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組織を離れた個人のためのコワーキングの場

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組織を離れた個人のためのコワーキングの場
第54巻第9号平成23年12月1日発行(毎月1回1日発行)
情報管理
PRINT ISSN 0021-7298
ONLINE ISSN 1347-1597
JOHO
KANRI
Journal of Information Processing and Management
月号
December
2011
日本版EHR(Electronic Health
Record)の実現に向けて
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
ReaDとResearchmapの統合がもたらすもの
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
アカデミーヒルズ六本木ライブラリー
NLM DTDからJATSへ
日本語学術論文のXML編集
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
MOT(技術経営)のためのテキストデータ解析を事例として
連載:
統計情報活用への招待
第6回 家計の公的統計
vol.54 no.9
p.521-610
http://johokanri.jp/
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
日本版EHR(Electronic Health
Record)の実現に向けて
521
田中 博
533
新井紀子
坂内 悟
545
小林麻実
555
時実象一
井津井豪
近藤裕治
鶴貝和樹
三上 修
野沢孝一
堀内和彦
大山敬三
家入千晶
小宮山恒敏
稲田 隆
竹中義朗
黒見英利
亀井賢二
楠 健一
中西秀彦
林 和弘
佐藤 博
■EHRとは「国民一人ひとりが自らの健康・医療情報を『生涯を通じて』把
握/管理でき,健康管理,疾病予防あるいは疾病管理に活用できる生涯
型の健康医療電子記録」です。東日本大震災は,日本におけるEHRの必
要性を切実に認識させるものでした。すでに国家政策によって構築され
た諸外国でのEHRの実現状況を紹介した後,日本版EHRの実現をめぐる現
状・諸課題を論じ,将来に向けた方向を示します。
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
ReaDとResearchmapの統合がもたらすもの
■2011年11月,研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)とResearchmapが正式統
智の循環が,新たな価値を創造する。
合し,研究者情報を集約した新たなサービス「ReaD&Researchmap」を開始し
ました。このReaDとResearchmapの今日に至る発展と統合の経緯を解説した後,
ボーンデジタル時代における学術研究情報のエコシステム(循環型情報活用基盤)
について今後の展望を論じます。
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
アカデミーヒルズ六本木ライブラリー
■2003年に創設された有料会員制の図書館,アカデミーヒルズ六本木ライブラリー
の新しい理念と実践は,既存の図書館にも多くの示唆を含んでいます。同ライブ
ラリーは組織を離れた個人がイノベーションを育むために創られた場であり,個
人に学びと協働の場を提供してきました。その理念やさまざまな取り組みについ
ての紹介を通じて図書館の本質を再考します。
NLM DTDからJATSへ
日本語学術論文のXML編集
■学術情報流通においては欧米を中心にXMLが広く利用されていますが,日本では
まだXMLの利用は緒に就いたばかりです。XMLの概要と,学術情報流通における
NLM DTDの歴史とその役割,NLM DTDの日本語対応のためのワーキング・グルー
プSPJの活動と,その成果としてのJATS 0.4(Journal Article Tag Suite,NLM DTD
3.1に対応)の策定,今後の課題について述べます。
目次
月号
December
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
568
菰田文男
579
浅田昭司
589
大島優香
591
加藤二子
595
名和小太郎
598
井佐原均
601
阿部博之
MOT(技術経営)のためのテキストデータ解析を事例として
■テキストマイニングの手法は,日本企業の技術経営においても,新規事業の企画
立案や事業の選択と集中に関する経営判断などに利用され始めています。テキス
6
8
10
Height
利用可能な知識を発見し得るか検証を試みました。次世代太陽電池として注目さ
1
2
7
8
9
4
5
6
12
11
3
10
光電変換効率
長波長
波長
量子ドット
短波長
ナノ粒子
微粒子層
二酸化チタンナノ粒子
金属ナノ粒子
カーボンナノチューブ
粒径
非有機材料
0
2
4
トマイニングに人間の知識を効果的に導入する手法を考案し,企業の意思決定に
れている「量子ドット太陽電池」を,解析事例として取り上げました。
クラスターa
クラスターb
連載:
統計情報活用への招待
第6回 家計の公的統計
■家計に関する統計は,マーケティング業務を行う際に,ターゲットである消費者
の特性を把握する上で重要です。今回はこの分野での主要な統計である「家計調
収入(円)
査」
「全国消費実態調査」を中心に,各統計の概要や活用事例を概説します。
500,000
450,000
400,000
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
夫の収入
年
妻の収入
リレーエッセー:
インフォプロってなんだ?
私の仕事,学び,そして考え 第31回
視点:
技術戦略マップ
3)マップの活用法
ランダム・ウォーク半世紀:
30年前:オフィス・オートメーション
集会報告:
中日機械翻訳技術協力シンポジウム
この本!~おすすめします~:
今後の科学技術のために
605
情報界のトピックス
609
PINUP
610
編集後記
vol.54 no.9
JOHO KANRI 2011
December
Journal of Information Processing and Management
Contents
Towards the adoption of Japan
version of EHR
521
TANAKA Hiroshi
Development of a platform for recycle-based research
information and resources
The effects of the integration of the “ReaD”and the “Researchmap”
533
ARAI Noriko
BANNAI Satoru
The world's unique membership library as coworking
space for institutionally-independent individuals
The Academyhills Roppongi Library
545
KOBAYASHI Mami
From NLM DTD to JATS
XML for scholarly articles in Japanese
555
TOKIZANE Soichi
IZUI Go
KONDO Yuji
TSURUGAI Kazuki
MIKAMI Osamu
NOZAWA Koichi
HORIUCHI Kazuhiko
OYAMA Keizo
IEIRI Chiaki
KOMIYAMA Tsunetoshi
INADA Takashi
TAKENAKA Yoshiro
KUROMI Hidetoshi
KAMEI Kenji
KUSUNOKI Kenichi
NAKANISHI Hidehiko
HAYASHI Kazuhiro
SATO Hiroshi
Text mining technique based on the evolution of word set
Taking an example of text data analysis used for management
of technology
568
KOMODA Fumio
Series:
579
ASADA Shoji
Relay essay:
589
OSHIMA Yuka
Opinion:
591
KATO Niko
Random walk for a half century:
595
NAWA Kotaro
Meeting:
598
ISAHARA Hitoshi
My bookshelf:
601
ABE Hiroyuki
Guide to effective use of statistics
Part 6: Official statistics on family income and expenditure
What I do, study, and think as an information professional (31)
Strategic technology roadmap
3) Practical use of map
Office automation three decades ago
Sino-Japan Technology Cooperation Symposium on
Machine Translation
For the Science and Technology from Now on
605
Topics of the information community
609
PINUP
610
Editor's note
日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて
日本版EHR(Electronic Health Record)
の実現に向けて
Towards the adoption of Japan version of EHR
田中 博1
TANAKA Hiroshi1
1 東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部(〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45)Tel : 03-5803-5839
1 Graduate School of Biomedical Science, Tokyo Medical and Dental University (1-5-45 Yushima Bunkyo-ku, Tokyo 113-8510)
原稿受理(2011-10-24)
情報管理 54(9), 521-532, doi: 10.1241/johokanri.54.521 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.521)
著者抄録
「国民一人ひとりの生涯にわたる健康医療電子記録」である Electronic Health Record(EHR)のわが国での実現形態,
すなわち「日本版 E H R」の実現をめぐって現状,諸課題,将来の方向を述べた。まず欧米での各国独自な E H R 構築状
況を紹介した後,わが国における現在の問題として「地域医療の崩壊」状況を示し,再生すべき医療の基本方向を論じた。
さらに現在の国の取り組みの現状や,地域医療の再生を担う地域 EHR の実現を通して日本版 EHR を達成する長期的戦
略について述べ,そのための具体的方針を提示した。
キーワード
E H R,地域医療連携,日本版E H R,地域医療の崩壊,医療I T,疾患管理,電子記録,健康医療情報,診療情報,診療情
報管理
1. はじめに――東日本大震災後の医療で
明らかになったこと
患に悩む高齢者のケアへと医療の対象が移った。津
波の被害によって診療所のカルテは流されて消失し,
病名も常用薬も不明なままで診療が行われた。誰し
本年の3月東北地方を襲った未曾有の東日本大震災
もが,地域の慢性疾患患者の常用薬ぐらいは,どこ
は,東北沿岸部の多くの病院・診療所に壊滅的な被
か災害を被らない場所にデータとして格納してあれ
害をもたらした。復興後の医療情報体制の推進に微
ばと思っただろう。
力ながら協力している筆者は,石巻,気仙沼の被災
そのような生涯にわたる国民一人ひとりの健康医
地を最初に訪れた時,荒涼とした光景にしばし佇む
療電子記録は,Electronic Health Record(EHR)とい
のみであった。被災直後は,各地からの災害派遣医
われる。EHRは医療の地域連携においても重要な役割
療チーム(DMAT)の協力のもと救急災害医療が進め
を果たすが,本来の目的は,生涯にわたる健康リス
られた。しかし,それが一段落してからは,慢性疾
クから国民一人ひとりを守る情報基盤をつくること
521
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
December
http://johokanri.jp/
にある。諸外国ではすでに実現しているEHRも,わが
EHRの基礎的な定義や基本構成については,国際的
国ではいまだ模索の段階にある。今回の災害は,わ
にほぼ共通の理解が形成されつつある。しかし一方
が国におけるEHRの必要性を切実に認識させるもので
で国家的施策であるEHRの実現はその国の医療を取り
あった。
巻く社会構造や制度,さらに医療情報のプライバシー
それでは,われわれはどのようにして,日本版EHR
を実現すればよいのであろうか。本稿では,日本版
EHRの実現をめぐる現状・諸課題を論じ,将来に向け
に対する考え方などに大きく影響を受ける。まず欧
米各国におけるEHRの実現状況を見てみよう。
た方向を示したい。
3. 諸外国におけるEHRの実現状況
2. EHRの概念と特徴
3.1 英国:Connecting for Health 計画とSpine
まず,
最も進んでいる英国の例を紹介する。英国は,
E H Rとは,
「国民一人ひとりが自らの健康・医療情
1979年から約20年間続いた保守党政権の医療費予算
報を『生涯を通じて』把握/管理でき,健康管理,
抑制政策のため,完全に「医療崩壊」を来した。病
疾病予防あるいは疾病管理に活用できる生涯型の健
院は半減され,入院待ち8か月という状況に陥り,国
康医療電子記録」1)である。これは病院や診療所が実
民は診療を受けるためにドーバー海峡を渡ってフラ
際の医療のために作成する患者の診療電子記録,い
ンスに行き,その診療費を英国政府が負担するとい
わゆる個々の医療施設の「電子カルテ」(E l e c t r o n i c
う法案まで成立したぐらいである。1997年の労働党
Medical Record:EMR)とは異なり,それらの診療情
への政権交代以降,時のブレア首相は医療費の大幅
報を集めて一定の形式で要約し,必要な健康情報も
増を表明し,今日に続く医療再建が進められている。
加えて,継続的に蓄積し,全国的な規模の情報ネッ
特に崩壊した医療を再生するために,ブレア政権
トワークを通して活用できるようにした電子化記録
は2002年にこれまでの医療I T政策を一新する大型の
である。E H R政策は,「国民一人ひとりの生涯にわた
EHRプロジェクト “Connecting for Health(CFH)
” 計
る健康維持」に対する国の医療政策の基本となるも
画を開始した。その総予算は開始時の186億ポンドか
のである。
ら現在では310億ポンドに拡大した。
このような国民一人ひとりの健康医療についての
英国のE H R計画(C F H)はイングランド,スコッ
電子的情報基盤が,錯綜する国民医療の立て直しに
トランド,ウェールズ,北アイルランドの4地域ごと
不可欠であるという議論は以前からなされていたが,
に推進されている。イングランドではその地域をさ
2000年を過ぎると,英国やカナダなど欧米を中心と
らに5つのクラスターに分けて(図1参照)
,一般かか
する多くの国がほぼ同時に国家政策として国民的規
りつけ医(GP: General Practitioner)や病院(“NHS
模(nationwide)のEHRプロジェクトを開始した。こ
Trust”)など英国内の合計19,000の医療機関のすべて
れは,EHRこそが,医療コストの抑制,医療の質の向
上,医療の透明性といった医療の課題を同時に達成
させる公的情報インフラであること(表1)が,国際
的にも共通に認識されたことを示す。現在では欧米
だけでなくオーストラリア,ニュージーランド,台湾,
韓国などアジア・オセアニアの国も含め世界の多く
の国でEHR政策が推進されている。
522
表1 EHRの多面的効果
①国民一人ひとりに対して:「生涯にわたった」健康医療
管理を可能にする
②地域において:1人の患者を複数医療施設が連携して
継続的にケアできる
③国において:国民の診療・疾病の現状に基づいた医療
政策を策定できる
日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて
報を確認したり,書き込んだりする “Health Space”
と呼ばれるポータルを提供している。また,各病院
の治療成績など数百項目に及ぶ医療の質の評価QMAS
(Quality Management and Analysis System)につい
ては全病院の評価結果がW e bで閲覧できるようにし
ている。
3.2 カナダ:政府IT投資機関Infowayと州別のEHR
構築
カナダは,英国の中央集権的なEHR政策とは異なり,
州単位でEHRの計画を進めている。カナダにはフラン
ス系の州や英国系の州があり,全カナダ共通のEHR政
図1 イングランドの5つのIT化地域と医療情報ネットワーク
“Spine(背骨)”
策が困難なためである。州間の進展の協調を図るた
めCanada Health Infowayという医療IT政策推進投資
機関を設立して,ここが約1,000億円の予算を政府か
をつなぎ,画像も伝送できるブロードバンドVPNネッ
ら受け,州ごとのEHRプロジェクトに投資する。基本
トワークN3(通称Spine “背骨”)をインフラとして,
的には,図2に示す5層モデルで,まず情報インフラ
全イングランド5,000万人のE H Rを構築する計画を推
の上に,患者や病院の基本登録,処方記録,検体検
進した。現在,患者がイングランド内のどの医療機
査や画像診断の情報を収集して州単位の医療情報セ
関を訪れても,医師はSpineを通してその患者のそれ
ンターで管理する。各州でEHRデータを蓄積・利用し,
までの診療記録やCT・MRIなどの画像を瞬時に収集で
それらを相互運用的に連携させ,医療の革新と需要
きる。一方で,英国政府は国民の健康や医療に対す
に寄与するという構成である。
る積極的な関与を推し進めていて,患者が自らの情
現在は画像情報,処方,検査さらには遠隔医療な
図2 カナダInfowayのEHRプロジェクトの概要
523
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JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
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December
Journal of Information Processing and Management
どのプロジェクトが進行している。初期の計画では
NTTデータDIGITAL GOVERNMENT「デンマーク医療
2020年までにカナダの全国民のE H Rを実現すること
の電子化の現状と今後の動向」欧州マンスリーニュー
になっていたが,2010年で43%が完成し,進行が順
ス 2009年5月号)
。
調なため2014年に目標達成を前倒ししている。
3.4 オランダ:分散型システムによる患者プライ
3.3 デンマーク:国民的EHRが完成した先進例2)
バシーへの配慮
デンマークの医療は,基本的には地域(レギオン:
オランダのEHRはEPD(Elektroniche Patienten
デンマークで5つある広域自治体)が責任を持ち医療
Dossier)と呼ばれ,患者情報プライバシーへの配慮
費は無料である。E H Rは,国レベルで推進しており,
もあって,個人のデータは医療機関に分散されたま
運営を担うのは,医療情報ネットワークを管理して
まで,中央に集積はしない。A O R T A(“動脈” の意
いる “M e d C o m” という組織である。デンマークの
味)と呼ばれる医療情報ネットワークにはナショナ
EHRは中央のセンターで診療情報を蓄積し,治療が終
ルチェックポイント(L S P)というシステムがあり,
了するとその内容を中央に送る方式である。患者は
患者情報の問い合わせに対して,患者の情報を保持
“sundhed.dk” と呼ばれる医療ポータルから健康・医
している複数の医療機関を調べ,仮想的に1つにまと
療に関して助言を受けることができ,さらに電子署
めたEPDを作成する。現在は,電子投薬記録と電子代
名でのログインによって,自らの診療情報を確認で
診記録がEPDの内容として実現されている。電子代診
きる。アクセス管理は厳密で,医師も実質的に治療
記録は,オランダでのGP不足を補う代診医のために,
関係にある患者の情報しかアクセスできない(救急
直近の診察情報を主治医と代診医が閲覧できるシス
時には医療従事者は患者診療情報にアクセス可能で
テムである。最新のEHRの開発が急速に進んでいたオ
ある)
。デンマークはE H Rプロジェクトが完了した国
ランダであるが,本年になって反動が起こりプライ
3)に次のよ
バシー議論からこれ以上の開発は停止されている。
「
(デンマークでは)患者の診療記録等の健康情報
3.5 スウェーデン:各県での一元的医療ITシステ
として有名で,すでに2009年の米T i m e誌
うに紹介されている。
を集中管理したデータベースがあり,かかりつけ医
ム
師の98%と,病院勤務の医師,薬剤師の100%がこの
スウェーデンのEHRは,スウェーデン医療アドバイ
データベースへアクセスできる。患者は医療現場で
ザリ組織(S V R A B)が政策を決定している。21に分
共有されている自分の情報を,セキュリティで管理
かれた県内では大学病院からG Pまで一元化システム
されたサイトを通じて見ることができ,医療関係者
を利用するため,電子カルテと地域E H Rの区別がな
が自分の健康情報にアクセスした際には,そのこと
く,県内の全患者情報を参照できる。国民的E H Rは
が本人にメールで通知される。診療の予約はもとよ
SJUNETという医療情報ネットワークの上に,各県か
り,終末期医療の際の意思表示さえも登録できる。
ら集めた患者サマリー情報のみを登録したもので「全
さらに,病院では医師たちが端末を持ち歩き,薬を
国患者サマリー構築(NPÖ)
」と呼ばれている。
処方する際,処方しようとする薬が患者の体質(ア
レルギーの有無)に合っているか,他の医師による
524
3.6 米国:オバマ政権による再チャレンジへ
処方薬との併用により問題を引き起こす可能性がな
米 国 は, ブ ッ シ ュ 大 統 領 が,2004年 の 年 頭 教 書
いのか等をチェックし,問題がある場合は端末が警
で積極的にE H R政策に取り組む姿勢を示したことか
報を発し医療事故を防いでいる」(日本語訳引用元:
ら一挙にE H Rへの機運が盛り上がった。自発的な地
日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて
域医療情報組織RHIO(Regional Health Information
(2)地域医療情報連携を主要対象とした段階:地域
Organization)が初期には乱立したが,いずれも予算
EHR
が続かず少数を残して消滅した。むしろ生涯の健康
医療I T化の自然な発展として,病院内I T化がある程
医療情報管理を患者個人の責任で行うPHR(Personal
度進むと,地域内の医療施設間の医療情報交換が開
Health Record)環境を民間のベンダーが提供するビ
始される。さらに地域EHR(Regional EHR)と呼ばれ
ジネスが一時広がった。オバマ政権になってからは,
る地域住民の保健医療推進の情報基盤が形成される。
電子カルテの全米的な普及を目指して,EHRを有意味
(3)国民的規模の健康医療情報を主要対象とした段
に使用(meaningful use)した医師個人に総額400万
円のボーナスを与えるなどのE H R普及施策を2011年
から開始している。
階:国民的EHR
地域EHRが国民的規模に拡張し国民一人ひとりの生
涯にわたる健康医療電子化記録となったものが国民
的EHRで,医療IT化の最終的目標の1つである注1)。
3.7 欧米のEHRを巡る現状
実際は,この基準的な発展段階を基礎にしつつも
2002年 か ら 始 ま っ た 欧 米 各 国 の 国 民 的E H Rプ ロ
各国の状況に応じたさまざまなE H Rの実現政策がと
ジェクトはほぼ成功裡に第1期を終えたと言える。欧
られる。例えば,前述したようにスウェーデンで
州では次の第2期の課題として
は,県内の病院情報システムはすべて一元的で,院
(1)各国のEHRをつなぐ全欧州的なEHRの実現
内EMRと地域EHRは区別がない。この院内・地域EHR
(2) E H R情報を基礎にした診療ガイドライン作成や
から各患者の診療サマリー情報を蓄積して国民的EHR
疫学研究などの有効な2次利用
(3)標準的な国民的E H Rを構築し,開発途上国へ輸
出
(4)医 学 知 識 や 標 準 診 療 方 式 に つ い て “M a p o f
(N P Ö)としている。また,英国やデンマークなどの
ように,国家的な医療政策によって,第1段階の医療
施設のIT化から直接,トップダウンで国民的EHRと地
域EHRを一挙に一緒に実現する方式も存在する。
Medicine” の作成と電子化
など,新しい課題に取り組んでいる。
4. 日本版EHRまでのロードマップ
4.2 日本版EHRへのロードマップ――地域EHRか
ら国民的EHRへ
それでは,わが国はどのようなロードマップの
もとに日本版E H Rを達成すべきであるか。筆者は,
4.1 医療ITの基準的な発展段階
わが国は欧米と同じような医療IT化の経過をたどっ
2002 ~ 2003年に英国のC F H計画の情報を得て,ま
た英国N H Sを直接訪問して実態を視察した経験から,
ている。ここで国民的EHRに至る「基準となる発展段
わが国においても,英国―デンマーク型の大規模な
階」
(図3)をまとめてみよう。
EHR推進政策が必要であると確信し,当時は日本医療
(1)病院情報システムを主要対象とした段階:医療
施設EMR
まず,医療IT化の最初の段階は,個々の医療施設で
情報学会を代表して機会あるごとに行政にも提言し
た。
しかし,2004年頃から,わが国の医療は,医師不
実施している診療情報の電子化である。わが国でも
足や医療費抑制政策の帰結として「地域医療の崩壊」
1970年代から病院情報システムが始まり,現在では
という深刻な事態を迎えた。このような背景のもと,
全国の約40%以上の大規模病院で電子カルテが導入
わが国のEHR実現の長期戦略としては,まずは地域医
されている。
療の崩壊をくい止め,これを再生するための情報基
525
情報管理
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2011
vol.54 no.9
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December
Journal of Information Processing and Management
生涯
健康医療
電子記録
地域医療
情報ネットワーク
国民的EHR
地域EHR
地域連携型医療
第1世代 部門システム
第2世代 オーダリング
第3世代 電子カルテ
病院情報システム
病院完結型医療
現在
2000
2010
2020
図3 日本における医療ITの基準的ロードマップ
盤である地域E H Rを精力的に推進し,このような地
に地域でいわゆる「医療崩壊」が始まりつつある。
域EHRの確立とその全国的な連携を通して日本版EHR
を長期的に実現することを考えた。2010年,筆者が
5.1 地域医療の崩壊
研究代表を務める厚生労働科学研究班の報告として
「地域医療の崩壊」は,2004年ぐらいから顕著にな
この実現戦略を「日本版EHR実現のガイドライン」と
り,特に地方の公的病院において産科,小児科など
して提示した4)。以下,最近の状況も考慮して日本版
の閉科や病院自体の閉院,救急医療の破綻などが続
EHR実現のシナリオを論じよう。
いた。2010年,長年続いた医療費抑制政策が民主党
5. わが国の医療を取り巻く状況
政権になって破棄されて,現在は少しずつ回復しつ
つある。
地域医療の崩壊の原因はいくつかあるが,まず第
わが国はこれまで世界的にも高い水準の医療を実
一は,医師の絶対的不足である。これは,長年にわ
現してきた。平均寿命は常に世界で1位であり,乳幼
たる医師数抑制政策と2004年から導入された「新医
児死亡率の低さも常に上位にある。しかし,国民1人
師臨床研修制度」によるところが大きい。後者は,
当たり費用は先進国(O E C D31か国)の中で20位で,
本来は卒業した大学に縛られず研修病院を選ぶ制度
また医療費の対G D P比は22位の低さである(2008年
であるが,結果として地方の大学病院の研修医の大
統計)
。すなわち,わが国は,少ない医療費で世界最
幅な減少を招き,また激務を強いる診療科である産
高水準の医療を達成してきたと言える。これらの医
科,小児科,外科への志望者を大幅に減少させた。
療を支えていたのは,医療従事者の過剰な負担であっ
た。
526
しかし,地域医療崩壊の最も根本的な原因は,小
泉政権以降の4度にわたる医療費削減政策である。自
しかし,最近,多くの要因も重なって,この医療
民党政権下で進められた毎年2,200億円の社会保障費
従事者の過剰な負担が持ちこたえられなくなり,特
削減の方針は,地方病院の破綻を速め,勤務医の負
日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて
担を増大させた。さらに,医療に対する国民の過度
の病院と医療制度上の何らの医療計画的な関係には
な期待による医療過誤訴訟増大も医療崩壊の原因で
なかったため,個々の病院が患者の治療の全責任を
ある。特に産科,外科,整形外科の訴訟率は高い。
負い,その患者の疾病が完治するまで終始治療に携
以上の諸原因が重なって,医療現場では「立ち去
わった。そのため,病院はその規模に合わせて,医
り型サボタージュ」,すなわち病院勤務医から開業医
療の全レパートリー,すなわち内科・外科,少し大
への移動が起こり,地域医療の崩壊を速めたと言え
きくなると小児科・産婦人科・救急などを備えてい
る。
た。しかし,上述のように,現在では地域医療の崩
壊によって,また高齢化による慢性疾患の増大によっ
5.2 超高齢化に伴う慢性疾患の増大と医療負担の
増加
て「病院完結型医療」は実質的に破綻した。わが国
の医療は,いまや不可避に地域内の医療施設が連携
わが国の少子高齢化は,どの先進諸国も未体験の
することによってしか1人の患者の治療を全うするこ
段階に来ている。社会の高齢化とともに,慢性疾患
とができない。その意味で「地域連携型医療」へと
の増大が医療費に与える影響が大きくなり,国民医
移行せざるを得ない状況にある。
療費に占める65歳以上の医療費負担は50%を超えて
いる(図4)
。またその中でも慢性疾患患者にかかる
医療費の増大は大きい。特に糖尿病患者の重症化,
6. 再生すべき日本の医療の3つの基軸と情
報基盤(地域EHR)の必要性
すなわち増加する人工透析に対する国の医療費負担
が深刻な問題になっている。
現在のわが国の医療の問題点を解決し,医療を再
2009年現在で,29万人いる人工透析患者に必要な
生するために必要な戦略は何であろうか。これにつ
医療費は,月40万円(年間約500万円)であり,この
いては,さまざまな議論があるが,わが国の医療再
うち個人負担は月2万円で,国の負担は年間で約1兆
生について,少なくとも次の3つの基軸をもった新し
5,000億円となっている。また超高齢化の影響を受け,
い医療が必要である。
70歳を過ぎて人工透析療法になる高齢透析患者数は
(1)生涯継続性:超高齢化社会の到来や慢性疾患の
この5年で2倍に増えた。わが国は世界一人工透析患
増大に対応するためには,急性期医療中心の考
者が多い。これがかつてのように難病の腎臓病が原
え方から「生涯にわたる健康・疾病管理」を中
因ではなく,糖尿病の疾病管理の失敗によって人工
透析になった患者が約半分を占めている(図5)。こ
医療費比率
35
ら「持続的な疾患管理」が喫緊に必要である。また,
30
脳卒中後の長期にわたる維持期医療も,再発予防も
25
含めて「疾患管理」の重要性を示すものである。急
性期病院だけでは慢性疾患の長期にわたる治療に対
応しきれない。
医療費%
のような事態を解決するためにも「急性期治療」か
20
15
10
5
戦後以来,わが国の医療を支えてきた主要なパラ
ダイムは「病院完結型医療」である。民間病院は他
65
70
75以上
年齢
55
60
50
45
35
40
30
25
15
20
5
10
5.3「病院完結型医療」から「地域連携型医療」へ
0
0
厚生労働省「平成19年度国民医療費の概況」を基に作成
図4 年齢別医療費
527
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
1)わが国の慢性透析療法の要約
3)導入患者の現状
http://johokanri.jp/
December
Journal of Information Processing and Management
(3)年別透析導入患者の主要原疾患の推移(図表11)
%
70
糖尿病性腎症
慢性糸球体腎炎
腎硬化症
多発性嚢胞腎
慢性腎盂腎炎
急速進行性糸球体腎炎
SLE腎炎
不明
60
50
40
30
20
糖尿病性腎症
10
0
1983 84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
年
日本透析医学会 「わが国の慢性透析療法の現況2010年12月31日現在」 より
1983
1984
1985
糖尿病性腎症
年
15.6
17.4
19.6
1986
図5 人工透析患者の原因疾患
21.3
22.1
24.3
26.5
26.2
慢性糸球体腎炎
60.5
58.7
56.0
54.8
54.2
49.9
47.4
腎硬化症
  3.0
  3.3
  3.5
  3.7
  3.9
  3.9
  3.2
  3.1
  1.8
  1.8
心とする考え方への転換が急務である。
多発性嚢胞腎
  2.8
  2.8
  3.1
  2.9
慢性腎盂腎炎
  2.4
  2.2
  2.1
  2.0
1987
1988
(2)地域統合性:いまや完結した存在としての病院
急速進行性糸球体腎炎
  0.9
  0.7
  0.9
  1.0
  0.8
不明
  4.4
  4.0
  4.8
  4.2
の医療の単位であって,病院や診療所はその部
年
1997
1998
1999
2000
2001
分,部品であるという認識に転換する必要があ
糖尿病性腎症
33.9
35.7
36.2
36.6
38.1
慢性糸球体腎炎
36.6
35.0
33.6
32.5
  0.9
  4.1
  3.8
32.4
る。病院と診療所が連携して
「地域連携クリティ
腎硬化症
  6.8
  6.7
  7.0
  7.6
  7.6
31.9
  7.8
多発性嚢胞腎
  2.4
  2.4
  2.2
  2.4
  2.3
カルパス」による慢性疾患の「地域ぐるみの疾
  2.4
  1.1
  1.0
  1.1
  0.9
急速進行性糸球体腎炎
  1.1
  0.9
  0.9
患管理」を実現する必要がある。
  1.0
  1.0
  1.1
  0.9
  1.0
  0.9
慢性腎盂腎炎
SLE腎炎
  1.2
  1.0
  1.1
  1.1
  1.2
(3)日常生活圏基盤性:上記の2軸に加え,医療施設
不明
  5.5
  5.6
  6.1
  7.6
  9.0
  8.4
1991
1992
1993
1994
1995
1996
28.1
28.4
29.9
30.7
31.9
33.1
46.1
44.2
42.2
41.4
40.5
39.4
38.9
  4.1
  5.4
  5.5
  5.9
  6.2
  6.1
  6.3
  6.4
  1.5
  1.5
  1.7
  1.6
  1.1
  1.4
  1.2
  1.1
記録を電子化して一貫して生涯にわたって保持する
  0.8
  0.7
  0.6
  0.7
  0.8
  0.8
  0.8
  0.8
  1.0
  1.1
  1.3
  1.3
  1.2
  1.2
  1.1
  1.3
「電子保存の情報環境」が構築されない限り,
「生涯
2002
39.1
1990
療記録は,現在は紙媒体で散在している。これらの
  3.1
  2.9
  3.0
  2.7
  2.6
  2.5
  2.4
  2.5
  0.9
SLE腎炎
  1.1
  1.1
  1.1
  1.2
  0.9
が医療の単位ではない。むしろ地域医療が第一
1989
  4.0
  3.3
  3.7
  3.7
  3.3
  3.9
  4.5
  5.0
を通したケア」は実現不可能である。また,カルテ
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
29.1
28.1
27.4
25.6
23.8
22.8
21.9
21.2
  2.3
  2.7
  2.3
  2.4
  2.3
  2.5
  2.3
  2.4
  1.0
  0.9
  1.0
  0.8
  0.8
  0.7
  0.7
  0.8
が置かれている医療施設でしか閲覧できないなら,
41.0
41.3
42.0
42.9
43.4
43.3
44.5
43.5
地域で連携したケアは不可能である。
「情報ネット
  8.5
  8.8
  9.0
  9.4
10.0
10.6
10.7
11.6
ワーク」を構築して,どこの医療施設からも患者の
  1.2
  1.1
  1.1
  1.2
 C
1.3
  1.2
  1.2
  1.2
同意のもとに閲覧できるI
Tの環境がなければ,地域
  0.7
  0.8
  0.8
  0.8
  0.8
  0.8
  0.7
  0.8
統合的な医療は不可能である。さらに,日常生活圏
  8.8
  9.3
  9.5
  9.9
10.2
10.6
10.7
10.7
患者調査による集計
中心の医療から,日常生活圏中心のケアに移行
において,健康・病態情報を生活しつつモニターす
解説
ることは「モバイル・ワイヤレス通信環境」が存在
原疾患については、1998年に糖尿病性腎症と慢性糸球体腎炎との間で首位の座が入れ替わって以来、
在宅医療と介護のシームレスな連携,疾病管理
しないと不可能である。
糖尿病性腎症は増加の一途であったが、この数年増加は鈍ってきている。今年は43.5%の患者が糖尿病性
腎症を原疾患とした。第2位の慢性糸球体腎炎は年々減少し、2010年末では21.2%となり、統計調査開始
を推進する日常生活圏包括的ケアを実現する必
以上のように医療を再生する3つの基軸をもった新
から最低の割合となった。第3位は腎硬化症の11.6%であり、第4位は原疾患不明の10.7%であった。腎硬
要がある。
しい医療を実現するためには,医療I C Tが不可欠であ
化症は2007年に10%を超えたが、透析導入患者の高齢化を反映して漸増している。その他には、多発性
以 上 嚢胞腎、慢性腎盂腎炎、急速進行性糸球体腎炎、SLE腎炎の推移が示されているが、ほぼ例年通りの比率
の3つ の 基 軸 はI C Tを 用 い ず に は 実 現 で き な
る。I C Tはこれまでも道具だと言われてきたが,それ
であった。
していく必要がある。日常生活圏を基盤として
い。まず,生涯にわたるケアを実現するためには,
紙の媒体では不可能である。母子手帳や学童期健診
記録,企業での健診や病院の診療記録などの健康医
528
は間違っている。I C Tの基礎の上でないと新たな医療
12
は可能ではないという意味で,医療に不可分な基盤
なのである。日常生活圏ワイヤレス通信環境,地域
日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて
医療情報連携ネットワーク,生涯健康医療記録のた
また,地域医療の崩壊については,厚生労働省も
めの電子保存環境という「健康医療情報の公的な包
現実を認識して「地域医療再生基金」として2010年に,
括的情報インフラ」があって初めて,わが国の医療
各都道府県に2地域ずつ計全国94地域に各25億円を,
の再生は可能になるのであり,地域EHRとは実体的に
今後5年にわたる地域医療再生プロジェクトの基金と
は上記の要素で実現される健康医療情報の地域にお
して配分した。さらに今年度は,追加で52の3次医療
ける情報基盤のことである。
圏(各都府県に相当:北海道のみ6圏域)に各15億円
7. 地域医療再生を通した日本版EHRの実現
に向けて
を基礎額として配分し,被災3県には第3次補正も含
めてこれを大幅に増額した予算措置がなされた。こ
の予算のうち,約10%が地域医療連携のIT関係に使用
される。
それでは,地域医療再生を目指した地域住民のた
めの「健康医療情報の公的な包括的情報インフラ」,
すなわち地域E H Rはどのような方針のもとに実現し,
7.2 地域EHRの実現からの日本版EHRの実現
以上,政府行政も,われわれの医療IT政策の長期展
長期的に日本版EHRへの発展を目指せばよいのか。こ
望とほぼ同一の志向性をもった施策を推進しつつあ
の点を論じよう。
る。それでは,現在の政府施策を基礎として,長期
的には日本版EHRへ発展する具体的な戦略をどう展開
7.1 現在の日本版EHRに関連する施策について
すればよいだろうか。例えば,厚生労働省の「地域
まず現在の政府行政の医療I T関連の施策に関して
医療再生基金」を財源にして何を構築すればよいか。
は,筆者らをはじめ医療ITの多くの有識者が関連委員
筆者らは,次の方針を軸とする具体的方針を提示し
会等で「日本版EHR」実現の必要性を唱えたこともあっ
ている。
て,政府行政の理解も進み国の政策にも反映される
ようになった。特にリーマンショック後の緊急対策
(1)地域医療連携の中核となる慢性疾患管理情報サー
バーの構築
として,自民党政権下の最後の2009年に公表された
まず急いで各医療圏で着手しなければならないの
国家IT戦略「i-Japan戦略」では,医療分野のIT目標と
は,地域医療情報連携,すなわち,地域内の医療機
して「地域医療の再生」とならび,筆者らが長年提
関間で患者の診療情報を共有するための仕組みの構
唱してきた「日本版EHRの構築」という概念が初めて
築である。現在のわが国では,地域の自発的な努力
明示的に政府IT戦略として掲げられた。
によって数十の地域医療情報連携が稼働しているが,
その後,民主党政権になって,当初混乱が見られ
それらの地域医療情報システムは,医療ITベンダーが
たが,「新たな情報通信技術戦略」(2010年5月)さら
提供する,分散型の地域医療情報連携システム(“I D
にそれに基づいた「新たな情報通信技術戦略 工程表」
Link”,“HumanBridge” など)を利用しているものが
(2010年6月)が公表され,地域医療再生に関しては
多い。これらは,各病院の患者I D間の交換表に基づ
「シームレスな地域連携医療」として継続され,日本
いて,オランダ型E H Rのように,患者情報の照会が
版E H RについてはI T戦略本部独自な概念である「『ど
ある度に複数の病院の連携サーバーから採取した患
こでもM Y病院』構想」が提唱され,患者自らが自己
者の情報を仮想的にまとめて共有情報にしている。
の医療データを医療機関から収集して,生涯的な健
この形態も地域の医療施設の情報連携という機能は
康・疾病管理を担当する事業体に預託するという米
実現しているので,まずは分散型・中央型を問わず,
国のPHR形式に近い方式が提案された。
地域医療連携体制が広がることが第一の方針である。
529
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
December
ただ,これだけでは不十分で,次に地域医療連携
システムに蓄積された情報から,地域を超えて国民
一人ひとりの生涯健康医療情報を構築するためには,
(2)急性・亜急性医療を集中管理する地域医療情報
センターの創設
中核的な慢性疾患管理だけではなく,いわゆる5事
患者個人ごとに健康医療イベントを要約し生涯記録
業,すなわち産科,小児,救急医療さらには災害・
を作成する必要がある。この日本版EHRとして蓄積す
僻地医療への対策も欠かすことができない。そのた
べき情報には表2のものがある。
めに,地域内の医療資源(空床状況,医師勤務状況)
表2の日本版E H Rの項目の中で,どこまで「地域
の情報を収集して提供する「地域医療情報センター」
EHR」の段階で基盤情報として整備するかが問題であ
とそれを支える急性・亜急性医療情報ネットワーク
るが,開始当初は,蓄積の対象となる疾患を限定して,
が必要である。この地域医療情報センターは,地域
まずは地域医療に貢献する地域EHRを早急に構築する
における医療と介護の連携,維持期治療,終末期医
ことが必要である。選択すべき疾患としては,厚生
療などの実施も管理する。
労働省の定める4疾病(糖尿病,がん,脳卒中,急性
(3)ミニマムEHRとしてのレセプト・ナショナルデー
心筋梗塞の各疾患)が候補になる。その中でも,中
タベースからの「国民薬歴サマリー」の創設
核となるのはその地域で最も大きな医療問題となっ
すべての地域が地域医療情報システムをすぐに立
ている慢性疾患である。例えば東北地方では高血圧
ち上げられるわけではない。地域医療情報システム
から脳卒中,他の地域なら糖尿病とその重症化など
が構築中の住民に対する最小限の日本版EHRを実現す
である。
る方法として,近年厚生労働省で構築した電子レセ
したがって,まずは,その地方の主要課題となっ
プトと義務的健診の電子化データを収録したナショ
ている慢性疾患について地域の病院や診療所が連携
ナルデータベース(N D B)を利用する方法がある。
してケアを行う「地域連携クリティカルパス」を確
簡単な情報解析を行えばN D Bから慢性疾患患者の重
立するとともに,それらを通して慢性疾患患者の長
要な薬剤情報の抽出が可能である。その意味では,
期ケア情報を蓄積する「地域慢性疾患管理データサー
地域医療連携が全国的に広がるまでの間,ミニマム
バー」を構築することが重要である。地域EHRとして,
なE H Rとして「国民薬歴サマリー D B」を構築するこ
日本版EHRの中のこの部分の構築がまず急がれる(図
とが適切である。
6)。
(4)
「災害に強靭な」地域医療連携システム
今回の災害で教訓となったのは,現在普及してい
るわが国の完全な分散型地域医療連携システムでは
表2 日本版EHRに登載すべき健康医療情報
1)患者のリスク情報:アレルギー,薬剤個別応答性(副作用履歴)など
の体質的な情報。この情報を診療医が知らないと患者にとっての医
療リスクを起こすもの。
2)生涯保健情報:電子母子手帳,学童期健診情報,成人後の義務的
健診が基本健康情報である。そのほかに患者の自己測定の健康
記録を加えてもよい。
3)診療情報:診療記録には簡易要約と詳細記録の2つのレベルが存
在する。
i) 外来診療情報:風邪や腹痛などの散発的な外来診療は簡易要約の
み。入院までいかないが長期間の外来治療を受けた疾患について
は,その疾患の重要性に応じて簡易要約か詳細記録が決まる。糖
尿病などの慢性疾患についての継続的外来治療の場合,詳細記録
の対象になる。
ii) 入院診療情報:急性期の入院から,回復期,維持期,在宅ケアへと
推移する治療過程についてはEHRの詳細記録の中心的な対象で,
継続的な情報蓄積が必要である。
530
災害に脆弱ということである。全健康医療情報でな
くても,最近6か月の検査・処方情報とアレルギーな
どの患者リスク情報だけでも,災害を受けない場所
にあるクラウドなどのデータセンターに集中的に蓄
積する必要がある。
8. おわりに
「日本版E H Rの実現に向けた地域E H Rの構築」とい
うわが国の医療の再生に向けた基本方針について,
日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて
地域医療連携情報基盤
Regional EHR
中央病院
診療情報
地域
疾病管理
DB1
糖尿病
診療所
患者情報
primary
生涯
健康医療
カルテ
地域
疾病管理
DB2
脳卒中
糖尿病患者情報,
検査,処方,症状
脳卒中患者情報,
検査,処方,症状
在宅自己
血糖測定
糖尿病連携パス
急性期病院
診療情報
在宅
モニタリング
回復期病院
診療情報
維持期病院
診療情報
診療所
患者情報
脳卒中連携パス
図6 疾患別慢性疾患管理型の地域医療連携
EHR(生涯型健康医療電子記録)の仕組みと機能
C地域医療
病 院
B地域医療
A地域医療
病 院
診療所
国民
生涯健康管理
疾病予防/管理
在宅医療
在宅医療
利用
情報
・
蓄積
情報
診療所
国民
継続的
連携的
地域医療
継続的
連携的
地域医療
継続的
連携的
地域医療
NDB
レセプト
健診
情報DB
地域EHR
地域EHR
地域
EHR
地域EHR
Evidenceに
基づいた
医療政策
国民規模EHR
生涯電子カルテ
図7 日本版EHRの概念
国内外の現状,課題,具体的な実現方針について述
民的EHRを提案したい(図7)
。地域EHRの全国連携に
べた。現在の急務は,その地域の主要課題である慢
は現在検討中である社会保障番号を軸として統合す
性疾患の疾患管理データサーバー,地域医療情報セ
る必要があろう。筆者らはこのシナリオの実現のた
ンター,国民薬歴サマリーなどからなる地域EHRを構
めに,地域医療連携を担う全国の医療関係者ととも
築することである。その上で地域EHRを全国的に連携
に「地域医療福祉情報連携協議会」を設立して地域
し,日本版EHRを実現するというスウェーデン型の国
EHRの実現と普及に努めている。
531
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
December
http://johokanri.jp/
本文の注
注1) E H Rは本来,国民的規模の健康医療情報基盤を指すが,本稿で紹介した欧州のいくつかの国を除いて
実現している国は少ない。これに対して州,県,医療圏などで完結的に健康医療情報基盤を構築して
いる例は多く見られ,これらは地域E H Rと呼ばれている。地域E H Rに対比して本来の国民的規模での
実現を明示する必要がある場合には国民的EHRと記載する。
参考文献
1) 田中博. 電子カルテとIT医療. エム・イー振興協会, 2007, 154p.
2) NTTコミュニケーション. 諸外国におけるEHRの現状及び課題に関する調査研究報告書. 総務省, 2011.
3) Harrell, Eben. In Denmark's Electronic Health Records Program, a Lesson for the U.S. Time. 2009-04-16.
4) 厚生科学研究「日本版EHR実現に向けた研究」
(代表田中博)報告書. 2010, 厚生労働省.
Author Abstract
The basic strategy for adoption of Japan version of nationwide EHR (Electronic Health Record), which is the
information platform for realizing the life-long healthcare of Japanese individuals is described with respect to
its current situation, challenges and future direction. First, the nationwide EHR projects in European countries
and Canada were reviewed in relation to their healthcare systems. Then, especially current collapse of the
regional healthcare system in Japan is surveyed and Japan version of EHR is discussed as a possible solution
for it.
Key words
Electronic Health Record, regional healthcare cooperation, Japan version of EHR, collapse of regional
healthcare, healthcare IT, disease management, electronic record, health and medical information, medical
record, health information management
532
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
研究資源・研究情報のエコサイクルの
確立を目指して
ReaDとResearchmapの統合がもたらすもの
Development of a platform for recycle-based research information and resources
The effects of the integration of the “ReaD” and the “Researchmap”
新井 紀子1,坂内 悟2
ARAI Noriko1, BANNAI Satoru2
1 国立情報学研究所 情報社会相関研究系(〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋2-1-2)
2 独立行政法人科学技術振興機構 イノベーション推進本部 知識基盤情報部(〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3)
1 Information and Society Research Division, National Institute of Informatics (2-1-2 Hitotsubashi Chiyoda-ku, Tokyo 101-8430)
2 Department of Databases for Information and Knowledge Infrastructure, Innovation Headquarters, Japan Science and
Technology Agency (5-3 Yonbancho Chiyoda-ku, Tokyo 102-8666)
原稿受理(2011-10-21)
情報管理 54(9), 533-544, doi: 10.1241/johokanri.54.533 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.533)
著者抄録
科学技術振興機構が提供してきた研究開発支援総合ディレクトリ(R e a D)と,情報・システム研究機構が提供してき
たResearchmapは2011年11月をもって正式統合を果たし,ReaD&Researchmapとして新たなサービスを開始した。本
稿では,研究資源・研究情報が各時代のニーズおよび技術の下でどのように収集・利活用されてきたかを概観すると
ともに,研究資源が発生時点からデジタルであるようなボーンデジタル時代に学術研究情報のエコシステム(循環型
情報活用基盤)を今後いかに確立すべきかについて述べる。
キーワード
研究情報,研究資源,学術データベース,知識共有,サイエンス2.0,政策のための科学
1. はじめに
所(NII)が有する情報科学の最新研究成果を用いて,
J S Tが整備する20万人を超える研究者情報を中心とし
科 学 技 術 振 興 機 構(J S T) が 提 供 し て き た 研 究
開発支援総合ディレクトリ(R e a D)と,情報・シ
ステム研究機構が提供してきたR e s e a r c h m a pは,
た学術情報を適切に分析・処理し,「利用者」に対し
て最適な形で提供することが可能となった1)。
研究者情報を整備し,情報提供することには次の
2011年11月をもって正式統合を果たした。R e a Dと
ような意義がある。第一に,研究者が互いの研究動
Researchmapが統合されたことで,国立情報学研究
向を把握することで,共同研究,特に学際的な融合
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JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
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領域の研究が促進されることである。第二に,大学
われる研究全般に関して,国民の理解を得るための
等の研究機関が従来的な方法を超えて,より戦略的
活動や研究成果に関する情報公開を進めることは研
に研究者をリクルートするための情報源として活用
究者の責務だという認識が定着したといえよう3)。ま
できるという点である。第三に,大学等研究機関で
た,ライフ・エネルギー・環境・情報コミュニケーショ
行われている研究動向について産業界に提供するこ
ンなど,解決されるべき喫緊の課題は学際的色彩の
とで,科学技術イノベーションサイクルを加速させ
濃いものが多くなり,既存の学会の枠組みを超えて
ることに寄与できることである。第四に,各研究者
多様なバックグラウンドをもつ研究者が協調して研
がどのような研究教育活動を行っているかの情報公
究を進めることが求められつつある。このような分
開を進め,国民に対するアカウンタビリティーを果
野の流動化は研究者の大学の組織の在り方や学会へ
たすという意義もある。
の帰属意識にも影響を与えている4)。
しかしながら,研究者情報を整備・提供すること
の意義は,これまで研究者や大学等の研究機関に,
十分に理解されてこなかったかもしれない。
こうした傾向に拍車をかけたのが,サイエンス2.0
の動きである。
サイエンス2.0とは,研究者がインターネット上に
前世紀までは,研究者は学会および学会が発行す
実験データや思いつき段階の理論,知見,論文の草
る学術論文誌を通じて互いの研究動向を十分に把握
稿などを公開し,誰もが閲覧でき,それに基づいて
できた。大学は,自学内で育てた優秀な学生や,あ
共同研究等を進める研究形態を指す,サイエンスラ
るいは同僚研究者から推薦を得た者をリクルートす
イター M . M . W a l d r o pによる造語であり,2008年に
ることでスタッフを充足させ得ただろう。産業界と
『Scientific American』に掲載され注目を集めた5)。
の連携に熱心なのは一部の研究者にとどまっていた
Waldropは,Web2.0的なオープン・ソーシャルな動
し,基礎と応用の間に横たわる「死の谷(デスバレー)
」
きに主として注目していたが,より本質的であった
を埋めるための努力は組織化されたものとは言い難
のは,
ほぼすべての研究段階(データ収集・シミュレー
い状態であった。あるいは,真理の探究・文化の創
ション・関連論文検索・論文執筆・論文査読・論文
造を目指す学術研究は,国民からの直接的な評価に
公開・特許公開等)がコンピューターおよびインター
はなじまないという意見や,情報公開に時間を割く
ネットの支援なしには行われ得ない状態になったと
より研究に没頭したほうがむしろ国民の負託に応え
いうことであろう。サイエンス2.0あるいはe -サイエ
ることになるとの意見も根強かった。このような閉
ンスの(コンテンツ面での)動きとは,爆発する学
鎖性に対して「象牙の塔」といった批判もなされて
術・研究情報をネットワークにつながれたコンピュー
きたが,右肩上がりの経済の中では,国民はその科
ター群に効率的に読ませることで,いかに人間によ
学技術研究のレベルにも,大学における研究の在り
る研究活動を支援し,スピードアップさせるかとい
方にもおおよそ満足していたといえる。
う動きだといえる。ReaDとResearchmapの統合は,
このような研究を取り巻く環境は,今世紀に入り
このようなサイエンス2.0やe -サイエンスの動きの一
環として位置づけることができるだろう。
劇的に変容した。
1990年のバブル崩壊以降,日本の財政赤字のG D P
コンピューター群により効率よく処理させるため
比は急速に増大し,1999年にはG7各国の中で最悪の
には,さまざまな観点から機械が可読であるような
2)
。そのような経済状況の
情報アーキテクチャを十分に検討する必要がある。
中で,科学技術研究投資に対する国民の視線は厳し
例えば,印刷された論文をスキャンして画像として
さを増しており,科学技術のみならず公的資金で行
保存された文書と,タイトルや著者氏名,キーワー
財政赤字状況に陥っている
534
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December
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
ド等にアノテーションを施し,実験データには生デー
においては,Telnet経由で専用端末からのみ閲覧可能
タの所在などがリンクとして埋め込まれた形式の文
なデータベースであり,その利用者は図書館員また
書では,人間の見た目には同じように映る「デジタ
は図書館情報学の研究者,あるいはマクロ的な科学
ル化された論文」であっても,その機械可読性には
技術政策立案者に限定されていたといえよう。
雲泥の差がある。しかし,その一方で,機械可読性
その後,1998年に研究者ディレクトリはW e bサー
を求めるあまり厳密な情報の入力をユーザーに求め
ビス化される。これが,研究者に関する情報が,非
れば,入力コストが効用を上回り,ユーザーの協力
限定的な対象に広く公開される契機となる。
を得られにくくなる。
どのようなプラットフォーム(制度)を導入すれば,
一方,科学技術振興事業団(現 科学技術振興機構)
は,上記事業とは独立に,研究開発活動や新規事業
機械可読性やユーザーの効用の向上と,コストの縮
の創出に情報面から寄与することを目的として,国
減を同時に実現しうるだろうか。本稿では,研究資源・
立研究機関・独立行政法人・特殊法人・公設試験研
研究情報が,各時代のニーズおよび技術の下で,ど
究機関・公益法人・企業等に関する研究機関情報,
のように収集・利活用されてきたかを概観するとと
研究者情報,研究課題情報,研究資源情報を中心と
もに,研究資源が発生時点からデジタルであるよう
する研究情報をデータベース化し,1998年8月から提
なボーンデジタル時代の学術研究情報のエコシステ
供サービスを開始している。これが研究開発支援総
ム(循環型情報活用基盤)を今後いかに確立すべき
合ディレクトリ(Directory Database of Research and
かについて検討したいと思う。
Development Activities: ReaD)である。
2. ReaDの成立と発展
2001年の中央省庁再編の際,旧文部省と旧科学技
術庁は統合し,文部科学省が誕生し,それを契機と
して,2002年にそれぞれが管轄してきたいくつかの
ところで,これまでわが国では,研究者情報はど
のように収集・提供されてきたのだろうか。
事業に関しても「未来志向型」の統合が行われた。
研究活動情報は,大学,国公立試験研究機関,独立
文部省(現 文部科学省)は1961年から国内の研究
行政法人,特殊法人および民間等の産学官の連携を
動向を調査するため毎年「学術研究活動に関する調
促進し,新たな研究開発システムの構築および新産
査」を実施していた。この調査結果は「研究者・研
業の創出に寄与するため,大学等と民間を含む各種
究課題総覧」として冊子体として刊行されていたが,
研究機関を網羅するわが国の研究活動を総覧できる
その編集過程でいつしかデータベース状のデータが
総合的なデータベースの構築を目指し,その一層の
蓄積されていった。
充実を図ることとして,2002年,N I Iが運用していた
このデータをインターネット上で配信可能な状態
研究者ディレクトリおよび研究活動資源ディレクト
に整えた上で,オンライン・データベース・サービ
リと科学技術振興事業団のReaDは統合し,JSTの所管
ス・システム(NACSIS-IR)の一サービスとして提供
(現ReaD)となった。
したのが研究者ディレクトリである。研究者ディレ
学術研究活動に関するデータベースをインター
クトリサービスが開始されたのは1990年4月のことで
ネット上で提供することが目的であった3つのデータ
ある6)。私たちが「インターネット」という言葉と無
ベースは,これを機にインタラクティブな機能を備
意識下で同義語として使うことさえあるワールド・
えることになる。つまり,各研究者は自分自身の情
ワイド・ウェブ(W W W)が姿を現すのは1990年12
報を編集するためのI Dとパスワードを取得し,W e b
月である。つまり,研究者ディレクトリはその初期
を経由して情報を更新できるようになったのであ
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る。これによって,研究者は「いつでもどこでも気
技術に関する情報発信と迅速化・国際化を図るた
軽に」自らの研究者情報を更新できるようになった。
め,1998年から日本の学協会誌の電子化を支援する
このことは,情報の網羅性や更新率を向上させる
J-STAGE事業を開始した。学協会の論文誌に掲載する
上で有利に働くはずだと誰もが予想した。しかし,
論文等を電子的に提供する基盤を提供することによ
W e bサービスでは,こうした予想はしばしば裏切ら
り,J-STAGEにおいて,Webサイト上で,論文の投稿
れる。W e bサービスでは,そこで公開されるデータ
や査読,研究者等による論文の検索・閲覧を行うこ
にユーザーが関心を持ち,また,そのサービスを利
とができるようになった。その後,J-STAGEは2010年
用することがユーザー自身にメリットをもたらさな
にAPIの限定公開を開始し,同年に,J-GLOBAL(科学
い限り,「いつでもどこでも気軽に編集」できること
技術総合リンクセンター)もA P Iの限定公開を開始し
は更新向上に奏功するとは限らないのである。
ている。
R e a Dは「産学官連携,研究成果の活用,および研
こうした先進的な取り組みによって,日本の学術
究開発の促進に資することを目的」として公開され
情報は単に公開され閲覧することができるアーカイ
たサイトである。つまり,R e a Dのユーザーは研究者
ブ型から,各機関が整備しているデータベースが相
より,むしろ,産業界をメインユーザーとして想定
互にデータをやりとりしながら,マッシュアップ型
して設計されている。アカデミアで行われた研究を
で情報を整理要約しうる時代へと突入した。
産業界に紹介することで,産学連携を活性化し,科
その一方で,さまざまな機関が研究者や大学に関
学技術イノベーションを加速することが,R e a Dの使
するデータベースを構築するための調査を一斉に開
命だったのである。
始していた。大学は研究者総覧や業績管理システム
面倒な情報の編集を行うのは研究者であるにも関
を,大学入試センターやマスコミは大学データベー
わらず,その研究者が具体的なメリットを感じるこ
スを,その他にも,学会や人材企業などさまざまな
とができないW e bサービス――20万人という膨大な
団体がさまざまな目的でデータベースを構築してい
研究者データを整備しながらも,いつしかR e a Dに対
る。例えば,広島市立大学において,外部から提供
して,少なからぬ研究者がネガティブなイメージを
を求められる調査の現状について調べたところ,定
持っていたことは否定できない。それを打開するに
期的に実施されるものだけで,152件あると報告され
は,情報を入力する研究者自身が具体的なメリット
ている8)。しかし,これらは基本的には旧来型の調査
を感じることができるようなサービスに生まれ変わ
やアーカイビングであり,機械可読な形式で生デー
る必要があったといえよう。
タやA P Iは提供しない。その結果,同じような調査が
3. Researchmapの誕生の背景とReaDとの
統合
繰り返し行われ,研究者の間では「調査疲れ」
「評価
疲れ」という言葉が頻繁に聞かれるようになったの
である(図1)
。管理業務増等で研究者1人当たりの研
究時間は02年から08年にかけて22%減少したとの報
2009年はN I Iにとって記念すべき年である。この年
の4月,1,200万件以上注1)の学術論文情報を収蔵する
N I I社会共有知研究センターでは,こうした動向を
論文ナビゲータCiNiiと,科学研究費補助金データベー
踏まえて,W e b上の知識共有基盤および社会共有知
スK A K E Nが,外部からオープンアクセスできる形式
の創生メカニズムの研究成果を元に新たな研究者向
でAPIを公開したのだ7)。
けサービスResearchmapの検討に入っていた。
これに先立って,J S Tでは,わが国における科学
536
告もある9)。
Researchmapの機能を要約すると以下のようにな
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
式で大学等の研究機関に提供する。
8.登録研究者は学術・研究イベントを登録し,広報
することができる。登録されたイベントは,R S S
形式で配信される他,twitter上でロボットが情報
を拡散する。
9.研究プロジェクトを推進するためのバーチャルラ
ボ(コミュニティー)機能を提供する。コミュニ
ティー機能には以下のツールがあらかじめ搭載さ
れ,利用することができる。
図1 研究活動を阻む各種調査
る。
1.PubMed注2),Amazon,CiNii,KAKENなど標準的
な規約(RSS,ATOM等)に基づきデータをオープ
ンに公開している学術データプロバイダーから,
(ア)メーリングリストと連動した掲示板機能
(イ)データを共有するためのキャビネット機能お
よび汎用データベース機能
(ウ)ToDoを管理するためのToDoモジュール
(エ)予定を調整・管理するためのスケジューラー
機能およびカレンダー機能
研究者の研究業績・経歴・競争的資金の獲得状況
(オ)オンライン会議のためのチャット機能
などをフィードできる。
(カ)プロジェクト内でアンケートを取るためのア
2.研究者リゾルバー 注3) を用いて研究者の名寄せを
行い,高い精度で研究業績等のフィードが行える。
3.1および2の機能を用いて,研究者が半自動的に本
文所在情報のU R Lを埋め込んだ研究業績リストお
ンケート機能および投票機能
(キ)リンクを共有するためのリンクリスト
(ク)写真・画像を整理するためのフォトアルバム
機能
よび履歴書(Curriculum Vitae: CV)を備えたWeb
(ケ)登録研究者間で個人的なメッセージをやりと
ページを作成し,このページに対して不変のU R L
りするためのプライベートメッセージ機能
を付して,研究者にホームページサービスとして
提供する。
4.登録研究者が「自分の業績」として認めた項目情
報をC i N i iやJ - G L O B A L等のデータプロバイダーに
フィードバックすることにより,機械だけでは困
難であった研究者情報の名寄せを補完する7)。
10.Researchmap上で起きている情報をパーソナライ
ズした上で整理・分類して可視化する「新着情報」
機能を利用できる。
11.以上の機能のうちC V以外の機能を携帯電話で閲
覧・編集できる。
12.登録研究者を名前・所属・研究分野・研究キーワー
5.登録研究者はC Vページ以外にも,研究ブログを公
ド・所属学会・地域などから多角的に検索できる。
開したり,研究・教育資料のリポジトリ機能を利
13.登録研究者の研究内容上の距離を定義し,関連研
用したりすることができる。
究者(おとなりの研究者)を計算し,可視化する。
6. C Vに登録したデータはテキストまたはC S V形式で
5,9,10および11の機能は,Researchmapに先だっ
ダウンロードでき,各種の申請や報告書(大学評価・
て社会共有知研究センターで開発したNetCommons
年報・競争的資金の応募書類・報告書),調査等に
というオープンソースC M Sに搭載されている機能で
流用できる。
ある10)。
7.ResearchmapのCVデータはATOM1.0に準拠した形
以上の機能を研究者に提供することで,自然科学
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ので,異動のたびに書き直す必要がない。
研究者の流動化が高まり,多くの研究者が調査疲
れ・評価疲れを感じている今,Researchmapは研究
者にとって必要不可欠なサービスになり得よう注4)。
これはまさにR e a Dが必要としていた「情報の登録
を行う研究者自身がメリットを感じることができる
Webサービス」の形だったといえる。
CiNiiがAPIを公開するタイミングに合わせて,2009
年4月,R e s e a r c h m a pはそのベータ版を公開した。
図2 学術研究情報のエコシステムのイメージ図
2年間でR e s e a r c h m a pのユーザーは5,000人に達し,
100を超える研究コミュニティーが形成された。その
から人文科学にわたる異分野の「知」と「人」の共有・
中には,新学術領域研究「包括型脳科学研究推進支
連携を行い,情報や研究人材の効果的な活用や研究
援ネットワーク」のように1,000人以上の研究者を擁
協力・共同研究の促進を行うボーンデジタル時代の
する研究コミュニティーも存在する。
学術研究情報のエコシステム(循環型情報活用基盤)
を構築しようと考えたのである(図2)。
いた。Researchmapの登録研究者比率を見ると,神
3,4は機械可読性やユーザー効用の向上と,コス
経科学者や内科系臨床医学者など生科学系の研究者
トの削減を同時に実現するためのResearchmapの1つ
が最も多い。生科学系の場合,PubMedとCiNiiを通じ
の具体的提案である。大学が提供する研究者総覧で
てResearchmapにフィードできるため,ボタンを数
はデータは1つずつ手入力しなければならず,入力コ
回クリックするだけで,ほぼ完全なC Vを構築できる
ストが膨大である。また,手入力による入力ミスや
というメリットが歓迎されたためであろう。しかし
データの欠損も避けられない。しかし,P u b M e dや
ながら,工学系や経済学系などの登録人数は(大学
C i N i i等が提案する論文リストの中から自分の論文を
における研究者比率に比べて)極めて低い状況にと
選別するだけならば,研究者の入力コストは激減す
どまっている。工学系や経済学系で重要とされる論
る。ユーザーは小さなコストで自らの網羅的な業績
文誌の書誌情報をA P Iで無償提供するデータプロバイ
リストを手に入れることができる。一方,この「選別」
ダーがほとんど存在していないため,Researchmap
は機械にとって非常に困難な “last one mile” なので
に登録しても十分なメリットを享受できないからだ
ある。この部分を人間しかも著者の支援を受けるこ
と考えられる。また,Researchmapは短期的なプロ
とで,元のデータベースの名寄せ精度は機械だけで
ジェクトなのか,事業なのかの位置づけが判然とし
は到達できない域にまで向上する。つまり,機械と
ないため,研究基盤として依存するにはリスクが大
著者はここでwin-winの関係を結ぶことになる。
きすぎるのではないか,と感じる研究者も少なくな
大学が提供するホームページサービスは任期がつ
538
一方で,Researchmapは新たな方向性を模索して
かった。
いている研究者や非常勤講師に提供されることは稀
R e a DとR e s e a r c h m a pが統合することにより,外
である。仮に提供されていたとしても,各大学の研
国誌掲載の書誌情報や特許情報を含むJ - G L O B A Lの
究者総覧は独自仕様で構築されているため,異動の
情報もフィード可能となり,J - S T A G Eで無償公開さ
度に初めから入力をし直さなければならない。一方,
れている日本の学術雑誌の本文データへのリンクも
Researcmapは生涯にわたって利用できるサービスな
可能となる。また,事業として永続的に運用され
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
ることが研究者にとって明確になるだろう。R e a D,
報が公開情報であるにも関わらず)非公開情報足り
Researchmapの統合は,両者が新たなステップに上
得たのである。
るために不可欠だったといえる。
そのような状況の中,総合科学技術会議の有識者
しかしながら,その状況は情報システムおよび情
報検索技術が向上することによって激変した。
会合の地方開催として「科学・技術ミーティングin大
2008年7月,オーマ株式会社はW e b上で公開され
阪」が2010年3月に実施された。会議には,川端大臣,
ているデータを,ロボットを用いて自動的に収集,
津村政務官,総合科学技術会議の有識者議員8名の
整理し1つのページとして生成し公開するサービス
他,研究者らが出席し,意見交換が行われた。その
SPYSEEを開始した12)。SPYSEEのコア部分に東京大学
会議において,藤田保健衛生大学の宮川剛教授から,
等のW e bマイニング技術が投入されていることはよ
研究費の申請書など,同じような情報(経歴・業績
く知られた事実である。2011年7月,Google Scholar
など)を違う書式で何度も書かされておりムダであ
は “Citations” という機能を発表した。この機能によっ
11)。その後,関係者によ
て研究者一人ひとりに対してプロファイルページが
るという指摘がされている
る打ち合わせが2011年4月に行われ,e - R a d,R e a D,
与えられ,そこから文献の引用状況やh-indexなどの
Researchmapといったシステムにおいて,情報を相
指標などを調べることが可能になった13)。トムソン・
互に乗り入れできるよう同期し,必要な情報(研究
ロイター,マイクロソフト等も同様のサービスの提
者の略歴や業績等)を各自利用できるようにする方
供を開始している。
向性が正式に確認されたのである。
4. 研究者情報を取り巻く国際的動向
そのような状況の中,研究業績リストやC Vは否応
なく公開情報となっていくだろう。とすれば,
問題は,
学術情報を誰が収集し,誰がその表現方法をコント
ロールするか,ということになる。
かつては,研究業績リストやC Vは,昇任の可否を
学術情報を集約・解析・公開する技術の中には,
「ど
検討する人事教授会など特別な機会に限って閲覧さ
のような観点でそれを解析・整理するか」というア
れる非公開情報であった。現在でもC Vの公開をため
ルゴリズムが含まれる。「観点」というものには完全
らう研究者は少なくない。
な公平性はあり得ない。なぜなら,「観点」は価値観
一方,論文が公開される際には,もちろんそこに
によって決定されるからである。その価値観を外部
著者の名前とその所属が明記されている。特許や,
に依存することは,日本という国が必要とする学術
競争的資金の研究課題情報も同様である。大学の図
研究を独自の視点から評価することを放棄すること
書館に行けば,これまでその大学が授与してきた博
を意味する。例えば,インパクトファクターによっ
士号の博士論文が収蔵され,閲覧可能な状態で置か
て学術誌を,h-indexによって研究者を順序づけたと
れている。つまり,誰がどこで博士号を取得し,ど
するならば,関心に地域特性が高い分野や研究者の
のような研究資金を得て研究活動を行い,どのよう
絶対数が少ない分野等の重要性が十分に評価されな
な論文をいつ書き,それがどのように引用されたか
くなるリスクがある。例えば,日本文学,少数言語,
ということは基本的には公開情報なのである。ただ
日本の特定地域の生態系や地質に関する研究などは,
し,そこから特定の研究者の情報を漏れなく抜き出
上記のような指標で評価することは難しいだろう。
してくるということは,膨大な時間と労力とをかけ
それぞれの指標は意味と目的を認識した上で正し
なければできないことであった。だからこそCVは(性
い使い方をすればよいという主張もあるが,その主
別や年齢などいくつかの情報を除けば,すべての情
張はあまりにナイーブに過ぎる。G o o g l eの検索順位
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で10位以下に何が書いてあるかを人々がほとんど認
りどうしても「壁」がある。どう信頼を構築するか
識しないことに象徴されるように,大量のデータが
──僕は壁を低くすることが重要だと思うんです。
存在するとき,その表現(順序づけ)の在り方は,
ユー
Researchmapがこれまでの学術サービスと明らかに
ザーの受け止め方を大きく左右するからである。日
違うなあと感じるのは,まず顔写真を掲載する欄も
本に固有の必要と文化を基盤とする独自の研究や教
あって文字通り「顔が見える」ことですよね。そし
育に対する物の見方があるのであれば(あるべきだ
てその人の生の情報が,たとえば自己紹介のような
ろうが),何を研究活動に求めるかは,日本の研究者
短い文章の中にも現れて,読む人が感じ取ることが
コミュニティーがステークホルダーである日本国民
できる。もちろん知りたいと思えば,判断基準とな
とともに決定してゆくべきであろう。ここに,国際
るような研究業績などの研究者情報も見ることがで
的な動向を踏まえ,連携しながらも,国内で研究資源・
きる」
研究情報を整備し続ける最大の意義がある。
伝統的な方法だけでは,最適な共同研究者の候
アメリカでも,現在Researchmapと同種の研究者
補 を 短 期 間 に 見 つ け 出 す こ と は 極 め て 難 し い。
情報集約システムをNSFが中心となって開発している
Researchmapは,研究キーワードで研究者検索を行
14)
,注5)
。また,韓国のKISTIも同様のシステムの検討を
い,ヒットした中から,プロフィールや業績リスト
始めている。各国はそれぞれの価値観のもと,学術
を読んで,共同研究を申し込むかどうかを的確に判
情報を収集することだろう。そして,それを連携さ
断するためのツールとして機能することだろう。
せるための国際的規約が設計されていくだろう。
5. 戦略としての情報公開と融合
では,大多数の研究者がResearchmapを活用する
日は現実に訪れるだろうか。いくつかの理由により,
その日は遠からず訪れるとわれわれは確信している。
第一にResearchmapに登録した際のWeb上のイン
人間の行動様式は「精神」ではなく,「技術革新」
と「交通」
(コミュニケーション)が主として決定す
る。これは,
「ドイツ=イデオロギー」を引用せずとも,
歴史を振り返れば明らかなことであろう。
なエゴサーチ注6)に関する実験を行った16)。
(1)R e s e a r c h m a pにマイポータルを構築し,
(2)
紹介写真(アバター)を公開し,
(3)少なくとも10
一度もたらされた「技術革新」を前に人間にでき
項目(研究キーワード等含む)を入力し,
(4)登録
ることは3つしかない。1つは,そのような技術から
時から1週間以上経過している,という4条件を満た
目を背け,隠遁の道を選ぶことである。2つ目は,消
している研究者からランダムに30名抽出した上で,
極的にその技術を受容することである。3つ目は,そ
G o o g l e検索(日本語)に,研究者名(日本語)を入
のような技術革新を前提に,自らの効用を最大化す
力した際,上位何位に表示されるかを記録する。
るための活用方法を編み出すことであろう。
その結果,表示順位の平均は3.87であった注7)。若
前出の宮川剛教授は,Researchmapの「つながる
手研究者に限ると,平均値は3を切る。R e a Dと統合
コンテンツ」のインタビューで,次のように語って
した後は,この順位はさらに上がるだろう。研究者
15)。
いる
「
(多様な研究者の中から)自分にない技術を持
つ人と共同研究をしたいわけですけれども一番気
540
パクトである。2010年4月に,われわれは以下のよう
名でエゴサーチした際,大学の研究者総覧のページ
よりもReaD&Researchmapに登録されたデータの方
が上位に表示される可能性が高いといえる。
になるのは,相手がどんな人物かということです
現在,多くの大学が研究教育職員を公募によって
ね。相手を知らないと,メールを送ろうにも,やは
採用しているが,候補者を選定する段階でW e b検索
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
を行わない人事担当者は極めて少数だろう。であれ
第三に,2011年4月に学校教育法施行規則等の一部
ば,エゴサーチをした結果,上位3位までに表示され
省令の改正(22文科高第236号)が行われ,大学等の
るであろうReaD&Researchmapのデータ更新を怠る
公的な教育機関は,社会に対する説明責任を果たす
ことによって失う機会費用はあまりに大きい。
とともに,その教育の質を向上させる観点から,各
第二に,全世界的な科学技術予算縮小傾向の中で,
教員の業績について,研究業績等にとどまらず,多
アクティブな研究者であればあるほど,他分野・他
様な業績を積極的に明らかにすることが求められる
機関との融合や分野間移動が活性化されることが予
ようになったことがある。これにより,大学等の教
想されるからである。1991年のソ連崩壊による冷戦
育機関は機関ごとに,研究者総覧を公開することに
終結は,超伝導超大型加速器(SSC)の建設中止など
なるだろう。
アメリカにおけるビッグサイエンスに対する国家予
ReaD&ResearchmapはそのデータをATOM形式で
算の縮小という形で科学技術の世界に大きな影響を
大学等の機関に対して公開することを決め,大学の
与えた。当時,東大総長を務めていた蓮實重彦によ
業績管理システムを開発している各社に対して仕様
れば「冷戦終結によって,アメリカの大学は明らか
説明会を実施している。大学が22文科高第236号第3
に「国民=国家」の国益につながる政策の対象では
項の要請を満たすコスト最小の方法は,所属してい
なくなった」のである17)。その結果,少なからぬア
る教員全員がReaD&Researchmapにデータを登録し,
メリカの物理学者が金融工学や生命科学に分野移動
そのデータをA P I経由で取得しホームページにそのま
せざるを得なかった。今後も,国の威信をかけて巨
ま転載する「マッシュアップ」を選択することであ
大な研究施設を新規建設するようなタイプの科学技
る18)。図3は,ReaD&ResearchmapのAPIを利用して,
術競争が再燃するとは考えにくい。単独の研究グルー
女性研究者の情報だけを抽出して構築した「羽ばた
プでEnd-to-Endな研究開発をすることが現実的では
け日本の女性研究者(女性研究者総覧)
」
(提供:情
ない今,既存の研究施設や研究資源を共有し,研究
報・システム研究機構)の画面キャプチャである。
を分担し,得られた研究データを信頼の下で共有し
左がReaD&Researchmapの画面,右が「羽ばたけ日
た上で,その総和として研究出力を高めていく以外
本の女性研究者」の画面である。「羽ばたけ日本の女
に方法はない。まさに,分野や所属を超えた融合は
性研究者」では,ほぼ一切のコンテンツ作成はせず,
もはや戦略だといえる。
ReaD&Researchmapが提供するコンテンツを利用し
図3 R&RのAPIを活用して作成したサイトの例
541
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2011
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ているため,担当の事務官を置く必要もない。また,
ある。
サーバーも安価なレンタルサーバーを活用している
研究者の興味関心に従って,Web上の学術研究デー
ため,システムメンテナンスの必要もほとんど発生
タの意味を発見・分類し,統計処理した上で,情報
しない。
推薦することは,画像処理であればセマンティック
6. ReaD&Researchmapの展開
ギャップ,人工知能であればフレーム問題に相当す
る,非常に困難な問題である。それは,シンタック
スとセマンティックスをつなぐという情報学のグラ
ティコ・ブラーエが残した膨大な天体観測データ
ンドチャレンジだといえる。今後は,セマンティッ
を「読む」ことによって,惑星運行の法則を発見し
クW e bだけでなく,機械学習と深い意味解析の手法
たヨハネス・ケプラーがそうであったように,サイ
を統合することで,この課題を克服し,より一層の
エンスとは常に膨大なデータを読み解く戦いであ
研究者サービス向上を目指していきたいと考えてい
る。コンピューターが登場することによって,自動
る。
収集できるデータは指数級数的に増大した。それと
そして,ReaD&Researchmapに研究資源・研究情
同時に,その爆発するデータをねじ伏せて「読む」
報が集約されたとき,それは,単なる研究者総覧で
ためのさまざまな数理的な手法が開発されようとし
はない。過去の科学技術政策を評価するデータとな
ている。
るだけでなく,日本の未来を左右する科学技術政策
数 十 万 人 の 研 究 者 デ ー タ が 集 積 し た と き,
をエビデンスに基づいて立案するための重要な基礎
ReaD&Researchmapには次なる課題が課せられるこ
データになっていくことだろう。であれば,その膨
とになるだろう。それは,爆発的に増大したデータ
大なデータをどのように「読む」のかという数理的
をいかに研究者あるいは研究分野・研究プロジェク
手法の開発とともに,それをどのように「見せる」
トごとにパーソナライズされた学術情報・学術サー
のか,そのキュレーションの在り方(公平性,最大
ビスとして提供するか,ということと,集積した情
効用,多様性等)が問われることになるだろう。
報からいかに新しい価値を創成するかという課題で
本文の注
注1) 2011年10月1日現在,
収蔵タイトルは1,510万件,
そのうち本文PDFを提供している数は370万件に上る。
注2) 米国立医学図書館が提供する世界最大級の医学・生物文献データベース,MEDLINEのインターネット
による一般公開版。主として英語の論文誌約4,800誌に掲載された論文の題名,著者,発行年,要約な
どを調べることができる。
注3) NIIが提供している研究者の情報を集約してアクセスを可能にするためのサービス。
注4) 2011年10月時点においてResearchmapユーザーのうち(データ上明確に把握できるだけでも)常勤で
はない研究者の割合が全体の5分の1を超えている。
注5) ただし,アメリカでは商用システムが先行しているため,ReaD&Researchmapのような集約型ではな
く,分散型(ソフトウェアをオープンソースとして大学等に配布する形態)になる可能性がある。
注6) Googleのような検索エンジンに人名を入力して検索を行うこと。
注7) Google検索結果の上位5位はほぼ100%認知されるといわれている。
542
研究資源・研究情報のエコサイクルの確立を目指して
参考文献
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の公開について-広がる仲間,つながるデータ,みつかる世界-”. 科学技術振興機構. h t t p : / / w w w. j s t .
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3) 日本学術会議. “総学庶第243号 公的機関の保有する情報の学術的利用について”. 日本学術会議. 199405-26. http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/13/15-05-y.pdf, (accessed 2011-10-19).
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http://researchmap.jp/article/tsunagaru/201101/, (accessed 2011-10-25).
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13th IASTED conferenece on Computers and Advanced Technology in Education (CATE2010). 2010-08, p.
166-171.
17) 蓮實重彦. 私が大学について知っている二,
三の事柄. 東京大学出版会, 2001, 240p.
18) 畑林一太郎, 新井紀子. ReaD&ResearchmapのAPIを利用した研究者総覧の構築方法と同APIを活用する事
による意義について. 情報の科学と技術. 2011, vol. 61, no. 12. 掲載予定.
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Author Abstract
A new online research service “ReaD&Researchmap” was officially launched in November 2011 as a result of
full integration of the “ReaD”, Directory Database of Research and Development Activities provided by the
Japan Science and Technology Agency (JST), and the “Researchmap” provided by the Research Organization
of Information and Systems (ROIS). This article overviews how research information and resources were
collected and used meeting the needs of the age with the technology available at that time, and it also
presents some suggestions on how to develop a research information ecosystem (a recycle-based research
information platform) in the born-digital age.
Key words
research information, research resources, academic database, knowledge sharing, Science2.0, science of
science and innovation policy
544
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
組織を離れた個人のためのコワーキング
の場
アカデミーヒルズ六本木ライブラリー
The world's unique membership library as coworking space for institutionallyindependent individuals
The Academyhills Roppongi Library
小林 麻実1
KOBAYASHI Mami1
1 アカデミーヒルズ六本木ライブラリー
1 Academyhills Roppongi Library
原稿受理(2011-10-11)
情報管理 54(9), 545-554, doi: 10.1241/johokanri.54.545 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.545)
著者抄録
2003 年東京都港区に私立会員制図書館として創設されたアカデミーヒルズ六本木ライブラリーの理念と実践を紹介す
る。著者は,図書館の意義を「過去の先人の残した知見や同時代の他者が持つ知識・経験といった情報を共有するこ
とにより,新たなイノベーションを個人が創り出していく場」ととらえ,新しい学びや協働を育む「場」を社会人に
対して提供してきた。組織を離れた個人としてのつながりや情報交換が図書館内に生まれるように 8 年にわたってさ
まざまな工夫を重ねている。その結果としてラーニングコモンズやコワーキングという言葉が生まれる以前に,その
内容を実践してきた。
キーワード
図書館,情報,コミュニティ,コワーキング,ラーニングコモンズ,情報共有,イノベーション
1. はじめに
きた。
そのため自然に,図書館を「無料で誰もが利用で
企業経営・ビジネスを専門分野としてきた私にとっ
きる情報・貸本スペース」ではなく,有料のビジネ
て,大多数の公共図書館が市民の税金を使いながら
スとして成り立たせることはできないだろうかと考
もその費用と価値のバランスを検証されることもな
えるようになった。世の中の多くの人には気づかれ
く存在していることや,学校・企業図書館等の多く
ていないが,実は,図書館・情報センターがこれま
が既に失ってしまった存在意義に基づいて業務を続
で成し遂げてきたことには大きな意味がある。図書
けている状況には,長く,諦めに似た思いを抱いて
館は,今よりももっと何かができるのではないか。
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面白い所になり得るのではないか。そしてそれは,
現在の日本社会にとって必要なものであり,一般
の人がお金を払ってでも使いたいサービス・場では
たい。
2.「場」としての図書館
ないか?ということはすなわち,ビジネスとしても
成り立つのではないだろうか?という疑問がアカデ
ミーヒルズ六本木ライブラリーの原点である。
に持つイメージにはあまり変わりがない。「自分には
しかしこのアイデアは世界中のどこにもまだ存在
全貌を理解できないほど偉大な知の殿堂である」と
しておらず,また,これまで一般に考えられてきた
いうような恐れ多い印象と,「自宅近所の公共図書館
図書館とはあまりにも異なっていたため,設立以前
では,無料で小説や雑誌を貸してくれる。ありがた
に他の人に理解されたり,ましてや誰かに助けられ
い所だ」という親しみやすい印象との相反する2つの
たりすることはまったくなかったと言っていい。こ
要素が混じり合ったもののように思われる。
の,「一人きりで,誰の真似もせず,ゼロから考えた
私は,このように一般の人が図書館に対して好意
アイデアである」という意味が日本では本当に理解
的であることに倣って,「組織を離れた個人のための
されにくいということは特筆に値する。
場」を日本に創り出したいと思ってきた。なぜなら,
実際,これまでの既存の図書館のイメージからあ
欧米の経営コンサルティング業界で企業経営と社会
まりにもかけ離れていたため,現実に「図書館にお
の変遷を1990年代に見てきた私からすれば,長期雇
金を払ってもいい」というメンバーが何千人も集ま
用制度の崩壊がいずれ日本にも到達すること,そし
り,コミュニティが次第に育まれていく姿を見るま
てそれが日本社会に大きなインパクトを与えること
では,このライブラリーを保持・運営している企業
が明らかに思えてならなかったからである。これま
の中でさえも,
「いったい何のためにこのように多
で終身雇用を当然視してきた日本社会の仕組みが崩
くの人が来ているのだろう? たいした本もないの
れれば,その痛みは多大なものになる。そこに,図
に?」と不思議がられていたくらいである。
書館というビークル/仕組み・受け皿を使うことに
このように,世の中に今までに存在していないア
イデアをいくら口頭で事前に説明しても,多くの人
よって,社会の痛みを低減できるのではないだろう
かと考えたのである。
に理解されることはあり得ない。人は見たことのな
例えば,企業や大学,公共団体等の機関に属して
いものを想像することはできないのだ。だからこそ
いれば,人は毎日通う物理的な場所を持っており,
大勢の賛同を待たずに,一人で実現して目の前に見
情報交換を行える上司や同僚,部下も存在する。生
せつけなければならない。イノベーティブなアイデ
活の糧を稼ぎつつ,自分の成長を図っていくことが
アは会議やアンケートから生まれるものではなく,
できる。一見無意味に見える同僚との何気ないお喋
「こうしたい,こうあるべきだ」という「個人」の思
いからしか生まれてこない。
546
世界中どこの地域においても,一般の人が図書館
りからでも,思ってもみなかった新しい情報を得る
こともある。
アカデミーヒルズ六本木ライブラリーは,まさに
そのような情報を受け取り,これに既に自分が持っ
そのような「個人」のイノベーションを育むために
ている情報を重ね合わせ,より多くの情報をリサー
創られた「場」である。本稿ではアカデミーヒルズ
チによって得ることにより,自分で新しい発想を生
六本木ライブラリーの理念や実践の紹介を通じて,
み出していく。これがイノベーションである。社会
他館とも共有しうる「場」としての図書館,あるい
を前に動かしていく原動力であり,現在の日本にお
は図書館におけるつながり,図書館の本質を再考し
いても最も必要とされている力であろう。
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
しかし,ある日突然,この人が解雇されたとした
私にはこれが不思議で,自分のいる実務の世界で
らどうなるか。それらの情報連鎖はすべて断ち切ら
はなくアカデミックな図書館界ではどうなのかと,
れ,新しい情報を得るリソースは非常に限定された
仕事の傍ら大学院で情報学や図書館学について学ん
ものとなる。物理的な居場所も失われてしまい,こ
でみた。ビジネス界では多くの企業が日々,ワーク
れまで当然に得てきた公開情報や,個人的な知人か
プレイスを知の創造的拠点とするために多大な労力
らの情報インプットも失われやすくなる。結果とし
をかけ,研究と実践を行っている注1)。しかしその現
て,自分が持っていた情報の流れの上に自らの知己
実の真剣度に比べると,図書館情報学が物理的な場
という情報を加え,新しいイノベーションを起こす
を重視しているとはまったく思われなかった。
自分,というものが存在できなくなってしまう。こ
れは個人の存在意義の崩壊ではないだろうか。
このように情報の流れを保持し続け,新しいイノ
ベーションを起こしていくことが個人のアイデン
ところがこのように図書館情報学に触れたことに
よって,逆に,「図書館は自分の可能性に自分で気づ
いていないのだ。ここに新たなビジネスチャンスが
あるのではないか」と思い至った。
ティティを守るために重要であるなら,情報を司る
普通の市民がまず図書館に求めるものは,図書館
と公言してきた図書館が何かすべきではないか,と
界で言われているものとは異なり,ニューヨーク公
いうのが,私が六本木ライブラリーの創設にあたっ
共図書館のビジネス図書館(SIBL: Science, Industry
てベースに持った理念である。
and Business Library, New York Public Library)のよ
今日は多くの一般の人々が,「多大なコストのかか
うな「ビジネス支援」でもなければ,大量の貴重な
る図書館がなぜ今でも必要なのだろうか?」という
書籍でもない。ベストセラーか仕事に役立つ情報か,
疑問を持つようになっている。図書館の必然性は新
居場所かの3要素だけである。これは,図書館の実務
たに構築されなければならない。個人の書斎ではな
からも,アカデミックな図書館界からも離れている
く,人が他者と交流し,協働(コワーキング)する
一般の人には明白であるが,「実務者でもなく,学者
パブリックな場が必要なのだ。図書館界はこれまで,
でもないが,図書館について深く考えている人」が
自分たちが単なる本の集積ではなく,情報を行き来
多くないために,見過ごされてきた視座である。し
させるハブであると主張してきた。それならば今こ
かし現実にはこの3点を供給しているからこそ,図書
そ,そのような可能性を現実に移すべき時であろう。
館は人々に好意的に受け止められているのだ。この
加えて私が着目したのは,図書館の持つ物理的な
ポイントに気づかずに,貴重な書籍の収集・保存に
「場所」の重要性である。伝統的な図書館には人と人
尽力するアカデミックな図書館や,図書館人にはど
が顔を合わせる空間がある。本を静かに読むだけな
う見ても不可能な創業支援的な試みに努力している
ら自宅でもできるが,人は図書館に出向いてくる。
公共図書館等が六本木ライブラリーの設立以前には
それはなぜか。
多く見られ,残念に思われてならなかった。
私が六本木ライブラリーを開設する以前は,この
そのような活動が見られる度に思い起こしたのが,
重要性に着目した動きは日本だけでなく,世界中ど
私が米国企業に勤務していた1990年代に見たN e w
こにおいても見たことがなかった。滞在型図書館の
York Times紙の記事である。当時はそれまでは米国に
意義は六本木ライブラリー以前にはまったく理解さ
おいても一般的ではなかった大量解雇が全国的に広
れていなかったのが実情である。多くの図書館は蔵
がり始めていた。終身雇用を当然と考えていた人々
書数を誇るか,ビジネス支援を打ち出すかしかなかっ
が突然,給与,情報源および居場所を失うことが日
た。
常的になっており,以下のような解雇された人のコ
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メントが掲載された。
という1つのイメージは,図書館が貴重な書籍のアー
「大概の人は会社勤めが好きなのです。起業家では
カイブであった起源に拠っていると思われる。それ
ありません。毎日通って行く場所があって,給与小
は当然であるが今では少なくとも現行の出版物に対
切手をもらい,隣の机にだれかいるのが好きなので
しては,デポジットライブラリーである国立国会図
す」(引用は日本語版書籍1)より)
書館や公文書館等が私たちの税金を使って収集・保
これを読んだ時,図書館ならばここで言う「毎日
存を行っている。にも関わらず,その他多くの図書
通って行く場所」の代替,あるいはそれ以上になれ
館が著作物を収集し,無料で公開することに意味が
るだろう,なぜなら図書館には情報と居場所がある
あるのだろうか。
のだから,と思われてならなかった。
実際,図書館がいつでも来ることのできる知的で
物理的な場所だというとらえ方は重要だ。歳を取っ
たから,会社や学校に属さなくなったからといって,
加えて書籍には2つの種類がある。小説などの楽し
むために読む,趣味・娯楽目的の書籍と,情報を素
早く得るための書籍である。
後者については,ネットで情報検索を行うことが
公共図書館に入れなくなることはないし,毎日来て
でき,タブレット端末やP C,携帯電話等で書籍の全
も構わない。逆に1か月に1度しか来なくとも,ある
文を読むことができる今日では,紙媒体を収集・保
いは2 ~ 3年来なくても,誰にも責められない。この
存することの意義は限られたものとなってしまっ
図書館の特徴はホームレスの人々が公共図書館に来
た。本のありかを知りたいと思い,図書館等の蔵書
ている現実や,そしてそれにどのように対応するか
目録をW e bで検索して見つけた。それならば本の全
に追われる現場の状況を知れば知るほど,場所とし
文もそのままネット上で読みたいと思う方が自然だ
ての図書館の役割は本来業務ではないと,特に公共
ろう。これに適しているのがこのタイプの書籍であ
図書館に関わる人に思われがちなのが残念だ。逆に
る。
見れば,図書館とは自分で自分の時間の使い方を選
そのように考える延長線からすれば,多くの企業
ぶことのできる主体性を持った個人のための場所だ
図書館等で見られるように,図書館を廃止すること
ということを示している。ここに図書館の可能性が
によってその分の経費を社員各人の図書費に置き換
ある。
えるのも合理的な選択となる。各人でアマゾン等の
私は,人々が個人として,自分自身の経験や知識
を他の人とシェアし,他の人から学ぶ場所を日本に
ネット書店に注文し,自宅や会社に届けてもらい,
その費用を会社が支払えば図書館は不要になる。
創りたいと思った。たとえ組織を離れても,帰属感
これと同様に,区や市町村等の地方自治体等にお
を持って通うことのできる場は必要である。生涯に
いても,企業図書館と同様の考えで,これまで図書
わたって,学びのための情報や刺激を得られる場,
館の建設・維持にかかっていた費用をその地域の住
年齢や性別,職種等が異なる人々が,それぞれ互い
民ひとりひとりに配布した方が,よほど多くの人が
の知識や経験を交換できる「場としての図書館」で
それぞれに必要な本,ひいては情報を入手できるだ
ある。
ろう。
3. 図書館は何のために存在するのか?
しかしながら,前者の読書を楽しむための本につ
いては,紙の手触り,一度に内容を把握できる一覧性,
モノとしての本,表紙等のデザインやオーラからの
548
そもそも,現在の図書館は何のために存在してい
メッセージといった特質を電子書籍に置き換えるこ
るのだろうか。前項で挙げた「図書館=知の殿堂」
とは,少なくとも現状では難しい。また,後述する
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
が「意外な本との出会い」をもたらす開架書庫の魅
時に開館していないのだ。
力は伝統的な図書館が持ってきた強みである。従っ
20 ~ 30歳代の働き盛りのビジネスパースン(男女
て,本を楽しむ物理的な場としての魅力の方が比較
比2:1)が大多数を占める会員属性であるため,そ
的長く支持されることになると思われる。
の利用目的も「図書館」からイメージされる読書で
上記は主に公共図書館の現在価値について述べた
はない。仕事,および仕事に関連した勉強・情報収
ものであるが,私はこのような図書館の価値に加え,
集となっている。設立以前に私がこれからの日本の
企業図書館を見てきた経験から,図書館の本質とは
ために重要な層となると考えたターゲット層である
過去や現在の自分以外の人の持つ経験や知識を共有
「組織を離れた個人」,すなわち,所属企業を離れて
することにあると考えるようになった。すなわち,
独立した人,自営業,小規模企業経営者の中には,
「ネットで多くの情報が入手できるようになったにも
平日朝9時に六本木ライブラリーに来て,仕事のため
関わらず,この50年間本質的に変化していない現在
に出たり入ったりしながら午後5時くらいまでを毎日
の多くの図書館は,何のために存在しているのか?
過ごす方もいる。また,大企業に勤務しながら,退
多くの税金等のコストを費やす価値があるのか?」
社後に自分の能力を磨くために資格試験等の勉強を
という疑問に対し,「先人の残した知見や同時代の他
する人も多いため,平日夕方6時過ぎから深夜0時の
者が持つ知識・経験といった情報を共有することに
閉館までと,休日の午後が最も賑わっている。
より,新たなイノベーションを個人が創り出してい
く場」と個人的に定義したのである。
蔵書は開館時よりも精選しているために数として
は減少しており(そのために国立国会図書館関西館
この私の図書館に対する理解を,私が今の日本に
からは図書点数の増大を志すべきなのが図書館であ
最も求められている場と考えている「組織を離れた
るので,貴館は図書館とは見なされないと通告され
個人のための場」と合わせて形にしたらどうなるか。
たほどである)
,約12,000冊。ビジネスパースンであ
偶然性の高さ,人と人とのつながり・ネットワーク,
る会員のために,彼らが読みたくなるような新刊書
セレクトショップ的なセンスの良さ,発想を広げる
を書店と同じようなタイミングで早急に入荷し,し
快適な空間を持つ「ライブラリー」となる。これを
かも内容を吟味して選び抜いた書籍を配架すること
実現に移したものが,2003年4月に東京都港区六本木
に注力している。蔵書の分野については,多くの会
ヒルズ森タワー 49階に開館したアカデミーヒルズ六
員にとってまずは必須である最新のビジネス関連書
本木ライブラリーである。世の中にこれまで存在し
籍がメインとなってはいるが,彼らの発想を広げる
てきた図書館とは異なるものであることを明確にす
ような写真集,建築関連の本,旅行や趣味に関する
るために,あえてカタカナでライブラリーと名付け
書籍,政治経済について厳選された本を古典を含め,
た。
幅広く取り揃えている。
2011年10月現在,約3,200名の会員(会員資格は満
この思想が,多くの図書館と異なる点であるのだ
20歳以上の個人。法人では加入できない)が,1か月
が,ビジネスパースンのためにサービスするという
9,450円の会費を払い,朝7時から深夜0時までライブ
ことは,ビジネスに関連する書籍や起業支援を提供
ラリーを利用している。年末年始を含めて年中無休
することではない。ビジネスのことなら実際に毎日
で開館しているため,お盆や大晦日,元日といった,
ビジネスを行っている彼らの方がよく知っている。
公共図書館を利用できない時は大変混雑する。つま
もし図書館が彼らをヘルプしたいのなら,図書館の
り公共図書館とは,図書館の財源である税金を支払っ
強みを生かして彼らの知らないことを提供すべきで
ている一般の社会人が最も図書館を利用したくなる
ある。
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私はそのような思いに基づいて,六本木ライブラ
を図書館が恣意的に広めることによって,全社員の
リーの館内どこにおいてもW i - F iが無料で使用できる
感情的な融和が進み,個別情報の開示も広がっていっ
ことや,それによってパソコンやi P h o n e等からイン
たのである。
ターネットに接続できること,健康的に仕事ができ
またその後,米国東海岸の公共図書館の起源には,
るようにどこであってもドリンクが飲めること等に
ヨーロッパから新大陸に移民した新住民たちが乏し
は留意した。が,ライブラリー側から直接的にビジ
い各自の書籍を持ち寄って共有し,お互いの自己研
ネス関連のヘルプを提示しようとはまったく思わな
鑽に努めた歴史があることを知った。
かった。
このように,自分自身で見た企業図書館の成功例
企業図書館を含む日本の多くの図書館を見ていて
と,本で読んだ過去の歴史(公共図書館におけるシェ
残念に思われるのは,ビジネスのプロであるユーザー
ア)を合わせることによって私が考えたことは,
「図
に対して,図書館員がビジネスという彼らの領域で
書館で1冊の本を読むということは,本というメディ
何かをしようとしていることである。むしろ図書館
アの中身である情報を得るということ。それならば,
が持っている専門知識をプロとして生かし,その領
本よりも多くの情報を持つメディアは何だろうか。
域の魅力を伝えてカスタマーを新たな世界へ引き込
それは人だろう。だとしたら,人間の頭の中身をお
むべきであろうと思われてならない。
互いに共有することもライブラリーといえることに
4. 本の共有から情報の共有・つながりへ
なる」ということである。人間同士がお互いの経験
をシェアすることを主眼としたシステムはライブラ
リーと呼んでいいのではないか。なぜならそれは,
私がこれまでに勤務してきた米国企業の中には,
大規模な合併が繰り返されたため,かつての競合企
づき,それを現代において拡張したものだからであ
業の社員同士が1つのプロジェクトのために協働しな
る。
ければならないという状況を,企業図書館の本の貸
しかし現実に「人間の頭の中身をお互いに共有す
し借りから発展させてスムーズに行えるようにした
ることもライブラリー」を実現するのは非常に困難
という事例があった2)。それまでライバルであった2
であった。例えば設立当初,会員同士の自発的な会
社の社員がいきなり1つの部署に統合され,お互いに
話がライブラリーカフェ等で自然に生まれてくるこ
協力して働けと言われても,成果を出すことは難し
とを期待していたが,日本では見知らぬ人同士がい
い。心情的に乗り越えなければならない壁もあるし,
きなり会話を始めるということはあまりない。この
何よりもそれぞれの企業にはそれぞれの企業文化が
ような日本人の気質は一般のパーティや旅行先等で
ある。同じ業界に属する企業であったとしても,仕
すぐに会話を始める欧米人と比べると明らかである
事のやり方はまったく異なるものである。頭で「一
が,ライブラリーでは皆,仕事や勉強をしているの
緒に働こう,お互いに助け合おう」と思ったとしても,
で,その邪魔をして声をかけるというのはより難し
長年の習慣や考え方の細かな相違に目が行きやすく
い。ということは,
私たち運営側がさまざまな仕掛け・
なり,反発してしまう。
工夫を行わなければならないということである。
このような問題を,それまでの2社の企業図書館が,
550
これまでの図書館の基本的なシェアという理念に基
2005年にまず開催したのは「ネットワーキング・
それぞれ自館の持つ有益な書籍・資料・情報を相手
パーティ」である。これはライブラリーメンバーの
側に公開し,全社員が広く利用できるようにして解
中から皆で話し合いたいテーマを持つ「フラッグシッ
決したのだ。書籍の貸し借りという無難な情報共有
プ・パースン」を募集し,
広いパーティ会場の中でテー
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
マ名を書いた旗の下に立っていてもらう。その周囲
年異なった形式で開催してきた。メンバーに飽きら
にテーマに興味のあるメンバーが集まり,「フラッグ
れず,常に事務局が一歩先を考えていることを認識
シップ・パースン」のファシリテートのもと,ディ
してもらえるようにするためである。誰でも簡単に
スカッションを行うパーティだ。
参加でき,友人を作ることができるようなテーマや
テーマ内容としては「最近面白かった本は何?」,
「英語で喋ろう」
,「六本木ライブラリーで何をしてい
ますか?」,
「フランス人とのビジネス」等が挙げられ,
約500名が参加した。昨今と異なり,まだ「つながり」
ファシリテーターとのコミュニケーションについて
も,日々試行錯誤しながら経験を重ねてきた。
5. 常に新しいイノベーションが生まれる場
がトレンドになっていない頃であったので,ライブ
ラリー事務局は六本木ヒルズの高層階から夜景を眺
より常設的なメンバー間の情報共有の仕組みとし
められる会場や,スタイリッシュな軽食とアルコー
ては,
「メンバーズ・コミュニティ」を考案した。こ
ル,ギフトを無料で提供し,「他の人と “つながれる”
れは大学のサークルのようなイメージで,テーマご
のは先進的でお洒落なんだな」と他人とのつながり
とにライブラリーメンバーが主体となって講師を呼
ということに対して,参加者にポジティブなイメー
んできたり,自分たちで教え合う自主勉強会のよう
ジを持ってもらえるように努めた。
なものである。ふだん自分の周りにはいない,職業
これは,当初から継続的な情報共有コミュニティ
が六本木ライブラリー内にいくつも存在し,それぞ
や年齢の異なる人々と率直な意見交換を行い,長期
にわたって絆を深めていくことができる(図1)
。
れに発展していくことを目指してはいたが,そのた
めにはコミュニティの鍵となるファシリテーターや
一般のメンバーにつながりの具体例を理解していた
だき,良いイメージを持ってもらうことがまず欠か
せないと理解したからである。あえて一時的なパー
ティ形式で「つながり」を始めたのも,ファシリテー
ターの負担が数時間で済むためだ。ファシリテーター
は場の主として,自分の主張を展開するのではなく,
その場にいる誰もが気持ち良く発言し,自由にディ
スカッションできるようさまざまな配慮をしなけれ
ばならない。これを例えば1年も続けるのは大変だが,
短時間ならばその面白さを味わいつつも,それほど
の苦労はない。そのようなファシリテーター役に適
している人を見抜き,事務局側の意向とのすり合わ
せを行い,彼らをサポートするのも私たち事務局の
役割である。
その後このような大規模なパーティ形式のイベン
トとしては,
「おしゃべりパーティ」,「オトナの文化
祭」,
「Book Party」
(国際NGOであるルーム・トゥ・リー
ドおよびブックオフとのコラボレーション)等を毎
図1 メンバーズ・コミュニティの案内例(2011年9月現在)
551
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2011
vol.54 no.9
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一 番 最 初 に 誕 生 し た「 ブ ッ ク ナ ビ ク ラ ブ 」 は,
スムーズか等を確認することも多い。
2005年の「ネットワーキング・パーティ」でのディ
認定されたコミュニティはライブラリーのサイト
スカッションが恒常的に行われるようになったもの
等で次回の活動日,内容を告知することや,実施後
である。現在は毎月1回程度,第1土曜日等に会を行
のレポートを掲載することが義務付けられている。
い,自分が読んで面白かった本をお互いに薦め合う。
全ライブラリーメンバーが参加できること(人数制
事前に出席の予約は求められず,時間があればふらっ
限をしたり,特定のメンバーのみで集まることはで
と立ち寄るだけでいい。30名ほどが集まることが多
きない)や,外部参加者の制限,営利活動の禁止と
く,初参加者もコアメンバーたちのファシリテーショ
いったルールを順守していただく。参加者名簿を提
ンによって自分以外の人がどんな本を面白いと思っ
出していただき,会場の設営等も自分たちの手で行っ
ているのかということや,知らなかった本の情報を
ていただく。そしてこの認定は毎年度新たに更新す
楽しみながら得ることができる。
ることとし,変化するコミュニティの状況と事務局
その他のコミュニティとしては「個人事業研究会」
,
がライブラリーに望むものとのすり合わせを行いや
「英語で語ろう友の会」,「iPhone/Android研究会」等
すくした。このようなコミュニティの中からは起業
がある。都内の街歩きを行うコミュニティや「スポー
や書籍の出版,独立やさまざまなコラボレーション
ツ観戦しよう!」のように勉強会というよりもメンバー
が生まれている。
の自主アクティビティと呼ぶべき会も活動するよう
になってきた。
また,「1冊の本から情報を得るのと同じように,
人の頭の中から情報を得る」ために,
「リビングラ
これらのコミュニティについては,多くのメンバー
イブラリー」を数年にわたって開催していただいて
が貴重な情報を共有できるよう,かなり細かく活動
いる。これは,デンマークで始まった多様性を広げ
のサポートを行っている。まずメンバーズ・コミュ
るための活動で,日本では東京大学先端科学技術セ
ニティを立ち上げたいと思う個人は,メンバー限定
ンターの中邑賢龍教授が中心となって開催されてき
のライブラリーサイトにおいてコミュニティの募集
た。六本木ライブラリーにおける開催例は図2をご参
要項のページに赴く。ここには「メンバーズ・コミュ
照いただきたい。
ニティとは共通のテーマのもとに,メンバーが主体
となり,意見交換,勉強会などを行うグループ活動
です。六本木ライブラリーのメンバー相互の交流を
目的としており,活動を行うには六本木ライブラリー
事務局の認定を受けなければなりません」と,その
趣旨が明記されている。
この原則に賛同いただいた方から申請用紙を記入
して事務局にメールしていただいた後,事務局は面
談を行い,活動内容等について意見交換を行う。定
期的に開催することを前提としたメンバーズ・コミュ
ニティとなる前に,1回だけのイベントとして「メン
バーズ・サロン」(事前申し込み不要のおしゃべり会)
を開催していただき,テーマがメンバーの多くにとっ
て魅力的なものか,主催者のファシリテーションが
552
図2 六本木ライブラリーにおけるリビングライブラリーの開催
例(http://www.academyhills.com/note/report/LT110112.html)
組織を離れた個人のためのコワーキングの場
6. おわりに―コワーキング・スペースと
呼ばれて―
このところ日本の図書館業界では,インフォメー
ションコモンズ,ラーニングコモンズという名の下
に,伝統的な書籍を中心とした図書館にデジタル環
上述してきたように,私は「組織を離れた個人」
境とおしゃべりの場を組み合わせたような場を志向
のための場を創ってきた。これは企業や官公庁,学
する例が喧伝されている。しかしそれは企業図書館
校等の組織に属する実質的なメリットや精神的な帰
においては何十年も前から実践されてきたことでは
属感が多くの日本人にとって今でも大切なものであ
ないか。何ひとつ目新しいものがあるとは思えない。
ると考えているからである。そのような組織がなく
にも関わらず欧米を発祥とするコワーキング3) とい
なってしまった人こそ,自分で意図的にコミュニティ
う言葉が,図書館以外の日本社会においても流行語
やネットワークを構築していかなければならない。
となり,そのようなサービスを提供する場がいくつ
人にはつながり,コミュニティが必要だからだ。こ
も現れているという現実こそ,企業図書館が何かを
れをベースに情報共有とイノベーションが生まれる。
怠ってきたことを示していると思われてならない。
だからこそ,企業図書館に対する一番のメッセー
私が六本木ライブラリーで実践してきたことも,昨
ジはこのようにバラバラの個人でなく企業というコ
今はコワーキングの先達としてとらえられることも
ミュニティを持つことは大きなアドバンテージにな
多い注2)。しかしそれは結果としてそう理解されてい
るということを認識していただきたいということで
るのであって,「どんなコワーキング・スペースを作
ある。昨今の世界的な「つながりブーム」は,人は
ろうか」と人真似をして考えたわけではない。
どこかに所属しているという実感を求めていること
多くの人々の情報・知識・経験を収集し,整理し,
を表している。コミュニティの中にあるライブラリー
公開することによって新たな知,イノベーションを
こそ,知の共有・シェアに最も適した場ではないだ
生むというサイクルがライブラリーの本質である。
ろうか。
これを自信を持って回し続けるべきだと思う。
本文の注
注1) 例えば,岸本章弘『NEW WORKSCAPE―仕事を変えるオフィスのデザイン』
(弘文堂, 2011)や,
「日
経ニューオフィス賞」(http://www.nopa.or.jp/prize/index.html)等を参照。
注2) 「日本でも広がってきた新しいシェアのスタイル「コワーキング(Coworking)
」その現状と国内最先
端事例5選」
(http://blogs.itmedia.co.jp/socialreal/2011/08/coworking-5-dc7e.html)
「世界で拡がる「コ
,
ワーキング・スペース」というムーブメント,新しい働き方のスタイル。
」
(http://gendai.ismedia.jp/
articles/-/1614)等を参照。
参考文献
1) ニューヨークタイムズ編. ダウンサイジング オブ アメリカ―大量失業に引き裂かれる社会. 矢作弘訳. 日
本経済新聞社, 1996.
2) 小林麻実.「学習する組織」のための情報リテラシー . 情報の科学と技術. 2002, vol. 52, no. 11, p. 580-585.
3) “Coworking” . Wikipedia. http://en.wikipedia.org/wiki/Coworking, (accessed 2011-09-27).
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Author Abstract
This article overviews the ideals and practices of the Academyhills Roppongi Library opened in Tokyo in 2003
as a first-of-its kind private membership library. With the mission of helping individuals create innovation by
letting them share knowledge, experiences and other achievements of our predecessors and contemporaries,
the library provides members of society with a venue or a space where to promote new learning and foster
collaboration. All kinds of efforts have been made ever since the launch of service to help institutionallyindependent individuals establish personal links to each other and share information, well before the new
words “learning commons” and “coworking” came in.
Key words
library, information, community, coworking, learning commons, information sharing, innovation
554
NLM DTDからJATSへ
NLM DTDからJATSへ
日本語学術論文のXML編集
From NLM DTD to JATS
XML for scholarly articles in Japanese
時実 象一1 井津井 豪2 近藤 裕治2 鶴貝 和樹2 三上 修2 野沢 孝一3
堀内 和彦3 大山 敬三4 家入 千晶5 小宮山 恒敏5 稲田 隆6 竹中 義朗6
黒見 英利7 亀井 賢二8 楠 健一8 中西 秀彦8 林 和弘9, 10 佐藤 博11
TOKIZANE Soichi1; IZUI Go2; KONDO Yuji2; TSURUGAI Kazuki2; MIKAMI Osamu2; NOZAWA
Koichi3; HORIUCHI Kazuhiko3; OYAMA Keizo4; IEIRI Chiaki5; KOMIYAMA Tsunetoshi5; INADA
Takashi 6 ; TAKENAKA Yoshiro 6 ; KUROMI Hidetoshi 7 ; KAMEI Kenji 8 ; KUSUNOKI Kenichi 8 ;
NAKANISHI Hidehiko8; HAYASHI Kazuhiro9, 10; SATO Hiroshi11
1 愛知大学(〒441-8522 愛知県豊橋市町畑町1-1)Tel : 0532-47-4467 E-mail : [email protected]
2 株式会社アトラス
3 アルテック株式会社
4 国立情報学研究所
5 小宮山印刷工業株式会社
6 三美印刷株式会社
7 株式会社サンビプロダクトセンター
8 中西印刷株式会社
9 社団法人日本化学会
10 科学技術政策研究所
11 日本プリプレス株式会社
1 Aichi University (1-1 Machihata-cho Toyohashi-shi, Aichi 441-8522)
2 ATLAS Co., Ltd.
3 Altech Co., Ltd.
4 National Institute of Informatics
5 Komiyama Printing Co., Ltd.
6 SANBI Printing Co., Ltd.
7 SANBI Product Center Co., Ltd.
8 Nakanishi Printing Co., Ltd.
9 Chemical Society of Japan
10 National Institute of Science and Technology Policy
11 J Prepress Co., Ltd.
原稿受理(2011-09-28)
情報管理 54(9), 555-567, doi: 10.1241/johokanri.54.555 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.555)
著者抄録
現在海外では科学技術医学分野における主要学術雑誌の論文はほとんど P D F とともに H T M L でオンライン公開されて
いる。これらは内部的には各種 S G M L または X M L で編集されているが,外部に対しては,ほとんど米国医学図書館
(National Library of Medicine: NLM)
が策定した NLM DTD
(NLM Journal Archiving and Interchange Tag Suite)
にしたがっ
た X M L で流通している。しかし日英混在の書誌・抄録・引用文献情報を持つわが国の多くの学術論文は,英語世界で
555
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生まれた NLM DTD で適切に XML で表記することができなかった。筆者らはこの NLM DTD を,日本語を含む多言語に
対応できるよう拡張するためのワーキング・グループ SPJ(Scholarly Publishing Japan)を結成し,米国の NLM DTD
ワーキング・グループと連携しながら検討・提案を行った。その結果は 2011 年 3 月に NISO(National Information
Standards Organization)の JATS(Journal Article Tag Suite)0.4(NLM DTD 3.1 が移行)における多言語機能として公
開された。本稿では,学術論文における SGML,XML などマークアップ言語の利用の歴史を振り返るとともに,SPJ の
活動の経緯,実現した JATS 0.4 の概要について述べる。
キーワード
マークアップ言語,XML,SGML,NLM DTD,JATS,学術論文,電子ジャーナル,SPJ,多言語表現,J-STAGE
1. はじめに
である2)。それまでの組版言語と異なるのは,それが
単に画面上のスタイルだけでなく,タイトル,著者名,
学術情報流通では欧米を中心にX M Lが広く利用さ
抄録,本文などの文書構造を表現しているところに
れている。しかしわが国ではまだX M Lの利用は端緒
ある。これは百科事典の製作や政府文書など構造化
についたばかりである。本稿ではX M Lの概要と,学
が必要な書類に採用され,利用が広まった。
術情報流通におけるN L M D T Dの歴史とその役割,
N L M D T Dの日本語対応のためのワーキング・グルー
しかしSGMLは,タグの省略が許され,また文書型
定義でタグ付け記号も変更できるなど,外部とのデー
プS P Jの活動と,その成果としてのJ AT S 0.4(N L M
DTD 3.1に対応)の策定,今後の課題について述べる。
2. XMLとは
2.1 マークアップ言語とは
マークアップとは文書のスタイル付けのことであ
り,印刷工程においては組版指定のことである。例
えば英文では,「TR36b/c」と書けば “Times Roman
36 point bold,centered” の意味であり,和文では「本
文8ポ2段 組,1行25字 ×45行, 行 間5号2分, カ ン マ
とピリ」のように指定する(図1)。
コ ン ピ ュ ー タ ー を 用 い た 組 版 言 語 に はR u n o f f,
Scribe,LaTeX,PostScriptなどがある。SGML,XML,
HTMLも元々は組版言語から出発している。
2.2 SGML,XML,HTML
XMLの前身はIBMのGoldfarbなどが1969年に開発し
たSGML(Standard Generalized Markup Language)
556
図1 組版指定の見本1)
NLM DTDからJATSへ
タ交換を意識した設計になっていなかった。また
て集まったところから始まっている。N L Mからは
SGMLを使うには,その文書構造(タグとその使い方)
N C B IのメンバーやN C B IのコンサルタントM u l b e r r y
などをあらかじめ定義するD T D(D o c u m e n t Ty p e
Te c h n o l o g i e s,メロン財団のプロジェクトからは,
D e f i n i t i o n)が必要であるが,その開発も容易でな
受託したハーバード大学やそのコンサルタントで
かった。そこで終了タグを必須とするなど文法を厳
あったInera Inc. が参加している。
密化し,文書型定義なしでも外部とのデータの交換
D T Dを作成するにあたっては2つの考えがあった。
ができるようにしたものがXML(Extensible Markup
すなわち,
(1)電子ジャーナルアーカイブのような
Language)と考えることができる。この結果,XML
目的には,多くの要素がオプショナルで,記述の順
は情報の交換や保存形式として発展した。次項で説
序も自由であり,他のS G M Lや他のX M Lから簡単に
明するように,NLM DTDが開発されたのもまさにデー
変換できるようにするか,
(2)あるいは出版目的に
タの交換と保存のためにX M Lを利用しようとしたか
は,もっと記述方法を厳格にし,必須要素も多くし
らである。
て,それに基づいて新規X M L文書を製作できるよう
一方T i m B e r n e r s - L e eが1989年に開発したH T M L
なものにするか,という対立である。これについて
(HyperText Markup Language)はSGMLの考え方を
は無理に1つにまとめることはやめようということ
引き継ぎながらも,ハイパーリンクを主目的として
で,前者がJournal Archiving and Interchange DTD
大幅に単純化したもので,インターネットが発展す
(Green,より緩やかなDTD)となり,後者がJournal
るための重要なきっかけとなった。
なお,学術出版におけるSGMLとXMLの歴史につい
3)
てはRosenblumの記事がある 。
3. NLM DTD
P u b l i s h i n g D T D(B l u e,より厳格なD T D)となっ
た。メロン財団の雑誌アーカイブ・プロジェクトは
Porticoが引き継ぎ,前者のDTDを実用化することと
なった7)。
ところでアーカイブする場合も,中身のデータだ
け保存するという考えと,句読点も含めてそのファ
3.1 NLM DTDの誕生と発展
イル全体を保存するという考えがある。例えばキー
この項は国立医学図書館(N a t i o n a l L i b r a r y o f
ワードの区切りのセミコロンも保存したいという人
Medicine: NLM)のJeff Beck4)の発表を基にしてい
もいる。そこでArchiving 2.0では <x> タグが導入さ
る。Jeff Beckは現在米国情報標準化機構(National
れ,図xのように句読点も記述できるようになった。
Information Standards Organization: NISO)の
すなわち,よりGreenに(自由に)なったといえる。
Standardized Markup for Journal Articles Working
<kwd-group>
Group5)の共同議長(2名)のひとりである。このワー
<title>Keywords: </title>
キング・グループには,NLMのほかInera,Portico,
<kwd>DNA analysis</kwd><x>; </x>
Microsoft,Atypon,HighWire Pressなどからの専門
<kwd>gene expression</kwd><x>; </x>
家が参加している。
<kwd>parallel cloning</kwd><x>; </x>
Beckによれば,NLM DTDの開発は,NLM内の国立
<kwd>fluid microarray</kwd><x>.</x>
バイオ技術情報センター(N C B I)におけるP u b M e d
</kwd-group>
C e n t r a l改良計画と,メロン財団が援助した,学術
その後Publishing Tag Setは制約が強すぎるという
雑誌の電子的アーカイブ・プロジェクト6) の2つの
意見が出て,その制約を緩める方向となり,それを
事業の担当者が共通のX M L D T Dを開発しようとし
補うためもっと制約の強いAuthoring Tag Setが作ら
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れた。こうしてArchiving,Publishing,Authoringの
多言語サポートとアクセシビリティのサポート(エ
3つのタグセットがモデルとして作られたので,これ
レメントとアトリビュートの追加)が主なものであ
を総称して,NLM Journal Archiving and Interchange
る。このVersion 3.1は2011年3月にNISOのJATS 0.4(素
Ta g S u i t eと呼んだ8)。各タグセットの説明を表1に
案)として公表された10)。
示した。また版の歴史は表2のとおりである。なお
PubMed CentralはNLM DTD のユーザーであり,出版
社にはJournal Publishing Tag Setによる製作を推奨し
ている9)。
3.2 NLM DTDの利用状況
NLMのBeckが最近JATSについての調査を行ったと
ころ4),公開されたDTDをそのまま使っているところ
なおV e r s i o n 2.3までは下位互換性が保たれてお
9社,サブセットを使っているところ5社,スーパー
り,古い版で記述したX M Lが新しい版で読めたが,
セットが5社,
参考にしている(informed)が4社であっ
Version 3.0では一部互換性がなくなった。
た。
2009年の暮れにN L M D T Dワーキング・グループ
Inera社のRosenblumは自社の製品(eXtyles)を利
を引き継いだ形でNISOのJATSワーキング・グループ
用している出版社やデータベース製作者のN L M D T D
(Standardized Markup for Journal Articles Working
の利用状況を分析した11)。それによれば,出版社に
G r o u p)が結成され4),ここでは2008年に作成され
よるXML導入年と利用した版は図2のとおりでVersion
たNLM DTDのVersion 3.0を,利用者の希望を反映し
2.3の利用が一番多いが,2010年よりVersion 3.0の利
て改良するという作業を行うことになった。そのメ
用が立ち上がっている。2006年以降利用が増加して
ンバーは表3のとおりである。新しいVersion 3.1は旧
いるのは,米国国立衛生研究所(National Institute
バージョンへの下位互換性をもつ小規模改良であり,
of Health)が2005年からその助成研究の成果論文を
PubMed Centralにデポジットするよう求めた12)こと
表1 NLM Journal Archiving and Interchange Tag Suite の
タグセット7)
と,この頃からN L M D T Dに対応したツールが多く出
回ったためとされている。また出版社によるタグセッ
トの種類は図3のとおりであり,当初はA r c h i v eが多
説明
Archiving and Interchange Tag
Set
アーカイブが既存の冊子体やタグ付けされた雑誌
記事の構造や意味要素をできるだけ容易に保存
することを目的とし,特別の順序やテキスト形式に
モデル化することをしない。
Journal Publishing Tag Set
特定の出版社の方式から独立して,コンテンツを
標準化して受け入れ,アーカイブすることを目的と
する。
Article Authoring Tag Set
新規の雑誌記事を執筆するためのもので,コンテ
ンツの標準化と管理が重要となる。
NCBI Book Tag Set
NCBI のオンライン・ライブラリー用
かったが,現在はPublishingが主流になっている。こ
れはPubMed CentralがPublishingを採用しているこ
との影響が考えられる。
また文字エンコードは最近はUnicodeがほとんど,
数式は画像またはM a t h M L,表はH T M LとC A L Sが利
用されている。また組版にはF r a m e M a k e r,3B2と
表2 NLM DTDとJATSの版("○" は作成されているタグセット)
Archiving and
Interchange
(Green)
Journal
Publishing
(Blue)
Version 1.0
2003/3/31
○
○
Version 1.1
2003/11/5
○
○
NCBI Book
(Purple)
表3 JATSワーキング・グループ(Standardized Markup for
Journal Articles Working Group)メンバー 4)
Version 2.0
2004/12/30
○
○
Version 2.1
2005/11/14
○
○
○
○*
Version 2.2
2006/6/8
○
○
○
○*
Version 2.3
2007/3/28
○
○
○
○
Version 3.0
2008/11/21
○
○
○
○
JATS 0.4
2011/3/30
○
○
○
* 公開日は他のタグセットと異なる
558
Article
Authoring
(Pumpkin)
InDesignが多用されているが,一部Wordから作成し
○*
共同議長
Jeff Beck (NLM), B. Tommie Usdin (Mulberry Technologies)
メンバー
Thomas Dowling (OhioLink), Beth Friedman (DCL), Kathryn Henniss (HighWire),
Laura Kelly (NLM), Deborah A. Lapeyre (Mulberry Technologies), Nikos
Markantonatos (Atypon), John Meyer (Portico), Evan Owens (AIP), Wendy Queen
(Johns Hopkins University Press), Bruce Rosenblum (Inera), Nate Trail (Library of
Congress), Alex Wade (Microsoft)
NLM DTDからJATSへ
4.2 日本化学会雑誌のSGML化とXML化
日本化学会ではその凸版印刷などとの協力で欧文
誌『Bulletin of the Chemical Society of Japan(BCSJ)
』
を1993年1月号からS G M Lで作成し,L a T e Xで印刷を
行った17)-19)。ここでは化学論文に特有な化学反応式
の表現や元素記号の上付き,下付きなどにも対応し
図2 出版社が用いているNLM DTDの版(Rosenblum11))
た。日本化学会は,このデータを用いて1998年より
HTML全文をオンライン公開している。このプロジェ
クトは2001年にFrameMakerとSGMLのシステムに移
行したが,結局製作コストが問題となり,2003年か
らはS G M Lをやめ,T e Xと3B2を用いた製作工程に移
行した19)。このT e Xはレイアウト情報は持たず,一
定の構造化が行われて,必要に応じてX M Lに変換で
きるようにした。同学会の『Chemistry Letters』は
先行して2002年よりこのシステムに移行している。
図3 出版社が用いているNLM DTDのタグセットの種類
(Rosenblum11))
こうしてS G M Lはいったん放棄されたが,I n e r a社の
eXtylesというツールを利用することにより,Word原
稿からNLM DTDに準拠したXMLを書き出すことに成
たPDFも利用されているとのことであった。
4. 日本でのSGML/XML編集の歴史
功し,これを3B2で組版する工程を『BCSJ』誌に対し
て2009年1号より切り替えた20),21)。このX M Lを利用
して2010年3月号より同誌のe P u bファイルの試験公
開を行っている22)。
4.1 SGML編集の実験的試みとSGML普及活動
情報知識学会が1990年末に『情報知識学会誌』を
4.3『情報管理』誌のSGML化
創刊した際,凸版印刷の協力により,そのSGML編集
科学技術振興機構(J S T)が発行する情報誌『情報
13),14)
。また学術情報センター(現国立情報
管理』は,1999年4月よりS G M Lを利用した編集を開
学研究所)でも,同じく凸版印刷の協力により1991
始し,同時にオンライン版の試験公開を実施した23)。
年に理工学系学会の論文を集めてS G M L実験誌を作
そのためJICST-DTDを開発した。入稿データ(一太郎)
成している15),16)。一方慶應義塾大学の三田情報セン
をツール(JICSTタガー)を使ってタグ付けしてSGML
ター(図書館)では,大日本印刷と共同で,三田商
化し,Interleaf5<SGML>で自動組版を行った。この方
学会の欧文誌と和文誌のS G M Lを試作した17)。なお
式は2001年4月に同誌がJ - S TA G Eに登載されるまで行
情報知識学会は1996年からS G M Lフォーラム(後に
われた。
を試みた
「S G M L / X M L研修フォーラム」)を開催して各方面に
おけるSGMLとXMLの普及を行った(2004年で終了し,
「情報知識学フォーラム」に引き継がれた)。
4.4 医療情報学連合大会のXML編集
医療情報学連合大会では1996 ~ 1997年の大会に
おいてJ S Tの協力により原稿のマークアップを試行し
た。その後2000年の大会の論文集において,著者に
559
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XMLデータを作成してもらい,これをツールでチェッ
高まっている。J - S T A G Eとしても,欧米主要雑誌と
クするシステムを開発した24)。作成したデータか
肩を並べるためには全文HTML公開は欠かせないとし
らは印刷用のPostScriptデータとCD-ROM用のHTML
て,2012年春公開の次期システムではX M Lを本格採
データ(CSS利用)を作成した。
用すると聞いている。電子書籍への関心の増大も相
まって,ようやくわが国でもX M Lの本格利用の機運
4.5 J-STAGEにおけるSGMLとXMLの利用
JSTの電子ジャーナルプラットフォームJ-STAGEは
1999年10月に運用を開始した。ほとんどの掲載記事
が高まっている。
5. XML多言語化の必要性と障害
はPDFであったが,この開発に関与していた筆者(時
実)の記憶では,全文H T M L化の必要性は当初から
5.1 多言語化の必要性
意識していた。J S Tは前記のように『情報管理』誌
科学技術論文の主流は英語であるとはいえ,日本
のためのS G M L製作工程を開発しているが,一方で
を含め多くの国で自国言語による学術発表は行われ
「医療情報学連合大会予稿集」のためのFrameMaker
ている。このような自国言語の発表の場合,しばし
+SGML編集システムも開発していた。J-STAGEでは
ば英語(またはローマ字)による書誌事項や抄録の
JICST-DTDを基礎としてJ-STAGE用のDTDも開発し,
併記が行われる。
FrameMakerを用いた工程を開発することとした25)。
JSTが定める科学技術情報流通技術基準(SIST)08「学
このD T Dを用いて約100誌が書誌事項等を作成し,
「論文本文の言語以外
術論文の執筆と構成」30)では,
公開している。また2000年にX M Lの検討を開始し,
に,国際的に広く通用する言語による標題を付記す
26)
,適当な組版
る」
(5. 1(c)
)
,
「論文本文の言語以外に,欧文表記の
ツールが存在しなかった,などの理由で採用には至
著者名を付記する」
(5. 2(c)
)
,
「論文本文の言語以外
らなかった。その後,SGML用のDTDを拡張して全文
に,欧文表記の正式な所属機関名と所在地を付記す
X M L用のD T Dを再度定義し,それにしたがったX M L
る」
(5. 3(h)
)
,
「抄録は,本文と同一の言語で記載
を作成した3誌が2004年から全文H T M Lで公開されて
する。国際的に広く通用する言語の抄録を付記する」
D T Dを開発,試行ツールも作ったが
いる27)。なおJ-STAGEでもPubMedやCrossRefへの書
(5. 4(b)
)などと多言語での表記が推奨されている。
誌事項や引用文献データのデポジットはX M Lで行っ
科学技術分野ではこの慣習はかなり浸透していると
28),29)
ているが
,内部データがXMLであるのではなく,
送付時に変換を行っている。
思われる。
多言語表記のニーズは日本語や中国語,朝鮮語,
ギリシャ語,ロシア語など非ラテン文字語圏に限ら
4.6 XMLの必要性の高まり
このように,わが国の学術出版ではX M Lはほとん
ど利用されてこなかった。その理由は,学会が電
れるわけではなく,ラテン文字を用いる欧州でも,
元の言語による表記(例えばドイツ語のFlügel)と索
引用の英語表記(Fluegel)の併記が必要である。
子ジャーナルのH T M L公開の必要性をさほど感じな
かった,製作を担当している印刷会社が一部を除き
560
5.2 NLM DTD 3.0での多言語記述の方法
スキルがない,コストが高い,などさまざまであ
前述のように,学術論文においてはN L M D T Dが世
る。しかし近年医学系の学術雑誌を中心に,PubMed
界標準となっているが,最新のVersion 3.0において多
C e n t r a lへの全文デポジットをしたいとの要望が高ま
言語を記述する(例えば日本語著者名とローマ字著
り,そのために全文X M Lを作成したいとのニーズが
者名を併記する)ことは困難である。たしかにN L M
NLM DTDからJATSへ
DTDには言語属性@xml:langがあるが,これを使って
も下記のような問題がある。
(1) 記事タイトル <article-title> タグを2つ以上持た
せることができない。
したがって多言語を記述するには <trans-title> を
<title-group>
<article-title xml:lang=”en”>Challenges and Changes of Secondary
Information Databases Overseas</article-title>
<article-title xml:lang=”ja”>海外二次情報データベースの最近の動向
</article-title>
</title-group>
図4 NLM DTD 3.0ではこの例のように記事タイトル
<article-title> を2つ書くことは禁止されている
用いることになるが,これはもともと翻訳記事にお
ける元の記事のタイトルを記載するためのもので,
使用目的が異なる。図4は期待されるタグの使い方で
あるが,これは禁止されている。
(2) 著者名 <name> タグに言語属性(@xml:lang)
を持たせることができない。
図5は期待される言語属性の使い方であるが,これ
も禁止されている。
<contrib-group>
<contrib contrib-type="author">
<name xml:lang=”en”><surname>Nihon</surname>
<given-names>Taro</given-names>
</name>
<name xml:lang=”ja” ><surname>日本</surname>
<given-names>太郎</given-names>
</name>
</contrib>
図5 NLM DTD 3.0ではこの例のように著者名<name>タグに
言語属性(@xml:lang)を記載することは禁止されている
5.3 既存の対応策例
(1) 著者名 <name> タグについては言語属性が使え
ないので,代わりに著者名の表記スタイル(@
n a m e - s t y l e)を指定することにより区別を試
みた例がある(図6,A t y p o n社31))。しかし@
name-styleは,本来表示の時の姓名の順序(姓
が先か,名が先か)を指定するもので,その言
語を示すものではないので,この使い方は適切
ではない。
(2) 米国物理学会(American Physical Society: APS)
はNLM DTDではなく,独自のSTDを用いている
が,そこで <native-name> というタグを定義し,
『Physical Review Letters』上で著者名の多言語
表記を行っている(図7)32)-34)。
<contrib-group>
<contrib contrib-type="author">
<name name-style="western"><surname>Nihon</surname>
<given-names>Taro</given-names>
</name>
<name name-style="eastern"><surname>日本</surname>
<given-names>太郎</given-names>
</name>
</contrib>
図6 @name-styleでローマ字著者名と日本語著者名を
区別した例(Atypon社31))
<author affref="a1 a2">
<givenname>Haozhao</givenname>
<surname>Liang</surname>
<native-name lang="chitdr">梁豪兆</native-name>
</author>
図7 著者名で <native-name> を使った例(米国物理学会34))
なおわが国でも小宮山印刷が独自に日英表記を検
討していた。
6. SPJの活動
モアで開かれた学術出版協会(Society for Scholarly
Publishing: SSP)の年会に出席したが,その際Inera
社のBruce RosenblumからNLM DTDのワーキング・
グループにおいて多言語化が話題になっているとの
6.1 SPJの立ち上げと活動
情報を得た。R o s e n b l u mからは,この議論の中で,
2009年にJ - S TA G Eの次のバージョンの開発の要求
日本の要望を取り入れていきたいとの発言があった。
定義が始まったが,そこではX M Lを採用するという
そこで時実はこの問題を科学技術情報流通技術基
ことが決まっていた。時実は2009年6月に米国ボルチ
準(SIST)で検討してもらえないか,と2009年6月に
561
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J S Tに申し入れたが,S I S Tの先行きが不透明であるこ
(1)2010年4月5日付け提案
とも理由と思われるが,色よい反応は得られなかっ
前提として,
た。そこで時実は日本化学会の林と相談し,日本で
a. 日本語だけでなく,多言語をサポートする。
ワーキング・グループを立ち上げて,そこでN L M
b . 将来の日本語独自の拡張も意識し,なるべく構
D T Dワーキング・グループへの要望をまとめること
とした。N L M D T Dワーキング・グループとの連絡
については,メンバーであるInera社のRosenblumと
Atypon社のNikos Markantonatosにお願いした。
林と時実が関係者と連絡をとった結果,第1回会
合が2010年3月1日に日本化学会で開かれた。参加し
たのは日本化学会の林,愛知大学の時実,日本プリ
プレスの佐藤,アルテックの野沢,小宮山印刷工業
の家入,三美印刷の竹中と稲田,サンビプロダクト
センターの黒見,中西印刷の中西,アトラスの三上,
井津井,星野,であった。この会合でこのグループ
の名前をSPJ(Scholarly Publishing Japan)とするこ
ととした。第3回会合(2010年5月13日)からはJ S T
の久保田(オブザーバー),国立情報学研究所(N I I)
造的な表現とする。
c . 言語属性と表記属性を同時に表現する必要があ
る。
とし,そのためには
a. rootで@article-typeの宣言を行って,記事の言語
を設定する。
b. <name> タグに@xml:langを許し,またふりがな
の記述のため@lang-expressionを新設する。
c . 本文の多言語表記のため < s u b b o d y > を新設す
る。
d . 引用文献の多言語表記のため < c o m p o u n d element-citation> などを新設する。
などを提案。
(2)2010年6月17日付け提案
の大山が参加した。国立国会図書館にも参加を打診
a. <abbrev-journal-title>,<journal-subtitle>,
したが,多忙とのことで見送られた。表4のように,
<journal-title>,<response>,<sub-article> の
2011年4月までに都合8回の会合を開き,多言語表現
各要素ではlangの既定値が"en"と設定されている
の検討を行い,サンプル・データや提案をN L M D T D
ため,<article> で言語を指定してもその指定が
ワーキング・グループに送付した。
及ばない。この既定値を廃止。
b . 雑 誌 名, 出 版 社 名 な ど 雑 誌 メ タ デ ー タ
6.2 主な成果
(<publisher-name>, <publisher-loc>, <series>,
SPJがNLM DTDのワーキング・グループに送った「提
案」は以下のとおりである。
<series-title>, <series-text>)の多言語化。
c . 漢字・片仮名・平仮名の区別のため,I E T F R F C
564635)にしたがい,j a - K a n aなどの記述を採用
表4 SPJの活動記録
する。
d. 著 者 所 属 機 関 と の リ ン ク の た め <xref> を
年月日
562
主な成果
<name> の直後に記述できるようにする。
2010/3/1
多言語の XML を作成する上での問題点を議論
2010/4/5
著者名,本文,引用文献について多言語表記案を作成,提案
2010/5/13
多言語サンプルについて検討
2010/6/17
著者名,雑誌メタデータ,所属機関,xref の使い方,キーワー
ドなどの多言語表記案を作成,提案
2010/12/6
id 属性について検討,提案
2011/1/13
NLM DTD3.1案について検討
れたJournal Article Tag Suite Conference(JATS-Con)
2011/2/14
著者と所属機関の対応が 1 対 1 でない場合の表記について
検討,提案
でMulberry TechnologiesのDeborah A. Lapeyreによっ
2011/4/5
J-STAGE3 の XML DTD 案について検討
て,初めて非公式ながら紹介された。この草案には
NLM DTDワーキング・グループではSPJの提案を参
考として,2010年9月30日にTag Set 3.1 Draftを作成
した36)。この草案は,同年11月1 ~ 2日にN L Mで開か
NLM DTDからJATSへ
S P Jが送ったサンプル・データが使われており,S P J
では,上位の言語指定(例えば" j a ")が自動的に引き
に対して協力への感謝が述べられた。すべてのデー
継がれることになった。これにより言語属性値が矛
タ項目で多言語化を実現するというS P Jの要望は,草
盾するというような事故が少なくなると予想される。
案の中で基本的に実現されたが,実現方法について
は必ずしも提案のとおりとはなっていない。この草
案に対してさらに次の提案を行った。
(3)2011年1月11日付け提案
ドラフト案では <aff-alternatives> の中で@idが複
(2)繰り返し項目の拡張
< k w d - g r o u p >,< n o t e s >,< o p e n - a c c e s s >,
<publisher-loc>,<publisher-name>,<series-text>
などが繰り返し可能項目となったので,例えば,
<kwd-group xml:lang="en">
数回記載されているが,これは煩雑なので,< a f f -
alternatives> のレベルでのみの記載とする。
</kwd-group>
なおこのTag Set 3.1はNISOの規格となることとな
<kwd>heated air</kwd>
<kwd-group xml:lang="ja">
り,前述のように2011年3月17日にはJournal Article
Tag Suite(JATS)0.4として公表された10)。これは試
</kwd-group>
行規格であり,2011年3月30日から9月30日までの期
のように複数の言語のデータを記述できるように
間に試行して問題がなければJATS 1.0になる予定であ
る37)。
7. JATS 0.4の概要
<kwd>加温空気</kwd>
なった。
(3)ラッパー
著者名と所属機関において,同一の実体に対して
複数の言語のデータを記述できるように,< n a m e alternatives> と <aff-alternatives> がラッパー要素と
JATS 0.4(NLM DTD 3.1)はNLM DTD 3.0に対して
して追加された。これにより,同一人(同一機関)
後方互換性があるので,3.0で作成した文書はJATS 0.4
の異なった言語や表記による表現を並べて書くこと
でも有効である。主な変更点は多言語化とアクセシ
ができることになった(図8)。
ビリティ対応なので,その点を特に説明する。
ここでは < n a m e - a l t e r n a t i v e s > の中に < n a m e
name-style="eastern" xml:lang="ja-Jpan"> と
7.1 多言語化
JATS 0.4では多言語化のため,次のような拡張がな
された38)。
(1)@xml:lang
言語属性を指定するx m l : l a n gがほとんどすべての
し て 漢 字( 仮 名 ま じ り ) 名 が,< n a m e n a m e style="western"xml:lang="en"> としてローマ字名が,
<name name-style="eastern" xml:lang="ja-Kana"> と
してカタカナ名が記載されている。また対応する所
属機関も <aff-alternatives> の下に,和名と英語名で
要素で使えるようになった。これまでは雑誌名,著
記載されている。" j a "はI S Oの言語コード39),J p a n,
者名や所属機関名に言語属性指定ができなかった
Kana,Hiraはインターネット番号管理機関(Internet
が,これができるようになったことにより,著者
Assigned Numbers Authority: IANA)で登録している
名や所属機関を多言語で表現することが可能となっ
,
「カタ
サブタグ40)で,それぞれ「漢字仮名まじり」
た。なお3.0までは,論文の言語が日本語であっても,
カナ」
,
「ひらがな」を示している。
xml:langのデフォルト値はすべて"en"なので,いちい
ちxml:lang="ja"を書く必要があったが,今度はデフォ
ルト値"en"は <article> でだけで有効で,下位の要素
7.2 アクセシビリティ
アクセシビリティとは,視覚障害者などでも情報
563
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(2)ふりがな記述を可能に
ふりがなについては過去にJATSワーキング・グルー
プでも検討されたが,具体的な要望がないとの理由
で見送りとなっていたとのことである(S P Jでは要望
していたが,うまく伝わらなかったようである)
。そ
こで新たにふりがな記述用のタグの導入を提案した。
(3)非グレゴリー暦(和暦,イスラム暦など)の記
述方法の導入
古い学術文献では,引用文献の発行年に「昭和」
などの和暦を用いている例がある。これらは西暦に
読み替えが必要であるが,同時に元の記載を保存す
るための記述方法を提案した。
(4)引用文献の多言語化のための <ref-alternatives>
図8 <name-alternatives> を用いた,同一人の異なる表現の
記述(JATS 0.4より)
の導入
引用文献は基本的には著者名,雑誌名など各要素
ごとに多言語記述を行うことになっているが,中に
にアクセスできるようにすることで,わが国ではし
は英文表記と和文表記が対応していない場合もある
ばしば「バリアフリー」と呼ばれている。N L M D T D
上,レンダリングも面倒である。そこで丸ごと各言
では,これまでも図などについては <alt-text> で説
語で表記するため,<ref-alternatives> の導入を提案
明を付与することができた。今回属性@ a l tが導入さ
した。
れ,読み上げソフト等で利用できるようになった。
例えば <abbrev alt="D.A.S.H.">DASH</abbrev> と書
8.2 ガイドラインの作成
くと,DASHを「ダッシュ」と読むのではなく,
「ディー・
先に述べたように,各出版社とも,内部製作作業
エー・エス・エイチ」と読まなくてはいけないこと
には独自のDTDを用いている場合が多い。NLM DTD
がわかる。
はそうした内部システムとの対応をよくするために
8. 今後の課題
かなりの自由度を認めている。したがって,同じ
NLM DTDに基づくXMLといっても,実際のタグ付け
においてはかなりの違いがでてくる。これではX M L
8.1 JATS 0.4の改良提案
J AT S 0.4は試行規格であり,2011年9月30日までに
ラットフォームでは独自のガイドラインを作成して
一般からのコメントの募集を行った。SPJワーキング・
いる。例えばPubMed CentralではPMC XML Tagging
グループとしては以下の提案を行った。
G u i d e l i n e s9)を公表している。日本語まじりの学術
(1) グ ル ー プ 著 者 の 多 言 語 化 の た め の < c o l l a b alternatives> の導入
現在グループ著者(○○委員会)などの多言語表
564
データの交換上面倒なので,各電子ジャーナルプ
文献においてもこのようなガイドラインは必要であ
る。J-STAGEでもそのようなガイドラインの作成を進
めているが,S P Jとしてもこれとすり合わせながら,
記の手段がない。そのために <collab-alternatives>
より広範に適用できるガイドラインの作成を行って
の新設を提案した。
いる。
NLM DTDからJATSへ
9. おわりに
れた2011年3月末時点での実質的参加者を共著者とし
ている。
このプロジェクトは,民間のグループが海外のグ
最後に,SPJワーキング・グループは,前記JATSワー
ループと協力して国際的な規格を策定したという点
キング・グループのオブザーバーとして今後議論に
でも画期的なものである。S P Jはまず当初の課題を達
参加することが決定した。ワーキング・グループは
成したが,今後J AT S 0.4のさらなる改良や,出版者,
S P Jのこれまでの寄与を高く評価しており,当初正式
印刷会社等が共通で利用できるガイドラインなどの
メンバーとなることも考慮されたが,時差の問題も
検討を行う予定である。
あり,オブザーバーとすることとなった。今後はわ
S P Jワーキング・グループには2011年4月に丸善の
が国の要望を直接伝えて議論することが可能となっ
吉野知義が参加した。また参加各社においても会議
た。当面は上記改良提案も含めたJATS 1.0の正式版の
参加者の変動があったが,本稿ではJATS 0.4が公開さ
議論に参加する。
参考文献
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Vary Based on Publisher-Specific Requirements. Proceedings of the Journal Article Tag Suite Conference
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565
情報管理
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13) 情報知識学会誌. 情報知識学会. 1990, vol. 1, no. 1, 98p.
14) 石塚英弘. SGML による情報知識学会誌の編集印刷について. 情報知識学会誌. 1990, vol. 1, no. 1, p. 24.
15) SGML 実験誌. 学術情報センター . 1991, 70p.
16) 根岸正光. 電子原稿・電子出版・電子図書館-「SGML 実験誌」の作成実験を通して. 情報処理学会情報学
基礎研究会資料. 1991, p. 24-28.
17) 石塚英弘, 伊藤卓, 榎敏明, 千原秀昭, 中西敦男, 田中洋一. 日本化学会欧文誌のSGML形式全文データベース
の構築・印刷そして検索. 情報処理学会研究報告. 情報学基礎研究会報告. 1993, vol. 93, no. 39, p. 1-8.
18) 伊藤卓. 日本化学会欧文誌の全文データベース化と電子出版化への移行について. 化学と工業. 1993, v o l .
46, no. 1, p. 92-95.
19) 石塚英弘, 伊藤卓, 千原秀昭, 根岸正光, 中西敦男, 田中洋一. 全文検索システムのリーソースとしてのSGML
方式データベース. 情報処理学会研究報告. 情報学基礎研究会報告. 1994, vol. 94, no. 37, p. 29-34.
20) 林和弘, 門條司. 日本化学会論文誌の状況と電子ジャーナルの運用における考察. 情報の科学と技術. 2002,
vol. 52, no. 2, p. 94-99.
21) 林和弘, 中谷敏幸, 太田暉人. 日本の電子ジャーナル製作に関する諸考察と,NLM-DTD XMLを利用した電
子ジャーナル出版. 情報管理. 2009, vol. 51, no. 12, p. 902-913.
22) 林和弘. 日本化学会の論文誌事業の現況と XML の活用. 第 1 回 SPARC Japan セミナー 2010. http://www.
nii.ac.jp/sparc/event/2010/pdf/1/doc4_hayashi_20100623.pdf, (accessed 2011-08-22).
23) 森田歌子, 石黒裕康, 千葉吉一.『情報管理』誌 SGML 編集システム ― 冊子体,全文 DB・電子ジャーナル
の同時作成 ―. 情報管理. 1998, vol. 41, no. 6, p. 445-459.
24) 作佐部太也. 医療情報学連合大会におけるX M Lを用いた論文処理システム. 情報の科学と技術. 2002, v o l .
52, no. 8, p. 425-429.
25) 吉田幸二, 時実象一, 尾身朝子. J-STAGE:「科学技術情報発信・流通総合システム」
電子ジャーナル作成
とインターネットによる流通. 情報管理. 1999, vol. 42, no. 8, p. 682-693.
26) 白木澤佳子, 小原満穂, 尾身朝子, 清水卓彦. J-STAGE における XML への取り組みについて. 情報管理. 2001,
vol. 44, no. 2, p. 113-124.
27) 全文 HTML 公開のサポート. J-STAGE ニュース. 2004, 特別号, p. 2.
28) 久保田壮一, 植松利晃, 山崎匠, 近藤裕治, 時実象一, 尾身朝子. JSTリンクセンターを利用した電子ジャーナ
ルのリンクの現状. 情報管理. 2005, vol. 48, no. 3, p. 149-155.
29) 久保田壮一, 荒川紀子, 和田光俊, 近藤裕治, 小久保浩, 山崎匠. JSTリンクセンターの新機能─Googleとの連
携とJ-STAGEにおける論文の被引用関係表示. 情報管理. 2006, vol. 49, no. 2, p. 69-76.
30) 科学技術振興機構. SIST 08 学術論文の執筆と構成. http://sist-jst.jp/handbook/sist08_2010/main.htm,
(accessed 2011-07-17).
31) Georgios Papadopoulosからの私信.
32) Sprouse, Gene D. “Editorial: Which Wei Wang?”. Journals of the American Physical Society. http://publish.
aps.org/PhysRevLett.99.230001, (accessed 2011-04-09).
33) APS Journlas: Information about Author Names. https://authors.aps.org/names.html, (accessed 2011-0409).
34) Robert Kellyからの私信.
35) Tags for Identifying Languages. http://tools.ietf.org/html/rfc5646, (accessed 2011-10-23).
566
NLM DTDからJATSへ
36) Journal Publishing Tag Set Tag Library version 3.1 Draft. http://dtd.nlm.nih.gov/publishing/tag-library/3.1draft/, (accessed 2011-04-09).
37) “NISO Z39.96 - 201x JATS: Journal Article Tag Suite”. NISO. http://www.niso.org/apps/group_public/
project/details.php?project_id=93, (accessed 2011-07-20).
38) Lapeyre, Deborah Aleyne; Usdin, B. Tommie. Introduction to Multi-language Documents in NISO JATS.
Proceedings of the Journal Article Tag Suite Conference 2011 [Internet]. Bethesda (MD): National Center
for Biotechnology Information (US); 2011-09-26. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK62175/,
(accessed 2011-10-23).
39) “Codes for the Representation of Names of Languages”. Library of Congress. http://www.loc.gov/
standards/iso639-2/php/code_list.php, (accessed 2011-10-28).
40) Language Subtag Registry - IANA. http://www.iana.org/assignments/language-subtag-registry, (accessed
2011-10-23).
Author Abstract
Most of major scholarly journal articles overseas are published online in HTML as well as PDF. They are
internally processed in SGML and/or XML, but distributed externally mostly in NLM DTD (NLM Journal
Archiving and Interchange Tag Suite) that was developed and maintained by the US National Library of
Medicine (NLM). On the other hand, it has been very difficult to produce XML data in NLM DTD from Japanese
scholarly articles which have bibliographic data, abstracts and citation data both in Japanese and English,
because NLM DTD was born in the English-speaking world. The authors formed a working group, SPJ (Scholarly
Publishing Japan), and worked closely together with the NLM DTD working group in the US, and submitted
several proposal how NLM DTD could support multi-language articles. This effort resulted in the multi-lingual
features of NISO JATS (Journal Article Tag Suite) 0.4, formerly called NLM DTD 3.1, and was published in March,
2011. This article summerizes the history of markup languages such as SGML and XML in scholarly publishing,
activities of SPJ, and the overview of JATS 0.4.
Key words
markup language, XML, SGML, NLM DTD, JATS, scholarly article, electronic journal, SPJ, multi-lingual
expression, J-STAGE
567
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
December
http://johokanri.jp/
「単語セット」の作成と進化に基づく
テキストマイニング手法
M O T(技術経営)のためのテキストデータ解析
を事例として
Text mining technique based on the evolution of word set
Taking an example of text data analysis used for management of technology
菰田 文男1
KOMODA Fumio1
1 埼玉大学経済学部(〒338-8570 さいたま市桜区下大久保255)E-mail : [email protected]
1 Faculty of Economics, Saitama University (255 Shimo-Okubo Sakura-ku Saitama-shi, Saitama 338-8570)
原稿受理(2011-10-03)
情報管理 54(9), 568-578, doi: 10.1241/johokanri.54.568 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.568)
著者抄録
テキストデータの電子化とコンピューターの情報処理能力の向上は,構造化されていないテキストデータを解析し,価
値のある知識を取得することを可能にした。テキストマイニング研究の意義は,今後ますます高まることが予想され
ており,企業の技術経営(M O T)においては,事業の「選択と集中」など重要な意思決定を行う際の利用が期待され
ている。しかし,経営判断に影響を与えるような信頼性の高い知識を発見するためのテキストマイニング手法は,こ
れまで十分に確立されているとはいえない。そこで本稿では,テキストマイニングに人間の実際的な知識を効果的に
導入する手法を考案し,その手法が企業の意思決定に利用可能な知識を発見し得るかを検証した。具体的には量子ドッ
ト太陽電池を解析事例に取り上げ,テキストマイニングで抽出した単語に関連キーワードを組み合わせた「単語セット」
を作成,進化させる方法を示し,その有効性について論じる。
キーワード
テキストマイニング,単語セット,技術経営,技術予測,量子ドット太陽電池,特許公報,技術論文,プレスリリー
ス
1. はじめに
可能にした。テキストマイニングと呼ばれるこの手
法は,日本企業の技術経営(MOT: Management of
568
テキストデータの電子化とコンピューターの情報
Technology)の場においても,事業計画立案や選択
処理能力の向上は,構造化されていないテキスト
と集中に関する経営判断などに受け入れられ始めて
データを解析し,価値のある知識を取得することを
いる。本稿の目的はそのための手法を提起すること
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
にある。
報,技術論文,プレスリリース)を用いて解析を行っ
本稿の提起する手法の意義あるいは新規性は以下
た。解析の対象となり得るテキストデータには,こ
にある。第1に,本社や事業部の事業企画部門が新
の他に営業日誌,会議議事録,コールセンターのロ
規事業の企画立案に各部署の専門家の知識を動員
グなどがあるが,今回はテキストマイニングに人間
し,テキストデータの統計解析を利用できることで
の実際的な知識を積極的に導入する手法を提示する
ある。社内の各部署には,現場での長い業務経験に
ことが主な目的であるため,比較的入手が容易なデー
裏打ちされたかけがえのない知識が,有効活用され
タに限定した。
ないままに「死蔵」
「私蔵」されている。この知識は,
3種類のテキストデータの抽出条件は表1のとおり
反面で網羅性・公平性に欠け閉鎖的になりがちとい
である。なお,特許公報は最良の実施形態要件の部
う限界があるので,これを網羅性や公平性が担保さ
分を解析に使用した。技術論文は原文ではなく二次
れている特許公報と結びつけ,統計解析のなかに取
情報を対象とし,その中でも特に形態素(単語とほ
り込めば,信頼性のある知識が得られると期待され
ぼ同義)の共起関係を知ることができるタイトルお
る。第2に,こうして得られた知識を,技術論文やプ
よび抄録部分を使用した。プレスリリースは,プレ
レスリリースと結びつけて,知識の発散と収束を繰
スリリース自体とそれについて報じた紹介記事を収
り返すことにより,その価値をさらに高めることが
集し,筆者の恣意的判断によって解析に使用するテ
できる。
キストを決定した。そのため,各テキストデータの
具体的には,事業企画部門の分析者と現場の専門
抽出件数は特許公報が144件,技術論文が292件,プ
家が協力して単語を厳選して抽出し「単語セット」
レスリリースが28件と差が生じている。しかし,適
を作成する。そして,アソシエーション分析等を適
用する解析手法に差異はない。
用し,ネットワークの密度やコミュニティーを計算
本 稿 の 事 例 解 析 に は, 数 理 シ ス テ ム 社 のTe x t
して適切に知識の発散・収束を繰り返して単語のク
Mining Studioを用いた。同様の解析は無償のソフト
ラスターを発見し,「単語セット」を進化させること
ウェアであるC h a S e n1)やM e C a b2)などでも行うこ
により,事業戦略の「解」発見に役立つ知識を獲得
とができる。解析ツールには個性があり,複合語に
する。「単語セット」の作成,進化に類似する手法は,
ウェイトを置いて抽出されるツールと単純語にウェ
商用データベースの「統制語」の作成作業や,テキ
イトを置いて形態素が抽出されるツールがある。Text
ストマイニングソフトでユーザー辞書に登録する単
Mining Studioは前者であり,例えば「CdSe量子ドッ
語を自動抽出する機能などで採用されており,その
ト太陽電池」のような詳細な技術用語を複合語とし
有効性が証明されている。本稿は,このような手法
て析出する際には適している。
を企業のMOTに活かせることを提案する。
2. テキストデータへの統計解析適用の限
界
2.1 分析対象データ
本稿では,高い変換効率が期待できることから次
世代太陽電池として注目されている「量子ドット太
陽電池」を事例に,3種類のテキストデータ(特許公
表1 テキストデータの種類と抽出条件
テキストデータ
特許公報
※最良実施形態要件の
テキストを抽出
技術論文
※二次情報
抄録は主に第三者抄録
プレスリリース
※紹介記事を含む
抽出元
抽出条件
抽出件数
IPDL
・2010年の国内公開公報
・要約 or 請求項
・(“量子”or“ナノ粒子”)and“太陽電池”
144件
JDreamⅡ
・2008-2010年の発行論文
・タイトル or 抄録
・“量子ドット”and“太陽電池”
292件
Google
・検索日(2011年2月15日)
・“量子ドット”and“太陽電池”
28件
569
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
December
2.2 テキストデータのロングテール性
新たな重要語を発見する。それを「単語セット」の
一般的に,信頼性の高い知識をテキストマイニン
中に追加することで,技術進歩の方向性や技術とニー
グによって発見することは困難であるとされる。な
ズの関係等を発見することができる。以下にその手
ぜなら,テキストデータを解析すると,リレーショ
法を提示する。
ナルデータベースが対象とする数量データとは比べ
ものにならないほど属性が多様化し,ロングテール
3.「単語セット」の進化手法
データとなるからである。解析対象とした3種類のテ
キストデータに出現する単語は,一般名詞に限定し
ても特許公報は22,794種類,技術論文は17,588種類,
事例として用いた量子ドット太陽電池は,その変
プレスリリースは5,652種類にのぼる(これらの数字
換効率を向上させるために,多様な関連する要素技
は形態素解析の際のユーザー辞書の作成次第で変動
術が必要であるとされている。そこで,ある企業が
する)
。しかも,そのいずれもが出現頻度2 ~ 3回以
波長とナノ粒子の分野でどのような技術が重要かを
下の低出現頻度語が圧倒的に多い。出現頻度が上位4
知りたいと考えていると仮定し,「単語セット」を作
分の1に含まれる単語の延べ出現回数が全出現回数に
成し,進化させていくこととしよう。
占める割合は,それぞれ81.8%,72.1%,62.5%であっ
た。
570
3.1「単語セット」の役割
まず,
以下に示す
「単語セット」
を作成する
(step1)
。
{量子ドット;量子ドット,光電変換効率,カーボ
企業が事業戦略などを立案する際に必要とする情
ンナノチューブ,ナノ粒子,金属ナノ粒子,長波長,
報は,自社のコアコンピタンスや研究資源を前提と
波長,短波長,二酸化チタンナノ粒子,非有機材料,
した,いわば自社に特異(firm specific)な知識や,
微粒子層,粒径}
現在は顕在化していないものの,注意深く観察して
この作成は,特許公報に含まれる22,794単語を参
いくと実は未来の予兆を示しているような事象であ
考にしながら,マイニング担当者と現場の太陽電池
る。しかし,このような事象を示す単語は,テール
やナノテク研究者などが協力して行うのが望まし
部分に存在するため,発見するには困難が伴う。出
い。これは大変な作業に思われるかもしれないが,
現頻度は低いが重要な意味をもつ単語を発見する手
それぞれの専門家の持つ知識ストックを動員すれば,
法は現在までのところ,十分に確立されていない。
さほど手間のかかる作業ではない。
松尾は,低頻度に起きる事象や専門家にさえ理解さ
むしろ難しいのは,事業企画部門が現場の研究者
れていない将来の兆しを知るためには,コンピュー
たちの積極的な協力を得ることができるか,関連知
ターによる解析だけでは難しく,人間の経験や知覚
識を誰が持っていて誰に聞けばよいかを知っている
などの実物世界の情報処理能力を動員し補完する必
かという点にある。この問題は企業内に自律分散型
要があることを指摘している3)。
のデータベースを作成することによって克服でき
この限界は「単語セット」を作成し,それを適切
る。豊田・菰田は,知識を必要に応じて全社の知識
な方向に進化させることにより解決が見込まれる。
として動員する仕組みとして,各部署で保有するテ
すなわち,単語の共起関係(2つの単語が同一の文の
キストデータにその部署に所属する者が自由にコメ
中に同時に出現するとき,この2つの単語は共起関係
ントを書き込める空間を用意することにより,付加
にあると見なされる)にアソシエーション分析やネッ
価値のついたそのオリジナルデータをリレーショナ
トワーク分析を適用し,それを分析者と専門家が協
ルデータベース化しておくことを提案している4)。事
力して解釈することによって膨大な単語群の中から
業企画部門のマイニング担当者はこのデータベース
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
にアクセスすることによって,量子ドット太陽電池
である「信頼度(confidence)
」
,
「支持度(support)
」
の「単語セット」にどの単語を含めればよいかを知
などを用いる。これと同様の観点に立って,
「単語セッ
ることができ,さらに詳しく知るために社内の誰に
ト」と共起している単語を表2の13行~ 2,817行の単
協力を求めればよいかを知ることができる。
語群の中から発見する。表2の(1)~(12)欄は個々
の単語の共起関係を示し,(13)~(14)欄は「単語
3.2 アソシエーション分析による新規単語の追加
セット」全体を1つのまとまりとしたときの共起関係
step1で得られた単語セット(12種類の単語)に対
を示す。(14)欄「共起する「単語セット」内の単語
してテキストマイニングを行うと,それぞれの単語
数」とは,「単語セット」以外の単語と少なくとも1
の出現頻度および12行12列の共起行列(同一の文の
回は共起している「単語セット」内の単語数である。
中に同時に出現する単語同士のマトリックス)を得
これらを手がかりとして重要単語を発見する。もち
ることができる。また,多次元尺度法を適用するこ
ろん信頼度の高い情報をもたらす単語が,「単語セッ
とで技術の構造(要素技術間の相互依存関係や競合
ト」の中に自動的に追加されるわけではない。また,
関係など)を把握したり,時系列分析を適用するこ
表2にあるとおり,信頼度が高い単語であっても「太
とで技術の構造変化をとらえたりすることが可能と
陽電池」「導電」などは「光電変換効率を向上させる
なる。しかし,これは限られた知識に基づいて特許
量子ドット」という文脈を知る上であまりにも広い
公報に出現する一般名詞22,794種類の単語の中から
概念であるので除外する。さらに「上記」などの無
12の単語を選択し,マイニングした結果にすぎず,
意味な単語を除外する。逆に信頼度が低いと思われ
テキストに含まれる重要な意味は失われている可能
る単語であっても,文脈を知る上で重要と思われる
性が高い。そこで,12単語の中に含まれていない重
ための補完作業を行うことが求められる。具体的に
は,s t e p1の「単語セット」に含まれる12の単語と1
回以上共起している全単語(2,805語)との共起行列
(2,817(=12+2,805)行12列)を作成する(表2)。本
稿において,単語AとBとの「共起」とは,句点(。
)
で区切られる1つの文の中にAとBが同時に出現するこ
とを意味し,
「共起頻度」とはその文の合計数である。
次に,12の単語との共起関係を手がかりとして重
要な単語を発見する。その際に有効な手法の1つがア
ソシエーション分析である。アソシエーション分析
は,重要単語Bを発見するために,単語Aの出現回数
に対する単語A・単語Bの共起回数の比率や,全単語
の出現回数に対する単語A・単語Bの共起回数の比率
149
153
261
262
264
2817
光電変換効率
量子ドット
カーボンナノチューブ
ナノ粒子
金属ナノ粒子
長波長
波長
短波長
二酸化チタンナノ粒子
粒径
導電
上記
太陽電池
微粒子
光
カップリング剤
鉄
構造
塗膜
スピンコーティング法
特徴
バインダ分散液
表面
微粒子分散液
電極
塗膜上
形態
方法
材料
金属酸化物
化学修飾
銀ナノ粒子
熱
基板
半導体
ペースト
群
光電変換層
形状
残渣
レーザービーム
陰極
及び
攪拌
427
2
2 217
0
0
0 12
0
0
1
1
3
3
0
1
0
0
0
3
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0
18 18
99 11
1
2
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4
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0
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10 22
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5
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5
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48
2
2 138
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(14)共起する単語
セット内の単語数
(11)微粒子層
(10)非有機材料
(9)二酸化チタンナ
ノ粒子
(8)短波長
(7)波長
( 6)長波長
(5)金属ナノ粒子
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5 188
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6 52
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0 34
0 31
0 21
2
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1
1
2
5
1
0
(13)合計
な解析結果を人間が解釈し,有用な知識を発見する
1
2
3
4
5
6
7
8
9
12
13
14
15
16
17
18
32
30
31
32
33
34
35
39
46
47
48
52
55
56
58
59
63
73
74
75
76
77
(12)粒径
係性を抽出することは難しい5)。したがって,不十分
(4)ナノ粒子
るように,統計的手法のみによって低頻度概念の関
(2)量子ドット
(1)光電変換効率
追加してゆく必要がある。しかし,小池が述べてい
(3)カーボンナノ
チューブ
表2 量子ドット太陽電池の共起行列
要な関連キーワードを22,794単語の中から発見し,
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2
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249
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94
201
59
151
44
24
274
269
253
169
185
110
144
13
40
104
94
50
102
32
100
41
93
28
33
33
33
35
36
33
24
31
28
16
25
4
8
2
6
3
5
5
4
2
6
7
9
10
6
7
3
2
6
5
2
7
3
7
2
7
3
7
8
9
8
2
2
3
4
7
4
5
4
0
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
3
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
11
15
10
10
0
1
5
1
2
2
0
1
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単語は「単語セット」に追加するために選択する。
た。
「a r u l e s」には個々の単語をクラスター分析する
この判断には専門家の知識が動員される。
だけでなく,共起ルールそのもののクラスターを分
ここでは,
「光電変換効率」「量子ドット」が特に
析する機能がある。意味ある共起ルールを的確に抽
重要な意味を持つものとし,その共起回数((1)
(2)欄)
出するためにはs u p p(支持度)
,m a x l e n(頻出アイ
やstep1の12単語の合計共起回数((13)欄),共起す
テムの最大数)
,confidence(信頼度)の3つのパラ
る「単語セット」内の単語種類の数((14)欄)など
メータ値を適切に設定する必要がある。これらを低
を中心に見ていくことが適切であると判断した。す
めに設定すれば不必要なルールが多数抽出されてし
ると,
「構造」
「形態」「形状」などのように量子ドッ
まい,逆に高めに設定すれば重要なルールが見逃さ
ト太陽電池の基本コンセプトや設計に関わる単語,
れてしまう。ここでは100 ~ 200ルールの抽出が適切
その中の重要な要素としての「電極」「表面」「基板」
と考え,また全体の中で出現する各共起ルールの頻
などの単語,製造技術としての「スピンコーティン
度を示す支持度を重視することが望ましいと考えて,
グ法」
「レーザービーム」などの単語,さらに「チタ
supp=0.35, maxlen=2, confidence=0.15に設定するこ
ン系」
「塗膜」
「微粒子」「量子効率」「気孔」「無機化
とにより,
単語間の類似性を示す115の共起ルール(共
合物」など,19単語を選択することができる。
起関係)を発見した。
ここで選択した19単語をstep1の「単語セット」に
図1に共起ルールの分析結果を簡略化したものを
追加して「単語セット」内の単語数を31とし,再び
示す。明確にではないものの,3つのクラスターの存
共起行列を作成すると,6,749行31列の単語群となる
在をとらえることができる。第1に量子ドット太陽電
(s t e p2)。この行列から前述した手順と同様の作業を
池の「構造」「構成」などのように基本的コンセプト
繰り返し,特に技術に精通した現場研究者の意見を
を追求していることを表現するクラスター,第2に光
重視して,例えば「長手方向」「入れ子構造」「鉄-
電変換効率の向上のための表面や形状などの工夫を
炭素複合体」「エタノール」「金属」「開口部」
「光入
行っていることを示すクラスター,第3に電極に関
射面」という単語を選択する。ここで得た7単語を
するクラスターである。これらの結果を注意深く観
s t e p2の「単語セット」に加えると,7,522行38列の
察することにより,量子ドット太陽電池は現在実用
共起行列を作成することができる(step3)。
化の段階になく原理の解明やコンセプト作りの技術
開発が大きな課題となっていることや,電極が重要
3.3 クラスター分析による「単語セット」内部構
造の解明
な課題であることなどがわかる。もちろん分析者や
専門家の知識の程度により,「わかる」レベルは異な
以上のようにして,s t e p3までに38の単語から成
るであろう。分析者や専門家が量子ドット太陽電池
る「単語セット」が作成された。次に,「単語セッ
技術に精通している場合には,あらかじめ持ってい
ト」の中のロジックを知るために,多変量解析の一
た彼らの仮説を追認したということになるであろう
手法であるクラスター分析を適用する。クラスター
し,精通していない場合は彼らの新たな知識として
分析とは,要素間の類似性を基準として要素間の距
ストックされることになる。
離を計算し,距離の短い要素の組み合わせを1つの
クラスターとして析出する手法である。ここでは単
語間の共起行列を類似性が示される距離行列と見な
572
3.4 他のテキストデータとの連携による新規単語
の追加
して,単語のクラスターを析出する。本稿では,統
「単語セット」は解析の目的に応じて,さらなる進
計解析フリーソフトRのパッケージ「a r u l e s」を用い
化を求められる。量子ドット太陽電池は,実用化ま
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
Height
53
52
11
67
66
99
98
101
100
103
102
4
23
22
105
27
104
26
14
45
44
73
72
85
84
1
17
115
114
2
16
19
18
41
40
12
55
54
81
80
107
106
5
29
28
109
108
8
35
34
63
62
69
68
75
74
31
30
15
47
46
61
60
87
86
3
21
97
96
7
20
49
48
51
50
6
33
32
59
58
9
37
36
43
42
77
76
79
78
83
82
39
38
10
65
64
89
88
91
90
95
94
25
24
13
57
56
71
70
93
92
111
110
113
112
光電変換効率・表面・形状・金属・構造
構造・基板・微粒子・表面
材料・表面
材料・微粒子・電極
材料・
�子���・構造・形態・電極
金属・
電極・
形態
基板・
電極
電極・構造・
形態
構造・
形態・
形状
微粒子・基板・金属
主な出現単語
d
hclust (*, "ward")
光電変換効率・
形状・
�子���・
材料
0
1
2
Height
3
4
5
Cluster Dendrogram
図1 共起ルールのクラスター分析
図1 共起ルールのクラスター分析
でに10 ~ 20年程度の期間を要すると予測されている
にも関わらず,現時点で既に激しい技術開発競争が
列構造」などを発見することができた。
時間軸から見た知見や新用途開発のヒントを発見
展開されている。そのため,本事例の解析には(1)
するためには,「単語セット」の中にそれを体現する
実用化などの長期的な成果と,新技術の開発や他分
単語を含めればよい。西山らは,「美しい」「まずい」
野技術への副次的波及効果などの短期的な成果との,
「がん」「健康」のような特徴表現を持つ単語を含む
それぞれに関する知識の獲得,(2)新用途開発に役
文章に着目して,これらの単語との共起関係を通じ
立つ知識の獲得が必要と判断した。そのために,「単
て膨大な無意味情報の中から重要な知識を抽出する
語セット」をさらに進化させるために,s t e p3までに
手法を提唱している6)。自然言語テキストでは時間軸
使用してきた特許公報に加え,技術論文とプレスリ
を「長期」「短期」で表現する場合が多く,ニーズや
リースについても解析を行う。技術論文は,長期的
それを充足する機能を論じる場合には「ビルの自家
な視野に立つ情報を多く含む傾向にあるため,主に
発電機能の実現が期待される」「本量子ドット技術を
時間軸に関する知識の発見に利用する。また,プレ
医薬品開発に応用できる」などのように表現される
スリリースは企業の事業情報を多く含む傾向にある
場合が多い。そこで,
「長期」
「短期」のような単語
ため,主に用途に関する知識の発見に利用する。
を時間軸の特徴表現,「期待」「応用」「利用」「用途」
まず,表1の技術論文から重要単語を発見するため
にアソシエーション分析を適用した。すると,量子
などの単語をニーズを表す特徴表現と位置付け,各々
の共起単語を確認する。
ドットの「構造」
「構成」に関する「単語セット」
{量
その結果,長期の視点から見れば「原理検証」
「強
子ドット太陽電池構成}に追加すべき単語の候補と
相関材料」などの単語が共起ルールに基づいて抽出
して,
「単層」
「ガラスマトリックス」「三次元的な配
され,技術課題を達成してくれる見込みのある有望
573
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な技術としては「狭ギャップ半導体ナノ粒子」
「位相
事を含む)の中からニーズの充足に関する特徴表現
同期集光」「フィードバック制御」などの単語が抽出
を持つ単語として「期待」
「開発」
「成功」
「実現」
「利
された。また,量子ドット太陽電池の派生的な利用
用」「応用」を選択した。これらの単語と共起する単
分野として「光触媒」「水素製造」「生物医学」
「ディ
語に注目すると,「円偏光」「円偏光発光」「液晶ディ
スプレイ」「光検出器」などの単語を抽出することも
スプレイ」などが抽出され,新しいディスプレイと
できた。
しての利用用途が期待できることが推測できた。ま
もちろん利用用途の発見に際しては,全体の文の
た,バイオテクノロジーに関する分野との関わりが
中から切り離された形態素(単語)を見るだけでは
大きいこともわかった。さらに,
「タンパク質内部」
「バ
不十分であり,原文を参照して確認を行う必要とな
イオミネラリゼーション」はバイオテクノロジーを
る場合も多い。豊田・菰田は,太陽電池における光
用いた量子ドット製造技術の可能性を示し,「バイオ
電変換効率の数値(数詞)と関連技術との共起関係
イメージング」は量子ドット技術が生体内のマーカー
は統計的手法のみでは発見できないが,原文を参照
として利用できることも示された。
することで可能となることを明らかにしている4)。
以上により,量子ドット太陽電池技術の利用用途
次に,技術論文だけでは抽出が不十分であった量
を示す10単語を新たに追加した48単語からなる「単
子ドット太陽電池の利用用途をとらえるために,プ
語セット」を作成することができる(s t e p4)
。ここ
レスリリースを「単語セット」の進化に用いた。企
までに示したs t e p1からs t e p4までの概要を表3に示
業が発表するプレスリリースは,テキストの量が少
す。
なく,網羅的に収集することも難しい等の限界があ
るとはいえ,期待される利用用途を知るための重要
な情報源である。表1に示すプレスリリース(紹介記
表3 単語セットの作成・進化手順 (step1 ~ step4の概要)
574
手順
対象テキスト
フィルター
単語数
step1
特許公報
・特許公報(表1)の一般名詞
22,794種類の中から,「波長」・
「ナノ粒子」に関する単語を人間
(分析者・専門家を想定)が選択
12
{量子ドット; 量子ドット,光電変換効率,カーボンナノ
チューブ,ナノ粒子,金属ナノ粒子,長波長,波長,短波長,
二酸化チタンナノ粒子,非有機材料,微粒子層,粒径}
単語セット
step2
特許公報
・step1の単語セットを表1の特許
公報に適用
→アソシエーション分析
・分析結果を参考にして,量子
ドット太陽電池の基本コンセプト,
構成,要素技術に関わる単語を
人間が選択
31
{量子ドット; 量子ドット,光電変換効率, カーボンナノ
チューブ,ナノ粒子,金属ナノ粒子,二酸化チタンナノ粒子,
波長,長波長,短波長,非有機材料,無機化合物,無機材
料,無機物質,粒径,微粒子層,構成,構造,形態,形状,表面,
基板,電極,カップリング剤,スピンコーティング法,レー
ザービーム,塗膜,微粒子,気孔,チタン系,材料,量子効率}
step3
特許公報
・step2の単語セットを表1の特許
公報に適用
→アソシエーション分析
・分析結果を参考にして,量子
ドット太陽電池の基本コンセプト,
構成,要素技術に関わる単語を
人間が選択
38
{量子ドット; 量子ドット,光電変換効率,カーボンナノ
チューブ,ナノ粒子,金属ナノ粒子,二酸化チタンナノ粒子,
波長,長波長,短波長,非有機材料,無機化合物,無機材
料,無機物質,粒径,微粒子層,構成,構造,形態,形状,表面,
基板,電極,カップリング剤,スピンコーティング法,レー
ザービーム,塗膜,微粒子,気孔,チタン系,材料,量子効率,
開口部,長手方向,入れ子構造,光入射面,鉄-炭素複合
体,金属,エタノール}
step4
技術論文
+
プレスリリース
・step3の単語セットを表1の技術
論文+プレスリリースに適用
→アソシエーション分析
・時間軸から見た技術開発に関
わる単語を技術論文から,利用
用途に関わる単語をプレスリリー
スから人間が発見
48
{量子ドット; 量子ドット,光電変換効率, カーボンナノ
チューブ,ナノ粒子,金属ナノ粒子,二酸化チタンナノ粒子,
波長,長波長,短波長,非有機材料,無機化合物,無機材
料,無機物質,粒径,微粒子層,構成,構造,形態,形状,表面,
基板,電極,カップリング剤,スピンコーティング法,レー
ザービーム,塗膜,微粒子,気孔,チタン系,材料,量子効率,
開口部,長手方向,入れ子構造,光入射面,鉄-炭素複合
体,金属,エタノール,利用,応用,開発,実現,期待,成功,画
像,画像データ,画像形成装置,日射計測装置}
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
4.「単語セット」の「発散」「収束」のた
めのネットワーク分析
収束
4.1 知識創出における「発散」と「収束」
「単語セット」はテキストマイニングの結果に人間
発散
の実際的な知識を導入することで進化してゆくが,
追加や削除する単語の選択の絶対的な基準はない。
しかし,「単語セット」を進化させていくにあたって
当初からの単語
当初の単語セット
「見取り図」があることが望ましい。以下では,
「単
発散のために追加
された単語
発散により進化
した単語セット
語セット」にネットワーク分析を適用した見取り図
収束のために追加
された単語
収束により進化
した単語セット
は,進化の方向がどの方向に向かっているかを知る
の作成方法を提示する。
図2 知識創出における発散と収束
企業の各部門における知識探索活動は,発散から
収束へというプロセスをたどる場合が多い。つまり,
語間の密なコミュニティー関係を表すクリークを抽
まず関連する多くの異分野の情報を収集し結びつけ
出することが可能である。密度が小さくなるという
るという作業を行い(発散),「解」の方向性が見え
ことは「単語セット」が外延的に進化しているとい
てくると「解」が含まれると予想される分野を深く
うこと,大きくなるということは内包的に進化して
掘り下げるという作業に移り(収束),最終的に「解」
いるということを意味するため,密度を計算するこ
7)
を発見する という流れである。類似する考えとして,
とによって「単語セット」の進化の方向性を知るこ
レスターらは,
「解釈的探索」と「分析的探索」とい
とができるのである。特許公報を用いた「単語セッ
8)
う2つの知的探索活動のタイプを述べている 。
ト」の進化として,step1 ~ step3および技術論文や
テキストマイニングを用いて “意味” を発見する作
プレスリリースによって特徴表現や利用用途を表す
業においても,発散に必要な「単語セット」と収束
単語を加えたs t e p4を例に見ていく。共起行列の要素
に必要な「単語セット」とは異なる。図2は,ある「単
の閾値を1に設定し,1以上は1,それ以外は0として
語セット」の作成がテキストマイニングから始まり,
step1 ~ step4までの「単語セット」の密度を計算し
発散的に単語を追加し,それに基づいてターゲット
たところ,それぞれ0.2523810,0.3903266,0.3342817,
の特定された狭い分野の単語が追加されてゆくとい
0.2526596となった。ここから,特許公報のみに限定
うプロセスを示したものである。
したstep1 ~ 3ではstep1よりもstep2,3で密度が高
くなっており,量子ドット技術の体系の厳密化され
4.2 ネットワークの密度とコミュニティーの分析
による「発散」と「収束」
た理解(内包的深化)に向かっていることがわかる。
また,プレスリリースや量子ドット太陽電池技術の
「単語セット」の進化が発散に向かっているか収束
派生的利用用途などを含めて「単語セット」を進化
に向かっているかを知るために,ネットワークの「密
させたs t e p4では,発散(外延的拡大)に向かってい
度」概念を利用することができる。統計解析フリー
ることを読みとることができる。
ソフトRのパッケージのigraphは,ネットワーク構造
次に,i g r a p hに含まれている「コミュニティー」
を解析するグラフ理論に基づき,個々の単語のノー
を算出するための関数を用いて内部構造を把握し
ド間の結びつきの強さを「密度」として表現し,単
た。
「コミュニティー」とは,単語の全集合の共起関
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1
2
7
8
9
4
5
6
12
11
10
3
光電変換効率
量子ドット
波長
長波長
短波長
ナノ粒子
金属ナノ粒子
二酸化チタンナノ粒子
微粒子層
粒径
非有機材料
カーボンナノチューブ
0
2
4
6
8
10
Height
クラスターa
クラスターb
図3 「単語セット」の発散と収束(step1)
チチ粒量
波波
量量ドカド
光光日光
利応
金金
開開開
無無
微粒量
電電
基基
表光
形形
形形
構構
光電光光量量
波波波
無無無無
波長長長
実実
光れ量構構
非非無無無
鉄.炭炭炭炭炭
短波波
無無二炭無
構構
開開
画画デレチ
画画
カーボンナノチューブ
カカカカチス剤
微粒量微
粒粒
金金チチ粒量
日日日日日日
期期
無無無無
スピンコーディング法
気気
応応
レレレレレレレ
量量量量
二チチチチチ粒量
エチチレエ
チチチ系
塗塗
0
10
20
30
40
Height
クラスターb
クラスターa
図4 「単語セット」の発散と収束(step4)
係から算出される全単語の平均的な凝集性に比して,
576
図3のs t e p1では,量子ドット技術が光電変換効率
相対的に凝集性の高い単語のサブグループを意味す
を高めることを表すクラスター aと,ナノテクノロ
る。step1とstep4のコミュニティーは,図3および図
ジーを中心とするクラスター bが見られた。また,図
4のデンドログラム(樹形図)によって示される。
4に示すとおり単語を追加して「単語セット」を進化
「単語セット」の作成と進化に基づくテキストマイニング手法
させたstep4では,クラスター aが「構造」
「形態」
「形状」
5. むすび
のような単語を取り込んで内包的に進化し,基本コ
ンセプトの追求が大切であることが示唆され,クラ
企業の意思決定に堪え得るような信頼性の高い知
スター bでは,ナノテク技術と製造技術がコミュニ
識を,テキストマイニングにより高精度で発見する
ティーの中に取り込まれ,内包的に深められる方向
ことが求められている。本稿では,特定の文脈上で
に進化していることが理解できる。
役に立つ信頼性の高い知識を獲得する手法として,
s t e p4の目的は量子ドット太陽電池技術の派生的な
テキスト分析者や専門家が統計解析結果を参考にし
利用用途を発見するために「発散」を行うことであっ
ながら人間の実際的な知恵を積極的に導入すること
た。その結果,
「日射計測装置」「画像」「画像データ」
で適切な「単語セット」を進化させる手法を,
量子ドッ
という利用用途を発見することができた。「日射計測
ト太陽電池を事例に用いて提案した。
装置」はクラスター aとクラスター bを媒介する位
本稿で提案した手法の有効性をさらに精緻に検証
置にあるため,現在の「単語セット」をさらに内包
するためには,分析者と専門家との連携のあり方や
的深化(収束)させることにより「解」に近づくこ
企業における具体的運用場面を想定し,また今回は
とが期待される。これに対し,「画像」「画像データ」
主要な対象テーマではなかった顧客ニーズも含めた
という単語は「単語セット」の端にあるため,異分
多角的な視点による分析が必要である。今後の課題
野の技術を取りこめるようにさらに外延的に拡大(発
としたい。
散)する方向で「単語セット」を進化させなければ「解」
に近づけないであろうということが推測できる。
参考文献
1) ChaSen. http://chasen-legacy.sourceforge.jp/, (accessed 2011-05-29).
2) MeCab. http://mecab.sourceforge.net/, (accessed 2011-05-29).
3) 松尾豊. “予測,予兆発見,そしてチャンス発見”. チャンス発見の情報技術―ポストデータマイニング時
代の意思決定支援. 大澤幸生監修. 東京電機大学出版局, 2003, p. 24-25.
4) 豊田裕貴, 菰田文男. 特許情報のテキストマイニング―技術経営のパラダイム転換. ミネルヴァ書房, 2011,
274p.
5) 小池麻子. テキストマイニングによる潜在的知識の発見支援. 情報処理. 2007, vol. 48, no. 8, p. 824-829.
6) 西山莉紗, 竹内広宣, 渡辺日出雄, 那須川哲哉. 新技術が持つ特長に注目した技術調査支援ツール. 人工知能
学会論文誌. 2009, vol. 24, no. 6, p. 541-548.
7) 柴山盛生, 遠山紘司, 東千秋. 問題発見と解決の技法. 放送大学教育振興会, 2008, 197p.
8) レスター , リチャード・K.; ピオーリ, マイケル・J. イノベーション:
「曖昧さ」との対話による企業革新.
依田直也訳. 生産性出版, 2006, 270p.
Author Abstract
Increase in computer performance in recent years enables us to obtain a variety of valuable knowledge from
577
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original data without structurizing text data. Text-mining is expected to play an important role in knowledge
acquisition more and more in future. For instance, it will be useful for the management of technology (MOT)
including decision making for “selection and concentration” strategy. However, the technique of text-mining
for discovering knowledge, with the reliability which is necessary for decision making, has not yet fully been
established. Statistical analysis is insufficient for acquiring knowledge trusted by managers. Therefore, in this
article, authors verify whether human-computer collaboration, in which human-embodied knowledge is
utilized for text mining, can be useful for MOT. To do so, taking an example of quantum dot solar cell, authors
argue that “word sets” , in which words are selected carefully and are put together through human-computer
collaboration, are useful for discovering knowledge meaningful for decision-making by companies who deal
with huge amounts of text data.
Key words
text mining, word set, MOT, technological forecasting, quantum dot solar cell, patent gazette, technical paper,
press release
578
統計情報活用への招待
連載
統計情報活用への招待
第6回 家計の公的統計
Series: Guide to effective use of statistics
Part 6: Official statistics on family income and expenditure
浅田 昭司1
ASADA Shoji1
1 データ工房(〒153-0043 東京都目黒区東山1-13-15)E-mail : [email protected]
1 DATA・LABO (1-13-15 Higashiyama Meguro-ku, Tokyo 153-0043)
情報管理 54(9), 579-588, doi: 10.1241/johokanri.54.579 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.579)
1. 家計の主要統計
公的統計の解説シリーズのうち,今回は家計の主
他の2つの調査もまじえて活用方法をご紹介する。
2. 主要統計の概説
要な統計をご紹介する。家計に関する統計は,ビジ
ネスにおいて特にマーケティング業務を行う際に,
2.1 家計調査(総務省)
ターゲットである消費者の特性を把握する上で重要
2.1.1 調査の概要
である。最もよく利用されているのが総務省の「家
「家計調査」は世帯に家計簿をつけてもらうことに
計調査」で,家計収支の実態を明らかにしている。
より,家計収支の調査を行い,都市別,地域別,収
特に消費財メーカーでは日常的に参照する統計であ
入階級別などで集計し,国民生活の実態を毎月明ら
る。例えば新商品を発売する際,価格や発売時期を
かにするものである。この調査は四半期別国民所得
決定する場合,家計調査で対応する商品に消費者は
統計速報値(QE)の推計にも利用されている。
いくらぐらい支出しているか,季節的に支出の変動
「家計調査」は昭和21年7月に始められた「消費者
はあるのか,また地域で消費に違いがあるのかなど
価格調査」から発展したもので,都市に居住する単
を見る。その上でそれらを基礎情報として価格,販
身世帯を除く非農林漁家世帯を対象として,日々の
売時期,さらには販売地域などを決定する。この調
買物について,その価格,購入数量,支出金額を調
査は冊子としては月報で発行しているが,インター
査したものであった。昭和25年9月からは,家計の収
ネットでは日別のデータを公開している。次に注目
支両面が把握できるように改正され,名称も昭和26
されるのが,同じ総務省の「全国消費実態調査」で
年11月から「消費実態調査」
,昭和28年4月から「家
ある。5年に1回の調査だが,消費行動に関する細か
計調査」と改められた。昭和37年7月には,調査対象
い調査を行っている。今回はこの2つの調査を中心に,
地域を全国の市区町村に拡大した。
579
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表1 家計の主要統計一覧
あり,さらに家計収支編は2人以上の世帯,単身世帯,
作成開始年
周期
作成機関
昭和21年
総世帯の3区分に分かれる。
家計調査
家計消費状況調査
平成14年
月
月
総務省
総務省
全国消費実態調査
昭和34年
5年
総務省
家計簿に,品目ごとに購入金額を記入する。食料
消費動向調査
昭和32年
月
内閣府
品についてのみ,総務省から配布されたはかりを用
(1)品目ごとの消費支出額
いて数量を測る。金額を数量で除した単価も表章さ
調査対象は施設等の世帯および学生の単身世帯を
除いた全国の世帯であり,現在の調査世帯数は約
9,000世帯,そのうち2人以上の世帯が8,076世帯,単
身世帯が673世帯である。
調査世帯の抽出では,層化3段無作為抽出法を用い
れている。
(2)都市別の品目ごとの消費支出額
県庁所在都市および川崎市や北九州市など政令指
定都市における品目ごとの消費支出額・数量がわか
る。都市の大小,町村,地方別(東北,関東など)
ている。第1次抽出単位は市区町村,第2次抽出単位
の統計も同じ表にある。家計調査には後述の全国消
が調査単位区。原則として国勢調査の隣接する2調査
費実態調査のような県ごとの分析はない。
区を1調査単位としている。第3次抽出単位が世帯で
(3)品目ごとの購入頻度
ある。それぞれの選定に当たっては,わが国の縮図
家計簿に登場する回数をカウントすることで,購
となるように図られている。人口密度の高い地域か
入頻度が集計されている。100世帯当たりの数値であ
らは多くの世帯を選ぶ,海沿いの町と山あいの町の
る。平成22年の調査で電気掃除機の例では,10となっ
両方をサンプルとする,第2次産業が盛んな場所だけ
ているが,10÷100で,年間に10世帯当たり1台は,
に偏らないようにするといった具合である。
購入しているということである。見方を変えれば,1
調査員は,1人で2単位区を受け持って,それぞれ
世帯では10年に1回購入しているという計算になる。
の単位区の全居住世帯の名簿を作成する。指導員は
この計算で,商品の買い替え年数を割り出すことが
その名簿を基に,2人以上の世帯については各単位区
できる。
の調査対象世帯の中から6世帯を,単身世帯について
は交互の単位区から1世帯を無作為に選定する。
(4)日別の支出額
インターネット上のみであるが日別の支出額を公
調査単位区は1年間継続して調査し,毎月12分の1
表している。このデータを活用して曜日別の支出傾
ずつが新たに選定した単位区と交替する。調査世帯
向を把握することも可能である。例えばクリスマス
は,2人以上の世帯については6か月,単身世帯につ
など特別な行事やイベントの日における買い物傾向
いては3か月継続して調査され,順次,新たに選定さ
がわかる。
れた世帯と交替する仕組みになっている。単身の寮・
(5)品目別の購入世帯の比率
寄宿舎単位区については,1単位区から3か月ごとに6
この項目もインターネット上でのみ公表されてい
世帯を抽出し,3か月継続して調査する。一度にすべ
る。家計簿に記載された比率を10,000分比で表章し
ての調査対象を替えない理由は,調査対象が変わる
たものである。例えば園芸用品の購入世帯比率を
ことによる調査の連続性が絶たれるのをできるだけ
見ると,平成22年では2,835となっている。これは,
避けようとする処置である。
10,000分 の2,835世 帯 に お い て 園 芸 用 品 を 購 入 し た
と家計簿につけられていることを意味する。分母を
2.1.2 統計からわかること
調査結果には家計収支編と貯蓄・負債編の2区分が
580
10,000と大きくしてあるのは,商品・サービスによっ
ては購入世帯の数が少ないものがあるためである。
統計情報活用への招待
ここから園芸を趣味にしている比率を推定できる。
ある。夫の収入は漸減傾向にあるのに対し,妻の収
ただしこの統計は2人以上の世帯のみで表章される。
入はほぼ横ばいである。
(6)世帯主の職業別の品目別支出額
(8)年間収入階級別世帯割合
世帯主の職業別に品目別の1か月の支出額がわか
勤労者世帯もその他の世帯もすべての世帯が,家
る。表2は職業別1世帯当たりの油脂・調味料の支出
計簿記入開始後1か月目の後半に,記入開始月を含む
額の例である(各職業の定義については「家計調査
過去1年間の収入を年間収入調査票に記入する。月々
職業分類表(http://www.stat.go.jp/data/sav/2010np/
の統計はない。18階級別の集計世帯数がわかり,そ
pdf/gaiyou05.pdf)」を参照)。勤労者世帯というのは
の階級別の消費支出額がわかる。年間収入は,勤め
世帯主が賃金をもらって働いている世帯のことであ
先の定期収入,
賞与などの臨時収入,
営業年間利益(売
り,サラリーマン・O Lは,民間職員という職業が当
上高から仕入れ高,原材料費,人件費などの営業上
てはまる。
の諸経費を差し引いたもの),内職,年金・恩給など
(7)月々の収入
が含まれるが,それぞれの内訳は明示されていない。
月々の収入の内訳として,定期的な収入である世
なお,前述の勤労者世帯の月々の収入に含まれた退
帯主の勤め先収入,配偶者の勤め先収入,他の世帯
員の収入,家賃収入,内職収入,公的年金給付金な
どのほかに,受贈金,預貯金引き出し,保険取金,
有価証券売却,退職金,土地・家屋などの財産売却
など非定期的な収入がわかる。ただし表2に示した職
業区分の中で勤労者世帯および無職世帯については
月々の収入を調査しているが,勤労者以外の世帯(無
職世帯を除く)については調査していない。
図1は,勤労者世帯における月々の定期収入のう
ち,夫の収入と妻の収入を時系列で比較したもので
図1 月々の定期収入に占める夫の収入と妻の収入
表2 世帯主の職業別1世帯当たり1か月間の油脂・調味料の支出
平成22年平均,全国・2人以上の世帯
(円)
勤労者
平
均
労
務
うち常用
作業者
労務作業者
職 員
民間職員
世
油脂・調味料
油脂
調味料
3,204
301
2,903
帯
3,176
302
2,873
3,017
293
2,724
3,022
294
2,728
3,265
308
2,957
官公職員
3,228
304
2,925
3,396
322
3,074
勤労者以外
個人営業
の世帯
油脂・調味料
油脂
調味料
3,235
300
2,935
3,340
315
3,025
商 人
及び
職 人
3,279
318
2,962
農林漁業
その他
うち
うち
うち
個人経営者
従事者
3,738
377
3,361
3,605
246
3,359
法人経営者
3,194
294
2,900
3,688
348
3,340
自由業者
3,577
367
3,210
無 職
3,122
284
2,838
総務省「家計調査」より抜粋
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職金,土地・家屋などの財産売却によって得た収入
は含まない。
(9)収入五分位階級別の消費支出額
年間収入調査票により得られたデータで,調査世
2.1.3 読む上での注意点
(1)収入・支出の収支項目
ここでいう収入は月々の収入であり,前述の年間
収入とは異なる。
帯を収入の低い方から高い方へと順に並べて,5等分
「家計調査」では,表3のような収支項目分類があ
して5つのグループを作った場合の各グループのこと
り,「実収入」「実収入以外の収入」「繰入金」の総計
である。所得階層別に家計消費を見る上で有用であ
を「受取」,「実支出」「実支出以外の支出」「繰越金」
る。
のその総計を「支払」と呼んでおり,
「受取」と「支払」
(10)可処分所得額
可処分所得とは,税込み収入から税金,社会保険
は額が一致する。
したがって,月々いくら貯金したかについては,
料など世帯の自由にならない支出を引いた残りの世
現金支出ではあるものの資産の増加があったという
帯全体の現金収入のことである。いわゆる手取り収
見方から「見せかけの支出」があったとして「実支
入のことであり,これにより購買力の強さを測るこ
出以外の支出」の「預貯金」という項目を見る。
とができる。
(11)核家族世帯の家計支出,核家族世帯のうち共働
き世帯の家計支出
なお貯蓄の現在高については,平成14年より「家
計調査」の調査項目になった。それまでは,
同省の「貯
蓄動向調査」において調べられていた内容である。
世帯類型として夫婦のみまたは夫婦と未婚の子供
新たに調査世帯となった世帯が3か月目を迎えたとこ
から成る世帯という分類があり,これが核家族世帯
ろで調査を行い,調査結果は四半期ごとに公表され
である。また核家族世帯のうち,有業人員が2人で,
ている。
夫婦が有業者という分類があり,これが共働き世帯
である。
(12)高齢者のいる世帯,高齢者世帯の家計支出
リボルビング払いなどの分割払いやクレジット
カードによる1回払いについては,商品やサービスの
購入時点では,
借入金の増加による「見せかけの収入」
60歳以上の者がいる世帯を高齢者のいる世帯とし
があったという見方を取り,収入のうちの「実収入
ている。そのうち男が65歳以上,かつ女が60歳以上
以外の収入」の「分割払い購入借入金」「一括払い購
の者のみからなる世帯で少なくとも1人は65歳以上で
入借入金」として購入金額を計上する。同時に消費
ある世帯を高齢者世帯としている。
支出として品目ごとの支出額にも計上されている。
(13)耐久消費財,サービスなど別の支出額
財・サービス区分別の支出額の統計として,耐久
財,半耐久財,非耐久財,サービスの4区分ごとの支
その後,銀行口座からの引き落としなどによって実
際に支払うと,資産の増加があったという見方で,
「見
せかけの支出」があったことから「実支出以外の支出」
出額を調査している。品目ごとにどれに分類される
表3 家計調査における収支項目分類
かは,収支項目分類表に記されている(http://www.
stat.go.jp/data/kakei/2010np/pdf/fr8.pdf)。例えば,
ベッドは耐久財,ふとんは半耐久財,台所・住居用
洗剤は非耐久財,家具・家事用品関連サービス(借賃,
実収入
毎月の給与である勤め先の収入
実収入以外の収入
預貯金の引き出し(資産の減少)や借入金(負債の増加)
などの「実収入以外の収入」(見せかけの収入)
繰入金
前月末の手元残金
実支出
食料品や衣料品の購入,家賃の支払いなどの「消費支
出」と税や社会保険料の支払いなどの「非消費支出」
(日々の生活を豊かにするための支出ではない)を合わ
せたもの
実支出以外の支出
預貯金,保険金の支払いなど(見せかけの支出)
繰越金
翌月に繰り越す月末の残金
分解掃除代,修理代(加工賃,出張費),仕立代等)
はサービスといった具合である。
582
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の「分割払い購入借入金返済」「一括払い購入借入金
の世帯数の比率は,総務省の「労働力調査」から得
返済」を見る。
ている。その計算式を簡略化して例示すると以下の
次に,月ごとの生命保険,損害保険の支払額につ
いては,4か所に登場しており,それらを足し合わさ
通りである。
労働力調査において,2人以上の世帯と単身世帯
なくてはならない。まず,積み立て型の生命保険は,
の比率が,4:1だとして,小麦粉のある月の購入額
用途分類の中の「実支出以外の支出」の中の「保険
平均が,210円:50円とすると,総世帯の購入額は,
掛金」が該当する。支出はしているものの資産を増
178円となる。
加させたということから「実支出以外の支出」に記
(210円×4+50円×1)÷(4+1)=178円
載されている。
掛け捨ての生命保険,掛け捨ての損害保険は,品
目分類の「その他の消費支出」の中の「その他の諸
雑費」の「損害保険料」が該当する。火災保険につ
2.2 家計消費状況調査(総務省)
2.2.1 調査の概要
前述の「家計調査」の弱点は,調査世帯が約9,000
いては,品目分類の「住居」の中の「火災保険料」
,
世帯と少ないため,購入頻度の少ない高額商品・サー
自動車保険は,同じく品目分類の「交通・通信」の「自
ビスの場合,支出金額などの結果の誤差が大きくな
動車保険料」が該当する。
る点である。それを補完するために開始されたのが
(2)用途分類と品目分類
「家計消費状況調査」である。平成13年10月から調
家計の支出には,自分の世帯用の他に贈答など他
査を開始し毎月調査している。ただし平成13年10月
の世帯用に支出したものがある。そこを区別して集
~ 12月はサンプル数を順次増やすための試行期間で
計した表が用途分類であり,支出した目的が,世帯
あったので,発表は平成14年1月分である。
用か,それとも贈答など世帯以外のためかという用
この調査は調査する品目を限定することにより調
途で分けたものである。世帯以外のために支出した
査世帯数を増やし,約30,000世帯を対象として調査
額をまとめて,交際費に分類してある。一方,品目
している。それに加えて,
近年急速に変化した事象で,
分類は用途は問わず,その品目に対して支出した額
家計調査ではとらえきれていないIT関連機器・サービ
であり,品目ごとの支出額を見ると,品目分類のほ
スの保有・利用状況,電子マネーの利用状況,インター
うが用途分類より大きくなっている。というわけで,
ネットの利用状況等を安定的にとらえることを目的
品目分類の額から用途分類(世帯用)の額を差し引
に行っている調査である。「家計調査」の結果ととも
いたものが,贈答など世帯以外に用いた額となる。
に,四半期別国民所得統計速報値(Q E)の推計に利
(3)総世帯
用されている。
家計における支出では,2人以上の世帯と単身世帯
調査の対象は,全国の世帯より層化2段無作為抽出
ではその構造が大きく異なる。家計調査はもともと2
により選定している。1段目の調査地点の抽出は,全
人以上の世帯のみを対象にした調査であったが,単
国を地方別都市階級別に区分(層化)し,各区分か
身世帯の比率の高まりにより,わが国の全体像を正
ら約3,000の国勢調査の調査区を抽出する。2段目の
しくとらえるために,平成7年から単身世帯の収支調
調査世帯の抽出は,各調査地点から10世帯を選定し,
査が始まった。
合計約30,000世帯を対象とする。なお,各調査地点
2人以上の世帯の平均値と単身世帯の値の加重平均
を計算したものが総世帯である。加重平均を計算す
るためのウエイトである2人以上の世帯数と単身世帯
について10世帯のうち1世帯は単身世帯を対象として
いる。
調査世帯は1年間継続して調査した後,別の世帯と
583
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交代する。世帯の交代は,全調査世帯を調査開始月
で12グループに分け,毎月1グループごとに行う。そ
間に違いが生じる可能性がある。
(2)家計消費指数の作成
の方法を採用するのは,調査世帯が交替することに
家計消費指数は,
「家計調査」の結果のうち,毎月
よる連続性の欠如をできる限り小さくすることが狙
の購入頻度が少なく結果が安定しにくい高額消費部
いである。調査は,民間の調査機関に委託し,調査
分を「家計消費状況調査」結果で補完した結果を指
員により調査票を配布し,世帯で記入する留置き調
数化したものである。家計消費の動向をより安定的
査である。
に把握するのがその目的で,合成指数を毎月発表し
調査品目の選定は,「家計調査」の結果から1購入
ている。
頻度当たり支出金額が30,000円以上で,購入頻度が
年間1世帯当たり1回未満の品目と年間消費支出に
2.3 全国消費実態調査(総務省)
占める割合が0.01%以上であることを基準としてい
2.3.1 調査の概要
る。さらに,以上の基準により選定された品目と関
「家計調査」は時系列的な変化の把握が主目的であ
わりの深い品目,その他に四半期別国民所得統計速
るのに対し,「全国消費実態調査」はある時点におけ
報値(QE)の推計に必要な品目等を追加している。
る全国の構造把握が主目的である。またこの調査は,
調査の集計は,支出関連項目とI C T関連項目(電子
家計の収入と支出,貯蓄・負債残高を調べている点
マネー,電子処理によるポイントカード等)に分け
は「家計調査」と同様だが,主要耐久消費財の所有
られている。支出関連項目は毎月発表されているが,
数量,住宅と土地の保有状況をも調査し,家計の構
I C T関連項目と単身世帯については四半期ごとの発表
造を所得,消費,資産の観点から総合的に把握して
に限られている。
いる。
昭和34年以来5年ごとに実施されており,平成21年
2.2.2 統計からわかること
が11回目の調査である。2人以上の一般世帯では,9
支出関連項目では,通信・放送受信(携帯電話使
月 ~ 11月の3か月間,調査世帯が毎日家計簿に収入と
用料,インターネット接続料,ケーブルテレビ受信
支出を記入する。単身世帯は,10月,11月の2か月間
料等)
,家具等(タンス,応接セット等),衣類,自
家計簿をつける。2人以上の世帯は,市についてはす
動車等関係,住宅関係(リフォーム,宅地代等),家電,
べての市(784市)を調べ,町村については,998の
医療(出産入院料等),その他(パック旅行費,挙式・
町村から219を選定。全国で52,404世帯を選定してい
宴会費用等)を調査している。
る。単身世帯は,2人以上の世帯と同様の方法で4,402
世帯を選定している。したがって,調査期間は2人以
2.2.3 読む上での注意点
(1)プリコード方式の採用
「家計調査」では調査対象者に購入したものの名称
584
上の世帯で3か月,単身世帯で2か月と短いが,サン
プル数は家計調査の5倍という大規模調査であり,県
別の地域的差異をも明らかにしている。
をそのまま記入してもらい,調査の担当者が家計調
「家計消費状況調査」もサンプル数は多いが,商品・
査の品目分類のコードを付与するアフターコード方
サービスの支出の調査品目を限った時系列調査であ
式である。それに対して,「家計消費状況調査」はあ
る。
「全国消費実態調査」は調査品目が「家計調査」
らかじめ商品・サービス名の入った調査票に,購入
とほぼ同じである。ただし,調査時期が秋に限られ
金額を記入してもらうプリコード方式を採用してい
ているためにその季節に購入されない商品は家計簿
る。したがって,品目名は同じでも実際の品目との
に登場してこない。
統計情報活用への招待
平成21年の調査では,近年利用の機会が増えてい
器具,洋服ダンスなど一般家具,ビデオカメラなど
る電子マネーを使用した支出についても新たに調査
教養娯楽用耐久財の約40品目の所有数量・普及率を
している。また,財やサービスを自分の住んでいる
調査している。ここで,世帯当たりの所有数量をもっ
市町村で購入しているか,他の市町村で購入してい
て普及率と見ては間違いである点を注意すべきであ
るかについても新たに調査している。
る。1世帯で2台所有しているケースがあるからであ
る。例えば電子レンジの所有量が,1,000世帯で1,200
2.3.2 統計からわかること
(1)品目別の購入店舗
生活用品の購入先として,一般小売店,スーパー,
コンビニエンスストア,百貨店,生協・購買,ディ
スカウントストア,通信販売(インターネット),通
台なら1,200と集計されるが,普及率では,台数にか
かわりなく所有しているかいないかで計算されるの
で,所有していない世帯が100世帯あれば,普及率は
90%となる。
(5)耐久消費財の資産額
信販売(その他),その他別にどこで買っているかが
耐久消費財の所有数量と同時に現在価格を調べて
わかる。購買というのは,職場の購買部での購入の
おり,そこから資産額が割り出されている。耐久消
ことである。購入先の調査は,第1回の調査と,平成
費財の現在価格の割り出し方は,「家計調査」の購入
元年の調査では行われなかったが,その他の調査で
数量と支出金額から平均購入単価を算出し,購入し
はすべて行われている。例えば,兵庫県における生
てから何年たっているかという「全国消費実態調査」
協・購買での1か月間の卵の支出額といったことがわ
からの数字で残存価値を評価している。
かる。
(2)年間収入額
(6)住宅・宅地の資産額
住宅・宅地については,現住居とそれ以外の住居
年間収入額の19階級別の世帯割合がわかるととも
のそれぞれの資産額がわかる。住宅の資産額の割り
に,平均額がわかる。また収入階級別の耐久消費財
出しは,国土交通省の「建築物着工統計」の住居専
の所有数量,普及率がわかるので,製品によってター
用建物の工事費予定額および床面積から建築単価を
ゲットとする収入階級を推し量るのに便利なデータ
算出し,建築時期からの経過年数で残存価値を評価
が得られる。単身世帯では,男女,年齢階級別の同
している。また,宅地は国土交通省の「地価公示」
様なデータがある。例えば,年収が500万 ~ 600万円
の標準値または土地情報センターの「都道府県地価
で30歳未満の単身女性のファクシミリの1,000世帯当
調査標準価格一覧」の基準値の1m2当たり評価額を基
たりの所有状況といったことがわかる。
に算出している。
(3)勤労者世帯の1か月間の収入の内訳
ここで勤労者世帯というのは,サラリーをもらっ
(7)ライフステージ別の収入と支出
家族の構成,長子の就学状況別(小・中・高・大)
て生計を立てている人が世帯主である世帯のことで
に収支状況などがわかる。例えば,ライフステージ
ある。月々の収入は,勤労者世帯と無職世帯のみ状
を4つに分けて,収入と項目別の支出額を見ることが
況がつかめる。内訳としては,勤め先の収入,その
できる。4つのステージとは,①夫が30歳未満で,夫
うち世帯主の収入,配偶者の収入,そして,事業収入,
婦のみの世帯,②夫婦と子供2人の世帯で長子がま
内職収入,財産収入,仕送り金,受贈金などがある。
だ就学してない段階,③同じく長子が大学生の段階,
(4)県別の耐久消費財の普及率
システムキッチンなどの住宅設備機器,電子レン
④夫が60歳以上で夫婦のみの世帯,といったケース
である。
ジなど家事用耐久財,ルームエアコンなど冷暖房用
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(8)現金,クレジットカード・月賦などによる購入
形態別支出金額
品目別に,現金かクレジットカード,月賦,掛買
りの値に計算し直されている。例えば,調査期間中
である9月~ 11月に火曜日が12日あったとしたら,
火曜日の購入額に12分の10を乗じて算出している。
いで購入したか等の購入形態が,購入先別にわかる。
平成21年の調査では購入形態に電子マネーも加わっ
た。
(9)共働き世帯など世帯の特性別の購入実態
特定世帯として,夫婦共働き世帯(その内訳とし
て夫婦ともに勤労者の世帯),無職世帯,高齢者夫婦
2.3.3 読む上での注意点
大規模調査とはいえ,詳細な分類になると回答数
が少なく,標本誤差のゆれが大きくなり,値への信
頼度が低くなることを念頭において数字を読むべき
である。
世帯,夫婦と未婚の子供のみの世帯で世帯主のみが
有業者の世帯といった区分けがある。
(10)こづかい額
「消費動向調査」は,消費者の意識の変化,サービ
世帯としての家計簿とは別に18歳以上の世帯員に
スなどへの支出,主要耐久消費財などの保有および
個人収支簿を渡してつけてもらい集計している。こ
購入状況,住宅の購入状況などを迅速に把握し,景
づかい消費支出とは,個人の自由裁量による消費支
気動向判断の基礎資料としているものである。昭和
出のことである。ただし,主婦などの家計簿記帳者
32年9月から調査を開始し,平成16年度からは「月次
はこづかい帳に記入せずに,家計簿に記入する。調
消費動向」および「単身世帯消費動向調査」と統合し,
査結果には世帯主の配偶者のこづかいについての値
内閣府経済社会総合研究所によって月次調査として
が表章されているが,主婦が家計簿記帳者であるこ
実施している。
とが多いためサンプル数は少ない。調査は1か月間の
調査時期は毎月1回で,調査時点は毎月15日であ
みである。小学生~高校生に渡しているこづかいは,
る。ただし,調査項目すべてを毎回聞いているわけ
ここでのこづかい消費支出とは異なる。渡したこづ
ではなく,6月,9月,12月および翌年3月の年4回の
かいを何に使ったかを家計簿記帳者が聞き,家計簿
調査においては調査項目が多くなっている。また例
に記入している。
えば,耐久消費財の普及率は,3月にのみ調査を行っ
(11)市区町村別の世帯ごと収支実態
ている。
市区についてはすべてが対象となっており,町村
調査客体は2人以上の一般世帯,単身世帯から3段
については約5分の1が対象となっている。一般に販
抽出によって選ばれた6,720世帯(2人以上の一般世
売している報告書には記載がないが,インターネッ
帯5,040世帯,単身世帯1,680世帯)である。
トおよび総務省統計図書館,都道府県の統計課にて
調査世帯は15か月間継続して調査し,別の世帯に
閲覧用に供している資料,「全国消費実態調査 地域
交替する。世帯は,
全調査世帯を15のグループに分け,
別統計表」には,市区町村別の収入と支出の内訳,
グループごとに15か月後に別の世帯に交替する。個々
耐久消費財の普及率,住宅・宅地・耐久消費財の資
のグループは調査世帯全体の15分の1の約450世帯と
産額が掲載されている。
し,毎月1グループずつずらして調査を開始する。1
(12)曜日別の支出額
586
2.4 消費動向調査(内閣府)
グループずつずらしているのは,調査サンプルが変
月曜日から金曜日までの各曜日ごとと,平日,土
わることによって発生する非連続性をできるだけ小
曜日,そして休日の平均値として日曜日,祝日のそ
さくするための処置である。住居の移転等で調査を
れぞれの平均値が計算されている。値は10日間当た
継続することができなくなった世帯は,代替世帯を
統計情報活用への招待
選定して残りの月の調査を行う。
この調査で一般に最もよく利用される調査内容は,
するのが難しい。1年間のうちでわずか2 ~ 3日間し
か売れない特殊な商品である。
「家計調査」の2人以
耐久消費財の普及率である。50品目近い耐久消費財
上の世帯については,日別の消費支出をとらえてい
の普及率調査が毎年3月に行われている。地域別,都
る。図2は2010年12月におけるクリスマス前後のケー
市の人口規模別,世帯主の年齢階級別,年間収入階
キの購入額を表したグラフであるが,23日から25日
級別,住宅の床面積別などでわかる。時系列の数字
かけての購入額が突出している。クリスマスケーキ
を追うことにより,製品のライフステージをうかが
の上位概念であるケーキの消費支出だが,クリスマ
い知ることもできる。
ス前後の突出部分がクリスマスケーキの支出額と見
景気動向を把握する調査であることから,過去3か
られる。
月間で耐久消費財を購入したか,耐久消費財の買い
12月において,23日~ 25日を除いた世帯当たりの
替え年数,買い替えた理由,今後3か月以内に購入す
支出額の平均は,22.21円である。一方,23日~ 25日
る計画があるのかどうかを調査している。また,過
の3日間における平均は,238.04円である。その差額
去3か月間で国内旅行,海外旅行に行ったか,その金
である215.83円に3日間を乗じた額である647.49円が
額を調査している。
クリスマスケーキの支出額と想定される。2010年12
サービス支出の予定として,高額ファッションな
月の2人以上の世帯数を総務省の「労働力調査」で見
どのおしゃれ着,家庭教師などの補助教育費,ゴル
ると,3,392万世帯である。支出額に世帯数を乗じて
フなどのスポーツ費,コンサートなどの教養費,カ
220億円を算出した。
ラオケなどの娯楽費,レストラン利用などの外食費,
単身世帯については,四半期別の数字があり,1 ~
ハウスクリーニング,食材宅配などの家事代行サー
3月期,4 ~ 6月期,7 ~ 9月期のケーキの平均支出額は,
ビスについて,今後3か月間に現在よりも増やすか減
547円である。クリスマスを含む10 ~ 12月期の支出
らすか,あるいは支出予定がないかなどを聞いてい
額は,833円である。その差である286円がクリスマ
る。
スケーキ分と見ることができよう。単身世帯の世帯
さらに,今後半年間暮らし向きはよくなると思っ
数は,総務省の「労働力統計」で見ると,1,534万世
ているかどうかの調査から消費者意識指標を算出し
帯であり,支出額を乗ずると44億円を算出すること
ている。
ができる。
3. 家計に関する統計の活用事例
したがって,クリスマスケーキが家庭で食された
市場規模は,2010年においては,その合計である264
3.1 クリスマスケーキの市場規模の推定
「家計調査」において,ある品目の1世帯当たりの
消費支出と世帯数を乗ずることにより市場規模を算
出する方法がある。ここでは,クリスマスケーキの
市場規模を算出した例をご紹介する。なお,実際に
は外食においてクリスマスケーキを食するケースが
あると思われるが,今回の算出では外している。
クリスマスケーキは,洋菓子店で製造販売されて
いる率が高く,メーカーサイドから市場規模を把握
円
500
437
450
400
350
300
250
200
160
150
117
100
50
18
27
32
25
16
17日
18日
19日
20日
21日
35
26
15
26日
27日
0
22日
23日
24日
25日
総務省「家計調査」より作成
図2 平成22年12月のケーキの支出額(2人以上の世帯)
587
情報管理
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億円と見ることができる。
3.2 家庭におけるコーヒー・ココアの贈答額
お中元やお歳暮などの家庭でのギフトの額につい
ては,総務省の「家計調査」から計算できる。用途
分類と品目分類があり,用途分類の種類別の支出額
通信販売
ディスカウント (インターネット) 通信販売
0.3%
(その他 ) 0.2%
ストア・量販
専門店 18.5%
その他 1.2%
生協・購買
一般小売店
3.9%
16.8%
百貨店 2.7%
スーパーストア
50.7%
は自分の家庭のための購入額である。つまりギフト
コンビニエン
スストア 5.3%
用を除いたものであるので,トータルの数字である
総務省「平成 21年全国消費実態調査」を基に作成
品目分類との差額がギフト用と考えることができ
図3 ビール購入先店舗の業態
る。「平成22年 家計調査」の総世帯の値をインター
ネットで見ると,コーヒー・ココアの用途分類での
3.3 ビール購入先店舗の業態
支出額は715円/月だから,年間では,8,580円とな
ビールがどのような業態の店舗でどれだけ家計消
る。品目分類では年間9,142円なので,その差額562
費者に売られているかについては,販売と購買が裏
円がギフト用であり,わが国全体の家計でのギフト
腹の関係であることに着目して,「家計消費者がどの
金額を求めるために世帯数を掛け合わせると,562円
ような店でどれだけ買っているか」という視点から
×4,919万世帯=約276億4,500万円となる。なお,世
総務省の「全国消費実態調査」が使える(図3)
。
帯数は,平成22年の「労働力調査」からとったもの
である。総世帯は,2人以上の世帯と単身世帯の支出
額を加重平均した値である。
次回は,分野別のテーマとして,就業・賃金の公
的統計の中から主要な統計について,調査の概要,
統計からわかること,活用方法などをご紹介する予
定である。
588
リレーエッセー ●インフォプロってなんだ?
What I do, study, and think as an information professional
ͼϋέ΁ίυ̺̽̀̈́ͭȉ
জ͈ॽমĭġġ‫͍ڠ‬ĭġġ̷̱̀ࣉ̢
లȁġȁġٝ
ĴIJ
ఱോȁ࿹ࣝ
඾ॲ‫ڼުࢥڠا‬৆ٛ২ȁ౶എ़ॲ໐
情報管理 54(9), 589-590, doi: 10.1241/johokanri.54.589 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.589)
はじめに
薬学部卒業後,化学メーカーに入社し一貫して情
目的を明確に,検索の前準備が肝心
当時,
接続時間への課金はまさに「時は金なり」で,
報に携わり二十数年。一企業の一情報担当の守備範
検索を始める前に,構成要素を整理してベン図を描
囲には限界があると感じていますが,インフォプロ
き,各要素を掘り下げて,検索を始めたら臨機応変
の基軸である「情報収集」に関する経験が「情報担
に対応できるように,とにかくよく考えました。お
当として配属されて間もない方」の参考になればと
かげで「検索を始める前の作業」が自然に身につい
考えて,このリレーエッセー執筆のお話を受けるこ
たのかもしれません。現在,社内でエンドユーザー
とにしました。
教育もしていますが,検索に不慣れな方はこの前提
情報担当としてのスタート
が意外に抜けているような気がしています。ぜひと
入社後,配属された特許情報部(現・知的財産部)は,
もベン図を描いて,よく考えるとよいと思います。
「特許」に加えて研究に携わる「情報」の全般をサポー
まず,1つのシステム・1つのデータベースを極めて…
トする部署でした。特許部から名称変更し,情報検
1つ自分の基準とするシステムを決めてメジャーな
索が定着しはじめたころだったと思います。大学4年
データベースをとことん学んでみることはとても有
生のとき,図書館で「文献が簡単に探せる」システ
効だと思います。業務技術範囲に直結していれば検
ムの紹介があり,教授の論文を探したが見つからな
索の機会も多く,どんどん上達するでしょう。
いという経験をしました。この業務に就き,「あの時
基準システムを習得するとその多彩な収録データ
はなんと漏れの多い検索をしていたことか!」と痛
ベースから「何々ができそう!」と好奇心が湧いて
感しました。
きます。初めての調査でも簡単にアクセスできるの
初 め て の オ ン ラ イ ン 情 報 検 索 は,P AT O L I S,
で,担当分野の幅が広がります。またシステム独自
DIALOG,CAS ONLINE(現在のSTN),JOIS(現在の
の便利な機能・独占データベースなどもあるので,
JDreamⅡ)のコマンド検索による化学関連・特許関
主だったシステムにも手を伸ばして下さい。システ
連情報の収集でした。初めてCAS ONLINEで化合物の
ムは共通点も多いので,相違点を比較すると簡単に
部分構造検索をしたときの驚きは今でも忘れられま
習得できます。
せん。ベンダー講習会参加とOJTの教育プログラムが
あるデータベースについて収録方針・索引方針な
交互に組まれ,実習付きの講習会ではここぞとばか
どを知れば知るほど,その限界も見えてきます。ネ
りに「目からウロコが落ちる」いろいろな機能を試
ガティブな意味ではなく,それは「気付きの第一歩」
してみました。
です。基本方針は大きくぶれないとは思いますが,
589
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なんらかの変更があった場合,過去分はとかく機械
的処理や他のデータソースからの導入で埋めるので,
セミナーやユーザー会に参加する
入社当時,主担当だった医薬関連の情報ソースは
変遷の認識は重要です。収録年代も例えば収録国に
多数あり,化学系企業の初心者としては医薬関連と
よりカバー範囲に違いがあります。
名の付くセミナーへの参加で情報を得て乗り切りま
ある情報(文献,特許など)は,複数のデータベー
した。コンテンツをよく理解している方(例えばイ
スにさまざまな形で収録されています。索引データ
ンデクサーなど)が講師のデータベースプロデュー
ベースは書誌事項のほかに独自の客観的な抄録およ
サーのセミナーは得るものが多いのでお勧めです。
び索引を付加することで効率的な情報収集を可能と
また一度聴講した講習会でも経験を積んでから再聴
しています。特許情報の全文データベースは近年充
講すると,不思議と必ず何か得るものがあります。
実して,請求範囲・全文中の語句検索で索引系では
社外に仲間を作る・自社の改善に取り込む
得られない情報収集も可能になりました。言語によ
社外活動への参加も自分を成長させてくれまし
る対応の違い(原語・翻訳(機械・人手)/収録範
た。私の場合は日本アグケム情報協議会や企業研究
囲(項目・年代))や,各国特許情報一括検索につ
会において,問題を共有し解決手段を探索する過程
いてはデータ構成単位(個々の公報・対応特許)の
で人脈を構築することもできました。一企業の業務
特徴に注意してシステムを選択するとよいと思いま
範囲で情報担当がカバーできる範囲には限界がある
す。日本特許で考えてみても日本語・英語のメリット,
ので,相談できる方々との出会いは貴重だと思いま
索引系・全文系のメリットがあります。「何ができて
す。研究会への参加もお勧めです。
何ができないか」の理解があれば,目的に合ったデー
各社の情報担当の方々は情報検索を軸にいろいろ
タベースおよびシステムを選択できるようになると
な業務を兼務している方が多く,その役割は企業に
思います。中国や韓国などの特許も考え方は同じだ
よってさまざまです。社内で現在課せられた業務範
と思います。
囲にとどまらず好奇心をもって,業務改善の提案が
社内での立ち位置を考える・最大限に活用する
できるのではないかと思います。
入社当初は,社内技術情報の蓄積・農医薬の低分
社内講習会開催は自分をスキルアップさせる
子化合物情報の蓄積というオペレーション業務もあ
入社して1年目で社内研究員対象に講習会を開催し
りました。商用データベースの書誌事項のフォーマッ
ました。覚えたことすべてを盛り込み,簡単なテス
ト統一や索引付与方針などの指針を参考にして,社
トまで行い,今考えると少々無謀なものでした。そ
内データベース蓄積に貢献できたと思います。この
れでもスキルを確実にするには教える立場に立つこ
地道な業務により社内の過去から最近までの情報に
とが有効だと思います。もちろんターゲットを明確
携わることができ,研究開発部門からの依頼検索に
にすることは必須ですけれど。
も相乗効果がありました。
最後に
依頼による情報検索において,社内の先輩からは
情報担当に求められるものは時代とともに変化し
いろいろなことを学びました。とにかく人の名前と
てきます。基本はやはり「目的に合った情報収集」で,
顔を覚えて,情報検索を研究に有効に利用できる環
会社全体としてのスキルアップ(情報担当の伝承・
境づくりに努めました。情報担当の業務の基本はコ
エンドユーザーも含む)
は変わらぬ使命です。今後も,
ミュニケーションだと思います。担当分野の会議へ
情報収集を基軸として,情報の加工・解析の手法や
の出席もバックグラウンドの補充に有効です。
システムなど好奇心旺盛に試行して,自社ベストを
追求していけたらと思います。
590
視点 ●技術戦略マップ 3)
技 術 戦 略マップ
3)マップの活用法
経済産業省産業技術環境局研究開発課 加 藤 二 子
情報管理 54(9), 591-594, doi: 10.1241/johokanri.54.591 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.591)
1. 当初想定された利用法
にも,難解になりがちな技術の潮流とその意義につ
いてマップで理解することが可能になるのである。
過去2回の記事では経済産業省と独立行政法人 新
しかし,これらの当初想定された利用法以外に,
エネルギー・産業技術総合開発機構が2005年より策
民間ではより柔軟に技術戦略マップを活用していこ
定している技術戦略マップについて,その意義や経
うという動きがあることがわかってきた。
緯と具体的なマップの作り方の事例を説明した。取
り上げた事例は技術戦略マップ2010の医療機器分野
2. 企業の導入事例
についてローリング(改訂)現場でどのような作業
が行われたかについてであり,さまざまなアイデア
2.1 外部環境把握ツールとして
を有する関係者が将来像を描いてみることで,自分
2010年に経済産業省がオープンイノベーションに
たちがどのような未来にしたいのかを確認できる場
ついて行った調査1)では,企業が行う研究開発の9割
だったということである。
は既に企業が保有している技術の改良であり,事業
国が策定した技術戦略マップは,企業に自社技術
化や商品化まで3年以内を見越しているものに対して
を俯瞰し商品化に向けた研究開発を行うためのツー
の投資割合が多いことが判明した。さらには,厳し
ルとして多く取り入れられている。業界団体の単位
い経営環境の影響を受け短期的な研究開発が以前よ
では関係者間における知識の共有やコンセンサスの
り増えていると回答している企業が4割に上った。
形成を目的として作られており,過当競争や重複投
一方で回答数としては多くはないが,現時点では
資の回避につながり産業全体の効率を向上させる役
市場が形成されるかが不明確な非連続型の研究開発
割が期待されている。
に積極的に投資する企業も存在することがわかっ
また,これはどちらかといえば政策立案者の用途
た。国内の材料系のとあるメーカーでは,新しい分
であるが,2 ~ 3年で異動を繰り返す中央省庁や独
野の開拓のために研究開発費の1割を充て,研究者が
立行政法人の担当者に,一貫した技術政策を念頭に
テーマにしている分野のトップランナーを3人見つけ
置くためのガイド的な役割も果たしている。例えば
てくることを課しているところもある。また,バイ
予算要求の経済産業省内のプロセスでは,特に新規
オ系のメーカーでは中央研究所の職員に職務として
予算について技術戦略マップでの技術的な位置づけ
与えられたテーマとは異なるいわゆるアンダーグラ
について問うこともある。職員の異動のタイミング
ウンド研究を行うことを認めているところもある。
は,来年度のための予算要求の作業時期を挟むケー
経営が求める短期的投資・回収が自動車のモデル
スが多く,まったく違う分野から異動してきた職員
チェンジや家電のマイナーチェンジのような既存技
591
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術への投資に偏って行く中,自らの市場を破壊する
市場規模予測は,技術開発戦略を策定する上で重
ほどインパクトを持つ可能性のある非連続な研究へ
要な指標となるが,それを公に提供しているリソー
活路をつなげていくためのガイドとして,31もの分
スは限られているし,あったとしても古い時代のも
野をカバーした技術戦略マップが活用されている。
のであったりする。前述の製薬ベンチャーの場合は,
技術戦略マップは半導体分野やロボット分野など,
国が策定している技術戦略マップにその根拠がある
産業を切り口とした内容で構成されているものもあ
ということで有効活用してもらったが,このように
れば脱フロン対策分野,化学物質総合管理分野,エ
技術戦略マップにおいては単なる技術開発の予測の
ネルギー分野など課題解決の観点で策定されている
みならず,研究開発を取り巻く政府の動向や特許出
ものもあるので,この1冊で広く産業を取り巻く情勢
願の状況なども含まれており,より広い視点で技術
を俯瞰し研究することが可能である。
の行く末を予測するのに役立っている。
2.2 ペースメーカーとして
3. 個人の導入事例
一方経営の視点からすれば,自社の技術が業界の
水準より常に一歩先んじていくことを今後の研究開
これまで紹介した例はどちらかといえば企業や業
発計画に盛り込みたいところである。機械系のメー
界団体を中心とした技術戦略マップの活用法であっ
カーでは,技術戦略マップのうち技術ロードマップ
たが,アンケートの中では個人のユニークな利用法
に記載されている個別技術の実現可能な年代より,
についても回答があった。例えば,最近活発に行わ
常に数年前倒しした形での技術開発を目指している
れている異業種交流会などで,名刺交換の際に技術
という。これにより,近年海外との競争が厳しくな
戦略マップから仕入れておいた技術について会話を
る中でも優位な技術が特定できるほか,開発を急が
発展させることである。これは少なくとも名刺の上
なければならない技術が判明しやすくなる。
からしか読み取れない情報で互いの関心が終わって
また,技術戦略マップが毎年改訂されているとい
しまうのではなく,技術に踏み込んだ内容で話が深
う特徴のもとに,改訂前と改訂後で技術がどの程度
まるという点で双方にメリットがある。万が一異な
変化したのかを知ることができる。企業だけでなく
る技術分野の話であっても話のきっかけとしては十
アカデミアの動きもローリングに含められるので,
分展開可能な話題となり得る。
新たな産学連携の契機となることもあるかもしれな
い。
数は多くないが,就職活動を終えた学生からも技
術戦略マップを活用したという体験を聞いたことが
ある。理系の学生にとっては,自らが専攻してきた
2.3 社内コンセンサス確立のため
筆者が経済産業省研究開発課でライフイノベー
にどのような技術が存在するのか知っておくことは
ションの研究開発の担当になったばかりの頃,関西
重要であると思われる。文系の学生でもこれまで聞
のある製薬ベンチャーから医薬品の将来の市場規模
いたことがなかった技術がどのような形で社会生活
についての質問を受けたことがあった。とっさに技
に取り込まれていくのか,2025年という時間軸の中
術戦略マップの創薬・診断分野での数字を調べ教示
で自らの仕事を重ね合わせることは有益な作業と思
したが,その質問の理由が「創薬のトレンドを知ら
われる。
ない経営層にバイオ医薬品研究開発の正当性を納得
してもらうため」と聞いて合点がいくことがあった。
592
分野と入社を希望する企業の製品やサービスとの間
視点 ●技術戦略マップ 3)
4. 海外への展開と問題点
略コミュニケーションに多くの示唆を残したが,公
開にあたってどの分野をどの位の情報量で埋め,誰
日本国内の技術に関するコミュニケーションツー
と共有するためのツールとするか,あるいは誰と競
ルとして機能してきた技術戦略マップであるが,そ
争する時に用いるツールとするかについての議論が,
の内容は策定を始めた2005年よりすべて公開されて
これまであまりなされていなかったことは反省すべ
おり,2010年版までは無償で配布もされている(2010
き点かもしれない。
年版より送料のみ要負担)。これは技術戦略マップの
存在をより多くの人に知ってもらい,それを活用す
5. マップよりマッピング
ることで各界に新たな技術の潮流を踏まえた新規分
野への参入を促すという目的もあった。実際に利用
過去2回の記事に共通して書いているが,
「マップ
者からは,これまで成長分野として参入のタイミン
よりマッピング」,やはり今回もこの言葉に尽きると
グをうかがっていた分野への道しるべになったとい
思う。ロードマップ策定の一番大切な要素はその結
う感謝の声も聞かれた。
果に表れた1つの図表ではなくそれを製作する過程で
ところが,この版権なしの完全無償配布が思わぬ
あること。さまざまなアイデアを有する関係者の間
方向から再検討を余儀なくされる方向となった。引
で1つの将来像を描いてみることが,自分たちがどの
き金となったのは,技術戦略マップ2008年版あた
ような未来を目指したいのか再確認する上でも役に
りから外国語のコピーが公開後すぐに出回るように
立つことはこれまで説明した。この記事を通じて読
なったという事態である。このマップを一度でも手
者に本当に言いたかったことは,技術戦略マップの
に取ってみていただいた方ならご存知のように,技
素晴らしさではなくその作成の過程を通じて多くの
術戦略マップは各分野の詳細な技術動向や研究開発
ことが得られるということである。既に公開された5
トレンドが記載されており,現行の国家プロジェク
年分のマップの一部をつまみ食いして自らの技術分
トが関与する技術も記載されている。その作成を引
野の検討材料とすることも1つの使い方であるし,発
き受けている検討委員会メンバーの中には自らがよ
行に関わった者としてはそれはそれでしっかりと活
りよく知る分野であるがために,有する知識のすべ
用してもらっていると感謝しなければならないだろ
てをつぎ込む識者もいる。それが業界全体で既に共
う。しかし,もう一歩先に進んであなたならそのマッ
有されているトレンドであれば問題はないが,国が
プをどう書き換えたいか,誰と一緒に書き換えてそ
まさに進めようとしている最先端の技術開発の概要
れで将来どんな世の中にしていきたいか,そこまで
がそこに現れてしまうと,その先に待っているメー
カーにとっては海外の競合者に手の内を明かしてし
まうことになり都合が悪いこともある。もちろん海
外の競合者に日本の技術開発のトレンドを伝達した
上でそこから新たに始まる戦略というのも存在する
かもしれないが,最初から海外が受けるインパクト
を考慮せずに記載されてしまったものもあり,その
公開については当初から異議を唱える人もいた。
この技術戦略マップの翻訳事例は海外との技術戦
執筆者略歴
加藤 二子(かとう つぎこ)
1998年4月 通商産業省(現 経済産業省)入省(基礎
産業局総務課)
。1999年4月 基礎産業局化学兵器・麻薬
等規制対策室,2002年5月 産業技術環境局標準課環境生
活標準化推進室に勤務。2004年7月 米国ノースカロライ
ナ州立大学政治学科客員研究員。2005年5月 経済産業省
化学物質管理課,2008年5月経済産業省産業技術環境局
研究開発課(在職中)。また2010年4月より東京女子医
科大学・早稲田大学大学院共同先端生命医科学専攻(レ
ギュラトリーサイエンス)。長崎県出身。
593
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
December
考えることができると,このマップのオーナーシッ
http://johokanri.jp/
いだろう。
プは既にあなたの手元にあると言っても過言ではな
参考文献
1) 経済産業省 産業構造審議会産業技術分科会 第30回研究開発小委員会. 我が国の研究開発の状況に
ついて. 2011, p. 9-10. http://www.meti.go.jp/committee/summary/0001620/030_04_00.pdf, (accessed
2011-10-22).
594
ランダム・ウォーク半世紀 ●30年前:オフィス・オートメーション
Random walk for a half century
ҹӃҐҰ˾
Ѷѹ̔ѿ
༴పࠦ
30年前:オフィス・オートメーション
名和小太郎
情報管理 54(9), 595-597, doi: 10.1241/johokanri.54.595 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.595)
1960年 代 後 半, 私 は 工 場 の 係 長 と し て,M T P
代の汎用大型コンピュータであった。さきに,企業
(Management Training Program)という訓練プログ
における事務管理とは,当の企業内の全メンバーに
ラムを受けたことがある。このプログラムは占領軍
対して,コンピュータのリズムに合わせてラジオ体
が置き土産として日本の産業界に残したものであり,
操をさせることだといった(『情報管理』54巻4号本
いわば下士官教育を企業内教育用に再編集したもの
欄)
。これは,
「統制の限界」を,事業所単位あるい
であった。
は全社へと,つまり10の自乗ないし10の4乗のオー
後年,データ整理のためのK J法を知ったとき,こ
ダーへと拡張することを意味した。
れはM T Pで学んだ黒板の使い方そのものではないか,
などと思ったものである。熟練と努力がすべてといっ
社員にラジオ体操をさせようとしたのはなぜか。
た日本の企業風土のなかでは,このプログラムの論
たとえば,社内を流通する伝票に誤りが多発してお
理性は新鮮であった。わずか40時間のカリキュラム
り,これを抑えるためであった。この誤りの減少を
ではあったが。
狙ってすでに伝票のワン・ライティング・システム
M T Pのプログラムでもっとも私の記憶に残ってい
が導入されてはいたのだが。コンサルティング会社
るものは「統制の限界」(span of control)という概
に調査させたところ,私たちの会社の場合,伝票の
念であった。それは,人間の管理力には限界があり,
誤りは10%を上回っていた。
その管理対象は「7±2」の数を超えることはできない,
コンピュータは間違った伝票をはじくための格好
という法則であった。その含意は,部下が7人以上に
の道具となった。そのためにフールプルーフの機能
なると,その組織のまとまりが崩れる,ということ
が組み込まれた。だが,この機能に真っ向から反対
にあった。
する人もいた。それは,たとえば腕利きの営業担当
このとき,講師はこの「7」というマジック・ナンバー
者であった。フールプルーフは同時にいわばクレバー
は,ジョージ・ミラーという心理学者がコンピュー
プルーフ(?)の機能も示し,結果として現場の暗
タのオペレータの行動を観察しているうちに発見し
黙知なども抑え込んでしまったのであった。
た短期記憶に関する経験則である,とつけ加えた。
「統制の限界」の対象は,人間にとっては相手の仕
この短期記憶の法則を「統制の限界」に置き換える
事ぶり,意欲,業績など,ファジーではあるがあら
のは,いまにして思うと論理に飛躍はあるが,にも
ゆる要素にわたった。だが,コンピュータに移され
かかわらず,人間の認知的な管理能力に限界がある
ると,それは伝票上の数値の桁数だったり,起票の
という理解は真であろう。
タイミングであったり,そうしたデータに還元され
てしまう。この意味では,コンピュータは「統制の
この「統制の限界」を拡張する道具,それが70年
限界」の拡大装置ではあったが,それは数量化でき
595
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る対象に限られた。これでは現場の人間にインセン
報告することを求めていた。私はS製鉄のシステム部
ティブを与えることはできない。
長に聞いた。あなたのところでは設置数を把握して
いるのか,と。不明だよ,仕方ないので前年の10%
いっぽう,1970年代になると,コンピュータのダ
増の数字を報告している。これが答えであった。
ウンサイジングが現実のものとなり,ミニコンが普
及してきた(
『情報管理』54巻6号本欄)。それは,ま
ここで思い出してほしい。事務機械化の狙いは全
ず研究部門のデータ解析用や設計部門のC A D用とし
社員にラジオ体操をさせることではあったが,それ
て導入された。
は全社員からソロバンや手回しの計算機を取り上げ
私も70年代前半に小型の専用機を使い,その使い
ることでもあった。O Aは,この本来の狙いに逆行す
勝手のよさに驚いたことがある。私たちの会社には
るものとなった。現場には,オフコンなどが,高機
繊維事業部門があり,そこがアパレル企業向けのサー
能のソロバン,手回し計算機としてばらまかれるこ
ビスとして,型紙作成の自動化つまりC A Dに挑戦し
ととなった。
たのであった。
結果として,企業内には,特異なキーボード配列
まず,ディスプレイが高額であった。つぎに,計
をもつワープロ,200ボルトの電源を必要とするオフ
算結果がディスプレイ上に現れるのに数十分もか
コン,管理者不在のPBXなどが導入されるようになっ
かった。さらに,入力はディスプレイ上にライト
た。部分最適化が優先され,全社の最適化は二の次
ペンで描く方式であったが,そのライトペンの扱
となった。システム部門が70年代に確立した「統制
いにくさによってディスプレイ上の線はジャコメッ
の限界」の拡張は,ここで退行せざるをえなかった。
ティーの作品のように震えた。にもかかわらず,こ
ということで,私はO Aについては懐疑的,悲観的
のC A Dは大型コンピュータのできないことを実現し
な展望をもつようになった。やがて企業のなかには,
ていた。
システム部門で管理できないデータ,コード,そし
このC A Dの装置の周りにはデザイナー嬢が群がっ
てソフトウェアが氾濫するだろう,それは企業内の
た。システムがユーザーを引き寄せることなど,事
秩序を壊すだろう――これが私の懐疑論の骨子で
務計算の分野では見られない光景だった。「統制の限
あった。
界」という概念は,ここではまったく消えていた。
私のO A懐疑論――「統制の限界」拡張への懐疑論
1980年代に入ると,ミニコンは事務所内にも「オ
――はビジネス界の外に思わぬ反応を生じた。それ
フコン」として侵入してきた。「オフィス・オートメー
までは情報システムは,いわばオタクの世界の話で
ション」という合言葉が生まれた。たちまち「O A」
あった。だがこの時代,O Aという流行語はバズ用語
という流行語になった。
となった。私は企業情報システムを論じていたつも
メインフレームの時代,システム部門はコンピュー
タの導入を全社にわたり,仕切ることができた。だが,
―誤読(?)――してくれた読者がいた。
O A時代になるとコンピュータの価格は低下し,現場
その第1は,O Aはオフィス内の部分最適化を実現
の部長級の裁量でも導入ができるようになった。そ
し,そのために雇用を減らすのではないか,という
の結果,社内にはシステム部門で把握できないコン
反応であった。当時,第2次石油危機の直後であり,
ピュータが置かれるようになった。
従業員に自宅待機をさせる企業も少なくなかった。
通産省は,毎年,企業にコンピュータの設置数を
596
りであったが,これを社会的な関心事として読解―
1979年,猪瀬博先生から「マイクロエレクトロニ
ランダム・ウォーク半世紀 ●30年前:オフィス・オートメーション
クスと雇用」について研究会を設けるので参加せよ
い。当時,多くの自治体は住民基本台帳の電子化を
とのお話をいただいた。OECDのICCP(Working Party
図っていた。だが,少なくない自治体がその電子化
on Information,Computer and Communications
を,一望監視システムを危惧する住民から阻まれて
Policy)が,上記課題に対する日本の解答を求めてき
いた。そのような自治体が私のO A懐疑論を反一望監
た,ということであった。
視論と誤解したらしい。
ここで研究会の報告を紹介することは控える。た
ということで,私はK市から住民集会に呼ばれ,べ
だ,このときに私はさきに示した型紙の自動化のと
つのK市から個人情報保護条例の制定を手伝わされ,
きにみたことを思い出した。この自動化によって当
T県,M市などからシステムの点検を求められるよう
の作業時間は大幅に減少していたが,だからと言っ
になった。私は自分に対する誤解を解くことはあき
てスタッフが時間をもてあますということはなかっ
らめ,O A懐疑論のさらなる一般化を試みた。私はそ
た。仮に,自動化によって作業時間が10分の1になっ
れを「情報社会にはアナーキズムがはびこる」とい
たとすれば,当のスタッフは当の作業を条件を変え
う雑文にまとめ,あるビジネス誌に投稿した。
つつ10回繰り返し,そのなかから最良のものを選ん
これがまた思わぬ機会を私にもたらした。まず,
でいた。つまり,自動化は省力ではなく,業務の品
外務省の外郭団体がその記事を英語と仏語に訳して
質を向上させていた。
海外にばらまいてくれた。どなたかが誤読したとし
問題は,単純な事務作業にも同種のことを期待で
か思えない。だが,この翻訳をさらに誤読した国際
きるか否かにあった。この点について,私はしかと
的な商社があった。その商社は,アナーキズムのあ
した結論を示すことができなかった。
るところに事業機会あり,と受け取ったのであった。
私はその商社の求めに応じ,海外企業との合弁など
反応の第2は,O Aは社会の一望監視システムへの
を検討するコンサルタント役も演じた。
地均しとなるだろう,したがってO A懐疑論は甘い見
方だ,という批判であった。ジョージ・オーウェル
ということで,
「統制の限界」拡張への懐疑論によっ
が管理社会の到来を予言した1984年が目前に近づい
て私は意外な反応と出会うこととなった。その結果,
てもいた。
私のランダム・ウォークは際限なく続くこととなっ
私のO A懐疑論は思わぬところで評判になったらし
た。
参考資料
a) 猪瀬博監修. マイクロコンピュータは失業を生むか. コンピュータ・エージ社, 1981, 256p.
b) 後藤俊夫. 忘れ去られた経営の原点. 生産性出版, 1999, 449p.
c) 名和小太郎. 衣装デザイン事始め. システム工学会誌. 1979, vol. 3, no. 1.
d) 名和小太郎. いま会社を直撃しているオフィス革命とは. 朝日ジャーナル. 6月9日号, 1981.
e) 名和小太郎. 情報社会にはアナーキズムがはびこる. エコノミスト. 11月21日号, 1983.
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中日機械翻訳技術協力シンポジウム
場 所
日 程
20 11 年9月2 6日(月)∼ 2 7日( 火 )
主 催
場 所
北 京 世 紀 金 源 大 酒 店( E m p ar k G r an d H o te l )
主 催
講 師
中国 科 学 技 術 信 息 研 究 所 ,科 学 技 術 振 興 機 構
後 援
講 師
中華 人 民 共 和 国 科 学 技 術 部 ,日本文 部 科 学 省 ,在中国日本 国 大 使 館
情報管理 54(9), 598-600, doi: 10.1241/johokanri.54.598 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.598)
1. はじめに
システムを実用レベル直前にまでこぎ着けた。これ
中国では近年学術論文数および特許申請数も急増
を今後,中国と日本とで協力し,中日間の技術情報
し,学術論文は一部を除いて中国語での発表が増大
交流に利用可能な翻訳システムとして完成させるこ
しているほか,国の特許戦略のもと特許・実用新案
とが望まれる。
も2015年までに年間200万件に増やす計画も発表され
このような状況の下,来年には日中国交正常化40
ている。また日本から発信される学術論文も,研究
周年を迎えるにあたり,新たな研究分野で日中共同
開発の裾野の広がりにより日本語が主となる分野も
研究の新時代を切り開くことを目的として,2011年9
ある。このような科学技術情報の母国語での発表の
月26日(月)
・27日(火)
,中国科学技術信息研究所
増加により,言語が中日両国の科学技術情報の双方
(I S T I C)とJ S Tの主催で,中国科学技術部,日本文部
向の流通の障害となっているものと懸念される。こ
科学省,在中国日本大使館の後援を得て,中日機械
うした問題を緩和する施策として中日・日中機械翻
翻訳技術協力シンポジウムが北京市で開催され,日
訳技術開発が期待されている。
中の大学,研究所,企業の機械翻訳のトップレベル
日 本 で は,2006年 度 か ら2010年 度 ま で の5年 間,
の専門家が一堂に会した。
科学技術振興調整費の助成を受け,独立行政法人科
学技術振興機構(J S T),京都大学,東京大学,静岡
大学,独立行政法人情報通信研究機構(N I C T)が協
2. シンポジウムの概要
会議は阮湘平・中国科学技術部公使参事官,岩本
力し,「日中・中日言語処理技術の開発研究」として,
専門家が技術文書を読むために使う日中・中日の機
械翻訳システムの開発を行ってきた。
このプロジェクトでは,
以下の3つの項目を達成した。
・日本語と中国語のように言語構造の異なる言語間
の翻訳に適し,かつ,科学技術文書にも対応でき
るような高精度の用例翻訳システムの実現。
・大規模日中対訳コーパスの開発。
・専門用語や新出用語にも対応できるような大規模
な機械翻訳用辞書の構築法の開発。
このプロジェクトにおいて,日中・中日機械翻訳
598
写真1 シンポジウム会場の様子
集会報告 ●Meeting
桂一・在中国日本大使館経済部参事官の開会挨拶で
始まり,続いて,川上伸昭・JST理事,武夷・ISTIC副
所長がそれぞれ主催側を代表してこのシンポジム開
催の意義について説明し,会議参加者に感謝の言葉
を述べた。武氏は日中機械翻訳の重要性,困難性や
日中協力の必要性などについて述べた。その後,長
尾真・国立国会図書館館長,王恵臨・I S T I C教授が
それぞれ基調講演を行った。長尾氏は機械翻訳の第
一人者であり,講演では機械翻訳の歴史,日中機械
写真2 長尾真氏の基調講演
翻訳システム開発の重要性,日中機械翻訳の歩みや
展望などについて述べた。長尾氏は「日中・中日機
械翻訳システムの進展」と題した基調講演の中で,
究発表を行った。研究発表を通じて,双方の技術情
2006年度にスタートした振興調整費による日中機械
報を交換することで現状の機械翻訳技術やその基盤
翻訳プロジェクトは9億円余りをかけ,5年の歳月を
となる言語処理技術の問題点を整理し,これらを解
経て,日中翻訳では90%,中日翻訳では80%弱の完
決して実用的な機械翻訳システムを構築するための
成度と評価したが,同時に実用化を実現させるには
日中間の技術協力の方向性を検討した。活発な議論
中国の協力が不可欠であることをあらためて強調し
を経て,最後に川上氏のまとめでシンポジウムは終
た。
了した。
基調講演に引き続き,日本側は本稿の報告者であ
る井佐原が「日中翻訳プロジェクトの概要と関連す
3. 科学技術部訪問
る日本の現状」を報告したのに続いて,黒橋禎夫・
シンポジウム終了後,日本側の代表は中国科学技
京都大学大学院情報学研究科教授,中川裕志・東京
術部を訪れ,曹健林・科学技術部副部長をはじめ,
大学情報基盤センター教授,梶博行・静岡大学情報
阮湘平・科学技術部公使参事官,徐捷・国際合作司
学部教授,中岩浩巳・NTTコミュニケーション科学基
処長,姜小平・調研員と会談し,機械翻訳システム
礎研究所研究員,内山将夫・情報通信研究機構主任
に関する日本側のこれまでの事業について説明し
研究員,菊池俊一・科学技術振興機構主任調査員の
た。曹副部長は中国科学院副院長在職時に,科学院
7名が研究発表を行った。中岩氏以外の6名は振興調
の自動化研究所,計算技術研究所などの機械翻訳研
整費による機械翻訳プロジェクトの研究メンバーで
究に関わっていた。科学技術部に赴任後も継続して
あった。中国側からは劉群・中国科学院計算技術研
情報技術を担当しており,情報技術の応用に非常に
究所教授,孫楽・中国科学院ソフトウェア研究所研
興味を持っており,日中機械翻訳の研究開発につい
究員,荀恩東・北京言語大学教授,宗成慶・中国科
て協力したいという意向を表明した。現在,中国は
学院自動化研究所研究員,胡国平・迅飛研究院副院長,
フランス,ドイツ,イギリス,イタリア,ロシアと
張鈞勝・中国科学技術信息研究所博士,于浩・富士
大規模な国際共同研究プロジェクトが進行中であり,
通研究開発中心有限公司(F R D C)研究員,孟瑶・富
アメリカとも1.5億ドルを出し合って,クリーンエ
士通研究開発中心有限公司(F R D C)博士,趙鉄軍・
ネルギー開発を研究テーマとする国際共同研究プロ
ハルピン工業大学教授,朱靖波・東北大学教授,陳
ジェクトを開始した。日本とはまだこのような大き
家俊・南京大学博士,史暁東・アモイ大学教授が研
なプロジェクトはないが,中国は新エネルギーや省
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表1 機械翻訳システムの開発の現状
エネルギー分野で日本との協力を期待しているとの
ことであった。曹副部長は,来年の日中国交正常化
40周年を記念して日中機械翻訳研究協力プロジェク
トをぜひ立ち上げたいと述べた。
この後,両国の主催者は科学技術文献を対象とす
る日中・中日機械翻訳システム実用化に向けての今
後の開発項目及び中日の役割および今後の協力体制
について意見交換を行った。この意見交換を通じ,
双方の研究協力に向けての意欲を再確認し,プロジェ
クトの始動に向けて年内のスケジュールを決めた。
表1 機械翻訳システムの開発の現状
研究機関名
翻訳手法
翻訳方向
構文解析
対訳コーパス(分野)
京都大学
Tree-to-Tree
日<->英
日<->中
中<->英
日・英・中
日英100万文(論文)
日中70万文(論文)
NTT
Hiero
Tree-to-String
日<->英
英
なし
中国科学院
ソフトウェア研究所
Tree-to-String
中->英
中
なし
中国科学院
自動化研究所
String-to-Tree
Tree-to-String
Tree-to-Tree
日->中
英<->中
など
中・英
なし
ISTIC
Rule, Statistical
中<->英
なし
なし
FRDC
Hiero
日<->英
中->英
なし
中英500万文(特許)
日中10万文(特許)
東北大学
Tree-to-String
中->英
中
なし
*本表は,黒橋禎夫・京都大学大学院情報学研究科教授が作られた比較表を元にしている
このスケジュールに基づき,10月末に宮崎において,
より具体的な研究計画が検討された。
サービスを提供するといった発表も行われていた。
表1に日中の研究機関における機械翻訳研究の現状
4. 中国の機械翻訳研究
日本語と中国語とは言語構造が大きく異なるため,
は中国の研究機関である。中国語と英語では構文構
科学技術振興調整費による日中・中日機械翻訳シス
造が近いということも影響しているかとは思われる
テムの研究開発においては,日本語と中国語の双方
が,中国においては,構文解析システムが十分には
に対し構文解析を行うT r e e - t o - T r e eの用例ベース翻
活用されていないことがわかる。日本の持つ機械翻
訳システムを構築した。中国語の解析のために,中
訳への構文解析の適用技術は中国の研究機関にとっ
国語の単語分割・構文解析などの基礎解析技術を独
ても有益なものとなろう。一方,中国語そのものの
自に開発した。しかし中国語の基礎解析技術の精度
解析技術については,日本側が学ぶことも多いと思
は日本語や英語などと比べるとまだ十分とはいえな
われる。
い。解析の精度向上により,機械翻訳の精度が向上し,
機械翻訳の実用化が達成できよう。
今後,機械翻訳システムをさらに高性能化し,実
用に供するためには,双方の技術と知見を活用しあ
今回のシンポジウムに参加した中国の各機関でも
うことが必要である。また近年,機械翻訳システム
中国語の解析技術や機械翻訳技術の研究を行ってい
をはじめとする自然言語処理システムが大規模な言
る。機械翻訳に関しては,中国語と英語との間の翻
語データを学習データとして利用することにより性
訳が中心であるが,中国語を構文解析することによ
能向上を図っていることから,日中双方での研究用
り高精度な翻訳を実現している(Tree-to-String翻訳)
言語資源の相互活用も必要であろう。
例もある。より実応用に近いものとしては,スマー
トフォン上で音声認識技術と翻訳とを組み合わせた
600
を示す。京都大学とNTTが日本の例であり,それ以外
(豊橋技術科学大学情報メディア基盤センター
井佐原均)
この本!おすすめします ●今後の科学技術のために
阿 部 博 之 (独立行政法人科学技術振興機構顧問)
今後の科学技術のために
情報管理 54(9), 601-604, doi: 10.1241/johokanri.54.601 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.601)
以下の4つの著作は,科学技術創造立国の必読の書
か,なぜ予防できなかったのか,科学や技術の無力
であり,未来社会に対する特に日本人の基本姿勢に
感をいやというほど知らされました。もちろんある
関わる指導書であると考えます。
程度の予知や予防はできましたが,被害の大きさを
考えると,敗北したと言わざるをえません。
1. 今道友信著,エコエティカ―生圏倫理学入門
科学技術が人と無関係に単独で被害を生ぜしめ,
2. 同上,科学技術と倫理―21世紀の課題
拡大することはありません。科学技術と社会との関
3. 同上,“好奇心ではなく真理への賛美とあこがれを”,
わりは,人間およびその組織によるのです。原発事
科学技術と知の精神文化Ⅱ,第1部・第2章,J S T
故は典型的な例ですが,関わる人間およびその組織
社会技術研究開発センター編
が,特に「安全」に対して,科学や技術の限界を十
4. 森嶋通夫著,村田安雄・森嶋瑤子訳,なぜ日本
は行き詰ったか
分に理解し,それに専門家およびその組織が責任を
持つこと,そして取り巻く社会に対してだけでなく,
意思の決定者や他の組織に対しても緊張関係を維持
2011年の東日本大震災は,今日の科学技術に対す
る痛烈な批判でもありました。
すること,が不十分でした。そのような基本的なこ
とが改めて問われたのです。
最も極端な批判は,科学技術文明の否定でありま
しょう。否定の可能性の議論は,もちろんあってし
今道友信先生は,今日および未来の科学技術社会
かるべきですが,結論を言えば実現可能な解答はな
と人間の在り方について,新たな倫理学を提示して
いでしょう。なぜならば,人類の否定を意味するか
こられました。著書1 ~ 3がそれに当たります。
らです。人類の特質は,その歴史が示すように,弛
みない創造(creativity)にあるからです。したがっ
て,これまでの科学技術文明の在り方を反省しつつ
『エコエティカ―生圏倫理学入門』今道友信
講談社(講談社学術文庫),1990年,840円(税込)
も,より高度な科学技術社会を求めていくことは確
実であると考えられるからです。これについてもさ
最初にこの本を取り上げます。今道先生は,
環境は,
まざまな議論があってしかるべきですが,ここでは
自然によって構成されているだけでなく,近年は科
未来に向けての高度な科学技術社会の整備,構築を
学技術自体にもよることを指摘し,
これを「技術連関」
前提として,人類ないし日本人がどうあるべきかに
と名付けています。科学技術は,利活用するだけの
焦点を絞ることにします。
対象ではなくなったのです。そしてこのような複合
今回の大災害をなぜきちんと予知できなかったの
的な環境が定着してきたことを踏まえた,新しい倫
601
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JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
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http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.
jsp?b=1589466
の道を示しています。私は,実は最初にこれを読み
圧倒されましたが,市販されていないこともあり,
理学を提唱し,それをエコエティカと呼んでいます。
著書1(『エコエティカ』)を推薦することが現実的と
今回の大災害をあたかも予言したかのように,原
考えました。しかしせっかくなので,この本の一部
発についても触れています。今道先生は,利益のこ
をご紹介します。
とをまず考えるというのは古い考えで,それを捨て
科学技術の進展に伴って,人生が機能的にプロセ
去ることができるときにのみ,人間は原子力を使っ
ス化され,
目前に並ぶものの「選択」に終始し,
「決断」
てよいと言い切っています。
のできない人間が増えてきます。その結果,本当の
当然異論があるでしょうが,噛みしめるべき論点
です。
また,日本ではほとんど話題になっていませんが,
大災害は民主主義のあり方についても問題を突き
リーダーが出なくなり,また,ないものをつくり出
すこと,すなわち創造が,重視されなくなり,人類
とか世界とかを考えるスケールのある人物が育たな
くなることを指摘しています。
付けました。人間と自然の対比から,d e m o c r a c yと
democratismを明確に分け,後者を否定しています。
『科学技術と知の精神文化Ⅱ』
その前提として “人格の平等と能力の不平等” があり,
社会技術研究開発センター編
エコエティカの根本テーゼの1つと位置付けていま
丸善プラネット,2011年,1,575円(税込)
す。日本の民主主義のあり方に対する痛烈な批判で
す。日本人は,敗戦後の一時期を除いて,民主主義
のあり方についての議論をほとんどしてこなかった
ことの付けが回ってきたように私は思いますが,い
かがでしょうか。
『科学技術と倫理―21世紀の課題』今道友信
科学技術政策研究所,2006年,(非売品)
この本は,著書1(『エコエティカ』)をもとに,よ
り明確に科学技術社会に焦点を当てており,未来へ
602
http://pub.maruzen.co.jp/shop/9784863450769.html
この本!おすすめします ●今後の科学技術のために
この本の “好奇心ではなく真理への賛美とあこが
れを” は,著書1(『エコエティカ』)のエコエティ
カの補足,発展とみることができます。この題目
は,特に最近の大学研究への警告と言えるでしょ
う。この本の中にある,2つの徳目,responsibilityと
accountabilityの比較は目を開かせてくれます。日本
ではaccountabilityを「説明責任」と訳していますが,
これは過去思考であり,responsibilityは誠意ある未
来志向で,両者を明確に区別しています。特に高度
科学技術社会におけるさまざまな意思決定が「共同
執筆者略歴
阿部 博之(あべ ひろゆき)
科学技術振興機構顧問。
責任」co-responsibilityによることを考えると,この
1936年生まれ,1959年東北大学工学部卒,日本電気株
ことが,今後の倫理学の大きい命題であると述べて
式会社入社(1962年まで),1967年東北大学大学院工学研
います。
究科機械工学専攻博士課程修了,工学博士。1977年東北
大学工学部教授,1993年東北大学工学部長・工学研究科長,
1996年東北大学総長,2002年東北大学名誉教授,2003年
『なぜ日本は行き詰ったか』森嶋通夫著;村田
安雄,森嶋瑤子訳
1月~2007年1月,総合科学技術会議議員。2002年には知
的財産戦略会議の座長を務め「知的財産戦略大綱」をま
とめる。2007年1月から現職。専門は機械工学,材料力学,
岩波書店,2004年,(版元品切)
固体力学。
た80年代までの日本の成功は,敗戦までに学校教育
を受けた世代のリーダーシップと,敗戦後に教育を
受けた第一世代への指導によるものでした。そして
その基盤は日本人の伝統的なエートス注2)でした。敗
戦によって,超国家的な思想は否定ないし放棄され
ましたが,伝統的なエートスは人々の内面にそのま
ま生き残りました。しかしながらそのエートスも希
薄化の一途であり,したがってそれらの世代が第一
線から去ることになった90年代には,日本経済は混
迷の時代に入り,その延長上にある2050年ごろには,
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/4/0241520.html
森嶋通夫先生の著作のうち,この本を取り上げま
した。
工業国として上位にとどまることはなく,国際競争
力はとるに足らないものになるであろう,というの
です。この警告は重く受け止めるべきです。
物質と精神に文化を分けることが必ずしも賢明で
私は,加えて,戦後60有余年にわたって新しいエー
あるとは思いませんが,後者の軽視からは高度な科
トスの構築に消極的であったこと,ないし怠ったこ
学技術社会は成り立ちません。ここでは森嶋先生の
とを指摘しておきます。そしてこの警告と今道先生
注1)
。
警告を復習しておきます
のお仕事は,期せずしてつながっているのです。
第二次世界大戦によって壊滅状態になった日本の
産業を立て直し,経済大国と言われるまでに成長し
私は,それぞれの著書の概説を述べるという立場
603
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は取りませんでした。いずれもとても奥深いからで
いから,筆者の責任で,要点をいくつか紹介するこ
す。しかしながら,ぜひ読んでいただきたいとの思
とにしたことを述べておきます。
本文の注
604
http://johokanri.jp/
注1)
著書3(『科学技術と知の精神文化Ⅱ』
)の「はじめに」にある私の文章から引用
注2)
民族や社会集団に行きわたっている道徳的な慣習・雰囲気(
『広辞苑』より)
情報界のトピックス ●Topics of the information community
情報管理 54(9), 605-608, doi: 10.1241/johokanri.54.605 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.54.605)
米国デジタル公共図書館プロジェクトに進展
る。
(http://dp.la/2011/10/21/digital-public-library-of-
米国デジタル公共図書館(Digital Public Library of
america-and-europeana-announce-collaboration/)
A m e r i c a : D P L A)は,設立イニシアチブが開始され
(http://cyber.law.harvard.edu/node/7158)(accessed
てから1年近くが経過したが,10月21日に関係者が
2011-11-11).
集まり,全体会議(Digital Public Library of America
plenary meeting)が開催された。この会議の場で,2
AmazonがKindle lending libraryを開始
つの重要な件が発表された。1つは,欧州のデジタル
文化資源ポータルEuropeana(2008年開始)とDPLA
Amazonは11月2日,米国において自社が販売する
が相互運用に取り組み,両プロジェクトの利用者の
Kindleを所有し,かつAmazonプライムサービス(79
ためにコンテンツへのアクセスを拡大するとの合意
ドル/年)を契約している人たちに向けて電子書籍
が結ばれたことである。DPLAはEuropeanaとの相互
貸出サービス「Kindle lending library」を開始した。
運用が促進されるように技術的な構造をデザインす
契約者は月に1度だけ,返却期限無しに1点のみを借
る。両者は,図書館・博物館・アーカイブが持つ文
りることができ,同じ書籍を再度借り出したり購入
化遺産を,世界のすべての人々に無料で利用させる
した場合には,残されたブックマーク,注釈,ハイ
という共通の使命を持ち,その実現のために協力し
ライトなどを利用することが可能である。貸し出さ
合うことになる。共同事業の1つとして,D P L Aから
れた電子書籍はKindle機器でしか読めず,Android,
もEuropeanaからもアクセス可能な,ヨーロッパ人の
iOS,PC,MacなどはKindleアプリケーションがあっ
米国移住に関する資料を特集したバーチャル・エキ
ても除外される。現在貸出の対象となっている電子
シビションの計画も発表されたが,その日程は明ら
書籍は,New York Times紙の現在・過去のベストセ
かにされていない。もう1つは,スローン財団とアル
ラー 100点を含む約5,000タイトルである。Amazonに
カディア財団からそれぞれ250万ドル,合計500万ド
よれば,これらは広範囲な出版社からさまざまな条
ルの資金提供の発表である。この新たな資金はD P L A
件の下に集められており,圧倒的多数は固定料金で
の実質的・詳細な作業計画のプロセスを支援するも
の契約だが,この新しいサービスが出版社に収入増
のである。実用的な技術的プロトタイプの開発やコ
加の機会をもたらすものであることを実証するため
ンテンツのデジタル化の取り組みなどが含まれる。
に,リスク無しのトライアルとして標準卸売価格で,
スローン財団がD P L Aに寄付するのはこれが初めてで
利用者が借りるたびにAmazonが購入するケースもあ
はなく,事務局を設立し,法的事項をサポートする
る。しかしこれらの出版社には,小売価格を決める
ための費用として既に100万ドルを寄付済みである。
のは出版社かA m a z o nかをめぐって戦いを続けてい
D P L Aは,現在は未だに構想・計画段階ではあるが,
る6つの米国大手出版社,Hachette,HarperCollins,
2013年4月にサービスを開始することを目指してい
MacMillan,Penguin,Random House,Simon &
605
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
December
Schusterは参加していない。プレスリリースの中で,
批判の声が上がった。英国図書館側は,Amazonにリ
AmazonのRuss Grandinetti副社長は,電子書籍貸出
ンクを張ったのは,ExLibris社から提供された検索エ
サービスが即座にもたらす結果として(1)Kind l e所
ンジンであるPrimoソフトウェアにあらかじめ一般的
有者はより多くの書籍を読むようになる,(2)出版
なリンクとして装備されていたからであって,この
社の収益が増大する,(3)著作者はより多くの印税
リンク付けによって利益を得ていることはないと主
を受け取るようになる,の3点を挙げている。図書館
張している。批判を受けた英国図書館は,リンク付
界にはこのサービスが公共図書館に悪影響を及ぼす
けの試行結果を内部で討議する期間中はリンクを外
のではないかと危惧する声もある。しかし,米国図
したが,「コレクションの書籍についてさらに深い情
書館協会のKeith Michael Fiels理事長は,以前からお
報を求める利用者にとっての有用性に鑑み」,10月18
金のある人は本を購入し,図書館はその他の読者に
日には元に戻した。これに対して予想通り反対が再
書籍を無料で提供してきており,これからも多数の
燃し,書籍販売協会(Booksellers Association)は,
人々を惹きつけ続けるだろうから,公共図書館にとっ
英国図書館に再考を促したが,現在もリンクは張ら
てはそれほどの脅威にはならないと考える。読書を
れたままである。
増大するプログラムはすべて,図書館にとってプラ
(http://www.thebookseller.com/news/british-library-
スになる,とも述べている。
attacked-amazon-link.html)(http://blog.libraryjournal.
(http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=
com/ljinsider/2011/10/20/the-british-library-and-the-
176060&p=irol-newsArticle&ID=1625426&highlight=)
lure-of-amazon/)(accessed 2011-11-11).
(http://www.thedigitalshift.com/2011/11/ebooks/
amazon-starts-lending-ebooks-but-head-of-ala-says-
映画の著作権侵害,経済への影響は564億円
libraries-still-offer-best-value/)(accessed 2011-11-11).
英国図書館がAmazonのサイトにリンク
日本国際映画著作権協会(J I M C A)は10月31日,
報告書「映画の著作権侵害による経済影響」を発表
した。同報告書では,映画の著作権侵害が日本経済
英国図書館(B r i t i s h L i b r a r y)が,所蔵する1,300
に与えた被害が年間564億円に上ると試算している。
万点に上る蔵書カタログのほとんどに,A m a z o nの
これは,2010年夏に15 ~ 64歳のネット利用者3,000
サイトへリンクが張られたフィールド「This item in
人を対象に実施した調査に基づく。同調査では,調
Amazon.co.uk」を付け加えた。クリックすると,該
査対象者の17%が,海賊版のダウンロードやストリー
当する書籍がAmazonのストックにあればそのページ
ミング,購入,不正コピーの借用,ディスク保存な
につながり,なければ「More titles to consider」と
どの形で映画の著作権侵害に関与したことがあると
表示される。広報担当者によれば,Amazonへのリン
いう結果も報告している。
クは,何らかの理由で英国図書館の閲覧室で利用で
(http://jimca.co.jp/pressReleases/News_
きない書籍を手に入れるための代替法を,利用者に
Release-20111031.pdf)(accessed 2011-11-11).
提供するために,現在試行しているものである。こ
の試みに対して書店からは,「読者を地元の公共図書
富士通,クラウド型特許検索サービスを発表
館からも,目抜き通りの書店からも遠ざけるもので
606
ある」
,
「公的機関である英国図書館が公的機関では
富士通は11月9日,世界の特許を簡単に検索できる
ないAmazonにリンクを提供すべきではない」などと
SaaS型特許検索サービス「ATMS/PATENTAN」
(アト
情報界のトピックス ●Topics of the information community
ムス パテンタン)を発表した。同サービスは,同
経産省がS N S利用の「インフォグラフィック
社グループ会社のジー・サーチと共同開発したもの
ス」サイトを開設
で,日本,欧米,中国のほか,インド,ブラジルな
ど新興国の特許情報も含めた世界各国の特許情報を,
経済産業省は10月31日,
「インフォグラフィックス」
インターネット上で検索・表示・出力できる。読み
の手法を用いて,専門家や国の持つ知識・データと
づらい請求項をわかりやすく表示する「読解支援機
クリエイターの「伝える」力を結びつけていくプロ
能」で研究者・開発者の特許調査を効率化できると
ジェクト「ツタグラ」(伝わるインフォグラフィック
している。また,クラウドコンピューティング型の
ス)のサイトを開設し,正式運用を開始したことを
サービスのため,インターネット接続が可能なパソ
発表した。「インフォグラフィックス」とはインフォ
コンだけで利用できるため,I C Tシステムの運用・保
メーションとグラフィックをかけあわせた造語。見
守コストが不要になるとしている。
えにくい情報をわかりやすい形にするグラフィック
(http://pr.fujitsu.com/jp/news/2011/11/9-1.html)
デザインとして,新聞やニュース系雑誌などで発達
(accessed 2011-11-11).
してきた。「ツタグラ」では,社会的課題をテーマと
不正コピーを行うとメッセージが浮かび上が
る動画電子透かし技術
した「お題」とデータが提示され,専門家によるセ
ミナーなどを実施。クリエイターはそれらをもとに
作成したインフォグラフィックスをサイトに投稿す
る。現在は,
「縮小する日本」
(シュリンキング・ジャ
日立製作所は10月20日,動画の不正コピーをけん
パン)と「エコジレンマ」
(環境問題)の2つの「お
制する電子透かし技術を発表した。この技術は,通
題」で募集が行われている。サイトではFacebookや
常の再生時には目立ちにくく,不正コピー後に再生
twitterなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)
すると浮かび上がる「潜像」を動画に埋め込むことで,
での投稿や意見交換が行えるようになっている。
動画の不正コピーをけん制する。医療,建築,公共
(http://www.meti.go.jp/press/2011/10/201110310
機関など動画の機密性や真正性が求められる分野や,
09/20111031009.html)(http://www.tsutagra.go.jp/)
著作権保護や不正行為けん制など多様な用途への活
(accessed 2011-11-11).
用が期待されるとしている。同技術では,潜像パター
ンを文字メッセージの形で事前に動画に埋め込む。
産総研,動画音声の検索・書き起こしサービ
この動画に対してサイズ縮小などの不正コピーを行
スを公開
うと,潜像パターンが画面に浮かび上がる。従来の
電子透かし技術では,再生時に電子透かしが画面上
産業技術総合研究所は10月12日,インターネット
に現れることがなかったため,不正コピーの抑止効
上の動画音声データの音声全文検索・書き起こしサー
果という点では不十分だった。
ビス「PodCastle」
(ポッドキャッスル)を一般公開し,
(http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2011/
実証実験を開始したことを発表した。このサービス
10/1020a.html)(accessed 2011-11-11).
は,動画共有サービスの動画中の音声を認識して全
文検索できるW e b上のサービスで,代表的な動画共
有サービス(ニコニコ動画,YouTube,Ustream)に
対応。誰でも簡単な操作で音声認識誤りを訂正して
読みやすい書き起こしを作成できる。日本語に加え
607
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
December
て英語の動画音声データの検索・書き起こしにも対
国とのPPH締結は世界に先駆けて行われるもので,こ
応している。サイトで動画や音声のURLを登録すると,
れにより日本がPPHを締結した国・機関は17となる。
数時間から数日後に音声認識が完了して登録され,
(http://www.meti.go.jp/press/2011/10/20111018001/
検索が行えるようになる。今後は英語以外の言語に
20111018001.html)(accessed 2011-11-11).
も対応していきたいとしている。
(http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2011/
米国のタブレットユーザー,有料ニュース購
pr20111012/pr20111012.html)(accessed 2011-11-11).
読は1割強
日中特許審査ハイウェイ,11月から試行開始
米国の非営利調査機関Pew Research Centerは10月
25日,タブレット端末利用に関する調査結果を発表
608
特許庁は10月18日,日中間の特許審査ハイウェイ
した。これによると,米国の成人の11%がタブレッ
(P P H)の試行を11月から開始することで,中国側と
ト端末を保有しており,ユーザーの77%が毎日利用
合意したことを発表した。これにより,中国におい
しているとしている。またタブレットでニュースコ
て日本企業の技術を迅速かつ質の高い特許権で保護
ンテンツを毎日読むユーザーは53%だが,有料の
できるようになり,日本企業の中国における事業展
ニュースコンテンツを利用しているユーザーは全体
開の円滑化につながるとしている。中国では近年特
のわずか14%としている。
許出願件数が急増。2010年の出願件数は39万件で,
(http://pewresearch.org/pubs/2119/tablet-news)
日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位となっている。中
(accessed 2011-11).
PINUP
Webサイト「ReaD&Researchmap」を公開した。
これに伴い,「ReaD & Researchmap統合シンポジ
ウム」を下記要領にて開催する。
■日程:2011年12月6日(火)14:00 ~
(受付開始13:30 ~)
JMLA認定資格「ヘルスサイエンス情報専門員」
第17回申請のご案内
■会場:秋葉原UDX 4F UDX Gallery Next-1
〒101-0021 東京都千代田区外神田4-14-1
■参加費:無料
NPO法人日本医学図書館協会では,認定資格「ヘル
スサイエンス情報専門員」第17回申請を下記の要領
で受け付ける。
■受付期間:2012年1月1日(日)~ 31日(火)
■初めて申請される方へ
本協会会員以外の方も申請できる
司書資格のない方はご相談を
協会指定の研修会への参加が必要
規定の実務経験が必要
基礎資格のみ申請できる
基礎資格は永年有効
■第7回申請で中級・上級を取得された方へ
今回の第17回が更新の期限となる
■お問い合わせ:
NPO 法人日本医学図書館協会中央事務局
〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1-3
冨山房ビル6階
Tel : 03-5577-4509 Fax : 03-5577-4510
E-mail : [email protected]
*詳細は下記URLに掲載
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jmla/nintei/
ReaD & Researchmap統合シンポジウム
開催のお知らせ
独立行政法人科学技術振興機構(J S T)は,情報・
システム研究機構 国立情報学研究所(N I I)と連
携して,2011年11月1日から研究者情報の無料提供
■定員150名(定員になり次第,受付終了)
■プログラム概要
14:00 開会挨拶
14:10 概要説明
新井紀子(NII 教授)
坂内悟(JST 知識基盤情報部 調査役)
14:35 講演 次期e-Rad構築の方向性について
(文部科学省研究振興局振興企画課競争的
資金調整室長 齊藤康志)
14:50 基調講演
(藤田保健衛生大学 教授 宮川剛)
15:35 休憩
16:00 パネルディスカッション
モデレータ:
水野充(JST 情報提供部 部長)
パネリスト(五十音順):
新井紀子(N I I 教授),岡本和夫(大学
評価・学位授与機構 理事),鳩野逸生(神
戸大学情報基盤センター 教授),坂内悟
(J S T 知識基盤情報部 調査役),宮川
剛(藤田保健衛生大学 教授)
17:30 閉会
■主催:独立行政法人科学技術振興機構,情報・シ
ステム研究機構国立情報学研究所
■申込方法:下記U R Lより申込フォームに行き,
必要事項を記入。
http://www.dicalpha.net/R-R-entry/index.html
■問い合わせ先:ReaD & Researchmap
統合シンポジウム受付担当
E-mail : [email protected]
609
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.54 no.9
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
December
■原稿をお願いするとき,文字数は約1万字です,
と申し上げます。「そんなに長く書けるかな」とおっ
しゃる方から,1万5千字,2万字の原稿が届きます。
ときには2万5千字を超えることさえあります。刷
り上がり6~8ページの依頼に対して,結果的には
10ページ前後の記事が増えています。
■いただいた原稿は,編集委員と編集事務局で査読
をして,内容の正確さ,構成,読みやすさなどを検
討します。その結果を修正提案としてお送りしてい
ます。長い原稿の場合,当然短くしていただく必要
があります。ところが,届いた原稿を拝読して内容
の豊かさを知ってしまうと,あれも削りたくないこ
れも残したいという贅沢な思いにとらわれるので
す。
短縮のための修正提案はとても難しい作業です。
■そもそも,お願いした原稿にあれこれコメントを
付けるのですから,どのようにお伝えしようかと気
を遣います。それでも読者の方々にお読みいただけ
る記事にするために,より簡潔に,より読みやすく
するための修正提案は欠かせません。ほとんどの場
合,お送りしたコメントに応じて加筆修正していた
だき,ブラッシュアップされた原稿が届きます。あ
りがたいことです。
■本号は,いずれも熱い思いの伝わる力のこもった
記事が並びました。情報技術の進歩が可能にした世
界で,いま何が行われているのか,それは何を目指
した活動なのか。いずれも学ぶことの多い記事で
す。ぜひご一読をお願いいたします。
■秋にはシンポジウムや展示会など恒例の催しが多
数開催されました。そこで出合ったテーマと人を,
来年またご紹介できればと思っております。(KM)
『情報管理』誌では,国の内外から広く投稿原稿を受け付けています。日ごろのご研鑽の成果を執筆
されて,本誌に発表されることをお待ちしております。
□次号予定
●図書館情報専門職教育の課題
●研究者識別子ORCIDの取り組み
●企業図書室の移転統合と地震対策
●J-GLOBAL foresightの構築について
●特許文献に記載の塩基配列およびアミノ酸配列に関する諸問題
●統計情報活用への招待:第7回 就業・賃金の公的統計
情報
管理
JOHO KANRI
Journal of Information Processing and Management
科学技術振興機構
vol.54 no.9 December 2011
●編集委員会
<委員長>水野充(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄
(大正製薬㈱)
・気谷陽子
(筑波大学附属図書館)
・
小林良子(㈱日本能率協会総合研究所)・清水美都子(㈶
日本特許情報機構)・青山幸太・安部耕造・木村美実子・
國岡崇生・栗本達児・黒田明子・黒田雅子・佐藤恵子・土
屋江里・火口正芳・日高真子・矢口学・余頃祐介(以上科
学技術振興機構)
2011年12月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥13,650(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
編集・発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8470
E-mail: joho-kan jst.go.jp
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency (JST)
JOHO KANRI Editorial Office, JST, P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,最寄りの情報提供部または各支所宛に現品をご返送下
さい。送料は当機構の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2011 無断転載を禁ず
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