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画面の上から下

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画面の上から下
日心第70回大会(2006)
中高年齢者の作動記憶
―作動記憶の加齢による機能低下とはどういうことか?―
長縄久生
(労働政策研究・研修機構 労働大学校)
Key words: 作動記憶 加齢 注意制御
目 的
一般に認知的課業の遂行とは、入力情報に対して長期記憶
から呼び出した情報を用いて何らかの処理を施すことであり、
そのステージが作動記憶であると考えられる。比較や判断な
どの処理に用いられる知識は教育や経験によって獲得し長期
記憶に貯えられている。作動記憶は加齢にともなう機能低下
が大きいのに対して、これらの知識はいったん獲得すると損
なわれることはほとんどないことから、中高年齢者が仕事を
していく上で新たな知識や技能を学習することは困難なので、
それよりは蓄積した知識、経験を活かすほうがよいとされて
きた。しかし長期記憶が損なわれなくとも、作動記憶の機能
が低下すれば長期記憶から知識を検索して処理することも困
難になることが考えられる。中高年齢者の経験=知識を活か
すことができるかどうかは、加齢によって作動記憶の機能が
どのように変化しているかにかかっているのではないか。
方 法
二重課題によって中高年齢者と若年者の作動記憶の機能を
比較する。一次課題として四則演算の式の検証を行うと同時
に、二次課題として式に含まれている数を記憶し、いくつの
式を再生できるか(オペレーションスパン)を測定する。
手続き:(式の検証)簡単な加減乗除の式と答をパーソナル
コンピュータのディスプレイに呈示する。被験者は式の答が
あっているか否かを速やかに判断してマウスの対応するボタ
ンを押す。反応の正誤をコンピュータのビープ音でフィード
バックし、反応を記録する。同時に被験者は式の中で下線の
引かれた数字を記憶する。式は式数条件により画面中央に垂
直方向に並んだ 2 から 6 の枠の中に 1 回に 1 つずつ呈示され、
被験者の反応の後暗転して 1 つの式の検証が終わる。この手
続きが 2 式から 6 式の条件の数だけ画面の上から下へと続く。
(式の再生)すべての式の検証が終わったら、被験者は各式で
下線の引かれた数字を再生する。同じように画面の上から下
へと枠の中に式が呈示されるが、式検証課題で下線の引かれ
ていた数字は?マークで置き換えられている。被験者はこの
数字を思いだし速やかにテンキーで入力する。反応の正誤を
フィードバックし、反応を記録する。式は被験者の反応の後
暗転して 1 つの式の再生が終わる。すべての式の指定された
数字の再生が終わったら 1 試行が終了する。各式条件につい
て 5 試行この手続きを繰り返す。
式は実験毎にランダムに発生した数によって作成し、下線
の引かれる位置もランダムとする。式数は 2 から 6 で刺激数
100、式の呈示時間 5 秒、呈示間隔 1 秒、試行間間隔 2 秒であ
った。課題要求およびコンピュータ操作に慣れるまで成績が
安定しないことが考えられるので、
同じ実験を二回繰り返す。
被験者:中高年齢者 13 名(平均年齢 57.5 歳)、若年者 11 名
(平均年齢 20.4 歳)であった。この他 3 名の中高年齢者が実
験に参加したが、スパン 0 であったため以下の分析からは除
外された。被験者には謝礼として図書券が支給された。
結 果
作動記憶の容量をオペレーションスパンとして測定する。
各式条件の 5 試行のうち 3 試行ですべての式を再生できた時
その式条件をパスしたこととし、パスした最大の式数条件を
オペレーションスパンとする。2 試行だけ正解した場合は 0.5
を減じた評価を与え、スパンは 0、1.5、2 から 6 となる。
表 平均スパンと平均再生数(カッコ内SD)
二回
一回
スパン
再生数
スパン
再生数
2.38
61.54
3.38
72.23
中高年
(n=13)
(1.16)
(13.57)
(0.76)
(8.59)
4.91
89.36
5.05
92.00
若年
(n=11)
(0.87)
(5.10)
(0.69)
(3.49)
中高年齢者と若年者とでは平均オペレーションスパンが有
意に異なり(F=[1,22]42.89, p<0.01)、一回目と二回目とでも平
均スパンは有意に異なった(F=[1,22]7.04, p<0.05)。繰り返しに
よる成績の向上は中高年齢者の方が大きいが、年齢と繰り返
しの交互作用は有意とはならなかった(F=[1,22]4.07, ns)。オペ
レーションスパンではなく総再生数では、年齢(F=[1,22]47.78,
p<0.01)、繰り返し(F=[1,22]17.52, p<0.01)、年齢と繰り返しの
交互作用(F=[1,22]6.40, p<0.05)のすべてが有意となった。
考 察
ほとんどの若年者が 5 式条件まで再生できるのに対して、
中高年齢者ではばらつきが大きく、
平均すると 2~3 式再生と
なり作動記憶の容量は少ない。しかし、同じ実験を繰り返す
と中高年齢者は再生数が増加した。
スパン 2 未満を低スパン、
2~3 を中スパン、3.5~5 を中高スパン、5.5 以上を高スパン
とすると、中高年齢者の場合、一回目ではそれぞれ 3、8、1、
1 名であったが、二回目には 0、5、8、0 名となり、実験の繰
り返しによって 1 名が低から中スパン、2 名が低から中高ス
パン、4 名が中から中高スパンへと上昇している。繰り返し
によって再生数の増加した中高年齢者においては、①作動記
憶における学習効果、
②心理学的な実験事態への構えの学習、
③コンピュータの画面上の課題にマウスやテンキーで答える
という手続きに対する習熟、のいずれかが生じたと考えられ
る。この年齢層では、作動記憶の容量が低下したからではな
く、こうした機能をふだん使わないこと、あるいはこれらの
機能を用いてテスト事態に対処することに慣れていないこと
から再生成績の低い人がいる可能性がある。
さらに、同じ被験者について Sternberg(1966)の項目再認実
験のパラダイムによって短期記憶容量を測定したところ、中
高年齢者と若年者の間に短期記憶の機能差は見いだされなか
った。この短期記憶と作動記憶との違いは、作動記憶は短期
記憶と注意制御という二つの独立した成分から構成され、複
雑な認知課題と関連しているのは短期記憶の貯蔵成分ではな
く、さまざまな妨害に抵抗し注意を制御し持続する能力であ
るという Engle et al.(1999)の仮説を支持するように考えられ
る。上記の②③を規定しているのがこのような注意制御能力
であるならば、作動記憶の機能の加齢による変化とは注意制
御能力の変化だと言えるかも知れない。
引用文献
Engle, R. W., Tuholski, S. W., Laughlin, J. E. & Conway, A. R. A.
1999 Working memory, short-term memory, and general fluid
intelligence: a latent-variable approach. Jou. of Exp. Psy.:Gen.
128, 309-331.
Sternberg, S. 1966 High-speed scanning in human memory.
Science, 153, 652-654.
(NAGANAWA Hisao)
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