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北朝鮮の人権問題

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北朝鮮の人権問題
2004 年度冬学期高山ゼミ
アジア・アフリカ担当 文科Ⅰ類 1 年
松本渉
[email protected]
1 月 13 日発表予定
人権を観点として北朝鮮に介 入する 可能性を探る
1、記事 の要約 The Economist
“Much abused” November 27th, 2004
韓国に辿りつく脱北者の数は確実に増えており、一部の評論家は政権崩壊が近いと予想する。しかし
依然として国内の厳しい統制は続いている。強制収容所に収容される政治犯や中国から強制送還された
脱北者、及びその家族の数は 15~20 万人と言われ、人体実験の被験者とされていることも明らかになっ
ている。こうした人権侵害に対し国連人権委員会は査察を取り付け、アメリカでは北朝鮮人権法が成立
した。一方で韓国は脱北者に対して圧力がかけられることを恐れ、人権侵害に対し口を閉ざしている。
中国はアメリカから圧力を受けながらも、脱北者の強制送還を続けている。中国が態度を変えなければ、
北朝鮮での虐待は続くだろう。
2、論点
北朝鮮内部の人権侵害は甚だしく、金正日政権はこれを改める意思を有しない。各国政府および NGO
の取り組みは未だ根本的な解決を見ていない。このような状況の中で、周辺国がわざわざ北朝鮮人への
人権保護を行なうことは、単なる理想主義的な発想であって現実的なメリットはないのだろうか。本レ
ジュメではまず北朝鮮人の人権問題を巡る困難な状況を確認した上で改めて北朝鮮の人権問題に取り
組む意義を問い、さらに今後周辺国がどのような方針をとりうるのか検討する。
3.北朝 鮮人の 人権問 題とそ れに対 する諸 外国の 取り組み
3.1.貧困
3.1.1 内容
・80 年代ほどから食糧、エネルギー不足が始まる
原因:社会主義体制の行き詰まり、ソ連・東欧の崩壊による援助の停止、
韓国との対立による国際的孤立
・集団農場のため生産意欲低く、技術や施設も未発達なため生産性は低い
・95,96 年の洪水をきっかけに飢饉に突入、餓死者が数千から数万でたと言われている
・2002 年から経済改革を行うも、現在のところ貧富の差を大きくし貧困を進行させている
開城を経済特別区に、民間市場の一部認容、外資の受け入れ、公定物価の引き上げとそれ
に見合う給料の引き上げ、為替レートの改訂を行った。しかし外資の投入は少なく、貿易企
業も条件の悪さ1から撤退。そのためもあってか給料の引き上げも政府の公約通りに行われ
ず2、結果生活がさらに厳しくなる人が出る。
・人口の70%が米の配給制に依存。配給制は一旦崩壊後経済改革時に再開されるが、必要最低水準の
半分ほどしかカバーしていない3
3.1.2 取り組み
・WFP から肥料や食糧の援助。しかし近年はイメージの悪化により援助が集まらない4。
・国による援助は、政治的な条件付のものに傾向が変化
・2000 年前後に、人権団体による援助も撤退
ex. ACF、カップ・アナムーア、オックスファム、国境なき医師団
援助物資がどこに回ったか確認することが困難であり5、実際に闇市場に出回っているのが確認さ
れてきたため
・
3.2.1 自由の制限
3.2.1 内容
・言論、信教、集会結社、移動の自由の弾圧
・ 情報収集の著しい制限
・ それを現実化するものとして、相互監視制度、秘密警察、強制収容所6
・政治犯収容、裁判や公式の告発なしに収容される
3.2.2 取り組み
・NGO や UNHCR などの調査結果を否定
・国家レベルでは人道援助を行なうのみで、人権侵害に対する明確な批判はなし
・アメリカで 2004 年に北朝鮮人権法が成立
北朝鮮内の人権状況が改善されない限り人道援助を除く支援をしてはならないこと、脱北者を難民
として受け入れること、脱北者支援団体に対して援助金を放出することを規定
・国連人権委員会による査察受け入れの決定
4.北朝 鮮の人 権問題 に取り 組む意 義
1
2
製品を先に輸入してから、売り上げ代金を企業に支払うという形式
Far Eastern Economic Review
WFP report
The Economist
5 2003 年の UNESCO,WFP,北朝鮮合同調査により、援助物資がほとんどの階層に一応は届いているこ
とが初めて報告された。
3
4
人工衛星により少なくとも政治犯を収容するための強制収用所が少なくとも 12 箇所確認されており、中朝国境付近に
集中している。脱北者の証言によれば、当局から危険思想を持つものと判断されたものは、裁判や公式の告発なしに政治
犯として収容されると報告されている。また同じく証言により、収容所内部では強制労働に従事させられ、最低基準以下
の食糧と衛生条件の中で生活を余儀なくされ、拷問や処刑、人体実験の被験者にもされることが明らかになっている。
6
4.1 法秩序の維持
・北朝鮮は国際人権規約を批准している
4.2 脱北者がもたらすジレンマ
4.2.1 脱北者7基礎知識
・主に中国国境の豆満江を渡ってくる。
・ 1995 年の飢饉以降急増、その数は 15
30 万人8ほどと言われるが、現在は国境付近の中朝両国の厳
戒態勢のため、脱北者の数は減少9。
・ 脱北の主な原因は食糧難(資料1)
・大部分が中朝国境付近に潜伏していると言われるが、中には中朝を往復しながら物資を密かに北朝鮮
に持ち込む者、東南アジアやモンゴルの韓国大使館を経由して韓国を目指す者、中国内の在外公館や
外国人学校に駆け込み、韓国への出国を保護してもらう者などもいる。
・中国当局に発見された場合北朝鮮に強制送還され10、その数はアメリカ政府の調査によれば少なくと
も 7,800 人に昇る。
・強制送還された後の扱いとして、北朝鮮刑法では国外逃亡は 7 年以上の労働教化刑か死刑とされてい
る。ただし近年は脱北者の急増を受け、短期間の労働教化刑で済む場合もあるという。
4.2.2 韓国の抱えるジレンマ
・冷戦下には民族の英雄として11歓迎し多額の資金を支給していたが、90 年代後半の脱北者の急増と共
に受け入れ能力も限界を見せ始め、貴重な情報を持つ者以外には給金を与えない
・受け入れ人数は確実に増加を続けている(資料2)
・受け入れを続けるメリット:情報収集
・受け入れを続けるデメリット:経済的負担、難民スパイの可能性、北朝鮮を刺激、(治安の悪化)
⇒経済的な余裕がなく太陽政策をとる現在においては、デメリットの方が大きい
・受け入れを続けなければいけない理由:中国、第三国からの要請
ex.2004 年7月、政府が密かに旅客機を手配し中国経由でベトナムに逃れていた脱北者468人を韓国
に移送12
7本レジュメで「脱北者」とは、北朝鮮から違法に出国する者全般を指す。また日本のメディアでは「北朝鮮難民」とい
う語がほとんど同義で用いられているが、脱北者の中で難民認定を受けた者はごく少数に過ぎないので、本レジュメでは
その表現は用いない。
8 Good Friends が約 1800 人の脱北者に対して行ったインタビューによって出した推計
9 UNHCR Report
10 中国は脱北者を単なる経済的な理由で違法入国したものと認識し、一切難民認定していない。また UNHCR に国境付
近を調査する許可を与えていない。
11 韓国は法律の規定により、脱北者を難民でなく韓国国民として受け入れている。
12 この一件は様々な含蓄を持っている。まず政府が脱北者を受け入れたことは公表しながらもその出発国について(マ
スコミによってリークされてしまったが)単に「第三国」としたのはベトナム政府のためであり、それは出発国が明らか
になることでさらに多くの脱北者がベトナムに違法入国するからだと推測される。そして 468 人という規模の大きさを
考えれば、ベトナム政府が違法入国する脱北者に手を焼き、韓国政府に受け入れを要請したのだと伺える。それは同時に、
韓国政府が脱北者受け入れにそこまで積極的でないことも表している。
またこの事件には続きがあり、北朝鮮は8月に予定されていた南北閣僚会議をボイコットした。そのため韓国政府は首
脳 2005 年 1 月 4 日、北朝鮮との対話を再開させるため、脱北者の大規模な受け入れを再び実施しない旨を発表した。し
かし韓国には受け入れを行わなければならない理由がある以上、小規模かつ秘密裏に今後も受け入れは続いていくと思わ
れる。
4.2.3 中国にとってのジレンマ
・中朝国境の警備を強化、2003 年から 1 万人の軍隊を配備、翌年には 3 万人に増加。
・在外公館周辺にも警備、有刺鉄線
・強制送還するデメリット:国際法違反13、国際的非難14、効果が不明確15
・強制送還しないデメリット:脱北者の無制限な増加、その延長上の北朝鮮の崩壊
⇒北京五輪を 2008 年に控えた中国にとって、強制送還することもしないこともリスクを伴う
4.2.4 小まとめ
脱北者は放って置いたら増え続けるため、事後的な対策ではどのようなものでも弊害を生むことにな
る。その代表例として韓国と中国を取り上げたが、脱北者が逃げ込む他の諸国にとっても状況は同じ
である。それらの国にとっては脱北者が発生する原因、すなわち北朝鮮の内部の問題にまで踏み込む
インセンティブがあるということになる。
5.貧困と自由の侵害を解決するために取りうる戦略
5.1 外部からの独裁政権の打倒
・アメリカによる軍事制裁
むしろ核拡散に対する強い警戒心
足がかりとしての北朝鮮人権法 cf.イラク
・ 脱北者の保護することでさらなる脱北者の増加を誘発させ、北朝鮮の経済を破綻させる cf.東西ドイ
ツの統一
⇔・核戦争に発展する危険
・日中韓共に望まず
難民の大量発生による自国経済の破綻の恐れ、崩壊後の混乱
5.2 経済制裁または国際世論の喚起により改善を迫る
・経済制裁が効きにくい環境
低貿易依存度、小経済規模、少外貨準備、言論弾圧、情報制限
・経済制裁を妨害するファクター
崩壊を恐れる中・韓、核をちらつかせて援助を引き出す、長い国境線
⇒経済制裁は効果を期待できない
・ これまでも国際世論無視
13中国は世界人権宣言および拷問禁止条約を批准しており、たとえ脱北者を難民として認定しないとしても、強制送還は
その中の「迫害を逃れるために他国に非難する権利」及び強制送還禁止の原則に違反する
14 特に国際非難を引き起こすのは、在外公館や外国人学校への駆け込み事件である。それらは大概メディアを引き連れ
ることが多く、日本でも瀋陽の日本大使館駆け込み事件はテレビでも逐一報道されて大きな波紋を呼んだ。そのため、従
来中国は韓国への直接の出国を認めていなかったが、在外公館や外国人学校へ一度駆け込んでしまった者たちについては
黙認する姿勢をとっている。
153 万人を配備しても中朝全域をカバーすることは不可能といわれているため、厳戒態勢であっても新たな脱北者が完全
にいなくなるわけではない
・ 国連人権委員会による査察
5.3 人道援助
・先軍政治と横流しにより、援助物資が貧困層に渡る割合は低い
・経済的に自立させなければ貧困の解決とはならない
・貧困が解消されたとしても、弾圧や強制収容所は解消されない可能性が高い
北朝鮮成立直後から国内の統制のために粛清が頻繁に行われており、強制収容所はその延長上とし
ての施設として位置づけられる。つまり統治の重要な手段として機能してきた以上、簡単には手放さ
ない
6.私見
脱北者の急増という具体的な問題がある以上、韓国、中国、ベトナム、ラオス、インドネシア、モン
ゴル、ロシアなどの国々にとって北朝鮮人の人権問題が完全に他国の事情というわけではない。そして
中朝国境の長さから、脱北を水際で止めることは難しい。となると脱北者を発生させる北朝鮮内部の問
題にまで踏み込む必要がある。
その内部の問題として挙ってくるのが弾圧と貧困だが、それら二つの問題を北朝鮮政府の協力なくし
て解決するのはきわめて難しい。にもかかわらず、5章で見たように、北朝鮮の独裁政権には国際世論
も経済制裁ほとんど効いていない。軍事制裁を行なう意思があるのは今のところアメリカだけであるが、
これには日中韓ともに反対するだろう。それを押し切って民主化を行なおうという意志とパワーは、イ
ラク戦争に未だ引きずられているアメリカにはない。人道援助についても、UNICEF のレポートによ
って支援が貧困に対して一定の効果をあげていることまでは証明されたが、援助がなければ飢える人が
沢山いる状況に変わりはなく、貧困が解消されたとはとても言いがたい。根本的な貧困の解決には経済
的な自立が必要となるが、IMF や IBRD の援助も断り、独自の経済改革によって貧富の差のみ大きく
している政府には荷が重い仕事だろう。
以上のように考察してくると、周辺国にとって北朝鮮内部の人権問題を野放しにしておくことがたと
え負担になるとしても、その解決の取り組みにはさらに大きな負担がかかるために、結局脱北者に対し
国際世論や北朝鮮に配慮しながらできるだけ穏便に対処しつつ、北朝鮮を当座のところは生き延びさせ
ておくという戦略が合理的ということになり、現実に行なわれている中国や韓国の姿勢もそのように理
解することができる。
しかし、北朝鮮の人権問題を単なる他国の事情ではなく自国の問題として認識しているということは、
NGO やメディアが人権問題に対して声を上げ続けていくことで、周辺国が重い負担を払ってでも北朝
鮮の内情にまで踏み込む可能性が残されているということである。今年は国連人権委員会での査察報告
も予定されており、北朝鮮の人権問題が世論を大きく喚起することができれば、もしかしたら状況は変
わってくるかもしれない。
参考文献
ドン・オーバードーファー(菱木一美訳)『二つのコリア』共同通信社,1998
ミネソタ弁護士会国際人権委員会・アジアウォッチ編(小川晴久、川人博訳)『北朝鮮の人権』連合出
版,2004
ノルベルト・フォラツェン(平野卿子訳)『北朝鮮を知りすぎた医者 脱北難民支援記』草思社,2003
石丸次郎『北朝鮮難民』岩波新書,2004
鈴木邦男,井上周八,重村智計『日本国民のための北朝鮮原論』デジタルハリウッド出版局,2000
小林慶二ほか『北朝鮮 その実像と軌跡』高文研,1998
国連高等難民弁務官事務所『世界難民白書』2000
宮川眞喜雄『経済制裁』中公新書, 1992
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The Economist “Though a glass, darkly” March 13th, 2004
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Washington Post, “For North Korea, Openness Proves a Two-Way Street” December 13th, 2004
Far Eastern Economic Review “Escape Valve” August 14th, 2003
̶̶̶̶̶, “Why Refugees Flee” March 6th, 2003
̶̶̶̶̶, “Without Aid, They Starve” March 6th, 2003
参照 HP
UNHCR
韓国国家情報院
インタビュー
加藤博氏(北朝鮮難民救援基金事務局長)2005 年1月11日、北朝鮮難民救援基金事務所にて
資料1
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※ Good Friends (2001), “What is changing in North Korean society”, p. 67
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