学生に対して給与を支払う必要がなく、財政的負担も少ない。
学生が高付加価値のものを開発した場合は、企業・大学両者がそれをシェアすること
になるため、両者にとってのメリットとなる。特に企業にとっては、R&D コストを大幅
に削減することにも繋がる。
リクルートメントの観点からも、少ないコストで学生の能力・仕事への姿勢などを直
接観察できる点でメリットがある。
一方、学生にとっては実践的経験を積むためのケーススタディの機会を得ることが出
来る。インターンシップ先として、Bank of America、IBM、Accenture、日立、Microsoft
などに約半年派遣され、比較的小規模ではあるが、プロジェクトへの参加が可能となる
(例:銀行向けのウェブサイトの立ち上げ協力)。
留学生にとっても、自国とは異なる職場環境を経験できるメリットがある。特に途上
国からの留学生の場合は、自国では研究環境が十分に整っていないこともあり、メリッ
トは大きい。
留学生の半数は資格取得後も同国に留まり、同国企業などで就職するが、残りの半数
は他国で就職したり、教授として活躍する。こうして他国に移った場合でも、出身大学
名の広告効果もあるため、同大学にとってもメリットはある。
3)
事例についての評価の方法
産学連携の取り組み成果は、関連する論文や特許、起業などの件数で評価されている。
戦略自体に対する国からの評価も得ていると推測されているが、明確な結果が出るのに
552
はもう少し時間を要する模様である。
同大学における産学連携の成果としては、同学部の成果をもとに起業した企業が、米
国のルーカスフィルムと連携し、映画「トランスフォーマー」の一部を制作した事例な
どが挙げられる。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
課題として2点挙げられている1546。第1は、教授の思惑と企業ニーズが乖離している
ため、企業の協力を得るのが大変困難であることである。大学は長期的視野を持つ一方
で、企業は短期的視点に立ちがちであるため、両者には温度差がある。
しかし、同大学としては産学連携に関しては営利を目的とするよりもむしろ、大学名
の宣伝効果を狙っている。また、今のところ国が運営のための資金を出しており、今後
も継続される見通しである。結果的に企業および大学ともに財政的負担が少なくて済ん
でいるため、現時点では両者のギャップはさほど問題視されていない。
第 2 は、近年理系離れが著しく、また学生の質も低下していることである。理由とし
ては、やはり学生に理系は大変だとの考えがあり、簡単で一般的なものを好む傾向にあ
ることが挙げられている。
2)
継続的に実施できていることの要因
産学連携に関する積極的な取り組みが開始されてから間もないが、現時点まで継続的
な実施が実現できている要因としては、関係者がいずれも産学連携を通じたメリットを
享受できているためと考えられる。大学の教育関係者は連携を通じて研究資金とテーマ
を得ており、企業はインターンシップを通じて低コストでの労働力の確保ができるほか、
将来の自社にふさわしい人材の選抜も可能である。学生も実践的なスキルが習得できる
とともに、一流企業との接点が確保できる。
3)
継続的に実施するための工夫
産学連携の実施にあたり、企業のコスト負担が少ない仕組みになっている。企業にと
ってコストは大きな問題であるため、コスト面への配慮が行われている。
連携活動の促進のため、教授陣に対する報奨制度の整備が検討されている。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
同大学では世界中から教授を招聘しているが、これまで産業界から転身した人材は僅
かである。
1546
インタビュー時のコメント。
553
シンガポールの場合、自国の学生数が限られるため、同大学を含む各大学は留学生を
幅広く集めている。博士課程の学生は大半が留学生で占められている。留学生の出身国
は主に中国・インドが多いが、ルーマニア・イラン・ハンガリーなども含まれている。
博士課程には年間約 300 名ほどが在籍しているが、シンガポール出身者は僅か 5~6 名で
ある。学生の半数は資格取得後もシンガポールにとどまり、国内企業などで就職する。
こうした背景もあって留学生にとっても、産学連携は企業経験の場として活用されてい
る。
2)
日本企業・大学等との連携に対する大学の考え
日本の企業・大学等との連携に関する意見は得られていない。ただしシンガポール政
府は自国を優秀な人材が豊富なアウトソーシング拠点として、日本企業を対象に積極的
な誘致を行っている。
554
(2) テマセク・ポリテクニク
テマセク情報科学・IT 学部
表 3-73
ヒアリング概要
Temasek Polytechnic
訪問日時
2012 年 2 月 2 日(木)16 時〜17 時 30 分
Temasek Informatics & IT School, Manager / Capebility Development,
Business Intelligence & Analytics, Cource Manager, Oh Chin Lock
担当者
Capability Dev & Projects, Assistant Director, Information Technology
Cource Manager, Eng Pin Kwang
Temasek Informatics & IT School, Lecturer, Nami Imanishi(今西奈美)
所在地
10, Kent Ridge Crescent, Singapore 119260
① 実施している事例・プログラムの概要
1)
参加組織と役割
テマセク・ポリテクニクは学内に分野別の 6 校が存在する構成となっている。このう
ちの 1 校が IT 分野を扱う情報科学・IT 学部である。このほかに企業との連携活動を担
当する International Relation & Industry Service が独立して存在する。同校の特徴として、
連携先企業からの寄付で運営される実習用設備が充実していることが挙げられる。この
例を下表に示す。
表 3-74
連携企業が提供している実習施設
TP-SAS Business
Intelligence &
Analytics Centre
データマイニング、Web 分析、ソーシャルメディア分析、
予測など、企業活動におけるデータ分析技術について学
ぶための施設(SAS Institute 社提供)
TP-HP Software
Quality Assurance
Centre
ソフトウェアの品質保証に関するコア・コンピテンシー
の獲得に向け、最新の方法論とベストプラクティスを学
ぶための施設(Hewlett Pacard 社提供)
TP-IBM Centre for IT
Security
一般的なオフィスにおける実際の業務環境を用意した上
で、そこで必要な IT セキュリティ技術とサービスについ
て体験的に学ぶための施設(IBM 社提供)
TP-Microsoft Digital
Media Solutions
Centre
インタラクティブメディアとゲームの開発プロジェクト
で必要となる、調査、開発、テスト、レビュー等のスキ
ルを習得するための施設(Microsoft 社提供)
TP-Thomson Reuters
Financial Risk
Management Centre
投資銀行業務などフィナンシャルマーケットの実際のオ
ペレーションを模した環境でソリューション技術につい
て学ぶための施設(Thomson Reuters 社提供)
出典:同校ウェブサイト http://www-iit.tp.edu.sg/iit_home/iit_aboutus/iit_aboutus_ce.htm
これらは、通常の講義施設とは独立して設置され、後述するファイナルイヤープロジ
555
ェクトに学生が参加する際に利用される。学生は学内にいながら、実際の企業現場で用
いられているのと同じ機材を使って企業プロジェクトに従事することができる。これら
の設備の運用には、施設提供元の企業関係者も参加する。
2)
対象とする教育
学生は 3 年の最後の年に企業との連携に基づくプロジェクトに参加する。①インター
ンシップと②ファイナルイヤープロジェクトと呼ばれる 2 つの科目があり、①は 3~6
ヶ月、②は 10 週間参加し単位を取得する。②の場合は、学生のために教員がプロジェク
トを探すが、なかなか全員参加できるほどの数を確保できず、その場合は教員がプロジ
ェクトを作り、全員が何らかのプロジェクトに参加できるようにしている。産学で行う
プロジェクトは特許権の問題が発生するため、事前の準備は簡単ではない。実施に先だ
ち、成果を通じて得られる特許をどちらが持つかについての契約書を取り交わす必要が
ある。
3)
教育の狙い・目的
ポリテクニクでは学生の実務能力の育成がその教育機関としての目的であることから、
その効率的な実現手段として産学連携が活用されている。
4)
実施体制
学外から専門家を招聘し、最新のトレンドについて学内でレクチャーしてもらってい
る。
また、同校では学校運営のためのタスクフォースを設けており、これには情報科学・
IT 学部を構成する 6 種類の専門別のディプロマ(学位)の中から各 1~2 名が参加して
いる。このタスクフォースで最新の技術動向などについて企業から得られる内容を四半
期毎にまとめ、学部のマネジメントに提出することを通じて、産業界の動向を学校運営
に反映するよう努めている。
同校の教授陣も積極的に協力している。産学連携を通じて企業に対して知識・スキルを
提供する必要が生じた場合、教授陣はそうした活動が彼らのミッションの一つであるこ
とを認識している。最新の知見を得るために、教授が企業へインターンシップに行くケ
ースもある。
5)
産学の役割分担
連携関係は学校側から依頼するケースと、企業側からのケースの両方がある。シスコ
の場合は学校側から依頼している。同校におけるファイナルイヤープロジェクトの場合、
企業がその費用と人材を負担する形で行われるなど、企業側が多くの負担を行っている
点が特徴的である。
556
6)
コーディネート機関の関与
International Relation & Industry Service という部署が学部と独立して存在し、学内 6 学
部と連絡を取り合って企業とのコラボレーションを担っている。また他部署の Office of
Research & Technology が知的財産やその他の特許などの観点から、企業の情報を侵害し
ないかどうかの確認などの業務を担当している。
7)
卒論・修士論文・博士論文への関与
同校は大学とは異なる位置づけの教育機関であることもあって、産学連携教育をもと
にした論文作成を学生に課していない。
8)
カリキュラム体系での位置づけ
カリキュラム策定の時点から企業の要望を教育内容に反映している。具体的な連携に
関する取り決め内容は企業との間で MOU(Memorandum of Understanding)として明確化
される。こうした取り組みの結果として、同校の教育内容は企業が必要とする人材ニー
ズを反映したものとなっている。
一方で、特定の企業に偏った内容とならないようにするため、カリキュラム等の作成
に際しては複数の企業から要望を集めるとともに、学生の要望なども反映している。企
業からのニーズは技術進歩の速さに応じて変化するため、常に新たな内容に更新する必
要がある。
9)
必要となる経費とその負担
企業による負担が主となっている。学内に企業が設置している研修設備も企業からの
寄付による。
10) 公的支援の利用状況
産学連携に特化した支援はない。教育自体に関しては、同校は国立であるため、学生
から徴収する授業料の他に、国からの基金を受けている。これ以外で資金を得るには、
研究テーマを設定して研究開発に対する公的支援制度に応募するなどの取り組みが必要
となる。
② 事例に取り組むことになった経緯・背景
1)
取り組みを開始した時期
即戦力人材の育成を推進する立場から、学校の創設以来、産学連携が行われている。
557
2)
抱えていた課題
技術の変化が速いため、教育内容を常に更新する必要に迫られている。これは IT に共
通した課題である。
3)
きっかけ
同校における上述のような産学連携の必要性から、つねに学校側から企業に働きかけ
を実施している。
4)
組織的な取り組みとなった背景
IT 分野に限らず、同校全体で産学連携が推進されている。
5)
当該国における一般的な産学連携教育の状況と仕組み・プログラムの特徴
シンガポールの地元企業が少ないため、シンガポール国内の各学校ともグローバル企
業との連携を指向している点が特徴となっている。これは学生の就職指向とも重なる面
が多い。
③ 成果と評価
1)
これまでの成果
ポジティブな評価として、ほとんどの学生が求職から 3 ヶ月以内に就職の内定を得て
いることが挙げられる。シンガポールの場合はオーディナリーテストの結果によって申
し込める学部が決まるため、必ずしも第一希望に入れるとは限らないが、高い就職率が
得られている。
ポリテクニクの場合、就学中ではなく卒業後に就職を決めるのが一般的である。これ
は男子は卒業後に兵役に就くのが普通であるためである。
2)
関係者のメリット
シンガポールでは、学生を育成することによって即戦力となる学生が増加することに
なり、企業にとっては先行投資という認識がある。加えて、産学連携は企業にとっては
非常に低コストなパブリシティと考えられている。国内に学校数が少ないシンガポール
において産学連携を実施することは、外部からも活動が目立ちやすいメリットがある。
学生および学校側も、卒業生の大半が企業で就職する関係から、連携は有益であると
認識している。更に、全ての産学連携の取り組みは契約ベース(2~3 年)で行われるた
め、取り組みの成果がハイパフォーマンスでなければ更新はされないこともあり、学校
側では成果の質の向上に留意している。
558
3)
事例についての評価の方法
卒業から半年後に卒業生を対象にアンケート調査を行い、産学連携が彼らにとって役
立ったかどうかをリサーチしている。アンケート調査は外部機関に委託することによっ
て実施される。
④ 課題と解決策
1)
現状における課題
技術の進歩が速いため、教育内容を常に更新していく必要がある。また担当者が異動
して変わってしまう場合や、企業ポリシーの変更も問題につながることがある。
産学連携の重要性に対する認識は、シンガポール国内の大学とポリテクニク間で温度
差がある。大学はまだリサーチに重点をおいているが、ポリテクニクでは即戦力育成に
重点をおいている。
理系科目に関しては、中学までは学校レベルで力を入れているため人気はあるが、そ
れ以降ではやはりビジネス志向になるので、理系離れが加速してしまう傾向がある。
2)
継続的に実施できていることの要因
産学連携を通じて特定の企業の影響を受けないようにするため、多くの企業と連携し、
各企業と等距離の関係を確保している。これは学校のイニシアチブを確保するためにも
重要である。
3)
継続的に実施するための工夫
産学連携を通じた教育内容を充実させるため、例えば IBM などとディスカッションを
行い、今後 3~5 年でどのようなことをしていくかについてまとめている。カリキュラム
の作成にあたっては、企業の専門家を呼んで詳細を詰め、前述の MOU(Memorandum of
Understanding)で企業と学部間でのコラボレーションの内容を明確化している。例えば、
カリキュラムの協力開発、インターンシップでの取り決め(最低 3 名の学生の受け入れ
義務)、教授のトレーニング、学生のプロジェクトへの参加(アプリの開発など)などの
詳細を定めるなど、産学連携の取り組みの上で大変重要なものである。また PDCA サイ
クルを通して、その効果もチェックしている。
カリキュラム作成に際しては企業ニーズを反映すべく、企業から最新情報を得るなど、
企業から様々なアイディアを聞きながら作成している。カリキュラムに最初に組み込む
のは学校側の要望であるが、その上に産業界の要望を反映させていく。カリキュラム決
定前には学内委員会にカリキュラムのプレゼンを行い、承認を得る必要がある。委員会
から「なぜこの授業が必要なのか」との問いが出た際には、企業からの要望であるとい
う裏づけも必要となる。
上記の取り組みのほか、企業から教授へのトレーニング制度もあり、相互協力を図っ
559
ている。
⑤ ステークホルダー以外とのパートナーシップ
1)
人材調達に関するパートナーシップ
同校教員の採用方法については、情報は得られていない。同校に入学する生徒のうち
留学生が占める比率は 10%程度であり、シンガポール国内からの進学者がほとんどであ
る。
2)
日本企業・大学等との連携に対する学校の考え
文化的な違いも含め、日本企業から学ぶべき点は多いと考えている。
現在、日立製作所と連携関係を有している。以前に CICC(財団法人国際情報化協力
センター)を通して日立製作所と富士通に打診したが、日立製作所とのみ成立した1547。
1547
インタビュー時のコメント。
560
5. 海外の産学連携教育の自立的継続のモチベーションに関する分析
調査結果をもとに、海外の産学連携事例における自立的継続のモチベーションについ
て分析する。ただし、今回のインタビューに関しては、いずれも大学側関係者の発言に
よるものであり、企業では別のメリットを感じている可能性もあることに留意する必要
がある。
5.1 継続のモチベーション①:大学のリソース活用
5.1.1
企業メリットの具体例
今回の調査において、企業側のメリットとして最も多く指摘されたのが、
「大学のリソ
ースを活用できること」であった。具体的には以下の内容に相当する。
(1) 低コストの人材(学生)を自社労働力として活用可能
産学連携に関する公的支援が存在する場合、企業側から見ると自社での給与負担がゼ
ロまたは軽減された状態で、実習の学生を活用することができる。短期で体験するよう
なインターンシップでは自社の戦力とすることは難しいが、半年以上の長期であれば十
分な戦力となることから、こうした点が評価されていることが考えられる。さらに、博
士課程の学生のインターンシップの場合(フランスの CIFRE 制度等)は、労働力として
でなく、CIO 人材として重宝される例もみられた。
一方で、必ずしも経済的メリットがなくても、学生を活用せざるを得ない場合がある。
具体的には共同研究や指導の見返りでインターンシップ受入れが義務づけられている場
合である。この場合、企業は共同研究等の効果を含めた全体的なメリット感覚で連携を
プラスと評価していることになり、労働力自体の効果は必ずしも評価されているとはい
えない。
(2) 自社の課題(企業における IT 活用等)を大学教員や学生に解決してもらえる
これは大学側が、企業が有さない知見やノウハウをもち、それを提供してくれること
を企業が評価する場合である。一般に無償で提供される例が多いが、Purdue 大学の例の
ように有償の会員制組織の加入特典として提供されている場合もある。
課題解決に際して、教員のアドバイスであれば概ね一定の品質が保証されると考えて
よいが、学生のアドバイスの場合は学生の質に依存すると考えられる。従って、企業の
側も「多くを期待せずに」協力している可能性もある。もっとも、地方大学の場合、地
元では確保できない人材として、地方中小企業が大学院生による指導を重宝している例
があり、状況によっては企業にメリットのある仕組みであると考えられる。
561
(3) 顧客としての学生のアイディアを自社の事業に反映
学生が実習で得たスキルを発揮するのではなく、製品やサービスのユーザーとしての
感覚に期待する例である。消費者向けビジネスを直接行わない企業等では、貴重な接点
として評価される例が見られる。
5.1.2
日本での適用における課題
上記のメリットを踏まえ、日本における適用可能性を考察した結果を以下に示す。
(1) インターンシップの環境の相違
今回の事例で示されたインターンシップはその多くが半年以上の長期にわたるもので
あり、日本における 2 週間程度を標準とする体験的なインターンシップとは異なるもの
といえる。また、学生を企業の戦力として活用するには、学生の自立性や意識の向上が
その成立の前提となることも考慮する必要がある。
(2) 大学内で企業から依頼された課題に取り組む場合の留意点
こちらは(1)と異なり日本でも環境が異なる可能性は少なく、導入しやすい取り組みで
あるといえる。ただし、ヒアリングにおいて、教育に適切な課題が少なく、課題が不足
して教員が自作する場合があることが指摘されていた。従って、日本で実践する場合で
も必ずしも実際の課題体験とはならない可能性があることに留意する必要がある。
さらに、教員には相当の負荷となることも指摘されており、これは日本における産学
連携の課題と重複する傾向である。
5.2 継続のモチベーション②:採用目的
5.2.1
企業メリットの具体例
採用メリットに関しては、密接的なものから間接的なものまで幅広い関係が示された。
(1) 強い結びつきの例
大学によっては、自社で求められるスキルを備えた人材の育成コースを設置すること
が可能である。この場合、そのコースの全員を採用する必要はなく、優秀な人材のみを
採用することが可能である。このほか、優秀な学生への優先的な接触を連携メリットと
する大学も見られる。
(2) その他
インターンシップや実習を通じて、学生の働きぶりを観察できることで、安心して採
用できるとの回答は多くの大学からなされた。一方で、学生との接点のない企業からは、
自社にも活躍の場があることを知ってもらえることがメリットであるとの意見も示され
562
ている。
5.2.2
日本での適用における課題
上記のメリットを踏まえ、日本における適用可能性を考察した結果を以下に示す。
(1) 学生と企業とのミスマッチ
学生の実習先が学生にとって関心のない業界・業種にならざるを得ない場合、学生の
モチベーションが低下し、企業・学生の双方にメリットのない結果を招く可能性がある。
(2) 就職協定の影響
産学連携教育を通じた実習であっても、事前接触とみなされる活動が制限されるおそ
れがある。
563
海外調査文献一覧
[1] 財団法人国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 シンガポール,
2010 年 7 月.
[2] 財団法人国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 韓国, 2010 年 7 月.
[3] 財団法人国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 インド, 2010 年 7 月.
[4] 財団法人国際情報化協力センター(CICC), アジア情報化レポート 2010 中国, 2010 年 7 月.
[5] 株式会社 NTT データ・株式会社 NTT データ経営研究所, インドにおける高度 IT 人材の
育成(アジアマンスリーニュース 2008 年 9 月号), 2008 年 9 月.
564
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